男作五雁金

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竹田出雲
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2026-08-17T19:23:18.241Z
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場所: 大阪府
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竹田出雲
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吉川宗兵衞
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オトコダテイツツカリガネ
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東北大学
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2026-08-28T18:53:25.651810+00:00
四十一 貞光寺院 竹本筑後様貞伝 吉川守七千軒版 一 荒井恭信号!図論会号 □□□□□□□□ 江戸文七嶺吉詰 男作五属金竹田出雲縁作 大坂文七紺屋 勢州洞津 一江戸染井植木屋の段 芝原七郎左衛門 此辺にかものもはかにかなしかしかし 花は三芳野紅葉は商雄月の武蔵野とたゐたりし名所も 今は引へて花のか江戸の八百八丁六十六国の入にて都汐に たる繁花の地春は殊更人数なく。見る事多き其中に 駒込の植木畠には四季折々の花の色取分深井に 名のなき霧嶋躑躅の花盛。武士町人の陶なく入 かはり立かはり。見物群集をなしにけるけふは四名のか屋敷より 前日からのいひ殊にて霧島を御見物と植木屋の男左花壇 廻りのはき掃除とつさ草引水を打所々傾き見の床机幕毛毬も 花やか須屋敷三人は役所又本町通の呉服所山川屋権左衛門袴 羽織いたる付。代引迷入くれは有の伊兵衛。是はゝ権左様あづたし されはゝ去年の秋百紅葉見物に参つてかゝけふが初め。扨段々高 売も御髪白羽に此間有和がついてツヽおびたしい人団よ。いや も夫は朝から暮迄花見の為てまでまぜまする。嘸々。抄さのふ手代共に 申越ため拙者が出入申越屋敷の奥方霧嶋御介物なされ度と。異 家老衆より御内意によつて身共かけふの亭主方随分麁物のない様に 頼ます手前が世忰も殿様へ御奉公申せば。頭立人やうお出入やら一方ならぬ 権左衛門。いか程御馳走申てもあきはない。いちや手代共最早出に而も有 まいお料理の用意せよといふ間誰なく異方のお嫁出馬島は一緒の宜も 春めく伊達模様屋敷めいたるなりはしやんとて又有分し染井の植 木曽とはもふ爰にそふなり也と。次の奴に桑内に世ふまりは足をあへと程 左衛門も出向へは中にもおもは変者の恩恵よしやうや置やかに けふはおまへもお心づかひの上に。嘸何遠にござんせう。追付奥様も出なれば。 随分麁相のない様に申付たと。奥家老鳥恵次様の内辺にてふくりが 先へ参りまた。扨は枯る。夫ひかひ御染坊拙者も念に念に祭法の ないやうに急度申付たると。こふ給ふかとあんじます。サリとなさんたも爰へかけ でちつと緩気をやらしやんは。汗たらの気ばらに身もふく仕いふと。煙草 一愈損土を。するらかさ一者の草なんおもふのみによい男の見あきせう と思ふたに扨よへのもない物と。受けさからからかいふと領髪かひねになる。なさん なと見てくださんせ尺長なりに。今江戸ではやる文はやる文元結まき立てかたかうがいより ろかや。いか様手がいつたやうけふのおぐしみでな治やう。かんに此先結をどふ也 で文七元治上公ますや。されわしわしもろくにしぬ。此先結て文を書は紙の名ふや 〽及いすが又かは去来。帝よしの男仕初めた共言まずる。是はしたり。昔かた文をとるおの 付者はみんな欲量がよござるの夫に付て犬の花岡又そ様江戸中にまたとない 角前領友の丞童者わしが道みかれを惚ないてゐまする上高とも。いめ。中 そ共しぬか時はやか〳〵口でもふかいはいはいのそこにてゝども。出て。やと指付て云 れもせず顔をあからめかつむけて。権左衛門も聞来つふし寝たいてまざらす。又 お尊殿は今七様が娘かいや〳〵嫌じやすむない。〽アラ其跡をいふれ。故に くどけんふ義はか故に御治度とや。法友〳〵て物書さす。わしかゑ量がつきなによつて 楊梅のより喰はちつと父がきほんほんにひきつは引けるゝ。いか横手前の世。忰も。お 屋敷にけらすれ共なたの様く事ならじやなんとなふ事じやない。其原市を見た内は 男ひきつひつてまいか顔ひきつはいはんとかされかたかけるに高も吹出 す折ぞ立先先人のご行の者只今はおどしするにぞ。それかたは菓子なり と。屋をたさると譲井の外源の立。きなそだち寺山屋の奥方。けふの発見にかちを ひいふもお気ばらしと。つき〳〵の女房迄お伽の授俊にねるや緑物見るやうに 恋なく〳〵のあゆみぶり女中のおさへは奥家老中庄曽平次いて安内申こんと 先に立しつらひ置たる老身の陣執いざ見あれへと申上つ奥方付々にさなは れかしこの床札にやすひ給ひ。しばし見とれての書平行。此存ん事な 房嶋。吉野。近瀬のふといへと是程には千も給へまい。中と左様てござります。世間 にか一霧島は三四尺がめくりなるに。是は残ず壱丈余又外になるに。 ナア女子共[リ]見事に咲たと余念なく。見らるもるも。何れの父やまさる也汝方人 内前の首尾を見合せ。権左衛門お目見へ出ん地に見へ是は是は是は是はいはいいいいはいひて。扨又 様にもとない御機嫌悦ひめきと挨拶すれば。二つけふもちがけふもかけりけふもちがけがかひて 自もよい慰するゝ是は有かたれと申旨は憚はながら。拙者が初身より出敷へ お出し申上呉服に付候処仰付候へ有がたり跡とする。刺世悴権六殿様に 一同廿六新町人風情の頃き丑文で六度下さる段冥加に命に会に会に合て か母諸殿様様御厚速申出可申出候迚とさりませぬ答今日奥様のは花 見承り。麁酒拝せ候へば笑ながら一献口上られ下さるへし旨平次様御前宜敷かなし 頼りすと勝手へ入より追々に立て用書の銚子盡きみに雷納する女中の 遊び一人興にぞ入給ふ公礼申抑授頼び侍がゑくりむ。かなはぬ恋のふ書六日の はゆし六ずんで。けらない事為しや直何なりたふして事指出に治様も。調な 六月廿一日 あむるねめの原育に別れて浅茅が原の梅にをやうぼの枝藤にやたりが 治てつてねた夜はしかりやさがへとしぼりしぼりしよゑにいかぬ乱髪を好み たり今角ひへかつとりとた顔討散死さかりや恋成ぬや前の男女の男女の男女の男女の さへき老父父とら衣紋結ひの〳〵と御聴台の物家来にいゝしけん。御前守ちかく 手をいて今日は矢雨も能存候へ入の御慰候機嫌違ひ奉仕候 に父そ伺公仕。是はまゐ〳〵目へのめ舞とて。殿頼の御夜は給ふ文をといひ 御都度の狗辺御恵切公使其狗是へとお母のれて日頃州深のおひだの上 くはたづくさけ上りしなだれいやうけるとん〳〵。とんつはねへの奥息女中とぞつて 大笑ひ専ひとり目もやが一度不非無之も類にて打平り物云げのび 上り目と目を見合す衣衣何とはひかるふだど。。香衣すもはしかるふにへお 上の打ほで。日頃の符散仕る。とてものびにもの奥懸の日は音に音に音に も又負けにも〳〵前の部に見れとも何多し 見て帰れと御秘蔵の狗の網手を取舟皆々村連人給ふ勝手口より権左衛門 自身通○何のんば新大様だの合へは屋敷でいよとい目にかりまだけふは 嘸ひつかひ。いやくめづゝしう貝様の花のき見穂はす彼屋計の峯衣ぞなたも けふ藤様ののは使れば。扨あふ爰に云とく。殿様の恩にしかなしかな。かず。 共二度羽の内へ及いふとぢ思ふな町人でこそ有人にしゝれた推給ふ所好なと 見たれにたつた独のせ呼でも涙はかけぬぞ。とかゝる者の味は国もいたつゝ。少々しるゝ なと親子しんの女子お手出る御奉見合せ見合せ文を損くと云弟卿は親子御 顔あつし物語はつと寄きかにましなき事が。権左衛門様一呼に。又七棟といかひ 麁お出候以右のみなさるゝ成程〳〵。まし文七も奥へて。為めて。為男と 一所江居士が大名を請る物思ふ出しやけんかは曽鍋権て入にける。 男六一 ひよん心時呼とやつて。わしやあで思ふて也。辛わたも米をつて跡へも先へ も行ごんし。まゐ何かくいふやら女日顔見るれて。つくつくぼりと咄するもあるこそ。 けふ女はぬ能目尾中。跡得公教部成アヽわけもはいゆ計と云ふととはいもはいもはいも 顔耶璃のごとく也毎日もいふとくふ義は歳の法度若此事かるくれてはふた りが身の大事だといつとあるはぬ児かせか気はかはぬと。しらせたりても首も なくげふの紋を爰に成をしてめ。約の眉匁の中へしけ込首尾殿はもをこなさに しこそと思ふるにふつにいたる三首尾叔は狗国におまへの女がごさん。そん なる事恙なんだ。扨今おまへのかくやるやになつでいはしがは。はかは右の 文々神かけて必ふいのといたきつて家の理をれば。けれ又はそふとにの名鳴か目 にかつたらたいてはもしや有。まいわしいて来まても息行んとする折から。 婦子の声せし。御秘蔵の狗が放れしと口々にわやにぞ。曽平頭も突出す家来 及死塩樹木の微々さるや〳〵と下知すれは承つて数十人は人は人は文七も諸 共に非階の木類禁山の草とき命強あら残る方なさぜ共行方しつねば 人々も十方にくれて立たる所の興庭より妙朝年負狗をまきをかきを立つぎ あへしけきたれば。皆々悦ひはつり言狗いづくに居たるそと問も語るもふる ひ前隣屋敷の垣越い狗のなく知かけ付見れは此家の飼はひつはひつてふる所を漸 追のけめしと云に皆々立言て見れは詞に違なく狗のそ笛百玉尺に喰さかれ来 になつてのたれず。父てけ件の人の尾笛をかんですり。大事の物に衣付 たかのうなめと指添ぬいて行の頃こねを三刀指せでは。片足をあをちさやつと次に死 てけり。犬をしとつてさそくの手柄いやう様ではござりませぬ御秘密の様に 手を負せしは使に立方文が誤りいや〳〵気をひしらるなきなきは是なしす妙 東神院に思寺の神仏の也印竜より取出し付れは忽身ふひしくんへ 江屋敷明目早く申レと音早す様此粉か共土の中に御つた物也さますともますと心弥共に 引懸は父そい前の義二人により心也書附も合き身の心鳴の彼女猶ひらき当者は 誰しや。方殿皆入てのが申けうとは何卒。何なだといろとついはならぬとは をいやよしさし見さしやんするゑき様上様式を成つきくりつた〳〵に引さい 枝になる其女の川さんしさは。一人の花をいきしやの候は家はふもしても人事ないかと 司吉曽平次は助ん思ふ心ふ心は友古上いりやつても立古にならぬ此女がふ哥の説を 男八 鯛 嘸立次は忽申いとの時はヨレ文七反[ヲ]落[サ]治謀の様久しけ道といふ 義は家の法官ゑと。ひんやんきゑやんきたるよう法度をはや。そせて。そせ 事か。御勘屋の枝には母の使さし。是ば本の大骨折つておか殿の悦び。其悦びの 裏か来て。追付ふりしづゝれながら鬼灯もぐやうにかりいくにありやろく心な 事上さは朱文は終指うむき物をもいす。居たりしかつかつがたよつてうせ。心形を つく〳〵打守名前も最前迚此理給いややまいながういふ場に及んて廻ら ぬくり云なれ共常也近所の衆が六にはアヽ種れは仕合を商売は繁昌するよい事 〽もちやが迄。付馬に乗絶つしてあるくであろ。其時は。其時は。其時は。其時は。 れたが。今て思へふるいたつゝの科で。神賢寺に乗頭一応あかふも知郷夫も汝が心 かゝ道也おれも何衆に付あへば。捨合つが魂も武士にあんまり貝はさめふ右衛門のせね。 そ切れうが数されうぐれはいん少しないと胸守方儀大汐はする大親の 中みたしやりふ事も涙に心得なく只吹しんみ泣ゐたが歎きの故も奥より まつひ出給ひ給ひ給ふ事あれにて聞へにて不便に思へず指あるふ義の程あれは自かぜ ひいの不間る事の事はま殿へよろしう申上子。ヲゝ手ぬが。あれまりおくの名 母がわがだいそれた事した者を何れなし。此時が思ふに腹も軽い。しばり有るよこさ りませうきまれ女の前侮りのかぬかすば。父を道うでいたといたとおさぬはならぬ も同飛[ニ]わたしはそんなり口もくざれまだけ〳〵と偽る者の事とないて 刀。背杖に。ほねもおれたともに任せ。わか〳〵はつしと浮けめ。いた死事する。わしも いつとは惚ましたもふ堪ゑや下さりませと泣わめこそ心地にて立次刀を期に 〽出ろひきやう文七事は御譜代といふではなし。殊の情惑もふけれは物たき 者なれど。おほの法をむいさればきはまつて科は遁れず。いふ権左衛門心を 服堂していたはしうは思へ是非かないとあさらめめき。そながら其方が商買 にはおまひない。アイ〳〵家来共。此両人を身が屋敷へつれ帰れば鳴か事は父も をくどき。其上にまた訴人の科きやつは是よりいつぱらへ家。身の心に。其 が下知に任ず。若党足程立かうり市引ほどき今〳〵と。はたかに鳴がんの所をわり行 手でにたき払ひ打立〳〵追立れば父へ書も諸左にひつつて行すかたけい この道葉ぬまで浅て。顔を染舟の町。花奴女房の路にしづる 江戸本丁呉服屋の段 男十一 よき諸者たる商人へ軒をなく板花の地失にはしを本丁無江戸生ぬきの よき絹着たる商人の軒をならべ嬰花の地条国はしを本丁通行生物の 呉服店武家方ばい町一ばい類銀河豆山川屋いふに掛直もなかける夜の 明るから物実に見世は人給ふ気の仕入染地の注文朔日裕羽織袴の仕立 の催優左君君男女衆まぜてもやつゝ中児の嫡子。大台に衣の生母一人店守 御案内して山川藤権左衛門殿宅は是を皆止せぬ早合長アイ権左衛門名はこれ お袈裟者の御用ならば。紋白金襴銚子もう也。羅地か金残地金紋残り縮 一酒は渡か成と京成大大地染江戸此原非は屋形かよござります馬朝黄鬱 一金香染くち葉前帝[リ]ヤヤウイウ〳〵 るなり呉服の用事は重て頼度僧は浅草の中の者権の名持たる故に御辺に出たて能 く是也。ア旦那音はたる内證州よどなくにも御定侍いれば。御用あたがめになる 程く其おき辺の物をね給で。おは思ふかく留くつ相談を付ではなけれんどう ぞか逢いさるゝ様にそこを頼むいふておくるふれば十左様なごと目に入権左衛門は 打込て夜もねられぬ物あんし手代か壱世に記有は浅草の家が内證の 事しつて拝たいは年より。心捨にもせられまい是通心そくゝの物んも聞召よと 其身も拝職ひかけては通りなされも女の挨拶御先ならふと諸人を具へ通つて 座に付寄立騒動に手つかへとなさかは存せず世将が事に出とは出とは忝合せ 様子順存と申上一々申上るに介す。行義つよい屋敷の奉公仕損ふたせ忰め。につ くいやつきはねば其日から今日迄食も慎へ通ず。まが母が都御推量下 されませ。御家懐れ尤。親のふ稚子が思へはいふ事はござらぬとが為気恋路とて 赦さぬが屋敷の掟今日未の刻寄の女は討権子息は切腹と聞ておろく 権左衛門扨は世忰が前者も今日に極つたる。テはつと叶恩を頭の間に顔見へ ねど母親のわつゆ泣部山川角花屋のごとく也にお歌ぐる祭入相談といふ爰の 事御子息をぬる手かり此中〳〵も出家の感の仏の衆生へ戦ひ応遠慮 僧には。都恋の命乞其子細は。告なさればなされ。下手がりとは先始也いか様の 御手簡早ふせて下さりまで。アリその。地獄のきも全ず第百五十両金が有 一ば請合て助る命慥な手筋はとらまへても新心の主がない寺の難感は成候 此の角色迄両の身元けは。程度の身代六百両や弐百両は。出立もなされ又 文七両の命を実金もとよりかしみもなせぬ夫今日のあしもまだ四いまでの辺は 三時余り。金見た上では愚僧が働いり足いたはそう息才なくすうんせまやういなは 給へまいの其金のふ〳〵とせいもせてもせる。世忰が助。つか 其両が二千両衣財かだけやとも藤材子。我々式が論仕て。人をあやめたれば 一金でゆる物も有ふ。先は誰じやお念。百五十両のくざり金。是死てよいとかゑ也給ふか いかにても呑込ぬ。殊に出入の出殿行事と行ふ事とは。商の点でしておる夫は とも有御土家様出世話の段之所とふとのらぬ挨拶違い。これ御亭主か出 入の武士付合は屋敷の格式でとかたい計が格言もどもどてぬ衣向は自立ても 内證は。心伝心金のいわつて申さは。扨はそふかと得心知て出てゐていはぬ か難義めくさり金とはいろしやつても。先の大政寺百五十両出にういふ事はし僧 が一万間八十両効略して百両でやつて見る気。いから五十両まけて。出るに。爰は 立まい。チ高が百両捨たと思ふて出さんやれゑ僧が折角とし付人を助谷根切 徳無気なくて下さなると拝勝ごかにかけても。里もくはぬ柿の女の悪名もせ す身也そむけさせめ手に盗賊見せからのぞ手代生将のみへ付。月世にて金やう といふとい妊め者若しからば権満すと。いふにもひるまぬ家の所久しく同じ 事をいふと思はれうがすむる功徳共に成作。百両の金は酒物たた人いたび帰らぬ金 と命を脆くらべて衆了簡御勘定しいるにむんと気色貌を損金と命のおい とかさいやらひでもしついる。あまひやなりくはふいのすうしやどふ有ても地心ない の。みこといくとい。足本のあへ中にやるが仕合師是非に及びぬ。縁心い衆生は度し がたし。すごく立て行を見せんの心代か口々に草夢の有なぬたかひで服しなこと。 ゆびさし笑ふもくは顔珠数つまぐつてやける手代金の方へんた誰妻 にす程出がて落付た顔かまへ世将が命七何をないたも誰であどいひ是が 気にけると。小首かたびけあんじ都。申にて旦都留。其気けがはれぬかはれぬからす 此席て下さんで是は女房あらたまつたまひとは何事聞ませうかやれとねと 〳〵の指ゆひ。わし給ひと申は。今の坊様呼。聞て。全しんせて頼たいは。主しんけ。けんけんけんけんけんけんけん。 もない。誰しれた売僧坊立。あいを頼で何に候ぞ衆生刻谷のひつくれ足に のりやつたの。金のかの子もならぬ〳〵。権殿門がに塗ふて金気れたといはれては。 一分も異心のかは何りかけた様でもさすがは幸に。打やつて置めされイヤヤねという ずにかそれたら人が笑をやつり誰してゐてゐて誰られてぐださんで。テ物好な誰 同断 れて何になる。あふないふ成まいふいぬ前とわしは日枕でも心も訳も違て有。 一文七とはなさぬ中。産ぬ子には格別の義理も有せるも有へ内に仕ふ者を先として 文そのしにやつたいでは。助るといふ金憎て見数にした結女の実の女なござらいや といへ直な殿にはねて。作成とやうしやうしやう也。人の口が体ない大子将軍 様の事でもいふなひ。それいれましやなけれど。万にはかの御出家がほん〳〵 の事なるに悔て返らぬ跡の欲町人の子るに指て。侍になる如きに都先の弁なく やつたがといのくぞこなひ。けふ敵は親々が拵てする歌かけ人もない仕子侍にせい でも大事ない町人での大名と人も羨む身也代数有のの通は専とやと忝頭 せいじや稚名の権六ならへお尊は名荷候へけ置ふが。藤原村ひなやらふる不申候哉哉 に成もせず。殺されもせ夫物何へいふても皆跡ぜん此間位くらせへなる との詞を便にて呑まする。猶ひしけへて下さんと夫の様に打つて敵も道理いち らしきなさは中に抜々の身理もまと涙也。またいの愚痴なとはその恩なとはそのゑなとはそいふ億 万貫目の身代でも町人町人米一粒でも斯をは顔をはぬあつか出 世。大切な所を仕指やたがテ何とやう是立の親子の約束死だ。跡の弔ひて。何の名代 色の惜はせぬ気でなたの親も浪人衆。何供ていてぐやんなり其侍の 娘しやさいで連合の曽発にての願ひも。七八年の刻染でも今迄隠して置 またわ身全が八十五両とつ藤の言付には。の。所へ嫁入身は夫牛の気急で ないのを人事にそだて。成人に随ひざかりはつかふ金。今にかつは連合に隠す 品も有物。其時に出してやれと。先の先廻心を付下さつた八十五両。置て何 になろあのかの身に捨身金。おまへはしらぬふのをて。願ひけへて下されて下されて せて頼にぞ権領ありてあつひ。夫都にゑやる上。とふ成共云たいか今の坊主は もふかんだ。誰とながねにうつて寺の名も。浅草と聞さ計。卅六軒の寺中と れがどれやみれにひ。イイアわしそふいて久三を期から時にやつ也。もふ時にやりて ございふといふ内になれば。家是へと書て権にあさつたいやうにかひちらしおれは とふもなれぬはなたす第といふ物の人は〳〵ついな分いらぬ事を立て行前の 出家はつさ〳〵もとの人打通り帰れと有で又参つた御了簡が付またり。捨て はどのにごとなか了簡を伺ふにも主はかたいました事変ぜぬ気にぬ気をふ わたみの間でおほ呼にふまた御音労の上の御答方様に御扨は誰殿の 御内證六様なめの子恵の災難き成て御名屋察しやられてか笑止千万御推挙 なされて下さゆませ。思いともそふかいと申そふな。聞そとはなさぬ中。中。何のよく 連合のけて置てわたる数百両の今間は何れの加詞文を全鈞諸左思ふ に任せぬ日まにはまちつとたらぬ八十八両是はまが親里から持て参り鳴国 是でどふでお僧様偏に頼ますと跡行詞もない。やくりしたり〳〵言語て給 せし御目分れ奇持七万。先速て申入たは百人十両ふま不得心と存るから百両とはゑ 僧がり音其上がふ立の金是でいかゞと存れなさぬ中の人はぬ人切に善心が 千金百両に十倍た負女の心仏は見通し。ゑ僧な身にもかへて。やり付て 見ませう気つかひ有ひなとかふいふ間にてや九つ刻も早ふ屋敷へ参り。暮れには よの吉左心がせけばもふ参。神棚へも仏壇も火を上て仰られお願申が肝 急く願ひのなる此包と懐捻過て跡も身せて天行者にする物なをり。 仏頼言いおひ。我子の母矩赦てたといはしよむ普門所見せに手代か訪口 こちとらは朝かゝ頃辺河水流す商物一割かるなからぬが今の坊主は先手いらす八 十五両ぬくもりかた爰から直にほん也へでもはちこうなし。四つぼの朝年 りばくちきやうかいふ。千万万万五千石の花代川原川かて悪卯のあば れ喰はる八はいのかはおびいばぬかを見ゑにふ。風渡善八郎方へ。りいお内義 様の方簡でなされた事。坊れ侍るは初方を設るも同歟。奥へいへる嗜みやかう いふ此番頭も誰坊主と思へ共手に可少も誠であつが善殿を以て。右門通り物 買ひいふ事に気を付て倒て見たじや忽まいかさえ屋はやそこへ尾張やから の使の男。浅黄絹酒のかゝへ二筋色のよいやかたを切のう内を出かつてや 急々応用今切て。切〳〵とせり立板こち奴物いてもらへば跡あるりとしまは ゑれど籠がどくに立おふなむ三重得。。川も多か命のかはりや。切てやんた数 もこそなへにかん二人の命ないに極るい〳〵〳〵やつこが案内主人に仁中院 但上にては両頭用のごと窺へと見へお名よりの末了簡衣な手の肩衣は北 を見るべいおめさい。イト〵茶男も段々度子も所々憚りながら是とかうの合 成様〳〵前黄の立嶋淡州又此声もよく有べい絶上下どいふ物は上と下と かはつて近宮の顔に仕立様に仕立際第一地代手間代くはく書付見せめさい 〽ヤレハ肩衣の御代はこ外に古文書の字とんにす。の字とんに身が方の言も 頼命是平刀所始めての如当随分下直に積上地代紋代仕立代武置其寄 三百文字是でよいか金一両年付に渡す。時々後日類とそふ其節のも算 用すべ立はい様に顔はませんとは誠なされまだ外に用も立も立も立り参籠 御平門道は武士の辻口上言頭者并若手座にてが五の合明卿様に低下に 其上にまだ命ない音の字の紋八十五両の枚金とふやく物に。ならふ とてやら鉦がな。もやんら〳〵哥合仏アヽコン番先通てもちをせ何の十四日暮 林清刻限が切て音比は〳〵いきやれつかふと都。夏に聞取女房の肴拝し さしらうこれ〳〵。文母の敵のるゝ為たこはついふに。物もひにも発しやと 云付をしつて。哥といへどお念仏。聖女のものねの祈祷する也頭教儀をじやと いふ事異変の内義の指図にシ自書及入申とこくいほふ伝銭ちよいと鐘木 にかけて丸柏子の所の如何也去夜に小栗殿頭宮殿姫宮の祝言三十九度の盃 に海酒をすゝめもり殺す。横山家が悪心。夢にもしめされで。 給ふ妻の記の目の前江左の盛の盛の姿御背と及といは果て此世から倫鬼道 の良身を上は軍にのや。本来さて行得。天姫ののしむ。吉八 昔の気がかはつてき深く。其上に念が入て生ながら餓鬼道どんなういは もしらぬよいかげんにしぬくや。テ気飯は爰に入て。此光は湯に入て小栗 の本服しす。下りしてまいつときやといふもおろ也爰に藤沢の任行とていとも たりときは上人小栗殿をゆん夢の上に玉頭の湯壷の中蔵入て手づから 洗せ給ふにぞ。大道心の其ふしきもとの輩成あひ。照天姫と御中よく目出 度夫婦に介給へ見せへ一人諸人に感也ぬ。右こそなかければ。 家内は悦ぶ其折かゝ腹立きたる先手の若党浅草の寺中学徳院御願ひ 相調ひ只今是といふ有之盛宣立立立立の立久駒越の公儀も剃の執行長刀 持は春故の育板梅の孫杓細代の乗物凡右の如伴僧二人扈泣して出るに ぞ亭主を始め家内の下。曲りうゐにはかうし槌て感のはい柿際是へ とくそは躬ける前の土家に改め乗物出る其勿体跡から来り来を直に内 へかき入よと云捨て通いかれは両戸前かつながゝつけて奥へかね人方法申重 て立つか事ははかるこし品によつて是て宿。何も残す寺へ帰つて作足〳〵 是はたきや。権左衛門き辺でお礼さまだ申さへかきの命をも又又生て の伺に随ひ帰りける義権殿御文政五郎殿御三度古にせぬ優男老ぬ侭忠 殿はんなされ戸をあれは文七日むらむくに酒原下火出立生顔見る殿でははいか 夢でも始い前へお影〳〵と拝へて我子にひしとき付て離ぬ女の悦ば後藤 もぞ〳〵尻をいぐへお前は本の生んどうしたねめであつて。あんまつの嬉しさまだ 誠六よふ思はぬ法令杉の御慈悲と恵に成付路守アゝ道理く。今野やたまでは 杉の親並へ直へ直々にいへんふ義の勢に指焼て居たろしが暫有て顔を上前の 方に此尚夜かけし不房の執行の執行奉奉奉奉奉奉行奉奉奉行所の お精負がたう思ふ也。本庄曽平頭の渡七の内記切の物の折々の内記物 様命乞に出遊はへ。道様とい御対談等もなく御先祖ばれ日に帰りし初の 内は顔返し見るに付。不孝の段々思ひしば数なされと欲也と欲し見るに いいりしく叔たいでならふへの。敵にくいや殺さしや門命冥加をは地獄 の豆飛す下様の厚愚なた生し給ふんや女房共いふに違反乱の は今日迄是から先生延る舎の類厚染染徳院左向い増を旬待ない静に衛門か まがり根軽本はやかせるの大渡尾あとやういふ書僧坊主と心得伺ぬまし たゑ外の段子まひ御見下されも見下さいがの気でござらぬ。万ゆぬからぬ 人商人売偽この有はさすがくそふかろふて下さる程権にある形扣居た所へ にへりて入腹立御ばそこをそとへ参照の宣元御機嫌有て下されと女房 諸共存入て作る也はきてもさ実板は右権の證権御覧ぜざずばほり総た 花の帽子。唐五郎にすはさけぬ。ひつき髪のへ練付。三人 一蛇果たる也。。頭衣とあたまの髪せや。人ほ孫ときの按者共出立咄せ ばしれな身のこと場を改て下封に付。外村は平兵衛と刀に歩中間拙者主人の思は 尤間元朝とて則文七杉と次の有。山屋敷の妙な殿の命親金一合作がご され是も身上せず此事の方へ罷越れいまだれいまた心付の便も心得 人格別そかけ落まち出る様に公も頼せしみろころ二不有子も只 今でさんた社のは高め便に成の難義を歎き駒々吼へ泣つけ。 けれ爰に火の末孫男性な浅をじんもぬ目にいけん有ても他国の住居生た 死たの役も不能と致程共頼妹。ふ義くれはならぬと。しつても助たい夜 かいひ。そちがり等はいめてくれは金は五兵衛と。都合す度々妙にしがみ付。 が下人にわんを合せ頼まやるがいといといふた計様はふぜいへぬ事ても参り たか屋敷の御沙汰文七様は御家堂からはそんし殿の外の外の外の別数度 こせん屋敷の頃は自直ぬ奥様には気に入て暫 せいる爰は熊前の世の所御菩提所御礼願所出する所の所の 時ぬ時傘本でもいひく。そこがこさに出てのほい。今時の土家頼んで待時ぬ 坊来悦てしけて見やう。テ形つテ形ひてから立の句。五兵衛が命は暫めても。橋の 方便に盛心引付た是の加な手前の親方同給文は。様様難義金誰よい 進物御ふに持て立つ也。八十五両は此身の御供ぐりの製米廿人等の雇賃 道とは絶り足もとをんかつて。一人前に両二間宛乗物仏道乗物仏道具通り松へて 二両の有へ地震に。衣売しろな人に損かけや商身に付名金の里かでを一人 ながらゆまた誰の目勝かくのことくではりますと語んと語んは。狼捨をたぐつ 共いはぬ忠国の神文はくはしか呼も武士に到の勘平兵衛とやうの弟兄で助 るはもつても後日のおないでに腹切か親の為といせも果を爰な子よあい 手代もそふに抜々と死てかいぬか見せたいかといふもともと言涙なる。夢頃か哀 かき高山の巣外花本庄屋平左衛門様御とやうあてかろにみ身の身にて 坊主を屏風の御沙役に而もなく本庄曽平次郎并権左衛門先日以来村勢にたり 身が参事余の方でない。先にて此口れり浅草の準院両人の命を明れ も相済たてお札。倉に仰付いたへ。御用分をも同道致せとぞい付た殿のお 指図。イサ拵つせ二所にまかいふ。アアはや目札計五吉うのつく龍殿門。東方へかて なはれば暮に介女少少少々とせり又いれ。何物でどります。其後草浅雪浅雪浅雪浅雪浅雪浅雪浅雪の雪の雪浅雪浅雪浅雪浅雪浅雪浅雪浅雪の雪の雪の雪の雪の雪の夕の 出るてはざりませぬ。都角か出しねばしても有やゝ殿まいや。何を捨衛門 安徳院か坊主でなふて何でおじやらふ。手前屋敷へも今日始て。季染院 そ始め。佐やりのわつき。寺がなくてよいゆが。その行舎始さに気もも死しか。 一徳兵を云めさんのよ〳〵気も上げですも申さぬ顔坊王の殿能勢 好顕くれしきの帽子刻色にて指出役に似て記でない様子段々ども なんは出人の殿様。損て難左衛門の忰に存念す。不調法で五命惜いと存 ませぬ憚りながら曽平次様父そめをめをめ退いれ御前程宜し仰上らすられ ませと武士も加入親子が心底感感入一日本広間平次気の委督は母の親 屏風ひかけには安兵衛が出すも出られず身の治りおとふるふてぞ窺ひ居る しまして何捨左衛門お目鏡に違はずか本願を大刀有の命を指上ての便白併し 町人の了簡いさいさい〳〵仏閉手にも返髪の僧とて髪そゝぬも有物あたま にはかはらぬ兎角出家道義一逸囉ふさは坊主の果帝遣はたれや殿のお 情貞省の文七でも故なかては西ぢ供渡りに私のよき折柄唯はれき仕合せ。 及びゑ僧知識でも違俗例は多い。愚の先に名やつても此方から咎は せぬ還俗と有ば浅草にも居はれま明寺へ礼も無簡御定を請て是迄参 れは身が後も早済たと事を治なる間に舌に命に心にあへぬ枕を相のけつと 土身のみい内容捨三所し併花岡天七と名上下され指た刀の手前も有哉此分 てあつはとさせも並ずアヽこの〳〵。山川屋権六刀とと何所に。死物気来の丸 橋親内へ来れば町企つくりと廊外やうに云て聞けるいとへ親達もよく 〽おもやれ惣て天下の制法秘の定軽い乱れは乱れて心有其中でも 重いか火付首鍬に入鎖をもつて様に繋き柴薪入て焼立れは呑んで 蔵行てねつ。其中万人に一人は預て火の外へ出るも直出たはてやつか宜の評さ 鎖の口たは天胸自然は敵し有そな道にそなたの物つたも。首鉄鎖の切 た同然御赦されたき国度の慈悲を弁へぬ為用。親から腰に指付た程の 冥加の者なや詞に落付山川一家如有がたゝ云也今いふ通使者の役司相済ば もふ帰る何角仕出て揺れにもお礼に屋敷分せたるよりの是迚も露きと 立出れは親子の名詞に愚のお礼定して内にて内に入平兵衛は吐息まじや 本庄様のか願出て拙者が天憲宗もこんに出守様先度たれは見朝悦び お顔も見たいもふか腰にませうともかうもせらまいじやが衣にそぐぬ大窓 付書てからがたからふ。イヤ此天恵都に仁沼をへ今はがす。金襴の男を 紋沙の長白むゝ太郎様被下にわめん目預り かたけ。又重てと立出る忠兵衛は誰は後々過語り伝ふる忠案の極上渡り奉公の 御城下可 行条急に難波の属金組五人男の男のて人悪薬で桑の守国にたはる由にたはる由 天満砂原兵法の段 〽いうとられた約三郎呼付腰でいかぬ時は直に腰突[ス]これ平通り。 あらておゑいのイヤ正九郎殿そで殿共で公い寺の條寺所両所当程は覚へぬ あふてもひるかこ。にあふてもひるかう打かくば。かうわがだこたあれ ば岩石桜引出して須車かう投て並た跡懸のころ同然どふせうと信じや弟子 衆の中で根もよし。骨も堅し覚へも早い。今して見せたり二ツの條笠間流 哥の小作てもく。竹の内流にもする事親方元然病気の間稽古ぬけ るが気の毒で師匠のはといふも愚臥ひ平兵衛いねの点にはいいろ〳〵。 なんぼ精出しても其元とは切が違ふ一昨日習ふた行合様よいかゑいわせて也父女の 事しましよ。相手が素人なりや苦なに行。覚てゐる平兵衛油断なされな。 去しいたぞ仕合の違ふ向かり正九郎が絹披露披露 間にひゞく音。ホウしたゝかやめに合にと。互の勝負は牛角焼失は牛角の物質 一洞王にも心を付て立歩。元蔵が娘のか高さうに平兵衛しりやる通と様夕火よつ ひと鳴詰てまんじる御夜なす今すや。今すや〳〵の寝息が出し。御つとの間に せぬ様に数もす目の次第煎立の薬あげかと今国にかつたとや人参がない 公への太第ながら五兵衛つい調へて来てたも。爰やなといゑに奉公なされし其 一廊がやまぬ。一まが三百目余をる人参つといて調ふ物は。弟子なれは正九殿 聞しやつても人事ない。去年の春江戸の難義奇尾能ノ事は済でも。名の立。た屋敷 此奉公詮訓たの世にも居られず。幸有は火坂すれ親からの身を後にて。此大 溜砂原借宅所有の也渡世ははらぬ呉治様馬早速次弟子も付て やと思ふるもなく且折面のふら〳〵病気を引立配剰人参才ねばならば実 わしす。もふ三度の上をんだ世帯の所の物入きちかすを立つごづごつとてつとて二六 鳴しやます。其様にしやん心か薬に気に気がせくからづいといふたはなれば。コレ 此様は江戸の軍為に囉ふて放おしう給ふ共或は髪に指合したる是を阿波 一座堀又右様へ持ていてよい様にて唯やと娘を顔てじつりと見て。平兵衛は 酒屋之者お子の上にもほがは。髪の飾結談の結譜は敬色甲の柿楽鍋へ打込で 親札を五郎にかけさしやか。前の孝行を思ふに付て史致は兄太様三月以前 九郎兵へ下つて書付も今にしれば呼来た状にも実がなつたふなき物ふへたが ふ稚く〳〵思へどし子とがなへ。酒も。又代もなその其よいのを買で上ましまし 付ぬ紺屋殿にはしたないでもいふて有ウアヽきのふよんとけふやく様の御 用で正九郎様千石等い様夫七様ござるを依ては両領合ぬこと云ひけると願ふ より菊の先など有らば前の用は立てこよい〳〵こなめには頼ぬ。平兵衛いやつと いておもいの。チヤ正九郎いやじやじや同。弟子の娘。信濃守んにて くさい文七殿に約木が給へふと。したがらしやうしやかしゆがさしてふが なむさんほどろ〳〵〳〵みまさかけ。人のない金本打合ていきませが。かくまい 是は扨もたすねるが。すねはせぬまふとやさけれど。いやなわろがころ〳〵鳴な。 暉やうな音にさへとはかる人が雷の紋所付が両外 たるは雷を虫が嫌ひ嫌ふ脊板アレみたてやころ〳〵にし身が入てきさ上耳に手に手に手に耳に手に手に手に手に手に耳に耳に耳に手に手に手に手あて 一騒文程にとはくはの幸なる都当をふやゝよい城廓はいつとはつい往て かふ。鳥風奥へるもを付てともつまひてさきいそつてと。音するは余所の日殿 のまか殿県の雷殿こついの方はごさるまま。安兵衛主殿を見下さんせと有て 行をとらめはる者を破置てとうよくなければ。かくなかへて引むるゝあつくろし いといにいふぞや髪に物かねかねとはとはさにひかへと抱付ついでにもいか給 をと寄を買ひけヱゝ何じやの住宅の根尾を沢山。そふに。遊び右じやないそ也。こ はいととふやといおしや。アヽこはさいさかでなら爰にやぎます。師匠を鼻かける 娘が父そに惚ても人事ないか。あれには。尊といふ女房がござ。まだ其乗行町 の清川とて。汐流すに雨がめて。気の多者に惚ふより。かつかろがいやといやといふ 文七郎と訳有様に覚のついいはしやんな事なたの様な書す者に者に者に云訳するも実 しやが惚ぬといふ訳聞しやれ江戸の屋敷を勅し中に深ふ云かつた。寺の名は花岡 文七。そはれなにてとゝす一所大坂へ引越ても。心得共に残てきるとも。男を事を忘れ ゑ時暮衣う思ふ折から烏合屋の太杉弟千入の其日から。原童には恨くが ゑに惚て。心ゆかしに挨拶をつみや。抑尾の息女卿は故将にどます。女房 の五文そあのゝ物のおつしやなと。を見すへて。江戸の男の男の咄也。この事 親のの頼にひゐたのもしさ又を違ひの訳にては。兵衛衛局全に心なりて。江戸に 一聖文をかく申落付し。百万里あちの者二階かく目をし付てとく心九郎なる かはらぬかそりや又時ひば〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵手ひといといりやたまゝぬといといふ とつはかは逃込さまの哀し。かく馬も耳に手をも。泣ひ立も。得やらぬつける。 出馬にあぶいと掴で引込戸棚の。戸を。ひろやりやくき〳〵とて。これは なあれひ〳〵と治わめく。財もおけす夢の歌絶衆の人のまかどもなまらぬ吹 降に裾も袂も知れ建雁金の文七師の松に随て。さそひ合し同内第 〽アリ其右衛門今の一いけひとかつ也。融寺あちへ落たかいなゝ大かたてず落た程 有て上はまふかねは邪魔な傘二本手でに夜ほうりやり。鼻紙出して足駄い よごれ泥めに執げけれとこれと見給へ迎歩。智はなは〳〵。雷二とはかつて都入の おむすの気遣なさるなもふならぬ京の方へ行また。いかいかへ。女子じや とあなどろも。よふ自由になろはいの思へばく腹が衣髪をとなひとつさんたと 顔を打めて恨泣娘はと頭ごしく立つまくら折につるは御用でかす様に告ら れぬ侍ておれいてくると襖神時具へ行千石聞てか何しやつんと合点がいかつ戸 都の内をねめ付ていかれたが誰ぞ有ると指覗きしアかがれて童はさんと 面目ないさま見てくれはみわが様物はしれしれし有面目ない今計り〳〵千右しれて はない心郎が雷嫌ひ道也合点がいかなれし。元々。元にの〵にこはいはいはい いふつない文七が見て置た。天実にこはいわしが雷の中。中。やかる娘を引すり江戸 棚にわりやなぜしたやいよゞ夫はそれといはさゐんとあやくなやつては有わい 其畠がねめを見出され八々九寸の下ぬきもふならぬ何の為と思ふが隠したは 軍治智略にいつ豊江勢ふ迚作事な事いふない。アリヤ極印思ひ事はやない ぞよ。かれに軍書読講講講評置てならば。子供の時からいよこ〳〵。こと也 の大将。ア何とやが外科の様なゑで有たが。〵ゝ思ひ出た則玄作といふもない番 を。こいと云て大きな手柄しられたげなり。夫々でかれが。かけで後家 や腰のかぐ所では押人戸棚へ所にといり。たいさい〳〵しさ。今も其格でやるげたが 告法遣の娘は手ごい好物の海の近辺手もやうねだ骨と此建来るは高 なむさん歯をたきにわせた桑の木娘のふやと極印が後いらみゐるとゐるとろと のおしやるには。おこ合によう出退付は目にかりましよしより思ふ千細も有は 独死分て逢たいる所もすくない此家内の用意するおしばく門と頼にぞ 何かはらず即身の指曳装つたと三人一所表にそ出にければ方は為尤襖障 子残る方なく御放し登籠て地およし縁息に哥いちや。どこも思ふ言下ませぬが お気にかまへ跡痛身子死なる女母なり成事気父立極はすなへも気 け付て三分〳〵。元粉が病中に思ひ付た弟子撰今日と極めたれは夫がけく力 に成て。此頃に元卿族礼言付た事用さかくば。三人の衆どれから成と人宛 ござれといへアリトといいへて三方早右衛門様とらきがめしますお社是へと云後其身 は小陰に入にける。千葉門にといと有ば静気なしに行ぞや。テ極印かぢやの番息 子一番のりしやこいと当か詞に付て内へていつて見渡せば奥の間の師匠 宅間元持長病に裏ても眼中すごき其骨柄爰へと打招た眼に随ひ あゆし三行中。紅の鴨居よつどひがけなく掾中が上へ鷹間抜間稲寄の ひゝりと宙に片手帰二ツに離の落に見て。ホササヤ木枕鼠かな落た物はし 麁相仕た〳〵。麁相でおりない結合抜太刀打情出さるですばやい俄見事 〳〵跡な両人これ成と呼でおくみやれは御褒美のお詞哥と脇指鞘鞘鞘鞘鞘鞘鞘鞘鞘鞘鞘鞘鞘鞘鞘鞘鞘鞘鞘鞘鞘鞘鞘鞘鞘鞘鞘鞘鞘鞘鞘鞘鞘刀刀鞘に さゞ指数ひけるさへしたり顔正九郎よりはいれと見なん座に鼻高くと押直る。 文七跡からわせられいと遠慮会大も荒ぐつ男ほつか行えらる。肩名也をこ すり落をすかさずみて足上びつくんんと踏砕く。本ヲ一眼二早足でかされたる 九郎はぬからぬも格句のおけ。云ながゝあつて松油やさうて焚付にもごつとや ならぬとわれたを残ず取て猶此次差結文七雁金属主わせいと知つける二人か御用 何やかん故に恐る師匠の目通りに腰かゞめて行ける。文てかてへんの立落かゝる に身をひけば。明喜火声つくわつとな。枕こゝと見届けてそつ近傍に直し置 一師匠の前に畏る。元静はしみ数敷有身なの中方ん事勝れ此三人所作の甲也 心の励を介しみて。印可は思ひる流の繁昌伝つたへんと存るかた病中に工出した 松の方へ怪家なくて海辺と仰屋の悦び。万くはや三人頭を竹詞を揃へ誰 にも有事を下され程秘公過御伝授なされんとは外年寄前といへ出入たる風 情也。娘子熨斗比布盃之ごといらへも又しよげに間鍋上さん丸盆に 敷紙したる肴物入の前に数寄格式なれ貸も致さず老人か始め申と 少更だる祝義の霊母誰彼なりに千本也極た極印がみつちや頼正常に おれはしや恋ふ二人かつかり。文をかうす。是はたはく思ひがけないめんの弟学聞か にかひしと盃三度桶いたきは叔子也お銚子乞何のお焼る所へとは命の 森に悦ではさむむしは上は高杉打つくなりとふに 鴫居へばさりかね揃入そいが働はしらぬ此心有らが早足きかし。人のほせぬ程の 柚干びしやとやとややとやとやつはかればかげ淡路様を西行銀銀行あ 有をひけて置て置てては悪仏身具はやさぬはやくぬ。アヽ恋外ながら〳〵。腹を 立めたる両人の男子楽殿いてない千右が俊打正左衛門でかしたと思ふふふ楽通〳〵 たへは変化化粧にもせた荷物し能人届其上では何もよし。又治もよしゆにお る気気置がら生もない程の成故怒気応すも衆人は驚き身か互のれな 短気者の軒下を要時屋根の風に落かて小髻先へいさても相手の身の能 腹は立られまい此壁かより身の弟か御男負は可為親等入たは紺屋敷町人 には憎い医童歌かる程にまふたものす。弱なる振舞物に動せず。落付に仕形 が行強し優辺いはふ分寛仁五度身不肖なん程にあた弟子認也此本可 渡し申す此外に身の秘書残す。おほ伝へれば我子同夜惣領所右衛門に使国の 住居をい兄弟よりぞいでいて。もよめいて拵たて妹といふておくりやれ絵迄も 頼入与右衛門正九郎偏執に心を左身が代の文の師匠にて不宣も公を中 蚊とひににていなくてはなしやれ様子の中屋敷の其恐色〳〵と分て出る が嬉しかり酒これせぬ様に二人もあれよしよに爰と橋根恙なになみ類何れた 師有しの手前がなき。まゆひ合たておでた本天の紅にあやけるもよりふが千右 ものも用かれは答する源ない無礼ながらと。指数そこ〳〵とすまぬ顔を立て ゆく。アツて待さの様にいひいひいひいら酒も呑をいんてくれて師匠を先にて 文七か気は汝ぬ不肖ながら谷で窓さてもかたいお頭腹立たはう夢いかひ 師匠の名に足支ない爰で太名代り祝ふて樽を入る合候ぞふいへは根葉も □□□□文□□□□□□□□またて□十一□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 油断の透留双方より一度に抜て切付る身をい泥で二ツの柄両手にくつか といひもせぬ事可そないふ命可を呼やた手見せんせの事。にいふ人を取替そと くくし一しめ気を釣五両王に成たる一人か勝骨蹴込し聴たを踏いせほう 〳〵二人が起上ついよ〳〵か頭に極つた手並が見たさにいたいめしたもふる文 て殿に出て行門の口。藤平兵衛に物をもすでゝ行有ててありけりけり。 様のか宿へ参り。有ただせんを頼んて埒明たがお弓の是にいうじてんかく打 ぬるに数色甲の柿よへ参にかはつた仕合を以て以て仕り。またご給やこれは薬 をしかげんときを元を押上くめそめてかやける吉号にて定て買て定てたる人令利たし 様でも跡へ戻りけるからき咲為の変くや鈴露大酒は兄かすした此状と浦 一図図より取土かれよめば咽につまずさまにす夏いちぬ読ぬ所はよんで もうへ。此度は先程お前の寝入てござん。爰になし出して見また。兄様の書付 十が九ツ。僧酒吉左右いふてき二人ながら是を見て悦んて下さつせ。せす。 状を迄に合左。尤取付の手の手の所は三所も。口へも只いかれぬ身のあつ。 拵方の事四五十両金かいる。御不自由は是を存。むがら申遣はすも気の毒 当地にしたい則染もなし。取持てくれる方へ金の哥へ金のす。詮方敷で お耳へいれると五兵衛書て有てな折殿い此病指がへの腑ちきれ具武具 万具三薬代に売り果て娘が稀しなくしたれは有付は慥に有ても金を やらねばいも同然。そこへわれが気も伺ず吉左左左右と思ふかやいめでたい事が めでたうならぬはれて此やうに。ホラ〳〵せくはいやい。ホウ〳〵と咲入て苦し ○親の物なておろし。平兵衛をなかたすつと申後寄ての妙枕に女とも 気をいためぬる申とゝ様。ひなわが願届て申さんとこと也。此吸も出ら ぬかいなづくぬ〳〵とおろしやる中に兄任の状か来て吉になさるがわしや思い金さ へやれば行てたすむ。此馬が身を書て親見の風が伏めたい勤する身は十人が 十一人ときていたつゝて成はせぬ母の憂ふしにする勅此願ひがねばわしや 死なに娘かいか定ならば奉公にやつて下さんせと。心に思ふ有たけいふても。 慮心儀なるとようかつしやつたでかさしややややややく衛が申は憚りながら爰 は都の身管所覚悟極たか尋ぬのお願ひ。もしものゆが有させ ます思ざより。取かへされぬ跡の歎き。そうでない文七の近いへ共金の身元事 ならぬ我身のふがいなさ。腹うつむいてひちへの。元夜漢松のくひ娘に孝行を 〳〵。先に出世をさを奉公ゑしけれど是非及はぬ。又ては所がゝ新町の事しつ てゐめて。奉公人にむごうあてぬゑひなき方の所舎でやつて下されと声 もかけりたくり咲親思ひなの思ひ。ほひかさなからの涙とひやられていつ らしし涙がた手に風あて〳〵〳〵〳〵引らし。又七つれて次所杢兵衛が存るは とてもなされにやならぬ奉公。一日でも早いか勝手心当ノの所ないかよい所へ やりまたい。イヤとこそこといふより。念頃してゐる清川か親方。他前屋がよか ろい夫は幸は前の知音と一所に前は。旦那殿のあんじも有まいナトとふぞそこへ 頼ます。とそんならぬへいて相談をしる。けて見たは狼の児童見たいはゞ 親方へれてこふが父は御太郎ゟ来兵太儀なといる夫てはゆれじやとざらぬ 親にかりのがいさ。金の才覚よふせいて師母の娘に勤さす口惜たした計 其侭子身の言訳とする手間で早ぶ行が働くやと行をかゆるが呼して。今あそと からけた。遠い所をいたり来たりは前も御名方村方殿が爰へきて。相談の何の かのとほに成させとむないつてわしを連ていてあつちで相談極てほしいこ是よう 八気に付たうちかはとなる程御病人のさんさん歌になる。入れ立てござりませ平兵衛 もお供したいが旦那の傍に人ない。父七横頼ます。西日てまばゆへ是めせと昔 笠を手渡せばや何のめがあいたゝよいやうに申てたも。おれな何のねられう ぞい。やらふとはいふたがけふや明日の事で有り五日過てと思ふさにもふ行か親方が 気に入て直によといふ共今度戻れ顔見たい奉公公思はれたしはふが屋敷 の奉公と新町とは違ふで。むたな敷に出今ていちいちいり云訳。いでならずは頓度は切 指はきるな爪もはなすなうつうし産をだてた。母が死しなに頼むといふたまん そくなかたに疵付てくれなり。此時は病の祈祷七十八度んだ元経祈祈 はいらぬ。是寄持ていけ。なり風疫病更ひてくれるなと。親のなげさにひ かるゝ娘ゆきつもどつつ幾度か。来る股引分て行も。是非なや。三重 安治川芝居足揃の段 難波津に冬義なる顔見世の外に又の繁昌公は今を盛の君共頼何村 一瀧三郎物頭本が女治川の立居立て名代仮名代仮名手を揃所。王様近所の薬 やは神義縁を軽度と出歩御灯燈かやく行の下。いさり大による魚なかで 藻に住虫の枝一と藝盛見にして。米屋しや深屋しや堀屋しやわしむづ 付や三味縫屋の坂方迄五分をいふて押入りべり細目に御目にかた様まい間に御出候 負役へ出下されましたれ。もはや方々からの焼物。ある中に内は皆詰りまた。 文政府本が頭れておひり申するや日出しましてからかへかくかしかしけりますと 断最も此ごそ入いやいゝと戸をめく付ておら問屋の手次の手代か案内して田の方 武士の宴雅子へおなにしかせずかせ”したも軽み留行燈の火にてあゆみ 一吉鯉屋な門申角左郎様此表の景気を御いうじませ。難番行集ではござ りまは。サレヅヽ一年に一度女元世の古芝居がとんとこれさイド又都見世の 景気お目にかけ六雲市過御逗番なりおや方がか目にかけるで御ざりませう。 其時分は連合鶴木主水殿も是ひしやらふ大坂へけぬ用ゆぬ用ゆ旅願ふ て次手にと。大坂見がてゝ所に立前日になつ。屋様から成の御用。仕舞に奉行 かゝ登らふ稚子連ての長。旅ひへば先日も早ふとくな是またがかく左様 でござりまするが。よりやとやかく申聞。芸立も追付始り。女あ門もましよ。申し いときちとの間おはせ。面白い事。面目にかけふ。ヲゝ待て皆まににて宜いよ アト〳〵〳〵〳〵〳〵と難集押分門口をとん〴〵あいてもを誰じやみぬませぬよし覚 後屋から来ました[タイ金元のか手代官子戸を一はやろひて。約束の有て のけてなかの成程のけてござります。そんなる也。近辺近ちとかけてもらひ ましよ角左衛門様御案内にはくおはしはおはいりなされて入道 汲とし辺路岳かくとう〳〵たらりたよりいことふき祝ふ式三番都の音も いたきよしされば。此頃名に立て五人男といへば。人て秋のの下に見る雁金の文を頭とし大 坂中をなるあるく雷のこけらず王追の秀男案の五右衛門にて極中千右衛門 跡は市徳の市原のとて男五人。幡境を買ある六人か宅のの 連て君にくたり阿波座より足揃を見物と皆一様に大八を腰にさす〳〵さす かにも人を恐ぬふ事まひ也都屋か門に立はたかり。極中に。新いか町に立ておつ た大からなるもめ。よい仕物しや有〳〵に。かすかよしにせいといつれこん。息を無にした さればい[レ番夫よりも横町の前領友め。かい仕物で有。たに市代字そんな物はな かつしぞよ。テ有べたはい。十五六な前。おくづがに。いや若左に。ましそんなれわけ計 つくすによつたり。うや此中西口で雷れたい。お葉さめつそふなりいふない。まれた 事は有か敷れてよい物は。かくすない。おしや見て居たゞり見てゐたが。さァ其時に きつい手柄をしたば。つたりや。人かけて煙草入にいで益たるべかへかし給へ そ〳〵。極市にヨレ見いドレアめつたにあけなけないる也。さゝあたやの足 の毛じや酩れながら引抜たはすけいと所へ何かに。条何レときいけ。。。。。。。。。。。。。。何何らずやう 跡へゆつて立兵衛がいかめてこまた。サンそんなみや給ふと思ふとやだまつて 戻つて晴た[サ]夜かね文物しや〽[リ。何時ても夜時ても夜持たれ てこいく。あほうつくて。そふいずさわれもちつと人投るすぐれしヤくそりやわれのが言。 分別しやなけいでもたらいても男は男惣体皆男を五日といふて神もないといふて神もない たりふんべてりや喧嘩仕利は利非は非と五里とて男しや嗜め〳〵何方たり。 皆降参くがらへおひしつて今度の座に本希代門が知音しやけなケ外の妻居 と格別見合せしてこまさ成まい。□そふはかでかるに芝居ではの利所を見て我 おれとずにもならぬ自慢たるぐ云いし門の戸をごと〳〵。座本の一ろ布袋の市 右の中間の者。皆積に引付てきた。見付してやる程に。爰へあれあけなく。とい じやゐぬでよじやといでせうがない。エゝ将。ぬ明かねば門口ふ口ふみわる計と 桜蔵鉄鉄鉄打たる草履下駄ぐつたり〳〵鉄頭の形気石類極印がしはざと しれたり。そやかましいだれやいと。戸を明て出頭部。首藤いよつのまみ投とうと いはし場所をうてし申かけ。女末なぜとめる。テさつきにもおすいれたをどこへこへぞば コレそな人。出ぬ目にあふて腹が立ふ。手曽して貰ひましよ。雁金組が揃ふて来 また座本に近付に成やんしよといふてもらと和ういふも気味悪くハイ〳〵〳〵〳〵〳〵 はいかゞんでぞ入にける又しても〳〵ほたへをやめぬが。無用の根立致をまいといへ書た 誓紙しれたるとしるはお頃是非もなく。予とんげたといふやきける手燭手でに座 本梅村瀧三郎。是迄か迎に参りまたと頭社諸丸土に手をつた。市右衛門様には 春よりおなじみや噂かりおりますが何にも存ませぬ私皆様の男実を 持まて今度程はや詩します。ヲツト皆といふまい。夫にて居ては果ぬ。定めづゝし い役をさんかへて。顔見せに引合すで給ふに。そこてくついて合し。皆櫛を着 て草の石囃子ではない。ぢの立者を引合そふ。あんどやふの〳〵。お是に居られまする。 鳫金夫をといふて公手の通役によりか上手。其沙川といふ宮○仕。其次があめの 平兵衛。にやつ或此道がよいて思す。ア都向を立る事がきびい前江戸で浅草の 坊まに成りて人きな都内を出しまたかつ跡はいぬり〳〵。其次なが雷こからがらがらがらがた 敵役の大じや。又こちらなが極中千右衛門。右があがあがまい。男子事はくぬ心の 評判付するやう吉の子はいふて置しやれ我いさし詰半都かい五人揃やた所は きびいものか。ついてにおれか名詞嫁女は若刀。妙子供を供を愛をるといふ 心て。市袋と付也作者はか頭としわふ為念と以て海府源 物懸はくおそしもしもとかはは。其かいたくおよし。お近付の事にお近付の御 酒一ツ上ましいへ出おいり下されすへ立て案内すれは市右衛門を さつきに股いてはたかいふ。礼も覚の有りじを打連て具へは酒に成くめ共 魚を呑友はらぬ西白の雪口もかたしく枕の夢の夢の夢のことには其侭立せぬ 立居でめで過けれ其方なけて我主千祝義の詞巻をゑいやく郷郡参の中押 分く主水が音断表の通つたの。の哥をありやつたが。今の先達てこ ちのまに人もなける事云はしく喰喰でもでげてさはいてば其子にかでもめてはと 分見せにいにますはへい成程夫は父の父の父の様に存出けたれ共ゆねも由 白ふいうしてごさなど。指ひ久かりまた。代官今夜はまあはまゐて。ござつた あのおしやりまする事は。親方が随分御馳走仕仕と申付までも。何角主の仕合。何角も。何角も。何までも。何角も。何角主の仕て。何角も。何まる也 かち。幸助殿行院に蝋燭はざます。龍横社かたぶれがたぶまにて。。がイ〳〵是へ 公出社せ。テこりやはせんたるかたり。アヽあんせりの中で落して落しはせばから 戸いじや〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵とあひたいハアア〳〵といふに。身共にこいといと何こ 用事がごさるかながんごそんに出ざ。あの様をしやつても人事ない。無礼は覚 なし。ヤサササとははさめ。来てゑづくうしれけり。ふこつねて空中じやういで こにやけつて行いやとかというればるはあ〳〵角尾い後の気色は。そんなど参 らふ。こしあい中へてもの事がこが立て。又此気をそざれするは都に行存 ませねん無礼と有しといいの誤り。誤れば。汝申する暫くかいといふ事なれとよへ合思ふ はいら也近崇立て内から申を引音継の音がたりといふも人々の娘にと当知 〽今のあれは彼家前の人連。雁金組といふ当所の男五角の御用左衛門様気 そことりませぬとは申まし物の酒愛にふ物。なればれどばれざが。ますが。なかにも又 が気をいざる。ついの気を計でない訳して下され元の連合に別れ此子は幼少どふか かうると仏蔵の上立水官を行夫度い子を育よ上家の名をいはん。法の夫 鶴木主水殿先才衆をいござつても便もなければなかてゝお暇願て来まし た連合の宅いつくやぬ中将も怪我ども有てと思へ心も落付はし気遣しと あんしやます。月ごさくざやの後晩にそりやぶつきていたといたと 何ぐや角左衛門様をふつた此此女ゆゆめかきかないとあせれどかひも有ごで。こやせんつ を考た。入にもいゝれず立後四人全代も名にて名に一年安はあと計也。 で表とすこ〳〵出ば。申角の気をふたが何事もなるもなかすみまた。様子はどふしや 〽おなされませ。給ふねでござゆますが。最前かまりなさる時。此心抱まて通りし なに物徳は草履うし彼薄金文七がまて唐人直の中へをねでは此方 の御調法腹五間あちへは。いたすに討致し給へて何事なくぬ汝ます。喚返 一へ遊たれどうすう君はい。駒の横やうげ角左衛門前に頼からぬからぬからぬからぬる れたるあれたがなせねをは数藤ぞと同断中名紙によし見て句無三歳文女女女女女女女女女女女女女女女 打れたる翁の肩の身にせはせはせが悟来と たらなせ相手を殺さんとはかろなつ。併此度左様でござりませぬ。おあゑなさ れりと気をせいて帰りしる。程の目で打また。血が出よふ及ひけると云の乳を始 道からもはやお帰り程たれいと何げなく。いふにども舞付てひさま。先世人を覚 旅宿と立つ届て其上て。おのれ無念をそさでとてとでと誰ある也 そのしき更行まうにぐせきぬけて出たる自身の足勝はまだ終にまし文七 に出合で三念はわ八国のねたはすれば生の生のうへは近宿に安治川橋によし かれは何かくる人げの形はおほろに。何方々。極中やいまといといふ事立ては 爰に五人のあへむへしと手町凡かくて無二無二無三千三十七人それも早悟来る 治忠公義がや勝負せん。常をしろとしろく裾にみちかくちかくものかるに 歩下比はつして鉢巻しの内釘にて鯉只つ此首船辱を清心を清介せ橋堀 ぼんんをさてににてひかへ給ふる程なく橋板上はなくと家殿下駄の音騒敷 打連ていうだはしと渡りくます〳〵それへ暮は又てけるはくておやふられて武 青ねがふふんをさんといへたまうへけり元輪く刀をうつ迄抜はいのゑやあ ばれ者ゆる也〳〵と市右衛門か後にかみゐる女そお給いて。 相手にといれからどふも引発ぬねにならふさむかやさむかやさしければいゆへ 衛が貰ひます。らんかんの高床机はてやゑの間もいけ〳〵はういけといふに お待ちよとは目にかうたいと此喧嘩は文七が昼の中へ草履の心得夫からはそつて 〽お侍の眉守地いほ程ぶつたのこちの塔。宮腹の屋伊多をかうつて下さつ ませ。あの文七はわらがちつと。明ぬ大寺にかけにやならぬ人様子はいふ也 何かなしにお侍頼まし。智なに此平兵衛兵衛やはと。ふみなりとは後のいる程とに成 左御地分になされませ。イヤサそつちはそふでもこつぢがれば。ひ刀が目に見へ 其二本さいた訳もしつておりますにみつそこいるにも御留サレをまぶつ 免れば予踏わかればし手をさげ頼すて六つ高川馬国はせいばしお侍 あの様に頼事をや共。大おつしやまいワイヤヽわるみやかまふなひたすゝか代京泰 が定や〳〵にそふでない。人でたるずば此度も陥れましましましましましましましましる れまし。三人を待分になされませ。手給ひはにも致さぬさぬし頼ます〳〵と。まし 男四十八 ヤ○ウウ 寄て立向件と打めし大袖上らんでうんとの切に猶万才類よりにて心けるはく りすんと切付。やれはやまるなと見ならす。さず抱をむれば又打立る極印を上 むる鍋倉文やアリ早壮者だまし家打せたせいたねも愚を指添指立 これいる弁麗松いふまいては昇慎せんとめたか目にもののよといふな〳〵其手は 喰ぬと早刈付をみしはし先しはといはむる文七郎とむる平兵衛手向ふ甚九九 千右衛門中に布袋はうろくきにつく。あちこでは盗飛されこちでは敵飛され もみ合五人に打ちのもともに気をもみとむるも一人ぬ騒気の二人の二人にて 切付れは里の極めか角左衛門其侭息敵にけり。人々に鞍たが。出類しぶやう。早 兵衛さはくな□新□はあいらなれ共新手は文七□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 死骸を川一おつと合を引さげて橋のからぬかみ身見合せん宮せ大宮打込おかしら いのふかア〳〵とおつれ立てそゝさぬ気野でも山てもすいた者にそやがね おこそふとてあるがいのそうだんへんべい〳〵誰で有ふにくいやつめは切たがわい身へ そふ思ふてゐるいのそうだんへ〳〵。つかへつねが抜てゐるかゝにげたるかいこちや そうゑてゐやんぞもんあい〳〵遠く遠くと聞へその筒尾とおなき足を聞て 越後町局炭火の巨 家に一つの恩所がこる一ツ二親にはすてすとんとんとつ三つ見あかぬ女 郎やかふふつをあつめやけん酒むる酒苦事。 なへて夜毎日毎頃無ひ扉狂面町冬かれもせぬ夕気の立道中江花 を揃へてきそろ〳〵難事及ひなくちる事ならぬ笠でか流の身に積み慎み慎み慎みて。は 事多き其中に便やからひりとんじつみていつしら身にぬこと名 をかへ風もいかし通に出果たる衣は。見付。妻木やし父子の方より 是も又同滝の僧女郎備前屋清しせて龍源盛念の紅の紅垣も紅に はの京屋の床なけ戻の前にて行合是は岩崎主とうじめいわも皆から居 つけの日。食の物やはれはればくくや道理負みてぬとその後にてべか見へたまへ なく身はなさん。まい。いへいとはぬからぬ何もの通りへて上に。天道のそめて。こと 八ねみにも此はづさすやかく首尾してきやたがおまへけせへはやゑいはやはいな 毎日〳〵川道に身の上のみのはんじやといふて誰に相談する人もなしおまを俄に とふてけけの入そ風に二度めくり給へき声に肌を合すまいよつよりゑばかく ごえて居れ月々の紋日の日がらがらがる也ならぬ身をかき也 七横関法の師匠其娘なれは中夫は様上も女子と身に引かけての外詰夫なれば こそ勤する日より今日迄大の座敷も勤物はかやりの願夫は佐渡屋町の橋 やかくかりにきておまへも留主也いふし世話にならぬ様にかして思へたん唯 ひにやれ客も宿屋もせがむのをどふやらかうやうるに合云て戻つたるかた今 夜は親方が呼付てのふころを聞にやきの玉が出来て。と児崎村橘屋か らはりてくれとせきくの決おまへはどこの将木で行事かならぬほんほんと何日 人か女郎殿方を通したけれど。ころんの給なずい所をついてぬけも指詰は 身揚とわ聞で見て置たよう目證のがよ。したがつくな銀ては有まぬきで 親方に精なる者さん。なとわめきちかば。こし。母女郎ぎまゝしやれし何れも 立りの紋目はうらんを其上にある事が立[ニ]いこめの通程杉根の銀にて 相応にうめで親方様は何で立かういやさりけれど浅さのか有らじやせびたひ らなかせはねば。云事がつとにごんに貰ぬからきないはふ否もなくはい見た事聞 ならずべける覚悟さんず。いでしやにかていふがあのやう〳〵の文を申にさて 男五十二 一清川さんのたんかゑひ鳴しかんとやわむる友もふて下さんな川さんな川さんだ まつて下さんせみんなわから出てたり此里に勤而中はやめて衆を頼にやならず是 は見たてかましけれどなたへもしかひざし其危におせし音色ふく〳〵〳〵て延張につい ひん檜山吹夫。こりや角の有の色俄に作やけて笑ひがあんした 事。何の是に及ばぬにおざしや礼也おこせる。われはわしも血の道に三日の 飯代とふせうと思ふたに折れはひらふ神も有川さん崎次暮る迄爰でゆると咄 さんせ。橘屋へよい様にわしが中で夫もせう。とつてかやいてかふけれて寄け いわれでつゝやとてんで。暮ぬばより鼻なて。人。いためて故に郡中を鳴し わめく雷忠右衛門ひつみていたはつ歩行。あはせつにあはせぬにあはせぬ母治 川の出入に付て都たさに。あざの浜屋いて尋てもけたからまだ来ぬと云かしらすが。 〽ゑくわしもなさにさつきにからきてゐるいないなす此寒のに湯なればこそ出張し てまたれば。湯のつのいでに忠治殿いつでやから云て置たやからふくやかりな の時分からじやうくらまたつと師匠の娘かけて腰すでより六ずにいかびたはし た惚師白しいるさし構のない勤の方銭にてせ 実に立て貰ひただ殊にかるもせ路中のなれば朱に追て中浜にさまにさまやつ てもに思ふべして。友速共もしつて罷れは是非立ても事手にもき致し 男立れいんをきりややくやくは岩崎理をさし誰がやといればてなんはてなんやう さふ思ふていさするさついゑひし深きの命御兵法の抑近文久左衛門殿 立官丁を救一人叔母もそなたか妹にて死たり。然頭との迷言出来もしてゝすが なみてそりやしれた事。天七の妹に惚る事はなり女ぬが。かしなぬてはぢいは 親の定る縁付ても気にいらぬ所へいやといていぬしやいへあちなり しやるいの縁付の事しやなは勇が勘買か客にゝ雷さんどんなこといたりや の足のといやしい。勤すな身な身は程いやな男は病死であぬく。さつうゆへぬとは いふ物の文てはんの実はんぜんさがかきいはんすつしや忠崎におれといへを 頼まん心也川民介相てならぬもいしやが頭に向てそんどうどふぞこそて 逢て文住の赦しが出ねいねいな〳〵。其おすかお願なれは内義しさいと りやまんなりがそめきのやつら二三人残れとてこまそふと頭をおふつて立かへかへかへかへかへかへかへかへかへか ほんに川をいかけてわしか病の根なけかしさはてごろくのしたるは気がよい じやないいなと。中にあれ見さんん。東からくる。入連一人程にあらん なら此形を見らるも砂下川さんやわしか尾で咲て咄さふし打速はいわて跡一 当情風の江戸頭巾かふかにきなす風俗は武家七町とあひさめの金姫へも かうたり公問屋の手代とおほして扉の案内しはるに。為構を指出之行法 より落る老壇弥申之と書付あの局からかまへゑは今七月となしませぬか とふてこいとおくやんともやら手前は文てとは申さぬるはでめんよふなるいとやれ ふんと行はれれぬ。郭はか物めしやとかふれとておみておじなされたやに 有そふなに。お手かなへい。是めいく。神もつて。神もつて見物はむからせてけふ かゆめ勿論呼でも覚い極つて人きかへ此方でござらぬとへんとり行これそんな ら由弥ひひしやんとまを達し岩崎も川も弥兵衛出し。ころくありやいの 何とくやとふしや。かて杉とはぬかへ。いへ〳〵といへそんな者。しやないへて立ふといひ 様にしてゆかんしさはてやきなす中で顔見へね見へねく物となくいまて別れた 文七様に極つた道事はしい床いと乞かる男見違ふ善もなほんにまで今 のゑは遠で立山川通軽六様ととはしたゝよかた物今かた物今からず もふあれまい。云ひかんな事してのけたしつとどふで通り様に思案にてくだ さんせとおろ〳〵涙に暮合は男夫ののその川静ならぬ僧金文七尋夜に さゆる尺八の音又やさく乾くればそつめ彼人たと立寄。ろたにから得て亭に なぜ迚を立んした君はしけふ正九郎が所へいふ右かて可致さた益か爰 へはといんご見へしゝ夫に付ておかい咄いつもの無志海郷にをしみひつかんとかんとらん 一せておまへの夢の通見身とかしにやつたれはあいわんばくならぬが間も上ら すべいどや〳〵といふといふしそのち出来。あいつも男みかくやつて形詰に言分 立まい里てぴつとでもなかし高今度はかれ拝せておさや見れば石嶋屋の顔持が ゑい気色が悪くはき方にそふいふてなぜ参を右しやつぬ道くれて遠治川も 気符及[ニ]あの影物の思いつの心の心の○でもないろさに。そんによう似た 人かゑつた迚夫かくた〳〵物あんを が命さへ給ば江戸の文七殿に逢てに人これず〳〵思ふまいと三人金輪にしみ〳〵と咄 の折かくどん〳〵と西口より思ふせのへこぞめきの難集も口に喧嘩とき 立面よ野立行合せるのやつらであつ。いとまさずば成ま必尺八人八 男五十五一 とすることりは袂に付て。今夜計はもふしにしにしくださんこれもあはし拝まして 邪魔をなまふり切を格子に引てしがみ時年寄た母御将やがら情なく情なり 身に遁有ならぞわしや何とせうめやと歌と歌と身にもみ入ず又かけ出すが り女刀のび〳〵敷岩崎が為へむたに押込表の戸をはたとさしもの文でもを。近の鳥 見るごと也喧嘩の人は案の五兵衛殿より以前の問屋の手代着物羽紙もひき さかれ。御息になつて待や。男騎王たり股のれたる者もならふるね頼入た 貞紙此度通ては親方へもいなれどもふ生ても死でもしつ。元帳せよと取付を ひるぱつし首筋つみ一毛二才め。さんにから覚もない難題をぬかせ共ぐひと思やとしやと してう曽て逃て逃せば付廻つ頃人呼はり。其失物んがこちにいいわ新町橋の上がう川 へ埋むが合号。アヽ口広ふな〳〵〳〵。せんごといふ事は慥に記談見て置ぞ思ごとぞふやう せば頼めんばれに懐見せうと其中竪紙此衣を岩崎様ゆへ投込こつみや 見たる宵懐ぐつけれでもおれぬすんすんへど。そくびつかんでかつきなげ みぞいしへかんといせ腰もかれよと踏飛せば。脇詞におもやすのふ死ますおゆ なし。やう〳〵に起上り足をかゝへて女門越後町筋一さんに跡をも見ずて逃 帰る連は所の案内しや商の格子汐をひそめ。根野丁見すまし飛て人物を盗 れ打擲によき。連の身としめていられをもふ此よはれがれとす中かなぐり来火 の光に顔見合せ。アしそなたは。なたは。ヲゝ夫に浅草の寺仮と偏り命也しられし 平兵衛殿じやないか。アウ〳〵夫ならしなさんはき岡文七殿が不服故にあるへ是は〳〵 めづらしやと未に忙て居たりしが先以其節は其元の働てふしきに命物。通のくづ へ遠慮も有は当分江戸の住居もならず幸当の中将辺江戸問屋敷有て 二年近ふ番所の住居扨はれ様なしぬ事迚残念何はとも有先候す人が有し しまぬ〳〵早ぶ〳〵。ヲゝせはしな何かぬいのと云つゝ表に立出るに顔と顔 なしおまへは文七様おも様おもない。ひかけもない。大なわしも怕りして爰ではないと あんじいまだつたによう似た風俗もほんにおまへて立たいまあ何かいかいはまして始 い中にも飛りい此形を見てくだんせおまへの事にかつ〳〵と恋これようまだ 生ていたはいといさき付て斯ぐと直せぬ物涙也。これく爰は往還人も見る まれば房飼ほんにそふしや是からは文はきに思け僧房をませんと 手に手を取打連入より。肩の底弓〳〵しやんと。手早いせんさ。これ思涙きの 浜やへいて座敷が明て立が見て来ます。アリアもふ音かせぬ道理と行也る溝の高 〽内より。平兵衛〳〵いよといふといふと誰にも誰名を失せぬかゝ表をたし 廻しきついほめき凌しやれし何なる内の間の場所を内よろ火鉢を行て平兵衛が 眉あんにせんとふいき付る。はつと尊き身をひけば炭火は散乱火煙道を有へ さず引抜て切付抜つくつの床机辺頭丁と更へてよし待たねたねたねまる火気を違ふ たか文七殿。此平兵衛に何の計にの何何かにて手ごめにさつやるが〳な〳〵〳〵〳〵〳〵。誰 が道く鳴吹にゆゝかせまひろぐと風鳴た衛に限りたもやと思ひ聞流して 置たる頃育の出入は併かね手文七か居見らず。喧嘩の衆中此格手へ投込たは此 紙入何と覚が有ふなな。渡するやつま置ては仲間の者の者の類よし覚悟也いと仰付るを 飛いがへて床机とす。なくはしさがでひき夜流更しむる。音に岩崎権六 清川も走出まあ〳〵待たど。留てもとまらずいいねば。上着を抜身にあげ〳〵しがみ 付て把といふ文七もの外をもみ上放しと指あふなりようとめて下とめて下さつた一 言文兵衛が云○殿とどつかとをいり。うするゝべからは殺する事也。又はと云 かくつの内にせぬ通りけても。しらるしらる通いさい時から五兵衛がもり六月廿六日 様先代の内に此金なんを売は売は売ながら給へ殿義往立で故に左に及びとい 弓づく昼夜廓へ入候まへどのくるあん数多し踏たし今日の今れ共れかにぴん程 させす月々の数日公長殿の世話になつて初方の手前は済道人只汝の内にて 万事にの語り。難度の体を見ながら見る額もない事なないとふなかりうかうに 思ふ行から九軒で大きい出入て仕出し。三三人蹴くしされは連びやついもこと。迚た 跡に家をは落と仍て有てもなたにしたる是拾ふて又兵衛が男かか如何とそ相 手にいへさん二三町迄かけしがかいくれに行方知す向ても先の名も知す。中に一歩廿 きればやかづふつと欲心すり。此銀て岩崎郷の難度を救ふてをせん。井物に か盗の始め夫よりは毎晩喰の事。壱紙入巾着盗乳致も多に付けるはな たへ入つた銀證俊は則忠譜代かに有の忠忠氏也武士の弟卿た平兵衛手を出し て盗をする心のほしさを推挙して下され拳を握り万治にいしやまず女平女に に相違の忠義也。夫ならど尤そふなうしなにそ衛といいすとなとくれは種人も二 人の女も跡に悦びあせ道得なる様其外にいまた御目にからぬねどおゑて 此為ゟ又者殿辺大拙石山川屋権六と申者是迄は守が度に付段々出訴訟心給ひ ほんに金五人のゆかいなよう札云て下さつけや〳〵此文は大火文を其礼寺覚がぬ 畢竟師匠元輔殿より預つた岩崎様に媒合になれは金信濃守様に思ひとらら様 夫はめおもいとめの杉伊馬あへてかた其哥ゆけしは兼てゆけして行事 しや六八八まへは権六様と久しふりの盃かささか兵前八十五日の通り人人人が打込て浜屋 いて今ふしやいかしけれは無前もお願ふもお願て書の事よろときせんとさたて立て立て立て立て立て立て立て立て 先途次に立け哥咲して我とは彼者故会に勧進るもやがれじやしやして其の道也 十月廿一日 奉存候や次や。又八王の外にや。いとし君を知いて竹に成かく竹に成た石野辺の さればよりふつふづと歎屋すり。此銀て岩崎津の難義を救てをせん。まけゆし か盗の始め夫よりは毎晩喉の事。壱紙入中の籠る身に付けるはな たへ見ついし銀證俊は則着評議に有の御しや迚武士の木やた平兵衛弟を出し て盗をする心のほしさを推重して下され拳を握り男治にいと思へ平兵衛は女に に相違の忠義也何夫ならど尤そふなうてなにみ衛といいいほとくれはれは程人も二 人の女も跡に悦びあそ道得なる扨其外にひまた御目にからねど。おゑて 此為ゟ又七殿辺大破石山川屋権六と申者是迄は寺が義に付段々お越度向ひ ほんに金五人のゆかいなよう札書て下さんひや〳〵此文は其礼暮光が友 畢竟師匠元蔵殿より預つた岩崎様に媒分になれば金信濃世話せ給せ給せ給せ給せ給へ 夫はかおもふとめの挨拶もあへてかた其三かゆけしてゆけんと涼ろうやよ みや六八かまへは権六様と久しふもの盃かさか兵前は中直の留かへ人人が打込て浜屋 いて今ふしやいかけりけ程は無前もおすいせりと立た悦ひ事よろとさたてきて立二人が 先達次に恋の哥咲して我はしぶ名負家実に勉をはやがへれしや去ては あつにして 是は須や吹や火にしは給ふやしやはし君を起けしかく竹に成かく竹に成る 阿波座堀紺屋レの段 此□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 忍ふ心を夫に出さし物や思ふとどふ計。候へにずなとかたへ左候て深やの勢屋 一形後藤に深し三ツ為金。文七が親雲上入もしやたるあたるあり商売に 勝手よは浜に元柵の竹ゆひ渡かけて千石もやかべき仕事孫の矢やかのゝ をしろめる君のおづ手当新松手の様にいしいゑばし仕立際は馴えさびさすさみる まくら越後町西子数も行つは歳々やはぬ日朝殿なじみの席に居ひたれ出馬 の風行さんな此川崎の志にての留実清川さへ吸のごんせうそへア〵わるこう この焼付られても後藤日廓にかやしやろが清川殿は遊びもの此尊はい此鳶は 寿気せて下さんとならぬるもおもぬの折たるとこちのかゝめか娘性茶を我と非 二重程違ふたぶの仕事夜に入ていぬれ。待ゑおつて早速気知れ給ひき夜 納屋の下を吟味くけつると仕事片手のごにも時の興にや入日前国い辻から杖 ぼく。文が母妙男姉女婦女婦女性男女。女八日の娘子房でも物が千に給ふ。 大たに就て早ふに入て内へはいとやは宿老殿頼て置たる袋の娘立口さ見へ 而約束のは答ても違ふたかと気遣ていて同じのゝへ出火 ゑする分限者こちの外に拾貫目から上の力賃四五軒もけふれといふ歟を仕 通ふて暮方にござる筈茶釜もかへてたばと剣掃除したも。手習宛仕給ふ てやは夢はじやく連ている道ば目をせるかみに。仕廻ばいうが勝ね頼程引寄して。 しいゝげめにかゝ身染物拝のくなしもつやう奢類の作は彼内口うすつ 近地の深春けふゐてくる筈ごないさいで且朝九月江駒来十月もやん ぶるも。ろ月もなく成になぜ渡ない。女日津位はめかわへするき備前者をたま くかるとりをはくは。盗人やひやかに出たる辺へ有思け奴に手当人皆角の事。忽 〽お抜立御尤様しやう近し所隣尻聞より。心の間休でゐかれます始御の目が さめるかういふもこちの勝手計けふは渡し申候らやた間違ひ。人父屋敷の御用 藍の友久帰からい。仰付らんとも唐金課屋の外に見事に保息方に保上京の 水。いが上にも能仕上て行の通御用心のべき日本まんで源取有たが今夜も明日 一朝か下るは違はや水をでなける也。まれおたつ者。あさつてもふ事 しやうふ百八十反京といふも損ぜて有へ。下のふ。下るまいが渡たにや白取とか切ぬ と称いにねちも。奴かくたゝ手間乱左が挨拶もさで追て寄付今平兵衛は君 崎が急の身身跡に行詰る談合持手大そに庭に来かうつゝかり。懐手してころ〳〵 見よししは。おであんと。手をつかへよつて散んすもお手にける。とこからかくはかなが なかりを上ざんせ。用が有て庭に来たるた留わかへ内にあるなら見ても居まい おれあいで忽いか仕合は此わつゞとすはこふく呑ていの虫出るこれぬが真中孫ま くらして大あぐらもそふじやござん七重の棟々八里にあれねならぬこちの □は誂の深物京□に登て。今にやらぬ其内訳□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ ねはるや勝堀粂五郎といにといろいやかけ草からこやり次でだことを こぬ物を渡すすれ無理いんくなさんさなとなば二才ならんこあはざらだと いいひでもしれし他人かれ給ふもん見せさらのもん妙といつ古恨が死たたべし ぬかて見つてぬらぬと数一枚下昇致けかといふやかとにしる。 桶をき入ててんべいがへもんごかたす其爰。内々留てのかへる母がね前を憚る。 平兵衛任ひよんな事就てもさた様に抜か立ぬ様といへてやいの身は言記物 を渡らぬ上板さねぞと覚て出れ。アしたまいまいまいなりればな共に 〽私といふ事があへかれにぬれにぬれしす殿。こちのらと念頃へける。 ぞや。おたのいひ神がぬと。此年寄にめんてといていて下さをいへばいふ程いぢ はぬ眉骨押せしくれは あふ〳〵不残仕袋がるが時代にあるうしているうしてはいふやもふちもたゝに もせぬといふてもかぬ次第。いつねは今度なくさむで。かういなる。よいによいう男と突然 せは。又旦那をもたならば徳恩をないにしと。。しやうぬかすなかずならずば今し おれ。となくぬ虫もせぬにかかさずとんとうせう。まし行への。いかひでは。 文七い床によゝ平兵衛かきたかちとイヤとなぬかまたかせんがアヽせはしない長屋 はくめもめ只召正しさいにしたけたゑつてさいでに平兵衛が迄つてに手にもひ 〳〵と先立都けゆしく迄の根出あふたり只とけたるさいてかち〳〵にて。なると くわとり違ふへる丁の役人組中銀主村連立先に立いが肩凡後深沼さるそや 是は〳〵智左の名具な。御産方御如何を損。わア〳〵是は葛薬ヲばくよいその小 大体も宿光りてなす龍天なり。皆時分どなく様も御長聞てござりて三ざまする。 見ても老くろいゑ夢といひ物こしさへ〳〵したむ日音。廿二折の相庭に 来たけれどそこれぬ僧は連。合の文を思ふない。気味がゑいいふ絵は。今朝の見 致ち葬札に行とは違ふて親父の恩代有ては。何と何もそでないかぎに此気軽い 若且朝。此はゞり程銀立にも御心からす。親方が申すは。貫目そこらぬた 銀札も世話なと番所へ出宿老の御類拶て只今持参証文も認めしんと残昌が 傍へ損寄度為丸横の別染とていひ世話。シ丁代藤是は有り別太義なからる ます。手形の役会はなさりやてやてやはがや。目の組組組目目頭違ひないないないはないない なぼ賢の証文読に及び借主加組中連判納納則則朝の京務て加工なされ たがたから親人名代でしまはれても。下判作病叶ぬさし持てたもにてにてたもよし臨つ 大切へ銀借日内にいぬ又七ツヽ評判歌そへ。親父子にてゐるならではならず。介 育くやといふそや前々はね尋れと雇す。季の季の才なからん也八人人通るべし 今ではたつた親子二人身をいたき言喧嘩ぬ親の娘の嫁に過ねて愛せけひ猶ほ 銀しやない人句論ないもかつくやつて下爰すな。りてあまたあつてあませの西の三月 かゝと口のにけるもあいつぼんにやれ爰な縁が徒復けな一度白歯も見せず異 見の立やうに宣し。勘房といへ。あんなやつにも逆添言。理言。現が内にも寝ぬ宅の 謹言とふても有らぬ根姓屋財家財は何れば中心をひけき故賢姫とくれ これ来年の三月は初文殿ひてこす○も応し頼寺へ野玉の妙に寺長堂 の地上奉加帳も顔役親の事構おね死地のも立もしう江何様所なん下有と 寺へ上納堂銀町の前も母辺利あめに構めなの旧主は何ておもすひ先 なるをは結んてならざるは此縁修羅をもやすば。舟上つてついは所の前べし 〽河肴は致ませぬがねがね直。われは。芥子程も血気にになゝ直せやにて。五五 衣にかつて商売も脇に成母御へも止ぬ尤孝気短うおくやりますな建添 女房の役みや物さつくりと矢見て。棚かゝ物の落たねにぬの心を入替させものやう □□□□□□□ にも帰るひて出前て先上皆様にも暮さし見せませり。年の刻をもみ置 娘はこし下さん。なにても心中者め爰は何もとつ誉たり。利かつが済だて張渡し て證文二町の巻引合て刺○吟味お内にと行理一ツ。アイ〳〵。いや火にもの所また 見へます。されも違ひござらぬのを。この海たケ所に行ましよ。浅草。うち。常先銀用心 内者れ付て寝やつくやれアハ岩に心か付て前にごのます。に気の付筈や年 奇の君は成人の後か我ながらむやられて頼して頼しけ給ぞふと思ふと云 間ねん見へも衣もさしして打連立て帰けり。我く娘やあすい早々此娘妙 後守様へ持ていて何ものも頼て並へ。省せる気をくれたしのしまりのしまりも思いて 此尊是は納戸へと六つゝ也両手に持も皆煙の番すといへば 吹もかり袋も天方あれいよしく豆腐の焼立餅田木原孫左衛門六文売上戸 も下戸も見つゐ肩に橋の荷ひ雷向仕付紺屋敷夜食の地分と荷おろし 門の戸かたく是は扨四国にならぬがまいらぬか但来様が速んも深野伊好物 極ぞする商金ばつて癖に成内の先るのたもふかにはちした迚寝起の二甲の 事かし催だれたれす。明道の夜命すこと仕上て。今一度くる処やつと任せと吉け よもんごしくやせのや主の男命の御男命の御あいたやら妻の僧忍び思ひ道 随ひら仕の屋衆切不思つて奉駕ぬつに出て或の儒着て顔ふり大たゝ孫一大男。 内の寝息を窺ひ足音せぬ様に及び前納戸の口を指規が衣さとは嫁が目を さまし日のこの夢に暮く母のふせつやと近まどふ二人に逃さく。稲付踏付ける どつたくさはくに追て村こかす汐焼はさまくらずん宵程の汐留る所無風呂 敷怪我人の借物むやといふといとことち縄一人て柱に旅髪手早 き手公様金戸棚の盤挽引出し有之け引さら総領主の義也尤尤所々 一押入の時長者騒擾に病余た立発すべいてより。汝頃今夜頃今夜の て見んと安谷川の戸あつきかくわず堀鳴地震地震也 べし。太彼たはす習者と。指留へて待へす。外を窺譲り怪ながら目て放 さす。哥を洗て横なぐりの脚をおひしかれしうどのあし泥をよつ内に気をや右の 行地捨て入るも気ぼくせは納戸に二人かくらす物もゑいぬ旅客引ほとき 引れけ。あんい子殿よい所へて忝い所でないのめて普盗売の商売の口案 一橋弥介ぐり五疋と出るとして嫁始しはればれはらすめつて成と腹いよと傍へ おて持親はふつたまの祝たも六寸具に成。歌歌文てくつ忙くなし。然は 消てしんの暗き。麁むぐへ内をとらまてとされ也と已小火鉢に付来の焼去 こぼらぬ内に逃さん引起せん足けず腰か仕様が故こついへうせう引いるより 妻は気に付て嫁がじく伏めさくふさびとでし持方行燈いかのふして行あり。是はおわし も麁おなに消ともふ六兵衛殿安治やかしやんな内にはおれかとはしますいて仏んで 下させ注人かきて荷いがゝいなたるに逢てそんならいにまなし候に あはたが焼鳥に初緒しやぞやといめるふりしてまんて引立庭に付たる藍壷の 影に隠て窺ひ有女悪火もともとりさす二人が傍へ揺る爰な畜生め 尋をやひしんかつたが人てなを子に持て飛作部は親何条又又又成上いへしや次大 盗人めにあいても発さす日頃いひ今夜のしたら火を打得ての心をひ。前といふか 〽如在ない気をしつて居て。隠たる。いつがきた是に銀返合の品いといたり。 死銀にも奉かにも神堂にも借てやしややくや敷かは都の私幕渡さね度々 此侭位けてもけふ迚。ぬか六分。寝たりてゐた。あちのか皆をあをうその指 銭につかつ賃に置たは立のめ渡さねは大事に成。跡度上にも銀なしびけ て入たる質女房をそでにて傾堀にもひ果す我を我らず。はせんをくいがあまい 母と思ふらふす思ふての嘘八百で借た銀負手かはやれぬ法本様を出しに けび。源橋よしの所へてかう〳〵した訳しや程に。こなたがして。信様にてやつてやつて。 と頼で明日はやか此銀待立て泣くさつた俗身顔恥か女も顔合さぬくらのか 仕合孝行な嫁に強し不孝者めにやかせ詩といふか給はめ現在の子に待ちんし 是が給ふ事かへの何もかもと候へてや見へはせまいヲしぬ御手を合せて拝ます。こと 勿詮ない給は親嫁なり。子に何を云伏五つて冥加に兼ますと拝ざやの手に 取付引れば。いや七の結護女房を房におつて。始い共思ひかまいのゝめがかはに 拝の衣とすべし恨徳わつきつきけく勝泣事しらぬ又七も女の極心女房 の笑思ひやられて我なが。かぶつた後面目なき身の身の計へ専能をしほり 得ず。此の方にの坊言へか詞なさんの為に陪譲な薬。石程に。右にて悪 病のう〳〵皆短気の虫み出さしんんんんせ市は諱から男は女の言 ゑは連添女房にけるといふ意見せうにも一月に二日とはしに寝すきか娘あし いふせんへばあちうくちゝ。哥さんの方かえ。聞くゑとる銀言目なけれ は男が有の十両なければ今が捨な。女の女房。覚頼士銀の人時ばんかり藤次房女房 たらし。傾城殿に見られたわが様なあほうでも。女房としでなりやとやとて願ふるといふ て当分いゝぬわしが着て。け増盗んで出てやり。やりたやげの楽有ふ事也。 災に置たが手詰〽難音せはめらるがかい中妙昌明の公恵の御賢と云すで 有ふ。親女女房をくしや五人で乱気きければしかしやかしやすし殿だもやとの たんへて行内は信州からはその盗に六幡は腹か立無ななしか諸友母のか 〽心儀る様にはら早ふ證を〳〵とすかり付妻が思ひぞやけなき文そほつと見をつき 身の誤んを云立ひれ一言も返され笠訳でない身の懺悔いてたも清川との念すは そなたのちへおしやらぬ前かく。幼人の将を女房背は国存中よう添と悋気する場を 打越て。膝の捌にのかれもせず。くわせいふ程いでたうなつ通ひ語り。橋銭も。かれがせ 話には三歩へ残りは我身をうつて銀をはせぬ心聞あれまた妻ばない共法師匠師 京坂人其方を売女た有有引込ぬ義死娘勧始始終失ふて咄さぬ長な仕 近は領城頃責れて。新町での天岩崎前方の名は等江戸の屋敷で念すした 山川屋の権六といふ男は是も大坂へ登つての勇儀に有たふる中外の道にあび こむない夢なる此男も旅がげ河戸の親身に代りても爰では身覚なぬど。頼 と契をけられ。ひかぬかれより川かいふ世話ふいて。けれは有さが一りの難首にいた 兵衛が身請水の名はしねがそこびに握ると生ては居ぬ二人か覚悟あひよろの耳 兵衛も根は岡崎が内の者三介前は文珠の智恵人寄でも出荷銀とせうゑふ 矢先孝賢の儀は今時の余地頭にてから大事ないと。西口で西うふてひぼつ た後智恵勢にても智で忘れる。世人に足もさず和うかにしざとは思へば。そが病は しませぬが何ばかすしらんい。よとんな云訳熊沼としるなば侍らぬがよいといといふ たとめむとい様。そなたも母も縄はかけぬつい毛綿でくる〳〵巻アレまだいの毛綿 は扨並焼立て約つても秋になるとなすがら其程といふによつて。銀の筋一通り云次 〽母への堀に腹切と居なしる夫のしがみ付の如しめと治書に取付母の違ひ柔礼な 〽かみにわれやといつ。又七殿はこれ爰に脇指かけて云や怪我せぬ様にとめてただ女け 放せしにお専散しやんなそれよも強で手にけぬ暗ふてわい火がほし かいなし爰にいる塩梅よしとなき〳〵かけ去てゴリヤヤヤヤヤ子殿おれがゐれは伽示は させぬ内方風火ちやと〳〵〳〵に抔も涙にしめ火打折。やう〳〵付木に移したり 男七十一 けかなの夫の顔を見て。行燈と共に安堵なり六兵衛脇指引三つ不孝のしたい程した 上まだしたしたらいで死るのなきのからんしやる有がしやなければ。おれも大切に思ふこな たし本飯五人心つくらつたは同臓目のまたも道理の理く。商一道の兵衛なりや 云訳にも及ぞ逃ていぬ。そこいなぬまんで婦人でもない親れはしくれ初世の親といへ其訳 女夫なからしずであつごがたはしなしやつた親倉四十二の二子座の三月て期や 子頃乗か迚臍の緒も落ぬ父子を蜜柑籠へ入桜が呪太物橋の首詰おきやし 〳〵が年へ入た。雷の戻りけよい子では立。拾ふて揚ばなへ引かけ悦んだ。其跡 かられ大殿がによこときで其子は捨るの心ないおれが尼の兄蔵しく世の行行にて いや共いれず。子の心の明也廿日こき時。そだてゝ。天すのこござらぬとあらため て養子にやつたます夜になつて。米は立が木は立かと問て下たる礼はいとが が證致しげしげじけちりん臺ひいす。とふかにうやか今日迄喰美ぬ塩梅よし。馬 鹿津義を見込ぐかたまつた銀ほつかるゝかれに。こなさにやれのへ熊 〽お内義の心いにあそこかねてゐて虚紙て佐渡に仕せたかれに立損かけるごな たの穴沢けた様て所もしへぬ師匠で遣ふが娘で有念現に見る音理ならず 文に成れ去月けん也大恩何度かぬとなとなくなれ卅日云月也六兵衛。親くさいもいふな 南浦辺の地震の味噌七八十目楽屋ところさるは覚悟のまへ手に付る末に付て人 の価た哥が給へ是一つがこはたへ参外とつくり。此哥に心味噌も大豆腐も大豆腐もはは 立なるに同仲物の類にすりとする。よふいふた方。しやの。かませんの 親ながよぐれされて死てすむか。豆腐や味噌にならずのまめやす事事がくる。 親や女房を泣さずと心を出ずみやけへてぬ様へにされて男が立ずば立やうに諸人しや 殺されてもかゝや身一ツめける者ないらとらふも数しやでろき付。命おしまぬ 騒失。文七恐れ飛しびしさつて。女人になれば。かつてしと。卅日は廿日は五十八日 一日の捨ても御要は請し義。理部卿の婦人女の女女の男女は 内の機嫌は忽かいふ又故先にいねを直しんの異人の異也今もつとび合する無礼秘言 まひら御命さまへ産母は心女立あまへての紋将其えの一哥の殿の方〳〵から つま先ごこたへて文七が魂の洗ひ張商売実理具理院の代合もふつり やめる風にも参まい出すが二人へよい様にな頼む女房と当つて評間男の心 昔之落付悦へ残男六兵衛殿のおけで息五人拾ひまた夫でが今朝もも □□ 男封令政めたがよいが岩崎上やう師匠堺。死をして捨ても置いても置して汝事 なゝ二人の難義を救ふてやる也。民所のうてにあひ男といはれしそなく。 立て注意子に成てためへばと損す銀箔儀もかけて気の切離心のものを聞て かぬとしられけん六兵衛手を打男文を子に持れたお代官も女子立家賃銀等やつて 百五十度の質物つゝ夫も気に有之候所拾貫目の国を間屋敷借源も仕女とことも 無事に済してやれ残る方なり親思ひ。女夫の影を立てに付前浜に一佐右衛門 めでし日の文徳言つき渡し又将来て悦ふ。こんなど見なす又たさすまいで お袋もなく内義も帯級とい後の心もいへし給ふ事是之事を以役人多し いたいずとぞふねやふやのほりあふ松ろいてゑ行の女は云衛やが鹿男女が鹿女ど命ず かつた身請銀時目といふも死みな人義ながら持ていや重々の出遣ひ背く思つて無 詞法おこよりをいてこふい。或は夫よいふか有へ痛はやめ人の身の事なきに動か れなんしが今は鉄炮蔵でもところやし其思わしやうつほひにしだ嫁忠しや〳〵 母人おほなされもとおい付て。寺門屋たやる所あり。このた気をやる聞て 来し得は十四五人太助様の番所で文七郎右衛門としやと問て居た死都云出立が捕々の □□ 者に惚てためがあど早のきにいふに高く母女房。夫はけふのやつき投のれた坂立 立弘返し旨のであつくぬ内に予早ふ逃に追よと号といへ共せぬは父は父は やうなれもせぬに。女や女房を捨てもいかれず。兵衛殿やつかいながら二人をこそたい所也。 まゝいけなくいきもせう跡は明家にて置が。 いふこの下から。大膳をもせうでなり。人膽もせず怪我も世を仕廻を見せま ぜう夫共に気をはくは。ことにゑんで見てざれとは兵衛くりぬ押やり〳〵引込て又てがつ の戸そうぐさするもあらず。尾柵目当に楠手の爰じや〳〵とき組を要す阿知 に番手門口に引添て。雁金又七用がほん時よ〳〵と打たくやかまい誰しやい火者はま 立てこざる。用は明日ご思れ同ねは〽の戸打砕込蔵辺近年を待めて取て松に ひつ続てかけ也楠手は方角くずとの勝ね覚し父を。打付聴きをすくゝがり勝負 どれかられやうもいやもやうんへと被仰借から乳捕手をかく板打合てふ金とんといふ 併とけ込紺屋の地獄藍汁喰ふて揚くずんふは漆楠手元来たりして逃出る人数に 約太郎座の気転我身を手染の仕立次第七がぬけるも心然ことす如と呼付。跡の 〽夜ごとつたての道を得て女や女房にあひて茶場を返も塘梅に打込てこそにてこそ 男七十五 道行夢の通ひ路 ぬるめのみゑとは誰かなづけそめ。さのふのあふせ爰なる。けふのつゝ さが夢なるか。爰うつゝ互きまへず。涙にしぼる。袖たもと落て流れて 清川かふかいと人にいはれたる。父を初めとし。又いつれたるかりかりかねの とまらぬしだの梟とたとへられたる獄門の木にさらさるゝと 夕烏なく〳〵。〽郭を忍び出見れば今宵もはや四い橋を二け 渡りて又渡る。是は浮世を渡す稲我は浮身の端女郎。大車が しかいふ禿が舞ふつゝまにて炭屋町難波橋をも越て いそぐや芝居側向ふはるかにもゆる火のはかしよのこなたが 最待場と。聞たを便はしり付。見れはならべし入ツの首それかこれ かとくらき夜に見まがふ方もあさましや。アイアラシやと わつと計に伏し行清川落る滝をおさへてさりとては曲もなや いつぞはわかこなさんにいはふくと思ふてゐたが。今は久らぬ事ながらあ そこではけんくはかへ爰ではぬいた切たはと相手かはれぬしさまはかはらぬ 男七十六 名のみ雁金の文になりと聞に付夜の目たのめもあはさの烏ないて明 さぬ夜半とてもなし。其つゝさより此つゝさ。涙のこほりとけやくで。雪や 其夜のさむゝろにひとりかもねんやもつ鳥のごさかはせし雁金の妻の夢 舞台にしさひこかれしくる珠数の南無妙法蓮花経く七字の跡の 二季は見へてはかなきつまよはひ涙の玉の数凡八百八類酒恋無道。千日 寺べきて見れは人の噂に違なくかけならべたるはた物の馬の坊を其人と見るも いのせの日ゑは木影に忍ぶ清川がそれきとるも輝の徳我は康のかり 哀と名孝共にかたれす時てそれぞれといた帯。妻と妻とがあしあふ 心次に夫の首かへてはおかし諸共に恋の日波たくや浮名の季恥を人には 見廻しさうさと思ふけひも嵐吹傍に一木の柳の枝も。がだてや風が吹 のけて。上る使もあらざは。お昔にとせうで清川任かうせうと道には浅き 女のちゑも。恋にはふかく堀込たる柱に鳶が引付てこれは帯を此肩を踏 で病手のとく但足代ア]慮外何の恋外何の為もなき漸と 板に花付首に手をかけてひけん大盤石岩をも通す一念力打たる釘もなま けねぢれてゆがんておれて抜て放骨諸共歟でおいる為金に寄金に寄を契り と身に添て行は流の一夜寿霧幾夜が我につゝかりし其人に渡さじ。今迄 一中能二人の妻夫の首ひては心の首も下に出る恨気しつとは女勢ひ是は 我殿我夫ぞいよとちよと諍ひて忍しがらし恋の仇胸のほむしは巻所の火と 共にもゑ立非湯酒裾もほら〳〵あらはなが服の日の教ふり有だけへる 黒髪の男はあやなしなき恨ねたみにかみ合。組つころんづころ〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵 傍なる池へ諸共にはまるも夢か夢心。地覚ての後の有様を見る。ばかなに □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 新町捕物の段 女郎はゐてまん火願でのそく軒の先至てまねく。招くもよふも角見世は わけて賑は藤公里の経上を打込を打込む若者は右衛門の幅ものむ幾叶かる れぞめきのことて宇河つ茂りつ合の中に目に立三人連調子も揃ふへはの音による 麁髪ならで目のさぬけやけやるねの玉ごりやめつたいせさん阿波左馬はくもは 〽や日ないは赤速とふやうありすら有へおかしなしなしないがあちらいたといたりぞれ 左に見ぬ物と鳴ていやたやうぞさずんござきいけふ。鳴先んさん。雷の啼しん 男七十八 せばつ行はん断。いつけなりかはいつ。わいてはんとにそつんといことにかくく 打て。この何かこはいて尻込せう。トし其僮こにけつかのみつとて見て見ない事 いふない侍にあふとい此花袋はあで。まとんなこちの中るに男 五月冬番は時やますかむ明を行てくればさないやつにたかい様かわや忠崎にあね ばいの上尾の戸江加水水か見へと草履下駄にて四尺四尺餘てひけくむねやう はれ戸の時間ををととはいり兄弟が物づくし取引出せば。いゞいか竹。山川権六郎様 衛門はかう有ふやう有ふ也。岩崎は此畠が首たけ。そつちと付めても。権正いふ虫が 付て手に入。金出あふたが百ねぬ。サウ権大器汐魚を買ふべし〳〵〳〵かう両人が損 おいは。心ようやればたでののがのかちや三人膝光でもいで凡千となし方 ゆする権は忠善しねたまるゑで有られは中沢忠次郎殿もむ後案の平 兵衛。ことはゝや何とのぶのやつと言ふなや。しをはてじやうじやいやいふやいひ 二人の深事はしりぬてゐてない。かめげへといにてもひころく。仲間にてもか。皆なく ぬ天分にする出入ならぬの共を柱のておれ杓子居合様にも惚て吾忠海へおゆ すがいといつかとせびかし合。尊身ほろといふといふぞんなくよいと打上れば。し御弁 男七十九 花浦やに井田が庵へ出かけふしたが布袋の如き女身が違也 も百余女人民儀仕分け三人打連立行 いふも大根ゑふ念が石たれ悦ぶ内にもいたりといふれの身跡の何もける事 のかひ世話で三貫目といねり渡是立のべきのべきのをなればやんちらへ候 合せむといつて金文せる事もどうしてぐんとうしやとむねつたる二人顔に其心は 気そぐいづちに当て置き。夫に付ては引すに逢さいわしは道宅へ行ば前方済れそとて 夫ほり国のはけぬ様にお笑び。内からしめ見その音に目にひきむる後川戸を明ること そゞろ其首やかぬ渡さぬと平兵衛に行は。 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 江戸わち。扨はゑて給へたから給ふ。父のとにしやへト其とこにぞはついかみが有て。それに 来た身給の娘とぞへ行付はたそへ引出ては二人が好。侍がゐて。ままして。かす を捕にきあはた堀の騒動其外へから目にまでしや堀林たひ所かくぐんと近藤大門 とにも見ぬ故。きにで有曲心てたいことにも又から爰もふつつつつつつ。此書にごせんじ まざんうにござんいで新張の覚えらとふて候へは済屋にかしぬといふと フレシヤ 気子の初て左の跡見返つて清川扨も〳〵頼もふ鷹の及いを上や五十三人 藤田やかる鹿てそふなと独言してかく若く女房の小行手。にだけなかふ男に堀川 といふ女郎衆の馬はいにさんとかながらんといふ爰は爰にやそふつやをおほんん 〽お前のもとてや見たねはかは。頼儀に迄身に成た事もの。み夫たりいつて立いた こちのゑななみのより清りてござんまんは前もゑよくとい爰にてななりて給へといへき事 高くやうなし夢といせんねんしい〳〵と思ふはへはへそん底おつかさなな気魂と焼るへが をさる汝ましやと互に類を念て懺悔もなせ給ひけるば出所あけ何てはれはいわしか こいゑ咄妙有けり。なかり。矢が名を郡いて内に思崎郷の身跡の身跡の身もいてな かゝづだがいたき。イミ其身請も豊海様わしも組へてほどにいふる上の介とすぬみ より直に介が来たると云ふとく一人の女出ぬ此身を出捨て左衛引合せていしほりをいるや のまやこざるりは土木の方でいた。万人。有之候しける汝にも親疵をありの名 徳身跡気をさにかみんとし清川豊公となんとうりなんとりたゆ也夕所以にて近江浜屋 〽及為にといて返せいふ物の辻から衣貴老難度出しかく候といへと有て候間焼焼百人怪敷直 一子くいや片川か為へ連を入道を入有。八東衛門松本の後君いとび也桶手の人数何人を 男八十三 乱たぐ鶴木主水下知なし去十月安治川立居足所の場かり論仕出するが家来角 左衛門様雁全坦々に着しつたる風をくらせて手にやね郭の詮義を聞ゆるやうやうやうやけゆうゆうや 鼠をとく油の方へでも講女のとく人の男女人あるし入辺の人也也也。今宵頼天王や つゝは此風の鼠[キ]てみでか与舟の町々。者もちと申知のれて捕手の者の名別 れて。打立〇極中此場を遁れんと腰に浪を助まで。右手寄ける様やし 様やたはけん持方脇指打落せば後にしが旧仏共為て此勢早縄守縄に三百目付 水樋の小かけり市右衛門出出者蔵は爰にもの近き所目にも見よ地裂がたづれ物 狂ひ手並いていふ計りにて行えに楠手のに改しついけるとね何ればアアとれていね を廻りあとつかいて有になといふものはれ也。是からは父はめさや〳〵とことこそ にこけな権六郎名前て歩かは手向ひする所にて次下よつとられよと覚悟極ろし一 言に仰け出すようにはな〳〵やんだとになうてはけぬ女六つの男女男男女男男女の男女 を見たるも浮世の身理と欲を買のしかかく終一統一絶しそげにも為木王の事を引縄 を打てし朱門黒崎夫の方よりののゝやす兄様か忠そうい身しなめじなかせて 白さんしたきは敵なき窓のけ。親よりつかふ平太郎縄所智も武蔵義理を見やうが忠 一弥左衛門木主殿に成間幼少の家木色後見よと成時が栃木森の男鶴木森門 一討せたると思ひ所勢の連救守様御救安兵衛物語て大勢道の大勢の身の身の身のにて大坂 此人を何用の訳も皆いへ残念なのる方着御用に付て追て先達にて御意へ用意にてにて 呼ひもひもへ仕合はいか身給ふなめて容金と云された国の介様が故二日本の事 なじみも薄くめきも有隠遁たて仇と成屋せ給ゑ意に礼とも亦くがめ侍身のせつ なきらびやれ妹と妻川に在て兄を兼て妹多の 御沙汰懸参り来るのやけか声忍の身の身の身の外に遊つて。天身にか目にかり。右筆 様には鶴木主あへゑまへかどのかとの露出馬でもなしみのねへんといにかしやば気をひ 花をなしよまをるが心の所本某は死する也。本曽反六郎。足程も申立又七度義何 とぞて遁なされさつたの原本より陰川がきの色々〵其の音都なくと して溺散し鳫金又七蔵で土柱のいさし桶手を取接近く。留め蟹引ほど次第一尺 三六月金文七人違ひは麁相成。此様大に怪なしれぬる殿のお手参念を以てもやられ よと有たる前大縄を取元粉様より預つた娘して殿に渡せば権六郎右衛門とも孝とて海 良くしなせ捕めてと食情まで人近に気付館二入の女王為めてにおのひ名とこそなた 男八十五 と京うつなる〳〵にもつくにも知らすからんつ立酌はらはおはしは様も有べきに。人の者共 花林の殿にて次第を見所へ訴諚立て給ふこのおひは御徳一卒も何卒の願 申上金五升也が宜第近頃残念有が夫でも覚悟にても覚悟りうけし事是に ひ女故人名の者の夢一人は遊女なる。数きなみの姫母の内にも有に老女も残るばの 事共憚りながら又父父夫の気をやさくて。御仕置が極るんゆかりかりかりは半立此事なきた よく海をかられたと後世頃ば二人の妻岩崎権六尺の大工今更の人数の割れ引付すかるを 実のげ〳〵くつきころはあいす。こつたの声より早縄のかる身の果と見思ひ。 5651 情ぞいさずとき。其上は貴人にても又雲をわけてもなればかが一所残 てかり吾かしこの房ぐはと〳〵〳とく。くつくや。そのしや。そのこれ。見付いれ たる正九郎戸を馳はなくおぜは出て。秀留が残物狂ひ。臍の風あなみせいと 女に放て何れは身をより桶手寄つたやくにて寄ね材子よ縄よ とうろたゆるを。主の見立て立向ひ。楠たといふるかみは。は。打と切符を身をかはし て当あて。ひむ所を膝にひつき縄を打て引起せば人人も一所にひつ立〳〵 潰れ立五ツ雁金但五人おとこと難波口のみつに浮石を流しける。 寛保二戊歳七月二日 男八十六俵