講演:虚子俳話(四):特異な詩

AI summary (β)
この文章は、日本の文学、特に俳句について述べています。著者は、自然を賛美し風景を描写する「誇張風営」の文学が西洋よりも東洋、特に日本に強く見られると指摘しています。日本の自然環境や四季の変化が、日本人の頭に自然を賛美する傾向を強めたと考えています。俳句は日本独自の文学形式であり、400年の歴史を持つ誇るべきものであると述べています。最近の西洋文学や他の文芸の影響を受けることもありますが、俳句本来の独自性を保ち、自信を持って世界に発信するべきだと主張しています。
pid
3571277
note
商品番号 : 33294, デジタル変換後ノイズ除去 : 無, 講演
genre
講義、講演、演説
creators
高濱 虚子
duration
195
persName
高濱 虚子
publisher
コロムビア(戦前)
誇張風営の文学、すなわち機代を風営する文学というものは、西洋にはあまりないように考えます。 西洋よりも東洋の方にそういう傾向は強いように考えます。 品の投資などに既に多少それが見えますが、我が日本にはその傾向が最も顕著なように思います。 若手も万葉時代からかなりたくさんにありますが、俳句に至ってほとんど専門的になってきたと言っていいと思います。 それは日本という国がいわゆる蓬莱の島国でありまして、天然の風景に富んでおるばかりでなく、春夏秋冬の移り変わりが正しく行われ、 その時々に起こる現象は極めて複雑微妙である。そういうところから自然自然に日本人の頭にそれを賛美し風営するという傾きが強くなってきたのであろうと思います。 されば、俳句は日本の都市が生んだ日本人独特の最も誇るべき文学であると言って差し支えないと思います。 このごろ新しい西洋文学の影響を受けたり、また他の文芸、例えば和歌などに接近して、俳句にもその武法を試みようとする人がありますが、 それもまたいわゆる横の広がりでありまして、やってみるのもよかろうと思いますが、しかしそんなことは末のことであります。 そんなに西洋のものや他の文芸にびくびくしないで、俳句本来の面目、400年の歳月を経て今日までに発達しきたったところの、俳句でなくてはなるところのもの、 独特の誇張風営、世界に絶えてなくして日本に稀にあるところの得意な詩、それを世界の分断に押し進めるというぐらいの自信を持つ必要があると考えるのであります。