歌舞伎十八番勧進帳(九)
- AI summary (β)
- この文章は、仏門にある者たちが物質的な利益を追求することが、仏法や道法に対して害をなすと述べています。仏法や道法に敵対する悪事は、目に見える形であれば切り捨てることができるが、無形の陰影が仏法に障害をもたらす場合はどう対処すべきかが問題であるとしています。また、山伏の装束や儀式についても言及し、特に九字真言の重要性を強調しています。九字真言を正しく行うことで、あらゆる悪霊や障害を取り除くことができると述べています。最後に、仏法や道法に対する信仰と実践の重要性を強調し、慎重に行動するようにと結んでいます。
- pid
- 2915702
- date
- 1940-12
- note
- 商品番号 : 5838, デジタル変換後ノイズ除去 : ノイズ除去なし, 歌舞伎劇
- year
- 1940
- genre
- 歌舞伎
- creators
- 並木 五瓶 (三代目)[作詞], 市村 羽左衛門 (十五世)[富樫 左衛門∥役名], 片岡 仁左衛門 (十二世)[源 義経∥役名], 松本 幸四郎[武蔵坊 弁慶∥役名], 長唄囃子連中
- duration
- 204
- persName
- 並木 五瓶 (三代目), 市村 羽左衛門 (十五世), 片岡 仁左衛門 (十二世), 松本 幸四郎, 長唄囃子連中
- publisher
- ビクター
仏門にありながら、大主たちはただ物をどさんりょうなるや、まことにがいせんりょうなるや。
これぞかかしの弓矢ににたれど、おどしにはくのりょうならず、
仏法、道法にがいをなす、悪事をどこじゃわゆに及ばず、
たとわば、にんげんのれはとて、ようさまたげ、仏法、道法にてきする悪とは、
いっせつ、たしょうのりによって、ただちにきってするのり。
めにさえぎりかたちあるものはきりたむべきが、もし、
むぎょうのいんきようま仏法、道法にしょうげをなせばなにをもってきりたむぼや。
むぎょうのいんきようま仏法はれいはくじ、しんあんのもって、これをせったんせんになんのかたきことやら。
してやまぶしのいでたちは、すなわちそのみを仏法、道法のそんにょうにかたどるな。
かしらにいただくときんのいか。
これぞこちのほうかんにしてじゅうにいんぜんのひだをたってこれをいただく。
かげたるけさは、くえまんどらのかきのすずかけ。
かしにまといし、はばきはいかん。
たいぞうこくしきのはばきとしょうす。
でまたやつのわらんずは、
かちようのれんげをふむのこころのあり。
でゆるいけは、
かぶんのにじ。
そもそもくじのしんごんとはいかなるぎにやことのついでにといもぼさんささ。
なんと、なんと。
くじのだいじはじんぴにしてはたりがたきことのれども、
ぎねんのはらさんそのためにとききかせもわすべし。
それ、くじしんごんといっぱいはゆるりんぴょうとうしゃかいじゅんれつぜんこうのくじなり。
まさにきらんとなすときは、
ただしくたってはをたたくことさんじをりくどもわず、
みぎのおおゆびをもってしじゅうをえがき、
たちにごおおをかく。
そのとき、きゅうきゅうにょりすりょわっとじするときは、
あらゆるごいんきぼんのをきまったあくまけどをしりょういきりょう。
たちどころにほろぶること、
しもににえゆをそそぐがごとく。
げにばんぽんのむみょうをきるのずはいりけん。
ばくやがつるぎもぬわんずをしかく。
がまだこのうえにもしげんのみち。
きゅうきゅうによれば、たずねにおおじこたえもおさん。
がそのときこわざい。
むりょうなり。
きもにえりつけ。
ひとになかったりそう。
あなかしこ、あなかしこ。
だいにっぽんのじんぎ。
しゃぶつぼさつもしょうらんなり。
やっぱいけんしゅう。
かしかみかしか。
かきのばしたほんのかくのとおり。