あいこの若
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- 不明
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- 2026-08-17T19:23:18.240Z
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- 2026-08-17T19:23:18.240Z
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- 場所: [出版地不明]
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- 不明
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- 日本語
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- [出版者不明]
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- 10010000014721
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- アイゴノワカ
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- 東北大学
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- 2026-08-28T18:53:25.651810+00:00
書名
あし
の若
刊
所蔵者
車
月
所和
究令
管理番号
資料番号
撮影
撮影年,
合和
仙令
置身
あいこの若
置別
置割引
特別
荒井恭姫君
以テ隣人學博士
荻野亭吉団鶴蔵画
初位
あいこの若
それつら〳〵なもん見るにしんりんのほうきをほんとして君をうや
まひたみをあわれみまつり事うちにかは五かいをきもち爰に人わう七干
三代の御門をはさがの天わうと申なるその比はなの都二条ぐらんと
さきの左大臣きよひるとてくぎやう一人ほはしますに。の御哥は一どうの
一くわんは〳〵参つぐのひめ君にて御すがたたとへがたなふ聞へけめ代々て心の
御ゆつりやいばの太刀からくら天ゟふりさめたかくにて有時ていわりしはまく
の御時女ゐんに御なふかゝりけつなみせていにう二月の馬に聞て
く太刀をはかせしゝゐでん迄御ゆき有本のたいもへくみな
もなそれをなし女あんの御きしよ平ゆふ有たぐいわれなめ
あひはかぎりなしその家の家の楽にきしうねごろの住人を
ちかにことて君をうやまひなるかの後ひらの御いせびをかんせぬふこそ
かりけれふし是はさて玉御門にはもうしゆんきさらき過のけばらん
とうのつれ〳〵にしゝいでんにてなかくらべとせんじにとも人にわか
〳〵よふれにけつみてくわんじく右大臣さ大じんをさきとして
〽六条ほのきんたち
六条くらんととの子となれ
三条くらんととの
□□□□
みかとゑいらん
たからをもちするしらすにつみ給ふ御門ゑいらんましくてやいはのたち
からくら是にすぎたるたかゝあらしと御かん申失なかりけりくらふといせひ
にあまりいかに六条どのひんせうにたからなきものは日比のこうげへいら
ざるものいかつくと申さるいたはしや六でうなとかくのへんたりあらずし
て呉すご〳〵と御てんをたらせ給へはれつぎのくぎやうへどにはゝりと立一
給ふなをもむねんかゝ六でうない水こやたちをちかづけ給ひいかになんぢく軽
にきけ今日御てんにてたからくゝべの有けるがこなひんしやゆへば条くらんとき
よひらによしなき事にあつとうせらなかれとくみしなん程に思へ共御てんなれば一
力なしなしよせ打花せんようちにしるしちやくしいかに仰けつよしなる聞召治誰
前にて候へ共すぢなき事によせ重てりひけんたんの有べしきよ平は子なき
ものにてずへのさかふる事もなしかくらべとそうもし意に御せういやういないなかは
きよひくへほしよせざしちがへしなんに何のしさい有へしち来なとぞ申さまはん
くわんにつこと打わらひさあらばそうもん申さんとたいりをさしてそういそき
給ふ御てんになれはくたくのむねをそうもん有御門ゑいらんましとて神な月ゆんひ
にしきのもみちはもあらしにさそいちり〳〵にかいでのはつをもつ斗つれ〳〵の折へ
ふし也別くらべとせんじ有候やねり一々に第にに付ふれにけめらくやうのこうけ一人も
残らすきんだちを行くしわれよ〳〵としかふ有中にも六条のはんぐりゆへて
に兄弟五人の弟〳〵にしかふす御門ゑいらへましへて千軒のたゝよそあらし
と名御かんかぎりなし則ちやくしよしなるをゑつ中の守にふせられ父の判官
ごそく黒くらんとのまへに行いかつきよ平平子なきその色一代ものとて御てんまは
かなふましはや立のけと行たつく御まへなりしくきやう大臣う大臣こはなにもとおし一け
てごとにはゝりと立給ふ中にも六条殿五人のき也だち行くし日比のむねん
はれたりとて悦びいさみやかたをさしてそかへうるゝいたはしやくらんとなやかたすな
ればみだひしたちづけいかに家つま聞給へ今日御門にておくべの有けやけつが
といふまのはんくわん子共五人もちけれはかれにさしきをまつたていいもくたくい
なかりけり判官とくまんと思へ共御てんなれば身なしむなしくかへは口をしや身に
れにて腹切べし御身はながらへこせとふて給はれとすてにじがいと見へけつがよかたた
ひはだき付げにどうり也ことはいづかなきゆへにからうきる聞へとて
きへ入様になき給ふ御なみたのひまかもいかに取つまには給へぶつ神にき
せいかくれは子たねさづかやとねるはせ山のくわんせをへにさまいをかけそれに
かたねなきなきなかで水かく共にぢがいして三寸の大川手にてを取てさすべなら
いがつまと御そでに水つきいわうていこかれなき給ふえんげにもと思召あまたへ
御供行くしはせ山まふてと三重聞へけつ御まへになれはうがいてうず其身に
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一たけ田の太郎
一僧正両方あつかい所
あらきのたゝつ
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
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三たんめ
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此事たしよへきかふるものならはちたるめんぼくうしない何となるべき次第とてくつ
みつにあさきすて給ふかの御水窓の心ざしものうかの共中〳〵申計はなかりけり
四たんめ
いたはしや客異はぢぶつたうに御ざ有御経よふておはじます是迄はさてむ月さ
よめんぼくうしないいそきひめ君に参つゝのち〳〵此方にかたりけつみたひいよ〳〵あこかれ給
やぶらの。ふれすゞりやうやうしがなきかとてがくそかゝれたり。日のうちにとつきこそをく
らるゝとつめてかつさを水と衣うけ宛給ひいかつ月きよひひつきを人の御めにかけて
がうもんになこのりべし月さよいかにとれんやふて入給ふ月さよ大きにほとろきいそき
ひめ花にまいり此ゆか〳〵と申ひめ魂聞召あきれはてたましますか此事清平
なくに聞へなは一めいうしなはれへるぢてう也こよひ持仏たうにみたれはあいごの水を一
さしころし水からもちかいし六道四せうにて此思ひをはらさん月さよいかにと仰ける月
さよねりさん候水からたくみのあついばの天方かくら此家のたから也水からこよひ
何すみに出しよのからかおつとをたのみあき人にこしゆへさくいの御もんでうつならば浅草
殿御たつひ有べし其時に走は一条色のあいこの若のうらせ給ふと申ものならであき人
こがをのかるへし日中にならびなきたからなればめいとらせ給はんはちぜうふみたひ聞ていふ
「むりてうかり生て世とに至五百せうのくをうけじつれうのくけんをうくつま思ひり
けたつ此ぐいをあはてはてなんくちをしやにくきめのふるまひたんけんをたくめ月たよ
けされはやきくつかぜもなつしなしめさるゝ此こいか今は行かへなんき風き風と
れん中さして入給ふ月さよほつきをよひ出しくだんの事をかたりけつおつと聞てしつゆへ
たからをうけ取二条を出ていそけは程なさて法そんに付しかはせいはのためらく
あときしかにうりにけつきよひらやのちこなさへ給ひてうかかりつまへにしつのたからへ
東の清平にてを打給す是のづくゟ出けつそあき人ねの是二条あいとのとめて
〽ゑにおよひつかれはせさせ給へはうらせ給ふと申けつゑ出召あのあきへうちのたれはゝ
ときにに打にけつかたれてあき人行た刀しらすにうせにけのさて其つさて其の
此人別ぐし三条をさしてそかへら涙あはれのつかないの丞はちぶつたうにて御座にて
もいますがは文子のかへうせ給ふを思召十もの御はへまたすきすきすよくに白くにて
こくはつれよめにけまげ給ひあいくに思はんとぬいかへうせ給へうせ給ふ也とていつかき
通よりせ過出給ふ清平御らんしいたはしついの君をさん〳〵に打なりけ所はくはせ給ひ
けのましいたはしやいの君はうたれてそこをあ給ひさても〳〵なきけなつ女にはなれし
おもふしくめまよせ過出けれはおなしくのまにいやきのせなくれのかみをかきなて舟に
はなれてさそや。ものよく思ふらんほは思ふしの此水とつとつれて泪はせきあへす。かふれは
かはめばの御ゝい今くつめきにめかくれてあいこしねとはなさけなつ是につけても母
上様かなしやとなく〳〵此所に入給ふ清平腹兵へかねいかにあいこきさいたからはると
まゝやまとかはちいがいせにてうつならはねかゝみはよもあたしなんそやきその御もも
にてがる事はぜへたいみ鳥のくせもの足にちしよくをあたちつきいともやりの者
いたてうてうてにいましめさくらのこほくにつのあけあいしがなわがへものあしやかたには
かなふまじとあらけなへいかせ給ひその身はだいりわたしこその身をならしはふあ
こゑそかずかなつこゑをあけ此女かたにそおちやものとつてみるはあつごがと
一かなはとの事には咎めにかたりて給はれときへ入水になき給ふやこといへほね月さよは
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
あいこしはられ給ふ所
さる下ゟいたくところ
めいとのはくいたちに成なわくひきな
わらいこそすれなはとく人かそなかりいつもてうあいなされけりせてしろのたつ
しうのわれをかなしみてさくらのこぼくに上のつゝとてのなわをしきけれどちくに
のかなしさは高手のなわをとかすして。よ〳〵思ひぞまさりけるいたはしや男のこと
まなこもくらみおぼう〳〵と也くら〳〵とちにて身くれないとなり給ひ給ひ今をふへ
かゝざいま見へにける是はしやばのものがたり爰にあわれをとめしはめいとにましも
す母うへ様にてとゝつたのゑんに大工の御まへにてなみだをなかしはらすのかうべをちに
付とをのれへげをもみ呑さて水かたしやばにわすれかたみを一人めて候がけいぼるさし
にも只今一めいめられ候すこしのいとゆたひ給へ命たすけ申さんと泪と共に申さ
浦に大くう客四門がくつしみはかなします子ゆふみにまふとは給ふとは御身かねを申かや
いかに見ゆめしやばすしがいか有か見てまいねて御まへを罷立八万でうのほとさ
きに上の三千大せかいを一めに見やんやがて大くうにまいの今日生るゝものは出けれとしす
浦ものとて御きなへ候しゝて三日になり汝たちのからと計由申大ぐう定官いたちに
生をかへのかみたい弟一にいが弟にあはんうれしさすそれ給てもくはしからすはやないとゆと
申さるゝ大くうせんざいとうたせ給へばいたちに生がかわりせつなわめに一声の御所に
にゑきその山へそ参りける山にもなれさくらのこぼくにかけ上のなはす〳〵にやいさり
給へはしもにてさゆはたきおろしいたち大ぢにほりあいこの名のもつまを行いかにあへと
あわたくち
おはしつはら
せんじゃ
さいくおいとまの石
あいこのわか道行
ふきあけのまつ
むかしが今におういたちの物いふためしなし我なめいどの女なつけいほの物たて
命とらはるゝかなしさすじうにすこしのとゆをくいたちのすかたにけりをかけきにも
有けるぞとかへ今ものもあへずるにかさけなきはくらんどなからうさよになきとて
もあいごにそへきはなさけなや今くの花にめばくれて父には天まが八かはりうきめを見へ
すつぞかなしけれ此所に水しなかじついにはめい取へきぞ是給ひ給へさんさいたりやだんそ
のゝあじやりと申せしはかのかゝりためにはあほどあいきがために水かぢ早んほきのみ
かみをそのしよきやうの一くわんもよみあげ母が迄やうやうとふてたべ上にかいの
ものぎにもなつれはなごりをしきぞよいわへやしへしの事なれいつきそめてそそい
あるにかなしときかなやめいとの夫しけけれはもはやうへのぞあいごとてたなめ泪をながし
かさむらにいらせ給ふと思へばきへてすがたはなかの戸ののさはしやい候君は心さむらをなしわけ
〳〵なふ女上始せめてずかたは御ぎなへは今一度わすれかたみのあいことはをかわし
給へとて。さへ入様になき給ふされ共かなはぬ事なれはぬけの鳥のたゝすまひとかく
なげきてかなふまし母のおらへにまかせゑいさんにのぼらんと其日のくるゝをまち給ふ
あいごの箱の有のものうかり共や下〳〵申計はなかりけり
五たんめ
いたはしつい水春は母のをしへにまかせつた茶の女くを立めてひゑのいにくらるゝことに
其よはくらさはくらし雨くなつ行方さらすわきまへすみなみをはつかに見給へはすめし
火りすかに見ゆる此火をたよの夜なされはつ〳〵くたの見給へはしつきいほりそさふらひ
けつしばののほりほと〳〵とおとくれ故は都の者なつが行方さらにわきまへすへすへすへす
かしてたび給へとりうていこがれなき給ふさいく聞て長刀ひつさげやうふもろ共切て切て出へ
何者やらんとひしめきけついたはしつと有ゑなみたをながしの給ふはも〳〵さのみ。かどろきない
そよ今はなになるつゝむべ二文くらんど清平のそうりやうあいこのいろさは参よけいほ
の。さんにもひゑひ山に上りし。がくらさはくらし雨はふや行かさらにものまへすあはれとはやこと
なしはいちやをりして給はれくきへ〳〵とそなき給ふさいたねり黒刀かうりとすてさては
二条のこの君似げてましますか様ゆりしかへと頓ないにしやうしつくうすの上にう
いたをしきあらこもしかせの君様にまのよね取出しかも川のながれにて其身きよ
めかはけにに女の意にすゝめける此御代ゟ神のまへのきよめにかやあらこそをし
人と也よあけのかねもはつなのぬはつと御出そかせてさいて御供伏見候と聞候を
立出てとやらせ給ふはごとくそきり三十三十三けんぎをんな句をはつかにながむれはいなり
のみそのとかやふしこのたはこそはじも見ゆるこいき女子にあわたにいつもたへせ
ぬけふり也上ればくだくあのわらも山中なばらしつほくせりやうのささはつ過て
なきなもこいせとやせのきさ道あしけれはさきにたてよきにかゝさにかほしやく何わきう
なし
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きの中にかくれに
あいせのかねをめをめをめくめう給ふ
あいこ身をなけ給ふ
うす共さわく所
ちをはつ〳〵としどろもころとあゆまるふきあけまつに付給ふに付給ふ事あれく
つらんかへや一まのは女へさんぜい又つまひはさんびやうしやうしやくまい今くまいはこそ
ぞくさいくさんぜつ迄ふつとくむ是ゟ御佐分なふましはや御いとつと申けつは丸声
ろよしくそれもくつしからずそつのあゑやりへまつつと言ならはさしてとがむる人あらし
山迄は浪とも仕れたいくいかにとなき給ふさいたねの堀出にてかへ共いやしきものにてくは
口はなんとゆと申けついたはしやい水悪はもはやかへつかさいく都にちゝ子の御ざあれはいこひし
きも都也又じやけんのけんのけんのけれはうらめしきもなどりなどりなしのさいく御などり
をしの水恋姫とてたがいにめとめを見合ほろとなつてはさらんさもとのいとつこなこり
おしさはかきりなしさいくは都へかへのけついたはしや水の君は夜の本に立る給ひくどき
事こそあはれ也たれやくの人のこふて立てさいくきんぜいといふけつぞあらなさけなめに
弟とてなく〳〵山にくゝる心ぼそさはかぎりなしたに川わたりそわを行くたみ〳〵を
わけて行。又ねいさきつさるの急きじもなく家もなみだはほろくとおもとのかつく
ひまもなくいそがせ給へに程もなくやう〳〵其日ともくれけれはわいたうにたすあげや
りの御はんにたちがほよくとたゝいたたれや此やちうにさいたいたつ御もんをたゝくそつや
くつゑうもこらす我は都二文楽後平のそうりやうあいごりまいめて候とくへして
まはれとなみだと共にの給へは。ばんの者こあしやりにかくとぞ申けろあじやり次郎
道都のあいこはしめてとうざへまいつならはこし車とたばの数みてまいれねりなす
てに出しあけみてあけみてあれは十三のちこたゝ壱人すこ〳〵と云給ひたるをばんのこその
あごやり沢まいのかへと申あじかの大きに御腹たて給ひ扨にたにのしてんぐ南戸にの
に天あしやりど行つわき新見んため内にへてはなふまし門ゟかかへおい出せほうし共ね
我も〳〵もおもてに出のたはしやや心の意をさん〳〵にうつたりけるのたはしや若君はうたれてて
こを立のきいかす人々ならでなくかなきよおさへておいになるまいぞさのみにかたせ
給ひそときへ入様になき給ふおつる泪のひまるもくどきのこそあはれなれいやしき
者のてにかゝりむなしくなんが都に参り父の御てにかゝりむなしくなんと思召又いつの
よす此寺をながまんと見あけ見をろしなどのをし給ふもとをさしてぞくたゝろ〳〵
いたちしや水水山ぢにややみまよひゆきてはかへり帰りては行しつがあだまきくりかし
めしたくきぬ一は。いばらかれきにかけなどろのことくみへ給ふ山に三日まよはる。三日の
くれがたにしがのとうげに出給ひ木のねをまくこけをごさいわをびやもなされ
ぜんごもしらずふし給ふいの内こそあはれ也是はさて至あわづのせうにはたの介が尾
第都へせよりばいにふつとて此若意を見まいらせまよひへんげのものかなのれ〳〵
と申ける間君かつてとなき給ひなふいかす人たちわれは都のみそのなるがけいほのさんに
ゟかくまよひ出て候となみだと共にの給へばせんちよ聞て御せんぞとといかつつちざみ
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二千円そなけき
一あしやりいのり
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てしろのさる
もゝのうえし
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あいこのわか
〽どうしゆく
中の古今はなにをかつむへし三文にくらんど清平のそうもせうあつこのめとはてあつと
わりをかたらせ給ひきへ入給にのき給ふ兄弟なみきをのがしさて取くいたはらんと
二条清平丸とはかだに久きけどめす太みす物は其きへだちにてましまします
山にく日ましとまさはうへにつかれておはすいんとかしのはすあはのはへをおしわける也
になつ此御代ゟあさしはこのはにつゝめす申也水夜明らんしいかすつみなをえなと申旨也
やせんぢよねつきはきますのはん共アヽん有之夜の空もあらてもあらくはれへりのめさしやゝ
〳〵せもわすれかたく思召あわづ川にながさるゝさて兄弟御供申度候へ共都へ万ぞう
くぢつくりのかさねてつめにかゝらめとけん第酒をなが一都をさしてくりしはなたけふかきと
聞へけるあはれなるかな若君は千の日の松をきりもちてしのとうけにうへ給ひ常にも
みつまをふくめ有あいこよにてゝめでさゑだにえださきかくさきの子本橋とよはれ
よやあのこむなくなつならば松も一本は色一つしぶからさきの一つ松とよばれよと
なみたと共にあのふのさとに出給ふ候は五月のすへつかたかきねはさもゝの命をさへ
うりせなのけつが若君御らんしてさても見ねの此度々と一つてうあひなされける
うちろうばか立出てわれきにくらぬ此そくをいたづゝちごの来りてかたんとすれとつき
もなしいれいつのつゑにて打すけるといたはふ御のちゑよくとつおぼしける
に入給ふときならぬあらしふき者のすがたをあらはすることゝのにかうが是をみてもら
気さへ抜たつにあさきやぶつ腹置やもちやう〳〵と打て行方しらずうせにけりいた
かしや若夜あのふのさとにそゝなりなあさはまく共なすなるなあたしふくなと申をかれし
御代今も花はさけ共もたならすあさばまけ共をきならすとてそうき世は夢の夢のま
の兄まほろしのことにやう〳〵今ははやきりうがたきに付給ふなくてさくらの今を
さかりまとへけつがいの音は御らんして一条の御所のきくら花今をさかりて水身んとなが
め入ておはしますときならぬあらしふき来のつぼみし若介一ふさ若君の御たもとにち
りかうりけるあふたとりたつ此みなやちのさゆきは母上なたきたる花はらゝゆ娘つほと
花はあいよ也うらみの事がかさたやなれうしすとりがあらでみそゆんでのゆびをくい切
いわのはさますちをためて柳をふでとなされつたそでをぬぎうしみ故みふへとめ
一しゆはかふぞ聞へけつくかみこゝやみさりうがたきへ身をなくつかたりつたへよすきのむ
らたちとかやうにゑづし給ひつゝ物にむかいてを合なむやさいほうみだ如来ほなじはち
すのれへだいにたすけ給へとふしながみ御年つその十五才と申せにきりたゝがたゝ
に胃をなげつにむなしく成給ふあつごの客のさいこのていすの中の中のものあはれは
是なりとてみなかんぜぬものこそなかりけれ
六たんめ
〽ひきて玉あたりにちかきほうしたち扨太平のちごこそは身をなんを有けるか
からさきよみこく舟出る
山王まつりみこし
ときの木にかゝりさつ御小袖を丸もちていそき中だうに上のかねたつこそよく
からしやがてちこをそそそろへけやうせたるしつしなかりたりいそきあしやのにみにつゝ
かの小袖を御めにかつやあじゆり御らんして是は二条清平が巻んにて水さてそ
のぜんのちごこそはあのごにて有けるか此にそて前条の人も聞てまのつべしこねへと
御まへを罷立物をさしてぞいそきけや三条のやかたになれは此由かくと申上ゆ
侍たち請取申せはほうしは山へかゑの召つたて其後にかつい後平こそでと取上
給ひ是は〳〵と計にてりうていと。かれなき給ふ御なみだのひまよりもくとき事こそ
あはれ也かせのそよとふくたみもあのこをつれてまつやにたのぼそへも思ひしに思ひの
ほに行かへてかたみを見ゆはなに事ぞなやのにくみしその子をは侍共女ほうた
ちにへみたつよしなさけなしわが子かやせとりうていごかれなき給ふ御なみたのひまが
も小袖の下つまを見給へばうらみの黒てかきて有まづまづばんのみふでたちよつ
そ御存なきはどうり也しくで思ひかけ給ふそのこいがかなにぬとてすじなきむ
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たきにもなれはふしきくこ有爰の御しがいなみまにうかんでみへしがしづみてもはへはなかり
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とくほつほうこんがう一にこへから公にせいたか三に六りからけいかどうしそわり〳〵といの
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わし一なぢの御ほう清平なあいこのしがいのいだきつきなるくと牛にてき也
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入給ふぞあはれ也御なみたのひまりもいつ迄有てかいあらし家も共にゆかんとて
しがいをいだき清平なかのいけにとび入給ふあじやりたせ共にとび入給ふ候てしたちも
われも〳〵と身をなけけつみそゝなしみのあのふのうで壱身をなくつたばたばたの命はむ事
もきりうがたきてまいの身をなぐ手ゑろのさるもたに入さいさいくふうふはからき
きの松谷の御かたみなれはいざや爰にて爰にて身をなけん尤とてふむなしく
なりにけるあじやりをはしめ上下百八人と聞へけるみなみたいの大僧正聞召せん
だのみもへにためしすくなき次第へ山わう大ぜんげんといわれけれけつ四月さゆ二つあれ
ば後のさやくつあれは牛のさつにゑいざんよりも三千三井寺ゟも三千のほう
したる本中下坂本へいつちむらをはしめ申すむらのうち子共まつり手をそみれはし
ける神をいさめ朱句のめぐみは久かたのまさきのかつらなかくしてわかてうにか
をか
〽これなく上下ばんみんなしなべてかへせぬものこそなかりけり
右は太夫直之以正本写之喜
新板
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