三將軍解(題簽武田信玄上杉謙信織田信長三將軍鑑評判)

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サンショウグンカイ
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東北大学
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2026-08-28T18:53:25.651810+00:00
同四日 おろく の兼信 一二寸里長野町 田信長刀 一以テ諸天真門関接 三将軍解仮名序 此三将軍解の書は。高坂弾正が。甥春日惣太郎一 并に猿楽彦十郎。両人に某扶助せられて少し 子細あつて。越州上杉謙信公へ奉公申。彼両人 の衆の方へ。立帰るべき行もなく。日月を送りける うちに。謙信公信州河中嶋におゐて。甲州信 玄公と御合戦あつて敗軍なさるゝの刻。宇野 左馬助御成敗に付。親父宇野高巻軒采人 せられけるに。それかしもゆへあつて跡をしたひ。越後 を立出。高遺軒。のちに越後へ帰参の折はし それがしは尾州へこし。織田信長公へ奉公申。三 家中の弓箭の風をあらましにこゝろみ。天正二 年に三家の軍法をかたはし覚たる所々を書あ つめ一巻の書とす末代にをいて。此編集を。 む人愚意のをろそかなるをしらん事。嘲を まねくに似たり。文字前後のつたなき事 をば。さしのぞき。その理のきこえたる所 ばかりを取て。諸士のたしなみになさる へきもの歟 三将軍解一之巻 敬て三大将を褒美し奉る詞にいはく 凡日本において。弓箭をとりはじめしより古性 一今来。代々名将。其かずおほく。おはしましける 一中にも。近代名誉の武将は。甲斐の国の住人源家 武田大僧正信玄入道晴信公。越後の国主。上杉謙 信公輝虎入道。尾州織田右大臣。平氏信長公 の三大将にて。とゞめ奉る。此三大将の弓箭の格。精 一子かはるといへ共。作法は千里同風なりと。末代の大将 一衆もこれを信心すべきなり。三大将のゆみやのやう すは信玄公は。十分にゆみやをとらず。盈虧をつゝ しみ。まけざるやうに工夫まし〳〵。敵にをしつけ を。一代みせたまはず。謙信公はうちむかひたる敵を まはさずたゝかひ給ひ。味方もうち死し。敵の人数 もおほくころし。見てゝ聞てもをそろしく。威光あ つて。負給へば一騎二騎にて。山へかゝりてにげ給 ふやうす也信長公は敗軍あつて。敵にをしつ けを見せ給ふ事を。すこしも苦にもち給は ず。信玄。謙信のごとくに強剛の額には手を入無 事をつくり時節をうかゞひ。後道しまりたる 一軍法也。右三大将ながら。弓箭の道には。二五十二五 八とて。六分七分の勝をもつはらまもつてやうすさ ほう。ともによろしき格法也。二五と書ては。十ともに 見二五とかきては七ともよむ。十分にして。七分の勝 利つゝしみなり。こゝをもつて。三大将を。近代戦道 の名人とこれを沙汰して。三将軍解と号くるも のなり。三大将衆の軍法方事下にこれをこ とはる。よまんもの。よくあぢはひしるべし 第一夫軍法は。諸鳥のかゐごをあたゝめて。たまごや ぶれて。稚子のすだゝんとする時。其をや巣のあ たりを飛行しまはれば。ずこしづゝ稚鳥巣をはな れて。月々日々にとぶことをならひ諭して。空中遠 一里。海上万嶋いたらぬ所もなく。自由じざいなるがご とく。万民に仁義礼孝弟をしらしめ。諸卒命 をかろんじて。色退矩にたがはず。これを。年々月日に にをしへならふをもつて。習しといふ也。さて又ならし は誠といふ文字にかなふ。孫武子は斉人なるが兵法 をもつて。呉王園廬にまみえこゝろむるに。宮中 の美女。百八十人を得て。二備となして。軍法をな らし熟すかりの能躍のたぐひもならしなくては一 とゝのひがたし。場中に出てざまよふまじきの ならし也。つゞみひやうしもたがひに。表裏をうつ ものなれば。龍せざれば大きにちかふもの也。まして宣 一兵は戦場に出て生死の得失をあらそふものな れば切なる事二つとなし。誠に七重あり。五事 あり。先五事をもつていはゞ。道。天地。将法の五つなり 一に仁儀礼楽孝弟。忠信大将たる人。諸卒万民 をはづかしむる事。仁をおこなひ給ひ。民を見ちび くに義をもつてし。たしかにたのしませ。保全するに は礼楽をもちひ給ふ。万民にをしへなすに。孝弟忠 信あり。諸人大将にしたしみ。其長たるに死せん事 を思ふ也恩をくはへつね〴〵に結ふによつて。大将と心を 一同じうし。徳をひとしくす。大将と共に死すべき時は死 し。生べきには同じく生。上下一意にしてあやうき 難をおそれす。武王の臣三千。一意衆儀して。或 一王と同意する。紂が臣下数万。紂に心をはなれ徳 をはなる。是を道といふなり。天といふは陰陽寒暑時 一制をよそ星雲風雨日月のたぐひの天文なり寒器 は冬夏をいふ冬は北を征せず夏は南を征せず。敦味 方不意をうつには。時節によらずといへ共日本にてか 雪中に北の国にむかつてたゝかへは。敵みかた自由なら ざるのたぐひ也時は辰日与于孤虚旺相の事。地は遠 一近険易広狭死地生地々のとをきは。そなへをゝすに火 急にならずゆるやかにする也近きはすみやかなるべし 地の難所は。歩をもちゆるによろし。地の易は騎を用ゆ るによろし。地の広きは大人数をもつて備をたて。ま うくるによろし。将は智信仁勇厳なり。万人の心に 通達し。事の徴をあらはし。いつはりまごふことあたはず 一謹言を入る事なし。変に応じて。わざはひを転じてざ いはひとなすは。将の智なり。武功のさふらひには。をもき 一賞をなし柔弱つたなきざふらひには。をもき罪あり 賞翫するに。したしきとて私せず。罰にたつとき を通ず。国政に二三なく。万民諸士をよく服せし むるは。大将の信也。諸人の飢かつゆるをしり苦労辛を おなじうし。病る人を問てはかたちを感ぜしめ。傷を なでゝなみだをいだすは。大将の仁なり。機を見ては則 発し。敵にあふてはよくたゝかふ。太鼓をおそれず。かこみ をひらき。たやすく出て。あやうしといへ共。ものかずとも ず。敗軍すれ共ぐだかれざるは大将の勇也軍法よ く調左もつて。下知法度一のごとし。軍兵将をおそ れて。敵をおそれざるは大将の厳なり法は軍法備 の法。修行烈の正剤なり。五人よりはじまりて。卅五 二つ合て。五十人を隊とするのたぐひ百人は二隊なり。 あるひは。金。貝太皷の作法。旌旗節制をもつはらと す。これ大将の法といへり。故に。道。天地。将。法の五つとゝ のひ。七重又あり。てきの大将みかたの我にならべて。心 づれか道ある道のあかは勝。道のなきはまくる。漢の 高祖秦の関に入筆毛ほどもをかすことなし。秦人大 きによろこぶ。頭羽秦の子嬰をころし。室をやき 婦人あるひは。たからをかも。むるにより。秦人のぞみ をうしなへり。これ道なきはやげるゝもとひ也。道ある高 祖は天下の主となれり。敵の侍大将みかたの諸将い つれか能あり。能あるは勝能なきはまくる。されは侍大将 物頭。物奉行。諸役者こと〴〵く。武功忠信のもの おほし。算勘数のつもりまで。かしこきもの。家国 におほければ。国政よくして百姓たのしみ富で。本大 将のそなへ吉事也。然れば勝敗の二つは。大機主将 の身にあらずや。天地は敦国みかたいづれか得る。天は 天の時地は地の利二つ合て天地の利にかなふ者 はかちうしなふ方はやげる。福星の守る処天を得る といふ。むかし漢の高祖。五星天にあらはれ義士あつて天 下の主となるとあるに。頂羽義仁なく。高祖寛人に て。天下をとり給ふ。日本において。帝星といふたぐひなり 地は堅固なる地形にて。城を築き。よきなわの秘伝を もつて敵にやもられず。守るの地也敵みかたの軍兵いづ れかつよき強方は勝。よはき方はやげる。此つよきよはき も。国主の智恵によつて也士卒いつれか敵と味方の 方に練る。ねれると云は。軍の法をならひねりたることを いふ練たるは勝。ねれざるはまくる。これとても大将一人 の智謀也。士をねるといふは別事なし。本大将の下知に よくつく。其とれ数々也旗うごくをみて。いかやうの相図て としり。かねかひたいこの音を聞わけてはすみしりぞく ことをわきまへ。主将の互拝を専て。矩にそむかず衆絶 一味するはこれねれたるといふ成べし。敵と味方に賞 一罰たれかあきらかなる。賞は諸卒の戦忠功によつて 領知をやり。金銀を下す。たゝかひにも上中下有。その 三段をわかつ也。罰は誅罰也是又三段上中下の浅厚 有て依怙ひいきなく分つべし賞罰あきらか成事 敵にあるはてき勝。みかたの国にあるは。みかたかつ法令 勘あきらかなるか。味方あきらかなるか。法令といふは。法 度なり。号令は金鼓を聞ても置退不同にして将の 命をもちひず。そなへみだれてたゞしからず。よきは 勝あしきはまくる。魏維楊干をころし。猿草さう かをきるは。法度にかなひて。法令をこなはるゝといふも のなり。信玄公。謙信公。信長公かくのごとく。其令たゞ しき事。諸書にみゆ。かるがゆへに。右五事七重の ならしを年々にしめし給ふ事。三大将の弓箭の格 なり 第二右のならしは。当座にならず。とし月を送り来て 一国政軍法ならひ応する也。是三将武備の根本也 此ならしを内々練鍛て。いくさを取おこすべき時節 にいたつて。家老侍大将もの奉行の役者と。内談ま します事。兼てならしをきたることなれ共。まづ放 国の絵図をもつて。地形の遠近。山川深き浅き。すぐ 道。まはり道難所平易。敵の城のかずをつもり。歩 兵をもちゆるみち騎馬小荷駄の往来糧をはこ げに自由不自由。行てかへりがたきみちのほど。死地 生地のわきまへをよくならし。こと更大軍小軍の そなへの立。たゝざる前後いくさの勝負を。かんがへ謀る を第一也とまもる事。敵の分限我が身代たがひに 引合て領知の所務まで。かんがへて其身代のほど 〳〵について。騎馬のかずを計るなり。敵の大将道 一令たゞしく。五事七重そのふといふ共。いくさの場にお いて。手たれ手づまのきゝたる将が謀計上手の将が 其下の侍大将物がしらまでかくのごとくか。又かやうに なきかと公夫すべきならしの事。故に七敵あり。是を 則七重とも見るべし。其七品は若敵弱額。強敦罰敬 随敦。小鼓。大敵也。破敵をそへては八品なれ共強散。破 放つもれば一敵なり。若殿とは大身小身によるべから ず。幽郡をもちながら。つゐにいくさをしらず。親父祖 父にほねをおらせ。ゆづりにうけたる。囲部みやうが にておさめもつ敵なり。としはもつとも老善によらず 弱散とは。大小によらず。柔弱にして。ふがひなきゆへ 大内義隆。上杉則政の類也強敵とは傍偏一向なる 意地ばかりにて。つよみを本として。石のくだけて。永劫 すたりたるがごとく。すまじきいくさなどすかてき 也いくさにまけては。つよきがかへつて弱がごとし。対放 とは。文武二道とゝのひ五事七計をならしすまし たる大将を剛敵といふなり。たとへば。鉄のかたき ごとくにして。石より上のくらゐなり。くだくといへども。又 ひとつになるが。ことし。随散といふは柳の風にな びき。雪にも枝のをれざるがことくなり。是よき大 将にて。一たびはてきとなり。一度はみかたとなり。水上 のうきびやうたんのごとく。格さだまらずして。むつかへ しき数なり。小散といふは。強にして小もあり。医にし て小もあり。随にしても小あり。大小々大しな〳〵あり。小 にして弱なるは二向弓箭をとる事を得ず。此七散 つもればこれ五敵なり。さて又みかたの侍大将七放の 弓箭の格に向てよぐたゝかひかつ事を得たる将にかの 七敦をあてがひたゝかふを。もつて。第二のならしといふ也 住玄公山孫三郎兵衛を。家康公にさしむけ。小山田 兵衛を。北条家に向け。秋山伯耆を。信長公へさし むけ。高坂弾正を。越後謙信公へ向てをさへ給ひ。関東 方には内藤修理をもつてをさへさせらるゝ。謙信公も。同 意なり。信玄公とたゝかひ給ふに。かならず。さき手に村上 殿をもつてなされける。村上殿信玄公と九年たゝか ひ給へり。ゆみやの格をしろしめされし故也信長公明 一智日向をもつて。四国をのぞみ。羽柴筑前守をもつて 一中国毛利家を計ひ給ふ。みな敵国の主将の弓 箭の格に。自国幕下の侍大将の弓箭の形儀を もつて。それ〳〵にあてがひある事。三大将の作法 様子なり。あるひはいくさをおこすべきに。もろ〳〵の 侍犬将一家のめん〳〵物がしらに至て。下々雑人みな 誓紙を仰つけらるゝ事。其誓紙はこんど戦場にお ゐて軍法をやぶるまじきの事。うしろぐらき心 をもちて。逆心仕まじき事。味方うばひ首。みかた 討ゆめ〳〵有まじきとの事。然るに三大将ともに みづから誓紙をあそばし。諸士にこれを見せ給ふ。其 意趣は。こんど戦場におゐて。武功のほまれ。是ある にをゐては。其ほまれの上中下を。目付よこ目を以 きゝとゝげ。明白にたゞし。恩賞功次第三段にわけて。 給るべきとあり。もし邪道のふるまひあらば。親類一 家の人々をはじめ。家老大小上下ともに。刑罰に をこなはるべしと。摩利与天。弁才天。大黒天の御 前にをゐて。上下たがひに衆儀をなし。此誓紙隠密 せず。他国にもひゞき聞ゆるごとく。あらはしての誓紙 なり。かくす事さへ他こくよりしのびを入てきくもの なるに。まして露顕の事なれば。敦国にこれを聞 て。みかた一味のそなへなると。かならずをそるゝ心あり。日 一本は神国のきどくには。もし誓言をそむきなば罰 のあたらん事を思ひ。逆心の者あれ共。其時刻をも 延慮するこれ一徳の。しるしなり。此ゆへに大将たる 一人五事七重のならしをもつて。いくさをおこすの時 節にのぞんで此等のさをうをもつはらとして。諸軍 一同する時はともに死すべくともにいくべきこゝろざ し自然とあるといふをもつて。三大将のゆみや の格平等なりと。あぢはふべし。かるがゆへにいた の法。ならしをまなことするものなりと。末世の 主将も悟道すべし。こゝにこれをしるすも の歟試終 第三三大将弓箭作法すつはの事 一すつはと云は。唐国にては。これを間者といふ。三大将 の家にては。信玄公には見分。間見。目付とあり。て きのすでに。むかふといふ時。かの三者の三人は。見分 は敲いづ方よりをし来る。道の程今は何里来れ る。なにといふ所にぢんどりする。今何ほどにて 数合みかたに近づくと。つぎ飛脚をもつて。みかたに しらする役人なり。間見といふは敵のをし来り。と をか道のかたはらに。かくれふして。敵の人数を見つもる 役者也。目付はきやうだんすつはと云て。敦国に ふかく入て。其国の一つことばをつかひ。其国に久しく 居て目付になりて。敵の万事を味方につぐる役人 なりとしるべし。目付になるは味方の家中にて大 将ひとしくたのみ思しめす。無二の侍大将の子そく近 習出頭それよりしたの人なりとも。大将に忠志あ る侍のしかも義勇才智あつて。強はかりにもあらず 分別弁謀かしこき人の。たとひ敵にとりこにせられ 水問火飛のせめにあふとも。みかたのてだてをあか さずして。義忠をまもる。武士をもつて久しく設 に属せしめて。敵の謀計敵の国法軍法作兼極 一子をきゝとる役者也。これをきやうたんすつはと定 めり。謙信公の家にても。信玄一意の詞なり。信長公 の家中にてはふかく入をしのびといふ。三家いづれも同 心なり。間見にて放のそなへをしを。はかるはまづ道の かたはらにもしかくれ。これを見る作法なり。人数をつ 云るには。上中下三段なり。備押の間大きにのびた ると。中と少と此三段なり。まづ敵のとをる道に 大かた一町にあとゝさきに。目じるしをして。押行者一 町にはまりたる時あとの目じるしにあたりたる人の さし物かあるひはさしものゝいろなどに。目を付て。又それ より跡を段々にはかりて。さて惣人数。合てなん町 通りてとをりきりたるとしり。又二行か三行かにを すとさだめ。さて一町は六十間に定め一間に馬は一 疋一間に人は三人につもりて。又一町には馬なん疋人 いかほとゝつもり。是より二間に馬一疋二間に人は三人 のつみり。又三間に馬一疋三間に人三人と。かくのごと く三段に大かたまづつもりて間の廻ちゞみにて。大 きに人数相違する。それをよく心得て。遠近をは かり人数を三臣ともに同前としるべきなり。大躰かへ くのことくこかりみる時はすこしのちがひあるとも。大 きにちがふべからす。よく工夫のところ肝要也。これ見 分の役なり。かるがゆへに三家のしのびすつはをみ 者とはいへり。しかりといへども。見分の役を間見せま じきにあらず目付の役を間見見分にさせまじ きにはあらず。まづかくのごとく。それ〳〵に役者の名をさ だむる義軍の法なり。信長云今川義元をうち給 た時の前々。みな目付なり。きやうだんすつはと云也 其国のひとつ言葉を云とは。敵国の人のことばを 聞おぼえつかふなり。尾州犬山の城主犬山殿を追は らひ給ふも従長公目付をもつての御勝利なり。謙信 公黴身の御勝利たび〳〵あるも。みなきやうだん すつはなり。すつは。いくさの勝利のまなこ也 第四三大将計策作法の事 一計策といふは。出家町人百姓内縁等をもつてす 留事也。出家は禅宗。真言真宗其外にても学文 一通達して。才智寸覚のあるがよきなり。信玄公は。大 坂門諸長嶋の一向宗には。長遠寺といふ出家を。も つて計策をなし給ふ。一向宗弓箭をとるがゆへなりき 禅宗は不立文字。教外列侍の参学ゆへに理に通 じたるにより義ふかし死すべき時など未練なるは 十人に一人もなし。学文のゆへなり。ことさゝ世間に 徘徊して。修行もつはらなるにより。敵の国へつかはし ても。敬不審する事なしたとへは敦国より味方の国 へ入るといふ共。出家のせいたうなりがたきは。学問修 行につゐて万国へ通らずして叶はざる作法なれば かならずゆるすの道理あり。こゝをもつて出家をして 計策す。町人も商買をするものなれば。諸国往来 なくてはかなはざる事。此町人をも。自国のものなれ ば妻子を人質にして。金銀をおほくつかはし。かたくし めし。敦国へ入るゝ百姓も敦国へ親類縁辺になり 出入する。又は自国にかんにんならざる時は田地につき 地頭にそせうあれば。他国へはしるものなり是に も。金子米銭所務等に付て心をつけ。じひをくはへ 敦国へ入るゝなり。人じちはいふにをよばず。右の外にも。 ひき数下断しざゝらすり。尺八ごもぞうみな此分に まなばせまぎれて入るゝ也。内縁とは。越王西子といふ 美女をもつて。呉王にすゝめ。あるひは女子の末緒を てきの大将に嫁して。つぼね近習の女性なとにはかり ことをさせ。音法樽さかなをつかはすゆへに。信長公は 甲州。越後へ使者を毎年つかはし。品々の音物せり 一信玄公の御息女と城のすけ殿の縁邊をくみ勝 頼公へは。内記殿の自嬰をまいらせ。信玄御内秋山伯 一易へは信長公の伯母を内方につかはし。或はむかしも斯 田義興に美女をすゝめて。うちしたぐひ音物樽さか なは近来も相州北条氏政政氏直を秀吉せめ給ふ に。北条家の侍大将岩月十郎といふものに浮田 秀家といふ。秀吉内のさふらひ大将さけさかなを もつて音信通事をして。たがひに日かずをおくる うちに。あつかひの計策を入て。小田原の城をおとす これは計策よりをもきによつて武略ともいふべし まづ此たぐひを計策といふ。信玄公御代にも。数ヶ 所の。しろせめ。てきの国おほくとり給ふに計集 ある事。あげてかぞふべからず。この外しな〳〵工夫 して。三大将のはかりことを本として。額に計略 すべきなり。計策といふも。すつはの事なり。軽 き重きのわかちなり。てきの大将下々家老諸 役者名人の国へふかく入るゝは入れにくきものな るによつて。すつはと名づくる。他法は右にことは り来るがごとし 一第五備の作法三大将同品之事三ヶ條 一備の作法唐園の法とおなしきか。五人より立 はじむる事。是五々の。行列なり五人は図に いはく 一人● 一人●一人●一人●一人●一人なり中一人大将也 一人● 右五人に。五々のこゑをかけて。五々廿五人一組なり大 一備百千万もこれよりはじまる。さて廿五人より。廿 五を合て二つ。五十人の騎馬を。一備として侍大将 一人鑓奉行二人鑓奉行二人。武者奉行一人 一小荷駄奉行二人都合。五拾八騎なり。これを一そ なへに定む。五十騎のそなへには侍大将武者奉 一行の役をも二人にてするにより。武者奉行は ありなし定ず。此時は五十七騎なりとさだむ。是 日本名明三大将の格式なり。唐国は七十五人ばか りと聞。五十騎一そなへより。侍大将とす。それより うち。四十八九騎までは。足軽大将といふなり。勿 論五十騎より上。七十八十百騎。二百騎三百四百 五百千騎も。あづかり持を。侍大将とす。五十騎二 そなへのときは。雑兵ともに。小荷駄をのけて三番 の餘なり。馬上六十騎につもれば。惣下々までに て。四百廿人ほどなり。此ときは。一行に備をしの 一時は長さ八町二行のときは拾四町これをもつ て横もつもるべし。笑勘すれば。たやすきに よりこゝに略す 二右一条五十騎より上には。武者奉行かならず 有べし。合戦のさし引待大将一人にてはあやう きゆへ件のごとし 三備と云も元来かたちなきものなれ共法をさ だめざれば。合戦なりがたし。敵によつて。かはる ものなり。まづ五々よりおこる。かるがゆへに霧かす みのごとくにて。かたちあつて。体なし陳どりも八 陳に本形なしとあれば。ちんとりのところに これをことはる だいしやうもちい 三大将用給ふ備の大体者 一鶴翼之備図にいはく 徳馬将馬 ひろき所にてめ此手先をぴ 足軽 らきてつほうゆみをたつ るなりこれを信玄家にて 待味方のそなへとあつて川中嶋合戦のとき。鎌 僧公くるまがゝりのそなへをもつて。かゝり給ふに。ひ 備にて勝利あり。足軽の立精つねにかはる。よく心 をつけて見べき備なり 十一日 足軽いくたりあり共如此手先ひらき 鐘段勝寺大将小荷駄 向ふよりかたるてきをさしはさみ鉄 炮弓にて打はらひ。討はらふ法也信玄 家にてくわくよくともいひみのて とも云待みかたそなへ共いふ也他流の 見のてとは別也謙信公信長公は此 そなへつゐになされたる事御座な く候件のごとし 十一日 □□□□□□□□□□□□□ 是人形のそなへといふ。人の字 のかたちにゝたるをもつていふ也 此備いろこ備ともいふ。敲付。かや 原。野つゞき。何も物のくまがくれ より。敵いづ方より出べきや とおぼつかなく。左右を気づか ひしたる時かくのごとく足軽を 立かゝる備也用心よき備なり としるべし 魚鯖のそなへ左右。あまりひろくもなき 地形にて。かくのことく備て吉。武田信玄家 の流なり。信長。謙信家に此そなへなし 如此二つに立たる時は天地也陰陽也 此そなへながれ備とも云雁行とも云 三家共にこれを用ひらる 一敲つき宿入なとに。此備の かたち吉。又引とるにも。くり 引にして吉也雁のつゝを ならべたるかたちなり。水の ながれの形のごとし □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 此そなへ入形といふ入の字 のかたちに似たり。此そなへ も左右より。てきをし かゝるべき事を。心づかひ して用心したる備なりと ●心得べきなり 上野 患● かやうのかたちのそなへを かやうのかたちのそなへを蛇 尾の方 備といふ。かしら尾いづ方よ り敵にかゝるべきも自由の ● そなへなり。此そなへくはし ● くは。下にてことはる大体ま ●●づかくのことし ●● 頭の方 一蛇備の事常山の蛇は山を尾頭にてまく □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 頭尾ともに自由にはたゝ一 くと云古語をもつて。蛇備 といふ。右左よりさしはさみ てきを討なり山にかゝりて の合戦に専用る備也。能 備也是には品々口伝あるゆ へにまづ大かた件のことし 一三四五六七八九 ●●●●●●● ●●●●●●● 同一二一一一一一二 右は廻備と云。たとへば城をせめ。敵と対陣の時陣屋 へ夜討などする時。大手よりせむるに。からめて へ人数をまはし。うしろより調し合。前後よりせむ るそなへをいふ也。少口伝ならではあかしがたし。一三と 書出し。九にて留る。一二とかきても九にて留る。九は 陽数ものゝ終らざる所也。九と留り。一とはじまる。 き備也まはす心は前よりせむるかと思へば。うしろ よりもせむか。前後にしておはらず。くるり〳〵 と。たまきのはしなきがごとく也 天天陽 人しまりの備と云 人 之 備 地 地陰 先天地人の備と云は天は陽。地は陰也。天地二備の 時は陰陽の備とも云。人をくはゆるは天地人の三才 なり。天は陽なり右に備てさし出たるにより。陽の かたちなり。地は左備引こみたるによつて陰なり 人のそなへば。軍中にてしまり備なり。天は一の手 先。地は二の備。人の備より一二の備に下知をくはへて わざをとりをこなふゆへに。三の備を天地人といふ也 一右は元来陰なり。其故は人の手にとつては。肺脾 命門の脉あり。左は心肝腎の脈あり。まづ心は 南方の火なれば陽なり。尤腎水あれ共。心は 南方の火かしらにあるゆへ。左を陽といふされ共 二の備にて引こみたるがゆへに。かたち頭なり。備の 心持は陽の心得あつて。先一の備右にて敦と。取 むすびたゝかはせ。二の備をもつて。かならずてきを きりくづす作法なり。一の先右は元来陰体 なれ共ざし出てそなへたるゆへ陽にして陰の心得 なり。陽のかたちに陽の心持なれば。陽に陽を。か さねて。十分にてみてる心あつて。たゝかひに利 なし。初手に敦と取むすび。てき崩ればよし。 つよくは引かけて。二の備にて横入をさせ。敵を切崩 す心得にするなり。此ゆへに。信玄公。謙信公。信長公 此天地のそなへを。一大事の正利のそなへと 定らる。たとへば魚鰭にもそなへよ鶴翼にもそ なへよ。一二のかずをわけて。天地とたてゝ。百千万 のそなへもおなじ心にあそばしけるなり。しまり といふは。一の手二の手。勝てもまけても見物の ごとくにしてはたらかず。万事のさし引をし て。勝ては。手をひ死人を。しまりのそなへにつれ 来て。かんびやうをし。しがひを。とりをこなひて きもし守りかへし。おこり来る時は。しまりぞな へをもつて入かへ。藪を討なり。みかたまけて敗軍の ときも。しまり備に目をかけて。敗軍のみかたもあ つまりよるために。総事大法の備なり。味方備 幾手あり共。一そなへ〳〵に。しまりの備といふもの なくてはかなはざる事也いくさばにての城郭の ごとし。おなじく小荷駄備といふもあり。これは しまりぞなへの又うし路にをくそなへなり。馬の 口付人夫づれなれば荷馬あしよはきものな れば。此かしら別して。武功のさふらひつかまつるや く也よくひきまはし敗軍などのとき。放に小 荷駄をとられぬやうにするさほうなり。小荷駄 をとられては。諸軍飢るものなれば。第一の むつかしき伎なり。かつせんの時。勝とみる時。もよ うによつて。小荷駄をすてゝ。敵にかゝる事も 其時のしあわせによつて有べき也。又いはくそなへ のかたち。五段にするは。天地にしては。木火土金水 の五つのかたちなり。仁義礼智信の五常の心 得もあり。乾元亨利貞。春夏秋冬土用心 肝腎肺脾の五ざうのたとへ。玉法蓮華経 南無阿弥陀地水火風空。万事万物の利に 通用す其上五段は一番てつほう二番やり 三番諸侍四番旗本大将五番小荷駄也 こゝをもつて。五段の利あり。百千万位のそなへ にても五段づゝにして備ゆるなり。かるがゆへに。一番 旗奉行。二番鑓奉行。三番武者奉行この 奉行旗に二人鑓に二人。武者奉行二人ご 上六人位玄家にて六奉行といふ。謙信信長 家にも。同前なり。小荷駄奉行は。六人の役者 の外なれ共。武勇かしこき人に。仰つけらるゝ事 也此外に。陣協奉行あり。おくにことはる也 座そなへ五段のさほう。但五十騎一そなへ。右の 五段の証拠をあらはす口伝なりよく心をつけ 見るべきなり。介五き二つ合五十き也。六十七十 百ありても。一そなへ五段にするなり。まづ五十騎 より。侍大将といふ也といふによつて。五十きの手 くみを。五段にして見する也。四十八九騎にても。侍 大将とはいはず。足軽大将といふなり。五十騎より 一千三千四千四百二百三百四百五百千騎までを 一持あづかるを。侍右将と信玄家には定られたり 謙信公信長家には。さのみ定まりはなし。軍法の 一本さほうの縄墨あるは。信玄家なり。弓笑の一 格名誉一利なるは。三大将同一意なるによつて 三将と書いだせり。よく工夫して見るべきなり 右あしがる 足軽大将 五十騎五段は ││鑓奉行大将 足軽大将右鑓奉行大い 右 一小荷駄奉行寺 騎馬馬 馬 騎馬 □□□□□□□□ 武者奉行 二人五十騎 の時は二人な から武者奉 行なくても 同馬 同 同同小荷駄 一同小荷駄 侍大将同奉行も 侍大将 同侍大将 同二人也 同小荷駄 同 一同一同一 くるしからす 騎馬 馬 左あしがる左 左あしがる 一足軽大将 ■馬馬 足軽大将鑓奉行大将 小荷御奉行大将 一小荷駄奉行大将 此そなへのやうす。本大将旗本にても。此心得也 これは侍大将。五十騎あづかる分。五段のそなへ。い づれのそなへも。此六人の奉行はあるなり。足軽 大将小荷駄奉行は。六奉行の外なり 日の形は三角也月は丸 もろ〳〵のそなへ。絵図のさ し日輪はめくるを以 かたちまろく人の きに此三角ある事は。てき 目に見ゆる 本体は三 付の方をしらせんがため也 角也南方 火躰毘沙門 南方をつかさどり 給ふ神也 又は南方は火のせいにて。三 角也陽はあらはれたる方に たとふ。第一は三角は毘沙門 の印形なり。びしやもんは。ゆみやの神。べつして 三大将ともに信仰まし〳〵けるによつて。教付の 方にかきしるすもの也。すこしづゝの所も。みなこゝ ろもちあるを。心意にをとして見るべきもの也 末世後学の人の。迷心を正しくするのしる し件のごとし 右を座そなへといふ事。まづ惣軍折しかせて そなへのかたちを定むるにより。座そなへといふ 物にかたちなければならざるによりかくのことし 此様子はてきにむかふて。かくのごとし。てきに向ひ たゝかはざるときそなへ道ををし行ときは。のぼり をさきにつかはすものなり。其様子おくにことは る。よく前後見あわすべきなり。此外そなへ品々 おほしといへ共。当流に用ず。其地形見合によ つて。いかやうにも立まふくる也。此そなへ。三大将とも に。度々のせりあひ。たゝかひに勝利ありつる。正道 のそなへによつて。書いだすものなり。此心得をも つて。戦場をよく見あわせ。みづから作意をもつて そなへを立べき也。ものにはてほんなければ。作二 もいでがたし 一備押の時馬上六十騎計の積道上中下被段総下三位 一備一行の時は。八町。二行のときは四町。人馬共に 四百二拾ほどなり。この道三段大にのぶると。すこし。 間ちかきそなへと。上中下あり。右につもりは書し るす。五十騎のそなへひろさ。長さのつもり。末書 にあり。たづねもとめてこれをしるべきなり 信玄家のつもり也 右試より。すつはのつかひやう。勝利のそなへ。備押 のつもり三者の習口伝終 三将軍解一之巻終 四 1796 将軍 武田信玄 上杉謙信 二十壱俵 三将軍艦勢州 十一 三将軍解巻之二 合戦備の定三ヶ條の 一合戦の他法は第一は味方のそなへを道天地将 一法とさだめ。内々よくしたゝめて敵にむかふと。 かたのそなへはやくたゝみて。よき場所を。とりか ため。惣軍を下知して。たゝんとする所の足 うぎて虚なるを見はからひ。みかた先にして。かゝ りて討べし。かならずてきくづれちるものなり。 てき。そなへをよき場にたてかためては。実のそ なへにて。みかたよりうちにくきもの也味方此心 得をもつて。敵に。してとられぬやうに。そなへを能 堅固にはやく立て。此方より。先をすへき事 かんようなり 一敦備はやくたゝむで。よき場を取しき。みかたそ なへを立んとする所に。見かたの先手などにかゝ りて。敵方より。うつ事有べし。かやうのとき 一の先手は討どらるゝ共みかたの二の手三の手 を。よく下知して。そなへを立かため。かならず二の 目三の目より。額をうつべし。かるがゆへに。そなへの かずをつくつて。段々に立まふけ。敵の人数千 ばかりひとつにかたまり。かゝりくるを。此方千にて も五百にても。幾手にもそなへて。敵ひとつに。見 かた数手をもつて。たゝかふべし。たとへはてきはす くなく。味方はおほきといふにはあらず。敵は一万も 五千もあれ。みかた五千三千にても。敵一そなへに かたまりたるに。みかた手数して。たゝかふといふ道 理也源九郎よしつね土の哥にも 一百人を十所にをく備こそ千の敵にも切かつとしれ 此ゆへに。そなへをもつて。敵ひとつにかつの利あり てき千にみかた百は。大小をいふときは。みかた小人数 なれ共百を十人づゝ十所にわけて勝といへり。此 心は。千をひとつにしては。下知きゝかねて。人数手 まはし。不自由なり。百を十人づゝなれば。引まは しよきによりもとをりやすくして。全勝あり 一敵のそうへいかにも堅固ならば。みかた数を作つて 一数の手分のうちより。敵にむかふせと。よこ入の 人数のつもりをして。横兵をもつて。てきをうつ ときは。くづれずといふ事なし。古人の語に。千 人門を推んより。一人関をぬくにはしかじとあるも よこ入の事也。是に遊軍勢といふことあり。下に これをことはる 一横兵のそなへの様子はかくのことし 思ひやや 此人数かゝりたゝかひ。かては吉。まくるゝ ても。さゝりとあとへひくとき散 したひかゝるを 此備にてよこより入る。い くそなへありともみなこ 一 一 の心持也と得心すべし ちう〳〵ぢきだん 一重々直談の口伝あり 書あらはしがたし 三大将三つの再拝の事 一常に我国できの国ともに。武士のてがら忠節 忠功上中下共に。よく御批判ありし也。たとへは。て きの大将てきなればとて。よき大将にて。武帝分 別智略計策よきはよきとほめ。あしきはあ しきと。批判あり。てきの侍大将にても能ある はよろしとほうびなさるゝ事勿論也我臣下の 武勇智も。愚不肖も又おなじ吟味なり。手柄 の上中下不同勝劣も。それ〳〵にわけてなさる るなれば。かならず他の国よりつたへきゝて。ほう こうの望たえず。しからば他のくにのよきもの共 来て。ほうこうをいたすにより。放国のよきてだ て。はかりことを申上る徳あり。これを三大将の三 つの耳拝の第一といふ也 一第二には。人をよく見しり。其得たる所の役を 仰つけらるゝ事。これは三大将は。名人なるによつて 申に及はず。末世の大将此義をまもつて。武勇 をえたる人は。公界に大かたなる人もあり。世間の使 者数寄の道を得たる人は。武勇にをろそかなる もあり其得たるやくを大将おほせつけらるゝ時は よくとゝなふるものなり。算数の道領知の所督等 にかしこき人は。弓箭のつもりうすきもあり。両道 万事にだらひたる人は。千人が中に二三人ならでは なし。其人のえぬ事をいたせばかならずあやま りあるにより。大将のためにならず。かるがゆへに 三将は人のめきゝ。それ〳〵のえものを見いだし給ふ 微妙の智恵あるをもつて也。古人のいはく。春色 に高下なし。花枝をのつから短長 一忠節。忠功の武士にてがら上中下をせんさくし て。三段に恩をくださるゝ作法也。末代の大将前へ これを守るべし。かくあれば諸士の行儀よろし 此をきてちがふときは。武士むさぼりて。下の位の てがゝも我が仕やうにて。上段になると心得て戦 場のかせきをひかへ。才覚軽薄ばかりにかゝりて。大 将軍の弓箭よはし。右二ヶ条合て。三大将の 弓箭の耳有。末代の主将もかんがむへし。手に もつ再拝は侍大将。足軽大将の役なり。三大将とて も軍配団朱再老とり給はざるにはあらず それは大かたの事。国郡をたもつ再拝かくの ごとし 一侍大将武者奉行いつれも武勇のさふらひを えらぶ中にも。武者奉行度々の武功なきは もちひがたし。専戦功すぢ目の人をもちゆへ し代々家につたはり。すぢ日あつて。武功手柄 の侍に。武者奉行仰つけらるゝ作法なれ共。 三将の御内はさもあれ。家々にさやうのものば かりはなきにより。筋目あつて。すこしばかりけん ほまれなり共。それを大きにとなへられて。名 を。よぶ人あり。又威光たかく。徳そなはりて。諸 一人にあがめうやまはるゝ人あり。信玄公の家に ても内藤修理殿場数のかうみやう。さのみなき 人なれ共。武勇あつて。かつせんのつもりよく。人 数をよくつかひ。公夫あれば場かずある馬場美 濃守殿と。かたをならぶる侍大将なり。そのごとく 人にゆるさるゝ人をもちひて。武者奉行にすべ し。名のほまればかりなり共もちゆべきとはこれ なり諸人つねにあがまゆる人はいくさの時も下知に つき。人数あつかひよきにより。大将の得となる なり のぼりだいしやう 一登大将も。もつとも武功あるさふらひを。三家中 にはもちひ給ふ。のぼりべつして。あつかひにくき ものなればなり再存かならずゆるし給ふ 一相図の物見といふ事あり。これみかたとあひづ して。行てみる事なり。たとへはてきみかた取合 あしがるせり合などするか。小勢にてすこし計 たゝかひて。もろく放引とるは。みかた敵の間に。何れ にものかくれなどありて。伏勢を置たるなり。味も を引かけて。ふせせをおこして。前に引たるてき まもりかへし。前後左右より。みかたをうつべきとの 事。これをあひづにて物見をする也。物見する 人のいはく。たゝ今行て。敬のやうすをみんに伏呉 なくは〳〵〳〵馬をかくのごとくちとりあしに のるべし。あるひは輪をのるべきなどゝやくそくし 伏兵あらばすぐにむかふさきへのりとをるべし。其 おもむきにしたがひて。惣人数を何方の道より。と をし給へといふ。約をなして。物見するをあひ。つの 物見といふなり。むかしも。此ためしおほし。此あひづ なくして。敵もろく引を。にぐるてきと思ひ。まば らなどにをしかゝりをひうちなどする時伏兵よこ よりおこつて入ときは。みかた利をうしなふものなり 源家義経公のうたにも にけて行額の足軽根をみばそのみる方に伏ありとし 此哥一首にてもがつてんすべし。初合戦先あし がるせり合とて。鉄炮ゆみにてうちあひなどする 時。あしがる共にぐる時さふらひも同前に引て。みか たにみする。それをしらず。ぶあんなひなるみかたの大 将。武者奉行下知して。かゝれなどゝいふとき不覚 をとるものなり。信玄公御時代に。板垣信方と、 ふ侍大将伊奈衆。此てだてをするを。にぐる敦 と思ひ。追つめうたんとするに。折ふし日くれ小雨 ふりけるに。あとより伏兵おこつて。ときのこゑを つくりかけゝるにより。板垣駿河守信方衆前後 のてきにかこまれ。日はくれつ雨はふる。くらさはくらし そなへみだれて。先手にても。歴々うち死し。あと にてもよき侍うたるは。すてがまりの故也伏兵 とおなじ心也これをしつて大将より下。侍大将 物奉行近習の人々にいたる迄。遠慮ある所也 かやうのたぐひしらずしては叶はざる事也信長 公謙信公の御たゝかひにも。此例おほし。信長記上 杉家の半法にて。よくこゝろむべき事也 一相図の旗といふ事は只今の憂なり。のほりを以 てあひずする。證拠のはたの事也。しやうこにあひ づする。敲いづ方より何とはたらき来るといふ 事をみかたにしらする事也。まづ味方の惣人数の さきに。旗を二本ばかりつかはし。すこし高みなどに をき。皺のはたらき来るを。旗をふりてしらす 留なり。一の先手にしれば。一のそなへより旗をふる 二の備に知て二の備より三。段々かくのことくにしら するなり。さうじてとをく目の及ばざるところの事 あひづの旗にてしるなり。二本ばかりさきへつかはす は右より放きたると左より働きたるとをしり分 へきためなり。二本の證拠の旗。右をふれば右ひ たりをふれば左としるにより。両方に二本わけ てたて。うしろの味方にしらする也。相図のはたは 当代の登なり。所によりてあひづ次第。をきやう。 ふりやう。いか様にも気転にまかすべし。此はたの あつかひをもつて。三家共に。度々まつたき勝利 ありつるをもつて相さだむ。魚をとる猟聊の船 中にての相図を見て。此てだてを。軍法に用ゆる なり。近来捜旗といふは。證拠の證の字を除き 一拠旗といへり 一敦味方。戦場にをいて。すでにとりむすびだゝ かはんとする時。のぼりを。そなへよりあとにをきて。 たゝかふべし。むかしはのぼりを他家には。さきへたてつ れ共。三家中のさほう。備のうし路にをかれける は。のぼりはあつかひにくきものにて放にとらるゝ由 第一のぼりの色あしければ。みかたのをくれになりて 敵は気をえて。味方凶事あり。旗色は軍配に さたする事也のぼり混乱してみゆるは。みかたの まけ也。放に混乱のいろあるは。てきのまけなり 一軍配者にたち入きくべし。天道のをそれある によつて。軍配の沙汰は。一切に書にのせず。さのみ 秘するにはあらず。源九郎義経の哥に 一旗の手の敵になびくは勝そかし味方になひく不苦成けり 此歌をもつて大かた心得へし口伝あり 一計策文の仕様。唐国にては陰書と名づく。大公望 伝にあり。三家中の法。しな〳〵あり。信長公は何に ても。兼々約をさだめて。つくり字をもつて。三かたと 味方とあびづを定め給ふ。たとへば軍をおこした まふに。旗下あるひは隣国のみかたに。敬の一字を あそばしつかはせば。やがて一味して。何の日時と知 て出合申。みかたのたすけとなれり。謙信公も何文 字にても。内々に相さだめらる。みかたをまねき給ふ 越中能登の間にて。御合戦ありし時は。日月の 二字を書て日の字は陽の月の間。月の字は頭の 月の間也。十二ヶ月を二つにわけて。六月は陽六月は 陰と定あそばされし也。陽の月といふは。霜月より 明年四月まて。陰は五月より十月まで此義をもつて 作り給ふときこゆ。信玄公は。一字に何にてもあそ ばし。かつせん起給ふとの。味方に相図ありしなり。 又は七佛と名づけ給ふは。いろはの四十八文字七行 一七仏なり。これを表せらるゝ也。いろはの四十八字のう ちに。とり度字を一字づゝに。一二づけをして。取合 文言となし。よむとき其ことはりしるゝごとくに 作法をさだめ給ふ。これ一字七仏の事と。信玄公 家になされける。又は一字に定めらるゝ字もありけ れ共。口伝の所書面に。のべがたきによりこれを略 す。末代にも此心得をもつていか様にも定むへきや。 七仏にほとけの七仏をもつても。作るべしほとけの 名。何を書たるときは。なにの用とやくそくして みかたと見かた通用す。とかくてきのしらざる為也 一物見する役者。ものみの時四方八方に心をつけ て縦横ひろく地形を見あわすべき也。すくに一 すぢばかり見て。かへる事なかれごれ三家中の 作法なり。かくのことく馬をのりてみるは行てかへるに みかたのなん所へ行。はまかまじきとの事なり かるがゆへにもの見四方八方に心付る事とい へり。むかふのてきばかり。一すぢみては左右のあゝ 処平易の地形しれず かくのことく乗まはしみれば道の前後左右 一委細にしるゝ也これ一人にて見る時の事也 一物見に出てできの人数をかくすもの也ごれ物見 する役者の作法に。三将の定をかるゝ処なり。此時 にいたつて。此作法とばかり心得べからず。諸役者と 大将との内々の内通なり。つね〳〵大将と内約なれば てきの人数は一万もあれ。みかた五千三千の時。しかも 一敵のそなへの。場所はよく。みかたのたゝかひ場あし く見たる時。物見立帰て。みかたの大将に申へきは。て きの人数一万と見ば。五千ばかりとか。其内にも申上 場所も敵のはあしく。みかたはよきと申せば。大将 やがて御心得あつて。敵勢一万と心得たまひ。場も てきのはよしと思召也かくのことく申せば。大将は御がつ てんあり。みかたの諸卒はきほひ申也。其時大将へは ひそかに。敦の人数をありのまゝに申上る也かやうの とき。大将御申あるは。さまですこしき敦勢いつ うつべきもやすし。ことにたゝかひ場も。みかたよけれ一 ばことなきてきなるに。今日は軍配もあしく。まづ 時こくをのべて。うつべきなどゝのたまひ。日を暮し 夜に入て夜うちなどにあそばすか。いつれに計略武 略あつて。小をもつて。多をうつ。放ふ意をはかり給ふ ためなり。此心得なくして。敵の人数をありのまゝに 諸人のきく所にて申上。みかたよりおほき時。みかた の諸軍。気よはり。大将又てきおほきとて合戦な ければ諸軍味方の大将をかろしめ申ものなり かるがゆへにてきのそなへ場まで。見かたよりは悪所 のやうに申上る事物見役者の秘断なり。これを てきの多人数をかくすと。三大将定給ふ。秘密の 軍法なり。他家にかやうの心得。毛頭しらざるによ り。信玄公謙信公信長公の弓箭に。ならべてとる 一人其時節。日本戦国なれ共まれなり。まつたいの 一大将衆よく工夫すべき事也 一敵味方たゝかひにのぞんてがゝるてき同じくし さる敵を見分るには。まづかゝり来るてきは一二三の 備まで堅固に立まふけ。合戦を持て。只今死を。 ろんずるていなれば。のぼりの手先も前かたむきになり 武者共の甲の前立。さし物にいたるまて。前かたむ きになつて。ひらめきわたつて。備にごりて。一より二 のそなへ三のそなへまで。うしろをつめよといふこゑ きこえぬばかりにみゆるなり。かならすかゝり来るてき と見るべし。しざるてきは一二のそなへは。行列正し くみゆれ共後陣混乱して。老人あしよはなる者 をはじめ。小荷駄さはがしく。先へくりのけ。まぼ こりも。後ぢんにおほく立上り。そなへのうしろ法 第に清てうすくなる也がならずしざるてきと見 るべきなり。まぼこり。三の先手にすくなく。後陣 にたつは。うしろより引しざるとしるべし。かやう の義は。書筆にのべかたき所もあり。此をしへをもつ て。たび〳〵其場のおもむきを。よく工夫しる べし。すこしもうたかふべからず。古人の哥にいはく まほとりの前に立なばかゝる敦備のうしろしさる敵なり 但雨後雨中のたゝかひにまぼこりの見付しるべか らす。其ゆへは地しめりて。塵埃立べからず。此時 は備の前後に心をつけて。右にいふ口伝のことく に心得へきなり。たゞ一片の見は三家の軍利 に用ひ給はず 一敵いづ方へ来るとも。此てき其所へ陣をとりてき か。陣をとらずしてのく敲か。是をすつはをもつて 見る事。すつはのみやうの事。まづ放の近所 にまぎれ入て。忍で見るに。のゝ敵は小荷駄の荷 物をゝろさずつけながら食事などをして。陳具 等とる様子もなく。いづれにいそがはしく。のくべき 体に見ゆる也。陳取てきは。まづ葉武者など立 ならび。前後に用心の体見えて。くみ〳〵をさだめ 山中近ければ。山中にて陣具をとり。竹木を あつめ。小荷駄の荷をおろし。いづれにぢんとる用 意顕然たり。このつもりをもつて。ぢんとりてき。 のくてきを見さだむべき事と云々 一陣具とる時も。人夫に与頭をつけ。足軽をそ へて山中などへは入へき也敦山中にまぎれ入 て。人夫等をとらへて味方のてだてを聞ものなり かならずつゝしむべし 一城のやぐら。又は敦と対陣して。たがひに陣屋をかへ まへ居る時。心覚えに。かずの刻といふ事あり。この 口伝は城のやぐら。ぢんやならば。せいろうをくみあげ 物見をするものなれば。矢倉にても。せいろうに ても四方のはしらに。東西南北をあてゝ。又八方に 心あてのはしらに。きざみをするなり。西の方な らば数二つ。東の方は三つ南方は四つ北方は五つ さて其間。いぬゐ。ひつじさるの方はいくつときざみを して。さみにすつはといふものをつかひをきて。敵い でたらば。火をいくつたてよ。火事ならば火いくつと いひゆくめ。陣取の時は我かぢん屋の外。前後左右 のみかたのぢんやにしのひをつけをき。たれがしの ぢん屋に夜うちあるとも火事なり共がの相図の 火をたつるにより。やぐらせいろうにあがりて。かの 心おぼえのきざみを見る也。数次第東西南北をし りて。これより西方はたれのぢんやと心得みれば 火をたつるなり。其火の数をみて。放ぞ火事ごと ゐながらしる事也。夜中に。やぐらや。せいろうに てくらくても。かのきざみを手にてさぐりおぼゆる なれば。東西南北たしかにしるゝなり。はやくしる べきためなり。昼はのろしを相図にたつるやうに すつはに申ふくめをく也。これを数のきざみと いふぞ。三将御ぢんの時。此ためし細々あり。信玄公 御代に。駿河田中の城にて。馬場美濃守殿ごの きざみをやぐらにしてをき。在らへしのひをつかひ てきの出る出ざる火事喧鏤の事をゐながらし られけるは。此秘事なり。美濃守殿。くみの衆 此心をしらずして。ことのほか奇妙に思ひける也 一敵の退やうにて。みかたに廻慮すべき事は。みかた を引かけんと思ふか。又は裏切など相図してする時 かならず味方よりうちよきやうに放するなり 見かた遠慮なくうたんと。かゝりうつ時いかにもやは らかに。敗北するていにして見するを。追つめ気に のつて。みかたのそなへ足うきたち混乱のとき。後 よりうらぎりする也。多分味方に降参する。近き 旗下の国などにて。敵此をもむきあるは。味方の うちに。相図のうら切あるとつゝしむべし。信長公 一謙信公信玄公の御合戦たび〳〵あるうちに。か やうのふりをしたる敵ありし時。近慮なされそな へをくづさすして。堅固にたてまふけ。御用心あつ てうら切にあひ給はず。かやうの延慮の心つき たる時は。みかたの内の降参のちかきさふらひなど の不審なるに。をさへのそなへを一つ二つをき給 ひて。むかふ敵にかまひ給はねば。裏切ならざる物 なり。此心付なき大将はかならずふかくあるものなり 信玄公謙信公川中島御舎戦の時。謙信公此行 なされ。侭玄公へ近く降参したる。村上義清侍二 三頭へ裏切の手首尾をとり給ふ。しかれ共。信意 公。遠慮あつて。備をみださず。謙信の引かけら るゝにも。すこしもかまひ給はねば。村上手の降 参の侍うらぎりならず。謙信公へ其おもむきの 状を書てつかはしけるを。信玄公。川中嶋の川下の 村へすつはをつかひ。かの状をもちつものをとらへて からめ。其状をうばひ取て信玄公へ見せ申す。さ あれば。うらきりならざるとの文のていなり。それ より。いよ〳〵遠慮まし〳〵て合戦なされず。論 信公も人数を引上け。越後へのき給へは。信玄公 も甲州へ打入給ふ。さて村上降参衆二三がし ら成敗なされける也名将いづれも件のごとく てきのはたらきやうをこゝをもつてよく見よと なり。末代の大将此心持かんように工夫して心 意におさむへきもの也 一敵の人数を見計るに。一人より二人とみて二より 四とみる也四より八。二八十六と見つもるへし。一二紅 四五六七八九十と。一つ〳〵にかぞへてははかゆかぬも のなり。くゝりて。よくかそふべし。いそがはしく。殊 に物前なれば。心しづかなる事はあるべからず。是三 家の作法習也。筝数つもりあるものを。一人くはへ て見せてよしと。武功吟味なり。目なれぬれば をのづからものみはなりやすし 一味方の人数に。相印うたがひなきやうに。かず おほき事を専とす。これみなかぶとの前立物そ の一手〳〵にあるべし。たとへは信玄公御内の侍大 一将誰人の一手は前立物は。いかやうぞと定めらる 一謙信公。信長公いづれも同前なり。かくのことくあらき ればまぎれて。みかたうちをいたしみかたの高名 其一そなへのはたらきもしれず。此外なにゝても さし物はいふに及はず。みな顕然たるがよき也 一敵国へ働き入るには。まづ陣をとるにも。山の手に つきて取るへし。平地よりは。徳おほきなり。山は 高みにて。高陽の地なれば。てきより夜うち などするにも。堅固にて吉竹木をきりとつて 陣屋かくるに。かつてよし。陣取をかまゆるに。敵 のよせ来らんと思ふ処などを。ほりきり。節所 うしなふものなれば其時のために。くり引に入 事也。大かたかくのことく心得べき事 此備引時は 此備を立かた 二番目のそなへ めてさきの備 引ときこれを立 をかくのことく跡 かたむるなりさて にたて一備〳〵 てきあひとをく 立かためて引也 なりてをのく てきしたひ来 そなへをときて る事ならさる をすなり ものなり 一城をみかたより取まくにせめにくき城か。又は当時 にせめ取て入ざる事か。又はてきより後つめといふ ものをする時。みかた正利有まじきつもりあつ て敦城をとりまきたる。人数を引はらふ事ある を。城をまきほぐすといふなり。まづ城は一の門二の もん三君もん。これ大手からめてわき小口などゝ いふなり。みかたの一の先手。大手の虎口を詰かくれ ば。二の手はうしろのもんをせむる。右左の口をば 三のそなへあるひは右ぞなへびだりぞなへなどにて とりつめさせて。惣勢城の惣まはりを。とり巻 なり。然るに巻ほぐす時。まづ惣廻りを巻たる 惣勢をこと〴〵く引はらひて段々に備を堅固 此くり引。城。巻ほくしやうの作法ぐんほうをしら ずして越後謙信公のあねむと義景謙信公 の若年のとき鎌信をかろしめ謙信のこもち れたる城を。とり巻せめられける処に城堅固 にして。しかもこもりたる人数剛強なるさふらひ 共にて。にはかにをつべきやうなければ。せめあぐんて 人数を引はらひ。城をすてゝのかれけるに。謙信公若 年なれ共。下知して。城よりきつて出らるゝ義景 武功の武士なれ共。くり引のしやうもしらず。みだ りに人数を引上たるによつて。そなへみたれて。引 ものをする時。みかた正利有まじきつもりあつ て敦城をとりまきたる。人数を引はらふ事ある を。城を。まきほぐすといふなり。まづ城は一の門二の もん三君もん。これ大手からめてわき小口などゝ いふなり。みかたの一の先手。大手の虎口を詰かくれ ば。二の手はうしろのもんをせむる。右左の口をば 三のそなへあるひは右ぞなへびだりぞなへなどにて とりつめさせて。惣勢城の惣まはりを。とり巻 なり。然るに巻ほぐす時。まづ惣廻りを巻たる 惣勢をこと〴〵く引はらひて段々に備を堅固 此くり引城。巻ほくしやうの作法ぐんほうをしら ずして越後謙信公のあねむと義景謙信公 の若年のとき謙信をかろしめ謙信のこもち れたる城を。とり巻せめられける処に城堅固 にして。しかもこもりたる人数剛強なるさふらひ 共にて。にはかにをつべきやうなければ。せめあぐんて 人数を引はらひ。城をすてゝのかれけるに。鎌伊公若 一年なれ共。下知して。城よりきつて出らるゝ。義景 武功の武士なれ共。くり引のしやうもしらず。みだ りに人数を引上たるによつて。そなへみたれて。引 たてたる人数の混乱するを。鎌信公見て。こと 〴〵くきりくづさるゝは。右にいふ口伝の城の巻 ほぐしやうのさほう。見だりなるによりかくの ごとくなり。こゝをもつて。信玄公信長公謙信公の 三大将は行列をよくとりをこなひたまひ。おき てをさだめられたる軍法一格也。末代の大将衆 よく分別工夫あつて。法をさだめらるへき事 一備をたゝむといふ事あり。ながく押行人数を放 合になりてはだゝみて合戦する也。一備〳〵たゝむ をもつて。合戦はなるもの也 かくのこゝ道を行には鉄炮登三段に先へやりそれより侍大将大将 駄とをし行なり 其ことくにては かつけんならさる ゆへたゝみて横へ ひろくたてだけ をみじかくする也 鉄炮鑓騎馬旗本小荷駄 兵衛 大将 走たゝみたる形五段つたいく手いく備にても五段に一備を 立る也口伝おほけれ共筆に及はさる所はこれを略す大形先め此也 散にあふまでは。道の間をばながく人じゆをゝす。て きにあひてのたゝかふ場は。たがひにせばき所に てなる事にてなし。此ゆへに戦場は定りてひろ きものなれば。よこにひろく。あし場自由なるもの なり。道を行間にて。敵みかたたかふは。半途を討 と云て伏ぜいなど横道よりおこつてうつなり これは本合戦とはいはれず。てきみかたの不意と 申てゆたんのところなり。伏兵をおこしたる 方。勝になるものなり。うたれたる方。負なりそ なへをたゝむほどの地形はせばくては。ゆめ〳〵う らず。それはてきみかたあらはれての義なり。其 ときははやくそなへたてんがために。たゝみやうを 作法に定めたゝむなり。これを備たゝむといへり 一味方そなへに。くみ合やう専なり。たとへは山縣 三郎兵衛。信玄公先手なり。これにあひそなへい くたりもあり。知行不同。人じゆも不同なり。この うちの不同を。ふ同なきやうにくみあわせする也 千石とりたる侍ものがしらにする時。五百石とりた る侍を。此千石とりたる侍と。相役の時五百石の方 人少きにより。人をくみ合。五百石を千石にして 千石のさふらひと。相役にするなり。たとへは一万 石の侍大将に。五千石の侍を同頭にしても。かくの ことく也謙信公の御内も信長公のも同前也次第 はめ向様にもあれくみ合のしな件のごとしとしる へきなり 一合戦におもむき。日どりを用捨する事。破ると立 るとの道理。みな心持ある事なり。軍配の儀さう じて天道をおそれ。三家中の天文ゆめ〳〵 一書ず。しかれ共軍配は真言家又は他流にても 心がけてしる事也。唐の作法にしたがつて。天 の時は地の利にじかず。地の利は人の和にしかず と心得たる時はあやまりなし。大将侍大将武者 奉行足軽大将など義と理によつて用ると。や げるとあり。立れはたつこともあり。やぶれはやぶ る事もあり。三家中のさほう用やう秘事 あり。され共是もやげり用るの二つを。はづれず 一源九郎義経公の哥に 時と日はみかたよけれは敵も吉たゝかんようは備なりけり とある時は。そなへと。人の和の所なり。大公望武王と 殷の紂とのたゝかひに。軍配をやぶりぬ我往てか れほろぶと往亡日を博じかゆる。臣として君を うつ事ふたゝびすべきやといふも。みな道理を前 後に用ゆる也。時日よきとて。たゝかひの場あしく みかたの人数の心不和なるはだゝかひに利なし 信玄公の御歌に 戦ひに日とり月取さし除き物見をかけて兼てはからへ 合戦に物見なけれは大将の石をいたきて渕に入なり と二首の詠歌あるは。これ人和也唐国日本ともに かくのごとし。され共又義経公御哥に 日取には其家々の吉事あり扨はてる日と風吹ぬ日と かくのことくあるは。これ大きなる秘事にて信長正 御相伝あつて。秘し給へり。哥のおもむきはすなを なれ共口伝山のごとし。信玄公家にて大事あり 一謙住公の御家にも。ひとつのをしへの秘事あり これとても軍法見だりにて軍配ならず。軍法た だしき時。軍配大きにたつもの也いはんや欲 待の日取に付。名誉あり。軍配の沙汰はかならず 天道のをそれつよきによつて。まづ書面にあらは しがたし信玄公の御内にても。山本勘介前原筑 前。日取やぶる事あり。やふるに付て口伝大事 あり。立るにあしき立やうあり。用なき軍。起者ゆ みやの大悪事といへり。かるがゆへに大内屋かたのご ときは。其身ほろぶ。勝頼のごときはなをもつて身 をやげる。長篠かつせんに軍配を立たる所まな こをつくべし。信長公義元かつせんのとき。軍配。も つはら用ひ給ふ所心を付べき也謙信公信州河 一中島かつせんに。軍配をたて給ふ。はじめは気 をもちひ。信玄公と終りのかつせんには。欲待の心 日どりを用ひ。先勝あり後まけ給ふ。下総うす ゐにても軍配をたて給ひ。絶待によつて人 数を引あげ敗軍ありしなり。三将の用捨御作 家の法にかはりたり。天鑑わたくしなし。をそる べしつゝしむべし。こゝをもつてやふるも法あり。た つるも法あり。末代の大将衆。其外侍大将物頭 此心得をもつはら得悟すべきなり 一備に。解といふ事あり。たゝむといふことあり。結ぶ といふ事あり。此三つをしらざる大将かつせんに 正利なし。こゝはまづむすぶ口伝をいふ也。結ぶと云は てき小勢みかた大勢の時。てきをそれて。たゝかはざ る事あり。それを引かけんとおもふには。まづ十。且む すぶなり。其結やうは。物のかくれあれば。それに むすぶできより見つもりなき地形のくぼみなど あれば。それにもむすぶ也結びやうは。さやうのとき 行儀をさだめてはならざるにより。我一人数を。く ほき所か。山がくれか。いづれに敵方へ見えぬ所に。つぼ むなり。かやうのなりふしは。一より二三四と形儀をさ だめてはにはかにならず。みだりなり共手ばやに むすびつぼむ時は。てきたせをしらず。其時てき 小勢なりと心得かつせんをする事あり。そこにて みかた小勢をもつて。あひしらいむすぶ人数をもつて 引かけてうつなり。そなへをとくといふもたゝみたる そなへを。道ををす時のそなへのことくに。とくを置 なり一つにたゝむこつにとく三つにむすぶ。此三 ヶ条三家中弓箭の法なりと云々 一敵みかたの国にをし入て。夜合戦をするには放 のためには他国なれば昼物見をして重々に念 を入る也。それは夜うちなどして。人数を引とるに。道 すぢをよくしりて。かへり道の難に。入はまるまじきと の事かれこれに心づかひをして。みかたのぢんを見 あわせ。備のあつきうすきことを計りするによつ て敵の我か国とはちかふなり。みかた又てきの国へ入て も念を入る。我か国なれば。すこし不意の心あり たがひに我か国の地形はあんなひよくしるによつて かくのごとし。かるがゆへにてきみかたの国に入とき。みか たゆだんして。不意なれば。怪我あるなり。てき込 てきの国なればゆだんせざるやうに。味方の物見 万事に心を入。念をつかひ夜はたらきする時。利 を得る事あり。他国自国ともにゆだんなきを。名 大将といふなり。三家中の作法別して夜合戦 を大事になされけると。末世の大将達心得らるべ き事かんやうなり 一戦場にをいて。敵方みかたをおそるゝぞ。武功を ほむかなんといふ事。みかたのうちにさたある事 一みかたの吉事也。みかた惣人数いさむものなり。合 戦のみちはすこしはかりのきをひをくれにて。善悪 あるもの也一言の事もみかたのいさむとなへ呑程 なり。てきの内にもみかたより。てきをおそれほむ るといふ説あらばてきの吉事いさみなり。こゝに ひとつの大事あり。惣大将。又此心を一図におぼし 召。勝頼。義元のごとき偏傍ある大将はてき我を おそることばかりおほしめすによつて奢出来て よしもとをごりてそなへちがひ。信長公の小心数に よしもと。た勢にてうち死ありしなり。かつより 公。長篠の無理がつせんもおなし心なり。かやう の唱は雑人諸卒の吉事。尤大将御心もさい わひなり。こゝのほどをかんがへて大将のつゝしみ 入る事と。まつだいの将達鑑べし 一合戦はみきりが肝要也見きりといふは。てきの はたらき。てだてのやうすの見つもりなり。すべ きかつせん。すまじきかつせん。みなてきのはたら きのなりふぜいによる也これにはしな〳〵あるべ し。信長公義元かつせん長篠かつせん。見きり よきゆへなり。信州戸石にて。信玄公村上殿に 御負かとみゆるを。山本勘介五百のみかたを引わ けて。皺を南にむけてかつせんにかつ。大きなる 見きりの正利なり 三将軍解二之巻終 武田信玄 上杉謙信 普信長 三将軍艦評列三 三将軍艦評判 } 三将軍解三之巻 唐国に八陣の名をまうけ。三将三家中 にこれをあらはし。三大将工夫あつて善悪 をわけて。度々の山野のたゝかひにあふて をの〳〵陣取を定めらるゝ。此図の分。さのみ 用ひずといへ共。物の善悪をたてざれば 善悪しれざるによつてかくのごとし 諸葛孔明之八陳之法者。本二井田一或曰本二八卦二 一合為一分而為二分而為レ之以二天地風雲龍虎鳥 馳一或曰天地風雲。四者。正而。龍虎鳥兜四者 哥也。或曰天地風雲四者本二旌旗之名一龍虎 鳥蛇之四者本二地名一皆以無レ実為レ欺レ敎号二モ 名一。地有二高卑出直広隘方図一軍ニ有二衆寡継 弱一因レ地以設レ備。因レ人。以創レ勝矣豈求二其名一周 太公望。斉管仲。蜀孔明皆以二八陣一庭季衛公 用二六花陣一。本二八陣一。誠以古今不易之陣法也 八陳未分之図 右の心は八陣を一つにして八つにわけざる以前 を絵図をもつて見せたる也。八陣は名をまう けたるなり 右角 右瓜 虎陣天陣 天陣 地陣 「防州 先鉾は先 備なり 先鉾 後陣 大将 前門鳥陣 蛇陣 風陣 風陣龍陣雲陣 左角 左瓜 雲陣 左牙 象二八陣八卦一図 火 三月一日 魚鱗 大将 同断 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 氷 右皆井の字の形なるは。井田より起るの理也 井げたの形也。大将陣は中央也図八形 回 八方は。八家の民作りて家 五 六 をたもつ。中は君に奉る。これ 年貢の田なり。若座なる 大将 によつて陣屋にても。備にても 二 七中に大将おはします。中を 八 八 かて九軍なり 右に付てちきりの曲尺と云事あり。まん字の曲尺 唐国。日本。表がね。うらがね。いづれも城取の大秘事 あれども。これは書面にあらはしがたし。口伝なくて は。かつてん行がたし。尤数のかねあり十字のおこ りぽとけの三十二相に表して十文字人体也 一尺。一気宗万物一体。方も円なり。円も方 なり 八葉八陳。人心の出。尺五段の曲 尺。重々七十二之出尺 鳥の形も円宗なれや馬牛も方図 十文字は十道四方。八卦八陣。円宗天地に表し。 かたちをあらはして。唐国備の本をこれに書す 李請六花陣の図 □□□□□□□□ 前門 大将 是も日本にて用る時は。方 図のかたち也。六花とは。名をま うけていへり。八葉にも用ゆ べし其時は八陣也 一八陣に有二八勝一有二八出一有二一勝一行一行一有二一出一知 其利一者戦勝。今世将不レ知一其利一妄出妄退故。不 レ為レ勝。良将用レ兵如レ扇披レ之不レ散畳レ之而不レ屈 八陣分て八となすの図 一鶴翼之陣取備にも鶴のつばさの形なるを以。くわく よくといへり陣屋にしてはめ此 おはしやういう かななかなたということを 百月十一日 四十一 十一一 しんげつのぢんどり 偃月之陣取 三ヶ月のかたちのごとし □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 陳小屋にしては此形也 ぎよりんぢんとりそなへ 魚鱗陳取備にも うをのうろこのかたちと いへり陣小屋にしてはめ此 あつないということをもつていると 二十二日 ほうえんぢんどり 方図の陣取 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 一丁 あつたいかれたいということを 棟 之 取 備エ 申 11000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000 がんかうのぢんどりそなへ 雁行之陳取備にも 井林利之 用用 同右同右同右同 ほうしのぢんどりそなへ 一鋒矢之陣取備にもかくのことし 十一 長地の陣取備にももちゆ 右衛門 一二十一日用用用用用用用用用用用用用用用用用用用用用用用用用用用用用用用用用用用用用用用用用用用用用用用用用用用用用用用用用用用用用用用用用用用用用用用用用用用用用用用用用用用用用用用用用用用用用用用 十一月十一日 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 右陣取八陣のかたちをあらはし。これを信玄公謙 信公催長公御工夫あつて。各の御陣取。日本の かつせんにあふごとくにあそばしたゝ ○囲にぢんどりをなされけるなり。其ゆへに。地形一 に由直鋭を城にも陣屋にもあそばす事なし。 たとへは人のやしきなど立るにも。四方四角なる。やし き。又は丸主屋敷の地形は。内のくつろぎ。よくつ かへずして。ろくにあつて。人数の往来もつかへす。其 ごとく。城陣屋のねぢり。もちりなるは。人数のは たらきあし候。信玄公御ぢん取。諡信公信長公御 陣どり。諸書に見えたり。これをこゝろみて分別す べし。たかひにのぞみ。山野に取てよきやうに あるは百円なる陣屋ゆへなり。右の八ぢんの内にも 丸き方円の図あり。四方なるあり衡乾といふ此 このかたちは尤吉。陣屋のかけやう口伝州なり。三 一将の御ぢん取をみて。かつてんすべし。右あらはす八陣 のかたちも地形により。川治。池。谷。入曲なる地すぐな る地形三角なる地形いづれて其場によつて。あぐ むまじきために。こゝにあらはしをくなり。其時に当 て。行当る事なきためなり。おなじくは三家名 将のあそばしをかれし。絵図のごとく。末代の大将も 用ひらるべき事肝要也がの三大将武勇対法 かつけんのみちに鍛練あつて。工夫の上にてなされ ける。ちんやそなへなれば。日本にをゐて。たれがこれを そしるべけんや。しかれ共右のぢん取共みな一々捨 るにはあらず。右の内にて。方と円との二つを用て ぢん屋のかけやう。人数くばり三家中のごとく すれば上に吉也。のこる六陣に其場によつて用る也 信玄公の御内高坂弾正が書に八様のぢん取とて 末書といふ内に書付をきけるも。其場の曲直 説あるによつて。行あたるまじきため。しるせりかな らずよきにはあらず。あらず。あらず。あらずねは軍 法なりがたし。三大将の軍法せばく思ひては慢入 しがたし万方万変に心をくばるを極意とす 一一三将の御陣屋に付。三家の書にならひしな〳〵 ありといへ共。こゝに少々取て其義をあらはす 一陣屋惣廻りの垣の間。七間五間小屋の間〻。三間 にもあるひは五間春冬に口伝あり。其いはれは夏は 一暖気に付諸勢の着衣うすし。小荷駄すくなし 春冬はさむきによつて。諸人数の荷物おほし。小荷 駄おほし。おほきゆへ。小屋の間も。のびちゞみあり。か るがゆへに。間数七間五間八間九間。小屋数おほけれ ば。間の道せばし。垣の高さ人長にすこし高かるべし さゝがきしゝがきなるべし四方に水くむ道をほそ くあくる 一虎口だまりに口伝といふは。さかもぎを引あるひ はひしをまく。小屋にてかくす 一陣屋の道三間は。三間柄の鑓つかへぬやうに との事 一陣屋作事設方へ棟木をたつべし 一陣具の竹木。すゑをおもてへなすべし縄目同前 一四方に井梅の事。三つあぐる事。是物見のため なり 一せいろう上るにあげやうあり。三の内中のせいろ うを。結構に作事して。味方の大将物見なさ るゝやうに放に見せ。左右は。そさうにするなり。敵 中のせいろうに。矢鑓炮しげくうちかくるなり これ味方大将御用心のためなり。さるによつて。せい ろうあぐるに。作事のし様あるとはいへり 一大将の陣屋どり置の事。是大将御座候所の。止 一や。きりくみて。内々用意するをいふ也。たゞし 様子によるべき也 一陣屋。尺合の事吉凶にいはく。吉花州光官数 悪福。この八の文字を一尺づゝに一字づゝかきて 間にあわせて見るに。吉光官福の四にあたる を吉とする。死別悪数にあたるを凶とす。千 万間も打て行て。吉光官福の四方に竿先の あたる所にておさめて地形を定へし。陣城とりに これをもちゆ。陣城は。高み山にとるを陣城といふ なり。但山ならずとも陳城といふべし 一陣屋の辺に。片車堂の事といふは。ちいさき 一家也。物見を入るなり。せいろうとは別格なり 一あんじきといふ事あり。何にてなりとも。あるひは すゝきなとにても。それをあみて大将御陣屋の 前に敷て。諸侍其場より草鞋を去て出仕する なり。雑人を内へ入まじきため也。内もがりは御陣屋 の左右。後うまや台所の前をかこふなり。其所 絵図にあらはす。大将の陣の廻り土居の上にも もがりを結ふ。これによつて。内のかこゐを。内もがりと いふなり がくのとうは。下に木をたゝみ一畳ほどにゆひて。それ に床をかき。其上に竹をくしがたなりにまげて たて。雨紙をかけて。頭分の者。其内に居て番を つとむる。夜気にうたれ風雨の難をのがるべきため なり 一尺の木の場といふは登鑓をかざる所をさしていふ なり。大将ぢんの門前也こゝにても番をつゝむる也 信玄家にては廿人衆頭うけたまはりて。歯を仕 りしなり。謙信公。信長公にても。中間頭番を申 一大将の御陣屋にて。篝二つの事。一に本かゞり。二に すてかゞり。先衆ぢん取おほき時は。すてかゞりなく。 もとかゞりばかりにてもくるしからず 一外張蓋の事。甲州家の書面に見えたり。越 一列。尾州両家同前の事 一外張三町ばかり。かならず。陣場奉行。ぢん取 ところなり。けだし大将のぢんより。三十間ば かり。篝蓋にて焼なり 一陣屋惣廻り。かきあげ。土居其土をあげたる所 みな。堀にするなり。これみな本大将御ぢん取の 沙汰。たゞし先衆侍大将の陣屋も。作事作法同 前之事。侍大将衆には。相備あり。中にて陣へき さがきをもつてへだて。惣まはりは。侍大将の陣屋 と見ゆるなり 同 よく〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵 せつちん 馬や だい所あり さん〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵 幕 大将 幕 内もがり 同 同人人といへといへんといへんで 御門 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ いないということをもつていると 築地 □□□□□□□□□□□□ 用 一りしきは物一まはり土居也 土居の上のもがめ内 のもがり合て二重 つゐぢといふ 是大将御陣所の体 此惣廻り旗本組 の諸軍の小屋取 廻しかけて又土井 ほりつゐちあり絵 図別書にあり是 を惣合て方向と いふ 一右は大将の陣のところばかりなり。山に取陣城 のときは丸くとるなり。其時も小屋のかけやう かくのごとし。丸き時は○如此方円なり。方円の時 も。大将の陣惣まはり旗本一手の陳取は□かく のごとく方なりと心得べし。三家中すこしつゝ かはるといへ共。方円のこつをいです。一の先。二の先 一のそなへのぢん取こみなはた本の陣どり のごとし。信玄家はた本方向なれば。先衆諸備 もみな方向なり。大棟取といふは。魚鱗の陣取 といふ。それとても右に書す。八陣の内の盆弁 にはあらず人数多勢のとき小屋敷おほき ゆへ魚鱗大陣取といふがるがゆへに甲州家に ては。方向魚鱗の二陣なり。御一代州にかはる名 の陳どりなし。大陣取とても旗本ばかり也先衆 はとかく方向なり。謙信公信長公もかくのことし。悠 陳取の名は何とも定りこれなし。此両家に城取 の伝受なし。但天守といふこと。信長公御代より はじめてなされはじむる也 一石垣といふことも。信長公御代にはじまる其前は みな土居なり。土居敷といへり三将軍斛終 狩り 松田信玄 廿一杉謙信 代信長 三将軍艦評判 三将軍解城取四之巻 一城取三段之事 第一草の事 一すみ馬出しの事 二出升神形の事 三ニ草の丸馬出しの事 四二一の門二の門の事 五土井敷の事 六に間数の事 七ニ丸馬出し両方三間のかきの事 此七ヶ條一枚の絵図にて下にことはる 角馬おしの様子 二二 出舛形の様子 同 一ノ門 同廿一日 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 一間数此分割右に云一分一町 十間に用るたとへは敦城せかん にもをよそせめ口の大体をさ たして味方に分附せんにも 此分割なくては成かたし又は 遠所に城をともんにたとへは 一分を一間に定又は一町にも 定る時は其所へゆかすとも万 此を以城のなわばりやすし又丸 馬出三間のかきは図のことし 但又四十間共あり丸馬出なく は一方にて三間かき両方合 六間の欠なりとしるへし 七に丸馬出し両方三間のかき 右一に角馬出し。二に出舛形。三に草の丸馬出し 四に一二の門。五に土井敷。六に間数七に丸馬出し 三間の欠。以上七ヶ条ゑづ一枚のうちにこもか 欠はかいてのくる心也闕と書 第二 一馬出しなしのこぐちの事 二袖の舛形形あるひは二のくるわ。本城両所の橋 を堅固にする事 三長橋これもこくちの事 口伝に曰馬出しなしの虎口には向ふ舛頭三 とるべき図にいはく 城内 惣まはり堀なり 黒きは土井也 拝形にて虎口 をかくす取様 口伝にいはく袖の舛形は馬出なしの虎口の時は 左右に升形をよくとれとのをしへ也図にいはく □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 入しきいさいご 達候東郡此上 いて山さねときに □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ のしかせぬ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ ことへつかんもひといふ 升形此升形を袖と云虎口の右の袖左 の袖なり味方の出る口なれは左 右を袖にたとへたりこれより横 矢を討んがため也 城内 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 黒きは土 井也惣ま はり堀を つる也 外形是も袖也 右の口伝共皆馬出しなしの虎口のさた也同じ くは升形にて虎口をかくす。取やう然るべき也 袖の外の形は先にての口伝にもいふ 一口伝にいはく。二の曲輪本城両所の橋を堅 固にするといふは一二の曲輪の橋つよく念を入 たるがよし。橋よはければ大勢を出す時あやま ちあり。はしの作事のやうす。すゑのヶ条に これをことはる。長橋も。虎口同前によこや能 とり。てきのすかさぬやうに。作事肝要也 図にいはく 城内 長橋 此長橋と云橋を る 堂のことく渡す 城内 にあらず此ゑづ の体也 長橋も虎 口といふは堅 国なるを以 て也 第三 一うしろふけ。あるひは池遠くある取やうの事 二草のすみ馬出し。あるひは俄の普請に用事 三升形形むかふの虎口の事 口伝にいはく。地形のうしろに。人馬通ぜずして 堅固なる沼水海など有時は。其不通の地形 をかまへ。本城を堅固の方へ引出して。池に付て とるべし。さりながら本城と池との間すこしを くべきか城を取人の分別にあるべし。すゑの図 にくはしゝ草の角馬出しといふは。むかふにほり もなく。しばなとにてつきたて。にはかの用 に立ごとくする也。これは馬出なくしては。人 数あつかひにくき。虎口などに。にはかに作事 するときのために。これをしかせりますがた のむかふの渓口といふこゝろは虎口ますがたの むかふことくとるをいへり。むかふよこ矢にいたる までよくきくなり。しかるときは。てき一入 をしこむ事かたかるべし図にいはく 二三の丸め此本丸に取つゝきるべき也 うしろ ふけ 池海 川いづ れにて もでき よりつ 本丸 本曲輪 といふ きがた く人馬 かよひならざる様の所也如此 二ノ丸三ノ丸 三ノ曲輪 二ノ曲輪と云 といふ也 本丸をけんごの方へ引出してとるへき也 右のことくなく。つねの地形は本丸中にとり てよきなり 三の丸 二の丸 本丸 是常の とりやう也 草の角馬出の様子図にいはく 御ゝわい 一同一品 ひしばしま □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 城内 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 城内 め此儀を以みる時。馬出しなしの 一城内虎口は。両袖の外形をとり横 虎口は。両袖の升形をとり横 矢射草の角馬出し。あづち馬 出し。かざしの土井などを用べ し。此口伝にて埒きこえたり 升形にこぐち むかふくち虎口 舛形向ふの虎口 第四一ニ真の丸馬出しひづみくるわ図 にいはく □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 八月廿一日 のもしかけるこゝくつ 同 め此ひづみ候へば ますかたになる ⑦ 爰に舛形 取てよし 19 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 思ひこそもいし奥し 城内 一虎口升形五八各横行之事図にいはく 早朝四月廿九日申候 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 虎口外形と云此内よりこ たて五間八間にする也 五八四十坪也 城内 第五 一真の丸馬出しの事 一左袖のますがたの事 一同両袖の事 一大横くるわの事 一欄竿に板たてず共影みえざる事 図にいはく プ 両袖と云時は此方の右にも如此外形有 □□□□□□□□ ませひいに 城内 左袖の升形 味方の左にある升形也 大よこくるわめ此みれは。こぐちの橋。わきより 見えざるにより。はしのらん かんにいたをたてねども。みか たのかげ見えぬ也 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ ひてこつかす 御届申上候以上 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 第六 一横矢ますがたの事 一よこやひづみの事 一よこやびやうぶおりの事 一よこやちりおとしの事 一よこや角おとしの事 づ 図にいはく 三百山に付 よこやひづみ よこや升形 城内 右のヶ条のうち。よこやちりおとし絵図に ならず。口伝なり。城中よりのちりを外へ。 とすといふをもつていふなり。作事いかやうに もすべし壁の出し。まどのことくなり。それ より矢ざまきり。よこ矢をも射るにより。よ こやちりをとしといふなり 城内 □□ 是は城内の沙汰 城外にはあらず よこや角をわし是也 角とすみとある時は。城 一内せばく。てきのりこみ たる時あしき也 一行の習八ヶ条之事 一辻の馬出しの事 二土橋しと見の事 三あつち馬出しの事 四しとみの矢倉の事付二階にも三階にもの事 五本城二の丸。間の橋ろうかの事 六水やぐらの事 七かくしくるわの事 八かねの馬出しの事。絵図にならざる事 城内 これにも惣 まはりほり あり つじの馬出しといふ城の入口 一こつあるを高出し一つにてかくす也 かやうに ひろき堀 一土橋也左右を塀をかけしとむ也塀に 矢さまきりよこや 射也しば大井も同 お也 同四 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ □□□□□□ あづち 的山はにはかの用意の 城内 馬出しなり 写し 四しとみのやくらといふは。城内の家なとみゆる所 やくらにてしとむ事也。二かいにもすべし。それにても いまた家みゆるならば三階にもすべし 五本丸二の丸間のほりきりの橋はろうかはしにし て左右に矢ざまきり。よこやうち。又城内より 水をくむにもよし。はしの作事。かれこれ給 図にならず口伝あり 六水やぐらは城の腰を川なと流る所にかけ作り にして。上は矢倉にいたし。よこやをも打。城中よ り出て。川の水くむにて用心よし図にいはく 水 ら の 様子也 城のくち也 川堀のこしを なかる也 水やぐらも 水を城中よ りくむはかりに あらすよこや 射るへきため かくしくるはの作事さたまらすいかやうに 分別して敦本 敵 口よりのり入花 城内 うしろよりまは してうちとた とのくるわ也 味方 味方此口より出てよこ入してうつ也 鋳 かねの馬出し大形かくのことし。かねの てに仕る絵図にならずといふ心の 口伝は直談に口伝する也 ちぼかねとつゝけて云也万事城取 大工のつぼかねより出る也かねの馬 出しに。今一つならひあり去なが 無数いといふ □□ ら絵図にならぬといふに少 口伝あり 真のならひ城取十五ヶ条 一陰陽和合の事 二付城の事 三陣城の事 四山城升形の事 五山城曲輪つゞくを用る事 六境目の城十が九つ山城の事に付千籠るを三百に 一ての徳の事不浄捨るに勝手よき事 一金堀久しくかゝる事やがて後詰の事 水ある山を用べき事 鋳 陰陽和合の縄の図 □□□ しめ此堀きりの間は縄をとる時は。橋左 右よりみえず。これをいんやうわがう 一 のなわといふ 第一 城外 如此一文字にほりきれ ば。左右よりはしみゆる みかた出入見えてあしき也 付城の事。てきををさゆる城なりしろをせむ るに。てきのしろに。敵のみかたより兵粮を入 見つぎ勢を入る。かよひのみちを。さへぎるやう にみかたよりつくるしろ也。他事は本城のよ うにせざるなり まはり ほり也 土井は かきあ げ也 第十二 門の左右 柵也土井 の上に塀を かくる也 取出之図 是も惣ま はり堀なり 土井かきあ げ上に塀を かくる 第 同 取出は額の本城 にをしよするをあ はりて敵を。さへ ぎる城也作事 いかにもそさうに する也 一山城升形の事寄にいはく 惣まはりは 山の根也 城内 本丸 舛形 形 元林 同 め此折目〳〵に 升形せざれは 遠くより味方 の道をおり下ル するがみゆるもの なり 一山城曲輪つゞくといふ図にいはゝ 五貫三 本丸一 二丸 いくくるわ有共。取 つゝきて取べし。は なれ〳〵なれば放 のり入て一くるわ。 ればてきのため に用心よく。みかた のためあしき也 命 城 城 め此はなれ〴〵にとる は一くるわてきにのり とられては。みかたのむ かひ城のことくに成 てあしき也 二十七軒 垢。目の城。千こもるに。三百にてもてば。右のことへ 段々習の城の縄張よきゆへなり。不浄といふは 人の糞なり。人の大便城中につかへ候へば。其に ほひにてかならず。諸軍むされわつらひはや るものなり。これ城取のひとつのならひなり。山 城はたにをかゝへ。大便小便馬糞すつるに。かつて よし。又山城は金ほりもひさしくかゝる。平城 は金堀ひさしくかゝらず。久しくかゝ品うちに みかたの大将後詰なさるゝなり。いづれに山城 はとくおほきものなり。平地は小勢にては 守りかたきもの也。水ある山をみたて。用ゆる也水あ る山見精は。さま〳〵あれ共。よく案内者をとつて かねてしつて。城にとるべし ちがい虎口 ちかひこゞち といふ是也 第二号 同四日 内 陣城の図 柴もちがひ虎辺 曲輪馬おの図 } □□□ ひらじろ 平城は 城内 かくのに とし 10 〽如此一曲輪馬出にとる也 山城の曲輪馬出しは 此のことく一くるわ〳〵 馬出しのことくいたし 取つゞき。くるわはな れぬことくなるを云 なり 虎口しとみの土井しな〳〵あり 図にいはく 小口しとみ 皆こゞち 門のしとみ なり しとみもんの様子也 此外いろ〳〵工夫す べし しとみの土居図定まらす 一右何方にても。敵方より。城内見こむところを土世 をもつてしとむ也。竹木壁矢倉屋敷にてもしと む也土居ばかりと心得ては悪き也せばき事也 ならびはし め此ある時はおくの橋を。らう かにすべし の時 め此こつならび たるは一方に塀 をかくる也 右城取のしな〳〵。此一巻にこれを害す。三家 中の法なり。但信玄家。山本勘助。伝太分有之。 此外にもるゝ分は此八巻の内にこれを書す。取 あわせ合点すべし。此をしへをもつて。つね〳〵筆 鍛錬肝要也末世の大身小身ともに諸侍と して存ぜずしては叶はざる也。真草行終る 三将軍解四之巻終 廿八日