梨本集

creator
戸田茂睡
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場所: 江戸
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戸田茂睡
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日本語
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平野屋吉兵衞
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ナシノモトシュウ
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東北大学
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2026-08-28T18:53:25.651810+00:00
百廿七 元年廿一日 梨のもと集全 ウ に 冊 〇〇 東大地域 岡野信助 梨本集序 ▽▽井米作師副会ヲ いふ金の司を。三の 歌は。大和こと葉なれは。人のいふといふ程の詞を。哥に □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 読すといふ事なし。万葉集集をみるに。今の歌の 難に。俗語といふ詞。いか程もあり いひはめと。うまくもあらず。ありけとも。やすくもあら す。あかねさす。きみかこゝろし。わすれかねつも 此哥は。佐為王と申たるに。めしつかはるゝ女の。宮仕に ひまなくて。男に逢事ならす。朝夕恋しく思ひ たるか。寝るとき思ひあまりて此歌をよみ。高都に 吟したる也飯喰とはめしをくへともなり。うまくも あらすは。あちはひもしらぬ也。ありけともやすくも あらすとは。たちはたらき。みやつかひすれとも。思ふ心の やすむ事なきとなり。あかといふは。吾と云事也日本 武尊の。我妻と宣ひしを。今あつまといふに同し事 なり。ねさすとは。心根にふかくさしこめて思ふといふ事 也。君といふは。おつとをいふ也。女の心にふかくねさし こめて。思ふ男の心をわすれかぬるゆへめし。をくへとも うまからす。ありきてもこゝろのやすまらぬといふ 哥也。又 君かゆく道の長手をくりたしねやきほろほさん雨の 此歌は中臣宅守といふ人越前国へ流罪の時。その妻 わかれを悲しみて読し哥也。越前国は遠国なるゆへと 火もかな そのなかき道を。繰たゝみよせて。やきうしなひたき 程に。火の雨もあれかしと。ねかひたる哥也。長手といふ。手 文字は。附字なり。行手横手なといふ同し事也。くり たゝねは。くりよせたゝむなり。む文字を。ねといふは。是か万 葉の文字つかひにて。相通反といひて。むつかしきなら ひあり。ひの雨といふは。氷をふらす雨にて。火の雨にて はなけれとも。思ひに身をやき。こひにこかるゝといふ も。みな。ひの字を。火にもちゐていふ事なり。かやうの 詞万葉に多し。就中長哥には平懐なる詞。今どうけ にいふやうなる詞多し。古今集の比より万葉集集 よみたる詞の中にても。いづくの恋ぞ。つかみかゝれる。 こゝたくまてと。君かきまさぬ。なとやうの詞を不用。其 比さのみ人のつかはぬ。本名。たけそかのたぐひ又こは こはしくて聞くるし身詞を読さりしゆへ。是より 詞の善悪の出来たる事なり。本来の一物に善悪 邪正はなけれとも。陰陽とわかれ。清濁軽重天地と なりては。善悪勝劣ある道理なり。然去人の心まち まちになり。好む事を是といひ。好まぬ事を非と いふよりして。誠の善悪は脇になりて。私の好悪の 沙汰になりしより。僻言おほく出来てそれより すゑ〳〵には。先達の僻言を。道の格式として。 ます〳〵僻言を取立しより。我意地ましに利口を たてよろしからさる例をひき。あるましき延慮を いひて。広きおほんめくみ。賤の男賤の女まても 此道におもむかんに。何のさはりもなくひろ〳〵と通り。 正木のかつちなかくつたはり。ちかくは人の心をなく さめ。うれへをわすれ。遠くは我をとゝのへ◦国を ぢさむる。中たちとおほしめして撰集をも被仰 付たる事なるに。何れの比よりか。歌の詞に制と いふ事を書出し。五てんの詞。主ある詞。よむましき 詞。正慮すべき詞。俊成の好みよむへからす意 ひし詞。定家卿の不広幾と宣ひし詞。にくしと いふ詞。いとしからすといふ詞。といひて詞に多関を すへて。人のおもむきかたきやうに。道をせまく する事は以之外の邪道。歌の零廃すへき端 かと思へとも。哥の道不案内なるに能師もなけれ はか様に人の。おもむきくるしく。関におさへられ て通りにくくたま〳〵心指のあるものも。中かへり するやうなる事にて。道のたゝしく。ひろくおこ なはるゝわけもしらねは。おぼつかなさに此一冊を 思ひ立て。不審を書しるすものなり 哥合は箭より有て勝負の事もありしなり 一天徳歌合の哥○ 判してその詞を書付るは天徳の歌合より初る 白州の雪ふりやまぬ梅かへに今そ鶯はるとなくなり 判に云鶯の春となく枕とことなりとて負に定む 実を用て 壺をふ用 く 高陽院哥合の歌 雲風は吹ともちるな桜花花のこゝろを我になしつゝ 実を用て心方 判に云花に心屋侍らんとて負に定む 如此に 虚を用す也 判には。いへれとも鴬の春となくと云も哥の余情なり 物おもふと月日の行もしらさりつ雁こそ鳴て秋をつけ と読。もろこしへは雲無心にしてといへる。雲小さへこゝろを つけ。物いはぬ都鳥に。いさことゝはんといふも。みな哥の 余情なれは。くるしからすといふ事に定りて。いよ〳〵。ひろく 。いかなる人も入よきやうになりたるに。末の代になり。様〳〵 の剤の出来たるは。かくは有間鋪事のやうに思はれ侍る 惣しての事。六条家の説をは。二条家よりいひやぶ りて不用。二条家をは冷泉家より。そしり。其後に は。為世卿の門弟。為兼卿の門弟。為相卿の門弟。我の 家々をたてんとて。他をそしり。我いぢましに利口を たつるより。色々の僻言の出来たり。または其師匠の 物語に。たとへは。ほの〳〵といふ五文字は。人丸の名哥の 五文字なり。然は心得して読候へなとゝいはれたるを。その 弟子覚え書にして置。又は師匠のほの〳〵といふ五文 字は。我哥の五文字にむたと置へからす。心得して よむへしと宣ひつるなとゝ。物語にしたるを。そのわけをは しらす。よむへからさる五文字と制せられし五文字 也といひ〳〵つたへて。今は読ぬ事になり我はまれり つゝ留りの事を法度なりといふはたとへは其家の 仕置に。酒をのむべからすと法度に立。ものみ見物仕 間鋪とある事と同し。此法度なけれは。酒を過し 遊興にはかりかゝりて。作法のあしくなるゆへなり。筒兼 の法度も此のゆへと聞えたるに。そのわけをは。しらす。 正月又は五節供にも。祝言珍客にも。酒は家の法度 とて出さす。正月の万歳伊勢の大かぐらの太鼓う ちをも見るなと。制することくに簡留をもいふは。僻 言とおもへとも。是非なし剰さへ此上に。この哥の道は 先人の法をあかめ。式目をかたく守り。たとへ僻言と おもふ事をも。少にてもあらためす。その掟。その詞に そむかさるを。道の要とす。足腕をたゞしく。道を 重むする所也。其子細は古今集第十二恋の部 小野小町か。夢三首の哥の中に いとせめて恋しき時はうは玉の夜の衣をもしてそきる 此哥のいとせめての詞に。寂の字の事をいはす只切に 恋しき心也と釈するは古今集春下の哥 いさ楼われも散なん一盛りありなは人につ目みなん 此歌の一成廻りを顕昭の最盛也と注せられしを。定 家郷の密勘に。最の字を。いとゝ用たる事は。古今 集には不可有とかゝれたるゆへ客勘の詞を守りて 此いとせめての哥に。最の字の事はいはすこれ二条家 相伝のをしへにて。先人の詞を正に立て。道を守る事 なりといへり。いとの詞此小町の歌はかりにもあらす古今 集に いとはやもなきぬる雁か白露の色とる木ゝも紅葉あへなくに わすれ草程とらましを筆事のいとかくかたきものと知せは 此いとの期切に恋しき心なりといひてはいとゝ云詞の心 聞えかたし然は密勘に定家郷は何と了簡被成て。 番給ふ事にやと。不審に思ひ今板行に出たる。顕注 密勘をみるに。爰の字をいとゝ読事はことふりて侍 れと。花をいとさかりといひて。貫之朝臣の自筆に かゝん事末愚も用かたしと云云如此ありて最の字を いとゝ用たる事は古今集にはあるへからずと書れたる 詞なけれはみな僻言の作りことを書付たるにや。但 二條家の末になりて定家卿を人にもいよ〳〵用させ かりそめに書付をかれし事をも正義たゝしく。未世後学 の語にたてさせんと。廿一代集の哥なとをも書かへて 二條家之證本なりと人にもさつけ。伝写をもさせし かは。右之顕注密勘を板行さする時か。又は板行より 箭に右之詞を除て。伝写させし事にや 後宇多院の御いみ名を世仁と申奉りたるゆへ。 伊勢物語第二段の詞に。その人世人。にはまされりけりと あるへのゝ字を入て。世の人にはまされりけりと読する。 それよりして源氏物語に多クある。世人の詞に。みな陽 付ケに。のゝ字をして。よの人と読することなり。後宇 多院御在世にて。禁中なとにてよむ事ならは此 延慮もあるへきもにや。それも延慮過たるは。古今集 を読時に かきくらす心のやみにまとひにき夢現とは世人定よ の哥をはいかゝよむへきぞ是へものゝ字を入て。世の人 さためよとよむへきにやといへはかたはらにありし ひとのいひしは。その伊勢物語十段目に。その国に ある女をよはひけり。父はこと人にあはせんといひけるを。 母なん。あてなる人に心つけたりけるとあり。言仁といふは 安徳天皇の御いみ名なれとも。是を迎慮して。こと の人にあはせんといひけると。のゝ字を入てよむといふ 事を或はす。か様の事みな利口をたてゝ云出したる 事にて遠而僻言を云と人のそしりをうぐる事 なれとも。その比は大平記之乱逆の世にて。武家は不及 申公家衆も甲冑を帯し弓矢に身をなけう ち。いそかはしき時世なれは。書釈を聞は。きく まてにて。さのみせんきもなかりしにや。何の書物 にはみえはせねとも。かやうの僻言の世にひろまり しは。為世卿のわさなるへしや。為世卿は二条家の 嫡々。官は大納言にて。後醍醐天皇の第一第二の 皇子の御母は。為世卿の息女なれは其感甚つ よく。歌の道のことは。殊更相続の家なれはたとへ 僻言とおもふ人も。問口して。とかむる事なき見 世上心流布したるなるへし 梨本集第一 初五文字にをくへからすといふ詞 一ほの〳〵と ほのくと明石の笛の朝霧に嶋かくれ行舟をしそおもふ 柿本人麿の名哥也然は此五字私の歌には延慮と云 是も末の代の利口に云出たる事なるへし。法を将来に 垂るといふは。先人のよき事を末の代の人のまなぶこそ 道たるへし。釈迦の仰られし事を今の出家の学て いひ。周公孔子の詞にてこそ。儒法もおこなへ。哥の道も 先達の詞をかり。その心をまねてこそ。道には至るへし。 正慮せよといふはあるへき事もおもはれす。ほの いふ詞は。月やあらぬ。桜散なとゝいひたるとはちかひ。月にも 花にも。雲にもかすみにも。殊更にはるの曙。うみ山の 眺望に。色匂ひの言語にもなか〳〵しくいひ尽しかた きを。此ほのくといふ詞一つに。かねそなへたる事なれは 我等体の哥にも。五文字にほの〳〵といひたらは少は哥の やうにもなるへきものをとおもへとも。延慮といふ事あれ は。我もよまれす。人もゆるさぬゆへいよ〳〵歌あしく也て 首のぬしにさへならさるは。みな詞の副あるゆへなり。むか しかせかやうの延慮もなかりしにや。五文字にほの〳〵と 置たる三のおほし ほのくとあり明の月の月影に紅葉吹暮す山落の風源信明 梨本 ほのくと春こそ空にきにけらし天のかく山霞たなひく後飛院 ほのくとかよふ小船を立籠て霞によする淀の川浪慈鎮 ほのくと露の袖の紅にくゝるは白きわかの浦波日 ほのくと明石の浦を見渡は霧の紋間に沖つ白波後京極 ほのくと花は外山にあらはれて春に霞の時はなれ行日 ほのくと我住方は霧籠て芦屋の里に秋風そ吹定宿 ほのくとかすめる山の嶺続同し雉子の起そ恨る日 ほのくと明行山の桜花かつふりまさる雪かとそみる 衣笠 内大臣 ほのくと霞る山の篠目に月を残して帰る雁かね亀山院 ほの〳〵と明る外山の横雲に鳴てわかるゝ時鳥かな 妙光院 内大臣 ほのくと明る雲間のそのまゝに霞たな引春はきにけり 信太木林三つ合 一月やあらぬ 月やあらぬはかや昔の春ならぬ我身ひとつは本の身にし 在原葉平の名哥の五文字なれは私の哥には延慮と云 月やあらぬ昔屋誰もなかむらん花橘も本の身にして家隆 月やあらぬ花やあらぬと歎きて忍ふ昔そ身に積りぬる 後村 上天皇 一さくら散 一紅木の下風はさむからて空にしられぬ雪そふりかる 紀貫之の名哥の五文字なれは右同前 桜ちる花の所は春なから雪そふりつゝ消かてにする 桜ちる隣にいとふはる風は花なき宿そ嬉しかりけり坂上兵衛 桜ちる水の面にはせきとむる花のしからみかくへかりける能目 し 桜ちるはるの山辺はうかりけり世をのかれにとこしかひもなく両度 法師 中納言 桜ちるはるの末にはなりにけりあまゝもしらぬ欲せしまに 恵慶 急輔 桜ちるはるの暮行物おもひも忘れぬへき山ふきの花俊成 桜ちる宿にたるあやめをは花あやめとやいふへかるらん西行 儀子 桜ちる山下水をせきかけて花になかるゝ小田の苗代 内親王 桜ちる外山の花の浮雲はともにあたなるはる風そ吹栄雅 桜ちる昨日のはるのとなりのみへたてぬ色か雪。まかせて後柏泉院 浅知の見る所如此し諸哥人の家集にいか程かあるへし わか恋は○八雲の御詞に。我恋はといひて。そのすゑに。 我の心とをらすとあり。是はわか恋はと云出して。下の句にて それ程のことをいひおほせかたきとの事也。制とある御詞は なし愚案世に哥をよく読といふひと今の世には おほくはあるまし身にや。器量なき哥よみは何詞何 事も。とくと云かなへ云とる事はかたかるへし。読かなゆる といふは名人秀逸のわさなるへし。折の名人秀逸の 人によむましき詞なといふおしへはあるましけれは此 おしへはみな哥よみ有人へのおしへなるへし然とも その五文字。その詞の中にても猶さらよみかなへかた き程によむへからすとのおしへにて創といふ名はなき 事必定なれとも。差出てよむへからすといふ事に なれは制といふになりたる也。就夫ても不審さに こゝに書付る家隆卿の歌に わか恋はまたすゑをらぬ箸鷹の夜さへやすくいやはねさす也 此哥鷹に木居といふをとりよせたるにや。上の句五文字計 にて恋の詞みえす。下の句よるさへやすくいやはねさする といふは恋の心なり。然とも花の散のみ夢にみえつゝといひ。旅 寝の床の月松の嵐波の音みないをやすくねられぬ といふ事にて。此哥さのみふかき心の籠りたる事と おほえされは。我恋はといひて。それ程の事のいひかな ゆる事かたしと制すへきことともおもはれす。世に 名高き。定家郷より家隆卿の歌は猶すくれて 人丸の原誕かといふ人の哥なれは。我等なとの耳には ふりき心のあるをも聞しらさるゆへなるへし 一あはれなり○八雲御抄にあはれなりといひて其 すゑにつや〳〵あはれなる事なき哥おほしとあり 慈鎮の哥に あはれなり山田の賎は苗代の水にのみこそ心引らめ 愚案此哥山田の賤か水を心にかけてひくは其身の 所作にして常の事也我ゝれをさしてあはれなりといへば 此五文字の末の詞にいひとられぬと云程の事とはおもはれ す。是をも山田の賤ははるから辛労して。さむさ。あつ さをもいとはす田を植。田を苅も妻子をはこくまん心 さし一つにて。我の鞭難をもおもはす。稲をこき。うす にて挽て米にして俵に入ても我蔵には納めす地頭 の方へ附届くる。四季の農業をおもひやられ。いく はくのあはれを籠たるといひ。またまへの我恋はと いへる歌もおもふ人の事をかたときも忘るゝことなく あこかれくらし心をなやませはせめてぬる夜は思ひ おこたりて心をもやすむへきに。とやかくおもふおもひに 目をたにあはせす心しつかに夢をさへ見さるは誠に 切なる恋なりなとゝ此方より様々無量の心をつけん には。此五文字に不限何事も。みないへはいはるゝ事なるへし よく云かなゆると云は我の品々の多キ事を○仮名卅一字 にてはいひつくすへきやうなけれは手余葉一つを 以其心をふくめ五句の続にて詞にみえすいはぬ心の それとしらるゝやうによむ事こそ上手の葉にて不堪 のものゝおよひかたき事なるへきに。何のふかき事も なき詞に制をたつる事。さら〳〵心得かたし但慈慧 和尚の歌は稜群の風体にて不堪のものゝ似するともお よひかたしといへは此山田の賤の哥に感清のふかき所 ありて人のよみ難介あはれなりといふ五文字にいひかなへら れたる哥なるもしらす大ていはあはれなりといふ。父字 とても感清にたへ兼てなみたを流す程の心ならても あはれなりと心つきたるおもむきをさへいひのへたらん には。へつの事はなく。すゑにそれ程のことをいひとり かたきといふは僻言なるへき屋。我恋はといふ五文字も同也 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 事なるへしや。八雲御抄にかゝせられしことくあはれなり といひて。末にあはれなる事の少もなからんは誠に五千 のせんなき事なるへし。左様によまん歌読は哥を読 といふにはあるましきにや 一中〳〵に○承久の歌合。定家郷の判云中〳〵の五 文字末の句にかけあはすと文永の歌合。為家郷の判云 中〳〵いひおほせてもみえすとあり。右難の両首の哥 なければ何とも心得かたし。とかく如此難あれはいひ仰 かたく。また末の句にもかけあはせかたき程に初心にては よむへからすといふ事と聞えたり。六百番三の合に 夏衣ひとへなれとも中〳〵にあつさてまさるからせなりぬく 判云中〳〵といひあつさそなといへりやいかゝ愚案に云中一 なるといふ事大ていかへつてといふ心につうせり 中〳〵に里ちかくこそ成にけりあまりに山のおくをもとめて 此哥かへつてといふ事に。たれも。聞よき哥なるゆへ。こゝに 語哥に書付る。然とも中〳〵の詞それにはきわまらす。 俗語にいつその事といふ詞に通る時は。物にうちふてたる詞 にも用。又なまなかといふ詞に通するも。うちふてたる心 也。又尤といふ心にも通す。源氏桐壺巻にひきとさま しうおほせと御うしろ見すへき人もなく。又世の うけひくましき事なれは。中〳〵あやうくおほしはゝかり てと書たるは尤の事。合点といふ心に通せり。かやうに 詞はいろ〳〵に通しても。その一品の心に通しかなひなはくるし かるましきよや。是も三のしらす。詞の心をもとくと知さる故 なるへし 一おほかたまへに同し一いかなれは八雲 一いかにせんまへに同し一おほつかな八雲 一おもへともまへに同し 八雲御抄にいかなれはおほつかななといへるいともとを らぬは見くるしと有是も此五文字に下の心のあはぬを 被仰事也 つく〳〵と○建久六百番歌合季経卿歌 つるみ〳〵といく夜の事かおもはまし昼に替ぬ夏の夜ならは 難して云夏の日は秋の夜なとのやうにはつく〳〵と物思ひ つゝくへしとも覚えす云ゝ陳云長き事をいひたれは 夏日なりとも長からんにはなとか何事をも思ひつゝけさ 羅ん判云此番左右方人難陳にまた聞えて侍めり持 なるへし愚案此難璃ともに然と聞えす六百番三の企 証本あしく文字の誤書落しむ際限それを以考れ は。夏日と書たるは夏夜の書あやまりたるへし。歌に は夏の夜ならばと読り 一なかむれは一見わたせは 是をも初五字にをくへからすといへりそのわけをし らす。ある人の云。見渡せはといふはたゝ物をみるは かりのことにはあらす。柳桜をこきませてといふき柳と 見。桜と見渡したる也。定家郷の心花も紅葉もなかりけり とよまれたるも。花と紅葉と二つ也。只一つを見る事に はあらさるなりといへり是又僻言なり。古歌をみるに十 首か九首心見渡せはといひては。霞一門を読り。霞は海 川野山まて。一面に霞て。雲霧煙なとのやうに。一きり 一郎かにたつ物にはあらす。それ故こなたよりあなたへ 見渡す心なるへし。只物をみる計の事とおもひて読ては 渡すといふ詞の無甲斐か損にさへ心得て読たらんには 過はあるまし身にや。たゝしふかき口伝のあるもしらす 一袖にふけ 袖にふけさそな旅覆の夢もみし思ふ方よりかよふうらかせ 此哥定家卿の名哥なれは。私の哥に袖にふけとをくへ からすといふ。定につきておもふに心得なき人の読ぬ 事と思ふもことはりなるは。細川玄旨の哥に 袖にふけ咲にし日より梅か香のあかぬ匂ひの春の夕風 逍遥院実隆のわきつけ山定家の秀歌の文字そのまゝ をく事いかゝとあり是のみならす 大空は花の匂ひにあまきりて桜に埋む春の山の橋 此歌は定家の 大空は梅の匂ひに霞つゝくもりもはてぬ春の夜の月 此哥に似たりとあり又玄旨の哥に 夏衣さらす打せきの白浪の川辺はまたき秋や立らん 此哥定家卿の 大井川かはらぬ井せさをのれさへ夏きにげりと衣ほすも み 浅茅生の小野の秋舞秋くれは茂き草木にあまる色かな 是も定家卿の なをさりの小野の浅茅にをく露も草はにあまる秋の夕方 此哥に似たり。かやうには読へからすとありいかさま同し詞に て心もさのみかはらされは是等はこのましからぬ事なるへし 袖にふけの初五字を制せらるゝは。ほの〳〵。さくらちる の事を思ひよせ給ふゆへなるへし。さればこそよからぬ 正慮。あるましき事を期し出して。末の世の哥の内になり たるなり 一名もしるし 名もしるし嶺の嵐も雪とふる山桜戸の明ほの空 定家郷の歌右同断といふ家隆郷の歌にも 新後撰付六 名もしるし雲も一村かゝりけりたか夕暮の秋の山本 名もしるし色をもかへぬ松の尾の神の誓は末の世の為 一うしつらし 大上天皇 うしつらし浅香の臣の草の名よかりにも深き江には絶 定家郷の哥右同断 定みな定家卿の名哥の五文字なれは。私の哥にをくへから ずと云。か様なる五文字は。家隆卿の哥にいか程もあれも それをは一つもいはす。定家を。人丸葉平。貫之に比 して。たつとみいふ二条家の私事なるへし。一条 禅閤兼良公なとは定家卿をすぐれたる名人とも 思召ぬ事也後鳥羽院順徳院も歌のよみやうよからぬ やうにおほしめしたるやうす也。新古今時代の名人達皆 死累給ひし跡に。定家郷壱人生残り人に用られ。 為家為民為世と代々相読ゆへ定家郷の事を上古 中古にもこれなき名人堪能読給ふ哥吾。聞えぬ 事をも無理にことはりをつけ。かやうなるも三のの一体と みな秀逸の哥にいひなしたる家とそ。おもはれ侍ると いふ人もありそれゆへ名哥〳〵といふ哥おほし○人丸葉平 母日迄さへ一首つゝをいふに。こぬ人を松帆の浦。駒とめて 袖うちはらふ此外いか程もいふ事なけれとも。その 初五字は古哥にもある五文字ゆへこれにはのせす是を 又手本にして新古今集に入たる哥の中めつらしき 五文字をは。みなより出して此五文字延慮して読へから すといへり。あまり数おほけれはこゝにもちし侍る。斯の 朝と立たる一冊。其外詞の注の證哥。ぬしある詞なと いふもみな新古今一集の哥の事はかりを書て他の 事を用さるゆへ。新古今一集はかりしりたる人の。仕 出したる事のやうにおもはれ侍る。たとへは宮内郷の意 うすきこき野への縁の若草に跡まてみゆる雪のむらつ 此名哥。珍敷五文字なれは。読事延慮せよといへり此哥 新古今集に入り。それをみて云出たるものなるへし。うす きこきと云初五文字の哥。定家卿。家隆卿の歌に もあり。その外の人の歌にもあり同し時代の人々なれは 何れ先といふ事をしらす。然とも宮内卿か哥。新古今に 入たるをみてうすきこきの詞のぬしは。宮内卿と思ふは 其外の歌を見さるゆへなるへし定家家際と今の 世まても名高く。名人といはるゝ人の宮内郷か珍敷初て 読出たる五文字を真似て。読るへき事とはおもはれす。 近世の人の珍敷読出たる詞は二字三字たりともよむ へからすと宣ひしかたくの春い似られたらは大きなる 恥辱たるへし。定家卿の哥 うすくこき四方の紅葉をふみ分てかたも定ぬ木からしの うすくこき紅葉を宿にこきませて巳とまらぬ山嵐のかせ 家隆卿の歌 うすくこき紅葉流る飛鳥川かはる渕瀬は色に見えけり 愚案人丸葉平貫主より初て。定家の哥の哥の五文字を さへ延慮せよと云に。何とて卅一字の哥のはしまり。殊に そさのをのみことの御哥。八雲立の五字をは制せ さるぞ是一の不審また龍白川の五文字は孝子御門の 御製紅葉を錦と御覧しはしめし御哥なれは 臣の人麿の哥をさへはしかり延慮せは。竜田川の五文字は猶 更ゑんりよすへき事なれ共。左様の僻言上代なき 証拠に。古今集に竜田川の五文字の哥数多あるもし 上代は物毎おほまかなりしゆへ左様の詮議はなかりしと ならは今新規に制を立法をたつかならは。是を制 せさかにや。たゝ新古今時代の人の事にはかりかゝわりて 跡先の見合なきとおもふに付ては俊成。定家。為家 をあかめ。たうとませへきゆへ。此流れの人の末の代に 作り出したる僻言ともとおもはれはんへる 梨木集第二 終りにいふましきといふ詞 空といふも影なといふも 一何にてもあれいひて秀句にあり明の月は 同し 一何にてもあれいひて秀なに松風そ吹 同し 顔といふも音なといふも 此類聞よからすといへり。是も此詞古来よりいひ来てめつ らしけもなき句をかんようにいひたるやと思はるれば その哥読のたけもはかられ。一首もめつるしからねはか 聞よからすと云は尤也。惣して今は秀句をよろしからすと いふも六百番哥合に経家哥 梓弓春の日くらし引つれて入さの原にまとゐをそする 判に云梓弓。はる。ひく。ぬる。まとゐ秀句きはまりなきに こそ。秀句にて勝侍らは。哥の道みくるしくや罷成侍る と有。又 いつまてか浮ふし茂きしけ糸のくるしやかゝるみたれある世は 一条禅閤兼良公の判に。秀句にまとはれたりと難し 給ふ。伊勢物語に 玉の緒をあは緒によりて給へれは絶ての後もあはんとそ思ふ むかしの哥にはかやうに秀句おほく読たるは。秀句めつらし かりし故也。かの僻言いひが伊勢物語の注に から衣きつゝなれにしつましあれははか〳〵きぬる旅をしそ 此歌の注に。秀句にまとはれたれとも。此哥はかきつはたと いふ五文字を折句によみたる哥なれは。足は各別の子世と 書たり。扨太右の玉の緒の哥は散らの歌にて歌ともせさ るや。かやうに書付る事大方その哥一首を見て。外を 児くばらざるやうにおもはる。か様に申證拠いか程といふ 数限なし。時代の風のわき備へなく。私の好悪にて是非 を云。僻言なるへしと申はみなかやうの事なり。定家卿の 哥にも 梓弓入日をいかて引とめんさてもをしてや春のかへると 如此あれは。読へからすと別する事にはあらす 一遠山の松 浮雲の秋より冬にかゝるまて時雨すさめる遠山の松 後西園寺 一夕暮の山 大政大臣 鳩のなく杉のこすまの薄霧の秋の白よはき夕暮の山院一蝶 此両首風雅集の歌なり。これを以て考みるにまの読べ からすといふ詞は大方。玉葉風雅両集におほくある詞也 然は此両集の哥の風体俊成。定家。為家時代とかはり。新 敷よみくられたり。今世上にていふは為兼郷のよみかへ られたる風体といへり。右三代近の風体は。はやよみふるして。 何首読ても詞の置所のかはりたると春の哥の心を秋にいひ 雑歌を恋にいひかへるまてにて心にも詞にも。めつらしく面 白もなしとある事にて。玉葉風雅の哥の風に読久られ たかなるへしさるゆへ持明院方の帝王。摂禄大臣。女卿。内親王 まて。此風をよみ。色消て。色暮て。色さめてなとの詞。うすへ 霧。朝あけ。浮身。波人。遠山の松夕暮の山。ほの〳〵。桜散惣して 嫌ひ到する詞なく。哥道ひろ〳〵読たるを三條家の人。為承 の風になりたらはわか家すたり用ゆる人あるましきと 思ひて。同し元祖の定家をもちゐす捨る事はなるましきと 思ひ。定家郷の名をかり色々の事を作り出し云出したる事と 聞えて。僻言多し。僻案集。鵜本。鷺本。此頃漸疑書 と云百人一首雨中吟なとも此後には疑書といふへし 実作ならさる証拠いか程もあれとも諸人正慮してその 通りに用ゆるゆへなり。韻字とめは好まぬ事とはいへとも召 哥新歌におほき中に。遠山の松。夕暮の山となか〳〵敷。 此二つを目録題目に書出たるは玉葉風雅をそしか 此風体此集の詞をいひけさんため歟 一花さかりかも 今さかりかも 此等にて心得へき事也。花盛かな。今遠かなととめ たらんに。何の悪敷所。聞よからすといふ事はあるまし 鴨といひたるが。上代の歌の模詞にて。今の哥におもはし かもと留る事好すと書へき事を終りの七字ともに 書あけたる事。風雅集参儀雅有の哥に 花さかぬ宿の梢もなかりけり都の春は今盛かも 此哥をいはんため終句七字ともに書あけたるなるへし 一てしかな○かな。と留は上古より今に同して からすといふ事にて。判の詞なとに難する事あり。然れは 足者てしと云詞を嫌ひて書上たるものなるへし。前の 鴨も此てしも末に。読へからすといふ詞のうちに書入 たりよむましきといふも僻言なるへし定家の歌 時のまに消てたな引白雲のしはしも人に逢みてしかなし 一おもふかな 読間敷といふへき詞共思はす初五字には定家卿も置給ふ おもふかな咲散色をなかめてもさとりひらん花のうてなを 一嵐野辺谷峯 かやうのたくひにて留る事いかゝと書て惣して物の名にて はつか事ふつとすへからすといへり是又僻言たるへし 韻字とめを好ますといふはたとへは雪消ぬ谷。風あらき 嶺色かへぬ松やくふかき秋。なとゝいふやうに韻字一つにて とむるをいかもといふ事也。これもよむへからすと別する 事にもあらす近来の哥におほく韻字一つに留り たる哥有。物の石にてはつる事ふつとすへからすと 書たる事はそのわけのある事なるへきを。か様に書 出しいふ言何の合点も足なき書やう也露霜雪 両雲霧星皆物の名にてはむや。但物といふ時は 器財の事にて。天象。地儀鳥獣の事にはあらすと いはは。入桐の鐘。まとの燈。柘植の小枕。見しま菅笠。海土 の釣舟。たてる小車首はみな器財の物の名なれは 読留ましきや 一つゝとめ○三光院実澄公の説とて。人の云は。つゝ とまりの事。末諫の作者。当時読ともいひおほせかたし。少々 ならは。南捨へしと言ひしと云り。近来飛鳥井雅章卿 も。つゝとまりならひある事也。相伝なくてはみたりに読 へからすと癒ふ。千五百番哥合三宮 古郷の庭の桜に風吹は軒の忍に雪かゝりつゝ 此刻に。古郷おほつかな〳〵侍うへに。つゝの詞。たらすやとあり 愚案此つゝ誠におろかなる耳にもたらさるやうに聞侍る 也。加様の判の詞はまにといふ詞にもさへと云詞にも何詞 にもその歌によりていふ事也かならす読おほせかたきと いふ事にはあらさるへし。三光院殿は後柏原院御宇永正 七頼年生れ給ひて。天正六歳年六拾九歳にて逝去也 此時分は天下大乱にて帝都も衰微し公家衆も在京 なりかたくして。諸国へ浪みなさるゝせなれは。武士はふ殿 申町人百姓諸職人出家迄も了矢のことにのみ懸り。心 のしづかなるいとまなけれは。御当代の始権現様。三州 御普代の侍には。筆とる事のならさる衆も多く家の氏 姓。名乗なといふ事知ぬ人おほかり身。今その時代をおこへ は。むかし物語の久しき事のやうなれとも。我等の祖父の 若盛にて。度々御合戦に御供して働。三州御普代侍も その比はすくなかりしゆへ。一家一類一門縁者にて朝 夕ましはり。とくと知たる事を。我等の親のすぐに我直 に云聞せ。祖父の老衰せし頃。我等も生れたり。然ゆへ祖父 を見覚えはなけれとも。右の物語を聞覚しは。近くして たしかせ。其中にも歎連歌に心よせし人もありしとも 今時の人のやうに書物をひろくみたる人もなく。まなひ 習はん師匠もなけれは。連哥師なとの浪々して。京 より下りたるを師として。廿一字をならべ。五句を作り習ひ たるまてにて。中々善悪の評にも。およばさる哥なり 慶長子の年上杉景勝御遷治として。宇都宮迄御出陣 の時。我等父忠。祖父。山城守。名代として。組の大御番衆五拾 人をつれ。十六歳にてうゐ陣に御供仕。関ケ原。御合戦御 勝利の所へ着陣。それより。祖父と。親登を伏見御城に 指置れ大坂両度御合戦に手首尾をあはせ。それより 御世静謐に治り武士も案楽の思ひをなししより。哥に 心さしありし人は。祖父親みつからの哥をひろひあつめ。京都へ 上せ縁ある公家の御披見に入。御添削を願申に。よろし からぬ歌にも褒美の御詞を御書添。此詞は古来より 制し来りたれは。延慮する事也。本哥はか様にはとら ぬものなり。なとゝ脇付になされてをしへ給ひし事なれは 遊礼を以て右のつゝとめ。三光院殿の末諫の作者は。 用捨すへしとおほせられし也。此末練の作者の哥の 程ばからひ知かたし。上代になき事の末の世になりて。色 いろの事の出来たれは此つゝ雨にも定てたしかにしら てはたかふ事のある事も。伝受うけされはしらす。むかし なき事の俄に出来へき事にもあらし。やくにも たらぬ理をつけて。大事秘事かほにいひはやす事 とおもふも。邪慳の事なり。しれる人もあらはたつね きゝたきまゝ。此人そ。かやうの事もしられたちんと おもふ人にたつねたれは。答云筒といふ詞は習ひあ る事なり七筒といひて名をさへ了命にいはす秘 事する事也。一に。なから筒。二に。あて筒。三に。かさね 筒。四に。いひ檜の筒。五に。心の籠る筒。六に。絶事 なき筒。此筒を。程をふる筒共いふ。七に。かへる筒とて 大事の秘決なりといふを。執心してそのわけを聞 たれは。姉小路龍本寺殿の一子相伝の手分葉の 書。たとへは。やの手分葉十三ヶ條と書て。一に云。うた かふや。二に。よび出すや。三に。すてや。四に。口あひのや。五 に。やすめたるや。なといふ事の。名を付たるまてにて。何 の大事相伝といふ事にもあらぬ事と同しけれは 是にてはあらし。猶よく心得たる人もこそと。やう〳〵 尋受て。筒の口伝大事からは。いかやうのをしへ秘決候哉と 尋たれは。その人のいはく。筒の事相伝秘決ありといへは 我等も知らす。歌道の第一。古今伝受之事さへ。起世 にすてに敬絶せんとせしに。筒の詞一つに。その伝受秘 次の相続すへき事ともおもはれす。上代にはなき事 を近来いひ出たる事なるへけれは。何の大事歟あるへ き。とにかく筒の詞には口伝も大事もなく。当世の御法度 と心得られ候得。三光院殿の説といふも大事ありとも 読へからすとも置はす少々ならは用捨すへしと違ひ 雅章卿も。みたりによむへからすと宣ふにて。心得 ゑらるへしと答たるを合点もなきいひふんとおもひ 又人に尋て聞たれは。御法度之事必定にて御法度と ある事尤なる事道理也。口伝秘決と公家衆の被仰も 足にて合点せしなり。そのわけを爰に書しるした けれとも。今程か様の事を。伝授秘決といひて弟子 をとり。それにて世を渡る人多きに。書出たらは その人の渡世の障りにもなるへし。又一殺多生のこ とはりたちて。一人の為は悪敷とも。諸人の巻になる事 ならは書付もすへけれとも。その断をしらても その通りの事。御法度と心得てみたりにさへ読さら は◦をのつかち筒の大事秘決相伝を受たるに叶へき ゆ 延慮すへきといふ詞 一あたちよ 月と花とを同しくはと読たるは。新夜なり悋夜とも 畜万葉集に新世と書たるゆへ当世を捨て新敷 世をねかふやうなる事とて無慮と云大きなる僻言 なり。あたら世といひたるとて当世を捨て新敷世を願と いふ詞は。いつくにあるそ新敷といふは賞翫の詞也大直 日の哥にも あたらしき年の初にかくしこそ千とせを兼てたのしきをふめ と。読てこそ祝したり。当世といふ当の字も新の字に かよへり。か様の僻言云て正慮せよとはさら〳〵心得に くし。聞たる人のその通りに用来も心得にくし是に 付て与風思ひ出たるゆへこれに書。近年清水谷大納 言実葉郷江戸下向の道にて 逢人に今は中〳〵所せく引なつむ駒やうつの山掛 と。読給ふとて是を書写し〳〵。江戸中へひろかり たるを見侍に。みな右の通りにて相違なし哥知さる我等 なれば。よしあしの評判は猶さらの事知らされとも ひきなつむ駒をうつの山越とは心得にくき事なり 哥道御師範の清水谷殿の道中の御哥とて。此目口 の多き江戸へ御差出の哥は。なみ〳〵の御詠は御名よご しなり。是は江戸の端〳〵に住居して大名衆籏本衆一 かけあるきて。御機嫌とりのはなしするものゝ。自分に清 水谷殿の御歌と作りことかとおもへば。さつた山の哥に 晴てけさ霜も霧も半天に雲は麓に四る巣の根 此歌をみれは。今江戸の歌読の口から。此四句目雲は 麓にめく我といふ句は云出すへき事とおもはれされば 清水谷殿の。御哥なるへし。それに付てはまへの。うつの 山の哥はかつてんなき事なり。曳なつむといはは駒の口 とりなるへし。口とりか引なつみたりとて駒をうつは 僻言たるへし但ひきなづむといひても駒の行なつ む心にもなるやと思ひて考みれば。行と云文字と 引と云文字は。書やうにて。見あやまり。書写しあや まりあるへき文字なれは。行なつむ駒や宇津の山臥 を。引なつむ駒と書たるを。仮名に引なつむ駒と 書たるものなるべしと思ひあはせて。右の書付の出たる 本をたゝして聞たれば。行なつむ駒心定なりといへり まして今。板行に出たる歌書に。書変誤のおほきを そのせんさくなしに其通りに心ゆるは。あやうき事也 此あたち夜の詞御室の哥合にも難の事なく。勝に さたまりたるに。千五百番寄合に此詞不広幾所故 侍るとあるよりして詞になき事をむりに作り出し 読ましきといふ。その人の心はいかなる事にや定家 郷の哥にも しるしらすわきてはまたす梅の花匂ふ春邊のあたら 新十遺集に あたる夜の有雨の月に人はこて宿の桜に春風そ吹 夜晴 所此なれはくるしからし 一みしかよ 当世を短か世といふやうなれは読ましきと云是も六百 番三の合に 一短か夜も鳥より後そまやらぬ老のね覚に物思ふ身は と顕昭のうめるを右の方よりみしか夜を難す顕眼郭云な くや五月のみしか夜の哥を以て陳す右の方猶云海の 五文字はさもありなん初五文字にみしか夜といひ出るを 難す顕昭陳に云後撰集夏部藤原兼輔の哥 短か夜の更行まゝに高砂の嶺の松風吹かとそきく 此歌を証歌に出され右の方門口す然るに今二條家の 本の後撰集には夏の夜と書かへたりそれを写して 板行にも起しされにて又抜書に集たるゆへ題林 集月題集にも夏の夜とあり本より夏の夜とあ るならは顕昨の證歌に出されたらんは自の哥のうへ 證哥まてのひきそこなひにて。恥辱のうわもり なるへし中のわるき寂蓮。右の方人なれば猶い難 すへきに。閉口せしは後撰集にみしか夜とある事 必定なり。和漢朗詠集にもみしか夜と書れた れば。短夜無疑のを。顕眼の哥を非にいひおとし難せ し事をおきのはんため。後撰集の哥の五字を取 替て書付たるは歌人に不二似合一身多なき人の心のわさ なるへし 一うき世○恋の哥述懐の哥に我身に懸て 浮世と読へし。当世を波といふやうに読へからすといへり 一おりゐる○後撰集冬部よみ人しらす 白雲のおりゐる山とみえつかは降つむ雪のほめ成ける 此歌に付て云帝の院にならせ給ふをおりゐの帝と 申せは。はゝたるへしといふ事出来て鳥のおりゐる。雲の おりゐると云をも延慮せよといふ事あり院をおか位 の帝と申とても。おりゐの詞に何の延慮はゝかりある へきや。世人の延慮を以て今案るに此時。大学寺殿 持明院殿替く御治世の時にて御心と御譲位なき時 なれは。新世おりゐの詞。惣して此時に云出したる事なる へし 一夜やくらき○諒闇をくらき○諒闇をくらき 読へからすと云。里に付て何ものやらんの伊勢物語 の抄をしたるに角田川の所。渡し守はや船にのれ 日も暮ぬといふにとあるを止てして日も。かたふ きぬとよむへしと書たり。注抄をみるは。初心の ものゝそのわけを知為の注抄なるに。僻言をいひ をしへ。道にまよはするは善道にはあらし 一落くる 深山より落くる水の色みえて秋は限りと思ひしりぬる 栄推古今抄に月にかゝきらす直く詠とありいかなる 事歟心得しらぬ事也愚案栄雅の古今抄を みるにかやうの事は宣ふましきと思ふ事いか程もあ り。それは 世の中に絶て桜のなかりせは雲の心はのとけからまし 此絶ての。て文字を濁りて。不断の心に云説と。清て役 果事ときくと。両説あると宣ひし事。栄稚の御 峰尺といふには可有事とはおもはれす。世の中に ふだん桜のといふ事ならはあるならは。なとゝいふやみの 続にてこそ断たつへし。桜のなかりせはとあるから 絶果て桜のなかりせはといふ事。我等こときの ものさへ聞まよふ事にてなきを。両説と宣ふは その注につきてある事をは少しもあらためなく そのとをりに宣ふ事にてこそあるらめ。是も正慮 といふ事よりおこりたる事なるへし 一いつはり○遠所御哥合の御判に恋の哥なと にはたのめてこぬいつはりなといふはくるしからす人は 誠を以て道を行事なるに。偽のある世なとゝはこのま さる事とあり。是も天子の御心世に対しての御詞な るへし 一門さして○門さしては閉門なりよむましと云 へひもんと云はこの比の詞也。然れはちかき人の云 出したる事なるへし。例のへたゑんりよ也 一草のはち○六百番の哥合左の方の哥によむ右 のかたより難す判には草の原敬なりとて勝に定む里草 の原と云詞の教なると云にはあらす哥の教なると云を一首に 内の詞を呼出して勝負をいふ判の詞の例也然我にそのゝち 浮身世にやかて消なは尋ても草の原をは問しとそ思ふ 尋ぬへき草の原さへ霜かれぬ誰に問まし道芝の露 かやうに源氏擬衣に読て。墓の事に用たれは。いま〳〵しき 詞なれは読へからすと云。俊成。定家の宣ひし事をは 住吉玉津嶋の御託辺のやうに信仰する事かと思へは源氏 狭衣の此歌を俊成卿も了簡なされさるやうに六百番の判 をもどくやうなる事を云は能らの僻言いひと心得へし惣して 此制といひ読へからすと何や角に利口をいひたるを心を 付てみるに。みな一首二首の哥を証にたてゝあまたの哥に 心をくばらさるは。小智小児の人の仕出したる事にや。たとへは一 鶯は桜をねぐらにさだめぬもの也心得てよむへし○證哥源氏 若菜上 いかなれは花に木つたふ雪のさくうをわきてねくらとはせぬ 此哥證歎なりといふ。又しのすゝきといふは穂に出ぬすゝきをいふか 忍ふすゝきといふへきを。ふの字を略してしのすゝきといふ語哥 古今集第十一恋部一の哥。板本に出し古今には。落哥とて末 に此歌を書 わきも子に逢坂山のしのすゝき穂には出すも恋渡なまな 此歌證哥也と有我等こときの者は扨はそうこそあるらめ 思ふ也鶯の花のねくらの歌いか程といふ数もなけれは 源氏の哥を証とすかゆへ。すくに源氏の哥を以て僻言を たゞす初音の巻に めつらしや花のねくらに木伝ひて谷のふる巣をとへる鴬 此歌の花のねくらをは見さりしかや。又しのすきの事 さいたつまうらわかかりしめし野にしのゝ小薄穂に出にける 行人もなきさの岡のしのすゝき穂に出て誰をまね〳〵成也 しのすゝきといひて穂に出るとよめる哥いか程もあり尤穂に 出ぬと読たる哥もあまたあり 一玉の小柳○玉の緒といふは命の事也その玉のをや なきといふやうに聞ゆれは忌詞なる程に読へからすと云 一僻言也定家郷の哥にも 此里のむかひの村の垣ねより夕日をそむる玉のをやなき 一紅葉しにきや 関越る人にとははやみちのくのあたちのまゆみ紅葉しにさや 一明そしぬめり一時雨しぬらん 堀川右大臣 しぬ。といふ詞忌詞なれは読ましと云り。此詞上古中古 多く読来るを。昔は金をおほまかにて心付さりしを。 今こゝろ付てあらたむるは。我か利口なるゆへと此事云 出したる僻言いひの。鼻のさきのうこめしきし顔つき。 さそ自慢しつらんと思はるゝ事古今伝授裏之説と いふ本にみえたり。直なる木に。曲りたる匂尺をあてゝ 此木はまがりたりと云たとへは。これなるへし。かやうに近慮 延慮といひもてゆかは後は虫鳥のなくといふもいま〳〵 し。教音と計よむへし。露霜の消るといふもいま〳〵し。 置降なとゝけ読へし物おもふといふもよからぬ事草 木人目のかるゝといふも栄ゆるといふよりをとる詞なと いふ事になりて。歌の道の断絶すへき事なるにや。はや あちきなき。うき身なとの詞をはよむへからすと いふ事にいへり愚案延慮といふ事のあるましきには なしその時にのそみ。その所。その席よのそんて有へじ。 詞にさたむるは僻言たるへし家隆郷の歌 かへりみる雲井の妻は籠るともやかはややかん武蔵の原 梨本二 此哥なとは当時に相応せす短冊色紙扇子等にも重 事延慮すへしなかやうに読へからす又文明五年按察 使親長哥合に汝弥春譽の哥 長閑にそまつ霞あける武蔵のや限りもしらぬ御代の初言 一條禅閤の判に。むさし野は限りもしらぬといふ詞の。枕詞 なるやうにて。題野外霞の心はつきになれりむさし野に 御代のはつ春をいはふもと云り。その時世に出合す難を 得たり。今此御代には頂上に出合たり然れはその時世。 その所。その席といふ事僻言にあらし ぬしある詞といふ事 も睡か申。今ぬしある詞といひて。則の詞といふより外に よむましきと制する詞。いくはくといふ数かきりなし。 是も三代集。後拾遺の哥にはいはす千載集よりはし めて新古今集の哥にていふ事也例の詞とて四十余首 の歌の○詞を書出して天下はゝかりなく制するも。大方新 古今時代の人の歌にて。新古今に入たる歌を以て定たる 事也。此制の詞に付て僻言とおもふ事。又めつらしき 詞のつゝきを読出して好み不レて読といはるゝ詞。ある 詞ともいはるへ身々のともを。覚え書にして置たれとも。老 衰気根くたひれ。目見えかね。命も明日といふたのみ なければ。此一巻はかりにて最早殿あつむる事なり かたかるへし。何もしらぬ茂安が。しらぬ事を書たるもの なれば。よき事は一つもあるましけれとも。我こと身の無智 短才の人の。師にたよりて此道を明らめにはたよりとなりて 調方なる書なるへし 一愚問賢注は。二條関白普光院良基公の作也。頓何に 尋給ひし事を。自作ゆへ愚問と云。預阿の答を賢注と 違ふ。問云。俊成。定家。為家の当座の判にて。此期此歌 にては聞にくしといはれたらんは。一首のうちにわろくお きたらん詞にてこそあらんすれ又能をきたらんには よくなる事もあるへし。凡詞の善悪は作者の骨法によそ よるへけれ。一度聞よからさるなと申されたらん詞を。永 格になして。きらはん事はいかやうにあるへきや。ぬしある詞 又長く捨へき事にや。いかゝ治定すへき。頓河の呑に 俊成定家 云。三代宗道 為家三代を云 にて。我らはれたるもあるべけれとも。おほくは優美な る詞をよむましきと制し給ふ。浮学末生の人このみ よむ程めつらしけなくなるへしとて。とゝめられたるにや。 又ぬしある詞と云は。三代集になき詞の珍敷詠出せる を云にや。順徳院の御製に 甲斐かねは山の姿も埋れて雪のなくにかゝる白雲 是を定家卿の云。山のすかた。建保の比家隆の哥に 桜花咲ぬる時はかつらきの山のすかたにかゝる白雲 と読り此歌秀歌と皆人いへりと書。其末に碁家の哥に 涼しさに秋風ちかく成にけり又立かへる衣手の木林 此歌に大納言為家卿の新勅撰のうち一品道助親王の哥に 白露の玉江の芦のよひ〳〵に秋風ちかく行ほたるかな 足近代の歌かと宣ひたりと頓阿の答なり是迄愚問 賢注の詞也愚案此ぬしある詞といひ出たるは。八雲御 抄第六巻。ちかき人の歌の詞。ぬすみとる事といふ に付て也。此いましめは。あたらしき詞を思ひ得て。いひ 出したる事を。わろ〳〵とりなしていひつれは。本の哥の 詞も耳なれ。今の歌も無下にきたなく。後代には いつれかさき也けんとかんがへ知ざらん雅経かなく音 もよはのと読たりしを。家隆か露のぬきよはの 嵐と読たるに似たりと定家難し申き。建暦の詩 歌合に。有家かすゑの松やますこととへと読たりしを 同し年七月に雅経のあしひきのやますこゝろにかゝり てもとやかてよみたりし名なる事にか。雅経さしも 有家をうちやましくおもふへき程の哥読にても なきにだにかゝり。是迄舎の親ちかき世の人の読出 して。諸人めつら敷。とりはやしたる詞は二字三字に てもとり読。事は見くるしきと。あるを以て。後人のぬき よはと続たる詞のぬしを家隆に定め。松やますと いふ詞のぬしを有家と定め。是よりぬしある詞といふ事 をいひ出して。書付置て後代迄のいましめのやうに する事。心得のあしきより出たる事とおもひ侍る。其通。 普光院良基も。ぬしある詞といふ事あるましきを 僻言云出たると思召たるゆへに。今ぬしある詞といふ事。 永々よむましき事にやと尋させ給ふ也頓河の答山 そのぬしあると申候は。右の山のすかた。秋風ちかくのやう なる事を申ものにて御座候との答まてにて。永代迄 も。読ましき詞との答はなし然れは良碁公も。頓 所も制す事にてあらさるとおもはれたる事たしかに しられたり。此たしかと云事。証拠を慥に可申為に たしかにしられたりといふ也。愚問賢注に。本歌 とりやうの答に。頓阿の云古今集の歌に あかてこそ思はん中ははなれなめ物をたに後のしの顔見也 此一句をとりて俊成卿の 浮身をは我たにいとふいとへたゝそをたに同し心と思はん 星。そをたにといふ。一句を取たる手本也。万葉集。笠女郎の哥に みちのくの油のゝかや原遠けれと面影にしてみゆと云物を 此一句を取て。為家卿の よしさらば敷まてはみし山桜花のさかりを面影にして 是を以て本歌をとるへしと。良基公へ。頓阿の答なり 愚案これにて前の主あると云詞の事を考みれは そをたに後のと読る。古今の哥の作者は此詞の主也。 面影にしてと読る詞の主は笠女郎なるに。俊成為なし 梨本二 何とてぬしある詞を読たるといはゝ。何と答へきや。皆古 人の詞をとり。古人の見立いひ。相身たる事を手本として それよりこそもとづきて心をたくみ。詞をまうけて よむ事なれは。ぬしある詞とて。その人壱人に定るはの あるましき事也。たゝ近世の人の珍敷いひ出たる事 を同しやうにいへは。その人の歌を。真似たるやうにて見 苦敷といふ事也。たとへていはゝ。今程風流なる人の地色 よく染たる小袖に。常ある紋の外に。珍敷物すき なる紋所を。このみ出し付たるを。みる人品は今まて なき紋なるを。よく好み出して付給ふそとほむるを きゝて。その紋所をまねて付て着したらは。めつら しき事はさしおきて。この役所は。そんじやうそれにか好 み出して紋所に付たる紋なり。それがうち山しさに こそ付つらめと誹難はいふとも。よろしきとは誰人も いふましけれは。はつかしき事なるへし扨時世かはり。年 月へたゝりて後。色々の紋所の中より。右の紋所をゑ らみ出して付たらんは。その物すきの能所。一器量 にて。一物すきにて又珍敷かるへし。そのことく。三代集 の中より。そをたにといふ詞をとり出して。俊成卿のそを たに同しかたみとおもはんと読るは前の役所のたとへの もし。又珍敷なりたる也有家。家隆。雅経同し時代 にて。三人ともに新古今撰者五人のうち也。順徳院は 新古今撰せられし元久二年には御年九つなれは 年こそ御をとり候へ。同し時代也。それゆへ山の姿の御哥を いかゝと定家の違ふなるへし。右にも書付たるとをり。 制の詞。ぬしある詞と云は。十に九つは新古今の歌にて。少 前後の歌もあり。星を以て考みるに。その比の人の此詞は 近世の人の読出したる詞なれは。読まし我と思ひ。此哥。 此詞のぬしは誰〳〵なれは。読ましき詞なりと。覚書 にもしをき。それを写して人にもとらせたるを。後の 人。近世といふわきまへなく。ぬしある詞。読ましき事 と云出したる物なるへし。有家の末の松やます事もへの 歌読給ひて。雅経のあし引のやます心にかゝりてもと よまれたる事を。八雲の御抄に書せ給ふ事なれは。密 密の事にはあらす。天下はれての評判也。定家卿の あしほ山やます心はつくはねのそかひにたもみらくなき共 山やますの詞同し事也。定家卿をも嘆ぬすみといふへ きや。足に付ては物かたりあれとも。なか〳〵しき事な るゆへ略て。ぬしある詞の事。近世所といふにさへ心をつくれは 尤子也。後鳥羽院御宇元暦元神年より今年元禄 十一戌年迄。四百九十余歳の末迄。読ましきといふ事。 さりとては〳〵心得かたき事なり。今此御代のやうに 日本静謐に治り。帝都も。後土御門。後柏原院の御宇 の時にあはせみれは延喜天暦の。御代たるへし。心のしつかへ なるにまかせて。武家町人百姓出家迄。歌の道にこゝろさ しをよする時なれは僻言を削捨て道にこゝろさす 者をまよはせ。うたかはせすして。正道に引入。歌の道ひ ろく世に行れんは。今此時とおもふに。さやうのわけをも いまにきかす。日にまし月にそひて。僻言多く。延慮お ほくなりて。読べき事なくなるやうなるは。何としたる 事そや。帝都に今御師範といふ歌人の公家衆も あるに。一圓正道の御おきてのなきは。御あらためなさ れぬわけある事もしらす 梨木集第三之上 読ましきといふ詞 一色はへて ○六百番の歌合に 藻はふ賤か垣ねも色はへて光ことなる夕顔の花有る 霜ふれば若此糸の色はへて菊は老せぬ花にお有ける形な 両首なから判に。色みへての詞不二摩背と有。有家の歌を は右之方よりの難に。垣ねの色はへてとはいかゝと云。俊成の 判の詞に。垣ねの色はへてはいかゝもあれ色はへての詞に 庭義とあれば。此詞俊成卿の気にいらさると聞て たり。されはとて読ましきと。制べき詞とは思はれす 愚案八雲の御抄に読へからすと書せられし事 まつたく制せさせ給ふにはあちすたとへは源俊頼の。 物いひかはせ秋の夜の月と読。又は梅かえに心の行て かさなるをなとよむ事はめつらしくもおもしろふも聞 る事なり。それがよろしきとて。草木鳥獣にむかひて もものいひかはせと読。雲霞雪霜に対しても。心の 行てかさなるをと誰も〳〵読事ならは。あしき哥に あしくつゝけ。詞もあしく聞え。耳なれてよろしとも聞 へからすさるゆへに。常に読へからすとあそはしたもの なり。頓阿の良基公への答も。此八雲と同し心にて 優美なる詞を。むたと読なは。詞もあしく聞えへし とて。三代宗匠の制せられし詞おほかるへしと也 此わけもなく。この詞読ましきとさし出したる事。ある へき事ともおもつれす。有家も顕眼も六条家歌の 棟梁なるゆへ六百番の判に六条家の歌を云けさんて 僻言多し 一いはまほしきせまほしき 八雲御抄にかやうの詞いとしもなしと。あそばしたれば に〳〵ふり成詞と順徳院の思召たるなるへし然とも読ま じき事とも。不被レ仰を。末の人の制する僻言たるへし たとへば。五味五色は。天地と共にはしまりて。人間の身に もそなへ赤きは心。黒きは賢。酸或は肝甘きは 脾と五味五色ともに。五臓にありて好悪はあるまし身 事なれとも。人々の生れにより甘味をきらひて。辛冬 ものをすき。赤き色をきらひて黒きいろをぬ む事もあれは。詞にも。すききらひはあるへき事 なり。たとへは俊成の甘物を言は袴。定家卿の赤 き色をきちはれたる程に。誰人も用ゆへからすと いひて後代のいましめにせんといふも同し◯歌の風体。詞 のつゝきも。みなその身のすききらひの善悪に なりて歌の正儀正道は。脇になりたる事のやうにおもはれ 伝るも。このみちをよくもしらさるゆへと存らるに付て。心 中の不審を書付。此道よく知。よく心得られたる人に。尋 うたがひをはらさん為也 一いもうし 人やりの道ならなくに大形はいきうしといひていさかへな 此歌は源の実といふ人の歌也。左近衛少将たる時築此草へ 湯あみせんとて下りけるに。藤原兼茂。大江玉渕が娘しろめ。 其外あまた名残おしみ。山崎迄送り。別をかなしみし時に 読る歌也。栄雅古今抄にいきうし好み読へからすと あり制となけれは読てもくるしからすとおもへとも。此 詞は余の詞とは違ひ。行苦しき時につかう詞なれは 好み。このまぬのわけはあるましきにや。それともに好み読 へからすとあれば何とそ詞をかへてい我うしと読ぬやうに 心つく物なるべし。此詞なとをかくのことくいはるゝ事。さらく 心得にくし行といふ詞も。うしといふ詞も。あまね〳〵宮 いろにつかふ詞なり。それをいきうしとつゝけたるが。わ るきとは心得にくし行なつむ。行まよふ。すぎ行かたき なといへは。行うしともいふへし但ゆぎうしといはて いきうしといふをあしきとの事か定家卿の歌にも 心からいきうしといひてかへるともいさめぬ関をいてそ 一春の夕暮 足は何ゆへ読ましきと制するそや心得にくし春の夕暮 きてみれはと読るは能因法師の歌の中にも秀歌と いへり定家卿の歌にも 末遠き若葉の芝生打な引雲雀なくの春の夕 此外 続古今 徒に花や敷らん高円の尾上の宮の春の夕暮行能 匂はすはしらこや過ん山桜木のもとたとか春の夕暮有光 この里の桜を雲となかめつる都に霞む春の夕暮 あまた読たる歌あれは読ましとはいかゝ六百番歌合に いさ命思ひは夜半につくし果ぬゆふへもまたし秋の時なり 此判に。秋のあけほの珍敷候得とも。勝すと有此珍敷といふ也 入道 前大政大臣 はるの曙。秋の夕暮と常にはいふ事也。はかは一年の陽気 のはしめ。曙は一日の陽気のはしめ也。秋は一年陰気の発 する節。夕暮は一夜の陰気の発する節ゆへ○此二 時を賞翫して云事なるに。秋の曙と読るは。常に 人のいふとは替りたるゆへ。めつうしと云り。それをわるく 考て。制と云にや。曙夕暮は。時節にて。毎日ある事也 月日には雲霧雪雨のさはりありてみえぬ事もあれとも 此節といふには。雲雨のさはりもなし然れは夏の曙。冬の 曙。夏の夕暮。冬の夕暮。よむましき事にあらす 昨日迄霜し物をつの国の難波わたりの夏の曙覧 ますかゝみ光にかよふ赤日生の顔もはれたる冬の明ほの慈悲 露はらふ風そ涼しき槽さく外面の陰の夏の夕雪有親 うち羽ふき寝に行空の村からすおのかあはれは夏の暮空家 さりともと待こし物をあら玉の年のみとせの冬の夕暮や家隆 外山よりむら雲な引吹風にあられ横氏ゟ冬の夕暮寒が 愚案定家卿の弟一のをしへに。世間盛衰。時節の景気 足を能々心得へし。歌の感情はこれにすくへからす曙の 霞のうちに花の色を見夕部の霧のまに月の光を見。あし たの露。夕部の煙。山川草木迄も。その折節に移りかはる 気色。世間の栄鷹盛衰の理を観するも。みな時 節の景気よりなり。仏土荘厳の詞にさへ猶も心の とまるは。黄今樹林の夕の色。なみたとゝまらさるは 上品蓮台の暁の風といへり然れは。暁の風にう そふき。夕部の雲にもよほされて。心うこき。詞 外にいひ出てもみんとおもへは夏の曙秋の曙冬の 明ほの露の曙霧の曙霜の曙なもみなぬし ある詞といふ春の夕暮夏の夕暮冬のゆふ暮 雪の夕暮露の夕暮暮露の夕暮なとも読ましと いへり。さらばいかゝいはん夢の明ほの袖の夕暮なとやう にもいふへきやと尋れは。堪能の器量なくては さし出たる詞は延慮するならひなりと云。この断を そむきてよみたらは。法をしらぬといはるへし。さらは。 あさあけ。夕附夜ともいはんとおもへは。朝あけの詞は僻 桑集に読へからすと別せり。夕附夜。栄稚の古 今抄に今は詠すへからすとあり。是非なく。朝ひた 夕ひこなとよまんかといへは万葉集に読たれば とて。左様の詞はいかしといはるゝ。あした。夕朝夕と いひたるまてにては。せまき胸よりは。能事も出さるゆへも古 歌の詞をひろひて。それにて五七の句をうつくりたてゝ みすれは。是は俊成卿のきらはれし詞。是は定家卿の 別せられし詞とあれは。一首の歌のぬしにさへならされは心 のすゝみもなく。うむ気出きて。此道に趣く心をうし なへり 一春されは○栄稚の古今抄に春されは夕されは の外はよむへからすと有是は秋されは朝されはとよむなと いふ事なるへし 一葉つたひ○此詞読へからすといふ事心得られす 一花より月より○ゑ案是は物にくらへていふ時の より。なるへしたとへは色のうつくしき物を花にくらへ あきらかなる物を。月にくらへて。月花にもまさると いふ心の時。花より月よりといひては。詞少たらす花よりも 月よりもといへは。ことはりたしかに聞ゆるといふ事を。か様に 書出したるものなるへし。これも一偏にはいふへからす 有明のつれなくみえし別より暁はかりうき物はなし といふ歌のわかれよりは。別と暁とをくらへあはせたかなり それゆへはかりの詞も蛍の字を用て。わかれと暁を はかり合せたる心なれとも。初心なる人はとくと聞うる 事のなりかぬるゆへ。はかりといふ詞を。程といふ心に聞を ゆるすといふ事。栄稚の古今抄にもみえたり此よりと いふ詞も手介葉のより有。からと云より有。ならてと云より 有。にてと云より有。たとへのより有。是かくらへより也。害。依 。目。清の文字の事なといへとも。彼姉小路殿秘伝大事の 手介葉の書といふことく。そのわけたちて後に。名を 付ていふ事にて。役にたゝぬ事なり。軍書の教なとに も。かやうなるおしへあり。たとへはたの性を以て。その山の 嶮難をしるといふ事あれば。此山の性を知といふは調方 なる事也。終に見ぬ国。しらぬ山をも。性を知は。何方が 嶮難にて。何方が平かなると心得て。人数をのほせて 備をたてんに。肝要の事也とおもへは。嶮難を知て後 山の性を定めめ知る事なれば。何のやくにもたらぬ事也 名を付て人にいひおしゆるにはたよりにもなるへきや。哥を 読たりにはならし 一花まだ月まだ○足も花はまだ月はまだと いふべし月まだ花まだと云ては聞くるしきとの事 なるへしまへの花より月より同前たるへし 一ほがら〳〵 しのゝめのほから〳〵と明行はをのか衣々なるそかなしき 采稚の古今抄に今は読へからすといへり。詞に善悪 はなしつかひやうにて。よくもあくもなるとはいへとも 是等の詞は。上古万葉古今の比迄云たる詞なり。今は つかはぬ詞なるゆへ。栄稚の今は読へからすと宣ふ也 我等事は生国駿河府中の御城。三の丸にて寛永 巳年五月十九日に生れ。幼少の時より。子細ありて下野 国那須郡。上の庄東山の西黒羽といふ所に久敷住 居して。山家の者の詞を聞馴たるに。なでうことなき。 ほつても。行ちふ。べい。まうさ。さ。しきに。世な。ら。かやう の詞をつかへり是みな万葉の哥によみたる詞にて。伊 勢物語。源氏物語にもある詞なれはいふましき詞 にてもなけれとも。今江戸にてつかはぬ詞なれは聞 しらぬ人もあるへし。その時世〳〵につかふ詞なるゆへ。上古 の詞にて。今つかはぬをは。読へからすとの事なるへし かやうの詞あまたあり。一をあけて万を知也。万葉に 明けと書てほから〳〵と読と云人あれとも定家卿の 密勘に万葉に見えすと書給ふ 一へ 北へ行雁そなくなるつれてこし数はたらこそ帰るへか 北へといふ。への字を嫌ふといへりそのわけ心得す。いつこへ なといふ。への字は。ふるくも。ちかくも読事にはあれとも。 ねかふへき事にあらすといへり。然れは。都へいざと読 よしの奥へと読ふるさとへ。なとゝいふ事も。よむまし きにや。詞の事はその詞ならでも。その詞の心にかなふ やうに。いひかへやうもあるへし。北へゆく。いつこへこえんなと いひ。又よしのゝおくへ入らんなとは。手介葉の色子なるに げの手分葉を嫌ふとあらは。さやうの事いふべき。心趣向 迄おのつから読ぬ事になるなり。北に行。いつくもこえん 吉野ゝ奥や入らん。なといひたるは。手金葉あはすと 難せらるへし。名人達人は北へ行ともいはす。いつこへとも いはす。その事をよく聞て。その心にかなふやうに読るへけ 礼とも。大体の歌読は。いひつけたる手余義を不用 して。別の事にていひるゆる事はなりかたかるへし 然れは歌のよしあしのわけにもさのみならさる詞に 読へからずと別し来るなといふは。邪道の関なるへし 一へみ○への字をさへ嫌ふゆへは是は猶嫌ふ事 つよかるへし。上古はみの字をつかひたると聞えたり 立て見。居て見。降み。ふらすみ。曇りみ。晴見。野をな つかしみ。おほつかなみのけふのなかめや。なとゝ読たれとも 今はこのまぬやうにいへり。そのみ文字迠あれば。読へか らすと云なるへし。風をいたみ。とまをあらみなといふは 各別の事歟 一とよみ 麁はきにうらび礼おれは足引の山下とよみ鹿の とよむ。といふも同し。古今に秋なれは山とよむまてなく 鹿にと読り。栄稚古今抄に歌合なとにて読は笑ふ 事なりと有 一ちかふ○永万二年中宮亮重家の欲合顕眼の歌 夜もすかち行ちかひてやすみぬらん心はそちに月は心に 俊成の判に云此度の歌におほく。ちかふと云詞のみえ侍る もし此頃の歌のをかしき事となれるにやあらんそれを もしらすや。かやうに申にやとあやしく侍ると有。愚案 永万歌合重家歎 心あらは我にちかはて時鳥尋る方の山路にをなけ 後画 一今こそは出ちかふなれ時鳥しはしこそのに侍へかりける法也 右の顕昭の歌北ゝちかふの詞よみたる三首有愚案今は ひちかふと云を。いひしにたかふ。おもふにたかふなといふにや。それも すくなし。かはるといふ詞にて大方かなふと聞えたり題 暇は歌人なり物しりなりしかれともよむ程の哥みな難せ 法師 られしは俊成の六条家を云おとさん為也 一をして○足は梓弓をして春雨なといふをしての事にや事 一おもはぬ○定家卿の云おもはぬ中なとにはあらて かやうの詞いつより読侍る事にかとありといへり。定家卿の 然と得す かく宣ひし哥を。しらされは何とも心得にくしわれと人との 中に。おもひおもはぬといふ事の外には思ひもよらぬ。思ひ もかけぬといふ詞を略して 一声の義かまほしさに時鳥思はぬ山に旅ねをそする基後 花のちる山かけてすむあま人は思はぬ波に又かへるらん家隆 風吹はる所になるみのかた思ひ思はぬ波に鳴千鳥かな秀能 かやうに読るおもはぬの詞の事にや。三代集。伊。源物語の 敵にもおもはぬ中思はぬ方と恋の歌に煙や月や夢に よせて読る歎多し又後撰集に 朝忠 時しもあれ花の盛につられは思はぬ山に入やしなまし つちけれはといへれは思ふ人の心なるへけれとも思はぬ山と いへるは思ひもかけぬ山。思ひもよらぬ山。といふに聞えたり。然れは 思はぬ山に旅寝し。思はぬ波に。なく千鳥と読るも同し 事なれは。此思はぬといふ事ならは定家卿のいつより 読侍る事にやとは宣ふましきにや。此外には思ひよらす 一おもほゆるかな 八雲御抄におもほゆるかな。心地こそすれ。中々興し たる方もあるへしと有。上古の歌の終りの句に如此し 此詞なとはほから〳〵なといふとはまたすこしかはりたり。 ほから〳〵といふはその詞なり。おもほゆるかな。心地こそすれは 。詞のつゝ身の詞也。ものにそありける。侘しかりけるなと同分 の詞也 一おもへは水の 我はかり物思ふ人は又もあらしと思へは水の底にも有かな 伊勢物語の歌也。野老元来歌の道不案内。その上小智 少見ゆへ伊勢物語の此歌の外此詞読たる歌をみす 定而ある事ならんか。それとても此続おほくはあるまし 察するに足は伊勢物語樟尺の時か様の詞今読 へからすと云たるを。書付たる物なるへし 一をのか○定者詞を嫌ふにはあらす住吉歌合に 月花を。なのかといふいとをしやと判にみえたるを。書付 たる物なるへし。歌にては月花を第一に賞翫する事 なるに月花に対して。をのかといふ事は平懐の詞なりと いふ事也。鳥獣草木などに対して。をのかといふ事嫌ふ 事にあらす今の公家衆も読せるかゝ詞なり 一おもひせて○音もせておもひに。もゆるなと読る そも文字入ゆへ詞。のひるに聞ゆ。思ひせてといへは詞いひ 詰。つまりて聞ゆるか 一をのつから○心得なくては読へからす口伝ありと いへり。口伝を聞さるゆへにそのわけをしらす朝あけとは 読へからすといふ類なるへき歟 一わりなき 心をそわりなき物と思ひぬる見る物からや恋しかかへき 栄稚古今抄に。わりなきの詞今は読へからすとあり そのわけ心得にくし。源氏物語に多き詞なり。栄稚の か様に宣ひたるはまへ延慮の詞のうち。落くるといふ 詞の所に。絶て桜のなかりせはの歌の事を書たると同し。 事なるへし。わりなきの詞。栄稚より後の人の歌にも 多し後水尾帝の御製小も今の公家衆もとも思 なくよませるるゝ事なれは栄雅の僻言おほせられ 俊大の用ひぬ事のやうにいふ人もあれとも今のくる衆の 人 今迄読ぬ事をも。いひ出てみんとおもへは堪能名人なるは 左様の事はよまぬ腎と制せらるれは。呉竹のうき ふし茂きよ。波のより〳〵袖ぬるゝ瀧の糸くる人綴す。有也 くしけあけてふたたひかち衣たつ日かさねてなと やうの事のみをいひつらねてみれは。みなふるき歌にいひ 尽して。我読出したる所は一つもあらねは。何の面白心 ありて。此道を求まなはんや。心せまく智浅身ゆへ是に なづみ此道の零廢せん事をなけかしくおもふまゝに如此し 一かなしかりけり嬉しかりけり 六百番の歌合の判詞に。未練の哥読は常に好み読 り。あまりなる事にや侍らんとあり。是もその一首に 付ての事也。読ましきといふ事にはあらし。阿仏の妙に 嬉しきものには嬉しく。悲敷事には悲しきと読に。何の くるしき事あらんと書り 一よもすかち○新熊野歌合俊成判に不可可 廃幾と。是もその一首に付ての判の詞なるへし。終 夜といふ詞を好まぬといふ事にはあらし 一谷こし嶺こし 一向に可レ除詞といへりそのわけしらす 一袖にこき入 紅葉にはは袖にこき入てもて出なん秋は限りとらん 栄ノ稚古今抄に今は不レ可レ読といへり愚案めしてか様の 宣ひしよりいへりそも〳〵此読まし身詞と書出たるを みるに。伊勢物語のおもへは水の底の詞。人丸の此歌の。 かりのおほひ羽を書入たり。人丸の歌は万葉集より 始ていか程かあらん上代の歌にはか様の詞。是より猶。今 ほと読ましき詞あまたあるに。此歌一首のかりのおほひ羽 おもへは水の底の願書出して読へからすといふ事。次末 して書事ならはさら〳〵あるましき事なり是をお もへは。人の歎物語を聞て我の時心覚えに書付置たる 事ともを。何の吟味せんさくもなく善悪の差別なくの とをりを書付写して。世にひろめたるものとおもはれ は。偽言とも。あやまりとも。とりあけていふべき事には あらさらんとおもへと我等こときの歌しらぬものは。書 付てある事を見やぶりてくるしくなしともいはれす 人もまたゆるさす然れは詠歌大概に詞はふるきを 以て先とせよとある。そのふるき詞のうち。読ましき といふ詞。是程多くては。何を以て歟敵を詠すへき そや。新敷心をもとむるといふ事はかたき事のよし いへり。新古今時代の上手たち色に心をくたきて あるとある程の事をはもとめ得て読れたれは。その もとめ残しをもとめんとは今世の堪能の人たるへし 我等こときの者の。新敷珍敷心をよみ出すと いふ事は中々思役たる事也せめては珍敷詞にても 今迄読ぬものをも。いひ出てみんとおもへは。堪能名人ならては 左様の事はよまぬ腎と制せらるれは。呉竹のうき ふし茂きよ波のよる〳〵袖ぬるゝ瀧の糸くる人役す。至 くしけあけてふたたひかち衣たつ日かさねてなと やうの事のみをいひつらねてみれは。みなふるき歌にいひ 察して。我読出したる所は一門もあらねは。何の面白心 ありて。此道を求まなはんや。心せまく智浅身ゆへ是に なづみ此道の零度せん事をなけかしくおもふまゝに如此し 一かなしかりけり嬉しかりけり 六百番の歌合の判詞に。未練の哥読は常に好み読 り。あまりなる事にや侍らんとあり。是もその一首に 付ての事也。読ましきといふ事にはあらし。阿仏の妙に 嬉しきものには嬉しく。悲敷事には悲しきと読に。何の くるしき事あらんと書り 一よもすかち○新熊野歌合俊成判に不レ可レ可レ可 摩幾と。是もその一首に付ての判の詞なるへし。終 夜といふ詞を好まぬといふ事にはあらし 一谷こし嶺こし 一向に可除詞といへりそのわけしらす 一袖にこき入 紅葉はは袖にこき入てもて出なん秋は限りとらん 栄雅古今抄に今は不レ可レレ読といへり愚案惣してか様の 詞を皆読へからすとあり。是は堀川院の御宇の比の 歎。万葉集を歌の竈として。詩なとにある事。由緒 ある詞等を。詞のこは〳〵敷にもかまはすよまれたるを 俊成卿あしき風体とおもはれ。先師六条修理太夫 顕季を捨て。左衛門督基俊にたよりて此道を聞。 又基俊を捨て。今の二条家の風体に読かへられし と也。俊成卿心から底から。詞のこは〳〵敷をきら はれたるゆへ。制せられしものなるへし。此段は俊成の心に あはさるよりおこりたる事なり。俊成の末になりては 六条家の歌をいひ落さん為に。色々の事をいひ成る ゆへ僻言おほし是に付てさるものゝいはく。歌のよし あし風体ともにさら〳〵急身にあらす。さるゆへ六一 条家あしとも。二条家よしともさためわく事知す 推量を以て考るに。六条家の風体あしけれはこそ 帝王大臣諸卿ともに。二条家の風を用られて末の 代迄も俊成定家のをしへをまふり六条家はすたり 行なれは。二条家の。六家まさりたるといふ。又壱人の 云。申さるゝとをり誰とても善悪のわけ智る人あらし 弓馬力わさ碁将碁なとは勝劣そのまゝわかれり 管絃音律は其調子を十二の音律小吹あはせて たゝす所也。歌の善悪は人々のすき嫌ひにまかせて。 褒服する事なれは。本をたらして善悪を定めは 六条家の風体まさるへしや。然とも人の心は花にうすき。 色に移るものゆへ六條家の詞こは〳〵敷を不用して。俊美 風流をよしとして。二条家を用たる物なるへしや。羽の羽巴 。琴。笙威甫策。笛も。本式をいは。今上野の楽人の 奏する樂か本なれとも。それをは人面白が馬で御前 。座頭。嶋原。狂言。官出しの羽今三尾線をおもしろをへ よすると同しかるへし。知さる事なかち。天台宗門は諸 宗の最初にて。桓武天皇伝教大師御心をあはせられ 王城の鬼門に正暦寺をひる礼国家安鎮の御尊敬 今に至て断絶なし◯然に法然上人。日蓮上人と云出る 天台山にて学文して後。浄土宗。法花宗とて二宗 新宗立て諸人のすゝむるに。皆人足にかたむきて。 今諸宗の中にも。多きは此二宗なり。然るとて天台 の法門に。此二宗のまさるといふ事はあるましきにや。千 戴集の風になりてこそ君の威をとろへ清に告し められ初給。新古今撰せられて後華久の乱も出 来て三上皇武家の為に遠国へ移されさせ給ひ王位 いよ〳〵これよりかろく。裏裏徴せしも。歎の風体 のあしくなりたるゆへにはあらさらんなれとも。その裏 徴せん時世の前表に。新宗なとも出来。歎の風体 もあしくなるは。人の心に誠を思ふ事なく。色につき。香 にめて。我心をほしゐまゝにして。おこりをきはめ。下を めくみあはれみ。すくふ心なきよりおこるといへとも 是も又。その時節の来る時なるへし 一つゝく 広田歌合につゝく聞よからすといへかはその歌にて 聞よからすと云事なるへし六百番の歌合にも 春くれは氷をはらふ谷風の音にそつく山川の水 此判にもつゝくの詞不庶幾一と有 星者余情ありといへり千五百番歎合 なひきゆく尾花か末に浪越てまの野分につらく流 是をは拝勝といへり今公家衆おほくはまるゝ初世 一露の夕暮 あれわたる秋の庭こそ哀なりまして消なん露の音 今別の詞とて四十余首書出したるうち此詞此哥の せたるもあり除たるもあり。か様の詞の歌とも又別巻 に取たてたく思ひて。少々書付に置たれとも。是さへ やう〳〵に出来たれは。尤衰レ難叶歟 一なさけ○六百番歎合に情ありなといひて 侍る事。詩なとにはよき詞なれとも。歌にはさまて 侍らぬにやと有。愚案此判之詞難心得一詩に情の 詞あるへからす。もし和漢朗詠集なとに。和訓 をませ。家々のなさけなとゝよむ事にや。それは読 続公のよきといふ事はありとも。詞よきとは心得に くし文永二年歌合に仙洞御製に。なさけの詞あれ とも判者為家雑せられす。いかさまにも歌の善悪 難渋言も第一は読て。よりて。歌にはさのみなきやう にも。おもはれ侍る。公家衆の歎合の勝負は武家剣 術の勝負なるに。歎悪敷負をとちなさへ面目な からんに。六百番なとの判の詞は。あまり平懐に恥唇サ をあたへらるゝやうなる詞あるは。俊成卿に似合さる 事のやうに思はれ侍る 一なにかほ○かたちかほ。うらみかほ。ぬるゝかほ。 しらすかほ。はくるしからすと書り。然れは右四の外 オキマ三上 に。かほと読はあしきといふ事歟。右くるしからすといふ 四つのかほも。歌によりてあしかるへし。四つの外のかほも。歌 によりてよかるへし。順徳院の外にも春はありかほの 御製は。褒美無際銀 色かほ残りなく暮ぬる空の色顔に一葉日野ぬ冬の山かな とひ顔詠する雲のはたてを飛顔に天津空行初雁の声の声 とも顔春来のはな引柳のとも顔に空にまかふや遊ふいとゆふ 時動顔思ふ事はるとも噺には思はぬに時知顔に咲る花かな花かな ぬわ顔忘ぬる契りし月も袖の上にぬなるゝ顔かほなる人の俤あげ りかれ顔夜もすから花橘を吹風のわかれ顔なるあか月の袖露 わか物新し山廻る時雨の宿か根原わか物かほにいろのみゆにん かたみ顔恋侘てわれと詠めし夕暮もなるれは人のかたみ顔なる生な かはち顔なけゝとて月やは物を思はするかこち顔なる我なみだ哉あり たのめ顔是も又空たに曇れ郭公たのめ顔にも詠くらさん藝 つけ顔郭言鳴てあけぬと告顔にまたれぬ鳥の声野聞ゆる皃 恨かほ秋風はすこく吹とも葛の葉のうらみ顔にはみえしとそ思ふ事 残る顔白菊の散ぬは帰る色顔に春は風をもうちみつわかな 折知顔霞立嶺の早蕨是計おり知顔の宿もはかなし日 宿顔郭公なくや五月の宿顔に心匂ふのきのたちはな日 まさり顔冬の木の霜もたまらす鳴風に星の光そなり顔なる日 心を付部野山人に心を付顔に花より先にかゝる白雲 こたえ顔 あり顔とはれつるいつにならひのあり顔に今宵更ぬと又歎くらん あ申顔吉野山もと住人にか侍れはねたくも花のあるし顔なる蘇 さそひ顔すむ山を月は浮世に出るそとさそひ顔なる秋の空哉雅楽 きほひ顔風さむみ三保の浦へをこく船に山の木の葉の葉のきほひ顔なる暮 きうす顔里なるゝたそかれ時の子親きかす顔にて又なのちせんゆり ゆる顔梅かけて我しめあひし梅かえにゆかし顔なる鴬の色なぞ みせ顔立かへる春を知ともみせ顔に手をへたつる霞なりけり西め 二条地 しらす顔もろともになれ雲井は忘れぬに月は我をも知す。顔なる しらせ顔後の世をしらせ顔にもかゝり火のこれて過る鵜同船かなり船かな家 しるへ顔あかなくにまた夜を篭て帰るさのしかへ顔なる月もうぬし しり顔みな人のしり顔にして知ぬかな心死ぬかならひありとはゆり しのふ顔恋しくは彩をみてたになくさめに我打とけて忍ぬ顔なり一條 催し顔塩竃のうらみて渡る雁金を催し顔に帰るなみかな靈 梨木集第三之下 一なみ 海川の波の事。人並。藤並の事にもあらす詞にいふなみの事 たるへし 今よりはつきてふるなん我宿の薄をしなみふれな白雪 むつましと君はしらなみみつかきの久敷世より祝初えき か様にいふ。なみの詞事たるへし上古の詞ゆへ読へからすと 云なるへし。秋の田のかりほの庵の苫をあらみ。須磨の蜑 の塩焼衣をさをあらみ。なといふやうに上古は見の字を つかへりくはしくはへみと云詞の下に注す見合へし 一なかめ 此なかめといふ詞当時みな事に読是を嫌ふ。昔の歌は皆 程過たる心によめりと云て證歌 後京極 新鳥物思はてかゝる露もや袖にをく詠てけりな秋の名音 此木の戸に匂はん花はさもあらはあれ詠てけりなうちしの身や 如此過去したる事に読と書たり愚案前に書付 通り。星も新古今の歌にて。只此両首を證に立て。当 時みる事によみたる。詠の歌をすきと捨る僻言なり よく〳〵是を考るに。詠といふ詞。過去したる事に読たる 歌とて。新古今の右の両首を書付て置たるを見て 何の事もしらぬ者の此読ましきといふ事ともをは書付 たるものなるへし。それを世に用かは不審ゆへに。うたかひ多く 〇 出来て。迷ふゆへ此書付を思ひ立たるは此老法しの無部 短才の後難のそしわを身にうけん事をいとはす後学 の人の足を以て善道を聞得る。たよりにもなれかしと思計 に如此し。右過去したる詠とて。證歎小橋たる二首の縁も 見る事也。けりなといふにて過去になるといふ事を。心得さる と聞えたり。けりといふ事を。三字につかふ時は。けらしと云 春来にけり夏来にからしと云。元日更衣端的の詞也 な文字にて過去になる也。井筒にかけしまろかたけおひに けらしなと云桜花咲にけらしな。なと云。是みな。な又処 一字にて過去したる事にも。又思ひやりたる心にもなる證 歌なりといへはか人不審して云。それはいかにそや。万歳にはいかに 色つきあふ秋の露ふりてね。ふりてね。妹か袂をまかぬと予り と読。生駒山雲那隠しそと云。又ふる雪のけなはおしけん 雨なふりこそ。なといふ。千文字の事にやそれはみな莫 の字句の字にて詞の上につく 朝戸出の君かあゆひをぬらす露原。早く起出つくひし窓の すそぬれな 勿謂今日不学来日 詞の上につゝ。な文字は右之通。勿莫の守也多今日不季来日 人莫知其子悪部 下につく。那文字は手葉のな文字なれは心得にくしと いふ人あり此わけを。歌の詞にていはんは殊外むつかしく。書 付てもすみやかに心得にくかるべし。歌は大和言葉にて俗 語なれは聞すみやすく直に。俗語にて申也。小袖を 着る。秦を呑。隣え行といふは常の事也。此詞の下に。なき 文字を 付れは。着なな。吉な。行なと云事にてその事をとゝ むる詞なる。儒書仏経の文字にかゝは。着ることなかれ吉 事なかれ行とのなかれといふにかよへは莫の字句の字の やうなれとも。それは唐の文字音智のつかひやうにて 大和言葉は莫の字。句の字にはいはす此大和詞の 那文字手介葉のやうなるものにて又哥にいふ手金葉 にはあらす。仮名四十余字のうちにては何れに通ふと いふに。その字に通ふ。那文字とそ文字は五音も違ひ。非 通もたかへり是が大和詞を心得たるといふ事也。下学 集とか云て。節用集の注のやうに。近世の物知りたる 人の書たる書物に。無二分体無二如所といふ事。世俗の 誤なりと書れたり。儒者の漢字を用。それに引合せ ての事。成程断たち尤なる事也。乍去唐字詩語の学 ひはかりにて。日本我朝大和詞の学ひなきゆへに。世俗 の誤と思へり。是ば唐人のつかふ音色とは。各別の違ひ にて。小袖をきるなといへは。或ぬ事に通し。茶をのみ そといへは。のまぬ事に通る也。勿体。成在の四文字は音超 にて唱ふ事なれは。勿無の詞たしかに。誤のやうなれとも 梵語にても漢音にても唐人のやうに唱ては通せぬ ゆへ。大和詞を以て手余葉に用てつかふ事。日本人 の詞の習ひ也。六十六ケ国のうちにても国々所々によりて 手入小葉の違あり。世諺に京へ築此原に関東さ。 とも 下野国。なもさといふを。出羽会津にてはもしなといふ 此外。です。なとゝいふ詞をつかふも。みな上古よりの其所そ の国の期也。万葉集第二十巻防人の歌を以て 考知るべし。又此詠の詞に付て。詠といふ事は。なかむる事に 読。あはれといふ事をは。あはれなる事によむへしといふ 事は。六百番の歌合に有家歎に 色々の花ゆへなへに立出し詠迄され霜かれにけり 此判に。霜かれの野辺をなかむれは。詠迄こそといひ ても遑はあるましけれと。野原の霜かれて。又詠といふものも ありてそれも枯たるといふやうに聞ゆ。詠の詞不二唐幾 とあるをみて。右の事書も又読ましきといふ詞にも 揚たるなるへし。野老来歌の道を学はす。夫故 此事に付ても又うたかひあり。師を。もとめてうたかひを はらさんため則爰にしるす同六百番歎合に信定 秋の色のうつろふ野辺をきてみれは哀は枯ぬ物にそ 信定と有は慈鎮のかへ名也。此判の詞に。秋の色のうつ ろふ野辺に。あはれはかれぬといふ心。哀おほく籠りて 見え侍るとあり愚案。有家の詠迄こそといへると 慈鎮の気は枯ぬといへるとは少詞のたしかなるとの違を 有ける わくへきにや。百歩にして留り。五十歩に留るといふ たとへのことく。同し事なるへしや。哀は枯ぬとよめるも。秋 の野辺の草はみな祓ひ果たれとも。別に哀といふ ものゝありて。それはかれぬやうなるとはいはれましき にや。慈鎮和尚は摂政関白大政大臣忠通公の御子にて 棊実棊房兼実此三人みな摂政関白に任し 給ふその御兄弟にて六百番の歌合は御甥後京極 良経公の左大将の時の寧にての歌合也天台主にて 大僧正なれは高管北にいひ俗姓といひ仏法の道哥の 道いつくに不足なけれはいかに俊成卿歌の名人なれ はとてやう〳〵皇大名宮太夫に任し位三位に叙せし ゆへ官従智威におぢおされて六百番判にも明ちか ならぬ所ありとそ人申侍る 一らく○足はみちく。かくらく。こふらく。なと 同六十三下 いふ上古の詞の事也万葉にはおほくの子をつかへり 上代の詞なり。みまく。氏かまく。いはまく。ゆるまく。とはま せまく。またく。きかく。なとゝつくり此詞を読ましき といふ事なるへし此詞にかきらす惣して。詞も何事 一偏には定むへからす 此歌をとりて定家卿 塩みては人ぬる磯の草なれやみらくすくなく恋しくの 多き みつ塩に隠ぬ磯の松の葉もみらくすくなく霜む と読り又定家江の歌にも 春かな わたつみやいく浦々にみつ塩のみらくすくなき中のかよひ 有人のいふたとへいかやうの詞なりともその歌を本歌に取也 読時はその詞をよみ入てよろしき也。皇歌の道の秘伝と いふ事也。右の二首もみらくと読ずして只。みへすなと いふやうにいひてはあしかるへし。上古の詞好み読へからすと いふ詞を。よみ入てこそ本歌もたゝ敷聞えてよろしけれ 余も准之しるへしといへり みつ塩の波の下草いやましにみらくて人のとをさかり行る処 一むへ○前に有なみといふ詞の顔也是もみちくの所に来たり 十二月春秋の草木の草木のしほる程はむへ山風を嵐といふらん 後撰 青にきく松かる嶋けふそみるむへ心あるあまは住けり 是を本歌にとりては 新十端 草木にもあらぬ袖たにしほれけりむへ山風の秋の夕暮 新千載 新葉 吹からに秋の光りのあらはれてむへ山風にすめる月かな ことの葉おからぬ松の木陰かなむへも心ある神やうへけん 亦あるものゝいふ。新千載。新拾遺。新後拾遺の比はか様 に本歌の詞を多クと礼利新続古今よりこなたへは 本歌詞一つおもかけ計を読事。是に心もちの口伝ありと 一うとき 読ましきといふ詞にはあるへからし定家卿のうときと いふ事此比いかまほしきやうになりたりといへるとあり とめこかし梅成せなる我宿をうときも人は折にこそまれ 一うれしかりけり○かなしかりけりといふ所の下に注す 一うき身○足も嫌ふべき詞にあらす波か 一うき身 身とか文字を入ては聞よからすといふ 涙のみ木の葉時雨とふりはてゝつ身を秋のいふかひとなし 一うき人 一今はたゝ風やはらはんうき人のかよひ役にし庭の皇路 水無瀬歎合の歌也判言波人近比も人も読て伝しよは身 やうに聞え侍ると有是をみて書たるものなるへし難せぬ哥 多し今の公家衆よみ給ふことはせ ○六百番歎合家隆の歌 一うす霧 煙たつ賤か庵りかうす霧の籬に咲る夕かほの花 是は季径の哥にかやり火の煙いふせき 此判に左のすゝけぬ 一賤の屋にすゝけぬものはゆふかほのはな 右の薄 霧ともによろからすと有此判すゝけぬといへる詞の事 うすなりといへるは右の歌をさしていへるなるへし此わけ草 の原の詞の下にていふ建仁の歌合にうす霧平にたて とも歌のさまよしとて勝に定此耳にたつと云詞に 心得あるへき事也今の公家衆よまるゝ詞なり 一まに○読間鋪詞にもあらす嫌ふ詞にもあらず音也 此世には心とめしと思ふまに詠そ果ぬ春の曙顕昭 是も 六ろ露 三の合に うちむれてすみれつむ酒に飛火野の霞のうちにけふも暮て 散つもる花をふましと思ふまに道こそなけれしかの山こえ 此三首のまにの詞ふそくとあり俊成卿の我らひと聞えたり 乍去定家の歌 暮そめて草の葉な引風の海に垣ね涼しき夕顔の道 判に風のまに聞にくきとも覚え侍らすと有詞の続に よりてよくもあしくもなる事必定也詞によしあしをいふは僻 言也 一まちうくる一気らし をして。てしかな。むへ。へみ。しか。かも。けらし如此の詞上古 の詞ゆへ好ますといへり其分テほから〳〵の詞の所に書 一気さきなき 付る 気さきなきいまた旅なる時鳥花橋に宿はからなむ 栄雅古今抄に此詞好み読へからすと有此詞此歌より 外には何にも見へす。ある事もあるへけれとも。少見無二是非 古今の秘伝と云抄に気さきき鳴と有然れは今朝 来て鳴といふ事と聞えたれともうたかはしき事也上代の 梨本三下 詞関東山家の者の詞小人の間来る挨拶の詞に よくきなさつた。といふ枕のきなは。来な也。那文字詞の たすけ也。よくきなさつたにても同し事也。そのきなの 詞に。またきの字を付たる詞か。いはさりき。しらさりきな といふ詞に。きの字を付る事歎の詞の習也。心得さる故 にか様にも心を附てみたれとも。抄にある事なれは今朝 来鳴なるへし 一気しき 行通ふ人たにあらは問てまし山路の菊の秋の気色を 冬枯れの野辺の気色をみぬ人や秋の色には心そめけん 両首ともに俊成の刻に。歌のひめころしく侍かと有中務親王の哥に 入給 □□□□□□□□ 同二十二丁目 三十二日 雲迄に哀は絶ぬ気色かな秋の夕部の村雨の空 為家の云気色の詞詠すへからすと。亡父定家卿申さ 礼しとあり然とも定家郷の歌に 今よりの気色に春をこめてけり霞も果ぬ明ほの空空のより 足を以ておもへは。為家卿の応ひし詞にはわけあるへし但し 宝治歌合蓮性か陣状を以て。判の趣をみれは誤り多シ 中務宗尊親王の音羽山花咲ぬらしの歌の褒美も 誤りなるへし。同し作者の遠山鳥のをそ桜の一字のいひ かけ。かなつかひのせんさくも誤なるへし。為家も後には。誤 と心得られたれはこそ。訓難ありし。心なかくも残る花 かなの歌は。ぬしの撰たる。続古今集に入られたる。夢 褒 美ありし。関のこなたに匂ふ春風の歌はぬしの撰たる 続後撰集。読古今集の両付等に。のそか礼たり。さる ものゝいふ気色の詞二字ともに音にていふ詞也。大和歌 は此国の詞を云述る事なるに。二字ともに音の詞いかゝ といふ事あれとも。上古中古の歌にあまた読たる詞 なるを末の代に読へからすといふは。上古中古の歌読をへ 難するに似たり。然れは読へからすといふ事あらねとも。心得あるへ 一ふるやあられ き事也と云 建保都合の判に定家郷ふるやあられやすからす 聞て侍らん八雲御抄に歌を。上手ひてきかせん故に 吹や嵐。たつや霞なといへる事をこのみあへり。これ必へ いみしとも聞えすゑ安楽是は順徳院の御下心あるへし推量 するに。あし引の山桜戸の類の事たるへしや 一ふくあらしかな○定家卿の吹嵐かな。深山辺の 里。秋更て。此三つは制せられし詞の中にてもつよく 別せられしと也伊勢新名所歎合の判に為世郷も 此段書載羅れて。つよく制せられし也。宝治歌合 為家江刊に。吹嵐かなの歌二首負に定給ふ。是は詞の つかひやうの悪敷一首のうへにての善悪にはあらす吹 嵐かなといふと悪敷になるやうに思はれ侍る。定家江の 当座の此判の詞計にもあらす子々孫々追制せるなく 西田様子細あるへけれどもしらざる事也。他門にはあなまし き事。二条家へは此吹あちしが。たゝりをなしわざはひを 吹来る歟。家を吹やふるか。悪神悪魔の乗り来る 事もある歟。然は制し給ふ事尤也 横雲のたる引山の岡へなるすきも白く吹嵐泉 笹の葉は深山もさやに打そよき氷れる霜を吹嵐かな 浅茅生や袖に朽にし秋の霜わすれぬ夢を吹嵐かる通光 此池の木の義にに遊ふあし鴨のは羽こきませ吹嵐かなる隆 時雨行かたの原の紅葉はに頼かたなく吹嵐かな 越くれて頼む山路の常盤木の下葉はけ敷吹嵐哉 露をたに今は形見の藤衣あたにも袖を吹嵐かな秀能 成斯吹嵐かなと読る歌ありて新古今にも撰し入られ たるに右の通り定家郷より初て為家郷その末迄 制せられしゆへにや読てもなく読てもあしきになりて撰 集にも入す玉葉風雅には惣して嫌ふといふ詞もなく 読ましきといふ事をもたてす歌さへめつらしけれは撰 し入られたる事なれは右の両首にはある事もし 袴ねとも尋ぬる迄もなけれは其通りにしてさしを き侍る然るに先年書たる物をみれは 草の原月の行衛にをく露をやかてつねと吹嵐哉 浅茅生や残るは木の冬の霜をき所なく明嵐かな 侘はつる我思ひねの夢にさへ契りしられて吹嵐かな 此三首を見付出し作者は誰ならんと思ひたれは両首 なかち定家卿の歌也愚問賢注に頓阿の云三代宗通 俊成定家 の家を云別せられし詞大方は優美なる詞にて後学 末生好み読たるはめつらしけなしとてやめられた るにやと云云是を以て考るにも此吹嵐かなといふ 事さのみ優美なる詞ともおもつれす風の吹嵐の 吹といふ事は。常の俗語にもいふ事也。かなと留る事是 亦常によむ事也。白き。青き。詠。かはすうときなと いふは何にもいひ。何にもつかふ詞なれは後学末生の 何事にもいひ続たらんには。詞も耳な積めつらし くもおもはれす。肝要のときいひ出して。余情かき りなからん詞を。むたとづかひふるさんは。徒事と思はれ 制せられんはさもあるへし。此吹嵐は風の名にて。その 外はつかふへき事にあらす。たとへは。花に吹嵐かな。月に 吹山風うな。霞小吹嵐かな。雲に吹吹嵐かな。簾にふく 嵐かな。すべてか様にいふへきとの事にや。それは 此吹山風にはきはまるまし月にふる時雨かな。雲にふる時雨 かな。松にふる時雨かな。浦にふる時雨かな。袖にふる時雨かな 又花にかゝる雲かな。月にかゝる春かな。松にかゝる雲かな 山にかゝる雲かな。浦にかゝる雲かな。か様の類いくらと いふ数限りなかるへし里を思へは其一首につかひ やうのあしきにて。わるく聞ゆるにてこそあらめ。吹嵐哉 深山邊の里秋更ての詞読ましきかえ。子々孫々まて 云伝えて。他門の読迄を制せるなる事心得にくし 一こゝちこそすれ 八雲御抄ににくしとあそはし又思ほゆるかな心地こそ すれといふは中々に興したる方もあるへしと有。三古の詞 世定家江の歌 ふる袖の山あひの色も手つみて身もしほれぬる心地こそ 一こなた○嫌ふ詞にあらす貞応歎合に定家卿の云近年多シ不二甘恐 あはれ○嫌ふ詞にあらず今公家衆も読給ふ詞也。浪の 哀。水のあはれと読はおもはしかしらすといふは。秀句にかゝる 故也。詠の詞の所に書 一あさはか 一あとはか 栄稚の此二つの期。はかといへは墓といふに似たり読 ましと有。星は例の延慮。物いまひ強くする人のいふ 事也屋。足をおもへは。はかなみといふ事も読ましき にや新千載源家長歌 袖さへてぬる夜の床もさむしろの夢をはかなみ松 一ありけれは一あると思へは かせそ吹 八雲御抄ににくしとあり 一あをき 定家郷の此比の歌は皆まろゝき白きにて侍ると難 せられしといふ。是はよの詞の別とはかはれり。物を見て その色をさして。青き白きといひぬれば一首の 歎よろしく聞ゆ。中納言家持の寒天の関夜。那にの 物色もみえぬに。更行空に向て。白きをみれはと読る 此詞の感情。言語に述つくしかたし。此外月白し。露 白しなと読る。すくれてよろしき詞なるを。上手も下手 もよき詞とて。ひたと読事ならは。聞ふるしめつらし けもなくよき歌のさまたけになるへしとて。制し給ふ とそ。是は左もあるへき事也。近年小太夫かのこと云て 此原地のかのこを染出したる時には当世ものといはれん人は 此染を着し帯にもせすは風流にはあらし。縫花金 入は。ふる〳〵敷。おもくれて悪しと。諸人もてはやしたる に。年〳〵に多ク染出して。在江のよめむすめ。姥。かゝのか ふりものに。する事になりては。初よきと見たる目と違ひ 今は見苦敷なりたれば。詞も人毎にいはは。よき詞も 聞くるしく成なるへし 一あらんとすらん○上古の詞といふ 一あちまし 八雲御抄につくしとすむかしより今に至あまねくよむ詞也 一あさあけ 僻桑集に朝明と文字にかけとも。実は朝曙と書也こへり 秋たちて幾日もあらねと此寝ぬる朝気の風は袂す と云拾遺集の歌を書出して。此朝気の風を。万歳に あさあけの風と七文字にいひ。気さの朝気と五文 字にいへり。それをあさあけのなし五文字に今いふ 不二甘心古今。後撰に此詞なしと書つは愚案此館あけ の詞読ましきと云事不レ被二心得一もし玉葉風雅に 多く此詞あるゆへか此事終りの句に読へからすといふ 遠山の松。夕暮の山の下に書付侍る土御門院御製に 朝明の霞の衣ほしそめて春たちなるゝあまのかく山 此御歌のある百首を。家隆に点を被仰付に家隆卿 此御歌に点を懸らるゝ。扨御内意にてもあるか。家隆卿 より此百首を読人不知にして。定家卿へ越されたるに定 家郷も此御哥に点を懸。脇付に姿詞難レ及候。真実 羽勝にて。目くれ候との書付し給へは。朝あけの詞の とかめは猶ひなし右の僻案集に書し事は大形僻言也 邪推なから。足は為世卿の門弟とも。為兼卿の歌日出 にて。此風体に都帝王摂禄臣かたむきて。玉葉風雅 の両撰集有しゆへにそねむ心にひかれて。定家卿の 名をかり。僻案抄をも書出したるにや。此次宗申千程 六條内大臣有房公は。千種頭中将忠明の祖父なれは 大覚寺殿方の人たるへし。然れは為世郷の門弟たる へし隠道の後。野守鏡と云書を作り。為兼郷の 歌をそしる。その歌は なけとなる有明方の月影に郭公なる夜半のけしきを 萩の葉を能々見れは今そしるたゝおほきなる薄 此両首をあけて為兼の歌をさしれり。此歌をそしり 給ふ六条内寺は歌の道にそれ〳〵の風体ある事を知さる 人かと思へば。佛学迄も達し給ふといふ人なれは。まして 歌の道しろしめさぬ人とはいひかたし。玉義か集の歌を以て 其僻言を難して。そしり給はゝ尤たるへし。折角そし るとて此国首を引出されしは。扨はそしるへき所のなき かとおもへは。為兼の手から也。右両首常の歌の風体に あらす。此風の一体なり。定家郷の歌にも 夜もすからねくるためぬ郭云さもいさとなる郭公かな 慈鎮和尚の拾玉集。西行法しの山家集に。此風体の 欲多し。扨又足は今迄僉儀なき事を。公を安か申候得は 僻言たるへけれとも。うたかはしさに。不審を立申候定家卿の 三部打といふ書の中に。雨中吟といふ有。大子の憲法 十七箇条にかたとり。十七首の歌を読。浮代のいましめ にし給ふと云。然れとも十七首の歌。憲法といふへき 事とは思はれす。憲法に読給はゝ。たとべは六儀を以て なりとも。三體和歌の格を以てなりとも読れ。六儀第一 鳥風也。足はそへ歎なり。然ともかやうに読ては。そへ歌に かなはす。稚といふはいわ弁歌也。か様に読てはめてたる詞 はあれとも。風躰いま〳〵し。春夏はふとくおほきによむ といへとも。か様によみては。詞こそふとくおほきなれ 一首の歌は。かしけからひてあしゝ。又四季恋離の哥 にて成ともか様に読は。賀の歌のやうなれと。すかた をとろへ。いま〳〵敷所有。なとゝこそはあるへきに。十七 首が。大方秋の雨の歌なり。秋は刑官なり。それゆへ うれへかなしむ気味をもたせ。雨の歌にて。雨中吟 の名にとりあはせたる作りことたるへし。ある人の云定家 郷の歌に 道野辺の便の柳もえそめて哀思ひのけふりくらへよ 此歌。風体よからすとて。勅勘をかうふり給ふといふ。然は 此歌の風体。詞つゝきうれへかなしみ。いま〳〵教所有 と聞えたれは此やうによまれて。憲法ともあらは 尤たるへし此雨中吟のうちに 打しめりすゝきのうれはをもりつゝにし吹嵐になひく村ま といふ。風雅集の歌あり此歌を以て風雅集をそしる へき為におもひ立たる。作りことなるへし。風雅集は 花園院の御自身。えらませ給ふに。御手伝は。大納言公 蔭冷泉中納言為秀。二条の為基。三人ともに。定家 未孫。歌道一派の人々の定家卿のわさ〳〵風体悪敷 読れて。雨中吟と名付たる一札にある歌を。なにし に入らるへき。是を以て考又雨中吟の哥を以て 思ふに。憲法に立へき欲にあらされは。風雅集 撰せられて後の作りことにて定家卿の名を かりたるものなるへし。惣して此読へからすと制す詞 風雅焦等にある詞ゆへかやうに心付侍る 一秋更て 一秋のあけほの風雅集永講門院内侍 吹しほる四方の草木のうらはみえて風にしらめる秋の曙 いさ命思ひは夜半につくしはてぬ夕部もまたし秋の曙 判言題のあけほのあたらしく得共勝とす 一秋更て○まへの吹嵐かなの所に注す 永満門院内侍 高砂の尾上の月に秋更て松風ちかく鹿そ鳴なる 長月のあり明の月に秋更てうつ音さむしあまの狭衣雅親 大納言 隆直 二条家撰集にはいまた見あたらす飛鳥井家の撰集 新続古今に両首ともに有更る秋かなと定家の読れた る歌は見えたれと秋更てはみす 定家 いかならん鎮ふつらゝに冬更て外山の殿は四方の松風 冬更てといはれたるも秋更てといはれたるも同し事と思はれ侍いかゝ 一雨の夕暮○今板本に出たる別の詞のうちに有 又制の詞といふを四季恋雑の詞にわけて書たる本には 雨の夕暮を。夏の都に書たり。星は雨の夕暮北えいふ詞は 夏にはあらす。新古今の夏の歌を以てのゆへ也右の歌は うちしめりあやめてかほる郭公なくや五月の雨の名音 此歌の菖蒲そかほるといふか別の詞也。雨の夕暮は書違 たるにや。雨の夕暮と読たる歌は数多し右の別の詞に 月のかつちと一つあけて。木枯の風と又書たり。月の かつらと云も木枯の風といふも常の事也。稚経の 風雅焦等にある詞ゆへかやうに心付侍る 一秋更て 一秋のあけほの風雅集永講門院内侍 吹しほる四方の草木のうらはみえて風にしらめる秋の曙 いさ命思ひは夜半につくしはてぬ夕部もまたし秋の曙 判言題のあけほのあたらしく偽共勝とす 一秋更て○まへの吹嵐かなの所に注す 永満門院内侍 高砂の尾上の月に秋更て松風ちかく鹿そ鳴なる 隆直 長月のあり明の月に秋交てうつ音さむしあまの狭衣雅親 大納言 二条家撰集にはいまた見あたらす飛鳥井家の撰集 新続古今に両首ともに有更る秋かなと定家の読れた る欲は見えたれと秋更てはみす 定家 いかならん鎮ふつちゝに冬更て外山の殿は四方の松風 冬更てといはれたるも秋更てといはれたるも同し事と思はれ侍いかゝ 一雨の夕暮○今板本に出たる別の詞のうちに有 又制の詞といふを四季恋雑の詞にわけて書たる本には 雨の夕暮を。夏の都に書たり。星は雨の夕暮といふ詞は 夏にはあらす。新古今の夏の歌を以てのゆへ也右の歌は うちしめりあやめてかほる郭公なくや五月の雨の名音 此歌の菖蒲そかほるといふか別の詞也。雨の夕暮は書道 たるにや。雨の夕暮と読たる歌は数多し右の刻の初に 月のかつちと一つあけて。木枯の風と又書たり。月の かつらと云も木枯の風といふも常の事也。稚経の 歌は月のかつちに木枯の風と。つゝきたる二句を別といふ なるへし。雨夕音誤か 一あちきなく●栄雅古今抄に此詞今は詠へからずと有難篤 一さもこそは○八雲御抄にいとしもなき詞と有 一さそな○八郎兵衛村に近世人との詞也余りに成ぬれは耳なれ 一きくはまことか○同御折ににくしとありぬへしとあり 一我はねたくく礼ねたゝ○近代あまり互なれぬ 一君○天子の御事当世公方の御事をは ○天子の御在公方の御世公方の御事をは 君北之読へし六百番歌合迄は思ふ人を窓と譲り今は 読さる事に云 一ゆかしき 嘉応文治承の歌合の判に児女の略せる詞にて歌詞にあ らす撰集にもあれとも不応幾といへり撰集に ある詞を非歌詞とはいかし 一夕月夜定家卿の歌 秋の日のほのかに露の色わきてまたき非心しき夕月夜かな 夕月夜をくらの山に啼鹿の聲のうちかや秋のそらん 栄稚古今抄に小倉といはん為夕月夜といふ。今は詠すへ からすとあり此夕月夜の事に付て。四説を聞侍れとも。何 も断と耳に落す。うたかはしそれゆへ今は直レ読と宣ひたるにや 一雪の曙○経房の歌合に此詞を俊成卿難せら 礼しは此詞俊恵法し歟読出したるとの事也後忍俊成 同し時代なればとかめち礼し事近世の新敷読出し たる詞をは詠すへからすといへるにかなへり。それより後 今の世迄も無意読事是亦右のことはりにかる へり如此別せられし俊成も 又も猶人に見せはや御狩するかたの原の雪のあけほの 念と云は歌合のときの事にて常は別なき事にや左も おもはれす 一みゆる曙一身をしるま 栄稚古今抄に今は不可読北ら有 一嶺こし○谷こしの所に書付る 一みえん 春たては花とやみゝき白雪のかゝれる枝に鴬のなく 此みらんば。みるらんと云事なるゆへ。みえんと云説不用然も 今は読へからすといへり愚案顕法密勘小言。みらんを みえんと書たるをは。俊成卿消して。みらんと書給ふ。また 頼政の歌に。霞をや煙とみらんと読礼しを。優におかし と感せられしと宣ふ然を読へからすとは誰か別したる 後十道 事にや。明香井集に雪中除夜雅経歌 こよひふる折の雪の明はては初花かとやみもすらん 一深山嶋の里○まへ吹嵐かなの所にしるなす 女ののの空にあくかれて夜かれて夜かれて夜かれて夜かれて夜かれて夜かれて夜かれて夜かな 四 神無月ふかくなり行梢より時雨て渡るみやまへの里 詞花 千載 新崎占今 同 雪消て元くのわかなも橋へきにさ云さへはれぬ深山への上 一散はてゝ後さへ風をいとふかな紅葉をふける源山への里 雪ふかみ人も問こぬ先にきて道ふみそめつ深山への里 問人も初雪をこそうちこしか道とちてけり源山への里西行 さ。飛しさを何にかこたんかゝれとて身を隠してし深山への里のみけれ 〽長月や月も更ぬる影みて身をあき巣る深山への里僧内 二条家の撰集には深山辺の里の歌を不入新続古今には有 一身社つちけれ○こその一字にて詞あしく聞ゆ 入道二品 親鸞 儀同 三司 一みしろく ○空蝉巻に木丁のすきま。くら けれとも。うちみしろきよるけはひいとしるしとあり。蓬 生愛に。忍ひやかにうち身しろ身給へるけはひも。袖 の香も。昔よりねひまさり給へるにやと有。此詞いか程も有 一しほけき○広田歌合に聞よからすといへり 建久歌合に俊成のいかにそやといはれたり。蘆幾や侍 らんとあり 一しみつく 栄稚古今抄に今は不可詠と有是も嫌ふ詞にあらす 家隆さゝの葉にしみつく霜のよをへてはみ山もさやに 衣うつなり 一しか 思ふとていとこそ人になれざらめしかならひてそみねは 恋藤 か様にいふしかの詞の事たるへし万葉時代のふる氏詞 とて。をして。てしかな。けらし。むへ。へち。へみ。しかぬすと いふ読ましきといふは僻言也 一しろき○白きといふ詞を定家卿の読へか らすと宣ひしは。此詞をおしみ給ふゆへなり。則といふと おしむといふは。似たやうの事にて。心もち大きにかはりたり 詞をおしむは。歌人の優なるく也。白きものを。白雪。白露 。白雲。白波なといはん尤の事なるを。此時代。嵐も白し 。霜も白し。行袖白し。川音白し。鳴音も白し。なとゝ 讀ゆへ白きの詞をおしみ給ふなり此おしむといふと別 といふわけを。制の詞とぬしある詞といふ一巻にくはしく 書たるゆへ爰には略し候 一人こゝろ 貞永歌合に定家卿の今好み読ましと云り遠島御歌合に 人心移り果ぬる花の色に昔なからの山の名もうし 此御製に直の勅判に人心といふ事近代よむましきに 定ちれ侍るよし聞侍れども。世にましろふへき歌にも なけれは。しらて持とするとあそはしたるは。定家の好み 読ましきといはれたるを○僻言と思召たる御下心と聞え たり。その定家卿の歌にも 俊成卿の雪のあけほのゝ類たるへし 人心程は雲井の月はかりわすれぬ袖の涙とふらん 一ひちて 袖ひちて結ひし水の氷れるを春立けふの風や 栄雅古今抄に此詞古今に多し。浮撰にすくなし 拾遺になし。今の世に不可レ読と有愚案栄雅古 今抄の事。落くるといふ詞の下。わりなきといふ詞の 下にも書付たれは。爰には略し侍る。今板本の抄は 東山殿慈照院義改将軍家にて飛鳥井栄雅 脇森御講尺の本を◦速水親祐といふ人の所持したるを 玉信といふものゝ懇望して。相伝したる本なり。永禄 四年二月十八日の書付有。玉信奥書之趣年号 付につひて疑しき所多けれは。真実慥なる栄稚 の御益尺とも思はれす。親祐か所より伝え得たる古今 抄か。又別本の事歟。その年号月日は明応七年 四月日と有て。その下に従三位と書。その肩の脇 付に。飛鳥井栄稚自筆の奥書也とあれは是 か東山殿にての条尺の本にて親祐か所持の本か と思へは。東山殿薨去は延徳二年正月七日といへは 明応七年より。十年前なれは其本にて無定所 明白也。又玉信か奥書の初筆に。古今集清書。住 宅炎上ら間被レ取二火神一依レ之端々覚レ之分書二薬 之以二僻ノ案抄の説一書レ之云云云是板行に出たる古今抄 の事か。文言前後混乱して理委てすます然は是も 栄稚の御名をかりて私の抄なるへけれは◦僻言あるも。栄 雅の御誤にはあらし 翁にけり氷りし池の春の水又袖ひちて絵計に後藤 袖ひちて絵ふ白浪立あり氷計の松の下陰家屋 一物にさりけり物小そありける 同し詞也にそありといふそ文字とあ文字か父母になりて さ文字の子一字になる也万葉の順反といひてかなのけ様 限なき君か為にと折花は時しもわかぬ物にそ有ける 貫之の歌に 照月のなかるゝみれは天の川出るみならは海にさりけり 海にそ有けるといふも同し定家卿の歌にも 秋ふかき嶺の白菊風吹は匂ひは空の物にそ有ける ける 一物侘しかる 物さひし 物ゆへに 一物かなし 一物なちなくに むかしの詞には此物といふ事を詞のうへに置てつかひし也 糸による物ならなくに別路の心ほそくもおもほゆるも 此なちなくの詞上代の詞也まへらくといふ詞の下に注す 此歌を源氏物語に物とはなしにとか貫之か此世なかち の別れをたに心細き筋にひきかけけんと書たる もかの文字をさりたる筆法也といへとも読まし き事とはいふへから奇歌につよみよはみと云事有 万葉の風体上古の詞を読小そのをしへと同し たとへは 梨木三丁 御狩する人屋聞見すきの野にさほとる雉子知しき 此初五文字より三の句迄は近来の歌也下の二句は古風たる と難せられし又顕眼の歌に 夜をふかみしはなくかけは我ことくねても覚馬も恋や 俊成云屡鳴家鶏恋や無便の詞直に座幾然も 勝と定む愚案此書付の初筆に申たるは爰にて 察せられ候へ堀川の院の御宇の御歌人公実基俊 俊頼顕季みな万葉の歌を本にたてゝそれを写 して読れたるは定て歌山よみてこそよけれと心 儀極りての事たるへし俊成卿顕季卿を師として其後 基俊小習はれ両卿の風体優美ならずとてたしか なる敵を我ちはれて花にうつされたり正三位知家 は名 六条家の嫡孫那礼とも。幼少にして父にをくれ給ふ ゆへ。定家卿を師として。歌の道を学ひ其器用人に すくれて後。二条家の風を捨て。六条家の風を読り 足二条家の風悪敷とおもはれての事歟また六条 家の歌の道絶なんを思ひ悔て。本をおこし給ふ事にや 此段の心はしられす。是を二条家にて。定家を師と 頼。その恩の忘れて。六条家の風にかへることそしる 是亦いかゝ。俊成卿は両師のをしへをさへあちためられし 。先例をおもひ給ふへし。一方にては秀歌名歌といひ て褒美し。此風体か様の詞をと好み読は。又一方 はそれをそしり。それゆへ歌の善悪まづしれす。 風体邪正定かたし。古今序に書上たる六人の哥仙 の中にては僧正遍昭をよきと定家卿の申上ら れし時遍眼か歌は誠すくなしといへるに。いかゝと勅意へ ありし時定家卿の。それこそ歌と申ものにて御座候と 勅答ありしと云伝へたり。乍憚是とひ考はるに。二 条家の歌は。羽比羽巴。理今。鞠楊弓の類にて。月見。花 見ゆ山翫水の風流のあそひものにする事と相も はれたるなるへし。実体多しかなる人を其席にては。 嫌ふと同し。我聞歌の道といふはに者臣合体して。有を 治め。民をすくひ。夫婦和合して家を調へ道を守る をしへ 訓と聞たるに。誠なくてはいかしと思ふも。此道の極意を智 さるゆへな利 一もゝ草○栄稚の古今抄に千種といふより聞に くしぬみよむへからすとあり今の公家衆読給ふ事也 一せまほしき●上古の詞也 一すさふ○すさむといふも同し詞也建保歌合に 定家卿此詞を難せすして勝と定む。又うちたにすさ め麻の小衣といふ歌をは。褒美し給ふ。またすさふの 詞好み不レ可レ詠と古人の宣ひしとも致レ申し事あり。かれ に詞も轉へすれはまよふ事のみなり 元禄十一 戊戌 寅八 年五月日露寒軒入道梨本隠家 撰之 此一冊は梨本茂睦か作也庵の前に山梨木一本 有しゆへ利等本といふとそ乞食のやうにいへとも此書を見 れは那人ともいはれす狂人かといへとも猥なる行跡なし 常に筆を友として煎茶をのんてその身の楽といふ齢 七旬にあまれとも厳寒をふせく無便薄衣を着して 身のあたゝまる事なししかれとも是をうしともおもはす 無学無欲にして道理に通し歌学をもつとめされは歌を もよむ事なく此書の趣のことく僻言をかなしむ作する 書おはつかし茂安か獨り言。僻言しらへなといふ有此原 の一本若此糸隠家百首庄九郎物語も茂睦か作と云 元禄十二巳年七月日従五位下源朝臣 元禄十三庚子四春吉辰 武陽城北書林 平野屋吉兵衛板 4863