弓張月春迺宵榮 初至二四篇

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一雄齋國輝等畫
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場所: 江戸
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一雄齋國輝等畫
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日本語
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恵比壽屋庄七
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ユミハリヅキハルノユウバエ
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東北大学
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弓張月十七 『荒井恭姫』『 以テ購入セル竹開博士 狩野亭吉氏藤蔵 上錦札 若林堂梓 夜編上冊 弓張月春廼賈榮 楽亭西馬驛 雄斎国輝画 嘉永四辛亥春 新鐫 弓勢名譽尽養由基 十一 □□□□□□□□□□□□□ ③ 流行は変化やすく古躰は目かれせず。松柏の色なきは常に して。桃櫻の時花あるは艶なり。浅黄帷千黒小袖と。紺華色の寂たるは。 古今老若出ずいらず。されば流行の繪冊子も。滑稽すたれて復讐に。 はやり。あれに替りこれに移る歟又雷頃の続き物も。なまじひ小子笙すが。 拙文愚考を綴らんより。先哲の妙作を摸冩よと。書房の好みによりて。 爰に発販するは曲亭翁の高宰なる。弓張月を需註なり。こは八郎御曹子 の弓弦に縋る島夷ならて。筆のちからもあら蟻の。及ばぬ事と三歳さき。虹 草稿半にして等開しを。旧年より頻に矢の催促實に為朝の弓手は。 長くとも短き戈に物ぐさ擂乙保笑つぼに射るいらぬ矢中りは間遠の的場に にして。齟齬はいくらもおほかり。股足らぬ図どりの旨むかばき己が例のかぶらば 矢もて。八ツあたりせんと。禿毫の穂先の錆を研事光り。 嘉永四年辛亥初春新鏤楽亭西馬誌 久かたの 天とふ 雁に 身を よし こ事 南の くにゝ あとを とゝめむ ○鎮西八郎 源冠者爲朝 ○大嶋郡司 三郎大夫忠重の 娘節江 阿曽 三郎忠国 愛女 白縫姫 ●琉球国 尚寧王中城寧王女 海戸岸より 紀平治 妻 ン 代 食狼野風 紀平 大夫 雄茂 楽亭 源氏名の かほにもみぢの 玉たすき女武者めく 庭のゆきうち 一百六十一匁壱分壱匁 しらぬはひめの 色ふくむ つやに 見ほれて ○白縫姫 婢女 若葉 さるおがせ はひまつはりつ 藤の花ぶさ 肥後 押領主 阿曽 三郎 忠国 西馬 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ ●十六日●日本橋本松本橋 弓長刀扁 〆引引 清和天皇尅記のこういん深のよしいゑあそんのちやくりう 六じやうのはんぐはんためよしの八男くはんじや烏朝ためと きこえしはちゆうふさうにして身のたけ七尺ちから まん人にすぐれよく大ゆみをひき矢つきばやの 手だれなりさればてんせいきうばのみやうおうを きはむべき人にやありけんうまれながらにして ゆんでのかひなめてより四寸のひて矢つがを ひゝ事世にこえづ いとけなきより 〽みちのり入たうははくかくと きゝしがかゝるこへこの そのけんしき じやうばつせらかゝは たかくしてあまた 見たちにも所を かな さて〳〵小人 おかきよろつおの がまに〳〵ふる がまに〳〵ふる まひ給ひ けるときに 近衛 いんの仁和次 えねため ともやく 十三才になり 給ひしが かたちはよの つねのますら をにもおとら すゆくすゑ いかなる事をり なさんかれこを わる子▽ ▼たながらいとゆくしき ものなりとて 父さめよしも つねにしたを ふるひて きやうたんし 給ひけるとぞ 此とき 鳥羽松の 上くはう にはみく らゐを 為朝 第一 の宮 □□□□ あきひと おほきみに つたえ給へり しゆとくねんと 申はこれなり されどあめか したのまつり ことはとばの 上くはうよか しさたし給ひつるが保元五年 同五月英福門院例の おんはらにわうじたんじやうし ありしかは上くやうごとに悦びおほして やがてとうぐうに立給ひかんとし三才 にて大子のくらぬにつけまつらせ 佳西 源馬義 〽とをき いゆへ はさて を □□□□□□□□ あきつかみ きよのり つゞいては みなもとの よりまさ などに 今長刀扁 しゆとくゐんをばしんゐんとぞ申けるこれみな上くはう の御はからひより出たればしんゐんもみこゝろの そこにいたくうらみおぼして御父子のなかゝもむつまし からずうつりかはるは世のならひにていつしかしんゐん のかたへはまゐりつかふる人もなくくぎやうには宇治の左 大臣よりながこう少にこん入だう信西勘なんど わづり五三はいにすぎず武士には六やうのはんぐはん ためよし父子のみおり〳〵まはりなぐさめ奉りけるしかるに あるひ入だうしんせはしんゐんの御しよにまゐりて酔非子 あんといふしよをよむよしそのきこえありしかばためよし あそんもちやうもんのためにまなり給ふおりしもわか とのばらはかゝる事をきくおくにしかず子どもおほかる なかに八郎ためともはわさて出たけければいまだ むがくもんをばようせずとおぼゆるぞみゆるしをかうむら でめしぐしたりともさまでおんとがめもあるまじき にいざ給へと仰すればためともはいみ〳〵かひつく ろひとも人のごとくいで立てかの御所へまゐり みはしのもとについゐてはるかにしんせいがとく 所をきゝ給ひけりしんせいは山の井三粒永より のばつりうにてはくがくくはうさいにしてしよ だうにたつすそのいまは後白河と味いのゐんのし おんめのとなりければまつり事をさえあづかりおこ なはせ給ふにそのしよくにたへたりとは見へなから しんかんのほうを用ひてしやうをかろくしばつを おもくしやくもすればしんそにつきてけつだんよ わたくしありしほどにおほくの人のうらみをひかり かくちやうとんにほこりけれどいかなる心にあら けん上くはうしんいん御父子のおんなる心よりらやし なり水ひてのちもたへず白かはどのへ参りけり次へ のものゝふにおんめをつけておはせしが □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ つゞきしんいんはひごろ思召たつ事の おはしますゆゑにやひそかに源平 此日ことはてゝしんせいに文武の 古実だかをとはせ給ふついでに わがこかほとくて給ふついでに わがくにいにしへのつよゆみは たれならんととひ給へばしんせい 申やうほんてうその人にとぼし からずといえども吉備巨尾 越きびのをみ 店人宿神で すくね此二人に しかず候はん といらへたて まつれば又今 の世にてはと 仰するにあきのかみ 清もり兵庫頭よりまさ いづれもおぼえあるものに候と 申せしをためとももれきいて 思はずこゑをはつしから〳〵と あざわらへばしんせはきつと 見てこはふけいなりあれは たれやらんととへばためよし こたえて。かれはためよしが 八男にてくはんじやためともと いふものにて候がかゝるむしろに つらなるべき身にはあらねど しんいんおりゐさせ給ふののちは □おん身何事のありて玉座程よくちかきをもはゞ からずぐらうをあざけり給へるといとにが〳〵 しくとひかくるをためともはさはぎたるわしき もなく世の人のことをきくにみちのり 入だうははくがくに おはすときけど じんそにつきて けつざんに わたくし ありと いえりしが はたして たがはす 今の世の ゆみとりを きよもりより まさなりとの給ふが かたはら いたさに 思はず ぶれひを いたしたり たゝしよりぬ はものゝ 八郎爲朝 人なつかしみおぼすゆゑにやたれにても まゐりつかふるをおん悦びましますなれば みゆるしはかふむらねどけふのこうしやく をよそながらかれにもきかせばやと てひそかにめしぐしてまゐり候といらへ 給ひしかばしんせいやがてざをたちて みはしのもとに立よりしばしため ともがおもてをうちまもりつゝ此小くはじや こうにしてゐさうなりとしはいまだ十五にも みたぎるべきかいとおとなびて のりしげ 見ゆるもの かな口 〽ウヤ ちかぬは 〽コはきたい なるしゆ のりかず きよもりは武も なく文もなくざいはひにして てうをんによくするのみかく いゑばあがほとけをたふとむににたれど愚父父にて候 ためよしは十四才のときみとのりをうけ給はりてみのゝ せんじよしつなをせめほろほし又十八才ときなんとの 大しゆみかどをうらみ奉る事ありてせめのぼるよし きこえしかばまかりむかひてふせげと仰くだされしに きこえしかばまかりむかひてふせけと破くたきにしに にはかの事なればくんぜいもとゝのはず只十七きにて くりす山にはせ向ひすせんぎの大しゆをおひかえし 候とぞたゞ今にいたりてはとしおい所いかに候やらん 兄よしともなんどこそ弓矢とりてはいと心にくき ものなれといふためよしあそんはこれをきいてかれ よしなきものあらぐひしてわざはひをやひき出さんとく よしなきものあらぐひしてわきかむして かしとみしりぞけかしとおぼせどもぎよくぎちかければ しかりのくるに及はず此おりしもよりなが公もとゐり給ひ しが此もんどうをうちきいてゑみをふくみてゐ給ひ けるときにちんせいひぎをすゝめやをれ八郎ぐらうか しんそにつきてけつだんにわたくしありとはたれがいむつる よりまざはちかごろししんでんの上にあらはれたる作鳥 をゐてそのゑかうばしく又きよもりはさへもんのすけ たりしとき大内にけてうありけるをたやすくゐて おとせしに此とりきよもりのそでにとびいりやがて これをひきいだすに大ひふるねづみなり則みなみ のたいの竹をきらせたけのつゝにねづみをこめて せいすいじのおかにうづみてこれをいつちくつるとへ いふ此事いしくもはかりつると人みなかんじあくり これらの事はみなきのふけふの事にして御身も よく見きく所なりためよしがむかしつきへ 弓長刀扁 しんせい 三日 たやすく とりて見せまゐら すべしといふしんせいも はじめのほどはいたくこらさん と思ひつるにためともさらに くしたるけしぎなければ ふくいきどほりおのれが いきほひをしめさんとや 思ひけんつと立上りて たれかさふらふとくゆみ 矢をたばさみてまゐり なんとの大しゆをおひかへしたるたぐひにあらず又よしともにおいて いまだ武ゆうのほまれをきかずいかにこれにてもなをわがけつだんに わたくしありやといへばためともいよくあざわらひとりはかりうどもゐて どりねつみをばねこもとるなりそこはぶんしやうの事にこそかしこ かるべけれゆみ矢の事はいかでしり給はんしよせんたれかれといはん もむやくしおよそ今の世に弓矢をとりて百まんのごうできを もむるくしおよそ入うの世に弓矢をとりて百まんのごうてきを しりぞけん事はためともが右にいでんものあるべうもおぼえずと いへばしんせいきゝてあきれはてしばしいらへも せざりしがたちまちから〳〵とうちわらひくちへ よこにさけたりとていへばいはるゝものかなおよそ げいしゆつはあまたの月をこゑとしをかざねせつさたくまの こうをつまざればそのきよくにいたりがたしたとへその身 むつぎのうちよりならひえたりともわづか十余ねんに すぎずおん身みづからとく思へ人こと〴〵くでくにあらず われかれをゐんと思へばかれまたわれをゐるべしよくゐるものは 又よくふせぐといえり五うこゝろみに矢をとるべきかと いへばためともきゝもあえずほい八さいにしてじゆんの 師たりはくえき五才にして火をつかさどる けんぐこうせつはとしをもてろんずべ 「つゞきせめずともじめつすべきおぢのよしくなをうちぶだうにうとき からずいかなる矢つぎ ばやにもおふせて ゐさせ給へ大ひの ちゑの弁なる ちゑの矢なり とも図 為義 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ のへとよばゝればうけたまはりつと いらへして式成あけ則貞かもと いふ二人のたきぐちゆみ矢 たつさへみはしのほとりへまゐりし かばしんせい見てしか〴〵の事 なり此小くわじやに一矢つかふ まつり候へといふ二人のたき口は はじめ白かはのゐんのむしや どころにてまとゆみのじやう すなりとばのゐんの御くらゐを つたへ給ひてのちたきぐちに らされぬあるとき三尺五寸のまとを 給はりてこれなる第二のくろみを ゐをとしてもてまはれと仰あり みのときに給はりてひつじのとき にゐをとしてまゐれりこれ すでにやうゆうにひとしとて 人みなほめのゝしりけり今 としおひたれどきつによくは なをむかしにかはらずためとも たとひ六ツのひぢありとも 此ものともが矢おもてをのかるべうも 思はれずよりなかこうも今は見かね給ひて しんせいにむかひためともはかたちこそおとな びれたれいはゞしりよなきわらべなり たはむれも人によるべししんせいにはいとにげ なくも見へつるものかなとのたまひしが又ためよしに むかひてとく〳〵そのものをゐてまかで候へと仰ける内 弓長刀扁 〽むゐの 身を ひるへよ ため とも 〽しに 人のため に八郎がいで 一上るみに ほうしくびを 爲朝 図 此とき まで もため よしあそん 〽はもたねんと してゐ給ひ たるがかし こみて申 やうためとに すでに十三 才さのみ いとけなきと いふにも あらす のゝ此 ごに及び てその事を はたみ 八てき ぢんに のぞみそ 次へ クロ・別材料 つゞきうしろを見するにもおとれり かれ一人はおしむにたらずうらむらく はげんけるひたいのふめいをけがし 候りんかひたすらみゆるしをかふむり かれがまに〳〵なさしめ候はんかと このたまへはかゝるうゑはともかくもとおふせ けるほどにためともはきんぜんとして しんせいにむかひのりしげのりかずは 〽わがきみこゝがごんのかみ どのゝやかたでござります 須藤九郎重季 こぶさうの子とりなりこれが矢おもて に立ん事さいはひはなばたしたゞしその 矢をとりえすばわがいのちたちまちに おはるべしわれはいのちをもてそこに ゆるすわれまたよくその矢をとりて たらんには何をか給はり候ぞといふに しんせいあくえみておんみよく矢を とらばわか此かうべなりともまゐらす べししんせいはふつもんのとなり只今 おんみがいころさるゝとも死ごなを あしくはむくひ候はじとあさむく あしくはむくひ候はじとあさむく をためともはみゝにもかけす ひろにはにはしりおり矢ごろを はかりて立たりけるかのなり しげのりかすは 老こうのもの なれは此 ありさまを 見ても ◯思ふやうこはあさましゐんの御所にてゆゑなくへつきをもてあそふ さへあるに人をゐころさせてたのしみとしたまふは武れつ天わう のあらきおこなひにもまされり何とせんとたゆたふをしんせい はしちかく立出てとく〳〵とさいそくす二人も今はせんすへほく かねて二の矢あるべしと定められたれは矢ふたすちをたば さみてたちむかえばきみはさらなりとうざのん〳〵 手にあせにぎり今のためともかいのちはひかけ まつしらつゆよりもなをきえやすかるへし 思はれけるかくてのりしけ弓に矢つかひ 思はれけるかくてのりしけ弓に矢つかひ まんげつのごとくひきしぼり 矢ごゑをかけてきつて はなつをためともめてに てうととるほどもあらせず のりかすかはなり矢むな もとちかくとひくるをこれ をもゆんでにうけとめ たりこはゐそんぜしくちをし さよたとへゐころすまでにて いたらずともやはか此たひは とられじと両人ひとしく●右ヱ門 弓長刀筋 ・十七日 しばしすきまを うかゞひてよつひき ひやうどはなつ 矢を一すぢは すほうのそで めひとめさせ又 ひとすぢはとるに いこまなければ くちもてしる くいとめしが たちまち天 じりをかみ くだぎつその うとき ! かげろふ のほる がごとくいな 八郎爲朝 つまの ひらめく ににて 人げんわざとも おほえねばこれを 見るものゑへるがごとく たじやうあまりて こゑだにえあけ ずためともは とりたる手 ひたりみきへ かいやりすて いてそのほうし ひを給は馬んと いひもあえす みはしのうへに とひあかり しんせいに つかみかたらん とするを父 のためよし おしへだて はやくも 下へつき おもし ものゝふ のいゑ に生れ たる 身の 身の 次へ かゞきたま〳〵矢さきを あへてめつらしとも するにたらす しかるにその さけえたりとも 身のほどをもい かへりみず かへりみず びらうの ふるまひ こはれひ なしこは すたろ なりと 八郎鳥朝 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 〽ハチいさましき まうじうのあらそひ しかし此まゝおかばひとつは とうれんいで たすけ □□□□□□□ せんか ヱいひこうし給ふにそよりながこう見そなはしてやよ ためよしいたくなしかりそしんせいも又心にとむ べきにあらずむかし二人のとみじありて日の出いりに つきてそのえんきんをあらそひしにかうしもこれを べんじかたかりしとそ又みちのり入たうかためとも をふくしえざるもこれにおほし 今はこれまでぞおの〳〵まかで候へ と木にもくさにもつけ給はずこれ かれなだめ給ひけりしんゆんは ひごろ思召たる事ありてより なか公とひそかにかたらひ給ひし がきよれんのひまよりためと もがありさまをごらんじてかれは ものゝ用にもたつべきものなりと 思召ければぎよかんならめ ならずしてふかくしやうし 給ひしほどにためよしも 思はざるめんぼくを うちつれて しりぞきける 此ときより ためともの 名は世にたか くきこえけり さればしんせいはため よしおやこをいたく うらみしは〳〵さるし ことしておとしいれんとしたりしが ついに保元蔵のひやうちんに 及ひてしんゐんわりなくもため よしをめすためよしやむ事を えす六人の子ともをいておんみかたに まゐりしにそのいくさりなうしてしんいん はさぬきのくにまつ山にうつされ給へり こゝにみちのり入道しんせいはためよし 父子をにくむ事ふりければにやたえて ひさしき死けいを申おこなひはんにやのゝ○ ◎五三まいよりさふよりなか公のしかばね をほりいだしてかうへをはねさせ ためよし父子以下しんゐんの おんみかたにまゐりしものゝふを からめとらせみなそのかうべをかけ たりしあくほうにやよりけんかの しんせいがのぶよりけうと けんをあらそひしより いくほどもなく平治へは ぎやくらんおこりすん のけんくびにかゝるといふ 天もんを見てみやこを おちたはらのおくなる 大どうじのあなに かくれていきながら どちうにうづまれしを てきへいさぐりもとめて おのれをはかせぶりて人をこはみばつをおもく してもろ〳〵のうちみをかえり見ざりしいんくは まのあたり見る事よと人みないひのゝしりける 〇さてためよしあそんはたちにかへり 給ふとやがてためともをちかくまねき おん身いかなればうゑのとふときにも おそれずことに十五以下のとしに あかながらてうしやをもうやまはす しば〳〵くちびるをうごかせしは ほりいだしそのくびをとりて六しやう がはらにかけてけりうべなるかなしんせいは 目引示糸 へいほうにも将おこるときはかならずやふるゝと いへりちあるものはあらそはずのうあるものは ほこらずとぞきやうくんし給へばためともかしこと 父のおふせざる事なれどかの入道しんせいはけんしやに にたるねいじんなりその身いちゐんの ちやうあひをえてとうきんに ちつきんし奉ればあだし人はとまれ かくまれかれは世のきこえを はゞかりてしんゐんのおんかたへは うとかるべきにさはなくしてしたしく まゐりつかふる事まことのこゝろざし にあらずひそかにそのありさまを 見まゐらせあやしと思ふ事あらん には上くはかへつけまゐらせんために 「つゝきし何事ぞそれ孝は身をたつるにあり一ちやうの あらそひにその身をゆるしてのりしげのりかすか 矢さきにたつ事きやうじんのおこなひにひどし まはしものなりためともかねて これをしるがゆゑに今日のことを もふけてしやつをいからせふたらび しんゐんの御所へはあたぶみもさせ まじとこそ思ひ候なれといとまめ たちてさゝやきけるがやくありてためよし 又のたゆふやういにしへよりまつうゑよりも つかさにおそれよといふ事ありしんせいは くんちやうにほこるものなりかれもゝふかくわが ともがらをにくまばわがいゑかれが三寸のしたに ほろぶへしおんみめうにちつくしへくだりて 此わざはひをさけよたゞし思ふむねあれば 〽せつ しやが すみかへ いざ おんとも 仕 □□ おとづれはすべからずとく〳〵たびの心がまへ をいたし候らへとのたまひければためとも は父のけしきあしきを見てふたゝび ことばをかへし給はず あけのあさめのとご なる須藤九郎重季すくう 為朝 くらう あたゞ一人をめ たゞ一人をめし ぬけこへ くしてみやこの □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ まゐらせしほとにこゝに 三とせの月日をへる ためともすでに 一八丁礫紀平次 なり 給ひ さいて ますく すゝみちゆう ばつくんなりしが けいでんのへい書 に思ひをふけ らし又おりふしは 弓矢をたつさへ 木綿山ゆふにかり くらし給ふにある 日たゞひとり山 ふかくわけいりて みちにまとひ ゆけども〳〵 もとの山ぢにちで 給はずと見れば 行さきの木の もとにおほかみの 子二ひきありて しかのしゝむらを あらそひかみあふ て生死をかえり みずたがひに 田 〽しから しば そのほうが いゑにて もちも ずみはてぬ 月もにしへと いるかたの そのあかつき のほしをいたゞき 心つくしのはてまでもと 立いでつゝぶんごのくに まで来給ひしが此国に まで来給ひしが此国に なたゝるおはりごんのかみ 季遠後はゆかりある 人なればしばし此人をく たのみて見ばやとて 立より給ひしに すゑとほやすく図へ さん 山はんしん ちにまみれ まさらずおとらす 見へしかばためとも しばしたゞずみて つら〳〵と思ひけるは 今の世の人心は ゑみのうちにやいき をかくしりをみては しんぞをえらはず くはんゐのたかきを そねみつぎん ●原休初納 つゞき しよくろくの すくなきを もあらそひ 父子もあだ がたきの思ひ をなし兄弟 しのぎをけづる 事此おほかみ に事ならず 今此けものゝ たゝかひは われにくわん ねんをすゝむる のなかだちなり さちばたすけ えさせんとひと ごちすこみ向ひて のたまふやうなんぢ ちはこれたけき かみなり今 しよくをあら そひてたがいに きずつきいた む事あらばわれ らうせずして ふたつながら えんもいと やすしてれ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 〽いとめづうしき 此さるさけ よにもえがたき あるじかもて なし くはぶん 八郎為朝 しよくは べつにもと むるともなをえべし いきとしいけるもの ひとたびいもちをはり 一なばもとむるにみち なかりつらんとくし しりぞけ といひおはり弓の うらをさしいれて ひとはねちやうど はねまへはかの二ツの おほかみは大りきの ゆんつゑにきゝえられ きゆうへはたとまろひしが ふたゝびいどみたゝかはんともぜず ながるゝちしほをねぶりあひて たちまちむつましうみへ たりしはらくして二ツのおほかみ はためともをつら〳〵うち まもりてもろともにほとり ちかふきつかしらをたれて おんをしやするがごとく見ゆきては おんをしやするがごとく見ゆきて わが一ごんにかんふくしてわぼく しつるものならん人かんゆふなれば これをこらうにひす今此ありさまを 見ればかれらにかえつて義ありしんあり ぜず 妻八代 紀平次 〽はゞより ながら ●左ばさのみにくむ べきものにあらず とのたまひつゝ手を もてかほちをなで 給へばおほかそは 尾をふりこゝを たれていとなれ たるけしき なりしがやがて まへにたちて しづやかにあゆ み出見かへりて みちしるべを するにため ともはやく その心をえて 二ひきのおほ よみにみちびか れ行こと十五六 しにおよび給ふ ころ ころ 何とか しけん おほるみ はにはか に尾を まき はら かこへり ものに おそしが ごとく見へし かばためと もふりく あやしみて むかひを きつと 見たまへば ひとむら すゝきの しげき うち より ひとりの をとこ あらはれ いでたり そのいでたち からには しかのかへの づきんをかぶり 身にはたへの ころもきて あしにしや ろのかは きやはかを むすび 次へ 一弓別初論 つゞきこしに長き刀を きして身のたけ六尺 あまかとしのころは みそじあまかと おぼしくて山の きつをかと見れば きつとかと見れば 弓矢をもたず こはひはぎする 山だちならん とてなか〳〵に はゞかり給ふ けしきも なくゆんづえ にすがりそな たをまもり おはしけるに かの男もため ともを見て ちかくあゆみ 来て □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 國輝画西馬譯 いへりけるは 君はちかころ此 くにへいたり給ひし 八郎御ぞうし にてまし ますべし 今此おほ かみのよく なれたるを見まい らすれはひさしく かひ給ふものにや かくいへばなを あやしくもおぼ さんがそれがしは 紀平次後いと いやを 堂本丁 夷福庵西馬著述 鳥隠しの色は黒谷の教身並にちり込花に 無常を応じて北越の七不思議は妹背の中を焼栗の嫉妬肩衣 正本ハ新羅源氏 菊橘紫雲幕 種本ハ日蓮縁起 上摺製本 初編二編 一御法を信じて七里の得胤は心も清澄の妙法に蒙古退治の陣羽織 ●長房の珠数の命は身を延る権者の祖師に 香蝶楼豊国画画 初編 行議霰露叙法古文 二編 初編同 一雄斎国輝画 作 楠兵部之助正幸俊に宇治常悦と名のる古今の英傑並鞠が瀬舩が谷蟹江 なんどかの〳〵一個の勇士集会して室町御所をくつがへさんと義兵を発す長物語也 地本錦絵草紙印錦昇堂てかふり町恵比寿屋庄七杯 水弓張月春宵栄次郎 初編下 国輝画 弓勢〃 一饗雲 八まん太郎 初篇 下冊 弓 張月 春廼 西馬驛 浦輝画 宵栄 若林堂板 上のすきよりつゞきおほぢはもとりうきうきりこくの人なりし ひとゝせひやうりうしてそのふねつくしにつきしかばついに 日本にとゞまりてひごのきくちにほうこうせり しかるにおほぢぼつしてのち父なるものゆゑありて らうにんじ此ぶんごにうつりすむといゑども 世わたるたつきなきまゝにかりうどのわざをしで い人世うをおくりそれがしにいたりてもなほげうを あらためず父のときよりとり九ものをとりにもみ天 けんげきを用ひず只つぶてをもてねらひうつに 昔はつ百いうのしめねんありおよそ八丁なうちに 百はつ百ちうのしゆねんありおよそ八丁のうちに ねらひをさだめてうつときはときとりたけきけもの といえどもうちころさずといふ事なし こゝをもてんぐら身を あだなして八丁つぶての きへいぢ太夫とよびて いそれがし今かくかたゐな いそれかし給ふ かにありといゑどもいさゝ 八郎爲朝 かせいうんのこゝろざし なきにしもあらず よりて君がぶんぶの 〽人をあいし給ふ 事をつたへきゝ みちにとみてひろく 田したはしくぞんじ つれど身いやし ければまみえ まゐらする事 にて 一同十一日 よしなりしを思はず も此みやまにてそん ようをはひし奉りし 一八さいひなにか これにますことの 候はんとぞいへり 重季一ため とも きゝ給ひて さては此おほかみ ともがおそれて すゝみえざりしは きへいぢがあるを もてなりけんしる ればかれが つぶてにめう あるに しるべし とてへ 心のうちに かんじおぼしねん ごろにいらへして道に まよひたる事 弓別初へん つゞき」おほくみの事などすべてものがたり給へばきへいぢひたすらたんしやうし きみかとくすでにきんじうに及ぶ事いく〳〵ありがたくもかしこくおはします 事よしうじつ道にまよひ給はぐだこそうゑもし給ひけめわがいゑは此山の ふもとにありもしばうをくをいとひ給はずば立よりていこひ給へというにいなみ 〽がたくうちつれだちてふれのかさへおもむき給へばかの二ひきのおほかみも ことべにつきてかとまできにけりきていぢはふりたるもろをりどをやをら かしあけてためこともをいれまゐらせつまをがびてしか〴〵の事を かたりきかすればつまも又をつとにひとしく心まめ〳〵しき ものなればあわのいひをあゆのしらやきとりそえて ためともにすゝめまゐらするにぞきくいぢもわちぐり めぎすてゝ内にいりこれはわがつまにてなをば八代やりと よひて候おんめを給はり候へかしと申せしかばためともゝ けふのめぐみのうれしきよしをきこえ給ふきへいぢは 又ひとかめのさけをとり出てためともをもてなし あらするにぞこれをのみ給ふにぶどう しゆににてあぢはひことなりこは何をもて かもせしものにやととひ給へばきへのぢ こたえてこれは山中まれにある所の ものにてさるざけとなづけ候あきのすへに いたりてさるどもこのみをたくはえんが ためにあまたとりあつめて古ぼく のうろいはほのくぼかなる所 などにおさめおくに月を過て そのこのみこと〴〵くついへおのづ からさけのごとくになりて候 しかれども山をいゑと するものもおほくは見る事なきをそれがし ちかごろ見出してくみてもちかへり□といふに ためともきゝ給ひてたなぞこをうち山中には 重本 〽こははやまかて こらはやまりて うちたるかわがきみ あれをごらんあれ 山雄 きもものありときゝつれどにやこにおひたちされば見たる るさえなしわれもしこゝにさすらはずはいかでかる もてなしにあふべきとのたまへばきへいぢも ゑぼにいりてなをしば〳〵すゝめまゐら も □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ がたるにぞ やうやく 心おちゐ けりかくて きへいぢはふたゝび もとの所にまゐりて 一よもやものはなしのついで しばしへいほうをとうろんせしがた のとき給ふ所こと〴〵くわが せしがわれわすれたる事こそあれ かれらもさへてなうゑつらめとびとり ごちかどべに出て二ひきのおほかみを よびつゝきざみたるしかのもくを なげあたにればつまのやつしろは これを見て 大きにおごろき おそるゝをきへいぢ うちわらびて ことのよ きかざる所にいでゝその才 おはかりがたく見え給へば 心をかたふけて かんふくしついに 主じうのけい やくをなしつ此もの かたりにときうつる て日もすでに くれにければ ためともは わかれを 次へ 〽山をにひきかへ につくきどく 烏朝 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ つゞきつけて立かへらんとし給ふおりしもそのみご すとう九郎しげすへは主くんのかへりおそきに すとう九郎しけすへは主くんのかへりおそきに 心もとなくたいまつふりてらしてをちこちを たづねづゝやく此所へ来りしかばためともはしけすへ をめしてきへいちが事おほかみの事までとき しめし給へばしけすゑもふうふがひつき 心ざしをよろこび主のともして立かへるにかの おほかみはなをそのあとべにしたがひきて おひやれどもかへり行ず此ゆふべよりため ともがすみ給へるべやのほとりをさる事 なければためともし又これを あはれみ一ひきを山雄やまと なづけ又一ひきを野風なが とよびてさながらかひ いぬのごとくにてぞありにける □□ 八郎爲朝 九郎重木子 弓長刀たて 目引示フセン 雷じう 重季 つゞき 八郎ためとも 〽たしね 一は一たび八丁 つぶてのきへいぢにおもて をあはせしよりふかくこれ ○めでよろこびつねにそのいゑ 手をくださせすおのれまづこれをかみころしてまゐら せけりあるときしげすゑ主をいさめ て申やう君はまさしくせいわげんし のちやくりうとしてたいごくのかみ ともなり給ふべき身の一たん大との ぶだうをぼうきやくしかりうどのわざを ごとくし給ふこそ心えぬ人はうじよりそだち にしたがひしゆにまじはるものはあかくなる とおもてをおかして申せしかばためともほく ゑみてなんぢがいふ所ことはりなりしかは あれどわれ今さすらへ人となるといゑ ども心ざしをうつすにあらずごんのかみ すゑとほふそのきりやうせゆくけんをそねみ ておいれにまされるをいむものなりわれかく かれがやしなひをえてけんぎのなかに月日を おくりもくとほきおもんはかりなきときは わざはひしやう〳〵のもとよりおこらん かんきをうけ給ひたればとてたちまち にゆきかひてかれとともにかりくらしさらにほかを もとめ給はずその山にあそぶ日はがの二ひきのおほかみ のうちかならず一ひきをひきて行給ひしがおのづから れうけんのごとくよくしゝしかをおひ出しおほくは主に 八郎爲朝 一こゝをもてひねはす 山にかりくらしほうをもとめ ざるのかたちをしめすものは すゑとほが心をやすめんため なり見よわがえたるけものをば みなきへいぢにとらせてかれが 目なり はひの 〽たすけと すこれにても わが小里を むさぼり山がりを もて身のたいしみ ふとせさる 事をしる 〽とさやみ たまへば しげすゑ かんげき さるには も大ひに 思ひわき まへずよりと ぶりていされ まあらせよしなき を申つるこぞ一つぎへし と別市へん 十四 としもくれてはるもやよいのはじめになりつためとも すでに十六才今はいづこのますらになり給へはすゑしげは これを見てもゝみやこにましまさばぢもくつこなはれて くはんゐのかずにもちり給ふべきにかゝるへんひにさすらひく いゑはやうやくすけんにすぎずすむはわじう二人なり こらし給はんためなりとも四とせがほどに 只一たびおとづれもきこえ給はぬ大とのも みこゝろつよしとわびしきまゝに世を 〽つゞき」おちどなれといとうれしげに見へにけるかくてその うらむまごゝろ のほどこそあり がたげれかくて がたけれかくて ためともはある日 あさまだきよりゆみ 〽きへいし はやく ㊀こばまんわれとともに来れと 仰せて出給へばしげすゑよろ こびたいまつに道をてらし 主のともして立いでけり さてためともわじうはゆふ山の 為朝なる 矢をたづさへ山をと とへる一ひきのおほかみ をひきてゆふやまにおも むかんとし給へは重すへ 主のそでをひきてそれがし ゆふべゆめ見もあしくさめて のちも何とやらんむねうち けふの山がりをやめ給へかしといひも おからざるにためとも打わらひて ゆめは五さうのつかれになるといへり かる事をいまんはふしんのうゑにある べしなんぢ心をやすくしてよくるす かしこへ いたり つるをとり えて さはきて心おたやかならずねがはくは せよとのたまへばしげすゑ又申す やうつにしへの人もことにのぞみては やういにしての人もことにのぞみては はやく〳〵 きへいぢうちゑに立よりてかれ をもどもなひ行へしとておとなひ 給へばやつしろ立いでてまづゆをまゐら せをつときへいすは此あかつきに山へ 田ほえかゝりてかみ もつくべきけらき なればためとも きつと見そなは て古らうはなれたり といえどもやしな ひかたしといらぞ むべなる此ちくしやう わがねむれる ひまを うかゞひて くらはんと するにこそさも あらばあれ日にもの 見せしといきまきて かたなのつかをにぎりもち しばしにうみつめておはし けるしけずゑも心 ゆるさずすはと いはゞさしとめん とこひぐちくつ つげてまもり ゐたるに山をは 此けしきにも おそれず なほ ほゆる 事ふた こゑ おそれよといえりされどとゞまり なはじとならばしげすゑをも めしべし給へかしとしば〳〵こふて やまさりしほどに かくまで思はゞ とて出ぬされといでより ほどもあらぬにおひかけ 給はぐ山のなかばにては おひつき給はんといふに さらばいそげとて 主じうその 何か 所をはゝり さり足にまかせて 山ふかくわけいり給ふ にいまだにもあけ ざればゆくさきくらき 山おくゆゑついにきへいぢ を見ずあまりにはしり つかれ給ひしかばふり たるくすの木のもとに しりをかけてあけはなるくをまち 給ふにひたすらねふりをもよほ てもろともにまどろみ給ふと やがてかのやまを一こゑたく ほえ主のむかばきのはしを くはえてひきにければ しかめとももしげ ためとももしけ すゑもおごろきさめて しとかへより主じうかへひせに 紀平次 四ほうを見かへり給へど 日にさえぎるものも なしこは山をが たはるゝよとおぼして 又ねふり給ふに又いたく田 三こゑ たちまち はゝり よらんと するを しげすへ とびかゝりて ちやうと 切れば おほかみ のくびは むくろ をはな れ くすのこず えにひら めきのぼる と見へつるが ちしほさと したゝりつゝ いたゞきの上より おつるものありて 大ぢにだうと ひゞきしかは 主じうふたび □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ おどろきあやう みおゝあけがたの ほじのひかりにまなこ をさだめてつきへ 一同三反引 十五 同村六人 一つゝき見給へばふときは此くすのみきにもおとるまじく ながさはいくばくともはかりがたきとはばみののごふえへ おほかみのくびかみつきつらはばみはなをはんしんは木に まつはりてうごめくを主じうかたなをぬきもつてさし とほしへたやすくこれをころし給ひしがためともふかく さんぎして此うはばみがこすゑよりわれをのまんと したればこそ山をがしば〳〵ほえかゝりてもすそをひいて しらせしをこへあたするかとひとすぢに思ひたがへしおろか さよかれ今しげすゑがいつたうに死するといゑども 一ねんかうべにとゞまりて主をすくへるぞしゆせうなる われあやまてり〳〵とのたまへばしげすゑはなを おもな〳〵てしきりにらくるひに及びしがしばらく ていへりけるはそれがしゆふべゆめ見のあしかりつるも 此事あるべきさがなりしそもおほかみすらおんきを かんじ身を死しても主のあたをころすわれは けものにも及ばずしてとしごろかしづきまゐらせ ながらなをくんおんをむくふにいたらずかえつて 山をゝころせし事はぢてもはづるにあまり ありこは何とせんとくいうらめばためともは これをなだめかれをあはれみてやみ給はず 此とき夜もあげはなれれんざん見る〳〵 くもおこりさしも今まではれたるそら こつぜんとしてかきくもりかぜさつとふきくる ほどこそあれときしもやよひのはじめながら らゑびかりまなくひらめきかみさへおどろ〳〵しく なかわたりいたゝきのうゑにおちもかゝるべきありさめ なればためともしばしくもまをくちまもりつたえ きくへびす百ねんをふるときは身のうちにかならず たまありりやうこれをしる事あればそのたまをとらん 丁目 〽こが手のふだに ねんごうが ほかつけて ござります あめつちも うごくばかりに なりおつるを ためとも ためとも よつひいて よつひい ひやうと はなつ 矢 すこし 手ご たへ 紀平次 やう なりしが たちま ちに あり やみ くも おさ まりて あさひ ひがゝのみ殿に のぼれりため ともはしげすへ が子いと心もと なくはかくをまたず はしりよりて見給ふ にあはれむべししげ だめにまづいがづちをやりてふるはするとかや思ふに此うはばみ にはたまあべししげすゑ心みにさきて見よとおやすれば うけ給はりぬといらへしてかいうはばみののんどの あたりよりふたゝびかた我をつき立て ぼんをくつがへすが ごとくふりながし かみのなる事 これをさかんとするにあめは ます〳〵 はげて ためともはもし いかづちのおち かる事も あらば いて らんとて らんとて ゆみに異 いがひすこし そのばをしり 鳥朝 ぞきておはしけるしげすゑはあめにひたと ぬれつくかゝるいかづちをもものともせすすでに をのあたりまでさきて見れどこれかと思ふものも なしもしたまはかしらのかたにやあらんかと又刀を とりなほしかしらのかはをはぎてあぎとの 下をさぐり見るにほねのあはひにものこそあれ すはこれならんとうれしみてひき出さんとする おりしも四ほうまつくらになりていちだのくろくも しげすゑがうへにおほひかさなり一こゑのへきれき 〽此ふだこそは まさし おほぢよし いゑあそんの あるに ならん はなち給へる □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ すゑはなうくだけにく やぶれ身のうちくろく ふすぼりて手あしはつゞ たる所もなけれどもてる 刀さへはなさずゆんでは ちにまみれなから一ツの たまをにぎりもちて かたるが いかづちは こゝより のぼりしと 見へて ひとかゝへ にも あやる くすの 一人のいゑのこにかゆべきやことさら 米 おのもて わりしごとくこずえ よりねのきはまで二ツに さきてありしかどためともは それにめもとゞめずひたす らしげ春ゑがわらしをあはれ みわれけつきのゆうにほこりもと めてあやうきにのぞむ事りやう どにおよびさきにはあやまちて 山をゝころさせ今又しげすを らしなへりたとへ百ほうのたまなりとも 弓長刀 つゞきおれは此としごろうきにかしづきて まめやかなれば思ふほどをもかたらひて 心やりこもなしたるにゆめ見のあしとて いみたるはこゝにて死んさがなりしさはいへ ひごろはかくばかりたけきものともおぼえ ぬにその身候がづちにうたるゝとちこんとも よくその左夫をまつたうにかのりん しやうぢよが忠にもまされりさてよし なきわざをしつるかなとこうくはいありて 心ざらにたのしみ給はずかくはしげすゑが こゝろざしをあだにせじとおぼえかへしてうの こゝろさしをあたにせしとおぼとんかへしそうの たまをとりて見給ふにくわう〳〵として めいげつのごとく世にたゞひなきめい ぎよくなりかゝる所にむかひのがけ みちよりいたくぬれてくるもの ありけりたぞと見給ふにこれ 八丁つぶてのきへいぢなりかれも おんぞうしなりと見てければ いそがはしくはゝりぎつ しけすゑがらい死やまを うはばみのありさまを 見て大ひに おどろき 図 ま そのゆゑを とひまあか すればためともは 鳥朝 しかぜんとしてなみた をめくみいちぶしだうを ものかたり給ふにぞ 死をあはれみ又山をくいとをしみ つくとかへてくすの ねをほりうがち てしげすへが しかばねを きへいぢはます〳〵おど ろきてふかくしげすゑが うづめその かたはらへ山をゝ うづめとさて 何をかしるしに せんといふにためとも なづから大ひなる二ツの いしをいとかろやかにもち きたりはかじるしとしつ ぼうこんしやうてんたつくよらく とねんじつゝきへいぢとともに 山をくだり給ふにほそき谷川を えだにとしふるつるのかゝりてとばんとすれども かなはずひたすらはたしきしてもだゆるけしき なるをためともはるかに見そなはしてかのとりの あしにはいとなどをつけたるものならんがその をのはしのえだにまつはりてとびえざるにこそとね へだてしむかひのみぬよりさし出たるまつの 三郎長刀 のたまへばきへい ぢもうなづきて さらばそれがし つぶてをもて うちおとし 候はんと いひつく ねらひ ため いのち われ きずの つかぬ やうに 日引示いん 一つゞねらひすめして てうどゐたたふに つるはたちまちこんだ をはなれてたに かはへおちたりしが さうなくも とびあが はしちかふ来りしかば何となくあはれにおぼして つゝからうじては台そこにいたりかのつるをかきいだきもとのそびべに立 わかば ▼さるほどにためとく はかのつるをふかく いたはりかごにかひて 手つからゑをあた哥を あたへ給ふにいまたいくかも あらずしてすべよかに なりぬこれよりさきに ためとめはかの日わがすむ ゐまにかへりてのこりとゞまりし 一ぴきのおほかみのがせとよぐるが尾をふり 〽日きへは頃は此ありさまを見てくまさゝにたぐりつきふぢかつらにすがり かえりていうやう此つるいたくはをそこなひしと見へてとびざる べきけしきにあらすごらん候へあしにはさゝやかなるこがねのくさり をつけて候が此くさりのえだにまつはりてひきともられたるを 一下矢にいきり給ひしかばたやすくえだをはなれたりとおほし しるにそのくさりのはしと見へてつるのほとりにおちたる ものを見るにこがねのふだにて候へばこれをもひらひとりて候 とてかのふだを見せまゐらすれば鹿平り六ねん三一 みなもとのよしいゑはなつとえりつけたればうちおどろき てのたまふやうむかしおうしうぜん九ねんのたゝかひにわが とほつおやよりよし父子あまたぎやくとをちうりくし 給へるをもてふかく此事をなげき給ひさだとうむねとう たいぢのゝちうちとる所のつはもめどもづみゝをそぎて みやこにのぼしいじやうほうもんのもなるにしのとういんのほとりに うづみて一宇のだうをこんいわうし給へり此ころよしいゑあそんも かのちにてまうじやついふくのためあまたのつるにこがぬのふだを つけてはなし給ひこときひたるがこれもその一はなりこうへい六いねんより ことし久じゆ元年にいたりて九十八ねんときは今三月にして日も又 けふはとりなる事いとあやし此つるあしにふだをつけられてうしとも とひざればこそかくさいかいのはてまでもとび来りてけんこんにせう ようせしにたま〳〵そのくざり松がえにまつはりしはさきのくはいに おばろきて此本やまちをしたるにゝんわれのゝしらでまかり なばつるはついに死すべきをぞうそよしいゑあそんのしんれい われにみちびきて此つるをすゝはせ給ふもの なるかと一たびはかしみ又一たびはうれしみて ことのもとをこき給へばきへいすもきゐの 思ひをなしふたゝびつるをかきいだきて ためともをたち土ばおくりまゐらせ さればくわんじやためともはしげすゑ山をゝうしなひてより 企 わらは をはな ち給はゞ かならず あてやかに けふ山をが死たる事とも人にものいふごとくきこえ給へば のかぜはこれをきいてかうべをたれなみださしぐみてふかく ふれふるけしきなり此ありさまを見給ふにもしげすゑが事 いよ〳〵いたましくてそのよそうをむかえてきやうをよませかの 男と山をがためにながくついぜんのぶつじをしゆきやうなし給ひけり 心うつくとゝてたのしみ給はずこしかたゆくすゑの事など 思ひつゞけてはるのよのみじかきもねさめがちなるゆめの 思ひつゞけてはるのよのみじかきもねさめかちなるもめの うちに一人りのをなごしらあやのうちぎにおなしいろの はかまきてくれなゐなるひとえだのはなをかざしたるが たんぜんとしてまくらべにたゝずみていふやうちかごろ君が やしなひをえてわが身つゝがなかりいるられしさに 今つけまゐらすべき事のはべるなり白ぬひ姫 きみあすわらはをゐてひごのくにゝ おもむきあそのみそのほとりにてや してかつ かしこき 白ぬひ姫 つまをめとり よろしき うしろだてを うしろたてを え給ふ事あるべし わが身かしこ にてわかれまゐら するといえども ひさしからずして なんかいのはてにて まみへまゐらすべき にこそといふと思へは ゆめはさめ給へり次へ 〽なふ わかば その えたが よいぞや ちらさぬ やうに れき やがてわがやにかへり ける 欠部 一平蔵跡いん 〽平張初へん 「つゞき「手どりの舟次同与三郎大矢の新三郎こしのや源太夫の新三郎 よし田ひやうゑ打手のきは高間の三郎同四郎なんど一人とうせんの いゑのこどもみなにはぐちよりはせくればそのときたゞくに はしぢかく云出てしか〴〵の事なり木をきりくさを かりはらひてもかのさるをおひとらへてうちころ せといきまきあらくおふすればみなかけ給はり候と いらへしてとうざいにはしりわかれたいまつふり てらしつゝたちの にしのかぶきもんのかたに すみ〴〵をもと あたりて只いやうつねぢを むるにたえて こえでのがれいづるもの そのこへだに せずこゝにも あるよし手どりの与次 月かけにすかし見て 手ぼこをつけんと したるとき こづたに 〽うちもら たちまち まつを てとのかたへ とのかたへ てとのかたへ おり立けりすは さるはのんぐわいへ のがれ出しそとくおひ 給へとよばゝればみな〳〵こゝへつどひ きてもんをさとおしひらきとぶが ごとくにおひかけたりこゝにあそ山 のかたほとりにもんしやらんといふ 大てちありけりこうぼう大しの かいきにてしかるべきからんなり とぞくだんのともがらはか此てちの もんぜんにかのさるをおひつめて曰 二十本 一手取の与次 日今はやすしと思ひのほか さるはづいがきをおとりこえて うちにいり とうのひ くがたに はゝり のぼかぬ まづかれが ゆくゑは 見さだめ たりはやく つちにいりて とらへよと いきまき つくあは たじく たしく とびらを たき いへのこと もなりはやく もんをひらかれよと よばゝりけり これより二へんの はじめへつゝく 国輝画楽亭西馬省録 錦 昇 堂 新 史史新史史史史史史史史史史史史 第五新史史史史史史史史 弓張月春廼賈榮 当夏秋のまで第八編にいたる也 樂亭西馬演譯 一雄斎国輝画 衰笠翁の椿説弓張月を原本として其文談を省略し将画図に新体を 増馬なして既に三編まで。艶古猶当春四五の巻売出し初秋八篇迠出販仕候 五十四郎 一竹雀千代啼 萬世亀鑑 初編 三編同案同画 二編 一縁浄瑠璃に世上もてはやす先代萩の名をもて新に五十四郡の籏下 井筒外記畑倉茂十郎をはじめ敦多の英勇忠士千辛万苦して 幼君を補佐なす事高尾薄雲の美名道哲の実記等を集め綴る也 佐野次郎左 和尚次郎三 成田剱弘北三船橋 読切講談に御ぞんしの篭釣瓶の一刀より佐野次郎左が五人伐の一説に和尚次郎次郎 色欲の出刃包丁其切味をとりましべ例の曲式振なる因縁物語に新案なして 当中秋より売出し候つゞき物がたりの稗史なり 羅馬西 二十八軒崩れ 弓勢名譽畫画 辛亥春 新板 弓 張月 春画 雪巣 二編 西馬譯 の上国輝画 若林堂梓 金綿二 一 〽そんしんといはとかくいたいていたいていたい たゝ薬公龍を好んで画くといえども。寔の竜を視て驚怖せしといへるが如く。又は 其益は面目を知りて。実ならするものは。只世の堂に因なるや。去は往昔の左り甚五郎 或は飛騨の匠の彫工亦古法眼金岡の名画倶にその妙ありて未世迄も奇談を 残す。当世は森羅萬象それ〳〵。細王の密なれども。更に妙ある事を聞ず。こは 一利にはしり欲に泥む故なるべし。爰に稗史の著述も。古人の編られしは後世ます〳〵 行れて諏完さるべし。よりて短才愚闇の拙作に三丈もなき才臍をはたかんより。 千金方の先替が。高能をかりて錦交をせよと。梓行の進めにまかせ。先年詮文 ありて稿記せし。弓張月の初輯今春発市となるず。本の樹方あんばいよし。ト打一 花言葉の図にのりて流行不合の僕も梅干なんぞはとでこんすト巳が天窓を割撲 もで。夾より外趣向も出ず忘れた時分板元の。いつもおわかい若狭屋に二編の序に出る也 一音声は後をたのむ老の坂土堤の蛙のかを〳〵と胎き御需を観事しかり 嘉永四歳辛庚子正春新鐫楽亭西馬述 きなりけるならぬものかかいから 云、引戸二命 ○佐玉兵衛 属重貞 大勢の 捕人を以て 石山の奥なる温泉へ向 烏朝を生どる ○八郎 冠者源爲朝 女 夏風呂や 清水寺とは かれたり 宗因 弓長司二編 ヲ引テ二条 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ さえわたる ○為朝室 月と聲には何誉軒 何誉軒 白縫姫 さびなくて ことぢに 見ゆる 雁のひとつら 恩 悪 徒 武 藤大 しどもなく楽て ○乳陽廉夫人 狂ふ 少女 蛍火を あまが とり える 玉の あせ て ○狩野介 工藤茂光 師 きさめにていんにて御座候 中間片二緒 初へんよりつゞきもんばんのおき哥あといらへたるばかりにて とみにもひらがずしば〳〵おとなへばやうやくもんをひらきし かばみな〳〵内にいりたれどたやすくとらへんやうもなければ むなしくとうのうゑを打まもりあけゆくそらをまつのみなり すでにひがしもしらみからすのもりをはなれてなくこゑ するに山ぎはむらさきとちてはるのひすこしいづるころ 忠くにもうまをはやめあまたのしてつをしたがへて 来りしが此ありさまを見てあれいておとせといら だてども此とう五ぢうにしてたかきおかのうゑに ありまへにはくわいせう てい〳〵としていく ばくの高さをしらず くつきよくとして えだをまじへかす たとえやうゆうりこく みにくもを ようなりともいて そびへ とらん事かなふべく 冠者烏朝 もあらずなまじい にゐそんじなば わが身のみかは 主くんのはぢ なりと思ひけん われうけたま はらんといふもの もなしさるは はるかに人を 見おろししりを こなたへむけて 打たゝきあるひは ねぶれるさま などしてその ていたらくいと ほしいまゝなりし かば忠くに はをくい しばりて 大ひにいかり やすからぬ事 かなわが いゑるひ だい武もん につら なりわれ 又ふせう なりと いゑども 人のため にあなどう れずしかる に此ちく生 文珠院の解 を射落し たらんものお取 愛女児白雄 をもて妻人 へしける 久寿元に 三日 久寿允にしる 四 不許壱貫白山同 市長月仁島 ○われをはづかしむる事かくのごとんもし立 所に打ころしてしゝびしほとなすにあら ずはふさらび 十三百五十二匁 ていきまきのるといえ どもとみにほどこす べきはかりごと もなくひた すらいき どほりにたえずして打手 とほりにたゝんすして の紀八をちかくまねきなんぢ かやう〳〵にしるせし札をもんぜん に立をくべしと 仰すれば順へ □き八かし こみていそぎ 忠くにのことばの ごとくかきしたゝ め▼ 成 ▼もんぜんに みへたりける その札のぶん 文じゆいんとう しやうのさる をいおとしたらん ものはさいあいの むすめ白ぬひを もてめあはすべし 久じゆえねん三月 日あその三郎 中部戸二線 ころは十六七にしてきんこつたくましくおもて 白くはなたかくまゆみどりにしてせい ざんのごとくくちびるはくれなひにして しゆんくわのごとしみゝあつくひとみ二つ ありて身のたけ七尺あまりなるべく たゝ人ならず見へしかば心にふかく きやうたんし御身 ○女がてもん内にすゝみいりて忠くに向ひかのさる いおとしてまゐらすべしとのたまひけり忠国と これをきゝてまづその人を見るにとしの 冠者為朝 よくかのさるをいて あはらばわがむこにせん事しさい あらべしといふにぞきらばゆんぜいの ほどをもしらせまゐらすべしと てとも人にもたせたりしゆみ矢 をとりておかのほとりにあやみ より給ふを見るに弓はくろがね のおふごをかしたはめつるやうなれば 忠くにはさらなり大みな大ひに おどろきてかゝるごうきうをひかんもの はいにしへにもたへてきずましてのちの世にはなをありがたるべしと たへていとたのもしくおぼえけるさるははるかにためともを見て のがれがたきをしりたりけんけんぜんとして打なげくがごとしかゝる所に当寺の ぢうし此事をもれきゝけんやくそうをつかゐしてこうぼう大しのかいき 忠くにどそかゝせける さと人らこれを見 てかれにかたりこれ たりことにかのとうにはちよくふうの ぶつしやりをおさめたるにこれに向ひて打手の 弓をひかんはちやうてきにひとしかるべし 打手の記入 につたへ東西よりはし り来りみなもんぜん につどひたれどこれ らは虫のしりさはぐ のみにてものゝ用に 立べきものにもあらず かつたとひかのさるつみありとも一たび寺内にいりし ものをむげにころさんはほうしのしのびざる所なり かれといひこれといひ此事ゆうめんにあづかるべしと のべたりける忠くにきいてまゆをひそめかのさるれいじやうに はしり入るともすでに人をころせしからはあえて ゆるすべきにあらずしかはあれどちよく ふうのぶりしやりをおさめたるほうどう 此折しも八郎ためともは に向ひて矢をはなさんにはこうなん 当ごくにちやくありて あそのみやへまうでん ためかのつるをとも人に かきになはせもんじゆ いんのほとりをよぎりさうゐしてもこの所へしり 給ふに人あまたはせ あつまり立札にはいきほひ出てゆび ざしはづかしむる事 阿曽三郎忠国 くだんのおもむきを くだんのおもむきを しかしてありければはじめにもすぎたれば忠くにます〳〵 しかしてありければ これわがゆめのつげいきどほりにたえずためとも これわがゆめのつげ にかほよきつまを うしなひわれ今さるを めとる事あらんと きこえしは此事 いん事はいとやすけれ 高間四郎 どことかなはねば なるべしとさとり給ひ○ 一今表月二編 同せんすべ なしもしおの きへいぢだに あるなら あるならば弓 矢を用ひず してうち おとす事 かたきに あらざれ どもくにを へだてたれば それもかひ なしなどとさま かうさま思ひ わび給ふに次へ 一日磯月二斗 つゞきしかのつるかごのうち にてにはかに付たゝきし しば〳〵とび出んとほり するけしきなればため とも見そなはしてふた たびさとりびいるが ゆめにつけてあその □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ みやのほとりにてはなて よといひしはけふの事にて かれみづからなす事 あるべしかゝればふかく うたがふづきにあらずに とてきもふとくも かされて忠くにに向ひ それがし弓矢を用ひずと してさるをうちをとし まゐらすべしとのたまへばい ゑくになゝめならず よろこびてすでにのた まふごとくならばさいはひ これにますものあらじ とく〳〵用ゐし給へと いらせりためともは 心にきせうしつゝ 為朝 かせの戸をひらき 給ふにかねでこゝに てはなつべくおぼし ければ足には もとのごとく 忠国 ふだをつけたるがつるは かごを出るとやがてこくう はるかにまひあがりゆく ゑもしらずなりにけり 右くにわじうはさらなり これを見るものあざわらひ こはおこなるしれものも あるかなわしくまたか なんどこそさるをも とらめつるのけものを とるといふ事はたえてきゝも 及はずさればこそそらしら すがほしてとびうせたり などさゞめきあえりため ともも此あかさまにふたく びぎねんをしやうじそなさの也 そらをうちながめておはしける にしばらくしてかのつるは西の成 かたよりまひ来りとうの かたよりまひ来りとうの ひさくがたをはなるゝ一と鳥 一ウ長月二品 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ ●一じやう ばかりにして 所もさらず まひ ゐたるを さるは うち あほ ぎて ム またゝき もせず ちかくよらべ つかみもすべも 一月二日 白縫姫 はしき なり つるは 猶たかく まひひきくまひ てやくそのあはひ ちかくなるとき何とかへ しけんさるは大ひに あそふためきひさくがたを はしりおりんとする所をつる はさとおとしきてはしもて ちやうとつくやうなりしが さるはたちまちちにま みてだうとおちつるは たかくまひあがりて みなみをさしてとび さりけるこれを見る ものみなこゑをあげ あつとかんじてなりも 女まず忠くには悦びに たへずためともと ともにかのさるを 見るにさるはそびに よりむなさかをいた くつらぬかれて死たるが 目はなの あはひに おびたゝしく すなの かゝりて ありし かば 次へ つゞきし忠にたなぞこをならして いふやうはじめかのいるがいつち ともなくとび行しは此すな をついでみ来てさるのめつぶし にせんがたかめなり ひきんといゑ どもことに のぞみてよく ごうてきをとり ひしぐそのちは□ □□□□□□ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ あゝきなるかなと たんしやうしさらに ためともにむか ひそいやを たゞしくしその おんみはいかなる人 なればたやすく わがあたい 冠者為朝 ●中央区内部内 青野県歌歌 一厚壱寸七分半間 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 一□くさくのもの かたりあれど一てう のことにときつら がたしわれさいおひに しておんみがのぞみをかな いと悦ばしく候とのたまへば忠くに かつはどろきかつくれしみいうやう こは思ひがけぬげん家のおんぞうし にておはせしかなきりやうこつがら たゞひとならずと見まゐうせしが はたしてしかりそれがし不才なれども 弓矢とる身のかずにもいれりもし きらい給はずはむすめしらぬひを まゐらせてながくしんくのよしみを むすび候べしいかにうべなひ給はんかと いへばためとももこはこひねがふ所 なりおやはらからにもとをざかりて たのむかたなき身にしあればよきに さがづかととなへけるとなんあその忠くにはためともをともなひかへりて あつくもてなしむすめ白ぬひにもしかぐのものがたりしてひたすら一次へ はかりて給はり候へとのたまふにぞあその いゑのこども悦ふ事がきりなくばんせいとぞたとぶさける かくて書くにはためどもをともなふてわがたちに立かへればぢうちふ かのさるをあはれみいかなるさいほんあるにもせよわが寺にいがれ来もの をついにすくひえざりしがいとをしとてしかいを山門のそとにうつめさせ ほろぼしあひ きやうの まれ人 たるもしせん ならず かなら 名ある ものゝ ふなん 今日の 事いと ふしぎに ひといへば ためとも ほゑみ てないり アさんも おこには あれど ひさしく 父ため よしの ふけう をえ ぶんご さに 身を よせし 八郎ため ともと いふ ものなり かのつる の事に つきては 一つきしそのちゆうをせう さんすされどしらぬひは さんすされどしられは いまだためともの人と なりをしらざればとみ にもうけひるさりしがかの 人は父のためにぢちよく をきよめたるおんあれば そのけいやくをやぶらんも 義にたがはりと思ひかへし ともかくもといらへし 忠くに大ひに悦びてやがて 去日をえらみしうきの せきをもふけて酒しよく はいばんにいたるまで はいばんにいたるまで びをつくしそのゆふべ ためともにしらぬひ をめあはせけりかくて こんいんのしきもおはり てのちひとりのをうな しよくをとりてさきに すゝみためともに しるべして白ぬひの ふしどにいざなひつゝ ほをばいくあふたまで ほそどのゝあなたまで きつるときかのおうな 見かへりて此所こそ ひめのねやにはべる といふためともは ねげなくやをら 白ぬひ姫 } しやうにしをひきあけ ていり給へばたちまち 白きあかききぬうち かさねてねりのたま だすきかけたるをなご 二人手にはひとえだの さくらばなをもちたる がやとこゑかけて うたんとするを ためともこし なるあふぎを もてきゆうを てうど打おどし すゝみいゝんとしゐへ 冠者為朝 ばおなじいで立なる女子 すへあまりゆんでめて よりむらだちきつ 三ごく一のむこ ぎみをいざ ことぼきまめら せんとどよめぎ てもてるさくらの えだをおもみ打んと すればいとゆふの糸に もつるゝごとくにてかいくゞ おしへだてあるひはかひやりうけ とむるあふぎにかぜのあればにや はなはちう〳〵さんらんしとてふに にたるかんざしのひらやくも又ふぜいあり これはそんしがぢよへいを あやへりかれは大しんがはなの いくさにとめ木のかほうと花のかと こきまぜてひらき又なびくいづれ はなこもわきがたきをためともは しぢやくとしてほとりへもよせつけず もちたるえだを一ツもとゞめず うちおとし〳〵こはらうぜきなりとの思ひざだめながら ◑のたまへはこしもと共 おごろきまどひみな ひとかはにうづくみぬときに しらぬひびやうぶおしひらきて しづやかにいでむかへやよ おんぞうしあやしみ給ひそ わらはいとけなきよりの 心ざしにあめが下きたぐひ なきちゆうのますらを ならではまみえじと ●思ひさだめながら 「この長「二州 弓張月二編 〽つゞきしんそうにやしなはれていまだきみが ぶゆうをしらずうたがふとにはあらねども かくはたはぶれまゐらせしこれみなわが身の あやまりなりふかくなあやしみ給ひそと わびらるゝも五にくからねはためともそがひに みそなはしてちびきのいしはまろぶともたちとも をうたんもの世にあるべうもおほえずいはんや 女子のぐんばいはいとあさはかにも見ゆる ものかなとわらひ給ふをこしもととも立 よりてわりなくねやにともなひぬかくて ふうふむつましくかいらうのちぎりあさ からず見へしかば忠くにもなゝめならず よろこびてます〳〵あつくもてなしける ゆゑためともがぶゐあさひののぼるが みしこゝをもてりんごくのものゝふみな そのかふうにたゝん事をねがひて よしみをつうづるものもあり 又そのぢゆうをそねみて こゑつの思ひをなすもあり けりこゝに ごんのかみ 入道信西 □□□□んそうにやしなはれていまださみが としかのしろにおしよせ只一せんにきり したがへ給へりこれをいくさの手はじめ としてしろをおとし給ふ事十よか所 およそ二十余とのかつせんにいちど もおくれをとり給はずためとも のごうきうぶりやくはさらなり しそついづれもたけきがなり にもきへい治がつぶて手どり 与すがくみうち又これ ばんぶぶどうなり しかのみならずてき ぢんを夜うちし給ふ ときはかの野かぜ とよべるおほかみ まづてきちんへ しのびいり夜 因五かりもよほし恐くにをあんなひしや まはりのつは ものをくい ころして すゑとほは ためとも あその忠国が むことなり ためともすでに てりんどく のぶしみな よしみを つうずると 主を 判官島義 まゐらせし とぞさればためともはたゞ 内なくこゑ たかゝきこや となんこと ため□しに 仰せて □□□□□□□□ かのつる をめし のぼせ いけの みぎは にはな ち給はゞ いとめでた かるべしこ 申ければ うべ 上くはう なはせ 給ひて つぎの日 ためよしを めしてつるを ままらすべ きよしを 仰下され けるにぞ ためよし あそんは いんぜんの きいて大ひに おどろきいそぎ つかひをもて太刀 うまなどをおくりさきに もてなしのらすかりしをわび たりけり此とき八丁つぶての たりけり此とき八丁つふての きへい次はのかぜをひきつまの やづしろをつれてぶんごより まゐかしかばためとも悦ひ ねんごろにふちしてさらば いまだしたがはざるものを うちたいらげ九しうを いつとう すべしと てすでに かつせんの ようゐ をなし給ふ おかしもきくち はらたがともがら あまたのつはものを いとよせ来ると きこえしほどに さきんずるときは人を せいすそのぎならば さかよせしてせめやぶれ とおふせもあへず にはかきちとの □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 弓長司二扁 うすくしひそくじんせいをほどこゝ 給ひしかべくにたみせうさんして ちんぜい八郎どのとぞ申ける さてもせうなごんしんせいは ためともをいたくにくみて かのものぶんどへくだりてのちも 人をつかはしてそのていたらく をさぐりきかせしが此ごろ にしいのみやのしん〴〵がない つうにてことこまやかにきゝ すましおりもがなと思ひ ゐたるにかへじめ二ねんのはる とはの上くはうぼだいゐん の御所にいけをほらせ給ひ ほどにこれくつきやうの 事よと悦ひひそかに 上くはうへきこえ奉りて 申はまことやらんためよし 八なんためともつくしに 八なんためともつくしにたいめんありいかにやかけのふ ありてめづらしきつるを えたりと申もひゝ候その つるはむかしよしのゑが つるむかしよしのゑが はなぜしものにて今 なほこがねのふだをつけて 候がかたちはからよりも大さく□ の御ゆにいふそうてこむ ひとゝせがうちに九かこくをへいどんして おゝむきを ちくぜんのくにだぎいふにきよじやうを かけ給はりて かけ給はりて かまへみづからそうついほしとなりて ふかくあやしみ せうばつをつかさどりみつきものを かのためともはゆゑ ありてさつこくへかひ くだしとしごろつうろを たちて候へばかゝる事あり ともきゝしらで候になん人が 申てよくしらせ給ふやらん まづこゝろみにいひつかはし 候べしと申て出給ひけるがその ひにはかにものなれたるいゑの こはたの次郎かげのぶといふ ものをだざいふへたびみせとく かのつるをまゐらせ候へとおふせ つかはされしほどにはたの次郎 はとるものもとりあへずかん ばにむちをならしちうやの わかちなくみちはせて日なら すさいふにとうちやくしかげのぶ 大とのゝ仰事ありてまゐり 候と申せしかばためともやがて たいめんありいかにやかけのふ 何のしよ用にてくだりつる 父にはつゝがなくましますか かんきをゆるへ給はんとのおん つかひにはあらぬかとのたまへ ばかげのふこたへて大とのを はじめまゐらせ 七 一同一一 まゐりしはかる事なかとてとばの上くはう よりへるをもとめさせ給ふはじめおはりを おちもなくのべにければためともうちおどろ きてそのつるはこぞのやよひしか〴〵の事ゆて はなちやり今ははるかにほどもへだりもし そのころにかゝるおふぜうけ給はらばいろひ 奉るべきにあらねどすでにはなちて あまたの月日をすぐせしからはいかに ともせんすべなしこは何と申てよかる べきとのたまふ にはたの次郎も うしなびけりしばしありて ためとも又のたまつ やうわれことの 鳥朝 ちんぎんしふかくのぞみを つゞき」御兄弟みなすくよかにおはしまし候へはみこゝろ やすくおぼしめさるべしかつそれ〳〵おんづかひをうけ給はりて もとをすいしたり これをこれは してせいがはかりこと にてわれをにくむの あまりつるをはなちたる事を きゝしりてしらずがほしちかごろ えたるやうにそうし奉りしとおぼし しからばつるははなせしと申すとも よもまことともし給はじさればとて ほかのつるをまゐらぜなばきみと父とを あざむくなり只めいらんを天にまかせ ありのまくにつけ申さめと のたまひてはた の次郎にきへい治 をさしそくみやこへ のぼし給へり さるほどにかどのふ きかい治はみちを いそぎてみやこにかへり すぐにためよしあそんに 白ぬひ まみえまゐらせかげのぶまづため とものしよかんを奉ればきへい治はためとも のかきもろし給へる所をつまびらかにゑんぜつ て父のわさはひを見りみざるものなられば よもいつはるにはあるべからずしかれどもざん しやみちによこたはればいかなるおんとがめを かふむらんもはかりがたしさればとてはなしたる つるをいかにせん只ためともが申むねを申て見 ばやとてやりていんの御所にまゐりためともが つるをえたりしはこぞのはるの事にと そのころはなちやり候へばいかに ともせんすべなくめいおくたゝ此事 にいときこえ奉るに上くはう みけしきあしくはへてためとも おちかごろさいふにありてふちを たゝましうすときけりつるを はなせしと申はいつはりにて おしみまゐらせぬなるべしその つみこれゐちよくにひとして右へ一言 せりためよしあそんはことのよしをきつて 大ひにうれひ給ひためともはものをおしみ 高間三郎 一ヶ所 こをよしもく 阿曽忠国 すみやかに めしまゐらせ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ ずは父ためよしを げくはんせしめさぎ のけびいしになさる べしと仰ければため よしおそれかしこみて 六じやうなるたちに しりそきてあまさの 子そくをよびあつめて 此事いかにしてよからん 手取の与次 打手の紀八 田ちやくなんさまのかみ よしとものいたまふやう 紀平治 ふてんの下 わうどに あらざるは なし今いんぜん によりてかの によりてかの つるをたづねんに やはかえずと いふ事はあるましく 候されどその ゆくゑをいづく とも定めずは もとむるにみち なからんかあ なからんかあべは のやすなりは ぼくぜいにたへ なるものなりまづ 此人につきへし 一月号月二編 国輝画図 ▽ 此こと まづ つゞきもふてうむをしらせ給はんかと のたまへばためよしけにとうなつぎ 給ひてにはかにやすなりを まねきはなせしつるのゆくゑを とひ給ふにやすなりしぐしかうかへて 此つるとほくざりて今はやまとのちに 此一日ころくさりて とゞまらずもしりうきうこくにわたり てもとめ給はゞ百日をいでずしてたや すくえ給ふべしといふにたちよしあそん これをきいて又いつそうのゆうくをまし 此くにの内だにもあまとぶとうをもどめんはいと すきわざにあらずされどかのくにへだにいたりなば 百日があいだにはかならずとりえんといふ事のまつうれしく かの人のかんもんをもてことのよしをきこえ奉り百日を かぎりてつるをたつね出すべきよしをねがひ給ひしるば 上くはうやうやくゆるさせ給ひてしらば日かずたがひなく とりをまいらせ候へと仰くだされたりさてためよしあそんは すこしおちつき給ひ御所をしか。ぞきふたゝひかげのふきへい浪に したいをいひふくめすぐにさいふにくだし給へばかの二人はその日の うちにみやみを出て二百里にあまるみちを七日ばかりにはしり つきやすなりのうちきためよしのこうどういちぶしゞうを アもりためともきいてめいわくおもこにあらはれしがたち まちにのたまふやうこれにて思ひあたれる事ありかのいるが こそのはるなんかいのはてにてあはんとゆめにつげしは▼ かたくもあるものをりうきうまておもむかん事たや 大の 思ふ所 をも きいて 事を さだむ べしとて しうと 忠くに をはしめ あつさの いへのこを つどへ ことの しさいを とき おはりて のたまふ やう 下のにこへ 西馬省録 嘉 三十八春春春春春春春秋春秋春秋春秋春春春春春秋 録目彫新春印 竹雀千代哢 西馬補案 国輝画図 聖徳太子 大和鏡 万亭 万亭応賀作 一寿斉 一寿斉国貞画 三鱗形 鎌倉双帋 西馬作 雲龍 九郎 偸盗 傳 故人三馬遺稿 増補西 馬案 画工一 画工一勇斎 金地本草紙問屋てりふり町笑寿屋庄七版 弓張 月春 宵祭 二編下 豊国画 西馬譯 二編下の巻 若狭屋梓 国輝画 ゆみはり けるの 月 宵栄 源三位 よりまさ 弓勢名譽画 一 ちりをしらずことでをげしえずよしやかのつる そのくにゝかりともこれを百日があいだにもとめ えん事いどおぼつかなしおの〳〵はかる事あらば きかまほしとのたまひけりときに八丁つぶて のきへい治むれをすゝみいでそればしが おほぢはもとりうきうの人なるをもて かのくにの事をば父もおさ〳〵しりて つねにかたりきかせ候ひきまづその おほよそを申候べしとてりうきう ごくのゑづとりひろげ東ざいなんぼく うら〳〵しま〳〵までいち〳〵に そのことばに王じやうのちをはじめ 人ぶりことばまでよく心へて ものがたるゆゑためとも はじめおの〳〵もみゝおもし ろくきいたりけるためとも ふかく悦び給ひてわれ なんぢが事をわすれたり そのちめいを申てときいだしける 山〳〵たけぐこと〳〵くそのほかかのちの かゝれはかのくにへ いたらんもまた やすししかはあれど 為朝 上のまでよりしりうきうはさつまがたをさる事大よう 一二百七十里をへだてたるにいかにしてわたりゆかんことに 紀平次 大ぜいをいてゆかばかのくにたみ うたがひてこばむ事もあるべいれば われはきへいすとたゞ二人おきの小しまの あき人にいでたちかしこよりびんせんして▼ 一了長丁一扁 ▼かのつるを たづねべし たゞしたから をあまた もて ゆかずは 事とゝ のはじ ◑のたまひ まき きめたかへ せの木 ねじな とを につ やくら せ 又さき にえ給ひ し玉をば かづから ふところに 四日 してようゐ 五十一 まつたくとゝのひ ければまづかげのぶを都へろへし そのゆふべ主じう二人ふねに打のりて すぐにおきの小じまにおもむきかしこ よりりうきうへいたらんとて たびさち給へば忠くにいかあま たのいゑのこどもしのびやかに 見おくりけりためともは道すがら かのくにのことばをよくきへいす にとひあきらめざつまがたおき 小じまよりびんせんしてじゆん ふうにまほあげざせ日ならずりう きうへとかいし給ひけりさるほどにためとも 主じうはあきなひ人に打まじりて □ヲ用ヒ二組 つゞきりよくはんにやすらひかのつるのゆくゑをきゝさゝさ めんとし給ふにしれるものたててなしかくてはいたづらに ひかずほどふりてたま〳〵きつるかひもあらじとひたすら うれひもだへ給へりしかるにあるあしためとも主じら はかきいでゝ見給ふにもて来りしにもつのたぐひこと〴〵く うせたりしかば大きにおどろきこはとうぞくのわざならん にいづちよりいりけんとうたがひつくおちこちはかへり給ふに こゝより入たりとおぼしき所もなしあまりにいぶりしければ やどのあるじにしか〴〵のよしをつけ給へはあるじのいふかくり こゝよりはにしみなみにあたりてきう〳〵さんといふ みやまあり山ちうにもうらんこくしといふひとりの おこなび人ゐますなり此しんせんよく人のために よくくわやくきつけうをとき給ふにひゞきのものに おうずるがごとしこゝをもて国王これをそんきやうし 給ふ事なゝめならずかのもううんこゝしはもし ほしきとおぼすものあるときはたち まちじゆへをもてこれをとり ゐや事ありそのとられたるもの □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ かなひがたくあまたのそんをしてやむのみ しかれどもいさゝかうらむるむあけべし しかれどもいさゝかうらむる心あれば その人かならずたゝりあり思ふに おんみがものをうしなひたるも此もう うんこくしがさはむれにかくし なおほらんとりるへ 給ふならんとりかへ きへい次 さんと思はゞはやく きうぐざんへおもむき給へと いふためともきゝ給ひて心に 五郎のいきどぼりあれども いろにもあらはし給はずしからば かの山へ行てこひもとめんこゝよりは いかばかりのみちのりぞととひ 給ふに一日がうちにはたやすく いたるべしとてなほくいしくとき きかせしかばためともきへいすを いてりよくわんを立いできう〴〵 さいかいもとよくして山にのぼり ざんへおもむき給ひけりさて ここしゆしてこひもとむるときは たま〳〵かへしえさせ給ふ 〽いたもありもしまた かへし給はずといふとも こゝわうのそんしん ほどにすでにかしこにいたりて 山のはんふくまでのぼり 給ふにみねするどゝ 谷ふかくせうはく 二人は足にまかせていそぎ給ひし し給ふ しん〳〵とびる さへいとくら きに ○ ためとも ○たちまち もうろうとして いつとい きりおこりたゞぬば たまのやみのごとくいつほのさきも見へず 「う長」 もてきりをおこし わがともがらをさへ ぎりとむるにやと おぼすにひたすら いきとほりにたへず次へ きら 一五十一 一一九、一九、一、一九六 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ことも 一弓長月二筋 せうねは王まづかのたまをあづけ給ひしにいくほども なくかのたま一ツうせたりけるかゝるしんほうのゆゑなく うせなんもいとあやしこれうたがふべうもなききさきに ねたみにてかのもうらんこくしにぬすませたかとは すいしながらもせうこなければいひとくにみちなく かしこけれど王もまたみこゝろあさはかに ましますをもてついにこれをさとり 給はずたちまちなかぐすくをはいして しよじんとなしわらはとともに此所に すてられたればありしむかしにかはり行あした の山のしらくもゝすみはてがたきみやこを へだてなきみかなしみうつせみのわがみの あきをかこちつゝこゝにある事みとせに 一つゞきおはしまさゞれば王女親にくらゐをつたへ給ふ なればねいわんによさきどしなかぐすくに立給ふとき のほかはあらしやこがらしの はてはいそうつなみのをとに ねざめわびしきわがやどの はきもならはぬにはもせへ ものゝおつるひゞきせしに おどろきはしりいでゝ 見はべれば此くにの およびこととふものもまつかせ 人とも おぼえ ぬがいき 爲朝 たへて ありつるは ありつるは こはかうえきの 寧王女 ためにとかはせし 女まと人よと じやからたへいへもてる くずりなんどのあり もやせんと立よりて あらずともかくまでにつればこれをもて みやこにのぼりわん女をきうちうへ かへしいれまゐらせわらはも又 としごろのむじつのなんぎのがる べしおんみにありてはひとつの玉 なりわれにおいてはせんじやうの くらゐにかゆるおしてぞやかくつま ゑさせてよとかきくどきつゝこひもとめ さらにかへすべきけしきなければためとも あまたゝびたんそくしまづ此二人の女子を見給ふ にかたちこそいとやつれたれものいひざまもみやび かば今此たまをあたくてのぞみをかなえさせばやとて しばししあんし給ひしが又思ひかへしてのたまふやうかのたまは わがほんごくにてえたるものにてもとめ給ふぎよくじと やらんにてはなしすいしめふごとくわれはやまとのあき人なり さんとてかしこの山へのぼりしにしか〴〵の事にて此所へまろびおちかく かひほうをえて候へばそのたまも又おしむにたらねどわがたがらは おんみがふところをかいさぐるに思ひもかけぬ此玉あり 今つら〳〵見てべるにさきにさきにわん女のうしなひ給へる ひとつのたまにつゆたがはずよしそのたまに びらかにきこえはべればまげてわらはに □□□□□□□□ たるにかのをとめのけだかくてたぐ人ならずおぼせし 「アロロ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ しばししあんし給ひしが又思ひかへしてのたまふやうかのたるは 廉夫人 此くにしもとむるものありてあまたのたからをつみてとかいせしに ゆふべいやうんとかいにあしきおこなひ人にうばひさられそをとりかへ 一弓長司二局 みな うしなひてその たまたゝ一つ なるをこれ さへおんみに まゐらせなは 何をもつて わがもとむる ものと かこへ候べ とく〳〵 かへし かしと のたまへ れんふ きい て ねい わん女 みやこに まさば だにまし 何に まれおんみ のもとむる ものをとらせ おはんもいと おはいもいと けれど今は いつくわいの つちなりとも 心のまゝには なげうち がたく一わん のいひなり ともわたく しにはほど こし給ふこと かなはず さはいへ たまだに えたらん には こく王に こゝろみにもと そうし きこへおん みがのぞ みをかなふ べしまづ むるものを 次へ 二十一万七二条 つゞきしらせ候へかしといふにためとも うなづきわがもとむるものは此くにの さんぶつにあらずわれひのもとに ありける日いちはのつるをはなせしが 足にはこがねのふだをつけたりこれをはなち てのちわがみかどかのつるをめしまゐらす べしとみことのりありそはざきづころ はなちやりて候と申せども こはいりはりならん とて 思はず 4 れんふじん いひつゝいそがはしく内に はしりいりわん女ととも にもをためげにかきもて いでたるを見ればこれ まがふべうもあらぬ かのつるにてありしかば ためともふかく よろこび これなり くわれ 心ありて 来れども 来れども ついにもとめ えず今心なく してつるを見るこそ うれしけれかの玉を もてつるにかえんはよも いなび給ふまじ玉は すでにおんみが手に ありさらばつるを たま これを おんようじ にとへばつる 八今りう 為とも いひも あえずつと立よりて かごながらこれをせおひ きうこくに ありといふに よりすひやく りの ねいわん女 はとう のぎ 国やか やくわた り きつれ ともいまだ つるをたづねえず かえりてたからを うしなへるはく めいをおんみのうゑに 思ひくらべ給へかしとのたまふに田 □□□□ ふじんも ねいわん女も これをきいて ふかくよろこび あやしき事もあるかな けさしもわかにはへいちは のつるのをりたりしがよく 人になれとおへども とびさらずこれを見る にこがねのふだをづけたり そのさままつたくひとのくにより きたれるものとおぼしやがてかごに やしなびて今げんにかしこにあり 御身がたづぬるつるはこれにやあらんと 一弓長司二筋 立かへらんとし給ふをれん ふじんひきとゞめていま わがわん女思はずも国を いかにせんこれをもてし えそみやこへかへりのぼり 給ふ事みなこれおんかへが さまものなれば此まゝ かへさんもほゐなし猶 しばらくとうりうして わん女のなりいで給ふを まちそのむくひをも うけんやといへばためとも かしらをうちふりわれ 今つるをえてはきこへの 今つるをえてはきこへの 思ひ矢のごとし明日国を 思ひ矢のごとし明日国を ことにすといえども今日 悦びをひとしくする事じたの 大かうなりむくひをうくるに及べず といひおはりひがしをさして立いで 給ふかくてためともはみち十丁 あまりもきたらんとおぼせし ころあとべよりひたすうよぶ ものありけりたそと見かへり給ふ にかのわん女なりやゝちかくはしり 来りおんみ此くにのあなひをばよく もしらじと見ゆるにこれより東 南二三十里はみなうみべにして 人ざみなしめし道にうへなば 行のへとおふせて次へ 〽つゞき □□□ つひと おぼしくきりのはに つゝみたるをとりいでゝ あたへしかはためとも そのこゝろざしを長び これをうげて ころに もへ ばわん女 又のた まふ やう 地 わらは つら〳〵御身を きへい次 見るにあき人のさまにあらず 重ことはたけきものふなどにて あるべしもしときにあはずして かくやつ〳〵しくあるぞならばわが くにゝとゞまり給へかしとのたまへば ためともはそのしめんさいをきやうさんし われはまつたくさるものにあらず本ごく てふらきをうくるとも父母のくににありて まつしきにはしかず候といらへ給へば わんによかさねてしからはわが 身をもやもこへいてかへり しばんやわかみ今 たまをえてみやこへ のぼるはさいわひに にてかへりてわきはひ をまね〳〵にたり ゆゑいかにとなれば ちうふぎみ ねたみづよく われをにく み給ふ事はな はだし ためとも 〽ためとも さふまに びんせん 九しうへもどり にはなほ父もありたとひ此国にとゞまり それさへあるにわが文王もうらん こくしにまどはされて国のついへを かえり見ず又かのたまをわがうしなひつる たまともさためがたきにもしその玉なら さるときは父をあさむきて身のみをあが なふなり又これをうけひぎるときは母の こゝろべしにもどるなりこゝをもて此くににすみ はてん事をねがらずもろこしのことはざにも小じん つみなし玉をいだきてつみありといへる事これわが うゑにこそとのたまへばためともます〳〵かんげきし のたまふ所ことはりにはあれどちうふざみこそ にくしと欲さめ大王はいかで父子のおんあひまし まさゞらんとにかくみこゝろをけつしてはやく都へ かへり給へなどさま〴〵いひこしらへ給ふおりしもかの れんふじんたづねきてこはわん女こゝにゐませしか きけうのかどでもあすあさてのころならんに などてすゞろあるきし給ふそとくかへり給へとてわりなく いざなひまゐらするはしにためともはそとその所を はしりさりいよ〳〵道をいそぎ給ふにわんによのをしへ 給ひしでゝやけども〳〵いゑもなくたゞばう〳〵たるへいさ なり日もやゝくれんとしてゆふげほしうなり給へばひらめ なるいしの上にはりかけてざきにもらひたるつゝみいひを うちひらき給ふにいひにはあらでやまとにはいまだみもせぬ むしたるいもなりこれをたらべ給へばそのいろきにしてあぢはひ いとあまじ二ツ三ツにしてすでにはらにみちぬこうせい此いもし さつしうにわたりせにりうきういもとしやうするはこれなるべし 一弓長丁二郎 十一郡 つゞきさてためともはねいわん女おやこを わりなく見すてゝひがしをうちづたひに ひたすらはしり給ひつゝ夜もすがら 道をはせて今は二三十里も来らん と思しきころけつめいあかつきをつげ てさともやゝちかづきぬおほひた はしりに行ほどにゆぐりなくはじめ ふねをつけしみなとに出給ひづ此とき よはあけはなれ一そうのあきなひぶ手 おひてよろしきとてともづなをとくあり これなんさきにびんせんしつるやまと ぶねなりければ心にふかく悦びやがて そのふねにのりうつらんとし給ひしが さるにてもきへいずが事いかゞしつらん かれをすてゝ行んも義にたがへりされば とて此ふねにおくれなばすみやかには かへりがたしとやせま二かくやせまじいた としばしさゆたびてゐませしが いな〳〵なまじいにきへは治を まちて此ふねにおくれ かぎりある日かずをすぐ さば父のそんほうもはかり がたしきへいすは此国の事 おえしものなりたとへすて おこともかえり来ざる事 あるべからずと思ひかへしたゞに ふねにのり給へばたちまち ほをはりかぢをとりうしとら をさしてはしらせけるさても八丁つゑて のきへい様はきう〴〵さん にて主くんを見うしなひ 〽おとろきまどひておち こちをたづねまゐ たえてあひ 奉らずむなしく 奉らずむなし りよくはんに立 かへりて夜とともに まてども〳〵ついに かへり給はざるゆゑ心 ます〳〵やすからず しるにわがみじうの びんせんしたりしふね▼ ため朝 紀平次 ▼此あかつき にともづなを とくとてみな りよくはん いをまかで ければ まで〳〵 がおもと なくて やうやく □□□□□□□□ あけめ みなとの いでつゝと 見れば今 出るふねの うちに次へ とするころ 三、 かたに立て 十七 七二二 紀平次 19112212211100 二二三 三三 19198551515111 一二二二 ………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………… 二二三 三三二 三二二 一一一一一一 ……………………………………………………………………………………………………… も 烏朝 つゞき 御そうしの ゐませし かばあはや とはしり よらまく 一するに船は すでにいぞ をはなれ 十たんばかり のり出せり さめともく又 はるかききへい 治を見そなは きへい治はあしずりして われたま〳〵ゐこくの しるべにすらはれながら次へし してかれはわが とものをとこそ かし此ふねしばし こぎもとしてよと のたまへばきへいす もいそでに立て その船かへせと よびかくきど かぜのまに〳〵 はしりほをいかで たやすくかくすべき ふな人はしらずがほ していよ〳〵とろく なりまさるにため とももせんすべなく てほぐるしく見へ給ふに 二十四月一部 かうべにさゝげまづ〳〵たる大かいへ身をおどらせてとび入けり もとよりその身さいかいに人となりてよくすいれんを えたりしかばせによるかめにことならずうきつしづみつ およぐほどにやらかのふねにちかくはなれど かうらうげきはにへだてられうしほはやければ さうなくおよぎつくべうもあらずためともは 此ありさまを見てあれたすけよといら だち給へどもちんぜい八郎といふ事はふなく にもしらせずふかくなをかくしてとかいし 給ひつればわれうけ給はらんといふもの なししかのみならず大ようをはしる ふねは船人といえどもそのじんたいを 心にまかぜずこはきない治を見つゝころすかと もたえ給ふおりしもきへい様はかねてかゝる ときのためにとて身を はなさずもてるまろがせに 十丈のをゝつけたるおよぎ ゆんでにてなみをきりめてを たかくさし上てかのまろがせ 爲朝 ながらふみどしのあはひよりぬきいだし をなげつくるにをの をなけつくる国をの はしはたなくいに とゞまりまろがせは あやまたずふねの なかへはたと入るを つゞきひとりかへしまゆらせて何のめんぼくありてふたゞひ やまとへおもむくべきいでおひつかんとひとりごちゐふくをぬぎて 白縫姫 ためともちやうとうけ とゞめしづかにたぐりよせ 給ふにきへは治はろうせずして やぞふれにとびのればためとも 今こそ八丁つぶてのあだなむなしからざる をしりつれとさんせうありてかの つるをえたりし事又にはかきふねの いつるをもてやむ事をえずかくは せしなどひぞかにきこえ給ふ にぞきへい治もつるを見て かぎりなく悦びきう〴〵ざんより のちの事どもをものがたり けるさればせんぢうの かへ〳〵はなべてきかい 治がていたちくに はじめて心おちゐてかつかんじうつ悦び □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ やつしろ したをふるひおよそ 北こくの人はよく うまにのりさいかい のうへはよく水に たはむるゝとはいへど かくまですいれんにたへなる 人はいまだきゝもかよばずとて みなあしからずもてなしぬ しかるにいくほどもなくりう きうこくくはらんによりて しよこくのこうえきをとゞめし かば此のちはやまと人もとかいする ものなかりしとかやこれはさてをき さいふにてはためともとかいのゝち たへておとづれなければ忠くに白ぬひはさらなりゆ ○あまた のちゑのこ にやす からず ども心さら 二う長も二分長く 国ゟ あるひ わた すなに みてぐら たてまつ りき すらすみ やかに かへりきま さん事を ねがふの外 たじなし みやこにて もためよし あそんしば 〳〵はやる をもて きこくのかむ をとはせ給ふ ましまし ししやのわう らいくしのはを □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ ひくがごとくけふとくらし あすとまちてかぞへ見れ ばいで給ひしよりすでに 三が月におよび百 □□□□ 日のかきりも 十といひて 五日には すきず もしいたづらに ひかずさち行ば ろうしてこうなしと にひとしほひとしほひ ぐるしけれどたい ようすひやくりをんだ てたるひとのくにのおとづれ をいかにすべきやうもあらず かゝる所にはまてのとほみ あはたゞしくはしりきておん ぞうしのみふねつゝがなくちやく がんしたまへりとつけしらする にぞみなくしぼめるくさ木の あめにあえるがごとくたちまちに いさみたちうまをひきのり物を かゝせてうらべにはしりゆき しらぬひはゐふくをあらため せきをはらはせてまち 給ふにしばらくしてためともは きへい治らいかあまたのしそつ をいてかのつるをかきになはせ } 三兆月二 かえり給へば忠くにもかぶき もんのそとにていでむかへ つゝがなききこくをしゆくし もろともにしよびんに いたれば白ぬひいそがは しく立いでゝ悦びを のべ給ふはしに つゞきうまのあがきをはやめて きへい治がつまの やつしろはなやか にいでたちて さしなべかはらけを もて出たり さてため ともは もろ人に むかひて われくんふの こうふくに よりてふうとう のなんもなくゐほうに わうらいしていと やすくつるを元たる一谷朝 思へばさきにらい爪せし めのとごすどうすゑしげ がたまものぼうしそのゆゑへ しか〴〵なりとて玉を もてつるにかえし事 為朝 もうらんこくしが けんじめつねいわん女 れんほじんのはく めいきはい治がすい れんにいたるまで おちも なく 給へは 忠くに ものがたり みな 図 日かいぜんと してみゝを そばたて かんげきなゝめ ならざりしそが なかにもやつしろ はをつとがこよな きふるまひをきい ていどうれしげに 見えたりけるため とも又のたまふやう 御所より定め下されし 日かずも今はいくばくも あらぬに父もさこそまちわび て心ぐるしくおぼすらめわれ けふさゞにしやうらくのかどでして へんしもはやくつるをまゐらすべう思ゆ也此 弓巨民ヨリ二島 紀平次 しかれ ども あまた の しそ 白ぬひ む大矢のしん三郎 こしの矢げん太 まつちの次郎 うちでのきは 高まの三郎いか廿六七 きをかぎりとせよ 又きへい作はちやう どのつかれ ○道 も はか どらす かへりて おんびん ならざる へしよりて したがひ 行べきは すきま かずへの あくそ べつとう 手ごかの もの とやすとやう 2 あるべければよし田ひやうへ たるまの四郎とともに残る とゞまりゆへとのたまはする にきへい治すゝみ候でゝ 申やうそれがしぶんご よりつきそひ奉り たま〳〵 きらく した まふ に のこり とゞまらん事 ほんゐにあらず わがみちやう どのつかれ にあらば きみも 又てう につかれ 給はざら んや つぎん 一ニ引テ二本 楽亭西馬譯 ほつするのこゝろざしは たれにおとかべうも おぼえ候はずたゞ まげてめしくし 給つれとこひ ねがへばためとも うちうなづきて なんちがいふ所 ことはりなり かくまていふ つゞきかしこまれど君の ためにふんこつをつくさんと こばまんも よしなしさらば おの〳〵たびよそ ほひせよとおふ すればみなうげ 給はりぬといらへしつ かねて心がまへやした りけんときをうつさず ひし〳〵といで立つゝ ひろにはにゐならびたり そのこきためともはやつしろ にしやくととらせふたらび三ぱい をかたむけと忠くに白ぬひには いとまごひしすでにうまに のらんとし給へばかの生風は 鳥とも にはぐちよりはしり きつ主のもすそをくわへて 引とゞめまゐらするにうま はおとろきつけすまひしてやま 歌川國輝画 べさりける 錦 昇 堂 癸 新 行 一 同 西馬譯 弓張 月春 宵榮 国輝画 仙果作 小夜衛白波草紙 芳乕画 東亭 西馬作 窓衣 妙雑史 芳王 図画 日記」 録 東錦繪草紙問屋照降町恵比壽屋庄七梓 弓張月三日 生門 狩 2979 第 册 12 此弓張月春。雪榮と 弓勢 名誉画 俵藤太 秀郎 月 六月 廼 酉榮 張 弓 若林堂上梓 三編 西馬譯 上之巻国輝画 俳 會 堂編 仏經の如是我聞小說の話解むよし〳〵あつたとさとさ。トは四国を廻る猿蟹の 咄しに残りて。何れの御時今は昔。扨も其後去程には。稗史の幾語の紋切形に て。劇場の鳥の鳥の時世〳〵。此末はどう。あの後はいかなる趣向と見ぬ先は不知でもつた 根なし艸も。樂屋をあらはす八人藝仕掛を見する手品の種本看官にお目に かけるが。当様のならひと営業の書賈がぬからぬ望僕等が二百三孔の漬込 印茄子より噛しめて。味のある古澤庵の功の者書や〳〵と催促に。筆の庖丁机の 組。刻んで出す初編二編夜長の茶づけのお口に合ひは替り好需の三倍目 給仕の盆の弓張月横とふ雁の文字を並べ。引明方の口繪の半張まだ覺 きらぬ寝言の演條其ため白湯。 嘉永三庚戌初夏稿成 仝四歳辛亥孟春業市 楽亭西馬題 }三角 ふ弓張上二組 おほ空にむれたる たつのさし なから思ふ心の ありけ なる かな 十二月廿一日 ためき井のしつ ○為朝室しらぬひひめ 白縫姫 蛇驚二剣影 便遊レ死 馬惡衣香一 欲レ噛人 忠匡 ○小納言入道 信西 ○六條判官源爲義 弓長司三扁 ○源八郎 冠者 呼子鳥瀬 おほつか なしと 思ふらんひたく ● あたまのこたへ はかりを リ山富亭 浦 第一部隊 比良嶽山中 楊梅瀧変化 ためよしめうまかひ ○爲義馬飼 答市 内野長司三郎 別上二糸 二へんよりつゞきし白ぬひはるかにこれを見て いそがはしくやつしろにさゝやきおんぞうしに なを申べき事のはべりといはせて みづからえんづらに立いでわらは 只今のかぜがありさまを見はべる に何となく心にかゝりはべり ねがはくばけふのかしまだちを やめてしかるべきいゑのこを のぼしつるをまゐらせ給へかしと いとまめだちてきこゆるにたゞくにも 又いうやうむかしもろこし三ごくのとき ごのしよかつかくがかひけるいぬは主の もすそをひきてそのわざはひある 事をしらせわがくにみどうのくはんばく のかばせ給ひししろいぬはくるまのおん まへをふさぎて道にじゆそのかはらけを うづみたるをおしてしとぞちかくば山をが 事などにて思ひ合せ給ふべし今うわが むすめのいえるごとくこたびしやうらく しやうじにかゝつらいてやむべき かはよしやみやこにおもむきて かうべをはくじんの有にうし なふともしやうがいふかうの 子とならんにはまされり いにしへのことはざにもあや さを見てあやしまざれば そのあやしみさんずと □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ いえりふかくな心に とゞめ給ひそやがて かへりまゐるべしそれ のがせをおびのけよと のがせをおひのけよ いらだち給へばらう どうかけ給はりおほかみの くびなるくさりをとりてひきのけんとし 又ぼうをもておひやらんとすれども 又ぼうをもておひやらんとすれども のかぜはなをのかゞしとてさゝゆるぼうに かみつきつゝたかやかにさけぶこゑ はちわたをたづばかり ○しやう ら あらんには よき事 ******************************************* あらんにはきよおほくして吉すくなし からんかといさめければためとも ほゝゑみてしうとのことばゆゑ なきにあらずしかはあれど 今いんぜんをかたじけなふ して父がとしごろのかんどうを ゆるされてみやこへのぼり ぬる身の なれば人みなまゆを ひそめげにも○ □ あらじど思ふ ものおほかり けり白ぬひ もやつしろも ひごろおゝしき にやはぢらひ けん▼ 噂 ▼わりなく とゝめえず おなじ心を えに □□□□□□ まの かね そで めらさへ といくそ たびこゝろ ざしははげ ませども きのふは 南かいのはる けきに思ひ をこらし けふはみやこへ たびだつ人の ゆくすゑさら におぼつかなき 関白 内身のよしめしは ともかくもひと 夜はこゝにとばかり にむねくるしけに 見へしがばためとも から〳〵と打わらひ 男子ひとだひいゑを さりてはさいしを国 源烏義 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ わす ちになる くわぶく は天に かゝるもの をいと まさ なくも 見ゆる ものかな といひ こらし 女給ふ あゝかなし きかな つぎへ 引出し三余 つゞきこれや此行てかへらぬ主しう いもせのちぎりもこゝにたえんとは のちにぞ思ひ合されける 〇六じやうのはんぐはんためよしあそんは ためとものはなちたるつるをめしまゐら すべきよしとばの上くはうより 御定め下されし 日かずもすでに けふあすにせまりぬれど いまだつくしよりうむの たよりもあらざれば ひたすらられひ給ふ 判官為義 おりしもおんぞうし みべからかの つるをたつさへ □□□□□□□□□ てしやうらくし 六じやうほり川のたちに いたり給ひしかばなゝめならず よろこびおぼしやがて父子の たいめんをゆるし給ひとなんぢが こたびのちうきんはさきのあやま ちをおぎなめにたれりといたまへば ためともゝいゝがなきそんがんをはひ してよろこばしきよしと申てつらく 見たてまつれば いつとせがほどに 思ひしよりはおひ くだち給ひさるをひさしく とほざかりまいらせたる 四郎頼賢 ふからさよとくひうらみて そどつにらくるひし給ひ けるかくて はうぐはん はときをうつ さずつるをかきになは せていんの御所にまゐり則 これをまゐらせしがちゝころ 近衛院にん 日に〳〵おもらせ給ふをもて 上くはうはつるをごらん ずるといへども あへておん悦びの けしきもなく むかしよいゑが あまたのえんこん ついふくのために とてはなち たるものを 九郎為仲 わがかはんも よしなしこれをばはなちえさせ よりてなて よと仰せてやがてつるをはなさせ 給へばつるはふたゝびかごを出てきう しやうにひようしためとものくしん たちまちいたづらごとくなりにけり 此のち何とも仰出さるゝ事もなかりし ほどにためともはちかきにつくしへくだ らんとおほせしがあるひとく大じの ちうなごんきんよしけうをしやうけいとして田 子長月三扁 せんじを下され けるその文に みなれの 田外記抄におほせて ためとも ひさしく さいふにぢうし てちやうけんを ころしよし こと〴〵くりんげんに 女は むぞくきやう あくしきりに きこゆらう 七郎烏成 ぜきもつとも はなはだしはやくそが身をきんしんせしむ べしせんじによつてしつたつくだんのごとし かくのごとく仰下されしかばためよし うちおどろき給ひて かれがちんぜいに ありて武ゐを たくましうせしは こくしのだじやく こくりのひぎを いましめたるまでの るにしてみかどにそむき 奉りしにもあらずこたみの ちうきんにかんしやうはなく ともかゝる仰をかふむるこそ 心えねとつぶやきゑひし 六郎高宗 かどためともはさはぎたるけしきも なくみなこれしんせいがなす 所なりかねて思ひもふけつる 事よとてふかく 八郎爲朝 一 五郎頼仲 まひきこもりゐて つみをまち給ふに みかどのごなう はげします 窓にやかさねて 何のきたもなくそのゝ ちこんゑのいんには ついにかくれさせ給ひ けりおんとし十七才ときこ えし上くはうまた次へ 同 源八郎冠者爲朝 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 〽きびふくもん いんのおんなけきは さらにさぐふべきに あらず只しゆとく しんいんのみやときを え給ひてわが身こそ くらゐにかへりつかす とも 一のこへ しげ ひとらん わうを位につかせ 給ふらめといとたのもし くおぼしけるにさはなく してびふくもんいんの おんはからひにて後 白河院のかに 此とき △ ●下ゟ 今さらにおど 上くはうの四の宮 にておはせしをやが て位につけまゐらへ せ給ふこれまつ たくこんくんの いん世をはやふせ させ給ふ事はしん いんのじゆそし給ふ ろきされば はじめよりよき事 あらうと思ひつるへ あらじと思ひつるはと いひのゝしりしらせう 大かたならざれば 白ぬひもこよなき もの思ひのやるかたなくて 紀平次がいま八代やつを さいふの天じんへだいまゐりさせて 今一たびをつとにあはせ給へとねぎ 奉りけるそれはさてをきことし ふみ月はじめの二日一ゐんとばの 上くはらはうぎまし給ひ ぬこぞのあき こんえのゐん 八町礫紀平次大夫 なりと思召て上くはう にもひそかにきこえ 奉りかくははかり給ふとなん これによりてしんいんのおん うらみいよ〳〵ふかへ見え 給ひけるさて御そく位に ことしもくれてあくれば 久寿の三年 保元郎と かいげんあり けりこれ よりきき だざいふには ためとも ひさく六条 ほり川のたち におしこめ られて さきだゝせ 給ふおんなげき つもれるにやうづきのころより ごゐれいなりときこえしがいまだ おそしにもみち給はねばいとをしかるべき おんよはひなりさるほどにしんいんはかねて 思召たつ事のおはしまして此をりしも何となく 世のなかものさはがしくこれによりてだいりより ためよしのちやくなん下野守義朝遠草のかみに 仰せて三条のうすに少監物藤原光貞芳 おはすると きこえし ほどに ● ●めしとら せてごうもん せさせ給ふにしんいんの御むほん かくれなきよし申けり 九月十一日 八代 つゞき しんいんも 此事を きこし召 阿曽忠匡 けるがよし ともはすでに だいりへめされて まゐりたれども 父のためよしは めしにも おらぜす してなほ してなほ たちにあり ときこゆさらば ためよしを めせと 仰せて しば ぐ 位 ざれ ● 吉田兵衛 りやうざくあら ば申べしとおゝせ 下されしかばためとも うけ給はりきにのぞみ へんにおうじてきをいち しにとりひしぐはかり事を 奉るにせいうんかたぶく所か 左府頼長公二郎これを こばみともちひ 給はずたゞいた づらにてきの とするをまち けれども 白ぬひ かたくぢして えすゐらざりしほどに 大戦三郎のだいが 左京太夫教長 さけうのだいぶ をほり川のたちにつかはされ いとねんごろにめさせ給ひし かばためよし今はやむ事を 六郎ためむね七郎ためなり 八郎ためとも九郎為なかすべて 六人の子どもをゐてしんいんの 御所へはせまゐるにしんいんぎよ かんならめならずあふみのくに 伊庭荘山はかみのゝくに青柳荘 をもて仰られとの丸といふぎよけんを 下されけりかくてかつせんのひやうぎあるに 八郎ためともはしゝのまるをぬふたるひたゝれ 八里やうといふよろひにまがひし白き からあやをおどせる大あらめのよろひきて 三尺五寸のたちにくまのかわのしかざや いれ五せきの弓の長さ七尺五寸ありて つく打たるに三十六さいたる黒はの矢を おひかぶとをばらうどうにもたせて 大ゆかにあゆみいでたるありさま こえゆみはもとよりやうゆうきにも□ えず四郎よりかた五郎より仲 あをやき此二かしよを給はりすなはちに 上ほくめんにこうずべきよし季長なが ゆうははんくはいにもまさりちはちんへいにも 予長月三郎 けるほどに ○十一日 のあろき にきよ とも 大将 せん ぎの ○はずべからずあつぱれゆくしき くしやうにと人みなひたすらせう 大しやうやと人みなひたすらせう さんすしんいんもぎよれんをふくろばして えいらんありかれが五とせばかりいせんに のりしげのりかずが矢をとりたるとき よりは身のたけもひとかさたかく 見ゆるぞまことにいつきとうせん とはかゝるものをいはめとてぎよかん ふかくおはしましつ百せん百せうの 仲 手づめ のかつせん 高間四郎 におよべりさる ほどにためともは ちんぜいよりめしぐし たる廿八きのらうどう をぜんごさゆうにしたがへ てまつさきにうまをすゝ めたゞ一せんにきよもりの 大ぐんをおひちらし兄よし とものかふとの一つきへ 公張月三一 ひや させ一 高間四郎 しば〳〵かつに のるといへどもなほ めにあまる大ごんなれば ついにしんいんがたうち まけてくはんぐんしよ〳〵 にみだれいりたちまち 火をかけしかばしんいん はひがしのもんよりしゆつ ぎよなりて北しらかは をさしてをち給ふみかた のぐんびやうはこれを 見奉るといへどもめう くわにへだてられ けむりにむせびて ぐぶする事かなはず みなちり〴〵におち 行ける此ときため ともの廿八きのみ ●はせ かへし うは 矢の かぶら矢 たゞひと たゞひと すぢ のこれる を出の 人に見せばやと おぼしけんほうしやう ごんいんのもんの はしらにひやう とゐとめて すき給ふ そも〳〵 ためとも 此いくさに 廿四さし たる矢 ひとあしもしりぞか ずふんげきとつせんし てしんいんをおとし まゐらせじがついに たちをれいきほひ きはまりて高間の 三郎は金子の十郎 にうたれ手どりの 与次はせんば七郎に くみうちせられ あく七べつとうは さねもりにうたれ 此ほかにも大矢の しん三郎越谷の げんだまつらの 次郎てどりの舟三郎 うちでのきはちを はしめとしをみな こと〴〵くうちじに したりしかるに八丁つぶての きへい次はいまだうすで一かしよ もおはず主とともにふみとゞ まりてふせぎたゝかふをためとも 見かへりて今かはきみも父もはるか におちのび給ひつらんにいつまで かくてあるべきいでおんあとをしたひ まいらせんとて心しづかにおち行 給ふをおひとゞめんとするてきもあら さればすでに行のび給ひしが又うまをのゝ ふたこし十八さしたる矢 みこし十六さしたる矢 みこしをおひ給ひし に此うちよしともの かぶとのほしを たると 吉田兵衛 ば の かげ よしが ひざふし をいきり たると ふたすぢ ならでは あた魚 なく 忠国 かひ 次へ すぢに 一き三ぎ ぬき ねぢ なげころしや 入弓張月三編 つゞきたいかの まきにやぶ れんど するとき の図 べきに あらざれば□ 白ぬひ ○知 のほかに はいぼくし ついにおちう 給ふこそ ぜひも なき A 八代 かくてため みをさしておぢ 給ふにしらかはの山中 にてしばしうまをこゞめ きへい次にのたまふ やううらむらくは よりなが公わがはかり るをもちひ給はずゐな がらてきをまちたれば こそたちまちいゝさやぶ れてくんぷのゆくゑをたに しらねさればとてたゞにじ がいすべきにあらずわれは 父にたづねあひまゐらせて 世のありさまをも見んと 思ふなりなんぢはこゝより つくしへ立かへりてたゞくに 白ぬひらに此事をつげよ かしとのたまへはきへいす きゝもあへずこは思ひも かけぬ事をうけたまはり 候ものかな廿七きのほう ばひにもおくれこれまで つきそひまゐらせしはせん どを見とゞけ奉らんため なりいかにおふするとも 立もさらじといふに ためとも又のたまふやう なんぢがまごくろはわれ よくしりぬしかれども 此いへさやぶれて▼ ためともも行ゑなく なれるときこえ なばきくちはら田 がともがらときを えてふゐに おしよせ たねん の ぢつ くわい をはら ざんと せでや あるべき 野風 口さる をちんぜいなるうからやから 此事をしらずして心のほかに コウ長月三扁 らうばいし たちまち とりこと なりていき はぢをさら す事など もあらん にはむげに くちおしかるへし とかくなんぢ はかしこにはせ かへりてたゞ くにに力を あはせいかる べくはのれ もゝかな はず □□□□□□□ ともに う 死せよ ためとも がしやう ぜんの 心がゝりは これのみ なりと ことを つくして さとし給へば やうやく きへい次 うけ しから ひきて 仰に した □□ 奉 さい ふに 一金引戸三升 つゞきかなはずはたゞくにしらぬひの おんともしてひんぎのちにしのばせ まゐらせときをまちてさいくわいを はかり候べしきみも又よくかんくを しのびてせいめいをたもち給はん事 こそねがはしけれと申せしかば ためともにつことしてわれに おいておこたる事なしなんぢ めくしきわかれをおしみ おちらごのものゝぐに目を かくる山ほうしなんどに さゝえられそ人のあやし まぬはしにとく〳〵と 仰すればきへいす ○さるによりてきくちはらだがともがら ちよくめいをさしはざみとしごろの ぢつくわいをはらさんため只今 おしよするとてみなさうどう つかまつるにて候此事たがきゝ 定めしといふにもあらねどいと おぼつかなければしらせまゐら するなりといふ 忠くにきいてまゆを ひそめときも 八代 今はせんすべなくて もとの道へ立かへり ためともは こまをはやめ てしがのかたへ おもむき 給へりくはん 一ぐんはしんいん をはじめ奉り主 をはじめ奉りうち もらしたるむねどのものゝふ をめしとるべしとてぐんひやう しよ〳〵に手わけしてくま なくたづねよゐらせける そのときくきやうせんぎ ありてためとももしさいこく しそつみなかゝべしとも思ひよらねばこぞより にけくだりてふたゝびことをおこさへ やしきおんだいしなりすみやかに かれがさいしをいけどりてまあらすべき よしはやうまをもてきくち原田がもとへ 仰つかはさるださいふははるかみやこにかつせん ありし事いまだいきこえず忠くに白ぬひはさらなり たゞそなたのそうのみまもりけふやおんぞうしの かへり給ふるあすやおとづれのあるらんとて まつとまつほどにほうげんえねん七月廿三日 の夜はすぐるころにはかにものさはがしければ 忠くにあやしみてひとりふしごをおきいで とほざむらひまで行て見る ときむねとのいゑのこ よし田ひやうゑ高間 の四郎あはたゞしく はしり来れり大くに 見てあながまや 百ぬひ あれは何事にやとこへば 両人こたえてまことやらん みやこにはとばのほうわう はうぎよの折しもしんいん御むほん のきこえありていぬる十一日のあさ まだきにかつせんはじまりその日 のうちにしんいんうちまけ給ひし とぞしかるによしとも公は だいりへめされはうぐはん どのは六人のにそくをいて いんの御みかたにまゐり給ひしに いくさ やぶれてのちは 父子兄弟おなちり〴〵 ばら〳〵になり給ひてその生死をしらず○ 壱丈 給ひに おんなげ けしきは なく かはつて しんいん とも上 の御位 をあら そひ 給ふと いふ事 まくとし からず しかれども きくちはら 田がおし よする といふが きよ せつ にも あらじ ため と ひさゝ みやこに おはして 田 おのち にあり 今此ひま をうへ てかのとも □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 西馬模訳 国輝画西馬模訳 ものらぐめさかべしと らひかけて とゞふがごと にまる で けり 〇 〇 ○ 白縫 つゞき かるりうげんじ ○○ ておひやかしたゞに せめをとさんとするにや 七 あらんとくかつせんのようゐを せよと仰するおりしもたちまち をちこちにときのこゑおこり こたまにひゞきておびたゝしよし田高間は こたまにひゞきておびたゝしよし田馬間は これをきくといゑどもあえてさはがずさては ふうぶんむなしからててきもまぢかくよせたりと おぼしそれがしらまづまかりむかひてふせゞき候はんに心しづかに□ 嘉永八年春秋春 第1卷新春印 八 嘉 永 竹雀千 代哢 西馬補案 国輝画図 聖徳太子 大和鏡 万亭應賀作 一寿斉国貞画 三鱗形 鎌倉双紙 西馬作 国輝畫 雲龍 九郎 偸盗 傳 故人三馬遺稿 増補西馬案 画工 画工一勇斎 釜地本草紙問屋てりふり町笑壽屋庄七版 国輝画 若林 彫庫 三編下 ゆんずい めいみ つくし 鎌倉権五郎 景政 西馬 譯 国輝 五 弓張 月 三編 下の巻 春廼 菜 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 芝神明前 若狭屋 寿桜 十四四 上のまきかちらき そのこき忠之には なんぢしらず ③ 白ぬひをよびて しか〴〵の事をつげしらせ よろひいつしゆくして出給ふ かくてよし出たるまの両人は 大手のものみにのぼりて □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ なんぢしらず やみやこにおしん いんの御むほん あらはれ なんぢ ● てきぢんにむかひ上とはうほうぎよの ときにあたりわたくしにかんくわを ごきんとほりするは もへでそのむせまみん 何人ぞそのなをきかん とよばりけりときに よせてのぢんより きばむしや二人 かゞり火のかげに □□□ 紀平次 □□□□□□□□ 御主くんとたのみたる ためともも いんの御所 にまゐり 〽弓長司三扁 いぬる 吉の 一ぜんに 立あし かたふ はきく はら田 がこゝが ふくしん のいゑの こに玉名 の太郎 雲玉 十二郎 といふ もの 次へ どりてまゆらせんためはつかうせりとくゆみをふせかだとを ぬぎていましめをうけよとぞいらへける高まの四郎 かち〴〵とうちわらひ九かこくをくわん れうして武ゆうかいだいにかゞやけるおん さそはれたる山だちのぶしのわざならんと しむしにきくちはら田のれき〳〵がちよくもいを うけてむかひ給ふなるよ夜もふけたれば もてなすべきものこそなけれ たゞし矢ぢりよくきたえ 〽つゝきしわが主家にはかきせんじをかふむりためともがやからをいけ ぞうしのみたちに夜くちするは死がみに たるそ矢のみよう ゐいたせしにうけ 図 うち かぶとに て見給へと よつぴき ひやうと はなつ矢 いひもあへず 玉名の 太郎が のぶかく ぐさと立し かばたちまち うまよりへたうだ おつるをさしつめ ひきつめいる ほどにすこし ゐしらまされて いろめく所を かくには一の木戸を さつとひらかせ百五十 きのつはものをぜんご さゆうにしたかべてまやし くらにはせいでたりよし由たるまもこれを見て ものみよりはしりをりつゞいてこきにかけむかひおもても ならずいとみたゝかふによせては大ぐんなりといへども死を きはめたる忠くきの百五十きにきり立られ一町あまりしりぞくを 忠くにはとほくもおはずしづかにうちいかて人馬をやすむるにみかたも 三十きはふかでをおひ世三きは うたれけり白ぬびはひごろ おしきかひあかてびやう打たる はちまきに小ぐそくにて } はらまきししらえのなぎ なたわきはきとてきかいぢ がつまのやつしろ以下廿余人 のこしもとをみないちやうにいで 立せしやうぎにしりをかけて おはせしが父のあとべにゐかはり て只今の一せんにさこそつかれ はべらんといふを忠くにかうべをうち ふりてわれはじめはみやこにかつせん ありしといふ事をてきのりうげんならんと 思ひしに人かそのゑのきするどきを 御ぞうしはいぼくしゆふともちゆうかねばんぶ ぶだうりやうしやうなればうち死はしめはじ しかはあれどひごろはばぜんの 給ひけめわらはかはりてひとふせぎ おもへばまつたくいつもりにもあらさるべしたとひ 白縫姫 弓長司三扁 八町孫紀平次 ●四十一丁を とりし九かこくの 大みやうも今 日たちまち 仇がたきとなり てごづめをまたん たつきなければ よしやおんみら がよせてのつは ものを召ぎ 二百き うちとる とも われに あへて ゑきなし さも 九州に なたゝ おん ぞうし の きよ じやう をせめ らず に 女 ばら かゝこもふ ふせきし なんど いはれん くちをし われは 矢だねの かぎり たゝかふて いさぎ よく はら 辺 思ふ なれば □□ 〽つゝきかくはめてへ てきのまはらざる はしにおんぎは こゝをおちておん ぞうしにそぐり あひわがこころ ざしをもつたへ がつせんのよう をも物がたり 候へと仰すれば 白ぬひなみだ さしくみてわらは 女子の身にしあれど 父の子にしてため とものつまたり 今をつとの生死 □ちらず父また をしらず父また うち死をし給ふを よそに見ていかで おち行はべるべき ことさらいとけなき より母ごにおくれ まゐうせ父のいつく しみに人となれば させる者〳〵はつゝさ ずともせめて してのみち しるべして 三づの川の 同号上三紙 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 爲朝 いかだとも うめくさ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ なり はべり てん かく 思ふ身 はわりや もおちよ もおちよ いきよと仰する はあぢきなき 母にながらへてうきを 給はそむじとわきまへ 見よとやおぼすらん父の ながらこれのみはうけひき がたくはべるといふおんあひの せつなるは今此いづくにあら はれてたけき心はよはりゆく ゑくにもかほうちそむけ しなんといふは子たるのまこと たすけんとするは父のじひなり そもあめつちにはらまれて 只これおんみのみなれば わがとしなみのよるをば いとはずあらきかぜにもあてじ とはゞくみひとゝぎに及び てはすくせにえにしむすびけん 思ひもかげず源家のおいてうしをむこ がねこしてのぞみたりぬと思ひしも せいしやひつすいの一とはりをまぬがれず此大ぐんを ひきうけてかばねをせんじやうにさらす事これ ものゝにのつねにしてあへてくやむべきにあらずきる を思ひわきまへず父が心にもとれるは大なる ぶかうにてかしおやこはもとこれいつせのえん しやうなひのおんを思はゞまめがれ かたき死をのがれ父が なき跡をもとはんとは 此世に生をかけたるもの子を 思ひおやをしたふはあまとぶとりも ちをはしるけだものもことなる事の なければこそくわんざんの四てう すらなをそのべりりをかなしみ たれいはんやわれに子といふもの八日 馬飼谷市 了長し三筋 せず いときゝ わきなし といひ こうに かゝる 一所に 矢さけ びとき のこゑ まぢかく きこえて 高まの 四郎は よろひに たつ矢を あまた おりは くろかは □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ ながらゝ ちほに ひをどしと そめなさせ 大ゆかちかく はしり きててきは すべう 二の木戸 まで せめいり 候それ むふせぎ 矢つかまつる そのひやに とく御しやう がいあれ かしと いひかけ 又てき ぐんに はせむかへば やくには 次へ 卯十月二組 比良の介 忠義を思ひくみきみのせんどを 見とゞけまゐらすべう思へはなり さはやつしろがむねくるしさをもしらせ あひいめたん大とのゝにこゝろをやすめて なほのぐれがたくはそのときにともかくもならせ給へ かしとさま〴〵いさめてわりなくうまにいたきのせ おのれくつわづらにひつそふてにしのもんより をち行けり忠くにはけつせんときをもつせしが その身あまたのふかでをおひもの所へ 立えり見るにすべにおちたりと見へて アゞきしさらばさいごの一いゝさして心よくはらかき切んといひもおはらず えんよりひらりとうちのりてたづなかいくりはせいづる父につゞきに 白くひもかけむかはんとすゝそせをひにみめやろしろいためていうやう 白思ひもかけむかはんとすゝそでをひきみめやろしろいさめていうやう わちいがをつときへいぢもみやこにそうち死なしはべらんと思へば たえてながらふべき心なしといへどもなをかくてはべるはをつとの 答市 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ ろの天北 ますぢ に及び 大ひに こゑ に 立ずく みに 死てけり あゝきな さかな 白ぬひもあらざればふかく悦びよしぎ ひやうゑをちかくよねきなんぢわが おいしやくしてかうべをてきにとらさぬためはやく 火をかけよといひもおはらずうはおびときてよろひ ぬぎすてはら一もんじにかき切ばひやうまはわのかい しやくしてやりてたちに火をかけつゝその身もけぶりの なかにとびいかくわいじんとなりてうぜにけりさるほどに さるほどに白ぬひはやつしなら廿年人のこしもとをいて 小しのもんよりはしもいづるにこゝにもよせてまはりぬと 見へてやみにきらいくかぶとのほしはへん〳〵たるはくばい とうしやうにひらきけいえいたるくはうくわていじよを てらすにことならずてきはもんをひらくを見てすは じやうへいはをち行ぞわれうちとめんとむらだつ おりしもためとものかひなれたるのがせととべる 田ゆえ矢をも たちをもおそれず きばむしやをば うまのもろひざに かみつきてはねをとさせ かちむしやをばいさごをけかけて いたまし きかな もうしう にしてよく 人になれ 一ごんのおんを かんじて二辺 とも身を すてゝわの ひつしをすくふ事 人げんにもおほまれにて 人げんにもおほまれにて ありがたきふるまひなりさて 白ぬひはやゝ一ほうを切めけし がこしもしちもあくにておし よせたるてきのくんびやうにかけ むかひあたるをさいはひかみたふせ ばいひがひなきぞうひやうへむか ばきかたこしをかまれうわう▼ おゝかみは白ぬひにさきだちてもんよりてしり出 八郎爲朝 まなこにいるゝによせてこれに へきえさして只とほやにいて とらんとすさればのがせたけしと いへども身も又てつせきなら 四十一 ざればけの □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ へだてられやつ しろならでは 身にしたがふ ものもなく ころしも廿三日 のつきしろも 山のはにのぼる なれどもそら } ざわうにみだれ さはぐを白ぬひやつしろ らはたちなぎなたの切さき をそろこんどつとおめいて はしりかゝりひがしをうち にしをなびけついにひと すぢのけつろをひらき たつみをさしてはしりける おほかみはなほ主を たやすくおとさんとや 思ひ 所も さら でとび めぐり〳〵田 今帳月三編 かきくもりて 小さめそぼくとふり いだし行みちのいとくら きにむしや十きあまり たいまつをふりてらし つゝまつしくらにおひかけ 来るに白ぬひはかつたらひ かつはしり又五七丁おち のびて見かへればやつしろも おくれぬるとおぼしくてよべ ども〳〵いらへもせずこはや をしかれをうさせとわれ のみいきんやとひとりごち うまのかゝらをひつかへせば 只今しろに火をかけしと 見えてたちまちにしに あたりてくわきてんにつき あたりてくわきてんにつき ぜん〳〵ともえあがるにぞ 白ぬひはら〳〵となみだをながし はや父もうたれ給ひけんわが身も しすべきときいされり 右 二匁 同一 十四 つゞきしなまじひにをち のびてしばしもおくれ のびてしばしもおくれ まゐらせしこそ むねくるしけれ さらばさいごを いそがんとて しろの 火のてをあかし としつもとの みちへはせて 行此ときやつ しろは雨ぬひ をおとさん ためひき さがりて 四 一一 十一日 四 おひ くるてき をふせぎ 三きに 手をおはせ 二きの 一日本所 八郎爲朝 同同匁二斗五升七斗五升七合 来りて ややしろがうなじの あたりへ丁どたてばしばしも たゆらずたをるゝをぐん兵 答市 四五きはせより てくび をとらんと 申上候以上野村 くびとりて 立あがる をりしも 矢一つ 八号 を水車 のごとくふり すして五きが なかにかけいり〳〵 きそひ かゝるを 白ぬひは たちかへり つくはるかに 見て あぶみ をあは せ たちまち切ふせ なぎたふすその いきほひふんぜんと してあたるべうも あらざればみな〳〵したを ふるひこれなん女ますらをときこえ たるためとものおくがたならめかれいかにたけく ともつゞくらうどうもあらざるに只いておとせ とのゝしりて木のかげおかのうゑよりいかける 矢にうまはふとばらをいさせてびやうぶを たをすがごとくぬしもろともにはたと まろぶをいてをとしぬと悦びて ゆみ矢をすてゝたちぬきつれはしり きつあはや白ぬひうたるべく見へたる 所にたれとはしらず道のほとりの えぶかげよりいしをとばする事〽次へ ○長月三輪 武右 ●申帰月三編 つゞきあられのごとくさきにすゝみしぐんびやう三丁 立所にうちたふさるこれらは五きやきのはむしや なれば今かせいあるを見てかなはじとや思ひけん みなちり〳〵ににげうせけりしらぬひはそのひまに ついたるひざをふみなほしにぐるをおはんとすゝむ ときこやなう〳〵 あふみのかたへおち給ふとき しらかはの山ちうにてしかくの 仰をかふむりやむことをえず 〇おどろかざれなほいちはやくはしり くるおりもこそあれおくかたには あまたのてきにおひとめられ そこにてわかれまゐらせ 夜を日につぎてはせ すでにあやうく見へ 給へば重 くだりしがこよひしろの とよび かけて かたにあたりてはるかに 火のてのあがるに みのかさきたる 大男やぼかげよりはか いできたるかさをぬぎすてつ ちかくくるをよく見るにこれ八丁つぶての きへい次なり白ぬひはこは思ひがけずとばかりに おつるなみだをかきぬぐひいかにやきへは次わがつま にはつゝがなくましますりたちをばきくちはち田に せめられて高まよし田らはさらなり父うゑも うち死し給ひぬとおぼしわがうゑはのちに こそいはめいとも心もなきはおんぞうしの 御事なり下仰すればきへい次ほとり ちかくいいゐてみこたつやすゝめしろへ いぬる十一日のいくさりなりしてみかた たいはんうち死すといへども おんぞうしはうすでも おひ給はす □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 此 爲朝▼おちのび 給ひしと きいてすこし おちゐられしきかな □いしを とばせて あたを しりぞけ つゝがなき そんがんを はいする事 これわが 身の さいはひ なりと いちぶ しゞうを のべ おはれば 白ぬひ 白ぬ はため ともの たやすく らくもひ ありしかばきへは次も まぶたをしばたゝき 山をといひのかぜと いひ主のために かはりて死する事 すくせいかなる ちぎりかあり けんこれ を思へば けんこれ □□□□ 日おくれされば わがきみしやう らくしぬふときのかぜが とゞめまゐらせしも かゝるべしとのしらせ なりそれにひきかへ たゞおもなくも 思ひしにやつしろが てきをさゝえていさき □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ よくうち死せしのみ すこしは心やりなりといひつゝ てきのすてたりけるまつの たきさしをひろひとりてふり きへは次はこよひの かつせんに ざへ日 てらしつまの恥がいをひきおこ せばのんどよりうなじまで のかなすぎていとほされ □□□□□□□ ちにまみれつゝ手に もてるたちのははみな こぼれてのこぎりに ことならねば次へ わがつまにはなほ此世にましまし けるかいけるかひあるわが身より □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ けなげなるはのかぜなり いゝをしきはやつしろが 事なりとて此事ゆの ろに ことをかたりいですが ひらの寝 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 今張月三輪 さてもなん ぢはさちなき にちのかたはらにふりたるやしろのありしかば 一つゞききこそ手いたくたゝかひつらめと思へ つゞきしきこそ手いたくたゝかひつらめと思へ ば見れば白ぬひもともになげきのかずそひ ぬかくてきへい次は松のかれ光をきりおとし しがいのうゑにつみかけてたいまつをさしつけし つゝふむとねんずるこゑとともにたちまち はやともえうつりけふりとなりて立のぼ ればふたゝびてきのおひこぬはしにいざ給へ いそがしたてわじううらはをさしてはしりける にしいゝめしかくなり行ころてきにおしへだて られたるこしもとどもこしからこよりまゐり あえりかゝればいよ〳〵あやしめらせしとて みなつぼをりすがたにかひつくろひかさ ふかくうちかぼりて行べき道もしら思ひ のつくしをそのひふなでしてゆこくのかたへ こがせける ○さるほどにためともは白かはのさん ちうにてきへい次をつくしへかへしまるべ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ しなき身もさして行つなが □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ ぬ船のさゞ取みやしがの都 を跡にしつこすいをゆへおち 給ふころしもふみ月十一日の事なれは ひるはあつさにたへかねしもゆふこゑくれば くづらなくまのゝいり元もうちすきておば ななみよるあきかせにころもふかせかく行〳〵も なりはまのわたりやこえて小はゆのこなたま で来給ふとき夜もはやいたくふけにけり とてもかるべきやともあらぬに木のもといわの さまなりともしばしいこはばやとおぼしけるに さこそ ものこく 思ふらめ今は ものかなしんちん けふのいくさにかち あはゞ父もわれも あまたのしよれう をたまはりてなんぢ も又たまのくら こがねのくつわ 身のいとまをえさ するぞいづちへも とく行ととき 主をもとめよと にしいくわを しめす べきにかく 仰づくもちたるゆみ をとりなほしてしりの あたりを打給へばうまは たちまち身ぶるひし 北のはまべへはせさうける きて ⑧ かくてためともは しやないにつとゐて父のゆくすゑ はらからの事さいふにのこせしつまの 事まで何となく思ひつゞけてひとりひろ まへにぬかづきしばらくきねんしゆへばのき ちかふとぶほたるもたがたまならんとあやしまれ いそうつなみをと松ふくがぜはてきの来れるかと みゝをそば立まどろまぬゆめによもやくあけ 行ころしもあれとのかたに高くくつわのをと しけりあやしやわがうまのふたゝび立かへれる かとひとりごちかうしをすこしおしひらきて見給ふに としのころ六そじあゆりのをきなかのうまをひきて 来れるなり此かき舟ためともをつゞ〴〵見てきみはつくしの かけうまにむかひて のたまふやう▼ やがてうまよりをりてしやだんにしりを 八郎君 にはまし まさずや といふに ため とも 為朝 次へ いゞきしかれがおもかげは見たるやう におぼしければすこしもつゝま すいはさるごとくれは八郎為 ざい たい きよく かりうとの わざを ④ ゆなし て世を わたり 今は かくおひ くたちて そのわざを つとめがたさに 人のゐてとりし けたものゝかわをかいうけ これかわはりにわたして なりはひといさす也しかるに きのふのいくさにしんいんがた うちまけ給ひて大とのをはじめ 奉りあまたのわかとのもゆくへな おちうせ給ひしといたへきゝかゝり ときこそいやしきものゝこゝろざし をも見せまるらすでけれわが さとちかくも来給へかしと 思ふからよもすがら いもねられすあくるをまちわびおきいづれば次へ 鳥朝 答市 弓長目三岸 おきなは ちじやうに かうべをつけ きみはしろし めさゞるべきが それがしは大 とのためよし あそんのうま なり此とゝせ余り かひにとう いちと いひしもの むかし身のいと まを給はり あふみはふるさと なればひらがこけ ふもとなるあら川の 「つゞき」此うまわがかどにはしり来てしきうにいなゝき候ひき こはおちむしやのはなれうまならんとてつら〳〵これを見るに かねて見おぼえあるためよしあそんのひそうし給へかしかしく をおきたればさてはごふしのうち此わたかへおちゑひてのふしなんどの ためにうたれ給ふりと今うさらにおどろかれせめてそのおんなきがら なりともたづねもとめてかくすべく思ひながら此うまの心はよく しかたりうまは来しみちをわすれぬものなればこれがあゆむに まかぜてたづねまゐらせばやとしあんしさきに立てまゐりしき とまは此しやとうにとゞまりてさらにうごかずと見ればしや ふいよりさしのごき給ふきみへむからつといきなくとしとしと ないよりさしのぞき給ふきみはむかしいとおきなくましませしとき 見なりし八郎ぎみのおもざしありこゝをもてはやくおんぞうしなる 事をしりて候といちぶしゞうをのべしかはためともなゝめならず 悦び思しきはとう市とやらんにてありけるか此くらはこんとかつ せんのりやうにせよとて父のたまものなりたるゆぐりなく もなんぢがまじるしとなりぬるも主しうのえにしつきさる なるべしとのたなひてためよしあそんのゆくゑしれざる事 こゝにてうまをはなちやりし事どもをときしめし給ふ にぞとう市はあるひは悦びあるひはうちなきてとかくわが いゑにしのばせまゐらせんといふその心ざしにもとらん もかえりて心なきににたり さらばしばしなんぢがいゑに ありてもそかに父のゆくゑをも たづねまゐらす べしさるにて も此こま ゆへ のなん ぢを▼ いたみちびきしこそあやうけれこはまつさくしん めいのめうぢよによれりそも此やしろは いづれのかみをまつり奉れるかとのたなひ つゝあけゆくまゝにうちあをぎて見 給へば八まんぐらの三字をこりし たるがくありけりまことにうじの おほんがみのみちしるべし給へる 事うたがふべからずしかればうま をばおさむへう思へどもはか〴〵 しきはふりざへなしと見ゆるほこら にいけるものをまゐらせんもよし 「武藤太なしこれをばをとこ山へ 武藤太 たでまつらん とのたまひ しが四五 にちの のち おも とう市は 此馬を ひきて やはたへ まゐり かのやしろ におさめ ひそかに □□ 主くんの ふうんをいのか てつぎの日あら 川へかへりけるとぞ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 八郎爲朝 答市 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 〆三尺二門 きてためともはとう市がまごろ をかんじ思しその日いざなはれて あら川にいたり給へり此所は山ふところ にて世をしのぶにくつきやうのちなれ はこゝにておやはらからのゆくゑをきゝ定 はこゝにておやはらからのゆくゑをきゝ定 めひとつにあつまりてふたゝびことをはかるべ けれとぎし給ふとう市はつまも なくて身ひとつの心やすぎは なりはひのいとまあるおり〳〵 大つさかもとのほとりにいでゝ 世のふうぶんをきかんとしつゝ もしかときゝ定めぬる事 なくうちすゞせしにふづきの すゑにおよびてある日中はま とて出けるがいそがはしくはしりかへり てためとものほとりちかふまねり こよひ大とのゝおん行ゑをきゝ さためて候こいひもあへず なみだをはら〳〵と をとしければため ともうちおどろき てあら心もとなき 父にはとらはれ ほひつるかと とひ給へども しばしがほど ゑせず はいらえも つぎへ 今張月三編 つゞきなをしば〳〵とはれてやゝまぶた をかきはらひさても人の申をきくに いぬる日いくさやぶれてよりさふよりなが こうはながれ矢にうなじのほねをゐさせ てうせ給ひしんいんはためよしあそんを はじめとしてわづか五七きにくぶせられ によゐさんにいらせ給ひこゝにて人〳〵に いこまを給はりみつひろすゑよしのみを めしぐしてちそくいんのほとりあやしのそう ぼうにいり給ひみぐしをおろし給ひしかど ついにはさがし出され給ひてさぬきのくに まつ山へうつされ給ひぬ又ためよしあそんは 五人の御子たちとともにとうごくへ下かう その事かなはずかうはとてすみのころも にさまをかへてちやく男よしともの たちへおもむき給ひ又人の 御子たちはついにからめ とられてみなよしともに あらんとぎし給ふににはまにいたつきにふして あづけくだし給へりこゝに にうだうしんせいはためよし 御父子をがいせんためきよもりと しめし合せそのおぢへいまの女 たゞまさかうじんとなりて出たるをきよもり うけ給はりかうべをはねけりこれ則きよもり君の ためにおぢをちうせりよしともゝ又父をうてよと いはんためなりさればよしともに位せてためよし いか五人の兄弟をちうせしめ給ふに及びてよしとも ふかくいなみ給へどもかなはずいたましや大このを 爲朝 くやむとも かひなしたゞに みやこにしのび のぼりよしとも はじめ御見きこなふ介をか山にてくびをはね られあまつさへおさらくましよせし三たりの御子 をもうたせ給びつはゝぎみは此事をきこし めしてひたんやるかたなかりけんかつう川へ しづみ給へりといまだかたりもはてざるに ためともなみだいつみのごとく かなしきかな父母兄弟 みなくわうせんの かくとなり給ひぬ ためとも なが らへて 何かは せん ちゝのあたは兄ましとも なりさきにわれ二条 がはらの一せんにたゞ ひと矢にゐべかりし ためふりとて 兄をうたんは けものにひとし と思ひかへし かぶとのほしを いけぐりてはし をたとひきみの らせざりもし かゝる事ありと しらばむなさか いとほしてくれんず もの□はいか□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ しんせいがかうべを打ぢきり ふみくだきやいばのつゞかんほど 切記すべしといきまきて ものくるはしきありさまほり とう市八まへにすがりにとご にたちこはひごろににげ なくも見へ給ふよしやの めその人をうち給ふともいかばか りのかうやうになるべき只なが なき跡をとひ給はんこそはる かにまさるべけれなどさま〴〵に いさめこしらへ いよ〳〵 しのばせ まゐらせ けるため とも つく 思しけるは われつくしに ありしとき すでに 九かこくの たみの心を えたり とかくさいふ にくだりて ふたしびお 大きう しうを切 したがへしんいんを ぬすみいだしまゐらせ てちやうはなし奉り われにつぽんこくの そうついほしとなら ばやときもふとくも 心をけつしまづ さいふのてい たらくを きかせ給ふに しろをば きくち はらだに せめられて しうと 忠くにも うち 死し 白ぬひ やけしし きこえし 武藤太 人にしてかひなくし ほどに ます〳〵 いきどほりに せまりながら とりにしてつばさ次へ 八日張月三編 つゞきなきがごとくすでにさゆうのたすけをうしなひて すみやかに事をなしがたければ心ならずも又いたづらに 日をすぐし給へりしかるに此ごろとう市がいゑへゆふぐれ ごとにけものゝかわをもて来てうるいそぢあまりの男 ありけりこれがくるごとにためとものゆづる おのづからきれしかばふくあやしみある日 とう市にしる〴〵のものがたりしと かのをとこはいづちのものぞと とひ給へばとう市こたへてそれ がしもしりとはしらねどこれ より北なるにまつ山のほとり にすむよしかれがみづからいえり くだんの男代はるのころより かわをもてきてうるに いかにしてけものをばとる やらんかわに矢じりの跡も なしまつたくきずなき かわなればそのあたひもよろし けれどあえてあたひをろんぜん ともせずこなたよりとらする まに〳〵せにをえてかへり候といふに ためともきゝ給ひてさればこそあやしき ものなれかれが来るときにわがゆづるの きるゝ事あまたゞびに及べりわが弓は五せきに あまりてつるもいとふとやかなればおのづからなれん やうなしかさねて来らんにはひきめをもてこれを ためすべしとのたまへばとう市はことのよしをきいて 思はずも身のけいよだちておほえける今思ひめぐら せばあやしとする事なきにしもあらずのたまふひきめのことは 樂亭西馬譯 やらんととふにためとも こたえてそれひきめかぶら ○虫のひたと いふ宗をかき 候はいかなる故 のなある事はかぶらの四方に 日をくりてこれをひきめの □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 目にかたべとる 武藤太 こゝをもて ひきめと しやうせり ひきは いんぶつ 水 のそに 月 月 ちう に たい た す 一四へんはじめ 一雄齋國輝画 行 発 新 五〇 昇 錦 堂 同 西馬譯 弓張 月春 霄榮 国輝画 小夜衛白波草紙 仙果作 芳乕画 楽亭 西馬作 窓衣 妙雑史 芳王 図画 記」 録 東錦繪草紙問屋照降町惠比壽屋庄七梓 西馬譯 同務野之介 壬西馬譯 子国輝画 春錦尋呈 奉 弓 張金四編 月 覧上正巻 云故式亭先生は金龍山麓の産にて実父菊池茂兵衛翁は 法名 喜楽 は八丈嶋の産なり壮年の頃 て東都に来り彫工を業とす其生長長寿にして米の賀を祝ひ九十余歳を保ちそが孫なかに三馬 の許にて没す茂兵衛翁彼島八郎大明神の社務菊池何某に内縁ありて時々書通音 四里信に及びぬ然るに此秋僕本町庵へ往たりしに折節珍客ありて主と談話す拙側にありて。 壹滴四 四朗に八夫の祠官にしてこたび爲朝大明神の開扉を乞ん迚出府の由を讀しが程なく 勘免許の札を建来女春両国向にて開帳せしむとぞ文化尚丑年深川冨国にて開扉ありしは は長三十五年の往昔となりしが神は信あるをもて威をますなるに三歳の童蒙も崇尊せる 一源家古今の英勇神その参詣の群集せん事を爰に祝ひつ将先哲妙作の弓張自一 ちの当りしをしたび今発行の稗史弓張月も旧年は三四の巻にて筆を止め来亥の早春 より五六七編と。弥生の頃迄続て出板なし賽路の御土産物に備へんと價千金の春の宵 弓栄四方の霞の引もきらず売出し申候 嘉永四年辛亥初春 楽亭西馬誌 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 一七月四輪 忠重娘節江 男嶋の 三郎か 長女 おひしまのぐんじざふらうだいふたゞしげ 大島郡司三郎大夫忠重 御曽子八郎爲朝 せんといふといふ 伊麦伊勢 欠5 一公号四条 三けんゟつゞき此ゆゑにきみふかく これをおそるかつせめはこれを 月になべてう国天をつかふときは よひ月にたとへ引みつる時の もち日にかたごとりはなつ のちをありあけにひやうし 一月三十日のかたちは 則一きう の上に りいんよう の にしてへう ㊂とくをそなへうゑしたに日月の かたちあり天の廿八しゆく地の 三十六きんにおそのきをこめ ずといふ事なし又めいげんは ゆづるをならすのみにして 矢をはなさずわもかならず しら木をもちふ男子うゆるゝ ときひきめ めいげんのほう をもめてする ものは三 くわの弓に ぎの矢その じゆんようをと もてじやみを せいしこゝろぜし を四方にしめす なり見よく 八郎爲朝 あすはかならず かれがばけのほどを あらはすべしとのたまへば とう市ふかくかんばいし そのゆふぐれをまちにけり まち給ふに秋の日のくれ やすくとほきてらぐのかつ おとづれて日も山のはに おくてためともはつぎの日ひき めのほうをまつけて かの男を七 いりなんとするころ くだんの男 つねのごとく ゐ ゆけもくの金 四 二三まいを 二三まいを せをひつゝ とう市がいゑのほとりちかくきてすでに かごにいらんとしてしばしうちあほぎから〳〵と あざわらひて内へはいらずきびすをかえして そのみちへさりさるをためともものゝひまよ 見そなはしてさればこそようくわいなれ にくともにがさじとて矢をたはさみおひ かけ給ふにかれへさはぎたるはしきもなく いとしづやかに行やうなれどもそのときことうまの はしるがごとくいかにおひ給へどもおひつかれずひらの ねがたをうちすぎてみなみ小まつと北にまつの あはひなるやまもゝのたきのほとりにてたちまち かの男を見うしなひ給ひつこはくちおしとほくも へだゝざりしにいづちにか身をかくしけんかれが すみかまさしく此あたりなめりとおぼして をちこち見えり給ふにたきのゆんでに ふりたるえのきのゑだはおひしげ れるありかれもし此こがげなどに かくれてをる事もやとてちがや ふみわき入給ふに もうぜんとして □□□□□□□ 十二かい男えのきの まへに立あらはれはん きうひきもふけて すおんぞうしのめんじやうに とびくるを身をひれりて さけ給ふに矢はかた先に てうと立をたゝせも ひやうどはなつ矢あやまた おかすかなどり すり 長月四輪 五日張戸四分 つゞきかれは 矢つほを たがえて 大ひにあは ても 七 入道信西 佐土重貞 ゆされどかれはとみにも死なす手足をもがきて のがれんとすためともこれを見給ひて弓矢 のがれんとすためともこれを見給ひて弓矢 をばからりとなげすて太刀ぬきなさしてはしり かゝりくびをはたと切給へばにくかに山なりさき ほどはしりかせ又さつとおくしきて木のそを とばしいさごをまきあげ四かうまつ くらとなりてものゝあやめもわがず此とき しもとら南はおんぞうしの事心にけゝ ければたいまつふりてうしてその跡をしたい きつやゝかぜおさまりてのちはしりつき此ありさま を見ておどろきつゝそのゆゑをとうにためともは 今此ようくわいをいとめたるはじめをはりをこき しめし給ふにとう市これをきいておそる〳〵たいま をちかくあげてもろともに見れば五十ばかりの 男と思ひしは身の さけ一丈にあまれる けものにてはりの 武藤太 十四くびをもひこつによせしばをりなき様 これをやきすてむくろのかわを とりてぜにをつゝみふぢかつらもを しかとせをひこへ思ひがけずこゝつき しかとせをひこは思ひがけずとくつき たりとぢわらへばおんぞうしもゑつぼに いりて此事人にしらすべからずわが 此ようくわいをたやすくころせりと きこえなばかならずあやしめられて 身の大事に及びなん あなかしこひすべしと のたまへばこう市げにと うなつき ともに いゑぢに おもむき けりざる 〆 ③ 二の矢を つがはんと する所を ためども よつ引て いたまへばむなぼねくだい てぐさといとをし文じり あまりて元の木のみぎへ ひとゆりゆりてぬふたり ける ごときもまだらに おひいで手あしはうるしをぬり たるやうにくろくつめのながさ 二寸に及べりくびははるかに とびてめてなるいわかどに かみつきたるがそのつら さるににてことなりかしらの 毛はゆきのごとく白くして長さ二三尺も あるべくくちびるあつくしてはなをおほひくちは けたにさけてするどききばあり すてに死すといえどもいまど目を とぢずひとみのひかり人をいて ほどに ためとも の矢さず そのよ にはかに いたみ出て いとたえ がたく見へ 給へはとう市うち おどろきてきずぐち あらひどくをさりて こうやくをつけまはらせ かれがすみかを見き はめよとのたまひてとう 市とともにえのきの こしろにいたりて見給ふに はたして一ツのほらあり そのひろさたやすく人を いるべしうちにいりて見 さながらいけるかごとしためともよく 〽見おはりてこれは何といふけもの ならんととひ給へばとう市 こたえてそれがしむかし こたえてそれがしむかし 山がりにあまたのとし つきをおくりしかど いまだかゝる けものを見ず 給へばふかき事七八尺よに してけもくのほねをうづ たかくつみ又さびたる ぜにあまたありてつちに つきたるはくちかけたるも おほしとう市に住せて 世にをばはこびいださせ いころしくにくはおのがしよくとなしかわをば こは世にいふ 山をとこならん うといふげにさる ものにこそ 佐土重貞 つゝのたまふやう此ようくわいひごとにけものを なんぢがいゑにもて行てうりわさせしもの也 そのかわに矢じりのあとなかりしはかれかならず まなこにいあてたるならんさきにかれがいつる天 わがめんしやうにこびきぬるにて忘れりもし よのつねのものなりせばたちまちまなこを いらるへしそも何をもて弓矢とはなしつらんと のたまふにぞとう市も仰まことにしかりと いらえてその弓矢をひらひとりて見せまゐら するにゆみははぢのみきにたけを合せふぢづる をまきてつくれり矢はけものゝのほねを けづりたると云ほしこれらふみなやきすてよ けづりたるとおぼしこれらはみなやきすてよ と仰すればとう市心をえて山をとこが十二丁 なとすれどもすみやり にはいゆべうもあらず かゝるきんさうには 石山のおくなるいで ゆに入り給はゞ 日ならずへいゆ あらんかとと 市が申すにまり せすこしおこたらばかしこ におもむきてほやう せんとそのたまひける こゝに又とう市がおひ に武藤太 いふものありけり かれおさなくて 父母をうしなひしかば とう市やしなひとり てわが子こしかた田 のうらなるとむ いゑにつかはして 小ものことなし おきつるに此 みとせあまりさき におほく主人のぜにせ ぬすみていんしゆの ためにつかひつくせ 事あらはれうしん 大きにいかりてぼとりて をばたゞに 一ノ長ヿ曰角 江て引戸口糸 〽つゞきとう市が いゑにあつけすみ やかにせにをかへし いれよとせつもし 此事なをざりに をかばおほやけに うつたえまつりて ぶとう太はさらなり とう市にもからき め見ぜんといへり とう市は此きに めいはくなしからうして そのおひめをつくのひ かくてぶとう太八京なきはをはいくわいしく ぶとう太をばかんどうしておひ出しけり あしきとものみとまじらひて ● かけをこのみさけをくらひある ときはあるにまかせてあすのたくはえ を思はずなきときはなきがまゝに ものをかりてかへす事なく世を 武藤太 わがまゝにわたりしがちかごろ 打つゞきてかけにまけさすがにじやちももちふる所なかりけん おめ〳〵とあら川へ立かへりわがうゑをばふかくかくしてひた すらせんひをくいたるおもしちなしむらをさなどをたのみ てとう市にわびたりけるとう市もはじめのほどは さらにうけひかざりしがつく〴〵と思ふやうわれ かくおひくちて子といふものもあらざるに もし此まゝにて世をさらばたれか □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 事など もいと なむべき わがおひ △ C こみつ ざしを あら たむ るに おひ ては大ひなるさいわい なりしかのみならず 御ぞうしのとら ぢしなはん にア三 ④ ▽かれをめしぐして行給はゞよろづ たよりよかるべしとしあんしついに かんどうをゆるしなを此のちをなし めてそのおこなふめ あさはあさまたきに さゝあさまたき て夜は子すぐるころ までもいれずいて まめやかにふるまび しかばとう一巾やく おちゐてまづため ともにも思ふほどを つげしらせまゐらせ あるひぶとう太にいへり けるは此ごろわが いゑにおはする むかしわれ はむかしわれ わかゝりしとき ふかくめぐみを うけたる人の 子なりこたび しようありて かゞのくにへくだり ⑤ 給ふをりしもにはかに 道にやみてわがいゑに 立よりしはしほうやうし 給ふなるよりていし山のおく なるいでゆにいり給はぐよろし かるべく思へどもわれは なりはひにいとまなくて したがひ行事かなはずなんぢわれに かはりてかしこにおもむきよく心を もちひといたはりまゐらせといへば ぶとう土いちぎにも及はずまゐが べしというに此ときためともの矢 きずすこしおこたりてほとうもやくしざい なりしかばつぎのひぶどう太をいて石山へおもむき 七日ばかりとうぢし給ふにいまだまつたくいえずと いへどもゆもやくさうおうせりと見ゆこゝにいたり てもぶとう太はなをまめ〳〵 ためしくいたはりつかえ まゐらせて 次へし リ十月日畠 〆三百四拾 きくに八郎ためともをからめとりて出すものは忠しやうばつ くんなるべといへりわれ今かの人のもようを見るに身のたけは 七尺にすぎつらたましひ只人ならず又そのなす所を見るに おんしやうにあづからはふうき心のまゝならんとふつく 悦び思ひながらしかと見きはめたる事もなくて 人たがえせばけをふさきずをもとむる なりとやせまじかくやせんとしばしたゆたび しがきつと心づく事ありてためともの ゆにいり給ふをうがびゆげたのほとりに 行ていうやうおよそとうぢする人 あんましてけいらくよくとくのひこうげんすみ やうなりときけりゆあみし給ふときなどには なほよろしかるべきにさらばけんへきをも もみほぐしあかをもながしまゐらすべう もやといふにためともは心もつき給はす そのまめなるを悦びかれがいふに まかせ給ふにぶとう太はしばしその つゞきひそかに思ふやうわれ都にありしとき世のふうぶんを のうしやうにははなはだうとしかつわがかぢむかしをんをうけたる人の になりとしやうしてこれをもてなす事さながらわくんのことし いれこれ思ふに此人ためともうたがひなしわれそにんしてくわぶんの かたをもことてまかで つくひそかにえみを 武藤太 さ かのためともは ゆんでのかひな めてに四寸のびて 矢つがをひくごと 世にこえたりと きこえいるが まゝにうつたえけりしけさとは うはさらなりにはかに三百人のにものまでを引 つれぶとう太をあんなひとして石山のよくしつを とうまちくゐととりまかせりきし十五人をえらみて ○さどのひやうゑ のぜう重貞さが たちにいたりてありの ぶとう太が申すむねをきいていゑのこらう われ今かの人を あんますかとて わざと太刀をばもたせずまづ ぶとうおとともにひそかにすゝみ そのかひなを いらせける此おりしもためともは にゝ見れば はたしてゆんでは めてにまして 長しかゝ せうこの あるゑれば さらにうた がふべから ずにすで に心はけつし ながらいろにも いたさずあけの あさ又ためともに いうけるはそれよし ゆふべのゆめにとう市 がやみふしたるを見て 候へば何となく心 やすからずよりて けふあら川へ行て あんひをとひやがて 立かへり候はんとて まことしやかにつげし かばためともはたばから るゝともしり給はず おひたるやうふをちゑ におけばた思ふもとはりなりの ゆあみしておはせしがぶとう太つと まゐりてこのうかへり候といゑはため ともは思ひのほかはやよりしとのたまひ てゆをいでんとしさまふとき十人 手ぐみしてひし〳〵とよせあったり ためともきつと見給ひく 心得たりといひもあえず三人を かいつるみのどぶえしめてすて給ふ のこる七人さゆふよりやにはにくまんと ひしめくをたちまち二人をてうど けころし又ちかよるをゆだたにおしあて にて打たふし足かけてふみころしひといきついて 立給へばちはながれていてゆをそめしかばねよこ たはりてもひ〳〵たりためともはすでにほとう太が そにんしつるをしり給へばます〳〵いきどほりに くびをふつとねち切すてあかひはこぶし たへずわれをこりてえのりにはしる しれものこゞこものがさじといきまき 丈六 てはしりかゝらんとし水へはぶとう太 大きにおそれてかれはなはたゆうりきありはやく 火をかけてやきころし給へとよくしつをしかと戸ざし さげびければためともぶんぜんとしてよくしつを打 やぶりはしらを一ほんかろげにひきぬきぶとう太を 打ひしがんとておひかけ給ふをまちもふけたるしけ さだがいゑのこどもかけへとて〳〵われくみあん ときそひかゝるをためとも子ともせず 弓長寸曰遍 のとく にて ゆるやかに かへりゆへと 仰すれば 太悦ひ いそかはし はしめ りやうし 丈五 卯十月廿一日 三図 つゞきかのはしち をふりまはしてう をふりまはしてうち ころしたゝきふせしう わうむげにはたらき 給ひぬれど矢きず いまだいゑずしてやうやく いまだいゑすしてやうやく たゞむきよはりいきほひ きはまりて思はず はたとたふれ給へは あやさのとりて はしりよりいやが うゑに打かさなる をなほふしつも 打のげんかへし 給ひしかど五しの かはる〳〵はぢ元より いつけんにしかずには てきしかたければつひに いけどられ給ひけるぞ うたてしきそも此日 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ ためともひとりをからめ とらんとて打ころさるゝ もの三十人末へきずつく もの五六十人におまべり にいてとうぢのためとて ゐあはせたるらうせう男女 はおどろきおそれてにげ まどひふみかえされ おしたふされて生死をしら ずしげさだはためともを いけどりてふかく悦びやが てだいりへひきてまゐり ければかれはおとにきこゆる ものなりゑいらんあるべし とくはんぐわんすへよし これをうけとりて白きすい かんのはかまにあかきかたびらを きせたぶさにしらぐしをさゝせ けりしゆ上は北のちんにてえい らんあるにくげうでんじやう らんあるにくげうでんじやう 人はさらなりこれを見るもの がいぜんとしてしたをまき げに此ためともはたゞ人にあらす 身のたけの高やかなるすぢほね のたくましげなるしかもちやうどう にしてわがくにのこうわうとも いふべし此人もし矢きずになやめる おりならずはたとへ千万ぎにて むかふともたやすくからめらる べうもおほえずなどさゞめき あひ ぬれ ともは もおく けしき じやく おはしけるされ ばしげさだは こたびのこかに よりてさへもん のぜうにふせ られこよなき めんぼくをほどこ せりかくてため どもへしのてうへ わたされ給ひて むほんのやうを とはかれども 何事をか申す べきとく〳〵 かうべをはね られ候へとのみ ちらんしてなか〳〵 にいたぎよく 見へ給ふ▼ ロク長月四編 そのとき くげう せんぎ ありて かれをば 死けい 武藤太 しよ らる べきか 又はいる せらるべき かとて ことけやし がたかりしに 入だうじん せいすゝみ出 ていふやう こたびのたゝかひ こたびのたゝかひ にみかたのつはもの おほく命をおとせし はためともいつこのしよゐにして 八ぎやくのきやうとなりしかのみ ならずたいり高まつどのに火を かけてごしよに矢をまゐうせんなど のゝしりたるよしこれきみをいたてまつるに ひとしそのづみおもうしてひとへに○ ひゐきの 及はず しさいに おこなは れん事 もちろんに なりとて はゞかる所 なくのべにければ くわんばくたゞ みちはへ のたまふ はため とも じう のがれ いたん ども ひとり そのばを ちゝてやそ 今まで しんめいを たもち たるはじつ にこれ天 めいといふべし しかれば をざいに およひ がたきつ 又かのものが 弓矢に ちやうぜしこと □□□□□□□ 年號月四日 武藤太 白縫姫 つぎ いろ にもためし なくまつせ にもあり がたからん かゝるゆうし をたち きけは 死けい に □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ おこなひ なばこう ざいの そしりを まねくに にたり もら又 せんひを くひて やしんをさらばおん ○ことはりを つくして のたまひし これに あはれ めでたき 侭かな つかな さらばおん かば百官 したがひ るにしよし ひるがへす 給へとていづの 事あらば給へとていづの みかどの 大しまへながし おんたからつかはすべきにぞ なるべしさだめらる なと 一なとのしんせいは田 八十月日編 阻止 無犯 卅二 世上 田しゆぎのいつけつせしをきいてのとのこり おほくはあれどさすがにくはんばくの仰にもと らんやうもなく只此うへはよしこれに給て かれがかひなのすぢをたちふたゝび 号をひかさぬやうにいたすべしとて しかはからひしがなほ心もとなくや ありけんそのゝち忠みち公へ申やう ためともすでにかひなのすぢを たゝるゝといへどもなほゆるかぜに いたしがたしもしろぢにてふりま のあやまちあらんもはかり さかたければいづの大介かのゝくどう もちみつをめしのぼせかれが手 のものをもてきひしくしゆご せさせ給へかしといとまめ たちてきこゆればくはん ばくどのきゝ給ひて やがてもちみつをめし 有に此ときぶとう右五 おんしやうをこはん ためにあら川へも かへらずさどと はんくはんしげ与へ が手につきて 都へのほりりよ しゆくにありて うでひや □□ ためとも すでにおんるにしよ せらるゝときゝて あるひしげさだが もとにまゐりて申 けるはそれがし おやとう市 にもつかず たやすくため ともをいげ どらせまゐら せたれば そのこうばく たいなりあはれ くわぶんのおんしやう にあづからばやと こひねがへばしげさだ こひねがへばしけさだ きいて思ふやう此ぶどう 太はちうもなくかくも なくおもれがえのりを はかりてやしおやのきか しゆをそにんせし一 世にもまれなるしや ものなれにらさら にくしと思へども今 これをしやうせんは かさねてむほんの ともが□あら□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ そにんするものなて んかと思ひくし 御耳張尺四斜 ぐ すなはち にはかにはかに一そうの ふ手をかりだしいこねんごろに 百くはんの ぼうせんを とらせけり もてなすにぞぶとう太ふかく 悦びてさいこくにてめづらしかるべき 所をあまたかひとゝえてふねにつませ その夜のうちにふなでしてにしをさし ぶとう太これをふそく としてかの八郎ためともは としてかの八郎ためともは ばんふぶだうのゆうしにて なたゝるいくさぎみたちもうち もらし給へるをゆゑなくからめとらせ たるはぶしにもなされいつしよけんめいの ちをもあておこなはるべきかと思ひのほか あまりにあたりがたきおんはからひかなとつぶ やけるをしげさだきいてにくきやつかなもし それにて事たらずは一せんもあたふまじとて けしきあしく見へしかばぶとうはおそれてふたゝび いはずかのせにを給はりてにぐるがごとくそこを しりぞきせにをばかねにかえてふところ にしついにあふみのくにへ立かへりあら川 のさとにいたればたちまち所のもの ち二三十人をちこちよりはしりさつ 手に〳〵えものをもちてさへぎりとゞめ 此しれもの何のめんぼくありてかへり きたれるなんじがつくしのおんぞうしと やらんをそにんいたせし事その夜の うちにきこえてとう市はたゞなきに てはしらするに丈五丈六はいづれ のみなとへよせんととふに 武藤太 なきあかしなほしのびがたくやありけん つぎの日うつぱりになわをむすびさげ たちまちくびれて死したるなりその をりしもよくことのわけをしれるものゝ いふをきくにかのおんぞうしはとう市が もとの主くんにてありけるとぞしからば なんぢがためにも主くんにひとしかる べきをなさけなくもそにんしてからめ とらせあまさへそのゆゑをもてやしおや をひめいにころせしは五ぎやくとやいはん をひめいにころせしは五ぎやくとやいはん 十あくとやせんあらにくやかれうてよ こゝれよといきまきあらくのゝしりてうち たふさんときそひかゝればぶとう太あきれて ひとことのかへしにも及ばすまんめんあかくなりあをく なりてねずみのにたるがごとくにげさりつゝふたゝび都へ のほりしかど人みなかれがふぎふかうをにくみてかさねて やどをめすものなく道に行あふものはまのあたり のりはづかしめあるひはつぶてを打つけておひはらひなど せしほどに都にも足をとめがたくとゞになにはにくだり けるが此所にもぶとう太さきにしはらくあそびしちにて しれる人もおほけれど都ちかきをもてはやくその事をつたえ きゝこれをにくむ事みことにもすぎさればとかくさいこくへ おもむきて世をやすくわたらばやとしあんしろぢにて わざはひあらん事をおそれやがてふねにのらんといふに人みな のりあひをゆるさねばせんすべなくくがをくだらんとするをりしも みちにて丈五丈六とはらからのふなのりに行あひぬ此ふたりは ぶとう太郎がなにはにすめりしときへだてなきともなりしかばまづわが うゑをものがたりけるしけるにくだんの兄弟はもとつくしのものなりしが ふるさとにて人をころしなにはへにげきたりてかいせんのとびのりして世を わたるぶらいのわるものなればいちぎにも及はずたやすくうけひいて右へ さぶとう こた はそのはんじ 顔にもおとめ すとき われかのゆへ おもむき てなり はひを すべく思へば そこへとて やり給へと いふ丈五又 いふやう なれ ども に あつま がせき はとむ 人もおほく て世をわた るにたつき よきみなと なりあかまへ おもむきて あきなひをなし 給へなどかたらひ つゝおひかぜにまほを あげてはしらせしが たちまちにかぜふき かへりてげきはてんに つきとかいかなうべく もあらざればからう じてさぬきなるみさ きのむろにふながうし て日よりをぞまちたり けるぶとう 白縫姫 太はいま だ四こくに あそびし あそむし 事もあらざれば此わたり 一けんせばやとてふねより あがりをちこちをはいくるい してやくれなんとする ころもとのみやとにたち かへるにくわんをんちまと 所よりは二三町こなたにこと ひきの八まんぐうたゝせ 給へり此所のせうぼう 弓張戸四条 〽ゞきさうかいは天にいつしきしてさびの くに〴〵しあくよこ木のしま〴〵たゞこれ がんかにもしゆつするごとくみぎにあり あけのはまありひだりに川みなと あり詩しにふけり哥々たをたし なむにもあらねどいたづらに すぎなんはほゐなしみちの ついでまうでばやと思ひと かのやしろへおもむきけり 此とき日もすでにくれぬと してころしも八月もちの夜 にてやしろはみなみにむるえり 月も出なばいとあかゝるべきに ひるよりかきくもりたれば させるながめもなくまうづる人 もあらさればぶとう太はひとり ひろまへにぬかづきてかきくどくやう そも〳〵かみはぼんぶのじやせうをかんがみ なしとかやしかるにそれがしくにのためにちやうてき なしとかやしかるにそれば ためともをそにんししげさだにからめとらせたれば その忠いちじるゝいやちこなりこゝにしげさだひざま ひりんにしておんしやうそのこうにあたらず人のろうを ぬすみておのれがとくとす世の人これをさとらすして かえつてぶとうそをにくむ事あたがたきのごとくすみなれし あふみはさらなり京なにはにも身をおくやどなくさいこくを しやうばつあやまつことなくおうげんかぎり しやうばつあやまつことなくおう 国輝画図 又ふうなんにあふて からきめ見たりわがはく めいをあかれみわざはひを さしてふなでせしに 嘉 永 新春風癸未永嘉 永六癸丑年秋春春 賛互行表日目目 西馬補案 竹雀千 竹雀千代哢西馬補安 国輝画図 聖徳太子 大和鏡 万亭應賀作 一寿斉国貞画 三鱗形 鎌倉双帋 西馬作 國輝畫 西馬模譯 心にまかさせ かへしてさいはひ をあたへふうき 給へと身 にて のよこしま をば思ひも かげず 人をうら み世を はかなみ こゑ高やかに いのりける 下のまきへ 十九五十九 きやう 行議 霰釼 法古 三 文四十文 西馬作芳席画 四十一 録 金地本草紙問屋てりふり町笑寿屋庄七版 国輝画 跡弓張月春賈榮 四編下 上のまきよりときにかいしやうくもおさまりぎよくとたかくのぼり きんはうしほにえいじてさながらりまひるのごとくなるにかうらんの ほとりにあたりてこつぜんとことのねきこへてまんをうしう だいゝちにのせたるゆうりやくてんわうさぬきの国にみゆき ませしときいくさのおほぎみがつくれるうたをくりかへし〳〵 こゑいとおもしろにうたひ出たるにしらで又たへなればいその一 まつかぜもこれがためにげをされうちのちどりもはぢて ねをやとゞめけんうたの心はしらねどもぶとうちはたえて まうづる人なしと思ひしにこはかみか人かとうたがひまどひ おばしまのほとりき主いへく見ればとしのころ二八ばかり なるたをやめの都にもひなにもあらぬいでたちして はなだにくれなひのかさねせしあはせきぬもそら だきのかほりさへゑならず月のまゆあてやかなる やなぎのこしのなよやかなるたとへばさくらのえだ にかいどうをさかせてふようのいろかをふく ませたるにことならずほとりにはしかる べきづさもなくてめのわらは只ひとり なんばへりけるにますけのむしろ しきまはし月にむかひてつくしごとかき ならせるありさまはあまつをとめやえう ごうしけんたつのみやのおとひめの人げんにあそぶかと うたがはれ心もとろけたましいもきゆるばかりに おぼえしかばたちまちかや〳〵とうちわらひこは心も えぬさきにまうでしときは見へ給はざりつるにいつの ほどあかまゐり給ひしこよひの月をば只ひとり見ん事の いとをしく思ひたるにわれにひとしき人もありけりとまめ だちていひかくればかのたをやめほゝえみつゝことかいやりて わらはゝ此ゆふぐれよりこゝにあれど月まつほどのくら ければえしらでおはしけんといふにぶとう太はむね▼ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ □□ 呈 覧 第四編 下之巻 楽亭 鈔譯 一雄斎 画図 錦昇 所庫 嘉永 季春 うちとゞろきだみたかいらへせは いなか人と見すかされてよらはる べしとやいはんかくやこたえんと ゑかかきよ 武藤太 せなとすり は只かほ のみあらは なかつ まことに のたまに ことし とかて いらへ たをやめ 又いうやう見ま ゐらすれば此国 はだひにしてみやと ちかうすみ給へる 人とおぼしわらはく くはんをん寺のあな たにすむものふる がふかきねき事 ありてよことに まうではべり ことさらこよひ 三五の月も くまなし いそき 給はすは きへ 第七號丙四部 つゞきもろともにかたりありし給へとてあまりにへだてなく〽見ゆれば 本とう太はいよ〳〵おそましくてこはこなたよりぞねがふへきよくとしらば 酒なとをも心かまへすべかりしにふねまそはとほくもあらずはしりかへりて おひもてくべしといふにをとめはおしとゞめてきみはこよひのまろうど におはすれはわらはあるしなしはへりてんふねをはいつれのみなとにか よせ給ひしととふにぶとう 太こたみんてわがふねは みさきにありほかにのかあひ のたひうともなくふな人の 丈五丈六といふものは心 しかたるともなれば たとへあすあさてまで こゝにをるともさま たけはあらずいざよひ にはかならずもてなし かえしまゐらすべしト いふはしにをとめは かのめのわらはが みゝにくちよせて 何事やらんしは さゝやけばめの わちはゝ心をえて くはんをん寺の かたへはしり行ぬ さしむかひてはいよ〳〵 はほしろみてたがひ にことはもなく ぶとう太はひざのあたり わな〳〵とふるひいてゝ立も ▼五 今は よく さめ給ひ けんあるし ぎみの まち わひ○ 武藤太 〇給ふにみく 〽うちふしたればこはのかにとうたがひまどひやがと 身をおこして見かくるにつぎのまにはともしび あがたともして人のさゞめくこゑすこゝい そもいつちにていつのほどにかきたりけん よひの事どもをゆめかと思ふにゆめにも あらずあさなしやわれはきつねむしな なんどにたふらかされけんしからは なんどにたふらかされけんしからは のませしかは酒もうまの いばりにうたかひなしと心 つきてはしばしもたまら丁 只にはくべうおぼえつゝ はきもやらすひさをくみ 手をこまぬきばうせんと してゐたりけるかゝか所に いせんのめのわらはつぎ のまよりいできたりて ▼ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ とかゝ にそ みえきり しを たをやめは やらずゐもやずわりなく よりそはんとすれども けだかきに心をくしていひ するべうもあらずたをやめは ことひきよせてさきよりも なほたへにかなづかをぶとう 太はそれには心もとめず こさまかうさま思ひたゆ たびしが今はしのびかねて そがひよりおびのあはひへ 手をさしのれやをらひき よせんとするかりしもかの めのわらはくひとりのこしもとく ともにさゝえかきになひて かへりくるについであしかりけりと はしりのきつかくてたをやめは からさゝえをひらかせてひたすら にすゝめしほどにぶとう太も 酒なくてはいかでしやうをひく ことあらんと思ひてふかくも いろはずさかづきのかずもやく かさなりてかほをばましらのごとくなしつゝ だかくわらひきくうたひよねんなく 見ゆるを女子ども衣をとりていやがうへに もりにければわれにもあらぬまでにえひふし てたちまちせんごもしらずなりぬさるほどに ぶとう太はあかつきちかくなりゆくころ秋かぜの身に しみわたるにおどろきさめてめをひらけばことひきの やしろにはあらで見もなれぬひとづやに只ひとり 三尺三尺ヨリ こなたへとて いざなふにぞ ぶとう太はます〳〵 心あやしみ その跡べ につきと ねんどくつに むかえ しやうじ てにつこと こちゑみ まれ な あやしみ 給ひそ よひ には いたく えひふし 給ふをもて おどろかく まゐうせん も心なきに 八九人のこしもとども つぎのまにいたれば かのたをやめかひ〴〵しく いで立てかみぐらの せうぎにしりをかけ ひとかはにゐならび たりそのありさま 只今たびだつが ごとくなるをいかなるゆへ とも思ひわきまへず にたれば をなごどもに かゝせさわが いほりへとも なへりしらせ 給ふごとくさき にはものまうて のをりにして させるもて なしも せざりし 次へ 十二 ヒ引ヒワ紙 つゞきこはいとかすけきもの なれどいゑづとにし給へと いふはしにこしもと二人ざを 立てまきゝぬやうの ものをあまたもていでたり ぶとう太はおそる〳〵はひ よりて此ひきでものを見る にあきなひのためにとて わがなにはよりかい もてきつるものに 二しんいんのおんまもりともなるべく 思ひ又きへい次をば都へのぼして ひそかにおんぞうしのゆくゑをたづ ねさせたる いそがは りかへり そうし 武藤太 いぜんかの 八丁つぶて 同 びやう をうけ 石山の をくに とうぢ よくにたれど あからさまにも とひかねてあさからぬ めぐみのほどをよろこび たをやめ又こしもとにむかひまれびとの 仰すればこたびはみたりばかりひとしく立て まづさかづきさしなべをもていでゝ ぶとう太にすゝむるにしは〴〵 ぢすれどもゆるさねばやむ ことをえずさかづきをあぐる ときふたりのこしもと おの〳〵さかなを きこえ手にもとらでうちまもりをれば いとさみしげに見へ給ふに酒をまねらせよと たづさへいでゝほとり ちかふさしをくを見る にかの丈五丈六が くびをはねておしきのうゑ にすゑたればふとう太 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ し給ふ日 ともびと ぶとう太 が首 十五 そにん せられ さどの さどの しげ貞 が手に からめ とられ給ひ しとつげたる 一一一〇〇、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、〇〇 おもはずの }1100 ●さかがきをとり をとしおのゝきふるえ てせんすべをしらず あらふる神のなを となえて たすけ 給へ〳〵と さけび けり その とき たをやめ けんぜんとして ことばをあらため やをさ ぶとう 白縫姫 太おそ るゝ事なかれわらはくなんぢに そにんせられてるいせつの ちじよくをうけ給ひしためとも のつましらぬひなりいぬる廿三日 の夜さいふのしろをきくちはら田 にせめられてわが父たゝくにもうち死し 給ひしかど父の仰のおもければひとたび おんぞうしにめぐりあひまゐらせんためこしもと らとともにかこみを切ぬけ道にて八丁つぶての ぎへい次に行あひてふなぢより此さぬきに ひやうてくしふかく此所にかくれすみてよそながらい ラ長月四扁 ときはくちをし くもあさまし くてかゝる なげきをせん よりはきみにさき だちて死すべく 思ひいくさびか やいばをばとり ながらきへいす らにいさ められ やむこと をゑず なり ゆき 給ふ ひやしをとゞ まりなほ おんぞうし の はてを しらんため ふたらびきへい ぢ都へのぼし 手是はゝ船 とにことひき の八まんぐら □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ しらずみづからせいめいあくじをとなへて人をうらみ 世をかこちたるけにくささらにたぐふべくもあら ずしかるになんぢわがほうらくし奉ることのねに うちおどろきておばしまのほとりへまかり わらへを見てなめげにもたはけき心を わらはくるをしてえひふさせし おこしたれは酒をしいてえひふさせ ひそかにこえかゝせかへりなんぢがへだて なき友なりとものがたりしをもて まづ丈五丈六とやらんをいけどり きたりてせぬこふに又これ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ くとうのきやうぞくにして その身のきうあくなんぢが 事とう市が事までおちも なくはくじやうせしのみならず おんぞうしはいづの大しまへなが され給ふべきにさだまり かのゝ女もちみつがしやう らくをまちそかしこへ くだし給ふといえり なんぢも又かのやしろへまうでしにわがこもりけるを つゞきをつとのいのちつゝがなからん事をいのるをりしも しからばわらはちうやを わかず はせ のぼり ちうこに おいて ハ四分 おんぞう うばひ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ とりまいか せんとてかく たびよそほひ をとくのえ ついに五五丈六が かこべをきりてまづ なんぢにしめすもの也 うれしきかなこよひ 思はずもあたにあふと をつとのそんぼうをしれる事 一四庚とそのかひなしたゞねかはくばゆるし給べ〳〵トいはせもあえず こしもと二人さゆうよりひし〳〵とよせあふてつかみたふしく にげんとすれども此こしもとどもさへけんじゆつやはなため たりけん思ひのほかたけくしてちつと うごかせずなどりあし どりあかはだかにして たちまち ゑんの はしらに あさなわ もてしると くゝりあげ左右 のたなくびをば まへのかたへ ひき 武藤太 させて こほりなす くはいけんを ぬきいだし 十ヲのくび ひとて 切をとし きりおとせば せんけつこん くとながれ とすぢ のせき □□ たる がみ にき 二 ほんだの 神のみやう ぢよにして なほ ゆく白ぬひ姫 すゑもたのみなりなんぢすでに やしおやの主くんをそにんし又そのゆゑをもて やしおやもひめいに死したりときくそのつみおほひに してむくろは竹のくしにつらぬきかうへを木のうちに かくるともあく事なしいはんや此と記にあたりてそのくひを たづさへゆきおんぞうしに見せ奉らばいかによろこび給ふらん とく〳〵かれをいやしめよとおふすればぶとうをますく 一十三匁 あはて ふためき それがしまつ たくおんぞう しはやゝおや こう市がしゆ くんなる事を□ 〽しらず 人にすゝめ られてそにん いたせし事 くゆれども四方へし 一四 ●ぶとう太は ひたすら くつうにたえず してたまぎる ばかりなき さけぶをすみ やかに丸二丁 さず又一丁 にかの事 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ } 五十一 頭は 弓張片口線 つゞき大きやかなるいちをもて めてのかたさきへうちこめば ぶとう太たかくわつとさけ ぶを又たちかはりてゆんでの かたへてう〳〵とうちこめば ぶとう太ふたゝびあつとさけぶ あるひはふともゝひぢしりへた きうちよをよけてうつくぎ に恥んとしてしにもやらず いさんとするはなほかたくまさに きやうくはん大けうくはんかしやくの くきもかずそひて くつうのこゑ もしもに なく 一 仰られもち みつちよくめいを むの ごとくに よはりゆく よはりゆく かんぐわてきめん かんぐわてぎめん せきあくのむくひのほどは しかつらん今はこれまでぞとて 白ぬひはつと身をおこして くわいけんひきぬきぶとう太が かうべうちおとしてそのいふくに つゝませむくろはよのあけぬ はしに此うみづらへおしながし てよとおふせつゝひとり のこゝもと一人りの □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ のこしとじめて いほりをまもらせ八人の こしもとをいて太刀を みのゝうちにまき こめおのくこれをせおはせつゝ ぶとう太がかうべをのたせ いなかをんながいせのおほん がみにまうづるごとくいでたち て此ありつきのかはたれとき にもりを見なるゝとりとともに ひがしをさしてたびだちける あこのによじやうぶびにして れつゆうはかりごとあり そのいさほしまさに かたながつまの右に あるべし ○こゝにいづの大介 うけ給はりて やかてため ともを うけ とり すでに きこく せんと ずるをり がち入だう しんせいひそ かにもちみつ をまねき何事 やらんかたらひ つるをしるもの たえてなかり けりしかるに ためともはかひな のすちをたゝれて たづなをとるに およびたまはねば ろうごしをつくり てこれにのせ 四ほうになが元を □□□□□□□ □□□□□□□ 同一所一同二丁二丁 同一丁二丁 二十二丁 日本国 IIININ NANAZ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ わたしてこしかき 廿余人にかゝせそのての らうどう五十よきぜんごさゆうに立こみつゝ もちみつはごぢんにうたせてばじやうゆゝしくぞ 見へたりけるさればなたゝるためともを見んとて らうせうをちこちにむらがりつどひてちまたはおし 今度 かのゝくどうもち みつはいぬる八月 はしめいそぎ しやうらくいたす べきよしおほせ をうけとるものも どりあへずあまたの いゑのこをいて おなじ月の十五日に まゐりければみな もとのためとも をいづの大しまへ ながさるゝのじやう ろぢもつとも 心を▽ 十一日引戸四条 つゞきしかれどもためとも はこしのうちにたんざして ものみよりかほをだに出し 給はねばしかと見とめたる ものもなかりけりはるけき あづまぢをけふとくらしあず とあかしてかゝれ行みち すがらもち みつがちう どうに むかひて 十七 爲朝 五十一 あな どらば よき事 はあらじ かけまく もかし こきみかど のおほん いきほひ なればこそ ためとも ほどのものが ふつうの ぼんぶにはいけどられ けめよしやかひなの すぢはたちきらるゝとも われにおいてそんなしゆみ こそすこしよはく なりたれ 矢つかはなほ ながくひくべう 思へばものゝとほらんは はじめにもまされり いはんやかばかりのこしは ものかはこれをも 今長月曰扁 ゆなんぢ らもよくきけ人のながさるゝは さこそなげくめれどたも ともはこよなきよろこび なりかしていわうにも もてあつかはれこしにのせ つはものをそへもちみつを ともになしはいしよへ おもむかし給ふ事 まことに身のめんほへ ならずやしかるを なんぢらわれ をつみ人 なりと 見よ とてすこし 手あしを のばし 給へばさし もいかめ しううち付 たるろうごし の今もやれ どもかためりこみて ごきえすみな〳〵 うごきえずみなく吹へし くだくるやうに さぎわたがつ又 やとこゑをかけて おしすゑ給へば二十 よにんのこしかき 十一日巳糸 のさとにとまりぬこれよりもちみつが れやうぶんもとほからざるにころしも 九月はじめの事にて此夜 ふううはげしかりければしゆごの しそつもおこたるとにはあらざ めれどふるさとちかきに心ゆるみ てちやうどのつかれにうまゐせり さても白ぬひは八人のこしもと とゝもにひたすらみちを はしりてみやこにのぼり ひそかにおんぞうしの事を とふにかのゝすけもちみつがし あつかりておとゝひの日あつまへ とぞくだれりときこゆれ ばおくれぬるくやしさよく さらばなほいそげとて 夜を日につぎて おひかけたりもちみつは つゞきもてあまして只そのいかり給はん事をおそれ 主くんのごとくたうとみまね人のごとくもてなしつゝ ゆくに日をへてするがといづのさかひなる千ぐはん あまたのしそつをいて くだればみちもはがとらず 白ぬひはいそぎにいそぐ ほどにみかはぢにて おひつきたれど しかるべきたより もなくてもだ せしが今は かゝて あるべき ちつまで こよひ のふう うに まぎれて しのびいるべしとて よくそのあひことは をきため 夜のふく るを まつほどに うしみつの ころにいたりて あめもすこし やみにければ 主じう九人 ほくそづきん におもてを つゝみ 白ぬひ姫 八戌光旅宿 ヘク長月曰扁 白縫が侍女へ おの〳〵しのびたい 〽まつをともしつれ もちみづがりよ くはんにしのび よりてうかゞへ ばあやしや ばあやしや さき 紀平次 こそあれ かれもしあやまち て人をおどろか さばわがしゆび さばわがしめて をうしなふ おほしつ 白ぬひ すまして てうど うつしゆ りけんを かたな のつか にうけ とめ 火のがさし とてこれ ふたり はしり かゝりて さゆう とかあと ひらとか てひき さぐれば はなつ まろびおつる をおさえて なわを一つきへ 〽つゞきしかけんとすれどもほどもほどもよせつけずたなくび つかみてつきのけ〳〵ふたゝびへいへ手をかけてのらんと すれば白ぬひも見かねてみづからくせものがかたなの 小じりをしかととるをかきはらはんとで見えるかほへ さしつくるほかげにてその人をよく見るに八丁つぐて のきへいぢなればたがひにこはいかにとうちおごろき まづことのもとをとひとはるゝに白ぬひはささに はからずもぶとう太をころしてうらみをさよ め又丈五丈六がはくじやうせしをもて おんぞうしいづの大しゆへながされ給ふ事を しりてぬすみいだしまゐらせんために こゝにおひきたりこよひこゝろざしを とげんとするはじめおはりを ひそかにきみえ給ひし ひそかにきこえ給ひし かばきへいちきいて さきづもふたゞひ みやこへのぼりて 主くんのあん こゑをひくらしそれがし ひをさぐり どふにもちみつ これをあづかりて めうにちいづへくだると きゝこときうなればしらせ まあらするにいとまあらず たゝに見へがくれにつき そひきてそのひまを うかゞひぬすみいだし まつらぜるやと 白縫姫 ◯おもひながらかれは たにんじゆわれはひとり しそんじ たゆた かるぐしく 事をはつせず こよひこそと 思ひさだめつるにゆぐり なくも此ところにておち あひ奉りしかば主じう心 ざしをひとしうしことをなし内 う三文寸日角 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ かしきついりてうちのやう すをも をも うかゞひ 候へんと ▽ へいをのりこへ やがてもんを ひら 紀平次 かぐ よろこびと なか〳〵にはゞ かるけしきも なくあし をとたかく みたれ いり 戸を打 くだき くだき さきを そろえて まつし くらについ てかゝれば もちみつが らうだうら 此ものをとに おどろき さめて すは夜 うち ありと よばゝり つゝ間よ たちよと のしりあひ あはてふた めきて 此へ 〽つゞきはしりいづるをこゝのものかげ かしこのさまにまぢうけてやにはに きりふせなぎたふしてきのたせう を見きはめえずもちみつがいゑの こともかなはじとや思ひけんまどを こぼちかきをやぶりちり〴〵ににげ うせたり今は心やすしおんぞうし はいつこにかおはするとて白ぬひは きへいぢとともになほすみ いりて見給ふにおくまりたる ざしきのたゞなかにろうごしを ざしきのたゞなかにろうごしを かきすえてもる人さへあら ざればうれしさたぐゑんやう もなくたすけいだしまゐら するにこしのうちなるはその人に あらずしていまだ見もなれぬ をのこなれば白ぬひきへいぢは さらなりみなそのかほをさし のぞきうたがひまどひてどよ めけりそのとききへいすはかの をとこのえりかひつかみ切さきを むねのあたりへつきつけてなんぢは これなにものぞ又おんぞうしをはいづこ にかおきまゐらせしとくいへもしいはすば 此かたなをえこそひくまじとせめとへば くだんのをとこおそる〳〵ことのもとをつげ まうきんにまづ手をゆるめ給へかしと いふにぞきへい次やがてかれをひき 白ぬひ おこして手をはなせば白ぬひはこゝとらと ともにまろらかにたちこみてそのいふ所を きくときにかのをとこがいふやうそれがしば もちみつがらうだうにてかりにためともと しやうして此ろうごしにのせられみやこより はる〴〵くだりしものなりそのゆゑは主人もちみつ しやうら〳〵せし日しんせい入だうひそかにしめ されけるはためともはもとぶさうのゆうし なり今かたわものとなるといえどもころ ゆるすべからずしりのみならずそのざんとう ろぢにてかばひたちさらば ごへんいやしんのおちどのみ ならずやしき 天下のだいじなり ためともをば ためとまをは まづこゝろ きゝたる いゑのこを さしそえ て二一 ばかり さきへ みやこを いだし さもなき ものを こしに のせて 二下ヘ 〇もち光がらうだう にせためともとなりゐて きへい次にはなをそがるゝ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 武藤太がくび しか〴〵 のふうぶん させて はれやか に くだり □□□□□□□□□□□□□ みち にて ふりよ の事あり しゆつら しやつら にらうして こうなからん 此はいり かならず 給ひ やき かば みつ みつ うけ ひき てまことの ためとも をは二日 紀平次 まへにたび たゝせたり おもふに 今ころは いづのふにや いづのふにや おはすらん 又大しまへや わたり給ひ けんそれまで はしらずと いふ白ぬひ これをきいて これを たちまち のぞみをうし なひくちをしや はからんとして かえりてはから れうみやま さはにへだて さはにへだて たる四こく 田思ひし事も うたかたのあは ではいかでかへるべき のはて より いそ たからの山へいり ながら手をむなしうしつ おとうはかしるしを見する人もな ふとう太かしるしを見する人もなし 今はおもひたえたりとてもたせきりし 恥きうをとりてかのをとこにはたとなげつけ すでにじがいせんとし給ふをきかいすあはたゞしく次 三郎 きて きて 田 次へ 上 余宿 つゞき おしとゞめ こはもの にやくるひ 給ふいつたん はかりごとを しそんず ともころさし だにうつらずは こよひのみにかぎる べからずもうきもうきゝに あふときありうどんげもさく はるあり此大事を思ひくはだて 給ひながらかなしみてやぶらんとし たまふはよのつねにておはすなれ とあるひははげましあるひはいさめ こしもとらもろともきその死をとゞ めしがさるにてもにくむべきはしんせい がわるだくみもちゑがへつらひなり こやつももちみつがらうざうならば いけをくべきにあらずとてすでに かうべをはねんとするをしらぬひとゞめて 此ものまことににくむべしといへども かりにもおんぞうしのなをおかしてみやこより くだりしをころさん事こゝろに心よしと せずたゞ此きみろをもらさぬやうに はからひておひはなちてよと ばからひておひはなちてよと おふすればきへいぢこゝろえて 一かのをとこがはなをそぎ くちぼるをたちわり くちびるをたちわり しやうがいものをいはせじとて つきはなすにはなより ながれいづるぢはかの おんこうがうちわりし かめの水にことならねど なをいのちやおしかりけん 両のそでもておもてをおほひ くつうをしもびてにけざりけり ヘラ三今日帰 白縫姫 八町孫紀平次 耳しらぬひは ことみなくい ちがひと来し いきほひには にげなくて おごしのかものいま をうしなひたつかひ なげに見へさるを さま〴〵にいひ なぐさめ みな〳〵 ふたゝび しのび たいまつ をてらし もんの ほとりまで まかでしが 白ぬひは なをのこりおし くやありけん かしこをつつゞ 見かへれば あちたに らちをゆい □□□□□□□□□□□□□ いづの末な うの みつて しるせし ふだを大竹の うらにうちつも ていかめしく おつるふだとともにこつぜんとしてときのこゑ かいがねのをとさかくもちみつがふせゞい いちどにおこりてゆとべきみちを さへぎりとゞめて大しやう もちみつまつさきに うまをすゝませなんぢら ねづみのともがらわが つゝきたてたればこれこそこよひわがための たうのあたなれといひもあえずたちひきぬき つゝはしりかゝり竹のさゞなかちやうと切るきられて わなにいりて いづちへかゆかん とするとく〳〵 いましめを うけよとぞ ○もち光が ふせゞいよ ふせゞいよせ きたり白ぬひ みわじそを とりかこ よばくりける しらぬひ 主じうも 此ありさまを 見てはをくひ しばりきたなき む もち みつ 楽亭西馬模澤 月かんけれをおこなひながらわづかなる女ばらにおそれそのかけも見世頃 むなしくかへらんと思ひしにこゝへ来るは死がみやさはひけんそこことなり そといきまきまきて主しり十人おもてもふらず火あづるまでにいどみたく かふにもつみつたぜいといゑども死をきはめたるちうしんれつぢよの するどきやいばに切たてられいひがいなくにげはしるをしらぬひは のがさじとおつかけ給ふをきへいすよびとゞめいさめていふやう もちみつみことのりをうけておんぞうしをあづかりくだるを ちうとにてせつがいせばそのたゝりかれがうゑにあるべき これおんぞうしをがいし給ふにおなし又かれがにげてゝる はわれ〳〵をいざなふはかりごとゝおほゆるなり切ちらせし をめんぼくにしてとくおち給ふべしといさむれば白ぬひ げにとうけひいてこしもとらふどにともに主じう みちをひきちがえかぬき山のかだへぞはせさりける 〇当ねんは此四へんにてふでをとゞめ来亥はる さう〳〵五へん出板仕候所折ふしためとも 大明神御かいてうに付さいはびさうしにえんも ござ候ゆゑ右おかいてうまでに六へん七つん八へん とひきつゞきゆうよなくかりいだし候板元の ねがひに候間何卒御もとめ御高らんねがひ上ゟ しんぜい にへつ らひて ○ 一雄齋國輝画 錦 日井 行 癸 新 堂 同 西馬譯 弓張 月春 霄榮 国輝画 仙果作 鏡裏梅魁本 国輝画 四十 東高 西馬作 恋衣 妙雑史 芳王 画画 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 日記「 録 東錦繪草紙問屋照降町恵比壽屋庄七梓 十一日 弓張月六日 弓張月六 狩 第一 曲 弓張凡又編 外題曲五国画 柳錦昇書肆 にて開販製本 まつる弓張月 春の雪榮 と申す所 子は 画 国 輝 西馬譯 小説稗史 戯作の玉役 蓑笠羽曲亭 先生の妙案に して希代の 椿説爲朝 ぐいでんたんじう 外傳三十 弓張月 五編 上之巻 □其文章を縮加画を 巻を児 ○書を見□其文章を縮加画を一文 ぢよ 女の のゝ増数し例の袋入草紙に發行せしむる処なり初編の配より殊の外御慰にあひ 視軽 転なり次篇をお等の看官諸方より御催促なり書曽姑一統ありがたく是全く武勇の からし 英名万世にかゞやく八郎大明神の御利益と感涙肝にめんじ既に男三編迄出板に及び めん と 候然処当年四月上旬より八太島正一位爲朝大明神の尊像御開扉始る由折に幸ひ 六 此度差出し候四五の巻は。御曹子大嶋より八丈へ。渉り給ふ條に有之よつて早急四のまき 四 より八編迄来秋中相違なく売出し画工郎師出情仕候尤著述は四十年の昔となれど又新し 立綿五 く桜木に咲せる花の八重汐路こもまた三十五年目の御神縁時代移りし御方は咄に知るやしら 痛 給ひの心づくしの離より年経て後にめぐり逢義心も深き局朝が爰に妹背の再會を契る趣 向は翁の著意よく綴られし古今の奇書尾籠と名。障をかためれば讀に自ら心潔く御名を 門戸に張おけば疱瘡麻疹を除くとあるに此草紙の満尾迠はいく度か尊名を唱んなれば この双鳥を一度完る輩は悪事災難をまゐがれて福寿延命を投受給はんどの御神慮 なり紙板見能最手摺は此店より出ます四輯読で五編の求られませう 樂亭西馬恐謹述 嘉永四辛亥年初夏 永四辛亥年初夏樂亭西馬恐謹法 弓張戸五編 鳴きみ 為丸改嶋冠者為頼 爲朝妾籠江 酒風や 梅翁 折とも地引の いかのほり 禁礼 朝雅 男嶋鬼夜又 なんですいためになつくせんです。 弓張月五締 三郎大夫忠重 御曹子爲朝 飼いぬに手は くはれまし 智恵の海あしの 亥福光 福庵 地之よくもしれる ますらを □□□□□□□□□ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 鬼夜又娘長女 軒つたひ梅の花色の 然ねこも老ては 欲にちらす足あと 楽事 一一一 山猫の怪 ○五十一 ユノ長司豆扁 二月丙午前 同村村村村村村村村村村村村村村 ためともし 四へんゟつゞき いづ きて又八郎ためともは もちみつより二日さき こみな しさいづのくににつき いたまし いたまし 給ひしかば白ぬひきへいぢ くそおぼへ らがせんぐはんのりよしゆく をさはがせし事をしり給はず 只白ぬひはつくしにてうちじに したりとのみ思ひ給ひけるとぞ かくてかのゝ介もちみつはためとも のざんとうをうちもらすといへども しんせいがせんけんのはかりことによりて はたしてためともをうばひとられ ざればふかくよろこびやがてきこくして しまのつかさ三郎太夫たゞしけをよび よせてためともをあづけつかはし すこしもあはれむ事なかれとぞ さてをき さてをき 三郎大夫 三郎大夫 けるこれは たゞしけは 三郎忠重 ためともを うけとりて ふねにのせ きびし しゆご な しまに かへり 大しま 仰ける此たゞしけはうまれつきどんらん べんねいのしやうじんにてかみをも あがめずほとけをもたつとまず たゞりを見ては仇ともまじはり ぜになきをばしんせきもたにんの ごとくしつねにしうみん をしいたげてひぎ ひだうおほかり つるむくひにや つまはあやしき やまひにて身ま かり子といふものは さゝらゝんとてこくし 十七才なるむすめたゞ ひとりをもてり しかるにかのさゝちえ はしほがぜあらきしま には人となれどすがたも くろまずみやこのなぶり みならふといふにはあらねど その心さまいとさかしくすべて 父にはにざりけりそも〳〵いづい くに大しまはかもごほり下田 うらよりうたつのあはひに あたりてかいしやう十八里のほかに ありその所東ざい二里半なん ぼく五里あまりありとかいへれ どそのかみはおほせまかりけん しまに山あれどもきはめく けんそならずはまべはたえず なみのうちあらふゆゑに がんぜきあらはれ出て あらいそならざるもなし さればいづのくには う長し三角 此石へ しりを かくるを おきて せり とく〳〵 しか しねへ といふ にたも ども 文武てん王の おんときはん 小角をなが されしこほ はしめる今も小よく がすみけるいひや いづみづといふむらにあり しま人これをきやうじや どうとせうしてつねに まうづるとなんもとより しよのならひにて男は すなどり女はたきぐをこり 又かみくさをかりてかてに かゆるを身のつとめとせり 此ころまでは五こくはか〴〵 しくみのらずなれたる人 だにものうきにまいてや げんけのおんぞうしといはれし おん身のいかですみはて 給ふべきと心あるも心なきも同 わらひ 一わんのかてをあたえとで うゑつかるゝをぞまち われば いとけなき よりあまた の兄にも 所をおかず よろず心の まゝにふるまふ たり今氏いしへ しりをかくれば 何とかするとの 給ひてそのほとかへ も立より給はず いなといはゞうちも たをさるへきあり さまなればたゞしげ たちまち心に五分 のおそれをしやうじ 此ためともはおとに 此ためともはおとに さこゆるごうのもの きこゆるごうのもの なればよのつねのるにん とひとしくらきほひを もてはせいしがたんらん もてはせいしがたからん まづからきめをみせて おのづからきぶくするのゝち ことをおこなはばやとてにはり にさととほき山かげにあやし のあやをつくりかけてそこに ためともをすませ日にはたゞ たりける 已え彌片王縁 つゞきししかるにたゞしげむすめきゝらえは ものをあはれむの心ふりければ父があしき おこなひの今にはじめざるをわきて かたはらいたく思ひこれをいさめくいふやう 此ころ人のかたるをきゝはぐるにかのため ともとやらんはいゆう北にす ともとやらんはちゆう世にすぐれゆみ いる事はいにしへにもたぐふへき人なしと かや今こそかくておはせゆるされてき らくしあふかさなくともしま人そのとく にかんじて主としつてん事ねがはゞその いきあひつひにわが父の忠にあるべし かる人をばわきていたはり給ふべきに かくなさけなくもてなし給ひなばわざ ろひの来らん事もひさしからじことはさに なさけは人のためならずといつなるけりより やしきにむかえとりてまごゝろをしめし給へ かしとことはりをつくしていさむれどもたゞ しげつや〳〵うけひかずこはおのれがなす 事にもあらずしんせい入だうの跡なり とてわくんもちみつのねんごろにきこえ ゑふをなでふわがやしきなんどにむかふべき もちひざるときはとらもねづみにおとると とにおそるゝにたらずといふてます〳〵つれなくぞ すなほにしてじんよくのわたくしうすくかりそめにもいつつりかざるなし たゞうれふる所は五こくみのらずしてしよくにとぼし此ゆゑにくにあふては かならず〽あさげいくはあたかといふとぞこれあさ いひをくひ給ひしかといふ事にしてこくちのもろ いえるをきがすやかれたとへちゆうすぐれたり □□□ ありしかばさゝらえふかくうれひてひそかにしゆつめをかたらひ 日ごとにおくりものしておんぞうしをなぐさめとはせけり此しまの 日ごとにおくものしてしん をのこはかみをゆはず女子もこれにひこしくおしろいなどゆふものは 世にありとも思ひしらずかたちこそかくおどろ〳〵しけれその心ざま 総 人ひとにあへばかならずあつしさむしをのぶるごとし そのしよくをためとみ思ふ事此一でうにてもしらる かゝるためしをきくにつけてもとくわいはんくわのちに うまれてあくまでくらはあたゝかに きぐうぜんとして天ねんをおくらんは こよなき身のさいばひにして げにありがたきことなりかし ともは ふかくさゝ らえが こゝろさし を悦び きため つめらにも したしくものを いひ給ふほどに 烏とも 同同月三文目三輪 又かれらも又そのとくをしたひて さゝらえがおくりものゝほかにも をり〳〵かれたるうをつかね たるたきぐなどをもて りてかはる〳〵まゐらせ 一けりあるひ一人りしまつ 三郎忠重 まゐら うをく たみへ 給ふに そのあぢ はなはだ ほめ給へ ばしま これは わらはる つけたるには あらずおきに みさごといふ とりありて うをゝとりて うをとしは ゑとしはべるに あまたうをく とりけるときは はみのこせるを いはのさまなどへ たくはへおくに たくはへおくに おのづからなみに あらはれうしほ あらはれうしほ にひたりてかく のごとしいづの くにうどはこれを みさごすしと いいよしなれごと いふよしなれど いとまれなるもの つとまれなるもの にとはべるといふ にぞためとも にて申をきゝ ことのもとをきゝ 給ひてそのいぜん われぶんごの くずありしとき ゆふ山のふれ なるきくいぢと なるきかいぢと いふものをとひ けるにさる酒 をもてわれに もてなし 医 三月二十四丁、 一つしめんといふ 一つゞき此おくりもの えたり世にさんかい 一ついのちんみと思ふ事 爲朝 ●さても われ ながら うちわらひ 給へはしまつめも いとうれしみ づゝ 三二番 } 1112.1111...2.4. 同同同同三 10000000000000000000 幸森 ○照我庭欲 いづれのときに わがていをてらさんにと しるせしかばうち かえしてよみ をはりしばしし あんしてのたまふ やふおやはちからは いうもさらなり さいしけん ぞくみな しにうせ て これなんさきつとし われりうきうこく よりえてかへり とばの上くはうへ奉りし に又はなさせ給ひしと おのがいゑぢに かえりけるかくて としもやゝくれ あくれば ほうげん二つの としのはるも やよひのころになりつも より此しまはこぞのふゆさへ あたゝかにてゆきのふる事もなかりしほどにはるは ことさらすみよくあれどあしかなくうちのとぬ やにかぜをいたゝくいはうつなみにゆめをやぶられ ねざめわびしきあかつきにつかのなくこゑきこえし かばためともまくらをそばだて給ひてきなるかな 此しまにけものはぎうばねこねづみのほかはなく とかはかんかも又よのつねの小とりやうのもののみぞ わたりくると思ひしにからなくはつるにやあらん かゝるとりもまれにはわたるにこそと ひとりごちやがておきいでゝ 見給ふにはたしていちはの つるびやう〳〵ぜんと してとび来りほとり ちかふおりたつとき ものゝひゞきあるに心つきて めをとめて見そなはするに 足につけたるはこかねのふざなりければ けんぜんとしてくわいきうにたへ給はず内 きゝたるがわれにわうへん する事すでにみたびに および今又こゝに来れるは かならずふかき ゆゑあらんと ひとりごちつくたち よりてかのふだを見 あへばふだのうらに すみぐろく 一明柳閑花遠水亭 みんりうろんくわ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ すいていにめぐる 一仙会再土還東 一具せんきんふたゝびさま いつてとうめいにかへる 一逢春使覚孤霞 一辺はるにあふてすなはち こかのはるかなることを おがら清影何時 三分三分 今はため ともを思はん もの世にも 水をそごち かけそで もてしかとお 給へばもじは左り に見へながらきぬ のうゑにぞうつりける やがてちびたるふでをとり いで又此ふたに 行えもしらずなりにけり 〽いにしへのためしも 思ひいづのうみ にこととふ鳥の 給を見るなひ下 跡を見るかな下 たつけなん かいつけ給へばつるは たちまちまひあかり 弓張片刃締 きかゝる所に人こゑとほくきこえて いとものさはがしかりしかばふかく心に あやしみ思しかとべすぎもしま人をよび とめてけふは何子のあればにやかく さはかしきとこひ給へばしま人こたえて いまだことのもとをしらでやおはする此しま にはむかしよりやぎうやばおほくあれど いとたけくて人にちらづかねばこれをかひて かつをゝつるときうしのつのをもてゑとするゆゑに はるのすゑにいたると ものをおはせんとする人もなく只なつのはじめに うらはにすむもの むれをなしのやま に行てうしの 此行也としの つのをおりとる 一つぶ なりつねにはたや すく折かもの ておつるに こそしかれども かのうしども人を見れば 大ひにあれいでつのもてつかん とするにぞにぶきものはにけ はをうしなひつぎたふざれて きずをかふふりやにはに死するものもあり 此さはぎにおどろきてうまももろともにはゝりまはり けかへされてふみたふさるゝ人もすくなからず祭はうしを かりいだすとてあさまだきより人をつどへ今のごとくときの こゑをあぐるにて候といふためともこれをきいてあざわらは 給ひつゝかばかりの事にあるたのじんりきをついやす事やある われちかごろかひなのすぢをたゝれたればちからはむかしに おとれどもなほすいぎうをもものゝかずと思はずさらば 行て見んとのたまびて此男にしるべさしてその所に いたり給ふにはたしてあまたのしまくらほらがいふき 冠者爲朝 ときのこゑをほげ手におの〳〵 ながきさほをもちてのうしのつのを打おらんとてたち さはぐにすひやくのうしうまくるひ出てはしりまはるなかに あだしうしよりひとかき大きやかなるあやうしありてときの こゑにもおそれずほらがいのおとにもおどろかずはしる事 うまよりはやくてかけとゞむべうもあらさればつきへ 弓長し三扁 つゞき みな てふた めきて ひとくづ くづれ からる うしはなを おひ来りて をくれて はしる一人 をつきたふ さんとしたり しかばため とも あはや とたち さゆうの つのを はしまくらははじめてそのはなになわを ひきとほす事をしりてまづさほの うらを切とりとかくしてはなのくきを つらぬきてやうやくつなぎとむる をりしもむかひの山あひよりたけなる あらむまにかけたとられ十四五人の 男ともいきもつきあえずにけ くればむにはこうぜんとして ひづめのをとをたかくし矢をゐる ごとくおどりかゝるをためとも きつと見給ひてゆき ちがひさまたてがみ つかみひらりと うゑにまたがりて しばふ 爲朝 かけとばし 七 ひきつかみ ふせ給へはつのはにくつき よりほきとをれ 手はのけざまに まろびつゝはね をきんとする てめてへはたとねぢ 所をかたあしにて そのかうべをしかと ふみすえてうごかせず 此野うし のむまを あるひは をづゝをひき とめあるひ はてうと ふりたふし 給ふにたけ きうしはふり かえりてつの もてつかんと おもいとも しのはず おり立て くみふせ ゐぢたぶし しばしがほどに 百余ひきの うしむまを たる たやすく からやとり しま人ら かつおど ろき とくつなぎとめよと 仰すれば人みな はしりきつうな じへなわを のゝしりあふを ためともうちわら ひてうしはかやうに こう 八まん太郎の ひまごなりいかでせん ぞをばうしなふべき 又此しまはみかど より給はりたるりやう なればわれあるじたらん 事もちろんなり 同三郎 □□□□□□□□ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ かつよろ こびて みな かじやう にはいふくし きみは 事さいはひはなはだしわれ入かながきは れ人となりぬれどせつわ天わうぶがい にんげんには あらずあまつがみ ふとましますなり此所 はとうかいのはなれじまに していにしへより人ぶつ なく野にうしむまあり といへどもこれをかび なづくるすべだにしらず 今きみがぶゆうによりておも はずもかゝるたからをえてなり はひのたすけをませりねが はくは此しまのあるじと なりてなほおんたくをほど こし給へしまのあつかり三郎 大夫はかんきよくにして つねにたみをみへたぐること おほければわがともがらいき ながらかれがにくをくらはん ながらかれがにくをくらはん と思ふ事ひさしいざ給へこれより すぐにたゞしげがやしきにおしよせ つめばらきらせてひごろのうちみ をはらすべしとみなくち〴〵に申 けのためともきいてのたゆにやう なんぢらわれにこゝろざしをよすね つゞきしかるにたゞしけが ぶれひをもとがめず かれがまに〳〵すてられ てとまやにいくよあか せしはわがきず いまだいえざりし をもてしばし 二ときを まちたるのみ さらばはせむかへと 仰てふたらびはだせ むまにうちいり給へば あまたのしま人ぜんごに したがひ山べなるものはかまおのを たづさへうらはなるものはろかいを もちさらにおくするけしきも なくたゞしけが 四十四しきにぞおしよせけるにたゞしけは此事を ぞおしよせけるにたゞしけは此事を つたえきゝて大きにおどろき えきゝて大きにおどろき ためともは世のけう ゆうなる にま □□□□□□□□ しう み の心を とへたら かば 八 とらに つばき をそへ たみ をしへ たぐるのつみ ゆるしがたししかは あれどすでに むすめさゝちえとやらんが まめなるおこなひをもや 父がつみをあがなにべし かいみかいみ われ市人のまたを くゞるやさしみをうけ ずといへども ずといへどもいかで ずといへどもいかで ひやうぼがいちわんの めぐみを思はざらん なんぢたゞしげいよく 心をひるがへしてやしん をぞんずる事なかれと 仰すればたゞしげさゝら そのあやまちをくふるにおいては 鳥朝 つぎを ともわか どもわか となづけ すゑは しまきみと よひ給ひぬ をなごにて えはさらなかいしのこ ども大きによろこび やがてためともをやしきに むかえしやうじてあつく もてなし又しまひとち にも酒しよくをあたえて おの〳〵そのいゑにうへらせ けるかくてたゞしげは日ならず ためとものたちをつくり いだしてうつしいれまゐらせ なほうたがはれじとや思ひ けんおきふしのとぎとも ごらんじ候へとてむすめ さゝちえをまゐらせけり むなしうしがたくおぼしてふしと みとせがほどに三たりの子を ためともは大しま をくはんれうしたひてよりたみに からさくこがひをおしへみつから のやまにしやうようしてぎやうを すゝめぜんをあげてふのうをあはれみ 給ひければしうみんよろこび父母の 思ひをなせりさるほどにためとも 二月十一日 はみやけにいしまかうづ としまみくら としまみくら すべて五ツの しまをも うち ためともはもとよりいろをこのみ おはざれども又そのこゝろざしをも ちかくめされしかばさゝらえは うみてうひ子をため丸となづけゆ したがへ おねをづくらせて す十そうの わうへんこくしに ことならず 次へ ら長し三品 びとは此ありさまを見て思ふにたがひ さうなく打もかゝりえずちでしめとび さうなく打もかゝりえずしでしめたび てありしかばたゞしげはしつかうけんしゆ してためともにむかびそれがしさきに かれとあらそひて いのぢをうしなはんより ひたすうまこゝろをみせ 身をまつたらすべしと しあんしにはかにえぼし ひきかけとむすめさゝ らえといゑこをいてみち のほこりにいでむかふしま のほこりにいてむかふしま つれなくもてなし奉りし八てうゐ 主めはふたつながら おもくしてやむ事あた はずすでにつみを おんぞうしにえて くふれべともおよはず くふれどもおよはず もし身のあやまちを ゆるし給はらしまの せうばつをまかせ奉る とうばつをまつてゆら べしあはれ今より たゞしげをいゑの こらうだう ともめされ くださるべしと いえばさゝらえ 父のあとにゐる はかてたゞしけ はかてたゞしげ わらはが日ごろ のこゝろざしを しろしめさば父 が一めいを助け たまへかしとて おやこしう〴〵もろとも にかうべをつちにつけしかばたも ともきゝてのゝ玉ふやうたゞしげ九 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ みつの かのゝ女もち かまへしまをいでざればいかにともせん すべなくてたゞいたづらにとしつきを へたりけり〇こゝに又おんぞうしのつまなる 白ぬひはさきにせんぐわんのさとにて もちみつがふせぜいを切ちらし㊂ きへいす 十一 事なけ れば もちみつ これを いきどほり しまをさ たゞしけを よびよせて いはくおんぢるきん かるともをりことし ためともをむことして われをわれとも思はず やなどいたくいひこらし けるに三郎大夫大ひに めいわくなしひそかに しまのさんぶりをうん そうするをためとも はやくしりてこはきつ くはいなりとてたゞしげを くはいなりとてたゞ いこんやる かたな〳〵 ふたゝび はかり事を めぐらしまづ ととなふ きぬきへ立かへり さぬきのみや 爲朝 しやとく しんいんを ぬすみ とりまりて ふなぢにと いづの大しまへおし わたりておんぞうしとひとてに なりことをおこさせまうさば 東八かこくはたやすくしたがふべし などひたすらはいかんをくだき きへい次にも思ふほどをきこえ 給ふにきへい次がいふやう それがしも此事を思はざる にあらずしかれども しんいんははじめとうごく せめ給へばおそれにおそれ て此のちはかゝる事をせず もちみつはますく うらみいかりしば たゞしげをよへども のさんみたかすゑがつゝりたる 松山のだうしやにおはしけるが こくしすでにすゞしまといふ所に 御所をつくり出してうつし奉り四ほうに ついがきをぬりまはし只もんひとつを あけてちうやのしめごおこたるとなく 三たびのぐごをまゐらするの ほかは人のでいる事をゆるさず ほかは人のでいる事をやかさ ときこゆかゝればあるたの つはものもてうばひと 奉らんとすとも さゝらえ ことかなふへうもあらずもし なまじひにしそんせば大 しまにましますおつ ぞうしのうゑまでも ぞうしのうゑまでも あやうかるべしとかく ときのいたるを まちゐへかしと いさめ申せば これもまた 思ふにかひなく ていよくめい うんのはか なきをうち なげき給ひ けるかくてほう げんのねんがら はわづかに 三ねんにて をはりかくれ ばへいぢと かいげんあり けり都には こその八月 ごしらかはの みかどみくに ゐを第一の みてもかひと しんわうに づたへ給ふに こゝにゑもんの かみのぶより さまのかみ よれもを かたらひ かたらひ にはかにぐんびやう をおこし上くはう 〽主じやうをおし こめ奉りけんを あらそひし しんせいがくび をはねてかはら にかけけるが のぶよりがいき ほひ日ごろに 忍しげ 忠しげ 八百ばひして おごりつよく わがまゝふほう なりければ ひそかに主上 きよもりの にし八じやうへ いたりたまふに きよも ときをんと のぶよりよし ともをせめ うちけるに よしともついに をはりのこに にておさ田が ためにがいせ られそのほか あまたうたれ てへいけゑい ぐわのはるを むかへてつぎへ 二七月丙丑刻 〽つゞきうからみなかりゐかう くはんにのぼりふうき世の人の ぢもくをおどろかせりかくては 白ぬひもいよ〳〵しゆくしを こぐる事かなはすことはざにざして くらはゞ山もむなしといえりたのむ かけなき主じうがあさげのけふり 立かねて十人のこしもともやむことを えず身のいとまを給はりて おのがさま〳〵なりゆきければ 今はきへい次と二人の めのわらはのみのこり とゞまりしかばしどの うらはにうつりすみ手なれぬ あまのわざをしつしほをくみかひを ひらいやうやくそのひをおくり給ふに きへい次はばじめよりをんなあるじと ひとつにおらん事をいとひてしらみね といふ所にたいきよしたきゞをこりすみを やきてわづかなるせにをえればこれをしどの いほりにおくりて白ぬひしう〴〵がたずけとせり 白ぬひはまたかいせんりよじんが世のなかのぞうだん するにもみゝをそばだておんぞうしのあんひを するにもみゝをそばだておんぞうしのあんひを するにもみゝをそばだておんそうし しらまほしく思せしにある日 たびそうがあづまぢのもの がたりするなへにちんぜい八郎 ためともはいづのしま〳〵 を打したがへはゞうるけしきも なくおはすればれうしめもち みつももてあまし今は かのしま〴〵へふねの わうらいをとゞめて さゝらえ みづしいだしたることもあら 鳥朝 らすなど◯ 二かたかをきいてまづうれしくちるにも して大しまへせうそへしわがつゝが なきをもしらせまゐらせついで よくばわが身もとかいせばや とは思せどもなこかぜ あらきこと のまれにわたるも あらきあをうな原 かたかるべきに しまへのゆきゝ もとゞめられ たりときこ ゆればこれも又 心にまかせず さらにひとつの もの思ひをまし てあるにかびなき 世をはか なみ なみ 下のまきへ 忠重 國西洋國 第四十二年 雁皮帋 稲むしろに 御半切類箱詰品々 玉川唐紙 吾妻団扇 雁皮紙団扇 新製物初夏より売出候 應賀作 天地人長久寿話録 豊国画 先年出板仕候所殊の外御意に叶ひ 評判宜しく御座候間当年も摺色 等念入され以に仕立売出し申候間御最 寄の絵見世にて御求御笑覧可被下候 風 書翰袋箱入品々 流 歌かる左此外御子様方への 新板小本類 新板双六品々 御年玉物面白き 新製の品沢山に 御坐候 絵半切 御誂物御好次第念入 奇麗に仕立格別下直に奉 差上候間不限多少ニ御用 千代市御進物箱入数品ニ 東錦繪 向之程偏に奉希候 西馬譯 国輝画 錦昇堂蔵 勇美波 利津喜 西馬訳 国輝画 五編 下之巻 二十二 二ねん八月しもつかたの事なりけんうら人 らがいひもてつたふるをきくにさてもしん いんはとしごろ御やとりくはんの事おは ますときこえしが此七日ばかりは よな〳〵すゞしまのいそべにしのびいで 給ひうしほにみすがたをうつして どきやうし給ふりうがんのいと おどろ〳〵しきをまのあたり 見奉りしものもありとぞこは まことやらんそらごとやらんいと 上のまきゟりこゝに八とせの日日をへてちやうくわん 鳴ぎみ いたましき事なりかしとさゝめき あふを白思ひつく〴〵うちきいて わが身ひさしく此うらにすみながら もる人のひまなければことのよしをしらせ もる人のひまなければことのよしをしら 奉るよしもあらざりしにもし此事主と ならばきよくたいにちかづきて をつとがうゑをもきこえわが まこゝろのほどをもしらせ 奉るべし さゝらえ し あん その よの ふくるを まちで 只ひとりすゞ しまにしのび行 ごしよのほとりを はいくわいして はいくわいして をちこちをたづね 奉れば御所よりはるか こなたなるふみうち ぎへにそなれしまつの 爲朝 てり 同金子 一株を見舞台 朝わか □ひときありてかしこ に人かげしてければ これこそと あゆみ しんいんは このもと さしいで たるちは ほの上に ほの上に けつかぶざ しさゝ やかなる つゝえに きやうを のせて おんまへにをき 給へりまことにむかしの里うがん にはあらじと見へて思びしよりはいと やつれはて給ひつおろさせ給ひしみぐしの ふたゝびたけのびたるがおんかた先にふり みだれおんひげなどもながく たれてあきの やなぎにこと ならず きよゐも きよにも あしかふる事 なかりけるにや やれあかつきし かうぞめのころも のかんそでうら かぜに かぜに 為丸 次へ 日頭天王祭 たそととひ給ふに白ぬひなみだをかき はらひてこれはほうげんのたゝかひにひるい なきはたらきしてきみをたやすくかとし まゐらせしためともがつまに白ぬひと 上べるものなりそのときわらはゝだざい あにありつるがきくちはら田にせめられて 父たゞくにもうちじにしあまたのいゑのこ みなせんじやうにかばねをさらしはべり わらはもついにうたるべかりしをむねどの ちうどう八丁つぶてといふものに すくはれてためともゝつゝがなく おちたりしときこえしかば主じう 十人此さぬきへのがれきてよそ 十人此さめきへのかれきてよそ ながらきみのおんまもりとも なり奉りべう思ふをりしも 思はずもをつとのあた武とう太 いたえきゝちうとにてうばひとらんと はかりてあづまぢにはせくだりかのゝめ もち光がいもよくはんをおびやかすに ことならずむなしくこゝにたち かへりきみをぬすみいだし といふものをころしためともはすでに とられてちづの大しまへながさるゝを 奉りてふなぢ 〽つゞきふきかへされたるひまよりしろくほそやかなるおん手の ほねのみたかくあらはれておんゆびのつめもずるどく見 給へりかなしきかな十ぜんのきみとしてかくはくめいにおは するはなど思ひ奉ればなみだのみはふりをちて申さん やうをもわきまへずこなとについゐるさへしのびかねて ひとこゑたかくうちなげらばしんいんは此こゑにて人ある 事をしろしめしけんしづやかに見かへり給ひてなんぢは 〇大しまへおしわたり ためともとともに はかるべう思へども身に したがふものはひとりの おやくも □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 五三にんの 白ぬひ こしものみ ほかにたすけのはものなく ことさらこくしげんぢうに しゆごし奉ればはかりごとを ほどこすよしなくてたゞいたづらに 七とせあまりをすごしぬしかるにきみちか ごろ様りうぐはんの事おはしまして 夜なくしのびいで給ふとほのかにきゝ かしこけれどぎよくたいにしせきして せめてはとしごろのまごゝろをも しらせ奉らばやとてまゐりばべり と申すにしんいんはよくきこしめし いとくかしげなるおんいきあまたらび いきてのたまふやうくにみだれて ちうしんあらはれゆきおしてまつの みさほをしるとはなんぢらが事也かし う長月三島 ○此所のゑがらためともの大しまにいたり つぎにならびてしたゝめるゆゑ又しら ぬひもしまにあるやうに見ゆれども こはもぬひさいこくをちのゝちため ともをしたはんと思ふ所大しるい ながざれ給ふをきいてぜひなく さぬきのはい所にいたり しんいんをかしづき申所にて こゝはざぬきの松山 しほばまあてい としてくらいをなり いこんやるかたなわれ われぎやう じやんのとく はなじといえ のおこなびにも ひとにうばはれ どもわがふとくの あたちらひ なす所とおもひ かへしてもだせし になりひと世を はやふしてのち おんはからひこそ ども又けつちう ならはずしかるに 古いんのおんはからひ あるべけれかずに もあらぬまさ ひとをくらゐに いかせ給ひしかば いかにぞやかく うちみをかさね たればついにより たればついにより ながをかたらひ ためよしらをめし つどひすでに くわんくはをうご かすといへども めいかんまつた からざれば只一せん にうちまけて 次かへ つゞきうきしまもりとなるはものかはわがために めいをおとすものちくそばくぞといふ事をしらず ことにためよしがあゆたの子どもをいてまゐりし事 いとめでたくもおぼえしなりそれにもおとらず なんぢ白ぬひとやらんをなごの身をもてなくとせの あいだわれにこゝろざしをよせぬる事せうするにあまり あり此まごゝろうれしさにわが思ふほどをもしらす べしそもほうげんのはんらんはわがじんよくのわた くしにおこりでこいんのかくれ給ひしをもいたまず ときをえがほにやしりをとがせすゞろにあらそひ しはこよなき身のふかうにしてくにつかみにも 見はなされかゝるしまねにさすらに事みづか なせるわざはひなりとくひ思ひいつたんの あやまちをかしこみてひとへにしやうがく こゝろざし三とせがほどに五ぶの大じやう きやうをかきうつしたれどかいがねのをとも きこえぬありそにとゞめんかなしさに せめてふでのあとばかりはみやこの うちに入させ給へとにんわじの みむろのもえたのみつかはすとて 〽はまちどりあとはみやこにかよへ ども身はまつやまにねをのみぞ なくトよみてきやうにそえ ておくりしにもくじゆその心 にやとかのしんせいがそうし けるによりてとりもとゞめず かへされしこそかえす〴〵も うらみなれわれはふかうのつみをくいてすでにぶつもんに入れる をもなほこざししんせいがへつらひのことばをうへなへるまさひとが おこなひのみちにあらざる事おほかるなかにもよしともに仰せて ためよしをうたせたるぞいともおろかなれこうしもすでにいへるを きかずやむかしめいわう父につか元でかうなりかるがゆゑ天につかえて 白ぬひ の父母といはん又かのよしともとそ なほにくむべけれおやはらからはみな わがかたへまゐれるをかれば父にも いかずしていたくせめふせおのれが 父いみありととその子に仰せて うたせんやたみにこらうの心を おしゆるにあらずや何をもてたみ えのりにはしりて父を ちうすもしいさゝ にたるのみちをしらば いくたびもこれをいなみ もしゆるされずはわが身 をもてかはるべしなほそれ までもおよばずはじめため よしがわが方へまゐるを あしと思はゞ おもてをおかし にてこれをいさ たとひちよくめいなりとも めいなり母につかえてかゝうなりゆゑにちにつかへてさつなり長よう じゆんにして上下おさまるといへりそれ天子はばんみんの ふぼとしてかうをもてあめが下にのつとるものをその め した がはず 紀平次 そのみ まのあたり しして ▽ ▼ちうかうをまつ たくせば父子あひ わかれてたゝかふの たがひながら かれらは いやましに さかふるも かたはらいたく ふでのあとだに とめられねば からすのかしち からすのかしち は白くなると もみやこへ かへるよすが もなく いざさらば 此きやう まだうへ ゑかうし われ いきながら まわうと なかて にくしと思ふ まさひとにも うきめを 見せてんと ちかひともこ なく夜となく けねんおこたら ざるかひありてまづ のぶよりよしともに むほんの心をつけて老せい をころさせ又よしとめをは いゑのこおさ田につきへ 弓張月五編 〽つゞきうたせて父を 〽ちうするの天ばつを しめし又きよもりに おこりの心をつけて まさひとをおし こめさせ すべての 白くわはん ころしつくして 今はきよもりが うからのみのこれり 見よ〳〵ひさしからず してかれうをばとう こゝへひきよせて 此うなばうのみず となさんこゝにしゆく ぐわんいつとせにのび てやうやくじやうじゆ のときいたればなん ぢにまみゆる事けふを はじめとして又けふを おはりとすとく〳〵かえり おはりとすとく〳〵かえり さるべしと仰すれば白ぬひ いよ〳〵うちなきてきみ かくまでに へいけを ほろぼ さんと ◯思しめさばこれよりおんふねにめされてひそかに ためともがはいしよちかきくにへわたらせ給へ あづまにかひしなのに一じやうたけ田の ともがらかふつけ下つけににつたのいちぞく ひたちにさたけなんどなほあまたのげんじ もありきみときよましませしときく ならばまゐるものおほかりなんとく〳〵と すゝめ奉ればしんいんつふりを打ふり 給ひおろかなるかなわがねんぐわんじやう じやしていのちたんせきにせまれるものを何の いとまありてあづまへはおもむくべきされと ながまごゝろのうれしきに むくひせではあるべからずつら〳〵 思ふになんぢいもせのちぎり 白ぬひ うすくしてふうふのえにし すでにたへたりとても そびはてん事 かなふべうも あらねどわが たまふうふが まもりがみとなりて みとせがほどにはかならず ためともにあはすべし 今よりしらみねのおく なるちごがたけにかくふ てときをまてなほ うたがはゝまのあたり あえずかのきやうづくえ をたかくさゞけてつとおん身をおこし 給ひしばらくじゆもんをとなえ いくあまたのおんきやう をうみづらへばら〳〵と しるしを見せてんと竹も しゆとくちん なげうち給へば かぜさつと おろしきて たちまちさか まくなみのまき〳〵 うしほけきして 立のぼりくしらの ふくにざもにたり とぎ丁一だうのこく き玉たいおゝいかくす ほどこそあれいな びかりきらめきわたり くものうちにあやしの みすがたちん〳〵として 見えさせ給へば今は はやてんぐだうにや いかぬひけんと思ひ奉る にあさましく白ぬひはしばし そなたをふしおがみゆめぢをたと こゝちしてわがすむうちに かへりしがはたしてしんらんはつぎの 日にかくれさせ給ひぬときに おんとしいまだ四十六ぶんとなん 此あきまでもこくしのまもり ゆるがせならざればかる〳〵しく しのびいでさせ給ふ事かなはぬど こはとしごろしらね〳〵おはしませし ゆゑにおんとまのみまぼろしに いゑどもおんかいちうのちぎりあさからぎりあさからず あらはれて人にも見え給ひしとぞ なりていづの大しまへながされ一めいにつかがなしと いゑどもおん父ためよしをはじめとからあまた ○されは八郎ためともはほうげんのらんにとりこと めいをうしなひかいらうのちぎりあさからぎりし 前頭府王 つゞきしらぬひひめさへ世になきものと おぼしけるにしんいんもさぬきすぐしま にとほうぎよましませしとまこえし かば母ははやかうとあざましくかぞえ みれば此しまのしまもりとなりにし よりすでに十とせのはるをむかえつ さゝらえがまめやかなるにみたりまで 子をうまし給へばなまじいにほだしと なりてわれはかくてもあらばあれ 子どものゆくすゑいかにあらん とおりふしは思ひやり給ひけめ おんあひのやるかたなさたけ きものゝふもかくぞあるべき 三郎太夫たゞしけもため とものぶゐにふくし そのゝちはあしき心を おこさず ときに永万 元年しいまん やよひの ころため □□□□□□□□ □□□の しま〴〵を れきらん あるべしとて とも人はいと やるし一そうのはや ふねにうちのりて とゝ夫。 としま□うとしま にいじまゝおきの小じま.せくおん はせ・いなんは・みくら・おうづゝのしま〴〵へ おしわたり給ふにそのうち人のすまざる しまはちからかよはず人のかよふほどは あらいそあらなみもいとはですなどりら とひじんぎれつちかうていちうしんの八ツをもて ゆうしのほんゐをむねとし給ひしかばおちごちの〳〵 しまぐにてねんごろにもてなしまゐらせこゝより はかしこかしこよりはそなたといばらにおしへたりけり さてかうづよりかいしやう十里ばかり をへだてて見つけじまといへるに しばしとうりうしある日いそばたに あそびてしまのおさを 崇徳院 まねき 此ほか にも なほ 白ぬひ べき しまあり やととひ 給ふに 田 市七十一日以工筋 田しま をさ こたく これより さきは しほ もこと さらすさ ましけれ バすな おそ とほく ねを 出さず 次へ 弓張戸五絃 あつそれ 卯三月三日同 〽つゞきあるはひがしへひき又にしへひくときもありそがなかに うたつのかたよりさすしほあり又さるとりのかたより ひがしへさすしほあり此二ツのしほのはやき事たき川 のごとくみなそこのいはほにせかれてなりほど はしることいかづちにもまされりこれをくろしほ とも又山しほともとなへてものゝおそろしき たとへに申なるもし此しほにあふふねあれば またゝきのうちにすせんりをおしながされて ふたゝびえるものなしこはかたりもつたえ きゝもつたふるのみにてたれりまのあたりかの くろしほ山しほを見候べきかゝやくしきじま なれどおんぞうしは心さまきはめてたけくおはし ませばあからさまにきこえ奉るともよもいたから にはやみ給ふまじしからばわがために父母ともたのみ 奉るおんぞうしを大きよのはらにほふむらんかとて さだかにもいはざりしはまごゝろにしてあざむくに さだかにもいはざりしはまこといそる〳〵申けるを あらずいたくないかり給ひそとおそか〳〵申ける ためともきゝでから〳〵と打わらひふそうの ひがしに女こくありとはもろこしのふみにも見え たれどこはうけがたきせつなりまいておにのすむと いふしまありとはいぶかしそれ死してほうびざるを神と となへめしてまつらざるをおなといふきじんにつねのかたち なし世におにととなふるものはいんきゆうれいの たぐひなれど世の人心えたがひてごうきやう ぼうれいなるをおにといふにやてきぢんに たゞ重 しま君 さゝらえ のぞみおに がみとよばれ など又はおに ゆりおにみその かのしまもまことの なさへつけたりしかれば おにすむにはあらでわうくはん のかんくとしま人のしうあくなるに 朝雅 あらばあれわれふしぎにもあまたのしまを けはれきして今かのしまを見のこさんや のひたい ひたい をうづめ おんぞうし べきそといらだち給へばほとり よつておにといふなをおはせたらんさも とくふねをいだせたゞにかしこへわたる ちかくゐたるしま人らため どものとも人とかぼ見 あはしてひとことのいだす ものもなかりしにそのとき しまをさはにじりいでゝ しらすなに やつかれが申 事をきゝ給へ 事をきゝ給へ ほう三里にたら ぬ此しまにいつ おとうをいくるわれ〳〵 せうをおくるわれ〳〵 すらうきにいのちを かへんとは思はずまいて きみはせいわのこういんなる みこならずや世のわざはひ になみかぜあらきしまもりと なり給へばこそこゝらわたりの ものまでもそんがんをはひし 奉りそのおんたくをかふむる なれもし大しやのときに あふてきらくなし給はゞくはん ゐほういつく御にそんにも つたえ給ふべきおんみなるに かしこけれとけつきのゆうと やらんにはやりあたらいのちの あやふかるおたがしまへ おもむき給はんはいゝを いだきふちにのぞむより 爲朝 あやうしゆめとゞまり給へかしと〽次へ 長司三扁 為丸 ヲ引月五締 ●田八 つゞき いさめ すればともびとらも とばをつくしてとゞめけり ためともつ きゝ給ひまことに えびす心にも それを思ふことの のほざりならぬは そのことばにあらはれと 又ことはりなきにあらねど ちやうけんがかげんげんせう きやうそのためしを思へば ばんりいけんそをしのゞこそ ますらをのしくわんなれ わがこゝろざしつや〳〵身の ためにせんとにはあらず 思ふににようごおにが しまももとにつぽんの うちなるべけれどひと おそれて行もの なければわれに えきなく かれにそんあり 身をすてゝかゝる ためともいやしくも しま人とものいふべくはいとゞ をしくはこゝにとゞまれわれ ひとりおもむくべきぞと ひとりおもむくべきぞと いひはなちてけしき いひはなちてけしき あらく見へ給へば 二人此ことばにはげま されてやつがれら しるべつかまつらん いざ給へと申にぞ ためともふかく悦 さらばふねにかて つみいれよとけぢ し給ひてやがて ふねにのり給へば きもふときしまつを 大しまよりしたがひ 忘れるもの二人主じう けうあるわざにしてこれに ます事やあるなんぢらいのち おくれじとふねに うちのりおかふし じゆんふうにまほ あげたればふねは たゞ矢をいるごとく おきへ〳〵とはしら してなみまへかくれ に見へずなれば しまをさはいふも さらなりのこり とゞまれる ぜんと ものはばう いそべに 立て ○ ひあな いたまし よも いきて入 かえり 給ふまじ とつぶ やきぬ ためとも は主じう たゞ五人 しまぶねに とりのりて かぜのまに〳〵 はしりほのいとも はしりほのいとも はるけきあをうなはら はるけきあをうなはら をそこともしらずこがせ 給ふにもとよりためともつくし のはてに人となりてふなぢに よくなれ給ひしかばみづから じしやくをまもりおもよ かぢよとのりしらして四人の ものもしんめいをなげうち はたらきけるほどにたゞ 一夜のうちに五六十里 をのかつけてあやしき しまにぞかゝりける そも此しまは八ほう みなあらいそにて あるひは三四十丈又は 二十余犬ばんじやくならび そびえてくがへあがるべうも あらめをためともは エラ長丁三島 ( 爲朝 四日 かぎなわ をいわ はるへ なけかけては たぐりつき あはひへだ たる所にて は一つぎへ やをら人がへあがりしがふねはあらなみにゆられらわほに うちもあたるべきありさまなればとも人いろをうしなひ もし此ふねをくだかしては何にのりてかかへるべきとやぜま かくやせまじとのゝしればためともほゝえみてふねを こりしておけばこそなみにもゆらせいはほにもくだかるべし いでわがするやうを見よとてさうのそでをかきあけて へさきをしかとかゝえつゝゑいといふてひき給へば いさごまろびてふなぞこをひだかしたやすくくがへ ひきあげ給へばふなこともしたをふるひまことに おんぞうしはあまつかみにてましますなりかゝる もうしやうにしたがひ奉りてはよしやおにがしま なりともおそるゝにたらずとてみなとのもしく 思ひけりかくてしう〴〵はいそべをおちこちの と見かへるに木のかわをもてあみたる ざうりのしりをおきのかたへむけていろ ともなくならべおきしかばこくなん世にいふ にようこのしまにてもしたゞよひ来るもの 此ざうりをはくときはそのぬしおのがをつとく すとかたりつたえたるもそらごとならすと すとかたりつたえたるもそらことならすと どよめきてなほおくふかくわけいるに見なれさる くさ木にとりやうのものあまたありけりそがなかに ちかごろわたりきしと見へてはとほともあらん いばめの三四ツとびゆくをためとも見そなは してかれがゆくかたこそ人ざとのあるならめ いざいそげとてそれをしるべにはしり給へば はたして木のまよりけふりたかく立のぼり て人家二三十けん見へしかはさればとて ちゞきあゆみいたをわたしかけとかくしてみぎはへこぎつけ 主じうはしりつきて 見るに め大きやかなるくさの やありてしいのまる 木をはしらとし たけをあみ てかべに かへたり 爲朝 ノ長十三角 めてひくけれ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ へきは どゆかいはなはだ たかくためともは 此いゑを見あげ つゝむねのひくきは ううかせにつきへ つゞき たふされじ とのためにて ゆかのたかきは しつちをさへる ためなるべしさて かべをぬらざるは かべをぬらざるは いかなるゆゑとしあん し給ふに此いゑの めぐりにあかきと しろきありあつまり てあしのふむへき所も あらねばげに此ありに はしらをはませじとて かへをぬらざりけりと すいし人のいづるをまちて さうなくは入らずしはらく とのかたにたゝずみてうちの やうすをさしのぞぎ給ふに 五七人のをなこどもかみの ながき事よのつねにすぐれて 身のたけには三尺も あまれるをふりさげ ㊃かのをなごじじやくとしてはたをとゞめ ときよにとほきしまなればその なを何とよばるゝにやわれながら しりはべらず男といふもの あらざればにようごともようごともようごともようごともよみ なるべしもとよりしまに をさなければきみとし つかふるよすかもなく はなさくを見て はるをしりもみ ぢするを㊄ たるもあり又むまの をゝわかねたるごとく 三つばかりにつかね きぬもてむすび さけるもありいふくは すそみぢかなるあへ せをきて五七尺のしま きぬをおびとしはたを おりつゝうたふをきせば にませなりはつちやうしかた 〽きぬのたけでもはつちやう 為朝 あきとは思へどゆきも ふらずしもをかかず あたゝかなるがつむ なれば さむく いふこと をしら なみの よるべなき 身をすいし 給へさるからに ふゆはあはせなつは ひとえ あめの あめの 日にかさも かふらず みのも おどろの しま きぬ のかつ ぎを にゆ こははつちやう。コヽサひさめよ〳〵 ▼サひさめ引。いとだみたる こはねにてしやうがをはたの 手にあはしうたふもさすが きやうあればためども 主じうしのぶにたえず からくとわらひけるに 一しまつめらはや人の 一けはひするをしりて つく〴〵と見かへりしが たちまち大に おどろきおそれ さをすて はたをふみ はたをふみ かへしみな せとぐち よりにげ うせさり しかれども しかれども とおぼしき のみはたを おる事はじ めのごとく ひこりのをなご どし十八九なるらん たえておそるゝ けしきなければ ためともうちに をなごにむかひもろ人 われを見てにげたるは その見なれざるをもて あやくみおそれたるものなるへじ◯ すゝみいりてくだんの ㊇はれにほふかむりいぬるにもおきるにも ふすまもかけずろもひらがにいゝよ まるねのゆめにだにむすばぬかみの ながき日をくらしかねたるひなぶりを きくはやうに きゝてやわらひ給ひけんはつかし さまゝいえためともさして ふかくあやしみわれかしごにて 立きゝせしにあだしとなごの ものいひざまはげしがたきに 〽二さるをほんぢたゞひとり のこりとゝまりたるは心元 がたしそもこゝはにようごの がたしそもこゝはにようごの しまなりけり此しまに をさありやととひ給へば二 ざるものはたちまちいころし ㊈今なんぢが こたふる所やまと 人のことはにたがはず なんぢはこれ人か かみかはた此しま のものならぬか いふからしとのたまへ ばかのをなこいへる はあやしみ給ふ もことはりなり おんみは大しまと やうんへながされ 給ひし八郎おんぞうし ためともぎみにと ましまずなるべし ちかごろたれいふと なく十とせ此かた しか〴〵のますらを いづのくに大しま といふにさすらひ 給ひとふかくしま 人をあはれみあまさへ ちかきしま〴〵もそのかげを かふむりてたがやくすなどる わさにびんぎをえたり しかれどもかの人心ざま 給ふといえりされば只今 うたひゝ哥にもきぬの たけてもはづちやうに ませなとははつちやうは たけくつゆばかりもしたかは 四郎長し三角 此しまのことはにて次へ 次へ 弓弥戸五斜 つゞき 八郎と申事なり しかたゆみこは はつちやう とはつよゆみ にてこはき八郎 なりと申事 なりと申事 ませなとはまゐら □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ することなかれ ひさめ女はひすべし 給ふと見てゆる さめたりさめて のゝちもをしへられ たる事はわすれ ずきるからに にけろくれ にけかゝれ にわらはゝため ともぎみなり とすいしてとて まりつ今とひ 給ふこと くとうたふなり わらはも此しまに うまれたればやまと人の ことばゝしりはづらざりしに ゆふべふしぎのゆめのつげ ありであすのあさ 八郎ためとも此しまへ わたりきてなんぢらその わたりきてなんぢらその めぐみをかふむる事あるへし されどことばつうぜすばびん なからんかれはかうぞそれはから ぞとやまとことばをおしへ給ふ事 ねんごろなりしかばゆめごゝろにそも おんみはいかなる人にておはするにやと とふにわれはいせのくにわたらへ こほりにすむものなり今より こほりにすむものなり今より われをぎば 烏朝 かくやれと ことはもてごたえ はべりしと申ければ ためともます〳〵き なりとしすいれうにたが ずわれは八郎ためとも なり又なんぢがゆめ 見しといふはうた 見しといふはうた がふへうもあらぬ あまてらす あまてらす おゝんがみに ておはすめり かゝるじげんはあるならば といもし〳〵とてはるかに そのみち いまだひら けねどこゝ もにほんの めう いは ▲ すつらば ▼心いせのかたをおがみ給へばとのかたにひるえたるとも人らももれきいてかんもひたもとやばし 此しま行 かへり 六才 すゑはんじやう すべしとつけ 西馬鈔譯 國輝画圖 四十一日 昇 壱 新 鐫 『主義史史史史史史史史史史史史史史史史史史史史史歴史』 外 錦 弓張月春廼賈榮 当夏秋のまで第八編にいたる也 楽亭西馬演舞 一雄斎国輝画 衰笠翁の椿説弓張月を原本として其文談を省略し将画図に新体を 増馬なして既に三編まで発市猶当春四五の巻売出し初秋八篇迠出販仕候 五十四郡 竹雀千代呼 万世亀鑑 初編 二編 三編同案同画 緑浄瑠璃に世上もてはやす先代萩の名をもて新に五十四郡の旗下 井筒外記畑倉茂十郎をはじめ數多の英勇忠士千辛万苦して 幼君を補佐なす事高尾薄雲の美名道哲の實記等を集め綴る也 佐野次郎左 初編二編同作同画 和尚次郎三 成田劔弘誓船橋 読切講談に御そんしの篭釣瓶の一刀より佐野次郎左が五人伐の一説に和尚次郎が 色欲の出双包丁其切味をとりましべ例の曲式振なる因縁物語に新案なして 当中秋より売出し候つゞき物がたりの稗史なり 一二四十 国輝画 弓張月 春売栄 第六編 上之巻 疱瘡 伊勢秀君 第十六巻 西馬訳 国輝画 錦昇堂 町蔵 十一 幅 六十六 ででないである。 爲朝物語は保元平治盛衰記を始め。あまたの書に載たれども。おの〳〵伊豆の 大島へ配流までを限とす。此弓張月は其大既を素として。鎮西の生立より。 後諸嶋を経巡り。琉政に渡る事を補綴られしは全く著作堂のは。窃の妙案にして 文珍しき奇談なれば。能行れて四十余年の今猶廃れず。さるを書肆の需るに より。是に画図を増文を略して。去年より梓行なし既に当夏五の巻に至るに一 一爰に幸ひ八郎大明神の御開扉ありて。諸願利益のお蔭にや。納涼昼寝と 人の気も草紙に移らぬ暑の最中新板はまだ出ぬか。ト御催促を重陽の頃にて。 まきり。軒の燈篭や祗園會の。どんちやん騒ぐ陽気の端居ばる囃子の馬鹿に卑いと 仰もなく。常に倍せし配りの部敷。この捌くちを築地にて。板元頻りに六七の巻を 一寛寛寛年寛文獅子の遠音を聞みこしを内に居兼る。童推のさはぐに等くして 一授。者も厭はず走廻り。彫画工へ附虐に。非脱恩案の僕も。土用掃の手伝する事にて。 毫の採配机の畳汗を拭〳〵えいやらやつと。一二帖補誌あぐる事しか理 嘉永五壬子歳孟春新刻 夷福庵西馬述 〇り、この一、〇〇、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、・、、、・・〇〇 ニ引テ ○痘瘡鬼 御曹子の 武勇に怕れて 八丈島はさら なり公の御名 ある地へは 末世立よらじ ○鎮西 と誓詞を なす 馬鯨 いにしへ 名をのみ 聞しわたつ 海の逵が島を たつねてし かな 同所 七郎三郎 鬼夜又 弓張六 ○爲朝の二男朝雅 足利義康の養子となり ていや 心やの後に足利太郎 義包と名乗 御城下 筒 音 に 驚く へて 頃は しへものうへ などのろし とはいふ空 楽て のほ 烏朝を 便室 筋江 ○足利義康が 梁田 近臣 郎 時 員 □□□□□□□□ ふけ □□□□□□□ 〳〵 に 花に 千代 欲なく いかのつり □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 弓長一、 ○大嶋の 目代 三郎太夫 忠重 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ ○此八丈 □□□□□□□□ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ しま のくだ りに いたか ては 本書 の名 をおの 五んよりつゞきためときためともかのをなごにむかひなんぢ 此しまにはたへてをのこなしといへどもそも天地両きいんよう をせうじいんようふうふをなすこれしぜんのことはりなり いづれのくにとしてか父なき子のあらんいづくのしまと してかをつとなき女あらん世にいひつたえるはによう ごのしま人はなんぷうにふかれてはらむとかいへどとは ものこみつしれるものゝいかでまことゝせん又かしこのいそべに あまたのざうりありしがこれもかのひやうりう人くだんの ざらりをはくときはそのぬしおのがをつとゝすトわらで どもがものがたりにすなれどじつにさる事 ありやそはくらげ よび のほねにしゆへる のでに よ こへを いと しま ことば にぜず なるべし そも 一ねの に ねの など おぼえ にくき ゆゑ こゑ かへて やう たの ころ より ひち ける 又なんぢ がなは 何とよば るくぞと とひ給へ ばをなご こたへて わらは 中長宮 えにむかししんの しくばうのとき ぢよふくといへる ものせんたんを もとめんための ちよくをうけ 大せん十そうに をのわらは めのわら 男島をの なり 東七郎三郎 ひかししちちうの まぶらう ひとり子長女妙 次へ 弓長六 □□□□□□□□ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ □□□□□□□□ □□□□□□□□ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 三州一ノ 一一一 五十四日はらむと 世にはいひけん又 ざうりをならべ おきしはおの〳〵 をつとの つゝがなく て一としも かぜがたより してとく わたりこよ わたりこよし かしとその 人のざう りをいそ べに 長女 金 一月廿一日廿四日廿一日 〽つゞきしゆぎよく五こくきざいを つみもてくまのゝうちにつきついに 此どにとゞまりつれ来りしあまたのめの たよりをうしなひもち来かし五こくを とゑたがやし又山まゆをかひて きぬをおりしよくにこぼし ければあたぐさといへる をかてこなししほはうをの にくびしをくびみとせり きて又いにしへのよしみを すてず世々をのしま人らと いもせのちぎりをむすべども なんによひとつにすむときはわだ つみのたゝりありといひつたえし ほどにしうふさらにひとつにすま ずひとゝせに尺いちどみなみかせの ふく日あればわだつみのみゆるしありと となへてかのしま人こゝへわたり はかなきかりねのゆめを むすぶにもし をのことまる ればかのしゆへ わらはをのしまにすでせき又男のわらはを こゝより二十里あなたなるしまにすてられしが そのゝちぢよふくはくまのにてはていよ〳〵かへる 爲朝 かくりつかはし□ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 此しまにをくなり かる事をきらあや まちてみなみかぜ にふかれて 弓長六 女女 女母と 人のたび 一のうすにかげぜんと やらすやるにひとしく みなわがしまのなら はしとことつまびらかに ものがたればとも人は いふもさらなりためとも 一がいにしやすべからす入うなんちが とくところと世のかさりつたえと ひざをうつてげにこうだんがいせつも あたらざれど又とほからず人は さま〴〵の世をふるものかなとくわい はんくわのちにうまれたる人は たがやさずしてくらひおらず してきかえつてゐならびとの しんくを思はずかゝるくわほう のありながらなほおこりに ふけりてたらざるをうらやみ しらねくむさぼりてにくこと をしらずつひにはみやうがに つきてしそんあとなくなり ゆくものおほしわれいづの しま〴〵をれきらんせしに ものゝあはれなるたぐふ べうもあらずと思ひしに 又かゝるしまさへありわれ 一今かれらにきやうげして 男をんなをひとつにすまし すいして大きによろこびしまことばにて申けるは いづ七とうのうちにくわへば のちの世にえきあるべしと思ふ てことばをやはらげふかくあは れみ給ひしかはさきににげかくれ たるしまつめちやくかへりきてものゝ かげにみへぎゝしさだかにはつうぜねどなかば 〽つゞきかみのつげとて おんぞうしの 此ところへ きまさん 事はかねて しれど こは もたゞ ゆみの ためとも ゆう 今を おさめし なり なすびをしほくばりもて にてまゐらせんとて二三人はしか さりはしごをかけてなすびの 木にのぼりあまたとりこれを つくねいも大こんなどにまぜにし てあしたぐさのかてめしにそめて にてその 又なす ▼さま〴〵のとなへやうあるはなんによのなかは さらなりおやなきやうだいいとこそれそ ういまごのとなへまでこと〴〵くえとくなし つさてためともはつぐの日しまつめにあなひ さしてをちこちをゆうらんし給ふに此日の かいしやうよくはれといづの山〳〵するがの ふじいせしまのたね又ひつじさるの かたにしまやまやうのもの見ゆるぞさつ まがたなるべきとおぼすにいつれもそれかと 思ふばかりにてさだかきはめもとゞかず さてためともはしばらくはまべを しめぐりてかへりき給ひはたおることをも くはしくきくにこれ又やまとのわざにはかはりて いとをそむる事そのかすかぎりなくかゝるさぎは をなごのならひなれども男なくてはこうさく しぎよりやう木こりとうにべんりあしくさら ばわれ今よりをのしま人をひとつにすまし いよ〳〵しまにゑきあらせんとおか〳〵これを ときしめし給ふにおさめのみそがとうりを きゝときてよろこへどものこるしまつめらば わたつみのたゝりありとてうけひかすこゝに しためともしりよをめぐらしおいてくち よくきくをんなをまねきとおさめが 事をとひ給ふに女こたへてかのおさめが 母はいぬるとし はなをだゝくわとよび申すなり下 かたるにためともはその見る所こと〴〵く めづらしくきくこと又いち〳〵あらたなれば それよりゐならびたる みまかり父は をのしまにおれど その身はいまだ をつとなしその 主じうをもて なしけり ためともは 長女盛に内 ことはにて耳 しまつめらにも所の むかひはかの すゑになすび のあるさへめづらしき のあるさへめづらしき に又木のたかき事いまだ 見ざるところなりとのたまへば おさめ申すやう此しまは四季団 ともあたゝかなれば さがさかしく してをとこ だましひ あり此 しまの 次へ の 四 ●● 俊秀 ○くさ も かれず おちばも はべらず なすびは しきにはな さきみを むすび二三 ねんをへたる 木おほしこれ なん三ねん▼ コフ長一、 「つゞき月のさはりあるもの 又子をうめるものは山がけに ほやをつくりてたやと となへたゞ ひとりかの たやに こもらして ひがらはつる まではおもやへ かへる事をゆる さずかゝればの 大波おな のみくいあくれ の事じざいなら でふうしつにおか されなどして やむものもいと おほしおさめは かねて此ことを □□□ とひ ながら しまの なら 長女おさ なればすべなし しかるにこぞのふや かれがいととめなるへは □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 〆 大波国な といへるもの 子をうみて にしやまのたや〳〵 にありおさめつらく 思ふやうあだしびとは 三百二十二丁 で列帆 ちからおよばずいとこめのたゞ ひとりさぞなさみしさにたえたべし わか身しのびやかによをぎせばやと思ひて その日かいたやにゆきて見ればちごはあらず していとこめはきぬひきかつぎさめぐとなき ゐたればおさめちぶかしみてゆゑをとふにおなみやら なみだかきはらひさればよんべわがはゝのしのび なみだかきはらひされはしいになりていのみくひ やかにとはせ給ひて身二ツになりてはのみくびの事 手長トハ 武所 のゑ ぐみは ためとも にしまつめ がおさめが すきしをとこ たましひもて 山ねこをうち とめたるもの かたりと しり給ふ 〽アきいよ〳〵ひんなかるべしひるこそはじかれよな〳〵 きたりてかんびやうすとも人のしる事も きたりてかんびやうすとも人のしる事も あるまじと思ひてかくれきたりとのとまふ哉 こちよくねいることり 心うれしくそのよはこゝろよくねいかはへり しがさめて見るにはゝはいつのほどにか かへり給ひけんちごもあらすなりぬ あればちとあやしくも 心もとなさにやきて とはまぼしけれど ひがらはてねば もやへかてる 事かなはず これかれ思ひあたる事も ときゆかう さましむ はやりと かたるに おさめはます 〳〵いぶかしみ てどらこちを てをちこちを 見かへるにいでゐの したにひとしたう のちしほこぼれて ありしかば あないた 田 をおなみはいかく ゆく まゝに 思ひ づかれて とろく まど ろみ おさめ はとま びやう かけに 田など 八よう くわいに ついばみ さられけんと すいしながら それとはなし にいとこめを いひなぐさめ ぎてはしり かへりて ものよく 人にもつげず そのゆふぐれ 又たやに ゆきて おなみにいひ けるはちごは おもやにも をらず おば さるおぼえは なきけしき なれどいたく おどろき うれひ給はん かとおもひて▼ ありて この かたに 長女ともの ために人をあつめて やまねこをうちとる あからさましらし はべらずこはきは出てやうある事に こそわが身ゑふむねあればこよひはよとき しはべるべしよしやおそろしと思ふ事ありとも 心をしづめてわがみがせんやうを見たまんといへぐ こ □□ くわい こよひも いでよかし とまつほとに たちまち次へ 弓張六 いづちよりいりたりけんあふしきらうぢよまくらぢかくあると くるをありやとてつら〳〵見るにかたちはわがおでににたれど まなこのひかり人をいてくちはみゝのねまでさけたるが ちをもるぼんにことならずさうのかたへふりみだせし しよがはかれのゝをでなににとことうのもとに 立たりけるはさまへよく〳〵見すましてかねてもて 立たりけるおさめはよく〳〵見すましてかねてもて きたりしおけのうちにねづみ三つ四つ入れたるを さとはしりいたさすればようくわいはきと見も はてずかのねづみをおはんとするゆだんをこゝそと ものかげよりたんとうをひらめかしつとはしり かうつゝようくわいをぐさとさすされて ひとこゑあとさけびかたちはきえて なかりけりいとこめも此ものをとにおどろき さむればおさめはちがたなをしぬぐひてありし 事どもをものがたりすてにちごのあだはうちぬ かれ今ふかでをおふたればにぐともふたゝび とらえやすし夜もあけばもろびとをかり もよほうのりをしるべにたづねいださんといふに おなみはことのよしをきいて大きにおどろき かりおさめが心ざまたけきにたんしやうして やまずかくてひがししら〴〵とあけにければ おさめはをちこち人をよびつどへて いちぶしゞうをつけしらし 一のりをしほりによう くわいのゆくへを たづぬれば たつみなる つゞきかこの戸ほど〳〵とおとしながら戸はそのましにてひらかねど 難渋難渋 一幾袋 長女 以上 やまねこ にてあり けるかれ おさめに わきばらを つかれ ながら なを 死も やうで あり あり けるを おさめに 大ぜい かせいゝて ついに打 ころし◑ いそ山の うへに 大ひなる ほらあな ありて ちはながく ひめほら のうちに いかし かばもろ 人ちから をあはし やくほら をほり くづ するに かれ くつら にたえ かね けん 大びに たけりて よろめき いづるを 見れば六七 尺もある らんとおほ しき◯四五 ねとみへ しづめはべかき 此しまには山うし 野うまねこ鼠 のほかたえて けものなし そかなかに 山ねことよぶ ものあり目 目 大きさ 五尺に 為とも □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ あまりて足は みぢかくをながし 此ねこふかくさんちうに かくれてつねには人のめに かくらずおりふし いわはなにかれる はみのこせしとりの けあるを見るのみしかれ どもらゆるときはさとに いでくしよくをぬすみ 次へ ラ長」、 長張六 つゞきやくもすれはせうにをついばみさりてくらふ事 あれどかゝる事はいとまれなりさればおさめがたけきこと 此ときに人〳〵しりてこれよりおさめをみなくあな どらずこんどきみのわたらせ給ふにつきてもかれ いかにしてかやまとことばをよくしりてはべれば 人ます〳〵きなるをとめとほめはでりとものがたる にぞためとももひたすらそのちゆうをこゝち よしとしある日おさめにのたまふやうわれをのしま びとをわかちてこゝにすまし又をなごをわかちて ㊂歯あたらとしつきをいたづらにすぐして男こひしとのみ 思ひたるおろかさよとつぶやきければためとも今は 心やすしと思して四たりのども人をうながしふたゝびこゝ をふなでして男のしまへわたり給ひけるそれよりため ともはみなみをさしてかいしやう廿里ばかりをたゞ半にちに いりゆきておのしまへぞつきたりける此しまはめぐり五里 あまりもあるらんとおぼしくみぎはのけんそなる事によう このしまにもまされるをためともさらにものともせず ふなこちをのりはげましふねさしいれてうしぞうくがに かのしまにつかはし あがり見るにむかひなる山のなからをきりぬきてまへ かたみにこうさく きよれうの 為朝 一ほうをあけたけのあらろそだなんどにて かこびたるがやねはおきかやにてたかさ三尺 きよりよくせんと たよりよくせんと ばかりにふき 思へどもしまつめら たるいゑの かたくなにもの心へて したがはずふうふは 人の大りんにして わだつみのねたく 思ふべき うちより かたちは しほぜに ふきくろ まれて るに くろぼの あら ごとく まなこ なんぢは いまだをつと なしときけり われいろをこのむにあらねど世のため 人のためなればしばらくこゝにありてなんぢを をんなめとしかりたいもせのちぎりをむすばんに しまつめらそのたゝかなきをしらばあらがひいなむ おにとも人とも 見へわがざる男とも むら〳〵とはゝり いでゝ主じうを まんなかにとりめぐらし ひかり わたりて みやう ぜう こともなくてついにふうふひとつにあつまるべしなんぢゞか 心いかにぞやとのたまへはおさめよろこびて世のため 人のためをおぼしていやしきわが身をかりそめにも ほとりちかふめしおかれんとはこよなきさいはひに はべりされどおんはだをけがし奉らんはいともかしこし といらへ申せしかばためともやがておさめををんなめとし ひとゝせあまり此しまにおはしけるにそのとしの くれにおさめをのこぐをうめりしかもふた子 なりしかば 太郎丸 次郎丸 どなづけ はゝい手 してはごゝ まし給ふに 大波 しまつめらは 此ありさまを 見うらやみ てはじめて さとりいにしへ より男女 ひとつに すむとき はわだつ みのたゝり ありといひ もていたえ たるはそら どとにてあり 太郎丸 けるなり○右下へ しまことばにていへるは むかしよりいくたびかなが されたゞよへるふね 長女 ありて此しまに 治郎九 かゝらんと しづれ どもいはほ たるければ ふねをいれ えずはる かにわれ〳〵 がいそべに たゝずめるを 見てはおそれ まどひてにげ さりぬるになんぢら いかにきものふとければ すくこゝへは来りしぞと たやすくこゝへは来りしぞと吹へし 弓張六 〽つゞきいひつゝかほをさし のぞきなかははあきれ てすゝみえずため ともはにようごのしま にありてことばになれ 給ひしがはよくその ことをきゝわきて につことうち えみあな こみな もとの かしまし いたくな さはきそ われは せいわ てんわう のこういん 四 ○ゆめの しま はるかに 見 ゆる ためとも とよばるゝ ためとも ものなりゆゑ あつていづの大しまへ さすらへ人となり てとうかいの しま〴〵はくげ よりあはつたる りやうぶんなれば のこりなくくわんれう せんためにはる〴〵と 来れるなりなんぢら われをきみとし あほきとしのみつぎ おこたる事なからん にはくわぶんの さいはひあるべきぞと のたまふにしまくらきゝもあへず 八郎とやらんためともとやらん かみのすゑにもあれさすらひ 人となるうへからは下のまきへ 西 模 譯 西西洋英國 西側面面 嘉 卯 新彫新春4 八 永 西馬補案 竹雀千 千代弉西馬補案 国輝画図 聖徳太子 大和鏡 万亭応賀作 一十二時斉国貞画 三鱗形 鎌倉双帋 西馬作 国馗畫 雲龍 九郎 偸盗 傳 故人三馬遺稿 遺稿 増補西 馬案 画工一 画工一勇齋 金地本草紙問屋てりふり町笑壽屋庄七版 六編下 弓張月 十九 勇美 波理 津喜 六篇下の巻 西馬作国雑画 珍昇堂梓 いつのときにめぐみをうけて きみとしあほぎねのよして あつてまし〴〵おろきすべき そもわがそ此しまを ひらきしまりちとせを ふるといへどもいまだ くんしんのぎをむすべる くになししやつがつら たのしいいかめじけなる こゝにあらせばいかなる もくろみなすべう もはかりがたしとくうち せよとくちぐに のゝしるにぞ とも人らは 爲朝 たふしてがんへきおとしに つゞきわれにたにおみげものを かほうち見 かほうち見 あはしなか〳〵 に▼ いろはうみとひとしくあをみわたりて見へたりける しかれどもためともはさはぎたるけしきもなく ▼わろびれては いよ〳〵あなどられんとや 〽ひぢをはりかたをいからし主のあとべに ひかえたるが何となくどうぶるへしてかほの とも人をしかめに見やりもたしたるゆみと矢とつて わきばさみ いかにしまふみきはに立たるかんぜきとなんぢらが からだまはいづれがかたきととひ給へばしまひと大に わらつてそはとはるまでもなしわれ〳〵がからだは ちをつゝみたるかはふくろいひをもるうつわにひとし らかでいはにくらぶべきといふそのこといまだはて ざるにためともはかふらやとつてきり〳〵とひき かためたかさ一じやうにあまりてさぼてんめき たるいはほのたゞなかをひやうふつとい給へば □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ とわかれとんでたちまちすいちうへ だうとおつれば此ありさまにいろを 松 うしなひひたすらあきれて いさごのうへにぬかづきつゝ 申けるはわれ〳〵まなこ ありながらかゝる つよゆみの 難ますらをともしらであしうもてなし奉りあたらいのち をうしなはんとせし事くやれどもそのかひなしもしつみを ゆるし給はゞ何にまれおふせにはもとり候まじあなおそろしの ゆんぜいやとてしたをまいてかんじあえりしかばそがなかに四郎 五郎とよびなすしま人友にいへるはちるころたれいふとなく ためともとよばるゝ人ごえわたりきつべしといへるをよそ。ことに きゝつるがほう思へばわだつみのいはせあふにてありけるなり あれ見よゆみのゝやとやりなるそをねやすくひき給ふおひなの ちからはすいざうにもまさるべしかゝるやうしにちなみ 奉るこそさいはひなりあのゆみひきて見ばやといへば もろ大きしてそこは七郎三郎にはおとりされどちから 人なみにすぎてとしもさかりなればちとばかりはひき もすべしわれ〳〵はそのかひなしといふをためこも かたはちいたくおぼしさらば こゝろみよとおほせもあへず ゆみのまんなかをとりなほして つきたて給へば四郎五郎は たなぞこにつばきして たなそとにつばきして つるをしかとにぎりもち 哥もくちもひとつによせ てこゝをかぎりとひかんと すれどつゆばかりも ひく事かなはず かれもこよこれも ひけよとさけふ ほどにもろ人も きやうにいりそが かたにとりつき又は ふみどしにすがりて すじゆの ごとくつな かりちからを 一あはしてひくに ゆみはさらに たゆみもやらず あとよりはつよくひき ければ四郎五郎はたなそこを 一すりやぶりたえかねて直きり しつるをはなせばもろ人のけ ざまになだれかゝりせうぎ だをしにたふれしかば ためともしらぐしのぶにたえ ずどつとわらふてやみにけり かゝる所にやんでのいそよりとしの よはひ四十ばかりにしてかほつきは 弓張一、 七郎三郎 くろかみの あかくしほ たれしひたい のうゑにつのゝ ごとくなる二つ のこぶあり てむなけは さらなり 手も足も くまのやう にて身の たいも ひとかさたく にぬりのおにゝさも にたるしま人ふぢつるもて あみたるふこのうちに かつを四五ほんと二君ばかりのすへ つゞき 大ゑび二ツ いれたるを かうべにいたゞき あゆみくればもろ人こゑかけ三郎よ などおそくき給ひたる今しか〴〵の 事ありしおんみは此しまにてなたゝるりきし におはすなればかのゆみひきてんものをと よひけるにかのをここはいとにが〳〵しき よ□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ ふぜいしてなんぢらあて人にたはふれて つみをなましそかのきみの事はほのかに きゝしかてわれしんじまちたるを なんたちあさみわらひしがけにの事 思ひかたるべしわれさきにきみと あぶりもしてもてなしまゐらせよとて ふごを四郎五郎らにわたして ためとものほとりちかく ひざまつき申けるはやづがれは ひがしの七郎三郎とよは るゝものなりもろ人 なんぢらもんどうせしをよそにきゝすて 此うをゝすなどり来れりこれをにもし ぐわんぐにして あて人をしらず そゞろにあなどり 奉りしをにくしとも おぼされずなほあはれみを たれあへるはすなはちほとけの 心なりかねてきみのきまさん 事は神のしらし給ふことあり かゝれば則きみは神なりいかでか こやまひ奉らざらんもしなかはひたつき ともなるべきすぢあらばときしめし給ひ ねといふげにことうのうちにも人なきに あらずかたちこそいとおどろ〳〵しけれその いふ所はまことありてあだししま人にまさり 見ゆればためともふかくよろこびさては なんぢは七郎三郎にてありけるよな われあやしきえにしにむすばれ なんぢがむすめなるおさめにはふたり の子さへうませたりそもためとも しま〴〵をへんねきしこぞの はるにようごのしまに はるにようごのしまに おしわたり●右下へ 三文一、 ●四十んじよふくがふることをきく又をのしま人といもせ のえにしをむすべどわだつみのたゝりありとてふうに ひとつにすむ事をせざるよしをきくてそのぐちよくを あはれみさま〴〵ときざとせどしまつめらかたくなるゆべ われおさめとはかりてかれをそばめとなし子どもふたり までうませしかはしまつめらはじめてそのたゝりなきを さとりて男女ともにすみたきをねがふゆゑわれ又此しま びとにその事をとききかせてふうふ ひとつにあつめん と思ふ也 七郎三郎 よつて 今この しまを 見るに によう この しまより ほうなかは なれば こゝのしま 人を三つが 二つをかしこへ かくりまた あなたの しまつめ 三つが 次へ 爲朝 弓張六 かゞきわけてこゝにすまぜんにこれまでいもせの ちぎりせしものはひとつにあるゆゑふうぶともに くらさんそのむねうけびくやいかにと思ひ 給へば七郎三郎はさらなりよのしま人ら 大きによろこびとしにいちとかぜの たよりにわきもとこひしと思びつる に男女ひとつにあつまるともわだつみの たゝりなくばこれにますさいはひやある よらばきみはむすびのかみにとまします なるとにをどりしつあゆのかはらもひけた となりで二 となりで二つのほしもけふよりたえず あふせのあるがごとくとりのはごろも ひきのばすかたちににげ 長女 なきこひぐさのみ みやこもしまも ことなる事なし ためとも かさねて 三郎に むかひ おの〳〵わが ことばをしん じてうた がはざるは じたのさい はひなり こゝにいぶ かしきは によう この 七郎三郎 鬼友又し ○左より此しまにいつの ころわたりしやこうぼう 大師のさくなるくはん ぜをんのそんざう ありうらにこう ぼうの手がたあり ければためともふかく しんじてこれよく ひさうせよといひ いつゝその夜 は此しま □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ にしやくし あくれば ため しう 大波一 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ しま びと △ しまの あなた におに がしま ありと きゝ たれば かしこ にて これをとひしにおのしま のほかにたえてしま あることをきかず といへりしかれば いまなんぢらが ありさまを見れば しうあくにして ゑがけるおにゝにたり 爲朝 此しまいにしへはおにが しまととなへたるをのちおのしま とよぶならんか又ほかにおにがしま ありやといふに三郎がいはく此しま はじめしよふくをのわらはをすてし よりひらげたれば今もかくらうせう ともわらはのさまにてあるをもて て今なんぢがいふによつてやくおにがしまのもとをはつ めいぜりされどおにとよばんもよからずさりとて男女ひとつに すむうゑはをのしまともいはれずさいはひしまのめぐり 太郎丸 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 大児物がしまとよべりとこたふるにためともうなづき 大きなる所ししければ今よりあしがしまとなづけことのたまへり同へし 次郎丸 四郎五郎 三ツが一を ひぎつれ にようごの しまへぞ かへりけるためと もは七郎三郎四郎 五郎をはじめ あしがしま人 あまたひきぞ ふたゝびによう ごのしまへかへり 給へばしまつめ ちふかく よろこび みないそべ にいでゝ むかえ しやうし ける此とき ひごろ こひしき おや はち いまゑ にあへる よろこびの なかに 〆 四十一日 女 弓張六 弓張六 いゝきなみだ さしぐみて ゐたりけるその とき三郎 申けるは おんぞうし 爲朝 ののたまふ ところ こと〴〵くこと はりなりしかやう あれどきみ あれとがこみ ひさしく大しま におはしてしゆへ はたがひなびくと いへどもこゝう ふくしんの ものならねば ことにのぞんでは おのれ〳〵がにげ 鬼夜又 みちをもとむべし たとひおさめと わかぎみへ のくしをき給ふ ともやつかれ はいづち までも おんとも 城 十五 つかまつるべうもやといとまめ だちて申ちぞたちともほくこをと だちて申にぞためともおゝえみ てこゝろざしはさる事なれともなんぢ を大しまにぐしてかへらはおさめか いよ〳〵たつきなからんまけでおやこ とゞまり候へと仰もあへぬに三郎 ひざをすゝめていなその事はうれひ なしかれがいとこめおなみのをつと 四郎五郎は心さままことあるものなり ことさらおさめはいぬるとしかれが ちごのために山むこをころしてたち ところにそのうらみをきよめしかば 四郎五郎ふうふふかくかんはいして つゆばかりもそゐなしかれふうふ 此しまにあるなればわかぎみの よきうしろみなり何事もやつがれ にうちまかし給へと申しつにはかき 四郎五郎ふうふをよびて ことのわけをつまひらかに ときしらすれば ふうふいちぎ にもおよばず にもおよはず りやうじやうじやうじやうじやうし りやうじやうし おんぞうし みとゝろ やすく おほし めされよ やつがれ 一めいにかえても おさめとわかぎみを あら 此しまの あるじを あほかし 朝雅 為丸 一八 分ノ かには 〽いたてまつるべしと申せしかはためともゝ かれらがまめやかなるにおちゐて ふたゝひいなみ給はずついに七郎三郎を いて行へきにきため給ひしかかれに名の あまりにくだ〳〵しくてよびよから ぬとて名をおにやしやと給はりぬ さて両三日のじゆんふうをまち あはしたると代へ四人のとも人と お木やしやをいてすでにともつな をとき給へはしまへらなこかを おしよみないそへまておくりきてぶじを 申せはためとももろ人を見かへりで われことにまぎれてわすれたる いちてうあり此しま今より男女 あくはともすむなるをなほにようごと まはんもきにかなはす何をかなとのたまふに おさめいらへて申やうしま人すへてもひ 石彫江 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 奉りかくまでめぐみ給ひてしんぞく ひとつところにすむやうになり はへりしよろこびみな 九人 葛巻 弓張六 てにふねにのり四郎五郎にさほざらせかしこまでをくり奉りしかは ためとももしげらくかのしまにふねをよせさすがにおさめら 心をおしはかりかれをなぐさめんためにおりしもいわがねにおひし いてたるうつぎをたをりてちじやうにさしわれもし したひこゝにきたりてなんぢらにあふ日あらば 此うつぎさらにつゝべしとちかひ 給ひしがそのそたはたしてつきにけり さるによつて此しまを今もてうつき しまとぞよびけりかゝる所におきのかた よりよねさはらのふたにあかきぬさを 立て身のさけわすかに一尺四五寸も あらんとおぼしくいとほちひたるおきな そのうゑにのりでなみのまに〳〵 ながれよりにそ太郎丸次郎丸は もろともにおそつれてこゑたか やかにむつかり給へはためともかの おきなをきとにらまへてなんぢは これ水のくわいかちのくわいかとく〳〵 まかでよとしかり給へばおきな大きに おそれてたはらのうへにはいふくし やつがれはりみもうれうのたぐひに あらず則女にいふもがさのかみなり ちかごろけいせつにあつてもつはら もがさをはやらしたるがなにはの うらにおくりやられて大ように ひやういわりしことのついて此しまは さゝらえ しま君 よびなし申さんと申すにみな〳〵ことはりといらへけりおさめはわかれを おしみて二里こなたなるゑだじままでふたりのわかぎみをかぎみをかぎいたる 〽つゝきおんそうしのうけによれは今よりしまのなを八郎左衛門弥しまと 1 Th ためわか むかしよりもがさを しらずときゝしばら くあしをやすめんと 思ひつるにはから ずもきみがぶこく いやちこ なれば 一ためとも のぼる事かなへず のぼる事かなへず ゆるさせ給へ 此のちわが ◑はしなくくがに □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ ともがらに ふれしらして おにやしや こゝへはみても わぶるにぞ ためともやくがん しよくをやはらけ さこそあらめ 此しまにはわが ふどもらも ありしかのみ ならずいにしへ よりもがさを よりもがさを しらぬしま人の にいか口これをやむ ときはひめいに死を なすものおほかるべし なんぢらふたらび此音へ □□□ (加 ため丸 □ にて もがさ なしと いみか これため ともの ふゐいち じるき ゆゑなるべし きてためと もはいつまで かくてあるべき とておさめ▼ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ シウィッ たゞしげ くる事なかれさらは おくりてえさせんとて やがてふ手にひきのぼく ついに大しまへいてかへり かしこより又いづの こゝふへをくり給ひし とぞ此ゆゑに八じやうには ▽四郎五郎らに わかねをつげふたゝびふねに のかぬへば思ひたへてもしかす がにおさしがしばしとひくそでを ひきはなつおにやしやがこゝろは おにくこらねどもいひこしらへて 四郎五郎におさめが 与二 上口 ゞきにふねをしゆへとこがしたもともが大ふねは おきのかたへとこぎわかれぬ此ときみつけかうづ みくらのしま人はためともおにがしまへおしわたり 及ひしよりひさしくをとづれあらさればくろしほ にやながされ給ひけん又おにどもにやくはれ給ひ 給ひけんとていとをしみあへりしにためともへ つゝがなくかのしまへおしわたりおにわらはをいて かへり給ふときこえかばかつおどろきかつよろ こひもつびとうそべにいでむかえいよ〳〵 あつくもでなしけりその とき さゝらえ 鬼夜又 一ためとも契けじまよりしるべせし二にんのふなこども にものあるたとらしていとまをくれをちこちのしま〴〵 五七日づゝとうりうありてついに大しまへかへり給ふ 大しゆにてはいぬるはるためともしま〴〵をゆうらん せんとてかりそめにふなでし給ひてよりむかはり つきははやたちけれどその人かへりきま さねばさゝらえが もの 思ひは さらなり あまりに おほつか なければ としま にいじま まで人を やかて きか するに しる の なし ため丸 とも しま きみ □□□□□□ 四 やくもの ごみつを しり給へば はらから びごとに よりつごひ て父きみ はいづちにか おはすらん成 故 けふは 給ふべ きか ちとい をとづれ 爲朝 あるべきかととはるゝはゝの むねくるしさはつゝむにあまる そでのつめのをきどころだに なかりけりむすめはかくまで 思ひほそれど三郎太夫たゞ重はね 弓長一、 太夫忠重 ◑ためとものゐまさぬ かへつて身のさいはひ としつやくきう病 おこりて かゐに たちふるまひ ためとも今は かへり給はじ又たれをか むこがねにせんとていひのゝ しれどももろびとなべてかうべを もたげえず尺ためとものとくを したふてかのきみなつかしとのみざく あえりしをたゝしげきゝてうちはら だちわれいつこにてせいばいをつかさどれば そしま人入しぶ〳〵小ものをばすれもち光 こそしま人らしぶ〳〵にものをばすれもち先 どのにきさんしてこふよりのおふせといはんに きふくせざるものはあらじとしあんしつつに いづのこふにまゐりてせん。ひをわび次へ 十八 廿七日 つゞきとしのみつぎものはふかきにばひして奉るべきよしを申にぞ もちみつもとしころのうつきやうたちまちひらけてたゝしげが つみをゆるしいこのにつきものおこたる事なかるべしとおふするに たゞしげよろこんで大しまにかへりかたのごとくしま〳〵に さいそくしてもちみつにみつぎしけりかゝりけるにこうし かづきしまびとにはかにほんそがしおんぞうしはこぞよりによう ごをふがしまにおはせしがひとりのおきわらんをいてかへり給ふと ふうぶんすさたらえはやくこれをきいてこはゆつにてはあらざるか れこたちもよろこび給へ父うへかへり給ふとよわが父にも しけかとて人をたぐしげがいなにはしらし しげよとて人をたゞしげがいゑにはしげがいるにはしらし 三にんのわこをともなひつたちうどうしま人もろともに はそへちかく立いでゝあれりこれかとこきくるふねをまつまぞ いこゞながかりきたゞじけはためともつゝがな〳〵かへりき給ふと さゝてふかくおどろ〳〵といへどもかの人此しまをいてしよりすでに ひとゝせにあまりひとたびもをとべれなかりしに今にはか □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ にかへりくるとふうじんする事心えがたし思ふにしま ひとらがなき事いひてわれをおどろかずなめり そさはぎたるけしぎもなくしうようとして ゐたりけるかゝる所にそのゆふぐれに ためとものふね ちやくがんしてあまつ さへいとおころ〳〵 しきおにわらは さゝらてさゝらえとためもともわかしま きみをいてのじまのたちへかへり給へば わこたちのよろこびいふも さらなりさら えは◯ をぐしてかへり 給ひければたゞしげあんに さうゐしてやまひとせうして いでもむかえずさめともすでに ふねようあがり給へばしま人ら これをむかえてまづそのつゝが なきをしゆくしさてたゞしげが事はいふも いちふしゞりこれかれおちもなく うつたえきこへしかは ためともはにようごお京 がしま人ちをおしへ さらなりひと〴〵ひさしくけいぼしたる さとさん ために 思ひの つきひ をすぐし 光 おにやしや いひしらし □□□□□□□□ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 心づくしを これかれと きこえ まゐらすれば ためとも又 おさめが事太郎丸次郎丸が 事をときしらしおにやしやを よびいだしこれなんおさめ が父にて七郎三郎といひし ものなりきこたみなを かえさして 「かゞきしおにやしやと よぶなりとて かれおやこが 心ざまの まめやかなる ことをつけ 給ふに さらえ へいたしと おもふ けしきも なくまた おにやしやがし ことなるあり さまをも わが身の ものを思ひつるに あやしまず くらぶれば ひとりかしこに 人のなげき もいたましく 太郎介次郎 丸のおんこと もおほつか なくはべり とていとねん ごろにきこゆるに ぞおにやしやも にたんしやうし にたんしやうし 此夜はくんし ふしふうふ さかもり いはひと悦びを のぶるにためとも さゝらえがさかしき しま〴〵へぐしたりし 二人のらうどうに ひきでものあまた とらし給ふかくて へぐのひ ためとも はしま人が こつたへ 給ふはし めにまづ よはし 給ふに まゐらざる をなほしば なときゝ たゞしげを さうなくも 〳〵よはれて しぶりながら いできた れり下右へ ニテ三人一 トモイ」そのとき ためともは はかまのそばを つまみいだして けたにゐなほり たゞしをしばし にらまへてのさま ひけるはわれしま ぐへわたりし事 は子どもらが ためにせんとに もあらず又 身のためにせず しかるをなんぢ わがなきを さいはひにして ほしひまゝに しま人らを しいたげ たがゆるしを うけて もちみつに ねいびいたし たるいへき かんと いき まき 給へば ひそかに あざわらひ こはおり ぞうしの おふぜとも 覚へず やつがれ じまの おさと 弓張方 はゞきしゆるしおくべきそをしいたぐると きこえあげしはさかしら事なりまた こくふへゆきかひいたせしはおんぞうし こそのはるかりそめにふなでありしより たえていちどもおとづれをきかす しやう西もさだかならざるに此わこ たちをはごくまんとするにこは おきなしといへ ○おめ〳〵とあたにへつらはゞいくるともその かひなしなんぢきのふやまひにかこ つけていでむかえざりし心に一もつ ある 鬼夜又 事は われとゝ にすいし たり 西馬譯 どもほつ てきのよがひ なりやつがれ いつこのさい かくをもて もちみつを こばむ事 かなはずさるに よつてかの人 をなだめこしらへ みこたちのこび をつぎていとはゞかる けしきなくいちえしかば ためともぼつせんとして大きにいかりやをれ たゞしげたとび一ねん三がつきわがをとづれ なきにもせよはやくそのちかひをわすれ しやう死もとひさだめずしてものみなおのが まくにせしはふちうなりさるをなんぢがひをおぼはんために ことをりやうたんによして子どもちがくびをつぎしといふ ことをりやうたんによして子どもらゟくびをつぎしといふ いとけなけれどかれらはものゝふの子ならずやことにのぞんで のがれがたくば死するにしらず死すべきいのちをたするらんとてへる らえが父 ならずはたち 所にかうべを はねんもの なれどまげ なれとまつ ていちめいを あづけをく なりかくて もなほ そむくに おいては そのたび はゆるく かたし 七へんへつゞく 梁田時貞 国輝画 錦 癸 行 新 昇 堂 同 十八日 □□□□□□□□ 西馬譯 □□□□□□□ 仙果作 小夜衛白波草紙 芳乕画 弓張 月春 宵榮 国輝画 東亭 西馬作 窓衣 一人 芳王 図画 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 日記「 録 東錦繪草紙問屋照降町惠比壽屋庄七梓 十一丁 同 八七 弓張月七 上冊 遊美 上冊 波里月 第七編 西馬作 国輝画 笑寿 家梓 右同断二十九匁 弓張月春。延臂栄當陽既に七編に至る此巻は。御曹年大島を始め数嶋を 廻見して八丈へ渡海なし場つめに情をこめ二子を産して水男の嶋人七郎三郎 壹編七 一重 を将て帰り鬼夜刃と呼て仕ふるに忠魂義胸をつらねてこの一部の立ものとす 或は筋江が野島の磯の塩剛衣為丸が父弟を思ふ是彼貞孝を尽す談朝雅足 ▼利へ勝はるゝ事又長女が産る太郎丸次郎丸が栄る春の功までを模訳す猶わらも は切らで八九十の巻を発販なりそは爲朝はからず遁れて新院の廟陵へ詣後再 四度白緑に会面ふて鼻。天丸出生なし末に南海に趣くまでは遥に長講なれば一 飽倦給はで御高覧を希ふになん 嘉永六癸丑年孟陽新鐫 楽亭西馬記 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ これは 入日ハ皇太神 皇太神宮 ○琉球 福禄 寿 ○筋江 翁 亡霊 狸には あらず まことの 申上 二十二 黄八丈 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ ○為朝 愛女 島君 福寿艸くさ とは見えぬい 影ぼうし 梅室 おり 出す かず も つもる 大 金 楽亭 ○八丈男 嶋漁父四郎五郎 嫡男 嶋冠者 為頼 摩 一九〇、〇〇、一、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、〇〇〇 巳壬戌月七 ………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………… ○為朝落 胤烈婦 □□□ 今朝の春 母の 乳房を 長女産 個 虎 升 みと けり 暁台 太郎丸 ○長女 從弟女 四郎 五郎 妻 大波 □□□□□□ 長女亡霊 安樂戊佛得成 ○雙児一個次郎丸 後香炉山弥陀寺 住職 蓮 露 こほ すや 魚の 浮しづ み 東源 十一日 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 鬼夜叉一 六編よりつゞきしそれへとの給へばかねて下知や らけたりけんらうどう四五人ものかげよりはしか いでゝたゞしげがさうのたなくびをしりととらへて うごかせず大きやりなるはさみをもて十アのゆびを 〇八とつ〳〵にはさみきりたゞにそのいへに おひかへすをさゝらえはほそどのより つく〴〵と見かくりてかくある べしとおもひつゝ 六統よりいゞきしそれへとの給へばかねて丁和やしや主をいさめていへりけるは今たゞしげを こらさんとてかれがゆびをきうし給つはかへかて じやねんをまさしむかならずややつがれ つち〳〵そのていたちゝをさつするにかれ おんぞうしをうらむる事てふつければ かならずもち みつに心をよす べしけふより心の 成候なりきれば たゞしげがしよぢの たゞしけか うちにいよ〳〵 うちものゆみ矢 なんどをみな しられて うちをりて 時員 すてさし給へ かゝればたゞ しげもち みつにこゝろを よせんと思ふ ともことみろ じざいなら さればそれも かなはずまた おんぞうしを ねらひかたん とあくろむ ともうちもの なくばことを おこしえじ わざひはせう〳〵 のもとよりなりよく〳〵思ひ いさめて きかぬは又の ひはかはりて かた れん しもと はあら ねど わが身を きらるゝ思ひ にて人なぎかた へなきにゆくげふ おにの子のみの むしのそでいかばかり ぬらしけんうき世の 人の こゝろ のみ 為朝 には □□ たえて にざり けりときに おに ノ長月一 めくらし給へかしとさゝやき 申せばためともうなづき てわれもかくこそ思へ とてにはかにおにやにや が申まにそのこゝろ がまへをいたさしまた □□□□□□□□□□□ いゆるをまちて をり〳〵そのひま をうつゞふ二 いへともよう たゞしげがゆみやうち ものをもつしめし 給ひぬこれより さきたゞしげは たちまちゆびなき 人となりてさうのたな そこをくれなゐにしえた なきさんごのごとくくつうを しのびてにげかへりふかく うらみのゝしつけるは八郎 いゆるをまちてうらみのゝしつけるは入臥 てうてきとしてこのしまに ながされたるをわれたゞ なくあはれみたればこそしま をもおうれうすれかゝる しくけんこにしてわれ かうおんをうけながらいき うちものゆみやをもう せずふねのでいつさへたへに ければいかにともせんすべ なくたゞいたづらに思ひを こがしめきこもりてそゐたりごとくかれいかでかひとり けるためともはもちみつが世にたゝんやこのうらみ 思ひしらせでやはといき こゝろざまものゝふににげし思ひしらせでぞはといき なくたゞしげをつぎへ 四日引午十一日 つゞきしすりしてひそかにみつぎものをいれたる事いとねたく 思しければしやつを一トおどろつかしおびやかさばやとてそれとは なしにおにやしやをひとしほこと やうにいでたゝせ いづのこくふへつかはし給へばかしこの人これを 見るに身のたけは七尺にあまりおもては やしやのごとくなるにひたいのこぶさへつのと まがひてさながらあつきのはくちうに わうぎやうするか とあやしまれ 前江 たかきつやしき かへりけりかれさだめてじん ひそかにわらひをしの わうらいしおにわらはをいて へんふたぎのくせものなる べしなまじいにいであひて ふふくをとるなといはしか つゝあんこををざしてうと にいれねばおふや□や びてやがて大しまへ たちかへりかやう〳〵 なん候ひしともの がたるにためとも もさこそとて ゑつぼに ゑつぼに いりおはします これぞもちみつが ざんそうのそのじやう 五丑 とはなりにける ・さればはるさりあき すぎて嘉応第二年 のころためとものちやく なんため丸やく九才に なり給へばすなばち吉日 をゑらびけんふくさして しまのくめじやためより となのらし給ふこのことべき に三日三夜めでたき おい たるわかきも おそれまどひて さうどうす かくておにや しやはおん ぞうしの皮 □□□ きおにやしやいかのらう どうはさらなりしまたみに いたるまでしゆにくを むたろをひら 給はりみなばん ぜいとしゆへし けるがさゝちて けるがさらえ は父たゞしげが さきにつみを さきにつみを えてこのほど しばらく すごもりゐて かゝるむたつにも つらなりえざる をほいなく 思ひしかば ことのいい しけが 鬼夜叉 成ししやと ひろうしもちみつが やかたにいたりておとなべばもちみつ しゆう〳〵おどろきあやしみさてはふう ぶんにたがはずためともはおにがしまに▼ なだめ 給はんぞ ねがはしめ とてしき りに申 いてしかど でしかど ためとも つぎは 戸頭片七 つゞきしさうなくもきゝいれ 給はずさましてほれがかうしん もあだしけん だい三日めにいたりたゞしげを いてまゐれとおほせて おにやしやをつかはし 給へばさゝらえは かれひのまゆねを ひらきゆるしがたきを ゆるし給へばはら あし 為朝 かりし 父なりとも いかでか心 ざしを あらためざ らんみなこれ きみのおんめぐみ なりとしやう申 してちゝがしゆつゝ まつほどにやく ありておにやしや かへるきつため とものほとかちかへ まいるをさゝらえば 為九改 為頼 まちわびたるけしきにていかにわが 父は思ひがけざるおんつかひを 給はりてさこそよろこび給ひ のうな けめなどておん身ともろともに はまいり給はざる こぞにことしは よるとしなみの 六そぢのさかもこへ □□□□□□ 給へばおひのいた きにたちゐもじざい ならざるかいとこゝろ もとなしトとふにおにやしやへ いとにが〳〵しきおもくちにて さゝら江 やつがれたゞしげの しゆくしよへ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 鬼夜叉 さいたりしに いへのうち にはい ひとかも あらず そのあり さま あまりに いぶろし ければ あたり なる しま人 にとふに たれ〳〵も さだか には しら ねど ゆふへ にはかに りやう せん いつ そう □□□□□□□ たり これかれ 思ひあは するにたゝ しげおの がらう どうを いていづの 朝雅に 、 鳥君 れば ゆゝし さ ことに 思ひて たゞにはせ かへり候と申にぞ さらえは思ふに 一つぎへ 口引戸七 つゞき たがひてたち まちにかほうち あからめ手をひたいにくはへつゝ きしろつむきてゐたりけるため ともこれをきゝてしばししあんし あざわらひての給ひけるはおつゝい よりことほぎのさかもりにとほみの しそつがおこたれるいまをうかゞひたゞ しげひつぷいへのこをいてこくふへ はしりもちみづびん 鬼夜叉 ぎをえて よせくる 事とも わが弓矢 一はこゝにありなにほどの □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 事かあらん たゞうちすて為朝 爲朝 おくべしと の給へばおにやしやしき りにまゆねをよせ おん あいにわく できしほん 十一 為頼 おきゝ らえが とし ごろの まこゝ ろは われ よく しれ 四 いま父とともにいづ のくにへはしらんとなれば すみやかに身のいとまを とらすべしさらにからみ なしとの給へばさゝらえ なみださしくみてこは おもはざることをきこへ 給ふいにしへにもきみが いとよのなさけには もちみつがぐんばいおそ るゝにたらざるべけれど らいのめんぼくを うしなはんはよがこゝろ もしくわんぐん太申こはゞたう ごくのぶしかれにくみしちよく いをまた めいをきてよせきたらんに かれはたせいなりくわんぐんと ほうぎよゆるがせにして死 ざしにあらずそもため ともほうげんのらんに はかりごともちひら さら江 れずひこりいきのこりおきつしま もりとなりをしからぬ はぢをさらさんはくちをし かるべしいまよりとも かくて ありしは 身の せうが もゝとせの いのちを し まず と こそ きの とて かくもしてわがきみたち いかにも も のなりゆき給ふほど してしん をも見給へかしさらば まづしんたいよろ しくようゐあら いんをぬすに いだしまゐらせ ふたゝびみやこに まほしと申けれ はためともうち かなづき うなづき みはたをすゝ めてかのきみの 御代となし父が なんぢが いふところ ことはり なれ ど こちうをまつたふ せんと思ひしにしんいん かんさりまし〳〵たればいまはしゆく ぐわんをはたすによしなししかは あれどもちみつわたくしによせ きたらばゆるすべからず手につじき およぶべきもしまたくわんぐんのむかふとならば いさぎよくはらかききつてかばねをこのしまに さらしちうをくわうせんにすゞすべし たゞしげおこのしれものなりといへども成 してみなごろしにせんになんのそなへにか かく といひかけてひぢぢかなる小だちを 鳥君 きみがなさけにこたへたてまつらめ てもうたがひをこくべき ことなき身なればまの ことなき身なればまの あたりやいばにふして ども とつてすでにのんどをさゝんとすれば みたりのわこたち手にすがりよゝと ないてとゞめ給ふにさゝらえもたへ かねて下こえたかくなきしづめばおにやしや そのかたなをうばひとつてさやにおさめ こはものにくるひ給ふかとのにもおんみの まごゝろはよくしり給へばしいてりべつせんと かはあらずさるをじさつにおよばゝかへつて とのをうらむるににたり思ひまどひて あやまちし給ふなといさむ ればさてはしぬるにもしな れずとてたゞふしつきへ 弓張月七 いだき まろ で なきに けり かくて おにや しやは をちこち 為頼 をはしりめぐりて ひきくつわろのびんぎに いたるまでよくかんがへ すはといはゞためとも 御父子のおんともして 八丈あしがしままでも おとしまゐらすべし としあんしつ人 としあんしん にもしらせず ひそかに大ぶ事 一ツそうをこゝろ がまへしてよろづ のこるかたなくぞ したりける さるほどにはるもくれてうづきの はじめになりにけれどもちみつたゞしげ ちがおとづれもなし日よりうちつゞきて なみかぜしづかなればためともはをかだの うまのかけばものゝさし 爲朝 いそにあびきさしてそのゆふくれにかへり給へば おにやしやいでむかへて申やうさきにやつがれ いそめぐりしてあやしきをとこをとらへたりその ていたらくつりふねにのつてみのかさを身に まとへどはだにきごみきたるはまさしくもちみつ がしのびのものならめことすいしてやにはにからめ とつてひきもてかへりいたくせめとはになに ごともいはずたゞおんぞうしにまみへたて まつらばことあからさまなる べしとのみいへりいかにはか 助 らひ申べくやとひそめき つぐれはためともはそれ きいだせとおほせてつとおくに 一いりやがてゐふくをあらため てはしぢかくいで給へばおに やうやはみづからなわを とつてかのくせものをひろ えんのもとにひき すへたりそのとき ためともはともじ あまたてらして くせものを 見給ふに 身のたけ 六尺にちかく まなこするどに してひげあをみ つこしにはみのを う長月 鬼夜又 烏君 つけて れうし かと れば きを みを したり げにたゞ ものなら ずと見 えしかば ためとも しばし さゝら江 にゝまへ てなんぢ 一はもちみつが しのびのものる などてかくおめ〳〵といけ どられたるととひ なくばかのもの 給へばかのもの おそるゝけしき なくそれがらは もちみつがしの びのものにあら ずされど 又しのひ あらざる にも あらず いそか に きこへ べき ことあり 日別月七 つゞきものをしりぞけてさて かれがいふところそきゝ給へに かのをとこひざをすゝめこゑは ひくうしそれがしは下つけくなる あしかゞよしやすのらうどう にてやなだ二郎ときかずと よばるゝものなりしゆくん ましやすのめいをうけ 一大事をつげ 一大心はつけ 申さんため へきにあらずつひにはゆみ をれいきほひつきてとう かいのすいきとなり てん 為頼 鬼夜叉 きたれりこと つまひらかに 申におよばず よしやすのしよかん をひめてそれがしがえりの うちにありみづからひらいて 見給へと申すにぞためともは 思ひがけずとばかりにて やをらときかずがえりを ふくろばし給ふにはたして 一つつうのしよかんありけり ふうおしきつて見給へばその ぶんにいはくよしやすいや しくもせいわのながれを くみてともに八まんどのゝ まごなりことはざに きつねにらるゝときは うさぎこれをかな □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ ぢみに れとも いまだ 一子を わが ふかうを あはれん で子そへ 一人ンを 給はらば まうけず よしやす やしなつて 子とすべし こればには そつかのふ やうをうけ ついであしかゞ のいへをおこさし又一ツ にはそつかの子そんだん ぜつにおよばざらしめん よつてふくしんのらう だうやなだ二郎とき かずをつかひとして しんちうのきみつを しむといへるばわざ はひのやからにおよぶ をおそるゝなり保元 のらんにちやくか れき〳〵くわはん めいをおとすあに いたまざらんやしかる にいまさいはひにして ごへんひとりながらへ 給へりほのかにきゝ くどうもちみづ上らへ してざんそうすその ことばきくにためとも るにんしてゐふうを たくましくしもち光が しよれうのしま〴〵を かすめとつてとしの かすめとつてとしの みつぎをとゞめあまつ さへおにがしまへいたり おにわらはをぬぼくと していづのこくふへきた らしつたくらうにやたを らしいたくらうにやたを しよきやうほしいまゝにして しまをさたゞしげをつみし そのいめをはなちその 為朝 かみをぬく ぼうあくたへてたぐふべきにもの せんしをなしくだされもちみつに くわんぐんをさづけ給はゞかのしまに おゝわたつてためともを ちうじつしたみの とたんをすくひ候 べしときこえあげしく かばこかどおどろき まし〳〵てもちみつに 北でういかのものふを そへられうつてをむけ られ給ふとぞかゝればくわん ぐんちかきにそのしまへ そつかひやく はつひやく はつこうせん □□ おどろかしてたのしみとす かみてんしをおそれず下モ しゆうみんをあはれまず ちうの がうきう ばんぶ ばんぶ ぶだうの やうしたりとも たいかのまさに たふれんとするとき よくいちぼくのさゝゆ大 なしふしねがはくはためともせいばつの 鳥君 了帳月七 さゝら江 いだみづからまどひてちゝし 給はゞほぞをかむともその かひなからんそうそのあひだ つぶさにせずこふこれをさつせ よかほう二年四月日大しま 八郎どのみなもどの よくやすとぞかい たりける ためともはし めをはづを よみくだ をくだ ちて まき おき め とき かずが いま しめ きて けるはほうげんへは ぢのひやうらん このかた世のなりしなかくこと なきににたれども人のこゝろ いまだおだやかならずやない からやすのししやともしらず一つきへ 朝雅 つゞき〽ふかくうたがひてからきめ見せたるはわがあやまち なり今しめさるゝごとくもち北がざんげんによつて くわんぐんをむけらるゝ事はかねて思ひまうけ たるところなればいまさらおどろくにたらず そのごにおよばゝおさなきこどもをさしころし てばらかききりなをこの しまにとゞめんはいきてもの を思ふにまされりしかは あれよしやす一ツけの よしみをわすれず わづ子どもを 二はるゝ事 じつに あだしがたきを いかにせんもしその のぞみにまかするとき はためともさすらび人と しておんあひにわくてきし その子をこゝちへつかは して人にやしなはしたり なんどしごにいは れんもくちをし かるべしちやく なんためよりは ちつごろげんぶへ さしたるを世の 人もしりてぞあるべき 二男ともわがはとしわづかに 七才なれどもうまれつきしりよ ありに兄にもおとらずこれをと 思へどあからさまにはおくりがたし かやう〳〵にはからひに ともわかをすつべければなんぢしも田の しよせんほつする所を 天にまかしあす 図 うらはにまちてこれをひらへしかるときは われも子をいとをしみて人にゆだぬるに 奴これはこじりかへしとなづけ あらずよしやすも又てうできの子を たるひそうの一トふりなり やしなふにあらず天よりさづけ給ふこれ なんぢこれをよしやすに 時員 かうまゐらせにしやうことせよ まゐらせにしやうことせよ すなはちよしやすの子なりもしふかう くひがたくとも死ご にしてともわりかのうらにいたることを えずばこれてんめいなりと思ひたえ たがに下つけにたちかへりてことのよしそあらしむべしこうぶんをはゞかればへんかんにおよ しゆくんにつげよかしとさゝやき給へば 給へばときかずいゝとしてわかれをつげひそかに ときかだつまびらかにうげ給はりてふかくなくばときるずいゝとしてまれをつけ此そかに たんせうしきみはまことのかいせのぎしなりうち門よりはしりいでもとのつりふねにとも のりそのよのうちに十八里をこぎはしらして下田の たとへト七八里のおはしやうをだつるともうぢの おんかみ止入まんのおうごによつてともわかいゝがうらにちやくかんしあさまだきよりほうくわのような ゐしてともわかのおとづれをいまか〳〵とまちたりけるべ なくかしこにつかせ給ふべしそれかしわるぎよをゐしてともわかのおとづれをいかかへとまちよかとい 此らひとりくてまつりなばせんりほうをもであいつある日ためとものちやたなんしゆつくわんじやたつとりは とせんとりいぬのかたにあたつにけめりおこらばしやせいともわかとともになるいかのぼりをいらし わがきみがことゆへなく下げにおもむきもにとしろし給びしがやがやがでおにやしきをいその哥まのたちの めきれよといらべしかばためともこゝろよげにうちゑみせんざいにいぞこれをあいんとてはらからからかかうからかかかかかかかかうかかかかうかか ツヽさしぞへのよろひとぼしをとついときなずにわたしめまちがほに心たのしくぞかはしけるすべいづつぎへきへし ためともうちゑみてわが子どもら つゞき〽さがみよりにしのかたはいか いかのぼりをあぐるよしさても成 のぼりをつくることはるならずなつの こじめより五月をさかりとする事 いにしへよりしかり大しまのしま人ら かゝるもの世にありともしらざればみ けうの思びをなしこれを見んとて ついひぢのそとにつどへりこのとき ためともはきの人のよやなだとき かずをかへし給ひしがたえに ことのよしをさゝらえおにやしや にもつげ給はずかねてとも わかを人しれずおくり いかはすべきはかりごとを まうけおきければわこ たちがおにやしやに かのいかのぼりを あげさせんとし 給ふときにいたり ひとりぜんざいに いで給へばさゝらえ も又しまぎみを したがひいでたりかくて ためよりともわかはちゝのき 給ふを見ていやをたゞしく ほとりちかふひざまづくに いざなひてそのあとべに 朝雅 大きやかに よくもつくりたるこのいのぼりと いにしへよりしかり大しまのしま人らはよくもつくりたるこのいつのぼ いいものはむかしかんのかん しんがはじめてつくる所 時員 にしててきがたの じやうちうを見んための ぐんぎなりされどかく大き やかなるいかのぼりに 〽もうなりなくてはもの たらぬこゝちぞせらる われよきものをかす〴〵 ら三郎よし みつふかへがく をこのみとよ はらのときあとを 師とし給ひときもと このふえをよしみつ におこりたりこは 人のくちびるをもち ひずふきくる せべきぞ▼ 下のまき今 嘉 水 七 甲 寅 発 市 新 鐫 と 西馬作 弓張 月春 宵榮 国輝画 仙果作 十四鏡裏梅水月 国輝画 雑史 千馬帖 坊 墨川亭 咲磨作 一雄斎 かえ 國輝 て 画□ 同 鯨 巻地本錦絵問屋江戸照降町恵比寿屋庄七版 西馬作 図輝画 冊下 楽亭西馬作 歌川国輝画 錦昇堂 寿梓 弓張月 七編 下冊 ぢらかいまだりさるゆゑしぐらくいか のぼりにつけてうなりにせよかしと のたまひてともわかにわたし 給ふをともわりよろこんで うけとらんとし給ふにあや まつてたちまちにはたと とりおとしふみいしにうち あてつふえはさつくと 上の巻よりおぜにあたるときはおのつからねをはつして りかのきんずるかごとしこれ大せつのものといへどもなん 爲朝 さけしかばともわかは いふもさらなり みなくいろをかし なひて手にあせ にぎるばからなり そのときためともぼつぜん とゞめもろ としてこゑをふりたて をしてこゑをふりたて ともにいへりけるは やをらともわかなんぢ うまれつきけうこつ にしてことにつゝしまず わこあやまちかろ からずといへども 鬼夜叉 ゆゑにかゝるあやまちを いたすなりこのしれものを はぐゝまばゆくすゑおやに はぢを見ぜいへをもけがさ べしそこのきそとのりも あへずかたなのつかに手を かけ給へばさゝらえおにやふ あはてふためきてさへぎり 申さばわつか七才 にておはすなるにたゞ一くわん のふえをもにこつにかを そこなひ給はんはなけかはし そこなひ給はんはなけかはし まげてゆるし給へかしとことば をつくしてわびければためとも かうべをうちふりてなんち らがことばたがへりふぐは わがいんのちやうきなり とてばしむにあらねどしやろか父をやつんする つみはおさなしとてこのまゝにやむべき世のことは しみなきおやとはおも ざにとらの子をやしなひて かれひをさするゝといふ 事ありかれおさなきを もていよ〳〵ゆるし □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ ぢがかくまでいふを むげにきかずはちつく はんよりて今まの あたりにかたなの さびとなす 事をやるべ ふえのかはりに しやつを いかのぼり にくゝり つけてかぜ にまつし あけ さしなかそら にいたるとき そのあさ なわをきつて しらすべし もしさいはひに 三月月七日 十一 きしておきゆくふくひにおちかゝり一ツせうをうるなりこれしゝの子をたによりとしるやしらざか つゞきしておきゆくふねにおちかり あるひはいづのみなとなどへおつるときは きう死のうちに 鬼衣叉 島君 一ツせうをうわなりこれしゝの子をたによりとう おとしてごうじうを心みるにしすといへともくひ ざるがごとくゆうしの子をすつるも又しかり なんぢらふたゝびいさむる事なかれと いきまきつゝともわかのえりがみをかい つかみ手づからいりのほりへくゝりつけあげ よ〳〵と下ぢし給へはためよりおそる〳〵 父のまへにぬかづきておん 為頼 いきどふりのはなはたしき にとかう申たんはいかゞなれど 一ツせうをうわなりこれしゝの子をたにより▼しるやしらざるわか きみをちひろのそこに はおとしてごうじうを心みるにしすといへともくひきみそちころのにと しつめんとはものにや くるひ給ふらんいてとき おろしたてまつらん とてはしりまるを ためともおしへだ てて大いに いかりわれ 十三才の 心むかし いづるにも より さゝらうで つみなき ものを ころせし 事なし いるときも 兄弟三人にて きのふまでは くらしはへりしに ともわかなくなり □□□□□□ 給ひてはあすよりのちはなか〳〵に なぐさむかたもあらうみのそこはり なくいたづらにうらかなしくぞ はべるべきされはこのためよりを 思ふまゝにむちうちてともわかを ゆるし給へそれも五かなはずは兄弟 もろともいかのぼりのつなでにひかれて いはれ なんぢ らがかん げんふれい なりとて しかりのけあさなわの はしをとつて二三十ほひき さがり一丈よの大たこを いとかろげにひきあけ 給へばはりしもはげしき うらかぜの卯たつより よしなきあそびをいたせし うば弟をばうしなひはべるさて なにとせんあさましとておのれを せめつゆばかりもおやをうらまぬかう〳〵 のおなじおもひにしまぎみはいふ事も まだいはけなくゆるし給へトばかりに かたみがはりのそでのあめはれ まはさらになかりけりこれを きくさゝらえはとも ねに成 わだつみのそこのみくづとなりはぐらん ことのおとりはためよりが いかのぼりをつくち してや ふたほどに下田の かたのうみづらさし てくもゐ はる かにのして ゆくをなわ のかぎり うのば せいい のがはら 奴よゝとなきしづみ はらからにておはせ にこぐふね かくもにいる とりのつばさ かとみゆる ばかりに ばこそはふむしさへも なりにけりあのいかのぼり けみきらふ 死をだも 為朝 おそれず もろともにとちかひ給へるけなげ きよいかにたけきがものふの つねなればとてなさけなしちを はしるけものあまとふとりも子を 思はぬはなきものをこゝろづよくも おはするかなさらえが身にかえて すくはでやはとゑんずればおにやしやも □□□□□□□ はなうちかみようとばうとはつみせずと やらん 十五いか七十 いじやうはつみ ありともゆるせといふ 入じりのみよのおきてぞと 日ごろいひしらし給ひながら かばかりのあやまちをしのへば とてあつしさむしもやうやくに▼ のうらにこそともわかはおはす なれ思へばむじやうのかでに いまをかぎりのたまのをぞと見あぐる ためよりさゝらえらはなみだにかすみせし ばうぜんとめさへとゞかぬなげきせりさる からにいかのぼりを見んとてつ たるしま人らもこのありさりにいう をさましたがひにおもてを あはしいゝたちしほど め風は決 かへりけりかくてため □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 戸井戸七 あかまつのみきにつなぎとめ かなたをすらりとぬき給へば にすがるをふりはらへば又おに やしやがたてとなるこゝろも なわもはりつよきしゆくん ちうしんそばめさまたけせそと かいのけてまたふりあぐればきつ さきにまはるためよりしまぎみも つなでにくるふいばしんゑんもすそ にまつはりふしまろびおやこ しやう〴〵ぼんのうのきづなを きらんきみせじとそのあら そひやくんしのとくにたとへし かぜもますらをのちかごとは したがへじと思へばいよ〳〵ためともは こゝろざしをはげましていまぞわづ うちにきしやうしつとゞむる四人をおどりこへて ひらめつすやいばとともにふツつときれゆく いかのぼりのぼりつおりつひやう〳〵と くものはたてにたなびきてゆくゑも しらずなりしかば四人はしりゐに どうとざしあないたましやと つゞき一いかのぼりのなわのはしを なうあさましとてざゝらえがたもと 爲朝 のやいばの下にたついのちをしまぬ 子のしやうしのきはげんけるいだいうぢの つゝがなく下田のうらにおとさし給へとこゝろの かみしやうはちまんのおうごをもつてともわかを ふかき くどけば おにやしや もたげやなだ 同 ときかずこそめし あはしもひし □□□□□□□□ ともわか いゝがなく 下田のうらへつき 給へばさぞまん ぞくにおはすべき とたちまちみつ けいをいひあてられ ためともあんに さうゐしてさては なんぢか くだん のことを しつ てや 矢 □□□ いふこゑともろともになきて ほとゝぎすしでのたを さのおさなごがたま かと見へてあはれ なりときしも あれとりいぬ のかたにあたり てあいたいと ひらめき のぼる ときかずか あいづの ほう くわ さう てんに へん ほんたり ためとも きつと 見そな はして 思はずにつ ことえみ 給へばおにや しやかうべを すぐるなれもくもまの せんといはせ給ひしことはおにやしやとともに もまづたをしばたゝきそれ がしかねてことのもとをしると いへどもしらし給はぬはもらし あると もやするとおほせしならん の給へばさゝ ことさらたゞいましま人がいか らえはら〳〵と のぼりをあげ給ふを見んとて らくるいしきのふあしかゞ つどひたればいよ〳〵しらず よしやすどのよりひそかにししやを もつてもちみつがざんそうによりおん身の らゑあやうきよしをつげしらしわかぎみの うちひとかたをこひうけてやしなひまゐら たちぎゝしてよくしりてはべればいまや きこえ給ふかとまてどもたへていひ いで給はずさもなきふえをうやく しくぢうだいのめいてきなりといつ はりてともわかぎみにくだかしそれを おちどにしていかのぼりにくゝりつけ めいらんをかみにまかしてしもだに おもむかし給ふはかりごとは世を はゞかりなをおしみ給ふけんりよの いみじきにいてたればいかでか からみたてまつるべきされどきみの み子なりともわらはがはらに いでき給へばおんあいはかはらぬ ものをよそ〳〵しくつゝみ給ふ みこゝろのうちおぼつかなくいとゞ こゝろぐるしくもほゐなくはべりと成 がほにふるまひはしたなくいさ めたてまつりしぶれいをゆるし 給へとてはじめてあかすしう〳〵が 女袖 むねもわりふそあはするごとくいひしら さねどかくませにありけるよとてためともは かんたんしてやみ給はずためよりもしま ぎみもこれをきいてやゝあんどの 思ひをなしさてはともわかはあしかゞと やらんへおもむき給ひけりとはしら ずしてもつたいなくちゝをゆらみ ずしてもつたいなくちゝをけらみ 奉りしゆるさせ給へと手をおいてわび らるゝおやのむねくるゝさよろこぶ らるゝおやのむねくるゝさよろこぶ 子も又はらからのこれこんじやう のわかれりと心づきてはしかすがに うらかなしさもいやましめため ともあまたゝびたんそくしさらえ おにやしやがうらみはさることな れどわれなんぢうをうたがひて しらせざるにはあらず十八里の かいしやうをへだてとと わかをおくりつかはすつぎへ │号帳月七 一九十七日 なればそんぼうさらにさだめ がたくきよおほくして吉すけなしなま じいにかのうらへとゞかずしてうみの しらみないわがくねいもそのかひ そこにしづみなばわがくけいもそのかひ なしさればはじめよりきこへしらし ことのとゝのはざるときはかなしみかへつて ふかゝらんかと思ひしゆゑいはで しられしおもなさよくるしきものは うき世のぎりあぢきなきはものゝふの いぢなりかしとのたまふにぞみなこと はりにせめられてまたきめ〴〵と なきにけりかゝるところにおきのおもめ にはかにむれとびてあじかしきりに なきければためともみゝをそばだてて さゝらえおにやしやらをわかへりてなん ぢらあれを見ようみづらしきりに ものさはがしきはうつてのひやうせんちが づきぬとおぼしきぞもの見せよとおほせ もはてぬにおにやしやおかにはしりのぼり かうべをめぐらしつゝ申すやうきておびたゞ しきぐんびやうかなてきは五百よき ひやうせんは廿五六そうもある 鬼夜叉 べしまつさきにこぎくるふね にてふのもんつきたる水ひき したるは 大しまをさしてしんばつすむねとの大せうつがふ 五百よきほをはりなみをおしきつてよせたりける ようゐしてわしのはのそやはづたかに にはべらしさゝらえにしやくを とらしてさかづきをめぐらし そのときおんぞうしためともしづかにものし おびなししげどうのゆみのまんなりを とつてわきばさみはちりやうをきん にてうつたるしらぼしの五まいかぶと をおにやしやにもたしてせうぎに かゝりためよりしまざみをさゆる かゝりためよりしまざみをさゆう 給へばくわんじやためよりいと けなしといへどもゆうせうの きざしみへてわろびれず おにやしやすゝみいでゝ 申やうこゝにいたつて こうくわいせんなきに にたれどきみちじん ゆうをかねそなへ給ひ ながらぶうんつた なくしてしまもりと なり給ふうへは のうをつゝみひかり をうづみとき をまち 給ふべかりし になま じいに 三郎太夫 たゞしげならん いほりにもつ こうはくどうもち 海より 鳥君 みつみつうろこは ほうでうなり そのほかの はたのもん はしかと 見え □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ どもきしをさる事 とほからずいきほひたけく 見へ候と手にとるごとく申にぞためとも きゝてあざわらひさらばさい心のようい せんさしらえは子どもをたすけひきて われとともにこよかしとてひろには さしていり給ふおもひきつてはなか〳〵に いさきよくこそ見へにけれさればまた エどうもちみつは京のぼりしてそう するにためともぶやうにほこりあまつ へおふがしまへわたりおにわらはをを □ぬぼくとしてじんみんを おどろかし候とさま〴〵ざんぞなし けるにたかくらのゐんは御ようねん ゆゑごしらかはのゐんさたし給ひ しかばことのよしをきこしめしおど ろかせ給ひいそぎなだゝるゆうしを もよふしためともをちうばつ すべしとてせんじをなさ れしかばもちみづきん ぜんとしていづにくだり せんじのおもむきを ふれそれ〳〵のぶしをさいそくしや さへおなりしまへわたりおにわらはを思ふれそれそれ〳〵のゞふしをさいそくし しま〴〵を れうして もちみつ たゞしげに ねたまれ 給ひしかば つひにねいじん のぜつとうに かけられとし ごろのこゝろざし をむなしくとう かいのはてにおは りをとり給ふ こといとくち をしと申けれ ばためとも につこと うちゑみて うちゑみて おろかやなおふ やしやわれ ほうげんの ちよくかんと かうむもてさり らひ人となり かとこの十よく とうしよのぬし なつてこゝろばかりは たのしめりその S 欠3 正弘月七 〽わきしてきのぶざい を見んと思ふにため よりにはさいこの用 ゐをさせよしまぎ みはいとおさなく ことさらをなごの 事なり又さゝらえは たゞしげがむすめなれは てきもめをかくべからず とかくにいきのこりてなき あとをもとへかしとのた まんばさらえさしくみ て紫もきみにも うとまれたるちゝ たゞしけがゆゑ ▼おしからぬ命をたすけらるゝともなんの めんぼくかはべるべき君もめともに此いその なみにかばねをさらさんこそねがはしく はべるとて思ひさだめしけしき なるをためどもなほしば〳〵 ときさとし又おに やしやを□ をもて▼ 鬼夜叉 〽ちかく まねきて なんぢはわが かへりくるまで にたちのめぐりに しばをつみおさな きものをさしころして ためともがはらを切ときにすみやかに 火をかけよ心へたりやじきこえをぎ一人り のこりとゞまりたかじゆうそつに弓をもたし てなぎさのかたへおもむき給へばさゝらえは いふもさらなりためよりもしまぎみも なか〳〵にわろびれず父らへはやくかへり給へ あまりにてきをあなどりてあやまちな し給ひそとて見おくるかやこじう〴〵の これを此世のわかれともしるやしらずや しらま弓のまゆみのつゆをかきはらひ やがてぞ見へずなり給ふさるほどに いにやしやはかひ〴〵しく立めぐりて おにやしやはかひ〴〵しく立めぐりて しばかりくさをつみかさね今は かうと思ひしかはさゝらえに いへりけるは御ぞうしはすでに ひつしをきはめ給へども それがしつら〳〵思びめぐら すにこんどうつてをむげいるゝ ことはまたくもちみづが ○張月七日 日引月七 つゞきわたくしのいこんにおこれる なりしるをこくにてじさつし 給はんはいさぎよきににていぬ処 なりのがるゝほどはおちのひてとき をまち給ふにしかずかくあるべしと 思ひしかはかねて不ねの心がまへも いたしおきぬはやく此所をおちのひて 八丈しまへおんこしあれそれがしまた おんぞうしいさめ申てやがておひつかし たてまつらんとく〳〵といそがし立れば さゝらえきゝてたのもしき人の心 かなわか君ひめ君はおひさきある おん身なれは父うへともろ ともにおとしまいらせん 事ねがはしけれどわが身は したがひ奉りがたしちゝのよか らぬ心ゆゑにいくたびか君に うたかはれ今またこゝをのかれん は命をしさにおんみをこしらへ さしもにたけき御ぞうしにさへ てきにうしろを見さしまいらせし とくにもいはれ君にもおもはれ 奉らんはいとくちをしとて立も あからずためよりも又のこまふ やうさゝらえいしくも申たり さいごのようゐをせよかしと 父の仰つるものをいかで おめ〳〵とおちぢる □□□□□□ ●じぶんいつこのめうもんにて 忠義とはいひかたしゆゑいかに となればおんみこゝにて死し 給はゞわかきみもじさつ しなひはんぞうはいうもさら し給ひおんぞうしはいうもさら なりさらばひとりのまどひ にて三たりの主くんをころし 給はんはてゝご忠しげのふき にもまされりかづ の事に▼ 田やうもなく げに思ひあやま げに思ひあやま ちはごりわかむ ちはぐりわがひ べき只いさぎよく じさつして名を此しまに とゞめんとて思ひきつたか ゆうしのわかばへあさの うちなるよもぎなり おにやしやきゝてかんげきし みんかん下せんのわらは ならば十ヲや九ツ にて かゝる 狩野茂光 狩野丹茂北 とき にはなきまどひ ものゝ用にはたらす して手あしまつ はりなるべきに さすがは源家の もておんぞうし 御父子をころし 奉らんや つぎん ▼思ひ 給ふこそあさましく 候へとてゐたけだかに いさむればさゝちえは まのあたりの ことはりにかさ ねていな まん円 きんだちにて おはするよしかるに さゝらえののたまふ 号帳月七 しもさきにためともにしたがひて なぎさのかたへおもむきたる一人りの しそつあへぎ〳〵はしりきつ 大ゆかのもとにひざまつき いきもつきあへず申やう さてもうつての大将ぐん かのゝ介もちみついかの くはんぐん三郎大夫忠しけを つゞきしともかくも君のおんためよか らんやうにはからひなんといらへすか 爲朝 烏君 ふねをのりかたむけなきさぢかくなるほど にそのあはひはや三丁ばかりを道だてたり あまりのらうむしやの大あらめ のよろひにとつぱいかぶとを なるびんのおくれげを うちかぶとのあはひ よりふりみだしなぎ なたをつき立てへさ きに立あらはれおん きに立あらはれおん ぞうしを見てすこし もぎゞせずかゝれ〳〵 と下知ずれどあら なみにゆりゆられと ふねをさうなくば しるべとしてまつさきにかれが ふねをこがしえいごゑあげてせめ いくびにきなしましろ 四郎五郎 よせたりそのときおんぞうしはゆんづゑにすがり つゝをきのかたを見わたし給へば一ぢんのふねに つはもの二百余にんいむけのそでをさしかざし 此ふねの大しやうは忠しげなり六十 論 のり付えず 弓長月仁 今 おんぞうし 此ありさま を御らんじ さてはせんぢん は恐しげなり 矢ごろなほ とほくはあれど さいごの矢を 手あさくゐたら んはむねんなり いでやしやつを酒 にしづめてもち みつらにきもを ひやさしてんとのたまひ て大かりまたをとつて うちつがひにひぢのまはる ほどひき切てひやうふつと はなち給へばみぎは五寸 おいて大ふねのはらをあなたへ づとゐとほし両ほうの矢めより 水いりてふねは立所にまきこまれ 忠しげをはしめとして二百余にんの ぐんひやうども水そこにしづみて 大ぎよのはらにほうむらる水ごろ あるしそつはかいだてにすがりてからふじ て命ひらへるもあれどこれらは □□□□□□□ 同弥戸七 つゞきわつか五六十五丁めんにすき ずさればもちみつらあまたの 此ていたらくにしたをふるひ あはさゞしくふねをかへして 只いたづらにとほまきしつゞ いてよするものもなしやつ がれはかしこにて身のいとまを 給はりとくおちよとのたまび □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ しが此事をつけ申さんために かへり来れり今はこれまで なりわかれ奉るべしといひ はてゝ行方しらずなりに けりさゝらえは此ちうしんを きゝていでんとしたるあしも すゝますあなむざんや やとして ◯わが父は身のあくほうとは いひながらつひにきみの 矢さきにかゝりてそこのみく ずとなり ずとなり 給ひぬ 長女 おんきに 子を思はざらん やそをしも 忠と 太郎丸 はふり をつるなみだを おしぬせひつゝ おにやしやに いえりけるは それ にはまさ りてかの をとこが いそべ までも おんともし 今また ちうしん いたせし はめで □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 心のるべう 思ひはべり おん身は まづわか君 まづわか君 ひめ君をたす けひいでふね にのしまいらせ 給へおさなきは はしりまはり もじざいなら でおくれ給ひ 四郎五郎 てはびんなしとく〳〵といそがして ためよりのはかまのそばをひき あげまいらせしまきみのえりに 大波 にしきのまもりぶくろをかけなど すれば鬼夜しやそのけしきを見て さては此ふじん父たゞしけが死せし ときゝてきみにもつかず父にも いかずいよ〳〵ひつしをきはめたるま とさとりしかばいちぎにもおよばず うけひきてしま君をかきいだき 二郎九 与長月一日 おそれて たき心 なりト さたん ずは君の かへりきま さんにほど もあらじ わらはゝ君 のおんとも して船 □□ ためより の手を引てはしりいづるに二本 のわこはしば〳〵見給へりさら はやく父うへのおんともして 給ひてよとのたまふにて むねのみなさがりて つゞきはか〴〵しくはえいらへずふし まなとぞにてにけるへき まろびてぞなきにけるかくておに やしや八てきのむかはざるなぎさに はしか行てふなぞこにためより しま君をしのば せまいらせたゝに せまいらせたに ためともおはする 二郎丸 いそべにまいりて 大波 いつはり申けるは わか君ひめ君には さゝちえをかしつけて ふねにのまごとつある しま人一両にんをかたらひ てとしままでおとしまいら せたりもちみつわたくしの ゐしゆをふたみてうつとをア こひたかにじさくし給はんはいと くちをしかしこけれどやつがれおん めうじを給はりてたちに火をかけ けふりのうちにてはらを切候ひ なん君はそのひまにふねにめさ れにこたちとひとつになりて 八じやうじまへおんのき あれかしと申も はてぬに ため とも 大き にゆ おにやしやしきりにいさめ 申てよろひのそてを引 つゝくだんのなぎさにいざ なひかのふねにのし口 欲 長女 太郎丸 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 口口まいらすろに天この忠しんをあはれて義土 をたすけ給ひけんにはかにかいしやうもや立て しせきのあはひも見へわかねばよせての ふねにはこれをしらすさめともはさいとく にて人となり又大しまに十余ねんの 月日をおくり給ひしほどにふねをやること くがを行がごとくみづからかぢをとつて こぎはしらしおさなき人のふねにしの びておはするともしり 給はず ▲の花の時 福禄寿 はためともはこと みな思ふにたがふて いかにともすべなし なるべしとて としまをさして いそぎ給へばおに 氏おどろきていかに 子どもらはさゝ らえをかし づけておとし たるとな いはれぬ なんぢがさい はいかなため ともあゆゑに いのちをおしみて なんぢ一にんを もとよりひとあしも おちのびんとは思ひ 給はさりしが鬼やしや がめいにかはらんといふ まごころももだし がたくわこたちを てきにわたさんもむ ねんなりとやせまじ かくやせんとて まどひ給ふ に ころすべきこは 思ひもかけぬ事 天照皇太神宮御振 なりとそきゝ いれ給ふべくも あらぬを鬼や しやなほさま〴〵 にことばをつくしゑしん君のめいに かはることはわかんそのためしおぼき よしきしんが車にやかれまねこが みづからくひはねたるふることは きみおり〳〵ものがたり給ふをもて おろ〳〵しりて候なりやつがれは むぶつせかいのことうにうまれ ていちもんふつうのあらえびす なれどもひごろ君のきやうゆ によつて人のよしあしをもかいご しおんのためにすつる命はつゆ はがりもをしますかくまで▼ □すをきゝ給はすは おとしまいらせたるわか 君ひめ君もついにはてきに いけどられ死後諸のちじよく をのこし給ひなんまげてふねに のり給へとてわりなくもすゝむるにぞ 四郎五郎 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ やしやへやくおちゐて のじまのたちに はしりかへるにさゝ はしりかへるにさゝ らへはたゞひとり たかどのにありて かうをたき経を よみてゐたりし が鬼やしやが かへりきたるを 見てしつかに きやうをまき おさめいかに おんぞうしは なほいそべに おはするかいと ふらするかいと 心もこなし といふに鬼 やしやこたへ ておん身 さきに忠 じけのでき 死をきゝて いよ〳〵 世の中を まつたう はかなみ 身をとつ して忠 かうを つぎん │[井戸七 〽つゝきせんと思ひさだめ 給ひしけしきなればしい てともなはずおんそうしをは さま〴〵いひこしらへて くだんのふねにのしまゐ らせ入しやうしまへをとし 太郎丸後ニ 太郎義 奉りぬ しるに 心いそかは しきに わか君ひめ君 をふなぞこに しのばせおき まぎれて 二郎九後ニ 住職 その事を いへどに 樂亭西馬場 ○ためより さかしくおはし ませば三しままで おもむき給ふころ ほひにはふなぞこ をいで給ふべし 八遍つゞく 長女 一雄齋國輝画 同 行 癸 堂 昇 錦 西馬補案 介雀千代哢 国輝画図 行議震 剣法古 聖徳太子 大和鏡 万亭応賀作 一寿斎国貞画 三鱗形 鎌倉草紙 西馬作 国樺画 十五 西馬作 芳序画 録 新株金地本錦絵問屋しめてりふり丁恵美寿屋庄七板 弓張月八篇 《題曲返聞 国 ◆◆ 西 ② 求め 綿昇文庫 第八編上に 【壹編ハ】 図 十六歳以外大学校、大学校一十一月一月十一年十一年十一年十一年十一年 天内鑑狐別の段の大切二人奴の詞に曰鼻の穴の穴の不掃除から三里の灸のいほつた までさつても能似た出立栄。したがひにはり合ふ弓張月春の宵采も去春 。發行して既に七端に至る。次で此八編は。御曹子一回大島の計手を遁れて。讃岐 一院の陵に諸九国へ越き百経紀平治等に再会なして舜天丸をもふけ又朝仏 西足利義康の養子となりて。梁田時貢を従へて。旅中渦丸か危難に。 に達しも神幣の惠みに禍を消除し後に足利義色と名乗まて を記し。余は九ノ編にゆづみなり。されと僕が自序は又一癖にして。他と異 なれとも。こは例の戯文を吐ずして。世間並木の木の芽田楽一箱廿丁の 目録をならふるも俗事。寸暇あらざる故筆をとる間の一日もなければ殊 よりと一寸のがれに。唯残しの序替りも時に凡例なさにましど書て没 せは販元は満悦往ヲツトにかんぺい〳〵と。懐にして戻りぬ。 嘉永五壬子年如月草稿成 三十三丁西馬題 一同六癸丑年五陽永吉日 弓張戸八郎 よしや君 むかしの玉の 床とても ○海賊 蜘手の渦丸 かゝらん後は○八郎源爲朝 何にかは せん 国位 讃岐院 為義 親子の 霊魂 魔道に いりて平氏の 一門を亡す事を 夢中に 為朝に 示す ○爲朝娘 鳩君 ○熱田大宮司 藤季範 女子女男女男女女男女男女男女男女男女男女男男女男女男女男女男女男女男女男女男女男女男女男女男女男女男女男女男女男女男女男女男女男女男女男女男女男女男女男女男女男女男女男女女男女女男女男女男女男女男 布帳月編 ○貞婦 の 能江 髑髏 ○爲朝室 白縫姫 花折て 其角 人の磯に 預らん ○八町礫 紀平次 大夫 降す とも 竹植るに 日書 衾と笠 はせを ○高問 太郎 原鑑 松本 杭鉄 その世へならぬ事にしていたしいたしかせんといふならんと よともはゞめせりかれためともはなほはなほはちひのゆかい さらんとしはじめてその人を見給ふにこれべつらん にあらずおさめがいとこめのをつとなる とら五郎なりしかばこは思ひかけずと ばかりにさうなくはせまり 給はず 爲朝 島君 なんぢ いかにしてわが こゝにあるをしつてはやくもきつると とひ給へば四郎五郎こたへてやつがれたえて これをしらず此あさしほにしまえびを つらんとてかはたれどきよりふねをおろし かしこのいはかげにさふらひつるがたれとは しらずとしのよはひ三そじばかりの 女子と十をばかりなるをのわらはの こゑしてわがなをよびかけ八郎 御ぞうしたゞ今桑島とまにふねを よし給ひつゆゑあつてすゑのをと めしまぎみをさしころしその身 もじがいせんとし給ふこと いときうなりとく ゆきてとゞめ なれといそ がしたつる そのこゑは みゝのほとりにありてその人はかげ もなしことのていたらくいとあやし けれどおんぞうしときくさへなつ かしければしばしもあらずふねを はしらしこゝにきて見たてまづれば はたしてきけるところにたがはず さるにても何のゆゑにかる〴〵しく 此しまがねにき給ひてまろごを ことのもとをしらし給へいと心もとなしと ころし又みづからもしなんとはし給ひたる 同同八編 まきのいとゞくるしくおはせども せいふをためともきゝて たんそくしあゝなんぢを よびたるものはためより さゝらえがゆうこそなる べしかれらよみぢに おもむくといへどもなほ われを思ふとのかへ ふかきやとのたまひ てあいたうけしきに あらはれしがやうやく やいばをおさめたれ こゝにきたり事はじめ をはりはかやう〳〵にて 忠しげこくふへのがれ さりもちとろくわん ぐんしよせ ぐんをもつておしよせ 来りしときおにやしやと さゝちえはちうぎのため にいのちをおとしためより 又死をいさぎよくしてかば ねをせじまのたちにさら せしこといち〳〵ときしらし二 つうのかきをきをよみきかせ 給ふに四郎五郎はきゝことに かつかれかついたみせまき たもとにもるあめになほ しほたるゝこしみのゝひざに だからしまざみもさめぐ となき給へば父の心もおだ し給ふともたれかもち光とやらんにうつたふ すみはてゝわこたちのおひさきをも わが子をば見かへりもせず又 四郎五郎にのたまふやう何事も思ひ しらざるおさなごをころさんもおに〳〵 しともいはれんがわれおにやしやにすか されて大しまをのがれさり子をさき だていゑの子をうしなひちやうてざと よばるゝ身の何をよすがにいきんとて きたなきふるまひをいたすべきすで にかくごきはめたればなんぢにものいふも これかぎり也われじがいせばこのかうべ をいづのこくふへおくりつかはしくわぶん のほうびをえてしまびとをにぎはせ かしとのたまへは四郎五郎きゝもあへ出こは おふせともおぼへず候わがしま人おんぞうじを したひ奉る事みどりごの母をしたふがごとしし のみならず太郎丸二郎丸もおはすなるにこゝにき 給ひながらたいめんもゆるされずたちまちじがい して人にのぞみをうしなはしなんのえきかいべき かつこくちへつうろなきしまにてよしやじさつ べきしかれば又これえきなきにあらずや まげてひつしを思ひとゞまり八丈じまに 見給へかし此ころはいと大きやかになり 給ふが兄ぎみも弟ぎみもおん ぞうしによくに給ひぬとておさめは これになぐさめもし又なげきも してきみのことのみを申しいでぎる 日もあらずいざ給へもとじまへ おんふねをよせ候べきにつざへし つゞきこそといふためともきゝてかうべを ふりなんぢがかんげんことはりなれどわれ いゝまじき身ののがれきておめ〳〵と しま人におもてをあはせんははづるにたえ たりしかはあれなんぢがいふ所ももだし かたければしばらくじさつをとゞまりて 此こじまにいこひしなんともいきんともふ たゝび思ひさだめなんとのなへば四郎五郎 かさねてしからばやつがれ八じやうじまに立 かへりひそかにおさめにつげしらしてわが きみたちをともなひ奉るべしまづかしこ にあがらせ給へとてやがてふねをびき いれつゝためともとしまぎみをこじま のいそにのぼしその身は又小ふねに とびのりてもとじまへそこざさりぬ さるほどにためともは思ひもかけず じさつを四郎五郎に◑ とゞめられ て心うつ〳〵とたの しみ給はずおりしもあり そにときしりがほなる うのはなのさきしを見そ なはしわれいぬことし大しゆへ かえる日におさめがことさち にわかれををしみてこゝまでおく り来りしときかれをなぐさめん ○あつ田大官司 藤の季範さぬきの 院の御陵にまうでける 船中まん月をながめ 主従しゆえんを もよほすところ 囚所まではおん身をも ともなふべしともしら ずしてとるものもとり あへずおさめらがら らみもせんせめてか たみをのこさんとて 手なれし弓に矢 とりそえていはの□に思ひあやまちぬおき □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ はざまによせかけめとふたりの子どもらに をきやがてしまあはでゆくさへうらむべき 君をふねぞこににこれをしもとゝめおかば たすけのしてわが身はうしろやすくとも こしまのいそをかれらはいよ〳〵びんなからん こぎはなれ次へ〽やよしまぎみちゝがしなんだ さがにぞありけるよよしきもあれ なましいにおさめらになげかれては わがこゝろざしをとげがたしとても かくても死におくれし玉のをゝ かぜにまかしてさぬきの くにゝおしわたうしんいんの みさゝきにまゐりてしんが こちうをうつたへ奉りかしこ けれどごびやうをまくらにして はらをきらんもいをとひとり こちつと身をおこしていそがはしく ふねにのらんとし給へはしゆぎみ はこれを見ては又うへいつちへゆき 給ふともなひ給へとなきまど ひそでもつやけきひたゝれ にまつはり給へばものゝふの たけき心もよはりつゝやを らおいよせていだきあげ げに思ひあやまちぬおさ とてうつぎを手おりわれもし ふたゝび此しまへくる事あらばこの えだも又つく事あらんとちかひし を思ひいづればためともかもち丸 らにうしろをみせのがれてこゝへこじま なるそのかのはなをいまぞ見ることの 為朝 弓張門之幅 三州戸ハ納 つゞきひやう〳〵たる あをうなばらを かぜにまかせていで 給へばうしほもひくや弓とり をわたつみのあはれみけん矢 をいるごとくはしりほのつひにい あとなくなりにける うづ丸 さるほどにおさめは ふたりのわこと ともに すゑのり にぶねにのりて四郎五郎に かぢをとらしそのつまおなみ もろともにいそべにのほりおん ぞうしはいづこぞとてをちこち をたづねめぐれどもその人は かげもせずト見ればいはかね に一ちやうのゆみとふた すぢのそ矢ありけり すぢのそ矢ありけり こはいぶかしと思ふから ふたびみぎ いにはしり 為とも 日と見かふ見れど。 いで同 わがほかにかりぶね もなかりそれおさめは □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ ▼とゞ まり給は ず心つよくも はやいづちへかさり 給ひけんそもゆめに てはあらざるやゆめな らばさめずして君がおも かげ見せよとていさこの うへにふしまろべば四郎五郎 此ありさまにしうぜんと うちなげき さては御 ぞうしは此し まにも五 ふうふもいさめかねてともに のぞみをうしなへりやゝありて四郎 五郎はくだんの弓矢をとつておき もがほとりにさしをさづしなぐきめて いふようおんぞうしかいせいの武士として はからすもてきのほこさきをさけこゝに ひやうはくし給へればおん身にさへあひみん 事をおもなくおほしかたみのゆみ矢 をのこし給ふにこそ かくしらばいか にもしてもとし まへいざなひ 奉るべかりしに 今はくふともそ 一のせんなしもし此事 をきくならばしまへら もとゝめえざりしわれをごそうらむらめまいておん身の あいじやうは身ひとつのうへにもあらずついに父うへのおもかげ も思へ給はぎる太郎丸二郎丸の今こそあれひとゝなりてはくち じんァきのおよぶべきにあらず口いこのわし矢をかの君なりと見もし見せも〽きへし をしくおぼすべきいひがひなきは此身なりしかはあれこんじやうのえにしつきては 注意 遠 かめ 2 予長月八郎 〽まやつかい御たや □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ にかきよせてこゑををしまずなきにけるかゝる ところにいそにふりたるまつのこずゑにいちだ のはくうんたなびきつゝけしてひとり のおきなとなりおさめがほとり にたゝずむを見ればそのありさまし かうべながくして身にながばしどうがんはく はつといつねならず手にはひとつの大ぬさ をさゝげもちにつことえみていへりけるは せんによかならずしもあやらむけるはなかれ われはこれもと八郎ためともうえんの ものにてとしごろ大しまにゆきゝしかけの ごとくにつきそひてかの人をまりるを もてこたびまたしたがひて四こゝへ わたらんとてこゝをよぎりせつふ りべつのひたんにたえずしていのちを おとさんとするを見るにしのひず 天きをもらすのおそれはあれどしばし おさなごをもりそだてと今よりのち十とせをへばへいじ めつほうしてげんじいつとうの世となりてんそのときこくちに 季範 立かへつてこうちいの言事をつぐかならずしも 死すべからずなほせんしんばん〳〵をいとはずしてふたりの むきてあからきまにうつたへなば此はらからのしそんしま〴〵に まつ らばかの人こゝに ゐますがはどく ながくしそんの まもりとならん ゆめ〳〵思ひ あやまつべからずと ときしめしてくだんの大 ぬさをおさめにわたしかき はんじやうしてながくあんどの思ひをなすべししかればしぼの いさほしばくたいにして今死するにははるかまざれりあい くにせまりてこうとくにくびるゝはひつぶの うへにこそあれため とものそばめには にげなしそもすべ らみくにのそうびやう あまてらすすめおゝん かみばよろづのたみを 爲朝豫 国 いつくしみ給ふ事ふか くふてんの下そつとの ひんてらし給はざるくまも けすごとくうせにけりおさめは 此しけんによつてにはかに やめのさめたるこゝちし 四郎五郎もおなみらも きゐの思ひをなしつ しましなつともにおい みなもろともにがつ しやうなしてしばしそなたを ふしおがみさてはこうえいたの もしとてやゝうれひのまゆねをのべ つひに八丈しまへたち かへりてしま人らにこの かへりてしまんしにこの よしをつげしら なし今よりもとしまに くわんじようして老日婆 目申きまやかとあがめ 日本とあがめ まつらば大にてがいにさち あるのみならずしねへ いつさいのわざはひをはらふ べしかつそれのとし月にいたり 八じやうじまなる山のふもとの ぬまにさんていへいとうのれんげ こつぜんとしやうじてみだ三ぞんのえうごう し給ふ事ありなんこれぞ此しまに神道 ぶつほうのはんじやうすべきことのさが なるそのとき二郎丸をしゆけさして ふそのほだいをとはすべししかりと いへどもためとものうんめい只今こゝに つくるにあらずたゞこんじやうのたいめんは そのゝぞとをとげかたきのみさればかた みの弓と矢をいつしやの神といはひぜ あれどゐじんのじげん にかしこみていよ〳〵太郎丸 二郎丸をうやまひかしづき おの〳〵ちからをあはして こじまにほこらをしつらひ かたみのゆみ矢をつぎへ すればもろびと きゝてためともの こゝにとゞまり 玉はざるがほゐ ならは ………………………………………………………………………………………………………………… IEL 一日朝かり …………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………… …………………………………………………………………………………………………………… よ□長しへ前 ………………………………………………………………………………………………………… …………………………………………………………………………………………………………… ………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………… ………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………… ………………………………………………………………………………………………………… ………………………………………………………………………………………………………………… ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ …………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………… ………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………… ……………………………………………………………………………………………………… …………………………………………………………………………………………………………… ………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………… 八十八日 くわんじやうしてきばみやうじんとしんがうす此 あしや今なほかのしまにありとかや あしや今なほかのしまにありとかや かくてのぢみなもとのよりとも へいけをこと〴〵くさいかいに ほろぼしげんじいつとうの 世となりしかば太郎丸二郎丸は かまくらにおもむき事つま びらかにきこえ あげしかばより 爲朝 つゞきしんたいとして八郎明神とあがめまへり又もと しまに一しやをこんりうじ天照皇大神神神院を 島君 ともあらためて 太郎丸に大しまを くわんれうさせ二郎丸 には八丈じまをれう すべきよしみぎよう しよをたまはりため とものせつぎゆう かんをせうたんの あまりきんていへ そうもんしため ともちよくかんの 事をしや申され ければ後高倉院 のおんふでにて八郎大明神と あそばしけるしんこうをどう はんにえりあらだにみえいを いさしこれにかつちうをあひそえ てたびければ太郎九二郎丸はきんぜんと してちやうおんをはいしやし奉りこれを ぬぐひあへずみだぶつ〳〵ととなふるこゑ よう〳〵としてみゝにみてりときしもあれくう ちうにはなふりおんがくきこえく三ぞんおきめ をいんぜうしてすいじやうにうつりて山のいたゞきに 立給ふと見へしがしう人につまれうせ給ふ さるほどに二郎丸入だうはふかく公おんをかん さるほどに二郎丸入だうはふかく仏おんをかん はいしてこんりうのだうじやうをみだでらと となへ山をかうろざんとなづけて住しよく なし四郎五郎をもて しまの せうばつ をつかさ どらし } □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ ける また 太郎 丸は 大し まを くわん 同一 ねう して 大しま 太郎ため いゑと名 のりちんぜい なるためとも おんこのものゝにそんしたい 来りてためいゑにつかへし かばそのいゑながくさかへけり しまにもりかへりて本しやにあんちしおさめ 四郎五郎らにことのおもむきをきこえ しらしければしま人 はやくつたえきゝ大に よろこびます〳〵そん 季範 しれしてしまのちんじゆと あほぎ奉るさるほどにおさ なをきするさるほどにおさ めはやゝしゆくぼうとげて ある日太郎丸二郎丸に申やう わが身むかしおんぞうしにすて られすでに死すべかりしをふしぎのつげに けふまでながらへはべりしはわこたちのかく なりいで給ふを見まくほしければなり今は 思ひのこす事もはべらずたゞのこりおしきは おんぞうしのゆくゑ今にきこえずといへどもしんたい おそうしのやくゑ今にきこえずといへどもしんたい 此しまにちんざましませばわがくせつこうなつてよめい をおしみはべるべうもおぼえぬものを今はわかれ奉り なんこれかれぼだいのたねとして二郎丸はしくはつ入だうし ふそのちの世をとひ給はん事もちろんなりねがはくば兄弟 こゝろざしをひとつにしてしま人をあはれみて七ゝごの名をな くだし給ひぞ又四郎五郎ふうふはいよくきみたちのおんまもり となりて忠しんとよぐれびめいをしそんにつたえ給へかし申さん 事はたゞこれのみといひさしていそがはしくはしりいづればしゆうしみ 大におどろきこやなう〳〵とよびかへせどたちまちゆくへしれずなり しがあけのあさしま山のふもとなるぬまのなかにてそのしがいをえたりし かばしゆうじういたくかなしみ山のなからにこれをほうふり此日二郎丸しくはつ 入道してくだんの山にいちうをこんりうせんとてすでによういせりしかるにいと ふしぎなるはおさめ身まかりて初七日のあしたかのぬまにこつせんと両とうの れんげをしやうじはなびらのうちにみだみぞんのえうごうまし〳〵てくわう かくやくとおがまれ給ふ此きだいを見て太郎丸兄弟はじめもろ人立てかんるいをの 予長に□ ○さても八郎ためともはをしからぬ身のながらへ てこしま八じやうにもとゞまらずなまじいにかし こにてじさつせばおさめと子どもらがなき からにまとゐしていたくなげくにあらん しからばかれらにもものを思はせわがのち の世のさわりともなりぬべしとても やからにおくれしものをけふ死ねばとて 百歩ねへをはぢて五十歩にとゞまる たぐひにこそトおぼせしほどにひそか にさぬきのくにへおしわたりしんいん のみさゝきにまいりてともかくも ならめとてゆくへはるけきあを うなばらをかぜにまかして いでふねのあかをとり かちをあやつり あるはしまぎみを ふところにいだき てちどりのこゑに いく夜か ねざめ あるは人 なきしま ねにかゝりて みづをくみ たきゞをせり ひやくせつせんまの 日のうらにぞつき給ひぬ かんくをへてその としのあきのころ さぬきのくにたどのこほりあふ 曰張戸ハ編 ●おきよものどもとよばゝつたりせんちうのしゆう 〽のとより世をしのぶ身にしあればさうなくくがに◑●おきよものどもとよばゝつたりせんぢうのしやう じうは此こゑにおどろきさめこゝろえたりとてがはと のぼうずおりしもとまりぶねのいかりをおろしてしゆうじう 十年人がほどあすはこきやうへともつなをとくとてさかをきまくらなるかたなをとつてふなやかたにたちふ 十余人がほどあすはこきやうへともづなをとくとてさか をきまくらなるかたなをとつてふなやかたにたちふさ もりあそびつゝ此うらのけしきをしやうするありけり がりいれじとふせきたゝかへともさけのえひいまださめず ためともはそれにすこしひきはなれてふねをかけ うつたちもしどろにてたゞあはて 夜もふけばしろみねへまゐるべき心かまへはいたし 頬の武士二トの巻にしるゝ さはゞのみぞゝはます〳〵いき ながらおともせでおはしけるにおりしも夕しほ ほひたけくむらがるひつじ みちて月はうみよりさしのぼりしはゝ七しま にとらのかけいるごとく そのほかまで見へわたりつこほりのうゑに おめきさけんできつて ばいくわのちりかゝれるごとく まはればきずを 所〴〵に見へわたりてふう けいいうべうもあらねど 世にある人のかずならで としごろありそになれ たればめづらかならず かくてやうやく こうたけてかし このふねなるしゆ うじうもいたくえひ ふしたりとおぼしくて じやくとしてこゑもせず なりにければためともは しづかにふねをそのほとりに さしよせうまゐしたるしま君を よびさましてものたうべさしわりごに いひをもりてみちすがらのようゐをなん し給ひけりかゝる所に四こくのうら〳〵をはい くわいしてごうどうをわざとする蜘手渦丸弥兵衛 といふくせものあまたのてしたをいてはやふねに とりのりくだんのとまりぶねにこぎよしつゝ 四かう むる もの五六人 におよびつその きつさきあたる おの〳〵かたなをひさげてみだれいり へんぢらいのちをしくはろぎんにもつ をのこりなくいだせゐぎにおよばゝ 此みなぞこにうちこんで うろくずのゑしき となさん◑ 為朝 ロノ長司篇 べうもあらずそが なかに主じんと おぼしくて としのよはひ はそぢに ちかくくげ にもあらず ぶしとも 見えざる をとこ たちを ぬき かざして かざして かつ ふせぎ あがりせんぢうの人心つよく思ひ給へおのれ助だちぞとつぎへ たらひたちまち小ぬす人 二人をきつてすいちうへしづましつひに うづ丸にわたりあふてふんげきとつせんおとらず まさらず人まぜもせずいどみたゝよひしか たのみ切たるらうどうはくわはんてをおふてものゝ ようにたゝずかの人心ばかもはたけしといへとも くわはしやうにてきしがたくあはや只今うたる べう見えたりける此ときためともはすてにくがに のぼらんとてふねをそのほとりへさしよしておはせしかば しばしこそありけれことのていたらくを見るにしのひず あはひ七八そうをへだてたる大ふねのなかへひららととんて 二月朔月八編 西馬鈔譯 〽ゝきのりも あへすみやま かしの三げんかいをいとかろら かに打ふつてあたるはざい はひになぎふせはらひ しじゆうわう むげにかけ ちらし給ふ ○きぬきの いんの みきゝ □ あまたの 小ゐす人らあるひは むかばきをうちくだ かれなかばはうみに うちおとされのこるはふなべり にへたばりふしてのがらゝものいな かりけりうづ丸は此いきほひにへき ゑきし心のうちに十一ぶんのおそ れをなし刀をひはてにげてにげとすれば かのをとこはのがさとおひすよりためとも 又常に立ふさがりてせんごよりひき◑ はさみ やとこゑ かけで あんとすれ ばうつ丸 あつとさけ ひもあへず くゞりぬけて 身をおどらし みへとぶらとし つみしかなみをかつ きてやのかれけん ほとりをくへはうき もあがらす せう死も しれず なり に けり 下の巻へつゞく 国輝画 乙 卵 八 永 嘉 竹雀千 千代哢 西馬補案 国輝画図 聖徳太子 大和鏡 万亭 万亭応賀作 一寿斉 一十三時斉国貞画 三鱗形 一鎌倉双帋 西馬作 国輝畫 九郎 偸盗 雲龍 傳 故人三馬遺稿 遺稿 増補西 馬案 画工一 画工一勇齋 釜地本草紙問屋てりふり町笑壽屋庄七版 一 西馬録 国輝画 西馬訳 由美西馬訳 葉里 竜着 八篇 下巻 国戦画 立魚自画并書 恵比寿屋版 わかしとのたまへばかの人げにとうなづきてつゝがなき いゑのこにおふせてちをぬぐはしくすりをあたへまた みづからもてんけんしてさま〴〵にいたはるにきず つけられたるものどもはしゆきをおびたるに よつてちしほこそおびたゝしくいでたれど きずは思ひのほかにあさからしかば しゆうもうます〳〵よろこびてみな これゆうしのたまものなりかくさい せいのおんたくをかふむりながら いかでかひとことのよろこびを のべざるべきまげてこなたへ いらし給へとてしゆじん みづからともしびを とつてわりなく ふなやかたに いざなひつゝ つち〳〵と うちま もりて 大に 上の番止まことにかゝる ゆうしのたすけにあはずは わがしやう〳〵みなころしに せらるべかりしをきう花をいでゝ 一せうをえたりとてしゆじこと さらにせうさんしてあつくためともに よろこびきごえやがてかみくらに しやうすればためともあへてぎにつき 給はずわれはゆゑあつて世にはゞかる ものなれば人のもてなしをうくる事を よろこばずまづておひをいたはり給への あや そこは 爲朝 大しまにて うち死し給ひぬときこえたる八郎 御ぞうしにはあらずやといふにため とも又いぶかりてはじめてともしびの うげにてあるじのおもてを見てうち 弓長司へ扁 おどろきげに ごへんはわがあに よしとものしうと なりけるあつたの 大くじとうのすゑ 大ぐじとうのすゑ のりぬしにこそ そも何のゆゑ にはるぐこゝ はき給ひたる ととひ給へば 大ぐじこたえ てしらるゝ ごとくをはりは げんけだい〳〵 のねうぶん それがし いぬる ほうげんの はじめ あつたの しくわんにふせ られたるも さぬきのいんの おんめぐみにして 古はんぐわん 古はんぐわん だめよしのすい きよによれり さるからに一ト たび白みね のつぎへし 源九郎爲仲 四郎左エ門頼賢 左府頼長 右衞門太夫正弘 崇徳院 □□□□□□□□ 六條判宦爲義 六郎爲宗 五郎掃部介頼仲 □□ 平馬助忠正 う長月へ局 七郎為成 兵衞尉頼弘 弓引戸ノ部 まいさきゟつゞきおんはかにまうでゝくんおんを しやし奉るべう思ひながらしやむにいとまな ければ心ならずもいたづらにあまたのとしを すゞせしが此あきたま〳〵きうかをえてには かに思ひたちふなぢよりこゝにいたりてきのゝ おんはかにきんけいしつればたねんしくぼう たりてあすはともづなをとかんとおもふおりし ふしぎのぞくなんにあふていとあやふかりしをか らずもおんぞふしのぢよせいによつてしゆうご つゝがなきのみならずあふ日のうらのなにし おひてかくもあやしきたいめんはいまだその ぜひをしらずこたみにしぐしたるものどもは みなふくしんのいへのこなればよしやあもら さまになのり給ふともたえてもがゝことなし ねがはくはつまびらかにことのもとをしらし 給へといふためともきゝてまづそのつゝがな きをしくしきてのたまふやうためとも いやしくもほうげんのかつせんに父にともなは れ君にたのまれ奉り百せん石しやうのはかり かいひにもちひられず君は此ありそにうつされ 給ひおやはらからもみなうたれてわが身ひとりかい ごとをたてまつるといへどもごうんのかたぶくところ なしとても死おくれたる身の さぬきのくにへおしわたり しんいんのおんはがを 爲朝 いへのこおにやしやがせつぎのたばかりに出し むかれて思はずもかしこにしりばきちやく なんためよりをはじめさゝらえ鬼やしや らはかへつてしがいしうせたりとのぢ にしつてほぞをかめどもそのかね おんはかにさんけいしつればたねんしくぼうなしとても死おくれたる身の とうにさすらふ事 十とせにおよびちか ごろくどうもち光 がざんそうに よつて日 まくらと はらをきらんもの と思ひてはん里のふう かたるのつかに 手をかけ給へば 大くじきうに おしとゞめわれ あやまてり〳〵 ともなひ まゐらする 事はふた たびにす べからず しまぎみ は今より すゑのり がむすめ なり大 わか丸は おん そうし の子 なり 此一 でうは さうい あるべ からず とちかひ をはりついに あらためて しま君と ふしのさかづき をなしめぬと はをしのぎからうじて にかはりて たちまち ちうばつを くはえらるふた たびおかせるつみ なきよしをうつ たへんといたせども ちよくかんのかなしさは それもかなはずしよせん やからをさしころしうしろ やすくじがいせばやと思ひ さだめつるにそばめさゝちえ きつるなりとものがたりて しま君をともなへること又 おさめにうましたる太郎九二 丸のことなどおちもなくとき しらし給ふにぞすゑのりはきゝ 事ごとにたんそくしにはかに小船を おろさしいへのこをためとものふねに つかはししま君をむかへ父とともに へしかならべてしゆしよくをすゝめてため おしならべてしゆしよくをすゝめ又ため ともにむかひていふやうあつたの大ぐうじは だい〳〵さうぞくせしがわが父すゑかねをはり のさだもとがむすめをめとつておのれすゑのりを うめりかくてしんいんみくらゐにまし〳〵けるころそれ がししくわんにふせられて今にいたるされば古よしとに とはむこしうとのよしみさへありながらかの人も へいぢのらんにうたれためよしの子そく今はたえて 世にゐつさじと思ひつるにさいはひにして八郎ひとり のごり給へりわがいへ大しよくわんのばつえうなりといへ どもじうらいげんけにゆいしよありもしゆるし給はだそれがし 此しま君をやしなひて子としわがちやくそんいぬわか丸をまいらせて おんぞうしののちとし世いちやうのうへこんいんさしなばおんぞうしの子 そん尾ようにはんじやうせんかまげてじさつを思ひとゞまり有 あつたへともなひ奉るじときゝもはたさずためともけしきかはりて かうべをうしなふ事をわすれざるはやうしのほもなりわれたれが ためにいのちをおしみてそこをわづらはすべきしかはあれ人のおやと してはいつくしみにとゞまるといふなるにむすめをころすはやむこと をえざるのみもしわれをすて給はずはしま君はまゐらすべし とにもかくにもはぐゝみ給はれかししかるをためともを ともなはんとのたまはゞぜひにおよばず此ところにじさつ えめしてわがこうつぎしをしらし候ひなんといひもあへず▼にたへも ためともの ためともの さかづきを こひうけ いゑのこに おふせていとかさねの ゐふくにえぼし ひたゝれかみじもを とりそえてこれ をためともに をくりていふやうこはすゑのり がしくわんにふせられたるころ それをことほきて吉ためよしの 給はりたるを今にひさうして はれの日にはかならずちやく ようせりさるによつてこたみ ももたらしきたりてこゝにあり いぬわかがむこひきでにこれを まゐらすべしちやくようあつて いんのおんはかにまうで給はゞやこ そめだちてさしいだせばためと うやくしくうけておしいたゞ あはたじくてしまをいでし ゆゑにさる心がまへはなしじうい にしておんはかへまうでん事のいと 心ぐるしくありつるにときにとつ てわがためにはこれにますひき でものやあるまことに此元ぼし でもいやあるまことに此えぼし でもいやあるまことに此えぼし ひたゝれを見ればぼうふにあふ こゝちすとてしきりにくわいぎう にたへ給はずしばしありて一つぎへし 一同一八百一 弓張片は縮 つゞきかたちをあらためやよしまぎみは又ははるか あなたなる白みねにたつくもとともにじがい してうするぞかしおん身今よりすゑのりぬしを 父としたのみてかうをつくし人となるのゝちもし いぬわか丸のつまとならば みさほをあやまち給ふべ からずこんじやうのたいめん これかぎりとしらしきこえ 給ふにぞしまぎみはうら かなしさになみだのみ はふりをちてはか〴〵しくも いらへ給はず大ぐじ しゆうじうはおや このしんちうを すいしてさま〴〵に いひこしらへなご するにゑんじの かねのねかすかに をとづれほしのひ かりもあけちかし きらばこゝにてわかれ 候はめとてためともは いそがはしくかのいふくを とつてふろしきにつゝみ ごうさむらひのたびする ていにせおひなしすゑのり わぼくにわかれをつげやをら うらせにのぼり給へばふねの なかなる ゑつかまごと みじじ はしう 爲朝 ぜんとして みおくりつ ためともは しま君の あとなくこゑ をきゝすてゝ あしにまかせて はしり給ふ かくて大ぐじはその いなのめにともづなを とかしはいかずへて尾はり のあつたへかへうしがいへの こちにくちをかためて ためともの事をいはせず たゝわかれしその日を かの人のきにち なりと 思ひし かはぶつじ ついぜんひそやかに ものしてぼたいをとい しま君をめでいつく しみてそだつるほどに あまたのはる あきを へて しま君 十六才いねわか十八才といふ せしのむづきにこんいんとり むすばしてためとものゝちと さだめいぬわか丸を 弓長司八幡 あら な もとの さねと ぞなの らせ けり ためともは それよりすゑ ありにわかれて みち二三里 □□□□□□□□ きたるにそらは ほの〴〵とあけ にければ人に あはじとて こみちにいり まつ山を よぎりて あやごほり にいで給ひ しがみち ゆく人の ものがたり するを きけばゆふべ あふ日の うらにて あまたの ぞくを たゞいち にんにて しとめ たるたび うとあり といふことは まことうを にはけりなる ごうゆうも なきに あらずと さゝやくに こはわが ことよこと をかして そのゆく さきもまた 此ふうぶん せざる事なしては はやくもつたえきける かなとおぼしてなほ ひたすらにはしり 給ひしかば あきの 日かげも いりはて ぬに白 みねの おんはかに まゐりつき ぬつきへ 同同江戸八弁 つゞきそのときとしのよはひ 廿二三かとおぼしきたびゝと はしなく ゆきあひて ためともを つてぐと 高間太郎 見かへりしばし よびとゞめて いふやうこと あから此国 にはあれど ごへんのてい たらくを見るに 身のたけのたか やかなるかひなの ほねのすぐれたる さまたちからをの みことめきたり もしやふべ あふ日の うち にてあま たのぞくを うちころし 給へる人には あらずやと とふにためとも 為朝 きゝてなまじいにかくしては あしかりなんとおぼしいはるゝ ごとくわれこそその人なりと こたへ給へばわかうどさればこそ こたへ給へばわかうどされはこそ の給ふなるかならず おもくもちびらるべし かの木はら山はあそより にしてどくりつのたかねなれば たづねまどひ給ふことはあるべから ずとまめやかにときしめし やがてくわいちうよりひとひら のわりふをとりいだしてわたし けりためともは心のうちにあざ けりためともは心のうちにあざ ひつじさるにあたりてさる こと十二三里なり四ほうのはら わらひ給ひながら此わかうどが 人をしる事のさかしきにめでゝ かりにくだんのわりふをうけおさめ 見給ふごとくはくめいにしてひさしく るらうするといへどもいまだよき主 にあはずもしまゐる事あらばそこの きういんをたのみ申すといらへ給へ ばわかうど大によろこびてねん ころにさいくわいをちぎりつゝ やがてたもとをわかちけり かくてその日もくれなんと するちどにぐんもはしを するほどにぐんあほしを おふてもりにかへり しようふ月をいたゞき ていへぢにいそぐかごと がましきむしのねもは ずゑのつゆもこまやか なるす でに□ 爲朝 わが思ふにたがはざりけれ とてひたすらせうさんしくへ もしせいうんのこゝろざしあら ば此わりふをもちてひごの くにましきのこほり 木はらやまにたづ ねぎたまへ あいしも 磯萩 一二二二二二二二二二二二二二二二二二二二二二二二二二二二二二二二二二二二二二二二 弓長司扁 十四 御じんせきたみければため ともはふりたるこのもとにたち よりていふくをあらためおん はかにまうでゝみればちぐさ はいつぞうのけふりをのこして ぎよくでんともしびなくあき のほたるは五かうの夜をてら してげいぎよくみち をふさげりもゝ しぎやもの つかさはむらさ きのそでを つらねてまつ り事きこし めしける十 ぜんの君と してすくせ のあくごうは まぬがれ給は ず甚しやう こけなめちか にしてはく ようかぜに そよぎ りよこん ゆうれい 今いづこ にかさま よひ給ふ やらんげに にんがいの ふうきは ゆめの うちなる けらく にてさいし ちんほう きうわう ゐも身 じしては ともならず さればとて さればとて 三がいのくわ たゝいでゝながく 九ほんのじやう さつにいたらん 事なほたや すきにあらざ めりこれを見 かれを思ふにも わが身のはては かずならずすゞ ろになみだぞさき だちける折しもさし いるゝ月かげにごびやうの はしらを見あぐれば二 しゆのうたありさては さいぎやうほうしゑんゐも こゝへまゐりけんとうな づきつゝいしの玉がきなしめ なるとびらをひらきて そんごしつ申やう〽つぎへ 卯九月八編 高間太郎 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ のゝき ぜんばんじやうのせいしゆと してきんちやうをほつけつの月に かゞやかし給ひしも今はくわいどほうきやう のたましいぎよくたいをなんかいのぞくに ゆち こんずつゆをはらふておんあとをたづね 奉ればしうさうないてなみだをそゝぎ あらしに向つて君がはかをとへばろうくわい かなしんど心をいたましむぶつぎは 見へずしてたゞあしたの くもゆふべの月を 見るほうおんは きこえずして 為とも たゞまつのこゑ とりのねをきく のきかたふきては あかつきのかぜ さむくゆめやぶ れてはよるのあゆ ▼はんぐわん ためよし にその 子ども 又平馬介 忠正おやこ その外一にん ふせぎがたしむかし 今のおんありさまいといたまし くもあさましく思ひに くもあさましく思ひなれど びしんがこちうをのぶるによし こゑんがはちうをのこへによし なくすでにいきほひつき力きは まりてこんじやうのまごゝろをうたへ ごせのくらくをともにし奉り君に この つれなかりつるものごともをこと〴〵くとり ころさばやと思ふのみはからずも 大しゆをながれきてそんれいをおどろ かし奉るものなりと申はてくなみだを はらにつきみゑんとするにあやしきかな手あしたちまちに なへしびれていかにともすべなしときにちごがたけの かたにむらくもたなびきて月ははんめんをあらはし ながらかげいとくらくいなびかりまなくひらめ ぎておんはかのうちにさんてつし山おろしのいと □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ すさまじきにふぎちる木のはもろともに むしや四五十きぜんくしていできたりつぎにようよ をかくものはすべてききのはなとびのくちばし にてさうのわきにつばさおいたりこはあやや 見るほどにやがておんこしをつかのほとりに かきすえしかばぶしはふたかはになみをとゝのえ てそんとしけいひつのこゑとゝもにおんごしのうち よりへどよくおんたかく〽あさくらをたゞいたづらに かへすやもつりするあまのおこそなかるれトいつしゆの うたをくちすさみやをらへ立てまうけのしとねに つき給ふを見奉ればしんいん此世にましくける日の やき給ふを見せねはしいひせにましくける日の よりなが公をはじめ正ひろよりひろとう北六人めてには六じやう いそはき はら〳〵とおとしつゝやがてこほりなすたんとうをぬきて おもかげにつゆたがはせ給へず思ひしよりはやつれ給へりこれに心 つかれてつきしたがふともがらを見るにぎよくざのゆんでにさだいじん とうせんのつは ものまで廿四人 おの〳〵しろぢの にしきのよろびひた たれ白木のゆみしら はのそやをおひつどき おもてにあらはれて いとおどろ〳〵しく つくいきほのほと なつてくさの はずへを てらぜり ためともは はるかこなた にかしまりて びんのしもさへふりはへてかきみだし 父ためよしを つくぐと見るに ありし世のおも かげはかはらねど たるおくれがみは白かねのみものごとく ひたいのしわは此うらのうちよする なみよりしげけれどなほたけき むしやぶりにてちやうけんのひたゝれに白いとおどゝの よろひぎておんしのぎよけんうのまるをおびたり たかきもいやしぎもかしこきもおろかなるもおやすの おんあいうとかるべきにあらねばためともこゝに候といはま ほしきをいたづらにぎよくぎちかければかしこみて なのりもあはずちゝもわれをばしらざりけんこなたを かへる事なかりけりそのときさふよりながさゆう を見わたしさてもおんできよしともをばきみつき 弓長司八幡 西ノ鶏片ハ紺 つゞき御ざいせにちうさし にくしとおぼす平氏のやう らいうじてほろぼすべきおの〳〵 ぎやくぶだうなり天そのおごれるをにくむ事 ひさししかはあれどしげもりとくこうのなかう ばしく忠にしてかうなりこゝをもてほよそのあな どりをふせぐ平家のめつぼうせざるはしげもり あればなりきもあれかれがめいすう今より 十とせをかぎれるしばらく まちまち給へぴんぎのしむべしと まちまへまへまちあるべしと 申すしんいんきこしめしわがにくしと やしけのりだに世になくば ごしらかはのいんにものを思は せとしごろのうつふんを はらしてんきよもりぐわん らいくんしんのれいをわ いんをうらましておしこめさし 大じんいかあくわんしよくをやめ くわんばゝをだざいへうつさせ なばたちまちちんじいで するさればかれに白かはの ぎなんそのときため よしはせんぢんごちんは はかりごとあらばきこへあげ候へと おもふものあにきよもりのみならん しのたまはすればためよし忠まさもろ 磯鞍 ともにきよもりどさいのにじんなれどすく せよくてくわんろくじんしんのうへをきはめ まちなへびんぎの日あるべしと と紀平次 紀平次 いちぞくみなちやうおんにほこりてばう 忠まさきよもりが 西八じやうへおしよせかれらのこ 白縫 らず此さぬきのうちなみ にしづめんと申すに ◑してい うちゑみ も給ひすでに おんてきは十と世の うちにちうばつさだめぬ いまだ忠しんの子そんにけんせうせずわがために 心のちををとせしものひとりとしてなほざり 思ふにあらねどなかにもためよしはちやくし よしともにひきわかれてそのほかの子どもをいて まいりし事いづれの日にかわするべきいたましき かなようせうのものどもみなかうべをはねら れて今は八郎ためとものみのこれりされば かれを六十余しうのそうついほしにせまく いほしけれというにせんよしともが子よりともが わがしんりきにおよびがたしこゝにためともが二男ともわかれは あしでよしやすひそかにやしなひとつていま下つけにありこれが いまてんをもててんがの武将とあほがし又為ともがみせいのはつしを いもて他の国のぬしとなさんこれわがひいぎのさたにあらずため ともふさいいへのこらが忠義のぜんほうそのよけい子そんにおよぶ ともふさいいへのこらが思ひのせんほうそのよけいにそんにおよふ いものにしてしぜんのことはりなりみよよりとも一たんぶらん〽つぎへ いほしそれといかにせんよしともが子よりともが いゆくすゑぶうんこうだいにして天すでにこれにゆるせしかば う長し富 高間太郎 烏朝 } 一つきしめでたくてへいけをつはとうしせうばつそのてにいづる いへどもこれがおやよしともが父をころすのあくほう子 そんにかゝりよりとも兄弟ふわにしてゆうこうの弟を ころし父子三代わづか四十ねんにしてじめつせんしかも そのをはる所死ぜんをえずみな政元欲のとしにしするを もてしるしとすべしそれぜんにかならずぜんのむくひありあく にかならずあくのむくひありりんゑおうほうゆゑなきにあらず きじんあに人をわたくしせんやしかるをためとも世をうらみけ をはかへみみじきつしてうせんといたす事しかるべからずことし ふゆのなかはにいたつてひごのくにゝおもむかばはからずして いかきすの人にももはからずして ふるきにあひとしごろのかんくをかたりなぐさむる日ぞ あらんしかれどもめいうんはなほまづたからずふたゝびあい てふたゝびはなれそのともがら又ひめいに死するものおほ からんこれ忠義のためとはいひながらとしごろためともあま たのてきをいころしたるそのむくひなりと思はゞたえてうら むるにたらず世のことはざにくちうのくをきつしえてまさに 人のうへになるべしといへりことにせまりて死をかろんずるはやまと たましいなれどおほくは思ひはかりのあさきに にてまなばさるのあやまちなりさはあらぬかと のたまへばためよしは世にもかたじけなきそしき にてぐしんが子どもあまたなるなかにためともは そのちゆう兄にも弟にもまさればわきて いとほしく候ひつるかれが子そん かくばくたいのくわほうあらば よろこびこれにます事 なしこれみなきみの おほんめぐみにこそと しやし申せしかはおの〳 又よろこびを □□□□□□ よりぼろ 爲朝 おんしやくにこうしてぎよはいを すゝめ奉ればしんいん心よく きこしめしてこれをぐんしんに 給はるにそみなのみをはると見えして しんいんをはじめよりながためよし いかめぐんしんたちまち身うちより みやうくわもえいであとさけぶほど こそあれがつしていちだんのおに火となり ひかりをはなちちこがたけをさしてとび さり給ふこれや此てんぐどうのくげんかと見しはなんかの いちむにてためともはさきにたんとうをぬきかけたる まゝいしのたまがきにもたれわれにもあらでおはせしが やくさめてたんそくし折しもくもまをなぎてすぐる はづかりやねをうちあほけば月はいつしかくもがくれ てあめそぼくとふり出たりさてはゆめにてあらけるか 君と父とむちうにねいのあらはれてのちをしめし 惣がいをとゞあ給ふにこそかゝればかる〳〵しく死するに あらずかつしんいんようよのうちよりきこえしらし 給ひしきよせいに〽あさくらや只いたづらにかへすにも つりするあまのねこそなかるれとか此おんうたのこゝろを 思ふにあさくらはちくぜんのくにかみあさくらのこほり 思ふにあさくらはちくせんのくにもみあたく にありさいめいてんわうあさくらのみやにてかんとり 給ひをさればしんいんも此ありそにてかんさり給へば たゞにあさくらのこのまるどのに思ひよしこゝに きたれるためともをいたいらにかへす事は ほゐにあらずとおんいつくしみのふかきはみそ ひともじにしらし給ふにこそこよなきめんぼくなれ とてかんしやのかなみだをおしぬぐひつゝよもすがらおんはかにこうじさて 夜もあけなんとすれば〽あきくらや木のまるどいに入るかひはきみ にしられてかへるうれしさかくよみてたむけ奉りやがてまつ山に しりそきてしはしか此山中に身をしのばしつのに。衣かんにまかし 紀平次 白ぬひ ふゆのなかば うちよりびんせんして十二月なかつ もはひそかにさぬきのまつ山 をいでくひぜのくにへおもむきしどの にいたりて山を いでひごのくにへ ぞおもむきける ○嘉志第二ねんの ふゆ十一月すゑ八郎ため につき給ひ此わたりなる ころひごのくにうごとのはま 宇士山龍といふたるね にのぼりてつくしがたを にのぼりていくしがたを 見わたせばしらぬ ひをよく見るとぞ ひをよく見るとぞ いふなるこれさへ なきつま 白ぬび姫の 事を思ひ いでられて こうがいに たへ給はず 九しうは 三とせが ゑどにうち したがへて きくち はら田 にも かうべを いださ せず きのが まゝに いづるにも 入るにも いかめしきに かしつかれかつら をかそへてわざへし 中洲戸ノ刻 ものかなこゝにしたがふものとてはいちでうのつえいつるいの かさにすさずうらふくかぜ水とりのはをとさへ心を いためすといふ事なしくんふのじげんによつて此くにへ きつれどもいづちにゆきいづこにとゞまるべくもあら ねどあそのかみがきにて忠くにらぶちゞせしもとつ さがもありしかばこたびも又こゝへいるのはじめなれば かのみやしろへまうでゝゆくすゑの事をもかみの こゝろにまかしおねらばやとおぼしつうどゝたゝまの きかいなるみどり川をうちわたりとゝろきの さとはきのあがたをうちすぎてましきの つゝきかしき玉をかそへてくらひふうきふたつながらえたりしも今はいつ すいのゆめとさめてかはらぬものはうみ山のみかくもわが身はゑりゆく 磯校 こほりにいり給へば日もは□ゆふこえて そらさへかきくもりゆきちち〳〵 とふりそめてさむさたへ がたくされど此ほとりは はう〳〵たるこうげんにて 小ざゝまじるかれをばな □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 一一一 のまねくよりほかはやど かすべきいへもあらずむかひ にたかくそびえたるは木はら山に こそと見給ふにも此あぎ白みね にてたび人が心ひつる事を思ひ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ いでくこゝらにはしかるべきぶしの コン・ 高間太郎 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 十月廿一日 すまゐすとも見へぬ すまゐすともはんへる ものを今ふりきの みちならであど なき事をまざ〳〵 しくもきこそたるよかれは すりなどにこそあらめ とてひとりうなづきつゝ 白縫 四くるをため 一九、、〇 ともはやく あしをあげ てしゝの わきばら ちやうとける けられてすこ しひるむとこ ろをゆんでのいは におしつけつゝあし にまかせてふみ はり給ふにゆきはます〳〵 はげしくふりておもてをむけ がたきに日もはやくれてゆく さきいとおぼつかなしおりしも のがひのこまのいばふこゑたか きこえていとかしがましこはむま どものものにおどろきさはぎ たつにこそそも何事のある らんとあやしみて立給へばはた きたるものあり してゆきをけたてつゝくるひ ちよくなる □□□□□□□□□□□□□ 鳥朝 まゝに つら〳 見給へばその 見給へばその 大きやかなる事 うしにひとしき うしにひとしき ゐのしゝのさつやを おひたるにぞあり けるさてはのごまの いばひたるはこれに おそれてならんしやあ ほどのこのやなさんとて ごちすこしおしひらきてまち 給ふにしくはためともを見て 大にたけり小なぎなたをおし ならべたるやうなるするどき きばをかみそらし き犬をかみそらし はりのむしろにひと しき毛をさかだてゝ はなあらしたかくふきちらしの ほどの事やなさんとひとり □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ まつ しや にかけん とするを にじり給ふ ほどにさし もにたけき あらしゝのたち ためとも まちよはりはてつ ひらりと かりとこつうの 身をひねり てつとあとべに 立給へばしゝは ます〳〵 あらだち てひづめを けかへしやう やくにかうべ をめぐらして ふたゝびかけ んとむかひ口 くつうのこゑと くつうのこゑと もろことに へたばりない へたばりふして いきたえたり めたた かゝる所に 木はら山の ふもと より しらき びかけにど の弓を にぎりもちさつ矢を おひたるかりびと あへぎ〳〵はしりきて ゆきあかりに ためともをすかし 四十一日 市中市町 同赤子 一 紀平次 □□□□□□□□□ 守 一おのれはとしごろかし このみやまにわけいりて けものをゐてとるを 見つ又しゝの たふれたるを 見てかつおど ろきかつよろ こびちかく あゆみよりて いふやう 弓張月八編 ものかなこゝにしたがふものとてはいちでうのつえいつかいの かさにすぎずうちふくかぜ水とりのはをとさへ心を いためすといふ事なしくんふのじげんによつて此くにへ きつれどもいづちにゆきいづこにとゞまるべくもあら ねどあそのかみがきにて忠くにちぶちぐせしもとつ さがもありしかばこたびも又こゝへいるのはじめなれば かのみやしろへまうでゝゆくす衣のか事をもかみの ろのみやしろんまがうでゝゆくするをもからをもかみの こゝろにまらし奉らばやとおぼしつうどゝたゝまの きかいなるみどり川をうちわたりとゝろきの きとはぎのあがたをうちすぎてましきの こほりにいり給へば日もはいゆふこえて そらさへかきよりゆきちち〳〵 とふりそめてさむきたへ がたくされど此ほとりは ばう〳〵たるこうげんにて ばう〳〵たるこうけんにて 小ざゝまじるかれをばな いまた人人壱人も にたかくそびえたるは木から山に こそと見給ふにも此あき古みね にてたび人がいひつる事を思ひ いでゝこゝらにはしかるべきぶしの すまゐすとも見へぬ ものを今ふ品きの みちならであど なき事をまざ〳〵 すりなどにこそあらめ とてひとりうなづきつゝ のまねくよりほかはやど 白縫 しくもきこそたるよかれば かすべきいへもあらずむかひ 一〇・〇・ 二十一 高間太郎 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ つゝき「かしき五をうそへてくらひふうきふたつながらえたりしも今はいろ〳〵 すいのおめとさめてかはらぬものはうみ山のみかくもわが身はなりゆく 磯校 はじり給ふにゆきはますく はげしくふりておもてをむけ がたきに日もはやくれてゆく さきいとおぼつかなしおりしも のがひのこまのいばふこゑたかく きこえていとかしがましこはむま どものものにおどろきさはぎ たつにこそそも何事のある らんとあやしみて立給へばはた きたるものあり してゆきをけたてつゝくるひ ちかくなる まゝに つらく 一巻 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 鳥朝 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 見給へばその 大きやかなる事 うしにひとしき ゐのしゝのさつやを おひたるにぞあり けるさてはのごまの いばひたるはこれに おそれてならんしや阿 ごちすこしおしひらきてまち ごちすこしおしひらきてまち 給ふにしゝはためともを見て 大にたけり小なぎなたをおし ならべたるやうなるするどき ほどの事やなさんとひとり きばをかみそらし はりのむしろにひと しき毛をさかだてゝ はなあらしたかくふきちらしの 二 弓張月八編 一 紀平次 四くるたた ともはやく あしをあげ てしゝの わきばら ちやうとける けられてすこ しひるむとこ ろをゆんでのいは におしつけつゝあし にまかせてふみ まつ しざ にじり給ふ ほどにさし にかけん とするを この ためとも ひらりと 身をひねり てつとあとべに 立給へばしゝは ます〳〵 もにたけき あらしゝのたち まちよはりはてつ くつうのこゑと もろことも へたばりふして いきたえたり かゝる所に あらだち てひづめを けかへしやう ふ やくにかうべ をめぐらして ふたゝびかけ んとむかひ口 木はら山の ふもと より しらき の弓を にぎりもちさつ矢を おひたるかりびと あへぎ〳〵はしりきて ゆきあかりに ためともをすかし □□ 平松平均 ※市平 おのれはとしごろかし このみやまにわけいりて けものをゐてとるを 見つ又しゝの たふれたるを 見てかつおど ろきかつよろ こびちかく あゆみよりて いふやう はとしごろかし 甲九七十一日 つゝきなりはひとするものなるが たゞいま此しくをいて矢は二すじ おはしながらたふればなほかけんと むかひくるそのいきほひてきし がたく思ひてしばしやりすぐし のりをしをりにおひきつるに おもみたやすゝうちとめ給ふにや むるしゆうりやくてんわうかつみ き山にみかりしてみづからあらしく をころし給ひけんもかくやとおぼし たゞうらむらくはこゝにはたき ひめを見ざる事をといひつゝひた すらせうさんしたりしがによほう やの事なればそのかほかたちこそ しかと見わかねどこはねをきけば いとわかうどなりそのこときため ともはかりうどにむかひて のたまふやうことはざにけもの きいまるときはかみ人きは まるときはぬすむといへり われぐわんらいしゝをころ すに心なくかれみづ からきたつてたふれ たりしかるをかく せうびせられ われ又じふする ときは人のろうを ぬすむなりわが ちからのこはきに あらずおんわが さつ毛の 白ぬひ 三 する どきに こそと いらへ 給へば かり うど 一同壱人 滝江が霊 あら ます〳〵 たんせうし たんせうし こよひはから ずもおんみの 〇下にひらめ ちからをかりて ………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………… 一、 ………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………… ………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………… なるいはのゆきを われは大なるとく つきたりゆきもいとふかきにわがいへにやどしまゐら せんといへばためともこたへていなわれはよすがら はしりてあそへゆくものなりこゝろざしはよろこはし けれどしばしもとゞまりがたしとのたまふをかり かきはらひつゝかなまりを とりいだしひさごのさけを なみやかにうけてたゞひとくち にのみをはりひたすらため ともにすゝむればためともついに うどはなほひきとゞめこゝよりあそへは十二三里か あるべきにもしらうばにみちしるべせいるゝに あらずは此やきにまよひ給はざらんやまげ てわがやにやどり給へとほくもあらぬといふを ためともはあつくよろこびきこえながら とゝまるけしきなければかりびともとゞめ かねてこしにさげたるひきこをとりいだし きやくじんいよ〳〵ゆうんとならばこのさけを のみてさむさをしのぎ給へかしこはわが山めぐり するいのちのつなられどなかばはわうちてしゝを ころし給ふにむくふべし聖のはなもかへつてうるは しき事ありゐなかざけも人をえはする事あり おのれまづこゝろみてまゐらすべしとまめだちて木の いなむことをえずしかもものほしき をりなれば ゆきを さかなに かみていちわんを かたむけねんごろに かりびとにしやしてかさの ひもをむすびそえたつみ をさしてはしりさり ようちやうたる山ふところを よぎり給ふにさけのえひ いたくのほりてしきりに めまひしいつほはたかく 白 う長にて扇 六日 いつほは ひきく よろ〳〵 ひよろ〳〵 としてあしの ふむ所を しらずこは あやしくもある かなわづか 一わんのさけに かくもえひたる 事よといぎへし 弓防戸ハ編 樂亭西馬譯 爲朝 〽つゝきつぶやぎつゝしいてはしらんと し給ふにゆきのなかにうづめたる かぎなわにあしをからまれ たちまちだうとたふれ給ふ およそえひたる人ひとたび まろぶときはたえておきる 事をえずそのまゝに ねぶりこけておはし けるにほとりちかきほや のうちよりしかのかは ごろもきたるをなご よく見すましていそがは しくはしりいでやにはに ためともをとらえひし〳〵と とめたりしかれどもためともはめいてい いとおもやかにひきづりきたりしかばをなごはひでひそく していでむかへわがをとここよひはよきえものゝはべり いましめてほやのまはしらにつなぎ 白ぬひ してどろのごとく何事をもおぼえ給はずしばらくして いぜんのかりびとかのしゝをせこなわもてしかとくゝり れいのさけを のましてこゝへは こしまふならんと いふへつ いふかりびと つまにむかひていふ きゝてうちうな づきつゝしゝを かどにひきいれふしたる ためともを見かへりその やうさきにわれ このしゝを うちもらす べかりしを このをとこ がゆき かゞりて たやすゝ 打とめ たり 九へんべ こなた 軍 一雄齋國輝画 こなた ころで つらたましいいかめしげなるたび人を いけどりおきづかれがいたくえひたるは 浄書心酔 発 新 錦 同十一四十四 堂 行 同 西馬譯 弓張 月春 宵榮 国輝画 仙果作 小夜衛白波草紙 芳乕画 楽亭 西馬作 窓衣 一妙雑史 芳王 図画 笑 日記」 録 東錦繪草紙問屋照降町惠比壽屋庄七梓 一 了法月九日 第4 12979 張月九篇 升題曲豆国辺 西馬譯 国輝画 弓張 恵比寿屋 梓 月 第九編 嘉永六 癸丑春 発市 上集 同右同右同右同断 世に稗史ほど愛度ものはあらじ。そを奈何といふに相も変ず双業して年を 暮し。また来る春の新玉を。まつの千歳と祝月。草双紙もとし〳〵に。去年の開鏑。 古販となれば。亦新案の魁を。早咲の梅ひらくを賞需諸看官一陽来福の御慰 に。朧月夜か弓張の爲朝傳記も既に九編の發市となりしが。作者の手柄は更になく。 故人の妙著せられしを。御伽咄しに読意中。色も香もない屁綴方なれば。書賞 我とこらは如才なく。自業を不需前流。人の知りたる小説本を。換視用足綴らすれど。 卯月に憐季封疆の花ちと早過梢淋に並櫓の當やを的にて。四谷怪談裏表。 将近節の桜荘子。能吉利をば俱得せんと。猫杓子と人の氣の。夜昼となく競ふ のを。軒役の交代寝られぬまゝに引業た半面方題に点反使に投せば。しぶ〳〵と 立上り。序文でござるもすさまじひ。幾度爰まで歩運かしやがると口の中。謐て 走帰りぬ 〕第六十三楽亭西馬戯述 嘉永六癸丑歳孟陽新鐫山二日樂亭西馬戯述 (豆馬 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ ○源八郎 鳥朝 東都名所 圖會内 山下秋暮 鹿よりも 哀れ ゆふべは 見世ものゝ 猪の子を なかす 秋の山下 花咲庵 朱守 ○八町礫 紀平治太夫 爲朝 妻 白縫姫 ○爲朝 ○貞婦 ○貞婦正腹あるし 第二十一年天丸 思ふ人に 嵐雪 印地の 当れ やうぶて 礫 □□□□□□□ 〽七十七才 〽七月八ト □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ ○足利義康一 養子 朝稚丸 曲れるをまげて 其角 曲らぬ 押哉 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ ○筋江 霊 ○海賊 岡地 ・良臣 梁田 二郎 時員 十月月ノ刻 八へんゟつゞきそのていものゝように たつべくも見へざればあざむきて れいの 案上 ●さけを さけを すゝめろう せずして しゝと人と ふたつながら えたりいぎ 山のとりてに いて ゆきて ことのよしを } きこえあぐ べくといへばをなごは かひゞしくみのをき かさをいたゞきふうふ あとべさきべに たちてくびふし 高問 たるためともを ぢうにかき山ぢを のぼりゆくほどにいと 白ぬひ ふかくわけいもつこゝにしゝがきをゆひ まいしてむなぎ高くたてならへたるとりでありけり じんせきまれなるみやゆべにはにげなくそのてい らくはせをしのぶふしの山ごもり してときをまつにやとおぼし かくてかりうどふうふは だめこともをつきもてゆき てかふきもん二ツばかりを すぎしよいんめきたる ひろにはにこれを ひきすえ 山たちのすみかとも見えずうたがふ ○ひごのくに あその じんじや をとこまづ うちにいり しばらくして いできたり つまにいふ やう尼は はいまだ日 弓帳月に編 ねぶらで おはし給へば みづから見給はん とのたまはするなり いかにすこしはさめ たるべきかととふに をんなこたへてゆきの なかをこゝまで かきもてきたれば 今ははやさむるころ ほひなるべけれどあま ぎみ只今いで給ふ とならばげとくの 一ぶくをもちひ給へ かしといふにも もをとこげにこうなづきて くわいちうよりひとつみの くすりをとりいだし かけびの水をひしやくに いそ萩 うけて くだんの くすりを ためとも のくち にそき いれ たれば かはき 給ふと 見へてのごり なくのみ 給ひぬかゝる 所におなじ さまなる わかものら 三四人 しよくを とつて えん がはの さゆう にむかひ ざしあるじの いづるをまつほどにとしの ころみそじにたらぬびせま たけなるくろかみをもとゆひ 又ぎわよりきりさげ身には しらあやの 小そで三つ ばかりをかさねて にしきのけさを かけゆんでには 烏朝 しらゑのなきなた をつきたてめてには すいせうのずゝを つまぐりとしのよはひ いそじにちかき 〃 やうを見ばやとおぼしつつぎへ 大をとこのはらまき ながやかなるかたなをおびたるを したがへびやうぶのうしろより めぐり出てせうぎにしりを かけいけどりきたれるは そのものなるかといふそのこゑ おいろうとしてたかからねど ためともこれにおどろきさめて ふかくいぶかしみこはわれは いかにしてかゝいひがひなくぞ のましめられたるそもこゝは いづこそやとひそかに をちこぢを見かへりつゝ ひたとあきれておはせしが さもあらばあれかつかりの いましめをひききるとも たやすかりなんまつしやつらがせん 大をとこのはらまきして 三号ノフ云ツ つゞきなか〳〵に わろびれず かうべをたれて ひとことも こととひせず そのときあるじの おゐて 白ぬぬ あまはためともに むかひたびと 給ひそまたく せつがいせんと にはあらず かねていへのこ かならずおどろき ふうふのものに たつべく見ゆる たびゝとの ふもとを めいじてものゝように よぎる あれば さけを すゝめ えい して こゝにとも なはしつる 事くはんらい ひそかに かたらふべき よしあればなり 磯蔵 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 男ひざを すゝめてともし びをかしこに さしむけ されどあからさまに 山にいざなふときは その人こはぞくならんと おそれまどひてした がはず此ゆゑにひさごに さけをいれなかにへだ てをしかけいつぼうには どくあるさけをおさめ 又一ぼうにはさも なきをいれてかれが のむときはゆびを もてひさごのくちを ふさぎつゝすみたる さけをのみその人には どくあるさけをのまし いたくえはしてひそかに こゝへかきもてきてさて げとくのくすりをのまして ときしめしすべて山に とゞまるもの二三十人に およべりもしわがいふ所を うけひくべくはいましめを ときてことのよしをとき しらせなん見うけひかじと ながらいけては元こそかへす まじけれ心をさだめていらへ せよといふそのいふ所をなごには にずいとだけくきこえしかば ためともます〳〵あやしみてま ならばぜひにおよばずふびん う長月乙同 若君 高間太郎 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 八十 ゆ見よちかごろ大しま にてじさつし給へりと きこえたるおんぞうしに きこえたるおんぞうしに つゆたがはずいとあや しくもあるかなと いへばくだんの すでにそのへ なるをしつて いよ〳〵思ひ まどひつく そは此十とせ あまり さきつ あき つくし にて うち死 TENEE 目目 INIL ▼思はずもかうべを もたげつら〳〵九の あまを見給へばあま も又はじめてためとも とおもてをあはして いぶかしみほとりちかく はべりたる大をとこを 見かへりなんぢかのをとこをゆ ひがめか ずや 八てう 白ぬひ にはあら かれは又 つぶてと 見たるは いかにためともを 見わすれたりや とのたまふにぞあまもいへの こらもにはかにあわて さはぎさてはおんぞうし にておはしけりわがきみとは 思ふものから世にながらへ 給ふべうはあらざめれば なほうたがひてはべり たるこはすゞろなり 同同同門左の弁 つゞきこはもつたい なしとてかつよろ こぼしとてかつよろ こびかつかしこ 白ぬひはきへいじ 高間太郎 ふためきつゝ ひろにはに はしりおり みづからその いましめをとき すてゝちりうち はらひやがて かみくらにせう すればかりびと とゝもにあはて ふうふも 此ありさま におどろき あきれめん ぼくなけに 見えたりけり そのときためともは 白ぬひにむかひておん身はほうげんの はんらんにちゝ忠くにとゝもにうち 死しづときこえしがかくつゝがなくおは する事こゝろえがたしもしこゝはひご の木はら山ならでしでの山にはあら ずやまづことのもとをときしらし 給へかしとのたまへば白ぬひこたえて むかしわが身はさいふにてしすべかり しを父のきやうくんもだしがたくやつしろ いそ萩丁 紀平治 もえざりしにのかぜがてきをかけ ちらしてみちをひらきその身は つひにおころされはべりその ひまに主じうからう じてのがれいでに けれどこしもと らはをちこちにて おしへだてられ 矢にいのちをおと しわが身もいと あやうかりしに きへいぢがあふみ よりかへるにあふて よりかへるにあふて 日八九にんのこしもとに めぐりあひて主じう やづしろも又かながれ もろともに ひつしをまぬかれつぎの 四こくへおし わたりさねきの みさきにかくれすみ ことひきのみやしろにて ことひきのみやしろにて はからずも武藤太にいて あひかれおんぞうしをたば かりてさどのひやうへのぜう しげさだにいけどらしたる よしをひとりごといふをもれの 爲朝 とあるたのこしもとをいてしろを のがれ出はべるによせてのいる矢は あめよりもしげくたやすくのがれ 弓長司乙帝 □□□□□□□□ ●きゝ その あだ なるを しりてかの ぶとう犬を ころし たちまち うらみを りよくはんにておひつきつぎへ きよめは べりきしかるに そのころ おんぞうしは いづの太まへ ながされ給ふと きこえしかば まづきへいぢを みやこにのぼして 事のきよじつを うかゞはしかくてわが 身はぶとう太がくび をもたらしこし もとちをいてもち みつをおひとめ おんぞうしをすくひいだし まゐらすべう思ふを もてあはたゞしくさぬきを たびたちとかくして千ぐはんの ミヽアラヲ多し つゞきそのよきへいぢが もちみつをねらひうたん とするにあふて主じう もろとももぢみつを 夜うちしたやすく おんぞうしをすくひ いだしをりたるに たれかしらんそは にせものにてかえつて もちみつにはかられ たるをくへどもおよばず いたくそのものをせめ とふにはやおんぞうしは みちをひきかえ大しまへ おくりたりといふにすべ なくさらにもちみつが ふせゞいをきりぬけて主 てしんいんをぬすみいだし 奉り大しまへおしわたり おんぞうしとゝもに事を おこさばやと思ひながら すゞしまの御所はもる人 のひまなくてかる〴〵しくば ちかづきがたしされば世 わたるかひのなきまゝに わが身はしどのうらに しほをくみかいをひらい きへいぢは山にいりて たきゞをこりすみを かくれ給ひしこそいよくあやしく はべれかくてかのきみのついふくも 三とせがほどはしのび〳〵 にしどのの 足利義康 じうさぬきへ立かへりせめ ●うらにて 心ばかりのぶつじ をいとなみ奉りしが つびにかしこにもすみ わびてふるさとなれば なることもあるべきぞといつてあくさうをあらはし 給ひしか代そはおんたまのまぼろしにありそに いでまし給ひけんそのへぎの日にしんいんは いぢがなることもあるべきぞといつてあくさうをあらはし四してかれらふ よぎるたび人にたけく 日してかれらふうふをば ふもとにおらし此わたりを 見ゆるあればさきに 申づることくすかして こゝにいざなはししん ちうのきみつを つげてこれをかた らふにもしうけひか ざるときはもれん 事をおそれてふびん ながらうら ないし はべり その こゝろは あまたの ゆうしを あつめ しのびやか に大しまへ おしわたり とのを むかえとり 奉らんと するのほかあだし事なし しかるにおんぞうしはいぬるうづきげじゆん もちみつらにせめられてたちに火をかけ じさつし給ひぬときこえしかばたねんのしく ぼういたづら事となりてくちをしとも やきともかくもして 一月日をおくりはべるに こしもとらはちり〳〵 ばら〳〵になりゆきて いよくしくしをとぐる によしなしときに長くわん 二ねん八月わが身ふしぎ にもすゞしまのありそ にてしんいんにしせきし 奉りふろふがこぢり をきこえあけていで 一給へと□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ うへなひ給はずなんぢ ふかふがせいちうは わがなきいちにぞ むくふべき合よりのち きへいぢらをいてひそかにひごの くにゝ立かへりこの木はら山にかくれがを もとめはべるころむかしさいふにて わが父忠くにのかいしやくしたちに 火をかけはら切たる高間の 四郎が一子太郎のとあきら といふものかりびとゝなりて おもとにありければはから ずもなのりあひつるにその ころざしは父にもおとらざる わかものなり又かしこにはべる をなごはいそはきと よびてとしごろわが 身にみやづかえせし □□□□□□□□ めのわらはにはべり さきにあまた 五七ねんをまちでかな らずためともにあふ のこしもとは 心のほかに ことあらんしかれども うとく ふうふのゑにし すでにたえたるに なりゆき はべりし 梁田時員 にたればふたゝび かどかれは あふといへともふたゝび はなれおひをとよにし あなをおなじくする事 をえじこれめいなり よしやはかなきちぎりなり ともときをまちてまのあたり はなれおひをとよにしばつくんのものなれば してこゝまでもした をつとにあはゞとしごろのゆうくを かたりなぐさむるのみならず心やり 心ざまをゝしくて忠義 ござるをゝしくて忠義 ばつくんのものなれば なほたちもさらず がひまゐりしかば 此いそはぎ をたかまの をたかまの 太郎がつまと▼ 朝稚丸一 一弓張司九編 そらたのめにて かなしともたして いはんやうもあらず よしやばんりの はとうをへだつる ともうつせみの いきのうちはそら やくよはの月 ならでめぐり あふ日もあらん かと思ひしは かと思ひしは けふまで いきずは かくまでに なげきは せじと今さら に人をもうらみ 身をもはろ なみていよく いきどほりのやる かたなくさもあらば あれくどうもちみつ こそをつとのあだなれせめて かれがかうべをもてぬきつまを まつりまゐらせたゞにしがい せばやと思ひしかばまづ たぶさをきつて世になき こゝろざしをしめしかたちは あまににたれどもこゝろはしゆ らのちまたにさまよひ〽つぎへ 三日、弓戸ヲ知タリ つゞきます〳〵高間いそはぎにさいそくして つきます〳〵高日いそはぎにさいそくして みかたのゆうしをあつめしかばやゝ二三十人におよべり 今はいつまでかごすべきあすはあつまへふなよそ ほひをすべしとてきへいぢらとその事をしめし あはしもつはらたびよそほひをとゝのふるにいと あやしきはやふべのゆめにとしのころこそじにちかき 女こつぜんとまくらべにたゝずみきみかとしころ こひしとおほすその人はあすの夜こゝへき給ふ なりあつまへたびだち給ふことは思ひとゞまり給へと いふをわが身ゆめごゝろにそもおん身はいづちより き給ひつるととふにかのをんないらへせずかきけすやうに うせると思へばゆめさめてまくらべを見かへれはしまきぬに はにすりしたるうちぎのちしほにそみたるとなま〳〵 しききくろありことのていたらくゆゑあるごとく思ふ ほどによのあくるをまたできへいぢらに此ゆめを あはさするにみな〳〵思ひまどふのみにて それかといふものもなしかゝり音に おんぞうしはがらずもこよひきませし 事ゆめのつげにたがはずかくめぐり あひ奉るこそこはしんいんの 一のたまひしらし給ひし事さへ 思ひあはされて十とせにあゆる うき事のいちぶしゞうをつげ 給へはきへいぢはあやりのうれし さにすゞろにらくるいしゑら ぬひひめのいゝもらし給へるを これかれかたりなぐさ むれば高間の太郎はいそ はぎとともにひろえん にはいふくしほうげんの むかしはやつがれやう やく八男もなりしかは はてめしを 見しり奉 らずもつ たいなくも てつみをつがるく 所なしねがはく はくわんじんの さたをもてゆるし いへしめなか 給へかしと申にぞ ためともはたかまを づらてみそなはし でなんぢこれをし れるやとのたまひて くわいちうより わりふを出して見せ 給へばたかまの太郎 ます〳〵おどろきこは 此あきやつがれしち ねひひめのだいさんとして 白みねのおんはかへまう でしとき右の山にてたび 人にわたしたるわりふなり さてはそのときのたび人は おんぞうしにておはせしかあな おもなやぬば玉のやみなりとも こゝへともなひまのらせぬがら おもわすれたるこそおぞまし▼ いけれ とてひたい にあせして こうくわいす ためとも かさねてわれ 此あき白みね にてなんぢによび かけられたる日はすでに ひつしをきはめたれどなんぢ が人をしる事のさかしきに めでゝかりに此わりな をうけおさめしが これぞこゝにてめぐり あふふかき主 じうの元にし なるわれ いましめ なんぢに 白ぬひに あふよら かなからん られずはついに かならず はつることなか れとつぎへ 菊かず 同弘戸九組 おほせてかくつてたかまいそはぎを せうびし又もぬひきへいぢがとしごろの くせつをせうさんし白ぬひのむちうに えたりしかちぎととくろをとりよして これをつう〴〵と見給ひしがけんぜんとして のたまふやうこはうたがふべくもあらぬ さらえがうちぎなりしかれば此ごく ろもかれがはくこつなる事をしるべし とてしぎりにさたんし給へば白ぬひ きへいぢはさらなり高間にうふも いぶかしみてさゝちえとのたまはするは なにびとの事にやととふにの 朝稚丸 ●ため とも 五日{ こた 永山男 のあづかり に三郎太夫 忠しげと いひしもの のむ すめ にて そのゝ いふものをもて わりなくとゞめきし たればそこにてじさつ する事をえずやうやく かれをすかしてもとじゆへ かへらせおさめと二人の 子どもちには あはずして こしまを 時員 はな れ日 合こゝ ろざし まめやか にて父に にぞこの丁とせが ほどわれにみや いかえせしかばため つひにさぬきへ わたりあふ日のうら よりともわかしま 君とよべる子ども 三人までうませ たるそばめなりときこえ しらしつきて大しまにての はじめをはりをつまびちかに ものかたり又はちじやうおにが ものがたり又はちじやうおにが しゆへわたりし事おにやしやがこと おさめが事太郎丸二郎丸の事は にて大くじすゑのりに なのりあひこれにたくして しま君をあつゆへおもむかしつぎの日 しんいんのおんはかへさんけいしてたねんのこちうを うつたえ奉りすでにじがいせんとて刀をぬき たれどにはかに手あしなへしびれぼうぜん たるそのなかにくんぶのぼうこんまぼつしに あらはれてよそながらじさつをとゞめふめ のなかばにいたちばひごのくにへおもむけと さらなりためよりさらえおに やしやが大しまにてじさつしたることの よししま君をさしころしてはらを きらんと思ひつるにためよりさゝらえ がゆうこんおさめがしんぞくなる四郎五郎と のたまひつる事あるはあしかゞよしやす ひそかにらうどうやな田ときかずを 大しゆへつかひしてともわかを下つけへ むかえとりし事すべておちもなく ものがたり給ふにぞきへいぢへ たかまふうふはきくこと〴〵に たんせうし白ぬびひめはことさちに あるはうちなきあるはよろこびため よりのじやんかうさらえおさめが くせつ鬼にしやが忠死をいとをしみ ともわかしま君太郎二郎のにはかに みなし子となるをいたましみ給ふに ためともは又忠くにいか八しろらが うち死をあはれみのかぜが死を もて主にかはりしこゝつぎを 弓長月乙圖 よし康 つゞきかん けるしむかし りうぎう までたづね ゆきて上 くはうへ 奉りたる つるの ふれ にも 大しゆへ きつる 事を ゆうしいまだ二三十人にすぎずといへどもきみすでに こゝにき給ひしうへは百まんぎにもまさるべしきんじつ夜に まぎれて原田がしろをのつとり給はゞ九しうのぶしら かねて手なみのほどはしりぬきうこうのがうさふらひ のうみんにいたるまでまねかずしてはせきたらんかくて きくちをせめおとじてひぜん心をやすくしたゝら天ともをも せめ雨びげこくしをおひ出しだざいふをねじろこせば九し いつきよしてさだめつべししからばくわんぐんもおそるゝに たらずへいけもものゝかずならずくんぶのためにはほうぞ のうらみをきよめじこのためにはたねんのうつぷんを はらすにたれりとく〳〵思ひたち給へかしとすゝむれば ㊀とふにためともかさねて きくち原田が忠くにをうつたるは ちよくめいをうけてわたくしの いこんをはらせりかゝればこれ こうだうにかなふにあら ずや又もちみつがためとも をねたく思ひてくわんぐんを こひわがうからこれが ためにじさつすといへども これ又もちみつが わたくしにせいばつ ためともこたへてなんたちがいふごとく今九しうを なし せめとらんにはいとやすしさりながら しんいんかくれさせ給ひ一のみやゑゆつけ し給ふうゑはたれがためにかでゝむしの 六日 つのめだちてくにを あらそひ人を あらそひ人を はふり太平の 世をみだすべき 平家はねんらいのあだ なれどもみちをぐにかるに あらびはいかにしてこれをうたん 只ときをまつにしかずわが ゑふりをはかりてむめいのいく さをおこしつみなきたみを ころ壱にしのびずとのたまび けるときに白ぬひをつとの ほとりにありてつく〴〵これ 梁田時貝 さるに よつて こばまず つかねて 死を まちしは ちやう をきゝわらはをなごの身 にしてとかく申べきにあらねど をいを おもん ずるゆゑ いひ出つゝ われは白 ぬひを 世になぎ 人と思ひ 白ぬひは きくちはら田はわがちゝのあだなりもちみつは ためよりさゝらえのあだなりもし九しうをとら じとならばふなぢよりいづのくにへわたりもち みつらをつつてとうごくに見たをあげ給はゞ かのちはげんけふだいのけにんおほかりもし せきの八しうを なり只 にくむべきは きよもりが ばうあく のみ 君をくるしめ またわれを 死せりと 思ひおもはれし これさなん二世の ちぎりなるべし とのたまひつ 九ヶこく うちなびけ 給はゞにしの 九ヶこくに まさりなんなどて これをもむめいの いくさすと 朝稚丸 たみを しいたげ てんと人と ともに いかるわれ ときを 夫婦くんしんの つもるものがたりは ながきふゆの夜もあけ にはの白ゆきふりはえて のたまふ にやと まつてこれを うたんかならず しもにんじやうに よつてこうだう をわするべから なんとすさればたかま太郎 にいざなはれてさんさいに ずとのたまふにぞ とゞまりたるゆうしらはすべて 白ぬひはさらなり おの 平家のあくせいをうとみ 〳〵ためとものぎり ためとものちやうをけいぼする ふんみやうなるにかんぶくしまことにかゝる らうにんなりければおんぞうしはふしぎにも えいゆうもときにあひ給はずしてちやう ながらへてこゝにきませしときゝて大によろこび きへいぢとたかまの太郎についてひとり〳〵に げんざんすそのとき白ぬひはかみをわがね けさをときすてゝよろこびのむしろをひらき ふうふ主じうみなかれたるえだにはるのはな さきくらげのほねにあふこゝちして十とせあまりの かんなんゆうくも此一くわいにわすれたりつぎの日 きへいぢおかまの太郎はためともに申けるにみかたの てきことよばれ給ふうたてさよ月日はきみのためにてらし給はぬかとて しきりにたんそくしたりける白ぬひは又さらずくせつていこんの 集まれなるにかんたんしかたみのうちぎにごくろをつゝみて ぢぶつどうにおさめあけくれかうげをたむけみちたかきひじり にたくしてれはぢやうへほうぶらばやと思ひ給ひけるにある夜の ゆめに人ありてつげていふやうわらはがはくこつをねんごろに せせに人ありていけていふゆうみらははくこと ほうふり給はんとおほす事いとよろとばしくは見べれどもなほ こゝにありて人をまち今より五七ねんがあいだとゞめ〽つぎへ 一日列月六編 らんなにごどもかれがいふ まゝにしてえさせ給へと おふすれば白ぬひくだんの どくろをほふむらずぢぶつ にひめをきけりかくて ためともは白ぬひに きたりあそのしんしやへ まうでんとてはからずも 高間にみちびかれにたゝび おん身らにあふ事をえたり よつてあすはあそのみやへ まうでこゝろざしを はたすべしとのたまへば 白ぬひよろこびて あそのみやはわらは のたまふやうわれ此くにへ がうぶすなに おはしませど今は たえてまいらず このついでわが つゞきをかし給へといふに白ぬひさめて のちいよ〳〵きなりとしことのよしを ためともにつけ給ふにためとも又 いふかしみそはたれをかまつ 朝稚 さらば ゆき給へとて きへいぢら を山に のこしたかま いそはぎを ふうふ 主じう わづか 四五にん 身をもぐし 西馬 宿畢 糸吉 時員 十三里を只ひと日 にゆきてその夜は いらへ 給ふに よもすがらみや ゐにこもりつぎの 日木はらにかへり ため とも 給ひけりしかるに 白ぬひは此月よりの 國輝画圖 ◑身ごもりて つぎのとしの あき男子 しゆつ生し 給ふに此とき たんちやうの おいつる屋のむねに とゞまりなく事 三ゑにして南を さしてとびさりぬとは いとめでたきさがなれ ばみな〳〵ゆくすゑ たのもしと思はざるもの なしとぞ下の巻へつゞく 錦 昇 堂 後 新 行 □□□□□□□□□ 十一日 同 西馬譯 弓張 月春 宵榮 国輝画 } 仙果作 小夜衛白波草紙 芳乕画 東方 西馬作 窓衣 嫩雑史 芳王 図画 笑 たへと 日記[ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 録 東錦繪草紙問屋照降町恵比壽屋庄七梓 一正二十一日 国輝画 遊見 はり月 西馬驛 国輝画 九へん 下冊 綿昇堂 上梓一 五 四 上の巻ゟつき さればため こともはさき にしんいんの づけしらし 給ふ事をさへ 思ひあはし ながらうぬひ きていぢが ほか国は いひも しらし しらし 給はずの ゆちねの名す舜天丸諸とよびてきへいちを もてかゝづきやしなはし給ひつこれはさてをき 梁田時員はいづの下田うらにて ためとものをとづれをまつにともわか ふしぎにもいかのほりにそひてつゝが なくかの浦へおち給ひしかば なかくよろこびて ふかくよろこびて あいづののろしを あげわりなく 酒丸 ともわかをせにおひつゝ 夜を日につぎて下つけへたち かへりうらへんにためともの へんじいちぶしゞうゑん ぜつしかのかたより おくりこされ 朝稚 にじりがへし のたんどうを まゐらせ ごとも さかを いざ ない まゐ かば □□□□□□□□ 時員 三日発天九編 つゞきたいめんしてためとものせつ ぎをたんせうしかつともわかのつゝ がなくてきたれるをよろこび 此たびひそかにむかえとりたる 事のよしをときしらしけふ よりはよしやすが 子にておは するめしと 時員 あたまへばとも わかはじめては文の いつくしみふかき なれあなのこりをしとは 事をさとりて 心に思ひ給ふ やうかゝりせば おやはらからにも いとまごひすべかり しにとはしらず してひたすらに父 のいかりのはなつだ しくてつみなはし 給ふにこそいかのぼり にのせられてなも しらぬうらわにおち ともなひさらるゝとのみ思ひし かゝりわりなくもとうぞくに 思せどもかしきに だにあらはさずまづ よしやすのこゝろざしを しやして札のぎたゞしくたちふる まひ給ふほどに よしやすます〳〵 そのさかしきをせう さんしつぎの日ろうしんを よびつどへてのたまふやうわが つまは世をはやうし此身も 又こゆるぎのいそじに あまれどつゞべき子 なししかるにわれ 七とせあまりさきの あきちかき山ざとに かりくらしてしづがやに ひと交をあかせし日 そのかへのをとめにたは むれてをのこゞをうませしが 母はさんごにみまかりければ ひそかにときかずにやしなはし はや七才になりぬさすがに はぢてなんぢらにはしらせ ざりしがわがちすぢといふは かれがほかになしよりて かのちごをかちやくとさだむ べう思ふなりこの事何とか あるべきととび給へばみな〳〵 大によろこびてやつがれら としごろわかぎみのおは さぬをなげく事ひさしこは ねがやにまれなるさいはひ なり思ひたゝし給へかしと いらへしかばよしやすやがて 渦丸 弓長司乙編 吉にちをえらみともわかかちやくのひらうをして いへのこらにしやしよくをもふにぞおの〳〵よろこびをのべて ともわかにはいえつせりこのゆゑにともわかをためともの 子なりとはしるものたえてなかりけるかゝる所にそのころ ためともはもちみろがざんそうによつてあまたのくわん ぐんをさしむけられのがるゝところなきをしつてやからを さしころしたちに火をかけてじめつし給ひぬるよしとびの ふうぶんかくれなかりしかばともわか大にかなしみて ひそかに父のもにひきこもりしばらく人にまみ え給はずよしやすは此ゆゑにともわかをいよく めせいつくしみいみどもはてゝのちきうばの ろぎやうはいふもさらなりしまをよまし てならひさし給ふにその才よのわらはにすぐれ しかもやうふにつかえてこう〳〵なほざりならず さるほどにくはういんうつりかはりてともわか どきに十三才ものゝ こゝろもしるからに ます〳〵父母の わうしをいたみ そのさいごに あはざりしを のこりおほく おぼせし かば やなだに つげ せめて ねの ゆめに なり 朝稚 じつぶ じつぼに あはし 給へと つゝしばし まど ゆめのうちに びんづらゆふたる どうじこつぜんと あらはれともわかに むかひていふやうおほん がみのみことのりありこの ぬさをみちのほとりにいぎへし 三ツ鴉灰地編 つゞき立てしなんとしかうべのむきたるかたにたづねゆかば 父にこそあひがたけれはゝにはかならずあふ事あら すみやかに思ひたち候へとときしめしくだんのぬきを 止みやかに思ひたち候へとときしやしくだんのぬきをうほすきてあそのかたへとこゝろきしゆくをものゝ わたすと見ておどろきさめをちこちを見るへり 給へばぬさはひざのうへにありけりいとふしぎ ●主じうはぬさにみちびかれてとほくさいかいの はてにきつぶんごとひさのさかいなるみやはら をうちすきてあそのかたへとこゝろぎしてゆく ほどにときかずにはかにしんつうして こゝちしぬべくおほえしがみづから心を にもたうとければときかずをよび はげまして さましてゆめみし事をきこえ給ふ おくれじと ※ちゞの がうてき をものゝ せざる ゆうしも にときかずが あやめども成 やまひ 見たるゆめも つめたるはずと まうすかくは ともわかしん〴〵いや ましにふかくしんめいの みやうぢよをかんげきし そのぬさをたづ さへてたちに かへりやうふに ことのよしをもの がたりねがはくは しばし身のいとまを たべとのたまふにそ よしやすつかのぬさを 見てかつおそれみかつ ねんなれどしいこうによつて かゝるちげんをからむり給へり しかれども此事おほやけ だちてはびんなからんわれは しらずがほにてあるべきに 世にはびやうきと 渦丸 たうとみおんみなぼしやう には おくるゝを ともわか 見かへりて やよとき なん し け なやまし げに見え かほの ます〳〵 ひろうしときなぜ 給ふ ならば つゝが なる すがらの事によろづこゝろをえざしろぎんともし からずわたし給へばともわかはやうふのたまものを はいしうけてひそかにたびよそほひをとゝのへ へてかたみにおもわすれする事もありなん かゝるときのよすがにはこのたんとうにますもの なしとく〳〵たびのこゝろがまへをしたゆへときこえ しらし給ひつゝにはかにときかずをよびてみち もとやそをつぼをりかさをふかくし ときかずをいてあしかゞのたちをしつびいで さていづちをさしてゆかんとてまづかの ぬさを立てこゝろみ給ふにぬさの かうべにしのかたへたふれたりさらば さいこくへおもむくべしとてなかせん だうをのぼり給ふこれよりのちは 時員 ちまたふたすぢ みすぢにわかれて 思ひまどふごとにぬさを 立てみちしるべとし 立てみちしるべとし 山をこえうみをわたり よにやどり日にあやみ べしとて ゆるし給ひつ ひとふりの たんとうを ともわかに 渦丸 あたへこれは御身がこゝへ き給ひつるときためとものおくり こされしものなればこたびのはな むけにまゐらするなりよしやさゝらえとの の長丁乙扁 了帳了乙扁 ろりてゆくとゆきて思ひの ほかとほくきたりぶんごと ひごのさかいなるみやはら といふたいなかをよぎり 給ふ此ちはぶんごの なほりとひごの なほりとひごの あぞとさかいを まじへ 主じうあとにたちさきに いりえところぐ にみちをせぎりて おきあしのみははえしげり いこふべきかげもなくやど すいゑもなかりけり ともわかの わろしふしど あらはなる たびぬて よるの ころも さへうす □□□□□□□□□□□□□ ければふう じやにおかさ れたるには あらずや しばし かしこの このもとに いこひて ほやうせよ かしとのたまへば ときかずは つえを つぎへ 甲州片九編 つゞきたてゝいきをつきやつがれこの 二三日はこゝちつねならず候ひしが かくと申さばわかきみのさこそびん なくおぼすらめあすはおこたり はてんかとてやまひをおしてこゝ まではまゐりしがびやうく しきりにいやましていかに ともすべなしされどしばし 立やすらひて 心をしづめなば やはかゆかせ候べきこゝろ くるしきけしきなればとも わかきゝておどろきうれひ かゝりせばゆふべのやどりにとう りうしてくすしにも見すべき ものを此わたりにはゆを こふいへもあらねば何事 もびんなしゆふつゆは ふかくともまづ木の かげにいしふてよれ こよひのとまりまで やすくおぼしめせといふも かげにいこひてよと まめやかにいたはりて ちがやかきわけつゝ かさをえんざに なしときかずを おらせふところ よりくずり 朝稚 とりいでゝのまし たるへばとぎかず おどろくにもあらねどわが身 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ らばあすよりわかぎみのたれを よすがにゆきもしつもどりも し給ふべきあないたましやと いえばえにいはねどけしきに あらはれてうきにせまれば いたつきのおもきまくらを あげかぬるをぐきのうへに ふしまろべばゆ ゆいなご三ッ四ッとびいでゝ すそのあたりになく むしのしのこと むしのこゑもたちまち たへたりけるともわか 見るにあさましく いだきおこしてぜなか をなでときかず こゝちはいかに ぞやそなた が死なば いかにして きゝてはこきやうへやらんたまづさかゝ おしみいづるにもいるにもときかずを たゞつえともはしらとも たのみおぼすにいひがい をしかし奉りてづからくすりを たまはる事みやうがにあまりて いとかしこし下つけをいで給ひし よりつやにやどりかぜにくしけづり ちやうていきよくほにかりがねを はらわたをたち給ふなるに こう〳〵世にすぐれ給ふから これをうしともし給はすすみ みちはるかにしてはこうじつのかげを かんしやにたえずしてそゞろにらくるいし たびなればこそわかぎみにくさのしとり 見なしゆふべをおくるかねのこへ あめにくもりしゑんじゆのかげ なくもやみ わづらひて これをうしともし給はずあゆみ つはれてせいちやうのもとにたゝずみ 渦丸 かえつて わかぎみの おんいたはりを うけきる うけ奉る こそ心くるし けれとかきくどき つゝしいてあるかんと するにあらすゝ まずげにやつねなき 世のたゝずまひは今さら 予長了七編 弓間月九編 つゞきすくひ給ふによしなきか もし主じうが忠こうを神も あはれと見そなはさばしざし 見せ給へときねんしつ心ぼそげに 見え給ふときかずは身のくるし さよりわかぎみのおんゆくゑ とやあらんかくやあらんと思ひこはたけく見ゆれどやみわづらへばおころす やるほどむねくるしくやうやく にからべをもたげときかず いかでか死すべきぞ水 ともわかのびせうねんなるを見てたち まちによからぬ心をこり此たび人はたゞ ひとにあらず思ふによろしき人のいへの 見せ給へときねんしつ心をそげになやみにふるきとをちくてんしわじう 見え給ふときかずは身のくるしかくやつ〳〵しきたびをするにこそしからば かくやつくしきたびをするにこそしからば かれがふところにものあるべしぐしたるをと こはたけく見ゆれどやみわづらへば打ころす ともいとやすかりされどたばかるにしくは なしまづしやつをしまびつけろぎんをうばひ さてこのびせうねんを大てらのちこなどに によしなきか とふくみすこしゆきすぐるおもゝちしく ふたゝびときかずを見かへりあなむざんや きらでだにたびはものうきものなるに やむ人よりもせうねんのさこそ心ほそのらめ わがいへにはきうをすくふりやうやく ありとしころ人にほどこしてこゝろみるに そのこうしんの ごとししようねん われとゝもに きませまゐら あらばむすび うらばこれがれ十二ぶんの せべきにと あげて のみしろをえつべし □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ いへばともわか のまばやと思へ どもこれさへ思ふにまかせずと いふにともわか心へてはずゑのつゆを ふりよせつゝかみにしめしてしぼり いれときかずにのまし給へばこれが まつとのみづならんと思へば しかなり〳〵とはら のうちにもくろみ 心のうちにゑみをぬ 朝稚 よろこんで 見らるゝごとく きととほき 所にて にはかに ともの いとゞよはりやく心のうち やみふし にてをあはしもつたい なやともいひかぬる たればくずし をまねくに くるものありこれくもでのうづまるなり 此くせものいぬるあきさぬきのあふ日にて くのうはまことに いやましたりかゝる 所にかいのはしに大き やかなるふこをあみの なはにてむすびさげ たるをかだにしいさな さるかたなをこしにおびて よしなしそこの いへぢとほ からすは いざなひて その くすり を給はる べしと つぎへ 大くじがふねをおびやかせしにあまたのどうるは ためともにころしつくされその身のみなみの そこをくゞりからうしてのがれさりひさしく さいかいだうをはいくわいしてちらころ此わたり にありといへどもどうるいなくてのちははか〴〵 しき事もしいだしえずかりにすなどりを 事としてよろづほしいまゝに立ふるまひしかば 人みなおそのごとくにゝみわにのごとくおそれ けりかくてらづまるは此日なほりのいりえに すなどりしてさせる元ものもなく日も にしのうみにいりなんとするほどに さほをあげはりをおさめ只今 此所をよぎるとてときかずが みちのほとり にやみふせ るを見つ 時貝死骸 又◑ 渦丸首 弓帳同九編 印。油片加繍 つゞき のた まふ をとき かずきして 身をおこし いなそれは そゞろ なり 今しばし こゝに いこ つゞ 心 すが やかにそ なりぬべき 見もしらぬ 人にともなはれ 給はん事きはめて よろしからじ とてあやぶめば うづ丸かや〳〵と 打わかひ 白ぬひ きら兵夫 朝稚 事とにかくにおぼつかな ければのびあがりかの男が いひつりどく八九丁のみち なりせばかへり給ふころ ほひなるになどて 今に見え給はぬあら かたてやとひとりごちて かたなをつえに身を おこし よろめく あしを しむれど また よろ〳〵と ちから なく まろび かゝるいな ひらより くさと つきだす だんぴち にとき ぞれ ※ □□□□□□□□□□□□ ぶしにはたと □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ たふれしがやうやくに など てかく 一 むつくとおきて見かへれば 人を うたがひ 給ふぞわがいへ はこゝより八九丁 にすぎずこと はざにたびは みちづれせは なさけとぞ いふなるわれ なりはひのかへさ ならずばもてきても まゐらすべけれといへには おいたるはゝおさなきちこ さへありてはしかまはりも 心にまかせずさればいつへん のまごゝろをもてびやうくを すくひまゐらせんと思ふに いなみ給はゞしいてはいはじ なき あきの日を うか〳〵とこゝに あらばもうじう 山だちのうれひな からんやよしなき人に かゝつらいてあたらひま をついやしたりとつぶ がつらたましひいとおどろ〳〵し ●よらずもしかの くもでのうづ丸いなむらより いへのくすりをえてやまひたち所に いゆる事あらばこれにますさいはひなし 思ふにこはうぢがみのみやうぢよにて さるみやうやくをさづけ給ふにやあらん ずらんかれいまだとほくはゆかじいでよびとめ てんといひもあへずいそがはしくおつかけ給へば ときかずはなほ心もとなくて身のくるしさも うちわすれこやなう〳〵とよびかへせどはや うしろかけ見せ給はずぜひなくときかずは にともわかのかへり給ふをいまか〳〵とまつと ほどにとほきてら〴〵のかねかすかに きこえてくさばにすだくむしのねに をざゝむらたけゆふくれてねぐらいひつるも又いへに やきてあそのかたへはしり さりぬともわかはしばし そなたを見おくりてとき かずにのたまふやうかのをとこ をざゝむらたけゆふくれてねぐらいひつるも又いへにはおい をざゝむらたけゆふくれてねぐら もとむるともどりのすゞめいろ ときになりにけりしだいに 山おろしのはだへをおくしちきことにて 山おろしのはだへをおかしちき やくとほりてやまひはげしくいと いたう身もひゆれどともわかのま はんしんをあらはしちがたなを もていなぼをかきわき しづくとあゆみ土ときかずを しりめにかけてあざわらひ もろく見へてもつよきは たまのをやみつかれたる うへにさゝれてもまだ しなずやさらば今はの 思ひ出にわがもくろみを ときしらせんくるしくとも よくきけかしさぎに みやうやくをあたえんと いひつるも又いへにはおい たるおやおさろきもの ありといひつるもそち ごとにてたやすくなん ちをうちころし あるほどのつぎへし けれど人はおもてのびあくにもの おぞましやくるゝにほども心 三日十二月九編 中国用九編 つゞきほどのものははき とり又かのびしやうねんを うるときはたえてひさ しきあまたのかねに ふところをあたゝかう せんとおもひしかば なさけをもてしやう ねんをすかしちうと にまちふせしてやには にさるぐつわはまし ふでのなかにうち いれてひそかにこゝへ かたげきた れりくち のあみを さらえが霊 のあみをさらえがヨ …………………………………………………………………………………………………………… ………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………… くうとめ たればいけすの うをかごのとりに ひとしけれどよそ ながらいとまごひ してじやうぶつ こなたへひきいだせばときかず せよとちやうろうしくだんの ぶこをいなむらのかげより さてはとばかりにはをくひ じはりめをいからしやみて しんたいしざいならねば なんちらごときこぬすびと にあへなくうたるくのみ ならず主くんをとりこに おちんいともはかなきさいごなり そのときうづ丸は刀のちをぬぐひときかず がいふくろぎんをうづひとつてあみの そとよりふごをさしのぞきしよう ねんかならずしもおどろき ねんかならずしもおとろ おそれなわれけつして なんぢを ころさず かうや大しの 朝稚 NNOMIYA 〇〇〇〇〇〇〇〇〇 せられぬるかくゆふうんの つきたるかよしや此のゝ つめときゆるともひと たちうちまでやはと いきまきて刀をひき ぬきうが丸がむかずね をなぎんとするをおどり こゑてちやうとけかへし どろあし上てとき かずがかうべを ふみすえて うごかせずまな さゝめことをあまん ずる天てらの小 しようにうるのみ かふはまれなる えものありてきん きよとにんぎよを ふたつながらえたり とほくそえみて やをらふごを せおひつゝにうた うたふて こを見はり こゑをふり 立にぬす人 とはことおかしや われ口こゝにあり てはくもでのうづ丸と よばれどうるい 壱十五をつどへてよろづ ほしと思ふものは見のがし たることなししかるにゆゑ あつてどうるいをうしなひ しばらくこゝにちつすといへども なんぢをころすは幸をくだく よりごましいで此世のいとまとらするぞといひも あへず刀のつかをとりなほしときかずがのどぶえ を大ぢべくさとさしとほせばちしほふたゝびほとこしり てあしをもがきてしゝたりけるまゝかなしきかなまさに こればんりのくわうせんりよてんなくここんぢはくたれがいへにゆ 白縫 弓長丁乙扁 まち ぶせしてやにはに いましめくちには うちになげいれあみを しかとむすびとめこれを▼ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 工かきて小もどりし つびにときかずを ころしてこりろぎん をのこりなくうばひ こるをともわかは ふごの目のすき より見もし きゝもしていと くちをしく おぼせしが すでにもうり のうをとなり てちこれを すくひて あだを かへすことを みずふたゝび うづ丸が せなかに おひさげ かへ ゆく いた はし や とも わかは さきに うづゐに たばかられ ときかずが いたづき をすく はんと のみおぼ せしかば ひたすら うづ丸を 給ふとき うづ丸はちう とにせ 舜天丸 白くあら はれてながるゝ 行給ふに いたゝくぢ をつぐ このことを見える がたけれ いましめの なはおのづ からゆるみし かばひそかに ふりときて こじりかべしの たんとうを ぬきいだし ふこの うちより うづ丸が そびらす ぐさと さし給へは 切さき ちしほうつともに ひとこゑさけびて たふるゝをともわ えたりと刀をもて うへなるあみを 切ひらきさる ぐつわをかなぐり さるぐつわをはましてふごの すてゝとのかたへ おどりいでうづ九が たぶさをづかみ かいばをむねに おしあてゝへつぎへ一 つゞきしせめ給ふ やうきらてう ふところに いるときは りやうし これをとら ずしかるを なんぢ人の 女みふ たるを 為朝 紀平次丁 なき □□□□□□□ □□□□□□□ 給ひね かきとゞめて ふごのなはに むすび そえ 丸が四 ねいと まゝにしみづから なのりてその ふじんにほこる こそ◑ □□□□□□ かねを 十九月十一月廿七日廿七日 ふごの なかに のこし ゆさだか 白ねひ とゞめて られ ずは ならず をりしも あれいち いかでか 此ふごに もらるべき だんのおに火 くさむらの ときかずもしやみ ふすにあらずはなでう なんぢにうたるべきてんばつ 思ひしれかしとのゝしりてふたゝび みたびむなさかをさし給へばたち まちにいきたえたりかくて ともわかはときかずがために あだをころして立所にいきどほり をはらすににたれど日くれみち とほくしてしんたいこゝにきはまり ひんがんのともをうしなひこそんの えだにはなれたるこゝちしつとき かずがなきがらを此まゝをかば よのうちにけものゝついばみさる 事もありなんとせんかくせんと 思ひたゆたびたまびしがきと心 つきてしがいをいだきおこし やうやくにふごのうちへかきいれ さてふところがみをとりいだして しをしるしつけんとし給ふにさととほくしていづこにうつたふる事をなきにも ことのよしをしるしつけんとし給ふに よひやみなればふでのはこびもの うち より もえいで たなもとを てらすにぞ あきのほたるか おに火かとあや しみながらやう こそあらめと おどろき給はず これをあかし につかみじかき ふでをとりいだし やたてのすみを そめてどうぎやう 二にんのたびことこんげつ こんやこの所においてくもでのうづ丸と いふぞくのためにそのともをうたれ さととほくしていづこにうつたふる事を しらずあはれわがためにともなる男の 朝雅 立所にあだをころしおはんぬしかれども ときかず がひつ ぎの れうとし すて丸 さて さて いつ かた を きて ゆかばやど かるいへの あらんどて もたらし たる ぬさを たつね 給ふに ふつに 見えず いたつて こゝに ともわかはます〳〵 ぎやうてんしときかずが わうししたるさへよるべ なきに今またぬさを うしなひては やみなればふでのはこびもぬしらすあはれわぶためにともなる男の男の 弓長引乙扁 かくてもわがこゝろにざりけりこはうぢの おゝんがみも見はなち給ひたるかそもつきてきこりのかよふばかりな なにとせんとしうせうしもうぜんと山ふところをすゝきかぎわき してたらずみ給へばおに火はしきりからうじてのぼり給ふにあしよりは にたかくあがりひきくてらしてちをいだしすそはあさつゆにそぼ みちびくごとく見へしかばともぬれつゝそのところへいたり給へば わかはやゝさとつてらくるいしはたしていつけんの山やしきありけり あゝときかず身こゝにかゝるみやまにはにげなくよしある ししてたましひわれを人のすまゐすと見えてよのつねの みちびくよ世にもいへゐのたてざまにあらず無こしひき まれなる忠義 まれなる忠義いれたる所にくゞりもんありこのところは なりさらばうらもんなるべしをりふしもる しんたいを人もなかりしかばつといりて見 かれにま給ふにめてのかたはそのと かすべしと かすべしとおぼしくてはぢかへていろ〳〵に ひことりこちそめなしたるがまつにまじりて おに火にいとたへなりやひまはしたる みちをいけがきのこのまにことりの てらさ さへづるこゑしうじやうを してゆく もよほしつく〴〵と見いるゝもろ をりどのなかばひらきてうち ともおぼ えず にはらうたけたるみやびめと六ツ 〽つゞき〽めくらのつえにはなれたるごとくも 一かしこに人はすむならんとうな づきてきこりのかよふばかりなる 山ぶところをすゝきかぎわき からうじてのぼり給ふにあしよりは ちをいだしすそはあさつゆにそぼ ぬれつゝそのところへいたり給へば かゝるみやまにはにげなくよしある 人のすまゐすと見えてよのつねの いへゐのたてざまにあらず無こしひき 時員 その 七ツのをの □□□□□□□□□ 838 よの うちに 十五六リ をはしか つゝほの ぐと わらはと よねんなく 木のみを ひらいてぞ ゐたりけるまさに これ心かならにこい やかみのいみ給ふとて木こり もこゝまではのほりこずしかるに 人にとはるゝ 事をよろこ びずあがじは よそにゆきて いまだかへら ざるにわが ひとつ にては いこひ とも いひ がたしそも いづくより き給ひたる なのり給へと とふ人も とはるゝ人も しらくもの 心へだてゝ なか〳〵に おぼつかなく ぞ見え給ふ ともわかは かのふじんに くに所を あけ みやひめはみれひをのわらいゝ すで丸なりためとも此山にとゞ まりてよりはやくも七と世をへて すて九六才になり給ひつ よろづおと よろづおと なびて さかしき 事はほい 略 おんみたゞひとりまよひき給ふ こそこゝろえね もとより此 火は といれしかば 今はつゝむによし なくてわが身は 下つけなるあしかゞの ものなるが かしこにて うまれたる にはあらず うからの さえおはしけり かゝればいよく 人にしらせじ く も でいた くつか れたれ どやまぢ なれば いこふに いへもなし と見れば とふげのかた にあたつて けふりちら〳〵と とてやつくしく はぐみ給ふほどに ためともはきのふのあさ まだきにしやく ぐわんの事あり とてきへいぢを めのとなどもはべらず 朝稚 いてあそのやしろへ 此山にまよひ まうで給ひしがいまだかへり いりことさらに たまはずらうどうは山田のわせを つかれたれば かりいれんとてみなのらにやきぬ よりて白ぬひおやこづれ〴〵にたえず してすゞろにそのにたちいでこのみを ひらいておはせしに今はからずもともわかい やはぐちにめぐりいりてこれなんいへとじなるべく おぼせしかばかさをとつて白ぬひにむかひおのれは あつまよりはる〳〵とは人母をたづねてきたれるもの なりしかるにゆふべぐしだるらうどうにおくれてゆ ふたゝびふもとへ くだるべうもあらず ねがはくはしばし いこはし給ひねと のたまへば白ぬひ つらく見よへりて あやしやこの山は むかしよりやまの ためにやしなはれ 七ツのなつ より六わせ あまり又 七とせの あきを へてもの とぼしとは 思はねど只 かなしきは七とせ いぜんおやはらからは あへなくもはめいに この世をさりにき と世のふうぶんに つたえきゝのこり をしさはつかのまも わするゝひまの あらばこそせめて うたゝねのゆめになり とも今ひとたび父を にあはし給へとつきへ 弓長司乙扁 三月廿一日 ゆるしをうけいへのろうどうやなだ何がしといふ もの只ひとりをともなひしのびやかにたび だちてさいかいたうまできたれどもたづねる 人はありともしらずかえつてゆふべみやばら にて四こくのどうとうくも手のうづ丸と かへせしかどすでにろうとうをうしなひ といちやきらいやうもあらずいれば ては心ほそき事いふべうもあらずいとゞ すべなかりけるにあやしき人にみち びかれておもはずもこの山にまよひ いりよもあけ日もたかくのぼり けれどなほゆめのこゝちして おもひわきまへかねはべる あちきなきをすいし給へ といひかけてはなうちかみ たまふに白ぬひはきく ごとにさてはをつとの ものがたりにかねて名を さわけどよそ〳〵しくかみ 山ばんりをとほしとせず しるともわかかとむねうち やらんにぐしたるをとこをころされそのあだを つゞきあけくれにうぢがみにいのり奉りしかひありて ちかごろふしぎのじげんをかふむりやしなひおやの 時員 おやはらからにめぐり おやはらからにめぐり あはんとてはる〳〵 たづねき給ふこそ よにありがたき こう〳〵なれさあり ともそのひとすでに よをさり給はゞ □□□ なにをよすがに ほゐとげ給はんそも おんみのちゝはゝはいかなる 人にておはするぞと とふもなみだのたね ならじともわかはなま じいにかくしてはしる よしもあらじと 思ひてこゑを ひそめわがちは 此くにゝ人となりて さきには九しうを くはんれうし いきほひみやこ いきほひみやこ までもふるひたるが ほうげんのみだれ に大しまへなが されし八郎 ためともにて さふらふときゝ あへずすて九は はゝのたもとを そとひいてそは 朝雅 わが父うへなる ものをといふを 白ぬひあはたゞ 八郎といふ人は世にいくたりも しくそでもて くちをおほひつゝ こはわがこのこときがなや あるべきによしなき 事をいひ給ひそと しかりのけむねぐるし さをさとられじと ほくえみつゝ ともわかに むかひ さては この わたり にも きゝ およぶ おん ぞろ しの しの わすれ がたみにて おはするよもど よりかのきこは じんぎを まもり給ふ とぞしからば これは よしやながらへて ちかきをとりに おはするとも ひとたびすてたる そのこにはなのりあひ 給ふまじしかはあれつぎへ つゝき はる 弓張江戸大納 たづね めぐり 給ふ こう〴〵 をもし きゝ給ふ 事あらば いかであはれ とおぼさゞらん そはとまれ かくもあれ うへ給はゞもの まゐらせん いざこなたへ とてすて丸の 手をひきさき にたち給へば ともわかは ひしくとおもひ あたることのみ なればいなまず やかてあとにつき● 堀 朝稚 ●小ざしきに ならぶきやくあるじ ふたゝびいびよるよしもなし十へんへつゞく ともなはれすらまに 〽十へんへつゞく 樂亭西萬文譯 銭持楼国輝ノ画 ときかずにあびてたがひにふじ をかたりあや事なほ下つけへ 立かへりてのちよしやす世を 時員 〇此九へんのすゑにともわかふらび さり給ひける にぞしよしん どもわかを かとゝにさだめ ことぶくくだり までのゑぐみ をあらばし たれどもれい のぶんだん おほくて おほくて がきつめ がたくよつて そのつを のみした ためすぢ かきは のちの まきに ゆづり候 海書箕城 嘉 永 嘉永八春春春春春春春春秋春春秋 1卵春春卵 西馬補案 竹雀千代哢 国輝画図 聖徳太子 大和鏡 万亭応賀作 一十三時斉国貞画 三鱗形 一鎌倉双帋 西馬作 雲龍 九郎 偸盗 傳 故人三馬遺稿 増補西 増補西馬案 画工一 画工一勇齋 釜地本草紙問屋てりふり町笑壽屋庄七版 丑二月十一日 小亭西馬録 雄斎国輝画 蓬嬰前也 夕暮 十編 上の客 ● 楽馬録 一雄多画 照降町 笑寿屋 淸氣 補 壹綿十 せんといやかなして 佛説の凶果應報儒家の汝に出て汝に帰る神道の六根精浄各 一其教喩は異なれども導筋同じ勧善懲悪されば戯蒙話絵孕も 皆勧懲を旨こせり殊に故蓑笠翁は数部の著述に因果の 道理を微細記され其中にも此弓張月は六人の妙案なれば書 賈錦昇堂の需により。文畧増画して既に発兌せしに幸に 一行ばれて今十編に至る巻中より琉球の摸体に移りて 次篇彼土風俗を図画猶集尾に為朝親子の出るまでは ナト卑流言の事なればお鮑僕のないやう画工格別出精なし且彫掲等 念入製本仕候間不相変御求御笑覧奉希候と版元の口 演を半丁の埋叫は書残したる序文催促師走中旬の夜業 にかいつけ一方の責を防く事如斯 十一 允嘉永六癸丑春新鐫樂亭西馬識 一 一升五合 S 欠分 S □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 姑巴風麻 福禄 寿仙 高間 太郎 妻磯萩 忠魂 幼君 守 護 す 辰年天皇 舜天丸 深山木も 桜は 花の くらゐゐ哉楽亭 ○八町礫 紀平治太夫 おいていもの 弓長門一論 九へんゟつゞき 丸はおさな心に ともえたりとなれのぎりはおんあいがちゝうへなれば心 〳〵しくたゞ今に思ひかへてもざまはきゝつたへても ひらいしにはの ひらいしにはのかへがたきいつたんしり給はめかくは このみをともわか このみをともわかぢかひし武士の又しらぬひ のほとりにおき これたうべ給へ しとてしんぎを しさをも とてこゝろばかり わすれなのり ▼左ヱへ のもてなしも さすがちすぢ のしたしみなり ともわかそれをば 手にもとらず 朝雅改 いかにふじんおのれ 足利義包 ちゝをなのりしときそは わがは人よと此わらはの のたまひつるもゆゑこそ あらめちゝのほんさいしら ぬひひめはほうげんにさい ふにてうち死したまへり とはきけど何となく此 右ゟし思ひやり ところはわが父のかくれが にておんみはさながらししくてひきもあはせ らぬひひめを見たてぬかとうらみ給ひそ一 まつるこゝちぞする もしなきたまのまぼさずともをつとの子のみならせあめ ろしにまみえ給はゞならばわかためにものあしたつきのゆふべよき うちつけにそれとはおや子のなにしあるにつけあしきにつけわす まゝはゝのおにく 入中ゟ なげきはけふ のみならであめ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 田左ゟしまできつるかひも あらんひそかになのり給ふ とも子として人にもちさん やなさけぞぢひをしら してとかきくどき 給へばすて丸も もらひなきとめを のごひやよはゝごわが 身にも此やうなる 兄うへのましまさづ たのしくあそび くちさんものをなど さる人はゐまさぬ ぞ今よりこの 子をとゞめをき わが兄うへにして たべといはるゝ ほどしらぬひは しのびかねて よくとなき ふたおやの なきのぢは はらからに ますものはなし 兄弟かきに せめげどもほか あなどりをふせぐと かやぶるきからうた にありときくよき なのり給はざる心 づよしとうちみ わび思はず小ひ ざをすゝめ給へ しらぬひはる かにしりぞ きてこはすゞ ろなるしよう ねんかなわちは 八郎おんぞうし にゆかりあるもの ならずされどつ あればものがた かしてこう 〳〵の心やり ともせんもの こえはいざなへ たえきくことも をと思へばこそ えんもよしみも なき人なれどわが 身もしそのしら ぬひならばいく よもこゝにとめ まいらしてゝごを すかしてたいめん さしよろこび給ふ おもかげを見もし 見られも右へ ものをなほざりに 思ひはべらんやうみ るゝよすがはあらざるべし 何ごとも此世にしては つる子より今程と みぢかきおやこの しほいとをしけれど しがらみとなる もなきな ちなみごと おもひたえて あづまへかへり ともありともなか あしきはらから にはまさりなん まいて 兄弟 ばく みだ川せき とめかね 身をなく やしてゝぎみに ぎやく よくつかえその にてした のみ男は いへをつぎなを あげてぶしの かゞみとなり をとこ こかゞみとなり 給はゞこれに もて思ひ ますこうは しみふかへ こうじめん なる子を もつおや のたのしさ きるせも あるべきが あるべきがわき給へと 一今あふいふこゑ あらじきゝ なやそのはらに を思ひやる ほどあぢぎ ていまもなみ 梁田時員 しもやどきねど わかれだに われにも子ありそな さいくわ いたへては おつるなみだ のごひたとひわが 父世にありとも たにもいろねはしかも 四たりまでありとは 見えてはゝきでのわく かたもなき世のきりに ぎをもてなのり 給はじとのたまは かゝるなげきをするぞ がかなしさはいかはのたゞなら がしくろしきことをいひ ならんもしとはぬにてその人するをいかでかはかしかなしきことを あしうぎゝはべる 出てつかへをまざし 給ひなとすかしこし 思ひもさせじときとさるゝことはりありなしをしりてらへやうやくに 世をうらみ身をにふたゝびとはんかくらばからうおこし たるぢぶつつぎへ はかなむことの「の中へやうもなくはふり 同十一月十編 ひらきふりだるかぬればしらぬひもいとゞたま うちぎをとり なすひざのうへ いだしてともわか にすがりつきて すて丸ももろ のほとりにおき くともになく ともになき しようねんよく きゝ給へわらは じつにおんみが は人うへのことを しらずしかるに 此七とせいぜん 下へ 給ふこれを見 ある衣のゆめ にとしの ころみそ つゞきしだうをおしゆ左ゟ「なみだのたきをせき かぬればしらぬひもいとゞたま 紀平治 ぢにちかき をなどわら はがまくらべ にたゝずみ われは此とこ ろにありて人を まつものなりいが まつものなりいづ ちへもほうむりうが むることをせでこゝに おかし給へとつぐると見 ておどろきさむれば まくらべにこのうちぎ とどくろありいまはた おもへばおんみがおもかげ そのとき 舜天丸 上ゟかれを いまはしのび あへずよし やわがせ のこゝろ ざしには もとる 思ふにもしらぬひ ともあか らさまにな のりあひ ひと夜なり ともとゞめお きておやこの たいめんさす べきかいな しかしては □□ をづと とてもかくても よりよし やすぬしへ ぎりたゝ うもれぎの はなさくよすが なきおやははな のみやこへしのび のぼりきよもり としやうを けつし 中ゟ かれに かつとも まくにとも いきてかへらぬ わがふうふの ながくもあち たまのを あいにつながれ してはわが身ひとつの て人にしんぎをかゝ ゆめ わ をな ごと にた もかゝ ればこは おんみが うみの 白ぬひ はゝばにて その子を こゝにまづ にやありけん よしやてゝこ にあはす ともこれを たづさへあづまに かへりそのなきあと をとひ給はゞこゝろ なぐさむかたもあり なんこれ見給へといひ かけて引ほどくうち ぎのうちにつゝめるどく ろはくちはてしほね みにしみるなさけの たまものともわかはなみ だのひまにと見かう 見ておしいたゞきかはり はてたるおもかげにめも 爲朝 くれころきえ れは のこるかたみのどく ろをそでにのしかはん みなぎりおつる とすれどむねふさがり 了長し一幅 あやまちならず と思ひかへして けしきをあら あやまちならず やまがなればこのみ のほかに田兵へし ためやよしよう ねんあるじはきのふ 磯荻 あそ しろに まうでゝ いまだかへり 給はずぬひ ぎにいとまなけ ればもてなしも こゝろに も山田のかせ 右の下へ 田石 ものは 高間太郎 つゞき いそ萩 給ふ をも わか いそ がは ひき 白ぬひ とゞめ すて丸 なげきに むねのみふさ がりてものほしう 候はずはゝのどくろを 給はることうぢがみのじけんに たがはねば文のことは思ひ たえたゞにかへり候ひなん てこゝへ ▼左エ き給ふ事も あらばしもつけ なるともわかゞ 一同二十五人 爲朝 中ゟしにことさら ひさうのものなれば いへつとにまゐらすべし 下つけまではみちの ほどもいとはるめ なれどかみのみち びき給ふたび ぢにはつゝが なくてかへり つかし給ふ らめこなた なるしち ぬひは 高間太郎 ひぢちか ひぢちか なるてばこのうちより きんのめぬき一ついをとり いだしこはあるじが くさびらうろこ としごろ よりも あけ あけ くれに おんみの ぶじを いのるにこそ いふまでには はべらねど ゆふべには はやくやどり 夜あけずは いで給ふな なもしらぬ なきうを 人すゝむれ ばとてたう べ給ひそ 右ゟ まいりしと つたへて たべ とばかりに かたみのうちぎ うちたゝみ なみだに 中へ 弓長丁目同 紀平治 ぬひが のらへ もてやく とていひ もりたるわりで こゝにありこれを がんめぬきを たづさへてゆき候はゞ 一にちのうべはしの わすれぬひ そといひつゝ とつて手に わたしわ ごをこしに つけさして ゆるみしおびを しめそゆるたなくび もちからなくまめ やかにいたはりたて ろぎんはともし からずやと心 づくればともわかは めぬきをおしいた だきてふところ におさめひさう し給へる此出やう ほうを給はる事 はゝのどくろに おとらずつぎへし つきまさ らず父の かたみのこゝ ちやする ろぎんはやし おやのめぐみ をえてその こゝろがまへ 候なりねがはくは じあいしてふろ のかどにはる あきをとまし ふしのせん ことなり 給へわが身 あづまにかへ りては月と日 のいるを見て 父母はからこに おはすると思ふ ばかりになぐ さめかねあかし くちすと おぼされよ とねんごろに わかれをいげ すて丸にもいとま ごひしてくだんのうち ぎをせなかにおひ いで給へばすて丸は わらじはきしめ 爲朝 なごりをしけにて はゝぎみもろとも おくりいでなどて わが兄うへには なり給はで あはたゞしく かへり給ふいつ ごろか又きま き平治 さんはゝごよ さんはゝごよ しばしとゞめて たべはゝでなうと むづかるをすかし なだむるしらぬひ もはれまだにな きそでのあめかさ かたふけてともわか はなきがほ見せ とあしばやに ふもとのかたへ さり たか間 十一丸 いそ蔵 弓長了に扁 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 〽これまであつく御じん しん下されたゆゑ ござります 〽せめてことしは此くにて おとゞまりあそばし おとゞまり ませ 給ふ まで見おくりはて あとおふわが子の 手をとりてもとの 所へかへり いり しらぬひは つく〴〵とこがくる にいでゐのかたへゐ まで見おくりはて あとおふわが子のしづみ給ひ けるかゝるとこ ろにつぎのまの むしぶすまをさと ひらきて立 いづる人をたそと 見かへればためとも 見かへればためとも なりきへいぢ又あとへ にありしらぬひは 思ひがけずとばかり かはりねへ ばため ともは しら ぬびに むかひてわれさきに あそよりかへりきて きへいぢとともに ともわかゞいひつる こと又おんぎがいひ つることのいちぶつきべし 二号の一奇 つゞきしゞうをたちぎゝし ひとたびはかれがじめんころ をかんげきこし又ひとたびはお〳 みがいめくしみのふかきを たんせうしひそかにとのかだ よりめぐり いりて なほ そのくは しきをしれり さていしくもはか らひ給ふもの かなしかる にともわか がみやはら 一にてやなだ ときかず をうだ れその あたくもで のうづ九をころせ しとものがたるに つきて思ひいづるに かのうづ丸といふ くせものはさきの としわれさぬ きなるあふひの うちにてうち もらし左へ たるごう とうなりともわか 〽今十三才の小うでに していへのこのために 此ぞくをころしこゝに きたつてこゝろざしを のぶそのやうその こうよしやすが子 一とするにたれり われ又なにをか うれふべき 八月十編 左の上ゟとてかしきよく見え給へば きへいぢもしらぬひをなぐさめ きつればつひにたにんのしる 事もありなんぐんひよう うちたちてかばねをみや こにさらすべしとくふ ともわかをせうさんしてやます ためともかさねてわれ此山に とゞまりてはや七とせをへたり 世にしる人あらじと思ひづるへ にともわかふしぎにたづね まつたからずともひそかに なでのようゐせよと たかまの太郎ふうふ いかのともがちをつどへ ことのよしをきこえ しらし給ふにみなく かんげきしてすみやか あいたち給へとぞ に思ひたち給へとぞ いらへけるさるほどに またともわかは父の すみかとしりながら あからさまにはなのり もあへずいとほゐ なくもふもとへくだ りてゆくこといまだ いくばくならず いくばくならず むかひよりいそがは しくくるたひゞと 〽飛魚 あまた とぶ ありけりと見れば これべつらんにあらず ゆふべみやがらにて しうづ丸にころされ たるやなたときかず なりしかばこはいかに とてかつあやしみ かつよろこびなんぢ はこれときかず ならすやさては ぼうこんのまよひ きたれるにこそ いぶかり給へばとき かずも又ともわかの つゝかなきを見て 大によろこびほと かちかゝあゆみ よりわかぎみはとき かずを死したりとや おぼすらんゆふべみや ばらにてやみ也たる ときわかぎみはくす りをこはんとてその人を おつかけ給ふをしばく よびかへし奉るまではおろ えしがそのゝちの事を しらずあまとぶかりがね におどろきさむればやまい こみにいえてきりよくつぎへ 白ぬひ 為とも つゞきひごろに入春声さゝらえ 十ばいすことにのとくろをえたりふたゝび此ふしぎを いぶかしきはかのおに火はなん見てさてはふしの わが身はふごちがぼうこんのさいくわいはかみの のなかにありみちをてらすがゆるし給はぬにや今 ことのていたらと思ひつるにはこれませなりと くいよくあさてはさゝらえ思ひたえつぎの日 くいよくあさてはこゝらう やしければおがみちびきてぶんごに書てみち どりいでゝ此山にいざなへるをいそぎひかず わかぎみをなりかゝる事さへほどふりてやしう たづね奉るありしとてしらあしかゞへ立かへり にいづちゆきぬひのいひさとやしおやよしやすに 給ひけんちかし給へる事すてみちすがらの くは見え給は丸のことおちも事をものがたり すかへつてなくきこえしどくろとめぬきを くすりをらし給へばときとういでゝ見せ奉り あたへんとかずしば〳〵さしによしやすこれを あたへんとかずしは〳〵さしによしやすこれを いひつる大男たんしてそはうた見そなはしてかん ちにまみれてがふべうもあらるいをおさへかね くさむらのぬおんちゝ八郎ともわかゞしのこう なかにしゝたり君のほんさいは天地しんめいの おりしもいづるしらぬひひめめうがありてしつ 月かげにてふにておはするぼのこ心を給はり ごにゆひつけならんかのふけりまこにふし 給ひしわかぎみじんはほうけんぎのおうほうと のゝこしぶみを見てのみだれに父いふべしかつ此めぬ はじめてうづ丸がことしたゞくにもろきはわがそふは をしるといへどもわが 身にいつかしよの手にてうたれとなづけてひさう きずもおはざれば給ふにはあし給へるものなり すて丸王径の船 〽水母 くらげ ながるゝ ふかく おほんがみのおうご をかんしやしてときかず にのたまふやうまつせ といへどもしんめいし せいをまもり給ふ事たちきずありそのまへにさへぎりたちかへりぬれば かくのごとしわれゆふべていたらくふしぎとたちまちにこうしのほゐをごく かくやどきれはふへていふもあれ山をつゝみてるにちかしあひかじあひかじあひかれは おに火にみちしるいふもあまりあれ山をつゝみてるにちかしあひかみん べせられてかしこのばともわかはぬさをいづちをきて此事世にもらす 山やしきにいたり じつぼ□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ ゆめのこゝちしてなほらで此山にちやくそんため ふこのうちを見ればこがれた給ふよし もたらし給へるしらものかしからゆんしのちため にぎてのたゞなかをばおんぞうしもともにさづくるよし やいばもてさしとほひそかに大かねてつたえきけ せしあとありしまをのがれることあり思ふに ガさては正八まんさつてふうふためとも大しまの わが身がはりに此ところに山たちに火をかけて たち給ふかこはこもりしさらにそらじにひそ たうとしもつたい一子をまうけ給ふかにひごの木は なしとひとりごちかもしるべからすらずら山にのがれさて てかみときみといざ給へ今一たびしらぬひにめ のめぐみをかしこみかしこにゆきてくりあひ一子を ぬさとともにのこしことのしんぎをさへまらけたる 給へるかねをふととひあきらめなるべししよりとも ころにしてよすがらいひなんとまうかの人はせいせいの おんゆくゑをたづねすにともわか義士なれば子にも 奉りはからずもこゝもいとのこりひとにもなのら にてゆきあひ奉もおほければ主ざるかともわかまの うれしさよとてことじうふたゝびあたり父にあたり父にあたり父にあたり父にあはず 〽いんかみのおうごつまびらうにのべ山にのぼらんといへどもそのかた をかんしやしてみきかずをはりくだんのぬぎし給ふにきなるみとてうしものゝめ にのたまふやうまいせをまゐらすればかなはくうんぬきをえしつその といへどもじんめいしげにもたゞなかにしやうせんじてとくろをたづきへて 甲州日十編 「つゝきときかずをねぎらひこれには あまた給はり又さゝらえがとくろ ものあまた給はり又たらえがとくろ は大がんざんのびしやもんだうに ほうむりてためよりおにや しやうついぜんにいたるまで ぶつじねんごろにしゆし きやうし 金づかに三十余 又委印されば又ためともは ともわかにとひおどろかされ てしきりにこうがいにたへ 給はずいつまでかかく あるべきひそ かにみやこへ 大手上されば又ためともは ともわかにとひおどろかされふけいのうちにんきはら山を ちいでみづまた てしぎりにこうがいにたへみをきよむたちいでゝみつまた のかいへんにおもむ あるべきひそかつともまくるき給ふにとしごろ かにみやこへともいきてふた はせのぼりたびかへらしとりやうしらがま きよもりを思ひさだめこゝろをはらひ たる事わすれ 給ひしかば しらぬひ がたければ うらのき らうを 主じうへ よびて のたまふ やうわれ 此ちにも すみわび て四こくの かたへゆきて すみどころ もとめんと思ふ なりしかれば さいくわいは はかりがたし木 から山のたちは さちなりのこし □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ をきづるい ふくぢやう ふく七せつ どはみな うらへに 白ぬひ 為朝 右ふし給へり とぞそのち □□あまた ともわかは十四才にで げんぶくしあしかゞ太郎がとうにも八まん よしろぬとややのり給ふぐうをくわんじよう 此としようふよしやすしてさいじかたのごとく そつきよありしかばいへのそうこんをくわへがく こらあひぎしてよしかぬこうのちんじやとす をあしろゞのかとくとすさてともわらのことの かくてよしかぬはあしふくだりはこゝにてかき の八まんぐうにしんでん□とらむ□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ とら なれば なれば なん せら よき にわり てよ さてこゝ よりとかい すなれば よき ふね 二そうを いだせ おふせて ふねの あだひ をとち しゐへ ばうら 人おん ぞうし なりと 見ていへ ごとにおい され つざん つゞき二つとけなきを いだきてはしりいでわが きみなどてなさけなく ふりすてゝやこくへ うつりすまんとはのだま はするぞおなじくは此ち にていつしやうをすゝし 給へわがともがらなほ 心をつくしてみつぎし 奉るべきにとまうしつ あるひはひたゞれのそで さしぬきのすそに とりすがりてはなさず ためともいとふ びんなりとお 主孝の城 ぼせどもかくて あるべきにあらねば ふりはらびつゝなとうち きはへあゆみ給ふに うら人ちはなほ あいぼしてはな さずつびにひたゝれ のかたそでをちぎりけり そのとききへいぢたかまの 太郎はうらのきろうをさい そゝしてふね二そうをいださせ その一そうにはためともしち ぬひをのしまゐらせ北余人 のらうどうしたがへりゆへ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ つらほをあげてみぐまたのかい ゆへんよりはまむらをこぎは 又一そうのふねにはきへいぢすて ともをかきいだきてかみくらにざし たかまふうふいか十余にんのらう どうこれにしたがひかぢをあや なれひやう〳〵たる大ようを ゆくへもしらずなり給ふ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ はゝをしたふにことならず 手をあげてさしまねき こゑをかぎりによびかへ せどもはやそのかひも あらなみのうちよするより ほかにたえていらへはな 十かりけりからしかばみづ またのうら人はためとも をけいびてはまむらに 其しをたてひたゝれのそ せいしをたてはたゝれのぞ でをもてしんたいとし矢 八のみやととなふ今にいた つて八月十五日にさいれい あかくもつにはあづきいひ ありくもつにはあづきいひ なませいごあまさけの 三くさをたてまつるよく ねんさいれいの日にとびら をひらきて見るにいひも 馬 TAIE 譯佛.馬西 萬輝國 國西洋國 せいこもよくかつきて あまざけも下のまさへ 寅 甲 嘉 水 七 発 市 新 鐫 西馬作 弓張 月春 宵榮 国輝画 仙果作 鏡裏梅水月 国輝画 雑史 千馬嶋 露 墨川亭 雪庵作 一雄斎 かえ 国輝 馬 画ゆ 同 同 録 阿金地本錦絵問屋江戸照降町恵比寿屋庄七版 錦曰サ堂板 甲寅新春 発行 勇美破里 都策たるの 遊婦栄十編下 楽亭西馬録 一雄斎国輝画 錦昇堂寿梓 福 上の舂を つき 爲朝 あぢはひ かはる事なし此く もつはねずみなど もおそれてくらはず もおそれてくらはす もしぬすみくらふ ねずみあれ ばたちまち 死すと 二ねん 八月十五日 八郎ためとも はひごのくに みづまたの うちより ふな出して まじうわづ か三十余人 一ひそかに みやこに おしわた りてきよ もりをねら ひうち くんふの うちみ 十九 いへり此 一矢八のみや はあらかみ にてまします とてさいれい の日ならでは みとを一同中へ 白ぬひ 同上ゟひちかす又つなぎといふ村 にもためとものみやありこゝにはさしぬきいはかま をしんたいとすといふいづれもほうさうのへいあんを いの間におうげんあらたまりとぞされば安元入下へ 弓長司ト幅 そうに のりたりける その一そうにはため ともしらぬひみやから ぢしやくをとつて廿余にん のちうどうあいしたがひ 又一そうにはちやくなん すで丸を大しやうつぎへし 甲寅新春 発行 勇美破里 都策たるの 遊婦栄十編下 楽亭西馬録 一雄斎国輝画 錦昇堂寿梓 上の巻ゟ つゝき 爲朝 あぢはひ かはる事なし此く もつはねずみなど もおそれてくらはず もしぬすみくらふ におもなれ ねずみあれ ばたちまち 死すと 入中ゟ二ねん 八月十五日 八郎ためとも はひごのくに みづまたの うぢより ふな出して まじかわづ か三十余人 一ひそかに みやこに おしわた りてきよ もりをねら ひうち くんふの うちみを きよ 第十九 いへり此 矢八のみや はあらかみ にてまします とてさいれい の日ならでは みとを一同中へ 白ぬひ 同上ゟひらかず又つなぎといふ村 をもためとものみやありこゝにはさしぬぎのはかま をしんたいとすといふいづれもほうさうのへいあんを いのるにおうげんあらたまりとぞされば安道へ下へし 弓長司ト編 二そうに のりたりける のりたりける その一そうにはため ともしらぬひみなら ぢしやくをとつて廿余にん のちうどうあいしたがひ 又一そうにはちやくなん すで丸を大しやう一つぎへし ふうふに十余にんのらうどうした つゞきとしてきへいぢ太夫たかま太郎 がへり此日そらよくはれて □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 日ははやしせきのあはひもぐりにみち〳〵たり としてきくいぢ太夫たかま太郎 にせなみのうへを よりさしいぼりころしも がへり此日そらよくはれてあきのもなかなればきんむらがりとふことは いつてんのくもなくはとまをもりぎよくとばくといふを去らす びやう〳〵たわからしらしりしりしほかぜしばらくしてみづのをも ちうゑみしづいとゞひやゝかなりかくけがれあはだちて小 いかにしてじやんてあけがたちかくなるぬかをめらせるが ふうにまほまゝにきりいとふごとくあるたのくらげ あげたるにかくたちこめてうきいでゝふねのめ 見わきがたくふねこれたゞごとにあら はうしほにひかれずとみなくおもて けんうまのころをあはしつゝ思ひま ほひにきりははれどはざるものなし たれどいづこのそのときためともは おきとも思ひみづとそらとの わかずときにありさぬをめを かたちこひのつけて大におどろ ごとくにしてきしらぬひひめ とりのつば さあをきわれさいこくに こなりまた ごきいづのしまぐ に十とせの きや はるあきを おくりしかば 下ゟおよすゑんかいは 三月せいめいのゝち地き みなみより北にゆく こゝをもて南かぜを とかいのふう しんしせん にくは さうこうあ又九月 やより 内左へ 弓長引十扁 爲朝 女よりみな みにやくこゝを 〽もて北かせを つねとすもし そのために もとるときはかせの いからさることなしそれ大風は けしきをはやてといふ又はなは たしきをあかしまととなふはや てはつねににはかにおこりあかしまは しはらくありてきたるはやてはまたらし のうちにおこりたちところにつぎへ つゞきこやむある しまはいつちう やあるひはす じつにしてなほ やまず正三四 月ははやておほし 五六七八月はある しまおほしとかいの ふねはやでにあふと きはのがるゝことありもし あかしまにあふときは あたりがた一月いごは やかせつねにおこる しかれどもはやてあ かしまにさだまりなし 五六七八月はみなみ かせにあかしまあり おこらんとするときに うぜまづおこりてんじて や たつみとなり又みなみと かなり又ひつじさるとかはる なり又ひつじさるとかはる はややあかしまのはじめておこ らんとするときかならずあめ ふるそのときなかぞらにいちだ のくもいづ又ちぎれるにじのごと きものありこれそのゑるし なり又あかしまおこるとき □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ にほいほのごときくもいづ なかぞらにいたりてらん きうの尾にたるくも □□□□ 水のうへにくらげどもしりつこれをふせがにゆきしてはやしほくろしほくろしく さけんとふねととのゝおんふねおしわたりてくんふのあだも 入中ゟゆゑいかにとなればふねをもればきみなとむことばたがんもおやとひとろふもに こひうそのむらよりとふをしたゞたらねをむろごくきありてそのやるなんをひとしくうけん もてこれをしれりかのうをはをまなのみはくめいかゝる事きはめでよろしからずそが主 なんかいにおほし思ふにきつ所われにおいてせんすなしじう三十介にんめいきよみなる事の まがたをさる事七十里なる今さらおどしくことかは上からにはあらばはらであみにいるうをもちに べし見上なかぞらにいらへ給ふにくだんの両人二三はのがから女何をたもためためたもいつと あやしきくもありかつまゆをひそめしからといへ大しまにありしとき八しやらいといてしま おびたゝしくいづざるはちのたらざるにゝすらものゝかすともせずせんりの るはあくふうたり船おほぎやかなはとうをのゑとて一トたびも大ふう おこらんとするればふうはもたやにふき哥がされたることなからき のきござしなるすくくつがへすにいたみなこれしんぶつのおうごあら 今これをらずわかぎみのおんによれりしかるに今みやこに せるにをつなきてれんくわんきよもりをねらひらたんと しもろびとちからをするにさぎりにかちをとり あはしてこゝならばいかであやまちてそがうへふう ひつしをのがれ給はだとうのなんにおやこきじう らんとまめだちてこと〴〵く大きよのはらに すでにともつなをほうむられなば天なりめい なげかけんとするなりすべて上か月あくやう をためともきうのおこる日あり八月十一日 におしとゞめなんをくわいせいいとせうす 一たちのの たちのの いふみなかせを ほしはみなかせをおこ してこれをさゝ もしむがまへおこ たちばふねたちまち てつがへらざる事なし す事をつかさどる とぞわれこれ をしらざるに あらずきのふ くわいせいいの 今三のふせうこと〴〵く あらはるものどもなどてほを となるはそのきさし なりらんきうはかに にてなんかいにせうず 十二のあしはらの両 ほうにいでせりまな こせのうへにありて いろさらといきま おろさゞるといきま おろさゞるといきま き給へばしらぬひは さちなりみなくした をふるつておどろき あはてつゝほそひき いろしきていかりをおろ そのくちははらの 下にありこれが うみをわたるごとに あいおふて女をしめし さんとするにそこふ かくしてそのつなとゞ くべうもあらざれ かぜにしやうじて ゆぎやうすうちへ これをらんきう ほとよぶそのから かれあはだちてくらたるかとおぼししかのみならずうみ げあまた水のうへのそしきあやしく見へ候を君にはいかに にうかみとびうをおぼしめすやらんととふにため むらがりとぶかんとも見かへりてなんたちが どりこれを見るいふごどくわがふね ときはふかくおそ れはやくほを ばこはいかにせんとて いよ〳〵しうしやうす かゝる所にはるかおくれ ほとよぶそのからしたるすて丸のふね はなはだかたしいこくやうやくにのりつけて ひとこれをかむりあはひちかくこぎならべ にすといへりあれ きうににたるくもにむかつてまうすやう いうをおぼしめすやらんととふにた いふごどくわがふね みなみへひやう りうせしにうた がひなへ〆右へ おさめかぢをい 同同月十編 見給へ今も又らんきにそんざし主のふね すて丸 なかそらにあり今ぎやうよりさぎりふかくたち あかしまおこらんとこめてふねのゆく所をしらずひがしへ すればかいすけおもむくべき船のみなみなみへろがされ 日にふなで してことなく けふにいた つてつぎ 紀平治 S 欠3 記平次 すて丸 あるさきにはふうふのさいくわいもはかり がたしと思ひくしはへりつるにさぬきのいんの あらみたまおほんいつくじみふかくしてめぐりあは し給はりとしごろのものうさをもかたりなぐさめ てすて九といふ子さへまらね七とせがほどかし つき奉りてすでにこゝろざしはいたしたりふう ふおやこのあいじやくあいべつりてのやるかた ひとつをすてゝ君もろともにすて丸もからうじて のがれはべらはこれにますさいはひはなし今ははや 身のいとまを給はるべしといひもはてずおどりいらんと し給ふをためともあはたゞしくいだきとゞめおんみが こゝろばせはさることながらわれちよくかんのさすらへ びとゝしてやまとたけのいにしへにたゝらべんはいともかしこし ふうふもつともに死なばしなんそこつのふるまひし 給ふなとことはりをのべてとゞめ 給へばしらぬひははふり おつゝなみだをおしぬぐひ さのたまはすることのはのな 給ふ事はべりなんぢら ふうふのゑにしすべに さけはほだしとなるものから わらはさめきにありしときしん めんまのあたりきこえしらし いそ萩の霊 たえたれともそのこゝ ろざしのぜつなるをもて 一したびはめぐりあはすべしふたゝび をつとにあふとも又いくほども なくりべつせんゆめ〳〵〽田古の中 なくりべつせんゆめ〳〵閉じちのまへし 一つらき□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ るさはこゝにいひつくすべらははべらねどわが身 弓長川一扁 「田上ゟうらむることなかれと ときしめし給ひぬるはかゝふの ことにてはべるなりかゝることはがらはざらなりわが子のふれも 君もおもひあたり給ふべきにつゝがなくみなとのかたへふきよ とゞめ給ふはいとこせりなしげんけ うじのおほんがみをとこやま正ひきとめられしそでふりは 八まんひごのくにゝしづらひなみをひらきてちひろ まりますあそのみやう じんわきてきぬきいり給ふあはれはかなき のいんのあらさいごなりしかれども みたまあいみんしふうゝはなほやすまず なうじゆの なうじゆのしてうみのなるおと まなじりすさましくふねは をかへしま たかくあがりてなか そらにいたりあるは かたふきおちいりて なみよしもむきく しづみもやらず うきもやらず 廿余にんのちう どうはしらぬひ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ じや水し給ふと いへどもづびにし るしなきを見て 今はろうと 思ひたえ ふなばた にまを 同左へ 右ゟ かけて やうせくに 身をおこし わがどもがた 木やら山にまへり つうへしよりこのか たいのちわさみ にたてまつりぬ もしきんとうが こひにまたがり れつしが 二日号戸下 とこかつ世をも人をものみはみにいれどため 〽つゝきかぜにのるにねひとりごちはら あらずはのがれ給ふをきらんとし給ふをり べくはおほえずいざからいなびかりひらめき たまへ死せのさきがけ 仕るべしといひもはてずとふねのうへにあまくだり ぬきあるひはさしふなばたにたちあらはれあ ちがへあるひははらかをはかしかぢをとりてはたら かぎうふなばたくほどにかたふきたもふね よりまろびおちたちまちにおしなちにおしな てなをだにしらはしと ぬあらうみのすにてんぐどもくち〳〵に このみくずとなりよばうけるはさぬき にけりためとものいんのしんちよくを いたゞ今しらうけわがともがら ぬひをすめこゝにきたつてふねを 廿余人のらうやるためともそつじに どうがじゆ死すべからずそれごう すいするを見けつのしこゝろざしをのべ あまたゝびたんなをあげんとするときは てあまたゝびたん そくしさてもきよ もりがうんのつよくをうげさしそのきんこつ きよためともひつしのつはかたうしことのじやうに ものをいてみやこへしのびわたらしむたとひばばい のぼもものならばしやつがくわのふゆにつほみてゆき かうべを見べかりしにしもにやせたるもはるにあふ りうじんさへ世につれてかうきひやくくわのちやう てゆがみへいじにかたんたるがごとしなどてみづから するよめいうんのつくるさとらざるといふこゑ おのくかたなをひきてゐるいゐぎやうのてんじども そくしきてもきよてんまづ百せんまづ百せんまづ百せんまのゆう かいらうのつゆを ころししゆそくのぼうぜんたり 思ひをなしたるさてもすて九の らうどうをうしふねはあかしま なひつゝいつまでのおとりしとき かかたあるまらなみに べきすて丸がゆりつだてられ ふねゆくへなくてそことも なりてそのしらずたゞひ せうしはしちめぐるほどに ざれども今はおぢをれて はや大ぎよのいよ〳〵すべな ふくちうにあかりしかばきへい らんずらんぢはすて左をめてに かいふきやういぶきゆんてにいたきを 思ひきやあらいだきゆんでにいたごを のとしをへてじんじつをきねんしかつためとも つゝがなかりつるしらぬひのうへもおほつかな ものがやくしゆけれどそれさへ思ひ うちむによしなしともはゆめのこゝちしつ いそにあるたわきばさみ心にあらふる 人しをはたきしめぐらすにいとま んとするときあらずたかまの にのぞみやうし太郎はいそはぎ はにしんたいとゝもに十余 きはまりて□んのほうばい 世にしる人もをはげましてこゝ あらうみのをせんどゝはた やきのしほがらけどもち にしづまんとはからきまを やみなん〳〵とね う長し下宿 舜天丸 紀平治 中ゟ いぎほひ つきてはゝざに 死するもの五七人 におよべもそのかん なんたとふる ものなか もとよりひつ と思ひさ だめたる □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ が今さら 叩いのちをし べはぶめいを のちの世にかゞやかすに あちでいたづらにあを うなばらのそこにし づみはてなんことの くちをしくにしゆ ひがしもしり給はぬ わがきみをさへうし ろひ奉らんはあな いたましあなこゝろくつ しとてさいへところ もたゝばこそはたとまつ ひておきなほるちから もたえてあらうみに吹し 十九月十一日 〽つきぐせいのふねをまつ上ゟわがこんはくいづち田立やうきには ばかりきへはちもいまはとて聞でもしやややし奉りたと此人もれぬわれくすら見しんせつ ひざにかきのしたるすそ丸になきしまなりともつゝがなく或は人なみにつゝさんと思ひけ さゝやうなる事をあはさしそゝきしによせをいらせなんぶしのべるものをまいて今にもむかし むかねふろもろともにふねはいへやうかれし身のやうて思なんにもためしすくなきめいしやうに いは心にだうとあたりてめりはほゐならねどいひがひがひなくつれそひ給ふひめきみの めりとくだのちかなみうちでき死せんよりわたりわこをもみさほはをんなのかゝみぞと かつぐうじうがうちあげ手にかけてばさつせばすこしつくらきところをてらし られては又しづむしやう心やりなりかしおん身はさも思はずますかみもほとけも 配ててんの八くかいかはねやといふこゑもよはりゆくをつとのしり給はめしりつゝ はあひいだきてとうろうしんちうおしはかりいそはきはかゝるやくなんをすく のなだにたゞよひたのしひしほたるゝひたのかみをかきいぬはぬはいかに はあひともなひてかいあげていとくるしげにいきをつきぞやおうがげんと じやくのだうにいたらいもせのちぎりたへずしてをつとやら下へ じやくのだうにいたち んあはれむべしあゝかなのゆいばにかゝることすゝ世になかく しむべしそがなかにむすびけんえにしこそうれしけれしか あれどのこりをしきは此としごろ出ん たかまの太郎はこゝろ の きゝたかわかもいなれ かだはちをさらず ばふねのくだくるを見て いそはぎと手をくみ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ あはしなみのそこに しづみたる がはから すも いはほの 御やう うへにうち あげられ のがれたれどもほか からうじて死を にたすくるやねも □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ ふにとはれ せししらぬひさま又おん たかきわがきみのいかに なり給ふともしらずそれ さへ心がゝりなるにもりかしか なはきこそ おもなくはべ おもろく見べ からわせめて わなみのたま くるふねもさへ心かゝりなるにもりかしわなみのゝ なしすて丸じやすい つき来るわかぎみう 遠藤兵衛とられ し給ひつるにおくれを なき身のち らんはふちうなりわか ぎみの事はくひせかへ にめいどに らずもし大学のゝみふね 今なほくつがへらずして たゞよひ給はゞ たゞよひ給はゞ きみ 文左へ 舜天丸 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ とやらもの□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ なき世かとうらみ のかぎりかきくど きいとゝたまなす ちのなみだいは ほにおちては まさにこれかの とうかいにあり といふきんとの えだにもならず えたにもならい たかまこれをきして うちうくづきわれも 〽かくこそ思ふなれ人は さいどの一ねんによつて しやうをひくふたゝび なみのこえざるひまに とく〳〵おひつきすら とくおひいきまらん なげき給ふななげかし とかたみにいさめいさ められいとしろやか なるいそはぎがむね のあたりむらめくきつ 紀平治 かぜをこめみだうとよせくつくれん さきぐさとつらぬゝ一ト ゑぐりさとほとけるちがたな をとりなかつゝその身もともに はら一もんじにかき切たりむじやうの かぜをはやだつとよせ のなみのしたにしかれてふう ふが死がいはしづみはてぬる ぞあはれなるされば又きへい ぢはむかしりうきう なはのみなと にてためとも のふねにおく れしときはるか なみぢをへだ てたるをたや すゝおよ ぎつき 福禄寿仙 入右ゟなりとももりみちびき もとのうらわにつけまいらせ水 また人の手をかりてほうむらし 奉らばはんにやの ふねに中下へ 弓長月十郎 のりかへて 給ふべし世に あるときは 田方の兵へ かのきしにつき れんの たいし なれば 此日無ね のやぶり を見てし からすいちかへ におどりいりせんで にはいたこをとつて夕を うかしめてにはすて九を たかくさしあげてなみかぜを ものともせずいのちのあらんつぎへ 一、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、〇〇 ある。そのことである。これは、これて 長次郎氏 出世 一ひとりごちそのまゝきがいを いだきあげときやうのこゑを いだきあげときやうのこゑを 心あてにかよふ道なき三 いそ山そ入候へ からうしてせうはくのいはほにすがりとう へわのたにをめぐりつしよぢのぼればれいふう ちにめぐりてしらんのしつにいるごとくさいうん てんにあまねくしてしゆんくわのは中にあそぶ にゝたりみあぐればすせんじんのはんとち 紀平治 なめらかに見おろせば 十まんりのはとうその につゞけりとかくして二 三十丁きつらんと 東条源藤介下 思ふころ白きしか こだちのうちより はしかいできへいぢ がさきにたちて みちしるべをするに にたりこゝにいたつて きへいぢはしんたい にはかにかるくおぼし えてしゆゆのあ いだにとうげ までのぼりはて こえればひとりの おこなあかきほうしを いたゞきつるのけごろ もをきていはほの うへにたんざせり そのありさまから べはながくして身に なかば□まなこ ひいでまゆひげ しろく のあめのたまりみづをいろさへかはら くちびるにさしかたふけてもくゝませ切てさんづの川もしでのやま てものどにはくだらでとにかくに▼ つゝきねふり 給ふはやさめ給へといひかけ てつく〴〵とさしのぞけばいため しきかなすて丸はいつのほど のどにはくだらでとにかくに▼ぢもきくいぢがおふて ◑なん まち給へ 思へばわれ はむめより 主じうのえん うすかりき三 世のしゆくいん 介せんにんのいはやなるべきく ころいのほかに士のしまありじん せきのきぜつするところにして そのうちにゑんせんありたん をねりしんをしやしてんちと ともにいのちながしとそいはゆる じよふくがふろうふしの くすりをもとめたりと やうへん かのつねな らずきへいせ はそのしんせん ゑるをしりてひた すらにきやうたんし いはほのもとにそん たがはずはみち びき給へぢざうそん いふせつもしいがたし としてきやうをよみ なむあみだぶつと もししからずはくはん〳〵 をはしをまつにしばし ねんじつゝふりさけ ありておきなはしづ 一おんだいしのおほします 見ればしま山のたか ふだらくせんにやあち かにきやうをまき かきいだしてこゑをお ▼おつるはおのがなみだねにかるしらくもゆめんからせんきやうにおきむるときき おさむるとききへい んかゝるせんきやうに ねにかゝるしらくもゆめ 舜天丸 にかこときれたりこれは とばかりうちおどろき れどそなれ ▼おつるはおのがなみだ ぢうやくしくむかひ いりぬるこそさいはひ なりしばらくしてめを出し すみてざいはいし ものはやきめ給へといひかけぬよひほく相へきはならぬもいはあらねさすなれたづねゆきて其こたばし ごとくにきりあさひのかたをふるさとゝことのよしを てつくやときしのぞをいさまら大きよのき々にきりあさびいかたをふる也とゝことのよしをしうばしゑんせんせんせんせんがはくは此 しきりなすて共はいつのほとおもとたむかひなくわれ思ふのまてめになれぬれぬいきくさはようせうにをいかしゆへ こときれたりこれはいとりなかみへて何かはせんこのみくたとなううもしのくらもしなくいかしぬへとさいひけり とばかりうちおころきたかまふかしもとうちく人におそれぬまりのわのわかさみのめすりおきなはこれをきて あはたとくふところよりめし思ひのやちたいあ〳〵とゑみよしましきたをこよふきなんともゑとも思えとう出元わな いだしてこゑをおしちたひたとひ一ねんこがつせのほかに其べきいゑいんぶわのとうりぢはこれ八丁つゑの一 ますますよをいくつきなけばとてきけべばもなしかゝる所にみねふをちやうらんせばきづきへいふかいふかいふといふといふかいふかいふかい 身れごそなれとてたえはてもひしたまきおろすなせいまに〳〵思ひためもよすがたきらはへは八郎 しかせざしのをへなぎとむべきてかまにきこゆるきこゆりともなまべくだそおんぞおんばらしのますて うつなみのほからだ其はあらせそも〳〵こゝはのこゑにきへれはみれはみがらすことちかく にはたえていらへいいくおそへすむしをはそばそば身とあなのぶかしてくんどかに来む給ふその しくいさごにまじ給ひのうちにやふべし見えねどもせめてなきがら人もかよほとはどうすやらしきてにはわざはんそうさがたな のあめのたわりみつをいろさへかつるをうつきもつらせはらかぎしほんのころもこけのをとけのひしゆきたたらひ くちび男にきしかたふけてもくらませ切をさんづの川もしてのめやむしむゑをゑびにぞいきたみそのみそのほう てものとにはくだらで四国かくにこんぢもきはいぢがおふとえ事ものありとをはしかなし 弓長司ト扁 寧王女 つゞき いよくかし こみてきのふ ふうはの 尚寧 ゆために やふ ふねを こゝに ひやう はくしたる いちぶしゞうを くるにおきな うち 中婦君 づきなんぢ きかず やことはぎ にもくちうの くをきつして 人のうへの也と なるべしといへり くらくときなく死 せいめいありて 今そのちこを さうするにさき にみつにおちて きやう死すと いへどもめいすうし いまだつきず これをすくふ 事いとやすし こゝへこけよと こゝへこせよと いふにきへいぢは てんによろこびち 一によろこびいそが はしくすて丸をおき なのひざのうへにかきふ のせしかばおきなはやが □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 利勇 ていだきとりてそのこう ぢうにおのがいきをふき 入せんの いるゝにきなるかなすて丸は こつぜんとしていきかへりひとめぐみによらず こゑたかくなきいだすを ゆりあげてすかすほどににおどる此さいはひは たちどころになきやみあるべからずそも てつねにかはれかけしぎおきなはいか てつねにかはれかけしきおきなはい なしきへいぢはあまりなるかみにて のうれしさにすゞろにおはすらん此しまの なみださしぐみそなもきかまほしらしらし給へ おきなをあまたゞひといふにおきなはたえて ふしおがみもししんを まの めぐみによらず あるべからずそも □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 毛國鼎 十二日 中ゟ なしげんけに □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ あるを もてとの こゝにおよべるのみ 此所はこはじまとなづ くりうぎう こくちうざん のまにしに 〽あたりて四十 八里いにしへより すむ人なしといへども 〽山にせんとうありそいみを くらふものはうへずきはめて いのちながし此しまにしかつきしかつきしかつきしか あるはかのもゝのはをはむゆゑ なり此こはしまはりうきうの えだじまなるこめ山にあひ ちはしかよそりうきうに三 十六のかと第一 よりしてそがしゆ〳〵をくはしく ときゝかせこはみなりうきう のみだしまなれどもゆきくじ ざいならざればこれをつま びらかにするものまれ也 なんぢきをくしてわすれな かならずもちゆるときあら んこのちごはやくふぢに わかれかよことうにひやう はゝすといへどもとし十三四に およばゝはからざるさいはひ ありてこうぎやうをおこすべし なんぢともかくもしてはぐゝし みときののたるをまて此 しま五こくをせうぜざれ ども山にもゝありて四 きにみをむすべり これをくらへばうへ ずしてかついのち ながしそれつぎへ 弓張月十編 樂亭西馬譯 利勇 つゞきならひせと なるぞくにうぢこのしよやじんの手におち よりそだちといへりたるをわれかのちに 人のけんぐはいとげしやうれきせしひあが なきときにおし ゆるとをしへざるとに ゆるとをしへざるとにすて丸にふぞくすべし 又この山のみなみなる あるべし今より此子に 谷あひにふりたるもく 谷あひに ぶげいをならはしもん じををしゆるをなんぢが ありたづねゆきて つとめとせよわれに一 尚寧王 ひがしへさしたるえだ くわんのへい に下へ これは むかし 八まん 太郎よ いへあそん 元のそつまさ 元のそつまさ ふさきやうより でんじゆのひしよにして げんけにおいてもつともちん ちやうすべきもの也しかるに へいぢのはんらんによしともこれは ふところにしてをはりのくにゝぼつらくし ものゝかゝかゝれるを見ば これなりとすいしそのえた をきりてみすぢのそやを はぎ第一をいせ大しんぐら ととなへ二の矢を男山正八 まんととろやへまことをあそ みやうじんととなへ重 じうあけくれにきね んせばその天どくりやう じやきをせいして札いげん ひゞきのものにおうずるが ごとそん一十一へんへつゞく ごとそん 雄 斎 國 輝 毛国鼎 画 同 行 癸丑 堂 昇 錦 十一日 西馬神案 介雀千代明 国輝画図 山庄七日 行議霰 剣法古 聖徳太子 大和鏡 万亭応貨作 一寿斎一 阿斎国貞 齋国貞画 三鱗形 鎌倉草紙 西馬作 国輝画 文 西馬作 芳房画 録 一原金地本錦絵問屋もあてりふり丁恵美寿屋庄七板 一同 } 弓張月十二 弓張月ヲ壱枚 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 弓張月十一編 上州西馬録 国輝画 錦昇文庫 弓張月春迦。宵榮既に編を次で第十一輯に至る。此巻より琉球國の談にして。電体も 廿一日 亦常の模様とは異なり。されば戯場めきたる闇識合のぎつくりもなけれは。詐家号と 誉る色悪は。皐月幟の葬人とひとしく。根生株と称せん荒吏は。祇園会簟を 画し大燈にうつれり。そが中に大立の慶訪使竹田の紋の庫衣ならで。 三十年前文受の初め。崎陽より来とて両国にて興行せる。かん〴〵のう ト通名たる唐衣の踊り。能繁昌して市中皆諷ふに。童形は友を一 集め。十余人一群になり踊歩くに其鳴物を造て是を打囃子或は或は張 子の蛇をつかひ別種器具を製売者まで利分を得如斯大當り を思へば。シヤム鍋金楼羅廓の流行に連て。御真ならんかと。拙我 卅九 吐味噌の慢吹をもちゐ。深蒸料理のおしいぶん・飽給はで 此御高覧希ふ而巳 嘉永六癸丑年三月發兌 楽亭西馬誌 ○君真物の神 出現す ○按司 毛国鼎 山南省 北谷託女の長 女君阿公 紫巾官 利勇 飛脚{ 一四二十四日夜四月四日夜昼夜昼昼夜昼夜 前妃廉夫人 琉球国□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 井川尚寧王しやりねは 卅卅 中城宰王女 蔦虬山栄雲国師 王妃中婦君 三リ浦戸十一 十へんゟつゞきしそれもゝはせんぼくにしてよく 〽このんでよくおにをとらふくわうていものいたを ひやくじやをせいすいにしへもろこしくわう もてかのきやうだいがかたちをゑがゝせもんごに ていのときしんとうつらいといふ兄弟あり田 はりてあくきをふせけが又かんの世にせい わうぼは三千ねんにひとたび AEDUTELOOUDILIMEROOHODELODUDURILE からといふ人といふ事をしていかのである。そのことを ゆきのごとく くろければうるし のことしとわぎ 〽一につるはせん にんのかま なりといふ としは百 さいにして れいきを あらはじ 山せんざいに 山せんさいに してしん へんかぎり なしされば □つち〳〵かん がふるにかの おきなは八まん どのゝはなち 給へるつるにして 今おんざうし のためにしも さいせいのおん をほらずる ものか又 かのつるにのり てきうせう にゆぎやう するといふ ふくろくじゆ さいなるもの せいなるものか よるみをむすぶもゝをもてぶてい すゝむ此ほかもゝのとくかぞふるに いとまあらずよりてわじうが いのちをつなぐかてこれにます ものやあるわれ此しまをすて 丸にあたへいまよりして。たしよに うつりすみなんいつたんたもとを わかつといへどもさいくわいのとき あるべしうたがへばおこたりおと たればことならずよくつとめよと ときしめしくだんのへいしよを すて丸にもたゝつゝかきあげて さしいだすをきへいぢはいだき 主じうのきりよく ひごろにひやくばいせり かくて又かのおきなにをしへ られたるこのもとはそこかこゝかと たづぬるほどにとあるおい木の したえだにこがねのふだを むすびさげそのほとりに 又しろきとりのはね五 大まいおちてあり立より てかのふだをみればこは そのかみよしいへ あそんの□ しるされし ふだなればきへいぢ うちみてなかばはいぶかり なかばはさとりていそがはしく くだんのふだをとつておし いたゞきわかぎわかぎわかぎこれを ごらんぜよこななんむかゝ せんくねんのの とつてます〳〵よろこびしんせん のきやうかいいかでかうたがひ奉 らん只心もとなきはためともふう ふのうへぞかしそのゆくへをしらし給へと こひとへばおきなこたへてかのふうふのこと をつけなばそのこゝろざしをくぢくににたり なんぢみづからしるときあらんとはとはずとも あれからといふをなほとしてとくと あれかしといふをなほおしかへしてとはんとすれば そでうちはらひつと身をおこせばいはほのもとより はくうんそうぜんとしておこりつゝ立たるおきなをひき つゝみはやくもなかぞらに立のぼりかぜになびきてうせに つゝとはやくもなりぞらに立つほりかぜになびきてうせにつ此ふくのためにとてあまたのつるをはなちゐ けりきへいぢは此ありさまにます〳〵きゐの思ひをな といふしるしのゝぶだにうたがひなしそのつるいちはさきに けりきへいぢは此ありさまにます〳〵きゐの思ひをな しばしそなたをふしおがみつひにすて丸をたすけひき ころゆふ山にておんちゝぎみにさばせいのおんをうけし ひがしの谷かげにおもむけばはたしてもゝのはやしあり よりしば〳〵れいきをしめせしことありすでにわかぎみの すでにものほしきをりなればまづそのみ二ツをおとして けんじやうし給へるときも白きつるやのむねにまひわたりぬ 一ツをすて丸にまゐらせて一ツはおのれこれをくらふにその それつるはせんきんにしてとりのひじりとせうせらる あぢはひみつのごとくたゞ一つにしてはらにみちりんぜんとして あらは此みつのごとくもやしてはらにみちせねんとてはらさ六百枚にしてかたちさだまり白ければ ◑たゝかひはてゝのちよしいへあそんもうじやの つひふくのためにとてあまたのつるをはなち給ひし しかとは思ひ さだめがた けれどみな これおん父 ぎみのいん とゝむなし からずして 九はとしよりも こによう ほうあるに こそ今は 何をかなけぎ はべらんつひには 父うへはゝうへに あはしまゐらす べきものをといひ なぐさむるにすて いとおとなしくよく その心をえたり けん父とも母とも したひ給はずそを しも思へばいとゞなほ なぐさめらるゝおさ なごよりなぐさに かねしそでのあめ こずゑのつゆにまぎ らしつきへいぢは かのものえだを きりとつて矢に つくるにつぎへ 十月月一日 はぎしかのつのをひらいて 矢じりとしこがねのふだを ぬさとして三しやのかみに いはひまつりもゝのこぼくの うろいうちにたてならべて きねんをこらし又すて丸に ふげいをおしゆるを身の つとめとしてうまゆみ とほかげをならはし又 あるときはいさごにあと つけてもんじをまなばするに そらんじてはつめいするところおほかり されば主じう只ふたりこはしまに五七 つゞきくだんのこりのはねを そうめいえいごたぐひなくとし十 才におよべるころにはよろつのわざ きへいぢにたちまさりかのへいしよを これよりはりうきう国のものがたりとなる なりゑぐみよりぶんだんおくれたるはそのす 二月廿一日 ぢのかきあまるゆゑとしり給ふべし りうきうこく天そんし廿五世のとく わかをせうねい王といふ此ときくんとく きさきとせんとするに ゆゑあつてこれをやめ こゝさうりしやが むすめをいれてちうふ きみとじゆん 〇むすめを第二 のきさきとすさきに二 へんの下にためともつるをえんとて りうきうへわたりしくだり思はず きう〴〵ざんにて合へまろび しおちたりしときたまとつると をとりかへて立かへりしかその わか女にかゞきゐたる いれん ねん月日をおくるにしかのかはをころもとし とりのはねをふすまとしよるはいはやのうちにふし ひるはいそべにちどりをともとしあさな〳〵うみよりはぐる 日のかげを見てもふるさとのなつかしければすて九は 三すぢのそやをふしおがみ今一じたび父はゝにあはし 此じゆん とくがい とりのはねをふすまとしよるはいはやのうちにふし〳〵〳〵とくがは むすめ なりしか るにちうふ 給へといのもつゝ主はけらいをちからとしけらいは主を はぐらむためにをしからぬ身をながらふるむね くるしさはいかならん思ひやるにもあはれなり はらにしきみをあざむきたみを ぎみはさいしよく世にすゞれて ひえんかこうのこびあり王そのいろに なくできし給ひないぐわいのことことことことことことことことことことことことことこと〴〵くその いふ所をもちひざることなししかのみならずこく さうりしやはちかごろ身まかりそのおこ しきんくわん利やうまかりごとをもつ しんたげふうんのおごり 尚寧王内 かたぶかんとすゝとのらんじやう をたづぬるに せうねい 王はさい みぢかく きさき中ふ きみいんに して きんまんもん 君真物 の神現 ねたみ つよくねいじん りゆう らけん とつて まつりごと をほらいまゝ をほりいまゝ にせしによれ りはじめせう ねの王くにかみの あんずしばじゆん やくおとろへてしやしよくまさに こゝがおすめをいれて をきはめしかばす百ねんのじんに せいたちまちすたれてくにたみ そむきはなれんとす此とき世 つぎのみこなくてれんふ じんのはらにわん女た にんしゆつせうありけり しやうねい王はよはひよそ じをこゑ給ふに たんじやうありし うい子なればこれを うい子なればこれを 寧王女郎いわんと なづけて せうあい大かたならずてんそんし 世々のこゝわかもし王子親なきときはわん女をもてみくらゐを つたへたるれいあればちうふぎみはゆくすゑの事を思ひ やるにもねたきことかざりなけれどかのれんふじんはよろづ につゝしみふかくいさゝかもちやうをたのみておごりたかふる けらきなくこと〴〵にけんそんしてちうふぎみをうやまふ にぞにくしとは思ひながらこれをあしざまにいひなすべきやう なくてもだしつさるほどにねいわん女はひとゝなり給ふにがん しよくのたぐひなきいへばさら也こうしん つねにすぐれそのきかしきことますち をといふともおよばざること おほかり こゝをもて せうねい わういよ〳〵めで いつくしみ此わん によにくら によにくらし ゐをつたへ次へ 一同同一一 三、引戸十一 ある日しよし百くわんをしやうちうのせいでんに つどへねいわん女をよつぎとしてりうぎう二ツの ふぞくしれんふじんとともになかくすくのせいし でんにうつさんと思ふよしをきこえしらし給ふに みなくこたへまうすやうわがきみよはむはん はくにおよび給へどもわんずおはしま さずしかれどもわん女こうじゆんに してかつそうめいえのち也これに くらゐをつたへ給はんはたみの のぞむ二所にしてくにのさいはい はなはだしなかくすくのまぎ〳〵 りは世々のわんずのれうぶんあり 世つぎのみこはかならずかしこにうつり すみ給ふをもてよになかくすく どのととなふこんにちはふくせいきにん のきちにちなりすみやかにことを さだめ給へかしとことぼき つゞきばやと思ひ給ふほどにねはわんによはは 十四才にぞなり給ひぬかくてせうれいわうは 神童五郎 つゞき〽ばやと思ひ給ふほどにねはわんによはやけだへじなりあんきそんぼう此いつきよにありてわざ 十四才にぞなり給ひぬかゝてせうねいわうは ある日しよし白くわんをしやうちうのせいでんに つとへねいわん女をよつぎとしてやうぎう二ツのたまをとゞむるにみなそのけんゐにやく おそれけんかたみにおもてを あはしつふたび ことをいだすもの 海神 まうせしかばせう ねいわう大に よろこびし やがてさと 神童二郎 〽のしをもてちうふ ぎみねいわん女れん ふじんをむかへ 来らしことの おもむきをとき しらしらしつゝうやくしく たまのはこをさゝげもちて わん女さづけんとし給ふにぞ ちうふぎみ大きにおど からしろ 山の神 合そとめくばせしたりしかば しきんくわんりゆういそがはしく すゝみいできみそれがしがまうすことを きゝ給へいにしへてんし此くにをひら き給ひしよりこのかたすせん ねんにおよびみこは五五の今 につたへ給ふにわんずおはしまさ ざればわん女をもてしやうゐに したまふよしふるくよりいふのこ にてちかき世にはそのためしを きかずこれ一つきみおんとし いそじにおよばせ給へども なほすくよかに見え給ひしか のみならずちうふぎみはいまだ みそじのうへをおほくもすぐし 給はずをのこは八八六十四にして ようざうとぢすなごは七そ四十 九にしていんだうとづ此ゆゑに おいて子をうむ ものなきにあらずしかれば此 のちわんずたんじやうましまさじ ともさだめがたしこれ二ツわん女てん せいさかしくおはせどもぢよりう也世 のことはざに身女のぎやう〳〵たらんより ぐふのもゝ〳〵たれといへりわが王百 ぐふのもとくだれといへりわが五百 ねんのゝちわん女此くにをしろしめさば 大じんまへりごとをほしいまゝにしてきみ のいきぼひおとろへなんこれ三ツ此三ツの かならざるをもてきつけういかにとか しまにじやうぜんじゆ〳〵はくにの事 フフ長ヨ一一 らばいかにしてか あんしつしる こゝに いたつて せうねい 王はたち まちに 思ひ まどひ しばらくし よからんととふに りゆうこたへて あんをもてまう さんには世つぎをさだむる ごといまだおそからずわん ずたんじやうましまさずはとく たけたる大じんをむことしてくにを ゆづり給はんこそちやうきうのはかり ごとならめ今日の事は思ひとゞまり給へ かしといふそのていたらくかたはらに人なき がごとしときにゆんでのれづをすゝみいで そこゑをはげましくん王いかなればりゆう がこうげんにまどはされて宗のだいじを あやまち給ふぞやトいふものありけり次へ 一モ引戸一 つゞきもろ人おどろきてこれを見かへるにその 人としはみそぢあまりいろしろくまゆひいで まなこはらんほうのごとくくちはまつしゆのごとく こゑはこしやうににたりかうべにはこがねのかん ざししてむらさきあやのかふりをいたゞき身 にはこいもへぎのほうをきてぐわんりやうの もんあるきなるおびをむすべり 此人はこれさきのこくさう もうこうが子くにがみの あんずしばじゆん とくがおひなりけるなかくすくの あんず毛用語てい こんしゆしてまうすやうりゆう三ケ でうのふかをのべてよづぎをさだめ給ふ ことをこばむその とい ことこと わりあるに にてことはりに かなはずわんずまし まさゞる 〽ときはくらゐを ときはくらゐを わん女につたへ給ふ 事ちかき世にためし なしとてこれをやめ なはゞ見る所をとう とみてきく所をおと 中婦君 しめいにしへの よきまつりごとめ をすてゝせん 王のほうそく にもとり給ふに あらずや 尚寧王 十四錢十八 これ一心今よりのち わんずたんぜうあらんか とてしゆそしてこと をけつし給はざるは しんてんおうと 名帳月上 毛國鼎 いふとりのゐながら しよくをまつに にていと おぼつか なら わん 〃 □□□□□□□ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 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きたるがそのいしやう立所にへんじてある ひはにしきのごとくあるひはあさぎぬのごとし くだんの山のかみ二人りのわらはを▼ ▼したがへ名を二郎五郎 とよぶ山の神のかること ありてかわらはをむち うつ事あればわらはのなく こゑいぬのごとし又おうちきう といふわだいみのかみあらは るゝことありそのかみのたけ 一じやうあまりにしてきん たまことに大きやかなり その一ツをりうとなづけ又ひとつをきうとなづく 尚寧王 ふどしをむすびてかた ふどしをむすびてかた ほのかにきくもろこしにはでんこうのぎよくしあり又やま にかくこれらのかみ とには三じゆのじんぎありて世々のてんわうさうで 同十一日 をすへてぎまん すといへりわがこの玉もそのたぐひにしていと たつとむへきかんだからにこそ今よりこれを もんところにこは みなうきたる おん身にふぞくすれんふしんとともに はなしにあらず なかくすくのせいしでんにすみ給ふべしも とねんごろにときしめしてくだんの玉 をわん女にわたし又もうこくてい やまとのそう かのくににありて これを見たるよし おちかくまねきなんちかのちの あんずたればこんにち 又もろこし人も りうきうにいた よりわん女がかし つきとすとも かくもをしへみち びき候へとおふせし かばもうこくていふかし くよろこびくんわうかみにゐます びしんがちよくげんをいれ給ふ事まこと にくにのさいはひなりとことうけし 奉ればみなもろともにばんぜいとぞ ことぼきけるすのなかにりゆうのみ まう でゝふえをおき たいこをならしさま〴〵にまつりなぐさ むれどもたえてそのしるしなかりけり およすりうきうこくに四ツのれいぢやう あり又みちのほとりの大ほく大せき りてかみのしやつく げんを見たりしに そのこゑめい〳〵 として蚊のなく がごとしといへり かくあやしき ことゝいへども ことゝいへども 又こくをそこ なびくにたみを いたむる事は にがみかへりてちうふぎみと めを見あはし王わがいさめを もちひ給はずのちに思ひあたり 給ふ事あるべしとぞつぶやきぬ かくてねいわん女はきちにちを えらみかの玉をいてねんふ じんとともになりくすくの べつでんにうつりすみ給ふ にぞぶんくわんぶくわんないし みなこと〴〵くこれをかみとしあがめ まつりことさらにきんまんもんを そんしんすこはかいびやく このかたくにのしゆ ごじんなり此かみ をち〳〵しゆつげんし みこにたくせんして しよ〳〵のおがみばやしに あそぶそのみこ三 きう女ちおの〳〵なりくすく 十三人はみなわう どのにまゐりかしづきもうこ のいへすぢにしてきさきも 中婦君 ていひごとにしゆつししてほう 一その一にん也そのよこくちうのみこ ぢらんくんしんのとくしつを かずしれず又女王といふかみありこくわうの ものがたりなしまゐらせ けるほどにわん女はますく おのれをせめて身のおこなひ をつゝしみ給ふかうしかばせうねい わらはをり〳〵なりくすくにおもむ事あるときはくにたみみみそぎやうのことをしてこれをまつり きてひねもすあそびくらしわん女のなぐきむる事いとせろなり又七れんめ十二ねんめにしゆつ こうしんなほざかならさるをよろとげんのあら神ありてこくちうはさらなり三十六のえだじま び給ふにちうふぎみはいよ〳〵いきどほりに せまりながらたえてけしきにはあらは さずひそりにりやうとしめしあはし ものがたりなしまゐらせあねいもと世々かみのつげによりて五こゝみのるときにおよびて けるほどにわん女はます〳〵此しん女こくちらをへんれきしいゑぼをすてこれをかむいまだ おのれをせめて身のをなひ女わうのなめざるまへにからのれたるいゐをくらふときは足どごころ をつゝしみ給ふかうしかばせうぬいに死すこゝをもてたえていねぬす人なし又おのきんまんまんもんいかる 事あるときはくにたみみそぎやうのことをしてこれをまつり げんのあら神ありてこくちうはさらなり三十六のえだじま まですべていちじにしゆつげんすることあり此ときかみこくわら かりしもばんみんにいたるまでかしこみそつる事になんそのかみのいづべき まへは九月のころあをりといふものあらはるそは三ツのたかねに五しきの まづれんふじんをやしまひつけんわん女 しやうごんたなびきその山をおほひつくすがごとしよりてその をやうしなはんとてとさまからさまむねをのみくるしめつゝ いまだそのたよりをえざりしにつぎのとしのはるよりしば しば水神□ち山神袋のしゆつげんしうみやまいち どにあれてりやうしひやくせう世わたりのたつきをうしなひぬ とは君真物焼身のいからせ給ふ也とてまぎり〳〵のさと 人らくにのれいぢやうはたらなりしよ〳〵のおがみばやしに 山をあをりがだけとよびなしかみのしゆつげんちかきに ありとてまつにはたしてその十月にいたりくだんの あらがみしゆつげんすぞのときみことわうの しんからおの〳〵つゞみをうちうたをうたひ これをむかへてわうきうのていしやうにいたり からかさ三十ほど立てたびしよとす一 なかりしに此 こし山の神 おうち きう いたく いかりて を りやうしら きこり うちなげ よしそのき こえありけ ればちうふ きみふかく よろこびひそかに りゆうとしめし あはしてふくしんの ものを所へにつかはし こくわうちうしんの いさめをきゝ給はで ねいわん女をつぎん 平川戸丁一 〽つゞきなりくすくへうつし世つぎのみこに たて給ふゆゑにきんまんもんの あらがみいかりて此わざはひを くだし給ふといはせける されば一丈 かたち ねかたち 中婦君 中婦の にほへてぐん けんこゑに ほえる ならひ なれば 此ふうぶん ぎやう〳〵として ちまたにみてり 利勇 かり 〽ほどに せう ねいわうは 此りうげんを つたへきゝて大きにおどろき にはかになかくすく のあんずもう こくていを めしていせ めして の役官 おもむきを ふるはんともくろみさきにも ことをたゝみにしてわん女をなり くすゝのせいしでんにうつし 今またべんぜつをふるつて きみをまどはし奉る こそにくけれとのゝしる を王いそがはしく見かへりて やがてぎよくざをわかちをうし きさきのいふ所もことわりあり かれがまうす所もことわりあり われくらくして思ひあきらめ がたしたれか此里かいをろんじて がたしたれか此りかいを□んじて 事のきつきやうをさだむ いべきととふにちうふきみかさ 心ねてしきんくわんりゆうは その心ざま忠義ふかく かつとほきおもんばかり ありなどてかれを めしてとひ給はざる わん女がうへあしかれ ○しんりよをしろしめさ れんとならば北谷なるみこの おさくまぎみにとはし給へかの母 くまぎみはさきのかる 使官 れんおやかた ほうすあ こうが むすめにていと けなきとき父 女にわかれ兄だいも なかりしかはせんわう あはれみて 父のきうれり 三つが一を 給はり これを みこの おきと して 女くんに じゆんぜ られしかば 世のひと 女わうと かれを 北谷の となへふくを とてまゝはゝのはらぎた なくしりまうすかときう にも思はれ人にも思はれなんそは なげきてもあまりあれどくにの ためには思ひかゆるよしなしもちひ 給ふともちひ給はざるとはみこゝろ にこそあるべけれとなみださしぐみ てかきくどくをせうねいわう きゝもあへずさらばりゆらを めせとてさゆうにおぼそ いのりわさはひ きみ にもよくしろし めさるべきものを とまめだちてまう 〽すにぞせうねいわううち うなづきてわれくまぎみ の事をわすれたりとくつかひを をはらはするに ひゞきのものに おうずるがごとし しかれもとよりひとに よめらず三十よにんの でしをふぢよしてよはひ すでにむそぢに あまれりかれが ことは きこえしらしきよ じついと心もとなしなん じついと心もとなしなん ぢは何とか思へるととふに もうこくていこたへてほでふ さることのひべきこれはわん女をあし りうげんにてあるべくかのきみなり くすゝにうつりおはしましてはいよ いよおこなひをつゝしみはんてんの おんあやまりなきにしよじんこれを とがめ給ふいはれなしゆめまこと となきこしめされそとかむりをかたむ けていらへまうせばせうねいわうます〳〵 まゆをひそめしかりといへどもくにたみ らとよみくすくにいたりてはらひしあるは しよ〳〵のおがみばやしにいたりてまつりなぐ さめわれ又ちかごろくもくすくにおもむきて きとうしそのほか心だになるわだつみのかみ たかみねなるみづちづかにみてくらをまゐら するにつひにしるしなきはそのゆゑあるべし なんぢしばらくしりぞけわれふたゝび しあんせんとのたまはするにもうこくていは なほとどわりをつくしてわん女のうへにかみの とがめをうけ給ふ事なきよしをまうしあかし やがてなりくすくへぞまかりぬ此ときちう ふぎみはいちぶしゞうをたちぎゝしれんを かけてあざわらひつゝもうこくていを見おくり でんがいまださとり給はずやかのもうこくては れんふじんがいとこなればわんによに此くにを しらしおのれこくさうとなりてゐせいをま ざまに思はし奉らんともくろむものが 一あはたゞしくよばするにしばらくして りゆうまゐりしかばせうねいわうちかく はべらしてもうとくていがいひつることの いちぶしゞうをときしらしつ 阿公 〽なんぢ なにとか思へる心くま なくいらへせよとおほすれば りゆううけ給はりてあまたゝび たんそくしわがきみたゞひとりの くちをしんじてせんまんにんのことば をうたがひ給ふはことわりにそむけり しかれども今たちまちに世つぎの みこをすて給はゞもうこくていむほん してあまたのくにたみをころすべし これはかりごとのたらざるににたりでんが □□□□□□□□ かはしてとはせよとおふするに りゆううけ給はりものなれたるきん しんにおほせてやがて北だにへつかはし けりさるほどにきんしんはかんばに むちをならしつゝしゆりのおほ うちをいでゝ六十丁みち四里が ほどをたゞいつときにのりつけて くまぎみがいへにいたりおふせの おもむきをのべしらするにくま ぎみはかねてりゆうがたゝみに くみしきんまんもんのたゝり なりといつはりてうみ山を あらするはかれがわざ なればはやくそのこゝろをえ あまためでしみこをいて さうくわんをいたゞきじやう ゑうちきていでむかへいゝ おふせをうけ給はりしばし うちあんずるおもゝちにて いらへまうすやうかしこ けれど大わうすでにかみと 人とのこゝろにたがはし 給ふから天このわざはひを くだし給へり今これを はらひのぞかんにはたつのねん げづじつじにうまれたるをろごを にゑとして此うみにしづめ大王 みづからさんげしておうちきうをまつり なぐさめ給はゞかみのしづまり給ふこと もありなんもししかしかしかしかしかし給はずは 千長月上 月月十一 つゞきこくちうあれすたれてゆくしき だいじにおよぶべしといらへけりきんしんし きこえあぐるにせうねいわうはからざるべきちゞの あきれはてゝ手のまひあしのこがねをいへに ふむところをしらずまづ ちうふぎみにつげしらして つぎの日りゆうらをめしつどへ たつのねん月じつしにうまれ たるをなごあらばこんどのにゑん まゐらすべしおやあるものは そのおやにでんはたを給は りてしようがいをやす ちかにすぐさし子ある ものはその子にくわん しよくをさづけなにゝ これをきゝて大きにおどろき 又いそがはしくうまにうちのりて その夜しゆりにはせかへりくま ぎみがかんがへつることのよしを きこえあぐるにせうねいわうは あきれはてゝ手のまびあしの しらずまづつむともいのち は子をいとをしみ 子はおやをうしぬ なはじとてなの ことわりに ●い此ことをうちかたらひ 給ふにちうふぎみほく ゑみておよそいぎとし こがねをいへに つむともいのち うしなはれては たるをなごなきに あらざめれどおや りもいでざる にこそいと いけるものたれかはいのちをし からざるべきちゞの 廉夫人 ちうふぎみにつげしらしてうしなはれては 何かせん此くにゝたつの としつきそろひてうまれ まれおんしやうはのぞみ にまかすべきよしをこく ちうへふれしらせよとおふ すればりゆうらうけ給はり 中さんさんなんさんぼくの まぎり三十六のえだじまに そくたくしてあまねくこれを もとむれどもたえてもこめに おうずるものなしせうねはわう はあまりにもとめかねてある日 ちうふぎみと はぐれわすれ給へりや ねいわん女はたつのとし たつの月たつの日たつの ときにうまれはべりぬるを でんがそらしらずがほ にておはします をにておはし にてつぎへ □□□□□□□□ 毛国鼎 寧王女 ラ長月上 吉州月十一 二十六番 司馬順徳 〽つゞき人の心をも おしてしろし 同 なくば それも かひなし 思はずやと 思ひくして おんみはさも めされよかしと いふわうこれをきゝて たなぞこをはたとうち げに思ひわすれたりわん女は ことし十五才にしてしかもたつの ねんげづじつじにうまれにきわれたみ のふぼとしてくにのなやみにわたくし せばかみもはりでかなうじゆあらんこれ かれともとめんよりわん女をにゑとして たみのうれひをはらいなんとはおもへども おほくもあらぬこをうしなひてたれに しくらゐをつたふべきこれねずみをうつに うづわものをいむのたぐひなりよしやわさ はひをはらひえてくにやすら かになりぬとも ゆづる同 とひ給へばちう ふぎみとたへて わん女はぎりある子に はべればしかせんと のたまふともわがみに かへてたすけまゐらせん とこそ思へ今まがりしやへがま のあしかれといのりはべらんやされど 人のまたくしるはかないいにはべれば 人のまことをしるはかるときにはべれば でんがこゝろみにもうこくていをめしてかや かやうにのたまはんにもうこくていはんてんのわゝ くしなくわん女も又こう〳〵のこゝろざしむなしにおこゝろをくにたみら からずはにえにならんことを こひぬがひ給ふべしそのこうしんを かみもあはれみわが子にかへてもたみ をすくはんと思ひ給ふわうのかしこき みこゝろをくにたみら二下のなきへ 西馬譯 国輝画 順徳妻童氏 ………………………………………………………………………………………………………………… 嘉 七 水 甲 寅 発 市 新 鐫 一 西馬作 弓張 月春 之 宵榮 国輝画 仙果作 鏡裏梅水月 国輝画 雑史 国馬脇 め 玉馬御門 病 墨川亭 雪庵作 咲 かえ 一雄斎 國輝 て 画ゆ 記 録 録金地本錦繪問屋江戸照降町惠比壽屋庄七版 楽亭西馬録一 一雄伊豆建画 題曲有国画 春の夕菊 十一編下 一学序録 国輝画 弓張月 甲寅春 照降街 恵比寿屋庄七枚 二十六 補 上のまきゟかんげきせばもと め給はずともにゑになる ものまゐるべししかるときは はん女の身につゝがなくてわざ はひたち所にはらひのゆき くらゐをつたへ給ふともかさ ねてたゝりおはべらじとさかし だちたることのはのたくみのわなにひき いるゝとはしらずしてせうねいわらはつく〴〵と うちきいて大きによろこびおんみがいふところま ことにしかなりわかかばかりのことに心づかざりし こそおろかなれとはぢらひてひたすらにたん せうしやがてなかくすゝぶかひをつかはしてもら こくていをめされけり○せうねはわうはことの おもむきをいまだなかくすゝへきこえしらし 給はねどもねいわん女ははや世のふうぶんを もれきいてある日れんふじんにのたまふやう うみ山のあるゝ事かみのたゝりなりとぞ いふなる此ゆゑになりはひのたつきを うしなひつるたみのなげきもいといた おぼすらめさるからにわが身あさなゆに なにつまをりしてきんまんもんをいのれ まし父王もこれのみをきこそ心ぐるしく 二十三 どもまことのみちにかならぬにや それぞと思ふしるしもなししかるに北だにのみこ くまぎみがわんがへまうせしよしをきくにとしつき じじつみなたつうまれ合たるをなごをにえ としておうちきうにゐらせなは世はのどやかになるべしと きこえあげしかはやがてこゝちうにそくたくしてそのをなごをめさ るゝとぞかゝればわが身のうまれたるとしつきはくまぎとがいふ 所にふがふすあすはつとめてしゆりにまゐり思ふほどをうつたへて 第一章 毛國鼎 真鶴 此身を かみにまゐ らせなんこよひ かぎりのなとり なるなからんのち はともかもとり いとなませ給へ かしといひかけて めをぬぐひ給へば れんふじんきよ 一あへずうちおど ろきこは思ひも かけぬこかねの えだたまのわか ば世をもしろし めさるべきなかく すゝのおん身にて よしやくにのため なりとてゆゑとし ならんといたまふ ともこれをゆるし給はん やかゝらんことはたはふれにも のたまふなさらぬさに次へ 弓張月十一 〽つきねはじんばらが めを見はりみゝをそば てゝちうふぎみに つげんとひまをよび はべるものをいとすゞ ろし也といさむればねい わん女かさねていな さき〴〵の人のうへ に見きゝしにも 女は心よりほかに あは〳〵しく人におと しめらるゝすゝせありなんまいて 世をすべくらゐにつかばよろづうしろめたくも かたはらいたく思はるべしなまじいになかくすく うつされてけんぎのなかに世をむきぼり たかきこはすゑのうぜにをらるゝをせす れはべらんはわがこゝろぎしにあらず 身をころしてじんをなしくにたみを すくひなばかみもあはれみ 人もうれしみそのおう ほうむなしからずして わんずたんぜうあらんには こよなきくにのさいはひなり もしわんずたんせうあらずともわう そんにしてしんかにつらなるものなきにしもはべ らずそのひとりふたりをいはゞおん身がぼうぶしばしばしばしは じゆんとくそれがうからのもうこくていなんどみなてん そんしのしそんならずやこれらが子どもをやしなひて くらゐをつたへ給ふともそのみなもとはひとつなりひとめ くにゝは子につたへずとゝある人にゆづれるをひじりの 寧王女 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 廉夫人 せん何ごともくにのため也と思ひ はべりといひなぐさめ給ふにぞれん ふじんはまことあるそのことのはを のたまふ所ことわりなれど又この身にも なりてごらんぜよわが父じゆんとくり はわん女のたんじやうまし うたれたることのもとをいま じゆんとくふかくこれをなげ をなげききんまんもんに ぎせいしてその身をもて わうにかはりしなんと ねがふねぎごとのまこ とを神もあはれみ てやわうのやまひ いえ給ひきしかるに ねいしんばらひそかに そのみてぐらにちを そゝぎくぎをうちじゆ とゝこそもつたいなくも ますとしにむじつのつみに たりおやにさきだちなるはかなしきこと いふべうもはべらねどやみてはかなく二 いふべうもはべらねどやみてはかなく なるならばとゞめらるゝともいかに さらにかきくどくさへなみだの たね思ひいづれば十ノあまり五ッ とせさきのあきのころくんわらいた やみ給ひておんいのちあやうがりしかば あきらめ給へかしわが身も思ひたみ きけばなほむねまづいたくふさがりつ のたまふ所ことわりなれど又この身にも 世とてのちまでもいと〳〵ほむるときこえ さらにかきくどくさへなみだの おのれ此くにを 毛国鼎 ちやうぶくし おうれう □□□□□□□ へや 「せんとすとざん しやの 〽した 一のつるぎは するどく王の みこゝろにぶ ければこれを まことゝして ○ことのもとを たゞし給ばず やがてうつてを□ 尚長月七 真鶴 □□ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ されはあた □□□□□□ も身のぬれぎ ぬをほしあへずいへに 火をかけはらかききつ てうせにければ主におとら ぬいへのこらうだうさし ちがへ〳〵けふりのうち に死するもあふ心おく れていけしとられからぶを はねちりものもあり はゝは父がのちぞむにて わがためにはまゝし けれど心ざまをゝし くからうじてとう ざいなるちかと まなづるを かきくだき うちもん 総 □□ 弓引月一一 つゞきたちのぼり ぬともきこえて さだかならずその 真鶴 ときわが身。 も父のつみによつて 物 きうちらをおはるべか りしにわん女たいない におはしましてすでに りんげつなる□ をもてそのさたにおよば れずたゞきざきに立られん ことをやめられてりしをいれて ちうふぎみとすこはみなりゆう おぢおひがわざなりとしれ どもをなどのかなしさはあから さまにはいふよしもたえてなぎ さのまるきぶねひとりうちみし くにがみのうらうのはまのさよち どりあぢきなき身をなくばかりくわん らくにはたにんあつまりかんなんにはしんせきはなると 世のことわざにいへるもうべなり父じゆんとゝうたれてのちは いとこなりけるもうとくていのみほかにちからとなるものなく はりのむしろにざするがごとくものらきなかにいくほどなく わん女をうみ奉りしが王もやうやくにさとりえ給ひけん じゆんとくをうたせし事こうくわいのみけしき見えてわが 身をあはれみ給ふかたじけなさにすこしはうさをなぐ さめつゝわん女のせいちやうし給ふをまつかひありて世つ さめつゝわんじのがき給へはちよよろづ代ゆくすゑいはふ ぎのみことあほがれ給へはちよよろづ代ゆくすゑいはふ とかへりのはなめつぼみをあだにしてたみをすくはんと のたまはするおんいつくしみはさることながら 伊慶三年三年 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 毛国鼎 そはしんかのうへにこそあれくにのために身をあい するをかしこききみと申ㇲ也よしなきことなのた まひそとことばをつくしてとゞむればわん女 つら〳〵きゝはてゝたんそくしあしたにうまれ てゆふべに死すかげろふといふむしすらいのちは をしむときくものをおやのなげきもかへり見ず 世々のまもりのくにをすてわうゐをすてゝ ひたすらに死んとねがふにはあらねどかしこ けれど父わうはざんしやのまうすをまこと として人をうたがひ給ふ事おほかりさるに よつてこたみにゑになるべきものをもとめへ 給ふにその人を元給はずはわなみを こそとおぼさずともりゆうらが まうしすゝめて□ ふし ぎのおやせ あるべうもはかりがたし そのときいなみ奉る ともさはとてゆるし 給はんやよし又 べちにその人 ありともつみなき ものをころさん は此身に つみていと いたましと くにのいにしへ へ御座候 はおいたるかや をのにもすて くもとゞめがたきはうゐ 山にもはてし ためしありと きゝはまことかこれ は又それにもおと らぬかみごゝろ 人をもてにゑにあつる くにのならいとそかなし いけれそれそれそれそれそれそれそれそれそれそれそれ見 てんべんのことわりさつてふた たびかへらざるはめいどくわう せんのわかれなりあいじやく あいぼのかなしみ今にはじめぬ ことなればもとのつゆすゑのしづくさき たつもおくるゝもわかれはいづれおなじ かるべしきゝわき給へといらへつゝたち あがらんとしぬにそでを れんふじんひきとゞめてこは ものにやくるひ給ふくんわらの いものにやくるこのいへ あふせあらばぜひにおよ ばずみづからもと めてうし □□□□□□□□ やう 利勇 身をひく 給ふかはとかた みにいざめいさ められことはて をりしもあれ められことはてしなき □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 必滅 欠る 尚寧王 つゞき けしきもなく くわらつとをおし あけつゝゐはい二ツをとり候だして えんがはにならべすゑなのりまう すもはづかしけれとわらはゝ ふくにのかみのあんずしば じゆんとくがむすめにてまな よばれはべり父うたれつるころはむつきの □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 利勇 くにがみのあんずしばじゆんとく ぬしのむすめなり こどにのぞみくち をしきふるまひし てうぢもそだちに しかずとてわら はれ給ふなれんふじん はおん身があね ながらわがため にはぎりある子 なりわん女は なまじいにやみきらばひてあ なまじいにやみさらばびてあと はゝがこゝろざし をもいひしらしてこたび をもいひしらしてこたび 一のにゑにまいり候へわれ きみにてましませ ことも世にしあらば 一ぐわいせぎのなをも けがすべしかゝれば すべしかれが おんぎはいと〳〵おもし とくなかくすくにおも むきてかからもう あんずになのり あび にのこらばおんみが今はの心かゝ りともなりなんいざさらばまの あたりやいばにふしてのちの 思ひあらせじといひも はてすまくらのもとに かくしおきたるたんとう をひらりとひきぬき しがいしてうせ 給ひしはゝのさい ごにいさめられ 身をはぢてかせのたよりもよすがなく なづかしとのみ思ひはべりしかるにこんど おほぎみよりたづのねんげつそろも ひしをなごあらばにゑにまゐらせよ とこくちうにふれしらしてあまねく もとめ給へどもまゐるものなかりしかば わん女みづからおんみをすてゝにゑになり わん女みつからおんみをすてゝにゑになり 給ふとふうぶんすわがはゝこれをきゝて 大きにおどろきまなづるにいへりけるはおんみは たつのねんげつにうまれたるがそのころれく くわいたいにてのちのやよびはりんげつなる よしをきゝぬ思ふにうるふ三月たつの 日たつのこくにわん女たんじやうまし ましげめよしやくにのためなりとて せつぎのおんみをすてゝにゑとなり 給ふとはまことしからぬことなれどあく にんばらづ申すゝめてかゝるふしぎの さたあらばいかにせんおやこちうぎに いのちをおとしててゝごのおめいをきよ むべきは此ときなり今こそあれおんみも うぢにありしかば何ごとも思ひわきまへはべらざりしがもの ごゝろをおぼえてしる父のざいごはゆめなれやそのとき もあらくすくおやこくしくくしがめにそでぬららつゝなきあかせしほどにはゝしやう のうではみとせこのかたなかきいたつきにうちふしたりはんほ。のこうもまづしきいへ は心にませぬくすりのしろせんじつかたるかんなんをとひなぐさむるともゝなくあね ぎみひとりありとはきけどみやこのはなにひなのつきくもりがちなる はゝがふところにかきいだきてみやうくわのなりつるぎのした をのがれいでこゝからこに立しのびあめにぬれつゆにそぼちはづゝみ □□□□□□□□ □□□□□□□ たてしはゝきぐのたかきめぐみとなき父のむしつのつみのことのよしをきくに かなしくくちをしきぎのわにちかき山ずまひあとをうづめるをかくし世にあるかひ なくもなかれ 毛国 真鶴 三 いとゞ なみ だに たけの □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ よはる心 をおにゝしつ とかくしてなきがら をけふりとなして 立のほるうらぞひ山 もうらめしく世にはあは ちやのさととほきなげきは ちやのさととほきなげきは 一今もふかの山ひとりたび だつまきみなといそぐ ことすれどいそ むらのある たに見ゆる くばが 八 これや 同公 身の死で御山 しやばとめいどのなるく しすくやうやくたづけまい しりしなりこれはこれは のゐはいこれはまたつぎへ 二月廿一 つゞきしはゝのゐはいおやこみたりがせつなるねがひいのち あされてなき父のちうぎを立さし給ひねと思ひさだ めされてなき父のちうぎを立さし給ひねと思ひさだ めしものがたりながきたもとをしぼりけりれんふじんはきく ごとにかきぬぐへどもはふりおつるちすぢのなみだわきかへり にゑにたゝんと身をころし子をいさめたるはゝおやのさい とを今も見るこゝちしてまろびいでつゝ二ツのゐはいを そでにかだきてまたしばしたえいるはかりなげ きしがやうやくになみだをぬぐひ なにまなづるわれこそはおん身があね 又かしこくもこれなるはわん 女にてましますなれ そもわが父は世に □えせずのびあがりそはあねぎみにて おはせしかつゝがなきおんかほを見もし見ら れてとしごろのこゝろざしはいたしたり いのちとられにまゐりつるまなづるに ものを思へとてかすゞろになげき給ふ やらんなさけなしとゑんずれば ねいわん女はこれかれの心のうち を思ひやりかんるいとゞめ を思ひやりかんるいとゞめ あへ給はずあれめしのぼせ あへ給はずあれめしの よとおほす ればもう とくてい まれなるちうしん なれどすくせあし 真鶴 くてざんしやのした ●うけ給はりやがてまながが 手をとりてほとりちかくいて まいりつわん女つく〴〵とみそ まいふいわん女一くとかかん なはしてそろひもそろこし おやこがちうこうけに じゆんとくがつま なり子なり かくありがたき とう女を ころさば いりでかかみ のなう じゆ あらん こゝろ のつるぎにてうた ざしは れ給ひゝそのゝちは するに はゝのゆくゑもくも とのこともいひいで られぬこゝのへの くにつみやこの にみやづかへ 人の あまり あれど これを しも しのぶ ねた ねた 参 うす らひを わたる 思ひは みつとりの ねにむすぶ ゆめに だに わするゝ ひまはなか りしにあひ 見ぬ思ひはかず ならずはゝの さいごをきげば なほなげきいめ ますそでの あめふつてわい たるこんどのなん ぎうみたて まつりしひめみこ にかはらんといふ にかはらんといふ その人ははゝに ぎりあるいもと なりとてもかく てもやすからぬ 心のとまもいさみ かねておなじみちにぞ ふみまよふつれへき ものはいのちなりといひ かけて又よことなけし ばまなづるはみぎり のはらにはゝり のぼらんとして身を はぢけんのぼりも 廉夫人 寧王女 弓長ヨヒ 長喜 …… 毛国鼎 松平平 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ おと りなん とく〳〵 かへれと さとし給へば まなつるはおも たゞしくとはおふせとも おぼえずかゝるせにたちはべ らずはいづれのときにか父が おめいをきよめはべるべき さればまろばるが命はつき 尚寧王 毛國鼎 ちゞきき とおやとに まいらするをきこし めしわけられぬ はおんいつくしみ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ なきににたり ▲世に たぐび ぞとやめら なきをとめ るゝふしあは せまづしき いへにはゝを かとなひこゝろ かたけき きは おぼさずやといちへつゝ あねのかたを見かへれば れんふじんうなづきてけな〳〵 けなりまなづるちう とこうとに身を ほふるへ つ みなが らにちる はなの身の なるはてのいた ましとてかはちるゝ われにもあらねばいくたびま 弓長ヨト一 利勇 ●事なげき てもそのかひ なけれどいま めぐりあふかほ さにあすの わかれを思ひ やかれて あなむね はぐるしを かひなづる ちからなげ なりけり されば とて わん女は これを 給はず さま〴〵 給へば てい よりて 次 つゞきわん 女もふじんも みこゝろやすく おぼしめされ よまなつるを もてにゑとする おほりともその がくはか ちにべき らふへき やうあれば やうあれば 利勇 いのちをおとさする事は候はじいつたん かれがちうこうをきこえあげ父じゆんとくが むじつのつみをまうしときておんゆるしをかうふく ためにかりににゑにはまいらするのみがれ 世のなかひろくなりて此なかくすくどのに みやつかへし奉らばなまはいきんにたち まさりてよきおんまもりに候ひなんなに ごともそれがらにうちまかし給へとていと たのもしくまうしけりそれより もうこくていはしゆりのわうきうへ まいりてまなづるがちうこうをつま びらかにきこえあげかれをもてにゑに せんことをこひ奉りしかばせうねばわうこれを きいてふかくたんせうしわれねいわん女 をにゑにせんと思ひつるはたみのふぼ としてこれをすくふによしなければなり しかれどもわん女はすでになかくすくとし せうせられたつときことせいしたり今かれ をがいしてくにのなやみをのぞかんにはひぢを もてあめをさくるがごとしこうせいぎろんを のがれがたくてふとくのきみといはるべきにしば じゆんとくがむすめまなづるとやらんこたみの もとめにおうしてまゐれるこゝろざしいとせうす べしかれが父じゆんとくは世にめでたきちうしん なりしをおもひあやまりてちうせしことひさしく これをこうくわいすしかるを又そのむすめをさへ にゑとしてかいていにしづめんことふびんにはおもへども そはかれがほんらいのこゝろざしなるにわれもひとりのをと めをおしみてせんまんにんにはかえがたしよりてまなつるが ちうこうをせうしすなはちみやうふとしてにゑに〽まいおいて次へし 尚寧王 崇雲 } 于間月土 毛国鼎 樂亭西馬文譯 丁まいまいまいまいまし北だにへ おもむかしお入じゆんとくには じゆいつほんじゆんこく きうとぞうくわんし はゝせうしにはほうこく ふじんとついほうすべし 此むねよろしくいひしら せよとねんごろにおふ するにぞもうこくてい □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ しいそがはしくなりくすくに まかりて跡のおもむき のべしかばれんふじんねい わん女はさらなりまな づるははじめてあまつ日を 見るこゝちしつしゆりのかたに むかひてくんおんをはいしやしやし今は おもひのこすことなしとてなか〳〵に 死をいそぎてつゞの日よりもの いみしてにゑにたつ日を まちたりける」十二んへつゞく 一雄齋國輝画 同 行 癸 堂 昇 錦 ↑雀千代哢 十一日 西馬補案 国輝画図 行議震 剣法古 聖徳太子 大和鏡 万亭応賀作 一寿斎国貞画 三鱗形 鎌倉草紙 西馬作 国樺画 文 西馬作 芳序画 録 産地本錦絵問屋参都てりふり丁恵美寿屋庄七板 升題曲るいへば B 勇美波里 都策第拾 二編上冊 西馬作 国輝画 錦昇堂梓 玄関半 四十一 はてくへててへんへへへんをおきひやきききとうかへてやくへてせやにてやしの 歌人は坐して名所を知り。大人は渡らずして唐士の形体をも著述する。況真途は 吾邦の。風俗ある琉玖の世界を曲亭翁が輯録せしも。四十余年前の新案にして号て 椿説弓張月に題せしを錦昇堂の需に應して袋人の草紙に異冊既に十二編に至る十 編半より彼王の談に移り。芭蕉布のいと永くしく琉玖芋のきなる趣向はあれどそを 出島の砂糖の甘口。たつぶりに時風の画客を加へ漢文漢士とはんべるの倭詞其おあいたなる衣 党つきは呉熱蜀の三公が花屋舗の桃園に一献飲で儀を約び将師へ肩を入たる神文を出せぬ 鳩門の會に半かいの羽織は畳んて片手に抱込ども。花僧が劔の舞の口論も。謹信が尻振踊 の頻戯で笑はせしに終に和睦の手礼の演袱良弁ならぬ。能弁は。石等の大滝よりとう〳〵とし 出て。こふ僧正が鼻柱張良が沓と倶に名高しされば尊きも賤きも賤きも。往古も戯述の業くれば。 一土華の穂先無釈尽せぬ御代の早春に魁し如く発布して克例の如し 嘉永七甲寅年孟陽新刻楽亭西馬戯述 一〇〇、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、〇 ○王妃 中婦君 ○寧王女 松景 映池 龍戯 水梅 花落 地蝶 翻風 ○妓臣 利勇 あんこん〳〵にそんじやややいしや 卯辰月十一日 かしていせんといふんしんだんだんだんだんだ 鶴 真 ○陶松寿 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 同同十二 十一へんゟつゞき「かゝりしほどにちうふぎみりゆうらは思ふにたがひて いとほゐなくはあれどことすでにさだまりではこれをいひやぶる によしなくていよ〳〵れんふじんともうこくてのをいぶせきものとし これをにくむことはなはだしくかさねてほどとすはかりこともがな こてます〳〵かんたんをくだくこそおそろしけれかくてせうねいわう はみづから北だになるうみばたにおもむきまなづるをにへとして きんまんもんのしよじんをしづめまつるくまきみがきどくを 見んとてかねて吉にちをえちみさてその日にもなりしかば 二しくわんよりさとのしはいきん上ちくとしにいたる までぶんぶのつりさあまたいて北たにゝおもむき 給ひしかばみこのおさくまぎみは三十余人の でしをしたがへなみうちぎはにだんをきづき しめなはひきまはしてこれをまつことの ていたらくいとはれがまし くぞ見えし此こと 蒙雲国師 かくれあらざ ればをちこちの むら〳〵ざと〳〵のき せんうみばたにくん じゆしてわうを はいしみなばんぜいと しゆくしまうして じこく おそ しと まつほどに なかくすくの あんずもう ゆゑ あたゝかなれどもはだへ さむくせしは ゆたかなれども 一うへにくるしみ くちひとつを もらひかねで じさつせんよりは と思ふにこそ 世にすてられ たる死ものぐる ひもときをえて ちうこうの名を ぬすみ父じゆん とゝがほんぎや くのざはめいを けづられあま さへためしなき こうゐこう くわんをおく り給はり その身 さへ れつ にやれ られ はしん みやうふ同 にかき 尚寧王 □□□□□□□□□□□□□ つるにば せきふの じやうえ おろさせいそがはしく こしかきらをとほざけて まなづるをめしつれまゐ れりときこえあぐる にしきんくわんりゆう をきせてしら きのこしにのせあまだ たのにんぶにかゝしつゝ うらわちかくまゐりしがこく わらすでにいせ給ふを見て おほせもまたすすみいで こしのうちをさしのそきつゝあざ わらひむほんにんのむすめなれば 身のおき所なきまゝにこゝら わたりにひやうはくし世は図 三月二日 利勇 しはこと わざにいふあや まちのこう これかなり みやうなり くまぎみとく〳〵 しやつをしづ にてきどく こを見せ 給へと いそがせば うけ給はり ○みこをいて ぬとはら しづかに へつゝくま だんをおり ぎみは きたりましの 又七人の めてに立よりてあら かくもへきの やかにもの見のすだれを やかにもの見のすだれをかき あげつゝおいしはみたるひぢをのべ てまなづるがくろかみをむづと つかみてひきいだすあはれむ べしまなづるはせんびんかたにふり みたれてやきにはらふやう ぎのごとくこうがんいさ ごにまこれてがぜに ちかうめににたりなか〳〵に かくごきはめしことなればさはぎ たるけしきもなくひかるゝまゝに ふしまろぶそのありさまこがん のたかにとらるゝにことならずこれを次へし 弓張月十二 〽ゞきしはなち給へと いひもはて□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ おときんといら だつにぞ だつにぞ もうこく ていはなほ とめたるてをゆるべず又くまぎみにいふやう此くにひらけそめしよく きんまんもんしゆつげんしてくわふくきつきやうをしめし人まのあた りこれを見るにおうちきらのかみなけにへをもとむるものならばなど てみづからしゆつげんしてそのにへをとりさらざるがつ三十七のまき り三十六のえだじまいづれかわうどにあらざるたれかわう しんにあらざるしかるにわがきみがをまけて此かみ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 一しんだいをあらはしてそのおの れをまづるのよろこびを のべざるはぶれいなりこれたゞ しきかみにはあらすして さばへなすあしきかみ なるべしくまぎみ よくかみの心を しら □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 丁目見へ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ ばたゞ今 りやう三 にんのでしを つかはして 神をこゝ にや □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ てはか } □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 同一同十二十五日 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ むかへんこといと やすかりなん なんたちとくゆか ずやとのりもあへ ずほとりちかゝ はべりたる二三 にんのみこども をたちまち はたとげたりし かばまさかさまに まろびおちて なみのそこ にぞしづみ けるりゆり これをみて 大きにいかり こはもう こゝてい ものにや くるふか へちくとしら などてしや 〽つをいましめ ざるといきま きてげぢすれ 田ふぢよしを にへとすもし そのしるしを えざる時は ばもうこゝてい まなこをいか らしくまぎみ きみをまどはして つみなき人を ころし給ふくんわうの 幾あやまりとなるべし それかしこれを思ふが ゆゑにおうちきらを こゝへむかへてにへを てりくるやうけざるや とゝろみんとすこれ をとゞむるものは恐 じんにあらすわれ何の いみあつていましめ をうくべきやとよば はるそのらぎほひに へき原きしてり ゆうがげぢにおう ずるものなこゝてい 又くまぎみをにら まへすでになぼ みこりやう三にんを づかはしたるにおうち きういまだしゆつ げんせずそのかへりごとだにまう さゞるばいよ〳〵あやしくまきみ みづからなみをひらきてこれを むかへなばかのかみかならず いなむことをえじくんわうを またし奉るはふけいなりとく〳〵 ゆきねといそがしてえりがみ むづとかいつかみてつきおとすへし 娘 三月十二 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 廉夫人 「つゞき」さんとしたりしかばくまぎこ大きに おどろきおそれがんしよくたちまちうな よりあをざめてわなゝきつゝ手をあはしこそ ばらよりあをざめてわなゝきつゝ手をあはし わなみまことはわだつみのこゝろをえたるに あらずとしごろきう〴〵ざんなるみづちづかに いのりてふしぎに一ねんぢうの吉きよう しるのみ人をもてにへとせんよしを まうせしはおのがあや まちなりいのち ばかりは だんのほとりにまゐり さてこく王に申ス やうくまぎみが たすけ給へとわびに ければもうこくていさも こそとあざわらびやがて まなづるをたすけひきて かんけいすでに あらはれたれば 一今より人を もてにへとし い給ふことは思ひ とゞまり給へ かれがたつの ねんげつじつ じにうまれ たるをなごを もとめてにへと し給へとすゝ めまうせしは ふかきもくろみ ありとおぼし そはきみにも さとり給ふにこそ これかれを思びあは 毛国鼎 毛国鼎 してそのたばか りをしろしめされよとはゞかるけし きもなくきこえあぐるにせうねい王うな づきてこんにちの事もしもうとくていなかり 牽王女 せば忠こうたぐひなきをとめをころす のみならずおほいにとゝをそこなひて たみのいぞとをうしなにべしあゝあやうきかな あやうかりしくまぎみはそのつみなだめがた きくせものなれどぢよりうなれば死けいいつ とうをゆるめしていもろともにつひほう とうをゆるめしていゆつともにつこほう すべしざるにてもかれがみに いのりて一ねんぢうのきつきようをしる といふこそこゝろえねこのち又 一しおこのものありてかの いのらにいのらばらかなん 真鶴 ふしぎをいひふち してぐみんを まどは さんあ たはへり がた のぼり次へ つゞき くだんの 子瀬月十二 蒙雲丁 やと思ふ なりとのたま へばもうこくてい みづちづかはいにしへ てんそんしみづ ちをきつて ちをきつて たこのがいを のぞきぼねを たかみねのいたゞ きにうづめいしを たてまつをうへて しるしとし給へる こせきにしてたる またまうすやうかの みねのめらを きう〴〵ざんと よびなすゆこの ゆゑなりしかるに くまぎみがうきたる 尚寧主 一ごんをしんじてみづちづかをあばうせ 給はんこときはめてよろしきにあら ずくんわうねがはくは とくをおさめ たみをあはれ みあまつわざ はひをはなひねへ かしせいわうの世にあく みんなしきみしん ぎをもてたみに をしへ給はゞみづち くまきみがあとをつぎて あやしきおこなひしいべきと ことはりをつくして 中婦君 ぎをもてたみに中婦 つかありといふともたれか いさめけり せうねいわう つく〴〵ときてなほ くやありけんかれを りやうやくあまんじがた さとりて これをさとらず かうべをさゆうに なんぢが いふこころ おもんはかり にすぎたり わたくしのまつらはいふ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ □□□□□□□ 〇〇・〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇 十五五一 今ぞゝにがいありみづちづかに何のしんれいか あらん今これをあばきすてずはのち かならずよこしまをたち 利勇 ながすに いたるべし わがひ すでに けつせり ふたゞ いさむる ことなかれ □なづかは みやうふたり かれをはゑか のぼるへきになん くすゝに いてかへりて ねいわん女に □□□□□□□□ よいふは日ゆ はやかたぶき ぬあら又つと めてきう〴〵山に たちそのむねこゝ へろ元よとこむれ にきこえしらし つひにしゆりに かへり給ふかくて □□ 名国鼎 もうこくていは はいきんのぶくわん らにおほせを つたへてくま ぎみしていを おひはらはし まなべるを ともなひて なかくすく 入かへるにぞ りゆうは しば〳〵 はかりごとを しそんじて 心のうち にいら だて どもくま ぎみを すくはん とせば おのがたく みのあらはれ んかとあやぶみ てもうこゝてい とあらせひ えずくま きみはいと うらめしげに次へし 弓張月十二 〽つよきしかひたてられつくアとゆうを見るへりにがきをねぶり けしのごとくいはんとすれどいひかねてたゞぐと〳〵とつぶ やくのみなりかくてせうねいわうはもうこゝていがらさ めをきかずみづちづるをあがきすてんとてつゝの日又里 ゆうらいかのきんしんをいんじうしたがみねをさして いで給ふそもたかみねは うしとらは八番山つゞきてたかく見へうんやまのこしを めぐりて見あぐればせうぎやうたりうまのかたは きうかいこうびやうとしてかうらうかへつて れんざんのごとく見おろすにめいちやう たりふもとに二ツのいづみありていし ばしありこれを大きときやうと なづくたつみに又山ありくによし さんこれなり又四ツの村さとあり ようちやうたる山ぢわけゆけば かせにはらにはずゑのつゆの まぎりのそうみやうにていちみやうはきう〳〵ざんその ちさんなんせうにしよくしてしゆりのみなみ三里にあり をそらにしられまあめ かとうたがひあゆみまどへ るこゑたやみはあくともあ けぬやらんににたりこくわうのこし にはふとやかなるつなをつけこしかきら手に てをくみあはしてのぼるほどにきんしんは くすふちかづらにたぐりへきてあへきくあひ したがにからうじてみづちつるのほとりにたどりつきたいらか なるこのもとにこしをおきすゑてぶんぶのつかさたゆうにそんごと ぐんしんおの〳〵うちあふぎてくだんのつかを見ればごえうのまつ そらをかすめてアやうじやかいきほびありたていし 孟妻 ふけいのつみいましめずへ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ もどちうの こすゞのおとに おそれてひつ のふただにひら 一にしてやみ給はゞ かし給はず此まゝ くにたみ ○きみをもて山ぞくにひす だじやくのきみ也と思ひ あなとりこれよりして そむくものも ありなん 真橋 ふさけ るはくにの しついへ也これ をあばかし給ふ こそけんわうとは まうすべけれいか でけんきやうのゐ ぶつをうばはんために はかをあばゝかんぞくと 日をおなしくしてかねるべきゆよした まふとかはとあざみわらへばせうねい王 〳〵これにはけまきれて大心にいかりもとり こくていしばへめくしきかんげんしてくんしんの れいぎをみだるふけいとやいはんぶれいとやいはん そこのかずやといきまき給ふをもうこゝていは ろほおもてをおしていざめんとするにゑんしん わりなくおしへだてきま〴〵にいひさとしつはるか 人そしてさむからしむ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ つか也そのときり ゆうはあまたの人 ふにげぢしてとく〳〵 あばけといそがせば にんぶらは手に〳〵とき ちにうづもれてこひやうのゑすがごとし こくせいそうをへたりけんそる くるをもていしをほり おこすことふたとき あまりにしてやうやく 利勇 あとべにひきすゑたりりゆうはこれにちからを えていきほひたけくにんぶちをさはそくしすせきひつ をほりいだせとげぢすれども人ぶらはいらへもえ せでかたみにおもてをあはじつゝあとすきも してたちもあがらずりゆう 鹿 ぜんぜんとしてけんをむつ さげわともしき いさげわうしもろき 事なしなんぢちもし おふせにそむか ばまづかうべを はねてのちに 此あゐに にたていしをおしだにし又 まつのもとをほりうがつに おほくぶくれうをえたり とかくしてしかさ一じやうあまりに およびていしのからひつをほりあてしにこのぶが としてものゝねどちうにきこえれいらうとらでこがねの のちにくゆるとも すじをふるがごとしこゝにいためてぐんしんしんばけいにあやしみ および給はじたゞ あれば何ぞとみゝをそともだておそれてさしものぞかねばにんば 此まゝにつちをおほひもとの ごとくにうづまし給へしるづかをあばくは らはすきくわをなげすてつゝはしりのきてばらぜんたり さんぞくのしよぎやうたりさいはひに かるところにもうこくていはくんわらをいざめんとておくれ してたゝりなくとも世のためにえきなく ばせにすいさんしたゞくまとのありさまを見てこしのほと たみのためにかはありせんりよのいつしつさ りにはいふくしでんがそれがしがいさめをもちひゐはずつひに せいだんそのいをえがたく候とことはりを 此みづちづかをあばかせ給ふからかゝるあやしみさへいできたり いにしへてんそんし此たかみねにみづちづかをきづかせ又小りう つくしていさめしかばせうねは王やみこう さうにあかせのいしぶみをたてゝようまをしづめ給ひしより くわいのけしきにてしばしもくねんとしておはする をいひがひなしとつぶやきつゝりゆうすゝみいでて ものかたせんざいの今にいたるまでとくかふきうのこせきたり こゑをはげましもうこくていくわごんなりわが しかをゆゑなくあばかせぬは水をはしらしこといひ玉おもしてふこゑをはねましもうこたんどんもなくふときごとくに うづめんたゞ 今かうべを はねらるゝ とびちう のひつを ひきあぐ るといづ れかのぞ まき くらへ せめたり けるにんに せめられてせんすべ なくふときつぎへし 同一一 とこればおににもあらずもろんます〳〵あやし せよとどよめくにぞりゆうははじめのいき りほひぬけてばうぜんとしてせんすべを もたやり人かと見れば人にもあらずおにか ○すゞをおぎりもちそこいしのうへに けつかふざせりそのこつがらまゆし □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ ふたをひらかんとてせきひつに手を かくればたちまち召せんのいかづちの いちどにおつるごときおとして石のから ひつぐわち〳〵とくだけとびそのいしは ほうへさんらんしたりしかばやにはに うちたにさるゝもの二三十人手あしを くぢきわきばらをやぶられはんしん ちしほにまとかれざるはなしこはたゞごとにし あらずとてさんしんおの〳〵こしをしゆと しほこをとりゆみやをたづさへとせよかく しらずかくてくんしんやうやくに 心をしづめめをきためてくだ けたるひつを見るにいちだのくろ くもあいたいとして立のぼりやが てちじやうをはなかくと見えしが きなるかまりうじゆんこつりつたる いじんこうぞめのころものくちちぎれ たるをきてもにはさびたるこがねの ろくくちびるあかくむけはきにして おもてくろく弓あをくし一やひ になかばしにくおちではゆきの まつのほねをあらはしはだへ あかづきてはあめのたけのふし から人かと見れば人にもあらずおにか □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ なわせきはいち あまりたぐり おろしてひつを よこたをにくり つけさてしやち もてまきあげんと するにそのふくきこと毛の ごとくろうせずしてひきいだ すにきんれいのおとはなほ 鹿夫人 なりもやまず此はしのから ひつは五しやく四めんにして おもさいくばくともはかり がたきをたやすくこきあげ たるがいよ〳〵あやしとておそ れてふたをひらくものなしりゆう 此ありさまを見て大きにいかり ものどもなでとてちうちよせる ふたをひちけといそがすにきも ふときわからど八九人立かり ▽女女 「こうちこうでうちてうち 年余午 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 一金之助 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 金金金 みてこはそもいかにとばかりにうちまもりてぞゐ たりけるときにゐじんあくびしてもぢたるまなこ をくわつとひらくにひとみのひかり人をいてゆんで □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ はてゝかや〳〵とうちわらへは りゆうおそる〳〵ゐじんに むかひ大王のおほせあり そもなんぢは何ものぞと いへにゐじんはりゆら 心にいらへせずとしの 介ものみをさしのほき つゝまうすやうでん があやしみ給にことなり れさいほうにせい 〽わしじんありよくしゆぜう をさいどしてくをぬき らくをあたにすなはちね これをほとけとなづ く又とうぼうに頭へ 同同二十一丁 巳二月十二 其ちふ死しておろびざるがゆゑにこれをかみと せうす又ちうわうにせはじんありしんをおさめ じゆをたもちてんちとともにほろぶることなし すなはちこれをひじりとよべりわか みちしやこの三ツをかねて神づらしゆ つぼつゝふかしぎなりわれかいびやくのはじめ より此山中にすごもりて一まん八千ざい をへたるにてんそんし廿五世いまだきみ がごときけんわうはあらざりきされば しんせいこくちうにじゆんたしわが いづべきときいたれりそれがしそのかみ てんそんしにやくだくしひかりを ふんゑいのうちにうづめてながくみづ ちのあくれうをおししづむぼんぶはたゞその みづちづかなることをしつてじつはしんせんの らいやなるよしをさとちすでんがこぎのこゝろなく てあつくそんしんし給はゞそれうしいゆよりまつり ごとをたすけんしからばわうのじゆみやうてん ちとともにひとしくくにゆたかにたみやす かるべしかくはしるしを見給へといひもあへず ないばくしてじゆもんをねんじ〽おんどくべんじや ねいうんそはかしととなふればいしにうたれてたふは たるにんぶども立どころに身をおこし事あしに きずつくこともなくもとのごとくになりにけり 〽つゞき〽せいじんありよくぼんぶをあはれんしてふくをさづけわざはひを 毛国 せらねい わかは此きごと くを見てたち まちにしんを おこしこしのうちより まろびいでゝかんるいをぬぐひあへず ひらきとうをさづけうをさづけ世をつぎ給ひ にんぶらに廿五代の今にあたりかゝるしんせんのしゆつて いたるまでけんし給ふ事これしかしながらわがわう あるひはあきじんせいのいたす所にしてばんとんの れあるひはさはかひなりよろこびこれにますものなし かしこみかうとことぼきまうせばせうねいわう べをたゝいしまんめんにゑみをふゝみて又いじんに てそんしんしんせんしんせんこしをともにして みなもろともに しゆりにらいりんあれかし いへりけるはいにしへ てんそんしくにの くもこひを しやう〴〵のとちをえらみて だうぢやうをこんりうしぢうし せさせまゐらすべしとて ねんごろにいざなににゐじん かうべをうちふもてわれは ゑどくわたくをいとに がゆゑに此やまを いづることをよろこ ばずわうもし もとめ給ふこと あらばまねき 給はずとも つかのまに あまたゝびゐじんをはいししんせんねがはくは まいる べしとて いなみし われをとてず かば 西馬譯さゐ してをしへすたれ よといふにりゆう らいかのきんしんはひ 国輝画 下のまき 真鍮 嘉 永 彫刻春卯 永八春春春春秋春秋春秋秋春春秋 【録】彫新春卯し 西馬補案 竹雀千 千代明西馬補案 国輝画 国輝画図 聖徳太子 大和鏡 万亭 万亭應賀作 一寿斉 一寿斉国貞画 三鱗形 鎌倉双帋 西馬作 国馗画 雲龍 九郎 偸盗 傳 故人三馬遺稿 遺稿 増補西一 馬案 画工一 勇齋 釜地本草紙問屋てりふり町笑壽屋庄七版 inal 一雄斎国輝画 遊み はり月 十二篇 下の巻 三魚筆 楽鳥西馬録田宣 新鐫 一雄翁国群画 錦昇堂寿梓 □□□□ 五十一 廉夫人 ANONONONINONONOONONNNNNNNNNO □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 四 寧王女 上よりつゞき せうねいわう ひたすらにせう さんしさんきよの ことはともかくも 心にまかし給へ いまだしんせんの だうがうをしらい かさねてつかひをつかはし 辰月十二 とはんと するに 何をもて せうす あらずかすみを のみあめにゆあみし 山べきととへ はゐじん こたへてそれ しぐわんらい うぢもなくなも 真鶴 くもをもていへとめ 又くもをもてのり ものとせんしかれば今より もうらんとめさし給へとまうす にぞわううなづきてりゆうちを見 かへりなんたち今よりゐじんをあほ ぎてもうらんこくしとそんせうせよ われもしもうこくていがいさめをもちひて みづちづかをあばきえずは此しんせんに ちゞせんやさはあらずやとほこりがに次へ 米 まなづる むねいわん女 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ □□□□□□□ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ つゞきもら とくていを しりめにかげの 又もうこんを はいしけり しかれども こゝていは つゆばかりも もうとん一 □□□□□□□□ しもべ 二三人を しゆりへつか はすに此 ものどもさき らへのこにゆきあひたか みねのなからにて 主を見うしなひ をちとちをたづぬる よしをきゝてさては にこくていがぐしたる しゆりへはまゐり給はじとて しゆりへはまゐり給はじとて うちつれだちたかねを 毛国冊 さしてゆくほど にその山の ふもとなる くさむらの うちにたふ れたる人 ありけり にん たい たい まつを あげて これを見 をそんきやうせず たゞたんそくして きかざるが ごとし此もの とき日かげにし にかたぶきて山 あびくろくなりに ければもうこく ていこゑを ふりたて でんかいつ までかかくておはする はやくれなんとし候にろぢ のほどもおぼつかなしきん しゆくわんなどてきこへへ あげざるとよばはれば もううんも又いふやう この所は山また山につゞ のうれむなきに しも候はぬにき きてもうじうじやかつ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ うんにわかれを つけなほさいくわいを ちぎりつゝつひにこしにのり 〽うへれば諸どうぜいぜんごに したがひ山をくだるにりゆう はすこしびきさがりて しばしもううんをふし おがみひらりとうまにまゝ がりてしづかにごぢんに うたせけるそのなかに もうこくていは思ふとこ ろあれば山のなから よりとつてかへし にんひさしくとゞま り給ふべからずそれがし みやうにちしゆり にまいりてこゝおん をしやしまらす べしとくかへり給へ かしといそがずにせう ねいわらはやむことを 一手このま をたち めぐりはんきう ごろをはかりてねら にそやをつがひ矢 よるにもうらんはなほたち もあがらずもとの所にたんざ してこゑほそやかにどきやう しつもうこゝていはこれを見て ひそかによろこびまんげつの ごとくひきかためつるおと たかくひやうとはなせばあや しいかな弓は三きだにほき とをれ矢はいたづらに ちじようにおちてぬし はまさかさまにひきたに されさしもにたかきつ ○いたゞきより もうこくていが ころ〳〵とおつる ほどにひざをすり やぶりむねをうち たえいりてくさ むちのうちに あり此ゆふべ つまにいがきは をつとのかへり こざる □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 同同廿二日 るにもの すかごく ていなりし かばこはちかに とうちおどろき あはてふためき つゝもろともに たすけおこして たまぐに 次へ 「アゞき「いたはればこくてうやくに人ごゝち つきてめを見はりはをくひしばりかなしき かなくんわうそれがしがいさめをもちひ給はず そゞろにみづちづかをあばきてあくまをひき いだし給へどもなつこれをさとらずしてそん しんし給ふこそあさましけれくんしんすでにかの ようそうにまどはされたればくにのあやふき事 ようそうにまどはされたればくにのあやふき事 かたねたるとりのこのごとしくちをしやようそう回 〽つうりきじざいにしてこちういたづらごとゝなりぬる よとひとりごちたちまちしもべらを見かへり てくちをつゞめばいへのこせなかをかいさすり こゝちはらかにおはしますわれ〳〵 おんむかひにまいりぬと いふに 尚寧王 利勇 中婦君 栄雲 あること 夫人 ●ぼうこくていうちうなづきわれぢびやう のしんつうおこりゆくりなく此所に日をくらしたり 今ははやおこたりはてついざかへるべしといひ かけて身をおこしらへの子らにたすけひかれ てうしみつのころほひになかくすくへかへりしが おちたるときにむねをうちけんいたみつよ くしてしんしよくもつねならずもうこくてい がつまにいがきはいとまめやかなるをなごなれば をつとのいたつきにいたく思ひくしてつきの日より しよ〳〵のおがみばやしにきぐわんしつかつくすし をひことによびむかしてやくじゆだんなくかんびやう するほどに十日あまりがしてもうこくていがしん つうへいゆせりよりてついの日なかくすくどのへまいりしか 弓長月十二 わん女 れんふ じんはふ かくよろとび やまひはけ しときられ はいとこゝろ 主女 もとなく 思ひたるに おもひし よりは はやく おこたり つぎへ つきさけさかなたみを給はり しゆりのありさまもうらんがことを いひ出ておやこまゆねをよせ給へば もうこくてい小ひざをすゝめてちか ごろちまたのわらべらがうたにをきゝ ひにあくじんきて 悪神来兮海湖不清 一悪神来兮白砂化静 } とうたへりこれみなもううんがことに おらずそれかし身をころしてふた たびくんわうをいさめ奉るべしと いふをねいわん女くら〳〵きゝていな もろびとすでにえひぬこくては ひとりさめたりとてかんげんそのせん なかるべしもししひてらさめ 奉らばざんしやびん ぎをえていかなる もゝろみをせんもはかり 江見れば乙のおもてなるふじんのぞうになみ たのあとありといへりなんぢもしれるごとく くだんのいしぶみはくにつみおやてんぞん しのたて給ふ所にしてじつにしんさくの こぶつなりさるによつてせんだいすこぶる れいゐをあらはしときのきづきやうを しめせりなんぢかしこにおも むきてことのきよじつを きうめいしそのこといよく まことならばこれをたづ ねてみてぐらをまゐらし さいれいをとりおこ なへかしこ 寧玉女 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ □□□□□ がたししかればきみのため にもならずそのみむしつ のつみに死してさいしに いくそのなげきを見する はふかくならずやゆを もてわくをとゞむるはろう はひをさけてねいじんばらにはから きとし給ふにれんふじんもさま〴〵にいひなぐさめ してこうなしたゞゆるやかにわさ〳〵 れざる心がまへこそあらまほしけれととき 蒙雲 つまひらか にきこえ しらし給へば ゆうこく ていとん たの わらへ うたを きこし めされつ らんこれかれ すべてよき さがとも おぼえ候は くわい主どころにせうれき すようはとく にかたずとかや でんかもしそのふ せうをきとめててん せうをさとめててん めいをおそれ給はゞき をこのみ給ふことなかれ からきまづりごとをはふ きとしのみつぎを とうすくしよくしゆん とくをあきらかにしてぜんを とくをあきらかにしてぜんを すめあくをこらし給はゞよう してわざはひなが くおこるべからず もうあんずもしふやよの事あらばわん女にはたれ かかしづき奉りたれをかたよりとし給はんしのびがたし きをたへしのぶがまごとの忠しんなるべしとねん ごろにきこえ給ひしかば もうこく 中婦君 てい き □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ おほせ うけ給はり候ひぬ みこゝろやす かれといら へまう □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ やがて しゆ やあんずもう こくていまいれり りへぞ まうすにぞそれ まいりけるめせとおふすればもう かくてもらこくていうやくしく かいをのぼりて 尚寧王 ていはその日なりかのをのぼりて くすくどのをまかりて たゞにおほうちへまいり たらにおほうちへまいり やまひへのゆのよしをきこたゞ今ないくわんに申てかさ えあぐ此ときせうねいわうはすべう思ひつかにはやくもまゐれるよ わうぐうぜうのまんどころにきつめてよしきかずや小りうきうなる りゆうらずはじめ諸しんをつどへしまきたよりうつたへまうすことあり そのゆゑはあかせのいしぶみよな〳〵なく たみのうつたへをきゝておはせしにそのゆゑはあかせのいしぶみよな〳〵なく まうしつぎふだをかねをならくすくの心 すべう思ひつるにはやくもまゐれるこ きはめてよしきかずや小りうきうなる しまきたよりうつたへまうすことあり まらす よく〳〵けんやよ をめぐらさる 廉夫人 べうもやとまう しは うちをまかで ふたらびなりくすく どのにまゐりてねい わん女ふじんに わうめいのおもむ きをつげ奉りさて 小りうきうへたびだつなりかし こはかいせう八十よりなりといへ どもなだあしければふなぢ三日には おぼつかなししかればかへり〽つぎへ まなづるにいふやうそれがし こんにちおんつかひをうけ給はりて 同同二十二 くわしもちひなんどをかる〴〵しくすゝめ奉るべからず おん身をなごなれどもちうぎのこゝろざしはます らをにもまされり此こと心に ひめてゆだんし給ふなとねんごろ にをしへさとしつゞの日にふなでして 小りうきうへおもむきぬさるほど にせうねいわうはあかせのいらぶみ の事とかくこゝろにかゝるからこれを もうらんにとはんとおほするに 〽きたれるには十日ばかりもすぐすぐすべしその あはひはおん身ことさらにわん女のほとりをさらず してよくみやづかへしちうふぎみよりまゐらせ給ふ 間そのなかにまなづるは身をすて 主をすくひとり奉るべう思ひしが たいかのたふれんとする ときによく一ぼくのさゝ ゆべきにあらざれば 心ならず もの もううんこつぜんとして りうぐうぜうのなんでん 利勇 にたてり王これを見てかつ あやしみかつよろこびいまだ ほつぱんせざりけるにもう うんまづまうすやうでんか あかせのいしぶみの事をあや ことまゝこれありむかし夏莱聞のとき たいさんのいしなきて山をはし らす又そうせいこうらしをあつ めてこきうにせつほうすれば しみ給へどもひとのくににてはかる 毛国鼎 そのいしみなうなづくといへりあるひは ぎゆのいしよくものらひしうていのいし } きうみんをたつせりさらにあやし むにたらずかくてもなほ心もとなく 思ひ給はゞりうきう二ツのたまをもて ゆなかくすくをのがれさりなはの みなとにほどちかきゆきざきの うちに身をひそめてもうこく ていがかへるをまちぬ此とき しももうこく ていは小りう きうへつかひして そのことにあづ からざればりゆう がかんちにもこれをおどし いるゝよしなくてつゝがなきことを えたりとはしらねどももう こくていはねいわん女のうへ心 いとなしとてしきりにふなびと らをいそがしゆきゝ九日にして なはのみなとへつきにけ ればまなづる これをまぢ つけてしか〴〵 のことありしと つぐるにこくてい さゝもあへず大いに おどろきあら ねいわん女 そのさがさか しくおはせ ごともつひに わざはひは のがれ給はず ねは王すみやかにうべなひてりゆうを たかくすくへつかはし給ふかゝりしかばりゆうは うまをとばせてなかくすくどのにまゐ ねいわん女におほせをつたへてくだんの たまをまゐらせらるべしといふにわん をとめ来らしれんふじんとともに これをりゆうにわたし給へばりやう さうの手にうけさゝげてわん女 にまうすやううたがひ奉るには 候へねど此まゝにてはおぼつかなし 候はねといまゝにてはおぼつかなし ふうをむらきてこそとてさし もどせばわん女あづからふうを きりひもをときふたをひらきて 見せ給ふにたまはたゞ一ツにてほかに なしこはいかにとあはてふためきふた へのもこをひとつ〳〵うちかへしうはふく ろをときはらひなどし給ふにれんふ はらひし給へかしとまうぜしかばせう ねいわん世におほせをつたへてくだんの 女はやがてまなづるをしてたまのはこ じんまなつるはもろともにしうせうし うじうほうざうにはしりいかのこる くまなくたがぬれどもたえてゆくへは しれざりけるりゆうは此ありさまを 見てひそかによろこびつとはしりいでゝ うまにうちのりとぶがごとくしゆりにはせ かへりてことのおもむきをまうすにせう ねいわう大心におどろきりうきう二ツの たまはてんそんしよりさうぞへしてこゝかの ちやうほうたりしかるをねいわん女その引 ひとつ をうしなひ ぬれば今よりのち 何をもてくらぬを つたふるおしてとせんこは ゆくしきおちどなりなんぢ ふたゝびなかくすゝにはせ ゆきわん女れんふじんをいて こよといらだち給へ ばりゆうかしこまつ てふだひ かんばにむちを ならしなかくすく どのへはせゆきてやに はにわん女れんふじんを とらへてはりごしにかき 康夫人 のしのこれるむとつの たまをたづさへいそがしたてゝ おほうちへかへりまゐりしかばちうふ きみはびんぎをえたりとよろこびて れんふじんはやくわん女に世をしら せんとて玉をおしかくしたりといはせしかべ ぜうねは天ます〳〵いるもてつひに わん女とれんふじんをたかみねの ふもとかねくすくのあらいそ へながしやりぬ此ときなかくすくといへ みやづかへせしものはなんによをえらま みつせし ずあるひはころされあるひはおひはな時 きてふなさんされ されからきめ見ざるはなかりけり● どのへ 寧王女 了帳用上 おとされ給ひぬる あく人ばち がかんけいに よといたましみ かつなげきよつ いかりいかにもして なかはまい なかくすくへかへし いれ奉るべしとて とさまかうさまはい かんをくだくといへども ことすでにさだまり てはいかにともせんすべ なしいきどほりを しのびてしゆりに さんじやうしあかせの いしぶみのことしまへ ちがまうすにたが はずよりてかたのごとく みてくらをまいらせ さいれいをとりおこ なひ候ときこえあげ いそがはしくつぎへ 弓張月十二 つゞきとほよそに わん女のはいしよを 紫雲 しゆごし又しの乙や かにまなづるを つかはしてわん 女ごぼしのい しよくなんど よつつともしからず みつぎまいらせし かば りに 中婦君 はちく たびか わん女れん ふじんを人しれ すうしなはんとて 心くまなき人を かたらひそのひまをうか していたづらにふたとせあまり すぐしつときに大やまと こんゑのいんのみよかんじゆ 二ねんちんぜい八郎ためともは いんぜんによつてりうきうこくへ おしわたりもうらんこくしにこりを うばはれてもじうきう〴〵山に たづねのぼりたちまちふもとに まくびおちてれんふじんにかいほう かはせしにつひにたよりをえす のあけのあさのりものをかゝしあまたの ちくとしをいてはいしよにおもむきわん 女ごぼしのおんともしてたゞにしゆりの りうぐうぜうにかしづきいれ奉るろぢの けいごけんぶつのくんじゆをころせきまで にたちつゞくことのていたら〳〵びゞしくぞ見へに ける此よしさきだつてきこえしかばせうねい わうはしきんくわんをはじめしよしんらを つどへりうぐうせうのまん所においてねいわんじ れんふじんにたいめんありけりそのときねは わんによはつるにかへてためともより えたるたまを奉るにせうねいわう これをたまのつくえにうけのせつゝうせで ありし一ツのたまとおしならべてつら〳〵 みてりゆうらを見へり此たまさきに らせたるものとは見へながらそれとさだ むべきせうこなしなんたちいかに見つると とふにりゆうひざをすゝめてしばしい 見ればこたごわん女の中ゐらせ給ふたまもかた ちはにて候へどもかれとこれとくらでぶるにちとの あそみありよく〳〵かんていあらまほといふ そのことばいまだをはらずちうふぎみひやう ぶのうしろよりめぐりいでゞせうねいわうに まうすやうでんかもしたまのしんぎをしらん とならばもうらんこくしにもひ給へこくしはみちたか くけんちふしぎのじゆつありかならずかたかひ をはらし給はるかとまめだちではるかにたる みねのかたをふしかがはばしばらくしてもうんは くもにのりかぜにじやうしひやう〳〵ぜんと とひ来りてていじやうにたてちわう これを見てからをたきあつからたつ てたかみくらのほとりにせう〳〵し さてたまのしんぎをとふにもう うんやがて二ツのたまをときかり 見てあざわらひたゞ今わん女の ひたまをうちまもりしんぢかぐがんをもて せられはからずもくだんのつるをえて 大いによろこびめのとごすどうすゑ しげがいのちをすてゝとりえたるかろ ちの玉をねいわん女にあたへやがて ひごへかへり給ひぬきへい ぢがふねをおふてうみ をおよぎまろかせを とばしたるも此ときの こと也そはさきに第二 へん下のまきにかき あらはしたればこゝには ためとものことをしる さずいゆりうきう こくのくだりをあら 一月廿一日 てかくかくかくかくかくかくかくかくか □□□□□□□□ ○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○ 給ふはうた あらぬ にせもの也 らんぜよ つぎへ はすまきなるゆゑ たゞねいわん女たま をうしなひたるに よりきわうのとがめを かふむりはいしよのてはたらく のみをときつさればわん女れん ふじんはうしなひたるたまを えてふかくよろこび給ふをりから まなづるまゐりにければこといよしを ものがたもてもうこくていにつげさし 給ふにこくていくわんきじやくでき してにはかにおほうちへさんじようし わん女はいしよにおいてうせたる たまをえ給ひつるよしをきこえ あぐれはせうねい王もさすが 中婦君 おんあいのやるかた なくてふだとせ 利勇 見ざればなつ しく此うつたへにけし きをなほししからばわん女 れんふじんをめしかへすべし とおやするにぞもうこくてい きんぜんとしてそのよもすから おんむかひのようゐをいたし 一方帳同廿二 成張門主 つゞきひとつはけつはくに してひとつはあをし あをみをおびたるは へびのたまなりみづち のたまはうてどもくだ けすへびのたまはやぶれ やすしいでやこゝろみ 候はんといひもはてず によゐをもてちやう〳〵とは うつほどにあをみあるは ひとうちにてみぢんになりて とびちつたりわうこれを見て ほつぜんといろをへんじわん女 ぼつぜんといろをへんじわん女 にせものをもてわれをあざ むくそのつみたえてゆるしがたし とくいましめよといきまき 給へばわん女はいひとく ことばもなくたゞへい わらはをきりもころしもして わん女をゆるし給ひねとなきわび 給やをゑしやくもなくりゆうはつと れつをはなれわん女おやこをひき おろさんとていきほひたけく はしりかゝりをもうこくてい おしへだてゝきとにらまへ それがしいゆ一ごんあり くんめいなりともしばらく 手をとゞめてみなきゝ候へそれ なべてこれみこうとなづくじんぎれいち しんとうていの八ツのものものも ▼それもなほにくしとおぼさば 三こうたゞし からざれば せいわうけんしんはたからをもてたから とせず只ぜんをもてたるらとす灸あれば子あり できみあればしんありふしとふうふしんしんしんと ふくしておはする にぞおなじ思ひ にれんふじんは そのあやまち を身におひて にせものとしり はべらばいかに □□□□□□□ おこなはれ ずもしふしあひ せめぎくんしん あひせめ ふうふ あひ うち すゞろに まゐらせ 十九日 みて よへ すべき 工藝 むるものはこれあらず でんか今ひとつのたま をおしみてよつぎのみこを つみし給はゞたまありといふとも たれにかつたへ給はんくにのそんぼうは あらずたじつもしほん ぎやくのともがら ありておほ とくにありて玉のよくする所に みこゝろにありなんしかはまうぜわん女は これよつぎのみこ也たとひつみありとも けいりくじんしん とおなしかるべ からずもしおんあいを すてゝほうをたゞしく ものせんとならば今 よりわん女をはいして べちによつぎの次へ 出し なば でんかたまを もてたゝかはせ もてたゝかはせ あた 〳〵 弓帳曰止 ぞけ給はん やぢひのせい □□□□□□□□ だんたゞ此あつ きよにありひとへにめん きよのさたをこひねがになりといかれる やまろこになみだをふくみこゑたかやかに ふうかんすそのいふ所ことわりなればわう しきりにたんそくしてもうらんにむかひわん 女つみありこれをちうせんやはたゆかさんやととふに もうらんころものそでがきあはしふしのみちはてんせいへ よきもあしきもたにんのなりごとをいれずせうばづはきみの□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 伊弉弥太 〽ゞきたて給へそれがしいら〳〵わん女の さうをはかるにさいあまりあれども とくうすしそのめいうん人ンくんとなることを え給はじ又ちうふぎみをさうするに さいありてとくたかし二三ねんのあはひには かならずみごもり給ひてわんずこうたん ましますことありそのときにうせたる 玉ももとめずしてかへるべしとたなそこを さすごとくにまうせしかばわうふかく よろこびてまたもうこくていをちがく めさしわん女れんふじんがつみかろから ずといへどもかくくわいのさたし をもてこれをなだめ かれらをなんちにあづ おほかりしかるにちうふぎみはさきにはから ずもねいわん女にたまをうしなはして にくしと思ふれんふじんさへさす らへびとゝなしたるにこたみ うせたるたまをたづねえて くだんのおやこかへり玉ふ よしきこえしかば心さら によろこばず うつたへまうすものなしこれによりてせんわうの よきまつりごとます〳〵すたれてうらみをふくむもの くる也なりくすくへ いてかへりてとぢ こめ候へとおほ一 すればもうごく ていかし こまつ てなき しづみ 給ひたる □□□□□□□ わん女とれんふ じんをたすけおと すにねいわん女は今 さらにわが身をせめて 父わうのおんいつくしみ のありがたくかたじけなしと たびまなうへに こぶのできた 中婦君 らんやうにて とぜんかくせんと思ひ くしたるにその玉は にせものにてわん女 □□ ふたびつみをえ給ひとも おぼすにもふたゝびまいる よしぞなきおほうちも しかば此びんぎにおしかたつけん けふをとぎりかときとゞ ものをとてもうこんにほく けふをたぎりかといとゞ ばせせしにもうらんはその なごりのをしければたち いをえながらかへつてわん女 かね給ふぞことわりなる とれんふじんをすくひてつゝ かくてわん女れんふじんは もうこくていにいざなはれ なかくすくへかへり給ひつ なりとすくへかへり給ひつふかくのそみをうし思ひつかたへに人なへに人なく はいしよにおはずるにはます こくしなどてもうこくていにかたうどし かたもあれどよろづはじめには にずゐやづかへするものはまな づるがほかにはかでしきもはでいず あさゆふたえぬもの思ひにうち かのおやこをすくふべきやねいわんによはそうめい ひそみてぞおはしけるこれより えいごにしでくにたみそのじゆんこうをせうすしか さきちうふぎみはひそかにり るを今たち所にこれをころさばくに ゆうとしめしあはしひたすかに たみいたみちうふぎみのねた もうらんをそんしんしてふくしんへ きみつをたのみきこえたじなく みにゑてむじつのづみに これをもてなすほどにもう おとされ給へりといはんたみ うんはその身たかみねに こゝろざを □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ がなくなかくすくへかへまいらせたれば をりを見てもとらんをうちうちみ ありながらひぎやうして たのみきこえしにいといひがひなしとゑんずれば もうらんにつことうちゑみて思ふ所あらずして つねにしゆりに ゆきゝしなにくまつ おのがほしと思ふ ものはじんづうを とりにけれどこへ王の としたふとみ給ふいしん なればたらをおそれて もてわりなくうば とりにけれどこく王の師 一つ長司十一 もうばふ時は だいじをなし がたしわん女 つゝがなく なかくすへ かへるともよつ ぎのみこと せうすること をえざれば おそるゝに たらずしかのみ ならずもしちう ふきみのおん いはらにわんず たんぜうまし まさばわん女百 づとも ていもせん すべなか らんさき にもいへる ごとくちう ふぎみ にはみこ おはすべか りに くんわう きよじやくに ましませばうまず めにてはて給ふ事 いとをしむべき いことならずや女 は七七四十九にして んだうとがいまださか 四里のおんとしなれ ば子を うまん とも又 をうまじ ともそは みこゝろ にある べき也 ときゝや くにぞ ちうふ きみ うなづき てつひに りゆうと につつうし ひたすらに 子を吹 丹州茂 みめよきせらねんすとびられさしてこうぎうにやしなひそのみだり かはしきことしんのかこうがくわういんにもまされるをせうねい 王はつや〳〵さとらずりやうはます〳〵けんゐをふるひ おのれにへつらふものはこうなきをもせうし あまさへさきに北だにをついほうせられ たるくまぎみをもみやこちかくすまゐて さしてものともしからずふち 〽アゞきうまんとてあせれどもとしつきのみいたづらにうやりおはりてたえて はらまずさてはりやうにも子だねなかりけりとてきせんをえらます なしけるねいわん女れんふ じんはなかくすくに とぢこめて 陶松壽 ものうき月日を あかしくらし給ふ こまのあが 十八 けんきのうちに心をおけばしたしくはまゐらざりしに きはやく又五七ねんのはる あゝあきをすぐしつかりしのちはちう ふぎみりゆうらもはゞかる所なし とや思ひけんあしきはかりごとをたくまし してせまりくるしめんともせずわん 女はもとよりわうゐにのぞみおはしまさ ねばなか〳〵にうしろやすくてたゞがんがにちつ しやうがいをおくらんとのみねがひ給やなる べしまことに才しよくのたぐひなきいへばさら也 こうしんいとふりければにやふたらびみたびむじ つのつみにかゝりてうすきこほらをふむよりもなほ あやうきをのがれのふへりこれしかしながらもうこくてい がせいちうもてたすけまゐらするにありそれさへ ある夜こうたけてひそやかにおとなふを たそととはし給ふにもふてゝていなりと まうすわん女もふじんもいとなつ かしくおにせしかばやがてよびいれてたいめん し給ふにもうこくていはいでゐのかたにひざ まづきてつく〴〵と見いれたるにたゝみなども むげにちぎれてすゝびたるきちやうにさるの こゝははやすぎぬらんとおぼしきひのはかま をかけられたりはらひもあへぬあかりまどをわが いへがほなるくものゐにゆふべのあめのふりそゝ ぎてたますだれとも見ゆめれどあじろてん じやうはあまもりのあとによごれて月の かさといふものめきたりたつときことせつぎの みこにておはせしもすゝせあしくてかくはよにすて 〽られ給ふいたましさよと思ふになみださきだちて 同同同十二 まうさん るもくごもり ぬそのときわん女 はまなづるしてちやを まゐらせあんずさよ ありてかととひ給へばもう こくては小ひざをすゝめ ふけてまゐれるはこと さん候ひるは人めの さん候ひるは人めの いぶせくてあからさま にはまありもえず ひそかにぐいをきこ えあげばやとて おどろかし奉る ことべつぎにあら ずれんふじんも きこしめしめしめしめしめし べしみやうぶ まなづるは ちうしん一つぎへ 強洲用事 「つゞきしばこうのむすめにてふじんの ためにははらがはりのいもとまさしく わん女のぐわいせきたり心ざまのまめ やかなるは父にもはゝにもおとり候はず としごろのみやづかへたれかよくこれに しかんそのちうそのこうたんせうす るにあまりありしかれどももし そのこゝろざしをあはしてほかに たすくるものなくばよろづびん なく候べしよりてそれがしなり だちしてこんえんをむすばし 候はんとまめやかにさゝ やきまうせばねいわん 女はさらなりれんふ じんよろこびてまなづる はわらはがいもとなれども はゝにはぎりありしかるに あんずなかだちして ことあらんときのたすけとすべき わかうどをえらみえたり りやうえんをむす ばし給ふこそこよなき さればとて此こんえんおほやや だちてはねいじんたちまち いもとがさいはひなれ まなづるはさも思はず うたがひをおこしてわん女の おんためによろしからずかれは をつとこれはつまとたゝ一トよ やといひかけて見かへり 給へばまなづるはかほ うちありめいかでかは たのちきりをむすびてもゝ とせのくらくをともにせんこと ちうしんれつ女ならではよくし さることはべらん人に とつゞは世にあるもの さくるにたよりあり此こといかに 毛国鼎 がたしみのためならぬいも とせをいなまじと 廉婦人 思ふむこがねはちか ごろよりあげち れたるさとのしに 松寿一じゆとよば かるゝものにて候かれは此 なかくすくのえだむらなる ほかにありてぞくしんをふせぎまなばるうち ほかにありてぞくしんをふせぎまなづるうちに陶松寿 ありてみやづかへせばちうふぎみふたゝびわん女 御ぼしをがいせんとはかり給ふともこれを いうへにこそとちなみ まうすをふじんこくてい かはる〴〵にときさとし雨にごとも わん女のおんためなれば まげてうけひき候へかしと ねんごろにすゝめてれう たくさしさてもうこくていは まかでしがあけのあさ しゆりにいたりてせうじゆに □□□□ けれどとうへ せうじゆ もまな つるもこと みなちう ぎのため いへば □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ ひごとくとほ ざかりつおん あいいよく こまやかにて かたみに 思ひわするゝ ひまなく十 とせあまりを ふるほどに しる人たえて なかりけり くばのさとびと陶氏 とうじがひとり子也 おさなきよりぶん ぶのみちにこゝろざし ふかくつねにしゆりに ゆきかひしてものまなび するにとし十五のあき うらぞひの山みちにて むかさめをさけ んとてかり びとのいへに たちより はからずも ………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………… ……………………………………………………………………………………………………… ……………… 二十一日 第三巻二十一 TEL 一月月一日 亥七日 じゃべ しうねきをん なのどくじや となりたるを 寧王女 たゞひとかた なにほろぼしてその名 みせうにきこえたり父はゝは さぎつとし身まかりて此両三ねん つかえにたじなくちうきんをはげ めりことしははたちをやこえ候ひけん 此ものぐわんらいそれがしがてぶげいのでし なるをもてかねてきみつをときしらし かたらひおふせて候へばかれかんじやとなりて りゆうちにとびへつらひあくにんばらがもく ろみをひそかにつけしらし候なりかくたのも しきわかうどなればちうぎのためにむす 義はおしをいかでのなみ候べきせうじゆつ ぶえにしをいかでいなみ候べきせうじゆつ 同十三 ことのよしをきこえしらしこんえん すでにとゝのひしかばくわうどう 吉にちをえらみひそやかに せうじゆをなかくすくなる せいしでんにらざなひてわんによ れんふじんにげんざんさし れんふじんにけんざんさし このよまなづると 真鶴 ちうふぎみは もううんが ようげんにまど はされて子を うむことのあり もやするとてはじめ りゆうとかんつうし なほあかず してびしよう ねんをあま おこ なはし さけを くみ ことぶき をのぶる ほどにふうふ はいつすいのゆめ をだにむすび あへずして そのあかつきに たちわかれつひに かのてんじようのけんぎう ふたゝびよりもそはず しよく女もとしにいちどのあふせは あれどこれはひと夜のそひぶしがあふ をわかれのはじめにておもてをあはする間 たことぎう にやしない つ世の そゝや 火 樂亭西馬譯一雄齋國輝画 つゞきかへりみず そのていたらくひえ みきうをみだすに あらずはくわうめう せんにんのあるをかくに にたりかくじようよくは ほしいまゝにすれどよる としなみばかりせき とゞむるにてだてなく 十あまり七とせの はるのこずゑは かはらねどすが たのはなは いやおとろへ てあきやふる ねにくれたけ のよそぢさへ ………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………… ………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………… ………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………… 一寛政四郎 これは 月廿四日 ………………………………………………………………………… る事にて はやすぎていそ ぢにちかくなり けれどつひに はらめるけしき はなしせうねい王は そのさがだじやく 陶松寿 なるにいたくおびぬればたみのうつたへを きゝにあきてくにのまつりごとをもうらんりゆうに 真鶴 いうちま かし ほう ようゆさん をことゝ するに ことゝは いよく 身の ひと ろへ おぼ えて ゆく すゑの こと こゝろ くやありけん 野やまの きよゆうもたのし ずたゞうつ〳〵として からずたゞうつ〳〵とし からずたゞうつ〳〵として ゐ給ひけり ゐ給ひけり十三べんへつゞく 錦 □□□□□□□ 昇 堂 行 後 新 □□□□□□□□□□□□ 同 西馬譯 弓張 月春 霄榮 国輝画 仙果作 小夜衛白波草紙 芳乕画 東方 西馬作 恋衣 一妙雑史 芳王 図画 笑 たへて 日記 録 東錦繪草紙問屋照降町惠比壽屋庄七梓 一月 第4図 十三 弓張り一 弓張り一十三 西馬訳 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 十七軒 弓張月第十 三篇上之巻 楽亭西馬録 歌川国輝画 東都照降街錦昇堂梓公 十一日 十一日 ELILITILIILTELIELEELILLELEE 実光陰の矢につるゝ其弓張も昨今初編を發行にはや十二編と巻を裏を漢へ と倭の中山府琉玖國の往昔を曲亭翁が著述の妙史何網も同じ色欲は これ人道の迷びの雲尚寧王が短才に毛をふいて疵旧虬の塚より出る崇 雲が術に惑はす中婦君が閨に忍んで俊臣利勇工みにかる王女親子は趣向 も命婦真鶴が攻囲を遁れ越来の義心は固き石橋に獅子扮身の勢ひは 古今烈女の魂身交誰白ぬの玉雛君の先途を陶松壽義勇に凝りし身代は后 世と誓し妻の首級毛國鼎が無失の死にその家族等を落たんと意は跡に査国 吉が大わらはの血戦万苦名誠忠空しからず終に八郎御曹子親子のために凶賊 悉く退治して王位を竜の都となる長物語全尾まで御笑覧を希ふ而已 嘉永八乙卯年 孟春新刻 楽亭西馬題る 十五軒 弓張月第十 三篇上之巻 楽亭西馬録 歌川国群画 東都照降街錦昇堂梓山 十一日 十一日 ELILLLLLLLLLE 實无陰の矢につるゝ其弓張も昨今初編を發行にはや十二編と巻を重有漢 と倭の中山府琉玖國の往昔を曲亭翁が著述の妙史何網も同じ色欲は これ人道の迷ひの雲尚寧王が短才に毛をふいて疵旧虬の塚より出る崇 雲が術に惑はす中。婦君が閨に忍んで信臣利勇工みにかる王女親子は趣向 も命婦真鶴が攻囲を遁れ越来の義心は固き石橋に獅子扮身の勢ひは 古今烈女の魂身交誰白ぬの玉雛君の先途を陶松壽義勇に凝りし身代は后一 世と誓し妻の首級毛國鼎が無失の死にその家族等を落さんと意は跡に査国 吉が大わらはの血戦万苦名誠忠空しからず終に八郎御曹子親子のために凶賊 悉く退治して王位を竜の都となる長物語全尾まで御笑覧を希ふ而已 十 嘉永八乙卯年 孟春新刻 楽亭西馬題る 垂れ白色白色 垂位をひだ 画の 「「「「「「「「「」」「「「」」」」」」」」」」」」「」」」」」「」」」」」」」」」」」」」」」」」」」「」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」「「トン」」」」「」」」」」」」」「」」「」」」「 ヨリ世話 伊姫 武士 もろ 十三んよりつゞきある日ちうふぎみにむかひて わがふうふすくせあしくておのこゞをうまず わがよはひすでに六十蛇にあまりぬるに はやくよつぎをさだめよと三司官統行 らがいさむるもうべなり さればとてべちに子もあらずわん 女はたまをうしなひたるをこらさんためになかぐすく へとぢこめてよりあまたのとしつきを道たりかれも三十二そ あまりにや今はゆるすべきときなりかしさきにもうこくていが 申せしよしもことわりあればわんによにくらゐをつたへんと 思ふにこそまづきこえしらするなれとのたまいたれば ちうふぎみまゆをひそめわん女の世にいて 給はんはとしごろこひねがひはべるからいと うれしく はべるかし さてもわら はゝこぞのふゆ より身のおも きをおぼへ はべるをてん やくのかみ なども またく 中婦君 くわい にんとは さだめ えず わかき ときだに うまぬ子の 蒙雲国師 ▼ふかくしてねいわん女の事をおぼしわす ふぎみごもり れずもとのごとく れすもとの よつぎのみことし 給はんはりに おいてしかる べけれどくに のためには はなはだ わろしゆゑいか わろしゆゑいか にとなればちう 給ひてうみづき すでにちかづき玉 へりもううんとし ごろのきねんむなし からずたいないの みこごんじやのうま れがはりにてまし □□□□□□□ ますゆゑに おんけしきつねに かはり給はずこゝ をもて人その ましますにしばし くわいだいをしる ことなしこだび たんじやうの みこはうたがふべくも みこはうたがふべくも あらぬわんずにて がほどをまち 給はでたゞ今 のさること ありとは わが身も 思ひはへ らねど そのかみ もうらん こくしわら はをさう して王子 奴たん じやう あるべしと 尚寧王 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 申きとが くこくしに とひさだ め大じん にもきこ えしらし 給へからと まごとし やかにいら へしかば王 うなづきて つゞの日 もううんを まねきよ 十一 せ丁ゆうちをめしつどへてよつぎのことをぎするに かねてしめしあはせしことなればちらふぎみそとめくばせするほどに もううんはやくそのいをえてせきをすゝめて申候やうでんかおんいつくしみ▼ふ 三四カよろぎをさだ 給ふときは よつぎをさだ め給はゞこう くわいその せんなからんか しかのみなら ずわんによ をたてゝよ つぎとし てんそんし 週の山 とうは此 ときにた え給はん きはめて いひがたき ことにはあれ どかのねい わん女は でんかの みこに あらず まことは どちなれば次へし もうこへ ていがかくし ごなりれんふ じんきうちうへ めざれざるい ぜんよりいとこ 〽ゞきもうこくていとうと からずこれかれつひにみつつうし くわいたいしていくほどもなく でんがにめさ れて ちやうへ みこを うめり と葉 ほこれり たとへて をばあざむく あざむきえんやかく ども此もううんを こくていが けいすればちうふぎみもうちおど ろきたるおもちしてりゆうちと 四てをあはしとはふしぎなる事を きくものかなねいわん女を もうこくていがかくしごにて ありけるとはかみならずしてたれ しかはしらんれんふ じんのさかしがほ なるもうこゝてい がちうしんめかせる ちひろのうみははかる ともはかりがたきはよの なかの人の心のそとなり なかの人の心のそとなり とてしたをふゑてさたん ときりゆうはひざをすゝめてもう うんにむかひこくしのめいさつをうた がふには仏はねどわん女おやこおし こめられ給ひてのちはもう こゝていも世 おもてを このぎめんを はゞかりてやなり して蒙雲 ぐすくどのへまいらずかれ いさめ こしらへわん女の ためにひをおほ ひしはおのれがわすいたづらにすぐせしはいかにぞやそのたゝましき なるゆゑなれば いかにもして此 くにをしらせんとす そのがんげい一ちやうの しわん女を世にたてんともく ろむものならばぐゞとして十年とせ ためにひをおほあまりはやみやたむかしにちかきつきひを いたづらにすぐせしばいかにぞやそのたくましき かんちをもてなどてむほんをおごさゞりけるいと おぼつかなき事なりといはせもあへずもう うんきつとかたちをあらためこははへばるの おやかたともおぼえずもうこくていがむほ 女を世つぎに しのぶから □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ きんまんもん のくにつかみ いかりせんびやう よくすいするといへどもあから さまにはいふ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ うけ給はずして ことにあらねどでんがは つゆきとり給はでわん わざはひをくだしてたま よしなく をうばひてこれをさまたげ 給ひしなりそれがしはじめより ○はさゞるはわれと ごへんと やくひさしといへどもいまだけしきにあら 中婦君 てふかく もし いち ごんを をしみて つげたて まつらずは ほと〴〵大事を あやまつべしその よのことはみづから思ひあはし給へかしとまことしやうに 利勇 ●しつけんたるにはがり てなり又かれがふぎの しゆくもうまつたく はたしえずといへどもれん ふじんきうちうをいだされ てのちはもうこくていにちや しのびゆきていんちくにふ けるをもておこたりてこと 利勇をきうにせず 利勇をぎうにや ぐんわうすでに おい給へば世をじし 給ふをまづものなりしか るをさきにはかれをもて わん女のかしづきとしのち又 わんによとれんふじんを こくていにあづけ給ひ し迄これなす也に しことこれぬす人に かてをもたらすがごとし かれが世をはゞよりて なかぐすくどのへまい らずといふは人に 尚寧王 うたがはれじ とてなるを ずくわう まことゝ思ふはあさ はかならんとあざみ くわらつてときしめ せばりやうはいよく あきれたるおも もちしあん ずくわう ぼう にい ろき 蒙雲 しらず せうねい 王はことの おもむきを おもむきを きいてあきるゝ るはんときばか り手をもてひた り手をもてひた ひにくはへつくひた すらにたんそくしれんふ じんもうこくていがあくじ もしこくしのいふごとくなら ばそのつみ五ぎやくにあたし れりさるにてもわん女 をこくていが子なりとは 何をもてせうことせんつみの うたがはしきはけいくはふるによし なからずやトのたまへがう うんこたべてでんかぢひの さたをもて人をつき つゞきかる〴〵しくつみし給はずねがはく は一めんのかゞみをかし給へかれらがかん らんのていたら〳〵をうつしておんうたがひ をはらしたてまつらんと申スにぞ王 うなづきてやがてざとのしにおふせ て大きやりなるかゞみをとりきた らしこれをなかぐすくのかたへさし むけてでんのまばしらにかけさし 給へばもうらんやをら身をおこ してかゞみのほどりにあまみ よりつゝ申候やうそれがしたゞ今 せんりがんのほうをじゆしもて こくていちがあくじをてらし 候べしこれはこれえんわうきう りにありといふじやうばり のかゞみにひとしまなこを さだめてみそなはせかし と申はてゝがだみにむかひ かぢ する事三べんくんしん ひとしくこれをみるにしばらくしてかゞみのおもて 廉夫人 毛国門 かくやくとあざやかなる事めい げづれのぼるがごとくせいし はいでんのおくざしきくま □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ むさしながら にあれまさるときはなかづきのはじ めにてなんかいことにあたゝかくもゝふよう はなさきてようすいこんさつといふわたりどり えだにさへづるこゑめでたしばいくわはじめてにほほ やうにかつらにまじるたがやさんのはなもつぼみ一 〳〵ふゆをまつのばさはあをくまゆしろきを ましぐしと人のよぶこどりそのほかさま〴〵のいろ とりわたるあぎのにはむぎまくかたへあたりてはいが こへおつるいかのぼりみなとの月のへけいぶつなりけりのきに まつかぜかけひの水のおとなにばかりてふるごしよへて はとふ人けなきほうせうしやにもうこくていはもし まなづるにしやくをとらしれんふじんとさかもり あそびさかづきもしば〳〵めぐりていたくゑひ ぬと見えたるにれんふじんはじやみせんをとつ てかきならしこゑいとたへにうたひければこくていはま 真鶴 ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●湯湯湯湯●湯湯湯湯湯湯●● をまくらにうたゝね しつそのていたらく しせきのうちに見る ごとくなればせうねは わうはまたゝぎもせ ずうちまもりつゝ ねたきことかぎりなく たちまちはないき あらくなりてかつあき れかついかりわれにも あらでうつぶしにたか みくらよりまろび おちこしをうたして おきもえざるを りゆうらあはて ふためきて たすけおこすに 王はなほめくち ひとつによせなが るゝよたれをぬぐ ひつゝやうやくに さゆうを見る へり大いき つきていへり □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ にしてぞくふ ぎやくしんに たばか られ三十ねん らいねいわん女を がくしごなり としらず はせむかびれんふじんもう をゝていはなもきかなり くらゐをさへつた へんと思ひつるこそ 〽へんと思ひつるこそ くやしけれりゆうはいそぎ ぐんびやうをちてなりくすくへ ねいわん女がかうべを はねてきと見せよと らきまきたかくおふする にちあるものはもうかん かげんじやつもてあら ぬことをかごにうつ してきみをまどはし まいらするかとうた がいながらいけんに おそれてあから さまにはろんじえ ずみなくとんしゆ して申候やうもう こゝていたゞ一人ゟを うたんとてあゆたの涙へ さしむけら れんはろぢ 〽ゞきぐんびやうを のわづ なき たるべし たゞおんびん のさたをもてこれを めしよしごとのきよじつを たづねとはし給へかしと いさめしかばわううべ なひてしからば たれをつかはして とゝ をめさ すべきと とふにりゆう □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ が申スやうさとのし 陶松寿せうじゆは 心ざまたけくしてものに なれたるわかうどなりかれ もうこくていがぶげいのでし なれどもそのふぎをにくみ これにもふきをいへ てやひさしくこれをうとみ てつねにそれがしがらへにら ほうす又掟牌金 利勇 陶松寿 査国吉 〽よしておほせのおもむきをきことしらしさて もうこくていなかぐすくをいでたらばごへんらは ことにかこつけてみちよりひつかへしせうじゆはへ せいしでんにはせゆきてわん女れんふじんをさし 〽もころしかうべをひめさげてかへりこよ又さこく 女きつはたゞにもうとくていがいへにかしよせてしや つがつまにいがきとその子どもをからめとるべし かせいのつはものはちかみちよりおひ〳〵につかはす べきにいつせのちうせつ此ときにありとく〳〵うちへ たち候へとらそがせばせう 陶松寿 じゆさこくきつはいちぎにもおよばず れうぜうしてとも□とはいとやつしば じやうながらにおもてもんよりはしり いでゝ二きくつわづらをおしならべ つゝひたすらにたんぞくしすでに とも人のおくれたるを見へ りてせうじゆひそやかに さみくきつをよびとゞめ □□□□□□□□ はいきん何とか思ふくんわかひさ しくもううんがげんじゆつにまどはされかつ うふぎみいんにしておはじんときをえたりさん こうすでにみだれてわん女をころしちうしんを がいせんとすくにのほろびん事たんせきにあり わがともがうくわんひきくろくびにしてこれ もうこくていがぶけいのでしわがともがうくわんひきくろくびにしてこれ をすくひえずかへつてりゆうにえきせられて ふきやうじんもともにはしるににたりあにな げくべき事ならずやとさゝやけばさこくきつこたし へてごへんとわれとかねてころざしをあはしもううん りゆうにこびへつらひたるはかゝる事のあらんときに 査国吉さいはいきかは まいりけるがはからずもしゆりと なかぐすくとのあはひ さそいふ〽〽おほせおほせのおもゆきをきこえしらしさそいふやうゆまいりけるがはけるがもしやりと ならぐすくとのあはひ なるうちぞひ山の ふもとにて二人りのししや くにあひぬそのときせう じゆさきつこくははる かにもうこく たれる を見てこゑをふ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ わがともがらおんつか ひをうけ給はりつくん王のおに せありとよばはればとくしい いそがはしくうまよりこび いそがはしくうまよりこの おりみちのほとりにたちへ てまつほどに二人トのつか ひはほとりちかくのりつけて くちつぼにほぎかいつゝ ろひくんわうの ありをたびわん女 をよつぎみことしてくち 〳〵ゐをつたへ給はんとなりこれに よりて大じんしよあんずをめしつど へてことをぎし給ふとぞとく〳〵まいり 候へどあひのぶればもうこくてい つゝしんでうけ給はり こくていがつまにいがき がいとこなり此もの ゆゑありてふかく こくていをうらむる よしせうしゆひそか にそれがしにつげたる 事ありいま此ふた りにはかりごとを さづけてなる ぐすくへつかはし 給はゞもうこく ていうたがはず と申ス してまいるべし にぞせう ねいわう さらば せう じゆ き。 き つに みつ ぢやうを つたへよと おふするに りゆうはやがて くだんのふたりを くだんのふたりを かんしつにまねき はやくもうあんずにつげんがためなりたゞにことのよし をかの人につゝしらしてもろともにせいしてもろともにせいしてもろともにせいしてんに たてこもりうつてをひきうけいさぎよくわん女 れんふじんのおんまなさきにてうちじにす べく思ふなりといといさましくいらへしかば せうじゆきゝてさもこそと うちうなづきつゝしばし 査国直 とも人をまちあはせ ふたゝび うまの あかきを はやめなか くすくをさして くすくをさして はせゆきぬさるほ どにもうこく とにもうこく ていはアゆうらづ もくろみをしらず くんわうふたゞび わんによをよつぎ にたてんとて めさるべうはしらざりし がたゞいましゆりへまいれ るにこゝにておんつかひにゆき むぬとそざいへ はひなれいざ 給へといふその けしきまんめんにゑみを ふくみてたねんなく見へしかば せうじゆさこくきつは いとにが〳〵しくて里ゆう いとにが〳〵しくて里ゆう がもくろみをしらせ給 ほしくは思ひながらとも 人にきかれんことをはゞ かりてあからざまには えいはずいなわが ともがらはこれより たゞになかぐすく どのへまいりて わん女れんふ じんにつたへ じんにつたへ もううんりゆう ちのしつけんを おふせあれ つどへ給ふよし ばもろともにはかへ けさしもみつしよ をもてとうせうじゆに つげたりしかば心よろこびて やがてまなづるをしてことのよしを わんによれんふじんにつげまいらせ ことのきよじつをしらんためにとも 人りやう三にんをいてしゆりへとて りがたしといふこくていきゝてしからばゆるし せ給へといらへてうまにうちまたがりとうざいに しわかれつゝあはひ五六丁ゆきへだゝりしころせうじゆ きこくきつもろともにむちをならしておひかけきつ もうあんずしばしかへり給へなほいふべき事ありとよび かくればこくていくつわつらをひきもどしてまつしくらにはせ よれるにこれかれのとも人はすでにはるかにおくれたり次へ 三十一月十三 つゞき此ひまに 給ふかとおぼししかはあれつみなきよしを ふかとおほしふかとおほししかはあれつみなきよし 二人りのわかうどは もううんがかゞみの げんじゆつちうふ きみりゆうがもく ろみおちもなくこく いひとかんためにもせよせいしてん にたてこもりうつてをひきうけ てふせぎたゝかはゞわん女は子 としてちんといどみ われはしんとして ていにさゝやき又いふ やうことすでに かへ松寿 ごとくなるに あんずじゆ りにおもむき 給はゞたち 給はだち まち かうべ 毛国 をうしなはるべし はやくひつかへしてせいし でんにたてこもりちうぎの 十九日 しをまねきあつめてのう うんりゆうをうちほろ ぼしわん女を世にたて 給へかしわづともがら ほかにありてはん かんのはかりごとを おこなはゞきやくぞくを ほろぼさんこときひすをめぐらすべからず きみを きみきみを しのぐなりさると きはつみなきを さこくきつはふたびいさ いひとかん とてかへつてほんぎやくのつみへとなり なんことわざにちうしんの める事をえずもうこくていは つひにうまのひらくびをひかしへ ○ひきむけしゆりをさしてはせの いぬどなるともらんりの人とな なりそといへりけふはこれわがしす べき日なりごへんたちいよゝちう ぎの心ざしをうつさすはひそかに わん女れんふじんをおとし まいらせもしいとまあらばわがつま子 にもことのおもむきをつげしらして わざはひをさけしめ給へうひご つるは十四才じなんかめは十二才 なればにしむがしをもはやしる べしちゝがこちうのくるしきを思ひ やかねいわん女のおんためには はらがらいのちをすてよかしとつた へ給ひねといらへしてかへるけしきは 〽やしなかりけりかるところに とも人らどうざいより さるをさこくきつつぐと見おくな りてとうせうじゆにいふやう もうあんずはまことにがいせいの ちうしんなりわれかの人のえん じやたればとしごろのおんぎいとおの すてゝその子どもつるかめら をすくふべしごへんははやくなり くすくへまいりてわん女とれん ふじんをおとしまいらせびんき のちにしのばせたてまつれかし とさゝやけばせうじゆほくゑ みてごつんにおいではしかるべし われはけつきのゆうにはやり てかる〴〵しくいのちをおとさん とはおもはずすくふべくは すくびまいらせすくひがた ゆうよし給ふことかはといとまめやかにいそがせば もうこくていかうべをうちゝふりごへんらとも人にき れじとてふたびわれをよびもどしくわきう のきなんをつげ給ふ事なほじつげつ ちにおちずくにつかみも人のまことへ をあはれみの あへぎ〳〵はゝり きてあはひ ちかく くはさてやみなんたきゞを いだいて火をすくひゆをもて わくをとむるともらうするのみ にてこうあらんやうろたへなば 毛国鼎 いまでもものわらびになるべし といふをさこくきつきゝもあへ ず大きにいかりなんぢははや いのちをしくてことをりやうたん によするとおぼしかくはわん女の うへも又心もとなしきればとて わご身ひとつにてかれをたすけ 一人これをずくはんこと なんぎなりしよせん なんぢと此ところ にてうちはたさんには といきまきてかけも よすべきけしきなれば せうじゆはちつともさわが ずしてにつことしはいきん などてかくはしかよなき ごへんはゆうをもておんに とたへんとすわれはちを もてちうをつゝすもの也次へ つゞきこもしきにのぞみへんにおうずるにあらずは もううんりゆうをあざむきおふせてわん女を すくひたてまつりがたしきみつはこゝにぎすべから } ずごへんとわれとうちはたしてなにのえき すこへんとわれとうちはたしてなにのみま ありやとときさとせばさこくきつたちて まちにおもてをやはらげしかなり〳〵と いらへするはしにとも人らはしり つきければかたみにみちをいそが してみりとうらぞひのあはひなる ちかみちにうまをすめつゝとぶが ごとくにはらすれはとも人らは又 おくれたりけるあんず もうこくていはおもき ちうぎにかろきいのちもつひにのがれ } ぬじらんかと思へばそれもなか〳〵にわれ からいそぐしでのとり八せんやこゑとけ ばとてときつくされぬぬれぎぬのいともくる しき世のなかにみだれてすゑはちうしんを ふちうともふぎともいへたまは此ごにとゞ まりてあくにんらをうちほろぼしわん女を 世にたてたてまつらめと心ひとつにから くちのうつもるゝろはをしみあへずくも らぬむねやつきげのこまに たづなみぢ□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ よくかくりて ちうざんふへ まいりつゝ おもてもんに 毛国鼎 にうま のりはなちまいりなれたる りうぐうじやうのまんどころへと すゝみいるをまちまうけたる あまた のちくとし いばくを かげて おどりいで やりひらめしてさゆう よりわきばらぐさとさし と思せばこくていそのゑをにぎり とゞめて〽ぼてあるはなのつゆのみ まやたごとけなばやたてろそも なほれかなしとぢせい のちつらゆを えいじもはて ず又一にん あとべよりつるぎ をぬいてはじり かゝりたちまち かうべをうち かうへてうち おとしぬあゝいた ましきかなもう こくていそのちう そのぎこじんにはぢ ずゆうにしてかつぶ あんきそんぼうもておられがにんとしつれ りやくありかんばせをおかして きみをらさめちよくげんにして ねいじんをとりひしぎわん女れんふじんの〽 きゝうをすくにことあまたゝびくにの う号月一三 利勇 □□ あんくんへひに しもちひえず さんげんしば 〳〵おこなは れてたち こと〴〵ろ ばなりかくてちく さればてん かここれがたの めにくらくきじんへ これがためになく ちねたるみた はりうきうこと としらもうこくてい かべをとつてたて あばりゆうこれをしろかねのさらに のせてぐんしんにさししめしきやくしん こく真がいぼうひ けんしてすでにちう いのまなづる らがうつてには さし とうせう しめせば じゆうけ給ばり 三司さん こくていがつまと 百くわんがい 子どもちをばさこくきつ おほせてからめとらし給へば せいりよやうやくこゝにぞくたちどこ やすしおの〳〵しゆくしろにほろび たてまつりゆへと ぜんとおどろき おそれぎやく ぞゝたちどこ ろにほろび よびかけて ます〳〵たいへい ひとり〳〵 ならん に□ 〽こうしの さいはひこれに ますことなし とぞへつらひ ぬそのことき せうねい王は いろうんに もううんにむか むこくしさきに ちうふ ぎみは すでに みごもり たりといひきいつ のほどにかうまるべき つまびらかにさししめしめし 候へとおふすればもうち〳〵 しばしうちあんじくらいまへ アゞき〽ゆびをかゞめて申スやうちうふぎみの事もほどにねいわん女れんふじんはけいくりでんのまご ごさんはやうば此月のうちにありよしや おそくとも四五十日はすぐべから ずたんじやうのみこわんず にてましますなればとし ころのおんのぞみたりて さこそよろこびおぼ すらめとけいすれば 王なゝめならず きんえつししか らば今より女女 子ぼへい あんの かぢある べしとてねん □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ ごろにのたまは すればもううん又◯ □□□□□□□□ ④ 申ㇲやうご べいさんのおん いのりはおふせをまたずして とゝごろこれをしゆぎやう せりたゞゆるがせにしがたきは わん女れんふじんのうつてなり とうぜうじゆはかひ〴〵しき わかうどなりといへどもかれ 利二男 栄帝云 尚寧王 此さしにかつらのはなをながめておはせしがことのていた ●けいするはしにせうじゆはやが べておばしまのもとにはいふくし ことばはなくてすゞろにらくるい したりけるをれんふじんみそな はしてえうあらんとおぼししかば ちかくよびのぼしてのたまふやうめづ ちかなりとうせうじゆなんぢまな づるとこんいんせしよたゞ一トたび見つる のみにてあまたのとしをすごしたれば わん女もわが身もおもわすれしに としごろこひしと思ふつまなればこそ まなづるははやあしおとにても しりつらめさてもあはたゞしく まれる事いと〳〵心もとなしみや こはいかなるありさまにやくんわうは べいよ〳〵やすらかにおはしますかととひ給へば せうじゆやうやくにかうべをもたげぞくしんきう ちうにみちくて世ははやすゑになりて候はじめより をまうさばしか〴〵なりをはりはかやう〳〵なりともうらんが きやうちうにきくわいのかげをうつしてわん女はもうこくていが こなりといひし事せうじゆとさこくきつにおふせてこくそいを めさし給ふにこれどうらぞの山のふもとにてゆき一 あひりやうちがもくろみをつげでたゞにひきかへし 候へといさめしかどこくていは身をけつしてかや しゆりへまいりし事いちぶしゞうを □□□□□□□□□□□□□ 陶松寿 あきれてしばしばしはいらへもえせず かたはいをかゞめや申スやうちうふぎみの事もほどにねいわん女れんふじんはけいうくでんのまご はふりおつるなみだをぬぐひあゝらか なればわがみ世にあるかひもなく らくいとしめやうにてまなづるたゞうちにんはべかつたち らくいとしめやうにてまなづるたゞいちにんはぐりつたち あまつやしろ まちにとのかたを見てこはいかにせうじゆがまいりて候と くにつやしろに れて れて 思ひも かけぬぬれ ぎぬはむね あひがたき ちうふぎみ のねたみ ちのぐむわか あしのあし といはする にごりえの ふかきたく みとさとり 給はずわん女はみこにあら じとてころせとおふするちゝ土のごぢやう こそ心をえねとてもかくてものがれがたき いのちなりせ此わがみまづやいばにふしてあり あつきのあかきこゝろを見せはぐらん せうじゆまなづるいかにもしてわん女 をたすけまいらせよとてこゑを おしまずなき給ふことわりなれど ことわりともいひかねてふうふ のみにうちまかし給はんは心 もとなしはやく利ゆうにあゆ もともはやく利やうにあま たのちくとしをさしそえられ せうじゆをたすけてわん女 せうじゆをたすけてわん女 をうたしめ給へかしと申すにに をうたしめ給へかしと申すにぞようじゆつをし せうねへ王げにもとうな せうねへ王げにもとうなたゝましくする もううんもわが つきてそのよしかくとおふすれば ともがらをもう 利ゆうきんぜんとしておふせを うけいへにも立かへらずくわん くはいもんのほとりにてよろひ ゆきてわん女とふ ばじやうにてはらおび そのいへゝまいりつ りやうはさらなり じんのおんくびをひ にうちまかし給はんは心きこえあげきこくきつはもうこくていが つまと子をすくはんとて 利やうきんぜんとしておふせを あんずのかんじやとはしらず たゞになかぐすくとのへはせ むすびてまつしくらに はしりいづればはや 寧主女 きこえあげさこくぎつはもうこくていが 廉麦 りをのちくとしらい しきんくわんにおく れじとておの〳〵え もふをのきけやあへ ものをひさげつゝあへ ぎ〳〵ぞおひつゝきぬさとのし おびおおおも とうせうじゆていはいきん きこくきつばうらぞひ山のふもと にてもうこくていを見おとりつとき うまにしらあははませてなかくすくへはせ ゆくほどにとも人ははるかにおくれかせいの つわものはいまだいたらず此ひまにおとす べしとさこくきつはもうこくていがいへゝとて ひきわかれせうじゆはせいしでんへまいりて うらもんのこなたにてうまよりとびおり つともんないにくゞりいりておとなひもせず そのゝこだちをめぐもつゝおくふよくまいるも ひうちたてまつれ ちかみちよりかせいのつわものを つかはすべしといへり人にしられぬ はしにびんぎのちへおんともつかまつ〳〵 りなんいざ給へといそがし申せばれん ふじんはわん女まなづるとおもてを あはしこはそもいかにとばかりに 弓とり司十三 さま〴〵になぐさめ申せばわん女も そうがんになみだをふくみ母のこ いかでころすべきつみなきを いひとかんとてのがれもはてぬ 身をかくさばふかうのうの ふかうなりもうこくていが 死をきはめてしゆりへまい れるこゝろざしたれもかく こそあるべけれうらみは あらじなげきたまふな わが身もかきして はべりといび 真鶴 はげまして なか〳〵にさわ ぎたまふげし きなければ せうじゆは まなづるに つきへ 〽つゞきめくはせしてこゑをふりたて さしくはおはしませどもさすが はふぢよしのけんしきなり 死するをそうとおぼすい 死するをせうとおぼす にやぞくしんを ほろぼして たみをすを くふはわう しやのこう なりかさねて うつての大に ぜいをむけ られなばいか にしてのがれ玉 はんいひがひなしといざ めつすかしつふうふ かひ〴〵しくたすけひき てうちもんよりおとし まいらせんとぎするに 此おんありさまにては びんなしとせんがくせん とてせうじゆしば とてせうじせしば らくしあんしつくつ きやうのにこそあ } あくだたへまいじうしまふく ごしよちかくねりきつるをさきにまい れけふはくばがたけなる やまのかみのまつりにてくば ろのさとへらさま〴〵のいでたちして 兼夫人 いともせんまなづるはしか〴〵 にいでたちてねいわん女の おんともせよとく〳〵といそ かしや大ゆかにかけられ たるはなかごをとりおろし てれんふじんに□ 陶松寿 てねんふじんのおん○ れるときに見たりわればかやう〳〵にしてれんふじんのなんね おはせ奉ればままづるは んないなるせんわか 此やうの木雁くりしゝを うちかつぎわん女を あとべにかくし いれしうで 四にん まつ りの 真鶴 李王女 そも〳〵 りうきう こくに 下の まきへ 図 文譯馬西 西運図 永八年春春春春春春春 第卷卷卷紙記録録 嘉 永 □ 竹雀千代哢 西馬補案 国輝 国輝画図 聖徳太子 大和鏡 万亭応賀作 一寿斉国貞画 三鱗形 鎌倉双帋 西馬作 国煙畫 雲龍 九郎 偸盗 傳 故人三馬遺稿 遺稿 増補西 馬案 画工一 勇斎 釜地本草紙問屋てりなり町笑寿屋庄七版 御番所也 国輝画 うちに 米 十三編下 野尾 文庫 二 上のつゞき しゆ〳〵のぶ きよくわ ざおぎ ありの ○その 二人五しきのみ のこれをおこなにとぞ はななわまひは わらはかうべにつくり ばなをいたゞきにしき のはつびをきてはなかこを 二人に五しきのうちぎを うしろにおひてまふなり今 れんふじんこれにいでたちて おちゆく又まりまひはわらはりごとのうぶすなまつり はりごとのかぶすなまつり にはかならずこうぎやう ちやくしきん のまりの □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ なき 四ほう にの うち太 へいちやう ときくわ けんなんど すゞを つけあかき ひものいと 此ものいと ながきをもち のきよく てさゆうに は七つ たちまひなが 八つあ ら二ひきのつゝ れども りじゝをくる はわん女 おの〳〵おほ はしてしゆ〴〵 まなづる ちのこう のきよくをなす事 のきよくをふす事 に立わかれとう ぎやうのみ にてそのよ かさまひはな なわこのまひ まりまひより ほうなんどはまぎり ほうなんとはまぎりありこれらははとこまひしちとあげたりけるせうじゆはこれを くのじんじとうにの くのじんじとうにのびやうしのたぐひたぐひたぐひなぐひなかへりて大きにおどろき断 はなはだきやうあり せうじゆにたす わん女まなづる此まひ わらはにいでたちぬ又さほをりからのだけのかたよりぐん なわこのまひなりこれでんがくのたぐひにや かりまひより ありこれらはをとこまひしら ありこれらはばとこまひしちとあげたりけるせうじゆはこれを とあげたりけるせうじゆはこれを 見かへりて大きにおどろき けひかれてくばのかたへおち給ふ 同十三 陶松寿 兼夫人 うつてのぐんびやうはやちか づきぬいそがし給へと申しも ○あまに又くばの山あひ よりのぶしらおこりたちぬ ことおほしくかいがねのおと くわうぜんたりさては 四はうにてきを かけつこはいかに せんとたゆたに 一てゆくもえゆ よずかなにも かへりかた はのよるの つる子を思ふ 身はことざら □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ にれんふじんも 此ありさめに 今はからとあひ さだめてこは てしのなげに ざをしめやよ せうじやみつての ぐんびやうをちこち にみち〳〵たればねい わん女のうへいところ もとなしくんぢわし かうべをはねでうつ てのたいしやうに見け のへかこみとけてわん女はこゝうを次へ よかししからばいつほう 十一 うちに 米 十三編下 野尾 文庫 上のつゞき しゆ〳〵のぶ きよくわ ざおぎ その ちやくしきん □これをおこなにとぞ はななわまひは わらはかうべにつくり ばなをいたゞきにしき のはつびをきてはなかこを 二人五しきのうちぎを ちやくしきん うしろにおひてまふなり今 れんふじんこれにいでたちて かするとなんそはさてし おちゆく又まりまひはわらはりごとのうぶすなまつりな にはかならずこうぎやう のまりの 四ほう に うち太 すゞを へいちやう とらくわ つけあかき ひものいと けんなんど のきよく ながきをもち てさゆうに は七つ たちまひなが 八ツあり ち二ひきのつゝ れども りじゝをくる 一はわん女 おの〳〵おほ はしてしゆ〴〵 まなづる ちのこう のきよくをなす事 に立わかれとう ぎやうのみ はなはだきやうあり せうじゆにたす にてそのよ かさまひはなが なわこのまひ まりまひより ほうなんとはまぎり くのじんじとうに びやうしのたぐひなるべしおの〳〵の わん女まなづる此まひけひかれてくばのかたへおち給ふ わらはにいでたちぬ又さほをりからのだけのかたらがりぐん まごありこれでんかくのたぐひにやびやう二三百はせいでゝうま 又あふぎのきよくてひやうしのぎよくけふりをけたてさせときをこづつ ありありこれらはばとこまひしちとあげたりけるせうじゆはこれを しんじとうに及びやうしのたぐひなるべしおの〳〵の 三百七十三 陶松寿 兼夫人 うつてのぐんびやうはやちか づきぬいそがし給へと申しも ○あ殿に又くばの山あひ よりのぶしらおこりたちぬ ことおぼしくかいがねのおと くわうぜんたりさては 四はらにてきを うけつこはいかに せんとたゆたに □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ かずかするにも かへりかた はのよるの つる子を思ふ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ にれんふじんも 此ありさめに 今はかうとあむ さだめてこそ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ さをしめやよ せうじやうつての ぐんびやうをちこちと にみち〳〵たればねい わん女のうへいところ もとなしなとなんわし かうべを見ねてうつ のかこみとけてわん女はこうを次へし てのたいしやうに見せ よかししからばいつほう 十一 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ のがれ 給はんいま □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ さらたゆたふこと かはとゆきばつかしき □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ うちあはしてこゝを きれといはぬばかりやはなかこ のはなよりもろきいのちなる せうじゆはあつといらへてもうつにうたは れずうつゝともゆめともわかぬ世のなか にかう女せつふをまもり給ふきんまん もんはおはさぬかいのちをかぎりに ふせぎたゝかひてきにかうべをと るゝともわれかちふじんを るゝともわれかちふじんを 廉夫人 □□□ はうち奉りこうめう がほしてもてゆかんや つとばかりにてはねい ひきちぎり わん女もともにやうたれ給ふらんとやせまし なみだととも におしつゝみてやがて かゝやせまじと心ひとつにさだめかねてはな わたしぼるあぶら木のこずゑながめてこかげをはしりいで ぼうぜんたりれんふじん見かへりてあなめゝしうつてのたむろに などてかゝはおくれたるわが身にもものを 思はせわん女をさへうたせなばちうとやせうぎにしりをかけ いはんぎとやせんことおくれてはくゆとも たゝしよびいれてたいめんすその かひなしとく〳〵といそがされと見ればたゝしよびいれてたいめんすその ときせうじゆはゆんでにれんふじん ちかづくうつてのぐんびやうのがしはえせじ ときせうじゆはゆんでにれんふじん あみのうをしゆうをうしなふいぬじものとのしゆきうをいだきうやくしく あまたのちくとしをさゆうに じつけんにいれどや とてまつれりおもふにわん 女ははやとほくおちのび給ひ けんいつぱらのかこみをさき てそのつはものをそれかしに あづけ給はゞたちまちに おひとめ候べしと まめだちてふじんの しゆきうをきしいだ せば利ゆうはちゞとし してうけとらせかたの ごとくじつけんしてこれを しゆりへおくりのぼしきて せうじゆにむかつていふやうへ すでにれんふじんそうち とるといへどもいまだわん 女のかうべを見ざれば かろ〴〵しゝこのか こみをまきがたし わん女はさきに まづりのねり ものにいでたち 〽まひわらはに 〽うちまじりてまぎ せんさくすい われはしば らく此ところに たむろしてさこく きつがおとつれを まちなんなんぢはいよく りをたちいでたり とつぐるものあるに よつて此ほとりなる あくせうねんにはかり ごとをさづけもつぱら そのゆくへを いといべきト思ひかんしてつるぎを ひらりとぬきかざせど四そじ 丹をなしはつるもちうぎならばなに のうへをむつのはな ひむろゐぎくらおいき とはまだ見えなく にけらなみつんか よりもうたるゝ人の ひざまづきそれかしさきにたゞ いつきせいしでんに のむねくるしさは いやまふまつ りつまひこに まじらひて うちもんより いでたりしを むこんじやうの うちとめよとのこるくまなくけぢするにぞ せうじゆはやがてぢしわかれ又くばをさして はせざりけるかたりしほどにねいわん女は ゆだんなくわん女をおつかけて まなづるにたすけひかれまり まひにいてたちてしやうゑう つくりじゝをうちかつきさとの あげまきにまじらひつゝくばが たけのきたのかたこゑ〴〵を さしておち給ふかゝるところ になかぐすくなるあく せうねんらにしきのはつ ひにはながきしてむら〳〵 □□とおつとりまきしゝ によしあるはなの われとはわん女もしろ 王そのこくわうの子 松寿 そりがみへつらぬきてふし給へばせうじゆは なく〳〵おんしるしを給はりてうはぎのそでをや しめさがりけんのちのなげきを 思ひやるいまはにものな思はし 陶松寿 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ はげまされてもいとゞなほ しびるしかひなさだめなく しむるしかごなきためなく やいばをはたととりなとし しりゐにだうととゞろかす むゆはびつしとぢんかねを おとにはきけとめには見の てきにしられじとれんふじんは おちたるつるぎかひとつてきつ さきまとにだもとよりうつぶきながら ばせうじゆは給ふよしきこえしかばことのていたちくをあとべには なく〳〵おんじかしを給はりてりは玉のやを〽ちらしれんに夢の義音しをやくさふ春に青にぼたんのちつてわへせ又 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ じんをさしころし おんしるしを給はり まなづるをいてうらもんより にげさり給へりさるにより てをちこちをたづねめぐる おりからはへばるのおやかたとつて の大しやうとしてみづからはせむかひから 給ふよしきこえしかばことのていたちくを ちうしんしれんふじんのおんしるしをやくるふ春にぼたんのらつくわづさへ て立あがるそのびま にねいわん女はみやうぶ丁 といつはるねいわん女をから めとれほうびはこふにまかせ んとしきんくわんのおほせ をうけあとのまつりに ならぬはしほと にはかにしくみし ぼうまひ はななわおど 見せんにそのしゝかせ とみなくち〳〵によびか けてきんはくしたるより とつてきつおりかちはへばるのおやかたちつてほうをふり ぼうをふりまはしてうつて ながらの大しやうとしてみづからはせむかひかひかゝればまなづ りはなのあに たちしさき かけての さき中とがたもとよりらるぶながらの大煮うとしてみがからはせむかひかひかゝればましづるはねいわん女を えりがみへつらぬきてふし給へはせうじゆはあふらしきことじかばこといたらくをあくをあとへにうやうどうどうどうどうどうどうどうどうどうどうどうどうどうどうどうどうどうどうやうやうどうどうやうやうどうとてと 三十一年 つゞきらう げきはづみ をうつて たにおとして しゝの子 おこし ほらがへし きゆうばた となげのく ればとはくちつ をしときそひ がつて 巳二大夕風二十刻え やう より うつ ほどに しくの 廿一日 こううち さかれはん めんあらはす まなづるはぬの かいすてゝにつことし〳〵 のぞみはせねどかけ おどりかけられてたゞやみ わん女をからめ奉らんとはしゝ しんぢうのよしむしどもつるぎの なんやそのくにゐてかゝこへも ちなうしなひそとあぎみわらつて 立たりけるをんなと思ひあなど りしあくせうねんら大きに いかりさてもほざきにほざ いたりあれうちたふせとへ どよめきて又ひらめかす よりほうをつるぎを ぬいてきりはらひみき まひのてひとさし見せんあたらいの ちなうしなひてとあぎみなちつて □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 寧王女 へじゆうわうむげに いどみたゝかひ三人に 手をおはし二人りを やにはにきりふせ たりしかれども まなづるはその みてつせきに みてつせきに あらざればかた をうたしかひな をくぢかれ つひにたせい にあたりひだりにさゝ そねくだけ こよひぞしで にける○ため のやまかげ也 こえ〴〵のつゆ ときへ にあたりがた くくびぜに つまづきはた とまろべばみなく えたりとぼう とりなほしめつた うちにうつほど にあはれむべし まなづるはにく さまに ひつしとき はめてはしを もにげずまな づるが死をあは れて 弓はめ同十三 すゞろ になみだ 一にんのあくせうねんこときれてもなほ明は さしぐみ給ふを一チ 人つとおどりかうたづけ きをつかんでひきたにせば又 せらねんこときれてもなほ次へ 正月十一日 つゞきはなさざるまな づるがつるぎをかいとり侍る てわん女のむなさかへ へひらめかしあはやたゞ いまうたれ給ひぬと 見えたるおりからいち だんのおにびくうちう よりとびきたつてわん 女のふところにいると ひとしくわん女はがば と身をおこしたち まちつるぎをうば ひとつて二人りが かうへをうちおとし きとにらまへて立給ふ そのありさまはじめに にずりうびをけたつる ぜいがんするとく百まんぎ の大ぐんをもおそれつべき けしきなければのこるものども 大きにおどろきこはくやかし わん女にはものゝつきてくる はするとおぼゆるぞそもな のこるものもあらばみそこにとゞめおきて のちの世のごうひにつたへよわれはこれ大く やまとせいわてんわう九だいのこういん わん女はやいばのちをおしのごひこれをゆんでに とりなほしなんかいごとうのぞくみんらに也 とりなほしなんかいことうのぞくみんらに のりしらするなにはあらねどもしいき おにかきつねかなのれ〳〵と云はせもはてず□ 寧王女 六でうのはんぐわんためよしの八なんちんせい 八郎みなもとのためともぬしのほんさい ひごの上にうどあその四郎たひらのたゞ なりわれちかごろをつとゝともにとかいのせんちう ふうとうのなんによつて身をかいていにしづ むといへどもれいこんは此りうきうにひやう はくしてこゝにをつとをまづことひさししかく るにわん女はむかしわがつま八郎ぬしと 一てうのちぐのえにしあればしばらく此 からだをかりてつまと子どもにものいひ かはしそのさうぎやうをたすけんとす かゝればわん女にしてわん女にあらずしら ぬひにしてしらぬひにあらずかうぢよとも せつふとがつたいしてあるときはわん女たり 又あるときはしらぬひたらん今まなづるが ためにあたをむくはずはたれかこれを まことゝせんそこなのき ぞといきまきつゝひ のごとたびかゝりさきに 立たる二三平 くにがむすめなりけるしらぬひひめがなきたま にんがかひなや むかは すねきらひ なくばらりずんと きり給へばあくせう ねんちますくおそれてにけん とすれどうしろがみひきかへされ てふしまろびおきんとするを ちやうどきるあるひはかたてうち 巳十月 □□□□□□□□ おとされあるひは おときれあるひは ひざをなぎたにされて たま〳〵はのちたすかる ものもふかでおはぬは なかりける此とき日も はやくれて身をかくす にたよりあればわん女は せうねんらがはながさ をとつてかうべにいたゞ いきよりぼうをつき たてゝまつりのまひ わらはがひとりおく れてかへるがごとく いとかひ〴〵しくこし らへつゝをんなに まれなるしら ぬひのなき たまにみち びかれおんなが だけにわけ いり給ふ山は こえぐのきた □にありける とぞ又れん ふじんはねい わん女にひき われさとのし せうしゆ にたす 三太の かたへとおち のふにとつてのぐん びやうわくがごとく いで来りて のかれはつべうも あらずわれと ともかくも ならばなれ いつほうの かすみをと からてわん女 をうし 貞大鶴ろはこ くおどし まいらせんと たちまちにじ さつし給ひし 声ぞけずその身は国に かばせうじゆは ぜいなく おんしるしを しんしやしと 給はりてりゆに がぢんにおもむ きまめやかに いひとしらへてかこ とかせんとはかれ どもりやうもとは りどぎふかけれ しばなほつはものを 十四 づぎ そび下とら さとの あくせう ねんらに げぢなし わん女の ゆくへを 白縫姫 さぐりもとむることいときうなるにせうじゆはます〳〵 こゝろくるしけれどけしきには見せず してふたゞひわん女を 磯萩 おひとむべきよしを申 こひてくばのかたへ □てかへし□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ いかにもして わん女にめぐりあひ しるべをいたさめ おもむきを つげまいらせ てのがれ給ふべくは もろともにのがれもし つゞかんほこは思ふまゝ ふせぎたよひしでの たてまづりことの のがれがたくはたちのはの とてひた 思ひ きだめ てもさだ めがた きは よなぐ すゝ心を 高間 太郎 あせりのむらはづれいづちへいけの さとうちすきてのをこえやまをこえぐのかたより 弓はり同十三 とつたにかきのしてくるもの 十五 同十三日 つゞきありけりせう じゆはこれを見て ふるくいぶかしこむら をきめきたるおきなを よびとゞめてこと のもとをとへば そのものこたへ てわなへ みはくば のさと 人なる がわかき ものども がうぶすなし まつりに いでた 〽るに おふせをうけねい わん女をからめと りてあまたのほう びを給はらんために なかまのわるものどもしめし あはしこえ〴〵なるしやつきやうの ほとりにてわん女しゆうじうに おひつきやにはにうちとらんし とてひしめぎつゝともなる女 ほうをうちころしてはさぶ 寧王女 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ あやきい かみのつきてちか らは百にんを あはし □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ はたらき給ふていたらくはうゑたるとちのむれ□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 弓はり目十三 ぬ をさいは□に たふし給ふ なかへはし りいりしにこと ならずあたる なぎふせ きり ほどにうしうつ わらはがくる まぎりに きらるも ありつゞみ うつこのどう ぎりに なるも あり どきにはあら ねどおろく をはからだけ わかにうち はなされていのち ことにこそしつげ しらせたるまではもの をもいひつるにいやしが むしのちきばかりがらず たすかりもの □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ ながまなどもひ ごろおやにものを いいはわたるゆく 思はせたるむく ひにやむなさか をつき女ぶられし たれどなぼ死 もやうでかゝる ことにこそトつげ 十六 おやのこゝろのやみをばしらでとしのと ひもいざよふつきのよくにふけたる 陶松寿 きしなれたる此のらもけふはいととほくおぼゆる□うたてのものがけすふはてきごをかきできよくとならば おやのこゝろのやみをばしらせとしのよはもとめしいちくひしくれなんあとのよくとなきいふ まつりなるみこしはかゝでおやにかゝ ひもいざよふつきのよくにふけたる あくどうは口 する子どもらがしにはぢを いかにぜんとて ところもなくやりちがへたるはしのもとにうつ ぶしにたふれたりせうじゆはかゝるありさま にむねまづふさがりつやがてらし かきくどきよくとなけば よくとなきみなもうとも にすりあげてなみだう 取らすしらがひげそりたる こしをうちのばしおのがちへぢへ かへりけりせうじゆはこれを 見おくりてさてはまな づるはうたれけんわん女 はいづちにおはすらん □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ よりちよくみちをらそぎとえ 〴〵のしやつきやうへとはし りゆくほどに日もはやいり はてゝ二日のつきかすかに いでたりと見ればはしのこな たへちらほおびたゝしくながれわたりたゞ これりんかんにこうえうをふみてあきをおしむ にことならずあはれなりまなづるはていたく はたらきぬと思はれて身のうちきずつざる ざかをおりたちていだきおこ すもちからなく百せんの ごうてきをうちもしり ばけなんますらをもおん あいのみはやるかた あらであめのごとく はふりおつるなみ だをおしのごひつゝゆんで 矢に やぶられ ともし のしかの せこなわにかゝ るわかれのあらんとは はかなきものはいのち なりとあぢき しなき世を かこちけりしば してはな うちかみこはわれにも あらでぐちなり 一けりしゝたるつま まんもんのおうごによつて □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ はなげくともかへらず つく〴〵とおもひやるにきん しわんによはふしぎに こけつりうたんの あやうきをのがれ給ふともその こと世にかくれなくばちうふぎみつぎへ 一百七十三 金を焼る おほし あはれみ給ひなばまわしの山のおびに するすゑなが川のめぐりあひてふうふひとつによる とあらんとおもひしものをおもひきやかりばのきゝすのは めてを見るへるにかはほりの とびかふほかにめにかゝる ものはなけれどなほ 人やきかんとてこゑ をひそめやよまな つる三こんいまだてん にかへらず五はくいま だちにいらずはわが いふことをきゝ給へおよそ いきとしいけるものおつと あればかならずつまあり らつせのあんきをひとしく し百ねんのくらくをともに するかいらうどうけつの ちぎりたれかはあだに思ふ べきしかれどもわがともがら はちうぎにむすべりえにし なればいもせといふもなのみ にてよそにすゞぜしくわう いんはたつことやすき山どり のをのへをへだつるねざめ 〳〵にこひしと思へどこひし ともいはずいはれて ちうしんせつふの 一かゞみともなれ ならんとてかたみに あがきしまごゝろをりと みがきしまごゝろをかみも つき りゆうち いよ〳〵うし ろめたくて くさをかり はらび木を きりつく してたづ ねいださで やはあるべき さちなき かなまなづるは わん女とおな じとゝにうま 同れてれんふ じんの □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ ればおもか けもよくにたり 今まな一日 がかうべを もてねいわん 女の 真鶴 それまでなりもし げんじゆへせん せんりの ここねがはくは ほかも りやうぜん りやうぜん たるもううんを いかにせんとば かりにしてねい わん女のがれ はつべうもあら ずあまりに ふかくおもひ はかればこそ身 をすてゝこそ うかむせもあれ ことならずは りゆうをうち もらさばもう うんをさゝん あまつやしろ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 陶松寿 ◇名二三三三 おん身がはりとし りゆうをあざむき えたらんには平して きらにきみにかはる そのちうそのこう たゞへんにものなか るべけれどこうこつ かんやうなる りゆうが にせくびを うくべきや たとひ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ きらいかないの □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ つかきおくのきんまん もんあをりがたけの山の かみ三十六とうの おうちきう二郎五郎 のかんわらはに りゆうを あざむく □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 紫巾 同一一一一一一 わきしいたるまでほうこく ゑいごぞくしんたいぢのやち ほともて利やうもう つゝがなくばたえてうらみ はなかだのさと道あざかんばち あとにしつのだけのたむろへはせ おこなはるべしちうふぎみの まちわび給はんにいざ給へと いひかけてにはかにもろての 〽ごへん身ひとつにしてかゝる 大こうをたてられしゆかんけき にたへずしゆりにまつりてことの おもむききこえあげなばけんしやう ぐんびやうをひきあげ たいまつあまたふり てらさして夜も すがらみちをいそ ぎそのあけがたに あやこへいりぬせう じゆはいと心もと なくおもひつるに たやすゝりゆう をはかりえてかつ せつぎをぎんまんもんの よろこびかつあや しみまなづるが おもかけはすこぶる わん女ににたれども たちならびては たまとえんせきの ごとくなるに利ゆう しがつゆばかりもうた がはざるはこれたゞ ごとにあらずわん女 のしゆんこうふじんの ひやがて まなづる うんちがまなこを さへきりわがなきつま のようべをもてわん女の おんみにかはらせ 御給へとこゝろの うちにつま をかしの 十月日本 かうべをきり はなちてにし しがいは川へつき 陶松寿 きのはんひにおしつらみ ゆきけりこのときりゆうはなほのだけに たむろしてかろ〴〵しくうこかをとえぐ しやくきやうにてあくせうねんらが ねはわん女をからめとらんとしてこと〴〵く ふかてをおひはん死はんせうなる よしをきゝておほきにあきれふた たび手わけしてわんによをうち とめんとぎするおりからさとの しせうじゆかへりきていふ やうぞれがしこえ〴〵のえだ むらなるてりやあけだ のあはひにてはじなくわん あはれみてかくはる らはし給ふにこそ らはし給ふにこち といとたの が利勇 して かたのごと くすい そうし この世を ちぎるいもと せのえにしはかなき つきしろもおちて ゆくへは さへた なら ぬわん によの 幅寧王 うへに なりといはんにはそのしたをひかせじとあんきをこゝろいうちに なりといはんにはんにはそのしたをひかせじと火きをそろいうちにわん女にてありけり 女におひつきて候ひしが わんによにはあやしきかみなどの つきたるにやつねにかはりていと たけく見かへりごほりなす いるぎをひさげてたゝずみ 陶松寿 給ふばおもてもふらず うつてかゝりきつさきに火いづるまで おひつかへしついどみたゝかにほどにしばし こそありけれわんによはつひにちから おとろへいきほひきはまりてにげんとし 給ふをたちまちにひきふせおんくび かきおとしさふらひきなまじひにものゝ つきてくるはしたればいけどるに およばずいとのこりをしくこそ候へと てほこりかにのべをはもてまなづるがから べをとりいだしつりゆうもしまなこありてにせくば けつしてほとり ちかくすゝみむかひ大じん じつけんしたまへといへは 利ゆうふかくよろこひて さゆうにしよくをとらしづく これを見るにさきにれんふ じんをうちとりてその しるしをもてきたりしも せうじゆなれはいさゝかも うたがはずかや〳〵とうち わらひていふやうまことに まがふべうもあらぬねい わん女にてありけり のおもひしかば こゝろにもあら で利ゆうに こひへつらふ ほどにしば 一ゆこそこれ を二なきもの なりとして しんふく ことぐう あかして おのがたす けとし いたゞなく いゝむつみかた 〽らひけりさる いくほどにせうねい 玉はまううんがけん しゆつにまどは されてちうしん せつふをころし よつぎのみこを さへうたしてかへつて これをこゝろよし としごたひのけん しやうおこなはるべし とてまづちうふ ぎみにかたらひ もうくんに夜 三十一月十三 つゞきそのむね をおふせしかば もうこん うけ給はりて 利やうを こくさうと せうしゆを こちひらの あんずと すそのとき しやうねい 王はひたす をせう ざんし われこく らもううん 尚寧 しのちよ くげんに してわん 女はもう こくていか かくしになる をざとり 内あで大や藤左衛門様してややややややややややややややややややや すでに ぎやくと はちうし たれど たゞおぼ つかなきは □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ ちうふぎみ 身ごのりて そのちごのうま るゝ日とほから ずといはれし のみうたがひ なきにしも あらずわれ おいて くらゐ をつたふべき 子なし此ことに いつはりなくば すみやかに しるしを見ま ほしけれとのた まはすればもう でんがなどてこの くだりのことのみを あたがひない うたがひ給ふ さきにも申 せしごとく ちうふぎみ のたいないに やどらし給ふ みこはごんじや のさいらいにて おはします うんほうゑみて より十日のうちを ゆゑゆゑゆゑゆゑゆゑゆゑゆゑゆゑゆゑゆゑゆゑゆゑゆゑゆゑゆゑゆゑゆ にみご もりたるけし き見へ給はず といへども今 いでずしてみこは いとやすらかに うまれ給ふ きりしか なりその た 二つはり月十三 蒙雲 利勇 ことそうた かひはとけ たまふへけ れと 申告に しやうねは わうならぬ ならず よろこび この日 こくさう 利ゆう におほ せてうぶ ややしなび のようゐ をなん 給ひける かゝれども ちうふ ぎみ つゆばか りも身 におぼへ なくて 子を うまん 事ある あらねど ここなる もううんが ひとしほ たしかに 申せしは ゆゑ こそあら めと思ひ しかばひそ 三日廿二日 樂亭西馬譯 中婦君 おはするむかしさかりのときだにみこひとりも おはしまさだるにとしなみしげ〳〵うち よするいそぢちかくなり給ひて はちみ給ふ事やはあるこは みなもううんこくしのたばかね 「つきあへずさてはことのよしをなほざとらでや にていよくまつりごとをみこゝ ろにまかしまゐらせんためへ しか なりさればうまれ給ふみ のみならず もうこくていちうぶくして はちうふぎみのたいないにはあら わん女れんふじんまたかうべを ずかねてくまぎみをしてことを さづくけによりまくらをたかう おこなはし候へばおそくとも五七 にちのあはひにはもてきつべし にたのしみをとらばしやくもうすべてこゝに みこゝろやすかれとさゝやく たりなんみなこれもうらんとくしのめぐみ にぞちうふぎみはたちまぢ ろりとひたすらにせうさん まんめんにゑみをふくみとくし してたかやかにうちわらへ しまろくのごとくきけいをほど ば利ゆうあとべを 見へりてみつご 利勇 一雄齋國輝画 □□□ くす べからずかき も又かみゝあり かすべしくとふ とゞむればちう ふぎみはあは たゞしくほうを つみてわらひを しのびうなづき あつてたちわか れぬ ○これ 十四へん にはもう うんはじ めて大 もうのこと をあかし 王と きさきを ころし おのれ わうゐを うばふ かつわん女ためとも にあふどろまで をあらはし申候 めでたら〳〵 錦 一〇〇 昇 堂 癸 新 行 同 西馬譯 弓張 月春 宵榮 国輝画 仙果作 小夜衛白波草紙 芳乕画 楽亭 西馬作 窓衣 一妙雑史 芳王 図画 笑 さへて 日記「 録 東錦繪草紙問屋照降町惠比壽屋庄七梓 弓張月 上 升題野立開而 西馬訳 弓張月十四上 国輝画 一茲に載る所の札は琉球国中の家毎に張置 一戸守門守等又は荒神祓にも用ゆといへり 一札の文字鎮西守護所とあれば御曹子の功し ならんと縮図いだしぬ 楓園玄魚 全国 同四人 壹編四十 十一 弓張月十一編よりは琉球国の談に移りて寧主女が危窮の場に白縫姫主役の霊魂は 顕れ王女の身肉に添ひ勇猛を働くのみにして猶十二より十五編の半途ま共御曹主の 譚は絶て十五編の下集より亦為朝朝臣現給へばさながら潔く恰も暗夜に満月のさし 出るか如し其間ちと色彩の薄ひ画体なれば牛の怪獣蒙雲が法師形の建敵松寿が 一比老寧王女が小旦の能形にして丑浄はいつとても欲に目のない利勇が奸悪中二階の中婦 君は洗髪の羽二重延蔓湯堂形容に親仁方の尚寧主が心を決する花車敵の阿分が本主 のへつ家めきたる殺伐はアヽいやゝ鶴竈が愁歎場大洪の引返しにして国鼎がかずどろの 焼酎火も凄みの見えぬ唐衣の怨霊査國吉が荒車の大殺陣に小道具の拵は禍殃 と云獣にて趣向は同じ時代世話これ一日の戯場に等し此漁劇の惣巻軸は鄭大明神の 鎮坐迄は十八九端にして千秋樂の太鼓とならん夜唯四方に響きて配出しの序開より 附込の桟舗数物の前後を競ひ給はん事を祈るなりけり 嘉永八乙卯年早春発市圃三楽亭西馬述 西馬訳 弓張月十四上 国輝画 一茲に載る所の札は琉球國中の家毎に張置 一戸守門守等又は荒神祓にも用ゆといへり 一札の文字鎮西守護所とあれば御曹子の功し ならんと縮図いだしぬ 楓園玄魚 全国文達 ○四月八日 壹輪四丁 十六 弓張月十一編よりは琉球国の談に移りて寧主女が危窮の為に白経姫主従の霊魂へ 顕れ王女の身肉に添ひ勇猛を働くのみにして猶十二より十五編の半途まで御曹士の 諱は絶で十五編の下集より亦為朝朝臣現給へばさながら潔く恰も暗夜に満月のさし 出るか如し其間ちと色彩の薄ひ画体なれば牛の怪獣蒙雲が法師形の建敵松寿か 比老寧王女が小旦の花形にして丑浄はいつとても欲に目のない利勇が奸悪中二階の中婦 君は洗髪の羽二重葛蔓湯塗形容に親仁方の尚寧主が心を決すく花車敵の阿分が本主 の一つ家めきたる殺伐はでいやゝ鶴亀が愁歎場大詰の引返しにして国鼎がよすどろの 焼酎火の凄みの見えぬ唐衣の怨霊査國吉が若事の大殺陣に小道具の梅は禍殃 と云黙にて趣向は同じ時代世話これ一日の戯場に等し。此演劇の惣巻軸八郎大明神の 鎮坐迄は十八九端にして千秋樂の太鼓とならん夜唯四方に響きて配出しの序開より 附込の桟舗数物の前後を競ひ給はん事を祈るなりけり 嘉永八乙卯年早春発市圃二楽亭西馬述図 鶴亀の ○仝次子亀 ○仝次子亀 名はもち ながら 千々辛く 万苦に爪を くだく はらから 楽亭 ○毛国鼎が妻新垣 ○相国 利勇 ○毛國鼎が わすれがたみあに 遺息長子鶴 ○毛国鼎が 亡霊 │辰月一日 幻僧蒙雲者君王后 之仇逆賊也依而恩 知者年微臣利勇 居所来俱敵討加勢 可致恩賞有之者也 ○北谷くまぎみ 阿公 おなし野にくすりと 菊のかたへには ○東風平 あんずとうせうじゆ あんずとうせん 按司陶松寿 針を もち たる 鬼 もざみ 薊 あり 西馬 一月廿一日 ねいわんによ ○寧王女 ことぐには 遠く海山 へだつれど 五常の 道は おなじ 一ト筋 ○蒙雲 国師 みづからほふくつ 自法君と 称す ○掟牌 査国とか 吉 禍殃 一一十二 尚寧王 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ もうこくていがしんぞくにてその心ざま ぎをおもしとしていのちをかろし とするますかをなれば しやうじゆがなりぐすく しやうじゆがなりぐすく どのへまいりてわん によとふじんを 〽十二べんよりつゞきんさきつとくは おとしまゐ らせんと いふにまかし その身はときうまに むちをならしてもうこく ていこゝがつま にひがきらひ とつる二男かめ にことのおもむきを ときしめしちゝがゆいげんを つげしらしてさま〴〵に ていがいへにはせゆき とつる二男かめ いさめはげましおやこみたり をうらもんより おとさんとする にいへのこもはや ことのよしをもれきゝ てあはてふためきつゝ あらずにひがきははぬるとしの おのがにげみちをもとむる のみものゝようにたつものも をはりまりみごもりてはやかみ月に なりしかばいとゞしくたちゐもじざい ならずなまじいにのがれいづる 山ともあして まつはり にて 利勇 とも せざりける をあにも ③ をあにも をとゝもかうしんふかくてさま〴〵 にいひこしらへはゝをのりものにたすけ のししもべどもかゝせんとてよびたつるにいつの ほどにかおちらせてすべなきまゝにひごろは かたにもの一ツおきたることもなきはらからがさきに たちあこになりてくだんののかものをもたげいだ さんとするにあふは十五に一ツたらずおとゝは二ツ おどりにてかひ〳〵しくはふるまへどさてもかほぞき小うで にて母をかぎもてはしらんことみち四五丁がほども心内 もとな けれどかう しんよのはね ならざれば兄は をとゝをはげまゝつ をとゝはあにを いさめつゝさこへ きつがあさから ぬなさけのれい しやいふ つぎへ □□□□□□□ びん あらめはに なくこそ をばとにうちへ えすておきて子ども 〽らはとへのがれいで しといそがしつゝなみだの 〽ほかはなか〳〵におちん□ 同十九 つゝぎいまも なみだにわかぬ みちしばの つゆときてけん ちゝがらへを思ひ やるだにいたましく めりこむかたの いたきよりくる しきむねは くだくるごとく いけるかひなき いきづゑも まだつくすべ をしら だけのよろ めくあゝをし ふみかためくれ なんとするあきの日と ともにやうやくおちてけり かゝる所に利やうがさき てのつはもの四五十き ひら〳〵とおしよせきてぜん ごのもんよつみだれいり もうこくていつみあつて すでにかうべをはねられ たりさるによつてづまと 子どもをからめ とつてまゐらせよと はよと いへりわが 百年ンの いのちを すて もうあん ずがとし ごろの おんに こたふるは このとき也 とひとかごち つるぎを図 査國吉 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ □ひさげてはしついでこは心もえぬしかいふはなに 人ぞわれさきにおつせをうけてこゝにきたりしに 人たのみせんとば思はずなんぢらしきんくわん の下知也といつはりぬけがけしてわがこうを い丁兵へといつろいぬけがけしてわかこちを うばゝんとするにやあらんずかんいとおこ なりとあざわらへばはやりをのわかものども きもあへず大左にいかりこはしたながしさ はいきんなんぢをこくていがやからのうつてと してむけられたれどとりにがすこともや とてかさねてこざれしかせいのぐいぜいなるに こうをうばふかとてのゝしるはいかにぞや たとひわうめいをそむくともたれか しきんくわんのげぢをそむかんおやこの ものをいけどりたらばこなさへわたし候へと いはせもあへずさこく吉まなこをいからし よしやかのともがらをからめえたり ともいかでなんぢう にわたすべき かせいと あしもとのある らんにふ しをり よくはもの をとらんと てかぬすども きかたへとく〳〵 きかたへとく〳〵 まかでよと まつでよと 亀 この所 にて一トさゝえ さえずは つるかめおや 子たちまち におひつめられ てわが心ざし もあだと はへ ならん ばるおやかた利ゆうの おほせをかけ給はりわが どもがらにげぢせられ てこゝにむかへりとく〳〵いでゝ このときまでもさこく吉はひとりおく ざしきにありてみたをそばだてわれ いましめをうけよとぞよばゝりける このまでもよりいふ それをな 新垣 ごはおのれを しるものゝため にかたちつくり をのこはおのれ をしるものゝ ために死せぬ □□ のゝしればぐん しればく びやうどもは ます〳〵いかり さこく吉ふたこゝろ ありしやつもろ ともにからめとり てんものないはせ そとのりどよめき ほこをまはしつる ぎをうちふり どつとおめい □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ てきそひかゝるを 雨作 さこくきつものとも せずいでゐのかた にふたがり三尺 五寸あるつるぎ をぬきかざし てやにはに四 五人を つるぎ つゞききりたふしぎよりんくわへよくにつら なつたる大ぜいがなかへわつていり上のじ 十もんじにかけなやましてくさずり のはづれかぶとのてへん あたるをさいはひに たゝきふせ なぎたふし はんときあまりたゝ かふほどに かふほどに ちはながれてたく ろゝのやに あふ れかば ねはよこ たはりて きやう ちやうの あなに のぞむに ことならず そのぶゆう あなどりがた あなどりがた く思ひしかば あまたのぐん びやうへき ゑきし下なざ れにくづれたち てもんぐわいへ さつとしりぞくそのとき さこく吉もこそのはづれはら まきのよこぬひみなつききら れてふつで すかしよ おひにければ 査国吉 いまはこれまでんとて くわんのきをはたと さしいゑに火をかけ けふりにまぎれて たちまちにおち うせたりうつての ぐんびやうはこの ありさまにます。 つくあはてふためき てふたゝびすゝみ いりまづ火を うちけさんと するにをりふし にしかぜはげ しくふきて またゝく ひまに ゐまなが や一チ かも のこらず くわいぢんとつぎへ 「子長月十四日 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 仕候に付此度を以上に付右之通り □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ かきおとし大きやか なるとちいさきを えらみとりて火の思 利勇 つゞき なりしかばみな〳〵あきれてせん すべをしらずもし死がいやあるとて はいをかきわきをちこちをもとむるにそれかと ぬうちへなげ入れ やきたゞらしてのち にこれはざこへ吉 かれはもうとくていがふたりの せがれつるかめそれが入 はゝおやにひがきが にこれはたこく吉 かうべなんどゝめい〳〵 しるゝのふだをみに むすびつけこれを たづさへて よもす がら利 ゆうが あとを おひあけのあさ しゆりのみやこへ たちかへりことの おもむきを たの もしく ぞ思ひ けるかく てもう こくていが 子どもつるかめ はいけるとも次 するともちゝと ともにと思へども あとにのこれる 母おやのいかになり 思ふものなしこのまゝにしてたちかへらばざいくわのがれがた かるべしさていりにまうしてう身をまつたふせんと 〽ぎするにこざかしきぐんびやうすゝといでいふやう もしありのまゝにきこへあげなばそのおこたりを せめられていひとくによしなからん立かへりて はへばるのおやかた利ゆうに申さんにはさこくま ふたごゝろありてかもうこくていがつまこどもを さしころしいへに火をかけけふりのうちに 〽おどりいりてしゝたりよりてそのかうべを とりてたてまづり候と申さんになでう わがともがらをつみせられんかへつて きこへあげしかば はいなしいきながらやかるゝものは 一利やうはぐんびやうらにぬ らひてくだんのやけくびをじつ けんしやがてこく一六がじゆ きうとともにとまりのつに かくるにやけたゞれたれば そのしんぎをしるもの なしたゞしやうじゆのみ これを見てひそかにあざ わらひおよそ人死してのちに 火にやかるゝものはくちのうちに はからざるおんしやうあるべきもまたしり がたしよしやびつしをのがれたりとも もうとゝていが子どもはなほおさなし きこくきつはふかでお くちのうちにはいあり今 このくびどもを見れば又こうな ちうにはいなししかれば おひたり 利ゆうがぐんびやうらのいふ 所にたがへり思ふにもうあんず の子どもさこくきつとともに いへに火をかけそらじにして うらにねぎ のがれきりたるならん利勇 がかばかりの事をさとら ざるはてんまさにかうし 査国吉 しかればいへを うしなひしいぬやりにぬばれたるしゝの ごとくしばしがほどはくるふともしめつせん ことうたがひなりといふにみな〳〵きゝてこのぎ しかるべしとらいどうしてうたれたるみかたの ぎだんをあはれみ給ふなる べしあくつき日はいまだちに おちずぎやくしんぼろ ひてちうしんふたゝび世に いでんことなんのうたがひか 一あらんとてすゑ 了帳月十四 ゆき給ふらんと心 よばへものがれいでて ときあらひざぬ小身 をやつしふかきこう みを すゝぎ かねて 大くら ぬ身を ながらんや つぎへ 申聞召一セ つゞきいさゝ をがはのかち いとゞたつきなく人に わたりすそも にたもともほし あへぬよみちに かくせしのつものを 手づからかくやおちう どのみちなきみちを たどりつゝかたのほてり もたへがたけれど母の心 をやすめんとて兄も をとゝもつかれたる けしきを見せず そのよは未越て の山なかにま よひあつし しひのみを ひらひとりて 女にすゝめ はらから もうち くひて やうやくに うへを いしのぎ 新垣 入ちかけれはきうれんのちにあらずくしときんぶのふた まぎりそこえて大ぎみはねちの山里へいたらばしゆらへも とほくて世をしのぶにぴんぎなるべしとてはらからよく かたらひてさとことのおもむきをはゝにひがきに 一雨作 まうせしかばにひがきききてわが身は女のこと なりともかくも御身らが 〃〃 心にまかし給へしかはあれ どくしもはねちう さんぼくせうのはづれ にてみちいととほしと きくにならはぬたびの 世をしのび人ひとり にはまだたらぬ十四と 十二のあにをとゝがかた もて女をいてゆかんとは 心もとなきわざなり らしかめがうまれて □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ のちはわが身とし ことにやみわづら ひてぬ 思うち ふすと には あた ねど 亀 すがくしき まれなれ ば子ども は図 このかげ いはのさまに身を よせて三四日とすぐ せしが此所は人けり なき山ぢなれど ふるさとへほど 阿公 〽ふたりに こそと思ひし になんじいに こぞのくれより たゞならぬ身 となりて次へ 新垣 申引月十四 みぢかしといひつるをまことし とうふゝありといへども をしいかないのちはきはめて 月おんやうしにとひしかば うまばせうしのほども おぼつかなさにあんず にはふかくかくしいぬる その人しばしかり がへてうちおどろき たるおもゝちしはらなる はをのこゞ也わうと あをがれ給はんかゝる きしかさなる月に身もおもくみちゆくこともはかどうずとしはゆか ざる子どもらにかゝるゝ母がむねくるしさはつぱきをう れしおやどりのはんほにつゆのいのちをつなぎこすゑ ながめてなきくらす思ひもいゝでわが身にますべき わすれてとしをへしものをよそぢにちかくて又子を からず思ひしが かれは利 勇がはん じやにてあんずをあしくいはん ためにかくはこしらへたるにやあり けんやまびおほくてみごもりたる女は しなでものを思ひてゝごはとしごろ すくよかにてやみわづらひ給はねと むしつのはみにうだれ給ひきはりなきもの いいちなりつれなきも又いのち也はち がましきことなればきのふまでもいは きしかさなる月に身もおもゝみちゆくこともはがどうずとしはゆり きさへと 〽ゆへほど 新垣 にきぶの まぎりのこなた ふざうがはの ほとりちかくき にけり此川は さんぼくせう 第二の大河 にて日 くれては ふねをいだ さずつる かめは いとゞしく 心ばかり 〽あしのはこび はいそげ いどもかきも ならはぬ のつものに もせまき世を しのひかねづゝ しのすゝきほと いきつきてはかたを かえこゝにいこひかし こにたゝずみかはらまでは 給はりし九寸 五分なるくわいけん はそのかみなんぢが いふくの そてにまきそへて ざりしわれはもとすて子にて父 母はさだかならずむつきの内に きただになるはまがはのほとりに すてられたるを御身はらからがおほぢ もうこゝさうひらひとり給ひてひとゝなし あんずにめあはし給へるなり そのときに のこしおきたるもの なればまことの おやのかたみ ならんひさう せよとの給へ せしを世に ありがたく思ふ から今もて しばしも身をはなさずしう とにまうすはわらの上より はごくまれたるいのちのおや うぢもすぜうもしらぬ身がめい かのつまとなりあがりかう〳〵なる子と ふたりまでもてるさいはひはありながらいへのなやみに まどひいでゝかゝるなげきにふししばのふしにはあらで もみぢぶなあみはもれてもわだちにいきいく母をば こゝにすておきてはらからはとほく身をかくしときを まちてあだをむくひくにのためにちうぎをつくしててゝ どのおめいをきよめ給へとく〳〵といそがしたつるおやの心は よるのつるのはぎよりながきわかれと思へばわかつたもとを此やうやくにのりものを 思しぼり あへぬを つるかめはら からさま〴〵になぐさめて やうやくにのりものを 〽えもゆかずあらのゝ けりさらぬだににひがきはやるかたもなき すゑに日をくらしあきの こゑに日をくらしあきの ちくさにやどかりてみち すがらようゐしたるかれ 〽いひをみづにひたしいつかの月 〽をあかしとしてまづ母にまゐらせ もの思ひにこちいよく 北谷の阿公 わづらはしくあき かぜにふきさら され此三日四日 のじゆくして身も いといたうひえ たるにやには かにさんの ひけつきて 何はら わたも ちぎるゝやうにおぼ ゆるとてものみの まどに手をかけつゝ くつういふべうもあら ずつるかめはこのありさまにあはて ふためきせなかをかいなでこしを さすりまめやかにいたはれども さすりまめやかにいたはれども なかくすくをおつるときにころ いそしくてくすりはとりわすれ たりいかにして子をうむつぎへ 巳朔月十四日 つゞきしものにやみもなれ ぬはらからがあるにかひ なきかいはうもとゞき かねたるいものつるとく みふたつになり給へと いひなぐさむるをり しもあれきたゞに たつき なきおやこが うへはもらさじと のくまぎみは さきにちうふきみ 思ふそでにすら 利ゆうらがかん なみだはつゝみかね たりけりくまぎみは けいにどうゐし ことのよしをきゝて ねいおん女をうしな はんためにたつのねん げつじつじにうまれ 霍 ちきうをまつり給へときこへ あげことすでにたくみのわな にいらんとせしときたちまち もうこくていにかんはせられ いんぼうたちどころにあらは れてそのつみおのが身一つに かゝりやがてきたゞにをつひはうせら るゝといへども利ゆうひそかにこれを ふちしてふかへかくしおきたるにもうこく ていうたれてはいみはゞかるかたもあらず よりて利ゆうはくまぎみにもううんが よりて利ゆうはくまぎみにもううんが はかりごとをときしらし此くだりのことを うちまかせしほどにくまぎみはたゞひとり たるをなどをもとめてにゑとしおう 四 をしぎりにそうなみだをおし のごひいたるあらのにて此ごに のごひかゝるあらのにて母ごに さんのけつき給へばおなしころなる さんのけつき給へはおなころろ せうねんのかいはうも思ふに まかせじと心ぼそ さをおしはかれば いたましくこそはべるなれ むかしばゝがおやなる ものはくすしをもて なりはひと したれば なんざんに子の うましやうもちとは見なれて はべるになまことりにはます かたもあらんまづそのやうを見せ 給へといひかけてつるかめが あとにゐかはりのりものゝよま うちへ手をさしいれてにひ がきがむなさかをなでおろし かいまみすでにそのさんのけつきたるをしりて ふかくよろこびやがてこかげをたちいでつゝ ゆきすぐるやうにしてのりもの内を をちこちをはいくわいしはからずも此所へ きかゝりてにひがきおやこがていたらくを 見かへりあらいたましたび ねにやどをもとめかね てやみわづらふ人にこそ あにごたちそこのき給へ をちこちをはいくわいしはからずも此所へ十ヲのゆびのはらを うちかへし見つゝ田の おばがかは ホホ 六銭ヲ問八ム すべしと まゐら まゐら りてみとり 一 きつる をりから にはかに さんのゝ川 新垣 けつきて いとすべなしあはれ しかるべきくすりあら ば給はれかしとねん ごろにをとゝもともに かきくどけどなほ まめだちてほとりちかくあゆみよりつ されどはらからは心ゆるさずはじめの ほどはいなみしがつら〳〵見れば身の さまもいやしからずとしのよはひ七十 ばかりなるらんとおぼしきおうな なればしばしこれがかいはうをえて はゝをみとるともわがらへをしらるゝ にもあらじとしあんしてつるがいふ やうわなみはこそ〴〵にほどちかき なにがしの里入なるがちゝはちか ごろみまがりてけふなんしよ七の たいやにて候へばはゝはたゞならぬ 身にしあれどはかまゐりせま ほしといふにやむことをえず いりものにたすけのしてやゝこの所まで しばしうちあんじ こは今もうむべきやう也 しかれどもゆふつゆにそぼちて いたくひえ給ひぬればたやすくはうみ がたけんもしくすりのちからをかるにあらず ばさんふのきいよくとぼしくあるはこうころひら かずあるはえなくだらずいとなんぎにおよぶ べしそがうへにりやうそくいたへはれふとりて あしのゆびのあはひにくわうすいありかゝれば すなはぢしきのせう也くさ〴〵のみやうやくあるべ けれどそはくすしならねばよくもしらずたゞ けれとそはやすしならねはよくもしらずたゞ すみやかにさいせいとうをもちゆべしさはせい とうはちうけいがけいしぶくれうぐわんにして せぞくのはやめといふもの也此野をきたへで はなれてふさう川ときゝつゝゆけば〽つぎ人 弓張月十四 つゞきしくすりうる見せありやよくまきみはこゑをふりたて此ぢらうかねがしりのおも あふごつきもいりはてなばみちのさよ御身なんどがいく十人うちまもりてそればとやかゝる ときのようにはたゝずもしばゝがあはれまずは見ておやを びんなからんとく〳〵かしこへはしり ○ころすべきにゆかぬは夜みちのおそろしくてるはやゆき ゆきてくすりかひもてき給へかし といそがせばはらからはますく 阿公 給へとしかられていなとも 西馬譯文 あはてふためきつゝつるがいふ いはずいなむしろ やうわれはふさう川とやらんのほとり にゆきてくだんのくすりをかひめて 下のまきへ きつべしいろとはしばしもはゝの事 ほとりをはなれずよくみとり 給へといひもあへずきたを さしてぞはせさりけるしは らくしてくまぎみはたかやか にしたかちならしおぞま しやあまりにくわきう なるゆゑにいふべきことも いはざりしかの五みのやく しゆのうちとうにんはよく あぶりしやくやくはあつき ものにあらざればこうのうなしあにごは いらだつにぞおいとはいへどたちかねてはらからもろともはゝどの かたへをはなれんは心もとなしさればとてすゝむる くすりにこうのうなくばあだごと也としやよけん いまだとほくはゆるじよびとゞめてしかいひ給へとくおひ給へと かくやせんととし かいひまどへる 思ひまどへる 國輝畫 けしきをみて にはまさるさかしさに 嘉 永 【座】新春卯1 竹雀千 西馬補案 千代明西馬補案 国輝 感輝画図 聖徳太子 大和鏡 万亭 万亭応賀作 一寿斉国貞画 三鱗形 鎌倉双帋 西馬作 雲龍 九郎 偸盗 傳 故人一 故人三馬遺稿 増補西 同補西臣 増補 補西馬案 四十一日 工一勇齋 録 釜地本草紙問屋てりふり町笑壽屋庄七版 引張月十四 つゞきくすりうる見せありやよくまきみはとゑをふつたて此ぢらうかねがしりのおも あにごつきもいりはてなばみちのさよ御身なんどがいく十人うちまもりてそればとやかゝる がんなからんすく〳〵はしとりときのよろにいたらずかしぐがあはれまぜはれまどはやを ときのようにはたゝずもしばゝがあはれまずはみつゝおやを びんなからんとく〳〵かしこへはしり 西馬譯文 かしころすべきにゆるぬは夜みちのおそろしくてるはやゆき ゆきてくすりかひもてき給へかし といそがせばはらからはますく 阿公 給へとしかられていなとも あはてふためきつゝつるがいふ いはずいなむしろ やうわれはふさう川とやらんのほとり にゆきてくだんのくすりをかひめて 下のまきへ きつべしいろとはしばしもはゝの雨 ほとりをはなれずよくみとり 給へといひもあへずきたを 給へといひもあへずきたを さしてぞはせさりけるしは らくしてくまぎみはたかやか にしたうちならしおぞま しやあまりにくわきう なるゆゑにいふべきことも いはざりしかの五みのやく しゆのうちとうにんはよく あぶりしやくやくはあつき ものにあらざればこうのうなしあにごは いらだつにぞおいとはいへどたちかねてはらからもろともはゝどの かたへをはなれんは心もとなしさればとてすゝむる かたへをはなれんは心もとなしさればとてすゝむる くすりにこうのうなくばあだごと也としやよけん いまだとほくはゆるじよびとゞめてしかいひ給へとくおひ給へと かくやせんととし 大ごへる 思ひまどへる けしきをみて 國輝畫 にはまさるさかしさに 思ひまどへる けしきをみて 永 嘉 竹雀千 四馬補案 十代明明 国 輝画図 聖徳太子 大和鏡 万亭 万亭應賀作 一寿斉図 一十三時斉国貞画 三鱗形 鎌倉双帋 西馬作 国馗畫 九郎 偸盗 傳 雲龍 増補 画 故人三馬遺稿 増補西 増補西馬之 馬案 四工一勇齋 録 釜地本草紙問屋てりふり町笑壽屋庄七版 楽亭西馬鉄 一雄齋國輝画 笑寿屋梓 アル 廿五月一日 勇美坡里月 第十四編下 冊一雄斎画 錦昇堂發兌 下候 乙卯新春 西馬譯文 上の巻ゟ くさのはをふみはらひてぞ はしりゆくくまぎみは かめがうしろかげをこが いなごとびたつ 十一丁 二 くるゝまで見おくりはて さてにひがきにむかひて いふやういとくるしげには 新垣 見ゆれどもばらがいふことをよく きゝ給へかくさんのけはつきながらたゞ いまうまるべうもあらずあそのあさ しほならではと思ふに今にもあれはら からのぜうねんたちかへらばびんなきことのは べる也とばかりにては心えがたからんはらなる 子のほしければことのやうをたちきゝてかく まめやかにはもてなすのみはらに子なくば 見かへりもせじいとわりなきことながらみそじ こえたるなんざんは大かたはいきかたしながく くつうをせんよりもなき身と思ひあきらめてはら きかしてちごをたべしかせよとてかふところにくわい けんあることはじめよりさぐりあてゝよくしりて はべる也それかし給へといひかけてえりのあはひに 手をさしいれ引いだすつるぎのふくろのひもにすが りてにひがきはくるしけなるいきのしたにくまぎみを うちまもりことのもとはしらねどもはらなるちごも 死するものはあやしきとりにせうをかへあめのよごとにまよひ 所は子どもらが父をうし給ひ又はゝが人のためにころざれしとも しらずしてかひもてくるさいせいとうの名にもにずまつごのみづ 雀 なにかはせんはゝがいのちもをしからねど子をうみかねて ▼まよふをあはれとは見給はずや うみおとしてのちにこそ此ちごを まゐらすべけれきゝわき給へと かきくどけ 通 いはるゝやらかのなくばかり のこゑしてはおいたるみゝ 西へよくもきこへすアおん 身はくわほうめでたき 人也かしつちにんぎやう にむかひてもいひしら することにはあらね どとてもかくも今 ころすそのみへきかす るはめいどのはなむ をしうもあらずこよ なきばゝがなき けにこそいつ なる人のつま かはしらねど はたなるちごはおほける 〽はたなるちごはおほけな くもりうきうこく王のよつ ぎのみことあほがれたつ ときことばんみんのふぼとして とみさんせうをたもつに いたらんかうさいはひは いたらんかうざいはひは ゆめにたにも見がたし さればこそおにくしく ともならざりせばさそな いづるときくだにもざいせうふかきのちの世はとまれかくまれ今見るほゐなく思ふらんをしからぬいの ほゐなく思ふらんをしからぬいの には子どもらが父をうし給ひ又はゝが人のためにころされしともちををしむそれもはかなき子ゆ ちををしむそれもはかなき子ゆ ゑのやみくらきよりくらきに▼ はらをさかせよといひ もすれふかきわけあることなれ どそはつばらにつぐるにおよばず ことそはつばらにつぐるにおよはず 御身がはらをかいさぐりてひだり ばらみのをのこゞとしりたる 勇美坡里月 第十四編下 冊一雄斎画 錦昇堂發兌 十一丁 乙卯新春 西馬譯文 上の巻ゟしいなごとびたつ くさのはをふみはらひてぞ はしりゆくくまぎみは かめがうしろかげをこが 二 十一 くるゝまで見おくりはて さてにひがきにむかひて いふやういとくるしげには 新垣 見ゆれどもばゞがいふことをよく きゝ給へかくさんのけはつきながらたゞ いまうまるべうもあらずあそのあさ しほならではと思ふに今にもあれはら からのせうねんたちかへらばびんなきことのは べる也とばかりにては心えがたからんはらなる 子のほしければことのやうをたちきゝてかく まめやかにはもてなすのみはらに子なくば まめせかにはもてなすのみはらに子なくば 見かへりもせじいとわりなきことながらみそし こえたるなんざんは大かたはいきかたしながく くつうをせんよりもなき身と思ひあきらめてはら さかしてちごをたべしかせよとてかふところにくわい けんあることははじめよりさぐりあてゝよくしりて はべる也それかし給へといひかけてえりのあはひに 手をさしいれ引いだすつるぎのふくろのひもにすが りてにひがきはくるしけなるいきのしたにくまぎみを うちまもりことのもとはしらねどもはらなるちごも 死するものはあやしきとりにせうをかへあめのよごとにまよひ いづるときくだにもざいせうふかきのちの世はとまれかくまれ今は 所は子どもらが父をうしなひ又はゝが人のためにころされしとも しらずしてかひもてくるさいせいとうの名にもにずまつごのみづ 雀 なにかはせんはゝがいのちもをしからねど子をうみかねて まよふをあはれとは見給はずや うみおとしてのちにこそ此ちごを まゐらすべけれきゝわき給へと かきくどけ いはるゝやらかのなくばかり のこゑしてはおいたるみゝ 玉へよくもきこすアおん 身はくわほうめでたき 人也かしつちにんぎやう にむかひてもいひしら することにはあらね 通 ごととてもかくても今 ころすそのみへきかす るはめいどのはなむ けをしうもあらずこよ なきばゝがなき けにこそいか なる人のつま かはしらねど 〽はたなるちごはおほけな くもりうきうこく王のよつ ぎのみことあほがれたつ ときことばんみんのふぼとして とみさんせうをたもつに せうをたもつに いたらんかうざいはひは ゆめにたにも見がたし さればこそおに〳〵しく はらをさかせよといひ ともならざりせばさそな いづるときくだにもざはせうふかきのちの世はとまれかゝまれが見るほゐなく思ふらんを申からついはいはい ちををしむそれもはかなき子ゆ ゑのやみくらきよりくらきに▼ もすれふかきわけあることなれ どそはつばらにつぐるにおよばず 所は子まもらが父をうし給ひ又はうが人のためにこめされしともちをやしむそれもはかつきうち御身がはらをいはさぐり 御身がはらをかいさぐりてひだり ばらみのをのこゞとしりたるかきへ 握翁報も 三十一 〽つゞきゆゑに此し まつときゝてにひかき うちおどろき さてはいぬる日 □□□□□□□ おんようじがはらなるち ごはたんめいなれどこくわう となかさいはひありとときし らせしはまことなるかまことにもあれわが 子をもてよつぎのみことあほがしてはつみなく 西住 ゆりすかしあしにまして 〽せうねん ならんおや にげさりぬかくともしらで こがすじやう をしる つるかめは四五丁にはすぎ ざらめと思ふにはにず ふさう川へはいとはるか にてかしこにはくすりうる はこの 見せはさら也川をわたら ざれば人里もあらずこは あざむかれけんと心うた がひはらからみち よりひとつに ○たいまつに みちをてらし いたづらにかへ りくればむね きへいたくうち さはゞに心ます やす からで いそぐ とすれ おくもいに おくものに あらずとひとり ごちつゝちをのご ひやいでをやが てさやにおさ めこしにはさや めばふとこ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ ろにしば なくあか に なりほし もるおきな どえも なれぬ よみち に火を はことに 年元 て○ もわず くひぜに とうざい つまづきけい きよに あしをやぶら れからうじて かへりつきに ければあか ごのなく こゑかす かにきこゆ さてはつゝ がなく てうたれ給ふをつとはつひにほんぎやくの たれ給ふをつとはつひにほんきぜくの あくみやうを世にながすさるまさな ごとにくみせんや身はしゝびしほ にせらるゝともはらなるちごを とられじと思へどかれをふせぐちから もたへてながつきの五日の月のかげ おちてくさばにすざくむしのこゑ ちゝとはなかではゝおやはふたりの 子どもがかへるやとて わなゝきながらのびあがればくま ぎみはこはざまかえへあらもどかしやと のりもあへずえりにかけたるふゝろ のひもをさとひきちぎつてひぢ みぢかにあやどりむすぶ たまだすきにひがき 亀 がむなさかつかんで のけざまにつきたふしみまちる かきやぶればあつとたまぎるに がきがきずぐちへ手をさしいれて ひきいだすは思ふにたがはず をのこゞ也えなきりはなせばたか やかにたちまちあぐわかぶこゑも やいばをひらめかしわきばらあさく ○せうねん らがはやかへるかとへ うしろめだくやがて ぞそでに ひきつゝむ あか子をおのが この世のかぜのふきもてゆきて きく人もやといぶせくもつるぎ のふくろかいとりつらにまみれたん さけばくさのはなもほろ〳〵とちるはゝのきぬ くさのはなもほろ〳〵とちるはゝのきぬ ほろにはあらでなるこのをとのとほくひゞくもの 手をぬぐひむつきもたへてなきがきのそでひき ふところへおし いるゝをりしもあれ たいまづてらしてくる □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ もいありけりくまぎみ はこれをみてます〳〵あは てかれはふたりの かんでする 入いかに おはすらん いと〳〵心もと なしとてはた 〽からあき〳〵 もとの所へ次は 弓張月十四 十一日 わきひつぎもなくだうしもあら ではらからこれをかくにこととふし ともくなくからすになかれいまへ におくられやうやくみぎは にのりものをおろしすゑて きのふのわれを思ひいづ ればあさましきこといふ あかし ●かぎりなきあい べつやくわくかごにひ めいしすてがたき じやうあいせいきへ からをだつらくす むねとがれはらわたくされて あいせきのなげきごんかに つくすべからずこひねが はゝはうけ給へと まへりをばり 蒙雲 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 一手はらからがかはかに はたとふしまろびこめい ををしまずなきに けりしばらくしてもろ へともに身をおこし ねへかひなきし なき給ふな なげからと かたみに らさめ はけま ぬ川みづへおろして ながすのりものもこれや此よのわかれぞと 思へばかきをますかみわがかけさへもとゞめあへ みづはかるゝともなみだ のかはくせはあらじとてはらから もろをもにかきくどきていへりけるはそも〳〵 みごはきうちやうにしてしば〳〵きみをいためくに のうれひをもて身のうれひとし給へるにれうやくかへつてあ しといとはれむゞつのつみにいのちをおとしらへやぶれさいし けんぞくりさんしてみさほたゞしきはごさへ とへんざんどくなるらうばにころされて たいないの子をとられおや 尚寧王 のかたみなりとてとしごろ ひさう給ひたるほう けんさへうばひかう れはくせ あやしきどう そなみのまにべながれゆく川ぐまはるかに見 おくりつゝさめ〳〵としてぐしやうしふしふしながむ 見かへるにいかにしき大男女いばを ぬきかけてのけざまにたふれちを 利勇はてしゝたることのてい 利勇 かのかたにものゝたふれ 〽かるやうにてたち しまちだうとひゞき しがばつるかめはうち おどろきそはなにぞとて いん也およ そはまことある ものをしんめいかな らずまもり給ふと 人もいひわれもしか 思ひつるにそはそら ごとにてありけんらう もきを にやくふぢやうつねなき ていに□ めつかへたるおとみ 世にやみてむなしくなりなはゞ あくおうほうといふもの也 思ひたゆることもあらんに五日があはひに 今うけえて三 ふたおやながらひめはにこの世をさり給ひ ねつのくげんをまぬかれ てあとにのこれるうき身のすゑはいづこへ 〽あとにのこれるうき身のす思いづこへごしよくのあをきよめ給へひがらうはしゝたりともほとへしちづくら大くくして ながれゆくあきのあらしのこのはかくまでにおち なれゆくあはのあらこのはかに巻におちきよければをそきじやうせおんたきしやうてよりさきしやくをちこんしたるに今 ふむはてゝは一いせんも心ばかりにたむけの為を立れば雲美す男女共ゆゑかくてくにきたる女をぬきかけてそれたる もしすくふべくもやとてかめはやをら引 おこしてよびちけんとするをつるはいそがはしくおしとゞめたい らうはしゝたりともかろ〴〵しくちかづくへからずしやつはいぬる日 おんたかきしゆうよりさきになかくそくをちくてんしたるに今 ゆゑなくてこゝにきたりやいでをぬきかけてたふれたる〽きへ 卯十一日 戸江月十四 あはひなるたりしほしのうらにまどひきつ此ときおもてをうちあはし ていたらくわがはらからからからのかうべを われにもあらでばうぜんたりけるとぞされば又しゆりのでんちうには して身のさいはひをもとめんとせしにうた せうねはわらの三十八年九月七日の夜ちうふぎみにはかに がひなしさればそのばうあくをにくしとてきん まんもんのけころし給ふにやあらんずらんゆめ あはれと給ふなとつまはぢきことききとせばほんそうすさほどにこくそう利やういそきまゐりてうぶ あはれみ給ふなとつまはぢきしてときさとせば きのやへかしづきいれによくわんくす丁どころといへどもすゞろに かめもげにとうなづくをりからかせにそよぐやみなで いでくりすることを はつさら〳〵とちりからをはらからひとくあ ぐればこのもとの小だかき所にもうろうとして ゆるさず たゝすむものありそのいでたちむらさきたや のかむりをいたゞきこいもえぎのほうをきて ぐわんもやうのもんあるきなるおびを むすびまきゑさやのつるぎをし ててんによろとび ててんによろこび ちによろこび うじやへつかひ ひさげもうこへていが ありしよのおもかげに うぶやへつかび ことならずふたり の子どもはこれを 見てあなわが わざはひ ことのおもむ 父にておはし けりさてはつゝ がなくてましま すかいるにては べりかめにてはべり となのりつよびつ あはてふためき はしりよらまく すればたちまち にきえて又 たつあさぎり に見へつかくるゝ に見へつかぐるゝ みぎはのちゝに まろどもいとろで □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 給ふことたゞこれ くしのはをひくが どゝいくほどもなく いくほどもなく わんずたんじやうましくてぼしあん わんずたんじやうましへてぼしあん たい也と申候をいからもううん 〽こつせんとみはしのもとにたてりその ときせうねい一王はもううんをたかみくら にめしのぼしてまんめんにゑみをふく みこくしのしんきむなしからずしてわん ずたんぜうせりわが子つゝがなく おひたろべきやゆくすゑのきつきやう をときしらし候へとおふすればもう うんこれをうけ給はりでんが 五こゝろやすく思し そとかこゝかとおへば おはるゝあきかぜに こゑよびかはすかは がらすあはれはいか でしらなとたか きふさうがはらを はるかにはしりて ゆくともしらず よぶだに たんの きただにと 蒙雲 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 中ふ君 尚寧王 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 一弓帳司十四 あされよ さきにも ひそかにの わんずはごんじや のさいらいに ましませば ち世に そうめいえい たぐひ なくじゆみやうは あめつちと ともにひとし かるべし はやくせい きうを めいとなへ □□□□□□□□ よくぎの みこにたて二 で三さいになり給はゞ すみやかにくらゐを つたへてばんきのまつりごとを しらし給へしからばほらかます〳〵たい へいにしてしゐんとくわによくしみちに おちたるをひらはずよるとをさらず〽つぎは 蒙雲 吉茂戸十四 つゞきしぎかうふうじゆんう五こくをとまして たえてぞくみんあることなけんこれしかし ながらでんかゆう だうのよけいに こそと申せし かば 八王かぎりなくよろ こびてうぶややしなひなほ ぎりならずめでいつくしみ給ふに 利ゆうはふくしのいへのこなにがしが つまをおのがめいなりといひこしらへておち の人にまゐらしすべてわがかとうどのみ にやくじをつかさどみずしかばもろ人 これをうたがひ ちうふぎみ としのよはひ らそぢにちかく らそぢにちかく 月ごろけし きばみたること もおはさでにはか にわんずをかみ 給ふこといとあやしとてひそかに そしるものもあれどもうらん利やうが けんゐにおそれてあからさまにいふよし 中婦君 四 もなくちうあるものはこれをなげき ねいじんはこれをしゆくしてこびをその かまどにもとむるもおほかりとかし くするゑじとに四五十日をへて うぶやごもりの日がらはてぼし すでにひだち給ひにければせうねい 王はまづもううんに吉 りやうしんをえらましこく ちうにたいしやしてきた ちうにたいしやしてきた だにのくまぎみら たにのくまきこみ すべてつみある ものを以上 ゆるしその縄 日三し 百くわん 1 みぎりのもとにこうきてんそんかたいへい 利勇川 □□□□□□□ 一ぐうぜう〳〵 へめしつどへて わんずこうたんのさん がをうけかいせんやみ はうてうじやうしやのちんぜん をつらねてしゆしよくを給ひかくにん ちやうとうのぶがくをそうすこの日こち びらのあんずとうせうじゆ のみとゝちわづらばしとて まゐらすたかいくらのゆんで にはちうふぎみほう くわんをいたゞき かひをきてわんず りのかたにはもうらんこくしくわら くわんをいたゞきかいけいたいして をめのとにいたがし すいせうれんのうちにあらひだ ぢりつせりそのよこくそう利 ゆうをはじめとしてほうす じきんくわんあんずくわう ぼらくわんはいきんさこのしにて いたる まで かぶり そでをつら ねなみよく ノ長月十四 尚寧王 ならびて三ききう こうとうのれいを ○おこなひみなひみなひみな べきばんぜいとぞしゆくし申 けるかくてぶがくもはてしかばせう 王は利ゆうをちかくめさしなん はせうねい栄雲 たちしば〳〵わが子のしんきを せうさんすよりて今より世 つぎにたてんと思へどもかれうま れてくまだ百日をすぎずさい きをこふせうするもよしな きににたりしからば百くわん そのいとけなきをあなごり 思ふてしたがはざるもの あらんか此こといかゞ あるべきととふに 利やうこたへ申候 やうわんずむつ きのうちにまし ませども もとこれごん じやのさい らい也かつ でんかの御 としすでに 六そぢに □□□ 給へば □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ たてら いれんことはや しとせずいまだきこし 川のほどかにわらばべかごひ てわざうたらさにそのうたに神 人来八日の富蔵水清 冬きかし神入来今きさほり 白砂と米はじやきわり 白砂化米夏秋すといへり これすなはちわんすこうたんの もとつかさ也たゆたひ給ふことかはと はゞがるけしきもなく申せしかば土は はゞがるけしきもなく申せしかば王かさ ねてさきにわれきう〴〵ざんのみづ ちづかをほりおこさんとせしとき にみやこのどうしらわぎうたして 悪神ゑ今あらじ からす我神来は万あらず 気はかにとうたへりしかしかしてこく こつぜんとしゆつげんすこれなんの 心ぞやと楽に利ゆうこだにる ことをえずもうとんそのけしきを 見てうちほうゑみせきを めされずやちごろふさう 水ノ長月十四 すめて見へやうでんかなごと てさとり給はざるさきに なみ へきはやくりつ せいしのことを ぎさ いあくじんきたれりとうたひ しは王のおんこならざるねい わん女をもてよつぎとし給ふ をそしれりかくてわん女を はハしなによいわんだ はいし給ふによりわんずこう たんし給ひぬさればしんじん きたれりとせうさんす あくじんとはてんがのおんたね ならざるわん女をいはしん じんとはごんじやのさいらい にましますわんずを申ス 也天に口なし人をもつて いはしむるのことわざむ いはしむるのことわざむ なしからさるに心はずや におもたゞしくいらへし かば利やうもしる也〳〵 とたんせうず 〽ちうふぎこは めさし 給へかし とすゝ 此よしをさゝ てなゝめ ならすよか 也 けり こびでんな かなと いこれ なんらの ようげんぞや さきにせうねは さきにせうねい王 てこぎ丁 給ふ かる かう せうずば ちうしんのちさめを きかずみづち あるものを らかを閉し 同一二二 まうとんつひにこくちうをわらぎやうするを名ありたとへつきひのゆうゑんにし もてあくじんきたれりはくしやかにゝけすそのせう大をはかるべがたきすらみやと とはわざうたせり今又しんじんきたれりありそのほかばんもつくわふく ふざうみつきよしとわざらたするものはきつきやうによりそれ〳〵のゐんや みなもとのためともわん女をたすけ ひきて小やうきうよりくにかみの うらにちゆくせんしくしきぶのまぎとききこへそも〳〵さいはひはまり りをへてふさう川をうちわたり りをへてふさう川をうちわたりぎがたくしてわざはよび つひにはへばるにいたり給ふさが なるをせうねい王思ひたらず なるをせうねい王思ひたらずをかみそなはするおほせのまゝに してとやたつながらきとらすまうこれをいだすべしとことつまびら うんにときまどはされてます〳〵 かにいらへまうせしかばせうねい よろこひなはくわんにおふせてたま 王これをきてかや〳〵とうちわらひ のはこをとりきたらしみづからこれ こくしかくのことくはくしきみめうのしん をさげもちて利やうにむかひけに をさゝげもちて利やうにむかひけふ案くありわれそのかたきをのちに よりわんずをたてゝよづぎとしさうこく やすきをさきにせんすみやかに をもてかゝづきとすでんこくのかんだからやとり わざはひの囚 利勇 きう二ツの玉はさきにねいわん女が その一ツをうしなひて今なほまつたから ずといへどもせんきにまかしてこれをわん ずにふぞくせんかれものゝあやめをしる まではこうきうにはぐゝまししか してのちになかぐすくのせい しでんにうつしをらすべければ さうこくしばらくこの玉を もかてなほざりになせそ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ すきしらし くだんの玉をわた し給へば利 ゆうはうや〳〵 「ゞきあばきてそゞろにあくまをはしらせ 陶松寿 のかたちを見 せいへとのなへば まうとんいとやすき ことんといらへつし口にじゆへ もんをとなべいんさらして まなこをこぢしばし ありてとのかたをさしま ねくにたちまちちくとし 四ら五七人あやきの おら五七人来る けものをくろがねの くさりもてつなぎつく 〽ひいてててはしやうにまいれり さてじやうしんらたゞ今 ぎようんの内においてかゝ るけものをえたりその さめいまだ見もなれす名 をだにしるものゝなく候へば たゞにそんらんにそんらんにてま つる也ときこへあぐれば利ゆうおふ せをうけてけものをみはしの のもとにひきすゑさしし ぐんしんひとしくこれを見るに かたちはうしににてかしらはとらに むるゐせりその ときせうねい王はまうらんをこへ 見へつてこくし此けもり はわかくにも みぞうらの 三し百くわんに りつせはしのこと をふれしら ればみなばん〳〵 ぜいとしゆくしら けりしばらくして 一せうねば王は しくうけをさめて まううんに むかごこくし としごろくにの 阿公 まに くわふくきつ きやうをときしめ すにつゆたがはずわれ 思ふに色あねばかなら かたちありそれなあつ てかたちなきものは わざはひとさい はひのみこくしのし じやつによつてその かたちを見ることを えつべきかとほう ゑみてとひ 給へばまう うんいらへてでんかくわ ふくにかたちなしと のなへどもなあるものはな 同同長司ト四 〇そのな をしらし候へと おふすれば うんうげ給はり これすなはちとはせ 給へるわざはひ也と申ス 三し百くわんこれを きてかいぜんとおどろ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 神井戸一四 〽つゞきあやしみ心にいみ きらはざるものなし王 又もうこんにむかひ こくしのしんじゆつにも こくしのしんじゆつに してわれまの あたりにわざはひ のかたちを見る ことをえたり そも此けもの に何ののう かあると とひ給へば もうとんにつる ことしてでん かかのこと わざを 玉 らずや 四 寧王女 香国吉 しろやり 〽なるみぎの あしをおのが まへあらもて しかとふみすへ ひだりのあし くびにきばを たてゝめり〳〵と 引さくほとに ちうふ とらやむくも うへてさそう にたりかたへにあり けるおちめのとちは たましゐさらに身 にそはやわんずを よこさまにかき いだきつゝはしり さらんとするに あしさへなへたる やうにてえもたゝれば これかれゐさらひの にくをくひとられて ぢしほさとなかれ いでへはさんにこう しゆをかもし又 これこうきう にさいようを とらやむくも うへてさそう ににたり利ゆら はこれを見てあは やとばかりいそ がはしくわんずを かいとりわたどの をほどりこへて からうじてにけんと するにわざはひ ます〳〵くるひて おばしまをつきやぶり ひちやうのごとくおひ 一せまりてもそて ちやうとかみとむ 竹くわふく にもんなし たゞ人のまね ぐ所にきたる といへりこくくんが といへりこゝくんぶ だうなればそのくに をほろぼさしあんず ぶだうなればその しろをうしなはし ゑしよじんとだう なればその身をた もたぎらしむこれ此 けものゝのう也と申す をせうねい王きゝ もあへずつまはぢき してさてはかひなつ くるものにあらず とく〳〵ひきしりぞ けよとおふすれば○ ○よううゆへ 身をおこして あざわら 〽あんくん みづからわざ いひをまたく はひをまねくこと をまねくこと ひさしかれいかでう しりぞくべきぢう ふぎみくわういん にしてこうきう をみだりこくさう 利やうけんをもてあ そびてねいわん女をおひ そびてねいわん女をおひ うちみんかんにあか子を うばひふらせてちうふぎと うばひとらせてちうふぎと のうめりとあざむくこゝをもて こくみんはをくひしばりあんず くわうぼううらみをふくむもの おほしすでにそのわざはひを きたしてこれをしりぞくること やはあるといふそのことばいま だをはらずいとなよ〳〵と 見えたるくわいじふふんぜんと していかれるありさまな こは百れんのかゞみにしゆをそゝ げるごとくきばはせんとうのつるぎを さかさまにうえたるべとく一トこゑ さかさまにうえたるべとく〽こゑ たけりてたちまちくさり□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 弓長司ト曰 あがりてぜうねい王にとびかゝればがくぜんと おどろきおそれはたとたふれてこときれ 給ひぬちうふぎみは此ありさまにかつおど 〽引ちばざりぎよくざにひらりとおどりれば利やうはゆめうつゝいさかひ れば利やうは小めうつゝのさかひ をもわきまへず見かへりながらわざ かひのひたひをのぞみて手にもて る玉をはたとなげつくれば土 ろきかつおそれて身をひるがへし にけんとするをわざはひは なし のかしもやらずたゞにむか ずねをくぢかしのけ ざまにふみにじりて 国鼎夫婦の霊 なよ〳〵と してみを ふせかうべを たれつゝあとず さりすそのはし に利やうはわん すをふところにおし られてあへぎ〳〵次へ □□□□□□□□□ □□□□□□□□ □□ □□□□□□□□ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 〽つゞきしのがれいでくわん □□□□□□□□ □□□□□□□□ くわいもんのあなたに つなぎたるうまに ひらりとうちまた □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ がりはへぐるを がりはへぐるを □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ さしてやげさかぬ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ からしほどに □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ □□□□□□□ 寧王女 ほと りちかく きて たちま 玉を はきつ もうらんこれを見て おどろきたる おもして こはうたがふ べうもあ らぬ 一今三司さん いしよあん □□□□□□□ むしろへしびれてつゆばかりも うごきえずわならき さけびしかばもうこんは きんきとのし ちへとしらめん しよくみなつち のごとくなりてにげんとするに手 れてつゆばかりも ふるへてせんすべなく こくしねがはくは すくひたまへと 査國吉 むづとおし あがり 四 てりうと きうと の なかくきば □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ まること天此せうずゐ みたるひげをにぎ をくだすににたりなん はなでてたかやかに うちわらひときなるかな〳〵 せうねい王あんゟにしてまつりごと みちにかなはず天そんし二十 五代一万七千八百二年の せうとうこゝにだんぜつすもろ 人などてさとらざるいんふちう ふきみよはひはんぱくにして子を うまんや利ゆうがふところに してにげざりたるみどり子は さりたるみどり子はことをねがはざらんわくらかみ所の玉をぬすみとり今此げ かれらひそかにみんかんにもとめ ひそかにゐんかんにもとめちゆうせきのさえなしとものにはしでもろ人すまどはすなり そのはゝをころしてその子を のはゝをころしてその子をいへどもけんざのろうをつくしけりかそもううんはくんしんのけいが うばひ王をあざむきてわん □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ □ことせうするもの也もろ 何れとせうするもの也もろ給へとこびつらひ一人おそる〳〵がらをあつらほらむらせさてせさきや こしのいにしへはとゝある人にゆづ 〽こしのいにのいいへはとくある人にゆづ身をおとして利ゆうがなげ利やう幸わんぜん森ほきして りてあめがしたをおさめしむ あめがしためかしたをおさめしむすてたるぜんこゝの玉をみて すめしたをかさめしむとやたるやんこゝの玉をとつて人ばるのしろにともるともともとそかく わがとくよろしくてんそんしにかはるべし なんぢらわれにしたがはゞいきそむ なんちらわれにしたがはゞいきそむよろこびてくだけのあくじふをびらのあんずとうせうじゆのみだい かばたち所にしなんかくてもなほまど がたき所にしなんかてもなほまどきしまねくにわざつひはをををしんのせうら給ひわんいへもうこゝ いてわざはひをおそれずさたし ひてわざがひをおそれずやはたひ くらきをいでく あかきにしたがひともに くわんらくしてさいはひを しそんにつたへんやとく〳〵 いらへせよといふみな〳〵 これをきゝてかうべをたゝき しんぜんだうとくたかくして てんにたいぎやうをうけ ていにたいきやうをうけ 給へりたれかそのしんたる ことをねがはざらんわくら ちゆうせきのさえなしと もとめちゆうせいのさえなしとものにはかしてもろ人をまどはすなり いへどもけんばのろうをつくしけりかくてもううんはくんしんのけいが ひひなんすみやかにくらゐにつき ゆひなんすみやかにくらゐにつきをうけて王とちうふぎみのなき もろ給へとこびへつらひ一人おそる〳〵がらをあ がらとこびへつらひ一人おそる〳〵 ふゆづ身をおこして利ゆうがなげ利やう今にせわんずをほさして すてたるせんこゝの玉をとつてよへばるのしろにこもおそるともおそるし まゐらすればもうこん大きににたらずたゞあなどりがたきは よろこびてくだんのあくじふを きしまねくにわざいひいへんといふ きしまねくにわざはひはをせんのせうじゆはぐわんらいもうこく ふりてなれたるごとくもううんがふくしんのいもと音次へ しねたち今よりおしたう とひていれをもううん ほうくんと申せよと ほこりがにつげしらし二つ の玉をはりのさらにもり ならべてもろ人にさししめ せばみなばんぜいとぞとなへ ける此くだりのことはすべて もうらんがけんじゆつにてその なしとものにはかしてもろ人をまどはすなり けんばのろうをつくしけりかくてもううんはくんしんのけが をうけて王とちうふぎみのなき ふところに給へりたれかそのしんたるもうらんがけんじゆつにてその らんわくらかみ一ツの玉をぬすみとり今此け 一ノ三尺ヨリ一ヨ つゞきめうぶまなづるとふうふのけい やくをいたしいつはりて利ゆうにこび へつらひ二なきものと思はしなかくすく のうつてをうけ給はりてさこく きつとしめしあはしわん女と ふじんをすくはんと するにこときうにし れんふじんつひにじさつ 寧王女 せしかばそのかう べもて利 ゆうをた ばかり一方 のかこみ 〽をうしてうし 〽ろやすくわん女ををと さんともくろみしが 利ゆう はなほ 西馬譯さる つはものをしりぞけずさる からにまなづるがしにくびを はねてわん女の身がはりとし まことなきこうによつて あんずにはいにん せられしもの也 十五編へつゞく ○此十四へん りうきうこく のばのたゞ なかなればその すぢがきおほく 画より のちへ あまる なれど又 四 國輝画 査国吉 すゑにいた ちり画のつがふにてもんくよき ほどにいれあふやうにいたし候 同 行 癸 新 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 二〇〇 昇 錦 堂 西馬譯 弓張 月春 宵榮 国輝画 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 仙果作 一小夜衛白波草紙 芳乕画 楽亭 西馬作 窓衣 一妙雑史 芳王 図画 笑 日記」 録 東錦繪草紙問屋照降町恵比壽屋庄七梓 九月十四 三十二丁 十五 了張り十六 狩 第 4門 12979 12冊 弓張月 建画 雪 拾五篇 の上 錦昇堂梓 錦 楽亭西馬録 一雄斎国輝画 さくににをしかなしかくかく 不視唐山の夢合せ。逃松翁が國性爺竹田出雲が三国志波濤を隔ても 五常の道に異は趣なき其蕎文に比ぶれば遥に勇美と鶴の加護弓張月と 題せしは曩笠大人が古今の妙衆御曹子爲朝公が一期の談説ゆと。将神国に 十六 附属せる琉球の世界を綴られ善悪邪正色欲は生あるもいゝ常なるを大是いと面白 く著述昔を錦昇書肆の主じこれを稗史に工鬻て前に初輯を裁行せしより 製本の運び風走車廻るがごとく招羽扇の進退するが如し因茲編を嗣事頻なれば 既に十五集に至る此巻より再出為朝小琉玖に顕れて寧主女が範を救ひ白絶郊 の衣服を纏はし白縫王女と名のり仮の赤縄も縁深き。雨と雲との照降町千里も走る 寅の秋梓行なして猶残編は来卯年鐫彫を急がし無程溝尾せん事を希ふ而已 十一三永七甲寅秋穀市全公公卯新版楽亭西馬誌越 弓張月 建画 雪 拾五篇 の上 錦昇堂梓 錦 第 楽亭西馬録 一雄斎国輝画 十六 とくて身を立ななしけるへなくなくなく 不視唐山の夢合せ。近松翁が國性爺竹田出雲が三国志波霊を隔ても 五常の道に畢は輙なき其蕎文に比ぶれば遼に勇美と鶴の加護弓張月と 題せしは蓑笠大人が古今の妙衆御曹子爲朝公が一期の談説にして将神国に 附屬せる琉玖の世界を綴られ善悪邪正色欲は生あるものゝ常なるを天是いと面白 く著述豊を錦昇書肆の主じこれを稗史に工鬻て前に初輯を發行せしより 製本の運び風走車廻るがごとく招羽扇の進退するが如し因茲編を嗣事頻なれば 既に十五集に至る此巻より再出為朝小琉玖に顕れて寧王女が必死を救ひ白縫布 の衣服を纏はし白縫王女と名のり仮の赤縄も縁深き一雨と雲との照降町千里も走る 寅の秋拝行なして猶残編は来卯年鐫彫を急がし然程済尾せん事忽希ふ而已 禾米 第三年嘉永七甲寅秋菱市全八郎新販樂亭西馬誌龍助 ○鎮西八郎 源爲朝 英勇 の かなめ いゝには わざはひ 油 滝 踏ひし も がれて ゆるがせも せず 楽て 十一 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ ○妖賊 蒙雲 自称して 法王と号す ○中城寧王女 一仮に御曹子の妻 と唱へ白縫王女 といふ ○蒙雲が妖術 顕はす 禍ひの 悪獣 ます。 十一日 ○小琉球 赤瀬古碑 天孫氏の 建給ふ所 ○南 風原 城主 大臣利勇 のちに 孝功のつると かめとが さかえん 千代の島園 西馬 もうこくていが ○毛国鼎 兄弟子供 あに 兄 鶴 弟子 亀 ◎ 1981188. ◎ 申来月二十丑 その事をしるといへども思ふむねあればこれを とがめずしらずがほにてあり けるなりされば利ゆう 十四へんより一ゞき「われ此せんりかんをもてよく はわがくちゐ につきたる よしを 寧王女 もてぐんしとしよう きかんには せうじゆを しゆをさしはさみて ぐんびやうをあつめ日なら ずしゆりをせめとらんと きすへししかれどもせうじゆ はしんじつに利ゆうにふくじゆうにふくじゆうにふくじゆうにふ するにあらねばかれがためにしん りよくをつゝすにいたらずことすみや かにはなるべからずよしやせうじゆが ちとのぐんひやうをいておしよするとも なにほどの事やはあるそのよきた 合のくまぎみがともがらこれみな 火にむかふかたゐのごとしたえてしん かんのやまひにあらずたゞゆるがせ にしがたきはねはわん女のみいま 査国吉 ちうふ ぎみのなく なり給ひ ぬるよくをつげ しらしこれをまね くことふたゝび 三たびにおよび かばせうじゆは □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ そのものよくちやう そのものよくちやう はしをかへりてもう うんくらゐ をうば ひて ちうざん ほうこん とま るとなふるといへどもげんじゆつ におそれまどひてさんししよ あんずかれをうたんとも せずはや こと〴〵くつき したがひて 候とつげし かば利やうはたゞ あきれはてゝせんす べをしらずしかり ともと思ひかへ てちうざん □□□□□□□□□ さんなんさん ぼくのじよあん ずへけいもうの げきぶんをはせて すみやかに きへいをおこしぎやく きいい ぞくもううんをうちほろぼし わんずをしゆりへがへしいれくらゐに つけまいらせんよしをちやう するにあるひは利ゆうがない 〽ねんのかんあくをにく みあるひはわざはひの だめにぞくめつせら れんかとあやぶ みて はか〴〵しくその もとめにおらずるもの なく大ざとまはしたじ きだまぐすゝちねん ぐしかみ。まぶにきやぶ まかべとよぐすくころゝ ありすべて十一ヶ まぎりのぐん しぶ さいそくにした いで き れり よりて利 ゆうはせうへ じゆをもて ぶゆうすぐれたるちくとし五十 にんをりてうつてとしもうじうを もてたすけとせん此わざはひが ゆくかたにゆきむかはゞわん女の かくれがをしるべきぞとくごといそ がしたつればちゝとしちめいをうけ てものゝぐしげんをおびほこをよこ たへわざはひをさきにあゆまして いそがはしくはせさりけりさる ほどにこくさう利ゆうはにせ わんずをかきいだきうまにうち またがりておあがりやうぶん なりけるはへばるのしろへにげ かへりにばかにろうじやうのよう ゐをなんしたりける此日こち びらのとうせうじゆはりつせい しのさた心をえがたければ やまひにかこつけてしゆりへまゐ らずしかるにその日さるのころ ほひにはへばるより利やうが はやうまのししやきて 王さ 大きにおどろ きて手ぜひ四 五十にんをいて はへばるにおもむ きそのよ利ゆう ちにくわい がふしまづ しのびの ものを くんしとしくま ぎみをにせ わざはひ かゝつき としみぞ をふかくしへいを かたくしたゞかのわが はいをふせでの □□□□□□□□ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ ほかは しいだしたる事も あらずせうじゆも又おもふ こころあれば心 百長日十五 あらせんとい思 □□ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 〽きこゝにいたきばたゞいたづらに日をすぐすほどに利ゆらは しきりにいらだちてまぎりごとにふだをたてさしつもう うんをほつぼすべきゆうしも一かなとてもとめけりねいわん女は またいぬる九月二日のゆにぐれにこえ〴〵なるしやつぎやうの ほとりにてあくせうねんがためにすでにうたれ 給ひぬと見へたるにはからずも しらぬひひめのれいこん にたすけられひつしを まぬがれてをんながだけに わざかひ わけいりそのあけがた にやくりなくていはい きんさこくきつがなか ぐすくにて利ゆう がくみをきり ちらしからうじて 口たかねにて人もかよはず世 をしのび給ふ ためによけ □□□ さんもう じにやかれひ なきにしもず あらずおめれ らふうふはよむ だにさん のほとりに すまゐ するさち をなりかな じくはわが いへにわたら せ給へむ のおよばん ほどは 四 五国十一 に此さん ちうへはしり よくれんとするにめべ りあひ給ひければしゆう〳〵 じうかたみによろこぶ事 おぼしきがこつぜん といてきたりてわん といてきたりてわけ 女のほとりに そんごし此 かぎりなくわんによはれんふへ やまは のあんひまなづるがちうしのゆを りう いひいでくうちなき給へばきこくきつ は又つるかめおやこがことをつけまゐらせ〳〵 また申すやうそれかしこゝへきつるみちにて みちゆく人のうちかたいふをきくにれんふしんは きいふうたれ給へりとなんその事まことなりせば いといたましうこそとまうすをわん女は きゝもあへずなみだはたゞむらさめの ふりそゝぐごとくふしまろびてぞなき 給ふ此ときしらぬひひめのれいこんは わん女の身にそはでありけんこはざまなともひころに おはり給はずさみくぎつはさま〴〵にいひなぐさめ まゐらするにかりうどめきたるふうふのものことせ きうだは ぢらがすい やうのことく □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ たてまつる べしといふに かくまで 候へをしりて 十二日 まごろもて いさなふなるにかく さばなか〳〵に あしかりなん とおほせ かばわん 女は そときこく きつにめく ぎしゐに 一にきとくさか その心をえ 二十二 かめ 三 つゞきこゝにおはしますこそねいわん女 にておはするなれけいぼちうふぎみ へいしん利ゆうもうらんちがためにおん 身のおきところなくならし給へとも いつたんくもひらけてあまつ日を見た まふときしなからんやともかくるして まふときしなからんやともかくふして かくまひまいらせよ世にいで 給はゞ おん せうは こうによるべしととき しめすにふうふよろこびて おのかみのかさをぬきて しゆうじうにきせまゐら せみちしるべしてよむざに さんのくさのやに立かへ さんのくさのやに立かへ りいとまづしくは世を いとなめどこゝろばか りはまめへしくいひ などかしきてもて なしけりしかるに その夜よりきこく きつがてきずいた みいてかくつひには せうふうになり けるがかみな月 なかころにいた りてやゝきすは なかばいえたり 二 ▼けもの いりつまは をかりつまは さてかりびと ふうふはひご たきゝをこり あるいほぞにをり とに山にいり てをつとは▼ たちてもくずを ひらひてなりはひと おろか おろか なるも みなかの わざはひに わざいひに おぢおそれ てそのもとめ におうぜず 利やうはちよ〳〵 すべなさに まぎりごとに まぎりごとに ふだをうたして おさ〴〵ゆうしを もとむるとぞ でんこくのみたま もうせたるひとつ さへもうかんが手に おちてなひきした がはざるものなくなれ りさるによつて しつあるびくだんのふう さしおのれたかみくらにおしのぼり ふほそがはしくはゝりかへりて ねいわん女しやうじうに申す やうはまだしゆりのありさまを やうはまだしゆりのありさまを きこしめされずやこたびちうふ ぎみのおんはらにいできさせ給へる わんずをよつぎのわんずにたてんとて きのふりうぐうじやうにさんしくわん しよあんずをめしつどへ給ふをりから もううんれいのげんじゆつもてわざ はひとよびなすあやしきけものして 王とちうふぎみをくらひころ てあづからほうくんとせうし たちまちさんせうのちをへいどんす こくさう利やうはからうじてわん ずをかきいたきはへばるにげかへり ずをかきいたきはへばるににげかへり てせうじゆくまぎみらとともに ことをぎしをちこちにそゝたく してぐんびやうをまねきよし もうこんをうちほろぼして わんずをくらゐにつけたて まつらんとはかれどもかしこきも 弓長司十五 かめ ②/ ゆ ◎ 一〇 □□□□□□□ つる かんは ちくとし □□ ▼ 五十にん にげぢして かのわざ かひをむかし まは わんぢを 12 ○寧王女 うしゑびたて まつらんたつ まちたり にはやふもと まておひきた れそれがく ふうふちからを つくしてしは ふせぎとむべけれ どこゝにおはさん とはくとあやふし とく此やまを にしへくだりてらみ へ立大せさり給へ おのづからこゝうを まぬかれ給ふこと あるへしと申もあへ ずんとのかたへはし りいづわん女はちゝしに のかうし給へるよし そきゝもはてず斗 そもいかにとばかり こゑをおします よことなきひしやうに むねうちふたがりて次へし す。江戸 〽かゞきあとさけびつゝたふれ給へばさこくきつあはて ふためきてたすけおこしなぐさめんとすれは われもまたいこんのなみだとゞめあへすやう やくに思ひかへしてさま〴〵にいひはけまし こく〳〵おち給へとすゝめまらすにわん女 はいよゝふししづみて立あがり 給はずわが身 わん女とうま れながらふかうに してかんくにたえ すいけみころしみ あぢきなき世に ながらふるはなにの ためぞつみなき よしをいひときて おんゆるしかうぶりてん と思へばなりしかるにはゝはむじ つのつみにうたれち一土さへわざはひに おん身をおかされ給ふときゝていかでいのちをおしむ べきなまじひにうつせみのいきあればこそものをもおもへ もううんがたくへいをこゝにまつまでしもあらずやいばにふして われしなんのがねさることかはとのたまはすればさこくきつこゑを ふりたてこはいひがひなきおんありさまかなぎやく。そくもうらん をうちほろぼしこくちうをはらひきよめ給ひてこそこそこうとも 申さめやまとのいにしへをきくにちうあいてんわうのきさき おきなりたらしひめのみことはみづからあまたのいくさひとを いて三かんをきへうちしたがへ給へりをのこならではあた いて三かんをさへうちしたがへ給へりをのこならではあた をみうたまものかいとくちをしといさめはけまし つひにわん女をたすけひきてかもひとのいへをはしり人を 亀 立まきりたるこゝろはえこそありがた 世をさけたるにてかくまでこたつざしの まめやかなりしいまのときにあたりては 大しんあんすもおめ〳〵ともうこんにつき したがふときゝものをそれらにまち したがふときゝものをそれらにすら けれとしぎりにせうたんしたりし かばわん女もうちうなづき 給ひてわれもしかおもふ なりかれらあたをふせぐ とてはしやさめたかがうた れやしづるとしゆうじうひとく いでにしかたを見かへれは今まで ありつるかり人かむぐらやは かきけすやうに見え すなりてふりたる ひときのまつのみ たてりしゆうじう はこのありさまに はこのありさまに あやしきこと かぎりなくさては くだんのものともは 山ずみなどにて あらんずらんこの日 鶴 ごろそれかすみか なりとしておき ふしせしはかゝこ なるおひまつの こかけにてあり けりとはじめて □できるにてもあるじふ□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ ながらないだ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ さとりてもろ ともにしばし そなたをふし おがみ又山 ぢをにしへくだ りてうらわを さしてはゝり 給ふかゝるところ にらつばちや ろめろとらへゞ みのおとうみ やまにひゞ きわた りて かま むすしく 寧王女 ねい 〽しりつゝもう わん女 をにがしな せそとのゝ 〽こんがぞくへい 四五十にんてに〳〵 うちものをひさげ ておつかげきつ あやしきけものをまつ さきにかりたてて すでにごときう 寧王女 きなる いづみへながれ めざましきそのはしにねいわん女は ゆくゆうしのさいごぞ そのはしにねいわん女は つゞきなりしかばさこくきつ きつと見かへりてそれがしこゝに 人のちをすてずはわん女は いのちをすてずはわん女は したちどころにあくじうの きばにかけられ給ふらん とく〳〵はしり給へかしと まうしもはてずつる つぎをぬきかざして くだんのけものにたち むかへばわざはひは おほいにたけり つとはゝりきて やにはに かけたふさんとおどり かゝるをさこくきつは はやく身をひねりてこれ はやく身をひすくてこれ をさけふたゝひとたび そのあとべにたちめぐりて つるぎをひらめかしつゝ さゝんとするにあや しきかなさこくきつが つるぎはみきだ四き だにをれとびてなかは いえだるき国くちさへ いちどにさけてち しほながれめくるゆ きてつまづくところをわざ はひはきばをはりさこくきつ がひざぐちをふともゝ かけてくらびつきひとふり ふいてふりたにさんと ふつてふりたにさんと するにさこくきつ いはなほたふれず あくじうのかし らそいだき がんどかた みにうめく とめて ねぢゆ こゑ五ざらを しぼるがごとしその ときぞくへいらはしりきて ほこをとりのへざこくきつが をしからぬ身もさこくきつがちう死を あだにせじと思ひかへしてみち五 七丁おちのびてやくかいへんにいたり 給ふにはからずもはらからとおぼ しきせうねんいそがはしくまろきも ぶねをさしよせてせん女をたす けのしまゐらせろをおし かぢをあやつりつゝごぎ だすにふねのときことあま とぶとりのごとくまたゝくひま におきなかいとはるかにぞ かめ なりにけるさるほどに もううんがぞくへいら あへぎ〳〵おひきたつに 一ていたづらにこぶし をさすりそのふね かへぜとよびかく れどなみのおとひ のみいらへして ふねはしだい にあとなく なりつわざ はひもその かばわん女はふしぎに闕へし はるかなる を見て四ツ なみぢを わたつて おはんともせざりし わたつて 了長司十五 あは れむべし なんかの うすかたぶきて あこめをちらし つひにごん ちり はく わきばらを みぎひだ りより さす ほどに 〽ゞきこゝうをまぬがれて せうねんらにむかひそも なんたちはなにびとの子にて なんたちはなにびとの子にて わがあやうきをすくひたる なのりしらし候へとのたまへば ふたりのせうねんはろかいを とりながらひざまつきて 申スやうそれがしらきやう だいはなかくすくのあんず もうこくていが子ども にて兄が名はつる弟は こゝうをまめがれて せうねんらにむかひそもきろがなさけにてはゝをたすけてからう じてのがれさりこえぐのさん ちうにふかくかくろびりやうさん にちをすぐしいひしがなほ そこにもとゞまりがたくうみづき なればみちはかゆかぬはゝを のりものにたすけのしはらから これをかきつゝおほぎみはねぢ のはてまでもとおちゆくをり からきぶよりはにしなりけるあら かいと のをよぎるときはゝにひがきはには かにさんのけつきていかにもすべ なくやがてのりものをかきおろして 兄はくすりをかひもてこんとてふさう 川のほとりにおもむき弟は兄をおひ とめんとてはらからしばしはゝのかたへ をはなれしからにいとあやしきちう ばがためにはゝおやをころされたい ないの子さへかのらうばがうばひ さりたりとおぼしきにあい じやうのやるかたなきいへばさら なりあだのゆく人だに見とめ ざりしいこんはたぐへんやうも あらずかくてあげのあさ 〽はゝのなきがらをすい そうぜんとてふざら わざはひ しあへにていがうたれたる日しんぞくさこくていがうたれたる日しんぞくさごく 同断廿十日 名東村壱畝廿一歩 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ } 同十二分五十 同断 寧王女 弓長司十五 く川のほとりに おもむきちゝ もうこくてい がなき たま にいざ このうみべた なはれ にまよひきて いにそのよの ゆめにちくが いふやう なん ぢちしばらく こゝにとゞまりて ねいわん女をす くびたてまつり 小ふねにのゝまい らせて小りうきうへ こぎわたりしま ぎたなるあかせの ひのほとりにしのば せたてまつれかのあか ぜのひはくにつみおや てんそんしのたて給へ るもめなりわれさきに おふせをうけてかしこ にいたりみてぐらたて まつりいてくらたへ まつりてそのれいげん いやちこなるよし ばまのあたり に見たりき わん女からう わざはひをかへして じてがしこに おもむきかのひ にいのり給はゞづひに さいはひにあひ給ふ べし此うらに まろきぶねのたゞ よひつことあらば これわん女のき給はん 也こととほからずと 思へわん女のおんかほばせ はしか〴〵にてかやう〳〵なる いふくをき給へりとていと つまびらかにときしらせ しが兄がみたるも弟が みたるもそのゆめはつゆたが はずかくてぞ兄弟このごと ろにありてひごとにかいしように ながめくらしてふねのながれよる しなかめくらしてふねの雪かね をまつほどにけさしも此ふねころ ぜんとしてきしにつきにければさて はわん女のきまさんこととほからずと次 下ゟ此ものがたりをきゝてしきり にかんしやうしちうなるかな もうあん ず□ 四 寧王女 かゞきよろこびて心にひそかにまち 奉りていひしがはたしてはつかち が心ざしをいたすことを えたりとてなみ ださしぐみつら いちへ申せしかばわん 女は下へ □□□□□□□ □見えてそのかたち まどかなるはしらの その身むじ つのつみにうたれて そのれいなほ 〆ごとくひのおもてに ひとりのひじんを えりなしたるが そのなかげ しゆうをすくふ しゆうをすくふ 此くに はたなんぢらこうじん ひらけしとき 世にたぐひまれ也あゝ此ち にして此子あり又あはれむべき はにひがきがわうし也世にものにも すてられしわがうへはものゝかずなら ずふうきさんせうをたもち給ふ ちゝ王すらわざはひをのがれ給はでよう てんそんしの たて給へりとせう にいひなてつため にくひもてつたふる もうべなり そのありさまを じつにじんさく ぞくにくらゐをうばはれけものゝきばに かけられてはかなくかんさり給ひぬるすゝせ あやしきめいうん也そも〳〵わが身なかくす くのせいしでんをのがれさりしよりれんふじん まなづるさこくきつらおんにこたへていのちぞ おとせしはじめをいへばしか〴〵也をはりはかやう〳〵 也とてよむだにさんのかりびとふうふがまごゝろ までおちもなくときしらしおんめをぬぐびつゝ又のたまふ やうよむだにさんのかりびとふうふはもしなんぢらが なきちゝはゝのかりにかたちをあらはしてわれに やどかしたるにあらずや死してののちも しゆうをすくひ子を思ふことのかくまで にありけるものかとふなとこにふしまろびつゝかこち りうきうへいたりがたきに此ふねのはしることいる矢よりもはや けれど水のうへおだやかにしてそのあけがたに小りうきうのしま きたにつきぬかくてしゆうじう三人きしにのぼりてをちこちを見えるへる に七ツのまぎり二百よのむらありときゝしにはにずしまのうちなるへんど にてさともとほく人もかよはずみぎはにはふとやかなるあしのみおひしげり てうらかぜにそよぎさゆうはいり元にしてみちたゞ一トすぢ也みぎはをはなる 事とまたきばかりにしてあかぜのくしぶみありけりたかさは二三丈もあるらんとは にはあら 十一丁 いけるが まつのほかには 給へばつるおめはなほうらかなしくすゞろになみださしぐみけり さてよむだにさんかのうみべたよりふなぢ〳〵二日ならではしやう ひのめぐりには 〽いとゆうくさそなれ もなくかみ さびたることいひも つくしがたしわん女はこゝに き給へるそのあしたより次へ 西 譯 文譯 馬 つゞきつまをりし てかのひにいのり にをりしたはかよはずさともとほきからいりえにすむ寧王女 とりのあはたゞしくむらだつこといとあやし 寧王女 給ふほどに はやもうかんが へるかめはもく ごをはら □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ ひこのみ くさのみ つみと りて 国 輝 画 図 わわ 女にすゝ 女にすゝ すい めまゐらし はらから もかちくひ てしゆう じうやう あらで よをあかし やくにうへ をしのぎ 日くるれ ばまつか げに身 をよし こふす でふす とも つゝ一じ日ふた ひとすぐし給ふに あまたものにおどろき たるがこなたをさして とびきたりしかばわん女 はこれをうちまもりて だは三日にいたりて水とり まゆをひそめつるかめにのたまふやうふ事も ●ぞくへいらこゝに おひせまりぬと おぼゆるはと の給ふその こといまだ おはらず四五 十人の ○ぞくへのしまの をさにしるべ さしてまつしくら におしよせ きつひど おしなととりま いかく ごしつつる 一かめはかひ〴〵 しくすゝむてき をかけへだと かたなをう しゆう じうはこと きうにして もとのふね にのりも □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ えず今はのが れがたしと手 ふりてふせき たゝかふほどに せうねんとあな 下のまきへつゞく 嘉 八 永 竹雀王 西馬補案 西馬補案 竹雀千代哢譚 代弉西馬補案 国輝画図 雲龍 九郎 卯 録目彫新 聖徳太子 大和鏡 万亭応賀作 一寿斉国貞画 三鱗形 鎌倉双帋 西馬作 国模畫 偸盗 傳 故人三馬遺稿 遺稿 増補西 馬案 増補西氏 画工一 一勇斎 釜地本草紙問屋てりふり町笑寿屋庄七版 西 馬 譯 弓用月十五 〽ゞきつまをりし てかのひにいのり うし□かよはずさともとほきからいかえにすむ寧王女 とりのあはたゞしくむらだつこといとあやし 寧王女 給ふほどに はやもうかんが つるかめはもく ごをはら □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ ひこのみ くさのみ つみと りて 文 四 わわ 女にすゝ めまゐらし はらから 輝 匝 もかちくひ てしゆう じうやう やくにうへ をしのぎ 日くるれ ばまつか 置 げに身 をよし てふす とも あらで よをあつ つゝ一じ日ふた ひとすゞし給ふに たは三日にいたりて水 あまたものにおどろき たるがこなたをさしては とびきたりしかばわん女 はこれをうちまもりて だは三日にいたりて水とり 同 まゆをひそめつるかめにのたまふやうふねも ●ぞくへいらこゝに おひせまりぬと おぼゆるはと の給ふその こといまだ おはらず四五 十人の事 ぞくへのしまの をさにしるべ さしてまつしくら におしよせ きつひと ととりま かく しゆう じうはこと きうにして ごしつつる 一かめはかひ〴〵 しくすゝむてき をかけへだて かたなをうす もとのふね にのりも えず今はのが れがたしと手 ふりてふせき たゝかふほどに せうねんとあな 下のまきへつゞく 嘉 八 永 竹雀三 西馬補案 竹雀千代哢 代明馬補案 国輝画図 雲龍 九郎 卯 目録日彫新 聖徳太子 大和鏡 万亭応賀作 一十三時齊国貞画 三鱗形 鎌倉双帋 西馬作 国模画 偸盗 傳 故人三馬遺稿 西馬案 画工 画工一勇齋 釜地本草紙問屋てりふり町。笑寿屋庄七版一 弓張月 楽亭西馬録 一雄斎国輝画 下 こと 弓張月春宵栄 第十五編下の巻 楽亭西馬録一雄斎 一国輝画錦画羅画摩羅 高手異果人 □□□□ 四 三 ⑧ 上ゟつゞきりたふさるくもの 五六にんにおよべりさればとて はらかちが十五にもたら ざる小うでにてめにあまる ぞくへいをふせぎとむへき やうもなくつひにちからおと ろへいきほひきはまりて 兄も弟もいけどらるぞく へいらはます〳〵いさみて すやにわん女をからめと らんとするにわん 女はたちまち けしきかはりて 〽ちかよるてきを みぎひだりへはたと 上ゟつゞきりたふさるゝもの ○ばちりずんときり たふしいきほひたけ 立給ふぞくへいらはこれ を見て大きにおどろ きさればこそきゝしに たがはぬわん女にはかみ のつきてくるはするぞとく わざはひをもてかみたふ させよとこゑ〴〵にさけ ぶほどにをといらへつゝ ごぢんよりかのあくじう をはなちかけつゞみを ならしときのこゑをあげ 人とけものとちからを あはして又むら〳〵 なげのけおこしも たてずつるぎを ときそひかゝ るをねいわん かうとおぼせしかばうしろ さまにひらりととびてあかぜん 女はものともせ 〽すつるぎをとり 〽なほしてかのわざ はひをさゝんとし給ふ べにやいばはつばきはより からりとをれてつかのみ ぬしの手にのこりつ今は のひのうらにかくれ それをたてとして ひといきほつと つかしもあへず ○距 弓張月春宵栄 第十五編下の巻 楽亭西馬録一雄斎 国輝画錦昇堂梓 高香春果人 あまふ 上ゟつゞきりたふさるゝもの 五六にんにおよべりさればとて はらからが十五にもたら ざる小うでにてめにあまる ぞくへいをふせぎとむへき やうもなくつひにちからおと ろへいきほひきはまりて 兄も弟もいけどらるぞく 兄も弟もいけどらるぞくわざはひをもてかみたふ へいらはます〳〵いさみて すやにわん女をからめと らんとするにわん 女はたちまち ◎ばちりずんときり たふしいきほひたけ 立給ふぞくへいらはこれ を見て大きにおどろ きさればこそきゝしに たがはぬわん女にはかみ のつきてくるはするぞとく わざはひをもてかみたふ させよとこゑ〴〵にさけ ぶほどにをといらへつゝ ごぢんよりかのあくじう けしきかはりて をはなちかけつゞみを ならしときのこゑをあげ 〽ちかよるてきを みぎひだりへはたと なげのけおこしも 人とけものとちからを あはして又むら〳〵 たてずつるぎを ときそひかく るをねいわん ぬき 女はもつともせ 〽すつるぎをとり さまにひらりととびてあかぜん なほしてかのわざ はひをさゝんとし給ふ にやいばはつばきはより からりとをれてつかのみ ぬしの手にのこりつ今は かうとおぼせしかばうしろ のひのうらにかくれ これをたてとして ひといきほつと つかしもあへずつぎへ 弓法ノ十五 つゝきわざはひはます〳〵たけりくるひてやにと はにおひせまりつゝいしのおもてにえり たりしびじんをわん女とやみたりけんとつ ぜんとしてかみつけばそのひうつぶしに たふれかゝりてんちもくづるゝばかり のおとしてさしも にたげきくわい じうを○ はん しんどちうへうち ふせたりさればかうがをくだ かれかたこしをくぢかしもろともに いしにうたれひらめになりて死するぞく へいすくなからすきなるかなあかぜのひは てんそんしこれをたてて一万七千八百二 ねんの今にいたるまでばうふうばうう にもくちずかたぶかずゆるがぬいしも おいづからたやれかゝりてわざ おいひをおししづ むるこそ ふかしぎなれ されは世はぎやうきに おゝかふといへども そじんのゐとく 此いゝにや とゝまり けんわざはびは はねおきんとてうごめき しがしばしこそあれくちより あわをはたとちひろのねり ぎぬをくりちだすがごとく あわのきゆるにしたがひて けものゝかたちどちうに めりこみやがてぞ見へず なりにけりせんぢんあま たいしにうたれてつひにわざ はひさへうせたればごぢんも ともにへきえきして さうなくはうちもかゝ いだ らずさればとてわん女 をうちもらさばこう なんのがれがたしとや思ひけん あれつけどれとのゝしりあひて さけひてうつてかゝるにわん女はいしの たふるくときつちつきのかたにたもとを しかれてしんたいじざいならずつるぎ さへをれたればてんをあほぎてたん そくし手をつかねて死につき給ふをり からたれとはしらすみぎはにしげき あしのうちより矢をゐいだすこといなごのか 三十よにんきつさきをそうへおめき とぶが ごとくひと 矢に二三 にんをいたふ すほどにかぶらの なりひゞくまゝに いのちをおとす ぞくへいら十八九 にんにおよびしかば こはそもいかにとおど ろきおそれふたりの せうねんを吹へ 弓長月十五 源八郎為朝 } かひはあれあやじけなるわん 女をいけどらんとてあため いのちなうしなひそと ごよめきてつるかめを なくみなにげさりぬそのとき かれあしのほずゑぐわさ〳〵と してふねをみぎはにこきよせ 一ゝ身のたけ七火さいのめざるへ のひぢいふうりんぜんたるますら をとしのよはひは三十七八なるらん とおぼしきがはらまきにこて とねあてしてこがねづくり の大だちをはききたる 〽きいけどりたればいくさしつる いてわれさきにとたつあしも すてそゆん つゑなげ かけ みのかきかいやり 〽ひちりととひてふねを はなれきしにのぼり はつはきしにいほ わん女のほとりにあゆ みよるこれはこれいかなる 人ぞせいわてんわうならせ のくわうそんちんじゆふしやうぐんむつのかみ よしの八なんちんぜい八郎ためとも也わん女はめばやくこれを みなもとのよしいへあそんのちやくそん六じやうのはんぐわんためん つゆばかりもことならずわれにもあらでいそがはしくはしり よらんとすればいしの下にしかれしたもともふつ とちぎるゝちぎりはふかきわきもこにこゑはにたし れどおもかけはわがつまならぬあだしひとに つまとよばるゝもいぶかしくためともはしばし うちまもりていふべきこともなかりけりわん女は やがてはしやとよりみのゝすそもるためともの はいだてにとりつきてたまなすなみだ はいだてにとりつきてたまなすなみだ をおしぬぐひことのもとをしろしめさ ざればあやしみ給ふも されはあやしみ給ふも ことわり也さても みてあなおんぞうしとよびかくるこはさまは又しらぬひに いぬるはづきの ふうなんにおんいの ちにかはり奉り いぬるはづきの 身はわだつみ のそこにしづ やみて大ぎよの □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ どもたましひは □□□ 寧王女 いまだほろびす 〽おぼつるなくも 四一 三月十五 よろこ ばしさに はゞめ をはりも まうさねば 心えがたくおぼ 八郎為朝 ざんのふもとにて すべし見もわす れ給ふにやわが たましひをよせ 一たるはいぬるきう じゆふたつのとし おん身あそにゐませ しときいんぜんによつて はなちたるちとせのつるを とりえんためにひそかに 此どへおしわたりきうべ はからすもかのつる とおろちの王 とかえ給ひら 此くにのよつ ぎのみこねい わん女にてはへ るかしこく王 しやうねは あんくにして こつにくを とほざけ ありそなす うるまのしま にながれとゞまり しらずがほなる ひとのくにゝ つまとわが 子をまつ かぜも しらべ くわうらんなる あだなる 大じん利ゆうがかんあく うつせみの もぬけし なるくにたみうらみ はなるれどもつゆばか 人の身を かりてつゝがなき かてつゝがなき おんかほばせを 見たてまつ りもこれをさとら ずもううんがげん じゆつにまどは されてりうぐう るか じやうにもうこく ていをころしくばの まぎりにれんふじん □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ をうたしわん女さへ おひとらへんとする ほどににひがきまな つるさこくきつが ともがらみな此ゆ ゑにいのちをおとし こえ〴〵なるしやつ こえ〴〵なるしやつ きやうのほとりにて わん女もすでにうたし れなんとせしときにわかは かげ身につぎてうつての歌 十三 四月二日 〽しきあくしやうねんをみなごうしにしにし百せつ千まのかんくを しのぎてこゝにおんみをまちはべるまことにわん女はしいこうにてこゝろへ ざまいとさかしくいつたんよつぎのみこにたてらるゝといへともちうふぎ みににくまれ利ゆうもううんらがさかしらによつていくほどもなく はいせられてつひにあくしやうねんらがやいばのしたにはくこつとなることへ あらばいといたむべきにはべらずやはづかはしきことながらとしはみそちにおと べどもいゆにをのこのはだしらぬおもかげこそわん女なれみさほを たれかしらぬひが心つくしのうらちどりいゝよねざめをなゞ さめしちぎりをわすれ給はずはつまとよばしてもろともに わが子のゆくへをとひさだめみだれたる此くにをうちも をさめてやすらけくのどけきはるにあはし給はゞあをひと ぐさのすゑまでもかみとしあふぎはべりなんゆくりなき たいめんにとふべきことも申さんこともあとやさきなる みぎはのあしのほのかにもしろしめして 此きゝうをやすくひ給ふなにびと 為朝 がつげ奉りし思ひのほかにはべる かなとかきくどきづゝかきはらふ そでまづぬるゝつゆの身の つゆときえにしなきつま のまことあらはすことのはに ためともふかくかんたんして みぎはのいしにしりうち かけ思ひきやわだつみの そこにしづみてなきからはいづ こにありともしらぬひにふた たびものいひかはさんとはまことに あやしきさいくわいなりわれもいぬ る八月十六日のふうなんにかぢをれ ふねやぶれひつしと思ひさだめたるに おほけなくもさぬきのいんのみやうぢよに く うつくともなくなみのうへにたゞよふことすじつにして此りうきう もう うんが せいの あくぞく わん女を とらへんと おひきた のえだしまなるかげろまにひやうちやくせしは九月二日のこと なりしさてはその日わきもこもねいわん女にかちやくして つひにこゝへやきたりけんかくてわれかのしまびとが きけによつてやくしんしよくはえたれどもすて丸 よつててんぐどもにかいほうせられゆめともなく がこといへばさら也たかまいそはぎきへいぢら もはやなき人と思ひやればためともひとり ながらへてたのもしげなきよのなかにのぞ みはいよくたえたれどしんいんのあらみた まのみやうぢよをあだになし奉りすて 丸がせう死だもしらずしてむなしくならん こと大じやうぶのしよゐならずといくたびか 心ざしをはげましてじさつせずむかし此 くにへわたらんとせしとききへいぢになら ひえたればかげろまのしまびとが ものいふよしをきゝとりてわがうへを つけしらしりかいをときておしへさと すにしま人らはしやうねい王が あんぐをうとみもううんりゆうが あくせいにつかれてあだがたきの思ひを すなるをりなればわがとく ところにすゐじゆん一郎 もううん してそんしんする 利ゆうら こと大かたならずかし をうち こよりほどちかきうげん ほろぼし □□□□□□□□ ゆろとくしまのものどもにも ことのよしをつげしらしてその 心ざしをひとつにしねがはくは おんぞうしながく此どにとゞまつて のとたんを すくひ給へ かしといふに われもよび 寧王女 ○すて がたき思ひ ありねいしん ぎやくしんの ときをえが ほなるばんり をへだてたるも ことならずもう うん利ゆうは きよもりにをさ 〳〵おこらぬ くせものかな と心しき りにふん はつし なほ ちうざんの ていたら くをたづ ねどふに わん女の しいこうれん ふじんのはく めいもうこく ていがこちう まなづるが しんれつ にひがき ① ① きこく きつが ことつる かめが うへ までも きくに ます〳〵いた ましく思ひ いづればきう じゆのむかしわん 女のめぐみによつて たやすくつるをえて かへりしにいまかのわん 女はまゝはゝとねい しんにくるゝめられ きうしをいでて いつしやうを たもちがたし ときゝぶら すゝはつぎ きざちん はしんもなく ぎもなきもの かとひたすらに まてぞ思ひ やがてぞ思ひ たつがゆみ 甲州月十二日 あとへはひか ぬますらを もふち あんないの 身ひとつ にてかろ〴〵しく はすゝみがたく さればとてものゝ ようにもたつ よしなきかげ ろま人をいて ゆくともかへつて 手あしまつはり ならんとせんかく せんと思ふをめ から此あけがた のことなりししま ひとにはかに さわぎたちし うわうざ 第一 そう わうに いつ ◎ ⑥ ◎ ◎ ⑩ り さま の心え がたくて をよび とゞめ こはなに ごとぞ しまおさ とたづ ぬればお さがかん しよくは うみづら よりこなほ あをく はだへあは のごとくに なりてし ばしはものも らはざり しが しば とはれ のむねかき なでとの にはいまだ しらでやおは するよんべ月のあか □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ きにまかしてこゝ のしま人ら 一よあみをひかんとて ふねにのりせうりう きうのしまぎたへ こきよせんとするをり から五六そうの心きぶね いできたりてぐんびやう らがうちかたらふを きけばみないふやう さてもわがわう きみはよしなき ことの給はしてわざ はひといふもうじう をひきいだしてこれが ためにかんさり給ひ ちうふぎみもなく 弓長司十五 なり給ひ ぬこはあつ からなし給ひ ぬるわざはひ もなれば □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ たゞいたま しきはわん女 二ツもう あんずが 子どもつる かめを いてわが 小りう きうなるあか 一ぜのいしぶみ のほとりにふ かくしのひて おはしますを もううんこゝし よくしりて あまたのちく としにわざはひ をひかしわん女を うしなひ奉れとて つかはし給ふほどに こゝへもとほみのふね をおくれりくがぢより はわざはひをもてせめ たてうみのうへには又 為朝 かくのごときそなへありされば 〽わん女のおんいのちはあしたのつゆ にふべのともしびきえなん事もかぎ りしられていといたましくは思へ どももううんほう王をあらざま にいふものあればかのわざはひが たちまちしりてそのものはさら也 つまをも子をもくらひころすとぞ かのけものは火のなかにも水のうへ にもあれゆかんと思ふかたへは またゝくひまにうちわたる といふにかけろまよりみなみ なるしまひとらはかること をもしらでやをるらん ましもよく さてもうたてきわざ はひかなとつぶやくを こなたのふねに もれきいて 大きにおど ろきあみ をばおろ さき と かへし りて 次へ 甲州周波 つゞきことのよし をつぐるほどに こゝにはもうらん 引ゆめちをあら 利ゆうらをあし くいはざりしものも 候はずかのわざはひ がいできたし 為朝 しせんうけのかたへや のがれさるべきとくしま しりつゝかざいを ふねにつみい れんとてはしも あへぐにて候 とことつまび らかにつげし かばわれ又小 りうきらの へやおもむくべきとのゝ ちりをとひかふ がへさてはわん 女はえものがれ じさもあらば あれなんぢら おどろきまどに へからぞわれいま べからずわれいま むきそのこといよくま みづからかしこへおも ごとならばわん女をすくひ わざはひをけころして すてんずといひもをからず すてんずごといひもをはらず のきにかけたるみめがさとつ てうちかつぎゆみやたささ たゞひとりまる才ふねにうち のりてたが手ずれたるしまかしの ろづなをはつてさつ〳〵とおしあけがた のなみをわきいそぐとすれどゆり あげられゆりおろさるゝあらしほに あとべ〳〵とふきもどすかぜにむかふてやう やくに今こぎよせしみぎはのあしのしげ きがなかに矢ごろをはかりてぞくへいをいて かとしこゝにたやすくわん女をすくひて むかしのめぐみをかへすことためともが ぼゐにかなへりさるにても見しはあやしき もうじうが此いしぶみにうちふせられ たちまちとちうにうづまれしこれたゞごとに あらざりけりトしきりにかんたんし給へばわん 女はいとゞうれしげに此いしふみはあかぜととな へてくにのあるじのとほつおやてんそんしのたて したるなりくにをまもりのいらずへにて日のもと しなるあまつきかほとかしまのかなめいしにもほと らじと思ふかんだからにはべるなればかゝるきごとくも ありぬべしわざはひすでにほろびたれば今よりあり ぜをあらためてさいはひのひとよばしはべらんのとり をしきはとのゝみふね今すこしはやかりせばつるかめは いけどられじかれら兄弟としわかけれど心ざまの まゆなる事はちゝもうこくていにおとりはべらずはゝ にひがきさへひめいに死し今又かれらもわらはが ためにとりことなりしはいとをしとありし事どももの口 宰王女 ○ラ長司十五 おびしい から いたみ給ふなかくまでちうありこう とうあるものいつたんてきのとりに ともゑひかへりてことをぎすへしと □がたりしきりにさたんし給へばため ともこれをなぐさめていなさのみは となるともしやうねんなれば たちどころにかうべをはねち るゝことはあらしてつへぎじやうに つながるゝともながらへてだにある ならばすくひいだしてえさすべし とはいへかゝることうにてふたゝび てきにかこまれてはなんぎならん とく〳〵ふねにのり給へかげろまへ の給へばわん女はこれをきゝてませ をよせかげろまとてもさゝやか なるありそときけばいとあや うしはへばるには利ゆうしやう じゆらとうざいなるわんず をしゆごしまぎり〳〵にふだ をたてゝもううんをうたす べきゆうしをまねくとふう ぶんせりおんぞうしそのま ねぎにおうしてかしこにおも むきりゆうがくんびやう をかりのよほしまごもう うんをうちほろぼしこと なりてのち利やうらが つみのけいぢうをたゝし 給はゞいつきよにして 糸をさまりてんさははべ らずやとまめだちて さゝやけばうちうなづき あくにんとちやうにたつ てあくにんともついは ざるりうかけいには およばずともおこ なひけがれし なひけがれし利やう とやらんがかふうに つきてもううんを うたんことわが心 ざしにあらざれ ども大こよはさい きんをかへり見すと いへりぢうふきみ こそまゝしくども うまれしわん ずはまさにこれ てんそんしの ちやく〳〵にして すなはちわん 女のおとゝ ならずや さればわがはて ばかふかき むし はら壱両 ために上は まつたく次へ 十六 つゞき利ゆう をたすくるに あらずぎを みてせざる はゆうなき 也いさぎよし 〳〵とゆづる をならして 身をおこ しやよ しらぬひ れいあら ばきゝ給へ 三洲川一五 野主女 おとさんために かくこしらへたるい あらずやいでせん ちうせてんけんせんとてかぎなはを うちかけやにはにたぐりよせんとすればため ともさわぎたるけしきもなくこれなげろまよりいき なをいんとていでたるがものにあほざればいた らにかへりふね なるにあや しまるゝ にそのゆ ゑをしらず みそなはする ごとくそこいとあさきまる木ぶねなれば 人をかくすべきかけも候はずとくはなち 給へかしといは せもあ 大きなる ふごの うちに人をかきばかくされん に口かたぶけて大や見せよとみなくち〴〵に おん身 〽わん女にかちやくす とも今やるところはしら ぬひならずさるをわがわたくしにつゆと よびをつとゝよばれはいんほんやがふのそし りはのかれずことなりてのちにこそゝやうふと いはるゝときもあらめなさけなしとならら み給ひそえとそふしどをともにせじとことヲ わきたるますらをのことわりにかへすべきことのはも なきたまのありとは見えてまる木ぶねつなぎかねて ほゐなげなるを思ひくみつゝためともは わん女をふねにたすけのしておきのかた ふねを をはるかにあびざしかしこにはもうらんが いだしたれは とほみの さへきりとゞめんは ひつぢやうなりうち ちらすともやすかるべけれ とかせいのぐんせいいできたら ばけをふききずをもとむる也此ふご のなかこそしばしくきやうのかくれかなれ とくいり給へとてふかくしのばしふごのこうへにはあみ をうちおほひてすなどうせしさまにとしらへため ともはみのえかをかきあはせかさをかたぶけてるをあや つりかげめまをさしていそき給へば日ははやさうかいのなみ をくがりてゑんははくぼつしせきせうかすみおこりでしんきろう をせりいたしりよくはそらにつゞきてさんことうをめぐれりさればこう せい小里うきうを大しゆとよふことはためともはからずなきつゆと ものいひかはし たゝへてそのなをおはせしなるべし かゝる所にとほみのはやふね五六 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ キモノモノ センモ 了やをとばする ことあればつゞの日よりえものなしとて ふかくつむことにていしとて わふるをきかず見せじといふこそあやしけれ ことにろんぢかつらたましひかげろまのぎよふ 為朝 給ひたるこせきをいづの大しまに のゝしれはためともかや〳〵とうちわらひかよ そすなとるものゝならひ としてあら としてもしかいしやうにて □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ ふかくいむことにて候これのみはゆるし給へと 山とは見へずやうこそあらめ へさきにたつたるはやりとの ぐんびやうもつたるほこを とりなほしてふごのたゞなり 〽さとさすためともあはやと さとさすためともあはやと うちおどろくけしきをさと られじといそがは しくふこに手を ごとくおつかけ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ きてため えたる ともの ふねをさへきりとめぐん びやうおの〳〵ほこをよこ たへてまなこを見はり なんぢそのふねをいづこ へかやる日のくるゝをまちて しのびやかに小りうきうの かたよりいできたりしはいとあやし なさけ なしとつぶせき 給へば又一ん してふなへりす ふみはづして 〽さしすいちうへまさかさまに ざんぶとおつみなくとれにおど ろきつゝあはてゝたさけあげんとて もろふねのぐんびやうちいたごを なかしかぎなわをたくりおろし とせよかくせよとたちさりげ ばその此まにためともはふねに うちかけられたるかぎをはね のけあとべを見ずしてこきのき いふやうしやつもしふこのうちに わん女をかくしおくものならばつか 一れたるときにそのけしきは見へ つへしつくといへどもおどろかず 又うちにてもくつうのこゑ せざりしをいふへはうたかふに たらずよしなきふね へいらがほこをもてふごの たゞなかをつきためしとき のがれぬところとかく ごしてそのふねにのり りきりたにしてしやつら がかはねをふなそこ につみかさねんと 給へはぐんびやうらはからうしてみづに おほるゝつはものをひきあげてうしほをはかせ はじめてりやうせんのやげさりたるを見て大き 思ひしが におどろきふたゝびこれをおはんとするに こぎかしげなるくんびやうおしとゞめて をおはんとてあとに ごとあらばいかにせん かろ〴〵しくうごくべか らずととゞめしかばみな〳〵 寧王女 これにしたがひてふねをもとのところへ かへしぬさるほどにためともはかみよりのほるこなかな 月もしのぶにたよりよからねどかひなのたゆむまで はととかくして三里あまりふねをひらにしはるかに あとへを見へり給へばてきせん いたはりつゝの給ふやうかのぞく うへりやいばのつゞくかぎ 十七 おんみが くつらのこゑ なきはあさ でなら めあざ むかる ほどはあざむくに しかじと思ひかへしてけしき にも見せずとくじやのあぎし にも見せすこへし とをのがれたりさてあや いとをのがれたりきてあ うかりしとかたみに その回 つゝがなきをよろこひます〳〵ふねを はしらせてあけのあさかけるまの いせにつき給へば しまにあると あるろうよう なんによいそべに たちいでゝた とものかへり給ふ まちてをりたゞ いまそのふねのつゝ を見てことのやうはいか に候ひじかの に候ひじかの わざはひは なみをはし りてこゝま ではおひも こずれかと みぎより ひだりよりいと □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ かゝましくとい ければため ともにつことうち はみておの〳〵心やす かるべしてんそんしのいれいに よつてかのあくじうはあがせの びせきにうちたふされいきなが いらはてか ちどちうにいりぬふたびせうけをな すへからず又ねのわん女はもうごしがぞくへい にかこまれてすでにうたるべかりしをわれ あしのうちより矢をとばしてぞくへいをいて かさねておひもこずやうやく におちゐてふごのうへなる あみをとりのけわん女はほこに ぬはれ給はめてきずはいゝにととひ 給へばねいわん女はかうべを □□□□□□□ □□□□ なふかでには はべらず はぎのゆ 八 十七日 為朝 同断同一 天孫子皇 ○あ どこゑ たてなば のがれ のがれ□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ いがたしと 思ひはべり とい らへ給へは ためとも ころしわん女をすらふていてきたれりなん ぢら心をひとへにしてよくいたて奉ゐら せにあさでおふておはすかぞとつげしら ともをはいして申けるはおよそ三十六のしま じまにおるものごともなりはひにびんぎ おほかりみなこれわん女のおほかんいつくし みにいでたることたれかはねんじ したすけてきゝにのぼし給へば しまひとらは大きによろ こびいきごにかうべをほりうづ みつゝあまたらひわん女をはいし又ため たてまつらざらんよしや もらうんがためにすいくわ 一のかしやくをうくるとも せん女にかへり奉ると思へはうら 女がて手をとり 女 あは世のたゝぶまひ也かゝる □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ せにしづみ給はずは いともかしこきなか くすの出か をもてことうに ふごのうち よりたすけいだし ぐちにつけてねんごろに くわいちうよりよう いのこうやくをとり いだしこれをきず さすらひ給はんや こはすだろなりと まめだちてにいかに しまおさがいへを かきはらひてわん かきはらんてやつ 女とためともを かしづきつれしゆゑび 一つぎへし もちひざるはなしそのときためともはねば わん女にのたまふやうとくわいの人はふはくに してへつらひかざりそのいふところじつじやく よりいですそんらくへんきやうのたみは くちよくにしてたのもしげなりこうぎほく とつはじんにちかしといひけんうべならずや おん身いまひざをいるゝのちをえ給ふに にたりとももうらんはようじゆつもて せんりのほかをしるといへばこゝへも つはものをさしむけてせんさくせんか かくてあらんはなほあやうしさきに こゝにありいつたんうしほにぬれたりとも これをきてひやうはくのふじ んにこしらへふかくしのびて おはせかしためともはあすの あけがたにふなでしてはへばる におもむき利やうらにりがいを ときじきによつてかのしやうぢ へむかへとらすることもあるべし こゝろえ給へとまめやかにつまの かたみのやまとぎぬあやの おびまてとりそへてむすびし いもせのおはなみにはなの あたりをかのこいりつゆの ぬひはくすりばくもかはらぬ いろは今もかもまつにちどりの つゞきこうしゆをすゝめものとして心を わがふうふひのもとをいつるときせん 一ちうにもたらしたるしらぬひがいしやう あはれにぞ見えたりけり かけろまはりうきうこくちう さんせうよりうしとらにあた りてふなぢ七十七里にて うしほはやくなみたかくとかい たやすぎにあらざれども ためともはおさ なきより □□□□□□□□ 為朝 ふなぢに ちやられんしたま ちやられんしたま へばなことをもいせをも へばなことをもかぜをも ものともせまたゞいつ ものともせまたゞい 金ちやうにのりつけ給へり しかれどもとまりなはの まいりてはせうふぼく どうにみちをたづね むしのみすだくあら のをよぎりては ちやうかぼらん をしをかとし いゆにやどり つゆにやどり かぜにくゝ けへりいま きじんよ らんてんざん のふもとを 過てなごが だけをめて に見へへ きんぶせんを うちこえ 給へばむかひ に大きなる かはありけり ふなばしの なか三けんば かりきりおと してたやすゝ にたりがたし と見へるこな □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ たのたゝにをの わらはつ五七 にんいにをびら ごしよもやうかさねしまゝにわたし給へば わん女はうけさゝげでふかくよろこびわらはゝ すでにおんぞうしのつまとし思ひたてまつるに なほ此くにのいふくにてあちん事心にこゝろ よからざりしこれにますたまものやはべる とて手きずをしのびていしやうを ぬぎかへさてしま 白縫王女 おさらをまねき よしわづ身 けふよりは かりにおん ぞうしのつま となるべしこは てきにしられじ とのためなればなんたち ねいわん女としやうすべから ずたゞしらぬひと申せよと うちほうゑみてのたまへばしま をさらも又かや〳〵とうちわらひ おふせうけ給はりぬといらへしが これよりたえてねいのじをとなへず しらぬ也わん女とせうしけりかくて ためともははへばるへおもむくよしを しまひとらにきこえしらしつゞの 日のじゆんしやうにともづなをとき 給へばわん女はさらなりしまのろう にやくわかれをおしみみな〳〵いそべに したほの見ゆるまで手をあげてまねくも図 はなむけしてこぎゆくかたをのびあがりしばし〳〵〳〵 三日長月十五 ふうぶん ありける これに よりて○ みおとはもうかん がぐんびやうこれを まもりてさん なんしやうの やうろ □□□□□□□□ くたる ○ためともはきたの かたさんほくしやう心や なるほぶのうち にふね とりいと たかやかに うたにを きけば しん〴〵きたれが 神人来兮 富藏水清 神人遊兮 □しや□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 白砂化米 とくりかへしつゝ ひやうしいとおかし げにはやしけりため ともこれをきゝ給ひ さては此ながれこそ ふざう川ならめ とおぼしてほとり ちがくたち よりやよ 子ども ものとは よせむかし きへいぢがつしたり 一けるりうきうこくの田 〽四ちりをかふがへ こみちよりゆかんとて 人もかよはぬ山ぢにより なる 「三をしへよかしとのたまへばどゆし いぶかしげに見かへりてたび ひとはへばるへゆかんとなら うらぞひよりしゆりをよぎ り大さとまはしのあはひより ひつじさるをさしてゆくがこれ そのじゆんろなれどもうこん わう世をしろしめしては 〽つゞき〳〵よかしとのたまへばごろしらは まきりごとにしん せきをすえ給ひ わりふなきものは とほさず又なかくす まのきりはなちたる くよりひがしのなが はまをつたひて ゆくみちあれど 此ふざう川のふな ばしをひかれたれは それもかなひ候は ずといふためともきゝ てうぢうなづきさらば此 川をこゆべしとてなかの ところまで しゆきやとこゑ かけてひちりと とびこえみな みのきしへおも〳〵 むき給へばどうじちは 一ま給ふをりから 給ふをりから ごんししやうじゆは 王 いてうああかぎ をはやめつゝたちまち なみまつのほとりにいこひ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ とぞえたるは 一かみ ばかりにしき りにせうたんし たりける ためとも はどう ろき三げあまり おちたるはしをいと おちたるはしをいと したをまきて大きにおど たきくわいじゆん けんのため 為朝 は大ばるのしやう 給ふおんそうしをきを てうまをとゞめともひとをて かへりてあれはなにものぞその せいめいをとへ かしといふひま 小ためともは これとう ちがとよ めくこゑをめと べにきゝすてひた すらろぢをい そぎ給へばよな くすくをもうちば こえゆき〳〵てにし ばるのみなみなるさ きのつはこむらにやど からんとておほきどに ひてちねん大さとたまくすく よりみなみのかたちうざんさん なん十五まぎりのあんずちくとしは たつふだをかけてもうらんをうちほろく ぼすべきゆらしをなんまねきけるそのぶんに 〽すみやかにぞくしゆもううんをついそうしせい しをきうとにかへし奉るべき事みぎくだんの いり給ひつきすろにかはら いり給ひつ此ところにかはら ととなふるはや川ありこれをさか 五な利ゆうにしたがへりさるにして しやだのつちにしやうぶはいとだはしたるが もうらんは しゆつぼつふしぎ のようぞこなり もうじうをかつてせん わうをしいしりうけや にあたしてほうくんと せうすがゐさんせうをりやく すといへどもぞのつみまさに 五きやくにこえたりよつてなん とのほうれんをうながして このほうれんをうながして ひやくくわんぎよくたいを しゆごしほくせいのぼう りやくをめぐらして三ぐら はへばるにたむろすしよ りやくすでにさだまいてへい とういまだまつたからすじつに きゝうそんぼうのときなり ふてんのしたそつとのひん わうどわうしんにあらざる ものなしさうやふやうの しやうじゆなるべし はやくもすいし給ひにければ 木のかげ 木のかげを立いでくすゝみ しちうをとり きによるともがらこれあらば すなはちすみやかにはせ さんずべしけんしやうよろしく こうによつておこなはるべき ものなりおふせによつて しつたつくだんのごとし 十月日こちびらの とうしやうじゆ うけたまはる とぞかいたりける ためともこれを みそなはして心のうち にうちうなづきつぎの日 りよしゆくをたちい でくはへばるへおもむき うじゆなるべしと ぞいし給ひにければ を立いですゝみ むかひこれは大やま と五十六代の てんしせいわてん わうのこうちんに ちんぜい八郎みな もとのためとも といふものなり 世のびとわれ をしやう をしやうして つくしのおんぞうし とすぶゆうを あてつぎん □□ 一二十四 弓張月十五 つゞきみづからゆるすといへ どもとくなんによつてはか らずもきこくへひやうちやくせり もしもちびらるゝ事もあらばけんば のろうをつくすべしとことばすくなに のたまへばしやうじゆはうまより ひらりとをりてうや〳〵しく れつをほどこし日のもとは 大こくなり おんぞうし とほく わがくゆへ らいやんし 為朝 たまふこと さいはび はなはだ かくらふはこち びらのあんず とうしやうじゆなり くにみだれしゆうちと けなくしてきやくぞく いまだほうびずそれがし ふひんなりといへどもかみを にぎりてしにくだりせいしう 八百ねんのくわにならはんと○ 一雄齋國輝畫画 樂亭西馬譯文 行 発 新 十一日 錦 昇 堂 十一日 同 西馬訳 弓張 月春 霄榮 国輝画 小夜衛白波草紙 仙男作 芳布画 東方 西馬作 窓衣 一人 芳王 図画 日記図 録 三 東錦繪草紙問屋照降町惠比壽屋庄七梓 一 弓張月 介題曲至胡魚 神祠 十六編上 錦界 楽馬 譯 輝画 綿昇堂梓 芳張月重輯して今十六編○利勇腹臣に に至る既に十編の巻中に御曹子 李虎 十一丁 親族を携て渡海の船風難に遇て不量琉玖の 土に遷漂給ふ條となりて自ら図躰漢と倭の間劇演されば ○幻僧 蒙雲 衣裳の認工悉く細画におよび発客の元足より画工も 制覇も骨がをれ黒羽二重や大絵のあつさりとせし抜助はあらず 漸此編より惣巻軸なる為朝の現給へば少しは工業に美目 受栄能人物の交るをとりえ元来流花なる稗史に 比並ば端唄の爪弾に会席の何某楼が佳肴調 と都々一とつちり井の鉢を敲て騒ぐ休燧の群酒蛇皮第一四 の三筋四すぢに別れても喜怒衰楽は万里同風かはらで又 も新陽の御慰に呈せん事を希ふ而巳 明九 安政四丁巳年 孟春新刻 楽亭西馬識 ○弓張月春宵榮 楽馬 訳 国料画 譯 輝画 綿昇堂梓 ○利勇腹臣 卅弓張月重輯して今十六編○利勇腹臣に に至る既に十編の巻中に御曹子 李虎 十六 親族を携て渡海の船風難に遇て不量琉玖の 土に遷漂給ふ條となりて自ら図躰漢と倭の間劇演されば ○公僧 蒙雲 衣裳の認工悉く細画におよび発客の元足より画工も 荊覇も骨がをれ黒羽二重や大絵のあつさりとせし抜助はあらず 漸此編より惣巻軸なる為朝の現給へば少しは工業に美目 受栄能人物の交るをとりえ元来流花なる稗史に 比並ば端唄の爪弾に会席の何某楼が住看調法 と都々一とつちり井の鉢を敲て騒ぐ休燧の群酒蛇皮第一四 の三筋四すぢに別れても喜怒衰楽は万里同風かはらで又 も新陽の御慰に呈せん事を希ふ而巳 明九 安政四丁巳年 孟春新刻 楽亭西馬識 三月二一 霧雨に木下閣の 紙紙紙紙帳哉嵐雪 しんぜん 神前も 鹿も雨の ふるやしろ 木の子の笠に 蜘蛛の すがみの 楽亭 ○辨が嶽の 大鷲 おれぞうし ○御曹子 かなもとのはちらう 源八郎 為朝 ○弁ヶ嶽 兵衛 鷲巣山麓ノ 山賤女 海棠 弓張月十六 ○蒙雲 か賊臣 耳目官 全広 ○東風平按司 陶松壽 仝亀おなしく 孝子鶴とうし 四 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 全賊臣 三同 官 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 東孫 妖僧蒙雲が 術にて寧主女 の容を現す 一糸槌也乙州 にくき簾の人のかげ 脇ざしを呑と見せ たる放下師の 人の目をまづ 抜はなしつゝ 西馬 三月月十六 招武牌 六人見多有之候所 大大な党真なれども 仕候義を以奉存候を以上 男女を行出し 被座候右 御座候へ共表店頭殿ゟ御座候以前表裏表 十月日 前屋に太兵衛篤今御 源為朝 十五へんよりつゞきはへばるにまいり 五へんよりつゞきしはへばるにまいり 給はゞ大じんおもく用ゆべしいざ給へとて さきに立ばためともも又せう じゆがかんりきよのつねなら すはやくもわれをしりぬる 〽かなトおぼせしかはすこしもへ いなまずもろともに はへばるにはへばるに がたり給へ 四 じゆは 四 やうづむるはよのつねなりいまだこれをこゝろ しみずしてすて給はゞもううんかな らずもちひんかさるときはとらに つばさをそゆるなりよくへけん りよをめぐらさるべうもやと はゞかるけしきもなく いさめしかば利ゆか もことわめに せめられて しばらく○ ○しあんし あんずのいふところ もだしがたししからば かのためともと 一やらんをし よびいれ候へといへば せうじゆよろこびてとの かたへまかでやがてためとも をいざなひてもとのところへ 立かへるに利ゆうはかぶりだもいた たかずにしきのしとねにあんざ してびぢよ二三人をさゆうに はべらしげんへきうた していでもむかへね ばためともその ぶれいなるを □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 陶松寿 くわんうにひげなきがごとし大じんおもくもちひ 給はゞもうかんをうちほろぼさんこと日をかゞ ▼ゑんもんのあなたに しばしためともをためともをたしそのみ まづうちへまづうちへまいりて利ゆうにことの おもむきをつげそれがしつら〳〵かの ひことを見るにりうじゆんほうもくにしてまゆ びいできんこつたくましくして身のたけたかくゑがける なへてまつべしれはをあつくしたいめんし 給へかしとことばをつくしてすゝむれば 利ゆうきゝもあへずあざわらひその ものよしやひのもとのわうそんにも あれもうせうにもあれおのがころく にすらすみわびていのちををしみ はぢをおもはずこゝまてたゞよひきたる をもてけんぐごうおくはおしはからる しゆつしよふぢやうのゑせものは われもりうんにていたくとりたりとく おひかへし候へとものもなげにとりもあへねば せうじゆかさねていなそれがしが思ふ ところはことなりそればんそつはえやすく いつしやうはえがたしつたへきくわいいんの かんしんはいひをひやうぼがいへにこひはぢを いちびとのまたにしのびこううにつかへて もちひられずはいこうこれをもちこて きやうそをほろぼしゑんかんと百よねんの たいとうをおこし候はずやゑいゆうこゝろ だしをえずしてとうざいなんぼくし げんしやときにあはずしてひかりをさんりんに にくみやすゝみ 給はず利ゆうも又ためともの ここをおのれにすゝめざるをいかりてしばし ものをもいはざりしがたちまちばせを せんをとつてさしまねきゑんかくちかくきた せんをとつてさしまねきゑんかくちかくきた れこへん何らののうあつてもううん をうたんといふやばかりごとあらばわれ よきものをゑらんでもちゆべしといふ よきものをゑらんでもちゆべしといふ そのていたらくおごりほしいまたなりけれ ばためともあだわらつてひざをすゝめ 大じんきゝ給はずやへいはしんそくを たつどひはかりごとはみつなるをよし とすきにのぞみへんにおうしたゝかへば かならずかちせむればかならずとる これゑやらすゐのはうすんにあり いまだてきのきやうじやくをしらず そのちりをつぱらにせずしてしばらく こゝにぎすべからすそれがしさせるのう なしといへどもゆみやとつてはむかふ ところてきなく十六才にして九しらを へいどんし十九才にして七とうを くわんれうせりさればちはりくかにし すぎゆうははんくわいにまきりぎや すきゆうははんくわいにまきりきや くをうちらんをしづむる事はくさ にかせをくはふるごとゝたみをなでに をおさむることはみづのひさゝにつゝに にたり此ほかにのうもひはずとなく したるけしきもなくいらへ給へばり ゆうはたなぞこをうつて大に閉へ 三月月十六 〽できわらひごへんかくまでにち ゆうをせうしてみづからほこらば なぞやふぼのくにをさつて ろめいをこゝにつながんとはする われけつしてまことゝせずもし そのとくとこ万にひとつも いつはりならずはけふより三日を かぎりておほすべきこと三つあり ぞうしはよのごうななりいかでかひやうをもて ぞうしはよのごうしつなりいかでかひつふのゆうをもて これをこゝろみ給ふべき三ぐんのみだれもうたま がひよりおこるといへば大じんこゝろをかたぶ けてうたがはずすみやかにじゆようし 給はん事こそねがはしけれといさむれば利 ゆうはかうべをひだりみぎりにうちふ りてわれ今そのごうおくをこゝろ だいゝちはわがれうぶんなる みずしてもちふるときはしそつ とかくととよぐすくのやま あひたろ〳 ゆひひろくしててきをふせぐに こんなしごへんかしこにいたりて ひとのたすけをもちひず ちびきのいはにをもてこれを ふさぎ候へだい二にはちか これをあなどりてそのぐん ばいにしたがふものなけんあん ずなにの見るところありて かたはいふやよのことわざに のうあるたかもこぶしを はなさゞればそののうを ごろべんがだけに大わし しらずとこそいへいとすゞ ありやゝもすればさとに あさめてじんみんをざんがい すごへんたゞひとりかの山に いりてくだんのあくちやうを いころし給へだい三はもううんが ぞくへいかはらのながれにそふ 一てようすいをくむ事あり ごへんこれをうちとめてその くびを見せ給へ此みがでう ろなりとてうけひかず そのときためともは立あがり つゝはかまのそばつまみとり大 じやうぶのいちごんはしめもおひ がたしそれがしもし此三がでうをなし えずはいふところみなそらごとゝなるべし いざころくとやらんいふみなとへ まるべししるべ さし給ひねと のくわやくをなしはてくのち おもくのちゆべしもしい事いつ かでうにてもかぐるときはふた たびじやうちゆうへいるべからずと いそがし給へば 利やうもともに 身をおこしの せうじゆはかたまらいたくおぼえて利ゆうにむかひおん つをもて 為朝 ひかはみづ からさぶせん せう じゆをとゞめて しろをまも らしいふくを あらた あらためかまへ しそつ 四五十 にんを いて ため とももろとも 小ろくのみなとへ いたりしかばためとも はかうべをめぐらして 四はうを見かへり給ふに まへはそうかいびやう〳〵として みざにせんはいさんありひだり におき山ありきよくろいつけい をつうじてりやうざんびやうぶ そたてたるごとくみちはゞ わづかに一じやうにはすぎ 一たのもしげなくときしめせばため ともきんぜんとしてれうじやうし うけ給はるところいづ れもよのつねのわざ なりこゝろえて候とた やすげにうけび給へば 陶松寿 ざりけりまことに此山 あひをさしふさがはくつ きやうのようがいなる べしとひとりごち給ふほ どに利ゆうはうまより をりてせうぎにしりを かけよういおそしとさい そく上かくてためとも はきゆうのそでをまき あげてなみうち あげてなみうち ぎはにあゆみより 見あぐるばかりなる 大せきをあるひは まろばしある人は かきいだきて かたにのし山の あはになら べすみ給ふに じじやくとして かんしよくかは ずたちまち きよくろを ふざきない つその一りよ りよくさか に人ンば わざとは 見えざりし 我やうは次へ 中洲八十六 〽できこのありさまに ひたとあされてしたを はきしぞつはみなくち〴〵 にやくとおむるにぞ利ゆう はねたきことかぎりなく もしかゝるゆうしやをじめ もちこばつひにの 為朝 陶松寿 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 12日 又五十九日 世におそろしく 思ひしかばいとふ けうげにうまに うちのりため ともをいてはへ ばるにたち かへればせう じゆばいぞ がはしくいで かはしくいで むかへて まづため ともの とを とふに利 ゆうは つゝむに つみ えず ありしこと どもをもの がたれば せうじゆ はふかく かんたんし おんぞうし のゆうりき はいごしより はまさり給へりとてそん きやうはじめにいやましたり しかれども利ゆうはうつわもの せばくおのれにまされるを もちふべき心なく今より 一んがだけにおもむきてわし をいてとり候へといそがせば せうじゆ又いためていふやう おんぞうしのぶゆうは小ろく のいちじをもてそのよを へいざなにておんぞうしをもて なすべしらざ給へとて 立んとすれば利ゆり これをきかずがほして ちからはきはめていつ しるにたれりそれがしりよくわん さゆうを見へりえせ ふにあり大 てきをうつ ものはかな ちらきらへばます〳〵ためともを らず 三浦戸 つ ぶりやくによれり かの人に三日のひてを もたらしてはやく しろをいだせ 為朝 よしげぢするに 所 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ ●こゝろざしはよろこぼし にたへたれどもべんがだけし はこゝよりそのいたできぞ 見るかくれなきこうぞん なればしかへを給はるに およばずはや まるべしはてしそ どのゝかたにいでゝとやたゞひ 身がるにいでたちさつ矢 をおひゆみをわきばさみ 利ゆうせうじゆにぢし わかれてかはらのほとりに おもむき給へば日はくれ てしよこうのころに てしよこうのころに なりつもうう びやうどもとくいで きたりて夕づを くめかし とてつ □□□□□□□□ せきをはこ びてもあひの せうじゆはいさめがたきを しりてしきりにたんそくしおんぞうし べんがだけへおもむき給はゞせう じゆがともひどをもてしるべいた すべしかの山ぢはようちやう たるものもみちにまよふ 事ありかつとく としてとだちゝふかくなれ 又おほかり じやもうじうも じあい し給へ といへはため ともくらへ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ ながれにそふてよも すがらはいくわいし給へども 此一でうはあとなきくうげん なりければたへてひとりのかげも 見へずつひにそのよをいたづらに あかしてやがてべんがだけにわけ入り こねもすかりくらし給ふにわしに にたるとりだもおらずつぐの日も又一 かくのごとくあざりくらしあさりあか してだい三日におよべりかくてはふた たびはへばるへかへりがたしそも〳〵 ためともおほうにしやう ためともゐほうにひやうりう めをうくる事たれがためぞやしから ともわしをこして ともわしをとずぞくへはいつきもうち えずはぶめいをひとのくにみださん とはくちをしといらだちてこのまいはかど きらひなくてきにやあはんわしやき たるとながき三よさをまどろみせ ずちにおん身をくるしめけり されば又もううんがげぢをうけねい わんによをうたんとてわざはひをひきて しやうりうきうへおもむきたるぢくとし らはためともの矢さきにかゝりてくわはん いのちをおとしのこるものどもはつるかめを〽ぎへし して身をちりあくたにひし此はづかし 小みちをふさ きけるゑよ き女ゑよ 弓張月十六 奇律之一 一 四日廿一日 陳孫 蒙雲 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 全広 岡 亀 ようつてを さしむけ給へ わくらく三まにわか れて ○かいりくよりしん ばつひたすべしと けいすればもううん おしまづきをこつ てこれをとゞめし わん女はいつたんのがるゝ ともがよりうなりたえて これをおそるゝにたら ずわざはひはわがじゆ かをもていだせしもの のやなれば つゞきいけとりに たるをめんぼ くにしてたつ あしもなく ひきしりぞきてにしま ぎりよりふねにのり からうじてなはのみなとへ ちやくがんしやがてしゆものりうぐう じやうへまゐもてつるとかめをてい じやうにひきすゑことのおもむきを うつたへにければもううんこれをきい てかうべにはりうせいきんをいたゞき身 にはせう〴〵ひのへりとりたるにしきの どうふんをきて手にさんごじゆの つゑをとりさとのしにはをさしかざ さしてゆるぎいでみづからそのいふとこ ろをきゝてまづつるかめをひとやにつな がしにはかに三しくわんとうそん正さんこん きりつしじもくくわんぜんくわうちを にしつどへてわざはひはあかせのむせきに うたれてどちうにめづしわんによはよりよの ゑんべいありてぢくとしらくわはんうなれ ゑんべいありてぢくとしちくわはんうきい つひにこれをとちへえずにみにもう こくていが子どもつるかめをいけどり きたりしよしをときしらするに此三 にんの大じんはさきにもううんにこる さんしてせいをむきがら死をおそれ ちうもぎもなきしれものなればうちに ○酒屋喜一 同月月一日 おどろきておもてをあはしたみのきごう するところはわざはびをおそるゝゆゑなり しかるにいまそのけだものをうしなび わん女またたわけをえてのがれたりては じつにゆゝしき大事におよべりふねの かたち ありて □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ よしやどちう にめづする ともその きをはきて 〽べんがだけ なるわしのふくちうにこも らし又かの山の山の山の山のきこりが むすめのはいかんにこもらしたれば たや長くりゆうをほろぼすべしたゞ ゆるがせにしがたきはわん女をたれけ たるますらをなりかのもいゝぶやう とゝんにてきなしわがこのせんりがんを もて見れどもみえず利ゆうもし これをもちひばじつにゆくしき大事 二におよばんしかれども利ゆりはその よしやこれをもちふるとも 「われまたべちにはかり ごとありはやくふぎう がはのゝやなばしを きりおとさしつぎへ さがかんやうなるのみおのれに まされるものをいみきらへ 八十に八九はもちふべからず 二月十六 〽ならずやはゝにいがきをころせしものはくまぎみなり がきぎのわうらぞひきたは合にせきを すゑよかしげぢすればとうそんきやめし ぜんくわうらそのゑんけんちぼうにかんふくし ぜんくわうらそのゑんけんちぼうにかんふくし にはかにうげきをとばしてそのちのあんずに むねをつたへようゐすでにとゝのひけりかくて もうらんはつぐの日ひとやよりつるかめを ひきいださしてそのいましめをときゆるし みづからこれをさとしていふやうなんぢ らはこれちうしんのみなしごなりこゝを もてわれなさけなくそのかうべをはね るにしのびずさればもううんがかりに ほうくんとせうして此りうぐうじやうを まもることしらざるものはうばへりと思ふらめ しかりともわれ今わうきうをさりて山に かへらば利ゆうがためにうばはるべしわがこゝに たてまつらんためなればさきにちくとしをつかはし なはめのちじよくをえたりわん女はきのふむかへ とりたてまつりてこうきうにおはするぞかし なんぢらきやうだいもしちうぎのこよつざし あらばひそしにはへばるにおもむきてりゆう せうじゆくまぎみをねらひうちわんずを みこにあらずらうふぎみと利やうとあいはか りて世をあざむくのみとはみなんのうたがひ思ふ ところなればなんぢらも大かたはすいしてある らんちゝを利ゆうにうたれたるはちこん とならばわれ又ぐんびやうをべんが だけのあなたなる山ふところにふせて たすけとすべしことならばはやく しろに火をかけてあいづとせよ ちうこうふたつながらまつ たくせんことたゞ此いつきよに ありゆめおこたるべからずととき さとすにぞいるやめはそのきが さかしといへどもしやうねんなも びげんをもてもううんにとき まどはされなかばはしんじ ある事はねいわん女をむかへまいらせて世をしらし たるになんぢらしゆう〴〵あしくおもひとりて なかばはうたがひはら から 蒙雲 これをこばみうちはたさんとせしほどにつひに うばひとつて立かへれよかのわんずはせんわうの そのきうばひとられたるたんけんはくまぎみつねに ふところにすこれをもてせうことせばわがいふと ころのたがはざるをしらんなんぢらいよ〳〵ゆかん 亀 せおもてをあはし つゝしばしいらへ もせざめしが たちまちに こゝろをけるし 思はざらき くまぎとは ともにてんを いたゞかざるの あたなりわん女 此ところにかはす ならばたゞこく のはかりごとにしたがふ にしかじとしあんしいひ あはさねどきやう たいもろとも かこんのなみだ にかうべを さげおふせ かけ給はり □□□□□□□□□□□□□ によはあん をして はやくうきう におはきばかうべを 九圖 にのがれがたきいのちをたす けてかたきをうたし給はる事さつせい はねらるゝとも うちみなししかる たねいわん女 これを もてなし とうざのひき でものとして ふたふりのめい けんをあたへ よそながら ふしぎのこうおんなり利やうくま ぎみらがかうべをひさげわんずの おんともしてかへりきたらん事わなみの しゆくぐわんにこそゆへと いといさましくいらへ ねいわん しかばもらうん大 女にげん きによろごびて ざんいた さす べしとて みづ 国に 四 全広 □□□□□□□ いや〳〵さが 此義に伝へ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ にきの とばりを むきあく ればそのゝ 棟孫 あなたの だかどのに わん女はことをかきならし ておはしけりつるかめはもううんがより〳〵 じゆめにてかく見するとは思ひもかけす わうに五 しばしやみたをふしおぢみはへばるをさし て立いでけりそのときもううんはじもく くわんぜんくわうに五六百のぐんびやうを飲へ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ つゞきおふせなりともこれ のみはしたがはじといひはな つことのはのたげきにあはれ也 いやましてつるはすゞろに めをしばたゝきわれと てもきは思へどそれは しゞうのりやうさく にあらずあやうた るゝともおとゝのこ らばほゐをとぐる 日もあらんにきやうて だいむとしくいのち をおとさばかたき をいたれがうち たれがわがふぼ をなぐさめまつ らんかくまでいふに したがはずは大 きなるふこう なりといふこゑ なりといふといふといふといふ よそにもらさ じとぞとびくそで ふりはなちてかめはとに かくうけはかずざらば 兄うへこゝにおはせよひ 国輝画 西馬譯 のかめこそうちにしのびいりてうかゞ はやらめといひもはてすほりはゞせづき ところへとあやみ□るをはきゞめ よまち給へ 松平 ありしんと がこたつ ざは さる丁 ながら われはとしも ましたれば のおんを うけたる みにくらぶれ 日におん などにこそぜんじをあらそふこともあれ下のまき也 夜廻 夜廻 びさしらずや しかるにあに はおめ〳〵とおく れておとゝにこえられは はことにおいてじゆんならず かりそめのようちしろぜめ 其由縁鄙停 十四號 ー五輪 十六編 笠亭仙果著作 御蝶楼国貞画 錦屏 堂蔵 板略 目録 十勇士尼子の礎 三編為永春水作 四編寿齋国貞画 雨夜鐘四谷雑談 五輪河竹其水作 六編歌川国貞画 初編笠亭仙果作 比奈乃都大内譚 二編一勇齋国芳画 地本絵草紙問屋江戸てりふり町恵比寿屋庄七板 西馬譚 国輝画 下編六十 弓藩之者2条 第十穴篇5冊 図編巻函番画 錦星発死断 67 上ばしきしとにもうちもうちもらさじと思ふかたきのしろにきて 兄弟かきにせめがんやもししたがはずは兄にあらず弟にあらずきく。何 わきなしとえんずればかめはいまさらあらそひがたくて喜びがほなる ねになけばつるまたさすをひそめていふやうさきたらんといふもおやの ためおくるゝも又こう〳〵なればわれうたるゝともいけばらなく ともおん身いちじのいかりにまりしてたせいのなかへきつていり あたらいのちをすて給ふないよ〳〵ふかく身をかくしはひ そのみすがたぞかへたへがたきをたへゑのびときをまちえて おやはちよらのかたきやうつこそこうなれといさめこし ちへしのびよるこうしめせきたんあやまたを へいにそひたる大だけにやぎ なきそうちやけてこなたへしかと たぐりよぜゑはのはしをおとゝに としてそのこはたけめうらに すがりつひとゆりゆつてはねかへる さずればかぎははづれて なよ〳〵とつばさなけれ 〽ど一じやうあまりのほり をたやすくはねこえてへいの あなたへとびちりまをりしもよ けれじやうちうのみ夜まはり □のあとにつきての 同二三の きどをたやすく こえけりさていづこより次へ 弓長ヨ十六 弓彌三巻〆第 第十穴篇5冊 図編巻函番画 錦星発死断 67 十七しそしとにもかくにもうちもらさじと思ふかたきのしろにきて 兄弟かきにせめがんやもししたがはずは兄にあらず弟にあらずきく。何 わきなしとえんあればかめはいまさらあらそひがたくて喜びがほなる ねになけばつるまたさ兵をひそめていふやうさきだらんといふもおやの ためおくるゝも又こう〳〵なればわれうたるゝともいけば其るゝ ともおん身いちじのちかりにまりしてたせいのなかへきつていり あたらいのちをすてなやないよ〳〵ふかく身をかくしはひ そのみすがたせかへたへがたき世たへゑのびときをまちえて おやはらからのかたきをうつこそこうなれといさめこし ちへしのびよるこうしのせきたんあやまたを へいにそひたる大だけにぬば なかそうちかけてこなたへゑかと 〽たぐりよせゑはのはしをおとゝに とうしてそのみはたけいうらに はがりつひとゆりゆつてはねかへ 立 さずればかぎははづれて なよ〳〵とつばさなけれ ど一じやうあまりのほり をたやすくはねこえてへいの あなたへとびちりぬをりしもよ けれじやうちうの夜まはり のあとにつきての 同二三の きどをたやすく こえけりさていづこより次 同月長禄十六 三月廿一日 わゞき□いらんとてゆんでめてを見かへるに こゝぞと思ふひまもなしたゞてんぜん しよのやのむねにけふりだしあること をおもひいだしやをちやのうへにのぼ りてぞこよりしのびいるに下にくる まゐのあることはかねてしかつるべの なわをつたひつゝすがりてをりんとけるに くちてやありけんそのなわたちまち ふつとちぎれて井のなかへざんぶと おつそのみづおとひゞきわたりてきこえし たちてはしりきつ井のうちにおちたるもの と何にやあらんとひしめきておの〳〵しそくを つてこれを見るになわはちぎれてつるべおち たりこはたゞ事ならずぬれひとかてきの をりからせうじゆいそがばしく としりきてほともてつかんとするわか ものをしかりのけつゝ利ゆうにむ かひこよひのちんじはたゞいまろう ひやうをしてしらし給ふによつて そのおほよそをしれりかばかりの くせものをなどていけどらし 給はざるとくひきいだきし 候はんといひかけて◑ かばてんせんわかんれうのくわんにんらおどろき つる しのびのものかほこをもてついて 見ばやとてどよめく事大かた ならずつるはひとたびはいちうに いりにけれどうきあがるとき井の へかわへ手をかけてしづまずつかれではほい なしと思ふにぞなか〳〵にはゞからずたちまち これをきつてふたゝびおどろきさてはぬす人にうたがひなしたゞ つきころせとのゝしりけりまことにつるがあやふきことあなをぶらるゝ かにのごとくわだちにいきつくふなににたりうんにんらはつるが升のうち よりこゑをたつるをきゝていよくぬすびとなりとしはやりをのわがらず りやうさんにんほこをもてつらんとするをろうひやうらいそがはしく おしとゞめていふやうもしそのものをひきあげば してさしごろしぐごにまゐうするみづをけが 陶松寿 鶴 にこゑをかけてこれは人のおちたるなりひきあげてたべといふみな〳〵 九十九日 たゝんとするを 利ゆうよびとゞめ てかしらをうちふ りぐんしはなはだ そこつなりもうらんは げんじゆつありかれ がしのびのもの なりせばらん ぎやうのじゆ つなからんや これをいけどる ことばかたく ころす事は やすしさは あらずやと したりがほ にあご にていふも かたはら かたはら いたくせうじゆは きとかたちをあら めいにしへの人も ねずみになぐ るにうつわよめを いむといへり もしかのいめ をひきあげぬ してころさら 給はゞうつわ 人職さばかへてわなみのおちどなるべしらけぐる ともころすともまづことのおもむきを きこえあげてこそといへはみな〳〵これにしたし がひてわかものらはうちものをゑて井をまもりろう ひやうはうちにまゐりてりゆうにことのよしをうつ たへけり此とき利かうはすでにふしどにいつたりけるが 此うつたへをきゝてかばとおきそれはよのつねるまぬす人には あらじもうかんがしのびのもつならんにはやくせうじゆに つげしらして四もんをかためよわれみづからいでゝことのては たらくを見るべきぞといらへもはてずまくらべなるつるぎ をおびてさとのしにしそくをとらし やがててんぜんしよにおも むきてふたび ろうひやう らにことの やうをたづね しばらくかうべす かたむけつゝいふ やうもうとんは げんじゆつにたけ たりおれがしのびの ものならばかぜのごと くはしりいぶりのごとく たせんうせべうもはかりがた たとひ井のみづをけがすとも 大事の一左をとりにがすにはまた れりたゞつはころせとげぢすれば はじめつかんといひしわかものらうけ給は るといらへもあへずもつたるほこをとりな 相国利勇 るといらへもあへずもつたるほこをとりなほしてつきくださんとする 与長月十七 さくにうしのかた さくにうしのかた ものをなげて ねずみを うつにひとし □井をうしなへば たわれにそん をあり此しろ もとより水に とぼしにはとりを なをもちひ給ふは いかにぞやたと もうとんがじやう かくしもくとんは木にかゝれ へいなりともみな へはなりともあな そのじゆつをえたる にはいはじおよそらん ぎやうのじゆつに四ツ ありすいとんといひ くわとんとくひもく とんとらひどとんといふ これなりすいとんは水 によりてかたちをかたちをかへし くわとんは火を見てかたちを どとんは土にかくれ しやつ井におちて えもいで□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ つかねていましめを まつものはのがるゝにしゆつ なきゆゑなりしりよを吹 申九月十一日 〽つゞきついほし給ふこと かはとはゞかるけしき □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ なくいさむれば利□ ゆうはなほ心もと なく思ひながら さらばひきあげよ とげぢするにぞ みな〳〵つるべのなわ をたぐりおろしつゝ ゐのそこをさしのぞ きたゞいまひき あげえさする なりなりのはし にすがりてよと よびかけて手に 〳〵なわやむく ほどにたちどこ めにむきあけてやに めにこきあけてやに はにこれをいましめけが さて火をとりてくだんのくせ ものを見るに思ふにはにずばし ころ十四五ばかもなるひほう ねんなりしかばみなあきれは はふりしかはあふすきれは てゝしたをはきたえてこと ばをいだすものなしそのとき 利ゆうはつるをにらまへしやつ もうらんにおとみざるげん もうらんにおとらざるげん じゆつあればこそかゝるびせう ねんにばけて人をまどはし ▼うらんとて 日ごとにしやさ やとかにわうちい いたしいがきのふ よりゆる されて じやう 〽ちうへいでくわ するほどに此 てんぜんゑよ とやらんにはさんかいのちんみあまたあり 世にあらん思ひでにかゝるよきさけ よきさかなをひとはしなりとも よきさかなをひとはしぶり たうべたらんにはとあしき心 さへつきて候ひしがなほをち こちを見めぐり候はしに日は はやくれてきどをとざゝれ らでべきやうもなく候へば はしとみのかげにあかさばやと 思ふにひる見しものゝいとほしければ こゝろおぞくもしのびいらんとして □□□□□□□ いひざま さへかりびと なんどの子に はあらずあれ 見よはだへには きごみをちや くしかま □□□□□□□□ その こゑざまをきくに もうこくていににたる のみならず 道商 ひまをうかがふてのがれたるにや あらんずらんおよそけん 井におち たちまちに じやつにてかたち をへんずるに きたなきものを たるなり あはれいのち □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ そゝぎかくれば そのしゆつ たちまちゆぶ るゝといへり たべと 李虎 かげ も ほつ たり ものどもしやつを ひきいだしてくそ しるをうち かけよと けぢこれば つゝひきゆ つきていて 歌 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ □□□□□□□ たくやじん なし大さと 山なるから ことのせがれ 弥二郎 □□□□□□□□ よば るゝもの なりわしの はねを▼ とはうた あざむき けり利やうこれをきゝてさゆうを 見かへりしやつを見しれるものありや ととへばろうひやうすゝみいでゝつら〳〵 とうちまもりまことにむものはきのふ わしのはねをうらんとて まゐらしもの なりといふに はゆか ○鹿 しあんしついな がふべうも あらぬこゝ ていがせがれつるなり 父があへなくうたれしは なせしつみとづとしるべきに 身をおくことろなき まにわたくしの をゆて われ ちを ねらひ うたんとす 〳〵しやつ ノ三尺ヨリ 同一一、 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 十四 ゆきくわいなれとくひきいだしてかう べおはねよといきまきたかくげちすれば つるはないなく見すかされてのがれかこしと □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 思ふにもくかれるまつこにならだをふくとてぞ らへまはせしこぶしをにぎり利ゆうにはしりつきが 十月月十六 きからんとてたて ばうしろへひか るゝなわに はたと まろびしか あはざゝ足なほして たんそくししられ たればなのるに 四くにのため はず にちうをつく 一せしわがちゝに何の つみかあるみなこれ きつてなきちゝの なんぢがさかしらのしたのね うちみをこゝに □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ にちぬほこそ○ 李虎 〇かまく いて たば かり よつ たるに かむも なく めいうん つひにまつ たからで 亀 かくいましめ うづめんとするに られたみは今は一 にちもながらふる ことをねがはずうら むらくは利ゆうくま ひとしく心きてだに およばぬ事にしごを たのむはますくぐなり わがもうこくていをちうせしは ぎみらがかうへをいて おほせによつてそのつみをたゞせり くまぎみがしることにあらずといはせ こうをちゝはゝにえも つくさすころさはころせ 九つの世をふるとも れうをひいてあゝま れうをひいてあゝま でにおもひしらさで やはやまんとこゑたりや かにのゝしれば利ゆう から〳〵とあざわらひなんぢ ふちうのうをとなりて なほ身のぶんざいをしらず たとへばぶんぜいの山をおこ せいゑいといふとりのうみを もあへずこゑをふりたて候へはとて いはるゝものかなよしや人をあさむゝ ともいかでかてんをあさむくべきなん ぢらがかんけいはもううんこくしのくち づからきゝつさりとてもなほあらそふ やとたゞひとくちにときやぶれは利ゆう きゝもあへず大きにおどろきつまきを ぬいてはしりかるをせうじゆつとよぼて おしとゞめ大じんいちじのいかりにまか して此しやうねんをころし給はゞきに えいきをそふるなりなどてさとりに 趙豹 ゐはざるそれ がし此ごろしの びのものをしゆりへ つかはしてうかゞはせしに もうこくていが子とも つるかめばねいわん女に きうなるしまぎたに のがれさりしゆうじう あかせのいしぶみのほと りにふかくしのひてゐた りけるをもううんよくしもて あまたのちゝとしにわきはむを ひかしかのしまにおひわた らしてしゆう〴〵をうたんと せしをりからてんそんしの次へ 手淵戸十六 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 鶴 あなどりをふせぎ給へとせき をうつてぞいさめける そのべんぜつさはやかに してみづのながることく みなことわりにかなひしかば 利ゆかはあきれてぬき はなせしつるぎをやをち さやにおさめしかる ときはいかにせん ぐんしはつ りごとあらし やととへ つぎあれい によつて わざはひ はどちうに めつし わん女はふし ぎにたすけ をえて いづち ともし らず のがれ きり 給ふ ほどに へいら はもちう つるかめ をとり こにして これを ちてしゆり へかへりけれ ばもううん して こんやつる をいけ どり給へりそれ かしつら〳〵もうらんがかんぢい をさつするに一るもし大じんを くだんのきやう だのをあはれと うたばすみやかに火をかけて あいつとせよとてわかせるならんを こそかにはかりごと しからば大さとなが川わたり をしめして大じんを うたせんとすしかれ ども大じんうんたかく 為朝 の山がげにぐんびやうあまた ふせおきてたんへいきうに此 しろをのつとちんとこそもく ろみけめ又つる らびんきをえず してとりことならば 大じんいかつてこれをみろし 給ひなんさるときは大じん ◑これたみの わたくしのうちみをもて こうしをころし給へりといはん もうこくていはせいかにして よくたみの心をえたりき いまのうちんをうたずして めいかのしそんをらうし給はゞね のぞみをたつなり さあるときはくんぬ ふるはすぐんゐふるは ざるときは此しろながく たもちかたしたゞいくたひ も思ひかへして世の目 しゆ につ こと かちゑ 次へ 手浦戸十一丁 弓張馬十六 ごとをおこなふ事はやすししる れにとも大じんこれをもち ひ給はじといふに利ゆう たちまちにげしきをかへ ぐんしいかなればわれをヱ 事のなほざりなるもちふる 〽わきてきのはかりごとにつきではかり ともちひざるとはことのびんぎ をえらむべしと也へといそ かせばせうじゆさゆうを 見へりてこねはべるともがら はみなふくしんのものなれ どはかりごとはみつなるを よしとすしばらくとほ ざけ給へしといへは 利ゆかうなづきて めをもてそのいを しらすればてんぜん しよのくわにんらは さとのしもろともに □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ つるをひきたそとくまかで そのときせうじゆはひざを 一十二日 源為朝 こゑを ひくゞし 大じ もうろ をほろが さんとならば さいはこはなはだしといふ とくをもてから みにむくひつるを ゆるしてなりくすくの あんずににんじたえ たるいへをつがし給へ しかるときはいつたん わざはこにおそれて もううんにこうさんせし ものもあやまちをくひ とくをしたふてこゝに かへりまゐるべしなほ きをあげてもろ〳〵の まがれるものをおく 利ゆうこれをきゝてまゆをひそめ つるはぎやくしんもうこくていが子なり もしこれをちようようしてあんず とせばしやうばつにおいてたゞし からずこれはけつしてもち□がたしべちに はかりごとありやととへばせうじゆ いらへてそれがし直でに三ツのはか りごとをさだむいまいふとこ ろは上のはかりごとなり又中の はかりごとあり一下のはかりごとあり これをおこなにことはかへつてかたし しかりともやむにまされりといふ 利ゆうかさねて何をかけ たきはたみ したがは ずと○ ◑何 をか下とする それきくべしとてみゝ さしよすればせうじゆも ひたちをつきあはしこんやもう〳〵か かんつはものをいだしてつるがしつて ばよのあけざるはしにちくとしを もてつるを大さとのあな たなるわしのす山に ひきいたらしいつはつ をかうべき てかうべをはねる ていたらくをあ いたし に火をかたるをまたするならんさみ かせさし ○ いふ ことなし これはこれ たゝかはずし てかつのはから ごとにしておこ なふにかたからず もちひ給はだは 蒙雲 給はゞもう うんがぐん 二十一日 乙やうちそのはか りどの りどのもれたるを見て あはててしゆりかへるべしその ときそれがし四五百のていへいをいて なが川をさしふさきこれをうたばみなごろしに せんかくてつるをじやうちうにひきかへらしてせうじゆにあづ け給へのち又はかりごとありこれを中のはかりごとゝすまた下 のはかりごとゝはつるをせうせずばつせずしてはなちて かへらし給はゞもううんそのいをはかりかねてかろでしくはへ ばるにあたすべからず大じん此二ツのものをえらみ給へべきへし 同十七日 くれやうそすきさのらせたくその 十月 これに合て入れてられたからず。これてもののひときや彼には 七月十一月 つゝきこのよのいとま とらせんとのりもあへず ちやうひやうそでをまき あげてするがあとへに たちやぐりこほりなす やいばをぬきてしろく きよらなるつるかゑり のけをあまたたびかぎ あげつゝきつさきたかく 〳〵やりあぐればくらきこか げに身をよして ことのやうをかいま りいで もつたる みだるかめは しのぶにえも ○すくふにいとまあら ず右をうつては左りになぶ びけ三にんにてをおはしふた りをやにはにきりたにせど 大イせいなればものともせず おめきさけびてせめたつればすでに あやうく見へたるおりからたちまち ときのこゑをこだまにむゞかし 百きこだちのひま よりかけいでたり そのいきほむ うしほの ひたかぶとのむしや四五 わへが かたなを ひらめかく しのばず いきほび ごとく あた ちやうひやう をはたときれば たけ □□□□□□□ ゐぞ もあ かうべはつるをとび こえてはるかむか こへおちたりけり りこはこれを見ておど ろきあはてかたなをひら りとひきぬきてほめをき 身をおこしてあらをとばゝ りどがいきばらでうと らんとするところをつるまづ らざれば 電 けるけられてあつと けるしられてあつと さけびもあへず あぎとをのがれてふよび こちうにあへれゝぢしかたな〳〵 もちて矢をきりはらひしやり これをふせぐといへどものがねは べうもあらざれば今はいのちをなき ものにしてしすともきやうだいもふ ともにおなじ山へのつちとならめと 思ふばかりをちからにて身をひる が人してたにそこへまつきかおとし ●御ころびおつるにきん □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ まんもんのおうご にやよりけんつゆ ばかいもどり □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 〽ちずさてはわが あにもつゝがなかり けんと思ふにたのもし くてあにごくとよび かくれどまつふなせ のみいらへしてかい さぐれどものもあ らずはやのがれざり 給へわかたけきけものも をるべければいかに □□□□□□□□ なり給びけん よしやはか なくなり 給ふとも のけざまに はへぐるの たふれたり かてのこま にかめは をとり なほし ほしちかくばらやににげされば丁きの天せう てあかが いましめを きりとけば きりやけは つはものちは むらだちきは ぎてほこをひさけ つぎをうちふり 〽わものちはたゝ かはずしてべきゑきし くひ世につまづきおのがやいばに づんざかれいのちをおとすもの二 しよにんそのようすでを物はぬはなく つさきにうまをいだしきたなしかへせと よびかけたり此大せうはほかならずもう うんがはかりごとによつて大さと山の ほとりにたむろしつるかめうあひづせば はへばるのしろをのつたらんと よういしたるじもくくわん せんくわうなり此日もううんは 為朝 八ほうよりうつて うよりうつてたるこのにのぼりてつるかめがてきに入 なるかめはたせいに わたりあびいのちを かぎりにたゝかへばくるは けられておきんとする りこがかたなをうばひ かたなをうばひころせよよしやうちもらすことありとも こりておこしもたてず そむらよりちのした までぐきとさしむき ぬくやいばにほとばしる ちしほにすべりてたち まちにそばゝやみはづ してたにそこへころ〳〵と まづひをちぜうしもしら ずなりぬれどかめはか とかめはも たかとのにのぼりてつるかめがてきに今 くさしゆられん事をしりてければあしはやは 〽とものを大さと山へいかはしてふたゝびぜんくわうに はかりごとをつたへさし此あかつきにわしのすやまにおに 剰ゆうがしそつをうちちらしつるかめをもさし ころせよよしやうちもらすことありとも ながおひすべからずてきにあらてのくはゝる を見ばすみやうにひつかへしてへんがだけのふもと にいでそこなる山がつらがちへをらんぼうして立かへる べしとげちせしかばぜんくわうはそのこをたがへ す大さと山よりはせきたん りてぐんびやうをゝやたてにわか ちなかばはにぐるてきおはし なかばはかめをゐさ せしかばかめはごくじやの介 におもむきて 弓長月十一、 鶴 せめて しがいをかし とり たべ ながき わかれか こながき よも や あげ にきと おぼゆれ どたにかげ なればなほ くらくそこか こゝかときま よひていづる 一ともなく たちめ 〽ぐり心 …………………………………………………………………………………………………………… ぼそもなが らふる 為烟 つゞき しみつを 十一 むすべばこにかくに ぬるゝそで にもへどる わるし ほしのかげもしら みてほの〴 とあけゆく かめ かたの山がらすわれに むじやうをつぐるかと心 にかゝはしねのくもなみだの しぐれはてしなくまどひは しぐやはてしなくまと也は いどゝはれぬ五りかくて又とう せうじゆはちやうごやうりこ ちにひきゝきあまたのつは ものをいでなが川のほとりに おもむきまづものみをつかは して大ざと山なるてきのたむ ろをうかゝはするにそのもの やがてはしりかへりてほのやまの 今せられてにげくだれらちやうひやう りこがじゆうそつらはしなくせう じゆに見たとゆきあひほの〴〵と あけそむるやまかぜにへんぼん とひらめくはたはまさ にこれみかたのぐん びやうなりと見て ければかりばの きじのくさがくれせしこら してぐんしわれ〳〵をすくひ 給へ〳〵とさけびあへずそなへの うちへはゝりいるおもからじもく わんぜんくわうはじそつにさきだち うまにかくられあはひちかくおむせまり ちゝ下見ればせうじゆが一ぐんの にんばみちをよこぎりてまへに ありさればこそもうこんほう めぐらしてべんがたけの かたへはせさればせう じゆもてきのはかりごと あらんことをおもふて これをおはずしばらく にんばをやすむれば のがれきたりしものごとも わうのせんげんつやたがはざり けれとくひきかへぜといひも はてやうまのひらくびひき すくひ わしのすやまにてちやうひやう □□□□□□□□ ○ほじ 村のたみ がじんびやうに らんぼう され なげけるを ためとも くすりを あたへて たまふ らもうらん おちたらんにおほへ 又ふかきたにへ せきにうちゆぶ られてみぢんに みれてみちに 入りけめひめは もううんがごん むやうにゐ すゝめられ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 〽のかれえん かのきやう たいすでに しゝたれば たゞこれ のみ うしろ やすし とひそ かによろ こび又 じゆに とふていへかけるはもう うんさきにつるかめをすかして われをさゝせんとしながらかへつて かめをゐざしたるはいかなる心なりけん 此ごとつやくはかりしりがたしといへはせうじゆほく ゑみてづるかめはちうこうむにのせうねんなれ ほとりにはてき一きも見えず 〽といふせうじゆこれをきゝて 思ふやうもううんがかんちを もてかしこにぐんびやうをふせ おかざるもこゝろえがたしそは こまれかくまれ大じんわが はりことのもつともよろしき ものをもちひすちやうひやう りこをもてつるをわし のすやまにひきゆる せしはてき吉おび やかす り六がうたれし事 つるはそばをま ろびおちて せうしも しらず 為朝 かめをらんぐんのうちにゐさしたるはおのかかんけいを どもかれらいまたもうらんがどくあくなるをさと らずよりてそのはかりことをうけてゆふべ大じんをがい せんとするにことならずもうらんはやくこれをすいして しらせしとのためならんさはおほさす やといへは利ゆうはしたをまきく ふかくそのきやうゆうにおそれためとも 三日をやくしてへんがたけへおも むきたるに今 にかへりこぎる るくとあやし しやつも又もう ためには あらてかれを ころさんためなる べしわれいまきうに さくはずはきうてうつひに いきがたからんしかなり〳〵 とひとりうなづき にはかにてわけ してしそつ三百 よにんになか川を まもらしその身はぐん ひやう二百あまりをいて ときうまにむちをならし 一わしのすやまをさして はしるほとにはや山の ふもとにいたりつかゝるとこ ろにぜんくわうにおひうちゆ ○三十二日 うんがまはしもの なるべしよしやかへ りくるともすでに 三日におくれたり なりし事かめが てきにゐすくめられて たにへとびいりし事いちぶしゞう をつけにげればせうじゆはすくふ事の おそくしてつるかめきやうだいをうしなへるを ふかくこうくわいしやがてなが川にたちかへりて しよぐんをらんぞつしはへばるのしろへかへりて利ゆう にことのおもむきをつげしかばりやうはたのみきつたる ちやうひやうりこをうたしてやすからす思へともつるもは くわうそんがいせいのゆうしやうなりけつして もうらんにしたがふべからず大じんうたがはず 聞しておもくもちひ給はゞわんずをきう しやうちうへいるゝにおよばずその むね心え候へといへばせうじゆはにが〳〵し けにまゆねをよせらなためともはひのもとの とへかへしたてまつらん事日をかゝ なへてまつへしと心はせもはて ず利やうたちまちにけん きをへんじぐんしいかなれは われをあだとしねらふ つるかめをたすけんとして ちやうひやうにこをつぎは □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ つゞきうしなはし今又しゆつしよふぢやう なるためともにかたんしてしぎりにそのぶ ゆうをせうするぞやわれはこれはこれ たくこの大じんくにの ぢらんたなぞこに むしありわんすだに いかさんとも いかさんとも 又ころさんとも 心のほう するまゝ なるにたけんせば つみゆるしかたし そのかうべをし からずはいさめ 候へとかき まくにぞ せうじゆはもくねんとして 海棠 ふたゝびいはずそでかきあはしてまかでけり しそれはさておきつるはわしのす山にてはからず もおこゝかめりたすけをえてちやうひやうがやいばを わぬがれりこをさへきりふせにけれとちしほにぞはをふみ すべらして直ひやくひろなるたにそこへごろ〳〵とまろひ たゝみを告けるにことならず此木のまたへおち とゞまりければざいはひにして身をやぶ司中村神社 やらざれどもわきはらをうちいためて しろきたえたればしばしあやめも しらざりけりさるからにかめ は木のうへにあにがをるとは ししごがけずしば〳〵よふにいら 一へなければなほをちこちとたづ 〽ねめぐりてきかうだいつひに元も あはずかゝりしほどにそのよも何 おかるにたれかしらん山のねがたにいと大きなるくりの木あ りてえだはしん〳〵としておひしげりさながらたなをかき 為朝 四 あげて こずゑを はらに山おろしに はにおくつゆのふりかゝりてつるはのんどを うるほしければたちまちにいきふきかべしてかうべを助 もたけときかうこればあらびきのたつきもしらぬ山 ざるならであやしやわれはこどゑにありその木のたかと さ三四じやうもあるらんとおぼしきに下にはたえて えだもなげればあしをふみかけんやうもあらずこは いかにしてをりたゝんと思へど見れどすべもなき問へし つゝきつゆのいのちのおきごこ いけるかひなきわがゝ身にそ思ひ やらるゝおこゝがうへいかにしりけん とはかりにむ事くるしさはいやまして 為朝 こてふのゆめの世をゆめと さとれどうへつかれておぼ つかなくも見おろせ ばきこりのかよふみち ありけりすこしたの もしきこゝちしつくる ひとあらばよびとめ ひとあらばよひとめ てすくびをもとめ ばやとしあんして たゞいたづらにまもり ゐけり つばさなき身もくものゐにかゝる ○つるはおもわずため とものめぐみにて いのちたすかり又 八 ためとも大わし くまと三ツの くびをえて山おく のあれやしろにて ひとりなびぢよにあふま ▼くだりまでこゝに づをゑがけどもぶんだん しげ〳〵かきあまり たればそは身 十七へんのはじめ にしるしいだせり 海棠 さやうにおぼしめし下さるべく候 西馬譯文印 樂亭西馬作 稲妻形怪鼠標子出 一勇齋国芳画七編 蔦紅葉四角画 字津谷峠 同清録金三端談切 比異 二個じづ 仕立 第二十二年代同十一日 一森高国貞画 寿笑亭笑真寿作五編 與謝武郎惠夜話 一寿齋国貞画六編 } てりふり町 錦昇堂 文久元年辛酉孟春朝氏 ゑびすやはん 〽つきづゆのいのちのおきごころ いけるかひなきわづ身にそ思ひ やらるゝおこゝがうへいかにしりけん やらるゝおとゝがうへいかにしりけん とばかりにむ事くるしさはいやまし つばさなき身もくものゐにかゝる こてふのゆめの世をゆめと さとれどうへつかれておほ つかなくも見おろせ ばきこりのかよふみち ありけりすこしたの もしきこゝちしつくる ひとあらばよびとめ てすくひをもとめ はやとしあんして たゞいたづらにまもり ゐけり ○つるはおもわずため とものめぐみにて いらちたすかり又 } ためとも大わし くまと三ツの くびをえて山おく のあれやしろにて ひとりなびぢよにあふま 為朝 ▼くだりまでこゝに づをゑがけどもぶんだん しげ〳〵かきあまり たればそは身 十七へんのはじめ にしるしいだせり にしるしいだせり 海棠 さやうにおぼしめし下さるべく候 西馬譯文學一雄齋國輝画 六編 樂亭西馬作 稲妻形怪鼠標子卅六 一勇齋国芳画 蔦紅葉四角画 字津石峠 清録金三編談切 比異 仕立 二個しづけん 一 一百三十四米借 五輪 二森高国貞直 一 } 文久元年辛酉孟 寿笑亭笑寿作五編 與謝武郎惠夜話 一寿齋国貞画六編 てりふり町 錦昇堂 ゑびすやはん 十七 弓張月十七 新弓張月時 十二律 山 十八 〆 ハ 一 ⑦Q ◎ 十七編上冊 西馬老人著 一雄齋國輝画 ◎ 錦昇堂梓 十九日夜十一月十一日にて十一十一日十一月十一日にて十一月十一日 ガアラ怪しやとは斯もあら獅子の僕言にして。去程に是は亦は説経の語出勺なり。おきやアかれトは 古体なり捨せりぬ。うかしやがるトは時花の戯車言なるべし。却説案下は画稗客紋切形。かし。 る中にも隅田の花より。鉢植の藜盧を愛し。廓の夜桜は案内の尻に附奥同徒の見歌に留りて。 何某の茶席崩れに。妾宅の葉唄を漢文めかして。解しかぬるを妙とするか。されば定朝新狂感 言と留あなく。乞財劇以者よりも。一銭能を蛮百投て。半時の魚ば奇絶と楽む。ひねつた世界し。 に撲免と。毎時荷籠のお方が飴倉前坊が新内にあらで。可愛げりやとそ孫の世話鴉の 啼ぬ日はあれと。勤出にやならぬ。俗事の暇飾昇雲催促に。一應も二度も日菜の飯箸をおく 夜業の燈下板元が。貝質ふび。ひかれて綴る弓張月。第十七編の草稿を。皐月中旬の短夜に。 空を走るは蜀魂か。これは南の琉球の談。ぬる間もあらぬ早認撰素人。髪の柏餅。夜は明も ふけかねて。歯に付やうな序文なれど。わざと御笑覧呈候 四丁巳年五月草稿成 十一 ○五安政一 五戊午年正月發市 樂亭西馬戯述館 金融資金融資金融資金融資金融資金融資金融資金融資金融資金融資金融資金融資金融資金融資金融資金融資金融資金融資金融資金融資金融資金融資金融資金融資金融資金融資金融資金融資金融資金融資金融資金融資金融資金 十二律 上 廿九 〆 ハ 四 ⑦Q ◎ 十七編上冊 西馬老人著 一雄齋國輝画 ◎ 錦昇堂梓 一九月十一日 ずら怪しやとは斯もあら獅子の遺言にして。去程に是は亦は説経の語出勺なり。おきやァけれトは 古体なり捨せりふ。しかしやがるトは時花の戯車言なべし。却説案下は画稗史の紋切形が る中にも隅田の花より。鉢植の藜廬を愛し。廓の夜桜は案内の尻に附奥同徒の見訪にゆくりて。 何某の茶席崩れに。妾宅の重唄を漢文めりして。解しかぬるを妙とするか。されは定朝新狂厄 一言と留あるく。乞財割以者より。一銭能を壱百投て。半時の魚を奇絶と楽む。ひねつた世界に に撲免と。毎時荷籠のお方が飴倉前坊が新内にあらて。可愛けり可受けりやこそ孫に世話。鴉の一 啼ぬ日はあれと。勤出にやならぬ。俗事の暇錦昇雲催促に。一應も二度も日を暮の飯箸をおく 夜業の燈下板元が貝賃ふび。ひかれて綴る弓張月。第十七編の草稿を。皐月中旬の短夜に。 一空を走るは蜀魂か。これは南の琉球の談。間もあらぬ早認撰素人数の柏餅。夜は明ても。 ふけかねて。歯に付やうな序文なれど。わざと御笑覧呈候 四丁巳年五月草稿成 ○五安政 五戊午年正月発市 樂亭西馬戯述の 四 他のイツトンドル 弓長司トヒ はへはるのじやうしゆ ○南風原城主 相国利勇 ○毛国鼎 射鶴 踊子 の 笠 な らべ たる 牡丹 可 ○鶴弟亀 な 支考 一欄干にのぼるや 菊の影法師 許六 ○王子 寔は 毛国西門実子 ○伝阿公 東風平 按司陶松寿院 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 狂歌百物語 かはほりの 扇の化した 飛倉は 臆病 風取 おこ させ に けり 梅屋 八郎為朝 ○妖婦かはどう 海棠 ○幻僧 噪噪 天 すしつけた やうに こは〴〵 押合ぬ 雨夜ばなして の 小はだ 小平次西馬 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 弓帳月十七 ○為朝再室白縫王女 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 丑二月月一日 このはしぼしますくりのみあまたなりていまだおちもつゝさゞれば これをとりてう人をしのぐにきりよくいとぞよかになりぬ かゝる所にむかひなるいはほのかげらもいと大きなるあら くまの子をつれたるがいできたりしみづにそふて あさりつごのしたちかくきにけり何するにか と見るほどに谷川のほとりなるいはほを しかといだきあげてしたなるさはがに を子くまにぞひらはしけるつるは 十六へんゟつゞきしときは十月のすゑづかたなれどくにあたゝかにして これを見て思ふやうまことに くきとしいけるもの子を いつくしむる事かく こそありけれとは しりながらわれ かねてかへすよしなきふほ はいまおやのかたきをうち のおんさてあぢき なきよなり けりとはかなき けりとはかなき うへを身につみてなみ 二十二 為朝 だすゞろにとゞめあへ す荷をのごはんとす れば思はすにぎり つめたるくりのみの たなそともりて はら〳〵とくまの うへにそふりかゝる はゝぐるこれにおど ろきけんいだきし いわをはたとおとせ ばあはれむべししたなる きがのくなるところなればいかにともすばなしたゞその てきを見ていやしくもじりぞかずしつにこれたけきけものゝ おさなりしかれどもかのわし矢に ぬはれずしてこゝにきたらばくま をもひきさきくらふべしきらば ○わが身もかくてあらんやいと あやう かりしと したを ふるつて こたす らにきやう たんすをり しもあれ かすみこめ たる山もと よりをめへの くもをしをり としてや としの よはひは 三十 おぼしきますらを しかのかはのむかばき してたかのはのきつ矢 をおひしけどうのゆみのにぎり ふとなるまんなかとつてまつしくらにはしり きつしゝたるくまとわしを見て忍こと うちゑみりやうこしよくをあらそにてきばつく ときはかりびとろらせずしでこれをえたりといへ 子ごまはたちまちいわ にうちひしがれてちしほ をはきつゝしにゝけりはゝ ぐまは此ありさまに ます〳〵あはてふためき てふたびいはをひきおと せど子ははやいたくうち ひしがれていたのごとにな りしかばかなしみなくことかき りなくけたものゝあさましさは わがころせしとは思ひもかけずに きのうへにんあるをしらずひだり を見えりみきをはかへりそ事が ひともごちゆみをからりとなげすててこしなる のたちをぬきいだしわしのかうべをうちおとせば たちのぼりなかぞちにしてきえ うせけりつるはこれを見て こゑをかけきのした るにひとしくわれいまひとつのわしをいてこゝに 二ひきのくるを見るじつにふしぎのえものなりと やしきかなきずぐちよりはくきいん〳〵と あやしきかなきずぐちよりはくきいん〳〵と ▼さけ ひしかばくだ なる人われを んのますらを いぶかしげに うちあふぎ てなんち は何もの 子をは何ものがかくころせしと 思ふけしきのいとおどなく しく四ほうをにらんで たけるをりからはあ らしきつとおとさして かのいわかどにおつるもの □□□□□□□□ そととふ につるいらへ んとして まづぬ やう此人の やう此人の ありさま これわしなりそのさまは くまに一ばいしてはしより を見るに 身のたけは八九 をさきにいたりて一じやう にもあまんべくひだりのつば さをさついにぬはれてふた さをさつやにぬはれてふた やいどみたゝ こはざまも 丸 又まのつねに こなればかりひとには しやくきん いこつたくま しくして たひこびもえざりけりくまは かふてひきもわかれ あらじ又利ゆうがしそつ これをきつと見てわか子のあたとや □□わしはもろはを にかゝるゆうしあることをさがす 思ひけんふんぜんとしておどりかゝりわし のむなさきへつめをうちかけてひきさかん ひきさかれくまはのんどを とはかならずしゆりよりきたれて □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ とするにわしも又くまのまへあしをかいつかみ くろがねのごときはしをもてつくほどにうに なりしたになりたがひにちしほにまみれつく つきやぶられてもろともに しのびのものにこそとすいやや を見てくまがその子のし たかくしてわれはもううんこくしに 死にけりつるははるかにこれ してふたゝひこゑをたかくしてわれはもううんこくしに こせうしはべるさとのしなりゆふべゆゑあつてりゆうがつなの たるゆゑをしらざるは にとりこにせられかうべをはねらるべかりしにふぎにのがれて次へ 同月二日 弓張月十七 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ てせんすべをしらず せこなか ばなけあげてたすけおろし給へかしと まことそらごとうちまじへたじなくたのみきこゆればかの 人ふかくよろこびていらへはえせずすてたるゆみをがい とりはやく矢をつがひてまげつのごとくひきかためつるに とりはやく矢をつがひてまけつやうたくこう むかつてはなさんとするほどに木のうへには大きに おどかきわれになんらのうらみありていておと さんとはせらるゝやらんのぞみある身ものが れがたきいのちなりせはをしむにかひなし ことのよしをしらし給へこはむじんなりなさ けなしとさけごつわびつめぐる木のこすゑは たかくはがくれてかほはさだかに見へねども ようゆうきか矢をとりかねてみきを ようゆうきか矢をとりかねてみきを いだきてはらわたをしほるばかりに さけびけんましらもかくやと思ひ やられていとふびんともいへばえに いはきにあらでますらをは心 づよくもこゑをはげましことの もとをつけざればなさけなし とてうらみもせめわれは ぐわんらい大やまとすめら みことのしよりうにてちん せい八らみなもとのためとも とよはるゝものなりゆゑあつて ここくをはなれかげろまに ひやうちやくして大じん利ゆうが まねきにおうしはへばるにおもむ くといへども利勇こぎして みがでうのなんぎを □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ おほか 為朝 はづし給びけんその矢づるか身には たゝでいくよへにけんこうほくのみき のたゞなこ をい給へは しをるごとく あり〳〵とこすゑへ たちまちちに さがりつるは小 えだに □□□ おほせよく此事をなし はてなばかならずおもく もちひんといへりだい一 でうは小ろくし のみなとを ふさゞことだい 二ぜうはべんが だけなるわし をいてとる事 だい三でうは もうらんがつはもの をうちとる事すべ て三日をかぎりとす かくてわれ立ごろ にみなとぐちをふさ きてべんがだけにわ けのぼうすでに三日は 〽しねへどもわしを見 一郎又てきにあはず四日 におよぶけさにいたりて わしをいてゆくりなく此 所におつかけきてもう こんがねのものなりとなある をいかでゆるすべきなんぢに うらみなしといへどもこく うらみなしといへどもこく ぞくにしたがひたるてんばつは えのがれずわれにあひしはめい うんのつくるところとくわんねんして いさぎよくかうべをえさせよなむ あみだぶつとこゑもあへずよつ ひきひやうときつてはなつねらひを 海棠 リ FEL う □□□□□□□□ り まに いさゝか も身を やぶらず やをら ちじやう にをり やかたて □□□□ をきき につぎ はうしなひ つ身に すんてつ 〇九 されば わらに たつ たる矢 をぬき ともて ため するを つぎへ 弓用舟丁 〽つゞきしゆみもてちやうと うちおとしもの〳〵しやと ひぢをのばしてつるが えりがみかいつかみ ねぢたにしてひざ にくみしきかうべ をかゝんとしてはじ めてそのおもてを 見給へばいとろうだけ たるしやうねんなり わが身をたづる よすがとなるとも かばかりのびせう ねんをうだん ことはゆうし はづる CO ところ也 たすけばや とおぼせしかば ひきおこさんとした まいをりから又一 にんのびせうねん あへき〳〵はしりきつ 小だちをいろびかりの ごとくうちふりてため ともをきらんと すゝむを見る へりながら 身をひね りて又その やいばをうち やいばをうち おとしくまんと するをひきよ して小わき にかいこみ うごかし給はず されかれをつら〳〵見て まづしたなるをひき おこしなん ぢらが おもかげ のよくにたが るははら からなるべし いかなるものゝ 子なるぞやじざわ妹女 によらばいのちを たすけんとく〳〵なのれと のたまへばつるかや かはをくひしば りかくまゆにうん つきてきやうだいこゝ 利勇 にゑするともあわれ む人もなきもかみたび きなんをままかれておと とはあにをたづねめぐりあに蛸 はおとゝを思ひやるいのちくれなく めぐりあひていゆ又そこのにゑと なるみなこれすくせのあくほうと 思ひあきらむればうらみもなし 此くにの人ならずはなあるともおひ なからんがわしのすやまのわし こノ長月十七 陶松寿 ◑はへばるにおも むきてまづもうかんを よりもたけき心につゆばかりもあはれ とは見よちゝはゝのかたきにおくるふたり がこうべをいかなるものと人とはゞもうこく ていがみなしごなるつるかめなりといらへね といといさぎよくらひはなつあにとおとゝが けなげさにさてはそれかとためともは 小ひざをうつてきやうたんしゆんでに いだきすくめたるかめをはなちで ちりうちはらひいにしへの 人のことばになをきくは おもてを見るにしかず といへがは此事なり われけつしてなん ぢらをがいせず おともこゝくに すみわごて はからずこゝに ひやうちやくせし ことのもとはいつ □□□□□□□ ちやうにときつくす べうもあらねど むからはなせし くるをもとめてひぞかに 此くにへおかわたり きう〴〵ざんのふもと にてわん女れんふじんの めぐみをうけおろ ちのたまにかへたりし そのきうおんを かへさんとて小やみ だきうにわん うちほろぼししかしてのちに〳〵 利やうちがつみをたゞさん と思ふのみしんじつかれを たすくるにあらず なんぢち おやこ のちう こうはねば 一わん女のもの かたりにきゝしかば すくひいださんと られられざればのち 思ひながらわが身 をあはれむにいと まなくいといたし ましくもむね くるしき ためとも がまこと とゞかず〽つぎへ によをすく ひてかげ ろまのあり そにしのばし かゝきくみしきたるときうちはたさなのちにしるともかひ あらんやさてあやうきかもあやうかりしいまつるかめを見る よろこびはきう〴〵ざんのふもとにてつるをえたる小ことなら ずはやくかげろまにおもむきてねいわんぜにみやづるへよと ねんごろにときしめし給へばつるかめこれをまことゝ せずわがはちからは小りうぎうのしやきたにて やうにてのはおものをふせきたゝかひしがなんぢがわんぢがわん女を やうそのはおものをふせきたゝかんしかなるといふ すくひまゐらするを見ずさればこそちきほひつきや とりこにせられゑゆかにいたりて御ひもかけず もううんこくしのあはれみをかうむり そのまごゝろをしれるのみならば 利勇 ねいわん女ははやおほうちにおはし ますをよそながらげんざんせり よしやことばをたくみにして あだし人なばあざむくとも わなみちいかであざむかれん こゝにてふたゝびしやう ぶをけつしなんぢが ためにうたるゝとも たれをとはんとてか はる〳〵とかげろまへおも むくべきとはらからひとしく あざわらへばためともます〳〵 あたわらへをきか さたんしてなんぢきやうだいさかしと いへどもとしわかければぎよくせきを べんぜずなんぢらをすかせしはもうらんが かんちにしてわん女をおぼろげに見せたるは又 これしやつがげんじゆつなりわれなんぢらをあざむ きて何のゑきりあるひざのしたにくみしきながら そのなをきゝでたすけしにてことのきよじつはしるべき〳〵 なりわれはんせいのゆうをもそいまだ利やうがつみをとはす まいてなんたちが小うでをもてたやすくは ほいとげがたししばらくかけろまに身を かくしてちうをわん女につくせかしわれとき をえばともにはかりておやのかたきを うたしなんみづからよくしあんしてまよ ひをはれよとさとし給へばかめはしき りにきやうたんしこれにて 思ひあはすれば此あかつきに しゆりの大しやうぜんくわう がわれをすくはでしせきを とばしいてこなさんとしたる へうしはもううんがいつはもの 松寿 はかりことをしるにたれりしか しかの事候ひしとその身もたにゝまろびおぢて つるがゆくゑをたづねかねもとの所へたち欠るにあにが くみしかれたるを見てこれをたすけんとせしはじめをはり をおちもなくつげにければつる申さとりてふかくざん ぎしかんるいすゝろにそでをぬらしてためともに まうすやうそれかし兄弟しりよあさくして もううんにはかられかる〳〵しくはへばるの しろにしのひいりてみづからわざはびを かもし又まなこくらくしてゑいゆうを見 しらすとゐにあまれるたいぼくをたゞ一 せんにくぢかし給ふゆんせいもてそれがしをゆい い給はざりしは心ありてのことなるべきにうたがひ たてまつりしこそつみふかけれきみはこれ日のもとの くわうそんわがねいわん女のおんじんなり此がてうの やくをさだめててをむなしくかへり給はゞ利ゆういよ〳〵 もちゆべからずとてもすてたる身にしあればつるがかうべと よすがとなるべしとくうち給へとさしよいてうなぢをのばす君 あゝまろびおぢて おほし はねて利ゆうにおくりなりいて給はゞおとゝかめがかたぎそうつ にて □□□□□□□□□ 為朝 巻あにをかいのけかめこそするべき いのちなれあにごはながらんときを まちてくまぎみをうち利 ゆうをうち 此世あの よのしゆか おやへぢう こうをつゝ してたへ といひ 今一 ざをしめ 介 がつしやうし おんぎにいさ めば死をだも ぢせずそのあらそひやくんしなる 此あにゝして此おとゝいとありがたきせうねんかな とためともしぎりにたんしやらしわれいゆもう うんかしそつすうちえずしてくわやく一かでうを かくににたれどはからずも此くまをえたりそれ くまはないしのせうはるはいでゝきにのぼりふゆは しまはなるしのせうはるこゝ こもりてあなにくりゆうをこのみてぎをしるもの なりされば一ひきのくまをもてあにとおとゝ がかうべにかえ大じん利ゆうを あざむくべしはかり 海棠 どはかやう〳〵とひて やかにつげしらして くまのかうべを うちおとし又 そのきもを きぐりいだして これをつるかめに あたへつゝのたまふやう くまのゐはとりやす からずすゆゑにその あたびくとたかし これをふくせば しんをきよくし かんをたひらか にしてめをあき にしてめをあき らかになかす みをさり はらのなかの むしをころす なんたちその 一つをうりて ろようとし 一つをわん 一女にまゐら せよかして にいたらば わづうへもわが いそがし給へばばらからこれ をうけさゝけてちじやうにぬが つきまことにきみはしんきの人 なり此さはせいのおんを思へばつぎへ なきつまのこと までもつまびら かにしるよし あらんかならず 人になあやしま れぞとくゆきねと ばばらかちこれ へばばらからこれ 上浦戸 〽つゝきわしのす山もなほ □きわし□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ ひくしよのうきくものたゝず まひしばしかくるゝ月のわの くまとりえたるかたみがはりは すくせのあやしきいんえんなり しんちうのあいくわんはこゝに ときもつくしがたしいのちあり ときいたらばふたゝひめぐり あをうなばらのかげろま ぶねにたよりもとめてかの しまにおしわたりわんによに ことのおもむきをつけまう さんといらへはてゝきやう だいひとしく身をおこし いとゞつゆけきたにかげの あさけのかぜのふきい るゝたもとをやがてわか ちけりためともはつる 見おくりてわしとくま とが三ツのかうべずふちかつ らもてつなきよしゆみに ひきかけてかたにのゝ ●しよれうに候がまううんこくしの 大しやうにぜんくわうとやらんいふ もさはへばるをせめんとてぐんびやう をいだしたるにはかりごとがつごせず いたづらにたちかへるをめんぼくなし とや思ひけんかずにもたらぬわが さとをかくはらんばうせられしなりと 心ぼそげにものがたればためともこれを一 きゝもあへずそのぐんびやういつこにある しやつらがくびのいとほしきに 海棠 みなごろしにしてえさす べけれとたのもしげに 〽アアかめをこがくるゝまて みちなきみち □□□□□□□□ 十月十一日 一同五十五分 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ □□ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 御 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ □□□□□□□□ たどる〳〵 べんがたけのふもと にいで給へはうまのかひ ふくこうになりたりおり しもあれ此山かげに すまひする木こり かり人らがむぐらや 二三十けんこと〴〵く うちやぶられひどむら のろうにやくなんによ きずをかうふりてみちのほとりに なぎてをりためともこれを見す ぐらがたくてそのゆゑを □□□□□□□ とひ給へはみないふやう 此辺ろははへばる あるひはきりたふされあるひは どのゝり 銀 利勇 □のたま たばさとびと ら又いふやうそれは此あけ がたの事なれば今ははる かにひきしりそきぬよふ なき事なのたまひそ いづこの人かは一つぎへし つゞき しらね どももし はへはるに おもむき 利勇 一ゆはだ大いとしろくしてそたいのゆきをもあざむくべくくろかみ のながくにほかなるはみわうのやなぎかとうたがはれふりたる きぬにとめぎのこりてそのさまいやしからずせいしがいまだ ごきうにいらざるときやぐわひとへにめにうるばしく小まち がたまだれをぎんずるときぼくん 心はゞ コグ ために 大じんに 為朝 つきをはくにし にたりそのとき ためともはそで をとらへひぢよ にむかひことのよしを とひ給へばをなごはいたく おそれたもけしきにて しばしがほどは えもいらへし ずしば〳〵 ●ことの とはれて よゝを やうやく うつ たへて にいふやうわら はゝ此やまの□ たべこれのみ たのみまゐらすると たのみまゐらすると たのみまゐらすると いふはしにためともはふところ よりくすりひとつゝみをとりいだしわれ はやまとのひやうかくにためともと いふものなりもたらしたるくすりこゝに ありこはきんさうにきはめてみやうなりおろ〳〵 わかちもちびよかしはへばるにいたりなばことの おもむきをまうすべしとねんごろにいひなぐ さめてくだんのくすりをわたし給へばきと人ら これをうけてうちいたゞきよろこぶ事大かた ならすかくてためともはぜん 松寿 ひきたべなるほじむらのむらをさなにがしが むすめにてなをばかいだうとよばれはべり いぬるかきうねめつかさにえらみとられ てしゆりの大うちへまゐるべかりしに はかけざるみやこのそうどうなみがせ しくめるよとなりてえもまゐらす しくめるよと思ひて見て なりしさちなさたゞいたづらに こもりをるをりからむ あけがたにもううん こくしの大しやうに ぜんくわうといふ もさがあまた のぐん びやうを いてわが むらに みだれ いりおい たる わかき さべつ 五 ごろし にし ほどに わらは がおや はら からも ぎつゝべんがたけの ねがた なるし もとばら にくり給へはじん ひまなくみち いとくらきかた にふりたる山の かみのやとろあり せきたえてこだち にあらざれば此さとをうち すぎてかはらのかたへいそ □□□□ くわうにいであはざるをのこり をしくおぼせどもさてあるべき けりこゝにいたつて ゆみにかけたる わしのかし たちより たちまちにま 給へば なれとひとり ごちてそのほとりへ □□□□□□□ ろびおちたるを ひらひあけて ゆひぞえ給ふに 又ころ ろびおつくら もどかしやとかい いだきてと見れば ふるやしろの ほうぜんに大へ きやかなるさん せんびつあり これこそくつ きやうのもの やしろはいた くあれてきつね うさぎのあし あとをのこし うつばり かたぶきて ふくろうすみ かをえたり いかなる かみつ まつりけんのきにへんがくなくうちにしんたい あらざれば人もまうでぬふるやとつにさんせんびつい こそゑきなけれし三ツのからべを此ひつにいれもてゆるば ひんぎならんこれかるべしと手をかけてくちたるふたを かいやり給へば思ひもかけずびへのうちにひとりなび ぢよかくれてをりこれかれひとしくおもてをあはしてこは〳〵 いかにとばかりにかたみにあぎれつあやみつにいづるをなし ごのをでをためともしばしとひきとゞめてつくと見給へは給へはゆ テ長斗一ニ あへなく いのちを おとせしが やいばの したを くゞりて ふらぎ にのがれ さるに けれど なほ おび こともや と思へば かなしく おそろ ふるやし ろにはし いり ふかく かく ろひ はべりし なりおん みも又 もうらん つぎへ 同十七 「つゞきほうわうの すゝかし給ひね ちくとしにてつみ といひかけてよゝと なくこゑはともに なきものをきり はなれしうらちどり ころし心よしとし 一まはゞ今はいのちを をしむにかひなし なまじひにうつ せみのよにながら へていくばくのうき 見るめのなみだの つともあまとなる いそにあまとなる ともかはかぬそでは うかむせもなき なげきなり げきなり もし又しゆ りのつはもの がらとるところなけれとをしへなきぢよりう さては又よごのまつ にころもをかけうしな へるあまつをとめに さもにたりためともは つりものにあらずにつほんこくよりひやうちや ならではへ のうへにはふかくまむへきにあらす へていくばくのうきをつく〳〵とことのらのれぎをきゝて めのなみだのまゆうちひそめらなわれはもうかんか ばるのおやかた のおんこの人に 思ふやうあればはへ ばるへいてゆく おはすならば もろともに此 よしをうつたへ まうしてくに のためわが のためきつ 身のために いそにあまとなるへわものにあらずにつほんこくよりひやうちや おやはら からの 為朝 □□□□□□□ このひつにいれ かしとのたまへば かいだうは世に たのもしきおも もちしておつる なみだをかき のごひあまた たびふく おがみけり かくてため □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ だうをもと のごとくさん せんびつに そでに三日のやくにそ むきてかへもこずよしや けふにおよびて立かへる わらとくま のかしらをも そのなかへ なげられしか とふたしてこれ をせおひはへばる をさしてかへり 給へはそのひも はやくかたぶきぬ 此あした大じん 利やうは四もんを まもるちくとしら 小げぢしをめとも にげぢしためとも しのばして 王子 利勇 ともけつしてじやうちう へなられそなんぢらもしゆ だんしてもんないへいるゝことあらへ はくんほうにつみすべ ばくんほうにつみすべしといと げんぢうにめいせしかば みなしかけたまはつて おほてからめての ことなら ばんそつをまし ずかく これをまもる 事あたをの しら ふせぐに 阿公 いらんと し給へ ばばんそつ らいそがはしくゆに〳〵 よりぼうをうちあはして さへぎりとゞめやをれ ためともなんぢ一つぎへし 西馬譯 国輝画 つきすで に三日の やくにそ そむき ながら おめ〳〵 とかへ りきたる つらのかはこそいと あつけれわれ〳〵おやかたのおふ あつければかたいしふ せをうげたりいまはひと あしもいるゝ事かなはずいのちをし くはきえてもうせよさいはひにそのかうべ をまつたふすべきにとのゝしれはためとも きゝもあへず大きにいかり小ざかしき ゑんじやくのともさへつりなんぢらかしる ところにあらすわれおのづからふんべつあり さまたげすなと心きまきてさかもぎの ごとくさゆうよりうちあはしたるよりほうを あしもてちやうとはらびのけすゝみいらんと し給へばこはらうぜきなりとのゝめきてもつ たるぼうをひらめかしうつてかるをためとも ものともし給はずなつのあめよりなほしげて かうへの うへみちがるより ぼうながかまなまつをの やるをつかみてやとひきよし あるひはふみをりかいやりすて ひとなきさとをゆくごとく百に ほあまりぞいり給ふ二のき どをまもるちくとしら「下の霊へし 為朝 十一 其由縁鄙好 一二条 ー六編 同三亭仙楽著作 同球陸国貞直 錦子 堂蔵 十勇士尼子の暁 三輪湯小春水作 三馬青川国貞画 □□□□□□□□ 五郎河竹真水作 目録 一両夜鐘四谷雑談 六編歌川国貞画、 初輪笠亭仙果作 比奈乃都大内譚 二輪一勇齋國芳画 地本繪草紙問屋江戸てりふり町惠比壽屋庄七軒 同十一月十一年 楽亭西馬訳 一雄齋國輝画 介題曲るい一時画 錦昇 ゆみはりつき十七編 下の巻 挿板 楽亭西馬降 一焼多 国てるべかく 笑寿屋梓 嗩吶 上の太太ゟ 此ありさまし を見て したをまき いれたてゝは かなはじ 兜五 ▼さとのし 二十人におの おのはんぎうを おのはんきうを とらしてきやう □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ ととざしたりその ときためともはするべと 安命式 にはべらしもし ためともおく ふかくすゝ いちばらん いちばらん せんにいて あゆみよりてきんせん びつをおひたるまゝ二の きどに手をかけてひとこ ゑたかくおし給へばくわん のきめり〳〵となか よりをれてきごとは さやうへさつとあく そのちからこう もんにはいこうを 陶松寿 □□□□□□□□ とれとて その心 がまへまへ かたなら ずせうじや はひとりにが にがしく思ひ しかばせい でんにはし すへいたるはんくわ いにいやましたれば やうやう りいりて □□□□ ほともちかきつふものち はひらくとびしらにあふりたてられ 一七月一 あるはかうべをうちくだかれある □□□ ひいてをおひこしをくぢかれはんしはん言 せうなるものす十人からうしてつゝがなきも □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ ことならずしたを見きてをつかねみなおめくとこほし。ともはかいせいのやうしけり けりきるほどに大じん〳〵りはことのおもむきをきいていをもでこれをせいし 大きにおどろきふくせうじゆをうらみてぐどぐど〳〵とがたしくにのたいかうは つぶやきつゝあんずはいきんらをよびつどへみづから うちものちもの着てせはせんにたちいでふげいあるみねがつくはおやかたはやく涙へ ○長月上 ゆみはりつき十七編 下の巻 挿板 楽亭西馬降 一焼多 国てるべかく 笑寿屋梓 嗩吶 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 上の上の上の上の上の上の上の上の上の上の上の上の上の上の上の を見て したをまき 此ありさま いれたてゝは 印五 さとのし 二十人におの 安楽恋 おのはんぎうを とらしてきやう にはべらゝもし ためともおく とびらをはた へととざしたりその 海苔 ふかくすゝみ いちばらん せんにいて ごへときためともはす あゆみよりてきんせん きどに手をかけてひとこ ゑたかくおし給へばくわん のきめり〳〵となか よりをれてきごとは ときためともはするべと びかをおひたるまく二の さやうへさつとあく もんにはいこうを 陶松寿八郎 陶松寿 □□□□□□□□ そのちからこう とれと その心 がまへすへ かたなら ずせうじゆ はひとりにが にがしく思ひ しかばせい でんにはし すへひたるはんくわ りいりて いにいやましたれば やうやう 利ゆうを ほとおちかきつはもの ほともちかきつふものち はひらくとびらにあふりたてられ 一七月一 ありはかうべをうちくだかれある □□□ ひはてをおひこしをくぢかれはんしはん六ん せうなるものず十人からうじてつゝがなきも だが むらがるひつじのかうべてたれてもうこにむかふにしてらさめていへりけるはため ここならずしたを見きてをつかねみなおめくとさほし。ともはかいせいのゆうしなり けりさるほどに大じん〳〵〳〵はことのおもむきをきいていをもでこれをせいし 大きにおどろきふかくせうじゆをうらみてぐど〳〵とがたしくにのたいかうは いぶやきつゝあんずはいきんらすよびづどへみづから人をえたるにまれ事なし ふそうちもの君てせはでんにたちいでふげいあるかねがつくはおやかたはやく成へ こフ長司上 〽わきつるぎを ときゆみ矢 をさらし ことばを 三日引下丁一丁 鶴 □やすら □きつくわいなれもしつゆ ばかりもそのひをしらばためともが くびをとつてわれに見せねといき まきたかく心づよくはせむれども いまだふるへはやまざりけるかうし ほどにためともはせんごさゆう よりやりやふすまをつくりかけたる ちくとし二三十人におくられなから ゆう〳〵としてきたまへばあれよ〳〵 とばかりにいまゝでいさめる あんずはいきんさとの しにいたるまで かたみにおもて をあはしつゝ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ ぜんと してする 所をしらず 利ゆうはけしきをの ににたるとゑをふり たやとうぱうのふちう 松寿 そむき □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ あほはぢを しらず身の おきばころ なきまにものに くるふはいかにそ なんぢはんくわ まゝにものに たとひてつへきぜうはやぶるともいち いがゆうあり ともわれ又こう ○わうの雨なからんや □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 給へもししから ずはさいいひ かへつてわざかひ のはしとならん といはせもあへ ず利ゆうたち まちまなこを見 はりなんぢいまだ さめずやからくせ ものをすいきよ してふたびわざ はひをひきほだしなか 白縫王女 らしやつをからめとらん とはせずなほくち びるをうづかすこそ けんすでにやにや ごんのやくはやふりがたけんすいさんなりと ゑぶのゝしればため ともから〳〵 とあざ なること をきく ものかな じんらまよう しゆをほさし じんぎを もてぢやう らん しづめん とすゞき ものがことを りやうたん によしてぎし をいれずこれたみに いつはりををしゆるにあら ぎやそれべんがだけはその みちのりちかきにあらずくはふるに さんせんのけんそありつばさなくてはかへり がたためともゆふべくざんの山をいづるといへども みちはるかなればいなにおよべりさらに。三日のやくにたがび たるにあらずかやうけたるみがでふはこと〴〵くなしはてたるにいたつらし 日をかげてしやうなきは人のこうをうをうばになりこれ見給へといひかける ておひたるひつをおろし給へば利やうはいまだまことらせずかうべをさゆうへ源介 二月十七 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ ふさても何のゆゑありて此をなごをこもなひ 給ひたることのもときかまほしくいとなじりと きかほくとものがれがたしとや 思こけんかれらつひにはぎかべし おつてのつわもめとけつせん へばためともにつことうち へはためともにつことうち ゑみて此くだりの事につき てはくさぐのらいれきあり それがしきのふべんがたけに大 とりをいてわしのす山のふもとに おひゆきつひにこればしとむる をもから兄弟とおほしくてしや りのせうねんしかべのきめを きたるがてきにおはれてはしを してやにはにこれをうち とつたりそれがしかげ よりそのていたらくを 見るにかのせうねんら あむぎしてすみや かにしゆりへおもむき ことのよしをもうう につげんといふとは とはすともせう ねんらはこくぞく もううが てのものなり とすいし たればそれ がしいつ かやして このま □□□□□□□□ 鹿子王子 全広 〽アキ〽うちふりていていへいとていは □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ るゝものかな思ふになんぢ もううんに心をよしてあや しきこつをおひきたれるに かたがひなしものことももひつ をうちとぼちてあらさめ見 よとけぢすれはちくとしら あといらへてもつたるやりを つきそろへいちどにつかんときそ ひか守をもの〳〵しやとためともはま なこをいからしやかへり給にそのらきほひに へき悪ぎしみなくしりゐにはたとさい りやうがざゆうほ立たりけるあはす おうくわく大いきんじやうろくとて ふけのすきりやうのきこえあれ 下くわんらそでかをあけてはら かりしたをひらかんとした りしがたちまちにま なこくずみてもろ ともにたふれたり ざとのしらはこれば 見てふたものじやうな くわんためともに なげふせられたり へいとや思ひけん利 ゆうにあやまちあらせじ とてもつたるゆみをひきかため いなごのとぶがごとくいかくれども ためともの身にはたゝでさん せんびつにひら〳〵とたつみ大にひつをゐたにせば うちにひとみゑあゝとさけびてひとりのひじんまめびいで たりたゞこれくもをいづるはるの月のこずゑのはなに かるがごとく又かのみやぎのゝひつのはぎさらにみやこに にほふににたり利ゆうは思ひもかけざればあれはいかに とばかりにひたとあきれてめをほそくしとみからはれば あんずはいきんちゝとしきとのしらは思はどもうちものを からりとすてにはかにびんをかきなでゝゆがめるかはりをなし なほしござをたてあどをそらしたてに見よこにうななが なほしこさをたてあとはとしたく めてこゝろかしこにあらざるものなし此ときまでもたうせう じゆはもくねんとしてゐたりけるがたちまちせきをうつで ためともにすゝみむかひなふおんぞうしときいまはんらんの あはひにせまつてしみんおの〳〵ゆよこぎす此ゆゑに大 じんほろべしく人をいれ給はずがならずあやしみ給ふべからず せうねん らをうちえつ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 山のかみのやしろのほとりにして此 おとすにむくろはたちど ころにきえうせて二ツのくびは まのあたりくまのかしちと へんじたりあやき事なぎりな ければやがてわしのかしらをかきおと してこれかれひとつにめてにひつさげ べんがだけのかたへとて立かへるにほじ むらとやらんいもおいきこり山がつら むらとやらんいふ所のきこり山がつら もうとんがぞくへいにらんほうせられ おの〳〵いたでおはざるはなくみちのほ とりにたやれたりためともこゝに はからずしてそのせうそこをしると いへどもはやときおくれたればそく へいをうちとむるによしなくたゞくわい ちうなるくすりをあたへてゑばしてお ひをいたはりゆき〳〵てしもとばらなる 卯月廿七日 介あらす 〽ゞきをなごにあは殿よりてその ゆめぬをとへばかれはかいだうとぶば れてほしむらなむらおきのむす めなりさきにおやはらからをそへは □なり□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ のにかたれいひがひなくもつひと りからうしてのかれざり〽こゆ ないにかくれたりといふかつ此出いたり はおほうちにめざるべかりしられめ なれどももらかんがしばきやくの そうじやうにしてそのころきぬ はかまなんとは給はめながらえかた まいらずもしはへばるへかへる人なら ばたすけひきてわがためいへん人を うかたへ給ひねといへりためとも ぼくせきにあらざれはそのあいしやう を見すやかたくてこれさへにいてり りしをしきりに日をかぞへてしやうへ かりそうびれられすあめするとと ろ今一たは大じんに 一介あらず げんざんしてことの ぶれいはゆるゝ 入へかしとま ていたかくをつけ ことすらごと まうさんと思ふ うちませて のみたえてや つまひらか にのべ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ をはりまろびし ひつをひきよして三ツのかし □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ らをとりちたしせうじやり らをとりいたしせうじやり かたへさしむけ給へは利 ほうはせうじゆがほらへ をまたずいそがはしく しんあるに世 諸 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ □□□ ゐすをはなれてためて ともにむかひわれまつこ は人なみにすぐれて 大きやりなれと さいあさくち たらざれは高迄 のごうけつをみし らずさははひにとり めにゆふなごんが うちしたるせう ねんはもうこゝていが 子どもにつるおめ とよばれてわれを あたとしねらふもの ならすでにせん やかやかくの事 やかやかやかやかやかやかやかやかやかやかやかやかやかやかや ありししかれとも わがせいちうを さまいの きんまんの あはれみ給ひて はからすもそのよ さりかのつるをいけ とつすりおちがすゝめ とりせうしゆがすゝめに ゑてしるべにはからは せしにそのはかりごとかつご せすもうらんがふせゝい げんくわうちにおびやりされ てわがふくしんのつわもの ぢやうひやうりこをうしなひし が今さらねへばかのつるかめは 又もうらんがげんじゆつにて 熱 利勇刀 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 松寿 へんのふ やうに して あらか たばかめしか わかよろ □□□□□□ かりにそのもの と見せためみ まことはかれち あかせの ほとりにて いけとられ したきがう べをはね られたる こに これを □□□□□□□□ のみ ひちよかいたり をとも思ひそのべん くをつけたかしは ぎありしんありその いさをしせうせず ばあるべからずそもへ わが身めいかとして 世々こうくわんす かたじけなにしめしよ くみちたりてとぼ とも思はざりしが 十一 いまたかうひしんを 見ずぐしやんはかくわり ぢよえいをぢせずそうもう とくのゑいかりなるもじ きやうをはうじやくにたつ さへさるをうちみ とせつわれ分この ひぢよをいるゝ ことゆうに たやとも あらちふ ぜうしゆ あればのうかんがけんしやつも おそるゝにたらすまことにおんかぞうし はじんちゆりのやうかいだうは又ちよ ちうのはなんそのりやうももちゆべしこのはなも あいすべしつゝい〳〵おもんみるにさんなんせうなる大さと はみなみちねんたまぐすくにとなりきたはじやりに とほからずばうぎよたいちのまきりなりいゆわれ よろこひのあまりおんそうしを人さとのあんずと すべしよなはるよこた田なくにより君まふくろ たかみやくすくにいたるまて十八かしよのえだ むらをくわんれりし一百きがゑらとして大 さとのしろをまもり。大こうをたて給ふべしと いふまんゑつひもてにあらはれでてのうちかへ忍し げんせうにためともかうべかうちふりて〽つきん □通用十一 させるのさをしなしいまそのをなとのゆゑをもてあげ そも〳〵上にのきいはひなりいなみ給ふことかはと そう〳〵くにのきないと ときさとせはためとも文のよいふやうしから はわれにしよもる夜天しんもしかなへ えさし給はゝ大さとをまの間へし しかれともたやすくはゆるしゆはゝ とのたゆにを利ゆうはきゝもあず うちうなつき何にまれのこともへとも すへし〳〵とおらへしかばためともはし めてれうたくしてあんすのむれにいりてせきを はしくこそれかしねかつしき籏のしん女のことなり大 しんぐにのためにちうぎをつさんとならばねいわん女を むかくて大さとのおろにかしが兄いれ給へさらはためともしやが くもとなりやくんばいせんしるときはくにたみ給ふや大しんの せうさんしてせうさんしてもうんたすけをうし給ふべしと かしなくもつたまへ八行ゆりしばらくしあんして心はるら所 せしなくものたまへは利ゆりしばらくしあんして出はるら ことりりあれどもわん女はさきほみことのりによつて たらせうじゆにうたれ給ひぬりに入下ながら給はん やそはまつたくふせものならんのまさらゆくへしたつ ねん事わがちからおよひかたし うべなはればためともかたね 白逢王女 ていなそのことは心やす かれそれかしいぬる日 はから院も小りうぎり のしまきたにてねいわん女 のしまきたにてはいわんす のひつしをすくひやがてかけ ろまにいてかへりてしかくしのばしまいらしたり 大じんこれそむかへとらんとならばちゆうの こむといへり大じんしむその人家えでおももちくもちひ給はん事 ほんやんらいのねかひにあらずといなみ給へはせうしやいずい者がはしく小ひさをすゝ にはほんらのはれか心はあらはしやかしやはたみかせしてくにおもつりと ぬおのそうしなとてかくはけんたはし給ふけんしやはたみいやしてくにおもつらし きこえある大しやうに二三百きのていへいを きづけてかのしまへおもむかし給へそれがし又 ふせいとなりてもううんがぞくへいをさへぎりとゞ むべしすいりくすでにはかりとをあはするときは もううんせんりがんをもてはやく此ことをしるといふ ともすへなかるべしかくのみいはゞなほうたがごしく思は れんがわがつまししうぬひはこゝろざしあるものにして聞 ちやうをき〳〵ますらをにおとらずをしいかないぬる はづきふうとうのなんにかうなみをひらいてみくず となりぬしかゝになほあやしきはしらぬひが たましひいつのほどにかねいわん女にのりうつく りてその心ばえずはたさんとするにやどう じようらんゐほうゝふつことしてわがつまに ことならずこゝにいつせのげんえんを たづぬればためともわかゝやしとき ゆゑあつてはなせしつるを くににたづねかねきよござん のふもとにてわん女ねんふ しんになのりあひ玉とつる とをかえたることあり さればそのこときわがあ たへしお子ちの玉はあそ 八郎為朝 となりて。わんぢはふたゝびさす らへの身となり給ふときけば又うきばわが身の うへにくるべてむかしをしのぶ思ひありこともあやしきぼう さはのおやあいによつてしかいふには候はずはじめをはりはかやう〳〵 とおちもなくときしらしもしわがことをもちひ給つゞこうしのさい はひこれにすぎじとはゞかるげしきもなくのたまへばせうじゆ入 は小路さをはたとうち大さとあんずののたまふ所ちうじんおん ぎをうしなはずわん女をもうこゝていがかくし子なりといはせし はもううんがわざならんわん女ぞんめいのことはあやしむにたへ たれどもためとものぼうさいその たましひをよれるといへたわん女に してわん女にあらずかられつ 一女のたゆしひをむかへ給へ しからばふかふ おんぎを かんしてこにの ために なほ さらに すべら 七 あか す 利勇 給ふこと かはと すめ けども けり はと 松寿 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ はらのうち にて のられてちやうあいせばもろびと かならずいろをこのむといはん そしりのかどをふさがんには 此びんぎにわん女となのるをなごを もてためともにめあはしかれにもびぢよをいだり するにしかずよしやわん女世にありてもあんず のつまたりもううんほろびわんずさうせいすと いふともわん女はわうゐにつぎがたしそのとき われ三せうしよとうをせうあくしてちうざん わうとならんにたれかこれをうはへりといふべき しかなり〳〵ともくろみすでにさだまりてにつこ とゑみげにものゝじようはうばひかたし大ざと あんずのぼうさいしうぬいとやらんわん女にかちやく するときはわん女はすなはちその人のつまなりすみや しかにこれをむかへとりて二世の心ばえをつくさすべけ ればせうじゆは二百よきをいて五そうのいゞき次へ 二十一丁 海棠 こと かるきぶねをうかべ ためともにさき立 〽ねわづかにびじんを てかげろまにおも○〆 むくべしといそがせば たづきへきたれるをせう ためともは思ひのほか なるけしきにて利ゆう しをもちふるといふべきや にむかひしらぬひがたる さもあらばあれためとも よるやさもあらばあれためとも しひしばしわん女による ことありともそれがしふたゝび めとるの心なしとうぼう〽えうの ふらうにんとしてゆくりなくこく わうのむごとならばわん女をはつか しむるのみならでぐんせうにねたまるべし なり給ふにはまこ とにくにの びしてたちまちにあんず とすかくてけんをまねた かはずことすでにさだまりぬぜうじゆはよのうちにしんばつ やよわれはくまぎみをもてことのよしをわんずにきこえ あぐべければためともはいくわんをとゝのへはいがある べしとまめだちてやをらかいだうがてをとりて きんじゆひきつれせいきうへいりにけるとうせうじゆ一 はそのよにはかにぐん此やうのなわけして小ろくのみに とぐちにふろでしてじゆんふうにかけろまさして こがしけりせうじゆはぐわんらい さいちよのつねならざる ものなれば此ときつく〴〵と 思ふやう利やうは にしぎのしとねに ふすいまのことくのう もなくてぎよ にくにあき人を 此事のみはうけひきがたしとのたまふを利やうはたえてみゝにも しらざればせいけん を見てもこれをぼゆ けるたぐひなりされ いばたまとも をにつほん こくのえいゆか なりとしらずして ○はじめはこれを もちはず今又 ひさい はひに して わん女 のふた たび 紫 らで 給ふは そんじ とゝ也 かす べし とひと りごち 葉 こばけり これより 西海 酒曲 □□□□□□□□ ○ためともはたゞ にいくわんをとゝ のへてせいでん かいかにそ しわんずを はいしたて まつんにわんず はたんぜうのゝち いまだむかはり つきにだ すぎぎれ べきながら にんぎやう にことならず くまぎみこれ をいだきてたかみ がくらにあり き也 ▼これを見おくりさても いゞき ためとも をでん じやうに のほし 大さと のあん べきよし村が 又わん はし給ふ むねをき こえしらし ひとへにちう もううんを ほろぼすべし とおほせくだ されしかば ためともは けかなるさいはひかなとつぶやきてこれを うらやみこれをそねむも又おほかりかうしも ほどにためともはあけのあざちくとしのすけ 二にんをしるべとしざらひやう二十にんを給はりて 大さとのしろにおもむきぜうちうちうちうのしろにたい めんしてやがて十八かむらをさらをさらをよびつどへも みつきものそうすくしほうれいをたゝしくしきたむ るをせうしそむくをばつし給へばかみにまがれるづくり するをせうしそむくをばつし給ふはかみにも なくしもにひがあるぐわんみんなくちごのはゝをえたるこゝち してかゝりやうしやうのかふうにたゝん事は世にありがたき してかゝりやうしやうのかふうにたゝん事は世に さいはひなりとていとたのもしき思ひをなせり かくてだい三日におよびてためともはぜう ほうのぐんびやうをつゞとへさきにとうせうじゆ りかけろまへおもむきしよりかゞなふればはや かへりこん日もとほからずわれこんやねのこくに百 五十きをいてしろをいでまはしの山かげにたはし べきよし心を 又わん神よしさればゆふべしのひのものをつかはしてかしこのちと をさぐりこふにまわしあざひらのあはひ めあつきやには大川あれどもかみはふたまたにわか はし給ふ むねをきいりひがしのかたなが川のほとりに こえしらしたかねありこれへいをふするにくつ ひとへにちうきやうのようがいなりとうは きんをぬきんでぎをしるにあらもしおくして もううんを ほろぼすべしけつしてゆせがたしはむね とおほせくだよく心えゆへとときしめして されしかば手わけすみやかにさだまりしかば ためともはそのよねのころほひにしゆうじうく目 おんをしや五十きしのびやかにしろをいで してまかで してまかでてまはしとらなるにえ 給ふにしよはなが川のあはひこだちし ふかき山かけにたむろしてせう あんずはいふうき山なけにたむろしてせう きん上らがいじゆがわん女にぐしてかへりくるを ぜんとして▼まつほどにためともつぎへ 一 海棠の 一〇 十一年 □□□□ 利勇 つゞきたちまち思ひ給ふやうへ へるかめはかげろまにおもむと きて今はかしこにあらんずす らんもしせうじゆにしら れて利やうにつげら るゝ事あらばそのたび はすくひがたしこせんかく せんと思ひ たゆたひ給ひ 思ひかへせば 露 に利 をた する ものに あらず あらざりけりとかくしてこぼくのうろに おいたるなんによかくれゐたるを見いだして そのゆゑをとへばくだんのおいふうにおそ せる〳〵はひいでゝけさしも大しやうの いきぶねの 五此しまを さゝて こぎよし 給ふをしま 人ちはやく も見てふ かくあやしみ こはうたがふ べもあらぬ もろうん ほうわう のぐんびやう なるべしとて 松寿 みなくあは てぶためき □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ いたねんば ろにとき さとせば おいふうふ ふがくよろ こびておの〳〵 つゑにすがり つゝ山ぢをさし てはしりさり しばらくあり てしゆをさ りんだいふ 一をいてかへり つそのとき しまをさ いさごに あま かれがま めやかに もてなず はわんずに ちうぎを つゝさん 弐人五人 になるる ひしがわれ〳〵はちたくおいたれば われはためとものまうすにトつてわんずの 思ふまゝに山にのぼる事もかなはねば おふせをうけ給はりねいわん女をはへばるへかへしられ こゝにかくれをりいといふせうじゆはこれを 奉らんためにきたれるあんずたうせうじゆ こらゆかくれをくいらいしといふせういたせにいためにたせにたせにきたが なりなんぢらはやくしまをさに此よしを回 きてうちわらひなんぢちさはおはれな ため さらずはべちにゆゑ あるべしさぎのよつるがゐの なかへおちてたちまちとり ことなりしときせうじゆひとり 利がいをときてこれをたすけ たりときけばかれにしらるゝ 思ふにもわが子すて丸はいかになり われのみこゝにひやうちやくし今一じやうの ともあやぶむにたらず人の子を けんきへのぢたかまふうのもめも世になき めしとなればよしやこうなりなはとゞる 人のかずにやくりけんさいしらうどうやさんして ともふうきをたれとともにせんゆみ やとる身はゆみやのためにせうがいをゑきせられ 小じん利やうがきかにしよくしてかゝる世をふる おろかさよとすぎこしかたを思ひやりたけは心もも しかすがにはくめいをなげき給ふなるべしされば又 たうせうじゆはじゆんふうにまほかけてすす りをはしりつぐの日かげろまにちやくせんして心 らそべにうちあがりて見るにしまには人けも同 まね きてため ともを大さと し給ふわんずの のあんずにに ぜられかつかの 人のまう によりてわん女 は此しまにゐ ますよしを しろし出しすな しはちせうじや をもてむかへとら おふせをのべ大 じん利ゆう のしよぶんえ よつてきたれ りととき 〽しられば りんだいふ らふかく 次へ 〽つゞきよろこびかゝるべしとは思ひがけず はるかにそのふねを見てしまのろうにや くおどろきさわぎすはもうらんがうつ てのつはものならんもしのがるゝこともやとて みな〳〵ゆふかくかくるゝにわん女はことり さわぎ給はずなで小さることやある 思ふにかのいくさぶねつ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ をむかひのひし いや のいかひなる 王女 べしとのたまひ しがなほ心もとなり ればわりなくわん女を せおひまいらせかんぐつ のうちへしのばし奉 りしに此おい ふうふがしか じかのよしをつゞ るにいきたるこゝ ちしてはじめて わん女のゑいちを かんじまづわん女 四十 ○茶 いふ 松寿 をばをさがいへゝかへし いれ奉らぬげんざん あるべしといひはてゝ みなさきに立ていざ 条にぞせうじゆはぐん びやうをいそべにのこし のちくとしをいて しまをさがいへに おもむきわん女に はいゑつしてため とものことをつげ わんずのおふせ をつげにければ わん女はせうじゆ をねぎらひて あるばよろこび とゞめわづかに十にん あるはうち □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 〽もなきてあぢき なき いきどほ りかんさり 給ふせうねい 二十二月二百二十八 はたもうこくていさきつこく らがちう死のことなどをとひもしときもしらし給ふ山 為朝 ●もなつかしとてうちなげ き給ふこときは ものゝいひざま などもやゆ とびと めきて さらに わん 女に にた やける ◑せうじゆは此あり さまを見てため とものしかもの かたりはいつはりなら ざりけりとさたん してまめやかにいひなぐ さめまゐらするにをき はしまのろうにやくと ともにせんぎよかいそう をもてせうじゆらを もてなしみなよろこひ そのべていさめる げしきなき 亀 ものなら その とき わん わん 女は にむか にむか ひてわれ はためとも ためとも のごさいに してむかしの わん女に あらずこゝ をも しまびと らし ぬむわんを とせうし あるひ よぐりそも そもわが みあと を此 しまに うづめここ よりかゝづき 二にん ありひと りがなはあからた だきとよばれむとりは みくまといふかれ ちばちゝもなく とものあん ずになりた まふをよろこび はたすて丸がこと はゝもなし いとをしき ものどもこ ればはへばるへいてゆかんと 思ふなり此事いかにある べきととひ給へばせう じゆしばらくしあん するにあかいたゞきは涙へし めをはへばるへいてゆき給はんことを かるべしとおもはねど大じん利 ゆうはこぎおほしいまだその ことをつげすしてぐし 給はゞかのものゝために わざはひのはしとなる べしそれがししまをさ に心えさしてべちに にぶねをもて大 さとのしろへおくり して悲ことうちゑみしまのを つかはすべし 〽といらへ しかば わん女も 「つゝきたんてうにしてこれつるなりみくま はさんぎよくにしてかめなりきてはつるかめ きやうだいも此しまにありけりとすの 又せうじゆ がきやうちう をすいしてふた たびこれをいひいで給はずよりて 為朝 つるかめはしまをさがいへにありと やいへどもせうじゆにたいめんせざりけるさてつゞの日 おひてよしとてせうじゆはわん女をふねにたまは のしまいらせそのよのひやうせんぜんごをしゆ ごしていそをはるかにごぎいだせばしゆごと らみごりををしとこしたび奉よ事ためとも にわかれしときにことならずわん女よのなか ひろくなり給へばおんぞうしとてもにもうこんお うち五郎ぼしばくじつ一せいて心を見せ給へかし とよぶこゑをうちかぜさへにふきおくりていとゞあは れぞいやましける此こときもううんはぼうようろう にうちのぼりてはるかにかいしやうをうちながめ おどろきつゝさゆうを見かへりていへりけるは利ゆう はからずも此やうちやくのさうしをえてそれが すゝめにしたがひわん女をかげ ろまよりよびのぼしてくだんかいし 王女 のまうしやうにめあは せんとすわん女の ふねはこんや小 ろくのみなどに つくべしといふをりに ふしそのせきにはべり たり三しくわんとう そんぢもくくわんぜんくわう ことのよしをきしてうちおどろき しからばわがともがらぐんひやう をいてかしこにおもむきわん女を うばひとるべしといへばもうらんかうべをうちふりて 又しばらくかちながめてからくとあざわらひかの さうしはちぼうありわん女をしゆごするものはせうじゆ なるべししかるときはふねにはふべのぞろへありくがいは す百のふせゞいあらんよしやわん女をうばいとるとも わがしそつをそんずべしかるわん女はもとのわん女にして もとのわん女にあらずこれをうばひとるといふともそのゑき なきににたもさるによつてわれわん女がかげるにある をわいしたれどうつてのきたにおよばすかゝるべきことをかれて しればちにきけいをまうけたかまが利やうにじめつさして のちにくだんのさうしをうちとるべししかはあれど利ゆうらがあいすう いまだつはず今より五七ねんのつきひをおくらばわがはかりよせじやう じゆうせんさりぐべからず〳〵とてゆるさねばそうそんぜんぜんぜんふくして せうさんすさるほどにわん女はつゝがなく小ろくの みなとにちやくせんしやがてはへばるのしろ 十月廿一日 ごにいり給へばためともはつわものを まとめて大きとのしろにかへり 給ひにけりされば利ゆうはうや うやしくわん女を 〽ほうわうのしんきみやうさん今にはじめずこと じやうに ちうへむかへ いるゝにわん女 は利やうを 見ていそがは しくとう れいしわらはゝ ためともが つまにしら ぬひとよば てるゝものに はぐり大 じんのそん 〽しゆれいに すぎたりといら へ給ふものゝらひ ざまりう □□□□□□□□ □□□□□□□□ 松寿 ことばに あらざれ ば和ゆめ はあられ てまづせきせう しやにいぎしいによう ぼう五七にんをかしづか してこそかにそのていたら くをうかゞふによろついつ いりにあらずげにわん 女はさきにせうじゆに されたりしにこれはわん女の なきたまがあだし 松寿をんなにつきたるな □□□□□□□□ 鶴 らんさればおもかげこそ わん女にしてその人には あらだりけりしかりとも われ今此をんなをわん女に してためすもにめあはせ てなば世の人わればぎしと たゝへんしかなり〳〵と心 のうちにもくろみてつひに せうじゆをうたがはずやうで □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ くわうだうぎちにちをうら ばみしてせうじゆ をもてわん女を 大さとのしろ におくらゝ □□□□□□□□□□□□□ こんらんの事を とりおころはす るにためともは ないさへ てなほさいさん さいしいなみ ども その事のが のれがたけ □□□ いせきじやう のかるところにまかし給ふ ほどにふうふのちぎりあさからでわがてる かゞみをあはするがごとしかくてある日かげろま のしまをさがつることかめを小ぶねにのしでひそか に大きとへまゐりしかばためともこれをよびいれて既べ つきのへんのはじめにをかざ あらはし候相かはらず御 樂亭西馬譯文 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ とらしてかげろまへかへしせうじゆへがこゝのわれにこと しきをさとりつるかめをふかくしのばしてもしやうぐわい へらだし給はねばしるものたへてなかりけることしもくれて あらたまのとしたちかへり世はやうやうやくにあたよかなれ なども人の心はのどかならずためどもはもうちやうちやうちほろ ほさんためにもつぱらじんばをちやられんしたみにをし ゆるにじんきをもつてししやうばつほうれいにあたら ざることなければしそつおの〳〵めと そのしよくをまももぐめんのな そのげうをたのしみとくにくわ 女どといふことなく 亀 角 もとめへ被下候 ふるかめせうじゆらのことは しらぬひわん女 又すこぶるふとく ありみづからとがひ してきしよくをすゝめ 給ひしかば大さと十八 一しよのえだむらことで くをざまりぬ へんはまく ○すぢがきしげくくわん ちうへかきをさめがたく よつてゑぐみのうち利 勇かいだうをちやうあい していろにふけり ぼうあへひだう けつちうのふるまひににて つるかめきやうじたい大はなおごの □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ まさにくはしくしるし候 國輝 金 西北國齋雄 明享九風作 八幡 蔦紅葉 稲妻形怪鼠標子 仝津谷竹 甘飯金上野様加 一青楽医芳画七編 } 東京子兵衛門 上橋 一金二回三つ目 與謝式郎應夜話 六部 □□□□□□□□□ 一 ゑびすやはせ } 公の巻 西馬 謹姫 綿昇 文庫 芳 席 画 金金金金金金 ⑥ ③ ○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○ 詳細になり。秋穗の耕種の 楽 熊本( 西 馬 誌 十九位 S 欠S S □□ 王子 九日 二 七 悪婆阿公 絵 さし出し 囲の外の う姿 桜 老木と 今枝政一 見へぬ 楽亭 弟亀 ゆく 年の 白髪 も 神 の ひ かり 哉 去来 〳〵ともにせんとのこうまん 季氏きしがはついつ にもすぎてさな がらこくわうの 〽あそびにことならずとか 十七へんより ○それにはひき かへてはへばるのしろ には大じん利勇ゆり おこりほしいまゝなるに ひぢよかいたうをえて これをてうあひし これをてうあひし しゆえん ゆう □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ きやうにながき日 なほあか ずとて □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ これに つぐに ともし びを もてし □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ かのこゑ たゆるひまなけ はらいたくおぼへてしば〳〵 れば松寿せうしめはかた これもいさむれどもつゆばかりも もちひず勝雲も及ひさしくさかひを おりさゞるはわがぶゐをおそるゝものなり ばんぜいのこうみやうもしやう せんいつ さけにはしかずもしこの ときにたのしまずはおい ていのちをはるの日くふ ともいかでおよぶべきわれよう しゆをほさしてせるしやうにわたくしなく たみのためにつかれたりかばかりのほうようは 見ゆるすべしといらへしていみはゞかるけしきなく ゆうきやうのためにたみをしいたけてみつきものを おもくしひほうのみおほかりしかばぐんみんます〳〵うちこを ふくみてひそかに大さとへこゝろざしをよせんとおもふも あれどさすがにりゆうがいきほひにはゞかりてけしきには 見せずされどりゆうはたみのしうそをかへりみずしてわれ になろらふをせうしいさむるをばつしたゞ左雀あらし只緑あくが □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 筑朝 ともがらどうきあいもたむるねいじんらをおもくもちひてくわんらくを 三ねんの あきをすご すほどに ためと しきり 4 じやうけい してにんばこへひやう ろうあまりありせつ とうを給 うつべし とこひ給へども りゆうこれを よしとせず 松寿 それ べいは きやう きなり みの こび に あらず めら なまじい にしゆ りを せめてその さりあらず けをふき はをくひしばりいたづらにつき ひをすごし給ひけり きずをもとむるなりたゞ かたくまもりてへいをつよくし ゐながらぶゐをはるにしかし とてゆるさねはためともはたゞ 一せうしゆはこれかれの ていたらくを見て 一わざわびわが身に およばんことをおそれて ●こちひらへかへらんとのみ 思ひしかはひそりに 思ひしかはひそかに うたんことをのぞみこひ給へばりゆうはその 心もの思ひを しらんとならは まつさゆうの 〽ひとをとほさげ 給へかしといふにうな づきてにようほ 松寿 きとのしら そうし □□□□□□□□ つゞき ふくしんの らうどうにはかり ごとをさづけじやう ちうにりうげんす かくてたれいふことも 八升弐合 わらひさらばまづわれみづからじんはを ちやうれんしてゆんせいのほどをしらせん とてくまいみじんののうみんらをからめ とらしていたゝゆばどのにいましめこれを まととしやにはにいころしてたのゝみとす そのぼうあくけつちうにことならねばこたりある も心なきもみなつまはしきしてだいしんはわさ ひよりもおそろしといぶやくをかいだうははやくしりてその たび みたび これを とへば かい たうは やうやく になみだ をおさめ 大じんは よろつに おはせどもまゆにひのつく うれひあるをしり給はず ためともひさしくおほさと ものしろをまもりてたみの 心をえたりさればもう てより〳〵にんはを ちやられんじ うんをうつとせうし なくこぢひらのぐんみんい あんすのひさしくはへはるに あるを見てやしんをおこし しろをやきでもうかんに とうさんせんとはかるよし きやう〳〵としてふうふん なくとぢひらのぐんてんらそしるものをつぐるによりててゆうは又そ申るものをるらめ あんすのひざしくはへはるにとらしあらみをためずとせうしててづか これをきるされはつみなくていのちを おとすものおほかりかくて りゆうはあるひかいだよれ ともにしろのやじらに のぼりではるかに したりしかばりゆらはこれを ひとの いたへきゝて大きにおどめきひ やがてせうじゆをよびて ○ いうやうごへんひさ しく此ところに あるをもてこぢ ひらのくんみんら てきにないかう すときけりはやくかしこに たちかへりてむほんのともの がらをからめとりかたく しろをまもりてかろぐ しゆつしすべからずと めいずるにせうしゆははかりし 事なればきんせんくしてれう せうしらうだうらをいてその日 たへてはへばるへしゆしせずりゆらん せうしゆがかたへになきをなか〳〵にうしろ やすきこゝちしてたゞかのかいたうとすい でうのもとにあそびたはむれさけにくらし いかつにあるしてつきひのうつりかはるをおほえす こゝに五六ねんをすぐじにければためどもしきりに いらたちで又大さとよりじやうけいしてしゆりを こぢひらのしろへたちかへりそのゝちは のきゝを見る てうのもとにあそびたれむれざけにくらしなきにければやせう ひろにあるしてつきひのうつりかはるをおほえすおどろきてそのゆゑを こゝに五六ねんをすぐしにければためともしきりにとふにかいたうはいよくと □□□□□□□ いらたちて又大さとよりじやうけいしてしゆりをのなきて大しんわらはがも こぢひらなる せうしゆ迄 ばかりことを しめしあは して大しんを てもなひ まゐらせん まふらせん とすあれみそ なはせ此しやう かをゆきゝする ものもおほ かねたる けしき にてさめ〳〵と□くちをしく さとのかたへ ゆらはおほく こなさへくるはまれ なりしかのみ ならすわんによ 〽のためともへまゐり のためともへまゐり 給ひてより大みな これをきみのむ也 とぜうすそのゐけん をさ〳〵大しんに おとらぬをなほ さりに見給ふは いかにそやかく てはつむにかれ ちかためにしら ひしほにやち れ給ふへし 思へはかなしく 弓長十八 つゞきとらめかねたるそでのあめ はれぬ思ひをしり給へとことば たゝみにかこつにぞりゆうは つきまことに思ひあたる 事ありたゝすみやかに おうくわくろろくを 大しやうとしてあま也おば たのぐんびやうを さしむけ大さと こちひらの両 じやうをぜめ おとしてためとも つく〴〵ときゝはてゝ大いき □□□□□□□□□ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ しやうじゆがくびを 見んさはとてやがて 立んとするを〇 丸 かりしから 應性 利勇 姦 □□□□□□□□ □□□□ □□ 一四二一一一二 名城 □□□□□□□□ □□□ □□□□□□□ □□ 讃 □□□ □ □ 必 □□□ 糸 給 □□□ 丸 絵 姦 □□ 鯰 糸 □□□□ □□ □□□□ 法 〇●かいたうはそのたもと をひきとゞめためとゆが ゆうせうしゆがちはみな これ人のしるところ おうくわくわくろくる そのあい一にあらず 必大さとをせむるときは こぢひらよりきたり すゝひこぢひらよはくは 大さとよりきたりすく ばんないらんすでに おとりてもうかんその きよにのらはつひにふた 此いながらふせくにすべ なかるべしたゝいつぱりて ためともせうじゆをよび よしりきしにおふせて からめとらし給はゝやい ばにちぬらずして ふたつのとらをえ給ふ へしさいはへらすやと さゝやけばりゆうは たなぞこをうつく 大きによろこび まことにおんみはさい じよくいやうせんの をとめなり此はかりこと きわめてよし王子男は 〽こさし六ツになりよんは はかまぎあるべしとふほ 呂緑 船 綴 丸 □□ □□□□□□□ □□□□□□□□ 必 弁 □□□□□□□ 糸 □□□□□□□ □□ □□□□□□□ □□□□ しらさん此はいがには もるゝことなくためと せらせ女もわがわなに いるべししるなり〳〵迄 やうやくに心おち 功ゐてやげくおう くわくかつろくらを よびつごとへくたんの みつけいをとき しらしてこんげつ それのひわんず はかまぎのはいか としてしよあんす さんだいあるべしどぞ さんだいあるべしとそ ふれたりけるさるほとに □□ ためともは此としごろ なすこともなくつきひを おくり給ふからいびにこう みやう□がたきをいき どふり給ふにしらぬひわん によは舜天丸薨のゆん いかにと思ひやりもし世に いかにと思ひやりもし世に あらば此はるはとしは十二に なるへきに此世あのよとわく ことなきわがみふたつのかけ ひなたれうあるものはやゑまし かすみのほるもしるといへとのほ しりがたきわが子のそんぼり こゆゑのやみのやみぢにはまよひの くものはれぬかとかき〽つきへ 手洲十八 まちはへばるよりの おんつかひとぜうして かゞきくどき給ふをりからたち くわんにん こゝしよいんの はいかの ことを 手 きた 利勇 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 合もつぱらようゐすといへり そも〳〵りゆうはようしゆを さしはさみて 呂緑 れの のき ほひ おさへ 一 とうに こと ならね ため ともは いくわんを とゝの元 の一むかへて これをうけ 給はるにくたんの くわんにんはとも 人をいそがしつゝ 又こぢひらへ とてはせ ざらぬかく てその夜 大 〽そのものよひ にはしりきてせうせうちかに しかぐのみつねいあり 〽しかぐのみつけいあり あすはしよあんすのはいがに ことをよせ八郎あんすと やつかれをうちとらん こうたけて しき りに 大さとの じやう もんをたらもの ありもんをまもるつはもの らかろ〴〵しくこれをいれずまづ あんずにまうしてこそとてうつ てみづからものみのまどより見給ふにとう せうしゆがたゞいつきしのびてこぢひらより きたれるぬりあやしみながらぜうちらへ むかえいれてづからともしびをとつて はなれざしきにいざなひその ゆゑをとひ給へばせうじゆはほとり ちかくひざをすゝめそれがし さよふけでまゐることくわきうの 一だいじをつげまうさんためなりと いひもはてぬにこはこゑたかしと ためともはあふぎをあげて おしとゞめあとべをきつと見 かへり給へばひとまへだてゝろうい こゝのうしみつつぐるおとなせり そのときせうじゆは小ひざをすゞ はへばるのしろにしのびのものをのこし めそれがしかくしのびやかにまゐる事 たへしかばためともはことのおもむきをきら べつぎにあらずおもふ所あるをもてかねて おきことのていたらくをうかゝばせしに コフ長トヘ □□□□□□□□ 為朝 閃 寿 應崔 つぎそのちにおいては おそるゝにたらず いはゆるもく 目録 こうにしてかむり するものなりしか のみならずとしごろ かいだうがいろに おぼれつみなきを おぼれつみなきを ころし身のたの しみとすこゝを もてかみはきん まんもんもたす け給はずおもは くにたみにした がはずたゞいき ながらそのしゝむらを くらはんとのみ思ふめりかゝれば かれがはかりごとによつて はかりごとをおこなひ 此びんぎをもてすみ やかにりゆうをちう りくしたみのとたんを すくひ給へとかうべを さしよしてさゝやけば ためともきいて たんそくしいはるゝ ところよしといへ どもわんずのおふせを ため亀 ともはなほうけ ひき給はずかゝる ところにつるかめは ことのおもむきを たちぎゝしてひやう ぶのうしろよりはしり いであんず此ねいじんに なはかられ給ひぞそれが きやうだいみゆるしを うけずしてほしいまゝにうけてまづせうじゆがくびを 大じんをころさばほんきやうのはねふちうふぎのつみを つみまぬかれがたけんたとひたゞしてしかしてのちに こゝぞくらをうちほろ 十じん十二ぶんにてわけしてこゝぞくらをうちほろ ぼすべしいひも われをがいぜんとはかる ともゆかずははかりごとをあへずつるぎのつかを ほどこすによしなからんにきりかためてさゆうよりさし たゞやまひにかこつけて 行ざるにしかざるべしとまなうへちかくうつてかゝるを 思ひのほかにいらへ給へばせうしゆはさはぐけしきもなく見か ぜうしゆはまたいふやうへりなからあさわらひこは小さがしきたちら つら〳〵わかんのためしを おすにとうのかまたりよばはりわれは いるかをちうしかんの わういんたうたくをつみなしものにくる 利勇 にきりかためてさゆうよりさし へりなからあさわらひこは小さがしきたらう ころすみなこれふてあやまちすなと ちよくめいをうけいはせもはてず たるにあらずいやはらからひとしく しくもそのはかりことこゑをふりたて きみにちうありわがちゝはこれなん くにゝりあらばぢがためにふげい 大じんなりといふのしなりかつ 事かはさぎんずるよつてさとのしにめされ ときは人をせいしたるにおんをうけておんを おくるしときはひとに思はずぎをわすれて 鶴 ともゆるすへきそのかみちゝがすいきよに ○こびへつらひて おくるしときはひとに思はずぎをわすれて せいせらるはやくみこゝろいきほひにつきちうしんをころ をけつし給へかしとすゝむるに□りゆうに○せりそのつみか ●一ツまたわんによごぼう しのなかぐすくをあふ 給ふときなんぢれんぶら をおひきいだしまいらせ くばの山ざとにしてなさけ なくもうちたてまつかし そのつみ二ッ又 為朝 さこくきつとも にわんによをすくひ まゐらせざりしはこゝろに かんけいあればなり此 ゆゑにさこゝ ぎつはたち まちたすけを うちじにせりその うしなひて つみ三ツ此三ツのつみ あるにたれかふちう ふぎといはざらんや われ〳〵わんによ ごふうふの いつくしみに よつてとし ごろこの じやうちり にありなん ぢが□□ ぢが□□ はなやき たるありへ さま ● ○ゆゑ きゝことに はをくいしばる一つき 京頭一八 つぎことすでにひさししかれども くんふのかたきりゆらを返 □□□□□□□ いまだうちえざれは ことのやぶれんことを思ふてさきに かけろまになんぢをかいまみ ながらかろ〴〵しくてをくださりし かくてものがるゝ 松寿 みちありやと いきまき ながらぬき かくるやいばに おそれずにつこと うちえみことの もとをしらざればその うたがひはことはりなりこの うたがひはことはりなりこの くだりのことにつきてはむね くるしきことなき にしもあらず をりをえば ねいわんによに つげまいらせんと 思へどもことは もれやす きをもて いまだまうさず八郎 いまだまうさず八郎 あんずもきこしめ きるべし ぞれがし ふせうなりと いへどもいるでか れんふじんを がいしたてまつる べきかゞなふれば はやこゝに六 とせになりぬ ゆめのあと ゆはたゞくばの 山ざとに りゆうが ぐんびやう みち〳〵て のがるゝかたも なまじいに なましいに わんによを おとしまゐらせん 玉子 阿公 とてみづからやいばに ふし給ひしれんふじんのおんくびを 給はりてりゆうがかこみをとるしそのゝち ことえ〴〵のしやつきやうにてうちじにしたる もまなづるがしにくびをもて ねいわんによのおんくびなりと いひこしらへかんちにたけたる名なり りゆうをあざむく心しんは コ刀長十八 いつちやうにとき つくしがたし しかるにわんによは なからへてかけろまに おはするよし八郎 どのゝうつたへに よつて りゆうは ふかく せう じゆを うたがひ ちうぎめかして わんによを むかへひそかに これをどく がいしさて せうじゆをも ころさんと心に ふかくもくろみ けんそはけしき にてすいしたり こはいかに ねい すくひ まゐらす べうもや とさまかうさま までむかしにはにたま 思へども思ひ かねつゝかげろまに おもむきわん によにはい ゑつしたて まつればものゝ いひざまおもかげ はずかくては りゆうがどく けいをのがれ 給はんこといと やすし迄はじ めてこゝろ おちゐしかば やがてはへばる のしろに かしつきいれ たてまつるに はたして りゆうが かたがひ わけ つぎ 同一 治 弓張十八 つゞさ「こづからやいばにふし給ふはゝれんふじんの つぎ いつくしみはかへすよしなきいそのなみふかきなげ給へばつるかめはあはしに きにしゆみしなりまことにせうじゆ ○かほにおしあて 給へばつるかめは心と めをあばし 一じゆなりきこく きつなりまなづる なりちうしんぎ ぢよはありなが なかりせばわが身はさらなりつる かめらももうかんりゆうがでに しなんもうこゝていなりせう 阿公 いたゞ むねんも ますら をがとゞめ かねてはの いこゞぞくに 世をせばめ られ ● 楽亭譯 一猛斎画 なかくになみだはあやもなり けるそのときわんによはしば たゞくまぶたをやうやくに ● ぎやく □□□□□□□□□□□□□ 王子 ときをはしくわ きうのつのゝあらそひにちう きうのつのゝあらそひにちう ざんさんなんさんほくと三ツにわか れし此くにのなみのつゞみはいつのとき うちもおさめんとばかりにたもとをつ 安 政 六 己 未 春 新 彫 竹雀千 竹雀千代哢 西馬補案 槻輝画図 聖徳太子 大和鏡 万亭 應賀作 一寿存 二三時存国貞画 三鱗形 鎌倉双紙 西馬作 雲龍 九郎 偸盗 傳 故人三馬 道橋 増補西一 儒案 画工一勇斎 録 三 金地本草紙問屋てりふは町笑霧屋庄七版 西馬訳 芳虎画 15 十一 錦昇堂板 ゆえ はり 月 野尻 十八篇 下 楽高作 万序画 十一 四 おそるゝにあらずみたれたる わがつるかしとにてきゝ世の人こゝろはえみのうちにやい はべるやあうらがわる だゝみをおん身のきとうろにとくをつゝむせう としりなからうちもじゆなりともうちとけ おどろき給はぬはおぼしては大事を めすむねあるやらん めすむねあるやらんかたらひがたしと かゝる大じををうなごの とかうまらすべき とかうまらすべきいなみしなり ▼ しゆしてふたゞびみたひ 鶴 にははへらねどわんすでにそのおこ すはわづかに六才のなひを見またその しやうになりたとひことはをきくことに そのめいをうけたりとちうぎならすと いふともなあつてまといふ事なし今は なきにはへらずやたいうたがふべきに こうはさいきんをかへりあらずきを見て みずたいれいはしやう〳〵をせざるはゆうなき ぢせずとかいにしべの ぢせずとかいにしべのなりゆうをうち ゆうしもいふめりたゞ みころをけつせられほしとのたまへはせう りゆうをちうしもうじゆはきんぜんとしてせき也 うんをうちほるぼしてすゝめかうへをまじへかん くにんどをすくひ給へかしと のたもふにぞためともは てをこまぬきもくねんとしてみたちきみにはきやくしん をはせしがあふぎをとつて ひざにつき立いはるゝ所たう りにかなへりわれ又りゆうをの あらずきを見て である。 亀 じゆはきんぜんとしてせきを をはぜしがあふぎをとつてちゝはゝのあだゝるりゆうくまきこのかう ひざにつき立いはるゝ所たう りにかなへりわれ又りゆうをめといふわれをわすれてこゑたかくなつる 弓張十八 こぶしのさわらびや もゆるがごときわか ものゝ心さこそ おしはかり 2回 よそへや もれんおと たてなと わんによがとゞ むるはゝかりの せきもあけゆくやこへの とりにいとま まうして たうせう じゆはいそ がはしげに まかでつゝうまに ひかりと びらのしろに かへりけりかくてそのひ にもなりぬかねて うちのりてこち はかりしことなれば ためともは つくわんを こゝのへ わんずに しゆくしまゐらする とて大きなるはなかこの うちにつるかめつきへ ことは、そういうこともいわれている。このものよい 一 三 二十一 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 弓張十八 つゞきようのつるぎをさゝえかねしよだちは つる二のたちはかめがふみこむ きつさきさかりにさやう のかたさききりわら れしりゐにたう ことたふるゝをもつ 十一 海棠 おこしもたてすのり かゝりなかくすくの あんすもうこゝていが ふゆう 勝雲 いまにはじめすその いきほひにへきゑき してみなこと〳〵く こうざんすまつてろく たかきあんずはいきん いひがいなきさとのし 子どもつるかめなき ちゝのうらみを そのひま そのひま にためともは たゞひとうちに きよめくにのだめに ぎやくしんりゆうを ちうするなりと ろろくをきりふせ よびかけてやかてぞ ちがたなびさけて たち給へはせうじゆは くびをかきおとす わんすをとり 一 まゐらせん らにいたるまてかう とてくま べをたゝきはいふく してわれ〳〵もと よりやしんなしわん ぎみにとひ かゝればくま きみいよ〳〵 によ八郎ぎこの おんためにちうしん をはけむべしいのち あはてふた めき をたすけ給へかし とてわひにけれ はためともかゝる ともがらをころ さずなんぢらまこ とにせんひをくひて くにゝちうぎをつく さんとならばはやく くまきとをおひたゞ めわんずをつゞ ぎやくぞく せうしゆわん 為朝 ずをしいし たてまつるやトさけふほどに せうじゆは思はすたゆたへば くまきみえたりと身を □□□□□□□ ひねりてひきとめ られたる そでふり なくとり給へとて くわはんそのざを たゝしかれはいん ふかいだうをとら へんとてゆみやを ためさみちく とじをいてをち こちをたづね給ふ にかいだかはこう ふんろうのらん かんに身をよせて そのゝはなをなが めてをりためとも みつからちくとじ をいてたかどのにの はなち ゆんでに わんすを だきそへて あへき〳〵 にげはしれは せうじゆは さらなり つるかめははゝの かたきのがさじとて よびとめ〳〵おつ よこため〳〵お かけたりされは ためともせうしゆを からめとらんとて からめとらんとて いばくのうちに 松寿 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ らはあひつたかひていではを うしなひかつためともの大 ・〇長一 のはしりのぼり 給ふをつんかへりつゝ あさわらひ 身をおこしておばし まよりとひ おりんとする ところをため ともゆみや はな 給ふ ねらひ たが はず かい だうが ほそ くび ふつと いきり給へば あやしきゝな きずぐちより こゝき 上 けゞ りの うちに おいたる そうし つきへ かゞきこつぜんとたち あらはれから〳〵と うちわらにこゑもろ ともにもうろうれ かたちはたへてなかり けりためともは此あり さまにゆんづゑついて きつとにらまへさては かいだうはもううんか けんじゆつのなす ところかのわざはひに ことならずつみなき あまたのくを も●おしわけくきはをよきはい ひつゝたつぬるにつひにふたゝひ これを見ずかゝりし ほとにつるかめはかたき 鶴 りゆうをうちとりつゝうち みはおなじくまきみを やはのがさじとはやり をのはやせにあらて ゆくみづをせきも かねたるこゝちして きやうだいふかく のぞみを ころすよう 為朝 ほうなりしといた まへはみな〳〵げに すゝろに もと思ひあはして したをふる ひけりさる ほどにたら せうじゆは はしるくま やうしなひ きみをおひ ついかぎのとの とめんとて かたへはしか ひろにはにいづるをかしもあれ おどりいで すいもんのうち にみつおと たれどおひ 松寿 しげるこたちにしてをさなごを へだそられて してをさなごを 思ふがごとく 思ふがごとゝあけくゞり ならずくまいづるもの きみはおいありけりこは たれどもくまぎみなり なほすぐと見て やかにてあし ければつかは いとはやく わんず いだきなるが みぎはの こかげにかく ろひかめは いたちの ゆくさきに 身をふせて こたく まつとはしらか ふりみだす 〽ゆびんのおくれけ かきあげてかたてに しぼるあやの このまを はしらめくる きぬかしこい きみよむづかり ほどにせう じゆはたち給ふないざふところ まちにその ゆくへを見うし ゆくへを見うしぬれたるまゝに なひ心ます〳〵ぬくめどり いらたちく あくはにごれ とよどみなく このえだをも 亀 きしのをさゞを のうち ちからくざ身を おとらしてはひ のぼりゆらんと かくる くまきみが しゆる すれば思ひも けんをかた かけふてまな さきちかく ひらめかす なのつかに うけとめ てもとま かめがやい らぬかた ばをおどりこへきはいち はやく 又ふりあぐる めでのわき ばらちやうとあしのいと ついたるしゆ れんのての くらくしげ 〽うちあつと ばかりにふた ばかりにふたともすでに あしみめしかいだうをゐて 成 くまぎみやらぬと かたせじとて よびかくるつるの たちろくとりたかどのをおり をとゝを給へはせうじゆ つるかめはしよ くまぎみやらぬとあんすはい よびかくるつるのきんちと きんらと ひとこゑおど ともに ろかず見えり ながら きつわが ○ ともかちはつ ほうにわかれて くまぎみをおひ とめんとすかに くだんのあくばは わんすをいたき しろの春 もんより のがれさり ゆくも しれす なりて □□□□□□□□ 金 まらす にそため ともきいく まゆうち ひそめ くまぎみは どんらん むさん もとこれ 次へ 張十八 つぎらうはなりしやつ のがれざりたりとも 何ほどの事かあらん うはなりしやつ いたしほうさうをひら かしてつめる所の たゞゆるがせにしがたきは わんすのうへなりくま きみもしてきちに はしりてもううんか ぞくへいにとらへられ わんずにふりよの ころされたる ことあらばたれがため にかぎへいをあぐべき をあぐべきをにぎはし きはきん〴〵を しよしくんこん らにわかちあたへ 又つみなくて りゆうがために ものゝさいし をにぎはし これわがうれひと もびしかば する所なりしよくん ふたゞびてわけして わんずをたづねまゐらせ 給へとく〳〵といそかせ 給へばみな〳〵ことば みなその じんしんにかん けきしかれ たるいぬの あめにあひ ひとしくしてまうす ひとしくしてまうす やうそのことふかくな うれひ給ひぞわん わたちの ふなのふち にいるこゝち すはきさきばら なりとまかせとも まことはしゆつしよ さだかならずかつ してよろ こふ事かぎり なくべきみの ためならば あんずはせんわうの むときみにして ねいわんによの をつとなりよしや いのちも たえて をしから すとゝ わんずゐまさず のううん とももううんを をうち給へ うち給はんに かしほりのむめ たれかそのきに くさとなるまで あらすとまう もたかきめぐみに さんさればわれ〳〵はむくはんと思はざる 王子 阿公 わんずのゆくゑものなかりけり しれさるをうれかゝりしほどにため かゝりしほどにため ひとせずたゞもう ともはりゆうが うんがほろひざるを からきはつとを うれひとすまづ うれひとすまづすてゝせうばつを りゆうがむさぼりたゝしくつひにつるを みゆうがむさぼりたゝしくつひにつるをめつせられしをこゝち たくわへたるさい ほうをちらしてかめをふくせう ほうをちらしてかめをふくせう きうみんをにぎとしてはへばるの わしさんなんを うちおさめておの〳〵ゆだんなく もううんをうちわんずのゆくへを ほろぼし給はん事たづねたてまつる こそねがはしく 候へとことばを つくしていざめしこぢひらへかへらし かばためともちから 一およばずして しばらくそのぎにことゞもおちもなくわんずのゆくへをてふじあはして したがひみつからわんによにもの せうちうをうちがたり給ひしかば めぐりてつみなき□わんによはも○やよひになりしかばけすゝむるにつぎへ か○ことのおも むきをつら〴〵と うちきいてひと たびはりゆうがぞく めつせられしをこゝち よしとし又びとたびは わんずのゆくへしれ ざるをいとあさましく 思ひ給へりかくてため ともはまぎりことにきこえ しらしてわんすのゆく へをたつねまゐらせ又 しゆりにしのびの ものをつかはしくまきみが ありかをきゝさだめん としたまふにつぎひのみ いたづらにへにけれど わんずのゆくへを しるによしなくその としもくれてはるもうち給へと やよひになりしかば はへ ばるこちびら よりせうじゆいる よりせうじゆつる かめられんしよ してにんばすでに とゝのひぬしよ ほうのあんずに てふじあはして すゝむるにつぎへし 四 弓張十八 つゞきためともはときなほはやしと のみいらへしてかる〴〵しくうごき給はす わんによは此ありさまをいひがひなしと 思ひ給ふにとかくしてことしも又九月の すゑになりにければためともにはかに ぐんぎありとふれしらして大 さとのしろにしよあんずを さとのしろにしよあんずを つどへ給へばこちびらのあんず たうせうじゆはへばるの しゆぜうつるかめころくの あんず儀翰□やへやまの あんず餓穀 とくわん田平一へいちをはじ めてみなこのむしろにあづ からざるものなかりけり そのときためともは あふぎをしやくにとつて のたまふやうわれはから すも此ところへひやう ちやくしくにのみだれにあふ をもてこゝ王のむことよはれ くらゐたかくにんおもくし あんずにそんじうせら れてあんぜんとして日を聞 おくるあにほんらいのめん ぼくならんやもううん せんわうをしいぎやくし おほうちをおさへそひさ しくきやくゐを四のまきへつゞく 鶴 三の拳よりふるへりたゞ うらむらくは大じんりゆう くにのためにちうをつくさず いちじのこゐをたゝましくして いんじゆにふけりあだをうたん とはせずして つみなきくん みんを ころし あまつ さへたら あんずと ため ともを がいせん とはかり しほどに やむこを えすきよ ねんりゆう をちうし たりしか かた いへ ども わんずをくまぎみにうば ひさられてへいぜいののそみを うしなびそのありかをしらんゆ 弓長七八 阿公 図書をやそのうち 亀 中頭十八 つゞきかるべしくぐんびやうを おこさずこはもううんが けんじゆつをおそるゝに あらずわんずをはへばるに かへしまゐらせずはため ともほしいまゝに大じん ころしわんずをおふて さんなんせうをうばへりと くいはん此事ひとり 心くるしくてきちにいたる までしのび〳〵にのこる くまなくたづねまゐら するといへどもわんずの そんほうしるによしなし つぎひはながるゝみつに にたりときといきほひは うしなひやすしじん せい七十こらひまれなれば ためとももししおの〳〵も 又ししぬはゝたれか べき今はぜひにおよ ずといふともせんわうの ためにぎへいをあげ もううんをほろぼす ばずわんずありかをしら てくにのあんきを さだむべし されはわん うしなひてろらして こうをなしがたからん あんをもてはかる ときは大さとにちゆうの 大しやうをのこしおき きみはみつからしよあん ずをいてひそかにかはらの わたりをこえへんがだけの ふもとよりめくりいでて きうにうらぞひのしろを せめをとしぎのわみりの ちをりやくしきたより みなみにうちむかひ ながくかつてしゆりを せめ給はゞもう うんみつからしろを いでゝたゝかひをけつ すべしそのとき大 さこにのこりとゞまりたる きうにてきのうし おそはゞもうか ともぜんごにてき をうげてふせくに わ ×こははかりことを わけのぼりくわ じゆつありといふ 亀 阿公 みかたの大しやう二 三百のてい いばゝのうちにめくらし かつことをせんりのほか せうし へいをもつて やまぢに やがて此きにしたがひ にけつするのみやう さくなるべしとしやう せしかばためとも さてたれをか こゝにもつ ●たちまちとりことなる べしとでべんせつながるゝが ごとくのべにければみなく ふかくたん すゝ よろこび しりぞくを いとふは ゆうしのつね なりわれ此 はらからを もてせんぢん めんと めんと かねしも 思ひさだめ のこしとゞ めててきの たれば べちに その人を えらむ ろをおそ はすべきととひわんによは べし いわんによは 給へばせう わがせん さいしら じゆ又まう すやうつる ぬいがれい すやうつる かめばとし によつて なほわかけれ ちぼう によはわがつま〳〵 ながらせうねい王の ちやくぢよなれば けふのしゆじんとさだ めみすをたれてかしこに ありとあふきしてさし ものいと迄はりありといらへし こゑしてともしらざればいひ がひなしとおもひはべりたる くやしさよとのたまふまゝに もれきこゆればためとも かさねてせうじゆにむる ひたうあんずはちぼう ふかくかつちやにくはしと きけり此所はきたのかた しゆりにとなりてつはものを すゝむるにたよりあれども やまぢけんそにしてしんたい ゑさいならざるべし思ふとこ せうしゆすゝみいでてまうす やう此所はしゆ里にとほからねば てきにばうきよのそなへあるべし しかのみならずやまぢようちやう としてつわものをすゝめがたし しめしたまへばこれをきく つゝすゞろにかんるいをのごひあへ ねばみすのうちにもせんによの ろあらばきかまぼしとのたまへば 鶴 もしこゝ てきにばうきよのそなへあるべし しかのみならずやまぢようちやうせめいらんと するときは又 弓長十八 とそのち ゆか りき をさく をのこに はぢぞ ちもうこゝ ていがふうあり 此はらからに かつしそ そんきやう ますものある べからずところ 申せばいるかめこれに きゝてよろこばすすぎたる もううんはくんふの あだなりたま〳〵あるかゝれば ぎやくぞくたいわんによを ぢのときにあふてもてから しばしなりとも おくれん事 大しやう 一ねかはしからず とつぶやけば てきの ためともはかへりて うちわらひ すゝむも ろをおそ □□□□□□□ しりぞくも ちうぎの ため ならばたれかこれを おくしたりとぜん いきへし つぎへいをおこて ことかいしめのこび たいせうにせしなんど あざみわらふものも よいとういをせいばつて もろこしこうりやうの せんしといふをなごは さつぐんにせうとして あらんが むかし 百ゑづをいふくせり もしよくこうを にとしてうち いで給へば きみはみな みにむかひ きたに わんによは かみつけの きみかたなが つまつみづ からめのこ すぢうにんを いて なすことあらば ふじんなりとも もちふべし おの〳〵はいかに 思ひ給ふと のたまへばせう じゆはしよあん ずともにまう すやうわんによ むかひ いんよう わがふして しやう 四手 みづからからめ てのたいしやう ふろく よろこび の なめ 芳房治雄 米米米米 □たなそこをさすが ごとしといらへしかば んによもこれをもれき わんによもこれをもれき 給ひて御 ため ともころ からの ゆちう として▼ ぐんにせう □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ る 五千三 をの それ 十五 ③ おふ女 おそしと まち給ふ ほどに ため とも ふた たび わん によに はかりことを つたへてから めての大ぜう とさだめ又小 禄とかくの 衣かくの あんずぎかん しりよあるものなればこれ わんによに したがはし又 いるかめを 八頭山やつ友の土官どくわん てん平はそのとしすでに いそじにあまりてすこぶる らをのこしとゞめて 了長卜 さき てとして せうじゆを ぐんしとし A 〆 敬 □□□ 姫 □□□□□□□□ 逸 ふた わけ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ □□□□□□□□ 俸 城 その うち三日 きはわん によふ したがび つゞきすゝむべしとは ぐんぎ日ならすとゝ のひぬときに大やまと あんとくてんわうの じゆえいくわんねん 九月廿八日のあげがた 九月廿八日のあけがた にためともは一千の ていへいをいんそつして 〽大さとのしろをいで よ○ころされたる 日くまきみわん ずをいだき さつてつひに ありかをしらせず これ一つきよ ねん五こくみの らすして さんなん いちにち佐敷さじきの 占 くはるしそつ をまちあはし つひにかは ちをうち こえへべんが だけのふも とすめぐり いでたんへいきう にうちそひの しろぎはちかゝ せめよせ給ふ これよりさき もらかんは 棟築ちん 奇律之きわる 全広親 まきりににんばを やすめくなほばせ 為朝 ひやう かりきこれ かりきこれ二ツ われ又あほいて ろうにともし はへばる らをよびつとへ 今 のぜんくわうらを つとへていふ やうさき にも ぎいつけつしてせめ 松寿 こときさとせしごとく ときさとせしごとく すでにためともがぐん よせんとする ことたんせきに ことたんせきに およへりかのため ともはりゆうが たぐひにあらずかつ たうせう じゆ これを たすけ て ふかく はかる もの なりこゝを もてわんによを もてわんによを からめての大ぜう とし大さとの やまぢをこえて 儀翰 さらに おそるゝにたらず とうそんははやく ふいにわがうし うらぞひにはせ なはの みなとの から見 めぐうにろく ろをおそわんとす しかれどもわが このぜんり がんにもるゝ ことなければ むかひきりつしは ぎのわをまもり ぜんくわうは五百 きをいて 田平 のことりてを せめおと してはへ ばるのしろを ぬきしま ぶく ろの かたに 今 りゆうがうた れたるありさまを 白縫王女 見るに 見るがごとくに ときしらし さていふやう ためともが あいうんいまだ つきずかゝれば こなたより わがはかりしに たがはずして りゆうはすでに ころされてさん なんの十よ なんの十よ まぎりこと〳〵く かのためともに しよくせりしかれ りしかれをせめんとぎす しよくせりしかれ どもためとのくわん かれをせむるも 〽こんぎなし 思ふにため とも此あきの をせめんとぎする なるべしなんぢら 鶴 田のみをおさめはつ るをまちてしゆり らいちゆうあれば かる〳〵しくこなたを せめんとはせじその ゆゑはりゆうがかま かねて此心をこんよと ときしめせしが九月の すゑにいたりてもう うんは又とうそん 亀 コラ長トヘ ひの おこるを 見ばぐんひやうを 二てにわけてこぢびら 大さとのしろを のつとりたゞにわん女と うしろをおそはゞ いつせんにしてとりこに すべしまたとうし そんぎりつしはのきへし しばらくたゝかひいきほひ つきたるおもゝちしてしろを すてゝらんそうし てきをこなだへいざなへ かしわれおのづから はかりことありととき しめせばみなくきん ぜんとしてれうしやうし わがほうくんかゝるしん ほつふしぎのみやうけい ありためともわんによを とりこにぜんことなにの うたがひか候べきじしゆと しておの〳〵しゆつぢん せりさるほどにため ともはつるかめをさき てとしてうらぞひの しろにせめよせ給へばやすめしのゝめひきわた しろの大しやう三司官 さんしくわんしとうせん つゝきためともをさゝへて しろにせめよせ給へば すひやくのぞく へいをいんぞつし とうそんつひに てきしえずうまに かくいれにげはしる ためともはそゝ ぐんみだるゝを見てしそ つをすゝめいきほひうし ほのわくがごとくゆくべきみちを さえぎり給へばとうそんなま じいにぜうちうにいらんと せずかねてはかりし事 なればしゆりをさしてぞ はいぼくすかゝりしほどに ためともはたやすゝうら ぞひのしろをおとし ながゝかつてたゞにぎの わをせめんとてそのよは くしがはにたむろして しばしにんばのあしを やすめしのめひきわた すころほひにまづもの みのつはものをもつとてきの やうをうかゞはせ給ふに きのはのぞくせう しろをはなるゝ迄 十よちやうにして これ きりづしは うらぞひ のゆ をむかへ だゝかへば へるかめまつ さきにうま をいだ してとう そんとほこを まじへさゆう よりつきたつ れば□ 四日 四月二日 雲 これをきゝてうちわらひうがふの ぞくぐんわがぶゆうをきゝおぢし ゆらくじやうにきもをひやしたりけん よのうちにしろをすてひきしり ぞきてひとちうしんすためとも たゝかはずしてにげ はゝるさもあらん さもありなん今は うしろに思ふてき うしろに思ふてき なし此ところ より □□□□□□□□ しゆ りまでは りすう いく ばくかし つぎへ 第九 全広 勝雲 奇律之 棟楼 つきあるととひ給へばいるかめひとしく よしのみなかみにしきぼ よぶしゆへいむらの きたをなべてぎほと となぐりぎほをこゆ ればあかひらなり こゝにせきこざんありみな すゝみいでこゝよりしゆかへはとほからず ぎのわのひつじさるにかめ山あり此とこ ろよりしゆりにしよくすかめゆまの ふもとをずゑよしととなふすゑ これりうぐうぜうの きさにあたれりはやくせき こざんをとり給はゞしろを せむるにびんぎ なるべしといらへ しかばためとも 朦雲 ふかくよろこびてふたゝび ぐんびやうをみてにわき やがてかめやまにすゝみ いり給へばせうじゆ いさめて申やうもうとんは かんのちやうかくがたぐひ にしてそのげんじゆつ○ 樂亭西馬譯 〽いはかりがたししかるにとうそんきりつしら しろをすてゝはしらしるはふかきはかり ことあるゆゑなるべしさいざんけん ことあるゆゑなるへしさいざんけ りよをめぐらさるべうもや といさめしかば ためとも□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 芳虎画 きゝてうちうなつきわれもしか 思はざるにあらずおよそげんじゆつをもて 一 全広 する とき 人のくぞらるを そぎかくれば けだものゝ ちしほ又は あるひは げんじゆつたちまち やぶるゝものなり 十九へんへ つゞく 錦 昇 堂 発 新 行 金 同 西馬譯 弓張 月春 霄榮 国輝画 十一 仙果作 小夜衛白波草紙 芳庵画 千亭 西馬作 恋衣 嫩雑史 芽生 図画 記」 録 東錦繪草紙問屋照降町恵比壽屋庄七梓 狩 第4門 十九 二十 錦昇堂梓 外題皆至国也 遊見張都策十九 論迺上楽高譯 万席画 錦昇堂梓 ⑥ □□□□□□□□ はないと思ひといふのである。それないと思ふのである。 まううんが こゝうのな まうらんが棟孫 棟孫 遊見張都策十九 篇迺上楽高譯 万席画 錦昇堂梓 しなこのものであつていませんであつたのであつたのであつた 十一 まううんが こゝうのな 棟孫 源八郎為朝 うんがの全広 しらぬひわんによ 白縫王女 一〇〇、、、、、、、、、、、〇〇、〇〇〇〇、〇〇、〇〇、〇〇、〇〇〇、〇〇、〇〇〇、〇〇〇、〇〇〇、〇〇、〇〇 バイント 仙詫に 爺はしば〳〵 もりたつる ○八町礫紀平次太夫 桃のはやしに 和子の いさほし 樂亭 菓子 盆に けし 人之 形や 桃の はな 其角 ○巴麻嶋神童 ぞ。ます。 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 破垣や わざと 為朝末子 鹿子の 通ひ 曽良 みち 舜天丸 教育になるこという。それられている。 宇彌十九 ○おそはゞいつきよにして きたになかい ありそのち さんなんにしび すみやかにうち となりて天 さとへとほからず 此ほとりはこれ よせよとひたすら 世くのとくわう かまをしゆつゆうの はやめしところにして 為朝 さへにうち はてゝりう ぐう すてふと にげいりけり せうじゆ又 いさめて もうこんよく人の 給へばひだりにきん じやうきやうあり いさめてみぎにすいがん ていありためとも らすにもうらんが ぢんどうちかく うまをとゝめて きやうちうをさつし むかひをきつと せんりのほるをしるの じゆつあり大せうは しばらく此ところに ごぢんをめされまづ いるかめらにこれを うたしてそのこう おくをこゝろみ給へ 見給へばむら だちたるぞゝぐん 四五百きたち ごぢんをめされまづまちにた まちにたいに あひわかれお いだす四りん しやにくわう かしとまうす らのさんがいさゝ さればため ともの にぞためとも かうべをうち かけてこからしに ふきしほらし 松寿 十八へんゟ かねて此 ことを思ふが ゆゑに○ ○しうけつじん ふんすへてきたなき ものをあまたのをけに たくはへくぢんちうにもた らしきされりさきての つわものはおの〳〵ながき びしやくをようゐし もしもうぞくがあやしき じゆつをおこなふとわる ならばすみやかにそゝぎ かけてうちやぶるべしと おふすればつるかめはら から此はかりことをうけて かしにぐるを いうふりつるかめはひだりにとう さんをうごとしわかくして かしにぐるをもううんかあひみきに さゝもあへず大きに よろこびせう つわものはせかへり きりつし おふてすゝむ そゝむてにたらずためともきりつし みづからこれを ありくるまの ほどにたやすく うちにはぞく せきこさんをとつて せうもうらん してのはかりさせう ようがいとし かうへにりう 又りうぐうぜうを せいきんをいた うちぐんしの せめんとてうち いで給ふにものみのいけんしりよにだきて身に つわものはせかへりすぎたりわれしやびのほう うんみづかうおのづからふんべついをきだし もうらんみづから かたにちくふの すひやくきをいてありといらへも けさをかけ手には あへずむちをあげ ぐすくまでいでたりと すくまでいでたりとあへすむちをあげけさをかけ手には うまのあがきを うせんをもつたり かばためともうまのあがきを つけしかばためとも いそがし給へば けるそのときりやう きゝもあへず大きにいそかじ給へば ぐんつゝみをならし しそつのゆうき あきのみづのおすことゝ かめやまをうちこえつゝすゑ よしにぜめかゝればとうそん きりつしひとてになりてこゝを ひころにまして ときのこゑをあは じゆを見かへりて はやりをのわか すればためとるゝ いたまふやうわれ 此ごろちづをけみ ものらみなおく またつるかめをさゆう するにかのかねしれじとあひした にしたがへてうまを するにかのかね やぶられじとふせきたゝかひしが かなはずしてひきしりぞくを ぐすくはりう ぐうぜうのひつじ がふそも〳〵かね ぐすくはほう おどらしはせいで 給ふ大ぜうその つるかめらふんけきしてこれを おふ事はなはだきうなりそのいは ほひはちくのごとくなりしかば ぞくのりやうせうぎほにも さるにあたりて大さとを す十てうの うしろにすわれ今 そのまへよりせめ うちわんにようし のはらにて うまのかけひき たよりよく ひのいでたちには はなどんすのしん くにそめなしたる よろひひたゝれにむち うまをとゞめえずあかびら ろよりこれを○ ひがしに○ さきいとのつぎへ 丙子十九 勝雲 同九十一丁 つゞきよろひかなもの おもくよつたるをすき まもなくきゝだししが ほしの五まいかぶとのふき がへしににつくわうぐわつ金うの 二てんしを さんとぎん 〽とにぼりいだしてうつたる をゐくびにきなし □□□□□□□□ あかくきは ほうげんの うつせんにおん 〽ちためもあそんが しんいんより給はつたる うのまるといふ こがねのくうの まるざやのめい 分くいけんに三尺六せん たちをはきそへ たかうすべのをの矢 ○三十六さしたかを はづだかにおひなし しけどうのゆみのにぎりふと なるをまんなかとつてきが はらけのかまのふとく たゝましきにさゝりんぐう をかなぐに □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ くらをおき たつばかりなるをかけて しらはたのもとに あつぶさのしんかいのもへ □□□□□□□□ こみ給ふその ありさまあたりを はらつて此くにうとは めになれぬ むしや ぶり玉 あつて たけからす あつぱれ大 せうぐんやと ばかりにみかた もてきもおし なへてかんたんせざかは なかりけりそのときたる ともはあぶみふんばりくらへ つぼにつみ立あがりてもう うんを 福岡叶助 「つきとにらまへくたうのあくそういか なればようじゆつをたくましくしせう ねいわうをしいぎやくしてひざしく おほうちをふみあらすたれか そのばうあくをにくまざらんぶめい はありそをうつなみのおとにも きかばめにも見よ大やまとせいわのじ ちやくりう八郎ためともとはわが 事なりはからずわんによの元にしに いなかれきよねんきやくしんりゆうを ちうし此あきさらにぎへいをおこして なんぢをうつて三せうのたみのとたん をすくふものなりもしつゆ ばかりもそのひをくひてんばつ まぬがれがたきをしらばめんばく してやいばをうげよとこゑたかやかに のゝしり給へばもううんかやへと うちわらひなんぢはこれとう くにへひやうちやくしわんによとみつすうしてとく わうのむことせうしいきほひにまかして大じんを ころしわんずをおふてさんなんをおかれうす そのあくしんこらうにまされりこれちとのつわ ものをつかはしていけどりにせんと思ひしが まつりごとにいとまなければとしごろ まつりごとにいとまなければとしころ ゆるしおきたるにみづからきつるは なつのむしのともしによるに ぼうのふらうにん身のおき所なきまゝにこの にたり二の巻へ 一の春もたれか あるしやつうち とれとげぢすれば うけ給はるといらへ つもうらんがさゆう なりけるとうそん なりけるとうそん きりつし二きあひ ならんでひし〳〵と うまをよすればため ともいかつてちつとも ぎゝせずみづからたゝかはん とし給ふをつるかめおし へだてゝつとはせいじ むかひすゝみて ほとをあはしへ ませもせず たゝかへばぞくの りやうせう ちから おと ろへうま をとばして ひきかへす よせてはてきの たいぜいなら ぬを見あな どりてありけるに 今つるかめ□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 弓張十九 七月十九日 つき一ぢんにつきくづすを見ていよ〳〵 いさみかちほこつたるくぜなればたゞ ひらおしにおふほどにもううん さわゞけしきもなくくらちう をさしまねけばいちだのくろ くもまひさがりくものうちに 一ぐんのいぎやうの にんば立あら はれすゝむよせ てをかけへだ てゝじやう わうむげに たゝかへばせう じゆげぢして もたらしたる きたなき ものをゑ ながきび さへに くみうけ さして ばら くと 金 馬 今 そゝき かゝれば もうこんが あやしきつわもの ふづくとちじやうに おつるをつら〳〵見ればある ひはあをきかみをきりてつは ものゝかたちをなしあるひはわら をつかねてうまとせりされば こそもうぞくがばけのかはをはざ えたれとゝいけどれと大ぜうのはげしき けぢにしよぐんびやうそびらをたゝきとき をあげすきまもなくきそひかるおりし もあれもううんがごぢんのかたよりみだれ さはげばようじゆつほどこすによしなくてや もうらんもくるまをかへしてあはてふためき にげんとすためともこれを見そなはしてつきへ つきぞ〳〵のごらんよりみだからはからめてのぐんびやういで きたりてそのうしろよりおそふなるべしはやくうしとらのかたを さしふさきしろへないれぞとさいはいうちふりみかたにさき たちもううんがくるまにめをかけおひうち給へば。そゝぐんいよ〳〵 どをうしなひりうぐうぜうへはえもいらすなが川をさしてにげ はしればきたなしかくぜとよびとめて大ぜうみづからおつかけ給ふを せうじゆは心もとなくてもうらんかならずいつはりのはかりこと やうしやたんもとなくてもうう人かならずいつはりのはかりこと あるべきにしばらくとゝまり給ひねとこゑをかぎりにさけべ どもためともさちにみゝにもかけずちうざんさん やまそのしたにしゆをもて さいしよしためとも さいしよしためとも こゝにいたつてしす べしとかいたれば よみもゆ なんのさかひなるもりんのほとりにいたり 給ふにたちまちもうらんを見うし 給ふにたちまちもうらんを見うし なひしそつおの〳〵心まどひ てひだりかみぎかと たゆたふをりからそら にはかにかきくもり日は たかけれどぬばたまの やみよりやみにいるごとく 大せうはしそつをしらず しそつは大せうを見 ずかぜさへいともはげしきに山 なりうごきてきをたふしいさごを とばしておもてをうつこれだに しばしもたへがたきにぜんごさゆう にぞくへいおこつてためともをにがす なとみなこゑ〳〵によびかけている やはあめよりなほしけし今まで いさめるみかたのぐんひやうきもを ひやさずといふものなくあるひはらんぜん ④ おはら す大きに おどろき此 か○はぜいでんとし 給ふにもううん かね て けんたち まちあまたの しばをもていづべき くちをふさぎ ければためとも ますく心 おどろ 為朝 やうまよりひらかと とびおりつゝやまのごとくに つみあげたるしばかき のけんとし給ふにあやしい のけんとし給ふにあやしい かなくだんのとうろう おのづからはたとをち その火はつほうへちりみだ れてあきのほたるのとぶが ごとくこのえたくさばいふも さらなりはやかのつみたる しばにもうつりてこんん〳〵と もえあがるにやまかぜふたゝび ふきあれてみやうくわ四めんに さんらんすうまはこれにおど にいたふされあるひはくひせにつまづきたふれおの がやいばにつきやぶられしするものいくばく といふをしらずせうしゆつるかめらもぞくぐん にかけへたてられけんためともはたゞいつき になり給ひにけれどさねよきよろひ をき給へばたつ矢ひとすぢもうらを かゝずうまさへさいはひにつゞが なかりしかばそことも しらずす十でうからう してはしり給ふに 火のひかりかす かに見えたり すこし いき たる □□□□□□□□ 松寿 所はさんなんにしよくして 大さとはとほからねど も又たかきやまに つゝまれて ひがし いつほう ならでいつべき ろきくるひてはて いぐら〳〵是 めぐり〳〵尾 つゞをやかれ けぶりにむせと ふすぼり かへりてたにれ けりためとも すいりくのいく さになれてばんぶ ぶだうのゆうぜう なれども火をのが るゝにすべなくて しばしがほどは ゆみをもて うちはらひ 給へども その身 ム きんせきに こゝちしてかの火をめあて くちなし さるによつて とかくしてはしりつきて見給ふに 人さとにはあらずしていともこだ 人さとにはあらずしていともこだ かきもりのうちにとうろうをかけ たりわれくらきにまど たるなりだんこくなればうちがれせ ひて思はずもこゝにはしり くさばながくおひしげりこびやうと いりたればてきもしでぐちを 見ればやしろもなしとはいづこなる を見れはやしろもなしこはいづこなるきりふさがんにいかにしてかくわのうち らんとてわづかにてらすともしびにて らんとてわづかにてらすともしびにてのがれさるべきあやういかなそのありさまは をちこちを見かへり給へばこのもとに とひとりごとしてくつわ ほうじありてしまぶくろの二字をしるしま ほうじありてしまぶくろの二字をしるしまつらをひきかへしよ○ あらざればうは ざしのそやよろ ひのおどしげ ひたゝれのそで までもころ〴〵く やきちぎられれつ くわのうちに立給ふ くわのうちにと給ふ そのありさまは まさにこれするがの ほうじありてしまぶくろの二字をしるし事つらをひきかへし手○まきにみかりそん まきにみかりそん次べ 印弥十九 つきやまとだけの みことににたりされ どふきかへすかぜも あらで今はかうと おぼせしかばうの 丸のつるぎひき □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ ぬきつゝはらおび きつて よろひ なげすてそらを あほぎてたんそくし ときなるかなめいなか かなほうげんのみだ れより死すべき いのちをいくたびか のがれてこゝにひやう ちやくし今よう ぞくがげんじゆつに やきうちせられて あへなくもぶめいを ひとのくにゝおとす ひとのくにゝおとす あらくちをししと さけび給ふこゑのみ けふりのうちにきこ 一へていまをかぎりと 見えたりけりさるほと にわんによは大さとの やまぢよりのううんが 為朝 うしろをおそはんとて まづしのびのものを もてかつせんのやうを きかしたまふにその ものはしらかへり きて八郎あんずの 大ぐんたゝかふことに かつにのこらず上 いふことなくうらそひ ぎのわのやうじやう をせめおとしすでに あかひらまでせめ いり給ひぬとつけに ければさらばいそげと て百きをのこしとゞ めて大さとのしろを まもらしぎかん でんへいいか二百きを いてひそやかにやま ぢ二りはかり すみ給ふに たちまち日の ひかりくらみ なるまゝにしま ぶくろのかたに あたりてみやう くわてんについて もえあかれば吹 一六月十一月 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 白縫王女 つゞきわんによふかく 儀翰 あやしみて あれはいかにと ばかり てかまを 〽とゝめて 見わり 給ふかゝる所に大 さとのしろをまも くんひやうらはん しんちに まみれて はしりきつ いきもつぎ あへずまうすやう さてももうかんが大しやうぜん くわうが四五一日のくんびやうてんよりや ふりけんちよりやわきけんわんによの しろをいで給ふ しつてひた〳〵とおし よせおめきさけんでせめ たつるにぜうちうもつて のほかにふぜいなれば いいのちをかはかに ふせぎたゝかへども のてきしがたくぜう なかばきゝかけでん へのぎかんはこは〳〵いかにとあき れはてしそつかたみにおもてを あはししんたいきはまつてみえ なかばきゝかけでん たるおりからもうよんが大しやう とうそんちかみちよりよしたりけんす百 のぐんびやうこつぜんとむかひのおのへにたち あらはれなんぢらしらずやためともは なる川のほとりにて一千のしそつのこり ひやうこと〴〵くうち じにせりわれ〳〵は ことのおもむきを まうさんとてはしりきつるみち すがら人のいふをきくにころく のとりではへばるこちひらの しろもみなてきにうば 田平 田平はれたりと はれたりと まうしきと なくうちとられついにしまぶくろに まよひいりてまうくわのうちに身を おけばくわいじんとなりてうせぬべしいのち をしくばねいわんによをからめいだしてこうさん せよとよばゝるこゑはたにひゞきこだまにこたへて おびたゞしくまつさかおとしにはせよすれば わんによはうまをはせあはしこさがしきかな ねづみのともがら身は此くにのねいわんによ ぶめいはをつとゝともにとゞろくしらぬひ ひめとしらざるやをなごとてあなどらば めにものみせんともつたるなぎなた みづぐるまのごとくうちめぐらしちかづく さのせん とてあまたの ぐんびやうをいんぞつしどつと おめいてはせくればみかたはます〳〵へき えきしてさらにたゝかふ心なくなまじいに にげみちをもとめかねてはいておとされ しするものそのかずをしらずそがなかに ぎかんでんへいはわんによをおくしまゐらせん ために二きあひわかれてすゝまずしり ぞかずぎかんはとうそんが矢おも てきをかけなやましばらりずんと きりふせ給へばあんなひしつたるぞくへいな こゝのこのかげかしこのいはかどに立あら はれいる矢はいなごのとぶごとくこれすら ふせぎかねたるにあとべよりもぞく せうぜんくわう大さとのしろをせめ おとしわんによをおひとめとりこに御 てにたちむかひでんへいはぜんくわうを さへぎりとゞめてしばらくいとみ たゝかふといへどもみかたこと〴〵〳〵おち うせてほかにたすけのつわもの なければ二にんもろともに いすゝめられてらんぐんのうちに うちじにせりそのひまに 八日 わんによ はいつほうのかこみをひらきてはしり給ふに次へ ○長卜乙 二十四丁目付 鳥使為朝至後 嶋袋 西 譯譯譯 芳乕画 為朝 つゞきなほ うちとめんとおづかくる てきちかよればひきかむて なぎなたをもてきりはらひ しりぞけは又うまをはやめ二里の やまぢをたそがるゝまでぞくへい らにおくられつとてもしす べきいのちなりとも をつとのせんどをかんさ だめてと下の巻へし 其由縁鄙傍 一一 一二冊 十六株 三年仙泉著作 御普請国貞恵 ヨリ 堂蔵 飯野 目録 三師為永春水作 十勇士尼子の礎 四冊封集団貞画 十九軒其水作 両夜鐘四谷雑談 六脚歌川図貞画 初編笠亭仙果作 二編一勇齋國芳画 比奈乃都大内譚 地本絵草紙問屋江戸てりふり町恵比寿屋庄七丁 三行員同外 芳帝画 弓張月十九編 山南境碑 時 申落月 十九編の下西馬訳 芳虎画 恵比寿屋梓 上の拳ゟ心ひとすぢふたすぢの ながれ天にうまをいさしてかちだちに なり給ひつゝしまぶくろをさしてはしり あへぐににたりうら かなしくもわがつまの なきからやおはすると □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ まことにきみは日の もとのわうそん 給ふにその日もすでにくれはてゝてきも やうやくとほくなりぬね四つのころほひ なぎなたをもて くわいぼくをかき めいかのおんそうしと うまれ給へどくわほう かと思ふほどにからうしてはしりつきこゝりと ばかり見給へばさうもくこと〴〵くわいじん となりてがんせきのみところ〳〵にあら はれたるがなほもえのこるくひせなどは わけつゝ○ 松寿 いたなくこくに その身をいれ られず ぜひもなし思ひいつれば七とせの つきひもかなしかんなづきせうりう きうのしまぎたにとわらはをすくひ 給ひしにわれはをつとをすくひえず やけのゝきゞすつまこひにねをのみぞなく かひながみにこねをかきかにかきこどく かひなやとこゑをかきりにかきくどく をのこまさりのけんさいゆう ふも心みだれて けふりのうちによこたはり めもあてられぬありさまは かのこのころこくにい ( 亀 そゝぐ あめなく又 かのでんたんが くわきう 一九二一 鶴 □□□□□□□□ ね給へば こゝにため 〽ともののり給ひぬる かまとおほしくてた うまとおほしくてたて かみのをがみやけかた うみにうか かみのをがみやけかた みて又此くにのみだれしを まりていとあさ ましくもたふれ うちおさめんとてやくぎやく たり此うますでに かくのごとしぬしも いかでかながらへ給はん しんをちうりくしじんぎの しんをちうりくししんぎの いくさをおこし給へばかみも あはれともそなはしみやう よろひのかなぐのみのこりて おんはくこつの見へ給はぬは ちよおうぼうあるべきに 世はさかさまのくわのゆみ てきのためにとられたるか よしやさいごにおくるゝ をれてかひなくよう ぞくがはかりことにのせ ともおなじけふりと身を なしてわがまこゝろをよい られてみやうくわのうちに やかれ給ふぶうんのすゑは わきかへるなみだの しみづむすびあへず きなるいづみへかへらん とてなかばやけのこるこぼくの えだをひきあつめつくれつくわの うちへとびいらんとしさまへば したるうまのはらのうちより やよまち給へとよびとゞめはひいで 給ふはためともなりわんによは 思ひがけざればかつあやしみかつ よろこびこはつゝがなくて〽つぎへし 弓長十九 時 与諾万 十九編の下西馬訳 芳虎画 恵比寿屋梓 一〇 9 上の拳ゟ思ひとすぢふたすぢの ながれ矢にうまをいさしてかちだちに なり給ひつゝしまぶくろをさしてはしり あへぐににたりうら かなしくもわがつまの なきからやおはすると 給ふにその日もすでにくれはてゝてきも やうやくとほくなりぬね四つのころほひ ほくをかき かと思ふほどにからうしてはしりつきこうと なぎなたをもて くわいぼくをかき わけつゝ○ か○しらしはべらん まことにきみは日の もとのわうそん めいかのおんそうしと うまれ給へどくわほう いたなくこくに ばかり見給へばさうもくこと〴ゝくわいじん となりてがんせきのみところ〳〵にあら 松寿 その身をいれ られず ぜひもなし思ひいつれば七とせの つきひもかなしかんなづきせうりう きうのしまぎたにてわらはをすくひ いしにわれはをつとをすくひえず やけのゝきゞすつまこひにねをのみぞなく かひなやとこゑをかきかにかきくどく をのこまさりのけんさいゆう 戸ふも心みだれて ふも心みだれて はれたるがなほもえのこるくひせなどは けふりのうちによこたはり めもあてられぬありさまは かのこかつこくにい 亀 そゝぐ あめなく又 かのでんたんが くわきうと 鶴 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ ね給へば こゝにため ともののり給ひぬる うまとおほしくてたて かみのをがみやけかた うみにうか まりていとあさ ましくもたふれ みて又此くにのみだれしを うちおさめんとてやくぎやく わきかへるなみだの しみづむすびあへず たり此うますでに しんをちうりくしじんぎの かくのごとしぬしも いかでかながらへ給はん かながらへ給はんあはれとそそなはしみやう元だをひきあつめつめつくわの よろひのかなぐのみのこりて いくさをおこし給へばかみも あはれと見そなはしみやう ぢよおうぼうあるべきに おんはくこつの見へ給はぬは 世はさかさまのくわのゆみ てきのためにとられたるか をれてかひなくよう よしやさいごにおくるゝ ぞくがはかりことにのせ られてみやうくわのうちに ともおなじいふりと身を なしてわがまこゝろをも○やかれ給ふぶうんのすゑは きなるいづみへかへらん とてなかばやけのこるこぼくの えだをひきあつめつゝれつくわの うぢへとびいらんとしさまへば したるうまのはらのうちより やよまち給へとよびとゞめはひいで 給ふはためともなりわんによは 思ひがけざればかつあやしみかつ よろこびこはつゝがなくてつぎへ 弓長十九 つゞきおはせら かといそがは しくはしり よりとふ べきことも なかくに ふたゝび そでを ぬらし 給へば ためとも もまたわん によのたゞ ひとりたづね き給ふを あやしみて まづその ゆゑをとひ 給へばわん によは大 ざとやまの あなたにて ぜんごのてきに せめたてられぎ かんでんへいらをはじ めとしてしそつ おほくうちじにし 大さといかの } ろはせんくわう にかばはれたり といにはじめ をはりを つげ給へ ばため とも しき かに たんそくし われも 又もう んが げんじゆつに はかられて せうじゆつるかめが せうしそんぼう だもしらずはくじつ にはかにこくやとなりて 思はずも此しまぶくろに まどひいりつひにやきうち せられてのがるべうもあら されば今はかうと思ひさだ めてやいばをはらにおし あてしがきつとおもひかへす ことありてしゝたるうまの 為朝 はらを たちわり そのちをすふ てのんどをうる ほしうまのはら わたをつかみいだし てそのふくちう にかくれ しかば から う して みやうくわ にやがれず 火はおのづ からしづ まりしかば てきに しら れじ 十一日 つゞき今までもいでざりきしかるにおんみも 又ぞくぐんをきりぬけてふうふ もろともにきらしをし いつ せうに あひぬること てんちしん めいの たす け 4 ある にゝたり およそこう ぎやうを □□□□□□□□□□□□□ 水にもいるべし ○たゞたへがたきを たてんと たへしのびてときのいた 思ふもの ふものしるをまつにはしかずかん は大 のこうその七十よせんも きうりさんのいつせんに かちて四百よしうをえたり われいませうじゆつるかめ らをうしなひてさゆう ◑はしり給ふにぞそこ ともしらずあけのあさ くしがみのあなたなる まつ山のいそにきに まましりをかけばうぜんとして おはするをりからくしがみの かたにものゝおとしておち うどをからめとれといふ けりしかれども公 ありそはむかひへ わたる小じま こゑあはひちかくきこえて たせうはしらずぞくのぐん たせうはしらずそくのぐん ひやうひとむらだちてぞいで もなくいと 大きやかなる あらのみ 儀翰 きたるためともふうふたいしと いへどもいたくつかれ 給へばふせ ぐにすべ なしまへは うみなり うしろに てき あ し しげりて にのが れかたへ なるあし のうちに ろのおと さして ふねこぎ よせると ぼしきが おぼしきが 〆 いへども かれらも 又なが らへて だにある のたすけ なしと ◆ 田平 。 ひとつに あつまる日 しろ やぶれしそ つうたれて もある 此身をよするかたも なしふうふがいのちを てんにまかしてのがるゝほどは のがれてみんふたゝびぞくへい いできたらばくふともそのかひ あるべからずとゝいで給へと いそがし給へばわんによはくわ きうのときにのぞみてひつ しをまぬがれ給ひぬる をつとのとんちをかんたんし ふうふいそがはしくしまぶへ ろをはしりいでゝよもすがら 十一銭十九 ○○○○○○ borobi 10000 すなどかあまのとまや もあらずすでにうえ いかれて今はひとあしも たちまち はま ちどりあとは みやこへ かよへども 身はまつ なくしそれはやまとのさぬ 山にぬをのみぞ はこび がたければ こはいかにせんとて てふうふいはほに□ きがたこれはりうきう具志 頭一頭一のありそもおなし なにしあふきみまつ女まの うらにきてみやこへかよふふね かさんとく〳〵めされ候へと くりかへしつゝうたひけりため こともわん女はやう〳〵にこう こともわん女はやう〳〵にとり までのがれさりたるに又も しかが おひくるぞゝのこゑ〴〵 今ははやふうふともに しんたいこゝにつざへ 十二月 つゞきこさはまり たる所に 思ひも かけぬ みぎはの あしの うちより こつぜんと 一そうの するき ぶね をごき よして ためとも ③ とく く ふねに めされ よといふに てきかみか たかしり 給はねど こときう なれば ふうふを さし まねぎゆ 白縫王女 とひきだむるにおよ ばずためともはわん女を たすけひきなへたるあし をふみはこばしてふねに ひらりとのり給へばふなひと やがてこぎいだすにそのときこと つぶてのこふりをはしるがことく たちどころにおきなかへ一里はかり こきひらかしけりためともも わんによもおもひがけ給はねば◑ 十一 かの ふなびとに うちむかひける きゝりの とさにのぞ みてゆくりなくも すくはれしは一つきへ 弓張十九 つゞさすゞせちぎりあるにこそそも〳〵いづく いかなる人ぞなのりしらし候へとのたまへばふな人 はいそがはしくかぢをとゞめてふなはたにそん ごしわかれたてまつりてよりはや七とせになり 候へばおもわすれ給ふなるべしこれは佳奇呂摩 かけのしまふさに林大夫りんふといふものなく あんすごふうふの此わたりにてくるしめ られ給ふ事をかみの つげ給ふによりて 為朝 はやふねにうちのり おんむかひにまゐりて候そはなが ものがたりなればのちにこそ 一まうさめおんけしきのいたく うゑ給ふと見たやまつるに まづもたらしたるものをまゐ らせんとてまめだちふなぞこ よりいひびつやきうをなんとを とかいだし又とうしゆひと ひさごをもてすゝめまゐら すればふうふはくらげのほねに あふこゝちしてしまびとらが つねとするもくずめしも ひやくちんのびみにいや ましたゞひとひさごの ゐなかざいもかんろのごとく 身は 思ひ給ふなるべしためとも かさねてさかづきをあげ さてわん女にのたまふやう つかれたりこと きうにてきみも わらはもよそ〳〵しくその人 われしまふくろにてみやう くわにのゝまれのんとかはき たへかたさにあまたうまの ちしほをすひにきおよそ うまのにてをくらひしもの はやくさけをのまされはみの なりとはしらさりきまことうす しとうらみなせぞとまめやかにわび 給へばりんたいふはいそがはしくふなばた にかうべをさしつけ三十六しま おほかるなかにかけろまは みやこへとほく人けまれ うちあしきかさをいでかし ひさしからずしてしすと いへりわればにくをくらは されどもそのちをすひてかべ 今に心にこゝろよからず しかるにこゝにもとめずして にちのうへをわすれ又さけを なるありそなるにふたゝ びみたびきみでなうふの びみたびきみごふうふの せんどをすくひたてまつるよろ こばしさはしまをとこかだみたる ことばにつくしがたしさてもおとつひの ことなりし身のたけ 一じやうあまりに 白縫王女 のみてばとくをげす けふのしめしよくはあた ひせんきへまことにこんさん してつらはなつめのごとくあかやかに はなのたかさは此ろくびを のへんざよくなりこは みなおさがまごとりの いたすところわする へからずとのたまへば 一わんによはいよく しまおさがあつきこゝ ろさしをせうたんし ろさしをせうたんし 七とせいせんかげろまに しばしうきよをしのびつ おさがまことにつゆのいのちを つなぎえたればそのおもかげを わするべうはあらねとも 同題ト九 三ッも つぎ たらんやう にてすけん じやめきたる たびとおさが かどにきて いふやう あすあさ てのころ ためとも わん女 もろ ともに か うんか そゝ へいに くるし められ 丁 かみの ごと なるまつ 山のいそに いたるべし なんぢはやく ふねをいだゝ ふねをいたゝ かしこにおも むきてこれを すくへとつぎへ 十四日夜一十一日 つゞき いそかし たりいと あやしかり ければわなみ おそる〳〵おんみは もとなんちの人 にていづくより き給ひたるこゝ らには見も なれぬあり さまなりと 等のぞう つさん よりきつる ものなりもし うたがふてこと ちゝせばこう くわい いらへする にかのす けんじや うなが きて ともおよ びがたけんはやく しか思ふは しはるなり ゆきねとさいそくす いき 一われはこれあやしき 事いふべうも にんわう にんわうあらねとおし 七十五代のかへしてとはゞ てんししゆあしかりなんと やとゝいんの思ひておふせ心えて そんつかひ候へ八郎あんずにことのよしをつけ かしてさぬたてまつるためなればなのりしらし給へと きのくふもいふにすげんじやそのいらくはせて 為朝 ○〽はまちとりあとはみやこに かよへども分は松やまに松を のみぞなくしみだひぎんして かきけすごとゝうせにけりこは たゞことにあらずと思へば 白縫王女 しま人らにつけ しやらにつけ しらするに いとまなくたゞつま こにのみしか〴〵の ことありときこへ しらしにはかに しゆしよくを ようゐしらう まいもうすいを つみいれてふな やしては 給ひ 二丁 までは 四の巻へ 三の巻うのしやう一百里に あまれりかゝる小ふ手にてあさましくもかなしくて けふあすのあはひにいたらんことたゞばうぜんとたゝずみしが 心もとなく思ひながらむししよせんかみのしへにまか ろぼあげてはしらするにせてふねにてまちたてまちたてまりに ことたらにおひてはよしがしと思ひかへしていそがは ゆくことつねにすぐれて きのふのたそがれにまつかへかにけれど心いよくやす やまのいぞへつきたるときはらはずまどろみもせて なほゆめのこゝちしたりある夜のきしのかた さてあんすやおはする わん女やおはすると うなじをながやかにたがはすきみごふうふが してきしのかたを 見つれどもみぎはにてきを見えり給ふ たゝずむ人はあらず まつるに身はまつ山に おぼつかなきことかぎ なければふねをあしのねをなくときこえし うちにつなきとめさとににつゆたがはねばまづらの おもむきて大さとのていわかをくちず さみふねこぎ たらくをよそながら 林太夫 きゝになが川大ざと山の はいぐんにあんすもわんものがたれはためともこれを によもうたれ給ひぬと いふものありげにもしまあらぬさぬきのいんのあらみたま ふくろのかたにひやうくわ ちだりのみそひともじはしんいんさぬ おこりてそらすさまじく けふりのうちにほのふの 了長トム □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 五ふのさい じやうぎやうぎ をかきうつして みやこへ つかはし 小林 給ふとて ゑいじ 給へるぎよぜ せいなりしかるに せうなごんしんせい かさえまかせし によりてちやう によりてちやう ていふたゝひせんぎ ありてよのきやう くわんをそがまに なさけなくもかへ されたりされば いんのおんからみ ひころにはいや ましてんに いのりちにいの いのもちさいの まかいにいりて みるどをはじめ われにつれ なきやつぱら に思ひしら せんとちかひ 給ひしつぎん 四日村々 つゝきなどころにたるまつ山に ためともふうふがさまよふをむかひにくものごく見へ たるはくだるかつけん●はま かねてしもしろしめされ しまかいけじまトいふ四ツの かげろま人にすくはせ給ふ 小しまにて巴県島はるしまにて くんおんいともかしこしと 身をなげふしてあま はずこよひはこらへふねを たゞびひがしのかたをはいと かけあすのしゆんふうを 給へばわん女もかんるい まちてこそかげろまへおんとも とゞめあへすをつとの つかまつり候はんといふにため あとべにぬゝつき給へは どんたいふも今さらに いふも今さらにともしかるべしとてそのぎに したがひ給ひしかは ことあらたなるこゝちして はまじまをさしてこぐ ともにかんたんしたりける ともしるべしとてそのぎに もへやうほどにそのよゐのころほひに そのときためともいやう くだんのありそへのりつけたり やくにからへをもたけきよ ねんりやうをちうしたる かてもみづもあり人すむ はじめよりしまふくろかてもみづもあり人ぞむ にてもううんにやきうちしまにあらずといへはきし小まみわたるう ぜられうまのふくのぼるも死きなしたてしゆう〴〵ぬぎす一 ちうにいりてみやうくわを三にんかぢをまくらにしてながき さけたること又わん女もよすからあかし給へばし給へばたを 大さと山のはいぐんにあらふなみのおとのみすさなじく しそろあまたりたしねぶらんとするにいもねられず からうしてかごみをやうやくにとるをもるほしのひかりもきしにはひのぼりふうの きりぬけしまふくうすくなりてしらなみのひまより かにてふらふひとめあげゆしまゝにしま山のかたに給ふによいすでにあけ になりぬるよしをものふえのねかすかにきこへにけり をものふえのねかすかにきこへにけり やたちふはためともまくらをそばたそゝこゝいさしの やうたり給へはりんたちふはためともまくらをそばたてゝこゝい □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ いざとはばやとのたまへば わらはもしか思ひはへりぐら たまへとてもろともにうし 下にてくちそゞきちしほに じめよりしまふくろかてもみづもあり人そむほにてくちそゞきちしほに まみれたる文のきぬを ぬぎすてゝ心ばかりはみそ ぎしつりんだいふをのこし とゞめてふねをまもらし ふうふかたみにたすけ あふていはほにすがりつゝ きしにはひのぼりふえの ねのするかたへとてあゆみ 給ふによいすでにあけ はてゝあさひうみより になりぬるよしをものふえのねかすかにきこへにけりはやゝあさひうみより さしのほるまゝにをち かたりゐてはためともまためともまくらをそばたそゝこゝいさしのほるまゝに きゝことにあるはおど ろきあるはうちなけ きあるはよろこひ てみなこれかみの かうごによらせ 給ふなりとてすゑ たのもしき思ひを 〽アとんだいふ ためとも わんによを たすけ のせてはしか のやてはしか ③ こちを見かへり給へはいさ 人なきしまなりといふにものゝねの こはばいくわのちれるが するは心こんがたしあれはいかにと いぶかり給へはりんだいふも ごとくまつぢやはりやう ごとくまつれやはりやう みゝをそばたてしはし じやのわたかまるに これをうちきゝて思ひ にてうきよにとほき あはする事こそ候へいま より六とせ七とせのむかし かきやうなりかのりう すいにさかのぼりて いつこともしり候はねど せんにんのおはするとて とうげんにいたりしも かくやと思ひあはし し給ふになにとなく ○をさ〳〵人のいふ事候ひし くだんのせんにんそうよく はれたる日はつるにのり くもにさし三十六の しま〳〵をめぐり給ふと □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ なんもら此しまがの ③ なす ほどにふね は又二三里 ひじりのすませ給ふ所 にやあらんずらんさらずは □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ からむにんじまにくわんすい ゆさんするものゝあるへうも おぼえ候はずといふためとも かろくしてつかれを わすれあしのはこひ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ もすゝむまゝにはや あまりぞ はゝりける しま山のふもとにきに これをきゝて又わんによにむかひ けりさるほとにふえの いかに思ひ給ふやらんゑいじうほう ためともかさねで しまおさにむかひけふの きはんはおひてにあらず なんちいづくへかふねを よせんと思ふぞととび 給へはりんだいふこたへて ねはいよくちかくきこえてたち らいはせんにんのつどふ所なりとて まちやまもとなるこのかけより ふるくものにもしるしたりしか ひとりのどうしよこふえふきすさみつゝ らはかゝることうなりともせん いでくるに大きさ三さらこまにひとしぎ きやうならすといひがたしもし しろきしかにしどつくみいれたりと ちぐすることもあらばもうとんを おぼしき大ひさご二ツをおはし〽つぎん へはせんだいふこたへてかちやぶるたつきともなりぬへしおぼしき大ひさと二ツをおほしなしなし 表裏九匁 き とき ならぬ もの はなを おり そへて けり ため とのん 二月十一丁ナ ことしはためともおふべからずたちまち見えずなりにければ ことしはためとも ふうふはおもてをあはしつゝます〳〵きゐの 四十三戌しかもぜつめいふはおもてをあはしつゝます〳〵ます〳〵きゐ 一四十三才入しかもぜつめい 思ひをなしてたゞ今どうじがとうしたるもゝ ゆうねんにあたれり そのほしはけい上にして むくうしゝぎいたつみの すみにありいまだあだを うつべからすみやうねんの はるのすゑにいたりてことをなほうちかへしてながめ給ふに はからば大きちなりあんずさゝやかなるたんざくをつけたり はからば大きちなりあんど こうなりなをとぐるの のちわれ かならず 白縫王女 ゆきてあひまみめべし 今より六とせをへた 一らんには八頭山教の しのぎきてためともがてき □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ きよをとふことりすら心 あるににたりしかのみ ならずかのごかねの ふだのうちに 眠柳閑花遶二水 亭仙禽再 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 去還東溟逢 レ春便覚孤 霞回清影何 ほとりにまつべしと きこえしらせよとのた まひきかくてわが師はつるに のりてとうかいへおもむき一一さればこそとてたな 給ひしはきのふのまひか 見給へば〽いにしへのためしも思ひ なかにこそさればわが いづのうみにこととふ 師は此しまにましまさず あんずはやくもとのふね かへりてこはじまへわたり給へと かな いふためともわん女は ぞこにうけのせてわん女とともにこれを いまだなのりも あへずしても □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 時照我庭 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ □□□□□□□□ とからうたをさへしるし たりぬしをたれとはしらね どもゆゑありぬべく思ふまゝに ふだにみづをそゝきかけて もんじをばそでへうつしとり われも又ちびふてをそめてその ふだへくだんのわかをかきつけしにつるは ふたびくうちうにまひのぼりくもを しのぎてとびさりぬ今にいたつて 廿よねんうたがひたえてとけざり しにはからずとゝにわがふでのあと わん女も とはやま わらは わん女も 心にふかくきやうたんして いゆばかりもかたがは 見るこそきどくなれこれかれ思ひあは すかにつるはそのころより此しまにわう らいしたるかつるのいみやうをせんかく なりと ずひじりのをしへ つしんでうけばり 見給ふから 候ひぬたゞどうがん うや〳〵しく をはいせざるをうら むかひすゝみて ものほひかけんと みとするのみそも〳〵 おんみの師 し給へはどうじは ふえのねをとゞめてとし給ふ 為朝 につこどうちえみ ひどうはむかしより あとを此しまにとゞめ きつるものはため ともふうふなら 給へるかねがはらはどう 回 ひだり文字にぞおしたり けるためともはこれをよみ はでゝうちおどろきて ずやきのふわが ごう残のりしらし給へかしと とん女を見かへり のたまへばとうじほう これはこれほうげんの まはせしのたまへばとうじほうこれ 師志のたまはせし ことありあすなん こんそくわが師の事は ころいづの大しまにて わがゑいぜしうたなり 大さとのあんず八ゑ めともそのつましこれを見ばおのづから 此うたにつきてはくさぐのゆの しらぬひわん女をさとかことあるべしというへがたりありためともはい いてまうくる事いゝ大ひさごにざしたりける先よにありしときむかし あるべしなんぢわがもゝのひとえだをぬきとうひおちよしいゑあそんこかねの ととなへ又せんにんのうまなりと いへはきうこうになきてんぐわいに せうようしかゝることうにあらん ことそのよしなしといふべ からず此たんさくもしからず此たんさくもしからず にてさなからつるのきみ しらずはににたりかゝるべし とは思ひがけねど くたんのから かたをおし たるそでは ひうちぶく ろのそこ におさ めて いづる にも いる ためにいへためともわたせしかばためとも ふたびざんへいをあつめて ふだつけてはなち 給ひしつるこつぜつ 林太夫 まうらんをうちほろなほそのゆゑをとはんとしととびきてわなかたへにをり此つかはそのいぜん こいんのおふせによりてためともひそかに此くにへ ほきんとならばたゝに給ふいまにどうしはしるをこいんのおふせによりてためともひそうに此くにへ たつねぎてわん女にたまとかえたるものなりしかるに 姑巴島兵へおしわたりて かのつるはとばのいんにてほらせうおこなはれ その人をたづねよことなきもやんのうちへはしり たりときこえしにあをうなばらを たすけをえつべししかはあれどもいりにそのたききたうときあえしにあをうなづらを にも こゝに はなつ なかりしが するとのきう なんにつぎへ 同長十九 〽いゞきものおほくうしなひつれどさぎにさぬきの いんのみさゝきにつやせしときゆめのうちにかん とくしたるちがかたみのほうけんとひうちぶく ろは今にありこれもまたきといふへしこれ 見給へといひかけやこしにつけたるひうち ぶくろをかいさぐりひとへのはでを いたし給へはわんによはそでにおし たりけるからうたを見つわりを 見つかくまでくしきもの がたりをまのあたりしる おかほうにゆくすゑ たのもしきこゝちして みなこれひおぢよし いゑあそんのたまもの にてかつわがつまの からこうをある ちかこうをあまつ かみのにつかみうぢの かみたちあはれみて のちのさかえをしらし 給ふためしを留 いつのうみにこと とひしとりのあと を今又此しまふみそ なはするとかもれいあり きみもしんありかくいやちこ なるきずいはへればとく姑巴 島にまへいたらせ給へとてすゝめ 給へばわれもさは思ふかしいざ給へとて ○さぬきのいんの しんし 太郎坊 天神 いんの三ツのしまあれやいづこととひあらいそに ○さぬきのいんの のしまあれやいづことどひあらいそにとも 給へはひがしばしさん西ばし あらいそにとも いなをなげかげて さん又さいなんに見へたるはくめやまと ためともわん こたへまうしけりさてぢうざんをきたに によをきしに みてとなきあくにのしま〴〵を なみのひまにぞながめやる 小はるのうみの のぼしやうやく ふ手をつなぎとめて りんだいふもした しづかにて がひたてまつるに かみの○ 思ひのほかなる にじまなれど 山はいはもて たゝめることく ぞうくわの たゝみあや しまるめなれ ぬとりのこゑきけば みゝあらたまる松のこと ひくしほとまたうち よするなみのつゞみも しりすかにはらわたを あらふがきやうなり みち びしはやふねは またらうちにす十里を はん日がほどにのりはし らしその日のひつじへだる ころこばしまのいそへつきにけら さればしやう〴〵あし ひきの山にのぼりたにゝ くたりわけづればもゝの はやしあり四じおり はりにさゝかとおぼ しくはなありみ ありつぼみあり ためともはさきに立てみちをいそがしやがて □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ うみへたにかへり給ふにりんだいふはいそがはしく ふねをさしよしてためともわんによをたゝて けのせまつことのやうをとへばふうふはまんがんに えみをふくみてしま山のふも上にてやまわら はにあひし事しいかのことすべくおちもなく きこへしらし給ひしかばやんたいふはひたすらに きなりかなとせうたんしつひにともつなをとき すてゝこばじゆをさしてときいださんとするほど になほめでたきはえだににほへる八ツのはな しぼみし上八ツはいろかをそえてさらにあら たにさけるがごとく二ツのつぼみはこつ ぜんとひらきてかうきはゞめに 林太夫 いやましたりこれも又ときにとりてよきさがに はべるなりとわんによとともにりんだいふが工 ぼきまうぜばたちともはふねにのりながらもく のこだをそのまゝになみうちぎつへしるとさし われもしもらうんにうちかちてちうざんさん なんざんぼくの三せうをはらひのぞくさあらば 此もしながくさかふべしとちかひ給ひけりされば にやこのところそのゆふでよりうしほのしりぞく ことす十丁大かたはいそとなりでかのもしとしぐ にはなひらきとえた見をましそのたけじやう よにおよべりとのちにいひもてつたへたりかくて りんだいふははまじまのいそをこぎいだしてひた すらふねをはしらするにふなぢのあなひは よくしかつにしん〳〵ととるかぢにやよりも はやくはしらほのみなみに見ゆる ヨリ腹十九 こゝも人なきしまなればいその ちどりのともよぶのみいはうつ からきことさら はなをうがちて なみのおのづから とりへるがことく こととふよしも さむるがことし みかくだうじの いほりやあると はらをちかづき 給ふほどにたち まちどくしよの こゑしてけりされば こそとて しやう〴〵 みたりうなが きあふて成べし 登 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 三頭十九 「つゞきどうじはひときはこゑをたかうし 〽そだしほろはかんのはんくわいはゝの きぬをえてよろひのうゑに おひちりこうのほまれ 田かいにまいふ るといへかされば わがふのをあり ちうろ人のをあり ちやうたんみな くでんすへて十二はゞいつ 神童 しやくうへなるみぎの をゝていしやくとなづくなるを てんしやうのをととなへひだりの 上のをとうごんとなづくちう わうにじつけつの上てんし をひやうしぞうちやう くわうもくぢこくたもんの □□□□□□□□ 四てんをしるすものなり 四てんをしるすものなり 下よみくたせばおきな かたへよりこれをなんじ 二十二 □□□□□□□ てほろははんくわいかはゝのきぬをえたりし よりはじまるといふせつはたえてもろ こしのふみに見へずこれらは字につきて せつをまうけたるなるべしあるひはいふ ○ほろは けころも也とり のはねをもて これをおる今のはをり といふめうめくはもとほろ よりいで たり白縫王女 西馬譯 芳虎画 ○これ兵をきけんためにしてしろげめの ときよろひのうへにかつぐと いへり此せついかゞ候はんとなじ ればどうじはにつことえみ きうせつかくのごとしといへ どもはんくわいがことはかん 為朝とりのはねを 爲朝 がふる所なし又 とりのはねを もており なすと いふ女つも 心え がたし □□□ つゞく 類亭西風作六冊 蔦紅葉 宇津谷中 稲妻形怪鼠標子供 舎ニ帰侍切 一覧斎画芳画 唐錦舎三階楼切 一一一一一一一一一一一一 一万九千六百五十五間 同二個二個二人 廿五日加東作 一十四日同四日 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ ててふる町 錦長堂 四十一 ゑびすやはん 弓張月廿編 □□□□□□□ 外題出立□画 □□□□□□□□ 言葉子子孟子 錦昇堂板 三三三三三 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 弓張月貳十編上巻 西馬作芳希画 新泉出出 米のなき はせを ときは ひさこに をみなへし 同十二十一月二十一月十一日 板元の口叙引札替りに申上候 一先以四方の看官。様益御機嫌克罷北遊御座奉恐賀候随而私方出板の 弓張月春廼宵栄年々場を副候処此廿編にて弥大尾の筈に見積候 一得共琉歌の談至て長く廿五編を全部惣巻軸に書をさめさせ候間 一何卒是迄御求被下候御方様残り五韓御櫛被下置度奉希候尤十七編 一迄は画工国輝に御座候処十八編より画工芳虎に相成候間猶出精致し 認させ申候。乍序御披露申上候雲龍九郎偸盗伝と申新案草紙当年 一六編まで出板仕候所殊之外御意に叶難有仕合に奉存候然ル処第七編ゟ 一作者魯文画工豊国国貞両筆に認させ格別骨折候筈且製本念入 奉呈覧入候間弓張月同様御贔屓御評判被成下賣出シ当日より 永当〳〵御求之程偏に奉願候欽白 錦昇堂主人述 万延二年辛酉春 村しくれ 降て わいたる ぬれ きぬも 忠義の にじに はる類 氏旬 人魂は消て こすゑの とうろを ○東風平按司 陶松寿 吉水 西高 □□□□□□□ ○仝 辰平 猟師 万 賊婦 千歳 はせを 米買に 堂の袋や 投頭中 ○今蝮宗 島山へ 肉を おひ ゆく 千鳥 かな 双鯉 ○大里按司 八郎為朝 ○舜天丸 ○白縫王女 浮世には はなれ島根に そだてとも 鷹は貴人の こぶしにそ の類 楽て 濛雲退治 ○八町礫 紀平治 大夫 十九へんゟ つゞき うばはれ たりといふ はじめをはり をつげ給へば ためともし きりに たんそ ・ われも 又もうらん がけんじゆつ にはから れてしやう じゆつるかめ らがしやうし ぞんぼうだも しらずはくじつ にわかにこくやと なりて思はずもこの しまぶくろに まどひいり つひにやき ちうにかくれしかばからうじ てみやうくわほ にやかれず 火い▼ うちせられて のがるべうもあら ざれば今はかうと思ひ さだめてやいばをはらに おしあてしがきつと 思ふからなほ今までも かへすことありて思ふからなほ今までも しゝたるうまのはらいでざりきしかるに をたちわりそのちをおん身ゆ又ぞくぐんを すふてのんどをうるきりぬけてふうふもろとも ほしうまのはらにきうしをいでいつしやうに 〽わたをつかみあひぬることてんちしんめいの いだしてそのふくたすけあるにたりおよそ しかばからうくしとうぎやうをたてんと思ふ おのづから さだめてやいばをはらにしづまりしが いでざりきしかるに あひぬ過とてんちしんめいの おしあてしがきつと ものは火をもふみ水 にもいるべし たゞたへがだ きを 右へ 左ゟたへしのびてときの いたるをまつにはしかずかんの 白ぬひ王女 かうその 一七十三せん たうりさんの いつせんにかち て四百よしう をえたり われいま しやうじゆ つるかめら をうしなひて さいうの たすけなしと いへどもかれらも 又ながらへてだに 為とも あるなら ばひと つに あつま る日も あるべし とはいへしろやぶ れしそつうたれて 此身をよする 次へ 弓弓ヨ二 四月二丁 つきかたもなしふう ふがいのちを天に まかしてのが事 ほどはのがれて 見んふたゝびそ くへいいでき たらばくゆ ともそのかひ 紀平治 舜天丸 同二月二日 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ かんたんし ふうふ いそがはしく しまぶくろ をはしりいせ てよもす がらはしり 給ふにぞそこ ともしらず あけのあさくし がみのあなたなる 松山のいそにきに けりしかれども此 ありそはむかひへわた る小じまもなくいと あるべ おほきやかなるあしのみしけ りてすなどるあまのとまやも からずとくいで給へ といそがし給へばわんによは くわきふのときにのぞみて ひつしをのがれ給ひぬるをつとの○いかにせんとてふうふは あらずすでにうえつかれて今は くわきふのときにのぞみかくひとあしもはこびがたければこは □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ つきいはほにしりをかけばうやんとして一なにしあふきみまつやまつやまのうらにきて いは七間をりからしがみのかたにてものゑとかよふふふねかさんとくくめされぽんとくりかへしばしてふねにひがりとはり 給へばふなびとやがてとぎ してはちうとてからめれといふこゑあはひつゝうたひけりためともわん女はやう〳〵にこく給へはふはふれひたやがごとき いだすにそのときことつぶての ちかくこれえてはせうはしらずやくのぐんまでのまでのよれたるに又もなひくるじくのいだすにそのときといふくの ちかくここえてたせうはしらずおくのぐんまでのかれさりたるへるにもなひくるなくの ひやかひとむらだちておいできたるためともこそ〳〵今はははやふろふともにしんたひこそこふりをはし事がどくたち さいたくのやうかんだくつかれたまへばにきはまりたるところに思ひもかけぬとぎどころにおきなるへいちり ふうにたけしといへどもいたくつかれたまへぞにきはまりたるところに思ひもかけぬみぎどころにおきなかへいちり ふせとにすべのまへはかみなりうしろにてきはのあしのうちよりころぜんと二そうのまる ありま三にのがれかたんなるあしのうちに本ぶ少をくきよしてためともふようにもつきしためともうとんによも 思ひがけ給はねばかのふな もろのほときしてふねこきよするとおぼしまねきとく〳〵ふりにめされよといふに思ひ給けあはねばかのふのふる びとにうちむかひかゝる きかみかたかしり給はねばねどこときふな きがたちまちだみたるこゑたかくへ〽そまてきかみかたるしり給はねどこときふなびとにうちむかひかひかゝる くりあとはみやこへかよへども身はまへ きふのときにのぞみて れはとひさだむるにおよばずため 山にねをのみぞなくしそれはやま ともはわん女をたすけ ゆくりなくもすくはれしは とのさぬきがたこれはりうき ひき すくせのちぎりあるにこそ そも〳〵おん身はいかなる人ぞ う具志頭笠のありそも なのりしらし候へとのたまへば おなじ図 ふなびとはいそがはしくかぢを とゞめてふなばたにそんどしわかれ たてまつりてはやそとせになり候へば おもわすれ給ふなるべしこれは 佳奇呂麻のしまおさに林大夫 親といふものなりあんずごふうふのこの わたりにてくるしめられ給ふことをかみの つげ給ふによりてはやふねにうちのり おんむかひにまゐりて候そはなが ものがたりなればのちにこそ 舜天丸 まうさめしんけしきのいだく うゑ給ふと見たてまつるにまづ もたらしたるものをまゐらせん とてまめだちふなぞこより いひびつやきう二のまきへ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 一のまきより なんどをとりいだ 又こうしゆひとひさごを もてすゝめまゐらすれ ばふうふはくらげの ほねにまふこゝちして しまびとらがつね とするもくずめし □□ る○ひやく ちんのびみに いやましたゞ ひとひさどの ひとひさごの ゐなか甲 思ひ給ふなるべしためとも ▼ざけも かんろのごとく およ かさねてさかづきをあげさてわん女に のたまふやうわれしまぶくろにてみやう そうまの にくをくらひしものか くわにつゝまれのんどかはきてたえがたはやくさけをのま さにあまたうまのちしほをすいにき○ざれば身の内 コワナキヨリ うちあしき 紀平治 かさをいでかしひさし からずしてしす といへり われ ばにく をしらは ざれど もその ちしほ をすい しかば 今に 心に ころよ からずしか るにこゝに もとめがし て一にちの うへを わすれ 又さけを のみて ばどく げす けふの しやしよくは あたへ千きん まことにこんざんの次 しまおさ まごくろのいたす ところわするべから ずことのたまへ ばわん女 □□□□□□□ あつき つきへんぎよく「やゟ「いそがしたりいとあやしもさいそくすいよ〳〵あや なりとはみなおさがかりければわなとおそる〳〵おんしきこといふべかもあらねどきこう きこえしらし にわかにしゆ つのいたすみはもとなんらの人にていづくおしかへしてとはゞあしかりに からよりき給ひたるこゝらには見もなんと思ひておふせ心えてしよくを なれぬありさまなりといらへするにゆへ八郎あんずにとのよしよういないなしらう よういなしらか かのすけんじやうなつきてしか思ふはをつげたてまつるためなれはまいようすゐ ことはりなりわれはこれおほやまとなのりしらし給へといふにすばんをつみいれて にんわう七十五代のてんししめじやそのいらへはせで〽はまちどりふなでしては まくゐんのおんつかひにしてさぬあとはみやこへがよへども身は松山 きのくにそうづきんよりきつるにねをのみぞなくしト三たびきんが兵までは ものなりもしうたがふてことちゝじてかきけすごとくうせにけり かいしやう百 せばこうくわいするとも りにあまれ およびがたけんはやくしまくしま人らにつげしらするにいと り加高小 ゆきねとか 為とも まなくたゞつま子 にのみしか〴〵の ふねにて ふせにで けふあす けふあす 心さしをしよう のあはひ さんし七とせいぜんかげ にいたらん ろまに こと心もとなく ばし うき よを しのび 正 おさが まことにつゆのい のちをつなぎ今 思ひながらむしろぼ あげてはしらするに ことさらにおひてはよし ふねのゆくことつねに すぐれてきのふのたそ がれにまつやまのいそへ つきたるときはなほゆめの うちしたりさてあんずや おはするわん女やおはす るとうなじをながやか るとうなじをながやか にしてきしのかたそ 見つれどもみぎ 見つれどもみぎ とにたゞずむ うすし とうら みなせ そん ① えた ればその きみも わらいも よそくしく その人なり とはしらざり きまことを おも かげを わするべうは あらねども身 はつかれたり こときふ にても あゞ か おぼ つかな きこと かぎりな ければ ふねを あしの うちに つなき とめさと 以ト におもむ きて大さ とのてい たらくを まめ 千そなが やかにわび らきくに 給へばりん 以上 だみたる だいふはいそがはしく ことばにつくしがたし ふなばたにかうべをさし さてもおとつひのことなりし身のたけ つけ三十六しまおほかる いちぢようあまりにしてかほは なかにかげろまはみやこへ なつめのごとくあかやかにはなの とほく人けまれなる とほく人げまれなるたかきは此ろぐいを三ツもつぎたらん〳〵〽くるしめられくしがみの人 ありそなるにふたゝび やうにてすげんじやめきたるたびゝとひがしなりまつ山のいそ みたびきみごふうふの だひきみごふうふのおさがかどにきていふやうあす ごふうふのおさがかどにきていふやうあす せんどをすへびたてまつる せんどをすへひたてまつるあさてのころためともわん女ふけをいだしかしこにお んどをすへひたてまつたあさてのころためともわん女 よろこばしさはしまをきがべしもろともにもううんがそへいに此むきて花をすくへと本書 白ねい王女 にいたるべしなんぢはや ふねをいだしかしこにおも ひがしなるまつ山のいそ なが川大さ こと山のはい ぐんにあんず ぐんにあんず もわんに舟の うたれ給ひぬ といふものあり げにもしまぶくろ のかたにひやうくわ おこりてそらすさましく 七月七月二丁 つぎほのふ のとぶさへ ぜんとたゝずみしが しよせん神の をしへにまかせて ふねにてまち たてまつるに しるじと思ひ 白縫王女 とほく見へたりあさまし くもかなしくてたゞばう かへしていそ がはしくもと のみぎわに みへかへりけれどひ いよ〳〵やすからずまど ろみもせであくる夜の きしのかたのみうちなが めて候ひしにくだんのゐじんが をしへにたがはずきみごふう ふがきしにたゝずみおひかくる てきを見かへり給ふをこれなり けりと見たてまつるに身は 松山にねをなくときこえしに つゆたがはねばまづかのわりを しゞうをものがたればためともこれをきゝ もあへずそはうたがふべくもあらぬさぬきの ゐんのあらみたまのわれをすくはせ給ひし也 かのはまちどりのみそひともじはしんゐん さぬきの松山におはせしとき手づから五ぶの くちずさみふねこぎよせて候といちぶ よせんと思ふぞととひ給へば りんだいふこたへてさん候あれ 見そなはせむかひにくもの ごとく見えたるはみだか つけんにはましま・いけしゆ トいふ四つの小じまにて 為朝 ●はま し ま いけ しまは すむ人も候はず こよひはこゝらへ ふねをかけあすの しゆんふらをまちてこそ かげろまへおんともつか まつり候はんといふに ためともしかるべし とてそのぎにした もう がひ給ひし かばはま うんにやき しまを うちせられ もしき さしてこぐ うまのふく 思ひをなすほどに ほどに ちうにいりて ふねは又二三里あまり その夜 ちうにいりてふねは又二三里あまり ぞはしりけるためとも ゐのころほ みやうくわをさけたる こと又わんによも大さとかさねてしまおさにひにく はつむかひけふのきはんは ありそへのり 山のはいぐんにしそつむかひけふのきはんはあり つけたりもと あまたうたし あまたうたしかやおひてにあらずなぢつけたりもと ひにくだんの 給ふとてゑいじ給へるぎよせいなりしかるぬけしまぶくろにて にせうなごんしんせいがさゝへまうせしにふうふひとつになり よりてうていふたゝびせんぎありてかのぬるよしをもの きやうくわんをそのまゝになさけなくもがたり給へばりん かへされたりさればゐんのおんうらみだいふはきくごと ひごろにいやまし天にいのりちにいの にがいだんせず りまかいにいりてみかどをはじめわれ といふことなし につれなきやつばらに思ひしらせんと これみな神の ちかひ給ひし名どころにたるまつおうごによら 山にためともふうふがさまよふをせ給ふなりと かねてしもしろしめされかげろませてすゑたの 一がたり給へばりん 大じやうきやうをかきうつしてみやこへつかはしからうじてかこみをきり 大じやうきやうをかきうつしてみやこへつかはしからうじてかこみをきり ← 人にすくはせ 給ふくんおんいとも かしこしと身をなげ ふしてあまたゞび ひがしのかたをはいし 給へばわんによもかん るゐそゞめあへずをつと のあとべ不ぬかづき給へば りんだいふも今さらに ことあらたなるこゝちして ともにかんたんしたりける そのときためともかうべを もたげきよねんりゆうをちうし たるはじめよりしま 舜天丸 ぶくろにて中へ うとる目二丁 いづくへかふねを▼ 紀平治 よりふねには もたらししかても 水もあり人すむ 水もあり人すむ しまにあらずと いへばきしに のぼるも えぎなかし とてしゆる かぐ三にん ⑦ やう やくに かぢを まくら にして ながき夜 すがらあかし ゐへばふな ばたをあら ふなみのおと のみすさま じくて ねぶらんと するに いもねら れず とまをもるほしのひか りもうすくなりて しらなみのひまより あけゆくまゝにつぎへ 四郎吉川戸 つきしま山のかたにふえのね かすかにきこえければためとも まくらをそばだててこゝは人 なきしまといふにものゝねするは こゝろえがたしあれはいかにと いぶかり給へばりん だいふもみゝをそば 為とも だてしばしこれを うちきゝて思ひ うちきよく思ひ あはすることこそ 候へいまより六 とせ七とせの むかしいづこ ともしり 候はねども せんにんのおは するとておさく 人のいふこと候ひしくだんの せんにんそらよくはれたる 日はつるにのりくもにざし三十六のしま じまをめぐり給ふとなんもし此しまが かのひじりのすませ給ふ所にやあらん かゝるむにんじまにくわんすゐゆさんする人 のあるべうもおぼえ候はずといふためとも これをきゝて又わんによにむかひいかに思ひ給ふ やらんゑいじうほうらいはせんにんのつどふ 所なりとてふるくものにもしるしたりしからば かゝることうなりともせんきやうならずと いひがたしもしちぐすることもあらばもううんを うちやぶるたつきともなりぬべしいざとは 紀平治 林大夫 ○ しら ぬひ わん きたる ことある 国 ばやとのたまへばわらはもしか 思ひはべりぐし 給へとてもろともに うしほにてくちそゞきちしほに まみれたるきぬをぬぎすや ひばかりはみそぎしつりん だいふにふねをまもらし ふうふかたみにたす けあひていはほ にすがりつゝきしに はひのぼりふえ のねのするかたへ とてあゆみ給ふに 喜はすでにあけはてて あさひうみよりさしのぼる 舜天丸 まゝにをちこちを見かえり 給へばいさぞはばいくわのちれるがごとく まつかやはりようじやのせだかまるににてうきよ にとほきかきやうなりかのやうずぬにさかのぼりて とうげんにいたりしもかくやと思ひあはし給ふに 。 なにとなく心すみたいかめくしていかれをわすれ なりと 見給ふから あしのはこびもすゝむまゝにはやしま山のふもと見ぬ にきにけりさるほどにふえのねはいよ〳〵ちかく きこえてたちまち山もとなるこのかげ よりひとりのどうじよこぶへふきすさ みつゝいでくるに大きさ三さいごまに ひとしきしかにしみづくみいれたりと おぼしき大ひさど二ツをおはしとき ならぬもゝの花ををりそへてけり ためとのわん女もこはやまわらは御 うや〳〵しくむかひ うや〳〵しくむかひ すゝみてものいひかけん とし給へばどうじはふえの ねをとゞめてにつことうち えみきつるものはためとも ふうふならずやきのふわが時 のあんず八郎ためともそのつまも ののたまはせしことありあすなん大さと 万七万目二十 百縫王女 ため にいへ ためとも ふたゝ ざんぺい をあつめ てまう とんを うち ほろ ぼさん となら ばたゞ に 姑巴 島に へ出し わたり てつぎへ 一二七 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 白縫王女 つゞき その人を たつねに とよ なき ot す けを とけつ べししかは ためとも四十三才 あれどことしは しかも ぜつめい 舜天丸 ゆう ねんに 為とも あたわりその ほしはけいと ふねはやく もとのふね にして むから しよざい にかへりて とい たつみ こばしまへ のすみにありいまだ ゑい ぜし うた なり この うたに つきて はくさ ぐの ものがた りあり ためこも はいしよに ありしときむかし ひおぢよしいへ あそんこがね の ふだつけてはな ふたつけてはな ち給ひしつるこつ せんととひきてわが かたへにおり此つる せおふ せにより かずなほうちかへして 廿九日 給へ といふ ため わたり とも わん女はいまだ なのりもあへず してしられし にて心にふか くきやう たんしてつゆ ばかりも うたがはず ひじりのをしへ つゝしんてうけ給はり 候ひぬたゞどうがんを あだをうつべからずみやうねんの はるのすゑにいたりてことを はからば大吉なりあんず こうなり名をとぐるののちわれ かならずゆきてまみゆべし今より 六とせをへたらんには八頭山 □□□□□□□□ 本 冬のほとりにまつべし 見給ふにさゝやかなるたん ざくをつけたりさればこそ とてわん女とともに見給へは 〽いにしへのためしも思ひいづの うみにこととふとりのあとを 見るかなトびだりもじにぞ 見給ふにさゝやかなるたん たづねきてわん女 に玉とかへたる ものなりしかるに かのつるはとばの ゐんにてほうじやう おしたりけるためともこれを おこなはれたりと ときこえしらせよと のたまひきわが師はきのふ いるにのりとうかいへおも むきたまへば 三 よみはててうちおどろきつゝ わん女を見かへりこれはこれ ほうげんのころいづの 大しまにてわがし きこえしに あをうなばらを しのぎきて しのぎきて ためともが このしまに てききよ はまし まさ を ④ はいせざるをうらみとする のみそも〳〵おんみの師とし 林大夫 給ふひじりはむかしよりあとを此□はしり しまにとゞめ給へるかねがはくばいるにその どうどうをのりしらせ給へかしとときことおふべから のたまへばどうしほゝえみてわがずたちまち見へずなり 師のことはあからさまにいひがたしければふうふはおもてをあは これをみればおのづからさとることつゝます〳〵きいの思ひを あるべしといらへつゝ大ひさごに。なしてたゞ今どうじがとらし さしたりけるもゝのひとえだを ぬきとりてわたせしかばためどもにかうきふくいくたる さうの手にうけさゝげてなほそのはなわつが八ふさありけり ゆへをとはんとし給ふひまにどうじはしたえの花は六ふさなるがおとみ しかをいそがしつくゆんでのもりんへきしぼみてうへなる二ツはいまだ ずたちまち見へずなり ければふうふはおもてをあは したえの花は六ふさなるがおとろへ しぼみてうへなる二つはいまだね とふ こと とり すら アレデ目ニ 三月二丁 つぎしかのみならずかの こがねのふだのうらに 眠柳閑花遠水亭、 仙禽再去還東溟 はるにあふてすなはちこかのはるかをおぼ 逢春便覚孤霞廻 せいえいいづれのとぎつてらすわがには 清影何時照我庭 これかれ思ひあは するにつるはその ころより此しま ころより此しま にわうらいし たるかつるの ゐみやうをぜん かゝへととなへまた こそきどくなれも○さぬきのゐんの これかれ思ひあはしみさゝぎにつやせし ときゆめのうちに かんとくしたるちゝが かたみのほうけんと ひうちぶくろは今にあり これも又きと いふべし せん にんの紀平治 紀平治 にんの紀平治 うまなりといへば トからうたをさへしるし たりぬしをたれとはしら ねどもゆゑありぬべく 思ふまゝにふだにみづを そぎかけてもんじをば そでへうつしとりわれも 又ちびふでをそめて そのふだへくだんの わかをかきつけしにざく てんぐわいに しようようし かゝることう にあらんこと そのよしなし といふべからず 此たん きうこうになき づるはふたゝ びくうちう にまひのぼり くもをしのぎ てとびさりぬ 今にいたつて せよねんうたがひ だえてとけざりしに はからずこゝにわが ふでのあとを見る▼ しろやかにて さながらつるのきみしらずはあ にたりかるべしとは思ひかけねど くだんのからうたをおしたるそでい ひとちぶくろのそこにをさめて いづるにもいるにもこしにはなつ ことなかりしがすかどのきふなんにもの おほくうしなひつれどさきにも○ 会 これ 見給へと いひかけて こしにつけたる ひうちふくろを かいさぐりひとへ のそでをいだし たまへば 下のまきへ 西馬録 芳虎画 十一株 其由縁鄙俤十二 十五輪 十六編 笠亭仙果著作 梅蝶楼国貞画 錦昇 重蔵 三編為永春水作 十勇士尼子の礎 西編寿齋國貞画 砂略 五輪河竹其水作 目録 雨夜鐘四谷雑談 六編歌川国貞画 初編笠亭仙果作 比奈乃都大内譚 二編一勇齋國芳画 地本繪草紙問屋江戸てりふり町恵比寿屋庄七板 西馬訳 芳乕画 春廼夕栄世編 下巻西馬作与之 虎画綿開井堂梓 の 米買ひに 桃青 雪のふくろや 板頭巾 おしたりけるからうたをみつ わかをみつかくまでくしき ものがたりをまのあたり しるおうほうにゆくすゑ 上の巻ゟつゞきしわん女はそでにも〇くにつかみうぢ の神たちあはれ みてのちのさかえ をしらし給ふためし を思ひいづのとみに たのもしきこゝちしてみなことつ ひおぢよいへあそんの ひおぢよしいへあそんの たまものにてかつわが こととひしとりの あとを今またこの あとを今またこの しまにみそなは 夕いまのちうこうを あまつかみ するとりもれい ありきみもしん あり 白ぬひ王女 為とも 問題 アリ 紀平治 舜天丸 三日ばり月一丁 つきかく いやちこ なるきず いはべれ ばとく こばしまへ いたらせ 從是北西恩納嶽麓行路 從是東南越來間切街道 給へとてすゝめ給へばわれもさは思ふかし いざ給へとてためともはさきに立てみ をいそがしやがてうみべにかへり給ふに見へたるはくめやまと やんだいふはいそがはしくふねをさしこたへまうしけりさて よしてためともわんによをたすけ のせまづことのやうをとへばふうとなきあくにの ふはまんめんにゑみをふくみてしま〴〵をなみの しま山のふもとにてやまわらはひまにぞながめ にあひしことしいかのことすべてやる小はるのうみの おちもなくきこえしらししづかにて神のみちびく 給ひしかばりんだいふはひた すらにしようたんしついに ともづなをときすてくこば のりはしらしその日のひつじ しまをさしてこぎいださんと さがるころこばしまの するほどになほめでたきは いそへつきにけり えだにたほへる八ツのはな こゝも人なき しぼみし六ツはいろかをそへて しまなれば さらにあらたにさけるがごとく いそのちどり こたへまうしけりさて ひまにぞながめ やる小はるのうみの 見へたるはくめやまと はやふねはまたゝくうちに しづかにて神のみちびく 二つのつぼみはこつぜんとひら のともよぶ す十里をはんにちがほどに ちうざんをきたにみて にしばしさん又さいなんに □□□□□□□□ 白ぬひ王女 きてかうきはじめにいやまし のみいは たりこれも又ときにとりて うつなみ よきさがにはべるなりとわん のおのづから によとともにりんだいふがこと こととふよしも □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 一五中ゟわけいれば もゝのはやし あり四じ をり〳〵に さくかと おぼしく はなあり みあり つぼみ ありかう きことさら はなを うがちて ゑへるが ごとくさむ るがごとし うかく どうしの いほり やある とと りちる づき 給ふぼどに たちまちどく しよのこゑしてけり さればとそとて しゆう〳〵みたり うなづきあふてこの まよりつく〴〵と ぶきまうせばためともはふねに のりながらもゝのえだをなみうち ぎはへそのまゝにしりとさしわれもし もうこんをうちほろぼしちうさん なんぼくのさんせうをはらひのぞくこと あらば此もゝながくさかふべしとちかひ 給ひけりさればにやこのところふしぎにも そのゆふべよりうしほのしりぞくことす十丁 大かたはいそとなりてかのもゝとし〴〵 にはなひらきえだはをまし そのたけぢようよにおよ あらいそに ともづなを なげかけて ためともわん女を きしにのぼせやうふくふねを いなぎとめてりんだいふも したがひたてまつるに思ひ のほかなる小じまなれど山 いはもて□ べりとのちにいひ もてつたへたり かくてりん だいふははま しまのいそを こぎいだして 同日 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ ごとくぞうこと のたくみあやし まるめなれぬ 見はれたまへお ちに 紀平治一 人かげして山の おぢとゆわらはとたゞ ふたりはなをしとねにむかひ てをりおきなはまゆひげみな しろくかたちはやせてまつのごとく ほねたくましくしてますらをに にたりどうじはかみをふりみだして としのよはひはさだかならねどその こゑは十あまり二つ三つのうゑを すぎずまなこきよくまゆひいゝべ くちびるあからしてれいらうたるべん ひたすら ふねをはしら 為とも するにふな ぢのあな いはよく しりの にしへ〳〵と とるかぢに矢 よりもはや よりもはやく はしりほのみなみ に見ゆる三つ のしまあれや いづこと右へ すて丸 のこゑ ぜつさはやかなりおの〳〵このはを つゞりあはしてかたとこしとにまとひ つけみるのごとくにかきたれたるきぬの はしそのひまより見えたれどれいじよう はなはだまめやかにてどうじはかへつて さればしゆう〴〵あしびき 山にのぼりたにみだり 又うちよするなみの きけば かみくらなるいしにしりをかけ出きなは みみあらた はるかにしもにをりかのどうじくもの なる松のことひくしほと よむをうやまひかしづきてみもそば だてをり〳〵なんもんすることあり いゞみもしかすが ためともはなほとがくれてどくしよの にはらわたをあこゑをつら〳〵きゝてふかくあやしみ らふかきやうなりわん女のたもとをひきらごかししのび さればしゆう〳〵あしびきの 山にのぼりたにみだり「してふらうちやらせいをもとゝして〽かき〽かきへ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 三はり月二十 つぎしんをじめしたんを ねるだうしよなるべし と思ひつるにかしとにて よむはへいしよなり むかしとがひおぢよし いへあそんおほえ のまさふさ きやうより うけつたへ 給ひし ちとせ かのしよなに人の手にありや しるよしなければこのとしごろ はゝのきぬをえて よろひのうへにおひ ちうかうのほまれ ●○きんゑつとらのまきといふひやう がくのひしよなりげんけのちやくしのをととなへひだりの さらしやうしてあによしともこれを をさむしかるにへいぢのはんらんに をさむしかるにへいぢのはんらんになづくちうわろに よしともこれをふところにしてあづしつげつのにてんしを まぢにおもむきをはりなるのまの まぢにおもむきをはりなるのまのひやうしぞうちやうくわう うつみにておさだにうたれ給ひ うつみにておさだにうたれ給ひもくぢこくたもんの ぬとほのかにきくのみそのゝちは ぬとほのかにきくのみそのゝちは四てんをしるすもの也 かのしよなに人の手にありやトよみだせばおきな しるよしなければこのとしごろかたへよりこれをなんじて いと〳〵をしく思ひほろははんくわいがはゝの たるにこゝにどうじがどくきぬをえたりしよりはじ しよをきけばかれとこれまるといふせつはたへて とあひにたりそれがあら ぬかとばかりにさゝやきずこれらは字じにつきて 給ふをしらずやあり せつをまうけたるなる けんどうじはひときわ べしあるひはいふほろは こゑをたかうし〽けだし けごろもなりとりの ほろはかんのはんぐわいはねをもてこれをおる そのきぬをえて今のはおりといふ よろひのうへにおひみやうもくはもとほろ ちうかうのほまれよりいでたりこれ矢 四かいにあぶるとをさけんためにして いへりさればほろ いへりさればほろしろぜめのとき にわがうのをありよろひのうへに ちやうたんみな ちやうたんみなかつぐといへり くでんずべて このせついかゞ 十二はゞいつ 候はんトなじ しやくうへ ればどうじは なるみぎの につことゑみ すて九 そいしやくきうせつかく となづくのごとしといへ どもはん くわいがことは かんがふる所 かんがふる所 なし又とりの はねをもて おりなすといふ せつも心えがたし それほろ とはふく ろのぎ なり これをおふ ときは ふくろ 同 たり 三代 じつろて にて おほえ ほろふら しるして みなかなのきへ 弓ばり片二十 これ大やまとのこじつなりとべんぜつれてからすははたとおちたりけ よどみなくこたふればためともこれためともはこのありさまに思はず をえぎゝてひたすらにかんたんしこうあふぎをさつ給ひらきいたりや〳〵 せいまことにおそるべしかゝる小じまにとほめ給へばどうじもおきなも かんそらはありて此やうがくすでにこのかげに人あることをはらめて ここんにつうずきなるかなめうしりうちおどろきつゝ なるかなとしきりにしようさんきつとみてあやしや なるかなとしぎりにしようさんきつとみてあやしや じたまへばわん女もしたをふるふねもかよはぬあり ひつゝふうふおもてをあはし給ふそにものゝこゑするは かしこにおきなはこひざをすゝめ きみがはつめいそのせつをえ 人いづくのうらより たりこれらはひとへにせんさく ひやうはくし給ふかは のみてきをとりひしぐのすべには のみてきをとりひしぐのすべにはしらね しらねども人なつ あらずもしふないくさしてすゐ かしく思ふうら ちうにおちいらばいかにせん げにそのときはさいのほう又 りうわうのきほうありこれ らをかねてじゆするときはみな すゐなんをまぬがるべししか しるらはいんじその 名きこえしてん ぢのぎようには とうのちかた ゑんゆうゐんの おんときにはたんば しゆう〴〵三にんいそがはしくもく 舜天丸 いう二にてかきべつにゆゑあるにあらじ「七十七□やりすぐしてむやうといるかんとしんとしんともきりまほしく 此ものゝぐもろこしにはそのゑきこへず矢つぼたがはずもろはをぬは候ゑれとくこなたへとよびいるゝに これ大やまこのこじつなりとへんぜつれてからすははたとおちたりけりしゆうぐ三にんいそがはしくもく はやしの ← の千ぢようかいはやに こもりししゆてんがたぐ ひのまゑんのものをたや 爲朝 すくうちとるすべいかにととへばどうじは うちうなげきそれらには又手だてあり やすりをもつてたちのめをすり とほさせてこれをおび どうじとおきなに おんらみつとしやあろていなゑい そはからしんじゆをとなへひたりへ なぎてきるときはへんげといふとも うちとるべししかりといへども まゑんのものはやくかくるゝこと あらばうつたちも又めあてなけん そのときにこそしんごんあり おんげんらんへいうんそはかト五たびかへつてしやつがげんじゆつ となへてしづやかにたなゆびざいうにはかられしそつこと〴 にあひくんでそのあはひよりこれを 見ればようせいへんげもかくれ元ずふはからうじてひつしをのが てきもし大ぜいなるときはくわくよくれてかげろまなるゆかりの がんこうちやうじやのぢんじきによつてものにいざなはれまつ山の ひきまうけいつきももらさずこれをべたよりまるきぶね うつゆうしやうのしもにじやくそつな あるひはこがんしゆつぐんせいあるひはらずもはましましまにおもむきやま うりようへんこうせいていさうきばせい ひしんせいげきけんさうほうゆうをふかつてたづねきたれりねがはくばふた かたきをやぶりときをくだきたちどころにばしらのひじりたちじんへんふし うちなびけてきの大しやういておとす矢さきはぎのまなしりをかへしわなみをたす がくのど兄といひつくやがて身をおこしかたへにけてもうらんをうちほろぼさし たてたるゆみにやつがひてきり〳〵とひきうたむたみたみのはたんをすくはし給へせんな ればをりしもあれしまがらすのもゝのみをつい ばみてくうちうたつくまひあがるを右へ思ひだらずしてねいじんをん ふうふのものなりちか ごろぎやくしんりゆう まゑんのものはやくかくるゝことをちうし又ようぞく あらばうつたちも又めあてなけんもううんをせめうち てかつにのるといへども かへつてしやつがげんじゆつ にはかられしそつこと〴〵 くうちじになしそれがしふう れてかげろまなるゆかりの ものにいざなはれまつ山のう べたよりまるきぶね にうちのりてはか はぎのまなじりをかへしわなみをたす けてもうらんをうちほろぼさし たみのこたんをすくはし給へせん しゆせうねいわうさいあさく 思ひたらずしてねいじんをつ うちむかひこれはりうきう さんなんせう大ざとのあんず ばみてくうちうたつくまひあがるを右へ ふはからうじてひつしをのが 山のうみ 千歳 らずもはましまにおもむきやま ひじりのをしへによつてこの所へ たづねきたれりねがはくばふた ⑦ あいしよう そうにまどい されてつひに こくかをうし なひ給へりされ ばてんそんしの しやうとう 片はり片二十 つゞきしだんぜうするににたれ どもわがつまはせうねいわう のちやくぢよなりかれといひ これといひぎのよるところのが れがたくはとうをおかして せんきやうにすゐさんし しぐわんをつげてしん ぢよをいのるひとへに かいようし給へとねん ごろにのべたまへば どうじはおきなを見 かへりて此ところはりう きうこく三十六とうの きうとく三十六とうの うちなりとながいひつれ どふねもかよはずかき よにとほきしまもりは さることありともしらざり きトいとよそ〳〵しくもの するにおきなはしばし 是もつらへ えもいらへずため ともをうちまも り又うちまもり てあかやかなる まなぞこに なみだをふくみ わかれたてまつ りてよりわづか 七とせにすぎされども じゆうもけらいもしほ かぜにふきくろまれ ちとせ てよごれあかづきこの はをきぬとしあら めをおびとし山の さるにもいやまし てむかしのすがたも なくなりぬれば おもわすれ給ふ ならんいつにわが ぎみおんぞうと ぎみおんぞうし はつちやうつぶ はつちやうつふ てのきへいじ にて候ものをと なのりもあへず とうじはもてる ゆみをすて さてはこのまれ人は ちゝぎみにましま せしかすて丸にて候 下すがりよりつゝいふ こともとふべきこともさき だつはなみだのいそのあらひ 松殿はあらはれてあはれなり ためともゝ又わん女も思ひ がけねばうれしさのあまる たもとにおくつゆのいのち ありときありてふたゝび あひ見るわが子のかほへ ふりかゝるひたいがみを かきあげてはたんそくし 只きへいぢを見かへもつ 安右衛門 やつれ もやつれし 八ちやう つぶて思ふに ましておひに けんこはすて 丸にあり けるよさて も大きく なりぬるかな これはゆめには これはゆめには あらさるか ゆめならばさめ ずともあれいふ べきこともあまた あり とふ べき も あやた ありくるしき ものはおんあい のまよひに こそとゆみとり のやたけき心 ひきかえて 次へ 三□戸二丁 つきものゝ あはれをし れば又あい くわんけしきに あらはれたり これを見 われを思ふ にもわん女は かうべをもた げえずりん だいふにとりつきて たゞよくとのみなき 給へばりんだいふは なにのゆゑとも思ひ がけねどあはれさの とれにもかゝるむら しぐれしばしかさかす こちせりかゝりしほど にきへいすはおづる なみだをかきはらひ まづなによりかまう ⑥ すべきことしよりはそとせ むかしあんげん二ねんなかの あき十六日のかぜあれて わかぎみのみふねくだけたかま いそはぎらをはじめとしてとも びとはこと〴〵くなみのそこにいりに けれどそれがしはわりぎみをゆん手に たかくさしあげてうちかくるなみを ものともせずしばらくおよぎ▼ 玖馬 申大七 四 下ゟそのかひなしかなしくも又 くちおしくなまじいに くちおしくなまじいに あをうなばらをしの ぎてこゝにたゞよひ つくともわれひとり ながらへてなにるは せんとあし ずりしなく よりほかに すべもなければ はらかきき らんと思ふ をりなら はからず も山ひじ りのめう 出きに 紀平治 よりて たち所 にわか ぎみ そせい ましまし けりしかのみ ならずくだんの ひじり此しまを わがきみにま ゐらしあまづ さへげんけさう でんの次へ 白縫王女 被申候以上 末小人 候ひしがよるべ きつそもあら しほにゆり あげられひき おろされちか 辰平 母母 ← ◎ そこ とも しらず やうやくに やうやくに せつやくに このしまへつき て候ひきこれは たかまいそはぎ がなきたま大 ぎよに四の谷へ ろへ いき ほひ つき つき 今は かうと 思ふ おり から 大きよ のせぬ かに たすけ のせら 三〇 三の巻ゟしつきてわかぎみ をすくひまゐらし たるなりとのちに 思ひあはせしことあり かくからうじてこの いそへながれつきしが わか きみ は いつの ほど にか こと きれて よび かへせ はぶ宗 と も 上へ 二月はり一月二丁 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ つぎ ひしよ きんえつ とらの まきをでん じゆし此しよ ひさしくへんほう のうちにありし をわれこの 子のために をさめたり われはため ともにゆ かりある ちとせ ○あだししまへ ◑つとめてすて丸をまもり うつるべしと そだてぶじゆつぶがくを ならはせよ又かやう〳〵 おふせもあへず のものをもてゆみを くうちうにのぼり ゆるところあらん 給へり今さら思へば つくり心ゆるやかにとい をまたばのちにもち あとをとゞめ又大とのを みちびきてこのしまへ おやこのさい くわいこた よせ給ふなりしかるにその ころこのもゝばやしの がふべから ずわれはうちにおひてなき ずわれは けふよりやかなるつるのはと けふより 九 こがねのふだを ひらいえたりこの ふだはとうへいのころ 八まんたちかよしいへ あそんあまたの つるをはな ち給ひ し国 ものぞ なん とき とりの あらに つけ たまへる もの なる よしは えり なしたる もんじ にて はや □□□□□□□ い風しれば やがてひじ 里の遣しへし 白ねひ王女 紀平公 まゝにつるの はねをもて そやをはき しかのつのを もて矢じりと てだい一の矢 しい ゑん くうと いはひ まつり二の矢を 八まんだいじんとし 三の矢をあそ みやうじんと して しゆう〴〵 きねん おこた らず 又この しやし なる 次へ □□□□□□□□ 弓はり月二十 をりとりてゆみことなしふぢかづら をつるとなしてあるときはのごまずそれのみならではましま 大しかなんどにきのかはより あはしたるをたづなにかけてわらはが わかぎみにうまゆみとほがけとらしたるもゝの小 をならはしまゐらせ又あるえだの八ツのはな ときはすなにあとつけて六ツはしぼみ二つ てならせしたでまつるにはつぼみぬしつる そうめいゑいちたぐひにそのはな見る なくみけんのしよじやくうちにこと をよくそらんじぶんごとくいろかを ぶのりやうだうをましいづれも きはめ給へばきへいあらたに 次などがおよぶ所ひらくが にあらずそのさめしごときを にてやま わらはが とらしたるもゝの小 えだの八ツのはな いゞきひがしへざしたるものえだを「えだを をりとりてゆみとなしふぢかづらそのよしなくてはあるべから 白縫王女 きを見たてまつれば しやうつぐふたり よるべなきしま もりとなることは 此しまに きてはじ めてさとる めてさとる いつたんしぼ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ うからでいつのほ どにか大とのに みし六ふさの はなはわれ〳〵 わかき みをわ たしまゐ らしなく もそだちし はくゝみし ふうふりん だいふしやうじゆ つるかめらが かうべにかた どり ことたゝ ひと 五〇二ツの花は すて丸ときへい 次にかたどれもへ そしむ べき ものは たつま の太郎 いそ はぎ しやうじゆつる のみければ かめらにさいくばい ぜんもうさがひ 紀平治 うへさへしか〴〵の ものなりけりと つげたまへばきへい 治はすて丸とおも いちじ るき きずゐ ことの おふせ をき かば あす をも またで たちど ころに いのちをはる ともうらみは すて丸 あらじと思ひしはきのふ けふならず四じに花さき みをむすぶもゝにやうやく いなぎとむるおいがたまのを ながかれとちうきのためにをし むはかなさもとよりかしこき みころには思ひあまりて たらぬことばをしも たらぬことばをしも はからせ給ふらんと はからせ給ふらんと いちふゑじう をものがたる たぐひまれ なるちうしん のこゝにありとも ありそうみのはまの ありそうそのはやい まさごはよみつくすとも つきぬはまことにしゆう〴〵 のきえんなりとてためどもは しば〳〵これをたんしやうし 為とも 第十一丁目二 したりしが はい をかん 又さめ〴〵とうちしほれ みかたのともがらをこれかれと かぞへ給へどしらぬひともいひ いで給はずなどてともなひ給は ざるととへば又すて丸もはぎみ いづこにをはしますりうぎう わうのちやう女をもてのちづれに せしとのたまへばもしはゝぎみは □□□□ しまにて たり ける たんざくと からうたをとつし とめたるきぬのそで をとりいだしてその らいれきをときしらし 一分きへい次がいふところ よくこれとふごふせり かのやまひじりはいかなる かのやまひしりはいろなる ゆゑにてかくためともを あはれみ給ふやことの 世をさり給ふかあかれてわかるゝ ちきりにあらししらし給へとくり かへしとはるゝちゝのむねぐるしさは とふ子よりなぼいやませばいらへ かねつゝやうやくにうちうなづきて たんそくしさきにひのくにをいでし ころわれもその日のふうなんにのが れがたく見えしかばしらぬひは いにしへのおとたちばなひめに 身をひしてなみをひらきて みくずとなりぬしかれども ふうはなほやまずふねはたち まちくつがえりてしたがふ ますらをす十人おの〳〵ぎよ ふくにほうむらるこゝにいたつ てわれも又しすべかりしをおほ けなくもさぬきのゐんのあら みたまのおうごによつてやう みたまのおうごによつてりう 〽きうのとんだじゆなる 宇井丁用二丁 つゞきかげろまにひやうはく左ゟちりよはしらぬひ してかのくにのぎやくらんを さくにしのひずせうりう きうのえだじまにてねいわん 女のひつしをすくひわんずに えつしてはからずも大ざとの あんずにほうぜられ心のほかなる こんいんもいなむによしなくわん こんいんもいなむによしなくわん 女をめとりあまたのとしを につゆたがふことなし これをおんみが はゝともみよ わん女はなどてものいひ せんもなく 給はぬひころ へたれども人こそ すまね此所も りうぎうとく りうぎうとく のえだじまなるにわが をゝしきに さりげな 子はこゝにありけりと ▼ 思ひがけねばとひも せずとはれもせねど ときしありてふしざい くわいのまことをのぶこはみな ぞんけをまもり給ふしんめい ぶつたのめうぢよはさらなり 又きへい次がちうぎによるいた 〽なくのみ たもとをしば〳〵ひきうごかず その手をやがていだきよせおんみが その手をやがていだきよせおんみが うらみはことはりなれどもしはじめ よりはことなのらばおもかけ 見しれるきへいぢがまことと せずしてうたがひのはしとも ならめと思ふからたゞなみだ のみはふりおちていふべき こともいはざりけるそも こともいはざりけるそも ねいわん女はそのはじめ おんそがちゝのたづね給へる つるをもて玉にかへたる ゆかりもあればたましひを よするとはしるやしら ぬひがふたゝびこのどに あらはれておつとに かゝづきはべりしなり おや子はもとこれ一世の ちぎりひとゑして ちもくりひとまして れうとなればくわこ みらいぎいをしるとは くななげき給ひそとなぐさめ 給へばすて丸はつく〴〵とうちきう てなるゝしとすればかみしむるつゞれの そでのいとくるしくわかれたてまつり はこが身まだ六つか七ツのあきなれ はゝのじやう ならんやいひがひ なしと はげま 爲朝 されしのびかねつゝ ばおんかほさだかにおぼえねどおよ そいきとしいけるものちゝあればかならず はゝありとしごとに此しぬ山の松におひ たつわしだにもすごもるほどはちゝはゝ たかくよくとなく あれやまこと ふしまろひひとこゑ のわがはゝのこゑがと いへど子ゆゑのやみは ●七日 しやうをかえてもまよひ てこ亦ありとはしらず をつとに子どもあまた 見そなはさば おはせどこなほど〳〵に はごと なのり給へかしと かこてばさらに むせかへる▼きゝつる太郎ためより よるべありさちなきうへに さちなきは大しまにて じさつせしとのちに きゝつる太郎ためより したふてなくにいかでわれちゝを見しらず はゝをも見しらずゆふべのうみのうきあれて こゝらへかよふいそちどりもともよびかはし よぶものをおやとも友ともいへのことも 見るは八ちやうつぶてのみたのむところは きけばすて丸いわん女に ひしか すかり つきかば 山ひじりのみちびき給ひてひとたびは ちゝにもはゝにもあはしたまはめそは いつごろことはでしなきおきをながめ このどにとゞ て立ありすあさひのかげもわがへに のそらなつかしくふしおがむかみもまりてよしある ほとけもおやのためいのちなが人のたいをかり かれつゝがなく世にしおはせとちゝののちづれとなり一 いのりつる神のめぐみはありな給へばとてもかく がらはゝにはたえてあふよしなくてもわがはゝなりなぞや けふとはしらぬよろこびの中にたゞひとことをおしみ なげきをまさんとは心つくしは給ひてすて丸ともわが いづこぞやなみまをひらきていり子ともめされ候はぬ 給ふときけば今さらあさゆふにこのしま山はかずならず めなれしうみもなつかしとぞこのひまおぼろ〳〵とめにとほ とほくのびあがりのびあがれども しほけふりくもさぎりにへだてられおんまだいちにちのかう とゞかぬ思ひをかこち給へばためとも わが子の心さこそあらめとおしはかり やよすて丸かなしきはいとことはりなれと はゝなしとてなげくべからずしらぬひもと よりれつちよなれば近つとのため子のためまだにしもひがしもしらぎりしとき にさきにわん女のききふをすくひそたましひかりそめにおもてをあはしたれば見も これにのりうつりみづうらしらぬひわん女とおぼえずきやうだいあまたあもながら一 しようすこはうきたることにあらずさればおもあぢきなきよのたゝずまいしらず かげこそす。こしとなれものゝいひさまゆうらんそ右へしられぬすて丸が心をあはれと ねはなみにくち 給ふともこんぱく □□□□□□□ へ てもわがはゝなりなぞや 給ひてすて丸ともわが 子ともめされ候はぬ このしま山はかずならず きうみよりふつきとみの おんまだいちにちのかうも とゞかぬ思ひをかこち給へばためともゝいくさず大しまに 陶松寿 やよすて丸かなしきはいとことはりなれどあにぎみのことをはりなるあもいぎその はゝなしとてなげくべからずしらぬひもとことしもつけなるともわかぎみはわがみ さては又わがはらなりし すて丸にとゞめたりもし よにあらばとしはいく ばくかばかりの きぬきもや すると わがこに いとし きと わが はが の ぬひ あげも 心にかゝる ふくろ びの つぎへ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 安き月二丁 あかすことおほかりかくまであくがれもの思ふ はゝがなげきは人しらぬありそにひとり もりかしづくきへいぢがせんしん はんくに思ひくらぶればかすな らずそのたんせいのかひありて けにせんだんはふたばより かうばしくしてしゆぼく にすぐれらんほうはかい つゞぎながきわかれにみぢか庵をねぶらで このうちよりそのこゑ しよてうにひいづると いへりじんせきたえたる しまにおひたち ひやうがくきうばは とほつおやよりよし あそんよしいへあそんよしいへあそ んにをさくおとら ぬおんみがたしなみ此 ちゝにしてこの子あり まううんをほろぼす ものはすて丸なら でそもたそや ふうんはちにも はにもにな ゆくすゑながく ば を ふ のいと のみだ 舜天丸 此印ゟ」かのもうらんといふ ものはしか〴〵のくせもの也▼ 白縫王女 ●おとつ の 為朝 はい ぐんにあひ したがふしそ つも なく 4 ▼又 しやう じゆ かめ とぞ ちも かうい ゆむや ものが しかる にて れをうちをさめ つるのけごろもいさき よくうきよのたみにおほひつゝかめ のよはひを十あまりあはしてうまごやし はどののちののちまでさかえよとこと ぶけどなほはゝきゝののごひあへぬはなみ だなりすて丸は今さらにいとゞつゆ よろこびこれにますことなしなみだををさめ 給へかしとなぐさめ給へばきへいぢは小ひざを うつてかんたんしまことにわん女のおんものごし しらぬひひめにことならずおもかげ さへににたまへり思へば七とせさきの あきいつたんしゝたるおやとしゆう 〳〵ひとつにあつまる此しまは 〳〵ひとつにあつまる此しまは めいどくわうせんのちまた ならでちやうせいふらう のもんなりとしゆくし申 せばりんだいふもせんしう ばんぜいとおくけりすて ばんぜいとたゝへけりすて けきことのはにぬれたるそでをかきあはし思へ たかきはゝのおんふたゝびものいひしらし給ふ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ しまおさ がいへに かくれて もうとんが ざんどく をさけ たる こ あ 右へ 丸はこれを見てぐし給へるは たれやらんととはせ玉へば ためともはうちうなづいて しまおさをほとりちかく まねきよしこれはかげろまの しまおさにりんだいふとよば るゝものなりはじめそれがしかの しまへひやうはくしてしまびとらに そんしんせられそのゝちわん女も 〇〇 八 国み ぞく いへい ふたゝ いでくるを 見かへれども でふう ふとづか に□ 松寿 ふせぐ にすべ なくしん たいすで にきわま つたるをりからさぬきの ゐんのあらみたまつけ させ給ふことあり とてこのしまおさ がかねてより ふねをくだんの いそによせて われをまち たればふし ある ぎにも 紀平治 たづね あひてよも すがらみちを はしり身もいと いたううゑつかれて 松山のいそに心 きふなん をまぬ が事 のみなら ずおやと おもてを つきへ 江戸そく戸二丁 西馬綴 為とも ▼わがともがら みなもゝに より なり うぎあはすことをえたりこれしかしながら きぬきのゐんのしんぢよにして又しま おさがちうぎなりとたゝへ給へばすて丸は きんいぢもろともかんげきしてしんぢよと 人のまごとをしるかさね〴〵しさいはひ なりとてねんごろによろこびきこえ給へ ばりんだいふはおそる〳〵かうべを もたげてさていふやうみそな はするごとくせうこくのかげを かふむるありそに人となり て候へばうまれしまゝにてものも しらねどあんずわん女のおんためには ○さいはひをえつることこ いのちもさらにをしからずさればおろかな 心にもまことはおのづからまことにしてめいしやう 心にもまことはおのづからまことにしてめいしやうもうらんをほろぼすさがく 心にもまとはおのつからまことにしてめいしやうもうか ゆうふにちゝべしたてまつりかゝるまとひにはべ ゆうふにちぐしたてまつりかゝるまとひにはべかつこのしまにいせをとこ山 ること身ひとつならでわがしまのひかりをますべく あその三はしらの神をまつりし こときわめてよし 候といとまめだちていらへけりさるほどにきへい 松寿 をしいかなおん 次はもゝのみをうちおとしてためともわん女にすく をしいかなおん めまゐらしりんだいふにもこれをとらしつそのとい ためともはしみづにてくちそゝぎかのもゝをもて くはしらの神をまつりねんじをはりてすてまる のたまふやうもゝはじやきをのぞくものなりそのこと 芳虎画 めまゐらしやみんだいふにもこれをとらしつそのとき身いまだそのもとをしらずそれ ためともはしみづにてくちそゝきかのもゝをもてからすはくまのごんげんの去しやなり 三はしらの神をまつりねんじをはりてすてまるにさればじんむてんわうのみいくき山ぢに まどひいりしときあまてらすおんがみ まきやだがらすをもてみいくさをみちむかし 神代のまき にも又ふうぞく給へとありそのおんがみをまつりながら いうにもありとかしぬ いへり見つべしいとそごるいとそごるいとそごろく 〇此だんいまだつく されす二十一へんの はしめにとくべし わけて此へんよみ わけて此へんよみ おほくゑとよみと はるかにちがひ ごらんじにくう 候はんが何卒 ごかうめん せら下ら まづは めで たし 〳〵 傭 書 木交書' 来 樂亭西馬作 稲妻形怪鼠標子出 七編 二勇楽園芳画 国貞 蔦紅葉 字津石峠 同清録金三編談切 } 一高英十丁文五冊作五編 比異 仕立 二個七つ川 與謝武郎惠夜話 御座候以上 一青瘡四人酒六編 一度高国貞正 錦昇堂 文文元年辛酉孟春噺風 ててふり町 ゑびすやはん 廿三日 一月七月廿一日 廿弐 二十 弓張月 一編 孟斎芳恵画 十九月十一日月廿一 4 弓張月春之夕栄 第二拾壹編上 西馬録芳虎画 錦昇堂藏梓 あ 古人曽いへる語あり。書を校するは掃葉と麋媼の如く。随て拂へは随て 積る。それは有用の正史の條にて。果敢なき草紙物語は傭書制例は勿論 にて。作者からして謬錯だらけ。説此書の鈔録者。楽亭爺は遠行 せられ。遺稿を探求て次輯に充れば。杜撰は殊に多かる中に甚しき にいたるあり。そは十九編下の巻なる。二丁目より以下の文を二十編の とりのはねをもてをりなすと 開読より同下の巻三丁目なる いふせつもこゝろ元がたし 一といへる文まて同 條を。再度傭書の手に物せり。莫遮則成裁の後に。心附たること にしあれば。今更容易改正がたく悔めども其甲斐なし依て次編 の発兌を急ぎ。前板二重の麁誤を。補ふよすがとなせるといふ。 申訳の口演を錦昇堂の主人に代りて 文久元年 辛酉季春 校者仮名垣魯文述 ヒネリ戸十一 十一月廿一日 の 梶葉 水音 したり 孝子鶴からし 冬の 月 阿公笙 有人 橋まし て 愛や はなしか 見えぬ とて 孝子亀からぬ ○為朝 ○小賊安攀 ○白縫王女 副使は全介{ 武士 三月十一 「廿編ゟよみつき」そのときすて丸つゝしんでちゝの「五方」かぎりありかくてとりこといふたてまつるとすぐまひさし さとしをうけ給はりおふせまとにたることなりなり給はゞくゆともいかでおよぶはやくここをさつてわるしまに もゝをもてかてとすれば七とせがあはひこのしま にてむえきのせつしやうしはべらずみなち はゝのおんためと思ひたてまつりはべる なりさればからすをいたり といへどももろはを ぬふてきずつけに しばらくこれを こらすのみ 今ははなち やるべしと い らへ つゝ おち たるか らすをひきおこし 矢をぬき給へばはたゝき してあらなきながらおのが すむやまぢはるかにとびて ゆくからすをみな〳〵見 おくりてしたをまきかうべを かたむ十百ほのほかにやなばと かたむけ百ほのほかにやなぎの はをうがてりといふやうゆうきも これにはいかでますべきとせうさんとせうさん すればためとももいひつることの おぞましくすて丸いみじくはるあやまちなりき おぞましくすて丸いみじくはかあやまちなりき ことしはためこともが りにけりゆみ矢もてくにを をさめんものはかくこそあれときらんあしかりけるをさ べきおろかなる身のかくまかさばおもむき給へとしごかつりゆう をこなりとおほすべけれどもしやもううんにしへたげられたるしま もいつしつありぐしやにもびとらたんしこせらしてむかへ いつとくありとほきおもんたてまつらんことかげろまのみに はかりあるかきらずきかい・うけん・ゆら・ 爲朝 紀平治 はかりある ものはちかきとくしまなんどいへばさらなり うれいをしる三十六のしま人らきゝつとふる なるべしねものあらばまねかずしてしたがひ わが 給はゞくゆともいかでおよぶはやくこゝをさつてわがしまに かきらずきかい・うけん・ゆら・ ものあらばまねかずしてしたがひ たてまつらんことさらにうたがひ なきものなりといとまめやかに すめまうすにためともとに かくいらへたまはずわん女きへい 次もいづれをよしとさだめ かねてしばしけしきをうかゞふ ほどにすて丸につことうち ゑみて今りんだいふがいふところ みなこれまことよりいでてこと びんぎににたれどもやすき にいかばかへつてあやふし それりうじやはだいかいを ふかしとせずそこをうがちて これにけるときはじんりきの およぶべきにあらずしかれ どもゑをもてこれをいざ かげろま なへばつひにくがにもいたる きかんあしかりけるをさと 人はあんずわん女 のじんとくを したひ▼ べしこれいつたんのりにま どふてよくに その身をわす たゞひとことちゝのしやうびは身 らずしていくさをおこしたれ にあまるすて丸よりなほ ばこそもろきはいぐんに きへい次は身のはゞひろく思ふ およづるなれかゝれはしばら なるべしかくておや子しゆう〴〵 ははなをむしろにまとゐして 七とせいらいのかんなんゆうく くこのしまにおや子 しやう〴〵かくろいて ときをまちらいしゆん りうきうらん里のひとくだりを いとしめやかにかたらひ給ふにはつ にわかにとつていでなば もうこんがかうべをえて ふゆなればはやゆふぐれて見しに ぐんもんにかけんことたなぞこ かはらま月かげもともし火を をさすごとくなるべし そゆるにきたりわん女も又ものゝ りんだいふはあす いひざましらぬひひめにことなら つとめてかげろ ず見え給ふとてきへい次ことさらに まにふねを 見え給ふとてきへい次ことさらにまにふ かへしらい きいの思ひをなすほどにすて丸も はじめてさとりてあるはよろとび しゆんふたゝ びいちえうに あるはなきはゝのさいたんなしたこゝちして 松寿 るゝに候は すやかくは わがちゝ かげろま におゆむ き給ひ おちと ちのしま ひとら日なら ずしたがひたて まつらば もうらん めしい なりと いふ とも おや子しゆう〴〵しま山にまとゐする さほさしてわが は 夜はあやにしきたゝまへをしうおもひ しゆう〴〵をむ やく 給へりそのときためともはりゆうもう かへ候へとのたまへば これを りんだいふうけたまはり らんらづことのてんまつをすて丸きへい 次にときしらしわれあげまきのむか おふせことはり 次にときしらしわれあげまきのむかし 舜天丸 よりせんじやうにのそむごとにたえて ひとたびもふかくをとらずほうげんの ならずとは思ひ ひとたびもふかくをとらずほうげんの しるなるべし かれすでに しるときはしじつ めぐらさずしてせめうち はいぐんはよりながこうさへぎりてわが なんそのときことしは とがちゝのきこんよからず ぐんりやくをもちひ給はざかしなり あやふしぞくぐんひとたびいできたらば しかるにかのもううんはきう〳〵ざんのあやふしぞくぐんひとたびいできたらば こふんよりしゆつげんしたりとかいふえう んよりしめつげんしたりとかいふえうほうにたすけのいつりものゑ〳〵のがれたまかくてはふくか そうなればげんじゆつはかりがたしといへはんにふねもあらずばんぶぶだうのゆかを そうなればげんじゆつはかりがたしといへ どもえうはとくにかたずといへばやはいつ せんにまくべきとてきを思ひあなどり□しゆうにてきしがたく人のちからも〽とふぼのとはせ給ふをの とてたゝかはでやはやむべき かくてはふかくかく事にあら でいつたんのりにまごとひみづ からこれをあらはすなりいま ふぼのとはせ給ふをいぎへ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ じやくにしてぎろんせばかた はらいたくおぼさんがおやののびんとするにしばしそのからずされど心ざしをあざにせしとつくるべししから はらいたくおぼさんがおやの のびんとするにしばしそ 身をかゞますといへば ためにために思ふほどを申 にて候とのたまへばためとも いゞきまきすて丸よう左ゟ一そゞろにのこひあへず四左ゟしみちとせのもありもをや手ごさびに もてかてとせばべいとくもほし からずされど心ざしをあだにせしと かかへばき殿をばとゝめて此ふゆは 思へばき殿をばとゝめて此ふゆの や手ずさびに ふねはたやすく つくるべししからば よしやもうこんが れうにあつべきなりとおふ ぞくぐんこゝによせ 小ひぎをはたとうちおん身 白縫王女 紀平治 せて□ くるともしんたい やしなひ がぎろんわがこゝろにかなへ すべてじざいなり かくてははるの りしからは此しまにあるべかときを まち▼ きつきやういかにととひ 給へばすて丸こへ給ふやう ころほひに関 だいふがおんむかひ ぐいをもつてこれを はかるにわがふぼ にまゐらずとも わうへんこゝろ こゝにゐまさん まかせなるべしと ほどはもうとん せんりのまなと いふにためとも ふるくよろこび を見はるとも たえてしるよし なかるべしゆゑいかにと なればすて丸すでに 七とせがあはひ此しまに まづよくその 身をかゞましててきの ふいにいでたまはゞいき ひやうはくしたるをかの ほひたけをさくがごと ようぞうはしらざるなり かれもしこれをしるよし あらばその身のあだとなるかびをけつしてつひにはかり をもしるべししらざれば けんさははづらずやと の給ふにためともいよ〳〵うた かびをけつしてつひにはかり ごとをさだめりんだいふは こそすて丸はつゝがなきことをひそやかにかげ えたれこは山ひじりの とおふする おうごによればわがふぼとおふする こゝにゐますことあやふにぞりんだ きににてかへつてやすしいふはいま ろまへかへるべし てきへいひがふね をつくらばわれ又 いばさをえたるが ごとしりんだいふは はやくもとのしまへ かへりてはるも やよひのはじめに いたらばはじめてことの よしをつげてしま人 らをかたらひひそかに ひやうらうをふねに さま〴〵に つみてとまりのにし すかしとしらへ たまへばきへい ばまにこぎよしため ともがきのわうら 次も又いふやう ぞひをせむると しるのみならずちゝうへ はましまに山ひじりの はやしまに□□□りの みちびきをえてさら さらにい なみを に此こはしまにきた まへり巴麻紀は破磨 きにてあくまをやふるの ぎにかなひ姑巴心は蟲破に にて鬼妖こうやぶるゝのきに ちかしわが大やとのてどうじ 為とも らかはるのはしめにもてあそぶ すゞめ小ゆみを破魔はと なづくすて丸がゆみやをつく りてかみとしまつれるもこれ ひとしくみなこれみやうせん 「内たてまつるべうは □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ あらねどもしばしがほど なりともとかれまうさん ▼こといとほいなしかゝる べしとは思ひがけね ◑三郎 それがしさいこく 小人となりて候へは きかはすみやかに らいくわいせよ よくこそあらねトおふすれば ふねつくることを りんたいふはやうやく しれりすでに にうげひきて おのありのこぎり とにもかくにも あらばしゆおさか きみのおんため 手をかるにおよばずに候へばと よくにおよはす 八丁つぶてがおひのやいらへしつ 松寿 つぐの日 ふな ぞこ に ししようといはんかかゝれば どらうまいもあまた わかちゝはまとこはとの二ツの しまよりふたゝびおこりてわん女にまゐく もううんをうちたまはゞせんとてしゆ せんとてしま もたらしあんず わん女にまゐら まりはる までにたや までにたや すくいくさぶねいつ そうをつくり出し候べし さいせんのしようりうたおりのきぬ がひなしたゞりんだいふのみなどももてきたり をかへしてことしはこゝに をかへしてことしはこゝに又ふねをいはなどへ 心扨せかしトことはりをのべてのりかけてはそんせんざしのあさからさるを いさめ給へはためともをときのためにおのゝのとせうさんすさてためともの しめとしてきへいすりんぎり・のみかなくぎさへの給ふやうしかしまおさをこゝにか たいやらにいたるまでそうようゐして候にみればとゝめてはさぞなつぽ子の めいえいちにかんふくして此しまにはこうやまきの心ぐわしく思ふべけれなでう しば〳〵たんせうしたりける大ほくおほかりしまのそのつま子をくるしめてしばしばしのたちかへり わん女はわか子のさるしさをならひなればやつがれもわかれに思ひかえんやひどて人の心を みれば思へばうれしさのあゆるふねつくるとはおた〳〵にいそべにたちちてゞきがやすくせよこのし たもとのほくつゆのなみだと右へしみなれて候にこゝに◑かへるをまちわぶべに○しまには まげてとゞめ給ひねトいと ねんころにこひねかへば をかへしてことしはこゝに又ふねをいはなどへしゆう〴〵みなそのこゝろ かげろか きぬ次へ もて る しぬ │[井戸十一 つゝき」おのゝのござりなんとをきんいはせまゐるべしとてしゆかぐ用ふなぢになれて 次にわたしひとり大ようにさほ四にんすやにくんぎをけめししなくこぐふねのはるはことたびなればととなり さしてかげろまへかへりけり さぬをきていわうあき人に ○かくてためともわん女は此しまに いでたち又さんじやのかみに とゞまりてすて丸きへい次とともに もうらんをうちやぶるはかりごとを いはひまつりし三すぢのそ矢 きし給ふほどにことしもすでにくれ さし給ふほどにことしもすでにくれをばたけのふしをぬきて なんとすさてもきへい次はよはひ そのうちへこめそのよすて 丸の山ひじりよりえ給ひ かたふきぬといへどもせんきやうに たるけんけさうでんの としつきをへたればにやきりよく さうねんのときよりもすこやかにてひやうしよと ひやうしよと さらねんのときよりもすこやかにて あき人にしま山とほく見かへれはきたへ〳〵と のこれる人のあらね どもとしごろ日ごろ すみなれし なごりも さらにをし まるゝ よ○うきよをしのぶ だひなればとみまりの みなとへよらず らしやがてしうびを ひらくなる うんてんざんを めあてにて なごとはねぢ のあはひなる たいゑい 日ならずいつそうのまろきぶねを きんの▼ 川にのり つくりいだしたりけるがかれもはてぬ いれけり くさばのいろのもえいつるを見て およそこの はるのきつるをおぼえためとも はるのきつるをおぼえためとも ところまで ふうふ此ありそへき給へるその 二のまきへ 日よりかゞなふればはや百日に かゞかくなふれははや百日に およべりいまはじせつとう らいしつまづしのびてちう ざんへおもむきてわんずの ありかをだつねたてまつり たん しゆかのありさまをもよく うかゞひてじぎよらばふたゝび ぎのわうらぞひのしろを せめとるべしりんだいふにはかり ごとをときしめしたればひやう らかはにしばまにありなんためとも ふたゞひはたをあげたりときかばしやう しゆつるかめらいへばさらなりながらへ てだにあらんつはものはまねかずして ざくなんどは きのかはにまとはし つゝみてみなふなそこに かくしいれ思ひたつ日を きち日としてしゆう〴〵 くだんのふねにのりつひに ともづなをとくほとに きへい次ばかぢをあやつり 松寿 のまきよりかいしやう百里にもあまる べきにきのふのあかつきにこはしまをいでゝ けふははや日のうちにたやすゝちやくがん しつること じんりき のおよぶ ところに あらず 辰平 しるのみ ならず みなみに なごかだけ ありせい ぼくに今 きじんあり くんし名たつ てたみいま じんにきす これも又わが きみのぶうんひら きみのぶうんひら かるべきもとつさが なりとてきへい次が ひたすらにしゆくし おなじみちをはしりなば たてまつかもきやう 人にあやしめらるゝこと あればみゑつぼにぞ あればみゑつぼにぞもやとてためともは いり給ふかくてふねをばすて丸をいて二里 たいゑい川へのりすててあまりさきにたち おの〳〵こりをせおひたびわん女はきくい次を ぶくろをうなぢにうけのてはるかにおく なごとかそとのやまの□れてあゆみ給ふ 給ふにしゆう〴〵四にん おもし やど からば その のきに しるしを しるしを いだし おくべしと かねて しめしあはし 給へどけふは ふまぢのみを こえつゝつひに 人ざとを見 ざりしかばなか〳〵 にうしろつぎへ 申来月七丁 つゞきこゝちしてその夜はおんなはおんなが世ふしをがみゆかんとしてはいくそ だけのほとりにのじやくしつあくれば又たび又たちもどるこしたかげあを だけのほとりにのじやくしつあくれば又たひ又たちもとるこしたかけあを みちをいそがし給ふほどにわん女はさきばのやみとゆふこえてたがうへや に此やまに七かばしこもりてさこくきつなく山がらすとともにねぐらを にめぐりあびもうこくていにいがきもとめ給ひぬさるほどにため らがちうこんにみちびきせられてともはすて丸をいそがして しば〳〵ききふをまぬかれしも今はやまもとふりくわけ 八とせのゆめのあとわれのみさめずいり給ふにその日も その人のおもかげはたゞまぼろし にも見るよしたえてなきを 松寿 すでに なる咒 くれ はてて ひとげまれ はかなみこれよりみち を辰巳刻にとりて こえ〴〵のまぎりに □□ いり給ふこゝはかの まなばるがうたれし あとゝみかへれば 名のみはくちぬ石楠 ゆふべ ひとよさ のじゆく してま ろむとも なくあかし たればはく ぎみさぞな つかれたまはめ となりだに となりだに なきひとつやは なか〳〵 にはゞ かるか たも 候は ず しやつになみだやこりて こけの花ちりにしかたの こよ ひはこゝに こひしくてみちさり あへずたゝずみ給ふ □□□□ かげに やどり給へ を人こそしらめと きへい次にたすけ たゞいつけんの くさのやありけり かきのわかづたかぜ さけ けんかば かしといらへ給ふに さはとてなかばくづれ たるかたをりどを ひかれてやうやくに おしたはめてためとも なかぐすくのひがしなつ そよぐつるよりほそきかりのとこおしたはめてためとも ゆびのうすかにもれて見へしかばろにやどりやがてすゝみいり 姑場故の山ざときたまへば日は これはやまぢにくらし にし山にかたぶきけりまことにこゝは れんふじんのとつからやいばにふし給ふやかにかいまみ給へばよしのころは太郎のあだとたるきびとなり むかしながらのあぶうきものかたみあまりにして山ふどろにはいともけ むかしながらのあぶらきもはゝのかたみ と身をしぼくそのみいとゞつゆけくてなきがんしよく八九ぶんのおもむき あれどあまのめひとつのみことの おなしなげきのぬしやされたてて より又とほからぬそとはを見てもみづしめにやかためしいたる しつのめがはせをはおりてゐ うらかなしくよそのことくを身 たりけりろにたきさりたるふし にしめてしばしねんして しばのなま水のけぶりいふせけに きりのうちなる花かとおぼしく むかしをしのぶおもかけはよしあるものゝ おちぶれてむぐらのやとに 玖馬 よをや はぶそう 同同十一 いひかけもろともにおとなひ ばやと○給へばかのしつのめは さゝやき見かへりつゝたちま ばちはたの手をとゞ 給へばちはたの手を をかい 七丸めのきばにかよふ すて九 まつのかせかきねに もこれまつのかぜかきねに きなくうぐひす よりほかにはたえて おとづるゝともだに あらぬひとつやに えにしあればこそみち ゆくんのやどりをば ごふならめあるじは こふならめあるしは いでていゑにあらね こどやまもとならねは うまやぢにとほく 見給ふごとくあめは さらなりつきさへ もりてすきまの かぜをふせぐべき よすがもはべらず よるのふすまは ふうふがほかに かづけまゐらする ものはなけれど これをもいとひ 給はずはきどり 給へとよびいるゝし もてなしぶりにあや 子はのぢのつぎへ 同はり月十一 つきむらさめにたはためともは かさえたりけるわかうへをさとらるゝならずま こゝちしてそはこともやといとびんなくぎりこと のたまはするは思ひながらけしきにはにたい までもあら〳〵見せ給はるゝことくせきを わがともがらはなきのすへてわ ずふしどだに かし給はゞ このごろの ぬくとさ ふすまな どはほし からず をなごさへ はゞこじまなるいわうあきたくしには このごろのびとなるがさちなきわうらいをゆる さずときこえし ことのみおほかるに 七まぬとくわいのちはかくべつかはさんなんせうなる になりはひのよすがもしるべを心ざしみちせん とてかくのことくやま あるべて思ひてこたび ぢにいりてまとひ つまこさへいてのぼり 〽左ゟいひなぐさむれば ためともはすてまると めをあはしもしわがうへを しりてかと心にかゝれど よそ〳〵しくそのもの きうば しるべを心ざしみちせん ともなひ きつるにこゝらわたり きつこよ 城 たるがす こしおくれ たれど もまた□ 松寿 ひ ぜやとりは 一ッこ〳〵せん きんほざし 今ははは おひつく らめゆ るし給へ といひ かけて ためと もはぬき たるかさ をかたをり 戸にむすび さげつわん女 きへい次がめしかし ねわするべからすさても たゞよのなかのものがたりに いひまぎらしておはすれば しつのめはためとものこし かたなにめをかけつ はしちかふいでて日 かげをうちながめ つねにはあらぬ あるしのおそさよ このころはたう ぞくしよ〳〵に ひばきして みやこのかた すらしづか ならずと きくものを あなこゝろ なのをとこ なりとひとり こちつゝ見かへり てきやくしんしば しるすしてたべひの きさかまでひとはし りいやきて見んと いひかけてなれし 山とてたゞひとり 月をあかりにいで ゆきけりすて九は しつのめのうしろ いいかげをみおくり としおやこひとしくたけ あるじのなりはひはなにごと うちとる をかしたまふらんゆくべき のひもをとき給へばしづのめはかたにおちゐてのちは ふぢかづらのたがぜしおけにふたびとふてちとばか ともしてしゆりへ まゐらばあんずに りのむくひをすべく思ふ すて丸にあしをすくがし なりなのりしらし給へかしト はけばのげのみさかげだつ のたまへばしづのめきくて やれむしろをかきはらひつ こかちほくえみ見らるゝごとく なし給ふべしゆしくわん しよくにのぞみなくば しやうがいゐつゝくらふとも あまりあるきんせんをたま こなたへトいざなへばやトうと あがるためとものあとべに つきてすて丸もゐろりの ほとりへざをしめたまへば かいらにたけをおしまげて どびんめきたるにゆもよき ほどにわきかへるをこびき はるべしとてのこるくまも かひのめうとき山中にしやう がいをおくるからをとこは ひごとにたきゞをこりわらはゝ ばせをふをおりこれをさとに もていでてつゆのいのちを つなぐのみなのるべき名も はべらねばのちのむく なくしらしあへりかきよに とほきやまにすめば此こと よしにもれたれどをとこは せり〳〵さとへいでておざ〳〵 みやこのふうぶんもきゝはべるに のちのたゝりこそおそるべけれ のわんにくみならべてさし ひもねがはしからずげに のちのむくひをうけん いだせばうけもちておやこ さだめなきは世のたゝず さいうを見かへり給ふに かへおちてほねをあらはし はしらはくちてかわをとゞ 反すかりびとのいへかと思ふ にけものゝかわゆぬしもし さんぞくのかくれがにやと まひなりせんそんしのみすへ きやくじん ほろび給ひ大さとのあんす たちをとゞむべきことかは ためともぬしはよしなきいく みやこ人はよく さをおこし給ひしまぶくろにて おほくなさけ 坂宗 みやうくわにやかれわん女もその うすしときゝはべれどかたち 日うたれ給ひぬときこえしに こそかくひなびたれわが さすがに心ゆるしがたくて いふこともなくおはするを しづのめはつく〴〵と見て きやくじんたちはいづこより いづれへとてかたびをし給ふ こゝらにはみゝなれぬものゝ いひざまなりといふ右へ はいのうちにほねをのこさぐるは ためともふうふそらじにしてのがれ さりたるならんとてもうこんほう をつとはをとこぎありて ものゝなさけをしるな れば今にもあれかへり くるともはらきた ありわうみこゝろをやすくし給はずおち こちにせきをすへたびゝとなどに なくは思ひいださし やどかすこともゆるし給はずとなん 又かのためともをからめとるとも▼給へとまめやかに 心やすくやすらひ ゐへとまめやかに う……七一 いつに めひとつのをんなが もてなしぶりあまり にまめやかなる もこゝろえがたし かれわがうへを吹へし 日ばつ月十一 〽つぎすゐし たりけん おんはか せにめ をつけ 図 ◎いだし給へばとはずしておんやど もをこゝなりとははやすゐし はべりとの給ふにきへい次は ひざをすゝめてためともに 松寿 まうすやうたゞ今 こゝへきつるみち にてざんぞく かとおぼしき 大をとて五七人 うちかたらふを よそながらぎゝて候ひし がはじめをはりはさだ かならねどためとも をいけどりてあまたの ほうびをたまはらんと いふになか ばはこれ にした がはで しゆら ぎいつ けつせ ざるが ごとし 此こと せね きゝ しより おほとの 図にわかたとのかたへいでさりしはいにもあれもうらんが 世こゑはまさにきへい次 をとこにことのおもむきをつげ まはしものにもあらば なるべしとてす丸はみゝさと うちとらせんためなるべし思ふに あれおそるゝににておそ くつトいでゝかたをり戸を うちとらせんためなるべし思ふにあれおそるゝににておそくつトいでゝかたをり戸 こゝはさんぞくのすみかならずは るゝにたらすたゞうち こなたよりひらきたまへば もうこんがまはしものがあみを すてておきたまへと はりつゝまつにやあらんいばらの はりつゝまつにやあらんいばらのさわぐけしきもなくすゝみいり給ふほ はりつゝまつにやあらんいばらの みちははしりがたくくちたるみちは いらへ給ふをりから わん女はかさをぬぎすてて すゝみいり給ふほどにきへい 次はわん女のかさにわがかさを はしるべからずさんちうはよをしの たちまちとのかた うちかさね又ためともがめじるし わかぎみの 千歳 うへ心もとなく わん女とともに しばやに五七丁くるほどに あしばやに五七丁くるほどに かためしいたるしづのめに あひまくだんのをなごわが しゆう〴〵を見かへりてたび 人はつれにおくれ給ふにあ ぶによしといふともこゝも又きら れんのいへにあらずしやつらが れんのいへにあらずしやつらば かへりこぬひまにはやく に人おとしてこれなり 〳〵トいふ世 にいだし給へるかさをとりてひとつに なしたけすのこにしりかけ給ふ しゆうのわらじをとりまゐら らずやとよひわがやどに ふたりのいわうあき人 をとめたるがひとりが たちさり給へかしト こゑを ひそめての給へばためともは うちきゝてわれもしか思ふ なりさればとてわんによ きへい次らなほみち きへい次らなほみち すればすて丸ははゝぎみのちやう すれはすで左ははゝきみのちやうに どのつかれをいたはりてかけひの みづをくみかけてあしの としのよはひは四十 あまりに身のたけ たかく又ひとりは どろをすゝがしまゐらし さむしろかきはらひていざ なひ給へばきへい次ももす せうねんにはべり もし心あてあらば とゝよりみなみへ にありこれらにも つけずしでおやこあは たゞしくのがれさるともあるじ そをおろしてまとゐしつ けふのつゝがなきをしゆくし しゆくされさてわん女の 四五丁ばかりおほ きやかなるゑん じゆのもとに ふうふががいしん のたまふやうひはくれなんと ちいさきいへの ありどうるに ありてわれを するに心のみいそしくておんあ とをしたひしが思ひのほかに はへるがわら はがしゆく おはゞゆくさ きも又てきち なりよくにふけり りにつどふさんぞく▼ さゝはることのはべりていたくおくれ はべりゆふづきのかげのいとくま なきすらよをしのぶかいはびんなく 思ふにかしとくもしかしのかさを しになり とをえて ゆきすぐ るに次へ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 十九月廿一 つゞきたちまちにふところより則のみなればかのぞくふを へぎひとひらをおとしつよびとめんおひとらへてのちの うれひをのぞがんとて とてひらふて見るに一人田土戦をのそがんとて ふうふとしるせりわん女もこれ見かへるにはやゆくへ をごらんじてつらゆじの心を あんずるに一人をあはすればきずをもとめんより 大地なり田土じんをあはすればはやく両くんにつげ 里此なりおほざとのふうふまゐらせんとしあん とは八郎あんずとわがことしてみちをはしりて なるべしさてかれはやくもやうやくにおんやど すゐしてこよひうち たりトいひかけて とらんためにそのどう くだんのふだを るゐにふれしらする 千歳 とりいだすこゑ わりふにやとおぼし しからばさきに木の もらさしとさゝやきの はじめをはりをきゝ もとにてうちかたら るくせものらもこれかれ はててすて丸しき おなじなかまにてあり かにたん けるかなとの給ふに 思ひあいすること川 そくしち ぎみ ◑きこしめされしかいま きこしめされしかいま きへいぢがつぐるところあらんはあやう いよ〳〵うたがひなきしといふその ものなりまげてこのあやふきをば ところをはしりいでこれも承り しやつらがわなをしかりと まぬがれ給へいといへども 左衛門 おんみくらへ くださる べく候 ○その夜 もすでに まゐなか と思へど かねも おとづ れず 図たに がはのおと のみいたくとゝろ きつかゝりしほどに とのかたにたちまち 人のあしおとして かたをり戸をおし ひらき同 せ〳〵 とよび ながら やうやと にゐろ りのほとり にさぐりつき さてもわき もこがいぎた なさようづみ あやふしといさめ てきを見ていつぽ 給へどためともはたゞ 給へどためともはたゞしりぞけはてき うなづきたまふのみ あるじのをんながいひむものなり つること又そのをとこ しんたいかれ のかへるを見んとて とわれにある さきにとのかたへのみいきほひ いでたることを ついにまぬがれ わん女きへい次にがたしてんかんこゝに がたしてんうんこゝに ときしらしすで丸じゆんくわんせば しば〳〵ことばをかのもうらんを いくしても○きりはらひて 分金五五 □□□□□□□□ ていづこにかねふり 火一つおかずし こけたるまだよひなる にとひとりごちこゝにや あるとあばらやのせまき をやみのとりえにて かつておぼえしたな のすみたとへのふしの 火うちばとおろして やかてうちつけつひき よせながらあんどうへ よせながらあんどうへ うつすほかげに思は ずもむかひざしたる あまつひかりを たみに見せ なんもしわが ぶうんこゝにつき なばやじんさんぞく にもるちがたけん ゆうしはかうべを うしなふことを わすれずわれ おのづからふんべつ ありわん女すて九 きへい次はしばらく ものゝかげにかくれよ 松寿次 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 庄藤吉兵衛 くらき うちにぞざし 代金弐分 たまふ 奏奏者殿 安兵衛殿 ○作者伏曰 すべて十九へん 二十へんより 九月廿九日度 ひつかう ことのほか おくれおそれ いりなり候 ① ためともと おもてを あはして うち 八郎 おど ろき あんずに おはさずや あるじはしやうじゆ なりけるかこは〳〵 いかにとばかりに もてるつけぎの もえさしをひざへ おとしてかきはらふ たへのつゞれの をんながをとこをともなひかへるを まつにはしかじとますらをのおそ 〇しゆう〴〵みたりさはとてすこしおくまりたる むしろびやうぶをひきめぐらしかくろひ給へ れぬ処とたましひにいさめかねたるわばためともはとも火ふつとふきけして心 これより当 廿一ぺんのよみ はじめの右へし ほつれいと あなそごつ なりといぎへ 二月はり一月十一 西篤綴 うら みて しなば しにてん つゞきかしこみて しやうじゆはすこし ひきさがりてやれ たるゑりをかき あはせまづなに よりかまうすべき めゝしきしにざますべき にあらずと心ざしを はげませどもつる かめらも うたれけん きよねんなが川のはいぐんに 大しやうのゆくゑをしらず ことはててしのび〳〵にたづね まゐらせしがすでにしまぶくろ にてみやうくわにやかれくわいじんと なりたまひぬとひとも いひわれもしか思へば ゐかんやるかたなけれ どはつこつなりとも ひらはんと思ふばかりに じさつもえせずこゝかしこ もあらばいづれのいづれのいの ちをもてうらみをきよめん ちをもてうらみをきよめんまちえてはかすみくわい くわいし しのぶにしかじと思ひさだ しのぶにしかじと思ひさだよりなほほぼだなるたてま めてつひに木によりくさに 大しやうぐんに○ よろこび たてまいる ふしこえ〳〵の山に これにます わけいりてきのふと 為とも ことなし くらしけふことあかし 日のめも うとき 図 トはじめ をはりを ていとまめやかに ものがたり もてなせどもためとも さらにうちとけ給はず いはるゝところさもあり なんしかはあれどたのみ がたきは人の心なりかく までちうぎを思ふと ならばなぞや女に ともなはれわり ふを に身をかゞましてひとひふた ひとおくるほどにわん女も又 おほさと山にてうたれ給ひぬと きこえしかばのぞみはこゝにたえながら さもあらばあれもうらんをひとたち 芳虎画 いひがひ 〽なきざうひやう らはみなちり〴〵ばら〳〵にもいけどらるゝもの 白縫王女 をよび いどはし ためともをうたんとは なりしかば たれにかたらん よすがもなしなやし いにてきにしられて いけどらるゝ せられしころえがたし 下の給へばしやうじゆは つや〳〵思ひがけず しばしあきれて いたりけり下の巻へ 其由縁鄙俤 十二号 十五輪 十六編 一千三百疋一笠亭仙果著作 御蝶楼國貞画 錦耳 堂蔵 板略 目録 十勇士尼子の礎 三編為永春水作 四編寿齋國貞画 両夜鐘四谷雑談 五編河竹其水作 六編歌川国貞画 比奈乃都大内譚 初編笠亭仙果作 二編一勇齋國芳画 地本繪草紙問屋江戸てりふり町惠比壽屋庄七板 楽亭西馬録 下 錦昇堂 三十一編 はるの ゆみはり 月 ゆふ栄 下のまき らて て以 著 よしとらゑ ゑひすや は舞 「上の莟より」そのときしやうじ物はかたちを聞しようこといふとありはしりてかけろ氏人にいざないざなけれどにご たまれたしつまをめとりしはいろにまよよみな〳〵いでよトよび給へばかれふねをこはしまのありそに心としそこの ひてこゝろざしをうつすにあらずみそむしろびやうぶをかいやり なかりしすで丸きへいぢらに なはするごとくくだんのをなごはかためつゝすて丸きへい次もろとも こそしいたればうさいまなづるににわんによはすみいで給ひ らに心ざしあるものをかたらひにはそこのどうるゐ われちやうりやうがさいきなくとおぼしきあまたの かれら又さうかいこうがゆうりきのぶしらが木にの なくとももうらんがいづるをうかもとにたちつどひ がひくるまとともにうちころ八郎あんずをからめ さんとひそかにはかりしことはとらんとひぞやかに かたらふをはからず あれどきんまんもんもしやうかたらふをはからず らんあれぎをわすれてたちみちにてたちざゝ せりかくいへばわがほと まちにいきほひにつくしやうせりかくいへばわがほと じゆならず人をしらせ給はぬけをきふとぶににたれ かトけしきをかえてゑんずればども八郎あんづはおの ため 真鶴霊 づからてんち おもかげにたるのみならずこゝろざましやうじ西にむかちとちひら 松寿 はるのひよりを いとまめやかなればしばしうきよをあんずのかくれがともしらでまちえて さらにつわ しのばんためにこれがいへ小身をやどりしおやこしゆう〴〵なぐさらにつつ よせたり又この山もとめるかり人さめよとにはあらねどもさきものをあつ めんた め竹 せまた と □□□□□□□ おちこち りしそこの そこいを しるゆひめ おほかる あじろどの かつらのな わは とく よし ある とも こは いひ とく によし なか らん 面と いき まき 給へば も のやゑ山を こえ〴〵 きへい 次はひろい に口 しふだを ら 〳〵ト うちわら ひかのせぞ くのこと わざにろんより しん めいの ちかき みやうぢよおはせばしま たに川の ぶくろにてみやうくわを のがれふうふひとつにみちを みづはもと よりきよ▼ とりいだして まぢかく しやうじゆにさし つけつゝあんどうの 火おしむけいぎへし 御着用廿一 〽〽きいかにこのぶたをしれりやまと〽友友ゟこそん〳〵のしやつきやうにとほうにはんねんねんやまがつとねはれやく わかきことなれどもさなためとものからねばせめせてそのなき也ととはんとなりかひにはのきをしらねばまた ものからねばせめてそのなきあととはんとなりしかひにはのきをならね やうきらことなおども八郎ためとものからねばせめせめそのなき也ととはんとなりしかひにはのきをならねばまた らうだうに八丁つぶてのきへい次あり とはとしごろきともおよびつらんとせつるぎをもつてけづりなしやがて二ほんずのひとつやのまがきにうちかへは にちかきはるあきをすむ人もなきのそとはをつくりてよに生ぎれぞおふるひとつばもしのぶため見て ことうにおくりてわづきみをもり ちとせはさんぞくのむす そだてはからずもおほとのにさい くわいなしいまこのくにへおしわたる 又もううんがまはしもの まのおとそめにものいひかけられまづそのいひかけらんば かひあればこそなんぢがつまのおと せしふだをひろいえてやしんあるを 身をうちまかし八郎 すゐしたりいちにんてんどふうふとはなにがしがむすめなるにちかごろ身をうちまかし八 おほさとふうふのはんじものこよひちゝはゝうちつゞきて身まかりにきあんずの なんぢがいへにとゞめしことのよしをひそやまふところにひと りすめどもたの やかにどうるゐにふれしらする 千歳 むべきしんぞくも わりふなりとは木とのもとにて なりしかひにはのきをなら ずのひとつやのまがきに ぶるともゝなくとなりしら ◑はれやら ねばまた かのぶだを うちかへしく せつるぎをもつてけづりなしやがて二ほんずのひとつやのまがきにうちかへ きのそとはをつくりてよにまぎれておふるひとつばもしのぶため見てふため あやしみ このふ だは いぬ る ころ そ れ うちかたらへるわるものらと なんぢがつゆのたちふるまひ 甲橘 を思ひあはしてこれをしるかく てもいつはりあらそうやトまな こをいからしのゝしればすて丸も あふぎとりなほしこはしまに ありしときよりなんぢがことは ちゝはゝのものがたりにて これをしればいとたのもしく 思ふものから思ふにはにず くとうにいるきのふのみかた あらず けふのあだ心がらとて身はいやしく はやさんぞくとなればこそすでに なんぢがいまとよぶちとせとやらん 〽かくてもいのちはをし がわがちゝのおんはかせにめをつけ きものにてしばをこり とに ゆくゑ みや をしるべ きはかりごと ましきみを きはかりごときりとりて九 にてありけるかほんのきやうぎ それかあらぬとばをけづりなし かりにしばしあきあんずわん れて手をこまぬきによのおん とさまかうさま思へためにたに ども思ひかねつゝ川におしなが たれとくどうるゐをよびつどへよ あひてえらまぬすて丸がてなみを ぬのをおりあしたには ほしをいたゞきて 見せんとあふぎなげすてかたなのつかに 手をうけ給へばきへいぢもかたな おつとりさいうよりいきほひ たけくつめよるしゆう〴〵しやう 山どりのをのへにすに大さとの てらす月ならで 二字江をわつち て一にんでんどゝ むねのくものみねて一にんでんどゝ しるせしは人に記 丙烈 じゆはさわぐけしきもなくこしに おびたるのだちをとつてきへいぢ になけわたしゑりさしのはじ身を よせても身のぬれぎぬをほし よせても身のぬれぎゆをほし あへぬつゆのいのちはをし からでなからんのちの身や 一冊 ををしむ思ひあまりて やうやくにかうべをもた 乙袖 けでたんぞくしかぜのおと にも心おかるゝきみがおち うがおちには月をおふてやまに かへる心ぼそさを めにおはすればうたがひ給ふはかへる心ぼそさを すゐりやらこれとうち ことはりなりひとつにすむも なげくものいひざま 小はんねん女が心はよくもなげくものいひざま しらねどしやうじゆにおいておもりげさへによく 今さらにみなみのうみはくがとなきつまににたり なるともにごりたるよの山だちけ 思ふも となりてこしゆうにあだせんやツ 丁炎春 そも〳〵このやまなかに身をかくしおのれがまどひ たるころはなすこともなくひをにてともに □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ おくりおちばのうちにざをいちじゆのかげに しめてとしかたのことをおもふにやどるもたしやうのこしらへてかれがいへに この山もとはれんふじんのじさつえんとてすつるにしの身をよせつゝたゞいつと したまつるくばにもちかくまたびずわがみをかくすなくつまとよびをつと ばうさいまなづるがうたれしやへよすがにとはじめはせとよばれて ○○此 きやう 配着ら ぎを ふと れしとの ためなりころに ともをしたり あつむるけん とりふにとても あらずくても このことはなまじい ちとせににせい すらふかをもと くかくして 候ひしにせいを かれいかに つぎへ しても○ 三・八・戸十一 十二 かゝさぎを思へどもあだとなる ぞくふとちぎりをむすび てはいひとくともそのかひなし くにみたれんとする はじめよりもら こくていのをくに した がひ だい 末小八 じん りゆうがかま どにこび がく しき しや のた めにそし りをいとは ずふちうと よばれふぎ といはれ けがれたる 名もくに のために 也 思ひかへ つゝわん女 をすくひ 八郎あんずに ちぐしてより けいりやく 乙油 左ゟさたんしこちびらあんずがおもうらんが としごろのちうじんに思ひくらげんじゆつの ふればいまいふところいつはり にあらじつら〳〵ものを うたせんためかしからは あんずるにこれも又 丁炎春 なすところにしてそこの心 をとらかしてためともを かのちとせとやらんも 樵夫 ………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………… えうふろいだら ひなるべしされ こそくだんの ば をんな 丙烈 六十 さき にしば〳〵 ためともが こしのかたなに めをかけたれわが このかたなは 四日 謙 げん けのちやうほか おにきりまき ばとにこと ならずため ともいひ つるぎ ありこれわ これほう げんのこと あるべき はじめ わが れて しん ゐんの ごしよへ まゐり 給ひしかば じやうほく めんに 申大七 なさ あふみ のくに いばのしやう みのみに あをやぎの しやうと ともに やうやくじやうじゆしてりゆう うんいまだじゆん をちうりくしたれどもてん くわんせず又もう うんがげんじゆつに いぬるかおう 二ねんのあきさま きのくにへおも むきてしんゐんの みさゝぎに まうでたり けるよ四 甲橘 四 たま いりける ▽ うちやぶ られてたゞひとり 真鶴の霊 いきがひもなき みやま木もはる すてまる きへい次さいうより としなればひのひかり こぶしに やぶしわかねばはか らずも大しやうぐんにたゞむ すかり さいくわいすそのよろ ひきとゞめて こびをのべんとすれば ひきとゞめて やうやくいち 心にはづることおほし かゝるときにや人はしぬをうばひ やみなん〳〵といひもあへずとるに ゆんでめでを見かへりいゝはししやうじゆは らのもとによせかけたるいよ〳〵身を みづからからべをうちくだかんともたげえすそのとき したりしかばかれとゞめよとためためともはしやうじゆを とものいともはげしくおふするに□うち見てしきりに関へつ きまたのつちをひきよせてはぢてさらにかうへを ◎ にの より うの丸のぎよ けんなりいたへ きくこのつる かた ぎは より しらかは きみをはしめ ためむね たてまつりちゝ ためなりため なりけるため よし なつち ゆめのうちに すがたをげんじ 世のなりゆく へきありさま ゐんしん せんゑんに みゆきあり てぎよいう をうちかた らひ給ふ のをりに うをつかはし ほどに てごらんじ まつふく ければやがて かぜにおどろき さむればまくらへ にひとふりの 八右へし 二三しやくばつ 一里のくはへあがれ るをみるにきん ふくりんのたち なりけりじやうわら いとふしぎにおぼし 猟人 めしかならずれい けんなるべしとて やがてうのまるとつきに 廿一月廿一日 二ッはり月十一 つゞきなづけてごひそうありけりのちこれを」きりころしてきみがためくとほそをすこしぬきあけて とばのゐんにつたへ給ふを又しんゐんへまゐ。おのが身のためしかすがに のちのうれひをのぞかんとて らせ給ひしんゐんついにわがちゝにとらし るとぼそをすこしひきあけ かのうの丸のほうけんのこひ ぐちゆるめて身を 給ひしおんしのほうけんゆめのうち ひそまし にもちゝためよしがしらいと 十一 十四日 いけ がき おし やぶ おどしのうへにはきたりしと 見しはまことかあゝきなる 紀平治 かな下たんしやうして ぬけばたまちるあきしもき ぬけばたまちるあきしもきえ にしのちも子を思ふおやのかたと 松寿 りこなたへ くゞりいる ものあり しやうし じゆは のありがたさに人にもつげず此 としごろこしをはなすことなければ はるか にすかし さきにふうはのなんにかゝりて さきにふうはのなんにかゝりて ふねのくつがへらんとせし 見て こは ときにはやくほづなを くせ きりながせしも又えうふ かいだうをたゞひとうちに きりたふせしもしまぶくろ にて火をさけたるもみなこのつる にて火をさけたるもみなこのつる ぎのゐとくと思へば身にもかえがたき ものにはあれどしばらくそこにこれを かすべしよしやちとせはもううんがげんじゆつ のなすところにしてわざはひかいだうにひとて のなすところにしてわざはひかいだうにひとしく とも此れいけんをぬきかざしてきらばなどかぎれ ざらんはやくちとせがかうべを見ねて いろにまどはぬまごゝろをしらし てこそトとき さとしひとを やぶらぬりやうしやうの 為朝 りひめいたんにおもてを まつ とは しるや しらく もにはか れて つきもさへまさ もの よと ひとり うなづ きなほ いきもせで りきよふけゆけば うかゞひゐる うかゞひゐる いとゞしくのきはに とはしらずして きなくふくろうのくせものはやをら こゑのみたかきくゝりいりてかうべを みやまへはせきのべてくさをいづる はくとして おろちのごとくみづをはな ものも るかめのごとくゆんでを なし 見かへりめてを見かへり又 たかくはひひきくふし あはしてわん女すて九 きへい次もひた すらかんたん したりけり そかなかにたう しやうじゆはかん るゐそゞろぬぐひあへず つみのうたがはしきをちかせす あまつさへかゝるほうけんを しばしなりともかしぬに まことに身にあせるはぢを すゝぐもこよひにあり しやうじゆがため にはあくまがう ぶくあぬよろこ ばしといやたゞしく うけとるつるぎゆんでに かいこみ分にもあれちとせが 舜天丸 ちくえんに手をかけて ちくえんに手をかけて うちにいらんとする所を しやうじゆはひらりとはし りいでふりあぐるやいば かゝる のひかりとともにかかべ をうちおとしたぶさを ところにとの ころにとのをうちおとしたふさを かたにめり〳〵 つかみてさしいる也 とものおとし てかどの 同右へ 同かげによく見 ればこれべつじ ならずこのやま のふもとまに かりびと辰正 ひといふ ものなり さては ちと せに かた かへらばかたさきそびらきらひ※かげ なくきりふせてなほきみに □□□□□□□ もとゞめす ためともはまづすてまると あだするやつぱらあらばあるべ わん女きへいぢをゑのばしつ きかぎりうちとめてひとりも そのみもやがてしづやかに 白ぬひ王女 のがし候はじトぎを見ていさむ ためともおやこに とのかたにものおとするはそれむしろびやうぶをひきよせて にやあらんけしきになさとおや子しゆう〴〵もろともにちたへがはれかへすとばもなき られをわがともがらこゝにもとのところへかくろひつひつまつとしつまににたるちとせにともなは あらばことをはかるにびんなればやまふりをしかのつのゝつくのれてたゞかりそめにむすび なかるべしとくかくれよとまもちよとちとせがかへりくるをたるえにしめあだになり いへばえにいはぬいろなるいまか〳〵とばかりにかいまみてこそけりと心しきりにいらだちて やまぶきのかどのやりみづ※おはしけれしやうじゆは思はすもをんながかへらばひとかたなに ちたがはれかへすことばもなき いまににたるちとせにともなは らは 四日 おほ きと あん 国を がい せん ため にし のびて づき 五日より月廿一日 つゞきしこゝへきつるとおぼし「左ゟわるものを ころしつくして しやつにくむべしとのゝ しりてけかへすしがひの ふところよりころ〳〵ともしこのぞくふをうち まろびいづよをなにならん をらぶしらしたて と手にとれば人をよぶこのかのきみにしらしたて まつるになほたらじと ふえなりけりさればこそまつるになほたらじと どうるゐありさきに 思へば心やすら 丁炎春 わん女がきへいぢをいて はずもす 此ところへき給ふをり 山かげなる木とのもと にのぶしらがまとゐして そを図 ためともをうち 甲橘 とらんとだんかふし つるをたちぎゝせしとのたまは せしはこのものなるべしかゝれば ちとせがやしんあることいよ〳〵 おしもはからるゝとはらの うちにてしあんしつひさげし やいばをうしろにかくして せ あんの 〇〇〇〇〇〇 くだんの ふえを 紀平治 ふくほどに あひづをたかへ なといふとゑ □□□ のとのかた よりもれ きとえ てなかま のわるもの 丙烈 袖 身を ひそまし てこゝつの ねたば あはせ どに かゝるか 末小八 らみの あり とは しらぬ 申大七 ちとせは 名のみこよひいま ほそきともしの かげよりもさきへそ 玖馬ほう蝮宗 □これもがきの やぶれよりくゞり いりえんにたつたる しやうじゆをばしんぺいと 見たがへけんする〳〵と □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ おしぬぐふ あゆみよりてやよため ともはいづくゆふしたる やうすはいかにとさしのぞく はぶそうがほそくびを かたさきかけてばらり ずんときりおとせばこれはと やいばをさやに をさむるをり からとのかたに あしおとして かたをり戸を ばかり身をひるがへして 三十二 あはてふためきにげんと するきうばが そびらをから たけ は たふ事 しがいと しめいと ともにちし ほながれて ときならぬ もみぢをには にそめなせり しやうじゆはすで に三にんの右へ 為とも 二万二万目廿一 おしひら きわがいま かへり給ひし かトいひつゝ いるはちとせなり 〆六拾五匁 しやう じゆはとび きゆるつゆのみになに 思ひおくあすのこと わらのおびして もたつばかり おどりいでんと したりしがはしら してはいひがひ ひさげたる 三升いりの おほひさと たび人を なしてもとちか さへほどせ くひきよせて こと思ひかへして しにふう ふがほか すこししりぞき ものゝかげへと にはもし ほぐさ かき 松寿 あつ めて も まだ あさげの たらぬ かしきの あはをかふ とて思はずも よをふかし たりみな □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 十三 ふり たまひ けめト次へ 片ばゞ戸十一 〽言ひとりごちつゝひきあくるいた戸をも○したをあちこちとふしつゝ○ちじやうにひ はしるやいばのいなづであなやとさけびてさけておきあがためてのかたれず又此ちとせをえてしやうしゆは とびのけばたみかけてうつたちの下をよりちのしたかけてきられてうちとめたるしゆひでのしそくしつ くゞりてうけとむるひさごのうちのしらげどうとたふれけりことのやうれんのたちすぢみなもろともに あは哥にふりかゝるしやけんのやいはものをかいまみたるためともはちうありぎありこれを見れば主 これを見ればうた にやくるひ給ふらんあやまちあらばこびもきへいぢにむしろびやうぶをしかるにわれれしあとになきがらは せめかりそめながらにはんねんふうふかたひらかせてわん女すてまるつく〴〵とかしとたゞ一ぽんのそとは みにものあらがふせかほしかふせしこともろともにはしちかふいでてよりかいまみたるなりてなり にともしびのかげは なきになにをうらみてかくまでにつれ なき人となり給ふといはせもあへずまな ひといゆたがはぬとち あつけれどちとせ たちあと見ゆる こをいからし身のよこしまは心に ひらあん がすがたはしやうじへ からやまきこは〳〵 とへよひになんちがかたらひ きさせししんへいきうば ずのまごく ろは 篇とも とつらずとはすゐ りやうにちがいが りやうにちがはず いかにとさしよりて しやうぐふたび はぶそうがかうべはすで 又もうこんが あやしみけりしやう にむくろをはなれて げんじゆつ じゆはそとはを かしこにふせるを なほ見ずやトいき まきたかく にてこの 女を以 うちかへし〳〵見て まゆをひそめこはこれ いぬるころまな のゝしりて またうち かくるを うけながす ひさごも いひにきり わられふせぎかねつゝ もす にげまどふ そをふま れてふしまろび ふつとちぎるゝもとゆひにくろかみ たちまちみだれやきしらはの事 づるがぼだいの ためそれづしひそ かにこえ〴〵 なるしやつ しやうすべく うたがふべからず いつくりいだし きやうにたてし そこのこうつを そとはなりひとに とらかしてため しられじとおもふ こもをうたせんを ゆゑにそのせい ふつくもはかる めいをしるさねど すでにしのびの くせものをこと〴〵く きつてすておんあいをすて〇ため見給へト心べくはあらず四の巻 ものとおぼし しづいをあら 五りんのうへにふし あれば見はすれ 三の喜ぶ「さてはらとせはまるづるが女よばるゝものなりこゝのあるしと則ころざ」をのべしをのごさんことは れいにてぞありつらん白しなきたまのこちひらのたうしやうじゆなりとはとのぬしてひとやうたごとこ まぼろしにいでてやまぢにさすらしらざりしがとしごろもう とゝろざしをのべ とのゐしてひじやう にそなへたまへ ▼おこさんことは たゞこのときに こそといふにう へるをとこにかしづくものならばあんず うんがばうぎやくにくるし わん女をうたせんとてわるものら められてはか〴〵しくはなり をばかたらばしこれも又まううんの はひもえせず八郎わんによの なすところかそれかあらぬかいぶ しんとくをしたはしくおもひ かしとふたゝびまどふなきつまの たてまつりてひそかにおんあり しるしのそとはつきたててみぎ にひだりに見かへれどなほかた かをたづねんため になかまのかり人 申大七 がひははれやらずわんによは きこりらにさへ しば〳〵たんそくしくばの山かげ いひあはせしこと 名をもあげ いへをも れしく には こえ〴〵のしやつきやうはゝ れんふじんとまなづるがうた 候ひしによひ にこゝなるかた れしあとゝてみちさりあへず めをんなが たてしそとはを見るだにもよそ あはたゞしく のさぜんと思はれずかなしかりしが はしりきて とゝへきてなき人のためたうあんず がたてしそとはのものがたりに 八郎あんずは 一八郎あんずは いゝがなくてよう 思ひあはしてわがらんしはそれなり ふもろともにわが けりとさとれどもかゝるふゝぎの いへにやどり給へり けりとさとれどもかゝるふゝぎのいへにやどり給 あるべしとはしらでぞ人をとたが ひしつみいとふかしとの給ふをり わがをつとは いまはつゝむべうもあらず から五七にんかり人らふたりのあらしばし世を 末小八 図 いよ〳〵 をとこになわをかけてたいまつふりしのばんためにきこりはぎやくを すれまことは八郎あんず てらじつゝしやう病がかとべにひきずりすれまことは八郎あんずさつて きてひざまづきつゝまうすやうかみくらにとはかりて大じんりゆうじゆんに ゐまするは八郎あんずとわんによにこそせちうりくせしこちきする ましまさんやつがれらつかりうどにて田橋ひらのあんずしやうあらばはやく あらばはやく きする心 ぎやくを きが乙袖かつ丙烈結丁炎春恋もなんど必じゆなりなんたち図まゐりて まの もの ども しら しん をよび ぺい つどへて 未小八 つどへてきうば ことのよしはぶそう 未小八 はぢ 大七郎 といふ五人の かりびとした がはずいづこへかゆき たりけんことなかばにして次へ 二〇はり片十一 つゞき見えずなりぬかれもし つゞみ見えずなりぬかれもしきころしてわんによをなすましとぞしんあらでまるた そあんすることもやといと〳〵いけどらんためにりしゆくへべいきうばはぶなんどをおしたて 心もとなさにはせまゐるおもむき又おのれら両にんはそうははやわがたるどくなり ことをのちにしてしやらが ことをのちにしてしやらがはやくことのおもむきをこえぐ こをのちにしてしやらがはやくことのおもむきをこえぐをつとにうたれいまさら思へば ゆくゑをたづぬるにひのきのごそくこのおもはきをこえぐをつとにうたれいまさらいまさら思へば ゆくゑをたづぬるにひのきのどくわんにうつたへんとてたりとよびかけよくにまどひて よくにまどひて ざかのほとりにて此びせう此ところまではしりくるにられて見かへれば三とくかねたる られて見かへれば三とくかねたる 八しんだいそがたちすくみにたちまちあとべよりちとせが手あしにわか大しやうをうし 手あしにわか大しやうをう なりたるにあひぬさればとてとゑしてなんぢら心をあしくにゑへしびれて給ひたてまつ になへしびれて やにはにいましめなほしんぺいこ やにつにいましめなほしんぺいらもちてじんぎのりやうしやう やにつにいましめなほしんべいらもちてじんぎのりやうしやうひとあしもらんとはかり らんとはかり ひとあしも 三四んのゆくゑいかにとせめ 三にんのゆくゑいかにとせめにあだせんとならばあすをも はこびがたく たるてんばつ とへばこのものどもくつうに またずたちどころによき われに かくも たへずわれ〳〵五にんしめし しにざま あはせてしんぺい 孝子亀 すみや はぶそうきうば かな るか らはひそつに ためとも と ほえ わぶるも をかしく ぺいら ユワルアリヤト 〽き一しつるなりとねんころにのべをはり竹あくぞとのゝしられをつとのやいばに太ゟしらさればぞくふのために みなひとかはにゐながれたりためとも そゑひとかはにゐながれたりためともかゝりぬるいまの心おしはかればみなあさむかれ思はすくたうにおち しやう〴〵おもてをあはせたんそくしさてはためともがあやまちなりもやう〳〵のいるかといたすららみていき ちとせばもうらんがげんじめつにてはあらことありとてしんべいさらばはぶかけしとのほうけんのゐこくに かけしこのほうけんのゐとくに たりしかこはまんつるがなきたまのそとはにそうがしのひいりてしやうじやうたれしおそれてしばしばしもかげをとめ よりてをつとにめしつきていせつらうぎをことまたかのちとせはしうじゆがあへずふやうもんじのもつじ づくすこといけるときにもいやませしをせんさいまなづるがなきたまなるとはいのこなかたみはまさきのそとい はいのこるかたみはまさきのそとは かみならぬぎはうたがふことことこにせまいちぶしらをときしらしきられしよそにはたえてむいちもつゆぶは やぶれてほんらいくうによしかへる ともしばしきけおんみがもつごの きたるためしはやまとにもたぐひみてかんるゐそゞろにぬぐひあへず まことにてわれもおもてをおこせし まれなるていれつのせんなのかゞみそがなかにかうきつははなうら とありいるごとくものいひかけて となるべきにさちなきうへに さちなさはすくせいかなるむく かみてむれをいで まなづるみやうふ は心をゝしく 孝子鶴 なかぬ なげき ひかといひあはさねどいとをしむは を思ひ まことはことばにあらはれてまた せんすべもなかりたりしばらく してためともはかりびとらを ちつくよびよせなんぢら さきに が わんによ やるすて九 やるすて九 ます〳〵さたんして としわかければ ちもあさく人を すこしはやかりせばちと せせばうたせざりしかれは よみぢのひとなり もの二月一月五十七日 見ることよくも 見ることよくも さつせずかゝる ふうふをうた ともそのまごゝ がひしは ろをつくす をや かひなく を ぞく ふやう なかぐすくをおち 給ひしときこえ〴〵のしやつ きやうにてあくせうねんらを ふせぎたゝかひうちじにしたる たえたりこう くわいそこにたち がたしとひとを しようするかしこ 思ふのゆゑ にはあれど ひたいに あせして はづる四の 二ノ一ノリ十一 しやうじゆとしりながらなぞ ゆめにだもつげざりし名のみは くちぬいたびさしおなじやどりに ありながらもとのつまぞと一右へ きやうちかくせつよのなかにかく さにきへいぢまぶたしばだゝき れなくそのころのふうぶんに いちにんでんどゝしるしたるふだ きりやうよのつねにつくれし をおとしてひろはせしはこよひ よしはきゝおよべどかためなり のやどりをゆかりのいへと とはきよつたへずしての とはきゝもつたへずしてのさとらすべきためならんに さとらすべきためならんに のちにたましひのまぼろしに あしくはんじてちうしん あらはれてをつとのゆう あらはれてをつとのゆう くをなぐさめたるこれすら わがきみのおんあやまち 世にはまれなるにみづから に候はずみなこれおひの その名をちとせとしよう ひがごとなりとわびて してかためになりしはこゝろえ してかためになりしはこゝろえかえらぬたまよばひ ねとさかしらだてていぶかればつきよがらすもこずに つきよがらすもこずゑ すて丸そとはにゆびさしてむかしも すて丸そとはにゆびざしてむかしも かゝるためしあり五たいにかたどるむじやうをつぐるやと 五りんのたうばにきのふし一ツ 五りんのたうばにきのふし一ツわん女はそらをうち 五りんの左うばにきのふし一ツわん女はそらをうち あるゆゑにかためとはなりけるあふぎこゝにふたゝびこし ならんとさとし給へばたらしやうかたを思ふにつけていたまし じゆもこぼれしあはをかきよきまなづるが身のあぢき せてかのかんたんの五十ねんなさいけるむかしはやまどりの ひとりざめたるまなづるが ひとりぎめたるまなづるが ともゑをこゝにはみのこすをつとゝひとつふしどにいらず つるのよはひをかたどりて死していま又いもせのちぎりに ちとせとはなのれどもいのちむすぶ心のつゆもはかなくかへる みぢかくなきたまのかりにくさのはらなごりもいとゞをし すがたをあらはしてそひふすからめたましひいまだこのどを ほどはよそ〳〵しくわれをさらずはふたゝびすがたをあらはして しやうじゆとしりぬがらなぞをとことそひもとげよかしとかきくどき ゆめにだもつげざりし名のみは給ふにぞしやうじゆはめんぼく身にあま くちぬいたびさしおなじやどりにればたちまちかたちをあらためて ありながらもとのつまぞと〽右へ「まなづるがことはいかばかりなげき大きへ つぎ給ふともそのかひなし すでにそのまこゞろを しろしめされてかく までにいとをしみおぼ すことなきたまもさぞ にかへしまゐらすればためそでのつゆはらひよはまだふかき ともこれをうけとりてつる ともこれをうけとりてつる大しやうのめぐ ぎのとくは身をまもり ぎのとくは身をまもりみ思へばいまさら ぬしの心にしたがふもの ぬしの心にしたがふものにみやうがありける なりさるによつてちじん なりさるによつてちじんなきつまのとしへ ゆうあるものはあだを てのちのほう きりこぎするものはみか むりはひつぎに たをきるわれこのふうふ あらぬひのき をしようせんためにうの ばらだびの 丸をあらためてまなづるは けぶりはみね のたちよぶべしげにやわが のくも ひのもとのちつきのそとは もとは はことふりたれどらうばが しみづ ほいならめいはもものいふことはざ ありこゝはあまりにはしぢかしとらくのうぢなればこそかたからめ わん女をいさめてうや〳〵しくそとはひさぐるきへいぢがさきへは うの丸のほうけんをためともたてどぎやくえんのしやうじゆは 孝子鶴 ぐちよくよりちようをまぬ がれいままなづるがちつきの そとはゝわがぎねんよりてい女 をしゆ。かの愚ぐにおよびがた くともたゞこのそとはをなき がらにかえてやまぢにうづむべし われもみづからおくらんとて ちくえんにたちのでてかうきつ のすゐ さうを いまあら ためておき つちや玉を うづめに こえ〴〵山 こせきを 心ざし うつらずさてもつる かめはらからはなろ川の はいぐんにからうじて かこみをさりぬけ大しやう しゆ かの ゆきて もう いづる を くつぐ ひ あだを うつと もうた 一 こと 次へ おつゆらにうちむかひなんぢらが こゝろさしはしようするにあまりあり これよりたゞにぐすべうはおもへども ずざおほくてはかへつてびんなしわれ 又はたをあくるときりはとくそん 又はたをあくるときかばとくその ところへはせまゐれ又 ひせう八しんだい七は まなづるがつゐぜんに いのちたすけてえさ すべしたとへなんぢらが はかればとてためともを うちえんやふぎのふう きがねがはしくばはやく もうこんにつげしらしそく ぐんのみちしるべしてふたゞび いでもこよろしトおふせもあへず かたなをぬいていましめのなわ きりすて給へばふたりの わるものかうべをたゝきて あまたゝびはいふくし のこすふうふつか ゆえんはのちに ぐんのゆくゑをたづねたてま つるにためともはしゆぶく しられけり ろにてみやうくわにやか ○びやうぶはやふ れおほざとのしろ るゝといへどもほね さへおとされてわん うせずちうしん によもはやうた やつ〳〵しといへ れ給ひしと ども□□ きここんしかば いこんのなみ だとゞめあへ 王子 ずせめて いきのうち にくまぎみ がありかを たづねて はゝにいがきが うらみをき よめ▼ われ〳〵すでに身の ひをしればいづちへか まかるべきあすの やまぢのみちしるべし にめされ候へと わびにけりかくて ためともいそがし ゐへばわんによ すて九もろともに やどりをいでゝ右へ 弓はり自士一 つきくんふのおんに こたへんとてつゐにかぞが たけに身をかぐしさつやをおひ はんきうをわきばさみわづ かにとりけものをいてろめいを つなぎこかくするほどにその としもくれたりかくて やよひのなかごろに 孝子鶴 なりしかばある日はるがいふやうわが たち 給へと いふに かめは いなむ によし なく て さい くわい をちぎ りつゝ やがてた もとを わかち けり はらからふらぎにもながらへてみやまの おくにかくれおればてきにしられず といへども又みかたのつりものにめぐり あふよすがもなしせんよきのぐんびやう がいつきものこらずうたれたるにも あらじとれにひとしくながらへて ときをまつものなからずやはうき よにとほくしのぶ身はしやりの ふうぶんをきくたにもたつ きなきをいかにせん思ふに まわしなるくすぐやまは いちみやうをれうがたけと 一丁おいてまへの ゑとき ○そも〳〵 かぞがだけと きこえしはなごが だけのみなみにあた りてさんぼくせうに しよくしたりこゝより くすぐ山へははるかに してやまとみち廿里に あまるべしもとより人に しられじとてやまぢのみ いふみねたかくしてこだちふかく じんせきまきなれどしゆりへとほからず とれくつきやうのうくれがなりおんみは このぎに ひがしのやまぢをへてはやくかしこへ したがひておふせ おもむき給へわれは又にしのかたうけ給はり候ひぬたゞこゝろ ゆくほどに思ひのほかに 日をふりてかめはやよひ 廿日のたそがれにくすぐ山 のいたゞきにわけのぼりつ此 のいたゞきにわけのぼりつ此 日はいたく山ぢにいかれひも よむだにさんよりてからわを よむだにさんよりとらわせ めぐりてくだんのさんちうにてちかしといへどもうらわは人の はやくれなん〳〵とすれば あにをたづぬるによしなく さいくわいせんかならずしも さいくわいせんかならずしもつどふところはゞかるかたもおほかるべし いづれの小かげをやどゝせん ちかきよりゆかんとでかい おなじくはもろともにひがしのやまぢ だうをはしり給ふなまぎり くだりてト見ればふりたる だらをはしり給ふなまぎりよりおもむき給ひねトいふにつるは ことにしんせきあらんくさ しゝ小屋ありけりとはなつ ことにしんせきあらんくさしもうべをうちふりきやうだいひとつ のころかりびとらがともし にかくるゝかりばのきじもみちをはしりててきにしらるゝこと にかくるゝかりばのきじもみちをはしりててきにしらることのころかりびとらがともし こゑたつれればこそひとにあらばいづれかこれをのがれはつべき するためにこそほやふき かけておくならめ しらるみちなきみちにかくてはしりよのあさきににたりかけておく とてむかひのたにへすこし わけいらばひかずふるとも わづやどえたりと わけいらずひかずふるともにしのかたはうみべたなれどもよむわがやどえたりと あやふからずなにごともちうだにきただにとまりしつふうだん ひとりよろこびむしろ もちうだにきたぎにとまりしつふうだんひとりよ かうに思ひがへしてたえしのび 戸あけてうちにいり かうに思ひかへしてたえしのびなんどうらわにそふたるやま戸あけてうちにいり ゐへかしトときさとせばかめは口おほかりわがことは心やすかれ廿とつぼをまくらき次は □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 楽亭補綴 ◑さん きたち こめて もや 芳虎図画 ふる く と ぶ 〽つゞきふしたりけるとりだにも ければかめには まれなれば それはさておきまれなれば さつ矢はあれど いるは又にしの ちかみちをきに えものなく花 ものふめてけた はあれともこのみ ふつかさき を見ずいと だちて くすぐ やまへ よぢ のぼりし がゆうこく やうちやう としてわかばに くらくいづとを みちとはさだめ ねどおちこち をはいくわい してひとひふたひ をすぐせどもいまだ かめにはあはざり けりされば此山は◑ 一五五五五 此口五五四四四四四四四 ○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○ 一〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇、、〇〇〇〇〇〇〇〇 いたう かへたれ ばゆん づえに すがり はるかに たに かげを 見おろ せば たに川 をうしろ にしたる いつけんの くさのや ありかゝる たまに すむ人も あればある にやといぶ かしくやが てふぢかづ らにと かつき いはかどに あしふみ かけからう じてかしこ にいたり ぬ 樂亭西馬作 稲妻形怪鼠標子壮女 一勇齋国芳画 蔦紅葉 種 字津石峠 清録金上編談切 比異 仕立 二個三つ川 御上候以早何 一鹿島国貞画 壽笑亭笑壽作五編 與謝武郎惠夜話 一寿齋國貞画六編 文久元年辛酉歳 て生ふり町 一錦昇堂 ゑびすやはん 三月一日 錦朝楼芳虎画 十一月十一日 弓張月 弐拾 二編 上の巻 西馬樽 芳虎画 ○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○ 或通客の一夕話に格言あり。当時の幇間に。富家の零落者なく。今季の 戯作者に。博識の潦倒なし。妾皆身遇渡世の。たつきにものせる活業に て。昨日の日傭夫今日は黒羽織の。男芸者と変るあれば。夕辺の食客 旦朝に作者と化るあり。故に見番細見の題名に列れども。行儀を 辨ぜず口儀を不知。茶もなく雅もなき木偶坊。且何亭何がしと。 作名は記すれども。和漢の事跡は夢にも不見手尓遠波假字は 楚つち退元来なりあがりの稗宦者流雲井は天の事と思ひ 鄙は弥生の節会とあきらめ。金襖翠簾家台の。高きに眼立て つかずとも。一寸世話場の人情さへ。こゝろのとかぬ便なさよと。 一笑ありしと同業の。山々亭が取次の談話を其侭序するになん 文久三癸亥ノ春校者仮名垣魚日文記 弓張月 弐拾 上の巻 西馬樽 芳虎画 〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇 或通客の一夕話に格言あり。当時の幇間に。富家の零落者なく。今季の 戯作者に。博識の潦倒なし。委皆身遇渡世の。たつきにものせる活業に て。昨日の日傭夫今日は黒羽織の。男芸者と変るあれば。夕辺の食客 旦朝に作者と化るあり。故に見番細見の題名に列れども。行儀を 弁ぜず口儀を不知。茶もなく雅もなき木偶坊。且何亭何がしと。 作名は記すれども。和漢の事跡は夢にも不見手尓遠波假字は そつち退元来なりあがりの稗宦者流雲井は天の事と思ひ。 鄙は弥生の節会とあきらめ。金襖翠簾家台の。高きに眼立て つかずとも。一寸世話場の人情さへ。こゝろのとゞかぬ便なさよと。 一笑ありしと同業の。山々亭が取次の談話を其侭序するになん 文久三癸亥ノ春校者仮名垣兼日文記 ○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○ 佳奇呂麻の 島長林太夫 宜野湾 季蛇 しろ 足袋の よごれ 三 立や 梅の中 曽文 身は 松心に 音を 讃岐院神使 九郎坊為仲 ○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○ 二十一日戸十二 ○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○ ○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○ 香い煮 ○國塲 彫ものゝ命 忘れて丑の日も 東紀 片肌をぬく 鰒の友とち ○松川 南吉 ○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○ ○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○ 廿一んよりつきかくているはからうじて そのとろへたどりつきかどべにたちて やどりをこふにくさのやのうちより としは八ツばかりなるをのわらは おとなしやかにはしりいでて いるをつく〴〵と見ていふやうおんみ いかにしてかきたまひたるこゝはもと よりうき子にとほ〳〵じんりんの すみかにあらずもししらずしてやどし すみかにあらずもしらずして大とし たまはゞいのちたちどころにをはる べしあるじはさきにいでたるがいまだ かへらざるぞさいはひなりはやくはしり さりたまへかしといそがせばつるは大きに あやしみてつく〴〵としあんするにげに かゝるやまがにろうたけたるをのわらはの ひとりるすしてあるべうもあらず これはまさしくやまのかみにつかはるゝ 二郎五郎なんどいふものならんしかりとも ますがをがいのちとらるゝときゝおぢ してすごろににげもはしりなば おとゝにあふでなにとかいふべきしいて やどりをこはじやとおもひしがふた たびわが身をかへり見ればくんぶの あだをよそにしてあやふきにちか づかんはふかうなりふちうなりと おもひかへしてどうじにむかひ 身のためよからずとてとゞめられ ねばたのむこのもとにあめもる こゝちこそすれそれがしおもはず 此やまへまよひいりてふつか○ か○あまりをすごせしかばうへつか れてすみやかにははしりさるべき きりよくなしものあらばとらし給へ しばしなりともうへをしのがは めぐみをわするべからずトこはれて どうじはうちうなづきはしりいりて さうの手にしいのみをこぼるゝばか りにもていでつこのところには五こく なしこれまゐるべうもやといひかけさし いだせばいるはこしなるほしいぶくろに いそがはしくうけをさめてそのめぐみ をよろこびきこえもこのをのへゝ 十丁あまりたちかへりつまたおもふ やういまのどうじがおもかげはなにと なくけだかく見えたりそのとしを おしはかればくまぎみがうばひさり たるわんずとおなじころなるべし しからばかのくさの屋はくまきみが かくれがならずやおもひあはすること のおそくてあだに見しこそおぞ ましけれふたゝびかしこへおもむきて あるじがかへるをうかがふべし しかなり〳〵トひとりうなづきまた たにかげへとひきかへせば日ははや くれてつきいまだいでずたちまちに みちにまよひてゆけども〳〵くさの 屋を見ずころます〳〵いらだちて ひだりかみぎかととはんにもじんせき たへたるみやまべをあなたころたと はしりければ小いしにつまづき▼ いばらにあしをやぶられて 身さへこゝろもいかれしかばしばらく くいぜにしりをかけてぎよくとの くいぜにしりをかけてきよくとの はしるをまつうちにゐなかの月 やうやくにみねをはなれてひるの ごとくいとあかくなるまゝに かうべをめぐらしてをちこちを 見かへればむかひにいちざの こひやうありけりうちあほ ぎてこれを見るにはしら なゝめにいらかおちのきかた ぶきてやどり木たかくいしの こまいぬかたぶきたふれて たにへおとさんとするしゝの 子のごとくきぼりのずゐ じんさいしきはげてかまより いでたるがきのごとくげんぎよ むなしくふくろうのふんに まみれくつがたいたづらにくもの すにまとはるわづかにきんじの へんがくのみつきかげにかゝやきて てんそんびやうとしるしたれば いるはたちまちに身をおこして ほとりちかくまゐりてさては このみやしろはかねてきくてんそん びやうなりけりまことにわがくにの そうびやうにましませどもぎやく しんえうぞくがためにこくかやぶ れてひさしく四時法のまつりをし かけばいといたうあれはてゝつぎし 五月廿二日。月比二 二てはり七十二 つゞき狐狸?のすみかとなりけるか たいへいのときなりせばひとたびは まゐるべかりしにわがはらからは はやくよりこくなんに身をおき かねてえまゐらざりけるにいま ゆくりなくせうびやうをはいし ゆくりなくそうびやうをはいし たてまつるこそさいはひなれ トひとりごちつゝくさをわけ しみづをむすびて手をきよめ やぶれかたぶくきざはしにのぼ たてさいはいしてねんずらくよは はやぎやうにおよぶといへども しんゐいまなほうせたまはずは つゞき狐狸仁のすみかとなりけるかな左ゟしいのみをとりいでて これをかむにうへたればあぢ はひいうべうもあらずわが 身のかゝるかんくにも思ひ やらるゝおとゝがこと つゝがなくして此山へ とくきよかしと思ふ なつかしさにながむる そらはあまにくもの たなびく びしんがちうかうのこゝろ ざしをあはれみたまひて はゝのかたきくまぎみが かくれがへみちび きてのぞみを とげさせ給へ かししからば わんずをつゝが なくとり たてま つりて ため とも 図 王子 紅衛 堤造 南吉 図 わん によの そくわい をはたし もう うんをほろ ぼしてすた れしくにをおこすべし 阿公 } あほぐところはしんめいの おうごによると身をひれふし ねんずることはんときばかり やうやくにかうべをもたげふち あんなひのやまなかをよもす がらたづねめぐらんよりこの たなびくまゝに かげくらきいきの ともしびかきけされ にわかにやみに しんでんにひとよさあかして あすはつとめて見したにかげの あすはいとめては くさの屋をたづねんとおもひ なりにけりかゝる ところにむかひ よりたいまつ かへしてたちあがりやがてとびらに 手をかけてひらきてうちへいらんと するにはしらかたぶきたればにや ちからをきはめてひけどもあかず せんすべなければのきばにざをしめ さきにどうじがあたへたる右へ あまたふりてらし こなたをさして くるものありつるは はるかにこれをみて じんせきたえたる やまなかにさよふけてのぎへし 十六日 平覇 宜寿 二刀より月廿二 東紀 つぎひと あまた つどひ くるこそ こゝろね かなしきかな くにのそう びやう天そん しのみやし ろも さん ぞくの すみかと なりけん ○ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ ものゝ あや めを めを 見んとて □□□□□□□ □□□□□□□ 一九月廿二 くまぎみ にしん ぜんの うちかは あげて ゆづるをくわへ やぶれがうしに あしふみかけて すゞのをにすがり つゝまぐさのうへに よぢのぼりて かくのうらにかく れてをりさるほどに たいまづのひかりちかく なるまゝにあらをとこら 五季八くろききぬに くろきづきんをいたゞき さるさゝごてに木のかはの あゆびしてながきたちを つゝやみにもひかる もとびら あかざれば 身をかくすべき くまもなしとさま かうさまおもひかね よこたへたるおの〳〵ゆんでに 火をあげてめてにはひとの かうべをひきさげこびやうの ほとりにつどひきつ やがてたいまつをうちかさね てかゞりびとしたればそら かきくもりていとくらけれど その火のひかりに八ぱうを てらしてけのあなまでも あかざれば見えつべしそのとき あまたのあらをとこ らはふたかはにゐなが くまもなしとさまらはふたかはにゐなが れつゝいちにんむれを いでゝしやとうなるのぎへし 平覇 空寿 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ □□□□□□ への才 □□□□□□ つゞきこぼへの うろを ざし のぞ 北 きみは みぎよなし たまへるや かねて おほせを うけたま はりたる まつりの にゑを ぢさん せり いで させ たまへと けいすればうろ のうちより いらへしてとしの □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ よはひ七八十 ばかり なる らう ぢよの ゆきより しろき 二のまきへ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ かめ 安樂 〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇 一の巻ゟ かみかき すべらし やまと にし きの うちぎ ひのは かまの すそ ながく ひき 八ツ ばかり なるをの わらはの 手をひき てしづやかに あゆみいで かみくらに おしなほ なかば たるきだはし くち そんじ のうへくどうじを がきすへそのみはし ちうだんにつぎへ 廿九日月廿二 つきしりかけてさいうをうち 見やりたるつらたましび ものすさ まじきま てにいと 阿公 たくまし○ つるは へんがへの あはひ よりこれを 見てかつ あやしみ かつよろ こび此 をのわら はのおも かげはさきに たにかけなる くさの屋にて われにしいの みをおくりたる ものにたがはず ものにたがはず またかのうばはまがふ 宜寿 かたなきはゝのかたき くまぎみなりこはそもいかにと うちさはぐむねをしづめて おもふやうかゝればどうじはくま ぎみがうばひさりたるわんず ならんくさの屋にて見しには ましていとろうたけたまふもの かなわんずはさらなりわれも又 おもわすれたてまつればおんかく れがにまゐりながらよそ〳〵 しくもものいひてたちわか れしとそくやしけれしかるに こんやはからずしてはゝのかたき くまぎみさへがんかにいでも きつることわがはらからの まごみろをてんそんしのあは れみたまひてしんれいこゝ にみちびきたまへりあだを ひとやにいておとしてわんず にびしんがとちうをうつ たへよろづ身のために したまはざるわんによ 二十二丁 さなに 平覇 安樂 かめ 安樂 つゞき ためとも の心ざしを つまびら かにつげ まうさば 平覇 ちう から こゝに まつた からん さは ゆみ 矢 うち つがひ ひきかた めんと して また 思ふやう くまきみ をうち とる とも めに あまる なかまの のぶしらを 〇 こよひの ちやくたう たれ〳〵 なるぞと ④ ふそへ なくようい したるか したるか 五 ◑おくがごとし 下ゟ トはやるこゝろを トはやるこゝろを こじんの われからいさめてなほ きんげんすでにおともせずかいまみをり かたきのかくれ かたきのかくれくまぎみはこれをしら がをさぐりえて そのたちふるまひらし〽かねて さへみさだむれば いひつけたる ふくろにものを 宜寿 伊勢守 いつにせんわれ たちどころに うちじにせば たれかわんずに わがちうかうを とつたふるものゝ あるべきしかのみ しらがのが ならずわがおとゝ こゝにあら ずわれ のみがた かめ きをうて りときか ばさぞな ほいなく 思ふらめ ねづみに なぐ るに うつわ ものをもて せずとは 上へ 〇とへばみな〳〵 かうべをさげ〽さん候 くにばのとうき○まつかはの なんきつ○よさのていざうつぎへ 二十二丁 やすざとのこうゑ○つる山のへい つぎやすざとのこうゑ○いる山のへいは○ なかゐまのぎす○こはくらのあんけつを はじめとしてちやくたうすべて六十一にん めいぜらられたるいきくびとつてとき をたがへずもてまゐれりとけをさめ たまへといらへておの〳〵きりくびの たぶさをいかんできだはしのもとに ならぶればくまぎみおとがひもて かたはしよりかぞへはていひ かたはしよりかぞへはていひ つけたるきりくびのかずは九九 八十一なるにひとつたらざるは いかにぞやさりとてはいひ がひなしふぐりはもてど かめ ことにおこだるうつけ びとよじいひとら びとよじいひこら せばみなもろともに かうべをかき 〽われ〳〵四五 日いぜんより まわしの えだむら はさら なりな か川 の▼ ほとりまで よごとにはい 阿公 くわいしたれども もうとんしよ〳〵 にせきをすへて にせきをすへて 人のよあるきを に〇けい すれば わんずは いとゞおと とゞむればみち ゆくものはまれ なしやかに 〽ヤヨくまぎみ にして八十一の かずにみたず わづかに まろに世を しらせん とてみと ひとつかけ せに たるはおこ およ たるに候はす いまいち りやう ぶ 右下へ に ゆる べたま その かず 百にも およぶべし きよよろ あれかし とも○ 万十万目廿二 中ゟかんなんくらうその こゝろざしはよろこばしけれど つみなきものゝかうべを はねてみおや のかみをまつ るともこれ をよく うけ たま はん ○ こんやの まつりはやみねかし トのたまへばううべ をふり〽ませたる ことをおほするかな いたへきくひのもと にはゐのしゝの かうべを七十あまり にゑとしまつる じんじありいま このにゑもそれ にひとしくにん じんくわのじんじ となづくされば いにしへてんそんし あとをこのやまに つ たれ給ひしより としは一万七十 ぎみは ずを かぞへて 二千六代の いまにあた りてえう ぞくのため に世を せばめ さん こちへれか 次へ 二月廿一日 いゞきみならず して天そんしの しやうとうは たえてなし このこと このときぐん しん心を あはし て◑ ◑いのらばかんおう なからんやこのくすぐ山は てんそんしのゐれうを ひやうしていちみやうを れらがだけととなふる を思ひあはすれば いとも□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ つる 左ゟともがら みならたれしと ほのかにきゝくとは てんのばつすると ころわんずのおゝん いきほひに □□□□ こしさ きにやまと のうかれ人げん八郎ためともがもの ぐるはしきねいわんによをすかしこし らへてつまとしめとりいきほひをかりて りゆうをこかつしわんずをうしなひたて まつらんとせしときにこゝうをのが れてみとせのけふまでぎよく たいつゝがなくましますことは みおやがみのまもり給ふ なるべし又かのためとも いむさぼれどもなほ はむさぼれどもなほ あかずもうらんを うちほろぼし ちかざん なんぼくの さんせう をこと ぐ 阿公 王子 たも たんとて かへつて しまぶくろにて やきころされわんによ もそのひにうたれ たまへばゐのしゝむしや のをにつきてねづみ まひせししやうしゆがは右へ とくおんを 思ひはぢをまつればもら しるものはらんをほろぼ かくめいのさんこといまより もふめいのさんこといふより ときにみとせとはまつ かなしみべからずみこゝろ さんかんにやすくおもひ のがれて れて給へとなぐさ むればかちうな くづき〽わきまへは かくのごとくづき〽わきまへは わんず わきまへてもたゞ にて いたましきはあね わんによ大さと やまにてうたれ 給ふときくに よのなかあぢき なし又ためともは やまとにもまれ なるゆうしやう ちうぎありと ふうぶんむなし からざりせば そのかふうに たつしやう じゆつ かめいりで もうくんが たぐひなるべき これらも今は のこりなく うちじにし たるかいと をしとうち なみだ ぐみねふ にぞ く きみ かめ ませば とて おんみ つぎへ 二月廿一月廿一 西馬遺稿 芳虎図画 かゞきあだたるわんによ ためともらをいとをみ ためともらをいとをしみ 給ふととかはきやうだい くらいをあらそふて いくさせしことやまと もろこしにもあがれる 世よりあまたあり しやつらこと〴〵く もうらんにうたれし はえやみのかみもて あだをうたすると いふわぞへのこと わざにことならず いひがひなきこと のたまふなあゝむやく しとすかしとしらへまた もろびとにうちむかひ なんぢらそこにいつまでも かゞまりてをればとて たらぬにゑづちより わかんや かくれがよりこのところへ ぬけあなをほらしよな〳〵 みやしろへまうづること けふ百日にまんづれば▼ 野武士 仝 ▼けちぐわんの にゑをまゐらせん とおもひしにその かずたらねは心に かゝりて心よからず する ほど とうだけ なんはやくまかり て今ひとりがくびを はねてもちまゐれ そのこといよ〳〵 なほざり ならば なんぢらが かうべを はねてにゑのかずに あつべきぞとく〳〵 ゆきねトいそがしたか ればあといらへつゝ ようゐのたいまつ とりいでゝかゝりび にさしうつしみな われさきんとむら だちてみなみの山 ぢへはせさるをり からむらさめ さつとふりそゝぎ 三の巻へつゞく 十一一 其由縁鄙傍 十二年 ー六線 兼事仙泉著作 御神後國貞照 錦并 登蔵 板町 目録 十勇士尼子の礎 三海高永春水作 四時鳥齋國貞画 五幡泥竹其水作 ノ兩夜鐘四谷雜談 六編歌川国貞画 初師笠亭仙果作 比奈乃都大内譚 二編一勇齋國芳画 地本絵草紙問屋江戸てりふり町恵比寿屋庄七軒。 弓張月弐十二編 楽亭西馬稿 錦昇堂棹 下のかき ゆみはり つき 弐十二遍 さいば 遺稿 錦昇堂 よし虎 梓 ゑかく 三の巻よりしおどろ〳〵となるかみに いなびかりまなくしてみなぎりおつる谷が 川のおとはあしゆらのときのこゑかくやと おもへどものともせずくまぎみは いぞがはしくわんずをいだきて きた直にたゝすみかののぶしらが かへりくるをいまる〳〵とまつなるべし つ事はたゞいまのぶしらがはしりさるをみて ふかくよろこびうつべきあたはくまぎみ のみこのひまにのぞみをとげずは いつのときやかごすべきと思ひ さためてそでまきあげとびおりんと したりしがなゞり火はふるあめにみな うちけされてあやめもわかぬやみと なりぬくまきみをうたんとてもしわんず にきすいけたそまらばちうならず又 かうならずとくあめはれて月もいでよ どおもふにはにずくらきよりくらきに まよふますらをのつかをぬぎりて たゆたふたりしばらくしてあめ やみければかさなるくものうす づくまゝにつきこそいでねあかく なるかとおぼえしかばつるはひそ かによろこびてのぶしらがたち かへらばこうくわいとゝにたち がたしなのりかけてかたばやと 思ひさだむるをりしもあれたぢ まちむかひのをざきより たいまつのひかり二ツ三ツひら めきいづるとみえしが〽いぎん 十一月廿一日 野武士 下のまき ゆみはり つき 弐十二遍 さいば 遺稿 錦昇堂 よし虎 梓 ゑかく 二の巻よりしおどろ〳〵となるかみに いなびかりまなくしてみなぎりおつる谷北 川のおとはあしやらのときのこゑかくやと あらへともの おもへどものともせずくまぎみは いそがはしくわんずをいだきて きた世にたゝすみかのぶしらが かへりくるをいまる〳〵とまつなるべし つるはたゞいまのぶしらがはしりさるをみて ふかくよろこひうつべきあだはくまぎみ のみこのひまにのぞみをとげずは のみこもひめにのそみをとげずは いつのときをかごすべきと思ひ さためてそでまきあげとびおりんと したりしがなゞり火はふるあめにみな うちけされてあやめもわかぬやみと なりぬくまきみをうたんとでもしわんず にきずいけたてまらばちうならず又 かうならずとくあめはれて月もいでよ どおもふにはにずくらきよりくらきに まよふますらをのつかをめぎりて ためたふたりしばらくしてあめ やみければかさなるくものうす づくまゝにつきこそいでねあかく なるかとおぼえしかばつるはひそ かによろこびてのぶしらがたち かへらばこうくわいこゝにたち がたしなのりかけてかたばやと 思ひさだむるをりしもあれたぢ まちむかひのをざきより たいまつのひかり二ツ三ツひら めきいづるとみえしが〽いぎへ 野武士 天峰七十二 つる まします 左上ゟおぼつかなかりしに たちまちまん ぞくしつること ねんぐわん じやうしゆうた ▼ あへ なく いの ちの がひなしまづ そやつがはらをみせよ といへばたいまつさし を らん とは つくるひかげにかくの あには うしろよりいるはかいま みておほきにおど こゝにと いへば めき思ひきやわが おとゝかたき おとゝろへ のために いけど られ えに いはで ふたゝ つく〴〵と 見れば思へ よい ば 阿公 王子 かめ 同十一日同七二 とり なほ いつゝ くまぎみ は又から〳〵 とあざわらひ 〽なんぢはさきに ちうばつせら れしろうそく ていがじなん かめならずや トとはせも あへず はを くひ しばり なんぢ いまだわれをわすれずわれ しば らく ひま を ねら ひ けり その とき くぬ ぎみ すみて わかうどう おもてを あはして もろともに またいかでかなんぢをわす れんきよねんなか川のいきへ一うちおどろき 二百目十二 らぎいくさやぶれしそのひよりながらふべくも おもはねどはゝのかたきをねらひらたんと 思ふばかりに元もしながきやうだいおち とちにかくろひつゝかたきのいのちながゝれと いのるはのぞみをとげんがさめしるしはあるに にたれどもなんぢがこゝにありとも しらでけふやはじめてのぼるやまの 阿公 王子 けはしきにいたくつかれ。やこひくとやにうまゐして ふいをうたれついけどられうらみをせんかに のこすことてんなるかなめいなるかなきやう だいひとつやどりにあらばわれねぶる ともあにはさめなんわかれしひかすは ほどへねどこゝにおとゝがうたるゝ ともしらてやたづね給ふらん かたきのありかをわがあにゝ つけまほししらせまほしあしき こゝろはもたなくにすくせ いかなるあくほうにや わがはらからはあまつ かみくにつかみにも にくまれけんしなじ せかいの月も日も かくまでてらしたま はぬることこゑをふるはし まなこを見はりあし ずりしてはいくそたび はしりかゝらんとすれは 四まゐ らせしちうしん おしすゆる三たりをかせに かけられてどろにまみるゝ うこのにはくもあしちかく にもあれぎやく しんにもあれ かれはつみありて ▼ひらりと ひいてふり あぐれば とびやうの ひさゝに いるおと してひやう 十九日 ませし きち ずゐ といるやじり 四五すん あらはみて さけびもあへ すたふれけり これはとおど ろくあり九つが 二の矢にのごと いとけなく ぶへいぬかれて ともきみは のけさまに きみめゝしき ことをのたまふな ものどもなどて ゆうよせしかうべひねりて をはねよ下げぢ すればのがれかたな かいなをさいうより ひきとらへておしなほ せばへいははうしろに たちめぐりめさきへ つきだすとほりの ふしまろべは ことをのたまふなかめはえた ものどもなどてりと身を ひねりて てきの かたな のしたにたつかめが やいばを▼ まだはれぬうらみの ちうせられその 子どもらはきみに まなどりちをそゝぎはら あだせしためともに わたをたつかうしのゑん げんきゝかけてうちしはこびへつらひあまつ ぶき〽あなやうまらしかし ぶき〽あなやうまししかしさへくまきみを } ましやこのくまぎみははゝのかたき わんずのめのと世とてなんどゝなき ときとてきみもろ ことをいふて ともにやつくしく人をまどはす ともおいたりとも なんぢらがなまくら がたなうすかはひとへ きりえんやとてもかく てもゑとりがひつじ くせものなれは ゆるしがたしかれも これもみなわんずの おんためあしかれ とてかくも ながふおもひをさせん よりいきのねとめて えさせよトいひ つゝさいうを見かへれは うけたまはるといらへも あへすへいはがひきめく やいばのひかりに〽ヤヨまで しばし手なくだしそト しばし手なくだしそト とんずがきふによびとゞめるのう くまぎみもうとくていはくにの ちかしんそのこどもらをあへなくも うたせんはふびんなりいのちたすけて やひとこそおほれ えさせよトかうしをあはれむさかしさはやひとこそおほけれ 八ツ子にまれなるくんめいをみにもこよひのにゑにかめす かけずけしきをかへもうこくそいはえたるはいにしへの ちうしんなりとはなにものがつけ 卯十一日日本へ つる かめ ① はやく ぎすがかうべを うちなとせばつる ははんきうなけ すてゝ身を おどらしつゝ とびなり たりあなや とおどろく づぎへ モはゝ月七二 王女 つぎくまぎみより かめはふし 松寿 きにわが あ口のこに かくれてひつし をすくひし とのおもむき とふにいとま なく思ひがけすと ばかりにきやう たいさいうにたち わかれくまぎみを なかにおきつるは いさめるこゑふりたて なのらずともかめかあに つるをばいまだ見も わすれじけふはからずも たにかけなるなんぢがかく れがにやどりをもとめ たるにるすせしわらはが うけびかねばわんずなりとは おもひもかけずついにやとりを もとめかねて又たちかへる みちにまよひゆくりなくも てんそんしのごびやうを 爲朝 かめ はいしたてまつり こゝにあくるを まつをりから あまたの ぶし 舜天九 つる 紀平次 「よりことの やうをしらんために へんがくのうしろにかく れていちぶしじうをもつ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 阿公 名 たれば びんぎならねばもだ しにそのともがらは〽次 せしにそのともがらは次へ とくになのり てうつべかりし になんぢは たせいわれはいちん 二十一サ一尺 つぎはしりさりてたより あるににたれどもあめふり そゝぎていくらしわんずにきず つけたて殿まづることもや あらんとたゆたひてはからず 左ゟこのたんとう のうせたれば これにます べきしよう こはなし おとゝがひつしをすくふみなこれ てんのたすくるところにぐるとも いかでるのかさんはゝのかたきと とくなのれなのれ〳〵トはらからが いきまきたかくきそひかれば くまぎみさわぐけしきなく〽いへば とていはるゝものかわんすに きずつけたてまつらじとて ゆうよせしとはそらごと ならんなんぢらつゆばかりも 紀平次 てんそんしのみすゑを たうとみたてまつるこゝろ あらばしゆつしよ ふぢやうのためともに かたんしてわんずを おひうしなひたてまつ らんやわれはもとより くにのちうしんなんぢらが はゝをしらずかたきとよひ あへずつ事はこしなるたんとうを なすしようこありやトいはせも ぬきはなちてつきいたし〽いかに くゆきみこのやいばかばみしれる ならんなんぢいぬるとしはへばるの しろのすゐもんよりくゞりいでゝ にげさるときわれにうちかけ たるしやりけんはまがふ かたなきはゝのかたみの よろひとぼめぬきは こがねのつるとかめ たま ひし ふぎう川の ほどりに なきから みれば はらなる ちごと 右へ 阿公 此なんぢははゝのかたき なることすでにもうかんが〽らうぞくな ぐちよりもらせば大かたはにのちうか しるといへどもきよじつをあらんそのみの さためかねつみをのがれん をのつれん たりしにためにえうくん うばひをとりたてまつり さらさんりんにかくれ れしくたうをあつめ 青のよをしい人を かたなあざむくくせ をうちものいまたち かけどころにこれを られてうたずはたれか ぎねんちうかうのひとゝ をはらいふべきわんずを すもわたしてやいばを じづにうけよトいふこゑ なんさへもかび〳〵しく ぢがかたばきらんとつめ じごうよせたりくまぎみは ひさげし あら じとくしようこをとら そふやト のゝしれば かめもまた かくれてのがれんとする てもにことばなくめん しいてしよくあかくまゝ しよくあかくまた あをくはもなき はぐきくひしばり てぬけあがりたる ひたいがみのはり のごとくなるを ちがたな そらさまに ふりあげて にらまへたる まなこの ひかりほしの ごとくほのほ のごとき いきを 〽いまは なに する つゝむ べきその たんたう をうばはん ために ふざら 川の ほと か 一分寺同廿二 十五 此画の形象は四十余年以前阿公 日本に渡海なし肥後国阿蘇明神の 社前に於て一個の武夫と契を結べる 趣にして阿公が話説にいでたり 四 十九月十一日 同十一日 これをしていたのだ 十一月十一日 つぎさし ころし はしりさ かたるい もの はわれ かへり せられ そと な のり かけ や くわい けん をひら 上へ ●酉荒 西鼠 月吉辰 敬白 ▽ 五元 しさる たいまつ いちど にて ○ふみ けせば けせば たちまち もとの やみと なりて ○此武夫の 本名廿三編 出せり さらに さだか ならず かたみに きそく をうか がふて ちやうど うつては あとへひき つぎへ 二十八日戸十二 つゞきまたうつしらははくうを 左ゟ思ひたちとまりの きりしらでめさきへつきいだす つよりいわうぶねにたより もとめてかしこへわたり きつさきにおもはずもはなを こゝにしばらく たび手せしころかのみやう じんのまつりのよみやに しはめて身をそらしたゞいたづらに ちゝをたづぬればかなしきかな おひめくりしばらくときをくつ このはるやみてよをさり せしがたちまちあつとたまぎる 給ふときくにのぞみも こゑまづいちにんはうちとめたり たえはててきかいが とくまはまさしくくまぎみなりさて はしまになみはよれ ほとゝはうたれしかはやわがあには どもみはよるべなき 手をおひ給ふとこゝろあはててかた きつながぬふねさあれ のこゑをしるべにはたときかたち かぜのくもさへふきやはらひけんあら はれいづるよはのつきくまなきかげと をゝしきさがなればこゝ まできたる思ひでに さつまがたへおし もろともにみればむざんやくま とたり わかうどにかたらひ よられ いなには つる あらぬいなぶねの かぢをまへらの かぢをまへらの あだなるちぎ りにはぢて 名のらず なもしらず あひえん までの ぎみはわんずをのけざまにひきよして むなさかぐざとさしたるがいまいる かめがうちかけたる やいばにさいうのかた 舜天丸 なにゝ かたみと まれ てをとこは さしぞへ のたん をきられてなが事ちしほはいづみの ことしあにもおともこのあり さまにおどろきあきれてめを たうを あはしくらきにまどひてや くねぎみはわんすをしいし たてまつれりこはあさましき かないまこゝにつみ いとおもきしい ぎやくのうらみ かさなるきみのあだ てんばいひしらす てんばつ思ひしらせんと さいうよりまたふりあぐる そが まゝとり われにおくり はつ なく も なき わかれ せし つぐの 日に まれに きこえし ふるさとの かぜのたよりは しやめんのさた あきびとぶね にびんせんして やがてぞかへる りうきうこく おほやけに やいばを見あげて〽ヤヨヤまて ふたりのまごよつるかめよが ふたりのまごよつるかめよ げいをならひおぼえて ばくがいまはのさんげあり しばらくいきをつかぜよと いへばつるかめあざわらひ 〽おひぼれてうつけたるかか てもわなみをあざむくか ここくへかへらばもちひらるゝ こともやときもふとくも おもひさだめておほやまとへ とかいしつ大すみのくに おほどまりに ふたと まごとうばりおぼえは まごとよばりおほえは あらずトいへばくまぎみにつ 阿公 せあまり ことうちゑみじかうた かふはことはりなりはじめ よりなんぢらにうたる べうは思ひしがまごよ ばくよとなのりなば たとひはゝのはゝなり ともかくまでたけくうち ともかくまでたけくうち えんやいまこそありすわが すじやうみみひきたてて よくもきけそも〳〵わが ちゝにておはせしひとは ちゝにておはせしひとは かつれんのおやかたほうず じゆいつぴんあこうとよば れてくにゝよしあるれき〳〵 しまへながさるそのころわがみは なりしがおりぜるつみありてきかいづ わかえのひめまつはゝもろともに すみなれしかつれんをついほうせら れてゆうくにたへずはゝは身まかり れてゆうくにたへずはゝは身まかり わがみびとつにみと世をへてせめて はいしよへおもむきでちにつかえんと □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ わがみはまたふと ころなるまき ものを かめ きこえたてま つればわがみは さらなりちゝ がつみゆる されて ほんりやう の三が一ツ きたゞにゝ まぎりを かへし かへし たまはり 大こく の しん たうを うけ いたへ 四 さすら ひて ゆいち しんたう のあうぎを たづねたよりに つきてひごにおも むきあそのやしろへ さんけゐして もの なり とて みこ つぎへ 二十八ねん一片廿二 つきさきとゞにのにもわうとさへ奉んある子をひきいだとに●かのたんたんたらを られあまたのみこにかしづかれ つら〳〵みれば そんながいまはにいとをみしし ひごうのしに ともりごかくの あんずにもます身のふうきに たんたうこそ此ものどもが 見もわすれぬ かへて又ゆくり いきほひを ちゝのおめいをきよむるうれしさ 名をしるよすがとなりも 三十九ねん なきさいはひなり はるものから たのしみたちまちかなしみのもとはと いへははづかしややまとのひとくひとよ せめのこしおくべきものなら さきつあき ずとこねさへにうばひきり すてしむすめが さのちぎりたちまちみごも りてつきそかさぬる身の ばくはしのぶにもえしのば れずこのこともしよにきこえ 紀平次 くだんのちごを りゆうに わたして くちに むつきのひもへ むすびつけて のこしたる やねと なばかみにいかふるおきてに の世 そむくとおほやけのたゝり のがれがたくて人しらぬむね をくるしめまたねばはやき うみづきにひとには つけずうみおとせしたまを としあんをすれば すゑたのもしく はか〴〵しくは あだをえうたず そのことは しかれどもわが ふかくかくして まごはわんず しんしゆと まつほどにもううんがそんきやう げんしゆつにてにわかにせられ そんきやう せられ こくわうちうふ ぎみもおなじ すでに むと ひに□ せの □□□□□□□□ 月も 日も あざむくをうな子をいと ふびんにはおもへどもやし わがてに これを なはんやうあらざればあるよ ひそりにきたゞにのえだむら ぬるはま川のさとにずて やまとのをとこがおくりたる 九寸五分のたんたうをむつ ← をとこづ きのひもにゆひそへてひ かたみのひと よのいた めど かくれ たまへば りやうは わん もりそだ つれば に よる づよくはかへれどもなみだ ふりまがふやう あくどうとりもなほ ずを にみちはさりあへずその なきめぬきの あすも又あさてもそなたの つるかめさては そらのみうちながめいづこの わがてにころしたる ひとにひろはれたるよのうち いぬにはまれなど思ひかねつゝ はらみをんなはわら のうへよつすてし さずいんどくのあく もりからづき ほうはかなしみかへつて がうよくをます なりだちとなり はへばる の□ しかば□ おくるひにあまたのとしはへたれ ともわすれがたきはむすめがこと もとよりわれはみこのおさをとこ もつべきものならずふいんにくら すはひのもとなるをとへたつる みさほぞと思ふてさかりを あだにすゞしよるとしなみに うまれえしたいたんいよ〳〵 むすめにありけるなり こは あさ阿公 ましきわざして けりともゝ たびくび ちたび 九 阿公 くにかへりてむさぼる心 いとふかくよくにまよ ひてちうふぎみと りゆうらがかりけいに かたらはれけんめいの きこえましませしわんなを うしなひたてまつらんとして ことならずもう こくていにみやぶ つる られてきたゞににおはれしか りゆうがふちによつてとかやこの ほとりにしのびてをりなほ こりずまにちうふぎみの かんあくをたすけんとてりゆう らとしめしあはしみんかんなる ちごをぬすみてちうふ ぎみのうみたまひしと かめ いはせんためにしのび〳〵に おちこちをはいくわいしふざう 川のこなたなるのはらにやみふす にようばうがうみづきなるを はやすゐしそれがこどもを あざ むきて くすりかへ とてあたりをとほざけ はらみせんながはらを さきてはらなる右 安右衛門廿二 ふた よつて みた び思ひ かへすに 大じん りゆうは ためともに うたれし むすめが 日になんぢはら をつとこそ さだかならね からわれを おふてはゝ うばひしちごは わがまごなり にいがきが かたきとよび このものよつぎの かけさきの なかぐすくの きみにたてられ りうきうわうとあんずもう ならんには右へ 十八 一月廿四日廿一日 つきふたりの子ども つるかめとなのりし つるかめとなのりし 紀平次 ときにふたりの まごとわがむこのみやうじを はめてしるくやしさ さもあらばあれ此わんず はつるかめらがおことく なりもううんほろび てまごわんずがくにを あまねくしるに いたらばふたりの あにはじめいつぴん こくきうこくさう こくだりとくさり のかういかうくわんを きはめんもいとやすし どもこときふ なればつぐるに ときしらさばやと思へ 爲朝 よしなくその たんたうを しやりけん にねらひ をはづし でうちか けしは四 □□□□ めぐり あふせも 一王女 あらんひに こつにくの まことを つけ わん ずの たす けに なさんずと ふかきてだ 舜天丸 てはさとらぬどう るゐさきにへいは あんけつらがふしぎに かめをいけどり きたればぞろ たつほどなつ かしくわがきやう ちうをしらせんとは 思ひながらいひよる すべのなきまゝに そのがうおくを こゝろみんとて 松寿 かうべをはねよとげぢ せらせまことゝ思へば をざなごのわんずはみるに しのびかねてもうこくていは くにのちうしんそのこどもらを いかでちうぜんいのちをつぎへ かめ ヱカナラ月十二 つる 二月廿一日 つぎ一ふたりの子ども つるかめとなのりし ときにふたりの 紀平次 まごとわがむこのみやうじを しるくやしるくやしさ ざもあらばあれ此わんず はつるかめらがおとゝ なりもううんほろび てまごわんずがくにを あまねくしるに いたらばふたりの あにはじめいつぴん こくきうこくさう のかういかうくわんを きはめんもいとやすし ときしらさばやと思へ どもこときふ なればつぐるに 爲朝 よしなくその たんたうを しゆりけん にねらひ をはづし てうちか けしは図 つる めぐり あふせも 一王女 あらんひに こつにくの まことを つづ わん ずの たす けに なさんずと ふかきてだ 舜天丸 てはさとらぬどう るゐさきにへいは あんけつらがふしぎに かめをいけどり きたればぞろ たつほどなつ かしくわがきやう ちうをしらせんとは 思ひながらいひよる すべのなきまゝに そのがうおくを 松寿 こゝろみんとて かうべをはねよとげぢ せらさまことく思へば をさなごのわんずはみるに しのびかねてもうこくていは くにのちうしんそのこどもらを いかでちうせんいのちをいぎへ かめ エリケ月廿二日 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 二てはり戸干二 ませしさかしさしぜんとあはれむぎやう だいのまことはおすにおしがたくしらはの したにありながらわれをのゝしるかめづ ゆうかんがくのあはひに身をかくして おとゝをすくひしつるがちりやく これらはいまだかずならずおやの かたきをうたんとて百せつのかんくを いとはずあるときにはわんによに ぐぶしてもうらんにいけどられ りやうがためにとりことなれども ちうかうのころざしうすからず てんのたすけをえたればにや かぎたすけよととゞめたるとしにはいとも かめ 左ゟしか〴〵と いひはしらさど さしころせしおいが ごぶしはなへしびれ いづこにやいばを あてんとも 安桀 □□□□□□□ なが川のはいぐんなんぢら きやうだいのみうたれず いままたこゝにわれをみて はゝのかたきとよせあは せしゆうしのくわうげん だかりにかなふその に〇むす けなげさに身のよこしまを はづればじやねんのつのも をれまこがみちびく あさせ川ふかきまどひに めを ころしまた まごをころして まごにうた にごりきとはじめてさとる るゝも てんばつはせうねいせうの いんぐわ たねならぬをわんずと てきめん しようしてよをあざむき わんによためとものうち じにを身のさいはひと よろこびてそもざんたうを のがれぬおう ほうなどて かうべをはね ざるぞといひ おもひ さだめずめに さだめずめに あまるなみだはよひの むらさめよりなほ ふりそげど身の さびをあらひながさん すべもなし たばかりつどへまつりのにゑにはげませ ども身は かこつけて人をころしてぞくせ はげませ なすみやまのおくのみやま木の よわる つる いきの ねぶかきめのががうあくをほそ たに川にかげみえてきよく ながらふつるかめがちうかうに いとくるしげに きこえける 思ひくらぶればいまさらくやしく はづかしくせめてざいあくを つるかめしば〳〵 めつせんためにてんそんしの たんそくし ごびやうのまへにてわんずと いはるまごをころしとしたけたる まごつるかめにうだれんと わがはゝかたの おをばにて おはするよし 思ひさだめたれば火をふみ をきくからに けしてくらきにまぎれ いかでかほいば したなるものがたり 平覇 あてらるべき ぜんあくじやしやう はみな人の心がらとは ひじりもいへどわがはらからは ちうからにをとこだましひをみがき あげてもぜんにはすゝむみちもなく はゝのかたきとつけねらひしかたきは はゝの又はゝにて 宜寿 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ よをいつはりのまうけは いひ よをいつはりのまうけ□□□いひ しかはかりしとしらざるや うたがはしくばかげあか を のきみはなき ちはゝの わすれがたみ とき がたに き月をとゆしにこれを みよわがせいけつと わんずのちらほと ひとつになりてこつにく のまことをこゝにあら はしたりはぶにもほして どくあくのばゝがさんげを きわきてかうべをはねて ちうかうの身をあげいへを ふこせかしみたりのまごはみたり ながらいづれおろかに思ふに あらねどわがてにとしごろ はこくみたるをさなきものは 松寿 やしほますかあいさあまれど右へ そも いか なればかく までにさちなき うへにさちなきや ちへのちうしん青の ちへのちうしんはゝの ていせつよにはしら れずつみなくてうたれし おやをおやとも しらぬおとゝは ばん さいおとゝにあらん とはしらでものがれぬ こくかの けいほうぞく めつえんざは○ わんずのみなを おかしてながらく ちゝの名をくだし 又つるかめは 曽文校合 なんぢらが はゝかたのおをばをばをうてばをうたはすなは すてられてもとしごろおやせちまごどもがてが したひ給ひしはくのためにからばゝをころ つみをますこはじんざくかすにあらずわれ てんさくかわざはひおもひわがをとこの さだめがたしやよおとく〽なうふいばにかくの りてうたるゝと すべもなしこれまで しらざるか すにあらずわれ なんぢらが□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ おはぢのたましかもこくぞくたゞ ものいまこれをひとかたなにして もてくまぎみやむときはなんぢらは ちうもなく 又からもなき 松寿 うろたへものにんじやう こうだうともにかけなん むやくのじざりを思ひ とゞまりばゝがおうべ をはねざるやともの いふどにほどばるや なりとはら ちし ほを見る にしのば れず からがくさ をしとね にざを しめてさし ちがへんとしたりしかば くまぎみはあはたゞしく みかへりてこゑをはげ まし〽おろかなりいる かめころに に為朝 ふかくせまる 為朝 ともしざつすることやはある そのたんたうはやねとなる ま ゆる ねつる かめは 手にもてる やいばをすてゝ はら〳〵とおとす はら〳〵とおとす なみだのつやしもと にも又 きえがたき 身をかこちてぞ うちかねたり 二十三べんへよみいゝぎ 傭書交来 樂亭西馬遺稿 一猛斎芳虎画 樂亭西風作六晦 稲妻形怪鼠標子出 一勇寿職芳玉編 蔦紅葉 金津石市 六升倒金三拾弐歩 } 一万万石原野郡 焼二個三軒 □□□□□□□□□ 同右同右同断同 同二個目の川へ 與謝武郎憲夜話 一五町府間大部六郎 二七十一丁 錦昇堂 ゑびすやはん なんぢらが やしなんぢらが おはぢのたましかもこくぞくたゞ 曽文校合 ものいまこれをひとかたまにして もてくまぎみやむときはなんぢらは 〽はゝかたのおをばをうてばをうたはすなは すてられてもとしごろおやをちまごどもがてが したひ給ひしはゝのためにからばゝをころ つみをますこはじんざくかすにあらずわれ てんざくかわざはひおもひわがをとこの さだめがたしやよおとく〽なかふいばにかくは いつね忘れる いろねしするよりほかりせうたるく りてうたるゝと すべもなしこれまで しらざるか ちうもなく 又からもなき 松寿 うろたへものにんじやう こうだうともにかけなん むやくのじざりを思ひ とゞまりばゝがおうべ をはねざるやともの いふごとにほどにごる なりとはら なんぢらが〽われはぐわいせきやきやとら ほを見る にしのば れずね からがくさ をしとね にざを しめてさし ちがへんとしたりしかば くまぎみはあはたべしく みかへりてこゑをはげ まし〽おろかなりいる かめころに ふかくせまる 為朝 ともしざつすることやはある そのたんたうはやまとなる まき ゆる ねつる かめは 手にもてる やいばをすて はら〳〵とおとす なみだのつやしもと にも又 きえがたき 身をかこちてぞ うちかねたり 二十三べんへよみいゝぎ 傭書交来 樂亭西馬遺稿 一猛齋芳虎画 本亭西風作 十一亭西風作六輪 稲妻形怪鼠標子 一売麦騰芳香 蔦紅葉 宇津谷市 一金三拾弐貫 } 二個三つ目 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 一銀壱貫 一万藤太郎殿 十一二個じつけて 與謝武郎憲夜話 一寿春間大部六湯 ててふり町 錦昇堂 ゑびすやはん □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 三十四 百九 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 一 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 三十四丁目 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 一 } 一、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、〇〇 一遊見波里月廿三日 八冊之内 東本石町 七岩井屋平一通 京三丁目 錦昇 堂板 西馬遺稿魯文校 宇純月 二十ミ篇巨巻 玄雲 光斎 楽高遺伝 かり垣ろふん枝 よしとらへ えみすむ梓 弓張月春之夕榮第廿三編序 夫此策子を著作たる。故西馬が遺稿を以て假名垣大人が 校本を。此度僕にその遺續をと。勸諭によつておこがまし くも。先號計の二世の樂亭。如此なるうへはと猶遺る草稿に 縁校せし二拾三篇。巻中すべて人間万吏かの塞翁が孫児 の孝子。鶴亀二士に出會て。暴欲不道の阿公が。是迄募りし 一旧惡も。善心に変りし懺悔譚語を。拙き稗史と見侮 たまはで。隨分己身の御用心なんとがてんか〳〵と。いらさの お世話も本町庵が。紋切形を受続て。 十一日 文久四稔 甲子春 二代の 十一日 樂亭西馬述 印 二万はり月廿三 宇純月 二十三篇巨巻 玄雲 始斎 楽高遺伝 かり垣ろふん枝 よしとらへ えみすむ梓 弓張月春之夕榮第廿三編序 夫此策子を著作たる。故西馬が遺稿を以て假名垣大人が 校本を。此度僕にその遺續をと。勸諭によつておこがまし くも。先号計の二世の樂亭。如此なるうへはと猶遺る草稿に 縁校せし二拾三篇。巻中すべて人間万吏かの塞翁が孫児 の孝子。鶴亀二士に出会て。暴欲不道の阿公が。是迄募りし 一旧惡も。善心に変りし懺悔譚語を。拙き稗史と見侮 たまはで。隨分己身の御用心なんとがてんか〳〵と。いら当 お世話も本町庵が。紋切形を受続て。 文久四稔」二代の 甲子春 二代の 楽亭西馬述の 楽亭西馬述計 一万はり月廿三 爲朝嫡男 御曽子 舜天丸 米體 □□□□□□□□ 福禄 寿仙 浦添大将 安司伯糺 浦添筑登之 珠鱗 樵夫未小八 仝申大七 元見ル居七十二日 廿二へんゟよみつゞきそのときくまぎみ左ゟ こゑはけだし〽なんぢらわれをうたずしてつるかめがていたらく きずへいゆすることありともてんまたこれをかいまみなり われをゆるさんやそのたんたうをしかれをたち かきよしてやいばをえりにおしあてぎゝいんぐわ かきよしてやいばをえりにおしあてきゝい つゝみづからくびをはねんとするの かれをたち ぎゝいんぐわ これをかいまみ をりこびやうのうちに こゑたかく〽らうぞく くまぎみじさつは させじちんぜい八郎 みなもとのため ともこゝにあり トなのり給へば こは〳〵いかにト まごおをば見あぐる こびやうのとびらを ひらかしためとも わんによすてまるは しやうじゆきへいじをいて 白縫王女 八郎為朝 たちいでたまへば つるかめいとゞ おもなげにすみ むかへてさい はいし〽きよねん なが川のはいぐん に たい しやう うたれ 給ひぬ 紀平次 ○□ うちまもりつゝたん そくし〽むかしのはなの すがたはうせて かれもおいたり われもかくおい にければなのら ずばそのひとなり とはえもしらじいかにくま ぎみつるかめもよく きけかしをうなが いまはのさんげもの がたりに思ひあは だうりをかんすればわれも又 おれば又きくい四十よねんのひをぞ馬 ずれば又きへい四十よねんのひをぞしる じがいふよしありあそみやうじんのまつりの さるによつてくまよみやにつるかめの ぎみがせんひをめぬきしたる九寸 くひたるじさつを五ぶのたんたうを とゞむ。やよきへいじかりそめにおく ねがふにまかしてくそりたるみそりをは きみがかいしやくゆるかくいふ八丁つぶてなり すトのたまへばきへいわかきときにはさま〴〵の じはうへよりおりてこひするはよのつねなれど と思ひさだめていかん にたへずふかくもなげき たてまつりしにわん 舜天丸 によもろとも つゝがなくおもひがけざるやしろの うちにおはしますことありがたく よろこばしくとそ候へとうやく しくけいすればためとも につことうちゑみて われしまぶくろにて ひつしをまぬかれはからず わんによにめぐりあいかけろま おもむきやまとにてしゆつしやうありとは したるちやくしすてまるまた ふくしんのらうだう八丁つぶてのかくてわんす きへいじにさいくわいしてかのきみが右へ きへいじにさいくわいしてかの しまにはるをむかへちかごろ このちにかへりしのびこえ ごえやまなるたうしやう ごえやまなるたうしやう しゆがかくれがとしらずして やどりをこひしやうじゆがなき つままなづるがしごのていせつを かんはいしてつゞのひくだんの びといともなはれてこはしまに ありとは かくてわんすくま きみが右へ しらざるべし やまをいできぐわんあるによつて けふこの山にわけのぼりててん そんびやうへさんけゐし しゆう〴〵こゝにつやごもり よかぜをしのがんそのために うちよりかたくとざしたれば▼ かめ つ 同十一日月北三 まづつるかめを うちまもり又 くまぎみを介 われにさだまる つまなきころあそ のみやびをなら ねどもそでふり はへしいなぶね のつなでにむすふ あだちぎ あだしちぎ りも人め いぶせく なもりも あへずわれは たんたういもは まきもの } これざい 松寿 くわいの かたみに ととり かはしつゝおき わかれいへに かへりてたをやめが 〇 おくりしものをひらき ちづ にして こくの ふうぞくりげんに いたるまでてくつま みれはりうぎう びらかにしるし たりわが せんぞは りうきう のつぎへ 弓ばり月廿三 わん女 松寿 つぎ 人なる よしは なきちゝの ものがたり にてきゝ たれども □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ かきもとゞめし ものはあらず 舜天丸 左よりかりうどゝなりしさいはひは 左よりかりうどゝなりしさいはひは 八郎おんぞうしにちぐしたてまつり 九こくをくわんれうしたまふほどにやまれたやすくつる やがてぎんじゆにめしおかれ廿八きのをえてかへりしも だいいちとよにも人にもしられしは だいいちとよにも人にもしられしはみなこれしゆうの まことにこよなきめんぼくなりちうかうをかみの まことにこよなきめんほくなりちうかうをかみの しかるにおんぞうしはくんぷのあはれみ給ふによれご おほせかしこみてはなせしときにとりてはあそ山 〽つるをよい にてちづをおくりしたをや 紀平次 めがいさほしなりとは人にも いはれずむまびすてたる えにしをこゝに思ひいづ ればたん たうの 四月一日 めぬきを さらに まごとし 見 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ えんために とは しらで ひそかに ぞのこ りうきうへ すたね じまと おもむき給ふ にあんないしつあき たるもつし かめ のはまね あらにふた りの こゝにつま きへいじみたり かのたをやめはなに かのたをやめはなに びとのむすめ なるらんきか まほしと 思へばわづか に四五日へて ふたゞび あそへ おもむき しが人にも とはれずた づねめぐれど さらにあはず ひとよの▼ 錢三 とし やつしろと よばるゝ をんなを いまにめとり ふらうのたつきに ゆふやまに山ずま ひして君へ 〆 ちぎ りと 思ひたえ 為朝 テ一月廿三 をさめしかしごのち はからずもとしごろのまごが をさめしかしこのちぜんあく いがしゆくんじやしやう のやくに たちしやく のやくにを身に たちしやく しる じまかの みち なみ くれ は どり あやしきえ にゝはいざゝ めになの 事もむか しはづる つる □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ しき下 ときしらすれば くまぎみは 〽さてはそのよ さてはそのよ のみそつをいおん みなむかもろ にはなもともなき おい木とちひとつ ねによるあひおい のあふはわかれの はじめなりともいか でおもてをあはざるべ きさはあれのちのをと こにあはねばたゞこれ のみがうしろやすし次へ 十三 つぎまがれる木にも花 ぞさくひがめるもの にもまことありありあは れまずともむかしの よしみにこの身の いとまたまはして まごがひを やすらへたまへと手を あはすればつるかめも かねてその名をきゝ およぐる八郎あんづの とうのらうだう 八丁つぶてのきへいじ ぬしがわがはゝかたの おせぢなりしか思ひ がけなきげんざん かなとなの 事はしんの なきよりにて わんによすて まるたう しやう じゆも きぐうを かんたん したり ける なんぢにいでゝ なんぢにかへるいんぐわの ことはりいまこゝに 大臣 白縫王女 のつゞき もうこくていが子ならん とはさもこらばあれかの こくていがとほつおやは 天そんし十八世はりんわう よりいでたればきんし ぎよくえうと しようせられやしなひ くにゝつかへてとうてくらい りやうのしんにをめいり 給ふとも はべればその ゆいしよありそのみな せんわらに もとのつく をのこみこ るにあら ましまさ へずいつたん ねば 一世をし どう ひきみ せい の あ ざむ 今 きい 陶松寿 くま さんげに よりて わんによは はじ ずが きゝねへばあ るひは□ おどろきあるひはなげき 思ひきやわがおとゝのわんずは おとゝにあらずして わんずと しようをむし せしつみはあり こともながらへて だにあ らんに は吹へ 一同廿一日芳田幸三郎 くわいしてはじめをはりをわきまへりゆき ざるくまぎみがあやまちになほあやまち をかさねしなりきのふまでもけふまでも せらはがおとゝと思ひはべれば今さら よそのしぐれにあらずしゆう〴〵とは いひながらもうこくていおやとには わがみにうけしおんおほかりその ちうこうになだめてもいのちはたす のきまたせんすぐもあるべきにあやめもしらぬをさなごを たゞひとかたなにさしころせしはひたすらせんびをかう けえさせんにいといたましきこと しつるかなとうちなみだくみ給ひし もの かばいるかめもめをおしぬぐひはゝ □□□□□□□□ とす にいがきがさかりもすぎよはひ よそぢにちかくしてみごもり たるを心にかけておやうしに うらなはせ候へばしゆつしやう の子はをの上にていとたふと かるべけれどとしは十ヲに みたずしてわうしすべき やか 図21 ものなりとてそのたなし そこをさすごとくとき しめされていよ〳〵 ます〳〵こゝろ にはかゝれども ちにはたへて つげざりしと 青のまつご のものがたりを なり七 たゞかりそ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 十一よそへ はゞかる そでの あめ めにきゝなして そはゑせはかせ がそらごとならん 心にとゞめ給ふ なといひなぐ さめしは八とせ のむかしおもひ あはするから ばみのいと しひがたく しいのみ をあにと もちくん はしらで おくりしも つらなる えだの まことを あらはし かめを さへあは れめども つひにそ のしをす くひかねな みだぐみ たるおもかけが なほめにみゆる とかきくどき右 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ □□□□□□□□□ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 二十一日 十一日 おほし お □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ たん して をさ なき ものは むちの ひじを つみを たゞす に つぎん 云々亭戸十三 つぎいまだゝにしなしさゞくまぎみが よこしまはそのつみゆるしがたしと いへどもしようすべきこと なきにもあらずゆゑ いかにとなれば かれそのまごを わんずといつ はりはへばるの しろにこも りて六と せがあひ ださんなん せうをとり もとゞめ たればこそ たみいまに てんそんしの のちあるを しるをもて もうこん ぎやくゐを ふるふといへ どもつひに さんなんをうばひえざ りしそのこうひとつ又ため ともが身にとりてはその かみくまぎみがきへいじに かみくまぎみがきへいじに のおほせなりともたやすくこゝに しのびきてつるをとりえてかへらんや ちづをおくりしことなくばたとひくんに そのごうふたつよりてくまぎみがなき がらはつるかめにえさすべければをさ なきおとゝがかばねとともにはう むりてあととへかしとねんごろに ときさとし給へばつるかめはかた ちをあらためかくまでふかき おゝんめぐみにもとりたて まつるはかしこけれどそれがし はらからはおをばくまぎみ にきずつけたりこれを りつにかんがうればそのつみ まぬがれがたしみゆるし をかうぶりてはらかき きらんにはトいひも はてずふたく びじさつせん ことするをすて まるきふにおし とゞめまとへる かなつるかめ なんたちその はじめくまぎ みをぐわい そぼなりとは たえてしらず しらざるゆゑ にこれにきず づくこれすなはち かうしなりかくて そのそぼなるを しるに いたりて みづから ヨリ伊馬守「 しなんと すこれずな はちつぎへ 云えに戸十二 つきじゆんそんなりかゝればつみ あるににてつみなしといへども こゝにだうりをつくさずば まごにうたれんとこひ ねがひしくまきみがしも いぬじにならずかうし じゆんそんの心ざしゆしひて うばうにいたるべからずいでけい ばつとやいばをぬいてつるかめが もとゞりをきりすて給へばあにも かめ おとゝもためともおやこのじんちに かんるゐとゞめあへずあやぶみながら ふたりのまごをすくひかねたるきへい ぢがよろこびけしきにあらはれて今をいらへせしかはためともは かぎりのくまぎみはおなじ思ひに手をしやうじゆをみかへり あはせかなたこなたをふしをがむくつうたうあんずこのものども さこそときへいぢがりんじうすゝ めてひらめかすやいばにかうべをうち おとせばかくごはしても今さらに 紀平治 ふたりのまごをすくひかねたるきへい左ゟ 爲朝 左ゟいひきと 心のやみによるいつるほそこの たいになくかめもともにやかるゝ 思ひなりかゝるところごまきみが 手下の野ぶしとうき○ていざ う。こうゑらのすじふにん こびやうのうしろよりたちいで みなちじやうにはいふくしそれ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ がしらはもとよる名もなきはむ しやには候へどもさきに大しやうぐんに したがひたてまつりなが川のはいぐんにま からうじてひつしをのがれたるものどもじゆはほとり まへばしやう こゝにた 一めとも は ひとつの きねん をまし 思ひさだ めかね給へば ててまるは すてまるは はやくちゝ のけしきを すゐし わが大人□し ○ いかに おぼす やらん くまぎみ としごろ こえ かくれて ひとり わん ずを もり はぐ くみ また ちか ごろ なが川 はい なり大しやうぐんごふうふのうへいへばちかくたちよりて さらなりぐんしさきてのりやう ばちかくたちよりて くだんのしがひを しやうもうちじにしたまひしと きみえしかば此くすぐ山へのがれいり はからずもくまぎみがわんずを つらくみ ても もりかしづきてたらのきだにく かくれおるになのりあいわん ずにしたがひたてまつりしが くちをもらふによしなく て山だちのぶしとはなりて 候ひきしかるにたゞいま 山のをざきよりかへり 〇 おはし きてくまぎみがいまはの ざんげものがたりをたちまのあた ますを まのあた ⑦ さらに みしり候はず といふ図 ぐんの おちむ しやを まねぎ あつむる ことまでも もうこん これを しれるなる べししか づゝぐん びやう をさし むけ ぎゝしてはじめてわんずは里にみたて まつるによの せうねいわうのみこまつるによの あけたるやうに ならざるよしをしる しるあけたるやうに かつ大しやうぐんおぼへて わんによ よろこばしく つ もろと おそる〳〵まうせしかば もつゝが ためともひとりに ▼から さんせじ とてふか くさん りんに の□□ のがれ 舜天丸 なく 〇 その名をとひて わんず にしたがひてくにのちうぎ なんちらさせるものならず からめ とらせん ともせぎ るを思ふに 珠うん をつくすには口ずことゝ ともさきての大しやうつるかめを おこなひとそごすればそのうたがひあり心え しらざることやあるしかるにその がたしとのたまへばみなもろともにかうべをもたひ なかまなるぎす。へいは。あんけつと おほせことはりに候へどもくだんの三にんはこほう やいんの三人ンよひにかめをいけ どりきてくまぎみがいふにまかせ かうべをはねんとしたりしいかにうちももらされたるものなりとて廿日ばかりわんすのためか かうべをはねんとしたりしはいかに いぜんにこの山にきてくまぎみにしたがひ右へ一つはものをいぎへ そやきやくぞくもうらんには▼ゝいぜんにこの山にきてくまぎみにしたがひ かれわがち の手をかりて わんずと くまぎみを ころさせかれ又 わんずのために 号ナリ月廿三 同月月二 つゞきおこしわがちゝを うつとしようしく ぐみんをまど はすめや はかり ごとなるべし しからば かれらは もうこん がまはし ものにて 図 しやうじゆ の手のもの 紀平治 左衛門かはりてよろ なりといつはりしは こびのぬさをまゐ こともしやぶれに らし給へ今ははや およぶともさうあん ずをわがちゝにうた よもあけなんとす がはせんたくみとおぼしわれはわんによすて さははべらすやトのたまるをいてくまきみがあけにけ まへばためともはうなかくれがにておの〳〵をともおやこはざらの づきてすてまるがすゐまつべきなりとのぶし りやうそのおもむきを十人をのこしとゞめ えたりとくしがひをあらしやとうのちしほ ためよとおほせにいるかめをあらひながさし しやうじゆとゝもにそのふとうきていざうらにて ころをさぐりみるにうろこみちしるべさしておやこ 回 よはほの〴〵と あけにけりため ともおやこはだらの 木だにのあき いへにいりねへ ば ▽ ありてきへいぢしやう じゆつるかめは十にんの のぶしをいてみなもろ ともにきたりける此日 ためともはとうきてい ざうらせつかはして なかまののぶしらを まねかし給ふに四五日が ほどにみなくすぐ 山へまゐりつどひし かばその心ざしを しようしてひとふしの にくひとえだの このみもしそつに わかちとらし給へば そのじんしんにかん はいしてゑいき はじめにいやまし たりかくてためと もおやこはきへいぢ しやうじゆつるかめ らをつどへてその ぐんりやくをことひ 給ふに八丁つぶて まづ申やうわがきみ にわかに三百のつはものを えたまへどももかうんが ぞくへいにくらぶれば きう〴〵かいちもう なりかつこの山は廿 かたのわりふありしかのみならず三人もろともに たらのきだにへ そのきごみにもううんがそでじるしを つけたりければみな〳〵すて丸めいちを かんじけりそのときためともいとうき ば ていざうらにうち むかひなんぢら ちうぎの心ざしを 回 うしなはずこゝに まゐりつどへる をしようして まだこのほりになか まの野ぶしいく ばくかある ととひ給へば とうきらこたへ て申すやういま こゝに候ものわづ かに五十八人このよしよはうに かくれすむもの二百五六十にんも 候べしといふわんによはきゝてふり くよろこびあんず此みやしろに まうでつるかめらにめぐりあい又 まねかずして三百にんのつはものを えたりこはてんそんしのみやうじよ なるべしとしゆく給へばためともこびやう なるべしとしゆくし給へばためともこびやう をふしをがみ人まことあるときはいのらず ともかみのたすけありしかるにあまたちを あやしてしやとうをけがせしみいともかしこし きへいぢつるかめらはわんずくまぎみがしがひを うづめそのけかれをのぞきだうあんずはわれに右へ しゆりへ ちかしもううんはやく これをしらんか さきんづるときは人を せいしおくるゝときは人に せいせらるしりよを ついやすにいとまあらず 三百よきをふたてに わけおほさと □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 海軍 百目目 わし あひより ながく かつて ふる也 珠りん すみ たん ○しやうじゆ へいきふ しばらくしあん にせめ してらうじんのゐけん たまはゞ そのよしあるにゝたれども そなへなき ぞくのぐん ぞくはたいぜいわれは小ぜい しんたいけんそをたのむびやういつせん ともきふにはしゆりへせめにほろぶべし とく〳〵くんぜい いりがたしりやうぢんあひとく〳〵ぐんじい し給へとすめ し給へとすめ いとむことひさしくば いとむことひさしくは まうせばかい なにをもつてつぎへ 云茂月七二 ひならすしゆりにせめよすると 曽文校合 たぜいをもて ふうぶんせばもうこんかならず きふにせめおと 〽つぎ一ひやうらうにあつべきさんとするなるべし もうらんもしわがしそつのそのひまにわが うへたるをしらばつはものをちゝはすてまる わかちてうしろよりおそひきへいぢつる うたんかくてはしゞうあやふかめらと百人の からんたゞこのやまにたむろていへいをいて してしゆりをせめんとするそなへなきを いきほひをしめしてきにこなうちたまはゞ たをかこまして矢いくさに日をうらぞへのしろ おくりそのひまに大しやうぐんはえやすからんト 百よにんをいてしのびやかにうら 百よにんをいてしのございわんによし ぞへのしろをぬき給はゞもうらんがひわんによし ぜんごにてきをうけてふせぐに大しやうとして すべなからんかトいふをためともとうきていざう うちきゝてすゝむはやすししりら二百よにんを ぞくはかたしすてまるはなにとかのこしつるかめを 思ふととひ給へばさん候たうみちしるべとし しやうじゆのはかりごとしかるためともふし べくこそ思ひはべれこの山にはきへいぢはうら はゝぎみをたいしやうとしたうあんぞへのしろをと ずそぐんしとして二百よにんをとぐらんとて百にんの 百よにんをいてしのびやうにうらいらへたまへばこのぎにした がひわんによしやうじゆを めなきためともこのやまにたむろしてつはものにはべんがだけの かめ 諸者 西馬遺稿 芳虎画 ふもとへ まゐりあへとて 珠鱗 じつ ためともふし しやう〴〵は いとやつ〳〵しく いでたちと ひそかに ひそかに こゝをたち いで給ふ つ の 巻へ 其由縁鄙停 同一一一 十ム號 十六編 笠亭仙果著作 御伴楼国貞画 錦昇 堂蔵 板略 目録 十勇士尼子の礎 三編為永春水作 四編一寿齋國貞画 五輪河竹其水作 雨夜鐘四谷雑談 六編歌川国貞画 初編笠亭仙果作 二編一勇齋國芳画 比奈乃都大内譚 地本絵草紙問屋江戸てりふり町恵比寿屋庄七板 一二百七十一 錦朝楼芳虎画 弓張月廿三編 弓長 応需慎斎恵 月 はるの の まき 夕栄 楽亭翁稿 よし帝画 錦昇堂文庫 廿四丁 二の巻よりしさるほどにたう しやうじゆはかみをつぎて はたとなしたけをぎりて 矢をはがしさんちう えうがいのちにぢんを はりて夜はおびたゞしくかゞ りをだかしためともふたゝびくすぐ山に ぎへいをほこしてしゆりをせめるといはし ければもうらんきゝておほいにおど ろき棟孫藝路奇律なる全広焼うら いかのぞくしやうらをよびつどへ きよねんしまぶくろのやきうちに ためとも三めん六びありとものがれと 思ひそのくびをみざりしかばふかく 心にかゝりしがかのためともは しなずしてしのび〳〵に ざんたうをあつめ 舜天丸 すでにくすぐ山に たむろしてせめよす るといふふうぶん かくれなわれさら に心えかたきはいぬる かんな月ためとも ふうふがぞんぼう さたかならざるころ よりそのゆくへを しらんとてわが千里がん をみはれどもくもきり などのおほいしごとくさら にこれをしるよしなし思ふにためとも世 いん ぎやらの じゆつをえたる かさなくばかれを たすくるもの▼ 十一月廿二日 まこと そらごとはしら ねとも 子にすて丸 ため ともが とよばれて ちぼう おそろ しき こくわ じやあり又 八丁つぶてとかいふ らうだうのあり とぞうちなもらし そとときしめせば ふたりのぞくしやう こゝろこんて千五百 きをいんぞつら つくの日しゆ ▼ わが じゆつ をくぢくにや あらん やうちたち かゝればあなどり がたきてきなり しやつらにせいの なが川をおゝわたり くすく山へよする ほどにわんによ ほどにわんに子 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ とうそん。ぜん くわうは大ぐんを いてはせむかひたん しやうじゆはときの こゑ才もあはせ くわらは大ぐんをず思ふまゝに てきをびき へいきふにせめよせて よせ二百きの みなごろしにせよ つはものにつぎへし 弓長 応書慎斎恵 月 はるの 下の まき 夕栄 楽亭翁稿 よし帝画 錦昇堂文庫 十四丁 二の巻よりしさるほどにたう しやうじゆはかみをつぎて はたとなしたけをぎりて 矢をはがしさんちう えうがいのちにぢん也 はりて夜はおびたゞしくかゞ りをだかしためともふたゝびくすぐ山に ぎへいをおこしてしゆりをせめるといはし ければもうらんきゝておほいにおど ろき棟孫と行奇律による全広諸方 いかのぞくしやうらをよびつどへ きよねんしまぶくろのやきうちに ためとも三めん六ぴありとものがれえ 思ひそのくびをみざりしかばふかく 心にかゝりしがかのためともは しなずしてしのび〳〵に ざんたうをあつめ すでにくすぐ山に えらがいのちにぢんを 舜天丸 たむろしてせめよす るといふふうぶん かくれなわれさら に心えかたきはいぬる かんな月ためとも ふうふがぞんぼう さたかならざるころ よりそのゆくへを よりそのゆくへを しらんとてわが千里がん をみはれどもくもきり などのおほいしごとくさら にこれをしるよしなし思ふにためとも世 八 いん ぎやうの じめつをえたる かさなくばかれを たすくるもの▼ 十一月廿二日 まこと そらごとはしら ねとも ため ともが 子にすて丸 とよばれて ちぼう ちえ おそろ しき こくわ じやあり又 八丁つぶてとかいふ らうだうのあり とぞうちなもらし そとときしめせば ふたりのぞくしやう こゝろえて千五百 きをいんぞつし つくの日しゆ ▼ わが じゆつ をくぢくにや四つかざるひまに をくぢくにや あらん かゝればあなどり がたきてきなり やうちたち なが川をおゝわたり くすく山へよする しやつらにせいの ほどにわんによ いかざるひまに とうそん。ぜん くわうは大ぐんを いてはせむかひたん いてはせむかひたん へいきふにせめよせて しやうじゆはときの こゑをもあはせ お思ふまゝに お思ぶまゝに てきをびき よせ二百きの つはものにつぎへし みなごろしにせよ いきしげぢしていちどにすひやくの「ほどのけさまをおとしけるつか○きなりめうなりと〽左がへゆだんなく たいせきをばら〳〵となげおとさすかめはこれをみてげにもおせ ればぞくへいやにはにうちころ ぢは八丁つぶてとあだなせしこと さるゝもの二三十 にんきずをかう 為朝 むるものかずしれず すは八丁つぶてよと いふほどこそあれ 大ぐんいちどに くずれたち一り あまりひきしり ぞきて きなりめうなりと しようさんして まもるべしともう はらからひとしく はらからひとしくこんほうわう はしりゆきおさへてげぢしたまへば なわをかけしかば なわをかけしかばうらぞひのあんず うまはしきりに伯乳はゝそれがし おどろきさわをいかひとして □てもときしさじきのあんずに みちはらりさいそくしかせいの かへるをすて丸つはものをよび やがてくつわせつどへるのみこの ひきとめそのうま 両三 日は おき もせざる ものおほかり とうそんぜんくわうは ためとものぐんばいあな どりがたく思ひたるにすて 丸がちぼうきへいぢが いふてにきゝおぢして そのちはかる〴〵しく いはものを 四 やむ ことを をさへえたまひける そのときつるかめは はんしはんしやうなる きばむしやをひき きばむしやをひきひそれだに たてきたりしかばためとも みづからそのらいれきをしやつ とひ給ふにかのものくつら に にたへざりけんはか〴〵し よ くいらへせざるをしは〴〵 う とはれて 珠鱗 まし 一 の すゝめず さんちう えず それがしは いと ます ことにもや ふかくてき ふかくてきの ふかくてきの たせうをみきはめ がたくときのこゑのみ うらぞひ のちくとし に とらせ よと のたまへ ばうけ こたまにひゞ きてす千ぎ 舜天丸 こもるごとくきこえしかば 図 しゆ かん しば〳〵しゆりへはやうまを つぶて とばしてかせいのつはものををとつてはつ こひければもうきゝてやすかたとうてばはや 五六丁もはせす らぬことかないでわれみづから はせむかつてふみしづめんと いきまきてやがてしゆつぢんの をくだきてくらつぼよ よらいをぞしたりけるかゝりし ほとにためともすてまるは里右へ ぎたらんとおぼしき きばむしやのせぼね るもの なるが と きへいぢつるかめもろともに 夜はゆきひるはやどりつゝやく べんがたけのふもとまで き給ひしかばしやう〴〵 石にこしうちかけあと よりはせつくつはもの をまちあはせ給ふ はりからたちまちかんば にむちをあげできたより みなみへはしらするもの ありけりすて丸これを 見おくりてかのはやうまは さんなんせうへきふをつぐる 十一月十一日 ししやなるべしひきとらへなば ししやなるべしひきとらへなは ことのよしをしることもあるべきにと のたまふをためともはきゝもあへず しからばうちもとゞむべきにはしらしたるはのこり おほしとつぶやき給へばきへいぢはつと身をおこし それがしうちとめ候はんといひもをはらず▼ 紀平治大夫 弓十七日同廿三 給はる といらへ もあへ ずき へいぢが ひら める す やいば の下に しやりん のかいべは おちてん けりかゝる 八郎 ためともさい せいしてくすぐ ところになんきか こうゑちは百にん のつはものをひき 山へたてこもり たゞいまかつせんの さいちうなりしかる にうらぞひぎのわの 両じやうはしゆ りののどくび ぬるをもて はやく つれおひ〳〵に はせつきしかば ためともこれ らにはかりを をときしめし 百人のうち にてことに しやかんに にたるをえち □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ つはものを ましくはへて右へし みかれが いしやうを きせうま にのせ にのせ吹 云か月十三 つゞきしためともふしつる かめはらからきへいぢら いざなひきたるしゆ かめはらからきへいぢらはいざなひきたるしゆ ちくとしといでたちて しゆう〴〵すべて百よ人ゆたんし給ふなと ひたすらみちをいそがしよばはればはく つゝそのよゐなかのころきらおほいに ほひにうらそひのしろにおどろき はしりつきくだんのにせはしりいらん しゆりんまつさきにすゝとするとこ みて木戸をうちたゝき みて木戸をうちたゝきしろをため さじきよりかせいのぐんともかたなを びやうをいざなひきたひきぬき れりもんをひらきてておどり いれ給へとよばはればかゝつて ともかたなを りんはにせものなり ゆたんし給ふなと よばはればはく きうおほいに しろのつはものやぐらはくきうが のさまより見るにかうへをてうと こなたよりつかはしたるうちおとし ししやしゆかんはうま大ざとの にのりてもんぐわいにあんずみな にのりてもんぐわいにあんずみな たてりうたがふべくも あらざればやがてきどをともこゝに おしひらきぐんびやうをありしろの まねぎいれければためともぞくへいいのち ふしはすでに一二のきどををしくばからさん こえ給へばしろの大しやうせよとよばはり あんずはくきらいでむかへたまへばじゆうそつ へんとするをりからじやう百人ときのこゑ ちうにわかにさわがしく すて丸きへいぢ いるかめはぢう わう □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ ○むげにきつてまわるに しろのつはものおど さわ ぎてふせぎ たゝかはんとする ものいちにんも ぬくなかばゝ うらもんより おやや のがれ さり なかば ほこを ふせておめ〳〵と からさんなす かくてため ともふし くら 議部 第一 為朱隣に世の 偽珠鱗にせの ぞひ のしろ をくだし 給ふよしおち こちにきこ えてこえぐ のこうきつ。 おつゆへい れつ。てい ゑんすが ともがら 三十よ人 のかり びとを いて まゐか くはゝり ければ ためとものければ てのもの百三十にん かうさんのものをあはせて 四百三十四百五十三丁 しかるにじやうちうひやう らうにともしきをもて らうじやう心もとなしもしきの はのぞくしやうとつていで とほくかこみて日をすごさば じやうちうたゝかはずしてよわるべし はやくあせむぎをかりとらしてひやう らうにあて候はんとまうすものあれど ためともさわぐけしきなく 二口ぼり片七二 いゞきいまいちりやうにちすぎなば左ゟ」「左ゟ」「左ゟ」「左ゟ」「左ゟ」といまいちの ひやうらうおのづからいできべしとすてたるたち のたまふをみなくこゝろえがたく 思ふほどにとほみのつはものいそ すてたるたち よろひさへ もてまゐおり がはしくやぐらよりはしりおり ぎのわのかたよりぐんびやうあまた きのわのかたよりくんひやうあるた いてきたり候とつげければためともは すてまるきへいぢとともにやぐらに のぼりてこれを見給ふにそのせい それがしにした がひまゐりし およそこたび ものかげ かつま およそ二三百にん す十里やうのいくさ くるまをひきてはせきたる ためともはしばしながめて から〳〵とうちわらひよせ 為朝 びと のみならずゆらうけん とくしま・せうりう きうのしまびとら たいしやうぐんと わんによのじん しんをした ひりんだい ふが□□ くるものはてきにあらず はじめをはりをつげしかば もうとんきゝもあへすおほひに おどろきそも〳〵かのためとも おやこはいかなるきじゆつをえて しゆいぼつふしぎのはかりみを なすやわれはものとしてみざる ことなくことゝしてきかさる ことなししかるにこんど ためともらがふるまひのみ このめにみえずこの みゝにきこえずしかは あれどうらぞひぎの わはしゆりののど くびなれば てきも かげろまなるりんだいふ がひやうらうをおく れるなりわれまた い いきたりといひもをは らざるにしまおさりん だいふははやほり ぎわにはゝり つきこれは かげろま よりひやう ◑ らうを◑ まゐら せんとて きつる さいそく にしたがつて はせつどひたるに かぜあれてふねども いらだちしに候といちぶしどうを ゑんぜつしうちとり おとつひにわかに かぜあれてふねどもたりけるぎのわのぞく みづから くすぐ やまをせめん とてすでに うちいでんと とらん とこそ はかる らめもし かのしろを うばはるゝ するをりから こともやと うらぞひの しろをおひおと かねて思ふ むねあれば されたるぞくへい りんだいふなりたい みなくつがへらんとしたる しやうぐんにまうさせ 給へとよばはりけり いるかめはわんによ さきにかげろまに おはせしとき まゐりつどへしこと あればりんだいふを よく見しつければ ふりくよろこびやが をりかみのたまけさせ給ふに よりてさらにじゆんぶうを えたりしかはたちどころににし ばまへのりつけにきしかるにたい しやうぐんはひやつきにたらぬつは ことものをもてはやうらぞひのしろを せめおとしたまひぬときこえしかば ふなぞこにようゐしてきつる 一そま木をくみてくるま きどをひらかしつゝ なしやかてひやうらうを しやうきじやがくびをとりわづかにのがれ いでゝじつけんにいれしかば ためともすでまるおほむけ わづかにのがれ かへりしろを うははれ よろこびなんぢがこんどの はたらきはゆうしやうしやう たる およばざるところなりと しば〳〵しようし給ひ けり○これより さきにもう うんは舎 わづかにのづれ ひやう らうの つみこゝを むかへいるゝにしまびとつ すべて三百よにんさして おの〳〵ふぢかづらをおしくる あみてよろひとなしところに きのかはをこてすねぎのわの あてとすそのときしろよりそくしやう ためともふしはやぐら よりおりてりんたいふにひやうちうをうばはんとて たいめんしかねてのやく二三百のつはものをいて そくにたがいずひやうらうをしろよりうつていで とんそういたせしことしんびやうたりけるをけつきに なりとたゝへてねんごろにねぎいさむしまびとらは らはねへばりんたいふはためともぢんほうはもとよりたち おやこのつゝがなきをしゆくしもつわぎもしらざれど まうしそれがしらこの十日あまり さきつ日にふなでして御ひしにかひついにぞくしやうきじやを さきつ日にぶなでして御ひしに ひことにかぜのわろくして思ふかたへ ひやうちうをうばはんとて ぢんほうはもとよりたち もつわざもしらざれど ちからにまかせていどみたゝ あたゝ はへさ せず ○たゞ 伯糺 つき〴〵に こなたよりしそ つの月ぶちを おくりいかわしたればいまは きつ日にふまでしていひしにかひついにぞくしやうきじやをおくりつかわしたればいまは ひことにかぜのころくて思ふかたへうちとりしかばそのへいやぶれてそのかてつくるころなりたゞ こぎよすることかなはずかくてはいつのしするものかすをしらずかのしろをうちかこみて〽そすと 日にとまりのにしば給へらすべきといひおもひもほかにとくづきて各 日をすご 吉 崇雪 なんといふ づぎ いふとも がし 為とも せでやは あらんかれば くすゞ山のてき はしんふくのやま ひにあらずため 一ともはうらぞひの しろにあること うたがひなしいで われうらぞひを せめおとさばくすぐ 林太夫 しまはおのづからおつ べしとてまづことの おもむきをとうそん □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ せんくわうにつげ ま しらせとうそんは なが川をまへにあてて くすぐ山のてきを おさへこなたよりたゝかひ をもよほすべからずまた ばんくわうははやくしゆり ぜんくわらははやくしゆりへ かへりてうらぞひへむかふべしと いひいりはしけりかくて ぜんくわらはひならずしゆりへ かへりければもうとんやがて ぜんくわうをさきての大しやうと してそのせいすべて三千ふき してそのせい すでにりうぐうじやうをしんぱる してつきの日かめ山のふもとに のたりしばらくこゝにたむろして てきのやうすをさぐりとはするに しのひのものはしりかへりていひけるは さてもかけろまのしまおさにりんだいふ といふものかねてためともに心をよせ おちこちのしまひとをかたらひひやう らうあまたらんそうしてうらぞひのしろに いしをりからぎのわの大しやうきがこれを さくぎりとゞめんとしてかへつてしまびとに うたれたりといひもはてぬにまたいちにん とほみのいはものはしりかへりためともすでに ひやうらうをえていきほひあさひののぼ 六百 よき をふた てにわけ とほく 見わ しろをはな れてよせ きたり候と たせば わぐん たちまち さいうに まうすうち わかれてはな にたちまち やかによろふ むかひの もりんのうちたる十四五才 のびせらねに よりいつてのびせうねん せいはせいでまつさきに たりもううんはちまをすめ すてて こゝのつげをきくさいはいとつて かしこのてきぐんもうらんを さしまね をみてこゝろの うちにおそれはゝぎえうぞく いそぎくるまをなどてきつることの すてておそきやわれはこれ うまにうちのりおほやまと みづからちんとうせいわのかう にはせいでていんちんぜい 八郎いぎへ ひやうらうをえていきほひあさひののぼるがごとく さいはいとつて おそきやわれはこれ 十一日月廿三日 片川十七丁同廿二丁 同所元河丁戸十一丁 つゞきみなもとのためともがちやなんすて丸 なりとしごろをばしまにひやうはくしてちかごろ ふぼにさいくわいしさらにこのちへとも なはるさればちゝのおほせをうけてまさに なんぢをちうりくしてしいきやくのつみを たゞしてしまぶくろのうらみをきよめ たみのとたんをすくわんとすやいばを うけよとのゝしり給へばしそつひと たはことかななんぢがちゝためともだに われとしゆうをあらそひえずみやう くわにつゝまれことかまさまよひけふ までいきものびたり はひなるべきに又こりのも とらのひげをひねらんとても きさい □□□□□□□ 人なみにも これも 林太夫 まだたら なじ 竹きへ いぢがいふ てにあたつて うまよりおち ればなんきつ こうゑ しくゑびらをたゝきてときのこゑ をどつとあげてんしやうくわう ざいじんをとこやましやうはち まんぐうあそみやうじんとかき しるしたるはたをやまかぜにふき なびかしあまたのゆうそつぜんごに ぬこくわ じや に◑ れつくすてまるのかたへには はくはつのらうむしやいつき おりをよこたへたつたりける 〇 さきを これぞおとにきこえたる かたせし 八丁つぶてのきへいぢだいふと とはねどしるきゆうしのさら ぼうよろひのおどしも やまとやうこれぞいちにん たうせんのゆうかんけしきに あらはれたりしかれども はいきがひも なきしれものなり たれかあるすてまるをいけ どれとくらいぼたゝいていきま けばもうらんがさきての大しやう じゆもくくわんぜんくわうたち もうらんはすてまるの まちうまをはせいだせばきへいぢ せうねんなるをあな どりから〳〵とうち とらひくちさき あをきこせがれが とゝやかましき らまをかけよせて十がうあまりたゝ かひしがきへいぢかなはずにげいだ せばぜんくわうはのがしはせじとおひ きたるあはひをばかりてきへい ぢがてうどうつたるいぶてと口 ともに ぜんくわうはうま よりおちてちをはけ ばあれたすけよとぞくしやう きりつしそつにさき たちはせいだせば ら〳〵と おちかさ なりて ぜん くわう きりつが くびを えたり されば きへいぢが しゆれん のつぶ に もう ⑬ たのみ きつたる ぞくしやう 二きをうちとつて きへいぢが□の巻へ 四 三の巻ゟいきほひ はちくのごとく 大しやうはたを 季蛇じや すかめ給へばぞく ぐんたちまち いろめきて ひとなだれに くづれさわけ ばもうかん □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ ます〳〵 心あはて しきりに れ し るゝ なし こはそ も じゆもん すとなふ ① すべな れば いかにと くうたるゝみか げん じゆ われにもあらではうぜん としてするところをしらず つ かゝるところにもうらんが ごぢんふたゝびいろめきて たもかへりみず かつたゝかひかつはし ればひやうがをかのほと りよりいつてのせはうつて てきまたうしろよりよせきたると さけぶほどにときのこゑおひたゞしく いで八郎ためともを見 わすれたりやもうぞくにぐるべ なが川のぞくぐんやぶれてぞくのたい ことなかれトいふこゑらいのごとく しやうとうそんをわんによみづから なりもううんは 島人 うちとりたまひはやりうぐうしやう しんたいきはまり をもせめおとしもうこんがあとを ぜひなくうちやぶつてはしりぬけん とするところにためともがちんより おふておしよせ給ふとしらざるや つるかめはらからうつてかればかつ こちひらのあんずたうしやうじゆ こゝにありとなのりかけてうしほの わくがごとくせめたつればもうらんはさんでせめうてばうしろよりわん女 ぜんごにてきをうけよせぐに○日のたいぐんおひつめきたりあめの内 〽おもうこんをゐておと さんとゆみに矢つがひしばし かためてひやうとゐるその 矢あやまたずもううんが むないたにあたりけるが やじりくだけてとびちつ たりためともはいちのやを いそんじむねんに思ひ二の矢 をつがへてゐ給へども矢は はねかへりててきにあたらず そや廿四すぢを いたづらについやし ゆみなげ すてて たんそ くら われ □ ごとに 矢をはな すこゝにいた つてぞくへいら あげまき のむかし よりゆみ やをもて 名をし られ さねよ き次へ こと〴〵うたれて もううんたゞいつき なりしがはためともは □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 十九月廿三 「日本月十二「 いきよろひをきたりとも わがやおもてにたつてきを 聞きよろひをきたりとも おはざるはなししかれども つるかめはひとあしも ゐておとさずといふことなし さればおにがしまにはちび いしりぞかずくにのため さればおにがしまにはちび にはきみのあだいへ きのいはほをゐてくだき 大しまにはすひやつきのり のためにはふぼの たるひやうせんをゐてしづ めたりたとひもうこんが あだこゝに うらみを ごたいてつせきをもてつくる きよめ ともわが矢のたゝざること ずばいづれ やはある手とりにせんと のときを いらだちてうまをはせ よせんとし給へばつるかめは いそがはしくおしとゞめこは こすべき とておめき さはんでたゝかへば わんによしやう かる〴〵しきおんふるまひ じやもあとをつめ らうぞくふしぎのえうじゆ ふんげきとつせん あらんに大しやうおんてを ときをうつせど くだし給ひてもしふぐのこと もうらんます〳〵 あらばかうくわいそこにたち たけりくるひて がたしとことはりつくしていさめし みかたあやふく かばためともははをくひしばり 見えしかばため こぶしをにぎりてぞおはしける ともはたへかねて つるかめはしよぐんをはげまし みづからしようぶを 又もうらんにうつてかくればもう うんさらにあひてをえらまずけつせんとてうまの 六尺あまりのかなきいぼうをあがきをすゝめ 給ふにゆんでのをら みつくるまのごとくにふりまは給ふにゆんでのせら してよせくるものをうつ してよせくるものをうつをめぐりいでたるすて ほどにめのたまとびいて ほどにめのたまとびいて丸のいちぢんはせ かうべをむくろへうちこまれあはしまつさきに 林太夫が舟 あるはほねくだけひらめのすこむものは八丁つぶ なるもありてうちこはさてのきへいぢなり るゝものす十人そのときとたちぬきかざし いなづまのごとくいちたのいのちかぎりに くろくももうこんが くろくももうこんがたゝかふひまに ためともは いたゞきのこへにおほひためともは まなづると せり〳〵すかたをかくしまなづると まへにあるかとみればよば よびかへたる まへにあるかとみればよびかへたる こつぜんとしてしりへに こつぜんとしてしりへにうの丸の ありこえ〴〵の つきべ かうきつおつゆが ともがらくにばの とうきまつ川の なんきつが EEEEEEEEEEE あはひちか くはせよせ つゞきほうけんうちふりて 爲朝 ゐへはほうけんの ゐとくに や図 おんみいか にしてけふあめ ふらんことをしりて もうらん あまぐをよういし にわかにかぜをおこしくもを よびてくうちうへのぼらんと たるやととひ給へば すてまるとたへて◑ 五左衛門をさめたりと 見えてたまはきず ぐちよりいでゝ ぐちよりいて ちじやう うろ にあり ● こははん りんの月を もち かさねたるがごとく どく つめは大ぶねの あくの いかりのごとく 大みづち まなこは百たんありて のかみのごとく くちは□ なやまし ければ てんそんし くだんの の みつちをころし たみのために がいをのぞき かつその玉を かつその玉を えくこれを ちを りうきうと もるぼんのごとく なづけついに ぜんたいかたくして くにの名と くろがねのごとし せりされば玉 みな〳〵これを をえたるとこ みてぐわいぜんと ろを玉くすぐ しておどろきおそととなへみづち 季蛇が首 るゝそのときしやう のほねをうづみ たるところを じゆはすゝみいで きう〴〵ざんと ためともおやこに いふてんそんし まうすやうことの ○するところをすてまるはこば大ぐんののちきやうねん しまにて三ンしよのかみにいはひありこれこゝんのだうり まつりしもゝの矢によしいへとなりむかししうのぶわう しるしたるこがねのふだをちうをうつときもうしんを とりそへつゝゆみをまんげつのわたり給へははくぎよの ごとくひきかためしはらくずゐありちうがじさつ きねんし給へばこつぜんとしてするにおよびてたいう しらはと二羽切はたざほのぼんをかへすがごとしこれ うへにまひとゞまりいづくともさつりくのきをしづ なくくうちうにつるのなくこゑむるなるべしわがちく きこえしかばねんぐわんじやうゆとぎへいをもてもうらん たのもしくいるおとたかくひやうをうち給へはしらはと とゐるその矢ながるゝほしのごとく もうこんがのとぶへくだいてのぶかにつるくうちうになき又 もちこんかのとふへくたい ゐこみ給へばしはしもたゝはずばしやうたいうふりそゝぎて えたりとうまよりとびおりかのほうすてまるは よりのけざまにどうとおつためどもさつりくのよきをきよむ けふのいくさ そんをとりなほしてこゝのかたなさしけふのいくさ 林太夫 とほしひるむところをおしふせてからへをにかならずもううんをうち ふつとりきおとしたまへばいつてんにわかにとるべきをしるゆゑにあまぐに かきくもりたいうぼんをかへすがこと〳〵四はうをもたら弐といらへたまへば ぬばたまのやみとなりしばしあやめもためともわんによはいふもそ わかさりけりこの日すてまるは思ふむねさらなりみなそのさいちを ありてあまぐをおほくもたらし給ひしかばしようしけりあめはれくもたつ にわかにあめふりそゝぐといへどもぬるゝものをさまりければしゆう〴〵 にわかにあめふりそゝぐといへどもぬるゝものをさまりければしゆう〳〵〽とらきうふたつのわを なかりけりそのときためともすそ丸にむかひさうちつどひてもうこんが○あきとのしたにおらへし もとをあんずるに いにしへてんそんし はじめてこの くにのわう たりし とき しがひ を見るにこの ものもとより じんりんにあらで そのたけ六ぢやう ばかりなるみづち わかさりけりこの日すてまるは思ふむねさらなりみなそのさいちをばかりなるみづちや たつにてぞありける りうきうふたつの玉を かつてゐげん もとをあんずるにかつてゐげん ありみつちは わかくにのおほ いなるあだなり しそんもし きをこのむ ものありて かのみづち づかをあ ばかば くんとく これ より おと ろへ なが つきへ 朦雲 第五図 べき われ せうりう きうのきた ばまなるあか むくへるならんかつとうばう せにせきひを たてたるなりのちに こくなんありといふともいでゝわがくにのために これをいのらばわざはひをてらさんとはこんにちの まぬかるべしかなしいかな ふとくのきみくにをうしひのもとのくわうそん なふときにおよびてとうあしたにいでゝわか ばうにたちにんありあしたくにのためにてら にいでゝわがくにのためにきんとはすなば にいでゝわがくにのためにきんともの てちさんゆめつくしめともの てらさんゆめつくしめとのたちためともの まはせしよしよのこうひ二じこもれり につたへたりしかるにしかればてん そんしにかはり ににちりんありあしたに いでゝわがくにのために てらさんとはこんにちの せう ねい てこのくにを わうきをこの み給ひみづち をさめん ものは大 つかをあばきて しやうぐん ごふしに わさはひをまねきわん女こふしに こそと あかせのひにいのりてわざこそふ はひどちうにめつすかゝいにゝえを ればもうらんはてんそんしおして今に にころされたるみづちにおよぼし してふるきうらみを▼二つの いにゝえを 十一日 とり たまは ねばしやう じゆは ばず ひたゝ れの そでを ちぎり て玉を おし つみ やがて よろ ひの こへに おひぬ かくてため せ玉 をとりて ためともに ろくせため ともは木をきらし てたきごとなし まいらすればためとも これをうけ給はすよの ふせつはしんじがたしたう なんずしばしそのたまを あづかりをさむべしの給ひて みづちのむくろ をやかせ給ふに 火のうちにあり ながらそのかは だにもやけ さればつぎへ いかにすゝむれど手にたにねされば 「つぎせんすべなさにくさむらの うちへすてさせ給ふにきなる かなみづちのむくろはあさ ひにむかふしものごとくたち まちにくちたゞれほねも とゝめずみづとなりて 一 ふたゝび おどろきあやしみ そのゆゑをしるもの なしすてまる つく〴〵みそなはし てこれふかくあや しむにたらず このくさじやどくを げすのこうあれば みづちのむくろ とけたるなるべし 朦雲 ㊁ みなそ のはく しきをかんじけり これよりいへごとに かのくさをうゑて その名をはぶ さうとよぶと かやさるほど はやく にためともは いもがら をたけば われたるなべいえ てもとのごとくな かちどきを あけさしみづ ちのかうべを かきになはし りうぐう じやう ひよくこゝ ろえよとのたま にいり 給へば □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ へば□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ まづこみつみにこの くさをきずつけられ ○○ゝろよげに うちゑみて にたちどころにきずいえ 舜天丸の陣 たるものにつけさして げによのこと みよとのたまひてその るべきの くさをつみとらせておひ わざにおそ たるつはものらにたまはり にたちどころにきずいえだしきは てくつうのごひどくじや なりといへ かまのてつきは たちまちわるゝものなり さつたるごとゝ とくなりといへ りいまこの そのとき なればみな よろこびて申くさのおふる よろこびて けるはいにしへ よりわがくにのいたすに にはじやるゐあらずほつす なゝいろありるところくに まむしのことにのさいはひのみ おほひなるをそも〳〵とくじや はぶととなふをはぶといふはな 此どくしやににもとづくにや さゝるゝものはととひ給へばしやう おほくはいきずじめこたへしよせつまち しかるにいまゆくに候へどもはぶはすな りなくかゝる松いかちこのくにのこけん さうのおひいでてにて候といらへしかばすて ながくしやとくを ぢせんことみなこれこれにて思ひあはすること ぢせんことみなこれこれにて思ひ 大しやうぐんごしんしの じんとくによりてなりさいじやうなるをはぶたへといふ いとめでたしとしゆくしじやびになぞらへての名なるべし まうせばためともよし又へびのからのたきゞにつきたるを ④ しらず してものを にれば なべ 六 ま えだ しままで さ みなこと ごとくかう さんすちの ろうべは つぎが 同七三 二子ばり戸七三 つきえうぞくもううんとふだを たてじやうぐわいにさらしければ みるものひゞにくんじゆせり そのゝちはふさうのうちに すてさせ給へ ばくだんの 舜天丸 かうべ はたち どころに きえたゞれ きな たるぞふし れかく 一 ぞく ま つた ゆら くをさ こうの まりければともから あるひためをつどへ 阿蘇明神 ともはしやうのたまひけるは じゆつるかめせうねいわうだしやくに りんたいふら四してくにをうしなひ 樂亭西馬遺稿 給ふといへどもさいはひに 〇よるとき わん女ありわがひのもとし のこじつに はによしといへ どもたみのふぼ たるべしすみやかにくらい につけてくにゝわうあることを しらさばやとのたまへばわん によきゝもあへずせきを さけてこは思ひもうけぬこと をきこえ給ふものかな わらはゝもとのわんによに あらずよしやかたちはわん 紀平治 によなり ともをつ とにこへ てわか てわか ゐつく のことあ らん しひ てすゝめ給はゞ じさつなさんと したがふけしきは なかりけり廿四へんへつゞく 一猛斎芳虎画 楽亭西馬作六編 稲妻形怪鼠標子出 七編 一勇齋国芳画 蔦紅葉四甫画 移 字津谷峠 同清録金三編談切 一寿笑十丁写真冊作五編 比異 仕立 二個三つ 輿謝武郎戀夜話 出座市以来往 一鹿島国貞西 一寿齋國貞画六編 } ててふり町 一一 錦昇堂 文久元年辛酉年辛酉年辛酉年 ゑびすやはん 一丁 Corovprores 月廿四篇大尾 弓張月廿四篇太 楽亭西馬遺豪 兼る文渡 芳虎絵 弓張月 錦羅 廿四編大尾 一堂板 光陰は矢の如しと。譬に引なる弓張月も。既に初輯の當的より。 陸続として十有余年。廿四編の大尾まで。更に空矢のなか りしは。曲亭翁が錦嚢を。ひらく西馬子の大幸にて。且 板元の耳ツたぶ。彼蜀主にや似たらまじ。余小稗官の物数 ならねど。楽亭主人の遺稿を校じ。終に全部の今に 至るは。目出度時に相生の。松の大樹の蔭に住居。実に 泰平の御恩澤。仰ざらめや歡喜ざらめや 慶應三兩黄初春新鐫會文伏名《仮名垣魯文伏禀◇ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 父母父父母父父母父父母父父母父父母父父母父父母父父母父父母父父母父父母父父母父父母父父母父父母父父母父父母父父母 月主人笑幾回 相逢相値且銜杯一 眼看春色如流水 今日残花一 右唐詩 昨日開 崔恵堂題 ○大島二郎 法師 天王 尊敦 寄鶴祝 つきしなき君か よはひやいはふらむ 猶千代 そえ写 田鶴鳴 わたる 右詠 紀於呂香一 ○足利 義兼 おほしま ○大島 太郎丸 為家 〽ススときはたをへんさんなや〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵しくしんしへ大くく〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵 はらからも今朝 あらたまのさかづきに まいくらふ 屠蘇の 魯文 堀 盛 ○為朝落胤 東原源太 おなじく ○同 舎弟 西原 源次 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 女みはりつき女へんよみはじめ 廿三へん下のまきよりよみつゝ 〇そのたきやみなくまうすやうわんによのけん 〇そのたきやみなしてまうわんによんによのけん 也しつ八郎あんずはかでとくのこんしなりちゝのころをのて ゆみてかつきせんんよみはじめ その子にゆづるためしはわかにかほかるべししかのみ ならずのうらんをいておとし給へるはすやまり やうたざりせばくには一日もしづかならし きへいぢがちふところわが心にかなへ のままひてやりてせうつしゆをそぐのある そんだしりにかなはせ給へつか大せうぐんは とくやりよつせんまつむこにましませばはや わかつゐにつき給ひてしんらがとこつを やすからしめ給へといひもあへずたりみたりみたる におしのぼせんとしたりしかばためともはそば 引はらひてかうべをうちふり〽おの〳〵すく ぎみつたいどうなりしんらみのきみをまで こゝわうとあふぎたまつるべしとしゆぎ いつけつして又すてまるの手をひきてたか みくらにおしのぼせんとするにすやまるたち まちけしきをかえ〽こはこゝろえぬことを いはるゝよわかちもはゝかみ舟いませり千と しておやをこゆるのれはなしそれとうはくにの としてかんそとちひらをれうせしめつるをながく すくのあんずとしてもうとくていかほうれるに どうそんすかしまをましくはへでもうこくくわく ひてしんらがこうろをいつけつしやうにませまるの事はいきてたかこうそんすかしよをほしくはんでもうこ となつらしかめをばくわいそきへいちにやし なはし八丁かめとなのらしてりかつぐりせうの りうしやとしきへはぢをはいざんとしてすべ まるのかゝづきとしりんだいふにはかげろまを むるところはわがほんらいのこゝろだしに あらぜわれは女まとのふらるにんなり もとなりわれもしくらゐをおやにこへてふかう 給はりて小りうきうよりいなんくめじまに はじめよりこのくにへおしわたりてこくなんを すくひえのりをはかるこゝろなしこんぶの の子とならんにはなにをもてたみにおし へんこはすゞろなりとかしみそいりにすゝめ いたるませ十六とうをくわれつきしとう きなんきつていぞうかりゑかめきつおいゆ あだゝるきよもりをつたんとてきはら山の やどりをいでふなぢよりみやこへおもむく をりたちまちふかはにふねをやべられて しそくこと〴〵くじゆすいしたるにためとも 六したるにこともさだりがだししるれども女やとへかへから給はゞとしためともはしためともぞき ひとりこのくにへひやうはくしてねいわんによの よりにけんぎのしやうちうをおさめなきわうゐおののあんずとしてみなもとの尊敦勢 まいらすれどもふしあいゆずりてしたがひ 給ふけしきなければきへいぢむれば すゝみいで〽そゝゐのことはじんりきをもに さだめがたししかれどもやまとへかへり給はゞ このくにふたらび女すからじしばしやう へいれつてはゑですちをちゝとしてどうそん いつらしよつゝをわかちあたへわんによを なかぐすくのせばしでんにをうしてつるをかしつき としためともは大さとへしりぞきてもとの ごとくあんずとせうしすてまるをうらぞへ のあんずことしてみなもこの尊哀あり してくちうをおさめ給はゞわうゐおの きらおんをむたはんと思ふばかりにけんぎの づからさだまることも候はんかまづたいとう となのらし給ふべきよしをおふするに うちにとしつきをおくりやくこゝろぎじをはたしをはたま せうじやきへいぢつるかめはためともふし あるものにけんせうかくなはるべかもやと にたれどつとにかたききよもりをえかたず のくわをしよくのいとひきゝをこゝろろへ いへはせろじゆもまたむれをすゝみいで〽たい なでふこのくにのわうとなりてはんせいのくわん せうぐんふるいふししば〳〵けんそんぢぜりし 思ひてせめてこくきらともほうずとも らくにこよつざしをうつさんやこうなりはやとげて せうぐんふりいふししば〳〵けんそんぢぜうしそひてせめてこくきちともほうぞとも をうつさんやこうなりかやとげでせうぐんとうふふししばししばしくけんそんせうし思ひてせめてこくさつとも こへにとよつさしをよふさんやこうくいう となへさし給へかしとすゝむれどもこれすら 身しりぞくはいにしへびとにおよばずとも 給ひてたえてわうゐにつき給は平左衛門 したがひ給はざればみなくちかかおよは いまよりとゝくにたちかへりしんゐんのみさき いまよりことにたちかけしあんのみまをしやふかゝのごとしもしもいか聞なんと手をしがひ給はみなくちかかしかに ずしてしてせうをよろこびまかしおの〳〵 にてはらかききりてちうしんのまことをせんかに にてやうなきり大ちうしんのまとをせんかにのそもをもを思ひもかぬことなトの玉はつためにやして出てもうをよろそびそろしあつく ためともおやこをきよぢうぬちへおくり らも又このぎにしたがひてわんせうのさたを つくすべしちびきのいしはまろばすともわれは らもかこのだにしたがひてわんせりのさたをためともおや二をきよぢうやうかくり つくすべしおびたのしはまろすごとりわれはらももはいだにしやにぞからせろくさましためともおやしよむらつちなが まいらせさておいがれうぶんおのす とゞめまうせしかばためともつく〴〵どさやうを こゝろをうごかざへすふたらびいひもいづべからずト ことををこなちていなみ給へばみなつくしきりに きゝて〽およそころあるをせうしつみあるを ことばをはみちていなみ給へばみなつくじきりに はらからも今朝は あらさまのさかづきに 礼義つくらふ 屠蘇の 魯文 屋 もり 盛 ○為朝落胤 東原源太 おなじく 舎弟 清太郎 ○同 十八六人におはないといふいなんといはべいはないかないでなんと ゆみはりつき廿四へんよみはじめ 一女もはうつきまへんとそめ一さんしいたがあてあはかでくだしをしなもちたのこのこのころせばかには一日もしづかならづらならん 一廿三へん下のまきよりよみつゞき その子にゆづるためしはわかにかぼかるべししるのご きへいぢがちぶちふところわが心にかなへり その子にゆづるためしはわかにかほかんしるのみきくはぢがちに ならずのうらんをいておとし給へるはすやまる のうまひてやがてせうじゆをすぐのあんあんず 〇そのたきみなくまうすやうわをいによのけん ぎみのたいどうなりしんらこのきみをまで としてかんてこちびらをれうせしめつるをながく そんだつりにかなはせ給へるか大せうぐんは こゝわうとあふきたてまつべしとしゆぎ すくのあんずとしてもうとらいがほかれるに まませばくやくとわうとあふきたまつべしとしゆぎすくつあです ふくたりよつせんまつむこにましませばはやし いつけつして又すてまるの手をいきてたか どうそんすかしよをましくはへでもうこくくわく らがこゝろをいつけつしてまるの事をの手をのきでたか わかつゐにつき給ひてしんらがころを となめらしかめをばくわいそきへいぢにやし みくらにおしのぼせんとするにすてまるたち や夫からしめ給へといひもあへずたりみたりみたる としのばんとしたりしかばためともはそば なはし八丁かめとなのらしてりんぐうぜうの いしかばためともはそでまちけしきをかめ〽こはとよろえぬことをなはし八丁かめて におしのぼせんとしたりしかばためともはそば りうしゆとしきへはぢをはいさんとしてすで いはつゝよわかちはゝかみにいませり子と 引はらひてかうべをうちふり〽おの〳〵すゝ まるのかしづきとしりてだいふにはかげろまを しておやをこゆるのれはなしそれどうはくにの むるたころはわがほんらいのころだしに 給はりて小りうきうよりいなんくめじまに もとなりわれもしくらゐをおやにこへてふから あらずわれは女まとのふらるにんなり いたるませ十六とりをくわやれつさしとう このくゆへおしわたりてこくなんをの子とならんにはゑにをもてよみにおしいたるませ十六言ろをくわ はじめよりこのくにへおしわたりてこくなんを きなんきつていぞうかりゑかうきつおいゆ 又のかをはかつころしこんぶのへんこいすだろなりとりしこみていつにすゝめきなきつていそうかうゑよろきつお すくひえのりをはかるこゝろなしこんぶの へいれつてはゑんゞすちをちゝとしてこうそん まいらすれどもふしあいゆずりてしたがひ あだゝるきよもりをうたんとてきはら山の くるきよのりをはたんとぞきはらふのまいらすれどもらふしあやゆすり七しがひ〽いれつてはしやしらすちをちよしやとうそん いつらしよつゝをわかちあたへわんによを ほどりをいでふなぢよりみやこへおもむく 給ふけしきなければきへいぢむれをい なかぐすくのせばしでんにをうしてつるをかしつき ぜ入られてすゝみいで〽そことはじんじりきをもになかぐすくのせいし をりたちまちふかはにふねを女ぶられて かにむまちふかはにふひを女はられてすみいぬ〽そゐのこのしろじりきをもやなくすくのせんしへんにをとうしてつるをかしつき さだめがたししかれどもやまとへかへり給はゞ としためともは大さとへしりぞきてもとの しそくこと〴〵くじゆすいしたるにためとも せこと〴〵〴〵じやはしたるにあるもさざりがししかすども聞てもへかゝとしためともはしためともはしたもとの ごとくあんずとせうしにてまるをうぞへ つくゆへはやりはしてねはわそやよのこのこのこのころからししばしやつしやうごとくことくことせうりしでまるをからが ひとりこのくにへひやりはゝしてねいわんによの してくちうをほさめ給はゞわうゐおの のあんずことしてみなもとの尊敦あが ばかりにけんぎのしやうちうをおさめなきわうゐおののあんずとしやみなでもとの きらおんをむたはんと思ふばかりにけんぎの のほんをむたんと思ふよりにけんきのしやくくろうをなさめながわかゐおののまんずとしてみなもとの尊教の こゝろさをはたしにづからさざまることも候はんかまつたいころとなのらし給ふべきよし となのらし給ふべきよしをおふするに うちにとしつきをおくりやくこゝろだしをはたしん せうじゆきへいぢつるかめはためともふし もりをえかたずあるものにけんせうかそのはやうもやとせろ下ゆきへいぢつるかめ にたれどつとにかたききよもりをえかたず のくわせしよくのいとひきゝをこゝろうへ てせいのくわんいへばせうじゆもまたむれをしよくのくみいで〽よいのくわをしよくのいと なでふこのくにのわうとなりてはんせいのくわん 思ひてせめてこくきうともほうずとも らくにこゝろざしをうつさんやこうなりはやとげて やこうなりかやとつてせうぐんふうにふししば〳〵けんそんそんそんそひでせめてこゝきつとも となへさし給へかしとすゝむれどもこれそら 身しりぞくはいにしへびとにおよばすとも 身しるばくいに候へおとにおよですとも給ひやう立するいにつきなは重せうと思へさし給へかしと上でおればおればあり したがひ給はざればみなくちかかおよは いまよりとゝくにたちかへりしんゐんのみさき いまよりとにたちかけしんのゐんのみまだしややふとのごとしはかやうやうふんもうをしがい給はさよは 心のぞまん思ひもかぬことなり下いへばつるかめ ずして出んせうをよろこびまかしおの〳〵 にてはらかききりてちうしんのまことをせんかに にしよかぬたりてちうしんのまとをせんかにのぞまんをせんもかぬこなりトいきはつさはしかめしておころをよろこびわろしおろしおろしおめしおめしかめしおめしかめしおめしおめしおろしおろしおろしおろしおろし ためともおやこをきよぢうぬちおくり 〽ほはらも文とのぎにしたがひておんせうのきたを つくすべしちび取のいしはまろばずともわれは らもえとのだにしたがひそめんせうのきたをためともおや上をきよぢうやううおくり まいらせさておのがれうぶんへおのがれうぶへおのがれうぶんへおのが とゞめまうせしかばためともつく〳〵とさやうを こゝろをうごかざへすふたくびいひもいふべからずじ ことをしちうかなみあんときものくしきも〽きも〽おうをころをこめをすめんとするんとするほとにおとに見たい人もへ かんとするほどにりんだいふもつきへ きゝて〽およそころあるをせうしつみあるを ことををはなちにいなみ給へばまづくじきりに ことををけけちといへみ給へはみつくしたりにきず〽およそころありをわうしつみありをしかんとするほどにわんとするねと 同同十十 つゞき身のいとまを給はりて かげろまへかへるとてためともに まうしけるはきみそれがししゆびと らをつてにしはまへとてこぎはしら せしひやうらうぶねふかはのために しづめられんとしたるをつたれ とはしらずくめのはなをかざし としていくわんたゞしきあて びとがふねのへさきへたち あらはれ給ふと見へてかぜは たちどころにやわらぎふね どもみなつゝがなきことをえたり これもまたこぞのしゆげんじや にひとしくさぬきのゐんの おんつかひにやありけん いとあやしきまでに ありがたきおうご なりとものがたれば ためとも そうへを そのふねしやり いにて くつがへり せんちうの ひと大かたは おぼれしゝたり けるにりんだいふのみうめの えだにとりいきてながれいゝ つひ にた せんに▼ かたむけて こはだざい ふなる てんまん ぎりのすいやくふう のんをすくはせ給ふ なるべしわれわかゝろし ときちんぜいにありしかばらへ つねにあんらくじのてんまん ▼たすけのせ のせられてこゝくへ かへることをえたり かくはさいどのみよろ へへちよをかんばいしてくめじまに いへみやしろをこん下うしてんまんぐうを まつりけるされはりかぎかみに てんまんぐうをまつりたてまつることは の下こゑふるふてほとり とほからずおちたり とおぼしくておがてあめ はれければおので このもとをいてと そとはかを 見給ふに らいはどの ところへ そんには くづれ 野次らきて とちかに あかごの なくこゑ 女さ 〇 同 〇〇〇〇 たら いとあやし かりしかば ためとも ぐらへまうでたりしするにある よのゆめにかんけまくらかみに たちあらはれて〽いづくにも ねだにあらばわれとしれ こゝろづくしのほかなたづねそ トぎんじ給ふと見たて たんじ給ふと見たでさんとぞともひとをはやつし大さとのしろをいでゝ まつりてゆめはさめたり しかりしよかこのかた わればいくわを見れば かならずはいせずと いふことなしこれこのおう りんだいふよりはじまるとかや○さても ためともは大さとのしろへいり給ひても とにかゝにことおほくてはやくもあきのころ になりしかばこくちうをうちめぐりてたみの くらうをとひのかをすゝめぎやうをはげま さんとてさんとてともびとをばやつし大さとのしろをいでくな まづてんそんびやうへまうてゝみてぐらをたてまつりがそとはづかへかうげを やがてなかぐすへおもむきてわんによをともなひたむけんとやかの山へのぼり ふろにもろともにびやうがおかへまうでせんわか せらねい王のびやうをはいしまたれん いでゝみちのほとりにむかへ ふじんのくれ給ひし◑ なるまなづる たむけんとてかの山へのぼり 給ふにせうじゆはしろを り 〽るゝをまち〳〵 給へばたちま がそとはづかへかうげを たてまつりおんたくばう ほうなるべしそのことのわけは かやう〳〵とすがはら ねくば にいたりて さいが古骨分にさへ およぼし給ふことありがたし とき ひらに ざんせ のみちざねころ ふぢはらの ねんごろに これをまつり みちのついで とよろこびまうしてみづから さきにたちてみちしるべをぞ をいたしけるかくてしゆう〴〵やまを られ 給ひたる ふることを なれば こえ〴〵 くへ のぼりてゆくことす十丁にしてらいう にはかにふりそゝぎしかばふりたる まつのもとにたちよりてしばし かいつま みてとき しらし 給へばりん 一九 だいふは かんいた る とゞめ 喜平治 あへ いよ〳〵 林大夫 しんぐをおこしあさ ごとにかのしゆとくゐんのはまちどり 治しのぎよせいとかんけのおんらたをまうし一 はいしけるにあるとしもろこしへつかひすとてその図べ 二やがてつちを るきはらはして 見給ふに うまれて いまだ百日 とはへざるある 子のしかも ふた子にて一人は をのこひとりは はうなごにてぞ ありけるその 〽ときわんによ はおつとゝ ともにそでに うけていだ きとり せうじゆ をまねめ の給ふ いぎへ 巳號月十四 -巳弘月廿一 つゞきやうこれはこれまな つるがこんばくのかむところに してたうあんずの子なる ことうたがひなしかのまな づるはそこのつまとはなり ぬれどたゞ一日もひとつに すまずその身こゝなんに しゝたればさぞなのこり をしからめされば にやとしをへてその れいはそとはにつきて さらにをつとにかしづき たるじつにりぐわいのき えんなればそのりをかん じて子をうむことまたなしと しいがたしつるは やのねひとつをひらひえ たりせうじゆはやくもこれを 見て世にいふらいふなどにや あらん八らあんずのおん 名をしるせしはこゝろえ がたしとてやがてためとも にまゐらずれはため ともつく〴〵みてまゆを ひそめむかし われひこ に□ 五百ねんに してさかり 王女 ごとくにきづかこればちんぜいためともとたがねうつたる 〽さすらひしとき ありそのときやごゑは したれどもつひにらいじう ゆふ山にかり くらしてらい じうをいたること のゆくゑをしらずさてはいふ まなづるがつかをくづしてその干を いだせしかみなりはむかしわがそやを おふたるゆふ山のけものにてめのとの すてふをうたれたるためともが うらみをわびて こゝにこの子を さづくるならん ものいんぐわは あり とある世 のもの かくまでに 図 めす を あい みて はら 及 ことなし といふべ からずそれ りにかきも とゞめよいま さらに思ひいだすは すどうがこと山を のかぜがことなりとて はじめをはりをつげ 給へばみなくみゝを そばだてけりかくてため ともふらふはとえ〴〵 いふなる とれも きを かんじて こし太をのこゞ ず をば高満しまか やと のたま へばため となづけをうなごをば にはざとなづけそとはづかを あらためてふうふばかととなふ いらへつゝ ともびとして こともはあかごの おもかげをこれかれと うちまもりいまこの なんによのふたどは 見るにたかまの太郎と べしよくいつくしみてはぐゝみ給へと のたまへばせうじゆもしば〳〵さたんして それがしこの山に世をしのべるをりかの ちとせはみごもりてよつきにやなりけん ろしされどちとせはまなづるがなきたる いそはぎによくにたり くだんのふうふはちうぎ の心ざしふかしといへども なりとさとりては みごもるべうも あかざればそれ ふかうにしてはていに さへこゝろのまどひ しづむものからこんばく たちまちわにゝつきて までまるが死をすくひし ものなりこれかれもつて きといふべしよりてとの心 ならんと思ひすてゝ ならんと思とすて いひしがどちうにその子をかみし こときくわいにはすぎたれども およそあめつちのおほひなるへん くわほんらいかぎりなければその時 十月廿四日 がしいまだ一ツ 子をまうけず 八丁いぶても子は なけれどおふせによつ 〽てぐわいそんたるかめを やしなひ候へはうらやましく げにのちなきはふかうなり しいとこゝろうく思ひたるに ふしぎにふたごをまう のしことよろこび 山ことばにつくしがたし のしろにいりて りやう三日とう りかしまた〳〵 さんせうをめぐり はてと小りう きうにおも むきあつ 入ぜのひを はいし 給ふに とまめやかに ためとも をちこち はかのどせきを もとの よくいづの大 しまににたかとつぎ 為朝 三月一一 つゞきの給ひしかば 小りうきかを 蒙雲 喜平治 てはぐゝまするにいと しめのとしてはぐゝまするにいと いとしてはぐゝます すくやかにおびたちけり このことじんこうに くわいにやして □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ ねんのゝちといへども ふうふいかのこせき ふうふいかのこせき うぜざるにやさればため ともふしのぶとくによつて もうらんかうべをさつけて のちはさんせろずべてぶじ たなりけりしかれどもくにゝ わうゐいまだ あぢき さだまらざれば なく思ふ せうじゆね かめ 又五六 ねんの はる あきを へておほ やまと には へい すでにめつ ぼうしごと ばのゐんの 世をしろし めず きへいぢ ぢ らのこうしんいへばさら なりこゝろなき しづ山がつ らまでのと▼ といふ はるの □□□□□□□□ はなべて 大しまと となへ又 かの 舜天丸 わざはを しづめたれば とてその道 をふくべると よぶとかや でんしんろくを あんずるに 大しまはちう ざんよりふなぢ 三日にいたるべし みづから小りうきう とわろすといふすな いち二まなり はちこれなりさるほど にたろ 王女 松寿 図せうもはいかひもかけずふたごをえてよろこぶことなはりなくぬ〳〵 ころかげ こつまの 〽おきりんだいふ つる としの はゞめ のはいがのために 大さとなかゞを しからぞひへまい りてとまりの おどりにとう りうすとしごろ しよ〳〵のころ ぎものは ためとも 八丁亀 におほせてみなりう ぐうぜうのみくらへおさめ さしひどつもとり給ごと りへきていふやうわづろら なかりしかばあるひとまかの ちやうしらりんだいふがやご びとへよくこくわかへ くごのあかめを まゐらしたるに いまはこれば めざれずつぎん つゞきまことにおそろしげなる へんげのもうかんはほろびうせて くにはかたかにたみはこゑ いにしへにもたちまさりてへい みんおの〳〵ぎやうを たのしみ 甲榑 乙抽 図 よすが なければ こゝろのほかにとし つきをすぐし候ひき やか やすら かにやしなふ ことみなこれ 大 ぎみ御 おやといおん まやとい いきほひによれば 八郎 まうさんとは思ひ なりこのよろこびを ながらすい さんの 南吉 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ に申上る にぞため 前 三十一日ツゝ くだんの 〽にんぎよを 大さとへかたげ ゆけば 〽いりんだいふ まづうちに いりて ことの つぶさ にうち きゝてほゝ えみし 〽ひとの ぢやくは としをつみ ておこたり なくば やうぜう ともならめ いたとひにて ぎよのにへを くらふとも たゞ一日の ぢやくを もてちやう じゆならん ことはあり がたしすな どりちが □□□□□□□□□ 紅衍 しかるめこの あがつきの 蒙雲 ひくあみにいとめづ らかなるにんぎよを とえたりいたへきく もしひとにんぎよ のにくを下たび くらへばその人の じゆみやうかぎの なしとなん こはわが わたくしすべき ものなら ねばすみやかに大さとへ まゐらすべう思ふ かしたいふはくにゝ 大こうあり かつあまた ○えだ じまを れうし給へば すなどるわざは 心えておはす べきにわ なみの ために この よし をつ 丁炎者 ことろ ばへはせう すべき事 ながらわれとく わかにあらざ ればひとり ごほしいまゝ にうけがたし はやはなかぐ すくへもて 東紀 ○てびきして たびてんやとまめやかにうちかた らくばりんだいふきいてふかくそのころざしをせうさんし ちぎにもおよばずしてうけひきしかばすなどり人らよろこび▼ 堤造 国家は 云ヘ引テナセ 舜天丸 つゞきまいる べしとおほ せしかばりんだいふ まかり いでて そのむねを つたふるめりやうし らちからおよば ずふかくのぞみを うしなひつゝ なか ぐすくへぢ さんしいもう こくわへにいきつきつ くだんのおもむきを きこえ あげし かば ◆◆ 川 なり とてやがて によ又 これをろけ 給はずわれは 今あんずの つまなり大 さとにてさへ おしかへさし うけ給いぬものを 給ひしかば りやうしらは などてこゝへはまいらし 一はやうしらはしたる思ひもかけぬ せんすべなくて又うらぞひへ もてまいり八丁つぶてにうち なげきてとのよしを きこ 〆五百 為朝 あぐるに すでまるはそのにん ぎよをめどほりへも よし給はずかぞいろは うけ給はぬものをすて まるいかでかくるやうや あるふたゝび大さとへまい らしてなほうけ給はず ○長月十一丁 なかぐ すへにまいら するこそ のしきにも かなへよが しること にはあらず とてねん □□□□□□□□ ごろに ときさとし おしかへし 給ひし かばヱ ▼ りやうし ちはしん たいきは まつ ぬれんとせん □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ せんとうち かたらへども すてまるのの給ふ ところことはり なればやむとを えずまたおほ さとへまゐ らんとてなる ぐすくまで たちかへるに三 蒙雲 えたへずにんぎよはすでめくさりてつぎべ がしよのわろ くりそに五六日をへたり ころしもなつのえんしよに 正月十九日 つゞきししうきにはなを 喜平治 むけがたしこはいかにせんと あきれはてにんぎよをみちの ほとりにすてくみなうち なきぞゐたりけるすて まるはすなどかびとらをおし かへさしきへはぢをよびての給ふ やうとまりのうらびとら にんぎよをえてちやうせい ふらうのちやくとせうして大さとへ まゐらすれどもわがちゝたへて うけ給はずなかぐすくをへてまた こゝへもてきぬるろぢのくしん いとあは れむべ きこと なりかし かのにん ぎよといへる ものわかんの 為朝 ふみにのせ あれどもまちへ なりまたにんぎよ をくらひてちやうじゆ なるよしはせぞの いひつたふれども とるにたらずまで にくんしはときなら ぬものをしよくせず まいてあやしき ものはたしむ ことなししかし ながらいまかい ひんにいぎやうの 舜天丸 うをあがることきつ きよおもひさだめ かみふじんにあたりいた ましきかななきはゝは なみのそこに身をしつ がたしかのうをはこしより またくら ぞひてもて ゆかんかしかりとも めてはや十よねんをすぎ たりさればいまかのにん ぎよを見るにもなきはゝの ことおもひいでてなつかしこの ごろはことにまぎれてなかぐ すくへえもまゐらずわんによ のきげんをうかゞはんよろゐ せよとのたまひてきへいぢ いかのきんじゆをいてなかぐ すくへとおもむき給ふとれ よりさきためともはとまりいろら びとをおしかへし給ひたるつぐの日 こえ〴〵よりはる〴〵とたかせう じゆがまゐりじかばにんぎよの ことをきこえしらして又の給ふ やうわれすでめうらびとのおくり うけざるべしわんによかけずはうら いる ものをかけざればわんによもこれを すてまるがかの にんぎよを しうくべきや云 ければ ろぢのわか へんにわづ らひぬ 亥ノ長月十四 ともびとをいてうまの あがきをはやめつゝ つゞの日なかゞそへへ いたり給ふにわん によはかくともしり 給はずうらびと のぢさんせし にんぎよしよに いたみてうら びとらいよ〳〵 ほゐをうしなひ かへりもえせず みなうちなげ くよしをつたへ きゝてひたすかに たんそくしみち ある世にはみちを しるしも〴〵じゆん 王女 あらんうらびと らがこゝろざしを おもひめぐみをしや するのおくりものを おしかくすのみならず かれらをいたゝくるし めんはあにいたむべき ことならずやたゞに なかぐすゝへおも ぼくにしてちうしん のこゝろざしあつしと いへどもくにゝわかなけ ればかれらみなその のぞみをうしなへり むかしわうじんてん わうのかくれ給ひし ときふたばしらの みこおはします おとゝみこのおん なをばうぢのわか むきてりかいをとき せんによにすゝめて 〽ちうざん王のくらゐを さだむべうおもふなり たうあんずももろ ともにゆき給ひねと のたまふにせうじゆは しかるべしと図 松寿 いらつてのみとゝ まうしあにみこの おんなをばおほさゝ ぎのみことゝまうす はらからくらゐを ゆずりあひあまたの としをへ給ひたるふり にし事もいまぞうまに おもひあはしてかし とくもなにはの とらにみやばしら ふとしくたてし にんとくのひじり のきみのいき ほひをあふげば たかつのもうき にたくらぶべくは あらねどもなる 図 いらへまろ せばため ともはあけ のあさ天 さとのしろ をいでせろ わらす じひにせうねい 王のちやくぢよ わん□よとする せう もてとしごろくらゐをむな ひとりのゆへを しうしてこのくにたみを くるしめたりとにもかく只も じゆをともなひ □□ 八郎あんずにすめん わうゐにつけまの らしたみの一つぎへ ト四月十四日 つゞきのぞみをはたさすべしつるは大さとへはせ まゐりてにんぎよはあつさにいたみてうらびとら うちなげくことのよしをきみてあげわがおもふ ほどをまうせとてひたすらいそがし給ひけり かゝるところにためともはたゝりせうじゆを いてはる〴〵と大さとよりき給へばすてまるも またきへいぢをいてうらぞひよりぞき給ひ けるとのよしちうしんありしかばわんによは おもひがけずとてみづからこれをむる つゝこなたよりとおもひはべりしにわが つまもはやまるももろともにきま せし事いかなるゆへにやあらんず らんといぶりしげにとひ給へばすて 丸ははからずもふたおやのつどひ 給ひてつゝがなきおんかほばせを はいしたてまへることよろこびこれ にますものなしとのべおはりちゝ のあとへにつき給へばつるきへいち せうじゆはほそどのにゐながれ たりそのときためともわんによに むかひてとまりのうらひとらが かのにんぎよをおしかへしたまひたる ことのよしをときしらしにんぎよの 事によりておもふむねあればせう じゆにかたらひかくあわたゞしく きぬるをりすて丸もちゝどこゝろ ざしをひとつにしてやまねかず もまいかあふ事まことにふせつを あはしたるごとしつまやくによく おさまりたれどさんせうに あるじなければたみのこゝろも さだまらずまとなくてゆみ いるならばろうしてこう なきのみならでひとを 一九 おんあいのやる かたなさにすて九が やぶるのあやまちあらん わんによはくにのよづき にしててんそんしのちすぢ かなりたみのためによろ しくわうゐにつき給ふ べしかくてもいよ〳〵 いなみ給はゞためともは すみやかめこのくにを さるのほかなしもちひ られずはみのわかれを つげつためにきたれりと おもひさだめての給へば わんによはいそがはしく ことをきこえたまひぞ わらはゝもとのわんによに はべらずわんによなら ひとにせうせられてくにゝ ひとりごちなげくわかれも いとゞおしがものみづにしづ せきをさけこゝろうき おひたつほどを見 はてつゝまたゆくり しなくとしつきを こゝにすぐしてくに たみをくるしめし こそつみふりけれ わがつまの事いへは さらなりなか〳〵に すて丸よかしごき きみのあとゝめて とくをおさめしを やしなひふその ぶとくをかゞあし よくのかゞみと なり給へぶんあり ぶありちやうもて ぬをなまじひにわんによと よにゆるされしつまを おき子をさしおき てしらぬひが くらゐもわれゆへとおもへば みししらぬひがおもかけは いまかはれどもかはらぬものは なでうとのくにゝ わろたるべきと ばかりにして しやうこなくば そのうた 八 がひは とけがたけ かゞなふれば とほあまりふた とせといふさきの あきあんそを 二ねん九ぐわつ 二日ねいじん りやうが げぢにした がひあへせう ねんらがねい 〽わんによをこえ 〳〵のしやつきやう わたりあふたる まなづるがおらしき はたらきものども せずてきはたせいを こともぢからまなづる つひにくたれしかばにん のあしやうねんわん によのたふさをくい いかみのけさまにひほ たふせば公とりは 芳虎画 魯文校訂 くゞきつるぎをひら おはしけるそがなかに すて九はもぬけのから めかしてわんによの むなさかぐさとさす きうしよなればえも たえずたちどころに こときれたりそのうつ せみのもぬけのからへ しらぬひがたましゐいりて あくせうねんらをきりちらし 身をおこしゑりをさゆかへかき わけ給へばたゞらまいいたるごときたち きずちのしたよりそびらへかけて さとほどばしるちしほとともに 一だうのはつきたちのぼりて 一だうのはつきたちいぼりて にとばかりにてすくふべうも あらざりければたゞうちまもりて はいだきおこしのう はゝぎみ世にいま すほどはかぎり あるいのち あるいのち なりとも たましひ しゆ〴〵のかんくをふるといへども いひにおつとにめぐりあひわがこに さいくわいしてこゝろざしをいたしたか うたがはしくはこれ見給へといひかけて くうちうへいると見へしわん によははたとふしまろびてくち きのはなとちり給ふみのなる はてこそあやけれためとも しゆろ〴〵これを見てこはいか の太 十二日、 ………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………… をカスシムヲオン ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 第二十五日アトマン 一、一七一、一一、、一 ホヘシムウ上マル ………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………… ………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………… かと思召上候 小笠原安正一 オラ・ロン・・・ ………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………… } ………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………… アレライト一シス、 ………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………… レウニュートンマネ、 ●小さいあいまい …………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………… …………………… ゆもす。 ………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………… 一〇〇、一〇、、、、、、、、、〇 一五〇、五〇〇 ワンサンヤウド レルヤキト、 ………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………… } 同 ひとによりては かみならずやいつまでもこの ごとにゐましてこゝろばかりのこう やうをなどていくさしたまはざる みなとのしまによるなみもかへる といへばたましひの下の巻へつゞく 十一日 } 一 法学此事著作 其由縁鄙好 同四十二年 一 ザル 十寿士尼子の輿 ●御馬小梅小作 北南北條國大夫 十七 九時 一日同見売四分店 一両夜鐘四谷雑談 一同四十一日 大部長八郎 同断同年以奉仕 比奈乃都大内譚 二脚一番衛門 } 地方地震成問屋江戸丁目中町麹町中 } 金襴 魯文校 芳希画 文板 公虎画 錦井堂 ◎二百一 上の巻よりつゞくふたゝび こゝにたちかへりひとの心を なぐさめ給へやよのう はゝぎみ〳〵と こゑをかぎり にのたまひて 為朝 こうしのあいじうおし はかりみな〳〵たもとを あらすせうねいわうの ちやくぢよにしてすなはち くにのよつぎ たりよろしく とく書 ほどにいけるがごときしかばねの あたりにかれくちて ぬらすにぞため ともしきりにさたん しつすてまるかかなしきい ことはりにすぎたれど しいてひさしきしら ぬひがけふまでこゝに ありしことみぞうの さいわひなら ずやもの みなかな らずいん ありくわ ありおんと ありおんみ めやしくなげく きは 五人 わう になぞらへて びやうがなかへ おくるべしをしい かくるべしをしい かなてんそんしのせう ちやくははや たへたり まづ ゑん▼ そう のことをいそ んとおもへどもろき ともたましひ いかでかへるべき はゝのさまし てんにかへりわん によのむくろを こゞめたればからは あんみがはゝに 此処の画図は本文 順ちがへと此所に 上半丁へあらはす 別上半丁へあらはす 読て知るべし なをふししづみて おはしけるかたある べきにあらざればわんによの なきがらをとりおさむる成 はつごつ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ のみぞのこり けるげに ねいわんによは うたれ たま ひて とゝせ ム あま りを へにかれど しら ぬひの たまし かつたい して もとの かた にて ゐま せし つぎへ 文板 虎画 錦野堂 ◎二百一 二十四篇大屋銅 上の巻よりつゞく こゝにたちかへりひとの心を なぐさめ給へやよのう はゝぎみ〳〵と とゑをかぎり 為朝 にのたまひて こうしのあいじうおし はかりみな〳〵たもとを あらすせうねいわうの ちやくぢよにしてすなはち ちやくぢよにしてすな くにのよつぎ たりよろしく とく ほどにいけるがごときしかばねの あたりにかれくちて ぬらすにぞため ともしきりにさたん しつすてまるかかなしきは ことはかにすぎたれど しゝてひさしきしら ぬひがけふまでこゝに ありしことみぞうの さいわひなら さいわひなら ずやもの みなかな らずいん ありくわ ありおんみ めくしくなげく わう になぞらへて びやうがなかへ おくるべしをしい かなてんそんしのせう ちやくははや たへたり まづ ゑん▼ ▼そろ のことをいそ とおもへどもろき ともたましひ いかでかへるべき はゝのさまし てんにかへりわん によのむくろを こゞめたればからは あんみがはゝに 此処の画図は本文 順ちがへと此所に ひきあげはんてう 一引上半丁へあらはす 読て知るべし なをふししづみて なをふししつみて おはしけるかくてある べきにあらざればわんによの なきがらをとりおさむる▼ はつこつ のみぞのこり けるげに ねいわんによは うだれ たま ひて とゝせ ム あま りを へにかれど ぬひの たまし かつたい して もとの かた にて ゐま 八月廿四 つゞきはじめてさとりけり さればこのよしを はるかにつたへきへきこり とらびとらまで かにつたへきへきこり こゝろあるも なきもわんによの おもふ しらぬひのしんれつを いたましみさんぜんと 王女 して かたりつぐにみゝを そば 為朝 ざる よしその りしかば くだんのつみをきづか せんとためともみづ だてさるはなし かくてのべおくりの ことはてより すてまるは くらぞひより 七日ごと □□□□□□ びやうに さんと ものろは つきひもたつ ことはやくなつさり あきふけてながつきの ころになりつ▼ 松寿 ふりそゝぐなが ふりそくでなが あめにふぞうがはの つゝみくづれさのかふ らはころさへのたよりを かしなひりよかかは みちをね □ きと より さじき にしばる こえ なぎ から じゆん れき したまへば せうじゆもまた しるをいぜしみち しるべすかくて ためともはふぼり がはにおもむきや えきちやつおかこ さしめぎふの まつにとうりかして みのしゆふみふはりし 〽給ふにをちこちのしるみんも まねかざれどもぐんさんしいたへ 同号月十七 つゞき して みづを 世□ いる はこび ひならずして つきたそたか しかるに ためともは 此ごとに ほとかめ かにたちと そんみんちをねぎ らひ給ふにひと □□□□□□□□ かいの むれのどうじこが そのほとりをはつくわつて 為朝 だちて なんざんにおもむき ほん〳〵きたれりはくじやこめと くわすとうたはけりためとも つゝかのふた木を これをきゝて大さとへは 見給ふにはや 大 たる に川の ほとりにどうじ ほとりにとうじ らつどひて しん〴〵きた れりしか〴〵と くたひき しかるにことし かへり給はず やがてくら ぞひの 喜平治 しろにいりてすて 九にたいめんし そうがはのつゝみ の事などをもの がたりしとさて の給ふやうはじめ われこそひやうはくし きやう ぼくはおぼ へるごとく しぼくは ぢかしてよせ るがごとし たちかへつて この事を せうしに つげ給へば 舜天丸 ためくもふたゝび かしこへおもむけば またとうへしがかたふ ことそのはじめにこと つるころはへばるへ おもむくとて ぶそうかはを うちわたり ならずこゝにかさねて かれらがうたをおし はかればわれざきの としはましまにやま ひじりをとひしとき どうじのいへることあり いまより六とせをへて 山にのぼれわがしはかの やまのいたゞきにまち 王女 □□□□□□□□ 給はんこゝろにきしてわずるゝ なとおしへしことをおもひ あはするに いづればらまははやとき いたれりこれよりすぐに 山へおのむきひじりにげん ざんすべうおもへばおん身も もろともにくざんしてどう かんにしせぎしめぐみを はいしやしゆくすへのきつ きやうをとひ給へとの給へば すて丸はまゆうちひそめよし あるおほせにはべれどもゆふべの のぼるとゆめ見たりこのきつきやう むかししう方 松寿 たんのおんと はくきんとおん おとゝのこうしゆく ともつともにしか こうにまみへ給ふ ながらむちとたれ給ひ けりそのこゝろを元も にみたびまみへずみたび さとらねばせうしといふ ゆめになにとなくころにかゝりはべる なりたとへばなんざんにたかき木あり そのきたちまちちをはなれてそらへ もいになにとなくこゝろにかゝりはべるものにとひ給へばせうしすな はちおしへていふやうなんざんに きやうしととなへるふたきありゆきて 見給へといひしかばふたりのみこたちつれ申候 のぼるとゆめ見たりこのきつきやうをせ ものにとひ給へばせうしすな 八 くれば ろみなび てきも 二月四月廿四 このみてがくもんせずいまぶびをもて つゞきはちちゝのみちなり しばくのしゝてぢつしたるは すなはちこのみちなりなん たちふしのみちをしらず このゆへにくたれたりと ねんころにおしへさとせば はつきんこうしゆくはじ めてさとりてまたしろ こうにまみ給ふに あいけいれんぼこたる のみちに ぬことばをつくしていさめ 給へばためともから〳〵と うちわらひあふとわか るゝとはみなてんぎあり われいまやゝまへいたら ずともめいこうこゝに つきんにはおんみよく とゞめんやそれくにを とゞめんやそれくにを あさむるものはひとを しるをつとめとす よくひとをしるときは かなひし かばしう こうよろ こびたま またよくひとをもちゆること ありよくひとをもちゆる ときはかんじやとほざき けんいらずわがさいはおんみに へりとぞ およばずしかれどもちも ぶんにたゝへん世にしやけいをとくもの つよゆみをゐるにまされりと思へり こはぶにうときものゝおうせつなり おほよそぶきはそのぬしにそう おらするよしことしやうすひたみてら ゆうにほこらんとてちかうにおよ ばぬちやうけいをたいしある めはおもきがすくをよろひてき のじゆもくをおどろかさんとて のぢもかなはぬつよゆみを ひくものはかならずせんじやう ひくものはかならずせんよう のはたらきじざいならであへ なくいのちをおとすことあり ためともあげまきのむかし よりつよゆみをこのめるは かゝれば ちゝの みちに ゑたが たのむべからず十里の ほかにはらいもきこへず かきのほかにはものみな 見えずいまだじゆもくを しかるぬほう げんのはい しぜんちからにあへばなり 舜天丸 ぐんにとらはれ となりし □□ えざるところはこゝろも これをしるによしなし ときしん 東京坂 松寿 さればにやせいわとは じゆんとくをあきらか にすおよそきみたる ものこうぞうをあれば ゆうしよくのものしよくを せいがはる らひにてかひ なのすぢをぬか れしかばやつがひをひく ことはじめにおとれがちから すでにおとろへてはゆみもまたぶを ざんの すてところむ げんぜしがゆんぜいはおとろへずものを 山このむ ときは たかき きがちを 八丁角 おもねるものなり おもねるものにあや とほすととほしえざるは ゆみのつよきとよはきに はなれて そら〽すで丸 に のぼ ると ゆめ 見上と 二 ろに 為朝 かて こゝろ よからず や山に 喜平治 のぼ りて 六 立女が かのひじりを とひ給ふ事は ときも あるべし しばらく おもひとゞまり給へとお まちあれどもこのむ ところなればその も十二つる きみとがめずきみ よらずゐるものゝしゆ れんにあり八まんどのは にわゆみをこのみ まづほうをおか してのちにしんも またほうをおかし たまへどゆん 為朝 ぜい ねいしんときをえる ことおほかりかへの ことくにしてそのくに ほろびざるはなし 一かのきゆうじゆんは せいじんなりしかれども みひとつにて二十くわんの ことをえうせずくにの おこるとほうぶるはけんを おもへもちふるとねいをふつく あいするとこのふたつにあり そはよくおん身もしるなるべし せうじゆはかのちんへいににたる きへいぢははんくわいにしうぼつをかね ゆうあつてちうぎあつしよろしく大 しやうぐんににんずべしつるかめはこうし なりそれこうはむやつこうもととくしとなきは ぜんせはあらんおんみさいありちありといふ ともそのこのむところになづみてこれらの ひとゝうとくならばめいきやうついぬたち かたしわれじやくくわんのむかしよりきつばを たみきらすたみぎう すればそのくにほろ ぶたみのしたがふと そむくとはそのくに つよきとよはきに あらずしやうはつ しんたいそのどに かなひてばんそん とくをしたふに ありよく〳〵こゞろ えたまふべしこの ほかにはいふこと なしとと しめしまなづる のほうけんと としごろ一なれし ゆみをとりいで すて丸にふぞく しつつぎの日 よりふかへ ひきこめりて 七日のもの いみし給へば きついぢせう じゆつるうめは さらなり だいふらもことの おもむきをつたへ きゝてうら つゞきそひへすひさんしやゝまのともをぞ ねがひけるかくてその日になりければため ねがひけるかくてその上になり ともははらまきにかりぎぬしてこがねづくりの たちをはきせうじゆきへいぢつるかめりんだ いふらみなかぢにてしたがふほどにやがて ふかとにもなりしかべためともへかまにつ ふもとにもなりしかばためともはかまより おりてとも 人をのこし すて丸きへい 福禄寿仙 ぢせうじやつるかめりん だいふらのみをいて いたゞきによぢのぼり と見ればちやう ぜんはくひの せん おう かろへ なかへ にて みに なかばしたるがはくう たんちやうのつる女ひぢを もたしいはほのうへにぜし たりけるためともしゆう〴〵 これをみてむかひすみて はいし給へばせんおうは うせんをあげてためとも おやこをさしまねぐに ためともはかうべをたきて かみに あつてはわた さいいひ づみとせうせ られくにゝ られくにゝ あつてはきんまん もんまたもろこしに あそべる日はなんぎよくろう じんととなへられせそくは ぬこゝろえたるものおほかりはあん すうとはしやうだいにいわゆる はんちやうの事にしてこうせい わうじをわんずととなへまぎ かをりやうこるをあんずと いふもはあんずのてんごなりこの くにひらけはしめるときいち なんいちぢよとけしたるその おのかみはわれなれば われにさんなん二女あり けりしこほゝでみのみこと ありをまうけてこのくにへ きませしときちやうぢよ くんくはみとにおもはれ たてまつるとよたまひめと めされつゝつひにはらめる ことありてうがやふきあは せずのみことをうみたて まつるときふかくはぢる事 ありてやまとよりにげかへ りしかば二女しやくをまい らせてみこをはぐゝませたて まつるにたまよりひめとめされ たりこのいんえんにわがちやく なんにあまみこのせいをたま はり世にてんそんしとしよう せらるさればわがりうきうい かみのみよよりおほやま とのしよつこくとしてたね しづやかにあゆみより それがしふろうの身 なれどもぎによりて このくにのごくらんをくち たひらげしはまつたくひじつの ふくろくじゆせんとせうす われなんきよくととなふる よしはりうきうは なんかいのすみ みなみのはて みなみのはや みやうぢよによれるもの なりしりのみならずすて 丸にふたゝびあはし給はる なるろうじんなり なるろうじんなり しかるにとうせい こうずの 為朝 ことよろとびのべもつくし がたしねがはくはどくとうを しらし給へとのたまへばすて丸 きへいぢこともにぬかづきて さいせいのおんをろけながら むくひたてまつるによしなかりしが はからずもそんがんをふたゝび はいしたてまつるさいはひいとも ものなん くせひにはいし きよくせひにはいし たりまたおほやまとなる むさしのかながにいづの いろうにつるをあそばし してその ちにつるみ 舜天丸 ながつる のべがたしといんぎんにのべたまへば せうじやつるかめりてたいふらも むらのなをのこしあるいは ほろびしそほちなんぞ ふかくたうとみはいじゆせり そのときせんおうはさらにため ともにうちむかひやをれ八郎 わればこれにけんけにふかきよしう いてきのくにゝてあいせししかを よにふくろくととなふめりまた あるときはせきぼうとうの ほとりにもあそびしかばその ありまたたゞげんけのみならず かみよゝりして日のもとによしみある ものなりしがまづそのことのもとを いはんわれこのくにかいびやくのそてん そんしのちゝにしてよにあまみことしよう せらるかのあまみくといふものなりされば でんちにせうよういたしいたれるところなほことにす ちをすなはちふくろくと なづくるよしはしよ〳〵にのし たりしかるにもろこしずいの世に わかせいをあやまりいたん からとつをなとしるぜるより はあんすうをうちとしるし じまととなふるにはひこ ほゝでみのみことのた事を わがむしめのはらにやど せし夜なとすしかるに のちのひたみな たねがしやより ふなでした ふなでした りうぎかへ わかつくはん すれば そのちに よつて たま こく とな るた のみ 思ふ めつ このくにうどのなまりをうけてしかいや 曰弓ノ十口 廿一日 つきせやうようして じやみやうをてんちと ひとしとしあとを おこなはれし おこなはれし かばわがつるもまたその めぐみをほうずるにたらべされば によごのじさつさへとゞめたるは われなりこれらはいまだその とはしまにとにてたが いつへじをこくめて げんけのてうほう しやうかへのひしよを でんじゆしつひにおや 子をおうごしてもう こんをこちほ 九よにいでともら うんがげんじゆつ おこなはみずかれ そのやさきにかけられ しはわがまもるのみ ならずあまてらす おゝんがみ八まんだい じんあそのめうじ さぬきのこんぴら しゆとくゐんのしん たいしらはたのうへに しゆつげんしぐんゐを さしたりさればすて たすけたま 五〇 しめゝの またやうさ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ よりかのくに ひちの もなくさぎたれ ながくやまと ふぞくたることをのへ たまふよつて のおんふかければ ながくりうきうに につほんには八郎の とゝめておんたくをほう ぜんとすれどもため ともはかひせひのむさ ぼりゑのりにはし らずくんふのあだを くらみことすよつに こゝにとゞまるべ からずしるに こゝにわうたるもの はすで九のほつに たれかあらん しらずや八郎いま あによしともの こよりともへいけ をさいかいに うちほろかびし } はましまにとゞむと らへどもしば〳〵やまことに わらくわんすさればとう いい六ねんはるのころわが あいするつるはなれて みちのくにあそびしとき たかのためにきとつけら れてあえなくひとに 十 られたか ときにみな うちにありてはましまへ かへりきつればわれよし 舜天丸 いへのこゝろばへをかん ずるあまりのち〳〵までかの こがねのふだをすてずかくて また九十八ねんのつきひをへてきうじくわん ねんわがいもふたゝびとうゆうしてゆふやまに ありしときいかづちにおどろきてかのふだを こずへにからましいのちもすでにあやふ かりしはためともにたすけられ はましゆへかへりしかば よしいへためともそゝん二だい のめぐみをふかくかんはいせし もとの わがよろこび さるほどに八郎は 松寿 くんふのおほせ もだしがたしとてはな せしつるをとりえんの かやく 喜平治 福禄寿仙 冬よしいへ てほみかた のぼだいの ためにあま たのつるの たのつるの あしにくがねの ふだをつけ ぼうにやうぬ ためにこのくに まではる〴〵き ぬるちうとうの 毛国鶴 こゝろざしのめでたさに つるをひそかにはいしよへ つかはしたやすくこれを ためともにえさせそのゝち 大しまにてききよあるとき 八丁亀 またつるにからくたをおくりて はうがうしてさほりの なぐさめさらにこじまにそうがうしてさほりの につぽんこくの そろついふしに にんぜられ てかせくら に ありながら 六十二丁 くわんれうつぎ 一号月廿四日 つゞきせりしかれどもこのひと しそんながくさかへんともおぼへず こもまたぶうんつきてためとものし そのしもつけよりおこりてにつ ぽんこくにぶしやうとあふがれん ことくたがひなししからば八郎なに をかうらみんあとを八でうの くだんのうまにうちのり たまへばためながしらぬひ さゆうよりくつわづらをしつと とるこれを見るすてまるは あるもあられずさしまねぎ ちゝうへしばしまち給へこははゝかへも なさけなしわが身ひとつをとゞめ 小 じまにこゝ めてさん しうの しら みねの 為朝 おきてかへり たまふは あぢき◑ たま しゐ をかよ わしてしん ゐをのぢにかゞ やかさばまたこれ こよなきさかへ ならずやこう なりなとげて身 しりぞくはぎしやの うながせばためとも これをきゝてこゝろ よげにうちえみて つねなりとく〳〵かへるべしと 八ツゝ くものとちにはため とものおとゝため ◑なしとのなひ たまへとく さけびたまへばきへいぢもろ ともに手をあげてこゑを ふりたてつきめなごりぞをしま るゝせうじゆつるかめりんだ いふもまたたゞちごのはゝに わかれましらのこずへに □□□□□□□ はなるゝごとく あれよとばつ りにまねぐかひ なきあまのはらふり さけ見ればやへくものかすとに まぎれてらせたりけるすて まるははゝめわかれてより なみだのいまだかはかざるに いままたちゝにすてられて あいしやう ます〳〵やる かたなくふら まろびて あこがれ たまへば きへいぢ つるかめ せうじゆ○ らもなだめ かねてせんすべなしふくろくしゆ せんこれを見てすてまるふかく なげきたまひぞこうしはかなしめ どもせいをめつせずなをあり それがしこじやくの るにんとしてとぎり しくもきべいをおこし きよのりがらからを うちもつくさでぶうんの つよさにおぢには はるかましたりけん くんふのあだほろびし うへはたれをあだとし なりしらぬひ ひめもつともに ほうけんのかつ せんにうちじに せしこどう九郎 あく七べつたゝりてどり のよぢよそううち のよう でのきはち大やの しん三郎こしやの おほせを うけかげつまの ひとにくわきうを つげおんだふう ふをすゝは せしものはかく いふためなかなり いまはわがきみも ちゝもまちわび ちゝもまちに たれをうつゞきすみ やかにとゝくへかへりて さぬきのゐんのみさゝ きにてはらかききるの ほかなしとことばをはなち こぶしをさすりおもは ずも身をおこし給へば ふくろくじゆせんはにつこと □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ して八郎のちうこうぢん ぎはけんこんに げん太よし田の ひやうゑまつか二郎 さちうだをはじめ 二十七きのゆうしを いてためなかまつ さきにかまひき むけたへとひさ しきいろねのきみ おとゝしのかんなづき さぬきのゐんの 給へらめ まゐり給へと よびかけられ ためともは ためともは きんぜんとして たちむかひ給ふ ほどこそあれ たちまちくもに かきのせ さぬきのゐんの きじんに がつし もとめず してみちをえたればしすとも ほろびずいけるともかみにひとしこゝくの ようゐはしうしやにおよはずさぬきのゐの おんむかひはやちかづきぬとつげもあへず しうをあんたいとしてひがしのかたよりたなびき 義兼 おやをあらはす はすなはち こゝりの おはり せうじゆ きへいぢ らは はやく すて まるに ぐして たち かへり くに だい じを はつ れあし われ またなかく さいわご せんとのち〳〵 までをしめし 給ひたみが おとしつるい そびらに かちへつき 同引引戸七四 つゞきしのりてはましまの かたへとびきり給へばすて丸 弓引灰七四 しゆう〳〵しばしそなたを ふしをがみつゝすに九を なぐさめてからぞひの しろへかしづきいれて しば〳〵そくゐのことを すゝめりやうせつきち にちをまちとちうざん ふのりうぐうじやうめ そくゐのぎしきをとり おこなふほどにすて丸は のがるゝにみちなくちう ざんわうのくらゐにつき りうぐうじやうをあら ためてくわんくわいてんと がうしじゆんてんわうと せうし給へばしよしひやく くわんそでをつらねて みなばんぜいをぞとなへ けるときにおほやまと ごとばのゐんぶんぢ三 ねん十二月十五日じゆん てんこのとし十七さいいみ なをたかあつとそまうし けるほどなくとくちうに たいしやおこなはれて またりんだいふがむす めにくめこといへるを 太郎為家 十二 それ おしでとせん事 しかるべからず みづちは くにのあだ なりしかるに そのたまをもて りうときろと のふたつのたまは たまくすくの とうがくにうづ めてそのよわう をしづめらま をしつめらま よりまなづるの ほうけんとおの ないしとしせうじゆが むすめこはぎをられて きさきとさだむこへ ちゝのこうをしやか せんがためなりさて またきへいぢをほう ずとしせうじゆを こくきうとしつるを こくさいとしかめを しきんくわんとしりん だいふいかのゐらいを まゝめたほうこ をましくわへ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ おほいにそう りんをひらかして りんをは くにたみをにぎはし たまふさればこく ちうのりやうせん きりにゆくはためともの せろせんし給へるをいたへ きゝてきよべつのみづを はなれしこゝちにひたいを ありめてうちなげきたるに いままたにはかにじゆん てんくらゐにつきたこのよき まつりごとをうけしかばくらげの ほねにあふそちしとよろこぶ ことかぎりなつみないたふこゑ いちにみちぬさるほどにじやん 足利義包 一方七印 金融 一日昼 〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ で わらは もろ〳〵の てころしんを あつめて の給ふ やかり □□ とがねのふだをもて こがねのふだをもて でんこくのしんき としながくしそん にのこさんと 思ふはいかにと とひたまへは みなしかるべし といらんせし かばまづその ことをいそがして つくのとしの はるよりそれ〳〵 しんらにおほせて しよ〳〵へあら たにくうてん みやゐをしつ らひ給へまつ せんでんのや ふたす哥をあま てらすおほんがみ 八まんだいじんと あがめためともの かたみのゆみを八郎 あろじてのしんたり となしそのほかあそのめうじん しゆとくゐんふくろくじゆせんとろ しゆとくゐんふくろくじゆせんとろ こと〴〵くまつれりしるにおほやま とにはよりともかまくらにしゐをつきへ 三州戸井町 つゞきふるひしかばあるとき なんとりをつひばつせんとく たいしやりあまのゝたゝりない とをかげしよしやのぶふさを のかはしけるところにじゆん てんわかすこしもきはかず てんわかすこしもさはかず よりともはわづしんぞく なることをしらずと いへどもいとこどし にてゆみひがんや とてせうしゆきへい ぢにおほせてわを こひ給ふにそうつ そのものもよろ こびいゝきを まとめてたち かへりその事 かまくらどのへ まうしければよつ 松寿 ともはじめて八郎 ためともの子なる ことをしり給ひぬ さればまたさいつごろ あらかゞよしやすの やうしとなりたるため ともの二なんともわつ かとへをつぎてあしかゞ よしかねとなのりより すへのりへおからしめしねぎみの とはすへのりのじつしいぬ わかまるのつまとなりて ありしそのほかためとも じやくくわんのはじめ 九こくへきすらへて いまだしらぬひを めとらざる 林太夫 いぜんちく ごの 八丁角 やすひらいいばつにはつ こうしけれどもその身 ためともがこたること しざいありてつゝみかく せしがそのゝちほう でうときまさの えんじやとなり りうきうなる じゆんてんわうは わづきやうだい なることを とものげぢをうけて 舜天丸 ときまさ よかきゝて おほいに よろこび その身の こともよりともに きこえあげまた ほうでうがさしづ にてほかにため ともがゝつからや あるともより〳〵を たづぬるにぞこの とき八でうじまなる おにやしやがむすめ によごがはらなる二人の 子太郎九ためいく二郎丸 ほうしをはじめあつたのだはくうし 毛国能ニ 紀平治 やまと ごほりなる どうしふたかが むすめへためとも かよひたること ありけるがのち このをなど二人 ともをのこをかみ きをいと けるむすめの おやくはひがしの せうじにしの せうじといふ にばすへに にはすへに いたりて にばら ひがしばら をなのり けるこれ らのゆかり みなとの とき 一 せう せ そのぞ なり 十二月廿四日 つぎあら はしまうし あげけるにぞ より ともとう この事をちく いちとひたゞ 白 □□□□□□□□ □□□□□□□□□□□□□ 伊勢 させ給ひて 亀五 おほせけるは それ八郎ため ともはわが おぢにて ばんぶふどう のごうけづ なれども びうんにして 毛田鶴 ながくかい とう にも さまよひ いまそのこと もしよ〳〵に □□□□□□□ 五 丑一 □□□□□□□□ あるをしれり そのうへさぬき なるしらみね 皆 □□□□□□□ にてためともの きずいあかし ことうねてきらか こたびふぢはかの ア おもち ます〳〵へ いへさかへ たり こゝにおいて ため□ 国ともの ちすぢの ◑とども おの〳〵 かま へはい えつなさ □□□□□□□ よろ こび をのべに けるその のちじゆん □□ やき □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ ぬら たいぢも八郎ため とものしんじよを もてひあらずせい ばつなしたるこそその れいこんへむくはんものと おもふをりからちすぢの しりつたへさいわひなり とてまづ八てうこじま かなるためともの中ろ をしゆざうしきやうとへ をしてさうしきやうとへ しゆつそそなし正一位を たまはりたかくらのゐんの おんふでにて八郎だは めうじんのがくをくだし おかれければよつとも にはしやうゑん二うしよ をついられまた九しう なるふたりのきやうだいへ あておこなはるのち〳〵 あへおこなつてのち〳〵 ひがしばらげんだの かたはおとろへ にしばらげをじ のしぞくは いまにさかへり とぞ太郎丸は大しま とぞ太郎丸は大しま 太郎ためは人となのりてのち五 しまをれうしせはきのしそんを ふちしていへはんじやうせりまた八 でうじまの二郎 ほうしは四郎 またのくわんそくたいの しんぞうをつくらして こじまのやしろへおさめ 給ひそのびんぎに 太郎丸ためいへに 大しまはくわんれう させまた二郎丸ほうし には八でうじまを 五郎をいう しんとなし 大しまのせいじ をなしこれまた しそんつゞけり しまぎみは いぬわつ丸 一しよそんめいのしやうゑんを たまはりみだでらの ぢやうじとなし八郎 ぢやうじとなし八郎 めうじんのべつたうを けんたいせしむしまざみ よしざね のつまと いつまと かなりて二人 のなんしをぬ けんたいせしむしまざみのなんしを といへどもその 子たり身はなん たうにやみしねども こゝろはこゝくの ひのもと▼ かよへり見よ わがたましゐはかならず〽つぎへ 七才かしやう三ねん にそづすその びやうかちまは にひよんで蜂馬原備 をまくらべにまねぎ わがちゝ八郎どのはろい せいのやうしにてちうぎ またあつしといへどもせう がいこたうにちんりんして ころざしをえ給はざりし われふせうなかなし 一孟斎芳虎画 八 丈 つゞきあにあしかくよしかねのいへにせ べしよしかねのしそんにもしわがなの 尊敦勢のたかのじかたどるもの いできなはわれかまれかはるとしる べしさすればちゝ八郎どのゝこゝろ 神 鎮 ざしもはたすべしとゐげんし給ひ たるがつゆばかりもたがはずして よしかひより五だはめさだ氏の こに高氏がといへるありぐんこう によつてごだいごてんわうより おんらみなのいちじをたまはり 尊氏師とあらためぶゐ かいだいにてきなくあしかゞ しやうぐんとあふがれたまひき じゆんてんのなのたかあつと たかうぢのたかのじと 〇さればちんぜい八郎のぶゆうの ぼまれいちじるくせみは ふくろにたちはさやおさまる とよのいままでもかたりつたへし ちんせつをつたなきふでに あやつりてもとすゑむすぶ だいたんゑんあづさことぶく さくらぎのはなさくはるの おとぎぐさめでた かりけるすさみに めでたし〳〵 大尾 〳〵 浄書 金介 ふがふせしこそふしぎなれ 座 樂亭西馬遺稿す 仮名垣魯文校合 } 寺西風の 馬江 金津啓次 稲妻形怪鼠弄子は 一同百四十四 一〇 一五月十一日 同断同 } 但二間新行 同二階二代二階大勧進 同月十一日本郡 十一 一十九日 第一四一 } 一銭壱貫 十一月 } 東本石町 七章屋平吉 此と山石井屋 京三丁 此本何方参り唯共 境之上早々御返 可被下候