淨土代々七枚起請
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- 釋源空等
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- 2026-08-17T19:23:15.277Z
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- 2026-08-17T19:23:15.277Z
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- 場所: [出版地不明]
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- 釋源空等
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- 日本語
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- [出版者不明]
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- ジョウドダイダイシチマイキショウ
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- 東北大学
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- ゲンクウショウニンジョウドダイダイシチマイキショウ
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- 2026-08-28T18:53:25.651810+00:00
浄土代々七枚起請
源元
浄土代々七牧起請
大焼
一牧起請文
唐土吾朝にもろ〳〵の智者達のさたし申さ
るゝ観念の念にもあらず。又学文をして。念の心を
悟りて申念仏にもあらず。只往生極楽のためには。
南無阿弥陀仏と申て。うたがひなく往生するぞと
思ひとりて。申外には別の子細もはず但三心四
修と申事の候は。みな決定して。南無阿弥陀仏にて。
往生するそと。おもふ内にこもり候也。此外におく
ふかき事を存せは。二尊のあはれみにはづれ。本願
にもれ候へし。念仏を信ぜん人はたとひ一代の法を能ふ
学すとも。一文不智の愚どんの身になして。尼入道の
無智のともがらに同しく智者のふるまひをせず
して只一向に念仏すべし
浄土の安心記行との一紙に至極せり。源空が所存
此外に全く別義をぞんぜす。滅後の邪義を
一ふせがんがために前存を記し畢
建暦二年壬]正月廿三日源空御在判
一鎮西善導寺開山聖光上人誓之文
故上人の仰候ひしはたとひ一代の法を能々学し給
ひたる人なり共無学の身となりて智者のふる
まひをせずして。只一向になむあみた仏と申さば。
本願にかなはんと。上人は仰られさふらひし此外
におく深き事有こと仰られ候はゝあね随仏釈迦
夜の御ばつ蒙り候べし
ほとけの御罰をかうふり。又念仏守護梵天帝
嘉禎四年
嘉禎四年戌二月三日
一鎌倉光明寺開山良忠上人
先師弁阿経論の中にぼだいのおもふべきやう
をあかすに。六随念十段念とて。さま〳〵有といへ共。
我ごとくは。たゞ念死念仏の二念に有と。此一言
千金よりもおもし。まことに此二念を心にかけ
たらんに過たる事有べからず。念死と云は終に
のがれぬ死を思ひて。いづるいきのいらんを頼ぬ
なり。念仏と云は、仏の御ちかひの頼もしき事を
おもひて。口になむあみだ仏と申也。北芒の露と何
かきへ西土の台其時を期せんこの外に別の奥
ふかき事なし。是もし虚言ならは、三宝の御
冠有べく候
おしへをくごの言の葉の葉の行末を
思ひわすれず。我をとふらへ
文永六年八月廿九日然阿在判
一同光明寺二代良暁上人
先師良忠に承りしは。相承の安心は。寔有こゝろにて。
かたがひなく往生せんと思ふを申也是も猶わづら
はしくは、只たすけ給へとおもふが。往生の安心にて立
此助けたまへの心の中に。三心も四條も皆こもりて
往生するぞと候ひし也。こゝろざしの浅深は。人に随て
有べき也。いかさまにも。おのれ〳〵が分にきはめて。往
生の行をはげまさは。往生すへきなり、吾よりも
志ふかく行業もたけたらん人を見ても疑ふ
へからず又我よりもこゝろざしも浅く行業も
よはからんをみても。高慢すべからず。只分〳〵に
志をはげまし。急伸を行せば。十則十生の
往益さらにうたがふへからず。此外に別の子細なく
是もし虚言に候はゝ。釈迦弥陀の御罰を蒙るへく候
一仍而折言言如レ件
つたへをくおしへのまゝにたかはずは
ひとつ蓮の露もむすばん
良暁在判
弘安二年二月十五日良暁在判
一同光明寺三代良誉上人
浄土宗の大意は下機の往生をもつて先とす文
をは二仏の教意に見入て。罪悪の凡夫の往生する様
に申なすべき也。三心のおしへも愚痴を先とす。念
仏のすゝめも下棧を本とす。このゆへに無知の輩
の三心の名をだにもしらず。まして義理をも
わきまふる事なけれども。となふれは往生する
とばかりこゝろへて。わづかに穢念するたくひの。つ生
得る事をもとゝして。これらの義により侍るなり
三心は是帰命の心なり帰衆と云は仏たすけ給へとおもふ
心なり。あね陏仏たすけ給へと。心にもおもひ口にも唱
へは。こゝろざしの浅源をいはずがならず往生をとぐべき
なり。又願心をつとむるは。便侘事観に。過たるはなし
万事夢也。誰か浮雲の栄にたのしまん露命消
やすしひとへに朝の日の影を待ばかり也。只こゝろを
安養のうてなにかけて。念々に飲求せば慈悲加裕の
益に預り九品の往生をえん事。何の疑があらん。往生
の故実是に過へからす。若是虚言ならは。三宝の照罰
有へく候
文保二年
戌八月廿三日
午
良誉在判
一同光明寺四代/光明寺四代官順上人
先師良誉に承りしは我宗におゐても世間を見
るに解を学ぶものは解につゐて勝他の心をおこし
行をはげむものは行につゐて慢心生ず。かれも
まよひ是もおろか也縦智恵を備へたり共。往生に
おもむかん人は。習ひしちゑをは心にわすれて。無智
のものとなり。何心なくうち頼て念仏するこゝろと成
べし。又もとより智恵なからんものはぐちは愚痴の
まゝ悪人はあくにんのまゝ女人は女人のまゝにて助け
給へ南無阿弥随仏と申居て一念もうたがひなき
人こそ往生決定し侍るへき也。是は智恵有人の
ちゑなきおもひをするよりも中〳〵愚痴のものゝ
まゝの心に信ぜんこそ。三心具足の行者にて。本願
にも相応すべしと仰られし是虚言にて候はゝ
六方の諸仏の証誠有べからす
一康安元年庚五月廿六日良順在判
同光明寺五代順誉上人
先師良誉良順の両師に給仕し奉り。日々に
承り候。中にも浄公往生の故実といふは。先我身
をへりくたりて。自身は罪悪の身なり。無始より此
かた。三界六道の間。いづれの生をか受残し。徒に死し
て。さらに益なし。されば我と生死を出る事有まし。
たゞ仏の願力に乗じて。罪悪の身なから。浄公に往生
すべき也。今まで生死にめくりけるは。此法にあは
ざるゆへなり。あひがたくしてあへるは。往生の期至り
けるよとうれしく。いそがはしくもおぼえて。願心もすく
見。念仏のこゝろもいさましくならんは。吾往生の信心
決定しぬるよとおもふへき也。かくのことくならんは。
終乗の夕部には。来迎引接にあづかり。無生の巨益
にすみやかに通入すべしと。仰られゝひしなり。此聞
真実として。三宝を証とし申なり
○十一月三日順誉在判
永享五年
永享五年己酉十一月三日順誉在判
一同光明る六代常誉上人
先師順誉良明の両師の趣は浄土の往生は。信心を
さきとす。さればかしこがほなれ共。うたがへは詮なく。
おろかなれども決定の信は。大切なるべし。万法は只信が
所作なれば。石におゐて虎のおもひをなししかば。堅き
石に矢の立事を得たり。有為の仮法性にしたがふ事
かくのごとし。いはんや無漏の実法頼心に随ひて。往生
せん事。疑有べからず。但かやうに侍れ共。病をうけ置
の終らん時は皆徒事也。助け給へ南無阿弥陀仏と唱て
浄公を欣慕するより外は有べからず。吾気分に
随ひて。往生の心ざしをいたすべき也我よりも
志深く。行もたけたるを見ても。是程なくして。
往生いかゞとおもはんは。ひが事也。鶴の足長きをも
きらず。鴨の足の短きをもつがず。おのれ〳〵が。分ぐ
の位をもつて。積名せば。命終の時。仏の加裕を蒙り。聖
衆現前し。十念相続して。必往生をとぐべしと承る
もの也。此聞実に候。若偽に候はし。二尊筌給レ之
康正二年
二月五日
九日
亥
たれもしる。なむあみだ仏の六の字を
つたえてこそは。なをたふとけれ
折言給ふ七代の御言葉。今の祭此御心に叶ふまじきは。やくも
すれば。他の信心の。あさき深きを論じ。或は。我宗〴〵に。法空
して。他の法を嘲る事。仏の御心には背きなん。釈迦御慈
悲の。まなじりを開き。縁楼縁法とて。人々の心〳〵に。
成仏の種。それ〳〵にあたへ給ふといへり。然れは。他をそか
は。釈迦仏を誹謗し奉るにおなじ。故に。誠に。獅子身中
の虫なるべし。古語二曰。他非我不レ非。我非自有レ過。いはんや弥
随本願には。五逆十悪のものも。たすけ給へども。誹謗正法
のものをは。極楽世界これをのぞくと有。念仏の人すら
かくのことし。其数にいらん事。おそるべしかなしむべし。
念仏は火海のごとし。虚空のことし。もろ〳〵のうろくづ。
一森羅万儀。穢宅不浄是をきらひ。かれを捨るに非す。
資も。うときをも。其機によく随ひ。感応道交し
て唱ふれは。仏水波たゝえて。衆悪のちりもそゝぐと
也。されば元祖上人は。赤子念仏と。仰せ給ふぞかし。赤子器
仏とは。いまだ嬰児の母の乳房をはなれずして。しばし
も母見えざれは。跡をしたひ。裔にすがり。なき入ごとく。
弥随尊仏を。往生の母ぞとおもひとりて。みもとを去
事をかなしみ。人めをもはぢをも思はず。声をはかり
になむあみた仏と申せば。御経説のごとく。其人臨
終の夕部には。阿弥陀仏。聖衆とともに。来迎に預り。
観音さつたの。持蓮に乗じて。疑なく。往生すべき
おしへおくうへにも代〳〵の誓びつゝ
南無阿弥陀仏のなをもたふとし
延宝四一
丙辰
一念仏之行者木食
天八月十五日念仏之行者木食
一右七枚の誓ひ文は。去片原の。法蔵にありしを。
うつしとりて。世にひろめ諸人の信心すゝめんが
ため。令二開一板者也
もしほ草かく言の葉の所縁にて
弥陀のおしへにあふぞうれしき
筆者三井三之
つたへえて四方にやちらん代〳〵にとく
見のりの花のひらくさくら木
平田氏法石浄矢板本
Jyv864
此本技堂神戸邑
宮馬氏
一