永平和尚業識圗
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- 不明
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- 不明
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- 日本語
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永平
初祖
業識図解
永平
初祖
業識図解入工
永平和尚業職図并序
生花輪廻の根本はたゝ有相執着の一念なりもし
人生死をはなれんとおそはゞまづ此一念を切べし
一念わづかにをこる是を無明といふ念に相続する
是を業識と名づく事をかさね労をなすこれを
煩悩といふ凡人の身におゐて三業あり一には
身業二には口業三には意業なり此三業よりして
十悪を作る身に三の過あり一には殺生二には偸
逆三には邪婬なり口に四の過あり一には妄絡
}
二には綺語三には悪口四には両舌なり意に三の
過あり一には貪欲二には瞑惑三には愚痴なり
是を十悪といふなり此十悪よりして百八煩悩
并に八万の芸労おこるなりこれらは皆一念
とたねとして輪廻の業となるなり善一念
をこらざる時は本より燃悩なし本心をのづから
常住の仏性なり今これらの業識を集て一巻
の画図となして初心の人にしめすなり心外に相
あると思ふ事なかれ唯諸人の念力のかたち也
若人成仏せんと思はゞたゞこの心源を知るべし妄
念は衆生の体なり無念は仏体なり念のおこ
るは病なり続ざるは薬なり若病いへぬる時は
薬も無用なり相をはかれぬれば念をもかへり
見ずたゝ天真の自性にまかせて六道四生に遊
戯三昧し衆生を利益する也東涌西没鬼神も
はかる事なし逆行順行諸天もうかゞひがたく
これすなはち大用現前の徳用乗手方便の作
略なり
○
依儒教行孝悌篇第一
堀野
むかし奥如法界に五蘊山といふ山ありかの山に無明
窟といふ岩ありそのうちに陰魂陽魂とて二つの
蛇ありて三毒の子をぞうみける一に鼠といふは
かたちいやしくして物喰またなくし昼はあな
かしこ人にかくれ夜になれば人の物をそこなひ
偸を能こしければ貪欲と名づく二に猫と
いふは身軽く足もやく心たけし万の虫を見ては
殺さずといふ事なし殺生を能としければしん
いと名づく三に兎といふは心まかなしはかり事をろ
かなれば愚痴と号す是は女性なりければ御せる
つみは造しねども皆かき身にて人しれぬ恋の
病にしづみけり草の葉にもろき露のいのちを
かけいつとなく精進をし花の下に日をくらし
月の前に夜をあかしけるほどにしかるべき契に
にや八月十五夜の月にあこがれつゆもなみだも
わきやらず折節桂男のかげ身によりそうこゝち
してふかき思やありけんうものそうなる契をば
秋の月にぞむすびける此貪欲瞑志愚痴の三どく
のけだものども殺生偸盗婬欲のあるじとなるのみに
あらず兄弟の中不和にして折節にはいのちをうし
なわんとしけるその時母の蛇これらにむかひて申
等はやあおのれらさのみあしき心なもちそ生あ
る物はかならす死する習なり御やうにては今も後も
よかるべしとも覚へず善悪に付て因果といふ事
あり悪をこのむものは今生にても後生にても苦
みありつたなき心をやりて真の道に入へし兎は
男なきものなれば物をおもふは理りなれども。忝なく
も月は一天のあるじぞかし后君なども出はします
らむ其御かげをまた人にふますべきにからず貞女
両夫にまみえずとこそきけ天和尊に契りし人は
夢の中にこそ相見しが是はまのあたりの事ぞ
かし逢夜まれなる契りはそれのみ独りにも
か成らず織女の逢瀬とふき涙には烏鵲の橋を
わたし蜂蛤のうらみふかきやみぢには夜明の
玉を孕むこれみな一年に一度のちぎりなり
何事も我身のつたなきことを思ひしり妄念を残
すべからず孔子の語に罪不孝より大なるはなしと
いへりをのれらは親子兄弟のよしみをも知らず
是不孝といふべし儒教に五常とて五つのこゝろ
もちあり仁義礼智信これなり一に仁といふは
慈悲ありて人をあはれむ心なり二に義といふは来
軟にしてひがとなき心なり三に礼といふは正直に
してふたこゝろなき心なり四に智といふは憲法に
してあやまりなき心なり五に信といふは真実に
して奸りなき心なり五常たゞしき時しやくぜんの
臨慶家にありこれをそむく時しやくあくの除殃
家にかゝる此五常を釈教には五戒と名づく五戒と
いふは一には不殺生二には不偸盗三には不邪婬四には
不妄語五には不沽酒とて五の過をいましむるなり
これを信ずる時は仏神の御めぐみを蒙りもろ〳〵の
難をのがれ後生にては楽しき世界に生れて身の
苦にもなく世の望もなきを極楽とはいふなり此賊
をそむく時は仏神の御あはわみにもれて中天
災難にあひ後生にてば暗世界に生れてしんいのほの
ほにやかれ愛念の氷にとぼられ利欲のつるぎに
きらるゝを地獄とはいふ也いきこれらのことわりを
思ふに世間の法にも慈悲をもつて第一とすかの
大海の十二の辺あり中に十二のけだかのありおの〳〵
慈悲の願をおこして十二時を繞ておのれらが類のけ
たものを利益すればその盆におはします十二神
とかしづかれて楽栄てありときしうたがふべ
からずたら我身よからんと思はゞまづ人のために
よかるべき也悪心をひるがへし道心をおこして慈悲
を持ほどならば定て大果穀を得べきなり我をの
れをふかしあわれて思ふゆへにかやうにをしゆる也
怒〳〵そむく事なかれと申ければ三ツのけだもの
ども親のをしへにしたがひてをの〳〵発心して
鼠は深山に入て木の実を食とし墨染の体にぞ
なりにける猫は里にいでら頭陀の行をして身を
扶け人の宝とぞなりにける兎は野のすへ山の
おくを栖として思ひいれども只秋の念のみ
ふかくして名たかき月をはしたひけるさでたち
わかれける時をの〳〵一首のうたをぞよみにける
頌曰
混沌已分一微塵雲黙二太清一太清一幻化身
鬼子懐胎岩上月寒光微骨転精神
くもる
秋のおもひはヨ
われのみか
名もおしからん
有明の月
はつかしやひくてあま
たになれそめてねすみ
かよふと人や
見るらん
なかき夜の
思ひのせきに
なくむしの
ねこそうらみの
雲となる思ひの
けふり吹風や心の
はしめなりけり
月のひかり
なからん
三日月にのそむ
思ひのなかりせは
こゝろのそらは
くもらさらまし
一依道教離情欲篇第二
三毒の子どもおなし慈悲の願を起して年月をすぐ
すほどに既に十二大勧をへて兔は水中となりて
変河の水にたはむれ麁識の波に遊びけにいまだ
生死を断せねば菩提のきしにもいたらず猫は猛
虎となりけれどもつねに四山の霧にむせび六境の
風にうそふきて有橋の山をも出やらず鼠は野干と
なりて九原の塚に住けれは三昧の野原に遊び翹
魎鬼神の獣とそ成ける常には妖怪を好く人を
懶しければ里の煩ひとぞなりけるその時一の大学
有てかれらにむかつて申けるは我はおのれらが先世の
母なり鼠猫兎にてありしをさま〴〵教訓したるに
よつてすでに悪逆の藪をば出たりといへどもいまだ
功徳の林には遊ばす狐に能々聞幽王のきさきは一度
わらひて国をかたむけしかども連夜に花をさかする
徳もなし唐土の女は一度舞て人をおどろかししか共
只国の煩とのみなりぬ其身におひて何の益かありし
皆狐の所為なりしかば程なくほろびにけりまた
虎に語ていはく李将軍が射ける箭は虎に似たる石を
遁る喩猟師の謀をばのがるゝとも定て狼狽の
口をば逃れがたし心は猛しといふともまされるものに
あひぬれば畏あるべき命ぞかし又中に語りて
いは〳〵大白の牛は庖厨の熱に殺され荘子が牛は
庖丁の刀にきられ生ては農夫のせめを蒙り死ては
屠者の哂りをも愧べし大熱の懐も堪難く蚊童の
鮫も苦あり天竺に獅子といふけだものあり万の
せたものゝわなり一度ほゆれは其うゑを聞ほどの
けだもの皆をそれをなして死する也己等は昔の
こゝろざし小心なりしによりて今また小畜となる
しかも生死のおそれふかし老子の語に云人
よく神胃をやしなへば死せずといへり神胃をやし
なふといふは身の神胃を労せざる也是を長生不
老の霊方といふ也神胃といふは人の身五臓に五の神
冑あるなり好色にふける時は眼の神胃労す好音に
ふける時は耳の神冑労す嘉香にふける時は鼻の
神胃労す甘味にふける時は舌の神胃労す膚に
ふれて念ふかき時は身の神冒労す此土欲にそこな
はるゝ時五の神胃やぶれて五臓を捨行なり其時こ
の身は死して黄泉に遊ぶ也此五欲をはなれぬる
時は五通仙人となつて死するともなく天にものぼり
地にも入なり道数には是を五神といふ也釈教
には是を五識といふ小乗には意根を加て六識を
立たに六歳は一切のものによくをなすゆへに六人の
盗にたとへて六賊と云也愚痴の人は六賊を胸中に
おさめてはぐらまんとたしなむほどにつゐには六道に
野んゑする也この六賊をたいぢして犯さるゝ事なく
んば生死にまよふべからず大乗には九識を立此識即
仏としめす也しかもこの識神は恐より出て一念
を体とす一心不生なれば万法に咎なし咎む
ければ法なし不生なれば心にあらざる也是即
仏の真性也たゞ真実のこゝろざしを発して
此心を知るべし唯夢のごとくなる身の重めに
わづかの欲をおこして長き苦を受ん事かなしみの
中のかなしかみにあらずや五百の蝙蝠は聖教を聞て
五百の阿羅漢となり十千の游魚は仏号を時て十千
の天人となかしためしあり此節にはちやうもんを
もして御法の縁をもむすび三宝に帰依して
戒をもたもつ程ならばかならす大果穀を得べき
なり古人のいはし子として父母に教あらず臣と
して君に忠あらず上として其下に変あらず下
としてその上をうやまはず朋友としてその信を
賞せず事をことわるに其道をもつてせず其道
をもつてせず理に順はず過をあらためざる
ものは決定して地獄の滓といふ也
玉室金堂非始終一大還丹竈没全功一
須口
一洞中明月羽衣ノ容黒紙。美来老大蟲
なかき夜の
くらきせきちに
さめやらぬ
夢をうつたゝ
みる
おき
つかのまも
くらき
せきちに
ゆよはしと
いまはたむけん
よはの
きつねび
思ひとらんざのみちに
およはしをたとひ
のちにはまだら
なりとも
きくもうし人の
ふさけにつな
かれていへを
はなれぬ
身こそ
つらけれ
一同壱人同壱人依二乗雑生死篇第三
三のけだものおなじく大願をおこし多年を一日の
ごとく修行するほどに三生六十劫をへて牛は香
象となる虎は獅子となる狐は麒麟となりて共に
大国に生れけだものゝ王とぞなりぬある時雲の中
より一の毒龍下りてかれらに申けるはをのれらはけだ
ものゝわなればよのおそれもなけれども人のいや
しきにはおとれに衆生にあまたの所ありまづ六
道といふは一に地獄二に餓鬼三に畜生是を三悪道
といふ地四に修羅五に人間六に天上是を三善道といふ
なり是等を合て六凡界と名づけたり次に仏界に
四の品あり一に声聞二に縁覚三に菩薩四に仏陀
是を墨界といふ地をのれらは三悪道のその一つなり
よき身と思ふべからずいかでか生死のおそれをまぬかれ
ん不仏教にあまたの品あれども生死をいとふ事は小乗
にもつはう是をあかせり大桑には生死をいとわずして
直に仏となると明せり三蔵数に戒定恵の三学を説
一に戒といふは一切の悪を息て善心にならぬ上品に
たもつものは天人となり中にたもつものは人間に生れ
下品にたもつものは修羅となるふかく犯すものは地獄に
おつる中に犯すものは餓鬼となり浅く犯すものは畜
生となる也二に定といふは心をしづめて妄念を摂
してもろ〳〵の煩想をはなるゝを静慮の体とし
仏法の本といへり三に恵といふは諸法の理りを御とゆ
なりこの三学を仏道に入はしめとす声解定に
婦の法あり一に苦論といふは父母の産る身を皆
苦なりとくわんして是を捨地二に集締といふは
此身になす所のわざはみな煩悩なりとくわんして是を
断ずる也三に滅論といふは一切の煩悩を滅しすつる
なり四に道諦といふは悟りをひらき涅槃の道に
いたる也この苦集滅道の四諦をくわんして四果を
證する四果といふは一に須陀酒果二に斯蛇合果三
に阿那舎果四に阿羅漢果也この四果を證する事
利根の人は三生六十劫をへて修行し鈍根の人は
四生百劫をへて修行して三界九地のほんなふを断
じ無生を證し大阿羅漢となる也又縁覚桑には
十二因縁を説り一に無明といふは過去の煩悩の有に
迷ふ体也二に行といふは過去のふるまひの力用なり
三に識といふは無明の中有に迷ふ時男女の振舞に
愛念をかけて頓てそれをちゝはたかして其おろす
種の中にやとる也四に名色といふはちらはゝのおろす
種と今宿る神ひとつに合して豆のことくなるが
次第〳〵に大きになるかたち也五に六入といふは既に
胎内にして始て六根の形の出来るくらゐ也六に
触といふはすでに生れて一二歳の間水火にふれて
つめたきあつきを知るくらゐ也七に受といふは五六歳
の時はじめて苦楽を知る位なり八に愛といふは八九
歳の時見るほどの物にあいじやくの心ある位なり九に
取といふは十六七よりとせいの謀をあんずる位也
十に有といふは財宝にふけりて諸業を造るくらゐ
なり十一に生といふは今の業力によりて未来の生を
すぐ位なり十二に老死といふはすでにとしたけて
死する位なり是を三世輪転十二因縁といふ也
かくのごとく因縁をくわんして諸の相をむなしくし
一杉科書店一
生死をはなれてねはんを託し百劫に行満て佛なき
世に出て一坐に正覚を成ずる是を辟支佛といふ
なり声聞と縁覚との二道を二乗とはいふ也一切
衆生皆心あり心は是万法の種也直心は仏果也
慢心は魔界也欲心は衆生界也善心は天堂なり
悪心はぢごくなり其外の因果是をもつて了知
すべし獅子は兎をとるにも其力を全すといふ心を
愚にすべからず大象は兎蹊に不遊といへば劣〳〵
小路に入事なかれきりんは一日に千里飛といへども
老ぬれば駑馬にもおとれり実に此世は夢のごとし
ごと留る事有べからず我は己等が先世の親也昔
わづかに小畜によく有しを度〳〵教訓したましに
依て今かやらに成なり此度も背事なかれ名利
に耽て永劫に不可二沈淪一
二気竜象自欺漫未レ免二世常行路難ヲ一ノ
頌曰
宝所本無二亮髪隔一化城中作二覚成看一
梅後書屋
思ひきにむくら
の宿をいつるより
のりの道には
つまつきも
こひしたい
なし
みて
すでし
世の人そ
あすまても
しかぬいのちの
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
□□□□□□□
ふかき山路の
しるべなりけり
なからへは
すむへしとてや
けるらん
ほんのふのふかき
なかれをわたる
身のほたゐの
きしはからぞら
そかし
依十地入仏教篇第四
三のけだものをの〳〵大菩提の行願を発して万行
にたいてんする事なく修行するほどに阿僧祇劫
とへて人間に生れて童子となりぬ一は摩尼殿
みて通心第一なり二は如意微とて智恵第一也三は
無畏微とて慈悲第一なり三人常にともなひて遊び
給ふほどにある夜花のこずへに五色の雲たちたる
中より天人一人下りてこの人〳〵に申けるはやら児
たちきかせ給へかよ〳〵は道心智恵慈悲のあるじ
にておはしませは悪報のおそれは有べからず大変の
菩薩は衆生の苦しみを投るゆへに常に悪道に
あそび善巧方便を繞らして悪趣の衆生をすく
ひ給ふ衆生を利益するをもつて菩薩の行とは
申也法相家に五の位あり一に資糧位といふは
十倍十住十行十回向の四十重の階級をのぼつて
内外の煩悩をだんずる也二に加行位といふは習
気をげんして法義をけつちやくする也三に通達
位といふは見道の位也四に修習位といふは修行の
位也五に究竟位といふは成仏の位也又三類の浄戒
あり一に摂律儀戒といふは一切の悪法をはなるゝ二
に接善法戒といふは一切の善根をあつむ三に焼益
有情戒といふは一切の衆生のために苦をぬせて楽
をあたふる也又六はうみつ有一にだんばらみつと
いふは布施を行てけんどんの過をはなるゝ二に尸
雀はらみつといふは持戒にして邪見の過をみなるゝ
三に屏堤すらみつといふは柔軟にしてきやうまんの
過をはなるゝ四に眺利能ほらみつといふは精進
にしてけだいの過をはなるゝ五に禅那ほらみつと
いふは妄念を擣てはらいつの物をはなるゝ六に艘
若はらみつといふは智恵を行して愚痴の過を
はなるらかくのごとく法を修行するほどに三阿
潜極劫をへて十地の菩薩となる也十地といふは
一にはくわんぎ地二に雑垢地三に発光地四に焔魚
地五に難勝地六に現前地七に遠行地八に不動
地九に善恵地十に法雲地也八地のぼさつは三千
大干世界に身を現ずる事月の万水にうかべ
るがごとし九地ぼさつは甘露の法味をふらす事
大龍の雨をふらすがごとし十地のぼさつは一微
産の内に三千世界を入るゝにせばからず一念の内に
阿幡祗劫を経一身の内に無量の仏土を現ずる也
かくのごとくの菩薩は得識とて仏の十力を具足して
仏の数に入る也いそぎ三乗の車に油をさし三界
の衆生をみちびき給ふ三界といふは三毒の世界
なり下は欲界とて登んよくいんよくの栖也中は
色界とて一切の梵行清浄なれば無慈悲の人の
栖なり上は無色界とて一切の功徳善根はあれども
愚痴無智なる人のすみか也此地の夜少地獄餓
鬼の二道ありこの土に畜生修羅人間の三道あり
かの日月より上に天人の一道あり是を六道と
申也まよへる人のためには三毒の世界なれは是を
穢土といふていとわむとす悟る人のためには三毒
本よりむなしければいとふべきにあらずしかも此
三界は即一仏浄土の中也すみやかに此仏土を
あらはして衆生にしめし給ふ我は是三界の
主として衆生のしゆご神也即児達悲母の胎内に
が座し時は袍衣と云ものになりて冷しき水を
防ぎ熱き湯を除きて専り奉し也片時も御身
をはなれずかけのことくにつきそひて守に奉る
何事も御心にかなふ事のあるハみな我守り奉
るゆへなりむかしより度〳〵かやらに教訓申たり
しに一度もそむき給ふ事なかれ利生方便より
外に他事なかるべし我を知らんとおもひ給はゞ
よく〳〵此文を見させ給ふべし偈を説て言
意光立時三寶荒神意若寂時本有如来
この偈を説おわつて即かくれぬ
桃眼梅唇梨雲粧心花命葉太刀芳芳
頌曰
随波逐浪春風ノ面引得リ満城流水香
みしか夜のあけよとつくる鳥ならは
うきわかれちにたれかかえらん
□□□□□□□
高き山ふかき海にもかきりあれは
なをたとへなきわかこゝろかほふ
摩尼殿
雨にも風のひらきものりのうみ
おなし舟路の波とこそなれ
如意微
一花もちりもみちもおつる山かせに
花も有あけの月
ひかりはいつも有あけの月
無畏敷
依正覚出魔境筋第五
三人の童子同仏土をもとめ給ふ仏法東漸の理り
なれば天竺よりしんだんに越又日本へ渡り給ふ
ならの京にしばらくやすらひ給ひけるに山〻寺〻
の大衆是を聞て我先にとそ詣りける此三人の人〳〵
を見奉るに更に人間のたぐひにあらず第一に摩
尼殿はたとへば雲夜のゆへたる月のごとし容頻
けだかく風情いさぎよふて心くもりなき人を隔
つる事なくすがたは冨士の烟の風になびくが
ごとし情は嵐の山の紅葉の時雨にしたがふに似たり
第二如意徴は秋風の霧を開けるがごとし気色
すだしく言の葉の色ありて黄菊の粧ひは白
蘇の風に側ち芙蓉の虫は芝蘭の露に倒れ
心は明石の浦の月よりきよく恵は嵯峨よし野の
露よりもふかし第三の無畏黴は春のあしまの
長閑なるに紅梅の唇にぢんじやの香をふくみ緑
楊の眉にはひすいの黛を灌ぎ雲のびんつらは
嵐になびきて朧月の光傾き霞の衣は風に
綻びて楊柳の糸のみだれたるがごとし凡此三
人のありさまは月の万水に浮び花の千林かり
ひらくがごとし普門示現のちからおよばざる所
なく天恩の恵蒙らさるものなし此国に仏土さた
むべき所なしとて天に向てぞのぼり給ひける
火の中水のそこまでもしたひ奉る人もかなわぬ
路なれば力なく風にのり雲を分てぞのぼり給
ひける物利天も越兜率天をも過て欲色の二界
のほどににわかに大蛇ありて三人の人〳〵を纏ひ
こめたてまつる此蛇両類なり此蛇申けるは我は是
欲界の民主也くらゐ高き事大梵天王のごとし
むかし上品の十善を修し一無遮の会をもふけ
たりしによりて今この六天の主となる也神通
と争ふもの我にまされるはなし我は欲界の六天を
管領して衆生のために恩愛の道を訓五欲の
楽にほこらしむる是を悦とす若人智恵を行
して三界を出るをば是を欲せす一切の仏事を
妨る事こと得つれば我無上の業を受る也汝らは
下界の凡夫也我を越ていづくに行んとかおもふ諸
仏は我にのまれてねはんに入衆生は我に呑れて
生死を出ず三界唯心也万法唯識也汝らが心意
識をもつて年か三界を出んや若心意識に
あらずんば何ぞ仏土を求めんやとて大きに口をひら
ひて呑んとすその時摩陀殿の云三界唯心の
ム
煩悩の断べき
なく菩提の證
むねは偏計所執のいたり也まことに心源を悟り
ぬれば天法は内にあらず故にあらず三界の出べ
きなく仏土の求むべきなし浄法界の身体
へきなし
もとより出没なし大悲願の力によつて去来
を示現す我は法界の性を達して衆生の為に行
願の門をひらし汝か知解の及ふ所にあらず次
に無長殿のいはし本来真仏を悟りぬれは生死
ねはんは昨日の夢のごとし神通力を具足して
広く方便を修す十方国土に身現ぜずといふ
所なし毘慮と鬼畜をくわんずるに平等にして
幡劣のある事なし我は慈悲の願ある故に汝におゐ
てもにくむ思ひもなし唯速にされ若さらず
むば自らわざはひをまねくべし又如意微の云慈悲
と忽然とは譬ば車の両輪のごとし一輪鉄
ときは人を度する事を得ず霊山の童子は鬼
神に身をあたへ薩埵王子は猛虎に身を飼ばれは
学地に有て法をもとめて身を捨し人也我等は
しからず三界の衆生の魔境を降伏して仏土を
荘厳する傍様とならんと思へり断るべきに聞て
断らざれは還て其乱をまね〳〵といふ也汝は天
魔の現化として法界の障碍なり断せずんば
有べからずと云もあへず懐より般若の利紐を採出
して直に両頭を裁断して僅に通宵の正路に
向給ふ今の人是を向上の一路といふ也
作家眼上掛ク龍泉一魔佛血流ヲ濺ク二梵天一
頌曰
玉殿苔封シテ無二朕跡一銀宮仙桂未生ノ前
くもまとも思ひなわてそ
あまつかた
あけゆく秋の月の
さやけさ
摩尼殿
雲まとていとふ心の
くまそなき
こごりにまても
やとる月かけ
やとる月か
無畏殿
雲闇にも御わらぬ
もとのひかりにて
夜なしてらす
久かたの月
如意微
越後書屋
依成仏定法界篇第六
三人同して三十諦に遊給ひけるがをの〳〵しゆ
いしていはく自身清浄なるがゆへに霊智無碍也
虚智無碍なるがゆへに覚性平等なり覚性平等
なるがゆへに仏界と衆生と本より如地まよふ時は
三界即牢獄なり悟る時は三界すなわち仏土
なりとて共に天竺に下り給ふまづ沙門の形を
からはすべしとて枢特山にて出家し給ふ摩瓦
殿をば法身房と申けり浄妙国土を示現して
金剛胎蔵の二法をあらはし寂光土の都をたて
遮情表徳の二門を開き五秘密の聖王となりて
三密の徳政を行し給ふ如意殿をば鼓身房と
申候に無差別国土を示厳して事理無碍等
の四法界をあらはし実穀土の城を立て華職
の台をかまへ六相義門をひらきはんにやの覚
王となりて六度四摂の政を行し給ふ無畏職
とは応身房と申ける娑婆国土を管領して四
聖六凡の十法を顕し同居土の城を立て入
不二の門をひらき八解脱の法王となりて三十七の
道品を定め三千の戒法を置八万四千の産労を
かたす実に三界の大尊師なりその時一人
の天子あり名をば名品といふ来て三僧に申け
るは我は是陰陽の根元衆生の太祖也本は本覚
如来にてねわんの大宅にすめる大悲誓願のゆへに今化
して識神となりて一切衆生の胸中に有て三界の
衆生を三世に利益す過去にて内薫密益の理
身にて人に逆心をすゝむ現在にては麁多羅神
といふて因果をおしゆ未来にて多留名といふて宿穀
をさだむる也上界にては歓弁天といふて福徳をほど
こし人間にては荒神といふて身命を扶け冥途にては
俱生神といふて行業をわたする也この胎職界に
生をうけんものたれか我恩を受ざらん一切衆生
大恩を受なからその恩をも知らず我を信せざるに
よりて我常に祟りをなす也賞罰あらたなるに
よつて我荒神と号する也神に三身の徳まし
ますゆへに我もまた三身なり真如界にては三
資の形也随類変化の如来也三世覚母の菩薩也忽怒
護法の明王也衆生界にては三鬼のかたち也飢渇神
といふ貪欲神と云障碍神といふ也我むかし空王仏
の所にして誓をおこしてかくのごとくの暴死の形を
現して邪見の衆生を呵責す或は衣食をうばひ
あるひはざいほうをぬすみ或は官職を妨ぐもし
信心を発す人あらば其願を叶へん也富貴なるも
我所作貪窮なるも我所作也一切の額を成就せんと
思はん人は我に帰依すべし善人の症には三因仏
性となり悪人の病には三毒の惑性と成なり人の
仏になるもわが力地獄におつるも我力也其ゆへは
我に二ッの相あり一には善根ぼだいの相二には悪業
煩悩の相也此ゆへにわれ常に両類の地と現ずる也
天魔界にて両頭を截たりしも我也われ一切
衆生の迷情を体とするゆへにいかに載ともだんずる
事なし両頭の蛇となりて人にきられて仏道に入
菩薩の自心を調伏する手本となる也両頭と云は
諸仏と衆生と善と悪と因と果と有と云とかくの
ことく等の一切二相を名づけて両頭といふ也もし大法
を行せんと思はゞまづ此両頭を裁断すべし若よく
弐軒せば行所至所皆是大安楽の道場也挙足下
足又即白濁の神通也若猶両頭に登らこほらば
住相生死のぼんぶなりわれ度〳〵いさめ申遣し事
御だめてしらせ給ふらん今は仏の御ひかりにてら
され奉りてこのかたちを顕してしよぞんをはれぬ
とて即偈を説て言
本体真如住空理家静安楽無為者
境智慈悲利生故心運動去来名荒神
又頌曰
玄門要路没二偕梯一印シレ水印スレ空亦印スレ泥
三箇胡縣曽テ絶本寒鶏水鴨意不レ病
よし出しといけし心の道たへて
なにはにいつるおきのつりふね
いにしへもまた行すゑもあめつほも
へたてぬのりのわか身なりけに
法身坊
あめつゆも谷の小川もつもりぬれはへ
かのきしにつくふなぢとそなる
穀身坊
よもの海ちぐさにむすふ露まても
くるなくすめる秋のよの月
応身坊
柳後書屋
一依遺教論仏乗篇第七
諸法の血脈は信心を本源とし三気の波瀾は雪智
を彼岸とす三ゐんの仏性より三身の如来にいたる
こと唯信心をもつてぬき通せりしかれは三毒の猫は
四果の猛虎となり五欲の牛は十地の大象となる
なり等覚の児は出世の道をしめし三身の僧は三
恵の門をひらきて三大ねはんの路に入給ひぬ是
をあのくたら三みやく三ぼずいの法といふ也そのゝち
普賢は白象にの下文珠は獅子にのみ観音は白馬に
のりてほんがくの城にかへつて合て一体となり
給ふ又両頭の蛇は世界に横り三世常住にしてほらかゐ
にしうへんせし此地は肉眼をもつて見るべからす
唯法眼をもつて是を見ちけんをもつて是を
きるべしそも〳〵釈迦一代の説法に付て三蔵五
乗五時八穀の品あり余教はことば多してつぶさに
宣におよばす先五乗の趣を見るに一に人乗といふは
斎戒を持て人間の果設を得るゆへに得人気と
名く二に天気といふは十善を修して天人のけ
らくを得るゆへに濁天乗となづく三にしからもん気と
いふは四諦をくわんじて生死をはなるゝゆへに得声聞
乗と名づく四に縁覚舞といふは十二因縁をくわんして
むじやらを證するゆへに得縁覚気と名づく五に
菩薩乗といふは六度を行して等覚に住するゆへに
得菩薩乗と名づくこれらは皆ごんいうのむね也
真実の仏舞にはあらず真実の仏舞といふは現身
に菩提を託して正覚を成ずる也菩提を託すと
いふはぢきに自心の根源を発明する是すなわち
正覚地宝梁経にいはし仏の言四果に趣向せす三十
七品を行せず四果を得ざらんものは大千世界に唾する
ことをゆるけずいかにいわんや人のくよふを受んやと
其時一人の比丘ありて佛にもらしてまらさく大魔
の心をおこして一切智をもとめん人は衣服を得て
大地にしき食をうけて須弥山のごとくなりとも
施主の恩をほらずべしまさに知るべし小乗のし
ごくは大乗の初心にもをよばずしかれば華厳に曰
たとひ悪癩野干の心を発すとも声聞縁覚の
心をばおこすべからずと云也むかし如来色究交天に
して密戦をひらく是をびるしやな仏といふ又寂光
土の法身如来とも名をつくる延三十三天にして
華蔵をひらし是をましやな仏といふまた宝穀土
の穀身如来とも名づく五天竺国にして三歳をひて
く是を釈迦牟尼仏といふ又同居土の穀身如来と
も名づく実は三身即一体也仏土も即苦別なし
このゆへに古人の云身は義によづて立土は体によつ
てあんず正にしんぬ是建立の法門なる事を今浄
土宗に上中下の三輩にあてた九品の浄土を建立す
上三品は第一義諦を悟し三毒を断し大乗を登く
じゆする上根の人にあてたる此人は必ず西方をも
のぞまず唯心の浄土己身の弥陀を観して現身に
三昧を得て法性の理を説すべし中三品は三宝に
怖依し斎戒をたもち慈恐善根を修する中根
の人にあてたに此人は臨終の時化仏の覚に斉して
実穀土の花の台にぞくし菩薩の道にすゝむ
べし下三品は在悪生死の凡夫十悪五ぎやくを
おかせる下根の人にあけたにこの人は臨終の時ほしき
のすゝめによつて一念往生の心をおこす是をぼだ
いの種として仏の願力に乗し念仏称名のこゝろ
ばしに応して穀身の辺言に生れて多劫を経心蓮
の花綻びて清浄の大海聚につうなりて無生の
道にすゝむべしといへり彼世界の相をくわんず
るに三界の道にすぐれたる究竟して虚空のごとし
広大にして辺際なしといえりいづくをか極楽界
としいづくをか方所とすべきやたゞ是無為ねはん
のきやうがゐ也外にむかつてもとむべきにあらず大気
にはかくのごとく等の建立なし真言には心王大日と
しめし華厳には心仏無別と訓天台には自智作佛と
とけり三身如来の説相皆即心逆仏の法門なり
しかれば即潅頂の法王は即身に梵徳を嗣ぎ南詞
のどうじは初心に正覚をなし五障の龍女は忽然と
して正覚をなす此ゆへに若仏道を修行せんと
思はん人はゆめ〳〵方便の道に入事なかれいた
づらにららして功ある事有へからず直に図題の
法門に入はちからをつゐやさずしてすみやかに本
覚にいたるべし
頌曰
仏口一音一舌頭従来六耳不レ同レ謀ヲ
江無情説法若知趣言分宗風幾日休
人しれぬふかきちきりをむずふかな
いつはりならぬ君かことの葉
貞吉
花の香も紅葉のいろもいもせ山
いくはる秋のちきにならん
華厳
小車のにしきのひほもとけぬれは
やかかよひぢにせきもりそなき
天台
理法界
事法界
無拠
無職
眼瞼
彩臥
金剛金
図図
依般若顕仏性篇第八
教法には智恵をしごしとし禅道にはちゑを初門
みすしかもこの霊智は一切葉袢を載事好剱のご
とし此ゆへに般若の利釼と名づて教智はけん
もんかくちの智恵をもつて煩悩の敵をたいぢして
むろの覚城に入たとひ感袢をば新ども動もすれば
法鵠をばきらず魔境をば断ども仏境をば不斬
他人せば裁とも自己せば不戴よきところをわすれ
さるがゆへに此智恵のけんかへつてかまんの紐となりて
自身のとくだらをさまたげ無相の真門に入る事
なしいはゆる小智はぼだいのさまたげなるべし禅者は
本有の霊智をもつて魔障をも截仏法をも武
ぼんなふとも菩提生死ねはん所謗の境能縁の心
みなこと〳〵く載しかれば即斬声きらるゝものも
断ずといふ事なしすべて一法の情にあたるなく
一物の念にかゝはるなし是を直にこんげんをきる
といふなり若かくのそく裁行せば教と禅と本より
実体なし空中の花のことく水中の月の如し
諸仏の説法も祖師の垂東もまた〳〵かくのごとししし
そといへどもがらりも善あれば天地忽にへだたるむ
かし仏鷲首山にて一枚の花をねんじて百万の大
衆にしめす唯迦葉一人のみ是を見て微笑すその
時仏迦葉につげてのたまわく誠に正法眼蔵
涅槃妙心あり汝に附属す末蓮世にかゐてだん
ぜつせしむる事なかれ又毘尼蔵をば優波雑に
ふぞくししゆたるをもつて阿離に附属すそれ
より東方相伝流布せり龍樹は佛より十四代の
末なりはじめは外道たりき龍宮に行て仏教を
倍受せり又南矢の鉄塔をひらき秘密の法をつたへ
かびら尊者におひらし正法眼蔵をつたへ内法外法
知らざる事なし顕密諸宗の祖師也恵文禅師には
其教を詮じ一心三観の妙門を立今の天台宗する
わち是也賢盲国師はその教をひろめて華蔵界
の正路をひらき今の華厳宗これ也若無畏三
戦はその法をつたへて三密瑜伽の実法を行ず今
の真言宗これ也達応大師はその道を悟りて
見性成佛の心印を傳ふ命の佛心宗これ也むかし
天竺には六宗の外道あり一に有相宗二に無相宗三
に無得宗四に戒行宗五に定惣宗六に寂静宗なり
逢廉一とに是を破却して唐土に来る流文三歳
光焼律師婁的法師とて三人の碩学ありてこれと
論蔑すだるまは相をきらひて心をしめす彼等は
儒局の量にしてかんにんする事あたはず害心を
をこして達磨に毒薬を服せしむる事第六度
なりおれらは数家の穂梁たりといふ共仏心の
正路を知らずいたづらに邪見をおこせり二気は精進
にして道心なし外道はそらめいにして智恵なしを一
いふはすなわち是也円頓戒に三種の外道をあが
せり一に附仏法の外道といふは只一字を信して
余数をひほらするものなり二心営仏法の外道と
いふは論義にいたんが病に多く文訳をおぼへなれ
ども法界一如の理を知らずして心外に佛をもとめ
内證によらずして外用をもとむるもの也三に仏
法外の外道といふは天竺に九十六種の外道あり
其みなもとは六師より出たり古人の云心外に仏を求る
是を外道といふゆよひて六識にしたがふもの是を立
師といへり大日経の疏にいはくおよそ一切の内竜を
かとらざるひみつの法は皆これ外道といふ今日本
国に仏弟子と号するもの多は昨年道六師の
見をわなせずあはれならかなむかし儒教大師は
ひゑい山に凌黴院をたて禅法をひろめんとせし
かども時の所化機根かなわずしてむなしく秘置
ぬ弘法大師は心宗を得たりしかども是も機縁なく
して不伝といふ西天の仏心を以て東土の心仏を
印す曹渓の玄宗の旨を応機のものに厚在すと
いへり又云自證は曹渓の流をくみ化地は恵果の
旨に在といへり達応は日本に来りて聖徳太子と
たいめんせしかどもそれも時の人残縁なくして
むおしくかくれぬ仏心の血脈をつくふる事は
さいじやうの根機にあらざればたやすく印可す
べからずとも〳〵仏法は言と心と一如にして行と
解と相応すべししからずばいたづらに他人の財を
かぞふるがごとし達庶の云行僻相応する是を名
づけて祖といふ智者大師のいはし解有て行出
けれはものを伏する事あたはず行有て解なけ
れば外に化地を缺て行解共にせなわる人師
となるに堪たりこれ国の重かなりと云り大人
は見を具し大智大用を顕といへるをや誉屋は
刀をもつて瞿曇を害し文珠は釼を抜て如来を斬
大丈夫恵剣をとる般若のほこさき金剛の焔あり
すみやかに仏見法見の縛着を軒じやま外道の
見綱をだんして直にこんほん大智を発明すべし
一金剛宝劔倚二長天一穀活臨レ機一正令全シ
頌曰
擬議スレハ分レ身成二両段一古今獨露鵲髏前
木の葉ちる嵐に雲は吹きへて霜さへ渡る冬の夜の月
依教内示禅法篇第九
実際理地には一塵をも不入仏事門中には一法をも
すてず法は法にしたかびて行し法幢は所にしたへ
かひてこんまらす西天の祖は皆蔵教を智覚
して後に心法をつたふ達応は仏より廿八代の末
より唐土に来て蔵教をすて単に心法を示す
是を教外別伝と云実に此字は教行燈の三重を
こへて戒定恵の三学の外にしめす也しかれ共白心
をさとる事は教内にあらず教外にあらず教をも
とらず教をもすてず釈尊出世して一切経を説
おはりてねはんの時にのぞんて言くはじめちくやおん
よりおはり跋提河にいたるまでかつて一字をもとが
ずといへり又像法決疑経にいはく随文取義此人
三世の諸仏の悪といへりこれらは数が教があらざるか
仏の心いかんが心得べきいにしへより利根の人は数を
見て仏心をさとるものすくなからず今の人は
語りを専て心を語らざるゆへに不立文字とは云也
若此心を悟らは何の経り仏心に通ぜざらんこの
むねを知らずして小法を学す単に瓢の娯なり
教に五蘊の身に五分法身を立たり一に戒二に定三に
恵四に解脱五に知見也阿含経の戒定恵方等位の
解脱殺若経の畢竟空これ仏知見にあらずや
要を取ていわし自心清浄は自性の戒也自心清
浄は自性の定なり息清浄は自性の恵なり餅
脱知見もまた〳〵かくのごとし核伽経に四ツの
禅あり一に愚叉禅といふは二乗の禅を指也二に観
察禅といふは自他の相を離るゝなり三に真如禅
といふは念を宥めて不起也四に如来禅といふは
直に仏地に入る也桟厳経の徴心弁見円覚経の五
種の覚性皆仏心を究竟とす又天台に三種の
禅を明せりいはゆる世間禅出世間禅出世上々禅又三の
解脱門あり空門無相門無作門也又これを三昧と
名つくる也正見正思惟正定によりてこの門に入を
非禅非智の道といふいかんが安心すべきもしこれに
おゐてあきらめ得は教即禅也達磨の禅にはかくの
ごとくの分別なしはじめより浅深をわけず
直指人心見性成仏せしむある人問ていはく釈尊
は三河僧祇劫をへて難行苦行を積切果絶して
相好光明あり神通変化あり今見性成仏と号す
る人いづれの所縄かあるや答て曰釈尊是久遠成
道の如来也今の成仏にはあらず三祇勘のしゆぎやら
沌根にたいするごんげうなり相好光明は不信をあら
たむる未現也神通変化は迷人をみちびく方便也
皆真実にあらず如来の色身もし真実ならばい
かでか入滅せんや如来の色身真実ならざるかゆへに
全く衆生の生死に同し大力の夜又五通の仙人
皆神通ありそれも仏ならんや今の人の見性悟道
する処これ如来の正覚也六菱を透脱するこれを六
通といふ生死いたらざる是を大円寂といふ也ぼん
なふの色身実にあらざるゆへに全く如来のねはん
に同し諸仏の主宰と成て出没自在なるこれ神
通変化なるべし三祇劫の仏と見性悟道の人と
同しねはんの一同に入これ十方薄伽燈一路涅槃
なり又問ふ顕密の諸家皆経論を所依とす禅宗は
しからず接伽楼厳等の煙は禅法を説り何としてかこれ
と所依とせざるや答て云仏いまだ一法を説ざる
時の心是清浄の禅也何ぞ経を所依とせんやしゆたら
の数は月をさす指のごとしすでに月を見給人は
指を守るへからずすでに仏心に厚く人何そ教経を
守るべき此家は経を所依とせずしてかへつて一切
の経のために所依となる也問て云経を所依とせず
して還て一切経の為に所依となす事何をか證
拠とせんや答て曰諸家は仏證を所依として
仏智見に入禅宗は仏智見を初門として根本に
すらだつす一切経は仏語也仏語は仏心より出たり
此家は仏心也仏心いかでか一切経のために所依となら
ざらんや小乗にはぼんのふをすてらぼだいをとり生死
をいとひてねはんをもとむ顕宗にはぼんなふ即ぼ
だい生死即涅槃といふ密宗には煩悩生死皆是仏
法としめすみな自身の霊光を昧して仏味法味にとん
ぢやくす禅宗これを見れば虚空の中に掖をう
つに似たり煩悩もとぼんなふにあらず菩提もと
菩提にあらず生死ねわんもとより実性なし自心の
本源もと名字なし但しゐて名字を時たり諸評
せんごの本心是普賢の正体なり所々無疑の神智
これ文珠の本躰也平等無善の大悲これ観音の
真躰也皆〳〵外にむかつてしゆしようをもとむる
となかれ無辺の制境自他豪端を隔ず十世古今
始終へ此念をはなれず頓に如来禅を覚了すれば
六度万行体中に国なりかくのごとくの国成の
大法をしめさんがために直に両頭を把任して
一団相と成ず
頭上安スレ彭又一重仏魔円劫示レ心宗
頃田
曹渓鏡裏無二繊翳一時起テ眉毛一皷二白瞳一
しるらめや
うき木に
あはぬ夜
半のかり
なみの
そこなる
月の
ひかりを
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
訓後書呈
依教外立宗門篇第十
七併いぜんは師なくしておのづから悟る人多かりし
釈尊よりのちは生なから御とる人も師の證明を
もつて弟子の心地をいんがす如来禅祖師禅善
列出しといへども機にのぞむ穀活は天地に別なり
古人あるひは花の色を見て心をあきらめ水の
声を聞て道をさとるもあり或は善知職の言下に
悟りをひらくもあり此時善知職一機一境をしめ
して其実否をこゝろむる是を公案とはいふなり
世尊花をねんし給ひしかば迦葉微笑せしも此いわれ
なり今の人は然らず善知職有て一句の語をもつて
直に法体をしめせどもあきらめずして其しめす所に
ふしんをたてゝ行住坐臥にこれを工夫すれどもぬ
しん散せしことなし是を公案提術といふ也知職の
もたする公案にあらずもし不審ひらけぬれば此
公案を透るなり鈍根の人は直に公案を不レ透たら
真実のこゝろざしを発して知職のしめす所いづれ一
の用所ぞと眼をつけてこれを見蒲団の上に坐して
念をぜつしちらやがおこたる事なかれ妄情す
でに止てくわつぜんとして無心に契合しぬれば心と
法と両ながらわするゝ時自性天然として力用活脱す
これを人無心にして合レ道と道無心にして合レ人といふ也
この時先の公案を見れば心地の門をひらく端なり
千聖万法皆門外のもの也重ゞ真正の善知職に相へ
し若しからずば黒山死水の裏に住して眼あきら
かなる事あるべからず動もすれば二乗の見に落て
生死を出ざるのみにあらずあまつさへ邪魔のけん
ぞくとなりておはりにはあびのごうをまねぐ地宗門
には本よりそくばくの事なしといへども人を鍛煉
する時はやむ事を得ずして即第二義門にむかつて
一言一句をくだして人のために釘を抜棚を抜て大
安楽の所にいたらしむ直指人心見慥成仏といふも
これ老婆禅なり向上の宗風は仏眼もうかゞひがたし
納徳の巴鼻不通ほんぜい不レ測法身いまだ三種の病を
まいかれず十地見性雀穀をへだつ四果三賢は糞
穢をのぞ〳〵窮子也五時八教はふじやうを拭衣紙也
いかにいはんや法縛の律師は枯犯戒をまもつて空門
に入事なし誦文の法師は知覚の位にとゞまりて
大道をおこなふ事なし事相のあじやりは表徳の法
にほこりて不生をさとる事なし闇点の禅師は
寂静の心に住して活眼をひらく事なし詞僧
門下の事日をかなじふして語るべけんや直に濁てん
や乾坤大地得レ無二黴毫過患一猶是転句不レ見二一色一始
是半提更頒知レ有二全提時節一若ほんぶんの草料を
あんせばしやうりやうたしきやうして仏祖めいをこふ
賓主示換して珠のばんにはしるがごとし把任
する時は乾坤いろをこしほふ設行する時は万象光
をあぐ或時は高〳〵たる峰頭に立諸天花を憐
に浴なしある時は漏〳〵なる海底に行き魔外密
に見るに門なし大千を抛二方外一須弥をけしの
中におまむるに更に道理のをよぶ所にあらずしか
のみならず維摩の油を摧き迦葉の衣をやき文
珠のまなこをぬき普賢の脛を折観音の臂を載
叫にあふては仏をころし祖にあふては祖をころす
これ何辺の事ぞや若徒才の人にあらずんばいかでか
総摩の事を知らんやたとひ恁磨の田地にいたるとも
しばらく放行すべからず徳磨の事を知らずんは
みだりにせんさくをくはふる事なかれ古人の舌無曲
の業をゆぬかれん事を得とほつせば如来の正法輪を
謗する事なかれ
岩前枯木笑花唇一荊刺糸天劫外ノ春
須曰
八角ノ磨盤阿轆ケ虚空心髄ノ磁冶薩
けふりたつ
ふしのあらしに
ゆき
きへて
たかねの
雲に
おこる
◇
しらなみ
介
刀
道本言なし言によつて道をあらわすおそかれ共
止事を得ずして少き風規を顕すわづかに一着を
放過すれば二三に落在しおわりぬ和語を以て
漢語を探り漢語を以て梵語にたつねて此書
尽を註述す三国の語は不同なりといへども一心の
道あにことならんや若利根上智の人世界いまだ
おこらず生仏いまだやかれざる処にむかつて見
得せば若干の事あるべからず若鈍根初心の人
是を見てすみやかに業識のたねを知り直に
佛魔の主宰を知ならば此書又宜しからじ雪蛇は
是一切ぼんぶの精神也三獣は是三歳学者の命
慮なり三童はこれ三国仏性の如く也三身如来は
是三菩提の覚体なり三乗の数は是三張国土の
亀鏡なり利剱はすなわち是堅固不動の大智
なり一円相は是即親面提持の行体也輪宝は即
是如意自在の三昧也若人徳磨に厥破せば大千沙
界は海中の区一切の賢聖は電の払がことし伏
胆珎重
承応二癸巳仲春吉辰
九〇
19141
桂厳道人蔵
一同