一谷坂落三番續
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- 不明
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- 2026-08-17T19:23:18.241Z
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- 2026-08-17T19:23:18.241Z
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- 場所: [京]
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- 不明
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- 日本語
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- 八文字屋八左衞門
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- イチノタニサカオトシサンバンツズキ
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- 東北大学
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- イチノタニサカオトシ
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- 2026-08-28T18:53:25.651810+00:00
書名
中
所蔵者
雨
月
年館
4旨
所和
究令図
研ん属
学月附
資料番号
撮影
撮影年
台和北
仙令
一谷坂落一谷坂落
791
置写
特別
いちのたにさかおもし
一谷坂落
やまとや甚兵衛しばい
ふ屋町通
文字屋
八左衛門
入口のトも
付りいくたのもりおさくぎつね
一のたにさかおとし
〽并にみかげのもり七兵衛ぎつね
上しゆゑんくまがへあにぶんはかたきにてはなかりけり
中百ゑうかげきよかたきうつうでのほねこそつよけれと
下あづましづかたびやどりはるのよもしづかならで
一源九郎よふね
むめだ八十郎一いがの平内左衛門
座本
住人に
一かめいの六郎
一すゞきさくや一あく七兵衛かげきよし
一かげきよが子
一かたおかの八郎
市村七十郎一かげきよが子
すゞきうこん
すゞきうわん一いくたのせうじ
一わしのおの三郎
太夫
ちか松かんの介一むすめおきく
一いせのみら
一同いもとおしも
一すかが次郎と山干の介一同いもとおしう
と山干の介一同いもとおしも
一すかが次郎
みつしまもしほ
一むさし坊べんけい
一くまがへの次郎
五度
一同おしげ
あらき与次兵衛一同おしげ
玉村あさのせう
一ひら山すへしけ三原十太夫一らうにんかげんかけん様松永六郎右衛門
一弟平山くま次郎
一しづかごぜん
一弟平山藤次郎大もりよつ右衛門一しづかごぜんいわいわいわいわいわいわいわいわ
一かぢはら平蔵ふじ川しけめつ一こしもとおのへもんど
一みだいもみぢのまへ
一こしもとさごろも
一同じく
一あつもり
今村半の介
一あまがさきせんとうに立
一みだいもみぢのまへ玉村つやの介一あまづきせんさき兵ヱ山田ぢん八
に川おかの介
一女ばう
こかん太郎次
もとさばつもにし川おかの介一女ばうりなかにおかのお
三番続
こきん新左衛門
同大和屋甚兵衛
ころき金五郎
さいとう五兵衛
みづきたつの介
きしだ小才次
松永六郎右衛門
玉沢左源太
いちのたにさかおとし
豊井恭順
第一
三番続
以テ購入セ
一谷坂落
是もなよひ中ぢゆんとに
源九郎よふね平家ついとうのいんぜんかうふり比はげんりやく元ねやよひ中じゆんけさせ
なばらかすみ山とをくなみのおとどう〳〵たり。平家は竹のそのふのすへばなれば。しい給べはげんには
くらからね共ぶりやくの道は中〳〵いたらず。きあればとてかた〴〵是をあなるべからずてきにもせいびやう
のほまれ有。のとの守のりつね。さつまの守たゞのり。もりとしもり大将になつちうのうのくる声の
五郎兵へあく七兵衛かげきよ。いん。いを引てろうじやうせり。又みかたに大将は此よしつね。したがふ物にはむさ場
ばかけいかめいかたおかいせするが。大手に平山のすへしげ。くまがへのきうなをざねを初一きたうぜんのつもゆへ
かたきぎよりにりにからばくばくよくにひゝき。かけ引を参がげぢにしたが一せんに打やぶ方にはろんの内と
仰らるゝ所へいせのしらするがくらはせさんず。大将どんじ何と一のたには。さかおとしに成所やあるざんを我也
けんぶん仕候所にきゝにこへてけはしく人間のかよふべきとはしは思はれず。いはまをつとふほそ道つ有といへ共
くんしはあやうきにを付ずと申せば。只はまべを打ておひらぜめになされなばらくじや事たがいはまじまじき申
よろね聞召。是程の城を目数をこめおとさんよ。何の事か有ぎ。其一の色をさかおとしにて、こくにあ
つぶさんこそちばうけいりやく共いふ其上此よふねゑごんいひおともびるがへす事なし成人多く残り
命をながくもてぐんぜい共よういせよとの給へいせするがこはなさけなき御とは命はしなりし我〳〵也
〽あつもりのみだい
平内左衛門いかんといふ
いひ
いせのみら
きつねの
女くまがへわらふ所
あつものしがい
くまがへみだいをのける
むさし坊べんけい
しらはた
平山せきめんする
平山くひ打たかへる
とだかれとはなさけなし大将聞なんぢうがまで。つわろはあしくはきかね大いの時はがせつをいおさむといへば。
おくるゝことをひては。しそつおりよしつね。今のとは。としそつをいさめんためにむかてのわつふふにな
たあらかわつてよも六をかたれ母つて両人。の谷のあんないをてかたればよいか程のなんに成夫よりねむねに
有こと。諸ぐんぜいを引くし一の節ぞむかなるこゝに平衣侍いがの平内左衛門は。やつくを見。弓に矢をつおなり。
きつねはおはれ。あつものやかたへにげける。おくよしもと立出とは平内のかゞみだいおなさるといふ所へどは
きつねをわい出給は。平内見付けんとする。みだいおさへ。何ゆへひきつねころさんはすか。さん中できつね。あら
われはらくじやうすると申ふきつて候へそれゆへいまするおのさなされだい聞そちは此城またらく乗にせぬと
しやかかもはやおちて有一もんの衆ははや舟にのりおち給ふつまのあもりおは。方のつれおち給へは。たれ有て此成の
大将となん。すればちく成といふ物。ひきつねの来りし。まだ神のりしやうと思ふ平内聞ふ事心をも
左様に仰た。さればづからはいなり明神の申子じやそれにきつねのあらはまだ神のちかひが有と思ふてもまへ
しいごろさする事はならぬ、平内聞ぬれば尤にないかにもさすけ申べしとさつねをよびこせ、やいそちは命句さるゝはづ
ければだいひのおなきけゆへ命をたす”ぢくふうといひながら、参がいふ事をうくきけ。御一もんは申におよべつて一
あもり此御命につぎないやうにまもれとじきに申せばみだい立より。命をたすくる程とあつもりのかけるに
そひて奉りの神と成べしとま〳〵といひふくめはなし給へばきつけて当村へにけるみだい牛内にゆかいかいへ
何の久へはし。さん候あつもりのあをばの窓を御しつねはやされしゆへ取に参りまた。みだい聞おれかしあんが有
今は先もとをまいあつもりのふゑのとははんとわれかくれがない。みづからび成にふゑをふいていたらずは
いやもりのましますと思へ此へをしよすなであらず少でもひまをとらばたにあつもりのおち給ふといふ物よ
ことに此書は。御手になれさせ給ひしなれ。せめてあつもり外にそふていると思ふて。ふからが手にふれといは方な
かへりふゑはぶがらがねゟわたまといふたとす。平内皮にはおまへのふ物をふき御座候はゞきはあやりおももりおとへ
しぶじ。もへくらせたり共女なれば。命に。つぎは水まいくまに少でも君のおちのび給ふなれば。然らばしをおと
しがつ付むをいに参るへとおいとや申行にけるとしもともんもともと。みだいをとまい入ける。ゆふべのぞ。もの
なくじゆらのたいめなもつゞみせんのちまたにかくのおをばの窓はおもしろや。こゝに夏がへのくらなを手は。い
一人のびて此夜来りふゑのねに火入扨もおもしろいねくな。あつもりまだ此やかたにましますや此よとせい
ぜんに用よを都へ上り。おむろの花一見に立さへし時あつもり給ふゑのねを聞あまりおもしろしきにみぬしければ
ときを立て替りしが。誠お有故じやは。はまふんをくたなれたまれはだ心もなさず持ていつぱは源平かせんを
あそふ。参しのびの前へ前へ来へついどあつもりのおかほをそねば。どうぞにけりおとしもためや。何とそ内へとい
と、骨のにてもんをつけ”そびらめけは是はもんがしめずに有さいはひじやともんの内へ入ば、きいあつかりのすた
にきにてかう給へばくまがへ打物たゝきおとしれて。参のむかつて太刀打はすいさんな何物じや。いつみ薬をくみ
といたみ事は何神上、おゝ方へなくれないと、なのんとせしがしあんし身ははるかすへの名もなき物成がふゑがおもろ
さにまにさまじや何ふゑをますきたとや。は方公はくほうな物じや。某がくび取大将よふねにみせなば。引上詣に
成て行ふ春そむくんの事あつもりよくまがへはつゝきもけし、引おこし御心をつく〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵かの事あつもりよくもんの事あつもりよくし
かな”何らで。おたづきがいたしたいと。こしつけしひやくさんねふとみろゟさかづき取出しにてはへそろ〳〵と立るなの
もりひてましもすか。是はあづきのにごけて候。かせんを借せんを借りせんを借りはいのみつとらし候。かまへとつ参候へ
とさし出せば。はてそなさは心のやうしい人やと。されふされはあぢなりし。やされ。それはくまがへたづきと申ますつといへば
ひてふひおたいつばやおむろのくはげんの時。殿がへの鳥といふ待急に心をかけ。少しのねに我が玉のをもへ給へ。たゝのき
は春はきけりと、おをめくれしふげをかんじへんん。をしたが。其畠がへ殿はぞんでないか。次き合けたります。かく
こづきもぐまがへのしおされしゆへく。まがへきかづきと申ます。扨は。然らばゑがへあふと思ふて。大いのせんと
引うけつほしなふとなさをむろもりが申号は衆道兄弟名やくがためのさめのさかふといふてはくまが人殿入しん
せてくざたれもはや思ひのこすないしかくひとき給へ殿がへきかつきおらいたときあらうれしの心とし付け
のめば。なになさへきぬなぜのみ給ふ。いや某がのまいてされがのませふ私がへて候としだをかたり”いだし〳〵
おとも申さんかたにからせ給へ扨は左様かとの給ふへあつもり来りなふくまがん弟けいやくのさづきをいたごと
のまんとし給へは。是はそなたはされじや。みてあつもり。やいやおれがあつもりしやとせりあいまへは。あつもりはない
くまがへの心ていはしれ。有やうに申されよ。時にみだい成はあれ成があつもり私はみだいもみぢのまへにて候とゝ
やれがたり給は。扨は左様で候かと申所へ平山のすへしげ大ぜい引ぐしかけ来り。あくまがへてきばあつもりとみへし。
何こみみならゞ平森二石有か。そまが堀かれば只今あつもつもとしめし所へ。人あつもりが出さ給へ。おれか
あつもんそんと見まがふている。某が為とすいあつもり出きだつておち。是は共があつもとなのり。命にいはことふし。
なぎさのかたへおちたであらふおつかけんば方もおつけられよ。平山聞いやくむ平家の一もんはおちたれ。あもりは一
此やかたに有にきはまつた。があつもりじや。二人共にくびを打大将のまへにてじつけんにいれん。留がへまいや〳〵何
物共しれがくびを二つ持て出此内にあつもりがござらふ程にみけてくだされどうろ事いはいけれい其上舟がみ
とめさるはきなれば。ろたふといかさふと某がはしだいそ方はかまふな。むしもことがらは平家と一みじやくまがへ共に
のがさぬと打てかゝれ思へたりとくまへみだいもつき太刀んぎ。平山をおつもらず。あつもりたしぞやとうへ
つき立むくまがへだいとよび給へしきゆくまがへ其方が手にかけくび打て。あとをとふてべとの給へばはなさけなやと
なけり大平山かけもどり打てかゝるくまかへみだいをおしのけ。はひまに平山かけがあつものくびゑびかへづくまへ
なむさんぼうとおつかけんとすれだい是迄とじがいせんとし給へばまち給へとおとめる所へ平内来り。やあへまがへのかへのかへのかへのかへのかへとおとめる。
ためば、みが食やれてきではないぞてきでない物がなぜみだいを手ごめにけるされば今年山のすへしけが。おやり
殿をおび立てかへりそれゆへきいの共にじぐいとの給ふゆへそれをとめている。平内聞いよ〳〵うろ大事をいふあ
よりの身が御供申さなふ御出ましませといへばあつもりかけ来りなふみだいかと取付給へばへおしわけつく〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵まがへおしわけつく〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵み
はてふしぎな只今またれ給ふあつもりのびのあらふはづがない。平内いかつてかたれ給ふが袋ならば。しざいをおしてせよ
おゝしがいこそあれと。さいぜんのしがいを引出しみれば。ふしざやきつねのかた。くまがへをあされいる時にさび世内
にむる、是はさらいや。扨はぶつてが身。水に立し物なん。半内げよん様にてひと。有しやうす一みかたれば。まがへ
扨〳〵きたいの事かないざ先おとし申べし。大ぜい一所はいかゞなれは
互内殿はみだいを御供し。都新くろざにへむけおち給へ参は
あつもり殿ヲつれぢん所へかへりめふかいの物にしておきじゆび
をみて都へおとすべし。時にみだいあをばのふゑをあつもりへ
わたしめでたくおつ付たいめん申べしと。いとまごいなされ
両方へわかれ給ひける。かゝて源氏の大将よふねは。の答へ
をまつくだしに。おめきたげんておとし給ひ。一こくに平家をおつて
ちらしかぢ時つくつてぢん取給ふ所へ平山御前に参りあつき
を某が打取て候と申上る。大将聞召おゝあつはれなてがら。
くんこうはうまくら殿ゟ仰出さるべしそれ〳〵帳面にしるせとの給ふ
所へぐまがへはせさんじあつもりを打取候と申上る。大将聞あへ
くまがへあつもりは只今平山が打なしと申。則帳迄にしるし
たり。所に又其方が打たるとはたゞしあつもりは二人有か。時に平山
つつとお。是くまがへ。あつもりは某が打取た何事をいふ。いやさへ
参が打たりと。両方せりあへばよふね。聞召とかくのろんはむ
くま次郎打てける
やたやいくまが”人あつもりをうつたといふせうこが有か。さん候くみ
ふせて候時”あつもりの給ふは我くびをよしつねの前へ出さばごく
もんにさらされんが口おしい。其方侍と思ふて頼むくびをは
かいちうへしづめてくれよと頼まれしゆへぐびはうみへしづめる
にあをばのふゑを取候とさし上れば。げに是はあをばのふゑ也。
して平山が打たといふはいかに。さん候某はふゑなどをせうに
はいたさぬ。あつもりのくびを取て候と。くびをつゝみしきぬおしあけ
御前へおせば。ふしぎやきつねのくびなれば。はいかにときもをけす。
くまが人立ゟ扨〳〵あつもりのくびはきつねじやげに思ひつけたつけたつ
くまがへたゝく所
此一の谷には。ふるぎつねが有て人をばかすといふが。扨は其方を
ばかさんと。あつもりに成馬にのりさきへ行しを。あつもりと思ひ
打取給ひしなて馬と云へしはわたくりであらふ”さしものはなん
ばんとうきび。よろいはほしなてあらふと打すへは。よふねも”
なゝちくしやうにたぶらかされてうろたへ物めが大事の帳迄よこ
した。さう〳〵是ゟかまくらへかへれやいくまがへでかた〳〵くんこそは一
あつもりたゝかるゝ所
侍共打てかゝる
平山すへしげうたれ
□□□□□□□□□
かまやけゟおくなはるゝであらいとぐんぜい引ぐしかいぢん有平山はめんぼくうしないがてんのいかぬかはすみ也がぬかはや
色あどてさんかしてあふ物でないぞ。まだきはねのどにないがあらふ。はかされぬやうにどこぞでまりてもいたゝいへ
かへられよとおわりい立かへれば。やいくまが人君かやうのちじるへと取もおのれいへのがさぬと打てけれは。すいせん。と切
合し、なんなく平山を切ふせる、平山が弟くますらごはむねんと大ぜいどに打てからる。あつもりかけ来は、やます、やます。あつもりかゝる
もり成ぞと打てかゝり給へぐまひら扨はあつもりか。所にのがすなと打てかくればくまかへものゑにてあつもりを赤ふて。
ていはめがすいさんな。あつもりとは何をいふばとぐますらをおつちりは是いがはりかくまがへなぜうこを打ふせる
いつとこなとの名をかくさふたほじやといふへくま次ら又あかけ来る。両人心へさりさん〳〵〳〵。さあしゆびよいい
第二
のかんとぐまが人あつもり手に手を取一すはばを立のきける
女方おきくはかごとは、かづき、さきへあゆめばあとうせ参子をせなす所一のたにとはなりをすれとすれしけはしき坂で、女亥は
七兵へがぼうに取付て、さきへおるねあくから七年をおろふく。一のたにをばゑいしつきて、やう〳〵ふもとへおりにける。
女ばうはなふあれぼうずがあとにいまするおろしてやうやればて先あそこにおけ”あいをとゝへあろせばうしあいて
きかたなぢといをはりたがよいと。女方がしりをてけば。には坂の上がようとたまぬれ申といへ女房やうしやうの
わいがみなさにず、あのいふ事をき申ふれ、おれがとにやうがわるいて、はておとめうくにならふつしもの
にはいかしや。そんならせけんの女方持おはすやうはわるい。いや女方おもらうが有ごなたのやうに女方をよびふと
いふ。しやうのまいでない。も上おれは夕弟が四人と。わしがあねで皆おなじや。おれにほれてうばほふくればまだ
よいかいもとにほれ取ちへうぞはゑつたやうしれぬはていちごさふ女方をめきらせでうばはふかふら成れはめ
をもうばふたいやおれはついどこ筆をみた中いないがどこでみたしやつた。かゝす事でそちはしもをつれ
ゑんすかけていた。むゝそれか。それかわしがいもとのおしもじやすれは。いもとゝなれをわばふつたがざあ
いもとまへかつくしいたてあねはなをよからふと思ふてぬすんだとけん〳〵といひなをせど聞いもとのなれば。扨も
あらやうなゆ。みはならぬざあてあの子をおつてやらふれにしはこふてわらひを取と下にいれば。みはなくおろし
に。所のさにへ上り五八牛の乗りなふこゝ公のおりられか所でぎるかいや〳〵女のおりられる所ではいづの申成女も
むりにおりて、こしをぬかていやります。はてきやとなたを頼むどぞおつて下されいかにもおろてやります。此
夜はおりかしぶんがござるそれ迄侍給へ。其間名所をおしへ申さんとい所にわつけま〳〵といふべかだに女音はなふ
こちのへりはやおり給へにいぼうすごとまは何ていおしやがて。まこそのかなごとだなれば。やといへはあじやわるがと
はらを立ちやをきまし此万人おろし。さだめておあいやであらふとげ先さしたびの女をこらへがほをつく〳〵も
小しぎや。みたやうな人じやされ。わしもこなたをみたやうな。女方男女子の所はいづくぞわしはいさの物でかやお
しもといひまする。何おしか。おれはあねのおさく。やなふ扨かねのかと悦びきいめんしたりけてはしもてはおまへの
うぞはれ給ひしを。父上いかいおはら御かんざりし有しをいろ〳〵そせうまされ少しきしきしきしゆへ船ふうになが
て。かまへの哥を尋候所に只今さいめん申てましきござ御ふうふ共にやかたへ候へ参るへは
私にませ給へと。人もつれいたへ来り。七兵へにむかいおまは是にしばし待給へと。あきないをつれ、かくへ
人にけえ、あへいもとおうちおじげ立おね様のおかへもなき程うれしい事はない。あねをよといふ男をみんと云へを
す扨とよい男じややしへよびお近付にならんと、おくへよび入れぞ立あくやう物にていろくと見をつきいもとにも
ふるふ所へ女方あ、又上の御かといへ。いたのせうじ侍引ぐし立おおさくとみつほうの男といふは其方か。わふじんに
かばれしゆへ殊外きつくいに存た。然れ共子迄でけた事なれば。ふくすをやめん申と。さるべきさまへ
で立おしいたゞき百うくれ。それ〳〵さかなことあれば。おしりは去身一ふり持出気は身のてうなれ共打こ引引物也
ゑんぜらるとわゝれば。七走おしいたき。たいめん有さへ忝なにてうかれ下さてたんめてだんめくなきにおせ也
おし梅其方は其方のしつていやいやのはづじや。私は白性の事なれば。そのやうすくはなせぬ。いや〳〵おもへぬらば。
そと計をみはせふとぬ。きかけよく〳〵みてげに是は承りおかふたけでござり。こ世八嶋のみだれの時。あく七年づけれよ
かよいかいのこへなつめしおざ丸と申太もへ。是がこなさのてへば。は。ほとてましさぞ、むゝけれはあざんといふをたしに
爰つたな。それのがすなといへ。侍共五五文文を。いへたりと。よるものを七八合てなげ。こはらう。此のぞ、せうし
聞。いやきはあざ物をしつていかうへはのがれ有さいなん。かけ清やのがさぬばあくおとたり〳〵よそにも人のさくぞ一
かしも、あく七参げきよといふは。平家の侍大将丸な物。にるとやめ。みん百性とはの給へてかけ給とは何事ぞ。
せうじまいふな〳〵あらはれた。此度なまくらよりともなかげ清を打て出せとふれ。まつたもしかやうの。。わき夕そにん
せくれては。兵家たやさるゝそれゆへ其太刀をみせたれ。あざ丸といふらはかげきよにまだれはないと、是かややか手を
よしははかげきにもなれ、やうにむこしりのころをいたしまごと有でないか、それをそにんなされとまは。なく
女方おきくはら六へる
いくたのせうじきくる所
やいぼうす
とさまはそこに
何していやしやしやう
一ノ谷
おしもきゆる
いくたのもり
七兵へが子つぐる
よその女と
だかれてじや一
水地
もとおかちきへる
女方おきく
南無阿弥陀人
同おしげきゆるを
たび人おしも
七兵衛様
地
一侍大きへうする
かげきよが子
あく七兵衛がけきよ
のりよまれまいまいおたがいきていればなんにひかさるてゆへにいぜんかでさしまつた、何せがれよろたとやなむさやう
女方は給ふなさけなやとなげんと七兵はつきたをしおのれと皆上所ぶじやざいぜんとの事は参を此所やまねき事せんもめの
た、かり事で有しな薬そげきよじや我たのかたきのかさぬとじ男ひんぬき切むすびなんなくせうじを取てやむね
にかさなておしあつがせうじぬれかじすなぞにやうもまどもころしをぬそれつれておよといへば〽おもやてつれぬかへ
げさよみて走は。かてんのかねどうした事でござる。おゝふしんむじやみ方に頼む事が有。それゆへ其薬の心を引かんため
じやをにあられな侍じ。何と頼まれてたもらふか。何か。桜いかやうのぎ成共いなと申さやうはないおゝれいをや山へ
のわへしげはくまがへにうたれ。其すへしげが弟くまきらといふ物我〳〵をほろぼし此めたのこととおふれうせんとすか
それゆへ一るい大かたうたれ。計にに成た。某はとしよつたれを打事はならぬ。其方はおきくとふなれば。此事を
頼みま次郎を打てもし給ふと思ひ。心ていを引てき頼むといふは此事也扨は左げかおきづかいなさるゝな。私がために
こなたはしれ。しうとはおやよ。其ごなさをうたんとするとない。某がためにもかたき。さまて打て給へ
申さん、むねんなはいにし人のかげ給ならば大心をいをいまつて打な御心をはり申さんはくますとはせいつかく
百姓のていなれば。しばかくらじくをうつすがむねんやがく成はてしも何ゆへぞ、源氏はさかへ平家は日々におとろへ給へ
是につけても思ひ出すは。いでもはげんりやくつね。三月十八日の上なりしに源平両ぢんのかいがんにはつきがい世う
ぶをあらせへのりつねの給ふやう何とぞよらつねを打ばかりとやあるとの給ふかけきよゑにいふや。みがんなんとて
鬼神にてもあらばそ命をすては。やすかりなんと思ひ。のりつねにきそのいとまこいく。げんじのつに物。おもまそ
まじよけむかつ。つけきよみとみ〳〵物〳〵ふといふひなけ、打物ひゝめにてかてければ。こゝへずして。はいわ
物江方へばつとぞにげにけのがまどざりやかた〴〵よ二人のとめん事あんの内物をはきまいとんで何がし。
侍あせ参けれよとなめりかけ〳〵手取せんとておふて行みなやがきうけるがごとのころを取はつ〳〵と
にげのびたれ共。思ふかたきなればのがさど。とびかぶとをかつ取。ゑいやど引ほどにころはされてこなきとまれば。
ぬしはさきへにげのびぬはるにへだてゝ立くり。さるにてもなんぢがでのつかきといひければかげさよみをのやがくびの
かねこそつよれともひてさうへのさにける。むかしわすれぬ物語おとかへはてゝいへだれけばやはづかふはそん
もいく程の命のつらさすへいかし。い頼むぞよ頼むとのたゞ一匁をきゝのとす是でおやこれわれ成がげきこう〳〵
かいなるゝなくまきらは打てしんずかとかはしふり上みればといいかにせうじむすめて外の侍皆うせそやかたと云へ
しは昔村の。やとう計のうしはふしぎ成けるしだい也がげきよおどろき。うつゝが。うつゝると思へもらふたるへ
あざのそしに有ことぞうぜんあされいる女方申やう物おまへの船をもび給ひ給ひ給ひ給ひて。上やいもと云ふ
といふ物にかたれ給ひ。みかたきをとなくにもらはめがへ上の。うれいりにあられ共よひし物なんをも賢書に
はすや。誠。今迄有とう人もなく。少くいふ我もとゞまらすべもゆしやう。為てみれ。もとはう。扨もといへ
てのさてこのみつばよろぐにのづくりせしも。あふちの木からすのゑおやきのためたまでいといふて、さんの哥を
聞ふ。から風なりけり高松のおと。いはほと成。とけのむす迄といひしも。地水火風空のせきときときより波がへ
いどうの我にたのんだか頼まれぞがたきはうつぞうかみ給へなむあかだ仏としかりていざ女方かへたふと。おや子三人
かへりけつきたいなけめしだいごゝにんらうにんみかん何といふ物で立直来る女方立来るすござりますといへぞて一
あいたいかにとなさに申ておかふへちの事でな。平山の名きうといふごん。此所のゆごとなられしが。兄弟はきつね
いきゆへくまぐまへうたれそれゆへきつねはものかたじやといふて。此所のさつねをかりこやす。それて家一けんに
わないつくまさす恋はじやうしゆへよなを持てまはる”七気くられて此通をいひきつり夫女方聞きつねといふへ
ゆゑやうねのおそろしい物でござんす。つからはむようになされ世天ぞんぞうもつかの神。大さでなうまの
きよきうとげんじ我将ではとばのんの上そはきものしんなものしんなすのゝせつ生君と成てわいちくゑいと命を取し
と給づり給ふ事はいらぬ物がん発す物語をきいてはおそろしいなぶやくれもつりますまいなもすてませふ女房そ
わなといふやをちよつくみせ給へおゝやすいことはおしみすれば。方はつとけきかちかんぬみて。そさつきはこはい
ゆくとはないなし毛でのやうにてつる事でござんすで。おゝしかたをてみせ通ふと。わなてつき是がねずも此やけん
とれあぶらげるは。いきよかんきよぢんひさんせんであげた物なば。此にほひが十丁四方へびぐと申。にほひがす
へどかのさつねがのさり〳〵と出て云ふとする後にたへねにいよゝねにこれを引じめじやしやしやしかやすれはか
迄いねのよくしたりけるかんはゆふべがはう〳〵入れを持て行くたびれぢどこでやすまふといへ。女方めにきふけて
汁一つくりませど。さけをしいてのれうちにも。まへいをうつしうつ〳〵するがんぬはさけ来いね。女方は
おびをとき。上成に独らぬへん介が。おほへからぜがのわかへねね。しらはしのろびわなゆへおくのさいで
かたき類をせんとつゑふり上ちよ〳〵とはらりてう。打あふらげりかだきをくいはずやかんのかほと成る。此度廻り。一
きつねつりのわなし
「七兵衛がごに入
出きくあらわれおくへにげ入
いくたのし成
あざ丸の太刀
たらうにんかん介きもをけす
……………………………………………………………………………………………………………
おさへが小袖おび取ちら有
七兵へもどりし所
おきくきつねおどる
七兵へにせきつね
〽おないないさ。ほがちがやこといへはなふみつかふとかくのねまへにげへげん成きすつぶし梅くおそなしや七尺ないきは
きつね。ご立け此そいをみた。おれをもうり有てあらは給へりませふとかへんとする所へでける所へ入みれば女房が
さるややび〳〵ふちらじまくらいさかつさをければ。ふしんをなしかん妙をあはふせる。是なんとつけた何みつけたとや
そんならてれるもなじや。さりながらそちとおれさへ心を合いねば。ないさの名もてれといへ。やいひだんに女をば只
か女も大にかみねる。まやとこめといかれ。忍い何おれをまおとじやといふか。それ見つけやうかもなふたぞいやうにもなす
通をいてうれはいめやうさせ。おいふ事あらいへどがたなてうぜいしあませ。そのそらは此きる物何なていをみて
まやとこといふよふながたよでないそのが女方はきつねじや。はてひけななんぎをのがれんとて身が女方をまつねにかへ
いやいてもでないし。石のゑだいをかたり。まつねのかほと成おくへはれゆへ人がみねばよいかもしそちがみたらば。おれ迄
うわろであらへ。見ねば。いほといふ所へぞちがもどてみたといふゆへきのぞへといへば。ぞちはま男を見付たといふといふといふといふといへば。そいで
所がちがふたといふ哉事にやいや〳〵た様にいふとあつてもがでん。いかぬ。然らば名を是へよび出し。ぜひもなし。
人間ならのがさぬぞとおゝへきつねならいひ。あん。有ぞ。おいかにも先其間なはをかれと。わなはにてしばりたはりたはり
おき扨女立をあとしてこんとしあんし。やありどつたぞ風がいてがわがそこねたがた持てさてなでいけてくれよ女打かゞみ一
を持ておむからにしかはなでつくるかゞみへうつるはほをうつきつね也七年是はといへば。女方もつとかくのまへに入七兵へ一
かをおりがんかがなはをとき物しめんぼくないび上は末をいめやうれと滝をなせばおふていを思ひやかれていかん
参はきかつといへ。七兵衛こかたし見付給ひ候事なれ。是にだつ時女をよびおわけを申。やはり是にいるやうに一
いわにいおゝ様になされ、七兵衛をよべしやうの内よいやおますますまいぜひおよならてやうがござります。ねへ。まれい
たればおませふおゝどう成大ぜふ先およといへ女方の外にてじほにてじほくと立かる七色三日もないだとへやかんなん
とて。今迄のなじをわすまんや。扨はいつぞやいくたにて。おやといふもゆれいでもまいかにとそれもねがしはざ
にたざります。私がおやぎつねは。子山のすへげまつされましそれゆへすへしげはまべにうたれ給へ本ふが弟くますくまきらへ
たつねへきのかよきじやと申てけんぞくのまひを皆まつしますゆへはよきこそよらひ申さんためがりよふにとなり
いくさて頼にもおまへをぶらりしましたいよ〳〵くや道を打て下されまれまいかやうの事は。ちのすが十に成れも
だてんと思ひしにあたまし。むがたをおまへに見付られ候へかへす枕にといがおかれどもはやふるすにかへなかしきは
もの有也と。涙ながら立ければ立引とあみ。みだんはくるしない。先あの子にいもせよいや〳〵まをみてはいがまま
れまし。只かへず〳〵たろが事を頼む也。何とか此程はもに入れどづゝおそこれ給べしやまにみせんにみせいかんけながへむしめ
おさせ仰れへずんを下されあたわしがはのどにござんをねにみつぶづのましくだされありなどりおしやといふをば
いだきとめれば。すがたはさへに袖計ぞのこりけるが。女子をいだきおくかおふれいとまだいさせふと思うしはつかへりし
かや弐七兵衛はそちとはゑんとさらふが此子がのこらふ程に此子をつれいて大行なが女があくはてであらへかまへいと
にせ給へど立聞いかにも、しからば子をつれいくたへ行女方があらばむりにつれてかへふは其間こなさるすと猶おばし
をなが子をいたきいきのもりへ行たけるがくで七亥子をふべにつひつゝいたへ来り尋れ共すかさらにしればか
せんとあきれが薬というせのたあればつかしめし思ひあはぬこといねといふ秋はわなにとる物なれば此事をもつきに
くま次郎が侍共にげる
いせの三郎
しづかよふねにあい給ふ
べんけい
せんどう仁兵へ御供
かげきよが子
源のよしつね
かん介子をいだきおつちらす
かげきよくま次郎をうつ
くまがへ道心
あつもりはだいあいあいなふ
くま次郎さいごの所
平内左衛門まごに成
うたつく
かぢはらが侍
女方おきくざつねくま二郎をなげる
かぢはらおつかけ来る
せんと。ことにいれおきやまにあはさふ程ひとうしていよ。某とすがたるへきつねに成ていたらばおろふともとか給
いの事なれば。ふごの中ゟきつねのおもて取おしかぶりつくやいなが出るといふも。やうなはんにみておろでおもふごはいでは一
ないむはんじやときつねのをがたと成にかる。あんのごとくおさくぎつねとひか子をみて洗とながすぞあれは
何とばてとうへんごさま〳〵とさせんいかしき物なればさうにとらへのれば。又はあけると言はあされいる。こへはあされいか。
のはたちにていろよき花を持て出をかすらせいたきつゝちをのます其女いぢく生といひながらぶや子のそぶくけれ
七兵は儀ながらのみへたへたにみねずぎてかはたれゆへそなたゆへと涙と共にうつねと同じやうにくいとうへんとうへんとも
すれどかなはず。西草村へ入に参。七兵へあたれほどにてもかへらぬな。よし此上は此子をよつなら切しなんとすでにあ
やうきゑかんかけつけおとめ、ふれくまひくがきつねがりをすつといふて大ぜいくつ。其方をみたらがけきよといふて。のが
すまいがほとする”何くすうぐるとやかれは源氏なれどもとかたき女方となんはなれしもきふつゆへ。是にまでも見
といふ所へくますら来りやあゑつかげ清じやのがすなと大ぜい打てける。が。けさよ思へ
女方ありれまきうを取てなてやつかげきよすかきず切ふせる女方はあたましうござつとげました、さらばとへんとすへんとすへんとすべ
かげ清いだきとめ、せめてあの介がに成立そだてくれといふがんは待左をおつちらし子をいとき立へり。七兵へなごへいから
へたがまいてはなすなつれてかへれ、おゝはならせぬぜひもどりてくれよと。むりあれてかへりけ。きたいやもせがな
第三
しづかごぜんはたびのよういしかんとし給ふ所へやとの夕方ゑおこは何ゆそはつまへの手はとせよりけるにゐに犬のと
内此谷もつのからに御とうつとう有。其よしもゆへを。此せんどうふうふ事におかせ給ふにいつく行せ給ふぎのれて
よふね様はよりともことふにならせ給ひあづまへてらせ給へと聞それゆへ御あとわゐて行。扨は左衛門からし
のたえ成共代につれさせ給へされば。されば。そんで。供をしてたもるはづ心様か。わしにかつて何れひまんへ
はらの玉といふゆへき事はふるだうやをつれ来り。おれはおふしうへ行ゆへしんざいをしまふだう。をさるりふてたよ
と同へ入は。太刀毛をもい〳〵もゝを立いさかい。後には仁重だまやとけんはすれば。皆相立へけんだうじやをへし給へし給へし給へ
舟にはらを立るも。おれにかくし給へじやしづがけのあつまへざがならずをつざんにならず給へといふふれば。仕立やける
そのはにやうの心じやにおほむごいさうをうらふといふたごらへてくれと申をなとり扨たびのもいづかの御談しおがへ
をさて下りける。こゝにいの平内左衛門もりのぎいをつれおちけるが。須氏の世なれば身をかたんため。みざいもなん
馬かたすさまみかへあつもののゑを尋ける所へき兵へしづかの御供し此前来り馬をかんと平内といさいかそあへよし
つねは。んといみ外のちにう皆山がすがたにて来らせ給ふ。づがごんじなふ我しもと御たいめん有やへまがへ給い
とやあもりをつれ来るはよふね公にてましますがあつもり殿とはやうすはゆへ命をたすけなくゆにしんせ
候やにかちらさがに来りそれゆへ是迄おちて参り候が。あとゟかぢはらおつかけしつといへぎい何あつあつりにかく
悦びたいめん有、うふね聞召、案かくならうの身こ成しがぢはらがざんげんゆへきいわひじや此所でおこんとの給ふ
所が打はゝ大ぜい烈しおろけ来りのがさぬと打まゝる。いへたりとへらはぬきつれてまたは
なんなくかぢつたを打立来るとおよしと打づくらせれば年代ば年代ば手をめけるは文子屋八左衛門板
同断同