佐野源左衞門情之鉢木

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日本語
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[出版者不明]
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サノゲンザエモンナサケノハチノキ
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東北大学
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2026-08-28T18:53:25.651810+00:00
書名 刊 所蔵者 管理番号 資料番号 撮影 東宇仙令見 罪 木 2鉢木 月 年館 置ける{ 佐野源左衛門情之鉢木 置写 特別 佐野源左衛門情之鉢太 十八品 SILL 廿五冊 豊作芳姫作氏ノ歌謡踊(主ヲ 以テ諸入セル精博士 荻野事吉氏藩隊者 佐野源左衛門情之鉢木初段 ればくのちそれおもん見るにきよくしてすめる物はさんをとろふとくへいにしたのかこれ又 よこし酒におごる物はたんを出るといへ共そのつとはなはだのかたし爰に今八十代の打とをばとふ かたの花と奉る其比天トのしゆごをばほうぜうの聞まるは代のそんたきのむたのかみつね時とり とかうそうだいしへよりともさりぞくして天下のけんけんへんとこなひかまやきたちとそさめが下の 雲ゆ皆かま倉にたんさんすされはにや時のはじやういへの月まれ今の今の介の地代にしく爰に下つけ のほのけんにんさの染きの。せうのねよとてのみき一人おわしますかすゑんされいちへんのやうをへ まもり目にはさうでせんばつのぐんぞいを申せれ給は丁しかればたいばんの其ためにかまくらに相 つめ君をしゆこ申きかたそ文成のしつめんにきぬがたしひ殿立うつ家同しやせ六新五 かつとくりや主馬しれうのかうのそのぱきのことくあひなゝ此にちや七郎をこたゝ愛其外 のらうをうにはさめはほよしをみつのひけづれそうやのたじやたりかくてとしも春たちて かつもふう〳〵過ぎのまとあきのはつ身になみて物たびしきをなくはなくはふか里にのこされし みだいきん事にはつかしくあかしくゝさせしけ給ひけりけれ出そをきみやちせんの住人市橋 しゆりのたいふ字女へとてけつきにすむほうし有是もざいばんのためかまくらにつめかまくらにつめのへ 郎等にはちかまの平夫よしたげせきだの兵衛とき松母の大良時さねあらいの藤原定次 とていづれしをとらぬかうのみの四人一所に相つむる有時のこと成に良品の其中にあらひの 市橋しゆり比夫 あらみの藤太一 きねかさ兵へくび あらいの花太がたき打 たたのせ取おびうたく これのませんてつる きぬがた兵へしかひ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ きぬがさ軒五をつかける所 藤平美紀はせうける内迄住んしのとをもの深度つねよが打けんだつかき見やてきやさんにして つのやうの酒をして打領物に羽のよきなれば十八才の付思ひねい候へ火今に本所ころし申上す程 に君の風きこはやまに候へは御供を仕い心に帰り次によく年月過へたりなかくなつくあたしかたしかく 食に有内にいかにもして打申度候也あなれどもなくはせばせてせらの御をんべきには 宮はし所遠くせるものもながせぬこと共は神田よすいのなくいればいれば こんまさうのれいなんでしよごわんじやすとやつとやいやんやんやんやんやんいのりちををきづく ければ藤平こうへをまつけ置かくずれそかなかたきの間をあゑやりは一たび御めにおらしといれに れいさをのへやがてせうせうそくしたりけりはさにはかさりかひつちがへおそつめんひづうできのみ切たるほう どうにはみ田の七合はやしの寸にたら一人引くしてあるみやとてばしり今御前になのしきはうぜんにひざ まづさなむきめうせらいねかはたは心中の諸願おりなく心へごのごのか見せしめ給へとかへんくたきいの りつた三日三やばともりける心の内こそゆけん是は見へきせいのなしのなしのなきやすやみながたみへかつ 家はしやいかめて申付扨もこよひふしき成夢を見る故あへさんつうしめの如くを参らせよすさぎ よく思ふ行ふしこ上馬の宿ねのつめ有尼とひ来り身をさん〳〵〳〵にてみたく時にますほにたけき ふたほかの花をぶくすると見て表ためぬそひしへほき物のにといひときうへのくゆご神生んの御 ますてうけたがちに成ぬればこれきつけうの御つけるのんけんを神をすに弓申くんにやいにと申き也 るゝはやことぞ仰出候へ共只今の夢物語をきちしにあらておころ也しらといへにけたんいなひの やきにへものでものでやねんをつんさんされは身の内にてと云うし有てなれといれといつ仕ても 一しきやかの程をいふにゆるのと我これしのたきをもすれしのになひ給へはいへはつもみ給へはつとみ給へんそ ぶしたるその道がたま手の敵を物やらきすはゆをはこぶ布介舞之御屋してやくこれこれが 一身をはむゑにて水はすやそのかへたか扨もひしつけれはそれをのむと色色色色色色色色紅紅紅紅紅紅色紅紅色色色紅色 たびの花火はふふつと御むやうたるごとりふしてそせいけるかけるかゆるかへせんあね共上にはぶく するきしかきていさひも心へたりこかきたんがいためにまかせ申さんと涙やかに申たるよつ底へきに悦て たあらばおとま申たんと也我ややさしてぞ帰りける其後にうま心はつく〳〵とあして初番に玉ひのつけへ よしけるとはやりせひにとて参らんとしりの物にもかくしつあげさまんかはひおうちのひてたんけいし たりしかんのさこそきこへらすは程なく御まやとかめればねあは立よんとすがぎあたいの反衣きつみ てすはくざんの物なりいいひとあぬにはぐしの春はわんしに打てかゝろかつねへたりきびちいはしいつかへ 一打をとす左の七升五ツきやうやむしむんとくしよりよりかゆ成大刀たつてににし立あがんとあかんとすんとすんとすんとすか 一所を藤平としもいつきあがさへりこひしき死す煩打をともしはめ出け趣をも見へしてをちてあかる所へ きぬがた折大かまんはしやきやうのゆまんへさんへさんけいきといやまりし取物色とりあへていといといといへ が兄のしがいを見るよりそやにて寺より見てをりぬば〳〵とつてゑばし泪をなしけるむなしきしらいをう きあけて扨な〳〵〳〵参が申せしことをせうんなくのごとうたくかたくをしごとおをあたむくぬぬ尻も酒に くれていあしがゑたしれたり我心今は今は身分けもひわしなおこくうつしくなるにをまかけ こま引せおのつてねれやさにてをつかゝそ数をますもし歎なれども故にてはやをすあそれはいかへ あらいの藤亀はなきかいづれかはのかはのすべさかへよばればよばれば定何也もやあふと云ふと云ふと云ふと云ふと云ふと云ふと云ふと云ふと云ふと云ふと云ふと云ふと云ふと云ふと云ふと云ふと云ふのかいへ まんが数そ領ひける両方かう成ゆうしにてくはせらず見たりしがよび弐分をとおほくでわんずとくむ 行はよもめなかつはところなげむなげむ出板かかり。あへなく身をかさすくしゆんに逢てかきもひやけて返し所 に立帰り見山家の御甘行事かひ出く成へかつ給へかまのへ代のくきをんせん打ちとく也うゆへをそ やうにたき申候へは荷いのげんをはなれ給へるむあぎ仏と無かうしてかくきのくびをかしことも人の人の心な いと気持肉ながらにあつてはしつと帰りける代々のかたきのうねをたるふうんにかなふかぬくらはかたきをらし ものぶのちやかり物は是なりとて皆かんぜぬもぬものぞなかりけれ 二たんめ さまにしゆりのが夫只父はき事夢にもしらずして家の子取未吉あめ酒ゑんのけをもふしかふしかへし ちぶといへて有侍にしやさらせまふ何もも要する所へ見人の別当はあはあはあはせ参り物す今度 のやせんにてみなみなさぬ水田三四人時のこうなんにて給ひけんにてやうくの仕合にてあまたの死人 御ざ候と有て其ほにせんぎいたし候へ共家中元とうけ懸りまつもあへすちゑんを仕候と大いきついてぞ 申ける由に大ますをどあささでは藤平三てんしたりしたひがいなき次第さて是ものを打たるはなに一 ものそさん哉此方より人と付見せ候にたの深川の屋形へ付入て候といさひつぶさに申ける定父父父女女女女に て物はあてさぬがさ也にき打のかたきにもたるといふ事は。めやの無事にまさまづくがしつしてよく こそ申て参兼り此手せんごとわつて後かたねされ御さんと別当をかへし此人はへんしことせん立足 出すへねよかいふをよせきぬがたがこうへをはね藤平郎しづらのやみちをはゝさせんいそき身へ ぬけれとかんじよくかはつできけるゝて中にも松井の。房女は死はいきととりはおほくばたりと 〽我々思ひてあんのめぐら候にこれはかへたいてのたいかやにて候はすさめためし なれはきぞかく此方ゟあたりといこここそれも申有その心のが後てそこゝがのことだきたましんぼ 候へと組をつくして申候わねの丞者見に同にはぎるべきらはさくにそろへ候事なくし候上は 々〳〵にまうせる也此へさけつねよが也いへゆき数をうげて参るべしきやうけ有けるそのごと御前 を立てそれあてつねよいらずををきけるもは驚をききしき新如の瓦はおのひめに死出しゝ次第 伊勢手よさしこれ俄に人やんじんつきぬきはちゑのも多くなりたしきやり をしさよさながりそざにかたきを討こそなんべし。そめてうれしけて橋岸三もい成とやかかたむかん とこひやもうれ芝門をふきりにさきけり番の物にせよふ一橋方より使ひ合畠のもの共安右へ一 共をくかたけるつねに聞召あたりけるべいへいぬれも心へとも心ひへどもいくへ入沢歟へせし 左る時に伏立申や事東は一橋ぶりの友太郎とんせんぢのの夫よし左衛門とり物にて候 かき打たるけいにうつうたれつゝりまたりきはねはねどきほうのゆきぬかきにしゆりのやけへと 二代ときせめりむなしく折すてをかん○ぶしの道をなくさるかと無其の物まいにあわん事定へ はな給はず我々迄そのねんよりはじかぎりなし此人はせひに数を此方がらし候べし又ももなく候 はまやをもて申うけんとの役にて候とあらかにこそ申けるつねよ此上まきこはやうしき役家道 とつものものもの共かなきがやすく打あせかけみ来ゆのむ共いかて千寄し出せんやふざいの 露の手を食しくは消せとおもいさん成さらんなそうへばなひなひなはかやをもつてとらんをや此つね よりこんてにあらんかざりおほましはやまへの事をよつく。はせそれた有ければさら川込をたち 一ありとかいはころでのつ立るよしたけいつてすいさんでゆのじめんとめてへ出てなげてみ思ひを切て共しく をうしきぐみしやがたやとも六る所へないはなあいたりに出けさんけんおやける如何様なやしかけき也 この一手にそひけひだきて清成よしみて物にそんの事也とつてはせにけりさんにけりさまうやけるとして かつていさうを取がさしつけんどするへとすりぬこんではさかはされび打てしきものはしかりをや方 にころをちらしいかやうたく此うへは定めてきにかんべしいづねへんだんなとそのなくけちをなしける かたきをまいたりあやもせかた頃け人は有と候はけつさのそしにて見てもなしかせ時をとつぞこ 行ける時に大将こゑうけてかくいふふは吉橋ふりかり有りまへやいたへはいへ候事也とかく人もはまさず にて切によとよびわればまつきものとほう切ときを打てかたるみためぬと毛を取がてわれをそうしとし みたれはひ立て又ごとだかいける言ずつねよくだん高す所次ゐかりいさのにかして真せしをしやるのや 夫きやうてやあきなしこゝろねよかやすまひやうへげて合をながらんなごじごじんやうすもさぬやく高 物こにうちは玉三合のふきをとつへつかいひやきいへしものたきのたりけりやねようになくなし さん也さんもんぢくきふやめにふんめにへんする上にも請て見有の給ひもあへす大のかまた打ゆひ しかためてみろんといた一橋がくびふつきりけるやしりへにひ久たるきのまびにはやける めていかふだりにたまは是を見てはひみほとあつる所をきぬかさなけむかいゐかいゐるべき さらひしてはたる所をたいにはゝり〳〵さ切にけるにすむ雷にすべきなぎふせ去らはきをう六 にせきの上へ松どのへ立のすましとそりわさりぬへたり向むすよりぬかたぬかたしやおひの 一手にて一人をやせくもせはつばらつてもつてみと打はせきだ松外二人がくびしとにける つてやらせんをなんはいはいに見ゆる所を立さりやあやことつらしやたの内に入るものなん さ大しらね大心ちよきたらたやとかんせぬものこそのこそれ したんめ 其後なをも此とかきほろくは立立立しんつね時のをどろせ玉ひをめその内の方共よ申しやしやと給ふを取 ればのこよがもしがのしかく思有なく思今の淫女あややけれはいましやこともいとい かめんと仰たるとのふ手は明らいなや御さにしかすが身きんのましよしおはねよがおつはゆとむとずと候ゆ されは御預りにはあほしきやんともんとそんじけるつね時なし召さあらば汝がぬませよせよせけかといづる也 こそのかりそれをきしよとの御そにやねぎを立せ給ひけるさんはやよの中のおそのおそむしやむしやむしやむしやむしやむしやむしやむしやむしやむしやむしや 候心ほばかに五月に入よいた立出たあんし思ひ分する事候候候哉といひといふこどふんか行丁か かんさんとも思ひ付是迄来てもおとよごんも目もしるごとくつねよと気あしからん有けるがためには こゞしうなれはせんがたのむそうしなひてやきせよびたびぶんにあつけしも此はくつさんにあひさんためひさんをも にはだねもこと〳〵〳もどのに申てやすべしよがたすよりなとその合にかつひそんそうし 黒くあづかれはとつのせ何かい外たしいがあらんと申けるこの所にそんはやまがてたてきつねよふなに たんをしいび入たしころしふだをこしらへ書付に一輪じやりのしやりのかたかたきたるによしのす入 おるをどぐるとさ付人のくべさともてなしごとくふくば札が持つね此度の人に其時参しゝぬはほにて ひやうをとわへしゆびかく本領上とと申請て雲文しよかたゑのたけはなきよひそうて 御ないうべし堀悦てさあらぬていにはしは無ういふもあみつ迄残る所によしかたのやうはねよが ためにいもやこんせうしをへだて毛を聞あきましきぬけるなみてせんかいかなきめにあふてもをもし 参せんと思ひつらねよのまますままに行ふかくの泪にむせばるゝつねよふしきに覚いかなことゝ 〽といまいとせんねりからめしのあやい成事なかさその語しやこの心にわらはかますのみつ御うを うだんはかくねまだ人ならぬそのつきにをちゆせなんさへ入やすぎせんねよ此由聞きたてはきやうに 有けるがたとへ君にしざひと仰有とても申なくさんとこそあならんに上何となきにころんやつねよ がうんめいのさはまりけつか口をしやあとうにかはねをきたん水とかく爰にてよしかたとすとかくにもなる べきと思ひ切たる有程ことは○せめておはれむかとぜんやまなさけなさけなき仍て事なして何のしきあ らん〳〵とまたのついをなりちしのみと是だりやと〳〵との給へばつねよしごくにつわれてさくをつばし きのながら跡にてしさいなきやうにはからい給へとのもひしながきれんしのわれは後にそしれたり いかしやいもとせんねよとのをはすして今はうと恐れしがけに成つます内ふいひ入て見るならばあんにう ましなかにはつさなりとせめれんかゞみにかけて覚へたりたとへもみづゝ左ましければ御ねをなたいとてをか一 け□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ からばつねよと思ひたしとをさんたるはをつく命をすつるもあふのきめかは糸をすしかんなむはだんとねへ こえにやまにに入本に出しの方への方へあらんとくよしかたはあぎの九なく召くしやす所にいび入口はるへ しやしつちめらぶんはよしとくのひ入しんしたしころししやましたり悦火をともし見打つねよつねよいて 我ゆぎ也みつやとろきあたましやとおされていたりしがいかに此辺さまはなしきものきのこと ほるといふ所へねよかけれんで出きをはひ打とし候内を取てぶせにくしよく水にあみすねにはむもれ 年の花くき姿も扨も侍の有てすはせんを見せんを見せんを見て 一事をはくを取りを取つていたりんと思ひつくんがせんといふ ことのとことねといへ給へ給るをのめにの友へといふにあはずないを打はしくりにかけにやうに はしんといひ立あへすくびいす打をとしめきかたしらをち給ふありはれ聞けのやかいふい みなかんぜぬものこそなかりけり 四たんめ かゝそれはまく事はアのほかづねがる御門せんをすへし かき打せ給ひける時いたつ昨しや土成大のの時頼能長かせ給ふ故出家有てたいやうしんがそう こりおすやその外とゝめ御前頭左れいにややく御殿のやかやれありむるはもいその名にけきがへ りとあたらしきとなれ共じやじやうを左がずりひけやんとあやまで給ふぢめん〳〵いにと仰けるを のゝしさいさいとねり御前をかんれわかや〳〵に人るさはし時ともしんにひしかげやけるしやける にもをごか時は下とりしむ方さんのなげたごかくはいかであさまへんけれ日かずして道をして返を めん大むかしそのきそかれんがことにひとうつりてうの雪のおどはんかんにきよいをぬかせ給ふ れの事哉たみのちるゑきを管都され也われいやしともそのながれをくんともんいさんにこんなべらす とひけれす鎌倉におもひ諸国しめ行に出給ひあまねは極めてせ給へしなの儀はしくしがやうちし て今はめ下野のひさい京村藤助は通りまつためし大雪ふのみてうちろくにかつけるこそ前に 立くせ給ひあん内こせ給へはあるしの女房立出て何とぞいやくるかすくりしむしやが一やのやどを も給へにもまて。きるのとほれ共ありしのもせとたへける家はいかなし召さあたあるしの帰りたし 宅にたるまさんと思はりまたせ給ひけりやつねよどのみをひかいて帰るあぶへ させるきものをなしほそ思ふらめそれはか月にひてそんし人はさんめんし人はくわしやうをきてたつて 中野 さい音丁時より さのゝ源左衛門前 あまくあみ引 〽さの源左衛門ふうした行く はいしのこといへさのきう出りにおとせし爰にもねごそ細なわくせうをきものすりすんともくり袖せば きなもゆゑ夢行のいふのむためにせんとなく夜次第になしみだしみだのみだのことのよみなひの夜 書きあとさすみ給ふてん候哥ひじやの御入候が二つの御やで候得候間御馬方のごそあればあればあればあればあれば残り 迄侍らんとの妹女ゆへは是にあはねぬねますれはいづたましに尋てまのややおことし召其や事にて候 いまだ日高く候へ共大ゆるにて候哉一所の中をかし給へねよりやすきものとはんともなりし く候へばいかでかとゞめまいふべきふりいとやはとなとなりしきはりし何の頃にやねにやねなしける いわしくは候。わなり十畳前いふねたげ有様なれはける物まんとそんして打ちなくにふされやあり 日上れ所さき出あしもらや行給ひしやしやふき此かへは力なしたあらばあれと立出もせ給ひけりみ だい日とすにありあさまやせめてやうのその人にひをそごくのためとなかへきや同ことりなしつ ね卒てやにおひ給ひ給つくよはなどり給ふとくはふるばけだととくはあきまはし意をあまんと やりてもつ付なふ哥のゑ御音を参らせんかはほとのこ有此てもに出入屋はぼしてすくすこと聞へ今一 ふる者此けをうしないて一所にたずみて袖なり鳥を打たひこかの故にやさがやまにて此里のやげ もなしたれほりの鳥の介殿よみしはなる時あつゝ神代に侍を見分して見分してないやはたまりともなんない いなし工かありつねよ申されけるやうやうせしが甚しく いたしんにもいひのいなかるはすふつねにてきやの物の物の物のやき手のものたそのは もの文文のこほんと仰付つねさんしかし神がなりかなりかないくつねからはさかし此あほひきかし 後津へきのかけにおりことき所へ入人今度のことひやいることひろけろといやける也 妻のくんす様子の人の音代のしにあはひかをねにつてやた 仏のおはれよれよね迄もやそのきの草焼たれさむしらせ砂程の様はそ草にくずあやのはや きはずし間にむせんと見物の上はすとそに泪を見たるにきたる事につねね申聞ややきりふりとをそんつせて すとの外ありやたらふたき火してあるたん事夥したれこどなし鹿に思ひ出したりといふみでや 梅桜松にて失ひさうに候へ共こんや夜ののもなしに此手をゐてたき久じあれやさんと立やをしや行なや すべしとろ思ひまに出給はん其時の心なくざみのほばがしひらすむやうとは水とても此身むかむものはな たゝ言にほなばがたしといへつなはちの末を御身の花にはならば。是を誠になん行のものりのまさはさば無事也 致し雪ふめせんせんにいへたるせんのさき所こそれは我そ夫を聞て人の御たりす此はちの心をやとんをし かりしさゆてはそしゆ木ふさき出る娘との何のめんのきかうしてあれのまたきよき見へは何を切やそゆへき病 を見は。春ことにはなせとしをそけれ共たればなす人とそそそだくら此ふると思ひしに今は我のみもびて方へ む家ざて切くびくひざくらにやなすべき松は共ゟ道のにてたきど成そとはりや切くべていよぞアんかき ものぬしのゝく火はおため也よくかりあたまへや熊野惣のふさじ大津がさしみなくしさまならんならんならん御 名はいすまの給ふでもしかどうゆふらはぜんとなを見つねよねはねをしけめけまなきのものなかにも 十丈代橋惣内年七十九日ゆへ其前のやむ兵衛内夫に成あつつて一軒のごとろしやしろし本店左左衛門 いはんべことしてならなしなしなしになしにはしげすくれ見る所にはあらし火を上ぼし見所によと給ふ事也をゆ て捨たると上をいはけは左右衛門を打込を打てにて此所にをりされぬよしなられなが升たりけふなくいとし つやかに諸生し者の者は其何とて染ていしつろにはなればんきはんきはんきはいたひしやしというしといへ 御救ひ御家老のまへのやうにて目をおくりしなかしなかしいはいやくれはな身物也候様がいされけるも有 びたれ共の刀をつくとに入候てもまくる事あらばまんはまんにはまんにはまんにきいまんじせんじせんじもへ 原田辺はひますへまかんしんじんななむいんのきやと調にはらくことなりなくにてはてはてはてはてはそなし やあてすそのばういかんかにいさにやしんじやしやしやうやうやうやうにももけてやうにも にやたいのやうぬしんにおのぜんの馬のやんにそひしるれけるのやうにものかなりたまいしきこそ なか〳〵申みすりはなかりたり 五たんめ 加へそすつゝとふ思の命はやの床それし給ふななきねをなきにまふにふかりつねにていか 次第四番いそのそのめ給へはさゝへならぬ御けしきそのかはまくにてこの役とと仰出しけんとし給くた上り わんやすやうといわいれんあるまいにましき人なきへそんなれをすめつに身にそはなきをしたくめん いぶんと有熊谷長兵へ入候よし豊前様御用新丁まなき事申上置候様かんたの御門さの御門 も加くうつしむ所也よく御しめんんんんやつねよりしな行扨と御見物のゆうといれんといきやこの有しやまへ こらんきのもちさの御そうすればからばいせんないしやへす松次らにたれうのくんにせんにそんに身みのりていへ 御しことばはきほらへはる〳〵のを屋たて神のものあひくしすまらのほつきりすをよひ火し御身は何まの この介づよくは給へきいましくよしなとはなへけき地分なきやまさやせものむかしなんしみはなきはなけ おもいややすべきかうまべきか二世とねたるみほひはみはや残る外手にかにかづき事なりけるねよし はなしかゝはやきもんきにかまいことき所の事有なる程所つさる程所つねよりける このかばくのごとき事もつけるへちのたひ思つとみ玉の一に出をわけす心のといへいて御 大将殿おはいをぬ事ににていたぬことす身の人にあるものあるへしてはないの事を見るを聞て 信濃給ひひとめて我はせんせんじと信州中村五十八日もゐろりければいいのみたひけれはいつきはしやうしやいは おこへは何ものゆゑめ出すべき大なくさまひしからんと成て我財を心をやすみける 一宇屋のごぢいたいそんかんぶんそんなんと落しもおかんにもやけるこそ大きややきやきやきやきやうやしやややうやきやややきやうやきやきやきやきやきやきやきやきやきやきやきやややきやきやきやんやんきんや んともの歎きなぶすと川と川といふんそんといふといにみ得北の西の道あるにんその木の大なんなが れば永かりのせんせきものせいは。山をし候とし候ともなさんとい如しの山とにうきやまさんはれに成るこの 一浦の松やける南橋七つかろふかとそしとんしけんとその引むんを有へ給へいとすなきやけるきまは にも身のと思ひを思ひいと首がしからず酒屋敷ま通浦宿よう心なりやしやしやうにはいて。 は酒工屋にもばやんんん正一度うち用ひくしところはやんでありしんであかへばかへもいふの女の女のもの ねんやす風を相焼しからぬ小恩をたむ此角のゆめにいあくのものものおといろしきもなくなれや れおひくな物のおくの神の神のほをおもいともしとはいはやとりやとりたんそのくちをたらしくものもの やうして思いにの黒びくるこれば居にきかし目よいにやらにやがくははめに及くなりきうして そがくをしなへてまくるいなのみぼつてはいはし月とのむにあたゆひきはいきはかさまゝめを名くらやとは こなりそれにしかへに見給へに見給へすものしげなり外のに見ゆかやしやそんへやへるやうの事 みや八夫の御ほうぜんかまでのうへんさねたそさやうのに妾にみやばしいふとしきまでよろやそやそに かゑん殿今の里とよみ給ひしも此御神の御事也廿五万をもんとのからかいことれもをなた れ見へしふんさえ候義にさきよしゆきの下はるかのゆへはぬけは給ひがしはかきんみやき物にかすみて 左衛門は仕人左し 馬まやげ あや 一同一一、、一、、、、、 さの深くあんとてさい さいより時直 しほあつは母のきまひやだいてんふじゆ又むるやうの御そへんぐりなくもりなくかたきをやすくぼし やのみやうわんをんをんになりてもあむしときやくかへ取扱ふしんよみもいまけとはるへにやともい のされはわたぬるかの人とのありさまこはぞまとにものまのそのばれは立なりたくれなりてめんぜ ぬまのゆはなかりけれ 六たんめ かせそのちさいみやうどの床ぐらにかやせ給ひをくをせんにされいにかた〳〵〳〵やみのたびゑひ てしやうせしみ今のなけるげきをすらんななはなつきおもふきひのあるをだとうはかくのしと 山みやうのこらずあんりやあるべきよとあいれこの心なりたかはしのせかしいへかけ給へり御こくち いちゑだひにふれにけつたる程亦也かこくの大小兵やうとの違ひへなれもふかんせよそのたいふんそ こえは風の如きおびくのしやうそく少て永きゆきみゆきあひは皆迄子よきうちつれ〳〵の ありしは此しかぬるありたまなりさかほどにとにきいやりしときよりうたはくなよに給ひちやます 御めんあるにまづ一てんにさがみの玉のさふらひいともし国き声のかさ国そゝの赤恋にもめだはらの平 むゑやこのふけりの次郎山へし太郎ひ有しなりする事の国には仏の下のひやうないさんさくらいぎやう ぶいわながとうけまくらにはといをかざきにの内にはみたきわとへ水山のみやうめのみやたくのむま おかしては物をのはは松こかだくるまきんのもんにそうちへきんのびやくさややきゆよかかのりしらしやうちし なにほだんやきぬきやはんもつにきんのさいみぬきぬきすはや物にくこそこそこなへいしけた も右にし吉なりひやうたんいづくのはたのせんなせい〳〵の馬ゑじ風になひく言様は吉のたつたけ 花のなち今をさかつとうたから物明寺の御いせいせいせいせいせいせはなかりけりけり 10165