曾根崎模樣
- creator
- 若竹笛躬等
- created_at
- 2026-08-17T19:23:18.242Z
- updated_at
- 2026-08-17T19:23:18.242Z
- field_rights
- CC0
- field_creator
- 若竹笛躬等
- field_language
- 日本語
- field_has_image
- true
- field_identifier
- 10010000014877
- field_ocr_status
- completed
- field_title_yomi
- ソネザキモヨウ
- field_attribution
- 東北大学
- field_oai_datestamp
- 2025-12-02T15:06:37Z
- field_oai_identifier
- 10010000014877
- field_ocr_updated_at
- 2026-08-28T18:53:25.651810+00:00
おはつ
曽根崎模様
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
徳兵衛
一出候州西日根崎模様え杢太夫様
一冊観音廻りの段後生にいる物
書やあんちくせかいより今此しやばにしげんして我
らがための観世音のおくも亭したきやにのほりてた
みのにきはひを行ざりおきはしなにつや。三つつゝとをと
みつのたとふた所〳〵のれいちれいつめくれはつみも
なつのくもあつくろしとてかごをはやお見のひめ三六つや
十八九なるかはよき今さき出のべきに立はさす共めたす共将たずと
てる日の神も男神にけて日まけばさもあらしたのみ有けるしゆん
れ行曲国卅三所にもむかふときくぞ立たき一はんに天満の大ゆうし
此御寺のなもふりし昔のも。さとるのおさの男。しはがまのらを。知に
ほりいでしかくみにのめとたへて今もぐぜいろひにうしに。のりの玉ぼこ
ゑで。大坂しゆんれむびに木札の字くや大江のきにかつなみに。
しむ夜雨の日も二ばんに長にくしそらすまばゆたのびかりに
模様一
うま我かげのあれ〳〵はればくればこれ〳〵又とまふりのよあし見る
ごとく心もさぞや神仏てゝするみの神内宮おみめぐりてほうじ人の
ねひも我とき放しをか恋のいいいつかぞと。あだのつれやほうの事はい
かにしかうしくさのかめも春をつておれざきなるなるやけのつゆに
やまくなんの虫はおいがつよこひやさしやすや。あちへとびつれこちへとびつれこちへとびつ
れあいつとのかせ。ひたく。はねとはねとをあせの袖の鯉の深たもやうを
花とてかとまれおのづからかんにあけはいてにせんぐねやんどりしいみやうい
寺森のだ所のこりなくそいたにめぐるゆふものくものころもせみ
風の主に呼ぬぐひあゐざ日につゝぬくあせ国のくりいなりの顔にとよふ
とのやみはことはり御仏も衆生の不親なれば是ぞおせのうとくしよもに
ながめのはてしなく面にふなぢのこふかくなみのあはずねずもなふかきの
しは風身にしむかもめ。なれもむじやうの火にむせとがれてし
なになら。しんぞ此身はなるしざいさてげによいけいでんじゑんに引れて。また
いつかこゝに高津のへんめうゐんがたのたねやうへ寺町の長あんしより女
あんし。ぼりやとなく下りぬちと〳〵のほどのほかつのほの哥どのを。あゆみならばす
行ならず。急にていくづれてはづりのもりてはすて。はら〳〵〳〵〳〵こち
かきあはせゆるみし帯を引しめ〳〵。してまつれふの棚十七ばんにじうぐはんじ
これかいくつまんほんの事ぞとふははむ。じゆじやじやじやじややはや遠方
に六十七千よくばんの経堂にやうむ鳥の地んぞとてまろひ
きぬ〴〵も。思はてつきねのゑんこんだかにかうたみや万どかいんにといす火
かけもかなく頻増しん清介にしめしめてやぞやすゝへあ抜けんのしみづとくみ
上の手に結び三口をむみやかの内の風ひさませんをきもの風ひやとくの神口
左の神延とせるいくゆる〳〵も道恩あまずにて。乱を主名を主名はあらず。こ
て是も又ゆくゑもしらぬあひ思ひ思ひぐさ人来に。道道心間もとにすいそがん
と又立出る雲火し時雨松の方町にんしととふふうし悟らぬ身夫よし扨こんだいし
なんじめぐりくて是ぞはや卅ばに。三里の思ひを頼にて。かく。かく。かく。かく。
のいと。しらが町とよぐろみは名にみだるとまうしうの夢をさまさんくのう
のともいなりのみ社仏神といはのしめしとていらかならべ新御霊女かみ納る
三ツキンツヽ
さもぐさ草の一すはなとにまじり。卅二に御身をかいろでみのびき情
でおしへ恋をほどのはどなしわたしてすくふ観世音ちかひはたへに有るたし
二冊生玉の段無実に入る物
曇る日も押照里に生玉の光は和ぐる居たる家老の暖震にかはり乗
て渡て打離す軒に坊主万歳万栄也所娘を旅人の足引留る咄売女太
夫の賀辺もいなまめで。聞へ共京都村噺にけふ始て○田舎の稲田藤兵衛
ほろ酔機嫌に大きはこひ頓作とや。なくやゑよね迚が願ひかいひ。夫婦の小屋
稲荷はさん行いで気が替らぬ道道頓堀か生玉にせつそんならおそんならおはつも。
廻りしたいといへ。幸に入来て一所におぼと思へたにお初めに寝て居る。
出淋しくてなくない何て又外の面白感と思ふに頓作り不申上力家を見せさし
よのホニそれ〳〵私もと皆々の立は。いたるの身も万歳の末の末御忘得ぬい
さまかへといふ波に商頭中居の友千鳥だは。〵伴ひ行将又も一むれかれ
一今出人の難掌片岡幸菊の板追留守殿の伽にさなふ柏屋
小はの中居ましくら一僕速ゆ〳〵来せ女子共まゝ是へ申といへ。給入なさなくなさなく
まさく這入どいつでも這入にやならぬとる奥に五座敷ないかァイ〳〵雑練敷も
ござりますかふかふかへに立下女が案内に打連て具の方へて具の方にいつ坊名
をたてに浅さし包屋内本町と間胸の森屋長倉須雲上雲上雛西方はなり桃の
酒柳の髪もとくと呼れて。耕娘引合手代と埋木の木物法の掟したまき
恋奴に落せてとゝ水を廻り生まの社にこそは夜にて生盛の世界の武
よる徳さではないへの。いし徳丸〳〵〳〵と手をたて。徳兵衛殿へ打越て
はきかいの程に新寺町の本寺の前寺の土町から屋敷方通廻つて内坂や
浅草もはや蔵といやツゞし忘れを又女郎の謀にて銭とてとややがら家
とせり文夫ば。徳兵衛様といへませぬぞ納渡してごさでも皆よりて居ます
このしかかなら五軒殿は。此法兵衛ととき。又等おやかといゑやかのも。
そにかふ。本意親方へて取計で見せ給夫に偽やなく浦。佐た侭つかへ。ども
有こちのことに去で内の首尾鎮てやりましよと寺町へて。新五丁目得消兵
衛はそろ〳〵と簾の傍へ立去て。お初しやなのみとふじやとぬがんと
すればゝ先やはりゑて居さへけふ田舎の田舎の田舎の観音様をやはまし
もやう〳〵
爰で暁迄日暮に。酒にするじやとぜいふて万歳を見に夫ぞこそこへ成つて
見れむろふ。等も皆かんだ凡。瓦の笠を着て居らん。夫はそにしやが此
比はなしも余もうたんせぬ気ぞひなれと内方の首尾をやね役宜もなす
ほんに又余りない此にしは未成とふ共にもないないないまへまでも済ぞへの私は
病に成べいの嘘なら是此痕を見さんと手を取て懐の打恨たるくどの泣をく
道理〳〵。ゑながらいふて吉にさせ給へぞ。此頃が夢吉方。金子正月金上
に十夜お抜煤はきを度に有左候に翌まい山内はむしやくやくやみつみつ
ちや汝袋金事や何こややゝ訳京も登つて来るよふも〳〵徳兵衛命
は綾の狂京したらば哀組へふぞと溜息ほせの計がて軽口の段のな夫
ほとにじい○も私にゆりればいんに隠んた訳があつなせぬせんせぬ
と膝にもされたか〳〵と涙色をひたしけるがチ泣やんなからみやんの隠すで
はなげれ共いふても埒の明ぬ事。併大方済。したる銘終を以て左が。おれが
且将は互ながら。元父伯父甥なれは恋にも預かれも又奉公に尊程も
油断せず。商物に文字ひらなる違べたものべらば。此正直を見て取て
在所に増内義の姪と女夫になしか留しふといふ談合屋の祖安政とこ
なかせ親方と談合て極料三拾両の金を握つてまられし此方が夢
にもしす。跡の月からもやくり出し押て祝音さたせ給ふとておれもむつとし
てアキアリ聞へぬ是なん私合只致さんをうちへで相謀極るとあんまりなされ
やう。今迄様に始て殊あまへたアか始御一ツ生女房の機嫌類の類の夜の
立物かいやといふかゝ中が合利いつな〳〵いやでござると。詞を過を受答に親
方も藤せられかれが夫も知て烏丸川の天満屋のはぬとやうにくざり
合殿より姪を嫌ふたり是非にいやと思ふなら商事の勘定せの書称にて
まくり出し大坂の地はませぬといから。おれ迚も男の材のみ出て実に
と勘定を仕て見れ此哉弐貫目をどふ足に成とにも思案に落なんた折
柄ふと気風にがみのみの母御い所から羽まに来さ渡唐の天神室は時の
さし合せとぞなたも知也。津に入訳いふて掛地を預金三拾両借て来たり
わつのなへれ能物を。不足たけを儲ふと思ひ。仕則ぬ現銀店へいて其三拾両
ぐはうつと仕廻り無三宝と思ふたに京の先生か借てくれの連それで大刀
事は済だれ共板に置れ其時にとふして遁れやで左右月はざがて身は
京の国の蜆御庭の屑とならなれわがみに離れどふにとむせび入てで
渡雲五右衛儀にせく涙刀を付て押上ゟ扨くいかへへといへと思ふに付
始める置し去なが心慥に吉夜をせかしんて家がやいいまではなしまし
成れ置哉は様宜事也逢に遁れぬ其時は世計の約束が如来が如く
飛出の山達の川はせ人もせる人も有事候。貞騒のへと目渡しび流失
いいらし或は腰で箱根のごばいヤおくつゑにか。らん様ままつてごじんだと諸士
はゑ用と新坂腹でも今〳〵とわかみに引込善光守黒かく程討けのこのころ
たゞき方かふしや祐つて汝り長々軽病敦平丸み大殿のお願て断向にて
たんだのみなれぬ様に成。在所の母老に往てに往て。金くいへてみかんもない
先度お勘にやつて置た鳥舟とやく致生とやらの渡唐の大勢をふなとせ
こといれた。ア何の役も立ぬ物とがふふき〳〵ある。ある。咄して。大
切つ物物幸病家の福仏かゑゝりで居ゆる役金卅両には兼てやろと
〽聞よりおれぬりし夫でれがみを一遍詣たる其拙物出したも。金じや〳〵今
ほのやきに身にせるやられが初はつくふひながらんかの御座候てもしはけ。観音やはに
其掛物肌に付てあきやす。今といふてごと給給給ふせど。買といふた尾者忽江汲たし
時でなけりや。そそにじや迚今爰には。まなでは併ば。こしやと
無理神に出る横平橋に東く計也徳兵第見ゑに三ぶ六尺とやる。其機宛を成し
ました。申となくが掛地をく成程と談合次の徳兵衛様の掛地はかける
有てのむ。金は京の実に唱ひ。橋ないな理合で去人に借て置代間に詣空
筈を間違ふてけへ帰の約束其全で掛札を左が次より死すべら。なしにたら
りとすと。聞てお初がし兄の。手いたもへと。少将侍しやけでもねば。もねば。
兵衛かば物に諸のみながられたがら逢たは今の者の事じや程じや程にて
彼宅へも私其捕物たへ給ふみやにごんす。時の千省。しや何ましたと。簾がこの課礼
の寝打げて雪物油屋の世沢河内屋伊宗伴一て跡にして京屋の旅浜
徳兵衛方ゟ。藤藤次郎江戸渡兼るが又左次門様御はしりかねやく。三人連してたゆへ。いとし
けふ鎌町の伊勢講じ市戸の馬のに心ゆした一休と腰打懸り渡京橋寄る
九十九尚今貴様の内組所を奉幸しやいつて也諸郡持雪丹の植物諸頭登り
出来板利介殿にてわがみとはがみとはつ御池刺詰所くやないつ身にても大銀物ては
おゐて。ヤウ夫のゑにならゑになら人ほい。ますがやからくやがらの僧くやがらの僧が女ぐや
太義ながらこの内へし其外物願て来かし此者に誅有左衛にといふて。
〽出しやばやさまもの給ふなと元木の引入せは。能次跡を相詠めておほめにおもろう
抜けがきへで一息[リ]よかぬれも松供并おろく。浦藤次いひにて胸へあり
くつ給ひもよしその内へに彼南の方の分房の方にお初頃の万采見て夫
かゝ西照殿あれはそゝ追ひのかと並へか出て女は寄々そんならいだ。ならず
徳景の晩にかなしてお為侍てもして有て有てい。ねに仕て。まへい
きやつくいへと云の放れ居残かけに出て行人尤御焼舟武馬見へて南風にた
のみ内平左衛門殿式内長右衛門殿へ有成長勢守長長右衛門様江徳兵衛
ある是はゝ先頃京口たつげなに遠方へきため主のてはいへは難
御とて女共に聞へくおん敷俄に下べてなさる是今出て家の類の類の物にて
御残る礼用事併今朝迄に相済京都守書状て出した。誠にし先達て下せし金
は同長幸右衛門殿といふか侍を猶言伝てやく事成程く請程まれごがます。ます。ます。も
共もて幸公大心運致旅宿ノ向ニていたり。此辺へと聞くゆくゆへに立へ
夫故伯父者へも得見れぬ此段宜しういへて存[ニ]そなたる随分をさでとさまに
ても覚見へかげなる挨拶なり渡の方ゟざは〳〵と騒退たる幸ゑつをし小春
伊勢の如何におほの人に無理無理のとなれが無理いふ。無理也やことものに付助
がまレヤと逃討れど。してもはいで身にて身にて身にいへんべしと云
右の様の手の妙御身の筋で足敷も致とに付難波橋辺で屋敷を借御出先を
老中によつで事女寅と申女なくてくぞく聞ひて上事に至事に至る
此女性はゞ御渡辺の秘蔵娘。中々五分上手でごぜでかこだいならず前ものこにの
よつく今の都にからん今ぬけんに世宅〳〵拙者共の心あつて娘にもさい草臥口へか女
中御師通心方無り侍ゑまへと同遣ひにそなくの暇ナアと小表始急々に入し
も敷へ騒ぎて逢は能あらず慈五郎幸石の幸心の歌の歌しなり
またちのほぼかかはひつける渡前東左辺は此頃にも云々ました人立つて。
を何何かも先同緒申たく様やすす浪参り何いやる。其夜あり何の名敷ゟそなくの
方へ能ていと宿宜し先の身を取候様不残候様にて何にて居やややややややややややや
て給ふせめに書をやすしたりと何んや今渡せ。とがおか。無言盛など。かんかしかつほとなし
やきやきんき様武士家子が立当日の取てかくりの処でかしくれ我等ふく
かだ久きすゑどの記文を書てくれ判は仕を有て句評にても誠也又今お渡し怪我かく
一海の上指討れば幸ばついぶかげに讃証文を以ややめに河伊勢守内に河伊勢守殿
ゑの物記しやぞやとわめいしてお成合立橋ふねりヤ法某淳想以口をするなし
此地東有利八月廿五日の音の方。白地強のを公とし諸方へ諸縁也
そのゝをへび此のふし証文拵にておれをねて見た。其證拠にはし證文の口付三月
廿九日が廿九日にやした制廿九日に押まへるこんな噺をやふにないとまか〳〵しんにう
み付れ気をのみ上ふして握り身を噛が指出方〳〵。又いへたが無念や否かて心を
かゝれながらかふになねてんへ出てもお領領モウ徳某五百米五百米五百文に。
極かうをかけ出て。コンヤンかと押しが。テ浅草能聞。その記在此者は忽ちや身
に恥つゝかゝせじつと見て居る兄かどの処に有へと思ふりヤ是は三拾両に門がくれて。
そのが工といふ事は。此扉で見て置たしやすれでも此證へし其院へも入ず彼
に立ぬる時節も有て有て夫に合夫に今右殿に手向せ次第一疋がおある人
一模様の十二
の身ながゝも崩又の顔にて御用の節は七太太郎火は火火の頃に過するや
わ。此方で兄は何。何もなき。申幸友様にも故にも故にも故にもないたふ場も
五内にし徳甚向後余義の人用五金五度なや十まは無事なかづかし遣ふし此場の御門
及に対照殿に仕て愈べし何時も晩藤土手助来れと云者云つにてある
ませや藤様御佐佐何ん主徳兵衛も子かれと。善兵衛とはやくなるはやくなる所の
是も是故成後者なれは昔日度々がて朝按にある
や成〳〵のゆるかゐかいて参帰れゟ外にてくれ出る際し村に奉存何の御留守
れてふ御人也又武兵勢様にて徳兵衛殿へひ掛札に面とやう渡て。男ひ屋敷の
と云ひけれ共横橋に天額を上え五次忠様にて三百騎がいが扨金頭様金弐枚の
儀にして飛出し申しもしや金はぬけし此類其侭を鏡家女はかるを失ひたる
ぬと相立て押載たいひ合て見へかめ亦定しる徳元雄で被成すと度ともの
ふと亦又次郎次らし事あらず。云の誠也誠へ。心ふまと也その罪を喚参出して
五言に市が有候も比しん浪消へ。慥に申候也。よく。是はう此理の理の代の事しや。然天
天宮お初ぶつたける所実ごへ御勝手次第次第其元の。故になくがへ候。ます
まいにゐる。大ひろう。その父子をつらね。上野もよに出す。前頼中の中の伊勢守
絶へにやんなく宜る内に参詣けると見合せやそやぞや全し也誠へ行へ行ても震れなり
崇書ても。おいて。宗法にていめせ子に語色てしまとおつよしく。何の僧の僧の覚をかや
てめい文士へやい勢様のかねたとこはて一堂谷にて流立其内辺へと落て戸村になし
別の上には質々并長持た事云ながら始からず。頼介に頼政か押
りや掛物あや〳〵どと誠と云へもとよつて見れぬ朝五升。松川源太左衛門もしらけし
なざし上には念にむくめしましく徳原は。さんにからずて身也かねとかねくりけ。も地
親雲代母者か大神といへんのはれば。急に深みて権佐次次次政府を立て海のの計
といふ事の男姓や夫にこの道物浦煩福嶋やける折朝とやしやうぶんじの下野谷
〳〵是腹立き侍なるゝ。おきはらん君ない。はためため立年何でも誠のおやとなしとな
たに渡す暫待て下さき物へは新枝橋にあやけるな事なれ今津知の今宵に出火
官所われ町へも引てと現ちして立久市山寺の春代にて子に先はる東紙に
と待で居たりとなゐゆゆりと。騒して彼の名に。無治気とわげ。何の事には。何の事也。
さまつとはも。露成た此物とや物とや都ちにさく思ひながゝ恋笑の別にながらひいなびひなるひける
いて思いて見れまして消失物。そおれが乱誠の珍しませ〳とせりめる様に。
笑ひしごとかめ討違一て立すはなぜ其内教者ぞ合物拵て立にかげ横
道者そのごとしおると覗付顔汁によりなげによりなげ見へに至り。法亥いつくしといふ
なく五千文久の前か生に情けし。一軸を見た給べき。ねやな残やす様模す様頼立銀もかを
に資物をかしてやは此如ず。焼文給ふ哥は。と。どのほとからぬかしたといふべつしやり何
とする。汝にやつて居よへかくむしや書きを仁沢との中の人なけなかめと。法文
一人に立かり同鼻も分ずさび合五勢に焼渡京を府を救いつる所へ来る稲田
東京が跡に安一つから内にそのさまんやと顔見せば。いつもせもあらずし
かき風頼ますれずれじやくがんをいで。宮元より田倉怪我が有てはならぬと。無体
に驚くお入るとのふ侍て下考せんせに安やと泣言げ〳〵とさんに男女をまめてかへけへ
御宮公は一人久九弥三郎辺の方の嫌やとは都也め達池迄退込諸路や郎様やうに
辺はいなかけり髪もんとこの哥もとあやたくまさは。こと。五語の併生で置へか
と。大ほひにつれにやげていまも見へばそ其侭そこにどうぐにし大名聞て渡くみいれ
もの前面みなしかかし全此国京が。かけたかけたまでさうになし。日比先方門敷に詰
やんか事といひ。男気な者と思ひ有し。預じ矢の封印を改めぬが我誤りまだ〳〵
道理を持ながらかへてかけ溜てうちやく男も立す身も恋を取前につみ付。
喰付てなる共しなんを物と大地をよぬ曲がみしなし来を握り敵し都理道理は戦に共
思ひやられて哀なりバツアふいふても無益の事。此徳兵衛が正直の心の心の底
のすゞし正三日を過さず大坂中へ申訳をして見せふと後にしる詞ゝ詞の端何れ
も御苦労かげまた御養へ一礼のへ破れし遍立拾ひし着て顔かたむく
日影さへざる涙にきくれてすごく帰有双目もあて。られぬ風情なり
三冊天満屋の段障子に入物
〽恋風の身に親川流ては其けつを貝現なき父の闇語を照せ迚夜毎に
燈すともし村は四季の霊子雨夜の星が夏もき見る梅田橋旅の雛人組
の思ひ人かくつけのの顔も迷はらぬも通ひ新返里。賑はしむさん心な天満
屋のお初は内へあせも今の事のみ気にかなごつきぬ涙の物思ひ傍輩のおや
なおそうせめき侍留の慰は手飼のに猫てふらずきせるによんを取に足初れお前
このも聞んせぬ。今も京第で咄が有。たが徳以何やゝ訳の悪いして。たんし
たげなまし有阿波こでもおろひば。何判とやらねとやうで。お手が縛つていんだと
いつかもへいて下んすな聞へは程胸痛ねら先死たなんでのけたんでのけたい。汝が
外いねせない神度から出る下女におそよのおやなんは三人は貸人はおそいふ
おしげかしてなた衆方御客はねの上戸。図酒を過ごと思やいでとと。挨拶そらねとい
かたしやと先渡伊ひてこそ入に行門にじや浄藤院で引もいやうぬら引けんぞ
めに除てとほ〳〵小挑灯宴をこかと覗く内にな申おばいりなさんせ〳〵と云つく
玉是出し親に。どんなお顔が物ずめずめや。ますおこりなさんせと。引込ば。弓待ツ
しやれら天満やといふは爰のよく。振程も五話も有十四五十四五十四年十四五十四五
も好ながごんず。恋知のお初の迚此町一のぼふとは。者々すく其初といやうに逢
て御だい用が有が扨は法のお連のしやなし申お初様に御ついは速のお前頃達
たがりなさんぞへお連ひとは誰方へや通て内のもとこいへおはいりなれ
ませアリ然ゞきめんなさりませと挑灯消て内に入る間待立傍に谷淡路
一討致たねど。お連のなら生出での訳も。定て知て御屋敷を。私もどふで浅瀬の助
辺にはならぬ事立て。侍りて居れど見ませぬがござる所を知せながへて
して下たんせと。尋れて暫頼み。お初へぼれはて。後草が。五所をこなさにはい
きさのじやすか前はまし誰のしやへ申王のやの名代迚徳景が親方でござるといて
お初ばかゞ計顔赤くめて藤つむか久労押直つヲお初なごなさを見るも恨
めいかり正直な徳京めを。とないにべまし込しやんじが魂が入替りけは。日は夜泊日泊り
此処にして唯にては身上か立ぬはいの。本に何から云ふや。どの親方と云つから徳兵衛
めとは天寅の伯父甥殊におれが子子子はなし今上の性根なく釜の下の灰血も
あつにやりたいから。女房の。嫁に北といを。生から呼であてがでも。しや高のはねる
口に相筵も踏かぬ是といふもとはた故嫁はおれが死のにふ足をいふ足をいふていふて
いなしは世間もゑず。いたゝあいつ名が出ると心一ツに苦をやまし。あげ候にも朝飯
過むと思に出かつてから今に成ど戻ぬ扨つそ数急吸付て居なくは憎いなく
かに落付と為も詰らぬ事が出来無分別でも出ふおろかと夫なればに
も居れず。侍ゑて尋にきまた。また。こなさの歌で宿てもござらぬ
めと。恨詞とこやら。媒介が身の気遣びひの目もうん〳〵と成けれはお初は涙
に二つながゝ何事も皆皆主し故の訳も咄に達て居ますれば。私憎い御徒
模様十八
ウンズ五五ヽ
何かの訳は知がらむしゐにも切れぬは。七日の周楽と思召堪忍して下立んせ今
朝正忠義なしやんせぬと汝は此程気遣ひ谷侍に徳のが男づくの男づくの言理
合て金廿両借さんを今を今に成。て借うぬといへ。手形を出して見せたれ。此本判
は行い月落て諸方へ張札しき扨は授て此深仏近手形書押たのしや泥坊
の街のと金多く生玉で九平次郎大勢守寄やける寄てけつて徳御をふんだり蹴
たり仕つたと泣也誰れば。介介門共九平次あも一つとや。浦某は我甥といふ事誰
しらぬ者もないに。あくつに打擲させ。此ゑづが立物かど。敵行し廻して駈出すを
お初は引留[シ]申気色をかへてとぞいなり。九郎が宿へ行。其侍身を尋出し出し存し
分にとにや置んや。甚く待しやんせ。お腹の立は道理なが。先には十人と思じやや
此上鹿土の立時は横辺の所にて。今夜どて今夜どの頃も徳のが見へませふ事
とづくつゝに置てナウ徳兵衛が是非左に爰へ等駒来なりがれも逢ふての上い事。
夫辺爰を詰て下意ヲ何の御遠恵なるゝねがるく待てどぞ待てどろしはお
扨此お方へ小座敷へと脳将下女を呼指図の司念門は夫々我も夫々我もも覚ひ立
事。病内見せをふされば。今小腹の立物ぐや〳〵かふしましよ。実給の定納
かの草にせふ。コンは玉とやう。爰のかんの直段ひくじや。じやり三寸五ふと四寸で
ごんす。キ。そんやう。客の何でを指て見て売けが。アラアどんな事いふかさじや。しや。しや。しや。
い辺富といふいゑわいな。ク其なりにころいねじやアヽしんさやのみはなる
や君や龍や殿ごと。喰のみ仕てい事いて。まそれ安いぬ。山どれでもたやせぬね
借せと帳写記入出せば初は僧からもふよしなされ。何のそないにかたくろじうおく
大しやござうぬとい内秤持出せば。善四郎吉四郎じやいくのないと殿て見て。
さつぐにから店やさけ。三座敷分り寅ましさ。小曽銀あれふ也。入替て。といは
とはげらぬ。三サ八寸一ぶるかんと也。釣を。おころくろくろくろくはんおはんおはんおほり。後
がきたらず。其侭かれに知れて下女の案内に打連て奥の一間へ入にけり。お
は。行につく。案しに胸もれて。涙に沈むすむ折かに夜の編立は幕が思ひ
侘方忍び。決に。夫々見るゟ飛立計。是出んと思へ共内には亭主料理人目を以
けれは嬉しと。しと。気かつき。門見て京とてつと出ず。出御様がお初めて是をぶ
ぞい鳴也。聞也。其気をひされたさで角違のに成て居はべいら。
笠の内入道の声を立を立ずい隠泣哀。はかない。慈路なり。男も。涙にくつつがら。
聞きやる通りのくなれいふ程かれが非に落る。其上四方の目尾はいろはいう
と違ふて来る。爰子生ても居れねどん覚悟を極た故のもてつたに手を
れどば。心のたけを知そふと。己此状を書て立たと渡す折ら内ゟも。世間に
悪い沙汰が有初の内へくいらんこと。数々に呼立るまと何にも咄されやわか
するのになんせど禍の裾に隠し。見ふく中戸の内心にかり抜の下に忍せ
て。上り只腰おかけ。尤こ引寄吸付て。そぬ願しで居所へぎの都にうち
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
川原に粉あげに乗で有ける
町一大広間加藤九平次度の殿者内屋伊勢守屋伊勢頭の挙都引込て
ざめかして入来りかきお初陣たふない。亭主〳〵と横柄顔を注入御まかは出て。
有べけりに庄兵衛が挨杓。きつう店が淋さへなり道に成りてやふない。幡が
重て歩得にへし。久しう銀子といふ物まぬが。今夜まいて見よふかと紙入
明で壱歩に玉をばしたばしせば河伊が見ゑし津道津江に沢山持た迚は
銀子のみき深めやと聞て出て香本女の玉子。油道の私に何で用はやい
かへと媒はきに拾や。人形のな顔くつくはせんの恋の芸子に女。小せんぐ
乙ウ
せい。せいつたせんみぜにものはけがない。いり買こそこす。こぼた小玉拾い松にいなし
初のも来てお盃をなさんせ。ら私ゑほはやじやはんしはお初の君。其外に位い
とずと。に付合にて呼ふと。左平次郎をは。かなりなゐやしい置んせと持たき
せるで顔。いつしやり。アッと。九平次のあつてもあつうても能あついお初の
いくながし亭主へつの意をせふ。珍らい宣をせふからはなり出し面白い孫兵衛
都引〳〵河伊も踊やうやお初しく〳〵サイヤア〳〵にあい浦京がとかね
新居しおあい徳前がどろがどろは何と能文何と能又。しやふ。しやふ。しやや
知まいといふて聞す能はさやや。ねば初が一為に生屋の徳景めが。金卅両借て
くれこその禁頼だ故子速借て遣たれは。済辺の質物にと。拙者や衆
に対付をしたれど。三十両や五十両の目心百余に質入ぬとろしたじややす
其徳景が謀反悪事の桜元始天掛物が違ふたくかれをねたりかたが封
のつき成した故中河やとのやしらぬと。夫から何か詞へて。きやつが街に極づい。
に合たと。女をあけがひつてすまだ又余所のお侍ける命り落した印判捨しは行やね
形は千判也偖が有と云かけたげたがども一〇尻か割ひといめに合かつたゞみえすす
模様二十二
向後定にてともやくに聞のせぬが能歌なる事にぬ物こで野田物と
二分寄て諸口様の下にて源兵衛は歯を喰し行無欲かり出給ふとするを見やま
いと思ひて押して押しぬるいとなぐめ房亭主は思い思いこの事善友への返答なく
す何で吸物と言紛らして取あす。九筆は。お初今の早い〳〵は何じや。まか早か迷ひ
か人の恨勢ひで何くせふ徳京はいい事は振替うのなじみにて幾年重代程
をなし明可申成が。夫へくいとしけに微童も悪気のない御方数もづうが身のひしく
其外にざろ〳〵とておどんどんずが盗人大名ぞめにだまたれ方で物なれば。証服
なければ理も立ず。世間へ顔も出くれねば死しやんせいで何とせべしたいら徳兵衛が
あまり。正直にどんどんどんどんどんどの極性を立つぬにしはしさが身身身の心儀
とふと文生有此仕かやをせふとい介能止直でも有事が但どにでも死つが心の近づ
たいと足にてとば徳泉は足首取て暇を撫自害をするとかすにて。そふで有。そ
いないつ立生ても同じね死で恥をすゝじやんせ。したが一人死しはせぬ。付て死者もご
ぐん平未来廻も一所ぞやいいと足にて喚は椽の下には涙をながし足を取戴き
〳〵。膝に抱付くれなき向ふて物は哥程のねと膝上にこへつゝしあり。次の陰
居る事立もと心付すゝお物忘れて居事が有。観音廻り仕につたるべ
我身の兄御箱根の舞六匁。親足の使じやといてわせたが我身をほしる者が
有と。親達が約束仕れ。三月四日行年。立勢で強く強くれて見へて見へて見へて見へて見へて見へて。
其病に仕て明日速に来るといれたり我身は今夜顕顕行物媒方も考
事必んなといへばお初福の顔を申すにつかもない。この限や知わせぬ処に数
かゝ棒のて。男持ツとはあん。いころきや。ましお初。そなといやつして。此河岸がび
なり。九矢頃の類の数の小ぎせるくわへて居やるのは。ろい藪からおくつぞやし見参
違ひ過まの尤こらずせば図に乗て。おゐて。山上にて此九才にて此九束にて此九升に
とやるとて金銀が沢山な女夫に成気ないつて。忠なたれわせ見るに付て
お物が出来心迚も私は死る身にあつら。かつ。あつてもの腹いせめてもの腹いせめ
辺でし九年頃のしやしくした事して。跡ごろじやとは兵藤が浜本々の有へませいへ
じや真実やにそなたもせんやう合思るといふに何伊は野引こゝ九つねの手に有へ
無本に今夜からしほれ〳〵。おれは亭主や筆部を相手次奥で存居て一匹くへ
寝てとまて初とまる事なり。返事すれば法京むつくつ〳〵腹瘡
潰処廿四
むつくつゝ腹立るは皆こいみ引連て一間いゆへせ入にける奥の認め九条頃は。
〽そろと傍に寄らしとなよ。今ののに病語は実に渡京をしむかれにあでた
もる気はさに。せしなみなんなじやと背いは。する。そへにていていそいや
つと落付たいよく早ふと手を願ふり返てわく。誰しや知心がついけり。さん
なふ物が肥はへしく誰じや何者じやと表へ走は門江戸を明て言う見貌を
内様の下から徳兵衛をそんと写一院人と我も都先見廻て語でふる檀枕の
吉孝にや誰も罷ぬのにと云つゝ這入這入院お初がゝ有影を見て。而二階六
ヤヤ静め逢もいふと背腹ふれば落てゝれば落間一。直にてお初めやと取上て。お初ま
まい。浦泰ノアリこれは能口舌の種々橋悦ぶ将も折
と戸を吹たた朝なといゆやと心やとながら戸を明れば土手助に都行持せ
ずつく這入れば。幸のかなされたる。ポソ九年頃しつう将娘が死そふなが件の事
が明かなりに銀持銀で額方に陣せぬ事はざりませぬレスか所の方はとてて
ごで云京都いまに八軒十五軒と今夜に成たる事はまへも今夜の汝は今夜
出入よし気入よし出て置かね出て髪に付て不治伊勢とろは是出下幸以御
の棟の
出るとい悦びなさればとけり彼めを今夜持して欲心にて顔の人也。金子を持
て参じましたと膝ゟ引出せば。角が付て過か〳〵。
何のいればりが立江五女女も。世話をしたク何原。力何でやらしやませ〳〵呑めだと
悦びい酒をくと勝手から銚子翁をはこび国をからぬ事の紙仕戻し申
さふ等に落ぐに仕て立印。剃必出し拝まいぞへし其益何つゝと。又はきやすべき也
に受さぬ。の手をにも解て何やう白紙と思ふに小判の色紙は此演焼はいたさふ
ならはか五味喰はいのヲ其味ひでか申。印判の一ぬけの扨記だ天神の絵の
すりのほの味にくはし徳兵衛めをとと其行は其時は其いなと。またのやかず酒勢の事にて
てくることおりしとからせば色をくはへてやるへ逃て行立引れはせなんやう
ならは玉いいへいと此仲間の者は済までは済まぬと仰は成所へ間の傍ら焼なし
顔ふりせし侍に有りそうずづと出重だいを引極に予盗人あと寄に何何何何者と云々
投討れば。といつぱ又上の続てける九季に腕を以て横様に腕を蹴返し頭部
狼藉と幸右衛門。五とつて顔見合が長なと怕は顔九郎もにならぬと表通り
て戸をぬり久しつかき〳〵出しとせぬはと戸をいつしやり盗人のかひかいかけば。
桜川廿六
おのいがよつとてよむごいめに今に今に。とふる。まざ合はいぬ事もさささき。誰
義しておのやまゝ其詮義は此ゑづか致ます。女か致ましな事なしが幸公のやと
お目にけりいひ出て喚ひまこより逢たくり逢たくはそれば。不肖に。不肖に心の世に打舞
江寄る長左衛門殿拙者いまとは何年しやいに参りて参りてこの事はころし。
橋を入て引くれば平正なると拙付其手を直に手なくり紙入つを収見て
此かもお落しと。諸事願い張札して汝。汝家宗也此利。早路有へ合もたの。落して。落し
日。長坂に持や去り戻して一んか何としし落を人も拾む人も拾む人もの
判四吟味仕て。正にに随て居やつぐ予め梟が大分治門併に身が了兼て戻し
てやかし大将にかけ持てござれば他入に数度をは久右衛門気をいち云おもしなねいて
ていやる其判を代官所へかれ候将〳〵と立かれを。伯倉人になされなされけり。またしき
此場が有て幸右衛門と此金は矢殿か所持の金子なりと成程。其金は拙者は拙者は拙者は拙者は拙者は拙者は拙者は。其命は拙者は拙者は拙者は
持米去年の冬あかに売せ。請取せ。諸君にて金子を。出に。やか。夫が
何と致したながたなに去年の金子に。。四月の女四日此忠右衛門が改め
て包紙にも我手跡で。書付。門有は不思議シ此金は先川の末身徳
横州廿七
兵衛へ渡し下されと。其元を頼んだ金でござるぞや。申渡したらこそ浦
から。請政とつて天公へ遣つたは。サレサそれならば此金は。浦京が手に有て
な物兵年の冬かゝこはたの手にはどふたねで有たのじやの
と名と計に幸右づ前面詞もなかりけり。傍に二人の悪者は。生た気
もなく朝ふるひ互にてろ〳〵逃て追[キ]申待はれと立かめ。何某が首物
引出ふへばら幸故に金の借が有といて。催促仕たをふじやいへさゝき
夫はあはたに頼まれて。アイと伊景狼狽なよとくし幸太つの。なんにう
しやましてもかふ成。たもふけはぬけは。長者のあれ。何レも角もふい明。ましよ。
ちつ爰を赦めて下さませ。アリ幸右づ御いおつくやつたは。小黒を請出す金
に語たしよい思案が有にといて。カ印判の工之事。又九平次の存念は。法某
が手に金が有りや。爰のお初が手に入ぬと。ヲ九五次が一番に相談の作
者でござります。夫よりはまだ徳京が大坂の地に居られぬれと。願いれ
た雪丹の理を二十五日夜。此九年次が如何な知ぬ事を。血迷ふて何ぬかすで何ぬかすぞい。敦
とは横黒物と。久右衛門。サイ九束頃の大ごろめ。己が工で摺尺だ掛物を。サ
出られと摘ぐらて引出人づらすゝ伯父者人共か待。徳兵衛が借。た金を。戻し
て置にやつけなれぬ。まゝ幸右衛門殿。酒兵へ渡してく貴殿を頼だ三十両丁
五両ハラン爰に有跡十五両を出さへ恐れしやれしこれが今はないといふて
流そふると切刃廻せば。ヤウ〳〵有〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵。地に借りも有ければ。
きやるへの此難義。腰の物でも煩ふに。十五両借[シ]てたもの上質物
には及はぬ御用立にも爰にないよごんを。内です。内でいで来て借まし
と。逃帰へて立上れば。よせつやならぬ動きおつたゝ綿切折でが幸
左衛門。金はじやまで今渡す。まひて猶勢して下されしは九条次にかつて左
もらぬは徳幕かそなたの方へ三十両腐金。其内を十五両先べき
にて。此十五両給は。三十両は済といへ物がとつてにて成て。此湯をばいなして唯に
成ならすことやとやうよし忘石とつて仕廻や徳兵衛は借も済ではござうぬかば。何
徳泉が五貫に。偖は是で済またつ。またの。堂さつてつたはつぶつぶつがつだ
りやかに見え。證文と雪丹の一性を今度せ。第二五廿の内に有るにござ
れ渡さへと。言様にして逃出す。長右の引射し。夫婦不計。君はアイ。其効
模川廿九
なれをこが文めて。偽をすたとたかけして汝某能舎でぶつたりするとするといて諸物
にやるはつしとおのめせば念づは伊薬を踏付。しむしつたか盗人めと。肩務分ず少し
碁長者能付と切ても猶介氏に成と。兵物も有とと思仕所へつね置と踏れたる
れて天然の人類の見合て。已何何卒のやの法某を聞つたれて。かれた。難しや
〽感や痛おもいひいとい。何の是がおかい○。井津虫がくやつやしくつん。
が付ていて。そすも補地も諸類也。サインうせひと同心と見つけ。又の名を
も見ず。逃出す。逃た迚赦を。得おらぬからぬからぬやんに跡を感じて追て。心付
文句参れと呼し我も伯父兵衛遣候追付てお領てよ夫と追立つり奉公
ぬり同道道はきりまふとのとみへならしやれとやけに加ひ顔に加かし顔に。
幸右衛門家家来といふ所かへておかへておはき物よが出と倶にて衣出して
いやなり陪ますはい何まが降りし辛主。幸右衛門入薬をど気を付な。気を引て
一今更に出して。今夜の事主。今夜の時に々沙汰無用。双代にて六拾人。戸
又立出し梅幸藤草見へぬ事しやと金持ながら金持ながら長前跡を着受て
ゑ行跡に平主は川の戸ああ。扨もとはや。ま出た。くん思いま仕とでもふ藤
摂州三十
此心ん
夫釜の念を金を金を物になしと書付れてこと給ふ片付て置た物にけるにける
と下女の出蒲団衛〳〵狂言扨も今夜やかまじやしたが名代のか物。あんなかめも皆々
色故云はなり。色の次手に此帯も。キト帯して嘲て金もちつゝ嬉し。いちい矢とやう
のぞ。うつともふ。しつのものもしを憎つのと枕てとん。ても扨もの逃。たゞとかたともふあ
すれこゝゑをこつく蒲団打ろき寐ゟ早々高鼾いかなる夢も短夜い何
に成いは程もふし物は用立の情小袖作り盗石盗軍の上にかざが死出立同じ思ひ
につゝる二階の口王の時は梯子の浪女は鹿詞行行燈の大明卿は案にてゆへ
心着次尉を付箱材子の二はぬるのへば消左大雷身も手も必しはだと消は腹のよ
どふく落行燈上入て置がり。下女はから寝夫此不服をふはして息を談間危にて手
立興にて目を覚ぶの何しや女共行燈の介さへく事。燈せく起されば。異神を行
を腰飛脚いて起て出奔敵が見へぬ迚押見入ををはしくあつさこそこそろは
二合に比して死は門是を出死者はことづせが車戸の男女なはしく漸くけ折津女火をはたく打
しける丁とおはそといふおばぞろして。ぬちめ尾の尾の尾の尾の尾の尾の尾の尾の
出願を見合始に。残沙行身を悦びし表ざつらざるしき弘に天地の大地の程そば言世
むめアシ
四冊難波小橋の段誤りに入物
夜手の方。ひいける篠をつく成俄雨往来もたらし入続通り難波小橋に了る。
金のゑぶきも片岡幸右衛門奴が先に狐灯人ばもこかなかに知ぬるとは知ぬ火の
つ人を跡を書五月に共おもおいないないやうでん。かとゑおひろひと。先にて
手助衆所わ帰のこと云ふべし。先へ帰りおゐ。ふれ早くぬれはふむからすつやく
将介。お気合てもぬ。こはりまをるか。か。足でも申付がませにかなしどつもあやは。い
ひ。左のおほれても。こやかは顔持がとかりとま言へずとなくまぬかが。夫でも其様。
立ぬつてごはりますれば。天満やでの一部始終才人同所の者をつめに恥にからされ。幸
大閤の士が横門へおいひ難を帰た其行で。此道に待合長左衛門を人知何に不る候程〳〵。拙ク
者何もの所あまたよく御堪忍なされた。高が一膳捨ても孝町人。長右衛門。此所も
かに仰ぐれなば物の見へしに。死骸引へて跡て都て知候はいぬめ。前に振給へ
更如何にまして空ひて来する事。何へ行が天満やへ参ります。
と云所の騒破に帰りは此の筋待伏かさへ究竟に力ふくと呼はなくぬかめ合
魚損た羽織を挑灯火類を覆ふ石垣の僧木に下る横五六也余傾け長右衛門
模様三十二
一ウ煎プレ一色一色一色一色
何の心も凡えくば。小橋を半ば行過るわしく待たと。声かげられて立たり。おれに侍とは
又おしや幸富や。こと。ことに待つて居たゞ是を。此時いのによふとぞか得抄。拙者も
千五匁めを作て実の方へれたれは。挑灯はな成。○吹ふつ。五町は行燈のへて桃行は。
石浜あへると子夜かへ様に見へきする原とは違ふで大坂犬が沢山八郎屋へ夜深
に。名時は迷惑を致しますてや。とも。おえへとをれば。此幸をいつれぬはいはれぬはいつれぬはいづが
そそははぜでござります。なせいとしくない。浅将家の家来。何世幸右衛門へへけが捨る
た武士のか。が立では京都へ元ゟ旅宿ノ上も帰るにい。おほを待てい三合。三分がる一で
貰ひたと。此まで貴い不五左衛門よし。扨はり五今の内の内のといでも参
たか一有のめびず。衣を得て居ことは。そのふめののの哥の哥の。うち〳〵長右衛門内府に
な機嫌悪心いへまやの人中で。故頼ないて右の今辺が石やか身が親幸之進が
挨拶から。今出川殿の出入じた長左衛門与へて勇力はい苦ないか夜の頼者
故見文が影やせた暑と思れつみや影忘るゝと驚花の地であいかべいかたは
やらぬい身が一介の立御い了簡かだややいと成程。親父幸々を御門の奢恋忘ればぬ
さぬ忘れぬ故能密にて帰ります。予恩を知ら知し様に取材の仕にも立はいへは以身
勝手なり。掛ゝ。分を捨てたてよ。申。身勝手のあつとは。弓法某はそのが弟。
其方に入惚たは初あいかが為の様にしたは。勝手ごや有まのます夫は貴方のつ。
●身左悪いと云ねば。何の申。よくば。恩を知だらあてななは。此くたて居もの
手まへ侍の妻をくい者衛門。ササササーとにしやと橋板一ばいんたり。横に出るとは
一志化を解たるともせんかへ何事も爰は往還介さはおのならぬと云人同道
致と心はとは茶の一分は其上でと。其上でと。詞も空吹風雁にて。木風にも成かれ
打引たげぬつと出立ないひ所が立ねは。いぬあり盛相にはぜるたへ。今爰で正
案にころ。都先輩驚弱趣をそして。罵ると罵ると思慮を
あらぬ答を授て。申候。お前も拙者も立人の御用火坂下り。一人○の事其間道
にてへ侍り。御一分もおもとも拙者が将にと言せも衣ぞ幸右衛門殿のおやみの勝用頼。
まんうころしとだましの心人受間金の辻。堂の辻。幸をあめたは。あめたるとはいたこといつと。
奴が段平抜。。陣してすまたの切。先は桜干切込たり抜んともり。腕首捻上しかふ事
と思へば。穏便にしくれんと。舌を追分を上る泥坊め。中将家の縁をは。西栄耀倉
一つて思くますかは日年め。日の手前ひげはくぬ金ずいた長右衛門何敷共合し置。
興公が又一打来せ早速の三田勝負にても無御助助太刀有ては猶大執灯持
ておゐへば。指やす明り方草更川松川橋の文ふり頻るまの音下引浪だぶ
〴〵〳。爰に広き大川の西に格の物をそ切つなぐりつ。非しが天罰神罰肝罰行忠
けれの橋板やつて狩所を乗ける後へ。後政が静かけて。且将が敵とふの方。力の嫡妻
両風にぬが肩先人けた切心しかに留をくつ指有し一匁ほとつさあやを尋右つ
が月八つ積魚今夜の時直々ながる。人みあやめて此侭に陥つびん増じし。御主人
の六次と襟択やがんと其所人のやはたして逃ぐる初津某諸左橋の御雨の晴恵の
同願ぬ顔と願とを見合て名者は。後京が長をつんといふといふといふ
をつく見廻しかのあいくくい其神物は何をぬけ出さなといふる内に渡京も傍を詠て
弟子是は幸にて。家来立の手つけ。其上に腹をなさるゝ覚悟しやなく人を待た長
一太門助上筋なし弟ふんと成す。力に縋る浅景お初も珍事左ともく早まつて下
くんなまづくとぬ縋り。宵から段々訳立て候ふ爰へ来た処。先夜に深まの浦
も内方へ訳有ねば。治士は居ぬと云ふべしやす。私もつて漸内を出たはいつて
跡を成兵沢も渡にむせに計。くり。長左衛門案て。そふしやく。御主人の御用者は。此
横川三十五
ではんれぬら。此心をつし見京へならでは。手前といひし。幸々迚は。幸之進ぬ。
かくは長をつ死ぬからはその身も殺はせぬと幸を門主従は同所同断同所
ふれば当分詮義もかゝるまい。侭に打捨て一元京人んに付。法京が身んの方也の
直に同道して伯父天へ預で置工面お初も一所によく。夫では済心とうひいては済心と
も。五条の折も折す乞て女五介が都奸打上げ始らぬ。身にまだ爰にか人
左衛門様を立る由天満門へ戻たりや。表の戸は打残りて内人はなし引なし引立つ
たと。いふと幸には初何ねも此者右衛門か存也。今夜の所はシかふ〳〵。食思から来
でも私思いにむない。いふ事ならず一所次第一所理事也。その跡が為
にならぬはおうめややややややややややくる。ながゝ能所で見た。能所で見たる
こゝめたは太郎。人を殺た身へんと現在の方法某やかか也。楽謀な
がくもちや死ぬて命が物種一寸止ればひろいせぬといふ
誓は昔此盛。天満やとふで五天満は則天満神天神の御地天満宮を誓ひ
念ををは死ぬといふ印はふと指つんざき傘の印へぬ刻つくいしサう法章。お初もつ
にとえさせば。是な〳〵両人が友にす間指の母を。思物の兄が情の兄が情のこ露天
神の社にて。ふたちが浮名を残すと第一の果知ぬあはれさに長左衛門類納にやく
与五郎お初を早ふ道。ていけ。さ文よく。天満屋の借。傘。爰に有ては後日。難義。
お勅も持や。ふ五分と。以て渡て長を門血汐の傘を法京とさで。別ると思ひ
涙ぬれて音をなく時鳥。只一言の暇乞命の夫も。短夜の八つか。七つか時
太鼓見付れしと西東近寄橋にて何しやまん
太皷切落し惣太刀の挑灯あろたり蝋燭のしの兄がゑ案辻を隔て。防て
五冊柳の馬場の段結納に入物
別れ行柳の万均を捨小語軒を煎呉服店現銀荷ひ当の焼硯虎石町の
西側に立帯屋長右衛門町人ながら堂上出入門の目印は井筒に帯の暖
一簾をかけ直門義は絹とて爰に名代の奢量にし人登もよく見へにけつ。宮
留主の庭先に駄荷の拵送り状。馬で大津町幾目手を丁稚も富敷切二
近いに歩跡へ同じ隣の信濃屋から丁稚が運に度の物念橋持せて潰家のお
石いてとて入来ればお絹は頓て出迎ひ。出石川をもとふでごさんすへいながとて下
さんで。かまへのお里津いに路からねが娘お手へ参の也結納の印してこさんな。キ夫か
は私も知てゐぶぜに納て下さんで。右へ。。へと計戻しまではござんせぬしますまで
いねと追返し。お絹ぬ。よふで下さんで。は前へ押て来は。預つて貰ひました。知て
の通り連合治兵衛殿は六年の秋過られます。兄次郎吉は藤右の徳女房性に
やりまで。内に間酒のおましおまへの弟の人の嫁にくいの嫁にくやが幸の事
じや六奉に段々申てもんんともふ食がゑが忍ぶて女の私が気の毒さ。長太郎は
おまる夜あつたうりにござんかに食のい様にやて貰ふと有て待ゑており
すながらばからず。今朝になり今朝で給ふと待ましつと成は。まだゆれまへけ。斯程
お石川のおろほか通る通り。この人長をつがいはんす事は給ふくへでござんする主がふく
れたる私も佐々今へのいく様に申ましよりに此処にその数々もよく隣へる
れるから気父が悪いと寝て神はまするが今に気合に梓ふ事ならまならまなく
とせふと気の毒ながられけに参りたねが心娘に甘いお名じやと必笑でて下しかな
一ツヽおきのわつけうない。おまへなりねば。アイウへなりや。一家の結びしやない
かいなり子も云年の参。の宗。宮の時。長右衛成。たと本に。たと本に〳〵。くとい程私に礼
いふてござん寺。殊におまへつお連合お過。今の治兵衛様と兄弟より念に立た故に
この人を死しやつた歩行けるじやととて居ると。夫はく私が傍真をもゝ
の足さすろいと。したみの程いとはうつここん寺。頼もませとねいふると思へは。
漸今年下四つか半。油門に語いゑつてもおまへの心世詰て返らふと存します。何の
八弟太郎も此表有て元抜きせたりや出応女史中ノ内は行檀宿殿な内人
に知れた各頬幸のもじや迚取急いだ結地の下預けて置ませふりしそなら置て帰
りましらびいしお陣かまた赤ふござんするにお茶さへくび上り口腰かけ此中間丁
お召内へ立帰ぬ詣はそくら片付て待間も昼になる鐘の時つく胸を押也大坂震り
のす太閤羽の務大小も。女五助連て内に入。討符名也。今朝とに戻り
しやくさととれてなまたふ五助も太刀しやうしやと捕へ立来旅行手にし
一煙草子悦た合好一種たミアウアリアトくの荷物も褒美の荷物も今朝人
津上出ましまし。今出川への御状もたいに。幸右衛門様も一所にお帰りけれると崩れ
てか長右衛門といといやゝ幸石殿はまた都に。今夜の夜舟て五人に付
いい苦労をくたはいのゝそふてござんせへ。もちつとおころやかやかやかやかや
目出度事もこざんるしたがらか煮附は言はあをしていまし拵て上きやさか
横川三十九
絹輪刀に入片岡幸左衛門入同苗幸之進年六十次条七十袴の腰も
のめ〽恐なし今出川家の雑筆迚鰭上に評僕連帯屋か門を差出し女
左衛門やてお居やることすつと通れば怕りします是は幸く追始テお前はそん御身は身身て
とあいへばこも。年の哥たれはまた此処に五調役主人の用事に歩行申扨何か申
そふ。此日は大坂ゟの書状度々玉来致した。兎角丁寧な夫殿に引替族者の事
左衛目に余つて勘出したが身か近寺の健寺の健吉殿にめん。叔すとて佐御好れ
の御用筋の大坂にか内も安う世話て立つに。貴殿が下づいおぼしつたて此半之進入
舟に乗た弥しつてや。とてや。上長太衛殿は夫顔色のすくれぬは角にてもゑ
いかもの内宝直にかよく薬でも。子幸亀屋が露屋敷が実に有しへ出来
せふが。いやゝさせどこも痛は致候せぬが。とでもにてもによし夜船で捨てか
なが□に有へふして薬お□そ□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
に呑ふれて差出せう。藤。つむいて長左衛門難波小橋の部次を。夫を六ねは
顔に出福せくわざらひなはん夫ぐん咄しは出来ぬ。先帰つて後にこふゆるの
と捕て養生ぬお詣及へもかへてと訳を同督の半か通家来を述て立
残る。門送りして長右衛門。右田ノ台巻橋は。戸屋ぬと夕飯や。昼には。昼にて
膳上のお絹が手づかに持て出幸之進御おおいおほたみておまりなさんたるもの也今
夫ぞこへはしやりておまへもひもにあつすかくりかくも。大地屋て支度
したつみやまだ直に欲ふもない。てめてお立やく。アク樽や白屋とこからざさかとかとかゝかゝかときと納
れば。何やあやかやめてたい○がめべといふたはアツねでござんすなゝめでたいはえずさなく
御子がはくんまありや結納のまでござんの。るこののゆへ給納い旨覚はない。
留主の内媒でも仕やつたか〳〵されぞござんす外でもない時のに語の親父父母の親父父母の親父母の親父母の親父母のに語の親父母の親父母
かせ持てはそせござんしたみそんなく何かそなたい弟の才太郎に呼でやういがね
〽かやより勇太夫も嬉かくて先どこの浪じやじややらゝ瀧の信濃の信濃女
角でござんを大いなく何といやなくおもへに結納ぐやアリお半へ[し。お前にいへさら悦ん
て下落さくやうしやんを待立て居たはいない。しやもふ悦ぶ悦ぶ段ではない。楽してけふ
もあすも。ヤ何にも明日も日は能げつててお半もいく気気で思ふサインや気なら
よいて御入いやじやうづくつて鹿て計やゑるける。有何て外に外にいかにいかねで
も有てのねかゝ。案でにお前を殺し得心いくに云て外に云てほいとおもんの気
損御四十一
もせ。好程並が帰られたらねも倶にもせふと待ゑへ右の訳。常々お前のせん
す事はおう〳〵に聞てぐや故空を訳ておろしやつたかず心もいき合思もし。談合
が出来りや両方よし。チそにしやないへばゝ成程をいとやもふいやる通り。得。ひさへ
すいやまの重畳。ニテ常々かれが可愛が可愛だお半じや物随分と
すゝめて成入をする。又得心のいくのに云ふいのゞて其様に折角印シ迄一来た
物を覆攻も成まいし。聟といふそつきの才。嫁といふも念地中。由。由。と
分別が上両手を胸に必案の吐胸吐来昏より外そなきは絹は道女の
情はテ何のいつい。お前もくい心から期先を弁へて。尤なれどに
いやに極つたう下を戻す命の事を戻す人ではなし私が里。夫に遠慮は少く。一家
には権度住が立。男力介も人に知れたをうかつ人。おれがややてゝまんで
てない此刀。他出の時久を殺され侍益[サー。それもよふ爺のが取てい
さんと。石に根つたをする様にいて居ては。侍がぬ。ぬ百貫の鷹も数たにや知ら
ぬといふしやないのみて私は随へてお半女郎女郎をそふ残大坂やりの草臥な
が有ぬいいにをめて見て下さんをと心と心ととも尻がるにいて隣へ出て行部
送つて長右衛門我宿ながら我尤。千々に砕る甚苦労。大坂表の首尾
の上は半かつも思案の外。ふれ別初た縁により。嫁入をいやといへ心も
此かれぬ女房がゑやお石石の手前も何と面が合だれう。一に出来念
不幸之進刃悪人ながらも子を殺され此侭で置れにか所詮明日迄
待れぬ我命とそふじやしゝと私言膳に向へと中々に喉へ逃さぬ胸の関
思ひ極笑色立言名に有合に硯箱黒掻流量にて人目に何を書ゆと
だにゑや否し物料の次第を紙にうく浅同じ思ひを信濃屋のお
半は夫と聞ても。内のつゝさを振袖に顔を隠て走入長右の如。と討
にて詞は涙にともらせり。いやつと袂へくる〳〵巻にお奉る。此程は逢なんで
災で立たのと表面なる挨拶に。お半とかふいへなく。。とんなわしや思い。
主じや忠いと。袂に縋る其拍子。心とびしろると云置見て。アリヤ何でご
ごんすへしそなたが見て入ぬ物じやと巻納ればと申出所は何で死しやんす
おれか死とはソし其ふき物。物死といふ其死の字はとい口。押へてと声が高いしつかに
見ゆる味震を採て出火告が是は扨かると思ふたりや。おまの出たから
本に膳もすへたまゝまく手をかくれば。手をかくれば。大事ない。此侭置す
お吉殿よいはいわしが給仕をすはいのばゝほんにろいかぬ主の内たい
原お出たなにぱんやうへに来ておくれば下女勝手へ入るにほんにか古いへ
お絹も絹じや男次膳をすへて置てまだ度度うぬからぬからんの長者では立そと
傍を詠[サ]半[ヲ]す親しつの結納言の嫁入仕やらさ成まいそやうへお
前とか其外ににて云出て下さんすなわしやいやく
入立た時は五ツの年は師匠のいかろくるには。女子の御門の噂は。生に夫といふ
はのご人ふたるゝお成しやない女今川建訓にも書て有ふ。しやつたをよふ
覚て贋物ヲ流せぬ是の外の下西の時暮はせぬ夫はまへ一人しやもの
それに家入のあいとは。いたふまい私しいや〳〵。誠無にといはんすりやわ
しや女の道が権。おほのお詣きいへ恥しいと申。か前のい。か前のいへりを待兼て此一[
通是を読て下へんせ是非嫁入ならや死死せと婦気の思ひ思ひ思ひ給ひ給ひ給ひ思ひ給ひ給たる
わんなささ長右衛門様おきつく〳〵詠る扨は押て嫁れば目容すると東
への此国直に是非もなき此度となく。我迚もまじ胎の身といふにかけがたる
そんなふ前も覚悟と云ふせは。驚さむ。第九十細を告げさん懐中
ゟ出れは傘の誓紙のさくり紙に号をもや此面は。或は野屋の法京といふ
て現在のあれが弟。天まやお初と云かは死に出る随ひ合。中を留めたま刻
其弟が難義けぜひなふて此者右衛門。をあやめやめた○も有。そう。是まで死
なかれか命おきでは身が誰しう。徳兵衛女夫が可愛さにつれも死ぬといへ
判が分体ほつ仮にも天満ノとふざ傘血を悟たる計符と思は其よし。
殊にそなたも其のに物をやしやうやうやいかないかれ有欲じや女の手前の絹
屋根津の小路の四方迄。三方四方へ布。四丁余。北ねばならは長右衛門。いへはなくに
よふのかまく見ややおれば今年卅八。そなくは漸十四つき莟にもならぬ身を
よいをしてたまたと知るは知し事。手ねせのお師匠へ取かいとは尤ながら爰を
とやと食しかれが事ない旨ぐやとふつく思ひをいつき給ひ給は。介介様
へは不孝行又おれが身もしやる同前そふじやない。午どにてといでよ。訳て
たも。こんな事とは夢にも知す。女房お絹か頼でいたね前と云は。おくつの心
松世間がどにも立ぬつれお半。思案仕替て見ゆいなに。やい〳〵となでさすれど。
いくはぶり。市計惣縁深きくになり。上々お消が戻るぞと。我書所をもい物へ
誓をも倶に巻込て。柄に袋を打つけ空荷顔て居所へ。局所へ。絹かても
扨も。まうわました事が長将殿へ罷出して。給仕とんしいた。是はやり官。子
は。依ていて汝がいへ。三将殿どにしやいながら頼置やんごとのすい程いて見
ても。まだいでがないそふで。おわやよ男が恋いの。予私の身や爺の下訳が
五巻ぬシお半頃あや咄をせふと思やしや。ヲそれ〳〵去年の麦で立た。しなれと
連立て大坂下つた時。中山へてが立居て立たは。八百やいおてへる。内辺から夜程の
におをよつた所愛のゝいといふされわしやひまつもか物ふないなぜといん
で。も有事か。八百程の内の内に合。寺へ退ていた内に小性吉三郎心を
かけたがぬ寺のもとじや言名付の氏京がおそを女房に持ふ為。だいまいまつ
銀出して。元の八百やの普請もでに内へ戻りて房内も吉三に逢たいと。下
の杉を嫁にて。文のやり一見つかで思様に逢ぬ故今度も家がながないならず
寺へいて遁れふと。慎なに思ひ語。又も火難の其後は慈言に逢事が。
江戸中を渡されて深ましい死をしたといなしか半御おまへはそふでは。ないけれど立
損川四十六
居事も余汝にない誰身の上にもよふ有事。嫁入をいやといはれは。他外に
に又は湯木でも有といふが夫もないなひしじんじやなくして立。くすればしや
ないへき顔やらんはそれでもないか長左衛門様といへきつくり胸に引そんなこちや
有まい火が其外にきの往生にいても済ぬるらんておまとつくり。おほ共
相談仕やまといにやくと手をれ。有いかじとないや一句是非も泣く立出ること
りやどこも后干時也女房。あらばおし根里へ参つとぶらそんなる事は帰りと。
お絹負人別連入後の衣を知郷と仕向ひの事は同じる。とづくは今戸引しる。
人類見へ犬少暮し方か半はかゝ気遣しくづれま長左衛門。夫々見る思召候付につて浪出
す夜は胸の。生そなくは爰に居たかウイリリしやみゆへいにませぬ。心得不計
に今廻生て居またと刺分取出す其手を行義か手ゟ最前段々の前段より
聞ずし扨は弥聞気がが何とせう是非がないぎ損は恥の恥しけるががはいつつれんぞお
じやこ名寺暮上の町からくる挑灯。あれ片岡幸之進。急きしてい気遣ばしと残
にてはいこの上通てはいゝと用水の小陰にとては忍び居家来を先し
にいつさせきにも御岡幸之進着札片手にかけあがり長右衛門長右衛門長右衛門長右衛門
気をせて声は絹が手付是はよふよふかき。いへへの也今我愛のへ参るとて。いや
さくる事いやり足はん事を見へず。に候つといふより出て行事内証人坂ゟ
早状がき故に。急に逢ねば叶はぬと。今の老人落付お絹出人はいふはいふかいあ
する。おんぐりて御用でも。アサ商売い事ではおはなひ。勝幸右つは切れまし
たはいのユランヤヤトとこでゝ驚ば。そ大帰にて。平野屋の徳泉がほし。天下
まだて沙汰分明になけれ共今人つかぬは兵所にて。長左衛門に手た時。流た時。流れ
も気遣はゝ。其徳景は無大の方。日外爰へさ合。せてを。付に成かた。長右と違て
ひがす者夫ども忍ぶ。子子を逢だいと見やる傍に残た刀幸々を取上て。此に
柄は拙者がやつた後藤が藤獅子覚へ有いかと引抜切先たひし生ぬ夜は近ぬる
其内に物袋より落いる一通。かしか。何じや幸之進候へは。おほへ。おほへ。おほゑ
しんじと幸立通通もには我開き何しやふやふいやうとお絹被仰大ぞんやう
死にはしやつたか。自然に追かけこと。是を留めて幸立衛を聞を。
と出しやきに此度御用を承り大坂へ下る所江遠嶋難波小橋に出て。幸吉川殿京
を待伏頼打に逢へき所足に叶ひ。幸右衛殿主従二人を切め。直に大将と存火
御用かけいては千石となり未練ながらべ帰り申候。そふでもふで也と思ふ。侍る
伏といろくいやつ長右が方にお付れたはしまだしも都が仕合。それ〳〵お絹。こつたも読
で見られよと渡せは以て江とも。信濃やのおけじ◯幼少が我子同然にもつ翁
去年の春伊勢参宮に問道せしは。惣縁じの始りと存候道々大切にせん余り。おまも
又我を大切り。夫となくに戯が誠と成て。縁を結びし事。不寄の段々詞にいべ
だく候。そんゝお手にも御手が有だ事かい。そなくぞなたを給ひ。お名:此
度縁辺を妨いも我故と存候へは生て願守さず死が外なく候。六つがら幸へ
進殿のお願により。侍と成るに高宣の魂が入替つ候様。刀脇指にては死れど
い成渕川へも身を投申候。そ悲やく身を打臥山梓涙にくれにくれる。子と
二分中霞程も知なんじゝたへ又私が知だ迚ニ何といふでわしや是何の言ぬ
気付決にお前にてぶいかへな共ながら私の女者でさへて女
を立て隠さしやんべしと根が猶いうい。其間のとにて死すで死すく死すを見せ
て下たんせは父都に残つて。わかやどにせふばいなり幸か進れどふくまとふ皆もと
いゝ呼でこい私もいふと立足さへ力も落て其侭に。夫にだうと成まづむ。女
を計に欲ぎし。斯とこそ見へにけり幸文をも目を摺ての理へいきけり簡ずる也
殊に及ばぬ物をと懐ゟ金子の色を取出し若札に押並へ是此とく用意也
せしは長右衛門を思ひの末り人坂ゟ平状の都見るやいなら突詰た長屋右門に有ふ
となた故遠かは今出川の領地も立へ先遠夕へ落してやらで為の
此節都中筋は此心の仕遣ひ寮には此金子五十両迄持つつて来たす残
念く実の跡は何共思はず。どにしたる。かう長者づ。後うはかれば千少しにて。
片岡の苗字を譲のんと迄思ふたに。お絹とも有何国の渕川そと。また
へて幸足進お絹もなく〳〵くり出す内包込ざる誓紙の面割面々爰に
此事がと又読寺儀政弟徳兵衛お初而命助殿為我も暫く生延べる命
代りの此誓紙への去しぬ芝見分だる賊共我身の御目以来そうか〳〵見てた
夢もため油の小路の舅及お願取記て所しきは女房お絹人ならぬ此お
れに貝節を立其礼をさへふ事か。因楽な縁にかまれて。けども無足
と成。亡跡に浮恥を助候家人間の更なす。太狗に同し京都の内に殿にて
仏の前へ手を合二遍のし仏ろ一滴香花迚も無用に候面目なきは奉之
進比。人ならぬ某を人不成。一子いへての情惑思ひ出すも勿神可有之
〳〵と候て。筆の立奉行や先申上度事は海山に候へ共へたがに命に。逃がたく候大
坂天御宮の御縁並て松平の通行仕合に合。左衛門方もなつく柱川に記む者也此節は
桂川身を様にかいついと也〳〵ニテいふふ事をとふかゝ知の事あい〳〵。法の小路組の
約束をせせんでいな。此意を見る内も此度が此どんでかい。お手のたつたのに着ん
したも何にも知て居て悋気といたると思へてゝ有何の心の如くに云や知なん〳〵
一兵へで申んせ。ましまででしまれたい合計したいへつの陣の陣の勢い残り
たゝ田をぬとりか業しやどんなからゑびわんや治納のを形つた事故部で
立だる。裁もねにおぼ投付身を投付。侭に死と身もじやうさもつうさもつうさも一時
に渡東書かけりけば扨も東隣の名々か半はお前にかりまをかならへおきかねは
お半様も内にしやしやないへ引も〳〵長めつねがいにや。定浅置かかけの上所に梓川へ
死から迄大谷気も粗狽何したまんと。此上へも幸立近の心得は道都会の
用意して候。付次郎と進ぬれ女助女姉が怠けば出て。出しけば出来る
や横切に入道五行し長左衛門お任を肩に引けて。桂は西に堅引の上に付せて
道行浮名に入物
二人半太夫
□□□□□□□
月かけの流る方へ行我をもしやはたそととふならばつゆと
答へて消なまし。それは昔の芥川是は桂の川水に浮名を流す
身のごと思ひながくも分別の外の重荷の恋衣がたにあふせつゑ縁
を結ぶ茶屋の軒もはや逢論て見込れば町を救れてやしてと有
をおろしてとり〴〵に姿結ふ心根は。娘気の跡やさき死に行
身と覚悟して。歩むぞ思ひや色なき男は跡にしほ〳〵としばし
たずむ雲ふせはお半はふ立昼よりて。かまへは何してゐさしやんぞ。ござん
せと手をれば。サリこゝは三条あたごの。落の命の置所。草葉の上と思へ
共何やかやと義致あれば夫では死なれば人渕川一身を沈るかせめても
の云訳と。くはし書て示されは。今頃は言ひゝき見て。わたしも爰に数さぬは
おきぬさんべい申訳油の小路へわたをば嫁にやいふど。真実なは世話を
無下にさせましたもかうして一所に死たい斗昼も昼とて様々と大坂で也
た富十郎の八百度おその程言まであれがわはず。しやしや異見じやと
模様道五十二
芝居咄レを云出ておまへとかうしてゐるとはしずかう出さきであるとはしずかう出たき。
て計ゐさんせう。法恩して下さんせとわ。むる涙も一物におと。舞とい
ちらし道理くといさめられ行は野すへにこの知身にしむ風にさそれ
て王壬生寺の鐘の音九門爰に。小みなみなみ東寺あれた物つる朱
雀の火かげ所の見へて心得。心得。まかい道すがらわをいれぬ去年
の赤宮の道くさに関いへが地蔵は秘よりもまししや似合のつまのぢ
ごとうへ鳶とい哥のふし下田の宿は坂の下入物手枕のかりねてあいの
一土山殿よりもぬれたこふしと為口のわかり縁の端かたい石部門お前
迄今此やうに成はつるとは。案す跡の月に
の有たのは願ひのなふ申しやと悦んでゐた物がふ義恋した顔か罪が罪が
観音の御罰から何事も書変都ての手は智こと衆子桂に月の足と〳〵〳〵
後へにある火の光の光り。追分の者に逢ぬ内覚悟はよいと夕路の消る水のふち瀬
川石を袂に京と針鳥をの帯屋と信濃屋の娘〳〵と呼ひけの知に見付
られしと手を引てこげつ給ひ門牛が顕若上へとぞ。三みたつね行
七冊桂川の段水に入物
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
ヲうく。長右衛門様のふ五将の心の心の人のやと呼も時も浅声も浅知へおほもに
に与五郎挑灯の駅も薄くに軽川込走付そこた爰よと尋内。
娘のかけん様の心と呼連て。東に顔と。お伯府は右尋申たいと
して下さんせとわつゝ歎けがめに渡はいて。申とまくやもふがうつ入ていつそのに
も覚へませぬかふいふ内も気遣し女又助殿も尋てや。しく川上へ出て出火の
また。予らこのへと進めふ薬物釣せ幸み逃息をはかぬに逢て。長くお詣
及嘸也何をいつて居ます。と成行は何とでごとのふとんとませぬれませぬ也
宵から方々尋ぬれどヲ道得つ〳〵此幸主をも夢たゞ日比念して仏神に皆長
右の命乞。とかふいて寺済ぬ事。夜明卿内にそれ〳〵と引上げんと思ふ
半よふで内に千東雲に程かくる河音もあ〳〵と見へ渡見石川中の
来るに引付てまた家来共怪や夫といふ所に申答へて下都左てんてんでは
波津下是花形しやと聞有人うヲはや難多く内に止は。こそといふ
なふべしやとな絶はわゆ法土を悪愛の涙は暫迄に烈して。又も天身やす也
幸之進もせぐの一日。涙のが。此死骸にむかひ。三日ぬ微短悪人ちやた
とてかへねどあり外。なる此歟。いなる縁に程過疎略にせざる我心底大老夫と
しり給はゝなぜ〽笑ては給はらぬ。不残意やと巻を握り悲歎の涙に宜にか始終
正体浪人へお詣は顔を聞て。わせ申出候。おまへにてれに泊てばつる老女まんですと。とこと
名妹死顔ことつかく見てごまで。釣生娘の顔の顔じやもの見たやでな〵ならね
左へきに可見た時に何やめを思ひ出し。二日と未もしや見れぬ
けれと我子の顔といへつとくくと死骸に対投へも涙に。沈む。歎の中へ
年代の御参貝継あへす。申て氷る間○道のへ財捨て立此京帰見のあやく
ふさ物がくる付てござりますと差出す京殿川まくも君がきてす此草暖き
のにあつけがけぎのかやはならそんならそれはもんに置。人夫々ちやう〳〵あいと
いふるも胸せれ開くねともふひ声あろ〳〵も残るをあんに書て書て書行く。
申し或る山となが虫用に駕はお絹のい申談にて候。去平参宮の時もさしがねた
折鶴のやうの湯衣手づら仕立て下さんす。かとのや如何ほぼんる。其衣の札所。其上たて。
ひくないつでもそいなくこの人の語かに織近ゑなにきたがよのしおなかでもい
たはなら此薬朝といふて下。そんて。ほんに。ほんに。ほんにいふ給事。
の申訳にしや是計が気にかめほと。とふで堪忍なけぬに詫六顔いゝわす是程
ながいと置に付けるは何ほかでかまへに謹言ばつ給ふさいひ是か。是がはぬ道かと顔に
すて身に添てなんをはかに泣人は。かり渡菊の歌やまる。汝の歌やまる。
すゝ何の腹と思ふ。末を招か読とすも。あのにまあく。とかか。その
わたしか徒の申訳一然や情ふかきしやかわたしらぬにて。〽長者の御門の御門の御門の御門の
人なりて。仍ても書てもおほで計更でこしもよお哥ど思ひ深行く。ふをもお給ひ
の手前とのべし同然こ日〳〵気のほど悲しく思ひ給ひと。只此上は絶生なやと思ひ。成
処の堪忍したとおゐやる様に呉願ひ候。南無あぎ仏くならずしつさに讃談かつと
転ひ姿士。要頼寺身のに駕夜のこつき並雪会諸屋吹入は道理なれ
おいへも近きとは本堂画によんでの時に此線現末に物いふのなみを見れ見る程いづ
らい。湛忍したといふとを聞していつも。させ。申何のな。此意を見るに付に付けるに付けるまし故
死てのゑやはなにすて堪忍いて何女がながながながながなかならなす所へて下さん
へと申候。と思思思。思召の子まや事と思へんとそのの。思ひそのぞくになるは。何やかや
ごぢのかなりにて。おまへの身には君があいそがつきて有けんこし也。もあいていややややややややややややややや
此世には感ぜずと成合て下差入仕腰が立ぞいなく声も涙にせぐりとも心也。夜也
涙ながらに手之近時刻ほと立立つ立つて昼夜はなるゝ。日も大目も立て大目も立て死骸引
介て長太門は我財中津か敵討方披露せんとおん頼気の為入ことなたび虎を
いるし是が二人幸を追長也と立かり組合方組合せ吝迄かんすれは類出らめ残心に
釘迄し着して継会屋根をよびとくはいといふに時其間能其外にて夜は
此世にて東にけるがはしか長京つそへて取て下なぜら歌哥おほの歌大卿始め
ならぬかき骸の刻もせに夫に引渡しか深切な其おほへの方都の経天に出
前神仁子を合すれば。生のおんの物やることいながこしが真実いまいと思ひ候たり子
じや物格用しつく欲のなとは大心の名詞がしゆへなりける成守前生かの時来でなござ
□やう。さそに云じやんすきしが身にダンが。アセンが。アンとすまはしさんと思へ
屋根を思ひやれて衣なりひては果しと幸み近くへの死骸三乗物にのせてが出す
小笹原哥や誠一つへ送る夫と娘に愛別の心大名妙を彼岸には音弥哲の子
岡山やそ額と云ふ雪氷が渕に行し身も右同心も。同ひ。残ず。昼かへる
八冊平野屋の段戸棚に入物
一商人のよき絹畳内本町外は格子の角屋敷名は十枚左の尺しづ。
常も始末の内普請破土の崩芝てへと皆有納工の下地縄長蔵寺手
伝へて苗をあやと云に水溜醤油いろし売渡世も辛年業の間
蔵殿はどこにぞと。立出る女房つか種アヽとちの人そこにかへ。アクスが名
なさると。尋れば久右衛門ヲ入れがけんべき居るのじやか。申徳兵衛からすへてや
りやがとぞんなられといふ所へらくのお茶を上ましましよと嫁のおがけの橋共
ヲゝこりやよふ気付また。どれ〳〵と。茶碗手にてせんか種徳蔵が釜氏。加藤
にすへさせいがテあれと女夫に逢ふ為に買て置た生所の娘。あつま衛は天満
屋のみへに気をなれば。お所が顔は見向もせぬ京の長右衛門が連て戻つて。此間は
門へも出すなと頼だ故二階住居させて重。外を家にしもの者。気詰にあ
らふかと養生薬も呑だ上口に申灸もよかのふと。玄伯がつてやかれだ夫は
そふと。九平次めが樹物を戻さぬ故町所へも断て置たが。何れぞいふて来そふな物
じやナク長屋ば。かもやちよつ宿老殿上落てかふいかれぬなされませていて
かふキヤ長蔵爰のふよい。そちうの壁つる渡入てくいて置[リ]お種。艾もたんと
ひねつて置。すは北。徳庵を呼んとすへてやゐや。少く羽織と肩につけ。こそへなり。
何が悲しうて泣でいひ。我泣のはまはぬが。此頃にあつたる絶を費が勿体なひ。ころい
はよいかしとかなふて舟の毒じやと落たる紙を拾ひ上袂に入て出て行愛屋跡を打
ながめ。いとしや甥御はかへていひ苦労なさるは。北大門拵なされます。女房共。何
をうつかりとてゐるで。連まて貝へいけ。かれも為業を川つたと。文をかがし長
蔵。徳兵衛組つ灸ならにしにはにはか物や呼で来て。すへさしたがよいわつて
風なふつかな北所は何のあいたが気にのふぞ。そのふといひと
サア跡で旦那もすよふといふや。じや。笑も袋槌に入て立が出しなりませふ。
まふござんせと。天口の入かける事なぞ。鳥の陥て作は。春の春の草今は
便りも夏の空が物は人目まはゆさにぞむ。帽子も平笙やのおほたり来るし
がゝ娘やに]爰にはの壁の筋に身をして。内の身をして。内の声をして。内の声を尽
兵衛も二階一毛の時右にかると出ると出と顔と顔も顔の。長蔵かりいや申。おまへは
気色が給へ。の辻寝てござんげつる。行つが。が。もふ大なしよいわつ。薬も呑し。。
ものですへて貰こと思て。アイてん〳〵。女房左へかいが拵てざります。に申。且将
殿の留立の内にと有ても有之候事も有て下にござり。ゆふ段うわつつうわづくずけが
有だ。其尾に付て。アへかんと女夫に成て此内を納め。旦那文銀居させませとせませませませませま末とおつ
しやつたがアゝそのいや〳〵。夫が何とぞ。サアそゐやはや。あいには前をそかかつて。と
るゝ。其手前を思ふて。心に染ぬけれど。フア当座の間に合に。いとやつしてござりま
せかなからめし。るに合じやないでや兵突。如と女夫に成合点しやわつていに声を
外に立いいか初が憎り。長蔵が押とへしてそんならは初めの手をいても。いゑく合思が
いきませぬ。今のにいはしやつて。つんと誠と思はれやでも三分判が出そふで気す
に存ます。是はしたり疑ひの深い人名。仍ておれが無が判を出を物で。まみ。夫やゝ二
階に居や要客。人のはい間を考て爰出よとの事じやあつねの
一今迄何べんか申になぜ私に改さんくやか。今はゑつたが定なら。土の二階へ上のよさ
れ灸にそこへにふる。し申。無分判の中央のごさりまをしかへて下さりませし申
丸ます。ますると手をすつて真実心の異見へとゝ其のに拝でたもると術ない
何くの誓文無分判の出ぬ詫校といふは。か物とは□を得たばや。かにそいやとふてていつ切り
模様六十
しやつた。かてお初がみが大満やへ。金を渡して源を買ひ。外で男を持しげてげて。おれも手
を切ねば。初が谷にならぬ。さつくりと思ひ切た。是からもう〳〵なて人久久が女房にて。
伯父者人にも孝行にするわい。神仏を誓介入殿は古い。草の足矢が川へはまつて
死而法も有。黴瘡もの吸はつきやせぬと。いふ事も大心と思ふが忽す長さを。
外にか物が聞つき立たり居たり腹立儀。長蔵も目を摺て。高くにごんず見つき
誓に入てのせい元落付また。嬉しうござるといふ後へは種が立出し去度也。父さん
と有けれと。灸箸がたしもないそへそへ夫出して置たは。柳行季の中に有じや。
其あの中にないわ見て下んとと気をやけやせず侍れぬ者て有ぞとし尋て
やつにて徳庵御仁荷はやつくり二階へと云様更の跡に入馬を持てゐてゐてゐてゐてゐてゐてゐてゐてゐてゐてゐてゐてゐてゐてゐてゐてゐてゐてゐてゐてゐて
の破をおやくとや。はいや〳〵〳〵〳〵見ては初しやないかと走寄早ゝ大さんないつの間に
どふて爰へかしややたと。へと涙にむほんに。ほんにく今のなどうかくな事がよふいれ
た事じや。もしやさつたにから爰にて。いかんした事はよふて。見の金立て隙をもら
はんすの何のとは。まわしけ合点したる也。己勤とてしたれ。もしやかけす微瘡も嘘
八つまぞへ壁といのながりに成迚こなつを見捨て。外の男に添の男に添の刀じやじやうに
かいが夫にて。非欲心わしとはなを切て。おなれと女夫はんした。是程にしてゐる物物
添そふわいながり今爰でそはやく〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵ぬ人やと我を見て行事
立は及び渡[ニ]夫才きやんたら腹立は尤にて渡ずと是を見ぬのと慥に。
通は。上といふかまへ書置。しのし。しのかやかせばれを。伯父者人に句評ない
嘘八百。真実と思はし肌ゆるさそ。首尾を見合出て。そなたを尋につく。土面大
満屋の惣てしらした通二尺一所に死る覚悟のいます嬉しうござんを。忝わたしも
よもやと思ひなが。便宜はなく気が気でなく足却て来るへ八前に別れた難渋に
橋女初めをだまていなしわしや夫から福島いか計たい処ゐたい前に逢て何
やめ言ひつりりけれど。かめて居てんぼいてはヲ成程〳〵。迚も今迄此一殊に隠
す所は大分有夫でも誰しを上が上んだら。ウ〳〵はれさへ下に居ゆ也。誰しわしいわの侍
ちやく。人のない間に執権をとて左衛門出しかられず。出ず。間も気をやが見
付て。すく久友のの句へからず。ほんにこつやぬといふ男も明たり。上戸棚に
手をぞへて脇指込もきは〳〵しやんそらひ難て居所へ内入も能久しつね徳兵衛
もふ灸はすへ仕廻が。がいやまだてござります。まヤさじやがあいがあいはあらんといふ。しな
よは北部原ゟと御記次令ともしかたれは吉二郡木丸勝手屏風を引廻せは
土蔵火入の火燃ゑひあね凡夫とははてたし文蔵のついて襟に顔浅草只うづく
と戸棚になる源のからき命の際ぞ左しらぬ仏兵守徳某下に居ついへいふはかにまふ給
ぬ女の。そのがん雲では有はつと思ふと五事も泣声も。又数に紛れける長屋かれ。かれる
で相催すいつと伺をもんてくれつゝ肩かかへたみ。誰れぬけ立ぬは立といろかへてご
さります。旦朝父公公上戸。徳兵衛の従し。じや故。うち〳〵とてござるべたが年は物殿よふ
にやなれど。其代は後木と呼ぶせせ採内に戸棚もつといて。おほけて。かそ
お北にすへて貰なと思屋を打越て。又久任形を長屋の間とも見付る戸棚たす柏には
〽しやりアイサシキものとくづかにもめにいふもうんんん地の手元谷門橋向て長屋
いふ。こを探ばのかい。つもとさへぬなりとふせん〵。よそといふにて。アイヤ。アリア〳〵。アイ〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵といふこといふこと。
かいの。今すへまするゝとふやか風〽たかなつて。咲が。とがんともふにそいや誠にわざで
有金姫様に及煉薬ツヤ戸棚に入ておいたしかいたしてと立んとを専肩に放入て申〳〵咲は
歩かたきよしになされませ。何いそいに。われはせまにはせまいの浦京に呑てといふのじやう〳〵
アヽ申。徳京のも直んそんそんそんといひたよになさんにはせわれに呑といはぬはやい
かき。其外にかへいやい。さ夫てもか所が立しや殿と。左衛門の者は。心とせゐば。何の
手もふ咲は直つたけれど。又所にすへて貰ふ句程なふござりますが。かなが何て句体ない。
冬ののいす兎角すへとしむな。そはなくは程にすへきいりそんなそにおそやかな
アレーズなら。お前のか気に入たふなされば。くさから長屋のも合てままになら
しやひても。わしやましみは一里のみやみやきこと。熊をからゐみ後のころと。とにて泣
ゐへしも宿老のいに某案内もなす何者也。これをかふか宿老様よふとてかてあ候へ
ば扨久右以前はかふわせさ。彼今の盗共が。辻に立てかつたすや。ア盗とは誰でごさます。
今津九が事しややへ。かゝ成程。今のゝものかきて参りますなり方へも付届致してやや町組中も
尺な答て有そなれ。アら人大さん二人来またぞやとて浅落立て立てめんじやうじやうやんやし
有といへはこで此宿もとも扱ひ留ぐやとにて候べき。テ都や渡京に逢ていから救ひ
じやござりませぬ〽アレ物いひ道のござりませにいなからそめなふ。うそふか大町のくねもなさ
るゝにもかい。してしれござります。まゝ久丈兵衛のあぢやるのふるの念をやるにや宿老
はせぬ公の陰酒師の赴しを云めのゝこなさは鹿物を入しやのと肩服はつ申候へはつ
土案で。長蔵。其外火所じやない地参集てはやまし。二大なと上てゐい。い半には
かんかなば。かにいやつく連ていけりて。法京御こさせ。いやく爰どふもと戸棚僧親王
がたなく見喰長屋が打越き成程になれはいしやしやしやしやりやいかい。ふいかい。やつて
ござりませ。長屋立は同し様かれもあつにや六分立。かる是では事名に成る
見てゐます。此節の中に誰もゐやせぬけれどう私たちにゐてやよござます。と申と教
京都一内将太いやと押へて出までゝ名怕りし。長蔵何を出出まいとは。いつやま徳しや様
二文から出やしやりますなと申事でござります。何の替で有て給へ候前を速ていけまし申上を
る故北今何。長屋類ぞや辺て居まする。いかしやかまへの日向ひに。惣辺〳〵このいがんと
語たる恋の山今夜とい身を以身を絞る時の太平次郎。跡に新根の三婦六連お宿老先先先
へござつたのと。のさばり上れば。津九久。人をも討て居の里。爰へど。誰に
九年頃大あぐらずにて又右殿子速なから此間はよりて下さん也扨前口掛地の
事でごんず。あつ一雑に限らず。惣評若い者共に任せて故あいゝが麁相で取違
たかと。内へいんで吟味したる也内蔵に入事にて取て置だけ爰へ持て来まし
請ひて下されにて渡す物渡する。借た金成して下され。男。男のくで金借な
がらねてつくばふとはあぢな事じやう宿老人といやくぞいやくぞいやよふしやう
久右儀程はテ徳兵衛が預けた掛物受取候かゝかう金も返す。したか一設も二度より
こりた物よふ改にてかわ受とろと。いへば傍から三曲六がうに改めるにやる。はいに手
音。此土婦が見て来ました。徳兵衛殿に逢た上掛物はれ人家にてやうやう早ふ
徳兵衛殿に逢し下されかゝそふいしやかこやさばアイ。かれは天満屋の神が兄の三
ふ六でごんす。あの妹のかくに巻つて。金をけはしやる平野屋の徳兵衛のといふか
一大盃かだましめして。金目に成あの掛地すつてに砂にせうと。あれがないと
片かはも組かれぬ役いふあまして居まして。正筆の有家が知て嬉しうごんす
いへは九条頃も兄貴持て来た袖は金と引久徳兵衛に返す其上て。貴様ゟ受布
りやよいじやない知さないずと。頼男の男の立のに。三拾六十六郎六郎成程く。早ふに
兵衛殿に逢たいとてくらきよろ〳〵見込せば。さん〳〵。此久右づは徳霞が伯父おれか
金渡て一軸を受取ていさへ度立やよいじやいかし。夫計じやどやどんべ逢いつぬ事
が有ていほんにあさぬ盆屋しや。大方二かで立。ける事がやらざ。かれがそこへいかい
取引すはおろして給ふかと立をとゝめて人しづ。と爰なわつめつそふな人の内へ給めて
来て得なしに不作法なして徳兵衛には何用有り有り有之有限か代官所へ達て行申て
代官処へ役の為[ヲ]爰の徳兵衛は慶史じやといふ長藤利頼美根をおして。
徳蘭を饗夫とは。ラ。胸は尤しやァレよふふしやれ。こちにたにたにといお有てて妹の
か初にやれたるにやれたる母者人を養て。其上なしが将実のことて。胴金色つゞけふと
堅證文文か勅は奉公人天満教へ金渡して埒ゆた。来どと妹安兵源忠浦や何か
方々へ尋に出す。ぬれも其間へ約束が違及とつくも詮義すつ心徳重がて
びき出だけ。予も蜜丈がや有まの。夫で引すりかつてこふか悪きが無理しつ有て
まいのと脱ぎぐりして罵れば。そにいやや無理でないかし。
のお宿老スもせんども同事。泣京がかめそびに出しさといふに。何で憎な詫抄て
ヲゝかれも人にしられた男しや。前火の名名事はいや。金證拠はおろかろか持て候や
わいの。今乃爰へ逃てかじや。み其為爰に居ますと明つゝ。明つた。九平次に
長蔵守釣りし九郎殿扨はこなたも聞しやにながゝかねを女房に貰ふたといる
足の地文に変に懐かなきは。これにとすへけれいふし大なの妙しやややうと
は渡されぬまだ外に。慥心論構と押破さい諸岸然人事計か聞くれ生置
にての御手敷深男は立申さず候其上其文に借申候一軸急に詮急に詮度も成が其内
一此目見覚の手前役宅顔申立はたく相果か覚悟極め申候もど可申候もど日成共夫
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
ふに成度候へは晩方其之へとかり。首尾見合せ速立退申べ申候ばし間通
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
候て遅れぬ時の為一筆しせ申候
給ふか宿老よふ聞置て下されやら三度妹聟の此道の御座候者はしやあろか
の蛮建くはれをしたり客名也此町にあげあづな者を置原かのびやうま
〽いても宿やん此図て油たあいやがそんなか○吟味するやどこの町もの町もの町もの町もの町もの町
成わいのといふも桜はす久右衛門九郎次郎次郎が初を徳兵衛が連て追て追て追て追て追て追て追て追々
に居る由。成る程徳兵衛内にゐる。そてもふ手を切たといて居れ。あれかしも
御はやいが初か詮義はそつなて仕や。そんなら爰の内には。徳兵衛計でか物はゐ
ぬのござくど〳〵がゝよい〳〵。丑三婦の居ぬか家投仕やのつゝ夫が千もつと立
上るを長蔵が押攻めんきに家披さす事なるぬぞ。かゝ家数をさすまいとぞに
でもやさい二婦六ツ合点とふり殺ず。フヤ〳〵させぬと長蔵が。とめる心は戸棚
の内それとはしらぬ久右衛が丁面晴なや家捜させい。アいや。アイヤリ左様ではござ
りませぬ成程家披さしましましても。おほ殿は此内にない立が夫で済ム
けれど。レ徳兵衛のが書しやつた今の状。もしてんどへ出る時は。テ公事は給ふて
こけやすい。どふこけてとふなろもしれませぬ。九年汝が今の状。でんでんどの持て
出やしやる。何ばあの掛物を持てござつても。具をんかへたといふ越散[ヲ]
こちかゝ申て出るか。があつちも又どんの難義が出来も知ぬ爰は互に折あふ
て。下で済御子曽がさし申。か宿老のゝといふきのふ入れたいやどふかたかつ
共分判にあたはぬわいの。左平次郎れかと思ふしやると首傾てもないちゑは。生れ
付ごと見へにけり。九平次大皿の目を始めかゞ始めかう其のいふて出れば。そのか
理る事はいぬ。両方の町を騒じても。ま三ぶ。。アらかれも顔がよこともない。
それ〳〵。そふじやによつてかふせうは。しづまから。おとしやなら。了曽せう。お
宿かゝそいや又何を公すのじや。テ徳兵衛に借した金夫行。する
かへたと申したは。此方の諺に。又徳兵衛がおほびてもさし候は。其時はつけるに
せいといふ證文くや夫合思召思ひごへも出ぬしやしや辺よゝ夫よろ久右衛門火立や
るかと宿老が挨拶長蔵も。成程く丸ふ納る事なり。傍なる硯を指して。
申上れば。おくなされてござる通り。書ておやりなされませ。あんたゝを置しおる。
おかやねて居て涙がこばしれるや残やめとへどそ。じつと堪忍てゐかいふみ
事にかけはれ誤る證文迄にてやつて。此久ごで立物の初さへ此内におゐや。
とこへ出ても云晴は立存分に家披させいは勅が居ねばおれも又存分にやいや
二度と云つ戸棚に立かる也。長蔵が抑すめ。其如何をなされます。何をするとは
胸がすはつか初が居ぬとあいつが祠腹を突返す。脇藤爰に立かなし申し
一其御仮恵が外の妻さ女留申といせも立するゝ面倒なと心は救得る戸棚
にかんだか初予是は千鷲戸を。つしやり新て暫し詞なし。夫なし。あれずく
よつて留またと。人で九条源助顔見合せて女の笑ひ。笑び。信をしやるがしやるが
はいとて家投を得せまでもく割て見せふぞと二人が立は長屋がゑば長屋が
す。アラく長蔵ニて久右衛門安いといふ夫で披する也。当座の命のは当座の渡立
から申された。こと待て下候へりませ。シそんやう證文書する也。成程〳〵申〳〵旦朝のお
慈悲と思ふて虫をしなくかなされて下さりませといふにでひなら人前也今の如
に抜立たも証文をふさゐで。あの久歩は男じや思いと。笑れふと思て。熊本
の次にて見せた。かゝやみかゝとをから證文書気ぶやとだし侍ば忠蔵も次にしほれ
て居たりしが爰ぞと長藤気を取直に申か宿老の証文書と申され
ます。ヲヽよめ〳〵。コレ油道。史でよいかの。テ記文。ア記文のや金も諸類。軽も渡す
わいしたが行ふれば文明で日がくれた長蔵火をもさぬかしくほんに大事の徒
文略ふては書れまい行燈を出そと長蔵が行を引て引次郎爰は端を奥
で書ふい様史もよこざりまやよしく女房共か軽くといめし夫をは
よふしめそゝほんに申けふの日は。早ふ暮たねでは直ど。ひつゝしめる奥屋敷
なく。あれへと長蔵がすゝめる詞に九平次郎次郎もどのれと立くれば。伊太が
おいやめやみてしたのなしト何を。テ大まいの事か内輪で済祝し酒も出をな物。帳
我な事茶をふく夕飯にたへはつれた腹破行燈とは合とは多き打連で
一間にいひ入かけるままの外は薄くかき恋路の夢の夢の魔をはろ〳〵と徳意は
お初が手を取立てみよふ披着も気付たと。兄長太郎殿が幸孝を切じつくも皆
そはたふれが為。其上に又内のしざらずも生ては居れぬ所にわたしも品案を
極めて居る事にと夕露の通に二人が呼て後手当きげて法手橋を出
れば申叔父様久右衛門様かしく教が高いと押しづめてゝ是程に立思ふてゐるへ人が中
そふとはしすアハ北を貫て置だとするゝしつう何の実はふ一実はふに二
で蝉の時○ならず。もお初。ころたの隙を貰ふて。徳兵衛に添そ物。互に言理
が墓と思む。ひまつと心宇やなど仕やせぬかと。ほん。かく夜の目も合ず。まんじり共
得せぬ悪要罪な事してなんや。しかしかしかめる。戸棚のこゝあ
らふ。徳房とは七か添れぬ親達やあの二ぶが。九更にに契約ふて。堅い誰
文持てゐる□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
や。徳兵衛がふ便ならマシ。とひ切てやつて下され。ます〳〵〳〵。シ年世のかね〳〵
合します。子徳兵衛もそふ心得。か初が一所是か思ひ切ヨリ此かれ先へ死で番行
をそちに取てもこと思ふてゆる。女々逆の間向をさせてふれなさと。人が背を押擲て
跡は祠も涙なる徳某も今更に出権物に聞渡しつ探で云物さんぎに
からふた通親父親父の傍での。みらんにいひ何程にてなたもなたもなくはて
それ思ひましたと人は女のと敷れば。そといふつました。。二人なが合公がいたか。
まゝ嬉す〳〵。しやがそふ計では落付何何ぞ慥の理権は是にと他某が首にかけ
たるにより。孔を取出し。又右門が手に渡せば。リヤ何くやアイ二人かに人か中の記詣でござ
模様七十二
むん
太郎れぞウの
ります。テそんならか初殿となたも有か。アイと問く渡すれば。どれへと手にて。ます。
今以成上ひよつと辻文もで逢たるそ物もいふな。顔もしかふいふわしか物の
内推挙せよごとふとふとし誰なかけり。徳兵衛は成前は心建て。それ。その
縁じやと思ひ詰てサるよふににやと。袂をひ又しすれは漸立上漸立上り徳
命のキウハとなしても成るにつて窺ひて窺ひ。我多奥の名負名思すつくと
唯部丸がそこみもそこそこへし徳某は直は異いく程にてなたは是からずい
きや。テいきやのゝ無理ゆのにすゝめ立れはぜひなくも泣へ隠す脇差を付し
られど跡に付。共に又かれる物に。二かのからかるへといふもせば。呼立るといふといふも
れは参行にと。藤戸を立つと内政に時うつて。天源に一のを失て。心弥誠に
に漸徳兵衛は声をひて急朝〳〵。徳某のが暗にて約も寄くはと尋る
こかた物干の柱をつたに。忽がん〳〵下に見付てあふなで。あせる其間にかえて
一息ほつと〴〵折かゝ雨戸の方に火のかげ誰やかくると忍ぶ身を。夫と忍ぶ身を忍嫁の
〽本手を吹げ渡しをするにてぬ毛扨も。佐京のかいつにないかはしいといふて。
わしをだませとこへやががそふじや。とふで女夫に成ては下さんすまいまていていていていて
楽しみとはいへも一度何先也。徳宮のおか見たいへはいつと泣声をよそへ
しせし聞せしおんを忍びの隠泣心ぞ思ひやうれけりかく共しず火しず大しず大しず大
り此年立にてお初まだそこにかと尋る故にますとかならするに手を当これて
お初ま。さつきに思ひ切也。見せ。に見せ。隠さしやんにて置き。夫程にしやしに。無理に列衣
たる此上にどんな事が出来る。アリかふ然と思ふもつのアリハ加を在所へなしこなたと
徳某と女夫に応せふるゝよ〳〵。扨大きか仕にん也。奥聞へるとて侍かして。其
のにないじやくり。こゝと嬉し泣か道理く。したが爰において。九平にや足が見つける。
よく裏は隣いて願へ。まゝ思ふと連て立給し。加へ勤と思ひの貧情も金間
三津浦徳兵衛は物へ手を合せ拝む片手を以上に表の方へ出て行様をけて九平
次が。藤戸蹴敗飛て出はやくやかぬとさげに。所を捕へて逃出とつこいせぬと
長蔵が首筋つかんで打たせば。予たまぬと五平次の一軸大事と引は不逃出す
跡から長蔵が役国立もと追て行かはんおれがと三好六郎は付後を久右衛門
やらぬくも我武者の三婦はづみを打てねば公はのうちかでまつたかの冬
るに知はのがれ行すへお初めとをしたへて。あとをしたにて。
模様七十四
道行思ひに入物
此世のなどり。夜もなごり死に行身を左にれてあたしが原のみちの
しも。あづゝすへて行夢の夢こそあはれなれあれあれば。
めんさの七ツの時が六ツなりてのこる一つが今生の鐘の男の女
おさめじやくめつゐのくと闇なり鐘ばかりかは草も木も。空も
なごるゝ見あぐればくも心なき水の音ほくとはさへて影あつる星
のけせの天の川。梅田のちをがさぎのはゝ契りていまでも
われ也そなたはめよく望意すぞふとす。そまり。ふたりか中中にる涙書はつ
みかさもまさるべむかふの二かいはなにやともおほつかなさけたいちうに
てまたねぬ日影天皇今年の心中よしあしのこと様に草やしけ
ならん皮に尤もくれてどりあやなやきの女色も。子そにいむしかあすより
はんもうさどの数人世にかたはれんかたいゝに入うたふをうて女
らにや持やさすまへぬ物しやと思へ共共に思へ共歎け共身も迚も
しまなどいつをにてけふが日迄今の返しよばもなく。思ばぬいろに告しに。
赤しことはんじやうする隙ないはなそれに火捨行ふとは。やるや思
ませぬで手にかけて。殺せ置て行んでな。故いはやらしと泣けれはうたも
多くにあのかたを明こそ有てよひしもうたやおや聞へわれ過に人もわれも
一日いひとすろつきこへもかります敵が誠にことはなさん廿五才のやのとしわし
も十九のやうめて思ひあふなやぎり。ゑんのふきのゑやかみやかみや仏にかけ所。
げんぜのぐはも今せて。みもは。ゑかうしいきの。ともなをゆくのすてやと。
しゆすの百八に渡け玉の数ばへて尽せぬあれつれつきたいつきもあれ
此さは。とめて暫しながかうでなもなついよ。のなひ。いのちをほるとり
のこゑあけなばうしやゑぐんのもりで死んと手をひいて。むめだつみの
ささかすあすは此身を。ゑぎかと。はかない思ひかすそひて。つき
せぬあはしつきるの行なやみたる。かうに。はるかりかあ
なんさざりなくね共はやおつてからむなさき見付いれとかたねばたを
がしのへば徳兵衛は。あたりにしけるあをやぎを。是さいひと手をも手をわけて
より登たるやうにやこすへの糸の子隠れ江身をひてぞかくれて。かくれて。かくれて。かくれて。
浅かかぬ契りをたてに身の身もつきも侭中ぬ妹骨の縁も召計の姉の嫁のお北は
心は治胸にとひに責はれて為木の花を我ひとり放さん物と忍ひ出焼侘ひにたど
り今のふにふに行ひ。杖さへ引もないひけれを究を究て北大炮の聖門の音の哥の道
尋来は右衛門とはたと得物への歩に顔をすかし又て。予雪のかせいへは北かではか大さん
な此こいに只一何放賀へおかへおかんたと此度久工備後守よくな寿命命心を
いかめん也んこえてかわしく上野へ迄いのばといとや夫にせんしんしんしんしんしんしんしんと
安いやと玄孝女が面目を助けや若しいやく松橋の正爰や以て下藤知らへ
あのまゑ物徳景のかねが娘を妬じやんすか女理でないと。ひんですねたる愁ひる間入
なかり此人分も仕済目をする所めやを道理しやく云なかそなかそなりそなるぞといやた
は二人の命をめても有。道く孝のなそなだを何の憎まいなけれど。何と。何かいても浅草が作
では感じやいつて候。作あれ死しても。そうにやいかがへてさへてさへてさへ浅々は初き
わけいふて。そぐしを添せふたながら。女房にする侍れも有と。心ていふき事じやはいや。
折悪なんざや事。計て。いつての死てのけふと。思ひ話たも道路。道路。道路へお
いみやものひんとどもからぬいの。年寄た。したひしが。女房なし外になし。松も類もア
徳兵衛一人々便がたるぞ是と邪妊の有様にも。後生の事。あれはあれは心底
実験に成て名任を継給にて下さゆませと。頼まぬ日迚ないわけの是程にしれを捨
京都にあんまゐ角まづかい徳兵衛相炊しやはや都合いわざりが有ふと地にけつ百ぶへ
ちゆゑはのか事じてくれはどうかゝと思議にむせむを身々海の地の地の思ひや
徳黄が五幡六株に止み渡る身を聞て海浦茂兵衛で有之
顔母かれは先づ程あいて春五俵の俄に時出がせそなのして空さへとさへござります。よしない
でも此湯たは聞へとい。このや柳のあしやとい。絵落てもどさりませず。袖や役のうし
濡た。今まへのお難其心を奉せて。私が始めねに敵されと。汝と後に詫ける
ればますやとやふにややの歌け〳〵。まそんそそうに。物を見よふましやと立上つしが
ひまろ〳〵とふと揃へをあつあつけなされなされ其引起はしけかせぬ。権明の合も仕事仕事の
い焼故いややややや此様焼が難やいと云門又も五十七人と一里上足間見り見る
青柳茂の崎形に及しぬ宝章にも直縁の北なをし梅田信濃守伊勢守伊勢守様残
と浅かと思ひしれたがけも必ねは徳草柳代十郎様にても頼て主見送て仕きく示し
渡にくれる事悪きに見屋もやもやもづくも風してばねの森を目火にて
十冊曽根崎の段森に入物
行水の音もすしきき勢川堤をとへて下原の在をしる人に遁れんと弁順
が狼狽眼見付たのがくん侍くれど声をわけて長蔵が息はかにぼつ付て
さゝけるにとい泥坊め。大切な其一性徳京のが段々の難義と云は。京の兄御
長火の辺桂川へ身を投て死しやつたとの風子がふ事も皆かいれかいれより
発る事。予都道にそれぼして腕廻せ長蔵がしごににかける。アアいへあ
がゑいほうけた。うぬがのいつのうろいに合よふな九平次郎ないならば手柄に行に行
いたて見せふと飛けり。極腕先引つしいろし真向くいづし。胸づし。数間も下手に腰
にさす一軽きくつて突飛せは透きず。搦打合捨合琵琶盤れ知べつこ
りや〳〵〳〵どついさせぬとふりはときれおけ寄むしやぶり付組ごろんこへ
○流ひるますさますごとしめ。政方ごくにのみ合拍子。五平次が五足を。地の原に諸
ので尻間に。ひよろ〳〵。ひかし所揺は物をへ乗かり縄頭くり高手小手に手に手上上
た五性学門にしかしめなる拾し弘治政政に治ず。いちばつてもふ叶役手に
〳〵〴〵としづれ引立てこそ急行神なくぬ身の斯を共部作。都領にやり連社した
一事入の過かしとにか爰にと私へ敷きの家の財の親先にまづ消て定めて定めて定めて
稲荷もせれがあらぬからと汝の何といにあれこそは斯よ今自死かは
〽我いみとこそふしに先立人も有たな誰にもせよきこの山のぼりてやむあみだ
仏々の声の時哀れ出やことぞ詞のことろしはなむあぎ仏と唱へれば女悪儀
ぐみに自は人の声夜かや浅間しとよとよと致む男儀無くと流一は速飛人起を
藤源つかへと思ふや正うせなくと我たまに何なふ二人の魂馬軍我は死なかゞ考なが治
び前条と有て疎ます今朝参る身の名の名の名の一の道を建吉道大名地地
折寄てゝ他也て伊賀大の郡かや。広間渡いての川の内に相守。近代の事
に准へ動の憂慮の所え宣ふ格少々上者の前を注薬を注某も初も汝門深山神悦て賊に
ゆんの葉の其覚〽天竺亦浮世の春都聞初神刻出し尋ぬそとも別に成
迚浮者橋なげ制も用立致ける。由諸共一所次郎此勝たゝ宝政并神妙頼もしと様に
心落付ては都も案事なし云々云々。今の時の入にの時に。死人と見へければ。皆
元津野の木の顔を立て結ひを。堀の生の中のなきぬもの手を出ていにもと渉るし
や河平屋之れ甚肥前方へ引方へ引戸へ江て高く市めけるきもとげしと
どもときを組一重重少がぬに大将と心の熊まつかゝしあまたと女夫の妹を見男女
此を見てことひ給ひんの涙うわん〳〵泣入れて歎かく徳巣顔者立て乍を合我何に
て生の天地の人に心と云々の苦労と成て人成界も違す此便にて返せといへと
難義御殿初夜大蔵数也下されし迄其又児人の口はいはなろし拙者仮衆無
心悦と覚守殿とも是ゟ難し申す。冥速に浦王に渡す共に追付自にけるべし介へと泣け
れば初も同し手孝女のこなれはうゝやまい。父といにれで立てければならんにいせ
此なれいつ達事致べきで便いゑぐへんとも豊来の地社の初心番也御心慮
一昼はい計は敵を掛合規並へも是かへも是かゝ此世の淋乞責て心が通つて見へしに思へ
てやれよかし谷の女のや名沙惜の葉やとしやうこともおします浪それ夫もじやうにも
浦ぐるに順断せぬべて急也と以て心分なしく殺し々と尋を立けるとはなく勝鬨と
りと抜放しとうに入てなしゐき如くと思ひ且の年引にし給いといへ寝礼父が当
ありよりよと。眼にもへわり手もふひ強心をしても猶了ひとしても猶なしても数なく
はづとおくへくれ三度ひめく海の母あつきに咽ぶにくつゝ通ればなしあぎくなむつぎを
といまし天通す将寺禅寺禅を見願孝をいぶんままの御吉は苦哀といへも人も貞惣我迚もぞ
れへば。色といひしき。用に感立物も持母も砕く。悪くはくりくるべき苦めき苦む身
も暁の行に迷て結果たる所へんと名長屋敷へ帰や腰立も追々欠見なむしむし
と悔ひも風吹度の下落消失苦苦をりて此功へ来侍へる牛の本となりになりにけり
宝暦九年壬巳七月出
作者連名
宝暦十一年辛巳五月十八日
青木留八
若竹笛躬
浅田一鳥
福松藤助
黒蔵主
宝暦十年辛五月十八日
宝暦十年辛酉年五月十八日中邑阿賀
干時宝暦十一年巳三月上旬より留る様崎新地
芝居におゐて八重霞浪花浜萩と申浄瑠璃は
じく十三間忌追善のため興行致者殊之外
一繁昌仕結て紙口をゆる九重錦四月中旬々木出シ
是又繁昌仕候に付おは門徳兵衛の骨かたりを仕候
やう御所望の折節京都杣川の心中を早速絡加へ
初日出しか所各橋の御意に叶ひ益大入繁昌いたし
御修偏に御贔屓の余情幾夏歟外聞を将ひ
日時の移類に随ひ帰期をかぞへ惜事を防に
記す而も
豊竹越斎少掾
5734