紫菜淺草土産

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歌川豐國畫
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ムラサキノリアサクサミヤゲ
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模古図 隣春画 一九 作 豊国 画 浅草土産 板 狩 4門 2960 紫菜浅草 十一産初編上巻 六 春馬改 十返舎一九作 国貞改 一陽斎豊國画 もつに □□□□□□□□ □□□□□□□□□ 天保十六巳年 春新刻 こは延宝年間のさうしに見えたるはんじもの九ヶ条のうち第六なり 絵の末禁にそれ〳〵に意をとける茶に六いつわりのうちにまこと あり土土記したる古風にしていとをかし今作れる絵さうしは一時の戯札ながら 文会堂上桜 おのづから勧善懲悪のみゑこもれるによしあればすき写にしてこゝに載す ………………………………………………………………………………………………………………… ○古今集 } ………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………… 紫の一もと黒にむさし野の くさはみなからあはれとそ見る 金龍山 天和二年 紫の一 写本 根本はふもとの 元祖朱饅頴 よねまんちう 鶴やうみぬうん 遺佚 よねまんぢうは たまごなりけり 延宝六年板菱川繪本図 あってい 一一 ひくらし硯にむかひて兼好めかしつゝ 一世中をおもひ考ふるに桑田碧海の昔語はしばらく置その碧海に 生ひし浅草海苔も今は品川大森の産とかはりてこゝには渦巻の鮨に 往古を忍び桑田の繭に似たる米。饅頭も廢れて金龍山の浅草餅にて 俤を残せりさればいにしへの武蔵野の薄 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ の草村なりしも人家のたちならびて掘兼の井 の掘かねたりしも水道に不自由なく彼石の 枕のおそろしげなるも今は旅籠屋の木枕 に心遣ひなくいぬるなど実に今の大御代に 米まんぢうのおよね 生れあひたる幸なりかしされや戯作の趣 向も年は歳か花相似たるにつけて歳々 ねん〳〵ひとおな 五年々人同じからざる趣をいはんとすれど 己が才の短きからに只吾住なれたる所 忍の惣太 の名産なる紫菜浅草土産と名 づけて聊古今の沿革をいふも雷門の事 遥なる飛だりはねたり変ッたり天地第 一番の戯場看官その気でちと 御退屈でも一歯御覧候へかしと 真じめらしくいふものは浅草の 一里人八文字屋のあるじ 春馬改 十返舎一九致 梅若丸 しもべあぶない 下僕阿武内 ますをもち 「す」とするというと云々夫を表とすると考へたるとがた。 下総野田 柏吟社 此うへに 何か 望まん 鶯を 聞つゝ 野上宿 花子 一一一、、、一、、、、、九一 袖にとむる 梅か 千 吉田少将 惟房卿 一表だけです。それられず、それが、それが、 第十一日本先生を示する。大学校長を失われたる 惟房卿 北方 楓の方 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 吉田三男 松若丸 土浮河 鵜三太 二十一月二十一日 四 ………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………… 一七九〇 幾刧 〽よみはじめ」工貝ものたえずそなふる東 よみはしめし工貝ものたえずそなふる東 ぢのせたのながはしおともとゞろに と風雅集ふう にのせ られたる 三上山 勢田の はゝとは こゝに からさき こそ 有 勢田橋は いづれの世 にかけ初し にか未レ 大日本史に 天武天皇王大友 皇子の戦に 諸将進至一 瀬田帝悉 衆陣橋西一 撤レ板拒レ之云 大橋 長九十七間 小橋 幅七間 長廿七間 幅四間 中嶋の間 十五間 合長百 九十六間 志賀栗 本の境 に跨る 吉田 少将 惟房 卿 奥州へ 下向の 同 もたび人にときしめしてみち しるべせしあない人さきにすゝ みてかすみたつ三上の山を ゆびさして又なにごとをかいは まくほりすをりしもせたの ながはしをふみとゞろか すあまたの人〴〵 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ さしてぞ いそがせける でくだんのたび 人うち見やり 〽こはぎやう 〳〵しの □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ いづこの □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 〽あれが 吉田の少 将さまとてあは れみふかき君なれば あづまのはてより国司 にのぞまれけふみち のくへおたちヂやま しりかほにえりかき なで〽〽 候ぞととへば いぜんのあない人もの しらずや これなん 当今たふ のちよく 国司に任ぜら るゝ吉田少将せうしやう 惟房はきき 世房はきふきとてきた しら河のほとりにまし〳〵しいか くわんけんの道はいふもさらなり をうけ みち のくのくの 十一 一 かしこき君にしてみかどのおんおぼえもたぐひなく おん心ゆたかにわたらせたまへばくつこの国人もこれを ようこびこたひみちの国の国司臣にとかのくにより のねがひにて任心にくだらせたまふなりさても下世話せん 人を吉田将監康貞朝臣とよばれはべりか口もかくにもむら ぎものこゝろあしき人なりとみやこのうはさではへるなりと とはでもかたるはなしずき口八丁の札の辻地大津おひわけ おひ〳〵にゆきかふ人馬婦によこをれて伏見行ふさずみ きうばけんぼうにさへじゆくし給ひいとも にいふごとくかみをまらぶしもとやらんつき まゐらするいへのこには ぬし勢田姓七郎俊道 小文次鏡ぬしなんどむにのうしんでさす はべるなりかゝるしやう〴〵にひきかんてあつ のきたの方風方絶のときこえしはこゝろ ざまよこしまにてかほかたちのうつくし きそれにはすこしもにさせ給はすされば 少将これふさぬもたのもしからすおぼし たまへとたうはる一人りのおんそくぢよ うまれさせたまひしよりおん中らひも なにとなうむろましうなりしとそしかのみ しならず少将のおぢごにわたらせ給ふ かと川のよふねへとてかねながらにひくやあや めもわかぬまのまだきにおきてくざまくら たびのをがさをかたふけてかたりあひつゝ いそぎゆきけり○さても吉田少将これ ふさつはかすみととともにきた白川をいて 給ひ道をいそがせ給ふほどにその次おも 日はあふみぢとみのゝきかひのくるまかへしに しはやくもつかせ給ひけるこのひははるの次へ はやくもつかせ給ひけるこのひははるの 〽つゝきこさめな □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ からしきりに してやまざり でみのぢなるのみに やどり給はんとしる 一長侍がいへにぞ つかせ給ふされは ければけふはいそが始 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 又長はむすめ 喜子とてことし □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ はたちばかりなる いとえなる たをやめに なりはむの 傀儡 まはさせ さかづきをふき すゝめまゐらす なうよろ れば少将かぎり こび給ひ みやみのゆゑ しらびやう しにもたちまさりて 武士 いとおもしろの手ふりやと よのふ〳〵るまで □□□□□□□□ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 等 ウ 四 こゝろあらく 下ゟ同 はべれ ごもおひ たちよりして やとも すれば ちからわざ よみぬ わざのひゞに ゐけんはぬか にしきま にくぎきかぬ 不孝には いとゞしく ふびんのは まさる ならひ つのりおやの にて父親 おやのなき みなし西大ぐ つぎへ 慶長 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 二月九日 □□□□□□□□□□□□ 〽上ゟめ興談じ給ひぬさても長位は心のうちに こたひ少将のおんやどりは長かいへのめんぼくにて たぐひなきことにおもひかゝるやんことなきとの花子 につゆのなさけあらばおい木となりしうばさくらも又 花さかんこゝちすとたゞひたふるにみよしのゝ田百坂の 馬もなにしあふ花を見すてゝかへるべき時のまだきに あえなんと長しおもへば花子は なほむねやすから □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ かば又 にて心 しらぬ 少将もし とりも なき そちも □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ ほのぐ かけをやどくしつはなや こよひのあるじとて一夜のゆめ ▼初はなの にほひあるを にくからぬものと こそおぼしけめこのした をむすひ給ひぬ 次のゑときげにや はるのよのゆめま としら みしかば 又かへり こん時を ちぎりて 花子に おほせ給ひける 〽もちににては合歓 白さしうきとなづけて もとせのかたらひ にはあぶきをおくりし ためしもあれはそれ にこそならひてめ 〽ゆくすゑはなにを とて いのちになぐさまん花に ひのちになぐさまん花 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ わるゝ春のたび人一とい いでんとしたまへば長はいそがはしくはしりいてゝ少将 のたもとをひかえ〽とのしばしまたせ給へあれも ればことしは廿三さいの。あたらわかものに上へ ○ふでをそめたまひて花子にとらせ給ひしかば 花子はうれしさおもてにあらはれなごりをしげに見え ければ少将もおしはかりてわりなくそでをわかち給ひたち しれぬおいが身の心にかゝるくりことをよべのえにし しかめおいか身の心にかゝるくりとをよへのえに ときゝてたべかく申申さしまとゐのなりよろし げのついしやうとやきこしめし給ふらんがわれら おやこはいかばかりすぐせよくて のおやどをつかふまつりぬまいてや夢に下られ しさはこのうへやはべるべき君みこゝろのましま さばかりのやどりもわすれたまはでみちの〽目に よりかへりますゆくてのやどもは花子にもまた あふみぢのなにあえんのがみにうまのはな むけてしばしたづなをとゞめ給へかういひいで んはわらはにあらで花子にこそははべれども はづかしさをおしはかりておいにほれたる さしでぐちことさらわらはがをつとゝ申候は 入むこにてはべりしがうからやからの中ちひ あしく花子がうまれしつぎのとしわらはを すてゝいづちゆきけん今にゆくゑもさだか ならず又それのみにあらずして花子が うへのあねなるを茨子ばらとなつけしが 女子にはにもやうでうまれだちよりぶけい をこのみ心をゝしく中〳〵にごりにしめる はすはものいけのもくずとありがひのなき ものとこそおもひはべれさるからよべのおと ぎにもかれをおんめにられはべらず又そのうへに そうれうを惣太そうとなづけてかゞなふ つゞきあまいことばのはゝきゞはありても なきがごとくにてわがまゝになすふる まひがなほかはゆきもいんぐわどち 惣太どうせいかうせいとにはのをしへ もおこたればともずれしたるわか 竹のはるをあきなるいこぢにて つひにはおやさへいへをさへすてゝ ゆくゑはしらなみのよはにや ごえんたつた山たかくうきなの たゝんかとむねやすからぬこの としごろたよりとするはなでし この花子のみにてはべるなり たとへいくばくねがへばとて げせわで申候つりがねをてう ちんもちにあつらへしかたにずり にてつりあはぬえにしとこそは かしとさとし給ひてあかぬわかれのそ いこぢにてかしとさとし給ひてあかぬわかれ うちはらひはやうまひけとそ おほせけるかゝりしほどに花 子があねの茨子はよべ少 将中のこのやにやどり てはからずもいもと 花子がちようあい 時をえたりしをいと ねたきことにおもひ いかにしてもおのが 身の にていあはめえにしとこそ おもひはべれど子にひかるゝは なきがごとくにてわがまゝになすふる惣太郎漬子磯はらからの身につけて 長がこゝろのあはれなる花子は心まめ〳〵 惣太どうせいもうせいとにはのをしへしくてかう〳〵なりときこゆれば心やすらは おもへどもなほとしたけしはゝおやにつかへよ づきあまいことばのはゝきゞはありても なべてよの おやのなら おやのなら ひではべるなり あれ見そなは せ袖がきに 七艘かきに ふりわけ がみのさし やなぎむす びし図 中ゟ よになり いでん すべも がなと ふかく くるし めて より〳〵 うかゞひ ゐたりしが またのあふ せのしるし とてあふぎに うたをかゝせ 給ひて花子に とらせたまひじ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ あまたゝび こゝろにうち つきもたりしは いかなことをか なことやらんそは すゑ〴〵にとき わくるを らんそは 見て しら いともたゞ ならぬひと きのかけの あま どりぬれにしのちはと おぼしめしゆくすゑなかうと いひかくるを廿化子は袖でを ひきとゞめ〽はゝさまなにをか のたまふならんかゝるやんごとなき めすさへわづらはしきねきごとを申さんは 身のほどをしもしらぬににていとはづ かしくこそはへれといふを少将うちけして 〽さないひそおことらがよべのもてなし うれしくてよくふるとても うれしくてよゝふるとても とのゝやどらせ給ふだにあるにきこし いうで わす れん こたひわた くしのけかう なりせばいく かもこゝにやどりして おん身おやこをなぐさめてんがさはなしがたき にんこくのおもきつとめにあんなれば こゝろにもなく わかるになん よしやさかいは へだつともこゝろの はなはうつろはじ右へ 紫長 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 江戸咄すみ田川のわたしときゝてよろこび舟こぞりてせばくとものせさせさせた まへ渡し守さりとてはとのりてけり扨も此川有武蔵と下 総の境になかれて下総の名利と しも聞へけり 陸東 蔭 ○少将はうま のあがきを はやめ 給ひて 今なん すみ だ川の わたしに つき給ひ 主従しゆう 丸 浅草 印ゟ わたし もりに なにといふ とり ならん と少将 みつから とはせ 給へば わたし ありは はな○ 〇 ○うごめか して〽こはこの 川のめいちやう にてそのなを みやこどりと ナスなり きみたち しろしめさ ざらんはさても さてもとばかり にてゑしやくも なくうちわらふ を少将すこしも ふねに うつり たまふ をりしに とは あかく 白う◑ ◑見ゆる むれてあそ ぶを印へ 禁長 これらには みこゝろをかけ たまはずとり のむるゝを 目をとゞ めてしばし まもりて おはじゝがやゝ ありてのた まふやう 〽はしとあし とのあか かくれて白き かるもむれ ゐるおのが ばかげに のみこそあら はなれ あかき は平家の にかたどる かたどる べく白きは けんしにゆゑ あるべしされば □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ ゆくすゑはこの あたりにげんじの人のさかえ なすさかとこそおもほゆれ またそれのみにあらずして 都こやはとりの名にしおふこれにも 平家卅はかげだにとゞめず□ ばかりのふしびたひゆきのおもざし なみの なみの たひらにをさ まらんきざしを 見する名詮白 生みやうぜんう 中じしやう われにんこくの かだいて しるもよろこび しやよろこび ありそはなんに まれみやこにはめなれ まれみやこにはめなれ ぬとりのふるまひやと もの〳〵しさもふうりう も心にこめてうちわた すつみの花のおひ風に ゆきことちりしく水のおも たかくはるけきふじのねも をつくばねろもあはれぞと しばしながめておはしけり 次のゑときかくて少将主従 せうしやうはわたしもりにもの とらせてつゝみへのぼりてたどり 給ふかゝるをりしもとしのころはたち あをやぎのみどりのかみをさと ふりみだしすざゝに一ツの崩 ふりみだしまきに下 あふをさけしをかたにかたげて こゑさへもうちみだれたる次へ つゞき一トふしにへつ 〽一ト夜かすのがみて のしゆくのくさまくら とほきおくまでたづねんと 左ゟ口とのゝおんあとみちのくの おもひしことはうたかたの あわとはきえぬうれし さも心くるひてやせおと さも心くるひてやせおと ろへすがたかたちもこの ごとく見るかげもなく なりにしかばおん見たがひ はさることながらたとへ わらはやみほうけ ものにはくるひ候とも きみのかたみはかた ときも身ははなさじ ともちてをりのうとの これを見たまひてうた がひをはらしてたべと くだんのあふぎをさし つけてさめぐとなき けるがかつぱとふして しやうたいなし少将 しやうだいなし少将 おどろきかいはうなし 〽それらすゝよと のたまは従者同やは はやくいろをえてふと ころをかいさぐりくすり ころをかいさくりくすり とりでゝ口にふくませ とりでゝ口にふくませ ながれの水をそゝぎ られてみゝぢかにこゑ はりあげて花子の君は ことよびいくれはやゝありて れ むすびすてたる ちぎりにはかたへ びとらがあは うなゐらがう それきちがひ よしれもの よとうち みの扇手に ふれてしとこゑ ほそ〴〵とうたひ つゝこなたをさして くるものありこは 物のにやくるひけ こゝらわたりのさと れがりしにひきかへて うなゐらがうちむれつゝ あさましのむすめやと はやすほど のぼりぎに わらひつ 又はのゝ しりつ しだいに 道をたどりけり惟ふさ 心はなにとなうものさはかし さにうしろの方をうち かへりて見たまへば狂女 ふと めをとゞ もなひのがみ め給ひのがら のしゆくのあま きやうはおそるゝけしきも なく少将のおはします ほとりぢかにすゝみて をり少将きやう女が かたげたるあふぎに やどり花にわかるゝ たび人とゑいぜゝ うたをかきたるは 花子にとらせし あふぎなるをの印へ ○印ゟそれを もちたる狂女 じようこそそれか あらぬかとばか りにたちよりて 見たまへば きやうぢよ はしばし少 将をうち まもらひて ゐたりしが ふと心やつき たりけん〽おもふ 一チねんむなし からで おもざしにて〽こはなにとして こゝにはきつるわらはゝ今 ゆゑこちのたけを かきなかした こゝろづきあたりをしきりに うちながめいとはづかしき までゆめのごと人もわれ も見わきがたくたゞ とのしまのみすがたのみ めにあら〳〵と見えつる なげにものいびし とおもひし のみにてきを うしなひぬ 今かた〴〵の かいはうにて こゝろたしかに こゝにて とのに まみ なりにしと おもへばもこの ごとくにして ゆる こと ものぐるひ ともおもはれず こはうれしさの じやうの かぎりにて心 よろこびなりかく申ス わらはこそのがみの花子にて 候なれさきにはふしぎのえにしにて かりの一ト夜のゆめ見ぐさかれもやせんと おもひしゆゑものにくるひてそここゝと さまよひありくもひとすぢに右へ たひらになりし よりかうありける とばかりにてそで うちおほふかほの おもにしにかたふく ゆふ日かげつぎへし 七斗七升七合 紫梁 つゞきくもの びんづらおくれ げをかき なでゝこそ うつぶし けれ 少将 ふたゝひ のたまふやう 〽あはれ女 子はこゝろ せばく わがいひ 丑十二月 つることをしも たのめぬもの とおもひし より きやうき となりしも ふびんなりと のたまひてあとべを 見かへり〽小文次なんぢは 花子をともなびのがみの しゆくへたちこえて わがけかうそ 十 あを人ぐさのうちなびきわせぼいろ つく小山田様はこがねはなさく 左ゟくさまくら たびよりたびのうき ふしをすこしはくませ たまへかしとかきくどきては なげきこるそま山人のをのゝ えもくちんばかりになきしづめば 少将ふびんにおほしたまひ 〽あはれのものゝふるまひやかくてし あらばのがみのしゆくへおくらんは こゝろなし一トまづみちのくへとも なひゆかんとおほせに花子はいふも さらなりつきまゐらするいへのこ たちもはじめてあんどのおもひを なしぬさるほどに少将は小ぶん次 にこゝろをえさせみちをかへて みちのゝへはな子をつれて くだるべしとなにくれのこと かつばらかにときしめして 廿日にあゆみよにやどりてつひに おうしうみやぎごほりのふにつき たまひてみちのくにををさめ引なふに しやうをおもうしてばつをとるうしばん みんをわが子のごとくあらぬみをたれたまへば みんをわが子のごとくあはみをたてたまは ぐん領随たちはいふもさらなりたみのよろ こびかぎりなくくにもをさまるときつ風 とばかりにめでたきみよ とぞいはひけるかくて 宗徳寺 ほどなく花子もおなじ ところにつきければおんともに ぐしたまひし梁田やな三郎 近忠さゞをはな子の君 のつき人としてべつくわん にゐさせたまひつれ〳〵の をりふしにはいんとはせ たまびしに花子はいつか 身ごもりて日にいでみて やす〳〵とをのこゞたんじやう まし〳〵ければ少将の よろこびおほかた ならずやがてたん じやうのわる ぎみをちよの いためしにつぎん まつべしとおろせに小ぶん次 かしこみて〽いざゝせたまへと すゝむれば花子はなく〳〵かぶりを ふり〽そはかたじけなきみおぼせ ふり一そはかたしけるみおほせ ながらのがみへかへらばわらばが あねのじやけんのつるぎにせめ こらされ身のおきふしもおぼ つかなしのがみにとのゝやどりしとき わらはになさけをたれたまひしを ねたしとやおぼしけんわらはをそれ 小わが身だにをらず なりなばしうねきねんも たつべしと女ごゝろに おもひさだめえうこそ あれといへでしてさがみの ゆかりをこゝろあてにとのゝ おんあとみちのくとおもふ ばかりをたよりにてあゆ むになれずやをかゆく よりいたくせめてはゝにもつらくあたりしゆゑな はまのまさごちふみ わけてゆめにうつゝに右へ ○印ゟ白川のせきぢまで見おくりて つゝきならはんとて松若丸とぞ なほみやこまでおんともせんとみな〳〵 なづけたまひぬかくてくわうゐんに ひとしくつきまゐらするを少将国人進 せきもりなくくにををさめ給ふこと らをおしとゝめ〽わかれぢのなごりをしきは みとせにしてにんげんすでにみち ければみやこへかへらせたま いづこまでもこゝろはおなじせめても はんとそのよういを のこゝろやうにこの なしたまへば せきの名をさ くにうどち かなしみて 今しばし だにと 思ふにぞ 北へん ○わがすめるきた 白川のやかたと おもひこゝにてそで をわかちなば をわかちなば 中々便にこゝろ やすかるべし びとゝ のたまへば なほかき くれていうへ たになす べきことも やよさと あだちの まゆみもみぢ してちりなん のちにとひた ふるにおんとゞめ 申せどもにんはわたくしならずとて すでにききやうとさだまりければくにうど ちからなく〳〵もあめにもまさるみやぎのゝ このしたつゆにそでぬれて萩木をたをりて みやこへのつとにもがなとひつにをさめとふの すがごもしのぶずりけにのほそぬのなんど をばおもひ〳〵にもてきにけり少将たみらが まごゝろもてかくまでわれをうやまふは こきやうへかざるにしきぞとみこゝろにおほし たまひかれなんこともおもはずてはぎがえを たをりしはいとしほらしとそのまゝにから びつにをさめたまへばばんみんひとしく□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 国貞改 一陽斎豊国画 春馬改 十返舎一九作 もじすりの しどろ もどろに 見え けるを さま〴〵 なぐ さめ 給ひつゝ つひに ぐにうど らに わかれ たまひ ぬ 10594 浅草 み やけ 下 模古図 隣春画 九作 豊国画 山田板 狩 第4 猶ゆき〳〵てむさしの国としもつふさの国との中にはと 大なる河ありそれをすみた川といふ 拾穂抄に大なる河とかける尤おもしろし此河をわたりて いと〳〵敬句は遠くなるへしと思へる意ありといへるはいとよし 下略已上伊勢物語新釈巻之一 国貞改 豊田画 春馬頭 一九作 浅草 みやけ 下巻 これを。むさと しもつふさの 両団はしのほとり 深井恭信守 以テ購入セル 百堂梓 頭痛 神効水 一九弘 かくて少 将は松若 丸まる 花 大佛一 子 もろとも みやこぢ 二 たどら せ玉 ひて さるに ても 清水 のが みなる 長を とはで はある べからず 五条ばし 同 いそがせ給ひしかば みづからはとはせたま はず花子をとのたま 中へどもこれすらわか君 にかしづきまゐらせ まづみやこへ のぼりてのち ふりはえて とはんにもさせ 一る道にもあらじ 「上ゟたまひてきらくを 四条ばしかしとりわけ わらはがたち よらば図 あね茨子に うきめや 見んと いなみて これもすゝ まねば少将 もげにも とおぼし 梁田やな 三郎に 高だい寺 建仁寺 七々ニ 山曽喜 弐百才 ずしてとしのころはたちあまり 一つ二つやすごしけんとおぼしき むすめもろともに みつばかりなるわら と見かう見むす めはいと〳〵よろこ ぼいてにこやかに 申スやう〽さても みとせあとにはよそ ながらさかづきを すめしのみ したしくものも 申さねばおん身は 見わすれ玉ひし なるべしわらはゝ このやのむす ばかりにてあたりに心をくばりつゝむねのうちに おもふやう今はからずも花子となのりて いでたるむすめはこゝろざまあらきときゝたる 茨子はばらなるべし花子の君はとくさきに きやうらんなしていへをいでみちのおくまで よくこそきましたれ四 がいへをとふに長はかげだに見え はいできつ近忠を踏出 されば梁田三郎近忠はあふ みぢにわけ入りてのがみの長路 □□□□□□□ めなる花子にてはべるなり まづこなたへとあないしておくのま へぞいざなひけるこゝにいたりて近忠は 花子ときゝて心まどひきやうのさめたる 印ゟしたまひ〳〵日印の中ゟひざのほとり 印ゟしたまひ にしてまがふかた なくおはしくを きもふとくも おんみが又 花子の君はすで 印の中ゟひざのほとり にあるさへもこれもつて にあるさへもこれもつて いといぶかし長の見え ぬもなにゆゑぞと ゐたけたかにのゝしれ ばむすめはいとゞみも よもあられずこゑふるは してひざすり 〇〇 Q ◑右ゟ 花子 なり と名 のりい でゝそれがしを まどはすともたれ かまことゝ思ふべき ゆめは ためにかいつはらん わすれ がたなき身の みやうがなんの したひ給ひては かれゆめにもしらず かれゆめにもしらず してものにくるひし 女なればしにもや しけんとおもひつゝ 姉妹はらおもて のにたるをさいはこ われ花子なりと なのりいでしゆ くんのちように あづからんと おぞくもたゝ みしものなら んとすいりやう したひ給ひてはや若君をまうけしとは なせば心を ゆるさず「み とせいぜんみて のくへ任仕に くだらせ給ふなるこれ しゆくん吉田の惟房卿この ていにやどり給ひしをり長が むすめの花子といへるがおんふしどに めされしよりまたのあふせのしるしにとて あふぎふうたをかゝせ玉ひてかたみにあたへ 給ひしをあかぬこゝろにわすれかねて君の おんあとをしたひきつむさししもつふさの あひだなるすみだ川のつゝみにてはからすも たんじやうまし〳〵松若丸諸とかとなづけ給ひていとむろへ ましきおん中らひこたひみやこへごげからにもみちをひとしく「ム印の右へし 君にあひたてまつりみちのくへともなはれてすでにわか君 見れば一子と おぼしき 小せがれ 御印 印の右へ わたらせ給ふごけかうをまちござし きもなまよみのかひごそなけれ わらはゝまことのはなごにて かたじけなくもおんたねをやどしてうみ しはこの君か也又のあふせとあるからに えせ人のわらはとなのる のみならずおんたねをさへ やどり木のもと木の花は 山風にたのみすくなに いるばかりかう ちるばかりかう いたいけにをさゑ ごのはひもしたちと するまでに月日は ふれどあまつがり つばさにかけて玉づ さをよせぬつらさも あまさがるひなのわら いが身をはぢてとのゝ みはぢとつゝみしのみかにもかく にもむらぎものこゝろしれぬは人 なりといはにせかれてむせかへる うらみのたきとうちながす袖の よりつゆの玉あられぎえもいるべき ふぜい也近忠はくわらい一てつたん りよのわかものなればこれらのこと には心もとめす〽おん身いかほど いへはとてみとせがうちにゆく をおくりきたるをむかへて あさなゆふなえんきよくを もて人をなぐさめつぎへ わきあだしなりはひ なきものゝそれとも さだめずかめるこを しゆくんのたねとは おぼつかなしさほど たしかなことあらば かたみのあぎも あるへきにとく見せ ずやとうらどへば むすめはなみだせき あへず「それにつけては いとかなしきながもの がたりのはべるなり 君のかた朝と おもふから身 もはなたじを 思ひしをおん } たちありし そのさよ中 たばこに をさめおい たるあふぎ なにものゝ しわざにか ぬすみとき れしめん ほくなさ ちかひし君の みことばにおん げかうにはかなは のみらもまどは ことをたゝみて しゆくんに身を よせんとはかる だいたんふて きの図 囚心がまへとしられたりおんみは 女子ににもやらでこゝろをゝ しきうまれとは長のはぜし とくきゝねえきなきなん身 の手だてにかゝりおほせごとを もだしたりやよびやには長は をらずや惟房はきやうの おんつかひに梁田や橋の近 忠がまゐりためとよひ さゞめかせばなんどより やみほうけたるよわごし をふたへになしていできた る長はなみだにめをすり あかめ〽しゞうのことはめの わらはがひそかにつげたるに ほゞしれりたしやうのえん とはいひながら一じゆれかけの あまやどりたゞ一トよさのたい めゆゑたとへいかほど申せば とていやしきものと見出とし 玉へばろんはむやくにはべれども つぎ木に花はぬすむとも人の たねはぬすまれぬとよのことわざ にいひはべり此をさなごのおもざしは とのににさせしいみならでいやき ものゝたねならばかゝるけはいはよも あるまじ此子のおもてを見玉ひても すいりやうあれとばかりにてむねんの なみだはふりおつるそではをばなの つゆの玉うちみだれたるかるかやのおど らずとおほせあり しをたのみにて 月日をかぞへて まつうちにもかた みのあふぎを うしな ひてなん といひ とくよし もなくを にいるも はづかして とやせまし かくや せましと おもにうち をちからぐさ おほたてたる此 若君は身の あやまりをいひ おんたねごもり ごかんよす がにもやと思ひし になにをたねとて うきくざのどは なさけなのおんと のは君にあふぎは名にあふきは君にあふぎは君にあふきは のみにてすゑひろ がりもそらだのめ給る つてなんですく ろのかみもあはれにてこゑかしましき くつはむしかごとがましくなきにけり されども近忠一ト すぢに ○はなごと 花子の かる花に わかるゝ たび人と かきたま ひしは今ぞ しるわかれんとてのかね ごとかとわが子をひざ 二人リ ありとも おぼえず まし てやかた みのあふ ぎもなし こゝに にひきよせてこゑ をしのびてなきしづ むはなんどにふしたる はゝおやにもれきかせし とのきあつかひいとゞ あはれぞしられける近 忠これらにこゝろもと めず〽いはれざるえせ しうしやうかたみの あふぎなしといひ かたぐもつてこゝろ えがたかりさつ するところおん 身こそ花子のいば 君のあねときく茨子とやらん にてべんぜづをもてわれをの印へし 十一日 ないるもの いつはり なりと をおもふ にぞ なにを いびても まことゝ せずこそれ がしこたびの おんつかひは それらのこと をきくには あらず長 をみやこへ ともなへど をくゆ おほせを うげて まかり たり のぼらは みやと こへ とまれ かくまれ つぎ つゞき うちふし 玉ふとならば 今じばらくやう じやうしてあとより のぼり給はんかいかに せましとうながせば 長はかぶ りをうち ふりて〽た とへわらは がためよし とて花子 がうたがひ はれざる ほどはみや こへとては のぼるまじ さりとては なさけなし たけきばかりが ものゝふかと松を しぐれのそめ かねてまくず がはらに風 あるゝおいが心 をえもとかず 〽ろうぼはさ ほどかたくな ほどがたくな にみやこへ のぼるをいな み給はゞこれ も又せんすべ なしともかう もこれらの よしを一ト まづしゆ くんへきこえ あげてみこ ころにまかせ てんといひはな ぢていでんと するを花子は そでをひきとゞ めて〽なうしばし まちてたべとのにいふ べきことはべりつたへてたべ よとかこちぐさつゆそぼ ぬれていとゞしくねたさ かなしさふりわけて二ツの そでをうちしぼる女ごゝろの あはれをもよそに見なして「印の友し の印ゟものゝふのものゝあは れもしらずやありけん つとたちいづる近忠を 今しばらくとびきとむ るも女のちからのかひ なくて梁田介はたもと ふりはらひみやこぢさして いでゆきけりあとにおや こはきやうさめてしばし ものをもいはざりけり おき吉畠の少将せう 惟房卿みばふきは 惟房はきやうは きた白河しら にちやく まへのゑときそれはさて 給ひは めにんこく 或ひ天不曲にもをぞくだし給ふされば少将 は身のめんぼくにあまたゝ びおしいたゞきやがてまかりて 此ほどのたびのつかれを やすめ玉ひて つがならをさめてきこゝせしと つかなうをさめてきこくせしと 当今村へそうもんとぐればみかど あさからずなほ少将をめでたきものにおぼし 左の中ゟうめる こといとつぱ ちかにきたの 方相の 方にかたり 玉へは北方のかた はうちきく ごとにつのぐむ あしのもえぬ れどまには すこしもいだし 給はすをのこゝ のたんじやうは 吉田のいへの きつさうなりと 花子をもよび 給ひておんことばを 玉はれば花子も しとやか にいや も○ひれ をかへし ふして ゆく ぞゐた すゑ りける ながう おんめを とめ かゝる ばりし 金 内藤 三兵 近 忠は 花子がことの はじめをはり松の 若丸を下口 みの しゆくより かへりきつ かのやどの一ぶしゞう 花子の君となのりし をなご三ツばかりなる わこの子と長がいた つきなりしことなどはじ めをはりそのこるかた なくいとつばらかに 申ければ少将はまゆ ねをよせ〽そはこゝろうる よしもなしのがみにひとよ やどりしをりふしどによび をしはこれなる花子にあん なるを又今さらに花子 といふ女のあるもこゝろえず ましてかたみにあたへたるあふ ぎのこゝにあるさへにうたがふ かたはすこしもなしいとあや しきはのがみなる花子 となのりし女なりと みけしきをかへ給へは 花子はおそる〳〵 □□やう〽わらはが なをさへいつはり て身をよに □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ りしはつぎへ 十四 わいだめはあきらかなるべし二日みかのおんいとまを ゆるさせ給へと申にけりこの時北の方は花子がみと せのおんそひぶしに若君をまうけしこといとねたしとおほせ どもすこしもいろにはいだし給はずいかにしてとほざけんとはや やはらげ給ひ〽君子はもはやわか君をもてる身としてかる〴〵か のがみへゆかんはいかゞなり花子とないりしのがみの女子よしや それにはあらずとも君にゆかりのありもやせん今すみやかに此 やかたへまねきて君にもおんめを給はりもしみこゝろにかな はせ給はゞよしやゆかりのなしとてもおんちようあいなし 玉へみづかうかくてあらんほどは花子とてもうちむ べきふしはあらじとよにまれなるいときよらなる おん心に花子はひたすらひれふしてはぢかはしく ぞ見えにけるされば又惟房つみれきも楓かは の方のおんことはげにもとおほし給ひしがはすぐ さま打たゞにおほせられてのがみなる花子 といへりし女もろとも長をしもともなひ こよとむかひのよういをとゝのへ給ひて 近忠あるをぞくだしたまひける 〇かくて胴の方は少将にむかひ 給ひ君には此ほどながの たびぢにさこそつかれ玉ひ けめのがみより近忠が 女子をともなひかへりこん まづそれまでは此花子 も若松若ももろともに べつやかたにやすらはせて くもむねをこがしつゝ今ちか忠がのがみには又もや花子の君ありと つげたるはくつきやうのしゆだんなりとおぼし玉へばなほもことばを つゞきあね次子にはへるべしろうぼはいたつきにたれこめしときよばれば わらは見まはりはべるべしそのときにこそいばら子とも又あだし女子とも みこゝろやすうなし給ひね さいはひ栗田口にいた のしもやかたにはおぢ 君のおはすのみほか には心おくものなけれ ばこれへいざなへ なひ いど しとやかにのたま〳〵 へば惟ふさ郷もそれ よけんと花子松 若に香待せいを そへてしも やかたへつかはし けりその時 惟ふさつゝ はみちのく よりもたせ 給ひしなが びつをつきへ 道祖神女神 ○藤原の 実方朝臣 効勘をから ふり奥州に ながされ笙 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 嶋といふ めとこ ろを すぎられけるをり ふし道のかたはら に道祖神の 御むすめ をまつれる詞あるを けがらはしの神やとて 下馬もせで過られ けるにその馬たち まち倒れ 死せしが 実方も ほどなく 身まから れたり実方 陸奥にて こんまつ られし □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ に終身蔵 人頭の官にて昇進 せざりし事をうかま れけるゆゑ死後にも その執心や残りけん 雀となりて禁中の小 仙臺盤をくはれけるよし いひさわぎければその霊 を神にいはひこめられたり 紫菜 つゞきえんづらに よせさせ給ひて まふやう〽なに かのことにとり まぎれておん まされてお みのつとに 楓暁の方にのた もたらせたる かのくにのもの どもをいだし見 せんをわすれ たりそれとり いだせとおほすれ ばきんじゆのさむ らび心をえてなが びつのふたをひらき て十布組のすがごも しのぶずりけふの ほそぬのとりわけ てしほれはすれど みやぎのよりかり もてこしゝはぎか もてこゑゝはさか えのそのむかしさへ しのばるゝを ひつよりみづ からとり いで玉ふに ふしぎや かれしはき がえの中に 卅四 一つのにしきの ふくろこはなに にかと惟房卿 手にとりて見 給へばいとさゝ やかなる丸ぶら ろのとしふり けんとおぼしく てつちににし ぎはけがせども よしありげなる こきんらん ふたへづるの あかぢにて むすひしふさ はくちたれども むらさきと おほしきいろ のこりてあり から見しばらく かうへかへ給ひつゝ 〽此ながびつには かゝるべきにしき のふくろのある よしなしさつす ところこれはこめ みやぎのゝはぎ はらに印の右へしもの のいとのほつれは 少将これをと見 みやぎのゝはぎ はらに五印の右へ 茶菜 大橋 ******* 〽印ゟうづもれてゐたし 左の中ゟ 〽印ゟうづもれてゐたし左の りしをさと人らが はぎをつか ねてひづに をさむる それともえしらず をりふし ひとつに かきいれ たるもの にこそ うちよろこ ひその日は よもやも のもの がたり めいしよ こせきの めづらる なるさね かたあそん のすゞめの みやそのほか 見きゝした まひたる しはわがいへのめい ぼくとうちよろ こび玉ひければ 楓の方は少将 のかくまでつとに みこゝろよせて 玉ひしをあま わが身をなぐさめ あらんずらめそはなんに まれ此ふくろのにしきを みかどのごかんにあづかり こきやうへかざりしききやう たび 右の下へ みちす がらのこと どもを いこと ねもごろ にはなし給ふにつき 山かげに日はおちてそのゝ くれたけかしましくねぐらもと るむらすゞめそのいろ時とぞなりに こゝのゑとききるほどに刃沓ける の三郎ちか忠はのがみのしゆぐにたち こえておんふたかたのおぼしめしふかき よしもつぶさにかたり長もむすめも すかしこしらへ三さいなるをのこゞもろ ともきた白川へともなはんにことける ちやくなしたりけりさるほどにちか 忠は長勢おやこをあひぐしてきた 白川へといそぐほとにのがみのしゆ くをたちいでゝそのつぐの日士品の いへにつきければ近忠これをあない して長おやこをひきつれきたれば 惟房卿も楓野の方もかみくら にゐ給ひてはるかに三人りを見 わたし玉ふにこはいかに三とせいぜ んに見たまひしはこのをなごに うたがひなくまがふかたなき花 子なればこはそもいかにと少将 はたゞあきれはて給ひもく ねんとしておはしけりその頃 かえでの方のたまふやう 〽ちか忠さきにのがみ よりかへりこしてつぐる にはそれなる女子は 花子にて三ツばかり なるわこあるはとのゝ みたねとなんいへる まことにさやうのことありしや次へ 山中峠 は白川の 里より一 里半東 にして山 城と近辺 の堺なり むかしなが らの桜 と詠じ は此峰 つゞき也 さゝ波や志賀の みやこは むかし なから の 山桜 かな あれにしをかゞ 志賀花白 西海旗丹シ 仮二此英貌ヲ 烏紙上觀 ⑨ 都名所量会云北白川は銀閣寺の北 なり里の名にして川は民家の中を西へ流 る是なん名所三白川の其一なり 後拾遺 東路の人にとはゝや白河の 民部卿長家 関にもかくや花は匂ふと つゞきいかに〳〵ととひ玉へば長はおそる〳〵 申候やうわれ〳〵おや子はいといやしく のがみにとしはおくれども心のまことは やんごとなきみやこ人にもいかでおとらん かう申さばなにとなうおもぶせには はぐれどもいはでやみなんことならねば ことみじかに申にはべらんこれなるは 花子とてわらはがむすめにはべ 左ゟし見るさへもいとむねくる しくはべりしゆゑあからさま には申しはべりよしや花子は にくしとも玉のやうなる此わこ をかはゆしとはおぼし給はずや みとせがけふにいたるまで あらき風にもあてじとて やしなひたてしはやことな りしがみとせいぜんはからずも 素性法師が君が代までの名こそあり おやかたさまのやどりをなし 同心や き君のおたねにはべる ゆゑ若よ〳〵となをさへも けれとつらねし白川の 滝丁 傍に 已上。 摘要 てふどをけがしくはむす めにはべるこの花子 きくやひめにはあらぬ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ てうみおとしゝは此子にはべり 人はすじやうによる にもたゞならぬ身となり〳〵かく ものといふはま ことか此わか 〽かんすべなきは君より しのこのににたるが あかしにはべりたゞいひと かたみのあふぎ □にはべりと さだめざりしもたゞ ならずおもふおや 子の心にこそ らへば花子はことばを つぎ〽又あふまでのしるし 一ぞとあふせありしをたのみ にて大じにかけてすゑ □□□□□□□ ひろのすゑもえとげぬその よのうちまくらちかなるてばこ より人しれずとりいでしは心ありげの たくみぞとおもへどかへらぬ身のあやまりその 一におんめをかけ ぬす人のゆくゑさへしられぬのみかそれぞとは られごふびんあらせ わらはがいはんもなにとなう心ぐるしき人なりと あとはものをもえいはすになみださしぐみゐたりしはことはりせめて あはれ也長はつかれしすゞむしのほそきこはねをふりたてゝ〽いかなるぜんぜのしゆく からにかへツはたなる三人もの子どもぜんあく二ツにそめわけてたづなゆるめし心のこま ものにくるひて徒子ぞと名のりしは横子ががらにうたがはのなきあかしにはかれよりのつゝみにてきやうぢよと ものにくるひて花子ぞと名のりしは横子らがらにうたがひのなきあかしにはかれよりの一 ほかに入るものゝあらぬ一トまつ手ばこのあきうせしはまざしく知れがわざよう申きばなりてしたひきつかたとのし かめる子のあたじをつくるだらにはぬれどつねかう〳〵なるとき子がうきにしづむをあふぎをしとして師 たび給へとおもひはな ちてくひければ少将は うなづき給ひ〽さてはむさ しをこえしときすみだ川 のつゝみにてきやうぢよと なりてしたひきつかたみの あふぎをしるしとして頭へ 母司寺 つゞき花子なりと名のりしはかれがあねときゝおよぶ 茄子ちばらにてありけりとはじめてすゐし給ひつゝ いつはりをもてわれをまどはしとし いつはりをもてわれをまとはまとしものならんとおしはかりたまひしかさるにても此をた おいし長にくをかけていもとに うきを見するのみかはわれをも たばかるうたてのもの 楓の方 やとみけしきかは りて 「下ゟ四いつはりにて又にく からぬのみならずわか君をさへもてる 身をよしおこなひのわろしとも今さらいづ ちへやらるべきさいはひにも近忠ならでほか にはぎくものあらざればふかくつゝみてはら からといふよしをも人にしらさず梅もさく らもいろよしとともにめでさせたまひなば 二木出たもたがひにえだをかはしおのしたかげ にあめもらでたのまれぬべく 一作者皇後の巻に出べき 図をこゝに引あげた るは相の方并に 宗貞朝臣の おこなひをしら さんため且は絵 〽つゝき花子なりと名のりしはかれがあねときゝおよぶ〽見えさせ給へば北だの方は心のうちにさては花子は ひ見たでもへは折たいへいちいはいちいりてころをしるしゝ この女子にてさきに見えしはいつはりてとのをすりしゝ ものならんとおしはかりたまひしがさるにても此をさ なごのおもざしとのによくにたるはうたがひもなきおん たねなるらんかへす〴〵もねたましきことのみなりと おもふをもこゝろをゝしくわたらせ玉へばすこしもかほ にはいだし給はず二人りのをなごをとほざけん 手だてには中〳〵にいづれもとゞめおきてんと はやくもむねをさだめたまへはこゝろの おにをおしかくしほとけがほしてことばを やはらげ〽あはれのことよくれたけのたり きひくきはよにつれてそのうきふしは かはれども人のこゝろはいづこもおなじ ましてわらはゝ女どち長はとしも たけたればことざらにおもふがうへわきて ふびんにおもはるゝはにくしとおもへと あだがたきはあねなりけりとおもふ ゆゑあからさまにはえもいはで 心のうちにものおもひの花子が つゆの身のほどなりさればとて つゆの身のほどなりさればどて 今これらのよさもあしさも わきがたきはいづれもとのゝみな さけに君をまうげしはらからの こゝにつどふもさきの世よりふかき ちぎりのありもやせん又いばう こは道ならぬたゝみにきみをまど はすともいとゞせつなる女ぎに きみにこゝろを人しれずよせ 舎の たるよりの上 もやうをかへんとてなり なりぬべしやよとのさはおぼ〳〵 さずやとまことしやうにのべたまへば しらなみのたゝんうきなをいとはせ給ひ このことせじやうにるふしなば士畠の いへのきはりとなるべしたゞおんびんに 二人りともとゞめしう人にてせんすべ あらんと少将もおもひはかりて北の 方の申させたまふをこれさいはひと よろこひたまひ〽げにおん身のいへる ところおだやかにしていと〳〵よし 今よりかれらをこゝにとゞめて ながくちようあい ふかきたゝみのありそうみそこのこゝろは なすべきぞまた 今よりこのをさな らすべしそは花子が うみたるにちなみを たるなりまた長はみやこにあらんと おぼすならば花子とともにとゞまりて といとねんごろにのたまへば長はなみだを ねぐひつゝ〽いやしきおやこをさほどまで ぬぐひつゝ〽いやしきおやこをさほどまで おほせたまはるのみならず きたの方ざまのおほせ ごと身にあまりはべる ごを梅若丸静わかとなの よするのみならでわれとしごろ北野 なる天満宮鏡をしんずれば松と なりこれなる花子が身があかしの かくまでたちしうへからはわらはゝ 梅とになをよせて二人りのわかをつひし □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ よしだのしやうげんむねさだあそん 吉田将監宗貞朝臣 歳暮 つゞきすこしも のぞみなしのがみ はなにくれのゆゑ もはべればまかり てかしこのいへをし まもらんゆる させたまへと いひげれば少 将はかの長弥 びつよりとり いだし玉ひたる にしきのふく ろを手に とり玉ひ 〽これはこれ みちのく より五六丁 ふしぎの えにしに つながれ 作者曰 こゝの さしゑ らすわか ならひに手に入 手に入 ゑときは いにしへのめい のちの さまを きやうをやをさめ 見せたるたらんと おぼしくて なれはおほしくて 三人[リ]のいとたふとげ はらからなる がねん れきなん とかなら にあやし と見た まふな 長がのがみへ かへらんにはこれに ましたるものは あるまじこゝより こにちにいひおくる かせのたよりを まつべきそまつ それまでのこの 比六表 左の方ゟ花子うめ 若にわかれををしみ 一トまづのがみへ かへり けり ○かくて少 将は松若わか 梅若嫁の たんじやうの 日をかぞへ 玉ふに 梅若は 建仁二 年十月の うまれに 下ゟ〇 じやう なせばおなじ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ しうまれなれども まづ梅若丸を あにとさため 松わか丸を 一呉竹姉ひめ をそうれうにて みたりのおん子を めでさせたまひ 北のかたとの おん中らびも むかしにかは らせたま はずして 次男しめとして つぎへ さきに 中へ○ 松 しる こきやう へかさる にしきぞ とふくろ を長に たまはれば 長はあまたゝひ おしいたゝきそれ それにいやを 右の下へ つゞきいとあはれがらせ玉ひけるが 楓院の方はしつとふかき女なれは るにがなして二人[リ]のはらからを おひうしなひ若君勘二人りも なきものにしてくれ此ひめの むこかねとりそをよつきにたてん とてより〳〵おぢぎみ将監督と あひはかりて心にふかきたくみを まうけぬこれ此ものかたりのおこる べきはじめにしていとおそるべきは 女のしつとにこそありけれ ○さるほどに長はみやこをたちい でゝやがてのかみのしゆくにかへりにし きのふくろをかや〳〵しくとこのうへ なるさんばうにうちのせてこゝに 心をやすめけりされば此ほどのいた つきもとちたるむねも花子が「左へし ○ 一ど に さつと けひら きて〽おのれ くせもの えうこそ あれと やせさら ぼいしろう ぢよを とうへ 左へ 左の上ゟも一〽げにもとのゝのたまひし こきやうへかさるにしきのふくろかゞ みは女のたましゐと人のいへるもつね きゝぬこのたまものゝあるからはおやこが 身のうへつゝかなしあらありがたのみた 左の中ゟ はすやとよば はれはうけ玉 はりぬとくた んの二人は からやとあまたゝひおしいたゞき おつとりがたな らいはいなしたる うしろの にかけきた りて長 しやうじ をかたな をも のさげを にてたかて こてにとり しばりて おのが かたやへぞ ひいたり けるされば かない のもの ごとも てはこは ても いかにとあきれ にどひしばしは とはうにくれ たるかさて あるべきに あらされはおそ る〳〵うちつと ひていへとじが 右ゟ身のあかしたちしにいつかひら けてすが〳〵しくはなりたれどまだ けてすか〳〵しくはなりたれどまた つくもがみのおどろしくて身のけ いよだつばかりに見えぬかゝるをり しもはつしぐれふりみふらずみ 同十一日 此ほどのいたつきに心なく長は すみあれし丁まにゐてくだんの すみあれし〽まに五てくだんの ふくろをまもりてをりかゝるをりし もよひよりこゝにあしをやすめし くわんとうぶし三人りの一トむれ さけをのみいひをくひてふしご 入らん心がまへにかはやへゆか んとわたどのをひだりの かたへよこをれんを右へとて こそさまよひしか長が こもりししやうしのそとへ ふときかゝりてたゞずみづ なに心なくすきまより 内のさまをさしのぞ けばやうすありけに うや〳〵しうにしき のふくろをかみ くらにおしずゑ てまもりてをり くだんのぶしはふしん源 はれずるほいきを のみ身をひそめ 右ゟ くだんのふくろをむ ものゝふはいくた ひかおしいたゞきくわい ちうなしてこゑふり たて〽久米成のぬし銭家中に かめしかね〴〵たづぬるめい ぬしかね〴〵たつぬるめ おきやうのそく徒を それがしからめたり 防 とく右の下へ □□□□□□□ て内のやうをぞ うかゞひけるこの時長は ひとりゑみて右の方へ◑ 地命 亥 蕎麦 たつを にうち かこみやが てあみのり をしくそのゆゑよしはわかたねどにしき のふくろをうばはれてめいきやうのつぎ ものにかき のせてせき のひがしへおくり けりさればいへの こはいふにおよば らず長はひたんの なみだにくれ いかなるぜんせの しやくがう にてかゝる うぎめに てあふやらん 身におぼえなきぞへ とのをめいなわめのはぢもくち 通一陽斎豊図画 改良図 つゞき ぬす人 とよで とよば かりしは ゆゑ もや 四・ ある らん さはさり ながら かのふくろは といより とのより たまひしもの なりとあから さまにいひとかば とのにうきめの かゝりやせんと からずうち ふしてあみ むねやす にかゝり なくより はぬけどり ほかのことは なかりき 作者曰 これよりのち のがみの長が くわんたうへ ひかれての ものがたり 梅暑丸 もくぼじ のふることなら びに一ッやの 石のまくら なんど すべて浅草 わたりにゆかりある じせきをあつめ第二へん にあらはすべし めでたら〳〵〳〵 野上の長が あみもりもの □□□□□□□□ 綾塚次蔵 久米平内 馬政一 同十一月十一月十一年 一毎編四十一月一九作 国貞収 初編二編 紫菜浅草土産 一陽斎豊國画 十 六 年 巳 貧福欲換得全四冊 右同作 右同画 無漏早咲西行櫻 前編六冊 右同作 右同画 下戸 こゝろいき 質気 勧善飯 はら筋を よるをしき よみ本 初編右同作 一冊玉蘭齋貞秀画 奥羽 一覧 第十返舎一九作 初編 東海木曽の南海道は先師の潰稽につくしたれ 道中膝栗毛 二編三編引続出来申候 三州 〽こどもいまだ奥羽の勝景をいはれずよりて此度 ●消耗もの新葉をくはへをかしみたつふりに作 意をめぐらし当年より御覧に入候 いろの白くなる 江 両国吉川町 菊慈童 十返舎家製 おしろいなり 露香水といふ水 文會堂山田屋佐助 ともに代七拾弐文 ます にて