伊與簀垂女純友 前・中・後編
- creator
- 勝川春扇畫
- created_at
- 2026-08-17T19:23:18.080Z
- updated_at
- 2026-08-17T19:23:18.080Z
- field_rights
- CC0
- field_creator
- 勝川春扇畫
- field_language
- 日本語
- field_has_image
- true
- field_identifier
- 10010000014338
- field_ocr_status
- completed
- field_title_yomi
- イヨスダレオンナスミトモ
- field_attribution
- 東北大学
- field_oai_datestamp
- 2025-12-02T15:05:15Z
- field_oai_identifier
- 10010000014338
- field_ocr_updated_at
- 2026-08-28T18:53:25.651810+00:00
丁丑
表殿
狩
第
册
馬琴作
人代画
曲亭馬琴作
勝川春扇画
伊与簀垂女純友
甘泉堂梓
前編
坊
伊與簀金女純友といふ合巻の絵草紙
人五六十一代朱雀天皇の天慶二年。西海の凶賊前伊豫掾
◎
語
藤原純友。四国九州をうちみだし。備前。女干高さぬきの介国
風等を追出し。追捕の宦軍にうち勝つゝ。坂上の敵基を打殺。
して。錦のおんはたをうばひとり。悪きやくかぎりなかりしに。再庭の
発
追捕便小野のよし古。源経基の武勇にくぢかれ純夫がたのみ
切たる。伊賀寿太郎等うち死し。純友はいよのうらにて。橘の遠保に
いけだられ遂に首をはねられて。賊らんたちまちしつまりぬしかふどもに
た
とし基が。賊の為にうばひとられし。錦のおろ声はかへらず。太郎が
第いがじゆ次郎が。ゆくへもたこんてしれずして。はや十よねんをへたりける
也
前年
文化十四年丁丑正月発兌
五月稲
曲亭馬琴御くず
天暦十年春三月吉日
音
すえて
青
水
今宵も
ふむや
橋の霜
鷄忠
観
音
堂
繪
馬
置
十月十一日
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
天慶九年七月十日
藤原氏
〽すみ友がざんたう
いがじゆ次郎はるたけ
大勢伊勢守
四
みはさ
これを
をとかに
とりに
みかたを
かたらひ
をんな
なりとも
いよはた
どのを
われもり
たて
むほん
あげ
しめ
くんの
あた
たる
もと
□□□□
とをやす
これらは
すでに
世をさるとも
その子どもらが
くび打おとし
いこんをはらさんまゝ
それよとひとりごとする
折からに来かるむすめ
のじゆんれいにみとがめられ
したしはぶきに
まぎちかしつゝ
いでゝゆく
よみはじめ
山でらの
ばるの夕ぐれ
来て見れは入あひの
かねにはなぞちりける
それはふりにしかた山でら
こゝはみやこのひがし山きよ水
でらのはなのかけよりくる人や
たきのいとさんけいくんじゆ
くりかへし引もきらざる
れいちなりはや夕くれになる
まゝに花よりさきへちりてゆく
きつと見まはしてさては今のはゆめであつたか
ところはまさしくとりべ山むしろ戸たれたる
小屋を見ればおいたるのぶせりのおんなはまさし
ろうにやくなんによそのなかにふたいのらんかん
つうつゑつきてうまくねむりしくわいこくの
ぎやうじやはふつとめをさましあたりを
思ひがけなく子のりあひいよはた
ひめのありかをしれりわれかくまでに
身をやつしくに〳〵をめぐることすみ
友どのゝちすぢをたり立こしゆうの
うらみをかへさんと思ふねんりき
むなしからず大くわんぜうじゆの
ときいたれりかねて
うばなりし
わがこしゆうすみ友どのくおく方なるしらなみのうばなりし
しよぢするにしきの
四回廿一回回一回回回回回一一一一一一一一一一一一一一回
〽きじは
南シ
ぼう
火に
へびは
ほう
うら
女が
めづらしやいがじゆ次郎われはなんぢが
しゆくんとたのみしいよのじやうすみ友が
やどのつましらなみのうばなるぞ
さんぬる天けう三ねんにすみ友どのと
もろともにわれも命をおとせしが
ふたりがなりのわすれがたみいよはた
ひめはめのとにいだかせふかくうき世を
しのばせしにとしはやつもつて十七才
おやの為にあまとなり今はなにはの
かたにありしかるにとしごろ日ごろ
よりしゆくんのうらみをかへさんと
こゝろをつくすなんぢが義しん
あだにはさせじとわがたましひゆめに
ことばをかはす也いよはたどうしんけんごにて
五かいをたものあまなればなんぢ何ほど
つねもととをやすは世をされどもその子
すゝむるともどくしんはすまじき也しかれどもわがたましい
いよはたにのりうつりなんぢがほんゐをとげさせん
左馬のふみつ仲たちばなのやすちからはみなこれ
次へつゞく
まへのつゞきのがれぬかたきの
かたはれぐんじんの
ちまづりにこの
ものどもを
うちとつて
すぐさまみや
こへせめ
のぼりなき
ひと〴〵の
けうように
そなへて
くれよ次郎
つみ死地水火気
はるたけわが
いふところ
いつはりならぬ
しるしをみせんと
もえしさる
たき火の
うちへ身を
おどらせて
入るよと
見えし
しらなみ
の
うばは
たちまち
いちだんの
くわゑんと
なりてにしの
そらなにはの
かたへとびさるよと
思へばそのまゝ
うたゝねのゆめは
はかなくさめに
げり
〽はやまる千次郎
はるたけたぐひ
まぬなる
まぬなる
そなたが
義しんそれ
しらぬには
あらねども
ほとけに
ちかひは
やぶられ
ら
いつ
たん
は
いなみ
その
しんてい
を
見るからは
をんな
ながらも
すみ友が
わすれ
がたみ
世に
も
れ木
いがじゆ次郎はるたけは
まさしきゆめの
たちこえつゝいよはたの
あまのゆくへを
ちゆくへを
そこかこゝかと
たづぬるに
つげにまかせてなには津へ
それかと
あはず
思ふ人にも
あまりの
ことに
もとめ
もとめ
かねて
かねて
かたほとりに
世のふう
むえんつかこといふ
ぶんを
石たうありこれは
さんぬるころうち
うかゞふに
和田の
みさき
の
▼
としわかきあまやあると
ほろぼされしすみ
友らがぼだいの為にある
あまがひそかに立たりといふ
ものありこれなるべしと心よろこび
女のつかのほとりにいたりて
なれば立出て
あちこちをたづぬるにしる人
たこへてなかりしかばもしやと
思ひてよごとくにむえんつかの
ほとりにたゞずみまうづる人をまつほどに
あるよのことなるにざもうつくしきひとりの
あま太うばとしきみをたづさへていがち
ともなくいで来たりくだんのつかへたむけつゝ
君こうすがおもかけを月あかりにてよく見れば
をさながぼにおぼへありまがふかたなきひめ
なのりあいひた
すらむほんを
すゝむれどもあまは
さら〳〵みゝにも
かけずとゞむるたも
とをふりはらひずん
どたつてゆかんと
ゆかんと
次へつゞく
申上候以上
きは
ない
しん
□□□□□□□
かたらん
サヽ
ちがう
〽スリやおきゝ
入れくだ
さきしか
八郎ありが
かたじけ
なや思ひあまつて
なや思ひあまつて
思はぬ無礼きれ
ぬはしゆう〴〵
ふしぎのきえる
五
まへのつゞきしいがじやも今はいさめうねおどしのかたな
引ぬきてふりあぐるやいばのいなづまそれかあらぬる
いちだんのしんくわこくうをひらめき来ていよはたの
ふところへ入るよと見えしがいよはたはやいばの下を
かいくゞりかたへのたうば引ぬきてうけとゞめたる身
のこなしはじめにはにぬけなげのはたらきさすが
のいがじゆもあしらいかねやいばを引てぼうぜんたり
〽いがじゆ次郎はいふはたがけてじゆつはやうわざ心ばえ
までたくましきをこんじふかくよろこびふところ
にひめおいたるにしきのおりはたをとり出しこれは
さんぬる天けう三ねんさいしよのくわんぐん坂の上
のとし元をうちほろぼしそのときうばひとつたる
はたなりすなはちこれをおとりにしてしん王せつ
けのあんたのみと世にひろうするときはみかたを
あつむるでたてのひとしな大せつにし給へとわたせ
ばいよはたうけだつてまことにこれはきたいのちやう
ほうかたじけなしとおしいたゞきさらりとひといて月
かげにすかしながむるうしろのかたよりやうすうか
がふじゆん礼むすめかねてたりぬるにしきのみはた
このちへわさしやとむつとたるぎよつとしながらいよ
はたがふりはらはんと身をひらくをすかさずつけ
いるさそくとさそく引あふなかへひらめかすいが
じゆ次郎がだんびらものゝやいばはそれておんはた
をなかよりふつとたちきればかみはいよはた
下のかたはじゆん礼むすめが手にのこり人もみはた
もそのまゝにわかれ〳〵になりにけり
世のならをいとふまでこそかたからめかりのやどりをいとふきみかな
それははりにしえぐちのさことこゝはさがたるてつかいがみねの
をさきのくさの戸にやどりをもとむるじゆん礼ありある
やうすはしらはのむすりうへにおひづる手にひさく
ふひさく
すがたはたびにやつれても
けはゝできよきはなの
えみあいきやうづきても
どこやらがをとこ
まさりのひめ小松
ひく手によらぬ
ひとりたびけな
げにも又あはれ
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
なり
越
○さるほどに
いよはたはさす
かにめでたき
どうしんもいがしゆ
次郎がすゝめによりて
たましいたちまち入
かはりをなごにまれなる
むほんのくはだてことなる
まではとそのまゝに
てつかいがみねのをさき
なるふるでらに引こもり
はじめわがみともろともに
かしらをまろめすみ
染のころもにさまを
かえたりしめのと岩
がねとしえみを木
田の浦なんどにこゝろ
なみがあくれらのせうげ
にてまどうへ入りし
ざしをしらするにいよはたが母しら
たが母しら
次へうつる
女すみ友
〽つれにおくれて
ことさらなん義
みちふみまよふて
みちふみまよふて
まゐりました
こよひいちやの
やどの御むしん
おかし
なされ
くださり
ませ
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
つゞきしゆう〴〵なればみないち義にもおよはず
してこゝちよしといさみたちこれよりおこなひ
あら〳〵しくぼだいのみちをふみたがへおこな
あら〳〵しくぼだいのみちをふみたがへて
はかいむざんのありさまはよそにきくだも
あさましく又あるまじきあくぎやうなり
かざりたてたるぢぶつだうはかんきん
もくぎよのおとたへてかうろの
けふりいつしかにくものすに
あとをのこしきやうもんは
あとをのこしきやうもんは
引さかれてあかりまどの
風をふせぎどらにうはちは
火はちとなりていりたり
なべのしほけにさびたり
さればさけにあかしさけふ
くらしてあすのたく
はへをいとはねばまして
いちにちのたるはつにも
出すいがじゆ次郎は山かせ
ぎしてその日その日をおくれ
どもかぎりなきしゆう〳〵
おこりをみつぐべきに
あらねば
あつめて
人を
おふ山ン
ことを
きは
よて
したり
うまい
さかに
くひも
まで
大きな
なさけ
し
ない
すれども只あるときは
〽又御かろう
しらざればそれすら物の
えがたきをりはきやう木
ことはもたきつくし
ほとけをゐろかへ
うちくべてさけを
あたくめよさむを
しのぐみな
あるにまかせてたることを
もつたいなくもほんぞんの
わる□
ばかり
つぼねやく
をのへが
なくて
のこり
おしい
しらなみが
あく水うの
なすわざとは
いひなからかきも
これも海ぞくの
ちやうぼんと
いはきたるすみ
友がちすぢを
ひくりんゑの
きづなぞ
せびも
せびも
なき
おぐしが
のびたち
なを〳〵
うつくし
からふのふ
おいらも
あぶ
たら
たでね
見てへす
○かくて
かくて
あるよのことなるに
いがしゆ次郎は大ぜいの
小ぬす人を引つれてふもとの
かたへ立いでたりのこるは岩がねみを木
左のうらひるよりのさかもりにたえずやありけん●元
〽おれはいがじゆで
●みな〳〵なんどに
えひふしたり次へうつる
そちはいがぐりあま
あまかは
むいても
次へとつる
くえそもないはへ
いよはたは只ひとり
くれかゝる日のいと
くらきにまだ
どもし火はつけ
ざれどもまづ
もろきり戸を
たてんとてはし
ちかく出る
ちかく出る折
としまだ
わかき女のこゑ
にてたびの
やどりをもと
むるものあり
こなたはこゝろに
いちもつの
いちもつの
けしきを見せ
うちうな
づきこゝろよく
もてなしてゐろりの
ほとりへいきなひ
入れくにとそろす
のれくにところを
とひつかれをなぐ
さめわかき女中の
ながたびにみち
つれにおくれし
たはこゝろほそ
さを思ひやられて
やうすきくさへ
いたはしし見
給ふごとくあれ
はてたる山でうの
ことなればせつかく
やどはいたしても
よるのものとて
SIINININIINININNINIINTISEINER
〽さてはそのよ
のしゆん礼どの
●みめ
〽見わす
〽見わすれも
せぬおびく
にさん
〽まさ
たがい
ひとへもなく
まゐらすべきもの
もならせめて
たき大工よさむを
しのがせやまちや
せんじておませんとて
ゐろりのうづみ火
かきおこしそだへし
折てたきつくる
あかりに見あはす
かほとかほきよつと
しながらつく〴〵と
たがひにしばし
うちまもりどうか
そなたは見た
やうなといはせもあへず
じゆん礼むすめ見わすれも
せぬあまほうししかもせん月
廿日のよ和田のみさきの
つかはらにていがじゆ次郎と
むほんのもとろみとはずと
しらるゝすみ友がざんたうで
あらふがのといへばいよはた
あざわらひそういやみちも
よのつねのじゆん礼には
なかりしよなのりや〳〵とつめ
かくればこなたもひるまず身
たねさんぬる天けう二ねんのふゆ
惣大せう坂の上のとしもとのらうだう
がまへしなのるもくやしなみだの
すみ友が為にうたれ給ひし官軍の
進藤六直もりかいひなつけのつまそめ
おつとのゆくへをたつね〳〵てかくまでうきみを
五つすことみなす迄火がわざぞよしされは御しゆくん
ふけゆく
かつら
かけ
〽あとくらま
せしその
人にやどり
人にやどり
めとむる
〽たせうのあく
はん
おもひがけない
〽御ぞうさで
ござんす
①とし尾あそん四とくのいくさかぶれしときあへなくも
うたれ給ひあまつさへみかどよりあづけ給い
にしきの玉はたをかたきの為にうばられ〽つぎへ
又みやこまで久る折きよ水でらのぶたいにてあやしき六部が
ひとりごと云のなはさだかにしらさねどもすみ友がざん
とうならんと思ひしゆへにあとをつけみやこを出て
なにはがたもと森しみちへかへりつゝはりまぢ
ちかきみさきにてあるよそなたと
めぐりあひなのるをきけばいがじゆ
なり折からわたすにしきの
御はた天のあたへととび
かゝりとらんやうじと
よりふりとたちきられ
よりふりとたちきられ
たちろくひまに二人が
ゆくへ見うしなひたる
くちをしさ女ながらも
武士のつまなるそめいとか
そのかくれがへ来たりしはうどん
げのはなうき木のかめ又あひ
がたきこのみのさいはひとてものがれ
ぬてやばつと思ひあきらめきり
とりしみはたをわたしてなわかゝりや
かくご〳〵といきまきてつとにつみし
ふところをかいさぐりてゆん手にとりだす
みはたのかたはれひざつきたてゝつめよせたり
いよはたさわゞけしきなくそのみもやがて
くわいちうよりはたのかたはれとり出しさせい
みなたはこのはたをおめ〳〵とうばらねて
すみ友どのにうたれたる坂の上のとし老が
すみ友どのにうたれたる坂の上のとし老が
ゆかりのものでありしよないへの子にもせよ
あらそふまもなくなか
いちねんとゞいてはからずも
一トこしを手ばやくたり出しそりくちかけ
つゞき」給へはついにそのまゝおいへはだんぜついひなづけある直もりどのもしやうちじに
し給ひしか又せんぢやうをきりぬけてつゝがなくおはするかと人づてにとふよしもなく
世にありなしをゆめにだもしらまほしさに母人もろともじゆん記すがたに身をやつし
いよのくにへとおもむく道中あらしのせどにて母におくきもしやあとにと引かへし
切かとし
かへす
かたな
みそ
こそあが
まつかう
きつ
さがかに
はたと
きる
きられて
あつと
まろぶ
ほとも
岩がね
やりのほ
さきを
ひこめろし
たのうち
小わきかた
さききらひ
なく
つまにもせよかたきのすゑはねをたつて葉を
からさねばねざめがわるいしかもむきずな
此辺のすそをとうれていかばかりのこり
おしくも思ひしにそちからもたせて
わざ〳〵とてうへ命のおくり物
ねたばあはしたあみだのりけん
とたばあはしたあみだのりけん
たせて
いんどうわたしてじやう
ぶつさせうこちへ
かへしやと手をかへる
はたなひらりと
ふりはらひ
すぐにし
ぬくやいばの
いなづま
こなたは丁と
みをかはし
どもに引
ぬくかいたう
をぐちあは
あはししの
きをけづるしゆ
水んのきつさきいとも
ふすまのあまたには
女郎すをうかゞふ岩
やうすをうかゝふ岩
かねたのうらみを木
くらみをゆ
もろともようゐの
竹やり引さげ〳〵
はげしかゝたゝかひけり時に
はしり出さきへすゝみ
しみを木のあまが
こゑをもかけずみめいと
がちのしたふかくぐざと
さすこゝろえだりと竹
やりをなかよりはつしと
〽どりこい
やらぬは
すかしよの
ふかでに
そめいとは
よはる
北
いよはたが
のつかくり
たる
とゞめの
かたなつぼう
はなや
よあら
ちりぎは
おしき
なり
いへうつる
〽しめた
也
〽あたまをわつて
かんがへても
うまらぬものはし
わしひとり
いたみ入たる
手の内じや
なり
いきたえたれどもいよはたらはてもおはず
つひにそめいとをさしころしてかれる
しよぢせしおんはたのかたはれをたづ
ぬるにいづちゆきけんかいくれ
見えずまさしくをんなが
手にもつたるはたのうすべき
やうなしとて
やのうち
をさかせとも
そのかたはれはなかり
まへのつゞきみを木はきうしよのふかでにてそのましに
神
〇
安一
〽いへのほまれ
みのめんぼく
これと申に
師の御おん
えんにつな
かる安ちかゞ
かる女ちかゞ
いちこのさい
はい大けい
しごくしか
らは此まふ
はやおいとま
〇
かくてよ
あけをふもとより
いかしゆ次郎らかへりしかば
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
いよはたはありしことともはじ
いよはたはありしことともはじめをはりを
ものがたるにいがじゆきゝてまゆをひそめ
はたの事はぜひもなしかくねがをしられて
ありのたうよりつゝみくづるゝわざはひも
がたしはやく立のき給へといふといふにいよそ
けにもと打うなつきそれよりしゆう〴〵
打つぶたちていづちともなくたちいでしが
しばしゆくへはしれざりけり
かくして人をころし物をうはふとふうぶん大かたならざい
みかどしんきんやすからすときのくわんばくせん義あつてつい
たうのおんさたしきりなりしかるに先ねんすみ友をうち
たいうけし六そん王つねもとたちはなのとほ安はちかごろ
さねばすみ友がさんたうしよ〳〵のさんりんに身を
女すみ友
〽みの仲の家しんふぢはらの仲みつ
〽左馬の介源のみつ仲あそん
世に多田のまんぢうと
まうすはこれなり
まうすはこれなり
蒲
〽氏けいの弟子なり
一なじいの弟子なり
むこがねなりみつ
仲もよろこび
ずいぶんともに
ゆだんなく大こう
たてられよ
世をさるといへ
どもその子どもは
ちゝにもおとらす
いらはすみ友がじゆ
水うの地なれば
ざんたうおほくはかし
こにはるべししかれども
つねもとのちやくなん
源のみり仲は武家
のとうりやうとして
ちやうていのしゆご
なればける〳〵いよ
へはつかはしがたし
へはつかはしがたし
たほ安ゟちやく子
たちはなの安ちかれ
みつ仲か為に
雁平がく
一氏けいの弟子なればくつ
けうの
もの也
女
安ちか
いよの
ふに
地に
〽いよの女安
らうたう
めいせうせ
みつ仲あそんは女も
みつ仲あそんはやし
ちかの人となりをし
せうびのあまりかねに
おんむすめもゝぞの
ひめをめあはせんと
おんやくそくありといへ
ともにはかのにんこり次へ
つゞきなればその義におよはずあとより
こし入れさせ申さんとなほこんえんを
Q
かため給ひぬ
〽なはぬ
ことじや
くどい
こゝに坂の上の小石丸としつねと
まうずるは橘の遠やすの
二なんにていよの介安ちか
の弟なれどもをさなき
時より坂の上のとし
元のよう子となりて
かのいへの家とくたり
しかるによう文
とし元はにしきの
おんはたをうし
ないしおち
どによつて
そのみはうち
死したれども
なりもはてゝは小石丸
のかたへ立のきしが忠しん
そのいへたちまちだん
ぜつしていへのこらうに
てうちり〳〵に
ぜつしていへのこらうとうちり〳〵
ろく〳〵とるらうしてあふう
くあふみ
安
遠藤
六直
大之叶
もりといふ
もの忠義
の為にせん
鹿屋寿美右
じやうを切
ぬけてひそかにみやこへ立かへり小石丸にめぐり
あひてしゆう〴〵あふみにしのひつく日かげの
身をぞうちなげく小石丸はとしつもりて十六才に
なり給ふしかるに此たび兄やすちかすこと麦がざんたうを
のせんさくの為口よのくにて
おもむき給ふとつたへきゝ
やう父のあだたる木み友が
ざんとうを打とつとたこざた
いへをおこさんとてしゆう〳〵
しのびて都へのぼり兄女
〽ちかの他出をうか
がひいよへの世を
ぬかへども
きんていのはゞ
がりありたて
したしく
ことぞも
かけられず
ついにほゐ
なく
わかれ
けり
〽すりやとふ
あつてもおきゝ
いれはござり
ませぬか
20107
伊與簀垂
第
狩衣
女すみとも中
純友
曲亭馬琴作
勝川春扇画
女純友
中編甘泉堂梓
進藤六直もりに
らひなづけせし
そめいとがはゝ
おやかた田は小石
丸のめのと也
坂の上家だん
ぜつのときかた田は
かひ〳〵しく小いし丸を
かきいだきてあふみの
さかもとに立しのび
一
むすめそめいともろ
どもにあまたの
としをおくりしが
そのゝちたえて
むこ直もりが風の
たよりもなきゆへに
此はるにはかに思ひ
たち物こがあり
かをたづねんとて
〽ひきやくを
小石丸をば心
ゆうれいに
しりたるしるべの
しりたるしるべの
かきしは
画工のさ
りやく也
田がめかた
かた田がめ
にはひきや
にはひきや
くと見ゆ
るなるべし
かたへたのみおき
そめいとゝ只
ふたり四こくの
にてそめいとをみうしなひ
そこかこゝかとたづぬる
ほどにはからずもむこ
進藤六にめぐりあひ
なほ又むすめをたづね
かたへたびだちけるみち
しにさちにゆくへも
しれざればもし
成はこ
たしかに
ついにかへら
つゞき五さらに心ぼそさも一トしほますかた田はある日の夕ぐれに門の戸たてんと
する所へひきやくと見えしひとりの男かど口よりさしのぞき近藤六の
しゆくしよはこゝかなつの国よりとゞけふみありおわたし申スといひ
あへずしぶかみにつゝみたる状ばこをなげ入れて見かへりもせず出てゆく
かた田はこれを見るよりもそは何人の状なるぞつの国にはしる人なしかどとゝ
ちがへ給はずやこやなう〳〵とよびかへせども件のひきやくは見もかへらず
はしりゆくうしろかげこしよりしもはなきがごとしこはあやしやと
みのけだち思はずかほをそむけつゝふたゝび見ればその人のかたち
きえてなかりけり只何となくむね打さわげはかの状ばこを
たづさへてなんどのかたへはしり入りを藤六にしか〴〵の
ことこそあれとつげたりけるしかるに小石丸はちかごろ直もり
もろともにしのびてみやこへのぼりつゝあにちかやすにたいめん
していよへの供をねがひ給ひしかどきんていへのはゞかり
ありとてつひにそのことかなはねばしやう〴〵大きにちからを
おとしてむなしくあふみへかへりしがそのころよりして小石丸は
かりそめの目のやまひしだい〳〵におもりつく
かいもく見へずなり給へば近藤六は
いとゞじく心くるしく思ふのみ
世わたるわざも打やめて只かん
びやうに日をおくりしが只今
かた田がもて来たる状ばこを
とりて見るに上つゝみはしぶかみ
ならでちしほにそみたる
おゆづり也おどろきながら
引ほどけはうちにはにしきの
はたのなかばとじゆん礼の
うつ札ありこれはとばかり
あきれはてゝいまだなに
ともいはざるにかたまは
はやくこれを見てこの
辰
かたし
そんなら
今の
ひきなく
やつはり
そめいたが
なきたま
かりに
すがた
べ
かえて
来たのの
来たのか
そうめは
しらで
しらで
いふことも
いはで
わかれて
のこり
おしい
直もり
はかない
遠藤六
どの
どの
ものは
命じや
のふ
のぶ
進
のも
なのみ
おめづりとこの札は見は
すれもせぬそめいことが
たびだつときにきたる
もの也これにちしほの
そみたるはさては人にや
うたれけんといひ
あへずはやなきしづ
めば直もりいよ〳〵
おどろきながら件の
はたをとつくと
見てこれはせん君
とし元あそん
うち死の折からに
ぞくの為に
うはゝれし
にしきのみはたに
うたがひなし
これにて思ひあは
すれば世のふうぶんに
ちがひなくすみ友がざん
たういがじゆ次郎はるたけ
いよはたのあまをもりたて世を
みださんともくろむもの然しかるに
そめいとはからずもいがじゆいよはたらに
でつくはせ命をすてゝこのみはたをあらそひ
しにうたがひなしいちごのみはたをあらそひ
しにうたがひなしいちだいじのおんはたをきん
たくれしはざんねてなれども死してのゝちも此
しな〴〵をきみとおやとへまゐらするたぐひまれなる
れりぢよのかゞみいとおしきことしてけりとなげらい
ともに小石丸ふびんのきのごと見へぬ目にうちなみだくみ
にぞはゝはます〳〵せうたいなく身もうくばかりなきにけり一つ
女すみ友
にて
まへら
かは
さぬ
そめ
いとが
がはりの
此介
すへ
日月
かへ
らぬ
みは
〽せんぎの
てがゝり
えたれども
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
てもこの
身は
しゆ
うの
がんびやう
くやめど
かひも
もうもの
もうも
よくも
なき人の
武
うんに
はて
あとねん
ごろに
とむらはん
なげき
給ふな
やい
一壱人
はだや人
いよの介橘の安ちりいよの国司と
なりしより四こくうら〳〵のかいぞく
どもその民ゆうにやおそれけん
いづちともなくおちうせて世の中
しづかになりにけりこれによりて
さまの介みつ仲あそんおん
むすめもゝぞのひめのこん
んをいそぎ給ひ
せつつの
くに多田のやりたより
いよの府中へこし
入れあるべしとておん
おくりのやくにんそれ
〳〵に仰つけられ
らうだう上竹
兵衛友
のりを
こしぞへに
さだめ
られ
ひめくへ
すでにかし
まだち
すみよし
よりふねに
めされさんしう
仁保につき
給ひそれ
くがい
くがつゞき
□□
石上山の
ふもと
なる
なこと
なこと
の
すぎ
〽上竹
ひやうへ
女すみ友
山中にふかく
しのびてありけるが
くだものことをつたへ
くだんのことをつたへ
きゝさま〴〵にひやう義するに
いがじや次郎すゝみ出安ちかを
ほろぼして府中のしろをのり
みらんはこのときにすぐべからすばかり
ごとはかよう〳〵とそのたへみを置さくやきける
みつ仲のおんむすめもゝぞのひめ
つのくに多田のやかたよりいよの
府中へこん礼の道中ぎやうれつ
こしかきしもべすべてぎやはん
のところ○
野せうぞくとみるべし
よみはしめ
石上山はその
むかししきら
のせつしよ
にて人馬の
ゆうなと
ひめのかんこしは
くぞの
こゝに
いたつて
きなや
いろだあせんと
もりよりつきく
ためこふ折
から左右の
つきく
つゞきあまたのくせものむう〳〵とはしり出てひめの
こしをおつとりまきやをいかくることあめのかどしこは
ろうぜきやと立さわくおん供の人々はせうぎ
たふしにいすくめられせんかたもなく見へしかばおんかし
づきの上竹ひやうゑしよにんをはげましまつさきに
たちうちふつてはせかゝれば
たちうちふつてはせかゝれは
はやりをのわかさむらひ
われおとらじとぬき
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
つれ〳〵すゝみけるしかれ
どもぞくはあんない
しつたる山みちを
こゝにあらはれ
かしこにかくれ
またくくひまに
またくひまに
五六十人あるひは
いころしきり
たふせば上竹
ひやうゑもふか
手によはりて
いがじゆ
次郎にうた
れけり
これに
よりて
〽うは竹ひやうゑ
いがじゆにうたるゝ
此ところはげしき
立まはり
まつ風の
あいかた
つけひやうし
あるべし
介
しよさむらい
までてきと引くんでは
さしちがへひとりも
のこらずうちじにす
そのひまに
いよはたは
もゝぞのひめの
次へ
□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
なさけなくもとふりのおいばをひらめかしつくひめうへを
只一トかたなにさしころせばいがじゆすららはしり
あつまりしあはせよしとさゞめきてやがて
しゆう〴〵のいせうをはぎとり死がいは
のこらずたにへけおとしなほ山ふかく引
しりぞきてしばらくしたくにおよびけり
そのときいよはたはもゝぞのひめの
いせうをきかざりさもはな
つゞきのりものめがけていちやうのごとくたびかゝり
馬琴作
やかによそほへば心さまこそ
あくまなれもとより
かほばせみやびやかにて
たぐひまれなる美女
なればまことにみつ仲の
さらにはづかしからずた
いがじゆ次郎は
上竹ひやうゑ
おんむすめといふとも
岩がねは
なくこのつぼ
ねとなりたの
〽これよりいよへ
立かたちゝの
うらはかひぞへ
なにがしにぬす人
らにいたるまで
あたける
とほ安が
その子の
みな〳〵ほどよく
いせうをきかへて
安ぢか
うち
いよはたをうや〳〵し
こしのうちへたすけのせはじめのごとく
なみをたゞしていよの府中へおもむきけりまことに
かの山は人ざとさほきせつしよなるにひめのとも人ひどりも
のことず此所にてうたれしかばわるものと有が出たる左へみをしるものたえてなかりけり
四十
もゝぞのひめこし入れのこと
かねてそのきこえありしかば
いよの府中にはこん礼の
ようりにはこん礼の
ようゐに上下にぎはひ
さゞめきてかしましき
までにたちましき
までにたちさわく
しもべはもんぐわいのはき
そうぢもりすなに
はうきめをあらそひ
げんくわんひろま
しよいんのつめしゆい
しよいんのつめしゆは
かみ下をためつけ
でもおくはなまめく
女中たちきこは
子よませ千よ
ませといはひ
ことぶくぎしきの
〽ナントべく内きいたであらふこんやはこちの
とのさまへつのくに多田のやかたからこつす
よめごがござる
とい
かず〳〵けふを
はれとぞ見へにける
みれでおのららもくに
もとのかゝあがこと
まで思ひだす
ひとりへやには
ねられめへ
かへ
文化定位
し
〽おんかしづきのわれ〳〵
しきみや
かまは
あり
おそれ
ながら
まんく
ねんおめで
たう
ぞんじ
ぞんじ
上ます
坂
〽思ふにまし
たるよめ御りやう
のうつ
さ
の介へ
ばかり
じやない
ア此はゝもしあはせ
ものずいふんなかよう
玉つぎのやちよの
すゑまでしそんはん
ぜうなにもよろこびや
めでたい〳〵
きりやうものごしたば
なく月といふともはなと
いふともよめ御りやうには
およばしとてねんよろに
かたらひたまふさる
ほどにさうほうつき〴〵
のなんによかいごひして
古じつをたゞししきを
とゝのへこんいんのさか
つきをとりむすばせまり
日も夕くれになりしかば
まごと〳〵にしよく
だいをともしつゞけ
いろなほしのしう義
とてよめぎみの
いせうをあらため
むときみを
さきに立て
ねやへとも
ない
まゐらせ
けり
なゝこのつぼねとなのりさきのりし田のうらは
かいどへとなり〳〵えんぢよのこしに引そひ
いがじゆ次郎はあとのりしてこは訴ひやう
となありつゝはやがしてこは竹ひやう
となのりつゝはやげんくわんよりねりこん
だりいよの介安ちりのはゝきみは坂江の
かたとまうして坂のうへのとしもこのおん
いもとたちば季のとほややさの後家なり
源平道橘の氏士おほかななかに
左馬の介みつ仲のおんむすめもく
そのひめをむかへとりてわが子の
おくに其なふることいへのめんぼく
此うへなしとてそのよろこびは
大かたならずまづよめきみ
とはじめてたいめんしなふに
かくてその日にもにもなりしかばいがじゆ次郎そるたけらはいよはたをこしまの
手下のかいぞく二百よにんみなそれ〳〵にいでたちてつのくに多田
よりおくりのどうぜい何がしかれがしと名をつけてまがふかたなく
とりこしらへはふあくまはらひをさきにたて岩がねは
いよし
安治
女正三文
けにたかき
もいやじきも
はじめて
つまを
むかへたる
夜はじ
夜はじ
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
をの子をうませたる日ばかり
よによろとはしきことはなし
ゑしてやいよの介安ちかはわが身に
はるか立まさるみつ仲あそんの
おんむすめしかもきりやうは
いにしへのごとほりひめ又
もろこしの
李ふじんも
およばしと
思ふもゝ
ぞのひめを
めとり給へば
只なにことも
たのもし
くてみづ
もらさじと
かたらひよりと
さま〳〵になぐ
さめ給ふしかれ
どもいよはさはほとり
ちかくもすゝみかねてはづかしと
のみいらへたりかゝるところに岩かねは
ようゐのてうしたづさへ参り今ははや
さよもふけなんおんいろなほしのおんさか
づきめでたうたりあげ給へととまづむこ
ぎみにすゝめたり安ちかはこゝろよげに
ゆけ
いよ
なみ〳〵
なみ〳〵と引うけていつこんをほし給へば
五たいにはかになうらんし思はずかつほと
ふしたるが心つきておきなほりアうこゝろ
立ぬ今との酒のんどをとほるとそのまゝに
五ざうをやぶるにはかのくつうさては
どくしゆでありけるよともつたる
きるづきなげすてゝまくらもとに
たてたりけるかたなをとつてつゑに
つきたて兵へあがらんとし給ふ折から
つぎの小ざしき大ざしきにはかに人おと
さわがしくうへをしたへとかへすにぞ
さもこそあらめといはがねは安ちかには
めもかけずつんと立てつぎのまへ
まいちもんじにはしりゆく
そのときいよはたはもだへくるしむ安ちかを
じろりと見やりてあざわらひおろかせな
いよの介ちよをことふくいもとせのさるづき
ならぬそのさけは命をちゞむる大どく大
とてもかくてもあの世へむる大どくしゆ
とてもかくてもあの世へむこ入りせめて
いまいの思ひでもあの世へむご入りせめて
いまはの思ひでになのつてきかせんみづら
いまの思ひでになのつてきかせんみづからは
いぬる天けう三ツの年おゝとがちくの意やすに
いよのしやうきてあへなくもかうべをみやとへのぼされし
いふものとしらずやおやのあたたるつねもととほやすはや
先だつて曲をされりせめてその子をほろぼしておやの
むねんをはゞさんといがじゆ次郎めのと思がねおんこのさんたく
そのとも人をきりつくしとにてもゝぞのひるをさしころし
ものとも人をきりつくしてわが身すなはちもゝぞのとなりかは
たうしよへ入りこみおことしかう〴〵くすなはちもゝぞのとなりかは
いふのしやうふぢはらのすみ友がひとりむすめいふ
かたらひつゝ石上山のふもとにてもゝぞのひめをさしころし
一太うしよへ入りこみおことしかう〳〵五季久しついにごとくをうちしたかへんいへうつる
いよ
〽うまう
まいつた
とみゆの
てもり
せめゆく
いまはの
思ひ
てに●
もゝその
ならぬ
わらはが
ほん
やう
なのつて
きか
よつ
きふ
なんと
つゞきいくさがみのちまつりに岩がね田のうららにいひつけてそあし
まどひの女はらははやこと〳〵くうちとつたり今はのがれぬぜんだいぜつめい
かくご〳〵とつめよればいよの介ぎやうてんしさてはふかくもはかられていぬ
じにするかざんねん千国の為にはちやうてき也わが身にとつこぬつまの
あたゆるさしものことむねんのはがみやいばをおふり立あがれどもどくきに
くるしむしつてんばつたうふしまるびびつゝむつくとかきエゝくちおしや今は
はやこれまで也とえりかきひらきもつたるやいばをとりなほしそらへ
ぐさとつき立てきりり〳〵と引まはせばさすがは安ちかけなげのさいど
この世のいとまとらせんといひもおはらずいよはたはかたなをとつて
うしろのかたへたつよと見れば安ちかのくびはまへにぞおちにける
○おもてのかたにはいがじゆ次郎かねてたくみしことなれば
手下のものにげぢを
つたへて八ほう
より火を
かけさせ
〽安ちか
ぐわんねん
にて
ざんたう
ついぼの
ちよくめ
かふむり
いたなれば
おぞくも
はかられ
うんの
きはめは
ぜひも
かばねは
な
つちに
こんぱく
うつ
む
とも
この土に
安
ときをどつと
つくりつくけふりの
うちよりあたる
をさいはひきり
たふしつきころしじゆうわうむげにきつてまわれば
安ちかのいへの子らうだう日ころは勇あるものこともも
思ひまうけぬことなればこは何ことらうろたへさわぎて
つなける馬にむちをあてつるなきゆみにやをつがひうへみ
下へとかへしつゝどしうちをするのみなればうたるゝものかずを
しらすその中にいよの髪のこゝうのきんしんよし紅の七郎あり
国はしゆくんの身のうへこゝろもとなくきそふてかゝるやつばゞを
たゝきのけねちらしておくふかくはしり入りしがはや安ちかはじがい
してうせ給ひぬときこへしかばいとゞむねんのこぶしをにぎりかく
あるうへはぜひにおよばずせめて後しつ坂紅のかたのおん供して
ひとまづたうしよをみへしりぞきかさねてみかたをかりあつめ
ぞくとをうたんとしあんしてさかにのかたをたすけひきなんなく
次へ
女すみ大
三ぼんたらぬけを
もつて四ほん
ばしらの
〽ぬかしたりな二ほんばう
われ〳〵へ
五ほんどせきを
せきかけても
六ほんせう〴〵
七ほんやり
そのこうめうは
たこのあし
八ほん九ほんの
じやうどへは
とつこいやらねへ
ぢごくのざいにん
がきめやらうめ
くわんねんしろ
しでまいらぬ
うすべりのやらう
たゝみの
引はがし
たゝんで
しよへ
□□
〽かつてんだ
てにげる
くせをしてせうこり
もなく又あつまる
めしのうへなるはいむし
めらやせとうしたの
やりのほはつかひちからの
ないやつらひるねの
じやまをしよふより
あかりせうじを
たゝいてあそべ
わるくさわぐとほうろくへ
とりもち引てみな
ごろし手あしを
もいでべゑするぞよ
まへのつゞき
ひゞきてからめ手よりはしり
出れば又むら〳〵とあまたのけうごくのがさじ
やらじとおつかけたりもの〳〵しやとよし江の七郎ちがたな
うちふりまつかふなしわりあるひは大げさくるまぎり
切たてられてそら〳〵とにぐるをほひすてわにの口とらの尾は
ぶむとらのこくよあけぬうちにと後しつをいそがし
立ておちてゆく
十一日
なほのがれんと立さわぐかゝる
所へいがじゆ次郎は大せう
安ちかのくびをたちの
きつさきにつらぬきて
義を思ひはぢをしるろうだうはさか江のかたをおとさん為に
てきをふせきてこと〴〵くうちじにし又いひがひなきいへの子らは
おくのかたより
ばしり出
安ちか
こゝふへはせあつまりいよ〳〵
多せいになりしかば近
武士ふるひ
おそれてひそかに
いかじゆいよはたに
心をよするも
おほかり
けり
すでに
うたれたるに
なんぢら
今はたが
為に
きつ
さきを
あらそふ
ぞやせんひ
くひて
こうさんし
しろをわた
さばいきがたき
命たすかるのみ
ならずほんれうあんど
うたがひなしいかに〳〵と
よばられはいとゞさへおくれたる
城中のしそつなるに今大せうへ
くびを見てちからをおとし
やいばをなげすてみな〳〵こうさんしたりける是よりして
四とく九しうにかくれゐたるすみ友がよたうのかいぞくいよの
〽これより四とく
九しうを切した
がへるはまたゝくうち
うち
ナント
きもが
つぶれよう
が
麻布一口坂上
多喜代
春
販
丁丑
馬琴作
春夜画
泉市板
きりのつめもの
義理詰物
ちかひのてみきん
誓手見禁、
ばんしうせうぎがつせん
盤洲将棋戯
馬琴作
春扇画
合巻六冊
丁丑春照
甘泉堂梓
下手のかんがへ休ずにことしもせい出す作者のこんたん
さてはんえは居ざいそくちつともまたぬ手見きん銀を
つかみどりにとよく気なきしん板ものにせう椿の評
ばんはづさぬ飛車角大あたり香も桂気のよしの山
ばなの王なるさくら木へちりばめたりし一歩のさう紙と
等々うやまつてじやはいナア
こゝに又坂の上の小石丸はあにきみいよの成安ちりの
さいごをつたへきくしかばいこんのなみだにかきくきて
しうせういとゞやるかたなしよしゆとのめは
見へずともかたきのしろへおしよせてうち
死せばあふみにて物を
思ふにますべしとて
うち
なげ
き給ふ
子ぞ
①
きや
五五
を藤六もめのとかた田も
ことはりなればなぐさめ
かねてにはかにあふ
〽みをかどいでして
はるけきたびねを
つぎへ
きや〽なんとするもすさまじい
此きやんさんがおてが
ふれりやァ
めくらがめが
あく
ゐざりが
たつはどう
めへらめ
まちやァ
がれ
〽マリや
りふらんな
何と
する
どつけへ
こつちに
みちは
みれつゑの
ほう
亥十一日夜
女すみ友
つゞきさぬきのくわんおん寺に
さだむるにいよ
はたいがじゆはすで
ぶうぶんをきゝ
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
おちつきてひそかにいよの
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
佐の
きり
したがへ
いきほひ
あたる
べうも
あらねは
しのび
かなはず
小石丸のめの
やまいへのゆ
だにし
給はゞ
こんじき
なしの
しゞうの
やうす
見てゐる
〽めしいと
あなどり
妻りの法
ぐわいぜのに
およはず此
しあはせ見る
人あらはわが為に
せうにんにたつて
たべなむあみだ
ぶつ〳〵
〽めくらがすてきな
ことをした
人ころし
〇
いかみ
いつ
たゝいつ
ふきつ
むほうの
小石丸は
てごめに
たまりかね
又せんかたもあらんとて
そのめうやくをもとむるに
仁保といふうらざとに
さしがねでくあんといふゐ
しやありて小石丸のりやうは
ぢをせしがしよせんこの
目はよのつねのくすりにて
ほんぶくすべきものに
あらずおよそ三十才より彫
四十五才までなる男のしんの
ざうのらしほをもつと両がんをあらふ
ときはまなこたちまちあきらかに物を
見ることはじめにますべしこれよりほかには
くすりなしとてそのゝちはりやうぢせずかり
そめにも人の命にかゝるくすりをいかにして
手にいるへうもあらざれはなか〳〵にもとめ
もせずくわんおん村のさとはづれに
たゝせ給ふ石ぢざうは世にめやみの
ちざうととなへて利せうありと
いふなれば利やくそたのまんとて御
小石九八つゑにすがりてひと日も
からずくだんのぢざうへあゆみをはこびて
がんひやうへいゆといのること七日におよべり
にはいよ〳〵したがくいらときめにいらどきめにあはさねばのち
にはいよ〳〵したかへがだしわがするやうを見よやとて小石丸のぢさく
しかまにちかきさとのわらべあとにつき先にたちなぶり
もてあそぶこと大かたならねと小石丸はこれらにかまは国いつも
よけてぞとほり給ふその中に仁使のきやん太郎といふがき大せ
わらんべなるまをよびあつめなんぢらがしかたをなはだてぬるしきやつは
ちるころこの加へ来たるしものなればはじめにいらどきにあはさねばのち
にはいふ〵したふかだしを見よるやうを見よやとて山は丸のぢさう山王より給ふみちを
ふさきてちつともさほさず小いし丸はこと見えもわらげさまさまくにわび給ばきやしならづものつたるのふる
うたれながら
きやん太郎が
右のかい
なを
}
つけて
かたな
を
引ぬき
めくら
なぐりに
切つけ給へは
つゝを
そがれ
「ル
きやん壱郎
きやんとも
手あしを
もがき
こんいめす
たち
まち
いきは
たへに
けり
しんすがたへ引かけて正しみかしあるひはほうをうせういつめりふりむくと覚えてをしめさせてはたふぎを引
女すさず
件のわるものきやん太郎はからでくこんが
おもやの百せういつ平六と
いふものゝもだひ子也
いふものゝもらひ子也
おやもさすかにもて
あますせけんな
うてのあくたう
なれども
おやは死
まことのふた
はてゝかへす
べきかたも
なければぜひ
なくこれまで
やしなへりしかるに
この日にけかへりたる
わらんべともいつ平
六にきやん太郎が
きられしことを
つげたれども
もらひ子のかな
しさはうれぬかな
しむこともなしされども
件のいつ平六はとんよく
じやちのくせものなれば今に
せがやと思ひつゝしやくやの
とらんとてとぶがごとくにはしり
ゆくこのとき近藤六直もりも
しゆくんのなん義をつたへ
きゝていきつきあへずはせ
来る程にいつ平六でく
でくあんをかたらふていでやかたきを
石〽しのぶにたへぬこのみのあやまり
今さらのがるゝみちはない
からごきはめてゐる
はいやい
はいやい
□□□□□□□□
〽見もしりもせぬ
んもしりもせぬ
ゐざりどの
なん義を
見すてぬ
その大きん
うけねば
のがれぬこの
子のいのち
とはいふ
ものゝ
〽コリヤア
とうだ
〽ハアさて〳〵〳〵わるいりやう
けんときの用にははなも
そぐことがすまねば
村のやつかいてア〳〵
ひかへてござり
サアこれからは
右とひだりの
だんなさんじた
ませ
そづちのばん
ばたさんすな
こじきがての
うちこれじや
いひぶんある
めへがの
あんははや小いし丸をおり
とりまき手ごめに
せんとする
所へ近藤
六はしり
つきしゆ
くんをうし
ろにかこひつゝまづその
わけをたづぬるに理はあり
ながら今さらに人ごろしの
とがはのがれずそれよりことばを
やわらげていつ平六郎を
なだめこしらへもしないぶん
にして給はらばきやん太郎が
とぶらひ金はのぞみのごとく
わたさんといふにえんとより
のみむところなればいつ平六らは
ひそかによろこびしからば正きん一トつゝ
この処にてわたされよそれがごきずはげしにんぞと
のつ引ならぬ当坐の手づめそれをいとふにあらね
ども世にたつきなきるろうのしゆう〴〵今百
両といふ金のとくのふべきよすがなければとほう
にくれたるばかりなりエゝめんだうなといつ平六でくあん
もろとも小石丸を引たてゆかんと立よる所へ思ひがけ
なきゐざりの六うしろのかたよりはい出ていつ平六郎を
おしとゞめソレくび代となげ出すさいふに両人びつくりし
ながらなかあうたむれば五千両ありこはけしからぬ
さいにんかなどうしてなんぢが此金をといはせもあへず
あさわらひ合せんはゆつうものこじきの金とて
へつにはないしさいあつてのたくはへきん御らうにんさま一ツ
次へうつる
ますすい
つゞき〽用だち申スやくそくは百両なれどもとほう
なればまづ半金のこりはこの月みそかをかぎりに
きつとわたさばいひめんあるまいそれとも四の五の
おいやるとけんくわのしまつはじめからよつく見て
ゐたあしなしの六あいてのかたにもきずが
あるいいますぞへ〳〵サそれじやから
死がいを引とりないぶんにして
かへらんせといはれて二人は
ぐんにやりし何はともあれ
あとかねさへさうゐない
ことならばしよことかない
五十両はかし手がた
しやうもんをわた
しやれといふに
いなともいひかねし
近藤六は
せうもん
したゝめ
庄屋のわら
作たちあふて
わたせば二人は
きやん太郎がなき
からをかきになひおのがいへぢに
かへりけるあと見おくりてしゆう〴〵は
思はずほつといきをつきかたちを
あらためうや〳〵しくゐざりのまへに
両手をつき思ひがけなききうなんを
たやすくすくひ給はることこつじきどの
とはぞんじ申さずわれらが
まもり神お礼はことばにつくされず
身ぶんに御あはぬたくはへはおやの
かたきをたづねん為にかく身を
やつし給へる人かなのり給へといふ
ぎんに問れてゐざりはかしらを
さげこはもつたいなしもつたいなし
ゆめ〳〵さやうのものにあらず
それがしは先とのさまとし元公
のおんはたもちにてちく平と
いひしもの也先ねん四こくの
たゝかひにとし
たゝかひにとしもと公
たゝかひにとしもと
①
おんうち死の
士
折からはらん
そつ
ひとり
くんのことなれば
したがふ
も
なし
その
とき
それがし
只一人おん
馬に引
そひしを
とのには
見かへり給ひ
つゝわれ
はらをきるべきに
かたきにくびを
とゞるゝなくびをかくして
とくとくおちよたひの
ろようにとらする
とて
同七十七人
〽五が世であらば
母が世であらば
とり立て
うへのもんだん
此印のつゞき
ちぎやうとり
にもなすべきに
そのかいもなき
いとまこひことばの
礼が三世の
わかれ
おんよろひの引
あはせより金
半つゝみとり
出しそれがしに
八郎とおんしるしを
かきいだきてやがて
給はりてその
まゝおんはら
めされつゝみづ
からへびをかき
おとしあはれはか
なくなり給ふ
御ゆいげんにたが
その場を立のき
たれども大せつ
なるおんばた
をばかたきの
為にうばひ
とらぬ
あまつさへ
あしのごうに
ながれやをいた
てられはせうそうと
なりしかはくろぶし
より下はくされて
ついにみやこへかへる
ことかなはずにしきの
おんはたふんじつゆへ
ついにおいへはだん
ついにおいへはたん
せつとつたへきゝ
たるそのときは
はゞかききらんと思ひ
しかとも御ゆいげん
のおもむきをわか
きみへ申まで
とおしからぬ
世になからへ
ても件の
金は
すこしも
次へ
〽申わけの
せつふく
いぬじに
ならぬ
此身の
さいわい
おやくに
たてゝ
くださり
ませ
なりて此ところにあまたのとしをおくりしが
思はずもちかきころめやみ地ざうへりう
ぐわんの貧せうねん坂の上の小石丸と
小丁ゑになのりてきぐわんのおもむき
けふ思はずももれ聞て坂の上家の
わかとのなりとまさしくこれを
しる折からふつてわいたるこの坊の
さいなん金にころぶをさいはのに
さて丁そすくひまゐらせしは
それがしがいさをしならす
つゞき一つかはずあしとなしの六とよばきつゝひにんと
これ只せんとのとし元公の
軍用金にて候也
わんやう
うし
なひし
ゆへに
おいへは
おんはた
だんぜつに
なげきても
そのかいなし
申さん事は
みなまうしつ
めいどにまし
めいどにまし
ます大とのへ
申わけはかくの
ごとしといひも
をはらずしこみ杖を
ぬくよりはやくわれと
わがはらへぐさとつきたてたり
小石丸も近藤六もおもひかけ
なきちく平が忠しん義勇に
かんじ入あつぱれなるかなはたもち
ちく平かくまで忠義をたて
ながらいかでじがいにおよぶべきさり
小石丸のがんびやうは三十才より四十五
までの男のしんのざうをしぼりその
くずしのをしえ今ぞおやくにみへたりと
いふによろこぶちた平は手づから五ざうを
つかみ出す忠しんをあたにはせじとて
遠藤六はめんつうにうけてしゆくんへ
まゐらする小いし丸こゝろえて
そのちをもつて両がんをあらひ
給へばひゞくめと又ひくいきの
ちく平はそのまゝたふれて
ながらそのせつふくもいぬじにならず
たえはてたり
かくて小石丸しゆう〳〵はちく平が
死がいをほうむりむかいに来つる
かた田もろともくれてしゆく
しよへかへり給ひぬ
さるほどにいり平六でくあんはやくそくの
日もきれければ近藤六にあと金の
ちをもつてあらふときはそく坐にへいゆと
五十両をわたせとてはたることはなはだし
しらせんあてなき金なれば近藤六は
しあんをきはめわづかにその日を
いひのばして悲丸のお供し立のかんと
するけしきをいつ平六郎ははやくけどつて次へう
次へうつる
〽いや〳〵〳〵
いや〳〵〳〵〳〵
どうあつても
あの子はやらぬ
いなしはせぬ
それもかな
はぬもの
ならば
はゝを
かはりにコレ
申とりや
どう
したら
よからふ
ぞいのふ
〽さまだけ
ひろくと
どうざい
だそ
〽みやくのあがつた
すでつちめ
でくあんかてに
かゝつては
かくごを
し
いかしやあ
しねへ
る。
〽ヤア〳〵〳〵
はしや人
こりや何ゆへに
御せうがい
モシ
きをたしかに
してくださりませ
つゞき
○きをもみあせるもさも丁そと見えりもせずちらん平は小石丸
を引たてさせとぶがごとくにかへりけり近藤六ははをくひしばり
いとゞむねんにたへかねてあとおつかけんと身ごしらへうしろに
あつと玉きるこゑにうちほどろきて〽んかへれはむざん
もくちよ
もくちよ
なるかなしうとめはくわいけんのんどへつきたてたり
だい千代
栗ちよん平へ
かてゝくわえし大やくなんに金殿六はぎやうてんし
さま〴〵にいたはればかた田はほそきいきをつきだい
しか〴〵とうつ
じのだいじのわかぎみを人ころしのなわめ
たへたりしかるに
にかけてどうしていきてゐられふぞそなた
このちよん平はいよ
もさだめて命をかぎりにたりてをおつ
はたいがじゆにこうさん
かけみそかへさんと思ふゆうきもわが身が
して名義にくみする
くせものなれば何をがな
はたらきだてしていよはた
いがじゆにへつらはんと思ふ折
ほだしおくれやせんとこのしがいいた
はりもすななげきもすな
はやくおんあとおつかけて
から此うつたへをきくとひとしく
かなはぬまでもたりかへし
くみ子を引つれそにんのふたりにあん
ないさせ近藤六がいへにふみこみ理ひも
せよはやく〳〵といふ
たゞさず小石丸をひし〳〵とからめけりを
藤土はしゆくしよにをらずかた田はしきりに
わびかなしみてこの身をかはりにめしつれ給へと
ねがへどもゆるされずかゝる所へ近藤六は何心なく
かへり来てこのありさまに大きにおどろきちよん平が
まへにひざまづき百両のあつかひにてことないぶんにおさ
めしよしをいひわけすれどもあと金すまねばいさゝかも
聞入れずあまたのくみにわが身はきへ十重はたへにとり
まきたれば小石丸のおん供してきりぬけおちんこともかなはず
他こくへおとしまゐら
こゑとともに
よはりしだん
まつま
もろくも
いきは
たえに
けり
十六
かゝるなげきにの折からにおもてのかたにおとなふ人あり近藤六は
いそがはしく母の死がいにきぬうちかけて立出てこれを見るに
いそかはしく女の死かいにきぬうちかけて立出てこれを見るに
たえて久しきよし江の七郎坂江の方のおん供してしのび
やかに来つる也そのとき七郎は府のしろぼつらく安ちか
らくめいのしゞうを物がたりそれがしは後しつのおん供して
いよのみしまに身をかくしひそかにみかたをあつむれども
いよはたいがじゆがいきこひにおぢおそれてはせこつまる
ものいとすくなししかるにみやこよりうつ手の大せうと
してみつ仲あそんおしよせ給ふといふふうぶんあれば
みちまでおむかひ奉りくわんぐんにはせくはゝりて
けうぞくらをほろぼさんと思ひ定めてひがしのかたへ
おもむく折に小石丸この所にしのびてゐますとつたへ
きゝ立よりて候といふ進藤六これをきゝてます〳〵
心くるしくてありしことゞも物かたればよし紅の七郎
しあんしてもくだいちよぐりちよん平は
いよはたにしたがふもの也しかるに
いよはたにしたかふもの也しかるに
いよはたはいろこのみして
いよはたはいろこのみして
美少年をあつむると
きくおよべり小石丸を
安ちかのおん
しら
ざれば
かしこへ
引れ
おとゝと
給ふとも
がいし
奉ることあるべからず
御へんは又かやう〳〵に
こしらへてとぬよりいよの
府のしろにおもむきていよはたらを〽次へうつる
次へうつる
〽しからばこゝにて
おわかれ申さん
じがいもいぬ
じに
ならぬ
とれも
わどのゝ
おかげ
ゆへ
おそれ
なから
さかき
さま
〽後しつ
さまは
心安
かれ
御へん
おやさすが
忠義の
おもむき
みつ仙兵へ
申上んかへす
〳〵も
くにゝの
〽こへもり
無事で
吉さう
まつごや
みつけい
けどられ
給ふな
がつ
てんる
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
つゝきたばかりちかづきみつ仲あそんの
よりこれをせめ御へんしゆう〴〵
とちよりおこらばぞくは
とちよりおこらばぞくは
たちまちほろぶ
たちまちほろぶ
べしとはかりごとを
しめしつくわれも
むかはせ給ふをまち給へ官軍外
道中をいそ
がんとてさか
江のかたを
たすけひき
ふなばを
さしていでゝ
ゆねば近藤六は
やがて〳〵しうとめ
かた田のくびを
かきおとし
〽おはきで
おゐど
いはよ
やら
うまい
位に
おたけ
をせいて
せうし
人では
ある
はいなァ
たびよそほひ
たづさへよを日につぎて
府の城へおもむき
つゝこつたへけるやう〳〵
それがしはさぬぎの
くにぐわんかん寺村のらう
にん何がし也おとゝ事いへ
をとゝのへてくびをけ
ろき
きずを
もとむる
ゑ
うた
がはれたる
ふしあはせ
モウ何こと
申ます
まい
どうじや
たゞしは
いやか
いやなら
のふ
ござり
ません
かりは
十四日
それなしはからず御見せつを仕りぬしきいはいよの奴安ちかの母きもみしまの田主
しのびゐ給ふよしをきゝ出しはばかりよりてうちとりぬねらはくはさか江の
方のおんくびと引かへにおとゝがとがをゆかさきてかへさせ給はゞいちごの
よろこび此たへなしと申けりしかれどもみや三よりのまはしもの
よろこひたうへなしと申かりしかくともあはよりのまはしもの
にやとうたがはれてまづ近藤六になわをかけもたせたるくびを
とりそへてくちにはへ引すへたりそのときいよはたは小石丸を
右に引つけ岩がね田のうゝらにくびをけのふたをとらせて
つく〴〵と見てあさわらひのあふぎこともてくびおけを
えんよりはたと打おとし
ことおかしき忠せり
よばゝりさかきの
かたはわれも
口い一トたび見
たるへと
なれば
さだかに
はおぼへ
ねども
これはまさ
しくにせくび也
そのせうこは今
くびおけのふた
とりあげたる
そのときに
なんぢも
なる
これ
せうじんもかほをそむ
へけでなみだをかくせり
しかればそのおんなのくびは
なんぢゝがゆかりのものやみ死たる
をさいせいにくびうちもて来てわふを
あざむくわうちやくものゆるしがたきやつなれどもとも
せうじんをいさめすかしてこよひよりみづからがねやの
とぎだにいたさせなばふたりともにたり立ていちごをやすく
からし心をしやしとがによつて千代うちよん平にかゞめとられ当やかたへ引れたりのがれかたなきとがなれども
〽さてはくわんぐんみだれ
入りはやそをくるわ
やぶれしか
シテ〳〵いが
じゆはめと
岩
〽されはさむ
らにいがじゆ
どのよせ
くるてきを
入れたて
じとて
からめ
手の
木戸
おしひら
し
おもても
ふらず
ついていて
火はなを
して
大せい
みかたは
小せい
しだい
さしとつむきかねんのはかみを
おしかくせば小石丸は今さらに
かさなるなん義にむねをすえ
いやしきこの身をあくまでに
おぼしめしくださるゝおんことばに
いつわりなくばなにしにいな
と申べきあふがなわめを
ゆるし給はゞともかく
もといひかけて
すべさせんなしいやならばのがきぬどかにんみづからがめどほ
りにてくびをうたするへんとうしやサア〳〵とうじやと
ことばつめ遠藤右はきやうちうを見すかされて
かほをおほへはいよ
はたはにつ
ことえみて
うちうな
づき
いもせの
かためした
こへでゆる
こへでゆる
ざいでなんと
せうさあお
じやねやうと
つねをとりて
いやして
ちやうだいふかく
入りしらば岩がねは
なわとりに
六を引たて
つめしよ
〳〵へじりぞきぬ
女三三疋
はらりと人つぶて
うてども
つけどもめに
あまるてきのやぶす
まふせぎかね今や
しなんとたゝかい
さいちうあやうい
ことでござります
はいなァ
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
いふはたおつかけ出さてこそ〳〵はじめよりくせもの
ならんと思ひしゆへいろにことよせうりくはにしきの
はたをぬすみとりはしりきらんとするなんぢは
坂の上のとし元がやしない子いよの女安はるが弟
なる小石丸であらふがなはたをかへしてうで
まはしやとよるをよせじと小石丸はかいくゞり〳〵
さこくのあてみにたち〳〵とよろめく所を
見ひきゆやらずおもてのかたへはせさつたり
いづくやかでもといよはたはなをおいとめんと
みへあがる折からきこゆるときのこゑ
かいかねのおとせめつゞみ手にとるごとき
いくさのかけ引いよはたみゝをそはだて
なけしにかけたるなぎなたかいこみ
らんかんにかたあしかけて其なたを
きつとながむれば御ちうしんとよばゝり〳〵
はぜ来るものはいはかね也はだにははら
まき小手すねあて身にたつそやをみの
けとおりかけていせうにどつかと坐しさても
官軍二万よきみつ仲を大せうにてよし江の
七郎とうの神みりしつの四方になしよせて
いきをもつがせずせめたゝかふシヤもの〳〵しと
いがじゆどのてぜい四五百
やゝ時とつりておくのまよりはしり出たる小石丸をやら
引つれてかゞめてよりきつ
て出火ばなをちらして
たくかひしが
思ひかげ
なきに
なればみかた
はことに小せい
なり東西の
木戸まもりを
しやく
うで
たて
こみ
〽しゆくんのかたき
思ひしれ
うしなびはやへい
やふ
やぐらを打やぶ
られ大ぐんうしほ
のみくがごとく八
しや
ほうよりこみ入
たれば只今らく
ぜうもなんなり
ぜうもくぜんなり
ふせがん御じかいあれかしと
でくあんらさん〴〵にきり
立られあけになつて
にげ来たればあとより
われ〳〵こゝここいるてきを
いびすてゝ引かへす程もあらせず
このころよりちよん平にいざなはれて
たうしよに東たりしいつ平六
つけ入る近藤六直もり
よし江の七郎あり玉ち
小石丸を大せうにて
むら〳〵とみだれ入り
いつ平六でくあんを
えんより下へ切おとして
いよはたをおつとり
まきおやのかたき
あにのあたしゆくんの
おんてきつまのかたきと
こゑ〳〵になのりかけわれ
いけどゞんと打てかゝれば
いよはたはひちやうの
かどくとびしさりかい
くゞり右にあたりひだりに
はらひいのちかぎりと
たゝかふたりかゝるところに▼
〽おやのあた
おやのあた
あにの
かたきいよはたくわんねん
〽焦し
ぐん左
馬の介
みつ仲
あそんは
いへの子ふぢ
八らの仲兵衛
をめししたかへ
いがじゆ□らに
はまづな
かけてざう
ひやうにひか
せつゝ
しづ〳〵と
よせ給ひ
いかに
いよ
はた
なん
ぢ
をな
子の
身をもつて
およびなき
むほんをくは
だて安ちかをうち
しことこれたゞことに
あらずと思へば
われ光だつて天
もんはかせあべの
やすのりにうら
なはせてすみ友が
つましらなみが
あく水うのわざ
あくねうのわざ
なるをしねり又
なんぢらにころ
されしもゝぞの
ひめはわがむす
めにあらず
いよへこしいれの
どうちうにて
わさはひの
ありうつ
ありもや
せんと思ひ
にければこし
もとの小づまと
いふものを
ひめにいでたゝせ
うは竹ひやうゑ
らをさしそへて
あからさまに
これをつかはし
さてまことの
もゝぞのは
つぎへし
ろゞき仲みつをさしそへて日をへてあと
よりつかはせしに安ちかあへなくうたき
しときこべし
かはかきらは
みちより引
かへせりのがはし
ぬ天ばつ
こゝろよく
やいばをうけ
あく
さん
たい
平
をとこ
山正
八まん
大ぼ
さつと
ねん
つゝ
源氏
〇
ちやうほう
ひけぎりの
たちを引
ぬきすでに
うたんと
し給へはいよ
はたにはかに
ふらまろび
かほばせ
はなの
たちまちに
ばらはつたる
ろうぢよと
へんじそのまゝ
たへに
たへに
○みつなかあそんの武りやくによつていよはた
いがじゆちうばつせられにしきの御はたこと
なくかへりて四こく九しうのうら〳〵なみ
かぜたゝずおさまりぬこきによりて
次へ
ちよくめいありみつ仲をせり津の
〽ちよん平公がねたのうら
らくたるゝ
〽いかじゆは
られ
□□□□□□□□□□□□
ことくつな
がりて
きりめも
見へす
これ又は
いよ
女等にて
こくのちふさき水丸に
さかのこのさう
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
のたいふになされとも
春扇画
江の太郎せ不安の
あいにてちばぢあるいへの子なればとて安ちるが
真上れうのなかばを下さきてびつ中の貝になされけり
もくそのゆめはふしぎにきなんをのがれ給ふといへども
赤水洋書
いたん安ちか
一めしとうに
しをむす
びらもの
なればれば
なればとて
ふたくびよめ
りし給はず
さか江のかたを
つのくにへ
むかへ
〽久安ぢかにづま
うは侍らがぼたいを
しかひ給ひしかばその
ながくさるへて子孫
はんぜうしたりとそめでたし〳〵〳〵
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
ふじんしよひやうにこうあり
家伝神女湯
第一ちのみちのめうやく
一包代百銅
同十一月廿一日同廿一日
つぶしのこうやく一包六十四銅
下小包代五分
半白三十二銅
一百五十両側
右同右同右同断
○取次第
大坂心斎橋
かとものやし
一馬屋太郎
〽まことの□その□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
なかみつかしゆこし
まつ
よりいよへ
きるゝまちがいさと
より引か
給ひし
こゝに
に
第一第一紙一冊
以テ購入セルヘ
『狩野亭吉氏蒲嶽畵
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□