於竹大日忠孝鏡

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勝川春亭畫
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場所: 江戸
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勝川春亭畫
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日本語
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鶴屋喜右衞門
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オタケダイニチチュウコウカガミ
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東北大学
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2026-08-28T18:53:25.651810+00:00
○作者式亭三馬編 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 五戊辰年作 文化 七庚午歳刻 両配於竹大日忠孝鏡 全部七巻 合而 二冊 式亭三馬作ノ 勝川春亭繪 通油町つるや喜ゑもん発行 孝婦阿竹自筆摸と 同添保 有無阿弥陀律 南無阿弥陀仏 南堂門論陀仏 南堂あ弥陀佛 大切無の弥陀事 未二月 三馬作 以テ購入セリ 狼狽 全七冊離工菊地茂兵衛刀 以テ昨今 これは孝婦お竹が常に 一書寫したる夏書の紙 の裁なり古き反古の中 より得たりしとて或人の 蔵せるをこゝに載す惜い 哉蝕て文字闕たり 此さうしは子どもしゆも御ぞんじなる。お竹大日によらいの ことをたねとして。つくりまうけたるものがたり也。例の敵討 のさうしなるゆゑ。時代をはじめて。すべてつゆばかりも実 の事はあらねど。お竹がうまれつぎやさしく。御主人番にて 忠義を思ひ。御とゝさま御かゝさまに孝心ふかく。兄弟の をあはれみ。御友だちとむつましく。真実あつきたぐひ のはなしは。まことの事をつゞかたるあかぼんなれば。 よく〳〵よみて覚給ふべし。ナント子どもしゆがてんか〳〵。 おたけ ○お竹が実伝 今はむかし何がしが婢女に 竹といふものありけり天性 仁慈の志ふかくして朝夕の の飯おのれが食べき分は 乞丐人に施し其身は あがり膳の食のこし又は ながしの隈に網をあて置 其中へたまりしものを食し 常に口にまかせて称名 してげり或時頓死せ しに身も温なりしかば もしやはと也〳〵まもり 居たるに竟に蘇生ぬ いかに冥土のことはととへば 竹が曰いづくともなく広が き野を往しに黄金の 一官殿あり佛まし〳〵 婢女阿竹が容貌大目如来と 拜るゝ圖 寛延二年の版本新著聞集の 中に住所まで委しく記せり 一今此稗史はつくりものがたり なれば事実は 高きて 高きく いはず お竹がゆかりの もの高野山に まうてけれは ほとけつげて 一のたまはくなんぢ いれをおがまん より手立かへりて 一升をおがむべし てこれは汝が来るべき 台なかとしめし給へりと 也さて其後念仏いよ〳〵 精進にして大往生を一 とげにき或時近隣 の者湯殿山にまうで て竹に逢たり竹が曰 我は安養世界に住 はべり各もつとめて 念仏し給へ又他を恵 む心あられよといふて 失しとかや目下見たり し人ちかき頃まで有へ けり此お竹が網を當へ しながしは今も尚 芝増上寺念仏堂 心光院の門の天井 にかけありといふ とありければ いぶかしくも 立かへりお竹が米 かしく所をしん〴〵 してはいしければ たちまち くわうみやう かくやくとして 大日如来 のそん ぞうと おがまれ ければ きいの 思ひを なしぬ これより 世の人 くわろぼ くわろぼま 活サとあがめ 〽あるひは 出竹大日如来 となへける □□□ さき 〇奥州孝婦おたけ いだに まことの みちに かなひなば いのらずとても 神や まもら あづま路の はて干すむてふ 賤の子も まことし あれ婆 神はまもりき 一〇〇〇〇 けり〳リ○孝子松二郎 健防駒 唯心 準の 人面 獣心 ○藪畳渥助 □□□□□□□ こといつみそうせ こゝろまよはす心なれ 心にこゝろこゝろゆるすな □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ ○泥助妻 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ お水が 宛 魂 ○一子土松 心の鬼が □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 又はみめ 眉目より たゞ心 ○伏見墨染里 中長抱遊女 梅がえ 上はれば およばぬ おほかりき 笠きて くらせおのか 十四日 今はむかし奥州 だてのこほり南半田 村といふ所に亀四郎 といふものありけり しやうとくじやけんにて もし妻など宮寺へ参り せつぽうのむしろにつらなること あればあらけなくしかりのゝしり つねに三ぼうをそしりけるされば 妻おつるもをつとの心につれて おなじくほういつむざんのものとぞ 十三才弟松二郎七才いろはだにしらぬ ものなれども天せいかう〳〵の心ふかく そふことなしさるほどにちかきわたりの人 〴〵もかれらをいたはりけるとかやこゝに又 やぶだゝみのどろ女といふものありもとは □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ よしある武士なりしがおちぶれて今かりうど となり亀四郎と心あひし友なれば常に 山野をともなひてたがひにえものをわち けりあるとき大ゆきふりつもりてあゆみ がたき山みちのかんぷうはなはだしきをも いとはず二人れいのごとく出ゆきしが此ほど 亀四郎はたのもしの金五両をえてくわいちう してありけるをとろ介かねてしる所なれば ひごろのこんいもよくに心やまよひけん とある山かげにて亀四郎を切ころしふと ころなる金をうばひてとゞめをさゝんと する所にふもとより人声のきこえければ 見つけられては一大事とうろたえさわぎ なりけるこゝに二人の子ありあねお竹 かりにもいつはらずにうわにて人とあら てにげゆきぬ 巻 同 が〽そなたは 〽とゝさまい くまや おほかみに さしやらぬか あねさま どうせう ないのう引 くはれは こゝに亀四郎が二人の子お竹松二郎は孝心ふかきものなれば 父がかへりのおそきをあんじてむかひにゆかばやとて 大ゆきをもさらにいとはず。竹の子がさを うちかぶり。いゑをちからにふみわくる 少しゆきのすあしのかゞまりてづめたきいたさいたき しやしたへがたく。身をさくばかりのかんぶうに。かほを そむけ身をちゞめ。はのねもあはぬおとゝひが こゞえく手に手をとりかはし。とゝさまのうと よばはれば杢二郎もなき声して。とゝさまどこにそ とゝさまのう。此さふい大ゆきに。こゞえてやなどゐ給はぬかと いが身のひゆるはくにもせず。おやをあんじるをさな心〽ヲゝ よういふた松はらあけないしれし山みちなればふか入 し給ふやうもなし。おけがはあらじと思へども此たぶさで はおぼつかなしどうぞあひたいどゝさまのうとなきつゝよべ があしすべりあねがまろべばをとゝがたすけ。弟がころべは姉 がすくひなほふりしきるゆきかぜにたづねさまよひゐた りしがこれほどよべどおともせず人かげだに見えざる おほかみのえじきとなり。うきめをや見給ひしあらこゝろ もとなやと。なみだにめをもなきはらしなほ山ふかく いりければ道も見えざるかはたれどき。かとはらなる林の うちにうめく十戸のきこふるにぞくまおほかみかと身の 毛よだてど。おやのためには身もいとはじ。もゝいが父を とりくらひしものならばかなはぬまでもかたきを うたんと二人身がまへして立よれば。こはいかにぞや父 亀四郎みうちにあまたのてきずをおひうめき くるしむそのありさまあひてはたれともしらゆき を。あけにそみなす。ちしほのぬめり。おもはず こけてふしまろび。こは〳〵いかにとゝさまか河 ものゝわざなるぞと。たゞうろ〳〵とよつたへて なくよりほかのことぞなき EEEEEEEEEEEE 慈鎮和尚の詠に 夢の世は 雅を つみとも しらね むくはん をりや 思ひ あは せん からねへ 山もどりの いかうど三 人来かうて 此ていにおどろきしが まづいきあるうちに 宿へともなはんとて 手おひの 亀四郎を て かき いだき二人 の手を ひき半 四村へと 世を経る 〽とゝさまがしんだら いやじやあねさまどう いやしやあねさまどう ぞたすけてあげて うだされいのう 〽あね も し はない ○奥州農夫 亀四郎 お竹松二郎が 父なり もと りける 〽せうじせんばんふはんきの どくいとしやかあいやいやはや めもあてられぬことだ おたけ かゝて三人のかりうどにすくはれてておひ をいへにともなひければおつるはあきれて なきさけびおや子三人がしうたんふびん ともいぢらしともことばにつきず あはれなりしかるに かめ四分がてきず 子三月三日 〽コリヤ竹よくすりは松めにいひつけて われははやくのらへゆかぬかわいら ふたりはうしともうまとも思ふてつかふ てゐるにさりとては身にしみぬ やいきり〳〵とはたらきおらぬか あのこゝなほてつばらめが又 うめ 三葉 二十一 ふかでといへどもいまだ うんやつきざりけん きうしよはづれてありければさま〴〵と りやうぢして日をふるにしたがひへいゆ せりされどもあくるとしの秋のすゑより かのきず口又〳〵やぶれてらいびやうと なりければ人のまじはりもかなはず ひたすらやまひのとこにふししゆ〴〵 りやうぢをくはふれどもさらにその しかしもなくかたちはます〳〵み にくゝなりあしきにほひはな をおほふばかりなりさるほどに しんるいそのほかの人〳〵もうと みはてゝいで入するものもなく もとよりまづしきものなるへ にかゝなが〳〵のびようき ゆゑあさゆふのけふりも たま〳〵 になり ゆきぬそのとしのこれに 世ノ およびてはねんぐのふそく にてあがたもりよりきびしく はたられなんぎにおよびけるがあねの 分竹はそのそし十四才なり母も 二 …… おつる 七ツトした のほうを さすつて 三三三三二二 二十二二 二三二一一 一二二二 11月 10000000000000000 「社会社 同一 …… 心をあはせひるは山にのぼりてたきゞをこり よるは母とともにもみをすりふるひ よもすがらたわらをあみて俵 となしよみにとりのなたまで □□□□□ はたらきあるあさは 栗折のぢんやう になひおさむ此道 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 一里半あまり ありその孝心 いつとめむら 中のものもかん しんせずと いふことなし されども母おつゝ はおつとにおな なればこれを も心よし とせず ともすれ ばお竹を おもく □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ □□□ ちうや みせめ はたり ける第 松二郎 見よね て母なだ むればけうだい そろふて おやをてごめ いにするつら にくやとしん じねのわが子をとうへて さま〴〵にいかりのゝしる おやけんのほどぞぜひ じやけんのほどぞぜひ もなき いたぎよく へんじす □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ かめ四がは 〽あれ〳〵とゝさまを おにがつかんだかゝさま こわい〳〵 らいびやう ます〳〵つのりければさま〴〵と心をくだきてりやうぢするにある医師のいふやう らいびやうには白帆といふやくしゆありとゝのへきたらば父のやまひりやう ぢすべしとありければお竹よろこびて仙台白石の町にいたりやう〳〵 はくじやをもとめけるが此行はうまれつき口どもりてごんぜつあき一 らかならざれば町のん〳〵ものいふことのわからぬをわらひのゝしりて さるよこうじんよとどよめきしかばみちすがらつく〴〵思ふやう われたま〳〵人とうまれしかども人なみにものいふこと かなはぬ身にてはいきがひなしいへにかへらばそくざに じがいせんとおもひきはめければ往来十里の道なれども ふところなるにぎりめしをもくはずやう〳〵いへにもどりけるに さすがじやけんの母なれどもまちかねてかど口にまちゐけるを 見ておもはずなみだをながし又思ひけるはわれしなば父母の なげきいかばかりぞや又びやう人をかいほうりしあさゆふのいと なみもたれかはたすくべきやと思ひかへしてじがいのことはとゞめし まりぬさればかのはくじやをもちゐけれどもさらにそのしるし なくつひに父はむなしくなりあしたのゆきときえければお竹が ほとりにうづめけるがときはこれふゆのすゑにてありながららいでん天地をふるひうご かしいちだんのらい火まひさがり亀四郎をうづめたるつかのほとりにおつると見えしが のごときものかゝみはおどろ〳〵として思ろかねのきばをいからし二ツのつのをふりたてゝくものすき まにあらはれたり人〴〵あきれまどへどもさらにそのかひなかりけり亀四郎が此いくとせ なげきはとりわけいふべきやうもなしさせしもあるべきことならねばいへの たちまちしるはねをくもにまきあげこくうはるかにのぼりけりそのかたちゑがきじ鬼 〽やれこわ やおそろ あくじをおこなひしけんばつの ほどたゞひまれなるむゝひなり そのとしもくれて立かへるはるとなりけるが亀四郎がつまおつるは夫のしがいを もくぜんに鬼にとられしなけきより心むすほうれてやまひとなりしだは におもくなりゆき此ほどはもうもくとなりければお竹はさらにせんかたなくしよ せんかみほとけにいのるより外なしとおもひてうぢがみ八まんぐうならびに 〽めかいも見えぬはゝさゆ を松二郎ひとりにかい ほうさせるもせんかた ないからかんにんしや 正月十日の夜よりぞまうで そめけるそも〳〵此半田と 乗折のやくしによらい又まんしやうじ村のくわんぜおんへうし のときまゐりして母のやまひほんぶくをいのらんとて さぞねぶたかろつめ たからういぢらし いやかあいやとゆき にこゞゆるわが身 いふ所はわきてかんき しよいとはず つよくうしろに高山 ありてつねに大風 をとゝをいたはる こゝろざしかん はげしく ふきおろし ふゆはまい日 ゆきふりてて かんきいこ はげしその としはことに大 なほ あま あり ゆきふりつゞき わかものだにもひる もわうらいまれなるによう せうの身の夜ごとにまゐり うべきへ とおも はれず しかるに 夜半 ばかりへ におき もとより きがへとて もなければ うすき ぬのこひと つきてす あしにわら ぐつはき たいまつともし てものすごさ 道をたゞ一人左 どりけるにふし ぎに道も見え わかずいのちも あやふきか たび れば さらに いとはゞ こそよ ごとに たえず でけり います。 いへより八まん ぐうへ十四丁あま ぐうへ十四丁あま りそれよりやくし 堂へ一里それよりくわん おん堂へ七丁あり此三ケ 所の道はひるさへ一人は物すご 〽き所なるをいとけなき身にて よなかにみゆきをふみわけて おやのためとていのちをすてゝあ ゆみをはこぶこゝろざしを思ひた やるにまことやこゝろなき身もかん るいおさへがたし〽しかれども毎夜の ことなればひめもすの世わたりにつか れてふしけるゆゑさんけいのじこくおゝれ ぬることたび〳〵あかぬさるによりて火の なはに火をつけこれどきより夜半す ぐるまでのかぎりをつもりて火なはを ゆひのあひだにさしはさみていねければ 火その所までやけきたりゆびのあつくなる におどろき目をさまし風雪をおかし水を あびてぞまうでける 又ある夜やくし堂よりくわんおん堂のとちうにてよはひ 八じゆんばかりの山ぶしこつぜんとあらはれてなんぢ母の ぢうびやうをかなしみ毎夜三所へまうずることたぐ ひなき孝心なりいよ〳〵しん〴〵おこたらずはしよぐわん せうしゆすべし などさま〴〵たふとき ものがたりし給ひ てわれはこれ山神なり とのたまへばたちまち 一ぢんの風ふき来りくも 一一 をまきあげ草木しんどう して御すがたは見えざりけり それよりくわんおん堂に 一二 □□□□□□□ つやせしにまへなるにはにて おひたゝしき うなりこゑ 同様でりでする 年 〽お竹はゐぬか お竹よ松二郎は とこにゐる松二ふ 〳〵これはしたり めの見えぬ右を すてゝにこへゆさ おつた又いらざる 神ほとけをたゝ きまはしをるか けちり〳〵しい 一 二 きこえし かばおそろし ながらさし のそけはかし らはうしのごと 五間ばかりの つばさあるもの 口よりくわゑん をはきはたゝき して堂中をめがけ とびきたるおそれ おのゝき高声に ねんぶりしければた ちまちかたちは見え ………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………… 二十一日 こみ ( 〃 こと ……………………………………………………………………………………………………… これ 同五月一日 ………………………………………………………………………………………………………… ………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………… 一二二二 ずなりぬ又あくる 夜のうしみつばかりに そのたけ堂ののきばと ひとしきおそろ〳〵 しきすがたのもの 八九人きたりしがその 内一人大おんにてよき くひものありあす の夜はかならず とりてくらふべし といひつゝ堂をめぐる 金人の乗てたふとき ねんぶつを申ゐればすべし きやうなしとつぶやきて そのあしおと堂もゆるぎ わさりてすさまし さてあすの夜となり ければこよひはかなら 〽あね さま ずんげのものに命 をとられん事ひつ をとうれん事ひつ じやうなりと思ひへ ひそかに酒をとゝのへ おきいつものごとくへ さん兵のよういし いでさまに酒をあ 二十二 たゝめ母にいとまごひ の酒をすゝめんとおこしに ゆきし内ふしぎや此酒人もさし はらざるにのこらずこほれたりお竹 せんかたなくなごりをしげに母を見やりなみだぐみて立出けり 同じ 材 〽あと ○弟の松二郎 あねお竹 いづかたへかお ふしぎに思ひ りしが武神なか こはへさんけいのやうち をしりてわれも母のた めならば命きとは みゆきをふみわけお くあとをしたひゆきり さても松二郎はお竹があとをしたひてゆき道ふみ わけ八まんのひろまへにかしこまりしん〳〵こらしていの りければ孝心のほどをなうじゆまし〳〵けんいづく ともなく御としみそじばかりに見え給ふ公家 一人かふりをめし白きひたゝれ白きはかまをめし たるが弓矢をもち白き馬にのりてあら われたまひいとも にてなんぢ母の ためにわ れに つとめてねん ぶつせにわれは これ八まん大ぼさ つなりとの給ふと おもへばたちまち 大風吹 きたり 〽なむ八まん大ぼさし あありがたや 賽 いのる心ざつ かしあさ ふからずしかれ どもあくがうか ずる所のやまひ なればほんぶくはかに たかるべし是より南 にあたりて桑折のやくしによらい又まんしやう じ村のぐわんぜおんへ毎夜まうでゝいのがな ばかならずかんおうあるべきぞさてなんぢは九月 十四日に出生せりなんぢがぜんしやうはすはうの国の山 寺にありしいぬなりしかねんぶつほうおんをきゝし せんえんによつて今にんげんの生をえたりなんぢ □□□□□□□□ 御すがたは きえ 給ひぬほどなく夜 あけければ母に わがたんま日を きくに九月 十四日なり 三之巻 ぶりじんにりうぐわんしそのねがひをはたさずして 命をはらば母のなんぶくおぼつかなしさて〳〵むねんの ことやとてわが命はうちすててはゝのやまひをのへ みなげき思ふへれいの孝心出けるにふしぎやたれかはへ いつものごとくしたくしてまうで。けるが八まんぐうよりやくし是へまゐる〳〵 坂下にてふゞきにあびみちもみえわかずふきかけの所へ行かゝり一丈 あまりの雪の中へおちいり上らんとそれどもかなはずなきさけべ どもかひなしすでにいきもたえぐになりしがわれ しらずうしろより引おこす 〽ものありお竹よろこびてかへ り見ればをとゝ松二郎にて ありければおとゝひ手に手を とりかはしよろこひ なみだにくれゐたり これのち毎夜ふたりづれ にて三所へまうでけるが つぐる夜のことなりしが うぶか沢といふ所にて あとより大おんにてお竹〳〵 松二郎よ〳〵とよびかへる ものありそのこゑ半田山に こたえ大木の数百本もたふるゝが おゐぎやうのものどもいくらとなくその間 一町ばかりにおひ来りぬきもたましひも きえうせべのほとりにたふれふしけるがし ばらくありて人ごゝちつきかうべをもたげてへは いふ所にて お竹はある夜とりわけかんぷうはげしく大ゆきふりつもりけれどもへ ごとしおそれおどろきてかへりみれば そのたけ八尺あまりのあかおにあるひは 分九一け 箱 しん〴〵いや ますばかり 〽これあね さまいき をふき かへして くだされ あねさま いのう あたり をみれば 何ものも 見えず なりぬつく 〴〵と ひけるはかゝ 毎夜あやし きものに いぎへつゞく □□□□□□□ 出あひ て心よ たち かへり あす の夜 三所まゐ りを とゞま らば りう ぐわん かなら ずむなしく なるべしこゝぞ 大ぐわんのさまた 大ぐわんのさまた げをしんぼう する所なりとて さま〴〵に心をとりなほし まうでければそのよはひ むそじあまりの御僧くつ き衣をめし白きはた せ馬をひき来り松くらへ 一が身うちのゆきをあへ はらひてかの 馬にのせ給ふ 此馬の身より ゆけのごとく けふり六へのぼ 類と見るに 惣身たちま ちあたゝかに なりはるの そらののど かなるがごとし さてありて この馬はこん IISIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIII でいごまといふ なりとのたま ひいゝお竹はかの 御盃のしやく 御僧のしやく じやうの元 にとりつかせ 給ひとぶが ごとくにちう をはしり てゆき たまふ 一頭多頭の 獄鬼あるひは 牛頭馬頭虎頭 多足の鬼多手狐 頭のたぐひ異類 異形のものども ふたりの孝子を 龍眼 〽お竹〳〵 〽松二郎 一は二 扨なんぢらに ぢごくとこゝら くのていさうを 見すべしとては するかの下かいへともなひた まへばまつくらにて方角 も見えわかずいく千万と いふかずもしれぬさいにん共 ものをもいたぞしはめさいにん共 ものをもいはず下へ〳〵とまつくだ りに行ものばかり也下かいへくだり て架むかひて行事凡二百里斗り 過てむかふの方まつくろに大高山有 此山の中ほどに居たけ二丈ばかりの 惣陣士あり此所へ来るざいにんがきる 山も老時女あり此所へ来るざいにんがきる いをはぎてうしろなる大木のえがにか けたり是はこれ十王経にときたりし 伊華頭河の奪衣妓女かの大木の大木の大木の大木 情といふもの也此所へ来る男女其色黒くまなみ くぼみいりきばおひかね足ほそくはち大 にふくれのんどきはめでほぞくつめはつるぎ のごとくとがおり又ごくそつといふものはその がたけ八九尺ばかりあるひはうじのかしちなは 二馬のかしらのごとく惣身の毛はつんぎのごとく これのかしらのことく直かいの毛はいかきめごとく さるしまにおひたり身よりつねにほのほとていて ざいにんを見てうでをいからしたがひによばぢの こゑいかづちのごとしざいにんぐつうあり 蚊のなくににてものすごくなしやくの ありさまめもあてられずおそろし 五道冥官 俱生神 檀翠幢 玻魔法王 獄卒 人頭幢かゞはな 俱生神 浄顕槃鏡 □□ それよりゑんまいやざ いたりみれはゑんちの 御たけに を見るがことてそのつ ろあかくしてひけむ もとまでかへさかる也 きなるしやくをく たんざまし〳〵てさ い人どもをにらみ給ふ ありさまふためとも 見ずおころし大 に一のかとはらにめら くわん百人ばかりそ くたいして見えたる 又はるかのばつぎに そのたけ一丈五六尺の ごくそつ数万人を がねのぼうをもちて なみゐたり又かたはら にはたかきだいのうへ にあかきくびあをさ くび二ツならびあり その一つのくび大おん をいだしいづれのくきの たれとよばゝればごく そつどもざいにんの中へ みだれいりつかみいだ して引来るそのとき 又一ツのくび大おんあ けてそのざいにんのせら ぜんのあと ぜんのあし さずへんせつきやる にときいだすその とき大王いかづちの ふるふがごとき大むへ にてざいにんをかしや くしけうゆし給ふ その中になんぢが 半兵衛たれだは ぜんごんをほどこし てよき所にうまれた りなんぢ何とてじ ひぜんごんのこゝろざ もなくて此所にき たるふかくさよな どの給ふ事あり ゑん王のわきの方 にたゝみ三でうじ きほどにみゆる かゞ見三十三めん ありざいわんの中 まれにざいくわを ちんじあらそふ ものあればごく そつちうにつか みて此かゞみに てみ てゝし見すれ 一生のあくじ ば一生のあくじ かゞみのうちに あらはるこれを しやうはりの かご見また 業統とも いへり いへり 又ざいにんをおくり出す所あり おごそかなる宦人二人たてり一人 は大きなるふでをもち一人は 鉄札をもちたるがおくり いたすざいにんにむかひ何 ことやらんおほせられしが さだかにはきゝとれず その中にもなんぢざいが うをつくりてみづから うをつくりてみづから あくどうにおちたるなり かならず人をうらむる ことなかれどこと ばのをはりごとに申 されしこれすなは ち俱生神とて人の身に をしるしてゑん王にうつたふるやく なりとぞこれよりはじめてあひ きやうくわんぐれんせうねつ刀山 剣樹。しゆらがきちくしやう刀葉林 てつぐわは例県血の池飲血ねつとう 等沽糞湯黒暗鉄嵐屍糞泥 八ねつ八重のたぐび二百余種の大小地獄 こと〴〵く見まはりていんぐわおうほうのぎり あきらかにさとしけり つきそひその人一生がいのせんあく それより八ようのおんげにのぼりて ごくらくじやうどの大門のまへに ごくらくじやうどの大門のまへに いたればぢざうぼさつしばらく じゆもんをとなへ給へば大門おの づからひらけたり此門こと〴〵く こんじきにてひかりかゞやくこと たとふべきものなしそれより せふぜんびしき大門あまたを こえてむすうのぼさつあまた おん手にによいをもち給ひ しやばの方にむかひてみしやう し給ふかくてほどなくあまたの によらいぎぜんとしてむりやうの しやうじゆにゐねうせられほう どうばんかいをさしかざしみめうの おんがくをそうしくわんをんぼさつれんだい おんがくをそうしくわんをんぼさつれんだい にわうじやうにんをのせて来給ふぼさつ の御いつくしみのふかきこと母のうぶ子を のしやうじゆくわんぎゆやくのありさま七ほう じうまんしおゝうみやうかくやくたるめり じうまんし金うみやうかくやくたる留り せかい上ぼん上しやうより下ぼん下しやうにいたる まてもこる所なくおがみめぐりありがたくも たふとくもことばにのぶるかたもなくかんるい もよほすばかりなりこれ則ぢごくごく らくのありさまなりつとめてねんぶつしゆ ぎやうのうへ大わうじやうをとぐべしとて ぼさつの御つげありければ二人ありがたしと御 うけするよとおもへばこんでいごまのあとも なくくわんおんどうのぶつぜんにぼうぜんとして あいするにことならずまちうけ給ふむりう ざしいたり 〽ぢざうぼさつ二人 にむかひてなんぢ が父のあく がうふかき をみすへ とある所へ 父亀四郎を ひつたて かたはらに つみをきたる うしのかわを かぶせけるに そのかはかめ 四郎が身に つくよとみる うちにたち まちうしの かたちとへん じもう〳〵 とほゆるに ●ぞお竹松二 郎はある にもあら れずわれ 父にかはりて しよう ちくしやう どうのく けんをうす んとはし りよれば はやくも ごくそつ とびかゝ てかめ四郎 をおつたて ゆく 名たかき中浦の 女郎屋ありけり こゝにふしみすみぞめのさとに 名たかき中浦の長といふ かの長はんしんじ うまれつきじ ひぜんえの心 ふかくおほく の女郎をかゝゆへ れどもなさ けあつくしてかりにもひどうの ふるまひをなさずそのうへ いきぢをみかくものなりしかば 人よんでほとけ中長といひ けりあるときまつしまきさかた のめいしよこせきを見んとてこの あうしうに下りけるが思はずも 日くれてやどとるべきいへもなく おつるごけがいへに立よりいちや のやどをむしんしければかゝるひん かのことなればおま さんものもなけれ どもまづひとよを あかし給へし とて心 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ よくとめけるにぞ中 長も大きによろこび ひとまなるざしき しにその 衣半の ころけう に入りやすみ 「新代い ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………… □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 〽よい子ども しゆをもつたに ごらうぼの おしあはせ世に めづらしいおや 孝行けなげな ことでござる 〽かならずれいには およばぬ 〽かゝさまの御びやうきが ほんじいたしたらが さつそくおれいにまゐ ります御おんばうしには 一ごほうかうだし あたへければおやよ三 一人ゆめにゆめにゆめにゆめに 思ひにてうれし なみだにくれに けるされどもお 竹はゆかりもな ぎつかたに大せ 一つのたからをもち だいのものが三 所まゐりする やうすならびに おつるごけが病 にくるしむていを 見てふびんに思 ひよあけてけう だいのものがかつる をまちてさて〳〵 世にありがたき 孝心の人〴〵 かなかゝる孝行 の人をよそにし 見るべからず とて大きに かんじくわい ちうより 小ばん五両し …………………………………………………………………………………………………………… ………………………………………………………………………………………………………………… 三三一 三十二年 〽ありがたや あなたさま はかみかほ 四日目 三十一日 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ さし出し これはけう だいの孝心を かんじて天よりさづけ給ふこがねなれば こゝろよくうけ給ひてはゝのびやうく をたすけ給へとあたへければお竹松二郎は ゆめにもしらぬ小ばんを見て大きに おどろき御こゝろざしはありがたけれど 此かねは御ゆるし下さるべしとさま〴〵じ たいすれども中長 いろ〳〵と利をせめ て母おつるに 幸 うごさります 〽しらぬおぢさま 〽ござります ひて御おんをほ うずることもな しがたしわが身 じゆうになりな ば御いへにつ かはれてみ づしかざ なり いたすべ しおん しゆくしよ をみけた まはりたし とありける にぞ中長もの こゝろざしをかんじ わがしゆくしよともの わがしゆくしよをもの がたりかんるいをもよほ して立わかれぬこれ みな孝心をか じて天より さいはひをくじ 給ふなり それはさておきやふだゞみのどろ助は亀四郎が 金をうばひてよりに女子をともなひちくてん ししばらくかひの国ふぢはしの片山さとに すまゐしけるがあくしんいよ〳〵つのりて人の娘を かどわかしあまたのあふれものをともなひて山だ ちとなりゐたりしかるにふぢはしのちかきほとり に妙六といふものありがれがむすめ お母はすぐれてうるはしぎうま れなればいかにもしてうばひ とりみやこにうりてよき 金まうけせんとたくみ しがある夜大ぜいにて其 ほとりのぶげんしやがいへに おしいりかず〳〵のたからを うばふてかへりがけ手 したのものはさきにかへ しおのれ一人あとに のこりて廿六がいへに しのびいりお楽をう ばひてつゞらにいれんと せし所に妙六ふうふめさま してぬす人よと言 たてければどろ助山がたな をぬくよりはやく妙六ふう ふをきりころしおもてを さしてにげゆきぬ こゝにふしみのさとの けいせいや中長はあう しうよりのかへるさかひ の国このふへまうでん とてこよひ此妙六が いへにとまりゐけるが 何やらんもの おとするに おどろき てひとま をとび いつれば 何六は ことき れたり 妙六がやま かたいきにて のたうちながら かやう〳〵のことにて娘お陣を ○とうぞくにうばはれたり何とぞ おひかけとりもどし給はれとありければ 中長きくより大きにいかりにくきとう ぞくめわれあんないはしらねどもとほくはゆるじと ふぢはしをわたるところにて手下の大ぜいおの〳〵 えものをもちながらとろ助をまちあはせゐければ中 ばはほしをわたりこえなかばははしをわたりかゝりし所を 中長こゑかげぬす人まてよといひさまこしなりかた哥 ひきぬきとろ助に切かけたり ヤレ人ごろし だまつて くたばれ なんまみ なんなんなんなんなんなんな だぶつ 烏 〽とほくはゆくまい いづくまでも 〽それ といへるは こなたのいはかどより よしこのいはかどへ女ぢ くるをもつてつなぎあはせ くみわたしたるはし なりゆゑびとかだち にてやう〳〵に あゆむ所也 此くにのもの はつねに あゆみ なれたれば ひらちを ゆくごとく なれどもふ あんないの ものはなか □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 同様 〽こしやくなやつあその いつゞらの中の女を かくみづちへ わたしやァがれ 〽やぶたゝみの あるどろぼう さまだやらうめ かくごしろ 〽どろ助が手下の ものじもすくはん とはたらきけるが 大ぜいのおつてと こゝろえどし少 して谷人おちいり はるかの谷そこ にて出めつす どろ助心得たりとぬきあはせふぢはしの まんなかにててう〳〵と功むすぶそのおと こたまにひゝきければさきにこえたるものども とつてかへしはゝしきけるが大ぜいのおつ てと心得しんのやみにてどしうちして 谷そこへおちいかぬ二人ははしのなるばにて たよひしがふぢはし左右へゆら〳〵 すればしんたいじゆうならず たかひにかたてはふぢにすがりて かた手打のたゝかひなりしが どろ助もあまたのおつてと 心得てかなはじとや思ひ けんあとしさりにくりびき してつゞらをいはかどになけ おとししはらくさゝへて見え けるが手したは大半は各そこへおち いりしに心おくれひつばつしてにげゆ きぬ中長しばらくいきをやすめ つゞらの中よりおほをすくひいたし ければおほよろこぶ事主ざりなく まづ妙工はか家へたち帰れば妙六 ふうふははや事きれたりお染 がしうたんめもあてられずふひ んなりそのうへ此妙六はねんぐ のみしんにつまりてすでに水らう のこりのかねにてせきひをたてほたいをみぶらひ たしとねかひければ中長その孝心をかんじて しからば身のしろばよきほとにさだむべしとて にいるべき所なればなきちゝはゝのつみを 〽お染 こののち すゝはんにはわが身をうりてみしんをすまし □□□□□□ あがえと 身しんのかねをおさめさせ そのうへふたりをうづめて せきひをたてあとねん ごろにとふらひつか はしふたおやのかた きやぶだゝみのどろ 助はわれすけだち してうたすべしと ねんごろにうけあひ ければおほよろこぶこと かぎりなくふしみの さとへといざなはれゆきぬ 〽かれ〳〵あぶない事であつた まづ〳〵内へともなひ申さう たふらは命 はわすれま せぬ 〽おにのにようぼにほとけ もあれどおきてなれば ぜひがないきり〳〵とて たて 〽やぶたゝみのどろ助と やぶたゝみのどろ助と いふとうぞく片山ざと にすむよしそのうはさ かくれなくあがたもりより きびしくさがされけるにぞ 妻子をのこしてどろ助は いろくともなくちくてんし けりどろ助が妻お水は お玉つち松といふふたりの 子をともなひ国さかひより おびはらはるゝあしきおつと につれそひてうきめをみるぞ いんぐわなる 〽しやうねのわるひをつとゆゑに おひさきあるふたりの子までがろとうに まよふなさけないうきよじや こゝにあはれを とゞめしはどろ 助が妻のお水 なりをつとがあく しんいさむれども さらにもちゐず つひにはとうぞくと なりしかば身のをはり忘 ひやりあさましき死 を見るも物うく 四箇イ一 一一一一一 もとよりふたりの をつとをもたん心も なく せめてわが命 をおとして いさめなば きゝい かうしうをおひはらはれは こともや あらんと思ひ きはめいくたびか かみそりを手に ことれどもわれしな ばふたりの子どもが まよはんこといとかな しく思ひきれども きりがたきおんあい にびかされてをしからぬ いのちながらへしが此ほど □□ のかなき のくにまで のくきまで さまよひ 心の二言 ふうふの思ひやつうじけん ふたゝびとろ助にめぐりあひ ふじのねかたにすまゐして うきとし月をすごし けりしかるにをつととろ助は○ ○かみがたず ちへかせきに のぼりてはや ひとせもた よりなく朝 夕のけふり もかすかき くらしゐたり しにちかき ともだちの うはさをきく にをつとどろ 助はすみよし のほとりなる しんけどいふ ところの女に ちぎりてかの 女がいへに むといり せしと いふものあり されども これは まこと からぬ こと われを にて いつわりてなぶ るものならん と思ひゐた りしに 此こと a □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ ずたしかなるし やうこを見する 目ありしからはわれもほる ひきりてふうふのえん しをきらんとおもへんとおもつと 一のしゆせきにてさり秋より 見せ給へとこたへしかはほと もなくをつとの方より一つうの 手がみとさり伏をおくりこれは でのえんとあさらめ〽ツざくつゞ までのめんとあさらめ〽つざくつゞ つゞきよとのもんごんをつ一 とのしゆせきにまがひ なければお水は今まで のうきかんなんていせつの 心ざしをむやくにされたる こと人ちをしくにはかに くわつとさかのぼり まなこをいちゝげるみ をさかだてほのほを はくかと思ふばかり 大いきついで立上り あなたこなたとはし りめぐりてもの くるはしく見 えけるが今は これまでなり 此よにいきて はぢある身なれば すみやかにじがいして うらみのほどを見 すべきそと一つうの かきをきしたゝめわが 身にゆかりのものとて はたゞ丁人のあねのみなり これ五才のときわかれし のちはふしみのさと中 うらの長どのかたにゐ 給ふときくばかりつれそふ をつとにものがたらばいか なるあくしをしいださんも きづかはしく今にてもつゝ みかくしおとづれも也でゐた りしがわがついぜんをたのむには あねさまよりほかになしと かきおきにしゆくしよを そへおきなきあとにて て山がたなを引 ぬきてあね □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ むすめのおほ よきにたのむとかきそへ をひとかたな にさしとほ 母も あとから ふくほど にかん にん して しんで くれこれ みなとゝ みなとゝさま のあくしんゆゑぞ とていとけなき したりしが心せきてはづれし づち松をもさしとほさんと 所へさんじよのものかけ来りて つち松をうばひければこれまで なりと山がたなをとりなほし のんどをくざとつきとほし 以 〽かあいさうにむごたらしいことじやどふぞ よくとぶらふらふ 書置の事 すゝせあしく候てよこし なるをつとにつれそひ此年 月のかんなん草紙につく かたくそれのみならず ことつま見かへられふたりの 子どももろともにすてう つひたむなしく なりにけりふたり の子どもをのこし おかばろとうに夫よ ひてつひにはうゑ死 なんもふびんなり と思ひきはめ わが手にかけて ころせしうへ おのれもしる ひしてうせ たかしは 女中の犬夫 男まさり れしうき身のほど御さつ し下されかしいきながら へてかひなき命に候へは ふたりの子どもをさしころし 一わが身もともにじがいし はて候あと〳〵もこと よろしく御たのみ申とく たゞ今までおとづれなく うちすぎ候はあしき 一心のをつとゆゑいかやう なる御なんきをかけもや のえるまひ つやるまひせんとそんし候まゝわ やとある びはかんじ ざと候たつねも不申 あるひは わが身ことして五つのとし 〽ふびんな ことかな をしみ きんりんの 人〴〵あと ほかへようしにとらはれ 候ゆゑひごろ御なつかしく ねんごろに おもひつゞけよし玉ひんに とぶらひて さてかのかき をきはふし 見のさと なるなが 思召候はゝなきあとの御 とぶらひいつへんの御え くさばのかけよりたもし みにねがひをり候 うらの 長者が もこへぞ おくり けつ いつゝのとし 御わかれ申候 いもと 只今にては やぶだくみ どろ助と 申者の 妻 〽つち松はたすけ たれどお玉はふびんな ことせした 〽さても〳〵 おもひきつた 女中じや ふしみのさと 春ほとやう ながうらの うけ給はり候 長者さま 御内かた 御にねつへ □□□□□□□□ 相手 希有大行者 前編四冊 □□□□□□□ さても孝子お竹松二郎が 貞貞ノ志不貧ナシ おこなひをかみほとけもかん おうありけんおつるがびやう 深信冥感佛ヲ一 きほんぶくのうへ中浦の長 者がなさけをうけし金にて何ふそくなくよう じやうしければつねのごとくにひだちけりしかのみ ならずおや子三人よるひる山野をかけるべりせい出し 至孝得通神( 三馬作 てはたらきければ天のめぐとにて しだいにひんくをわすれけりかゝりしかば 蓮利面遊歴 孝子をあはれみて人〳〵の 鐵城苦照巡ス なさけあつく 母のおつるも 今迄の 三分 〽お竹はくおつるを弟 松二郎にたのみおき はる〴〵の道へだうし しふしみのすみぞめへと こゝろざし 中長の 方へ行 てさいつ 地蔵悲願ノ力ヲ じやけん ひどうを ころの おんを むく はぢいり 其徳實ニ難レ伸ヘ いつしんにほとけを ねんじ大ぜんにんと ふこれを なりておや子の中むつましく いへとゝのひしもこれひとへに 聞見絶テ絶テ疑惑一 を一人の子どもが孝心のめぐ みなり世の中のお子さまがた 讃禰勸二誘人ニ 此お竹松二郎をてほんにして これより後扁をも とめてよみ給ふべ おとゝさまおかくさまをずい 共ニ生二欣厭意一 ぶん孝行なされや トント子どもしゆ 一 あこぎものがたり ながらのくばしら 春亭画 ながらの人ばしら がてんか〳〵 一同ク会二富池ノ消ノ 後編三冊 当年出打 よみ本 つげて たひ立 けり 文化七 新隊 四万 小林鉄蔵 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 同治者大麿二馬編 善悪 りやうにん 西面 あだけ 今 右や だいにち 大目 忠孝 文化七 庚午歳 新版 鶴喜板 《題:《題:《振り《題:《振り《振り《振り《振り《振り仮名:《振り仮名:《題:《題: 文 第五仁文 板 文 敵討善知鳥の俤全六冊 化文 山東京伝作 歳 七 平野屋徳兵衛 三世相婦女手鑑全六冊 天満屋おなつ 浮世絵師名目 歌川豊国 歌川国貞 歌川国満 庚 十返舎一九作 清水 午 新観音 利釼之勲功全三冊 版 新 十返舎一九作 史稗版 曲亭馬琴作 姥櫻女清玄全六冊 勝川春亭 菊川英山 のこらず出板売出し申候 此外別紙にもくろく有之候 よろしく御評判遊され 御もとめ御覧被下置候様 ひとへに奉希上候 午のはつ春 江戸通油町書林 地本 問屋 同倭鶴堂鶴屋喜右衛門版 善蔵へ 両面ま 同断出此大日忠孝鏡後編三馬作 森もお竹はふしみすみぞめなる中浦の長者が もこへたづねゆきさいつころ金五両を給はりし めぐみにておゞんかは一家心やすく世をわたれ これひとへに御なさけの御かげなれば何とぞ まゝたきになりて御おんほうじのため ほうこういたしたきよしねがひ ければ中長がつまおつまもろとも きどくなる心がけのもの也とて 家にとゞめ下女としてつかひ 〽しほらしい こゝろざしで ござり ます 五之春 やくをもちゐおのれが 身をつめて人にほど こし主人に忠義を づくしてほうばいを あはれみければ 忠義ものゝお竹 右義もいゝお竹 とてたれしらぬ ものはなし 此お竹きどくのものにて ばんじに心をつけけん 〽どうぞおめし つかひ下さらば ありがとうござり ます □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 〽はる〴〵の所を 女の身でよくたづね てきたぞ これはさておき中長が つまのおつまは五才の ときわかれたるいもとおし 水がじがいのかきお きならびにつち松は をともなひてする がの国よりたづね きたりければ中長 もろとも大きに おどろきさては やぶだゝみの泥へ 助がつまと 月 ………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………… 〽七木町法かきへ なりいたりしか それともしら で此とし おとづれせん にもあるか しれずせ んかたなく うちす うちす ぎしに ふりよ のさいで ぜひも なし つち 松は わが方にてやしなひそだつべしとて つかひのものにはあつく礼をのべてかへしさて 一かのつち松をば 一中長ふうふが 一にとなして いつゝしみ ぞだてけり 三心こへ申聞 ……………………………………………………………………………………………………… 閣 それはさておき ………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………… かうしうふぢはしよ かゝへきらし妙六が娘 お染ねがえと名を あらためぜんせいならぶかたなき ゆうくんなりしが何とぞして二おや のかたきやふだゝみのどろ助をうら 火の用心 くおもひけれどもそれぞといふ 心あたりもなく むなしく月日 をすごせしが おやうた中長し はじひふかくいき ちをみがくし 男なればす さちて げたちしてよ うたせんと あかこゝろし おしく思ひ うき川竹のなかれに したがひいつはりがち なるとこのうみな みだにあかしくらし けるさて又中長は ねがえがおやの女 さきとろ助とや いふものはわが女房 おつまがいもとむこ ときてうつ にうたれぬぎり ある中の かたきうち せんかたつき てゐたりしがれ よきふんべつも □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 〽えちごやの いなかのおこし にやつてくんな わたしはとうし 事か此子のかほを 見ねへじやァきが すまねへかな あるべし とて梅が年 に此事ふ つち おきつち 松をなに げなくやしなひ置ければ 此ねがえもとより子ぼんのう なるものにてつち松をかあいがり 〽二ち松と お梅はかた お林ばかた きどうし にてあり 〽ながらしら ぬこととて からする つち松をかあい がりつち松も 一梅が元になじ みてほかのもの にはめもかけ さりき さてかのやぶたゞみのどろ助は すみよししん家のほとりに すむごけとみづつうしける がかの女がかねのあるをさい はひにいりむことなり するがの国にのこし おきたる妻子を すてしのみなら ずお水がじがいし たるやうすを風のたよ りにきゝけるがきもふと きものなればふびんとも おもはずごげをちやうあい してくらせしがお水がしう ねんいつかむくはであるべきや 此ほどよごと〳〵にあやしきかたちの ものあらはれ出どろ助ふうふをなや ましけれは家内のものはさら也きん りんの人〴〵もしると見みけしもの あまたありてばけものゝうはさたかく めしつかふものもしだい〴〵にいとまをとりて 今ははや家内四人ばかりぞのごりける } 〽夜も らしみつ らしみつ のころと なればま くみもと なるあん どうの介 かげねぶ いるがごとく になりき こけんとして はつと ひかりてら かゞやきて ははつと さえかく する内 ものみけあらられ出あんどうの 中よりふちり〳〵とありんながら かちやうのそのことに六まはりふる〳〵 〴〵と身にけひしてかやの内を さしのそくよとや見るひまにものをとも せでかやの内にて いはでふりなへり おほさもの □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ なれはまくらがたなき手 をかればさいは木にて つこりしことくそう □□□□□□□□ 身すくんではたら かず七つのかねひ ひく頃ほひに うこんあとな てはされば □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ じざいとなりに けりかたをる ことよごと なりしとぞ 大木弥次太 □□□□□□ 学学学学科学科学科学科学科学科学科学科学科学科学科学科学科学科学科学科学科学科学科学科学科学科学科学科学科学科学科学科学科学科学科学科学科学科学科学科学科学科学科学科学科学科学科学科学科学医学科学学学 光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光 第記記記記記記書記記記記記記記記記記記記記記記記記記記記記書記記記記記記記記記記記記記記記記記書記記記書記記記記記書記書書書書書記記記書記記記書書書書記書書書書書書書書記記記書記書書書記記記書記記記記 同同二一二二七七七七七 廿一日 さてもお竹はたぐひなき忠義の ものにて中長が方に三とせが あいだほうこうしければ 平長ふらふもかんしんして むすめぶんにとりだてんと いへどもお竹 さらにとくしん せずやはり せずやはり 此まゝ下女と なりてつかへ きびしくを じたひ 我を むしからば国もと より母と第を よびむかへおや 五十一所にわがや 五十一所にわがや 国のほとりにすまの あたのほとりにすま そねさせなばおやへを の孝心もさちわれ に忠国のこゝろざし しつらひ すまはせ もたつどうりいそ き此方へよひとる けりこれ中 長がきどくの べしとてさつそく おうしうへ人をはせて 国にのこせし母の こゝろさしと いへどももとは お竹が忠孝を おつる弟松二郎 かんじて天よりめ ぐみ給はる也 お竹は廿一才松二郎は 十五才とせいちやう しけるが松二郎せい したがひ 一 中長 おつゝま あん ずる にわが 父かめ 四郎あく のむくひ とはいひ ながらあく びやうを かけし ほつたんは どろ助に きられたる 手きずより ことおこれり さらばどろ助は 父のかたきなれ ばいかにもして めぐりあひ かたきを うたんと こゝろ がけ けり 母おつる おたけ 一 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 二二月 松次郎 あんひぎひどうのどろ助天ばつたちまち 門身にむくひてむこいかせし家の女は お水がしうねんにとりころされつひ にはいへをもうしなひければこつ じきとなりさがりこゝ かしこさまよひしが さいつころ亀四郎 に手きずをおはせ その手きずより らいびやうとなり らいひやうとなり しむくひにや惣身 ひきがへるのごとくはれ たゞれてくさきこと 〽いはんかたなくめんてい せひもなき あるときはこくう にまよふぞ せひもなき ばけもののやうに かはりばてろとう にかしやくのこゑすさ まじくごづめづ あつきらせつさま〴〵 のかたちをあらはしせめ どうぐをびつさげて はたてんがいを風になび かせだごくぢうざいにん やぶだゝみのどろ助 たしかにきけ われ〳〵はこれなんで ぜん ぶしうの下五百よじゆんて きこえたるゑんまわう こくのつかひなりなんぢが 地ごくにおちんこと ちかきにあり五ざやく ぢうざいしつかいだごくと さもおそろしきこゑにて うなりよばはりほの ほをはきかけ火の たまをなげかげて しばらくくつう 一をあたへつゝこくう はるかにのぼりゆく がすがたほうほつと立あらはれ あるひはあしをさかしまにたてかしら にてあゆみあるひは惣身血にまみ れたるがおめきさけびてはしり めぐりどろ助きたれはやく香 又あるときはしにうせし 亀四郎妙六ふうふお水お玉 とろ助はやくといよどろ助と さも物あはれにきこえけり 〽ヱヽくるしや たへがたや たすけ 給へ〳〵 おのがくふべきぶんはのこらずこつどきにほどこし 其身はあがりせんのくひのこし又はすへくさりて ひとくちもくひがたきものをくらひけり さてにはしりもとのながしのすみに あみのふくろをあてをきその中へ たまりしものをしよくしつね〴〵 口にまかせてねんぶつしけり お竹はじひの心ざしふかくあさゆふのめしをも さてかのどろ助は はう〴〵をさまよひ あるき今はふしみすみ ぞめのさとにきたりて こつじきしてゐたりしが 中長が家にわが子つち 松がやしなはるゝことをも しらずおつまはわが女ぼう お水があねともこゝろづか ずそのうへおやのかたきと つけねらふ松二郎お染がた ことをもつゆしらず此家 のほとりにさまよひおたけが ほどこすめしをもらふて うえをしのぎゐたりけり ましやう 〽もとよりめんていかづかう かはりぬればやぶだゝみどろ介と見 とがむるものもなしかたきどうし のあつまりしもいんえんのなす所々 〽これ〳〵おまん夫をしんぜ 〽あい〳〵ありがたう ござりやすおとし わかだがごきどくな おあねへさんだ あい〳〵 して中浦のいへを立出あげやへと あゆみゆくにむかふのかたより いろあをざめたるわかき女 ずつくと云へていふやう わらははつち松がうみの はゝお水といふもの也おん身 つね〴〵つち松をかあいがりて 松に心ひかれてちううのやみ口まよびあれ こゝに又ふしぎの事こそあれある夕ぐれの事なりしが 梅がえがなじ見のきやく来りしとてあげやより つかひのしらせに梅がえさつそく身じまひ まことのはゝのごとくにあひし給ふうれしさに これまであらはれいでしぞやわらはことつち 之巻 六十八匁 六之巻 ば今ひとめつち松にもあびたくあねの おつまさまにもおれいを申たく思へば何 とぞおん身のからだをしばら〳〵かして 給はるべしとありければ梅がえ身 □□ ちて おそろし くおぼ えしが 男気なる うまれつ きゆゑさらに おどろかず 御心やすき事 也さりながら はつぎへつゞく 也さりながら只今 はたナ つゞきあげやへ行道なれば しばらくまちかへ客 人をもてなしかへしてののちなるほどからざてかし申さん とあしばやにあげやへゆきしにゆうれいうな つきて梅がえがあとにそひかげのごとくにつき まとひてあげやのざしきよざしゐたりこの 梅がえがへんとうするていを供の下女ふしき に思ひ何ことをるひとりがとし給ふやとあき れゐたりされば此かたちは梅がえにみゆるのみ にてほかのものには見えざりしなり とかくしてきやくをかめしければ又〳〵下女 におくられて中長がいへにかへりかど口 よりしきゐをまたぐとそのまゝどう とたふれたりかないのものどもおどろ きてさま〴〵とかいほうすれども大 ねつおこりてしやうたい なければまづしとね のうへにねさせて くすりよゐしや よと六へさわぐとき 梅がえむくとおき 上り人〴〵さはぎ 給ふなあねさまに おめにかゝりたい おつまさまはいづく 小といふこゑ梅が えがづねのこゑ とはかはりける にぞ 松 中長 はじめ いふかも しみて まづおつま をまくら もとにぞ よび ぬ 十一日 そのと き梅 がらんが いふやう おなつ かしや あね さま おわか ごかいほうお礼の 申やうもなし此 いち松をするまり おくりしときわたくし も見えがくれにつき 此はゝは はるかにと ほひつちの そこにゐるほ どに今のとく さまかゝさまを まことのふとおや とたいせつにせよ やうみのはゝがなご りのちくをのませう ぞとひざにたきあげ ちゝをあてがへばつち松ば かながりてちゝをす そひて此おいへまで まゐりしがめうへの人にはものいふこともかなはぬ ゆられいのかなしさいたび給おかほをのその までたちよりしかどもあねさまのいくわう におそれてあとくさかり申せし也此梅がえ とのはつち松をかあいがりて下さかうれし さに今日からだをかりてみなさまへの お礼をも申たくこれまではまではまゐりしが ちううのやみにまよふ身は ついぜんくようのそなく みのもわがくちへ はいることかな はすせんかう のけふりとある の水をのむば かりまこと にかなしき くけんぞや つちを□事 とにかくにま よびのたね となりうらみ ば〳〵とすひゐたり梅 がこんがちゝの出べきはづは がこんがちゝの出べきはづは なけれしもこれお水がかゝ さといりかはりしゆゑ なるべしさるほどに 人〴〵ちゝのいでしを ふしぎに思ひゆう れは六寸りてのち梅 がえがちゝをしぼり 見るにいつてきのつ ゆもいですまこと にふしぎのありさま とみな人したを ふかびけり □□□□□□ がたく候をつとの事は もはやさら〳〵たらみ なしたゞわが身のしやうぶつを ねがへどもおんあいにひかされてやみよりやみにまよひ しなりなにとぞつち松をいたきてぢゝをいつぱいのませたく 左りのかたへふりむけはかほもこゑもお水にまがひなければ中長ふうふふびんに思ひ詞のごとく つち松をつれ来り梅がえがひざにおけばあるひはなきあるひはわらひさても〳〵せへじんじんしてうれしやう 思へば少しのあいただかせてたべといふかんしよく右のかたへむくときは楠が元がかほとみへ なし 中長ふうふはお水がくうふくならんと思ひてぜん ごしらへしていしをすゝめければ梅がえはし をとりてお心ざしはうれしけれども 此めしはもはや人のくひしあとゆへ たべられずあらたに米をかしぎ てはつほをもりてあたへ給へと いひければふう介おどろきて りやうり人にたづねとへばだい どころのもの一人此めしのはつ ほをくひし事あらはれしかば ゆられいのことばにたがはざるを おとろきぬ下女お竹はこれを きそ手づからめしをた きそ手つからめしをた きしやう〴〵にきよめて もち来りねがえがまへに なほしければ梅がえたち まち身をちゞめて おそれおのゝきあり がたや大日によ らいの御手 づからわら はに だう とさにあら もつたいなやと しばらくひれふし ておがみゐたりやくあつて かのめしを心よくうけをはり 何やらん人ちのうちにてつぶ やきゐけりかたはらのもの へどもお神がぜんをすえ しを大日によらいと おがらしは いぶかしき ことなり みな〳〵 ふしぎ の思ひ をなしぬ 又おやまにむかひいふやう わが身ことぢごくのかしやくは へうけねども女のつゝしむべきは ○さんのけがれ月水のけがれをよく〳〵 つゝしみ給ふべし血をけがしたる女は血の いけぢごくにおちいりてくけんを うくるのみならず日〳〵三たび けがれたる血をのましむる也もし のまざればこづめづのおにくろかね のしもとふりあげ五たいをこな〴 にうちくだけり あまたの女人をかゝへおき給へは 此事よく〳〵つゝしむやうに をしえ給へとぞかたりける がたみ ゆうれい又 いふやうまこと にひさし ぶりにて しよく もつのんどを もつのつと とろ〳〵 たり此上の ねがひには たゞ今裕 をすくんた まひし大日 によらいの によらいの ゆきやう げにあづ かりごくらへ くわう ぶうをと けたく 候と申けれ ば家内の者 どもふし ぎに思ひ ながらまづ お竹をよび いだししか のよし ものがたり ければお竹 じじやくと して おたり 〽中長ふうふ ふしぎがる 〽なむあみだぶつ おどろかずゆうれいののそみとあら べ十ねんをさづくへしとて梅がえが まへに云べければゆられいありがたやと まへに六へければむをしめ 三ぱいしてじゆずこひて座をしめ たりそのときお竹は高者になむあみ どぶつとねんずればゆうれいもこゑに はたがひなむあみだふづと十ねんをう けおはりありがた や只今までくら き事いふにいは れぬやみなり しが御すねん のくりきにて まよひのくも きりはれわた りよのあけ たるがごとし たるがこと ゆうへは思ひ いこす事 さられなし つち松が 事をつ へし 御たまう いくを 〽お竹どんのお十ねん とはかつりきじやア ねへかわたいらが くがい十ねん あの人のは ねんき 十ねんだ たのみ よみや これよりごく らくせかいつち もむくなり とさもうれ しめに うち ゑみぬ にみやあがり 此梅がえ どの事は わが子 松をふびんに思ひ あさ ゆうになで いつくじみくれ給ふ うれしさはいはんかた なし猶又此たび からざをかりたるし 御れいことばに ものべかたし 此のち梅がえ どの身の上は かげ身にそ ひてまもり こと 申さんゆく すゑめでたら しゆつせし給ひ えいようえいぐわ の身となりてくわん らくきはめ給ふべし かへす〴〵も梅がえどのには よく〳〵心いふて 給はれよとぶつだんの● 二日一夜をすぎて梅がえ やう〳〵正気つきけるが たゞゆめのさめたるごとく にて今までのことはつ ゆばかりもしらずと こたへぬ そのはじめあげやより もどりしまではおぼえ けれどもそののちのこと はむちうにてしらず 巻 こゝにまたあやしきは むめかえわが身をかし たるうちはゆめのごとく 七 之 おぼえしにたれとも なくかたきどろ助が ありかをものがたるもの ありなんぢがかたき やぶだゞみのどろ介は らいびやう人となり て此家ののき下に すまひあり はや〳〵かたきを うてよとをしへ ければふたゝび おどろく ばかりなり 〽さてはお水水がゆうれい ぶつだんの内へたちさつたか 三月二日 二十一日 二十二日 □□□□□□□□ □□□□□□□□ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 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心をしづ め給へ さま かた のえん じやとし 月おん あるし 御主人 の第 なれば にうた れぬ われ〳〵 われ〳〵 がふうん いきぢを せつふく をとゞめ ねば主ころ 〽まづおまち なされませ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ かゝる所へのき下より大声にてうめきよばはりけるはいかに 梅がえ松二郎なんぢらがおやをうちしやぶだゝみの どろ助これにありさあ立よつてくびをとらぬか いかに〳〵と声けてゐざりよつたるらいびやう人 いえ黒こみしわきざしをはらにぐつと つきたててゑぐりくるしむいきづかひみな〳〵 これはとおどろけばどろ介くるしきいきを つきあくわれながらごくぢうあく人と うまれたるあさましや此ほどお水が ぼうこん来りてわれにつぐるをきけば 此いへのあるじはさいつころかうしう ふちはしにてお海をうばひし をりからうちあひし男にて お水がためにはあねむみなり それのみならず妙六がむす めお鹿亀四郎が妻子三人 をやしなひおさすけだち してかたきをうたせんと うけあひしに思ひも よらぬおんみとわらはが ふうふのえんにつながれてうつに うたれぬわけとなりしよせん みな〳〵へのいひわけには中うらの 右がはらきらんとまでかくごせり しよせんおんみのあくぎやうにては てんめいいかでかのがるべきん〳〵の うらみにてめいどの うらみにてめいどの むかひちかきにあり 今までのあく しんひるがへ 〽いざ立よつて おくれたか いに〳〵 くびをうたぬか いかに〳〵 しぜん しんをおこし 給ひわれ からなの つてうたれ なば中浦 の兵の男 もたち親 のかたきの うらみもはれ おんみのあくぎやく 今までつもりしざいしやう もすこしはせうめつあるべきぞと じやけんひどうのをつとをかばひ ゆられいになつてまでわれをいさ むるかたじけなさ年木かたまる あくねんもいぢしにとけし 大ぜん小んその夜よりはたへて ぢごくのかしやくもなくよごと のくつうもわすれしかばをり を見てなのらんと思ひはかり し今月今日われとなのつて じめつのあだうちいざ立よつて 此くびをいさぎよくうたれよとかくごの はやうたぬかことくうてよとなをかゝれどされありて くびうたんといふものなししよせんうたぬことならば われとわがくびかひしやくせんとわきざしをくびにおしあて あく人のしにざまこれ見よとえい〳〵とくびかきはとしかつぱ ことばにみな〳〵もかんじいつてことばなし ヤアみれんなりをくれしかながくくつうを見せるのか あく人のしにざまこれ見よとえい〳〵とくびかきほとしかつばとたふれいきさえたり おたナ そのみき下女お竹おくの間よりはしりいでよきかな〳〵 松二郎が孝心亀四郎がせきあくおつるがあくしん ぜん人に立もどりしも孝心のとくを見せし めんがためなりわれ かりた亀四郎が 子とうまれき て松二郎に孝の 道をさとし ぢざうぼさつと ふんしんしては ぢごくごくらく をいん ひとうもつま お水が 〽なむお竹大日 小よらいあり 小すちいあり がたや いざめによりてまつごに吉人と ひるがへるとうていちうしんのふる まひいんぐわあうぼうのあり さまこと〴〵くわがほうべんを もつてする所なりわれはこれ 大日によらいの ●ぐちむちのぼんぶをさいとせんがため かりにいやしき身とへんじたりなむ さいほうあみだぶつととなへ給へば今まで ありづるお竹がすがたはこんじきのひかりかゝやく として大日によらいとおがまれ給ひひかりをはなちて たち給へばはなふりおんがくこくうにきこえいきやう 五しきのくも小うちありてとびさり給ふぞありがたき たち給へばはなふりおんがくこくうにきとえいきやう四方にくんじわたり 四 かれも人 中兵 やうふ おつる梅がえ 松こらおの〳〵 お竹大日によらいの 御利やくしゆじやうさい どのほうべんをたふとひ かんないきもにめいじけめ かんるいきもにめいじけり さて中からの長は世にめづ らしききどくのものなりとて 国のかみより金三千両白米 五十俵を給はり又松二郎はどみん の子にめづらしき孝行ものと の子にめつらしき孝行ものと ぎよかんあさからず母おつるを よういくのためとて金五千両 白米百俵を給はり御ほうひ の御ことばを下されければおの〳〵 仁恵をあふぎありがたなみだに むせびけるされば此事をつみきく 人〴〵とくをたうとみて我も〳〵 とぶんげんにおうじかすぐの ひきでものをおくりければ 廿大日によないよないのやう 一お竹大日によらいのりやく むなしからずいへはしだい にはんじやうしてゆく すゑめでたくさかへ たるむかしがたり をかきおさむ めてたし〳〵 〽きみにもきよかんあさからず 御ほうびのさまものありがたく ちやうだいいたせ 〽こうだいのごじんけい 身にあまりありがたき 仕合せにそんじたてまつります 此さうし去年うり出しの 手はずゆゑ彫刻を取 いそぎ抜合も不仕候 よろしく御よみわけ 可下候以上 以上 作者式亭三馬 画工勝川春亭 筆者栄松斎長喜 梅か枝 氏なくて 玉の輿の出世 富貴萬福不老長寿の吉相 三馬作 二人の かくてうせにしみ〳〵のつかをあらとに しつらひ千人の僧をまねきてついぜん くようをとりをこなひぬ 一くようをとりをこなひめ 又うめがえは中長が むすめとなして 持丸何がしと いへるきこえ 九でめ 「くくしたでめ たかき 大ぶけんしゆへ こんれいとか りむすび けるがほ けるがほ どなく一子たんじやうしてよろこびのかずかさなる たからの山のおくさまともてはやされ古今ぶさうの へしゆつせの身の上きせん上下おしなへてかんぜぬものこそ なかりけれ 春亭画 醒醒斎山東翁著 骨董集 二百年以後閩人の伝并ニ肖像珍昼奇画古制の 衣服雑器のたぐひ諸好事家の秘篋にもとめ数十 部の珍書を引自己の考を加へ事を記し物を図し 近刻 たら漫録尚古の書なり 史科版新裁七代。 貞景貞 七 当社 歳 化文 契情瓢象 侠客荒金 冠辭筑紫不知火 ○十二年記冠部筑紫筑紫筑紫筑紫記 ○一名ふじ身太郎 二冊 式亭三馬作全八冊 善悪 両面 於竹大目忠孝鏡 式亭三馬作 全七冊 小幡山平次衛座之講釈 傭頓兵衛 棋冊 式亭三馬作 相成 右のこらず出板うり出し申候此外別紙もたろくに諸先生新作相しるし 有之候よろしく御評ばん被遊御主とめ被下置候様奉常候 さうし問屋一江戸通あぶら町淡る屋喜右衛門板