病家須知 6巻附録2巻

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章谿道人(平野重誠)
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場所: [出版地不明]
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章谿道人(平野重誠)
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日本語
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[出版者不明]
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ビョウカスチ
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東北大学
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ビョウカココロエグサ
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2026-08-28T18:53:25.651810+00:00
巻一目録○題辞一○提典一〇坐婆屋研を合刻せし云意ひ○養生の心得が○飲食の慾を制す 及いこと双○胞貅の規則を定ることなけ○體客と呼吸を調れ基き。いと同○癇譜及一切上部に通りて ころの病はその體と思とを調れば必治する經驗あることいふる夙に鬱息を調ること。此の病にも この意を用を益あるを強く心得心調ること柱○久く薬を用て治しかぬるは心の調さるに由ことね○親 相師の発色を論ずるも其旨同此上場○順春の心に絶ざると喜怒の情妄に動やときより発る病のあ らずし此○夜界に歌を論ぐ胸胆腰股を撫摩及息を臍下に平むる簡易にして行くれき術を記し病を 愈すに便ぜしてもと并に圖は○妄に薬を服べからざる事を長かるも○卜筮蔵の方法の両者に。 愈すに便せしむること并に図州○妄に薬を服べかざる心得妙○卜筮籤の病者に損あるをは○病因の 明ならぬものは自然に奏て益あるよい上げ○醫者に痘家うけのときいひとり辞あるを死べ○富貴の家の人病の典の災の治法 を施念をパ○諸候の諸君及及臣官の心得あらきを殞○謡ひ医者の人病を治するは僥倖なりまいとならたる 公の湯をぬはれけり紅毛栗学の世に害あること同○蟹に鹿鼾する心得たる心得家の義務たてほ人に害になること 八〇はやらせ嬰者は病肉をすて先病家の心をすること同○大小便の通しかねるにもいろ〳〵の病囚あること州○客 體をよく心得て壁にすれば小損あること。○薬を用るに心得あること。○病の傳染る心得あ○病 毒の皆人の病体に申いと行ふ○劉元城警識の身の身見護を安絶も迚とを得さる図がたうつり易き病を避るに心得 あるを解○万病に母とい公の書に害あることなル○看病人の心得べて第一に病を防みず○第三に病を見るに 話すれば給速に食さまい。○第三に病勢已に進たるは看病に心得あるものと問へる心得あとて病をおもとすることを問ふ○を食の 病児老屋の火居て故に変焼出たることな◯病者の寝間の間の気のありたくふ大小害となくこと所へ○大病疾病也 そのご唯大むく法も離す○其病の細末を得べばなきなとな○飲食の分量と三便の仲間に心を用をなる るときに心得あまいというの兄弘房死病人を看侍するに心得あることり○祈祷を出家山伏に能くを多く ○識の心より祈ことは神仏も感應あるを 一名病家意得草 病家須知一名病家患得草 病家須知 新 鐫 秋 季 辰 士 天 係 病家須知 合列坐婆火所 □□□□□□□ 全部 八冊 棒善屋蔵板 新 鐫 秋 季 辰 士 天 天保保 病家須知 合列坐婆必所 □□□□□□□□ 全部 八冊 棒善屋蔵板 情年 序 『荒井恭四郎副副会を 以テ購入セル首関博士 狩野亭吉氏藤源吉 病家須知成。偶有客。謂曰。 此書首論摂養弗可変。療 薬弗可苟之事。而疑辟 医之病。其言固当矣。或恐 世之囂々者。不深索其意 趣。而遽以子為衡已抑異 之徒歟。曰。吁。予何傷焉。惟 方今昇平二百余載軽佻浅世紀 浮靡之風漸扇。延及我伎。 競尚名利便給求售其術 之短陋。恬莫之羞。斯道之 陵夷。不可勝言也。最慨庸 人居恒不為謹其動息節 其嗜欲。而全以帰之。一旦 病発。乃復委之時医之手。 容彼巧説。甘其飴解。到死 終不顧。何況望其為孝子 慈孫乎。予登業刀圭。微試 摂養弗可廃。瘡薬弗可苟 之事。毎挙以諭病家。此編 所述。亦其余論也。孟子有 言。莫非命也。順愛其正。尽 其道死者。正命也。極桔死 者非正命也。予豈衒己抑 異之為哉。特痛夫非正命 而死者也。客唯々而退。乃 弁此数語以為序。天保壬 四十二 辰季秋草谿道人 著店 病家須知巻之一 一大凡病は皆自爲る事にあらざるものなし。氣候の變に行る 病より。傷寒。疫癘。瘧痢。痘瘡。麻疹の類にいたるまでも。避て避 られざるはあらず。まして黴瘡。肥前瘡などの連染やすき。食 一傷霍乱の攝養あしきより発。過飲多房の病となる類に於て をや。かの假寐の感冒。酒食労碌の身を害なと。人ごとに知ざ るにもあらねと。時疫疸。麻の類に至ては。避得ざるものとお もふ輩今の世の医家にも多し。况其道にあらぬ人の意注ぬ は宜なることぞと覺るが故に。今それらの為に。未病ものに 一疾の避べからざるものなきの理を知しめ。既病ものには其 處置の宜を得せしめんと思こゝろの止がたく。己が拙をも 顧ず。おもひ出るまゝを述て遂に一編の書を成ぬ。もしこれ 一を読ん人其好悲に偏心をすてゝ看過再四。作者の苦心を知 ことあらば。これ予が衆人に望ところなり。 第一之巻には。養生の心得より。食事。癌寐。坐臥。呼吸。心意の五 の調不調より。健にもなり病も発ことを論じ。妄に薬を用る 害を挙病ありて医を招薬を乞にもその意得あることを示 一次に一切の病の傳染べき道理を述べ看病人の心得に三 等ありて。その萠なきにふせぎ。初發に治し。険重に心をつく し。死期に至までのこと及。病のために祷する輩の心得を辯 じて。病家の便とす。 第二の巻には。食物能毒の親験より。此方に獣肉を禁ずる理 を連。大約病者に与べき穀肉果菜の宜忌及病をその飲食に 一任て治することを記。尾に薬の性効を臆料に謬認ことの大 要を論じて。俗家の心得とす。 第三の巻には。小児を養育べき用意より。母の自身乳を喫す 一べき理と。乳によりて其児の気質を転ことあることを述。自 乳養ことのならぬものは。乳媼を撰にその計較あるべきこ とを弁じ。乳媼の摂養。初生に乳を用ること。乳乏少になりた るときのこと。初生の涎屎の弁。吐乳の尤恐べき證なること を説。衝逆を救べき手術及用薬にこゝろえあるを述。小児の 病多は父母の遺毒に因ことを明にし。俗に小児の病に蟲と いふことある辨を略に挙て。終に痘疹毒の由來を詳にし。痘 一児看護の致意。及水痘の大要までを載たり。 第四の巻には。婦人平素の裁量の謬執より。多は持病といふ ものゝ発ことを論じ。懐妊の保護に背あることをのべ。鎮帯 一産椅の利害を説懐妊中の疾。妊癇。痘病。小便通ぜざる類。俗家 にても救るべきことを。會得易やうに圖に圖に見してこれを載。 一催生薬のことより。臨産のこゝろえ。産後の所置。眩運。崩漏。脱。 一衣下ざるものゝこと。惣て俗家のためになるべきことを略 に記。生婆必研と参考べきやうにしたり。 第五の巻には。黴毒。肥前瘡の毒の異邦より傳來たる所以を 論じて。避べきこゝろえを述。既に病たるものも其初に慮ば。 一毒も蔓延ことなく治しやすき道理を明にし。変じて諸病と 成に至ては。医師も誤認て治法を得がたきことまた薬によ りてこれを病もの廃残となることをも詳にし。陰癬のこと 一并に灸の経験を載。次に傷寒。時疫感冒の弁。古今の名を異に すること。陰證陽證の誤認。医俗の濫穢。用薬の差失。病證の難 一易治不治の候を大概に示。怒て熱ある病者の所。置看護の用 一意を述。或は天地万物一-切の條理はこと〴〵く対法にあること〴〵く対法にあるこ との大略を諭。病苦治術も亦自然の道に順べきものなるこ とを明にし。専愚俗の疑惑少からしめんことを欲す。それよ り痢病初発の治法。毒劇ものゝこと。并に古昔より其病因を 一誤認て。中夏咼蘭の説の今に害あることを弁析し。病家の意 得になるべきことを示したり。また今行るゝ脚氣の千金方 一外台秘要などゝいふ書に載たるものとは其別あるが故に。 古來より用來し脚痺の藥劑にては成効なきもの多。一應は 愈がごとく見ゆるも。たゞ氣候に従て發歇あるまでにて。歳 を経て治しがたく。遂には変じて諸病となるに至て猶悟も 一のなく。その初より治術に差別あることを知ざることを弁 じて俗家の教とす。 第六の巻には。傷食。霍乱の心得より。一-切毒に中たるもの。其 一急卒劇甚ものは。医を招間もなく忽に命を隕ことあれば。平 素に記得べきことどもを一々に説明し。次に卒暴に発る病 の類。沈睡。急症。痛。僵厥昏冒。眩運。睡魔。癲癇。往気。肩項卒痺。血 血。吐血。脱肛。蟲病。注転舩。湯火傷。咽梗。犬咬傷。蛇鼻咬傷。鼠咬傷 にいたるまでも。皆其初發に速治を施ば救得らるべき術を。 一俗家の了解易やう直捷に示たり。その中犬咬傷ごときは尤 一輯易證なるを。聲俗とも其知見なきゆゑに大患に到しむる ことを嘆て。多年の自験を記て遺ことなし。次に挙るところ 金創顕撲の心得。正骨の術のごときは。武家非常の用意にも なることなれば。專門にあらねども。少壮より諸家の秘訣を 受得たるものを。簡約に其要を記たるまでなり。 上に列るところの数目。その次序錯置ことどもあれど。もと思 いづるまゝを記たる書なれば。前後の差別にふかき意旨の あるにもあらず。故に此に洩せしをば彼に記て。漏落もまた 多。こゝを以て前後通覧て参攷るにあらねば。解し得べから ざるところあるべし。読者その支離なるを哂ことなかれ。 第七の巻は。生婆必研の上ノ冊なり。これはもと俗家のために とて編たるにはあらねど。末界などには坐婆にも乏く。難産 にて死ぬる婦人もまた多かるべし。故に此に述る意を得ば。 俗家なりとも人を救ことあるべきなり。此編初に子蔵胞衣の 一形状より。懐妊胎位のことを説。妊娠を知こと。鎮帯産椅の利害 惣て坐婆に諭たきことどもを詳に載て。それより胎の倚側 を整復べき手術。探宮のこと。坐草。分娩。および胞衣を下すべ き秘術五條を記載。臨産の用意までを詳に記。惣て坐婆の食 一得し易きやうを旨としたるものなり。 第八の巻は。坐婆必研の下ヶ冊なり。此には産前後の病。惡阻。小 便閉。痒病。妊痼。崩漏。夥運の類を救べき術の病家須知に載て 俗家の施やすきものは彼に譲。此には専坐婆に教諭んこと 一を要とするが故に。其手術の簡約にして行易ものを拾て説 著。彼と此と参互講究て。其術全備ことを得せしむ。此編の要 とするところは。難産の頭を露。横産の先手を挺。脚を出或は 一背を探得ていかにとも為がたき。及鸞胎の古今の説の誤を 辯し。いかなる難理の産なりとも。いさゝかも傷損ことなく すら〳〵と分免しむべき秘訣。古今未曽有の術のしかも行や すく明易きことをことくく記。説の尽ざるものには図を以 て明にす。其原意は廣天下の収生媼に伝て。世間産母生児の 横天を救しめんとすることを旨としたれば。この書にいた りては一切載て遺ことなし。 一通計八巻の目録其提要かくのごとし。病家須知はもと蒼卒 に成たる書なれば。洩たることも辭短ことも多。また往往復 一慮も有ぬべければ。それらを後日に撫捨て続編とすること もあるべし。坐婆必研にいたりては。かねてより別行すべく 思て筆記おきしを。かの収生媼の輩が如此籍ありと知よし もなく。又求て読んと思ものも稀なるべく。さらでだに我慢 一偏執は婦女の常態なれば。邂逅に病家に相遇たりとも。教諭 べき方便もあらず。假令偶教を受ものありとも。天下の廣予 が一人の力の及ことにしあらねば。孕婦ある家をして招た る坐婆に如此書ありと告知しめ。また文字を知ぬ輩には読 きかせもして誘なば。其説を聽て開悟することありもすべ し。もし然んにはたゞに其家の幸となるのみならず。世間孕 一婦産兒の禍を免しむることもまた鮮からじと。おもひ立ぬ る老婆心より。遂にはこの後に合て刊行せる其志を助るも のあらんことを世に普庶幾なり。 時天保二辛卯歳秋九月廿二日択善居主人自誌 攝生の意得を説 古昔の人の語に。人惰て侈ば貧く。力て倹なれば冨といひしは。 もと身を修家を保の緊要とする所にして。攝生の道もまた此 より外ならず。故いかにとなれば。朝夕の作業怠惰ねば。身體の 運化も快爽。遊居なければ厚養牟食の妨害もあらず。諺にも言 ごとく。流水は腐ず。戸枢は螻す。みな動ゆゑなり。かゝれば無病 にして後の福を祈には。力と倹との二ッを行にしくはなし。此二ヲ を守んには畏るにしくことあるべからす。畏るとは天命を畏 なり。萬の車畏慎意あれば。危ことも険からず。過失あるべきや うもなし。酒を過ば體の害と為ことを畏。美味に飽ば腸胃の化。 熟遅一渋ことを畏。色慾を肆にせば精氣の衰耗んことを畏。これ らに耽く恒産に踈ならば。家の敗喪んことを畏。数多の錢財を 貴ば。産の傾覆んことを畏。かくなりゆけば貪婪の念窮極こと なく。他の富を羨。人の金銭を債て購こともならぬが故に。世の 誹謗を致激憤を来ことを畏。子孫も己が弾行を学なば。後の衰 区を招ことを畏。如此所行に生を誤ば。病躯となるのみか。天の 譴君父の責。世間の非評を一身に取て。漸次に衰敗遂には體を 毀家を滅に至んこと。かへす〴〵も畏べきことにあらずや。かゝ る道理を審辨ば。深畏慎く倹と力とを護持べし。身には稟得て 定る天禄といふものあり。それを儉嗇やうにする計較が攝生 の第一なり。世間に常の食とするものを。此は性あし彼は人に 益ありと。病もなきに喫慣たる品を嚴禁することにはあらず。 倹約に心を安ずる人は。常の食は薄味にて事足。偶芳羞を啖ば 殊に甘美おぼえて。平素甘醜に飽足ものよりも大に身体の滋 養となるなり。家道に怠ず努力もの。餘一ノ日の閑を得て其嗜好 に心意を娯るときには。かの昼夜歓樂を極ものよりも情意を 暢身体の益となること浩大なり。假令ば外襲邪毒は城を囲敵 なり。攝養に背て發病は麾下にして吾に倍ものなり。この叛心 のもの城中に在ときには。敵に内應して城を陥る。恐べきこと なり。何なる邪毒の敵の外を圍ものありとも。保守厳く。城中心 を一致にして。米粟碑矢に鉄乏からず。薬の援兵その図にあた らば。内外より裏て敵を却んこと何の労もあるべからず。古の 善戦ものは勝やすきに勝といへり。その未萠に防。禍の来ざる に供を為を。謀の優ものとす。こゝに入の初は強て慾を忍にあ り。慾を忍は爲がたきやうなれど。慣く常となれば至て易こと なり。後の害を畏る心存ば。微物もその程量を較て恣に喫ず。况 女色と飲酒をや。惣てのこと其初に畏慎ときには。過失あるこ と更にあるべからず。莫大の禍は。須臾の忍ざるにありとは。こ れをいふなり。世に吾は養生のことに疎脱なしといふ人も。真 に知たるは少なり。鳥喙の状は青芋に類似たれども。毒あるも のとしるが故に。強ものありても敢て嘆ず。五穀は體を滋養に 缺まじきものと思ばこそ。求て食にはあらずや。これ烏。頭と五 穀とを真に知ばなり。人よく善惡の分を知こと。烏頭と五穀と のごとくならば。過失あるまじけれども。真に知人少なれば。小 の慾をも忍得ず。遂には害を招て。悔とも及ぬ禍害に罹は。愚に もまた哀に嘆ことにあらずや。今それらの弊を救んが為に。真 の攝生の梗概をほゞ説諭こと左のごとし。 夫人の冨貴を慕も。書を読道を明んと思も。英雄豪傑の大業を 成就せんと欲も。躯に病苦ありては。其志を果こと能ず。歡樂か るべきことも娯からず。故に病苦ある躯にては。冨貴榮利も才 徳あるもなにゝかはせん。人は唯壯健なるこそ世に存る第一 の福なれば。其志あらんものは先之を知んことを庶幾べし。大 凡身体は飲食の力に託て生とし活ものなれば。先飲食の摂養 最要也。食もし過て飽ときは。腸胃膨脹。消化頑鈍。身體漸に弛弱 ゆきて。氣血の運行遅慢なり。腹中閉塞ところできて。黴疫を結 成。精神鬱冒て。坐臥安からず。大病の原由となる。其他黴硬粘稠。 肥膩物。群臭ある物。及至酸。至鹹品。辛辣の過ものなどを。皆偏味 と禰て常に多喫べきものにあらず。それを好く嗜喫ば。暗に其 毒の為に身を損害らる。また體の大熱したるときに寒冷物を 多食ば。運輸の機關を阻て宿病を動ことあり。體寒ときに至熱 品を喫もまたしかなり。又平素温飲熱食を好ものは。歯牙の早 損ずるのみならず。大ノに身の害となることなり。さらばとく冷 物のみにては。身の滋養に缺ことあれば。常の食は寒温必適と其 中やうに用意べし。况性質をも辨ず喫慣ざるものを。珍羞なり とて喜で食こと。巨害あることなり。口腹の為に身体を損害。一 生を破過て。世の笑柄となること。不孝不忠これより大トなるは なし。利害を辨ずして食を貪ば。禽獣の所作なり。禽獣すら已に 害あるものは自然と退て喫ず。馬の野草を辨別。狗猫の食品を 嗅知を見ても察べし。人と生て禽獣にも劣たる行を愧ざるは いかにぞや。酒は最偏味の甚其性猛烈物にして。厳寒の候にも 氷ず。之を過喫ば益少害多。體に害あるのみならず。人の家を亡 し國を傾るも。十に八九は酒の害なり。慎戒ざるべけんや。飲食 を節省は格物の門にして。身を修生を保の尤先ずる所なれば。 必放縦にすることなく。忍て慾を制すべきことなり。 次には眠を制べし。喜眠は怠惰の心より発。これよりして諸病 を生ずる因となる。多眠ものは精神漸に昏闇なりて。善心沈没 なりゆくものなり。畏て効述べし。然とて過に睡ず強て忍るは あし。適中に規則を定て過不足なかるべし。冬の夜は二時或は 二丁時半。夏は四時を其度とす。夜は早寝朝は日の出ぬ前に起が よし。昼寝こと尤よろしからず。飽食は眠を引の媒となる。喫て 直に枕に着こと尤身に害あり。酒に酔て臥は寿を短の理あり。 故にもつとも戒べきなり。 その次には。先體容を正しく。後に息を調和べし。體を正するに は。坐に端直なるを要とす。脊骨の前へ曲はあし。後へ聳も良か らず。頭は平正に鼻と臍との準相対し。偏ず斜ず。仰ず伏ず。頭は 果たるがよし。肩は低たるがよく急はあし。眼は定て。物を視と きは頭とともに顧べし。両手は奪来て身に近膝上に安べし。腋 下に鶏卵一個を容る程になりたるをよしとす。惣ての用意は 腰を以て小腹を前へ推やうにすれば。臍下に力入て下腹に気 充實息も臍下に至て。胸肋心下に支ものなく。週身の力臍下腰 体に在ことをおぼゆべし。漸に習慣ての後は。あながちに力を も用ず。自然にかく為得やうになりて息の喉を出入を自と知 ざるやうになるべし。吸呼は鼻より出て臍下に納。また臍下よ り出て鼻へ泄る。後には耳よりも発膝理よりも出なり。長寿の 人の耳に毫毛の生は。吸呼調て精神の検束符験也。口は一切閉 たるがよし。行住坐臥とも常に上下の脣は合たるをよしとす。 痼疾諸症。肩背強急。上衝。眩運胸腹支憑。心気鬱結。黴症。拘攣。及婦。 人子蔵諸病等は。此術を持て其患漸に治べし。坐て行こととの み思べからず。行住坐臥ともにこの意を用てよし。歩には手を 體に牽來て下に垂。四指に力をこめて拇指を掌中に握やうに すれば。自然と臍下に氣充實きたり。腰膀に力入て。脚歩輕利て 頭ことなく。習慣止ことなきに至ば。運歩の機會は腰膀間にあ りて。脚にあらざることを自覺べし。寝には右を下にして右の 脚を展し。左を上にして左ノ足を曲。手は牽来て腿のかたへ垂。小 腹を前のかたへ張出し。足心に心を至しめ。足の大指を運轉こ と七八度。其中他の念慮を発ことなかれ。他念もし発ば咒文ま たは佛名題目にても心中に誦ながら睡もよし。或は寝るに先 仰て両脚を伸。両手を以て胸肋より小腹に至まで平心に撫摩 こと数十遍。それより腰腕より髀の方へなるべきたけ両手を 伸てまた撫摩こと數十遍して後。足の拇指を徐々と動轉べし。 惣て胸肋を按には軽。鳩尾より臍労までは中に。小腹へ至ては 重。そのこれを撫摩意向は。假令ば画師の五彩を設がごとく。沸 湯を盛たる器を持がごとく。いかにも静に疎脱ならぬをよし とす。其後右を下にし腹を充張て睡なり。これらの法もまたよ し。朝起にも卒に臥床を出ず。先端坐て身體并諸支節を挺動こ と数遍の後。両手掌を膝上に安。さて口を聞て綿々と濁気を吐 こと三四遍。それより口を閉て鼻より清氣を納て臍下に至ら しむることまた十数遍にして放解。徐々と床を離るやうにす ること殊よし。癇症。黴癩。或は婦人の子藏病皆此術を護持朝夕 行て歇ざれば。薬を服ずして歳を経たる病を治べし。世に難治 とする疾病。痿躄。及一-切廃残病もまたこの法に従て間効を見 ものあり。小兒の摘摘癇疾の類にも此意を擴充て。藥劑を退。た だ按腹の法を授て愈たることあり。すべて持病あるものゝ寝 ときには。最精神を平定て雑慮を放。臍下に氣の充實やうにし て眠ときには。其効尋常の薬に優こととほし。此に演るはその 梗概なり。伎藝勤仕のあひだも。飲食應接のひまにも。この旨趣 を離す。修習て止ざれは。威儀も自厳整。身體も壮健になるのみ か。智慮も漸に増發て。勇氣も出ぬべし。これ形より心を調和る 法なり。 これに続て心を調ることを学べし。これ放散氣を収て身内に 充実しめ。心意和静安定て。妄に外物の為に昧され。転倒するこ となからしめんが為なり。惣て人の體は。上部輕清に。下部寛裕 なれば。必壮健にして病なく。假令外襲邪毒の侵却ありとも。多 は大患に至ずして平治べき分なれども。平素この心の構録が たく轉倒するによりて。漸に胸腹を上のかたへ穿引て。諸藏の 位置あしくなり。黴疲を結成。拘急を作。発。脈上部に逆流易が 故に。藥石の力の及ざるにもいたるなり。抑この心を轉倒せし むる其起原は。かの貪欲の念相續で止ず。求るに苦み。得ときに 怖。失へは臍。一切心を悩しむるにあらざるものなく。日を逐年 を経に従く。昏闇になりゆき。調和ざるに至ば。漸に飲食の消化 を礙。氣血の運輸遅慢なるが故に。吾一-身を主宰ところの元氣 其職を失内の守固からず。外を防力徴なりて。外襲邪毒その隙 を伺やすし。加之懊熱嗅沮。執拗疎放相続て断ざるに至ば。これ を己が性格なりと自裁量て放肆なるが故に。癇癖失治疾病其 根を固しく。いかなる治術も効を奏ことなきに至也。予今世間 に所謂癇證。黴疫。及一-切廃残病の其所由を詳にすることなき もの。この心の調和さるより薬治の効なきものあることを的 貴に知が故に。それらの為に。暫權に體と息とを調。形より之を 治することを人に教て多其効を得また庸人婦女などには。歌 を誦く身体を按摩法を授てこれを行しめ。多年の病を愈し。薬 に優る験を得しも。もと是捷要便宜法にして。其実をいふとき は。體といひ息といふももとより吾心の外表なることは。假令 ば影の形に従ひ。響の声に応ずるがことく。相離べきものにあ らず。この心をだに調得ば。体と息とは別に調ることを用ずし て。自然に其則に恊こともとより論なし。心廣ければ體胖なり との古言も。この心の外物の為に動されず寛裕なれば。其内に 充実ところの氣宇が外表に形て。身体の運為動作自然に安泰 舒暢になり。容貌厳整言行詳慎なるをいふ旨。大かた此に同く。 また觀相師の傳るを聽に。心に沈憂里慮あるものは。頭前に垂 て。眉間凖頭に闇味色を現し。失意坎凛なるものは。背曲く半容 正からず。其息胸より出て臍下空洞なるがごとし。かくのごと き相あるものは。性質依様摸糊しく一切果斷なく。もし病など に罹は多は危篤にいたるなり。また時に乗ものは。面仰項長。肩 張背直。眼口光澤ありて。起坐ともに穏重に。智慧ふかきものは 眼光清爽胸腹舒暢に見ゆるなり。かくのごとき相あるものは。 いかなる危難に逢ことありても屈撓ことなく忍耐。遂には禍 を轉じて福を得。萬事成就すといふがことき。惣て心裏の所有 の外表に現ものを相て知こと。医家に所謂。四診の一ッに望とい ふものあるが。また病の色相に顯る者を診知の意相似たり。か く外候の著きものなれば。假令心内に邪悪を挟。外表は愚悲の 人とおもはせ。庸人を欺得るとも。十手の指ところ畏べきのみ ならず。達者はその眸子を視ても。その心裏の正邪は察すべし。 且己が心の欺得べからざることは。試に独居て他のみるめも なく聴こともなきに。吾心中何事をか思。何等を欲ると省べし。 昔より伝ところの華陀が五禽の戯も。婆羅門の 導引法も善からざるにはあらねとも。婦女子な どには施かたきことあり。今こゝに擧ところは 歌を誦て身体を撫摩術にして。こと〴〵しき所作 にもあらず。婦女子老人體衰たるものといへど も行ヒやすく。効を見すこともまた優れり。その法 は所作ことぐくをはりてのち。厠へゆき寝衣を 着。心をしづめて臥褥に入。仰に臥。肩と頸の間を ゆるくとくつろげ。両手を身に着て下にたれ。両 脚を伸て。惣身にいさこかも滞ところなく。たと へば死たらんはかくやとおもふやうなる形躯 になりて。先口を開て臍下より息を吐出こと一七 遍にして。口を閉眼をふさぎて。心しづかに両手 を以て胸脇より小腹にいたるまでを撫おろす こと。歌三-七へんを吟る間とくと撫る。是第一- 也。後両腿のつけねより腰のつがひへかけ。内外 を膝のかたへ。かはる〳〵力をいれて掌のとゞく ところまで撫おろすこと歌一七遍のあひた。こ れ第二術なり。それより両脚をはり足の大指を ゆりうごかすこと歌一七遍のあひた。これ第三 第一術 両掌をそろへ たるかたちに こゝろをとむ べし □□□□□□□ 術なり。以上歌三十五遍ゆるくと誦惣てをはり たらば。そのまゝにまたく以前のごとくに惣身 をゆるやかにして。いさゝかもはりたるところ とゞこほりたるところなからしめて。鼻より息 を納てゆるくと臍下にいたらしむること三七 遍。このときにはたゞその息の臍下にいたるこ とにのみこゝろをもちひて。他の念慮をはぶき。 数のごとくに息をいるゝたびごとに。鼻より出 して口は一切開クことなかるべし。黴癖あるもの。 やゝもすればこの息が。その塊あるところに支 られて。臍下にいたりがたしといふものあれど も。日をかさねつとめ行がしむれば必臍下に及ざ るものなし。歌は万業集に出たる田口益人大夫 が詠たる。いほばらの。きよみがさきの。みほのう らの。ゆたけきみつゝ。ものもひもなし。といふ歌 なり。この句中にものおもひなしといふことば につきておもひつゞくるに。およそ心識にあづ かる病。自餘の諸般も三因ありとはいへど。まづ はものおもふより。識神おのづか耗滅窒塞て。も ろくの病をひきいたすことなれば。この歌こそ 第二冊 頭と肩との くづろぎに 心を注て見 十六 よき厭勝ならめとて。人にさづけ受持しむるに。第三世 第三術 験もまた多し。かの明の襲廷賢が医書に載たる 道家の暮臥咒も。そのこゝろえはおなしこと也。 すべて咒文はこなたの歌のごとく。彼西竺の陀 羅尼とかいへるも。韻響のあること煩にひとし く歌におなじ。ゆゑによくその旨を得て此術を 行はんには。頌にもあれ歌にもあれ。人々の好楽に まかせてよし。此法はじめは癇證にて夜寝こと 安からざるものゝためにまうけしが。その後こ れを婦人蔵躁。子蔵攣急。および黴疫にて心下苦 憑。胸腹臍下に動悸ありて。眩運頭痛常に発し。年 をかさねて愈ざるもの。あるひは長病體疲。心氣 之少もの。または留飲諸薬効なく年久しく悩も 一の。及症の漸あるもの。腹痛腰痛の治しがたき類 に施て薬に優れる効を得たることあり。あるひ は妊娠胎動にも。胎倚側て腰脚攣急。起歩に悩も のにももちひて効あることあり。孕婦無病なる ものといへども。その孕ことを知てののちは。毎 夜怠なくこの法を行て。母子ともに大なる益あ ることなり。その意を得たるののちは。おのれ〳〵 大指をかくの ごとくにたて て左右一同に 動すなり が作略にて。いかやうにも便宜にまかせてよろ しき也。とりわけむかしよりこの旨趣をもちひ。 その人の機根にしたがひて。癇證の治術に効を 得。その気質までをも転ぜしめたること挙てか ぞへがたく薬をもちふるにも大なる助となる ことあり。すべて臥寝安からず。睡て魘るゝ類。ま たは夜ごとに眠かね。あるひは夢に人のおのれ をころさんとするを見ておどろき。または死葬 のことをゆめみてかなしみ。もしくは臥たる足 を人にとらへらるゝとゆめみまたは高ところ より堕落とみてめさめ。あるひは人に遂れて逃 奔ゆめさめて。惣身に汗出など。惣て寝ごとにこ ころの安からざるもの。皆癇證に屬ものにて。予 がこの按腹の法を怠ず行なば必愈べし。その身。 心平になれば。かゝる症は自発ぬやうになるも 心平になればかゝる症は自発ぬやうになるも のなれば。ひろく是を人にも傳て。多年の患を除 しむべし。そのこと浅近なることのやうにおもは るべけれど。こゝにはふかき意味のあるところ にて。其効を為にいたりては。尋常の医師の薬を 用るにもはるかにまされることあればなり。 三術行に終りて 息を数る状 こゝはたゞその 呼息の鼻より入 臍下にいたり心 窩くつろぎ小腹 に気の満るとこ ろを図したるま でなればその心し てみるべし 十七 また人に交の應對をはじめ。口より出ところの言辭。吾意ノ裏に 思念ところと一致なるか一致ならざるや。吾胸の鏡に照見れ ば。善怨黒白既に明に之を知。その心に在て之を知ところの靈 妙なるものは識神なり。是乃不生不死の物にして。よく形なき に視。聲なきに聽幽冥測知べからず。もとより取て吾物とすれ ども。たゞしばらく此躯殻に寄寓て。元気を主宰て。大気を吸呼 しめ。暖と命と識とを保しむる。その徳は天地に溢。その體は鬼 神に同く。もし吾心に塵芥も惡念の根さすものあれば。己の智 辯を以て検隠ことあたはず。吾知ところのものは天地も鬼神 もこれを知。天地鬼神既にこれを知がゆゑに。其天授の数の尽 るを待て。必其報を與ること。もとより一氣の感應するところ にして。更に怪むべきにあらず。かゝる靈妙不思議の識神なれ ば。此に在て彼を知。既往を識て誤ず。末然を察して違ず。善を聽 ば善と知。悪を視れば悪と思。これあながちに賢愚の差別に由 にもあらず。われと吾心を欺得べからざるものなれども。眼耳 鼻舌身といふ隔礙がありて。喫ねば死被ねば寒るといふこの 躯殻を保たれば。假令大徳の人なりとも。この慾なしとはいふ べからず。かの眼耳鼻舌身は。もと心の使役にしてその命を待 ものなれども。眼には美色。耳には淫聲。鼻には芬芳。口には飲啖。 體には輕峻の欲を具て。厭足ことを知ず。遂には浮雲之榮を怡 く世に誇。権威を弄て人を軽しむるにいたるは。譬ば雲霧の中 に在て。四隅を辨ることなく。燈炬なくして。闇夜に險路を行が ごとく。遂には人の善悪を察ことなきにもいたりては。その危 ことまたいかにぞや。かくては却て心を以て形の使役となし。 君臣その位を換るものに似たり。かゝる心の轉倒より。遂には 胸腹諸蔵の位置を失。沈痾痼癈病に身を苦て。其天年を全する 人世に少ことまた知べし。今この心の調和さるより発病の大 巣をいはば。すべて瞋恚の心に絶ざるもの。および喜怒の情号 に動やすきものは。やゝもすれば狂。癇。癡駭。痘。痩。昏冒。頭痛。眩運。 腹痛持攣。沈睡諸病を發しやすく。或は肩背強急。癰疽發背。また は急非。緩痛。腰脚。痺病を生ず。左なきは吐血。下血すること あり。鬱悒思想の遣かぬるものは。療痩はいふまでもあらず。癇 症。痛病。足痒。痿躄。喘呼労療。鼓脹。飜胃。膈噎。臓。背痛。婦人は子蔵 諸病。藏躁。漏下。牛産。不孕。月信不順。及産子不育の類あるにいた る。世に所謂留飲といふものもまたこれより生じ。飲食不化を りく霍乱等を発するもあり。なほ巻尾の看病意得の條と。二の 巻の飲食禁忌の編に記たることどもを参互て。其大要を察べ し。その他の病心の調和ざるより発もの預数つくしがたし。も し其心調和て身体舒覚したるものは妄に発揚て。過喜暴怒の 気血を鼓動こともなく。抑鬱られて。憂愁驚怖。困迫疲憊の腸胃 の運輸を礙。昇陽の機關を遮ることもあらねば。元氣の主宰そ の職を遂て。上諸件の病は一切発ことなく。また足ことを知天 命に任。吾身の榮辱世間の毀譽のために情意を動ざるものは。 其心安定て静なるが故に。體も息も自然に調和て。喜怒哀樂の 境に逢といへども。决して昧され動さるゝことなく。身を毀天 年を損ずるほどのことはあるべからず。こゝをもつて病の原 を塞く健ならんことを希はヾ。慾念を省て心意を調に優たる ことあるべからずとはいふ也。然を肆欲のために身を過。生も つかぬ病を得て。世に存るかひもなく困厄するは。いかなる高 位重禄の人なりとも尊とするに足ず。いかにとなれば其志禽 歌に近ければなり。此編述ところは。聖人の身を修心を正する の教なるがうへに。食。。体。息心を合て五調和と捕るも。もと予 が新に構たることにはあらず。おもふに医の病を治するもま たこの道の外に出ることあらざれば。今庸俗の為に。その梗緊 の尤浅近にして通じやすきものを記して諭ところなれども。 猶解しがたく及がたしとおもふ輩もあらば。先飲食。睡眠の則 を節か。または體容と呼吸との二を調ることを学で試るか。各 其行易に由好ところに從てよし。それもなほ爲難ものは。歌を 誦て体を摩擦る術なりとも。又経久行て止ず。其効を成にいた りては。五事ともに自然に調ことを得ことあるべし。故如何と なれば。此五車はこと〴〵く吾體裏のものにして別ならず。相離 るものにあらず。唯知者は實理を明にして。内より之を外に及 すが故に易く。庸人は權道を守て。外より之を内に達せしめん とするが故に難と雖。いづれにも人々の便宜に任。麓の徑を異 にして。遠近遅速ありといへども。歩を運て止ず。遂には其巓に 陟て。真の攝生の道を得。よく其天年を保全し。病なくして死を 善せん人の世に多からんことを欲ればなり。 妄に薬を服べからざる心得を説 病ありて医を招に。その説ところ人ごとに一致ならず。病家も 何を是とも非とも辨知こと能ず。疑惑て決がたきは。切當ぬ薬 を股よりも。先消息て病の転化を看かた懸に絶ことあり。然を 強てこれを卜蔵などにて決斷せんとするは尤失當なること なり。其故いかにとなれば。その請んと慮聲師が皆嚴工にして。 病因を察得ず所措的当ならぬ輩ならんに。其名を記載て卜蔵 に決しなば。その中必一人は其撰に応べし。されどその定られ たる医士もおなじ賤工のうちなれば。薬を服て効なきにまた もや惑を発て再鑿を換んと慮べし。その時に至ては初の卜籤 は虚構となる。この神明を輕蔑の罪何にか歸べき。もし止こと を得ず卜蔵に決せんとおもはゞ。微も我意を加ず。世に名望あ る医士の見識ありて治術に心を潜もの数輩を挙て。その応と ころの医士己が意に満ずとも小も疑ず。病者の死生をその人 に委て天命に任る心ならば。神佛の感應もあるべきことなり。 されどかゝる决斷ある人ならば。卜藏は用るにも及ず。事を一 心に決べければ。いづれにも卜籤の無益なること知ぬべし。故 に病のなりゆきはさらなり。術に精き医をも知得ず。但庸工の 述ところ多途なるに惑て。其処置を錯んより。まづ少時間薬を 投ずしく。その動静を察にしくことなし。これを古人は病あり て薬せざれば中医を得といへり。中医といふは中等の医とい ふこと也。上医は病のいまだ發ざるさきに治し。病をして發し めず。中医は病ありて薬を用ツるに過失なく。必験を得ものをい ふといへば。その中醫といふものも凡庸の聾士をいふにはあ らずと知べし。これ妄なる薬を用て害あることを戒たる語に して。凡人の病は天命に由ものなれば。理に背たる療治を為よ りも。廢置て自然に從べきことを諭しなり。俗家の了解しがた きことながらも。今其大首の道理を此に述るを聴。惣て病の熱 を催も腫瘍の膿を成も。悉皆一身の元気の其病毒を駆逐て。体 外へ排除んとする。自然作用力の為ところなれば。医はたゞ其 足ざる力を戮て。病毒に対抗元気を負ざらしめんがために。薬 石鍼灸を用る也。作用力よく病毒を排逐に有余は。強に灸薬の 力を頼に及ずして。病は自然に愈べきなり。但氣血の運輸に逐 次定限あれば。頓病は頓に治すべけれども。漸病は漸に治する にあらねば。効なきものなり。凡て病に日數の定期あること。ひ とり痘瘡麻疹の眼に見えやすきものゝみにあらず。傷寒瘧。痢一 および一-切の病に。皆其定限あれば。いかに強て過に治さむと 慮とも。その期を経るにあらねば。決して愈ものにあらず。竹木 刺の肉中にあるものを見よ。自然作用力の膿を醸て排除に日 数を経がごとし。又蒼卒の微感冒は曲肱仮寐より得て。そのあ ひた喫煙一二丁口には過ざれども。寒氣に勝理を犯されて後は。 週身に徹汗を得にあらねば治ことのなき。その時刻を経るを も考みよ。況惡寒は水を沃かごとく。大熱は燬がごとくにして。 食味も失起臥安からず。輕易ならぬ疾の速に愈べき理なんぞ あらんや。或は下疳。瘡より漸に蔓延たる黴毒。また手掌より惣 身に浸溜たる肥前瘡等。或は数年腹中に鬱結たる黴群のごと き。其侘一-切年月を累たる疾の卒に治べき術をきかず。疳。蹙の 類は暴に発やうなれとも。皆内蔵に損害たるところありて。以 漸發動が故に。頓なるやうに見えても頓には治ぬなり。世人は 此理を知ず。かの需薬偽医の詞を信じ。一週二週の日数を限て 治さんといふを喜。または遊解装證なる駅生の剤を用て。治べ き期を失或は巫祝の言を信じ。無言脉を実とおもひ。夢想の妙 薬名灸の等を嬉。聾者の方角を撰。あるひは俗家の一知半解な る医按だくに。妄意なる治療を施し。再得がたき父母の遺体を 毀傷こと。大なる過失と知ざるや。故に薬は病を治すべきもの なれども。其應否をも弁ず妄に服べきものにはあらず。俗人は 此理に昧して。薬とだにいへば。死べき齢も延やうにおもへど も。穀肉果菜の常に喫ものゝ外に。薬と名て疾を治べきものゝ。 偏味ならず毒のなき品はなきことなり。故に病に応ずれば効 を奏がごとく。應ぜされば其害を生ずべし。无妄之薬は試べか らずとは。古聖人の戒なり。世間の麁工の所措を見よ。頭痛すと いへば。方書の頭痛門にて薬を調て與れども。おなし頭痛にも。 傷寒感冒もあり。中暑もあり。黴毒もあり。瘟疫もあり。蛔蟲もあ り。乃至経行不順も。子蔵病も。留飲も。酩酊も。停食も。注事船も懈 様も。痘瘡。麻疹の序熱もありて。病因各異なり。仍て薬はその病 因をさへ治すれば。頭痛は支症なれば。別に頭痛の薬こてある べき道理はなきを。その病因を正に認ことのならぬがゆゑに。 先頭痛門にて薬を與るは。たとへば劇場を看て泣ものに弔を いふがごとし。故に眩運すといへば。眩運の加味とて薬を加へ。 腰痛と訟れば。腰痛の加減といひて一-三味を増。たゞその證に のみ拘て方を廃がゆゑに。患症多岐ときには。一方二十余品に 過ものあり。大に哂べきことならずや。かゝる拙伎を検んと。事 人の気を釣口し給を壮時より熟て。世事に仮き雄辨鱗舌に眩惑 とは悟ずして。やゝ才智あるものといへども。遂にはその穽に に陥て。害を招にいたるなり。故に病因を確知ことなく。痰積血 積。風勢。血勞なとゝ。詮もなき名を禰。婦人の病を一ト切血の道と いひ。あるひは瘀血の所為となし。小児の病を惣て羸。または疳 とよび。知ぬ病は留飲とし。肝火の亢ゆゑぞ。または肝經の濕熱 あるひは昔の疲弊の出たるなり。心気の損。痰の所為などゝ遊 説の類皆世間の医者の通り弊にて。これを病家うけのよき詞と はいふなり。それも實相を告とも辨知まじとおもはゞ。聊害な きに似たれども。聲師も自覺ぬまゝの遁辭に。かゝる緊按に氣 をとるがおほかるべし。自己も若かく失慮ては。投薬に効の有 べき道理なく。その愈るは自然作用力の運為なること知べし。 此旨を了解ざれば。庸医の為に幻され。君親の病にもおもはぬ 不忠不孝の罪を得ことあらん。これ孝子忠臣の尤知ずんばあ るべからざることなり。親に事るものは望を知ずんばあるべ からずといふ古人の教はこゝにあり。この意向を会得すると きには。世に所謂攝生薬とて。病なきに常に薬を用ツるは。たとへ ば泰平の世に干戈を車とし。晴天に傘を執屐を着がごとく。損 多く益は決してなきことをも知べきなり。鍼灸も病なくては 用べからず。況や火熱に耐がたき小児のさせる病もなきに。養 生灸といふ類は尤弊習なり。いかなる術ありとも定たる人命 を。灸薬のいかで続延の理やあるべき。故にかの延年益精薬と いふの類は。皆人に淫慾を進る。奸佞者の所爲にて。やゝ志ある ものゝ用ツることにあらずと知べし。この理を明て。疾あらば命 を天に任。治を医に委ていさゝかも戴なきを。真に天命を知た る人とはいふなり。いたづらに庸医の辯舌。俗人の異議に昏迷 は。譬ば舩中に在て汐路も知ぬものゝ支揮を容がごとく。忽風 涛の難に逢ば。覆敗を免れじ。故に舩中にては。天気海程に熱た る船人のいふことならでは取証べからず。医もまた然なりと 知ざるは。愚なることにはあらずや。 一医を撰べき意得をとく 親に事ものは医を知ずんばあるべからずと。古人の言しは。医 術を学べといふことにはあらで。其世に聞る医の巧拙を預知 て。親の病あるときに治を乞に。錯失なきやうにとの論なり。豊 の術は人命に係ところの重任にして。いかほど才智ある人の 精修て其道を明にし。且病者を衆多診察し。療治に意を研ても。 なほ得ところと得ぬところとありて。其妙境に到ことは尤難 ことなり。されば季康子の蹟し薬を。孔子のいまた達せずとの たまひて。服たまはぬを見よ。况や凡庸の人をして。親に車んが ために医術を学しめば。その見聞ところの医説を心酔。臆断偏 見にまかせ。或はたゞ紙上の理を的にし。經験もみざる薬を自 匕とりて。その親の病に進するともがらもあるべし。かくても 害のなきは僥倖にて。ふかく考れば大に畏懼べき所為なり。こ れを孝子仁人の所行とはいひがたかるべし。然ばものゝ條理 に疎き儒者の此語を謬解したるが。却て害あることとはなり たるなり。今俗家にありて医の巧拙を知んことは難ことのや うなれども。たゞ己が内心に我といふものを徹も蘊ことなく。 贔屓偏頗の念を去て。病の初發よりその以前のことまでも熟 と考て。盛の述ところを検査。その医の辭に飾ありて媚を要る 薄情のものか。信實にして治療を専にするものかを監察べし。 誠慙の医師のいふところは。俗家の思惟したることとは大に 相違することもあるものにて。心に合ぬこと多阿諾を旨とし 容を取る輩は。専此方の言詞に従て浮説病按を。的申したりと 思より。事を誤べき端を発なり。且竪の巧者なりと稱されて。壮 より老にいたるまで数千人の重痾を裁量たるものなりとも 毎事に的中の医按はあらざるものを。病といふものはいかな なることより發といふ理だに知ぬ俗人が。冒寒。停食の輕易證 にもせよ。真の條理の辨べきことにはあらぬを偶に讒論を聞 て。却て己が思慮と背を疑は。愚昧なることにはあらずや。医の 明察懸。断。事に臨て過失なき人は。これに国天下の政を委任と も。よく治べき道理あり。いかにとなれば。車の理に明に。仁愛を 心として。勇毅果敢のものにあらねば。その妙境に到がたけれ ば。世に其人なきも亦宜ならずや。外表より腔内を察し。病の所 在を知て薬を与るの難を慮なば常に効験を見て信用する医 のいふところ。をりにふれて微失ありとも。それより退棄べき にあらず。俯仰に侵巧。治術に精を研ざる黨よりも。緊道にのみ 心を潜て。誠一様素なる者の遇は。却て俗家の眼にも見ゆるも のなり。すべて竪の巧拙を知得んには。いかにも己が腟内にあ る私見を一掃て。時医の矜飾と。紺語遊辭に起。患こと無れば。始接 たる聾師なりとも。その巧拙をいかでか弁がたからんや。昔の 良將は。數萬の英雄の心を一言の下に知得て。これに大車を委 て使令こと。己が手足の如ぼるをおもひ見よ。それらに比ては。 医を業として生涯を車足りとおもふ小量者の心中を察し知 んこと。何の難ことのあるべき。然を今の諸侯の病あるときに。 医を択こと其宜を得ず。卑賤ものにもまさりて錯失多。処方的 實すること少。其故いかにとなれば。勢に乗時医の粧点と。華説 の為に昧され。阿黨醫者の雷同合按なるを。唯左右近侍の辭に 従。其実否をも糺ず採用が故に。偶其非を知医師ありといへど も。其徒の為に廢棄られて。車情を通べき由もなく黙止を以て。 遂に的實の治法を得こと能ず。貴人に篤疾あれば。必死ぬるこ とのやうになりたるは。尤嘆べき弊習ならずや。仮令諸侯は尊 といへども。医伎は賤といへども。親の死生に係一-大事を任ん には。儲君自堅に靡対し。その病按を照管したまふべし。もし親 の病を患る志の深ば。顔之推とかいひけん人の教のごとくに。 自身に医を送迎したまふとも。何の辱とすることのあるべき。 これ希父の至重なる命を託する医師は。大役あるときの都督 する將軍よりも。其任重ことにして。其支揮は國家に係當大事 なれば。これを輕視は君子の行にあらねばなり。然を儲君は其 臣下に委て顧ず。臣下は之を医宦に任。医宦は之を他の虚名あ る聾師に詫て。互に自己の後責を逃んとするは。不孝不忠不義 これに勝ことやあるべき。もし戦場にて君父の敵に囲れ。或は 單騎にて難に逢たまはんに。孝子忠臣の心を以てせば。身を捨 て赴援せてはあるべからず。然を今病といふ巨敵に偏られた る君父の艱厄を。よそことに見物して。それを恥と思ぬは。これ 禽獣の所行なるべし。かゝる不忠不孝のもの戦國のときに會 なば。我軍といふとも宥べきにあらず。まづ其罪を正て他を懲 べきを。累世の恩遇をあだにして。たゞその俸禄を失んことを のみ恐るはなにことぞや。また医の病家の迎意を専一として。 人に譽られ名を釣んとおもふ輩の。緩急の用に當べき道理あ るべしとも思れず。さやうの徒は。危篤證にて駄薬など與べき にもたえて投ず。たゞ辯舌にまかせて人を詐し。薬苦といへば 方を轉。澁ときけば加減して。辞巧のおためごかし。外見は君子 のやうに見ゆれども。其内心の穢ことは。錦に糞丸を裹たるが ごとし。また医の術に巧なりといはるゝものも。青雲を仰。權門 に媚を要る心発ときは。従て伎は拙なるものなり。また茶の湯 誹諧連歌蹴蹴鞠その他の百伎なにゝても。一途に耽楽ものは。医 伎は踈放ことまのあたりなり。況て酒色に身を溺し。或は医業 の旁に貨殖のことを營。賣藥などを専にし。或は冨商大費を崇 ことその法に超るものなど。其術の拙はいふまでもあらず。抑 医は小伎なりといへども。至重人命に係大任にて。他の憂苦を 已に分心を労るものなるを。たとへ冨王侯に比ものといふと も。その非礼をなにとも思ず。奴隷のごとくに其門戸に出入す るを喜輩に。陥危の病者を委託ことは。軽忽なることにあらず や。また世の口實にも學医は匕がまはらぬといふは。さること にて。医の伎倆は。学問講究たるのみにて。煉磨の功をへたるに あらねば。上工には成れぬものなることは。米買の米を一見し て其州郡を弁。文舗の掌中にて金銀の真質を知。帛商の絹紬を 手に握て。其所産を證に差ことなきが。書籍口訣に裾ものには あらで。累歳の習慣にあるがごとく。医もまた然なり。書冊上に て理を談。實驗を経たること少ものは。其誦たる典籍どもが害 をなして。却て事を誤こと多し。況専儒釈の書を好。或は運氣五 行などを堅の原意とする輩。いかでか治術を為得べき。また近 頃鳴蘭の医学大に流行して。その風土の我邦に異をも弁ず。た だ其説の奇異を喜。繊巧なるに昧されて。これを愛盛士は。唯 秋親の飜訳せる医書を疎に看過にて。かの虚を吹物に同く。其 説いかにと研窮べきにもあらず。當否いかにと疑慮も發ねば。 咼蘭人の説ことは皆妄言のなきものぞと謬執。功に之を唱れ ば。俗人もまた珍異ことに聴なし。病者を附託。蘭薬の倣帝にな さしめて。遂には害を冒るもの多し。才高識明者に遇ば。まゝ採 用ることもある西洋の学も。今は徒に世の害とのみなりて。益 あることの少きは。彼一偏に陥て。向ところを察にせず。古人の 所謂。好れども其怨を知人の。世に鮮に由ばなり。まして西門戎學 の大本とするところ四十一元行の穿鑿。その塞ところ多を知 ず。又無は有とならず。有は無となることなしなどいふ説の類 は。甚き左道にして。大に害あることどもなり。今此らの非を辯 析たりとも。固俗家に於て用なきのみならず。了解がたきこと 多ければ。其預ざることは喃も論ず。たゞなにごとも新哥を好 が人情の常なれば。遠慮をも致ずして。衆人雷同之を唱和に至 は。尤嘆息ことどもなり。さきにもいふごとく。医は言行一致に して。忠實仁愛を其志とするものにあらねば。大患は委がたく。 病家は医を延に敬を致て。吾意必を毫も執ず。一切著見なく。籤 方位日の吉凶等の癡ことに拘忍ず。誠悲を以て医に對にあら ざれば。良盛には遇がたかるべし。医術の尤修得がたき。晨夕に 思を苦て其過少からんことを庶幾ども。猶其域に到えざるを。 況其難を知駅人もまた世に少なるは。かゝる昇平の世の一大 厄にして。嗟嘆おもふあまりに。他の毀誉にも拘ず。今その弊略 を記て自戒。かたはら衆人の意得となすにぞありける。 医に相対する心得を説 病證を医に告るには。病の発し端のことより漏落もなく。第一 には飲啖の多寡と。癌寐の艱易と。便下の利否と。今まで服たる 薬の次第。平素の宿疾をも繊悉に告て。治を乞べきなり。久痾に なりては。以去のことは慈失こともあるものなれば。よく囘心。 嘗て肥前瘡。黴毒。下疳瘡。疼。痔。陰癬。膽瘡。或は痛痺。足痺など患た る。打撲損傷などしたることまでも。巨細に省慮て説べし。たと へ隠し諱べきことなりとも。病に與たることを秘ては。大に損の あることなり。是か彼かと医士のかたにも病因を探媒になる やうにすべし。前章にも述ごとく。己が私心に病按だてして。そ れを先医師に語は。不可ことなり。求售医師は其辞に従て。真の 病因をば探えず。先病者の意を鋸を主とすれば。其説を聽て。己 に諂ふ耳言とはつゆも覚ず。唯其心に投を好ぶ感亂より。遂に は其係蹄にかゝるなり。これ意得ずんばあるべからざること なり。また物戻福心の病者は。医の伎倆を検んと。病状を詳説ず して。医者の方より揣度しめ。その論辯を聽んとするものあり。 これ大なる左過也。蟹の脈を診色を察腹を按て。外表より腔内 の疾苦を知んとするは。鹵莽にては修得がたき術にて。沈痾に なりては。百艘の證候参査にあらねば。其道に優利医者なりと も。漏失なしとはいふべからず。然をまして土郎中をや。詳がう へにも悉告にあらねば。過あらんかと懼べきを。隠て語ざるは。 愛重なる己が身を玩物にするがごとし。同大便の泄下といふ にも。其色相こ臭氣によりて。天地の隔あり。秘結すといふにも。 蘊熱ゆゑに燥て結するあり。津液耗て結するあり。黴疝などよ り牽引て結するあり。不遂になりたるところ腔裏にありて結 するあれば。強に快薬ばかりを一-薬に投べきにあらず。小便の 通じも亦爾然を俚「霊はこれを同一に載量たる輩なきにしも あらず。最喘気咳嗽。胸脳牽痛等の膝理昇陽に支障ある及。小便 不利より来。或は婦人小腹に癩塊の患ある者に。唯内部子蔵の み水腫たるかとおもはれ其治法にて効あるものゝ類は偶見 ところなれども。此等の病者は必其小便平素に異ことあるも のにて。患者の心を注て自攷にあらざれは。医の診候に遺失な きこと能ず。其佗小便不利より浮腫をも発せず。内蔵の患とな るものありて。病者はもとより医師もそれと覚ずして治術を 誤ことあれば。俗家にもよく其意得すべきことなり。また婦女 の暗疾は恥て告ざるもの多。もし然ば母氏か夫主または女奴 などより陰に堅に傳語やうにすべきことなり。これも自告の 優にはしかずと知へし。其佗小児の病を乳媼に委るも大に不 可ことにて過を致基本なり。乳哺前後溲のことまでも。其母自 檢て医に語べし。最小兒の医をみて啼ものは。腹診も精に為が たきものなれば。其患状を巨細に談て治を乞にあらねば大に 損のあること也。たとへ良竪なりとも。衆病者を一身に擔負て。 四十方に奔走に間なければ。蒼卒の應對には見聞に遺ことなし とはいふべからず。故によく記得て説話こと緊要なり。孝悌仁 愛の志深らん人は。尤意を注べきことなり。また薬味の口に適 ぬを妄に医に訴るは。覆剤の掣肘となることあり。良薬口に苦 けれども。病に利ありといふにはあらずや。しかはあれども。其 強て服毎に。胸膈に拒て吐逆を促し。或は服後なにとなく平穏 ならず。薬汁泥滞ものは。これ作用力の容受ざることあるもの なれば。それを強に服せんとするは可からぬことにて。却て害 を得ことあれば。其由を速に医に告て。薬を更しむべし。とはい へ的當の薬は。瞑眩して捷効を見ことあれば。一概に論ずべき ことにはあらずと知べし。又惣ての薬は空心に嚥を可とす。食 後直に服は佳からず。また下焦の病には食前。上焦の病には残 後を良とすといふなどは。大愚ことにて。薬は何なる理にて効 あるといふことだに辨知ぬものゝいふことなれば。必拘執と ころにあらずと慮べし。 病の傳染べき理を説 大凡一切の病轉化ざるものなし。其轉化べき理を明に知ざれ は。之を避べきことをも。治すべき道をも得ことかたし。しかは あれども。其評義にいたりては。いかやうに説示とも。俗家の容 易会得すべきことならねば。今は唯其大要を記て衆人に告る ものならし。先第一に了解べきは。人身は天地間の万物の理を 具て遺ところなきものなれば。世間無量の病は。悉皆内と外と 相応じて発が故に。傷寒。時疫瘧。痢痘麻。黴毒。肥前瘡。および脚痺。 黄疸。癆療。癇疾などいふ病のあるとあらゆるものまでも。傅染 ざるは一切なきものぞと知べし。其中費にして知易と隠にし て察しがたきとありて。正にそれと辨がたく認がたきものも 有ども。今其顕著ものを知得ば。他は自了解べし。今此に一人の 傷寒を患ものあらんに。其初外界より轉。椅たるにもあらず。内 界より釀成たる熱病の類にもあらず。偶寒冷に觸ことありて。 肌膚昇陽を冒。塞て。勝理発泄あしくなるが故に。これに対抗へ き惡寒發熱を促。之を汗より解し得ざれば。其患漸に内蔵に及 し。經脉腸胃の運輸平素と大に異が故に。此に於て一種の毒を 醸造。それより之を人に傳化ときは。初に寒に觸て皮表より病 を得たる人とは。其發病異にして悩苦劇。其患連伝変て内蔵に 及ず。こゝに至ば其毒を傳輸たる人の病と其證相似たり。偶異 ものあるは。其人の性質の各別なるによればなり。それよりし て其毒を人より人に轉化て患なり。然ども初發に病を得し人 は。たゞ一ノ時皮表を壅塞たるより来に過ざるか。或は陰濕の地。 壁のいまだ乾ぬところに臥たるなど一時の妨害に由か。病因 は各異なれども。何にも蒼卒の事なるを。鬱熱日を累て。一一種の 傳化べき病毒を醸成が故なり。かの痘麻。肥前。黴疾の類の異域 より轉輪ものもまた此に同く。其病の本源は。天地開闢の太古 より有にも非。全異邦蛮夷の気候正からぬ地に生育たる人の 體より。一種の惡戻たる病毒を結成て。傳來ものなること明な ることは。次の痘瘡。黴疾。肥前瘡の條下に述べければ。参攷べし。 また繋て傷寒と称べき熱ある病には。内因より来ものもあり り。所由に區別あることは。後の傷寒の條に於て分析べし。すべ てそれらの毒を轉翰には。肌膚よりするか口鼻より吸呼に従 て致ものにて。熱ある病者の側に睡を催。或は楊腹薄衣を忍。又 は疾に由て体に鉄乏あるなどの人能之に當なり。故に轉化や すき熱病と思るゝものを看護せんには。其用心あるべきこと ぞかし。睡て風を感やすきがごとく。臥たるときに傳染易もの ト □□ 劉元城至誠毒 蛇鳥之避廻図 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ なれば。病者の近「労に在て寝ことなどは最宜からぬことなり。 然あれども孝悌仁愛の志深ものは。其身内より発出て。上下四 方を衛護ところの気ありて。いかなる悪毒氣に近触と雖。決し て排除て体に染ことはなきものなり。此衝氣は妄に庸人の眼 にみゆるものにあらず。之を知こと甚難。故に此修行のなき人 は。看病の中最飲啖起臥に意を注て。身心の困憊ぬやうにし。病 人の衣衾を吾身に着ず。口鼻の息と二便身体の臭気を嗅こま ぬやうにすべし。空心と渇睡て看護すること甚あし。又療療の の病床へ。鹿脆者は近べからず。されども病者至賦ならば。看護 は少べからざれば。豫て其用意して轉染ぬやうにすべし。しか も炎熱の頃など。其疾にて斃たる人の家塋へ上ば。死氣に觸ぬ やうに戒べし。又痘麻を避ことは至て難ものなることは。後の 巻に言及べく。肥前瘡。黴毒の避易も。其条下に於て詳に説論を 読て弁べし。これら其転染を御べき梗略を談なり。また忠孝感 仁の志篤。身を抛て看護する人の熱毒等に傳染ざるは。昔より 和漢とも其證少からず。今の世にも多見るところなり。然を人 情の浅やからは。己が懿親戚属なりとも。傷寒熱病の類を患と きは。傅染ことを懼て。看護を他人に託て。病床に近ことをせざ るものあり。是人倫の所行にあらず。殊父母の病には命にも代 べきに。傅染を懼るはなにごとぞ。さればとて吾児の病時には 通宵寝もやらず看侍。鍼ときには己身を刺がごとく。灸すると きは吾體を炳がごとく愚。これ己が生たる子故ならずや。然ば 己を生たる父母の病を疎放にすることはあるべからず。兄弟 とても吾親よりみれば同レ子なり。吾親族は曩祖よりみれば同じ 孫子なり。然を路視なして。或は身に閑なし。彼は看病に慣たり などいひて。人を雇て侍たぐひ。豈憎べきことにあらずや。熟親 をもかく待ば。奴婢の病はいかに苦悩かも知ず。医師に薬を乞 たるばかりにて。服か不腹かも問ず。重るべし延日と。聽と即落 籍す。主臣の情も恩もなき行。天譴豈畏べきことにあらずや。此 論は且閣。さて彼病毒は其本因各異にして。一ッとして同ものは なきことなり。故に痘毒を輸て麻疹にもならず。肥前瘡が黴毒 にも変ぜず。瘧痢併病ものゝ。瘧は截ても痢はもとのまゝにて 治せず。焮腫眼を伝れば必焮腫眼を患。一切皆然ものにて。病百 種なれば毒も百種。千万種なれば毒もまた千萬種にして同か らさること。草木の種子の各異がごとし。草木の種子は土地を 得て蕃茂。病の種子は人の体に植て發生こと。其理相同。しかの みならず。凡一ト切万物各種各異にして。天地の間に一ッとして同 ものなきの理を推ば。尤明め易ことならずや。然を萬病一毒と いふ説を唱たる医師ありてより爾來。其言の弊によりて。妄意 に人を誤徒今の世に多ければ。俗家にも審弁あるべきことな り。又人身の衆理を具て。萬事に應ずることを明にせば。内外こ と〴〵く患て遺ところなき病は。一一生の間に一-患て。再感ものに あらぬこと。自知るべきなり。其尤顯著して知易ものは豆瘡。麻 疹の類なり。黴毒のごときも根治たるの後は。いかなる黴毒あ る男女に會と雖。決して傳染ものにあらず。俗にかさをかきぬ きたるといふはこれなり。其再患ものあるは。根治ざるが故な り。傷寒などの初惡寒發熱より。腹満直視。舌胎黄黒黒。譫語等にな りて治し得たるの後は。必再患ことはなきものなり。たとへ類 似たる證なりとも。曩に病ときと比較れば。病因異が故に證候 決して同からず。これらの事に至ては。微細に意を注ざれば。其」 理を明がたく信じ難ければ。其急務ならぬことは悉も語ず。世 人深理は解し得ずとも。唯一切の病は傳化べきものぞと記得 て後は。之を避べきことを慮べきことなり。 看病人の意得をとく 看病といふことは。概に病者の飲啖。坐臥の介抱と。薬を服しむ ることのみをいふにはあらで。是に三等あり。先其第一といふ は。病の萠を塞こと也。それは何といふに。凡人何にても望慮て 抑鬱経久ければ。血脈の運輸艱渋が故に。顔色青麗。昏。昏。昏。息。其 知見悉依違。精神蘊に従て。元陽の循環怠。慢なりゆき。躯殻平 素に比はやゝ冷ことを知。この悒。鬱起原と為ものは。悲傷恐怖。 愛著應慕の思念發動て歇がたきに由ばなり。愛觀者速其情を 察知ば。いかにも意を致。辭を軟て慰諭。その蘊結の排遣やうに すべきことなり。もし然すして鬱悒日久。夜眠を妨に至れば。心 識漸に減耗昏闇。運。輸消化の機を失。逐次に腹裏に瘢塊を結成 か。或は労療のやうなる病發か。又は癇疾とも爲狂氣をも發し。 百態の病に変成て。遂には危険に至ものあり。如此類は必其初 を輕視べきにあらず。兎角に喜も怒も。それが爲に毎夜睡眠を 妨ことありといはゞ。必後に害あるものと用意て。疾回心すべ きことなり。又何の故もなく。憂悲恐怖。沈思里。慮或は暴怒虧心 の素に異たる状ならば。癇證。狂乱の漸なり。又瞋恨ること久け れば。氣逆故に。周身懸引て。頭中熱し面色赤。又は筋場肉咽する もあり。怒氣は神氣を壓迫ものなれば。甚きときは卒厥て僵る ことあり。故につねに熱中やすくて。世にいふかんしやくもち といふ類は。癇疾。痒病。狂氣労療などになり易く。或は素に眩運 頭痛などを患。又は年老て卒罪などにもなりやすし。又逸樂の 度に過。酒色に耽或は晝寝て通冑睡ず。或は読書伎。芸の為に精 神を労こと。その人の量に過たるなど。皆制ずんばあるべから ず。しかはあれども学問伎葬の為に意識を勞動ことは。憂愁酒 色の為に身体を損害ほどの害はなきものなれば。強く禁戒に もおよばず。これは其人に従て簡裁あるべきことなり。これら 皆疾の漸ざるに防べきをいふなり。其第二といふは。既に病あ るものは。其病の由て来ところを考。速に高手の医師に診察を 乞べきなり。病は初の處置適ければ。十が七八は劇甚に至ずし て治するものなり。其梗概をいはゞ。黴毒の初下疳瘡より患も の。肥前瘡の先指掌に五六顆發て。外には痰ところなきもの。傷 寒の表證に發汗法のごとくして愈もの。吐血下血の速止べき もの。將往まへかたに夜寝かぬるものを。施治て睡しめて可も の。音睡病の適に覚すべきもの。卒非の漸は自已に悟て其御を 為べきもの。婦人崩漏の薬に効なきを術に託て治べきもの。痢 病の初発溏瀉の期に汗しく速効あるもの。已に裏急後重劇な りたるは駄下て宜もの。霍乱の吐下なきは。過に吐下じむべき もの。また吐瀉甚は早に止ねばならぬもの大小便の不利より 病を発することあるに意を注べきもの。妊娠産後の諸患の薬 の効を説ず。手術ならでは治せぬもの。金刃傷の血は迅。疾に止 べきもの。打撲の瘀血は急卒に瀉去べきもの。閃挫たる骨節は。 腫出ざる先に快捷其治を為べきもの。癇胸咬傷其他一切の走 獣悪蟲に吠螫たるは。即時に其毒を去ば。後の害は決してなき もの。小児の吐乳の輕忽にならぬもの。蛔蟲の脾裏に生じたる 候あるは。大人小児に拘ず。疾其鼻を下ざれば。蕃息患害を為も の。母舌は乳媼の病を乳より轉輸て。兒の患を發たるは。其兒よ りも早母及乳媼の疾苦を治べきもの。如此類多方なれば。其初 起に意を致て。治術首禁に中れば。速に害を遁ることなかく此 に縷挙がたし。もしかゝる病の大患に至ず過に治すれば。さし て竪の竒勲と麗ねども。この酌用は医者の大に巧拙あること にて。俗家の尤知がたきことながらも。誠実の志深伎術に意を 用ることの無滴竪士に。直之を詰ば。必其過失はなきものなり。 迎意取容なる聾人は。此間にて隠効を収ことを欲ざるのみか。 自己も意向ざれば。其機を失。暗に後の害を醸こと多けれども。 かの文。綿華説。木に竹を接たる医按を壱信用して。体を損らる ることを知ざるは。嘆息ことの極ならずや。第三等は。病勢既に 進て。氣力衰耗飲啖も減じ。坐臥に人の扶を頼ものは。薬の力を 待べきこと固然なれども。看侍者の用意の可と否とにて。懸に 隔のあることなり。医者三分看病七分と諺には言智ども。看護 をよく領知たる人は少にて。無には如ざるもの多。故如何とな れば。食事にも與べき時あり。藥にも用ツべき度ありて。頻薬を服 しめ。強て食を與くは。病者の腹力それに耐がたく。薬も食も泥 滞で下降がたきが故に。皆適害とはなるとも。効あることはな きなり。薬はもと味の偏だるものにて。平素無病の人といへど も。腹力弛弱もの多服ては食事までも進難くなるものなるを。 今病苦ありて。腸胃の運転も常に異ば。偏味の薬其度を過ても。 妨なきこと能ず。故に薬と食事と混一ならぬやう。水飲も心し て嚥しめ。其腹裏に空隙ありと知ときに。薬を服しむべし。薬氣 は周身に轉輸て効を奏ものなれば。腹中に餘裕あるときなら ねば。腸胃より適體へ普達力なき故に。絶て効あるものにあら ず。又惣て食事は病人の分量よりは少殺たるかたよし。病人は もと生熟藏の機動違常く。飲咳味を失ものなれば。それを強く 與て程度を過さば。めの利たる臼に穀を多容て。屑せんとする がごとく。停滞て害となること必なり。况藥を服しめて間なき に食を與。湯水を喫了や否や湯液を用せんとすること。假令平和 壮健の漢なりとも。いかでが之に耐ん。况病者の精力虚耗たる ものをや。然を薬とだにいへば。多服て宜ものと思。動ば別煎焦 用の丸散其買晝夜数十貼にも及もの有は何ごとぞや。いかな る方劑にても五七貼を限とすべし。沈病胃弱ものには三-四貼 を過べからず。それすら用捨すべきものあるを。彼嚮慕土命中 は唯貼數を増んがために薬を多投。病家は強て速愈んと欲て 更に貪喫しむ。故に初は食氣もほゞ有しものも。腸胃に偏味の 薬を多容受て。それに対方の堪ざるが故に。喫べきものをも 漸に嫌やうになりゆきて。絶て食車を進ねば。萎頓たり加減す べしといひて。所措をみれば。菱蕃芋の尤泥滞易き品を饒多記 合たるを。又更に喫しむれば。腸胃の轉化遲慢なり。宿飲粕痰胸 腹に充満し。機關頑鈍なるが故に。皮肉は漸に羸痩。元気益虚。疫 ゆきて。遂には不治の病となれば。医者は厚顔にて初よりかく あるべしと慮ぬれば。専滋補の剤を投しに。治ぬは天命なりと いひ。病家も韓護諸品の高價をも嗇ず。多服て力を盡たる功な きは。死ぬべき定命ならんなどいひて。遂に其初の処置の失錯 たることはさら〳〵悟ものなきは。何にも定れる天數に由こと にはあるべけれども。さしあたり患人の為にはまた哀憐なる ことに慮る也。俗人はともかくも。竪を業とするものが此用意 もなく。徒に病者を苦悩しむるはなにごとぞや。其心貪婪にあ らねば蒙昧なり。かゝる医の薬を用。んより。薬せずして中医を 得には若じ。これ禳法秘符の験ありと執も是故なり。又其次に 識得べきは。季候の寒暄をも別ず。炎煥の時にも被隔屏風閉つ らね。蓐を重衾を厚し。病者暑熱に困苦て汗多洩をみて。汗多も のは風に中ことを禁と医者に説つれば。いかさまにも風に觸 はあしかりなんと。厠へ登る病人をも。強て葬上にて虎子を用 て便せしめ。飲食も湯薬も温熱物をかはる〴〵進て。内外より熱 をそふれば。衰弱たる病人いかでか是に堪忍べき。今無病なる ものをして試に数日かゝる状態を為めてみるべし。いかなる 健夫なりとも。病苦の發ぬことやあるべき。いと愚昧なる所為 ならずや。然ば世間の大病は。十が七八は皆医者と病家の用意 あしくて。不治の證にしたつるなり。凡常に忍らるゝことも病 ありては堪がたきものなれば。其氣候に應じ。病人の體に適や うにして。其側に在看病人も奏快ほどが。患者にも可ものなり。 病人なればとて頻温暖て良ものと思は。愚昧なることなり。と かくに其平素に背たるは必害あり。貴賤貧當其分に従て。病者 の處置は異とも。唯其身に習慣まゝなるを佳とす。近屬或僻邑 にて。弓嫗の痘児の灌膿の骨なるを負て。村里に食を乞たるを。 一冨豪之を視て。憐愍なることに思。寵慶の旁に子舎のありし に入しめて。飲など與。盥を招て薬を服しめ。痘の收までは此に 居てとらせんとて懇切なるを。弓炉も嬉てありしに。其夜中に さしも盛に膿たる痘忽に没て苦悶に驚躁塩を乞て診せしむ れば。此医師やゝ侵利たるものにやありけん。是は全寒風霜雪 をも避ず慣きたりしものが。卒に室中にて鬱閉たるが故に。加 茲變證も發たるならん。試に露地へ出おきてみるべしといひ て。夜中に戸外へ藁莚を延て。乞子の母子を出し居。さて詰且て みれば。豆瘡再快發し。膿も十分に灌て。それより微の悩もなく 収靨たりと聞り。是其常に背て初の變證も發たるなれば。これ らのことにても病あればとて蒼卒に其素習に異たるは宜から ぬ理をも推知べし。又富貴の家にても同理にて。春冬などの凄 寒なればとて。病者の居室の氣の鬱閉たるは宜からねば。をり をりは室陽の禄隔を半開て。濁氣を洩清氣を納やうにしてよ し。况春の季の喧なる。又は夏秋の暑に。風の徹ぬ処に病者を臥 しめては。いかでか害のなかるべき。日脚のふかくさしいると ころなど尤佳からず。蚊懴などを垂るも好からず。炎熱の時風 なき日などは。室裏に扇を揮て病者の枕辺をあふぎても。病者 爽快といはゞ。不妨ことなり。又四時ともに。隔室多は。患者の寝 所はをり〳〵移たるかた良。それをいかにといはゞ。人の天地の 氣を吸呼て生養ことは。なほ魚の水中に在がごときものにて。 吸氣は。自然に體を榮育べき生氣を含有て腹中に入。呼氣は其 垂湯を吐出し。気息に従て生活運為なり。其動て音あるものを 風といひ。静にして聲なきものを氣とよぶこと。猶水と波との ごとくにして。一切萬物の體を成用を為もの。悉皆此氣の栄養 に由ざるものなし。但し呼氣は生活に用なき塗濁なれば。無病 者の吐出ものと雖。再吸に善からず。况病者は氣血の運輸其常 に失。腸胃に穢液充満て。呼息の臭気嗅に忍ず。然を其活気を室 裏に充塞しめて。病者其間に吸呼するときは。病毒増進ゆきて。 治すべき期を失のみか。軽は重重重は必死に到んこと。又目前な ることにはあらずや。假令ば口より吐出たる腐穢物を再喫ひ。 盆魚の水を数十日も更ざる類にさも似たり。能此道理を発明 て。居室を移ことのならぬところには。をり〳〵病者の牀蓐を易て。 臥たる傍の稜榻を放開清に掃除して。さて後に故のごとくに 移べし。諸病ともに此意用を忌べからず。燭火と火爐を多室内 に安べからず。惣て火氣の過たること。病者の為に可からず。甚 害あることなり。熱ある病者は音音嚴醋一二合を光燭に容て。 慢火上に沸。その氣の室中に充やうにしてよし。醋は能滞氣を 排除ものなり。又病者の衣裳はをり〳〵新鮮ものを更しめてよ し。垢汚たる衣服臭氣のあるものは禁こと也。屏風などまでも 換かたますく可。看侍者も。瘡気或は熱あるもの。體臭狐腹の顔 及婦人月信時。若は娩後未浴者。或。死者を處置たるまゝ。浴せず 衣服をも更ぬものゝ類は制すべし。垢穢異臭ある衣服を着て。 看護するなども。また可からず。惣て病り者は。寝室と衣食と。飲食 の消息。及看侍者の用意に随て。病の進退に大に関係あること なれば。決して忽諸にすべきことにあらず。然を此患貧賤者に のみ多く。富貴の家には少ことかと思ば。さにあらず。富貴の家 の臣妾は。他の毀譽を懼身の後患を厭て。假令知非ことありて も。誰発言ものもなく。人まへにのみ珍敬ぞと傳語て。炎燠にも 旅桶屏風たてつらね。衣衾いやがうへに被まゐらせ。絶て更衣 の議に及ず。唯一切諺に謂よらずさはらずの看侍を。当務なり と裁量て。薬の煎は奚婢に委。患状牒は飲啖前後溲の記子ばか り。毎車面従のみに巽解し。護己ばかりして。たゞ速更直て暇逸 凡眠には。先その心を臥しめて。後に眼を臥しめよと。古人の 赦しは。眠の未出ぬ前に。先その思想を斷て。心意を定し精 神を収て。後に眠につく時には凶夢なく臥時穏なり。睡眠 に由て精神再力を得が故に。窃後身體爽快になり。病も自 然と發ぬやうになるをいふ也。然に癡疫氣癖あるもの。 及喜怒哀樂の情妄動易ものは。将に睡んとすれば雑 慮妄念まづ心頭に現起て。精神の煩を爲が故に。 眼は疲倦て睡んとすれども。心は睡こと能 ずたまく瞑目れば。幻夢を見睡中少も安 ことなし。毎夜如此なれば。心身漸に萎頓て。 経脉の運動怠慢て。遂に不治の黴癖を 醸成こと有にも至なり。かゝる気癖 一ある人の長病にかゝり。 険症やゝ愈て後只身体 一の素に復し難時に當て。 一睡ことの安からざる類は。い つも多クあることにて。若それ らをそのまゝに棄置ときには。 再沈痾の基となることあり。さればとて今世に 禰譽ところの麻睡剤などは。其症をも詳に せずして。妄に用べきものにあらす。病者に従 て酌用の有ことなれども。医人もこれを研窮せ ずして人を誤もの世に多ければ。まして俗家 の辯知べきことに非ず。今此に図する処は。それ らの類には異にして。假令其症を詳にせずして 妄に用たり共決して害有ことなき催睡活用の一 法にして。予が歴験も又多し。其法はありあふ小桶な どに。かりに簷満の様を設て。春ほどの間毎に。ぽたり〳〵 と点る音を。病者に数させて。弁慮を省。心を平タにして穏に 睡に着しむ る術なり。尤旁の 人にも制て静謐な ら使るか。或は寂寞 ところの室に在て 施行にあらざれば 其効少し。故に世人 よくその意を得て 後に。これを病者に 試べし。 せんと思が故にわが上日に何事も無らんことを希の外他故 なし。今の世の縉紳貴族の病者の接ひ多はかくのごとし。富爾 大賈もまた此に類ものあり。故に冨貴の家の病人は。卑賤にも 歩て。いつも軽は重おもきは漸進て。険證なれば必死ぬること と思は。此弊習あるに由ばなりけり。また看病人の用意べきは。 もし病者氣鬱せば。何にても其意に適話をしく。病のことはな るべきたけ發語す。強て心の蘊結ぬやうに。或は演劇遊興のこ と。世間の打諢。事に當ては剛毅義烈の談柄など尤佳。其間には。 聖賢の困厄に処し道理などを述て。病者に天を怨人を左の患 なからしめ。他人なりとも款篤に善愛看護すべきことなり。夫 人の腔子は病の器なれば。自己もいつしか何なる疾苦を得て。 人の抱撫うけんこと預慮がたし。因て懿親はさらにもいはず。 朋友同僚なりとも。平生の交誼を重じ。病あるときにはなるべ きたけに意を致べし。己が厮役なりとも。病ときには分憂て。毫 輕視にせず。汚穢をも厭ずば。これに勝たる陰陽やあるべき。釋 氏が。看病は八福田之第一也と説たるも。その慈心が直に天地 生成の道に合ば。福報を得べき理あればなり。殊病者は晝夜に 從。或は寒熱往来もあれば。毎時病者に問。肌膚を按手脚を捜。寒 温を知。窃蘇を察。衣衾の厚薄を審。口舌の乾燥を候。湯水も適中 に與。痛痒のある處は。摩も捫も癢もして。意に應やうにすべし 又長病人は。手足の重たるも垂たるも。勝にくがれば。それらま でも意を加。炎煩には鬱-蒸せぬやうに。寒夜は風の侵ぬやうに。 紙格積隔の開囲までも。さらに疎脱はあるべからず。最意を注 べきは。飲食の分量と二便の通閉なり。一フには。喫たる物と便下 との多寡を校量。二ッには。長病に至て小便の通利少は。尤可から ぬことと知得。三ツには。いかに食気なくとも。数日大便の閉は。腹 氣の不不降故あることと思。四ツには。大便の色相。臭氣の區別。五ツに は。小便の晝夜の多少。色濁といふ中にも。黄なるあり赤あり。煤 色なると白濁と。塗あると脂を交やうなるあり。臭氣も各異あ れば。唯度數ばかり記得ては。詮なきことなり。医師もまたかゝ ること織。悉問聽ぬは輕脱なり。如茲意を用が。看病人の當務な れば。餘事に心の分ぬやうにすべし。病者の旁にありて。倦なり とて書籍など読べからず。況奕棊などの類は厳禁すべし。就中 父母の病あるときは。君家の務は是非なし。其佗一切家道の事 なりとも。緊要ならずば。其人に委て顧問べからず。然ども父母 病床に在なから家道の事を挂念にせば然べきことはほとよ くはからひて。其心を安からしむべし。いかに危篤の病なりと も。父母の心に合ぬは。志を養道に背て不孝也。また父母病あり とも。其病の間あるをり〳〵は。親族の中父母の悦ものを撰て己 に代しめ。霎時なりとも寝息て精神を鎮事あるときに萎頓ぬ やうにすべし。まして奴婢を病者あるときには。ことさらに勞 て疲ぬやうに使令べし。小過ありとも必罵詈ことなかれ。たゞ 制べきは男女の別なり。姦通より病者の為善からぬことを牽 連ことあれば。其法令を慢べからず。唯慈愛と金銀を以て服使 べし。且病者の為には其費用を厭べからず。常の貯蓄も如此時 の為なりと。力の及たけは心を尽べきことなり。又病者の寝室 近く。高声せしむべからず。妄に笑語すべかず。他人の病苦死罪 のこと。無聊なる談を為べからず。また無用の人と。病者の意小 合ぬ人は。近しむべからず。若危篤にて医士も閙手。吾人も治す べからざる病と知ば。毎事病者の意に委。服にくき薬など強用。 べからず。患人の覚悟に従ては。絶て薬を止るも可。然を毀誉を 懼。無益の医を招。病者の診察を厭をも顧ざるは何ごとぞ。もし 病者覺悟あしくば。死ぬるまでは医も迎べし。薬も用べし。又覚 悟よろしからぬ人は。家人の離別を傷。本心を失もの多。かゝる 人と見ば。必死ぬべきことなど告はあし。これら尤用意あるべ きことなり。其死期近にありとみば。幼兒孫及。病者の心にかゝ る血親は。なるべきたけ會しめざるがよし。苦痛の間も。愛着の 情発ば。死期の妨となればなり。臥室はいかにも潔浄にして寂 寞なるを良とす。近隣に琴三絃笛皷などの音せば。親き人して 其家に告。且過んことを乞べし。かゝる音聲の耳へ入ば。死ぬべ き時の大なる妨害となることあるが故なり。今や瞑目なんと するとも。戚屬圍繞て哭泣は可からぬことなり。命絶て後に哭 べし。忍がたくて声を發ものあらば。疾に別室へ遣べし。死期に 親戚の啼哭を聞しむるは。子たるものゝ大なる不孝なれば。此 車は豫より用意て。ゆめ〳〵凶失べからず。必死ぬべき病者とみ ば。一切心の繋引ぬやうにすること。看護人の最切緊と記得べ し。然ときは臨死の苦痛も自徴。病者に於て大なる益あること なり。又至誠の心一ならずしく。病者のために。道釋巫祝の徒に 委て祈祷などすること。更無益のことなり。かの道釋巫祝は輕 薄の者多。唯貪利の為の祈念神符に何の験の有べきぞ。ごとに 天命尽たる者を。何の法ありてか能死を反べき。孔子の。丘が祷 こと久と言ありしことなどよく思べし。假令天数盡ずとも。祈 とも験なきこそ験なれ。いのる心に信なければ。の旨を味ば。却 て神佛の呵護あるまじく。病者の為不利ことになりぬべし。中 夏の古昔。周の武王の病ありし時に。其弟の周公旦吾身を以て 代んと祈誓ありしかば。忽感應ありて。さしも大漸し武王の病 の不日に愈たまひしは。周公の弟たる道を尽。且深天下の亂を 憂たまふ。其至誠より出たることなり。また元の太宗皇帝の病 で將に死んとする時。其宰相耶律楚材といひし人皇后と相議 て。俄に大赦の令を発さしめ。俘囚及宦吏の有罪を悉赦免あり しに。其夕太宗の絶たる脉復生て甦たりとぞ。此帝は初政を梵 材に奥といへども。其性酒を嗜。晩年に至て尤甚く。遂に楚材が 諫を客こと能ず。細人に奏任。売宦鬻。獄。辜なきものを囚繋たる もまた多。楚村天譴の由て来ところを明に知が故に。大赦を行 しめたりし其仁愛か。天地を感動せしめて。死に垂としたる太 宗の再蘇生あられしは。また宜なることにあらずや。今の世諸 侠など。其病を巫祝僧侶に委て祈んよりも。寧奢を節殺を禁。図 圖の刑を軽し。民の征賦を減などするこそ。洪大の仁恵とはな るべけれ。然ども是郡國を主宰する人の上の事にて。士庶はも とより企及べきことにあらねど。惣て進德修業は皆己が心に 由て起もの也。故に常に此心を存すれば。其成功量べからず。必 しも多生を放貨を施に非ば。験なしといふべからず。されども 其分に應じて。財あり勢あるものは。それもまた易ことなれば。 いかにも吾力の及たけは。人の厄を救貧を惠。殺を戒生を放。か の耶律楚材がごとく天地生成の心を心とせば。必定ある天命 をも革て。禍を轉じ福を迎。其験あらんことまた必然なり。もし 彼一。緡の銭一溢の米。老親を養妻婦に給に足ず。貧歉いかにと も為べからざるものも。父兄の病に代んに身を以てするほど の至誠心。周公の如ならば。神佛の感應いかでかあらざるべき。 然どもこのことは人の尤難とするところなり。而を能為得に 於ては。是彼有力者の財を捨て惠を行よりも。其験を得こと大 に優ぬべし。惣て善を積徳を植るは。いかにも真實にして鹿假 なきを貴とすれば。一一途に孝悌忠信の道を以て。赤心に祈んこ そ。天地鬼神の本意には合べけれ。 病家須知巻之一条 細井所蔵 4041 巻二目録○食物能毒の心得が○獣肉を禁する理だ○病合すうなひのことだ○食滞のおきはよめ のゆば。○飲食の慎ふのければ其智長する理○體よりたを氣な便のことな○食つきたききのこといふ○食 物禁忌のこと比○病を飲食に委て治することき○癩病に叙肉を避て用することにた○喫憤たる飲食す退け病 を治することは○三慾を治する論及六才の薬剤に擬し修身攝生の道を示し満圖を以て其意を論しと云ふ ○留飲にひね米のむすひを用ること壮に 十三ウ粥の 十七ヲ同赤 六十六ヲ赤 一〇腫病の薬十一 小豆の湯 〇脚気食養生のことは ○酒を用て ○酒を用て ト八ウ 小豆の條 害ある病 ○病湯○産後の昏眩に灸醋を鼻に沃で治することの薬○鯉魚湯の煎湯の煎法 ○人糞一切の毒 害ある病胃痛◯産後の昏眩に臭醋を鼻に次で治することの離剤○鯉魚湯の煎法の鹹水○人糞三切の毒 廿三ウ河豚 を解すること ○小児の久咳を治する薬方廿六 ○久咳に下利を兼たるものゝ薬方同○蛇に咬れ 魚の條 廿八ヲ鶏 たるときのこと ○○やけどに鶏子の油を用ること ○薬の煎じやうのこと 姜の條 ○腰痛腹痛を 乙卯の條 卅三ウ蔓 むすこと こと同 いの むすこといふ 蒻の條 こと同二ツ寝◯小児ひよめきよび薬のこと思ふ件○溺死を治すること云ふること云フマン むすこと蘋の條 ○睡薬の毒を解すること卅四 蒜の○痘瘡に茶を用て効あること帰け○変劇火湯ある病に冷水を用て効あること卅五〇むしむし虫切 の病に水を用て治すること。同○常に眼をつ給ふもの水にて眼を滴て効あること灰○灌水柎水浴水服水 にて治する病のことなし○食後ひとり按摩のこと并に団六六パ○穀肉采菜の性をとくこと性に寒 熱温涼といふこと卅七〇信ずるによりて病も治すること卅九 「アールのものものものは、そうとしてします。 ●いわしたいもの口是はつぐり六はうれんさう一にはとり諸にんにく静きとうふ地とびのうそ順 ころじも誰ならや残りせんごせんごび焼ぬかみたいかんだいかつをふし かれひきかひるゐながも火がんだからし升。たいだたまごただいんだいただいこんおろし〽たくあんづけのこ日 たばこの一里そば九百つみいれば。榧ねぎなし大ななななす誰なすけるとんなうとんたかなきなかに焼 うづらばうろこなきうを聞ておほむぎのごゝくろだいだいだくねんはおくしかきを まふあふはなまず焼ふく遊ぶどう此こむぎ神こむぎ神こんぶ院ごまの あゑらずこんにやく焼ごほう焼あづさをあめあめきあまだいであなごきあらびを といもださとうだまごきじびのゆでたまことのみそのみめたみかん訳しやうゆひしら うを廿六しゞみ芋はしほびき廿七 うそびしゝみ供しほびきたかひさわりたひらめ焼ひらめ煩ひものだけともちを 病家須知 一名病家心得草 病家須知巻之二 食物能毒の心得を説 初に述たるところの平常養生の心得も。その第一は飲食にあ り。既に病あるものも。また病者を看護するにも。先其飲食を擇 禁宜を審にして。病者の欲に応ずべし。これによりて食も進病 の治することもあれば。是を知こと尤肝要なり。故に今其梗薬 を此に説示んとす。凡人の飲食するは。その飢渇を療生命を保 が為なり。然を其生命を保べきものを貪て。生命を害するは。尤 愚昧の至なり。これを古人は其小きものを養て大なるものを 忘とて貶たまへり。故に人の人たることを知んとならば。飲食 の慾を縦にすることは。深恥べきことなり。世の諺に。食を損れ ば身の養足ず。肉を多喫ざれば體に滋液なしといふ。これ大な る誤なり。臼の物を屑るを見よ。物多ければ粉粗。少ければ精な り。ことさら肉は脂多鰻やすし。過喫へば必身に害あり。肉多と 雖。食の氣に勝しめずとは。古聖人の戒なり。漢土は米穀ことに 乏く。就中稻の貴ことを錦に比て。親の喪に食ことをば許ざり しことさへ。古昔の書に明なり。且惣て米穀は我邦の物に劣て 味麁薄膩液少し。ことにその国の初を見るに。壤地西北に闢て 海に遠ければ。上代は魚肉尤乏く。中古になりても比目魚すら なほ異ことに珍重たるありさま憶れて。今もなほ海魚の生の を生涯見ることなきところも多あるべし。かゝる邦なれば鶏 豚を畜。諸獣を常の膳にも充ことが。習とはなりたるなり。我邦 のごときは。米穀の甘美こと万國に超。常に喫ところの稲米は。 異域の品より其味尤優て膩液多し。しかのみならず環海の国 にて。魚肉饒多にして。卑賤ものといへどもまた飽足ざるもの なし。酒もまた醸烈こと支那諸國の及ところにあらず。かゝる ものを常に飲食する故に。我邦の人には壹粘膩留飲よりきた る病ことに多し。如此ことをも辨ず。異邦中夏の書を読もの。や やもすれば。我邦の昔は獣肉を常食としたり。喫べしとてこれ を人に勤るものあれども。上古の海にとほき地に都したまひ たる時とは異て。今は四海運輸自在にして。魚肉に乏き国も少な れば。古を以て今を律べきにあらず。また今の世なりとも魚肉 なき地には。獣肉を喫こと何のあしきことのあるべき。すでに 海にとほき信濃諏訪の社神は。今もなほ鹿肉を喫ことを許た まふとか聽り。土地關米穀饒多になりてより。膏腴獣肉の邦人 に害あるを解たるが故に。自然の道理にて。たれ唱いつ和とも なく。我邦の神明これを禁制したまふとはいひ習せるなり。か かる天然の理をも明ずして。これを佛法興隆になりたる故な りなどいふは愚昧なることなり。もし獣肉を穢たりといはば。 魚鳥もまた同肉類にて穢たりとすべし。生ある物を食ことを 禁とならば。禽獣魚介の差別はあるべからず。然を魚鳥を禁ぜ ずしてひとり獣肉を禁ずることは。かの膏腴品の人の體に宜 からねば。人々己々が身に具たる神明の自然に禁ずる故なる ことまた明なるにあらすや。ゆゑに無病壮健の人にもあれ。獣 肉はさらにもいはず。魚鳥なりとも恣に喫て度を過ては。敦草 の害懼べし。すべての食草は七八分をその度となすべし。慣て 常となれば飢を知ものにあらず。况や酒肉染鮮の類は尤過食 べきものにあらず。飲食を恣にして止ざれば。斧をもつて膓を 断がごとし。されど病人の血液の滋補を養精食に須者は。常の 例にあらざれば。時宜に從ての酌用はあることなり。それらを も一概に禁べしといふにはあらず。こゝに心得べきことは。たと へ血液枯燥たるものゝ餌食に宜ものなりとも。病人の好ざる ものを強て喫しむるは益なきのみならず。却て轉輸を沮礙の 懼あれば。餌食には必病人の意に適ものゝ中にて。其性味善品 を撰て用るを専一とすべきことなり。それも一次に喫しめて は。泥滞とも滋養にはならぬものなり。このことをよく解て。餌 食の品を撰ぶべし。 平常に喫憤たるものを。病ありとて嚴制すべきにあらず。消化 難ものならずば大方は喫しめて可。唯分量を過ざるのみ。 酸苦。甘。辛。鹹等の偏味を多喫は可からず。また同品を数日喫も あし。かはる〴〵些づゝ喫たるがよし。 平素其人ことに殊て嗜好ものあり。それは自然作用力の必そ の物に託く益あることあるものなれば。偏味なりとも大方は 許て損なきものなり。しかれども其度を過せば必害を招がゆ ゑに。これを節すること肝要なり。慎で其味に耽ことなかれ。か の酒を嗜て朝夕定りたる食に換るたぐひは。あれ其味に耽も のにして。自然作用力の所為にはあらず。よく〳〵思べし。 食滞の軽には薬を用に及ず。食を減て数日を歴れは多は治す るものなり。すべて食は飢て喫べきものなれば。無病のときと いふとも。朝餐いまだ消化ずとおもはば。午飯は喫べからず。晩 食翼旦になりてもなほ下降かぬると知ば。早饌も飢来て後に 喫べし。常に如此すれば食滞の患は決してあることなし。食滞 食傷は。さきに喫たるものが消化ざるところへ。重く喫により て發ものなり。人その急に腹痛苦悶を見て。その時に喫たるも のが中たるとおもへども。まつたく左にはあらず。鋳敗たるも のか大毒あるものにあらねば。卒暴に腹を悩にはいたらぬも のなり。すべてのこと其度を超ては。樂却て苦となる。酒は微醉 に飲。花は半開を看をよしとすといふにはあらずや。 常に健啖する人は。その思慮知見も自然と昏り能なるものなり。 庸愚なる性質にても。飲食の慎ふかく。食六七分を度とする者 は。意表なる知慮も出るものにて。たとへ病ありても至-劇に赴 ず漸に差て。身體も輕爽になるものなり。これを天地の真理よ りいへば。自成て慾を恣にせぬは。天命を知に近ければ。心も随 て平に身も健なり。また受得て定ある天禄を食のばすかたち なれば。享年も自延べき道理あり。また事實の上より論ずると きは。飽食過飲するものは。気血の轉輸漸に遅澁なるがゆゑに。 睡眠を貪て萬車に懶く。身體の擧動あしく。智見朦昧にして。一- 切堪忍ことならず。事に処て明ならず。常に悔恨こと多ければ。 鬱悒皇慮暴怒虧心に。いよく元氣主宰の職を失ひ。腸胃氣血の 運行を障礙こと多くて。病も随て進やすく。必その天年を全す ること能ず。予が此言の実否は人々自試て自明むべし。其深理 に至てはこの編のよく詳説ところにあらず。たゞ其一端を示 すまでなり。猶攝生の編に述たる。食。眠身息。心の五を調和る説 を読得て参攷すべし。 惣ての飲食するもの。其三分の一は勝理昇陽より発洩。三分の 二は前後溲となるものとまづ心得べし。是は昇陽より洩こと 多。冬は小便に出ること多。もし汗多発たるときに小便少は。其 原相遠ざるを以てなり。この昇陽両便の通泄いさゝかも澁滞 ことあるに從て。一切の病となるが故に。假令無病の人なりと も。二便の通利と飲食の分量を。常に意を加て自考知こと肝要 なり。大便の秘閉もよろしからねど小便の飲量に比て少きは。 病の漸にはなきやと速注意て慮を爲べし。久痾重患にても小 便の通泄一昼夜も絶て無は。必容易のことにあらずとまづお もふべし。是大小便の通利を説の大略のみ。其詳ことは俗人の 心解すべきにあらねばなり。 大病痘としてやゝ食を思ときには。まづ至軟にて消化やすき 物を択て。いさゝかづゝ與べし。必過べからず。食事も三ノ次に限 たることにあらず。一次に興んとおもふものを。二丁次にも三次 にも喫しめたるがよし。また頻に飢て食を欲に與ざれば。却て 不食となることあり。故に一次に多與て間あらんよりは。をり をり少づゝ喫せて。運化の機を導べし。それゆゑ復素にかゝり たる病者には。夜中にも糜粥やうのものをかねて用意し。不時 の需に供るやうにするがよし。 食物の禁忌は。其人の強弱と性質と。病に由て斟酌あることに て。一途には論がたきことなり。且假令生質壮實なるものにて も。多年の病に罹。腸胃脆弱なりたるか。或は大病にて久不食す るときは。一切の消化あしきもの粘膩あるものゝ類は。最消息 せねばならぬことなり。また痘疹前の禁食。産前後の禁忌など いひて。昔より平常の喫慣たるものに拘忌するは。大なる左計 なり。産婦に川魚を禁といふも謂なきことにて。川に流るとい ふを禁たるまでなることは。古人もすでに論じ及ものあり。ま た諸病に各禁物あることを医書に載。俗間にもいひつたふれ ども。無益なることのみにて。執拘がたきこと多し。たゞ禁合食 は。其物に異なる性質ありて。一物にては毒なきものも。彼と是 と相合て。人を害することなきにしもあらねば。決して其理な しといふは却ていたらぬ臆斷なれども。通途の医書どもに記 たるは。それにもあらぬことをこと〴〵しくいひて。明拠となし がたきこと多し。其佗時ならぬ物。名も知ぬ物。常に喫憤ぬもの は一切禁てよし。また煮て宿を経たるものは。一切の菜肉決し て病人に喫しむべからず。攝生家はたとへ無病の時も。煮て日 を経たるものは。餒たるにあらずとも必喫ことをいむ。其故は 顯微鏡にてこれを見よ。微細蟲生じていかほど火に炙ても速 に死ぬるものにあらず。この蟲暑熱の頃尤多生ず。別して慎べ し。 看病人の尤心を注べきものは飲食なり。また固病あるものも。 鑿を撰に其宜を得ず。或は僻境にて医に乏きか。もしくは薬を 服こと経久けれども効なきの類は。其飲食を慎。起居動作を節 して。妄なる薬を服ず。病を自然に委て治することまゝ多し。む かし或癩病を得。面部手足ともに膨脹潰爛。その臭穢近べから す。他人はいふもさらなり。のち〳〵は親戚も省問もの少やうに なりたるゆへ。かく家に在て恥をみんよりも。深山幽谷に入て ともかくもなれかしと。竊に家を遁出て。人跡絶たる山中に入。 樹下に臥岩穴に棲て。果實草葉あるにまかせて採茹。渓澗に下 ては水を喫。かくして期年過るうちに。腐爛しところ漸に癢て。 いつしか顏色うるはしくなり。身體美健なること以前に倍し て。再家に歸たるものありと聽り。これあるべき道理にて。俗諺 ながら。一に看護。二に飲食。三に薬治といふがごとく。急劇暴病 を除の外は。其服藥を急んよりも。先飲食を戒ること専用なり。 常にもちふる穀肉果蔬は。皆人を滋養ものを擇。いにしへより 上下おしなべての食膳に充たるものにて。幼より腸胃に習慣 たれども。其人の嗜好ところの偏によりて。また病を生ずるこ とあり。故に其發するところの病に従て。其慣來たるものを嚴 禁制し。其損害られたるところを治すれば。自疾も痿。また服と ころの薬も速効を奏やすし。もしたゞ薬を服ばかりにて。飲食 の慎簡率なれば。用レところの薬によりて却て害となるものあ り。今左に擧ところは。常にもちふる穀肉果蔬も。病證によりて 宜禁あることゝ。また其飲食に託て病を治することあるとの 類数十品を出。その要領を暁て。他はこれより例して知しむる までなり。世に食療の書数多あれども。性味効用を論ずること。 多は影を搏やうなる空論にて。拠となしがたきことのみなれ 十一 古人攝生ノ書ニ三慈ヲ論ジテ云。所」謂三慈貴食欲聴然モ懇ナリ。三巻ノ中食慾ヲ根本ト為契テ 絶ヿヲ得レバ。昏睡シテ多ハ色愁ヲ起ス。若喫コト三四分ニテ止レバ。氣血自然ニ順暢ス。味ヲ感ニ スル人ニ五ノ患アリ。一ニハ大便調ラズ。二ニハ小便顔数。三ニハ銃ニ睡眠ス。四ニハ身重レテ業 ヲ修スルニ堪ス。五ニハ多ハ消化セザルコトヲ患故ニ曰。一切ノ病唯宿食ヲ其根水ト為着病ヲ病テ却 ント欲セバ。宜先食ヲ減ズベシ。古医籍ニ云。怙澹麗無ナレバ。真気之ニ従ヒ。精神内ニ守バ病症ヨ リカ従来シ。是以志閑ニシテ然少ク。心安シテ懼ス。形勞シテ倦ズ。気従テ以順ヒ。各其欲ニ從テ。各 願トコロヲ得トナリ。慾寡ケレバ妄ニ求ヿナク。足ヿヲ知片ハ心。志自然ニ主トスルトコロヲ得 テ是急萠動コトナク。壮ニシテ道ニ入易ク。老テ益健ナリ。仮令其徳古人ニ恥トコロアリテ動静ニ トヾク道ニ合セザル者モ其心ニ主トスルモノヲ得レバ以テ生ヲ保終ヲ舎スベシ詩歌書畫述 誹茶香ノ末伎ト雖。徒二日ヲ曠シテ為コトナキニハ愈ルベシ。野夷里姫ノ閑暇無事ナルハ。念佛三一 味題目三「昧モ亦以心ノ主ト為ニ足リ。飽食テ送還スルハ。沈トシテ係ザル舟ノ如ト。古人モ誠ラ レタレバ、必一日、片時モ安闘トシテ空過ヿヲ深戒慎ベキヿ也人ノ視聴言語飲食ノ諸竅ハ皆上 部ニ在ガ故ニ。若其レ惑ヲ恣ニシテ飽足コトヲ知ザレバ。周身ノ生ノ気自然ニ上ニ逆シ易ク。以疾病ヲ 醸。大札ヲ致ニ足リ惣テ人ノ躯殻ハ頸ヲ根トシ体ヲ輸トシ。手足十指ヲ枝葉ト為頭ノ方ヘ牽引 スルヲ逆トシ病苦トシ。腰脚ニ下降スルヲ順トシ和平トス。上部輕爽ニ。下部豊漏ナルハ。泰平ノ 象ニ比シテ病苦ナキモノトス然トキハ身体ノ健ナルノミナラス。知見モ随テ必明ナリ。此身體ノ 生気ヲ逆スル根本トナルモノハ三一総ニシテ其第一ハ食慾也。故ニ古人ノ語ニ人能ヲ喫料 バ百単成ベシトイヒ。又徳ヲ養ノ始ハ其飲食ヲ慎ニ在トモ又学ヲ為ヿ四年ヨリ起ル謂飲食衣 服居應言語ナリトモ言テ。此慾ヲ制スルヿヲ専ニ誡ラレタリ。故ニ今兼テ此三慾ヲ整シ。心意ノ 沈痾ヲ療ズルニ。強ニ草根本皮ヲ用ス。鍼。碇灼父ヲ施ニ非ジテ而モ其効験ノ達フ尋常ノ薬剤ニ勝 タル丸散湯液数首ヲ掲出シ。コレヲ天下億兆ノ人民ニ授テ未萠ヲ治シ巳病ヲ愈テ同。壽盛ニ濟 ンヿヲ欲ス。其法方ノ如キハ。尼古人ノ軌轍ノ從テ。立方ノ本旨ヲ失ズ。唯時ニ臨デ一二ノ出入ア ルノミ也。敦人能ク信受シ。久腹急コトナクバ何ノ疾苦カ平治セザラン。何ノ重業カ成就セザラン實 ニ却病攝生ノ神方長生久税ノ妙剤也。仰デ信ズベク伏テ思ベシ。 第一和気散 一切ノ客気怒気。 抑鬱不平ノ氣ヲ 治ス。 忍字一個 忘字一個 二味細末シテ不 語唾ヲ用テ逆下 ス或ハ先チ服スル ニ忍ヲ以テスレ バ。一朝ノ患ヲ免 ベシ。之ニ継ニ怠 ヲ以テスレバ終 身ノ憂ナカルベ シ。 巻二 第二無憂丸能三慈ノ毒ヲ制シ。妄想ノ火ヲ消ス。 前方ヲ用テ九トシ潔白ヲ衣トス。之ヲ服スルニハ先開寂清爽ノ一室ニ、八、九編蒲団ヲ設香ヲ焚 テ端坐シ。身體ヲ寛裕ニシ。出入ノ息ヲ調テ。後ニ服スベシ。其間意ノ適トコロニ從テ道運或 ハ風月ヲ吟弄シテ情ヲ遣。或古書ヲ読テ古人ト嗜言シ或ハ獨爐ニ對シテ茗ヲ煮。或ハ友ヲ含 シテ清誠シ。惠汚行ナク心ニ恥ーナキヲ以テ終身ノ薬トシ。驕奢甚ノ風ヲ慕コトナカレ。若禁 戒ヲ慎ズシテ。妄ニ此学ヲ服スレバ。ヤヽモスレバ沈ム溺ノ妾ニ瞑眩シ。損害ヲ致ヤスシ。唯其餘 暇アルトキニ於テ能其分量ヲ守。之ヲ服シテ倦ヿナク。志ヲ其中ニ養トキハ。神氣漸ニ爽快ニ ナリ。世間ニ煩悩アルヿヲ知ズ。殺心ニ妄念ノ起ヲ見ズ。遂ニハ心ノ主トスルモノヲ得ズ身体 モ随テ安穏ナルベシ。 第三守分湯遊堕ヲ戒驕奢 ヲ制シ。心志ヲシテ和平ニ。 精神ヲ壮健ナラシメ。末病 ヲ治シ己病ヲ却。福ヲ冥々 ノ中ニ植テ。子孫ノ後榮ヲ 致シム。其効尤諸薬ニ憂リ。 致シム。其効尤諸薬ニ優リ。」 事以当 少軍以来 少事 晨ニ起 一菜倹レ身以当節用以当晩ノ数 以上 安二歩以当 内安二十二歩 右七味和句。煎成テ意ニ随 テ之ヲ服ス。素ヲ貧困ノ病ア ルニ非ルルモノモノモノモノモノモノモノモノモノモノモノモノモノモノモノモノモノモノモノモノモノモノモノモノモノモノモノモノモノモノモノモノモノモノモノモノモノモノモノモノモノモノモノモノモノモノモノ バ必益アリ。或ハ此湯ヲ以 テ主トナシ。兼ニ無憂丸ヲ 用テスルモ亦可ナリ。成レ効 速ナラザル者ノゴトキハ。 後方長生飲ヲ互用シテ益 ヨシ。 蘆原乃資 見之崎 乃見穂乃 浦乃寛 見片物金 毛奈信 第四長生歛乎分湯無憂丸ヲ用ベキ證ニシテ思慮煩擾。心志定静ナラザルモノ之ヲ用ベシ。 一時半日。或は一日夜一日夜一 静坐 多少ハ得トコロノ間ニ從ベシ ニ至テ止ベシ。 第五慎独丸 専ラ人ノ咳唾ヲ拾。人ノ一 聲響ニ附。人ノ族使ニ 聽。人ノ意旨ヲ希。人ノ 標榜ヲ替コトヲ治ス。及 摸稜両可。塵喋忿争。深 情詭秘ノ病。並ニ皆之 ヲ治ス。 守口防意熟思 審処 各等分。各別ニ擣篩。 末ト爲テ後ニ合ス。 右四味丸ト為。不語唾 ヲ用テ嚥下ス。此丸後 湯ヲ以テ送下シテ尤 神験アリ。立方ノ旨趣 ハ。自ラ能ク口ヲ守コト瓶ノ 如ク。意ヲ防ヿ城ノ如 如ク。思ヲ熟シ處ヲ審ニ シ。諂ナク驕ヿナケレ バ。自然ニ効アル製方 ノ妙ハ。試テ後ニ明ナリ。 第六至善湯仁義二味等分和句。毎晨ヨリ暮夜ニ至テ之ヲ服シテ数ナケレバ。自然ニ心広體胖 ニ。積ヿ歳月ヲ以テシテ津唾ニ便汗垢毛髪処トシテ仁義ノ芬香ナラザルモノナキニ至レバ 身體輕莢ヲ得。耳目益路明ニ。才德大ニ増發シテ。邪想発念地ヲ拂テ。動作運爲自然ニ道ニ合ス一 ベク。其効予記スルヿアタハズ。 ○ は。其心得して読べきことなり。 粥は。病人に緊く用ものとすれども。粘痰停飲あるもの。咳嗽。喘 息。及蛔蟲の候あるものなどには。また將息あるべきことなり。 粥の粘稠却て害となることあり。留飲にて諸治効なく数年を 経たるものには。魚肉一切膏薬甘味を禁じ。たゞ陳廩米の六七 年以上のものを。一日に一合五勺より二合を限として軟なる 飯に爨。それをうすき樽飯となし。火に煤黄色にして。盛に盛茶 にても湯にても洗。箸にて能攪し。塩を出加へて。これを三次に喰 べし。かくして緊戒を持こと一年を経れば。宿患必治す。毎も試 驗ところなり。ある聲人このことを秘して妄に傳ざりしは。其 効あることを己専にせんとなり。惣てかゝる病には。一切粘稠 あるものは害あり。もし支飲。痰涎ある病者に。粥を用んとなら ば。必湯にてその粘をあらひて喫しむべし。 大麦は。小便を通利ずる効ありて。其味軽淡といへども。粗糠し て消化あしきことあれば。胃弱泄瀉などの病人には將息ある べきことなり。それも田家などにて幼より喫なれたるものは 害なし。水腫には必この物を用ることゝ心得たるものあれど も。その甚きものにはこれをも禁じて。赤小豆を喫しむるなり。 膏染過度より病となりたるものには。常の飯に大麦をもちふ べし。水腫には碎麦を用ヒて稲米を和ぬかたよし。但下利あるも のに碎麦は尤酌用あるべし。いかにとなれば。麦の粕汁にやゝ 大便を解釈るの効を具砕麦は其粘汁を去ず直に爨ことをす ればなり。 小麦は。其性大麦とは大に相違のものなり。すべて麺粉を用ヒて 製たる物。丸麺。麺筋。切麪。線餅のごとき数種ありといへども。此 物殊に粘稠消化あしきものなれば。病人の喫に先は善からず。 留飲。就蟲。及小便不利等の病者すべて禁てよし。湯鱗のごとき は。世人専病人の必喫べきものとすれども。先は好きものにあ らず。況むやむぎなどいふ類は。胃弱者決して喫ことなかれ。 蕎麦粉を生にて多服は。よく大便を下利す。故に小児の大便秘に 結に。薬を厭ものには。糖霜を和服しめてよし。暑時には水に調 ても用くべし。そばといふ名は。いかほど屑なりても三ノ稜の質を 変ずそばかどあるゆゑなり。火熟を経れば。そのそばかどとる るゆゑに。生なるほどには下利せぬなり。故に煮て軟餅とした るものも。これを蕎麦麺に比れば未熟なりといふべけれど。粉 をもちひたるほどには下利せず。しかはあれども。蕎麦餅も未 熟なるは泥滞やすきものなれば。胃弱病者は喫ことなかれ性 あしきものにあらねど。そばかどあるゆゑなることおもふべ し。蕎麥麪もまた諸病に禁ところなく。煮熟したるうへは胃弱 病者にも與てよし。又疝疫に害ありといふも一条の言にて。そ れはその人の稟賦とこの物の熟不熟によることにてもと毒 ある物にあらねば。さしあたりはげしき泄瀉ある病人の外は。 一切禁ずるにおよばぬことなり。また世人蕎麦を喫て浴すれ は卒死すといひて懼るものあり。決して其理なきことなり。そ れは此物飽食やすければ。喫後偶浴したるものゝ食厥を発し たるをみて。しかいひしものなるべし。決して蕎麥の毒にては なし。されども此物を大。に喫たる後。卒暴に腹満て苦悶ものまゝ あるは。かの三稜質よりこの腹満を發したるなり。しぶきとい ふものを細末にして服ればよくこれを解す。いづれの薬舗に もあり。又牡蠣の生汁もよくこの物にあたりたるを治すとい べり。胡桃肉はたび〳〵試驗たりとをしふるものあり。予は此物 に中く悶亂死んとせしものに。油を服せて即効を得たること あり。また此物を性冷とてきらふは謬見なり。温熟て喫へばむ やすものにあらず。俗人のみならず。醫工もかゝることゝ思て 病者に禁ずるは。蕎麦の性質いかなるものとも辨知ぬゆゑな り。もと踈通能あるものなれば。粘痰留飲あるもの。心下支結。腹 中妨題をおぼゆるものは殊更に喫てよし。小便を利じ熱を解 する効もあり。また感冒にて汗すべき病人の熱粥をきらふも のには。此物に換て汁を多し熱食しむるもよし。決しく禁べき 物にあらず。 赤小豆を水腫小便不利に餌にせば。煮汁を去ては効少し。必よ く煮つめて用べし。すべて小便不利にて腫脹あるものゝ類に は。塩を一切禁て。赤小豆一味を煮て其汁を服滓を喫て。他の穀 肉膏梁を少も喫ことなければ。尋常の水腫は必定治すべし。或 は赤小豆に大蒜を加煮て大蒜を去。赤小豆を喫もよし。此方尤 効あれば。臭氣に堪んものは用ッべし。むかし京師の一-医よく水 腫を治する名を得たり。其薬方は。赤小豆大大麦地膚子各ザ 此三味吹咀よく炒て。一貼四五戔許にして煎服て。一切の食物 と塩を厳禁て。たゞ赤小豆一品を煮喫しめ。その大便が赤小豆 の皮ばかりとなるほどになれば。小便快通じて効をうるなり。 この藥に香附子。縮砂。半夏などをいさゝかづゝ加へて。今は賣藥 にもなりて世の人もよく知ところなれども。さすがに多売ん の利心より。塩を禁て赤小豆のみを喫ことをもやゝゆるべく 能書に記たれば。原意にたがひて其効すくなし。且此薬方の勝 て効あるにはあらで。たゞ塩を禁て赤小豆ばかりを食しむる が。小便通利に験あることを明にせざればなり。服薬は病の異 途なるに従て区別ありとも。すべて浮腫。小便不利の病者は。よ く此意を得餌食を択べきことなり。塩を斷なば體疲んかと遅 凝て決せぬ人まゝあれども。もし小便不利の證進て水氣衝心 などあらば。まのあたり命絶はてぬべきことなれば。まづその 患を除んことこそ上計なれ。なにの猶豫することあるべき。假 令ばこゝに数日敵の為に攻囲たるものあらんに。其飢渇を救 ことを先にせんか。敵を追退ことを先にせんか。よく〳〵慮べし。 もしこの慎のならぬものは。昆布を煮出たる鹽湯をかねて用 べし。それにてもなほ忍かねば。淡味醤汁を喫しむべし。または 梅諸をたびく湯煮て。細剉たるいた昆布とゝもに。美淋酒すこ し加へてよく煮熟し。その梅ぼしを去。昆布ばかりを些づゝ釘に もちふるもよし。これらも用しざるにはしかざるなり。世に所謂 脚痺にて。小便不利なれども。體に浮腫なく。たゞ手足麻痺不仁 或緩弱あるもの。此法に從て。其症に的當の藥を用れば。効を得 こと亢速なり。また多年留飲より腹満て悩か。嘔逆など常にあ りて。體肥胖。足脛微腫。著月尤快からず。諸薬効なきものに。水腫 を治するこゝろえにて。この法をもちふれば。意表の効あるも のなり。緩痛の類もまた此法を執て治することまゝあり。或は 真の鼓脹にはあらねども。腹脹諸治効なきもの。及婦人體肥。月 経不順。または癇症。顛癇の類も。また此法に從て殊効を得こと あり。もし緩病に歳月を重て。赤小豆のみを日々喫に堪ず。大麦 をまじへ用せんとならば。砕麦がよろし。この粳米を喫塩と膏梁 を避ざれば。小便通利の薬。及敦阜諸症を治する剤に効をうる ことおそきことは。すべての病に其意を擴充て巨利を得こと ありと意得べし。 養を食て寝れば尿とぼしといふは。これ資の効にはあらず。味 厚粘稠ありて化熟おそきゆゑに。氣血の運輸を妨ることあれ ばなり。故に小便不利。及留飲。咳嗽。其他胃弱病者には。蒸糯飯を はじめ一切糯米にて制たるものを喫しむべからず。 豆油は。諸病人に害あることなし。ことに火煉を歴たるものな れば。再煮ざるものも病人好ば與てよし。世医やゝもすれば此 物を禁ずること過に嚴は。こゝろえぬことなり。 酒は。食事するときに微飲ば。腸胃の傳輸を助。肉食泥滞の患を 戒に益あり。しかれども。熱あるもの。支飲家。及平素四肢沈重を おぼゆるものは禁ずべし。其他酒を禁べき病を概にいはば。上 衝。眩運。頭痛。眼耳。耳。口。舌。咽喉。肩。頂。惣て上部に疾あるもの。常に 肩背強もの。咳嗽。喘嗜。小便不利。水腫。痊。痔。下疳。便毒。楊梅瘡。附骨。 疽。及肥前瘡。膽瘡。痙痛。諸癰。瘰癧。筋攣。骨節疼痛。痛痺。脚痺。鶴膝。 痺。鼓脹。勞療。痔疾の類。つねに動悸あるもの。衂血。吐血。大小便血 諸脱血。及陰癬。陰嚢つねに湿痒もの。婦人は経行不順。胎子不育。 又は崩漏。常疾あるもの。かゝる病に酒を喫て止ざれば。必其病 勢を進しむ。世に多あるところの卒。緩非の類も。酒より發す るもの十が八九なり。また婦人經行不順のごときは。酒の力を かりて血の運輸を資益べきがごとくおもはるれども。却て血 の壅滞を致し。子藏病を増發ものまた多し。そのうちにも勞療 の漸ありて鬱悒もの。酒を得て神氣やゝ舒暢がごとく見ゆる は。尤其死を促の所為なり。惣てのやまひ酒力をかりて快やう におぼゆるも。これ酒の温熱の氣しばらく體中に存あひだの みにして。解散の後はその害を遺なり。いかにとなれば。其温暖 を発心意を快暢するは。その氣性にあるところの効なれども。 それは霎時に昇陽につれて身體を謝去。たゞその粘稠たる液 汁のみ腸胃にのこりて。後害を醸せばなり。試に酒を血に滴に。 赤色忽変じて謄点となり凝結をみて。其害を為ことを察すべし。 故に瘴厲湿蒸を却。傳染疫毒を避寒を禦鬱を達。人をして歡娯 を起しむることの速なる。此物に愈ものなしといへども。病あ るものは。よくその効と害とを弁知て將息あるべきことなり。 醋は。偏味なるものなれば。過て用れば必害あり。すべて醋を用 て製たるものは。消化おそく停滞やすし。しかれども病者の胸 膈鬱塞たるもの。および食味を失しもの。たゞこの物を藉て食 を進ることあり。これらは時の宜きに從。一-藥に禁止すべきに あらず。しかはあれども此物ことに敗壤やすきものにて。器に 久貯たるものは。必微細なる蟲その中に生ずることあり。ゆゑ に沽て數日を經たるものは。決して用ツべからず。また産後眩運 および婦人の卒癇などに。醋の中に炭火または石瓦を燬て通 赤にしたるを投て。その煙にて口鼻を熏かくること。俗家にも よく爲ことにて効あるものなり。そのときには鑵やうの滴口 大なるものに醋を盛て。その中へ燬たる石か瓦を投蓋をなし。 その口より出る煙を鼻へあてゝ嗅しむるなどもよし。また石 瓦を投ず。そのまゝにふりたてゝ嗅しむるも。輕症には用べし。 劇時は。醋を口に含直に口鼻へ吹かけなどすることもまたそ のまゝ喫しむることもあり。嘗て産後頓に昏眩を発し。気息絶 たるものに。熱醋を鼻竅より灌て治したることあり。これらの ことはすべて婦人の病にもかぎらず。一切の毒にあたり昏冒 失氣たるもの。卒葬。眩運。肩背急殫。および沈睡病。あるひは酒に 酔て昏眩覺がたきものにも施てよし。また薬の瞑眩甚くいか にとも為べからざるもの。此物を服て治すべし。また病者の居 室の氣の鬱塞たるに。臟醋の煙を薫じ。傳染疫。痘瘡。麻疹の流行 を防に用ること及。打撲にさしあたり貼べき薬もなくば。熱醋 をもつて慰。または摩擦こと。惣て卒暴の病に効用多ことども は。それ〳〵の條下に説明べければ。参閲て施べし。また蘆飯は。尤 消化のあしきものなれば。胃弱病人。食の停滞やすきものには 用捨すべし。また黴毒あるもの。及留飲。蛔蟲。小児の疳疾面色萎 黄。腹満。手足羸痩等の患あるものには。醋を禁たるがよし。また 小兒吐乳。および青色の大便をするものには。その母乳媼醋を 用て製たるものゝ類を一切喫ことなかれ 味噌は。常に喫慣たるものなれば。病人といへどもその嗜好に 委てよし。たゞ下利はげしきものには將息あるべし。其佗さし たる効害なし。煙草或は附子鳥頭などの毒に中て瞑眩したる ものに。冷味醤汁を多服しむれば治るを。此物の能とはいへど も。しかしながら冷腹によりて効あるは。一切の毒は熱を行く。 はげしく。冷を待て静がゆゑなり。この理をよく會得すべし。 膠飴は。麥蘖より成ものといへども。製を經て性も味も大々に異 なれば。粘痰留飲あるもの尤食ことなかれ。たゞ腹中拘攣疼痛 あるものに。熱湯に融解服て。その痛しばらく快ものありとい へども。過れば泥滞て害になることあれば。連日多服ことを禁 小建中湯といふ薬の類に此物を用るものも。あまりに久服は 宜からず。况留飲家などには。假令薬病的當なるも。時に臨での 酌用なければ。却て妨害となることあり。故に俗家にもこの意 得あるべきことなり。またこの物に毒を解する効あり。これも 記得て益あることなり。 飴鰭を指の大さにのばし。長さ三寸ばかりにきり。その頭尾を 殺し。肛門にふかくさし内て。大使の下にはる意ありて通利が たきに。蜜煎に換て用フること。邉鄙などにてすることなり。 菽乳を。世人の大に禁ことあるはこゝろえがたきことなり。も と黄大豆を用て製たるものにて。軟脆消化やすく。たえてその 害あるを見ず。むかしは塩膽水を多用して硬かりし由きけば。そ れゆゑに禁たるなるべし。眼病に禁もまた妄見なり。たゞ洞瀉 の病人には宜からぬまでなり。 棘鬣魚は。病者の餌食に尤宜ものにて。一切禁ところなし。痺瘡 の内托に用べし。鹽藏にして遠より致ものは好しからず。 鶏魚は。毒ありて人に益あらずと古来よりいひつたへたれど も。さしたる害ありとはみえず。いかさまにも病人の喫には宜 とも思れねば。強て好にあらずば與ぬがよし。 黄穡魚を。世人もつぱら病者の食料とすれども。棘鬣忽に比て は大に劣るものなり。 鰻驪は。病者の好にまかすべし。多食しむべからず。諸瘡に用て 内托の効あり。痘瘡にもまた與べし。蟲を殺勞療を治ずることを いひつたふれども證なし。羸弱病者の虚を補べしとはいへど も。過喫れば下利を促こともあれば。症によりて用捨あるべし。 あなごは鰻驪の種属のやうに見ゆれども。繊骨多その性大に 劣ものにて。餌食には為がたし。 鯉魚は。婦人の乳汁を出。小使を通ずる効あり。一切の病者禁と ころなし。水腫に用る鯉魚湯といへるは。鯉魚の大さ七八寸よ り一尺ばかりのものものを。そのまゝに煎じ服るが古方なれども。 苦味ありて股かぬるものには。腸を去。まづ板昆布の長サ一尺四し 五寸ばかりなるに。水一升入て五合に煎。その昆布をば去て。其 汁を用て鯉を煎じ。三-合に煮つまりたらば。また其鯉をも去て。 その煎汁を三ツに分。一-日の中に用ツるなり。腥を厭ものには。柚皮 或は椒芽椒末などを加て用べし。水腫。小便不利。諸薬効なく。医 の手を束たるもの。穀肉一-切聾味を禁じでこれを用クれば。意外 の効あることあり。然ども鯉魚湯ばかりを服て。禁忌に率畧な れば。やゝもすれば泥滞ことあり。胡椒と鯉魚と同。食ことを禁 はその理あるべし。赤小豆とともに喫べからずといふは。全そ の義なきことなり。 鯽魚膾を。痢病の餌食となせども。いまだその効をみざるのみ ならず。却て停滞て害となることあり。これらの物をたのみて。 痢病の劇症を治すべきにあらねば。用にざるにはしかず。 河豚魚は。一種の中にも毒なきと毒あるものありて。漁人とい へども弁別がたく。あながちに鮮と敗とにもよらず。烹調の精 庁にも關ず。もしその毒あるものに會ば。その死踵を囘ず。之を いつも見聞しながら省ことなくして其味を貪輩は。禽獣にも 趣に劣たることなり。もしその毒に中たる者は速に吐しむべ し。急卒にして薬なくば。人糞一蜆殻許を服しむべし。直に吐な り。人糞はよく一切の毒を解するものなり。異菌の類其他一切 の毒に中て。吐も瀉もなく悶亂に奇効あり。また青竹を切て両 節をとゞめ。厠暁の中へ三四十日没おけば。その中に澄たる汁 を留潴を。磯器に畜土中に埋て。聽用もまたよし。また藍汁効あ りときけどもいまだ験ず。また糞を煎じて服しむるも効あり といへり。されば河豚の毒に傷て鬱冒となるものに。蓋を火中 に焼て。煙を口鼻へ薫かくる法あり。鹿角菜もまた能一切の毒 を解す。劇甚にいたりては油を用ること。後の中毒の條に述べ ければ參考べし。速に其毒を解することを知得ば。蛇の醋毒と いへども。死にいたるほどのことはなきものなれども。いさゝ かの味に耽。口腹のために苦悩は。不孝とも至愚ともいはんか たなきことにて。予が尤憎ところなり。 綾鱗は。性味させる毒ありともおもはれねとも。たまく毒に中 て悩ものあるをみれば。同形のうちにも。一-種の毒あるものあ りとおもはる。病者はいふまでもなし。無病のものなりとも喫 ざるにはしかじ。 鰛魚は。油膩多。其質もまた良からず敗やすし。平人といへども 喫過れば泥滞ことをおぼゆ。況病人に與べきものにあらず。世 人乳婦に喫しむれば。よく乳を出といふは。鬱病に効あるこ とをいへると同昔趣なるべけれど。餌食なりとも。かゝるもの を多し喫しめては。先停滞の患ありて。効を得までは如何あらん。 且子藏病の發も。乳の出ざるも。其病因區別なるものにて。一類 に此物を喫しめて治さんことは。おぼつかなきことなり。故に 用ることなきをまされりとす。 朝鮮魚は。妻あり。病人決して喫べからず。平和の人といへども。 多喫へば血を渾濁す害あり。ある人いふ。かつをの軒に胡椒豆 油をかけ喫て。即死したるものまのあたり両人までみたりと いへり。予其理を會得にいとまなけれど。物類の相感は不可思 議なるものにて。且言を食る人ならねば。こゝに記て世に示す。 堅魚は。すでに煮熟を歴たるものなれば。一|切の病者その好に 任てよし。 叔鮪も。毒あり。病人喫べからず。黴毒あるもの最て禁べし。 文鶏魚は。俗伝に難産の婦人に黒焼にして用。て効あることを 言ども。無益なるのみならず。産婦にかゝるものを與ふれば却 て害あるものなり。煮て喫しむるものあれども。それもせぬが よし。病人好とも過て食しむべからず。 惣て無鱗魚屬は。腐敗やすくまた醉やすし。これその性の善か らざるところあればなり。 比目魚は。世医のにくむものあれども。さしたる害を見ず。これ に一種醉ものありといふ人あれども。いまだその物を知ず。唯 むしがれひといふものは。病人喫に宜からず。ひらめといふも 同種属なり。 膾残魚に。腸胃を順す効をいへどもおぼつかなし。濕を動す害 を説もこゝろえがたし。させる毒なきものとみゆれば。病人の 好に従てよし。 蜆は。病人好ともまづ禁たるかたがよし。味醤汁に煮て黄疸の 餌に用れども。させる益なし。小便を利ずる効をいへども謬見 なり。ある辺鄙にこの殻を火に焼て極細末にして。小児の久咳 嗽いはゆる百日咳に用るを。家の秘方とするものあり。もと漢 土より出たる方にて顛効あり。もし小児久咳嗽にて下利を慕 面黄體羸たるものには。坤を細末して用シて効あること。予が発 明にて。世医のいまだ知ざるところなり。 文蛤を。痘兒ある家に入べからずといふは妄言なり。これに限 ずすべての介屬を。長病人の食に宜からざるは。こゝにいふま でもあらず。 蝮魚は。毒あるものにあらねど。胃弱のものは喫ことを好ず。世 人此物眼を明にすといふは非り。殻を石決明と名るものに其 能をいへども。さらに驗なし。況肉と殻とは功用同からず。決し て無用のことなり。串鶏。収糟鰻肉。ふくだめの類は。長病不食の もの喫てもつとも宜からず。 海膽醤。よく湯火傷を治するに即効あり。速に貼てよし。かたき ものは。湯にても水にても解てつくべし。 松魚の生なるものは。味輕淺。病人喫に尤よし。もしその物なき ときは。鹽藏のものもまた用べし。血を運し毒を排し。膿を醸し 内托の効尤優たり。世医やゝもすればこの物を喫ことを禁は 可怪ことなり。我邦調血の剤に往昔この物を用たりしをみよ。 決して毒あるものにあらず。多喫て瘡を発は。これ此物の効な れば。必懼ることにあらず。身に毒なきものは。いかほど喫とも 瘡を發ことなし。故に肥前。黴毒の内に伏て諸疾患を為もの。日 々に喫て甚良。痘瘡を患る児に與て尤其益あり。子に乳を與る 母及乳媼常に食べし。いかなる病人に與てもいさゝか害ある を見たることなし。 鯢魚。鰥魚の類は。病人に宜き魚なりとも。先は喫ざるがよし。 鶏は。血脈を資。内伏毒を排し。膿を醸効ありといへども。粘痰病 飲ある病者は。此物をはじめ諸鳥肉ともに将息あるべきこと なり。 鶏卵は。其効ほゞ肉におなじ。咽頭腫痛て。粒食の降がたきに此 物を生のまゝにて豆油すこし加調て喫しむべし。おもひの外 によく下降ものなり。その鯉を惡ものには。霜糖をくはへ熱湯 に和て用べし。咽痺には生のかたよろしき也。日に数枚を喫し むるときは。命を保に足り。そのあひだに治を施べきなり。又痘 瘡ある家にこの物を禁といふものあり。尤不可解ことなり。痺 瘡の内托に餌にし。常に効あるを見る。決して禁べきにあらず。 また湯煮たるものは病人多喫べからず。泥滞やすきものなれ ば也。また湯火傷に用る鶏卵油は。湯煮たる卵の黄ばかりを復 土焔にて漫火に炒ば。漸に油出るを取蓄て聴用に。いたつて効 あるものなり。 野鴨は。毒なく滋養の効あり。痘瘡の内托にもまた用べし。皮と 骨は病人決して喫べからず。多は煮汁のみがよし。鴈は。鳬に類 して其力劣り。 鷂雉は。内托の効優たれども。毒なきにあらねば。病によりて將 息あるべし。 鶉は。小鳥のうちには餌食にもちひてよろしきものなり。 葡萄。梨。林檎の類。熱ある病者このまば。斟酌して與よ。必害ある ことなし。そのうち葡萄もつともよし。 黄橙。蜜柑の類は。熱を解し渇をやむるに効あり。皮尤優。 霜柿。載柿。効用おなじ。この物に蛇の毒を解する効あり。近くころ ある家の庭に小蛇の出たるを。捉て戯に呑まねをしたるもの ありしに。誤てまことに呑たり。とやかくするうち腹大に痛悶 亂ほとんど死んとす。衆医集曾て。吐下すべき劑を頻に用るに。 苦痛ます〳〵劇く。医士も伎窮来手しを。後に到し一。豊此物の蛇 に咬れたるに貼て効あるを知て。試に煎じて内服しめたるに。 其痛忽に治たりとぞ。予いまだ試験なけれども。しばらく此に 記て世に告なり。また呪逆を治する効あり。この物特帯を用る にかぎらずと知べし。 西瓜は。渇ある病人に與てよし。世にこの物を喫て吐瀉あるも のを見るに。皆過食ゆゑなり。たえて毒あるものにあらねば。節 喫て害あるをきかず。ゆゑに大熱渇あるもの。好ば微づゝ與て 禁ことなかれ。たゞ下利あるものには将息あるべし。小便不利 湯あるものもまた喫てよし。 油麻は。病人喫て害ありしを見ず。やゝもすれば医人のこれを 禁するはこゝろえず。病人の嗜好に任てよし。また此物に精を 益憂を鳥すといふものあり。これ大なる左過なり。たえてかゝ る効のあるものにあらず。決してそれらの説に惑べからず。ま た油は生にて用るとは大に異なれば。病人においては尤禁ず るところにありといへども。油と薬と反なりといふは。これ傳 習の謬見なり。すべて油は喫て時を過れどもなほ胃の上口に ありて下降がたきことは。水に混たる油の上面に浮て。その水 を傾瀉ても油は器の辺に残るごとし。且其粘滑あるゆゑに。腰 中の機あしくなりて。留飲などには尤妨となることなり。薬と 相友が故に禁にはあらず。さはいへ油の性質は一切の薬毒を 圍繞て其力を挫ものなれば。反といふ理のなきにもあらねと。 世人はかゝる理を弁知ていふにあらねば。しばらくこれを驚 すなり。もし喫て泥滞を知ぬものは。病ありとも少は與てあし といふにはあらず。又今世に変疱骨と称て貼たるところに水 疱を起ものあり。此膏を貼て後に。小便淋瀝。陰茎中に痛を知る 者あり。速に油煮やうの物を食ば其痛治るなり。このことかね て記得べし。また龍腦一-味細末にして服るもよし。 菘は。煮熟すれば軟にして。胃弱下利の病者なりとも。嗜好もの には與て害あるものにあらず。たゞ留飲家。及面色跨淡唇白者 等は惣て菜蔬の類を多喫ば宜からず。然を世竪はその科別も なく。一切の病者に菘を禁ずること厳は。全その理なきことな り。唯鹽蔵の物は消化宜からねば。羸弱病病者は多喫しむべから ず。世人いふ菘を喫て兒に乳を嚥しむれば。兒の大便青といへ ど。是蠢愚なる裁量なり。兒の大便の青ば。病あるにあらねば其 母か乳媼に必故あることなり。菘の青色が乳より轉輸て大便 に出るものにあらず。若然らんには。赤色の物を喫ば赤。大便を 泄。白色の物は白。大便とならんか。甚失笑べきことにこそ。 白芥子は。腸胃の運輸を資留飲を疎。飲食を消化。食滞を治す。傷 寒の精神錯亂譫語ありて。諸薬効なきものに。この物一-味細末 にしたるを。煎服せしめて験あることあり。癖病にも用くべし。手 に不遂不仁ところあるものは。此物を布に裹沸湯に撮て。肩よ り身柱の部を慰。脚にあるものは腰を慰て効あることあり。ま た平素に頭熱脚冷るものには。嚴醋にてねり足心へ貼てよし。 餌食に毎朝味醤汁に点て用べし。 痺菜は。腸胃の轉輸を健にし。腹痛を治し。鬱冒を開の効あり。一 切の病者禁ところなし。帯下諸病。鬱悒諸症。疳病。惣て胃弱者常 に餌にしてよし。 生薑は。一切禁ところなし。胃弱病者。および胸膈痞塞。或は留飲 あるもの。ことさらに喫てよし。嘔氣に尤効あり。煎劑に生薑一 片といふは。やゝ大なるところにて。厚一分ばかりを度とすべ し。黴皮は去たるがよし。因にいふ。凡て薬を煎ずるには。磁器を 上とす。薬は布嚢に盛ずそのまゝに投たるがよし。其味を主と する劑は濃煎をよしとし。芬芳あるものは濃煎をこのまずと 先知得てよし。もし香氣あるものを煎ずるならば。確の滴口を も紙やうのものを以て之を塞。その氣の泄ぬやうにすべきな り。 葱は。病者に禁ところなし。疝痩。腰痛。その他下劑を服て便下べ きに下かね。腹中急痛支悶。または痛肛門に徹て堪がたきなど に。白きところを掌にてよく揉。すこしづゝ鹽を和てよく軟に し。充端にて温め。布に裹て慰たるなど。尤捷便にしてしかも効 あり。獺撲の腫痛にも用ヒて熨てよし。 莱蔔は。一一切の病者禁ところなし。煮たるもの尤よし。生もまた あしからず。沙莱蔔も用で害あらず。頗伝化の機を資に益あり。 この物を葱白に交て慰劑に用ることあり。澤菴づけ。粃淹の類 も。病者好ば與てよし。たゞ茎葉の聾藏はこのましからず。 竹筍は。毒あるものにあらねど。消化あしきものなれば。怯弱泄 利等の病者に禁ことあるまでなり。 菠薐菜は。毒あるものにあらず。しかるを婦人齒を染てこれを 喫ば。毒に中りて死ぬるといふは。鉤吻。和名なべわりといふもの の相似たるなどより。偶にそれらの類を誤認喫て。毒に傷し者 あるならんか。また芹葉の鉤吻ありて。せりと相似たり。和名お ほぜりといふ。池或は澤に生ず。これまた毒あり。よく〳〵辨知べ し。 大蒜灸を瘡癰の膿を呼に用るは。火気の内に徹て痛を知にあ らねば。効なきものなり。 芋の類は。毒あるものにあらねども。痰涎留飲の病者に喫しめ ざるをよしとす。青芋尤善からず。薯蕷の精を益といふも妄也。 すべてとろゝじるは。長病人はいふまでもあらず。つねに宿飲 舊癖あるものこれを喫ば。まゝ停滞ことあるものなり。 蒟蒻は。性質のよからぬものなれば。病者の喫に宜からねど。微 少与ては害あることなし。世人癲癇に禁といふは真に然り。痘 瘡せざる小児に喫しむべからずといふは証もなき妄言也。幼 より喫襲ては害あるを見たることなし。また此物を湯煮。乗熟 手巾に裹。疝疲腹痛。及腰痛等を慰てまゝ効あることあれば。時 に臨て用フべし。 茄のよく煮たるは。病者の好に任て決して害あることなし。婦 人食ば子蔵を傷といふは妄言なり。あきなすは眼を損ずとい ふも謬見り。たゞ鹽藏久さを歴ざるものは。痰飲を激動ことある が故に。將息あるべきことなり。 牛蒡は。よく瘡癰の膿を釀。毒を内托て。小便を利ずる効あり。痘 瘡児に熟煮て喫めてよし。その実を悪実といふ。痘瘡の眼に入 たる小児の願門へ。呼膽膏に和貼て。能其毒を導ゆゑに。輕症に は用ツべし。 沙糖を用て製たるものは。病者の嗜好に委て与ること禁べき にはあらねど。すべて喫過ては。泥滞害のなきにあらねば。其斛 酌すべきことなり。薬と相反といふはもと譌にはあれど。此物 にもまた解毒の効あれば。しかいひつたへたるにもあるべし。 故に鯛鮭魚金。鋸魚などの毒に中りて。面熱頭痛するなどに。糖霜 水を用ること。世人の知ところにて。まゝ効あることあり。 煙草は。毒なきにあらずといへども。常喫たるものは。病ありと て禁ずるに及ず。たゞ喘咳劇きものはやゝ将息すべし。又溺死 たるものに。烟草の煙を肛門より多ク噴入て治することを聞ど も。予はいまだ試験たることなし。もしこれを行んとならば。性 烈品を大頭許なる煙筒二挺に實て火を点じ。一ッの喩口を肛門 へ挾。一ツを口に合て。火頭を相會。息をきはめてたび〳〵吹入べし。 尤水をしたゝかに吐せて後行べきことなり。これ予か創意の 便法也。 茶の病者に害あるをみず。熱ある疾。傷寒。時疫などにはことさ らに與てよし。痘疹には尤効あり。初發より灌膿のあひだ。上品 の茶を濃煎じて喫しめていつも其効を知り。婦人の黴痕。子藏 病にも用てよし。此物人々喫きたりて。腸胃に慣熟したるもの なれば。病者好ば與て一切害あることなし。また末茶の世に濃茶 淡茶など稠ものも。喫慣たるものは。病ありとて必禁ところに あらず。却て腸胃の機転を資の益あり。しかれども頭部の鬱塞 を開達ことの速なるものなれば。眠を礙ることはその人の質に由 てあることなれども。それを以て茶の害とはいひがたかるべし。 此物曼陀羅花阿片などの毒に中りて。沈睡覺がたきもの。及子藏 病。癇症などにて。沈睡を發したるなどに用べし。世人いふ。藥を 服もの茗を用つれば効なし。土茯苓の類は薬汁をして水となら しむといふ。これ大なる妄言なり。予恒に病者に此物を禁ざれ ども。たえて薬の効なきを見ず。右にいふところの病者のほか。 眼。耳。舌。吉。上部の病あるもの。黴毒諸患。眩運。昏冒。頭痛肩項。強な どには。必上好品を喫ことをゆるして効あることを知り。この物 に解毒の能ありといふによりて。薬の効を妨るといふにもあ らんか。いづれにも拘ところにあらずと心得べし。 惣て熱ありて湯茶など嗜病人には。必度を過さぬやうに時々 與て尤よし。それは自然作用力の飲液を得て病を解すること を欲ものなれば。必これを禁ずることなかれ。婢僕などの病あ りて渇あるものには。必その同僚に命て。求るに従與しむべし。 熱飲を欲を熱剤相応の證と。医書にいひつたふれとも。今病者 に験に必しも然ず。それらの説を的にしては。治術を過失ことま まあるものなり。 熱劇大渇あるもの。その好にまかせて冷水を與て病を治する ことあり。決して禁べきにあらず。後の傷寒の條に其梗概を述 べければ。熟讀て考べし。其他水の効用多端なれども。近ものを 二フ二ヲ挙て其例を示べし。齲歯痛歳を経て治しかぬるもの。朝起 の漱口より朝夕の食事。いさヽかの銚子粱餅果実を喫たると きも。寝んとするとき。厠より出たるときも。癖になりたるやう に水にて口を漱て。一切湯を用ることなく。平素止ことなければ。 その痛漸に癌て。多年の宿患を除べし。また鬱毒及留飲などあ ○常に飲食する後ごとに。必端坐て先口を開腹中の気を呼こと数遍にしく口を閉さて両手掌を 相厚て熱せしき。額上より両規下及左右の恥を奪擦と数邊尤輕すべし其次に両手相連て左右 同断同右同断 の胸脳より小腹に至までを。徐々と擁摩と十数過。これは面部を摩るよりも少力を用べし。其後 両火指を以て足心湧泉火を力を極て摩擦に。左右右右右十通にして此此法飲食後以下腰悶腹 氣停滞をおぼえ。或は身體沈重。睡眠を催こなどあるものに月を累年を積て行しめ薬に優る効 有ことあり。かゝる症なきものも。常に施て止ざれば飲食の消化を資。滞食留飲の患を除に鴻盆あ り。熟按ずるに。古人の宿食を雑病の先と為と云しはさることにて。惣の病は口腹の欲を節せざる より発もの。十にして八九なればなり。古聖人の食飽ことを求ること なきはひとり志處ありて。其暇なきに非ず。先にも いへる如く。飲食を戒るが。とりもなほさず格物致 知の大木にして。身體の壮健なるに非ば。道を得 ことかたく。士農工商各その職を成就すること能ざ るが故なり。且飲食自倍すれば。腸胃乃傷と。 古人も戒たれば。惣て飲食は必六七分を 定とすべし飢乃加レ餐。菜食美レ手二珍味一ニ倦然ハ 後臥草荐勝レ似二重袖一。古の君子は蔬食も飽ま でにせずといへば。まして美味醇酒を肆にし 身を忘てはいかでか天年を折家を破ことのあらざるべき。故に かゝる瑣末なる導。引も。これをわが医の一-科に具べきのみならず。 また修身齋家の一助にもなるべき歟とかく諄々するにぞありける。 巻二 卅六 りて。涎唾粘稠。口氣常に臭もの。口舌糜爛。齒齦をりく腫。あるひ は膿を出スことあるものゝごときも。また此法に従て急ことな ければ。其病原を平治とにはあらねども。かゝる悩は必愈こと を得べし。また惣て平常熱物を嗜喫ものは。やゝもすれば口病 を發しやすく。牙齒の損ずることもはやきものなり。これ又預く 意得べし。 讀書に耽。伎巧を業とし。すべて眼力を勞ものは。毎夜寝ときと 朝起たるときに。眼の上下の框と内外眥の内の液を。冷水にて よく〳〵測去。刺螫もの無にいたるまで。かくして怠ざれば。眼の 疲勞すくなきものなり。 産後の眩運に。冷水の竒効あること。坐婆必研にくはしく其説を 記たれども。今此編婦人須知の巻にほゞこれを述て俗家に示 べし。其他熱病の危篤證に灌水得効ある辨。痘疹。驚癇。及癇疾。癩 癇。狂癇諸症。痛。痿。諸患。又は痩狗傷てより。精神錯乱もの。或は頭 熱綽久止ざる。或は惡寒歳を累て愈ず。或は久瘧諸治効なき類 及癩病初發。痿療初起に。灌水。浴水。柎水。及瀑布泉を用る差別。其 佗の諸病に。冷水内服辨別など。予が多年の試験は。皆治術のう へのことにて。鑿も其人にあらざれば妄に説論がたく。況俗家の 理解し難ことのみ多ければ。此には具論ぜざるなり。 穀肉。果。菜の性質に。寒。熟。温涼といふことなきにはあらねど。炙 任たるものを温暖なるまゝに喫たるは。みな火氣をその中に 含有たれば。平素喫慣たる飲食のうへにおいて。あながちにそ の寒熱温涼を論じ。ふかく愛憎の意を起べきことにあらず。且 世にいひつたへ書に記たる類は。皆守杭説多く。實の据となし 難ことのみなり。薬の性効に至てもまた然。俗人は熱あれば寒 てよきものとおもひ。冷るをば温ねばならぬことゝ記得たれ ども。療治医薬のことは。さやうの俗見にてゆくものにあらず。 熱あるものをなほ温寒ものを益涼して利ものは常にあるこ となり。然を薬は如何なる故に効あるものとも知ず。附子とい へば温るものとおもひ。石膏ときけば寒ことゝ臆度は。あまり に愚昧なること也。凡俗の了解しがたきことながら。今此に其 大要を畧していはゞ。惣てこれは寒かれは熱。それは温あれは 冷ど差別使用ところの物の性といふは。生活體の一元氣の運 動機と相会て後初て見ところにして。其性に由効をも害をも 爲ものなれば。夫妊より煎烹の火製をふるに従て。性の変化も のもまた多。又物の相会て性効を見といふことを喩んに。其性 熱なりとはいへど。自焔を発して燃にもあらず。寒なればとて 氷て碎たるためしもなし。ゆゑに熱劑も所使に由ては寒とも なるべく。寒薬なりとも又熱を発張本ともなれば。たゞ理にば かり繋縛られてはゆかぬものかといへば。繋られぬやうにし て縛られるか。理の外を出ぬ活手段なり。然を中古鑿學の世に 廢れたる頃に。石骨など近手に握てその冷やかなるをみて。太 寒薬と定メてたゞ寒すものとのみ思しは。假令ば氷や雪を寒と 識。湯に沸ば熱といふがごとく。これ其體につきていふまでの ことにて。其性を論ずとはいふべからず。全物の條理をも窮知 ことなきより。妄にかゝる差謬を言出されしなり。すべて世間 に藥の寒熱温凉を談こと皆この類にて明ならず。医学も多途 にして規則定がたければ。幼より白首まで。汗牛の書籍に眼を さらし。諸師に從學。衆病を施治し。且其道に爽利にても。なほ實 に知得たるもの少き薬の性効と病の所由を。庸俗のいかでか 辨得らるべき。冥々之中に限る命数あれば。必治法も一定あら ん。故にとやかくいはんよりも。病のことをば一切医師に任て。 俗人の愚癡なる裁量はいはぬぞよき。病家はたゞ一途に信用 する心を先とし。医者は誠實もつぱらにして。他人の病を自己 の身に荷負それに心を潜なば。絶伎にあらずとも大かたの病 は治すべき道理なり。とかくに医者が輸寫にならねば。病者の 為に損あることにて。たとへ巧手なりとも病家に疑念を懐多 慮を見れば。おもふやうに手は下されぬものなり。まして庸土 をや。世の諺にいわしのあたまも信心がらとか。其意味が医者 のうへにもあることにて。正氣散龍手湯の泡薬も應とおもへ ば得利あり。ゆゑに同病に同。荊を与ても。病家と医者とが相投 せねば。効あるべきも験なきことあり。これらの旨趣は淺近な るやうなれども。真に其理義を会得せん人は稀なるものにて。 とかくに我意といふものが妨礙しては。實際を明められねば。 速胸の中の茅塞をよく聞て。平心に聴受んことを庶幾のみ 病家須知巻之二終一 春三日録○龍を名き百す忌得○小児を生著者とも亦接して燕重に生ずると事也○池の病になんとをいふには 合雑にはざりたる養生の心得あることだ○産の母自身の乳には児を養むせさべし小児は常に帯に習てあじめても 升に関ユリ赤び化児を車に劣挽あること同○乳に云て児の気量を拝ずることをは○自身に乳をいごすこならぬ ときのことだ。乳母を去る不心得頭と乳の霊悪を試るとは○乳母養生を得けり乳を喫じむる心得しくこな○物 生の小児にはゞめて乳を用に心得ず○乳不足やますきの心得を○小児の薬を服かぬるときは母及乳母に與てかるる 侍けるバ○初竟のよだれいには心をあることいふにこといふにある。ころえたがへあることいふにころも四 症のゆ断なとぬことバ〇卒にさしこみたるときに腹を按て数ふつとなる并に闘[リ]○乳を吐返さみあるときに止ることなり 薬を用れば却て害わゆることな○乳をとき反さしこみのはじめに汗をとて治することかり○同母及乳母の病にく この症おこること。ア○大便の色書はよろしかりぬ症なるなだ○小児の病多くは父母の遺毒によること。○貴 也の兄に大母の首を母おかび乳井の乱より毒を導く皆このあれでもこゝろづくものなきこと理○小児の頭に發 人の児に父母の遺毒おかび乳母の乳より毒を伝て病ものあれどもこゝろづくものなきことだ○小児の頭に発 する瘡を俗に胎毒といふことゲ○小児の遺毒に由く眼を患るものに顛門の胎薬を用ること凡○小児 の病を曳てむしといふに心得あること○痘瘡のこゝろえたる○痘瘡の毒を傳へしはじめのこと目○痘瘡 を避るに心得あるいと卅七〇同ぞやみとひきがせとのみわけ丸○額巾を用て大小害あることいふ○痘瘡の 看病に大に心得あること卅○近来の痘疹科のいずいとの世に害あることい也○痘瘡のひきつけに拊朮術 を行ふ図説する部分に差別ある部分に差別あるあとましの図説細○でそろえのこゝろえのこと唱○み づかみころえのこと母の娘に人をふせぐことせぐこと卅ハ○をり〳〵鼻の中を掃除すべはごし こめえのこと娘式○痘瘡は根の亦みに診やうあること問○同膿色みなのこと同○痘瘡の色白きは虚 乗たいふに誤ありろこれど○かせ心得のこと嘘○痘瘡中こゝろえべき儀々げ の辯四十二〇水痘のち四十二〇円痘瘡とのみわけに心得べきあらまし日 病家須知 一名病家こゝ侶要求沙 病家須知巻之三 小児を養育する意得を説 小児に乳を與るは少をよしとす。過て停滞れば必病の原とな る。歯生斎て後は。乳を用ず飲食にて養育が自然の理なり。世人 は齒生そろひて後も。猶乳をのみ用るものあれど。それは宜か らず。三十四歳以上にいたりても。なほ乳のみを専に喫しめて。穀 食せぬ小児は。尠の物にも傷やすく。生長の後。腸胃必脆弱し て。穀肉なににても纔に過れば。それに堪ずして病と成故に歯 生てよりは。乳を減して。先稀粥やうの物より漸に喫憤しめ。後 後は穀を専に用べし。小児を育るには。三分の寒一分の飢を帯 病家須知前編 一蜂善居主人著述蔵剤 ←不 と里登皇 必究 2千点 発兌 源屋茂兵衛 書房 須源屋伊八 一名病家こゝろも艸といふ・はじめに養生の要務をとき、一切の病に薬を用ひず。たゞその心がすて 治すべきことを示し。次に者病のふ得食物のよきあしき。すべて素人の心得になる事をのべ小児のそだ てかた。疱瘡の用意、婦人の病。懐妊のてあてを記し後篇に至りては。瘡毒。肥前。傷寒痢病。痢病。痢気等。 其外一切の急病を。医師なくして。救はくるをのべ。金瘡打かの事をめげ。をはりにていかなた難産にても。 素人の手にて。こゝろやすへうませらるべき秘術までをも書のせて。のみまことなし。すべての主せし 壱世間の惑をひらき。山家邉鄙の助になさんが為の。懇切を以て著せるところの書なり。 しむべしと。古人はいへども。乳食ともに二三分を減たるが宜 也。この意得をもつて。飲食のみならず。生出て匍まはるより。そ の衣衾をもなるべきたけ薄すべし。最華麗なる衣服を欲ず。生 なるもの尤宜からねば。親の附身故衣を用て製たるがよし。中 人以下は専木綿を用て益多し。富貴の家にても。なるべきたけ は質素なる衣服左よし。これ兒を健に成長て。後の福を植壽を 延第一のこゝろえなり。ことに小児の肌膚はもとより胞ものな るを。あまり温暖過れば。膝理の開図あしくして素に病多。には かに風寒に触ば。必冒れて病やすし。襁褓の裏より恒に慣して。 重被厚衣することなければ。熟て常となり。必壮健なるものなり。も し前にかゝることを知ずして。重被厚衣させし兒は。秋風立て 漸涼くなる頃より。逐次に習して冬に至れば。薄服にても必害 あることなし。昔ある明君の重罪ある婦人の孕たりしを聴た まひて。月足て其児を産しめ。十五歳に至まで寒暑とも赤裸に て育させ給ひしに。微も恙なく健に生長せしを。確に證給ひて 後。放遣れしとぞ聞し。世の口実にもいふごとく。人は習とはこ の車にて。今卑賤の家の子を育るには。衣食ともに乏がちにて。寒 を防暑を避る准備もなく。世にいふすてそだてといふやうな る兒輩が。かへつて病なく健なるを鑒べし。とかくに襁褓裡よ り慣しむることが肝要なり。また乳哺うちばにして。腔裏空隙 あれば。運輸承順にして必健なり。なににてもこれは児にあし と厳制ことも宜からず。平素人の喫ほどのものは。其程量をだ に過さずば。小兒にはよからぬものとて。択別すべきことにあ らす。痘疹前の禁忌といふ類尤愚なることなり。冷水も幼稚よ り喫熟たるは。決して害あることなし。なににても慎熟したる をよしとす。たゞ甜美をなるべきたけは與べからず。これ疾の生 ぜんことを恐のみならず。後の奢を戒んがためなり。貴賤貧福 の級。その品によりての差等なきにはあらねど。子を育るのこ ころえにおいては異ことなかるべし。すべて幼より奢と肆なる を禁戒て。玩具衣服も分限より省なるを良とす。慈愛に溺て放 肆ならしむれば。長て後必己が意の欲ことを遂ざれば。鬱悒し て病と為か。さなきは悍戻にして。人に避棄身を滅にいたるべし。 故にこれを誡ることは嬰孩の始にあり。たとへ脆弱の児なりと も。やゝ東西を辨べき齢にいたらば。はやく學字讀書の師を撰。四 民それ〴々の学べきことを漸に教て。朝夕身に閑なからしむべ し必怠堕に習慣しむべからず。世人の子を愛するを見るに。病な きに灸し故なきに薬を用て。預病の發ぬ慮すれども。健なる兒 に灸薬何の益あるべき。用るところの灸薬暗に害を招ことを知 ずして。稚兒をして空に苦痛を忍しむるはなにごとぞ。しかせ んよりは今の論のごとく馴到し。六七歳の頃よりも。はやく師を 択て学べきことに簡ならず。児の身に暇あらしめずして。放肆な るを戒んにはしかず。かゝれば。體必健にして病なく。憤て常となれば。成 長してものゝ用にもたち。世に崇重るゝ人ともならんことは。これ 親の真に子を愛するものといふべし。子をかくのごとく教導は 却て易ことにて。病なき身に灸火の熱をうけ。苦薬を嚥せらる るほどの悩はあるべからず。人に賢愚の殊ありといへども。栄 得たるところの性は。善にも悪にも習やすきものにて。幼より 親の教諭よろしからず。声友に交ぬれは。端人となるべきも。や がて酒色に耽懶惰になりて。これがために終身の病を得て。遂 には家の衰を来身を亡なり。草木の枝も嫩に挽ればいかやう にもなり。輸大枝到なりてはいかにとも爲がたし。これを嬰孩 に教。未成人に戒壯健にして忠實なる人と成ことは。全親の心 にあるべきことなり。脆弱多病の兒なりとも。灸薬保護のいと まには。堪べきほどのことを必勤しめて。身體を運動し。漸に學 べきほどの伎藝を敎ること。これ灸藥にも優たる効あれば。ゆ め〻〻愛著に溺て。怠弱にならはしむべからず。稚よりこれを導 にその道あり。古人の語に。世には愚なることのみ多し。人の子 を善育ることを知ず。いまだ匍匐ころより。匍てこよこれ與ん あれ授んなどいひて。たゞ慾を敎は大なる左過なりといはれ しは。是人の不注意ところにて。萬事にわたりて益ある誠なり。 世の人孫子の榮を希んには。貴賤ともにその用意あるべきこ となり。仮令達宦重禄の子なりとも。幼より放恣にならぬやう に教育ることは。その保傳などの心にあるべきことぞかし。幼よ りものに慣て。寒暑にも堪らるゝ體ならず厄弱にては。國家を治 ることも為がたく。もし太軍の將として陳營に臨とも。いかで か令を下し衆を部署することのなるべき。賢徳ありとも病あり てはその効なかるべし。しからばかゝる清平の御世なりとも。武 家には最この遠慮なくてはかなはぬことゝおもはるゝなり。 産母自児を乳養べき理をとく 胎兒は母の血肉を分。乳汁は同體の血より醸成ものにして。其 兒に賦與べきに定たるものなり。故に児に病なくして健に成長 ことをねがはば。其母の乳を以て養にしくことなし。是天然の道 理に合ばなり。兒のみならず母もまた乳養のあひたは。平素より も病少して腹中の運化よく。兒に乳を與るうちに死ぬるほど の病あるは稀なり。予常に孕婦に會ば。必力てこのことを説。験 を得こと多年なり。かゝれば假令富貴の家の婦人なりとも。その 兒を寵愛する志深は。抱撫は他人に任とも。乳は自與べきこと也。 しかはあれども。身に病ありて乳質の美からぬ婦人は。また用 捨あるべきことなり。児に乳を與れば孕こと遅と世の人はいへど も。これ大なる虚言なり。その自乳養ものに年々に産し。或は隔 一小児をそだつるには。しめりなき庭または巷にても。 もつぱら地上にあそばしめ。あつさをさくるの外は。 なるたけ風日にあはしめたるが。生長にもつとも 益おほし。初生の児ももつぱら臥蓐にてみづ から手足をうごかさしめ。すでにねがへるころに ならば。なるべきたけ身を自由にさせ。はやく はひまはるやうにするがよし。もししからざれば 體のかたまりおそく。かならず病おほからしむ。 佝僂などいふ病は。其父母の遺毒より 一発ものといへども。あまりに抱かゝへのみして そだてたる児におほくある症なり。せむし をうれふる小児のためには。小キ車を こしらへ。児の脊中のたかきところへ てすりの横木のあたるやうにし。 もつぱらうしろのかたへより かゝらせ。前にかへらぬやうに して。家の中または往来を そろ〳〵とひきてあそ ばしむべし。 これによりてその 脊槌をためてこりを ゆるめ。歳月をつみ 漸に治べき活用の法 なれば。よくその意 を得てほどこすべし。 津橋 年に必孕て。母子ともに健なるもの。常にみるところなり。却く 乳を與ずして多子を産ものは。その兒必脆弱して死ぬるもの 多し。これ予が素に注意歴試ところなり。また或はいふ。児に乳を與 る婦人は姿色はやく衰と。これまた道理に昧ものゝいふことに て。もとより妄説なりと知べし。 乳によりて兒の氣質を轉ずる理をとく 乳媼に病ありて兒に乳を喫しむれば。その病必其児に伝染こと はもとより論なし。その他情慾の發動思慮憂愁の徴なるも。其兒 必感動して自然とその氣を冒病なり。しかはあれども。明著た ることすら辨知ざる人多き世なれば。まして隣晦なるはしかと も認がたきこと多けれども。これ歴然道理なれば。心を注て察 すべきことなり。最兒は必その乳養する婦人の気質に似るもの なることは。證験く的に知ところなり。しかるを乳媼はもとより 傭賤女奴。身を措にところなく。己が愛兒をすてゝ顧ず。薄俸錢 のために身體を委。他人の兒を長養もの。其性質の温厚にて。残 疾のなきは少なり。人の親たるものこゝに意を注ざるは。あに 慈愛なきにあらずや。 一自乳養ことあたはざるものを説 産母の乳粗糲して。他の兒に與ては忽に吐を誘。あるひは青糞な ど下利やうなるも。自己産ところの児に與れば。多はその害あ 一るをみざるものなり。されども自乳養兒の育かねて。いつも襁穢 裡に死ぬるか。或は母殘疾あるか。黴毒。勞療。または劇癇疾顛 癇などの類。或は乳癰などを發し。乳頭裂傷。づねに薄弱多病。月 信不順或は乳乏少児に給に足ず。またはさま〴〵の疾苦労困あ りて。自其児を育ること能ず。或は稟得く乳頭絶小。兒の口に衝に 足ず。または大にして口にあまるか。或は舅姑父母多病老耄して。 給侍に間なく。孝養のためにするの等は。これ止ことを得ざるの 策にしく。もとより安逸怠墮より出ざることなれば。はやく乳媼の 性質善良ものを択てその児を託せよ。よりてその大要を下に 示をみるべし。 乳媼を択こゝろえをとく 乳媼を択には。齢二十歳より三十歳左右を程とすべし。且児の 母と同時に産せしを第一によしとす。五六月の差なる先は可 なり。乳媼の産の較遅かたはよけれども。それもあまりに後た るは好しからず。しかはあれども。次に舉ところの撰に合たるは。 又捨べきにあらずと了解べし。生兒の母齢弱ば乳母もまた若 がよし。面體は豊滴として。渾身痩ず骨高からず。いかにも柔 和に見え。顔色光澤ありて。齦の色浅赤。口気臭からず。皮膚に 悪臭なく。身に瘡痕なく。癬疥等の症も見えず。坐につきて前 へ屈ず。頭斜ず。音声濁なく。言語謙からず。氣質の咬属からぬ やうに見え。體に微も缺なるところなきものは。病もなく心も 和平なる相状なり。されどもかく具足たる乳媼は得がたきも のにて。たゞこれに類似たるものゝ。いかにも壮健なりとおもは るゝものあらば。先その乳を出させて檢べし。その將きたる兒 をも意を認てよく見るべし。卑賤の兒なれば。稟賦も自然と労 もの多けれども。疾の有無は。注意れば知るゝものなり。児に疾 ありと見ば。母も故あるべしと慮て。猶詰問べきことなり。 乳媼の年齢より乳の老て見ゆるものは。これ必多産の婦人に て。先は乳汁多からずとおもふべし。 乳頭は。色赤。澤ありて圓。下に垂ず。兒の口に衝に適。大ならず小 からず。乳汁いかにも饒多におもはるゝをよしとす。 乳汁は。色白うちに微浅碧色をおひ。異臭のなきをよしとす。單 に白キもよし。黄なると赤はあし。 過に濃は好しからず。稀かたを良とす。器にても爪の甲にても 滴たるを瀉れば。過に流て餘殘なく。あとに白條を曳ことなき をよしとす。 味は。單に甘を良とす。鹹味。または酸苦味あるものは。その乳媼 必疾ありと知べし。 澱あるは善からず。よき乳には微も澱はなきものなり。それを 験には。白硝子壜に納く。閑慶にしばらく安て後。よく透観べし。 澱は底に沈ものなり。 乳汁を眼中に滴て験べし。質麁は必滲透て疼を知ものなり。乳 を検には空腹なるを良とすべし。こなたへ来まへに薬など服 たるやいかゞと問て。もし然ば。三時許を過て験べし。薬により て乳に色づき。香氣の發ことあるものなれば。辨がたきことの あれはなり。 件の試験を用て。参互て検査べし。世に無病なる人は稀なりと いへども。乳質善からねば。小児に意表疾傳染て。いかにともす べからざるにいたれば。忽略にすべきことにあらず。猶次條と 参校。よく〳〵識得べきことなり。 乳姥攝養の意得を説 上件に陳ところの撰に合たる良乳媼なりとも。平素の攝養あ しければ。よき乳汁も性變てあしくなり。饒なるも乏なるもの なれば。朝夕に意を注べきの第一なり。乳姥は多は卑賤ものな れば。放逸に成立て礼節を知たるは少なり。故に卒に儀容整き 家風に従しめんとしては。必心志舒暢ず。抑鬱て疾となること あり。それまでにいたらずとも。よき乳質頓に變。耗損して兒に 給にたらぬやうになるべければ。預これをその初に慮べし。し かりとてその我意に伴放て簡寧ならしむれば。良易のものも 惡かたには轉やすきならひなれば。兒もまたその氣に感て。後 善からぬ氣質の人となるべし。乳媼に浄行ありて遂には宥が たきにいたるも。初の嚴からぬより起がゆゑに。必々諸般の所 作すべて乳媼の勤べきことは。便宜にしたがひこれを定おき て。怠堕ならしむべからず。たゞ小児にのみ拘て行樂安逸にせ しむべからず。體を運動こと希なれば。腸胃の傅化あしくなり て。乳汁変敗を招の患あり。故に兒を看護する餘力には。事定た る仕務。洗濯駈。便の他までも。なるべきたけは體の運動やうに せしむべし。もと俸金を求るがために来ものなれば。過當の金 銀を與てその意を慰愉しむれば。いかやうにも使役ものなり。 假令貴人の乳姥なりとも。多クの俸禄をだに給なば。乳養の暇に は他の事を為しめて最益あることなり。必しも逸楽せしむべ きことにあらず。これ乳媼攝養の第一とするところなり。また 乳母の始は鱗多なりと見えし乳汁忽に乏なるを。世の人多は 児を看護に心を労め。等輩の交に思を費ゆゑとのみ思へり。そ の事なしといふにはあらねど。疇昔までは家豆厨房の作業 に體を勞したるものが。俄に飽食喙衣て。兒を看護するの外に 所作なき身となるによりて。腸胃の運輸あしくなり。乳汁を醸 成の原を損こと。上にもいふごとくなればなり。たゞ心志の労怯 とのみおもふは。いたらざる意料なり。 乳姥の食料は。平常に変ことなきを良とす。別に佳看美味を用 るは。かへつて消化を障礙にいたるべし。山村僻陬の婦人の常 に蔬菜のみを喫く美食に乏きもの。よく数多の兒を乳養にあ まりあるをも見よ。またかれは害これは利からずと。食に禁恩 を爲にも及ず。たゞ酸味の過たるものと。單に鹹ものと。酒と。異 常食をば禁べきことなり。菓の類も。甜瓜を除の外は害ありと は見えず。たゞ過食しむることなかるべし。味醤汁多喫しめて よし。魚肉も煮汁あるもの尤良。煮て日を経たる肉。塩蔵肉。蕃椒 の類は。禁たるもよし。 乳媼飲食後直に乳を喫しむることなかれ。 大に空腹なるとき乳を與べからず。 憂愁歔欷の後俄に乳を喫しむることなかれ。 発悪ことありてそのまゝに乳を衝しむべからず。 驚怖ことあるとき乳を喫しむること尤害あり。 なににても疾患あるときは。假令微恙なりとも乳を與ること 良からず。みな伝て児もその害をうくるなり。 月経になりたるときに。乳を喫しめずして事たらば。経行止ま でむかへたることもつとも良。 乳媼疾ありて。下剤を服て下利止ざるあひだに。乳を喫しむれ ば。其兒も必下利をもよほす。 乳媼の夫とをり〳〵貪合することは厳制べし。慾念を発ことも 良からず。故にかねてより男女の区別を正すべきことなり。 乳媼平素酒を嗜て喫は。その児も成長して必酒をこのむ。且乳 質渾濁なれば。暗に兒の病の原となる故に。尤これを制べし。 喜眠乳焼は。やゝもすれば兒を害することあり。稟賦寝くは覚 がたき婦人の乳下に兒を圧殺たるを。數人見聞したり。恐慎べ きことなり。 性淫乱なりと見ば疾に放遣べし。尤兒に害あるものなり。 多言ものと。輕脱なると。乖巧と。踈故なると。偸安ものと。および 善竊ある乳母は速に放逐べし。 其佗善からぬ癖好あるか。鋳言遁辭をし。虚妄をかまゆるもの のたぐひ。みな兒をしてその氣質を受しむ。 残疾あること後に発露なば。一日も遅焼すべきにあらず。その 乳を喫すれば。必定兒に傳染て生涯の害となれば。必々愆滞に すべきことにあらず。息肩て後も猶これらのことに細意を注 もしかゝることあらば速放逐て後。兒の抵當をして後の害を避 べきことなり。 右件は。多年試て的實に知ところなり。名利にのみ走て車理に 精からぬ鑿生に。前件のことを問たりとも。もし疎妄なる莟を 聽ば。疑惑ことも起べし。もししからんには益なきことになり もせん。よく思べきことにこそ。 一初生の小児に乳を用る意得をとく 小児産出て後母の乳の出る時を。始て乳を嚥しむる期とし。歯 生具ときを。飲食を與る期と意得べし。しかはあれども。母産前 に疾あるか。または生質怯弱なるか。多産の後にて乳の出るこ とあまりに遅か。乳汁きはめて乏少ものは。またこの例にあら ず。それは時宜に從べし。なるべきたけは母の乳の出シをまちた るがよし。小児啼ことありとも。必虚中なるゆゑと思ことなか れ。乳汁はその兒に天より賜るところの俸禄なれば。母の乳の 出ざる前に餓を知ことは決してなきものなり。ちかくは狗猫 の子を育るを見てもその道理は知べし。狗猫も自然と子を愛 する情はあれども。己が乳の出る期ならねば。子に嚥しむるこ とあたはず。人は却て点才ありて。兒の啼を聽ては乳を求るな らんと。母の乳の出るをまたず。天地自然の道理に背て。兒をし て終身の患を抱しむるは。胸猫にも劣たることなり。生母の初 に出る乳汁には。自然に児の胎屎を除去の効を具へ。薬にも優 たるものなるに。其色味の常に異なるを見て。性あしく毒ある ものなりといひ。必耕去べきことゝ意得たる俗習は。かへす〴〵 も嘆べきことなり。かねて乳媼をして養育せしめんとおもふ 儲ある商貴の人なりとも。造化の妙理を精察ば。まづ初出とこ ろの乳はなほさらのこと。なるべきたけは自身の乳にて養育 て。看護ばかりを他人に委たるかたよろし。初の乳汁の効ある のみならず。生母の乳にて養は。小児も母も益あること上に説 がごとし。かゝる道理を弁知て。予が教に従ひ。その心を推て丁 切の事自然に背ことなからんは。これ天命を畏るものにて。其 兒の後榮をも期すべきなり。貴も賤もよく〳〵顧慮あるべき ことにあらずや。 乳不足したるときの心得を説 上にいへるごとくなれば。假令児の飢たるときなりとも。他人 の疾あるものに乞て。乳を嚥しむることはすべからず。些少な りとも害を被ことと知べし。しかはあれども著き熱ある病な どの外は。潜く見がたく蒼卒には弁別がたきことあり。その時 にはまづ乳を乞うけんとおもふ人の産たる兒を。意を注く看 べし。兒に病なく。顔色光澤ありて。健に成長なば。その乳にはま づ毒なしと預察べし。さる乞うくべきかたもなく苦たらば。木 麦一二勺ばかりよく洗て後。水をよき程に入て文火にて煮熟 し。滓を濾去。その汁を再火に上。氷糖末を釵子の耳かきに一ッば かり入て。味乳に似たるを法とすべし。それより陶器に瀉喫せ んとおもふほどを分て重湯に温て。これを竹筒に乳頭状を製 て児の口に衝るべきやうにしたるに盛く嚥しむるなり。その 頭は紅絹の類をもちひ。綿あるひは撒布糸をまるめ。乳頭より やゝ小からんとおもふほどにして暴なり。薬舗に鬻ところの 乾黄菊花を用るなど尤良。または常のやうに製たる乳頭を盞 の邉へかけ指にておさへ。徐々と蓋を傾て吸しむるもよし。も しこれらにて喫かねたるときには。匕にて抄入べし。蛤殻など を用るもまたあしからず。世間に。乳の粉といひて白屑を水に 煮て用るものあり。是糯米粉にて製たるものにて。脆兒などに は停滞ことあり。この麦汁のかたは。日々に煮て用れは。炎熱の 頃といへども腐敗患もなく。且化易してかの乳の粉にははる かに優り。産て四五箇月を過たる兒は。これのみにても養育せ らるべし。異邦には牛乳を用ると聽り。牛乳新鮮もの日々得ら るべくは。これまた惡といふにはあらねど。此方の人に如何あ らん。醇厚泥滞ことなきにしもあらじ。ことに都下にては牝牛 を畜ところも稀なれば。此事は予もいまだ試ず。たゞこの麥汁 の製易用。やすきには如とぞおもはるゝ。 一小児の薬を母及。乳媼に与て効ある意得を説 小兒病あるとき。いかやうにしても藥を服得さるものには。其 薬を児に與るより四五倍の分量にして。母もしくば乳媼に服 しむべし。必児に効あるものなり。最瀉下剤など用べき病にて。 母乳母その薬を服ときは。小児もまた母乳媼の下利ころほひ に。必大便溏ものなり。小児の薬を服かぬるを。強に服せんとし ても。咽を下ざるのみならず。嘔吐などを発ことあり。かゝると きは乳を嚥しむるものに與て。必効ありと意得べきことなり。 かく著き道理を知ば。乳媼もしくは母の性質。飲食。薬。および病 の忽にならぬことをも辨ふべきことなり。また惣て。小児の啼 拒ものに。強て薬を服しむるは。大に酌用あることにて。最乳ば かりにて育ころは。病により。煎剤丸散の苦澁味のものは。却て 吐を誘。それよりして大患となることあれば。是又心得なけれ ばならぬことなり。 一初生児の粘涎黒屎は速に除去べき意得を説 小児産出て。粘稠たる涎を呼出し。胎内にあるあひだ腸中に蓄 たる黒屎を下去ものこれその常なり。この涎を吐盡ざれば。後 撮口鵞口瘡などいふ危急の症を発し。或は眼疾口病等にかゝ り。或は馬脾風とて喘哮劇息を内へ吸ときに會厭つまりて甚 苦症などをも患ことあり。吐乳もこの涎を吐ぬ小児に多ある ものなり。胎屎下ぬものは。其後腹痛摘搦を發し。驚癇を患るか。 左なきは疳疾或は蛔蟲などの患あり。吐乳もし易もの也。其他 涎屎より発病多ければ。必忽すべからず。涎屎を速に吐下ずし て急乳を衝しめて後は。この物胃管より腸裡へ粘着て。いかな る峻劇吐下剤を用るとも出ることなし。鷓胡菜和名まくりと いふ草は。粘稠たるものを除去の効ありて。初生の小児に用る ことは。神代よりの遺方にやあるらん。我邦にのみ用慣て異域 にはたえて知ざるところなり。しかるを近頃は華人の理に昧 説に従て。甘連湯。または款冬花。或は甘連大黄等。又は蜜薬など いふものを用て。初生の兒に與る藥をなにゆゑにまくりと呼 かと疑ものなきはいかにぞや。必々餘業を用ずこの鷓胡菜に て車足ぬべし。これ多年予が試て知ところなり。たゞ一味をも 用。或は鷓胡菜湯。また鷓胡菜ス大黄鬱金紅藍花并に四味。何も 水煎して用べし産母の乳の出ざる前頻に服しめてよし吐下 少には紫圓を用ることもあれども。熟て服しむべきものと思 は朱當なり。鷓胡菜は砂を節去たるまでにてよし。薬舗にて水 に漬く到たるは効なし。濕あるまゝを自製て用べし。また前に もいひしごとく。産婦の初に出る乳汁は。兒の涎屎を瀉去べき 効を具たるものなれば。これその色味あしとて輝去べきもの にあらず。故に能此理を知て初出の乳を用るものは。鷓胡菜を 與さるもまた可に似たれども。黴毒此土に傳致てより人の體 に浸満。父母の遺毒もまた熾なれば。互用相扶て益あることも また多。涎床を去べき乳汁の自然と生ずるなど。天地造化の妙 用を此一事にても察しなば。異域に知ざる鷓胡菜を此方にの み用慣たるに就て。邦人の稟賦の異ことあるも。また明易こと ならずや。 一小児吐乳は尤恐べき證なることを説 小兒故なくして乳を吐ことあり。乳を過喫たるかを考て。もし しからば。速に停て一二時半日許も與ることなく。飢来て後喫 しむべし。しかる時は。胃中に停滞たる乳汁自然に下降て再吐 出ことなし。かくしても猶吐止ことなく與るごとに吐ものは。 是一時の停滞にはあらで必病の徴なりと注意べし。いかなる 故に乳を吐かと。顱門及顔色。呼吸。二便の通利までを互験て見 るべし。聊も平素に異たることあらば。登時に高手の医師に誌 て速治術を施べし。乳を吐やいなや癇を發し卒に死たる児を 数多見たり。緩慢なるも頻吐乳ときは。間なく衝逆ぞと思て忽 棄すべからず。吐乳治ざるあひだは乳哺常の半を減てよし。医 の高手なるものなきか。寒郷などの鑿土に乏きところにては。 妄に薬を用んよりも。まづ乳をしばらく與ずして。其動静を要 べし。もし卒に衝逆ことあらば。鳩尾と左肋端乳直下にて腹部 の不容といふ邉を。指頭にてしかと按臍へ向て抑降やうにす べし。この鳩尾と不容とを按指を。もろともに撓なきやうにす るをよしとす。又は掌を伸たるまゝにて。小指のかたの掌側骨 を鳩尾に抵當て下へむかひすくふやうに抑降もまたよし。指 下に動悸ありて薬々と跳がごとくおぼゆるものは。ます〳〵抑 て緩べからず。尤仰しむべからす。前へ屈もあし。常のやうに膝 へ抱か。高枕に臥しむるがよし。一時餘も手を放たず按く慢ざ れば。衝逆おほくは止べし。急に医を迎ることもならず。薬の用。 べきものもなくは。新汲水を小茶盞に半分ほども飲しめ。顔へ も飲かくべし。苦味の薬ノ熊膽の類を。吐あるものには決して服 しむべからず。却て宜からぬことあり。その佗蜜にて煉たる藥 など尤禁べし。治術に粗き鑿土の剤は用て害を為ことあり。ま して俗傳の竒方妙藥といふの類は。妄に投べきものにあらず。周 章顚沛の間には。その処置の差錯に。児をして苦悩を増しめ。そ れがために死を促ことあるなれば。よく其用意あるべきこと なり。また吐乳及癇癰を發したる児を。發汗て即効を得ること あり。それは周身に微冷をおぼえ。皮膚粟起を標的として行べ し。其時には壯歳無病の婦人に。温飲熱食をほどよくさせ。病児 を懐に抱て一-時許も温むべし。繊悉ことは俗家の會得しがた きことゞもあれば。この編に舉つくさず。まして灌水及温浴法 を用て。驚癇を治するごときにいたりては。尋常の守株刻舟の 医師は首肯せざる輩もあれば。もとより此編にはいふべきこ とにもあらずとて措ぬ。この病。その初母の病ある乳を喫しめ たるより得か。母酒を喫過したる後に発こともあれば。これま た意を注て自己の身を顧べし。とりわけて乳媼などは病あり ても隠秘て告ぬことあれば。家人も不魔意こと多。また世間の この一法もその掌側骨の 左の乳の直下の肋の下へ かけて下へ按ことをよ くこゝろえてよし この鳩尾と乳の直下の不容といふ ところへあたるゆびさきを下へむけて按 ことを本文にとくところに考あはせて 施べし 陋習にて。啼せはる兒に乳を衝しめて。その啼を停んとするも のあり。啼泣ときには腹氣逆す。この時用るところの乳は。やゝ もすれば停滞て消化がたき患あり。故にはなはだあしきこと 也。また乳を與て後兒を搖動こと大に宜からず。これらみな吐 乳の因となることあり。この吐乳證の容易ならぬことを整俗 ともに了解ずしては。臍を噬の悔あるべければ。これを其幾微 に防して。必々忽棄にすべからず。又青色の大便をすることあ り。これ腹中大にあしきところあるぞと思て。速その用意ある べし。母菘を喫たる故といふは至患なることなり。この青大便 を通ずる兒は忽棄ならぬものなり。しかれどもその母か乳母 に病あれば。兒の大便青色なることあり。それも母乳姥の病を 速施治すれば。兒は自然に治すれども。數日を歴たるものは。兒 もまた故なしとはいひがたし。よく〳〵思べし。 小児の病は遺毒に因こと多き意得を説 小児の病。十に八九は父母の遺毒より発もの多く。偶には乳媼 の病を傳るもあり。今時小児の己娩より多病なるは。多はこの 遺妻にして。その嘆を為にいたりては。後必疳疾驚癇。種々の病 となるものなり。この遺毒あるものは。仮令幼稚の中にさせる 病なくとも。成長の後外より誘導ものあれば。内より必動應じ て大患となる也。故に遺毒ありと見ば。幼稚の裏より預治を施 て遅滞にすべからず。貴人の兒の病にもこの遺毒に因もの多。 もし然ざるも。乳媼などより毒を傳て病となるの類。必有べき ことなるを。医士もそれらのことには注意ものなく。たえて其 議に及ざれば。治法ことぐく差誤て猶悟ものなし。また今世の 撃俗ともに初生の誕康を胎毒と意得たるものあり。もし毒あ る兒ならば。これをまた胎毒といふも可やうなれども。胎毒は 自胎毒。涎尿は自凝屎にして。相混ずべきにあらず。涎屎を多叶 下つくしたるのみにては。かの遺毒の血肉の中に潜蔵て。時を 待て発する者の根を抜にたらず。故にそれを治するには。年を 積月を累。漸を以すべき別に法方の自具ありと雖。能其肯綮を 得たる者にあらざるよりは。所謂薬せずして中鑿を得といふ 諺を信に如じ。妄に治し得べきにあらねば也。又小児の頭に発 瘡を俗に胎毒といふは其名あたれり。この瘡は児の元気自旺 になるに従て。血中の毒を體外へ排達べき便路を得たるもの なり。これにて周身の毒を驅つくすべきとにはあらぬとも。早 是を胎毒なりと知ならば。過に愈ことを欲ことなく。少も多く 膿を醸て。毒を去の策を為べし。満薬など大に禁。浴ときにも眼 瞼などの外は。瘡あるところを灌べからず。妄に貼薬すべから ず。また其まゝにおくときは。外邉乾燥て固なり。裏に膿を醸と いへども。洩出べき道なくして。毒氣再内攻することあり。故に 外より呼膿骨を貼過に誘導べし。血中に潜載て見ざる以前に はさせることなきも。既に発出たるものを誤て内攻せしむれ ば。忽変じて種々の病となる。小児の驚癇疳疾および眼耳諸件 の疾は。此頭瘡を速に愈たるより發もの多し。これ意を潜て顧 れば自知るヽことなり。こゝに末界の薬に乏ものゝために一 方の用やすきものを示べし。其方は牛房の實の生新ものを細 末にしく皮を篩去。さて其末を胡麻油にてよきほどに和調。頭 瘡へひたもの摩貼べし。薬舗に跋日粟膏といふものあり。それ に和て胎は尤よし。頭瘡愈て後眼病油耳など患ものは。この膏 を頭へ貼て其毒を導べし。顱門へ貼て効尤速なり。そのときに は貼べきところを湯にてよく洗て垢を去て後施べし。油を厭 ものは飯糊にて調もまた可。これにて効なきものには発疱膏 を用くべし。また其裏に膿を醸ども。外辺乾涸痂脱かぬるものは 膠粘を紙に攤て貼。しばらくおきて放去て後跋日栗膏の類を 貼もよし。毒を誘に必効ある薬剤は数多あれども。その辨もな く妄用ては害あらんことを恐て記ず。鶏卵。松魚。蝉鰻魚。牛蒡根 などを餌にさせてよし。 小児の病を緊て蟲といふ誤を説 小児の病を俗にむしといふはむしむす同語にて。もと初生の ちゑほとぼりを變薫といふ類に同く。微熱ある證を稱来し古 言なるべし。もししからんには蘿の字の義にて。蟲の字の義に はあらざるものを。蛔蟲といふ蟲は小兒にことさら多生じて。 害を為こともやゝ多ければにや。軈て小兒の病をむしといひ て蟲の義とのみおもふは。俗家にてこそさることなれども。緊 士もしか意得たる輩まゝあり。しばらく俗に從ふとならば。い かに稱んも害なきに。自己もその病因までをしか謬認たるも の多あり。その甚きにいたりては。小兒の萬病蟲より起などい ふ説を為ものあり。是名に由て実に感倒見なり。その尤憎べき ものは。傷寒。痘疾痢病。泄瀉等までにも。蟲といふ名を冒しめて。 其治法を誤もの多見えたり。俗家もこの心を得ざれば。これが ために愛兒を害にいたるべし。かくはいへど蛔蟲の變より摘 搦。驚癇。顚癇等を發し。或は疳疾などにもなりたるを。其蛔蟲を 下て効を得は常に多れば。蟲と名べきもの絶て無といふには あらず。必一偏に聽て疑惑ことあるべからず。其繊悉ことは俗 家の會得すべきことならねば略しぬ。また小児に傷寒時疫な しといふものあり。これ大なる誤なり。小児とても同人なり。此 病無といふ道理やあるべき。かゝる偏見より。傷寒。痢病などの 劇急にて。快樂など與べき機にも投ずして。或は蟲といひ疳と 呼。加之痢病に疳痾といふ濫名までを稱て。遂には治を誤こと あり。よく〳〵意得べきことどもなり。 一痘瘡のこゝろえをとく 疱瘡は我邦の往昔に無ところの病なり。其起原を撿に。人皇四 十五代聖武天皇の御宇。新羅より初てこの毒を傳染て。天下に 蔓延て老少男女こと〴〵く病たりしといへり。または延暦あた りの記載を見るに。年三十以上のものこと〴〵く病に臥。その劇 ものは死すとある状。今麻疹の流行がごとく。大人小児ともに いまだ病ざるものは必免ず。流行の期相距こと数十年に及り。 中夏にては。東晋の時代に南陽といふところに虜を征伐あり しに。軍卒始てこの毒を染たるを其初として。闔國の患となり たるが故に。當時これを虜瘡と稱。これ惡毒の氣なりと見え。或 は此瘡西域より東して海内に流ともあれば。中夏我邦ともに 振古たえてなき病なりしを。異城より其毒を伝たること療然 なり。今の世にいたりては。其一生に必一患べき病とのみおも ひて。傳染の毒なることを解ず。其兒の此患に罹を賀こと世間 の通弊となりたるは。止ことを得ざるに出たりといへども。そ れまた惨怛ことならずや。如此天下一同必患べき病ながらも。 邉鄙には五七年或は十餘年を經て流行する地境あり。江戸に は歳々絶ざるがごとくなれども。近は高位貴族のたび〳〵の流 行に免て。或は年長までも病ざるものあるを見れば。これ全氣 運にもよらず。胎毒にもあらず。斷然一種の毒氣にして。傳ば患 染ざれば病ざるの道理また明白ならずや。すでに八丈嶋五嶋 などには近来までも疱瘡を患ことなかりしは。夫人の知とこ ろなり。かゝれば避ば免べき病なれども。其事今に至りては實 に為得がたし。かくのごとき毒のかくのごとく繁行て。これが ために死する人の衆多も。もとより自然の道理ありて然こと とはいひながらも。また嘆べきの至なり。しかるを支那の医人 が胎毒の説を唱たるに雷同し。或は蝉の蛻にたとへ。または構 精中の滴液なりといひ。或は氣運時令に因の病なりなど。無根 の邪説をいひふらし遂に其毒の所由を知もの無が故に古今 治法聚診。誤多は宜なり。是ほとんど天刑病にも類似たる癘疾 にして。生民の觀厄。國家の災害この上なきに。絶て覺者なく。た た名利に走貪濁の医人等。その時行をまつこと。慈子の違往よ り歸を待がごとくなるは。其心いかにぞや。かく痘瘡の毒の人 より人に傳て。火の燃がごとく劇甚ことを知ての後は。麻疹の 西より東に流米。天下一同患つくせば。突然と一人の患ものな く。再数十年を経てまた流行するも。これ異邦海舶より毒を輸 ところなること明に察し知べし。痘疹は今においては此國固 有ものゝやうになりて絶ことなければ。いかにも其源を塞。毒 気を駆つくすに策なけれども。麻疹は今にもあれ外國との通 舶を禁て。其由て来ところを杜絶なば。必其毒を轉輸ことは決 して有ことなかるべし。痘疹を避んことは僻邑山村に於ては易 ことなれども。都會の地に在ては大に爲がたきことく思べし。 しかはあれども。予恒に意を留て。他の危險病患あるか。又は病 愈て後虚羸たる兒などのいまだ痘せざるものに會ば。避らる べき理を必其家に提醒。これがために当時の痘瘡を免しめた るもの多。世間に子を多産たる者。いつも二歳もしくは三歳に 至ば必痘患に罹て死といへる類あり。これ其兒の性質に然べ き理あることにて。設其年期を過て後に痘を患ときは。多は命 を隕ほどのことはなきものまゝあれば。これら尤其年期を避 しめてよし。就中。毒の尤猛烈にして。病もの十が七八は必死す る年あり。かゝるときの流行はいかにも避て患ざるやうにす べきことなり。この五六年以前の流行は。特に危険症のみ多か りし故。勉て人にこのことを授て。予が教をよく守しめ。避得た るものも多かりき。遂には患べきも。かゝるときにはなるべき たけ傳染ざるやうにすべきことなり。また流行の盛にならぬ 最初と。近隣こと〴〵く患て。痘瘡の巷説もやゝ飲たる落後に係 ものは多は軽。この車も意得て益あることなり。しかはあれど もいかに意を注ても免得ず。これが為に死するもまた天命也。 其毒を轉染は。もとより幽徹にして測べからざるがごとしと いへども。多は痘家の器物衣服に着て輪。また痘児の氣に觸る によりて傳。近隣はこれを風の往来に瀉。または医人の痘兒を 診て。その臭氣盤の體に著て未銷ざるに。そのまゝ来て兒を診 より達あり。痘家へ過て速に部ものよりも染。或は痘家へ往来 する幼童猫兒などよりつたふるもあるべし。しかれどもこの 毒の猛烈走竄ことは。火薬の迸がごときものにして。来も去も 駄疾なれば。いさゝか毒氣に觸たるは。その散ずることもまた 時を過さず。故に程を経たるは傳染の恐あることにあらねど。 細に心を致医士も稀なるものなれば。痘毒近傍に流行と知ば。 鑿の由て来ところを問て。もし痘兒を診てほどを経ざらんに は。わが兒に病ありとも診を乞ことは用捨すべし。况家人は痘 家へ省たるまゝにて。衣服をも更ず児の側へよるべからず。児 を抱て通衝を往来すべからず。痘家より齎来ものは。いさゝか も児に示しむべからず。痘児を葬たる墳墓ある地へ児を携て 行べからず。暑月尤薫蒸て感冒やすし。また痘児の故衣服はそ の毒染着て。年月を経ても銷ず。未痘児これを着て傳染たるも のを予正に見たれば。市に購たる故衣を妄に児に着しむべか らず。また医の痘児に刺たる鍼よりも傳輸ことあれば。これら までも心を回べし。かく百計してこれを懼こと毒蛇のごとく なるも。なほ冥々中毒を轉輪ものなれば。實にこれを避となら ば。痘瘡の流行ざる地へ児を携てしばらく避にはしかず。かく はいへども。幽冥不測に傳る毒なれば。今の世にありては貴人 もまた兎もの希なるを。況屋を比戸を接て。往復絶ざる庶民の 爰においてをや。一次避得たりとも。遂には免べきにあらず。幼 弱にして病ざれは年長て必患。年長て患ものは。幼弱にして病 ものよりも危険こと多。かゝれば避ざるもまた愈り。己に異邦 には種痘とて。他の痘を患ものゝ膿若は痂を取て。いまだ病ざ る児の肌膚に貼て。はやく痘を発しむる法ありと聴り。予が今 こゝに避べき術を語は。平常をいふにはあらずと知べし。さて 痘瘡鄰側に流行とき。小児微も熱あらば。その序熱か序熱にあ らざるかを考みるべし。此時風邪と相混じて別がたきものな れども。仔細に觀れば差異なきにあらず。険痘は序熟より最其 用意あるものなれば。輕急に思ことなく。予が述ところに心を 潜て会得あるべし。 痘瘡の序熱は。風寒邪熱に類似て。弁別がたきがごとしといへ ども。意を加て熟察すれば自明なり。その熱初往来ありて。漸に 甚なりては更に歇ことなく。熱来ば貧賤睡裏驚愕。或は捕搦。心 下軽按ても苦憑情狀ありて。気喘。淡を流。眼傍すべて腫たるか とおもはるゝもの。及腰脚沈重狀ありて行歩整ず。甚は脚軟て 立こと能ざるもの。これら皆序熱の候と知べし。このうちに摘 搦驚悸するは。痘瘡ならねど。小児熱あるときに多あることあ れば。こればかりにては決定しがたく。諸證を参互て後辨知べ し。竪も蒼卒に看過もの多ければ。かゝる患状はその母預記得 て遺漏なきやうに医にも告べし。摘搦劇ければ。上弔直視。人事 不省にいたるものあり。失措べからず。痘瘡ならば必回復べし。 予は柎水術を用ていつも験を得。この時に灸すること先は禁 べきことなり。偶灸に宜ものあれども。病家にその差別は為が たければ。すべてせぬがよし。また序熱の甚に。衣服を重襲て暖 煥なるは後必害あり。また清涼過もあし。平常よりも微温なら んかとおもふ度をよしとす。必鬱蒸しむべからず。ことに頭巾 を着こと。嚴冬凝寒の時節なりとも宜からず。必切禁べし。痘を 頭面に多発しめて救がたきにいたるも。十が八九は頭巾の害 なり。頭を過に温暖ならしむるときは。之に由て氣衝上迫の勢 を増て。その重ものは兒を害にいたる。輕ものもなほその宜か らざるを見る。必頭面を覆ことを禁べし。この巾子によりて世 上の嬰兒を亡こと幾何ぞや。尤嘆べき弊習なり。慈念あらん人 は此一事をだにも勉て人に教諭て。其悪習を變しめば。大なる 陰隣なるべし。一己のことと看過べからず。己が子を愛する念 より。他を利益することをすれば。その餘慶巳が子に及して。自 然と病患を免ことあるべし。これ予が衆人に望ところなり。序 美の間は。最て頭部を清涼して鬱葱ことなく。腰脚はいかにも 温暖なるをよしとす。脚もし冷るとも。脚爐にて温ことは決し て禁べし。唯至熱湯に塩少許を和。脚をとくと温て後乾たる手 巾を以てよく拭とりて後。衣裳を纏裹て暖ならしむべし。冷ば 毎年かくのごとくすべし。乾菜蔔葉或は忍冬などを湯に煎じ て。膝より下内外踝足心までもたびく温たるかた益よし。胡莱 腹葉を用たるもよし。塩包を煎じたる湯も可。痘兒を居室は室 濶ところを良とす。蓐を室の中央に安く。前後左右人の往来自 在なるをよしとす。室裡に人衆居べからず。両三輩を限とすべ し。小室はなほさら人の少を欲。丁家に数子痘瘡を患時。同室に 居しむるは甚禁。順痘も變じて危険におもむくことあり。必別 に居しむべし。もし卑賤にて別室なきものは。嚴醋一二合を器に 盛く席間に安か。又は熾炭を醋中に投てをり〳〵室内を薫。さて 板障亮蕩を闢てその鬱氣を排洩てよし。空濶なりとも火爐多 安べからず。すべて温涼平常に異なきをよしとす。痘児を久抱 及懐に入て寝しむるは好からず。なるべきたけ下に臥したる かたよし。食膳下飯は汁あるもの。飯または粥の類にても。なる べきたけ暖なるものを用べし。鐵子を喫しめんよりも。醴酒ま たは葛湯大麦霜糖湯などを用かたよし。泥滞やすき質の児は これらの類も消息あるべし。湯あるものは白湯を多用にたるか たよし。好茶を喫しむること最よし。序熱より。上品の茗ををり く喫て益多。最善眠ものには。氣烈ものを多濃煎じ薬に換て喫 しめて殊効あり。渇なきにもをり〳〵湯茶を與てよし。尤一次に 急服しむべからず。太渇て生果を好ば。香椽。蜜柑梨子。葡萄の類 少づゝ與ても決して害あるものにあらず。たゞ消化あしきも のを禁べし。魚肉は羹汁を良とす。鶏卵も豆油汁にて煮たるは 用べし。湯煮たるは泥滞やすし。たゞ魚肉は少づゝをり〳〵喫し めたるがよし。必過可らず。序熱より收靨にいたるまで食禁の 意得に異ことなしと知べし。大便下利こと。見点の後は宜から ず。また秘結するかたも好からず。序熱の中尤大便の通じなき を嫌。もし大に秘結することあらば。軽下剤を用ッべし。過泄しむ べからず。高手なる医に諮べし。衣服は日ごとに改をよしとす。 被褥も日々新に汚穢なきものにすべし。緊身は最いさゝかも 垢汚たる臭氣あるは用べからず。枕をもをり〳〵更べし。窮乏な りとも爲得がたきことはあらず。懈怠て忽棄にすれば。毒氣内 攻の基となることなり。初中後この用意肝要なり。しかるを進 頃痘疹科と称る医派ありて。さあらぬ説をいひふらし。痘兒の 臥内は。塵つもるとも掃除すべからず。衣服被褥も更べからず と。病家に教るものあり。これ大なる謬妄にて。痘児に巨害ある ことは。首巻看病意得の條に連ごとくなれば。參閲てその非を 了解べきことなり。また痘瘡中母もしくは乳母の攝養は。前の ○痘瘡の序熱に。構搦上弓。不省人事にいたるものに。拊水術の一法を 施には。冷水を手巾に浸て。兒の頭上を頻に灌洗。面部をもあらひその 水やくぬるむときには再冷ものに換て灌こと八九十遍に いたり。頭面の肌膚冷て氷のごとくなるに至て止。もし醒 覚こと遅ものは。冷水一盞を内服せしめて治することあり。 いづれも見はからひのあること也。史記大倉公ノ伝云。 苗川王病ヲ召テ臣意ヲ診レ蹶上ヲ頭痛身 熱。使一人ヲ煩憑一ヲ臣慮即以二寒水一ヲ拊二其頭一ヲ拊二其頭ヲ足ツ 陽明ノ脈一左右各三所。病旋巳。病得二之沙二之沙二之沙二之沙二之沙二。 乾而以テ診如前。所以ニ蹶レ顕シ頭熟シ頭熟シテ 柎水の名及術蓋此に採り。痘瘡序熱。 卒厥を発するものに。この術を活用して 其急を救。且起脹灌膿の期に至て巨利を 得ことあるは。予が発明多年経験の事に して。其必効あるものを認て施行こと。世人もやゝ知 ものあれども。かの守杭刻舟之医はまゝ首肯せざる ことなれば。俗家は唯其効あるを信じて用べし。 痘の先額上に発見るものは。序熱の頃より其児喜眠やゝもすれば摘搦を發し内攻し易こと あるは。毒の頭面に上迫こと多ければなり。眉の間の上下に多發するは。下咽喉と相應じて。聲心はやく 嗅或は咳嗽などを発ず。鼻頻に多見るは。下腸胃に配する故に起。腹灌膿の時に至て下利を促易じ もし過く抵破もまた其部分の應ずるところにその変を見すとろ。常に系験知ところなり。按ずるに 霊枢五色篇云。庭者首面也。闕上者咽喉也。闕中者肺也。下リ 極者心也。直下者肝也。肝左者膽也。下者脾也。方上者 胃也。中央者大腸也挟ルニ大腸一ヲ者腎也。当レ腎者臍也。臍 膝脛足 王以上者。小腸也。面王以下者榜脱子処也。額者肩也。顧 股裏 後者臂也。臂下者手也。目内背者臂乳也。挾レテ總而上者 頭面咽喉胸肋腹 背也。循二牙車一ヲ以下者股也。中央者膝也。膝以下者脛也。 當レ脛以下者足也。巨分者股裏也。巨屈者膝腫也。至属 一明二部分一云云云といふこれ觀相家に傳へて。面部を周身に配し 当し。病處黒痣を知べき術の類にして。相家には。両眉を手 股裏 膝脛足 とし法令を足とし。或は準頭を背部に配する等の説やこれと異ことありと 雖金竪家四談中の望の其一に具べきものゝ古昔の遺法。今年行家の書に存するものにし 古今二千年来知人のなきはいと詠漏なりといふべし此配当に名其証ありて的実に今に施用べき予が発明の諸 あれども。俗実の預ざることなれば記載ず。此には唯その界図を挙て。看護の一助に供までなり 條に説たるを。ゆめ〳〵忘失ことなく。意を注て慎持べし。痘の吉 凶は序熱と見点の中にありて。起脹灌漿の善悪はこの裏に預 定ことなれば。最保護の喫緊とすることなり。また序熱より温 暖ならしむべきと。清涼ならしむべきとの區別あれども。それ らのことは弁析がたく。仮令説得たるも。容易領會がたければ。 そのことは省ぬ。なほ婆心意得させたきは。痘瘡を患るときも。 その貴賤の級によりて差あることは。越前にて乞食の兒の痘 瘡を患たりし話を。看病意得の條に載たるがごときを相照て。 すべての病者その慣来たる平常と懸絶なきをよしとするこ と。これ第一の意得と知べし。 見照は。熱ありてより五日めの朝痘見ものを順痘とす。これ四 日の夜中に出たるなれば。序熱の中を三日として。四日の夜よ りを見点と定るなり。これより遅は苦からず。然ども發こと遅 して宜からぬ痘あれば。必よしとはいひがたし。熱あるやいな や直に痘の見は。尤險惡と知べし。まづ頬と口邉に見て。後に額 及凖頭に發は順にして吉とす。額準頭より先に出て後に頬に 見は逆なりとす。この面上に痘の発見部分を以て。逆吉凶を判 斷ことは。確乎なる道理あれども。古人の論じ及ものもなけれ ば。其何の故なることを知人もまた希なり。もとより俗家に告 諭んも益なきことなれば。發明の説あるも此にはいはず。また 予が歴見ところにては。假令面部稠密ならずとも。頭上髪中に 痘の多出たるは善からぬ證にて。まゝ不慮の変に逢ことあり。 必輕視すべからず。この證は序熱中頭巾を着て頭を冒ものに 多し。恐べし。頭髪ある児すら。これを痘熱なりと正に知ば。髪を のこりなく剃たるもよし。毒深ものにして顕熟すれば。多は危 険におもむくこと多ければなり。但し剃たるあとへは。油か酒 やうのものを撚。單の巾を用て霎時冒たるもよし。ひさしく奏 おくは宜からず。風なく寒からぬ時にはかくするにも及ぬこ とと思べし。見点後は。天氣沖和にして風なくば。をり〳〵抱て門 巷又は苑中を緩歩べし。室臭にのみ在ては気の鬱滞ことを恐 ばなり。起脹。灌膿。収靨同意なり。 起脹三日の中は。漿水を輸て粒々分明に紅暈多をよしとす。此 紅暈は紅絲を以て痘の根を纒たるがごときをよしとす。稀な くたゞばつとして赤きはこのましからず。咬牙あるは灌膿に 至て変あるべし。虚里の動悸甚は。尤恕べき惡症にて死に瀕や すく。決して無視ならぬこと也。善痘は起脹なかばに疾膿を醸 して。灌膿の日に至ば収靨におもむくものあり。かゝる等は薬 を用ず。自然に任てよし。痘多出たるもの。涙出て開がたきは。先 乳を照。しばらくありて手恒端を熱湯に浸拭てひらかすべし。 毒の眼に入たるをそのまゝおきて明を失たるものあればな り。舌にて舐てひらかすることもつともよし。もし舌にて舐ん とおもはゞ。よく漱口して後にすべし。眼中赤脉ありて色あしく 見え。また黒晴瞳子に翳点ありとみば。はやくその設爲をすべ し。軽視あるべからず。鼻中に痘多發たるは。金銀花を煎じて撒 綿絲に浸し。鼻中ををり〳〵掃除すべし。これも口にて吸出たる 尤よし。鼻道あらば。湯にてとくとしめして空耳にてかきいだ すべし。そのまゝにおくときは。鼻塞て息の往来障鼻。鼻に流 漓て。嘔逆を發し害となることあり。故に小児啼。拒とも強て速 車を済べし。愛著して為得ずば却て後の害と為べければ。よく 〳〵こゝろうべきことにこそ。 灌膿定期三日のあひだ。膿色いかにも瀑白うちに黄を間。光澤 ありて圓満充實て。痛あるもの尤善。この時にいたりては。紅暈 ます〳〵締ありて。痘根をきり〳〵と鮮明に纏絡たるがごとくみ ゆるものよし。紅暈散漫たるはあし。たゞ赤見ゆるものを吉ぞ と意得て。急卒に周章ことあり。起眼中には。この紅暈綿ありと いふうちにも。たゞ直紅に根もとばかりしかとしまりてみゆる をまづは佳といひ。灌膿になりては。紅繭絲やうのものにて緊く よりをかけたるやうにきり〳〵と締ねばならぬなり。この差別を よく領會べし。癢あるはよろしからず。起脹のなかばより膿色 を現ざるは。溝膿に恬視すべからず。其白さ瑪瑙のごときはこ れ膿たるにはあらず。しかるを庸医は誤認てこれを膿たりと いふを信。俚諺に所謂足下から鳥のたつやうなる急變に逢て。 卒に狼狽ことあり。かゝる證は。其痕粒圓満やうなれども。心を 留てよく熟者は。皺ありて空虚なるものなり。故に不慮の変と おもふは遺失なり。見点の初より逆その吉凶は知ることなり。 又灌膿に微熱の發ことあり苦からず。大に発熱煩憑はあし。下 利あるも凶と雖。元氣自然の運用によりて下利を促し。毒を腸 胃より除去て。それよりして順快におもむくことあれば。一途 にはいひがたく。余症を参互て善悪を定べし。内攻するときに。 寒戰咬牙て。胸腹に動悸甚なりて。下利ものあり。下利のなきも あり。こゝに至ても能食ものは十に八九は治べし。穀氣なきも のは救がたし。初より食の進ものは。起脹灌膿滞なく。たとへ一 二の佳からぬ症ありとも難治にあらず。良痘は痛こと常なれ。 ども。稀には癢ありても險惡からぬものあり。さはいへど痒は 儘て吉からぬ證なれば輕視はならず。小児は痒をも多は痛と いひて分がたきことあり。故に旁にあるもの心を用て熟察す べし。起脹灌膿の中に小便に血を泄ことあり。これ尤難治なり と雖これまた一偏には定がたきことあり。衂血は苦からず。そ れも過多は速に止ねばならぬものもあり。黒血を吐ものは駭 べからず。鮮血は恐べし。古人痘色の灰白を寒とし紫黒を熱と すれども。寒熱を以て別は。治療の上に於て害あることなり。故 に痘色の白を見て。虚寒とのみ思ふ鑿士ならば。療治は委がた し。かくいふは大に深意の存ことにて。俗家には諭がたくまた 明めがたきことなり。さく順痘は発出多シといへども。速に灌膿 になりて。第三日にはすでに収靨にかゝるものなり。 収靨三日の間は。既に滞なく灌膿を経しは。食の多少と二-便の 通利に意を注の外何の医術もなし。険症の膿成ざるもの。收靨 の日にいたりて死ぬることあり。故に険證は定期を過たりと も降心すべからず。輕ものはこの時既に落痂もあり。然とも先 は落痂のときになりて。壯實孩兒は少輕下劑を投て。腸胃中の あり。こゝに至ても能食ものは十に八九は治べし。穀氣なきも のは救がたし。初より食の進ものは。起脹灌膿滞なく。たとへ一 二の佳からぬ症ありとも難治にあらず。良痘は痛こと常なれし ども。稀には癢ありても險惡からぬものあり。さはいへど痒は 儘て吉からぬ證なれば輕視はならず。小児は痒をも多は痛と いひて分がたきことあり。故に旁にあるもの心を用て熟察す べし。起脹潰膿の中に小便に血を泄ことあり。これ尤難治なり と雖これまた一偏には定がたきことあり。衂血は苦からず。そ れも過多は速に止ねばならぬものもあり。黒血を吐ものは駭 べからず。鮮血は恐べし。古人痘色の灰白を寒とし紫黒を熱と すれども。寒熱を以て別は。治療の上に於て害あることなり。故 に痘色の白を見て。虚寒とのみ思ふ鑿士ならば。療治は委がた し。かくいふは大に深意の存ことにて。俗家には諭がたくまた 明めがたきことなり。さく順痘は発出多シといへども。速に灌膿 になりて。第三日にはすでに収靨にかゝるものなり。 収靨三日の間は。既に滞なく灌膿を経しは。食の多少と二-便の 通利に意を注の外何の医術もなし。険症の膿成ざるもの。収靨 の日にいたりて死ぬることあり。故に険証は定期を過たりと も降心すべからず。輕ものはこの時既に落痂もあり。然とも先 は落痂のときになりて。壮實孩兒は少輕下劑を投て。腸胃中の 汚穢を掃除してよし。収靨以前より腹中に蛔蟲を生ずるもの あり。注意べし。もし蛔蟲ありと知ば。速に蛔蟲を下べし。灌腸間 も此蟲あれば。意表の障となることあり。落痂以後は淡薄食品 を撰用フべし。一切過食しむべからず。勞怯て食味の失ものは。を り〳〵魚肉鰻驪鶏卵などを些づゝ與てよし。喫過しては大にあ し。飲啖進ものに膏梁一-切無用なり。米粥も粘稠を湯にあらひ て喫しむべし。砕麦などもよし。酸渋甘膩はなほさら禁べし。 俗家にて酒湯といふことを古来よりすれども。瘡発多に早浴 するはあし。大氏痂落つきて後をよしとす。軽痘はしからず。 世に底利耶加といふ薬を痘瘡に必用ものとするは大なる誤 にて。この物痘瘡に於てさらに其益あるを見ず。ことに善眠も のには尤大害ありて。多服しむればこれがために痘兒を害こ とあり。決して用フべからず。 かにこうる。屏角など妄に服しむるはあし。其他牡鵑の焼たる。 鹽藏鶴肉。および焼たるものなどを服しむること尤宜からず。 臍帯。乱髪爪などの焼存性も大にあし。これらの物いづれも痒 瘡に効あるものにあらず。小児の狭小腸胃あに衆多の薬剤を 受容に堪んや。いたづらに苦憑を増ことを思ざるの甚き。これ 医俗の通患なり。 序熱あるやいなや。額より準頭へ臙脂を貼ものあり。かくすれ ばその邉へ痘疹出シこと少といひ習せども。かの臆睛を貼ころ には。眼にこそ見えね。痘はこと〴〵く皮下に出声あるなり。また 膽脂にかゝる効あることも絶てなきをこれ何事ぞや。依據も なき弊習にて。この臙脂をぬりたるところは。痘色弁知がたく して。医の診候を誤ことあり。必無益のことなり。又てりやかを ぬること尤あし。 疳兒を平常より厚被にさするは害はなはだし。初中後とも決 してしかるまじきことなり。寒月にてもをり〳〵は空の色を見 せしめてよし。風なきときは門巷へ出たるも苦からず。たゞ寒 風。および器皿の冷たるもの。看病人の手足の冷たる。衣服被筒 の冷たるを禁べし。痘兒もし寒氣に觸冒てより。變證出たるは 速懐に抱て厚被にし。混熱物を喫しめて黴汗を取べし。然ざれ は内攻するなり。もし乳を與ものもその意得にて。身を暖にし 温物を喫てよし。 日輝燥烈ところに痘兒を安しむべからず。闇室は大にあし。 渇あるものにも下利を恐て飲漿を禁ものあり。以の外の意得 たがひなり。渇あるものにはをり〳〵飲液を用シをよしとするこ とは。初にいふごとくなり。 過て酸味の品と。至鹹ものと。極て甘物とは禁べし。 乳酒を用ツべしといふ人あり。證によりて喫しめてよきもあれ ども。先は禁たるがよし。児の近労に侍ものも飲ぬがよし。もし 兒に酒を喫すべきものあらば。乳酒には限べからず。 菜を食しむるを宜とするものあり。多は停滞て化がたきもの にてかへつて害あり。禁たるがよし。 虎子を枕邉におくはよろしからず。便下せしをり〳〵に必掃除 して臭気あらしむべからず。 月経の婦人先は用捨あるべし。止ことを得ずは衣服褌までも をり〳〵更て抱持すべし。 痘児看護の人は。すべて衣服の穢垢たる。臭氣あるものを着べ からず。清潔なるをよしとす。 癆療。皷脹の病あるもの。およびそれらの病者を看護したる輩。 傷寒。熱病を患。愈て後いまだ浴せざるもの。およびこれらの病 あるものを保護したる。その衣服をも更ずして。痘児に近よる べからず。 母および乳媼微恙あるも。其乳を痘児に喫しむることは用捨 あるべし。まして重病にかゝりたるものは児の近傍に侍こと も禁べきところなるを。病に由て乳質あしくなることには意 も注ず。與て止ことなければたとへ輕易痘疹なりとも大に害 どなるものなり。嘗て一婦人癆療の漸ありしに其子痘疹を患 しかば。予其乳を喫しむることを切禁たれども。不肯して與し に。面部纔に十餘顆に過ざりし輕痘の。忽に内〻陷して斃たりし を見たり。是尤記得あるべきことなり。 常に口臭もの。身體に惡臭あるもの。旁に居べからず。瘡を發し たるもの尤宜からず。 掻爬ことを禁は皆人の知ところなり。これを禦んとく袖狭襦 袢を着しむるは好しからず。意を注て看護てよし。強て流俗に 隨んとならば。常股の袖へ單の布を補添て。袖を長したるなど 尤便利なり。 下に臥しめたるまゝなるはあし。或は臥しめ或は抱て。專兒の 意を轉ぜしむるがよし。 痘瘡中児をして多言ならしむべからず。たゞをり〳〵遺話 を為て慰べし。 或痘瘡神の有無を質ものあり。予答て言。神ありとおもふ人は 必有とこゝろうべし。正に有とするものは。清潔祭祀て朝夕に 禮拜し尊崇べし。決して惑ことあるべからず。もしまた無とい ふ人は。必定なしと決すべし。有といふも理なきにあらず。無と 決するもまた理あり。有か無かと疑惑ははなはだ可からず。た だ一方に定べし。有と思人の心よりは。痘疹の見点より収靨に 至までも。其日期あるを初として。こと〴〵く不思議ならざるは なし。神ありとすること更に疑べきにあらず。又無といふ人の 心にはいづくにか神あるべき。痘瘡もし神あらば。麻疹にもま た神あるべし。もし然ば黴瘡肥前瘡にもまた神あるべし。其他 傷寒。瘧。痢。療療。黴病。癇疾。癩病。百態千状の病一ッとして不思議な らざるはなし。痘瘡のみいかでか別に神あらんや。かゝれば痘 神の有無はその人によることにして。いづれに定たりとも深 害あることにあらねば。予は預ざるところなり。 予幼して麻疹を患。やゝ其苦悩甚かりしを記のみにて。治術の ことは思もかけず。近年又天下一般に麻疹流行して。江戸地方 にもきたりしときは。以前のごとく炎熱の候にあらざる故か。 さしたる険證もなく。一人も此病にて死たるを聽ず。因く薬せ ずして愈もの多ければ。其治法を委せずといへども。從前の麻 疹の治術用薬のことに於は。少疑なきこと能ず。されども険重 の症に對て。的確なる實驗を經たることあるにあらねば。今此 編には説べきこともなし。また水痘のごときにいたりては。断 然たる一家の説あれども。もとより輕易症にして。俗家にさし て示べきこともあらねば。これまた別にいはず。この病は真痘 と相混して。老医もまた診あやまることあり。その痘瘡との異 は。面部の分派よりは背腰に多発見て。食味もあまり變ず。熱あ ると一一時に發見て。顆粒大小遅速あり。一斉に起脹せず。これを 以て辨別べし。且其患状痘瘡とは懸絶ありて。決して混同すべ 心にはいづくにか神あるべき。痘瘡もし神あらば。麻疹にもま た神あるべし。もし然ば黴瘡肥前瘡にもまた神あるべし。其他 傷寒。瘧。痢。療。黴痩。癇疾。癩病。百態千状の病一ッとして不思議な らざるはなし。痘瘡のみいかでか別に神あらんや。かゝれば痘 神の有無はその人によることにして。いづれに定たりとも深 害あることにあらねば。予は預ざるところなり。 予幼して麻疹を患。やゝ其苦悩甚かりしを記のみにて。治術の ことは思もかけず。近年又天下一般に麻疹流行して。江戸ノ地方 にもきたりしときは。以前のごとく炎熱の候にあらざる故か。 さしたる險證もなく。一人も此病にて死たるを聽ず。因く藥せ ずして愈もの多ければ。其治法を委せずといへども。従前の麻 疹の治術用薬のことに於は。少疑なきこと能ず。されども險重 の症に對て。的確なる實驗を經たることあるにあらねば。今此 編には説べきこともなし。また水痘のごときにいたりては。断 然たる一家の説あれども。もとより輕易症にして。俗家にさし て示べきこともあらねば。これまた別にいはず。この病は真痘 と相混して。老鑿もまた診あやまることあり。その痘瘡との異 は。面部の分派よりは背腰に多発見て。食味もあまり変ず。熱あ ると一時に發見て。顆粒大小遲速あり。一齊に起脹せず。これを 以て辨別べし。且其患状痘瘡とは懸絶ありて。決して混同すべ きにあらず。別に併症の悩きものなくば。多は薬せずしく治す べきなり。もし惡寒あるものは黴感冒なとを發散するやうな る投剤にて。必出斉になり。速に水漿を輸てほどなく収靨もの なり。その間には二-三顆まさは大半膿を醸ものもまじはるこ とあり。その膿ものあるを見て。遽に痘瘡ならんかと誤認こと なかれ。をり〳〵かゝる證を看ことあれば。かねて記得をるべき ことなり。 病家須知巻之三終 きにあらず。別に併症の悩きものなくば。多は薬せずして治す べきなり。もし悪寒あるものは黴感冒なとを發散するやうな る投剤にて。必出斉になり。速に水漿を輸てほどなく収靨もの なり。その間には二十三顆または大半膿を醸ものもまじはるこ とあり。その膿ものあるを見て。遽に痘瘡ならんかと誤認こと なかれ。をり〳〵かゝる證を看ことあれば。かねて記得をるべき ことなり。 病家須知巻之三終 巻四目録 ○婦人持病の心得を ○懐妊のこゝろえに ○胎教のあらまし ○つはりの心得五 ○胎の敵斜よりおこる病のこと四 ○一切のむかひけを治する薬のこと ○鎮帯を用るこころえ六 ○形名 ○鎮帯の図説七七 の妻貞烈よく夫を諫て功を成しむる図七 ○胎児かた ○産にかゝるときの心得は よりたるときのこと ○一切の病の心下にさしこむものをすくふこと ○子癇をすくふ心得サ并 ○妊娠小便通ぜざる 時の心得十二并に図 ○臨産小便通ぜざるときのこと十四并に図 ウ ○産後 小便通ぜざるを救こと并に図 ○催生薬の心得 ○臨産のこゝろえ十七 ○難産に妄に鈎を用て害あること廿八 ○妊婦こゝろうべき肝要のこと ○産椅の害あるあらまし ○産蓐を製ること并に図 并図<書書○うまれ子の声をあげざるものを救ふ法并に図 廿三 ウ ○ふくろ児の心得 ○産後の心得廿四 ○産後の心得せ ○ちのけめまひを救こゝろえ 五并に図 ヲ 廿六 あること ○同冷水を用る秘訣 廿七 〇ちのけめまひのおこる病因きま〴〵 并に図 ○そりの病をすくふ心得或ハ并に図 廿八 ◯血の一がいに下るを救こゝろえ卅一日 ○そりの病おこるを知こと ○同水を 用て治すること卅四丁 用て治すること卅二〇同ちのけめまひを兼ものを救ことい ○すべてながち ○胞衣下ざるときのこゝろえ卅三 ○胞衣下ざる の婦人は寝るにこゝろえあること卅三 を知ずしてひだちし婦人あること卅四 病家須知 一名病家こゝろえぐさ 四 狩 病家須知巻之四 婦人持病の心得を説 凡婦人女子の宿痾といふものゝ起原は。性質柔順ならずして 猜疑ふかく。人を怨世を尤。心情の偏辟たるより發ものおほし。 それをいかにといはば。婦人は十が八九は補心愚癡なるもの にて。とかくに挂念間断なく。悒悶て病となること多ければな り。男子よりは喜怒哀樂の情感じ易。たゞ目前のことのみを執 て遠議なきは。婦女の常態なれば。いかに才気あるとも。男子の 思慮にはいかてか及べきと自反て。一切の心畵意匠を一掃盡 て。詮なきことに恩を費ず。舅姑の已に阻も。夫の吾に歓も。皆定 れる因縁ぞと明めて。何ごとをも介意ず。中鑚の事業墜棄で。慈 恤を旨とし。一切遜順に。失行だになくば。漸に心裏寛平になり。 て。いかなる艱困に遭ことありても。それを苦とおもふ心も發 ず。鬱悒為病と云ことはあるべからず。然ば病苦の去のみなら ず。憎もやがて愛疎も自親て。後栄を期身となりぬべし。故に婦 人の攝養とて外に託べきこともなく。たゞ心意の收攝と。身體 の怠慢を誡んことこそ切要なれ。世に宿痾とてさせることは なけれども。平素心意の放遣なく。或は疝藏に國迫られ。いかに すれども治ぬと云類も。且予が教に従て。灸薬を託とせず。専婦 の四徳といふ。和順貞固その道を。己が持薬と存心。婦徳婦言婦。言婦 容婦功の四事を。導引ぞと常に思て力行なば。疏懶の癖も自然 に歇鬱敗之意もいつしか轉て。氣血の循環よく。子藏病療疝の 類も。大熊は竪の療術を待に及ずして治べきなり。かくするこ と初のあひだは難堪なるやうなれども。決して為得がたきこ とにあらず。必奮發て試べし。これ婦人攝生の大本なり。 懐妊のこゝろえをとく 凡天地の間に生あるものゝ子を産ざるはなけれども。人には 難産といふことありて。之が為に命を隕ことの多はいかなる ことぞや。禽獣は孕ことありても。自然に委てさらに我意を交 ことなく。己が身の飛動に閑なければ。體の運化もよく。臨産い かゞあらんと沈恩もあらねば。気の抑鬱もなく。故に産甚易し。 人もまた如此。憐妊の初より自然の條理に従て。我意を加こと なく。臨産はとあらんかかくあらんかと。回心貴恩ことなくし て。唯人倫道に背ことなきを攝養とせば。數孕するとも穏と産 て。其児もまた強健なり。然を人にのみ艱産多は。皆攝生修身あ しく。自為蕈にて。己心から吾身を害ものなりと知べし。自然の 條理に従といふは。いかにも其心を和平にして懊悩すること なく。欲を省慮を寡し。假令有身とも。居恒の動作。裁縫蓄御の職。 身の級に従て。毫も怠ことなかるべし。農婦はたゞ挿秧萩草な どの前へ屈ことのみを廢してよし。貴人は朝夕に己が為べき 業なくとも。強て園中など開歩。然べき擧止をなして。必〳〵逸惰 なることなく。或は常に昔の聖賢君子の書などを読せて。聴こ とを旨としたまふべし。茗燕十姓香絲管の戯伎も。臨時ては高 たまふも可。耽て行は好しからず。懐妊の中風に冒ん寒をや感 たまはんと。障屏設置。衣衾襲に被まゐらせて。たゞ気の抑鬱こ とのみなれば。腸胃の傳輸も自遅慢。胸腹支痞たまふと。聞とひ としく喧嘩。陵朮黄芩地黄等の泥。滞やすき薬物を。安胎主剤と 謬執させる疾なきにも。妊娠の保攝とて進まゐらするの類悉 妨害とならぬことなし。豪商大買もこれに準して。保養過宜の 失の自然に背ことあるにより。産の害となるもの多。樵婦田姫 などは。旦夕の営為に隙なければ。逸居べきやうもなく。副急た る病あるに非ば。薬を用る痛苦も知ず。故に産前後の障害も火 素より貴賤貧福其常を異にし。衣食坐臥にその別なきに非ど。 貴も人也賤もまた同じ人なり。體に何等の差別かあるべき。然 ばさせる病もなきに。何の保護の薬あらんや。悪阻ありとも。月 日を經れば自然に止ものにて。強て医療を加るにも及ず。况薬 のみを據て。産の易んことを望は。大なる左。計には非や。然んよ りは飲食を節し。体の運化を第一の用意とし。身孕なりと知て の後は。男女の交を嚴制夫婦蓐を同じて臥ことなかるべし。是自 然の道理なればなり。この持戒あしければ。胎位は漸に敵。斜に なり。胸痞て咳嗽もあり。腰脚攣急て疼を知。劇ときは起こと能 ず。或は痔疾脱肛するもあり。小便通利あしくなりて。腰脚浮腫 て苦悶もあり。腹痛下血もあり。産に臨ても胎兒の位置正から ねば。順に娩ること能ず。難産と為。甚きは命を斷ことあるにい たる。しかのみならず慾念の炎内に燃て。子をしてその気質を 稟しめ。胎毒もまた之が爲に熾になり。生来多病にして天閤す るの憂あるか。不然ば其兒壽愚貪婪して。不孝の子とならんこ とは必然なるべし。世間に難産するものをみるに。十が八九は 其夫妻多慾して。慎あしき人におほし。故に古昔は胎教とて。胎 内より子を教といふは至理なり。今其胎教の大旨を略してこ こに説ていはば。凡て懐妊してよりは。其母益身を慎。寝に側ず。 坐に遣ず。立に興ず。邪味割の正からぬものは食ず。席の正なら ぬところに坐ず。目に邪色を視ず。耳に滴聲を聽ず。夜も必端坐 て聖賢の道を述たる書などを読しめて之を聽。身を懦弱なら しめず。妄に喜ず怒ず。哀ず憂ず。高に陟ず遠に奔ず。何にても正 からぬことは。毫も耳目に觸。心志に發ことなしといへり。况て 飲食男女の慾。戯劇遊。後の念をいかでか起ことのあるべき。か かれば産前後の疾苦も知ず。其生子も形容端正して。才徳の世 に過たる人となるといふは。其母の擧動の正に感じて。形を成 神を発する。自然の道理なればなり。今の世にては如此に能ず とも。胎内の子は必母の性質に類似ものなることを常に忌ず。 身を責己を刻ば。昔の胎教の一端なりとも修得らるべきこと ならずや。さすれば懐妊の攝生も。また天地自然の道に従。修身 正心の外にはあらぬことを。よく〳〵識得べきことなり。 悪阻の意得を説 姙娠數月を歴て。飲食ともに吐逆して容納がたく。諸薬効なき ものあり。これを強て止むとするは却て害あり。一一應薬を用て 治ことなくば。必灸薬を託とせず。自然に治を待べきなり。故い かにとなれば。併病もなき惡阻は。薬せずして必治ものなるを。 誤て駄薬などを用て。其自然に拗戻たる治術を受ことあれば。 後必臍を噬の悔あることあるを懼ばなり。懐妊して直に惡阻 となるもあり。五六ヵ月にて発もあり。いづれも経脉和胎位定と きならねば治ざることと。先記得てよし。然と雖。寒熱往来あり て。咳嗽なども出。漸に羸痩ものは。それよりして勞療になるこ とあれば。必緩看べからず。慎妊中悪阻に咳嗽を挾。やがて労療 に成て死ぬるものまゝあり。或は孕中故なく。産後蓐勞となる もの。これら惡阻を強て治さんとして發たるもあり。惣て諸病 とも嘔氣甚く。一切の薬を容受がたきものには。伏龍肝一戔五 六分許を水に和。其水を澄清て。粉の交ぬやうに分て。火に温生 薑の生汁二-三滴を加て用れば。大抵の嘔は止ものなり。水のま まに用ることもあり。伏龍肝といふは。田家などにて年久なり たる籠心に通赤に焼たる土塊あり。それを極細末にして用。薬 舗にもあるものなり。この水にて半夏を煎じ服るもよし。胃中 に汚穢あるか。滞食にて嘔を発たるものには。此等の薬は先は 効なし。これまた予知べし。 一鎮帯を用る心得をとく 懐妊に。古昔よりの習にて鎮帯を用ること。其利害の論区々な れども。元來懷姙は天然のものなれば。鎮帶にて胸下を纒縛こ とは。可からぬことにて。緊紮ときは。胎の生育の妨害に為て。難 産の原と為ことあり。姙娠中に嘔逆浮腫などを患るも。この鎮 帝の害に由者おほし。故に近来帯下医之を禁ずること其理至 極せり。然はあれども往古よりの俗習にて。孕婦五ヶ月にいたれ一 ば。着帯を祝こと。貴賤熟てしかり。千餘年の昔よりかくの如の 弊。いまさら止がたきは庸人の常なれば。強く鎮帯を脱しむれ ば。狐疑を生甚に至ては。紮定ざれば児肥太て産艱などいふ。膚 説妄言を信じて。空に之が為に識神を勞するの害あり。故にた だ布の粗薄もの単を用て。緩に腹上を掩纏。その端を挟て脱べ からざるまでにて。縛り紮ことなきを可とす。かくすれば胎の倚 斜をも防。その婦人の意も降なり。其説の委ことは。既に坐婆必 研に載たれば。此には略しぬ。たゞ嚴禁べきことは房労なり。四 形イ名─婦義勇 諫其良人圖 十一 巻四 産帝の事ものにみえたるは。小右記。伝火。物語などやはじめならん。安婆必研にもすでにいへる 如く。俗説には神功皇后三輪にかもむきたまふ時。開胎に當たまひし故に石を挿たまたまふ車。これ 一。觴ならんといへり是を萬葉集には鋳懐石ともあれば。胎をいはひ然る証とはす べく。帝の始とはいひがたし。説者其竹集に挙たる人しれぬはだへにむすぶいは た帯と云る連句を引て。此帯をばいはた帯といひならひ。結肌ま たは斎肌の義とすれど。いはたは麦纈にて今の 一世にしぼり染といへるものなれば。一種の 染絹の名にこそはあれ。さやうの心とせ 一んは覚束なし。もしは斎肌の 一名詮にとりて夾額を用たる 一世もありしにや。此外。中ノ右記。 東鑑。平家物語。拾芥抄。御産部 類記などにも出て。おほかた其夫 て。づから結へるよしにみえ。又著。帝を祝ことともゝあるを思へば。いと 古き世よりの習には有けんかし。唐士にも此車有と覚て多く嚢便方。保産心 汝及俗説弁に引応の婦人産彙記などにいへるおもむきもあら〳〵こゝのさまに異ならず。 しかはあれどもこなたのごとくひろく南北にわたりて。めまねくたれ〳〵もするこにはあら ざるべし。さて今木文に迷たる帯のゆひやう。たゞ挿ておけるのみにては解やすくて たよりあしとおもはは。かたのととくしてゆるらかにむすばんも。またあしからず ともかくも帯する人の心に安からんこそ第一のことならめ。 五ヵ月より後は。夫妻同寝を戒こと。尤切要なることは既に言が ごとし。其他惣て身を属曲て。はげしき勞動を為ことは可から ず。多は胎を轉動て損あり。農婦に難産あるは。妊娠月満までも なほ耕作の菅を廢ず。挿秧耗指などの所へ屈て爲ことのみ多 ものにありときく。これらにても察すべし。月重て交接するの 體に害あることは。かの農婦の耕作の勞動にも勝て。慾火を焔 胎を壓迫こと。いかでか障とならざるべき。また世俗懐梁中は 脚を伸して臥ことを禁じ。体を屈め両脚を縮て寝しむ。これ尤 害あることなり。若如此すれば。子蔵絞束られ。下より諸蔵を圧 て。心下苦憑。快寐がたく。孕中患あるのみならず。胎児之が為に 欹斜て難産の原となる。必体を屈ことなく。両足ともに適意に 伸して臥べし。尤一偏に臥はあし。時々左右へ轉臥するがよし。 胎少にても斜になることあれば。その倚たるかたの胸腹腰脚 拘急て。甚きは痛を知。蒼卒に起坐なりがたきにいたることあ り。然ば疾高手の蓐母か。乳医の事熟たるものを乞て。按腹して 胎を正位に復しむれば。腰脚の攣引は速に治なり。俗家にても 手を下て縦容に胎の傾側たるかたより按く正中に至ば随分 少の偏は治ものなり。妊婦自行もよし。其時には仰臥て先胸よ り小腹まで徐々と心を静て按排べし。隻手にて力入がたしと 思ば。両手を層て切按てよく〳〵撫摩べし。強按ても必それにて 胎を損るといふことはなきものなれば。其費意はあるべから ず。蓐月近ならば。殊致意て毫も偏斜にならぬやうにすべきこ となり。産に臨て苦悩の多少は。皆胎の正と偏なるに由ことな り。故に懐孕の切緊とすることなり。また臨月近ならば。大便の 燥結せざるやうに在念べし。産に臨て胎の出路を礙て。兎身か ぬることまゝあることなり。故にすこしにても燥結日を經こ とあらば。連薬を用ぐ宜ほどに通利あるやうにすべし。さきに もいふごとく。懐孕は自然のものなれば。孕たるは必分娩べき に定たることにて。難産といふは絶てなき理なるを。皆保護の 節からざるに由て。空に苦悩のみならず。遂には母子ともに命 を斷に至。これ尤嘆べきことなり。又妊婦の留心べきは。月足て 娩期近づけば。腹肚急痛。腰股拘攣。小便類数。力息切に促て。産戸 も裂んかと思ほどの苦悩あり。否ば娩身はなきものぞと先記 べし。而を微の陣痛にも失措て。今や分免んかと。其期も来ぬに 自心を勞は。己が意識を妄に悶むるのみならず。粟家驚て。医を 迎る人を走せ。穏媼の来の遅を罵。薬に白湯よと躁擾の聲率く。 それらのためにもまた氣逆て。諸藏を上部に牽引て。遂には難 産の原となるなり。故に孕婦第一の用意は。陣痛促とも。努揺甚 くなるまで。堪忍の蹙は旁人に告ことなきをよしとすべし。其 夫親及貴人の婢長もこの用心なければ。産婦の為善からず。仮 令洗娘の未詣に娩し。其児を収こと過時とも。よく包裹て寒風 にさへ冒しめずば。決して害はなきものなり。産婦の心氣だに 平にして。上逆の患なくば。胞衣も速に下べきこともとより論 なし。假令胞衣の下ること遷延とも。必患べきことにあらず。こ れまた胎児兎身て。其用廢ば必下去べきは。自然のことにて。日 數經過ればそのまゝ子藏中に腐壞て。終には出べきに定りた るものなれば。とかく初より産婦の意の降て。胞衣の下ざるに 懊悩せぬやうにすること尤切要なり。かゝれば胞衣下らず癇 痩を発して。暴死などの変は決してなきことなりと思べし。故 にこのことは豫孕婦に示諭べきことなり。猶末の胞衣の條に 於て辯析を看て知べし。 妊癇を救心得を説 此病は妊娠中の劇證にして。吸呼促迫。眼目上弔。口噤反張て。人 の省なく。その胸下堅結て。心に衝逆勢甚しく苦憑なり。傍忽に 資ものなれば。医師を招にも多は副息がたきものなり。故に之 を救の法を豫て識得べきことなり。其法は姙婦を仰に臥しめ て。さく其左旁に従て。婦の脚の方へ面を向て坐て。右の拳を以 て婦の左の乳の正下の肋端の不容といふ処を。力を極て抑按 べし。但し心窩の方へかけて。按処は肋骨端腹部にて乳の直下 と記べし。右拳にて力足ずば。左手を右の上へ添て力を合べし。 尤周身の力を手頭に在しめ。強按に非ば制止がたし。なほ按も のゝ小腹に努力を入て。切と應手あるやうにすべし。掌ばかり にて抑力よりは。腰を定て正と抑圧かたが利ものなり。やゝ苦 迫寛になるを知ば。拳も従て縦て。勢の旺衰に任。緩急宜を得べ し。心に毫も怠慢なく。たゞ其勢の静なるときは。力を用フること 徹せざれば。拳痩て勢旺ときに抑定がたければなり。月満て奉 の胸下に入がたきものは。四指頭を用て按もよし。容易の力に ては中〳〵圧鎮がたきことゝ思へし。決して按て胎を損んかと 疑慮ことなかれ。其患は必なきことなり。なほ圖を参窮べし。こ れに限す。一切の病の心下に衝迫こと劇ものは。此術を施てよ 妊癇を救ふ図 一隻手にて力足ざる 隻手にて力足ざる ときかくして力を 合べし 一同症月満て拳の 胸下に入がたき を四指頭を用て 按かたち 四指頭を用て按 掌のかたち 腰に力をいれて抑圧んが ために掌を帯のあひだに 按しところ し。世に謂足痺衝心の類。小児の癇痴などにもこの意を用。これ を按て効を得ことあり。前の小児の條下に記たるをも。こゝに互 検て考べし。 小便通ぜざるときの心得をとく 懐妊中小便通利あしくなり。漸に閉塞て。終には須滴も通ぜぬ やうになり苦憑ことあり。如此症は尋常の小便通利の劇はず 効なきのみにあらず。却て浮腫腹満を増し。飲啖もならず横臥 もならぬやうになりて。假令小便利ても。身體の疲憊素に復し がたく死にいたるなり。故にその前あらば速療治せねばなら ぬ證なり。これを療治するには。薬のみにては効あることなし。 高手の産科は識得ことなれば。それに託て手術を乞得て。疾小 便の通じあるやうにすべし。それまでにはいたらずとも。胎児 漸大になれば。小便通利あるごとに伯礙やうになり。または尿 道閉塞やうに慮て。いつも通利爽快からず困苦することあり。 このわけは。小便の滲きたる嚢を膀胱といひて臍下にあたり。 其口は陰戸の上際に出たるものなり。さて子藏は其後に位し。 前には膀胱の尿道あり。後には腸の屎道ありて。其間に嵌れり。 この子蔵胎児の月を重て生長するに随て張大なるなり。もし 故ありて前へ倚斜か下に垂て。横骨上際へかゝれば。膀胱の口 を壓ゆゑに。小便の通路を閉塞て快利かぬるなり。これを薬に て通じさせんとするは。たとへば喉を絞られたるものに噴薬 をするが如く効応なきことなり。喉を絞られたるもの。速その手 を放ば氣息通理にて。膀胱莖に圧ところの胎兒を提起て鬆す れば溲利ず。其法は厠に登て小便する毎に。巳の両手を以て横 骨上際へ重按て。上のかたへ胎兒を提挈やうにして。膀胱茎を 圧ものを寛れば。小便速に利ずるなり。之を提起には。重学にて 先小腹の皮を下へ引ばり。横骨上の腹皮に餘裕あるやうにし て。その手を横骨上際に投入て。大に力を張て擡擧ざれば。下墜 たる胎の復やうにはならぬなり。小腹の皮を下へ持満は。上へ 提ときの餘地あらしめんが爲なり。さてとくと小便しをはり て手を放也。妊婦自提こと能ずば。便器に跨しめて。一人其背後 に在て。婦の帯をゆるめて袂より手を挿て。前の如く横骨上際 に随て胎児を向上べし。何も下の図を看て検べし。また已に産 に臨て小便膀胱に實て。児の出路を礙なば。必先其小便を通ず べし。其法は妊婦を便器に跨しめ。常に溲するごとくにして。事 慣たる婦。嫗の隔心なきものなどによく諭告て。産婦の背後に 接。その路間より陰戸中に食指と中指をふかく挿 て。子蔵の前のかたへ迫ものを鈎曳て。上へ擡舉や うにすれば。膀胱茎寛鬆て小便快利也。胞裡の溲泄盡たりとお もはゞ手を放べし。かくして通利をとるうちに。疾産科医の高 妊婦小便通じかぬるとき 一己の両手を以て胎を提挈る圖 一衣服のうへより提挈るやうに 一画たれども。その実は直に皮肉 に手を下さねば。おもふやうに は提挈がたし。此にはたゞその 一術意を示までなり。ゆゑに本文 の旨をよく会得してのちに行 べし。 すべてこの症あるものは。 一懐妊中とりわけその飲咳を ひかへさせねば。かならず後 害あること。予慮べし。 一同症人をして提挈しむるかたち 産後の小便閉を 通じさするかたち □□□□□□□ ●馬場 □□□□ 本文に小腹の左のかたに 一隆起ところありといふはこゝなり 隆起ところありといふはこゝ 按ばかならず尿道へ徹て疼を おぼゆるなり 手なるものか。生婆の術に精ものを招く託べし。また産後卒に 小便通ぜずして苦悶ものは。其婦の小腹の左方。髀枢骨と横骨 と相接ところの内廉の腹部に。微隆起ところある。それを按ば 尿道へ徹て疼を知なり。その処を按て上の方へ勾引やうにす れば小便利ずるなり。これも初に言ごとくして。下の方へ址て。 皮に餘裕あるやうにせねば。痛を知るなり。便器にかゝらせて 背後より行ば。左の袂を祖せてそれより手を挿てよし。産婦萎 頭たるものは。仰に臥せて綿絮を陰戸にあてゝ行も可。この三 症何も小便通利の劇にては効なきものにて。輕視にすれば。不 測之變に逢ことあり。蘆專門の人に聽てその治術を受べし。今 此に述ものは。たゞ急卒の用に具んが為のみなり。 催生薬の心得を説 世に臨産の催生薬といふものを用ること。俗套なれども。更に 其理なきことなり。時来ずしては。いかに竒效の藥ありとも。貌 得べきものにあらず。陣痛頻ときに。さやうの薬を連服しむれ ば。却て胸膈に泥滞て害とこそなれ。利あること決して無るべ し。もし薬にて兎身ものならば。草木の果實も糞漑などにて。時 の來を待ず速成熟さする法あるべけれども。其期に至ねば然 こと能ざるは。衆人の知ところなり。かゝれば催生薬の益なき ことまた推知べし。しかはあれども有病者はまた常の例にあ らねば。薬の用絶て無といふにはあらず。臨産はたゞ陣痛を忍 て時の来を待。その耐がたきに至て半草には如ず。必々着急焦 燥ことなかれ。これ第一の用心なり。 臨産の心得をとく 産に臨て難娩は。胎の歌斜ゆゑに由もの多ければ。産媼に告て 過正位に復しむべし。産媼術踈とみば。旁人よく腹を撫て。微に ても倚斜たるものは。按て正中へ復べし。已に産せんとする期 来ては。腰間より股胯へ攣引て。坐臥自由ならずして。重を知。肛 門の方へ膨脹やうにもなり。小便頻数にて忍がたく。陣痛米類 或は両手十指頭に脈動を自知もの。これら免期近に在。またか かる候なく倏忽一陣痛にして兎ものもあれども。それは少な ることなり。已に娩んとするに至ては。腰間殊に重墜。周身に熱 を発。額より汗出。眼裡に華を視。陰戸の裏脹たるかと凝れ。陣痛 堪がたく。破漿先出を徴として。胎児子宮口を出るなり。古より 分娩ば男は俯女は仰といふは非にて。男女とも俯ながら産て。 地に落ば仰なり。破漿と云は。粘滑たる液にて。被膜自然に破裂 て。この水の迸散を。胎児は車乗にして。滞なく陰戸を脱出なり。 一、切の動物その生ずるに先鼻よりす。竺土の古昔。人の母胎に 形を成ことを説しも其理をいへるにて。漢土に鼻の字を初と 訓も。其意あたれり。今胎。児の産にも先鼻よりす。天地自然の妙 理思へし。故に其面を陰戸へ向て鼻より産出ものは。出産決し て礙なけれども。破漿後時過れども。胎児の産門を出こと能ぬ ものは。これ胎位の正ならぬ故に。面を向て娩こと能ず。頭臚先 出て陰戸に挿れ。下墜がたきに由もの多。いかにすれども産出 がたく。生嫗の術にも及がたきに至て。世間の帯下竪竊に鈎を 用てこれを曳出す。此鈎を用れば顱骨を傷ゆゑに。兎出ても児 は死ぬるなり。これ止ことを得ざる計より出たりと雖。不仁の 所為尤悪べきことは。その生胎も死胎に誘て。俗人を瞞ものあ ればなり。其佗先手を挺或は脚を出。または横産にて手と脚と を交出なとするもの。其他坐産とて先尻を見す類の。手術の及 ざるものは。悉かの鈎を用こととのみ認。甚きに至ては。膳生の 尤免身しめ易ものに。鈎を以て児を害たりしもあり。かゝるこ とを甘心して。妄に為徒多。ゆゑに人衰の廣之が為に子を殺も の多は幾何ぞや。近頃は收生媼にも之を行ものありと聞り。約 を用ることは皆俗家に秘。殊産婦には知さるやうにすること なれば。医士坐婆の術に由て命を続たりと喜ども。己が子はか の釣の為に殺れたることを知ざるは。蠢愚可哀ことにて。名利 に奔世人の惨虐。嘆息べきのかぎりなり。故に今丁寧に告諭べ きは。胎は被膜中の水を車乗にして滑脱兎身といふ。自然の理 に意を潜て審思なば。その之を救べき手段は。俗家にても発明 すべきことなり。況聾家生嫗は予が辭を待て知べきにあらず。 予はたゞ釣術の世に廃棄て。児の横死するものなからんことを 欲のみ。素専門にあらねと。婆心の黙止がたくて。俗家に告諭な り。其蘊奥に至ては。世の收生嫗に伝て廣天下に行じめんと思 て。別に手記たる書あり。惣てかゝる禍に罹も。其原を検れば。皆 構生の天理に逆。心意の和平ならぬより起ものなれば。婦人た るもの予より懐孕の自然なる理をよく明て。坐臥飲啖を慎。心 意の寛舒になるやうにすべきことなり。もし不然して徒にか れこれと熱中。陣痛の耐がたきや。努揮にも。心身を勞費。氣逆が ちにて。諸蔵經脉上に牽引。腹肚擾乱して。卒には難産となるも のなれば。今娩身までも。心意平素に異ことなく。必其自然に委 べし。その期至ねば。いかに思とも産べきものにあらず。これら のことを常に記得て。忘ざるやうにすべきこと肝要なり。然と きは必難産なく。娩後の変もあるべからず。故に此一條より外 に用意なしと豫思べし。また産椅を用ることは宜からぬこと ながら。是また習俗の常なれば。卒に廃がたしと雖。凡て産後に は心身萎頓ものなるを。産椅中に端坐せて。睡にも頭を俯しめ。 ず。もし徹も偏ば旁侍者之を警覚し。七夜を過まではかくのご とくにすること。暫とはいひながらも。其状宛もうつゝぜめに 類して。産婦の精神大に困憊虚乏。血液の運行遅渋易く。後日の 病因となること明なり。惣て産椅中に在間は。腹中寛裕ならね ば。残血の洩路を桂碍こと多。腸胃舒暢ならざれば。飲食の消化 も承順からず。動ば熱を醸し。乏食眩悸頭痛などし。便利調ず。膝 脛麻痺。後々は脚瘴痿魔になるものあり。故に産椅の害を爲こ と如此居多を知ば。断然用フべきものにあらず。孕婦ある家翁及 婦人も。此理を会得せば。他より問誡ものいかなることをいふ とも。それらのことに疑惑ことなく。産椅を去て用ることなく。 娩後はたが桃の方を漸に昂して。常のやうに脚を伸て側臥に すべし。その蓐の製は下の図を看て知べし。世間に用ひ来し産 椅を廢ては如何あらんと。疑惑解やらずば。平素注意て。産椅を 産蓐之図 一被襖数枚を用ヒて。重層て 一凸凹なからしめ。漸に昇 なるやうにして。 只肩の当処を少両 り低し其上に褥て 一側より低し其上に褥子 を舗。枕は軟なる ものを用して。褥の下 より紐にてつりを かけて轉ぬやうにすべし 下のかたへこけんかと おもはるゝものは かねて 別の褥子やうの ものを用ヒて 脚のかたへ かひあてゝ よし 一枕は昴が宜ども余に昂は 一好からず大要頭と脚との 高低一尺余を程とすへし。 七日を過て少低し。二-七日が 一程には常の如にしたるが 一可。或は褥子にて図の ごとくにこしらへ たるもよし。 一図はその状を示ために かくのごとくなれども。 一産婦の体はこれより おちつくやうに することゝこゝ ろうべし。 一菌褥を用て産蓐を製る にはかくのごとくにた たみて漸に高低をつく るなり 被襖は襟のかさなりて 中央のたかくならぬ やうにしてかくのご とくに重層べし 前の図 中の衾 小臥被かひまき まじへ用ヒてよし 同ノ 下のやぐ 巻四 上になる衾は両袂を をりたるのみなれば こゝに図せず 廿二 用つる人と。用ざる者との利害を辨知べきことなり。其用ざるも のは復素も速に。十が八九は産後の病患あることなし。故に産 椅は決定して用せざるを上策とす。 被膜胎の心得を説 被膜胎といふものあり。胞衣の嚢を脱ずそのまゝ娩なり。之を 透視ば。児の蹲居形明に見るものなり。驚駭べからず。速爪にて 児の頤下とおぼしきところの膜皮を抵破べし。小刀にて切も よし。膜皮は忽四方に縮て児声を發なり。聲を出こと遅ば。冷水 を児の顔へ噴べし。この産には破漿なくして娩なり。胞衣も同じ 續て出れば。却て苦悩徹して容易し。一家にてこの冒腹兒を産 たるもの。其異状に驚怖て。之を捨たりしと聞り。世にそれらの ことなきにもあらねば。圖を此に示のみ。さて胞衣と膜とは自 別なるものを。一物と誤認たる輩あり。ぞれは此に用なきこと なればいはず。審知んと要ものは。坐婆必研に記載たるを視べ し。因にいふべきは。兒落地て声を發 ず。或は手足軟痿。色青白。死ぬべく見 ゆるものは。まづ冷水を頭面及背上 へ頻に灌べし。それにても声発ず。吸 呼もなきがごとく思るものは。仰に 臥しめて。肩井より膏盲の辺と。背の 五七推の二行どほり を。指頭に力を専て強 揉ときには。多は声を 出なり。聲發たる後は。 壮健なる婦人の懐に て膚に著温べし。男子 も無妨。臨産期過て。母 子ともに虚憊たる者 に。多あることにて。左 識得べきこと也。 二行どほりの 五六七とは このあたりの ことを いふなか 産後の心得を説 産婦を椅子に在しめて。横臥を禁ぜし流弊は。全金創を縫裹常 など施たる後身體を動揺は。剰口再破開て。血の洩出ことあら んかと懼て。危坐をよしとするより。錯来たるならめど。産後の 泄血はそれとは大に殊にして。少ければ必後害あることにて。 且天理の自然にて病にあらず。金創などゝ同一には心得べか らず。殊産椅の害衆多こと。坐婆必研にも記たる如なれば。斷然 廢て用ことなく。前に図することくに臥褥を造て側臥にさす へし。必起歩て蓐に着しむべからず。匍匐にさするがよし。それ らのことも坐婆必研に説あかせり。産後に塩を禁は。瘀血の下 こと少からんことを懼るなれども。毫も喫しめざるは。食を拒 て害となることあれば。宜からぬことなり。魚類は惣て禁ず。性 味輕液は用て苦ず過に食禁の嚴は却て不可ことなり。くれ〴〵 も天地自然の正理にて孕たり生たりするものを。鎮帯を用て 紫束し。産椅に坐て苦楚しむるうへ。飲啖をまで嚴制して。味を 失しむること。いかでか生意に適べき。然せんよりは。初に其色 慾を戒。身體を運動て。消化に礙なく。心氣を和平として。憂悶な からしむるこそ巨益なれ。又産婦の室中は。冬は温煩にするも 可けれども。火爐を多安。數人會ノ髪は好からず。時々便房の屏障 を徹。鬱塞たる氣を排洩べし。夏秋の亢陽には。桶子も窓戸も悉 開て。清風の往来あるやうにすべし。屏風蚊帳も無用なり。もし 宰裡鬱蒸すれば。産婦肌熟し汗洩などし。體憊病發て。不測之変 を招ことあり。ゆゑに四時必其気候に従て。常の棲魔と異こと なく。旁人も居に適やうにすること。これ第一の心得なり。今の 世豪商や貴族の産後に。諸患ありて平穏ならぬは。この用意あ しく。自然の道に戻が故なり。このことよく〳〵顧慮あるべし。 四十五日のこゝろえをとく 産後の眩運劇は。腹を上部へ牽引やうになり。胸へ衝逆ゆゑに。 頭眩或運轉て。生氣を失なり。急卒に發ものにて医工も間にあ はぬことあり。此症は。下より衝突て。心窩と左の肋の下へ連て 急迫ところの塊ある。それを壓鎮得ときは。劇症をも救べし。ゆ ゑに病発たりとみば。捷疾その婦人に向て。左手をその右脇下 より回て背へ抵当。乳下の肋端へ右手の大指と食指とを左右 へ開て。其衝逆ものをきびしく下の方へ圧下やうにすべし。拳 頭にても掌側骨にて按もよし。産椅に在ものに多ければ。其時 は。按者の左足を伸て。婦の右の方へ身をすつくと入て。婦の體を 靠しめ。左ノ手を婦の項へ勾て。しつかりと抱。婦體の些も動揺ぬ やうにして。左右の手を緩ず。殊右の手を毫も動ることなかれ。 かくしても生氣つかずば。旁人に冷水を婦の面へ頻に噴しむ べし。水をかくる間も按たる手を慢べからず。徐々とそのまゝ 産後の眩冒を救ふ図 産後の助旨を救ふ図 この術を施す人は。向へのり かゝりて。おのれが身をひつ たりとよせかけ。婦人の體を 一森かゝらするにあらねば。な しえがたきことなれども。こゝ にはその手術を示んがために。 かくは画るなりその心得して みるべし。 かふるに 拳を以て するかたち 産椅中に在て 昏眩を発し たるものを 曳出ところ 足の指さきにて 一鮭のはふやうに あとへさがるなり に身を曳て。婦の靠たる體の揺ぬやうに椅子より出し。直に高 枕に横臥にさすべし。側臥さするまでなほ按。者の手をゆるめ ず。衝逆の勢の鎮墜を待べし。指頭疲たらば人を代しむべし。手 を換るあひだも毫も慢弛すべからず。少選するうちに復素も のなり。この昏眩の発にも多方の病因あり。瘀血下かねて発あ り。脱血にて発もあり。脱血より發ものは。過に其血を防ざれば。 眩運は止がたきもの也。其血を遏の術は次に記をみよ。胞衣下 ずして運を為もあり。何も胸下を按て壓鎮ることはおなじ。こ の眩運の発んとするまへには。口吻鼻旁肉咽ものなり。それが やがて眼框に及ものは。昏眩直に発なりと知べし。故に婦人の 顔をよく看て。按指頭の軽重を酌用すべきことなり。伏龍肝の 細末または麻の嫩苗を焼存性にしたるもの。または麻苧を焼 たる細末の類少許を。新汲水一盞を以て用べし。こゝに一ッの秘 訣を示なり。産後の昏眩を治に。右の薬効ありといふは。冷水に て用るが故なり。冷水産後の昏眩を治するに妙効あり。故に産 後直に新汲水一盞を喫しむるときは。昏眩の患を防べし。これ 往昔の遺法にして。近世の高名なる蓐医も。黒薬といふものを 冷水にて用ることを傳て。其實は水に効あることを秘したり。 それも故あることなれども。水にかゝる奇効あることを俗家 も的實に知得ば。不測之変を救ことあり。其説既に坐婆必研に 記載たれども。再此に其梗概を述て衆人に諭のみ。又昏眩發や いなや即死するものあり。それも逆知て。衝逆ものを按壓れば 救べし。もし既に昏倒脉絶。呼吸も斷。胸下を按ても其効なく。請 し医生の伎窮たらば。疾券術の精煉者を招べし。治法にて甦生 することあり。これ審べきことなり。なほ後の急病の條と參査 べし。 痘病をすくふこゝろえを説 癇と痘とはもと類似たる病なれども。癇は妊娠中に發。痘は産 後に発。水産後に尤多。痘といふは。卒に角弓反張。身體到直て。俗 に棒を呑たるといふやうなる形になる病なり。癇と痙との分 痺病をすくふ図 おなじ症を臥たる まゝに発したる ときの手術 屋 起たるものを抑圧たる のちに。この脚をすこし すぢかひに曳て。尾瓶を はづすなり。おしすく めぬうちにひきてはあし 一産椅のうちにて 痙を発たるを 抑鎮るかたち これも前の昏眩の ごとく産椅より 出して側臥にさせ ねばならぬなり は。癇は發ば人事不省。痘は本生は失ぬものなり。但し癇は心下 大に苦憊。痙は心下はさせることなく。唯身體木彊になるなり。 痘病劇甚ものは。なか〳〵一とほりの力にては壓鎮がたきもの なれば。疾丈夫の膂力者をして病婦の背後に接しめ。婦の両り腹 後より男の両手を伸て。両肩より頸上へ会て。十指相又。力を用 て下へ圧やうにすべし。起たるものを抑屈たらば。頓勁直たる 臀を転がよし。向に人を居て。両足を抽て尻をはづさしむるも。 よし。頸へ釣たる手はなほ縦ず。頃刻抑定ざれば。病勢平穏にな らず。いかにも力耗て忍がたくば。男の帯やうの物を用て。頸よ り膝へ懸引べし。また臥たるまゝに痙を發しなば。其左右に拘 ず側臥にさせて。男其後に就。前のごとくに隻手を婦の腋下よ り肩へ出て頭へ着。隻手を婦の膝へ托。左右の力を悉て屈曲べ し。また産蓐に在て痙を發ば。前に對て坐。男子の膝にて婦人の 膝を屈。右手は婦の左乳下の肋骨と腹部の分を按。左手は直に 頸より肩へ勾て抑屈べし。瘰病發んとする前には。胸肋乳の違 までも攣急をおぼえ。やがて口顎にも齒齦にも及ものなり。卒 急に発て畳を招ひまもなきことあり。志あらんもの豫て記お かば。急を濟ことあるべし。その術は圖を按て知べし。 崩漏の意得をとく 娩ヶ後血漏下て止ず。眩運を發し。或は熱を醸。汗多出。胸腹動悸甚 など。種々の證あることあり。或は月を閲ても血下て止がたき ものあり。かゝる類その医薬を施に間あらば。敢て懼に足ずと 雖。たゞ其卒暴に血泄きたりて。盆を傾が如き急遽證あり。それ は捷急に其血を抑ざれば。元陽忽虚脱て。医を招ひまをまたず。 遂には死に瀬ものあり。之を薬剤のみにて治んとすれば。決し て救ことを得べからず。此の如く火急に発することある證な れば。俗家にも平素記得て。其変に應ずべきことなり。此證産後 にのみ限ず。常の月信の時にもまゝあることなり。之を救の術 は。其婦人を側臥にさせて。下になりし脚を伸。膝の下に褥子や うの物を畳てあてがひ。上になりたる脚を屈て。臀肉を雙手に てしかと按て。頃時動揺ことなかれ。かくすれば。陰戸闕て血の 泄下べき道を壅遏その間に。子蔵中の破裂細脈漸に愈て。自然 に止ものなり。かくしても陰戸閉がたくおぼゆるものは。繭綿 を大さ圏炭のごとくに東て。陰中へ深送入て。その後側臥にし て。臀肉端を按べし。綿は意外に多く實ものにて。いさゝかにて は益なく。且木綿はあしく。必繭綿を用ることと思べし。もし香 眩を帯ものは。左ノ手は臀右の手は肋端不容の部を按こと。眩運の 條下に述がごとし。それを両人にて作もよし。また冷。醋を喫し め。或は口鼻へ沃かけ。あるひは塗もよし。病勢劇熱あり。動悸甚 には。冷水を服しめ。水を頭面に噴など尤捷効あり。その竒験あ 崩漏を 救ふ 図 上の脚を もとらし。 下の脚の膝 側にかひものをし。 腎肉を強按て。陰戸の閉やうに するところを。本文と参互て よく混べし。 よく視べし。 崩漏と冒眩を 併発したるを 救かたち 一本文もこの図も左ノ手は腎 右手は胸下を按ことを 記たれども左右は寺の 記たれども左右は時の 宜に従さとゝ思べし るは。陰門中を冷水にて洗ところの一一術なり。それには小児の 弄具に竹を以て造たる水銃あり。また外科にて金創を前に用 る綺銅の喞筒あり。これらにて冷水を陰戸中へ頻に弾射。これ 无妙なり。手術は右の図を細覧て参攷べし。惣て久漏血の婦人 も。寝には必この用意にて。陰戸の密閉やうにして臥べきこと なり。また胞衣の子藏口へ澁滞て。崩漏の止がたきものあり。そ の胞衣を頓に下ことは坐婆の術なり。坐婆もし心得なくば。疾 乳堅の高手なるものを招べし。たゞてばやく鉤去て。あとへ繭 綿を送實て。側臥にさするまでのことなれども。こゝろえなく ては。なか〳〵施がたきことなり。 胞衣下ざるときの心得をとく 児落地て。次て胞衣の下るは順なれども。若子蔵口攣縮で。速に 下来ざる時は。衝逆昏眩を致し。之が為に命を殞ことあり。これ を世間の医者は。胞衣の唐突て心を衝ものとすれども。是大な る差誤なり。子藏には子蔵の位置定ありて。いかほど攣急とも。 其部を離腸胃を排て。逆て衝撞することは能ぬもの也。ことに 分免後の胞衣は。子蔵中に蛻棄たる寒物なり。何の勢力ありて か上迫ことのあるべき。然をいかゞしてか昔より。産後の胞衣 下ざるものを。医俗ともに巨患となしたるがゆゑに。旁人の倉 皇失措のみならす。産婦も胞衣下ざるに焦心て。己が死生はこ の一挙に在と慮が故に。氣逆甚く。その餘響を子藏に及で。大に 学急をなし。諸蔵上迫て。卒暴に死を致なり。兎身て後この胞衣 は。人身中に於て長物なるがゆゑに。暫時子蔵中に寄託と雖。元 気幹旋必これあることを厭て。排擠んと思が自然の妙なれば。 産婦の心神穏平にして。懸引衝逆ことなければ。決して害を局 ことなく。胞衣はそのまゝに子蔵中にて糜爛て自下ものなり。 暑天の頃は尤腐敗やすく。五七日を過ずして下ものなり。故に 胞衣いかにしても下がたきものは。強て之を下んとするに及 ず。たゞ産婦の心を安慰ことを最として。或は下たる塊血を。胞 衣などとて婦に視せしめ。其心降て倦睡を催やうにすべし。断 たる臍帯あらば。その物を戴て視せしむるも可。尤旁人にも戒 て。發漏なからしむべし。如此すれば其産婦の志氣必平穏にな りて。子蔵の攣急はなきものなれば。胞衣下ずとて。決して死ぬ ることはなきことなり。もし胞衣下ず子藏を窒礙て。残血の下 ぬものあり。これはそのまゝに坐視がたきものなれば。帯下竪 か收生媼の高手なるものを招て。遥に抽去しむべし。しかれど も産婦の大に虚憊たるに。胞衣を暴に下て死ことまゝあるは。 車に処たるものゝ過にして。蓐医生嫗の恥とすることなりと 知べし。また一婦。産後の胞衣既に下たりと思て。寝食常に復て の後。偶近処へ適ことありしに。運歩何の苦労もなくて。留歎移 時て。厠に登しに。腹裏微痛ことを知て。陰戸より下かゝりたる 物あるを異て。よく看れば胞衣なり。大に驚駭ながらも。自曳出 て潜に棄たり。さて家に歸て母にかくと告に。其母習。事たる老 嫗にて。前に胞衣の下かねしを。もし懊悩して気逆もやせんと 慮ば。胎児とともに下たりと話て過せしと應たりしとぞ。時過 て自然に下るものは。まゝ見聞せること多けれども。これは産 後月を閲。他行さへ為まで。胞衣なほ子蔵裏にありしは一竒輩 なり。これらにても胞衣の下ざるは。頓に命を殞ほどの患なき ことを審知すべし。然を俗輩のみならず。坐婆も医工も。胞衣の 下ざるを一大厄と思ことの擣昧より。世間の婦人これがため に氣死すること幾ぞや。このことの惨岨により。予が老婆心を 廣人に告て。横天の寡んことを欲ものなり。 病家須知巻之四終 病家須知 一名病家こゝろえ子 とりあげばゞ心得草 一名坐婆必研 四冊づゝを分て前後二編とす 今大路道三法印述 全六冊 翠竹菴養生物語 全二冊 長田徳本翁著 一択善居主人著 水療俗辯 灌水浴水服水等惣て水を用て 知足斎医鈔 病を治する試験考證を国字 を以て詳に記して俗家に諭す既療一 冊微言中の抄録和解なり 中本二冊微言中の抄録和解なり 長田徳本翁真蹟 知足齋医辯 一樽善居贅言 十九方ノ原本及 極秘方合刺 一択善居附言 一択善居附二日 一冊 一冊 一冊 同同所撰善居主人述 医道麓の蘆 医学の用心取捨を詳に 論じて後進の医生にさとす 初篇より一冊づゝ刊行 京師寺町通り松原下ル勝村治右衛門 大阪心斉橋筋安堂寺町秋田屋太右衛門 岡田屋嘉七 浅草茅町二丁目須原屋伊三郎 日本橋通二丁目小林新兵衛 一日本橋通一丁目 発兌書肆 日本橋通一丁目須原屋茂兵衛 巻六目録。○食傷霍乱の心得右同灸のこと相〇體の冷るをいむこととえ湯にえ湯にて温たす 古院霍乱のことも吐下上べき大暑あり。一切の毒にあたりたるにあたりたるにあたり。開油を用 ●わけ○班にはんめらの毒の毒のこと硝子あんちもにうむの毒の毒のこと ○八藩の妻のこと外と鳥頭附子の毒のことス○阿片曼陀羅花の毒のこと州○河豚魚の毒の上北 ○一切の魚毒のこといふ○蕃椒胡椒山椒と一切の菌蔓の毒のこと炉○豆腐よく松蕈の毒を解する ことが○蕎麦○粱豆腐○麦○竹筍○芋◯昆布○海帯○紫菜等の毒のこと畑○干黒なる病 の心得加さねて。まぬ病畑が死活の暴法丸。活をいるゝ図升○きつけのこと吐○ねむりかぬる病の これ○中風のこと仕○中風のさざしをしることいと明○卒中風のてあて吐○中風養生のこと ぬけやまひのこと廿七〇にはかにひきつける病のことはせゝめ海ひのことなる ・癲癇のごと行わ癇證のことが○癇證驚風の類も胎毒よりするが多きことなる癇證のて あて。「○狂気のこと叶ふ○はやうちかたのことはな血のこと卅五のこと卅五のこと。脱肛のこと。 と寸白の蟲のこと。しばくの蟲より驚風となることなること。○痔のこと此○船駕に酔た ること川○咽に物のつかへたるよいと卅一〇犬に咬れたること卅二○同てあての次第卅五〇蛇に 咬れ蟲に螫れたること卅六〇歳に咬れたること同○釜瘡打身の心得ず。疵を焼酒に ○四十ウヨリ てあらふはあしきこと卅九○金瘡水薬の傳頂・巻木綿のあらましの図説中よりてこの図説 め薬のこと四十一月きの身くじきのこと。骨つぎの秘事とす事の上汁をかけること并に圖版 ○有の骨ぬけたるをかける図説方。同し手法二手法二刀日打身のてあて左を乳の下へおし我たるといふ 古奉布幾艸原名病家貞知 きせはは 天保六年 広福大王賜号 乙未牢月 後編刻後 古とふき草 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 原名病家須知 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 鳥かなくあつさは桜花にほふか 如き御世となりてみち〳〵みさかりに 行はるゝ中にくすしのわさに至り ても明らかに行とほらぬくまなく なりもてゆくは伊登も有閑たき 御いつくしみになん有けるこゝに かきまは 〔天保六年 広福大王賜号 乙未牢凡 後編訓校 後編記成 古とふき草 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 原名病家須知 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 鳥かなくあつまは桜花にほふか 如き御世となりてみち〳〵みさかりに 行はるゝ中にくすしのわさに至り ても明らかに行とほらぬくまなく なりもてゆくは伊登も有閑たき 御いつくしみになん有計るこゝに そのあつま人源の誠そのわさにかし 大歳かあまりに書つめにたる此又よ たゝ人のよ春ならひておほかたに 心をえつゝくすしよひとらんきさ みにもあやまちなかるへくものし たるはわか御教のあまねにみち ひきにもそのむねいとよくかなひ たれはつけまくもかしこけれと 宮の御まへにもいたくめてさせ給ひ てこたひことふき艸といふ名をさへ そ賜りぬるかく浅からぬ大御恵は おなしこゝろにおきところな成 心ちして登みにそのよししるして 誠にあたけるものならて 大僧正真静 幕府内史局直事源知賢書 人 ○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○ 甲 保 病家須知 冬 午 後篇 一同一権善居利行 廿一丁 ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●湯湯●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●湯●●● 五之巻 黴毒の心得 肥前瘡のこゝろえ 陰癬のこゝろ江 四月十一日にもこゝろえ 痢病の心得 一脚気のこゝろえをとく 六之巻 傷食霍乱の心得 一切の毒に中たるときの心得 卒に発る病のこゝろえ 金創打撲のこゝろえをとく 以上十个條 病家須知巻之五 黴毒の心得を説 黴毒。我邦の昔は唐瘡といふ。異域より傳来するが故なり。中華 にては広東瘡と称。その広東と云は南海の港津にて。此際の長 崎の如き地なり。この広東より毒を支那の國内に傳播たれば。 其病の起る地名を以て病名とせるなり。その病を伝たる時代 和漢ともにあまり遠からず。僅三百年前後に過まじ。意に此病 の初は。全く蕃舶より傳染たるにて。異國より航海たる舶の博 多府内あたりに着たる頃にもあるべし。然を其毒の由来を遺 失て。あらぬ病因を濫稱。治法も各殊にして一定せぬは。いと鹵 莽なることなり。この病もまた一種の毒ながら。痘麻などの如く 風氣中に轉染ものとは異にして。其勢猛烈からず。故に其毒あ るものに親密觸冒にあらねば。傅化ことなし。故にこれを避こと尤 易とす。こゝにその毒の傳染べき熟略をいはば。男子は黴毒あ る婦人の陰戸濕癢。及白帯下などを患るものと交接。婦人は男 子の下疳瘡。瘡病あるものと會するの類は。毒を傅ること殊捷疾 なり。惣て下部より傳化る婦人は。先白帯下を患。男子は下疳瘡。 癧病より。やがて便毒となるが常のことなれども。稀にはそれら の證なくして。即に他病となるもあり。呂て毒を聾輪たるは。口 舌諸病。頭痛。會厭腫。咽痺などの類より。變じて眼耳鼻の患とな るが其分なれども。これもそれらのことなくして。癇疾癩の類 になるもあり。故に黴毒は必先陰處を蝕とのみ會得ては。医師 も俗家も迷錯を致す端となることなり。又累年黴毒に苦られた るものは。其津唾汗垢前後溲まで。すべて毒氣を含有て。その毒 を過燐氣に由て人に傳るものなれば。この毒ある男女の衣服 の垢穢たるなどを着。及温暖なる肌膚に触るか。または菌褥を 同して寝の類。またよく傳染なり。或は医師の黴瘡便毒を刺た る鍼を拭槽こと清ざる反。消息子の類に着たるも。またこれより 妾を傳ことなしとはいふべからず。まして乳媼の乳より児に喜 を傳たる。或は遺毒ある小児に乳を哺しめて。乳癰となりし類 は。常に見ところなり。其初に毒を傳るは。唯一極微の種子に過 ざれども。首巻にもいふごとく。人身に根て。漸次に蕃行ものな れば。必速に其苗を堰て。後患なからしむべきことなるを。其初発 の下疳瘡。便毒の類は。たゞ臆裁にわけもなき胎薬などをし。累 重にも知さず。逆に愈むことをのみ欲が故に却て巨害となること 多。最初に施治すれば。男子はけぎれ。陰頭瘡。婦人は帯下。耻瘡な どの輕謐にて根治べきものを。遅慢して。毒氣漸に體中に流注 て。種々の証に変ずるなり。他部に発たる瘡瘍はすべて排膿を 要すれども。この下疳瘡に。世の拙工のごとく尋常の呼膿膏を 貼るは。大に宜からぬことにて。毒の内鬱ことをも顧ざる左計なる がうへに。惣て膏油の類を貼ときは。腐蝕大速ものなり。若腐蝕 の甚に至ては。陰器剥損じ。生涯不具の躯となり。終には嗣を絶 にもいたり。或はこれより變じて勞療になるもあり。故に下疳 には呼腹の膏を貼。楮絮などにて農纏及。汚穢たる褌を着て鬱 蒸ことなどは厳禁いかにも清浄にしてよし。故にその腐蝕を止 る流薬を専にし。旁内服剤にて消毒こと喫緊なり。然はあれども 満薬は妄に俗家に説示がたき微意あれば。繊悉は述かたし。た だ冷水を用て洗ことは。先は害なく。その効も偉なるものなれば。 寒郷の医薬に乏あたりには。これを従事て可。しかせんにも。必 微下剤を用て。内鬱ぬやうにせねばならぬことと意会べし。又概 毒にして。癰の膿洩ものは。陰茎内に下疳瘡の發たるものなれ は。下疳瘡と同首なり。陰茎内の陷蝕を前には。金銀花。又は苦患 花などの類を煎じ。さく新煙吹の筒長ものを。頭を去て。その吸 管を抜口に挿て。自煎汁を噴入などするも。軽證は治すべし。冷 水を用るもまた可。これらすべて俗家の為にいふところにし て。尚其節目を擧ば。却て害を生んことを恐て黙止ぬ。また黴毒を 得たる婦人の。白帯下を患ものは。尋常の白帯下とは大に異に して。粘稠つよく。褌に着たるを見るに。其色やゝ帯黄臭気ある に由て考れば。これ下疳瘡の陰戸の裏面に發たるものより泄 出る膿を交ること明なり。よく其原初を探れば。其夫下疳瘡。若は 癰病を患。或はそれらの證治く。彌日ぬまに接て。直下に毒を傳 輸たるなり。庸医はなか〳〵注意ものなく。たゞ尋常白帯下の治 法を施が故に。薬病齟齬の誤あり。若それにて奇中に治したる も。其毒を内に蓄て。後の害となることなれば。俗家にもよく記得 べきことなり。この證愈ず日を経るうちに。やがて陰口に小瘡が 発く。子宮陰戸ともに大に腫て苦悩ものあり。或は漸に痔疾と なり。または乳瘍。疼痛の類になり。若は頭髪中に瘡を發し。又は 頭痛。耳鳴。眼翳或は月信不順。崩漏などになり。癪疝。癇疾と変ず るもありて。病の轉化預縷挙がたし。又婦人交接によりて。男子 洩精中より毒を轉輸たるもの。其初陰戸に車なくして。たゞ子 蔵中に瘍腫を生じ。偏に小腹結起。漸に腫て塊を成て。これを按 ば痛劇。腰股攣痛甚ものあり。外より診得ざれば。世医はこれを 瘀血なりとして治を施ども。選庭なり。偶膿を醸て陰。戸に洩出 て後其腫散て愈たるもの。数人を目撃たり。此證もしその瘍腫 なることを知ざれば。其泄汁をもまた膿とも悟ずして。真の治法 を施さず。後害を醸にいたる也。其痛尋常の瘀血とは大に差別 あることなれば。其病婦よく留心て。誤らるゝことなかれ。また婦人 の癰病を。俗にせうかちといふ。尋常のせうかちは。胸腹諸蔵を 上のかたへ懸引て。尿口攣急より発ゆゑに。これを瘢痕。子蔵病 の類に構れば。緩和剤を與て過に治れども。此證にもまた黴毒 より來ものあり。故に其毒を傳たる所以を自考てよし。また惣 て楊梅瘡の週身に発或は黴毒に由て。頸項諸部に腫瘍を発す るは。皆元氣自然の運機に従て。毒を排達ものなれば。よく膿潰 させて。其毒を駆尽やうにするがよし。腹癰。臀瘍の類もまた然 その中に懸瘍といふは。會陰俗にありのとわたりといふとこ ろに発るなり。その処は。膀胱より小便を輪。馬ところの経由に て。陷蝕甚くなれば。尿瘡口より泄て。いかにすれども愈がたき ことまゝあり。又痔疾よりやがて痔漏になりたるは。肛門の旁に。 裏に徹たる竅成て。これまた屎液をその口より泄て。速に愈が たく。それより変じて労療になり。死を招ことあり。故に此二症一 は。なか〳〵遅回して時日を消がたく。大に意用あることなり。其 佗。嚢瘍附骨疸。癰疽發背。無名悪瘡與歴年頭痛。眩運肩背強痛眼 目内外翳耳鳴。耳聾。若は臂痛。足痺。痛痺。鶴膝痺。癇疾。狂痛留筋。皷 脹瘢痺疝疫の諸證も。此毒より変じたるもあり。腫瘡陰癬の類 も。またこれより来あり。或は勞療になるもまゝあり。真の労療 は必死不治なれども。この毒より來ものは治することあり。症 病に成たるも又同。その他。婦人の月信不順。胎子不育。乳癰。乳厳 の類も。また此毒の内鬱より發ものありて。受證預縷挙がたし。 以上の疾。その時の證候に従て。治法區別あることなれども。其 病の本源に注意ざれば。いかに治しても効なきものあり。故に 多年難治の症あるもの。そのむかし此毒を傳輸たることあら ば。其頃よりの病苦の変化を。よく自究尋て見るべし。多年の間 には。餘外の狀になり。自己にも覺ざること多ければ。よく意を 潜て探得にあらねば。其病因を明がたきことあり。さきにもい ふごとく。此病は血肉と相親む毒にして。體中に潜藏て相離ず。 数年の後に再発することあれば。的責にそれと知がたく。疑惑 こと多し。医師もその時の患状に拘て。病因を確と認ざれば。遂 には齟齬たる治法に生を損ことあり。若然ときに。此病毒ゆゑ なることを牢に知んとならば。何證にもあれ。其苦悩昼日は輕 易。夜陰は劇甚を。此病の分とすれば。それを徴候として。十が七 八は差失なし。されども。此毒を転化て。年所を経たるものゝう ちには。まゝ此徴候を以て辨知がたきもあれば。これもまた一 熟には斷がたきことと記得べし。又此病は。尋常の薬剤にて治 すべきにはあらねども。世に所謂なげこみといふ類を服て。口 齦糜爛て。大に涎を流し。飲食進がたきにいたるは。可からぬこ となり。世医は此涎より毒を排ものと計較たれども。決して涎 に従て毒の去ことはなく。唯涎嚢に假て薬毒體を去のみにし て。毒は除ず。遂には身體缺損て。いかにともすべからざるにい たるなり。また薫薬とてけふりを鼻へ薫剤あり。これ尤妄投べ からざるものにて。大に酌用あることなり。然を。病と藥の對枕 をも辨ず。妄に用て聾盲となり。或は生命を害ものも。世に多見 るところなり。故に至仁して絶伎の医工に遇にあらざるより は。決して其所措に躯殻を委託べきにあらず。俗家にもよく記 て。惨刻の手に誤らるゝことなかるべし。若惣て如茲薬剤を過 用たる時には。却て涎の出るかたを可とす。若涎も流ず。瞑眩す ることなければ。後年腫脹を患て。不治の證と為ものあり。或は 變じて勞療になりたるもあり。故に大〻に懼べきことなり。又世 に生生乳といふものを内服せしむる人あり。元來この事は交 那人に剏て。專用來しなれども。此藥劑中には。譽石などいふ至 毒薬ありて。尤猛烈故に。其効速なるやうなれども。遂に害を醸 て。黴毒愈たりと思て喜まもなく。吐血して死たるものなどを 見たり。宜なるかな。此薬剤はもと周礼といふ書に出て。今時の 附骨疽屋うのものに外伝たる剤なるを。いかに舛錯て内服剤 に用ることにはなりけん。いと鹵妄なることなり。和漢ともに。 此薬剤を服て人を損たること。幾ぞや。決して為まじきことな り。たゞ悪瘡瘍の治がたきものに傅れば。手に應じて効あるこ とは。かの周礼の中に載がごとし。又こゝに俗家の殊知得べき ことは。假令茲疾より變じ來る證なるは。自己も的確に覺たり とも。年所を經て身體やゝ疲弱たるものは。一應黴毒の治法に て。輕粉やうの物を多服久服ことは。大に害のあることなり。若 くは其等の薬を服薬毒にて悩者も。身體各所。及關節疼痛腫起。 夜に入て劇甚く。或は麻症不遂或は吐血。衂血など常に発か。飲 咳ごとに。心下膨陽。或は下利屋すく。若は眼孔陷没。視力弛弱。唇 齦青白。津唾粕。。耳嶋頭痛。及鬱悒。敗意などの證ありて。素分の 黴毒の状に類似たるものに。意表に汞剤過用の誤より発たる ものあり。それは既往に。薬剤ゆゑに齦肉糜爛。流涎などしたる ことありしやを追究し。秉劑ゆゑにかくと知らば。その裁量し て。更軽粉剤など服ることは。酌用すべきことなり。然をこれ證 薬背馳の為なりとは。毫も注意すして。汞膩粉などの配合たる 薬剤を与て。患苦いよ〳〵進ども。尚病深して薬浅と記て。再四過。 用。竟には死を促ことあり。これ大に顧念ずんばあるべからざ ることなり。さすれば。黴毒荏苒歳月を超て。百治効なきは。肯祭 に中ざる治術を施んよりも。廃棄て其自然に委たるかたが。大 利を得ることあり。是一-切の病に渉て。其用心緊要なることは。 首巻にも既に述るが如く。无妄之疾薬することなくして喜あ りといふ。古聖人の教誡をゆめ〳〵遺忌ことなかるべし。さはい へど。たゞ自然にのみ任て。構養に疎脱なれば。病の治せざるの みにあらず。體躯漸に疲弱ゆきて。毒焔益熾になり。命期を促に 至なり。故に沈痾痼疾の體を以。藥石を遠んとならば。必先膏梁 肥膩を禁。酒色を断て。起臥動作を節し。腸胃の運輸に妨礙なく。 心思の鬱塞ぬやうに養て後天命に任べきことなり。然ときは。 たとへ毒の為に困魔萎頓たる體躯なりとも。卒に命を絶に至 ず。そのうちには。元氣鼓舞之力を得て。鬱毒以漸舒散になり。證 よろしき腫瘍を發するか。又は勝理屏陽に従て。汚氣排遣て。自 然に平治ものあり。かの天命を知ざる士郎中。愚敷之民は。此段 に於てやゝ疑を致ものもあるべけれど。是予が多年歴験治法 にして。所謂。薬せずして中医を得といふ。古人の意を得て説と ころなれば。沈潜反覆て。能其理を明むべし。又此疾を療するに は。專膜理昇陽之開達と。小便の通泄に。意を致るにあらざれば。 平治すること能ず。故に病で歳月を歴たるものは。単に腫脹小 便不利を治する法に従ひ。効を得ことも。まゝあることなり。然 ものは。第二の巻。赤小豆の條下に述たると。此巻尾。足痺の條に 説ところと参立て。飲食の禁戒を謹持こと喫緊なり。しかはあ れども。其初發下疳瘡。便毒。楊梅瘡などを患る病者。興體痩血枯 たるものに。無毒魚肉及鴨鶏の類を。をり〳〵喫せて。滋養を要る 巻飲食禁忌 ことあるは。二の巻飲食禁忌の條に述るが如きものあれば。と かくに輕果にしては。大に車を誤べし。また世に稱譽す五寳丹 のごときは。膏梁を遠け。塩を禁などして。小水を通利さするに よりて。暫時の効を奏ことあるまでにて。其毒の根を抜に至ざ れども。機に觸て利あることあり。たゞ憎べきは。貧墨の駅人が。蒙 昧の病家の窮厄に乗て。これらの薬剤を用ると揚言て。妄に財 利を得んとする。不仁の咎も。僕をかへてもいひつくしがたし。 またこゝに知得べきことは。男子の黴毒あれども。其身体肥満 たるものは。生涯害を為ことなきもの多きが故に。自己も其毒 あることを覚悟ず。その妻妾に毒を得て。病となるものあり。惣 て婦人の。家にあるあひだは爽快なるが。嫁て後多病になりた るは。多は其夫の黴毒を受たるに因もの多。もし然ば。速其毒 の毒を並治するにあらねば。疾苦は除がたし。又小児の遺毒と いふは。其父母の黴毒を胚胎の中に傳たるは。固論なきことな れども。その父母もまたこれを免身の前に受得たるが。血肉の 中に潜伏て。黴疝或は各異の病状と為て。生涯其黴毒なること を自己も覺悟ざるものあり。故に小児の病に遺毒といふこと を口には称ども。これを父祖相襲の黴毒なりとは。更知ものあ らざれば。小兒をして徒に病苦を抱しめ。遂には横夭を致しむ るに至。これ俗家にありてはさることなれども。医士のこれら のことには意を注ものもあらねば。治術に於て謬妄を致易し。 簪纓の病多も。此毒を枕帯の間に伝く。暗に其患を児孫に傳れ ども。それらの議に及ことなく。郷原医の為に誤られて。猶悟も のなきは。時世の勢然しむるところにして。亦如何とも為べか らざることなり。近屬貴人の児に驚癇多して。而治すること少 きは。其胚胎の初に醸成ところの遺妻に因もの多く。又乳媼な どよりその毒を輸て。これを治することを知ず。且保愛過度の自 然に戻こと多き過失より。自之を來すものなり。第三の巻小児 の條に。其弊略を述たれば。能読て其旨を領べし。かくは言ども。 此遺毒を治得んには。尋常黴毒の治法に従ては。また損害を致 ことあり。而其治術の精理に於ては。敢て之を秘するにはあら ねど。俗家の知得べきことならねば。此編に記ことを得ず。独嘆 近世此病害殊多して。人の能覚もの寡が故に。かく丁寧反覆て。 俗家に論んとするもたゞ其廃残損夭の患なからしめんこと を庶幾ばなり。猶首巻五事調和の編に。病の起原を論ずるとこ ろと参互て。細心に知得べきなり。 又最懼べきは癩病にて。古人の天刑病といひしも宜なり。然は あれども。其身體既に潰爛腐蝕たるものも。能潅水治法に委れ ば。偉効を奏ことあり。これ予が創意の歴験にて。古人のいまだ 言及ざることなり。其説の詳ことは。灌水考に載たれば。こゝに はいはず。また此證まゝ黴毒より變じ來ものあり。それは黴毒 の療法に従て治すべし。また癖瘡より変じたるものあり。それ は癬瘡の治術を施て可けれども。これらの類も。病成年所を經 たるは。尋常の薬剤のよく治すべきにあらず。かく似て非もの あるが故に。よく其由て来ところを究て。これを決べきことに て。一楽に廃残の病とのみおもふべからず。なほ第二の巻飲食 宜忌の條下に。癩を患るものゝ深山に遁て。能治し得たる譚を 載たりし微意を会得して後。その所置を為べきなり。 一肥前瘡の心得を説 肥前瘡。其初肥前州より傳染たる病なれば。かくは名づけたる なり。此名に由て考るに。此毒を瓊浦へ伝たるは。邀からぬこと ぞと思はる。この毒の質は。ふかく滲透ず。皮肉の間を浸滴もの なれども。漸に内攻すれば。筋骨内蔵に及こともあれども。それ は稀なることなり。もと軽き毒氣にして。此瘡を患るものに親 觸迄に非れば。傳化ことなし。故にこれを避んこと尤易し。且緩 慢なる病なれば。轉輸て卒に蔓延ことなくして。月日を歴るな り。指梢に触て傅るものは。指の又に初二三顆結起て。他所にな くば。速その顆粒を刺傷て。血を多く瀉出せば。軽易平治なり。血 を出て後。硫黄の末を塗こと尤よし。初發いさゝかの痒のみあ りて。出没無定ころは。湯の花にあらぬ硫黄湯に浴も佳けれど も。顆粒稠多になりては。刺とも及がたく。刺て血を洩ても毒は 去ず。また浴湯をも禁べきなり。其毒勢已に盛にならんとする ものは。速膿潰しむべし。世に打薬と称て。巴豆三四戔。大風子七 八戔を細末にし。火酒に浸て。その酒を患處にぬりて膿潰しむ るものあり。これらにてよきことあり。週身患あらば。週身へ施。 但し陰所へ發たるは。苦痛に堪がたきものなれば。陰處内股を 避て塗べし。婦女は必乳の辺をも避べし。若この薬を施んには。 あまり早きは効なく。空に勝理に些の細瘡を發するまでにて 毒を誘導に至ず。これ尤知得あるべきことなり。黴毒と此病の 初發をば。火災の起に譬べし。一点の火忽物につきて焔を發す るときに。連撲滅には。何の労苦も貴べからず。必く燎原之勢に いたらしめて。臍を噬の悔あることなかれ。肥前瘡の緩慢なる も。其患すでに周身に及では。膿化にあらねば。いかにとも爲が たし。前後溲より毒を除んとして。妄に駄薬などを服は。大に損 害となることあり。然を。此時に至て。夫人釀膿ずして速に治こ とを欲が故に。内陥して腫脹を発し。甚きものは衝心して死ぬ ることあり。衝心劇ものは。大小便ともに秘閉て通ぜず。苦悶な り。これは大に下ムべし。肥前瘡の内陥より。小水不利。水腫となら ば。塩醤米粟魚鳥一切を禁ぐ。単に赤小豆一品を煮喫しむべし。 数日にして小溲莢利なり。蕎水去て。元氣旺になれば。再膿を成 なり。もし腫去て後も。瘡猶発ざるものは。必速に解毒すべし。世 人此毒の緩慢なるを忽視て。妄に傅薬などをして。速に愈んこ とを欲て。かゝる大患となるもの多。必く膿潰ずしては愈もの にあらずと牢記べし。其他。此毒の内陥より。大熱謙語。殆傷寒に 類似ものを施治したることあり。また肺癰にもなり。疾病にも なりたるを見たることあり。近屬も一老嫗の肥前瘡を患たり し。其痒に堪かね。頻に浴したりしが。忽身體麻木語言こと能ず。 全癖病の状なること五六日なりしに。内托劑を與たるが相應 して。週身に肥前瘡再發て。癰病の患除たることあり。其他疝残 になり。黄疸になり。或は留飲などになりたるもありて。病の變 化預縷挙がたし。其変じて他病となるに至て医師までも其原 由を明ること能ざるに至なり。此病も異邦より傳来し一種の 毒なることは。絶て悟らず。小児を郷里に携て他人の抱負たる より。此毒に觸。或は乳母の嘗てこれを罹たるが。其毒を除盡ざ るをも知ずして。兒を屬などする類より。小児に此瘡を發した るを。俗に胎毒しつとて。遺毒の類とすれども。大なる誤なり。い まだ痘瘡せざる児に此患あらば。尤速排毒平治ざれば。痘瘡の ときの妨となるものなり。此病も往古は決しく無ところにて これに類似たるものを挙て。強て疥などゝいふ古名を命れど も。疥ははたけがさとて。別のものなり。また此瘡を患るものは。 汚穢臭気を禁が故に。衣衾をもをり〳〵洗。潔して用べし。 陰癬の心得を説 陰癬の其初。陰嚢濕癢より。漸に両股の間に浸淫。活状宛も油の物 に著たるがごときに由て究れば。此病は皮下肉上の脂肪に預 ものと見えたり。多は保養過節酒を嗜。肥膩膏梁を過及重菌厚 衣或は視襠などを常に着ことを好か。若は浴を好ず。陰所を洗 浄こと少き人などにまゝある病なり。または。この病あるもの より。毒を傳翰て患こともあり。また赤白帯下の病ある婦人と 交接て。この病を得もあり。もし然ざるものは。自己の黴毒より 變じて。此證になるなど。其因多端なれども。すべて此病を平治 んには。先其肥膩辛辣。與熱性の食料を禁じ。酒を喫ことを戒め。 強て其身体陰処を日々洗浴令潔にあらねば。効を得がたし。こ れらのことを会得せずして。たゞ妄なる貼薬をし。速に愈んこ」 とを要べからず。假温泉及蒸漏劑などは。此病に的応するもの ありといへども。内治を兼て施ところの酌用喫緊なり。此病を 治んには。殊其小便の通利を要が宜ければ。第二の巻及。此冊足 痺の條に述る攝生法を持てよし。尤大便を微利させ。壅鬱の氣 を疏通かたが宜く。峻劑などを用べき證にはあらず。まゝ膏薬 を用ることもあれど。細心なき聾工は松脂瀝青獣脂など配合 たる膏薬を貼ものまゝあり。若これらの膏を貼たる間は。其痛 苦やゝ緩和なるやうに知れども。必後日の害となることなれ ば。俗家にも其思理切要なり。然を此病に係ものは。偏にその癢 に堪かねて。妄意な薬を貼て。一時の快を欲れども。元来この病 の原由は。至深ものにて。貼薬或は蒸漏劑などのみを用て。治し 得たるもの。終には内攻して心腹の憂となり。生命をも害する もの比比あることなり。陰癬内攻して内窮眼になりたるを。た び〳〵療治したることあり。労芸になりたるも見たり。老人は小 便失禁。症病になるもあり。頻に愈て卒死したるもあり。また壮 年の人いさゝかの陰癬に。貼薬を用て。治したりし間もなく。周 身の骨節大に痛て堪がたく。苦楚しを施治したることもあり。 何にも如此證を見るに。陰癬再發して穏になるもの。十が八九 なり。予嘗て陰癬内攻して。腹痛拘攣ものに。他の陰癬ある人の 内裙をかりて着させしに。陰癬再發て。薬を用るに及ずして。治 したることあり。惣て薬治のことに至ては。妄に記て俗家には 示がたきこと多ければ。此編には載ず。こゝにはたゞ其癢に堪 がたきものゝ為に。灸する処を伝べし。其処は。脊槌の端に尾骸 といふところを按て見れば。小尖骨の下に垂たるあり。其尖端 を指にた按て。陷ところの肉あひに一ヶ處。こゝろながく日々灸 すれば。癢漸に輕緩になるものなり。この穴處は。肛門と脊槌端 の正中にあたるなり。中指同身寸を取て二ッに折。まへの穴處に あて。左右両労に点し。三ゞ處ならべて灸することます〳〵よし。 一傷寒病のこゝろえをとく 傷寒といへばこと〴〵しきやうにおもひて。この熱がつのれば 傷寒になるべしと聾者もいひ。さやうに記得ともがら世間に 多けれども。元来傷寒といふ文字は。寒氣にやぶらるゝといふ までのことにて。世にかぜひきたりといふも同ことなれば。譫 語直視などの證にいたらずとも。寒氣に觸冒れて。頭痛。發熱。惡 寒などあるはじめより傷寒なり。然を漢土にても後世の聲書 には。其軽ものに感冒といふ名を命たり。それらより医人も承 訛たることなるか。病名などはいかなる名をよぶとも。深害あ らねども。ひきかぜと傷寒とは。懸隔のものと思ては。妨なしと もいふべからず。又温疫といひ。時疫と稱るものもあれども。疫 といふは役といふことにて。世間一統に流行て。家々ごとに免 ことなきこと。公役に差れたるがごときを見て。疫病とは稱し なり。温とは熱のみにて惡寒のなきをいひ。時疫の時ははやり 屋まひといふまでのことにて深意なし。先年西國より江戸に 流行したる。猶七かぜ。だんぼ風などゝ俗に呼し類を。疫ともい ふべし。病こと両三人に過ず。流傳て。声家或は親故五六輩に超 ざるものに。疫といふ名は如何あらん。然ども此稱呼もいと舊 ことと見えて。古書に。傷寒は雅士之辭。天行温疫は是田舎間之 号といひ。また貴勝雅言は総て傷寒と呼。世俗因號で時行と為 とあるなどを視れば。其誤構は昔よりもありしことなり。今の 世には。聾者にも。傷寒といひ。時疫といひ。感冒といへば。各別の 差あるやうに思やからあれば。治術も鹵莽居多。かくはいへど も。世に所謂感冒の。鼻清涕を流し。頭疼。咽喉痛。或は咳嗽ありて。 旬日を経ものを。秀葉治を加ずとも。さして熾熱も發ず。漸にい ゆるものあるは。其初の感受やゝ淺して。別あるがごとくなれ ば。如此を名て感冒とも曰べけれど。なにゝ感じ冒れたりと説 ねば。倉卒に聽ては辨がたき稱なり。繊悉に之を論ずれば。たゞ 感受の軽重あるのみならず。傷寒の其初の頭痛。悪寒。食熱より来 ものも。邪毒に差別なきにはあらず。況傳染流行の疫に於ては。 必其病因各異にして。同ものあることなし。故に其病證もまた 一からず。治法の差なきには非ど。一一切の事はその要領を得て。 簡約にすることを善とす。医術も亦然。惣て人身の熱を發すは。 獨寒氣に觸。又は疫毒を傳ものゝみには非るを。世竪は動ば熱 劇ものを概て傷寒或時疫とのみいひて。詳其病因を辨ず。いと 疎脱なることのみ多。また病名なとの穿鑿は。もと鑿伐の上に も。無益なること多けれど。其名に因て実を誤こともあれば。俗 家にも其大首は記得てよきことあり。往昔はかゝる名も大概 なることと見えて。雅士之辭とはいへど。漢の世あたり。天下一 統人より人に輸て病ものゝ。あながちに寒氣に觸冒れたるに もあらぬを。統て傷寒と稱にても知るべし。何にも人の勝理を 觸冒べき寒冷の氣に。古今の差別もとよりなく。四時ともに有 べき分のことなれば。暑月納涼の仮寝にも。かぜひきて悪寒も し。清湯も出るぞかし。而を傷寒は。昔は有て今の世に稀なりな どゝいふ輩は。かの支那の一医の余唾を拾て。深も推窮ぬ謬に て。事実に害ある説どもなり。しばらく古名に從ば。沿門闔戸伝 染て病者をも傷寒と云べく其中に熱のみにて悪寒なきを。温 疫とも温病とも別て呼べく。たゞ内因より来る熱は。各稱あれ ば。傷寒ともいひがたかるべし。それらの證の熱劇きは。十が一 二にも過ず。稀なることにて。我邦には支那地方のごとき。酷虐 疫毒の流行もなく。輕き時行病も少なることにて真の傷寒居多し 中湿病も間有て。其中には内因より発たるもあり。日数経過れ ば。何も人より人に傳染なり。故に熱劇な病者の體に。惡臭を知 ば。其毒に觸冒ざるやうに用意てよし。もし真の傷寒。感冒の初 發と確知て。悪寒あるは。速令汗べし。其初起を踈放にして。汗よ り解せざる故に。漸に病勢進て大患に至しむるなり。世人の傷 寒にて瀕死ものを見るに。十が七八は皆初發の所置の差改な り。その死ぬるまでに至ざるも。荏苒として解せず。年月をわた る病となるもの多きも。皆これを其初に誤ればなり。故にかの 軽て感冒ともいふべきの初も。真に傷風と知ば。医を招までも なく。過被覆て汗を取がよし。若汗すべき隙もなきときは。衣服 を層て体を労動し。をり〳〵煖水を飲。温物を啖て。膜理の温燠に なるやうにして。周身の陽氣を昇達せしむべし。昔時ある純様 なる老人の予に説話たることありしは。世に神佛の詞叢ほど 可仰ものはなし。いつもかぜひきたりとおもへば。惡寒もし。骨 節の疼頭痛の甚きときにも。其苦脳を忍で。平素祈念する神前 に。燈を点香を妊て。速に愈んことを乞。起て拝し伏て拝するこ 数百遍。中間をり〳〵熱湯を喫で気息をたすけ。拝し了て。そのま まに被高の中に入ときは。身體の疲に。おもはず一-睡するに従 ひ。遍身汗出て必治することの速なる。薬を服たるに優りと言 しも。かゝる老實の輩には。神佛の加護といはゞいふにまかせ よ。いかさまにも。頭項肩脊手足を運轉し。關節の壅滞を利導て。 其労動により。熱を誘發たるとき。燧水を喫衣被を覆て。臥たら んには。睡もせられ。汗も出邪も解すべしと慮まゝ。これに堪べ き人に教て試に。軽證は必一汗にて解するなり。初起に排表す るは。此旨趣なれば。これらのことより察べし。若其邪毒を人よ り傳受たるものは。勝理を襲のみならず。病毒ふかく體中に著 て。後に發動ものなれば。なか〳〵汗ばかりにて治ものにあらず。 故に痘瘡麻疹。及天行病の類。其佗少陰傷寒の汗をとるなどは。 大に酌用のあるものなれども。すべて惡寒あるものは。先微汗 するが可なり。綜凡汗をとる用意は。頭項より手足腹脊までも 決洽て。敵歎と勝理の露までに出るを佳とす。汗するが宜ぞと て。妄意水を沃かけたるやうに出て。衣被も濕とほるがごとき は。大によろしからず。重證は必後日の巨害となりて。それより して。死を招にもいたることあれば。尤禁ずべきことなり。其他 療癖あるもの。思想喜怒その度を過。勞碌疲倦等に由て。発熱惡 寒をもよほしたるもの。飲食摂生の度を失ひ。熱を醸て病と為 もの。濕蒸氣にあたり。山嵐瘴気に冒れ。又は納涼舟行に星を侵 し。或は酒興遊築に耽て。終夜寐ざる故に。身體の機關を損失し 發して熱となるものゝ類は。皆傷寒と世間には稱きたれども。 彼勝理を寒気に触冒たるものとは病の所由異ことあれば。其 治術に區別なしとは言べからず。光労療毒の急に発動て。熾熱 を発したる。黴毒に輕粉生生乳の類を過用て。熟発て。やがて厳 語狂亂に至もの。婦人小産後に。煩熟ほとんど傷寒に類似たる 者の類にいたりては。其病因に霄壤の隔あれども。熱の劇が。傷 寒と混じ誤て。齟齬たる治術に命を殞ことあり。故に如此病者 ある家にては。よく既往の所由を探得て當時の惠状を照驗繊 悉医師に告べきこと勿論なり。惣てこれらの證と。傷寒疫熱と の差別は。必證も脉も対ず。渇がありても。曰舌乾燥ず。譫語あれ ども。舌に苔なきか。熱あるほどには。脣も裂ず。又は深赤なるこ と朱を沃がごとくなるか。或は耳捷鼻よく香臭を聞こと。平常 にも勝ことあるか。大便の通利も色相も。平素に異ことなきか なと。其佗の證候。すべて傷寒疫熱とは差異たることあるもの にて。縷挙がたし。なほ此佗の病にも。熱劇外邪ならぬもの多け れば。假令熱燎がごとくなりとも。妄意に傷寒なりといひて。剰 軽發汗吐下剤を行て。害を招ことなかれ。これのみに域ず。世間 には謬執なることは多ものにて。傷寒の腹満。譫語。舌焦黄黒胎。 大便秘閉。および下利などのあるものを。軈て陰證と稱ものあ り。殊大なる濫名なり。傷寒の陰證といふは。其初たゞ悪寒あれ ども劇ことなく。漸に氣悶。寐たがるが初發にて。それより漸に 変じて。譫語をいふにもいたるなり。劇熱が変じて陰證に為も のなきにはあらねど。今世間にいふところの陰証といふもの は。病勢進て。譫語直視などの険證に成ば。厥冷の有異にも拘ら す。繫くこれを陰證と稱ことは。誤の尤ものなり。然を此陰證と いふ名に由て。其実をも誤て。脚爐などにて冷たる體を温るや うなる計較にて。附子などを頻に投て。生命を害る輩尤多し。も とより附子に宜き証もあるなれども。附子の効は。令温といふ わけにて措ものにあらず。故に熱劇譫語古焦ものにも。附子を 服て効あることあり。手足厥冷。脉微なるをも。下て治こともあ りて。医治の話手段に至ては。俗人意料やうなることにあらず。 然を。医者もかく謬曾たる者ありて。其説ところ病家の意に合 ば。國手なりとて病者を委任。それが爲に生を害ことを覚ざる ものあり。また不知者は。下痢を投て熱を瀉といふものあり。是 下劑の効をも。熱の發る理も領ぬ故なり。惣て病の熱を發する といふは。首巻にも既に述ごとく。皆人身機關の自然に由て。病 を排除んとするものなれば。熱は病を去の具にして。吾徒兵な れば。之を攻べきものにあらず。鑿はたゞ元氣主宰の力を扶て。 邪毒を排除んとするの抵対に。過不及なからしめんとするが 為に。用るところの薬石を使令までのことなり。其抵対といふ は。大凡天地間に一と切所有之物。大となく小となく。此抵對の外 に出ものあることなし。四時の寒喧。昼夜の長短を差ざる。万有 の體を扁用を成も。悉對法にあらざるものなし。抵對に毫釐の 差なきが故に。日月の蝕。星の出没も。預察べく。君子は。人の言行 を歴て。その吉凶禍福をいふことの違なきも。能相するものゝ。」 人の面部の骨肉気色を観。身体の動静に由て。受得たる福禄寿 夭を告ることの誤ざるも。皆よく抵対の理を説得ればなり。故 に人その有生の初より。生涯用べき財禄を宿有こと。定限ある ものなることを知ず。少壮にして奢靡を極れば。其初享福厚が ごときものも。老て用べき数量竭て困窮し。初年より。儉虚にし て謹慎ければ。晩節にいたりて。用るところ餘裕がごときは。譬 ば財を人に擧く。其息を併得と。人の財を負く。己より息を出と の差あるがごときものなり。故に彼を求れば此を失ひ。前に得 れば後に奪れ。必其人の果福に適て後に止が自然の理なり。か の本支血属の子孫の栄枯存凶も。亦此理に従て預知べく。古聖 人の。中和を致て。天地位し萬物育すと説たまひしも。また自然 對抗の條理を説の外にいでず。この法に。事あり理あり。竪あり 横あり。遠ものあり近ものありて。一-言以て説破べからず。今吾 医の薬を用く病を治するも。またこの道に率て。病と元気の抵 対を察し得て。有餘を損じ不足を益て。人身の自然に復するを 以て極旨とす。且かねてもいふごとく。病なるものはもと人身 固有ものにはあらず。皆節養の度を錯。天命に戻て招ところの 災なれば。かの主宰の元氣は。これを厭こと甚く。排除んことを 欲が故に。痘麻黴毒の類を得ては。膿を醸てこれを體外に駆出 んとし。身に害ある飲食を容受ては。必除去んとして痛をなし。 甚きは上に吐下に瀉し。其物を竭て後に止。今外寒気に勝理を 壅塞れ。或は傳染の邪毒に侵れて。元陽の循環に支障あるによ り。其壅塞たるものを排除んことを欲て。無表力を奮て。其邪毒 の軽重に従て。抵対ことを為ところの熱なれば。熱は病を驅逐 ための斧鉞なり。故に其邪毒の圍既に解て。敵するものなきに 至ば。熱は自然に消て跡なきがごとし。然はあれども。其邪と熱 との抵対に。過不及ありて。自然の力のみにては。病を去がたき ことあるは。其人の稟賦の強弱と。所挾の佗疾の有無と。受得た る邪毒の浅深厚薄あるが故に。彼元気の力を究盡といへども。 邪勢熾盛にして。其力抵対がたきに至れば。終には其奔命に憊 て。自然の力のみを以ては治すること能ざるものあり。その様 兵に用ところの薬物を監督するが。鑿たるものゝ職分なり。故 に其證に因ては。熱あるものに猶催熱剤を與。嘔吐若は下利あ るものをも更吐下しめて。効を得ことあるの理も。此間より推 知べし。然を性命の自然なるをも辨ず。下剤は熱を瀉ものなり。 漫附は。體を温元氣を補ものとのみ思ふ輩は。生涯真の聾道を 知に難かるべし。支那の黄冠道士や落第諸生の。与こと得ず医 を業とし。杭を守て機変を知ぬ輩よりは。我朝中古の駅人のか たに優たるもの多し。宋元以後の医説には。殊採用べきことも 少けれども。偶温疫一病を論じたる一医。傷寒今の世に稀なり と言。竒説を唱て人を駭し。一ノ時の名を釣たるは。憎べきがごと くなれども。熱結旁流。挾熱下利とて。大便下利に。下剤を用クべき 證を弁ぜしは。やゝ治術の條理に合ものといふべし。その熟結 雰流といふは。大便が。腸中に初より燥結なりて。下降がたき旁 より。後から轉輸大便が。腸の調停あしきまゝに。水を交て瀉な り。いつまでもかの鞭便が洩ぬうちは治らぬなり。挾熱下利と は。病毒を作用力の駆出さんとすれども。抵対ほどの勢力なき が故に。純青なる真気の甚き清便が下利なり。此證は微下剤を 行て。其力を扶べきが法なれども。素元よく病毒に勝ときは。下し 盡て自然に愈ものある故に。かの獲附を誤用たるまゝに愈も のあるを見て。さては漫附にて効ありと耽誤て。下べき自利な ることを知ず。また相抗力劣して倒るものあるを視れば。如彼 藻附を多服たれども。下利止ぬは天命ぜひなしとて。參附の故 に。却て促死たることを覚ず。此弊富貴の家に尤多し。故に此證 富貴の家にあれば。先は難治なり。如何となれば。かの富貴の家 には。駄藥を懼て。參附とだにいへば。死ぬる命も續やうに思。こ れを恰がゆゑに。便侫の医人は。下すべき證とは思ども。確に診 得たることもなければ。迎意もつぱらに取給やうにし。病家も 下剤にて誤たるは。医を咎れども。藻附にて害たるは。定業ぞと 寛懐る。今の紳貴豪商の人の此病にて死ぬるもの。十が八九は 皆是なり。況乾枯の韓漫などを。上もなきものと思ども。動ば贋 物多して。たゞその價の貴までのことにて。些用では。させる効力 あるものにあらず。且附子とは大に逕庭のものにして。比論は 失慮なるものなるを。分釐の増損する医士は。此物の効力いか にと知たるにはあらで。己が罪を人漫に帰までの拙陋より。審 辨たることもなく。護附といへど名ばかりにて。二十三貼も投れ ば方を転。痰の加減。宿痾の所置。互用将息留憾なく。意を措たれ ども。不起は天命なりと。預死後の自決をよくさせて。自己が短 を捨んとし。病は第二のものにして。たゞ避責のみするなり。そ れらのことはしばらく閣すべく傷寒は佗病とは異て。藻附を 用るも。硝黄の類を服するにも。其機宜切緊なる病にて。仮令下 べき病證と的確に診得ても。之を下たび毎に。其大便水を傾る が如ものは。下剤懼は切当せぬかと慮べし。また薬を以て下した るものも。自然に下利あるものも。其洩たびごとに。諸證漸に穏 になり。なにとなく昧奏の天色のやうに見ゆるものは。下利に よりて。病の解すべきものなれども。もしそれとは異く。瀉ごと に喫たるものも喫ぬやうになり。睡たるものも睡ぬやうにな りて。煩躁とて。どことなく苦悶ところあるやうに見え。黄昏の 空のやうに見るものは。これ快薬によりて。元氣虚脱なれば。そ れを顧慮ず。忽に下剤を與て止ざれば。必死にいたるゆゑに。是 は速に下剤を止べし。また自下利ある證には。必附子を用るも のと執たる謬は。既にも説がごとく。仮令附子主当の証なりと す。古人は其薬病の対杭を校。人の強弱を量て。強人には大附子 一枚。乾薑三両ばかりなどいふ。制戒あるも顧ず。病こと日久。腸 胃脆弱。微毒にも堪かぬるに。下利の歇ぬは。附子の分量少ゆゑ ならんと。更に増加て。下利益甚て死に瀕か。又は煩躁悶乱。人事 不省に至て死ぬるか。附子を誤投たるは。不可下證に。下剤を妄 行たるよりも。病者に於ては。大に苦悩しむるものなり。一切事 過たるも及ざるも。対法に背馳。其中を得ざるときに至ては。悉 害となること。医俗とも書紳べきことなり。又傷寒の険證に。肩 にて息をするものは。預忽視のならぬことぞと注意てよし。譜 語も昼夜絶なく。一向に人の不省はあし。躁擾あひだに穏。寐は よし。循衣摸牀とて。衣衾を循。牀を摸まはし。なにもなき處を。も のありげに探などし。理線撮空とて。絲を繰やうなる效をし。眼 前になにか現やうに思て。手を挙て拂除などするも。可からず。 掌を閲もあし。これらの證。昼夜間なく続発て。加之食は更に能 ず。直視譫語甚。いよ〳〵不省人事。肩にて息をするもの。先は死ぬ ると患べし。又沈睡覚がたく。呼ども応ざるものは。尤険惡なり。 速呼起て窃覚やうに。所置してよし。後の卒病篇を参閉て知べ し。また遺尿し。大便の泄下を知ざるを。惡證とすれども。これら はその中には治すべきものあれば。熟論がたし。自己より病の 發したるものよりも。受染たるかたは危険症ありて。初起より 熱石の及ざるものも。まゝあるなれども。十が八九は。初發の治 を誤にあり。又傷寒は今の世に少。陰證は世間に有こと稀なる ものなどゝいふ説を。先胸間に措。或は陽明胃実のものゝ。脉微 に四肢冷を。真陰證と誤認。または喘蘭の多岐なる説に惑を起。 織巧なる論に昧され。的確ならぬ西蕃の薬を用などして。遂に は巨害を招にもいたる。所謂薬せずして中医を得に如ざるも の。今の世に殊多見るところなり。又世医の提撕ものなく。誡ざ ることの怪べきは。灸煥の時も。なほ戸を閉被を層て風を避。汗 洩氣鬱し。其近傍にも堪がたきやうなるは。其害殊甚きこと。看 病心得の條に述がごときを領知ざるは。俗家にありては然こ とながら。医師のそれを宜と執は。天地化育の條理に昧が故な り。病家よく其旨を會得して。醫の教を待までもなく。傷寒病者 の蒸熱劇ものなどは。最病室を日々掃除し。衣衾を浄潔にし。毎 昔清気を迎。暑月は戸舗を大に關。風の往復絶ざるやうにして。 穢氣を除やうにすること尤切要なり。假令的當の薬を用たり とも。この事に於て失あらば。輕ものは日數を經。重ものは治す ることなきにも至べし。惣て熱病には。病室鬱滞氣を駆散て。生し 氣を迎る効は。尋常の薬を服に勝こととほく。元陽開達の道を 得て自然に治するものあるが。故に傷寒熱病にも。尤同病のも のゝ枕を同て一室に臥ことを戒狹隘ところに。愛庶徳居を避 て。蜜柑。杳橙。葡萄梨。西瓜の類の果実を好ものには。必制ことな く。分量を過さぬやうにこれを與。渇甚く。水だに喫ことを得ば。 死とも避ずといふ輩には。冷水を喫ことを許て。決して害ある ものにあらず。或は水を放喫て後。戦汗とて寒粟。後に汗の出る ことあるは。尤佳候なり。水を欲ことの甚きは。水を得て。熱熾し て乾涸たる腸胃を滋潤し解さんことを。我元氣の利るなれば。 決して魚て害あるものなけれども。一人水を與んとすれども。 擧家拒て。医も首冐ぬものあるときは。冷水を用て。をり〳〵漱し 天数尽ぬものは。危難の中に僥幸を得て。病苦 を免ることもあるものなり。予が隣里博労街と いふところに傷寒を患し男ありしに。其證大 便自利。四肢厥冷。譫語。脉微にして 絶なんとし。飲食ざること数日。 所謂厥陰病なり。教医伎尽 □□ □□□□ □□□□□□□ て之を不治に委ぬ然るに 一夜俄に発狂して。家を奔し 出たるが。やがて両国橋ノ上より。 身を跳せて水中に入ぬ。折から竹竿の流れ 來りぬるを。とかくして捉へ。水に從て墨水の邉ま で流れゆきぬ。追來るものそこにて漸に求得て。 家に携歸しに。寒粟て歯の根もあはず。言語も 發ず。よて衣を更。湯など喫せて。被蓐裏に臥し めたりしが。患者嘗て知ず。熟睡すること五六時 にして始て悟て。気色平日の如く飢来て食を求め。何 巻五 潅水於狂癇及傷 寒狂躁病者之図 の苦悩こともなくして。漸に素に復しぬ。又一‾藩士。傷寒を患て。渇甚しく。水を 乞に與ず。人定るをまち。竊に床を出て。井旁に到り。水を釣んとして。誤て 井中に堕たりし。その音に驚く。人衆集しが。井深きゆゑ。漸に時を避て 助出しぬ。これも貫の日より快く。日ならずして病愈ぬ。これらのこと世 に多くあれども。諺に所レ謂。あやまちの功名なれば。これを以て治術の 例と為べきにあらねど。世人これらを見聞しても水の効否を知に足 ることどもなり。凡て水を以て病を療ずることの。的確なる證据とすべきも の。日本紀のむかし。持統天皇の近汗国都賀山の醴泉に浴て。病を療じ給 ひしこと及。續日本紀に。元正天皇の美濃国秦老の飛泉に行。幸ありて。御悩 平愈ましませし例などを始として。楽花物語。續古事談等に。朱雀院の御 周身に小瘡を發し給ひしに。水を灌奉りしこと。大鏡に。三条院の御内 翳眼に。御頭に水を沃させ給しこと。蜻蛉日記に。肝蔵 の病にも水を沃かくべきよしのこと。また徒然艸の。 癰疽を水にて洗ことの。俱舎論頌疏に。誰有智者。瀝 水流レ痛ノ有二歩楽生一といふに拠たること。其他多く見 たり。素問五常政大論に。気寒気涼の病を治するに。 寒涼を以てすといひて。行レシ水ヲ漬レ之ヲなどあるは。今 人の臆度とは異なることなり。傷寒論にも。以水ヲ 灌レ之ヲまたは。以二令水一ヲ混レ之若ハ灌レ之ヲまたは。熱汁自 泄欲二ヲ得レテ水ヲ自灌一といふなどは。其治術の背るを 説たるなれども。灌水適当の症には。必験あ ることなれば。晋の頃までは専らに行しこと知 れたり。其他漢の太倉公が。以寒水ヲ柎其 頭 ̄クの術。魏の華陀が。寒熱注病に。水を灌 で治する例などを見ても思ふべし。後 世金の張子和よく此旨を得て て。傷寒痘瘡などの危症にも。 水を灌て偉効を見たるよし記 したり。また西蕃には。近世に至て。 水療の法を大に稱誉て。専らに用 るよし。彼邦の医書に載たり。又 清の王大海が。海葛逸誌に。巴國の 風土を記して。感冒風熱病。及産婦痘 兒を河水に浴せて治するよしを言て。 竒事のやうに思ひしは。全く目熟ぬこと に駭るにて。我邦の太古。河水に浴て病を 治する風俗を。潜確居類書に記したるに。よく 似たることどもなり。其詳なることは。既済 微言。水療俗弁等の書に載たれば。 此編には聲ざるなり。 巻五 むるがよし水を與まじき病人なりとも。嗽ことは。熱の有無に 拘ず。為くよし。別齒繊をも用てくるしからず。惣て病者の口中 は。潔たるほどが可ければ。諸病ともこの用意あるべきことな り。傷寒熱病には水すら與べきものあるを。嘗て渇甚きものに。 湯茶を禁じて喫しめざりし医師を見たり。いかなる所見にや。 怪ことなり。渇あるものゝ水飲を禁じては。重証は必変じて死 に至しむること眼前なり。これ其自然に背が故に。害あるも宜 ぞと慮べし。予は傷寒の大熱狂躁。及四肢厥厥速。脉微なるものに も。水を灌で偉効を奏たること多く。門人にもよく其旨を領て 施行ものありといへども。治術もこれらの事に至ては。頗果斷 て。毀誉を屑もせぬ特操あるにあらねば。手を下がたきことな り。医療に灌水の法あることは。我邦の往古は専に施行たりし 證指は。水療俗辯に記たるを看べし。さてかの世間にいふ陰證 にあらで。真陰證は。もつぱら稟賦脆弱者に多。其熱もまた劇か らず。下剤を用ツべき證も少ものなり。それらの病者に峻剤を過 服しむれば。一應は効あるやうに見えて。俄頃に変を招ことあ り。かゝる患者は。水までとも欲ぬものにて。飲啖も寒冷物は禁 べきことなり。真陰証にして。熱少寒多。下利止がたきものと。沈 腫覚がたき者に。灸して奇験あるものあり。仮令この熱少證な りとも。病室の鬱薬を戒ることに於は。差別あることなく。或被 も。をりく更を可とす。其他一ノ切病室の熱閙を制旁に無用の人 を省。患者の心意を静息しむるやうにすること何も同。傷寒に 限す惣ての病室は。日輝の甚きところと。壁多き屋を好ず。燈の きら〳〵しきと。火爐の多は尤制てよし。患者もし静生に堪らる るものは。をりく後より扶起てなりとも。蓐上に安坐しめたる こと尤よし。飲食も力所及は臥たるまゝに與ることを欲ず。如 此のことは。皆今世の貴賤ともに左計ことどもなれば。いかに も教諭て。革させたく慮ことの第一なり。最俗人はそれらのこ とには意を加るものも少く。病者あればとかくに周章失措。医 説の多岐なるに感。じ籤に昧れ。縄を見て蛇かと疑ひ。眼に翳あ りて空に両月出たりと。怪むやうなる妄見より。医士の辞も当 否も辨ず。我意に任て。終には病者の害を招ことあるに至こと。 蠢悪にもまた嘆息べきことどもなり。かゝる弊を除んとならば 恒に心意の和平なるやうに飲。死生の天命に由ことを明に知 て。病あるとき。初より択たる医匠に。始末を委て。絶て惑ことな きにはしかじ。妄に薬を議し医を轉じなどするうちには。各自 の治術に異見ありて。假令ば。彫俎綺肴を薦たる後。体體にして 撻れ。また縛るやうなることに會て。大なる損をすることなれ ども。旁者でぞれが弁知ものにあらねば。いつもかの肆弁医人 に調舌れて。さあらぬことに愆期。その落後に臍を噬の悔ある に至は。平常の昏速に原ばなり。然はあれども。生も死ももと天 數の定あることなれば。たとへ誤治によりて。死ぬることあり とも。其期に至ては棹悔べきことにはあらず。如此者は。却て轟 結ものにて。不然ことに人を怨。己が殃に逢べき時運なるを悟 ずして。子を失ひては酒色に沈酒。親に別ては放縦になり。生涯 を誤やうなることにもいたるなり。たゞ壹是自然の道理に率 て脩ときは。禍を遣ることあるべく。たとひ不慮の災難ありと も。悔る念も発べからす。此事は病のうへのみにもあらず。一切 の事実に渉て。しか志べきことなりけり。さて傷寒の類愈て 後。たゞ氣力の素に復しがたきものは。強に薬を服にも及ず。飲 食起臥の節養をなし。新鮮の魚肉羹汁などを。間少づゝ喫しめ。 菜蔬の類を搾用て。食後は強て身體を運動し。元氣の自然に循 環するをまちてよし。復木の劑といふはなきことなり。周身浮 氣あるものは。その浮氣がひきて。平常に復ぬあひだる。身體に いまだ耗損たるところありと知てよし。病愈ても。旬数過さね ば。其常には復ぬものなれば。そのあひだは。房事。飲酒竭蹟。及費 心。讀書。碁象棋。伎藝の類。一切労動ことは無用なり。微の妨あれ は。再熱を發するなれば。尤厳制べし。又疫邪傅染。世間一般に患 ときに。それを御には。醋の中へ通赤に焼たる石瓦などを投て。 其昇氣にて屋裡ををり〳〵薫べし。烈酒にてするもよし。或は姿 鍋子やうの器へ醋を盛。漫火にて氣の絶ぬやうに煮もよし。瀝 青。松脂の類を柱もよし。松節。檜節などををりく燃たるもよし。 其他鳥銃の火薬。放花炮の類。消石などを薫もよし。疫疾ある家 に到には。醋を口鼻へ貼て訊べし。醋及酒などを喫たるもよし。 必〳〵虚中なるときと。眠を忍たる時にも。病者の旁へ近べから ず。其臭気を嗅こみたりと知ば。連紙條を鼻にさして噴嚏をす べし。これらのことは。常に記得。人に授て益あることなり。此編 説ところは。すべて俗家に示んまぐのことにして。医家の為に 言には非と思べし。 痢病のこゝろ江を説 世間に痢疾にて死ぬるもの。十が八九は療治の機変失故なり。 先痢疾の初候は腹痛て下利なり。其時は。惡寒もあり熱もある も無もあり。此時に連令汗ば。そのまゝ治ものあり。然どもそれ は自己より発したる痢病にて。受染たるものは。汗のみにては 治らぬものなれども。悪寒あらばまづ汗をとりたるが可。故に 數洞濤の後も。なほ腹裏爽快ず。肛門の辺に何となく後重やう に思るならば。痢病の初起なりと慮て。速汗すべし。一-二-次も遍 身に徹汗れば。多は解ず。假令痢病にはあらずとも。悪寒あらば まづ汗してよし。然ども。初起より後重頻にして。數厠へ登もの あるが故に。今汗間なきものあり。其時には。熱湯に塩を投て。浴 盆に盛。それにて下身をとくと温べし。暖なるあひだは。後重止 ものなり。尤堪がたきほどの熱湯が佳なり。それより濕をよく 拭て。腰より足心までをも襲衣に纏く。被褥を厚して臥。さて熱 稀粥にても。湯蕎麦にても。汁多極熱物を喫て。しかと令温べし。 發汗劑は。麻黄。桂枝などの配合もの。薬なき境には。青柚を多煎 じて温腹が可。痢病の初は。傷寒の惡寒。發熱のやうに。劇きこと はなけれども。下利あるをみて。傷食か疝藏かと。依違にして遅 回うちに。瀉止たりと思まもなく。裏急後重とて。肛門へ漸に逼 迫て。忍がたくおぼえ。頬に囲へ登ども。後溲は通ぜず。白色の濃 洟のやうなる物を洩は膿なり。葛を煮たるやうなるものは。腸 中を滋潤す津液の凝たるにて。膿にはあらず。これも混じて下 ことあり。交て湧もくるしからず。この膿を出は。腸の裡面に細 小瘡が發て。それが潰て下レなり。腸癰といふは。腸中一處に結腫 なれども。痢疾は。腸裏周通に発なり。それも肛門よりよほど深 にのみ発なり。膿の多寡は。瘡の稀稠に従ことなり。それは周身 より病毒を腸中へ送輸て。其毒を膿より泄出か故に。運化の機 轉を妨害て。大便も下降かぬるなり。甚くなれば。血を交て泄な り。故に尋常の下劑にては。快利を得ことかたし。之を下も。其膿 血を瀉下とにはあらず。ふかく侵蝕べき毒にはあらねど。通利 滞れば。腸胃を損傷こと多が故に。変証発て死ぬる故なり。瀉下 べき痢病の遅慢になりたるものに。口中に小児の鵞口瘡のご とき白もの容布は。熱滞甚く。毒の咽舌までも及たるなり。また 禁口痢といふは。食氣の更に進ぬものをいふ。嘔氣もありて。強 て喫しむれば。嘔逆して受納ことなく。却く苦悩なり。此を昔よ り痢病中の危険證として。治法もなきやうに説ども。左にあら ず。今之を病者に撿に。其證に二ッの別あり。其一は。毒劇に由もの なり。一は。胸腹拘攣甚く。穀食を受容がたきものなり。其毒劇も のは。胃中へも瘡の発く。膿を醸たるなれば。捷疾に峻瀉ねばな らぬ證にて。慢視うぢには。不治の證になるものなり。吐剤を用 て後に下ことあれども。先は峻下劑にて瀉下べし。薬を容受こと かたく吐出ば。再興べし。二三が一も腹中へ内て。分量少と知ば。 またも用て速下利あるやうにすることなり。此時には。巴豆の 丸鶏類を用べし。兼気湯ぐらゐの剤にては不濟車なり。もし腸 胃攣急にて。心下鞭満。貪を容受ざるところの禁口痢には。峻下 剤を與れば。病勢ます〳〵進て。如何とも為がたきに至ものあり。 故に此證には。駄薬を行ず。たゞ其心下鞭憑を験にして。平淡の 剤を用て。偉効を奏ものあり。故に惣て竪薬のことは。一一薬に説 示がたきものなるは。ことに此疾のみにはあらず。又毒劇痢病 に。尋常の薬剤にては快利がたきといふ理は。すべて下剤など の効を。以要いはゞ。薬の偏味の性質が。腸胃を刺螫て。譬ば眠た るものを。摘動虚鳴して。覚悟すがことく。下剤の滲透に堪かた くて。下利を促なり。週身へ薬氣を普達も。腸裏より喩収て及な り。故に一切の病に。薬を服は。虚中を可とす。然を。痢は腸裏の病 にて。下劑を用ても。其氣味の透徹べき道を塞てあるが故に。尋 常の下剤にては。効なき理なり。ことに毒氣の猛烈ものを。自若 として時日を歴あひだには。前條にも述たる。肥前瘡の緩慢な る病極微も。委置ときは。滋息て周身の大患となる。此病はそれ よりも大急暴して。其毒の浸掠こと。尤捷疾なり。故に速大便快 利。膿血泄盡て。後重の止やうにせねばならぬなり。かくのごと く腸胃を損るゆゑ。一時遅慢ば。一時だけの損耗ありて。假令平 治とも。復素に至ては。多の日數を経ざれば。常のやうにはなり がたし。故に此病は。殊巧と短拙のあるものにて。順治ても。それ は俗家には辨知ぬものなり。世医は。其泄ものは膿とも何とも 知ぬ輩多し。既に支那には。痢の泄出ものは。腸中の滋液にて。瀉 下べきものにあらずと説し医士あり。それも無ことにはあら ねど。原腹裏に鬱滞たるところありて。滋液を週身へ運輸こと のならぬものより此證と成ば。其液を漏んとには非ども。下剤 によりて。鬱滞たるところの速に排達ことあれば。是また輕下 てよし。其中に瀉下まじきものもまゝあれども。決して禁下と 定べきものにはあらず。和漢とも昔より。痢病の因を確知たる ものなく。西戎竪の説ところも適従がたきこと多し。また此滋 液の泄症と。膿血を下す證とを弁別て。此滋液を泄には。下剤を 投ぬこと。至理なることのやうにはあれど。一ト斯に執守て。摧道 に踈は。かの繊巧に撃縛らるゝ弊なり。彼支那一一医の説も。一途 に下剤を禁ゆゑに。是また偏たるかたに陥なり。浅学者は。如此 説どもを先胸中に介たるのみにて。其區別をも領ず。膿血を見 ても。敢て瀉下ことを懼。漕液と養液を混じ誤。偏たる療治をし て。遂には人を害なり。若腔裏に膿血を蓄聚たるものを。下こと を禁は。仮令ば賊を家に育に異ず。尤蠢愚なる所為と思べし。必 く医説の多途なるに惑て。的實の治術を為んとする医の肘を 掣て。臍を噬の悔あることなかれ。また痢病に附子剤の相応す 類證あり。附子剤と下剤と互用べき證あれども。それらは治術 の上のことにて。俗家に示べきことならねば。こゝには省ぬ。又 痢病は。尤灸に宜。胸の両旁臍上下。および背脊。腰体。何も灸して よし。又腹部の痛甚きところを。阿是灸にするもよし。臍中に塩 を填て灸するもよし。それは。坤の底に銭大許の穴を穿て。裏面 より紙を貼。穴に塩を填。底を火に温て後臍上に安。艾。肉にて灸 するなり。また巴豆皮大呉茱萸にを細末して。塩に和て。灸する もよし。此薬を味醤にて調和扁平にして。そのうへより灸する もよし。巴豆皮を去て。丁子。良薑麝香などを加たるもよし。此方 を用て効あることあり。また痢病に渋剤を用て止んとするも のあり。是ニ大概なる謬慮なり。膿血泄尽れば。後重は止が故に。度数 も減なり。故に固澁べき痢は。百中の一二にも過ず。稀なる證な り。又痢後水脹ものあり。速小便を通ずれば。水脹は治べし故に 病後なりとも。塩を遠て。赤小豆を煮て喫しむべし。間に單麦を 用べし。病後なりとて。獲木などのみを與て補んなど思は。是ま た失當り。蔓木も附子も與べき症あれども。何にしても。小便の 捷疾快利を欲には。塩を禁て。赤小豆を喫しむるがよし。又痢病 の傳染は。多は病者の登厠にて。薫蒸毒氣を嗅肌膚に觸より起し 故に。かゝる病者の図は。別にしたるがよし。或は虎子を用て。大 便をとり。毎に土中へ埋るか。川へ捨たるがよし。それも為がた くば。炭末を擣て麁末し。病者の登たる溷へ撒て。大便を填べし よく蒸臭氣を銷ものなり。傷寒などの病者の大便にも。炭末を 壅れば。よく汚臭の蒸発を圧てよし。此事件などは。常に記。かゝ る病人ある家には之を傳て。その觸染を防むべし 脚痺の心得をとく むかしの足痺の病は。支那嶺南といふ地より起て。漸に傳染て 諸方に流播たる。一種の毒にして。今人病ところのものとは。症 候のやゝ類似たることあるまでにて。病因には大[に違あるも のなり。故如何となれば。此病の患状を。古医書に載るところを 看れば。其初必脚より起のみには非して。病に罹もの。多は其両 脚続弱。頑痺不仁等の候を兼ことあるに従て。其時の俗呼て脚 氣或は脚弱の病といひしものにして。今医俗の脚氣と稱もの の。必脚よりするがごときにはあらず。其病の初起各異にして。 同一ならざることは。全人々の稟賦と病を受ところの部分に 差あることゝ見えて。脚いまだ異ことを覺ざれども頭項臂膊 すぐに苦むところあるもあり。諸處悉いまだ知ずして。心腹五 内已に困ところあるもありといひ。又は壮熱頭痛。傷寒に類せ るものあり。下利すること。痢病のごときものあり。または。其初 熱熾なるがやゝ愈るに從て。脚氣状を見ものあり。光明を見る ことを欲せず。精神悋憤‾語言錯乱譫語喜忘するものありとい ふ類皆今視ところとは迥に別なるものなり。又其卒暴にして 恐べきことを説ところに。もし治すること緩なれば。直に上て 腹に入。死を致こと。病発より一日を過ざるもあり。尤急なるも のは。其死踵を囘さず。又は小腹頑床。三五日を過ざる病人の。即 嘔吐を促たるもの。其死旦夕にありなどの類。その急劇。今の足 痒の緩慢。数月に渉て。偶衝心するものあるは。百中の一二にも 過ず。それも治術首歴に中ば。速に治して必定死ぬるに定たる 病に非れば。其因合同からざること明白なり。且傷寒瘧痢に類 似たる證候のものは。今の脚痺には決してあることなく。脚の 平常に異ことを知ずして。先心腹臂勝のみを悩ものも。また聽 ざるところなり。まして嶺南に起て。漸に江北に及。京畿に傳布 たる勢に由ば。是必一種の毒にして。かの痘瘡を。晋の世に南陽 の虜より転。我邦には高麗より得たると。麻疹の今も必異邦よ り来がごとく。古医書にいふところの足痺は。其毒を人より人 に輸たること。また知ぬべし。殊に嶺南といふは。南方広州の地 にて。後世所謂広東府の。海に近あたり。此方の長崎のやうに。異 邦の舶の湊入ところなり。脚氣もまた其初は。蠻舶より轉染て。 支那に及ぜしか。或は嶺南の地気に由て。別に一種の毒氣を醸 成たるものが。人に觸て病たりし歟。其起源は的に知べからず と雖。決して今有ところの足痺の。百千人中に偶二人の病も のありて。且妄に人に傳化こと少く。季候につれて發歇し。或は 去年患たるが。今茲は病ず。翼年再発類の。緩慢なる證にはあら ざるべし。今病ところの足痺は。悉皆自己内因の病にして。必外 襲邪毒にあらず。多は黴毒。肥前瘡。癢病。痔疾などの。己は全愈た りとおもひて。敢て如レ茲事件には顧慮ざる輩が。其内鬱の毒よ り。變じて此病となるもあり。または膽瘡陰癬痺。および痛痺 鶴勝痒。背痛。腰痛などより来もあり。又は恒に宿癖留飲などに 苦もの。腹内やゝ緩になりたりと思まもなく。倏忽に脚痺とな るもあり。或は父母の遺毒より来もありて。病の所由預縷挙が たしといへども。惣て古医書に載ところとは。病状やゝ類して 其因異なること。猶青天に白日を視がごときものなり。然を近 世の方伎者流が。偶古医書に両脚緩弱麻瘴。浮脹などの証候の 古昔の足痺といひし傳染病の。今の病に類似たるを視て。其他 の患状を述たるが。大に違あるをば省ず。妄意に古の足痺と同 ものとなし。たゞ古の薬方のみを用て。今の病者を治せんとす るが故に。齟齬こと多きは。尤踈漏なることにて。所謂一首の百 首を引譬喩のごとく。末学の輩はたゞそれらの説を耳食たる までにて。古医典をだに眼に觸ず。鈔録の方書より。脚痺の劑と いふものゝ方銘を記たるばかりにて麻痺。緩弱等の有無にも 拘ず。脚に患ありとだにいへば。即にさして脚氣と稱。自己も的 實ならぬ刀圭に被傷て。不治の證となるものも。また多し。其之 を古医籍に求る徒は。此病の辺地に少く。江戸などに多有を見 て。此地を卑湿嶺南に均といふものあれどもかゝる繁華の大 都會にて。寒暑沖和を得。冷戻少き地に。嶺南などのやうなる瘴 邪の人に中りやすきもの。あるべしとも思れねば。かたぐもつて 僻言なるべし。予が今の足痺を内因の病になりといふことは。惣 て保養過度酒食を恣にするものか。又は身体を運動こと少々歩。 行の希なるものに多。左なきは必鬱毒ある輩にのみ歴見とこ ろにして。決して湿地に坐臥し。冷気に中[ク]などの。所得に非 ればなり。若足常に濕地を履冷水を渉などしてより。得ものな りといはば。耕夫港丁。福井。泥区の輩にのみありて。富貴の家に は少かるべきを。其徒には却て患こと希にして。専神貴豪商。及一 管家。生匠の類の。身體の勞動少きものか。又は性質懶惰なるか。 稟賦怯弱なるか。惣て腸胃の転化頑鈍ものにのみ多を見れば。 いづれにも外襲の邪にあらざること。灼然ものにあらずや。近 来殊に此疾を患ものゝ益多なりしは。驕奢遊惰の風世を靡し。 卑賤と雖。たゞ酒食に耽て。藜嚢に甘ずるもの少なりゆくのみ ならず。黴毒肥前瘡の毒は。漸に人より人に輸て蔓延受胎の初 より。已に病を得て。鶏行者多に由ばなり。且百病傳化ざるもの なきは。首巻にも述がごとく。今の足痺も亦真に人の病に觸た りと慮るゝものも。歷見ところなり。又此症を比歳患たるもの が。變じて急難になりしも。緩痒となりしも。また見たることあ り。癇證に轉たるをも亦施治したることありて。其變化預繊悉 べからず。されど如茲必有べき分の事にて。異むに足ぬことな り。然を古の医典に足痺を論ずるところのものと。やゝ類似た る患狀あるに至て。予か説を疑ものあるべけれど。それには確 乎不抜之説あることなり。凡て病因所由の事件に至ては。いか に弁とも。俗家の会得しがたきことあれば。此編には詳説ず。た だ此病は。飲食の禁戒尤切要なるものにて。身躯水脹の有無に 拘ず。塩を遠粳米を禁て。單に赤小豆ノ大麦などを啖せ。一に淡薄 の食品を撰。腸胃の消化を資べき物を用て。強て身體を運動し。 温燠を飲。灸の効あることまでを。預記得べきこと勿論なり。且 其衝心すべきものを御んには。従来用るところ中夏の薬剤の みでは。其劇ものを治すること能ず。方今患るところは。別にこ れに応ずる方術ありて。其猛勢を挫に非ば。凌がたきことある をも審辨にし。胸適。嘔逆等の證あるものに。尋常の薬を與れば。 却て妨害となることも。亦察ねばならぬことなり。故に抵當べ き医師にも會ぬ僻境などにて。此病に罹ならば。薬を用ること は第二の沙汰にして。上に速たる飲食の禁忌を持たるかたが。 先は宜なり。惣てのこと。實地に渉て確賢に試験たることに非 ば。書籍に説ことも。一々信拠なりがたし。古を以て今を律し。今 を以て古を看べからざる病も多。且漢地と我邦とは人物風土 の異もあり。常の飲食も同からず。又彼邦人の書籍に著たるこ とには。妄誕多が常にして。動ば陰陽五行。生剋配當の空理を譚 が癖なり。よく欅で取にあらねば。却て書籍の為に誤らるゝこ と多かるべし。況や数万里を隔たる。烏喘呪の医。説などのみを 信じ。拙き翻訳者の過読たる医典どもに据て。其薬剤を妄投は。 可畏ことどもなり。故に俗家もよく覚て。必〳〵彼黨の為に感る ることなかるべし。 一痛痺の病。多は手足關節に發して。痛甚く。腫ものと。腫ざるもの れ。痛一処に著者と。遍身に及者との異あり。又足痺に類似たる 者もありて。治法もまた各別なり。惣て此證以漸成病なれども。 其中外邪に因て。修爾に発し。焮腫痛不レ可レ可レ忍者あり。然ば其初起 に発汁て。速に治す。それを過て後は。下劑にて愈者と。催瀉薬に て効を得ものとの差別切緊也。凡て此病も。内攻すれば死す。其 死ずしく。手足屈伸自在ならず。生涯魔人と為も。皆謀治に由も の多し。故に尤顧慮べきことなれども。用薬の法は。俗家の知べき ことならねば。詳説ず。其概養は。専足痺に類せる病と記て可 病家須知巻五 巻五目録○黴毒の心得だる毒の傳染すべき熊略・下疳瘡のてあく分黴毒を得たる婦人の 帯下のことかゞ千宮癰の血塊に満がふこと。は難瘍痔漏の輕惑にならぬこと凡○黴毒より来る労療は 治するそのあること外み多年難治の病あるものは此毒の変化せるにあらぬかと自身をべきことあとなげ この薬の害あること云ふ○生生乳を内服剤に用るはよろしからぬこと凡○軽粉剤を用ひ過て發する諸 痘州・黴毒諸治効なきものを自然に委て利を得ものあることは○身體肥満したるもの黴毒は潜伏 しく自己も知ざるそのあること叶○小児の胎毒は其父母の黴毒に因もの多きこと煩は癩病の黴毒よ り来るは治するものあること并に灌水のこと汁○肥前瘡の心得仕○打薬のこと焼○肥前瘡の内 に来るにあたるものあることには淡水のごとし肌血精の行り。打擲のごとり。肥前殊の内 攻を治することだる世に胎毒しつといふは誤なること凡○陰癬の心得な○陰癬内攻して重患にな ること丸○陰癬に灸すること及○傷寒時疫の心得残る感冒のこと注◯傷寒時疫なこといふ名 に因て實を誤るよいとびる傷寒感冒の初発は必發汗せしむべきことなか身體を起伏して汁を發す ること焼○發汗にこゝろえあること呼○熱ある病の因には大に差別あることな○世に陰證といふもの にころえちがひあること順○病の熱を発する理性○天地葛物一切抵対にあらざるものなきことす。下 利に下剤を用べき證あること禁法○人参附子をく用て蹙伐の短を補ふことなすといふ○下劑の應に應す應を知心 利に下痢を用べき證あること。外○人参附子をて用て鑿伐の短を補ふこと引ス○下剤の雁不応を知心 得べゝ傷寒悪証のことき◯熱ある病者であてのこと焼○湯甚く氷をもゝむるものには虫て利あること。傷 寒及狂癇に水を造る圖が傷寒病者の川に落く治したる圖説分水療考證の熟略的に灸す 事の上にて我意に任て病者の害を招こと。傳染を禦こと凡○痢病の心得心得八○同初起に汗を失べし るこだく我意に任て病者の害を招ことび○傳染を禦ことな○痢病の心得は。同初起日汗を祭べ一 すべきこと凡○同病因のこと及び三十劑の塵不應の差別卅六○同条のこと焼る○水腫のこと烟○脚気の 心得四十今の脚氣は昔の脚氣と異ること祠○昔の脚氣は時痘の一種なるよいと理○同今の脚氣は黴毒より來 るが多きと仰と同治法に誤あれと癇々同浮腫の有無小按は専水腫に便利の場上の状をさるべきと病風のころえ解し 原名病家須知 一古登布豊草 病家、須知巻之六 一傷食霍乱のこゝろえを説 微食滞にて。心下文結たるものは。其支結たるものゝ下降まで は。食せぬがよし。支結。更レ日不レ解者は。緩下を促て可。霍乱吐逆し たる後にて。大便不通ば。腹氣不レ和て。妨害ば。これも緩下て可こ とあり。されども。凡て吐すれば。自利もあるものなれば。下利な しとて。遽下は不可。いよ〳〵下利なしと知て後。駄薬を行がよし。 傷食は外邪を合て發もの多。殊霍亂は。必外邪ありて発故に。喫 たる物の可否には拘ず。腹痛。吐瀉を催なり。吐下甚く。手足も冷 腹痛止がたくば。過に臍の左右の天枢といふ穴に灸すべし。天 枢は。雨乳の間をとりて八ツに折て。それを八寸と見て。臍より左 右へ二寸づゝ隔たるところが。穴所なり。これを一寸五分にと るはあし。婦人は。肩胛骨間をとりて。八ツに折て用フべし。又臍上へ 灸するもよし。塩を填て灸するならば。熱艾を以べし。塩熱なり たらば換べし。腹痛あるところを。何にもあれ。阿是灸にするも くるしからず。急卒の間に。穴所を撰定んとしては。医者も来ら ず。遅延になること多ければ。吐瀉甚く。脉も微になりたるには。 迅速灼艾するが切要なれば。透徹べきところを認て。頻灸すべ し。灸を禁ところありといふは。平常のことなり。灸に宜からぬ ものは。周身皆禁灸ならぬ所もなく。灸して可をりには。禁ずべ きところもあらず。急遽の時にあたりて。なほ守株の鍼科など のいふ説に從て。後悔せぬやうにするがよし。霍乱の病者は。體 の冷を禁ば。衣衾なども厚被て。厠へ登まも。寒ぬやうにするが よし。飲液も暖物を用べし。微温及生熟湯は。嘔を促ものなり。熱 湯を嫌ものに。冷水のかたがうけよきものなれば。裁配のある ところなれども。まづは太和湯がよし。ゆゑに薬なきときには。 生薑湯にても。霜糖湯にても。たゞの暖水にても。多用べし。大に 吐瀉て後は。腹力疲弱ものなれば。慢視すると死ぬるなり。手足 厥冷には。附子を用ることあり。灸も頻にすることなり。また浴 巾を沸湯に漬。胸腹頭頂肩腰までもよく熨て。連温暖になるや うにすべし。腹部を令レ温こと尤よし。頭を慰たらば。衣服を以て 被覆て。風に中しむべからず。また熱湯を盤に盛て。雨脚を没入。 湯冷たらば。更熱を加て。脛以下を令レ温べし。莱蔔葉を煎じたる 湯を用て。益佳。塩湯もまたよし。嘔逆劇ものは。辛辣の極及粘稠 泥滞やすき薬剤は。多服べからず。熊膽などの至苦も禁ず。却て 吐を促の患あり。故に吐かぬる者に。熊膽を用て吐ことあり。嘔 不止は。食物一切無用なり。些も與れば。更吐を促ひ。吐ときには また下利て。遂には腹氣接續ず。死ぬるにもいたれば。尤之を禁 ことなり。身體四肢厥冷ものを。速に催レ暖て。発熱。吐下も止。やが て遍身に汗出るやうになりては。決して死なぬものなり。故に 熱微発たらば。速薬剤なりと。暖水。白飲。茶湯の類なりとも。頻に 喫せて。衣被を温覆。微も風の来往ぬやうにすべし。又乾霍乱と て。吐も瀉もなく。苦痛甚く。心下痞堅。胸肋に衝逆。吸呼も今に絶 んかとばかり。躁擾悶亂ものあり。此證壮實者に多。もし老人に あれば。卒厥昏冒。世医誤認て之を卒中風なりと称。治を失こと 多。この吐瀉なくして苦悶甚きものは。吐こと能ねば死ぬる故 に。連吐せんと欲ども。医を招べき暇なくば。薬舗に越前瓜帯と て。越前より出る紺爪の帯あり。其茎を剪て。帯ばかりを秤三四 分も。細末にして用れば。過に吐を促すなり。それも末にして舊 なりたるは効なし。これも得がたくば。蒼蠅の頭を二ッばかりと り擂爛。沸湯にて服べし。苦瓠白穰もまた能吐しむ。五-七粒を細 末にして用。茶質もよし。或は人糞を蜆殻に一ツばかり喫しむる もよし。糞汁を濾て。汁のみを用フるなど。尤よし。この期になりて 劇者は。塩湯ぐらひにては。不濟事なり。已に吐べき勢あらば。鳥 翻にても筆尖にても。又は指をいれてなりとも。咽裏を探て吐 を促べし。又は。紫圓。或は備急円などいふ。巴豆の入たる丸薬を 砕用て。吐を誘ことあり。或は巴豆の肥たるもの二粒許に。胡桃 などの類を擂和て。其油を紐て。熱湯に滴沸腹しむるも。吐下す。 凡て巴豆を用て。吐下止かぬるには。水を喫しめて止るものな り。冷粥などもよし。吐剤の類も。冷水にては静。熱湯にて動なり。 輕證は。赤小豆の細末。脾氣あるにより。一二匁も用つれば。吐しむ。 炒たるは其効なし。また蠹吾の茎葉を紐り。汁を多取て服しむ るも。または。贋熊膽。陀羅助の類にても。能吐ものあり。また塩湯 にて吐しむるは。生熟湯とて。百沸湯に新汲水を合て。塩一-撮を 投て服しむるなり。至ての軽證には用べし。さはいへど。俗家の 處置にて。劇吐下の剤は。行がたきものゆゑ。それよりも第一に 理會べきことは。霍乱の。吐下なくして苦憊ものも。捷疾その身 體を令二温暖一ば。自然に吐下もあるものぞと思く。必〳〵不胡俄が よし。凡て此編には。急卒の用に供んために。其梗薬を述までに て。繊は説了がたきことゝ慮べし。 一切の毒に中たるときの心えをとく 砒霜石の毒に中たるは。胸腹大に絞痛て。咽喉より胸腹の間。熱 鐵を喫が如く。何とも形状べきやうなき苦満をおぼえ。吐んと すれども。吐こと能ず。下さんとしても下らず。或は自吐下する もあり。而色青惨。頭熟脚冷。やがて不省人事に至ものなり。一應 の薬は。礬石の細末六七匁を。水に拌て服しむるを可とす。人尿 及人糞汁も。能其毒を解す。さて如此の物効なきには非ど。大凡 一切の毒に中たるうちにも。此毒の猛烈ことは。尋常毒薬の類 にあらず。古より人を毒殺するにも。多く此物を用ると聽り。今 昌平の世なれども。武家などには。殊く此等の毒を解すべきこ とを知ざれば。不虞之患なきにしもあらず。故に今こゝに比類 なき解毒の物を傳ん。記得て遺失ことなかれ。大凡一切の毒を 解するには。油に優ものあることなし。毒にも百般ありといへ ども。其毒の害を為大概を比喩て説ば。鑽刀やうの物を以て。刺 螫楓破が如きものにて。鋭なるは直に死をいたし。鈍ものは昔 痛せしむ。油の質は圓滑にして。能其穎質を曩纏て。衝勢を逞せ しめず。故に假令毒を喫たりとも。迅疾に油を服ば。死に至こと は決してなきなり。又毒せられたりと覚ながら。これ何の毒な ることを弁知べきに至ざるも。遺油を多服ば必解するなり。何 の油なりとも桜ところにあらず。ありあふ懸燈燈籠の盞を傾 て健喫べし。世に。珊瑚よく毒を解す。毒薬身に近けば。珠即破裂 といふは。大なる妄言なり。信べからず。 紅ノ編。葛上亭長の中毒には。腹中焮熱。小使淋瀝。陰茎内痛甚きは 血を小便より通利。或は血を吐下す。龍脳。樟脳よく其毒を解す ること。試て効あることなれども。是また油を服には若ことなし。 硝子。安善那の類も。毒害を為ものなり。是また油を用て。よく其」 毒を解すべし。 吐酒石といふも。劇吐下劑にして。害を為ことあり。是また油にて 能其毒を解すなり。 瓜蒂といふも吐薬にて。苦味あるものなり。世には吐すべき証 ならぬをも吐しめて。猥に悶しむることあり。或は是に過用て。 吐の止がたきこともあり。瓜蒂を用て。毒に中たるには。純粹麝 香二三分も。細末にして服れば。頓に解す。味醬羹の冷たるもよ し。寒水を服せたるも。また効あり。冷粥も可。惣て一切の毒の。熱 に会て発。寒を得て止ことを。預記得べきなり。 鳥頭。附子の毒に中たるは。昏眩。麻痺。その甚きは。脉微に。四肢厥 冷もあり。速味醤羹の冷たるを服すべし。釀醋を多服しめても 必解す。油もまた効あり。雖然如茲の薬物は。瞑眩して。却て偉効 を奏ことあれば。強に之を解するに及ざることあれども。漢土 の昔。附子の細末を丸薬にして。椒房の婦人を毒殺たる例もあ れば。之を解することをも。また知ずんばあるべからず。万證相 對して。措ときをいふにはあらずと知べし。 阿芙蓉の毒に中たるは。初は酒に醉たるが如く。居頃失氣の。或 は睡て覺がたく。口より涎沫を流て。胸腹支遺。呼ども應ことな く。日を經て解ざれば。機轉遂に斷て。必死に至る。迅疾麝香。龍腦 を多服しめてよし。精者もまた験あれども。苦て不レ堪レ曳ほどに 濃煎じたるを多服か。細末にして頻服しむるにあらねば。其功 あることなし。故に劇ものは。それらよりも嚴醋を多用たるが。 捷徑して効あり。頭面へも頬に渋てよし。苦迫甚きものは。吐し めて後に。醋を用フべし。大凡醋は。一切曼陀羅花。鳥頭附子。河岸等 の。蒙汗薬の毒を解するに殊効あり。砂糖も効ありといへり。又 灌水に一リ切の解毒の効あることは。予が既済微言中に弁析を 見て知べし。今世に用フるところの。帝隷夜討。一粒金丹。調痢丸。金。 匱収命丸などの類に。此物を配合たるを用て。其毒に中がたるも。 此法を用て解すべし。近時紅夷の堅流行れてより。俗医輕擧に 阿片の類を課用て。後患を醸し。或は痘瘡などに妄投て。立地に 其害を見。または睡て覚ざるまゝに。遂に死ぬるものあり。よく 〳〵理会て。被害ることなかるべし。 河豚魚の毒に中りたるは。鱶魚を煎服して能解す。焼てその煙を 口鼻に薫もよし。甚きは。吐剤。または人糞汁を用べし。糞汁尤其 毒を解す。油も又効あり。辛辣香鼠薬。脳麝の配合たる品。決して 用フべからず。大キに害あり。 一切の魚毒を解するには。鹿角菜を煎じて服べし。 辣茄。胡椒。蜀椒及。一切菌蕈の毒に中ったるも。鹿角菜よし。甚者は 人糞汁を用ふ。人乳。牛乳の類も効ありといへり。油もまた可。菌 蕈の類。其質をも弁知ず。猥に喫べからず。頓に毒に中て斃もの あり。我邦の僧支那に在て。異菌を喫く。其毒に中りたりしとき。傍 客は皆糞汁を服て治したるに。吾は死とも身を穢さずといひ て。そのまゝ閑亂して死たることあり。此僧の愚なることは笑 べきなれども。我邦人の膽力あること。また思べし。 松蕈を。菽乳と併食ば。酔ことなきは。菽乳よく松蕈の毒を解す ればなり。 蕎麦を喫て毒に中りたるを解することは。第二の巻蕎麦の條に いふが如し。海帯よく其毒を消といふものあれど。予は未試。 染。豆腐。大麦。小麦の類は。莱蔔汁よくこれを解す。 竹筍。芋などの毒は。生薑汁を用べし。 昆布。海帯。紫菜の類は。厳醋を服べし。 此編に擧るところ。蒙汗薬の外は。其妻に軽重あるが故に。用レと ころの薬もまた差等ありといへども。其毒となるに於ては。大 異あるにあらねば。前後参考く。其理を明め。なほ前の飲食の條 と通覧て辨べきことなり。 一卒暴なる病のこゝろ得をとく 沈睡病」は。故もなくして偶熟睡し。いかに喚起ども覚がたく。依 違漸死る病なり。させる苦痛もなく。快熱やうにみゆれば。慢視 して治術の及ぬやうになるなり。前夜達晨寝ざることあるか にあらずして。正に是病なることを知ば。疾揺醒。頻に呼覚。怕痒な どしてみるべし。万方ども昏睡覺がたく。言動もなきものは。百 会と。肩井と。大椎骨の両旁を夾て灸し。鼻へ紙條をふかく挿て 見るべし。噴嚏薬を用。て嚏をさすること。尤妙。倉卒に用べき舌 交には。胡椒の末。痺莱。煙草気烈品。何にても其時に臨て細末し。 竹管を以て鼻中へふかく挿て。息に任て噴なり。幽嶺に「くさめ ぐさといふものを生ず。土人よくこれを知り。他国にも硫黄の 多き温泉ある山には産ずといへり。預採おきて蓄べし。此物舌 交に用て効あるものなり。其佗は。皀角。細辛。。受薑の類も用べし。 如レ此しても猶覚ずば。適精煉たる医人を招べし。されども。この 病の怖べき證なるを知ざる竪ならば。容易にその薬は用がた く。却く害となることあり。故に請たる医師に其見なくば。速に 打手を請く参謀すべし。死活拳術にて効あるものなり。肩を撰 て見れば。深舞結たるものあり。それを力を用じて梓挫やうにす れば。頭中まで徹て痛が故に。病者声を発べし。その時手を放ず 頻に梓たるまゝに。肩の塊を背後へ。ぐり〳〵と轉やうに。数次鳥 べし。臥たるまゝ為も可けれども。力耐がたければ。抱起て。病者 の背を己胸へあてゝ。かの体の動揺ぬやうにして。たゞ肩ばか りを捏転やうにすることなり。其後。病者の体をわが胸腹へ携 住て。肩より胸肋を心下のかたへ。指尖を反し。掌に力を用て重 按て。肋骨の中へ凹やうにすべし。其手を直に腹部へ下て。心下 より腹の両旁を。定心に按下し。其後臍下へ左右掌を抵当。うん。 といひて提起やうにして。さてその後に背の七八椎の邉を強 に叩なり。これを叩には。四指を屈て。掌中を空虚にし。背椎骨を 避て。屈たる四指と掌後とを將て。背椎を兩方より挾やうにし 沈睡甚しきものを 脊をうちて醒すところ よく本文を読得て その旨をこゝろうべきことなり 一切卒厥昏沈の病にこの法を 用ひ及その意を擴充て活用べし 一用ひ及その意を拡充て活用べし て骨に沿て力を極て下のかたへ叩さぐるなり。髪あるものは。 髪を拿て提ながら叩もよし。剃髪のものは。手巾を腮より頭へ 絡て結たるを。左の手に拿て。摸舉て叩なりぞの後肩より背槌 兩脇の邉を探て凝塊たるものあらば。指頭に力を作て按摩て よし。肩を轉囘て後。左の乳下を叩法もあれどももし誤て打失 ずれば氣息頭に絶が故に。吸呼も脉も絶たるにあらねば。妄施 ぬことなり此術為得がたくば。唯肩より頭項腹背四支をかは る〴〵摩擦て手を放ず。微も體躯裏に塊あるところは。力を易く 捏據べし。如レ此の術。倉卒には施得がたきが如くなれども。名券 家もなく。抵對べき医師もあらざるときには。依違うちに死ぬ るものなれば。有志者は。常に記得て。不虞の変を救ことあるべ し。内肢剤は。世間にきつけと称る。蘇合香円。延齢丹などの類も 不可。また。金匱救命丸。一粹金丹など。此病に用ければ。大に害あり。 決して禁ずべし。龍脳。麝香などは。用ツることあり。麝香を融解に は。酎酒を用ふ。偽造ならぬ品を択で。一ト次に四五分も用ざれば。 効あることなし。薄菜が効あるものなれば。汁を紐て多服べし。 白芥子末を煎じたるも。熱湯に拌和て行るもよし。瀉血ことも あれども。證によりて効なきものなり。これには反て。累目睡ざ るものは。狂痛になる徴なれば。是また恬視にならぬ証にて。速 睡するやうにすべきことなれども。かの催睡薬といふものは。 用ツる程量の至厳なる物にて。若誤れば人を害す。故に爛然たる 蜂士に非ば。行がたし。また。悟にもあらず。寐にもあらで。数日を 歴ものあり。これまた懼べき證なり。過精神の奏慧になるやう にすべし。沈睡者と其治法略同ことなり。機活の治法は。予が既 済微言。水療俗弁等の書に参考べし。 痳病 「疾病〗卒罪は。條忽に發ものなれども。細心を用クれば。其幾は自知 ることあるべし。故に老人など最留意べきことなり。その幾微 といふは。上衝。眩蓮。昏沈。頭痛。耳鳴。肩油等の証競起。双肋骨脹起。 胸脇下に支結あることを知。舌痛て語言遅渋。食時に粒飯の口 より浅出を覚ず。又は。口裏に在てやがて洩出るもの。頭汗出。體 躯すべて気逆。手足麻魔。または。微冷或は。たゞ久坐たるときは。 頓に起歩がたく。或は著。若は筆を執に。手戦。または。字を冩んと して。不意指尖の唐炎もの。或は。渇睡か寝かぬるか。又は。感夢を 見て。睡ても安からざることあるか。或は。喜忌。車に倦やすく。頻 に欠し。あるひは。悲傷欲哭。または。頻に瞋沮或は。笑ひて止がた く。或は。劇き下剤を服ても。腹痛微にして。思ほどには。大便の通 利なきか。如レ此の証。二ッ三ッあらば。此病の発幾には非かと。心を留 て躬察て。實に之を知ことあらば。速人事を廢て。忍慮を省。錦食 飲酒を戒慎。勤て其體躯を運動し。房欲を退。灸薬その宜に適て。 之を御べし。殊卒非の初發は。停食過酒より由者多ければ。飲食 の攝護尤緊要なり。卒難發。昏倒れば。必鼾息ありて。吸呼不利。疾 涎壅盛なり。不然は。此病に非と知べし。其咽喉に棄盛たる痰涎 は。速吐出しむるやうにすべし。痰涎壅盛たるまゝに。泥滞やす き煎薬か。蜂蜜にて調たる劑及。丸薬などを多服しむれば。咽喉 忽に閉塞く。直に命の絶ることあるなれば。此用意にて。猥に雑 薬を行しむべからず。腹部四艾へ妄に灸すべからず。鍼は非レ所 禁。肩強者は。肩を刺て血を瀉こともあり。疾舌交を行て嚏を為 べし。一切沈睡病の所措と異こと無れども。停食より来ものは。 速其停食を吐しめて効あり。肩井より肩胛の辺及。左の方乳の 後に中たる背部必強急ものなれば。手を放ず力を須て廃擦て 應るやうにすべし。此病は。諸蔵を上部へ牽引て。心下鞭満を以 て。病の原因は頭中に在なり。故に之を胸腹の患と思ことなか れ。然を腹部の苦憑にのみ拘は。浅見なり。故に其証に従て。頭を 罨熨。或は寒水を沃などして。効を見ものあり。或は驪醋を頭面 へ頻に激などして。利こともあり。又は頂の正申。螺旋髪の前後 左右。項の髪際。肩井大椎の両旁骨を夾く。灸することもあり。と かくに頭中の閉塞たるところが通ねば甦ず。腹氣も下降ぬな り。故に専にそれを治することを要とすれども。其虚乏より来 ものと。實基より發ものとの。治術の差別は。天地懸隔ことなれ ば。筆舌 ば。筆舌にも説鑑がたきこと多とす。故に俗家には。巻熨漏血。灼 艾。内服剤とも。齟齬治法を施んよりも。委置て自然に任たるか。 たも。却て得レ利あり。是を以て。此編には。凡て治術の法を詳説ず。 たゞ何の證にもあれ。その肩より脊の五七推の骨を。左の方へ 三ノ指横径ばかり隔たる脊部。巻四生児の声を発ざる者を揉と ころにも所レ謂。五七椎の二行どほり及。股膝の内外に。平常の人 の按れて痛を覚る所あり。それを力を極て按摩て。大益を得こ とあれば。必強く行へし。虚実とも。大便の秘するは不可ば。病発 一日を過ても通利なくば。下痢を用るか。穀道の灌築を施か。又 は蜜煎とて。蜂蜜五六勺許に。芒硝一盞許を加て。漫火上に煎て。 膠飴のごとくになりたるを捻て。大きも長サも指ほどにして。頭尾 ともに殺して。深く肛門へ夾なり。或は蒼吹の頭を去て。油を口 に合。その吸管を肛門へ内。息を極て噴こむべし。蜜を以るには 芒硝の鹿末二三匁許に。蜜五六勺と水一合許を和。火上に沸てし 後。噴いれてよし。又は。小児の弄具に。竹にて造たる喞筒あり。其 口を木賊やうの物にて磨て。これにて射入るなど尤よし。其口 に煙吹の吸管を接換たるなども。また可べし。小便遺失するは。 難治とすれども。其中にまた治することもあれば。決して不治 とは斷がたし。平非醒悟て後に。多々手足の左右偏に不遂に爲 ものなり。手足ばかりと思ことなかれ。頭面腹背にも。其干渉あ ることなり。又。凡て扉の患者は。温煖にしく。適體に汗といふほ どにあらで。常に滋潤あるを良とす。大に汗するは。決して禁べし し。又。手足の冷るは喜からず。すこしにても行歩のなるならば。 杖に扶てなりと。旁より扶持てなりと。をり〳〵散歩せて。身體の 運動やうにすべし。凡て飲食の消化第一義なり。往時より此病 を。外邪のやうに説ども。それは差謬にて。悉皆内因の病にて。急 は攝生あしき者に發。壮歳にて患は。黴毒もあり。黴毒より發も のを。内損などより来ものと。同治術を施ては。大々小径庭するが 故に。多は廢痼不治となる。壮者の癢毒より原る雍病は。十が八 九は必治すべし。卒倒たる時よりして。其治術に懸隔あること を。俗家にもよく知べきことなり。凡て疾は。同證にても十人十 異のものにてて。一概には領がたきことなり。嘗て肥前瘡忽に 愈く。癖病になりたるものを施治したりしが。手足の不遂やゝ 治したりと思ころより。肥前瘡再發して。速に復桑たることあ り。又。一人陰癬に胎薬をして治したるが。卒に變じて痳病とな りたりしを知て。其治法を施しに。陰癬旧のとほりに灸して。症 は全愈たるもあり。然ば。一ノ切其病因の同異をよく弁別。既往を 繊悉に竪に告て。薬を乞べきこと。切要なりと首得べし。また。老 人などの内肉より此病を発たる體を。劈痕ある磁器に比て。病 では本に復しがたしといふは。然ことなれども。磁器も其破覚 を補接して。再用に供べければ。一向に治せずと定べきにはあ らず。世間擧く痒病に灸を専にすることなれども。無益の手足な どを乱灼よりも。脊骨を夾たるはしご灸といふなとがよし。そ れは脊椎骨の凹ところを夾て。左右を逐次に上より灼艾なり。 其頭項脇背。腹腰手足。指頭に至まで。日々怠ず按摩して。大に効 あるものなり。緩疳の病。内蔵にさせる困苦なき者は。強く薬を 用るにおよばず。只其飲食を節し。心意を舒暢にして。導引を専 に行ひて。偉効を見ことあり。其導引の法は。身體の凝結たると ころをよく探得て。按摩するが佳ければ。手の不遂は。大椎。肩胛 の間。脚は腰の鬱骨の邉を。指尖にて探てみれば。指頭に應て知 るゝものあり。尋常の導引家は益なきことなれば。父祖の病な どは。其児孫よく自得り己と為べし。累旬懈怠ず按摩すれば。磨 痼不治の証なりとも。苦悩を減ずるに。裨益あることなり。世に 長命痛といふ類も。殊に近き病にて肩の關節の間に小塊ある ものなり。それを按摩て得レ利。痴病に。苦意花。小茴香。樟腦などの 類を。布袋に盛。水煎一ノ雨沸て。袋のまゝ紐て。大椎。肩背。膠の辺 を慰。或は崑蒻一ノ枚を両に切て。湯中に煮て。布に裹。参レ熱慰て可 もあり。白芥子末を布に墨。沸湯に紐て罨熨も。効あるものあり。 医方に慰剤は。数種あれども。俗家の用フるには。これらにて先は 可なり。凡ての用意は。此病の荏苒ものは。妄なる治術を施て。悪 益の薬剤を内服んよりも。摂養を第一にし。灼艾罨熨などを専 にし。外治のみを首としたるがよし餌食には。薄菜。白芥子。生薑 辣。蜀椒。胡椒。葱白。薤白。大麥。赤小豆。鮮魚の羹汁。味醤汁。及鶏ノ蛋。 野鴨などの。肉を除て羹汁のみををり〳〵喫たるもよし。白芥子 薄り菜の類。尤効あるなり。食事に酎酒を徹喫しめて可ものあれ ども。強て為べきことにあらず。繫く酒は不中用病なることを。よ く頒て試べし。一切消化あしき品。菜。餅。餅。燐。肉。など。決して食 べからず。食量は常の半を減たるが可。凡て消化を要とする病 なるが故に。大麦。赤小豆を不欲食者は。陳廩米を。日に二合計を 限としてよし。飽食て。胃中壅塞ときには。再卒厥て治すべから ず。畏慎べきことなり。其佗此病に於て諭示たきことあるは。既 済微言。及水療俗弁等の書に詳説たれば。宜併考べし。 (僅)厥病)は。何の故もなくて。卒に僵て。身體の運動止息。眼は開た るまゝにて。視かと思ども辨知なく。口は動せとも。言語ことな く。名を呼ども應ことなく。旁より手足を舉れば。舉たるまゝに て動ず。さくは死たるかと思ば。吸呼の出納もありて。さして苦 悶ところも見えず。此證はあまりに懊熱ことなどありく。後発 すること多。まづ古交を以て。嚏をさせて。身體を捏摩こと。前の 沈睡病に説が如すべし。灸は。項。身柱。肩井あたりがよし。衣被を 殊厚して。遍身の温煖になるやうにすべし。白芥子の細末に。麺 粉少許を加て。白酒にて和たるを。大権。身柱の部へ頻に多貼て よし。潅水にて効ある病なれども。その消息は。水療俗弁に於て 詳にすべし。凍て発こともある病なれば凍死たりと見ゆる者 にも。此用心あるべきなり。 各冒は。毒氣に觸ることあるか。または身體の運輸失常ことあ るかにて。倏忽に鬱冒失気なり。此證。初は精神なにとなく乏弱 するやうに。自己にも思れて。頭中安静ならず。やがて機轉を失。 冷汗出て。脉微弱になり。手足冷なり。其病因多端なるが故に。冷 方も亦異と雖まづは頭面に寒水を混。厳醋を器中に振揺て嗅 しむるか。暇たる瓦。石を醋裏に投て。煙氣を嗅するか。或は口鼻 へ渓か服しむるか。鼻中へ噴かするがよし。肩を探て凝塊あら ば。揉くよし。下血。崩漏。及刺く血を瀉こと過多より発ものは。其 頭面へ水を頻に噴かけて後に。其身體へは。衣被を厚覆く。瀉煖 ならしむべし。下血。崩漏の類は。速その血を止ること。尤切要な り。崩漏を止ることは。前の婦人の部に詳説たるを看べし。また 暴怒。驚駭。熱氣。氣悶或は喜躍等にて發者は。却て血を瀉て効あ るものなり。また干気過度して発ものは。あはもり。気酒などの 類を嚥することもあり。それには放血はあし。又夏秋漁熱の時 害中背井などの鬱氣に觸て發ものは。頭上より邉體へ水を頻 に灌て。連効を得ことあり。醋を用ツることはおなじ。香竄の薬氣 に觸て發ものは。人乳を服しめて効あり。前の中毒を治する意 を輸くよし。醋を用ることもまたよし。酒に醉て發ものは。頭上 より寒水を大に灌。醋を嚥しめ。鼻中へも噴。または。舌交を施て よし。甚きは井側へ將來。懸體にして。頭頂より水を大に灌て。其 後衣被を厚し。高枕に臥しめて効あり。昏冒發て。時を過ものは。 瀉脉の運動漸に歇止て。遂には死に至が故に。過に治を施に非 ば。救得がたき証なれば。依違時を失んよりも。迅疾にこゝに迷 ところの治術を撰て行べし。薬剤は。揮發香黨の。麝香龍腦の類。 又は。輝菜汁。白芥子末を。沸湯に泡たるなどを喫しめて可。白酒 も多服しめざれば効なし。一粒金丹。金匱救命丸の類は。此病に 大害あり。昏冒の証前の優感病と混じ易く。其類を同じて治術 に径庭あることなれは。俗家にも詳弁て。沈思認得べきことな り。 <眩運〗の卒に発こと。留飲も。癢疝も。衂血。痔血などを頻に止たる よりも。卒疳の漸にて發も。藏躁。または停食より來もあり。其他。 痘疹。黴毒。及胸腹攣急等の病因。また何にても。毒氣の頭部へ上 衝たるか。又は。太陽光線の眼中を射く。此證を發もありて。一定 しがたし。卒に發とも怖べきにはあらねども。只用心べきは。其 初。病前。頂よりするかと思ものは。大故なけれども。後頭より漸 て。やがく眩運と為と知るは。決して忽視すべからず。率迫の変 一證發て死ぬることあり。耳鳴てより眩運するも凶。眩運ありて」 後發たる症は。治しかぬるが多。たゞ尋常の眩運には。寒水を喫 く。即効あるものあり。眩運卒倒たるは。前の沈睡病の導引に従 て可。 睡魔病とく。夢中に怪き鬼神の形像物怪を見て。魔ることの甚 く。声を揚て喚叫に。旁人も驚駭さるゝことあり。如此者は。必仰 に臥て。頭中の位置あしくなるが故に発る証多ければ。速喚覚 て。右を下にし。手を身に副て。側臥に為べし。然ば多は従て快熟 ものなり。無病者なれば。かく魔るも妨碍なきことなれども。癇 癖などある人の。数此證發は。忽棄ならぬこともあり。水腫。癖病。 労療などの患者に。此證あるは。凶徴と顧慮べし。此證。傳食より 發こともあれば。それらは自省べし。又現に異態の物の枕辺に 任を見。或は鬼魅怪獣の類に悩さるゝとて。畏怖ものあり。決し て之を鬼神罔魅の所為なりと思惑ことなかれ。如此等。皆痼疾 にて。精神の患なれば。初巻に述たる。身息心を調る法を以て。之 を鎮れば。治せざる者あることなし。或は睡たる間に。ふと起出 く。戸を闊て奔出。或は常には登えざる屋背木材。或は防危地へ。 なにの戦色もなく陟ものあり。是は夢に見しことを。起て爲の みにて。竒むべきことにあらず。故に其人覚ぬれば。自己も大に 怖なり。此夢顛病は。大に呵責批懲て。疾悟しむれば。車故なきも のなれども。如此類は。悉精神の穏静ぬ者にあることて。平常に 敎誡て。其心を和調になるやうにすれば。發ことなき證なれば。 偏にこれを病とのみは稱がたかるべし。世に熟寐と。頻に白夢 を現る生質にて。岩蹙といふものあれども。それは熱寐たると いふにはあらず。真に熟寐ては。夢は見ぬ分なり。また見二白夢證 の。蛔蟲ありて發もあれば。是もまた記得べきことなり。 (癲癇〗の。癇とは間の字に介て。神氣を病の爲に間隔らるゝとい ふ義にとりてみれば。一切の癇と名づくるものも。悉皆精神に 関係る病なることも。明白なるを。古よりかゝる字義をも謬解 たるにより。医者も其病因を知ざるもの多し。昏冒。眩運。彊厥。沈 睡。不寐。睡魔。夢覺婦人蔵躁。子蔵諸病の類も。皆癇なり。其佗鬱悒 敗意。蘊憤。悔。懊熱聖慮も亦癇なり。怪艸。驚悸。上衝。頭痛。耳鳴等 の病も。十が六七は癇より発る。痿疾も亦癇と相違からぬもの なることは。癇より変じて痒となり。疾中に癇を発したるなど。 常に見るところなれば。かの後藤家に。痒は癇の陰證ともいふ べき病なりといひしは。よき裁量ともいふべきなり。今世人の 現にさして癇と名づくるものは。精神平常とは異にして。諸般 の運爲悉常度と差。癡呆になり。怜悧になり。暴怒。著肆喜笑。鬱悒。 甚きに至ては狂躁。または。井に投。自裁するの類。其證。千態萬状 縷挙がたし。其中に。身體卒に攣急摘掣。口鼻より白沫を流し。怪 声を発て叫喚。水火に投をも自覚ず。大小便遺失するなどの證 などあるものを。名て癲癇といふ。癲とは顚の字にて。病卒に発 て昏倒をいふ。実に不意に発る病なれば。病の為に。高より墮。水 に弱く死ぬるか。身體を損傷て思ぬ厄難に會ことあれば。預共 病の将発を知ずんばあるべからず。此証不計に発が如と雖其 以前には。心意なにとなく奏快せず。沈黙として楽ず。眼光異常 睡が如にして睡えず。欠し。嚏し。口中に臭気を発し。身體沈重。或 は眩運するも。耳鳴も。頭痛するもあり。此証発る時定なければ。 自己はもとより旁人も今此に載るところの証をよく記得て 不慮の変を御べし。病発三年を過るものにあらずば。多は治す べし。處女に此病あるは。治を加ずとも。天癸至ころ。自然に愈も のあり。凡て此證は。鬱毒より來もの多ければ。瘡瘍疼痛の類。ま たは。癬疥等を恙中に発しなば。務て排托べし。それより速に平 治ものあればなり。小児の驚痛も。此類なれども。癲癇との区別 は。摘搦甚ければ死に至る。癲癇は。病發とも自然に故に復し。之 が為に死ぬるもの少なり。小児の驚癇は其初多は吐乳より漸 こと。小児の條下に説がごとし。綜凡如レ茲の病の。考妣の遺毒よ り由。父母癇證を患て。其子も亦癇證を病父母癲癇ありて。其子 も亦癲癇を発するものは。全治がたきものなり。癲癇に限ず。忽 て癇證あるものに。垂鈎などさせて。利こともあり。一声が。勞療 の病人に。垂釣をすゝめて効を得たることもありき。又は。癇疾 勞渠などを患るものゝ。機を轉て一向に神佛いぢりにして。験 こともあり。凡てかゝる病を服薬のみにて愈さんと思は。まこと に俗見にて。必〳〵老臉皮に。病の條理をも辨知ず。治験を経たる こともなき薬を多衛んが為に。口に任て人を騎し。それを職業 と思ふ。賤工の所為に。惑さるゝことなかるべし。また。惣て痛座 の病者の居室は。常に潔浄爽涼やうにして。眼には嫩緑草木花 果の鮮麗ものを見。衣服臥褥も汚垢たる物なきやうにして飲 食も切に減損て。たゞ消化やすき品を択び。薄菜芥子紫甦など の類。一切芬馥あるものを断ず喫しめ。間は。蜜柑蜜柑蜜柑蜜。而 爪等の類を先づゝかはる〴〵喫しめたるがよし。すべて粘稠あ るもの。芋。飴小麦粉など。肥膩膏梁品類を禁。魚肉の新鮮もの些 少づゝ撰用つるはよし。すべて健喫せしむべからず。房車は大に あしく。酒は必後害あり。また癇證に灌水の効あるは。予が常に 試く知ところなれども。其種別を此に説んとすれば。頗煩重に 渉が故に。別に水療俗辨の書を著て。俗家に示す。また蛔蟲あり て癇を発するものは。直に蛔蟲を治して効あり。此蟲の形は。蚯 蚓のやうにして色白し。鷓胡菜湯といふ藥などを連服。之を下 て得利など。俗家にもまた記得べし。 狂痼〗の病因は。各種ありと雖。其躁擾兇猛者は。吐下劑ともに。他 の病者の抵當にては。効なき病なれども。其中至て平淡なる藥 劑にて。即効を見ものあり。その区別をいかに解説とも。俗人に は了解がたきことなれば。詳には記さず。此病。十が七八は。灌水 及瀑布泉にて愈るもの多。それも。尋常の事にては効なければ。 多流ることなり。もししかせんときは。姑息之慈愛を他にして。 治術を行べし。旁より延纏妨拒ものあれば之を治することを 知たる聾者も。如意に術を施がたきものなれば。必疑惑ことな く。巧手にして果斷ところの医士に一任べきなり。輕證は。慰諭 告誡て。心意を静定しむべきものもあれども。其勢劇き病者は。 嚴。酷に呵責て。擊敲繋縛。或は監舎に入て困屈ならしむるにあ らねば。治し得ぬものあり。是神氣の険憚たるものを鎮止るに 大益あれば。時宜に應じて簡裁べし。水を灌には。患者を裸體し て。井旁へ携。大に灌こと。日〳〵懈なきを可とす。其水の應否の差。 別は。一言証破がたきところなれど。今其梗概をいはゞ。體肥色 赤者よりも。痩て色青白ものが。水を灌て速に効を得るなり。さ れど。其勝理緻密ならざるものに。灌水を一挙には施がたく。大 に酌用あることは。水療俗弁に記を看べし。水を灌たらば。疲労 べしなどいふは。大なる俗見なり。水は勝理を固審る故に。衰弱 たるものに。水を以る理あるを領知せざるが故なり。また劇き 狂癇に。水を灌ところの准抵は。傷寒の條下に図を出したるを 視て知べし。 巻六 「有項辛痺」は。故なくして肩背卒に強。痛頭項に及。及。く裂が如くに 知て。心下苦道と思まもなく。昏眩言語こと能ず。甚きは失氣而 色滲淡。脣紫黒色になりて。手足厥冷。これを俗にはやうちかた といふ。最急劇證なり。迅疾ありあふ刀刃剃頭刀やうのものに く。肩脾の堅結たるところを研て。血を瀉すべし。また茶盞など の類を打破て。肩の強たるところを抓破で。血の饒多湯島やう にすることなり。血出がたくば。吸角を用べきなれども。さやう の器もなくば。口にて吸出てよし。又壜の口大ものを用て。発燭 に火を点て中に投。創口へあてゝ。手を放ず。頃刻あれば。血を吸 出すなり。小瓶或は茶盒などの類茶盞やうの物にても。つぼふ かき器の。口窄腹濶を用ひてよし。此證發ものは。平常上。衝氣逆。 胸脇痿塞。合身すべて上實下虚。諸載。牽引に由もの多きが故に。 常に其体息心を調和る法を勤行て。患を避べし。病の原因は。父 母遺毒。轉染黴毒。及肥前瘡など。すべて鬱毒あるより發もの。十 に八九なり。よくそれらのことを顧慮て。再発の変を防べし。も し發こと再三に及ときは。卒死救べからざるにも至ものあれ ば。なか〳〵忽視はならぬ病なりと思べし。 衂血の出る。は妨害なく。妄に止ては。後害あることあれば。其自 然に止を待たるがよけれど。もし饒多に漏出て止がたきは。ま た怖ることなきにしもあらねば。之を止て可。鼻孔に。綿或は紙 を捻て貴が。或は礬石の末を鼻中に噴入るか。或は頭上より寒 水を沃かけ。臂股を布または條帯などにて纒縛べし。尤久く縛 たるまゝにおくはあし。をり〳〵解て。なほ止ずば。また繋てよし。 または紙数番を摺重て水に浸し。頭上に安。そのうへより熨斗 に烈火を盛て慰てよし。或は寒水を雨脚に潅かくるばかりに ても。即効あるものあり。もし脚冷るものは。熱湯にて温て可者 もあり。熱湯に礬石の細末二三十戔を投て。絶骨以下を入て温 るもよし。また寒水を頻に内服て止るもあり。寒水を不意に其 人の頭上へ拊け。驚駭させて。即効を得たることもあり。何にも 時の宜に從ひ。機に臨て用べし。 吐血咳嗽につれて。血絲を痰唾中に交る者は。怖べきことなり。 是は胸中に破裂たる所あるなれば。軽視ときには。大に吐血し て卒死するか。不然ば大患になるものなれば。必忽視にならぬ ことなり。抵當べき藥もなくば。自己の小便を頻服べし。無病の 小兒の溲を用るもよし。穀食ぬ児の溲には。さして悪臭はなき ものなり。世人は犀角を専に用クれども。劇證にはさせる効なし。 此証に大便の通じなきと。大に秘結するは。可からねば。便利に 滞なきやうに。預其用意あるべきことなり。吐血に及沢秀中な どの絡を刺て。血を取ことあるは。胸内へ迫ところの勢を挫ん がために。急劇證には。止ことを得ず行ことあり。内服剤は。其證 に従て区別あれども。俗家の備急に。捷便ことを授ていはば。土 毎を細末にして。冷水にて服るも。百艸霜を末にして用けること などよし。又單に新汲水を大に嚥て。即効あるもあり。又嘔逆あ りて。飲食と一。同に吐出して。其色点黒ものち。胃辺の破傷たる より來るなれば。多ち愈るなり。食を交ず血ばかりを吐ことも あり。此證は必嘔氣あるものなり。血を吐んとすれば。大便へも 血を交て下すもあれば。それを見て周章ども。繊絲の似を吐も のよりも。治し易し。其腹中に蓄たる血は。連下すべし。酒客など の吐血は。十が七八此證なり。破傷の創さへ愈れば。後害なきも のなれども。酒食の慎あしければ。大に吐血して立死すること あり。故に怖ることなしといふにはあらず。又肺癰或は吐血の 證。既に治したる後には。必首巻に述たる。體息心を調和る術を 挙て。その再発を御べし。肺癰。及吐血のいまだ治せざる間にも 予は此法を授て。其重患を免しめたること。試験比比比なりき。世 の有志者よく其意を得てこれに従事べきことなり。 脱肛大便して後。卒に脱肛収がたきことあり。小児に多あるこ となり。手巾を。熱湯または塩湯。或は乾菜蔔葉の煎汁などの熱 ものに浸て。よく慰て後に。食指と申指にて携住送入ながら。立 しめて身を反せ。後へ筋半ばかりにして。肛門を縮れば。速に収 なり。もし出ること久く。腫脹収がたきは。其服たるところを。爪 にて微狐破て血を出し。さて後に送納べし。若宿痾にて。素常脱 肛するは。此の如くにして内ても。その原因が騒去ねば。平治ず して。大便の毎に苦悩なり。常に癖になりて。いかにしても納が たきは。小蛤殻に綿を鋪て肛門に當。そのうへより布にて内裾 の條に絞つけおくべし。もし痔漏になりたるは。忽視すべから ず。それより変じて不治になる者をまゝ見たり。又痔漏の初發 焮腫甚きを。臀癰などゝ誤認たる堅士ありて。治術の失錯にな りたるも。見たることあれば。俗人にても其用心あるべきこと なり。 「長蟲下出)さなだむしは絛蟲又は長蟲と稱て。俗に寸白森とい ふは差誤なり。あまりに駭るは。長さ十餘丈にも至ものあり。一 二丈のものは怪むにたらぬことなり。此蟲の状は。扁平。白色。闌 節ありて。一ノ端は濶一一端は窄。その窄かたの尖の細堅ところが。 微圓みゆる。これ蟲頭にて。嘴もあり齒もあるやうなり。此嘴よ り物を吸にもあらずして。蘭節の間毎に細孔ありて。それより 滲入やうに。飲食の液を吸とるなり。それを知んには。其下ったる 蟲を取て。飲食の甘美液汁を。蟲身に灌かくれば。蟲の腹中忽に 膨脹こと。口ありて吸が如し。これは鏡に長ものなれば。自然に 茲のごとくに。周身より養液を輸とみえたり。蟲ありて病害を 為ざるは。其人の日〳〵飲食する液を以て。この蟲の生育に餘あ れば。常の苦悩はなきに似たれども。年を経るに從て。血液中の 精微の氣漸に缺損じ。遂には病を發して癇となり。又は皷脹勞 療の類にもなり。或は水腹などにも傷て死ぬるに至までも。此 蟲の害なるぞとは排念ぬものあり。嘆べきことにあらずや。故 に此蟲あることを知ならは。假令壮健にして微恙なくとも。こ れを除去ことを為ざれば。後年の害懼べし。穀肉を遠て。榧実を 喫こと七八日にして。其腹中が悉樋実ばかりになるやうにす れば。蟲必下る。それまでには至ずとも。食量を減して。炒たる輒 実を日〳〵怠慢ず喫て。効を得たるものあり。燕夷仁。蘆食。胡黄連。 三味を丸熱にし。長股て下たるもあり。鷓胡菜湯といふ薬も。ま た験あることあり。又此蟲の偶自下ときに。知得べきことは。そ の出がたきに困苦て。強て之を捜んとすれば。必引断て。其餘を 腹中に残む。其外へ出て断たるものは。此蟲の尾にして。頭は必 上に向く内に残。且關節毎に口ありて。生育に便よければ。其衝 傷處は自然に愈て。死ぬることなく。漸に長大なりて。後害を醸 にも至こと明なり。故に此蟲の下かゝりたるを。誤て捜断ば。再 その自然に出を待は。難ことなれば。必強に我ことなかれ。凡て 蟲は冷を憎ものなれば。蛔蟲ありて痛甚く。甘草粉蜜湯などの 甘品を用ても効なく。万方にしても痛止がたきものに。寒水を 大にに嚥しめて。頻に止ことのあるは。蟲の委縮て咬たるところ を離す故ならんか。これらを以ても。たゞ洩ては下がたきこと を顧慮べし。故に此長蟲の下り来るときには。先速に黴渇湯に 米油水やうの物を加て器に実。その湯の煖候は。口裏の煖気と 大略同シからしめ。其出たる蟲の端を此湯中へ没徐ぐに洩出べ し。其裏に出かぬることあらば。少間手を放て。再緩〴〵と捜なり。 その出かぬるは。嘴があるゆゑに。それが腸裏へ噛つくか。また は關節ごとに竅ある蟲なれば。腸の蟠曲の間に喩つきて。離か ぬるならんかと慮れば。これを強て捜ば。出かねて切断にもい たる道理なり。故に嘴の細尖て頭円ところを見るにあらねば。 全體出たりと思ことなかれ。此蟲あるもの。病氣腰痛などを患 のみならず。癪痙攣急などを發することなどもあるなれば。能 健飲て。體氣充實あひだは。害を爲ずと雖。洩斷て後腹中に遺た るは。後年の害怖畏べきことなり。又児の母に此蟲の候あれば 其生児も。多は播搦驚癇を發し。しかも救がたきに至ものある によれば。其児の穀食ころには。其母の體質に似て。此蟲己に腹 中に生ずる故ならんと思し故に。試に之を下たれども通ずる ことなく効なかりしは。兒の脆き腸胃裏なれば。噛傷るゝ故に 搖搦を発し。その噛傷処遂に愈がたきにもあらんか。かゝる證 は多く試験たるにもあらねど。如然者には初に挙ところの三 味の丸子など。生来より怠ず服しめたらば可からんかと思し が。不年所。予が近里に。其むかし幼時に此長蟲を下スことありし がそのとき強て洩たる故に。腹中に断たるが。其後何の妨害な く年長し。嫁て今に至ぬといふ婦人のありしが。三兒を生で。そ の兒十介月ごろに至ば。いづれも皆摘搦を發し。いかなる薬剤 も寸効なくして死たりし。其後また一兒を産ぬ。その児の生て 百日許に至し頃。予に播搦預防のことを問けるまゝ。試に蘆薈。 慈夷仁胡黄運。麝香の四味を丸にし。乳母とともに服しめたり しに。前兒の死たりし頃に至ても。微の恙もなく。其翼また一ツ を擧。これもまた同劑を用ふ。此両兒今に至て健に生長ぬ。これ その長蟲をして生ぜしめざらんが為の所措なるが。肯摩に中 るにもあらんか。両児どもに其母の乳は些も喫しめず。乳媼も 予が自択たりしなり。また。此長蟲は蛔蟲ある者の腹中にも混 じて生ずることありと思るゝは。往年一病人の蛔候ありしに。 鷓胡菜湯を與たるに。蛔蟲十四五頭を下ㇾて後。一日大便せんと して。虎子に臨たりしに通ぜず。努力久して。一塊の物を下す。其 秋仮令ば蕎麦引を一-盗に盛たるがごとく。色白ク扁平して。長サ一 丈有余もあんかと思るゝ。此蟲の全體具足しものゝ。常に見る ところより細を。たゞ一-頭下し。其後は蛔蟲のみ前後三十餘條 に及で。病愈たりし。凡て蟲の證候には。竒異こともあるなれば。 その病者自よく注意べし。医士にのみ一任ては。大に損失ある ものなり。因に言べきば。痔の癢堪がたき者に。細蟲肛門に生ず るものあり。これを古医書に。焼蟲至微細。形如二菜蟲。居胴腸間。多 則爲痔。極則爲癪といへり。此證今も現に見ところにて。これま た省べきことなり。 〖吐転船て。眩運。頭痛。悪心。嘔吐することあり。厳醋を飲しむべし。 口鼻へぬるも嗅もよし。醋の中へ。焼たる右瓦にても炭火にて も投て嗅するもよし。または。硫黄に火を点て嗅もよし。硫黄な きときにば。引光奴を用フべし。 湯火傷には。雲丹を水にて解貼べし。速に行れば。意表の効ある ものなり。或は鶏卵を水煮て黄ばかりを鍋に入。漫火に手を止 ず炒ば。油沸出るを取て軈用。これまた炒なり。軽證は。炭火上に かざすこと少時間すれば。頓て堪よくなるなり。また。燧筥の中 に蓄るいちびがらの焼たるを末にして油に和て貼も効あり と。或人の伝たれども。予は未試。 咽梗〗一切。銭。銭。果核などの類を。小児誤て嚥たるが。咽に噎て。吐 ども出ず。いかにすれども降ぬことあり。其時には。鹿角菜を煎 く。其汁を服が可なれども。速は麻油なり。小盞の半許も用れば。 滑脱て頓に効あり。他の薬剤など必用ノべからず。此事を信濃の 山家より傳へたりとて。秘訣とする医家あれども。さして秘すべ きぼどのことにあらず。世俗のこと〴〵しく秘伝〳〵といふも。此 等の類なりと知べし。また。微咽梗は。力を極て両手を高く上へ 舉れば。忽に治す。不意に背を拍もよし。此両法は。吃逆にもする ことなり。吃逆には。水を感も効あり。如此類のさせることにも あらぬは。世に記たる書どもが数多ば。今此には整ず。委細に領 知んと欲ば。他書に檢すべし。また。因に説べきは。小児誤て菽を 耳中へ推入たるを。一一医が「けひきと稱器にて挾て出せしは。當 即の機轉なり。此器は外科に用る鑷子にて。本街の鰯屋などに て鬻ものなり。此等また記得べきことなり。 天咬傷が。毒を人の躯裏に輸て。害を為ものは。狗の歯牙の涎唾 が。其噛傷たる痕底に遺たるを除去ざるが故なり。此涎だによ く除去て毫も残ことなければ。噛傷たる痕は。不日愈て。決して 後害あることなし。これを除去には。先その噛れたる傷處の血 を絞出べし。血出ずば。創口を破開て後に。血を出すべし。それよ り冷水にてよく洗べば。血は止なり。其時に創口をよく開て痕 底を熟視ば。白色膜状に為たる者あり。是乃徇の涎淫の凝結た るなり。それを剔牙やうの物を以て挑出て。微も残ことなく。再 冷水にて能洗て後に。創痕上に灼艾十二-三一壮すべし。人糞を填一 て其上より灸すること最良猪狼などの咬たるも。此治法に同 一切の咬毒に。人糞を填。その上より灸すること。尤効あるもの なり。行故などにて。灸も卒に得がたくば。焔消を盛て。大を点ず。 るもよし。山家には。火銃の細火薬もあれば。それらにても乞求 く用べし。または。火鎌の發火を創上に填て灼もよし。かくすれ ば。後の害は決してあることなし。もし咬れたるまゝ。即に治を 施たらんには。洗たるのみにて。灼艾するに至ずともよきこと なれども。とやかくするうちに。毒の肉中に浸入ことのあらん かを怖るなれば。凡て灸したるがよし。此治法を知ず。創口既に 愈んとせしものは。其創口を再切開て。原の創よりも濶大して。 血を多く湯て後。法の如くし。さて。發痘骨といひて。貼れば疱を 發する膏薬あり。毒を一-所に能呼ものにて偉効あり。此膏今は 医家にも知たる人多く。薬舗にも記得たるものあり。得て貼べ し。葛上亭長。和名まめはんめうといふ。蟲田間には多あるもの なれば。それを採て。何の膏へなりと交へ貼るもよし。射工毒と いふて。水中にある毒蟲が。毒を人に噴かけて悩せられたる創 處に。斑猫を貼て毒を呼こと。漢土の聾典に載たるも。亦此類也 犬咬の軽症は。発疱膏のみを以て可もあり。巴豆を細末にしく 貼も。また効あり。凡ての主意は。毒を他へ散さずに排除を旨と するなれば。たゞ迅疾に治を施ことを良とす。もし治術肯綮に 中ず。時日を過て後周身に熱を発し。手足麻痺ことを覚るもの は。是其妄の已に血液中に転化て。将大患に至んとするの兆な れば。速に蕃木鼈一銭四五分。大黄七八分。二味細。末にして。二三 貼も用で。之を下すべし。此薬を用て。麻痘却て甚くなるものあ り。驚べきにあらず。瀉下ありて後に愈軽證には。鉄漿水二-三-合。 生薑汁少許を加て服べし。かゝるものは。其創痕愈たりとも。発 疱骨を大に貼て。毒を誘べし。若尋常の犬咬。毒には。蟾蜍絵最効 あるものなれば。外治を兼て之を喫ば。内腹剤を用ツるに及ずし て必治べし。さて。世間に犬咬毒に禁忌といへる。赤小豆をはじ め。諸の肥膩川魚及酒菜の類遺ところなく。施治の間に。かはる がはる喫つくすべし。此事は。唐土の昔の一-畳が嘗て論説こと にて。其理至極せることなれば。予も之に従て。多年の間。一切禁 忌と称るものを覓て。かたの如く喫しめて。後害決して無こと を知り。この故に必凝感ことなかるべし。これを知ずして。彼日 に聴たるものは。先は慎で喫ざるがよし。創張已に愈たる者は。 決して禁忌を犯べからずとは。古人もいへり。今此等の物を生 涯禁たりとも。生養の妨になるにもあらず。かゝる持戒も。また 脩身の一事なれば。其理をもまた能思べし。毒已に内攻して。狂 躁須臾も寧ことなく。嘔逆。眩運。心悸。喘満。咽喉不利。叫喚犬の吠 が如く。及水を懼ること甚きに至ては。多くは之を不治の証と すれども。人の獣類の状態を為て悶死ぬるを。みつゝ殺もまた 道に背ぬべければ。仁慈の心に果決し。命をば天に任て。至毒猛 属の一物を以て。之を救得さすべき活手段あり。これ医術の上 にも。絶伎なれば。こゝに記べきことにもあらず。俗家の記得て 裨益となる大略は。上に述ところにて事足ぬべし。然はあれど も。世の為に。此に一ツの寺街を擧ん。かの水を怖ることの甚きも のを。裸體にし井旁へ將來。釣瓶にて頭上より大に水を灌て。週 身氷の如くなるに至しむべし。清流ある處には。預下流に人を 遣て。不意に患者を水中へ投入るなども。また可。是は水を怖る 精神を轉化せしむる妙術にて。予が嘗試ることなれば。俗人も よく其意を得て行べし。また尤記得べきことの要は。一切異物 に咬螫などしたる者を。其手足などの絡を刺て。血を多瀉など して愈さんとするは大なる左計にて。却て害を招ことなり。ま た犬咬毒に。水銀阿片などを内服剤とし。或は患處に貼などす る等の訴治は。皆かの道。懸塗説の蘭医者流の真理に昧きより 出たることにて。その世の害と爲こと淺少にあらず。俗家も預 より猛省て。その欺を受ることなかるべし。 〗蛇蟲咬傷〗毒蛇に咬れ。毒蟲に螫れたるも。治法は犬咬毒と同じ。 となり。蝮蛇の毒もつとも甚く。連施治すれば必愈べし。志あら ん人は。邉鄙の人などに此法を伝て。其患を救こと多かるべし。 凡て蛇の類の毒を解するには。漆梯および乾柿の類を。生にて も煎じても。多肢て妙なり。嘗て鄙人の傳しは。馬に咬れたるに は。葱白を噛爛て貼べし。蜂に螫れたるは。芋梗を以て摩れば。疼 速に止といひしなど。試たることはあらねど。物類の相感は。微 妙なるものにて。意表なること多ければ。かゝる類も。一条に効 なしとはいふべからず。惣て書典に載たることには。信括じが たきこと名あれども。僻境などに傳たるは。實驗あること多し。 芻蕘の言をも捨ざるは。古聖人の誠なれば。これまた会得ある べきことなり。又人に咬れたるも。大に痛苦こともあるものなれ ば。其初に連犬咬のごとくに處置してよし。すべてかゝる咬傷 の毒は。その牙齒の痕の涎唾より起原ことを知得て。務く之を 去ことを要とすべきなり。 一気咬傷も。其初は犬の如くに施治してよし。已に轉化發動たる ものゝ。内服剤に至ては。大に区別あることなり。此毒質を大に 比れば。緩慢にして。速に害を為ことなき故に。創痕愈くの後は。 何の措意ず。委業て遺毒異日發動たる時に至ては。此毒なるこ とは。斷然て顧慮ず齟齬たる治法に。命を殞者あるは。嘆しきこ となり。故に其毒の發動の状の大概を語ば。悪寒。發熱。周身に赤 疹を發すること。麻疹のごとく。甚きは譫語などもあり。舌に胎 を生じ。食も進かぬるを。医者誤認て傷寒なりと思て。治術を施 ども効あることなし。または。寒熱あること。瘧に似たる者あり。 また。往来寒熱咳嗽沈黙など。癆療に類似たるもあり。鬱悒不鞋 の癇證に似たるもあり。頭痛。眩運などするもあり。胸痺もあり。 背腰痛もあり。肩項強て眩もあり。手を咬たるが。臂痛を患ひ。片 を咬たるが。腰脚痛を病。または。周身水脹ものもあり。麻痺筋攣 ながするもありて。自己も介意ざれば。やゝ機警ある医師に會 ことあるも。外に察知べき病状の差別あるにあらねば。鼠咬毒 なるべしとは注意ず。多くは治法を誤が故に。荏苒たる證には 竪を轉じ。劇證には誤治に陥る。犬毒よりも緩慢なるもの故に。 却て之が為に死ぬるものあるは。世に急見聞ところなり。故に 盤に病状を告るには。それかこれかと既往の事まで。遺落なく 談に非ば。脉按も立がたきものなり。これ此毒のみを言にはあ らず。よく〳〵領知べきことなり。 金瘡打撲の心得を説 刀刃にて指頭を徹傷たりと思やいなや。創を竪まもなく。疾捺 て過時も放ず恐れば。其創口自然と愈あひて。血も洩ず速に治 ものなり。前にも説ごとく。一切の病は。皆人身に始より無とこ ろなるを。外より侵て悩しむるを。排除んとして。熱をも發し膿 をも醸す。其対抗の力に従て。苦痛もあるなり。今刀刃にて皮肉 を傷たるも。またそのごとく。その皮肉が平素のとほりに相合 て戯書ざれば。元来は無ところの創なれば。外より治を加ずと も。自愈んことを欲るが。天然の機にて。その操傷たるところを 己と接續て。血は循舊に轉輸し。斷たる脉管も。そのまゝに相合 て。創は必愈るなり。此理を以て大なる金創の治法を察すべし。 仮令いかなる大破傷なりとも。血を多し泄ては。其自然に背が故 に。虎肉の相合こと難く。止ことを得ず。鍼にて縫ことなれども。必 竟それは外科の拙陋に起ことにて。項咳胸腹。睾丸。陰茎などの やうなる處は。不得止ど。その他は。棉布にてよく層纏て。創處の 膝理を齟齬せざれば。自然に治るものなり。俗家にても其旨趣 を忘失ことなく。大なる金創に會ても。外科の來こと遵延ば。奇 常の創は。迅疾木綿にてよく纏たるが。搗工の縫たるよりも優 ることあり。此裏常の法に。巧拙のあることなれども。たゞ緩か らず急ならず虚便なることなきやうに。いかにも定心に衰経 ときには。平素精煉ざるものと雖。為得がたきことにあらす。故 に其梗薬を図に著て示なれば。よく心解て急卒の用に供べし。 繊悉ことを知んとならば。その道の人に従て學べし。兵家など にてよく習得れば。軍中の備にもなること必然なり。故に其志 あらん人は。會得あるべきことなり。また金瘡を洗に。むかしよ り火消を用ることなれども。洗ときに。劇痛堪がたきのみなら ず。暑月は膿やすくして。大に可からず。それよりも。石灰を水に 攬て。その澄清を以て洗かたが。血の止ことも速にして。痛も少 く且愈ことも早し。それは新汲水二-三升に。石灰を両手にて二丁 梅許も投。攬て後資清し。細絹にて濾て直に用べし。必温るにお よばず。これを一-外科には。秘傳の水藥といひて稱用しが。近來 咼蘭屋の軍の水を用けると聽て。それに效ことになりぬ。これ予 が思ふ旨と符合せることにて。石灰の水薬に比ては。水を用る かた大に利ることあるなれども。俗人は金創を水にて洗とい はば。必訝ていはん。洗ところの水が創口より入て。破傷風にな らんかと。これ決してなき理なれども。医士にもしか謬慮する 輩のなきにあらねば。その嫌疑を懼るものは。この水薬を用べし し。たゞかの火酒を用て金創を洗て。空に患者を苦痛せしめ。且 後害を為こと多に比ては。其功尤優ることなり。故にその弊を 救んが為に。これらの説にも及るなり。水療俗弁の中にも此事 を論じたれば。宜併考べし。さて深き創處は。小児の玩具に用ツる。 竹にて造たる喞筒などを用て。創口へ彈射て洗も可。外科には 「すぽいと」といひて。鉤銅にて製たる筒を用。これその洩血を微 も中に遺ときには。必膿潰ざれば愈ることなきが故に。慎で之 を洗去ことなり。もしかゝる器もなきときには。よく其創屑を 左右へ開て。旁人をして土鑵にて灌て洗もまたよし。預白き棉 布を創の大さより四五分許も長く戴て。それを鶏子白に燕お きて。さくよく洗たる後に。創骨を婦女子の衣裳の破裂を緝襠 るやうに。心を定て微も参差なく齟齬ぬやうに窄合て。ありありあ ふ椰子油。猪脂。または麻油やうの物を。脣口へのみ塗て。その雨 裏常には。俗に〽しろざらし」といふ 棉布をもちふ。これを六ツ裂または 七ッ八ッにも裂なり。もし指頭を 縛には。この裂たる布を再 二ッにさきてもちふ。胸腹 手足その處にしたがひて。 広狭便宜にまかす べし。 胸腹と手足に 創處ありて。 一時に縛には。 裂ときにもその コヽロエ 用意して。その広き を胸腹の用にあて。 狭きかたを以て。 手足を縛なり。 裂たる棉を。かくの ごとくに巻て用るなり。 圧綿および手巾などを。 一端のうちより 分取て。その残を 裂て。裏帯に もちふるも。 その時宜に 従べし。 これをかたまきと いふ。胸腹手足 などを縛 に用ふ。 これを雨まき とよぶ。 頭部咳頭など。すべ て左右よりまく ときにこれを 用ふ。 これは圧綿なり。 醋と水をまじへ たるに蘇てもち ふるなり。経緯四方に 裁て摺たる かたちなり。 大凡夏帝の法は。頸部を縛ことをよく 会得しぬれば。その他は 何の部にもあれ。木○第一の図は ○第一の図は 旨おなじことな れば。こと〴〵く 額より後へ 轉ところを 学得ざるものにて 示す も。時宜に応じて縛るゝもの ゆゑに。こゝに先頭部を縛べ き法を詳に示なり。それは 前に図せる両まき裂布 を以て。まづ額骨下眉 稜骨の上ノ簾を裹て。 左右両耳の外郭上を 過て。ともに後面へ轉し 左手に在を右へ取。右に持たるを 左りへ遷て。第一の図のごとくに。左右の手に力を 入て。後頭の項の上。耳外郭上のとほりにて絞なり。さ てそれより。また前のかたへ回て。再第二の図のごとくに 前のかた眉稜骨上の。衫に布を施たる上の。顱骨のあたり はじめに右に 持たるを左の 手に送たる なり なり。 ほしたる たるを。右へとりな はじめに左にもち にてしむる なり。左を右 ○第三の図は。縛了たる かたちなり。かたくを縛 まきおはりてくるには。かならず この処に限るにあらず。木綿の つくるところにて。その へ轉には。右の もこれに。準じ 宜にしたがふべ 手へとり。右を左へ 考べし。 へ送には。右の手へ 持かえて。左は右 へ。右は左へと。 □□□□□□□ 逐次に纏ゆ くこと。どこま でもおなじ ことなり。かくと りかえゆくにも。 そのはじめ右の手 に持たる棉布を以て。 頭上を漸次に纏裹。はじ めに左手にとりたるは。 眉稜骨上より後額へ重 疊て轉ゆくごとに。頭上を 裹ところの棉布をはさみ。これを 以て力となし。脱ことなきやうにするなり。 裏ヘツヾク 巻六 ○この第二の図は。 後へ回たるを。ふたゝび 前へとりたるなり。 頭上をまく布に力いらざれば。創處の壓巾を護こと あたはず額を転る棉布も。また力を用にて紮ざ れば。ゆるみてともに脱やすし。さればとて。 あまりに緊縛すぐれば。患者その疼に堪が たきのみならず。創処もまた愈合がたければ。 これを縛によく意を注て。緩急その中を得る やうにすべきことなり。一 前に載たる頭部の裏常も。倉卒の間には。棉布の 使用べきものをも得がたく。且その法に倣んとし ても。又よく為得ざる者もあるべし。ゆゑに再此に 常の手巾一条にて。前法にかゆべき活用を示こと。 常の手巾一条にて。前法にかゆべき活用を示こと。 図を看て知べし。 面部の湯火傷。および破傷には。この手巾を裂たる ものに。その両眼鼻口を出べき竅を穿て。湯火傷には。 第二の巻に記たる。鶏卵油。また雲丹を水にて融和たる などを貼。破傷ならば。血を 一止たる後。按定巾を施て。この 一布を以て。面部を被ひ。左右の 裂ごとに。たがひに頭後に とりて縛べし。これもまた活用の一法なり。 これ前の手巾を 四ツに裂たるを以て。 頭上を裹たるなり。 その法は。まづ甲の 記号の布を後にて禁 それより丁を 前にてしばり。丙を 耳後より額下にて 一紮。乙は耳前を下り。丙と 交て後承漿にて縛へし。 これは四ッに裂たるなり。 五ツにも六ツにもさきて。 もちふることもあり。 いづれも時の よろしきに 応ずべし。 一途中などにて頭頂などを打破れたるものを 一救んに。貼べき薬なくとも。手巾二条を 得ば。その一條をこの裏巾とし。一条を 一裂て二ッにし。その一ッを領下の圧巾に充。 一ツを摺て後。水か小便に薙てがろく紐。 一創処にあてゝこれを縛べし 巻六 この圧巾を 一施ざれば口顎を 動揺ことならず ゆゑにかならず かくはすることなり あしをまきたる形は。 かくのごとくになるなり。 手を纏たるは このとほりなり。 これも前の頭部をまく略 法のごとく。手巾一 條を裁て。両脚を 裏べき活用の 法もあり。 ⑫ これらすべて棉布の 一重畳あしきところにては。 ちぎりてまくことを こゝろえべし。 この指頭をまくには。 ほそく裂たる木綿 をもちふるなり。 これは。咽喉を切断たるを縛たる図なり。 これは咽喉を切断たるを縛たる図なり 喉頭を切たるは。止ことを得ず。これを縫て後に。 法のごとくにして。圧巾をし縛にあらねば。よく治し得こと ならねども。俗人のよく卒に為得べきことにもあらねど。外醫の 來こと遅ければ。その甚きものは。元気忽に脱て。速死するが故に。 出血を止得る得ぬに拘ず。迅速に酷水に蔵たる圧巾を施て。 裹巾は図のごとく。額上より後へとりて。 額を廻こと両三次にして。後頂より 項に下げ前喉頭のかたへ回て。 圧巾の上に。かくの如くに。十 字様を為。それを臍下より 背後に転て背上にまた十字 様をなして後。肩を過て。再 喉頭に相交。それを項より 頭へ上て額を廻し。また下て喉頭を 絡こと初の如くならしめ。棉布のつく るところにて縛了なり。その街意は。前の 頭上を縛ものとほゞ同こと なるを。よく〳〵会得すべきことなり。 前図のごとくに纏絡ても患者苦痛に堪かねて。 大に仰か前に伏などすることあるか。或は癰 病などを発することあれば。よく纏得たるも。いた づらにその功なきことになりゆくなり。また 自畫などせんとする者は狂痼の婦人などに まゝあることにて。自今の制迦を まゝあることにて自その創処を 陽防の意なきもの 多し。それらの ためには。こゝ に図せるやう に。巾三寸許の 厚き板を以て。 その背後に登て ともに纏おくべし。 板は頭後より下尾融に いたるを可とす。倉卒の間には かゝる板をも得難ことあり。人家には。 「ものほしのぬき」竈廈の「あげいた」など は。いづれにもあるものなれば。それらを 取て。その巾広きは。裂てこれを用ッべきなり。 男子の腹切んとして遂得ず。大に苦悩ことは。狂痛などか。性質怯弱 ものにはまゝあることなり。いづれにも創處を縫て後に縛布を 施ざれば。成効なきこと。もとより論なきことには あれど。かゝる変車は皆火切のことにて。 外科を招んとする隙には。 その腸いよ〳〵呼吸に 從て。外に出。逆血も 止ことなくして。眼 前に死を致し むることあり。故 に俗家にも今 図するところを よく会得し。其腸の 外に見たるをば。推て腹内に 納。ありあふ浴衣内裙などの類 などを綴続てなりとも。これを 縛べし。凡てかゝる末伎をも 一の棉布を上下へ 狭ながら。創処を裏なり。 心に認て。人の危難を救んこと を庶幾は。これ人たるものゝ道な 初の頭頂を縛ものを三ツの 布にて施ばかりにて。形は異 れは。よく心得べきことにこそ。 なるやうなれども。其旨趣は同ことなり。 巻六 これは大腹の胸 松平 に近き なり。 これ小腹の 降毛際の上 をまはす なり。 方へ。この鶏子白に燕たる布を亘て。その上よりまた〳〵木綿を 摺て。水と醋を等分に合々たるに打湿て。創上に圧定。さて縛綿を 施なり。木綿を縛には。始終創。脣の齟齬ぬやうに。緊からず緩か らぬやうに。木綿の無益に重畳ぬやうに。徐〳〵と微も浮氣こと なく。心を臍下に在て静に縛了べし。鷄子清ばかりを得には。鷄 卵の上下へ。火笹やうのものにて小さき竅をあけて。一方より 噴ば。白先出るを。分て聽用るなり。この鶏卵清を打濕たる布を。 外科に「かすがい」といふ。以上述るところは。縫鍼を用ずたゞ縛 綿のみにて。金劍を治すべき術をしばらく俗家のために略記 までなり。如此にして。其血止たらば。裏常に血のいさゝか浸潤 ことありとも。駭て妄に解ことなかれ。すべて脉管の愈合こと は。纔二三時の間にあるものなれば。血の流出ことなきものは。 紮縛たるまゝ屏硯ことなきを可どす。ゆゑに創處よく相合て。 痛も軽なり血も止たらんには再去縛て診さすることは。その 竪の巧拙に由て。大に酌用あるべきことなり。また。金創の血の 織絲の如になりて進出るは。動脉を切斷たるなれば。迅速に過 止ざれば。血が多出て死ぬるなり。それも創層がよく相合て。は やくもとのやうになれば。切断たる動脉が再循環し後艱なき ものなれども。萬方ども相合ぬか。肉か飜て經脉が齟齬。血が迸 出て止ぬものは。鉄の火筋やうのものゝ。頭円大さ答ほどな るを。通赤に焼て。その迸血の管口をよく検て。ちり〳〵といふほ どに烙きるべし。是は動脉の斷管を烙塞なり。かく為ざれば。い つまでも血が止ぬゆゑに。伎窮その細絡はかくもすることな り。または。手は腋下の肘の横丈の邉までを探て見れば。手に應 る動脈あり。脚は股の氣衝の邉より。脚へ下る動脉あり。それを 検て。その動脉上へ。ありあふ楮帝を多く重摺たるにても。綿か 棉布の類にても当て。その上より布にて緊縛ば。手足の梢へ輸 ところの脉動が遏止ゆゑに。施治の間かくして止ることもあ り。其大なる動脈は烙閉んとしても。なか〳〵功なきものなれば。 その脈動を歇て。神速に洗て。創骨を相合せ。紮縛するがよし。ま た。創を縫とても。さして難ことにはあらず。衣服破裂を補綴する やうに。皮と皮がよく相合やうにさへすれば。俗人にも縫るゝ ものなり。然を施治する外科の心の定があしきゆゑに。縫やう が齟齬て。愈たる瘢痕が凸凹に為は。大なる恥とすることなり。 されど。金創は外科の任ことにて。慣習たる者に委任べきなれど も。不幸にして其人を得ず。或は外医の急に応ものなきときに。 非業の死を遂る者もあらんかとて。その大要を記たるまでな りまた。こゝに記得て益あることは。石灰一品極細末にして。止 血に用るに。いかなる薬にも勝て効あるものあり。鶏子清と攪 て日に乾たるを。再末にして用るも益佳。志あるものは。常に製 し蓄て人を救べし。予嘗て爐灰の血を止ること。石灰に劣ざる ことを発明してより。炭灰汁の。俗に「あく」といふ物を用て。金創 を踰て試たるに。大ノに験ありき。常の爐灰を止血に用。るには。絹 篩にてよくふるひて用クべし。もし然せざれば。灰の小塊炭末な どの交たるが。剣中に入て害となることあれば。倉卒の間にも 細心にすべきことなり。慶灰を止血に用ること。予が発明と思 しに。古昔の軍法書に載たるよし。或者の譚たれば。其書を検せ しに。その事はなかりしなり。また。馬勃俗に「ほこりだけ」と呼。濕 陰の地或は叢林の下に生ものにて。弁舗にも之を鬻。転剣には。 此物を裂て創上に覆て布にて纏ば。血を止るに妙なれども。愈 て後。卒に離脱がたきこともあれば。預より其用心あるべし。炭 灰石灰の類を撒て後に。馬勃にて農たるなどもまた可なり。 閃挫にて骨節の脱臼たるを。直に治術を施ば。慰方も貼薬も用。 るにおよばず。頃刻痛も止て。不日に愈る分なれども。依違うち に。脾起筋太なるころに至て。正骨科に治を乞が故に。意表に日 数を経。或は愈ても陰雨ごとに疼を知。或は故に復し難にも至 なり。惣て骨節の機關は。みな臼を以て接屬たるものにて。それ が脱て齟齬を順にさへすれば。自然におのれと引よせて。臼中 に送入。その故に復やうにするが。正骨術の本旨にて。別に妙伎 あるにあらず。必此方より接續ものと思ことなかれ。その義は。 骨節は筋が繋束鞏固ものなるを逆還にて一たび支解臼脱て 轉戻と。その脱たるまゝに。筋は仍旧に緊鎖拘攣ゆゑに。正骨科 はたゞその筋をこなたより捜弛て。順に機關の臼へ迎しむる と。筋が自と牽縮て。故の如に復までのことなり。いづれの正骨 科も此事を秘訣にして。妄に伝ぬことなれども。俗家にもこれ を心解れば。大に裨益となることなれば。予は専門にあらねど も。その蘊奥を探得て。自試たることどもを。今こゝに洩せるな り。いづれの部の閃挫も。この意を會得しぬれば。速に治すべし。 欠などして。ふと頬車骨の脱たるも。それを下より突上て整頓 としては。いかにするとも整ものにあらず。これを療するもた 一だその逆戻ものを順道へ弛解 のみのことにて。其術は その人に對て。両手の の大指を口裏へさし 入て牙閣盡處を樽て。 餘の四指を以て下額を 棒すこし捜出す状に て。口裏へさし入たる 指頭にて。牙關上より。 類を強く下の方喉頭へ向て突下る やうにすれば。その機轉にてわけもなく納鈎なり。これ唯其樂 急たる筋を下へ向て捜延すのみの術にて。こなたよりは捜出 すを。筋は奪縮る機關をさへよく會得ときには。さして難こと もなし。たゞ此術を施には。その口裏に入たる大指を噛傷るゝ ことのあれば。疾速頬の方へ脱ばかりが爛熟ごとなり。故に俗 家には。初より指頭を楮帛にても布にても纏裹たるが。たとへ 噛れても。傷損なくして可なり。故にこの落架風を治するに。そ の腮を手巾にて頭上へ縛て。紙条を鼻中へ挾て嚏せしむるも。 また。腮をくゝり。桃を高くして仰臥せ。その旁より不意に枕を 蹴かへして治する等の俗傳も。皆これを前へ引よせて。がくり といふ機転にて。自整頓しむるまでの街なり。ゆゑに俗家にて も此機関をよく会得せば。正骨の術意 を知て。急卒の間に應。人の厄を免し むることを得べき なり。臑骨の脱出 たるも。これ を拭延て。 自然に任 て整復しむるの外 別の竒伎あるにあらねど。大關節は それだけの力を用つるにあらねば。機のばすこと能ず。これを復 すには。患者の腋下極泉の邉へ。頭中無名三指頭を並て抵兼て。 さて人をして席上に仰に臥せて。患者の臂に両手をかけ。患者 の身に添て。下ノ方へ勤住て捜とき。腋下に抵たる指頭は定て動 ず。下へ強捜るゝとも。肩体骨微も揺ぬやうにすると。その重力 の機にてわけもなくかゝるなり。これを仰に臥て。下に捜には。 患者の臂に墜挂やうに。臂をもちたるまゝ。疊の上へ躯を落在 やうにして我べきなり。さる一ノ紙に。肩鶻骨の上より手を挂て。 患者の肘を舞轉。その機にて整もあり。または。肋骨へ隻手をか け。隻手にて捜ものもあり。或は腋下を指頭に持て。その肩上よ り手を挂て。 一掛下やうに して治する 一流もあり。予が壮かりし 一とき。一友人の臑骨を脱たるも。 のありしが。をりふし術を佐さす べきものも旁に在ざりしかば。その 人を坐せたるまゝ。予はその旁に仰臥て。 足踵をその人の腋下へかけ。両手を以て臂一 を取て。足踵の腋下を上へ抵と。両手の臂を下 五十一 へ持ものとともに。力を極て差異なきやうに洩て。整復たるこ ともありしなり。されば。これを可それを不]可といふにはあら ず。皆人〴〵の工夫と爛熟に従ことにて。凡て施ところ区別あるや うなれども。いづれの極首も。捜て延すの外には出ぬものなり。 故に。或者がさる怯人の肩髑骨の脱たる肘を條にて緊縛て。そ の端を柱に紮つけ。さて論やうは。この骨このまゝにては整復 まじ。斷て接べしと言下に。刀するりと脱はなせば。その人驚駭 て通んとする機にがくりといひてなにの苦もなく復臼たる ことあり。如此は當下の機警にて。己を忘て逃んとする挑撥に。 蠻急たる筋を捜伸たる故なり。項椎臂骨腓骨腱骨腿骨膝骨なども 其伎に大異あることなく。手掌足蹈及指骨の類も。たゞ極とこ ろは。捜て伸すことをよく心契て。便帯ばかりのことなり。とか くに脱臼やいなや。迅疾に施治するを良とす。必〳〵忠意なる傳 薬すべからず。殊酒糊などに和たる貼薬は。勝理を閉塞て。治す ること遅延。大に妨害となるものなり。さはいへど。かゝる術は。 歴草を可とするなれば。近里に巧手の正骨科あらば。それに委 て治を受べきことなれども。その復臼はかく自然に従べきも のなるを。世の正骨科に委たるは。速に復臼たるも。なを数十日 を過て。始て復故べきにはあらねど。これ彼黨に於て。生計に便 よきやうの機利あることを能知て。詭るゝことなかるべし。此 編は。僻境行旅など。倉卒の用に備んために。その大意を述るま でなれども。諺にも。なま兵法大創のもとゐとかいふ怖畏なき にしもあらず。されど。かくふく風枝を鳴さぬ聖世にしあれど。 士家に生ては。軍術の修学を第一に嗜べきことなるが。かの卒 に兵を分て険地に赴こきなどは。堅士までをも従ゆくことも ならず。もし中途にて不慮の獺撲損傷などありて。要たる精手 の車に處がたきことなきにしもあらず。それらのためには。平 骨傘創などの事を。士人に學得させなば。必裨益あるべきこと なりとぞ思る。挙法に。骨を挫き節を脱。また復ことを敎る者も ありとか聴ば。正骨のことは。それらの拳家に裁酌あるべけれ ば。正骨科の不副急ときは。把勢に精者を請て。参謀てはいかゞ あらん。かの土郎中の類は。招も無益なるのみならず。却て磔害 になることなきにしもあらねば。これまた用心べきことなり。 又獺撲閃挫にて氣絶する人あり。肩井を掴と。背上を打と。面部 へ水を噴かくるか。頭頂より沃かくる等にて。甦ぬものなし。正 骨のとき氣絶するも。同ことなり。すべてそれらのことは。前の 卒病篇に記たるを看て知べし。正骨のこと。此には唯其大畧を 示までにて。詳ことは専門の人に問がよし。又關節の脱臼たる にはあらで。たゞ打瘍にて。皮肉紫色になりたるは。その處の血 が凝滞たるなれば。剃刀か陶器の砕にてその皮を多く擦破て。 血を瀉たるがよし。或は。熱醋にて慰たるあとへ。樟脳か龍腦の 類を火酒にて融解たるを助たるもよし。世間に酒母などにて 調和たる剤を貼。或は熱。鎌子にて其上より温るなどは。可から ぬことなり。葱白に塩を加て擣たるを。鍋にて温め。布に裏で熨 などの類は。可けれども。乾て固なる貯藥は。先は用ざるがよし。 いづれにも如此者は。輕下劑を用て微利たるが可なり。獺樓甚 しければ。骨の折ることあるものなり。胸腸骨破傷て。患心肺へ 反か。頭顱骨碎て。腦蓋を損傷か。腸胃外に出るほどの損傷か。腰 骨機。骨などの砕たる者の類は。必死の證とすれども。おほく折 やすきものは。手は臂骨。足は脛骨なり。それらは。迅く痛苦を忍 て。素の如に復接。なににてもありあふ膏油の。痔疾などに用て 効あるものを塗て。單布にて纏たる後黄檗皮を熱湯に浸て。柔 軟になりたるを以て。四方より挾。その上をまた〳〵布にてよく 纏衰べし。禁皮なきときには。杉皮または茸板。さては竹片の断 たるなども可けれど。薬皮の尤可は。湯に浸し柔軟になりたる が。再乾て堅強なれば。凸凹高下纒絡たる皮肉のまゝになれば なり。黄葉は何の薬舗にもあるものなれば。贖得て用べし。いか なる折傷にて。骨砕筋断たりとも。其患蔵府に及ずば。抗拒ぬや うに接たる骨が。回復ぬは決してなきことにて。たゞいかにも 神速なるを第一とすれば。今説ところの意旨を以て。患者苦痛 するとも顧ず。定心にその折傷たる骨を。そのまゝ故に復し。木 綿にても何にても。在に任て裹たるがよし。骨を折たるといへ ば。大故やうなれども。磁器などの摧砕たるやうなる意になれ ば。さして困艱ことあらず。古人も。心は菩薩のごとく。手は創子の やうにせよといふは。浮氣の勇はかゝるときの用にはたちが きものなれば。たゞ仁慈の念より真勇を発して。其変に応ぜよ との教誡なり。況患者とともに狼狽ては。なか〳〵為得べきことに あらず。これらの術は。唯其人の心の平不平に在べしとぞ思る る。士農工商の別なく。是心あるにあらねは。一-切の事業成就し 難からん。よく思惟べきことにこそ」因にいふべきは。小児を母の 乳房の下に圧殺たるは。煖灰の中に温て治すべしといへども。 酒竈。腰家。混堂。または菽乳。蒟蒻など製造家。近里にあるにあら ねば。灰の煖なるものを。卒に鱗多は得がたかるべし。芥坑の中 は。寒氣の頃は殊煖なるものなれば。時節によりては。芥坑の中 にて温ては如何あらんか。嘗て死たる猫を芥坑へ捨たるが。甦 生したることをも聴ば。いかにとも為べき術なくば。かくしても 試べし。尤深く穿て煖なる處へ没。その上よりも芥を覆て安べ きなり。もし息絶て時を過ぬものは。肩井を揉。背部を打。水を混 かくるなどの術にて。必効あるべし。前年予が視たるものは。死 て時刻を過したりとみえて。通身微も煖なるところなく。いか にも手を下すべきやうなければ。空手に止しが。いと慎動たり き。周蔵の児に乳を嚥しめながら。其母若は乳媼の睡を催し。己 が身を以て兒を圧殺こと。世間にまゝ有ことなれば。暫愚意を記て。 後の發明を待のみ。凡て我医の術は。臨機應愛を貴ぶが故に。た とへ効験を経たる。的当の治術なりと思とも。人をして其蹤跡 を做しむべきことにはあらぬを。况此編は。寒郷遺土の医に乏き ところの小補にもなれかしと只俗家を諭んことを専にしたれ ば。偶治術を論ずることあるも。簡易を旨とし。薬剤も捷径を先に して。一切省略せること多ければ。読者その心すべきことなり。 病家須知巻之六終 原名坐婆必研 七 天保甲午新鐫 革齢苦父 ◇ 住相山を 登りあげばゝ ○ こゝろえぐさ ○ 一名油婆必研 NEEEEEEEEEEEELLENV 上の巻 子宮胞衣の形状および懐孕の事をとく 懐妊をしるべき大略をしめす 一鎮帯産椅の利害をとく 胎の椅側を整復すべき術を示す 子宮の位置を探て知べきことを示す 坐草分娩および胞衣を下し蓐に臥しむべきことを示す 追分娘おいて用心をたす 臨産に坐婆の心得べきことをしめす 下のまき 産前後の病に坐婆のこゝろえべきことをしめす 児の頭を露して産かぬるものを救ふ術をしめす 逆産をとりあぐる術をしめす 坐産をうますべき術をしめす 横産を救ふ術を示す 児胎を翻転し産しむべき術をしめす 攣胎をとりあぐる術をしめす 産後に坐婆の心得べきあらましをしめす 以上十五个條 とりあげばゞ心得草巻之上一名坐婆必研 一人間一生の果福といふものみな定ありて。士農工商僧鑿生婆 それ〳〵の世わたりも。皆未生以前に賦たる天命の免がたき ものなれば。厭とも厭べからず。求とも求得んや。すべての 一こと上は下に佐られ。下は上に治られ。あひともに力を合 て世を濟ものなれば。役丁轎夫の賤きものといへども。なけれ 一太車をかくゆゑに。事業のかく医に別たるも。みな天地化盲 ところの具にして。その一ッをも少べからず。故に賎め侮べき人 とてはなし。まして坐婆のたぐひは。人の死生に係る一一大事 一を任として。容易ならぬ業なれを。人に辟侮るゝこと。そのゆ 一ゑいかにといふに。みなその術に拙く。志篤からずして。みづか からこれをとれるものなり。もとより生命に關る職なれば。そ の設心の善と悪とによりて。日に福慶をも積。また罪悪をも重 るものにて。たとへ過により母子の命を断ことあるも。もとよ 一里故て爲るにもあらず。刃をとりて人を殺のたぐひにあらね は。君主の罰は免れども。天道の照臨明察なれば。つひにはか の定りたる果福のうちにも。おもはぬ災咎にあひて。よから ぬ終焉をもとげ。その餘殃を子孫にまで及こと。豈畏べきに あらずや。凡世の中に生とし活るものゝ。いのち惜しとおもは ぬはなく。そのをしとおもふ心を心とすれば。天地生々の道に 合ひ。これに逆てその生命を残害は。天地の心に背がゆゑに。 その罪いかでか免得べき。つねにみる瓜葛のはひまつはる べき垣をたづねて蔓延ゆくことは。眼ありて見るかと 凝れ。巌の穴に壓迫れ。からうじて發生る草木の。まがり なりに空をさして直遂をおもへば。手足ありて探索かと 一あやしまるゝがごとく。蟲魚鳥獣の命をしみて奔忙。飲食 を利るのみならず。草木もまたみづから害をいとひ生を 一欲ことかくの如し。まして萬物の長たる人間の命は。その 一貫こと鳥獣草木の比類すべきにあらず。されば四民それ 〳〵の世わたり肝要なる中にも。医士蓐母の輩は。かゝる 貴重の人命に係ところにして。忽略すべきことにはあら 一ず。とりわけ収生‾媼のつとめは。心を勞するのみならず。不 一浄を執業なれば。好で為べきにはあらねども。壮にして 一夫にわかれ。託べき子などもなければ。不得巳の世わたりと するものなきにしもあらざめれど。すでに坐婆となりた らば。これを糊口とのみ心得て。たゞ時のまさへ合ぬれば。車た れりとおもはんこと。罪いとふかきこと。そかし。前にもいふ 一ごとく。武門に生れ商売となり。或は緇徒坐婆となること。 も。これみなこの世に生をうけざるはじめより定たること にて。その人々に具れる職分なり。又業を轉じて医となり。 一俗を出て僧となり。夫に後て坐婆となるも。たとへおのが もとより志願ところなりとも。皆冥々中に定りあること にして。天地の自然によるものなり。ゆゑに世の坐婆たらん もの。よくこの道理を弁知て。その存心だによろしければ。不 浄をとりあつかふたびごとに。身の罪過を滅し。菩提を植 る種となりて。後生願の珠数つまぐり。稱名誦経するよ りも。はるかにまされる善根となるべく。かへつてかゝる 一活人手叚を職となすこそ。もつとも果福の勝因ものにて。 よろこぶべきことにぞありける。さすればもとその報を待て 身の生計とせんがためながらも。いま陣痛はなはだしく。腹剖 一類がごとき苦楚を。眼前みるときにあたりては。その報の多寡 いかでか心にうかぶべき。たゞ産婦ともろともに心を悩め。はやく 一兎身せんとおもふの外には。応他なかるべし。しかるをかゝる痛 一苦を視ながら。なほ名利の心をはなれずして。憐忍なる行 一ありては。おもはぬ訴辱をとりて。世の話柄となるのみか。天 網必漏がたきこと。そもおそろしとはおもはずや。こゝにひ たりて患心あるものは。百計してその苦を救得させんとお もひながらも。囲渋危険の証にいたりては。その術精到ならで は。中は救活べきことにあらねば坐これを視のみにて。その 人を殺にいたりては。その罪やくひとしかるべし。世間産婆の馬 ところは。たゞ習熱たりといふまでにて。もとより術も法もあ 一類にあらねば。たゞ舉子のことのみを。己が任とおもへども。兎乳 の一条においては。その死生を委がたく。もしその処置に随て。 一たび誤事は。母子ともに命を殞にいたるゆゑに。もつとも 恐慎て。講究すべき専責ならずや。世に産科医とよばるゝも のは。そのかみ京師に賀川玄悦子玄子といひし。世にすぐれ。 たる者出て。海外にも此方にも。むかしより聞おぼえざる産術 を。おのが創意よりみづから験て。人の危意を救たる。その精妙 はいふまでもあらねど。回生術といひて。鈎を用て子を探出 すことを秘訣として。高足の門人にのみこれをゆるしたり と聽り。利ことあれば必害こと従が自然の理にて。今にいたり てはかへつて人命を戒傷ふ不仁の尤なることになりたり。 さればこそ子玄子もこれを恐て。産論といふ書にも鈎術は しるさず。妄に人に傳ざりしを。末流になりては。そのつゝし みもおろそかになりゆきて。くわしくも不解ものが。一二の説を 聞とりて。回生の釣を市にもとめ。妄意に用て人をあやまる 一こと多く。その惨虐もつとも憎べき輩あり。もとよりこの 一回生の釣にて出すものは。死胎のみに止らず。いかにすれども 産れ得ざるものには。止ことを得ず用ることなれば。陰に装 綿括條を用ることあるにいたるも。釣ゆゑに死たりといはれ まじき。声聞をはゞかる心より出たることなれば。また不仁に あらずとはいふべからず。近ころは坐婆にもこれを用る ものありとか聞およぶ。その旨趣は。小の蟲をころして大 の蟲を助るが。道にかなへることぞなど。俗諺を遁辭にす れども。胎児の賢愚予知らるべきにあらねば。蟲の大小を 譬んことは。いと不倫ことぞとおもはる。たとへ釣にて矢ぬる 一が胎児の命期にもせよ。同くは助起して傷ことのなか らんにはしかざるべきを。自殺て快とし。それを術ぞと 一誘は。人たるものゝ道に戻けり。予は専門にあらねども。この 流弊を矯と思こと有年て。わするゝ暇なかりしが。神明の 一呵護にや。嚮に偶發明たる一術の。鈎にかゆべきものを得 たり。それより後は力をも用ずして。これをすくふことあ るにいたれり。世の乳医は男子にて。苦きまゝには身を委 れども。愧かしとおもふ心はわするゝ隙なかるべし。先年難 一産後発狂したるが。医に探范心たることを口実にして。益 夜寝ざるものを見たれば。いかにもしてこれを坐婆につ たへて施しめば。産婦の羞恨とおもふ心も浅く。人を救ふこと また多かるべしとて。この書を述る志は起れるなり。希は 一世の収生婆。よく意を潜て。今述るところを朝夕事実に験 ば。生民を濟こと幾ぞや。かくすれば自家富身栄て悔慢 らるゝこともなく。却て坐婆になりたる宿因をよろこぶ ことあるにいたるべきなり。必〳〵我慢偏執の心をもて。吾に 一術あり。いかでかかゝる迂遠の説をもちひ。煩きことをもと 一めんやと蔑棄て。いよ〳〵その罪を重ことなかれ。これ予が穏 婆に望ところなり。文政十三寅歳仲春六日。洗心争中に識 子宮胞衣の形状および懐孕の事を説 救生媼熱の術に巧からんことをおもはゞ。まづ子蔵の位置形状 および懐孕のことを知べし。子蔵は小腹に位て。前には膀胱 後には肛門につゞきたる腸ありて。其間に嵌れり。大さ一寸半 ばかり。その形は壓匾たる梨子のやうにて。いろ真紅なり。口 は陰戸にむかひて。陰茎の横に披口あるものに似たり。月々 あまるところの血を脈中よりわかちきたりて。子蔵中の細管 より洩出て陰戸に下す。この血をもらし出す管のほそきもの にいたりては。至繊ノ微にして見とめがたきほどなり。この管より 洩出たる血は。ふたゝびかへるところなきゆゑに。病ありて子 宮口緊縮たるは。凝て塊血となりてなやむなり。人によりて多 少はあれども。そのあらましをいはゞ。一月に百目あまりより二百 目ほどの血をあますが常なりといへり。孕ときにはこの血を以 て胎をやしなふがゆゑに月経きたらず。産後はその血が乳汁と なりて子を育るゆゑに。月倍また通ずることなし。しかはあれど も。懐妊に月経通ずるものと。乳を哺ながらも。月信来るもの は。まゝ強健なる婦人にあることにて。病とは穢がたきもの多 し。また白帯下といふものは。子宮頸と陰戸の間より洩出る液 にて。慾情を起し。および交接のときにももるゝものにて。粕滑 あるものゆゑに。分娩のときには殊おほく出て。胎児出路の便と なる。自然の妙理慮べし。孕ときには。子宮意外に開張。月々に脚 脹て。諸臓を推排て。逐次に圓なる。将産には。交骨両方へひらき。 産戸寛濶なりて。胎児うまれ出るなり。胎児母の胎内に舎あ ひだは。柔軟にして胸腹もしぼみ。産出に凝渋なけれども。一トた び氣を吸呼てのちは。膿肚四體膨脹て。關節硬なり。頭を出し て。肩もしくは手足の礙住て。出がたきことあるにもいたる也 胞衣は。子宮底に着て。受胎のはじめより。月経の血を以て漸 次に成ものにて。微細にわかてば。三膜を層たる嚢にて。そのかさ なりたる膜にそれ〳〵の受用あり。臍帯は。この胞衣より血をつ たへて。児を養ふ道路にて。かの月経の。常には子宮へもれて復 ところなき血を。今こゝにうけて。胎を育たるあまりが。ふたゝび 臍帯を伝胞衣より子宮底にいたり。母の體中にかへるがゆゑ に。血をおくる管一ヲと。かへす管二ッ乃。三條を糾合たるその間に。 児の膀光より小水をうけかく。胞衣のうちへ泄出し。臍帯の血管の 外脂膜の内を傳て。母の膀胱へ輸す路あれども。微細なるゆゑ に見えがたく。たゞ燎然に知るべきものは。三合縄を外より膜 にて裏たるものなり。このうちに胎児より母の体へ血をかへす 二の管には。脉動あるゆゑに。分娩のとき臍帯を圧ことひさしけ れば。児の死ぬることあるも。この動脉をふさぐが故なり。たとへば口 鼻をふさぎて息たゆるがごとし。胞衣の形は。圓扁して中央あ つく。上面の子宮底に連着て血を受容るところの外は。膜を以 てつゝみまとひ。児をつゝむ膜とは。その間相離こと一寸ばかり。臍帯 の帯は。胞衣の裏面にありて。臍帯は。被膜をつらぬきて児の臍 に連続。この胞衣の膜と児をつゝむ膜とは。そのあひだに連續たる 臍帯をまとひてあひはなれずといへども。胞衣被膜直につらな りたるものと思ふはあやまりなり。胞衣。温なるあひだはそのいろ 真紅。冷れば紫紅緑其まじはりて。裏面は絶だ荷漿に似て。惣 て皺襞凸凹あり。熱の温なるあひだは。中に蓄たる血が凝固ざ るゆゑに。かくのごとく凸凹あらず。児の彼膜は。河豚皮のいろ白 きところにやゝ疑似。しかも透明てうつくしく。その質はいたつ て薄く。淡紅色に見ゆるを。水にあらへばたゞ白く。もつとも破やす きものにて。胎児飜轉のときに。やぶれたる細片を頭にいたゞきて 産出るものあり。この砕片が子宮中にのこりて。後日に月経の障 礙となり。あるひはこの膜の砕片に。月々の血が漸次に粘着て。竟に は癰塊となり病となりしを。下たるものををり〳〵みたることあり。 胞衣は。子宮の脉絡と連続たるものが。断て産出るゆゑに。腰に 裂がごとき痛の徹をおぼゆることあり。受胎ところの理はしば らくおく。曽て五十日許になりて小産したるを見たるに。頭面手足 の形具て。頭顱殊大に。その男女をもわかつべきこと。古人の説とこ ろのごとし。解剖書にも。その初に二-小黒点あるもの眼となり。鼻先生 て。月を逐て形をなすといへり。その説の宜然べしと推知は。予知たる 人に。鶏卵のかへりかゝりたるを逐次に破て見たるものありしに。そのはじ めに。啄とおもはるゝものと二小黒点を見。その後に。それに加るに赤小點よ り血糸の連続たるもの成て。漸に明になり。形體具成といへり。人もまた かくのごとく。漸次に形體具て。かの五十日の胎のやうになるものと 見えたり。又鼻は人生のはじめなること。むかしの人のいへるごとく。順 産は必鼻を陰戸にむけて産出て。天地の気を容受ことをいそぐを 見れば。實に其驗ありて。自然の理思べし。いづれにもすでに孕た りと知ころには。かくその形はあるものなれば。たとへ二三月にて堕胎 したりとも。人の體を具たるものを。厠甌にすてゝかへり見ざるもの あるは。はゞかりあることかと思るゝなり。胞衣は。胎に従て成ものにて 子宮底につきて。たとへば果實の帝を上にして枝に在がごと く。尻を蓋ものにはあらず。胞衣の被膜中には。粘滑たる水液 充満し。月満ざるあひだは。胎児この水液の中に浮游て。位置定 りなきやうなれども。月を逐て大くなるにしたがひては。必子 宮底の胞衣の帝に相対し。母の背へむかひ。頭を下にし尻を上 にし。両手にて腮を柱へ。膝を曲て腹の前へおき。踵を臀につけ。 面と膝頭とをひとつところへよせ。腹上へ相会て方形になりて。 背を母の腹のかたへむけ。頭は尻より低し。形状具。腸胃機轉か くるものなきにいたりて。被膜中の水液が児の口中より添入 て。滋養をなすがゆゑに。産出て黒屎を通ずるは。胎内にある」 うちの大便なり。児己に活気を得てのちには。自動ことを為 のみならず。母の運動屈伸にしたがひ。臂をはり脚を伸し。また は倚斜にもなるゆゑに。母の腰腹に攣急をおぼべ。脚をつり肛 門へはり。或は小水の通利をさゝへ。浮腫など出ることあり。しかの みならず。子宮はその人の性質によりて。正中にのみはあらざ れば。胎児脹大になるにしたがひ。漸次に倚側もあれば。それを推 て正中へやりても。やがてまた煮のやうになるなり。世間に おもふごとくに。頭を上にし坐たるやうにして居ものにはあら ぬことは。産論の発明にたがひなけれど。圓き子宮の形に従 ひ。体を屈て方形になり居べき自然の勢なれば。賀川家に て腹上より按て。頭なりといふもその頭にあらず。臂をはり脚 を伸すことあるは。前にもいふごとくなれば。それらはたし かに診知るべきことなりと思べし。またむかしより子がへりと いふを誤なりといへども。その娩出んとするときに。屈縮たる體 を一時に伸し。頭を飜回て膜を衝やぶり。脚底にて胞衣を上へ 突わが身を跳せて。下子宮口にむかふをいふまでのことにて。 頭を上にしたるものが。轉倒て下へむかふにはあらず。ゆゑに子 がへりなしといふは却て非なるべし。この轉身の機動により て。被膜を脱出るとき。頭のかたに障ものありて。脚のかたに餘 隙を得れは。頭を陰戸にむかふことならず。まづ脚をのばして 逆に下にむかふがゆゑに。逆生はあることにて。腹を横骨にむ け。腮をかけて出かぬるが多きは。このゆゑなり。逆生にて。胸 腹を母の背へむけてうまるゝものありとも。そのはじめより 背面上首に孕こと。恐はその理あるべきことにあらねど。事物の 変ははかりがたきものなれば。こゝに疑なきことあたはず。しばらく 後日の発明をまちていふことあるべし。凡て車物の上よりい へば。胎児の頭は。材の體よりつりあひおもく。天地の條理より いへば。形をなすに先鼻よりし。呼吸により生活べきものなれば。 口鼻を先出さんとして。自然と頭を下にむかはしむるが。正厚にて あるべし。ゆゑに先脚を出し。あるひは尻を出しなどするは。皆そ の変にして常をうしなへるものなれば。順逆の理に拘らず。これ を救の術あるべきことは。下条に説示を看て明に知べし。こゝ に胞衣被膜臍帯と連続写真を出して。その大略を示す。 懐妊を知べき大略をしめす これを出せるは。ゑなとふくろと一ツにつゞきたりといふは。 胞衣包胎膜及臍帯連続之図 あやまりなることを。世にしらしめんがためなり。 ゑなのいろあひはおりたるまゝなるは あかく。しだい〳〵にくろむなり。 ゑなほそのをの大さはまこ とのものとほぐおなじ けれども。ふくろはこれ より大なりと しるべし。 このうすかはは。子を つゝむふくろと。いろ あひともにおなじ。この あひともにおなじ。この はしは子つぼにつきて いとにて くゝりたる ところ ありしが。さんのときに はなれたるなり。 小胞衣被膜臍帯と連続写真を出して。その大略を示す。 懐妊を知べき大略をしめす これを出せるは。ゑなとふくろと一ツにつゞきたりといふは。 胞衣包胎膜及臍帯連続之図 あやまりなることを。世にしらしめんがためなり。 ゑなのいろあひはおりたるまゝなるは あかく。しだい〳〵にくろむなり。 ゑなほそのをの大さはまこ とのものとほぐおなじ けれども。ふくろは。これ より大なりと しるべし。 このうすかはは。子を つゝむふくろと。いろ あひともにおなじ。この はしは子つぼにつきて いとにて くゝりたる ところ ありしが。さんのときに はなれたるなり。 ○ゑなとふくろは。ほそのを にてつゞきたり。そのへだたる こと。ながきもみじかきもありて。 あらかじめそのながさをさだめては いひがたし。 ○このふくろにて子をつゝみたるを 子がへりのときやぶれたるが。ほその をにつきて。ゑなとともに おりるなり 一同所研上冊第十一張 一ノ切の事学学より馴よと。俗諺にいふことなれども。實地にかゝり てすることは。皆事熟たるものに及ざること多し。妊娠のはじ めを定ることは。尋常の医師よりも半婆に満されるものあるが ごときも。もと傳べき法則のあるにもあらねば。皆臆摘にて。ま た謬ことなきにしもあらず。弁胎のことをはじめ惣ての術は。賀 川家の産論および翼などの書にくはしく記て。餘蘊なきことな れば。志あらん坐婆は。そのことをくはしく学たる人につきて。 をしへをうくるにはしかざるべし。しかはあれども。すべての事 は。一人一智の究盡ことはなりがたきものにて。子玄子ほどの人 にても。猶臆断に誣たることなきにしもあらず。しかはあれど も。今の世に産科医とよばるゝものは。皆その流をくみて。その説 によるもの多く。今逆産に対て。鈎をもちひず。児をひき出し。或 は母子ともに全からしむるにいたるも。實に此人の余患なり。弁 胎のことも。その著ところの書に詳なれば。こゝにはくはしくも いはず。たゞ参考にそなふべき数条を挙たれば。まづかれを知て 後にこれを読べきなり。 二月の末三月のはじめごろの胎をうかがふには。その婦人の翠早 いまだ起出ざるときに。仰に臥たるまゝに。手を懐にさし入て。かろ く指頭に小腹を按て見れば。臍の下にあたりて。たしかにそれと 知るべきものあり。黴塊の手あたりとははるかに異なるものに て。まがふべくもあらず。こめ候を以て験んとおもはゞ。豫てその前 日に戒おくべし。若夜中小水たまりたらは。候べき一時許も前 かたに厠にゆきて。またゆる〳〵と一睡して。氣のおちつきたる ところをうかがふべし。 乳頭黒きは。懐厚の證拠にならぬわけあり。経閉にてもくろく なるものあればなり。そのうへ懐妊しても乳頭の黒くならぬもの あり。それは多くは悪阻をやまぬものなれば。このところにて弁べき なれども。たま〳〵には悪阻をもやみ。乳も黒くなるものあれば。い づれ一偏にはいひがたく。また艶毒。蓄血にて。乳頭黒くなるもの をも見たれば。これをたしかなる證拠と心得ては。誤徳ことあり。 その別をいはゞ。先乳頭の黒ならぬに拘ず。乳輪にざらつきが出来る を。大かたは懐孕と心得てよし。年若なるころまでは。乳頭が多 くは内へ引こみてあるものなり。学と。それが外へあらはれて。乳輪 が粟起てくる。そこに心をとめてよく見れば。必誤ことなかるべし。 悪阻とも見えず。悪心もならで。たゞ唾ばかり吐。食は常に異こと なきもの。医師あやまりて蛔蟲などゝ見たてゝ。無益の薬をもち ふることあり。また悪阻を患ずして。たゞ舌眼など爛て。塩味熱 物なとがしみて。甚きは腫出て悩ものあり。懐孕にてこの証あ るものは。晩身ざればさつぱりとは愈ぬものなり。それを心得た。 がひにて。劇剤を與れば。害になることあり。坐婆もよくこれらの 事を心に記得て。たしかに懐妊なりと知ならば。必妄なる療治 を受させぬやうにすべきことなり 悪阻の證もなく。唾も吐ず。たゞ胸腹ひきつり。大小便の通じ快か らず。乳頭も色づかずして。懐妊なるものあり。これら尤誤察こ とあればよく心得べし。 懐孕三四月になると。眼中平常とちがひ。さつぱりとして。すゝと しといふにもなく。はつきりとなりたるやうに見え。その白膜いろ づくにはあらで。なにとなく黄なる尤あるやうにおもはるゝものは。 その産必過なく。母子健なるものなれども。これは一応にてはわか らぬ候なり。 おと見とおもふときには。乳を吸るゝがいやになり。喫るゝたびごと に疼を知るか。またはしきりに痒おもはるゝもの。必懐妊なり。 三四ツ月も経行の滞たるが。下んとするときには。小腹に脹がく ることあり。多それを懐妊と見あやまるものあり。血塊にて懐 孕四五ヵ月の大さなるは。二年あまりも経行滞らねば。左にはな らぬものなり。 子宮の中に水液留潴て経行とまり。懐妊のやうに脹がくるも のあり。これはたま〳〵にある症なれども。まかひやすきものなれ ば。かねて須知べきことなり。 この外にも辨胎の候とすべきものは。賀川家の書に詳なれ ども。いづれの候も。それぞとおもひて見れば。己が成心のため に誤れて。疑似ぬものをそれと定て。人に笑るゝことあるにいた れば。一端には心得がたかるべし。事熟てののちは。あながちに腹 をも見ず證をも聽ずして。たゞなにとなく懐妊なることを知 その造詣にいたりては。筆にも辞にも迷がたきことにて。たゞ その人の心目の妙契にあるなり。 一鎮帯産椅の利害をとく 鎮帯の胎をさまたぐることは。後藤長山はじめてその説あり。 然れども人情の廃がたきことをいひおきたりしは確言にて。そ の子仲介もそのことを述たる文あり。その他にも鎮常の害を論ぜ しものありしが。その後はるかにおくれて。賀川子孝子にいたり ては。自己の発明より。卑その説をとなへ。産論中にその害あるこ とを論じ。帯を去て用しめざりし。その理は至当せることなれ ども。世人信疑相半て従ざるもの多きは。舊習のすてがたき ことをあらかじめ察したる。艮山の遠慮。こゝにいたりて仰べし。 つら〳〵帯の害を為ことあるを考れば全く半婆のいくへにも たゝみたる布を縄のやうに交て。たとへば薪を束るやうに。力に まかせて緊しく。胸下臍上を紮たるものにのみありて。後藤家 にいふやうにかろく全腹を纏たるものにあることなし。この鎮 帯のことを。往古神功皇后三韓退治の時に始と世に言伝れど も。古記には石を挿たまふことのみ見えて。鎭懐石の名はあれ ど。今の腹帯とははるかに別のものなり。鎮帯のこと〴〵しくな りたるは。建礼門院御着帯。および平の政子に帯をまゐらせた ることなど。ものにも見え。そのあたりより貴賤おしなへて。懐孕 五月もしくは七月にいたれば。必帯することを吉例にして。布は 一半の長八尺なるを用ひ。金腹をひきゆふことが治習にはなりし なり。そのむかしはいかゞにありけん。侍賢門院の懐妊に帯をめ されしことを後藤家に論じて。亂離の際なれば。これを用ひて 腹氣を助られたるなりといひしは。左もあるべきことにはあれど。 亂世なればとて如何あらん。またこの帯の古き例とすべきもの は。つくり物語にはあれど。源氏の寄生の巻に。いとはづかしと おもひたまへる腰のしるしにとあり。またかのはぢたまふしるし の帯の引ゆはれたるなど見えて。鎮帯のこととはあきらかに 知れたれども。腹より腰をまとひたる帯の。衣のうへよりたし かにそれと見ゆるやうに記したるは。いともいぶかしきことな り。いづれにも本邦の古書に載たるところをかんがふるに。その製 はたしかに全腹をまとひたることあきらかにして。これを用 て腹力を助るたよりにしたるにはあるべし。しかるを俗間に 鎮帯をもちふるを見れば。孕て月をかさぬるにしたがひ。子宮 逐次に膨脹て。腸胃を下より推排て。胸下に余地魚ものを。心 なき坐婆の所為にまかせ。胸下を縛紮てそのうへより。圧迫せ。 しかのみならず人の體を裾襖裹足のやうにこゝろえて。脚を屈 て寝ざれは。胎児足を母の股へさしこむものぞなど諭へ。甚さは 壁に膝をつきつけ。股に蓐子をかひなどして。是非ともに脚を伸さ せぬやうにさするなり。かく上下よりこれを迫窘ては。窄隘腹中 にて。胎児牽側にならではかなはず。且上は飲食の運化をさゝ へ。下は両便の通路を妨て。暗に産前後の苦悩となることをさと らざるは。あさましくかなしきことのかぎりなり。産後の帯も右の ごとく。産するやいなや。力まかせに紮ゆゑに。胞衣を帯の上に阻て。 いかに我ども下ぬうちに期をのばし。子宮の口を閉られて。遂には 臍帯を捜たちて。驚愕ことあるも。皆坐婆の朱錯によればな りけり。その佗畜血。崩漏。眩蓮などの病の發るも。この帯によ るもの多ければ。帯を去て用ひざる賀川家の発明は。その理至 極せることにはあれども。数百年のむかしより着帯をいはふこ と俗習となりたるを。やめよといふともその事必行はるべからず。し かのみならず。我邦にむかしよりこれを用ること。はじめにいへる ごとく。腹上胎位の正中より腰へかけて纏たるものなるべしと は。大略に推知るれど。それとたしかに伝たることあるにもあ らねど。これを車実に試るに。その全腹をまとひたるは。これに よりて腹力を助るたよりとなることまゝ多し。熱考に。一向に補 なく害のみあるものならば。かくいくばくの星霜を歴て。その事 の廃ざることはなき理にて。今の産婆の所為をみて。たゞ悪習と のみはいひがたかるべし。ゆゑに今予が用るところのものは。これを 艮山の説にもとづきて。布の軟薄もの單をもちひ。その余腹を おほひて。左右より腰へまはして。右は左より左は右より前へ とり。その端を両方へはさみてむすぶことなく。必緩ず急からぬや うに。便服の帯を着たるほどをよろしとす。六七月の間まで腹小 きものは。単の布を摺りてもちふるもよし。いづれにも胎の正 中を纏やうにすることなり。かくのごとくにして。さかく両脚をゆる やかに伸し。手を身に挺て下にたれ。胎動をおぼゆるかたを先は上 にさせて。をり〳〵左右へ轉臥し。たゞ飽食と懶放なるをいましめ。 房労をつゝしみ。思慮をはぶき。身心のつかれぬほどに體を運動 て。両便の通利に心をつけ。憂は暑を避。冬は寒を禦しめ。故な きに按腹せず。妄に薬を用ひて産前の手あてといふことを為 しめず。しかるときにはこの帯によりて。胎の倚側を防に便とな り。産の前後の患もなく。必事故あることなし。帯を廃よといは ざれば。異議も起ず。人も危ず。妊婦の意も穩なり。胸の下にて紮ね ば。脂が衝て胸を突などゝいふものあれども。これらはあまりに陋見 にて。いふにもたらぬことどもなり。牛馬などが孕ときに。腹帯し たるためしもなけれど。胎が転て胸へのぼりたることをもきかず。 かたく腹をまかねば。胎が肥太て産かぬるなどゝいひならはせど も。狗猫などが数多の子を生ときに。ふとりて出かねたるものを 見ず。また股へ脚を没入られて。歩かねたるためしもなし。たとへ 身を横にするとも。誓の横なるもの倒なるものが。うまれ得た る天然ならば。害あるべきことはなく。まゝ枸猫などに難産ある は。林笹にうたれ。高より落などして。胎位を害たるものにはある なれども。鳥獣を人に比ぶれば。皆その自然に任るゆゑに。たとへ産か ねても。人ほどの困病あることなし。人はなまなかに黠慧あるゆゑ にやゝもすれば天然に悖て。畜生におとりたる害を招ことあるに いたるは。嘆しきことにはあらずや。さてその全腹をかろく纏たる 鎮帯も。陣痛至たるときには。先はとり除て産にかゝり。胞衣出を はりたるのちに。ふたゝび布を二にをりて。胸下臍上にて腹の中ほど を。左右章門のあたりへかけて。寛ず緊からぬやうにまくべし。これまた その益あることなり。この帯は自産婆の為ところに委てよけれ ども。たゞ胞衣下ぬあひだは。決して帯させぬがよし。胞衣下て後に は必帯して益あるわけは。惣て臨産には。身體攣忌甚く。血脉 振蘯て。上さかんに下はり。子宮ひらきて。胎児産門に陥その苦悶大 かたならぬものが已に分娩をはり。胞衣も尋て下るの後は。腹裏に はかに空洞になり。攣急ゆるまり。振蘯やみて。上に迫りし血が。道 を囘て下に進んとすること。たとへば法馬をはづしたる秤盤の。一方 に飲んとするがごとく。この時にあたりて。眩運崩血変証おこる ことあり。今帯をもちひてこの空洞になりたる腹をかろく 纒絡て力を助れば。この変をふせぐの益を得ことあり。しからば帝 の用もまた少からず。これも生婆の所為にまかせて。緊く腹中 をくゝりては。胞衣下ざるものには。その出路を阻隔の害大な り。子宮もまた緊縮られて。下べき残血も滞のみならず。腸胃 の伝化をも妨げ。崩血眩運の症も。これよりして発もあれば。 賀川氏のいふごとくに。その自然にまかせ。一向に帯を去て用ざる こと尤優ことなれども。これまた人情のにはかに更べからざるも のなれば。予が今いふところに沿べし。さすればその益ありて害はな く。俗習を改て世間に懐ず。折中宜を得るものなり。また今用 るところの産椅の製。いづれの世にはじまりたりしか。たしかなら ねど。かゝることは異邦にも聴及ず。全く俗家の意料より出たる ものにて。産後の出血を。金創とおなじことに心得たるよりの 所為とは。明事に知れたり。辺鄙にはかゝる設為もなきところあ るに。産婦の復本もかへつて速なるを見れば。その利害自知るべ きことなり。近ころ小梅村にて一婦の路頭に産して。その児 を水にて瀑浴懐に抱。さてその旁の家に立より。湯一盃を乞て喫 たるまゝに。健歩て行たりしを。まのあたり見たるものあり。近叡 にもかゝるものあるをきけば。産椅のみにはあらず。混沌之鑿に よりて。害を為こと。この類世に多ことなり。産後は必子玄子の説 に従て。高枕に右側臥にさするをよしとす。産椅は決して用 べきものにあらず。かゝれば産後の悩も少。遭患ありといへども。治 術を施しやすく。大に利益あることなり。ゆゑに産論には産椅の 八害を示たり。その八害といふ第一は。産すれば腹内にはかに空 洞になるものを。まして起歩て産椅につくゆゑに。やゝもすれ ば胎運欝冒症を発することあり。二ッには。庫椅中に跪坐て横 に臥ざるゆゑに。崩漏脱血などを発しやすく。三ツには。産椅中に あるもの。かゝる證發ても。之を救べき術を施がたし。四ツには。ひさ しく跪坐ゆゑに。腰脚の転運あしく。やゝもすれば脚痒痿と なり。久しく悩ものあり。吾には。ゆる〳〵と寝がたきゆゑに。精神つ かれて後日の疾となることあり。六ツには。経麻遅濤。余血下かね。 蓄て塊となることあり。七ッには。脱肛痔漏発やすく。八ッには。跪 坐ひさしきゆゑに。産椅を出て後も。なほ行歩進がたく。起居自 由ならずして。自然と憚墮になりやすし。その他大便秘結。或 は下利。肩背弾急。頭痛。而熱。または飲食の消化あしく。乳汁の 質を変じ。乳出たるも缺少なり。或は寒時は寒に怯やすく。暑 月は熱にたえがたく。満たは子宮腫。及難を発し。或は瘴病。小便 不利。腰脚腫て。麻痺などし。黴疫の因を醸て。生涯の患と為の 類も。この産椅の害に由ことかぞへつくしがたし。ゆゑに子玄子 の辞にも。わが街を竒なりと人のいへども。なにの優たることも あらず。たゞ産椅を用ざるゆゑのみなりといひし。寔にこの翁の大 功は。産椅の大害あることをたしかに知ばなり。なほ産論に参攷 て。通暁あるべきことなり。 一胎の椅側を整復べき術をしめす 胎位正からぬは。鎮帯をもちひて胸下を紮。脚を屈て寝るに 由もの多く。また房慾の慎あしきと。起臥屈伸のしとやかならぬ か。または傷食などに由もあり。或は宿黴。もしくは顛構。または 高より墜などして倚側もあり。いづれにも一たび胎が倚側ば。 くせになりて。整復てもやがてまた倚側ものなり。それよりし て腰脚引つり。甚きは起ことならず。腰脚はれ。脚弱。痔疾。小便 秘閲など發もあり。産に臨て。児の手や脚を先出し。或は尻をあ らはし。頭顱産門にはさまりて産かぬ類の類皆胎位の正しから ぬによるものなり。ゆゑに五六月ののちは。日はをり〳〵こゝろづ けて。すこしにても倚側ことあらば。必正中へ推おくりておくべ きことなり。病家須知に記べきことは省て。こゝにはたゞ収生媼 のために。整胎の術の簡便もの三ツ條を載るのみ。子玄子は胎右に 倚側やすしといひたれども。左右ともにかたよるものにて。右に のみはかぎらず。燥屎を分排ことをいへども。それもいかゞあら んか。整胎術の大要は。胎の下へさがりたるを上へ捜挙て。かた よるかたより正中へ推送が主意にて。外に為べきことなし。ゆゑ にその意を得たる後には。己が意料を用て。いかやうにも行ふべき ことなり。このことにかぎらず。惣ての手術に定たることあるには あらず。時に臨ていかやうにも便宜に従て宜ことく。かねてこゝ 路えべきことなり。まづ整胎の法といふは。婦を仰に臥せて。ゆる 〳〵と胸より腹へなておろし。その心のおちつくやうにして。或は雨 指頭にて。婦の肋骨に治て。左右章門のあたりへなでおろし。 また股のあたりまでもよく按摩し。後に胎の倚側をよく診て 術を施なり。生婆婦の左に坐たらば。下部にむかひて。坐婆の 両手をかさねて。婦の小腹の下横骨の間へさし入て。胎を上 のかたへ捜挙やうにして。左の手をそのまゝそこにおき。右の干に て。その右へ傍側たるは。四指頭を用て正中へ推送り。左へ倚側だ るは。掌後を用てむかふへをして正中へ送り。その後ゆる〳〵と胎 の左右上下を按摩て。すべて支障ものなきに いたりて。また〳〵両手をかさねて横骨間にい 掌後といふは このところ をいふ なり れて整頓べし。すべて術を施には。おのが腰に 力をいれて。指頭はかろ〴〵と車を行べきなり。必〳〵指頭の みにて力まかせにしては。おもふやうには施がたきことゝ 心得べし。もし胎大に下て。横骨間に指頭いりがたきものは。 婦の膝を竪しむれば必指ははいるなり。この術を施して後。そ のまゝにしばらく寝せてよし。また平臥ことならぬものは。 相對て坐り。生嫗の両手を婦の背へまはして。前腹のかたへ撫 摩こと数十遍。その心得は。腹上へなであつむるやうにして。 その後両手の大指を。肋骨に沿て章門の方へ按おろし。さて 両手を仰むけて。横骨のうつゝさし入て拘拳。その倚側たるか たを正中へ推送こと。前の意味とおなじ。下より整頭に。両掌 後を用るもよし。もし高ところより墜。または轉仆て後。胎の 大に倚側たるは。その胎の椅側かたを上にして。側臥にさせ。 収生媼はその後へまはりて。己が片足をのばして婦の股の間へ さし入て。婦の脚をおのが膝にてうけ。手を股の間よりまはして。 下より胎を捜挙。かた手は上のかたより正中へをしおくるやうに するなり。撫撲などにて。大に倚側たるを。正位にかへらしむ ると。そのまゝに産のけつくことあり。かねて心得居べし。これ を行には鎮帯は必解脱て。たしかに正位に復たるを診て後。また 〳〵全腹を纏表こと。初にいふごとくにすべし。その胸下を緊紮 ては。帯のために胎のかしぐわけも。この術意にて知るべきこ となり。 一子宮の位置を探て知べきことをしるす 坐草前に。預胎の順逆横偏をはかり。および産の遅速難易を知得 には。探宮にあらざれば。たしかなることをいひがたし。陣痛たび〳〵 なりとも。子宮の陰戸に臨ぬうちは。産出るものにあらず。子宮己 に産門に臨ても。支障ものあるまゝに破漿したるものは。却て娩出 べき便を失ひ遅澁ことあり。もし然ときには。いかほど努力たりとも。 たゞ疫労をますばかりにて。産出ことはがたく。努梓ゆゑに却て 胎は倚側するか横にさせて。いよ〳〵困難にいたらしめ。遂には母子 の命を殞ことあるがゆゑに。陣痛たび〳〵なりとも。自然の努揮の努 さかんになるまでは。娩期にならぬよしをよく合点させて。産婦の 意を落つかせ。努力をいそがせぬが尤よし。しかはあれども。坐婆は預そ の娩期を知ざれば。自己も妄に身を労し。無益のことに隙どることあ れば。坐草以前に探宮が肝要なりとおもふべし。妊娠五六日月より も探て見たきものなれども。苦悶のときにいたりてすら。羞て厭 ものなるを。事なきときには。坐婆にも診がたきことなれども。 腹上より察しかぬるものも。これによれば必その實を知得なれば。 坐婆はかねてよりよく心得おくべきことなり。事急なるにい たりては。羞おもふとも厭がたければ。男子の産科医も探営を 臨産の第一義として。必これによりて預遅速吉凶を察し知こと にはなりたり。その法は。陣痛たび〳〵なるときに。産婦を坐せて。 こなたの體へ靠かゝらせ。坐婆の右の手へ綿絮やうのものをたゝみて のせ。それへ肛門をうけて。陣痛いたるごとに提挙て。肛門を推と きには。胎の会陰へつきかけて。やゝもすれば会陰の内筋を損ことあ るの患をふせで。そのうへ児頭の陰戸へむかふやうにするためにか くすること尤よし。陣痛次第につのり。腰間おそくなりて。裂がごと き痛をおぼえ。周身熱をもよほし。眼中に花を見。姙婦自身に陰屍の うちはれたるかとおことはるゝがごときにいたりては。その産ちかきにあ りと知て。この肛門をうけて提挙はづみに。綿絮をそこへそのまゝに 捨て。まづ中指を用て陰中を探てみるに。胞胎已に産門にのぞみ。膜 中に水漿充満たるは。指頭にてむかふへ推ときは。そのやぶるゝ音たし かに知れて。漿水下るなれども。妄に胞膜を突破て。漿液を洩ことも。 なるべきたけはせぬがよし。とかくにこなたよりもとめて衝破な どし。自然に委ぬことには。害あることあるものなれば。必その期いたるをま つべきことなれども。たまには破では苦痛の堪がたきもの有て不得 止破て水液を遣ことあり。賀川家には中指食指にて抓て破といへども。 つよく脹たるは。指先にてむかふへ推たるばかりにても破るものにて。抓 ねば破ぬといふは。努張の至ぬあひだに破ゆゑにて。好きことにあらず。この 水液は。粘消甚しきものにて。これなければ胎の陰戸を出るに苦悩 多く。支障ことあるゆゑに。尤緊切なる液にて。この物さへ洩ざるあ ひだならば。いさゝかの儕斜支障は。滑脱て自然に跳出るものなれば。分 娩の助となるべき。第一の至実なり。それがためにこそ。かねて天より賊與 ところの具なれ。ゆゑに子宮口の陰戸に臨ことなくて。胎傾たるまゝに膜 皮の破たるは。その聲の外へ聞るほどのことはなく。いつ破たりとも知ねば。 水液無益に洩出のみならず。胎はます〳〵倚側か。または横骨に障られ て出かぬるか。いろ〳〵さま〳〵の困難をなすにいたるがゆゑに。胎位正から ず。陣痛はげしく。下肛門へ微痛なきあひだは。努力をいそぐこと。尤可 からぬことなり。たとへば大便するにも。時いたらねば。いかほど努力ても 出るものにはあらぬにても揣量すべし。いとゞさへ俗人は狼狽やすき ものなるを。坐婆の心得よろしからねば。それがために大なる苦痛を 増しむることあれば。陣痛ありとて。妄に坐草しむべからず。よくその 期を認てあやまることなかるべし。たとへ一陣痛にてそのまゝに産る ことありとも。それは希なることにて。とかくに坐婆の心がけは。挙家の 驚擾をしづめ。姙婦の意の陣やうにすることが肝要なり。左なけれ ば。たとへ産は滞なくとも。産後に眩運崩漏などの症発て。おもひもよ らぬ急変にあふことあるは。皆坐婆の過なり。探宮に先中指を用る には。餘の四指を屈ずに。中指を用るにあらねば。指頭短なりてたより あし。食中二指を内るにもおなじ心得なり。二指をいるゝには。子宮口己 に臨たるを知て後をよしとす。子宮口二指をいるゝは。分娩の期なほ遠 し。三指を内るにいたれば。己に娩んとするの候とし。四指ならべ内らるゝ ときには。もはや産の期いたれりとおもふべし。もし子宮口ひさしく開 かぬるものは。子宮白の外邉を中指頭にて循旋こと。硬糞の肛門に迫 たるとき。肛門を指末にて国転せば。はやく便氣あるとおなじ理に て。その娩期を促に尤妙なりとす。子宮已に開たるときは。全手を内るに に足るものなり。殊掌の繊軟なる坐婆は。その術を施に便宜。その妊婦 も男子の産科に委たるやうなる心づかひもあらねば。予が坐婁にこの術 を傅たしとおもふはこれがためなり。膜のいまだ破ざるものは。蝋びきの箱に 水をつゝみたるやうなる手あたりにて軟なれば。指頭がさはると凹もの ぞ。児頭は硬して髪あれば。抓てみればたしかに辨別なり。児頭已に臨もの は。その頭を指さきにて摩旋か。またはむかふへすこし推やるやうにす れば。楚の勢にてはやく娩るものなり。子宮の倚側ことは。蔵府の推排れ て。倚斜かたの一方になるゆゑに。左とも右とも定てはいひがたきことなり。 臨産前には。腹上より按てこれをしり。妊婦はその傾かたに胎動を知る ものなり。これを整復しても。やゝもすれば傾屋すく。たとひ正中にあ るも。陣痛の努弄によりて。また倚側こともあるものなり。それも子 宮口さへ産門に臨ときには。自そのはづみにて正位に復うまるゝもあり。 児正く飜轉し。頭を下にして産出べき勢を得ても。子宮倚斜てその 口産門に向ざるときには。これを探てもその口を得がたく。その傾かたをあ らかじめ知にあらねば。指を及こと難がゆゑにぞの以前に。胎の傍側べきかた と。胎動を知るかたをよく認おきかく。この時の用にそなふべし。胎の倚側か たの腰脚に睾急をおぼへ腫あるもそのかたにおほく。腹状もたしかに和 るゝものなれば。倚斜の明白ならぬものはなけれども。探ざれば知がたきこと あるは。子宮口の前後左右いづれへ傾側たるやとおしはかりて。その口を もとむるも猶かたきことにて。子玄子はこれを不治と定たれとも。ふかく 掃ば必得らるゝものゆゑ。決して娩がたしとて捨べきことにあらず。このとき にはその口を肛門のかたへ向たるが多ければ。陰戸の下邉に沿て手をさし 入。措頭に心を注て探もとむれば。必その口をその所に得べし。その口を得 たらば。指頭をさし入て。産婦をおのれが肩へ葬たるまゝに。臀をおとしつけ さするやうにすれば。そのはづみにて子宮の口陰門へむかふなり。もし努 梓によりて。子宮の下墜甚く。指をその間に内がたきものは。姙婦をして 胎の椅側たるかたに臥しむるか。手を席へつけて蒲伏せしむれば。胎の重一 にてかゝりたる骨をはなるゝときに。坐婆の指を入べし。くれ〴〵も子宮口陰 戸にむかはざるあひだに。破漿をもらせば。児の頭顱を横骨に圧つけられ。い よく磔住うちに。陰門やゝ牽縮。いかにすれども出かぬる或は手足を 死出し。または背もしくは腹を陰門にむけ。或は尻を出すの類の難産 も。悉皆努力をいそぐ坐婆の過によるもの多し。それらのことは下條に いたりて。これを救の術を一々に説解て示べけれども。そのはじめより胎 の椅側をふせぎ。あらかじめ子宮口の必陰戸に向やうにさへすれば。困難の 患にいたることもなく。必過ことあるべからず。ゆゑに陣痛きたるとも妄に坐 草をいそぐことを制るはこれがためなり。世間庸愚の坐婆が。心得もなき 鎮帯にて。胸下を縛紮て。そのうへをば拗せ。脚を屈て臥しめて。下よりは 圧過。つひには胎を倚側せ。今また坐草努揮を促て。いたづらに苦悶しめ。再 産椅に跪坐て。その熟睡を苛責して。こと〴〵〳〵自然に背所為のみなれ ば多は姙婦をして病ある身とならしめ。甚きは横夭せしむる。その陰恩の報 は皆己が身に及べきことをも覚ず。こゝろえがほに。愛重の人命を口腹のた めに艶こと。年々にいくばく老。懐とも痛しともいふべきことのかぎりなら ずや。もし世の半姿。いさゝかも天道をおそれ。職業のおろそかにすべからざ ることを知ば。必〳〵固執をすかく。予がいふところを細心に味て。これを日用の事実 に検ば。小補なしといふべからず。 一坐草分娩および胞衣を下し蓐に臥しむべきことを示す 陣痛のときに。手の十指頭に脉はげしく応と。間もなく兎身るを知る。これ を見るには。坐婆の五指頭を孕婦の五指頭にあはせて診べし。もし陣痛が 腰および肛門へ次第に及し。眼中ちら〳〵して。腹も裂かといふやうなる痛あ りても。猶うまれかぬるものは。前条にいふやうに。探宮にて診のみならず。をり 〳〵腹へ手をやりて。その倚側たるやいなやをこゝろむべし。努摧によりて 正中にありし胎が。その期におよびて傾ことあれば。よく診得て。すこしにても倚」 側たることあらば。腹上よりも前の整胎の意を帯て。これを正中へ推送やうにす れば。それなりにうまるゝことあり。児頭已に産門を出るときには両手を仰て。 大指を児の肩へかけ。餘の八指を。平かに児の胸へあてく。指頭をそろへ必肋骨を 指頭にていためぬやうに。細心にかたくとらへて。陰門の上邉へむけてこれを 救出すなり。もし下へむけてひきぬけば。會陰の肉薄脆して傷やすし。それ をよけて。必上邊へ向て我ぬ〳〵を法とす。平産はその自然に委せて。うまれ 落るをまつもよけれども。已に頭を出したるは。かくするもまたあしからず。 あとより出る血を。児の口中へ入ぬやうに心がけてよし。胞衣はつゞひて直 に下べきものなれば。平産ならば患なけれども。すこし澁滞たらば。これ を産門までぬき出し。しばらくとゞめおき。とりたきときに手をかくれ ば。速に下るなり。胞衣のこりてあまりに遅疑うちには。子宮口を閉るゆ ゑに。いかに捜ども下がたきことあり。前にもいへるごとく。世間の坐葬のやう に。児の娩出るとそのまゝに。鎮帯にて腹中をかたく紮て。胞衣を帯より上 へ隔絶たるは。とり分て下がたく。鎮帯ゆゑとはこゝろもつかず。力まかせに 臍帯をとらへて捜断にいたり。はじめておどろくことまゝあることなり。 惣て胞衣を捜出すには。胎とちがひて。陰門の下邉へむけてそろ〳〵と捜 ねば。やゝもすればひききることあれば。必上邉にむけて捜ことを厳制るな り。その法は。生婆の両手を畳のうへく伏て。頭を下げ雨臂を地に擲両手の 大指食指を用てすこしづゝ捜出したるものを。小指に纏ながら。捜ごとに 臂をうかせて。指頭にてあしらひ〳〵捜出すなり。臍帯あら〳〵出をはり たるときに。左の手の食中二指を。臍帯に沿て陰門中にすゝめ。胞帯のと ころにいたりて。胞衣をしかと指頭にはさみ。右の太指食指を。その左 の指の表よりかけて力を加。逐次に左指をすゝめ。はさみかゆること両 三次にして胞衣いづるなり。胞衣はもと子宮の底にあるはづなれど も。倚側こともあれば。妄に捜ては臍帯を断ことあり。靭強ものは子宮を ともに我出して悩となることなどあるも。皆坐婆の術にくはしからぬゆ ゑなり。坐婆よくこゝに述る趣を心得ての後は。その手の柔軟にして繊 きものは。指さきよりも金手を入るに支障なきことなれば。脂娩出てまもな く。生姜の右の全手を入て子宮のうちを探れば。胞衣の取在明かに探知 るべく。もし子宮底に滞着てはなれがたきものなりとも。その間に指 を入てこれをはなし。指の間に胞衣をはさみ。掌をすぼめて。外にあ る左の手は臍帯をとりて。これをもろ引に捜出し。再手を子宮中に入 て。麋積のあひだの片膜凝血なとあるを。指頭にて探りあつめて登り 出すべし。片膜といふは。冒膽を児の衝突ときに破裂たる小片にて。偶 には児頭にこれを冒て出るものあり。かゝる類のものを子宮の襞積の あひだにとゝめて。そのまゝに出ざれば。月経不順。蓋血。崩漏。腹痛。攣急 などの症を患る因となり。後日の害を為ことあれば。とり除にはしか ざれども。児生下てまもなく手を入るにあらざれば。施がたく行ひかた し。ゆゑに尋常坐婆のごときは。後術をよくこゝろにとめて。胞衣の下 がたきものをひきとるべし。胞衣下ざる症大要五ヶあり。その第一は。胞衣子 宮白にいたりて。上より洩出る血を盛て。底ある嚢のことくになり。下り 来らざるものは。臍帯をつよく捜ども必下がたく。強て捜出さんとすれそ。 その胞帯のところより臍帯を拭きりて。重患を招ことあり。ゆゑにかくの ごときは妄に捜ことなく。その臍帯に沿てさし入たる指頭にて。胞衣の帯 のところを。便宜よきかたへ匾圧ときは。その旁に空隙を得。蓄血その手をつ たへてきたるなり。さて子宮中にたゞへたる血あら〳〵つきたりと思ときに。 両指頭にてはさみて。前のとほりに捜出すなり。第二は。胞衣もし子宮 口にはさまり。崩血などにならんかとするものは。その胞衣を我こと尤速 ならざれば。婦の命を殞ことあれば。全手を送入て探とらるべくは。前に いふごとくにして手ばや〳〵とり出し。あとは崩漏をふせく術にて血を 止るやうにしてよし。もしそれも行かたくば。胞衣の下たるやうにとりな し。産婦を説てはやくその心の降やうにし。胞衣は日数過て自然に 下るを待たるもよし。いづれにもその便宜にまかすべし。あるひは脾衣 の子宮口にはさまりたるゆゑと知ども。崩血已に甚きものは。妄に手を 下しがたきことあり。いかにとなれば。下さんとする胞衣につれて。血山 の崩がごとくに下り来て死ぬるものあり。その見わけは。周身の経脉 甚く鼓動。胸腹の動悸波濤のごときもの。および昏眩。頭痛。上衝つよ きものなとは。決して忽視はならず。もしそれらの症あるものは。た とへ胞衣を子宮より拭とりたりとも。陰戸よりかならずぬき出さ ず。しばらく留おくこと。第五の體憊たるものとおなじあしらひにし て。いつにても穏になりたるときに取がよし。または直にぬきとり。綿 をかひ手ばやくふせくも。時の宜に従べし。第三は。臍帯をつよくひき て。胞帯のところより断たるものは。細き筆管かまろき枚箸など の。木理緻密にして折まじきものに稜あるをもとめて。右の食指頭 に添てともにふかくさし入て。胞蒂のところをはさみ。箸の稜を胞 衣をへだてゝ指のはらにてしかと推て。胞衣の脱ざるやうにして しかと握つめ。左手の力を添て捜出すなり。第四は。膀胱中に小便 充満たるせり合にて胞衣の下ぬものあり。それは先小便を通じさ せて。後に胞衣を下すがよし。第五に。生婆の殊心得べきことは。難産に にて體憊たるものゝ胞衣を。にはかに捜出せば。つゞひて血漏下てそ のまゝに死るか。または衝逆気絶することあれば。それらの胞衣は陰中ま で投出してとゞめおき。必とり出すことなく。腹上は布にてゆるやかにま き。高枕に右側臥させて。白湯魔粥なごとをすゝめ。熱などをもそろ〳〵との ませ。肩背腰脚などを按おろし。あゝろの轉べき談などして。一時あまり も消息もし催睡たらば。一トねむりもさせて。のちにとりたるが尤よし。 いづれにもはじめに陰戸まで出しおかざれば。ほど過ては子宮の口 を閉るゆゑに。妄にぬきとりがたきものなり。疲たるものをかんがへもな く我とりて。あしもとから鳥のたつやうなる急変にあひ。臍を 一噬の悔あることなかれ。この事を心得ずして。人を害もの世に多け れば。くどくもことはるなり。かゝるものゝ胞衣は。ぬきとるときに も心を用かく。綿を炭堅の大さにかたくまるめたるを。予こしらへお き事。脱とりたるあとへはさみて。脚をかさねて陰肉のあふやうに して。側臥にさすることは。病家須知にくはしく記載て。俗家に示べ し。これ血の暴下んかとおそるゝゆゑに。かくはすることなり。胞衣い よく下ずとも。婦人にいひきかせて安心さへすれば。衝逆昏眩の変 は決してなきものなり。暑月は六七日。寒時も二十日あまりを過せば。 必腐爛て下るものにて。害にならぬことは。毎もためしあることにて。決 して恐べきにあらぬを。生婆の心得あしければ。あはて躁て非命に陥 しむることの多きは。なげかはしきことにあらすや。また児いまだ焼出 ざるに。臍帯先出るは。その臍帯を圧挟て。血の運輸を閉塞ことあ れば。其児は分娩ざる前に死ぬることあり。故に臍帯先出て兎身が たきは。速にその臍帯を子宮中に推かへして。これを救べし。それ は産婦の桃のかたを高して仰に臥せ。児顕已に子官に臨たるは。 児頭とともにその臍帯を推かへしてよし。しかはあれども後條に 説明す術によれば。かくするにもおよばず。速に児を捜出して。そ の難をまぬかれしむるがゆゑに。この術は用るに及ぬことゆゑに。くは しくはいはず。また児頭已に産門を出るときに。臍帯を頭にまとふこ と三四世におよぶものあり。これをそのまゝに捜出すときには。得て は児の吭をしめて殺ことあり。そのときには。食指にて頭に繞だ る臍帯を。一ㇳ回づく左と右へかはる〴〵ひきて見るべし。そのゆるみた るのつりあひをよくかんがへ。解べきかたをよく辨。児頭をうちこしてこれ を解べし。かくしても解かぬるものは。速によろしき所にて。その間一寸あま りをへだてゝ両ところ紮て。その中間より夾断べし。さてその後に児を 分娩しむる手段を為べし。惣て臍帯を紮には。細麻線を用ふ。外科の 金創に用るものなど左よろしけれども。今俗間には紅木綿糸を用 るが常のことなれば。あかき繭糸などにて紮などもよし。これらの ことはすべて俗意にもとらぬがよければ。しひてかゝはる。ところにも あらねど。木綿にてはかたく紮にたよりよからず。ゆゑに繭糸などが よし。たゞ世間坐婆の為やうに。臍のかたへ長く剪のこしたるは。乾こと おそく。暑月は必腐爛やすく。その腐壤より児の病をひき出すこと まゝあれば。決して長を好べからず。臍より二寸ばかりをのこし。臍の かたよりむかふへ血をよくしごきてかたく紮。また一寸ばかりもおきて 紮。その中間を剪切なり。竹力にて切がむかしよりの習なれば。それ に従もくるしからず。胞衣のかたを紮ことは。後に胞衣を捜ことあるに。 血を瀉出しては。臍帯ほそりて力を用かたければなり。臍へのこりたる かたは匾にして。臍の上へ折かけて。その上より単の布にてかろくまきお くべし。紙などにてあつくつゝむはよろしからず。臍帯追落後灸する一 ことは。はやく乾しむるためにて。病をふせぐたよりにはならず。それを 謬會たるもの。火氣の児體に徹までにするは。かへつて病をひき出す もとゐとなることにて。よろしからぬことなり。艾灰五倍子などを ふりかくるは。詮なきことにはあれど。これらは人〳〵の心にまかせて もくるしからず。たゞ熊膽を水にてときたるを貼るは甚あし。苦水膽 帯をつたへ。腹中に浸入て害となり。それよりして腹痛摘摘などを発し。逐 には児を殺ことあれば。決して為べからず。また臍口いまだ乾ざるものを。治て のち。腹痛て悩。あるひは摘搦を發し。或は卒死したる児を見たることあれ は必そのあとの乾涸ざるうちに浴させまじきことなり。さて胞衣已に出たらば。 先冷水一盞をあたへてのち。布にて全腹を纏こと。はじめにいふがごとくにして。そ の後導にうつし。枕をたかくして先右側臥さすべし。この産後の帯は。布をたく みて臍上を紮こと。世間坐。夢の為やうにしたるもまたよし。生草ひさしく憊 たるものは。産門に綿絮をあてゝ。坐婆の手をそえて。そのまゝに匍匐にさせ て辱へうつし。蓐上にても。猶あてたる綿絮をはなさずに。人にいひをしへて。 婦のうしろより抱て體を舞かゝらせ。しかととらへてうごかぬやうにして。 さて左の乳の下より鳩尾のあたりへ手をやりて。動悸をうかゞひ見て。あら くしづまりたりとおもふときに。横に臥てよし。産後に水を喫せよと いふとも聞入まじき輩もあることなれば。愚熟といひて麻の嫩苗を黒焼 にして懐中し。それを水にて服しむべし。あさがらのほくちもよし。 麻苧もよし。百草霜もくるしからず。伏龍肝とて数十年をへたる 竃の下の通赤になりたる土塊あり。いづれの薬舗にもあるものな り。それらを細末にして用るもまたよし。いづれの薬もたゞ今水一盤を 喫しめんためのみにて。その効をたのむにあらず。これ賀川家などには 秘訣とすることなれども。近來の経験にはあらずして。はやく千金 方といふむかしの書にも出たることにて。その後支那にても用るもの あり。甲斐の徳本などは冷小便を服せたりしといふも。その意は似よ りたることなれども。不浄のものはいかゞあらん。たゞ湯を股ては決 して効なく。必新汲水一盞を喫しむるばかりにて。時過てはいむべき ことなり。この水を用るときには。昏眩崩血などの変をふせぐに。その効 挙て数がたく。その佗効用灸場ことにて。胸腹動悸劇。血大に下て止 ざるものなど。症によりては。湯液を冷服しめなどして奇効を得ことも この意なり。すべてこれらのことをも坐婆心得居ときは。人を救ことの もつとも多からんと。此に諄ものなれば。必疑惑ことあることなかれ。産椅 を用ず高枕の蓆をつくり。そのうへに右側臥さすることは。俗家にも示 たければ。病客須知に載べし。産後の熟睡を戒ることは。尤あしき心し 得にて。状獲ものは。必鳴党ことなく。そのまゝに睡すべし。體をゆ るやかにしてよく寝たる後は。残血も滞なく下て。復業こともはやきこと は。前條にいふがことし。たゞ難産後にて。眼をみつめなどしたる後。ある ひは息のはづむものは。寝たりとも忽視のならぬこともあれば。旁 に人をつけて。その眼面と息あひをこゝろづけさせてよし。産後 直に薬湯或は塩湯にて陰咳を慰ことなどは。分娩時日を過し。困 艱ひさしきものには。必高てよろしきことあれども。平産はそれま でにはおよばず。とかくに懐妊するも分娩も。自然のものにて産前 故なきに。熟錬もせぬものなどに腹を按摩させて。かへつて胎のさ はりとなることもあり。すべてあまりに人の仰意を加れは害あるこ とをづねに審辨おくべきなり。 一臨産に坐婆の心得べきことをしめす 臨月になりて。腹の形上張犬に。下のかた狭小ものを。順孕とし。下張大 に上狭小を。逆孕とすれども。これは拘がたきことなり。はじめにも いふごとく。順逆は必翻轉の機によりてしかるものなり。こと〴〵く はじめよりそのなりに孕ものとはおもはれず。樟骨の上際に両指を容 べきは難産とし。胎偏側で股に没がごときは横産とするは。しかる べきことゝおもはる。これら尤手術の在ところなり。 七八か月ごろに。腸腹いたみ。或は腿など引つり。または腰かゞみて伸か ぬることありて。水血併下ものゝ。正産にあらぬめあては。腰のいた み甚からぬものなり。これは多くは胎のかたよりたるによるこ となれば。それを正中にすれば。その痛は必休ものなり。ゆゑにそのみわ け肝要なりとこゝろうべし。 孕たびことに小産するものは。房労と飽食をいましめてよし。もし 小産したらば。子宮の餘血を残ぬやうに掃除して。後日の害をふ せぐべし。 九か月ごろに。腰忽痛。あるひは血下り。水を交などして。かへつて産せざる もの。正産にあらず。腰痛甚く陣痛止がたきものは。多くは半産なり。半産一 のいたみは。刃にてゑぐらるゝやうにおぼゆるものなり。 臨月ちかきか。または産に臨て乳汁の出るを。子が乳をはなすとて。胎 児の死たるなりとするはさることにて。多は死胎なれども。児の 腹中にあるときに。乳にて育ものとおもふは。おろかなる臆摘なり。 胎内の児をやしなふ。用なくなりし血のあまりが。しばらく乳汁とな りて出るなりとこゝろうべし。 七八か月のころ。痢病の努迫にて。偶と分娩あるもの。多は死胎なり。 臨月のものはしからず。 傷寒荊病。または麻疹など。惣て熱はげしき病にかゝりて。日を経 たるもの。陰中より血を下すものは。胎の死たるが多し。水腫などを 患ことひさしきは。やくもすれば堕胎するものなり。ゆゑに傷寒。痢病な とにて。下すべき症あらば。手まはしよくせねばならぬことにて。有身 ゆゑに下たくも下されぬなどゝいふやうなる医師にかゝりたるは。生婆 よく心づけて。後害を受させぬやうにすべし。 産にかゝりて。腹痛心下脹満て。苦悶するものは。飲食の停滞による もの多し。こゝろえあしき坐婆は。陣痛にかゝりたるときに。産婦の力 を生といふて。湯漬などを強に喫するものあり。このときに喫たるは。 多は滞て降がたく。それよりして嘔逆などを促。大なる害となる ことあり。しかのみならす。胸下痞て。氣血の運輸あしければ。分娩か ぬるものにて。食滞より子癇となり。産後も昏冒崩血などの急に 変にて死にいたるも。食を強に喫たるが。停滞したるより発こと。 まゝあることにて。その腹満痛ものを。医師もそれと知たらば。 はやく停滞たるものを。ひらかするやうにせねばならぬことなり。 姙婦みづから空腹なりといひて。食をもとむるならば。やはらか にて温なる湯とりやうの飯を。すこし内ばにあたへたるがよし。必 此方より強るは可からぬことなり。 食傷霍乱の悩より。むしけづきて産る児は。多は盲かぬるものにて。 先は死胎が多ものぞ。 産にかゝりて。面色のあまりに赤は。産後脱血することあらんかと。か ねておもふべし。 臨産。背冷もの。或は面色脣まても青白く。呼氣冷るもの。産後 巻上 の変あらんかと。かねてこゝろうべし。 悪寒戦慄て。乳房の痿軟になりたるものは。胎児に変あることを。豫 いひてよし。 産にかゝりては。身に微熱あるをよしとす。汗出るもよし。しからざる は。産後のこゝろづかひあらんかと。気をくはるべし。 産にかゝりては。虚里の動といひて。左の乳の下びくつき劇ものは。 産後に変證あらんかと。かねてよりこゝろをもちふべし。 臨月になりて。崩漏ことあるは。子腹中に死ぬるにあらねば。産後 変証出ることあり。 産に臨て。その腹石のごとく堅く。つやなきものは。胎の死たるにや とかんがふべし。 産にかゝりて。腹ばかり痛てうまるは。死胎にかきることなり。たとへ逆産に ても。活胎なれば。その痛腰肛門へおよぶが常のことなり。惣て死胎は。その 腹を按て気力なく。指のおちいるをめあてとしてよし。 妊婦の腹にはかに重なりて。二三貫目もあるものを負たるがごとくおぼゆる は。胎の死たるなり。 陣痛にはかに止ものは。腹中の児死たるにはあらずやと先おもふべし。 陣痛のにはかに止ものに。小便の通じかぬるよりしかるものあり。それをあ やまりて死胎とすれば。大なる害をひき出すごとあり。よくこゝろえて。小 便閉たるは。はやくその小便を通じさすれば。陣痛またそよほすなり。 臨産に。小便の通じかぬるは。児頭が横骨の正中へつきかけかく来るゆゑに。尿 道目塞て。通利あしきなり。これは常のことなり。もししからずして。小便の 通じいさゝかも渋閉なく可は。逆産る。横産か。死胎にはあらぬかと患べし。」 陣痛のあひだに眠ものを。ねふりごしといひて。産の気いまだ到ぬものなり。 必促て努力せず。静に寝させたるがよし。 陣痛時うつりて娩かぬるに。旁にありて小声にてさゝやきなどするは。よ ろしからぬことなり。高声にてはなしなどするも必制すべし。産後もよ く寝させねば。大に損あることにて。それも側臥にせねば。おもふやうに は精神の鎮らぬものなり。このことかねてこゝろうべし。 倒産。横産は。破漿きたりて迸ぬものなり。 臨尾陣痛をり〳〵来りて。産かぬるのち。その痛忽止て。たゞ腰間おも〳〵。 腹に微痛をおぼゆるものは。陰中を探て見るべし。被膜いまだ破ざる ものは。五六日を過したりとも。必死胎にあらず。産の期自然に来るをま ちてよし。あせりて膜を衝破などして。強に娩身んとするは。大に害と なるなり。もし膜皮已にやぶれ。臭液流出て。臍下攣痛のみにて。肛門に およばざるものは。死胎の候とす。はやく児を出してよし。 胞水の破るときに。腹中たしかに音ありて。産婦にそれと知るゝは。産必やすし。 音もなく。傷たるときも知ぬものは。おほくは難産なり。 頻産と知たるものゝ。児の娩ぬさきに。胞衣の先出るは。必死胎にかざることなり。 横産。逆産。生産のものは。胞衣先出たりとも。死胎とはいひがたし。順産にてた しかに死胎と見きはめたらば。先その胞衣を断とるべし。 児頭の子宮口にむかひたるを。指頭にて探て。その口中を診に。舌動とな く。臍帯に脉動なきは死胎なり。 その腹常に冷て。なにともいひがたき痛をおぼえ。陰中より黄汁または 赤小豆の煮汁のやうなるものを下して。臭気甚きゝて。胎の腹中に死たる なれば。はやくその胎を捜出すべし。 燥屎産路を妨く。娩かぬることあり。それは指にて陰中を探く見れば。 肛門のかたにあたりて。堅こと石のごとく。指先にあたるものあり。しからは。 その産婦にいつ大便したりととひて。たしかにそれと斷たらば。油を 食指にしたゝかにぬりて。肛門へふかくさし入。いくたびもかくのごとく して。かくまでも油のよくとゞくやうにしてのち。肛門の縁を摩旋し。 大便を導。やがて指にてかき出すべし。蜂蜜膠飴の類も可ども。に はかなるときには得がたきのみならず。油のかたはるかにまされり。いづ れにも時の宜に従て用ふべし。もしこれにても通じかぬるものは。 油にても。また蜜にあつきゆをすこしさしたるにても。烟管の頭を とりたる竹の方を口にふくみ息をきはめて肛門へふかくふきこむべし 喞筒にて注射こと尤よし。 児頭陰戸に出て。ひさしく動ことなく。頭皮ゆるみたるものなりとも。 臭液のしたゝり来るものなくば。妄に死たりと為べからず。陰肉膨脹膜 中の水液乾燥つき。陣痛にて逼壓らるれども。脱出ることならず。揺 動をすることならず。進退きはまりて。死たるやうにみゆれども。鼻を 出して大気を吸入たるのちにあらねば。ひさしく口鼻をふさぎても。 妄に死ぬるものにはあらず。かゝるものを尋常の産科に諮は。必鈎 を用て曳出すゆゑに。非業の死をざするなり。むかしよりこの産を ことの外むづかしきことに心得て。難理とすれども。予が後条に説 あかすところの発明を聞得は。その時日過ず。交骨再閉あはざる ものは俗人にも救得らるべく。たとひ児が死たるにもせよ。釣にて 破傷。あるひは截断などして出たらんには。その父母も後〳〵はさぞ 追恨ことにおもふべし。生婆も俗家もよく心得て。はじめよりこ れを釣かけ医者に委ことなかるべし。 妊婦大に浮腫たるものが。産にかゝる二三日前に。水下りて間歇なき は。多は死胎なり。浮腫なくて。たゞ水を下すものあり。それはいとふべ きにあらねど。その水に色のつきたるは。そのまゝ産にかゝることある ものにて。すら〳〵とはいかぬものぞと先こゝろうべし。 壮尻胎は。順産にて女子が多きものぞ。これは母が水腫をわづらひ て。その水気が胎におよぼし。児の周身浮腫たるを。娩出るときに。頭 胸の水を下へしごきて。腰以下大になりて。かくなるものなり。ゆゑに 逆産にて。脚より出るものは。その水を上部へしぼりあげて。頭胸が大に なりて産るなり。多は死胎なり。炎燠のころとり分あることにて。體 内にて死て。暑熱により。ほどなく腐敗。その皮肉がきれ〴〵になり。水 を多く下して。母もあやふきことあるものなれば。水腫甚き孕婦など は。意を留て胎の死生をうかゞふべきことなり。胎児の手足疲て。腹ばか り大なるも。その内にあるものは水なれば。もし産に臨て。産かぬる とき。死胎なりとたしかに知たらば。児の腹部のよろしきところにて。 爪を以て皮をやぶり。水を出して。のちにうますべし。 まづ手を出すものを見るに。ほそく疲かしけたるは。死胎なり。その 血の運輸なきゆゑに疲なり。活胎の臂は。その色白青く。肥て動ぬ やうにても。なにとなく活気あるものなり。 児頭子宮口にいたるときに。これを探て頭骨かたく。とがりあるやうに て。皮なき骨にあたるやうにおぼえ。嚢に物を入て振やうなる音あ るかとおもはるゝもの。死胎なり。かくなりたるをひまどると。その胎が 腐壊て。皮肉はなれ〴〵になりて下るものぞ。さあるときは。母もまた穏 ならぬことになりゆくなれば。よくこゝろえさせてよし。 児うまれ出て。声をたてぬうちは。冷るものなり。それにかはりて温なる は。日數歴ぬまに死ぬるものなり。よく心得べし。死胎などは湯氣のたつ ほどあたゝかなるものなり。 此三十三ヶ條は。もつとも切要のことにて。坐婆よく記得て。事實に こゝろみて。これを擴充ぞのうへの発明を得て。人を救こと多からば。 仁恵はかりがたかるべし。しかるに世の坐婆人命の貴重なることを おもはずして。その職に疎に。惨酷なることをなして人をあやまく 天命の畏べきことを悟ざるは。いと蠢愚ことなり。まして都下には なきことなれども。貧聲して多産家は。無事にうまるゝ児をもころ すことを委れて。これをもまた世わたりなりとうけがひく。絞殺。ま たは口鼻をふさぎて息をとめ。あるひは圧ころしなどすき坐婆が。 寒郷には今もおほしときく。もししからんには。かの竊に釣を用て 生児を捜出す医師には。はるかにまさりたる巨罪なるべし。すべて 人には天禄といふもの具て。児一人には一人数人には数人だけの衣 食を必天よりうけて産出るものなれば。貧倹にて数多の児を養育 せんからに。飢寒て死るまでにはいたらぬものなり。しかのみならず。 親となり子となる宿縁のほどをおそへば。閑事にはあらぬを。い かに貧窮にてやしなひがたければとて。みづから殺などするは。そ の類をわきまへぬ禽獣もせぬことなり。かゝる心を起しては。たとひ現し 罰なしとも。貨のために人をころす盗賊にも。まさりたる大罪人なり。 天の譴いかばかりぞ。いとおそろしきことにあらずや。 とりあげばゞ心得草巻之上終 。 物のやう ●二〇一〇〇〇〇、、、、、、、、、、、、、、、〇〇 錦織雜紙 ○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○ 甲 健 大 概 一腸書店 病家須知 冬 午 十一日 。 □□□□□□ 鞠 一同十一株善居利行 後篇 □□□□ ………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………… 巻下目録○たんせでのやまひにとりあげんのころえべき大こな○つなりのことかんのことを かんとめまひぢのけをおすにむぎひたりをうくるにおよばぬこと。さんぜんごせうべんづまりのよと加○こつぜう なんぶくろだいてたうつきたるかたち此○ちのけめまひのことい上北〇ちのけめまひにさむけをうぬることそうの やまひのことかゝちのいちが名になることを○このあたまをあらはしてうまれかぬるものあたまのかる もとりあげばゞののさみをいそがするによるものおほき。さごをとりあぐること仕かさごをさか たにはらむそのとすねはうけどはれぬことは。〇このからだるはのゆへのうへのか平むかひてひきすがみなわけ 升○さまぜをあぐるにはほそのををおすにころをもちふべきことこと炒○海へしりのかたさきへでかさん 火○よこざん仕」○とごんのせをさぐりえたるもかぎなうてうませらるゝ火と廿〇はらのこをひくり かへしてかまするかぎ二十〇ころのまゝに是をなすにひとつのでんじゆそのあること廿一〇ひでんものをもち ふきうつはのかたたまりあしをさぐりてひつくりわへすはたやすきことにあらぬこと片○いかにしてもあ しをえがたきをまへふせてさぐること しをえがたきをまへしふせてさぐること。五十五たごをとりあぐること行え○ふたごのみけたは ○てとめしをかたくずゝあらはしたるときのころ元。左は○さんごにとりあげばゞのころえべきこと此は ○おりものすくなきにはらをもみてよきものあることいふ〽○こはれのこと詞○ゆあみをむ こと言のをよはいぬこにゆをいむこと 〇うまれこのしりのあななきと。みつくち。むつゆび。 のことバナル○あらちのかにはらしされをしるしあるよいといといといよりをもみほくして 一〇〇、、、、〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇、、〇、、、、、、、、、〇、、、、、〇〇〇〇、〇〇〇〇〇〇、〇〇〇〇〇 すふことはね○かんざんをとりあぐるにはゞ雲をんなとむかひあひたるかたち岸○このあたま のあらはれたるかたち咲○さのごのかたちたち でたるかたちほ おなじくてのくみあはせやう よこざんのかたち はらのみを ひつくりかへすかたち ことふき草 原名坐婆必研 八 狩川 坐婆心得草巻之下 一名坐婆必研 一産前後の病に坐婆の心得べきことをしめす 産前後に病あるとき。医師をまねくは常のことなれども。悪阻な どさへ。薬はおもふやうにはきかぬものなり。まして胎のかたよりて 腰脚攣急。または小便を閉。あるひは子懸。妊病などを発し。もしくは 産後の欝冒。崩漏の類は。手術を先にし薬を後にすべきもの多き を。ましてや胎児の産門に臨て娩かぬるもの。或は胞衣下かぬる ものなどが。薬にて効を得べしと思は。たとへば敵兵に囲れ たるものを援んとて。先その敵を解ことをせずして。たゞ糧粟 を運んとするがごとく。却て損害を増ことあるべし。かゝる理を も辨知ぬ医師は。四物湯を血の薬とこゝろえ。伸條本味は産前 巻下 後には妙なるものぞ。黄芩白木は安胎の良薬。当歸川芎は催生一 剤中に必配合べきとおもひ。折衝飲は賀川家にて製たる方 にて。血の薬と心得。射。副覧は紅‾夷の血を治る薬といひ。半夏は 胎を墮の。芒酒は胎を水にするのと。薬の効能も。方の腎由も実 と審知ぬ。俗家同様の愚昧なる臆見より。産前後の劇症に。たゞ薬のみ を託にして。もし偶に自然に治ことあるを見れば。一途にこの薬か の病に効ありと執強て。生涯を過す輩が多ければ。庸人は薬を竪 に委せ。産婦のあつかひを坐婆に任るが。先は世間の習しなり。尋 常の医師は大かたかくのごときものなれば。なか〳〵倚頼になる ものにあらず。ゆゑに坐婆にその心得なければ。母子の生命に係るべ 大事を誤ことありて。その責辞べからず。腰を擁く努力するば かりが。職分にてもあるまじ。胎児を浴さすることなどして。貧民の たび〳〵産したるものは。なれて常にもすることにて。それらの ことを本業と心得ては。たえて坐‾婆なしといふとも。事缺るこ とあるまじ。いかにや世の収生媼。いさゝかもこゝに愧る志あらば。 その家に招ところは。かの薬もり医師にて。釣を懐にしたる産科 盛にあらぬこそ。吾人互の太幸なれ。難證なりとも。いでや兎身 て見せんと。力の及たけをつくして。天道のつとめをかゝぬやうに。心 がくべきこと第一なり。ゆゑに今産前後の病に。坐婆の心得て 益あることをのべ。末に至てはいかなる難産なりとも。やす〳〵と 分娩らるべき。千古未發の妙術を。洩さずこゝに説あかすなり。上 巻にもいふごとく。すべてのこと學より慣よとは。俗諺にいふことな れども。世間の坐婆よくこの書に述るところを。日々の事実に験て 怠ことなくば。徒に精神を費し。筆研を労て。書記たる予術にも。 一翅まさりたることは勿論。さきにもいふごとく。産の一くだりは。これ を男子に傅んよりも。坐婆に教て。世の益となること多く。産婦も 恥とおもふ念もおこらねば。もつとも事を処やすかるべし。近き ころは釣街の害を聞こと多く。いよ〳〵妄なることのみになりた れば。それらの弊を救ひ。世の害を除んとて。恩を起し。力てこの書 を着て。その術を世につたへ。子玄翁の産術の羽翼とならんと希ふ のみ。もし人かゝる主意をも弁ず。たゞ名利の心を以てこの篇を請。 予が志に背ものあらんかと。たゞそのことを恐るのみ。 悪阻つはりは。薬を用ても速に効なきものぞ。まして世間に用 る四物湯。順気散。龍主湯。實母散などの類は。かへつて悪阻のさ はりとなることもあれば。妄にこれを服ものあらば。先は制止て よし。この症は食物の停滞ぬやうに。ひかへめに喫せ。身體をよき ほどに運動し。半婆は。をり〴〵その胸腹より。背の六七槌のあたり の二行どほりを。指頭にてこゝろしづかに揉やはらげ。その家の人に もをしへてかくなさしめ。胎位定て。自然に止を待たるがよし。ま た嘔逆なくしてたゞ食を悪ものに。その尤嗜好ところの物を。心の まゝに喫せて。食づくことあり。すべてなにごともなきに。懐妊の 食禁は無益なり。平常のとほりに心得てよし。支那人のいふこと も。詐妄のみ多ものにて。こと〴〵く従べからず。世間にいふ食禁の たぐひも。皆その實なきこと多しと心得てよし。たゞ飽食させ ぬやうに。よく試べきことなり。飽食にて胃府膨脹ば。胎椅側て血 の運行も遅渋。つひには難産のもとゐとなることあればなり。 早痢この病候は。病家須知に載べければ。此には省く。この証は 諸蔵を上のかたへ牽引て。身體攣急。人の見さかひなく。その患が 子宮へ及て。甚ければ堕胎することあるにいたる。九月臨月ごろに 発て。そのまゝに活胎をうむことあれば。病発やいなや。胎児いか にと陰中を探て見るべし。子宮口が開て児頭已に手に中ば。は やくその胎を捜査べし。妊婦は前後を知ざれば。いかやうにもな るものにて。術を施やすし。手足を動し躁亂ものは。人に捉させ て治するがよし。月かさなりたるは。死胎のみにあらざれば。妄慮 なることは決して為べからず。療養甚く。黄色なる臭汁を吐も一 のは糞なり。これを吐糞といふ。此證あるを難治とすれども。死にき はまりたるものにはあらず。妊癇を救ふ術は病家須知に載て。廣 く俗家に示べし。其大旨は仰に臥たる婦の左[リのかたへ居て。右の 膝を婦の季肋にあて。拳にて上へ唐突ものを緊抑定て。その勢を 摧やうにするなり。劇ものは。女の力にては及かぬるものなれば。 男子によく教諭て為しむるがよし。陣痛の催ありて発ものあり。 それは陣痛ごとに頭中にその痛が及やうに思れて。手足振棹。掃 搦もあり。頭痛眩運などもして。物音に驚やすく。わけもなきこ とを恐。とかくに精神の安定かぬるやうなるが。子癇の發きざし なれば。決して忽視すべからず。此證と眩運昏冒と痙病とは。その因は なはだ近ものにして。證候に差別あるまでなり。然るを子玄子は。左一 膜下を血室とし。血塊は必左にあるものとし。右を委食の府といふて。飲 食及屎は右に在がゆゑに。便下後は空虚になることあれば。胎は右に偏やす しといふことを持論にし。姙痾を救には。右の不容の辺を按。眩運欝冒を治 には。左の不容を推べしといふこと。かの著書に記載たれども。これは全く病 因を知に疎ゆゑに。かゝる僻説をいはれたるなり。予もはじめはこの手術に 做たりしが。その後数試に。その右を按よりも。左のかたを心窩へかけて推 が。効あるやうにおもはるゝなり。ゆゑいかにといはゝ。胃の府俗にいぶくろと 網は。飲食を受容る臓にて。上口は咽につゞきかく。心窩のやく左方不容の邉 にあり。下口は左へよりて。下の方腸に連続たり。この胃府は。たゞ飲食を蓄 るのみにて。腸に伝送て漸に屎になりて。肛門に泄出るなり。故に子養子 の言る如く。燥屎ゆゑに妊痛を發することもあるべけれど。すべて胃管は。 殊感觸の甚き部なるがうへに。蔵躁。妊痾。眩運。昏冒の類は。産の前後に発 と。其婦の性質に由て。病證に差別あるまでのことにて。いづれにも胃管の 攣急を鎮止」得れば。その患は治なり。假令ば。頭痛劇ときは嘔逆悪心を 患。嘔逆悪心甚ければ。頭痛すると。同一理にて。頭は精神の府とすれば。 七情鬱結過度ゆゑに。頭の餘響が下胃管に及し。飲食停滞及燥屎下 降ざる病が。上頭部に及こともあるべく。また経脉の躁擾より。この諸症を も発すべく。今手術はしばらくその唐突ものを按までのことなれども。予 は諸症ともに。左方胃管を推かたが。効を得の捷疾ことをたしかに試たるまで なり。これあながちに古人に戻て。自己が意を主張んとにもあらず。かゝる街 はすべて人々の練熟にあることにて。いづれなりとも可やうなれど。たゞかの左一 右分配之説は。決して拘泥がたきことゝおもふべし。妊病たび〳〵発れば。十が八九 は小産するものなれば。収生媼も予その用意をせねばならぬことなり。 産前後溲閉このことは俗家に傳て為しめ。その急を免得させん と欲がゆゑに。病家須知に記べければ。半婆もよく記得て人を救べ し。しかはあれど。懐妊の小便通ぜざるは。胎の膀胱茎を圧閉て。小便 の不利が多ければ。それを治べきためのみの術にして。水腫などの 小便が膀胱まで滲来ぬものには詮なきことゝ。まづ知べし。また胎 の膀胱に迫ものも。苦悩て日数を過。その體疲たるは。法のごとく便 器に跨ことのならぬがあり。それは仰に寝せて股をひらき。食中 二一指を陰中にさし入て。膽光へ迫ものをおしつけながら。上のかたへ 提挈やうに力をいれて為べし。片手にて功なくば。左の手にて右の 手腕上を握て力を添べし。また胎の右か左へ倚側て。小便の通じを 礙ものは。右へ傾ものは左側臥にし。左へ側ものは右側臥にし。半婆 はその後に坐て片膝をのばし。婦人の上になりし脚をその膝上へあ げ。股の間より手をさし入て。児胎を推て。尿道をすかすやうにし て。小便は綿絮にてとるべし。すべてこれらの術を行にも。子宮 と榜先の位置を知ねば。その意を得がたければ。下に出す図をよく 見て。その旨趣を辨たるの後はいかやうにも時に臨ての酌用あるべ きことなり。もしまた法のごとく胎を提起て。膀胱茎を寛鬆こと のおもふやうにならぬものには。近来世に専用ところの〽かてして類 といふものを用て。通利を取がよし。この管を施には。妊婦の枕のか たをすこし高して。葬上に仰に臥せ。両足を開せて。筆婆はその前 へまわり。左手の指頭にて陰門唇をひらき。右手に管梢に油をぬ 子宮膀胱直腸連続たる図 かくのとほりにつゞきたるものなれば。 一臨産ときに。釣などをあやまり 用て。陰戸の下邉を傷て。大便を 一陰戸より出し。上辺を損て。小便 一常に陰。戸より洩て。終に愈ざる ものあるは。これがためなり。 膀胱といふて。小便の たまるふくろなり。 「かてしてる」を し陰門のうへのかたにあたりて。 一別にちいさき孔ありて。これ より小便もれいづるなり。〽かて してる」は。このあなより上のか たへむけてさしこむなり。 いんもん 陰門なり よく〳〵こゝろえべし。 直腸といふて。 し子宮または 子宮ま 子蔵とも名て 俗にこつぼといふは これなり。はらむと。これが 漸に大きくなりて。ひろがるなり。 □□□□□□□ 大べんのいづる みちなり。 しこのあたりにかたき大べんかたき大べんかた まりたるが産のさまたげに なるなり いますこしみじかく ても。まにあふなり。 かてしてる 一銀にて造ものもつともよし の図 ◎ に。小便のいづるあなへさしこみてのち。 〽このはりがねをさしたるまゝに。小便のいつる事なし まるをあてがいてから。はりがねをぬきとるなり りたるを持て。尿口より横骨の後面を。上のかたへ向てさしこみて 後。便器を前へひきよせ。さて銀線をぬきとりて。膀胱中に留潴た る尿をこと〴〵く輪寫べし。婦人の尿口を男子に比れば。させる屈曲 なきゆゑに。大に術を施やすしとす。よくこの管を用ることを心得 れば。胎を提挈にも及ず。娩後の小便閉の子蔵腫と子宮の下墜より 来る症にも。施て効を得べく。はなはだ便利よろしけれど。男子の 医士に対しては。耶厭ふ婦人が多ければ。半婆よく記得てその 病苦を救ふべし。 昏眩産するやいなや。頭痛眩運甚く。或は鬱冒昏沈。呼ども応 ず。そのまゝに息絶るものあり。後世これを血運と名づく。俗家に は血がのぼりたりといふ。この證は産すると直にあゆませて。産椅に 坐しむるものに多し。産後にはかに快暢になりたるやうに慮れ一 ど。分娩前には身體諸部膨脹て血脉漲だちたるものが。児を産 出し。胞衣も下り。血も多く瀉去て。腹中空隙になりたる體を。起歩せ て椅子に跪坐せては。鬱冒の変あるも宜ならずや。この病發て。急 に医を招たりとも。その間にあひがたく。また薬ばかりにては。決して 治らぬものなれば。坐婆よく心得て救ざれば。見ながらに人を損なり。かく 急劇症なれば。世人のために救べき術を。病家須知。に大略記載て 示べきなれば。収生媼よく会得て急変の用にそなふべし。その術は 右の手にて胸の下を按が法なれども。婦の左のかたへまはりたるが 便宜よきときは。右の手を婦の肩へかけ。左の手にて按ても同意 なり。下からむく〳〵と貴起ものを。手の下にたしかに知ば。婦を抱 ながら。片手の拳にて推下てもよし。いつまでも椅中に坐ては。決 して静かぬるものなれば。按たるまゝに婦の身をひき出して。高枕 にしたる蓐の上へ。右側臥にさせて。息をまつまでは。按たる手を しばらくも放べからず。この術をおこなふには。婦の體のすこし も動揺ぬやうにして。ひき出すにも。蟲の這やうに。脚の指さきに て。そろ〳〵とあとへ引ながら歩ねばならぬことゝ記得てよし。こ の昏冒の因に三種あることも。かの書に詳にすべきなり。半婆ははや くその陰屍に手をあてゝ見るべし。脱血のものは。はやくその崩漏を 止ねば。いかほど胸下を推すくめたりとも。その功あることなし。胞衣下 ずして発ものは。まづ昏眩を鎮て後に。胞衣を下すべし。昏眩をさ まらぬうちに。胞衣をぬきとらんとすれば。血大に下て死ぬるものあり。 ゆゑに胞衣にかまはず。まづ昏眩を鎮るなり。昏冒發れば。その面まづ仰 て。發初より直に頭を垂ものは。必治せず。産論にいふ。脱血は低し瘀血 は仰ぐといふは謬なり。この證あるものは。横に臥させても。よく 熟睡するまでに。按て居らねば。安心はならぬものなれば。病勢静 なるときに軽按て。力のつゞくやうにすべし。大抵右側臥て。暫時の あひだ按で居れば。十が八九は復本ものなり。もし寒戦咬牙症ば かねたるものは。心下を按ながら。旁人にいひつけて。手巾をたゝ みて熱湯に浸し。しきりに顕項と両肩を慰べし。さすれば速に功 あるものぞ。また水を用ることもあり。熱醋を鼻に噴射て効ある もあり。臨機て応変あることなり。 痺病癰病は。小産後に多くあることにて。はやく浴などして。慎め 痺病 しきより発る症にて。本産にはまづは稀なることなり。これを救 ふ術は。病家こゝろえ草に載べければ。洗嫗もよく会得すべし。発と きは。今まで坐たるものがおぼえずすつくと起て。旁人も大に驚駭 ことあり。その漸は頭項強。或は腮などつる氣味ありて。やがて胸 肋諸部に攣急をおぼえ。ほどなくこの症になる。もし病発てぼう だちになりたるは。そのまゝにかた〳〵の脚にて病婦の足跡をふ まへ。かた〳〵の膝にて後よりその脚をはさみ。隻手は胸下を按。皇 手は頂へかけて。ひつたりと身を添て。そのまゝもたれかゝらせて。 引仆べし。病勢やゝ鎮たらば。頸より膝へ帯やうのものにてつりを かけ。熱湯をしたゝかに喫するか。温泡薬やうのものを用て。両脚を 塩湯の熱ものにてよく熨あたゝめ。被襖数枚をかけて。はやく汗を とるべし。その内に医を招て薬を與るなり。これ一應のことにて。この病 を治するには。医者も大に手叚のあるところなれども。たゞ手ばやく汗 を発と。遽に下すとの差別を心得るばかりにて。処査さへよければ。死ぬべ き病にあらず。その下すべき症にても。よく温暖て。肌表の冷ぬやうに せねばならぬなり。もし癰を治に。生婆の力かひなくば。健夫に教て為 しむるがよし 崩漏血のどかおりすると。そのまゝにひきいるもまゝあることにて。 救べき術は。病家こゝろえ草に載べけれども甚だ捷疾にせねばなら ぬことなれば。生婆の心にとめて。よくその急難を免しむるやうにす べし。心ある医師を招とも。その間には死生のわかるゝ。おそろしき症 なり。この症殊冷水を頻に服せて。大に効を得ものなれど。旁人首 肯せずば。用るところの煎剤を器に容て。水中に冷し用さするがよ し。なれどもこの症に。香竄品と辛辣味の物を先は禁べきことなり。 これを救ふ術は。陰肉の閉あふて。漏血の止やうにするが主意なれば それさへこゝろうれば。いかやうにもなることなり。或は右側臥させて。 右の脚を伸し。左脚を屈て。前に引よせてもとらせ。半婆はその前 に在て。おのが右の脚にて。婦の両膝相交ところを按つけて。微も 緩ず。両手にて。その臀端の肉を。会陰のかたへむけて推つけてよし。 または後より隻手にて。下になりたる膝を上へひきあげながら。臀 肉を按てもよし。その時には左右に拘らず。上になりたる脚を伸し。 下になりたる脚の膝頭に手をかけ。屈撓ながら。了戻つけるやうに するなり。この症産椅中にあるものは。速に引出さねば。術を施 しがたし。尤陰戸には綿絮をあてゝおさへながら。速に産椅を出し 側臥さするなり。胞衣下ずして崩漏發ものは。上巻に記たるを見 るべし。その胞衣を曳出しかけて。陰中にとゞむること能ずば。換に 艷綿を用て陰中に錮て。法のとをりにすべし。すべて木綿を用ざるも。 のは。その小尾を陰中に遺く。後の害となることあるを畏てなり。この 證尤危き患にて。手まはしあしければ。救がたきゆゑに。その用意ある べきことなり。昏冒。痘病。崩漏の三症は。いづれも急卒に発く。中〳〵軽 視のならぬ患にて。たとひ隣家の医者なりとも。間にあはぬほどの 卒暴ものなれば。居あはせたる半婆が會心ありて。人を救ことあら んこそ。自己もおもはぬ陰穏になることなれ。故に俗家のために記 ところの病家須知をも。必求て之を読。この編と参考て。その術意 を會得せしめんとするが故に。その車複は省るなり。これより以下 は。難産を分免る術に。古今未曽有の秘訣をつたへて。萬民の助と なし。草野微患を致すのみ。世の浮浅輩の。妄にその術をうり。虚名 を釣類と。日を同くして看ことなかれ。 一児の頭を露して産かぬるものを救ふ術をしめす 難産のうちに。尤困苦のきはまれるものは。児の頭を陰中に出して。こ れを探に。たゞその髪のところわづかに指頭にあたりて。陰肉固閉く。 その周圍に指を容るところなきものにして。わづかに指を容るこ とを得といへども。口鼻を採得こと能ず。出すところの髪も。いづれ の部なるや知べからず。かれ是遅廻うちに。母の勢力もつきて。努 力こともならず。その児の死たるや否も。しかととさだめがたく。生 婆のでだてにもおよばねば。病家はこの時にあたりて。産科医を招 ば。これは死胎なり。このまゝおかば。母もともに危険ん。出すべしとい ひて。竊に鈎を用て曳出す。その釣は。かねて懐にかくして持たる を。先食中二指を陰戸の下辺より。胎にそへてさし入。鈎はその指間 をすべらせて。児の蹲骨にかけ。力にまかせてひき出す。かれ術ありと いふといへども。外に死胎の候なきものを。一診直に死胎とさだむる からは疑べきことなるを。挙家鼎の沸がごとき躁擾のときにて。た だ闇の夜をたどるが如く。母の命いかゞあらんと。おもひわづらふを りなれば。児はいかになりゆくとも。是非なきことなり。丁刻もは やく母を助て給はれと。医に請の外あることなし。この時かの釣 を用る医師。母の命の続まじとおもふて。止ことを得ず。手を下す ところの鈎ならば。あながちに憎べぎことにもあらねど。多はな ま兵法大疵のもととか。俗諺にいふべき輩が。名利を貪るこゝろよ り施し行ふ術なれば。予が専門にあらぬものも。いかでかこれを視 に忍ん。爾言ばこの頭にいかにして手を下し。損傷ことなく。分免べき や。これに一ツの街あり。乃天地自然の道に従ひて。發明し得たる術な り。よく其意を會得せんには。事なれたる半婆はいふまでもあ らず。僻境にて。然るべき坐婆もなく。招べき産科医も乏しきと きに。俗家なりとも。やく果断あるものならば。分免らるべく。い かなる難産なりとも。あながちに鈎を用ひ。或は頭顱を破。腦髄 をぬき出すにも及ずして。すら〳〵と捜出さるゝ妙術なれば。広こ れを一天下に伝て。母子の横夭を救んと。おもふ心の止がたく。遂には その蘊興を洩さず記して。世に告んとす。その微妙の事件にいた りては。下条において詳に説鑿べし。こゝには先これを曳出すべ き手術を示すなり。その法はまづ蓐子もしくは被襖数枚をか さねて。桃のかたを高したる臥床をまうけ。枕はその導の中ほ どにおき。腰をむかふへすこしさし出るやうにして。蓐の下端にあら しめ。蓐の左右よりありあふ衣巾の類をかひあかくゝ。婦の體のすこ しも動揺ぬやうにし。その股をひらきて仰に臥しめ。半婆はそのむ かふへ生り。両膝をのばし。脛にて婦の股をうけ。前後左右ゆるぎ なきやうにして。衣被を四脚相交たる上より覆て。旁人に見せし めず。術を施すべし。さかく筆婆の右の大指に食指ををりそえて。頭 皮を両方よりよくあつめ。たるみをつけて。大指食指にてはさみ にぎること。たとへば肥たるものゝ臀肉を。力まかせにつめるやうにして。 そのまゝむかふへ送て。左の手をそのうへより添て力をたすけ。右へ左へあち らこちと振搖し。頭顱のたしかにゆるみたるを見て。それより漸〳〵にぬ き出すなり。頭已に出たるときには。両肩へ手をかけ。上邉へむかひてひきぬ くこと。初にいふが如し。かくのごとくにしては。頭皮を裂傷んかとの貴心も あるべけれども。必製ものにはあらず。そのゆゑは。頭頂は佗部よりも皮 あつく。そのうへ髪ありて。皮を摘に便となれば。手足腹背の皮のごときには あらず。娩出てこの曳たるあとか。瘤のやうに腫あがることあれは。 針を以て横に刺て水を瀉べし。速にいゆるものなり。これ頭顱を露 く産かぬるものを救べき一應の術なり。もしこれにて出ざるものは。 児頭をむかふへおし送。その脚を探べし。その説は後條においてよ くつくさん。其佗筆端の及がたきことあるは。識者よくこれを察す べし。かく頭顱の礙て出がたきは。その面を伏て頂を下邉へむけて。 全く翻転の機を差しものなり。ゆゑにかの陰處の下邉よりさし入 て。かけたる釣痕が。頭頂にあるは。このゆゑなり。かゝる類も。陣痛に あはてゝ。努力をいそくに由もの多く。半婆の心得よければ。こゝに いたらぬさきに救得べきものなれとも。その拙き心より。時いたらぬ に坐草。つひに活たるを死たりといひて。鈎を用る罪過を。竪に科し むるにいたること。その初はこれ誰が為たることぞ。そも恐きこと にはあらずや。 一逆産をとりあぐる術をしめす 痞生は。その頭を上にして。まづ脚を陰戸に出すゆゑに。これを探て その踵を得ものなり。そのはじめより逆に孕るものとすれとも。予おも ふに。これ翻転して胞衣を脱出るときに。母腹の前部に空隙を得。そ の脚を産戸に臨しむるものか。または懐孕のはじめより。頭を母の腹 のかたにし。脣を背のかたにしたるが。まづその脚を出すものかは。知べ からず。坐婆もしこの足跡を探得ば。指頭にてこれを送入て。前の如 くに高枕に仰しめて。衣被をおほひて。陰所を勇人に見せしめぬ。 やうにして。事を行ふこと。いづれもおなじ。さて隻手の食中二指 を容て。その出すところの足の大指を捫て。その左右をたしかに 知く。それを挟持て。膝の下まで曳出し。すこしねぢりむらきて。 隻手にもちながら。再隻手を陰處の下邉より送入て。脚の内側 に添て。児の陰處に及し。それに従て。隻脚をも探得て。そろ〳〵と 曳出すべし。両脚全くそろへて。その脛の間に食指をさし入て。全手 にかたく捉持て。股まで曳出し。両股を布にてまき。滑脱ざるやう にして。左手をかけ。右の手は脛をもち。両手一斉に力を用て。これを陰門。 上邉にむかひて。疾速に捜とるべし。陰門および児體を傷んかとて。 猶豫することなかれ。前にもいふ如く。下邉の皮は。膽薄して破裂 やすく。上辺は。横骨ありて皮あつく剛ければ。破裂ことなし。かつ 上邉にむかひてこれを捜ぬくものは。横骨に腮をかけぬやうに。横 宵に沿て回轉し。支障なからしめんがためなり。それを下邉に むかひて曳ときには。仰ものは腮を横骨にかけ。伏ものは項をかけ て礎住られ。大なる悩となれば。このところの意趣をよく會得べし。 横骨に沿て。児體を回轉ながら洩ぬくときには。すこしも支障 ものなく。破傷の患あることなし。またこゝに用心べきは。初の一脚を 捜出すこと。もし膝を過れば。のこる一脚は。必横になりて。妨となる ゆゑに。必はじめの集脚を。膝を超て捜出すことなかれ。隻脚を得て のち。すこし曳出し。今一ツその隻脚を求れども。採あたらぬものは。そ の脚屈曲て。腱のかたに沿て在が多ければ。そこにこゝろをもちふべし。 この心得は。先捜出し。たゞ脚の踵に掌をかけて。すこし推て。児體 をむかふへ送入やうにすれば。子宮口に空隙のところを得る。そのとき に隻手の二指を用て。出たる脚の股に沿て。のこれる脚の股に及し。 脚。夫に摩いたりて。これを捉得るなり。もしその脚尖にいたること 難く。いかにしても得べからざるものは。さきに出したる一一脚を。坐婆の 腰とともに。捩り出して股に及し。中指頭をのこれる股と腹との間に さし入て。餘脚の股に釣て。はね出してもよし。これらは時のよろしき にしたがふべし。膳生を収に。隙どるときには。その臍帯を把。圧ことひさし く。血の運輸を閉るゆゑに。児を害にいたる。死ぬるまでにいたらずとも。その 児娩出て。元氣衰憊。聲音稀微なるか。呼吸のかよひもなきがごとくにて。 やがて死ぬるか。左なくとも。病を得て。つひには生育がたきにいたるが ゆゑに。疾速に産することをよしとす。もしその両脚を得て。捜出すと きに。胸肋もしくは脾枢骨が。母の横骨に阻留れて出ざるものは。 その児體をむかふへ一おくり〳〵こみ。そのばづみにてすこし轉戻を がら。力をいれて曳ぬくべし。もし両臂の礙で出ざるときには。 持たる児體とともに。生婆の腰をいれ。縦ながら児の肩鼎を斜に 曳かけて。片体をあらはし。中指をさし容て。隻臂を指にて撥出 し。今一臂は出すに及ず。そのまゝ正中にして。法の如く上邉にむかひ て曳とるべし。その集臂を頭に添ては。出がたからんとおもはる れども。左にはあらず。一臂を中にのこして捜ときには。児の頸額に 添て。頭を滑脱て。腮を横骨に礙らるゝの患をまぬかれ。産門を出る に却て便宜を得るなり。もし児の胸腹を下にして。項の横骨にかゝる ものは。食中二捕にて児の項を按ながらぬきとるべし。耳を探得た るものは。耳に指を容て釣出すべし。下邉より指を容て。児の口へ かけてとることもあり。いづれも時の宜に従べし。近生の脚を挺す は。驚駭べきが如くなれども。車を行ふこと速にして。臍帯を圧し 過ことなければ。頭より産出すの艱難よりも。大に易ことあるは。 律條に述るところを覧て明むべし。然を逆生の胎までをも。釣に て曳出したる産科医あり。かゝることは。黄川家にても絶てせぬ ことにて。大なる過。麁漏の所為といふべきことなり。 一坐産をうますべき術をしめす 探て臀尻もしくは前後隠を出すなり。または腰髏骨のあたり を得るものは。逆産の児體を両に折て。脚を胸にあて。努揺につれ て尻を陰中に見するものなれば。困難のかぎりなるものなれども。 かの頭顱を陰戸に挟てうまれかぬるものよりも。大に易こととお もふべし。これを出す法は。先その婦によくいひきかせて。努揮せぬ やうにして。横に臥しめ。その後より坐婆の一膝を股の間にさし入て。 婦の上になりし脚をのせ。脚の先を人に提させて。婦の股の間を よく開せて。その陰戸の下辺より半婆の食中二指をならべ客 て。上になりし児脚に拘てはね出しまゝ。臥がへらせて。もとの如く のこりの脚を拘出し。それより仰にねかして両脚をもち。捜出すこと 逆産を出が如し。また婦を横に臥しめたる前へまはりて。その脚を坐婆 の肩へかけて。児胎を捜出すもまたよし。尻臀已に産門におよぶも のは。児股の腹に添たるあひだへ。右は左へ左は右へ。中指頭をさし入て。 その手を相接。鈎にして曳出す。尻臀いよ〳〵下り来り。旁より 股縫の呻折見ゆるものは。その両股の外廡より。左右の中指頭を挾 て。鉤にして曳出すなり。これも出たる尻をむかふへ推かへし。陰戸 中に手をさし入て。脚を探て曳出す術あり。こゝにいふ指を釣にすること ばかり記ては。猶及ざることあるは。下條にいたりておのづから瞭解 ことあるべし。この生産には。治胎多こと。逆生におなじものなれば。 必〳〵釣かけ医者に殺れぬやうに。坐婆よく心得て救べきこと也。 横産を救ふ術をしめす 探て手を得るものは。児胎の横になりたるなれど。頭のかたをもとむ一 るは。難ことにて。たとへ探得たりとも。なか〳〵頭を下にして。順産には産 せがたきことなり。故にこれを分娩するには。必その脚をもとめて。逆 に曳出すこと。前の逆産の法にならふべし。かゝるたぐひもみな回生 鉤を用たるものなれども。死胎のみにこの産あるにあらねば。そのまゝ 疵つけずに出すことを。誤得ねばならぬことなり。ゆゑに繊悉に説 明をきけ。その法は。出たる臂の左右をよく弁別て後に。それに沿て 腋下へ傘中二指をさし入て。推てむかふへ入て後に。その出るかたの脚 をもとむるなり。これにて臂を推とも入がたきものは。その婦を蒲 伏にさせて股をひらかせ。坐婆その後へまはりて。出したる手を推容る ときは。入ざるものなし。後高枕に仰に臥せて。児の出すところの手。右な りと知ば。半婆の本手は陰中より。児の腋下へかけて推容。右手は腹上 より胎を按て。正位にかへして後。脚をもとめて曳出すなり。蒲伏にさ するものは。児胎の重力によりて。臂を推容るに。腹中の余隙を得るため なり。仰に臥して陰中より胎児の腋下を推ときに。腹上よりも手をか けざれば。正中に到しむることかたく。そのうへ努力あるときに。手を下 ては。労して功なければ。婦によく誠。なきたけ努揮せぬやうにす べし。出したる臂のいろ白青く。肥てうごかぬやうにても。なにとなく 活胎なること知るゝものなり。死たる胎の臂は。血の運行なきゆ ゑに。痩かしけて見ゆるものなり。その佗死胎の候は。初にくはしく 説示すごとくなれば。よく心に認てかんがふべし。臂を出して日数を歴。 稟液したゝりて。肛門にいたるの痛なく。腹石のやうに堅なり。出したる 手も痿懼。たしかに死胎なりと知とも。推て容がたく。いかにするとも 力に及ざるものは。止ことを得ず切て出すこともあれど。刃を用て切 断たるは。骨尖が陰戸にさはりて。痛堪がたきものあり。母命に恙な きものも。産後に悩ことなり。然んときには。出たる臂を肩まで。押出 し。肩と臂と相交る骨関にて捏り切べし。然ときには骨尖にて陰肉 を刺螫の患なし。なるべきたけは。かゝることはせぬものなれども。 また心得居ねばならぬことゆゑに。こゝに記おきたるのみ。いかやうなる 死胎にても。脚をもとめて曳とぎには。その胎を傷破ことなく。 分娩るものと心得て。下條に述るところを読得て後。明に知べきな り。横産の手を出ことなく。ふかく探て背を得たるものは。釣にて 曳出すことに定たれとも。これをも逆生のやうに心得て産すべし。 その他難産の預期しがたき。いかなるものあらんも慮がたく。知がた きことにはあれども。障礙なく頭面を出し産出る。ことのなら ぬものゝ。或は逆なる。或は横なるもの。或は両に折て尻を見の類。こ と〴〵く脚より出すに勝ことなし。その脚を探には。金手を容るに あらざれば能ず。これその変に応ずるの妙術にして。千古以来いま だ發明せざることなれば。秘して己が有となし。術を衒名をもとむ る輩ならば。いかでか予が如くは説明べき。そのうへ胎産一科は。やく機 警よき婦人の坐婆も。為得べきものなるを。丈夫たらんものが。こと ごとく専門なりとて。誇がほならんは。愧がましく。聴もをかしき ことなりとおぼゆ。偶人と生て。医業なんどに生涯を経過もいかゞ なるに。まして帯下竪なんどゝ稱れんは。好しきことにあらず。然は あれども。子玄翁世に出てより。その竒搆無比。産科の一術は。大凡漢 上西夷にもはるかに優ことゝなりたるは。その賜魔大なれども。豈 慮んや曰生の鈎。妄に残忍の手にわたりて。人を害ふことの多き。今 の世のごとくなるべしとは。翁もまた預知るべきにあらず。功あ れば害従ふが。自然の理なり。予もこれを懼るがゆゑに。釣にかゆべ き秘訣を洩して。世の助に為んとすれども。世の坐婆これを事 實に驗るに。仁愛の念を先にして。慎で術を行はず。もし疏忽なる ことあらば。これもまた人を損ふことなしといふべからず。その罪を了 に誘ことなかれ。 一児胎を翻転し産しむる術をしめす 初に述るが如く。破漿自然に迸て。子宮口大にひらきたるときは。四 指を容るを已に娩むとするの候とす。また児脚をもとめて抽出す に。二指にして足ずば。金手を以て探をよしとす。若坐婆の掌大にし て肥たるは。分娩の前後。子宮口全く開たる。いさゝかの間に。速に術 を施すに非れば。得がたきことなり。惣て指もしくは掌を容るに も。児の手または脚の出るは。陰戸の下邉より。兒胎に沿て。陰肉に 觸ることなく。産婦にもなるべきたけは。知さぬやうにして。子 宮中に在ものを探にも。指を子宮と児とのあひだに容るやう にすべきことなり。軟手はこれを探に便よくして。脚尖を求 にも易し。兒腹に沿て脚に反し。一脚を得ば。またその脚に沿て。 餘脚をもとむべし。巳に両脚を得ての後。これを指間にはさみ て。捷莢抽いだすときは。児胎飜轉て。頭を上にし。その胸腹を母の かたへ向しむるを。再その出たる脚をもちかへ。股に手をかけ。上辺 にぬきとること。前の逆生の條下に述るがごとし。両脚を具て出 すをよしとすれども。遅澁ては車をあやまらんかとのおそれあれ ば。産論に。其一邉の脚は索に随て。自〓挺て出る。とある法に 従てもよし。然ども。それは巧手ものにて。一應には施がたきこと なり。大かたは出たる脚を送かへし。餘脚をも拿て。ひとしく併 て出すかたをよしとす。横産の先手を出し。背を見し。順産の陣 痛日をかさねて分免がたく。母子の命危険に潰もの。学胎の娩 期遅澁て苦悩もの。孕痾崩漏の危急證發たるもの。或は児胎 倚側になりて。漿水已に下り。苦迫甚しく。眩運し。死ぬべくみゆる もの。あるひは臍帯の胎児に先だちて出るを。納めんとしても入がた きものゝ類は必その脚を捜索て。翻轉て産むるを妙とす。この術に 従ときは。児臂外に出て。おしても入べからざるものも。その臂をつた ひ。兄體に沿て。脚に及し。その脚を坐婆の右手にて曳。左手は出た る臂を送入るれば。児體飜轉て。頭を上にするに随ひ。出たる臂は自 然と収るなり。臂を出すものゝ脚を索るには。先その臂の左右を 認て。出すところ左ならば。脚も必左を索め。右ならば。脚も右をも とむ。児脚の左右を知には。拇指を探てたしかに明なるべし。かく はいへども。心のまゝにこの術を行はんとせば。その自然にかへりて 求べき一物あり。いかにとなれば。胞衣中の水液は。至て粘滑にし て。児胎の支障なく。陰戸を出るも。我の滋液あるによるがゆゑ也 しかのみならず。子宮口と陰門中より洩出るところの液も。その 質膩滑にして。児の跳脱ところの道を妨害なからしむる。賊魚の 妙おもふべし。しかるを。産の苦憊ものは。みな胎の位置正からず。 分娩の期にいたりて。胎児活發は地勢を得て。自屈撓し身體を飜轉 跳脱んことを欲るといへども。子宮口向ところを失錯によりて。支 障もの多く。隙どるゆゑに。つひには膽皮破裂。漿水むなしく迸下 たるまゝに。その粘液もみな燥竭ぬれば。子宮は已に収縮こどをも とめ。胞衣臍帯ともにまつはれて。出べき妨となる。このときにい たりては。子宮産戸の間は。たとへば。亢旱の地上に。甘雨を待がご とく。ふたゝび水液の滋潤を以にあらざれは。産出べきの便を得る ことなく。艱困虚憊を致て。つひには母子ともに死ぬるにいたる なり。ゆゑに楚の一物をもとめて救ずんはあるべからず。これすな はち秘中の秘なり。それはいかなるものを用るぞといふに。一切の物 の中に。粘滑甚しきものを索に。油にしくものなし。かの難産には。こ れを用て。陰門中より子宮まで。おくふかくこれを注こと。一合 より二合にいたれば。掌を子宮中に及しむるも易く。脚をもとむる にも。生産を抽にも。頭顱を滑脱しむるにも。あながちに力をい れずして。その術を施し得るの妙。これに過たるものあること なし。その油を注いるゝには。獣の膀胱を以て造たる器。尤便利よし。 之に換には。河豚魚皮を以て造ものあり。その他外科の喞籠および 小児の弄具に竹にて製たるところの水銃なども。また急卒の用に供 べし。もし人のこと〴〵しくおもはんことを懼ならば。強てそれ らの器を用にも及ず。年婆の掌を沖中に浸し。または綿などに漬 たるを紐入もよし。惣て油を用るには。出かゝりたる児胎を。向のかたへす こし送りか。または右へ挟り左へねぢり。空隙をもとめ。ぬりつけ汗入て。 その油がおくふかく児胎をつたへて。子宮に及べうにすべし。すき油椰子 油なども。折にふれては用るもよし。至極の難産になりては。水銃など の類にて弾射にあらねば。急に應がたし。よく心得て。時の宜に従べし。 世間の収生嫗この油をよく用ひおぼえなば。たとへ死胎なりとも。そのまゝ に兎身らるべく。臨産。その母癇を發して死たるにも。はやくその胎 を抽出せば。児の活べきものあり。また母子ともに死たりとも。腹を 決て出すにもおよばず。活たるものよりも。かへつて曳出しやす 油を灌ふくろは。野猪。家猪。鹿などの 一膀胱を用て造。その觜は。角 一もしくは水牛の類にて。 この形にこしらへ。絲にて くゝりつくるなり このくだをぬきて あぶらを入る この図は。油を入たるところを画るなり。陰戸に 一灌入るには。これを掌に握もちて。緩急その宜 一に適べし。嚢大なるものは。ほどよきところに てくゝりてのち。油を入べし。 こゝにちいさきあなあり。こなたよりあぶらをもち なあり。こなたよりあぶらをもち ゆくにはべつにあななきくだをさしゆるなり それに卒ずべし。 大さこのくらいなるよし。ふくろも この口より油を入るなり 一近世小児の玩具に。河豚魚の皮を 一用て。かやうの物を造出せり。その大 なるものは。油二合を容ものあり。もし 獣の膀胱にはかに得がたきときには。 これを換用てよし。 こゝに接たる 竹の管に小き孔あり。 このくだをぬきて水をいれ。ふたゝび くだをさし。さてふくろを掌にてしぼ れば。水はしり出るを以て戯とす。 六 一外科及洩導剤に使用ところの。真鍮にて製たる喞筒なり。その大なるものは。 一二-三合を容るものあり。この器を以て。油を陰戸に灌に。最便利よろしとす。 小児の玩具に。竹を以て造たる水鉄なり。これらまた倉卒の用に供べし。 Q もしこれをもちふることあらば すりてつかふべし。 このくちを。とくさなどにてよく に し。ゆゑによくこの意を會得してからは。いかめしげに釣を用て恬視な る輩にも。はるかに優たることあらん。しかるときは。産にて婦人の死。 ぬるも少なく。胎児の横死を免しむべし。かへす〳〵も。天然におのづ から。漿水の粘滑ある舟楫を失ひ。それゆゑに多く淹死はあるもの なる理を辨知なば。その生命にあづかる。坐婆の職業に疎漏なるは。 罪ふかきことなど心得て。朝夕勉励て。一人なりとも多く救得せし め。困苦の少からんことを。庶幾べきことにぞありける。猶くどくも こゝに心得しめたきことは。予が右に述ところの術を会得した りとて。陰中を探り。水膜いまだ迸ざるものをも。やぶりなどした るも。油を用なば。子細はあらじ。いかなる難産なりとも。脚を争 て飜轉せば。支障なく産べしなどく。術をたのみて妄意なること を為べからず。且金手を子宮中に容るの苦艱なることは。陣痛来 ごとに。その掌を緊迫られて。麻痺ことあるにいたり。脚炎を探索 ることも。闇夜に路をたどるよりも難。ゆゑになるべきたけは。自然 に順て。妄に膜を衝破。脚を拿て抽しなどして。でかしがほなる ふるまひを為ことあるべからず。たとへ児胎倚側ことあるも。破漿 努。揖の勢につれ。粘液ある水液に導れ。兎出ことあるものなり。 されば水膜既に傾瀉て。児體壓迫られたるものを。飜轉さんと するには。困苦ても。その両脚を得がたきことあるがゆゑに。止 ことを得ず。その股に従ひ。窄狭うちにも。指頭に捜。その脚を得 て。解わけなどするの。為がたきこともあるなれば。必〳〵妄なる ことを為て。母子の苦痛を益べからず。また惣て。脚と面と相対 し。いさゝかも倚斜せぬやうに。抽いだすこと肝要なり。また児頭已に 子宮に臨手を入るに艱渋甚きものは。その児頭を一側に排遣し。児 の腋下に治て。脚を索にあらざれば。得がたきものありて。容易からぬこ となり。またいかにしても。脚を得がたき時に。その婦を前に流せて。臥褥 を高く層て。両臂を靠らせ。膝頭を地に據。股をひろげ。背を偃くして。蒲 伏にならしめ。坐婆はその後へまはりて。手を陰戸の下邉に送て探と きには。児胎は母の背を離れ。上よりは壓ものなく。脚を索ることを為や すし。已に脚を索て後は。法の如くこれを陰戸へ抽して。再仰に臥しめ て。これを上辺に向て抽ことあり。かくはいへども。この術は妄に施がた きことにて。なるべきたけは。仰に臥たるまゝに。股上より衣被をお ほひ。隠魔を人にみせしめず。掌を入るにも油を灌にも。皆その婦に にも知せぬやうにすれば。旁人も驚怪ことなく。穏便に車をおは るべし。たゞ術の機変を知しめんがために。こゝにその一端を記まで 也。たゞ何事も麁忽に心得ては。たとへ釣を用ることなくとも。人命 に關係。世間の害となることありて。天の譴遁がたかるべし。坐婆よ一 くその旨を会得して。施行べきことにぞありける。 一攣胎をとりあぐべき術をしめす 攣胎を。一順丁逆のものとするは。一應の意料にて。惣て。胞衣は子宮 上盛にありて。胎はそれにむかひて。頭を下にし。彎弓状になり。 産るときに筋斗て。頭にて膜を破り。産門に臨べか。天理の自然に て。かねてもいふ如く。逆に脚を挺すものは。かの飜轉のときに。 前のかたに空隙を得たるがゆゑに。脚を先伸して。下に臨ものと。 胎の位置の正からざるところあるによりて。下になるべき頭飜 て。脚を下にするとの外には出ざるかとおもはるゝなり。樂胎に一順 一逆のもの多きも。またかくのごとく。丁児産しおはりて。腹中空隙 を得るゆゑに。のこれる児脚を下に臨しむるが多くして。後に出 るものに逆産多し。ゆゑに双順なる産を正となし。その他は変と記 てよし。胎位を論ことも。両胎相益ものとするは然べし。重もの といふは謬ならんか。然ども伊脈窪て溝道を成を。攣胎の候と するも。確したる声據に為がたく。いづれにも月かさなりたら ば。たしかにそれと知ることあるべし。また胎動あるころに いたりて。一児ならば。その周圍左右ともに動を覚べきに。しか らざるものは。攣胎と心得べしなどいふ人あれども。これまた 確證とは為がたし。たゞ七八月以上にいたり。その腹やゝ大になりた るころ。両手を背後より腹上へまはし。相会んとするときに。とつ かりと持ごたへあるものを。その候と定てよし。いづれにも肝生を 損察知ことは。おのれ〳〵が私断にて。人に伝てたしかに證拠と せよといひがたきことのみ多く。ゆゑに欒子をたび〴〵とりあつ かひて。おのが心に認たることあるにあらずば。先は欒胎なること をいはぬがよし。一児先出て後。その胞衣を探索るときにあたりて。 別に水膜あるか。児の頭面手脚を得にいたりて。はじめてその実 をいふべきことにて。はじめの一児破漿のときに。直に攣胎なる べしといふも。実はあて揣量なり。たゞ一児已に産出て陣痛再 来こと以前の如くなるときには。学胎なることをたしかに知 ことあるべし。ゆゑにこの編に攣胎の圖を載ざるものは。膿想杜 撰なることに。差謬をひきいださんことを懼ればなり。棄胎の前に 向ものを。いなたより破て漿を泄せば。その勢を挫て。後にあるものが。かへ つてともに進来て。困苦することあるものなり。せかくにこなたより 破漿を促るは。多は害あることにて。なるたけは自然に決をまちた るがよし。一児已に出て後。また一児あることを知ならば。これを腹上 より按排て。正中にむかはしむべし。然ときは自然に破漿しく分娩 が多し。雙坐産にて。同一に漿水破て後に。それを探得たるは。相競意 あるを見あはせ。先に出んとする勢あるものを上にし。側臥にさせて。 手を下邉より入て。脚を索て抽。㙒の後仰に臥しめ。のこれる胎を正し 中に排へりて。またこれをも脚をもとめて抽てよし。逆生のものは いふまでもあらず。坐産も。はじめにいふごとく。指を釣にして。股より 抽す術もよけれど。掌を容らるべくは。脚を索て抽すかたがよし。また臭。 児娩て後。隻児の水膜いまだ迸ざるは。しばらく休ませて。その魂期い たるをまちたるがよし。されども攣胎一胞衣にて。中間に隔膜あるが多 ければ。あまりに遅引はならぬことゆゑ時の見はからひにて。胎を正中へ推度 りてのちは。指にてつきやぶり。陣痛のいたるをまたず。飜轉し脚よ り抽したるをよしとすることあり。すべて学子を擧ことは。もつとも 捷速にせねば。害あることにて。前條にもいふごとく。先に出たる児の臍 帯を紮断ても。胞衣は決してひきとることなきをよしとする ることは。胞衣一ツより児の臍帯両條生出て。両児をつゝむゆゑに。妄に 脾衣を抽しがたきは。これがためなり。欒胎一の胞衣なるは。尋常 より大なるものなれば。両児已に出て後は。必遅緩することなく。 速に出すをよしとす。一・順丁逆のものと。また寧胎双連生のものは。そ の脚をたしかに弁て。誤認ことなかるべし。〽順一逆のものといへども。一 は手一は脚をあらはしたるは。横産と誤認ことあるものなれば。よく心 得べし。それは出たるところの手を。絲にて紮て記となし。脚のかた を捜てこゝろむるときに。出たるところ一児の手脚ならば。出たる手 は。その脚を曳に随て。陰中にひき入べし。また一児を娩せて後に。 その記に紮たる絲のあるなしにて。初に出たる手は。この児のか。 後る児の手なるかを察べし。またすべて。脚を索て翻轉し出す には。児胎の手の小指に治て。脚の小指に及さば。左右をあやまる ことなかるべし。これらのこと。よく〳〵心契目識。錬磨の功を つまば。おのづからその妙にもいたるべし。 産後に坐婆の心得べきあらましをしめす 産後残血泄ること少く。臍の上下率急。硬満もの。六七日を歴 たるにても。痛を忍しめて。それを指頭にてこゝろしづかによく 〳〵捏捺やはらぐれば。蓄血ふたゝび下るものあり。 悪露已に下尽たりとおもへども。楚の臍下猶堅実ものは。子宮の 腫がいまだ解ざるものなり。悪露の多少を見はからひ。医師がい かにいふとも。黄血ならずと切に知たらは。破血剤などは用させ ぬがよし。 いたつて平産なりとも。七夜を過るまでは。決して浴させぬが よし。難産は三十五十十日以上もいむべし。腰湯も無用なり。暑月な りとも厳禁べし。もし堪ざるものは。熱湯に手巾を淹し。腰以 下を拭て後風にあたらぬやうに裹まとひて。後に面部腹背手掌 などを拭せてよし。 産児臍帯追落の後臍の中を上下へひらきて見るにいまだ乾ざる ものは。必浴せしむることなかれ。初にもいふ如く。浴したる湯の臍 帯より浸入て。腹痛を為し。播搦衝逆発て。卒に死たるもの。常 に多く見るところなり。よく〳〵心得させてよし。 産児。肛門の竅なきものは。はやく巧者の外科に見せて。竅をあけ させてよし。缺脣も。六指も。兎身て日數歴ぬまに。療治をうくれ ば。さしたる悩もなく治るなり。 産後初出の乳を去ずして児に喫しむれば。よく黒屎を蕩滌する 効ある。造化自然の至妙なることは。病家須知中に載を見るべし。若其 母の乳を連与んと欲ば。元乳房を揉和て後。手巾を熱湯に濡て。乳頭を よく〳〵拭。さて乳の泄出る孔に。黒色の垢填て。小點やうに見ゆるものを。 こと〴〵く取太て後。再乳頭を揉。そのまゝ児に喫しむれば。乳汁漸に出もの なり。いつにても母の乳汁の出るを期として喫しむるを可とす。たゞ始て 乳を喫しむるに。他人の乳を以るは。後害最甚とす。近世富貴の家の 児の多病横天を致もの。十が七八はこれに因すの多を。能悟者のな きは。嘆しきことならずや。 産後乳汁出ること少ものは。日々によく熱の乳房を摩ほぐし。蓄 たるだけを。餘残なく喫尽やうにすべし。かくすれば必効あるもの なり。一チ二ども喫て見れば。さのみ喫にくきものにあらず。乳の傳輸る 管あるところを。よくこゝろえてよし。これらのことは。生婆のあづ からぬことながら。人のためになることなれば。こゝにしるして示すな り。俗間に傅る乳の薬と。乳の餌食といふものは。一切皆効なきものぞ。 心下支結には。その支結をひらき。畜血はその蕎血を下し。其他いかな 一る症も。乳の出ざるその因となる病を治すれば。乳は自然と出るものなり。 産児色青白。呼吸微にして。声を発ることならぬものを救こと は。病家須知に記載べければ。生‾嫗もよく心得て。これを救べし。 すべて虚弱なる児は。そのはじめ冷水にて洗たるがよきもの なり。世間に湯浴をさせねば。痘瘡かろしといふは。むかしの書に も見えず。道理にもあたらず。全く輓近の俗人のあしき意料よ り出たることにて。いふにもたらぬことゝ心得べし。すべて以上 の数件。自己の預ざることなれども。かならず伝授て世の裨益 ともなるべければ。かゝる清平の聖時に生あひて。おの〳〵その 職業に世をわたる。報恩にもかなひなんことをねがふ老婆心より。 その拙劣をかへり見ず。おのが心手に試得たることゞもを。その次 序もなく記て。つひにはこの上下の巻となしぬるなり。あなかしこ。 おのが術を衒となみ給ひそ。 難産をとりあぐるに 坐婆と婦人と むかひあひたる かたち このあしと あしとくみ あしとくみ あはせたる うへより。 きるものをかけ。 人に見せぬやうに するなり。 ばゞのしりへかいものを して。そのからだの すこしたてなりたる もよし。すべてちからを もちひよきやうに みがまへすべし。 ふとんの下より ありあふきるものゝ るゐをかひあてく。 をんなのからだの すこしも うごかぬやうに すべし。 このかゝとにて をんなのこし ぼねをしかと おさへて うごかせぬやう するに なり 「かてしてる」をさすにも このかたちにてよし。 一児の頭を露て 産かぬるを抽ところ 〇〇 ひだりの手を そえて。ちからを たすくるなり。 これにてうまれかぬる ものは。あしよりひき いだすこと。本文にくはし。 よくみあはすべし。 一病生を収るところ 本文にしるしたる。 うへのかたへむかひて ひきいだすことを わするべからず。 〇 に □、 手をかた〳〵のこしたる まゝひきいだすがよろしき こと本文十六丁の おもてにくはし。 一坐産の臀頭やゝあらはれ 坐産の臀頭やゝあらはれ たるをうまするかたち 口 一同もゝのつけねやゝあら はれたるを抽いだすかたち ● ひだりの手の中ゆびも またかくのごとくに。児のうち もゝへさしこみてのち。両手を くみあはすなり。 手をくみあはせたるかたちは。 次のてうのうらにのせ 次のてうのうらにのせ たる。うへの図をこゝに見あは せてかんがふべし。 一逆生よりこれまでの三つの図は。みな正位 のまゝさかしまになりたるものをのせたれば。 その面を母のはらのかたへむかはしむるなり。 またこれとはちがひて。うしろむきにうまるこその あり。それはもとりたるがうへにもとりたるなれど。とり あぐるにはさしてかはりたる術もいらず。一〳〵に図を 出さんもわづらはしければ。みなはぶけるなり。 巻下 これも中ゆびをそと よりさしこみてのち。両 手をくみあはするかたち。 うらの下にのせたり。 ごのゆびさ き児のわき よりもゝの つけねへ さしこむ なり。 しりのさきのみあら はれたるに。そのうち もゝよりゆびをさし入て のち。くみあはす手の かたちはかくのごとくなり。 もゝのつけね見ゆる ものに。ゆびをさし入て のちぐみあはす手の かたちはこのやうなり このあひだへ児の両もゝを はさみこみなかゆびを もゝのつけねへかけてぴき もゝのつけねへかけてひき いだすなり。 横産をとり あぐるかたち 一難産の状がならずしもこゝに尽 さず。且図はそのあらましを のせてつくさゞること おほし。本文をよくよみて かんがふべし。 巻下 この手をしだい〳〵に くりこみてのち。あし くりこみてのちあし をもとめてひき いだすなり。 兒胎を飜轉して 産しむるところ 八十一 坐婆こゝろえぐさ巻之下終 昔ひとの国に。草をつかねて人形として。いはきの めくりになむ。たておまたにしを。中むかし の頃。木して。其面やうあし手を馬て。さたかに。夫と かくへて造なして。是をなむ物せしかは。くしの 野の。はたくにくみて。さるわさする人の世継は。 必給ぬへしとなん。の給ける。さるは。天地は。物をお ほし立簡をしも。其心とすめれは。草木の枝たに。 やうなまには。妻に折紅こと字はましむる習なるに。 かり所めにも。人の形しろう。かく土に埋る事は。心 有もの。忍書難きもなれはなりは。まして。誠に 人と在物字。せため善めんと所。いとなさそなく。 うたて有わさなるへけれ。今よにとり挙うはと云 て。人の子生ぬるわけを。わたらひたするもの有。大 才は。公路もいとほしみ。あはれかる心はなくて。おをつし う。しましけに見あつかひ。ともすれば。さわやか成 人てもとなひ。徒にもすめ理。かゝれと。おの心一つには。 世にし百人なしところ。思ひたらめと。いかてか。天地の神の 見もゆ事給へき。抑かく。大御いつくしみ玉とぬ 隈なき。聖の御代にしも遅くれ。天さかか間鄙は更なり。 うち日さめ都あたりにも。またかゝる腹黒きか。 なれ〳〵二は有て。人字あや直るも多かりとか。是只。 其王さをなりたひとのみ思て。人のひと有道 を。得たとらぬか故なりし。おのれ若かりし時より。薬 みの有をさな死たれと。さえつたなく。心黒にして。 人並に病産たるふわ様もえせねは。おふけなく。こゝ この人をすくはむ事は。懸ても思はす。唯深きあ やまち少くて。天地の神にもにくこれ奉らし。親の かとたゝひもなと。思心さしのみたゆみなくて。としよ所 ち余と云。今に至ぬ。ことか中に。人の児生するわさ はしも。ゆゝ敷たはやすからねは。深くものゝあたれし りて。助にわたはらむ。もはかり所。すへかりけれ。こそ 薬しのきにも。おくねとあつかふめるかあれは。取たてゝ かく。おのれかあつかるへき事にしもあらねと。たまし おもひ得たるももあれは。人にもしとしめ。自も試 てゝ。其しるし有はゝもを。過にし頃。かく二巻の 草子には。物せしなりけり。こは唯ひたぬこに。彼子の 心もえぬとりあるうはの。あさな事もやめて。深き 阿屋まちあらしめしとはかり。なま手をさへ出して。 曽こはかとなて書綴たるは。返て人わらへ になむ有へき。いてや。かゝる王さは。ひと〳〵の おそむけ。となる物にしあれは。恐れよくも思ひ るとくて。たゝちに是を人に成むとせえ。ようせ すは。中ゝ成あやまちもこ処出こめ。彼 人かた造て。むかしの飛し理にあはめこれ し。右せものゝやうに。おのれは。其ずくいお はしやは。そを思へは。又空おそろしうなむ。 天保ゆとせの冬。翠の屋のあるしたるめ。 池田御年少