疾毉談 疾医談
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- 向田應齋著
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- 2026-08-17T19:23:22.328Z
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- 2026-08-17T19:23:22.328Z
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- 場所: [出版地不明]
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- CC0
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- 向田應齋著
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- 日本語
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- [出版者不明]
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- 10010000024596
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- シツイダン
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- 東北大学
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- シツイダン
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- 2026-08-28T18:53:25.651810+00:00
荷物{
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
疾医譚序
『荒井恭姫氏ノ寄贈食ヲ
以テ購入セル竹精博士
「狩野亭吉氏藤画一
人之有疾也必択クレ医而託
之所記得其人則可不得二其人一則可不得二
其人一ヲ則以二父母ノ遺體ヲ一委スルヘヲ
溝壑一ニ不レ可レ不レ慎焉。古人有
言曰惟聖知レ聖然ルト聖然ヲ則觧二テ医
事ヲ一而後可二以知二レ医択ヲ医レ推ル
矣哉夫医術多岐。而要在
レ治レルモ疾。治レ疾有レ道焉不レ得二其
道一不レ可レ治也。得レ道奈何ノ曰。
熟二診其症一而処レ方。分量無二
過不及臨機応変洵不容
レ髪一無レ不レ中二素張之微意一
也。此無レ他也善ク学モ善ク習テ而
所得二乎心一ニ。難レ言難レ喩シ而シテ人
戒レ能レ知矣臨レ疾施シテ治而後
可レ知也此ヲ之謂レ得レ道也所
謂其人者ハ餓レ此ヲ之謂也。
解医事者之択医也或以
レ名或ハ以レ老不レハ疑以二ニ官禄一而ヲ
彼未二必得二其道一。則宜クレノ生ス而
死ス。豈非二以レ身委二之溝壑一乎。
此ヲ之謂レ不レ得二其人一也。此レ世
之常弊也。或曰。如レス所レ論非ス
レ令ルニ二天下之人ヲハ皆解二医事ヲ一則
不可。然モ人名有レ業不レ可レ入二
医門則如二之何一メ而可曰使
解二医事一者ス告也以其略則
庶幾免二此弊一ヲ一ヲ。余有レ傷二乎
此暇目書二其要一。命メ曰二疾医一
談一亦殺レ使シテ知レ択レ択レ択レ択レ択レ択レ択レ択レ択レ択レ択レ択レ
得セレ盡二テ其天年一ヲ一而已矣文政
丁亥春正月
三籟向田迪撰
細型
圓
疾医談
江戸向田應齋著
○凡病家の医を択むはいと難き事なり
諸道其門に入脩行せされは工拙は知れぬも
のなり医にあらすして医の工拙を知らんとするは
ことはりなきに似たれども病あれはいからはせん
先其搾む所を聴に彼医は是等の病を治
す事土者にて彼も治し是も治す又彼の
医は老医にして愚なし此医は高貴の人の
託す所なれは功者なるへしなと兎角一決せ
すよつて卜筮巫覡に託して医の方角を定
め病症を卜して善悪を論すかららして医
を定本一も的中の択にあらす然して薬
を服し其薬応せさる時は又医を縛し
長病なれはしは〳〵医を転すかくてはいつれ
を是とし孰れを非とせんや夫医を転
るは薬の応せさる故なるへし其薬の応
するに遅置あれは其方あたりていまた応
せさるやあたらすして応せさるや庸医の
知る所にあらす况病家におゐてをやされ
はよき医にあふもあしき療治を交るもひと
しく天命のしからしむる所と思ふなるへし
是予か歎息して此書を述る所也見るもの
医を槐の一助ともなら共幸ならん
○病の治すは天命と薬力と也天命ありとも
薬力にあらされは療すへからす薬力ありとも
天命是れ共治せさる也又療治の善悪に
よる療治よけれは病毒去て天命をたきち
療治あしけれは病毒のために非命の死有
たとへは油尽て燈消る事あり油またす
す物のために消る事あり此に人有大
病を得るに療治あしく空しく日数を
送り病毒のために苦痛脳乱して死す
是非命なり油いまた尽すして燈消るが
如し又薬方病症に応し毒尽て後精
力常にふくせす苦痛もなく木の枯事か
如く死すをのあり是天命なり油尽て
燈消るが如し又薬方と病症と相応すれ
とも病毒猛烈にして薬の分量其病妄に
勝程服するの精力なくして死す是亦
苦悩に堪すして死るなりしかれども人
力を以ていかんともすへからされ共即天命
と云へしたとへ共大河あれども大火に
漸く事あたはさるか如し夫医は人力
也唯人力を尽して天命を候へし斯の
如く論る時は委く天命を知るに似た
れとも天命本より量り知るへからす
いかんとなれは病毒ありて死する時苦悩
に堪すして死する此時天命の尽たるか明に
しるへからす蓋天命を知ると云は思惑分別を
以て知れさるものと知て恐るゝをいふなるへし
唯症に随て方を処る時は天命に拘もさる
也此故に治療に麁略油断ありて唯天命
に任すといはゝ人道を失ふなり
○病症と薬方と相応すれとも時節を知ら
さる医は病を作する事あたはすいかんとなれは
病症により薬の底するに遅盞あれはなり
初て病者を診察して薬を用ひ日数を経
れとも験なき時は此薬にはあらさるかと疑惑
を生して薬方を換まほしく思ふ也此時薬
方病症にたかひて応せさるや薬方たる
はされともいまた応する時節に至らさる故に
しるしなきや知りかたし既に方を換て
しるしあらね共又も換る也日ならすして
しばく方を換へ茫然として術尽いかんとも
すへからさるに至るたま〳〵病症に相応する
薬方を処すれとも応する時節迄用ひ遂
る事のなゞさるは方意を得さるか故也方意
を得るはいと難き事也方意を得るといふ
は此病症には此薬方の外別方なしと心に
決断して日々聊の変症あれとも拘らす
其根本の病症替らんまてはいつ迄も其
薬方を用ひ其症替れは速に方を換へ
かはらされは治しぬる迄最初の方を用る也
扨其時節に紛敷事有薬を服せされ
とも日数経て病毒自ら尽るり又は病毒
己れと静れは患をまぬかるゝ也此時節に
用ひたる薬は功あるやうに思はるゝもの也
医も彼是と術を尽しからふして応し
たりなとゝ手柄らしく治すましき病の
望く薬力によりて治しぬるやうに思ひ
重て斯の如き病者に遇右の薬方を用れ
とも応せさる故に益疑惑を生する也夫
誰に天工有人力あり達医にあだれは知
か難し
○聖人多食せすと宣ふ一言にして養生
の法を尽したまへりされど人の強弱により
て飲食に多少あれは其分量は其人により
て極むへし但餓て食すへし餓さるに
食する故に停滞して病毒となる世に無毒
なりといふ所も多く食すれは害をなし有毒
と云物も少く食すれは害をなすに足ら
す又食に禁物なし好むものを食すれ共
養ひと成といへとも其好む物の中にも病毒
を増もの有禁せすん共有へからす但食
物の薬にさしあふと云は疾医の道になき
事也また酒の人身を害する事其説世に
知る所也性酒のみにあらす食物度に逼れ共
皆害有但食物は酒ほど通る事なし此故に
酒を害多しとす唯飲食は程あきを養ひ
とするなり
○病者を預り術に聞きゆへ四労して朝夕
診察し時々薬方を換る医を種々心を尽す
やうに思ひ又術に明るにして診学審なる
か故に日々容体を告れとも薬方を換へす
時々診察せぬ医をは反て麁略の様に思ふ
もの也又麁忽にして病者に心を用ひされは
大病に臨て聊か動する気色もなき医あり
是も亦術に明かなるやうに見ゆるものなり
凡病症看らすして薬方を換る事は嘗て
なき事也されど病症替りたるやうに見
ゆれとも方を換へさる事あり是病形者
れとも病根替らされはなり又病症替らさ
れとも方を換る事あり是病奇に主とし
て攻る所ある故也譬は外症を主とする時
有腹症を主とする節あり臨機応変緩
急の術ありて其妙言語に宣かたし医の
良茲にあり
○医の術は唯某の分量と駆引のみ也某の
病症ありて某の薬方をあたふるはたれも
する所也扨此病には此薬方にて分量は何ほ
と与へされは治せすと云事を知るは多年
心を尽し功を積にあらされは知りかたき所也是
を分量其所を得ると云なり譬は病は火なり
薬は水なり水よく火を消す然れとも火成せん
にして水少き時は其火益盛なり某勝されは
病治せす此病には是程の分量彼の病に
は何程の分量と其所を得るそ医術の肝
要也然るに病者薬を服するに堪すして
ひそかに服散を減る事あり然ら共医の術
は用なく病者反て医の術をなす也斯の如き
時は病治せさるのみならす甚害あり又さのみ
深き病毒にもあらさるを薬の分量を増し
厳敷攻む是又分量其所を得すして害
あり病症を診損ずる医者は論るに足らす
方と症とたかはされども分量其所を得さ
れは斯の如き害多し
○初生の小児の病は唯胎毒のみ凡胎毒と
云は母の胎より伝ふる病毒也此毒を去より
外に手達なし但初生二三ヶ月のうちは度
々大便の通るをよしとす一昼夜に一度或
は陽日に通るは是病毒の所為也薬を用
されは発病あり又急症を発る事あり又
蛔虫を生るは大概乳より食に移る時節
也凡蛔蟲を生るもの多といへとも病毒なき
ものに生る事なし病毒有て後に生したる
ものなれとも先薬を用ひ蛔虫を除去りて後
症に随て其病毒を攻へし毒尽されは蛔
虫又生す或は発熱甚しきもの一夜に生る
事有尤蛔蟲は小児に限るへからす凡小児
は薬を服し難しされと其病毒疱痼せされ
は其症多ならす此故に唯紫園の一方にて
諸症を兼作すへし是千金方小児門の良方
也然れとも下利甚しきゆへ古より懼るゝもの
多きにや彼方の条下に下すといへとも人
を虚せすと記せり害なき事用ひて知
るへし
◯小児の療治は難きもの也己れに治せん
と云心なき故他の介抱による也唯父母の
慈愛過るか故に瞑眩を厭ひ薬を減し
薬其病に勝事あたはす病毒日々増長す
れは医を恨む且食物の養ひ過て害多し
たとへは糞土通て草木を枯する如し此段
小児に限らす大人も此心得有へき也凡食は
命を続ものなれと諸礼食にあらされは成ら
す又人々飲食を娯しむ此故に其度に過
るもの也食過る故に停滞して病毒となる
是即病根也疾医の作法吐下を専とする
は蓋飲食停滞の毒を除去を先とする也
○病の仰不治は病家の知る所にあらす本より
軽症難症あり是又病家の知らさる所なり
されは軽き症にのみ逢たる医は能病を任す
るやうに見ゆるもの也難症にあひは達医も
速に作する事あたはす又前に云如く時節
来り病毒変化して自ら治する病あり其時
節に用ひたる薬は甚功あるやうに思はるゝ
なり凡諸病毒六七分も減る時は病者患る
所なく金快せりと思ふ也されど病根いまた尽
されは再発斗りかたし全快とは云へからす
○病を療るに薬を強く用ゆれは早く注
すされと強く用ゆれは害あるゆへゆへゆなく治
すと云はなき事なり其症ありて其方を
用ひ薬方の分量其症に勝時は治すされは
強くも弱くも別に手段はなきものと知る
へし
○病毒盛んなれは精力脱す甚成せんなれは
益脱す後世医は精力の衰ふを見て病毒
の盛なるを知らす故に追日其薬柔弱に
なり人参附子の剤を以て精力を補ふ精
力衰へされは病は自ら去ると云是其理ある
に似たれとも本病毒のために精力衰へ
たれは其病毒を除去すして精力を益す
事はならさる也病毒さへ去れは精力は本にふく
すたとへは一樹あらんに其枝根強大也然るに
蔓覆ひ纏へは其根いかほど強くとも精力必
窺ふべし其蔓を取捨すして其根へ糞を
沃くともなんそ精力を益んや蔓さへ取拂へ
共枝葉自ら栄ふへし凡古方家後世家
と分る事古方は唯病毒を診して精力は
天に任す後世は精力を見て病毒を知ら
す此故に兎角補益の剤を主として精力を
養んとす夫精力は天命也人力を以て養ふ
へからす人力を以て精力を養んとするは天
命を知らさるをの也。此故に延命長寿不老
不死等の薬あり是三代聖人の道にかつて
なき説也又世に古方は絶し後世は弱し古
方と後世と兼用ゆれは害なく病作す抔
と云て病家の心を奪ひ弁に任せて妄言
を放つ俗医あり迷ふ事なかれ凡古方と
後世とは其道相反て天地懸隔の相違と
心得へし惣して古方家と云は疾医家を
いふなり世に古方家と称るものは吾徒に
非す
○内経曰毒薬攻邪五穀為養されは口腹
にかなはさる草根木皮を補剤と名て精
を養ふと云事疾医の道になき事なり
唯毒薬を用ひて病毒さへ除去れは跡は口
腹に叶ふ穀肉にて精力を益し平生に帰
る也されと病毒尽て後精力を益さすして
死るは天命の終りと云へきか孔叢子曰死
病無良医とは此之謂なり
○常に薬を服せは病なしといふへからす
されと未病を治すと云説あり蓋病毒の
ある所を知りて常に薬を服す時は其病
発せさる也たよへ発すとも尤軽きなり但常
に薬を服しなから病の発る時常に薬を
服す故に其病発軽きや服せされども斯の
如くなりや其證拠なけれは明に知る人稀
なり然れとも常に薬を服し其病根を
滅すれは病発軽き事疑屋からす凡病は
外より来る事なし年月貯へたる病毒
の時節来りて発動する也されと平日診
察するに聊の病毒あらはれねは常に用
ゆへき薬もなし然るに時として病発する
もの有譬は青天忽に雲を生し雨を降
する如し是前より必其催あるへし病毒
も亦然り其毒なきやうなれとも必隠るゝ
所あるへし是詳に知りかたき所なり唯
其知るへきものを知て常に薬を服す
へし
○病の治すを上工と称し治せさるを下工
と云されと仰すにも下工あり作せさるにも
上工有病を診察して其症に診究たる所
もなく用ひたる薬方幸に其症に応し
て治する事有是薬方の功にして医の工
にあらすたとへは的に向て漫に矢を放つ
時中りて功をなすは弓矢の功にして射手の
功にあらざる如し又病毒深からさる故にま
はり遠き療治にても治す事有又方症相
応し聊の手抜なけれども病毒疱痼して
速に治しかたきもの有察せすん共あるへ
からす
○病を治せんと欲する医は病を作する事
あたはすいかんとなれは唯病を治せん事を
のみ先として薬方と病症とを詳にする
事を要とせす此故に其功験あらされは
方を換る事速なり是本其症を詳にせさ
る故也方と症とを詳にすれは其症の治さん
まてはいつ迄も其方を用ゆ是病を治する事
を先とせされとも病は自ら治するなり
○薬を服せされとも作す病は但し薬を服
せとも作せさる病は作せすされど薬を服す
る時は軽き病は益軽く難治の病も問に治す
事有と云是常の論也凡菓を服せは病と
して治せさるはなし但命数に限りあれは
治せさるうちに死るもの有死せさるうちに
治しぬるをのみ誰したりと思ふはたかへり
譬は身は命の器なり命終れは器朽る病
毒は器を損るもの也。器損れは命を保つ事
あたはす蓋命は人の強弱痔毒の有無に拘
らす是も期ありて尽るなりされは命あり
て薬を服せ共治せさる病毒なし
○世に瘡毒と云病多し是伝り病にして
薬方も別のやうに思へとも本病毒なき人に
伝る事なし病毒あるもの其毒に触れ
は固有の病毒を引出す也其病形下疳便
毒なとゝ名け骨節疼痛悪風等の症を顕
す是を瘡毒と云斯の如きの病形其毒に
觸れさる人にも間にあるなり或は父母より
伝ふる事有凡諸病他より来る事なし
其図有の病毒ありて瘡毒に触れは瘡毒
に発し傷寒に触れ共傷寒に発し瘡
瘡は瘰瘡に発し疱瘡麻疹等皆斯の如
し又其病に触れされとも四時の気候に感
して右等の病を発る事あり皆病毒の抜
け易き方へ発る也其病形によりてさま〳〵
の病名あれとも其本は一毒の所為なり唯
一毒の所為を以て見證に随て薬方を処
するのみされは瘡毒の薬とて別にあるへ
きをのにあらす
○凡薬方を処するに腹症を主とする時
有外症を主とする節有扨様々の症一時
に発る節諸症を一度に治せんとすれは治
すへからす必至として攻る所あるなり其主
症は一二症に限るへし此主症より攻れは諸
症自ら治する也是即万病一毒なるか故
但其主とする所を知るに工拙あり
○一方にして多病を作する事あり是其
病根を治する時はさま〳〵の外患自ら除か故
也譬は一家に三病人有患る所后異にして薬
方は同方なる事有疑惑すへからす是其
主症に随ふ也此故に薬方多ならすして
治療自在なり
○水銀を製して軽粉と云此薬を服す
れは病治して後薬毒身体に残りて患
をなすと云説あり是甚誤れり又軽粉を
瘡毒の薬とのみ思ふはたかへり凡軽粉は諸
病毒疣痼したるを発動するの良薬にし
て其功比類なきもの也但軽粉を服す時は
病毒のある所痛を生し又口中腐爛する也
是口中の毒もともに動く故也尤口中に毒
なきものは腐爛なし又病毒なき所に痛を
生る事なし軽粉を服して後巴豆剤を
服すは軽粉の毒を下すと思ふは誤也軽粉
にて発動したる病毒を払ひ去也必巴豆
剤に限るへからす症に随て方を処すへし
凡軽粉に限らす都而口腹に入るをの己れ
と下らさる事なしされは軽粉の毒とて
別に身体に残るへきものにあらすしは〳〵
用ひて知るへしされと用ひやうにて其毒
の残りたるやうに思はるゝ事有軽粉を用
ひて耳聾亡目身体不遂等の患をなす事
有皆軽粉の用ひやうあしく病毒動乱し
て其毒はまた除かす耳に痼り眼に集り
たる也是等を誤りて軽粉の毒をおもふ
なり凡軽粉に限らす諸薬物用ひやう
あしく病毒動乱する時は皆害を添ふ是
等を薬毒と思ふは誤なり
○世に請合療作あり其説野旱にして
とるに足らすされど請合と云言葉を力
として資むをの多し是病家の意を奪ふ
一計にして敢て診究たるにあらすたとへ
診究るにもせに請合と云ことばに作する
事をのみ先とする意あれは病症を診察
するに誠一ならす此故に処方応せされ共
速に換まほしく思ふ也此論前に詳なり
但先の見へぬ治療はなりかたしといへども唯
当時の処方さへ病症にたかはされは治すべき
は絶し作せさるは天命なり行末の事は人相
卜筮にても知るへしされは末の事を知れ
はとて病を治するの力にはなりかたしたとへ
云ふ事一々あたりても必治療に工なりといふ
へからす是想象を述て俗耳を驚し名
利を貪る医のなす所なり然りといへとも死
生及び病毒の変化并に作不作を節に
診究めんに十に八九は知るゝをの也唯十に
一二診究かたきものある故に都て知らぬと
は云なり且知りて治療に益なけれはなり
○薬弗瞑眩厥疾弗疹といふ語に本つき
て薬を与ひ苦悩を増し然して後疾苦を
除くなり然れども瞑眩素より好さる所なり
かくの如くならされは疾痺さる故に止事を
得さる所なりされはなるへきたけ瞑眩劇
しからさるやうにして疾を除くを上工といふ
へし其術唯方症相対分量過不及なく
其所を得るにありされは医の工拙により
死生存亡にも拘るなり恐るへし慎むへし
○世に傷寒と云病あり其毒尤猛烈に
して治療の駈引半日一日をも争ふ此故に
薬方と病症と其所を得す治療の時節
を失へは再ひ仕直しはならぬなり方と症と其
所を得れは薬の応するも亦重にして手際の
見ゆるもの也此故に医の修行は専ら傷寒を
療するに有凡疾医家と後世家と病論の
相反る事牧挙かたし其説病家の知る所に
あらされと其知り易き所一二を論せん夫医
書に傷寒論あり此書疾医家後世家倶に
尊信して用る所なりさて同し書を信じて
其療治のたかふと云はいかんとなれは此書昔時
後漢張仲景集めたまひし書にして三代
聖人の遺方なり然るにいかなる故にか有
けん其書世に知るものなく数百年を経
て西晋の世に至り王叔和此書を取出しぬ
然るに叔和本より後世医なれは己が意の
まゝに了簡を書加へ撰次して共に仲景の
書なりと世に流布したりされは其後の医
義論区々になりて是は仲景の語にあらす叔
和の増入なり彼は後世の論是は古方の意と
其説区〻にして相互に争ひ茲一家の義論を
立其流数十家を成其末書文庫に満つ但
薬方と分量とのみ大概古昔のまゝにして末
世の大宝也此故に其病を療するに及んて
薬方は同方なれとも病論區なる故に用る所
大異也扨後世医の傷寒を治療するは
表裏の論を専として其撚表に有時は発
表剤を専として下剤を用ひす下制を用
ゆれは熱裏に入陰症となると云て甚恐る是
極表にのみ有て裏にもある事を知らされ
は也日数経るに及んて精力衰へ熱胸腹に
集り或は手足逆冷脈沈微譫語等の症を
発るに至り其熱裏に入たりと云て初て
下劑を用ゆ其下劑も多く用ゆれは精力を
脱すと云て聊用ひ下利なきやうに大便
を出んとす是腹中の熱毒を除去意なく
少々大便を出すは何事そや此時補剤を用て
精力を益んと欲す是皆叔和氏の流なり夫
疾医の傷寒論を論するや叔和の増入を択
捨長沙氏の真面目を論し今病者に伐て其
功疑毫もたがはさるを徴として教を立る也必
書籍の上のみにて究めたる論にあらす扨
表裏の論は取用ひされども暫く後世の論に
つきて云はゝ初其撚毒深く熱裏に満る故
に或は舌上胎を生し且表に顕るゝ撚も甚し
日数経精力衰ふるに随て其熱裏に入る也
裏に入をまたす初より症を詳にして裏の
撚毒を下すへしたとへ表熱裏に入るとも益
裏より下すへし予数年経験するに初
より下して裏に入たるものを見す裏を解
す故に反て熱を発し汗を出す事有此故
に表裏の論に拘らす精力のいまた衰へさる
時早く撚毒を除去を主意とする也是古方
と後世を同し傷寒論の薬方を用ひて療
治の違ふ所也但熱毒に限らす所謂食傷
霍乱の類都て劇敷症病毒を永く一身に
たもち苦痛に堪さる時は忽精力脱する也
からうして治すとも肥立甚遅きをの也。凡諸
病毒増長するに随ひ精力は脱するもの也但
病毒は本より人の体にあるましきものなれは
早く除去へき事也其除去に三川の瞑眩あり
汗と咄と下と也此三ツはおのづから病のぬくへき
方へ抜け去るなれは医より下さんの咄せんの
とはおもはす唯症に随て方をあたふるのみ也
方と症と違はされは汗すへきは行し咄すへき
は咄し下るへきは下る然れは下制にあらすして
下し。吐制にあらすして吐し汗剤にあらすして
汗する也皆彼よりしかる所にして医の自由には
なりかたし此故に此薬は下馴彼薬は汗制と
たしかに定めかたし是長沙氏真面の論に
して今病者に試るに毫も違ふ事なし疑ふ
ことなかれ
○医に眼科あり金瘡科あり金瘡科は金
瘡或は種物等の疵口をのみ愈さんと欲し
眼科は眼中の患を除んとするの外なし其治
療后外より薬を伝け手術を施すを本
として服薬を後にす此故に其病根を禁し
て治すれは枝葉は自ら枯る事を知らす但
金瘡打撲等は外よりなす所なれとも其愈
兼るものは病毒有故也されど外より薬を伝
け手術を施すも治療の一助なれ共唯病根
を治する事を肝要とし手術を次にするを
よしとすへし凡諸種物の類都て表に顕るゝ
もの其顕るゝ所のみに心を寄て其病根を知
らさる故に作する事速ならす一旦治すとも
重て発するもの多し是其病根を除去さ
る故也其外産科小児科痘瘡科婦人科口中
科接骨科等有名得たる術あれども万病一
毒の治療を知らさる故に皆枝葉の作療に
して病根を除去事あたはす萬病一毒の治法
を以て病根を除去時は枝葉の病は自ら治する
也此故に諸科の作術は大概用なきもの也然
れとも諸科の術を知らすんは違医とは云へから
す其術を学ひて其要をとり治療の一助
たらしむべしされと病家は一科に得たる術
ありとて小児は小児科に託し種物は黴瘡科
に託し眼病は眼科に託しぬ是其理あるに
似てその益すくなし
◯古方に多味なる菓方なし二三味より八九
味に限る也其多味なるものは皆後世方なり或
は二十味より三十味に至る方あり又妄に加減
ありて益多味なる有但一貼の重さに限りあ
れは一味の分量多味なるに随て減すへし
されは多味なる方は功薄くして一味との主
御知りかたし凡薬に君臣の階あり桂枝湯
五味にして桂枝君薬也大承気湯四味にして
厚朴君薬なり小建中湯六味にして芍薬君
薬なり其他推て知るへし夫薬を処す
るに君薬の症を主とす多味なれは君臣
の差別なくいつれの病にいつれの薬品応し
たるや知るへからすたとへは的ありて礫を
打とき一石を以て打中れは必其的を破るへ
し多石を掴んて打せきは其うちに中る
石ありとも的を破るの力なし是多味にして
一味の分量少き薬方の如し一味の分量少
きのみならす一貼の重さ一戈に通さるをの
有斯の如き小創を服して誰しぬる病は薬の
力にはあらさる也
○疾医家に加減の方を用る事なし蓋
古方の分量は聖作にして仲景氏の撰集
なれは其術及はさるもの妄に加減すべきも
のにあらす凡一味の能あり一方の能あり一味
の能を以て一方の能を推知るへからす衆味
調和して病症に応し大功をあらはすの妙能
あり是中々私智の及ふ所にあらさる也然るを
諸病に古方を加減なく用ひては薬方多からさる
故に自在ならす此故に薬味を去加し分量を
加減して病症に応する様にすると云医多し
是甚非なり斯の如き時は新に方を作るに似
たり然ら共古方は信するに足らす仲景氏
も用なきをの也夫仲景氏を尊信するは其
薬方分量を其侭用ひて治療するか故也
凡諸症一時に発する時必其根元あるへし其
根元を診察して治する時は余症は自ら治す諸
症を一度に治せんとする故に薬方足らすし
て加減を専とする也故に病症を除く事
あたはさるのみならす又其害少からす夫庸医
は薬方の数多くして其功甚少し是其本を
失ふ故に薬方其所を得さる也良医は薬
方の数少して功験最多し是方意を得たる故
に方を使ふ事自在なれ共なり
◯病者の死生を眠るといふは後世医の言也十
に八九は知る事あれとも全く知る事なし此
故に疾医家には都て知らぬとは云也然るを誑
療を仕損して死したる時の言訳なとくおもふは
ひがこと也今病者を試るに死すと眠る事
有生ると思ふ事有死する生なり知れぬ事有
斯の如き時は死すと眠ても生ると脳ても死生
知れすと眠ても目前の病症を診察して薬
方を処するに別の手段はなく唯症に随ふ也
されは死生を知んとするは無益の事也又死生
は実に知れざる證拠あり史記倉公伝に詳
也僉公は後世医の大祖也今死生を知んとするは
倉公の意に背遣り
○世に後世家あり又当流を古方家といふ
されと当流は周官の疾医を祖とする也此故
に疾医家と称す蓋疾医は万病一毒を以て
本意とす此万病一毒を本意として古方後
世方并に倍間に伝ふる出所子知方其差別
なくしば〳〵病者に試み其験毫末も万病一
毒の治療にたかふ事なき方を択て用る也
其功なき方はたとへ伝来出所なりも
委く捨るなり但作療は攻るのみにて補益ある
事なし此故に俊世補制と名附る薬方も即
攻撃制也いかんとなれは補制なりと云八味丸も
小腹不仁の水毒を逐ふ時は是補制にあらざる
也附子悪寒を治す悪寒は水毒也又附子
を用ひて水を吐す事あり是水毒を逐ふ
也然るを後世家は附子能体を温むといふ
是水毒を逐ふて無病の時になりたるを知
らすしてあたゝむるものと思ふはたかへり此類甚多
しよつて補制と云ものも用ひやうにてみな攻撃
則なり唯万病一毒を会得せされ共薬の
本功は知りかたし
◯天万物を生ず人取て食ふ時何をか養とし
何をか毒とせん其好て食し口腹に叶ふものを
養とし口腹に叶はさるものを毒とす人身病毒
ある時は此毒を以てかの病毒を攻む是を薬
と名づく常に食する品も薬に用る時は毒
物となる也これ好て食せさる故也されは好て
食る時は養となり好ますして食すれ共毒と
成是毒物を以て病毒を攻る所也されど好と
好さるとは人々にして異り此故に薬物に用る
時は好を好さるとに拘らす養とするには好
むものをのみ食する也然れとも好て食する品
にも養とならす身を害するもの有是皆病
毒ありて其病毒にあたる也是を世に食傷と
云此食傷する人異るものを食するにあらす必
常に人々の食する品にあたる也是其人に限
りてあたるは病毒ある故也
○病を診察するに脈を本とするは非なり
脈の人々にして異なるは面の同しからさるか如し
此故に腹中を診察して病毒を知るへし
然れども其腹形各平生異るり故に病患の
時病毒の形も亦異りされと病毒のある所を
直に探り知るの法あれ共たかはさるなり脈を
以て腹中の毒を知ることはなりかたき也又眼
と病毒と和合せさる事あれ共脈に拘らさ
る病は脈を以て知るへからす是庸医の知ら
さる所也此故に腹症を本として外症を末に
する也夫外症は脈症容貌血色言語起居及ひ
病者患る所の證候をいふ是なりそれを参
考して薬方を処する也されと小児或は乱心洞絶
等は其患る所を察知せすん共有へからす此故に
腹症を本とせすんは窮する所有へし
○薬瞑眩せすして疾治する事なし此故に薬
を服せしより続て患の除く事なし服薬病毒
にあたり病毒動き或汗或吐或下すされは一旦
病苦を益に似たり此故に病家に心得なく
一旦の瞑眩に恐れ病毒去て絶するをまたす
半途に休薬すれは其病毒動乱して害をなす
事多たとへは火を消すに水足すして其火返
て盛んなるか如し
○凡医は技芸の長なれとも他藝に比すれは
甚拙きもの也いかんとなれは諸芸皆常に集会
して其術を試み相互に勝劣を論し門弟子
を教育して其業を立る也唯匿のみ集会し
て其道を研究する事もなく且門弟子なく
も病家を相手として家業となる也此故に師家に
学ふ事尤未熟也或は独立して師伝なきをの
多し唯病家の気侭になつみ諂ひを専として
名利に屈せられ病家も亦医を軽卒にして病
者の伽酒宴の相手のやうに思ふ也斯の如きあり
さまなれは学ひたる術を切磋する心もなく弁
に任せて空理を説き瞑眩なき薬をあたへ
時節来りて治しぬるを己れる功と思ひ一生医
の医たる道を知らす周昧にて年月を送
る是皆其道を知らさる人を相手とするの怠慢
也夫人身の患苦病より大なるはなし医其患苦
を救ん事を怠慢己か口を糊せんと敵す罪是
より大なるはなし若己か口腹を養んとならは他
の芸を業とすへし他芸は実変なくも未熟
なからも夫々に行はれて人を害するに至らす然
といへとも医皆良医たる事あたはす其術の拙き
は是非なし其志さへ誠一ならは其術も漸に達
すべし
○甚哉医の利を好む数千歳の昔千万里の外
国も今見るやうにや侍りぬ扁鵲伝云齊桓候曰
医之好利也敵以不レ疾者一為二功また韓非子曰医之
好レ作不レ病以為レ功と是今の医たるをのなんそ恥さ
らんや軽症を重症と云疾なきものをして病有
薬を服せされは必発病ありなと云て病家を
驚かせ薬を与ひ己か功とするの類挙て什へかたし
○凡一方に功を得たる医は其薬方をのみ多く
用ゆ是いまた道を得さるか故に偏なる心ありて其
功を得たる事を心に忘るゝ事なしたとへは委固
にて功を得れはいつも裏図を用ひ大承気湯に
て験あれは常に是を用ゆるの類なり又病を始
して其事を忘れす其後此類の病にあへは前
の功を思ひ出し参考して治療を施す功ありと
いへとも是亦其道を得たりとはいふへからす其
道を得たる医は病者を診察し薬方を処し
其病地して後又其病に似たる症にあふとも前
の功を忘れ無我にして思慮なく病者を診し
方を処す其処する所の方一に扁鵲仲景の
意に叶はさる共なし是思はすして方症相
対する也なんそ私恵を用んや斯の如く方を
処する時に疑惑なきか故に其薬方の夜
するまて用ひ遂る也其症替らさるに方を換
んと欲するは初め方を処する時の疑惑なり
凡医道を修行せんとならは先私智を離る
へし道を得るの害是より大なるはなし
○病を治するに病名を知らずんは治する事
あたはすと云は後世医の説なり病名によらすと
云にはあらされとも病名は粗なりいつれの病にも
夫々の症あれは也たとへは傷寒頭痛発熱とある
時傷寒は病名なり頭痛発熱は病症也傷寒
と云病名共かりにて薬は用ひかたし必頭痛発熱
の症に随はされは方は処しかたし諸病皆斯の如
此故に病名異なれとも病症同しき時は同方を
以て治し病名同しけれとも病症異なれは方もまた
異なり長沙氏の症に随て治すと云は是なり
後世医病名を究て方を処する時一つの病
名に数十の薬方あるを私智を以て撰むゆへ
治を誤る事甚多し但其撰本時症に随
ふ事あれども其病名の外に出す夫症にし
たかふ時は其症あれは必其方あり此故に症さへ診
究れは方のたかふと云事なしなんそ私智を用
んや然るを病家は病に名を付けされは治療
を誤るかと思ふなり是後世医のならはせ也
○産前後の養生は唯病毒を去るを専らす
病毒なけれは難産なし又月経止て後妊娠か
病か医をして診究めさせんとす医もまた診究
めんと種々心を労す愚の至り也それ妊娠は婦人
の常にして病にあらす此故に医のあつかる所にあ
らす医は人事にして唯疾病を主るのみ凡妊娠
して病毒なき時は悪阻の患なく分娩時腹痛も
なく産後平生にか共る事なし唯妊娠によつて
固有の病毒動き種々の患をなす其患る所を
症に随て方を処すれは夫々に作すへし又妊娠
にさしあふと云薬は疾医家になき事也然ら
共妊娠と診究めたれはとて治療に益なし
但姙娠を診究る法あれとも取に足らす三四ヶ
目に至り其胎実すれは自から知るへし又塊
物を生し妊娠と紛敷もの有病妻と妊娠と
は自ら差別あり知らすんはあるへからす
○下利する病に下剤を用ゆる事を恐るゝ医
多し但下制は大便を下すものと思ふか自下利は
腹中の虚損と心得たるか又脾胃が破れて下
利するなと云医あり是腹中見へされは何を以て
知るやたとへ破るゝにもせよ何ゑ破れたるや病
毒に破らるゝならは下利に拘らす症に随て薬を
服し其毒を除去へし都て虚損と云事なきに
あらす病毒のために虚損するをの多し其病毒
を去る事を知らすして唯虚損を補はんとする
は愚の至り也又病毒にあらすして虚損するをの
有是天然にして薬力の及ふ所にあらす
○大道に秘術なし疾医の道また秘して伝
へさる術なし唯傳ふれとも習ひ得されは病を
治する事あたはすされは用ひやうたかへは病毒
さらす害多し此時に至りて己れり術の拙きを
知らす薬方の害と思ひ大に懼れて古方は後
世の人によろしからすなといふもの有又後世方は
気味薄き薬品のみ多けれは其病に中るも中
らぬも平和にしてたとへは日夜煎茶を飲か如
し是庸医の恐れすして用ひ病毒の自ら静
まるを薬の功とおもふ所也偶験有術あれ共禁
方秘術或は一子相伝なと云て漫に許さゞる事
多し其禁方秘術と云をの知らさる時はゆかし
く思へとも知れは必習ひなくも出来る也此故に
惜みて教へさるなり凡国家に益ある事を秘
して伝へさるは小人のなす所にして君子の恥る
所なり
○種々の薬を服して後病治せさる時是は今
迄服せし薬毒残りたれは先此薬毒を解さ
ざれは薬応せすと云医有夫病皆飲食の毒と
いへは薬にもせよ食物にもせよ都て口腹に入るもの
より病は生る也されは是は薬毒彼は食毒と診分
る事はならぬ也たとへ診分るにもせよ其診分たる
薬毒と云は必病者の患る所なるへし其患る所は
即病症也其病症に随て治する時は薬毒に拘
るへからす此故に薬毒を解さゞれは薬応せすと
云は妄説なり此論軽粉の段に詳なり
○瘧を切と云医切薬といふものを用ひて治す
る事有蓋瘧は四時の季候に感し固有の病毒
動き時ありて寒熱発汗し其度毎に病毒減
日を追て作するもの也唯症に随て方を要す
べし必切薬にて誰すへからす切薬にても其
軽き症は強せとも重き症に至りては中々治し
かたし但切薬にて作する時は必害ありはかんとな
れは病毒動て去んとする所を抑ゆる故也譬は
瘰瘡を伝け薬にて作するか如し是も軽き
症は但して後害なきやうなれども重き症に至
りては内托して患をなすもの多し名利を貪
る医一時の功をあらはさんと欲して人を害す此
類多し
○名聞の医瞑眩を懼る若瞑眩中に死し
たる時病家にて医者のころしたりと云て
怨ん事を恐るなり此故に重病に臨んて
病毒を察せす死期を考へ言を巧にして
補益制を与へ或は薬制の及ふ所にあらす
術臣たりなと云時は病家にては人力を尽
さすして死したりとはさらに知らす却て
其言の当るを信すされ共絶すへき病も
治さすして病毒のために死する事あり
是人には善せらるれとも天に恥へし又此に
病者あらんに薬方分量ともに其所を得
るも瞑眩中に天命尽て死るあり其時
毒薬のために死したりと云て病家の
悪ん事甚しかるへし是は人に悪まるれ
とも天に恥さる也天に恥さりの治療に
あらされ共仁術とは云難し天命の説前に
詳なり参考すへし
◯温泉に浴して病を作すを湯治と云それ
温泉は硫黄生する山に火常にたへす流水其
所を経て熱湯となり又種々の薬石に触るゝ故
其薬石に随て湯の味も湯の色も各異にして
其功能もまた異り凡温泉の功は唯外症を作す
のみされと病症に随はされは害亦多し但作療の
一助たゞざるにはあらねとも薬力にて淮さぬ病の
温泉にて作すといふ事なし
右東洞銘丘両先生相伝の説にして予か多
年経験する所なり且医を学ばされとも
其説の解すへきもの十か一を誌て以て病者
に与ふ蓋其説を聞て其実を見さるものは
必疑ふへし疑ふ時は隋侯の珠にも劔を按す
予既に先師の説に疑ふ事あり数に験て
後始て其説の迂ならさるを知る今誌ところ
皆有證の実事なり凡実事を論る
時は其説拙にして正なるか如し後世論説
家の如き其説巧にして理あるに似たれとも
行ふ時は違ふ事多し是言巧にして行を
必とせされ共也君子行而言言行一致にして
始て興に医道を言へきのみ
4059
疾医談畢