政治講演:政治の倫理化
- Lyricist / composer / arranger / performer
- 後藤 新平
- Label
- コロムビア(戦前)
- Genre
- 講義、講演、演説
- Publication date
- 1924-06
- Category (AI-assigned)
- 政治
- Keywords (AI-assigned)
- 普通選挙, 選挙権, 政治倫理, 腐敗, 立憲政治
- Notes
- 商品番号 : 25072, デジタル変換後ノイズ除去 : ノイズ除去なし, 講演
今や我が政界多年の謙願であった普通選挙もようやく実現の気候を従うに至りました。
この土地にあたり新たに賛成権を位置、県政裁示の対応にパワランとする諸君に向かって、
与賀執政の首相たる政治の倫理家を提唱することが最も心配とするところであります。
諸君、既に御承知のとおり、我が政界専来の腐敗堕落は、
天人の共に指導るところ、ことに県政運用の終身勢力をもって念ずる政党が、
我が政党内閣というような極めて非立憲の文句を無面もなく公表して、
民衆の信頼を厳惡するがごときは、立憲地の国民として切にも応勢を望む。
そもそも、立憲政治は倫理政治であり、国家倫理に力脚する公党によって行われる政党政治でありませんか。
現在の各政党は、市に成功の用途を掲げて、市市役のつにくを得るとの縁を免ることはできましょうか。
これらは、一に各党の領収連は党内の実情に考え、常に終身遺憾を感じ得ざるところと受けたまわりおります。
しかしながら、いかに醜い政党でも、それは決して国民から有利して、空中に幻滅する神披露ではありません。
それは選挙という種板にさえせられたる国民の写真である。もし現在の政党が悪いというなら、少なくとも現在三百万の選挙民はその責任を分かたねばならぬとおりであります。
かるがいいに、主君は今より深く市に帰りみ、自らせめて主君が賛成権否賛成事務を続すのときにあたっては、その醜い写真を修正し、
皇帝子孫に誇り得る立派な肖像を我が県政市場に残す用意と覚悟がなければならぬではありませんか。
私が去年、政治の倫理化を公表するゆえんは、実に主君とともにこの広いある歴史的大事業を完成し、明治最低にうぐいさびまずいたいからであります。