由良湊入船日記(一名甚孝記後日物語)

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勝川春好畫
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場所: 江戸
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勝川春好畫
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日本語
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和泉屋市兵衞
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ユラノミナトイリフネニッキ
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東北大学
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2026-08-28T18:53:25.651810+00:00
南北作 春好画 る 泉 東京市長 歳下 狩 第 東西庵南北作 勝川春好画図 せんじ 女甚孝記後編 由良湊入船日記 上の巻 壬午孟春 壬午孟春甘泉堂上梓 をんなぢん 女甚 孝記 後編 五冊 文政 三年 孟春 錦行 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 以テ驚ク 東西葦南北作 由良湊 入舩日記 一名甚孝記後日物語 勝川春好画( 親は怪洞に三百の暦日をすぐして 再び顕世して美勇誉名に 鳴くたり子は難々労々に屈して 三百の暦日を賤業の 為に送り再び功を 挙て梅津の 郷に昇る 親子 きう □□ もしいつも 対面 おわかい子 うめづ ○梅津 ちうなごん 中納言 定兼甲 じろうあきすけ ○岩木の次良秋甫 仙洞に ありて 再度 に 出し すがた なり 雪淡斎著元詩繪 (黄雲黯々圧籍垂乍看雪 (花紛似節休道吾濃鬚」 (毛改松杉亦白頭時 寒窗昨夜雪 起林園。 白一 乙乙 松枝 〔被渠折竹 君可緩間平安 ○秋甫の奥方○岩木次良秋甫の ○桜木 息女○安寿姫 ◆◆◆◆ 三生太夫の名に履る三生の 言は廻る片輪の火の車 於松が鯰殿は雪見にころぶ 足駄がけ施梅が盲は ○花の香をしるべに迷ふ夜 の建部竹が痘は巣のはつ 音もしらぬ春ふけ娘いつれも みるはぼうちくの 親の因果たて ありぼんは さるほどに一角は左しの かうしついばらの方を さそひいだしりんごくに 身をしのびてゐたりしに せんぎきびしければこゝ にもあしをとゝめべき たよりなくさま〴〵 ひやうはくしてたくわへの金 さへつかひはたし身はろう〳〵の なみにたゞよひ丹後の国 由良のみなとにはいくわい してやうやくにひざいるゝばかりの しやくたくをかまへあさゆふの けむりもたへ〳〵にあはれはかなき くらしなりけり大みやうのおく方と あふがれあやにしきにまとばりかんら くらしたる身の手づからよねをかしき ひんくにせめらるゝ も心ざまの あしきより 天のせめに あふとや いふべき しかるに 世をしのぶ 二人なれば 一か用の名をかへて角太夫 とよびてさんじゆつの しはんをしその日〳〵を おくりしがさしたるすぎ はひにもならずとやかく するうち米や太き木や はいふもさらなり宿ちん までとゞこほりてその所を までとゞこほりてその所を にはかにはらはれたちまち かなたにさまよひしがある日 さんしゆつの門人来たりていふやう 此ちかき村に一つの家あり人来たりて すまろうにけふなる事のありてや 身をよする所もなくあなた 三日をはたさずして宿がへするもの これまでいくたりといふかきりをしらず そのゝちはたれもすまつうものなくばけも やしきといみやうせられていゑもやぶれしだいと なり今は草をひしげりで狐狸のすみかと あれはてたりをん身 此家にすみ給ふ 心あらばとうじ しゆくちんのろうなく一丁にあまるぢめんも すへしぐはおん身のものとなるべしといふにぞ大たんふてきの 角太夫大きによろこびおん身のしり給ふごとくなんじうの 出見こと所はつまもりんけんにてさんの気ざしもちかきにありとおぼのその家によしや一アン〳〵 次へつが 入舟 出しき事ありともいまのかんくには 〽からずきつね大ぬきをともとして くざむらのきの水に草をすましのきもる 月に心をやすくねむらん事わがほんもうの いたりなりといふにぞかの男も角太夫が あやしき事もなたなりしがおそらくかくのごとく する事三夜におよびけりふうふはおそるゝいろ くざむとのきの水に長をすましのきもるなくまい夜のことなればめづらしくもならはずたゝ なくまい夜のことなればめづらしくもおもはずたか 月に大も三そみぬじん事わがほんもうのいびきにてぜんごもしらずねくりしにしはがれし六人 いびきにてぜんごもしらずねいりしにしはがれしこへ にてしきりにおこしけるゆへ二人ひとしく目をさまし いさましきことばをよろこびその村をさに 見るにとし とりもちてすぐさまかのばけものやしきに か用太夫ふうふをうつざしめかへつて村をさ 八十のうへにも なりぬべきやせ 此人をためす におんみどき よりは おとろへたる老僧いろ 大じやうぶ たきゞ のたま かて あをさめてがんちうに とうを ひかりありよのつねの ある 二二 二人にあらば おくり もの ければ ふうふの よろこび大かたならさりけりさるほとに 二人はその夜心のびやかにふしけるが夜も うしみつとにはかに女なりしんどうしてまくら もとにありあふちやわんに目はなあらばれて のくびとへんじふうふを見てから〳〵と わらひ火の玉となりてとびうせたり 又はゐろりのかまおのれとわきかへり 仏だんとおぼしき所よりゐはいにあし手 ありてあるぎいで又はいくつともなく 男女のくびとびめぐりてなきかなじみ又は おもいてゐたりしがほどなくよもあけちかくなりて たちまち 気もうしなふべきに 〽コハよくねいりしわれ〳〵を おこし何の用ありつるや こうひはいたくねむたし あすの事にし給へと いふにかの老僧の曰 〽よくねむり給ふを おこし )問代丑丑寅三 わらひのたしりそのすごき事いふべくもあらずされど 大たんふてきの二人なればかへつてこれをおもしろき事に ●まいらするもおんみ ふうふにたのみたきことの 候也これまであまたの口 はず わらは 事は あるじ 次へ かゞきりんしよくにしてものゝあはれをしらず 子といふものなく世には金ぎんよりたいせつなる ものあらじとおもひさだめしよりひぎのどうをおこ なひて金きんを太くわへもちしに時のくわんれい わが金ぎんにとみるをしりてあまたの用金を あげべしとのげんめいなりわれその事をうけがは さるによりてくわんれいのにくみをうけすでに ごゝやにせめころされくはうせんのおにとなりぬる その時くわん より ゆゆめ〳〵かたがふ事なかれと つふさにさとしてきへうせたり 角太夫はかゝる事の 世にありもやせんと夜の あつるをまちいぬゐの 方なる松の下を うがち見るに 石のからびつの 中におしへの 此ことは人に ふかくつみて ゐたりしうちに いばらはさんの 気ざしありて うめる子は三ツ子 にて三人ともに 女子なり けり ごとく一万両の 金ありければ さきに うまるゝ を わがかざいをもつしゆせられて今ぎんは みなとりあげしといへどもかゝる事のあり もやせんととふきおもんぱかりをめぐらし 同断 一万両の金を石のからびつにおさめ此家の ふうふ大に よろこび あね 二ばん いもと 四 いぬゐにあたり松の下にうづめおいたりそこ もとのたましゐを見こみ此きんすをゆづるべし しかるうへはわが心づきてなを〳〵金ぎんを あつめすべ〴〵は此ゆらのみなと一チのぶげんとなり 人をなづけおりをうかがひくわんれいにうちみを むくひわらはがまうしうをはらして給へかならずしも 僧にほどこし仏をくようしてわが□だいをとぶらふこと なかれたゞ今はざんをたくわへをくもはやくわが心を つぎくわんれいにあだをなしてうらみをさんぜ しめ給へ此うたをこすついぜん なしわれはなみおんみの かげにつきそひ 一 バン 金ぎんにとみ給ふやうにまもるべし 次へ 入舟 つゝきされば角太夫すみそゟばけものゝさたもなければその ゆうをほめそんきやうなしことに三つねうまれしゟ いつしか三生太夫とゐ名 して角太夫といふ者も 同 ながりしとや ぜんへんの五さつ目も あんじゆひめつし わう丸さくら木 しづはたの四人は 山そりにたばかられて いふくをはがきてその いふくを山岡がいま子 三人にきせけうだいおやうには いやしきいふくをぢやくし あまつさへさどの次郎と いふ人かいの手へ四人八貫文 にうりわたされたりその あとへ岩木のはんぐわんの やくにんしたりあんじゆひめ つしわう丸さくら木をかく まうよしつぶさにしれし うへはくびこつてわたすべしは いふに山岡何おもひけん あけがたまでにくび打て いだすべしとうけあふたり すでに此ところのもんだんは ぜんへんゟ引つゞき山岡が うちのものかたりなり 此さうしの趣向はまづ うけあふも又の金まめけ する事なす事がみな 金になるのじやこうもまんの なをるものかやとあはれも しらぬむなざんようきく ほどにぎくは あきれはて スリヤ 〽御主人 わたし 太 こへ又 そふん 金にする のじやな それに 御主人を おや子三人 のかたきと 今いはさんし たがかたきと いふわけをきか せて下さんせ 〽ハテしれたこと じや行二 じやいづこ のどこ といふ ぜんへんをよみてより 此かうへんを見ざれば わかりかぬる所あり あても しれぬ 舟へうり さるほどに山をか 権藤太はしゆうじう 四人をうりわたし八〆 文のぜにをまくらに たかいびき女ぼう小きく はそばによりてもうら めしきこちの人よくも〳〵 わしが為に大をんの御主 人さまをかどはかしところ さためぬへかいにうりやつた のうそのいひわけにすぐさま 身をなげて死なふとすれば なまじいのなさけ心に引とめ 小川川口の 同同同二十一 られ死ぬに死なれぬ身の られ死ぬに我なれぬ身のど いんぐわ御主人さまをとりもどし てたもかへしてたもとおつとに すがりたゝみをたゝきいかりつ なきつきやう気のごとくなげきしは ことはりせめてあはれなり権藤太は ゑせわらひ〽コリヤ何をぬかすのじや そちが為に主人でもわしが為には なんでもないかへつてこちが為には おやうに三人のかたきいかして舟へうり わたしたは命みやうがのあるやつらか わたした 四人とり もとすこと もならねば そちらおや子 三へをあんじゆ ひめにつしわう 丸さくら木 ごせんといつ 中村川口 小川川 一首打てわたしほうびの 金にするしあんそれゆへに いま子三人のかたきといふ のじやさいわいそちらに さいぜんきせかへたそのき ものもまことはかどはかした やつらのきものかう 見ればまごにもゐ そちも今おくできいてゐやつたろうが 岩木左衛がかくし目つけの石がき かに荘といふものわが所にあんじゆひめ つしわう丸をかくまうてあるにちがい なし夜のあくるまでにくびうつて だせとの事それかしこまつたと▼ しやうとりもなを さくら木ごぜん つぎにゐるおつゆは あんしゆひめ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ さま 次へ 引舟 つきはしわう丸なんとひどい くめんの金まふけいやといふ てもおふといふてもそちらおや 子が命あけがたまでに金に せにやならぬといふに小きくは しあんがほ〽ヱへなんといはさんす のじや御わへさまのおいであそば したさきがしれぬからわたしら おはた子を御主へといつわりくび打て わたしておまへはほうびの金にさんす のじやなおまへのひだうはわたしら おはう子が忠ぎそふじや〳〵と 心にうなづきつぎの下間を 心にうなづきつぎの一ト間を さしのぞき〽なんにも しらぬきやうだいは すや〳〵とよくねて じやなんぼ御主人の ためじやとてどう まうくびがこた まうくびがうた れうぞ死にぎはの みじめを見るがわたしは きよつらが道行 かた〽しよぎやうむぜうの かねのこへけふもかぎりと ひゞけとも身の夕ぐれと しれかしの杖を ちからに たと〳〵と 一トあし あけ ゆけば ゑちごふししやうがはあはれな がはあはれな △ しやば とをくふたあし 行はさきちかし たがむち かなしいコレどうよくな こちの人わたしかしきへ くび打ておとはおまへよい くび打てもとはおまへよい やうにみじめを見せて 下さんすなトいふに山岡 につこりうちゑみ〽じづのわしが 三三二二 めいぞの さか う ながらくるしませてころし ては死にがほがわるふて やくに立まいわしが よいあんじかある めへらのおつめには さみせんひかせ 子でもなし見じめを見たとて おとすなみだはもたずさり 二らめには さふらひにする ………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………… ほどにけんふく さするとよろ こばせそなたは おつゆがとら打やく わしはさかやきそるとたまして袋下がくびを こつのじやなんとよいふんべつであらうかなトさいぜんの かたなを小きくに一よしわたし目くばせすれば なく〳〵小ぎくは立あがりつきに祝いりしきやうだい 二人をおこし〽こよいとゝさまはやり一本のぶしに あなりなされるほどにさいぜんもいふとふり そなたしゆふたりもひめぎみにわかたのさま かみかしらもゆひなをし仙太郎にはとゝさまにさかやき そつてもらゆれといへば笑らうれしげにかみそり とてとりいだすあいをんだつるむしろべうぶこなたば おのゆがかみとりあげ母のなみだにおしろいをだいてけしやうのまゆ はきに見へぬ目かいのおつゆはいそ〳〵よろこびて〽コレかゝさままわたしが ならはずしてちぼへたさみせんかういふ時のしうぎちやツトひきませうと いいつくさみせんさぐりとりあはぬてうしのばちかきならしうたはありしき しばしきゝゐる さみせんに おもはづわる となき いだす ム ぶの □□ こなたに 山をかゞ かたな もつねに ちからし なく次へ 入舟 つきよはる心をとりなをし〽コリヤいまのうたはきよつらが つゝき し道行出世の門出に死出をいそぐふきつのもん〳〵〽小ぎく サアうたのかつをしらぬゆへしうぎの時もふきつのしやうがわしや かなしうておもしろいそのさきまつとうたつてきかしや〽アイト へんじにてうしをあげ〽□に一しやうはまぼろしとふるきすみかを たちやてもふしうのくもをそのふて千万のくがいをのがれ ゆくられしさトうたふこなたに似太郎はさアとゝさまあね さまのうたのとふりものゝふは死ぬることをさきにたていのちおし まずかとでをするがよいといふは。こうしやくはなしにきいてゐます さすればあねさまのうたもふきかではないめてたいのじやサア〳〵 とゝさまはやうまいがみおとして下されましおまへはつね〳〵の 気しつにもにやらぬおくれさんしたりトいわれさすがの山岡も かたなからりとなげいだし〽スリヤ かねて死ぬるかくごであづたかと いふに小きくはおつゆを 引よせそなたも あはれなさみせんひく からには死ぬるかくごて あつたかやといふに おつゆはしやくりあげさい ぜん仙太郎とふたりねた ふりして何もかもきいてゐました わたしらおや千三人が御わさまの 身がはりとなりそれで忠ぎがたつ ことならいさをよくこつて下さりましとゝ いふに似そら〽あねさまのいふとふりはやくめいどへ ゆきほんのとゞさまやおぢさまにあふて忠ぎものじやだ ほめられたいといふに山をかなみだをのみこみほんのとゝに あいたいとはどうよくなが事いふな申此山是はものゝあはれを しらぬものと思へばこそのちのおやをうたみにくしんのあやを 思ふべし さて文なんぢら にこよいよくと 見せてはんじ のことをものがた らぬはもしや みれんおこり て御みがはり のさまたげと なりては せつかく なんぢちに たてせんと おもふ 忠ぎの そむくに なし ねん さとはじめ てあかす しんていに 小ぎくいま さらめんぼくなげにさし うつぶいてさういふ心と うつふいてさういふ心と つゆしらず女のあさはかに うらみいふゝを ゆるしてくた 此ほどしよこくのふねのあつまり所にてはなしをきけは 岩木の家はやつさもつさのそうどうにてすでにあんしゆ ひめいしわう丸さくら木こぜんの人がだつゞうら〳〵にまはりて きびしきせんぎ也しかりにけふおちうごとおぼしきゆへの きびしきせんぎのていたすけて ものあとゟおん手かしりてなんぎのていたすけて くれとのたのみさてはおたづねのあんじゆひめに くれとのたのみさてはぜんとりの女は つしわう丸さつら木ごぜんひとりの女は けらいと見ゆれどかほのおもざし ひたいのほくろうりを二ツにわらずに そのまくそちにいきうつし 日ごろはなしのいもとで あるよないかにもして なんじうをすくはんと 弁天だうに四人をかくし おづねのものをうま〳〵と だましてやり人目に たゝぬやうに三人のきもの をはざとりそちたちに をはぎとりそちたちに きせたるはまさりのときに 御身がはりにたてんだくみ だましたるうつての石がき たましたるみつての石かき かにぞうだまされしを いかりなをくきびしくせんき なすとのこといかぐはせんとおもふ 折から人かいのさどの次郎といへるもの つしわう丸とのにゆかりあるろうにんなる 事はかねてきらつるにさいわいにけふあふて ばんじのことをしめしあはせしゆへおもてむきはうり わたせしていにもてなしたこくへおん身をかくしまいらする したふもむりならねども此山岡がまことの心をきいてたも しめだんなり御主人にはさどの次郎しゆごし奉れば心をやすく さんせ 心一つで わしら とゝさまの おや子は めいどの とゝさまに れおや子三人うちつれて ゑぎもの じやとほめられ ますトいふに似太郎なみだを ぬぐひのちのおやを孝行にする のがほんの事じやといふ事は きいてゐながらとゝさまに先 だつふこうはゆるして下さり ましといふに山をかは二人の 子を右と左かにいだき よせついにやさしいことば もかけず此まゝてゝを孝行に するそちたちふたりをさきだつるわしが心は どのやうにあらうとかわけめかいの見へぬ おつゆさんづの川も似太郎に手をひか 入舟 弥勒菩薩 虚空蔵菩薩 普賢菩薩 金剛手菩薩 越吉祥菩薩 除蓋障菩薩 ○ 娘え 観音の 経慮に よりて 七菩薩 日毎食を 運び穴中の 秋甫を救ふ 処の図 つゞきおしゆうの為にやいばに はてしとゑんまのちやうに名 のつてとふりやゑんもなきつし わう丸どのおや子にぎしんを つくすわらはが身のうへいま こそあかしきかせんわれは 二才のときすて子となり □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ あじやりのでしと なり名を白智 ぼうといくしもの なるがわがほの 大なるがわが師の 一女めんあくしゆと かなりて岩木の 家にたゝりせし 事はまのあたりわが しる所なりわれかく のごくぞくとなり しも一がんあしやりの ゆいけんにしたがふて なりこそつき なりみちだちなき 一のちはうはつの うばそくとなり 諸こくくわいこく のついでにつしわう 九あんしゆひめさく ら木しづはた四人の せんだを見とゞけ みちたち三人の ちうしんに死したる しだいをものがたる べしこれをめいど の思ひでにいさぎ よく死をおぐべし といふおりしもおも てのかたにあまたの 人をとさては石がき かに蔵ならめかく ごはよきかとふり あへるとたんにつき だすあけのかね ひいふう三ツ の命のすて がねかあい ねべらゟ 夜あけ がらすの しやうにづれこなたは めいどへ三人の首は まへにぞおちにけり ゑんりよもなく 内に入りくるかに 蔵はしきう うけとりたち かへるちとには かへるあとには 山をり権藤 太おやにが むくろをほう むりてたびの そらへとおも それはさておき むきけり □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ ゆにはんぐわんにそねみをうけてすこしれぬ あなにつきほとされしおとゝ秋すけはいへ いへ 入糸 あきすけはまづ心をしづめあたりを さぐり見るにまはりは雲な岩にて はい上るべきたよりなし秋すけ 品ふやうわれ命まつたく 思ふやうわれ命まつたく してうへ死すべきの時に つだき何ㇾ千丈といふかぎりしれぬ穴のそこに おちへりしといへどもふしぎにも身につゝがなかりけり いたれりいさぎよく せつぷくせんと座をしめ 日ごろねんずる 白衣くわんをん ぎやうをしば らくねんじ すでにおさつ せんとする時 いつこともなく 〽ゐぎやうくんじ やことなき くわん女あらは れしにあたりに くはうみやうかぶき けり秋すけおもはず かうべをさげける にぞかのくわん女 たへなるこゑにて なんぢぜんぜのちく ごうによりて さま〴〵いかん〳〵する事 くわんせけんほさつ 観世音菩薩 三百日のよをすぐべしされども 日ごろはくゑくわんそんをしんする事 おこたりなく此くどくてんていのかんのうありてしよく もつそ給ふなりとてけつこうのぜんぶを給はりたちさりそり ぜんぶをおくるそのくわん女七人あり てはじめの日のくわん女八日 かくのごとく日ごと〳〵にびをつくしたる 目に来たるさすれば一人 一日つゞのあづかりと 見へたりこれはみな なかつのぼさつたち にしてしん〴〵の こうとく つもりて みほとけの じゆごなし 給ふぞ ありがたき 次へ 前のつゞきさるほどに次郎秋すけあなのうちに ゐることおそらく三百日ほどのせいそうをもふりぬ べしをおもふほどにこる日はくゑくわんをんの あらはれ給ひげんがい われは上ぼんるせんの あるじさつたくわん をんなり なんぢら なんぢら 〽ぞくの おしつけ めつし おや子 三人の じやくごう くわい する する とき 来る べし べし 一 なんぢ うへにつき ざるは つねにぶつ ほさつをしんじくようをせしせんごんのとくにてこれまで 諸仏にくようせしものをわかちあたへのふなりなを〳〵 子 しん〴〵おこたる事なかれさてまた 今日夕がたゟしんどうしてにはか に此山くづれべしそのとき こそふたゝび人里にいで 日ならずしておやうの たいめんすることある べし此あなはとし ふりしりやうのすみ かにしてとき きたりこよい てんじやうする也 なんぢその穴に すむといへども 身につゝがなきは ぜんごんのたく也 ゆめ〳〵 うたがふことなかれ とさとし給ふと おもへばくはうみやうの うちにすがたはきへ させ給ひけり 頃は二月なかばすぎのことなり けりおうしう霧降山しん どうする事おびたゞしくたち まち大ふうおこりあめは 大かいをこぼすがごとく でんかうらいでんすること いへ つゞき ひるのごとしたちまち山さけて 谷となり谷わきいでゝ岡を なし田畑ながれて大かいとへんじ かゝりければ人家こと〴〵く山水に おしながされ人馬の生死そのかづを はかるべからずこれ黒雲山と霧降山の 間タなるほらあなにすみたる里やうのてんじやう せしなりと事しづまりしあとにて里人のひようぎ なりけりさて又山園権藤太はくわいこくのすがたと なりあんじゆひめしゆうじうのゆくすへをたづねんと たびのそらにおもむきしがねんげづをかごぶれば一がん あじや里のねんくわいにほどちかければひとまづほうしう くろくもざんにおもむき師のぼたいをとはんとすでに くろくも山にほどちかく来たりしに黒くも山ぶかうざんの 山あいさけて山つなみにふもとの人家までこと〴〵 あれはて山の間に一ツの大河いできなか〳〵つうろへ候へ 十一丁 つゞき なりかた しなぞ とさま〴〵 のうはさ なり山岡 はこれを きゝてむかし よりおほく の祖師たち の祖師たち やま〳〵を 切ひらき 道を はしなき 川にははし をわたし 人のつうろを やすからしむる これ天下の為 人の為みな これぼさつの きやうがい なり われ 入舟 ▲ 一比大来城典六十六部 十七日本回国信心大行者 およばずといへども此山にわけ 入りて人の為に有をつくらんと 谷にくだり山にのぼりたふれる 木をあつめもとより大りき なればこれを なげわさして〇 なげわさして○ ○はしと やせおとろへたる 男かほのなかばは ひげにかへれ かみはちゞ れておど ろをみだし そのあたりに なきなたの 中よりおれ 又陣刀の ながやか なるが さやは くちて ゑはくちて 身をあらはしよろい 一りやうこれも 兵 おどしのいとは □□□□□□□ れたり 山をかは あやしみて そばに 〽ゆかくるじんせき たへたる所に おはするぞと たつぬれば やうやくに かうべをもたげ 目をひらきて あたかを見 かうべをもたげ まはし 〽われは岩木の はんくわんが弟いへ 次へ 入舟 〽つらき次郎秋すけといふもの をうけて此山のあなに つきおとされ三百日の よも穴のうちにゐたりしが くわんおんのつげありしに たがはず此山めいどうせし と思ひしにわれはゆめの こゝちにてぜんごもしら ざりしがいましゆぎやう じやのこゑにて心づき よく〳〵あたりを見れ ばふたゝび人がいへいで たるこゝちせりと いふに山をかはおど なるがあにはんぐわんのそねに ろきさてはゆう めいを人に しられ給ひ し秋す けどの おはし つるや きみは ぞくの為 一にかゝにおち 入り死し そのさた ありおゝがた はじめひめ ぎみわか きみまでも きみは此世に おはさぬもの をからひ かかきのひ しがさて いぶじ にてゐ ませ のふし ぎなる かな カス わら はことは かやう〳〵 のもの にて候と しやうじう 四人をたすけ つま子三人 を身がはりと せしことまで おちもなく ものがたれ はあきす けばつま 子のひよう はくを はじめて きゝ 入舟 つゞき又穴の内にあかし うちぶつぼさつのやしなひに あづかりしことどもはなし あふてとかくになみだは やまざりけりさて秋すけ はくわんをんのさとし 給ひしにことの たがはざる しん 心 いや ま こ の 上は つま子の かありらをたづ いるうちはなん がこへならすや ぎやうぞと也 諸さんのかみ仏 にまふで にまふで ふたくには ざんとをあつむる たよりに介 よかるべしと それより ひさばにて ひけさか □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ そりて くわい こくの すかたと なり ぞに 一かん あじや りの 十一 七 三わい 九 なれば とて山岡は ないの戸びら をひゞきてどう みやうをてらしその 夜はその所にのじめく して二人ともすがらよう しやうにねんぶつ申てかねあ しやうにねんふつ申てかねあ ならしけるにそいつしらあまたの人 あつまりどうをんにねんふつ申けるこへ 女にひゞきいくまん人といふかぎりか しれさりける山岡はふりかへりて □こもとたちはよくも此□へ□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 入舟 つゞき来たりともにねんぶん申給ふぞと いふ時みなかうべをさげわれ〳〵は此ほど山つなみ にてひごうにはてちごくのくるしみやむ時なかりしに こよの水んぶつのこへちごくのくげんをのがれゑんまゑの いとましばしありてこゝに来たりしといふよと思へば みなすかたもきへうせけりそのあとにたゞ一人のこりし まうしやを見れば一がんあじやうとなり山をか なみだをはら〳〵とおとしごさましやたふとき をん身の魔道におち入りいまはいかなるくげてを し給ふやういふに〽わがくるしみはたもんぢこくに あるといへとも又ぼざつかいにあるときありて八万四千の うちをめぐることちうやに三度みれ一度あために だするといへどもきやうげのとくありあだもむくのも みなぜんこう也心石に左衛門がひめはわれにぼんのうの 心ざしをおこさしめしといへどもわれしうぢやくの しゆくゑんをむすびしゆへかへつてのちのごうをめつし いまぼさつのあはれみありて上ぼん上せうのくはをうたり なんぢ一度わが弟子となりぶつたいはみされどもきぞく すべきのしゆくごうあるゆへわがいまはのきやうがいそ 見せていんゑんをしめしぞくとなしかま子をんに かけあんじゆつしわうさくら木の命にかはらしむこれ ぜんごうはたさしむるのおしえなり今又仏道に へるもこれいんゑんなりことみてしうへはもとの とうろにたちかへるべしこれゟ新すけは佐渡に たかべし又山岡はたんごのくにくおもむくべし 一ぞくと〴〵くごうをめつする時なれはあやうきこと おほしとつふさにけんとう二世の事をしめし一ぢんの かぜとともに西のそらにぞきへうせける戸へはきいの 思ひをなし夜もほどなくあけぬれば一がんあじやり おしえにまかせて秋すけはゑちごぢ山岡はたんごのかたを ふたすじの道ふ二人たちわかれたりあうしう岩木にくわんをん の事もといふれいざんありこれ山岡がおいぶつのくわんばんをあん ちせしところとてそのきずい今にありとやみれはさておとぶ あんじゆひめつしわう丸いさどの次郎が舟にてたんごのかたへ いたりさくら木ごせんしづはたはさどのくにのゝへかいのゝむに わたりけりさてさとの金山に七八ねんのうちに一度づゝ山じんの あれる事ありてその山じんあれる時はかねのいるみちをうしない 山くづれてかねほりともおろく死すなり此時山神のいかりそ しつめるにはいまだなん女の道をしらざるかをよき女を いけにえにそなふればたちまちあれしづまることなりざれども そのゝへみこくうにいつるものなくいつとそもたこくゟその女を といまたりてうけにえにいたす事也しかるにさくら木しやき の二人さきたつてこゝにうりわたされて来たりきん〴〵のすな をよなぐるわざをつとめていたりしがしづはたはいまだ男 女の道をしらざるゆへ此度の人みごぐうにたのむべしとて ある日所のものともしづはたに此事をいゝきかせけるにぞ もとゟ忠しんの女なればおそるゝ事もなくわか身こりわた されこゝに来たりしからには鬼のすまかふさとかしま かさきとにしたりしかく なれば命はもとゟおしまねどもいま一人はわか身に大せつの 主人なりわがなきのち主へには何の用もつとめさせず心 やすくなし給ふならはわれら心よく人みごくうに立べしと いふに村のゑさともよろこびいつとそも人みごくうの人をかいとわ には大きんを出すことなりあふみうけひかば主へはせうかいあん らくにやしなふべしとみなちかいのせいごんを立ければしづ はた大によろこひわらはくみとくうにたるをきかば主人の さぞやなきかなしみ給ひてかへつてさまたぐとなるべし かならすふかくかくし給へとのぞみ忠きの為にかん ねんなしてすてにきよらかなるゐふくをちやくしつぎへ ひゑんせんぢよ 仏かほの 美艶仙女香一包四拾八文 妙薬 美艶仙女香 此清くすりは享保卜一年廿一番の船主伊季九となる 清朝人長崎儒居の時丸山中の近江屋の遊女菊野に 授たる顔の薬の奇方なり傳ていふ清朝鈴めにて宮中の 婦人常に此薬を用て粧をかざるとぞ右の伝方故有之 予が家に伝へたるを此度世に弘むるものなり今世上に顔 の薬と称するものあまたありて色はいづれも初霜のおき まどはせる菊なれども家方の妙薬は別種の奇劇なれば 世上の韻のくすりと一列に下面給ふことなかれ 功能上にしらす 狩刀四 12980 四里 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 午春 士 由良湊 泉市飯 入舟日記 (下) 東西庵南北作 勝川春好画図 下の巻 あ船る記 壬午孟春 甘泉堂上梓 つだき いりてかの かな山の ひんがしの れんだいに 海中に出ばり たる一つの 岩ある所へ いざなはれて ゆくしつはだ が心ゑぎ いちづとは いゝながら 一トあし つゝ 「 こま ちゞむ たづなの 玉のをの つなき がたなき そのあり さまみる 人ごとに 袖をぞ ぬらし ける ▽ ヒ さてさくら木はけふより金山のすなをよなぐるわざ もやみてこれゟ心まかしに身をらくにすべしとおさの ものゝいゝつけにすこしは心やすうなりしにしづはたはおさに いざなはれゆきていまだかへらざるゆへあまりにまちぶく 思ひてそともにたちいづれは夕ぐれがた人みごくうのもの とてれんだいにのせとふるをみればしづはたなりさくら木は きやうきのごとくわがつえともはしらともたのむしづはた 人みとくうにはやらじわたきじといふをあまたの人〳〵 中をさへぎりへだてゝかのれんだいを舟にのせひがしの方へ こぎいでけりかゝるそふどうの所へ一人の六十六ぶのしめ ぎやうじや来たり人のうはさをきく人みごくうといふ ことはあやしきことなり何さまそれを見とゞけんとかた 八郎の小舟をじぶんとのりいだしかの岩はなにいたれば かこのもの山神のまつりのじやまひろぐなどのゝしり りふじんに打てかゝるを大ゆうの秋すけ人をつぶてになげ ちらしかの女を舟にのせたすけてみればしづはたなりこれ にてまたあとへもどりさくら木にもたいめんしてこれ までのみをものがたりたがいにぶじをよろこびあひぬ さて此六ぶは岩木の次郎秋すけといふことはやくも人の しりければその夜のうちにさくら木しづはたをしゆん れいにしたてさどのしまをたちのきけり ○こゝに丹後のくにゆらのみなとに千げんの家あり その中に長者としやうしてきん〴〵べいこくにとみて 三生太夫とよべるぶがではこれへつじんにあらず角なん がことなりもの哥子お松お竹お梅の三人せいちやうと はやことし十八となりぬしかるにこねのお松はうまれ つきてのちんばなり中のお梅は二三才のころゟ 次へ めくらとなりすへのお竹はども〳〵よりの 入舟 つゞきおし なりいづ れも きりやう よくして そろひし かたはなり されども あはれし なさけ といふ ことを しらず まつ でんばたを おほく もちて むぎ 米を とり あぐ ること 米耕み 薪附出水 塩焼帳 内 ●おうにじきを一 いかへてあてかふなり 太夫につゞきていばら もごうよくひどうに して女ながらも もとにころばん はな おび たゞ けれども かないの ほうこう 人なぞ にはおち ぼといふて こぼれら こくもつ のみにかて をいれて じきと それ もの きも □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ □□□□□□□ 松 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ □□□□□□□□ すこし にても ふづとめ する時は しばい ぼう むち どうみを つかふよりも なをおそろ こんじゆ ひめ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ いんぐわにやさどの二分が手より 此いゑに十五ねん二人壱〆文のきうぶん いへ つゞき にて つけなれどもかゝるいやしきわざに ほうこうにすみけり その日よりあねあん なれざる兄弟なれば太夫が いゝつけのそのかづほどはかせぎの しゆには汐はまゟ しほ百荷くむべし 第つしわうには一日に たき木五十ぱつゝ はこぶべしとのいい はこぶべしとのいい つけにてもしその かづふそくする時は かづふそくする時かける兄弟団と山とのかせぎ じきをとめ百つゞ むちうつなりとのいいなればししたにわかれタアにん できざりければそのたびにむち うたれじきをとめぐるゝ事 いてたびといふかぎりもなかり かりされどもほうばいの男女 きのどくがりており〳〵は手つだふ てそのかづにあはする事もあり ける兄弟両と山たのかせぎ なればあしたにわかれタアにの むちとつなりとの 玉ふのみ なり そがゆへ □□□□□□□ いでも あねは おとたを あんじ 又はわかれ たるはゝ さくら木の 身のほどを あんじて さらに たもとの かはく ひまも なかり 此ほどは 日々に つく わうの かせぎ うちさい なまるゝ ことのみ なりければ あねのあんじゆ その身 のかせぎ うとく なりて さいなまるゝ こともおもはず つしわうが □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ かせきにのぼ りし山へあとゟ のぼりたき木 かならうござり をはこびて すけんとつし くわうはいや〳〵 あねきみきま のうみのかせ ぎうとく なり給はゞ 太夫が ひどうのつへ にうたれ給ふが ますわしは いとしはも ゆかぬそな たがせつかんに あい給ふがかな しうてそれゆへ てつたいに 来ました たがいに いたはる つゞき おりしもふり くる大西めの せんかたつきて 山のこはに たゝせ給ふ ぢそうぼ さつのかた はらに二人は あまやどり せしがあめ はしだいに つよくやむ べきやうも なかりけり とやかく するうち 日はしだのに くれかゝり いたゞさへ さびしき 山中に□□ はもゆかぬ あねおとゝ の心のうち のかなしさ 此筆には のくすべ からず あれは身に むかひけふ からず くみちの たかいにせて ればこれゟ かへりても太夫 ふこふがいか なるうきり にあはするや そのほども はかりがたし こよいは ぢぞうそんの おんひざを まくらに夜を あかしあすは 太夫がの床に もどらずに あし手はかりに おちのびて母 さまの御ゆく ゑをたづね まいらせん母 さまもさぞや わらはふたかを あんじ給ふらん いまごろはいづこに よりもおほかみと やらにくはれて 死んだがまし かい友と二人は さらにねも やらず くどき かこちて なくのみ 此つらひ思ひしやう なり ● だふしておはしますや だあねがことばに弟は いうあねさまどのやうなくげん しても母さまのおそばにゐたら 此やうなとはいことはあるまい あのなくこへはたしかにおほ かみとやら〽さアわしは 舟 太夫が方 にてはこよい の風雨を さい わいに だうぞく てんしてはしりゆきあらためみるに これまでひどうをあみないてためたる □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ をやぶりてあらへつ かねを舟につみいづことも なくうせにけり夜あけて しも男どもこれを見つけ 太夫にしらせけるめで七次 十九 つゞきおほくのかねはみなぬすみとら れたればはがみをなしあま手あるくらの うちにて金を入れおきしくらをよくも しりつるはこれかつ手しりたるものゝわざ なりトかないをぎんみするにさく日 あさ出たるまゝにてきやうだいのもの かへらずといふにさてはきやついやしき ほうこうをのぞみわが家にきたりしが つまはつれいやしからずとつね〳〵思ひ つまはつれいやしからすとつね〳〵思 しにかれらきやうだいはたしてぬすへの 手引せん為かりにほうこう せしと思ふなりト人を しよほうへ ばしらせ さて又 あんじゆ ひめつしわよ 手引してふげさらんだははかりたりと 手引してふけさらんだははかりたりと のゝしりつゝゑんりよゑしやくもなく 二人をたか手に手に いましめて だいぢを 引づり 太夫が ロ 九はぢぞう堂に 夜をあかしたこくへ おちゆかんと きやうだい手を 引あふてたんばの かたへとおちゆく 所をおつ 手のもの 見つけの よくもぬす人の 家につれかへりて目とふり へひきすへければ太夫 ゑんまのごとく同八百匁 も ぬす 人の 手びき に わがやへ ほうこう にみ しぞ にぐるとも すべしといふ二人はかつて おぼへなきことなれば おはかにがすべしぬす びとはいつこにすまかうぞ あからさまにはくじやう 何とこたへべき やうもなかりし かばたゞさしこの むいてゐたり 太夫はいよ いかり なみ〳〵の ことにてははく しやうせまじ まづあん じゆひちを たち木 あ くゝし 〽あげて あか はたか なし その 下にて ばを 次へ おはする 十五 二人 きびて がうもん なし たるあり さまあの 二人に ゐ ふくへおた を 次へつぐ 〽下に 〽いざりは たて つゞき〽ゑん〳〵ともみあがりてあんじゆひめはけふりにくるしむそのあり さま八大ぢこくのくるしみもかくまでにはあらじと思はれ けりそばにあねのくるしみを見てゐるつしわう丸はなみだに こえをふるはしどにそあねさまをゆるしわたくしをさい なんで下されましたいふに太夫はくわつとまなこをいからし なんぢはべつにどうもんのしゆだんありとて両の手あしを丸太 にくゝしあふむけとなし口より水をつきこみはらすぶんに みちてたいそのごとくになるときはらのうへに大石をのせ わり竹をもつてこれをうつにもだへくるしみそ口より血の まじりし水をはくきやうだはも水火のせめにかけて 心よげにながめゐる太夫がごうあくいかなるかじやくのおに もしたをまきゑんわうもおそれをなすべしかゝるをりしも さきぶれさぶらいあはたゞしくはしり□□たり梅津中なごん 定かね郷ちよく用ありて此所をつうかうまします しかるにこの家のうへにあたりてしうんのたなびきしを こらんありてこれをふしんにおぼしめしたゞいまこれへ 御入りなりぶれいなきやうに心つけべしといふまもあらせず おもての方きやうれのひゞしくのりものを太夫がいへにかき こんだり太夫表内はにはかのことなればとりちらすものをかたづけ て上ざんのやるにのりものをすへさせはるかさがつていふく なしたりけりやくありてのりものゝ戸をひらかせしづ〳〵と たちいでざにつき給ひける太夫やうやくかうべをあげ かゝるいやしきみんをくへあふみや人のらいりん子々 孫々にいたるまで家のめんぼく此うへなししばら〳〵 御小休ねがひたてまつるとうやまへば定かねたはしやく とり直し今日なんぢが家に立よりたる事よの きにあらずなんぢがとしの上にあたりしうんの ④ たな引しはまさしくうゐかうくわんのひとの あらためため□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ ありければかしこうつたとそう〳〵にあんじゆ ものとれ ふんども ふんどしも と きやうだいのいふくをあらためにはかにいたはり ざしきのうへにともなへばきやうだいはいたむ 身をさすりつくいかなることにて此くげん のがれしやゆめにはなきかゆめならばきへて くれなと心のうちよろこびながらざに なをり定かねけうのかほ見あげみちは 山岡といはんとするをにらめつけ〽なに山と なくおかとなくたづねまいらせかる御両人 今日御むかひに向ふたりいざ〳〵御あいごしにて のりものにめさせ給ひときやうだいをじぶんの かごにのせまいらせ太夫にあいさつもなくのり ものに引そひたゝんだすれば太夫はかごむ ほうばなおさへてから〳〵とうちわらひ〽梅津 中なごんとはまつかなにせものきやうだいの ものに手引させてさくやかねぐらに 入りしとうぞくのちやうぼんとさいぜんよりこの 太夫が大きなまなこで見ておいた此子せがれヤ あまめもなんぢが子であらんさくやぬすみし かねをいづこにかくしおくやじんぜうにはく ぜうすればよしさもなくば此人じちのきやうだひ 二人目のまへにてさしころして見せんといゝつゝ わきざし引ぬいてかごのそとより さしとふざんとする山をかは 次へ つゞきあやまちさせじと しやくにてあら らぶおりふし 雉子のなきごゑ 一ト間のうちより大おん にてぬすびとの 三人とくより いましめ おいたり さんと たちいづるを 見れば佐渡の次郎 太夫がむすめの 三人をあらなはにて くゝしあげにはさきへ 引すへたり太夫は せきこみ見れば わがやへ大に出の ふうふくすりをもつてしらがとなりしといへどもたくより 鬼林一角なりとは思へどもそれぞとせんぎすべき手がゝりも なかりしにけふしも二人の御きやうだいにはむかはんとしてかへつて きゞすのなきごへはつするつるきのとくさ申じん ぜうにそのつるぎをわたさばよし いぎにおよばは 三人のむすめが 命のきは けふむきち しう水ぜめ 火ぜめに しやう は 御きやうだい 岩木の 次郎 秋すけ どのゝ ひめ ぎみ きみ なり ほうこうへのきも 入りする佐渡の次郎 わがほんさうする むすめになはうち ごうもんせんと ぬかして三人をひと じちにたりしなんぢ もぬすへのくみにて ありつるよな 「ホヽヲ その ふしん もつとも なりわれは 岩木の いゑの子 じつ名は いづみの 市郎かねあり 佐渡の次郎と かりの名をこしらへ なんぢがいへに つね〴〵いりこみし も岩木の家の ほうけんきゞす丸の ほうけんきゞす九 太刀をせんぎの 為なりなんぢ◑ 入舟 よく主へをさいなみし よななんぢ主への おく方に道ならぬ ふぎして家をくつがへ さんと一トたびいんぼうを くわだてことろけんに およんでこの 所にのがれ ひぎひどうにて 金ぎぎ あまたたくわへ しといへどもその をんてきげんざい ひくひて一つね むくひて三ツ子 三人がみな かたはさく夜の 金をぬすみしは これなる山をかと だんかう づくにて 次へ 〽山岡は かむりをとり しやうそくをぬけば 法しのすがたとなり 白智ぼうと なる つゞきみな軍用金 の為にとりあげし也 御きやうだいにいひ ふくめざるも はかりこどのもれんを はかりごとのもれんを おそれて也 といふに おく いはら は 〽なん ぢが ことは あの 二人を あんじゆ つしわう つしわう とは今きいたり わが子の かあひさも 人の子の かあひさも みな同し おやごゝろ これまでの 心をひる がへすからは むすめ三人が ゆくすへ むぞやと いひつゝくわい けんぬいて しんのあたりに がはとつき立れば 太夫もおなじく はらかきやぶりつゝ むすめ三人がこと をたのむにぞ 山をかはざをゐ なをりなんぢ こゝろを 次へ 二十三 つゞきひるがへすうへはわが命にかへてもあく人の子ながら 三人の身のうへやすからしめんわれ又ゑんある嘉ぜうを たすくるは法師のやくなりといゝつゝくわんむりしやうぞくを とりすつればいつかもとどりはきりて身にさんゑを ちやくしてゐたりけり〽われ山岡権藤太とはちりに まじはるうちのかりの名今日ゟいぜんの白智ぼう也と いひつゝじゆずとりいだしてしんごんのもんをじゆすれば あらふしぎや此家にはかにしんどうしてゑんの下より やせがれしほうしいまこそくわんれいのうらみもひとうの 心も白知るほうしのしんごんにてざんじとくだつする也と いふて西のそらへぎへうせたりこれ一角がかげみにそひし 此家のうちにしうねんのこせしまうじやなりしかるに ふしぎなるは三人のかたはたちまちめくらは目があき ちんばもおしもこと〴〵くまつたき人となりて両しんへ ことばをかはしければむどうの太夫ふうふたちまち ぶつくわをゑて白知るぼうに手をあはしねむるが ごどくしゝたりけりかゝる所へ秋すけふうふならびに しづはたをはじめほかにおほくのざんとをしたがひ きたりまづつしわうあんじゆはちゝのふじをよろこび それよりすぐにふねにうちのり風つがうよく岩木の はんぐわんが城中へせめよせなんなくはんぐわんを めしいけだりけるにぞはんぐわんは第秋すけの ふじにてありしにめんぼくなくこそ見へにけり 八 秋すけはことのしまを抜 もつてくわん白へひろう ありて白智ぼうは三人の むすめたはんぐわんの いのちごひせしかば ますけはことのしさを梅津中なごんを 梅津中なごんを ちよくめんありて くわん白のさしづ にてつしわう丸は 〇〇〇 摂津中納言の ようなと あんしゆ ひめは 御きさ きとなり 三人の お松お梅 お竹は きさきの つかはれ ものと なり 次 へづ 入舟 四 二 つゞ しる ぼう ちよく めいにて くに〳〵 の さかいに 国分シ 寺を たてのち おくりがう ありて白智 大師と申スは 山岡権藤太がことなり さて又いづみの市郎かねあり としづはたがちうしんたぐひ まれなれば二人をふうふと なしてくにをわかちあたへける 秋すけがゆうめいいよ〳〵さかんに して子あまたいできゆくすへ ながふさかえてめでたき春をむかへたり めでたら〳〵〳〵〳〵を〳〵 入舟 〽おうしう 岩木の れうない 三年の くわんをん 一がんあら 白智 り 大師の いまに どう ありて さかえ めでたし 〽さくしや画師 三人よりて ふる まい ゑぐみ (金乙 めで 画 作者東西菴南北人 一乳一切のはれものいかほどむづかしきでき もの穴あきたるにも熱薬を日をながふ 重ずして治する事此薬の妙なり くわしくは能書に有 福寿香 東西庵南北製 画工勝川 一〇〇 政 文 同十六前編山東京編山東京 万屋助六 三浦屋場巻 一家桜穂之鉢植 冊後編山七本京山補作 諸時兩紅葉相傘 全部曲亭今作 五冊歌川中國画 九 壬 歳 午 軒 版 繪 六東里山人作 其行衛白浪日記略 日冊勝川春好画 目録之通不残 出版売出シ申口 不相替御求メ之上 六東里山人作 小町名代誂差込 卅一冊渓斎英泉画 よろしく御評判 暁傘背電 まにどのたてひき 再度建引 ふ破名古屋 六月光亭笑寿作 之程偏奉希候 卅勝川春好画 江戸芝神明前 山椒おばア ゆらのみなとむすめぢんかうき 十東西蒼南北作 由良湊女甚孝記 山岡おぢイ 冊勝川春好画和泉屋市兵衛梓 前編五冊曲亭馬琴作 金毘羅船利生纜 後編五冊歌川豊国画 女阿漕夜綱太刀魚 御曲亭馬琴作 旧渓斎従斎真画