日暮里
- Level
- Landmark
- geo
- [object Object]
- region
- 関東
- prefecture
- 東京都
- image_count
- 7
- other_material_count
- 0
古くは新堀または入堀と表記したが、江戸時代中期には日暮里と書くようになった。寛延(1748-51)の頃からつつじが植えられ、一帯は寺院の庭が続く名所となった。春の桜、秋の紅葉も美しく、日の暮れるのも忘れるということから「ひぐらしの里」とも呼ばれた。その範囲は、谷中の感応寺(現天王寺)裏門から道灌山方面に広がっており、西部の台地上には寺院が、東部の低地には農村が広がっていた。一帯は太田道灌の出城跡とされ、物見台等の遺構が残る。諏訪神社境内は諏訪台と呼ばれ、眺望が良く、厄よけなどの願いを掛けて高い場所から皿などを投げる土器投(かわらけな)げの遊びが盛んに行われた。