松の烟 初集
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- 淮南堂
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- 2026-08-17T19:23:18.402Z
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- 2026-08-28T18:53:25.651810+00:00
狩
十一日
墨水淮南堂詠草
松の烟
初集
全
我師淮南堂初号は桂林堂桂の眉住とて天明の頃
扉を
荒井恭温院ノ副副室ヲ一
から非皆本にこゝ道
より朱楽菅江先醒を師としてそはる誹諧体にこゝろ
「狛野幸吉氏藩蔵書一
をよせられしかばその堂号能禅をえて中年にして
京師にのぼり故従二位持豊郷の廊門に入り河合正明
一と称へてやまと歌の道を学ぶこと年あり或は諸国
に杖をひきて勝地をさぐり風土をかうがへふたゝび江つ
にたち帰りても一家の野流さかんにして隅田川辺に
一草扉をしめて本体諧の和歌をよみかたはら詩をも
たしめり仮字は二條家を用ひて手かくことに妙なれ時の
庭の梅の末をなつかしみ軒端の桐の蔭をしたひてとひ
するひとがおほかれど翁生涯世塵をいとひてこのわたり
の四時のながめに老をやしなふの分他なしされば春は
一堤能小草やう〳〵青むより駒かた牛島に心を放ち柳
島梅わかに老をわすれ桃桜に永き日のくるゝをおしみ
夏は端雨の涼風に弁の葉の露をあまんじ秋はかはら
の月の清らなるにめでゝながれに楫枕し石浜にくちそゝぎ
冬は巨燵の櫓をはなれて。よし北風能つよくとも鯉の
あつものちふ味方ありいで雪見の先かけせんわれにつゞく
ものやあるなどたはぶれたまひしも七十年の夢やぶれて
いぬる癸巳の二月七日西岸に舟はてゝ宇戸のけふりと
たちのこり空ながめすることゝはなりぬせしやう常住花
能本とねがはれし何がし上人の風徳をしたはれしもいま
思へば固むなしからぬそのきさらぎにうそはありけれ
をのれ友俊まうより師にしたがひて歌の山道たどる
といへとも市中の業いとまなみいつも詠草の袋に推しばの
からのみ拾ひて実のあるは元よまぬものから此道の外を求
めぬまごゝろや赤う見へけん桂ノ眉住てふ名を遺ごとして
あたへ給へりしぞ我はまろこびの眉なれど母人は眉やひそ
むら舞ときしねの柳のうれしくもおもなくも風にもま
るゝこゝちしつゝあはれ行水のあとさきわかずともみやこ鳥
の跡とめてはなし草のよすがにもととし頃見もし聞もせし
歌に文にかいつらねて浅茅原つばらならねど波のあ屋
しの一巻となしつこれ。はたをのがまめ心にて水上遠き
筑波嶺のおもひあがり宮戸川能そこひ深き翁の
みやび心にはしら魚細のさからふふしもありぬべけれど
めにとまれるはしかすかにもらさじとおもふになん
さはれさき〴〵集めくものにいりて花さくら木にあら
はれしと浅草寺のかねのこゑあまたゝび人の耳を
驚せしたぐひはことそぎしもなを多かり八重坂
つらなる朶によりてむつましき色のもしほ草かつかき
かはす友とちにことゝはんかく其も興ありやなしや
天保むつのとし
友俊改
一卯つき風月葬本代眉住の
序三
せしやういまた桂林堂眉住といひし比
春帖のすりもさゝはしに
淮南堂のあるじさはることありてたれこめし宿に春のゆく
ゑいづくへか見うしなひまちしさくらも宇津ろふ程こそあれ
やゝかみさけむしの神まつる卯月はかしらにのみおぼ
へて猶いたづきの床にふしぬされはむつきの比ちかきつら
よりをくれるく御〳〵のなかめもむなしく机上のちり
にうづもれしをこたひ鶏暫高のまめやかにかい集め
そかうへしたしきかきりの歌をもくはへまたく一巻となり
ぬこれをひらけはにしきの色めもあやに玉の声耳を
おとろかす嗚呼行澄兄のみたらましかは頂風のなやみ
とみに瘡つべしせしやう菅江翁なくなりにたれと狂歌の
こと盛なるかなたとひ物かはり星うつり泥亀のときつくる
と母此道のことはにつたへて夏引けいとながくさがゆかは
あがともからのさちはひまた猶ほいならすやときに覚ひ
十あまりふたつのとしのさつき軒にあやめにあやめに
なむ
桂林堂
寛政酉の春のはしめに
かしこしないさめの鼓名のみしておどろかぬとりの春は来にけり
狂歌大黒百首の序日光山菅連の催也
むばたまの黒髪山なるにゐ宮こそはいともたかきおほなむち
のおほん神なればいてや広前にまとゐしてことし甲子
革令のさちをも祈らはやと山菅連のともかきら菅の根
の永き春の日くらしをのかしゞ法楽のたはれ歌よみ出る
まゝかいつけもてゆけはとみにもゝちの数になりぬそを御神
庫にのみひめをかんもうゐまなひの輩はいさをなしとや
おもはむをこのわざなからとぢふみとなして此道のすき
人にほこらまくほりす楚のことはしつかたにしるしてよと法
草庵のあるじよりきこえけるををのれ蒲柳の性の残る
さむ御に氷の底の魚よりものうけれどせちなるもとめ能
いなみかたくてつゐにすびつの火かきおこしなから觚をとる
にな舞
干時文化元甲子年きさらきさらききのえ子の日
於桑名元旦亭春興歌合の序
春の曙いへはさらなり若菜つむのもりか門もしりくべなはに
なよしのかしらひらぎさしわたしさほ姫の帯なすかすみ三重
のこほりのとけそむるやのどけき神風のめくみなるらん多度
の梅か香さそひきて庭にこつたふ鴬のえもいひしらぬたのし
さは世に一刻を千金の富田の里のはまぐりかひあるけふの
ほぎことにことしものぶる元旦亭御慶かはらすいせの海のいそ
もとゞろによする波音高うしのいさをにこそ
真盛ぬしに桂林堂の号をくるとて
をのれはやくよりふみよむろになつけゝる桂林の二字
を真盛ぬしにをくるとて
大空もおほふばかりにしけれかしつきの桂の枝葉さかへて
人〳〵のすゝめいなひかたみ隅田川を出て
一月次垣下集の序
かう田あたりに借居せられけるとき
ことしきさらきのはじめわかかつしかの草高をたゝく者あり
たそといへはこれはかうだの何かしらなりこぞは月々の歌の
莚もをこたりて遺憾にたえずよてこたび其事おこし
おこなはんために訪来れりとまれかくまれとくおほえどに
いでゝよ長明か方丈ならで狸のふぐりほどなる家はもとめ
てまいらすへしいざたまへなといそがしきこゆをのれかう
へを振ていへらく厚情謝するにあまりありされと葉
一楡の暮影おいさらぼひて世にまじらはむゝもめやすからじ
もとより烟露のやまひありて此歯楼によとせまりの
春秋ををくり墨水の花龍山の月心ゆくまでなが
めていさゝか残喘をやしなふにたれりやみね〳〵とこた
へて袖をはらはんとすれとかうだのともから背せすかゝ
類かたつゐなかにすまゐしてむなしくなりひらしがみ
ざくらもちとともに朽てなにのせかあらんと小田の
ひたすらすゝむるにそつゐに大隠の市中引出され
てふたゝひ巴縄にあそぶことゝはなりぬかれそのはし
つかたにかきつかへ
文政二年ふたゝひ隅田川わたりに
かくれ家しつらひうつられける時の文
をのれ薄命にして文化八とせといふ年の秋ずさなるものを
子として跡のことゝもまかせをきかうたあたりにさゝやかな
類家もとめすまゐけるうちこなたかなた遠き国にも
杖をひき田舎わたらひせしみとせよと世のほといとけなき
よりけりよりそたてたる娘の病にかゝりてうせけるそ
いと〳〵かなしかりける夫より世を憂きそのにして市中のまじ
はりもうるさししつかなる處に歴をしめて佛の道にも
いらばやとひたふるおもひおこして文政ふだつのとし水葉月
隅田川のほとりにわらの屋ときむすびて雨露を志の具
よすかとはしつこゝはしもふさの国かつしかの郡うけち邑
とそいふなる名にしおふまゝの入江も遠からねは釣竿を
たづさへてつき橋あたりあそひくらし春はわか菜を橋
梅をかざしはた隅田川の堤にあそびて心ゆくまで花を
詠めやゝつくばの山ほとゝきす名のる頃しも夏木立しけり
ゆくにおもむろにあゆみて牛島の神社三囲のいなりを
拝し大川のはしうちわたり金龍山のだいひざにぬかづき夕
風の涼しさにかへさわするゝもおかし秋は魔ちかき満願気
舎の紅葉をわけ来下川瑠璃光仏にまうづ下国
大盃堂呑体か輯たる狂歌小倉形の祓
かの道の山荘にかきつめ給ふ百首の歌は文字の大渡亭に
みつから撰べる尚書君臣の事蹟とおなし日のはなしくさ
なるべしおりから小倉の村衆ふるきをもつてあたらしき趣
向も一盃衣升か雷にさかなの色紙とうふ半丁のあいたとこ
ろへ淮南堂しるす
おなし集冊の猶くに
ことの葉の錦に名のみ小倉山今そしたてる歌のとちふみ
高紐のむすふの神にいのらはやちききよろひの引あはせをも
松の葉のちかやつもりてやまと歌あふくも高き住吉の神
文政六年といふとしのむつき草庵に春を迎て
曲りなりに年はこえけり夏もまたうき世をすれし松の下庵
一鴬もまた春吉ぬ谷陰に音をたてそむるゆきの下水
墨水の草庵にて
墨田川すむかひあれや春ことに堤の桜わか物にして
文政十丁亥年正月
から衣はるたちかへるけれしさは爰の袖につゝみあまれり
春はまた花の都も何ならん梅をかさしてつたふ勝鹿
三囲の社へ額おさめける時
花にめて月に草かれてす斎川なかれわたりに送る春秋
ある人の江戸へ出よといひけれは
のかれえし庵に心のすみた川わたらは濁る名にもそみなん
中秋無月
満庭草花風雨摧泥路客遊客不来
今夜月光無可見燈前獨酌両三盃
雨くらき今宵は名のみ隅田川波間に月の影たにも見す
九月九日
寒郷逢佳節沽酒杖頭銭
隣家自有菊重陽是天然
燗徳利かけすくずれぬ南山の寿いはふ菊のさかつき
十三夜
中秋為雨空醜眠今宵待得是青天
雖婁宿月光偏好見恐露風寒透綿
月見よとまゝのてこなやかりにけん玉藻も波の影にさはらぬ
十五日神田祭祀
舞童金皷遠相連天下壮観無比眉
神田城埋千年美新皇稜威猶儼然
千々の秋あきたらすなをふりてましけふの祭のはふり子の袖
九月十七日請地邑城埋保食神事
草昧播百穀大同始現形
依然例祭日一邑祈安寧
はらつゝみうちて祭かん豊なる年を守りの神の広前
述懐
墨田川うき瀧ある世の行衛都鳥にやたととひてまし
文王光武去漫々呂望子陵名較殘
墨水有佳魚罔餌漁父空投一鈎竿
隅田川今は都となりひらもむかし男のときや恥らむ
雪
筑波山上凍雲催款乃声無墨水隅
葛陂樹々花還雪風色吟眸最奇哉
文政十一戊子年元旦除夜有雪
一雪霽柳洲春色来風暖梅園一朶開
奠朔操觚試粉印瑠泉先酌竹根盃
空にたつ霞を道のしるべにて雪の中にも春は来にけり
かつしかや霞わたりてくる春はやはり神代のまゝの継橋
雨後梅神田三浦いなり奉納
吹はらず風も梅か手さそふなり一村雨の杉田海道
偶成
龜遊梅若山王岸鶴舞柳洲妙見宮
茎の世をのかれても又山風に吹飛ほとの庵は侘しき
待宵
さやかなる影も宿りてえだことに露をうけちのまつ宵の有
十五夜月いとよくはれたり
さやけしな名におふ月の隅田川波のよることもおもはさりけり
かけ稲に月のかたかける扇に
かりあけて影やめつらん月今宵さはる稲葉の雲だにもなし
母の身まかり給ひける時
今さらにくゆるかひなしありし時つかふまつりのたらぬこの身を
狂歌太平記の序
それ歌合は天徳の御宇より盛におこなはれて文明永禄のさは
かしきころたに猶たえすものしたまへりされは何かし禅閤も左
右にとあらそへはなみの道にもものふのたけき心はありぬ
へしとよませ給ふける其かしこきてふり思ひ出るまゝことしは
月々のまとゐにつがひを南北にわかち元弘建武のいにしへに
なぞかへて硯の海にたにさくの旗をなひかし文台の山に
披講の閾をあげ筆のうちものをとりてたがひに勝敗を挑ん
ことをほりすこれや春風の長閑なる代にも青柳のみだれし
時をわすれすとかいへるふるきをしへに偶中せるなんかし
月次詠草のおくに
火緘のよろひと是もみや方やつゝしか図の色に残りて
ある時友俊方にて
酒を酌む家代守りの神仏男山あり満願寺あり
両国に花火を見て
雷闇をてらす花火は連城の玉やと人のほめよとむらん
文化十五年発会に初春松といふ心を
気ふ春の子の日なからもおとこ松ふくりはひかぬ物に社あれ
文政年中発会おなし題を
あたゝかき春のめくみをうけち村むら立松や千代の行すゑ
蕨を
暦なき深山の奥の賎さへも今はおりしる春のさわらひ
まゆ玉を
春風になひく柳のまゆ玉もかとなき人のこゝろとそ見る
うけぢの庵に
冬籠せられし時
月雪と時も寒さにむかふしま花まちとをに冬こも類庵
文政十一丑年三月二十一日有火辰下刻従神田佐久間町川岸
失過至芝口築地海辺止欲夜漸明
墨河三月弄芳菲豈図為祝融相違
今日更無遊樂客長堤寂寞唯花飛
立ならぶ玉のいらかもかぐつちのあらふる風に煙となしつ
独対梅花酌濁醪醉歌巴調謾揮毫
春風雄贈來佳趣嚢裏空愁酒價高
又
杖藜徐歩忘塵情墨河花落緑陰生
茗店酒家空閉戸坡上無人鳥一声
又
逐臣嚴譴巳三年謫居茅屋墨河邉
空思往事問都鳥都鳥不應誰亦憐
受地村鯉屋一件
鯉家普請是根元秋葉別當暫閉門
隠居追放奔他国可憐求餌一声猿
あらしい秋葉の山もはつれてはみのらぬ先にかるゝ稲蔵
仏事勧酒
彌勒鋭米汁無尊免祇陀宜哉醉中樂
瓜てふ題にて
君か代はひろ葉のかつら都にもめつるえひすのうりの初もの
文亭芦延屋長亭水鳥堂八陣亭五人をはんさにすゝむる時ちらしに
かいつけられける
顧幢之かいひけん蒲柳の姿の花さらぼひてものうさにむろのと
にもえ出侍らすたゞひたこもりにこもりゐけるおりからくゐな
のはかるにはあがて紫の扉をたゝく人ありたそととへは千早
ふるかうだの何かしらなりとてふたりみたり入来りてふところ
よりめくらしふみだつものとうでゝいへらくこゝにかゝけあぐる
人等は翁のかいもとによれることひさし今やはんざのれちに
くはへて其事あまねくつけわたさまくほりすねがはくはせ
しやう此はしつかたに粉印をそへ給はらはおほいなるさちならんと
せちに聞ゆおのれこゝにを以て莞爾としていはくそれ家に
つたへたる調度もつねはなきかことしたま〳〵日に曝し虫をは
らふの時にいたりて蔵する所をおもひいづるげにわすれにたり〳〵
これこそわか老をたすくるにはこよなうよかんめれととみに
うけひきてもとめのまに〳〵しるすにうそ
あめやすきふたつのとしのさつき
おなしとき水鳥堂に
よみておくらる
世にのこせ樽の口より出ることも有ししたかふ鳥のあし跡
酒てふ題をよめる詠草の奥に
ことの葉もねり貫水の大津酒くちにたましぬ味のよさ
天保三壬辰年正月元日武天保三壬辰年正月元日武寛
されはこそ春としらるれまつ青む若菜かうれの雪のむら消
歳暮
立かへる春をまつちの山人も夕こえくるゝ年やおしまん
やまひをこたりけるとしのはてに
そのとしははやくもくれてあら玉のめてたき春のたつを待はや
やまと屋のおやかたこたみ弥陀の浄土の大物欄へのりこみの
かと出にわかれをかなしひて
十二月廿八日坂東三津五郎か
死しけるとき
けふよりは入かはりなき極楽の歌舞の井の坐頭にして
正月六日瀬川路考か方まかりしをいたみて
はかなしやまた菜の花も咲ぬるに胡蝶の夢をやふる春風
歌川広重か設会のすりものに画しけさうふみ売の讃
みやこのてぶりおほかる中にけさうふみひさくことはいとも〳〵あが
りたる世のすさびにして今はさだかにしれる人さへまれらなるを
こたび広重ぬしの反数雄よりとうでたるせしやう一柳弁のつばらに
原つしをけるかたもてみつから筆をふるひ錦画たつものとなし
あまねく同好考古の君たちにをくりてことしきさらきの末孝会
のむしろに興をそへつくほりすそのことはしつかたにかいつけよとある
需に応して
さちのある春やむかへんけさう文ふうしも今朝はあきの方より
四ツ谷新町梅やしきの書帖の序
昇平二百余年文事盛におとなはれてあやしの賤もふみよまぬは
あらず梅はもとより好文木時えし春の花園に香をとめきます
みやひ雄の詩にまれ歌にまれ此おり巻に名つけ雪児か律に帰て銀
世恵のひかりを我人給はらんことをあるじにかはりてねがふになむ
天保三年きさらぎ
のとけしなまなびの窓も雪きえて文このむ木の匂ふはる春
六樹園の翁方まかられ三とせにあたれる法の莚に余花といふ
題を
今は猶過し春こそしのばるれ言葉の花ののこる色真に
春雨音好云元服の時うゐかうふりのほき事奉るとて
折をえてけふめしそむるえほし悪ひれも見えたる鎌くらのふり
菊月のとをかまりふつか水鳥堂のもとに屋どりて
秋はなを詠そふかきさをしかの妻恋坂の市もとなるやと
閑居のこゝろをよめる
朝夕に友としおもふ筆すゝりするすみこそはたのしかりけれ
するすみとはいかなることにて侍ると問しとき友俊に書あたへ給へるを
因にしるす
○するすみ匹如身ひとり住のことなり
○白氏文集偶吟詩。匹如身後有二何事一
應向人間無所求
○つれ〳〵草。世をすてたる人のよろづにするすみなるか云々
下畧
大盃堂のもて来れる折巻のはしつかたに
蛇は一寸にして牛をのむの気あれは駅路の雲助はとうた八兵衛馬
でも呑たかと洒落のめすのむにはまけぬ大盃堂酒と狂歌は飯より
もすきひだり手に猪口をとり右の手に筆を持酒と歌とのうつて
かへ朝から晩まて呑詰連の坐かしら株あついぬるいのきらひなき
酒のかんだの三河町歌よみと上戸ならいつても尋てきさつせへと何
かし長兵衛のせりふに傚てむかふ島の翁しるす
題吾真容図応需
世のうさもしかて齢やます鏡むかふしまなる老かうつしゑ
こは早船楼有鹿重ぬしにあつらへつけし翁画像の賛なり
藤江三十三廻迄福に
救翁泥垣よりこゝに三十まり三とせけふなむいさゝか法の煮をひらき
一撮の音にそへてことの葉の手向をなすもをのれ斗筒の
さえをもて其遺堂をまもることのいとおもて知せなるこゝ
ちして
隅田川なかれてはやき年月もかへらぬ水のあはれ世の中
いつの頃にやありせん
越路に書て送られける序文
今やされ歌の道盛におこなはれて日のもとのくぬちいたらぬくま
もなきはまたく昇平の餘澤にしていと〳〵ありかたき御代なら
すやかくて豊なる年をよろこぶあまりこしのしりの人等のはら
つゞみうちて字たへる歌の一万首にあまりけるをふんや青木
堂のあるじのたゞにやはとて商売亭うしのえらびをこひけれは
とみにうけひきて越の海のふかくかうがへいやひこのいや高きしら
べのつばらにそなはれる一部の狂哥集となれりそのはしつかた
にことそへよと蛙吹亭かりねもころにふみもてきこえ給ふ
けるおりからをのれ房総に杖をひきさみたれのはれまなきころ
かけて衣手のひたちより下毛野あたりまて遊ひありきやく
秋たつ風におごろきてうちそよく葉月のなぬかといふにかつ
しかの庵に帰りたれはなにくれとこと問ふ人もこゝらにて筆の
つかとるひまさへなけれとこのせうそこの日をふるまゝいかに心
いられにやあらんとすぐに旅硯の墨もてかいつれいさゝかもとめを
ふさぐになん
天保二年辛卯正月元旦ことしもおなしく尉と姥草庵に春を
むかふることを自ら祝して
此春もかはらてこゝにすみた川水いらすくむ屠蘓水さかづき
判者ひらきの莚へ讃馬窓君いらせ給ふはうれしくも思ありて
面箱のひもゆふくれになるまてもあがすおはせしことのかし気
なを是にもれたる文詞紀行ありつき〳〵
板にゑらすべし
真津の烟初輯談
21290
も