大掛物十幅一對 附北國落
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- 近松門左衞門
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竹本義太夫直伝
源頼義
大掛物十幅一対
山本九兵衛新版
平助氏
神清
に刀神清
源頼義
市中
平師氏
大掛物十幅一対付り北国落
しくしていはく。かしんれい月悦びきはまり
なし万歳千秋たのしみいまだつきずと
うんく。それくはぎうのつのゝうへに何ごとをか
あらそふせきくはのひかりのうちに此身をよ
す。こゝに源の頼義公は。ちうごくにはびこりし
なごや三かはのぜんじたゞひでを。こと故なく御つい
ばつあつて。ヲロシめでたくかいぢんなされしは。
いつもかはらぬわたなべげんじたまつたけつな。さかたの平
太きんぴらうらべのみんにすゑむね。うすゐのくらさだ
かねひらいひとりむしやきよはる。是五人の者共がならび
なきゆうりき故。あつ共其ちうだいくはたりとおもくをん
しやうなさるれば。五人もいよ〳〵ちうざをなし日夜の
出仕ひまもなく。源氏の御代の御はんじやういくちよ
かけてばんぜいとあをがぬ。者こそみなかりけり扨其
後に。さればごくどのわざはひは国じひよりおこるどや。
其比の公家大臣何れもばさらをこのみたみのついゑも
かへり見ずよこしまに。おごらるゝを頼義武将のやくなればふ
かくいましめかんげんありしをきんげんみゝにさかふとや何れも是
をいきどほり。きん中にくはいがうしてかふりをそろへそうもん
ありし。いにしへは源平両家あひならび。天下に二人の武持候へ
ば万橋たゞしくるをこなひしに源の頼光より此かたたゞ一人
の武将殿。おのがしんていに住せふるまふによつて。諸武士のうらみ
かさほりらんがきたゆること候はずあはれ何れにても器童
のぶしをゑらみ出させられ。今一人の武将を仰付候て然べく候
ときどうにそうも金君ゑいぶんまし〳〵て。諸きやうのうつたへ
が少も其里そなはれりとしばくせんざまし〳〵あふみのかみ
平の師氏は必ず二道のゆうしなればぶしやうとがうしてくるしから
ずいそおせとのせんじ也承り候とちよくしを〽立させ給ひける。もろ
うぢめしにおうじてさんだいす。君ゑいぶんまし〳〵てことの次第を
仰付けられ。今より後は頼義とりやうわにて。ばじ取をこなふべし
とのせんじにて。当座にあさひの将ぐんにぞふせられける。かね
てよりおごろをこのむ師氏なれじしと黒うぢやうし御前を
罷立家やをさしてぞみせ帰りける是は板玉源の願義は見る
光の忌日とて五人の殿原原左あつめさぜんの御いとなみ有所へ
たいりよりちよくし立びたび平の師氏を武将に仰付らるゝの
間何ごとも両人内談せしめはからふべきのせんじのおもむき一々
にのべらるれば頼度つゝしんで承り誠に某一人にては天下
の政道おぼつかなく給ふばない〳〵こなたよりそせう申上べき
所に。此だいさい畏り入候とさも大爪に勅たりあれぢよくし
はたいりに帰たる。其後五人の人の人々をめされ扨もかのもろうぢは
くはしよく第一のおごり者と聞て直。左加成くせ者とあひ将
くんににんずるこそすこふるふせうに思ふ也。ない〳〵かた〴〵も其心へ
せん一也との給へば人々承り御諚にては候へ共くはしよくはあひ手に
よりて仕らん君にたいていかでかぶれいを申べき。もしすいさん
仕て候はゞ極るごうにてはんべらんとあざわゝつてぞ申ける
がくて三日過れ共師氏も来らずつかひをもつても申さねば頼
義仰分る様は。扨こそことをつくろふねい人かな。此上は某かれが
たほへ参りたいめんし。しんていをのこさずばんだんしめし合すべし。
義いかにとの給へば公平ひざ立なをしこは口おしき御ぢやうや候
君は先年よりの武将にて候へば。れいだを存ぜばさやつこそさん上
申べきに君御出不不きとは何どを仰られ候ぞ。たゞいつ迄も
かれが参らぬ内はよろづのおきてをたゞ今迄のとく。御一人
にて御せいたり有べし。もしきやつめがいぎに及び申なば。めし左
てさんだいしことのしだいをうつたへんにいかでかしさいの候べきとことも
なげにぞ申上るヲへおことが申所すぢめたり然れはかの師氏は
むたいにおごる者なれば。定る某が立こゆるをわざと待てひか
ゆらん。されのくせ者としりながらをとらしまけしとあせいをあらそふ
は何とやらんをとなげなし。たゞ何となく打こへてたいめんせんにはしかし
我きだくをそきにをいてはかた〴〵跡より参られよとの給ひて時の
侍計御供にてあやの小路へ三重いそがつゝ是は扨至かくて平の
御氏は家の子なこめしあつめ薬ひかへてゆかざる故頼義毛へ
来ると聞先一のゐをのみて有此上はよろづうはてにまはしほ
とんどをくれをあたふべ何れも其むねほつせよとせんどせんどまち〳〵
成所へ頼義出来まし〳〵てかくと仰入らるれば師氏聞てそれ
こなたへとやがておくにしやうじ入ヤヤヤアアアア御入候物かなとかみ
にもてな扨しゆもすへんに及て後師氏しやくえなをし誠
にこゝどに人おほき其中にゑゝみ出され武将のせんがう
ふることしやうぜんのめんぼくびきよくをん何としてほうじ奉らん
かく申せば何とやんことを願ふ様に候へ共あはれこのつしぎも
出来いたせかし”〽めいをせんじやうになげ打ておそくいさぎよ
くぼまれをあきつすにひろめ申さん物をとくはうげんがましく
申ければ頼義聞召じた聞しにまさる。おこの心也。なをも心を引
見んと思召抔とゆうきにかなふ御しんていかんたんするにあまり候
御ぞんじのとく某は家につたはるふるきしんか共にはをくれ候ひ
ぬ今程はよき言等も是なく候へば万いぶかしきことにはんべる
なりしよじたゞ御めぐみにあづかり申さんとなをあんざんにのへ給へば
師氏此詞に弥おごりいやまして申様仰のことゝ御家にはつな
きんときさだみろすゑたけほうしやうとて。五人あひならびありし
時は日本に人有とも思はれず。うらやましも存ぜしに。うち
つゞいて相はでしこと。さこそほいなくおぼすらん。誠に武士のゐ
くはうにはよきしんかにて候也。身にせうなれ共家につたはるゆう
しをばかくのごとく持て候いでゝげんざんに入申さんそれ〳〵四天王と
申ければ二わうを作りそんじたるは成大のおのこ四人大だちをよこた
へざしきにあまりてなをりける時に師氏申さつゝは。いかになんぢら
是にわたらせ給ふは源の頼義公也。しぜんの時は両さいたるべき間万
橋御けぢにそむくことなかれとよにおこがましぞ申ける四人の
ゑ共ひざをしなをして。それしいか公家のもてあそび。弓矢は
ぶしのはげむわざにて候へは万人心ざす所うすき故たうじはいに
しへ。ごとく成ゆうりよくの者かつて取り及ず。物其かずならねど
我々はずだいたゞきうせんのみ取て名を高く仕んと相守り
ゑうちのむかしより長年の今に至る迄。ぢうやぐんさに身をゆ
だね候然れ共くはうせき公がしほうにさづけし所はいまだまなひ
ゑずはへ共はうきの国の大せんにてあたごたかかけの人ぐ共あくしのたか
丸に伝へし所の兵法をがたのごとくおくさを極めて候明日にても
らんげき出来いたしなば両将軍のさきけを我々が承りらんと
大ひげをなで上てばうじやくぶじんに見へにけり頼義聞召あつ
はれびろう成ていたるや。かく有べきとしるなぞ五人の内一人めし
つれ来らん物をと後悔あれとかひぞなき然る所へわさなべきけつたけ
つなは。御跡よりも参りつゝへだてゝひかへしが余りに聞かね
すでに出んとしたりしがいや〳〵君の御心いかゞと思ひ先かうがいを
そろりとぬき。扨障子ごしに君の御後をそつとついた頼義心へ
たぞとの給ふ。千たけつな是に候罷出申べきやといへばおゝどく〳〵と
仰ける。かしこまつて候としやうじをさゝりとをしあけ。先師氏に
しきざいし。某は源家のかん渡部左衛門たけつなと申者にて候先
程よりの御詞あれにてくはく承り誠に頼もく存し去ながら
君をはじめ我々に至る迄何れもわかき者共にて候へばしぜん
の時のしろのりかけあひにも貴公の御せいたりをもあひまたず
万そころのみおほくといんぞれを国々御心にかけられずへおとなし
やかにごづめを頼み奉る扨又先程四天王と聞へ候ひしは是成人々
にて御わたり候なヲげにもよのつねならぬきりやうかなしかし
ながらそれ四天王とやらんはあしくしゆゝだう三あく口しゆのあく
夫をがうぶく有れいしんをたもんぢこくぞうしやうくはうもくの口天
と申とかや。貴いふ所を我心ていうつしゑて人間は申に及ず。い
成おにかみをもおひしぐゆう力なくしては四天王とは申されず
定て其心への候べかまひして〳〵四天王のなかりはしし給ふなみながら少
〽おぼつかなく候と詞をはなつて申ければし人の者共たちまちがん有
かはつて。師氏かたをきつと見てひざ立なをす所へ御へかたに残りし
四人の今をひ〳〵にはぜ来り。御きたくをそなはり候故御迎にさん上
仕候。ゆあ何ごとかほたけつなとかし。いやく某が是にあるうへは何の
べつぎの下べき也。誠に是は御長座にて候いそぎ御立なされ候へ。かにと
天王へ申候。たゞ今のぶれい御めんなされ候へはた又是にならび罷通候
は我々が皆はうばいにて候やあかた〴〵あれに候は師氏公の御内成卿
天王成はよく見しりをかれよと申ければ公平をはじめ人々罷出
誠に渡申が引合を以て新里天王の衆中にしよめんをいたして
近比しうちやく申て候候うまかさねてたいがんせしめんとしよぞんを
残すくはうげんし君をしゆごし五人のほどうざいをにゝみ付あたり
をはらつて立ければうんかのごとくなみゐたる者はもりくぎにふくし
ゐにおそれごん出す者もなくたゞおめ〳〵とひかへける頼句の御
ゐくはう。五人の名のていたかくあめが下にならびなきゆうしのあつ
まり是也只是成はと扨ほめぬ。ものこそなかりけり
第二
かくて左の師氏は。此度のこはいがうにすこふるをくれを取しこと
其身のひぎはかへり見ずひたすゝむねをこがしない〳〵につきした
がひしたしみし大名に。はりまのぜんじ国よりもゝの句の兵庫寄
清。是両人を常々にまねきよせ。しんていを残さずみぎのあら
ましをかたり。頼義めつぞうのはかること日夜にたゝむぞおそろし
き時に師氏申さるゝは。こゝにくつきやうのけいりやくをあじ出したり
先はりまのぜんじは家の子鳥等に物のくさせ。洛中をかけまはらせ
申されよ然ばけいしやう雲霞おどろきてみかどへかくとうつたへん
其時道清はぐん兵をそつしさんだいろ。源の頼義君をうらみ申さん
と追付とりかけ申候間。しゆごの為相つめ候とそうもんほべ時に
某はせ上り。おもてにしゆうがていをかざり口にはふるなのべん古
とかね。頼義がきやくしんたるよしをのぶべ。此手だてはせんの国のれい
かんがけい王の前にて。らいしをさんせしはかりこと也。ゐこゝの主だに
ものせられたりちりやく也此ぎいかにと申さるゝ両人共にたな
ごゝろを合せ扨も是はくはうたい成ちりやくかなかゝる手だてなくし
ては代々忠の頼義をいかでたやすくほろぼしなん。さあばしたく仕
らんとせんぎいちづに相極め。めん〳〵家屋に立帰り先はりまのぜんじ
は家の子有等に物具させをしへごとく。さんり近きかうぢ〳〵を
あなたこなたと三平はせにけりあんのごとく公家大臣是はいか成こと
やらんと我さきにとさんだいほとはなぜず法中をよろひふ此者
みち〳〵て。たゞ今こと出来るはに見へて候。其はたの給はみな白はた也
とかをかへてそうもんある。然り所へあひづのことく。もゝの由孝みち
清はよろひひつかけはせ来り扨もげんしの大将頼義ことのしたいは
存ぜね共只今をしよせ候間御門しゆごの為。五百よきにてさん大仕
候何れの口にても一方を仰付られ候へと誠しやかにそうもんず公
家大臣聞給ひ何源の頼義きやくしんと申か扨は只今のぐん云共
皆白はたをさしければ是ぞうたがふ所もなしいかゞあらんとをの〳〵あ
はて給ひける。然る所へ師氏大卿にさんだいし扨も源の願義は。此卿
氏を武将にふせられしことをしゆつくはいに存じ。其今取かけ
申由承り候。誠に某ぐあんさんの身を持て。武将のせんじを
かうふり奉ること。ほがたしはたつとくとも申に詞も候はず。その御
をんには御前にてしやうがい仕候べし此たび頼義がうつふんは皆此
師氏が左にて候へば某相はて申なば君をうゝみ申まじ何れの
道にもちうせつは同じと出々頼義がいきどほりをはゝしこゝの
らんをやめ申さんとこしの刀に手をりくる人々さりより取付て先
しばゝ〳〵とうま〴〵にきやうくんほみかどゑいぶんまし〳〵て右成かなや
師氏がほどじんざ深きなんぢをすて不忠義極の願義をめぐ
まんや。此上はとかふ申に及ずいそぎちよくばつせしむべしとせんじ。
こそおろかなれ師氏はしすましたりと悦びが夢を申御ぜんをたち
扨在京の諸侍。いそぎきんりに相つむべしと一々に相ふれたせうへ
を下へば三重かへしけつ。此ことなをもがくれなく源の頼義は此よし
を聞召五人の人々お前にめされ某にをいて不忠不成成と是以
覚ず然るにちよくばつのせんじを下さるゝは何ごとぞや。定る是は師
氏がない〳〵のあくしんにてさんげんしたるにうたがひし然りといへ共
こときうなれごんよすべきじこくなし。さればとてせしのせいに
むかつて一せんはげむ物なが殊におつべしがにおつべしたゞいさぎよく
じがいをとけうらみをしごにほうぜんと。御はかせに手をかけらふ
ひとりむしやをらとゞめ。こは御諚は覚ぬ物かな御はゝめさるゝ物
ならば日比のあくざやくをんに御生がい有しぞとかへつて御あやまり
に成申さんたゞて先都を御ひゝきまし〳〵て。つみなきむねを五度も
三度もをんびんにそうもん歟其上にても御ゑいぶんくもりを聞召
わけられす春時こそ命かぎりのいくきをせばおそくは日本に
人だねはたへぬべしうんめいつきはて討死せば。あく心のせつきと
成てごづめづのあほうらせつをかたらひ。三度此どにとび来り思ひ
つめたる奢のなどかは達せで候べきと思ひをたゞして申けるうす
ゐの二郎聞もあへずつゝと出。いかにきよはる都をひらかせ給へとは何
ごとを申ぞ。人にざんげんしらろゝさへ口かしきに。あまつさへてきよすると
聞ながら。一せんにも及ずおちんと中々思ひもよらずがたき取かけさ
たるこそ幸なれたちとうでとがかぎりなれ思ひのまゝにはた
らきて。かばねを生城のはつころとさらし。名を後代にとゞめんにはしる
じとざしきをもつと見わたせばうらべのみんば聞よりもヲゝ旅に
都をおちさせ給ひなば。とがあればこそおちたれとつみなき上
にてうてきの御名は四かいにあまねくて。あなたこなたとさま
よひなばいきたるかひのこん也とかく我々五人がくびらくやう
のちまたにさゝされんにべつぎはあらしげにや手おひ給ふとも
我々がおや共が。五人の内に一人うき世にながらへおはしなばが故に
はあらじ物をなまくげばゝにあなどられ。思ひもよらぬてうてき
となり行ことの口おしやと。いかれはおもてに涙をうかへはがみを。
なしてぞゐたりける時に渡部つく〴〵打聞て。ヲへ今にもかた〴〵の
むねんに思ひ給ふことことはりせり。去ながら世の中はかんにんの二字
にしくはなし。何れもいかりをとつくとをししづめことの道理を聞
給へさいぜんひとりむしやのかんげんのごとく。ていとをおんびんにひゝか
せ給はんこそせん一になく。只今君のちよつかんは。まどか成月に雲
のけるがごとく一度ははれで候べきか。然るに一たんのいかりに日比
てうをんを御わすれ有。天子にたいしてゆみやはもつたいなくも
ひかれまし。承みがゆうりき日本にかくれあらざればかたき
におそれてにげたりとはやはかもつてそしろまじてきの近付
ぬ其先にいそぎ御出候へと。りくぎはつめいにのべければひたり
むしやはもちろんざしもいさみしさだかねすゑむねも尤なりと
りにふくす。君もふかくかんたん有此上はたけつながいさめに任せ
申さんと御座を立せ給ひければ。何れもつゞいて立けれ共さ
かたの公平一人は、たゞりくねんとして重して不巨人の名共立より
てやあせんざ極り君も御座を立せ給ふか。御ぶんはしたくをいたさ
れぬかと申。公平聞て。何おつるにしたくの入べきや。たゞ足のはや
きこそにぐるしたくの弟也。かねてめん〳〵のぞんぢのごとくそれかし
は生れ付たるはやばしのせめてかたきのはた近成共一め見
て跡より頓而をつ退付申さんもし其内にほりみぞへおち入
てしする物ならば。はて是ぞ今生のかぎりと思はれよと。にが
り切て申ければ人々聞て。ヲヽさあらのれいを思はずに。日本
のせいを引うけ。思ひのまゝにいくさせんことたれかきゝひのほべ
きや。然れ共君の御ためを皆是思ふ故により。たからの山に入な
がゝ何れもむなしくおち行に御ぶん人残さんやはやとく〳〵と
申けれ共。次殿かほしてはたらかずたけつな是を見てあれ又
公平のれいの家まゝが出てほずれよつてひつ立よと申公平聞
てはらを立[サ]某が我まゝに任せて。御氏めをとつくにきつ
てすつるならば是程にはよもならじめん〳〵の分別だて左か様に
はしなしてあり父公時がゆいごんにもかけよとはしめしぬれ共
にげよとをしへしことはなし君の御かんだうかうふる共。もろ
うぢめがいき一びを手ににぎらざるうちはゆみや八まん大
ぼさつまつたくいておつまじきしよせん時うつればまだるき
に。かれがたちにかけいつてくびをひつさげて帰らんと一もんに
とんで出るこは物にくるふかさりとてはひゝに〳〵と取付ばイヤ
のけはなせ〳〵とくるへ共むたいにひつ立おちにけるかの公平
がていたかくひとへに天まやくじんのあれたるふぜいもかくやん
とみなおそれぬ。ものこそなかりけれ
第三
御大将頼義公は。せんざいちづにあひきはめをの〳〵しやう束
し給へり君御かふりをとらせ給ひ中のでいに御出直高き所
へかふりをそなへ。あゝさだめなき世の中や人ひとたかりはな
一時ふちがせとなること共は久す〴〵もむねんなり。我一とせ
しやう。くんににんぜられ。此かふりを給はりし其時はゑい慮
又なふありしものをいつしかけふは引かへてちよつかんをかう
むり頼みすくなき人がいかな。もしも天のしやうりに
かなひ又もや二たびきらくしてかふりをちやくせんことや
あらんと世にしほ〳〵との給へば。おにをあざむく人々も。君の
御すがたを見奉りてしごくのなみだにむせびけりすでに
はや八こへのとりもつげければ君仰けるやうはどてもおん
びんにおち行うへは諸人に物をおもはせて何かせんいざ立
出んかた〴〵と御大将よりよし公はらんでんぐさりの御きせなが
きごめになされひげきりひざ丸を十もんじによこたへ
御出あれば五人の名共もみなものゝぐをきごめにして
つゞいて御供申ける。扨ふだいのさふらひ六十五き御あと
をぞしゆごしける。其外のものもの共にはみな御いとまなはり
こゝろ〴〵にしのびけり。さればにや公平はていとをむげに
ひゝくことむねんさゝにはれゆかずいかにもしてじこく
をうつし天あけゆかばてきがをつかくべし然らば思ひのまゝ
にいくさせんとやがて立より君によしなきとはずもの
がたりを申かけあなたこなたとするほどにいまだみやこを
はなれぬ其さきに夜はほの〴〵とぞあけにける五かう
のてんもひらくれば。よりよしほくろくだうへぼつらくのよし
かくれなければもろうぢ聞てあますなうつてといふ
まゝに。かねてしるせしちやくたうのせいつがう其せい六まん
よきぢやくしごんの大夫もろひでに四天王をあひそへあとを
もとめてをつかけしが長さかのへんにてをつ付ときのこゑ
をぞ三重あげにけるときのこゑもしづまれば大しやう
こまぢんにのり出し。いかによりよし十ぜんの君にてきをなし
いづくへとてかのがるべきなどわうじやうのつちとならざりふ
かくさよ。かく申それかしは一天のぶしやう。あさ日のしやうで
平のもろうぢがちやくしごんの太夫もろひでなりしたがふせい
は六まんよきはんくはいがほこをふり。ちやうりやうがいさみをなす
ともかなふまじすみやかにしやうがいをたつすべしとかう
しやうにのゝしつたり。五人のものどもきくよりも何ごん
の大夫もろひで六まんよきの大将とや。ヲヽしんべう〳〵さり
ながら。とてものことにもろうぢにたいめんせぬこそほいな
けれぞも〳〵主君よりよし公むしつのちよつかんをかうむ
らせ給へ共。たゞしんたるみちをおもんばかりおんびんにていとを
ひらかせ給ふをかた〴〵はにぐると思ひをつかけぬるこそやき
しけれ今は都をはなれたれはゞかるべきところもなしこなたは
わづか。七十よき六まんよきのぐんぜいにはだいようすべきに
あらねどもやたけごゝろやものゝふのはげむしよぞんをあら
はさんとたせいが中へわつて入火ばなをちらして三升たゝかひ
けるさるほどに。源氏がたのしよさふらひ一めいをちうぎに
かへせめたゝかふとはいへども。てき大ぜいにてありければあなたこ
なたへかけ立られちり〴〵になつてぞうたれける今ははや
れいの五人のもの共と御大将としゆじう六きに成にけり。
より義御らんじていかにかた〴〵はげみも今はこれ迄なりそれ
ゆみとりの年来日比にほまれを見ても。さいごあしければ
人のそしりまぬかれずとても此いくさかなふべきとは思
はれずいやしきやつばらがやさきにかゝり名を河代にうし
なふなか主臣こんじやうのかぎりも是迄ぞしでの山路に相
待ぞつゞけや〳〵人々と御はかせに手をかけ給ふ人々あはて
ふためきをしとゞめ。エゝこはあさましき御ふぜいやぜん
ねん御伯父頼光えんしうはま松の御合戦にかたき六
万余騎にてひかへしを承々がおやどもがたゞ四人にて打
やぶり候ことぜんげんけつぜんとみゝにのこつていさぎよし幸
此たびも六まんよきことにみかたは五人也おやどもがわかざ
かりにをとるやまさるや一せんのはたらきを御らんあつて其
後御じがいまし〳〵ておほそれながらめいどのせうこに御立
なされくだされ候へと。扨わたなべときんひらは二ぢんに入
かはらんと君をしゆごしてひかゆればのこか三人の者共
はゑもの〳〵を引さげて吉川たけ田小ばやしが二万よき
にてさゝへたる。まんなかへ一あんじにわつていりいのちをかぎりに
三章きりみだすすきまじかりける。しだいなり日本めいよ
のゆうしどもいまをさいごとはげみをいたすたゝかひにたれ
かおもてをあはすべきゆん手もめてもたゞ人づかをぞつき
にけり残りし者共をとうざいへをつちらしありし所へ立帰り
あらあさましのてきのふぜいやとひし〳〵とうちよりて。
扨まつさきはほうしやうが一子ひらゐひとりむしやきよ
はる。其つぎはすゑたけがちやくしうらべのみんぶすゑむね。しん
がりはさだみつがちやうなんうすゐのくらさだかぬなり。日本が
うごく共我々をうたんとはかなふまじ。いはんやかりむしつの
五万や六万はあきかぜのつゆをはらふにことならず我と
おもはん者あらばくんでせうぶをけつせよと。こゑぐにづく
しつていきほひかゝつてひつかへすたけつなきんひらこぢんは
うけとつたりとて入かはる。よせての大将ごんの大夫毛を見て
〽ヤヤ四天にはなきかあれうちとれとげぢすれば承り候
と四人の者共一やうに。くろかはおどしのよろひをきあたりを
はゝつて見へにけり。扨めい〳〵にこゑをあげたゞ今罷出たる
我々を歎ながらも其名ゆかく思ふん先一ばんにさぬきの国の
住人大きどの八郎国とし。三ばんにはいよの国よしみの名司が三なんよし
みのくゝもりとき三ばんは三むらのくはん領惣五郎のりさだ。四ばんにはとさの
国の住人にゆうぜんのみゝゆきはる何れもは一国が内にては鬼行のごと
くいはれたりし我々成が今は平家のゆうしとなりほしまれを定かい
にあらはす故其名を四天王とがうす也げんじがたに五人のまれ
者と聞へきりし藤原に内々げんざんのねがひ候へ共おりを
ゑざれば打過る所に。たゞ今敵みかたとへだゝりたうじやう
ばのたいめんきゑつまことにたへがたし。此上は御くびを給はるか。又
我々がくびを進上いたする。うむのせうぶこゝにありいかに
〳〵とよばゝりけるだけつな聞てヲゝたがひにしよぞんはお
なじこと也とかくまづきつさきを合せ其後ばんたん申承らんと
する〳〵と立よれば大木戸の八郎もつてひらいてうちけるを
ちやうどうけてひつはづしうちければ。みけんふたつにうち
わられてやけいのつゆとぞきへにける二ばんにつゞくよしみの
二郎アヽきつたりとはがみをなしてきつてかゝるを公平つゝと出
はつしと合せよこ手切になぎければ。こしのつがびを切はな
され二つになつてぞふしにけり。跡につゞく応五郎とゆうぜんは無念
と一度にばつとかけよるをこなたも二人がけ合をしならべてひつ
くみ〳〵とつてふせあつはれ手よはき四天王かなやれをのれら
がぶんとして四天王となのることひやうり第一の山だちかな
いで〳〵いとまをとゝせんと一々くびをうちおとしもはや
かたきは是迄ぞとあざわゝつてたちければごんの大夫
是を見て今ははやかなはじと。こまひつかへしおちゆくを
すきをあらせずをつかけて馬のうへよりくび打おとし其間
に君をやがてのせ奉り北国さしてぞいそがるゝ五人のものが
通孝はためんぢこくぞうしやうかうもくのそさいたんにてこれ
あらんあつはれまことの四天王やとてかんぜぬ。しこそなかりけれ
第四
ゆれ
伊子のかみよりよしは五人のものがはたらき故たせいのかこみを
うちやぶり。ほくろくだうへぞひらかるゝこゝろのうちこそ無念
なれ。大将何とかおぼしけん馬上にてばもうらんぜしめて
一中〇九中ニヘアシテ
いとあしたと御馬よりもおりさせ給ひ申しやうあるものは
同じことちくるいとはいひながら。我にゑんごうふかきにや是
迄はをくりて。有今はこきやうへかへれやと手づからたづなを
むすびかけ。ていとのかたへ引むけ給へば馬もこゝろがあれば
にや跡ふりかへり。二こゑ三こゑいばひつゝみやこのかたへぞはせ
にける。其時たけつな申御これよりはなんじよあまだひに
何とて御馬にはめされず候やと申上れば頼義聞召
それいにしへの名持ばくんぜいひやうろうをつかはざれば其
身もしよくせずしそつがあめにうたるれば大将もい
まくをはづしともにぬるゝとしるしたりましてやかた〳〵
はそれがしが一めいにかはり。かやうにせんどを見とゞくるに我
一人馬にのり。こゝろやすく有べきはじんぎの道にもはづれ
たりせめては我もかた〴〵と一所にともなひはこびつゝ心ざし
をほうぜんと御たもとをしぼらせ給ひける。人々承りて扨々し
なき御ぢやうや候。ゐこくはしらずほんてうにはかゝる名将末
代とても有べきやとて、も主君とたのむうへばかゝる君につかへ
てこそゆみやとる身のほんいたれおもへば我々くはほうの者
これにつけてもつみなくして。てうてきの御名をとらせ給ふこ
とかへすぐも口おしやと。はんくはいそねむ人々もとうざいく
れてぞなきゐたる中にもさかたのきんひらはいかれるこゑ
をさしあげて。それ日本は神国たり。正直のかうべにやどり
給ふ仏神はあらざる也。何とてぜひをことはり給はぬぞ。たとへ目
月はへだづるともにくしとおもふもろうぢめを。あんおんにをかばこ
そとこぶしをにぎりきばをかみ五人めとめを見合てはら〳〵なひ
てぞゐたりける頼も御らんで申さのみにななげきそかた〴〵
よたゞ何ごともぜんぜのごう身にあやまりのあらざれば終
にはなどか正直のはなもこずゑにさかざらん夫ことに世に
なき主をみつがんど。こゝろをつくし身をくだく。めん〳〵がなきけの
ほどいつの世にかほうぜんとしくも御大将さうがんに御なき
をうかへ給ひける。げに主臣のれいぎのほどよそのそでまで
ぬれぬべしかくてはややう〳〵いそがせ給ふばほどもなくわかさ
のをばまにつかせ給ふ。それよりうずゐのこらを御つかひにて
へんみのはんぐはんたゞみつをたのませ給ひことのしだいをおほせ
つかはさるれば承りてそれよりもへんみがやかたに立いり
あんないこふて内に入はんぐばんにたいめんしくだんのあらまし
のべければたゞみつきゝもあへずこはそも夢かうつゝかとゑぼし
ひたゝれ引つくろひ御迎ひに罷出者を御供仕りやかたのも
へしやうじ奉り京かくて候上は何ごとも御心やすかるべきとびと
へにむにのきしよくにてかつがう〽申ぞ頼もしきいたはじや人々
ばくもりもなくてざんのつみおもひもよらずこもりゑの月
もかげをやにごすらんかくて日かずをおくるまのめぐり〳〵て
今ははや秋もなかばにはやなりぬあはれなるかな頼義公
ていどのそゝを思召出されていかにめん〳〵こよひは八月十五夜
の名にあふ月のかげなれど我々がくもりは見へわかずされば
にや先の世に。いか成たねをまきをきて。ゑいくはの花もさ
かずしてかろうさ身となりぬるよとなぎながらにの給へば
渡部見参らせげにや天子の御をんほどほどほどほどほどほどほど
〽君じんきやうのれいをおもんじ給はずは天下に五人のまれ
ものと名にしおふたる我々がゆひかひなきやつばゝにせ
ばめられやみ〳〵といかでみやこをおち申さんたゞとにもかく
にもさだまるごうとはいひながらつみなきはい所の御すまゐゑ
へば〳〵口かしやと涙はさらにとゞまらず頼義御なみだをおさへ
させ給ひいかにかた〴〵此上は先是に立しもびていとのやう
だいうかゞふやそれ迄は御ぶんらもしばらくこゝろをはらさ
れよとの御ちやう也其時はんぐはん申様夫とにもつて。かゝるひな
の御すまゐ申上べきやうもなしさりながゝもろうぢ御
たいぢあらんことじこくたうらいたゞ今の御ことなるべし。此うへは
何ごとも御心にまかさせられ御ゆうのいとなみあそばされ
ひなのつれ〴〵御はゝしなさるべ幸それがしが家につたへしめい
ひつのかけゑをあまたもちて候。今日の雨中のつれ〴〵きやう
にぜうじて。かけ奉るべきやと申上れば。頼義聞召。ヲゝしん
ていのほどちかごろもつてしうちやくせりじこくうつさずはや
とく〳〵との御ちやうあればかしこまつて御前をまかり
たち。どざうに入てどり出し一々。しだいに三年かけにけり
懸物そろへ
こゝろもことばも。およはれすかくて其後より
よし六さかば一けんいたさんと五人の人々もろ共に立
よりこれを見給へばさても見ことのしだいやなまつ一
ばんにかけたるはりやうのにていの御筆にてしゆつさん
のしやかのざうをぞかけにける此御ほとけと申は
しやうぼん大王の御子しつだたいしと申せしが十九にて
御出家有たんどくせんにわけ入てあらゝせんにんにみやつ
かへなづみかのぐみたきじこり。なんぎやうくぎやうこうつもり。
三十さいにて御しやうたう四十九年のせつほうは一さいえ
生わがごとく。ふづしやうどたるべしとの御のりのちから
にひかれつゝ。十あく五ぎやくの人間ひじやうさうもく
に至る迄。しつかいじやうぶつせんことは何うたかひのあるへ
きとかたじけなくも御大将。たなこゝろを合せたまへば
しるもしらぬも一どうにみな〳〵手をこそあはせけれ弟
二、ばんのかけ物は、しんのわうゑんが筆のあとに至うもて
のたきのなかれをこゐののぼるいきぼひ也。そも〳〵此
たきと申は其高さ八十ちやうみなぎりおつるいはなみを
たま〳〵のぼりゑたるうろくずはたちまちに龍とげして
天上するが故によつてりうもんのたきとはなづけたり
されはせんじやうにさきをかげ。名をばん天に上る者は
ひとへに此こゐの龍となれるがことくなればやあ心
かけの侍はともわけ此ゑをしやうくはん有べしとの御ことなり
第三ばんにはせうしやうのよるのあめゑんじのかねのほの
ほのとせきしつうつろふうらざどにふねこぎかへかおもふしに
へいさにおつるかりがねのあるかなきかの有孝は。きくしにま
さる八けいの筆をつくして見へにけり第四ばんにかけた
るはをのゝ小町がいたづらに身はもゝとせのうぞと成やふれ
みのにやぶれがさうきふししげさくれたけのつえにすがりて
よろ〴〵と立が見ればあふ坂のせきのしみづにかげうつるおゐの
すがたはあさましやかのふるくさの少将の雨のふるよもふら
ぬよもかぜのふく日もふかぬ日も人めしのふのかよひぢに。
をつくし身をくだき思ひにさへし其むくひ。あはれがにいにしへは。
花のすがたといはれし身のいつのまにかは引かへて。直にもあらめ
をころへのしやうじやひつすいのことはりはたゞめのまへとぞ見へに
ける扨又五ばんにはかのもろこしに名をしたるほしがむめをぞ
かけにけり。はるまちかねてさく花のにほひにうつるうぐひ
すはおりしりがほのふぜいなり六ばんには我てうのそむかし元ん
ぎのみかどの御時に上手のほしまれかくれなきこせあふみが書たりし
あさらは水のかきり。た花むらさきのいろにめて。かほよ花とぞ
なづけたる。かけにねぶれるゑんまうのはね〳〵とをうちかはしふ
かきちぎりやかはすかん扨七ばんには秋の夜のゝくさつくしきゝやう
かるかやをみなしつゆおもけなるはきが花思ひますほのいと
ずゝきたれをさしてかまね。夕ゆめのうきよはあさがほの日か
げまつまの一さかり。けに人間のゑいぐは迄。思ひしらるゝあだし
のゝへずのうらかせ身にしみてかほりゆかしきふぢばる
まつゝりさせよとなくむしのごゑもあるかとうたかはれ
あかぬふぜいをつこしたり扨八ばんのかけ物は。かなをかゝけ
のあとにふじの。だかねのひとかす立もよりうへを見あ
くれはかのこまだらにふるゆきの時をもしらぬおもかけは三
ごく一のめいざんやといはれしもことはりなり。ふもとはたごの
うらなみやうちいで見れば兵しがさきまつのむら立
はる〳〵と見どりのそらもひとつにてきよみがせきあけがた
におきつがはらのむらちどりをのがともをやさそふんしほ風松
風にきそひてふゆのかしきは物さびし九ばんばんけゑには。さけのは
やくにすむとらのふきくる風にいさみをなし身ぶるひしたるほせぬは
げにいさき。よき。ひづせい也。扨十ばんには是も又家てうのゑ
かきにて。ちねたのづねのりといひし人かたじけなくも
ぢよくめいにてふでをそめしとうけなばるほうちいの
じまのかたちなりしるりのいさごの其うへにむれゐて
あそぶともつるは。みきはのかめにたはぶれて千代万代
のひめ小松よはひやきみにゆづるらん四かいなみかぜ
をさまりてそだをならさぬまつかそのひさしきためし是
なるはといよ〳〵きやうをもよほさる数をさまる筆こぞめてたかれ
右之本令吟覧頌句音節墨譜
等不残毫厘令加筆候可有開
版者也竹本筑後椽
重而予以著述之本令校合候
畢全可爲正本者歟
竹本筑後椽
5642
大坂高西鹿橋壱丁目
近松門左衛門
長木屋山本九兵衛版
山本九右衛門版