公平つるきのりつくわ
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- 不明
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- 2026-08-17T19:23:18.241Z
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- 2026-08-17T19:23:18.241Z
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- 場所: [江戸]
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- 不明
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- 日本語
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- うろこかたや
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- キンピラツルギノリッカ
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- 東北大学
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- 2026-08-28T18:53:25.651810+00:00
書名
刊
所蔵者
管理番号
資料番号
撮影
公東宇
撮影年)
串
置申
266
公平つるきのりつくわ
置写
特別
公平つるきの引つくわ
書ひそかたみてなれや翁あと
ねんいつくのつちと成るとも
SEETELI
輸出米宿防国会ヲ
以テ購入セル希聞博士
蒲野亭吉防藩隊書
公平つるきのりつくわ初段
初段
さても其後爰にせいに天王五だいのかういん源のいよの守よりよりよし
そうすどのげきらんの御たいし有天下おたやかにおさめ給ふ御き人だちに
は八まん太良よしいへとかうし御とし六才にならせ給ふ御心御かたちぼん人に
あらすとて上下ばんみんにいたるまでおもくもてなし奉る家のかうけんにはいつも
かはらぬわたなへむさしの守竹つなさかた兵庫のかみきんひらするがのかみ
うらべのすへむねとう〳〵みの守うすいのきたかけさてほうせうが一子ひらいの
きどう丸とて三国ぶさうのかうの者是を四天王ひとりむしやとてじんぎ
もつはらにして君にかしつき奉れはいよ〳〵こくどゆたかにて此御大将の御代
長久なれと三寺いのらぬたみこそなかりけれこゝに又くわんむ天わう七代のかう
ゐん平の兵衛てるももととてそのなをゑたるあぶれ者ありさて良楽にはあ
く二良よの方あら川入道らいけん此らいけんと申は出羽のくにのぢたり人あら川第八
くわうがににて有是ぼん人の子にてなければまなこすぢかいにされ口のひんき
事かさじへのことく也かれがすかたみる人きく人おぢぬ者こそなかりけれ有時てなし
一人の者をちかつけ今日はなにとやらんものさひく有つぎしゆゑつていそばんとも
公平三面のきつね指ころす
源のよりよし公
□□□
□□□□
□
平のてるもとめ
さま〳〵のちんくわをもようししゆきやうにちやうしてあそびけるかゝりける所へ山
を引てやかたのまへをとをりしかてるもと是をみて扨もよくわへたるうしかなあつた
れよきさかな成べしといへばらいけん聞てそれこそやすき御事とていそきおもてへはし
り出うしのもしたぶゝをひつつつかんでずんどそけはうしはしさりにはね上旬山人老
をみてこれはろうせきかなとうしをひいてそにけにけるらいけんやかて立かへりてるもと
のまへにおけは方〳〵もくゑやとてひつゝや〳〵くてはのみてはくいさま〳〵のおご
りをなしている所へひの大なごん前へより御夫立て申けるはさのふゟみかと御なふお
もくいての外にわたらせ給ふ間いそきさんだい有へしとありけれは畏て候とて取物
もとりあへすやかてさんだい申さりよりよし公をはしめをしてざいさやうの諸火みやう
残らすさんりにつめらるかくて大なごん人みにむかつての給ひけるは大子やせんゟ御き
しよへもつての外にわたらせ給ひつかがさき程ゟことの外御なふきなをらせ給ふ間
みな〳〵よろこひ給へさてそれに付おくゟのせんしには御なふきはらしにめつらしき事あら
ば御しやめんかぞてうしをたく申上られ候へと有しかば何もあつせよろこひける其時
中なえん事なをいゝしやく行なをし申されけるは爰に一つらしき事の御則老なる
頼義の良等に坂田の公平とて上にみやしろしめさくたとへ日本一のあらものゝ候まの
公平某が所へつね〳〵出入仕之がやせん参はりつくはん仕たるよし申候もの様成あら物
のりつくわめつらしく候とそうもんあれは立たのせんじにはなんちか申とくよじんのはなのはなの一あそへ
ひはねの事公平も花のあそびあつらしきもは是成へしいかにより吉其りつくて公平に
持てまいれゑいらんあるへきとのせん也手々とて公平がもとへつわんけんのおもむき申つかいさ
れければ落て候とてきへ車はかのりつくわをもたせやまてさんたい仕り御てへのみつさになるよ
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はさすまたつくほう扨したやさにとりてはこかたなこうがいとつきだしなくをさしにけしやしをく
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二たんめ
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草のてりと
重んくんども
大納言としひろの口
うしべの末宗
坂田の公平
②
くにしつまゆ
渡部竹門な
中納言たるのり
源の影よし
うすいの定ける
ふためく所へみだれ入てよりよして天王の者共に腹きらせんはやすかるべしはやうつきても有
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もと手のさん候へんけの者をしとめ候ろんにより云平あまりなるそうこん申候
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重公源平主やうに申付べしそれ迄は火なみへとしひろにあつけおく也とのせへしなり
てるもとむねんに存すれとちよく。いやうなれば力なことしひろなとたうしんだかさをふ
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四天わうの者共にばけ一まなる所にそりよりまことの四天王の人々のさんかうする
ていにもてなじてちりやくの程こそおそろしけれかゝりける所により吉兵の御こしもとき
らすのたけ王丸なんとやらんかんきんして人ほとあやしく思ひしやうじをへたて立よ
きく所にき上うん丸さつね申候田いつれもなにとおもはれ候そ君此頃さもなきもの
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きうられ〳〵も左様に存候へと申ければてけつなきぐねこれをきゝ左様にも思はれはゝかへ
きためしにはあらすそれゐんのちたり王はあくかつてしんかのふにうにさるし是みなき
みのあはれみなりいざわれ〳〵もよりよしを打なりよをおきめんと申けるを竹はう
きいて大さにおくゆきいそき忝の御前にまいりかやう〳〵と申上ればより答聞しよし
ふしきなる事を申そのかなと立ゟきかせ給ふ所にきん年きつね申けるはひやうでうへ
きはまりてより吉をうちさてまつらて参がうちにてまいるべきそやけふはまろ〳〵たいさい
してかさねてのそうだんにきはむへしと申ければ此然べしとてわかへとにへいていにもてなしかき也
けす非にうせにけり春間より善花をまことのや天王とぞ思召おとろかせ給ひとはうへ
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一金弐分
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□
□□□□□□□
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〳〵として立せ給ふを竹玉つてをひき御ざにかつしまれはいたはらやなより吉つゝかな
をあへきせ給ひあしさてよの中はうつれはかはめならひとてあの四大わうの者共にはいかなさ
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かんすれはきんくわ一じつのゑいくりとせとせもかくのことく万年にも切ありふしやうふめ
つの宗ゝいたらぬ事をねかふしと只一すはに思ひさためてもと取切て西になけ身をす
みそめにひきかへてなみらにぬりたびのそでいき出たらん竹わうとてたひのしやうそく
なされける身はずみそめにわげさをかけ人めしのふのたひなればあみかざふかくひつかう
ですゝみおきせ給ひける竹わうが出たちにはあさきのきぬをきてしろききやつふを
うしにまきあみかさふかく是もきて御供申て出にけるだすがわかれの事なればみたい所や
若意のねずかたなり共今一めみてゆかへとやおほしけんとし給へもんとし給ふがいやまて
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くてかなはしとなみた共に御やかたをまだよをこめてしのびいてあふみやとをりにさしかゝ
り穴でう五てうを行過てこゝははやとうしのまへいかにたけ玉丸それかしが十せのこし
つなが此らしやまもんへぐして来ておにてくんだりし時のあもれをしよにしてみせけるをい
まのやうに覚つはくなみたと共にかためつゝはや空つかをさし過てさそや都にのこしおく
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なきてものあはれなる寺の跡かやうの事をみるからによに有人もたのみなし給んぐわはうし
のおくるまのめくりきにけりとばのさとたれをそひのこひつかやあきの山かせふきおち
てなみやとつらんかつゝ川よとい音あらひをゆんでにみてゆく山さきやたから寺こいぢにつゝき
せきとのいん八まの山をふしおかみなむや八まん大ほさつわれはかなになり行共のこし
置たるつまやにをみはなさせ給ふなくふかくきせいをかけ給ひいもせのあはれとゝめた
なかとあつかにきてみれはさかり色だるほみなへしかせにはもろくちり行せ又くる秋にあ
ふべきかたゞむもれ木のわか身ぞとうらやとつくもゆく程にみうないからおれ打過てけ
い〳〵ほろゝのきじのおとに立かへりみるさんやのさとうとのくはらになくひばりこもかへしな
けいとたのはらくぼつのわうし是己かやおはれさるをわけ天王寺にさしかゝりしやうとく
太子に参りつゝしやうぜん所てふしおがみ是からあれへはあへの原毛成はそとは小町のこさう
せき也かの小町が哥にごくらくの内ならばこそあしからめそよみてこしるそとばはくち
てうせぬれとなのみは今に有明の月すみよしをなかめこしそれ給りも大思のきしにさな
りつゝなにわのうちにか舟にのりつくしをさして”たゝりより吉のあほれなり共なか〳〵
申計はなかりけり
四たんめ
去程にみたひ所や若君はより吉かくなり給ふとはゆめにしろし給はすしておくのさし
きに出させ給ひ戻候やみ有ければなにとなへ取、あげさつとひらいて見給へばつまの
かたみにのみさせ給ふ御ふみ也なふいかに女ばたうたり此ふみをいかなるふみとおもひしに
四天王の者共にぎやくしんのおたしたるによりせんせいしゆしきやうに出ゆくとの御ふみなか
はとの給ひてわつくさけはせ給ひつたしそしきへ入給ひけるやゝあつてみたの所はすこし心を
気のをしくとき事こそあはれなれきのふひめの比より寒みのすかた何とやらん物あん
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そかくはみへさせ給ふをは爰にも宮にしらすしてたつねささりし事のなふと又ひれ
ふしてなき給ふ御なみたのひまよりもまつ四天王の者共めせとあわねり候とてやがて
夫そ立にけるなき事やらんといて天王五人の者共御前に衣るみたい所は御らんしてさても〳〵
かた〳〵にはいかなるかの入かはりゑをいづくへ出しさてまつるそやうめしのなんぢらやとのをか
ゑせもの共とてりうていこがれ給ひけつ五人の者共是をみてこそすいかなる御事
やらんとさやうさめてそいたりける御そぞの上共たちかの御かきおきを四天わうの一
まへにおきにけりつくな何なからんともなけひかいてみれはより吉のしやせき也あやし
やとよみてみればかきおく悔の事今度それし都をひらく事べちきにあらず爰にて天
王の者共かわれをほろぼさんとぎやくしんのこわたぐるにかり然といへ共わか身に少もくもりな
し是みないんぐわのあらはれ也。かゝりうきよのゆうさに身をすみそめに行かへでごせすりんが
そのために都をひいつる也あひか日立て此上は四天王の者共ははくやくしんのひるへし然しをく
つももやに共をもり立てぐしの家をつかせとかきとゝめさせ給ひつゝいつかたへとの御あては
なくかた〳〵とこそふはおかせ給ふなり五人の人々是をみてあきのはてゝそいたりけるたもつな
申す間様いかなる物のざんげん申たるをまとゝこそ思召入られてか様の身とはならせ給ふ
物かなとおにのやうなるくゝもしばし袖をそしほりけるその時若君五人の者共をはつし
たとにらんでなんちゝり有然は母上やそなしをうたんけめのちりやくにぞそらなきすると
みへてありき所にはたばかられしとつはかせをするりとなき思ひかゝらへとし給ふ所を御そ
ばの女ほうたち引は〳〵ととひつけば力およばすわか着は大いきついてはざりをかんでそ置へ
給ふそれもりも女ほうたちみたひ所やうのしの御手をひきまづ〳〵なくいらせ給へとてお
くも一寸もへうつし給ふひやうごの守は花をみてあつそれさのこそしき若君はなせんたへにばる
かんばし五つや六つの御心にてかゝる御きしよくをおがむ事よ是に付ても朴君はなふ
とかならせ給ふそと思うざいくれてそなきにける其時たけつな泪をおさへかくてはかなひ候かた
かゞやともの御行へを命はさりにたつね申さんとき尤ほへと思うさいなんほくへてわげしてから
坂田の公平
〃
竹わうまる
原のよりよし公
渡部の竹つな
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
風ひ〳〵となねける是は格置あく二良かけ方はより吉ともへさせ給はぬよしを習はいてみ也
の御まへきまいりより着てんまにさそはれいつく共なくゆきかたしらすなり給ふ度こそ
うかごふおりなればはや〳〵せつをもよふや給へてるもときいてそのきならでまつ〳〵はたを
あけよ平家に心あらんかたははせ来るべし、留て候とてやかてはたをそ上にける是はさて
おきより吉かたのくへ音共あつまつて申やう今度より吉うせ給ふ事老たゝ事にあら
ず。はしめつぼうせぞへするなりより吉の御なさけふかきゆへきみてげんしにはつかへうへ
より吉うぜさせ給ふくはたれをしらせたのむへきへき水みの御ざあればとていまたは
さなき御事なれば是又水の上のあはなりて天王あればとて大将ありての皇天王其うへ
あのきんひらがや共すれはねめきめらるもむね也也此夏平けへつかんとて一度にひやう
ぢやうあいきめてるもとのはたもとへ我もとはせあつまつてるもと大きによろこひさ
らはうつたて者共そしを下へとかへしける是はさておきて天平五人のくゝはよりよしの御
行へを意やかしことたつある所にてこもせいをあつむるとを聞け方〳〵よりこそはせくるへ
まづ二けんにたけんをくいて御やかたにかけ入てみれはげんくわに人へもなしひろまをみれにも
くもなしたけつなほとはきおくへかけ入て立てあればみたひ所や若春と女ほさりたち二三人残
かいしやくしてありし方へ何ふなかへり候と申ければそひおく今はしり出なへ。ちは今迄いづく
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