虚南留別志
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- 木屑庵成貨
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- 2026-08-17T19:23:18.559Z
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- 場所: 江戸
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- 木屑庵成貨
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- 日本語
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- 宮屋源兵衞等
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- ウソナルベシ
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- 東北大学
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- 2026-08-28T18:53:25.651810+00:00
うそなるへし上
秋
鐫
東都向榮堂蔵
孟
冊
十
甲
うそなるへし二
金二全
保
天江
木屑庵著
草大親義
氷蔵時
序
画坂弁恭馮印ノ寄附(基ヲ
以て購入セル竹蘭博士
余が相識に言咎する老人ありしち
むづかしいといへは此一条こそむづかし
からめ跡の六は何でござるといふ
面倒臭いといへば我七年まで未めむ
とうの匂ひを嗅ずときめつけいや
はや手におへぬ老爺にて言咎の種を
ほじりに草庵を討ふ事屡〻なり一日
来りて彼是するうち不因此冊子を見付
出し二三枚読や否膝を拍臓を消し
奇ニ妙々此こと〳〵斯もいへはいはるゝものか
一言もなし〳〵貸て下され寫したい
直に写して手間はとらぬといふ故爰そ
黙て居る所てなしと写には隙はかゝぬ
といふべきを手間はとらぬとは
何職人の手間取にやといはれつい
口がすべつたと答ふ扨は貴所の口中に
ぬかり道ありやと押かへされ弘法にも
筆の謬りでござると少々ふくれた
様子なり書物なれは筆のあやまり
ならへ云損ひは口の謬りなりいか〳〵
とせりつめられつん〳〵として
帰りしを直に序として作者に
贈りぬ
市中杜多
覚蓮房識
愛花道人書
自序
若い時の気強に己やれと思ふ
た細工も老武者のかなしさは
息子に及ず浮世を裏の三畳に
避て正風の俳偕を楽しめ
ども根が職人の文盲だけこそれ
が咽につかへらんらめらしもらつし
こしたいされとも人間済物にて
心を使ふか手足をつかふか
じつとしては居られぬならひ
醤で茶漬をしてやりながら
思ひ付たる物類名義年久しく
住む馬食町の食ふといふから始
りて先食物の故事付菓事仮
名違ひやらあて字やら訛片言
あたりまへめつたやたらに書つ
づれは其数凡て何十条是より
次第に嘘が上り天門地理と
門部をわけ追々嘘をつきなら
はゞ嘘は百にも満ぬべし然るを
近処の書林何某これ同じ
く嘘つき弥次郎数の中で
屁をひりあふ交り浅からず
我嘘を梓に鏤め己歟嘘々の
元手にせんとす春の日秋の夜長
の頃心を潜め香を焚き翫味
熟読した所が全篇凡て水乕の
屁何の御条湯にもならずといへども
御臍が沸茶の子にも充たまはゞ
作者の幸甚しからんと云
時于天保甲午秋之日
木屑庵
成貨
四
江戸木屑庵述
飯。めし。いい。はん。まんま
命司
めいしをつめてめしいのちをつかさどるの宝なるゆへ
めしなるべし
まんまはまゝなるべしすべて物をつぐをまゝといふいのちを
つぐまた母の無き子後の母をたのみ育をまゝ母といふ
も子の命をつぐゆへにまゝはゝなるべし
意根世根何れも米の名いのちの根なり
汁しるはつけなるべしめしのかたはらに付て食ふ
ゆへつけおの字をそへておつけか又
けの字しるなり
菜さいはそへて食ふゆへにさへなるべしそとさと通ず
香物はにほふ故にかふ〳〵なるべし
爰に膳にならぶ所の具によりて食類の惣名とする
ものなり平坪猪口鱠
是は家具の考にいふなれども食にならぶ故先考を
こゝに解
開ひらくの略ひらなるべし
莟つぼむの略つばなるべし
有来り用ゆる文字の坪は地坪の預る所ゆへ土へん也
膳部にはあやまりなるか
しばらく食類をさし置て家具の考をとく
むかし大和国に和気の棟春といふ人あり何れの事にも
才能ある者にて土にて挽物器作るより考付て挽台を
よこに用ひ色々の堅木をもつてうつわを挽出す工夫を
なせり大となく小となく或は浅く深くさま〳〵の器を挽
出せり近郷の貴賎はなはだ調法して悦び日々繁栄せり
一後々はやごとなき御方へもさし上るやうになりける爰において
一名あるべしと人々の問ふに名はいまだ考へずと申けり其ころ或
一先生和気が宅へ転暮あそびに来り給ふゆへ棟春この
人にいつて曰我が工夫にて製し来る所の器いまだ名これ
一なし衆人名あつてこそ然るべけれと望む先生是に名を
ほどこしもへと頼みければ先生考へて箇やうの品に名を
一付る事よふいならず是は天地自然の数をもつて付
宜しきと申きあるじこたへて数とはいかにと申ければ小の数
一を三といゝ大の数を八といふ故に大なるを八ととなへ小成を
三と申ていかにとぞ申ける是奇なりとて大をはちと小を三
といひなせりすべて大成を餅など入て木ばち火を入
て火ばち余はこれになぞらへてしるべし又小の
具三のすうへらの文字を添てさんらあさきうつわ
をおさんなどゝいひならはし今もさかづきにこの名
あり
又是よりめししるを食ふべき器を案んじ挽
一出せり尤いにしへは土器にてすみしものなり又五
器といふものあり右は天竺佛在世のとき鉄にて
一製し五ッ組に作りしてつぱつともいふこれは
直に下より火をたき鍋かれこれに用ひ五ッ組もの
ゆへに五きといふかあるじの工夫は四ツ組にてきせ
ふたをかねたり是にも名を付んと例の先生へ
問ければ先生まうされけるは此度びいろ〳〵の
うつわものを工夫なし給ふて後世に残し用
ゆるゆへ右の具へは足下の名をすぐさまつけて
のちの世にのこす事宜しと和気の棟春を頭字
において
わむ今もつて用ひ来るなるべし
猪口いのしゝの口といひならはせりいかゞちい
さき壺やうなる物ゆへちよこなるべし
膾は生魚生青物へ酢をかけ用ゆるゆへこれは
此まゝになますなるべし
箸はしはすべてかけわたすゆへめしを口へ
わたすゆへにやはりはし成べし
餅もちは腹にたもつもの故もちなるべし
豆腐類変名
とふふは豊臣秀吉公朝鮮御陣のとき兵
一粮下奉行に岡部治部右衛門といふ人あり後
御かいぢんのとき豆腐の製しかたを箇のくに
より覚へ来り日本にてはじめて是を作り給は
此ゆへに豆腐をおかべといひ又じぶどうふ
などゝもいふ歟其後町方にて製し売初めぬ
とうふに紅葉を付るも人のおふくかうよふに
との事と聞及びし
八層豆腐有行脚奥州南部の
八のへといふ宿に泊りけるとうふをいと細く
一打あじよくあつものにして平につけ出しぬ甚
軽くして美味なりそのゝち宿にかへり酒食
のそへにして友人などに製しふるまひぬ
一名も南部八のへにて食せしゆへ其まゝ
はちへどうふなるべし
八はゐとうふといふはいかゞなるにや
野狐豆腐
都にとふき片田舎には易占といふ事もなけ
れば狐に吉凶を問ふその術は住所の穴の口へ
一生なる所のとうふをそなふ食ふとくらはざる
にて善悪を定むる事なりそれゆへに生にて
食するを
やことうふなるべし
一双豆腐とはいつの時よりかまちがひなり
けんちん豆腐
備前の国刀鍛冶おふきうちに水田軒と
いふ人殊に剣の名人なりしかれども容易に
一細工出来あがる事なし或男この人に刀を
頼みけるとき能時分やら早速に出来せ
りことの外よろこび彼鍛冶をまねき馳そう
すべきと其友なる人に好めるたべ物をきゝ
あはせけるに彼人とかく何事も油にて製し
たる物をこのめりといひけるにそれより豆
腐をしぼりさま〴〵の青物かんぶつもの等
種々いれて油にて美味に料理し酒飯を
一とゝのへかの鍛冶をもてなしける客ことの外
よろこびて是まで己れも知らざる所の菜也
これは此ほどの剱のちんかとほめしより
一剣賃豆腐なるべし
ぢなみにいふむかし天下おふいにかんぱつ
のせつ天子より或僧に雨ごひの和謌
よみ候やう仰せ付らるゝ其哥の徳にて雨たゞ
一ちに降ければ御よろこびに哥人へ餅をたま
はりける哥ぬし是は哥のちんなるかといひし
より餅を哥ちんとよび習はせり
でんがく
一摂津の国四天王寺の楽人なにとかいへる老翁
あり楽笛に妙をきわめ得たり其門人おふく
ありける其内にひとりごと〴〵く笛に妙を
きわめたれども還城楽は伝受ものなりとて
一翁ゆるし給はずある春の日箇の老翁門人の
宅に来りあそび給ふ門人なる男いろ〳〵と
一もてなし其うへ山海のちん味をつくし終り
一に老人の事なれば豆腐を二寸ほどづゝに切串
にさし焼て木のめ味噌をつけ出し老に酒
一食をすゝめけり翁師うまし〳〵と手をうちて
悦びのあまり還城楽の笛の伝をこの門人に
免し給ふ是よりしてとふふ焼て味噌をつけ
しを代に伝楽とよび習ひけり予が禿髪の
ころまで伝楽と所々のあんどうにもしたゝめ
ありしがいつしか田楽と書直しけり此ゆへに
でんがくなるべし
一節に田楽法師といふ猿楽あり此すがた
に似たるといふせつあれとも非なるか
湯婆
ではくにたかはこほりゆどのさんにほん
出羽の国田河郡湯殿山は日本の霊山なり
参詣の人おふく尤登山は精進けつさいにて
四季ともにとうべる物なし山中なれば麓
泊りやにても料理草にはこまりける其中に
金糸屋といふ旅人屋老女豆を引製して
さま〴〵に工み油にても揚などして向づけ
ひらなどに用ひ食させけるその味上ひん
にてよろしく心あるものは其製しかたきゝて
所々にてあるひは角につゝみ又袋のさまにして
都方にても精進のりやうりにも用ひける元よ
り何と名もなきものゆへ湯殿山下の婆々が製
しはじめければ自然と
湯婆と謂なるべし
ふろふき大根
一漆細工をなすものを塗師職といふこゝに冬
一寒気つよき節はうるしぬりの物何品にても一
向にかわきひることなしこれによつて彼むろ共
ふろともいふ戸棚のさまに作りたる内へ水を吹
酒をふき火気にてあたゝめてもかわかず難渋する
物なり然るにある僧の申にはよき大根に塩を
いれよく〳〵煮てその湯をむろへ吹ぬりものを
入て宜とまうされぬ右職人僧のをしえの如く
せしかばひし〳〵とかわくゆへきびしき寒さのうち
にて大根の湯にてかわかしぬさてゆでたる大
根日々たまりけるに捨るにもあらざれば隣家など
へも頼みつかはししよくしてもろふなりこの謂に
味噌なんど付てあたゝめくらその侭に名に呼で
ふろふき大根なるべし
千六本大こん
むかし子を産れて乳なき女千手観世音并に
地蔵菩薩へ大根を清浄にして糸ほそく
打一心祈念して是を供じさげて汁に焚きて
食すきわめて乳汁出ると申来りける右千本
一は観世音へ供じ六本は六地蔵尊へ供し奉つる
一その汁世間に流行しておの〳〵願なくとも
汁になしぬ
又大根を蘿蔔といふ是をこまやかに打ゆへせん
らふと謂とも此節いかゞなるにや
たくあん漬
一大根をとしの内より糠塩を加減して漬おき
よく年内香のものにて大商人大職人たいぜい
一人をつかふ所の常食とするなり
一月々を越し夏秋におよべば塩のからきのみにて
高味なく数々は食せず甚徳用の品ゆゑ多
くわん漬なるべし
沢庵禅師のつけはじめ給ふとも又年より年へ
たくわへ漬ともいふいづれか
雷ぼし
浅瓜丸漬瓜塩にあて土用の照る日中一日干し
あぐるくる〳〵と巻て稲づまの形のごとしこれを
くらへば音かしましく歯にこたへ音する故に
かみなりほしなるべし
もり口
一摂州池田伊丹の酒問屋にてはだなのごとき
一大根を酒樽のふしのぬけたるへさしおき江戸諸
国へつみ出しのとき右の節へ杉のせんをさし
かへ筵包にして出すその口へ差したる大根を
一器に取り茶漬などのそへ物に用ゆ酒の気にて
甚高味なりもりへ差おきしゆへ
もり口なるべし
天麩羅
一魚類を油にて揚たるを名とすはじめは天
一楚羅阿希と万葉の仮名にてかんばんに
書てうりしものなりいつしか揚の字をぬき
て天麩羅と計りかきしゆへ都ててんぷらと惣
名になりけり天といふ文字をあめのかなにて
あとよませたるあぶらあげの略
てんぶらなるべし
さしみ
鰹鯛平目まぐろすべて角どりて薄くきり
酢みそ大根おろしにくらふ是をさしみと
いふ其名のおこりは九州の海辺にて鯨大
漁ありければ物差にて何尺〳〵と差して
一売買を定めしものなり則魚を角どりて
さすゆへに鯨さしの名今も残れり其のちは
量りにてまた〳〵うりかいをなし目方がへなり
右の鯨にならひ何魚にても角どり並ぶを差
身といひならはせりこのゆゑに
さし身なるべし
虚南留別志巻之上終
15110
うろなるへし下
草木造訳
2)赤黄疸
虚南留別志巻之下
江戸木屑庵述
すし
一海上に雎鳩といふ鳥よく魚をとり得て岩の
一間に隠す船のもの是をしりてわるさに取て
くらふ美味して自然に酢しゆゑに
すしなるべし
寛永のころは只今のほど江戸町にも料理茶屋と
いふものも沢山はなかりしとぞ日本橋に桜屋京
橋ふく路やと謂ふうち此二軒名高く其内に
桜屋にては蛸を煮る名代なり袋屋にては
蚫を煮るが名物なり二軒ともに其味に妙を
得たりそのゆへか
蛸の桜屋煮蚫の袋屋煮
是をたこのさくらにあわびのふくら煮といひならは
せりむかしのおごらざるしつそを知るべし
かまぼこはんへい
寿永年中平家追討として八しま檀のうらへ
鎌倉将軍代官として判官殿蒲殿御出馬
ありこゝに源氏方のうちより鮫ヶ谷半兵衛といふ
もの平家へ裏切をなしあまつさへ御道のほと
りへ陣をとり御先をさゝへたり源家のつわもの
にくき鮫ヶ谷のふるまひかなと我さきにと鉾先
を揃ひ弓馬をかけたて一時に半兵衛をうち
とり筋骨をぬきかち時をあげ軍陣血祭よし
とすぐさま八嶌へおもむきけり先惣兵をやすめ
兵粮かた〴〵所の漁師どもに申つけて魚をとら
せ軍兵どもへ大将蒲殿より給はりける荒海の
事なれば鮫の魚のみ。沢山にとれたりけり下々軍
一兵より上へこれを申あげ此まゝ差上べくやと伺ければ
上の御意は鮫ヶ谷もすぢ骨をぬきければその如く
なし其魚も骨をさりたゝき摺りて湯がき然るべし
とおふせにより右に仕上が煮もし焼もして皆々
食しける誠に蒲殿の鉾さきつよきによりさめ
がやも一時にほろびことにとられた魚も鮫な
ればせいほうの名をしゆくして蒲鉾と名づけ
しもおかし
はんべいの名も半兵衛の略かまた隠氏方に
ありながら半分平家へ味方せしゆへ
半平なるべし
つみいれはつまみいれなるべし
しゆんかん
暑中のせつ膳の向ふ付に煮ざましの内に
竹の子を入たるをしゆんかんと謂ふ
筍の文字をしゆんとよむゆへそれをつめたく
煮ざましたれば寒也そのゆゑ
しゆんかんなるべし
糸粉煮
唐より雄略帝のとき呉織漢織といふ者きたり
一錦その外の紋あるもの色々をおり出せし女なり
それより日本にこれを伝ふ九月十八日に彼等
を祭るにさま〴〵の物を汁にたきそなへ家内に
てもくらふ右は色々の色いとをこま〴〵にきり
て煮る形なりそれゆへ
糸くずを略して
いとこ煮になるべし
梅が枝でんぶ
京の片邊りに何某といへる人少々の風のこゝち
より病おもり食事さらに進まず妻なるもの
これをうれゐ神仏に昼夜きせいをかけて祈り
ければうぶ神ある夜の夢になんじ貞心により
庭の梅の枝に一ッ帋の符をさづくるなり此ごとく
せばとみに食づき病早〳〵手愈うたがひなしと
の御つげに朝とく起出梅のゑだを尋ぬるに
そうゐなく一ッ帋の夢あり取もどり開き見れば
上々の土佐鰹節をこまかにして上酒しやう油
にてよく〳〵製し食をすゝめよとあるに早そく
一右のごとく仕立すゝめけれは日を通ずして快
気なしけりそれより此品をせいしおのれも食
ひ人々にもつかはせし世の人みな高味なりとて
一世間にもて弘まりし物とはなんぬ名も其まゝ
梅が枝伝夫なるべし
梅のゑだに婦人へつたへ謂なるか
しづぽく
周の御代に鬼神を祭るにその器かならず七宝
の具をもつてすと尤神に供ずるものこと〴〵く
一油をもつて揚その外青物肉種々品ありこの
一祭祀すみてより右の供物をさげ皆いちどうに
一鍋に入のこらず焚てくらふと申事也其ゆゑに
七宝のうつはにて供ずるゆへ
しつぽくうなるべし
一我日の本にてもあぶらあげまたは一同にいれて
焚てくらふ物に此名のこりける
洗馬煮
木曽かい道に洗馬宿といふ所あり尤山中の事
一なれば海へ遠く生魚まれ〳〵なり甚故に塩
魚かつほ鮭のるい何によらず塩魚をよく〳〵湯
にてゆでこぼし塩気をさりてそれより松魚節
の出しをくわへ煮あげ酒食になす俗に云うし
ほ煮のごとしせば宿にて製すゆへ
せんばなるべし
なんばん煮
大坂難波に油問屋何某といひける主人何
一事も煮るにも手まへ物ゆへ油をいれて発す
たとはゞ葱大根魚鳥の肉もろ〳〵なり少々
一紅毛めけども甚高味なり右をまなびて製す
ものをなんばにといへり
なんばんなるべし
くらま牛房
ごぼうのかわを残し中を小刀にてくり捨
一かわ計りあんかけなどに用ゆ合をくり捨るゆへ
くり間ごぼうなるべし
のつぺい
是は大きなるひらなどへさいしよ仕立出せし薄
葛ものなり平のうちぬらつくゆへ
ぬづ平なるべし
かくや香の物
すべてがくやは物をさま〴〵しこうする隠所の
一名也香の物も古くなりて味ひあしくなるを色
〳〵として酒しやう油などにつけて出せば又ひと
しほうまみもつくものゆへ
かくやなるべし
一又中村かくやといふ女形の役者ありて是は茶を
よくし元祖柏筵に茶を出せしとき此かう〳〵
をはしめてしこうしたる甚害ほめて亭主の名
をすぐに香々の名とすとむかしの人の語りき
いかなるや
菓子の考果子なりすべての果物をくわしと
謂なるかたとはゞ梅桃の実梨子枇杷かぞふ
るにいとまなし是を水菓子とよぶ米にて製
すもの干ぐわしといふ
まんぢう又饅頭
いづれの御代の御事なりしか止事なき御かた
米の御ことぶきを祝し奉るとてあたらげを
せいしあぐへきよしを仰せ出されけりいかゞ致し
申べくと伺ひける所八十八才のうへまでも御寿
をいわゐまし然るべくとにより一ツ百の数を
かたどり種々工夫をめぐらしける所一ツ白のはく
は麦にかよひ又上への一はちいさくとあんじ則
小麦にてせいしうちに餡を包て餅に仕立
よろしくと申窺ひける所しかるべしとにより
是を献じけるよつて
満寿なるべし
よねまんぢう
是はかわを米にてせいすゆへ米まんぢうなり
あん
餅何事も中に包むをあんといふ外より見へず
いまだ乾坤わかたざるゆへ闇あんはやみなり
くらきなりゆへに
あんなるべし
今坂餅
今川何某といふ賢人ありて子息につる〴〵しめ
して。曰色かく人たるものは仁義礼智信の五常を
まもりかり初にも酒はあしき物なりと今川状の
一教へしごとくまうされければ其外あまたの門
身中までこれをよくつゝしみかりにも酒は飲
ざりけるある門人より五色のあんのいりたる
一餅を越じける先生これは見事なる餅なり
とおふせられければ則五色は仁義礼智信また
一青黄赤白黒と先生つね〳〵仰せらるゝゆへ
一仕立申とおん答申あげければ甚御よろこび召
せける其せつ此五色の餅めづらしとこと〴〵
く流行なしける爰かしこのさかり場にてもさか
つて製しあきなひける今盛子を略して
一今さか餅なるべし
一今川焼といへるもやはり此たぐひなるか
紅毛にていらめいらといへる二人の兄弟ありける
一よし此ものども中睦しく二人申あはせ菓子
家業をおもひつきけるあにのていらはいかにも
一売先を手広く貸出しせんと申せば弟もしか
りと申す左様ならば砂糖その外も問屋を借
てこそ勝るべしと申兄はかすにかゝり弟はかる
にかゞりけるゆへしぜんと時の人よんで兄を
かすていら弟をかるめいら
とよび菓子の名となるもおかしき
ようかん
何れの国主にか殊のほか御心たけ〴〵敷公のお
わしましけり御家人御そば附の者御心にそむけ
ば御前をとほざけらるゝ者数をしらずそのうへ御
我侭短慮にて又な〳〵薄氷をふむ心地こそい
たしける折から京都よりある典薬の頭くだられ
けるに用役のもの早〳〵御目通りねがひ主人の
短慮も御病気にてはあるまじやと伺ひければ御
一医師の仰にまつたく御疳症のなす所也おん薬
召上なば早〳〵御全快にも相なるべしと申され
けるに用役のものさて其薬第一御きらひにて
召上させられずこまり入ると噺されければしばらく
かんがへさよふなれば御菓子に仕立御茶のせつ上て
はいかゞと申あげければそれは一段の御事さやう
なればめし上らるゝもしれずと申願ひけりそれ
より御薬を極細末にいたし米の粉あづき蜜
一氷おろし辰砂等くわへむし物にして何となく
上ければ殊之外御こゝろに叶ひめし上りけるに
御心もやわらぎ疳気薄らぎける是より世間に
此製きこえ小児そのほか疳の病ひのもの専ら
用ゆる事とはなりぬ疳を養ふ所の菓子なれば
養疳なるべし
ひつじのあつものと何ものか唐めかしき名を
付しもよふ老たる物なり
落雁
やんごとなき御方年久しく御奉公を勤老人
あり公常々汝はわが家にある事久し何ぞのぞみ
はなきやと仰られければ箇の爺が曰く誠に
年久しく御厚恩におづかりて何の望か候べ
き只しやうがいを楽にねがひたきと朝ゆふに
申き公の御じやうに河内の国道明寺といふ
一寺あり是なん此ほど明おれば右へ参り老を
しづかにやしなひ申べしとありければ則此寺へ
うつりくらしける此寺に昔よりいかゞのゑん
あるにや仙台産物のほしいをとりあつかひけり
右寺号をよびて世に道明寺〳〵とほしいをいひ
習しけり右のほじいに砂糖をくわへかの爺がひ
まにあかして菊梅いろ〳〵の形をおこし是
にいれてぬき右の干飯をひぐわしにこしらへ
先菅神へも備へ先の旦那へも献じけりこれは
一爺が細工には妙なりと御ほめによりやんごとなき
一雲の上々方へもあげられけり偖めづらの菓子
なりと名を御尋に及びけるに名は何とも
なく只楽をねがひ候へば公より箇の所につか
はされひまの余りに製し只々朝暮楽を
願ふより思ひ付事ゆへに
楽願と申なるべし
花ぼふる
むかし白拍子に名護や花ほるといひしもの
あり何事もきよふにて舞の手その外所作
事に妙を得て天下おしなべて彼をひゐきせ
しものおほくなりければ浴衣のもやう麻その外
何くれ彼が定紋を作り出し染出し天下の
流行ものとはなりけらしその紋所
かくのごとき紋なり世うつりかわりて干菓
子にのみこの紋所今に残れりかほるの文字を
花とよみかへて
花ぼるなるべし
せんべい
天正年中のころ堺に納屋の与四郎といふ
人あり茶の湯に名を得てやごとなき御方
一まで召よせられ茶の湯日々ありけるこの業に
よつて千之利久としやうじける門人数多あり
その中に幸兵衛といふ人これも茶の道をよくし
一殊にさま〴〵の事に才能あつて菓子なんど能
一製しけりその頃は大ひに天下乱れ菓子屋
などゝいふもなく口取その外にも事をかきけるに
此人小麦に砂糖をあわせ焼出し程よくさま
一しもちひけりよつて貴人のもてあそびとなり
この者へも千之利久に申つけ千の一字をゆるし
一則菓子の名も千の幸べい〳〵と謂ならはし
けるいつしか幸の字をはぶきて
せんべい〳〵といふなるべし
一此ほどは昔にかへり香べいと口取もまた〳〵
出来たり
あるへい糖
一今はむかしの事なりける二色等有平といふ力士
あり角力の手知りにて古今強く大関にすゝ
其上横綱免許の大力なり右も目出たく勝
通し隠居して年寄かぶになりけるが元来
酒をこのまずあまき物のみ食して朝夕おり
ける其頃肥前崎陽より紅毛やしきを勤めし
もの此居に食客となりけるが関元の朝夕砂
一糖のみを食ふを見てその砂糖を製して食し
給ひ一段美味なりと申きいづれにして宜やと
申ければ先さとうのあくを抜銅の鍋にてねり
つめ曳てさましあたへけり是よりだん〳〵是に
紅みどりの鳶をつけ菓子になし人々にも遣は
しけりたゞ有平糖〳〵とよびけるがいつしか
是もうをあるとよびかへ
あるへい糖なるべし
二色の嶌をつけるも名の縁かとし寄になり腰
まがりたるを大こしまげ又むすび横つなの
しゆめになぞらへてねじりたるなどてしりと
いふも此有平の名に残しぬ
飴
春の雨は膏雨といふてねばり夏の雨は白雨
とてしらたまの如し秋雨は万葉に甘みを付
一冬の雨は氷てたん切の如しけづりて雪をあざ
むくゆゑ
あめは雨の名に元づくなるべし
おこし
奈良の国は朝とくよりおき出る国のならひ
にて小児といへども朝寝をさせず短夜の
ころ朝おきかぬるに米をいりて朝のたべ
物にあたへぼんよおきよ〳〵と起しては此いり
米をくわせけるこれが常になりてねだる時は
一おこし米くれいと申習はしけりそれゆへ世に
おこしなるべし
虚南留別志巻之下終
虚南留別志後篇近刻
天保五甲午仲夏発行
小傳馬町三丁目
丁子屋平兵衞
東都
両国吉川町
馬食町三丁目
書林
山田佐助
宮屋源兵衛