順禮案内
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- 不明
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- 2026-08-17T19:23:15.102Z
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- 場所: 京都
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- 不明
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- 日本語
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- 菊屋㐂兵衛等
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- ジュンレイアンナイ
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- 東北大学
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狩のせ
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三十三枚の札かにましより
▲奉納西國三十三所為何
おもて
公的倶大慈天悲観世音菩薩
うら
すげかさの
書やう
下数三界城
かさのうちに
人々の名かく
おひづるは
年号月日何人
此とをりに
飛札奉順権両国五卅二所
書づけ
国所名
いたして
よし
じゆんれいゑんぎ
訓会ヲ
そも〳〵じゆんれいのゆらいをたづ
ぬるに。くまのごんげん此どにめぐ
りはじめ給ふといへ共。久しくたへて
めぐる人もなかりしに。にんわう六十
五代くはさんのいんと申奉るみかど。
のりのみちに御心ざしふかく。ひそ
かにわうぐうをしのび出。花山寺
にて御かみをおろし給ひ。御ほう
めうをにうがくほうわうと申奉
る。くまのゝごんげんぼうわうのおん
心ざしをかんじ給ひ。あるよ御つげ
に。めいどにてゑんま王衆生の
為ほけ経一万ぶくやう有。とうしは
しやうくう上人也。しやばにくはんおんの
れいち三十三所有二度順礼する者
はげんぜあんおん後生ぶつくはにいたらん
と。石にきしやうもんをかきて。あたへ
給ふと見へて御ゆめはさめにけり。
ほうわう御悦びなくめならず。三月
十七日なち山ゟ打はじめ。六月朔
日たにぐみにて打おさめ給ふとかや
日のもとの御あるじの身すゝかくの
ごとし。いはんやわれ〳〵ごときぼんぶの身
にていたづらにすぎなん事なげくべし。
早く信をもよふし善にもとづきぬへかし
三十三所ゑいか
一ばんきいの国なちさん
ふだらくやきしうつなみはみくまのゝ
なちのおやまにひゞくたさつせ
二ばん同きみゐでら
ふるさとをはる〴〵こゝにきみゐでら
はなのみやこもちかくなるらん
三ばん同こかはでら
ちゝはゝのめぐみもふかきこかはてら
ほとけのちかひたのもしのみや
四ばんいづみのまきのを守
みやまぢやひばら松ばらわけゆけば
まきのおてゝにこまぞいさめる
五ばんかはちのふぢゐでら
まいるよりたのみをかくるふぢゐ寺
はなのうてなにむらさきのくも
六ばんやまとのつぼさか
いはをたてみづをたへてつぼさかの
にはのいさごもじやうどなるらん
七ばん同おかでら
けさみればつゆおか守のにはのこけ
さながらるりのひかりなるらん
八ばん同はせでら
いくたびもまいる心ははつせでら
やまもちかひもふかきたにがは
九ばんならのなんゑんたう
はるのひはなんゑんどうにかゝやきて
みかさのやまにはるゝうすくも
十はんやましろうぢのみむろ
よもすがらつきをみむろとわけ行ば
うぢのかはせにたつはしらなみ
十一ばん同かみのだいごでら
ぎやくゑんももらさてすくふななれば
じゆんれいたうはたのもしきかな
十二ばんあふみのいはまでら
みなはみは。いづくなるらんいはまでら
直しうつなみかまつかぜのおと
十三ばんあふみのいしやまでら
のちのよをねがふこゝろはかろくとも
ほとけのちかひおもきいしやま
十四ばん同大つのみゐでら
いづいるやなみまのつきはみゐでらの
かねのひゞきにあくるみづうみ
十五ばんきやうのいまくまの
むかしよりたつともしらぬいまくまの
ほとけのちかひあらたなりけり
十六ばん同きよみづ
まつかぜやおとはのたきはきよみづの
むすぶこゝろはすゞしかるらん
十七ばん同六はらでら
おもくとも五ツのつみはよもあらじ
ろくはらだうにまいるみなれは
十八ばん同六かくだう
わがおもふこゝろのうちは六ツのかど
たゞまろかれといのるなりけり
十九ばん同かうだう
はなをみていまはのぞみもかうだうの
にはのちくさもさかりなりけり
二十ばんやましろよしみね
のをもすぎやまぢにむかふあめのてら
よしみねよりもはるゝゆふだち
廿一ばんたんばのあなうじ
かゝるよにうまれあふみのあなうやと
おもはてたのめ十こゑ一こゑ
廿二ばんつのくにそうぢし
おしなへてたかきいやしきそうぢしの
ほとけのちかひたのまぬはなし
廿三ばん同かちをでら
おもくともつみにはのりのかちを守
ほとけをたのむみこそやすけれ
廿四ばん同なかやまでら
のをもすぎさとをもすきてなる山の
てらへまいるものちのよのため
廿五ばんはりまのきよみづ
あはれみやあまねきかどのしなぐに
なにをかなみのこゝにきよみづ
廿六ばん同ほつけじ
はるははななつはたち花あきはきく
いつもたえせぬのかのはなやま
廿七ばん同しよしやでら
はる〴〵とのぼればしよしやのやまおろし
まづのひゝきもみのりなるらん
廿八ばんたんごのじやうしやうし
なみのをと松のひゞきもなりあいの
かぜふきわたるあまのはしだて
廿九ばんたんごのまつのを守
そのかみはいくよへぬらんたよりをば
ちとせをこゝにまつのをのてら
卅ばんあふみのちくぶしま
つきも日もなみまにうかふちくぶしま
ふねにたからをつむこゝちして
卅一ばん同ちやうめいじ
やちとせややなぎにながきいのちゆ
はこふあゆみのかざしなるらん
卅二ばん同くはんをんじ
あらたうとみちびきたまへくわんせんじ
とをきくによりはこふあゆみを
卅三ばんみのゝたにくみ寺
よをてらすほとけのちかひありければ
まだともしびもきへぬなりけり
よろづよのちかひをこゝにたのみをく
みづはこけよりいづるたにくみ
いまゝてはおやとたのみしおひつるを
ぬぎておさむるみのゝたにくみ
札打もん
なむたいじたいひのくはんせをん
ぼさつ。しゆくぢうざい五ざやくせう
めつじたひやうどうそくしんじやう
ぶつ○此もんをとなへ七五三とあつ也
江戸日本橋ゟいせ山田迄
江戸百廿六文
江戸百廿六文小門坂百廿六文
一リ廿九丁
しな川百四十七文
かけ川
百四十四文
二リ十六丁
城下
川さき百四十七文
ふくろけ九十文
かな川六十四文
見付三百六文
四リ八丁
程かや百三十九文
はま松百六十一文
二リ卅丁
とつか百十六文
まひ坂三百五十九文
一り海上
ふち沢二百十二文
あら井百三文
白すか八十七文
平つか四十四文
大いそ
二百五十九文
城ト
ふた川百十四文
四リ
吉田百五十四文
小田原六百卅一文
二リ半四丁
五井三十文
箱根五百七十二反五升三十文
二リ廿八丁
赤坂百卅八文
三しま九十五文
二リ九丁
百廿一文
ふじ川
沼津八十八文
り半
二百卅文
おかさき
はら百七十三文
三り六丁
三川様丁
ちかふ百六十里
吉原二百四文
二リ舟丁
二リ三十丁
かん原六十一文
由井二百十三文
なるみ
九十文
壱百五十四文
一り半六郎
みや
むしろ三百姓
一荷五十四文
同一同一統百卅文
おき津六十一文
此所よくはなは七リ船にて行
くわな百九十五文
ゑしり百五十六文
四日市百十二文
二町廿七丁
ぶぢう
まりこ二百四文
百十文
神戸六十四文
城下
白子六十四文
二百四文
上野七十二文
津七十六文
おかべ百十五文
一り廿九丁
藤元だ百六十四文
一くも津七十六文
松坂百五十六文
二リ八丁
小はた三十六文
しまま百六十文
山田みや川亭とし
かなや百五十一文
道法合百廿二里
る。
西国順礼道中記
いせみや川此かはら山田入口なり
これゟ外宮の入口まて三十町
外宮かぜのみやの左よりあまの
いはとへまいるなり坂九町あり
内宮一のとりゐまて五十町
内宮よりあさまへ坂六十丁
あさまより二見へ下り五十丁
二見より山田へ二リ半
山田ゟ田九へ五十丁
みや川舟わたし次。柳ゆためなるひろし
田丸ゟはら二り
町すくにゆけばはせ道たりくま
の道次にかのゝ松ばら
はらゟ大かぜへ一リ半
此所ゟ右はかうやごへ左りやき山ごへ別れ道
おゝかせゟとぢ原へ一り半
とち原ゟあほへ一り半
あほゟみせへ一リ
みせゟのしりへ一り
みせ川船渡し次にみせ坂
のしりよ
たきの原大明神の社長者野はふか坂
あそよりかしはのへ一り
一川あり大水には左りへ廻る
かしはのよりさきへ半り
川あり二ツ有大水には右とたりへ廻る
さきより
川あり大水には右へ廻る
こまゟまゆみへ一
川あり大水には左りへ廻る
まゆみゟ長しまへ二り
みやのまへに川あり梅か谷此
所とまり有小坂ありいせきい
とのさかい次に二かう村川有海へ
ちかししほときには川上わたる
大水には舟わたし
長しまゟ三うらへ二リ
町家也日よりよき時は木のえへ
十六り舟にのる半り行は坂有
□□□□□□□
次にとうせ村同坂
三うらゟ
はしかみ坂あり
三うらゟむませへ一り
むませゟこのえへ一り半
川有上里中里舟津村
このえゟおわしへ一リ半
町家也次に川三ツ有右へ少し廻れば
一せ也あらき川なり大水船わたし
次にまこせ坂上下二りいわ山にて
なんしよなり
おはしよりみきへ三り
町家也次に川二つ有大水には舟渡シ
次にやき山五十丁峠は八鬼正日
りんし下リ卅八丁
みきゟそねへ二り
此所ゟそねへ一り内海を舟に
のか廻れは二りのなん所
そねゟ小き嶋一り八丁
そね太郎坂そね太郎坂有
にき島よりあたしかへ一り
あい川有次に大かめ坂有
あたしかゟはだすへ一り
坂有とうけにほうしの松あり
此間に坂あり
はだすゟ大とまり二り
大とまりよりきのえへ半り
田村丸こん立の堂次に川坂有
きのえよりありまへ半り
町家也鬼か城といに大岩あり
ありまよりあたわへ二リ半
村すきて右は本宮左りはしん宮
わかれ道有次に川二ツ有大水には右へ
通り此所を親しらす子しらずといふ
次は松ばら
あたわゟしんぐうへ二リ
あしき川有大水船わたし次にいた
村中川村同川有舟ちん壱人
まへ廿五文ヅヽ
しんぐうゟみはさきへ一り
此所町家多し御城あり
本社薬師如来辰巳向わき立十二
社ごんけん町中ゟ石たん三丁半のぼる
かんのくらりうさうごんげんわき平
つくはんおんあいせん其外参り所にし
しんぐうゟ半里行はひろつ村みたがいの浜
みはさきようくひへ一り
なぎさすゞ嶋べんさい天の社次きの
村なちぐろといふごいし出るはま有
次二ゐのあませきたう太夫の松
きつね嶋いなり社あり
うくひよりはまの宮五十丁
小ぐしとうげ大ぐしとうげ
はまのみやゟなち山へ五十丁
はまの宮明神社本堂千しゆ
くはんおんなり此寺をふたらくしと
申す左りにかな山見ゆるなち山へ
入て三国一のたき有二王門より
八丁行也くわんおん堂は下馬ゟ十八丁
妙法山へ廿五丁なん所なり
一番紀の国なちさん
堂は五間四めんたつみむきた
きゟしゆつげんの仏也本尊
によゐりんくはん音長一尺二寸
○きみ寺へ三十八リ半
なち山ゟこくちへ四り
大くもとり坂どう切坂有
こぐちうけ川三り
小ぐち川有次に小くもとり坂
うけ川ゟ本ぐうへ半り
町家也おとなし川わたる
本社あみだによらいわき立十
二社ごんげんたつみ向門ゟ東に弁
さい天門の左右に大こく没行者こう
ほう大しの御さくなり
おくのぬんぢしゆ権化がおとなしの天神
いづみしきぶの石塔しら川法皇の石塔
此間参り所きうせきたし此所ゟかうやごへ
はてなしの事はへつにしるす又ゆのみねへ
のぞみなき人は本ぐうゟ三リ行てゆるは
村にて出合なり
本ぐうゟゆのみね廿五丁
此所にやくしほうべんのゆ有西は男
ゆ東とめゆ中は女ゆゆせん一人に
三文ツゝゆつぼゟ北の方にゆの花に
てしせんのやくし如来あり
ゆのみねゟゆかはへ二リ半
めうと坂上下壱り
ゆかはゟのなかへ二り
のなかゟちかつゐへ廿九丁
大坂峠次川有次に十丈峠上り下り二リ次に十丈村
ちかつゐゟたか原へ二り十丁
川あり舟わたしなり
たか原ゟしばへ半り
しほ見峠ひろの坂次川有
しばゟ中みすへ二リ半
小川二つあり
中みすゟたなへへ一り半
此所町家多し御城有町過に潰に
うしがはなといふ穴有
たなべゟみなへ二リ
みなべとうげかたくらとうげ次に
いわしろむすひの松次ぎりべ川舟わたし
みなべゟきりべ二り
王仁ごんげんのやしろ有
きりへより
上の村のしま村次にしほや峠十
三塚さしやきのはし日高川舟渡シ川
一越てすぐに行道成寺へ参るべし
本尊十一めんくはんおんつりがねの
跡有むかし女の大じやになりしは此寺
なり是より相とく山をこへはらた
にへいづるなり
いなみゟ小松原へ三リ
ひだりににう山見ゆる
小松原ゟはら谷へ二り
しゝかせ坂上下五十丁
はら谷ゟいせきへ二リ
川有ひろのへ行道あり
いせきゟゆあさへ一り
ぼうすとうげいどがとうげにはるとき
の寺有ひばり山中将姫のこせき次
ありた川
ゆあさゟ宮ばらへ一り半
かぶら坂にこうぼう大し岩につめ
にてほり給ふ仏あり坂上下五十丁
宮はらゟかも谷へ一り半
ふぢしろとうげ地蔵堂有少下り
てかなおか筆すて松同すゞり其外
きうせきたし次にごんけんの社東の方
にかめゐすゞ木のやしきしそん今に有
かも谷ゟ藤しろへ一リ
名方村ひかたくろゐ村
藤しろゟきみゐ寺へ一リ半
此所ゟわかの名所見ゆる
二
きのくに
二番きみゐてら
堂は九間四めん南むき願主
いくう上人御たけ壱尺二寸
こかは両へ八りすく行は六[リ]半
此所ゟわかのうらいもせ山まで舟に
のるめい所多し
玉津島明神布引の松
東照大権現しほかま
和歌天満宮かたをなみ
其外参り所多くふうけいよし
きみゐ寺ゟわか山へエリ
此所町家多し御城有
わか山ゟ八けんやへ一り
右にわさ山みゆるきの川舟わたし
八けんやゟいわで二リ半
ねごろ山みゆる此所ゟ一り
いわでゟこかはへ二り半
天
4
三番
此所町家なり
きの国に
粉川寺
第一
二十一
堂は十五間に十三間南向願
主大友くじと九重まむし出る
槙尾へすぐ道六りかうやどへ十三り
粉川ゟかうやごへ
町家也町中迄もどる次にかうや辻
此所ゟ左りまきのを右かうやわか
れ道有次にきの川舟わたし
粉川ゟおふづへ一り
とうげ廿八丁次にしが村
おふづゟ花坂へ四り
けさかけ石ねぢいわ七いろ木
おし上いしかゞみ石かどいし
花坂ゟ大門へ五十丁
高野山金剛峯寺
本朝のぼたい所三国一のれいじやう也
高野二社大明神大塔はたい
ざうかいの大日西塔はこんがうかい
大日御ゑい堂三この松くはん
でう堂六じのかね一の橋玉川
の水ごま堂おくのいんは大しにう
ぢやうの所なり参り所坊舎きう
せきたし女人けつかい清浄のれい地也
大門ゟ女人堂
ふどう坂ふどう堂四寸岩
女人堂ゟかみやへ五十丁
此所右京道左りまきのをへわかれ道
かみやゟじそんゐん二二
此所大師の御母みろく丼といわひ
まつらせ給ふ次にきの川舟渡次なくら村
じそんいんゟ大はたへ二り
大はたゟまきのをヘ二リ
此間かうやまきのを
粉川ゟすぐ道
わかれ道次になで川
粉川ゟなで二り
あなしふじ村四十八せ川をのぼる
なてゟひろ口へ二り
しづかまつしづか御ぜんたんじやう所
ひろ口ゟたいらへ一り
大くぼとうげ三国のさかい
たいらゟまきのを二り
四番いつみの槙のをてら
堂は五間に七間南向かう法
大し御さく此所寺中
とまりよし
○ふぢゐでらへすぐ道七り
大坂へ廻り道十三リ
まきのを守ゟよこ山へ五十丁
よこ山ゟ山田へ三り
上野か原といふひろ野有
山田ゟさかいへ一り半
此所はいづみかはちの国さかい町ひろし
次にあん立町住吉四社大明神参所多し
さかいゟ大坂へ三り
御城下町ひろし参り所見物所芝居留
大坂ゟ天王寺へ一り
此所しやうとく太子かいきせ堂がらん
ぶつほうさいしよの寺也参り所名所多
天王寺ゟひらのへ一り
此所しやうとく太子かいき七堂が
らんぶつほうさいしよの寺也参り
所名所多し
ひらのよふぢゐてらへ三り
此所町家なり次に大ぼり川なへ大
和川かりはし有次に小山村
すぐ道
槙のをよりあまのへ二り
あまの山金剛寺本尊丈六の
ぎやうぎぼさつ
大日如来かいき
かうぼう大し
あまのよりさやまへ二リ半
北条美濃守城下名高き大地有
さやまゟふぢゐてうへり半
かはちの
五番かはちの藤井寺
堂は五間四めん南向願主
あほうしんわう仏師
かすか作つほさるへ七り
藤井寺ゟ上の太子へ一リ半
次にこん田八まんの社次にふる市
川有船渡ししやうとく太子御べう
所次に山田次に竹の内とうけのぼり
坂左りはたへまいわやごへ竹の内
右へのほるなり
上の太子ゟ竹の内へ一り半
とうげは河内大和のさかい也いわやごへ別道
たへま寺へ参るべし新庄出るこんかうにみゆる
竹の内ゟ御所へ二り
楠正成城跡あり
御所ゟ土佐へ一り半
此所町家多し御城有吉野へ三り
土佐ゟつぼさかへ半り
六番やまとのつほさる寺
且
堂は八間四めんたりみ向どう
き上人のかいきつぼの内ゟ
出現の御仏なり
つほさるをくのゐん五百らかん大まんたち
大岩にほり付有大師御作なり
七番やまとのおかてら
堂は五けん四めん南むき
丈六の土仏こうぼう大師御作
はせ寺へすぐ道三り
たふのみねざへ四り半
おかてらゟたふのみね五十丁
のぼり坂也そうが上人はか有大しやう
くはんの御社十三重の塔有参り所内
下り坂右ははせたりはさくらゐへの別道
たふのみねゟはせでらへ三り
おかでらゟあべへ一り
あべの文珠ゟはせへ一り半
次にさくらゐ次にじをんじむら
はせゟじをんじ迄もどる
八番やまとのはせてら
堂は七間四めん南向とくたう
上人かいき御たけ二丈六尺
かすかの作なんゑんだうは七り
はせ寺ゟ三わへ二リ
まへにはせ川有町家也三わ大明神
はいでん斗にて御本社なし山を
本社とおがむ
みわゟ
みわゟ柳本へ一り
柳本ゟたんは市二一
五六丁上にかまの口参り所有
たんば市よりおびときへ二り
くはうめう山有はら寺古跡
おびときゟならへ一り
ぢざう堂有藤原村ふるの御やしろ有
ならさるさはの地采女の宮有
屋
幸
九番ならのなんゑんだう
堂は八角ほうぎやう作り願主
さがの天王御たけ一丈六尺
みむろだうへ七り
かすが大明神の社わか宮東大寺大仏
こうぶくじ諸堂参り所名所古跡多し
ならゟ
木津へ一リ半
木津ゟひらをへ一り
ひらをゟ玉水へ一り
玉水ゟ長いけへ一り半
長いけゟうちへ二り
びやうどうゐん扇の芝朝日山うき嶋
天
天
うぢ橋名所多しみむろへ十一丁
台
十番やましろうぢのみむろど
堂は八間四めん南向りうもう
一人かいき御たけ一尺二寸
かみのたいこん二り
次にわうばく山万ぶくし此所ゟ女久重行道有
みむろどゟ六地蔵へ一り
六地蔵ゟ下のだいこへ一り
一こんしくはんおん堂有
此所がらん参り所多し
下のだいこゟ上のだいこへ一り
十一番やましろ上の醍醐寺
堂は五間四めん南向りけん
大師かいき御たけ八尺
一
いわまゆへ五十丁
三日
十二番あふみのいわま寺
堂は三間六間南向たいてう
大し守り本尊也御たけ四寸乗
いし山寺五十丁
其
一三四
四日
十三番あふみの石山てら
堂は八間四面南向願主
しやうむ天王御たけ一丈六尺
三井寺へ二り
せたの長はしあはづかはら田の中
にかねひらの石塔あり
石山ゟ膳所へ廿三丁
膳所ゟ大津べ一り半
義仲寺あり
竹生嶋舟きらいの人は石山ゟ長
一命寺へ参り元の道へ戻りて十里の
舟路をのらぬなり
石山ゟ草津へ二り
草津ゟもり山へ一り
もり山ゟかゞみへ二り
かゞみゟ
かゞみゟむさへ一り半
むさゟ
くわん音雨一り
□□
観音寺ゟ
観音寺ゟ常らく寺二一
ける寺ゟ常
常らく寺ゟ長命寺へ一リ
此間入海舟にのる
長命寺ゟ八まんへ半り
八まんゟむさへ二り
むさゟ矢橋へ六り
矢橋ゟ大津渡シ五十丁
大津舟渡しにてよしせたは廻れは三里迄
十四番あふみの国大津の三井寺
此間をこせきこへといふ此間に山田
堂有四の宮川原千ぜんじ山しなの里
堂は十間四めん東向願主
ちしやう大師御長五尺二寸
いまくまのへ三り半
十五番
十五番京いまくまの
堂は四間四めん南向弘法
大師の御さく御長一尺五寸
きよ水へ三十丁
十六番京きよみづ寺
堂は十七間四めん南向田村丸
守りほんぞん御たけ八尺
六はら寺へ八丁
十七番
同六はらみつ寺
堂は八間四めん東向願主
くうや上人御たけ一等
六かくたうへ十六丁
十八番
同六かくだう
一堂は六かくみなみむき御
たけ壱寸八ぶ
せうとく太子のかいきてうほうし
みといふ其後くはんむ天王の時六かくなとなづく
かうだうへ十二丁
京のかうだう
八尺のせんじゆくはんおん
堂は西むき五間四めん
きやうゑん上人かいき
ひゑい山は三りくらまへ三り
禁恵様東西本願寺
あたごごへそうぢじへさか道
かうだうゟあたごへ三り
さがしやか堂きよたき火打ごんげん
上り坂五十丁あたゞ山大ごんけん
あたごゟかめ山へ二リ半
かめ山ゟあなふゟ二十丁
あなふよしみねへ四り半
よしみねゟやわたへ二り半
物をのくはうめうじ山さきたから寺
やわたゟそうぢしへ三り
八まん宮参り所へしかくのことくさかに打也
かうだうよしみねへすぐ道
かうだうゟ東寺へ一り
かうぼう大師のかいきしんごんの大寺
東寺ゟむかふの明神へ一リ半
むかふの明神ゟよしみねへ一リ十丁
道法三り十丁
廿番やましろよしみね寺
堂は五間に七間東向源算
上人のかいき御たけ八尺
あなう寺へ四り半
次に野たの藤花の寺あをのくはうめうし
此あたりめいしよ多し
よしみねゟ中のはたへ二り
中のはたゟあなうへ二リ半
次にそとのはた此所ゟたんば也
天
に
廿一番たんばのあなうし
堂は四間四めん南むき
アウスト
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
かんせいの御さく
御たけ三尺
あなうしようぢじへ六り
あなうゟかまくらへ二り
かまくらよくに見へ二リ半
くに見ゟそうぢじへ一り半
天
□□□□□□
廿二番津の国のそうぢ寺
堂は五間四めん南向願主
山かけ中なこん御たけ三尺
かちを馬へ二り半
そうぢ寺ゟこほり山へ一り
町家也川のしゆくかはらといふ此所ゟ大坂四日半
〽こうり上ゟかちを寺へ一り半
し
十二日
廿三番津のくにかちを守
中山寺へ三リ十丁
堂は七間四めん南向めう
くはんふつしのさく
中山寺へ三り十丁
かちを寺ゟみのをへ一り
へんさい天の社并にたきあり
みのをよりいけ田へ一り
町家也次ニいな川山中村中山へ一[丁]丁
真
二日
廿四番津のくに中山寺
堂は七間に五間たつみむき
しやうとく太子御さく
御たけ五尺五寸
中山ゟひやうごごへ逆道
中山ゟ西のみやへ三り
西のみやゟかた町へ一り半
ゑひすの社ゑんふくじ
かた町ゟかはら町へ一り
いはらすみよしあり
かはら町ゟまやへ一り
まやゟひやうごへ一リ半
くはんおんへ一りのより也布引のたき
生田の森同明神湊川楠正成塚有
ひやうごゟすまへ一り
町家也つき嶋らいかうじ
すまゟたるみ三り半
●すま寺あをは笛次にへの谷てつかいかな
かねかけ松城跡有あつもりの石塔有
たるみゟあかしへ二り
大くら谷人丸の社有たゞのりの石塔有
あかしゟ大くぼへ一リ半
城下町ひろし次にかにか坂
大くほゟのぐちへ三り
長いけ有
のぐちより
万田ゟおのゑは十八丁
くわくりんじ七堂がらん
おのゑゟ石のほうでん半り
〽おのゑのかね住吉明神ぎをんの社
高砂相生の松あり次にかこ川船渡し
石のほう殿ゟ曽根へ一り
三間四方棟四間おゝしこ大明神
そねゟひめぢへ二リ半
天神の社そねの松名木なり
ひめぢゟしよしや寺二り
廿七番しよしや寺
しよしや寺ゟ長嶋へ一り半
長嶋ゟせうへ一り
せうゟすかのへ半り
すかのよかのまへ一り
大かまゟ法花寺へ一り
廿六番法花寺
法花寺ゟはん上へ二リ
川あり次に青野有
はん上ゟのむら五十丁
さうのやしろあり
のむらゟむませヘ二リ半
むませゟかもへ一り
かもゟ清水寺へ一り
廿五番清水寺
清水ゟ市原へ一り
市原ゟ古市二リ
古市ゟおいれは三り
おいれゟこくりやうへ一リ
こくりやうゟふくち山へ四リ半
ふくち山ゟかうもり三り
城下此所ゟ三リ川船にのる
かうもりゟ内宮へ一り
内宮ゟ中の茶や一り半
中の茶やゟかんどうか茶や一り
かんとうる茶やゟみや津へ一リ半
ふこうとうけあり
みや津ゟなりあいへ二り
中山ゟなりあいまですぐ道
中山ゟなじほへ二り
なじほゟ道上かはらへ二り
なませ川わたし
道上がはらゟ三田へ半り
三田ゟふく嶋へ一り
ふく嶋ゟあいのへ一り半
あいのゟ立くいへ一り
立くいゟ清水寺へ五十分
吉太
廿五番はりま清水寺
堂は九間四めん面向しやう
とく太子こん立御たけ五尺
二寸ほつけ山へはり
清水寺ゟかも川へ一り
金
かも川ゟむませへ一り
むませゟそうのやしろ二り
そうの社ゟのむらへ半り
佐保明神有
のむらゟはんしやう五十丁
青野有
はんしやうゟ笠原へ一り半
嘉天
笠原ゟぼづけ寺へ一り
天
廿六番はりまほつけ寺
堂九間四めん南向ほうたう
仙人かいき御たけ一丈二尺
しよしや山へ八り
ほつけ寺ゟそねへ三り半
とつろ峠うをのはし
そねゟひめぢへ二り半
天神同松
ひめちゟしよしや寺へ一リ十八丁
みたち川有坂本村
大
4
廿七番はりましよしや寺
堂十一間四めん南向しやうくう
上人かいき御たけ壱丈六尺
なりあいへ廿七り
しよしや寺ゟおしほへ一り
おしほゟ前へ二り
前庄ゟ板さるへ一り
板さかゟやかたへ一り半
市川といふ大川有
やかたゟあはがへ一り
あはかよりおひやけ二二
おひやけゟまゆみへ一り
町家なり川二ツあり
まゆみゟもつか池へ二り
此間川二ツあり
もつか池ゟ山口へ二リ
此所はりまたじま国ざかい
山口ゟものゝ辺一り
ものゝ邊ゟたけ田へ一り
此間川あり
たけ田ゟやなせへ一り
一町家なり次に川あり
やなせゟかつかへ二り
やくのといふ野有
かづかよくばた二リ半
三
くばたゟ仏谷へ一り
此間にくも原といふ坂有天江山見ゆる
仏谷ゟかやへ二リ
かやゟ
かやゟ小まつ三り
小まつゟなりあいへ十八丁
日よりよき時は松のを人舟にのる
廿八番たんこの国
廿八番たんこの国
成相寺
堂は五間四めん南向しんぐう
上人かいき御たけ一尺五寸
まつのをへ十二り半
きれとの文珠ゑいのわに口
たこのかうろあまのはし立ふう
けい見事也同はし立の明神
きれとの文珠ゟこ五津へ半り
宮津ゟくん田へ一り
くん田ゟゆらへ一リ半
七まがり八とうげいもじとうげ
ゆらゟ中山へ一り半
三庄太夫のつか有次に大川舟渡
中山ゟたなべ二リ
大舟とうげあり
たなべゟいちばへ二り半
いちばゟ松の尾へ二リ
廿九番たんこの国松の尾寺
堂は五間四面南向いくう
上人かいき
ちくぶ嶋へ十九り半
松の尾ゟ高はまへ二り
一たんご着さの境也町家有小浜舟有
高はまゟ本がうへ二り
一八百ひくのみや有
本かうゟおばまへ三り
御城下町家ひろし
四
おばまゟおにうへ一り
おとなし川次に川あり
おにうゟひかさへ一り
ひかさゟくま川へ二り
町家也是ゟあふみぢ也
くま川ゟ山中二り
御ばん所あり次に川有
山中ゟほう坂へ一り
川の手前にころ今津の別道有
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ほう坂ゟうみへ一り
いしだ川下にこはし有
うみゟ今津へ二り
今津ゟ舟にのか竹生嶋へ三り
あふみの国□ぶしき鳥
あふみの□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
卅番
竹生嶋
堂は五間四めん南向きやうぎ
の御さく宝物壱人八文ヅゝ
長めいじへ十り舟にのる
おくのゐん毎才天ほう物いろ〳〵有
長命寺へ参り候人は
天
金
卅一番
竹生嶋ゟ長浜へ二リ
長はまよりまへはらへ二リ半
まへはらゟ鳥本へ一り
一是ゟ中仙道木曽海道なり
あふみの国
卅一番あふみの国長命寺
堂は七間四めん南向
太子の御さく
くはんおんじ三り半
長命寺ゟ八まんへ一り半
町家也八まんの社有観音寺へ二り
法
卅二番
あふみの国
観音寺
堂は五間四面南むき
太子の御作御たけ三尺
谷ぐみへ十九り
観音寺ゟゑち川へ一り半
宿の西川有あいち川といふ
ゑち川ゟ高みやへ二り
此所ゟたが明神へ一り
高みやゟ鳥本へ一り半
昔はたがの鳥井此所に有
とり本ゟばんばへ一り半
すりはりとうげもちめんるい茶や有
ばんばゟさめがゐへ一り
やまとだけのみことこしかけ石
足をひやし給ふ名水あり
さめがゐゟかしは原へ一リ半
かしは原ゟいますへ一り
みのとあふみのね物がたり次に
山中村ときわ御前石塔
いますよりせきか原へ一り
町中北の方に八まん社有わかさ
ゑちせんへの道有
せきが原ゟ
あをのが原長はん物見の松有
たる井ゟあか坂へ一り半
くせ川舟わたし
あか坂ゟしら石へ三リ
しら石ゟ坂の下へ半り
さかの下ゟ若くみへ一り半
ねんふつ池はし有
台丸
卅三番みのゝ国谷汲寺
卅三番
一堂は五間四めん南向もん
じゆの御さく御たけ七尺
なち山ゟ谷くみまて
横道共合二百五十里
たにくみゟ白石へもとりくわなへ十四り
下り舟にのるおわり行ばつしまへのりてよし
くわなよりかんへ五り
かんべり白子へ一り半
白子ゟうへのへ一り半
うへのより
津ゟ松坂ヘ四リ
松ざるゟ山田へ四り
谷ぐみゟ木曽海道
きふへ五郎がなう百七十文
うぬま九十四文太田九十四文
伏見四十二文みたけ百四十文
細久手七十一文大久手百八十四文
大井百十一文中津五十五文
おち合五十五文まこめ百一文
つまこ八十三文見廻の百廿七文
のじり九十六文すはら百五十一文
上ケ松百四十文ふく嶋七十七文
宮の越八十三文やふ原七十七文
ならい七十三文小ゑ川九十四文
もゝ山三十一文せば七十三文
しほ尻百六疋下すは三百五十文
和田八十四文長久ほ六十文
あし田四十七文もち月三十四文
八はた三十文しほなき五十二文
岩村田四十七文小田井四十九文
○おびわけ四十二文久つかけ四十四文
かるい沢百八十文坂本百七文
松井田九十四文安中三十四文
板はな七十六文高さき五十五文
くらかの六十文新宿
新宿ゟ七十八文本庄百十一文
ふりや百十二文くまがへ百六十八文
かうのす七十一文おけ川卅七文
上尾七十八文大みや五十一文
うらわ五十文わらひ八十九文
板ばし九十四文江戸
道法合百九里二十四丁
木曽海道善光寺道
ヱせは
江はら
一川半
村井
一リ十二丁
松本
おかた
がりや原
ゑた
青柳
一リ十一丁
おみ
いなり
三リ
丹波嶋
善光寺
たんで嶋
やしろ
とくら
坂木
高野ゟ大たきは一リ
五十六文
四十九文
七十二文
五十三文
百文
大たきゟ大また三リ
川上にしやのすむたき有
たいら辻いゑあり
大またゟ上にしへ一リ半
五十九文
おはことうげ大しのすて
玉ふはし大木となりし所有
百五十六文
五十九文
上にしゟ水か本半り
水か本ゟまちたいし家に
百六十五文
大しのふうじ給ふ水有
百廿文
五十四文
五十四文
まちたいらゟやくらへ三り
是ゟ東とつ川五十本やり
とてしよやく御めん所有
百廿六文
六十五文
やくらゟやない本二リ半
川有船渡し左の方され
もりの寺あり
六十五文
やない本ゟ七いろたり
上田
海野
にもろ
追分
一百廿六文一はてなしとうげ上下ふり
七十八文
七いろゟ本ぐうへ一リ半
百廿文
百四十文には此所まあとへわけず
本ぐうゟかうや山へこをる
一道のり十八り
いせ山田よりあをさへ
いせ山田ゟまつざかへ四リ八丁
まつさかゟ六けんへ一り
六げんゟはたへ二リ
はたゟおやまとへ二ッ半
おやまとゟがいとへ一り半
かいとよりいせちへ三り
いせちよりあをへ一り
あをゟなはりへ三り
はいばらへ四り
なはりゟはいばらへ四り
はいはらゟはせへ一り半
はせゟ
みわへ二り
みわゟ
ならへ五り
安永七戊戌年再板
勢州山田藤原長兵衛
書林
京都寺町菊屋喜兵衛