百人女郎品定 2巻

creator
西川祐信畫
created_at
2026-08-17T19:23:22.983Z
updated_at
2026-08-17T19:23:22.983Z
field_notes
場所: [出版地不明]
field_rights
CC0
field_creator
西川祐信畫
field_language
日本語
field_has_image
true
field_publisher
[出版者不明]
field_identifier
10010000037246
field_ocr_status
completed
field_title_yomi
ヒャクニンジョロウシナサダメ
field_attribution
東北大学
field_title_other
ヒャクニンジョロウシナサダメエゾウシ
field_oai_datestamp
2026-01-09T15:22:20Z
field_oai_identifier
10010000037246
field_ocr_updated_at
2026-08-28T18:53:25.651810+00:00
書名 刊 所蔵者 管理番号 資料番号 撮影年月 巻 冊 月 年館 ERISEST 百人女郎品定 置甲{ 特別 しなさだめ 百人女郎品定 絵草紙 西川筆 上之巻 序 荒井泰信氏ノ副会ヲ 以テ購入セル節関博士 「猟野亭吉伊藩藩 著書症 LDEL 禁庭に百官百寮の座を わかてり。これより百数の大宮 人とは訓つゞけり。美女にて。口 の媚あり。貴妃を有声の事の と誉しは。遠き糞吐のみに 一大液の芙蓉未央の柳。梨花海 棠のねふれる華。いづれる容色なら ざるはなし。我日の本はわけて女の 風情もめでたく。見ぬ雲の上の たかくやんごとなき玉だれは。あげてかぞ ふるにいとまあらず。それより賎山賤 のひきゝにくだり。紡績をいとなむ氏の 家の下司奉公。領国遊女のか也を錺 れる道しにはあらねど。女職の手業小歌 比丘尼夜発の類まで巻の末にくはへ。 一西川氏か筆削をかり。古今女中の 一絵鏡草とならむ事をねがふより。いろ 品のたがいはあれど。凡百花に准じうち すぐさま百人女郎と外題す。誠に 詞の花のつまびらかならざらんは。世 にあまねく知る所なれば もらし侍る 享保八ッの卯の羽がさねのとし 花の孟春 八文字 自笑謹序 大和画師 西川祐信 百人女郎上之巻目録 ○女帝 ○皇后 ○皇女 ○内侍 ○典 ○おすゑ ○尼御所 ○尼御所○斎宮○おほら子 ○采女 ○采女○女嬌○半 ○公卿室 ○公郷室○公卿妹○御乳 ○女官 ○女官○女中○神祇室 ○神職娘 ○神蔵娘○神子○同下女 ○武家室 ○武家室○同姫○国御前 ○女俳諧 ○女俳諧○女医○御髪揃 ○女右筆 ○女右筆○女工○瞽女 ○舞子 ○舞子○町人上品室○こしもと ○有徳人室○町人中品宝○六問人妻 ○扇屋折手○組屋女○鹿子結 ○綿檎○縮物師○牙婆 ○衣屋○はな打練○糸繰 ○柿橘 ○機匠○白川石売○矢背黒木売 ○大魚栗売 以上 ○大魚柴売○百姓女房 ○大魚柴売○百姓女房以上 ○女帝 一人皇十五代神功皇后を始めとす。 しかれども即位はならず。胎中の御子 応神天皇のために摂政し給ふ。三十 四代推古天皇を即位の始めとす。聖徳大学 摂政し給ふ。そのゝち女帝中比稀也。 ○后 むかしは上下ともに妻といふ。異国にては漢 の高祖より皇后といひ。日本におゐては 神功皇后をはじめとす。太子なきまだは 中宮といふ。下々より尊でいふは。日本人皇 の始め神武天皇。異国にては周の成王より これをいふ。中宮皇后共に天子の妻を申也 すけ ○典 是は内侍の次の官也大かたは公卿の御女也 ○おすゑ 内侍典侍の外役人の女中なり ○采女 一天子の陪膳する也。古今にかづらきの大君後 に橘の諸兄といひて。いとおそろしかりければ。 一采女土器とりて。浅香山かげさえみゆる山の 井の。あさくは人をおもふものかはと読て。やがて 諸兄心つきて。国の守へことばやはらげ給へり とかや。又天の御門の御時。采女君をうゝみ奉 りて。猿沢の池に身を投しかば。わきことこが ねぐたにがみをさるさはの。池の玉もと見るそ かなしきと詠じ給ふといへり ○姥宮 天子の姉妹および。院の御所の御女を 皇女とも姫宮とも云也。内親王の宣下を蒙 らざる也。内親王は続日本紀に。元明天皇霊 一昨年中に。一品氷高の内親王をはじめらす。 一位階相当親王に同じ。姫宮とは天子の孫 彦まで也。そのすゑ〴〵はつねの女中なみ也。 ○斎 一伊勢は斎宮。加茂は斎院也。人皇十二代の帝 〽垂仁天皇。倭姫を伊勢の斎とす。延喜式 一第五に一大皇即位のとき。未嫁の姫宮を膳 峨の野宮にて御祓して。伊勢へつかはさる。 加茂は人皇五十二代嵯峨天皇御宇に。今 宮の前紫野にて祓給ふ。伊勢は清和天皇の 一御時。在原業平斎宮を恋給ひしより絶〴〵也 一加茂は人皇八十三代土御門院。元久元年より 絶しとか。ほこら子といふも此餘風なるとか ○尼御所 一人皇四十八代称徳天皇を始めとす。孝助 の重祚なり。法基尼と号し奉る。是皆左 御所といひならはせり。そのゝち鎌倉頼家の 後室二位の尼。遍照心院を建て住給へり。是 を尼寺といふ。天子の御母御剃髪の女院非 宮ともに。皆尼御所といへり。今の寺々御菩 提所に住給へるを。何〳〵の御所といふ ○内侍 女官の頃也。長橋房句当内侍諸事を伝 奏す。従三位に相当るとなり ○女嬬 めのわらはむかしは内侍の下づかひに百人づゝと也 一続日本紀に宝亀三年正月に。信濃国水内郡 一人女嬬となる是はじめとかや ○半 いつれの役といふことなく。ことの足ざるをころへ。 つかふゆへなり。半季一年あなたこなたに つとむる也。和泉式部哥に。木にもあらず。竹 にもあらぬわが身さへ。はしに此ごろ成ぬべきかな とよめる。半ものゝ立よるたよりなきと也。 ○公郷室 摂政関白の妻を北の政所といふ。是になぞ らへて。大臣公卿の妻を北の方とは申也。御 一台所女官の飲食する所也。平人は往還なし 是に准じて公卿の妻をもいひならはけると也 将軍家は大臣の列ゆへ同じくいふとか ○公卿女 すべて小上臈といふ。二位三位の内侍を上 臈といふにより。なべて公卿の女を皆に上 薦といふとなり ○神職室 一社務神主祢宜説部氏人社人の別あり。 公家にあらず地下也。武家にあらず長袖なり。 神社は万民上々の祖神たるにより。上々は政 道にいとまなく下々は渡世にいそがはしきゆへ 氏人をして祭らしむ。出家の墓地を守るに 同じ。其恵たるは平人にひとし。しかれども伊勢 八幡加茂のたゞひは天子将軍家へも女を 奉れば。采女の例に同じと也。 ○神子 巫女は唐も日本も神を祭る女にて。夫を 祝部といへり。吾朝にては倭姫の余風也。 ○武家室 一夫の位階にしたがふ。和泉式部周防内侍の たぐひのごとし ○大名女 父の官をもちゆ。夫を持ては其位階による くにごぜん ○国御前 一諸侯は勅命によつて敵国を制するゆへに。 一妾をめしつるゝもあり。木曽義仲の巴 やまぶきめし 山吹を召つれしたぐひ也。又国の妾をあが くにごぜん めたつといて。国御前ともいふ。 十九十二日 女帝 皇后 おしてしたし 宇二十一十一十一十二十二年二十二年二十一十二十一十二十二年 十一年十一年 十一月二二二二二二二二二二一七二七 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ ○入○ ※ ※ 皇女 ※ 〇〇 〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇 □□□□□□□□□ 主主 幸 □□□□□□□□ 内侍 典 おすへ □□□□□□□ 供の女中衆 尼締所 おほら子 斎宮 女官 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 御乳 姫君 きやうのしつ 公郷室 □□□□□□□ 女中 十四九 □□□□□□□ 采女 女嬬 ○ 端女衆 しんしよくしつ 神職の室 ○ 娘 神子 下女 武家の 山 大名の 姫君 c 本来 大名 国御前 お髪揃 女誹諧 女いしや □□ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 女いふひつ 祐筆 のいへの〳〵 八 義 お物師 上百女十三丁 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 女いふひつ 祐筆 のいへか〳〵 お物師 ◇ □□□□□□□ 舞子 ○亡目女 □□ 〃 〃 〃〃 Sh Mo Nerive 中居 作 こしもと 町人 上品の室 銀 九十九日 □□□□□□□ □□□ □□□□□□□ 悲 □□□□ 御代 □□□□ □□□□ □□□□□□□ 十一日 有徳人 の宝 十種香いい 十種香に ○ て 六十一才 町人 中品の書 下女 大こんかく □□□□□□ 水 器 ※ 成 あきんど 商人 の妻 むすめ でも あふぎ 扇屋 職人女 Q おほ 明治 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 組屋 かのこ ゆい 苧つむぐ ………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………… 六十六 十一 □□ Q 同 十一月廿一日 わた つみ しつかいや ここここ Q ◎ ある しめ物師 すわひ 紙糸 □□□□□□□ 衣屋 同 工 上 四 円 11 上 ■ 1 工 ぞうりの はなを ねり くたかき はた おり ○ 糸くり 第一番 白川の 石うり □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ も ※ ******* ※ ※ 八瀬の 黒木売 飛脚 大原の 柴うり □□□□□□□□ □□□□□□□□ □□□□□□□ 図 船 □□□□□□□□ 百姓の女房 ○女俳諧世に此道をたしなむ女多しといふ ども。丹州かいばらのすて女。近くは其類成べし ○女右筆いづれの役所にも筆とりなきにはあら 一ねども。すべて女の文章やは〳〵と。風情よく書ものへ ○舞子後鳥羽院の御宇に。嶋の千歳和歌 の前。そのゝち義経の妾静が母。磯のぜんじな どを始めとす。今の哥舞妓はその余風也 ○機匠糸繰人皇十五代応神天皇の御時 た唐士より二人の女工を送る。あやめいとめの女 婦をそへ。くれはの里にて綾錦を織て。御衣 に奉りしより。女工のながきいとなみ也。君が代は いはほと成て。流もきよき白川石。矢背や大原 の柴黒木。薪に花を折そへて。御代の盛 一や秋はまた。五穀一粒万倍して。百姓の女 は内を納るめでたる。これぞ 7416 上巻の袖 なら }} 特別 しなさだめ 百人女郎品定 絵草紙 西川筆、 下之巻 三ヶ津色里の始 第十二 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 同 世に傾国けいせいれどゝにくてい口のやうに いひなせども。漁ふかく理義はあまねく知る所。 天竺震且我朝とてもさら也。殊更吾国は 天神地祇より。神風の道にみちたる図 一風情。大に和ぐ日の本の風俗とかへ。さは 京江戸大坂三ヶの津を。此道の上品と云 るも頗あることざるし第一京嶋魚は。天 一正のうのかみ。原三郎左衛門林又市郎といふ 浪人に許命せられて。則柳高場二条の北 に。領城町を開し。後ニ六条西洞院の東に 移され。それよりけるか後寛永年中に。今の 一朱雀野に所を易られしが。昔のちなみを もつて。今に西新屋敷柿町といひ伝ふる なり。そのときの原氏は今の島原上の町 西南角。桔梗屋八右衛門が祖也。又林氏は 一今の下の町西南角。藤屋八郎左衛門屋敷 その跡也。林氏は寛文年中に大坂に引越。 一今新大坂新町扇屋是なり。江戸は のかみ太田氏。彼土地をひらかれし砌に 御赦免にて何某多かりしが。わけて山下氏 など此道の祖也。難波津新町は昔より 繁華の大湊にして。諸方に色町多かりしが 寛永の末正保のはじめつかた。ひとつ所に あつめられて四筋の町となりぬ則木村や 佐渡嶋の勘右衛門町 これなり 四郎兵衛町金衛門町吉原町これなり。其 一外六十六国に色里数多ありといへ ども。およそけいせい町と證する所のもの は。あらまし泉州堺の乳守ならびに 高洲。和州の奈良に木辻鳴川。伏 見の鐘木泥町。大津にしばやまち。 越前に三国。敦賀の両町。西不筋 におゐては播磨の宝。同国鶏野の 一姫路や又相衛門町。備後の勤同じくたゞ のうみ。備中の宮中。安芸の宮嶋の新。 町。下の関いなり町。長崎の丸山町。 此外国〳〵所々に遊女は多しといへども。 皆色里などゝこばして。さま〴〵の品 位あまたなれとも。土地のかはりめ風俗 いろ〳〵あれば。しばらく爰に略す 百人女郎下之巻目録 ○京明原大夫○同新般○同引舟 ○同大天神○同小天神○同鹿恋 ○同端女郎○忘八女房○楊屋花車 ○遣手○禿童○かぶろ種 ○江戸吉原大夫○同新艘○同 ○さんちや女郎○うめちや女郎○大 ○大坂新町大夫○同天神○手堂 ○同房様位○同影女郎○同口 ○月国物○妾奉公人○風呂女 ○釣物女○茶屋女○茶屋娘 ○茶屋花車○同二瀬○芝居札茶屋 ○水茶屋○豆腐茶屋○奉公人女 ○奉公人宿嚊○哥比丘尼○旅籠屋出女 ○大湯女 ○時宗室○大湯女○小湯女 ○大原神子○産婆○おちやない ○柿神子 ○梓神子○綿保○索麺粉挽 ○夜水茶屋 ○惣嫁 以上 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 小井子表ト 出来 卯十一日 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 南北下芝居出来 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 「本丸中ニテ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 京嶋原 太夫 新ざう ひきふね 引舟 やりて 房女郎 見てゐる かぶろ 鹿恋 かぶろ 小天神 大天神 くつわの 女房 □□ □□ □□□□□□□□ かふろ じ かこい はし 身仕廻 江戸よし原 さん谷 かぶろ 太夫 新ざう あげや〳〵 女房 ※ □□□□□□□ 品 □□□□□□□ 一六 進上物 たいと女郎 文 うめちや 女郎 ざんちや 女郎 □□ やりて その 天神 □□□□□□□ 七夕の 立花 大坂新町 かぶろ 太夫 病女郎 塩の位 ○影ノ位 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ ( 月ノ位ハ きも入 かゝ てかけ ほうこうにん 奉公人 □□□□□□□□□□□□□ 月 かとい物 □□□□ 風呂女 ひいして くわしや 米 火 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 数数数 鞠 海木 宿よく 糸 ○ 二十二年 〇つり物女 茶屋女 むすめぶん 娘分 ○○ くはしや ふたせ やつき しばゐ〳〵 札茶屋 ふ に 外 なか ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ たうふ 茶屋 水茶や □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 十二月二十二年 柿かふ ほうこうにん 奉公人 宿かゝ ぼうこう人人 女ども ち ② はたごや 出女 歌びくに □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ □□□□□□□□□□□□□ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 出す ○小湯女 も ○大ゆな 非 □□□□ かつ ☆ 四日 ○大原神子 も ③ 十一日 〆路〆 おちや □□□□ 取上 ばゞ 「下百七十八 お里ノ こしもと ○ 時宗の 室 お ※ 非 ※ 港 □□ ① ⑧ □□ □□□□□□ …………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………… 〇あづさ 神子 才女 かゝの鏡が いくたりござるぞ よう よらしやれ □□□ よい ひよりの ○わたくり □□□□□□□□ への □□□□□□□ ○そうめんの ○そうめんの 粉引 哥が おもしろい 〇 ○夜の 水茶屋 よしのや 吉野や ○惣嫁 船 糸糸 鰈 悲し 絵 夜高 ○時宗室一庭上人もとは河野道直とて北灸助に の家にして武宗の人なりしが。あるとき本妻と妾を 同じく臥して有しに。二人の黒髪蛇と成てあらそふ を見て発心し。内良の法灯禅師に法をつぎ給ふ。 一時宗後世のため。わが名を宗門の名に付て給はれ との望によつて。浄土時宗をひろめ給ふ。二人の女も 尼と成て同じく修行す。此例にや妻帯と也 ○湯女楚の衰王瘡を悩れしに。巫山の神女 一温泉をしつらひて沐せしより。温泉の湯女は はじまりしとかや。其外品々爰に男各 A } } 式 }p. □□□□ おほなく! ○かぶろ種 ○同大鼓女郎 ○あげや女房 ○禿童 ○同月女郎 あげや くはしや 女