勝利の記録(十三)比島作戰―ウェーンライト降服放送― ―よみがえるマニラの朝―

AI要約 (β)
この文章は、1942年5月7日にフィリピンのマニラでの出来事を描写しています。アメリカ軍のウェインライト将軍が日本軍に降伏し、フィリピンのアメリカ軍に対して武器を捨てて投降するよう呼びかけました。マニラの朝はカルマタという馬車の音で始まり、街は日本軍の入場によって新たな時代を迎えました。マニラの人々は早起きで、店を開き、街に出て、新聞を売る子供たちの声が響きます。フィリピン人、ドイツ人、スペイン人などが平和と喜びに満ちた表情で過ごしており、寺院の鐘の音が聞こえる中、民族解放への感謝とアメリカ軍に対する反抗を続ける家族の無事を祈っています。
pid
3573355
date
1943-03
note
商品番号 : 53010, デジタル変換後ノイズ除去 : なし, 記録
year
1943
genre
文学作品以外の朗読、解説
creators
大本營陸軍報道部[監修]
duration
289
persName
大本營陸軍報道部
publisher
ニッチク
♪ かしこつの大減水平下には 5月7日、陸海軍幕僚長を目指せられ 南方方面陸軍最高指揮官 並びに連合艦隊司令長官に対し 東亜におけるアメリカの根拠を 覆滅したる意向につき 深く誤解をあらせられる旨の直後を保う ♪ 憐れむべしコレヒドールによって 遂に発揮を掲げた敵将ウェインライトは 5月7日マニラ放送局より 敗残アメリカフィリッピン軍に対し 直ちに武器を捨てて 日本軍に投降するよう放送した スピーキング ジェネルウェインライト スピーキング メッセージ ジェネルウィリアムFシャープ デマンニング ベンダナウ サイアンフォーシュ リピート メッセージ ジェネルウィリアムFシャープ デマンニング サイアンフォーシュ マニラの朝はカルマタの音に明ける カルマタとはマニラ唯一の乗り物である それは可愛い馬に聞かせる馬車のことである このマニラには実に これらの乗り物の数が多い 日本の人力車の日ではない このカルマタの頻繁な動きこと マニラの蘇る姿である このカルマタの高い響きこと 人生マニラ誕生の声である マニラは明日共に東軍の入場によって 明け物を迎えた それはまた大東亜民族を アメリカ人の圧迫から解放した 輝かしい暁の姿でもある 蘇るマニラとこんな言葉が胸に浮かぶ 南十字星はすでに姿を消した 赤金色に輝いた東の空は次第に燃えてくる その空を背景にセバスチャン寺院の尖った屋根 サンタクロース教会の高い屋根が 墨絵のように美しい その先には極東大学の白い建物も 夢のように眠っている 午前6時半である マニラの人々は早起きの習慣を持っている 店を開く人 人目に出る人 岩田市に行く人 新聞を売る子供の声 男、女、同人、子供 人の数は次第に増す フィリピン人、ドイツ人、スペイン人 そうしてどの顔も幸運を迎えて 平和な面持ちであり喜びが溢れている 寺院の鐘が聞こえる そこに祈りを捧げる人々は 民族解放への感謝と アメリカ軍に操られて 運営機の反抗を続ける この父や兄の無事と反省を祈るのみである