二人虚無僧

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歌川豐國畫
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フタリコムソウ
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東北大学
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山東京傳作 歌川豊国画 西村屋与八版 編 文化壬申春 城 梅川 忠兵衛 全カ冊 狩 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 山東京傳作 歌川豊国画 用録 江之嶋児が淵の上 来由◯佐上次郎 影哉 南組 時行之事○長崎 勘解由左衛門の亡霊 ○山鳥のおろの鏡○大日坊の怨念 蟷螂に著す○職人画絵巻物 ○讃岐の大神の事 筆冊 め酒 ○青面金剛の霊験 ○猪口悪八郎勇力 ○自休上人道徳 ○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○ 以上 綴 一 第 南 三百七十七日 ふたり むそう 忠兵衞 梅川 忠兵衞 二人○○○○ 全部 九冊 発兌 1522222222222000 同十一日 一鎌倉月影谷白気久寺児梅丸 嵐雪 黄 菊 しら菊 そのほかの 名はなくも がな 一発行書肆 江都馬喰町二丁目 永寿堂西村屋与八 文化七年庚午夏四月稿成 同九年壬申春新繪草紙 山東京伝誌 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 長崎勘解由左衛門亡霊 首 十一 中◯角弐 江屋霊徳 建業孤紙 第二月一日高橋町一番組合員長六十一日本町大阪市町崎村長屋町 しら菊としのぶの里の人とはゞ 歌思ひ入江の嶋とこたえよ 米五升米 おなうきことを思ひ入江の嶋かけに しくすつる命は波の下草 ○ 菊花 入 夢 香 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 一 福香 京山篆 白丸へ ゆ しもべ妻平 男だてをとりひしぐ しのぶの 宗太 新田の こしもと はやざき 丸梅苑 大佛次郎 山鳥 かまきり 雲中に くひ □□□□□□□□□ □□□□□□□□ 鎌倉蛇谷の墓守 大日坊 亀屋忠兵衞 いひなづけの娘 お話方 大和国二の口村 勝木孫右衞娘 かゞり火 EROEERONNNNNNNNSEROTEROERINERISERITERISERITERISERISERISEA 佐上次郎 時行 子御大文 文賜終身当 レ報レ德知家千 里可傳レ 畑六郎 左衞門 時能 家臣 白菊の花の花のなさけの深き海に ともに入江の嶋ぞうれしき 鉄唇 悪八郎 これてした。 十九日 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 此職人八僧巻物 あぶらとり きのふ まだ ざき かへ らぬ いをうり 六角 めさ ぞや たちぎみ すは ぜよ げし ごらん から ま や よく見 きよれにて いらせ給へ 歓生錦帳 春如海夢 入陽台 夜似 年 おんべて 給へ べに べにとき 念 大 蛇が谷 大日坊 摂 刀に 崎 鯰君 江口屋の 梅川 大 にち 同 ぼう 坊の 怨ねん 念 かゞみの せいれい 山鳥 がとかなり おほさかあわびまち 名古屋 亀屋忠兵衛 治平刀 大坂長堀 の郷士 中之縞 蜂右衛門 □□□□□□ ま 卅 り 政子櫛 の図 亀屋妙閑の甥蟹平 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 昼は き て 孫 宿 門 第 綴 夜は わかり 神嵜の遊君 梅川 影山鳥 なかれ ける 浪花 一御まら亀屋 忠兵衛 一同二月一日 南通同様ゟ分分ゟ四百五十分い「百百百四百四五分同四百百銭百百百百百 亀屋妙閑娘於諏訪 大般若を 読 詞 す 一 善 守護 給ふ □□□□□□ 同様多分分田田弥五次右衛門 南朝ごだいご天皇の御宇建武のころ 新田よしさだかまてのたびやかたにおはし ける時きたのかたこうとうのないし しゆへぐわんありてはやざきといふこしもとを だいさんとしてゑのしまへにつさんを させ給ひけるがかまくら月かげがやつ しら気久寺に梅丸といふ うつくしきちごありてこれも江の しまへにつざんしけるにかのこしもと はやざきとちうにて此ちごを 見そめある日思ひのたけを ふみにしたゝめて梅丸におくり さま〴〵にかきくどきけれども 梅丸はやがてしゆけをとぐる 身なれば心にしたがひがたしと すけなくいひはなしふみを なげかへしそでをふりきりて にげゆきぬこゝに又へびが やつのはかもりに大日ぼうと いふあくそうありかのこしもと はやざきがあんじつの まへをとほるを見そめて れんぼの女みにまよひけるが 此ていを見てさてはかの女 梅丸にふかく思ひこみたる やうすなりかくてはわがこひ かなふべからずよし〳〵 ひとつのはかりことを もつて梅丸を むしつのつみに おどし だ…… 四 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 〽やがてしやけを とげるみなれば 手にとる事も なり ま せぬ かの 手に入 ひとりひに うなつき 仕候 はやさきが とりおと ふみぬ ひそ ひろ ごらうじて くださん 中ヨケ谷 塔之辻 〽あの 女め どうりで おれが いふことを おらぬ エこれぞ よき はかり ことの たねなりと ゑみをふくみて たつたるをりしも けん長寺の くれ六つの かね ボヲンタ〳〵 日ぐらし とゑ 海傍 願主 社令堂、立 塔 之 倉 鎌 かゝるをりしも小さめふりきにければ 大日ぼうがさをさしてとうのつぢへ さけをかひにゆきけるにふるあみがさの ろうにんものちつとのまあいかさをかして おくりやれといひつゝそばによると見へしが 大日ぼうをとつておさへかたなをぬいてむなもとに おしあてたり〽大日ぼうは大たんにてきのもめなれば 身をかはしておきあがりかもろうにんのうでくびを しつかとおさへ〽こりやアなんとするのだと いひければ〽ろうにんはかたなをさやにをさめ われかくなせしはしさいありへびがやつの □□□□□□□ 辻 ものなりとかねてきゝおよびしゆゑ かくなしてそのほうがたましいを ためし見たるうへ一大事を たのまんと思ふゆゑなり その一大事といふはべつぎに あらずそのかみごだいご天王 につたよしさだにたまはりし 山鳥のおろのかゞみといふ めいきやう今八月かげが 大日ぼうといふは大たんふてきの やつのしら菊寺のほうそうに あづけあるよしそのほうかの かゞみをうばひくれなば ほうびのかねはのぞみしだい くれまいかと なんとたつまれては いひければ 〽大日ぼう 〽ちご 梅丸 むしつ のつみに おちる そんな事はこつちのえてもの うばひとつてしんぜませう 〽〽かならずぬかるな がつてんかわが名は かさねてなのるべし 〽にはか あめに なんぎ おろのかゞみ おろのかゞみ ふんじつ 小山田 とのゐの助 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 〽大日ぼうは ひとりぞく〳〵 うれしがり あのかゞみをうはひ とつてかう〳〵すれば 梅丸をつみにおとし ろうにんからは ほうびのかね 両の手に うまいもの 天のあたへとよろこびつゝ そのよしらざく寺の ほうぞうへしのびいり なんなくかのめいきやうを うばひとりそのはこの ふみを入おきあんじつにかへりて まちけるにほどなくかのろうにん きたるにぞかゞみをわたしければ一 なかへかのこしもとはやざきが 殿 ○びやうぶ とうへんをよめばよくわかるなり○さてまいねん九月九日一ツ としてにつたのやかたゟしら栄寺へあづけある山どり 〽七かへのつゞき」ろうにんは大によろこびほうずの金五十両わたしてかゞ くわいちうしゆくへもしれずなりにけり此ろうにんなにものといふ事 おろのかぐみをつるがおか八まんのしんぜんにそなく かぐらをそうしてぶうん長久をいのられけるが ことしもすでにその日にいたりければ国つたの かしん小山田太郎高つねが一子とのいの助 いまだつのがみの少年なれどもその やくめをかうふりしら菊寺へたちこへ けるに此時寺主自休上人は あんぎやにいでゝるすなり ければなつしよぼう ほうぞうゟ かゞみの 〽大日 ぼう しはこを 〽ちご 梅丸 あふ じ とのいの助のまへにて ふたをとりけるに こはいかにかゞみはふんじつ して一つうのゑんじよ出ぬ そのぶんをよみあぐるに につたのこしもとはやさきが かたより当寺のちご 梅丸がかたへおくりたる ふみなればかゞみのふんじつ 梅丸がおちどとなりにつたよしさだ ぢき〴〵のげんめいによつて梅丸を 江のしまのうみへしづめにかけらる べきにきはまりすでにその日に なりければあはれむべし梅丸を 江のしまの岩上にひきすへけるに 江のしまの岩上にひきすへけるに 梅丸はむしつのつみのいひわけなく 心のうちのかなしさは何にたとへん かたもなく今をさかりのちこざくら あらしにちらすふぜいなりしが。なにごとも あふぎに二しゆのじせいをぞのこしける 思ひ入江のしまとこたへよ 〽うき事を思ひ入江のしまかげに すつる命はなみのした草 といふうたをかきおはるとひとしくなさけなくも たかてこてにいましめびやうぶ石といふせきひを せなかにくゝりつけておもしとなしへぎたんあいの ごとくなるかいちうへなげこみければたゞしらなみ はつととびちりてそこのみくづとなりにけり理つゞ 江の島 児が ふち 来 みなぜんせのいんぐわとあきらめてなく〳〵 〽しらざくとしのぶのさとの人とはゞ まへのつゞき此ことをつたへきくものあはれをもよほしなみだをおとさぬは なかりけりこれよりのち此ところをちごがふちとなづけてその名は 今にのこりけり○かくて又ふぎのあいてこしもと はやざきは いへの おきてを そむきし つみ のがれ がたく ついに ほう ばら ひと なり わがふみ けるが ゆゑに 梅丸が むじつのつみに おちたることをふかくなげき ともになき身とならばやと えのしまにゆき梅丸がさいごの ところにてねんぶづすへんを たむけうはぎをぬいでそのうらにゆひの ちしほをしぼりて いつしゆのうたを かきのこす 〽しら菊の 花のなさけの ふかき うみに ともに入江の しまぞ うれしき とかきてそのまゝ かいちうにとび入て ともにみくづとなりにけり 次のゑのわけさて梅丸は ちひろのうみのそこにしづみて 死におはりけるがあやしいかな かいちうのいはあなのうちより はたひろあまりの大じや あらはれいでしろぢのにしきの よろひひたゝれに しろいとおどしのよろひをちやくし しらあやのおほくちを しらあやのおほくちを はきたるむしや そのりやうのせなかに またがりけるが梅丸が いましめのなはをとき つぎへつゞく 第 三 綴 まへのつゞきひとつのどくろをもつて梅丸がひたいを 子にてありしかこれがすなはち父ぎみの なづるとひとしく梅丸はたちまちいきふきかへして どくろかやなつかしき父ぎみとてなみだを よみかへりかいちうもくがにあるがごとくなりときに はら〳〵とながしつゝ思へば〳〵うらめしき 此むしやいひけるはそれがしは佐上入道高時公の家臣 新田義貞われいまそせいしたるこそさいはひ ながさきかげや左衛門ためもとがれいこんどりさんぬるなれこれよりいんほうをくはたて義貞にちゝの 正慶二年五月廿二日佐上入道どの新田義貞が うらみをむくふべしとさもうつくしかりし ために御一門他家のめん〳〵すべて八百七十余人 ために御一門他家のめん〳〵すべて八百七十余人めんしよくたちまちおそろしくへんじつゝ かさいが忠東勝寺にて御じがいありそのきざみまなこをさうだてこぶしをにさつていかりければ それがしは一千次郎高しげとと迄に由井が陰にてかげゆ左衛門おほきによろこびいさまし〳〵 うちじに仕りそのれいこん此海中の悪龍となり うち足にねりそのれはこん此海中の悪転となりそれかしがこんばくきみのきやうかんに 何とぞ義貞にあたをなさんと思ひ候へどもいまだとき 何しとぞ義貞にあた成なさんと思ひゆへどもいまだときわけ入ともにちからをそへ申さんといひければ いたらずむなしく月日をおくり候君はまさしく入道どのゝ いたらすむなしく月日をおへり候君はまさしく入道との 御上男おさな若を加目寿と申せしおん方なるが三才の きづかひすなひそかにみかたをよせあつめて おんときなれば入道どのゝおんたねといふことをもさだめて やがてぎへいをあぐべきぞとてかの 御ぞんじあるべからず入道どのゝごじがいのきざみ ひやうぶ石をさし上て海上にうかみ上り ければかげや左衛門がれいこんは龍に 須磨三郎のり高といふものきみをすゝひて信濃の さゆへおちゆきしがそのゝちはおんありかをしらずまたがりてそらたかくつきしたがふ くにへおちゆきしがそのゝちはおんありかをしらず またがりてそらたかくつきしたがふへ 今はからずもおん目にかゝりしはわがぞんねんを をりからおほあめしやぢくをながし とぐべきずいさうこのどくろはすなはちこれ くろくもいなづまはたゝかみうつまく おんちゝぎみさかみ入道どのゝおん遺骨なりとて わたしければ梅丸はこれをうけとりわが身はいやしき なみのおとたかくすさまじかりける しだいなりのちに佐上次郎時ゆきと どみんの子なりと思ひしがさては高ときとの なのるは此梅丸がことなりけり 江の 嶋 海しやう 上 け の 三十 此とくろは おんちゝさがき おんちゝさがみ 入道どのゝ どゝろで ござり ます 梅丸 そせい いんぼうを たく そこの 〽梅丸 入道 どく ろを くち くはへ 〽梅丸 そせい して しやう いづる 〽いさし 虎 こん ばへ きみ きやう かんに いつて そへ らん あら よろ しや よみはじめ かくて梅丸が そせいしたる ことを何ものか つけたりけん につたのけらい □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ くみにのめん〳〵 此所にはせきたり 一梅丸やらぬとおつとりまく 梅丸はたちあがりしや こしやくなるかとんぼめら みぢんになさんとかけまへり かのせきひをとつて打つゝれば おほぜいいちどにおしにうたれ ちをはいてしぬもあり まなことびいでしぬもあり ておひしほんかづしれず みなちり〴〵ににげ うせたり梅丸は今は 心やすしと こゆるぎのいそべを さしておち行ぬ つぎのゑのわけ ○さてこしもと はやざきは ゑのしまい うみへみを なげしが なみにゆられながれて 小ゆるぎのいそべに 〽梅丸にかげゆ ざへもんが こんばく のりうへりて 大りきと なり くみこの ものを かいつかみ あたるを さいはび 人つぶて かみへほん〳〵 なげこめば みづけぶり 立のぼり ちどりの ねぐらを おどろかし すさまじ かりける いきほひ まへのつゞき うちあげられて いのちつゝが なかりし所に へひがやつの 大日ほう はや あほう ばらひに 工あやしめば 〽ふしんはもつとに われしさいあつて そせい したり こゝかま はずと はやく〳〵と おとしやる きゝ ゆくへを たづねて 此ところへきたり それと見るゟ だきとゞめさま〴〵 かきくどきけれども はやさきはことくしん せず又もうみへ とびいらんと しければ 大日ぼう はやざきを くゝし あげて かた はらの もかり ふねに ありあふ かまを おつ とり 梅丸に はむかへば 梅丸はかまをもぎとり 大日ぼうがのとぶゑを かききるに大日ぼうがむなれゟ しんくわもへいで一つのうまきり とびいでゝはやざきがあとを 〽十一日 ぼうの ねん かま きり なつて はや さき さる ぐつわを はめ うばひ ゆきて ゆる〳〵 くどき おとさ ばやと したふておひゆきぬ 此とき大日ぼうが手に はやざきがふり袖を 引ちざりて もち 此そでの とゞまり とゞま たる ける ところを ひつたてゆく をりしも梅丸 これをはるかに いつけて はつけ大日ぼうを とつてなげ はや ざきが ▲ 金 今に たもとが からと いひつたふ 大日ぼうがおんねん かまきりとなりたるは かまにてころされたる ゆへなるべし○かくて 梅丸はかたせ村の びろのをゆきけるに こゝにしのぶの そうたといふ 人かひ あと おひ やく いましめき ときやるに はやざきは〽ヤアおまへは 梅丸さまどうしてこゝへ ゆうれいではござんせぬかこ▼ すがたを見て かどわかして これゆくべしと そばにより せんこまは ごふやう やこ□ しら川の 人ちらい さいつひ 三日 〽 梅丸 よわ〳〵 しき ていに 見せかけ ゆだんを 見すまし なるこのなはを たぐりよせしばり あげていひけるは 〽われわけあつて たこくへゆくに みにろぎんの たくはへ なし なんぢが くわい 一銭二十五軒 はやく 二郎へ すき あんに そうは 傳 京 作 國 豊 画 三ノ巻 彫工鈴木栄次 十一 掛川 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ を三万石 まへのつぐさ〽なんのかね しねにやなばきをうへてくだがりませあれば なきけるゆ人今にのしまのはうちのわきは なきけるゆへ今江のしまの いふちめいあるとかや此とき先右のいなむらのかく やうなるふかあみがさのろうにんもの此ていを見て 〽何れはしのぶのそう太がくわいちうにもいろうにものろうにものろく おひやりけるにかの二人のろうにんものあみかさをと そば江より梅丸を上座になほしてうやまひける 梅丸は此両人なにものなるやといぶかりけりかくてよ いひけるはごふしんはごもつともわれ〳〵はさがみ入道し さんぬる正けいのたゝかひにわれら両人よしきだがぐんせいを ごくちくじのきりどほしにさゝへてじさつといひふらしいのちを ながらへしよこくをめぐりてしもび〳〵にみかたをあつめ なにとぞよしさだにしゆくんのあたをむくめんと思ふ所に きに此かまくらにおはずときゝ出ん目にかりていさいを かたり主しやうとあふぎ奉らんと此たび 当地人まかりしところけふはからずもあめに かゝりしはさいはひ也といひけれは梅丸は大に喜び むしめのつみにてしづめにかけられ かげゆざへもんがぼうれいにあひて ことをくはしたることをくはしく かたれば両人はきいの思ひを つなし大ぶつ次郎くはいちうゟ はたをいだして奉れば梅丸は さがみ入道のどくろをいだして 見せ三人ともに東勝寺の 山門にのぼつてなほどもみつじを かたりけるをりしもうしろゟ しのぶのそう太おどりいで やうすはきいたちうしんすると いひすてゝ山門をかけおりるを梅丸は とびかゝつてゑりがみつかみくびねぢ きつてすてければ両人はそのゆうりきを 梅丸をしゆごしていづくともなくおちゆきぬ かんじに梅丸をしゆごしていづくともなくおちゆい これよりつぎ梅川忠左衛川忠兵へせわばのはじまり うさき なら かしん大ぶつ次郎さだなほかなさば七郎さだまさと申そのほふの やつらだ 篇かるわた信川の記念入中本二冊十返舎一九戯著 申 きやういちばんむすかはかた柳亭種彦作 道具屋 〇京一番娘羽子板全六冊 分亀、 定紋花輪誓 於一 桜川慈 全 柳川重信画 豊国門人歌川国 春 會 金百 草 紙 目 録 清川 新亭種彦作 文七 梅楼振袖日記全三冊 く竹塚東子作 人孝奇談讃実録全 歌川国丸画 菊川英山画 関亭伝笑作 燈金二冊 運輝長者万燈 歌川国長画 忠臣蔵 竹塚東郷作 金百冊 雪のいろは 滑稽緬 同同吉原門 感和亭鬼武作 浮楽鏡虫義見ヨ 通全三冊 誘付 一□にもいはら 同新兵衛 野町三月貞金公 一高野町一冊 之曰 菊川英山画 徳廟校 德廟校即刻卿大臣 東西菴南豊作 二人在門じかしにもこまいかべにも 楚全六州 二月二日朝朝正正朝 二葛菓 鎌倉屋 一金五匁あらうめあらうつね 一 あふみ堅が あふみ堅上に自治助 勝川春扇面 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 橋本徳相備 二百五十五人 米を献上 右不残売出被申候 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 同二 同同十一丁 永壽堂門村屋貞門 豊 画 國 京 傳 三ノ巻 彫工鈴木栄次 一正一 をそゑ所 まへのいゞきなんのかね しるしにやなぎをうへてくだがりませあれど なきけるゆ人今にのしまのはうちのわきは いふちめいあるとかや此ときは右のいなむらのかし やうなるふかあみがさのろうきんもの此ていを見て 梅丸はしのぶのそう太がくわいちうにものふく おひやりけるにかの二人のろうにんものあみかさをと そば江より梅丸を上座になほしてうやまひける 汝丸は此両人なにものなるやといぶかりけりかくてよ 梅丸は此両人なにものなるやといぶかりけりかくてま いひけるはどふしんはごもつともわれ〳〵はさがみ入道と かしん大ぶつ次郎さだなほかなさば七郎さだまさと申そのかふり さんぬる正けいのたゝかひにわれら両人よしきだがぐんぜいを ごくらくしのきりどほしにさゝへてじさつといひふらしいのちを ながらへしよこくをめぐりてしのび〳〵にみかたをあつめ なにとぞにしさだにしゆくんのあたをむくめんと思ふ所が きよ此かまくらにおはずときゝ出ん目にかゝりていさいを かたり主しやうとあふぎ奉らんと此たび 当地人まかりしところ給ふはからずもおめに かゝりしはさいはひ也といひければ梅丸は大に喜び むしつのつみにてしづめにかけられ かげやざへもんがぼうれいにあひて こそせいしたることをくはしく かたれば両人はきいの思ひを つなし大ぶつ次らくはいちうゟ はたをいだして奉れば梅丸は さがみ入道のどくろをいだして がさき おなら 見せ三人ともに東勝寺の 山門にのぼつてなほもみつじを かたりけるをりしもうしろゟ しのぶのそうそおどりいて やうすはきいたちうしんすると いひすてゝ山門をかけおりるを梅丸は とびかゝつてゑりがみつかみくびねぢ きつてすてければ両人はそのゆうりきを かんじつゝ梅丸をしゆごしていづ〳〵ともなくおちに これよりつぎ梅川忠兵兵へせわばのはじまり やつらだ 篇かるわき信川の記念入中本二冊十返舎一九戯著 申 繪 草 紙 録目録録録 録 春 きやういちばんむすかはかた柳亭種彦作 道具屋 初全六冊 ○京一番娘羽子板全 於亀 はなわらか候桜川慈 定紋花輪誓 桜川慈 全 於 柳川重信画 湊川 柳亭種彦作 日記全三冊 梅櫻振振 文七 豊国門人歌川国 ・竹塚東子作 貝類全八冊 人孝奇談讃賢録全 歌川国丸画 菊川英山画 関亭伝笑作 運輝長者万燈 燈金二冊 歌川国長画 忠臣蔵 竹塚東柳作 金一刀 雪のいろは 滑賀緬 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 感和亭鬼武作 浮楽鏡虫義見通 通全三冊 誘有 同断簡薬竹堂作 これありいはく 間野楽二月貞金 同同同町町一月貞分 同同同同三月貞金二冊 により増高野町三月貞金 厚二月貞金ノ金 菊川葵山画 之曰 徳廟校 同同利三太殿 東西菴南山作 二人左ヱ門じめし下めこまいかべき 二分葛葉 麓全六間 ○靑字染小万紅筆 勝川春扇面 下鎌倉屋 橋本徳相備 金石あらうめあらうめあらういふ 五郎 一貞真公様姉川貞 同村様信信濃守 同断同二十五 あふみ堅上に □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 十一日 一右不残売出被申候 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 十二月 永潟重門 同同同同同 同永壽堂門村屋貞門村屋貞八奉行 文化 壬申之 春 西村屋與八版 全部九冊 山東京伝作 歌川豊国画 梅川 忠兵衛 こむそう 二人四ひし 編 山東京伝作 歌川豊国画 粟洲 二人痘無僧 永寿堂繍梓 中編に そも〳〵山どりのおろのかどりのおろのかゞりのかどりのかたちを ゐつけたるかゞみにてさきだつてごだいど天わうにつたよし貞になりたる〳〵〳〵 ものなり此かゞみじんべんおしぎのきどゝありていらなるなんひやうきびやう なりとも此かゞみをいたゞがすればたちまちへいやするめいきやうなり ○さてよしきだ公山どりのかゞみのしんじつはさつするところさかみ入道の よるいのしいざなんべしとて出しんに山田といいの身に入道のよるい ならびにかさんのせんぎをいひつけ給へはとのいの助しもべつま平を つれてかのくらもほつそくしまづみやとをこゝろざしあしがら山を こへて竹の下道の書せんじやうにさしかゝりけるに国はかに 日くれてあまたのいんくわとびきたると見へしが くうちうにやりなぎなたたちのたゞひひらめききたり 人のかたちは見へねともおめきさけぶこゑきこんぜんご さやうよりきりつけけれはとのいの助つま平出たなを ぬいてきりはらひけるがいんくわしだいにしうえし 第 四 つるきのあめとなりかゝりけるにぞさしもにたけき 両人もてきしかたく見へたる所にさきほどよりうじろの かたにしゞうをうかがふ童老鶴髪の道人たちいで きたりしやくじやうをもつてきりはらひければたちまち いんくわきへうせてもとの白日となりにけりとのいの助きいの 思ひをなしいかなるおんかたぞとたづぬるに道人いはくわれは 世をくもみづつかたびぞうなりごにち又めぐりあふべき しせつあり今はわが色をいはずことてへうせんとしていかれけり 此右せんじやうはせんねんよし貞公小山田太郎をさきてとして 綴 さかみ入道の一ぞくをあまたほろぼせしところなり とのいの助は小山田太郎が一子なるゆへにうらみをむくはん ためなるべしかゝてとのいの助はつま平もろともみやこの かたへいぞきゆくかの道人なに人といふ事 すゑ〳〵のまきをよめばくはしくわかるなり へじやく ねんの わたくしへ げんめいの あり 大やく がたう そんじ ます □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 〽小山田 太郎一子 とのいの助 〽さがみ入道の よるい山どりの かゞみのゆくへを たづねよと もつねよと いひつ 山東京伝作 歌川豊国画 粟靴 二人屋無僧 永寿堂繍梓 中編 そも〳〵山どりのおろのかどりのおろのかゞりのかゞ見といふはうしに山どりのかたちを ゐつけたるかゞみにてさきだつてごだいご天わうにつたよし貞に香りたる〳〵 ものなり此かゞみじんべんおしぎのきどくありていかなるなんひやうきびを なりとも此かゞみをいたゞかすればたちまちへいやすかめいきやうなり 中 ○さてよしさゞみ山どりのかゞみのふんじつはさつするところさかみ入道の よないのしげざるべしと其かしんに山田とのいの助に入道のよるい ならびにかくんのせんぎをいひつけ給へはとのいの助しもべつま平を つれてかのくらをほつそくしまづみやこをこゝろざしあしがら山を 扁 こへて竹の下道の士せんじやうにさしかゝりけるににはかに 日くれてあまたのいんくわとびきたると見へしが くうちうにやりなぎなたたちのたゞひひらめききたり 始 人のかたちは見へねともおめきさけぶこゑきこんぜんご さやうよりきりつけけれはとのいの助つま平かたなを さやうよりきりつけけれはとのいの助つま平出たなを ぬいてきりはらひけるがいんくわしだいにしうまんし つるきのあめとふりかゝりけるにぞさしもにたけき 第 両人もてきし。かたく見へさる所にさきほどよりうしろの かたにしゞうをうかがふ童老鶴髪の道人たちいで きたりしやくじやうをもつてきりはらひければたちまち 四 いんくわきへうせてもとの白日となりにけりとのいの助きいの 思ひをなしいかなるおんかたぞとたづぬるに道人いはくわれは 世をくもみづかたびそうなりごにち又めぐりあふべき 綴 しせつあり今はわが名をいはずことてへうせんとしていかれけり 此古せんじやうはせんねんよし貞公小山田太郎をさきてとして さかみ入道の一ぞくをあまたほろぼせしところなり とのいの助は小山田太郎が一子なるゆへにうらみをむくはん ためなるべしかくてとのいの助はつま平もろともみやこの かたへいぞきゆくかの道人なに人といふ事 すゑ〳〵のまきをよめばくはしくわかるなり 貞 〽じやく ねんの わたくしへ げんめいの 大やく あり がたう そんじ ます 一 〽小山田 太郎一子 そのいの助 〽さがみ入道の よるい山どりの かゞみのゆくへを たづねよと いひつ かる これよりつぎり ゑのわけ それはさておき梅丸は 大ぶつ次郎かな波七郎に いざなはれていがのくにく いたり国王の 右寺にひきこもり ちきがみ入殿の ざんとうをあつめ うさぎのちを しぼり さけに まじ へて かひ さか もりを なし けるが ながさき かけや さへもんが れいこん 龍 いして いねに梅丸 をしゆごし けるとゝや これより梅丸 けんぶくして佐上次郎 ときゆき じせつをまではたあげし よしさだをほろぼすべしと もつはらぐんりよをぞ めぐらしける ○さきだつてより 御ひろう仕置 京傳作 骨董集 と申好古 まんろくの書 ちか〴〵に 出板仕候 京傳 ゑいら 豊国 風 はまだ此ものが 霰藻類 京伝様と国画 一腹筋あふむ石 と丁すゑ入越俗中本 二輪三編出来売堂土器 いが E □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ なが 〽たいこ 〽ひんぼう みはじめしこゝに又せつしうなにはあはひまちの ひきやく屋かめやちう兵へといふものありもと ろうにんの子なりしがようしやうのときこの かめやへ養子にきたりそのゝち養母 おすわといふむすめの子をうみつひに 養父はみまかりければ忠兵への かとくとなりようぼはかみをおろして みやうかんとぞいひける此忠見へ よみかきさん田は いふに 〽かぎやうを なまけ 大酒をのみ ゑよう あそびに むだぜにをつかひ しんだいつぶす びんほう神の 身のゆくすくは さらし 此ざまじや わかいものへの みせしめに びんぼうがみを おくれ〳〵〳〵 〽かん さきの 太夫 〽めい〳〵の むすこらに 此びんほうがみの うへらぬやうに はやくおくり だして 正じき りちきによくかせぐ ふくのかみをむかへるが ようござるてや ことに きよう にてものごとに かしこく ようぼ みやうかんへ 孝行をつくし おすわを いもとのやうに れいぎたゞしく あしらひて あはれみをかけ ことのほか くちぎ にて 代 ようふの しのつれし しんだいを たてなほさんとあけくれかぎやうにせいをだし わかいものににあはずちりがみをふところにし もの見ゆさんにもゆかず寺まいりのほかは しばゐさへ見ずそうかひとつかつたことなく なにひとついひぶんのなきものなれば みやうかんのよろこびいふべくもあらず 此うへはちか〳〵に おすわとめあはせ うゐまごの かほ見る ばかりと そろ〳〵 しう げんの こゝろじたくに かゝりぬ ○そのころなにはづ にやとしのくれに びんぼう神お上りと いふことをなしぬ 一いづれのむらのならはし これはわらにて人の かたちをこしらへ あみがさをかぶせ かみこをきせ かみこをきせ 竹のわきざしをさゝせ やぶれあふぎきもたせ 大じんのおちぶれたる ていにつくりてこれを びんぼう神のしんたいとし けいせいのふみはだい一に びんぼうをまねへものなり 〽おかゝさん おあしを さすり まし女 〽おすとして あすい よいまゝを すえ申て 忠兵兵へどの きのつき やうに しやれ かんざきの くるいの 太夫の ふみがらを もとめて のぼりと なしわかい むすみを もちたるおやぢども あつまりかねたいこに どらをまぜて打ならして これをおくるゆゑに ごらをうつと いふことばくこれゟ おこると いひくたふ おやぢども あへまり 此ことを なしてかの びんほう がみの しんたいを かんざき ばしな すておきて かへりけるをりしも かめやゑみへ かふせの ゆふ まへのつゞきあみがさにかみこのてい 身なげにやとおもひ なが〳〵のちうにんのみにつまりたる いそ がは あらけがらはしやと思ひてひきさき すてけるが此ときいづくともなくかの へびがやつの大日ぼうのれいこん あらはれきたり たち たすけばやと いだきあげて とにん ぎやう なるゆへ ながら おかし く 思 ひ かくらん けるが 四ツ いぢに すて おきたる かの のぼりの ふみがら 忠みへが あしに 〳〵わらにんぎやう よりはびんあんぎやう よりはびんほう神の 正たいあらはれ いでけるが 大日ぼうの れいこん びんぼう神に むかひて 〽われ いひけ事は かまくら にて 恋したひし につたの こゝもと はやざきと いふをんな ゆゑあつて 今はかんさきの きらひ大酒をすきまんざいげいせにに くるわ江口屋の梅川といふ 名高き上夫となるよつて られ今此忠兵衛がからだをかり ひにくにわけ入て梅川にしたしみ しやばにて思ひこがれたるもうしうの心を はらさばやと思ふなりなんぢは又なにものゝれいこん なりそといへば〽ひんほう神いはく〽いふ迄おろかや われはこれおぎやうを計らひおどりをこのみいけんを しきりに あつて見たく思ひけるが くるわはつひにいちと のぞいて見たこときへ なければみちみ けいせいはどふしてかふ ものといふあんないも しらざればこれに こまりてゐたるをり かごか〳〵かごやち いふこゑに これさいはひと おもひ かんざきまで たのみたいといひつゝ はやのりうつれば かごかきどもは よいだんなと思ひつゝ かしこまつたと いふよりはやく とぶがごとくに はしりゆくに そのかごのうへに そのかごのうへに かやきり とりつきて ともにゆきぬ ○よしさどの よしさどの } きたのかた うし まとふ をおも とり かけで あげで よむにこれ あだ〳〵しき ふみならず おやざとへ つかはすふみ にてはなはだ 孝心なる もんごんを かきかんざき 江口屋にて 梅川ゟも しるしあり 右みへわが りちぎなる心ゟ けいせいといふものは おにかじやのやうに 思ひゐたるに けいせいにも かほどに 孝心 なる もの あり はまりこんで七百貫目といふ しやくせんをおひあしだをはいて んざいをすべし しんだいをけつぶしふやあみがさのあかばりて かみこの火うちわきざしのこじり つまりし身となりしびんぼうがみの とつちやうなるがかやうに 村〳〵をおくりだされて 村〳〵をおくりだされて 身をかゞむ所なければ 此忠兵へがからだの内を しばらくすみかに せばやと思ふなりといふ 〽大日ぼうこれをきゝ 〽それはさいはひのことなり しからばなんぢといれと かつたいして此忠兵へが ひにくにわけいり あしき道にいざなふべしと いふかと思へば大日ぼうは たちまちかまきりと けして忠そへにつきそひ びんぼう神のかたちは きへうせて一つのしんくわ 忠兵へがふところにこひ入ぬ るい をやし ながしけるがいや〳〵 けいせいのふみなどわかいものゝ かりそめにも手にふれるものにあらず これ忠兵衛が目には見へざれどよ をりふしばるかうしろのかたの 一かんざきばしのうへに童顔 鶴髪の道人たゝすみて くはしくこれをけんもん 見聞す▼ ないしに つかへたる こしもと はや さき たずかり 京の おやざたへ かへり □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ をり □□□□□□□□□□□□□ ひやう にて かんざきの くるわへとをうふ 江戸屋の梅川といふ太夫になり うきが中にぞくらしける〽とておめや 忠兵衛は江口屋をたづねて梅川記 あひけるに梅川ははつにあふくより 忠兵衛がおみざししら南寺の 梅丸にいきうつしなればつぎへつゞん まへもつゞきひたすら心をかたふけ これがあくゑんのはしとなりて 日ごろてつせきのごとき 忠兵へがたましいさつぱりと 入かはりあめにも 風にもくるわに かよひいひ なづけの おすわを きらひ て しう 〽とうしよ ふあんないの われらなれば何事も よきやと たのみます 〽うまきり つきそふ 人の目には 見へす 〽これは きつい じやう だんを おろしやり まか まづ お一つ あがり ませ ざれば 養母 〽モシ かんの くろう むすめ おす わが もふかんざきへ いつぱいのなせて くださりませ ごぢよさいは なげき いふべき とばも あるまい十ア ぼう ぐみ けり 同十二日 なりけるが忠兵へはしだいに梅川とふかきなことなります〳〵 おをわをきらひてしうげんをのばしきんねんしもつれし しんだいなるうへにわづかのあいだにおほくのかねをつかひ なくしけるゆゑないしやうのくめんはなはだ あしくぞなりける〽さて亀屋の ろうぼみやうかんのおいに かに平といふものべつたくして なにとぞ忠兵へをおひいだし かめやのあとしきをおゝりやう しておすわをわが女ぼうに せばやみ忠兵へが身もち ほうらつをさいはひに 本のしまの蜂ゑもんと いふものと心をめはせて さま〴〵にわるだくみをぞ なしにける○又そのころ ありみく一道の里やうぢをなし 石に人てんちいのいろ〳〵のごどうぐを もへてみゝのありぬとりてすぎはひ 堂あんにみのあるをさらつてもらひいつしか こゝろやすくなりぬ ゐけるがかねておすわに心をかけ みゝのあかとり堂めんといふもの みゝの くつらし とすかに平わるべくみするにはずいぶん みゝがはやくなければならずとをり〳〵 これより一きのゑのわけこくにまたなにはの内 長ぼうといふところになりのしまの落ゑもん といふ郷士ありけるが梅川をふかく思ひあひ見ん ことをつたへけれどもかねて忠兵へとしる人なれば 鹿川は忠兵へにぎりをたてゝこゝろにしたがは ざれははちゑもん此うへはかねもちのいせいを見せて 橋川に思ひつかせ忠みへをことはらせてわが手に入ばやと あるとき江口屋のひきふねどもをそうあげにして よみはじめ「かくてそのとしもくれてあくるとしのはるのすゑにも 〽みのあか とちふ〳〵 一米やの臼ゑもん まぎやの そだ六 酒やの かす九ら きつゝを あつめて しろときやう げんをもよふ こがねのはなを 一ちらしけるが 此神亭 六日 此辺かうぞんと 見てどつかにて 御達候 けるこそはいへに 人ではあざわらひてぞ ゐたりける ○みのゆかはりの 本伝子三百一位男 骨董一次 つねひらうなり 【2号】東京都 此ふりそでは ゆきがみじかい もらひたい 〽二ド の サア それはで あいかた なる 此もの 所は 〽それ にて 思ひ いたせし ことあり きつ ひぜん ぶしに なる によ ちよつ 一へん あたつ て みな 〽はらが 大にきたはへ かつて でざア 〽こんやは 中の嶋の 一地へもんさんの かれのきやくしやがあつまつて きやうげんをさつしやるはやく見たいものた 〽もふ 〽サアをれが 二ツにらんだ所で せり山をいふのだ 其 二 つゞき 〽こゝは ちよくしの でる所 がつたちふ 〽そんなら しやう〳〵 〽たきむねさん 〽のちに あふ せつ つの 〽まれ とな 後へ つれ きやく じや さん なけ 下部長 よみはじめ かくてそのよのきやうげんも すみけるが蜂ゑもん 友だちの きやくに むかひ 忠兵衛 かねて はみ おんみ たちを 見しると いへども こんや かほを ぬりて つね見る かにも 見わからぬ こそさい はひなり やつぱり その かほのまゝ 十一日ゟ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 御馬守 忠兵衛が かへりをまちうけて たゝきふせはぢを あたへて とうぶん 此かんざきへ こぬやうにして くれられよと つなぎ おくべしと 十日いぜん なかの かまくら とゞける たのみければ友たちの きやく米屋の臼右衛門 まきやのそだ六酒やの かす九郎ふるてやのぼろ助 なんど此ことをうけやいしが かへつて忠兵へにしつけられ ほう〳〵のていにてにけかへりぬ これよりつきのゑのわけ かくて又ある日梅川 いなかの天じんきやくに くれられてしんきよみづの くわんおんへさんけいし うかむせにゐたり けるがけさほどふみの しらせによつて忠兵へも きよみづへきたり ければ梅川は 大じんの目を 水ちや屋にて忠壱人に あひけるが忠兵へ いひけるは此たひ いなかの大じんきやく そなたをねひきせんと いふよしいまさらそなたを ほかへねひぎされてはどうも おれが男がたゝぬゆへ此ほうへ ねひきせんと江口やへそうだく 三百両なりとのことこれまでおほくの 金をつかふたわがみなればなか〳〵 うちにまづはやく手つけをつかはして しのびてうかむせを そつと立いでさか下の しかけたるところそなたの身のしろ 三百両といふ大まいのかねきうにはくめん たゞ 小むが 十日 いぜへ ばかり とゞけ おき かんじん □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ ねば やかましくいふてうけとり にくるはひつぢやう にくるはひつぢやう これがまづさしあたつてや くろうじやとためいき ついてものがたれば 梅川はなみだを ながしはいとしや りしせんに できねども大じんきやくにせんをこされぬ 次へつゞめ 〽かめ 〽出ずわ 忠兵へか 心さしの なほるやうにと これもしんきよみつの まへのつゞきいかいくろうをさせまするいなかの きやくのねびきのことはわたしか心しだいにて とうぶんのべることはできもすべきがすて おかれぬは瀬右衛門がかねのことおまへの しつてのとほりかね〴〵わたしにあつて くればとたび〳〵の てかみなれどおまへに きりかたゝぬと いふてへんじさへ した事なけれは いしゆをふくんて ゐるはひつぢやう わたしもおまへが はちゑもんかかねを くわんおんへ 手つけにわたしなさんしたといふ くわんかけに ことをとくにきいたゆゑそのかねは 〽はやくもとしたいと思ひかねの くめんをとつおいつしてゐたをりふし京の六しやう しゆずやまちにもやしやんしたとゝさんがちかごろ 此なにはへひきこしてきたといふてあにさんを つれておもひがけなくきのふあひにきたを さいはひにかねのくめんをたのんで見た所が きづかひするな心あてもあればけふあすの うちにくめんしてやらふといはしやつたゆゑ そふ思ふてあまりくろうにさしやんすなと ものがたりしてゐるところへ江口屋のしも男が きてモシ〳〵梅川さまさつきからだいじんさまが おまへをたづねておはらをたてゝゐられますはやう〳〵と せつくにぞせんかたなくね川は忠兵へをこゝにのこしうかむせへ はち ゑもん かやう〳〵と さきほど 忠兵へと かけやつた ことを くはしく はな せば かに 平は これを きく 〽そふ うけ やつても 忠兵衛が 今のみぶん なる〳〵 あすまでに 五十両の かねの できる あらず といへば 〽はちへもん 〽おれもそふ 思ふたゆゑに わざとての いそぎゆきぬ○そのあとへなかのしまの塚右衛門きたりければ わるいをりと忠兵へはものかげにかくれんとしたるを堀右衛門目ばやく 見つけこれ〳〵忠兵へなぜ手をわるゝかくれるぞ十日いぜん そへ状ばかりとゞけて今に下たさぬかまくらのとゞけがね五十両 なぜゑんにんするぞそれでひきやく屋の法がすむかといへば忠兵へいはく それはしごくごもつとも一ごんの申しわけもござりませぬなにを かくしましやうありやうはそのかねを梅川が手つけにわたし ましたいつはりでないこれ此手つけじやうもんがしやうこ これと申すもひころ出心やすくいたすゆゑふぎりな ことゝ思ひながらとうぶんのまにあはせましたおはらも たとふがどふぞあすまでまつてくださりませあすぢう にはきつとわたしましやうと手をすつてわびければ 〽はちゑもん〽そふうちあけておいやればあすまで 一まつまい物でもないがそんなら なかのしま の蜂へもん かうおしやれおなじ五十両の その手つけじやう文をあす 〽かめや 忠壱人 までのしちにこつちへあづけやれ あすかねをうけもつたらすぐにかへそふ といふにぞ〽忠兵へそれはしこく御もつとも さりながら此しやうもんをおあづけ申せば 五十両のかねをおわたし申したもどうぜん なればねんのためとゞけかね五十両のうけとりを かいてくだされまいかといへば〽なるほどもつとも いかにもうけとりかいてやらふとやたてをいだして さし〳〵とかきはんをすゑてわたせば右兵へは手つけ しやうもんをわたしなにごともあす〳〵とそうほうへ わかれけり○かくてはちゑもんはすぐにうかむせへ ゆき小ざしきにさけのんでゐたるところへかねての やくそくにやかに印きたりければ しやうもんを たくつておいた忠兵へめに ぎりをたてゝおれが心に したがはぬ梅川とても すぐではいかぬゆゑいなか 大じんのねびきの そうだんも ちや〳〵 をつけ 忠兵衛 ぬい よこあひかた おれがほうへ ねひきすれば 梅川はおれが女ほうあとで 忠兵へめがじだんだ ふんでもゆびも さすことはならぬ それにつけて おぬしにたのみが あるほかでもない さきほど忠兵衛さきほど忠兵衛 五十両のうけとりかきをどふぞ うばつてくれまいかそふすると あすのあさまでにかねをもつて うせぬとあいつがうちへなりこんで つぎへつゞく 洛 蜂右衛門 かに平 豊国画 山東京伝作 まへのつゞき母みやうかんの 手まへからかねをうけとり此 橋本徳瓶書 くげづけの五十両をうはにするつもりじやたゞさん此ころしゆびのいゑ忠兵衛 そふすると忠兵衛はおひ出されかねておぬしがのぞみのあのあのかすわはおぬが物じや うまいではないかといへば〽かに平うなつき〽そのぎならはやすいこと いかにもばひとつてしんせましやうわしもいろ〳〵かんがへて見た所 しよせん忠みへめをぶじておいてはじやまになるゆゑどふがなと 思つた所さいはひなるはいく玉のもんぜんにすむみゝのあるとり 堂あんといふものと心やすくなつてはなしのついでにきいたる所 梅川がかたより忠兵へかたへおくつたるきしやうをおそめが とちうにておとしたをかの党あんが心やすいろうにんが ひろつたとの事そのきしやうを堂あんがせわでそのろうにんの 手まへからわしがかひとるやくそくそのきしやうが手にいれば おばみやうかんにもみせおすはにもみせてしやくりかけ 右兵へめをおひださせるぶんべつしかしわしがあしもとをみて そのきしやうを五十両にうちふとぬかすあまりたかいものとは おもへども忠兵へさへおひいだせばおすりはわしが女ぼうなれば 五十や六十の年にはかへられぬと思ひそのかねもおばしうかんが へそくりがねをもちだしてきましたそれについてその手つけ じやうもんをちつとのまわしにうしてくださいおばきのうねの ひきだしへそのじやう文を入おいてこれも右兵へめになすり一け あとでしやうもんはかへしましやう右みへさへぼつはらへば 梅川もおまへの手に入なんとうまいじやないかと手つけ 名古屋 じやうもんをかりていく玉のかたへいそぎゆきぬ □□□ 彫刻 善吉 編 下 始 よみはじめ」かくてかに平はいくたまのもんぜんにみゝのあるとり 堂あんをまちあらせてゐたるにほどなく堂あんひとりの ろうにんものをつれきたり ろうにんものをつれきたりこれがすなはち此あいだすはなし 申したおろうにん梅川が忠兵衛かたへおくつたきしやうを ひろいたおかたでござるといへばかき平〽入れば〳〵はじめて お目にかゝりましたとあいさつすればろうにんものも あいさつそこ〳〵くわいちうより梅川がきしやうを だしてわたしければかに平はとくとよみ此もんごんでは かばみやうかんもきもをつぶしおすわめもあつくなり 忠兵へめがおひだされるはひつぢやうトおもはずしらず くちばしりツゝ 五十両の かねを いだして ろうにん にわたし ければ ろう人いはく 第 第六図 これは〳〵 かたじけない 又も忠兵衛 梅川が 事につき おやくにたる こともあらば おやどへまいる みゝの 事もあらん 此かねのつゝみかみへおまへの ところがぎをしてくださり ませといへばかに平はなに ごゝろなくやたてをいたして つゝみがみへ所がき 名まへをかきつけてやり いそがはしばらく立わかれば ろうにんは堂あんにむかひおふせの とほりいまのきしやうはいかのすみをとつて かきましたればいつときすぎればしらかみと なるはひつぢやうでござりますトいへばどうあん 〽でかした〳〵これといふも梅川が 二人こむそう くろうにしてゐる 忠兵へどのきし つまつたる なんぎを すくはんための 五十両あの 一かに平めが わたせしその かねはやつはり かめやのかねと しつたるゆゑの 此けいりやく しゆびよくいつて うれしやと打つれ だちてかくりけり 〽これよりかめやの 内の所のわけをかく さてもゑとへは 材川を 一みかけ のことに くつた るす し母みやうかん 姉おすわが おゝかたならず 一まいおいて つぎへつゞく なんきん あやつり 酒てん童房 しかた はな □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 斎の三左衛門 摂州 波花 生玉 の 境内 往古 の 図 月の輪を 家傳名分 竹田大かちくり □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ りちぎにてしまつなりし忠兵へにはかに 身もちあしくなりしはたゞごとにはある まじとみやうかんがくつたくがほ くろうにしてゐるをりしもかに平 きたつてみやうかんに忠兵へかことを あしくいひたてしやくりかけおすはと しうげんせぬうちにはやくおひ だしてはなのさきにじつていな よいむこがありそなものしめん さつしやれおばじやひとく おのれが忽てへびつかけて さもにくていにいひまは せばみやうかんはこれをきゝ ぎりある養子の忠兵衛 まへのつゞきおや子うちよりいつたい なればそふかるはづみに おひだすことはなりかたしと いへばおすわもかねて かに平がいやらしきを いやがりぬればみゝを正さいで きゝもせずかに平はこゝぞと おもひ〽忠兵へが梅川に ばかをつさすことわしがいふを うそじやとおもはつしやるぐた あらふがうそでないしやうこは おばじや人もおすれもこれを 見やれといひつゝふところより かの梅川がきしやうをいだして みせければ〽こやうかんはこれをみるに 〽かに平ほはく〽なんとどふで名す そのきしやうのもんくでは 忠兵へがほうちつめづたになほる ことじやないおすわもそれを よく見やれといふに〽みやうかんは ふしきがりかに平そりやなに いふのじやこれはこれしらかみで なんにもかいてないといへば〽かに平も いぶかしくはてめんようなと とつてみればなるほどしらかみ なればもしまちがへかと ふところをさがして 見てもほかになし いかのすみでかいた きしやうと しらぬがたはけ 〽さてはきつねに ばかされたか さるにても 五十両たゞ とられたる くちをしやと 心にくやめど くちへはだされず よもやきつねじや あるまいとふしぎ たら〴〵おくへやく 〽かゝるをりしも りつはなさむらひ しもべになが もちを かつが世 きたりて みやう たいめんし 身どもは かまくら おもてより主眉 にてのぼり此なきはに とうりうしてゐるものなるが 此なが もちは 主人より いひつけの とゝのへもの これをまづ かまくらへ とゞけたく 十七 ▼ひきやく きいてたのみに まいつゝごとうぞ とゞけておくりやれと いへばみやうかん いひけるはをりわる 忰忠兵衛 たぎやういたし おしつけ かへるで ござりましよ 忠兵へに おあひ なされて めたのみ くだされ ませ といふに さむらひ なるほと〳〵 女義ばかり てはうげやい のできぬも もつとも しからば 〆忠 人の かへり まで まち 御さん 〽さやう ならば ちつとのま おくにて おまちくだ ざれよと いふにぞ つぎへ つゞく 五 乙 とゞけた五十両のうけとりがあり たづねてゐられたがありやマア どうじやいのといふに忠主人 〽おつとさはぎ給ふなそのうけとり これにありとふところより取いだ かけすゞりのひきだしへつい入おくも わかげと酒ころりとよこに ひぢまくらねいきをかんがへ かに平はあしをのばしてかけすゞりの ひきだしめけてくだんのうけとり ゆびにはさんでちやくぶくし 今おくでおばじや人がいはるゝにはなかのしまの話へもんどのへ とゞけた五十両のうけとりがありそなものときつう まへのつゞきしさむらひは長もちをみせのかたへにすゑさせてしもべをかへしみやうかんなや子が あんないにつれてざしきへとほりけり〽かゝるをりしも忠兵へはいろことさけどのちどり出し うつら〳〵とわがやにかへればかに早出くよりたちいでく〽忠兵衛へもがらしめたか そしらぬかほでゐるところへ 坂へもんのさ〳〵きたつて どつちやうこゑ〽これ〳〵忠兵衛 かまくらからのとゞけがね 五十 両 どふ して けふまで とゞけぬのだ 此どうずりめと わめくにぞ女も娘まゝ たちいづれは忠兵へは目をさまして 身にひやあせ〽これはちゑもんどのきさま そのはづではあるまいがのその五十両はソレきのふ わたしておいた人はテわたしたかねをとゞかぬとは かに平は 立よつて ひき だしの なかを さがし 〽これ おば じや ものが いれて 見て あけて なんじや 此ほう かゝへの けいせい 梅川が みのしめ 三百両 のうち 手つけ 金として 五十両 そうな人といひければかに平鳥ばから〽コレ忠兵へ わたしたにちがひなくはうけとりがあらふほどにそれを だしてはちゑもんどのに見せたがよいといふに 忠兵へかけすゞりのひきだしあけてうけとりを さがせどなければかに平にむかひたつた今 きさまの見るまへで此ひきだしへ入たうけとり どふたづねてもこゝにないがもしやきさまが 卜いへばかに平〽どふしておれがしるものだ アヽアきこへたうけとりがないからはかねわたさぬ にきはまつたわるいしうちじやぞやと とぼけがほはちゑもんなほわめき やア五十両今わたせとせりたつれば 忠兵へはめいわくし〽はてそふいはしやんな うけとりがなくてもきのふそれ五十両 のかたにめづけたしやうもんがあるではないか 〽なんじやしやうもんをかたによこした みぢんもおぼへのないことして又それはなんの しやうもんとこひつめられて此ばでは梅川が 身うけの手つけじやうもんとはあけていはれず もぢつけばはちゑもんはさま〴〵にあつこうし 金わたさずはあがたづかさへつれてゆくサアうせ あがれとひつたつるをみやうかんはおしとゞめ 〽まうしはちゑもんさまなるほどそのかねは 此母それがけふまでとゞかぬはいはいでもしれた忠兵へが わうだう此さだがあつては忠兵へがみのうへになること わたくしが死にがねにのけておいた五十両子のためじや ぜひがないわきまへてだしましやうおそなはつた所は 御りやうけんといひつゝたりてたんすのぢやうまへひきだし あけて又びつくりヤア此なかへ入ておいた五十両のかねがないと けでんすれば忠兵へおすれもおどろきぬ 十日もまへにとゞいて忠兵へにもつてゆけとわたしたは うけとり申候 かめや忠兵へどの 神崎のさと 江口屋 江口屋 君原もん 此しやうもんが 此引だしへ はいつて ゐるからは 此五十両も 忠主人われが くすねたな かれといひ これといひ せらずならめ おのりや 此いへを これでも かねをぬす まぬのか いひわけ あるかさあ ぬかさぬか といひつゝ 忠兵兵へがくび すぢつらんで たゝみへ ねぢつけ つぎへ みやうかんおすわがとめるもかまはず ぶちちやうちやくかゝるなんぎのをりからに さきほどのたびさふらひおくゟうけいで はちゑもんがうでもぎはなししにいる ばかりになげつけるこれはとかけよる かに平がよわごしければずでんどう こちよくこそ見へにけれ 〽おや子はよろこび忠兵へは ヤアおまへさまはどなたさまと ふしぎをたてゝゐたりけり 〽かに平はおきあがりさふらひの かほつゝ〴〵みてヤァおのれは きのふいくだまででやつた ろうにんおれをだました おほがたりめ〽なくなんと 武士をとらへてそゝうを はかば手はみせぬたゞし又 きのふのやうすおのれが くちばしつたたくみごとの いちぶしゞうをこの せきでぶちまけやうか 〽サアそれは〽サア〳〵 なんとゝきめつけ られてかに平は ごんくもいでずしよげて ゐる〽はちゑもんはうでまくり ゐる〽はちゑもんはうでまくり これさむらひ身どもゝぶしじやが おのりやこゝへ出てりひもわけず なんでおれをなげたのだぬすくの かたをもめのか〽ホヽウいまおくで きいた所忠とへが身ぶんにくもり かすみはちつともないぞトいへば かに平〽こりやおかしいめのたんすに まへのつゞきこひぢのいしゆのかなこぶし まへのつゞきしこひぢのいしゆのかなこぶし はちゑもんもともぐにふんだりけたり 此しやうもんがはいつてあるからは忠兵へが ぬすんだといふがあやまつかな〽さればさ そのしやうもんがいれてあつたが忠兵へが ぬすまぬしやうこは二郎ねをとつた そのあとへしやうこになるしやうもんを いれておくやうなたわけがあらうか此ぬする てはほかにある〽アウほかにとはどぐどこに 〽さゝしこまでもないかに平ぬすみてはそち じやはやい〽ヤヽめつそふなこといひだした おれをぬす人とは又なにをしやうこに 〽ヲヽしやうこはこれとくわいちうより 金子のつゝみとりいだし〽ナニおふくろこれを あらためて見さつしやれ〽はみとみやうかん 手ばしかくつゝみをほどきかねあらため 〽このかねのこくいんつゝみがみまで 〽このかねのこくいんつゝみがみまで めじるしありあのたんすに 入ておいたわたくしが ませぬが此かねが どうしてあなたへ 〽ヲヽそのかねの うはづゝみに あわび町二丁目 うねにちがひござり かめやかに平と かきつけたは きやつめが じひつなんと 一ごんもある まいがな トいはれてかに平 いきのねもでずみやうかんは 〽さてはおのれがとつておいて忠兵へに かぶせやうとはにつくいやつめとはら立なみだ さむらひかさねていひけるはまだある〳〵 さむらひかさねていひけるはまだあ かにかすこちへととつてひきすゑ かにかすこちへととつてひきすゑ なけいたせば〽八ツトとりあげ忠兵へは手ばやくかみいれ しあけていかにもこゝにはちゑもんがうけとりあり いつのまにとりおつたべてそのはづ〳〵きつする所 くわいちうのかみ入ばいとり右壱人此内あらきめめされと いつたへてそのはつ〳〵さつする所 これはみなるゝちゑもんとかに平が いひもはせのわるだゝみきつと せんきを せんきをとけたならめいはく にまもわからふが忠兵へがあかり さへたてはことをこのまぬ わがさいばいこれはち ゑもんかまくらよりの とゞけがね五十両乙 うけとれとさいぜんの つゝみがねなげわたし サアこれでいひぶん あるまいがといへば 〽はちゑもんへそこ きみわるくこわぐ かねをくわいちうし これさへとれば いひぶんない〽ヲヽ いひぶんなくば 忠壱人をどやした ほどのへんほうを うけてかへれと いひさまに かたなのむね打 りう〳〵〳〵と うちすゆればつらをし うちすゆればつらをしかめて 両人は二ぢうみぢうしゝぢつて あたまをかゝへにげかくれば〽ヱヽかたじけ ないとさふらひにおや子三人手をついてれいはことばに つくさらすをははしおもまちに つくされずこゝははしぢかまつおくへと三人が ともなひてこそ入にけり○かくてしこくも とつりしがおすわはいかなる心にや内ぐらに ひめありしかねざいふをそでにかくしてもち出る あとゟ扨はおはひいでおすわがへ くびすぢとつて引すえ ちやうちやくすれば忠兵へ おどろきはしりいで こりやなにごとく 引わくる〽みやうかんは こゑふるはし 一さいおこれば 二さい おこると おのれは なんで 此母が しまひ おいたる 此かね らつゆへに 忠兵へにも かくして おいたる そのかね 三百五十両 三百五十両は おれがまへかた おつとめ申した かまくらのもゝのゐ はんぐわんさまから あづかつたかねむかし 建保年たくらの さねとも公のおこのみ にていできたるしよくにん 哥合せのゑまきもの〽そん〽こゞく □□□ なしに もち ちか〴〵こそのまきものをかひとつてさし上んとしよぐわや人 かけやいをしておきしたいせつなるそのかねをおのれは なんの入用あつてもちだせしぞさつする所忠兵へに きらはれひそかに男ぐるひをしてそのかねをもつて かけおちする心ならんにつくいやつめといかりのあまり ほうきをとつてちやう〳〵〳〵〽忠兵へはおしとゞめ おはらたちはどもつともしたがばた〳〵するほど せけんへきこ人おまへもわしもつらよごし 己おすわ身もちのわるいおれがくちから かういふはいなものなれど日ごろのきに にやはぬ大それたことしやるのまだ にやつぬ大それたことしゆるのまだ しうげんこそせねいひなづけの 女ぼうじやないかそれに男 ぐるひをしては女の道が たつまいがのじいへば 〽おすわは忠兵へがかほ つゝ〴〵トうちながめ わつとならだに むせびしがやゝあつて かほふりあげ〽これ 忠兵へさんそんなむごい 忠兵衛へさんなむごい こゝろでもわたしを いひなづけの女ぼうと まへのつゞき「此なすはのしよぐわ屋にあるといふことをきこしめされ とうぞそれをかひとりみれよとおたのみでつかはされたる此かね まだしもおもふて くださんすか 男ぐるひを するやうな きなら これほど くろうは せぬ はいな これまでむごいどうよくなおまへなれども けしほどもそまつにせず母さまのまへ かげになりひなさになつてつたちうもわがみ ばかりのことではない此しんだいと母さまが ばかりのことではない此しんたいと女さまが だいじゆへあさゆふぜんのきゆうじさへいやな かほしてきらはるゝそのたび〳〵には▼ いけん すやしや 梅川 ゆへし りんきも なくてなんと しやうそれでも いろにもだすことかやつはり きげんをとつてゐるもどふぞ 此やをそうぞくし母さまの きをやすめたさきげんみやはせ おもはんす いつたい おまへは じつていで しやうばい だいじに さらやんした ゆへおさま も喜んで すへたのもしく とふてゐさ しやつたに次へつゞ 江戸名所方角書江戸前角播案内太平江戸往来 童世話字往来数草道中往来得心種手曽今川渡状 子諸職初来源氏職人往来屋まとことば 御家一 必隅田川往来下懸り小うたひ本は 四季用文章 流 用ぢんてき問答福さつしよ伊勢物がたり 九札いり 中分類万用字尽古状揃 牛かなつき 一小笠原しつけかた 本女今川梅花文庫童子節用気和漢名板但用 小本朝画家参図印譜 ためん増 ためん損 新刀 同 名剣鏃尽 元三大師儀尾村松平 古刀 価付入 丹御家流諸民 文通返用 十返舎 九案文 録同冊 手本向浦川 手紙文言 一百十四ヶ条入鈴木松羅堂主人書 録 手形折紙諸証文 懐中東紙 名紙短明したらめ置 両面一枚習 さいし ばんどう ひとりあんない しゆん 一枚すり ちか〴〵こそのまきものをかひとつてさし上んとしよぐわや人 かけやいをしておきしたいせつなるそのかねをおのれは なんの入用あつてもちだせしぞさつする所忠兵へに きらはれひそかに男ぐるひをしてそのかねをもつて かけおちする心ならんにつくいやくめといかりのあまり ほうきをとつてちやう〳〵〳〵〽忠兵へはおしとゞめ おはらたちはどもつともしたがばた〳〵するほど せけんへきこ人おまへもわしもつらよごし 己おすわ身もちのわるいおれがくちから かういふはいなものなれど日ごろのきに にやはぬ大それたことしやるのまだ しうげんこそせねいひなづけの 女ぼうじやないかそれに男 まへのつゞき〽此なすはのしよぐわ屋にあるといふことをきこしめされ どうぞそれをかひとりみれよとおたのみでつかはされたる此かね ぐるひをしては女の道が たつまいがのじいへば 〽おすわは忠兵へがかほ つゝ〴〵トうちながめ わつとなみだに むせびしがやゝあつて かほふりあげ〽これ 忠兵へさんそんなむごい こゝろでもわたしを いひなづけの女ぼう まだしもおもふて くださんすか 男ぐるひを するやうな きなら これほど くろうは せぬ はいな これまでむごいどうよくなおまへなれども けしほどもそまつにせず母さまのまへ かげになりひなさになつてつたちうもわがみ ばかりのことではない此しんだいと母さまが だいじゆへあさゆふぜんのきゆうじさへいやな かほしてきらはるゝそのたび〳〵には▼ 桜川 ゆへし りんきも なくてなんと しやうそれでも いろにもだすことかやつはり きげんをとつてゐるもどふぞ 此やをそうそくし母さまの きをやすめたさきげんみやはせ すや おもはんす いつたい おまへは じつていで やうばい だいじに さしやんした ゆへおさま も喜んで すへたのもしく とふてゐさ しやつたに次へつゞ 江戸名取方角書江戸前角播桑内太平江戸往来 童二世話字往来数草道中往来得心種手曽今川惟状 子諸職初来旧民職人往来屋まとことば 必隅田川往来下懸り小かたひ本 御家 流 四季用文章 用ぢんてき問答福さつしよ伊勢物がたり 九札いり 中分類万用字尽古状揃 牛かなつき 小笠原しつけかたへ 本女今川梅花文庫童子節用奈和漢名板科書 小本朝画家参図印譜 新刀 しめん摺 元三夫御門代梶村 名剣鏃尽 古刀 価付入 州御家流諸民 一冊 文通返用 十返舎 九章従 同 録 手本向浦川 手紙文言 百十四ヶ条入鈴木松羅堂主人書 録 手形折紙諸証文 懐中奈紙 両間一枚習 名紙短明したらめ置 ばんどう ひとりあんない ける さいしき 一枚すり 京伝作 豊国画 編 梅川 忠兵衛 二介 ンニむそう 四つき 全九冊 板 山東京伝作 歌川豊国画 粟踊 二人虚無僧 永寿堂発販 下編永寿堂発販 まへのつゞきどふしたことやらにはかに身もちがわるくなり梅川どのに くつたくしてまいよ〳〵のかんざきがよひこりやたゞことではあるまい ものゝたゝりかむくいであらふとおもひしゆへきのふしんきよみづへ ぐわんかけにまいつたげかふみづちやへで立ぎゝすればおまへと 林川どのことしみ〳〵としうたん身うけのかねができぬときは ふたりにきよじのありそなやうすそれきいてから わたしがしあんいつたい りちぎなおまへなれど 梅川どのゝしんじつに ひかされてのくに のかれぬゆゑならん それをわたしがりんき それをわたしがりんき してしいてゑんを 七 第 きらせたときは此ほへの そうぞくできず梅川 とのさへ身うけして 内へよんだらおのづから 母さまを ふたりで だいじにして もらひわたしは あまになる心 そのせうこは 此ことほりと おしはだ ぬけが しだには しろむく 綴 身もちもなをり もとのやうにせいが でゝ此いへもたち 一切さまのおひの いりめもよかるべし わしがぜひつれそはふこ 思ふてはいへのため母さまのため よろしからずとあきらめてしあんを さだめ此かねがもゝのゐさまからあづかつた たいせつなかねとはしらず又母さまへ此ことを あからさまにいふたときは。ごとくしんもあるま それゆゑだまつて此かねをもちいだしこれで梅川どのを 身うけして此やへよび入母さまにわしるねがふてふうふに 此いへをしゆびようそうぞくしてもらひそのかはりにはか 一かくごと見へにけり 〽忠兵へはどうりにつまり にてそふとはしらずうちてうちやくゆるしてくれとも これ娘となみだにむせびなきふしぬかゝる をりしもさいぜんよりのれんのかけにしゞかを たちぎくいぜんのさむらひたちいで□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ へおすわが心をかんじいく さしうつむいてことはなし 〽母みやうかんはなみだ ながしいとしく思ふ恐ら 梅川にそはせても此いへを たて此母にあんしんをこれ やうとあきらめだ心の内とぞや かなしくあるらんとおもひやるほど かなしくあるらんとおもひやるほど思ひて 山東京伝作 歌川豊国画 粟踊 二人虚無僧 下編永寿堂発販 まへのごとやらにはらにはらにはかに身もちがわるくなり梅川どのに くつたくしてまいよ〳〵のかんざきがよひこりやたゞことではあるまい ものゝたゝりかむくいであらふとおもひしゆへきのふしんきよみづへ ぐわんかけにまいつゝいであらふとおもひしゆへきのふしんきよみづ ぐわんかけにまいつたげかふみづちやへで立ぎゝすればおまへと 梅川どのことしみ〳〵としうたん身うけのかねができぬときは ふたりにきよじのありそなやうすそれきいてから わたしがしあんいつたい りちぎなおまへなれど 梅川どのゝしんじつに ひかされてのくに 母さまを ふたりで だいじにして もらひわたしは あまになる心 そのせうこは 此ことほりと おしはだ ぬけが 綴 七 第 のかれぬゆゑならん それをわたしがりんき してしいてゑんを きらせたときは此ほへの そうぞくできず梅川 とのさへ身うけして 内へよんだらおのづから 身もちもなをり もとのやうにせいが でゝ此いへもたち 一切さまのおひの いりめもよかるべし わしがぜひつれそはふと 思ふてはいへのため母さまのため よろしからずとあきらめてしあんを さだめ此かねがもゝのゐさまからあづみつた たいせつなかねとばしらず又母さまへ此ことを あからさまにいふたときはごとくしんもあるま それゆゑだまつて此かねをもちいだしこれで梅川どのを 身うけして此やへよび入母さまにわしがねがふてふうふに 此いへをしゆびようそうぞくしてもらひそのかはりにはし しだには しろむく やうとあきらめだ心の内とぞや かなしくあるらんとおもひやるほど思びん にてそふとはしらずうちてうちやくゆかしてくれよ これ娘となみだにむせびなきふしぬかゝる をりしもさいぜんよりのれんのかけにしゞかを たちぎくいぜんのさむらひたちいでゝすかく かくごと見へにけり 〽忠兵へはどうりにつまり へおすわが心をかんじつゝ さしうつむいてことばなし 〽母みやうかんはなみだい ながしいとしく思ふ思ふ 梅川にそはせても此いへを たて此母にあんしんをさめ まへのつゞき」さて〳〵おどろきいつたるむすめごの ごしんていせつしやが身のうへ今はうちあけ 申さんと大にはかまうはぎをぬけばしたは つゞれのろうにんすがた〽三人これはと おどろくにかたばらにすゑおきし ながもちのふたをあけみゝの あかとり堂あんたちいで三人に うちむかひせつしやは梅川が おや堂あんト申すもの これなるはせつしやが せがれ梅川がためには あに忠三郎と申すもの 忰にそんりやうがりの いしやうをきせ此長もちの なかにせつしやがかくれてまゐりしも 忠兵へどのむすめ梅川になれそめて ぎりあるおごやおすわどのになげきを かけるときゝしゆへわれ〳〵おや子が 身のうへをうちあかし忠兵へどのに いけんをすべきためぞかしまづ ひととほりおんきゝあれ せつしやはもとしなのみに もち月ぐんりやうの 梅川堂助 といつしもの ゆゑ あつて ろうにんし 京の六じやう しゆずやまちに うけやつてかへつた所かに平がおすおすに しうしんして忠兵へどのをおろださい いへをおうりやうせんたくみにてはちゑもへく うなづきやいさま〴〵 するときゝわざと のわるざくみを するときゝわざと かに平としたしくし せがれとしめしあはせて きのふ梅川がきせう といつはりいかのすみ にてかいた ものを 五十匁に うりつけたも もとその かねは 此いへの かねを かに平 めが う あひ あ ▼ 梅川が はゝはいつたい すまゐしが 三十 目まひもちにてはかなくなり 男の手で娘のよういくなりがたき ところしやはせとようしやうの ときよりにつたよしさださまの 七 きゝ し ゆゑ きやつを あざむき きたのかたこうとうのないしさまに つかへてかまくらにてひとくなり こしもとにめしつかはれて名を はやざきと申せしかゆへあつて おいとまをたまはりおやざとへ かへりしをりからせつしや 大びやうをわづらひ むすめが ねがひ にて にんじん 代の かねのかはりに かんざきに 身をしづめ 一名を梅川とつりせしも いへのみやうじをわすれぬ ためそのゝちわれ〳〵 おや子は此なにはに うくりいく玉のもんせん うつりいく玉のもんせん にかすかにくらしせつしやは いく玉のけいだいにてみゝの あかをとつてとせいとしよるは はりたてにもでますゆへはり立の 堂あんともいはれます悴忠三郎は やつはりろうにんすがたにてとうほくを うたふてとせいします此あいだおやこつれ立 梅川にあひにゆきました所忠兵へどの 壊ゑもんかた人とゞける五十両のかねにつまりて くらうしてゐらるゝどふぞ五十両くめんはできまいかとたのみ 今の身では一分でもくめんはできねどとうぶんの心やすめにま とりかへし忠とへどのにしんぜて はちゑもんかたへわたさしやうため あんのとほりのけふのしだら 又おすわどのゝ今のものかたり 梅川にそはせそのみはあまに なつてもいへがたてたいおやが だいじとおもはるゝしんてい 孝とやいはん貞とやいはん たゞひまれ なるおん人ぞや わしはあの ながもちの なかで目を すりあかめて きいて ゐました おすれ どのゝ ます ある しんてい 候へは 四合われ〳〵 おや子が ぎりたゝず これ忠兵衛どの 今おすわどのゝ いはしやつたしごくの どうりおんみのみゝに 一今したかわしかとせいのみの あかとりあかのたにんのわしてきへはし 二人こむそう 〽梅川にあふて ついちよつと わけをいふて わげをいふて かへらふか□や〳〵 よしにじやう あくまゝよ かほ見る ばかりは だいじ ある まい 摂州に かんざき ないて 道 〽大日 ぼう びん 神 ついて かんさき いさまひやく いとしうござるおんみさへ とくしんならわれ〳〵 おや子がくちをそろへ梅川に おすわどもゝきことをはなし よくとくどうさせましやうと 忠三郎もとも〴〵にしむ〴〵と いけんすれば〽忠兵へはあやまり入 おすわの まへのつゞきしどうりにつまつて しんじつ 母のじひ どうあん さま ごしんしの こゝろづくし のごきやう くんほねみに こたへてきゝ入 ましたこれからは ふつつりと ふつつりと 梅川がこと 思ひきり おすわと しうげん いたしましよ そのしやうこは これとくわいちうゟ 梅川がまことのきしやうを とりいだし火ばちにもせば あらふしぎやけふりの内に 大日ぼうがすがたかまきつとともに あらはれいでつゞいてびんぼう 神のすがたあらはれ いづくともなく とびさりぬ これ人の目には □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 見へねども 忠兵へはゆめの さめたるごとくにて いよ〳〵ほんしんに立かへり せんひをくひたる やうず 母は より おす わが 〽うちへ やけば るすだ なん こび 次へ あかぬ 忠 太夫 やつの そばへ よりやん もじ 摂州 かんさきの ぐるわのけしき 二人こむす まへのつゞきどうあんおや子も心づくしの かひありとよろこひながら梅川が 心の内も思ひやり そでになみだを 候 かくしつゝとてものことに こんやすぐにないしう げんをしてくだされ それを見てひらきま しよといへば〽忠兵衛 なにがさて二せまでも 女はらぬふうふさかづき ばやういたしましよと はじめてきいたうれしい ことばおすわはいそ〳〵 よろこぶ扨〽此とうあんは なかうどやくとすゝみ出 わが此かさのにはとりを ときのしまだいきじのだい ときのしまだいきしのだい はやくひよこをうみ給へと 三三九どのさかづきに 八ちよをいはひおさめツゝ どうあんおや子は立いづれば おれいはゆかりと申ましに ことおや子三人かどおくり どうあんおや子は かくりけり〽をりしも しよぐわやの男がきて まうしおふくろさまかねて おのぞみのゑまきもの代金は 三百五十両こんやぢうに おかひなされねばほかの ●□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ したひきふ はれかましき くるわのしん はたもあり ぞうごんさま〳〵 きかれぬことを わめきけり これすなは はちゑもんが はちゑもんが 此ものどもの かしのあるを さいはひに ひそかに たいみて かくくるわにて はぢをあたへ 梅川にあいそ をつかさせ 梅川を わがてに入 もうちを 身うけを すべき けいりやく也 〽忠兵へは くち をしい とは 思ひ ながら なさぬが ふしやう さま〴〵に いひのべ けれど かま きり かけとり どもは 忠兵衛 一ねんの きく入ず なほ ために こはだかに おしらせ申すといひすてゝこそ たちかへるみやうかんは忠兵へにむかひ そなたほんしんに立かへつたるうへはもはや 大金をもたせてもきづかひなし此かねを 西よこぼりのしよぐわやへもちゆき はやくかのまきものをかひとつて きたるべしもしもほかへうれてはもゝのゐさまへ申しわけ たちがたしもほかへうれてはもゝのゐさまへ申しわい たちがたしはやう〳〵といそがせば忠兵へはかしこ まつたとさいふをもちいそぎまとひていでゆきぬ ○かくて忠兵へはにしよこぼりへといそぎしが きすぎてかんざきばしまできたり これはしたりときがつきしが かんざきのかたをながめ かめ〳〵所へ わめく所へ 梅川きたり これはいかにと とも〴〵に くちをしがり 立よしもんとするを はちゑもんおし へだてなほ忠兵へを さま〴〵に あつかうし はぢにはぢを かさねければ 一アヽ梅川がきしやうを やいたときいたなら 忠兵へは こらへかねて さぞやうらみん ふびんやと ふびんやと さいふに たび〳〵 ふつと思ひし ふつと思ひし 手を きのゆるみに かけし つけこみて 大日ぼうの おんねんと ひんぼう神のしんたいふたゝび又 忠兵へがひにくにわけ入ければにはかに又 ほんしんをうじなひうか〳〵とかんざきのかた ゆきしがりいや〳〵たつた今母じや人やおすわにもあやまつて ないしうげんしたとんつた今母じや人やおすわにもあやまつて ないしうげんしたときもさらぬによらにせふ〳〵ことにたいせつな 此かねもつてはいらぬこと〳〵トせふ〳〵トせふ〳〵ことにたいせつな むかねもつてはいらぬこと〳〵トふたにし三あしもどつても引取とき つきものゝいざなひゆくとしられけり〽さて忠兵へへついにももさるゝは つきものゝいざなひゆくとしられけり〽さて忠兵へはついにかんざきに いたり梅川にあはんことさまよふをりしもかねてかりのあるあきんどども母 いや 大和のにのくち村へ 津の国ヨリ いたる道中の図 つのくに やまと の さかい ○くら とうげ 此所ゟ まへのつゞきます〳〵あつかうやまずして人だちおほく かさなればむちうになつてさいふのうちのかねづゝみ ふうねぢきつて六十両かけこひどもにのこらず はらひみごとに此ばをすませしがこんやぢうに あのまきものをかひとらねばもゝの井さまへいひわけ なしと母じや人のいはれたる大せづの此年にかう 手をつけでは 百ねんめ もふゆへは かへら 忠兵へかのまいしむい かひゆらず大をつれ かねにて梅川を 身うけしやまとのかたへ おちゆきしときいて 此大におどろき 二人の 一リづか 大和 れぬ かへらぬ からは 梅川を はちへもんに 身うけ されるも されるも ざんねんなれ ざんねんなれば 此かねでみうけ こんやぢうに つれのき いかにも なり はつ あらんは ひつ ぢやう なり 一おつついて 引もんべし すくふしあんもあるべし すくふしあんもあるべしと あとをしたひてゆきけるに かに兵衛 此こと きゝ せ山 〇六道 のつぢ ○道 しるべ べきと かくごを きはめ きうにみうけの さうだんし 身のしろ三百両の内 五十両の手つげわたしあれば 二百五十両江口屋へつかはし さつはりとかたをつけて此よの 内に梅川をくるわをいだし わづかにのこる四十両をみにつけて 立のらん どもをかたしつてあとをおろかけ くらがりとうげかにておひつきうばひ とらんとしたりけるにふしぎやかうしん づかのかうしんぬけいで給ひてわるもの どもをふみひしぎかに平をかいつかみ 給へばかに平は血をはいて死してけりこれ あくをたゝみしむくひなりおすわは ぎは なら 乃 はた ごや ○みわ ちや ばやし ○ぢ にの口村 袖口 のみ ぞ ○竹 梅川をともなひひとまづやまとのにの口村へおちゆき じつのおやかつきまごゑもんにあひてそのゝちいかにも なりはつべきと両人ともこむそうに身をやつして ゆまとぢさらをやつして やまとぢさしておちゆき如此ゑぞうしを ふたりこむそうとなづくるは此ゆへなり忠兵へいつたん ほんしんにかへりけれどもふたゝび又かゝるふ身もちと なりけるはみなこれ也 なりけるはみなこれ大日ぼうと なりけるはこなこれ大日ほう びんぼう神のしわざなり されば人は わづかの きのゆるみゟ いはや 鷹のさす ものとおそかべ つゝしむべし 〽ときに おすわは よく いたつ じつに 日ごろはんにやしんぎやうを おこたらずよろしがそのくどく にてかうしん此なんをすゝひ 給ひしならんとうんるいきもに 給ひしならんとかんるいぎもに めいじけるが忠兵へにはおひ □つかずしてむなしくいへに かへりけり○それはさておき こゝに又小山田とのゐの 助はさがみ合なるい ならびに山どりの おろのかゞみをせんぎの ためさきだつて しもべま平を くれてかまくらを ほつそくししばらく たびぢにありけるが だま平をは西こくの かたへつらはしてたづね 〽させその身は大和の かたへ心がしにの口村まで きたりけるをりしも みつきまごへもんごちやう まいりのかへり道の口の みぞのこほりにすべり あしだのはなをく ふみきつてころび 一ければとのゐの介 ややせよつてだきおこし どこもいたみは しませぬかと さま〴〵にかいほうし ければ〽まごへもん はきのどく はきのごとく つぎへつゞく 一二十五 まへの つゞき どなた さまかはそんじ ませぬがわかいおかたの おやさしいろうじんと 思はしやつて子でも およろぬごかいほう もふ〳〵 を あらは しやれ てくだ ませし 水いを のべけるが これが とのゐの介 まごへもん いちやをあかし 一けるがそのよ にはかに大ねつ いでゝくるしみ だけるにまごへもん にしきのふくろに 入たるものをもち いで〽これはじんべん ふしきのきどく あるまもりなり これをいたゞき給はゞ きうびやうそんだ へいゆすべしとて かせける かのまもりをいたゞ ぞつわする たちまちへいゆしてつねのことくに なりければとのゐの介思ひけるは あのまもりといふはまさし山鳥 あのまもりといふはまさし山鳥 うのかゞみにてこのやのあるじは まごへもんがむすめ にふしぎやみうち おぼんしがきうびやう きがみ入道のよるい すかたがひなしてだてを いてしつぶをたゞす とおもふにさいはひ かゞりひといふが心 あるやうすにて とうりうせよ ととゞめければ急に □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ やうすをうかゞひぬ〽ぎのゑのわけきるほどに 忠兵へ忠右衛門なるあづかりのかねにて梅川をみうけし やまとのかたへおちゆきしといふことかふくらへちうしんの ものありければもくの井はんぐわんのけらいさつそく なにはいのぼりまづみやうかんおやこをおしこめおこた つぎへつゞく 下 編 まへのつゞきあるひはじゆんれいふるてかひせきぞろにまで身を やつしてやまとへきたり忠兵へがゑすがたを村〳〵へわたして そのゆくへをぞたづねける○それ〳〵にの口村のかつ木 まごゑもんといふはひの口の水ゑもんがひでんを うけつぎさま〴〵のけだものに げいをしろけてしよこくへ うりつかはすことをとせいとなし さるのげいはもちろん犬のうごぬけ ちんのかもわざねづみがねこの せなかでさんばそうをふみ 酒屋のかよひをくはへて 酒かひにゆくなどよく ことばをきゝわけさせ きみやうのげいを しこみけり ある日まごゑもん いろ〳〵のけだものに 第 をしへ からは さるにげいをおしゆべしとて 二ひきのさるをひきいだし 二ひきのさるをひきいだし おとこ女のかつらをかぶせ いしやうをきせちいさい からかさをさせて道ゆきの すがたにつくり〽むすめたいぎ ながらそこてしやみせんひいて くれといへばこゝろへましたと むすめのかゞり火つぎへつゞく 〽ふるて 〽せきぞろ 〽おとゝさん それしまふたら おひるまんまに 〽娘 けだもの樋の口の水右衛門 一死去仕付所加米孫右衛門 まへのつゝき しやみせんとつて ちやうしを あはせ 上るり 〽おちうどのため かや今は冬がれて すゝきおばなは なけれども世を しのぶ身はあとや さきひとめを つゝむほうかふり トかたりいだせば 二ひきのさるは ちよ〳〵〳〵とあゆみ出 身ぶりとりなり いたいけにうれひを ふくむきどりまで 人にまさりてしめしやう なり〽さるほどに忠兵へは 梅川をともなひて にの口むらにたどりつき じつのおやまごゑもん いもうとのかゞり火にも よそながらひと目あひ いとまごひしてそのゝちに いかにもなりはつべしと ほど口にたゝすみしが つぎへつゞく つぎへつゞく 炎 議 おも 女 まへのつゞき酒をのぞいて 小ごゑきなり〽あれ〳〵あれがおやぢ まごゑもんさぬ此かど口にもわが ゑすがたのたてあればわら身のうへの いちらつみさだめてごぞんじあるべしと おもへば物へもはいられぬ此よのわかれ おいとまごひせめてよそながらおかほ なりこともおがむべしおそばにしやうせん ひいてゐるはかゞりびといふわがいもとわれと ちがふて違行ものいもとがまへもめんぼくないと うちしほるれば〽梅川もさしのぞき〽ヱヽ まごゑもんさまかいなア日もとならはなすぢなら おまへにようにたことわは十ア〽サアそれほどようにた おやと子がことばさへもかはされぬはなんとした 身のいんぐわあゝおとしもきくうよしらやつた これがこんじやうのおいとまごひで ござりますいもうとも ずいぶんまめでゐて われにかはつて 孝行にして くれよたのむ といひければ 〽梅川は 〽しゆうとき さまおいもとご 今がおかほの 見はじめの 見おさめ わたしはよめて ござんする 〽あれがじつのおや人 まごゑもんさま おそばにゐるが おそばにゐるが いもとのかゝり火 といふのじや □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 十一丁 二丁 一同一 をしゆ れば 〽さるは ちやつと いだもの桶の口の水石沙門 弘徳付所出材木孫右衛門 百ねんの 御じゆみやう すぎみらいで くちのうちにて ひとりごとふうふ もろとも 孝行いたしましよと 手をあはせ とかう なみだに むせびゐる 〽まごへもんは ろうがんに にたりが すがたを ちらと 見つけて さてはと すいりやう びつくり せしが さあらぬ ていにむちを もちさるに むろてなみだ こゑ〽これ〳〵 ましよそこで 二人が手をとり やつてなく所じやと むちの竹にて 二ひきたがひに とりついて かほにそでを おしめてゝ なくまねすれば かどににも身に つまされて忠兵へ 梅川手をとりやひて しのびなき 〽まごゑもんさるにむかひ } 参 〽そうじや〳〵そのなくこところを わすれるなこれおざるもめざるも おれがいふことをよくきいておけ きやうげんといふものもしやうねと いふものをとつくりとがてんせねば しうちができぬ人ごとではないおれが みのうへをきやうげんのうれひの しやうねにたとへてみじかくいつて きかさふちくしやうのみゝへま きいておけおれもまへかたやう あつてせがれめをようしやうのとき 大さかへやうしにやつたがだん〳〵といろし りはつできやうで身をもつとたよりある たびにはきいたれどいや〳〵まだあんじん ならぬそのよい身もちがとげます よいがと見ぬいた此まごゑきんは 目ずいしやうあんのごとくけいせいといふ一 まがさしていひなづけのむすめをきらひ まかさしていひなづけのむすめをきらひ 大おんうけたやしなひ母のしゆじんすぢから 人しんうけた女しなひ物のしやしんす あづかつただいじのかねで〽つゞく まへのつゞきそのけいせいを身うけしてそのまゝかしこを はしつたうはさ此やまとはこきやうなればおちてこまい ものにあらずとかまくらのもゝの井はんぐわんさまから 村〳〵へはゑすがたをたておかれあるひはじゆんれい ふるてかひせきぞろにまで身をやつし此ざいしよは せんぎのさいちうおや子のゑんにつながれても かくまはぬといふけつぱくにわがかど口へも げんざいのせがれがゑすがたをたておくおやの 心の内どのやうにあらふとおもふぞもしも ゑのんできはせまいかおれが目にかゝる ときはおやがなわかけださねば ならぬそのやうな心に此おやは うみつけはせぬはいやいこれほど かなしいおやの心すいアゝやうは しおらぬかとおもはず わつとなきければ二ひきの さるはげいをおしゆる ことゝおもひまごゑもんが ひざにとりつきなくまね すれば〽まごゑもん さるのせなるをおしなでゞ 〽これちくしやうでさへ 此とほりおしへることを よくおぼへめん〳〵げいに せいをだすおもへば〳〵 ちくしやうにもおとつたる やつにくいやつこれむすめ けふはさるめがげいにせいを だしたゆゑひるめしたんと くはせてやつてくれそこらあたりに 箱 しかの 一しなの せん せばや 小ごゑにけり わししやして いは木にあら 此ほう から ねがつ ても めう とす なり たき いずみ なれど やうの ○ の むさまり なれば そもじの しんてい までの ところを みぬかねば どういに へんじも なりがたし ひもじいやつも あるであろが 養家への ぎりをおもへば にきりめし一つ ほどこすことも なりがたしとく さるにもおとつた ちくしやうめと なく〳〵おくへ 入にけり 〽忠とへも 梅川も どうりに せまり むね 今のことば しんじつ ならば ごしんぶ まごゑもん どのが しよぢめさる あのまもりの はこをひそかに とりいだして なかなものを わしにみせては くれまいか〽それは おやすいことながら 日ごろとゝさんが せまり だいじにかけて 身を ながゐはけつく もだへ 不孝ぞとおもひ ツヽ きつてぞはしりゆく なき 〽あとにはむすめのかゞりゆへが ける が 金 ひとりのこりてゐたりしが此やにしば とうりうのとの句の助二かいよりおりきたつて娘に むかひ〽此ごろぢうなにかにつけての御しんせつくわぶん しごくとのべければ〽娘はかほにもみぢして〽これは〳〵 いたみいるおことばごらんのとほりとゝさまもだん〳〵と としじりますればちつともはやくらくがさせたくそれにい 御ちうにんのおんものよしかうしてとうりうなさりくもむれにつけてはおまへおまへさま ゆらうにんのおんみのよしかうしてとうりうなさるゝもむすぶの神のひきあはせにつゝかな わしじやけれどお見すてならはとゝさんにうちあけねがふてわたしがむこにといひさし ふりのたききにかほりてくはごきんにうちあけ程がふてわたしかむこにといひさしてわしをおも ふりのたもときかほかくす〽とのゐの助はこれぞよきさいはひなり恋にことよせ▼ 御ちうにんのおんともはやくらくがさせたくそれにつけてはおまへさま わしにもみせぬ あのおまもりの はこことわりなには 〽みせにくいと いふのか 〽さいなアいつそ うちあけ ことわつて 〽いや〳〵 うちあげいふてはみせぬは ひつぢやうそんなら そもじはしんじつに わしをおもふ 心はないか次へつぐ はこをたづさへていできたり〽ヤウ〳〵ろうにんじやくねんものゝ ぶんざいで此はこのせんきとはかたはらいたし 龍のあぎとの玉はとるとも此はこは いかな〳〵とうろうがおのおよばぬことゝ まへのつゞき〽〽じやといふて〽そんなら見せるか〽サアそれは〽サア〳〵〳〵と ことはづめ此べんとうにつまりさるをりしもおくよりまこゑもん 〽そのへんしはおれがぢきにいふてきかすとよばゝりつゝまきゑの あつかうそうごんあざわらひ とつとゝいでゝうせおれとあしげに けやれば〽とのいの助はこし人かね かたなをぬいてきりかけしに ふしぎやたちまち五さい すくみうしろへたしろく あしふみかため 〽さてこそ〳〵われ こゝろみにかたなを あてしに五たい すゝみてはたらかれず ことさら此ほどわが きうびやうをそのはこ にてましなひそくざに 治したるきどくといひ わがすいりやうのとほりそのはこの 内なるはさきだつてかまくら月かげがやつにて ふんじつなしたる山どりのおろのかゞみにうたがひなし そのみきりふかあみがさのろうにんものへびがやつの 大日ぼうといふものをたのみうばゝせたるよしそのろうにんは なんぢにてありつらんさくするところなんぢはさがみにうだうの よるいなるべしはやくそのかゞけをこつちへわたしてなれかゝれ とぞよばゝりける〽まごゑもんはことゝもせず一こしぬいて ことばを あらため いひけるは 〽いま きでんの たち すちを こゝろみ うたがひははれ申した まことはきでん よしさだ公のかしん 小山田太郎たかつねどのゝ御しばく とのゐの助たかかげとので あらふがのわれ今おもはずも きりつけたりとのいの助はちやうと うけとめいづれおとらぬ手きゝと 手きゝひじゆつをつくしてきりあひつ かど四までいでけるが此とき忠兵衛 梅川両人はなごりをおしみ立もどつて ものかげにかゝれゐて此ていを 見るといへども でるにも 出られず たゞはア〳〵と きをもみて ゐたりしが まごゑもん さしつたり ときりこむ かたなかどに たてたる 忠兵衛が ゑすがたを はすに すつぱり きりわりしが まごゑもん こゑをかけ 〽ヤア〳〵おわけしゆ いふことあり しばし〳〵と 〳〵と おしとゞめて ともなひ内に たちもどり せがれ忠兵へがゑすがたを きりわりしはせがれをわが 手うちにしたる どうぜん なれば やうれいの 忠兵へに ことばかは すは きりある 養家へ きこへ ても くかし くるし けるま いまこそ ひとめ あふて やらん こちへ はいれど さいぜんから かゝれで ゐたを 見ぬいたる おやのことばに とびたつ うれしさ 忠兵衛 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 梅川もろそ うぎへつゞく まへのつゞき内にいりさしうつ むいてなきゐたり 〽まごゑもん 座をあらため 〽とのゐの助どの おきあれわれ まつたくさぼみ 入道のよるいならず まことはよしさだ 公の かしん くりう さゑもん よりかたが なれの はてゞ おいさいをきいてそのものをうつてすて 此かゞみをばしゆでなしてたちかへり をりをもつて此かゞみをよしさだ公に さしみてそれを功にごかんきの おんわびをとさいせりにしよぢ なせしが此ほどのきてんの ふるまひじやくねんと いひさふらひの 弐身をもつて わがつち けたを なほ で ざる わいのうそのかみ相州 あしがら山のふもとなる 竹の下道のかつせんに 御しんぶ 小山田太郎 どのこともに さき手の 大しやうを たまはりしが われぬけがけの おちどにて 御かんきをかうふりろう〳〵の身となりて此大和に ひきころしがわれはもとより忰をも二君につかへ させましとそれゆゑせがれを町家へ養子に やりしなりしかるにいつぞやいがの国国見山のふもとにて しゆげんじやのいへにしゆくし此山どりのかゞみを 見つけしゆへそのしゆげんじやをとらへてせんぎしたる所 さがみにうだうのよるい大仏次郎さだなほといふものと ろうにんのすがたとなり大日ぼうといふものを たのみて此かゞみをうばらせこれをうたしろとなして よしさだひをちやうぶくせよとたのまれそれゆゑ あづかりなるなりとしゆずんじや あづかりゐるなりとしゆげんじやがはくじやうに▼ りやうにも だをおとらぬふるまひたゞもの ならずとさつする所さがみ入道の 次へつゞく 第 九 九 編 ようしおやのみやうかんどのぎりのある むすめ まへのつゞきよるいよしさだ公のせんぎのものと みせかけて此かゞみをとりもどさんとわれに ちかづくけいりやくならんとうたがひしゆゑ 娘にいひふくめ恋にことよせて此やにとゞめおき さいぜんわざとあつこうしてきでんのたち すぢをこゝろみしにごしんぶ小山田太郎 どのゝつたへたるたちすぢにうたがひ なきゆゑさてこそ御しそくとのゐの介 どのとさつしたりとものがたり又忠兵へに むかつていはく〽これ忰がやうれいよつく きけきいたかきりぬかしらねども ヤのみやうかんどのぎりのある 〽おすかもそちがつみゆゑ おしこめられてゐるときく ぎりあるおやになんぎをかけ おめ〳〵とにげかくれてはまつせ まつだいふ孝のあくみやう とてものがれぬいのちなれば ちつともはやくなのつていづるが せめての孝行かゝごきはめて せめての孝行かゝごきはめてかゞみのはこをわたしけれ なのつて出いしたがそれも どうぞおやの目にかゝらぬ所で なわかくてくれヱへげんざいちを 廿九日あまりに軍両つかひはたして二分のこる かねゆゑだいじの忠兵へさんとゞにんにした也 わたしからさぞに〳〵からうおはらもたとふが いんぐわづくとあきしめておゆるしなされて くださりませといふもなきごゑとりわけて そばにきゝ五るかゞり矢が心の内のかなしさは なにだとへんかたもなし忠兵へはかほもあげず とかくなみだにむせかへるまごゑもんはこれが おや子のわかれぞとおもへば五ぞうもちぎ るゝこゝちおぼへずもつとなきければ二ひき のさるはかけいだし又げいをおしゆることゝ思ひし也 まごゑもんがひざによりつきなきければいとゞ あはれぞまさりける〽まごゑもんはおう〳〵と なみだをおさへてものゐの助にうちむかひ きでんはからずわがやへきたらねしはせつしやが さいはひむすめがしやはせふつゝかなる娘なれど つまとなしくだされにむらいきでにはこの みかゞみをしんすべしせろしやがごがんきの ちつとみはやくなのつていづるがおんわびもひとへにたのよ申す也 おんわびもひとへにたのみ申す也とて かゞみのはこをわたしければこのもの 介はおしいたゞき此かゞみのせんきいと やくめをいひつかりたるせつしやなれば これさへ手にいるうへはきでんの わけた子にはやくしねとおしゆるも うきよのぎりかぜひもなやとゆうき 子ゆへによわりいゝなみだにそでをしぼり けれは〽梅川はむせかへりかんざきをたち のいてもすがたをやつす のいてもすがたをやつすこむそうの道はか ゆかず日をおくりならのはたごやみわか ちや屋五日三日夜をあかし みわの かんきのおんわびはかならず きづかひしめさるなかゞりて どのをわがつまに申しかくる ゆひのうのしるしには おしつけ御かんき御しやめ の御状をこひうけしん上 申さんといひければ次へが 「まへのつゞき「まごゑもんかゞり矢おやこんよろこべどかたべどかたへ 忠兵へは今をもしれぬつやのいのちこなたによろこびあると いへどもかなたには又なげきありよろこびに いへともかなたには又なげきありよろこび くらぶればなげきのかたぞまさりける 〽ときにまごゑもん 何おもひけん さしぞへ ぬいてはらに ぐつとつきみれば みな〳〵これはと ぎやうてんし さゆうにとりつき かいほうす〽まごゑもんは くるしきいきをほつとつき 此せつふくをあしんは 此せつふくをたし もつともこれむこどの きいてたべさいぜんも いふとほり竹の下道の かつせんの折からわれ 御しんぶとこねがらを あらそひぐんれいを 十一日 あまつたく わがてをおろして ごしんぶをころ せしみぜん そのざにて せつふくみ ぞんぜしが しゆくんごかんき ありしうへにせつふくしてはもし しゆくんをうらみ奉りての せつふくかとおぼしめしも そむいてぬけがけしたるゆゑ かへつててきのはかりことに おちいりごしんぶ小山田 太郎どのその日の いくさに 十二 おそれあればこれまでながらへゐたれ どもいまきでんのことばをきけば ごかんきをごしやめんありしも どうぜんことにかゞみを とうぜんことにかゞみを わたせしうへは もはや此世に 心玉のこらず 此しはばらは むこひきで 御しんぶを うちじにさせし うらみもこれにて はらしてくだされ 又一つには めいどに ござる 小山田 どのへの 申しに わけ 二つには せかれがしでの 道あんなひとかく たのむはむすめがこと ふびんをかけてたのみますと いきもたやげにものがたれば みな〳〵手おひにとりつゝさてぜんご しやうたいなきさけぶ〽かゝる折しも 竹やぶにかくれゐたるさがみきらが手したの あらはれいでとの雨の声が手したの しのびあらはれいでとのゐの介がもつたるかゞみ うばひとらんとたちかゝれば次へべく こむそう まへのつゞき くびをばつさり とのゐの介身をかはして うちおとし かゞみのはこを ひらかくと ひとしく はかし 忠兵衛 梅川を てらし けるが たち まち ふたりが むなもとより 大日ぼう かまきり びんぼう神の しんたいと ともに あらはれ くうちうに とびのぼる をきにかゞみのうらに ゐつけたる山どりのかたち あらはれいでかまきりをくひころして つるかけ太郎 じゆんれいふるてよひ にやつしたるとりて にんじゆをつれき 忠兵へ とりまき やがて なわを かけたる をりしも みのもの すけが しもべ つまゑ 蜂ゑもんになわをかけかめや みやうかんおすわもろとも 此ところへはせ来りつま平 つるかけたらにむかつていは 此場へもんといふもの 梅川にしうしんなし さま〴〵の わるだくみ してほみへを つみにおとし しよく づくしの ゑまき ものを にしよか けのかゞみにもどりけるが忠兵衛様 両人はたちまちほんしんにたちかへり れんぼのきづなをたちきつて ゆめのさめたるごとくなるは まつたくかゞみの きどゝなりと おもひ きゐの なす 所へ かま もゝのゐ 今かんの ろうどう しちや より 〽かたへ いたし かねて 候へば 此とほり なわを かけて おかわたし かのゑまき物を つるかけ太郎に けるにぞ けるにぞ つぎへつゞく 夕上 まへのつゞきつるかけ太郎はこれをうけとり此まきものを うけれるうへは忠兵衛にとがなしとてなわをとき此とほり しゆじんはんぐわんへ申し上崎へもんをつみすべしとて ひつたてさせかまくらさしてかへりゆく〽この時まごへもん いきふきかへしておきあがり忠兵へがづみをゆるされし ことをきゝあく喜ばしやうれしやなア此うへはたり とのゐの助こどのむをめとしうげんたのみます そつちもこつちもめでたい〳〵 〽あいにあいをいのまつこそめでた かりけれとしうぎのうたひも ふるへこゑこれをこのよの なごりにてはかなくいきは たえにけり忠兵衛能川 との女の介かゞり火は とのゐの介かり いふみさらなり みやうかんおすわ つまにもろ共 なげきはふでに いゝきれず かゝるをりしも からのしやうが かたはらのしやうじの 内にこゑたかく 〽ひるはきてするは かくるゝ山どりのかけみる ときぞねはなかれける 卜古哥を吟じて しやうじをさつとおしひらき 童がんくわくはつの道人 立出たまへばとのゐの心は これをみて〽ヤアあなたはいつぞや 竹の下道でせつしやがなんぎを おんすくひくだされし道人には あらすやトいへば〽いかにも〳〵 志良気久寺の住しよく 慈休とはわがことなりわれ ひさしくしよこくへんさんして たびをいへとすさいぜんより 此やのおくにかくれゐしも 忠兵兵へ梅川がいんえんを ときしめさんがためなり とて大日ぼうの おんねんかまきりと けしびんぼう神の しんたいとともに 忠兵衛 つきてあたを なせしことを つげ給ひ 忠兵へは しんの ほんしんの ほうらつに あらずいま ほんしんに かへりせんびを くびたるうへは おすわとめやはせ かめやのあとを つかすべし みちご 梅丸は そせい なし 今は さがみ次郎 ときやきと なのりいがのくに 国見山にたてこもり ゐるなりとつげ給へば 梅川は これをきく さては梅丸さまは 今此よに おはす かや 忠兵衛 なれ もとはと いへば忠兵衛 さまのおもざしが 梅丸さまににたゆへ也 今ほんしんにたちかへりて よく〳〵おもひ候へば みなわらはがいたづらへ なる心より「おこりしこと おそわ さまの ていせつ なる はづかしきわが心 心ざしに くらぶれば そのいひわけは まつこのごとくと すでにじがいと みへけるを おすわ みやう さゆふに すがつて こゞむるに じきう上人立より給ひ これ〳〵梅川じがいは むようなにごとも也 みないんぐわづく これをほだいの これをほたいの たねとなしあまと なりてまごへもんが なきめらをとむらぶ べしとて梅川が もとゞりをきり給ひ こむそうのけさ そのまえゑりに かけたるあますがた ぼんのふ むじやう これぞ いんぞ 女女の 一つぎへ 一郎 ま人のつゞき忠兵へはみやうかん おすわもろともになにはに かへりとのいの助はくつ 三かがり大 つま□もろ共 に此いへに とゞまりて さがみすらへ うつてにむかふ したくをぞ なしにける じきう 上人は 梅川尼を つれて立 出給ひぬ 同二 × ㊃ かくて ともい の助はかけ いがのくにてもくみ 〽よしさだ公のかしんはた六郎ざへもんが ちうどうゐぐちあく八郎とのいの介に ちからをあはせて 佐がみ次郎がやり 手した のものを こと〴〵く ㊇ 幾 中の島の 蜂へもんは もゝの井 はんぐわんの もとにて つみせられぬ 〽おもふにあく人は さま〴〵のたくみを なすといへども ついには天ばつに よつてこと〴〵く ほろび善人は 忠孝 貞印 くにみ山にむかひける 佐がみ次郎ときゆきは かねて犬がみのじゆつを まなびふせぎたゝかふといへども まなびふせぎたゝかふといへども 山どりのかどみのいとくにて 犬がみのじゆつやぶれ大仁次郎 金沢七郎はせつふくなし 佐がみ次郎はじつしんに立かへり よしさだ公にかうさんして ていはつなししゆつけとなりて ちゝさがみ入道のぼだい をぞとむらひける 〽ながさきかげゆ左衛門が れいこんもじやうぶつを なしけるとかや 〽さてとのいの介は 山どりのかゞみを よしさだ公に さし上ければ ばつ くんの ちうぎ てがら 〽はた 六郎 左衛門が てがひの 猛犬 犬獅子四 先ごし なりとて あまた かぞうを たまはり げんぶくし かゞり火を つまと して ㊄ ちうきんを はけみつま平をばぶしにとり立 ゑさせけり〽みゝのあかとりどうあん おやくには六主もち月ぐんりやうへ きさんをなしてもとのぶしにたちかへり 梅川尼はじさう上人のでしとなり道心 けんごにおこなひすまして多くらにあり 中へん二冊下へん 四まつ文化八 未二月樽成 天のあはれはをかうふりて さびおとろへたるもついには 世に出さいはひをえる されは世人悪をこらし 一善にすゝむの心さしを はげむべき なり かめや忠兵へは本心に 立かへりておすわと おうふになりしんだい をもちなほしまへに 十ばいしてふつきの身と なり養母みやうかんに 豊国画 孝行をつゝし □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 九部全 大福帳 十一丁 ほどなく 男女の 子を まうけ ゆくすゑ 九 十一 馬喰町二丁目 西村屋与八 ける かや 千秋万歳 尾 大 冊 京伝店 口上 人紙たばこ入 ○きくれたばこの かきれたばこの きせるるは当年はべつして新せい めづらしき風流の雑品多し 京伝自画さんあふぎしき 京伝自画さんあふきしきしきしきしきし めでた かめや忠兵衛 はりませゑるいしな〳〵 はりまぜゑるいしな ことへしよくらふ 讀書丸 第一きこんをつよくし 第一きこんを 一包一匁五分 ものおぼへをよくす ものおぼへをよくす 心腎をおぎなひ老若男女つねに用ひて如年 長寿のやうやくなり近年おひ〳〵諸国人 ひろまり候間べつしてやくしゆをえらひせいほう ねん入調合仕候「京山製十三味薬あらひて いろの白く一 一つゝみ壱匁二分いかほどあれしやう 水晶粉 にても一度つかへばきめをこまかにしつ なる妙薬 にきのあらひこのたぐひにあらず○ひゞ○しもやけのはだけ○あめに のなへかちのあれしぜんとなほる御けしやうに必用のくすりな 京山てんこく玉石銅印古真近ていつげぼりてんしき御とのみ次第 十一日 大入帳 つまおすわ しつやをいだにそくこうありて なる妙薬一度つかへばきめをこまかへばきめをこまかひし 〇あぜものない○にきび○そばかす たゞめちらいみたぐひにあらず○ひゞ○しもやけつはたけ○あせものるい○にきひ○そなる 売弘所京伝店 山東京傳作 傭書徳瓶 天極上品きおう九 一里十二に 大極上のやくしゆを つかひ家伝の 加味ありて常の きおうぐわんとは こうのうかくべつに ちがひのりなし くまのゐにて 九じまことに 上品といふべき也 忠兵衛 やい 古柳 さんが はなしに みつる なんぞ ものを とつて さや れ 絵入 七 讀本 たりのまがきものがたり 霧籬物語 全部 吉六州 一名本朝売油郎 全部一里 歌川豊国画 同作 是迄しよふ事あま八日座上 此事は別而作西共に矢をめぐらし しき趣例之通 信じき故向に取組当未年 秋は箱違売出し申候何卒 御高覧被成下御評判奉願上候 申 春 梅川 山東京傳作 忠兵衛 二人四百七全九冊 歌川豊国画 椀久 山東京山作 歳男金豆蒔全九冊 松山 歌川国貞画 一 繪 新 山東京傳作 水 黄金花男道成寺全十冊 は龍 歌川豊国画 工のや三勝 山東京山作 近江のおか 隣同士博寝物語全冊 防治十一軒崩れ 鳥居清峯画 草 糸 山東京山作 こいな 咲替梅武士全八冊 半兵衛 歌川豊國画 柳亭種彦作 女合法あふ棚がへしこと 鸚鵡反辞之鄙取全六冊 辻談議 鳥居清峯画 絵入近世 北越竒談全 全那北越 全部 讀本實記 六冊 好事 崑崙橘茂 北越 細茂世着廿二 東都 同 種麦板台 柳亭 北府補画 葛飾 かめや忠兵へは本心に 立かへりておすわと おうふになりしんだい をもちなほしまへに 十ばいしてふつきの身と なり養母みやうかんに 豊国画 孝行をつゝし 九部全 大福帳 ほどなく 男女の 子を まうけ ゆくすゑ 山東京傳作 備書徳瓶 天極上品きおう九一 一りう十二丁 一りう十二に 大極上のやくしゆを つかひ家伝の 加味ありて常の □□□□□□□□ 馬喰町二丁目 西村屋与八 かや 千秋万歳 尾 大 冊 京伝店 口上 人紙たばこ入 かきれたばこ入紙たばこ入 きせるない当年はべつして新せい めづらしき風流の雑品多し 〽あふぎしきしきしきしきし 京伝自画さんあふぎしきしたんさゝ 京伝自画さ也あふぎしきし めでた かめや忠兵衛 はりませゑるいしなく はりませゑ とくもよぐわん 一包一匁五分 第一きこんをつよくし 第一きこんをつよくし 讀書丸 もりおぼへをよくす ものおぼへをよくす 男女つきに用ひて延年 心腎をおぎなひ老若男女つねに用ひて如年 長寿のりやうやくなり近年おひ〳〵諸国人 ひろまり候間べつしてやくしゆをえらひせいほう ねん入調合仕候京山製十三味薬あららこ ねん入調合仕候 いろのゆく 一つゝみ壱匁二分いかほどあれしやう いろのゆく「も「つゝみ壱匁二分いかほどあほどあれしす 一つゝみ壱匁につゝみ壱かいしつやをいだすそくこうあ 水目明粉 「水旧日米」にても一度つかへばきめをこまかにしつやをい なる妙薬 ○ちら〽しいたがひにあらず○ひゞ○しもやけ○はたけ○あやものない○にきび○そな かちら此こみたぐひにあらず○ひゞ○しもやけははたけ○あぜもの 常のあらいこのたぐひにあらず○ひゞ○しもやけつはし のないかちのあれしぜんとなほる御けしやうに必用のくすりなし 京山てんこく王石銅印古真近ていつげぼりてんしき御このみ候第 大入帳 りおすわ つやをいだにそくこうありて 〽木田口弟」にてみそ一度つかへばきめをこまかにしつやをいだすそここうありて ○あせものない○にきび○そばかす 売弘所京伝店 きおうぐわんとは こうのうかゝべつに ちがひのりなし くまのゐにて 九じまことに 上品といふべき也 上品といふべき也 忠兵兵へいふ 〽こん これは 吉柳 さんが はなしに とつて さや れ 七 絵入 讀本 是を上よん事あま八る庭上度 たりのまがきものがたり 霧籬物語 全部 吉六州 一名本朝売油郎 此事は別る作画共り矢をめぐらし 同作 珍しき故向に取組商来年 歌川豊国画 秋を籠違違美出し申候何卒 御尊覧之成下御評判奉願上ニ而 申 梅川ぶたり 山東京伝作 二人四つそん全九冊 春忠兵衞 歌川豊國畵 山東京山作 椀久 歳男金豆蒔全九冊 松山 歌川国貞画 十一月十一日 繪 新 山東京傳作 水 は龍 黄本花男道成寺全十冊 歌川豊国画 工のや三勝 山東京山作 湊司七傳復物語舎 斉同七時復物語全八 隣同士轉籠物語話命 近江のおかが 鳥居清峯画 草 紙 山東京山作 女合法あふ功がへしことはの 柳亭種彦作 こいな 咲替梅武士全八冊 鸚鵡反辞之鄙取全六冊 半兵衛 歌川豊國画 辻談議 鳥居清峯淑 ほくゑつきだん 絵入近世 全部 讀本實記 北越竒談全部 六冊 百六冊同 好事 同 北越 東都 同茂廿七日 崑崙橘 種麦菽乳 柳亭 北蛮社画 葛飾