井筒屋源六戀寒晒
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- 田中千柳
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十二ばん
渋谷問屋源六兵衛
□□□□
〆同
十五丁
ゆやなし
本也
千柳
群督図書
松伊
同断
鯛一帖
田中与次
井筒屋源六兵寒晒
分栗三
すなはちゝ
皐月雨ふりし昔を。けふとへば。則けふが其
播磨の領主に宮つかへ御家に古き古柱他々木
源太景と一かまへ。かまへし門に幟をたて。内は女
中がねまくはやいおそいとせりあひの菖蒲流
もあしにつく身につくしごと手につくは只つくおと
なまめかし茶の間のまかなひ名ざへおもりといふ
いそがしげにかけまはり。是は扨まだしまはずか。只将門のおゆ
すのまに。まいてしまへとの仰付。殊に伊勢からお。水も有
又しからしてたもんなや。十三つきのだら〳〵にほつとした。是程
の米の粉ついぐぢ〳〵としまや〳〵
出た。ついくぢくと喰事なるがみにやまけぬづゝみまはして帯
さしてにぎつて見るのも隙がいる。ごちとらは半季居へいひ
事はしゝぬが。此お家の水旦なお国のかみのおもかけにおらんしと
恋上壱
やうとてくりあひ。へたがちまきをまくやうにこひたりしくり
ついむに出してひよんな事。づれて欠落なされたげな。今は粉内
然にどもでも着てござらふとおくんの枯糸し痰やまひのおそつ
たゝ日比のなかれ
日もよべとの仰付。めんかうあれが疾切で此中は心よいやべしや
にこうぶし売に来たらしらせてといふまも近き表門是に残り
〳〵と。下都の昃は見しり。そりやかたづけと立さはず北しまふてぞ大し
にける。武士の行義は白髪迄かたいをあじにくひあふためをとの中
も出向金佐々木源太衛門口よりしかみ顔くすぼりかへつて
内に入座けるや座せず。自身。。。身を立て。ぶとの
ことぶきありや何事。尤以前は源六といふ世忰を持。子を愛する親
心城甲の拵も見ぬふりしてくらせしが。石孝諸と見治り勘正
せし去年。今では子も何もおじやらぬ殊に幟といふ物は光に
の御時。来ぬびすせめ来るとおぢ恐れしに勅諚有て町人
百姓迄。ひぼりを立て軍勢のことく見せかけし其義法に一度
立るとは町人の。侍は常〳〵心に甲冑弓箭をかざり。胸に織を
立ざれば。源六がごとく三がいのすたり者となる。ばか〳〵の事めんどう
などりおきめされとしかられて目にもつ涙押かくし島のゑびすも
山かつく子を思ふは顔の常。貴凶賊がせめくるとて。幟を立ておど
すく春子をたせけんばかりといかにも城を立しは。みなたに見せて深
六が事思ひ出さそふはかりといづくにいるかはしらね共爰子心も直り
いらん何なもかれず勘当ゆかして下されて。ひけり。
おばくと〳〵おもしやんな聞ぬぞ。はなたの端のの勢を勢の八寸の用
等を幸に伊勢よりくだり。勘当の事云世を出せしかつ
きりならぬといひしはなしたび士の風上に置れぬ人でもくいでも
ないやつ。わるく入ちまつくらみ付次第たつた一打手は見せない。白くさ
いめにあなよりよりつかなが仕合。じやれお茶さへふ。思いらと。思いゝ。思いら
おくにぞ入にける。商売はとふしの子なれ共親の勘局さけ
身のとふしやうが漬こせうの秋ちづくりつむほうふり。ないはに牡
出す井筒屋源六我我かかもすぐに佐々木源大多からあふたどし
さしにつひし。売てうとふて母親それとしらせの顔はり上都
町々をかゝれない男。井目也の深いまぢりなしの引売わかい殿達
のたしなみくすり。おんせいせいきさんしろ砂糖くろ砂糖氷砂と
戦見かきすなでつくりすはつてさあござれざんせうの粉こせうの粉
かたせいさんせうの粉こせうの粉。乏せい是の小娘がどりて持やらね
つけて。ふのこあらいこと。ひかたしやあらいこめせやめせやめせやりこの〳〵
この〳〵〳〵〳〵〳〵めいぶつと間あるく。門の内より。こしもと立は是に
引責待ゑている早一々あつくきくて荷をおろし。こわや弥代やし
きは隙か入おはしは城下の家とへ処中教腹末そづけにきめるとかり
かけて。とぼけた顔でふくつゝふしの粉を売てこいぬかれてこなと
相手をはらせ。こは〳〵ながらしの内だかつすがめつさし足も親の勘当
なし身は手の秤にのる心をぞ。やくしらんで彳ちむ母は都を
呼子鳥真にもいて散おしきの圖にもれば目にもれて。渡と
ともに立出る源六天瓦よしとを〳〵とさし寄。此中も申ごとく勘当
の話仏おつしやつて見しくださつたが。佐々木源六が井筒屋が
引有と身を初にくだくも。勘当の願ひばつかり。む主人御哥おちん
と不成したはあやまりなれ共。御奉公に出ざりて親の内からのなし
一み伴之丞は役義も勘明しまつかた。末々おやぢめへ申と男にはて
不足なしとらしたが分判ちがひ今あやまつて汝が本屋。親仁姫へ
仰連幾重にも〳〵御詫申て下されと手を合すれは手にすがり。
敵殿とて女に如在か有物かは親は親に似つつはつはつもの
おはしが家出の其跡で浪風たらずお陣を頼伊勢参に加て付[
出国て行方しれす。御前の天瓦はよけれ共皆源六がしわざ
と家中の左沙汰。親と親とのいきづくはうはへはまるいが心はひしかに
いへた計で合点がいゝまいあれあれあの幟見や。今年もちらず立た
心は。親仁友のめにからば。ならず者めがかたみじや源六めが顔見じや
水中
こしぜんと心の角もおれいひ出しても下さつくらそれをちからに
勘当の願ひ。ひたすゝにこぢ付ふと。あたは殿智恵のからくはされ
いひ出すとたつた一かみ。三十年そふみづからにやさしい詞もいはぬ
人それも心であきらめて胸ですませばすみもしよすまぬそな
たの身のうへを。思ひやりなひし親を見付次第に一打とぼりる
所じやないにいのゝずより歎げば力もあたろはつと泣入ばかりなり
時頃表に頼みませふ源太藤殿お宿にかく案内するはとゞろき
伴之丞なむし三宝。見付られてむつかと立忍ぶをしりめにかけ
つつとものは一間より源太兵衛も出向ひ。平に墨付わなき顔
女房見るにきのでさお茶あけませいとあいしらふ是源太兵衛
貴殿と参よからぬ中かり筈はなけれ共又御用の筋は右別申
そふおきゝやれ。此度御用金八百両御家老より仰付られ村々へ
わり付あつむる所。貴殿の支配并田村水損をいひ立割金を
おきめず。きつといひ付やうさま〴〵ざれ共高がそろはんにかり事。金
天出せばいびぶんないきつく出すめに土付なれといはせもゑずなり
ませぬねもよらぬ事。此源そ薬此年迄。さんうしらず秘めしら
す。百姓をいため金を取事猶存ぜぬ。金銀のさいかく肝煎は十度
が云立の奉公。赤町人が侍に成あがり。さし付。ぬ刀を横たへそろばん
かんとやくの役義を勤り此源太衛が役義はすはといへばおさの
さきにあつけ立。いかなる拝敵大車の中へもわつて入き首ねぢ首ぶん取
高君殿の命にかは奉公助がちがつたお人しれと。口にやりこめ
られてむつとせき上したながながな源太衛門前町人で有
たを棚おろしけるかよ〳〵此方々又棚おろしする物有と。かくれ忍びし
源はかむなぐらつかんで引出す母はおどろきしばらくと。へくと。や
をつきこはしほうぶり引たくり
おどろく深太薬びつくりせしかよはみせず。そこつなり伴みぬ
世忰人有たれ共。助当したればあかの他人にても見しらぬ。しつ
て武士が立物かと気をはりうのるらにひかれて女もより
翔
つかす津条忍忽せ敷そふなそふなけふと思ふた
来たなし身が娘のおらん大殿の前にとまり。御意によつてさしあげ
渡く国のかみの御種をさんもせば。東のたのしみへはつけいくんらくと
悦ぶ所。内證でおのれとくさり合。胸の八委ぐはらりとちがひ
見無外三九の一もとらず二もとらす備一倍一で引もどし御師とらせ
伊勢参りにかこつけるにをそひき出さはおのれがわるちやかけ
ざん石義者め人どはし一九がくつ共いふて見よと
かけんだり。けたり腰首も。おれてのけとてうちやくを見るに
悲しく母親か。あせれど又はにかみつめひ。ちをはつたかもれ
源いを猶引をへもゆくおいやる鰹節げづつくさしの親持つて勘当だし
とはむますぎなり娘が行ゑいてもいをいはをいかひでもいはすぬかせ〳〵と
たぎ髪引まとはれても身のとがと道理に向ふ又ならせ
すへ有たり母はさへね夫の刀に左身をもになしつきのれば。これが
かんにん敗物かど。又行財を挟ねち上わんとをへたる胸の内一年
て毛身をあせる折節後八十みを帰に海乞の為。家中廻て戻り
かけなむ三貫とえり寄。伴之丞を押のけ源六引立後にかこひ
是はゝ伴忍殿。定て御息女の夢に付源六を御せんぎが。非けは先
在て源太衛殿物語御立腹皆尤。心ちん殿の家出源六は存ぜね
共一さんのあやまりしらぬ共申されず。爰は参取あかひ。白体しら
ずとおいん殿を得出し。手渡しきつゝ仕らんそれ迄源六御預と。ふはで
のすれば八十也とま。伊勢太神の名代もする人いつにいやる
まい人の深い珍藤が残て数さな望にませ預置。娘が有家
しれこらば早速に注進あれ。源太衛御用金の義は己が邪魔仕り
相調はすと申上る覚てい子のふると立出り伴之丞まて用事
ありと源太衛がぼつこみ。もふいふ事はそれひか。そつちがすん。たら此方
かいふ事有とぬき打にむね打むね打ひり打二三十つけちに打たを。手
ひどく打れ伴直ぬにもやらずらにせき御用の者を相手かく御用
ごしも御入す。事。わげはたゝき立ば打。参のさみと源六が悦ふ顔を見て
はうちうにたをして声あちゝげ何と何けつみつというせき者とは己
が事。勘当したる他人を引出し意趣をはらさば所々有ふ。武士の名敷の
門の内とて畠と思ふが一尺の焼引はつてもよけて通り火のしぎじ
ぎも代法もしらぬ女つぐちすへたがあやまりからんずしらすの口論でも
利を利につのれば小腹が立。我子の源六は勘当。親でなし手でなし。あか
の他人の此若いやつやみたけれ三念に有ふとすいりし。他人故にかねを
持。此上のご地めんやうな物ほろ〳〵と成がこぼるゝとめをしばたら〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵と成がこばたゝ〳
愛の父か心はえらんにくだけめには見えねどふりかる。母の後大母にも。
一余り〳〵源六もツゝ泣入計也八十之を立寄伴之引をし以前源六
扱今は十匁の板何にもいはず
話源六ぶつたをぶちかへされ善用つく〳〵二ぢんが三ぢんうんちんが船賃
出入ないとやて行諸見廻りて浪太兵衛是八才を。何事も沙汰なし
国もとで咄し無用。ばゞ其他人あとらいなしぶれ。あたみとむなにやれ
つゝめくつとにらんで入にける母源六か手を取て。八十八年に引渡し。玉なた
の親御はみづからが兄の此子とそなたはいとこ同士頼むといふを地
人ひき思ふませてたもでもない。且にく同道し身のめんじさへ
おちついたら。勘当ゆりるは定の事。他合の縁を取結びおらん
がなをふつつるゝ。思ひのせて戻してたも。気のほそひつきつめたを
れ付。最所加も位置で物一言も得はぬ。其心様かかはゆふてそ
なたを見こみに預るぞ。用事仕廻て帰りやる時分つれて伊勢へ
いんでたゝ頼むぞやいのゝ有けれ。何様へそうしくいたさんやうも
なし。ほつそくと申て二三日のうち只今からあづかり。とかくよいやう
に仕道是源六殿御いとまごひ母人何にも申ませぬ只親
になの御きもんとまめでゐてくたさりませ。
をてかんごうのゆりまでは死にやせぬおぢつや八十匁をに
見治られぬやうにしてたも。こゝろにかゝるはこれひとつ
八十文をたのんたぞ。サアいけ〳〵参りますさらば〳〵〳〵と成
の別れながき別れのはしぞ共しられすしらぬ親と子の心づかひそ
中之巻
いづくはあれど。神かぜやしきなみよするいせのくに六十余死
に生をうけあは万石の人のかす皆此神にかけまくも諸願就
のみやめぐり。せたみの浦のはゝひして。うちとのみやのあひのきき
もひきはよごとにおつれとなもたゝぬゑいそれよくのふしとも
たけばしらわらふきはたすびきさまさつさふれ〳〵はひぢじや。
でんちうばをりしやんとさてざらさら〳〵すりよつも。ちはやうけお
び引行すぶかくらおのこにやおとめの袖ふりはへてゆきあひのち
ぎひかたそきしん〳〵と神さびわたるなつこだち。ちゝの日すに引
そまぎ廿一とせのみやうろしまろきはしらにかやのやね。五日丁日の
これをしるあめのみつ風のみや五ごくぶにやうのしるしとてくらぬ尤
公久たの月かみ日よみにしのみやしほのむるこの御やしろすより
の神なればつりざほをうちかたけ。おぼへふね出せ〳〵はぬかゝいらふ
よこのははし所は。おもろいよのおもしろや。あまのわとのかた。
しちくりよりつのあはせものまひのはそでもくれないき。この
さくやひめこまつあをうなばらのかせぬみも。すみもしよつのみや
どころわかのさもりのおほんがみひかりやはて玉つしままへぬいかせ
のなからいも。夕くれかけてさゝがにのいとくりかへしゆくほどにこのやま
もとのかみかきやすきのしたへにとゝまりて。三わのしかしにしよを
かかにつけて。事しげたはもりのかみのそめてほすあきのにしき
のいろくを。そでやこつまに引そろへさけにくらべてたつたびめあり
とことも見へわかぬ。もりのこのまにちくとほたかとびしかふで風を
たゞむぬぎのかなめいゝかしきかんじりすは見しき。よしやよしのこ
花よりも。もみぢにあぬたむけ山神のまに〳〵ゆくみづのせみ
のおがのかたふちのかもにしもかみふたばしらふとしにたてゝよろ
づよのまづのひのみたのみたのかみそでのほひもむめのみや
きたのふちなみさかへんと。まつにも花をかすがやき月かはいづ
れゆみはりのみはみづのさかきばのしるしにかみのあとたれ
てにごりなきたのいはしづむすぶ手ごとにはやたまのおの人にさてる
さほしかのやつふりたつかづのもじのいにしへ今にいたるまで見そもじ
あまり。ひともしのことそのかずは。やくもたつ。いづもにそさのほふしろ
こにうつしてかみそのや御れう八しやのおほんどみ。山わう。丑のみや
くもふにおぼしらひげはおゐのかけそふきゝなみや。しるからさきの
ひとつ松ばんといふゑきのかみち山八十五社四十余社ゑで日本
国中にあらゆる神のみあらがを。こゝにこゝに大廻り。夢満足を結む
あまたの道者の其中に倒八躰太夫へきの道者衆是々案内者物
といへは。双家内にもゝもゝ源六といふ人はなきとこひこれは。其源こと
申は私何の御用でござります。源六度とは御自分が別の用でもござ
らぬ我町内三嶋やと申内かゝふをことづて。か々源六といふ人を尋。
ひそかに届てくれとの頼。御自分なれば重畳と。越入よりね出し
とぐれば。上がきよんでいたゞき〳〵山の程を金ひらふた顔弥さみ使が
なさに物の名才がくらみしに此中みでさつはりく則とこやみの雲はれて。
心おしろ四日やと神の心もはれより。天の岩戸はみなたへと又あなり
三百疋
いて〽道とや。されば紅粉しぼりやの手はあかくたこんやの口はくろし
とかや神そまれば心まですぐなり道の街氏八升夫といふお師
のやかた引つゞいての大みうち。家内ひい〳〵がくらのふゑのつた間な
くうつたりまふたり入てくり水おくり水。此頃づぐ見もなは袖川
はへてにだはし爰に和光の日足をとめて佐た木に不深大いまだ別
家はかたね共。殊更か髭八十みをが妹聟となりふるも。ほんに
心懸ばし万度の出抜き手に硯所〳〵出る玄関にんの中広間の中広間の
人なしとごつと座し懐かられ出す。ふみの上書源六つめるのめ。らんとはね
たは有かたい小三人にとつてるはむつか〳〵と内へもおこさす。餘夫
が所で源六と尋させ。ひそかに届さすはそのきいた。赤いと悦ひ〳〵
押ひらく庄の物見の戸ごしもとのおすてぬつと出[ヤ]源六郎と見た
そお洗来か御供いたゞくやうにあちでござんすの。かゝさんせいよ〳〵う
さんなきみやからのやらであろ。まさのなへいていはつおかしやと
走り行是女共にいふてたまる物か。おがむ〳〵なむし三夜女房が聞
たらみちんころはいこぬまにといそいでよめばいそいでかいたか目に
ちう〳〵ぢらし書がすよらぬ御なつかしさは海山歌いの。あいたみ
たさにやせ参らせ候じたいをごしふとりじゝやせがついたら猶たま
るまい此さきの幸から出かはりしとかく便のしゆうに成所につとめ
まいらせもしめでたくかしくおちめかな〳〵ヤ此ふみ山のかみが来
たら何とせう。こにかくそふ所はなし是迄のふみ玉づさ火にくべた
夜はとろ〳〵〳〵。ひづく笛のにぐるしくなぜにけふりとなし給ふ。恨めしや。
中村七三があさまがだけこりたゝ。むまみをすいはねをほのいたと
引さき〳〵口かねぢこみ押込て。をうはるをや神代より。ひみつを込し
万度の抜ふうしめやぶるちはやふる内の大麻顕出し大事にかへる何
じややう人は日をつゝみの物内にねちごみふみもそへもとのことによりし
めを折ふしど等頼させう。物もふ〳〵とおとづなゞ。これと心にこさへて
く。宗をうばる神がきや声けてねば門口にしきりに物もふ頼させう。
とれと遠き勝手よりゑ出る下男。五源六非そこにゐてなぜ
返事して下されませぬ。道者衆のおき銭人にかくして御さんやうが天
秤かいめならかしませよかとわるに聞て息のよそぼう〳〵とのやうにし
てあたふた勝手へ入にけるあなはなしお師仲間四郎四郎九郎九夫殿
間に逃れは八十途出向ひ是より使を以て申入して申入んと存候
て御出所し[リ]えなく「誰出たごぼんお条りて参れとあしあらいや
〳〵ゆるりくるならずかねて申入るごとく。伊勢の問屋がたおほし云ね
の類焼によつていよ〳〵今年はみやげ物のゆづかへ。諸国へのお抜くはり例
年とは二三ヶ月も延引京大坂の都方御合点なれ共西国方在
がたはたくろしく申けけもめんどうなり。いよ〳〵今夕先松坂迄参り
たし。貴殿の支度いかゞと気づがひちよとお侍のため参上同ぐは
御門道申たしと有ければ。此方迚も其通り。こよみお板は今朝
子馬に付出す。いみま乞の御参五も仕支度と申てやう〳〵手廻り
のはきみ朝一荷。仕廻ふ計いよ〳〵御内道申さん然れば重畳我ら是
恋中六人
より弐条に出合所は松坂の常宿にて先おいとまこと立帰が。又
にいもと〳〵といふないふや今夕数是と云へととゝ太夫が又せがみに参ら
れし女ご共にいひ付。手まはりでつかふ道具はさみな仕廻せておく
りなれ扨人のないまにいひおく事有。なぜ深いと又してもけんは
しやるぞいの。いとこ同士といひ夫婦の中縁に縁をかさねたれば
親兄にかくしても諸なに気を付いたはらいて。叶はぬ筈。此度の
足なめくり又はりまへ立こへ源六事私妹まさのゝ夫婦にしなるも
よく。今はかのらんかな思ひたへ。心もなをりしと侘事せはかんだう
ほりるはしれた事。其時はそなたも源六一所に。はりかへかはし
二百石五の奥非の下々町人のごとくはしたなふては親兄迄の
名をよごす。必々源六が無理いふ共いひあふまひぞ。急度いひ
わたした合しが。いへ〳〵合点が参りませぬとはなぜに。
さんじ。いひ合もけんくはも皆源六なのたづるゝいたづらとは
うさみやに念比なあんにやが有といな。是迄の事かぞへていはゞ
何千何日だつたつたんもせてか見付てわしひしゝせたぼんとほんとまへ御
いとこ同士と思ふ気があらば。他人を女房に持たし日ばいもかはひがつて
くれてそにひおしやんを其てまで。うつほいつにかばしださん
せと。年すければわんたまでとり。くはぬこそやさしければいたづらか
なければ知行取の様に縁仕にしつと家をふまへ伊勢三かいはう
ろくず銭金の有あかり身ではなし。わるほけるほけひも馬のしれた事
に入帰ればそれもやむ。ちつくの事はかすにんおしやれがらんき妬に源六が
あいそつしては是迄の心かひおひひなたの水たらしんぼうが大事〳〵それ
よきにけに大手の用有しれしといひ御奥に入にけがまだな見つ
かいひものかかはいふないか妹の身におかはりねて見たがよい人あがなくば
夜もひかもすい付ていたいものづらんさせずにおかふか。そんねがるすに成
たらるすにかこつけ。給ふ一寸も出そふはいのとひよりとひめにおはさみ給
持てこいてよお小袖を手羽織はかごであため出しておふしもとひ
有びん付有。おたごは大坂がよい道中であがる程切てなくはついきらし
□□
一してこを此深いつどこかめて顔出しくさんぜぬと見やか勝手
より小腰をかゞめ。大坂お供の下人六介此万度の抜私が荷物に入
そこ〳〵とけてくれと源六様の願なれども。者がへは先在て御荷物に
付てつかはしお供は着の侭おかさみ給へお入なされてくだされませ慮外
ながらとさし出ていかこゝと歌入にける。大坂で御念潰のおさやる
のか。父御さし立六介を頼なおと九上り万度のおもひ
事。是扨かはつた上書。大坂上本町三嶋や佐渡八の内にて。おちん
どの参る源六兵ヱサ此らんとは聞やかふなそれ〳〵かの女。腹の立
何をいれてやりぐつざる。ろ〳〵是を来て見て見てくたさんで。是が腹が
立まいがけしらぬ妹何事ぞとな出る。是見さしやんせと投付て
声をも立ず身ふるひし袂く思へてとめりなき此お榎が何とせしとうは
がきかんて是ひつくり。何にもせたあけて見んと引ほどく万度の内
入もいれたり伊勢の名物糸さしの女さひと文通はいと計に見方が
都合てさしろふきおとろくよりも句紙くき詞なき人の間に
父親師父父父夫後に過て肝つぶれそつとひて立のけば是はと見
第又ひつくり。わかい所へかは出なされたとう殿入さはゝ計也八十み難し
源六たびやれにふい。いやけり私かて。立んとすれば娘わくな。
八十之を深いをよべさかしこまつて立あかる○○○○とこへ立ずとよべき。源は
どの〳〵親が御めにかゝりさいと申候尤なされ深い殿と呼立る。あつと
き入て何の気もなくひよか〳〵と立出是は〳〵打そろふて何を御心薬。
段々づけでもなさるゝか。八十之を殿女共御用はいかゞととへどこたへも
一流ぐみといきついだる計也八庫夫眉をしはめ源いちかふ此太麻と
糸ざしの女さび覚へあんよつく見よと投出せば。是は何として
御手に入しとふしとふしとあからむる也程ほひ衆へも入さき其風情尤
御神殿の修七仮破損等はやねに上り御殿に入たま〳〵ふみけがす事
有といへ共散斎敬斎といふ内清浄水清浄の祓をいで恐れけれ
をはひのぞく神道のひみつ。なぎりの心所にあらず。己もしつたる
所有て太概さびを入レ給り手細聞んと有ければ。身内にしぼ
るあせしづくしめ木をいてしめ。ことく。只はつと計返答もなく
もなかれずうつくまり。八十みをろあへと。存ていたせば重罪をたゞす
の義もあれは当所ろて不案内正真のしらぬ神にぬぬ神にあや
まつて改めにてがり事なかれ共申参と申参と申聞せ。百度のこりに。
身を清めさせおもびののつと申迄。又上には先男へ是源六殿以来が
一奔御合点か妹とも〴〵おかび〳〵いにも夫も迚ひかへる前により
なみのそれ〳〵。それた不調法是非是非先弟にめんし御救免と成なが
らにぞをすれば又々海をは〳〵〳〵とながし是迄二てんの仕損しなく
世話けを孝行に生立し汝とくらべ見るにつけ源六か母の名のくるし
み思ひやる。程猶大ばかめが不便さかひき。はりきよりへれ来りし
はやとし。深いをもり立人となすは非母への孝と。頼に成
ての心づかひ。しゆみせんさけくらへは。神はおるゝ共およるさしがん
がに胸を有。無我無難の千々を己が知行ため上れ妹にめあは
せふか。女房持せおちん事とひ切がせてくれと伯母が頼み。三千世界
を得る共。頼己が今の身に誰か娘を知るべき妹を殺せ重衣を持つ
せぬ命なに作女のをみけへしとの願ひ。ともかくもと祝言させ。余重
が聟つて。源のいつと人のやまひおぢがさせると思ふが。とにけると思ふか。男
八十之辺が志わりした風をよふ水にたなに供るまふな。是出はんにんなら
ぬ大たやめ。其御移行じやと思ふ所も天照太神の御神様大せう
大神と申は今日田田みがいたで日のひかりいたらぬ方もまきをなす
事の吉ゑをあらめ罰も理生も頭の上に忽くるとしざるか。其事を
ろしかやま万友の太麻とかやきてたびの入物記はすき板の名
中に小わりの木が有と成へか。よし何にくせたし将軍始として日
本国□□たゞきにやまふ此おそひ迄一人か法にて神司大司我々を
身をつんだくか死はぢしさらすか。ろくなたはせまい神明にそむくおも
不便共何んはね共おばがなげがなげががからひと成はゞがり其身にて。かつ
つ泣つ気をもとあげぐらきなげと救ふといふ父子を救入とき方も
一昔然とあはれ一深いはつと身を悔。心調法共そこつも夢に夢を
見たるごとし左人おぢの御かりはやすり共。倉太神の御付思つやかつ
よいなや。八十とを殿女介。白目なや恥かや。よく我色では重まてんま
のゑやうが物の見入かむ〳〵いと我々我をかきめる大身上てなき
ゐへか兄弟其尾に取付て我々がおもひ申にて上声より其身が後悔
の苦すぐにい根清浄の後親救父は取過をさず則我々が今日
の大思太神慈悲に御免と泣しみつきみつさ三人手をすりける頃と
畳の中〳〵にはなれぬ中ぞわはなけれ
見合ける然らば敵すべきが我いふ事を聞へべきがごは仰せすなとほどすなふ源六
殿妹あまさかさまの事なり共承いでよいものかと名は八十
の進源六が衣類引はず此度汝が供につるゝ六介がわんぼと若かへ
させ。はさとなろがせ。京都の佐に古つるゝかとは何故とけでんかんかんでんでんかんかへ
ふしぎの立ぬ事。下衣の斧を其侭がの女に出合せ三ツなわ。東の縁
切せてつれ帰るか八十疋を縁切か深いサ返言はなんとことそのいたで
八十とをは猶予のてい源六渡の目をすり。是はあかるやとひ事
八十とを殿お給合。女共其六介がわんぼ持てといよん〳〵。救召人おちんと
縁を切しやんすかヤ〳〵それか定のばしや嬉いは竹いはぢしいがぢつとのまでも
はたなれぬ木綿着物させたがくしくしやと立ねが。いたり用捨娘
悪人にたもつ。いへたんのたはかたぬらねがて。つれてお次で置かへる。
心くらむうむうばたまのからすばいろの古とてゝ夫はなせかつみとがをぬいでさつ
はるさかへ取付〳しいひやくたいなしなくに此左へ立まはり。てその品ると
ひんしやんとかかかげのものなかは。手ばかい程女房が名にもれあまりやき
涙子が名あししと八十一を。いふ是もこ〳〵さ深いざまいざう〳〵。
泣て我身を親のたて心でいたゞさきでいたいさざ。ひとがは有ながら
いとこ同士也根が侍どうりとらせて我領につるも悲しさつれぬきさん
心の涙と成舛ではからば八質史昔ながゐの斎藤別当実盛木
鳥とこのはゝの名形に錦の直歯を忌し打死せし今に伝へて其錦
を介のづれと評判せり。只今おぢがきかへさせたる古布子かたちはさう
りおのはらんといふ外道女めと縁切つて立帰ば。それそいこくのしゆ
オフシ
ばいじんか古いへあるにしたぞやおぢが心をやぶり引ざきつゞれにこもを
かさねてきる。錦ににしきの袖ひるがへ伊勢とはりにかゝやがす
が善夜はうらおもてつゞれきせて見たからふか。にしきがきせて見た
一からふり。させかへさせるおぢが身に成て見たやとどうどうどうどなけた給へは
一月にあつと成ひあめかふござうりふか〳〵ちはやす神の神にこへて○三重
下之巻
行もて西部の花をちらさしと爰に扇風こめて。案辺に一条に一手入翁
折々乱加こちわんびじんの御影響。ゑいとう〳〵買にくるがたみせ
さきに手代八章違状かゝ状を書おとに出入の与次郎作物の給荷
つくり西海南海北海道東はかるゑぞか嶋秋田坂田坂田や大坂や
甚何にといふ扇ばせねて伊勢の用も聞暦くばりの
お師方も。爰を旅寝の常宿也。又伊賀や共呼なせり。門に
いなく病付を伊勢からの送り何が忌また改て請とら
しつれ。太儀しと手代八兵衛。女頭也手伝ふて荷をおろいやと。
送り状に引合せしヲ別条ない〳〵仰はやらふかげや此病主まれま頓て
爰は七つはらなといひければ是事にや何かは七つはらなぞ。めん
よかなかふき立居でも浄まりでも。馬手さへ出れはすつと〳〵〳〵。
そふいはにや叶ぬか。はれやれほつこしもない事とふ人が有はひのほとつ
はらゝなといはね。しほがなふていなれかせぬはすつはらなと打おひ
馬引立て帰りける与左衛門候ふは荷作りそれでしまや。此御荷物
身の長なさし口のに。夕のねにかくの屋敷にかさや。是おちん。いせから
一衒八十人をいふお客が追付見に。いつゝ主清お一人食こしらへ
さゝしやれや湯ん風呂もわかしておかしやれ也。是よしとお何から
結ふぞ先たはこから仕らんととなはりのおら手代おも〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵
さばゝ竹の都を立出て。家入の八十みを何と染い此べよりおび
たしい類焼でないかいまだ家居も立そろはずと咄する〳〵行
すぐる。八郎見付て申人八十にも非爰じや〳〵と呼どす。ほんに爰
じや。去年参りし時分はいまだかりや。さつはるゝ立そろひし給へ見忘
れたり。先声で珍重折ゆゝけつのやける。つほ六はさみ紅お
ろて伏めさ。此御家来衆見しりませぬ是源大殿とやら爰は
甚あいと申八十之進非の常宿私おも手代八参御遠慮
なさるゝ程めんの御様や。甚あにも用事有て大坂迄大た
明晩の夜船で帰りさせよ是女ごで衆何してじや。てお茶持て
ござればあいと中ゐがたすきま人たれ京枕も赤絵にしきもの
出ばなとつとさし出すやお茶たべまのねらつなふくたびれたびれた然らば
御指の出来る迄ころ〳〵と御休息御案内々八花つれておくへ
入にける。是御家来来もな参迚おつく見候はす顔と顔と顔と顔と顔と顔と顔と顔おまへ
そなさは。ちんでもめんような所でと。平にしみ〳〵身をよせて。先
息才で始めい。扨ながな事聞てたも八月十四日の日付にてそな
たがふみやう〳〵四日諸にとゝいた。其ふみ小便の仕よい所に勘参ら
せ行しとは見たれ共爰にては夢かうつゝか。何からさきへはなそやゝ。
顔見ると胸が一はいさのまつて物がいはれぬことめとかるめば折手
を始是はしたり御一家か任は御念きな中かいなふしきな縁やく尋れは
あい一門といへは一門念所といへは念に何やうるやらでござんする女々。此お
人とらんがしみ〴〵物語したなど手代の八意殿にいふてださんと
なといふ後に立聞八兵衛内かぬつと出た顔で是おらん何してやる
ぞいの食の出来たゝかまはず大略大分の給ひて親方や傍
輩をふみ付るが奉公かとぶが口いふも様に一物荷物をおくへ源
ことやら。ぬけたわろそふなといへ共さかすそらさぬ顔内人はいれは
門口かゝこわや〳〵〳〵ほいで。あはた口からねに付先にから爰にから爰にから爰に侍る
てゐる此男。那玉にからぬかなつぶれめ。石ばいやの者づみしれ
たと。立りかつて川に引出し。づかつかんで三かせず。千百拾匁
かたまながやかたりゝはとぎなす。すないやいうごくなやい。源太
一荒世忰膳もさいたわろしつている。いやい兵法もならせげなばれ
あもいまつかせなど向ふすねをけめげあげさまたぎをつかんでもひら
けばへもなく土にのめらせたり。身のかにどうどうどうどうど
魚下写
内が立さらずらうぜき者と棟たりあくるといつでもよつて見たらう
ぜきでないに細を聞ていつもと親の勘当ちけ。うろたへ給ふかは時。やと近付
に成がだ上国へ帰り女親を刀に勘当の侘すればひかさるゝ手がかり
立行たけれ共此なりでは行れず。親の家敷へ入込手立幸五を
源六といへ。井筒屋の源六が引りに成て。やしきへ入込さい。出るひかた
れた時丸腰では雨の質に置た大小が請もじたいがれ是ねが一日
五拾匁有ば勘当ゆりされ二百石の跡取に成と咄にちがひもないは
しつたりかれが一百五拾匁取入た何とうてか成成程借用其申わけ爰
をゆかめて。其いひかけがおそい〳〵。んどうゆりすぐに伊勢へとは聞へとは聞へとは聞へとは聞へとは。
なぜ其時に立寄て行はぬ。左かへる程の心底待つまいかよいで取ふ
か。男を見いがへふみ付たがきろくはい給ふ払ふても金とらぬ。其かはり腹
のいる程ヲふむくらすと立上る。ついておきるをどうどうどふみ是といな
とてはがばとふむ。らんか悲しさ〳〵〳〵ともあらず。ふますと仕様
も有ふ是つかいお人かんにんとすがり付を手代の八兵衛党とゝへてうご
かせす。そなたがかふ事じやない是かねかした人。日におまにふみやう
がまだらぬとあせか女をうがせず其まに存分ふんづけつ汁二年
ごし三年ごしの胸かひらけた。公右衛門が住所昔の所。云ぶんあらばしり持て
とい源六とにみまはして帰りける涙しぼつて源六がひぐいめにあふ
無きより。八十之進が思はゝ諸人の見かめ。いんか悲しみ身のかなしみ。
光とすれどあいたゝた日をおひ立かぬか八寸をとんで出源六で
いたぎに手ゆめぬ心の分別おもしがもしがく済足せりときたはり。
衆所とろ〳〵なくね耳に聞てけ出家来の百目すんと気はやりし
がしかたはにゝけれども。申所はかれがほせんたなく。うでをさをつてこゝへ
たり此返報はないふ時が有合思かせ給ふ先信用の年札ふてとい是
八兵衛無心ながら金百五拾匁左かへてた人物尾銀寄次第返斎申
さんと有ければ是は見る〳〵損に成りそふな御介判わづか半季に六十
目取かとらぬ御家来衆百五拾目といふね何れとして。いや〳〵とも是はよし
にくされませ。ぞ美用は八十三をが胸に有事八薬指図うくるに
恋下六
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
及ばず取人ておくりやれい人〳〵よしになされませといふといふもの
八十之を立板し一夜はさてしがさいさんのじたい。此八十匁を。すましく
見あながり。家来にかさぬけかさぬのかかす所でかつてはせん源六
と立出る不調法まつひ〳〵御役に立いで何とせう。是かけるどつ
ちへも本なされて下たるなと天秤札五十両五両で百五十五枚あた
ふ心んなよこづゝをはつて〳〵はり口には。出さねと心でぶつき〳〵つち
追取てちやん〳〵とくはつちるは。思ひ又古をのけてよい紙につむも
問しやうけいはくやにが笑ひしてさし出す八十みを請取
土右衛門が所しつたるな此金持つて行急度汝せと有ければ取上
ていたゞき〳〵。有がたし共我し共我一分を立させて下さるゝ御厚愍
かれといひ是といひ何とほうぜん何くせんだもの乳を応ぜて懐
にしつて入いて参んと立り行。待み深い。其腰の物置て行。いや
是をはなし丸腰ではと手をつけは身が身がへさいて行と投出し
一旦は手いひせずこらへしが此かね返弁の後存介しねまじきつら
たましい八十みをが急度にらんしそれゆへ腰を取かへてさゝする。
国々其仇指に手をかけても身がゆるさぬが合点がぼへるは心に
のみ見たな国十渡しるゝなものくれぬ内はてこいゝ家前も申上
たれ共。其かんではござりませぬ。モにそれは〳〵有がたい共冥加ない共冥加ないは
どうはふよも申上ふお礼も詞も泣紫悦びいさみ出て行。箕今
日は日もくれに及ぶ明日早朝よりお抜をくばりたし土座の座の舟の舟の舟の座の舟の
頼み入女子衆座敷火として風呂がよくば入たとおくへ通れば
見せさし時。家毎々にとらひ出すけあげのごとりけるべき宜のめ
ぐりか家来源六。たきにさんば色すた〳〵いふてかけどる。日とりをいん
が待ゑて内を見合門に深くつとおほりからんか。今のねをおとた。エ
そしろどこで。どこをしつたらおとそふ。かせくまゝ道にてむさいやつに
ひあたりし若きやの巾着切にてこゝれしが。何にもせよさし出し
おとしかたとられまたといはれふか。立給ふて口上ひねり。かね渡す
段になり。さがてもふるふてもあばそ。なふりにうせたが大すがめと
いたい上を又たかれし其口〳〵さ。横腹ゑぐつて我も切腹と思ひしか。
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
手のかけられぬ旦将の執指おめ〳〵と立帰りし二年ぶりに顔を見て
よい事は一つも聞せす。恥かしや無念や腹立やと人を忍べば泣声を
のじで殺すぞ不便なる。まかなすきかならんをゝと付まは手手
の兵衛くゞり戸から首さし出しおらんきのぐな咄しじやのなんぼせ
上は金切でも。そもじの心次第ふる金を残念やと引込あれ
人が聞給いのひぎ共談合仕給も有ふまあ内へと手を取いさめ入
あひすぎ物さひしくぞ遠がねの茂右門女房はよめごあれ
見ざいなつくばの山のよこぐも。よこぐらの下とそわしが親里おや
公都甚あ弥が大坂行の雨主事と見せのさなべも取置て小
哥物まね浄るかや。家内どたくたさひのめくおくざしに八十
の進は明日の手くばり。帳向ひろげ工夫のなるば。御出なされてお
慰と。下女のせきが呼にくり参るまいとてつつかへせば。下男の七兵へ
がぜひと重て呼にくり。参つてはけつく皆の気。づまり。くたびれはいた
すべだてゝ爰から承るが。かげつく参るより御馳走とながねばぜひ
なく是も帰りける。人々つかへば吉をつかひづかはるゝ身に苦はなしといつ
の世にいひ。そめぬ房上と下との気をねる。中に中ゐの不便やらん
がしほ〳〵とてうし盃たづさへて。おもやとおくの座敷とのあいは。昌が
七間。千里もあやむ。かき思ひ諸に手代の八万。手に百文拾反
の金持ていふさらやらふ是やろと見せぶかしてしたひ行もらへば
つまへもきたゝず。なければつきの身の身のなんざらんか心はとにかくにと
したのあゆみのごとくにて。程はわづかのあいなれど是を心中夜ゆく。
更手の引出の道行と。諸で世上の手向草かんした酒もさめぬ
らん座敷の縁にしよんぼりく内へ入かねたすみぬ八景跡から
おとがひではいれ〳〵といふぜひ。泣々障子障子押ひらき。おもやはさんと
にぎやかなにお出もなされず。お家つもお残多がりお肴はなけれ
ど御酒一つといふ陣に八兵衛様にはいあがり。しやうしの腰板額にして
らんがいふ事かくれ聞。跡に源六目予き男からんと八京がへくり。
ふり。合点ほかすと金おとせしきもなんごく打しん。これ座敷に憐
井のかけ是も同しく聞たる八十之を帳致したらめ。御内所より度々
のお使参ぬは無礼ながら。惣じて音曲もの音は程をへだて承る
よりそばで聞の見るかにおとり。と申有様は爰に寝て聞んめ。
重々御心付けれ共酒たべいか。寝酒に一ばいどうもいまいこぼるゝ〳〵
国之外来源六に酒御無用まだ帰らなかつゝ出しもいたさぬ是道を
あるいたしにまれたりたゝかれたり。又金将て参つたり。嘸くたびれん侍て
風呂にも入てくださの頼むむはみなんじこななんじこなたいつから爰
につとむか。あい御縁が有たやら此音から御奉公申す。それはそふと。
あるひ風は家来では有まいなまへてはおとことしであらふかな。
それをこなたはどふししつたとさじつぶせば。しらいでなんせうとゝし
の言迄二所にくらした松は女屋のちんでござりますはいのうやけう
がるで八才をひざ立なしして其らんが爰に奉公な細が有ふ
成程我ら源六といとことかくさずと其子曲のらんと有ければあいとは
いへどひかね。外に。外に聞人はなし。それは。それば。それば。それはそれは。それは
とび渡くみ返答なければ障子のそと八兵衛は身をもがけど物はいはれ
ず爪有て椽板をがさく〳〵。指と心得八十みを
どの心つきこふのゝ横のやねにさかるがごとく也おらんなく〳〵どうでもお耳
に入いではいはぬ母のほかつかつかいへへではして下さんすな何をかく
さんあの人にかゝつて私が身迄此難分此上二所に成たらこも着
ようもしれませぬそれでゑ々縁が切てほしいといといと思ひがけなふ
今日出合扨も嬉しやよい所に奉公せたいたいたいふの状もしをふ手を
切ふと思へ共直々にはとうもいひにくひ。おまへといとこ内士とはとつど
前から聞ている幸なお入るで手を切ふといふ事を源六殿が聞てなら
嘸腹がたとけれといはねばならずどうなとよいやうに頼上ます八十みを
さまとしづくり。あげてばなきゐたる。はて扨あふたりかなふたり。此度
源大を家来にして召つれしもしつはそなたと三つかなりで縁を切
せんの計。縁を切てくれと頼からは嬉しい若くのよろく事が有け
とい顔せずとよふ聞きやおちんはや国もとで参が妹と祝言させ。懐
妊した共いふそでない共いふ。あの中のかさではどうでやがての内にはう
むであらふあやうけふたりとは爰の事。どれ悦びいきはいいたそふと。
盃せばいへ〳〵〳〵あた有へさひいかな〳〵つぬ。聞むなくは聞ぬが
よい。酒つかぬとは我らめいはく腹たいやんな。そなたの望にてやるはひの
其由もう頼り。すりや直にらちしやか。いへ〳〵いちもいゝしませぬ。
ねかゝそこからいかねはすまぬと腹立され。顔には似せぬ勢ひつしよしよし
なき。八京なびしみもふかぬいはせてくずが出かと分別しかへしやうし
押あげお寝酒あがりまするおあいでもいたしませたが。じたがかうした
さかなではのめぬ。わつと中へ出かけませたかいや〳〵討の外の外の外の外の外の
明晩く時暁ては御情ない。有然は旦那がるすにに我等も少いきたい
心。たかゝかごにのせますはいひてあまりいやでもないがいこかへのなふ
おらん。わや聞えぬ八十組。おちんがよしと申せば御出ないが。爰ははりあひ
号の家。申かつたぜひおきと袂にすがればさすがいわきにあらざれば心よ
はゝも立出る所は九間の大屋敷何といやでは有まいか。是おらん殿お
寝所くしておふぞや何でも百五十目是ひらい物と又見せびら
かし出て行おちん座敷にたゞひとり。とほんと思ひまはす程深いとの
聞ぬねたまいぼんに〳〵はれのけて。外に女房がよふもたれた事
じやまで先お寝所もして置て置てたいていでおかふが待ていやとてうし
盃程かはへ出しふとんをしきはしにながらすべき夫の寝所は人にねとら
れあり。此寐所の仕度はとまはとくしつて。なすしづむに給ふ給ふけ
込源六が心臣安の車の輪どう思ひまはしても胸にこみかけつかけ
て討て大たんとうをすへ心すへはさすかにもだちしかくごおどしかくごおがり
出しかとはいかにひざづかた手も。ひり〳〵。聞た〳〵或者ぶるひといふ物おと
おとし付ても猶かな〳〵。かひよれ勝先に是は数有がたしと。んなべ
えよとゞにかゝ口うつし。丁息つけば程をはり二意のめばふかひもやみの
神は粗百人力。思いてさげ給波の平とはにさかくしおぢんそこなかあし
やからしぼけてとへばなふ給しや源六つかつがアとまじやくじやうじけなし
かけ込さま。なぐゟ力により。五六寸切込たり。かんとのつけに取たをし。
又ふり上て切んとすれば是侍て源六度はやまりまいといひつゝも跡へ
〳〵と身をひくひやうし思はすへこけ落たりつひてぼつかけ。
逃そふか。ひけう者めく止ます。ひけうなれば声立り。命はおしまぬ
いふ事をいはせて切てくだされといふをも聞を取て引かせ。鶴尾を
くつとおく刀にすがるも今はの念力。さられでもわかせず。ひけうな
源六谷。切程の心子細がなふてならふか。なぜありてじんじやうには
きらゑぶれぬいやくといやといやめけば。源六と一所に成たらこもきやう
も六とぬ縁切てくれ陣取てくれと。よふ影を頼んざな口かにく
さにこもさせるのじやぶしんじんじつの人でなしめくばん念ひろげが
それで切たのヲ切た。まだつとゑくつてわきだしぬかんとすれは。なふ情
ないもふきらず共。此方ぬけばついしぬか。息の有。内いふ事をいはせて
くたされ源六殿人のふしんじつめに見て。八十みをきの妹御と女夫に
成たこなたの不義はめに見えぬかゝ。よぶみつかなわで縁切にござつたの。
道をへばみなくをおれが切吉しや人の人でなし男ちゝしやうぬ二年三
年水一の下女の中ゐのと人には下なげにあなづられじんぼうするは
何のたのみ。大ていや大かたのかいさいとしさと思ふてくださるが。情なや
其分とはしらいで。金からたと聞。と其使情王お王の見限りにも
ならへおと。悲しさはくらみ。手代の八命が。ゑくほれたとくを
幸口されて百五拾匁の金下さつたら心にしたがはふといふされば定なら
源六がきの所深いと縁切といふたしやらふと金はせる。あんまりほし
前いかにもいふ事。其いふたは皆こなさんがほとしさゆへ左兵へ金取た迚
いふなり。人が。八兵衛ノよりきつい。大名のお心にさ人したがはす二年たらず
の生公一度も。身をけがさなんだ此らんが八歳づれに帯とかふかい
のぜび〳〵がたがはしく切すと聞てくれもせでむごはれないごかく
なぞへ。此上にもまだいとひ。捨て早ふ逃さしやれ万に百たひ
出す折あらどいもくとなへて御思かうもふ物いはせてくださかなサア
此にきざし思いて〳〵〳〵〳〵〳〵いといへ。もも次第によな聲の色扨
はと聞に力もよはり。そんならおれが皆わるいかびよんな事仕出つた。
かんにんしてたもいたしかろひくたはかめくれかきくれて前後ふかくに
身見だす。今じなる身に何のわひ事。有内かげをかくして下さかれは
いひはげはわしが心に有りばやふ。逃て下さんのいや〳〵いそなた捨て
何のごこへとくにのつゝつておれも爰でしぬはいの。八十をが妹との
る比嘸心がり。伊勢を出ると其侭是をしたゝめ持ていると。上着
のゑるを引ほどき衣出すざり状。めが見へは是見やれとひらいて顔に
さしかする。よめた〳〵〳〵〳〵が疑ひさらりとはれた。かれも疑ひざら
りとはれたぞんならもとの夫婦か。給ひ嬉しやと悦ひの心につれて。
なかり。そんなわなさんじやんすかると計にいたともうすれ
すかりなき入ふびんさよふ代しやられてあれなれなれば
六乗んで帰らぬ身のしたら。此上は今及てそなたしとかれ談合づく
の死をとげてなかん諸で人々に。源ことおちんが心中せしとかたはれ
ばせめて未来で逢頃のさつなとも成やせん所々いしゆで切た
とおもふてばしたもかなけばおらんかぶりふり上り心中すれば
かたを野辺でさらさるゝ。其恥はおまへとわしばかりじやない
伊勢のおぢつく。八十也けつ。はりきの親御門がた。わしがとゝ様迄
のはぢやつぱりいしゆでキに切たぶんにしてたぐたされ人は何
共いのはゞいへたまゝゐさへれ立ば。五里七半つきせぬ夫婦どれ
ほどにふ死ぬるとしらば。ころじきひにんにんにんにんにんにんにんにんにんにんにんにんにんにんにんにんにんにんにんにんにんにんにんにんにんにんにんにんにんにんにんにんにんにんにんにんにんにんににじて
一所にいよふもの。くなしやくるしやなむめうほうほう。れんげのうへで待
ますと。法花の二十八ほんに。二ほんをのうして年のなみざん
づの川へばながれけるむなしきしがいに取付て。あつとなげゝば
勝手にはさいとか太郎左衛門ちよと〳〵あいたい事じやいのる
すか〳〵どつこにしやとなりにか。よんでたも。あいさいさい事じやい
のほんにゑさはずのうちに身ごらへかたなをさか手になびあ
みだつき立んとはしたりしかさるにても我父母のよう〳〵うけし
は十九年四年はひぢの世話と成廿三年の日かす。八千二百八
急下十八
十日の其間半時の孝行なく五午が一毛もゑをつらず
五事もなくかばねを万人の口にさらし。悪名を末世にのこす
親のはちかおぢのばちか。もつたひなくも万度のそひにた
びを入たる其神罰業を乞切これじまひ爾来をたけた
び給へ三世の諸ぶつとくはんねんし。やとばらにおしあて刀の
切先付に出る程ぐんぐつとつきのでかはとぬいたる刀の名ちし
外にまじる五臓六腑しつてんばつとうごくうをつかみづもりしあく
業今爰に死ぬるこそいちらしき見べるゝ心の其中に
も此覚へしをちからにてよろほひ〳〵刀をつゑのことに立寄足
よはくるましるまきたぐつてくる〳〵〳〵〳〵。めぐるわんゑのつるべの
みづ一口へつとのみこめば。いると出るとのいきされてたましゐ
中有にさんらんせりおりふし出て見る下男ふれ殿中
よとよばはれば世上にひゞくとりざたの心中とも入しゆ
切共思ひ〳〵のたむけくさゑかうのたねとぞなりにける
右伝ゆる所の正曲の調は節狩士何も其品多し
七行和漢大字のかなづかひ迄世間あやまりてあざ
むく類板を出す甲乙天にはのたがひわづか成とても
正本にあらずこのゆへに西沢九左衛門義教改て梓
に寄て印花押の記を添る事しかなり干
5629
豊竹上野少掾
一
万八
正本屋
大坂心斎橋南四丁目西側
九左衛門板中
二枚