講談;太閤記の内「大徳寺焼香の場」(一)
- 作詞・作曲・編曲・実演家
- 一龍斎 貞山
- 製作者(レーベル)
- コロムビア(NHK)
- 歴史的音源ジャンル
- 講談
- カテゴリ(AI 付与)
- 歴史
- キーワード(AI 付与)
- 商工場, 太田信長, 逆襲, 秀吉, 葬列
- 注記
- 商品番号 : AK-809A, デジタル変換後ノイズ除去 : 無, 講談
ただいままで何十回となく放送いたしましたが、この商工場は今晩が初めて放送いたします。
若いうちに本があって覚えたのです。
現在で本は消失いたします。書いたものは何もなく、ただ記憶一つでおしゃべりをいたしますが、お気苦しくもご容赦を願います。
天章十年、六月二日に太田信長は西の道院多古薬師本能寺に密地での逆寄せに遭い、三馬ガラスの一人安田作弁の手に信長は撃たれたのですが、秀吉は中国にあり毛利三家と戦っておりました。
この知らせがあるや中国より敷返し、天章十年六月十三日草も揺るがぬてる日陰山崎の戦いに密地でを滅ぼしましたが、傍君信長公信忠公のまだ御葬式が営んでありません。
元老柴田勝家、神戸北畑両親たちの許しを受け、その御葬式を営むこととなりました。
頃は天章十年真十月十五日。
御大臣信長公御指示の御葬式、その御密地は西の道院多古薬師本能寺より三畳通り、油野公寺中立より千本通りを北へ、紫の大徳寺までその行程三十五章なり。
次々は黒田陰湯の人数厳重に固め御通行の御密地は、ことごとく砂を敷き町屋にては小ごとに白張りの蝶珠をいだす。
しのごと用心のため前日より落中落外焚火を禁じ、その厳重なること言葉に尽くしがたく。
御先ども第一番は摂州たかつきの女子高山うこんのたゆ。
第二番道国茨城の女子中川関栄清秀。
第三番は黒衣の層三百人。
続いて四番は紅衣の層二十人。
五番は紫の衣着用の層にしてその面々には、
水流山天平広国南禅寺、礼気山天流禅寺、晩年山宗国天禅寺、
滋賀山県任寺、栄日山東福寺、流宝山大徳寺等なり。