敵討鵆玉川
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- 山東京傳撰
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- カタキウチチドリノタマガワ
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- 2026-08-28T18:53:25.651810+00:00
将軍
一
以テ購入セル竹関博士
蒲野亭吉氏
かたき折
千円
政治
戯画
瀾正
前編上
す一十七日
一
中に
毛十門
南南
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
まいまいといふ
いたとい
前編三冊後編三冊後編三冊
敵討衡玉川
共出来売出シ申候
冊
三
編
前
かたちは
春の花の
さき出
たるが
ごとく
心は秋の月
の
かゝやくより
清し
千苦
万年
つひに
父の仇をむくふたぐひ
まれなる孝婦と
いふべし
無言惟識合情
意有句全看背
百時間
文化三年丙寅秋稿成
仝四年丁卯春発行
山東京伝作
今は
むかし長
脇のころ
ひがし山よし
政公の時代とかや
かはちの郡のみかた
〽おさない
子の
きうびやうじや
そうなさて〳〵
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
きのどくなこと
さゑもんのりかづといふ人のけらいに山かど由利のしんとて
ちうしんむにのさむしいありつまを程ざゝといひてとしひさしくつれそひけれども
一つなきことをうれひ京のきよみづのくわんをんにぐはんがけしてひとりのむすめをまうけ
名をにさんとつけていつぐしみそだてけるかそのむすめ三さいのときしゆしんにねがひを
たてゝふうふつれにて京へのぼりきよ水にまいりてぐわんほどゝさしよきいひでなり
とてかず〳〵のめいしよこせきをけんぶつしつまねざゝかねがひにて九條のくわをけん
ぶつしけるがしこうのあたりにてやありけんかんばやしといふそひやのまへにてむすさん
にはかに目をひきつけたりふうふ。大きにおどろきかたはらのあみかたちや屋をかりてき
つねとはことかはりたるていなりときにそのころ
名たかきかほるといへるゆうくん道中してこゝに
きかゝり此ていをみてさて〳〵きのどくなること
しばらくこなたへいらせ給ひて御かいほうあれ
かしとかんばやしのうちにいざなひわがへやに
いれていしやなどよびくすりをあたへけるにし
やう〳〵小さんはつねのごとくになりければ
つけぐすりなどあたへ水をこひやう〳〵きはつきたれども
由利のしんふうふあつく
一れいをのべてかへらんと
せしがをりぶしむらさめ
つよくふり
いだし
かみなり
びらさぬ
そのとき
かほるいひ
けるは夕ぐれ
といひ此大
まかみなり
にてはおん
かへりも
いかゞなり
さいはひ
〽まづ
きつけを
はやく
のますが
山
卸木一片
にまがへ
〽みづをくんで
こよひははやくきやく
じんをかへしてゑん
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
りよもなく御ふう
ふつれのことなれば
十同月十一
あなたがたも
御ゑんりよの
あるましこよひは
わたくしがさしきに
よを御あかしなさる
いといといといといと
へしといとたのもしく
申すにぞふうふの
ものもなんぎのをり
ふしなればしからば
とて此たしきにきう
そくし小さんもます〳〵
きうひやう心よく
なりければかほるその
あいらしきをみて小さん
をひさふたきあけよき
うまれつきのお子やと
あいしけるやうすをねさゝうち
みてさてもくそもじとのゝ子のたき
やう子ともにてももち給ひしどうに
みゆるなりやかて子もちにならるへしと
いひけれはかほるなみたを
はら〳〵とながし何をかつ
と申すべきわたくら二世
と申しかはせしきやくにへ
藤太郎と申人ことしわたし
くしをむかひとりてつまに
せんとかたくやくそくいたせしに
おや人のかんどううけてたゞ
いまにてはこゝもとへさへまいら
れず朝夕こいしく思ふをり
からたゞいまのおことばむねに
こたへてすゞろにかなしくなり候と
かたるふうふさゝてふびんにおもひ
いろ〳〵となぐさめさてそもじの生国は
いづくにて何ゆへかゝるつとめの身とはなり
給ふぞいちがのながれもたしやうのゑんと
申せばおよばずながらちから
にもなり申さんとたのもしきことはを
かほるきゝてわたくしくにもとはかはちの
国にて父はぶしなりつたくし三さいのとき
わかれ候せつ一こしのかたなとうろこがたの
うちにやはづのもんつきたるにそで一つを
かたみにおくられて身まかりぬ母はちゝに
さきだちてあね一人いひしがようねんのとき
〽いまのおこと
ばがむねに
こたへてかな
ござんす
きやうだいふたりにて
こうぢ神へまいりたるをり
ふしくんじゆのなかにて
あねをみうしなひ
}
〽ふしぎな
ゑんで
おせわに
なり
ます
西国のものゝよしがつほかり太郎と申人かひにいであひわがみを
うばゝれて此いへにうられぎたりしなりしかれども此いへの
あるじことのほかふびんをくはへられだん〳〵せいちやうしてかくの
ごとく大夫にまでなり候とさま〴〵とかたりければ
由利のしんかはちのくにとあればべつしてきゝすて
られず御しんぶの名は何と申すとありければ
かほるこたへてわたくしいたつて
ようせうのとき死わかれ候ゆへ
名はふつにぞんせずたゞうろこ
かたにやはづのもんのかたみ
をしやうことぞんじ候
あねはさだめてしりつる
こともありぬべしと
田
いふ由利のしんきいて
われらはかはちの国の
ものにて三かたさへもん
のりかつのけらいなるは
がかはちのうちおほくの
くんじのけらいのうち
にもさやうのもんを
つけるぶしふつになし
さきの郡司のけらい
にやなにともせよくに
もとへかへりしだいにせん
ぎいたしこん日のおんに
むくひ候べしとねんごろ
にこたへければかほるきゝ
てさてはかはちの
御かたなるかかへす
〴〵も生国なつ
かしくぞんじ候と
たがひにへだて
なきもの
かたりになつ
のよのみじかく
はやよも
あけぬれば
ふうふのものいとま
ごひしあけ代をごく
のはんといふをかほる
とゞめてつくのはせず
なごりをおしみて
わかれ
けり
□
〽此にんぎやう
おみやにあけ
ましやう
あいらしいおかね
じや
かへし
ともない
火之用心
〽又かさねて
おれいにまい
らふ
これは
よいもの
くださり
ます
かくて由利のしん
ふうふほどなく
かはちの国にかへり
うつこがたに矢
はづのもんつけたる
ものもしかろき
もの小あるやとき
つけるに
ふつになし
そのよく
とし平岡
めう神に
一願度
さんけいし
ふとほう
なうのゑ
まをみるに
改白
一すぢの矢
〽あの
ゑまに
つきては
いろ〳〵いりくみ
たるものがたり
ござり
ます
をうち付
てふちにうろこがたに矢はづの
もんあり願主の名もなけれは由利のしん
〽此原まは
これをみて年おいたるねぎに何ものゝほう
ならしたるゑまぞとたづぬるにねぎのいひけるは
これはさきの群手の御けらいに尾花用内とて
弓のたつしんありせんねんとうしやのうしろの
何人の
ほうなう
したるに
ゑまで
山にうはゝみすみてにんみんとなやませしを
主人のおほせによりたゞ一矢にてたいちしける
ゆへに主人よりほうびとしてそろこかたに矢はつ
のもんを付よとおふせつけられ其ときうはみ
をゐたる実をゑまにして当社へほうなうせら
れしなりその用内の子も用右つとてありし
が何ゆゑにやらう〳〵の身となりしがかねて
むすめ二人ありあねはすなはち当村の庄屋
小平といふものゝつまとなりいもとはよう
しやうのときゆくゑしれすなり
候とこま〳〵とかたりける由利のしん
これをきゝて大によろこび
すぐに小平かたへたづねゆき
ふうふにあひかほるが身の上
をかたりければ小平つまおしば
これをきゝてさではいもと
おつきは世になからへ候かと
ト思
六十六日
うれしなみだにむせび
由利のしんをあつく
もてなしてかへしけり
由利のしんはいへには
一同
かへりつまにも
そのことをかたり
てよろこひぬ
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
四日
かのかほるをうばひ
とりし人かひかつぼうし
太郎は黒瀧雲八と
名をかへかはちの
国にいたり三かたさへもんのいへ
にかかきさむしいぼりこうに
いでけるがいんぐわのあつまる
ところにや四利のしんがくみ
下となりほうこうのあいだ
にもたび〳〵由利のしんが
たくに出入してこび
へつらひだん〳〵とか
ざゝりしてそうをう
のさふらいとなりける
にいつのほどよりか由利の
しんがつまねさしがゑんしよく
にまよひよきをりをうかゞひ
心のたけをあかしおもひをとげ
ばやとます〳〵由利のしん
ふうふのきにいる
やうに
もてなし
〽きのかもい
〽きさまはものおぼへ
のよい人だねざく
何そさかな
いひつけて
こんばんは
ゆふべお
さけを
だしやれ
くわい
あとをおはなし
あるときゆりのしんがつま
ねざゝいはふね山へたけがり
にゆくとてもよほしけるを黒心
滝雲八きしてわたくしいわふね
山のあんないをよくしりたれば
御ともにまいるべしといふ
それにてはなほさらと
ちうのきづかひなくてよし
とさつそくあひたのみ下女
しもべをつれすいづゝべんとう
もたせてゆき山ふかくわけ入
て下女しもべあとへ〽おしん
とほざかりたるをよき
をりとおもひ雲八かねてさきへお
いであそ
れんぼの思ひふかきこと
をかたりてかきくどきけれ
ばし
はやく
ばねさゝ大きにあきれ
おんみはわがおつとの目を
おそば
へつい
かけらくによりてたん〳〵と
しゆつせしたるにわらはに
いそかふ
ふぎをしかくるとはおんを
しらざるぶとうじん二ごんと
いはゞおつとにつげてうきめを
みすべしとはぢしめてその日を
かへりける
さう〳〵いへに
はふきやうにて
〽此ふみに
心のたけ
をつくしま
したまん
ざらにくふ
もござる
まこれ
そのやく
中の村
庄や小平が
つまおしばゝ
いもとかほるが
ことなづかしく
思ひ小平も
つまのいもとに
つとめほうこう
〽さてはさやうにて候か
あねさまこといづくいかなる
ところにおはすかとたゞ
きづかひてくらせしに
はからずたがひの
ゆくゑしれると
いふはよく〳〵つきぬ
させおくはぐわい
ぶんわるしとて
すなはち京へ
ゑんで
ござんす
のぼり九條のさと
にゆきかんばやしが
もとをたつねてかほる
〽わしは
そもじ
の
あね
おしばか
をつと
小平と
いふもので
ござる
にあひたがひになのり
あひてきやうだいの
ことなれば何のゑんり
なしかねて藤太郎は
やらんいふ人とふうふの
やくそくせしよしその人を
よびにつかはしそなたのみ
をあがなひ一両日中に此さと
を出し藤太郎とふうふすの
してつかはすべしみうけの
かねはかねてとゝのへきたりしと
いへばかほるよろこびて手を
あはせひとへにあねさまの御かう
おんわすれおかすとなみだながら
いひければに平もかれがこゝろねを
おもひやりともになみだを
おとしけりかくて藤太郎
此ところへきたりければ
かほる小平にひき
あはせてたがひにな
のりあひかんばやし
のあるじにたいめん
してみらけのさう
だんしけるにねんき
もはや三四月かゝり
けるゆへしやう〳〵
の金子にて
身うけの
さうだん
きはまり
けり
〽いづれも
うつくしひものだ
天人のあま
くだつた
やうだそ
にまがへ
かくて
かほる時海
はみ
うけ
すみければ
小平藤太郎が
おやもとはかた
びらがつじのあき人と
きゝてたづねゆきて
たん〳〵のものがたりして
たん〳〵のものがたりして
かんどうのそせうし
ければ藤太郎が
おやことのほかまん
ぞくしかほるとやらんは
七
さばかりまことある女
ならばあそび女なりとも
四ツ
よめにしてふそくなしと
さつそくとくしんしければ
よろこびてかほるをくるわ
よりいだし藤太郎もろとも
どう〳〵して又おやもとへゆき
いひにしうげんをとゝのへければ
藤太郎かほる日ごろののそみ
をとけてしろこふことかぎり
ふつゝか
な
わたへし
ごふびん
かけて
下され
ませ
〽おや人さまたゞいま
までのほうらつは
ひとへにおゆるし
くだされませ
〽これからずいぶん
なしさて小平は
くにゝかへりつまに
あきなひに
いさいのことをかたり
せいいだし
ければおしば大に
あんどのおもひを
なしちか〳〵に上京
ふうふとも
おやこさまへこう〳〵
がだいへでござるぞ
わしがおやもとに
してたへてひさしき
なつてちる〴〵にしうけん
いもとにあはんとたの
しみけりそのゝち藤
太郎がおや本国は
ならにてありしかば
ならのあをにまち
させましやう
〽北平さまの御しんせつ
ないかほるどの
そなたはながれ
おれいの申やうが事
の身にはまれ
なるしんてい
といふところへあきなひ
みせをいだし藤太郎ふうふをかんじ
かんじ入
しばらくその出店へつかはしおき
けるがかほるはようみやうの
おつきといふ名にあらため
ふうふむつましくくらし
かはちへもふうふづれにて
つゝみたん〳〵
としよるみずいぶん
めんどうみて
おくりやれあく
女ぼうどもが
そくさいで
たちこへあねのおしばに
あひてたがひにぶじの
たいめんをよろこびぬ
ゐたらさ
さぞ
よろ
こふで
〽おかんを
なほして
まいり
ました
〽小平さま
くださり
ませ
2
引まかけ
そのころかはちの国くらつくり村のあはらやに
ばけものすみこれにあふものはきぜるして
やまひとなるものおほく諸人なんぎに
およぶよし郡同三かたさゑもんどのきこし
めされ由利のしんにめいじうのあばらにに
ゆきようくわいの立たいをこゝろみまいれと
おふせければ由利のしんかしこまりて候とて
夜に入てたゞひとりたねがしまをたづさへ
かしこにいたりてみるにかべくづれいたじき
くじけのきばかたぶきむぐらおひしげり
すゝきをばなつゆふかくしていかさまばけ
ものゝすみかとすべきていたらくなり
ばけものいまやいづるとまちけるに信の
あやしきこともなこれは人のきよせつかと
おもひつゝはやうしみつもすぎけるがすみの
くらき一にまになんによのなきさけぶこゑ
していんくはぜん〳〵ともえあがりそのうちに
しらがをみだしあをくやせがれたる老人と
老女といへにすがりてあらはれいでぬ
由利のしんこれをきつとにしみてなん
ぢは狐狸のようくわいならん正たいし
をあらはせといひつゝたねかしまの
□□□□□□□
大ぶたをきらんとしたる所うの老人
やれしばらくまち給へわらはゝ狐狸
〽たゞ一しうちだぞ
正たいを一
あらはせ
のたぐひにあらすもと此いへのあるじふり舟の
ものゝれいこんなりいれらふうふへ生にため
たる金三百両つほに
入て此ところの
ゆかの下にうつめおき
しうしんのこりうかむと
しがその金に
ならず何とぞ
そのかねにてほだいを
もらひたくたび〳〵
すがたをあらはすといへ
とふらひ〽われ〳〵は
此いへの
あるし
どもことなおくびやうの
人ばかりにて此ことをかたる
べき人にあはずおんみは大丈夫
の人なればわがぐわんもうこよひ
ごさる
きつね
たぬきの
じやうじゆいたしたり何とぞ
かの金にてほたい
かの金にてほたい
をとふらひ
給はれと
いひてきえ
うせけつ由利の
しんきゐのおもひを
なしおしへの所をほり
てみるにはたしてつぼの
なかにあまたの
金子をいれ
おきたり
にとかへ
かくて由利のしん
かのつぼをたづさへ
いさいのことを主くんにあけ
はやとやかたをさしていそき
けるが此とき黒滝うん八は
いつぞやねざしがふとくしんより
きづもつあしのきみわるく
何がな由利のしんにつひしやう
せんと思ふをりからこよひの
〽しめた
く
てやく
くたはれ
ことをきゝてむかひのためと
此かねはおれ
ちうまできたりて由利のしん
にさつかつた
にいであひようくわいをみとゞ
け給ひしかととひけれは中利の
しんなにのきもつかずありの
まゝにかたり金子のつぼをみせ
心たうま
い〳〵たねが
しまをおれに
まりだおれも
わたしたかにや
たしたかにや
とてもかなはん
たちうちでは
うちでは
ければうん八たちまちあくしんおこりそれは
御てからなりとちう御じやまなるものは此ほうへ
つかはされよもちまいるべしとしんせつらし
をうけとり大せつにも
いびてたねかしま
やりすごし
あとへさがりてうしろよりだましうらに
たねがしまの火ぶたをきりければ大丈夫
の由利のしんも思ひがけざること
なればなにかはもつてたまるべき
一せぼねをうちぬかれて
たふれふすうんは
しすましたりとよろ
こびまへにおちたる
一金のつぼをとり
あつめうはびとり
うつたへてとゞめも
さゝずとぶが
ごとくに
にげさり
にけさ
□□□□□□□
千座ませ十七丁
由利のしんがつまねざゝはおつとの
かへりのおそきをあんじなんぼ大
丈夫の人にてももしようくわいに
とられもやしつるとむなさはぎ
しければしもべにてうちんとも
させ小さんををぶいてとちうまで
むかひにいでけるがはんとにて
由利のしんがしが心をみつけ大に
おどろきていだきおこせば
いまだすこしのいきありてこんやの
ことしごうをかたりうん八われを
だましうちにして金子のつほを
うがびにげさりしとつげてつひに
いきたへて死しければこれはゆめる
うつゝかとねざゝはこゑをあげて
なきさけび小さんもとゝもに
しがいにとりつきときま〳〵とて
なきけるていたらく
めもあてられぬ
とて
ありさまなり
〽これはまあゆめか
かなしや〳〵
由利のしんがわう死のこと三かたさへもんとのゝ
おんみゝにたち由利のしんくみ下のものに
だまし打にあひしことふこゝろがけ
なることなりとてちぎやうをめしよ
られ妻子はしんるいのかたへたちのくべし
とおふせつけられければつまねざゝ
せんかたなくことし四才のむすめ小さん
をいたきてすみなれしいへをたちあ
よるべきゑんじやもなければ中の村
〽かたるも
なみたの
たねで
ござり
ます
小平かたへゆき右のしだいをかたり
けるに小平ふうふたのもしき
ものなればおやことゝとに
かくまひおきしんせつに
もてなしければねざゝは
まづあんどし此うへは
女ながらもうん八を
たづねてあたをむくい
おつとのれいにたむけ
ばやとそのことにのみ
こゝろをつくす
〽さて〳〵ふりよなことでござる
何をいふてもぜひがないおふたり
ともにわれらかたにおちついて
ござりませ
〽とゝさまなぜ
しなしやつた
はやくいき
かへつて
くだされい
のふ
とゝきまい
のふ
ねざゝおや子しばらく小平が
いへにかゝりゐてくわういんやの
ごとくゆめとおもふまに七年
のとし月をおくりむすめに
さんもはや十一さいになりけるか
〽藤太郎此ていを
みてさて〳〵
世に
まれ
なる
ながく此ところにありてはかたき
うん八かゆく殿もしれだれば
むすめをつれてじゆんれいに
孝子
かな
身をやつしかたきのゆくへを
たづねんと小平にそのことを
かたりければ小平ももつとも
かん
るい
そで
におもひろきんなどあたへ
ければねざくなみだをながし
てそのじつしんをかんじつひに
わかれをつげて立出けるが女
の身なれはかへりうちにならん
しぼり
けり
もはかられにはついでなから
大奈良におもむき藤太郎
ふうふのものにも此よの
いとまごひせんとたづね
ゆきければ藤太郎
ふうふめづらしきたい
めんをよろこび由利
のしんのわう死を
きゝてともになげき
きゝてともになげき
しばらく二人をとめ
おきけるがねざくは何かの
くちうつもりけるにやびやう
きづきだん〳〵おもきやまひ
とぞなりにけるむすめに
さんはしごく孝行の者にて
母のひやらにさをくらうにし
かたときはなれずかんびやう
すをりしも大ゆきのことき
なるに小さん夜中井戸の
水をあびはゝのやまひくわ
いきのぐわんをかけていのり身
うちこほりのごとへになりき
ぜつしてせつちうにたふれ
けり
〽なむきよみづの
くわんぜをんわた
くしがいのちを
かはりにおんとり
あそばされ母の
やまひを
すくひ給へ
なおあふ
ねざゝがびやうき百薬のしるしなく日をおつてたのみすけなくなり
すでにいまはのきはとみへければ小さんまくらにちかづき母のひたいを
なでつゝはゝさませつなうこざるかおねんぶつをとすゝめけれはれさゝ
くるしげにかしらをあげていひけるはわが子ながらもきりやうよく
うまれつき孝しんふかきものなるにくわほうつたなきおやゆへに
としゆかぬみのうきくらうわがみはかなくなりしうへはいかなる身にか
ならんとおもへばいとゞ心ののこるそかしとてなみだをながし一こしかたなを
いだしてあたへながらこれはそちが父うへのさしりやうなればながき
かたみとおもふべしわれいまだおつとのかたきをうちえずしてしでの
たびぢにおもむくことざんねんといふもおろかなりそなた何とぞして
かたきうん八にめくりあひちゝうへのかたきをうてよかしわれくさばの
かげにてもよろこびこれにすぐべからずうん八がめんていかつこうは
といひて又藤太郎ふうふにむかひびやうちうのふかき御なさけ御こうおん
なか〳〵ことはにつくされずおれいはめいどより申すべしむすめ小さんたよりすけ
なきものなれば此うへのおなさけに御ふひんかけてたく下されかしとて西に
むかひそれを此世のなごりにてつひにいきひき
とりければ小さんはしがいにとりつきてともにたえ
かやう〳〵の男にて年はとゝりねん卅九才ばかりなりよく〳〵おぼへて打くれよかし
下されかしとて西に
入ばかりなるをやう〳〵となぐさめかはちの小平
かたへもしらせつひにけふりと
なしはてけり
〽はゝさま〳〵わたへしも
いつしよにしにたう
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
ござる
南無阿弥陀仏
レナルヿ
〽はゝがかほを
よくおほへて
ゐてをり〳〵
ゑかう
たのむ
ぞや
小さんどのたとはかならず
きづかひし給ふなさあ
おねんふつがかんじん
なむあみ〳〵
〽せいじんのむすめ子を
のこして死なしやるは
さそこゝろが
のこりま
しやう
心
藤太郎ふうふはねざゝがゆいごんといひ
小さんがやさしき心をかんじじつの
むすめのごとくやしなひければ小さん
も藤太郎ふうふをじつのおやの
ごとく思ひ
て孝行を
つくしけり扨
又年月をすぎてことし
小さん十四才になりけるが
まことに帰れなるひじんなり
さてある日お月小さんをつれて
さほ川に舟をうるめきんじよの
子どもなどさそひさゝえへんとう
たづさへて夕ぐれより出けるが
〽此いん
をりしもむかふより小舟にて
ろう
としの頃十六七はかりのうつくしき
下され
わかしゆ大小りつはにさしこなし
母とみへたる人あひそひこれも
ほたるがりとみへこなさの舟と
ゆきちがひけるときしも川かぜ
さつとふいて小さんがぼうしを
かなたの舟にふき出としけるが
かのわるしゆてばやくこれを
とり上たり小さんはづかげに
そのぼうしをこなたへかへしなれと
いへばかのわかしゆこれは此ほうへ
もらひ申すべしそのかはりには是を
まいらせんとてこしなるいんろうを
とりて小さんがふねへなげ入けるとり
上てみればなみにちどり
一しゆの声のまき衣あり
そのうたに
〽夕ざれはしほ風こして
こうちのくの野田の玉
川ちどりなくなり
これ六玉川のうち千鳥
のたま川のうたなり
かくするうち舟は
東西へわかれゆきぬ
母がいふ
〽はてさて
うつくしい
むすめ
じや
〽此ぼうし
もらひ
まし
たまかは
さてもくろづうん八は由利のしんをうちかの金のある
つぼをうはひとりてにけさりけりが大金なれば身につけ
おきがたくある所のつぢとうのゑん下にし
うづめおうしが何ものかみつけてうづひ
一文もつかはずして
しやつほともにうせければ
むだぼねをりしと
大きにくやみ
身に一せんいたく
は人なくふたゝび
まづしき身と
なりて十年
ほどのあいだ
さだまれか住
所もなく所〻
方〳〵とさま
………
よひありき
しがあるとき
奈良のあを
に町にきたり
藤太郎がみせ
にてかひもの
みるていに
もてなし
〽これは
はやく
大ことがてきた
〽春日めうしんの
おやしつ
しんせすは
なるまい
………
青丹
すこしの
ふろしき
づゝみやうの
ものをそでのうちへ
ひきこむを
ぬす人とこゑ
じよのものどもあつまりてうん八を
みつけられやれ
ぬす人とこゑ□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
さん〴〵にてうちやくしておひはなし
けるがうん八これをふかくいこんに思ひ
いしゆをかへさんとたくみけりそのころ
ならにては春日明神のししやなりとて
鹿を大せつにしもし鹿をころす
ものはふしづけにしてころすつなり
しがうん八これをきゝある杉
しかをころして藤太郎が
のきの下にすておき
けるを夜まはりの百しやう
どもみつけてさはゝざたちつひに
藤太郎がおちどゝなりさるさはのいけに
〽夜まはりの百しやうどう
これをみつけて
おどろく
〽此かたもゝはねきを入て
してやるつもりだ
五がうのまずは
なるまい
ふしづけとなりけるこそひんなけれは
わざはひのかさなるときはせひもなき
ものにてつまのお月もおつとがひごうの
死をかなしみのあまりきちかひとなり
ある夜さるさはのいけへ身をなげて
死したりけり
〽あゝしておけば
きやつちがなんぎに
なるはしれたこと
よし〳〵
それによりて京の本家へつけ藤太郎がおやの
かなしみいふべくもあらずつひに此出店を
しまひてふう。ふがあとをねんごろにとむら
ひけりさて小さんはじつのおやのことく思ひし
藤太郎ふうふひごうの死をなせしかば
なにたるわが身のいんぐわぞと
ふかくかなしみ今はちからと
たのむ人もなければともに
しなんと思ひしが母のゆいげんといひ
ちゝのかたきを
京伝作
〇此すゑかたき打のところまで小さん
いろ〳〵のかんなんする事後へん三冊に
しるしてうり出してうり出
申いちどりの
玉川こうへん
うたでは
孝道たち
がたしと
おもひなをし
かたみのかたなを
わらづとにして
おひじゆんれいに身をやつして
あてなきたび北いてたちけり
へく候
読書丸一包壱匁五分
気こんのわるきたぐひ
すべてさよしやうの
あまた出来
京傳店
たばこはきせるしんがた
人用ひてよし
京伝自画讃扇あり
猿
編
ちどりの玉川
前編三冊
出来
売出し申候
京伝作
此さはしめはぜんへんにくはしくしるしありちどりの玉川ぜんへんと御尋可被下候
○さてもかはちの国中の村しやう屋小平つまおしばはいもとのお月おつと
藤太郎がひごうのしをかなしみさるさはのいけに身をなげてしせしを
ふかくかなしみのあまりに小平よの中のむしようをくはんじしんるいより
やう子をしていへをつがせその身はだんなてらにゆきあたまをそりて
しゆつけとなりなき人〳〵のらいせをたすかるたねにもなるべ
ければしよ国
卅
三
たまがは
めぐり
れいぢやう
かん
まん
あてなき
たびぢ
小
〽まづこれからかうやさんを
はじめとしてしよこくの
おもむき
けり
れいじやうをじゆんはいしなき人々の
ぼだいのためにせんさて〳〵あじきなきよの中じや
小さんはちゝのかたき思瀧
うん八がゆくゑをたづねて
女ながらも一したちうら
まんと思ひたちじゆんれい
に身をやつしみちゆく人に
一せん二せんのなさけをうけ
はりまのくにくいたり
たかさごのこしより
ふねにいりけるがをり
しも大ふう吹おこり
しも太ふういおこり
てふ手をくつがへしのり
あひの大ぜいとゝそに
海中にぞしづみける
〽あのむすめを
ことをけてやり
たすけてやり
たいはやく
ふねをこぎ
よせて
くりやれ
こゝに又大坂のふろや
のていしゆせ助といふもの
むろの津にようじありて
とうごくにきたり夜に入て
たかさごのうらのはまべを
とほりけるにふしぎや海中
よりかくやくたすくわうみやう
さしければ大きにあやしみうら
人をやとひてりやうせんを
こぎ出しそのひかりをめあてに
そのところにふねをこゝさよせて
みれば十四五才の女じゆんれいふな
いたにともつきうきつしづみつして
ゐたりけるがかのひかりものは此じゆん
れいのふところよりはつしけるゆへ
ます〳〵あやしみたすけ上てみれば
身はくほりのごとくひへかたまりて
今にもしねべくみへ
ければせんちうに
〽むよろのくわい
ちうのまもり
ぶくろより
くわうめう
かゝやく
〃
たき火して
身うちを
あたゝめ
水をはか
一せてきつ
げをあたへ
さま〴〵かい
ほうしけれ
ばやう〳〵
おはやう〳〵
よみかへる
ことをくん
たりこの
じゆんれい
はすなは
ちにさん
なり
せ助たいまつをてらしてそこらを
みればにもつすげがさのたぐひ
いろ〳〵のものたゞよひければ
さてはふねくつがへりてかいちう
にしづみしものならんと思ひ
そのときふろやせ助じゆんれいをふねより
あげてれうしのいへをかりくわいちうより光り
さしたることをかたりければ小さんさてははたの
まもりのうちなるきよみづのくわんをんのし
せうぞうゟひかりさしてわれをたすけ
しめ給ひしならんとかんるいをながし
まもりゟせうぞうをいだしてはいし
ければせ助もかねて人はんをんしんこう
いひしひふかきものなれば大にかんに
たんしてます〳〵小さんをいたはり
いかなる人とたづねければ小さんなみだ
ながらにちゝはゝにしにしにわかれ立より
へきこころもなくさいこくじゆんれい
に出ければ此うみにてふねくろがへり
かいちうにおほれしをたすけ給りし大
〽おまへはさいこくの
ほうのおかたでは
おんわすれかたしといひければせ助川
いよ〳〵あはれみの心をおこしそれ
がしは大坂かくぶろのせ助といふ
ものなりわれ大坂につれ川
よくりていかにも身のおさまり
をせわいたすべしといへは小さん
大にちからをえてしからば
よきにたのみ候といふし
にそせ助つひにとも
ござりませぬが
〽小さんゆいりの
人のあかきながし
てかたきの
せんぎする
〽とこをみがくゑらい
ながゆじやぞい
〽わしはおう
しうのうまれ
のものじや
なひ大坂にかへりぬ
〇かくて小さん大坂
にいたりてせ助がかたに
かゝりゐけるがかたきうん八は
ひだりのかたさきに
三つぼしのごとき
〽ゑいゆしやもう
ひとふろはいらつ
しやれ
ありと
きゝければ
よきさい
はひとし
入くる人のおほ
きうちにもし
うん八ににたる
人もあるやかた
さきにほくろ
額風呂
ある人もあるかと
ゆいりの人のあかを
すりて目をつけぬ
すりて目をつけぬ
火之
用心
むがしくわうみやう
くわうごうは千
人のあかをながして
あしゆくぶつに
あつたと
いふがこゝな
小さんもその
やうな
小さんはかねて世にまれなるきりやうなればかくの小
さんとて名たかくなりこれをみんとてゆ入の人おほ
かりければせ助思はぬ利とくをえたりこれも
くわんをんの御さづけとおもひつゝ小さんを
わがむすめのやうにかわゆがりにさんも
いのちのおやと大せつにしけるが
あるときおもてにけんくはありとて
人〳〵さはぐゆへのれんのうちより
のぞきみればわかきさふらいおとこ
だてのあぶれものどもに
とりまかれてなんぎの
ていなりしがかのさむらいい
こらえかねたるやらす
にてはかまのすそを
たかくとりあげかの
やつばらをとらへて
みぎひだりになげ
つけければあるひは大
ぢにはなばしらを
うちつけられて
はなぢをいだす
もありあるひは
うでをねちら
れてごめん〳〵と
いふもあり大ぜい
つひにこきする
ことあたはずみなり
ちりく小にけらせ
けり小さんかのさふ
らいをよく〳〵みれば
いつぞやならのさほ
川にてほたるがりせし
ときいんらうをくれ
たるわかしゆに
ちがひなければ
思はざるさいくわい
とよろこび立
いでゝまづ〳〵
これへとて
うちへとも
なひいりぬ
〽あれは
たしかに
その
御かた
じや
たかか
〽あゝかなはぬ
ごめん〳〵
〽のべの
わかくさ
ふみ
ふみつつ
つけ
られ
ては
かな
は
りよぐわいものめら
いち〳〵なでぎりじやう
にげるか
いちのて
じや
〽見かけによらぬ
いよいわろ
じや
かのざむらい小さんにいざな
はれてうちに入思ひかけ
ざるたいめんをよろこび
ければ小さんまもり
ふくろの内よりちどりの
いんらうをとりいだしいつ
ぞやさほ川にてたまはりし
此いんちういまにはだみを
はなさずもちおり候これ
にてわたくしのしんていを
御さつし下されかしとことはに
なさけをふくみていひ
ければかのさむらいも
くわいちうのかみ入
よりそのときのぼうし
をとりいだしてみせそれ
がしがしんていもかくの
とほりといひけるにぞ
小さんいまゝでの身の
上ふしあはせうさなん
ぎせしとをくわしく
かたりぬかのさむらいも
いとゞふびんの思ひいやまさり
それがしはかなや今こゝらといひて
〽此御いんらうを
はだみをはなさす
もつております
貳
まとに
こしきの
さいくわい
てふかいゑんでござる
とうじ世にすむらう人
なるがいつぞや
母とゝもにさほ
川にてそもしをこ
そめ世にまれなる
たをやめを思ひしゆへ
かぜのふきおくりたる
此ほうしをもら
ひわれてのち母も
そもじをよめにほしきと
てそもじのすこみかをたつ
ねけるに一こうに
しれざりければのぞみを
うしなひくらせしにおもひ
かけずこゝにてめぐり
あふはふかきえんにあらすやと
いへば小さんも此人の
つまとなりいよ〳〵
たのもしきしん
ていならばだいじ
をうちあけて
すけだちをたの
六
〽せ助ひとまのうちより
ようすをうかゝふ
まんものとこゝろ
をさだめその日はたかひにわかれけり
ネ
上
同四十一
にはかへ
二九ツ
それがし
その
ときの
はたほう
此とほり
いまに
おひて
かくてかなやさん五郎は
いへにかへり母にむかひに
さんにあひたることを
はなしければ母大きに
よろてびはやくもら
ひうけよといふにぞ
〽せ助さまには
大おんかけ
ました
金五郎あらためてがく
ぶろのせ物にあひ小さん
をもらひおきよしいひ
こみ小さんもきん五郎が
かたへゆきたきよしを
ねがひけれはせ助大に
よろこびみれらおや
もとになりてゑんづけ候
べしとてそのゝち吉日を
えらびそうをうの
〽どうぞ小さんどのを
まうしうけたう
ござる
されどした
などは
かならず御むよう
そのみそのまゝ
もらひましたい
したくして小さんをわが
むすめぶんにしてきん
五郎がかたへおくりこんない
をとゝのへけるにぞ小さんは
ます〳〵せ助が大おんを
かんじさうほう
にろこぶこと
かぎりなし
□□□
〽あなた
まいれば
さまへ
小さんは大き
しあはせ
わたへしが
おやもとに
なつて
さし上
ましやう
かくて金五郎小さんふうふとなり思ひあふたるえんなれば中むつましく
くらしけるが小さんはよきをりもあらばかたき打のことをういあけてすけだちを
たのまんと思ひゐけるにあるとき金五郎にさんにむかひおんみぢさんの
かたなをつね〴〵大じにかけらるゝがいかなる刀ぞわれは
みせ候へといふゆへかのかたなのふくろより出して
見てけれか金はらまづこしらへをみていぶかり此
かたなのこしらへは六玉川のいろゑにてみおぼへある
もやうなりとてわがもちはのそのわきざを取いたして
引給はせみるにもやうすこしもちがはず一ついの大小に
うたがひなへわ五分ます〳〵いぶかりおんみ此刀はいかにして
うたがひなし金五郎ます〳〵いぶかりおんみ此刀はいかにして
もち候やとたづぬるにふさんよきをりとちかくよりつゝくしまことは
かくらの国の郡に三かたさへもんのかしん山かど由利のしんといふものゝ
むすめにて此かたなはすなはちちゝのかたみなりといひければ
金五郎これをきゝ
たゞ
あきれ
たる
ばかり
なり
〽たかたごの
よとにてじや水
せしときも此
かたなははだみ
をはなさす
いまにもち
いたへており
ます
小さんもいゝふかしくおんみの御ワきざしは又いかにしてもち給ふぞととひかへせば
金五郎にさんがてをとり上座になほしわたくしはもとおんちゝゆりのし
さまのいかとう佐五平と申ものゝせがれにて候が佐五平つかへ
をししてのちほんごくやまとへ
こみもとの百しやうとなりて
わたくしをそだてしがわたくし
不幸にしておさなきとき
父母にわかれみなし子となりて
なんぎの所を此いへのあるじ
金谷きん平とのじひ
ふかき人にてさいはひ子
なければとてわたくしを
もらひてやう子となし
そのみは七れんいぜんに
みまかり給ひぬ此かき
ざしはじづ父佐五平
御しゆ人ゆりのしんさま
よりはいりやうの一こし
なりとてわたくしに
ゆづり今にもち
ゆつり今にもち
つたへ候御主人の
御そく女さま共
ぞんぜずふう
となりしもつ
たいなさしと
ことばをあら
おめいひければ
小さん大きにおどろきて
きてはさやうにて候かたし
ことへむかしは主じゝりの
ゑんあるにもせよ此
わらは一たびおち
ぶれてせ助どのを
おやぶんとしておんみに
えんづき候へばかなら丁
ず主のむすめと思ひし
心をへだてゝ給はるなそれに
つけてはをり入てたのみ申
たきことありとてゆりの
しひとにうたれに
てしゝたる
より中の
村の小平
がせわに
なりしこと
母のゆい
げん藤太郎
がむしつ
のつみ
お月が
ひごうの
花のこと
まで▼
たまた
六十七
らう
ぞ
くわしはかたり何
みぞすけだ
ちしてちゝの
かたきをう
たせて
下され
となみ
だながら
にたのみ
ける
〽御主人のそく女こ
しれてはどうも
つれそはれま
せぬ
此さりじやうを
もつてさとへ
かへつて
下されい
〽それは
どうよく
とくと
しあんして
下さんせ
金五良しさいをきゝさてはゆりのしん
さまは人にうたれてはて給ひしかわたくしが
ためにも御主人のかたきなればいかほど
にも刀をつくしてうたせまいらせんかなら
ずきづかひし給ふ心して又そのかたきは
何もの名は何と申すぞととひければ
小さんこたへてかたきは同家中くみ下のへ
ものにてくろたきうんはといひし
元はさいこくのものにてがつ。ほう太郎と
やらいひしものときいて金五郎きもを
つぶししばしいきをつめてぞゐたりける
さて金五郎しあんにあたはぬてい
なりしがやがてすゝりをとりてさり
しやうをかいて小さんにあたへ御主
人のそく女ともしらずふらふと
なりしはぜひもなしかくことのあらは
るゝうへはもはやふうふとなり
かたしとく〳〵せ助どのかたへ
おんかへり下さるべしといへば
小さんは又びつくりしかたき
の名をきいてにはかに
ゑんきり給ふおんみの
しんていいぶかしさよと
じやうをかいて小さんにあたへ御主
なきこゑにていひ
けるをりしも一まの
うちになむあみだし
ぶつといふこゑきこへ
しやうじにさつとち
けぶりかゝりければ
両人おどろきしやうじ
をおしあけうちを
みればこはいかに
らうぼまもり
がたなをのんどに
つきたてあけに
そまりてゐたり
けり
〽どうぞらいせは
たすかるやうに
ねがひます
なむあみだ
ぶつ〳〵
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
十五
〽いまの
おこゑは
たしかに
母人せう
じのち
しほは何
金五良しさいをきゝさてはゆりのしん
さまは人にうたれてはて給ひしかわたくしが
ためにも御主人のかたきなればいかほど
にも力をつくしてうたせまいらせんかなら
ずきづかひし給ふ心して又そのかたきは
何もの名は何と申すぞととひければ
小さんこたへてかたきは同家中くみ下の
ものにてくろたきうんはといひし
元はさいこくのものにてがつ。ほう太郎と
やらいひしものときいて金五郎きもを
つぶししばしいきをつめてぞゐたりける
さて金五郎しあんにあたはぬてい
なりしがやがてすゝりをとりてさり
じやうをかいて小さんにあたへ御主
人のそく女ともしらずふらふこ
なりしはぜひもなしかくことのあらは
るゝうへはもはやふうふとなり
かたしとく〳〵せ助どのかたへ
おんかへり下さるべしといへば
小さんは又びつくりしかたき
の名をきいてにはかに
ゑんきり給ふおんみの
しんていいぶかしさよと
なきこゑにていひ
けるをりしも一まの
うちになむあみだし
ぶつといふこゑきこへ
しやうじにさつとち
けぶりかゝりければ
両人おどろきしやうじ
をおしあけうちを
みればこはいかに
らうぼまもり
がたなをのんどに
つきたてあけに
そまりてゐたり
けり
〽どうぞらいせは
たすかるやうに
ねがひます
なむあみだ
ぶつ〳〵
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
金
〽いまの
おこゑは
たしかに
母人せう
じのち
しほは何
金五郎はておひの女にとりすがりてこは
何ゆゑの御じかいといへばらうぼくるしき
いきをつき小さんどのはいまだしらぬこと
なればかたりきかすなりわれはもとさい
こくにてあつとをもちそのおつとみまかりて
のちりやうしんのすゝめにより此いゑにさいえん
してきん平との小つれそひしが今こゝにてたちぎゝ
すればおんみちゝのかたきはかつぽう太郎といふ
ものゝよしそのがつぽう太郎といふはわれさいこく
にてせんのおつとをもちしときうみなせしじつの
子なりかれようねんのときよりこゝろざしあしく
てにあまるによりぜひなくかんどうせしかそのゝち
がつ。ほう太郎と名のりつるよしほのかにきゝ一たんみ
かぎりたるやつなれどみさすがこつにくのかなしさへ
いまごろはいづくにをるわるい死はせぬがとくらうは
たへず金五郎はなさぬ中の子なれどもせけんに
まれなる孝行ものなるうへに此ことをばくはしく
しつてゐるなれば御主人のかたきとてかつぼう太郎
をうてばわれにたいして不孝とおもひうたざれば主人へ
たいして不忠孝と忠とを身ひとつにわけかねて
せつふくすべきかくごにておんみをさるとすいりやう
しがつぼうたとにをいさぎよくうたせんための
わがじがいぞとものがたれば金五郎わがけう
ちうをみぬかれてなみだをこぼすなり
なり
のち〳〵はいかなるあしき死をせんかといまゝではあんじ
たるがおんみちにうたれつみをめつせんはまだし
ものさいはひなりかならすわれにさをおきて
主人のかたきうちそこなふなかれゆへに
しからはるかわがためにもかたきと
ことすこしも此ことはをそむきもし
かばふ心あらばなんぢともにかんどう
なるぞと口にはいへど心にはあく人ながら
げんざいのわが子をうてとすゝむるとは
らうほ又いひけるはいかに金五郎がり。ほう太郎は
一たんかんとうせしからはわが子で子にあらすあく人なれば
ゐんぐわなおやとみをくやみちかなみだ
をながしければ金五郎は母の義心をかん
たんし御じがいをなされずともほる
にしやうもあるべきにとくやみなげゝは
いや〳〵われいきてゐてはうたぬ心と
見ぬきしゆゑに此しぎにおよびしぞ
此うへはふうふなるよくつれそひ
で両家のさらぞくたのむぞ
とて
つひにいきたへ
死しに
けり
一金五郎は
どこに
〽これは
はやまつ
ことを
なされ
ました
金五郎は御そばに
おります
あゝかなしや
さてもくろたき
うん八はつひにぬす
人のかしらとなり
くわいとくのしゆ行
じやにみをやつして
へしよ不住にあるき
けるがよほど年月
たちしことなればと河内
の国へたちかへりとある
野はらにさしかゝりけるが
六ぢぞうのあたまの
うへに男女のなまくび
一づゝのせありけりうんは
大たんふてきのものなれ
ばおぼろ月にすかしみるに
だい一のくびはゆるの
しんのかしらだい二は
つまのねざくがかしら
だい三は藤太郎が
かしらだい四のみは
しらぬくびはつま
のお月だい五の一
みしらさるは小平
なつまのお芝なり
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
だい六のくびをよく〳〵
見ればわが母のかしら
にていかれるまなこに
なみだをぞながしける
ほか五人のくびもまなこ
をくわつとみひらき口を
あきてにらむていおそろし
などもおろかなりうん八
ゆかんとせしがみうちしび
れてあゆまれずうしろ
かみをひかれてあとへ引
もどされけるにぞしやく
じやうにしこみたる刀を
ねいてさりはらひくしけれ
ばくびはいち〳〵から〳〵と
わらひてきへうせぬ
ときに野でらの
かねを
子のこくにぞ
かぞふれば
ありける
うん八は
これを
みて
から〳〵と
みて
うちけらひ
のぎつねどもの
あつまりてわれ
をはかさんと
するか
ことおる
こと
かねうち
ならして
こゝを
さり
ぬ
うん八そのよ野じゆく
したるに又六人のくび
あらはれてくらひつかん
いきほひなればかたなを
めいてきかはらひ〳〵
よのあくるまであらそひ
さすがのうん八もきりよく
大きによはりけり
〽なんぢゆへ
むしつの
つみに
おちたる
うらみ
思ひしら
さん
〽おつとを
うたれし
うらみ
やがて
思ひ
たんぞ
わらい
なんぢゆへ
ひごうの
身を
なせし
〽いもとの
かたき
おもひ
〽なさけ
がつぽう
なきぞ
太郎
此はゝはなんぢゆへじがい
せしでせんひをくひなのつ
いでゝはやく
うたれよ
いまうらみても
かへらぬことだはやくたちされ〳〵
大阪市
金五郎は母のゆいげんによつて心をけつし
小さんをつれてかたきをたづねにいで
ゆりのしんがはかへまいりたき小さんが
ねがひによつてかはちのくにゝおもむき
しがみちにて日をくらしやどをとり
おくれてなんぎしけるをりしも
七十ばかりのらうじんきかゝりて
ふたりがていをみてきのとくに
おもひけるにやそれがしは
此あたりのものなりわがかたへ
おんこしあつて一しゆくし給へと
いへば金五郎それはかたじけ
なしとて小さんともにらう
人のあとにつきそのいへにゆぎて
みればさうをうのくらしとみへて
三ま三まのざしきありおくのかた
よりらう女いでゝゆきくれたる
たび人ときゝみればさぞなんぎ
ならんといひてふうふとゝもに
いとねんごろにもてなしけり
〽さあ〳〵
なんぞおかへ
なされませ
これは〳〵
おもひがけ
ない
おせわに
ない
かならず
なります
かまふて
くださん
な
〽あしよわの女中をつれての
御どうちうさぞ御なんぎで
ござりましやう
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
たまかは
一人入ていた
金五郎
小さんは
その一夜
小さんは
らう
じんの
いへにいつ
しゆくしけるに
よふけにいたか〳〵
て一まのうちにこ
さげぶこゑあり又
きたりしかしうねんぶる
やつばらかなはやくたち
され〳〵といふこゑたこへければ金五郎
ふうふ目をさまし何ごとにやとまごゟ
さしのぞきみればくわいこくのしゆ行
じやふしゐてねごとにしかはいふ也
はやく
めいどへ
きたれ
しばらくよかゞひゐけるにあやしいかなゆりの進一つ
がこゑとしてなんぢくろさきとん八めわれをたねが
しまにてだましうちにしたるゆゑわれしやうねつく
のみやう火ぢごくにおちてうかむことならず
なんぢもともにならくのそこにつれゆかんはやく
きたれ〳〵といふ又お月がこゑにてなんぢわがやうせうあ
ときかどへして九條のさとへうかのみならずおつと
をむしつのつみに
おとしたるうらみ
思ひしらさんといへば
藤太郎ゟこゑにて
鹿をころしてわれを
むしつのつみにおとし
たるうらみめいどにて
思ひしらさんはやく
きたれ〳〵といふ又
ねざゝおしばが
こゑとしてわれ〳〵も
なんぢゆへにしやら
のもうしうはれ
かたきと
つけねらふふうふの
もの此やにしゆくす
はやくなのりいでゝうた
れよ〳〵といふこゑきに
こへてまりのやうなる一
しんくわ六ツとびめぐり
すがたかたちはみへざり
けりしゆぎやうじやは
そのたび〳〵にうなされ
たちされ〳〵と
さけびけりせ
がたしきたれ〳〵
といへばかの
らう母の
こゑとして
なんぢを
〽われはなんぢゆへに
さるさはいけにみを
なけたるによりて
此やうに
こほりの
ぢごくに
られて
うかむことならぬは
へだてとさつとひらき金五郎まづこん八が
まくらをはろしとけとばせばうん八おどなき
目をさましておきふり金五郎
小さんをみてなにやつなるぞと
いへば小さんこゑたかくしてめづらしや
くろさきうん入われようねんの
ときなればみわすれたらん
われは山かどゆりのしんがむすめ
金五郎小さんそのていをみてかのしゆぎやう
じやこそうん八にまぎれなしとおどり上りて
よろこびかひ〴〵しくみじたくして一まの
小さんなりちゝのあたはいふにおよ
はずいまきけばお月どのを
かどはし又鹿をころして藤
太郎どのをむしつのつみに
おとしたるもなんぢがわざ
なるよしなんぢゆゑに大ぜい
ひごうの死をなせし
こと天ばついかでか
のがるべきうきゝの
かめうどんげのはな
いまあふことのうれし
さよといへば金五郎も
こゑをあらゝげわれは
なんぢがしつ母のよう子
かなや金五郎といふものなりよう母は
うたさんはかりにじがいしてはてたまふ
おやにふ孝の大ざいにんいりでかぶじを
たもつべきことさらゆりのしんどのはわが
ためのしゆうすぢなればなんぢは
主のかたきなりといへばうん八から〳〵と
うちわらひ小しやくなやつばら両人ともに
かへりうちなるでくわんねんせうとてしやく
じやうのかたなをぬいてかゝりけれは両人は
のぞむところへとおどりかゝつてたしかひ
ける
すでに三人火ばなをちらしてたゝかふ所に
天井のいうへに男女のこゑとして思ひしやたる
みよ〳〵とよはゞるこゑきこゆるとひと
〽ほうふの
かたき
しくうん八五たいすくみてはゝらくこと
あたはす小さんとびかゝりてうん八かかたさき
をしたゝるにきりつくればあつといつてたられる
ところを金五郎ふみこんで水もたまらす
くびちうに
うちおとしたるは
こちよくぞ
くろたき
うんは
うらみのやいば
うけへみよ
四七未調天来第五日本風付六十六郎
はへぬ
御主人の
かたき
おもひ
しつたか
〽こしやくな
やつめし
かへりうちだ
八
いへのすゝしよりあをき火ひとろ〳〵と
もへいでたるうちにふたゝび又らう人
ふうふのすがたあらはれていひ
けるは御ふしんはもつともなり
此ところはくらつくり村と
申てそれがしはむかし此
ところのむらおさにて
くらつくりのおきなと
よはれこれなるはわが
ときにあやしいかないまゝできれいなるすよひとみへし
此いへたちまちへんじてあばらやとなりかへおちゆかくづれて
くさまん〳〵とおびいてあるゝのちうじでふうふのすがたみ
みへざりければこればくとあきいたるばかりなりときに
つまなるが五十ねんさき
みまかりぬれども
今にまよびてこんはく
此いへをはなることあた
はずせんねんゆりのを
との此いへにきたり給ひしを
われ〳〵たのみゆへに三百両の
金をたづさかへり給ふ道にて
うん八にうたれ給ふことひつきやう
われ〳〵ゆへなればせめてあたを
むくひあげ候はんと此いへをよき
すみかとみせてうん八をとゞめをき
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
おんみらふうふをみちびきてかたきを
うたせ申せしなりとて三百両の金に
無用
しうしんのこりてうかまれぬしさいを
かたりゆりのをどのをころし此金を
うがひさりしがつぢだうの
下へうづめおきしをふたゝび
とりかへしてこゝにありとて
つぼに入たるかねをわたし
何とぞ此かねにてわれ〳〵が
ぼだいをとふらひ下され
かしといひと
けぶりのごとく
きへうせぬ
〽はてかてんのゆかぬ
さてはらう人
ふうには
ゆう
れいで
あつ
ほろ
〽やうすを
おきゝ
そのとき金五郎小さんはきいのおもひをなし
金五郎りのかねのつぼをたづさへうん八がくびを
くつて小さんとゝもにたちいでゆりの進が
はかにたむけてぶつじをいとなみ大坂に
かへらんとしたるとちうにて中のむらの
一小平道心にあひかはれるすがたを
いぶかりなから小さんかしこく
金五郎をひきあはせければ
しか〳〵のことをかたり金五郎
よきさひはひとかつ一つぼの
かねを小平どうしんにあたへ
かのらか人ふうふのあとを
とふらひ給はれとたのみて
わかれけるが小平どうしんはすぐに〳〵
くらりり村にたちし
□□□□□□□□
小平道心
こへかの
金にて
あばらやあとを一宇
のどうをこんりうし
のとうをこんりううしてじやうねん仏
のとうじやうとして
そのみもそこに
すみけるがある
にのゆめにらう人
〽らうへ
ふうふは
じやう仏
とや
うれしや
れしや
ありがたや
なむあみ
ぶつ〳〵
●ふうふまくらがみにたちてつぐるにおんかげにて
両人ともにじやうぶつをとげあんやうじやうどに
うまることをえたりとつげてひかりをはなつと
みてさめぬこれよりその堂を光り堂く
いひつるよし今もあるやしらず
小さん
○さて三かた左衛門のりかつどの
小さん金五郎がことを一さゝ
たまひて世にまれなる孝子
義士とかんじ給ひ金五郎を
めしかくてゆりのをが
□□□□□□□□
ちぎやうにかぞうして
あたへたまふ
金五郎つひに
二人の男子を
まうけあにに
山かどのいへをへかせ
おとゝにかなやのいへを
つがせ両家とみさかへ
金谷金五郎
けるといひつたへぬ
今日のおめしは大かた御かぞうを下さるゝであらふ
金五郎りのかねのつぼをたづさへうん八がくびを
とつて小さんとゝもにたちいでゆりのをが
はかにたむけてぶつじをいとなみ大坂に
かへらんとしたるとちうにて中のむらの
小平道心にあひかはれるすがたを
いぶかりなから小さんかしこく
金五郎をひきあはせければ
しか〳〵のことをかたり金五郎
よきさひはひとかつ一つぼの
かねを小平どうしんにあたへ
かのらう人ふうふのあとを
とふらひ給はれとたのみて
わかれけるが小平どうしんはすぐに
小平道心
そのとき金五郎小さんはきいのおもひをなし
くらつくり村にたち
こへかの
金にて
あばらやあとを一宇
のどうをこんりゝりし
のとうをこんりゝりしてじやうねん仏
しやうねん仏
のとうじやうとして
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
そのみもそこに
すみけるがある
よのゆめにらう人
〽らう人
ふうふは
じやう仏
しや
くれしや
ありがたや
なむあみ
ぶつ〳〵
ゆふうふまくらがみにたちてつぐるにおんかけにて
両人ともにじやうぶつをとげあんやうじやうどに
うまるゝことをえたりとつげてひかりをはなつと
みてさめぬこれよりその堂を光り堂と
いひつるよし今もあるやしらず
小さん
○さて三かた左衛門のりかつどの
小さん金五郎がことを一さく
たまひて世にまれなる孝子
義士とかんじ給ひ金五郎を
めしかくてゆりのをが
ちぎやうにかぞうして
あたへたまふ
金五郎つひに
二人の男子を
まうけあにに
山かどのいへをつかせ
おとゝにかなやのいへを
つがせ両家とみさかへ
金谷金五郎
けるといひつたへぬ
今日のおめしは大かた御かぞうを下さるゝであらふ
玉
川
全
橋
のみとなりてよろこびにたへず小さんはもときよ
みづくわんおんのまうし子なればたび〳〵きうなん
のがれてほんもうをたつすまことにこれ
大ひのをうごなりとてふうふつれ
だちてぎゝもみづにさんけいしかへるさ
大さかにたちこへがくぶろのせ助に
あまたのしんもづをおくりてその
かみのおんをむくひければせ助
かぎりなくよろこびけるとぞ
めでたら〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵
金五郎小さん孝行義心のくどくによりふうき
奇
五日南
六
讀書丸
冊
一包壱匁五分
江戸
京傳店
大
屋
第一きこんをつよくし。もの
おぼへをよくす。心腎のきよ
生そんによし。つねに身をつかはず
ころのみをつかひてしんろう
おほき人か。生れつきよはき人。
老若男女にかゝざらず用ひて
きりよくを犬夫にする薬なり
御おんは
わすれ
ませぬ
京伝作
〽此かへもなき
御りつしん
おめでたふ
そんじます
京伝監
きれぢあぶら
がみたばこいれ
きせるのるい
当年はしんたくに
つきへんしてめづらし
き品おほし
かきがらやね黒
べいを目印に御蔵
可被下候
京伝自画讃の扇口
あり雪香扇と
なづく
はなたり人命
まいにまし
此ほん何方様へ参り
候ても御らんのすまは
いかへし被下屋敷
10354
此主
ゆゑ
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