年代記(初篇至五篇)
- creator
- 松高齋春亭畫
- created_at
- 2026-08-17T19:23:18.243Z
- updated_at
- 2026-08-17T19:23:18.243Z
- field_notes
- 場所: 江戸
- field_rights
- CC0
- field_creator
- 松高齋春亭畫
- field_language
- 日本語
- field_has_image
- true
- field_publisher
- 鶴屋喜右衞門
- field_identifier
- 10010000015069
- field_ocr_status
- completed
- field_title_yomi
- ネンダイキ
- field_attribution
- 東北大学
- field_oai_datestamp
- 2025-12-02T15:06:58Z
- field_oai_identifier
- 10010000015069
- field_ocr_updated_at
- 2026-08-28T18:53:25.651810+00:00
一
狩
東都書林
仙鶴堂
古川讃洲様長門伊著
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
同同同同同同同同
ねんだい
花江都
年代記
前扁四冊
前編四冊
後編四冊
歌舞妓
同断
勢
辛未春新鐫
一全部八巻
松高賀勝汲置春亭画
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
入花咲屋新之助
三面起楼下覆廊広庭十丈台
松橋夫
中央魚鱗竹瓦蔽日光。長筵界
昼分珍疆。僮僕虎踞豫守席主
客魚貫来観場充楼塞院簪履
集。送矜行酒傭保慥衣冠紛紜。依。
付典守酒胡編記皆有章。椹
刀過處雨毛血酒肉臭時連
士商台中奏伎出優美座上
撃鞨催壺觴淫坐一歌衆に
側押泥雑陳群目張雷同交
口賛歎起解衣側弁号双弁
是詩聖詩心余戯図詩中句
也烏亭老人竹戯場年譜懇
祈予言。予識老人三十有余
年。不忍失其為故也。姑録此
句以代題詞。矮人観場。庭作
松橋
如是観
十四
版井恭順序
以テ購入セル▽関博士
猶野亭吉阮藩蔵画
1111010,100100000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000
江戸大芝居下役者顔見世乗込之図
猛
のりもの町
□□
日本ばし
わこくばし
一
□□
五
り
〇〇
二
□□
アメ
二
八〇
所
さかい町
ふきや町
上州
あらめばし
江戸ばし
おやぢば
よし丁通り
□□□□
□□□□□□□
まゆ
五日
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
一月
十一日
芝居年代記巻之一
凡例
東都滑稽作者
立川談洲楼焉馬撰著
一往古より。三ヶ津芝居狂言役者評判の事は。西鶴。其磧八文字舎自笑の撰集
耳塵賢外。あやめ草。あるひは佐渡島日記名人上手の舊きことの葉は歌舞妓
事始。役者大全尓に芝居の起原由緒。役者の家譜を書しるしたる前板奉て算がたし。
その證もつとも委しく。此道の亀鑑といふべき也。
一爰に予稚時より芝居を好今齢古稀に近し。されば六十年来戯場を関将古老の
物語を。児耳に聞はさみて。百有余年の噂を知れり。壮年より浄瑠璃。狂言の戯作に一
筆を採る事久しく。亦持伝へしふるき狂言嗇防のありしを。書に。楊祈主人に校合の助
を需て。彼は是はとかいつけしは。江戸芝居の濫觴寛永元甲子年より。文化七庚午年
まで。百八十七年が間。狂言名鬚の間増役者の始め終名人上手の藝仙の年興行
ありしといふ。せりふざれ哥。月旦評のなのりそに至るまで。故人知周の役者の語話
を伝に加へ。其證を著し。花江戸歌舞妓年代記と号入王部八巻とはなりぬ。
一第一之巻には。寛永元甲子年より。享保十一丙午年まで。百三年の間を記す。
江戸芝居の始は。芝居四座あり。正徳四年山村座断絶して。三座と成し也上に写置は。
元禄六酉年。四場居百人一首の絵。持伝へ有ける侭。足を縮写す。三芝居の由緒狂言
惣踊の図。中村伝九郎中村七三郎の名誉。市川園十郎出生。唐丈十右衛門海元蔵と名を
付し実説。四代目市村羽左衛門発心して。本所五ツ目自称院再建之事。曽我狂言。八百屋
お七。助六鳴神。暫の始市川団四郎出家して。円生法師再勤文覚の狂言大当のはなし。
艾売団十郎。同らゐらう売のせりぬ。山中平九郎始が城鬼女の面に妙を得し事。沢村宗十郎
初て江戸へ下り中役者より出世して。五年目に大立者と成し事。市川門之助善衆方大評判
松本幸四郎。団十郎。対の珊瑚珠の大当り。余は閲て知るべし。
一第二の巻には享保十二丁未年春より。同廿一改暦元文元丙辰年秋まで十年の間を記す。
団十郎。宗十郎曽我兄弟。工藤に富沢半三郎。対面に烏柴の雉子のせりふ矢の根五郎
の始中村新五郎下り非人敵討佐曲川万菊浅間ヶ嶽。元祖国十郎二十七間悪迫谷に。
二代目団十郎父の恩といふ集を出せし事。河原崎芝居の事。中村野にて名月五人男
大当りせけふ。同福引名護殿年玉売せりふ。元祖大谷広次手のうらの八兵衛。佐の川万歳
かさね。同怨霊市村竹之丞。大当り。市川園蔵三升に一を㊁如此引しを。十八年めに和談して
是最事。同廿九年目に団十郎。市村庇へ行く名残京清人丸娘に忰升五郎。両人のつゝつらねに。
白酒売のせりふ。姉川新四郎黒松男立の始。市川宗三鳥眼の工藤新四郎菊之丞生勝
の狂言。三條勘太郎。萩野伊三郎。沢村宗十郎。小袖橋に根せりふ。鬼王にて団十郎。弥九郎を誉兵義に
二代目団十郎海元蔵と改名。三代目団十郎せりふ。竹兵丞懸合草毛虫売のせりふ。
一㐧三の巻には。元文元年丙辰影見世より。延享四年丁卯顔見世まて。十二年が間を記す。
上に写す画は。元禄十丁丑年より。享保十二申年まで。三十一年の間。二代目団十郎商狂言也。
二代目大谷侯治。中村助五郎程舞台。仁来判吉兵衛萩野伊三郎大当り。宗十郎嶋の勘左衛門
島慶しのせり帰海老蔵園蔵二人京清。宗三鬼王祐経二役。三郎右衛門朝比奈大島。坂東彦三
幸四郎。巖流島の噺読売隠治門太郎。海老蔵。三代目団十郎助は。宗十郎侯の謂崇蔵
掛合曽我物語。海老蔵上方登り狂言評判。二代目宗十郎の事。高尾城帰の所作の事。道職寺
所作始る事。栢莚兼好の狂哥。浦嶋七世廿五番続。同菅原の操狂言之事
一第四の巻には。延享五戊辰年春より。宝暦七丁丑年まで。十年の間を記す。
市川満老蔵。沢村宗十郎。景清重忠左衛門加与舁の出合。阿古屋菊之丞殿が枝の所作。宗三伝九郎
七三郎兼五郎名劔揃せりふ。あやめ伝九郎朝引のつらね。中村久木太郎。丹前修踊狸々の乱忠臣
花操流行。三座にて賜て興行市川八百義。二代め坂田半五郎出る事。菊之丞所二代め王子跡考
出る。汝老義暫格別の評判。唐土より流元花を賛て書を贈りし事。あやめ道成寺大当り。魚楽
十町江戸許判。藤川平九郎嵐七五郎大島三幅対男立富十郎道成寺。幸四郎四郎四代目団十郎兵衛一
二人浅間始り。哥右衛門福て下り。瀬川錦次。市川武十郎と改名之事。
一第五の巻には。宝暦八戊寅年春より。明和八辛卯年まで。十四年の間を記す。
四代目団十郎景清。二代目兼之丞人丸姫。二代目半五郎錦戸太郎。茶之丞無間の鐘市川
海老蔵。市村亀蔵へ鏃を譲る狂言。市川八百蔵帯引弁長はや口祭文団十郎荒八郎
茂兵衛。哥右衛門須摩武兵衛せりぬ歌右衛門勢紋の雀の事。団十郎助六二代目宗十郎伊久
雷蔵葱よりの始。中村伝蔵八百蔵と改名。団十郎団並大部順礼の出合。忠慶門忠慶の
当り五郎市あやめと改名。二代目宗十郎熊坂田之助金平大蔵坂東三津五郎下り。同十郎
一京清牢破りの大南仲蔵補豪。五代目団十郎始て。座頭と成三代目宗十郎江戸へ下るに
一第六の巻には。明和九壬辰年春より。天明六丙午年顔見世まで拾五年の間を記す。
画女房富十郎。伝授の道成寺。重の井金作。幸四郎改海元蔵。高麗蔵改五郎。絶統一
改高麗義。市川友蔵改徳三郎。三五町冨十町浅間ヶ嶽。粂五郎大坂登り忠臣雑の事。
一団十郎熊井太郎弁慶と。あねはの平次ゑび蔵大当。冨三郎改三代目菊之丞達成守。
沖蔵。三五郎。菊之丞相撲おし鳥の所作四代目団十郎市川海老蔵一世一代三津工町
豊作新比奈の当り。図三郎改市川団蔵。門之助介六。中村野忠臣蔵といふ蔀を建て
し事。嵐雛助下り。菊之丞三日替りの狂言の事。市川徳蔵少年五歳にして。
海老蔵と改名。市村庇相長桐と替る。門之助茶之丞仲蔵小町桜。仲蔵小十郎と
改名の訳。仲蔵上方。台十郎八郎八百蔵茶之丞何れも暫のつゝね余は不賛
一第七の巻には。天明七丁未年春より。寛政七乙卯年頽見勢まで九年が間を記す
桐座にて半四郎七なん。化の所作。森田座にて菊之準道成寺。相座にて団十郎天竺徳兵衛
草兵衛半四郎女駕舁の所作。浅尾鶴十郎下り。鬼王後藤兵衛の当。中村仲蔵上方宅極吉
当りの細評幸四郎米三郎仲蔵戻り駕。五人男五人女のつらね。五代目団十郎ゑび義。親子
名を取替るつらね。半四郎暫のつらね。門之助男女蔵対面薦僧の出。幸四郎青ものづくし
三津五郎男女蔵常世半四郎角力の名寄のつらね銀蔵鉄五郎。半四郎八百匁おその大あたり。
坂東簑助市川高麗義。対面織物其のつらね。森田座河原崎と成中村府は都伝内こと替る
沢村宗十郎二代目中村野塩片岡仁左衛門下り宗十郎五人切の狂言大商。桐座矢口渡七代目市川
新之助初三井台。河原崎にて幸四郎殿蔵秀卿将門大当りの事。
一第八の巻には。寛政八丙辰年春より。文化七庚午年都見世まで十五年が間を記す。
二日替りの狂言久米三郎お半とお花。。百蔵長右衛門。団十郎半七。二代目仲蔵約約狐の子殿中村
のしほ近成寺の所作。片岡仁左衛門松永大膳京極内匠何れも大当の事。市川皷蔵一世一代暫の
つらね尾上松助早替りの事。嵐三八下り新蔵七五郎と改名。六代目団十郎廿一才にて辟額と成一
白猿口上狂歌の事。嵐雛助下り。六哥仙石川五右衛門の大当の事。宗十郎。源之助下り尾上栄三町
両人世の事。ゑび蔵七代目団十郎と改白猿再勤市川潤蔵両人六部順札之大島の事その外
享和元年ノ十年以来の役者。前の出世の事は詳に起狂言名題はもらす事なく。彼者替名大島
の評判を述る。凡例探題に繁多なれば贅せず。披閲て知るべしと云爾
開
開
天地
大
戯
塲
花江都
歌舞妓
年代記卷之一
東都談洲楼焉馬著
寛永元甲子年ヨリ享保十一丙午年マテ
百三年ノ間ノ事ヲ記ス
柳江都芝居の始は〽寛永元甲子年二月十五日。猿若道順と
いふ者。小颯の名人にて。元祖猿若勘三郎也。御当地繁栄に付
元和年中。哥舞妓狂言座仕度旨。御願申上奉る所に
寛永元年甲子の春。天下泰平。国家安全之。御吉例と
して。狂言座太皷櫓。御高兎有て。ありがたくも中橋に於
て。幕の紋に舞鶴を附興行す。尤家の紋は元祖勘三郎
御当地において。芝居とり立たき心願のありしが。夢中に
万治寛文延宝天和
冨士山の頂上より。鶴山折敷に銀杏を載て口にくはえ
貞享元禄までありし役者
一家に舞込と見し。夢さめ不思議の事と。時の占者に。
百人を撰て。四場居色競といふ
板本焉馬蔵書なり。爰に写す。
亡問ふ。彼がいはく。宦は日の本の名鳥。山折敷は。貴人に物を
④
堺町芝居
座元
備る調器なり。銀杏は扇の形にして未広也。是いてうに
名を発して。永く舞の家と成べき。吉陽とはんだんす。誠に
猿若
勘三郎
中村
葺屋町
芝居
座元
市村竹之丞
目出度事に思ふ所。願ひ相叶ふ依て紋を舞鶴に。改而
とかや。其後舞鶴は憚ること有て。隅切角に銀杏を付る。
是も折敷にいてうの謂あれば也。同二乙丑年猿谷の芸は。
能の間狂言のごとし。同八未年までの間は芝居小屋立也
同九申年中橋より芝居を称宜町へうつす今の人形町の
こと也同十酉年安宅丸御入船に付。猿若に金の襲を下
山本
勝之丞
伊藤
庄太夫
芳川多門
され。きやり音頭の船歌をうたふ。此比都伝内といふ者芝居
御免ある「同十一甲戌年泉州堺の産村山又三郎。是は名ごや
山三弟子。村山又左衛門子。村山又八次男なり。芝居興行
の願相叶ふ。市村座の元祖也。二代目市村宇左衛門は上州に
市村。下津間の産幼名竹之丞。又卯左衛門ともいふ。芝居
名代。村田九郎右衛門にて。彦作といふ者と。相座本にて興行す。
櫓幕の紋に橘を付る也。抑歌舞妓の濫觴は昔鳥羽院
の御宇。通憲入道。諸芸に堪能の人なれば。舞楽を和
らげ。磯の禅司といふ女に舞を教え。白き水干立ゑぼし。太刀
を佩舞しゆゑ。男舞といふ。禅司が娘を静といふ。是に伝へ
後に白拍子といへり。夫を学びて猿若に。大小の舞といふ。
芝居年戊巳
地啓年代記
中村七三郎
玉川
さらし
多門
庄左衛門
庄左衛門
古風の芸あり。其かたち後年。中村仲蔵。中山小十郎と
改名して。勘三郎十代目の寿に是を勤る。其ゆゑよし図は
六の巻にしるす。次に写すは猿若の画図也。寛永二十一年。
十二月廿六日年号改「正保元申年」木挽町山村長太夫芝居
始る。此頃は踊ばなれ狂言なり。同正保五年二月十五日改り。
慶安元子年此ころ市村座へ時服拝受す。又猿若金の竃を
拝受す同四辛卯年中村勘三郎座を。今の堺町へうつす。
同五年九月十八日改りて。「粟恋元壬辰年七月三ヶ津芝居ゆゑ
あつて御停止ある。此年市村座元祖村山又三郎終同二巳年
京都において。村山又兵衛といふ者。度々御願申上再度芝居
興行叶ひ。男かぶきと改り。其後若衆は前髪を掌ほど
中山小夜之助
坂田四郎左衛門
宮崎式部
刺おとし。野郎になし。狂言を勤むべしと御免許ある「同三午年
市村座にて。放狂言を始る。同四年未四月廿二日改元ありて
明暦元未年」此比は役者。みな茶せん髪。女形は手拭をかぶりし
なり。〽同二申年はなれ狂言とは。女髪をかけて。嶋原けいせいせい
買の体を仕組髪切島原。坂田しまばら抔と。狂言の題
号にせしより。芝居の惣名を嶋原といへり。又其後。いにしへの
事を作り入て。八嶋しま原。安宅嶋原ともいひしが年移て
今その名目は絶たり。しかし上方の狂言名代にけいせいと
上に置こと。その風残れり「同三丁酉年」正月十八日。十九日。と両日の
江戸大火にて。芝居類焼す。依てさるいか勘三郎親子とも。
京都へ登り。其節さる若の事。堂上にてきこし召され
玄屋貞右衛門
⑦
村山
四郎治
袖なし
羽織
三つがしわ
金糸
地黒びろうど
しゆす地
むらさき
白
し波しろ
し紅
南北さぶ
ひもしんく
紐真紅
なかむら
中村
座
代ま
相ば
傳
系
猿若中村伝九郎
赤
水玉金銀しや
波白
ひもしんく
金魔
猿若
小山三
大和屋甚兵衛
勘三郎新発知ともに参上仕り。猿若の狂言を相勤むる。
御褒美として。忰に明石といふ名を下され新発知を改て明石と
呼ぶ。猿谷の衣装青地の金入紫裾濃御簾の総角右に写
同年九月。親子共に江戸へ立帰る。同年市村宇左衛門竹之丞と
改む。翌年明暦四年戌六月九日。元祖猿若勘三郎終法名。
教誉道順信士。寛永元年より。三十五年の間。座本を勤し
なり。忰明石二代目勘三郎と成七月廿五日改り「万治元戊戌年
是より中村勘三郎といふ同二亥年
同三庚子年木挽町五丁目へ。森田勘弥芝居たつ元祖もり御
玉川
千之丞
太郎兵衛。二代目坂東又九郎。三代目を森田勘弥といふ古来家
の狂言仏舎利といふあり○伝に曰此比江戸和泉町に堀越十蔵
花井
才三郎
山村吉三郎
といふ者あり。生国は下総国。佐倉幡谷村の産。先祖は甲州の産
にて。故ありて。はた谷村の郷士となりしとかや。子孫民間に交り
ても。富農にくらしける然るに十蔵。繁花の土地の浦山敷や
有けん。第に跡を譲り。慶安承応のころ。江戸に来りて住す
万治三年庚子。。男子出生す時にその頃の狭客にて。唐犬
十右衛門といふ者幼名海老蔵と号る稚きよりして妓芸を
好み。戯場に入て名を改市川団十郎といふ。十四才にして紅粉を
片山
仁兵衛
以て惣身を堅。荒車といへる事を始め。其名四海に響きて。
今も子孫に残れり。唐犬十右衛門其節贈りし。海老を絹地
に恵たる掛物。今七代目三升所持す。将先祖より伝りたる。
三本太刀あり。夫を形どり。狂言太刀に拵へ其役に寄団十郎
玉川
歌仙
村山平十郎
さして。荒事の狂言あり。元祖国十郎。父母に孝心なることは
父の恩に。白翁の述られたる事。二の巻に記す。万治四年四月
廿五日改「寛文元辛丑年市村座へ右近源左衛門といふ女形下る
これ世形といふ始なり。同二寅年此ころ都伝内芝居有同三四年
玉川主膳といふ若衆形下る同四辰年四代日市村宇左衛門
改め竹之丞。玉川しゆぜんと相座本にて。つゞき狂言。引まく。大
道具立始る同五巳年市村座を大戯場といふ同六午年中村
嵐三右衛門
座にて惣をどり始る「同七未年」元祖伝九郎初舞台「同八申年
森田座元祖太郎兵衛終る同九酉年京都に七ヶ所のやぐらを
御ゆるしある同十戌年大坂にて。塩屋九郎右衛門。しばゐたつ
寛文十三年。九月廿一日改り「延宝元癸丑年」元祖市川団十郎
中村座
家の
狂言
門松
おなじく
猿若
市村座
家の
狂言
一
万歳
卅一
おなじく
街道
下り
市川
団四郎
西風弥大尉
勝井長右衛門
十四才にて初て顔を塗荒事の狂言也同二寅年二代目勘三郎
八月十八日に終る。十七年が間座本也。同三代目勘三郎。今年ゟ
五年が間座本を勤る〽同三卯年」五月木挽町山村長太夫座にて
勝鬨警曽我そがの五郎時宗団十郎。十郎祐成に宮崎伝吉
工藤左衛門に永嶋磯右衛門。藤田所三郎といふ者仇名を連摩
所三郎といひしが梶原平蔵の役是曽我つゞき狂言のはじめ
にして。元祖団十郎。五郎の根元なり同六午年八月十一日。三代目
中村勘三郎終る。四代目勘三郎今年より。貞享元年まで。
七年が間座本を勤る。こゝに市村座。四代目竹之丞。伎藝の
誉れ世に高く。殊に容貌美麗なりしが。故有て無常を悟
菩提の門に入て。今年廿五才佐藤兵衛憲清発心して
西行法師の狂言を。一世一代ときはめ。舞納の日刺髪し舞台
袖島市弥
山川茂左衛門
竹中初三郎
より笈をせおひ。諸国修行に出。帰りて後は。本所五ツ目。顕松山
安住寺。自性院を再興して。常念仏おこたる事なし。今も
竹之丞寺といふ同八申年」団十郎不破伴左衛門の役はしめて
勤る大当り。同九年九月廿五日改天和元酉年玉川千之丞
はじめて黒きばうしをかむる同二戌年五月市むら座狂言
好色鎌倉五人女
五郎に野田蔵之丞。後に生鳴新五郎といふ。工藤に猿若
山左衛門。朝比奈に村山平十郎。これ大当にて十郎やぐの
元祖を中村七三郎といふ同三亥年藤川武左衛門下る。同四年
二月廿一日改「貞享元甲子年」中村盛」」「」」「「」」「「」」」「「「」「「」」「王」」」」」」「」」」「「「」「王」」「王」」「「「「「」」」「「貞享元甲子年」」「「」」」」」「「」」」「「「」「」
まみヨイ言
松しま半弥
中山小夜の助
□□□□□□□□
小うた権左衛門
さる若小三郎
出来嶋一かく
沢井小伝次
かつ山みなと
玉川千之丞
竹中八三郎
田代清左衛門
山川内記
同断同や郎兵衛
出来嶋政之丞
松本金太夫
□□
たいこ源内
中山喜代之助
市川団十郎
宮崎伝吉
猿若中村伝九郎
出来嶋いをり
若山五郎兵衛
村山四郎次郎
四
寄
市川段十郎
鈴木平左衛門
宮嶋伝吉
鳴神上人の役大当り。江戸中大評判。未世に家の芸と成
此年四代目勘三郎隠居して。中村伝九郎となり。舞台を
勧る「同二丑年五代目勘三郎。子年より元禄十四年まで十八
年が間座本を勤る〽同三寅年此ころより。本舞台になると
いへども。上桟敷ばかりにて。花道はなし同四卯年」此頃続狂言
とはいへど。中入に丹前所作。惣をどり有。貞享年中の浮世
絵の写し前に有貞享五年九月晦日改元禄元戊辰年と成る
貞享五辰の三月三日より山村座
古今
十番続一五郎時宗古市川国十郎是も宝十五郎の根元也
兄弟
二日替り一十郎に宮崎伝吉
兵曽我
大々當り
同辰の三月十五日より市村座
鎌倉五人女
一十郎祐成古中村七三郎是も七三十郎の根元也
若殿原采遊
初恋曽我
一才箱王野田蔵之丞後に生嶋新五郎といふ
四番続
大々当り
●一
松本
類之助
金
生嶋半六
中村数馬
同辰の三月廿一日より中村座
一朝ひな古中村伝九郎
全盛梶原
大礒通
奴朝比奈
四ばんつゞき
是朝比奈の根元也
大々当り
右三座。五郎。十郎。朝比奈。古今名人三幡対の。大当といふ。
四代目中村勘三郎。隠居して舞台を勤め。中村伝九郎と
いふ。紋所承知此。これを中車といふ。役者大全に曰伝九郎紋は
祟なり。中村本家の紋は。銀杏なれども。猿若と号せし役者は
これを用ゆ。竹島幸左衛門はもちゆる。舞屋鏡には。
と有は。幸左衛門の幸の宗にして。後に出書にして。作ると見へ
たり。とあれど。此訳次に記す○伝に曰。二代日市川栢莚五代目
白猿に物語りし事を。予に或時かたりしは。伝九郎始て奴丹前一
又素袍の出。兄弟に対面々。引合の工夫。先糸鬢に剃おとし
坂東
又太郎
鬢髷のかつらを何にせんと思ひ。ぼつとせ。櫛構。敵役は隠鬢
とて。いろ〳〵あれど勇みなしとて。
如此ほうひげを一ッぱいに
こしらへ是を
かまつぽうと
いふなり
一かまひか
烏天孫太郎
中山小夜之助
扨此かまつ。ほうを掛し所猿の面の如くなればとて額に紅にて
筋を引。目のふちを隈どり。口を結び歯を出して。スサといふて
にらむ也。伝九郎性付歯并よき男にて有しとかや。是を猿別
の家のさる隈と。今も朝ひなの役勤むる者はこれを真似る
事とは成れり。扨また朝比奈の。せりふの工夫は。上方の言葉も
似合まじ。関東べいの中に。おかしき言様こそあらん。と思ふ時
に。遠き田舎より。山出しの乳母を置ける。未だ江戸馴ぬ者故
都伝内
有
竹中庄太夫
竹島幸左衛門
朝ひなの
楽やへ
入りし
暑かな
宝井其角
中川才三郎
大熊宇太右衛門
一寸いふことにも。それてゝつ。ほうがあァべいとぎやアるによつて。早く
のたくりつんでるこんだア。性はりな子だアもさアいふことをお聞
四郎太郎
きやりもふさねへと。ちい〳〵に喰せるよ。抔といへるを聞て。是こそと
朝比奈の言語に真似て。荒事をせしといふ。それより度々の
朝比奈の大当り。素袍の紋には替紋の鶴の丸を付しゆゑ昔の
朝比奈の紋三浦の三引よりは。鶴の丸と諸人覚る評判寔に
三ヶ津の名人なり。往古より。江戸役者の開山とは此伝九郎を
いふ奴丹前朝比奈は家の芸也。当り狂言は。片桐弥七奴行平
二代目伝九郎弟
伝九郎伝兵衛古今の大当り也近比中村仲蔵
子誹名秀鶴といふ
干に語りしは。元祖中村伝九郎紋は隅切に申といふ字を申
如此付たり替紋は鶴の丸也。其後両山此に替る此こゝろは
三百目
玉井権八
村山万三郎
我四代目勘三郎に成芝居も繁昌なれば。有がたき世の中だ。と
いふはんじ物に中といふ文字を四ツ。なかに田の字を入しとかや。されば
各人上手と聞え。門弟の役者其数多ければ。左右の中といふ。文
字をとりて紋に遣はす。如此の紋今振附中村伝次郎方に
西村弥平次
あり。中村仲蔵初め此紋を付る。扨又王の印は坂東氏のものに。
舞鶴を添遣すといふ。或は道外方。中村伝八始は此紋を付後に
中ぐるまを付るとかや。中村伝八は。正徳。享保のはじめ。道外がたの
名人にて。其比の評判記に上上吉の位也。後年寛延宝暦の比
市村羽左衛門弟子。坂東三八七十一如此の紋を附しが。これは
市村座に坂東の名字ある故にかしらず。又十上下を取て
是を元祖大谷広右衛門へ遣す皆元祖伝九郎門案なりと
吉尾参行言
西国兵五郎
る
市川かほる
鈴木平八
秀鶴のいへり「元禄二己年」萩野沢之丞といふ女形柴ばうしの
左右に鉛をつけたるをかむる。鉄帽子とも。又沢之丞帽子
ともいふ同二午年伊藤小太夫といふ女形鹿子染を着彷しより。
小太夫がのこ。京大坂にては。江戸鹿子といふ同四辛未年一水木
辰之助。鎗踊の所作始る大当りにて宝晋斎。辰み助へ遣す。
一集はきや諸人がまねる陰をどり其角
同中村かづま下る。又やでん帽子といふは。加茂川野塩兄伝兵衛
といふ者。工夫して四角なる絹の切の角に。瀧をつけてかぶりしと
かや同五申年加茂川のしほ水木辰之助工夫にて紫縮緬にて紫縮緬にて
按へ。かぶり約しより。未世に是を学ぶ。同元祖荻野八重桐下る
同六酉年坂東又太郎下る。同霜月元祖市川段十郎。京四條
出来駕
万太夫
小舞
庄左衛門
松本
間三郎
の芝居へ上る。京都において。椎がもと才麿の門に入て。徘消を
学び。才牛と呼ふ。是役者の誹名を号し始なり。其ころの
古き番附に。段十郎と書たる有上京の時図の字に書かえ
けるにや○伝に曰。水木辰之助は誹諧に志ふかく其角の
弟子となり。或とき友とち。涼みに行とて
さりながら羽織もたせん夕すゞ美
といふ発句ありとかや。女形の情篭りて面白し。元禄六年
癸酉正月四場居百人一首といふ板本。市川白猿より伝て
予が蔵書なり。歌を除き其図を上に写す。元禄七戌年小川
善五郎下る「同八亥年中村七三郎。名古屋山上の役大あたり也
〽同九子年荻野沢之丞。袖岡政之助女鳴神大当是女形にて
芝居年什訓
野田蔵之丞
後年
生嶋新五郎
勤る始め也同十丑年市川団十郎京都村山平右衛門座より
江戸中村座へ下り大福帳絵名護屋一此狂言しばらくの始めて。
元祖山中平九郎に。団十郎大福帳の文字のせりふ。大島也同年
滝本金吾
五月。団十郎倅九蔵八才にして初舞台。兵根元曽我五郎時宗
に元祖団十郎。荒行之所忰九蔵は通力坊といふ山伏の出端
山本万治郎
市川園之丞引合にて。是はお馴染の団十郎忰九蔵と申ます
との口上。夫より十ヶ年程の内に。二代目団十郎といふ名世界に
広まりしこと。去々微妙といふべき也。是まで子役といふ事なく。
若衆方といひしが。九蔵出てより。子役といふこと嬉る同霜月
山村長太夫座信田和合玉一千原左近に団十郎大西。同五月
葛城小夜風団十郎しら髪伴左衛門前髪名古屋。大評判
⑧
谷嶋主水
三国彦作
山村吉弥
同十一寅年中村七三郎京都へ登り。山下半左衛門座にて傾城
浅間嶽の狂言古今の大当り。同年江戸。中村座に於て。団十郎
弟子市川団之助市川団蔵と改名す親は松本四郎三郎
といふ役者也。今年堺町芝居類焼同十二卯年森田勘弥四代
目と成。同霜月京都より村山重右衛門。中村七三郎両人下り。
木挽町山村長太夫座において京みやげ浅間が嶽大あたり。
其後三ヶの津にて役者かはりて。享保十五年まで此狂言十六
度いだし。何れも大入大当とかや同十三辰年山村盛二大日本鉄夷作人
そがの五郎に団十郎。同霜月中村座一金平六条通」坂田の金平
団十郎。怪童丸に市川九蔵也。今年森田座休み同十四日年七月
四日。五代目勘三郎終る。六代目勘三郎是より。五十年の間座元
小野山
宇治右衛門
瀬
桜山林之助
芳田
だるま
所三郎
を勤る。元祖大谷廣治森田座へ子役にて初舞台なり。中村庵
葛城呉越戦団十郎不破の伴左衛門丹波の助太郎二役七月
高籠伊慶状大谷広右衛門市川団十郎二人毎共に大当りなり
同十五午年八代目市村竹之丞。少年五才にて初舞台。後年沢
有て宇左衛門と改瀧名を何江とよふ。各人上手と世に聞え有
同顔見世森田座天地人筒守いづみの小治郎に市川図十郎
暫の大あたり也同十六年市村座源氏六十帖図十郎源太
荒王の役なりしが。十一月廿二日関東地震同廿九日江戸大火事にて
中村座。市村座共に類焼す是を地震火事といふ也同十七甲申申
芝居暮請出来。市村座春狂言星合十二段市川団十郎
佐藤忠信の役を此世の名残として嗚呼惜裁行年四十五才
伊藤今小太夫
森田
小左衛門
西方浄土の歌舞の菩薩と成門譽入室覚榮
と。増上寺中常照院にしるしを残す。その年忰九蔵十七才
父の中陰六月まで休。七月より木挽町山村長太夫。座にて。二代目
松本名左衛門
市川団十郎と改名し。宮崎伝吉引合せにて。父追善の口上
見物の貴賤涙に袖をぬらす。狂言名代
丸の役なり。其時宝井其角追答の句に
ぬり顔の父は長栖や雉子の声
同年十一月廿二日。年号改宝永元甲申年夫より二代目台十郎
下総国成田山不動明王へ祈誓を掛。父に勝れたるとねがふは
不孝の至なれど。家名相続するこそ本懐ならん。あまねく
世界に名を揚んことをと。立行して祈ること茂〳〵なり。扨こそ
十五
小桜
千之助
米沢久三郎
勝山
みなと
十ヶ年程の内に日本はいふに及ばず唐高麗まて。其名広き
事。偏に成田不動明王の霊験有がたしとて。家名を成田屋の
といふ同二酉年一元祖中嶋勘左衛門立役となる同三戌年一正月
堺町。ふきや町類焼す。同霜月又類焼す今年正月。大坂嵐
三右衛門座にて。女形嵐喜代三八百屋お七を勤る。これお七の
狂言の始なり「同四亥年霜月中村座へあらし喜代三下類
器量能大評判同五子年中村座けいせい風曽我お七に嵐
喜代三大当り。此頃地荘坊正元といふ者。江戸入口〴〵へ六地蔵を
建立す。俗の時の名を吉三郎といひけるゆゑ。吉三道心と人々
よぶ。是お七が羊の掟の為に。立しといふ評判ありしを。狂言作者
津打治兵衛。お七が恋したふ男は。吉祥寺の小性吉三郎とは
□□□□□□□
坂東又二郎
③
猿若
山左衛門
鈴木三四郎
作し也。都て作者は其流行に目を附耳をそばたてること肝要なり
此年お七廿七回忌。吉三道心は。其比老年にて。天和の初。地蔵
一二体は建立ありしとかや。今年二月三日。和実丹前ぬれ事
やつしの名人元祖中村七三郎終る。心鏡院杏實日映本所
てけいせい雲雀山
法恩寺中同六丑年二代目団十郎。山村座にてけいせい雲雀山
久米の八郎の役もぐさ売のせりふ大でき。此ころは芝居四軒有て
立者役出端にかならずせりふ有しが。いつとなく捨りしを。団十郎
艾売のせりふ大当りにて。江戸中子供まで是を真似る。染脚
門跡前に艾売見世出て。団十郎の人形を看板とす是を
にして今も残れり。顔見世山村府にて。団十郎そがの五郎の役を
始めて勤る大当り。嵐曽我の狂言又翌年も勤し所前に
宮崎
清吉
⑥
院
ばゝ久内
山嵜小太夫
劣らぬ大入ゆゑ。三芝居ともに曽我の狂言を仕組。その度毎
に何れも大入す。是よりして春狂言そがと定る。中村座にて
嵐喜代三又くり返しお七の役にて大当也おそが墓は小石川
きすがや町。南縁山円乗寺法名は。秋月妙栄天和二。
壬戌年三月廿九日。とあり。此時芝居より施餓鬼供養す
といふ。されば今の世まで。お七の役勤る者は。墓参するとかや
同七寅年団十郎始て鳴神上人の役大当り。十二月両府
ともに類焼宝永八年五月七日正徳元卯年一此年春より
二代目七三郎初舞台同二辰年」森田勘弥五代目に成
同三癸巳年一山村座一花館愛護様に団十郎始て。あげまきの
助六大当なり。此すけ六の狂言は。大坂に万屋助六といふ者。
○丸
坂東一
又九郎
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
山下半左衛門
元禄十二寅年
改名
元祖
市川図蔵
これなり
回
市川段之助
けいせい総角と心中の世話狂言あり。是を転作して。花川戸の
助六といふ男立に取組。又元禄の比江戸新吉原。三浦屋の
総角といへる全盛の太夫に寛活の容通ひしこと有。その
比男立髭の意久を取入。彼是を仕組しもの也。といふ事あれど
非なり○五代目市川白猿曰。都太夫一仲浄瑠理に万屋
助六心中といふありて。殊の外流行けるに附て。又元禄のころ。
髭の無休といへる撻客の有しを取入花川戸の助六といふ男立
の。元吉原へ通ひし事を。今あげ巻に仕組て。祖父団十郎。作者
津打治兵衛と相談にて作りし。狂言也とかや誠に立方面白し
幕明に花やかなる廓の気色を見せ。契情の道中江戸節。
浄なりにて。客は立派なる羽織右装の意久。しら髪の髭に
国
田代清左衛門
十七日
右近
源左衛門
香を煩。大ぜい連ての出。佐の奴の朝がほせん平。又あげまきの
中村
明石
清三郎
なまゑひの道中。舞台一面花やかなる所へ。助六黒小袖に紅
裏。下に浅黄の無垢紫の鉢巻。傘さしての風情あくたいの
せりふまはし。かん。へら門兵衛がおかしみ。白酒売の和事。異見の
紙衣に友切丸の詮義の為と。実情をあかし。助六あげ巻がぬれ
事も。しつこくなふして。寄かけい〳〵。かわひの者やな〳〵。にて笑ひ
をとり。意久を殺し。友切丸を取かへす迄一ッとしてあさる所なし。
鍼に見物の目を繋ぐ事。古今の妙作といふべし。近松門左衛門が
曰。浄なりの作は文字に書狂言かぶきは絵に書べしといふ事
宜哉未の世に至りても此狂言市川代々の亀鑑となれり。
○焉馬曰万屋助六心中の浄瑠理は延宝六戊午年大坂山本
作屋
九兵衞
十
玉村敬之助
土佐掾座にて。都太夫一中語始め。江戸にても流行しとかや江戸
著聞集といふ。写本を見るに助六の事は浅草辺の何某
の事と有。左にあらず。尤其仁栢筵を贔屓にて。後年助六
の狂言の節衣装を遣し。自分も其通りの形にて。吉原に
おいて。花々しき立引のありし事ども。今助六と呼れ。大通といふ
始也。彼是を実説に述たるにや。正徳宝永の比よりは年暦の隔
坊主小兵衛
あり事多ければ爰に漏す○花川戸の助六の墓は浅草明
鳥越易行院に有といふ人ありければ。予是を尋問し所院主
の曰。年々好事の人来り。助六の墓当寺に有と聞何れに
やと尋るといへど。元来此寺いにしへは浅草竹門の辺に有て。
今は御屋舗となれり。当所へ引移し時。無縁のものにて。いかゞ
芝居年代巳
一今村久右衛門
●
松本小ざらし
藤田吉三郎
成しや。又度々の火災にて過去帳も焼失し。古き且方尋べき
しるしもなし。と答ける故その侭うち過ぬ。時に文化四卯年の月の
院主尋来りいへらく。我近比入院せし故。ふるき人に問けるに
当寺へ出入の左官ありて此者の親八十余にして終る。其親より
又咄し伝へとて承る。助六は花川戸の男立にて。住所は今戸沢
長屋と申あたりのよし。印の石は奥の古塚の中に有。とをしえ
たり。年号は百五十年余にも成べしと云に依院主とともに
行て見るに。苦むす石に承応二年と有。かの翁の噺といひ
予按に栢莚助六のせりふに。花川戸の助六とも。又総角の助六
とも。といふ事あり。されは二人を取合せたる事なるべし
癸承應貳年
飯空西入浄心信士如此あり
巳二月十一日
伊藤
伊藤ト
小太夫
お山
□□□□
まんのうぐわん
万能丸
五郎兵衛
預祈縁誉禎三信女
承応二己年より今文化七午年まで百五十八年に成按に
元吉原の時節の男立にや男女の法名一石に彫付ありて右
の方には年月を記さず。一ッ蓮の心あり。是にて聞伝へたる古人の
物語正説なること府合す其由来を述ん事。繁多なれば爰
に贅せず我友白猿いまそかりせば誘ひ見せんことを懐ふされ
ど古墳を尋ね。むげに止なんもいかゞと。いさゝかの香奠を手
松しま
半前
半弥
向以来の施主と成しは。他生のゑんばと人も笑はんか
同巳年七月善光難波池一本田善光に団十郎評判よく。此頃
団十郎廿七才にて日の出也。同年閏五月十五日。嵐喜代三終
同十月廿五日。元祖伝九郎終る。本住院道観日法本所
十九
出来島
小さらし
玉川主膳
村山
新左衛門
牛嶋妙源寺にしるしを残す。貞享元年隠居して奴になり。
刺立にて鬘をかけず。三ツ髭ばかり掛奴丹前奴荒事朝比奈
等なり舞台を勤る事三十年古今の名人上手といふ
三ツ髭の光りたなびけ町会式治洲
同年芳沢あやめ。大こん漬の狂言大評判同四午年二月八日
木挽町山村長太夫芝居故有て断絶す。同七月より団十郎
森田座へ出。愛濃谷の狂言に。田畑之助大当同霜月十三年
ぶりにて中村座へ帰り万民大福帳」鎌倉の権五郎かげまさに
団十郎。宗任に山中平九郎。大福帳へ手を懸るところにて
しばらくと声かける狂言のきつかけなるを実悪の開山と呼れ
たる平九郎。親団十郎とせり合し者なれば。二代目今年廿七
四
国
仙台
文五郎
市川
段之丞
才日比の狂言にも青二才〳〵と侮し改初日せりふばかりにて。
引おろそふかといひて。帳へ手をかけず。其時団十郎暫と声を
かけぞ。さしもの平九郎。舞台の間がぬけるゆゑ。ヱゝしやう事が
ない引おろすべいか。ドリヤといふ時。しばらくと声かけ団十郎出ず
又間の抜しゆゑ。平九郎今引おろさんとする所へ。しばらくと声
を懸たは何やつだやい。と腹立紛れにいへは。しはら〳〵しばら〳〵しばら〳〵しばら〳〵
此時
とはやい
第十郎
しばらく〳〵と言て。揚幕より出る。誠に平九郎
は腹立顔。龍虎の争ひのごとく。見物のどよむ声両両町の茶屋
にひゞき。如何成ことぞといふ斗り也と老人の物語也。大入大評判
殊に角鬘の暫これを始とす。されば暫うけ答三度に及ふ事
今に顔見世の吉例となる元祖団十郎暫の塔は。惣身を赤く
一藤十左衛門
作者
鈍翁
荻野一
沢之丞
塗長袴をくゝり。龍神巻の素袍にて散貌状などを持。しばらく
〳〵と声をかけて出たることなるを。其後大紋の形堅顔のあゝ事
ありしを。二代目団十郎工夫にて八反の素袍角鬘大太刀にて
出るとかや市川団蔵は元祖団十郎弟子ゆゑ。白髪にて俵
藤太秀郷釣鐘をもつて白頭の貌見世といふ狂言一度有。
其外は皆塗立にて前髪なしの暫也同五未年春中むら座
坂東壽そが団十郎虎屋永閑が浄なりにて。虚無僧の出
五郎時宗大当にて。正月より七月まで大入。十五日より鳴神を出し。
是も大当なり。今年市川団蔵子細有て曰三如此三升の紋
に一の字を引。同六年三月朔日改り享保元申年春中村座
式側和曽我時宗団十郎朝比奈大谷広治。草摺引二ばん目
宝
木挽町芝居一
座元
山村
長太夫
木挽町芝居座元
森田勘弥
総角の助六。本名。五郎時宗団十郎。浄留り江戸吉太夫にて。
大評判大当り。享保二酉年正月廿一日。三芝居又類焼此比
三階桟舗止む。三月普請出来。中村座海道一棟上西日我
団十郎雁金文七。此時沢村宗十郎。江戸へ下り。上トばかり
しかしたる従者にて。団十郎に藍瓶へ打込るゝ狂言を勤しが。
後に間もなく。大立者となる。今年五月二日。市川国四郎終。
性譽真了。ト深川冨吉町深川山貞徳院正源寺に
しるしを残す。○伝に曰市川団四郎は元祖団十郎弟子にて。
元禄宝永の間の立者也。ある時新吉原の遊女に馴染。それより通ふ事数年。互に
夫婦の契約をなして。実情の物語に。古郷をあかし合けるを聞ば。団四郎十才のときへ
勢州津の駅において別れし我が隣の妹なり。それはと斗り涙にくれ。しらぬ事とて此
年月契りし事の恥りしさよと。はや命も捨なんと思ひけれど。又心を取直し。宿へ帰り。有
合ふ家財衣装に至るまで。不残売払ひ。金八十両も有けるが持て。吉原何屋方へ
行き。亭主に面證していふやう。御存もあらん。数年馴染すゑの約束までいたし。此ほど
物語を承り候所我等拾才。彼は三才。伊勢の国にて別れし。実の妹也。今更畜生同
前のありさま。所詮命を捨んと存れど。さあらば。妹も存命てよも居るまじ。それゆゑ
身上売払ひ。金子は是ほど持参いたす。不足には候はんが。妹が身を此金子にて。身籠
の分になし下され。貴殿の御世話にて。相応なる縁もあらば。御片付給はれかし。我はこれ
より。せめては罪障消滅の為今日出家いたすと。其場において髻をし切。泪にしづみ
頼ければ。亭主も是を聞て哀催し。早速承引て。彼妹を我親元となり。他へ縁つけ
遣しけるとかや。団四郎は深川正源寺へ行て弟子となり。妹の方へは不通にて下総の
国行徳の寺に住て。出家堅固に。念仏懈りなく暮しける。時に森田勘弥座一年
役者無人にて。下り役者間に合ざることありて。相談区々なる中に。小賢き者ありて。
団四郎道心のもとへ尋行。いさゐを語り。何とぞ再動のことを。頼けれども寝ず。夫より
教官通ひて。一ツには芝居かゝりの者ども。大勢の助にも相成候はん。まげて出勤あれ
と頼進るに。いなみ難く。されども遺俗の事は思ひもよらず。此侭ならば。出べしといふ
夫にこそ坊主小兵衛のかえり花。先拾ありと。やがて作者相談ありて。遠藤武者
盛痿。発心して門覚法師の役を勤る。市川団四郎再勤円生入道と。看板を出し。
ければ。初日より大入大雷にて。一年従者をつとめ。夫より又深川の草菴に引篭。多年
念仏怠りなく。享保二丁酉年五月二日。大往生を遂しといふ。当時の院主昔より
傳へ聞しと。予が知己の友の話をこゝに記す。
市川団十郎追答。父の恩に。英一蜂の画にて門覚の賛に
文覚をすなはち得たり蝉の滝巴中
二代目市川団四郎は。その比山中平九郎弟子にて。山中平四郎といひし敵役もしが
享保六丑年より。団十郎弟子となり。市川団四郎と改名す。其年。上上の位なりしが。
享保十一年春の評に。上上士トあり。鎌倉長九郎と両人同じ位なりしが。夫より
出世見へば享保二酉年」霜月団十郎。森田座へ行顔見世(奉納太平記太平記天地人筒子
のせりふ。団十郎是二度目のしばらくにて。篠塚五郎定綱なり。請は中嶋三甫太衛門
ついであればこの次へに
「享保三戌年」正月二日より森田座若緑勢曽我
大当大入なり。
大福帳のせりふを出す
うゐらう売のせりぬ。自作にて弁舌瀧のごとし。大評判大入是を始として。代々家の芸どへ
なる
此せりふも
次へいだす。
。市村座は。嵐喜代三追善きやうげん。三条勘太郎お七を勤る喜代三が次
如此丸に討文を付たり。此せつ又大入大繁昌す。依て是より討弁は。お七が紀所と一
なりて。三ヶ津ともに足を付る。されば嵐喜代三を開山勘太郎を中興の祖とする
なり○伝に曰寛文六年。四代目市村竹之丞廿五才にて菩提の門に入り。天
せりふの吹
▼印へつだ
同回今回今回今回今回を回か回今回今回の回念回今回今日回
□
万民大福帳
顔見勢
しばらくのせりふ
第一番目
中村座
回
鎌倉権五郎景政
二代泪
市川団十郎
大福帳のせりふ
市川団十郎自作
一夫大文字は一文字に。人を加えて是大也。二字にじゆくして見る時は。一人と書り。その一人
とは十倍の大君にてましまさずや。しつべ。い必ず一座の宣旨を蒙る故に一の人と称す。是
又臣下の一の人一と人との二ツの文字。合する時は大の字也。是そ忍臣和合の文字。此本震殿
のてつぺんに。かうむらしめたか誤か。おらアあんまり誤りしやアあんまいかと存る〽さて又福と
いふ文字は一さいわひと読せ。則篇には示すとかく。是神の恵を下にしめすの理。まつた
つくりには。一口の田とあり。其一口とは普天の下。卒土の潰も。一口に萬々歳を唱ふなる。
大内山の顔見世なり〽さて又帳とは。〽巾篇になるきは君が万代を。しるし留むる文字
の割。巾は包と読もして。神の御戸帳人間の。髻を包む冠ふくさ。弐竜先生がしりん巾
じんれいぎぢのみやうどう巾。陶渕明がろくじゆ巾。その下だれを不巾。雑巾南京もん絵
三反半とえさん北きん唐音の。こぶしの内のけん酒や。肴にくつきる唐辛子胡椒頭頭
は張良が。敵を欺くはかりこと兜づきんは戦会が。門を蹴破るかんつゝみ。包とすれど
そつちの悪は。こつちで高を綱頭巾。大黒柱の礎は。しつと角から角頭巾。うばそくの
ときん鈴かけ。風を引たら不換金。謹馗大臣の降魔巾。ぴんづる尊者の紙頭巾。破れ
薬潅も打ば鳴。諫皷苔ふかふして鶏おどろかぬ祀ごと天下泰平の大福帳紙かず
有合元弘元年。真は正徳文武両道紅白の。梅の咲分前髪にかつ色見する顔見せば。
渋むけて候東善衆幕の内よりゑみ出ると隠ござらぬいが栗の。神も羅漢も御
ぞんじの。十六騎の惣巻軸。篠塚五郎定綱か。大福帳のえんぎぐわつほう。てんほう。すつ
ほう。めつほうかい命満足万々ぜいたく言次第。大福帳の顔みせと。こゝ敬てまらす。
せりふのまへ
一諸国修行して後本所五ッ目に安居し。四拾年来念仏おこたりなく。今年
印のつゝき
つゝき
十月十日行年六十五才にして。大往生を遂る
一顕松山安住寺自性院中興開山権大僧都大阿闍梨竪者法印誠阿和尚
当寺に何江の木像あり。足先年舞台にて勤めし西行の貌を其侭残して。今も常念仏
六尺三イ言
中村勘三郎座
前狂言酒呑童子
絶ず。市村代々是を修行し。祈願所とす。定や。かゝる妓芸の家
に生れ。その尊き事。諸人みな感ぜぬものなし。
同戌年霜月。京四条若女形佐の川万菊。中村座へ下る沢村
惣十郎来る出世也。顔見世より市川助十郎。三升屋と改むる
中村座嫁入伊豆日記」河津の三郎に団十郎。刺立頬髭にて暫
の出冨貴の二字のせりふ。朕野五郎に早川伝五郎糸屋の娘
さなだに万兼。大当り。市村座は御前能三鱗
尾川善五郎。青砥左衛門大谷広治。佐野の源左衛門に三升屋
助十郎。同母に袖岡政之助。異見の所そなたは女を見れば。ひろ〳〵
しやるといへば。お気づかひなされますな此顔見世からはもふ濡る
事ではごさりませぬ。くゝそなた濡ぬといふ證拠があるかバテ
市村羽左衛門座
前狂言七福神
七福神
家根を御めん下さりました。といふ当りせりふ此節より芝居
瓦葺ごめんありし事也。森田盛は前九年鎧鏡に元祖松本
幸四郎鎌倉の権五郎にて。撞鐘の中よりさばき髪赤塗たて
にて出。荒事大評判加茂の次郎に市川門之助なり。此とき沢村
宗十郎。少し出世して。評判記に。
上上沢村惣十郎森田座トアリ
扨々扨々まぎらはしきお名慥に去々年大坂沢村長十郎座へ
善五郎殿といふて出られし。器用人と存る伊勢にて喜十郎殿
お江戸にて惣十郎殿。兎角何方でも。しつ。ほりと尻をお居なされぬ。
たら。能らうと存る。先以顔見世評判よふござるぞ藤原の代。国に
にて。奴しか蔵とやつし。大袖口大脇差をさし。手桶をもち中間
十二月二十三日
森田勘弥座
家の狂言佛舎利
なか間とおどけ軽口。さりとはよいぞ。次に武道の結ひらき
少しながら請取ました。是千勝どのといふた人トあり。伝に曰
惣十郎は其先京家の士官を勤て文学才力の者也浪人
して徘優に入る。されば十ヶ年たゝざる内。和実立役の名人
となるとかや。「享保四亥年」春中村座「開闢元服そが「五郎に
団十郎。友切丸と名を更。浅草の開帳を頼朝時代に取組たる
狂言山中平九郎。早川伝五郎。二人工藤。団十郎五郎にて。天に
二ツの日なし。地に二人の時宗なし。といひしは此時也。九月うす聖に
団十郎たばこ売の忠七にて。久松に煙草尽しの異見大あたり。
同五子年春森田座入根元曽我鶴が岡の所
うゐらう煮の
三升屋助十郎祐成にてなんきの場へ団十郎五郎
次●印へつゞく
若縁勢曽我
第壱番目
森田座
享保三年
戌の
正月
市川団十郎
ういらう売
せりふ
河原崎権之助座
猩々舞
前狂言猩々舞
うゐらう売のせりぬ市川団十郎
拙者親方と申すは。御立合の中に御存のお方もござりませう
が。お江戸を立て二十里上方相州小田原一しき町をおすぎなされて。
青物町を登りへお出なさるれば。欄干橋虎屋藤右衛門。只今は
剃髪いたして。円斎となのりまする。元朝より大晦日まで。御手
に入まする此薬は。昔ちんの国の唐人うゐらうといふ人。わが朝へ
来り帝へ参内の折から。此薬を深く篭置。用ゆる時は一粒
づゝ。冠のすき間より取出す。依て其名を帝より。頂透香と給はる。
則文字にはいたゞきすく香と書てとうちんかうと申す只今は此薬
殊の外世上に弘り。ほう〴〵に似肴板を出し。イヤおだはらの灰俵の
さん俵の炭俵のと。いろ〳〵に申せども。平がなをもつてうゐらうと
設たは。親方ゑん斎ばかり。もしやお立合の内に。熱海か塔の沢へ
鎗をどりの所作
元禄四未年水木辰之助始る
湯治にお出なさるゝか。又は伊勢御参宮の折からは必ず。門ちがひ
なされまするな御登ならば右の方。お下なれば左側八方か八棟
おもてが三棟玉堂造はふには菊に桐のたうの御紋を御赦免
有て系図正しき薬でござる。イヤ最前より家名のぢまんばかり
申ても。御存ない方には正身の胡椒の丸呑。白川夜船さらば一粒
たべかけて。其気味合をお目に見ませう先此薬をかやうに一粒舌
の上へのせまして腹内へ納まするとイヤどふもいへぬは。いかん肺肝が
すこやかに成て薫風咽より来。口中びりやうを生ずるがごとし魚
鳥木の子麺類の喰合せ。其外万病速功あること神のごとし
扨此薬第一の奇妙には舌のまはる事が浅ごまがはだして逃る
ひよつと舌が廻り出すと矢も楯もたまらぬじや。そりや〳〵〳〵
そりや〳〵まはつて来たは廻つてくるは。ああや咽。さたらな舌に
一冊前の所作
かげさしおん。はまの二ツは唇の軽重かいごふ爽に。あかさたな
はまやらわ。をこそとのほもよろに。一ツ。へぎへぎに過ぎほし。はじ
かみ盆まめ盆米ほんごぼう。摘葵つみ足つみ山椒書写山の
社僧正こゞめのなま噛小米のなまがみこん小米のこなまかみ
繻子ひじゆす。襦子しゆちん親も嘉兵衛子も嘉兵衛親かへい
子嘉へい子嘉兵衛親かへい。古栗の木のふる切口。両がつはがばん
合羽か貴様のきやはんも皮脚手。我等がきや半も皮脚半。しつ
かわ袴のしつほ。ころびを。三針はりなかにちよと縫て。ぬふてちよ
とぶんだせ。かはら撫子野石竹のち如来のら如来。三のら如来に。
むのらによ来一寸のお小仏に。おけつまづきやるな細溝にどちよ
によろり。京のなま館奈良なま学鰹。ちよと四五〆目。おちや
たちよ茶たちよ。ちやつとたちよ茶たちよ。青竹茶箭でお茶
市川団十郎
鐘馗の霊像
ちやとたちやくるは〳〵何が来る。高野の山のおこけら小僧狸百
疋箸百ぜん天目百はい棒八百ほん。武具高ぐぶくばく三ぶく
ばく。合せて武具馬具六ぶくばく。菊栗きくくり三きく栗
合てむぎごみむむぎごみ。あのなけしの長なぎなたは誰長長刀
ぞ向ふのごまがらはゑの胡麻からか真ごまからか。あれこそほんの
ま胡麻売がらひい〳〵風車おきやがれこぼし。おきやがれこぼし。
ゆんべもこぼして又こほした。たあふぼゝたあふ。ほゝちりから〳〵
つつたつ。ほたほ〳〵二丁だこ落たら煮てくを。にても焼ても喰ふ
れぬ物は五徳鉄きうかな熊どうじに石熊石持虎熊虎ます
中にもどうじの羅生門には。茨木童子が。うで栗五合つかんで一
おむしやるかの頼光のひざえ去す。鮒きんかん椎茸定めてごたんな
そば切そうめん。うどんかぐどんなこ新発知小棚のこ下に小桶に
市川団十郎
鳴神上人
こみそがこ有ぞ。こ杓子こもつて。こすくてこよこせおつとがてんだ
心得たん。ほの川崎。かな川程がや。とつかははしつて行ばやいとを摺
むく三里ばかりかふち沢平塚大磯がしや小磯の宿を七ッおきして
早天さう〳〵相州小田原とうちん香隠れござらぬ貴賤群寿の
花のお江戸の花うゐらう。あれあの花を見てお心をおやはらざやつと
いふ。産子這子に至るまで此うゐらうの御評判御ぞんじ。ないとは申
されまい〳〵つぶり角出せ棒だせぼう〳〵まゆに。うそ杵すりばち
ばち〳〵ぐわら〳〵〳〵と。はめを弛して今日御出の何茂様に。上ねば成
ぬ売ねばならぬと。息せい引ぱり東方世界の薬の元〆薬師
如来も上覧あれと。ホ敬て。うゐらうはいらつしやりませぬか。
せりふの前
●印のつゞき
大ざつま浄なりにて素袍にて出荒事大当惣十郎は
市川團十郎
もぐさ売
太房丸の役神前にて今様高砂の尉を勤め其座にて白髪
鬘を取角前髪の実悪評判よろし。今年より団十郎評判
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
礼拝曽我
五郎に市川九蔵
記に極上上吉となる中村座
不手
森田座
一十七回忌追善重井簡
徳兵衛に
市川団十郎
市川区十郎
三条勘太郎
是団十郎弟子也
大谷広治和田の
一冨士礼拝曽我中村座
金生水重井筒
徳兵衛に
大谷廣治
おふき
佐の川万菊
徳兵衛に
市村座
市村竹之丞
釜鳴賑曽我市村座
おふさに
袖崎三輪野
一追善二月の雪心中重井筒
義盛二役朝比奈
の早かはり。工藤に
三甫右衛門大磯の
とらに万菊化粧
友のせう〳〵。二代目
享保五年子の春おふさ徳兵衛十七年忌に付
嵐喜代三大当也
三座ともに右名領何も大当り智仁勇の三徳兵衛といふ
曽我兄弟対面の図
是新吉原大言舞に諷ふ嵐喜代三を身請するとは此二代目
喜代三が事也。市村座賑曽我五郎に市川園蔵鬼王に
幸四郎。二ばん目芝神明前。せむし喜左衛門。やつし事大好庵を
うつして。上下にて油売。団蔵両人かけ合のせりふ大当同顔見世
松本七蔵初舞台也。評判記に曰猛虎は生れ出るより其まゝ
毛を嘯て風を生ずといへり。御親父幸四郎殿のあら事を次て
今童の中からまつかいに堅廻して。大肌脱にて大太刀さし。親父の
乗し馬の尾に取付てあら事。見事〳〵。所作事もやらるゝ定に
名人の実生嬉ふて。嘸や液をたらちねの親はないか〳〵と誉
たり。鑑定違はず。是二代目松本幸四郎。後に栢筵の養子と
成四代目市川団十郎木場の親玉といひしは是なり同六丑年
善光難波が池
春中村座吉祥誓そが五郎に市川団蔵工藤富沢半三郎少将
小藤村半太夫忠信に坂田半五郎朝いな広治朕野の五郎に
親大谷広右衛門。いざり車に乗て出。赤沢山の角力物語を望
まれ他人交ずの相撲団蔵行事。何れも大当りなり。市村座は
鶴亀稚でが鬼王幸四郎朝ひな。鶴屋南北けはい坂の少将
勘太郎。近江小藤太元祖山中平九郎。けいせい八幡に早川
はつ瀬五郎に竹之丞。工藤に水木竹十郎。此春より山中の
名字に改。色悪といふは是を始とす。沢村宗十郎初ての
十郎役勘太郎と三番叟の拍子とともに出ぬれ事。次に
工藤と草摺引の所あり。大評判三芝居の十郎の随一と誉
て位。上上書追付黒吉はしれた事〳〵とあり。此ころ江戸
華館愛護桜
にて。極上上吉の付し役者は。団十郎。平九郎。女形にては浅尾
十次郎と三人也。森田座は賑末廣曽我五郎時宗団十郎
工藤に小川善五郎。大磯のとら。市川門之助。少将に三輪野。朝ひな
一に鳴見五郎四郎。十郎三升屋助十郎。箱根の対面大評判大入。
春より十月まで同じ狂言。古今の大当也。同年二月十九日大谷
廣右衛門終る。九月十九日山中竹十郎をはる。顔見世中むら座
鳥坂城鶴巣篭関東小六重安に団十郎頼家に道外方中村
伝八。悪人共にせめられ。譲状の判をなさんとする所へ。しばら〳〵と
声をかけて出。見物へ顔見世の口上を云んとする。こちらでは。大将
御判なされと悪人共責かける。又しばらくと。とめてバテせわし
ないやつらだ皆様へ口上をいふ内待といふにと。白眼し所。日本一
扇恵方曽我
の役者と大評判也○伝に曰山中平九郎鬼女の狂言は今
の世までも噺傳ふる事也。旧年堺町。ゑびやの十家といへる
者のかたりしは宝永二乙酉年市村座泰平記姫ヶ城といふ
狂言。市川団蔵鎌田又八にて。上下花やかに赤ぬり立の形
城の直宿をして居る所へ櫓の窓より平九郎十二ひとえ紅の
袴着て鬼女の顔を出し。眺し光景。人間とは見へず。其怖し
さに。女子供泣出すばかり也。といへり。夫より問答有とかや。
聢とせし證書なきゆゑ。宝永二年の所に記さず。追て尋ぬ
べし。山中平九郎此比上上吉の役者也宝永二より十七年
目。享保六年に。極上上吉となる。享保四年の評ばん記に
般若の面と名どりし給ふごとく。おそろしうはあるぞとあり。
契情嵐曽我
此はんにやの面の隈取。市村竹之丞伝授を得て。後年
度々勤て大当也。同丑年市村座都見世古例今川狀
仁王三郎松本幸四郎。赤松弾正左衛門に。山中平九郎天の
邪鬼の貌に成て入込しを。仁王三郎足下に踏へ。劔をうつ所
怖しい山中に松本の根太き藝芸宗十郎は源の頼兼にて。手
づから飯を焚。国家の政道も是に同じと。竈の廻りの道具
によそへて。政の言ほどき。和実の評にも。京大坂にては昔の
名。しつた人さへなく。一年と尻を留て居なんだ人なりしが。不斗
御当地へ下り。初年から堀出し役者と褒美せられ。めつき
〳〵と此人の芸面白く成と。其比の評判なり。同森田座は
蝉丸養老瀬>文珠四郎に大谷広次。千手太郎。蝉丸
泰平記姫ヶ城
門之助。逆髪の王子三甫右衛門なり。同七寅年春中村座
大竈商曽我団十郎五郎にて淀屋辰五郎となり。江戸河東
浄瑠理神楽獅子大當り。団十郎助十郎。破魔弓羽子板
売のせりふ。まいろ〳〵の早口江戸中流行。此とき坂田半五郎
前髪朝ひな。淀川にて草摺引大当秋狂言花毛氈二腹帯
半兵衛に七三郎おちよに。嵐和哥野嘉十郎に団十郎。青物
尽しのいけん有大当り。同霜月中村座「豊年太平記新田口我貞
に団十郎。長崎左衛門広次。さがみ入道に善五郎。楠正成にて
門之助也市村座は雛家督そがし川津に幸四郎。朕野に団蔵
伊藤入道平九郎也。宗十郎は頼朝なれども。似真田の与重の
役枕物狂ひ二ばん目大当り。享保三年戌霜月くたり。初は
顔魅十二段
上上沢村惣十郎寅年まで五年めの評判記に上上吉
新沢村宗十郎とあり。同森田座義朝福壽海滋田正清
半五郎。鎮西八郎三甫右衛門金王丸二代目団四郎也同八卯年
春中村座曽我暦開市川門之助三升屋助十郎団十郎三人
暦売かけ合せりふ。二番目せう〳〵に富沢門太郎。五郎に団十郎
水楊蝶の羽づかひ。といふ浄なり江戸河東勤る。切に広次。団十郎
帯引。屋根くづし大入大当り。此年二月十五日。元祖中村さるわる
勘三郎百年の寿中村七三郎泰平の綱引といふ猿谷の狂
言をつとめ。団十郎。広次左右に並び口上を述る三日がうち
見物法楽也。霜月大谷広次大坂嵐三右衛門座へ登名名
狂言。大佛の三ふ。小仏小兵衛団十郎。大評判この顔見世京
羽衣土二時曽我
四條若女形。元祖山下金作下る。坂東彦三郎大坂へのぼる
「同九辰年「三芝居ともに顔見世狂言もち越にて。中村座は。
松飾鎌倉開山上源内左衛門に団十郎。一ばん目に鐘馗の形
にて剱をもち。左の手に小鬼を掴み。せりふあつて蒙古の大
勢を打ちらす所すさまじかりき。蒙古の大将こくりに。鳴見
五郎四郎。松本幸四郎青砥左衛門。琴ひきおかね山下金作
最明寺時頼市川門之助也。市村座は嫁入伊豆日記河津
の三郎に宗十郎。二やく祐のぶ。団蔵は工藤金石丸。平九郎は
伊藤入道。鬼王に竹之丞。団三郎荻野伊三郎也。森田盛は
げいせい若蛭子>斎藤太郎左衛門に冨沢半三篠塚五郎に座本
幼弥也。当二月三日故人中村七三郎十七回忌に当る二代目
成田山不動の霊像
七三巴之丞奥州に嵐和哥野都一仲追善浅間が嶽市川
団十郎虚無僧。江戸河東何れも大入大当り也。五月十五日
元祖山中平九郎終る。冷山院壽仙。下谷常在寺に印
を残す実悪の開山と末世に伝ふ同秋入船隅田川団十郎
左甚五郎。本名山田の三郎にて彫物の所大評判同中むら座
霜月顔見世大平於国哥舞妓荒獅子男之助団十郎。幸四郎は
赤松武者之助両人鼎をさし上二句の文の読争ひのせりふ大
当り。細川勝元に宗十郎。金作と風流三番叟大当り。市村
座は万国太平記団蔵畑六郎左衛門義貞に竹之丞楠正行
に荻野伊三郎。此頃伊三郎評判よし。森田野は顔見世休也
「同十己年」春中村座。団十郎真田与市にて。鳴見五郎四郎は。
眼曲にて石根討死して土肥の弥太郎の早替り。団十郎大評判此。とき宗十郎工藤祐孫也。
秋狂言。倉屋と鎧屋。団十郎幸四郎出合よし。「同十一年春中村坐門松四天王」此節元祖
団十郎。廿三回忌追吉。鳴神上人なり。二番目二人渡辺。二人金時渡辺に宗十郎。今時には
幸四郎也。右二役団十郎勤る。何れも上手各人の寄合大当り。市川門三助頼光。大評判にて
善風方の極上上吉の位に至る。此時小娘方松本七蔵。金時娘やまぢの役。きさゞき姫の
身替りの所。実の親幸四郎との狂言ゆゑ。一入哀に見え大評判也とかや。団十郎。うゐ
らう賣大当り。同正月十六日より。市村座。鶴奥州源氏
善五郎。女房おらん早川初瀬牛谷に荻野伊三郎。弁慶に鶴屋南北東光坊の河間
梨中村吉兵衛也
二朱ばんと
異名をいふ
一同春森田座は佐々木問荅二頭佐々木の四郎に筒井吉十郎
和泉の三郎に富沢半三。あら岡源太に江戸七太夫高綱女房雲井に初崎三輪野なり。
同三月中村座大根勢せが」宗十郎金作。河東の浄なりにて。巌のたゝみ横といふ外頭の
一朗灸すえの狂言太通り。同七月「未度名護摩」団十郎不破の伴左衛門。秩父順礼のせりぬへ
此とき也。名古屋山三宗十郎。草履打の所中古の大歯也。霜月市村座へ嵐三五郎下る。同
中村座「顔迦十一段」図十郎鎌倉の権五郎にて。義家門之助なんぎの場へ。大大数の中より
打破り出。武衛市川団四郎をきめ。荒事よし。幸四郎は和田の左衛門為字の役。貞任が首
を出して。宗任冨沢半三郎。忠平太千任に半五郎。両人に眼を配り。宗任が行衛せん
ぎの所よし。二ばん目団十郎。幸四郎。対の衣装にて。赤く塗立荒事あり。対の洲閉
珠と評制ありしは此時なり。宗十郎は鳥の海の弥三郎。二ばん目町人の形にて千仕
半五郎鎗を突かくるを。算盤にて請たてあり。何れも大当り。市村座(雛蟲源氏
団蔵前髪景清。下りあらし三五郎弥平兵衛にて。道中をぬらり〳〵と。とろゝのよふに
参りしと。芋づくしの目見口上をいふ。女房白妙津川哥門。後に三五郎狐のうしろ面の
所作。惣顔見世の一ばん勝と。その年の評判記にあり。草王丸に三甫右衛門。円蔵と
両人車引竹之丞前髪しげ忠。似せ老女にて入込舞をまふ内。清盛をねらふくせ者
と。団蔵かげ清にてみあらはす所。両人大ひやうばん。森田屋勝時鎧曽我宿月十五日
より顔見世怒り。役者不座に付少しの間にて休む。此類見世中村座へ大坂より道外方
上上土田吉屋十郎兵衛兵衛といふ者下り。江戸道外方上上吉仙仙石彦助
古中村助五郎
弟両人剣術の仕かた噺。扇ときせるにて立合の所。見物わらひに腹をかゝ
の親なり
ゆる大評判とかや。春狂言団十郎。宗十郎。曽我兄弟にて。工藤に対面鳥柴の雄子
大
の大当りせりふ二の巻のはじめに出す。
又花明屋新之助
6982
区
歌舞妓年代記巻之一畢
浜町元矢の倉
黒田
将軍
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
花江都
欧州岐阜
年代
初篇
伊長
花江都
歌舞妓
年代記卷之二
松橋夫
淡洲楼焉馬著
東都
デ。
○享保十二丁未年ヨリ。元文元丙辰年マテ
又花咲屋新之助
十年ノ間ノ。狂言ヲ記ス。
「享保十二「春中村座一横根元曽我」五郎時宗に団十郎。十郎祐成に宗十郎祐成に宗十郎祐成に宗十郎。
工藤左衛門に富沢半三郎。朝比奈に坂田半五郎。梶原源太かげすゑ。大谷
龍左衛門。大磯のとらに。山下金作。けはい坂のせう〳〵袖崎三輪野おにわり
新左衛門松本幸四郎。お家の愁散。諫言のところ大評判対。面。烏柴の雉子
の献上物。せりふは。団十郎宗十郎両人にて作りしとて。其節大評ばんあり。
何れも大々当り。則せりふは次にしるす〽同未年」三月中村座菅沼婆
宗十郎清玄。幸四郎は宇津矢新太郎にて。清玄をころ其所大でき
四
十郎祐成
沢村宗十郎
五郎時宗
市川団十郎
榛根元曽我
第壱番目
中村座
烏柴の
せりふ
両人かけ合
□□□□□□□□
羊肆二
烏柴のせりふ
曽我十郎
同五郎
沢村宗十郎
市川団十郎
●身ふせうながら兄弟が。君を祝し奉り。差上る所の。鳥柴の雉子。禽鳥多き者
中にきじを賤しき鳥也と。お咎なさるゝそこ諱は。梶原源太景季殿か時宗。這を
賎き鳥じやとさ。承り及んだより。梶原どのは。もんもうなお人じや。よふあのやうなこと。一
鳴前でいはれた事じやぞひがく者論義にまけず盲蛇におじずこまめもとゝまじり。
質水入にも逆浪と。むだ口をたてと腮を引さくぞ●はて夫が悪ひ。そう云ずに雉子
と申鳥は誠に徳ある名鳥でござると。柔和に物をひやいの然らばにうわにうわに申さうか。
されば論語郷党の篇に。子曰。山梁の雌雄時なるかな〳〵。今日頼朝公の御祈祷を
鳳凰せんゑんにかけつて。徳気を見て下り。鶴九皐に啼てその声万歳をうたふ。
麒麟も。出よ箱根。山角に肉ある霊獣の。いでや丁の未の年日はつ春のあしたごと
には鴬の花をぬふてふ。長袴裾引のばす村千鳥。友まどはしてお目見の。羽繕ひ
せしさゝけ物抑きじはくわちうと名づけて。三皇五帝の御服に。飾り付させたまふ
ぞや。我が。日の本の其むかし。神皇功后霊敵を亡ぼし給ふ時。雉子の尾を以て軍配を一
つくり。名号て是を雄図といふ。まつた三十七代。孝徳天皇の御宇。長門の国より
白き雉子を捧奉る。是泰平のずい也とて。則改暦あつて。白雄元年と改む。これ
聖代の年号也●又中納言。劣持の歌に。春の。野にあさる雉子のつま密に。おのが
ありかを人にしれつゝ。誠に雌雄睦しく。夫婦べつある名鳥也。夫を賤き鳥也とは。
鵯の觜のくひ違ひ。口まめ鳥のまめまはし。かのしやうけいの枝に鳴く。梟のあき盲目
本兎のかな聾。一ばん家鴨の泥喰ひめ●其上高いの安いのと。鳥の直うちを
なさるゝは。瀬戸物町ではあるまひし。梶原殿にはとうまるの通り者かと思ひしに。
さりとはちやぼなお人じやなア。欲の雕股を割。つかみ面なる御口上。まそつと過言
をおいやると〽なんとする事なんとも拙者はいたさぬじや。御覧の通りの雲雀ぼね
やせ腕さすつて是非もなく。吉を云ぬはをし鳥の。釼羽一こしござれども。是もしつか
と詰はかひ堪忍いたすは山鳥の。愚なものやと思すらん。ぬかい所が兄鳥の。弱と
いふ字を篇になし。つくりに鳥と書たるは。髑と訓じてひわづなる。一ぱい驚じやと
思し召。あまりあほうにおしやると。ごらんの通り荒鳥の。うさみ。くずみ川せみの
せうびんながら第どの。とやを出たらば気の毒や。鷲の箭なる羽ぬけ鳥。たつにも
立れ申すまい〽はゝア囀つたりしやぎつたり。あんどう馬のかめ〳〵と。場所をも知ぬ
鴨めら。はごにかゝつて浅ましく。料られぞいぞ寒為め●あれ。烏じやとさそれ
烏は鳥中のそうしん。遥に反哺の徳ありて。至孝慈悲の鳥なりと。白楽天は
たんひせり。人の耳にはかあ〳〵と。啼かもしらず我耳には。親かう〳〵と鳴鳥の。咽を
ならしてごろ〳〵と悦烏のけふ参会。並ゐたる方々は。関八州の四十八章一ツに
羽ぶしを弄るとも。目当はたつた一のしに。かの九万里の大羽がい。大な面をお仕やつ
ても。五郎が目からは鶏鵜串につつさす焼鳥の。除夜の鵯にことならず。ただ
一くちの勝負ぞや。間はあるまひぞ鶴の。是ひん捻つてぶつつけたら。ぎやつと
夕部の霞と消。鴫立沢のもの哀れ。勧念をしてなむあみだ。ぶつ。ほうそうと婚つて。
ゑほし素抱の首筋へ。珠数かけ鳩がましだんべい。きかぬといふては鵑の餌ばみも
しらぬ蜘げぢ〳〵。足手を延してさし出ると。腕に覚へは在原の。かの中将の都鳥。いざ
事かなとおつぱだ脱力は上見ぬ鷲極つかむが最期胴がらを。擲く水鶏の弱武者
どの。正月しまからお笑止や。鴨ばつつけに掛申すぞ。咎はときかばおうりやうさ。
人の所領をいつとなく。我物がほにしはい鳥。鳥ない里のはねばたき。堀幅三座
莫耶が劔。あたま下しのまつ。ふたつ。すつ。こと石割えんま鳥●閻魔の前の訟より。
頼朝公の御前にて。こと葉を番ひの比翼の鳥。二ツ連たる雁金のつらを乱さぬ
兄弟五ッや三ツのときの羽のこやを小。弓に鳥の声●明し暮しとゆびををり。
日をかぞへたる鵠げふぞ敵に鸚鵡はい●御酒宴半じや麁相すなす将とは
●すなさ一すな●砂水あびせる場が違ふ。気を長ふしてしだり尾に。蹴爪を
かくして時をまて。はて鳩やの鳶のためしもあるそれよ。古出羽の国。ひらかの
内裏へ鷹の子を奉る●親鸞跡に残りしに。鷲来心てこれをとる子鷹
いかつて毛を震ひ。羽をならし八幡に飛行き。数万の鳩をかたらひて。終に親の
敵をとる●かるがゆゑに其鳥を。鳩やの鳶とぞ召れけるまつそのごとく
年来の。本意を遂させたび給へと○ふたりが襟のづしまもり。ほそんかけたる
時鳥胃魂蜀魄●兄弟が三ッ子の魂百までと。云替したる水鳥の
●陸に迷る場所なるぞや。時節を待て。月日星。ほうほけ経と黄鳥のきう〴〵
にとゞまれ鳩やの鳶げに鳥にだもしかざるべかんや。されば。哥にも岩手なる
ひらかのみたる立かへり●親の為には鷲もとるなりおやの為にはわしも取
なり●これでも●まだそが。中村の古巣には。たゞ一人あるはゝ鳥の。かた親
ばかり片鴉。ちゝつくわいの為には。ともに天を戴かじと。今日を社日のもろ慇失
よりもはやく近よつて●はて若いといふて鶺鴒の。水吸ほどの間じやに。堪忍を
して当分は。闇になぶつておきや。おれ次第にして物事を。言ぬがましこそんじゆごと。
いなをふせ専。呼子鳥。百ちん鳥の智仁勇。これぞ古今の三ヶの庄。うさみ。くず
美の蝶文鳥・揃ふは兄弟紅白梅鳥柴の古実献上物●枝の長さ七尺一
あるひは六尺五郎に切●作る枝踏する枝雨覆の毛を少しかなぐりちらし●大一
みきりの。石を伝ひ残んの聖に跡を付ず●御前に持参仕る御前は限なき
君が為にと折花は●時しもあかぬものにぞ有けるこれ今日の雉たいせん彼有
雉子の棒もの●けん〳〵ほろゝと打納たるかんこの鶏くわつはつ白雉の御遊覧
鳶飛んで。天に至り。魚渕に。踊を忘れぬ雀子の。すみに巣をくふすみよしの。
●松の千歳もけふよりは君にひかれて幾千代も●ばんぜいのおんことふき
十郎
五郎
両へ雉子のけん上。たゞ〳〵御目出たうぞんじ。たてまつります。
同未年四月甲陽軍欲軍。都宗十郎宗十郎信玄謙信川中嶋の所大評則。
五月団十郎。荒岡源太にて。菖蒲刀売のせりふ秋かしま五兵衛にて。飴売の
せり。あり。霜月東都より六合廣治。谷女形相浪尾の江。坂東彦三郎下部。下る
顔見世中村座」八棟太平記一団十郎楠正成の役忰升五郎七才。正行にて
初ぶたい。あら事のせりふ聴人感心す。廣治大森彦七。団十郎大塔の宮
金冠白衣。廣治に負れての出。後に両人卒塔婆引のあら来有。宗十郎
畑六郎左衛門。幸四郎斎藤太郎左衛門。金作は彦七女ほうきぬ笠なり。
市村座一師紅葉軍記坂東彦三郎なを江大和之介。たけ田はるのぶ竹之允
山本勘助三五郎。まん月姫に伊三郎。直江女房に早川初瀬なり。彦三郎。
三五郎。両人大当り大評判。森田座は豊年太平記団蔵畑六郎左衛門の
役。長崎勘解由左衛門に半五郎。両人謡つくしにての結ひらき大献う判なり。
楠正つら門み助けいせいみさきに袖崎三幡所。団蔵。門之助大当り同十三甲年
春中村座。大谷侯次唐金茂右衛門。酒中花。江戸ぶし浄溜理大当なり。顔見世
図十郎ごばん忠信評判わるし同十四酉年」春中村座」扇恵方そが一団十郎矢の根
五郎はじめて勤る。古今の評判にて此時。大ざつま主膳太夫浄なり。未代家の芸
となる。是五月までつゞき。座元蔵を建しを矢の根籠といふ。二番目おとこだて。
荒五郎茂兵衛にて。江戸町三々しのせりふ。相手は黒船の忠右衛門に。大谷廣治。大坂
下りのせりふ大評判宗十郎は十郎にて。五郎が枕上にたつ事あり。始に恵びす舞
の出せりふのうちに。今年の歳且発句を入れる。
〽雲しづかたつた今まで大晦日
大磯のとらに勘太郎。二の宮に津川かもん。大評判七月まで大入なり。市村座は
黛養老そが幸四郎鬼王十郎に彦三郎。五郎に竹之丞ぜう〳〵に伊三郎。工藤に
三甫右衛門。赤木刀之助団蔵なり。森田座は東山長生殿を畠山左京に
山本彦五郎。能狂言の粟田口のかた。おもだか娘に早川新勝両人十二段の
浄なりかけ合の所評判よし。此春門之助終る。
評判記に曰一上上吉市川門之助中村座
鯛鯨太第コレ〳〵頭取評判仕さして。涙をながさしやるが。泣ずと評判いたされい
ハレいま〳〵しいわろだ頃五日)アヽおの〳〵は心ない衆じや。釈迦如来御入滅の時
五十二類の泣かなしむ涅槃像の絵を拝みはなされぬか。此君は今三かの
津において。無類の善衆形弘法大師さへ。古今未曽有のこゝりしゆと。訴
られた程の君。男色形の釈迦ともほうびした丸一さま。をしいか将この正月。
廿五日。紫ぼうしの雲にかくれて。惣座中の役者子供幕。引馬の跡あし。役
番附火縄半畳売仕切場木戸の若者をはじめ。楽屋の鬘立髪まで。
髪うなだれて愁のいろを見せ。諸見物はいふもざらなり。町々は曽我のかたみ
をくりにやつして。此君のさいご物語。八王子の炭焼まても。袖をぬらさぬ者なし
当曽我に団三郎のお役此世の見納め。扨も〳〵残念のいたり。又あるまじき
若衆の随市川の門は娑婆の門出。丸一の姿は石となりて。あの世の役者附に
一曜饗義顯信士と極楽の一枚かんばんに乗られしは。をしいかな
深川本誓寺中。齢閑院に残す。此門之助はひゐき多く女中は衣装簪に
紋を付ること専ら也。予十二三の比まで。男の腕にの下に市川門之助命
と刺し。年寄幾人も見しなり。霜月中村座「楠磐麗麗屋団十郎名護屋
山三郎。二ばん目にかつらき方へ。百夜のかよひぢ雪ふりの出。廣治不破の伴左衛門
にて。今川仲秋に彦三。頼兼に宗十郎にて。けいせい買の咄しの所大評判なり。
おづうに歌もん。お国に伊三郎なり。市村座顔見世長生殿白髪金時幸四郎
金時山姥に早川はつせ。渡辺に団蔵。源治左衛門に新五郎。めの惟成に佐の川
万葉。藤村半太夫。元服して半十郎と改名す。市村座大入大当り也。森田郁二
(矢矧長者倉石碓木彦三郎勝。鈴木の三郎に山本彦五郎。亀井の六郎
山本京四郎備前平四郎に鎌倉長九郎。やつし飴売の拍子舞大当り也。
同十五戌年春市村座(年暦幼そが)佐の川万葉風折の役大当り後に。五郎
時宗の役男だての仕うち。勘太郎少将の紋にてぬれ事よし。けんくわ十八一寸
喜六と出合。小道具づくしのせりふ大評判。三月廿五日松本幸四郎終る。
白誉単然直道大徳。と名を残す。後日曽我矢立杉
平の屋徳兵衛竹其丞。親久右衛門に新五郎。おはつ万兼。心中黒小袖の道行
大評判大入五月(非人敵うちし新五郎春藤治郎右衛門。高市武右衛門に団蔵
加村宇田右衛門中嶋三甫右衛門評判よし二子塚東都に万葉姉妹二やく。後
浅間嶽大入なり。同春中村座は。従者揃にてありしが不入にて。団十郎薦僧の五郎
これは十六年以前。正月より七月まで大入の狂言なれども時にあはず。二月十九日は。
元祖団十郎二十七回忌。此節父才牛世にありし時業をおなじくする友江戸に
おいて終れる。その年月時日を過去帳に記し。朝夕香飯を備へて念比に看経セし。
とかや。二代目三升これをまなびて。元禄十七年より。享保十五年までの亡人
七十余あり。戒名俗名こと〴〵くしるし。其役者の得たる所の芸を。英一峰の画に
写し。旧知の俳人の発句に意を。連将亡父追福の。詩歌連誹集るを。ともに
桜木に彫。大巻二冊となし。父の恩と題号して。貴賤をいとはず。知れる人々へ送ること
いへども。一紙半浅だも受ず。誠にかゝる妓芸の者は他刀を以て追苦を学む中に。其
卒なかりしを人々足を誉て。文に述て贈りけるとかや。されば今七代目団十郎にいたか
まで。改名追答成とも。いさゝかの摺物して配る事なきは。泥中の蓮と称すべし
○父の恩の中に
吊二故才牛一辞
一孝子憐愴の意は。春の霜を履の謂にあらず。花の雪を踏て少年
老夫男女をいはず惜みしは。如月十日あまり。九日といふにくれけるはる
ぞかし。其周忌年囘毎に。三升父の家名を起して。既に二十三回忌に
一孫子升五郎祖父の追善とて。愛らしきせりふのつまつきなきに。実
一佳名に瑕なき兔の。あまかけりてや。よろこび給ひなり。其天語聞が
ごとくなるべし。猶その嗜好をおもふに。今追善の秀吟。詩歌連誹を
集めて。拝奠する事其心至れり。これ父は難波旧徳の門㐧なれ
ば也。才牛は其表徳也。父は十蔵法名浄喜。母は妙寿。其先綱洲幡谷
村の富農にて。堀越氏とかや。然るに十蔵耕収の業を嫌ひて。任校
の義を重じ。肥壊の総州を去て。其弟に譲り。繁花の江都に来る
一住けり。時に萬治三年庚子。和泉町にして。才牛を生めり。童名海老蔵
幼より性妓芸にさとく。因て妓家に入りて市川図十郎と稱す父が
任狭の勇気を受て。荒事といふ事の道を開けり。紅粉を以て通身を
塗り。三升の鎧の大太刀。日の丸のちいさき扇。其比の離れ狂言を時代
狂言のつゞきに仕組。大當りと手を打こと。皆才牛より始れり。現に藝中
の太祖と称すべし。さて世に賞するの證物には。五月の大太刀に三升の諺を
本とし。一枚絵。製法もべさ。唐錦の華紋に三升あること。其名唐土の
機婦に及べり。邉鄙の嬰児までも。団十郎せよといへば。手を揚口をあく
事を知る。かく和漢に知らるゝ父の容貌を。在がごとく見る事。親に似てふ
一楽屋の大鏡今に父の手沢存するに。其遺骸を年の矢の根に磨て。
一曇なきことわすれざるの孝情也。此孝情因る所ふかし。才牛の至孝は。
既に世に知るところ也。浄喜もし楽屋に来れば履物を待ず迎へて
一手を引桟敷にあれば。鬢のまゝにて怠倦を問家に在ば出入必面して。
一日々に寒暖を尋ぬ。故に又他人散し重ずる事多かりしとや。これ才牛の
敬養いたれる故也。三升又父を慕ひ。今までに従はざるを恨むといへども
幸に慈母の存するを悦び。青々者莪を廃せずとや。今三升志を継ぎ
功の成れるを褒し。追慕の孝情を感ずるまゝに。おのづから開橋の関を
うくるなるべし。まことや一句に。
桐葉園
一大利のひかりやせしゆの一トこぶし白翁
一苦菜もすてす雪解汲沙弥三升
かすみたつ藁筆がきの庵にて文声
贈覧栄居士二十七回忌
法筵一章二句
一きさらぎや死て朽せぬ花の下
○ある僧の云。日本に市川團十郎といふ力者ありや。
一中華にて商舶来往に。真画を伝来りて見侍りと
長崎よりの文通なり。是は此。矢の根五郎なるべし。
一父の名を継て他の国まで。且ひゞかする事。未曽有の
誉れ。無比類孝子なるかな。
ホ者菴
冥加あれ手向に摘もふき自在湖十
○追福の佳作凡三百余吟は実に
一口称念仏にひとしければ
嬉タ巷
仏とは氷に風の和訓かな三舛
一余は繁多なれば記さず。
中村座春狂言。評判ばかりにて不入。五月より団十郎清玄。これもおもふほど
にもなくして。市村座。中村新五郎。佐野川万兼の評判ばかりなりしが。秋狂言
中村座「名月五人男」又七に伊三郎。安の平右衛門彦三郎。ほて以市太衛門に
廣治。極印千右衛門宗十郎。雷庄九郎に団十郎。此狂言いづれも大當りなり。
せりふは円十郎。宗十郎両人作の由。江戸中これを口ずさみ遊里の芸者はいふ
此五人男のせり母
におよばず。子供までもはやり置のごとしとかや。十月まで大入なり。汝
次の見廻しより有
同同年二相月京四線より若女形瀬川栄之丞下る。顔見世中村座入舩経小島
団十郎河津の三郎にて。菊之丞は。きくとぢ源吾が娘まさきにて。小野のおつう
と谷を偽り入こみしを。古文のことばに。菊にかんばしき有とぬれ事によそへ。憶へ
手を入れ髑髏を見て。女のしやれかうべを懐中するは。と咎められ。巣み患似
気ちがひ七小町の所但大当り。一番目清盛大谷廣治二ばん目二役股野五郎
草之丞と鎗のたてあり。宗十郎盛久にて謡ながら舞の手女房白ため
に伊三郎。頼朝に七三郎。宗盛に大谷龍左衛門。工藤祐経に三甫右衛門。真田の
与市升五郎。いづれも大評判なり市村座は平仮名常盤舞木し佐野の源左衛門に
新五郎。青砥左衛門に坂果彦三郎。女房桜尾に万葉小篠時定に藤村半十郎
赤星太郎武者に善五郎なり。去春中とちがひ不当なり。森田府は
六まい目せりふのめぎ
●印へつゝけてよむ
EREEEEEELEUEUELEUEUELERRRLERRRRLEREEREREERERERERRRRRRREEEREREEEEEEEELEEEEEEEELEEEEELEELEEEUELEUELEEE
かりがね文七
荻野伊三郎
染物づくしのせりふ
中村座
□□□□□□□
名同五人男
第三番目
安の平右衛門
坂東彦三郎
安の字づくしの
せりふ
大当り
EELEELEELLLLELELEELEUELEUELLLLLLELLLLLLLLLELELEUULLLRRLLLLLLLLLLLLUELELEUEUEUEUEUEUEUUELEUULEUEUEUEL
荻野伊三郎
○かりがね文七せりぬ
〽京風おこつて白人とび新町亀色ばみ落て。一金女見に趣く蘭に秀たる
新造あり。茶に香しき太夫あり。楊價を浮べて四ッ橋を渡る。じやう強くし竿の
先へ鈴を附。どうち〳〵極つて相手嫌なし。さはるが最期投まうすぞ。当るもの
をば幸ひ小紋宙に掴んて中形の。お望次第の染加減。手なみは兼て御存
の。いらひどひめにあいみる茶。きかぬ黄がら茶すつぱ抜けんぼう吉岡きほひ。
だ染木陣のだんだら筋すぢ骨抜たら御笑止や。身はしやれ柿の骨仏薬師
溜浮紺如来でも。えんま殿でも鷹に雉子。猫に取るゝ灌鼠。血をしぼり混
忽ちに。歯亦鳶むらさき鳶。色の黒とび弁慶ならば。端も茶釜も皆栗梅に
鶯茶さん染竹に。村雀むら〳〵ばつと迎たがまし。うろたへ血つて死出の旅。きちん。
返しのうゐむ常。鵜の目返しの染つぶし。染殺されぬ其と先に。さあ侘言をしろ
察源腺を加賀ぞぬ手をつき刑毛兀たあたまが高嶋染あひに相生藍瓶へ一
沈めに懸るが合矣か。誰だと思ふ此若衆を。忝くも高野大師の膝元さらず。
変染明王の懐わきざし。指や尺八鼻捻り。捻つてすちつてそめいて歩行
大坂六十六町に隠れもない雁金の文七みな近よつておがみ奉れ。
坂東彦三郎
〽はゝめ名乗たり引ずつたり。扨二番目の阿羅漢は。安といふ字の五所尊い
男は紋から見へる。紋を見たらば笠をこれ。安の一字を説法して。あんたらどもに
聞すべし。安心決定して睡聞しろ。夫晏平仲よく人と交る。久しうしてけいすとは
淪洛といへるむだ書に。しるし置たる馬鹿鱗義。劣禄山が亡びしは。唐人仲間の穀
つぶし。安徳天皇の水這入ば。是清盛が因果経。安嘉門様は内裏のじよなき
安西の弥七は十番切のごうさらし。あんがう烏は悪まれ鳥。嬰火は火鉢のしよく
飲行燈は火燈の奇観。あんばく者はあん餅にだまされ。あんにやは伊勢での
銭より病ひ。安神散は血の薬あん。冬豆腐はお斎の平皿。園けつ道は地獄の
TELLELELELELELELELELELELELELELELELELELEL
中村座
ほて市右衛門
大谷廣治
いろは寄の
せりふ
名国五人男
第三番目
こくゐ千右衛門
沢村宗十郎
鍛冶名劔揃のせりふ
〳〵
andunnununununununununnundundindinginging
夜道。安然和尚は建立ばつち。安寿の姫は對王が姉子。安中は上州の馬次あん
へらは達磨が円坐。按摩はけん。ひき針の療治金釘銀針。此平針。すらりと
抜や早うち肩。あんの打物閃かして。こつぱぎほひの肩先から。悪血を取てくれ
べいか。さめあんとでも咽筒を鳴らしてみろくさんゑの暁。五十六億七千人の侠
の親方。男達のあんじん仏。安国論に説れたる。あんの仁王の又従弟。安の平右衛門
といふ。安阿弥の御作。皆よつて開帳ひろげやい
大谷広治
○ほて市右衛門せりふ
〽さらばうらゝもうなるべい。廻り〳〵の小仏が。其お談義の面白さに。中の〳〵大仏
も。まつかう暫くしやべらぼん。丸盆菓子盆べんや盆と。祓ひ清め奉る。抑此
色男は。唐土経山寺の一ばん布袋。花がみたくは古野へござれ腹が見たくは。
ぎはへ。寄てとつくと契約しろ。御面めうのしほらしき。しんぞいろはにつて市右衛門
三ツの時の髪置より。はや糸鬢にすつこかし。生れも付ぬ前髪の。花はちりぬる
大若衆。よだれきよつねならむうゐの。おく歯て栗くんぴしやぎやまけふつこの
吸物に。あさき盃ゆめにも嫌ひ。五郎七五郎八かぶと鉢手盥などで引かけて。
いくら呑てもゑひもせず。京大坂ほへめぐつて。江戸はお馴染さんか節。本宮節
に小室ぶし。わが身ながらもほてつぱら。足が過たぞ新町通ひ。踏馬ごめんの膝
くり毛。下駄のひづめに欠たてゝ。ちよつりきほひののふ味噌めら。畜生道へ落
してくればい。経かたびらを引張てお目通りへ出てさんだをひろげ。是が則慈悲の
殺生。光明遍賢十町世界。見物衆生切おとし桟敷も下も御ぞんしの。ほて
市右衛門といふ男立の入れ口だもさ。
沢村宗十郎
○こゝゐ千右衛門せりふ
〽もくねんとして聞てゐれば。扨聞ごとかな弁口かな安と布袋と雁金と。上人いへば
文珠のせりぬ。ちゑも岩量もしんだいも。四人めには馬の鞍。おきまどはせる浅質
の。算用小かぢ宗近も。鍛冶屋仲間のこぎつい丸。せうねのしつぽを動して。
すいた女郎に相槌の。こくゐかぢやの一はん息子。額を集むる友切丸熊切ひざ組一
棒組の肩て。風切るきいたふう。聞ぬといつて手は見せぬ。びやくらい国老新藤五
大進坊が板でも。先地忍は奈良刀なまくらものゝきほひめら。くわさんでも月山
でも。月見でも蛇腹でも。くつまんだても素あたまでも。そ是を掴むとこつちの物
しんで湯手で粟田口とうまの丞也。ひんとさし。うぬらが腮の腮の懸がねを〆てやるべい
なぜなれば。えしれぬ口を葉一もんじ。いらぬ男をたてふより。小刀針をたてたが
まし。其期に成たら見るやうな。面をしかめて。吼丸の。左文字やかた〴〵にげじたく。
処へは。出られず。からの戸に。楫をたえたる。長船の。をさだが昔胴ぶるひ。臆疱危
須のひら。行もゆかれど立すくみ。是ぞ不動のかな縛り。干将莫耶がばくの縄
縛からげて赤鰯きたひ直してくればいぞ夫を肴に別れ酒。小原さね盛べく。
から口あま国正宗のむねに手を置思案ばして。剃刀かぢのこつそりと。坊主に
なつてかつはしれ。其血脈を授けべい。天の村雲十束の剣。かの草薙のけんどんくゝひ。
二二
名主人男
第三番
中村座
雷庄九郎
市川団十郎
百人一首
名寄のせりふ
大あたり〳〵
関の孫六せきん坊。志津の三郎しづか者。その真中を直焼の。なかごにしつかと
うつけの宰領。こつくゐ極印千右衛門。みなちよくこ成て。お目見へをひろげやい
○かみなり庄九郎せりふ
市川団十郎
一文七が染物注文。平右衛門が安の宗尽し。ほて市右衛門がいろは寄せ。鍛冶屋の
あにいが名剣揃咽づゝの往来かまびすしく。願の明閉どたぐわたと。舌をふるなの
弁当あづかり。尻払ひにひかへたる。以上五人の組頭雲の上なる。雷どのも順の挙に
太皷の撥敲きつゝいでのあごた骨。天上天下唯我毒口出ふらづふらと悪たい
を。一首続ふかされば新金古今の序に。花に帰らんつくたん。水に住かつたい蟇の
声までも。何れが悪たいをつかざりけると。童のつらにくが筆の跡。三十字ひともじ
韮蔬ずいき気随の芋堀鍬。天。ひつかり地むぐり天皇の御製を直して。かうも
有ふか。秋の田のかり金文七がねん者にて。我まゝものも露に濡つゝ。濡のあげくは
いつでも口舌。横そつぽうをはる過て。なづきに毛のある小野郎めら。かたはし
ぞぶへさらへ込げにも晴にも一ちやうらの。まくひがわんぼうぬれ鼠衣ほすてふ
あまんまい。あまいと見せて頬かぶり。しぶつ柿の本のふとまる山猫の赤貝。いけ
たごの浦に。打出て見れば白瓜や。鯨の高さに脊ごし。止めつゝ。猿松太夫中納言
やき餅。南倍茶のなかわる湯せん法師。小野のこまつたきげんかい。おこると黒
雲いなひかり。一才おこれば二才やらう。三才駒の期はしり。四さいらしくも五さい
節。六斎念仏の鉦太皷で七才未満のがき大将さいの河原へ追送るぞ。八才の
龍女も。くさい物の身しらずと。色めいて来る庄九郎に。うぬらが肩を並べうとは。
あくちも功ぬ分別面これ十才の翁にて。寿命の縮る死じたく。南兵女ぼうれんけ経と。
毒や子供に名残を惜み。沐浴湯灌の丸裸ざむやみだぶつと勧念して。臍を揉て最非
を待どこへおちやうもしれなひぞ。瞬を釣ても桑原でも。ごしんかうでも止むじやァない
かう鳴出してははたゝがみ。雲雷ぐせいでんどのせうぶかうばく重代の大脇指臍へり丸と
名号て。一文字に指まゝに。面の皮の褌をしめるが得物泪の両。あめは車軸を長ぜりに
御対屈をも弁へず。かん〳〵三ッ口跡なが先笄とらせう紺屋の息子〽かり金文七〽あんの
平右衛門〽ほて市右衛門〽こゝゐかぢやの千右衛門〽〽けんぐわ大将雷庄九郎一黒とも一白とも
一青びやうたんも〽わうだんやみも〽あが〽あが子のおぎやアもをしなべて。五たい五色の
御ひやうばん男達の五人組とほゝ五人〽うやまつてまうす。
一五人男せりふのまへ
寛徳陸奥内裏安部の貞任に坂田半五郎。宗任に坂東又十郎。
●印よりのつゞき
おのえの前早川新勝。鎌倉権五郎鳴見五郎四郎なり。享保十六亥年春中村屋
けいせい福の名護屋団十郎万屋よし兵衛。年玉売のせりふ古今の大評判
此せりふは
次にしるす
次にしるす
〇ほんみやう
名護屋山三宗十郎。けいせいかつらき茶之丞ぜげん手のうらの八兵衛。本名
由井が浜の忠雪に広治。かつらきと兄弟の名のり合の所やつしの形より
一親なき時は兄は親也
時代の花やかなる菊水の衣装になり。物語今に残ル
いもとは子なり。ときに
とつての。まさつら〳〵。と
せりふの
世話狂言より時代にうつる。衣装広治の工夫は。
次へつゞ
いひしはこのときなり
二二
一傾情福門名護屋
第二番目
中村座
万屋
由兵衛
年玉
扇子売の
市川団十郎
せりふ
市川団十郎
年玉扇子売のせりふ
袖。ひちて。結びし水の氷れるを。春立けふの風和して。枝をならさぬ松師青く染
出す掉姫の。かいどり。姿くまをやかに。享保二八の折ごし惚たらごんせしつほりと
恋を卒の亥の年玉巳午の間万屋よし兵衛。年玉ものの品々を。売下手なから
商ひ口例年替らぬ御ひいきの。何れもさまは買上手おつしやり次第まけまするじや
先年玉の第一は。かゝるめでたき聖代に。あふぎ〳〵〳〵と三返呼がお定り。是福禄房
の三本入。又五ヶ日の五本入焼杉くり足台あふぎ。お望次第の七宝づくし。こんごんごん
なりはりしやこ陽陰。さんじゆ梅涼陰や。砂子切箔丁子引。さつと開けば梅が香
にあはせ煙物はつ緑今一しほの色水引しめて緩めて結昆布花こぶ。鯰こぶ
よろこんぶ。神明前も松前も。千里同風春風に。とけて流るゝ水飴やたらける所を
餅へつけ。さもうまそうに。ひちや〳〵と。嘗のり船のさほやうかん。又は延命ふくろ
菓子。あるひは宝珠の玉たばこ。千とせをのぶる長命草。つるの羽煙半切
紙書始筆にすり初墨。よみ初赤本五しきの糸上々おしろい寒のべに楊枝
丈長おはぐろぶし。笄小まへら串材や。きやらの油に白砂糖沓たび心同長下駄
雪踏獣のたゝきに梅ぼうし。年玉双のはさみ箱ずた〳〵。坊主の丸禄ゆんべも三百
宝引縄。手ごたへしつかととつふぐり。七子もかるや七福神。ゑびす大黒お徳女郎
お襦は内に足敢て外へ打出す鬼の面。めん鳥雄日本の鳥渡らぬ先に七章藤の
爪切絞毛ぬき小刀鉄火ばし。銅杓子に堅じやくし。大根の皮むき鬢鳥鍋。まなばし
すりこ木ぐわら〳〵と。ちろり薬罐の音羽山清水焼の箱入の箱入茶碗箱入り盃へ
引盃。挽茶せんじ茶ちやん袋正月代館へつかみ込。小判せんべい大判足板。さつく〳〵と
金入御着たばこ入ねんぢり服紗に表頭巾。被そましたふんだん建磨の。夜もよあける
まつ昼も。かせぐに追付びん乏なし。もふけはありのみかやかち柴。蜜柑かうじ橋の桜
ところ半畳都やから舞台際まて。割返詰とめ。つつはれさつぱれ。ひつひ。けおつびけ
福引名護屋のとし玉商人顔見世までも売ねはならぬと。等が敬て。あふぎ〳〵。
せりふより二丁
○竹田のからくり人形を見ておもひ付。立まはりの内にはだ晩になる。
まへのつゝき也。
今の引ぬき此時より始る。同狂言。不破伴作に。市川升五郎。名護屋小山三に
沢村亀三郎。両人六法丹前せりふ大評判。菊之丞かつらきにて無間の鐘
の狂言。はじめて勤る。誠に古今の大当りなり。
○無間の鐘之事。遠江国。佐屋郡西山村に無間山観音寺の釣鐘を
一撞ば未来は無間地獄におつるといへども。此世にては富貴の身となる。
といえる事を狂言に取組。元禄二巳年大坂荒木与次兵衛座にて。
傾城小夜の中山といふ名題に。谷嶋主水といふ答女形。音いせい
うらばにて。鐘をつく所作はじめなり。其後元祖芳沢あやめ京都
早雲坐にて。鐘を撞くその時の所作は。水木辰之助すなはち元禄
十四年の事也。又享保十三年春。京市山助五郎座にて。瀬川菊之丞
一庄屋六右衛門娘おすまにて勤る。此時趣向をかへ。手水ばちを鐘に
なぞらへて打しが始なりといふ。同十六年亥春。中村座にてかつらは
一にて勤る。初日舞台にて金をつゝむ物なきゆゑ。衣裳の袖をまことに
引切たりし其思ひ入よかりしゆゑ。翌日より其通りにせしとかや。その後
大坂竹本筑後掾塵にて。元文四年未四月十一日。ひらがな盛衰記と
いふ新浄瑠理初日なり。是福引なごやの。茶之丞の無間の障を取組
一浄瑠理の文句にも。袖引ちざり三百両。つゝむにあまるよろこび泪と
ある事。瀬川の家の芸。代々のほまれなり。
右福引名護屋大当にて。五月晦日まで四番目。大谷広治山名入道の役
山三をとりこにして。伴左衛門が両眼をくりぬく。伴左衛門日月の籏の徳にて一
眼開き。門破りの荒事大当り也。同秋狂言市村座は〽大角力藤源氏佐々木
の三郎盛綱に坂東彦三郎。おふじに佐野川万菊。かさねに三条勘太郎。与左衛門
中村新五郎。佐々木。おふじ。船に乗。彦三郎藤戸の先陳ものがたり。川のふち
にて新五郎。かさねをころす所かけ合のせりぬ。絹川紅の潮第二ばん目。市村
竹之丞。かさねがおんれり恨の所。鬼女のありさまおそろし。此狂言彦三郎。万菊
竹之丞。三人死霊嫁入小袖のかけ合せりふ。作者津打治兵衛。同九平治。大々
あたり大入也新五郎同忰幼年富十郎。万葉三人。名残の口上車尽のせりぬ。
大ひやうばん。此顔見世より。市村善太夫満蔵出る後年亀蔵。又羽左衛門
と成る。所作事の名人元祖より以来の上手と。世こぞつてこれを誉る。同座
夏狂言には下り市川宗三郎。手塚権蔵にて。水仕合。長サ九尺の鯉をつかひ
大評判なり。中村座は賀傳殿。筑国に平太夫ひろもり大谷廣治鬼つぐ新左衛門
沢村宗十郎。女房妻木に菊之丞。後藤左衛門に団十郎。小栗かね氏に中村七三
けいせい照手に萩野伊三郎なり。同切狂言」貴鷹博土地大住源太に団十郎。
さつま源五兵衛広治。女房おまん菊之丞。笹野三五兵衛宗十郎。女房小ふし。袖崎
三輪野。笹のゆうかんに三甫右衛門。此狂言評判よくして不入なり。霜月市村座へ
瀬川菊治郎下り。中村室顔見勢。和合。本記この名題はわけあつて。団十郎
団蔵。不和にて放所三升に一を引㊃十如此つけしを。此たび和龍して。十八年ぶり
にて。一の宗を取る。両人出合之所の狂言。もとの三升にせし也。団十郎は楠正行団蔵
は。弟正則の役大当り。市川升五郎楠多門丸正とらにて。官軍着到名のりに
よせ。従者もんづくしのつらね大評判。畑六郎左衛門宗十郎。いづれも大当なり。
同十七子年春中村座二初暦府内そが一鬼王団十郎。団三郎団蔵。工藤すけつね
宗十郎。そがの十郎佐渡嶋長五郎。五郎時宗伊三郎。小藤太三甫右衛門。八わた
鳴見五郎四郎。二ばんめ団十郎喧嘩屋五郎右衛門。同女房おせん瀬川菊之丞
大当り。艾売五郎吉市川升五郎。もぐさのせりふ大評判なり。同年秋狂言
中村座大銀公栄農清此名題。元祖団十郎終てより二十九年。団十郎市村座乃
勤めなかりし所。この霜月顔見世相談極り。名残狂言として。団十郎景清にて。
銀杏の木の洞に年久しく住しか。橘の木のもとへ行といふ趣向。円蔵。五郎兵衛と
この両人かけ合の。名しよ
忠光。重忠に宗十郎。人丸姫升五郎。親子の名乗大当り。左
づくし次の見かへしにしるす
づくし次の見かへしにしるす
享保十七子年霜月中村座へ姉川新四郎。榊山小四郎くだる顔見世市ひら座
丘根源蛭小嶋団十郎さなだの与市仕出しにて切落の見物の中より。三升の竹の時に
手拭頬かぶりして。大勢三升さま当りました。と手を打中に。浅黄ぼうしかつぎし
女。図十さん当りましたと側へど寄る。狂言のじやまと。留場のせいするをも
聞かず。花に出す物ありとゆびを切る。是三条勘太郎也。それより狂言に成る。
見物に一ぱいくはす趣向評判よし。弥平兵衛宗清に。坂東彦三郎。
是よりせりふの次
合印へつゞく
かけきよ
市川団十郎
人丸ひめ
市川升五郎
大銀杏栄景清
第二番目
景清人丸親子の対面
中村座
役者名所づくし
弁へさればいな。きのふの暮方に。日に行くれて此隣村じやげまづげまいさんす。本田
谷先のあみだ堂があつて。其お堂に夕部ふせりましたれば。ふしぎな夢を見たく
わいな〽〽そりやどの様な夢を見さつしやれた〽ゆめの心にそのお堂の前に。
大きな橘があつて。其橘の中に。八十ばかりのお年寄が。くわん音さまと碁
ほうつてござりました。ゆめ心にその碁を見物して居たればな。其お年よりが
いしに向ふて。やい孫よ。おれは我がぢいじや。われが祖父の覚栄じやぞよ。我尋る
とゝは。此となり村の銀杏の木の中に。年久しうなる程に。夜が明たらば必らず。
こちへ連てこいよ。ぢいが位牌所じや程に。又いてうの木の本へ戻るとも。一度は
橘の木のもとへ。つれてこいよとおつしやりました。私が申まするには。とゝさまは煩ふ
て御座るによつて。エゝお供は成ますまいと申ましたれば。そんなら此橘をやる
ほどに。とゝにやれ。其病がたちまち直る程に必ずこれを渡せよ。とおつしやると
思ふと夢が覚ました〽南無阿弥陀佛〳〵〽マレ嬉しやとおもふて夜が明て
見たればな。お堂のうしろに橘の木があるによつて。アヽどうぞほしい事じやと思へ
ども。梢は高しせいは届かず。どうしたものであらうと思ふうちに。橘が三ツわしが
袂へぽつたりと這入ました。扨はぢいさまの正教の告じやと思ふて。夫から銀杏
の木のある所はごこじや。又お堂のある所は。なんといふ村じや。と百姓しゆに尋
たればな。此橋のある村は。市村といふ在所又いてうの木の有村は。中村といふ生
所をしへてやらふといふて。その百姓衆にならふて。爰まで参りましたわひな。
田〽さてもかしこひ娘ごじやの。そしてふしぎな夢を見さつしやれたの。なんに。百百
に教られたといふても。其小足で一人は来にくひ道じや。真となり。村とはいへ
ども。中村と市村の村堺には。大きな山があつて。其下に大きな谷があつて。よつ
ほどな難所じやがや井〽あい其大谷のそばにな。坂東の札所がござんした一成
程大谷とならんで。坂東の札所がある。それから川があらうがや井〽アイその川
同十一人一人吉二二一
ばたへ出ました〽其川の名を聞てかね〽アイ其川は。中村へも市村へも流れ
て。もとは一ッの川なれども。二筋にわかれて。川の名は瀬川といふ川じやと聞まして
ござんす。其川ばたにはな。ひつしりと菊の花が咲て。その川をわたつたれば。
野道へ出たわいな。其野は伊勢野といふ野じやげにござんす。それを通り過て
中村の在所へはいりました日〽其入口は沢村といふ村て。又野道が二ヵ所有ふ
がや并〽あい其野は萩野といひ。ま一ツの野は三輪のといふ名所じやげに
ござんす同〽夫から中嶋。佐渡島といふ宿へかゝつて并〽鶴屋。市野屋と
いふはたごやの前を通り過て。山をこえ谷を越田〽あちら村の大谷では
升〽轡むしや鈴虫がおもしろふすだき。こちら村の大谷では日〽木綿ばたけに
綿ざねが。はなを垂らしてゐたであらう武畠をくゞり田道にそぼ濡れ
且〽坂田を登り小坂をくだり
逢ふ為一〽その志がとほつて夕部の夢があふたらば〽夫こそ三条勘たん
の枕。〽まくらにしらむ東路や。東西の往来。東西の道すぢまで〽稚
ごゝろにたどり来て。〽なにと鳴見の旅の空逢たいはとゝつ
たひは娘チ〽とおつしやりまするは〽〽そなたのとゝじやといひたけれども
慥におれがむすめじやといふね〽しやうこをお目に懸ませうか。これこの
守ほぞんの観音さま。まだおぢさまの書置〽扨はうたがふ所もない
人丸姫か并〽景清さま〽むすめ□〽とゝさま一我子かと名乗合
たも。大悲の誓ひ。具一切功徳升へ慈眼視衆生医
むすめ并〽とゝさまニア〽南無大慈大悲の観世音菩薩〳〵。
かけ合の前
▼印のつゞき
三浦の大助大谷広治。宗清。大助に対面して。連判状を読上る所へ右の
腕へしゆりけんすつぱと立を騒がず。廻文を読をはり。大助と詰合の所下より両人
を差上。真田にて団十郎出。さいぜんの女は定は頼朝也と見あらはし。味方と成る
源氏の白籏を渡す所大当り。川津が後家に瀬川菊次郎。鎮西八郎に半五郎
なり。森田座は猿勢権爺慶政市川団蔵権五郎の役。安倍の宗任三甫右衛門。
鳥の海に龍左衛門。貞任女房に袖崎和歌浦也。中村座は大和言葉今中秋し
源の成朝沢村宗十郎。いたなべ民部に姉川新四郎。今川仲秋。榊山小四郎
かぢ田武者之助に市川宗三郎。頼兼に荻野伊三郎。ふとの吉左衛門鶴屋南北
なりともの御台。と上浦御前瀬川草之丞なり享保十八丑年春市むら座
栄力身曽我五郎十郎二役団十郎。禿さわらび忰升五郎。白酒うり本名祐成
せりふ
団十郎。両人かけ合せりふ大評利大当り。江戸中男女子供まで是を真似る出音
同年中村座「妻恋隅田川」不入にして跡狂言出入の湊」黒舩の忠右衛門に姉川
新四郎。獄門の庄兵衛市川宗三郎。はんじ物の喜兵衛沢村宗十郎。大ひやうばん也。
しやうほねたいきた
同霜月嵐三右衛門下る。市村座顔見世正本太平記篠塚いがの守団十郎早く
三
そがの十町祐成
市川団十郎
中村座
榮分身曽我
第二番目
両人
ぢぐちかけ合
せりふ
禿さわらび
市川升五郎
地口かけ合せりふ
市川団十郎
市川升五郎
〽先いつさりと初口合。何がなよいくちひたゝれを。ちやくし。如来の御縁日。まゐる薬師
は寅やくし。其大磯の買がゝり〽さめ買がゝりでいふて見や。〽かゝり出たる者は一
八まん大名の子なれども。白酒うりこそぜひなけれ。ぜひない里のかうもりに。山椒
太夫の説経にも。まんぢう喰たやほや〳〵の。其出来たてを待乳山。金龍丸は
大好庵へ錦袋糸は池のはた一すつぽん一の丸薬也一の丸薬屋ん薬屋のすぐりは
能書をさへずり。医者のほとりのいらんべは習はぬ灸をすへるとかや。ちりけすじ
かひ神田橋。かんだからとぞわらやのとこには。かの蝉丸の目薬。歯磨入香さん
鞠の小六があり〳〵〳〵。ありしてけんさん。ばいらうとらやあ。虎屋がげどくてつきう
かな杉ばし。芝橋きつてかくれござらぬ。花のつゆの喜左衛門。きざへもたばこが
十もん目で八文。かすがせんしやうらし。大じんの三じやのしやくせんがつてんか〽おゝ
ぼうだらは。かんぜんのりかんたりといへども。必ず安物の銭うしなひ。塩引は一たんの
猫にひかれ。すといへども。ちいには鼠の穴にをさまる。鼠ひきぶる哥に。くらきより蔵
の穴にぞ入ぬべし〽はるかにてらせ。ともしびの。あかりをもつてとつくりと。鼠の穴を
姿ふさぎや〽あいつが穴を塗塞ひだら。てつきり仇をしさうな物じや一何のいの。
とて凡夫左官に譬たゝりなし。上ぬり中ぬりしつくゐ壁〽裏かべ也けり高松の〳〵
蟻上りとぞなりにける。それは八嶋のかなめ石。ゆるぐともよもやぬけぢの門跡参り。
とうとやおまむきよ入道〽たうとうがけんは仏の光り。女郎の光りはあげやの二階
二かいたわけの馴染座敷て。身ごしらへするかゞみ餅。もちにもいちどちよと逢ましよ
とゆふ天の明後日。ついたて廿八日は。不動さまへのりうがんにく。にくをくやらばさらさはち。
摺鉢すりこぎれんぎしやつきやり感無常。めつたやくわんにめしがましるなかへこくしかう
ほつぼ大しん。ほうろ〳〵国土せつかいじやうぶつ。なむおみたうふと脱れたり〽イヤしや度つ
たりやじやげつたり。しやべり馬を乗かけた。かけぞん〳〵。乗かけぞん馬が一枚三一枚三一枚
さんましろのくわう神の。おまへを見ればふりくしら。まづしほがつほは門にかどまつ
物まうます田のどれいかう。お年玉には扇あふぎ扇八景としばつけ。暦に小矢
を取そえて。かの兄弟の引出しには。笄こまくらふん〳〵と。お内義のかばやき。油くさい
かづつうにのぼつて。さりとはまぐろのちあひがわるひ。ひづもしつほも取てすて。
はらもやぎよいのかはるべし。只このわたにおいとまとゆふづけの菜がない。さいない
さいないあくじさいない。ひとつにからけて。おやくおとしやくはらひ。浦嶋太郎が八千三
ざい。とんぼうさすが九千ざい
か〽おいの〽まぶのたゞのみが哥に□〽はり合のつれなくみへしわかれ酒盃ばかり
うき物はなし□〽さる松太夫おくざしきにとり落たるたばこ入一ぷく呑ふか是は
したり粉になつた。さりとはたばこがはしやぎ横笛。ゆさんの宮の立姿ろくり
片手にぶらさげしき。酒はもろ白もろともに。あはれと思へ山ぶしたち。かんば
しやらば心しやなま木はそんだばさらんだばていらざるせわの亭主のすきに
あかいわし。足がら柊鬼が一足うるうぬがでに。それ打豆や〳〵。一ツ升いくらだ。廿七文
廿八文。廿九文をなじ秋の夕ぐれ。まきたつまきわる炭俵。すみ俵の二本折炭
がまつくるが小野の里一小野小町にせう〳〵の。夜の雨にも大雪にもふたりが中
のこたつのひよく。いで。其時の裏茶屋は〽かゝに梅酒。へつつついに携あめ。ほうづき
てうちんかついだ。あはせて三がのせうゆ橋。あんどんに取そへなむ三ぼう〽なんとした
〽かまがわれた〽どふしてや〽何もかも一ツにもつたによつて。あんどんにとりそえ
釜割て候。〽われたら大事くにしやるな。われたる木にも花咲ぢゝいが。ちらん
ぱい〳〵ごようの松を手にもつて〽ゆず味噌を口にくつつけ〽それを肴に一ッぱいはい
さそうか〽さうも白酒〽一ツつがうそ。〽おとゝ〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵。〽おとゝ〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〽一ツげた所が二双六ひろげた所が二手
四方のしきぶそまの弁才天。ひるこの神はふだんしやうぢう。鯛の横だき。さりとは。
げびす三郎殿。大こく殿のづきんをこれば。あたまへばらりとふき出の小槌ふき目
在。ふさのとう。ふきのとの己待。おまち立待八郎兵衛〽きの元子庚申廿三夜の
三人。一座は。らうそく立て本地は燭台せいしぼさつ。おもり物にはみかんの太夫あついま
むく九年ほ橘ゆずきんかん。たい〳〵ところほだはらういろう〽唐人に詩鐘。りうづを
くわへて七まとひ。かね巻の助六。看店にはかんてら門兵衛。おんべいふりあげむしやうれい
ほう新町がし。罷生門がし。いばらき女郎がかいなをなげぶし。さりとは網やどう欲や。
すて各一ッおこしをらぬといふ所へ〽これ太夫さんから毎が来た〽どれひと筆みい
よ。いつなんのそなたにあひたではなし。あきもあかれもせぬ中脊中。卯はら辰もゝ
寅せう〳〵〽大磯小いそ。患ぞつもりてふちと也ける。そのつくばねのみねよくも
おつるはごの子を。羽子板もつて〽ひつと〽ふツたへみい〽よンに〽いつもかはらぬぶ
てうほう。げた〳〵〳〵〳〵〽下駄もぼくりも地口あしだ一ツにからげて〽すげかさからかさからかさ
〽かつぱ。六十四のびにしのんだ一白酒売めがねばりまはつた長口上へでも弁舌は
太郎冠者〽ことばに花を〽さかやきを〽そつてくりやう二三分は慥にはらひ清水
の〽〽てばな花香のちやづりかけ〽それは祇園のけづりかけ〽はいでん〽いなづま
〽すまふの手〽かつてかぶとのおゝしめの〽しめの判官もりぐちの〽大こんかぶろを
相手にして〽してにもいきにもつれ舞にも〽他人まぜずの親子の地くち千秋
〽万歳〽宝の市村〽ほたんのはなぶさ〽ふんじんそがの〽大はんじやうは一百万
年の口合と両人〽ほゝうやまつてまうす。
ちうげんあくはちほんみやうくりう
せりふのまへ
●印のつゞき
中間悪八本名栗生左衛門広浪。畑六良左衛門坂東彦三郎。新田義貞
竹之丞。せんじゆのまへに兼次郎。雪ぜめの所評判よし。二役団十郎楠正成に成しぼし
大紋の形升九郎正行にて。湊川のやつし大評判一ばんめしばらくの出は善太夫満蔵
を猿に仕立。上下にて意馬心猿のせりふにて。かんげんの所大当り。この顔見せ
三右衛門病気にて出ず。中村座は柳葉旭源氏「宗十郎頼朝の役二ばんめ北條
の館へ女となりて入こみ。乳の吟味の時茶わんを乳房にして。さま〴〵のおかしみ。川津
が徒家に勘太郎。かぢ原が女房衣笠に菊之丞。三人名香の薫に鳩の鷹を一
蹴おとしたるを見て。源氏のおこるべき瑞相と。形は女ながら頼朝のこゝろもち。
大評判。かぢ原に新四郎。又野に宗三郎。そがの太郎中村吉兵衛。これは道外
方にて其ころの評判記に。上上吉仇名を二朱判といふ。此顔見世より中村産
若太夫勝十郎子役初舞台長尾がむすめ早咲にて神事の所作をつとむる
後年伝九郎と改又八代目勘三郎となる。森田座は《絵屏風酒右裏門に
団蔵役者無人にて不入なり「享保十九寅年春中村座は十八公今撰ぞが」宗十郎
九郎助狐の女郎買。市川宗三鳥眼の工藤姉川新四郎。菊之丞。生膽の狂言
に宗十郎東の次郎にてつゞみにあはせ。海士のうたひ。此所の愁歎何も古今
稀なる大当り。今の世までいひ伝ふ。一ばん目三立目の対面宗三郎工藤。大谷
龍左衛門梶原。中村吉兵衛朝比奈。三条勘太郎十郎。伊三郎五郎。宗十郎と
京の次郎にて。小袖もやうのせりふ大評判。見かへしにしるす。第三ばんめ夕霞
浅間嶽都秀太夫千中。ワキ都金太夫三中。右浄なりにて。草之丞。宗十郎として
第壱番目
中村座
十郎すけ成
三条勘太郎
小袖
もやうの
せりふ
松谷様曽我
京の二郎
沢村宗十郎
五郎時宗
萩野伊三郎
小袖もやうのせりふク
〽すいさんながら兄弟が。ゑぼし素袍のけん上は。祐経どのをいわゐ歴斗。顔あつての
合
三条勘太郎市川宗三郎
荻野伊三郎大谷龍左衛門
沢村宗十郎中村吉兵衛
そこ心ごゝろで清き京の水。かみ。中京の染もやう。加茂の御手洗是こそは。東深
京紅京がのこ。京の小次郎祐重が。献上のゑぼし素袍。古実を御詮義なさるゝは。
梶原源太かげすへ殿初ての参会にいかふぶころな御挨拶じやなあ〽ひゑん鷹
をそねみ。狐虎のゐをかり。桑の雫にはびこるいちご。後楯が慥なと思つて。身の程
しらぬ挨拶時宗何と聞つたが〽さればさ。傍若無人とはせいの恒公に答へし不礼
のことば今一度ぶあいさつめさるゝと。腮へ両手をかけて。面の皮を引はくぞ〽これさ
夫に構はずとも。装束の古実を申あげやいの。身ふせうながら京の次郎すけ重。
幼少より京都に育。堂上にたち入。其有増は覚へまして御座りまする。柳ゑぼし
の始りは。人皇に至て。冠をわかつ。或は紫濃紅綿綾の織もの。是に縫ものして
かざり用ゆ時に天武天皇十一年に当つて。夏六月。初て漆堅の冠となし。笏をもつて
おゝい官位高下を定折ゑぼし。立烏帽子。あるひは小結侍ゑぼし。是より添ぬりを
用願也。〽まつた本朝士しよじんの官なきものは。浄衣に立ゑぼしを用ゆ。折ゑぼしに
素袍は出行の服也とぞ。むかしは浄衣の下に赤き下がさねを着せり。それより後
へいかくおこつて。装束みな勘弁に及べり一近代に至つて。専せいやくを好み。素袍
の袖を取て片衣と名吉。長上下麻袴と石をわかつ事。是廃人式をたつとふ所
なり〽ときに我らが商売は。しばらく京都の小袖うり。下卑た事には染やすき
すほうの模様。其外に大名がたのきそ初め。取わきて此春は。祐経どのにあふぎや
染とつくとお顔をあいみるちや。いろよい詞もなきうちに。辰巳の方のすみるちや
から。梶原殿の御あいさつ。おかしなもようを結がのこ。綸子ゆへすべる舌の先ざり
とはどんすなお方じやなアア〳〳〽なんと云〽なんとは晒の名物にて。ざつと浅黄に
何事も。あらそふ物は中形からすましきつたる顔の色。近頃こび薬なめいさつと
顔つく〴〵と〽のけ。〽なんと〽まて〽いざ下はかまのうしろみと。裾かいつかんで
〽御肴じやぞ〽サアとくと着せいやい〽前よりあつる下ばかま山形なしにしつ
かりと。武士とぶしとの下深は。冨士と三保とを染分て裾野は時宗承り。上は
祐成じんじやうに是もなをしのくずれ山折目りつぱに腰を当級は両手にしつ
かりと〽すほうは紺の火もやう。さやけき月は是ぞ此工藤左衛門祐経と〽みがゝ
れ出るその原や。子を思ふ道は誰とても〽おなじ思ひは鴬の。蚕のうちの郭公
いつか〳〵と待宵に。ふるは涙かなみだの曲の〽さしくる傘の下ならば。ともに天を
いたゞかじと。心をつくすも孝の道。〽たとへ討とも討るゝとも。勝負は時宗一運は
天よりたすくる祐成かさねて見参〽たい面のしるし〽討れふといふ證拠
に。こりや此羽織をくれたぞ〽此はをりのもやうは。〽桔梗苅萱われもかう。
一八重山吹に薄紫の染模様〽ひしがきしたるあい〳〵に。秋野の末のはぎ
薄。是こそは父祐安の。最期までめされたる一狩衣の草つくし。これのふ時宗
〽どれ。誠にあまたの虫つくし。紀念に見よと工藤どの一くだし置るゝ。心底はな〽川津が
回向いそれぬせうこ。今日そち達が小袖売志をかんじて。雛形の手本にくれたは
やいへかゝるもやうを見るからは。いよ〳〵けふを限りぞと〽せんじ詰たるすわう木の
いへどうぎり
ふしかね染の玉しいは。心の刃おしの釼羽。見事に染たるこしかうじも一胴切にして
くれんずと〽はやるをおさゆる。かたから袖〽二ッ連たる雁の一泊りをいそぐもやう
もあり。〽たゞ無二む。三に染ると思へと。埒の明ぬが紺屋のあさつて。らうぜき者
じやと。湯瓶になかゝめの。熱を染たるもやうを能見て。此ばをしづまれ。こうしつ楠
様の心もいかゞと。かてんがいたる。〽しからば是が又重ねてのせうこの小袖かへなんと
〽敵ながらも。〽仁あり義あり〽かたちといひ。詞といひ。あつぱれ見事な大みやう
模様。柳桜に松楓梅に鶯紅葉に鹿〽竹に雀や花に蝶。ませの八重茶等
かづら一桐に鳳凰。獅子にぼたん。扇流し砂ながし。〽小もんから草ちらし紋紫
がのこにみる人の〽そでをしぼりの鳴見潟立浪女浪岩に鷺。かたき心のわれても
未に〽あふとはすれどあや杉の。げに初春の空色までも。〽青き月代元服したるは
それがし一人〽河津の三郎祐安がいすれがたみ。十郎祐成伊成伊宗。今日の見
忝きぬ張山の絹配〽千鶴万亀。さつ〳〵の声松が枝に。ひゞきわたりて二千秋
万歳〽万々歳とたゞ三人お目出たふ存たてまつります留。
●せりふ前の
両人勤る。おなじく風流相生獅子。石橋の所作菊之丞初てつとむる寔に
印につゞけよむ
古今無双の大当り。抑この風流石橋は。芸道の達人何某。菊之丞へ相伝有しを
其上へ自分の工夫をもつて。振を附しゆゑ。妙々奇々の手あり。今に伝へて家の芸
と称すべし。同春市村盛(姿視隅田川嵐三右衛門病気全快して。畳さしの狂言
是は得手と聞えしなれど。いかゞにや不当なり。二ばんめ五人男団十郎。広治。彦三町
半五郎。竹之丞。役者揃なりしが評判うすく。五月より八棟菖源氏源三位頼政
竹之丞。猪のはや太図十郎。秋より。根元今川状
升五郎。両人勇士揃かけ合軍談。ひやう刻よく。大入大繁昌也。同年霜月坂東彦三郎
嵐三右衛門。姉川新四郎登る。中村新五郎。中村座へ下る。中村座都見勢「京鹿子堂中慧
鎌足に宗十郎。金毘羅杉右衛門。実は万戸将軍。中村新五郎。両人つめ合大でき。
入麿の大臣に三甫右衛門。けいせい若業が似せめくらを振さんと。火鉢の中へおと
さんとする所へ山上源内にて伊三郎。角かづら。額を打やぶり出。あら事大あたり。
たんかいに七三郎也。市村座は陸奥巨勢源氏二ぱん目宇治の橋姫の鬼女竹之丞。
渡辺の綱団十郎。此所夢にて両人間答大評判。清原の武衡宗三郎。加茂の
次郎冨五郎せつ。ふくせんとする所へ。しばらくと声かけ。鎌倉の権五郎にて。市川
国蔵大あたり。兼之丞は国妙女房松嶋也。義家に竹之丞。松嶋庄五郎。さる田
長四郎。両人かけ合の長唄にて椀久の所作の所へ。茶こと悲羽織大小片身は女
の身ぶり。男女の仕分。竹之丞と井筒の連所作あり。次に宗任広治と。章指
引のやつし。宗任女房。きさかたに菊治郎。二ばん目。団十郎平太夫国妙にて。上下
百日かづら。さばき役大評利大当り也。享保二十卯年春市村座「春市村庵政そがし霜王九
時宗に。市川升五郎。虚無僧の出。浄溜理。尺八初音の宝舩。江戸太夫藤十郎。この
狂言は先年。団十郎つとめし芸也。則笛十郎鬼王にて。切落見物の中より。中の間
のあゆみに立て。うたひづくしの誉ことば大評判是三升目作にて。江戸中いひはやす。
此ほめことばは
見かへしにあり
大入大あたりなりしが。四月中月中旬より。病気にて。漸十月の比快して。団十郎の名は一
忰升五郎へ譲り。我は親の稚名海老蔵に更。誹名三升も。栢莚と改る。五代目白猿
いわく。祖父病気全状を。近江国多賀大明神へ祈。其験有けるゆゑ。ぢいの童名を
つぎ。木性の生なれば。栢と筵との文字をわけ。木百廿延と夢に見しより付しとかや。
中村屋陸川連理玉播」金村屋おさんに姉川千代三畳や伊八に新五郎。宗十郎おさん
が親にて。しりたんの所豊後ぶしにて珍らしく。大入大当なり。今年木挽町
朱印せりふの
つぎへつゞく也
四
振分髪初買曽我
第二番目
謡
づくし
ほめ
言葉
市村産
鬼王新左衛門
市川団十郎
ほめ言葉謡つくし
市川団十郎作
しばらく〳〵。しばから神田。四谷赤坂麹町。本所深川佃じま。白魚ぶねの網の目
も。実十目の見る所。十指のゆびさす大評判四方八方十方世かい。浄土も法華も
交こぜに。袖をつらねて見物の。じやうらくがじやうの春風か。明の方からふきや町
此門前に市村の。初狂言のまつ。ふくらへ。イヨお出やつた市川の。しんぞおやぢに
升五郎さま。ちくとんばかりやつがれが。舌のまはらぬ誉ことば。今朝から口がむず〳〵
と。かゆひ所へ手の届。こんどの役割なかんづく。親ゆづりそのこも僧笠朝から出端を
松囃子。てんこの皷富士だいこ。笛は吹初尺八の。竹はもとより。竹生嶋べんずるべづる
べさい天てんとびやくらいイヨやんや。おらが〳〵と同音に。ひいきの声は高砂や此狂言
に名をあげて。月もろともに出しほの。浪の淡路の嶋わうごん金箱迄はいかずとも。
先浅箱の請合は慥にこつちに在原や。むかし男の杜善。似たりや似たりさる人に
似たも理り花あやめ。菖蒲に頼政現在鶴。えたりやおうと矢叫の。当るところが
きふ狂言。うらゝか長屋のぢい楼も。腰にあづさの弓八幡阿漕に白髭喰そらして。
さめばゝおじやれと手をひいて。三番叟から孫に娘に。いとこにはとこに姪ごにおぢご
にはくれな。焼捨山。檜垣の老女も江口の君も。手ほそあげ。綿かく帯きつしり一か
ぱい切落の札は百万万売きつた。舞台へやろふぶたいへあげうと西の桟敷に西王母
東のさしきに東方朝楽屋のうら嶋ゑい藤栄おし合過し合たばこの火なはで
天の羽衣つつこがすな。割込ごめん。まちつとそつちへ軒燭の梅枝がさはらふ弁たり
くだくな小りん松風さたう望月花よりだん。ふう。夫がかんじん戯陽宮がならず喧嘩
ゑんふより。是にふしやうとつくりと。井筒吸づゝ二升橋。三人狸令七人。皆足え
はようろ養老弱法師よろけながらも札買て。明六ツまへからくるま傍画で引こむ
一の富。あたつた〳〵愛宕白山世界のはな。大会の觜くち〴〵におやぢは老松陰辰が
まし。そんなら退付元服曽我。衣装はゆづりのしよげい三升の小袖そが。定家かつら
は角かつら。あら事頂羽実事張良。さてぬれ事は女郎花。夕類浮舟玉かづら
源氏くやうの品定さだめて我等が長口上さぞ狂言のじやま焼と。思しめしをも
かへりみず。しや過る間を割ひざで。聞てこさるはさりとては。誠に四角な箱王さま
そこが親の子さすが竜神がゝをれましたぞ竹の雪。竹のあやねのかす〳〵に。れんぼ
すがゝき獅子石橋。文珠の耳きゝ大ぜいの何れもさまのまん中にて。下賤下摺か
誉ことでもふよい加減に和布刈をきかせてやめまんしよ。長いは恐れて盛久が。しまい
くるまの一かなて。阿漕な所は幾重にも。御免なされて呉羽の明神。三輪加茂雷電
蟻通耶鄲くだいた番組ぞろへ田村玉の井柏崎こゝらておきに誓願寺。難波の
芦苅伊勢の浜荻八嶋の外。唐船琉球白楽天てんとすみから隅田川。行徳船橋
船弁けい。橋弁慶のはし〳〵まで。いき渡つたる御評判六十万人決定当り三提行折の
若塚。西行桜のまつ盛。柳桜をこき交て。芝居ぞ春の深木を門に龍田の磐狩
これもし心も騒ぎ給ふ子慥な評判七月までは此狂言が融の大臣と。舎利になつても
我等が請合。本賊みがきのはん箱入の。箔の付たるこんとも僧とこゝ。熊野まつてまふす。
せりふの前の
雷印のつゞき
○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○河原崎権原
漁船騒敷人間川しはま成に仙国彦助竹城に鶴屋南北こだの川勝に江戸七太夫
久米の平内に坂田半五郎三浦の高尾細崎三輪野同大淀に山下亀太郎女寺屋
の大臣早川新勝平内女房いほ崎河原奇権之助なり。同七月より国家太平記し
大森彦七に鎌倉長九郎あしかゞ直義仙国彦助。和田次郎に江戸七太夫。恵んや
判官に中村四郎治御台雲井ごぜんに三輪野楠正儀河原崎権之助也同跡任言。
市川門之助七回忌人進善兵衛
評則よし。霜月市川花蔵荻野伊三郎。河原崎庇へ行この霜月市村聞にて。松本
七蔵。松本幸四郎と改宝悪と成。今年霜月形見世酒原画歴歴記方仏書記」亦蔵一
伊藤九郎祐清。いとう入道に市川団四郎。鎌田が役家すへ広に。川原崎権之助みな
島に袖寄三輪野。真田の与市に荻野伊三郎。伊藤入道。千鶴丸を富の札に落し
命をとらんと。沢瀉姫のなんぎの場へしばらくと声かけ出て江戸町つくしのせりふ。
海老蔵もどきと評判大入大当り也中村座は駿造篠田妻安部の保威宗十郎。源
の頼親勘太郎。平井の保昌七三郎はかまだれ三甫右衛門賊の女手かしに姉川
千代三にて狐つり宗十郎。しの田の道行の所作。大でき大ひやうばん市むら座は。
(滅源七小町)升五郎改市川今団十郎。青龍丸荒虎しばからくの出。大文字和漢の長
せりふ。親父に其まゝとの評判。つり殿の后に松本幸四郎。なり平に竹み丞。紀の
名とら宗三郎。小野小町菊之丞。官女伊勢に菊次郎。大江の岩戸左衛門廣治
何れも大当り。海老蔵改名ゆゑ病後羽織を忘て。広治と引合に。御見物様方
久しふてお目見え仕りましたと。病中の咄口上半へ。家根の上に忍びの者あるを。
しゆりけんを打。とつて押へ何ものと詮義すれば。いかるがやうらの介と名乗大勢にて
とり巻を。病後ゆゑ力がない。せつない時は親の為じや。忰ごいつらを片づけひと。今
団十郎に荒事をゆづるところ。見物のひやうばんばかりにて。中村座火入なり。
此顔見世より沢村宗十郎。纏上上吉と評判記にあり。そのころ日の出といふ
「享保二十一辰年」春中村屋桂君親島長」宗十郎そがの十郎にて桜の枝へ銚子を釣
林かんに酒をあたゝむると桜を折て焚。その煙の中より姉川千代三。大磯のとら
にてあらはれ出。浅間が嶽のもやう浄なり。家揃傾城姿といふ名代太夫都千仲
相勤め。所作事評判よし。同宗十郎梅の由兵衛の男達。鷺と鳥を経し。紺
繻子白じゆすの。片身替りの衣装紫のしころ浜巾へ説をおろし。鳴見九郎四郎四良
宮川八郎左衛門を相手に男立。今を始めの猿衣。よいやまかしよ。と尻をかたげ。
頭巾をとれば。前下りの奴ゆゑ。初日見物どつとほむる声。芝居も崩るゝばかりとは。
かや。此狂言結に宗十郎。江戸太夫双笠。江戸半十郎津なりにて。明高くだつの枕
相勤誠に大入大々あたりとかや。此せつの頭巾のかたち。今に宗十郎の名を残す
同辰皇市村屋春狂言。海老蔵病気に付出勤なきゆゑにや。不入也しが。四月朔日
より帆柱太平記市川海老蔵二役はじめの出は。吉田の兼好。入道して兼好法師と
成。毎日新作の狂歌を舞台にて披口す。同元祖図十郎卅三回忌の追答の波
露。門誉入室覚栄信士。と回向諸見物大評判。次に篠塚五郎の荒事。相慎
入道新左衛門を踏のめし。長崎かげゆ左衛門宗三との。草務引のたて。大評判大当り
にて。中村座の入を引かへせしと。役者后おろしに見えたり。五月七日改元元元文元丙辰年
狂言一東海道潭海老蔵後藤左衛門の役小栗判官に竹之丞。池の庄司にて
竜づくしのせりふ
一二ばん目やつし海老蔵虫うり。
団十郎角かづらの荒事大評判也。
虫くさ花の次へ出す
竹之丞草花売にて。かけ合のせりふ大入大当なり
此ぜりふも
次にしるす
九月九日より。海老蔵
木挽町河原崎座へゆく名残狂言四人不動目黒の不動に海老籠目赤
の不動に広治。目白の不動に図十郎。目青の不動に竹之丞何れも大評判なり。
四
市村窪
東海道湯汲平
第二番目
両人かけ合
虫草花
づくし
せりふ
くさ花売喜六
市村竹の丞
むしうり伝兵衛
市川団十郎
虫草花つくしかけ合せりぬ
市村竹之丞
市川海老蔵
〽中むかしの事かとよ。藤原の大しよくわんかまぎりとて。家につたはる斧をもつく。
龍車を恐れぬ高家あり。されども御子のなき事を。南無也志渡寺の観音
さつたに。御きせいあれば。忽ちに姫虫ひと方御誕生いづかたよりも美麗の面を
そむかずとて。面向不肖の玉虫姫とぞ名付らる〽その比光源氏の末葉源の
渡が孫。みなもとの蛍とて。ひなんの誉れよにひかる。すき人の有けるが。玉土姫
を恋いたりに。声をもたてぬ忍び涙ほたる〳〵と膝のうへ。おもひに身をこそ
こがしける。〽爰にあらかねの土蜘とて。すをひつかくる天のあみ。殺生好のあふれ
もの。かの姫君を恋風に己が家居も吹やぶり。女郎蛛を案内にて。密に這よる
姫の国。千草の殿に入ければ。かまぎり公は驚きて。ひつつまんで広庭へ。おとゝひ
こいとほふられて。土城むねん止がたく。恋の敵は蛍火の火ぶくれにふくれつゝ。すでに
蛍と土蛛のけんくわかうろぎとぞ也にけれ〽腐草化して蛍と成。もとよりほたるは
草のせい。此よしを栄枯模いでや蛍の味方せんと。築山の梺なる。泉水寺に集て。一
泊がね艸を撞ならせば。牡丹芍薬萩すゝき道心けんごの苅萱まで。いまだ残暑の
草いされいさり切てぞなびき寄る。時に住職鉄仙ほうし。のふぜんとして出むかひ。
につくしにくしと思ひつる。蜘の振舞かねしゆもく。木火土金水の。五ぎやうおきやうの
はこべらしや佛のざまで蜘の巣を。ひつぱりだこのなりぞこなひ。すねに似合ぬ腹
袋姿を見ればかきつばた。土中に埋めてせうじんの。土城にしてくれんとて。粟ぼう稗
ぼうはすぼくとう。どう〳〵と突ならせば。寺中のぎぼうし芥子ぼうす。引連われも。
われもかう。かうほねみぢんに踏つぶさんと。たがいけしかけ胡麻からし。辛きめ見せん
とたんぽゝの。責つゞみ打ならせば。門前のをみなへし。兵粮のその為に。粟めしをぞ一
持来たる。弱まはすみれへ押こまれ。つよきは関羽が髭人参麿もろこしはいざしらず。
日本一のきび団子。たんこう評定てんじやうまもり。じひにんにくも打わすれ。にゝこと
詰てぞいたりける一土塚此よし聞よりも。先けら〳〵と打笑ひ。いらざる草花の腕立
を。落花みぢんにおつべしをり。きり〴〵すの敷ふとん。賤が蚊遣りの夕煙無理が通るぞし
蟹の横ばい。蟹が坂。馬ばい牛ばひ犬の塊。五十二類や五十三次。道中のめしばん。
おうようににくまれて。そうよう〳〵われ汝が。せいてもやつかんでも。いつか文寺の夢焼
は。毒薬変じて惚薬毛虫も蝶と変ずれば。ぼうふり虫が蚊になるも。天地のなんべ
くわが玉直姫ゆびでもさしたらこつちから。蜂に百足に蟻にぶと。藪蚊に出たら。けが
をしやり。命に恙のないやうに。くもの菴で念仏まうせ。わるくそよ〴〵と周討に。にしやア
ごつちとうろたへさせ。頭痛や目まい。まひ〳〵つむり。角だせ法だせぼうし鉢巻すでに
かうよと見へにける”〽ぼう風さつと吹ぶりの。雨げんけんがとぼそを酒し。草がんしん
がちまたへと。うち靡てぞさつとひく〽又しつ〳〵たる虫の声は。おうようしか鼠喰へ。
穴ば入して陣をひく。〽そつちの陣には諸かつりやう一そつちは芝居ふきや町。市村
竹の直なる御代[〽市川ゑびの目出たいためし〽ときしも千秋〽ばんぜいの
両人〽千はこの玉むしものがたりと。ホゝうやまつてまうす。
東海道湯汲田
さやうにもの
壱番目
市村産
池の庄司時門
市川へ団十郎
三
翻
づくし
せりぬ
○龍王揃竜つくしのせりふ
三代目
市川団十郎
一夫易の乾の卦に曰。水は涸るに流れ火は乾けるにつく。虎嘯けば風騒ぎ。龍吟
ずれは雲おこる。コリヤやい。此前髪を出来合の土人形だと思つたち。大きに中が
違ふべい。泰も。常陸下総のたんだい。小栗の判官兼氏が郎等。池の庄司時門
けふ白艶へ御代参。あら馬に鞭打ていそぐ所に。あやしやなァ。馬上の若衆を大一
家根まで。引あげたのは。おれにほの字か。惚たらござれなびくべい。返答なしも巻
揚ると。枯木の角を引こね〳〵ぞ。お蛇方。アゝ用もない。サア此ぶんでおろせばよし。就
でもきかぬ心なら。両方たがひに上り龍。ゑいたつだぞ。おれ次第にして。うなり
やめ。なり止んだら。下り龍をしやぶらせざい。それでも龍けんめされねば。龍宮
浄土へはだし馬。みぞろが池の見付から。新宮のだい門をおつぴらかせて。竜王の
御前へ此だん申上が。呼つけられたらお笑止や。龍ともすうとも音は出まい
さて龍王は八龍王。なんだ龍王ばつなんだ竜王。しやかつら龍王。わしゆきつ
龍王。とくしやか竜王。あなばだつた龍王。まなし龍王。うはつら新王。扨巻軸
は竹たへ着。じやうがこはいと何所までも。引ずり次第の行あたり。くたばりしなの
念仏に。貴賤上下をし並て。堪恩なさろ時門が。けふあくたいのつき始御返事
次第で踏ころする。サアへんたうはなゝなゝなんとだやい。
同秋中村座は八月廿三日より増補天神記」宗十郎菅丞相の役享保九辰年より。
十三年居形の芝居より。葺屋町へ行名残。九月節旬より嶋渡りの狂言。中村
の里より。市村の里へわたる趣向。白太夫娘に若太夫中村勝十郎に名残を惜み。
市村の里へ我ゆかば。跡〳〵心えなしといひしを。見物へ対し過言也とのひやうばんにて。
天神の絵千幅富にて出すといへども。作者の思ひ違にや。さまでの評判なし。
同同小屋新之助
歌舞妓年記巻之二畢
撰作淡海楼馬馬
松高斎春亭
画工
浄書
石原駒知道
文化八辛未年孟春発兌
河内屋太助
書林
大坂
八文字屋八左衛門
鶴屋喜右衛門梓
江戸
浜町元矢の倉
黒田
狩山
花江都
吹舞妓
年代部
二篇
二へん
奇
元禄十年
寅五月五日
兵根元曽我
中村庄
花江都
年代記巻之三
歌舞妓
松橋夫
元文元年丙辰ヨリ
至延享四年丁卯に
十二年ヶ間
一断断所所同
入花中屋新之助を
享保廿一五月七日改「元文元辰年」顔見世中村庵」国雷数生石三浦
み助に広治。海上にて八剱王子に船を打くだかれ。浦嶋がたすけし。亀の
背に云ふりせり出し。浄留りさつま平太夫也。八剱王子三甫右衛門院
元禄十一年
源平雷傳記
をころさんとする所へ。上総之助にて荻野伊三郎。市川流のしばらく。次に
金時
寅九月九日
同座
狐の所作大でき。近年何によらず伊三郎。できぬといふことなし。同下り亀谷
山中
平九郎
十次郎。平のさだ盛の役。目見へ口上道中五十三次のつらねを述る。三浦が
女房松風栄兵丞にて。小皷を打ながら力をぬき。忠もりに切かける。次郎
太こをうちほがら立大評判市村屋伊豆源氏蓬莱楼」木村文蔵に
宗十郎。かぢ原源太宗三郎。頼朝に三條勘太郎。辰ひめに姉川千代三
義経に津打門三。ゑぼし折大太竹之丞也。河原崎庵順風太平記し
霜月
朔日ゟ
吉野静碁器信
海老蔵志の塚伊賀守にて。暫のせもに有り。師のふ団四郎がかくし置たる。
同座
日月のはたを取返し。備後の三郎権之介へ渡す。二級畑六郎左衛門女生
よしの□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
左衛門に団蔵。長崎治郎に松本幸四郎。三人つめ合の所大評判義貞に
九ぞう
七三丹前。勾当門侍袖崎菊太両人所作。村上彦四郎に今団十郎。
内侍のしうじやくの白蛇をしめ殺す所。親ぢに其侭大当り也。
のぶ
十郎
元禄十二年
信田和合玉
卯三月三日ゟ
九蔵
第くわり第十弥
伝曰。二代目大谷広治は。享保廿卯年之評判記に
立役之部
上大谷文蔵市村庭トアリ
是初舞台也。人并に辰松武右衛門子にて。はじめは辰松文七。夫ゟ
かぶき役者と成て。大谷文蔵。元文辰年。市村竹之丞弟子と成りて。
坂東又太郎といふ。元祖中村助五郎は。享保廿卯年之評判記に
上坂東助五郎河原崎座トアリ
立役之部
道外方仙石彦助子。仙石亀太郎。元文元辰年に中村助五郎ト
あり。元文三年二ノ替より。若立役之部に入。上上仙石助五郎。
河原崎座と有り。元文二年に中村七三郎弟子と成中村を一年
同年の甲斐三良
七月十
五日
鬼神良治
正五鬼玉
三ばんめ
かうかの三郎
たん十郎
名のり。又仙石といひ。敵役其部位下りて上上の役者。丸にだき柏を改め
を付。是より中村助五郎といふ。其年坂東又太郎は。上上。上恕の位なり。
十年立ざるうち。江戸役者のまれもの。魚楽十町といふ。
「文丁巳年春中村座一冊舞鶴そが」工藤左衛門に三甫右衛門。そがの五郎は伊三郎。
願ひな慶治。同二役斎藤左衛門本名天さき天の四郎也。鬼王に吉兵衛。団三郎
むすめ
音八。瀬川菊之丞おせん物くるひ。江戸太夫浄留り。同二ばん目には百推紋日の
くれ此
てかけみな月
抱取。そがの十郎亀屋十次郎。けはい坂のせう〳〵に嵐小伊三。手越の少将に
元禄十二年
和国御すいでん
菊治郎。大いその席に栗み丞い。いづれも大でき大あたり也。河原崎座は
辰二月廿五日ゟ
三ばんめ
第十論
めにやざ
御前員力稚そがし正藤左衛門に団蔵。五郎時宗団十郎。京の次郎幸四郎。
四ばん
夢中
あね
にまつ
ひめ
兄九蔵
十郎に七三郎。大磯のとら袖さき菊太郎。股野五郎に海老蔵
なり。七月ゟ入ける翌年宝来軍小栗判官七三郎。三男三郎に団四郎。
笠間八郎てる手の姫に菊太郎。池の庄司団十郎。深草の後藤
左衛門団蔵。大原の後藤左衛門に海老蔵。大評判。市村座春狂
言(今昔伊賀藤左衛門宗三郎。十郎竹之丞五郎三條勘太郎
酉年
五月廿一日ゟ
奪秩夷仙人
二ばんめ江戸大夫藤十浄留り。品定間垣錦。宗十郎姉川千代
三所作。同たんばの助太郎に宗三。男立嶋の勘左衛門に宗十郎じ。
嶋つくしのせりふ大きにはやる。あけぼのゝお春に千代三。かなや今五郎に
竹之丞。せいがい勘七に勘太郎。両人そが兄弟の身かはりにたつ所
富沢門太郎かみすき。江戸太夫双笠浄留りにて。結部友非羽翌平
の柳このきやうげん秋まで大入り大当り也
五郎九蔵
同年
霜月朔日
三ばんめ市川たん十郎そが五郎引田
嶋の勘左衛門嶋つくしせかふ
ため市川たん十郎そが五郎
金平六条通
さあ〳〵切て見ろ。りよぐわいながら。嶋の勘左衛門が。玉のはだへ玉嶋をおつはだ
中村産
ねいで。少しこふとりにふとり嶋。心のつよひ事はおそらく。弁伊い嶋にもおとらぬ
つよむきなら細島。おれをあいねにしようとはおきにしろ。ひとにおきの小嶋。
わかい名が橘の小嶋がさき。人が三嶋もかまはずにわりやいかふせいたる嶋と
くわい
う丸横山六郎
九蔵
見えた。また京の小次郎の京じまも。そが兄弟がなんぎにあふがかなしうは
ないか。祐のぶ夫婦が首きらるゝをしら石が鳴。いつけのものゝなんぎ上は。おらが
大屋の八左衛門どの嶋までがくれない。夫におもしろそうに。小さんとふたり格子
EEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEE
嶋の
元祖
かん左衛門沢村宗十良
市村窪
分
昔
柿
曽我
第二番同
しまつくしのせりふ
LEUELEULLELEULLLLLELELELELELULULLELELULUELELELELULUEUELEUEUELEUEUEUELELELEUELELELULILULLEULUULUULOUE
元禄十四年
巳正月二日ゟ
領城王昭君
嶋でやくそゝして。兄弟がなんぎをもかまはずに。たわけをつくすは。ちかごろびらう
山土源内左衛門
ど嶋のやつじや。さのみ産れついた所がどんす嶋なわれでもあるまいが。又我が
たのんだ初ねのつゞみより事おこり。なんざすりや。そちや大恩にきびらじま
じや。かわゆや母兄弟の者どもは。五ツやみつのひよころきより。心をつくした
夢中の
せき
かひものふ。敵うつこともなら嶋かと。泪にむせんで。親兄弟は小首をかさげ。ちからを
おはし。手口へも給へて郡内嶋になつているはいやい我も一生が間に。小さんにまよ
文王
九蔵
はす共。此恩をおくらずは立まの。しかもこよひがぜつたいぜつめい。おや子のゑんを
市川だん十郎
同年につほんぎおんせうしや
寶寺
開帳
はなれ嶋。此嶋の勘左衛門が。つだみのせんぎゆへ。あとへもさきへもいかぬ。してうに
青五日本社園精舎開帳
かゝつたごばん嶋。そが兄弟のもの共は。さぞかなしからうが。かあのや口をしからうが。
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
小びんやひの内に三くづし。せうしなりといはふか。ふびんなといはふが嶋。此そうどうの
大もめん嶋。恩をおくるしあんをせい。おや兄弟をたすくるしあんをせい。両人
同ざ
こゝな女におとつたをのころ嶋のこしぬけ侍。町人ながらもちく生におとる
猿が嶋。せめて敵打の折からは。小袖ごひのきる物。一ッ被下おとも申さよと
鬼が嶋のかたきうちのなるようなコリヤ。しめんをせい。
同年
七月四日当世酒呑童子
此年霜月市村竹之丞を宇左衛門と改む。中村座二代奴代男代女
狂言に。大谷広治瀬川菊之丞亀谷十次郎勤む。九月より菊之丞兼
次郎。廣治。十次郎。京四條の芝居へ登ル。名残犯言。芦屋道場大内鑑大
あたり也。爰に一両年いぜんに。京都より宮古路豊後様下り。吹屋町の
に芝居にて。浄留りにあはせ。小供狂言あり。此時村上嘗五郎。岡田亀次郎。
ぢ
山入の
畳や伊八。かな村やおさんの所作大評判。亀次郎後に亀十郎。また沢村
宗十郎弟子となり。沢村喜十郎是也。其頃文字太夫下ル。同霜月
同年
五九月朔日ゟ
葛城呉越戦
顔見せ。河原崎座。岡月仁景清しみをのやの四郎三甫右衛門せんじゆのまへ
嵐宇源太。まんじゆのまへ菊太郎。悪七兵衛かげ清市川円蔵。白山庄司
女ほう
やどり木
市川
竹之助
むしやの
治郎重忠市川ゑび蔵。似せ景清ゑび蔵。似せ重忠国蔵梶原
平蔵市川団四郎。人丸ひめ中村吉蔵。あこや袖崎菊太郎。本田一
次郎団十郎。はたけ山重保に七三郎也。秩父順礼。西国順礼。流者蔵
恩蔵両人出合大当りにて。此狂言春まで持くす〽元文三午年」春河原
たんばの
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
市川九蔵
崎座。去年の犯言をもちひて初禄豊年調
同座
十二月三イ言
元禄十五
午四月朔日
天地人筒守
ばん二四ツ
のりた
のかたしか
松木
小四郎
九蔵
御所の
五郎丸
後にゑん月入道
元禄十六年
未霜月朔日
源氏六十帖
一ばんめ。
□□□□□□□□
じやまん
武左衛門
石山源太とん十郎
しげやす両人にて。あこや人丸にかげ清がありかせんぎ。督せめのところへ
海老蔵重忠羽折の形にて。なまえひにて妾あさり菊松に。かさをさし
懸させて出。某がせめよらはと。人丸ひめに琴をしらべさせ。あこやには三味
せんをひかせ。音色に耳をそばだて。呉国本願のためしをいひて。本多
半沢にいひつけ。手水鉢のかげより。景清を見つけ出すを。梶原には新〳〵
参の下人。七兵衛といふもの也とて。此場を見のがす所大評判一ばん目の
大詰に海老蔵関羽。団蔵張飛。是又去冬よりの大当り也。同春
中村庄
たからそがにようごのしまだい
たからそがにようごのしまだい
宝曽我女護嶌台
市川宗三鬼が嶋の船頭にて。月さよにたのまれ
似せ工藤になりくるわへ来り。五郎にてうちやくにあひ。誠をあるしけらひに
なりて鬼王新左衛門と名のる。実事。二役工藤左衛門祐経にて。十郎に勘太
郎。祐経頼とものおふせにより。ゑぞが嶋へわたるときゝ。五宿に伊三郎
跡をおつかけ行を。願ひな三甫右衛門とめて。船中の碇引き。めづらしく
大評判。七里がはま大道具仕かけ。此時三甫右衛門糸びんに刺おとし
角大師の形の願ひなの出あり。是ゟ中嶋流の朝ひなはじまる。二ばん目
宝永元年
平安城都定
申七月十四日
勘太郎祐なりにて。女護嶋へわたり。女ににせて鬼が嶋の十郎姫也と
山村さ
いひて。嶋の奉行。れんしやう女とぬれ事珍敷大でき。中村座役者不人
市川今
たん十郎
なりしが。作者津打治兵衛。曽我にお七を取組。女護嶋のおもひ付入り
となる
となる
大江の
組し犯言の趣向なれど。見物に分り。三月より伊三郎元服の五郎。
山本京蔵八百屋お七。武兵衛に鳴見五郎四郎。お七を引立る所へ伊三郎
長上下にての出。是まで前髪ありしが。元服桜つくしのせりふ大でき。あらし
音八どう三郎。姉川千代三はあみ笠茶中のおつまと。女護の嶋桃花
うけまつりまんばい
宝永二年
丑七月十四日
からせうひめひばりやま
中将姫雲雀山
女と二役。いづれも大当りと。古老の物語に伝ふ。市村座へ
有卦祭万輪そが
三ばん
くめの八郎
たん十郎
いへら
工藤に坂東彦三郎。十郎宗十郎。五郎に宇左衛門。鬼王幸四郎。どう三郎
津打門三。とらに玉沢才治郎。せう〳〵に嵐小伊三。朝ひなに長九郎。役者
月本武者之助彦三郎。土佐
治郎に宗十郎。佐み木がんりう幸四郎。十八に門三郎。十八女房おさは
富沢門太郎。千里のまへに早川新勝。千寿のまへに嵐小伊三小太郎に
松かへ
四の宮平八
嵐三五。関口平馬市川勘十郎。奴鉄平大谷龍左衛門。何も大に当り也。
同十二才三
宝永三年
信田會稽山
戌七月十四日
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
ちはら
うこん
たん十郎
此所
どて
吉
正徳三年
巳四月五日
花屋形登誰様
たはたの介
一やねし合
しろ
さけうり
新兵へ
のちに
あらずいしんあら
伝曰此巌流の役。他者の心五十有余すりはがしのかづら。ざん焼無
のおもいれにてありしを。松本幸四郎其年廿八才。どのやうに顔の
こしらへしても。若く見ゆるならん。又きたなくしては。釼術の師はん
たる仁たいにはあるまし。いかゞと薪水に相談す。白髪のがんりうこそ
よりらんとあるにまかせ。仕くみにかゝりし所。其頃彦三郎は。幸四郎より
四五段程上。沢村宗十郎に並ぶ役者也。ことに武道太刀打の仕方は
名人にて。思ふやうにはたらかれず。幸四郎工夫するに。此犯言がん
流おちぶれ。身のたゝずみなく。武者み助にへつらひ頼で。仕あいの
節負てもらひ。夫より身上あり付。その恩をわすれ。不法の大言を
はく敵役なれば。そのひもちをもつてせんと思ひ。信田の左衛門を聞うち
の所も。大丈夫にして。自分のゆびを喰切り。血しほをもつて。提灯に敵は
佐々木がんりうとしるし置。ゆう〳〵と立のき我を敵と尋る兄弟をかくまひ
助太刀せんとする武者み介がやしきへ来る。その初日のはなしを。こゝに
しるす
同年
七月十四日
善光難波池
四月
武者之介
是はがんりうどのよふこそく。さいぜんよりおまち申ており升た。先
まづこれへいざ〳〵
がんりう
一御めん被成いト上座になほり
今ばんなかたじけのふそんずる。いやもふはやくまいらふと存たが。御
正徳四年
金花山大友真鳥
午七月十四日
今川
かん太郎
ぜんのおはなしがしみ升て立にもたゝれず。茶道のちんさいがきを
きかして。明日はがんりう故には。御名代にお立なさるし。殊に今宵は
武者みぬかたへおいとまごひ。さぞお気もせき升ふととりなし。
それをしほにいたしてよふ〳〵只今参た。いやもふごちそふは御
無用で厶る。かまはつしやり升な
武者
〽九日。いかさまはや。当時しゆつとう第一のがんりう故。明日は御代さん
ねねに
せい吉たん十郎
三ばんめ
もりたざ
別して御苦労。さだめてかゝしきは例年のごとく。対のはさみばごとく
がん
對のお道具でくり升ふ
なる程。がんりうははじめてゞくれば。物ごとりつぱにいたし。引馬てつぽう
やり長刀。対のどうぐ。いやもふげいは身をたすけるでくる。何し。
正徳四年
万民大福帳
午霜月朔日
おふ同本武者み介どのをまんざの中でぶつて〳〵ぶちすへたはアヽ
一ばんめ
中村さ
むね
とう
二十九郎
こん五郎
かげまさだん十郎
正徳五年
坂東一寿曽我
未正月二日
猛烈丸
二ばん
とらや
寿とく
こむそう今がの五郎
がん
五百石には安いもので厶るはみ
〇千寿たばこぼん持ておく
武者
小太郎茶をもつて出る
こりや〳〵おたばこぼんをあげい。
一かゝ千寿のまへか大きうなつたなア。そちらなは小太郎か。せい
じんしたなア。見れば女の形で。したがそのはづじや。男の形では
めんぼくないによつて。そこで女のなりか。くゝそれでならばいゝまい
聞ば。もがりとやらなんとやら。居合とやら柔とやらを。おしへる
やつがあるそうなが。よせ〳〵。役にたゝぬ事だ。柔を習より。いつそ
くり〳〵坊主になつて。ぼだいをとふが。死だ親のため。わいらが為一
にも相あふだ。やくにもたゝぬなま兵法我たちがねろふがんりう
は。めつたにうたれるからだじやアない。ふたり共によしにしろ。おき。
にしろ。今までのよしみだによつて。いつて聞せるぞよ。武者殿
なんとそふじやくらないか。アヽだいぶん。御前で気をつめたれば。
ねむけがついた。コレやいまくらをもつてこい。
同年
日和合太平記
九月九日
しのづか
五郎
たんすが
くりう
半三郎
三ばん
正徳六年
きちれいやわらぎそが
吉例和曽我
中正月二日
そがの
後あげまきの
助六とん十郎
助六とん十郎
囗ざ
二ばん
或者
いふおくより母千里ごぜんくわいけんを
それ〳〵おまくら。
もつていづるをみて
こりや。何ごとしや。まだはやい〳〵。そのやうなひやゝか物を。あげる時節
がある。かんりう殿は明日は殿の御名代。ひよつとしたことがあれば。某がはらを
きらねばならぬがや。夜中といひひやゝかな物は御比走にならぬ
ほどに勝手へもつてゆけさゆけ二人りの者にもいひ付たぞ。
卜いはれてはゝちさと兄弟へおもいれ
あつてはいる
がん
一いや武者どの。何もお心遣ひ御無用でくる枕をもつてこいやい
武者どのちつといひつけさつしやいどふでたゝきのめさずはつか
しあねせんじゆまくらをもち
はやくよこせ。エゝしぶとひ
むねんのこなしあり
われまい
むねんのこなしあり
トまくらを
かつたくを。むしやどのゆるさつしやり升せ。トねころび是やい。小太郎
○トあらをいだす小太郎あしを
もちむねんのこなしあり
こゝへきて足をもめサアはやくもめ。ト
エゝばかながきだ。そりやアもむのじやアないおしつけるのだは
やはらぎ
介六ト云
江戸村半太夫
弟子江戸吉大夫
上るりにて出は
やい。
武吉
一こりや〳〵。よふもんであげませい
同年あかねや半七
五月
禅師曽我
五日かさや三かつ
後
あつねやまで
四
一そこだ〳〵。つちふまずをもめ。そこじやアないわい。もちつと
こちらのほうをト
下けとはす兄弟
またぐらへ小方
ヱヽばかなつらだ。下けとはす見舞
むねんのこなし
虎をはさみ
弐
一はテ扨なぜよふもんであげぬ。おのれがぶきようじやによつて。そのやう
利介
広松
三ばん
同
享保二年
酉正月二日
海道一棟上曽我
安の平右衛門
かりかね文七
なめにあいおるは大たわけめが。
がん
武者どのしからつしやかな。しかつてもどふしても。いくやつじやアない。これ
。千じゆ口をし
火をいれやァ
たばこぼんに火がない。千寿のまへ火をいれろ。彼
がるおもいれ
子じゆ
し。トきせるでうつひたい
がれ。申きせるでうつひたい
がれ
よりちながれる
トロをしきこな
トロをしきこなし
一こりやひたひに
両人あるべし
弐
たわけものめが。ふだんにいはぬか。たちまはりにきをつけいと。常々いふ
はこゝのことじやはやい。おのれがぶきてんから。其様に疵をうけるじや
ないか。たとへどのようなことがあらふ共。こよひは大事のからたじやと
市右衛門
こつくい千右衛門
いふにぶてうほうなやつの
がん
千寿我がひたひに疵の付たが。たんれんの手の内といふ物だ。いや物
はあらそはれぬものだ。一寸きせるがさはるやうであつたが。ぢきにきづが
国性爺宝船
そがのへ
いなり
さ
がんき
ときむね
とうない
たん十郎
同年
九日重陽小栗節句
たん十郎
口さ
できた。まだ〳〵手の内の定まつた所を見せうか。アヽ何ぞして見せ
枕をとりて
たいものだが。
是これを見ろ惣じて枕でもきせる
のさきで一寸こうする。ト
たゝくまくら
きついものか。一寸さはつても
みぢんになる
みぢんになる
づけ
此通りだ。こんなことは茶漬めだ。わいらがその師匠ぐやら。もがりと
やら。しり出しとやらが。おしへる釼術たかゞしれた事だ。その師匠とやら
にこんなことを見せておけ。
ト武者之介になげ付る
扇にてうちおとし
武
惣じて無法釼術といふものは。上のないもの。さいぜんからおしだまつて
きいてゐれば。どこほうりやうのなきくわどん。明日友の御代参とある衆
用捨いたせば。あまり人もなげなるそう言身不省ながら一家中
いけのせうじ
そでおか庄太郎
あをものかけ合せりふ皿ばんめ
に指南もいたす。月本武者み介がまへともはゞからずあまりしき
おつしやりぶん。御手前のはそりや。筵をしいて辻教下のするやうな
こと。鎌で足を切たりいたすは多くくれ共。真釼などのお手のうちは
がんりうしばらくしあんをして
おぼつかない。がんりう申。イヤ心もとのふ存升る。す
そつと立みこしらへして武者之介が前へき
がん
弐者みぬがんりうが手の内を。暴乕的河といつたぞよ。さいぜん
芝居五戸七分
同年天地人
霜月朔日筒守
奉納太平記
からもがりものといつたは。おきが事だ。われが事だは。莚をしいて
ト切てかゝる武者はめはらいことす立まちり
辻放下の手の内では。人はきられぬか。
此拍子扇のさきにや。又つるかしらにや
あたりけん幸四郎がおく歯二ない根より打をる。夫とはしらず。彦三郎おちたる刀手ばへ
にとり。むなもとへさしつけづか〳〵とおしてゆく。幸界は。口にふくみたるまゝ。しりもちついは
両手をひらきつちみしおもだし。いろもかはり。まとのしめいもかくのらんと。けんぶつの諸人たり
あつといふばよりにて芝居もくづかゝことくなり。此時ときのたいこどん〳〵と打てうちん
もちやつこ出て
五郎たん十郎
享保三年
戊正月二日
うい
らう
若緑勢曽我
町町ういらうへ
うりせかふ
一申上升る。はや子の上刻でくり升る。御代参の出支度あつて
がん
御尤に存升る
ものへわたさんとおもひしがざあらばこのばのいきほひもぬけんとそのまゝ
ときいて武者みけ。刀をなげだし。仁王だちにたつてゐる。
がんりう無念のおもひ入武しみ介がかほをにらみづう〳〵
しくおきてはだをいれ。大小をさして是よりせりふあれはぐちにふくみし歯を後見の
二まいの歯をぐつとのみこみて
一度者みつどの。明日殿の御代参しゆびよふ勤て今ばんのおれいは
きつと申升ふ。
武
一これは〳〵。なんの御ちそうもくらぬ。もふお帰りなさるゝか。
がん
しとやかにおりて。あしだをはく。武者み介おくり出る。互に思入有て門へ出る
一おいとま申升る。ト
と跡をしめる。花有ゟけんあ平馬でて来候。がんりうさゝやく。うちには
そかの十郎
たん十郎
千里千里。小太郎。みなく
むねんのこなしある
二はんめ
もり田さ
一ヱゝ情ない。敵をうつべき今宵にかぎつて。はむかふともかなはぬと
享保三年
戊霜月朔日
嫁伊豆日記
御せん
でん
いふは。よく〳〵天命武運につきはてたか兄弟。
女子
つはゝ玉。ヱヽ口をしい。南無あみだぶつ。
武
一こりやうろたへ者共。あの松がえにすゞめがえにすゞめがあれ。
下松のうへゑさいぜん
しのびし平馬でる
みな〳〵
一ヱヽト見る
一ヱヽト見
武
ヱイ
トしゆりけんうつ。平馬おちて切てかゝる。三人にて切りころす。
かんりう門の戸きはへよる・武し之介戸をあけて・
武
まだそれにくるかな。一あまりふりがつよさに
あり
ト父たがひに
がん
武
一おいとま申升る一よふござり升たト門をしめるひやうしまく
享保四年
亥正月二日
富礼拝曽我
それより幸四郎。楽屋へいり。そのまゝ気絶しける故。みな〳〵かいほうして漸
こゝろよく。直に跡の敵討のまゝへも出たりとかや。此狂言大当りにて。月大十
武者之介は坂東彦三郎。佐来巌流は松本幸四郎。両人元祖也と末
そがの五郎
二ばんめ
ぬれかみ
の世まで云伝ふ。幸四郎は後に四代目市川団十郎となり。かんりうのときは
給金三百両の役者なりしが。其顔見世より五百両となりけるとかや。一枚の
歯が百両ツゝになりしと。安永のころ木場の別荘にてある時予に終りき
小しづか
藤村半太夫
こせの金岡に沢村宗十郎。はんにや五郎
同年「壬松月類見世中村座「稲舘」」こせの金閑に沢村字十郎。はんにや五郎
式尺三イ言
四月
朔日
そがさきしんぢう
後天まやおはつ
日平のや徳みへ
伊三郎。行ひらに七三郎。名とらに三甫右衛門。いなみのおまつに
曽我崎心中
辰岡ひさ菊なり。河原崎座壽紅葉景政かまくらの権五郎
てんまや
に団蔵。宗とうに新左衛門。八まん太郎に三条勘太郎。おのへの
てんまやおはつ
万きく
まへに富沢辰之助。八まん太郎に河原さき権之介なり。市村
座は貢船太平記しのつか五郎海老蔵。あしかゞたゞよしに
幸四郎。陽明之助字三郎にいひつけ。一文字の額を引き
二ばんめ
ひらのやとゝみへ
おろさんとする所へ。しばらくの出。よしさだに座本宇左衛門
同年
九月九日菊重金札祝儀
なり。二ばん目団十郎村上彦四郎にて。似せ大塔宮と
久まり
なり。陽明み介宗三郎。出家をすゝむれどもきゝいれず。
まん
きく
首をうたるゝとき百足丸の太刀の切さきを口にふくむ故
たばこう
右七
せりふ
に
その首を手水のはんどの中へ入れおき。後に海老ざう
畑六郎左衛門にて手をあらふとき血しほのしたゝりをみ
て。はんどのふたを取らんとする所大ひやうばん。陽明み
たん十郎
助とくすのきが軍物かたりに事よせ。びんへ水をかけ
享保五年
子正月二日
柑根元曽我
れば。しらが見ゆるゆゑ。斎藤太郎左衛門と見あらはす
一ばんめ
ところ。海老蔵大あたり。此節粟生。篠つか。畑。互の
そがの十郎
介十郎
さかましゆぜん
上るり
八
五郎
たい十郎
四天王の四役。大ひやうばんなり。同年はる河原崎座
風俗七小町博士のひさ助。三舛屋十兵衛。法どう仙人
三やく海老蔵。大友の黒ぬし団蔵。深草のせうく
七三郎。おのゝ小町袖さき菊太郎。空海あじやりと秦
もかた
の大ぜん竹とら二やく団十郎なり「元文四未年
享保六年
丑正月二日、
丑正月二日大鷹照雷我
市村座は初鷺通曽我景きよに海老蔵。町人きれ
そがの五郎与二郎兵衛の
やつしたん十郎
売りのすがたの出。そがの五郎団十郎に。娘人まるを
めあはせんとぼたんの紋付たる小袖をつかはし。二ばん
目に助六を忰団十郎いたしまする。こも僧もしゆび
せりふ
あり
そがの
ろうぼ政之介
二ばんめ
同ざ
よふ仕りました。此うへの御ひゐき御見物を願ひ升る。と
口上をのべ。さてその小袖は老母の質に入れたるなれば。
五郎が物がたりをきゝ又ふろしきよりどんす三ぼん
享保七年おゝかまどあきないそが
電商曽我
寅正月二日大電商曽我
紅五疋出し。河津友ぼたいのためと老母にわたし後に粂の
寅正月二日
よどや辰五郎様にそがの
平内の石像いなば六郎太夫大筒の絵馬のすがた大でき
そがの
工藤祐つねに幸四郎。十郎に市村宇左衛門。鬼王いもとおもん
奴十郎
だん十郎
かけ合せ給ふ
に富沢門太郎。箱根の清左衛門に宗三げはい坂のせう〳〵
本名人丸ひめ瀧中寄川。これ後に二代目宗十郎に
なる也。中村座鎌倉風邪王曽我宗十郎京の次郎の
二ばんめ
中村さ
役。友切丸をぬすみそが兄弟へわたし。につたの四郎に
同年一
中村さ
七三郎に見とがめられ。りやう眼をくりぬき。露の五郎兵衛
七月十五日花氈二ツ腹帯
半兵へ
といふ。目くらのたいこもちになり。そがへみつぐ金にほう
□□□□
とう丸をそにんして。五郎時宗伊三郎にてうちやくにあい。
しうたんの所よし。二やく熊谷弥惣左衛門にて。ほうどう丸を
か十郎
だん十郎
さしころさんとする時。あつ盛のみだいそのふのまへに辰岡久
菊。破風のまへまで二かい作りの道具の家根より。けはい坂のせう
おちよ
わかの
せう山本京蔵身かはりに立ゆゑ。その高きやねの上より。傘をさし
同ざ
九日
同九日在禅毛復達摩
舞たいへ飛び下りるきやうげん。見物誠に肝をけす。工どうに
三甫右衛門。朝ひなに鳴見五郎四郎なり。同河原さき
座傾惜蝦夷都熊谷次郎に団蔵。あつ盛に中村吉
蔵。桜木に坂東豊三郎。かぢ原に大谷龍左衛門。為とも
に中村吉兵衛。よしつねに三条勘太郎也。市村座通曽我
大当りにて。二月より二番目市川宗三本名鬼王はこね
ゆめの
〽四日けうげん
おちよ
わかの
七三郎
の清左衛門といふ盗人となり。そがをはごくみ伊豆の次郎
同年五
同年
霜月朔日
豊年太平記
に坂田定四郎。
○後に坂田藤十郎
立やくとなる
見とがめ。さん〴〵にてうちやく
さがみの
し。すけのぶのなんぎとなるゆへ。鬼王妹おもんはかげきよが
せん
五郎
よしさだ
だん十郎
女房なれど。兄の為に身を売り。けいせい高尾となり。思ひうけ
のふおつと景清にあひ。人めあればそれとなしにいろは短立のにいふ所
よし。三月より通そがし第三十両目助六団十郎。ひげの伊久に宗三あげまき
に富沢門太郎。大々当り。読うりなぞとはとうじや七兵衛。本名かげきよ。
海老蔵。けいせい高尾富沢門太郎。かけ合いろはしんかこゝにうつす。
なぞ
市川海老蔵
とはとうじや七兵衛
よみ売なぞとい
さて是かちよみまするがいろつたんかこれや身もちのわかい女中をいけんの衣でござり
まするコレそこにござるもみぢのかんざしをさしてござるけつこうなお女中にべつして心を
とめてさかつしやりませいいち〳〵むねにこたへる哥でござりまするさらばよくおけませうか
つのまにそのこん
い
ぜうになりふりも
ろ
くなみに
でもなることか
どのつとめを
しゝざつて
あげやいり
〽まんのおつとへ
たつものる
〽んじがあらば
いふてみい
〽といたひしが
〽ちからに人が〽行をひにまげている
〽ぬつほりとよふ
〽ならうをすれば〽は
くらうをして
はるすがたは
てんとちと
〽われはそふした〽かはるすがたは〽と
れはかふした
よみうりに
そめがなくは
おのれやれ
ものでござります紅葉のかんざし包ごがつてんが参りましたかな
〽たたきのめしてかたくまづあらましがこんな
けいせい高尾
冨沢門太郎
しであふたで
〽ちごそふおつとに
〽ろしであふたで
〽いち
きもつぶれ
わかれはふののま
〽はつといふたら〽にせものなりと
だてるきでは
なけれども
こなさんを
〽ほか
こなさんを
〽どうでわかれにや
〽ちこそはわけね
むすめがな
〽りこうをだして
このさとへ
〽ぬしのためじやと
〽なすのあいだに〽をとなしい子じや
ないかいな
〽しき〳〵いさんす
〽行かれるときめ〽かなしうて〳〵〽もやしまへに〽たがひにのほとは〽いさんす
しりませぬ
かいをせずと
〽ついてうへが
もししぜん
にそうなことを〽つねぐおまへの〽ねがひがあると〽ながいをせむしむせ〽らいてうわりしぜん
まへはのがれて
ららになつて
わしはなァ
ひために御せんだ〽うきめをみとよふ〽ゐ〽ゐのちま〽のげるゝよけん〽おさへはわれて〽らうになつて
〽ぶるぐふまて〽一れさくこちの〽「ぞうし売の
やとあがごろせ〽まいまつある〽けねきますききまい
〽てまはしをして
はやう〳〵
□□年代□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
二
初鷺通曽我
第三番目
あげまきの三代目
市村窪
助六市川団十郎
せりふ入
一助六定紋英尺八哥助六のでは
同年
第九日和歌浦幼小町
小仏小兵衛へ
長
調
杵屋新右衛門
松本兵七
助六定紋英松嶋庄五郎三味線
其暁のひとこへは。花川戸よりなきそめてどての八こゑに江戸
町の〽せうじあけても。ほとゝぎす。ほとゝぎすぎて。首六ツの〽かねて見
なれしふうぞくは一ツいんろうひとつまへ〽ひとりあるきの一流はすいた姿の
大仏
さふ
広治
享保九年子
辰ノ正月二日日
山上源内
たん十郎
おとしざし〽まがきにもれしすがゝきや。れんぼ。こくうの尺八も〽うかれ
同さ
くるはのたはむれと。なづきにけらし音もさへて
団十郎
出は
山は
生は
女郎衆
○いや
ことば
ことば
松竹鎌倉開
助六さんきたんしたかへ団十らみなさま是にか○申助六さんおまへは
いつも尺八をもつてござんすが。なぜにけふはござんせぬへ。助六がとて
八丁のみちつれは。尺八是をわすれてなる物てごんすかいの
なんぞ吹てきかさんせいのふ
かはつたことがないによつてホウ○助六さん。ふるきをもつてあたらしいといふじやう
ござんせぬか。此ころはやつた八丈きりつけでも吹てきかさんせぬか
壱ばんめ
ならふるいことをとりあつめて。吹てきかせませうか
享保九年
辰二月
入船隅田川
是より尺八
てうた
□□□□□□□□
〽ういもつらいも此さとなれて〳〵あふをたのみにかよひ
くるやんれかよひくるどてうよひくるあふをたのみにかよひ来るれんぼ
れんぼへはやりた八丈きりつけはゑいしいやさ八丈八丈きりつけはとこに
あるとよくとよいよ八丈八丈きりつけはこゝにあるとよへ合手こゝろ
ぱりじん五郎のちに
つくしをなさけあれかし女郎大ぜい○やんや〳〵きつふおもしろかつた
山田の四郎ことん十郎
わいないやもうし助六さんしみ〴〵此あついになぜにはち巻じやへ
四ばんめ
山だの三郎
せん五郎
田此はちまきのごふしんかこのはちまきはすぎしころ
享保十年
巳正月吉
征伊豆日記
ゆかりのすぢのむらさきのはつもとゆひのまきそめやとりなり床し
君ゆかし四間ならしんぞいのちはあげまきのこれ助六がまへわたり
さなだ
だん十郎
ふぜいなりけるしだいなり「通曽我助六大当りにて。三月より六月
はじめ迄。興行大入。七月十五日より四番目。かさねげだつ海老蔵
羽生村与右衛門。本名景清。仁田四郎にいけとられて。鎌倉にて牢破り
の所大當りにて。十月十一日まで大入りの事。凡廿五ヶ年この方の大当
その上正月より十月まで。狂言一ッにて仕舞。是市川海老蔵の
同年
五月五日
碁盤忠信
手柄なりと元文役者評判。恵方参りにあり。同年額見世
一ばんめ
同じ
みやこそめかほるはちいさ
下添煮本木
都染薫鉢木
佐野源左衛門宗十郎。あをと左衛門団ぞう。
中村座
さいみやうじ時より七三郎。さのゝ源藤太々山本京四郎。わりさの
「ぜんし養村中嶋勘左衛門。しぶや柿右衛門嵐音は。新左衛門むすめ
たゞのぶだん十郎
お菊に瀬川栄治郎。赤星いもとくれ給ひに辰岡久菊也。宗十郎は
さのゝ源左衛門なれども。船橋明神の神主岡本左内と名をかへ西の宮
といふ呉服やへ嘉例のゑびす構の夷にやとはれ。膳にすはるその時。
夷のいはれをかたつてきかせんと
九月九日正行定紋豹
大もりひて七幸四郎
一抑忍ひす三郎と申は。七福神の中の通りもの。しまつ第一のおん神
なり。あるとき三ぶどの福神たちを振まはんと。こんだてりやうりを思ひ
つき。百奈良茶ではそさう也。百三十弐文のやきもの付はおどりなり。
はまべへおりて鯛をつり。鯛のさしみにたいの汁。鯛の平にたひのやき
もの。たい一色でふるまはるゝ。これめで鯛のはじめ也。めでたいと心得て一
正つらだん十郎
娘
一同ざ
喰たいなぞと思ひなば。人形やへあつらへて。網をりりつばにこしらへて。
同年
酉九月朔日
小栗長生殿
いけのせうじ
だん十郎
はらのあたりに穴をあけ。たうがらし味噌を入おきて。鯛じやと思ふて
しよくすれば。是がしよたいのはじめ也。人がすゝめて買たいといふをば
やめてもらひたい。くれるものならもらひたい。銭を出して買事は。
はれやくたいのはじめ也。とうやまつて申す
膳にすはり居る所へ。けらの渋屋柿右衛門音八にて。百両持参の女房
一ばん目
いけつくしせかふ
を仲人して。菊治郎三人こんれいのおかしみ大評判也。おなじく河原崎
尾桐弥五郎篠塚五郎に伊三郎。尾桐弥七宗清に市川宗三
享保十一年かどまり
正月二日戸松四天王
門松四天王
よし貞に三条勘太郎。妻鹿孫三郎に坂田藤十郎。こうとうの内
正月二日戸本
侍山本京蔵。弥七女ぼう白たへ坂東豊三郎也。市村往。瑞樹太平記し
□
なるかそ
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
たへま花さと
兼好法師海老蔵。長崎かげゆ左衛門彦三郎大塔宮松本幸四郎。
かげゆ女ぼうなにはづ門太郎。こうとうのないし瀧中哥川。楠
正成宇左衛門。楠正つら市村満蔵。大森彦七坂東又太郎。赤く
ぬり立坊門のさいせう中嶋三甫右衛門にて。もとはちぶりの松兵衛と
いふ船人ごだいごの天皇を隠岐国よりたすけまいらせしおんせうに
五月五日大桜勢曽我
よつて官にのぼり。政道はじめに。大福帳をひきおろさんとする所へ
団十郎篠塚五郎のしばらく。此せりふ親海老蔵の他の通り
大当り也。大詰呉孫権三甫右衛門。呂布団十郎関羽海老蔵。
ほうねんゑいたいくら
花やりにて大評判「元文五申年春市村座「豊年永代前に海老蔵
五十四郎
講訳師梅龍軒となる。此犯言いまだ忠臣蔵のまへゆへ義士伝の説
向に作りけれども評判なく。不入也。中村座
宗十郎。近松門左衛門と名をかえ団蔵日の出の五月は本名景
同年
七月十五日
末広名護屋
清にて対面のやつし。烏帽子素袍蝶千鳥のもやう。見台に本をのせ
十五三字十郎
五百五三字十郎
曽我物語の文句を草木鳥直によそへたるせ給ふ惣座中評ばん
ふはの
伴左衛門
だん十郎
二ばんめ
同ざ
よく。大入り大当り也。
沢村宗十郎
曽我物語かけ合
曽我物語かけ合市川団蔵
市川団蔵
〽さても其後豊年の。田をたがやして。花咲みのる君が代の。稲はくち
ずも民ゆたか。身をそう門のよをいとふ伊東河津とつらなりて。盛りの
TEEEEEEELELERELERERENERERORONERITERINERIRERINURENORERIRIRERIREREEREERERERERELELENELERERERERENEUERO
近松川左衛門
沢村宗十郎
四
草木
鳥虫
つく
姫
傍
錦曽我
日の出の
五郎八
第壱番同
元祖
曽我物語かけ合せりふ
市川
団蔵
府村中
TELELELELELELELELELELERELELERELEREEERELEREELERELEELEREEEREREEERETERELELERERELELERELELELERERILEUERELE
同年
鴨羽同
顔題十二段
藤もたけながく。工藤と曽我と割れても。元は一家のはしとみや。曽我
ものかたりの草のあと。めでよき春を松がえの。本は一萬箱王が切かね
そがの一トむかし。げにせんだんは二葉より匂ふは梅が誰が家ぞ〽いほりの
内にもつとうの。定紙はかはらねど。かたきかしの木椎の木を。こたてにとつて
いおとせし。うらみをはらす二面。このて柏の兄弟が。五ツや三ツのころ柿に。
ほだはら祝ふほうらいも。十八年の春秋を。そがのはたさぎ老松のまへ
たいこの
せかに
にたむけるしびと花。覆を切てきり嶋と心せきちく暫も。わするゝ
享保十二年
四月朔日
甲陽軍卯花重
ひまはなしの花。〽しんだいさゞんくわさん〴〵くわ。びんぼうものと風聞の
けんしん宗十郎
同ざ
ふう蘭らん菊や。望みかたきは福寿艸〽かりそめの往来にも。
だん十郎
五十騎百騎を打つれて。肩で風きる風車御用の松を鼻にかけ。
海道一ぱいはだかれど。二人りがかたをもちの木の身もちは。少しきみ
わるき。へびいちごより夏草の。五月下旬に頼朝の。御狩のお供と
夕貌の。評判きつとはつゆめに□〽かたじけなすびの畠山。しげ忠
どのゝないつうにて。あんないけんみのかりや場のゑづ。板におして
十月ヨイ言
二月三日国性爺竹抜五郎
うりのつる。こまりに成のかきつばた。うきが中にも乕の尾の。桜頭あれ
通ひそめ音〽かんどううけもち稲の花。くるわにね笹少将の用事
もかまはずいつゞけの。中にも敵の通ふかと。まそどもそれと。〽あわぢ
嶋かよふ千鳥のちらし染
字〽三郎〳〵して祐成は。びんぼうの名を廻りつくし。人に笑はれ鳶からす。かあい
四ばん
やかめのや〳〵祐経と。そがとはほんの雉子と齋
蟷螂がおのをもつて
せがれ
龍車といふとも。念力がとうらば。柳にかはづが忰いつが。時節をまつ去の
同年
五月五日
本領佐々木鑑
ま〽えこね山がら四十から。二ツか三ツのうへみぬわし赤〽けいはゝたら〴〵ついせうに
あら岡源太
だん十郎
ねがひあけはの蝶子鳥子〽まづいきづぎに酒一ツ。柴が則しやしやくとり由。めつた
な事はいはぬもの。なる程〳〵をし鳥の。守様に曽我はかまはねぐす〽おもふ
敵はひとり由〽子藤をうつてそのあとは。祖父伊東のかたき也。御所まちかく
もくつわむし。つないだ馬に乗もあり。すは夜討こそいつたれと〽かいつ
ふり逃てゆく白鳥雁かもくひ〳〵と。なくやらねるやら笑ふやら。はれやく
たいも夏の夜に。寝鳥のさはくむく鳥の。十番相に風風の
享保十二年
未霜月
享保十二年やつむねたいへいき
八棟太平記
蜂どんぼうがにがいる。とびこえはねこへ時宗が。御藤間ちかく行所へ。きぬ引
かつきかげらふの。女のみのむしゆだんして。われと身をやくほたる火の。くわつと
見いだす眼より。無念の涙〽はら〳〵鳥。仁田が打太刀祐成を。けさ
にかけたる時鳥香〽五郎丸だになかりせば。父への孝行こうろぎの。みね
くすのき
四しげ
山だん十郎
だん十郎
子あつら
舛五郎
二ばんめ
同じ
をもいて竹の虫。二ツに折てすてんずもの。今げんぶくの重宗も。ふたりが
子供が附ねらう。縄とり蜘の身こしらへ。あら口惜しやとなく蝉の。叶
わぬ天下の御とがめ。ついに出家と日ぐらしの硯にむかひ書あだる。願ひは
市川牛土良七才に而初の類見せ
三人の米虫の。井の行と思召。御たすけ下されなば。ありのたかつた城の
塔一寺をも建立し。祐成時宗両人が。跡とひ虫の心ざし宗〽ゆかすと
となりはじめてのあらぎ
ある御詞こそ。有かた山の時鳥。殊にはそがのひんけい鳥。一もんいつ宮も
皆ちり〴〵。はんま千鳥のちり〴〵に。二人の子燕ぐよ〳〵と。くいなの鳥の
物おもひ。大小名の御ひいきは。雀の千声きくよりも。御大将のゆるすら
ある。鶴の一声水にすむ。〽河津が将とおぼしめし。何三も水にして
みな船虫の水すまし▼〽〽とり〴〵評義もきくいたゞき絵〽ねがひの
板ははたをりの木
家がましこが〽この場でたぶさを挟むし。そが物結の喩〳〵は。二番目大詰三番目廿六五
下旬にいたるまで。門左衛門がかきあつめ。御覧に入て野巻。全部櫛で差上んまづは序文の
あらましを。二人が子供の身のうへと。おとがめ御免去〽末長きはるの祝ひの年五に下し
おかれ候はゞ。身に余り両人が。そがのみやげの一番目大詰下での悦を事によそへて御願ひ
ま〽ふびんともおぼしめし。大名小名間音に偏に願ひ奉ると云〽詞をそろへ両人が。よみ
おはりたる物語。かなしきとも嬉しきとも。何にたとえんかたもなく。おそれ入たるありさまは不便
ともなが〳〵に。申はかりはなつかりけると。ホヽうやまつて申ス。
同元又五甲年二月十五日より市村座「安保津六郎左衛門近しかね海孝蔵吉田
の少将宇左衛門。山田三郎坂東彦三郎。粂平内長もり幸四郎。鎌田又八団十郎。
人買しやくまくの善右衛門三甫右衛門。湯女おふぢ冨沢門太野がみのはん女玉沢才治郎。
あふみの源五郎坂東又太郎やし。さくらひめ瀧中哥川。清玄宇左衛門。二やく海老蔵
面打がごぜ赤右衛門の役面ばこより塩ふき磐若その外。いろ〳〵のめんのかたちにこみ
わけ。大評判大当りなり。四月五日市川園蔵終る。戒名釈浄誓ト名を残ス。二代目
団兵衛は江戸木挽町の産にて。又兵衛といふ人の子也。幼名松太郎といふ。坂東又左衛弟
子分。作者坂楽田助養子となり。坂東次郎三郎といひしが。元祖国蔵弟子となつて。市
川次郎三と改め。藝に器用なるゆゑ。閻蔵田助かたよりもらひ里学とし。市川国三
郎と更名す。今年団蔵死後霜月顔見世より。中村庄におひて二代目。市川団
蔵と改名。その節洋判記位上上也。同霜月大谷広治。冨沢門太郎。大坂
太左衛門芝居へ登ル。海老蔵。団十郎。中村庄へ来る。宗十郎。菊治郎。市村庄へ
かへる。中村座顧見世宮村太平記団十郎しのづかにて。尊氏富氏富氏冨に辰十郎に両眼を
くりぬかれ。そがの五郎へしのづかさせいをうければ。曽我の五郎の神れい海老蔵。則
竹のね五郎にてあらはれ。しのづかゞ両眼ひらき荒事。とのゝ兵衛に増田藤十郎。大森
彦七に市川宗三。彦七妹松の尾辰岡久菊。あめうり弥七大谷龍左衛門。よしさだに
中村七三郎。官女かほるのまへ嵐音八。はや崎に坂東豊三郎。村一彦四郎に市川
団兵蔵。畑六郎左衛門二やく市川海老蔵。尊氏の怒を見とゞけ参内して。村上彦四郎市中
と篠塚両人にいれ子舛をもつて。大事をはかれと舛を一ッヅゝわたす所。大師ばん
大鋸青面荒神とあらはれ。新田あしかゞ両家を和ぼ〳〵させんと。三位の局次村
源治郎のかしらをつかみひつさげる所すさまじ。何も大入り大当り。市村庄屋敷なり。
仲秋に宇左衛門。不破伸左衛門坂東彦三郎。仁木弾迄松本幸四郎。赤松武者之助に
津打紋三郎。いづものお国に滝中寄川。久国に三甫右衛門。けいせいかつらき瀬川菊治郎。
渡辺民部坂東又太郎。なのごや山三沢村宗十郎にて。お国ひめとしうげんの盃のとり
から。がつらきがいきれうに妨げらるゝ所評判よし。兼治郎かつゝきにてりんきのむねの
火やまず。手水鉢へむねをあてれば。石もたちまち火になり。ねやの盃をさまたげしつ
なのはなあけぼの
との所大当り也。当顔見世河原崎座休同六年酉春中村座
菜花晴そが
悪七
兵衛兵原清団十郎。大詰平家盤大出来。同年若衆方佐の川市松下ル。是古今
うつくしき若衆方と詳別ある。三日三日年より改寛保元周年」大坂へ登る名残り枉げん。
治孝正蔵団十郎。不動。愛染。大当り。此せつ海老蔵。妻十郎かたへいとまみなが
ら。夜話に行。上方表の様子不案内のことなればいろ〳〵物語して帰るさ。調子もおくり
出けるに柏莚はきものをはくとて。とりはづし放屁をしければ柏せ
柏莚
ぶつと出て顔に紅葉を三出みやげいひけれは納子
あまりくさゝに餞別もせずトあいさつしみるとかや。当座の
口合ひ即砂おかしくも面白し。霜月大坂より大谷広治。中村新五郎。佐の川万菊
中山新九郎。瀬川栗之丞。市山伝五郎。松嶋茂平治下ル。扨市川河老蔵。悴団
十郎。供の支度五郎のへ。十月中旬江戸出立して。東海道へ斯く。以前よりして役しや
登り下りには。馬紫川々にて少ぞの。價過分にして。兎角ずれば口論にも及ぶことめれ
は。何れ役者と見えざるやうに。身をいろ〳〵にやつし。彼人も小勢にて道中すること也。是を
道中筋のものもしりて。此度海老蔵登るどいふ。又何ぞにばけて旅行せんと。往来に
目を附居る所に。さはなくして荷物さし札に。市川海老蔵上書印。馬士馬士駕かき船人
のいふに記せ。酒年も出しける故。事なふ両人大坂へ着ける。大坂にては江戸役者の塩一
さぞうし花やかなる字込と思ひの外。儒獣の旅姿。もめん合羽着て。佐渡嶋長五郎
のもとへ行ける。聞人その花麗ならざることをほめけるとかや。翌日しれる役者の方へ
短冊に発句を書て送りける。
柏莚
難波津にさくや着仕候
ばんこくたいへいき
一扨寛保元年酉ノ霜月朔日大坂道頓堀佐渡嶋座顔見世万国太平紀畑六郎
畑六郎左
こつまといきほひそ
八的勢曽我
十郎
六郎二役海老蔵。十五郎祐成の役団十郎。病気にて江戸へ帰る。海老蔵に知有て
虎が方より。廓がよひやめよとの処来りしを。二ひと思ひ。紙子姿にて高足駄編笠
をかふり。傘をさし。刀の柄に菅笠を付て廓へ来り。虎にあひ。弾詰りの夕霧の薄衣を
理になぞみへ少ばかり二ぜつ万ざいけいせい誠にめでたふさむらひけるのせりふ。次にやりての
杉は三浦の片貝なれば。十郎に惚て傘の下にて三かつのせりふ少しあり。後に小藤太に
打擲にあひし所。社経出て小藤太をしかり。十郎をかばたるゝ故に。御礼申さんと名を
きけば。工藤といふにおどろき。敵とつめよるを。工藤株上にかざりし弓を三ツに切り。兄弟は
うら筈もと筈二人一所によらねば。本今はとげられぬと。諫言をなつとゝし帰らん
とする時四日よりとりまけば。詮方なく弟の五郎時宗が名をきいてさへ散るかるゝ
五郎に我類の似たる声。それより祭の角かづらのありしを取て。傘のかげにかくれ。
のちに小藤太が少将に惚手ごめにする所へ。からかさ差上高足駄にてお家の筋
隈大勢をあいてに荒事あり。工藤祐経山本京四郎。大磯のとら柴崎氏み介
けはい坂のせう〳〵尾上菊五郎。片貝に山下金作なり。此狂言江戸風にて不当り
かのりしが翌王寛保二戌年正月十六日より鳴神不動止山路粂寺弾正に市川海老
蔵。林伝内に山本京四郎。秦の民部佐渡嶋長五郎。八剱けんば嵐七五郎。早雲の
皇子中村次郎三。小野春風坂東豊三。小原万兵衛山中平十郎。くものたへま尾上
謙五郎。二しもとこのそ柴崎民之助。瀧野に山下金作。鳴神上人市川海老蔵が。大島
り大切不動明王の霊像。その形相にさしもの難波の見物。人形ではない歟。いろうて
見い〳〵といひし程のことなれば。西国四国より聞伝へ態々見物にのぼられ。旅宿かし座
敷あき所なかりしとかや。されば此狂言正月より七月まで大入。漸三月六日に江戸より。
忰団十郎養生不叶二月廿七日。随誉覚往信士トなりしことを。しらせの状
来る。聞忌にて一日の休の外なしといふ。柏筵愁傷かぎりなく。海山を隔たれば心に
まかせず。なく〳〵筆をとりて。
梅ちるや三年飼ふた
きにくす
梅ちるや三年飼ふたきり〳〵次
ほしめひさかへかげきよ
星合栄景清
此一句に恩愛のかなしみ。千万の愁を述しもあはれなり。七月十五日より
正七
兵衛京清海老蔵。左官上やつし梶原が屋敷へ入込。平家の赤旗と綸旨を取替らるゝ所
大当り。四番目頼朝公を討んと面打大和の元興寺赤右衛門と名をかへ笑尉。釣眼。うそ吹き。
武悪黒髪磐碁。七面の形箱の内より。いろ〳〵の面を出す下の見物はいかゞなれど。中より上の
見物大洋列八月廿六日より土佐次郎妹并鑑土佐次郎と百性五六兵衛の二役評判よく。九月十六日
ひがしやまどのあさひのあふき
東山殿旭扇
二番目東山義政公の下并役人。伴の字の頭伴左衛門と成立髪
より名残犯げん
雲にいなつまの模様そろへの布子に一本刀鼻捻を腰にさし。つめ役のものゝ跡に立て。山名久圃。
がめしによつて。端かりへならび。将監が後家おちんと義若丸を百枚うち。門前拂ひと云付るを。
まだ詮義が足らぬといふて。山崎権太夫が連来りし。賢義若を顕はし。久国に取立られ。名ごや
山三が相役不破の伴左衛門と名乗に。上下大小をゆるされ。家督定めの談合に。あのやく山三郎
出家の恐棄閣の一ト問へ上り。障子をさし。豈節と詞をあらそひ。山三に手を負せ。久国が執心
かけし玉照をころし。東山の家は此伴左衛門が納ると。悪事の底をあらはさせ。一味のていに見せ
久国が盗かくせし。懐中の室を請取。山三郎も玉熊姫をも。最早起よと久国をあざむく。右義の
実事の見物の気に入り。評判大当り。二番目二役荒獅子男之助が女房。山科が兄さゝら三八の役。
すあたまぼつとせかづら。弱者の出。男み助方に預りし義若丸を奪返さんと。さられし妹をつれ
荒獅子のかたへ来り。男み助を別がり。おろかなる仕内。今三ヶ津に道師の上手が有ども。ねぶつ
て見る事もなるまじ。何れ哥舞妓において。此後また〳〵出まじき上手と。難波の評判にあり。
次に仁木弾正左衛門に打擲にあふ所の思入り大当り。其後男之助が心腹を聞とり。竹のひつ
ひつそぎにて。仁木をさしつらぬき。本心をあらはし。乱世の時。傍病ものもあほうもなければ
ならぬ。玄徳并孔明が謀じやとのはね。見物悦びの眉をひらく。さて四番目唐士蜀の闇羽
雲長の掛地の抜区の姿となり。馬に乗り大髭青龍の太刀陣を振まはし。舞台のはたゝき。
行に山宿久国を亡し。大切まで一ツとして。てんうつべき所なし。上方の評判誠に役者の氏神なり
むすめそがかいぢんやしい
と妓鑑に記しあり。同寛保二戌年春江戸芝居にては正月二日より中村座娘普代制
娘曽我凱陣八島赤沢
村の長十郎に沢村宗十郎。ひたちの介より国中村新五郎。工藤左衛門松本幸四郎。近江小藤太
鳴見五郎四郎。あふみの源五中村助五郎。そがの一万瀧中歌川。同箱王沢村寺の井。冠者
ときひら佐の川市松。鬼王新三郎市川周蔵。弟団三郎若大夫中村勝十郎。二番同小性
吉三重の井。八百屋久兵衛新五郎。娘お七中村富十郎。ござへもん伝吉幸四郎。かまや
武兵衛大谷新左衛門。八百やでつち三太郎嵐音八伊東祐清宗十郎。女房おたる佐の川
万兼。一子千次郎に市松。大磯のとら冨十郎。一番目に鶏の所作あり。小磯のとらに残ら介
二ばん同富十郎お七にて。市松音八夜の編笠の所作。浄留り江戸河東大評判入帰り。
此時松本幸四郎。夢の市郎兵衛。本名東の次郎。実事男主大当り。評判記に
ふじみるさとさかへそが
工藤左衛門彦三郎
冨真里栄曽我
実悪み部巻頭位上上吉となる。同春市村座
十郎祐成宇左衛門。五郎時宗市村満蔵。願ひなに坂東又太郎。対面之時祐経人西府を
煩ひ河津が顔に似て。時宗に詞をかはすゆゑ。工藤河津の執心に成仏あれた敵討の御
束して。五郎に赤木の一腰を渡す。時宗計りのたいめん。人面疔に座本宇左衛門ぴだのだの杉の
ものより。顔を出す所おそろし。瀬川菊み丞けいせい高まどの役。祐氏と今様七事
化の不作。広治は箱根の畑右衛門。本名鬼王新左衛門。叱りにて友切丸せんぎの為。女ぼう
およねに瀬川菊治郎。両人往来の者の刀の柄をぬき銘を見たがる思入有る。大磯にて北條
の酒宴の場。朝ひなに双ゆかんと願へどもかなはぬゆゑ腹をきらんとするを。女房がとゞむる
によつて。椎の木の手水鉢を挙にて打割ば。河津がさいごに射つけたる。答の矢の根上見
あらはし。夫より朝ひなに成行。のちに大磯の虎が石の下穴より鶏の声をはつする。友切
丸の有としる所大評判。此狂言近江は幡なし。中嶋三甫右衛門本名鬼王庄司左衛門にて。
赤沢民部左衛門と改。工藤に奉公して実悪。後に工藤にころさるゝ。三番目瀬川菊み京
こうはゝやはらぎそが
紅白和曽我
源の頼朝中村七三郎
石橋古今大入り大当り也二月四日より河原崎座へ
団三郎津打門三郎。工藤祐経坂田藤十郎。月さよ辰岡久兼。役者無人にて不入なり。
中村座。狂言「契情十二段此犯言どつとせずして。切に勘介島を出し。評判ばかりにて不入也。
七月十八日ゟ
めをとほしさいはひなご申
女夫星福名護屋
山三郎に宗十郎。伴左衛門に幸四郎。岩見太郎左衛門下り
中山新九郎。仁木入道大石新左衛門。惣領甚六嵐音八。まし田甚兵衛佐の川市松かぢ
源五左衛門中村助五郎。荒獅子男み介市川団蔵。かん林のおくらさの川万菜。かつらき中村
のちつきあづまあふぎ
のちつきありまあふき
後の月五日妻扇
冨十郎。新五郎はいです三番目に
名残犯言中山新九郎。大和国新たら狐所修
へひとかなてふたやう
ひとかなてふたやう
大当り也九月九日より市村宇左衛門座二年御築丸」長崎かげゆ左衛門大谷広治だきの蔵人
坂東彦三郎。早咲瀬川粟治郎。大森彦七中嶋三甫右衛門。本間三郎市山伝五郎。粟生一
左衛門坂原又太郎。ゑつとこなの新左衛門松嶋茂平治。志の塚五郎市村満蔵。片桐弥七
市村宇左衛門。女房向たへ瀬川菜之丞也。菊之丞眼病に付しばらく不出。評判ばかり
けいせいあかさはやま
けいせいあかさはやま
領城赤沢山
にて不入也。同顔見世中村座
藤九郎盛長実は源のより朝宗十郎。股野
五郎大谷廣治。伊東入道松本幸四郎。懐島権藤八松島茂平治。大場三郎実は
門覚大谷。新左衛門。真田与市佐の川市松。まんこ御前佐の川方菊けいせい高砂富十郎也。
此類見世瀧中長川頼朝にて。実は藤九郎盛長。伊東が皷めて元服して伊藤に幸四年
山木判官中村助五郎。両人のすゝめにむほんを企る所。舞台において元服のかつらに成
是より三が川四郎五郎と改名いたしますこの口上今まて入歌の紋を
宗十郎弟子となり。又養子となる。二代目沢村宗十郎是也。一ばんめ広治股野にて。
河津がさいごと聞。位牌を持て赤沢山の角力物語りして。まん二旧前万菊としうたん
大出来。次にわが鷺より普賢の像をいだし。高砂富十郎と連立。盛長にあふまて。
は町人といふ幕大当り。二番目宗十郎七三七兵衛といふ町人我まゝとて方〳〵にて追
出され。店を見立に。雪の中を火燵にあたりながら出。女房おはる嵐富之助が贋気。。
を見だし。くゝり枕の中より白籏を北条よりもらひ。其後長町の宿へ店かへて二階に居
かへせしは広治にて伝九郎伝兵衛が女房は。云かはせし辰姫冨十郎ゆへ。仍てことひはら
たてば。女房おはるりんさして。夫婦けんくわ。二階よりとりさくにおりる。二階よりは飯を焚
とて白水を引窓よりこぼす。いろ〳〵のおかしみ。誠に名人上手のより合と。評判次に
松島茂平治家主茂右衛門を。伝兵衛打擲して馳言にゆきとむながるおりしみ。跡に
て辰ひめ富十郎伝兵衛とは。訳有て表向ばかりの夫婦と物語して。七兵衛互に
野さき
自害する。いづれも
菊川
筆をときし所へかへり。まゆるなりと伝兵衛いふゆゑ妹おゆり難情自害する。いづれも
愁歎有てのちに。不義者なればと。伝兵衛七兵衛が髪をきる。驚の観音の
尊像出て。寔は源の頼朝となのる。その勿躰あつはれ大将と見ゆると評判今の
世までも古老の物かたりを聞伝へていふ大当り〳〵。同題見世市村座は「振袖信田つまし
安信宗任坂東彦三。あべの貞任市川宗三信夫藤太娘宮ぎの瀬川菊之丞鳥
の海弥三郎市山伝五郎。鎌倉の権五郎坂東又太郎。八まん太郎市村満蔵。あべ
の安な市村郎左衛門。女ぼうくずのは下り尾上兼木五郎。二やゝ鳫金のお成。同女たて雷の
お庄冨沢辰十郎。両人宗任彦三郎より。兵法の印可をゆるしの所大評判。菊六郎
狐の所。作戸屋の道満に中嶋三甫右衛門。たつちゝ太右衛門に嵐音八なり。河原崎座は
凱陣太平記畑六郎左衛門に市川海老蔵。新田よし貞中村七三郎塩谷判官三條勘太郎。
長崎かげゆ左衛門坂田藤十郎。片桐弥七露屋南北。花鳥のまへ嵐喜代十郎。句当内侍
山本享蔵。楠正行市川団蔵。口上に正成は中村座にて相果ました。父に寄ませぬやうに
御ひゐきを願ふといふ。海者蔵直新左衛門のやつし。篠塚角かづらの著事あり。役しや
無人之所。一両年見ざる海老蔵と。錐をたつべき所なき大入り大当りなり。当年
かちときまんざいよく
表寺万余楽
勝時万歳楽
牢人笠原丹平に中村哥右衛門初而出へる寛保三亥年
霜月京都中村喜代三座
かどみどりときは
春中村座
門縁常盤そが
小林朝ひな大善広治京次郎と重忠二やく沢村宗十郎
丹藤左衛門祐姓松本幸四郎。いなる娘よね中村富十郎。山吹御前佐の川万菊。又郎
時宗佐の川市松。十郎秋氏歌川四郎五郎。大磯のとち嵐富之介。八幡の舞
中嶋勘左衛門。梶原源太太郎左衛門。のり頼に中村助三郎。二番同お染に富十郎。
はるのめけぼのくるは
十郎祐成宇左衛門。五郎時宗
春曙廓そか
久松に佐の川市松。大当り同春市村庄兵家生十郎祐成宇左衛門五郎時宗
市村満蔵。工藤左衛門市川宗三。鬼王新左衛門市山伝五郎。月さよよ沢村哥兼とら
三郎嵐喜八朝ひな坂東又太郎。鬼王むすめおむつ嵐玉柏。冠者のり頼坂東
彦三郎。大磯三浦屋のおみつ瀬川菊之丞にて。狂言はつきと評判もなかりしが。三月
より二番目釼沢の鳴神比丘尼瀬川菊之丞。同宿白雲尼沢村義兼雲尼瀧
中寄野。同古や弟斎藤五国たけ尾上菊五郎。若衆にて鳴神の狂言大当七月迄
大入り。七月十五日ゟ曙そがの名類にて。後日飯名嘉東鑑。熊谷の小次郎直家彦三郎。
宇都宮蓮生宗三。あつもりのみだいそのをの前菊五郎。お玉が池のたま瀬川菊みぜう。
鬼玉忰鬼次郎国つゞ市村宇左衛門也しが。評判うすし。中村庄は今年大坂天王寺聖
〽女まともろこしめはせか
にちらせうぐん
大和唐合鑑
大和唐言鑑
徳太子江戸湯島天神にて開帳ありしを持込。五月五日ゟ大知唐
広治。いなめの大臣沢村宗十郎。守屋大臣の霊と守屋娘笠継市女二役松木幸四郎。
弥陀次郎に歌川四郎五郎。花染しん王佐の川市松。横かみの王子中村助郎。稲自
日羅将軍大谷
小文治松島吉三郎。飛騨たくみ松しま茂平治。い二まの宿祢中島三甫右衛門。聖徳
太子沢村重の井。しらゆふ姫嵐富み介。浮むせの八郎兵衛沢村宗十郎。女房まく
実は天王寺の女狐中村冨十郎。お守り伝兵衛実は天王寺の男紙。此狂言は評判は
よく下へおちざるゆへ。二ばんめ大経師おさん茂兵衛四郎五郎冨十郎両人にて勤る。
きちれいさゝきあふみ
吉例佐々木鐙
七月十五日より中村座かはり「地」広治馬かたの彦惣冨十郎まごの小六比企
の判官助五郎にて広庭の大たて大当り。此時より助五郎評判日にまし出。世社慶治
今川了俊大当り。松本幸四郎ぐわんでつ大当り也。市村九月九月九日より
岸宮内に坂東彦三郎。一子大岸ちから佐の川京七。宮内女房たかせ瀬川菊之丞。仁木
弾正左衛門中嶋三甫右衛門。家老須藤一学市川宗三。細川しゆめみ助かつりと市村まん蔵。
原藤右衛門冨沢辰十郎。女房から京尾上菊五郎。折部佐次兵衛市山伝五郎。佐藤。
与茂七佐の川千蔵。潮田勘之丞大和川伊三郎。かざま金六玉沢みちのく。宮崎弥太郎
松島喜代まつさやの半平。嵐音八女房まきふで。嵐玉柏長谷長大夫。中村八十宮
高松半六仙国左十郎
是後二坂田
一半五郎
貝原喜助生島又蔵。瀧林定七村上常五郎巾
足軽寺沢市右衛門に市村宇左衛門にて。大評判大当り也。
此大臣伝は享保十八年丑十月。大坂豊竹越前様座。浄瑠璃理右臣金短冊並木宗助
他にて流行しを。江戸にて作りかへ。享保廿卯年中村座。鎧桜故郷錦といふ狂言に大沢
宮内の使沢村宗十郎勤る。是を始とす。又此年津打治兵衛組にて市村庄忠臣いろは軍士
一徒大嵐宮内の役。坂東彦三郎勤る。両人名人上手一二のはじめ也。
右同沢村字十郎大坂中村十蔵庄へ登る。都見世中村庄屋久平九足利尊氏広治。問直義中村勝十
郎。こだのご天皇茂平治。村上彦四郎市川遠蔵大坂大塔官やらみじ。大弥女房ともぎふしぼみ置。測べいがの守
坂東又太郎
大森彦七の役。いがの守が天王宮両所を手ごめにして。首を打んとする時御所車の一
改名して
勘左衛門。大谷鬼治
中ゟお助け次郎専氏大坂の火に契るを。尽し時。穴の一分立んとて。赤ぬり立上下のはざをぬぎ。数をしらべ人を知るをしらべ人を知る
次に馬の沓を持て尊氏へ謹言の所大評判。海老蔵は篠塚の役一ばん目尊此我意にほこり句案の一
内侍勘沢才次郎。とのゝ兵衛妹しらゆふ。両人をねごめにし。青龍刀にかけんとする時。楊幕の中ゟ
矢殿を射かけたり。孫六入道矢水をひらき見れば暫といふ文字也。時に高氏暫とは何やつだやい
と声かゝる。しばらく〳〵と害例の柿の素袍大太刀角かづらの出端尊氏にむかひ三口
悪清濁のかんげんして。両人の女をたすけ。青龍刀をもらひ。義貞の供して帰る所。
外たぐひなしとの大評判次に。
浄大薩摩主膳太夫
一瑞同若太夫山石盛
後藤親
理ワキ多仲
三味線杵屋喜良
市川海者蔵
第一番目
大詰に仕候
二代目
団十良
後に
海老蔵
大塔宮熊の落の所。一番の関芋瀬の庭司明見五郎
四夜。日月の籏を取悦ぶを。何がなしに引たくり。首打落し大勢
切伏二番の関玉置の庄司に中嶋勘左衛門。金冠を取尊氏へ
上んと来るを。道にて出合又々金冠をばいかへし鉄の棒にて木戸も
やらいも打くだき。第三番の聞しゝがせの庄司に大谷龍左衛門
大塔の宮に縄をかけとりことなしける所へかけつけ。
大勢を打ころし宮の縄をとき御供して。四番の関あぜ川の
庄司に市川勘十郎。五番の関守湯川の庄司に沢村喜十郎
関所〳〵を打やぶれば。尊氏に慶治。われは魏の曹禄也と名古
馬に打撃に出る。大森彦七に鬼治。尊氏に諫言する所へ。石兎馬に似
たる紅梅くり毛にまたがら。海老蔵われは蜀のびせんぐう関羽也とい
ぜん賞し。青龍刀を持出。宮と持明院と引かへにし両陣わかなゝ処。花やか也
同二番目海老蔵。戸野の兵衛にて。呉服に山本京蔵。とのぬれ事有て。書ひ是也
の女房よもぎふ菊の丞にあひ。越し方の咄しするを実の夫竹原大弥太広治
見つけ互に結ひらきあり。後は笑になつて。扨義貞より拝領せし高時と額に
焼印のある犬を引出して。大弥太に見せ。一ぞくのうちに高時一味の者ありとさとり。
さま〳〵当言いひ。次番入礼義の時。大弥太が刀の柄おのれと落るをあやしみ。いつの
まにかわが刀と大弥太が刀の身入替りあれば。義貞の仰によつて。鬼功を帯し。
鬼丸の刀詮義する所。はうらずも大弥太が刀とわが刀がつたいするからは。扨は鬼
丸にて有たよな。大願氏捨有がたやなア。と悦ぶ仕内。おそらく三ヶの降に真似する
ものもない。。。ヨ市川あづまの名物富士に添ての海老蔵と。評判記にあり。太閤
廣治天上上吉トなる。此年の評判記。板元京二条通り寺町鶴屋嘉右衛門。
石尾太平記
石尻太平卯
正本屋九兵衛。八文字屋八左衛門なり。同年市村座
いしすへたいへいき
びんごの三郎坂東
彦三郎。長崎かげゆ左衛門松本幸四郎。よしさだ民民谷十治郎。高時入道中嶋
三甫右衛門。篠塚市村清蔵。楠不博本名二階堂出羽入道市山伝五郎。はり
売おいと尾上粂五郎。赤松則祐嵐音八。楠むすめ菊水下り瀬川菊治郎。
はなとそほひあづまかみ
花時餝束鑑
畑六郎左衛門市村宇左衛門なり。評判ばかりにて不入。河原崎座岡崎源
遠藤武者盛遠坂田藤十郎。工藤金石丸三條勘太郎。佐渡判官仙国彦
十郎
二代目
半五郎親也
なくくさわかやぎそが
半太夫役者不足にて不入なり寛保四甲子年春市村座
七種塩雪我
工藤左衛門祐経
坂東彦三郎。そがの十郎市村満蔵。五郎時宗尾上菊五郎。小藤太忰近江
の源五郎市山伝五郎。祐経内方辰夜叉御ぜん松本幸四郎。鬼王新左衛門市
村宇左衛門どう三郎嵐音八。三浦の高尾と八百屋お七二役瀬川栄治郎。三浦
屋小柴と小性吉三二役尾上菊五郎。男立本郷かまやの武兵衛中むら
助五郎。さぎの首太左衛門大谷広七。湯島の男立糸びん三郎兵衛。本名あさ
ひな中島三甫右衛門。工藤祐経ひよくのさつま櫛せんぎの為に。さつま源五兵衛門
と名をかへ廓へ入りこむ。高尾が風情を見て木曽の常世の姫と見あらはす
所あり。終に高尾が首を打。それよりやね仕合。宇左衛門弁長にて武兵衛に千鳥
の血し酒を呑せられ。お七に執ひかけて追来り。吉祥寺の裏門にて。辰夜叉に殺さるゝ。
次にお七やぐらの太皷の所。菊治郎大当り也。三番。高尾幽魂さんげの段。市村
満蔵勤る。長寿坂田兵四郎。松島庄五郎。松島藤十郎。三味深杵や新右衛門。
弥七。太田三十郎。須川幸四郎。小つゞみ宇野長七。大つゝみ大田市左衛門。ごさう藤田
平右衛門。笛西村三四郎。会田庄八。たいこ山名文治。藤田助三郎。何れも出うた出
囃子にて並ぶ。兼治郎お七にて夢ともなく。土手の道哲へ迷ひ来り。高尾が
家のまへに一人居る所へ。うしろより白き紙のすがたひら〳〵といで。下へ落きへる
しかけ。下より市村満蔵契情すがたにて出る。トしやうごのおともすみわたり。
なほなつかしみ宮戸川と諷ふ。此哥今もはやり。七十年のむかしを思ふ。つぎに
おせは木曽よし仲のわすれかたみ。常世の姫がいもふとなると聞て。なげきふしたる
所へ弁長がれいこん骸骨出て。恨をいふ。宇左衛門がいこつの所作。浄留り村薄
恨の白骨幸四郎。辰やしやの大でき何も大当り「寛保四四寅年」二月十五日。元祖
中村勘三郎より。當年まで百二十年の壽市川海老蔵。大谷広治。舞臺
において猿若の衣裳。金の麾を披露し。家の狂言門松。泰平の綱引。三日があいだ
法楽同甲子年春中村座「磯末興源氏ゑんどうむしや益遠市川海老蔵。鬼王新
左衛門大谷広治。ひきやくいなばの大八。実は二藤祐経市川宗三。又野の五郎大谷鬼
治。真田与市市川団蔵。源のよりとも歌川四郎五郎。源のわたる中村七三郎。
けさごぜん玉沢才次郎。牛若丸と二役にて。一番目渡辺の橋のわたりぞめ。海老蔵
もんがくにて贋斎堂の出たち。五條の橋の見へ。平の宗盛大谷龍左衛門。そがの一万
瀬川金弥。弟箱王坂田新太良子役にて兄弟を勤る。鬼王に庶治そりの太郎祐信に海前蔵。
両人遣陣で出。工藤宗三に対面の所めづらしき評判。二ばんめ江戸男立白柄組。つび
城の蛇五右衛門に市川勘十郎。同なまたこの金五に沢村喜十郎。同小はだ小平治に
坂東磯五郎
〽小はだ小平治といふ役しやあやあやしき咄
同一時清。兵衛市川新四郎。江戸男主の
あるようにいへど此時男立の名にあり
親なばんずい長兵衛大谷広治。大坂男立怠塚組。やいこの千太市川助五郎。
同へその庄三北国や京五郎。同まだらの文六市川久蔵。同あんだら平兵衛
市川金三。大坂男立の親分恋塚門兵衛市川海老蔵。小性梅之丞に玉沢半治。
ばんずい長兵衛。梅み丞へむたいに衆道をいひかけ。恋塚の門兵衛と出入立合の
ところ大評判大当りなり。同中村産秋狂言東山の後日おちよ半兵衛
浮名の毛氈に菊之丞七三大あたり此時菊み丞半兵衛をおもひにたへ一
かね鉄櫛仙人のしゆこうにて我気を吹出す此つゞき廿八丁の裏にあり
こまとりこひのせきふだ
駒鳥恋聞札
大谷鬼治
玉沢才治郎
瀬川菊之丞
道行
所記
此浄留理すんで次に矢矧の長者やしき。じやうなり御前に瀧中初瀬梅三郎に方次郎
しうげんの所へ。おろく栗み魚。嫉妬にてさまたける。海老蔵鬼治いろ〳〵いけんする所あつて
二人を立のかせる。夫より菊之丞おつかけ箱根の鐘供養にて。道成寺の所作大評判大病
り。長者の後家に新左衛門にて。中村七三郎。男めかけに目見への所。見物はらをかゝゆる〽そなたは勘三の
芝居みやつたか。龍左衛門といふ美しい女形が有といふといのふといひしは此時也。浄留り両太夫
一日替りに
相勤申候
百千鳥娘道成寺
ワキ宮古路志妻太夫
宮古路文字太夫
三味線佐〻木幸八
文覚胎蔵界鉄拳二代目市川海老蔵
元祖大谷広治
弁慶金剛界握器
元祖瀬川菊之丞
舞姫風流望月
ワキ宮古路敦賀太夫
宮古路加賀太夫
三味線竹沢平八
元祖市川ゑび蔵
此狂言道成寺
所作のはじめ也
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
女人
勢州
元祖菊之丞
元祖廣治
後に市川八百蔵定花
海老蔵弟子となる
狂言。松島茂平治倅松しま吉三郎。
すなはち栗之丞
がすがたにて。破風より向ふ桟敷まで中のりあり。むかしは鬼女幽霊なぞの時は。
中のりとて。雲に乗りて行く事あり。近頃尾上松助。九尾金色の狐にて勤る。
かいひやくしちまかはでう
せきとり
開闢今川状
当二月廿八日年暦改る延享元甲子年七月十五日より市村座開闢今川此関取
雷鶴之助市村湛蔵。かぶき女太夫元お国瀬川菊次郎。ぎおんのおかぢ
尾上菊五郎。山名宗全松本幸四郎。赤松だん正市山伝五郎。二番目羽
生村かさね市村宇左衛門。与右衛門に伝五郎。同娘おきく岩井森代太郎。むこ
金五郎嵐音八。くう元和尚満蔵。角力取八角八蔵中村助五郎なり。
しやうるさかおきなかたきうち
後。日浄留り。紀川家臣近藤隼人坂東彦三を。広瀬官左衛門幸四季四夜。
かけ物の軸に仕込し鎗にてころす。隼人妻その巻菊五郎。女太夫となつて
尋ね。若とう与五郎に音八同く辻浄瑠理を語り。幼き主人をかいほうし
奴林平二役。彦三助太刀。官左衛門奴でん助市山伝五郎。隼人弟清蔵沢村盛五
節也。此きやうげん評判よく。何茂大當りなり。霜月市川団蔵。大坂中村土蔵
座へ登る。後者大全に。延享三年と有は兆なり。
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
元祖
坂原彦三郎
大きく
え相
市山伝五郎
嵐音八
上菊五郎
ふたひきにしきのまんまく
沢村宗十郎大坂表評判。去ル寛保三亥霜月中村重蔵座
二ツ丁
二ツ引錦帳幕
足利より菊の役桶のたがかけのやつし。吉原通ひの色はなし有て。後赤松弾一
正に巾村新五郎。御正印を盗しを取りかへすまでの仕うち。誠に上手と評判計
〽もんくちよろいかさ
大門口鎧龍張
美濃国いなば山の城主斎藤正九郎
にて不入なりしが。翌子年春
右大門口鎧葉岩
なれど。柴田の家従民部太郎と名をかえ。軍用金集るため。いろ〳〵の術をし
又二番目に万能芸指南と机を出し。浪人ものにてをしへる所大当り。四番目堀住
といふ贋座頭の油売り。たいこ持の仕うち次に非人の縄付を預り。終に味方ニ
付け。月代を剃やらるゝおかしさ。よせ大鼓の音を聞て。主の娘外山野を助けんと
思ひ捕人四方をとりまくと聞。油桶より装束長袴の下を取出し。改て姫を
表へ落し。油ひしやくを持て。一階より砂の上へ。昔見し垂井の水はかはらねど。
我が姿はおとろへにけりと。落行先を数らるゝうち。二階はせり上げ。追手に
気をくばり。十蔵北条真九郎に出合。頭巾をとり京かづらに成て。斎藤山城入道
龍興と名告り。大内義弘に召出されし。油売の物語有て。荒治郎姉川千
蔵を殺し。中村十蔵と重ての見参と主別るゝ所。江戸風の立派見事〳〵
と大声判大入りなり
寛保四年甲子二月年号改「享元甲年木挽町河原崎仮芝居之処。霜月ゟ
いかしやまばんだいのわたまし
陳万代移徒
森田勘弥再興顔見世
不破伴左衛門松本幸四郎。なごや山三郎に
三條勘太郎。かのゝ哥之助哥川四郎五郎。けいせいかつらき山本京蔵。何も評判
くわてうたいへいき
花鳥太平記
よし。中村座は
ゑんや判官中村七三郎。大とうのみや中村勝十郎。ゑんやが
妻さよ哀瀬川菊治郎。もろのぶ市川宗三。和田の五郎に佐の川市松。薬師寺
次郎大谷龍左衛門。とたいこを打ながら。大したてあり。長崎次郎に大谷おに治。
女房呉竹瀬川菊之丞。しの塚五郎萩野伊三郎にて。顔見世目見口上の
所。呉竹楠が後家と偽り来るをとらへ。かはひ。ものやこちよれ。といふ加へ。かわいの
物の惣本寺市川海老蔵顔見世の御礼と。声かけ出。両人の紋付たる扇を
立り来年中は随分あづれ給へ。我等は楽をいたすべいと。若手にゆづる所よし。
兼好法師にて。毎日舞臺にて狂歌。その一ツ二ツをしるす。
〽ほたけ〳〵。いなりの役者。邪役し。なげるみかんに。当る顔見世
かほ見せは。勘三がよいと。飯田町。評ばん町のうらおもてまで
〽鍋町の。人と釜やお若衆を。へつゝい河岸で。待合せけり
二千片桐弥七伊三郎。しの塚いがの守にて鏡を磨。内侍所の由来天晴き候事。
桶が後家菊之丞を。長崎が女房と悟り。娘が首切て。めが孫三郎へ渡し。其後
鬼治兼み兼両方より切かけるを。三弦ひいて帰くどきのたて有り。大語成田山
殿造源氏十二段
石の不動。柏建ゆるしの狂言。大当り大入り也。市村座候に。数盗浦氏十三段盗賊張本一
熊坂宗兵衛。本名伊勢三郎沢村宗十郎。同女房藤浪鼠富之助。渋谷合合。吉夫
市村満蔵。鬼一法眼坂東彦三ときはごせん尾上兼五郎を。うごに乗せ。忠のぶ
宇左衛門。宗十郎。両人かごかき。後に名乗り合所大評判也「延享三丑年春中村一
座。同五郎一十郎祐なり七三郎。五郎時宗伊三郎。伊三郎。朝ひな鬼治。巴ごぜん大
谷龍左衛門。清水。冠者佐の川市松。頼朝中村勝十郎。工藤祐経宗三。妹しら為に
に栄治郎也。海老蔵贋工藤本名景清にて。漁師白龍宗三尺の羽衣を一
持来り。かげ清に首を打れ。その首女房通路菊之丞に。ことばをかはすところ。
おそろし。後に栗み丞けいせいとなり。とんぼうり七兵衛が持し。羽衣をとらんと
ぬれ事。天帝のとがめをうけ。五裏のくるしみ。一人の狂言有り。三番目に天人羽
はつてよみことふき
はつてよみことふき
衣の所作大当り大入り也。市村座へ
同打戸初暦寿そがし十二代
初医寿そが
十郎祐成宇左衛門。五郎時宗満蔵。改
名して市村亀蔵。工藤に三甫右衛門。重急に彦三郎。あこやに菊五郎也。宗十郎は油屋
庄九郎。本名景清にて。大磯のとらは重衡の姫昌なれば。座頃の姿となり。姫を落
さるゝ所。でつち長七を殺し二百両の金をとり。ごんさい坊主助五郎にしがいを売り立
はるかすみおもかげ
春霞柿そび
のゝ迄上方の通り。江戸にては大てい也。森田座は
坂東太郎。松本幸四郎。
あづま治郎に歌川四郎五郎也。武内宿祢辰十郎。此狂言そがの老母藤村半太夫
鬼王坂田藤十郎。両人妻恋のいなりに籠り。神代のむかしを夢に見る狂言也。中村
座
すへひろいづにつき
扇伊豆日記
熊野弁真海老蔵。鬼若丸鬼治。振袖にて荒事あり。ゑぼし折の
五郎作本名股野五郎下り藤川平九郎。近江の小藤右に宗三宗三。ためしもの土飯場
俵のとて大当り。河津が後家に菊之丞。二番目鬼王新左衛門鬼治。一まん箱王
を連掌にこゞへ乳貰ひ。風折に菊治郎。蝦蟇石より一ツの気立を見る所。何も六々
当り。中村勝十郎中村伝九郎と改名。奴丹前さんやれおばゝの所作。供の奴中むよ
仲蔵。子役にて勤る。生年八才はつ舞たい市村庭一婦橘親祐監新田よらさだ定十郎
大森彦七彦三。松浦五郎伊三郎。はたの武文市村亀蔵。大たちだん正助五郎。白藍
のないし菊五郎。梅つま菊水下り芳沢あやめ。此時大こんつけの狂言あり。幸四郎
ねのいの小弥太郎川四郎五郎。土肥の弥太郎坂田藤十郎。政子の前沢村重の井伊藤
九郎に三條勘太郎。何も評判よし。此都見世中村座へ兼木次郎弟子瀬川金吾はつけ
後に錦次又四代目臺十郎弟弟子となつて。宝暦七丑年より市川武十郎。夫より。京大
二年。江戸へ下り宝暦十二午年源五郎と改未年高麗蔵と改。安永元辰年松本安
ふじのやきとろぎ
富士雪年貢そが
立役和事上手と評判ある延享三戌春中村座
があふみ八幡み介本名京徳
海老蔵。祐経宗三秋なり中村七三。時宗鬼治。朝ひ反伝九郎。両人勤役也三浦やの片。
栗之丞。団七九郎太衛本名樋。次郎大磯やへ入聟にて。女房お菊夫のため。衣類を製を製
に入。姑に悪口せられ。無念をこらへ。母へ証言して。次に酒をのまんとして。さんぐじゆのわれしより。
妻と知り。手代勘兵衛が口へつぎを。ころさるゝ所手つよし。栄治郎無間のかねのやつし
菊み悪けいせい片貝。影のわづらひの所。思はず委酒をのみて。影の姿きへ悦ひ度仲
の妹朝日のまへと名のり。樋口と木曽どのさい。この物語の所大評判。海老蔵芦の葉の
きくはむかしそかものがたり
工藤祐経坂東彦三そがの十郎伊三郎
聞伴昔曽我物詰
達磨何れも大当り也市村座一
八郎市村亀蔵。あふみの小藤太中村助五郎。鶏合の対面伊東九郎宗十郎。文売の
およし芳沢あやめ。神鐘の徳にて狐の姿をあらはすへ所よし。森田座。人御弓堂に暮じくまを
長範松平幸四郎。佐藤次信三條勘太郎。忠信歌川四郎五郎。二番目桜ひめに吉田
幾四年。消玄松本幸四郎。大評判なり。二月三十日築地より千住まで。大事。堺町
ふきや町やける。普請出来五月より中村座新らす寒物そのべの兵衛。百姓五
平治。鍛冶正宗三役。藤川平九郎。さい崎いがの高宗三。そのべ左衛門中村七三
奴妻平中村伝九郎。うす雪ひめ玉沢才次郎。五平治女ぼう瀬川菊治郎
夏芝居大当り。九月名残に舞台にて。平九郎海老蔵に顔の隈どりを
受る狂げんあり。同市村座狂言作者。津打治兵衛工夫にて。浦島太郎七世を。
人皇五十五代文徳天皇の御宇仁寿元年。時の武将は六孫王経基より。人皇八十
代高倉の院の御宇治義年中。源のより朝まで。三百廿四年の事一日の狂言。
やあらたんなの御じゆ命もふさば鶴は千年
いちのとみせいはねんだいき
亀をたすけし浦亀太郎は源家のてうそ
六そんわうよりよりともまで七世のまご
内村座
に相生のふりわけかみのとうせいそめしんたゝの
御なぐさみに二十五番続に改御目に懸申候
よりみつ元祖
荻野伊三郎
たつやしや八代目
市村羽左衛門
せいめい元祖
沢村宗十郎
つな元祖
坂東彦三良
つながおば元祖
芳沢あやめ
芝居年代記
高山
おさよ
尾上菊五良
○三一
浦島太郎。辰やしや御前。鎌倉権五郎三役。市村亀蔵。浦島治郎と酒田の
金時沢村春五郎。あべの清時と浦島五郎沢村宗十郎。渡辺の網と島五郎
坂東彦三。わたるべがおはご上純友が女房芳沢のやめ。源らいくわう。田原藤太浦亀四郎へ
荻野伊三郎。浦島四郎女房おさよ尾上菊五郎。鳥の海弥三郎。浦島はゞに
中嶋三甫右衛門。すみ友と。将軍太郎。中村助五郎。あべの頼国嵐音八藤原の忠夫
と浦嶋三郎沢村喜十郎。伊賀寿太郎。たけちの源太郎。坂東又八。あべの宗任あらし
三四郎。下略此きやうげん幕毎に出て年号は何。時の武将は誰。何帝の御宇。何代
目の浦嶋に西なり升る。と幕の外へ出。口上に述るめづらしき事故。大評判大入り也
中にも坂東彦三当り也裏月より大坂若女形。嵐小六下ル。芳沢あやめ中村庄へ来る
沢村重の井沢村小伝治と改名。菊之丞。栄治郎。市村座へかへる。京四条良悪山本
享四郎。大坂立役岩井半四郎下ル。沢村善五郎。字十郎迄改名。宗十郎長十郎長十郎長十郎長五郎。字十郎迄改名。宗十郎長十郎長十郎長十郎長十郎
と改しが此類見世粂太郎座「いろは軍談」大岸宮内の大々当りなり。是を見て。是を見て。竹本
左浄瑠理に。竹田出雲作にて。假名手本忠臣蔵後寛延元年辰八月十四より。興
行す今に芝居の独参湯となる中村座にては嵐小六花子の所作。市川宗三
庭誹り宗二朱本名かげゆ左衛門となり。見だしのたて。花〳〵しく大出来也「豊昌年
へたまくしげよそほいそが
玉櫛粧曽我
春市村座
○小柴かもんと八百屋でつち弥作岩井半四郎八はたの三郎
山本享四郎。八百屋お七荻野伊三郎。下女お杉瀬川栄治郎。小姓吉三郎瀬川
菊之丞。五郎時宗市村亀蔵。釜屋武兵衛中島三甫右衛門。額の小さん佐の川
市松。工藤祐経中村助五郎。伊三郎佐のゝ次郎左衛門本名樋口の次郎也。ほんの
治郎左衛門助五郎をころし。後に八ッはしにて大たて。けいせは八ツ橋菊治郎が首。
かきそめやわらぎ
朝日の前の身替りの場古今の評判大当り也。中村座は
書初和そが
悪七郎兵衛
京清市川海老蔵。朝ひな伝九郎。工藤祐経市川宗三。十郎祐なり七三。五郎
時宗花井才三郎ざの屋治郎左衛門大谷鬼治。そがの国三郎松嶋八百ぞう。
かげ清女ぼうあこや芳沢あやめ也。市村の評判よくして。二番目に嵐小六。中村
七三。おふさ徳兵衛。浄留り桃撰重井筒。宮古路文字太夫。忠妻太夫。小夫
字太夫。并に伝九郎。あやめ。才三郎。吉原万歳未にいたり。草橋町人鑑。豊竹
すがはちでんじもてならいかゞみ
嶋太夫。三味線竹沢平次郎勤る。夏狂言中村座
嶋太夫三味線竹沢平次郎勤る。夏狂言中村座吉原御覧御覧かんせう〴〵七年
判官代てる国花井才三郎。時平中嶋勘左衛門。松王丸大谷鬼治。女ぼう千代嵐
小六。梅王丸中村伝九郎。桜丸嵐に六。女房八重沢村小伝治。春に玉沢才治
此時中通りなりしが後々
白太夫市川宗
郎。すくね太郎勘左衛門。奴宅内仙団左十郎。
二代目坂田半五郎是也
三。みだい千里御前と。源蔵女房となみ。芳沢あやめ。よけで源蔵と。四だん日の
雷神二やく。市川海老蔵。何れも大当り。市村産も同菅原かんじやう〴〵岩井
半四郎。藤原の時平中嶋三甫右衛門。桜丸伏の川市松。同八重あづま東蔵。
松王丸中村助五郎。女ぼう千代瀬川栄治郎。白太夫山本京四郎。すくね
太郎沢村喜十郎。武べ源蔵おぎの伊三郎。女房戸浪嵐富之助。梅王まる
市村亀蔵。四段目作りかえ菊之丞女菅匠相の大評判。しかし当りは中村唐也。
此時操座豊竹肥前掾堺町に新芝居立り。菅原大当り。夫に付かぶきにてこう
ぎやうす。五月大谷広治終る。円頓院顕理日證
浅草寺町
大専寺
手綱染のいせうをきし
嵐六
ゆへに六染とてはやる
伝曰嵐に六は。俳名紫朝といひしが。江戸へ下り柏筵にしたしく。いとまあるときは
はいかいを楽しむ。されば柏筵より雛助といふ俳名を貰ひ。筏に水魚のまじはり
風雅のともなり。時に男子を談しより。その名を雛助といふ。生長して三ヶ津名
人上手と呼れし眠獅とは是なり。
えどむらさきこんげん
森田座へ
座
森田座。江戸麓おそがし幸四郎蒲の冠者のりより。二役土左衛門伝吉にて。荷桶を
かつぎての出。お七吉祥寺のらんまの天人に飢たるといふ狂言。山本宗蔵小性吉三
佐野川千蔵。大できなり。霜月沢村宗十郎改。沢村長十郎となつて下る。中村
いづぐんぜいすまふのにしき
座「加笠軍勢相撲障またのゝ五郎海彦蔵。赤沢山にてすまふの折から。六十九ばん
うらしとき。伊藤入道三甫右衛門に。さる沢潟の鎧を読取るところへ。女やはた茶五郎
来りて。頼朝へ一味をたのむ。その返事は此大石を持参すべしといふ。女なれば。力及ばず
といふ。時に斧そこを真田の与市伝九郎とほるゆへ。大石をなげ落し。その石に
ほり付しは。頼政がじせいの歌。身のなる果はあはれなりけり。此あはれといふは天晴と
沢村四郎五郎
の心にて。源氏再興頼朝公へ張
返事ぞといふ所大でき。二番目長十郎
よりとものやく
河津の三郎にて。京都より下ル折から。股野よりこたつを貰しと持来り出。
妻錦木りんきしてふとんをとれば。碁盤なり。後に海老蔵股野にて。碁の白
石を河津へうちつけ。懐中の院宣を見出す詰合。にしき木実はさねもりがむすめ
熊野と見あらはし。両人和ぼ〳〵して頼朝の味方となる。此所三人古今の大あり。三千
両の類見世といひ伝へらは此時なり。近江小藤太富三。工藤かな石中村七三。此顔見せ
芝居年代記巻之三
いづれも大当りにて
根生市川海老蔵
大極上上吉
無須沢村長十郎
極上上吉瀬川兼之丞
市村庄へ
しやせもみぢぐり
舟渡辺きおふたき口坂東彦三郎。ぢんぜい八郎幸助良。丁七唱津打門三郎
出世紅葉狩
はせべ長兵衛に本京四兵。より政に伏の川市松。かるも瀬川菊次良。まともの前小六。平のこれもちよ
宇左衛門。やつし女丹前の所記猪の早太に亀蔵。俵文三氏。教経助五郎。何も大評判にて
大上上吉坂東彦三良上上吉中村助五郎
森田座へ
あるじまうけをんなはちの
のをと左衛門山本享四郎。ちゞふの三郎花井才三ぢもとの前芳沢あやめ。さのゝげん
御應女鉢木
藤兵蔵左衛門と長刀の仕合大でき。赤里太郎坂田藤十郎。せんじやす村中嶋勘左衛門。秋田城之助
宗十郎也。十二月廿五日大谷龍左衛門終る。随順院日喜信士深川浄心寺中
工花咲屋新之助
花江都
年代記巻之三条
歌舞伎
同
浜町元矢の倉
黒田
狩
13358
二篇
花江都
歌舞妓
年代記
伊長
花江都
年代記卷之四
松橋夫
歌舞妓
談洲楼焉馬著
東都
又花咲屋新之助
○延享五年戊辰春ヨリ宝暦七丁丑年
霜月マデ十ヶ年ノ間ノ事ヲ記ス
延早晨年春中村盛一筋蛔鎧叢実駕景清助。実は景海老蔵。おなじく忠助実は
重忠長十郎。戻り駕の出よし。次に大日坊に三甫右衛門重衡の公達。重谷丸。近臺。
沢むら
又売して。金を取んと
小伝次
大日如来とて脊負勧化の出。軍用金のため。姪の人丸を。
するを。合魚せぬゆゑ。瓢丸の刀にて。殺さんとし。忠助に殺され。身の上懴悔の所にし。
次に清助出。忠助が持しあざ丸にて。我が大竺の顕れしを悟り。両人詰合ありて。本名を
名乗合別れ。又頼朝孝子の堂を建立有て。御入と聞。法師武者を殺しその親に。
やつし入込所を。重忠烏帽子素袍にて。大しゆまつたかげ清まてと幕をあけての出
三ヶの津に弄びなき名人揃。大詰景清老子の姿と成。宗三祐経にて見出し。三ヶ度
までは免すと。獅子頭の甲を渡す。是を持て立別なし所大評判大当。あとやと京之丞
亀景に至柏朝比奈伝九郎。そがの十郎七三にて。母満江頼朝公より詮義をうけ。貴
らるゝ身替と成。松の大木に大石を釣り。下に十郎を戒め。大磯の虎嵐富み助に。其
縄を持といふ。女の力に叶ひがたく。難儀の所へ兼五郎。五郎にて梢を伝ひ。大石を引さけ
荒事あり。次に両人左の手にて琴を弾所大当り。菊之丞藤が枝の所作大ひやう判
なりしが。三月中旬より病気にて休む。工藤に対面のかけ合せりぬ次に記す。同市村庵二
紋異名護屋瑞我鬼王彦三朝比奈鬼次。十郎と。二の宮嵐小六。名古屋三郎左衛門山本
京四郎。泉の三郎津打門三五郎時宗市松。伴左衛門に幸四郎。なごや山上市村亀蔵。
工藤と団三郎助五郎にて。工藤に顔の似たるとて。十郎に打擲され切腹して水流を見て。
此しやつ。酉が似たかといふ所大でき。同森田座はけいけいせい酒頼光に岩井半四郎
TELELELEELELELELLELLLELLLLLELELEL
第二十四枚
第壱番目
中村澄
中村七三郎
二代目
中村伝九郎兵衛
元祖
市川宗三郎
よいめんめいけんぞろへ
對面名劔揃
かけ合せりふ
尾上菊五郎
TELEELEULLLELLLULLLLLELELEUEUEUELEEUEUEUEELEUELEURUEUEUELOEUEURUEUEULEUEULUEUEUEUEULUULLLLLUUULUUULU
対面名剣揃かけ合せりふ
朝比奈
八太に
一文中村伝九郎
祐経
○市川宗三郎
十郎祐成
○中村七三郎
五郎時宗
尾上菊五郎
一肺公はぎほうがしよくろうを傳へて。白蛇の霊を切て天だいなほ出る事を得たり。しこうは
けいかがひしゆを見て。ゑんしの命を断て。せいめいのうんを出る事を全す○凡白ぼう。こうゑつて
の徳。弓馬しせきの勢。五くはの謀四義のしな。皆是国を治るの。術位を保の基也。左
賞衆すべき物は宝剣の類也。抑大日本に多の剱あり。所謂十束の剱。髭切膝丸。小鳥なり。
日清和天皇の後胤。多田の満仲公始て源氏の庄を賜ふ。国家を守護すべきよし。勅官
の蒙りける時国を納むべき物は。宣剣を持で叶がたしと。其比衆前の国みかさの郡。土山
といふ所に。異国より鉄の細工人渡つて住ければ。則かれを召登せ。多くの刀を作らせらる。
其中に最上の剣二振こそ作り出す○剱の長り弐尺七寸。漢の高祖の三尺の臼と云つ
べし。満仲公悦給ひ。かの二振の紐を以て。重罪の者を斬せ給ふに。一ツの剱は髭をくはえて一
斬てけれは。ひげ切と名づけ給ふにまつた一ツは。膝をかけて切ければひざ丸と名号て御悦喜
斜ならず。治国平天下おさまつて。靡ぬ草木もなかりけり。曰浦仲の御嫡子頼光の時に
至り。蜘を切て蜘切丸。鬼神のしたがへ鬼切と改めて。源家代々の調宝也。八幡殿より六条の判官
為我公まて持せらる○或時二ッの剣終夜吼る。鬼切の吼たる声は獅子の声ともいふべきか。
蜘切の吼たるは龍蛇の声ともいふべきか。○鬼切は獅子の子と改名あり。蜘切は吼瓦と
その後熊野の別当へ。十代の一具の剣を引分聟引手にて贈られける○重ねて播磨の国
より鍛冶を召れ獅子の子を手本とし。少も違はず打せられ。目貫に烏を彫付たれば。小烏
丸と足を。いふ。小烏は二分ばかり長かりしが。或時二ツの剣を抜舟に寄かけ置給ふに。ふしぎや
打合音しければ。○こは何事と見る所長かりし小鳥の同寸に成けれは。一定獅々の子が切たる
とて。友切丸と改名なす夫より剱の威光も薄く。親子別つて友軍。扨こそ友功友を切る
手柄がほに義朝殿親為義の首切て。しばしの命は遁れしが。不孝の罪はまのあたり。野間の
小藤太に
彼く剣の威徳は
内海でをはりの国長田が初湯にざつぷりと。あぶせたやうに祐経殿頭
沢村藤三
伝九郎
格別。御先祖の事まで氏悪様にぬかす。今一言通すが最期なにがなんとする。此
朝ひなにて
是〳〵。あにい御前だぞ言たひ事も有べいか。そこらを抓んでこまごといふな。云ぬはいふにいや
ま猿目出たいお厩の祈祷。船乗初弓始祐於殿の打物はしめ。相槌の役目が大事○大手
大ひの親世音。そこらがかんじん智恵の弓小弓に小矢も准ゆゑぞ。まさな事にも小太刀
を持。一の太刀は一万殿二の太刀は此箱王。障子襖を切破り。いつか〳〵と指を折。日を算しも今月
今日。優曇華の花待得たる福壽艸○これイヤ我等は貧そう驕から火。鞴の風さへそが
〳〵と襟もと薄きうす紅梅。梅は諸木の兄次第に。めつたに物を石清水八幡宮は氏の神。
稲荷はほどを御守。三篠小鍛冶宗近さへ。大願成就小狐丸相槌小づちはとつてん〳〵。
かぢはら源太団太郎
打とは何を○さあ
かぢやの拍子。打といふ字はがつてんか。兄者人打まするぞ
同平次半十郎両人にて
碪をも打。うどん七ば切うつ物也。鼓太皷はかたぬかや打ばひで〳〵〽とつためいたしこ紋は
なる。天窓がちなる梶原どの。指出過ると相槌の。相伴むねうち宗近が。秘伝湯かげん亡
かげん。祐経どのの御病気に。獅子王の刀の光りは。千里が野辺虎でも象でも払ひ除け。除け
団太
御無事堅固に仕年来の本望をは
御両人年来とは▽年来じや。ない念者よ。五郎
半十
がねん者は此ひげだ。後にきつと招て居る。そこらをつつはれさつはりと。物の見事に今こゝ
ではならぬぞ〳〵。大事の目見え。大事の役めは工藤殿も兄弟も。急いで釼を打上い
七。はあはつと答て兄弟左右に立並び○いかに工藤祐経どの上意の剣うつべき
菊
時節大空にきだし現れ申たり。▢総神諸菩薩別して稲荷明神の。神通力をたゞ頼め
ねがふ年月十八年今打たつる刃の歓味○これ〳〵とうなんだんの上にあがりとう
なん檀の上にあがり祐経に○三拝の膝をくつして。扨御剱の鉄はと問ば。土藤も悦喜の
眉をひらき。鉄取出し教の槌をはたと打ば○てうと打てう〳〵両人とう〳〵打重ね
たる槌の音三人天地にひゞきて。夥しや剱のかな色雲を乱し。天の村雲の御綴れも
いつつべし。とてもならば祐経どの○此剱の徳に依て。工藤殿の病もふはらい。口心よく
兄弟を左右に並べ。真中におつ取こめ。曰。金輪に揃ふ対面は勤智仁勇士の打
宗
物はじめと七三人等ゝうやまつてまうす。
菊
せりふのまへ
▼のつゞき
渡辺の綱花井才三頼親中嶋勘左衛門。三田のつがふ坂田藤十郎。仲光に辰十郎也。
頼親の御台ちさと御前芳沢あやめ。夫の悪心にて牢舎ゆゑ。是若連て万歳に成頼光
の館へ来り舞に事寄。近よりて愁。異見を聞ぬゆゑ。夫を殺し自害せんとする時。酒呑景子
乗移り。鬼女と成て頼光を害せんとする所大当り。彼者揃ならば猶々。大入ならんと評判
あり。此戊辰春二月六日惜かな荻野伊三郎終る。視聴院信乗日敬。同八月朔日ゟ。市村座一
三代染鼎間谷□坂田金時。市村亀蔵。柴苅権蔵。実は薩島広文松本幸四郎。女房お運
瀬川菊治郎。かのゝ雪姫嵐小六花園姫佐の川市松。竹原大和之助本名千原正文
大谷鬼次。渡辺の源次綱津打門三郎。同奴がん助本名浮嶋時文中村助五郎呼子
鳥のせい山本岩之丞。源の頼ちか沢村喜十郎。三田の源太ひろつな。坂東又八この
狂言二代源氏に信田の小太郎を取組。二ばんめ幸四郎清玄大評はん同五月五日より
中村盛二義経平中村伝九郎。とかいや浪平中村伝九郎。甫右衛門。しゆめの小金吾松嶋
八百蔵。善葉の内侍あらし玉柏源の義経歌川四郎五郎。川越太郎市川かん十郎
かへり坂のやくゐ坊嵐音八。いがみの権太女房沢村歌兼。同一子善太郎中村仲蔵
しづか御前沢村小嶋治。すけの局尾上菊五郎川つら法眼市川宗三。すしや。娘お里
嵐冨之助。これ盛弥助中村七三郎。いがみの権太。佐藤忠信源九郎狐。三役沢村長十郎。
すしや弥左衛門。横川のかくはん実は能登の専のり経二やく。市川海老蔵。此浄なり。大坂
竹本座にて。延享四年卯十一月十六日より初日にて。大当のよし。是に依てかぶさにても去酉
なり。市村屋は七月十五日より敵討巌流嶋元文三午年大当りの狂言ゆゑ十一年ぶり
にて月本武者之助坂東彦三郎。佐々木がん柳松本幸四郎。大当也七月十八日年号改り。
寛延元辰年一類見世より大谷鬼次二代目大谷廣治と改名す
するがや十町
これなり
あやめ菊次郎二人
おものわたり
中村屁へかへる。嵐小六市村右へかえる。京若女形中村久米太郎下る中村座女女安房衛門親助
伊勢ゑびあかん平。本名長谷部長長衛のぶつら海孝蔵。重盛に七三郎。両人丹蔵六法大でき。
多田の蔵人長十郎。舞子おむく中村久米太郎。宇治の通円妾となり。丹前滄おどり
花笠猩々の乱けいせい姿。五通りの所作大当なり。平相国清盛市川宗三上総の忠清
中嶋三甫右衛門。源三位より政斎川四郎五郎猪の早太松嶋八百蔵。かさはり法楼大日
鳴見五郎四郎。俊寛妹待宵の侍従瀬川菊次郎。伝九郎まへ髪景清にて。のぶせ
妻三保のやに芳沢あやめ。八瓶の兜のしころ引。三味線大小入両人立まはり。
一伝九郎〽イヤ面白い。奥御殿には中宮様のお慰み。三味線の手のしころを弾。こゝはまた
景清が。一ばんしころを引べいか三保のやあやめ〽女なれ。二もはせ部長兵衛位貫が女ぼう
みほのや。みをのや結びの天じゆの高釼。しつかと握つて兜のしころぞ。見事ひかんすか□□□
信貫が女房みほのや。名にあふ美濃の大いこにも。汀まさりの大力ときいたはかねて是
さいはい女を相手におとなげなけれど。力様のとつこい同しころ引引源手たがひと見る
目もあらば景清さんと三保のやが○濡ごとすると疑れんはあんのうちかけ小づまを
しやんと鳥甲門とつたる鯛がちぎれるか持たる忍びの緒が切るか□二ツにひとつとつみ
両人
五人じやうのもの□三保のやか着たりける襠の。う吹かへす下つまを取はづし二三度はづして
一行んとすれば□どつこい。思ふおてきは遁さじと。飛かくり兜をおつとり。或人ひいたり音り
女父子正家物語
第壱はんめ
朝引
かけ合
せりふ
中村座
七兵衛景清
中村伝九郎
のぶつらつま
信貫妻
み保のや
元祖
芳沢あやめ
ゑいや〳〵二引ほどに□さしもの景清こたえ兼。しん八滴座くたびれて。てなんまつこう
大頭痛わしもつかへ気お善衆さん。ちつと捻つて。行こい。星。甲門大ぼし小便四天一
の鋲菱綴の。板砕けるか□そも。。の腕がちぎれるか鉢綴の板くだけるか□われらが
腕が砕けるか。四ツに一ツははなさんせん。はなさんせ日なりやせん
どつこい口どこい一鉢附の板より引ちきつて左右へばつとぞのいたりけり□さるにても汝
怖しや。女に稀なる。刀に兜の鉢ばかり。もつて行のかうろたへ者。サアそれは己こゝな
たわけ着めが。是よりみす上ルと。重盛七三蔵人長十郎。のぶ貫ゑび蔵。狂言大角り。
同顔見世市村座放下條邑数築」佐野の源左衛門坂東彦三郎。寂明寺時頼鶴屋南北
関東小六市村亀蔵。はや咲沼冨之助。とねの弾正中村助五郎。青砥左衛門に大谷津次
赤里太郎松本幸四郎。二ばんめ町人紅屋庄兵衛まつよに尾上菊五郎。源藤太つ跡かけ
津打門三郎。三とせの松兵衛と智名して。松世と天婦にならんと。庄兵衛と妻あらそひまつ世
二挺の弓を渡す故求塚の古事をいひて。両人柳の葉を射おとし。しなへ打あつて。庄兵衛が
懐中せし。安堵の御教書を棄合ところ何れも大当り。森田座多数斉喜内裡〗小やまだ
太郎高家山本京四郎。たかどう与市に岩井半四郎。ゑんや判官花井才三郎。師直に坂田
藤十郎。備後の三郎冨沢辰十郎。専どう与市妹さよに。嵐小六亘新左衛門あらし音八
義貞より鮮鯛を持せて。使者に来る所。猿に朗をとられ。仰天して口上を忘れ。小六に頼て
口上の骸を。物に准て思ひ出す所大でき。寛政二年春中村卒一男武男義務院
本名東の治郎にて。鯉のむけんの鐘大当。あやめ。栄治郎女景清女重忠の出合大でき二番
目長十郎鼻くた大言。本名赤沢十内にて櫓の太皷をうつ所大高なり。今年ゟ芳沢のやめ
極上上吉にいたる。同三月節旬より。花川戸の助六海老花。三浦屋あげまきに瀬川原次郎
白酒うり中村七三郎。伊藤九郎祐清沢村長十郎。髭の意久市川宗三。かん。通ら門平沢村
喜十郎。例の大当り。此年吉原にて始て桜を植たるに付。舞台一面花道まで桜桟敷
中の町の道具立にて。江戸節流なり。助六廓家楼。大評判大入大当り也。同年夏中村座
假名平。忠臣蔵。去年辰の八月。大坂竹本里新浄備理操大当りゆゑ。江戸歌舞妓三芝居ともれ。
興行す中村康十一大星由良久助沢村長十郎。塩冶判官八百蔵勘平七三郎。定九郎喜十郎
おかる中村久米太郎。平右衛門伝九郎。師直三甫右衛門。九太夫と二役なり。加古川本蔵宗三
女房となせ小あやめ。天川屋義平河孝蔵大でき(市村座し由良之助彦三郎。勘平栄五郎。
ゑんや判官亀蔵。平右衛門門三町。力弥とおかる市松。師直。九太夫。助五郎。わかさの助。天川屋
儀平広次。定九郎本蔵幸四郎となせ嵐冨之助也。森田屋四座由良之介山本京四郎。勘平一
となせ嵐小六。おかる四風吉弥。師直市川勘十郎。本蔵冨沢辰十郎。塩沢判官岩井半四郎
若狭之助花井才三郎義平坂田藤十郎。九太夫大谷新左衛門。天川屋でつち伊五あらし音八也。
三厘ともに大入○大里由良之介の狂言は。沢村納子享保九卯年春中村座。鎧楼故郷錦
に始て勤てより。延享四年上京して。中村久米太郎座にて。大岸宮門の役大あたり。それゆゑ一
大坂竹本盛りて。翌年忠臣蔵七段目に。大星田良之助と名を替これを作る誠に納に納子の
芸道のほまれと賞すべし。上手の芸を見て漁溜浬に取組こと。栢莚は鳴神集の仙人
吉野ざいはゞ。矢の根五郎は。涸色江戸紫にこれを残す○伝に曰大高子葉は。誹諧師水間
治徳の門人也。既に打立その夜。格子の内へ一通を投込置しを。治徳ひらきみれは。
山をさくちからも折れて松の雪大高子葉
と。つと〴〵にかい付ける。多し書に尤世にさた御座候までは。御沙汰被成被下まじくゝ。と
あり。其故にや治徳生界の内人に語らず。死後に。妻書ちらしたる反古を焼すてんと
せし中にて。栢筵これを見出し。誠や今世上に。知らざる者もしり顔に物語る中に。この
紀念の事。人にも咄し給はぬは。かゝる文体ある故にや。先生の御廉直登るに余あり。是は
貰かけ長く祢美いたすべしと。持帰り掛物となして年月を送りぬ。しかるに今年。新
浄溜埋の其中に。子葉に似たる名のあらば。我が役にせんと思ひし所。無により天川屋義平を
つとむ。評判よく跡十一段目出る其中に。大驚文吾といふあり。大高深吾是にこそとそへ
貌ひし皮といふ髪に。一本隈とて。眼のふちより頬一ッぱいに。紅の濃取にして。大槌をかづぎて
の出。其時右のかけ物宿に掛しとかや。夫より今に至るまで。忠臣蔵十一段目の此役。市川代々
是を勤る。又門葉も勤る事となれり。市村座秋狂言。面其役日難波めし市松。助五郎非人の物
もらいと成三味線をひき。由良殿とわが赤色をつかふおかしみ。後に市松と泥仕合。幸四郎殿。を助
権兵衛。信濃ものにて宮崎十四郎を殺す狂言。大出来也。九月二日瀬川兼之丞終る。本所
押上大雲寺に。圓覺院即譽源阿是空居士。と印を残す。今棟一流の名人也と。
世こぞつて惜ひ。同宿月歌川四郎五郎を。沢村宗十郎と改名す。松嶋八百蔵。海老蔵蔵
弟子と成て。市川八百蔵と改め。緋名定花。仙石佐十郎二代目坂田半五郎と改名京四條
答女形中村喜代三下る。顔見世市村座「頼朝重配鑑)曽我太郎祐信坂東彦三郎。真田
の与市普蔵。伊藤入道中嶋勘左衛門。辰ひめ佐の川千蔵。北条の娘あさひの前嵐小六。
嫉妬にて陣鐘をくだく所大でき。川津の三郎大谷広治。股野の五郎に中村助五郎
赤沢山の角力の場。両人はだかにて。減のすまふの取組のごとし。大蔵り後に川津矢
これ二代目
に当り妻万こうに菊五郎一まんに坂東菊松を
を連て。親子のしうたん大
彦三郎也
ひやうばん。金石妹なぎの葉中村喜代三五十三次出女とまらんせの所作大でき大でき大商
当年より魚楽。十町の評判江戸中専ら也。中村座御能太平記足利高氏幸四郎。
長崎かげゆ左衛門宗三新田よし貞七三郎。義祐佐野川市松。さがみ次郎ときゆき
門三郎。勾当の内侍中村久米太郎。畑太郎左衛門沢村長十郎。二やく備後の三郎
にて。講釈師残口と成。下部管助。よし祐へ慮外する故。七五三縄にて両手をくゝり。
白妙が番をさせ。筆助に三が八才の宮をとらへ行はとゞめて。宮の望にまかせ。ともし
火のかげ絵にうつし。高時滅亡の軍。浄なりを語り筆助が本名かげゆ右衛門と見顕し。
我も誠は伎腹の三郎と名のる所大でき。ぴんこの三郎女房六浦にあやめ白たえれ
菊次郎治の前に沢村小伝次也。森田仲美柴田氏
かね平と。清盛に三甫右衛門。実盛むすめ篠原嵐冨之助。手塚太郎藤十郎。万代
亀右衛門晋八。宗十郎義仲にて。京四郎と畳さし桶の輪かけの所大できなり。当
五月未より海老蔵引込。顔見せも休みて此節やげん堀辺に偶居して。
顔見勢の夜るの太皷も絶ぬべしあくるわびしき鬘きぬ髪栢莚
「寛延三年年春市村座。そかに出入の湊を取組。黒船の忠右衛門。大谷広次。獄門の庄兵衛
に。中村助五郎。大当り。中村座は海浦珠屋根町「大伴の黒主沢村長十郎菊次郎に。越
の血をのませ。物いふ所大当り。久米太郎。半五郎と。汐みつ玉を集合泥仕合大でき也
幸四郎山まはりの佐四郎。白藤源太に伝九郎。大当り。九月菊之丞一周忌非答に付
滝川士口次石橋の所作はつとめる。幼年初舞台にて大当り。王子稲荷のもうし子
にして。天姓愛敬あつて。ひいき日に増。二代目瀬川菊之丞と成されば。江戸中染物は
路考茶。又は路考櫛。路考髷。帯にさへろかう結び。小女の美なるを見ては。路かう
娘といふも宣なるかな。此時長十郎。菊次郎追善の口上あり。同霜月中村明石七代日
中村勘三郎と成る。顔見せ坂東又八坂東三八と改名敵役上上上書ト評判記にあり。
顔見世中村座若本橋梁橋梁橋造。。西八郎。三浦の大助伝九郎。おさらぎ権蔵に
門三郎義朝に七三郎。八郎為朝の妻むつらに芳沢あやめ。常盤御ぜんさの川市松
仏御前菊次郎清盛に長十郎。為朝似せ勅使に来るをせん。返し。馬の尾に鼠の巣を
喰たる詮義をいひつけ。おさらぎ権蔵に火を掴ませる実悪手づよし。次に幸四郎と。
門三里降の大たて大出来也。久米太郎は友長にて膝のくちを射られしより。ちんばを隠し
下駄をはき。喜十郎とたて有て長田の庄司に勘左衛門を殺す所大当なり。市村座は
「凱陣太蔵「篠塚いがの高足総市川海老蔵。此時の暫のせり婦に。一年ねかした納豆ゑぼし
柿の素袍に三升の紋といふこと有。舞台には守国親王中嶋三甫右衛門。金秋白衣
渕辺いがの専助五郎。赤塗立にて。大般善櫃の内なる。大塔の宮を上より突ころさんと
する所へ。しばらくにて出。湯浅入道じやうぶつに坂東三八氏江中縣に坂田半五郎。其外大勢
ひつ立ありしを。例の通り叱りて其魂。今そこへ行ぞわいらも役者の内がまゝ。おれも深く役者
にて市川の海老蔵で頼ます。トテテエ〳〵といひながら。本舞臺へゆき浦辺いがの守を碁盤
にて。一打にうち殺したる勢ひの冷じさ。凡夫の及びそふな事にあらずとの評判。その後
守国しん王おして位につかんと有ゆゑ。冠をたゝき薩。大勢の敵役を追出し。跡にてふち辺
いがの守を引起し。御贔屓の助五郎ゆゑ。一ト打に殺しては。御見物方の御機嫌いかゞと。
殺たるふりをしたるとの云訳見物の嬉がり。殊におかしみのある仕うち誠に花実惣体
の名人大結。栗生左衛門にて桶の妻巣充。菊五郎。大塔宮に嵐玉柏を連て。山賊に
取まかれ難儀の所へまさかりを持てせり出し。大勢を追散す所。見物去年より目覚
しき事を見ざるゆゑ。只勇み立て誉しとかや。跡にて。守国しん王異国より渡りし虎を
駈しを。淵辺に助五郎両人虎引の荒事あり。此頬見世棚役は若手へ譲り。昔へ帰りし
狂言斗り。二ばん目打出し。一旦新左衛門学顔麻上下にて。今日は是切といふばかり大当
大評判なり。大谷広次大森彦七。勾留の内侍小佐川常世。堂に濫たるを呼活。わが岩。
物をきせ裸になり。降くる野に寒さをこらえ。愁歎の所大当り。小山田太郎新田義貞
二役蔵蔵。祇園のお清喜代三。片桐弥七宇左衛門なり。何れも大当り大入森田座と
初聖伶人袖三谷の禅司市川宗三女房岩手沢村小伝治。けいせい哥橋あらし冨之助
俊徳丸あづま藤蔵。くずの恨み介辰十郎。小野風流斎早成沢村宗十郎天王寺の楽
人にて冨士浅間のやかし大でき也。今年唐土商郷肥州長崎へ着岸して。市川海老亀
栢筵かたへ。諸葛孔明の末流と聞えし。諸葛白岩といふ者栢莚を頒たる文を書して
贈る。幅一尺八寸長サ六尺七寸
余の白純地の巻物の序に。
湊曲倦音トアリ
文章字員
八百三十字。
同姑蘓沈草亭の書文一尺三寸に横四尺七寸唐紙文字唐紙文字貞四百五十字。書して登
今淡洲楼家蔵とす。○此書五代日市川団十郎
後に鰕蔵
白猿といふ
或時携来りていわく
祖父海老蔵は名人の聞えあつて。唐士よりかゝる文章を贈る親五粒も又上手三世に
称す。我は下手にて其精抽しといへども。大江戸の御贔屓によつて。役者の冠首と成し。
事こそ有がたけれ。此来いかなる者出来て我身も知らず。是を見せて先祖の代には。唐土
までも響しなどゝ自慢せば。假令祖父の世に百万両の分限たりとも。今百文の銭
なきがごとくと世人の笑を請ん。是は其許に秘置ひゐきの方へ見せ給はれと贈ぬ
その時短冊に
かいつけて
先祖の
高名は我が
及ふ所に
あらず
敵に詠は汝にあらず
きり〴〵す
五代
市川三升
寛延四未年春市村座二「初花隅田川」粟津六郎海老蔵。うゐらう売例のせりぬ。此度
四とび目なれど評判よく。流鬼哥のごとく。是を人毎に口ずさむ。呼子鳥の笛を拾ひ
市川ゑひ蔵
およじ
紀
隅田
川
第二番
市村座
芝居年戊巳
芳光
尾上菊五郎
吹ば。忍びの者玉手桶を持出る故。しばり引立入る。後に入間の郡領市川勘蔵笛を無く。
忍びの姿にて玉手箱を渡す。明て見れば忍びの者の者の首也。跡追かけ行其跡へ出吉田の
お義御運尽ずと云所へ。松井の源吾が家来来かゝるを一刀に切。お家のにらみ外に
仕手はなし。二ばん目狂言市川海老蔵。鳴神上人茶五郎雲の絶間の役死わかれせし
夫の馴物の咄しより。鳴神墮落してぬれ。。酒に酔臥たる内龍神を封じ篭をく。泥連
を切る。夫より大雨雷鳴神のあれ也。絶間を追かけ行を助五郎久米の平内にて殺絶者。
を引立ゆかんとする所へ。粟津の六郎にて早替り。又平内を殺す所大当り。一番目座給。
山田民部左衛門にて。吉田の少将水口の旅宿にて。横死のいひ訳にはら切。はだの蔵人
坂田藤十郎。班女御労薬五郎へ物語の所大でき。大詰布袋となり。梅谷松若を左右
に置。から子の悪入二ばん目飛梅屋善者源蔵。けいせん菅原喜代三源蔵が女房にて。
梅客を預りゐる。やぼ大首坂東三八。牽頭将時平助五郎にて。廣沼がこはいろをつかふ。
広治は。助五郎がこは色をつかい。さはぎの所にし。肩先の疵より時平は吉田の少将を討て
立退し麻生の松善と知れ源蔵本名山田の三郎。後に両人闇仕合大商。左甚五郎に
亀蔵。少将の木像を拵へ二役木像にての所作大でき。吉田の御台あやこ。小佐川道通
何れも大あたり。此春評判記大至極名人上上吉市川海老藏市村座
寛延四年評判記。その本のまゝ爰に写す。
きつい好物にて日比の咄しを聞に。釈尊方等の雑経に。北海に大鵬といふ大鳥其羽の
長さ千五百里両方合せて三千里あり。常に我よりすさまじき者非じとみそを上けるが。
南極といふ星を竟に見ざる事は無念に思ひて。南をさして飛行ける。彼大鵬羽を。伸て飛
こと一日に五十万里。三年三月昼夜をわかず尋行ども。いかな〳〵南極星の半分もゆきつかへ
ねば大腸も大きにくたびれ。一万里斗の大木の有しに留りて。暫羽を休めけるに。かの大米の
下より天地も打破る程の大声にて。今我が髭にとまりて。羽を休むる小鳥は何やつと垢ば。
大膽は肝をつぶし我は北海に三千里の羽ある大立物なり。おそらく世界に我程大き成
物は覚ざるに。かゝるめざましき物を髭に持たるは。いか成物ぞと尋ければ。彼もの大に笑し。
はづか三千里四千里の小鳥の。分際にて。立ものとはかたはら痛し。我は聞も及らん。南崎
に住事八十三万年。天地の間の大立物海老也と詈ければ。大鵬は大きに恐れ尻に帆ひ
あげて北の海へ逃さりしとかや。されば海老を大立者とする事は。釈迦の時代からの事にて。
三ヶの津に限たると思ひ給ふなとあり。
真極上手
此ときの評判記に上上吉沢村長十郎
おなじく此ときの評判記に上上吉沢村長十郎中村屋
惣巻軸
中村座「伊豆播磨鯉」鬼五左衛門に長十郎。手より火の燃出る業病の所大でき。二ばん目
八百屋久兵衛の役お七に市松。小性吉三久米太郎。お杉と万こう御ぜん菊治郎。悪げん太
義平の亡魂幸四郎。土左衛門伝吉と二役也。巴御前あやめ。一子朝日丸伝九郎産なしき
実梶原にて津打門三。北条時政に七三祐位に嵐音八也。森田座は祐経磨者図工殿
左衛門に富三。稲王嵐富之助。万屋芳兵衛宗十郎大磯の虎玉沢才二少将にあづま
藤蔵。庄司左衛門女房お梅嵐富之助。娘小梅沢村小伝次宗十郎評判よし。市むら座
隅田川第四ばん日。朔日より女使来雛形し嶋のおかんに中村喜代三。濡髪の小静中むら
助五郎。両人蓮池の大だて。水仕合つゞいて大評判大入なり。当未年正月元日坂東彦三郎
終る。をしいかな。霍樹院常栄日房ト深川浄心寺にしるしを残す。同秋中むら座
徳安房深賀綱」あやめ定之進女房にて。道成寺伝授の段大当り。安作に七三郎。江戸平
八蔵鳴見五郎四郎。鷲塚宮大夫中嶋勘左衛門。㐧八平次沢村喜十郎。座頭佐の市
信の川市松。八蔵母沢村長十郎。逸平俊に八蔵松本幸四郎孝行の段大評判。鷲坂
左内市川八百蔵。由留木の左衛門伝九郎。右馬之丞嵐音八重の井栄次郎。自然生。
の三吉瀬川吉次。道中双六親子の名乗の場大評判関の小まん久米太郎八月より
敵討まで出し。七月より九月節句まで大入大当り也。九月より菊之丞三回忌
一まい次の
印へつゞく
三月年仁吉
大谷広次
□□□□□□□□
市川八百蔵
市川海老蔵
市村亀蔵
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
坂田藤十郎
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
中村喜代三
金主張
□□□□
中嶋三甫右衛門
菜花隅田川
第壱ばん目大結
鶴屋南北
坂田半五良
一まい前
のつゞき
追谷狂言福引。護屋附狂言かつらき菊次郎無間の鐘の所一幕名古屋山三に
沢村長十郎。女衛手の裏の八兵衛。本名由比潰忠堂松本幸四郎。何れも大当大入なり。
此狂言ばん付
一まい次にあり
同七月十五日より市村座佐粂三郎藤寛記
一番目大詰。坂額八郎中村助五郎荒岡
源太大谷広次。両人力競鳥居引あり。浄溜理大ざつま主膳太夫三弦杵屋弥十郎
此文句せりふ藤本斗文作にて。其時節に合し魚楽十町のつらね古老の人今
見るがごときとおぼすらんと未にしるす嗚神不動の尊像市川海老蔵
是より佐々木の
番付次▼へつゞく
振袖のお乳人
中村座
元祖
芳沢あやめ
瀬川菊次郎
医袖の招婦全部十三巻
松本幸四郎
後に四代目
鳴見五良四郎
市川海老蔵
尾上菊五良
七月十五日より
佐々木三郎藤宿記
ふきや町
市むら座
佐々木盛綱に。市川ゑび蔵うき洲の岩のやつし
にて。茶五郎を殺すところ大出来。からしうり
本名嶋川太兵衛助五郎。酢うり本名磯貝実右衛門
大谷広次。忠しあきんど能狂言の酢はぢかみの
おもむきにて。両人かけ合のせりふあり大できなり。
二番目菊酒屋お菊に中村喜代三幸助に市村亀蔵。道行宮古路文字大夫
浄なり。此二枚の看板縫箔にて一式掛物にしたる也。古今珍らしき事故こゝに写す。狂言
時代に敵討お八ツの太皷。茶酒屋の心中入組分らずこの評ばん。中村所は芳沢あやめ。
道成寺古今の評判菊次郎。幸四郎大でき故大々当り。霜月三日年号改宝暦元亥年
霜月森田座沢村小伝次政麿本勘弥と成森田座取立のため伝九郎七三宗三町入
上るり次
つゝ
芝居年代記
浄瑠璃
大ざつま
主膳太夫
第壱番目
藤戸日記大法鳥居引
荒岡源太宗次
大谷廣治
坂額八郎祐秀
中村助五郎
〽さればもや伝聞。唐士のそうぢうは。金剛神に力を祈ちから筋を給りつゝ是を食して
太刀の誉れを得しと聞からに。我大願もいかでかは。空からじと盛綱の。かう園に安置せし。
鳴神不動の宝前に。歩をはこぶ荒行の願も満る雨雲に。愛雷電電霊天地も崩る
茂次
ばかり也時に両人大音あげ
せりふ
し
介五郎
風は世界の鼻息
それ日月は世界の眼だまは
せりふ
茂
あめ
雨は
世界の涎ゟ雷は世界の鼾まだ骨ながら鼻櫓をころ〳〵くわら〳〵〳〵ひしや〳〵。ぴつ
しやりと。鳴神不動の宝前に懸奉る天狗の絵馬并願主は則轡十反しのもんから馬は寺
若衆藤岡源太宗次め同丸に仙の字のもん前に市村の色子頭板瀬八郎祐秀君原さちやァ
うねは。坂額御前が夜食のかたまりか。うねはあら岡源内がすねつかじりか丸してまつ
うぬは爰ばどこだと思つて。のめり込だやい介。此やかばねは佐々木が館鳴神不動に瀧の。
力を貫にのたくり込だが。してうぬは何の為に。こゝにうろたへてけつかるやい腹をれも鳴神
不動に約束の力を催促に来たが。してうぬは力を貫たか介うん。たつた今。ふどうから。
力こぶを四斗樽に一ぱい貰た。してうぬも力を貰たた。残うん。おれも今不動から。力筋
そ二タかます貰た。幸ひ刀を振て見たいと思ふ折から。うぬも日比小ぎほひにきほふ
橋拾ひ分うぬも日ごろ小りきみにりきむ大工童。うぬもしやつ面があかし庚うぬ
もしやつ面があかし分あかしまつかう喉猿の面介さるやい侯。大やい介いぬと成猿との
介出合に廣いがみ合ねば介はりやいがない茂さらば一ばん介力だめしと娘つんでべいか
す元よりうぬが鳴神ふどうに。力を貰にうせたは嘘。もくさんの種を符にうせたと
白眼だ。まつ直に白状ひろいで。其上で力ためしと出そろやい介らんおれが不動方を
貰に来たもよみと歌。盛綱が藤戸において。手に入れと平家の重宝宝宇田の天国が
打た小烏の劔を不動の利剣にして置と聞たゆゑ。ふどう殿から。たい〳〵すべいと思つて。
来たはやい侯へゝあまくちな不動の手にある利剣を。せしめべいとは正じんの。猶の額に
くつついてあるめしつぶを廿日鼠がねらふやうな物でうぬがからだがなくなるがゑいが
介からたがなくなつたら又二役で出かけべいは。入らぬ事を案じずとも。早くちかち
だめしの広鳥居引を曠いやおつぱじめべいか。
せりふ前の
印のつゝき
右三人木挽町へすむ。京四条善女形荻野八重相下る大坂藤川平九郎。佐の川
花妻下る。中村助五郎堺町へかえる。中村座本須鈴木深二秋田城之助松本幸四郎増天儀
を以て天文を考えるに流星のおちんとして宙滞するを怪む所古今の大でき。当年実事
にて大当り。法華長兵衛に助五郎。たわし売の出後に馬れうふの観音を出し。城之助
女房浅岡瀬川菊次郎に。実の兄也と偽り。たわしを火鉢へくべ。そら泪をこぼす所
大でき。一番目詰。宗高親王に三甫右衛門。金冠白衣にて馬上の出立。左右に幸四郎
助五郎。白張かすゑぼし。轡づらを取三ッ鼎の押出し花やか也。長十郎古法眼の馬の画工
の出。下り平九郎反魂丹売の奴居合の所大でき。二ばん目佐野の源左衛門に長十郎
灸すへ屋へ平九郎来り。肩先の疵を菊次郎見付。いろに事よせて指を切。血しほの一ツ
に成しより兄弟の名乗あい有て。後に助五郎を敵と見だす所大評判。大当り也。市村卒
神延臨源氏源三位頼政市村羽左衛門。はせべ長兵衛位貫海老蔵。源の頼朝に秀蔵。
浮世又平に嵐七五郎。平の宗盛坂東三八工藤金石廣次。あやめの前喜代三。辰ひめ
に久米太郎。万こうに尾上栄五郎也。森田座合槌十二頭頼政に七三郎。猪早太伝九郎。
丹務六法の所作。上徳五郎ひやうえ宗三弥平びやうえ辰十郎。宗盛も勘左衛門。金奏
吉次あらし音八。あやめの前萩野八重程。熊野御ぜん芳沢あやめ也盗賊三條の堀門
津打門三
津山友蔵
の改名也
当顔見せ評判よし。今年中むら伝九郎弟子。中村伝蔵。森田座
中通り初舞台に出る空音二申年春中村座一次
祐成に早十郎。時宗八百蔵。鬼王に幸四町。月さよに市松。け。いせい袖の介菊次町。京の
次郎助五郎。二役鳴伸坊にて袖の介にれんほし。時宗に殺され。夜具の中より。亡魂にて
あらはるゝ所怖ろし。藤川平九郎左り甚五郎。本名うさみ十内。虎におんぼして虎が姿を
人形に拵へ。朝夕見る所に。魂入て我とひとしく働くをふしぎがる所よし。人形にあづま藤蔵。
次に五郎にさん〴〵打擲に合。左右の手にて文字を書分。内通の状の言訳して。是みな
忠臣といふ愁歎人〴〵を落しやり。女房おさの市松。倶に死んといふぞ。心で尤とおもへど。
無理やりに離別して。大勢の捕手を引かけ大たてあり。討手を引請死んといふ愁歎の所
豊竹須磨太夫浄なりに合せて。人形の身振此所大でき也市村座は「撲奏員四枚工藤
左衛門祐権海老蔵。時宗に亀蔵。万こうに羽左衛門。箱根の別当に鶴屋南小。祐経。
と碁をうつ所へ。時宗茶を持て出無礼あるゆゑ。一盃を碁盤にのせてさすを。落し割
けるゆゑ。それで敵が討れるものかと打擲して。衝立に画し鳩やの警の古事を引勇を
付る所大でき。鬼王広治。変染明王へ時宗が力を祈り。鶴蔵天力と成所よし後に海老蔵。
景清にて賢時宗。羽左衛門盛久にて十郎。嵐七五郎賀工藤の対面大商大磯のとら
栄五郎。小将粂太郎。範頼喜十郎。かさね井筒のお房喜代三一寸祐兵衛淳沢団七
九郎兵衛七五郎一寸八分の観音を盗み。徳兵衛が見せし密状を。提燈の火で焼て。たん〴〵に
打擲し。髻の内より出し観音を呑し故徳兵衛と泥仕合九郎兵衛兵衛が腹を刑観音をとり
出す所。大評判大当り。此時より七五郎を上手といふ。又忰を海老若弟子として。市川龍蔵
今嵐龍蔵名前足也。森田麿は近時機鋳せがん工藤祐権宗三。そがの十郎七三五郎時宗
勘弥朝比乗伝九郎京の次郎。辰十郎女房お宮あやめ。大磯の虎八重相団三郎音八
ゑがらの平太中嶋勘左衛門也。此春。市村府にて坂東三八和田の陰善丸といふ児のわんば〳〵
者。元服して朝比奈の初役也。中村座商七が評判よくして。さまでの事ながりしゆゑ。二ばん目
菊次郎女鳴神。同二ばんめ大結。遥三幡対浪花の男立赤裏安兵衛平九郎。吾妻の壮作
幡階長兵衛幸四郎。奥州の掟者鉄壁武兵衛助五郎。天磯の虎あづま藤蔵下人七兵衛
長十郎也。同秋諸健頭加熈安部の貞任幸四郎。宗任に助五郎。鳥海弥三郎兵郎平九郎。契情
あだちやの黒塚栄次郎。浪人者を見懸て心中して死でくれろと頼む。助五郎両人大でき。市松
八百蔵おはな半七の道行。浄瑠理富本豊前大夫也。次小幸四郎髪杭。兼次郎女頭久結
の出合大出来。何れも大当り。霜月中村喜代三郎登る。京四条嵐和哥野下る。市村座へ。
長十郎。幸四郎来る。中村冨十郎下り。廣治堺町へ帰り初庄頭也赤山板配川津三郎
広治。又野五郎助五郎江間小四郎よし時佐の川市松。行事にてすまふ大出来。より期に
七三万こう御前前栄治郎。政子の安富十郎。文蔵てる国八百蔵鍛冶屋の仁蔵伝九郎
大詰宇賀神三甫右衛門阿吽の仁王広治。助五郎。大評判大入入。市村座顔見世に尾上
兼五郎元服して立役と成。梅橋二入郷千寿太郎松本幸四郎。千寿次郎に菊五郎次郎太
人実と悪との兄弟大でき宝暦三酉年」春中村座男連秘員鬼王新左衛門廣治祐柱に
助五郎。朝比奈伝九郎。しづか御前富十郎祐成に七三時宗に八百蔵。かぢ原三甫右衛門
女房箙辰十郎。けはい坂の少将市松。浄なり御前の人形を持静御前。虎にやつし牛若
の人形を持。賀情舞づるに佐の川千蔵。両人を呼出す。辰十郎女工藤のやつし。七三三
いづれ
一後に長寄めりやすの
何も大でき
政子御前千蔵。まひ鶴にて十二段の浄留里を語る。
一名人相江といふ是也
二番目魚楽十町。両国橋髪橋髪結所。うばの源兵衛。梅堀の由兵衛。子もり乳母に市松
傾城奥州菊次郎。大でき。後小田兵衛貧家にて。七三目病の所小梅に菊次郎。第
長吉瀬川吉次。金百両持来り。由兵衛本名鬼王也友切丸の賃。外へ浪すと聞て
長吉を殺し。愁歎大当り大評判。此所第四ばん目にて。京鹿子娘道成寺。富十郎。
大なり。春狂言六月まで大入大当。此年より五月曽我祭にはし。まる。五月狂言に坂田
半五郎金かし火の車五兵衛にて。広治と亀戸藤棚のたて。水仕合大評判大あたり也
市村壁春狂言(忠臣いつは七がし忠臣蔵に曽我を仕組し作意にて。由良之助に長十郎。
ゑんや判官菊五郎。師直幸四郎。おかる久米太郎。不入にて勘がなら。
幸四郎権四郎に長十郎。重忠に菊五郎。梶原源太亀蔵。お筆嵐玉柏。傾城梅が枝
久米太郎。評判よし七月十五日より敵討厳滝嶋信田左衛門と。月本武者之助の二如く。
十一十一十一七十一日
二十一十一二
トヽ
大炊
おもしもち
十九月四十四日廿四四四四四四四四四日
五十
初代
中村助五郎
□□□
□□□□□□□
□□□□□□□□
}
□□□
□□
}
}
}
四十一日
十一
□□□□
二代目
大谷茂次
瀬川菊次郎
菊五郎。佐々木厳流幸四郎娘おさわ玉柏。土佐次郎に宗十郎。千里の前久米太郎
松本幸四郎足まで。巌流三度目何れも大当り中村座信田代嗣鑑月本武者之助
広次。佐々木がんりう助五郎。大できて。霜月沢村長十郎。森田屋にて。助高屋高助と
更名す嵐玉柏海老蔵弟子と成。市川升蔵と改嵐音八忰九八。坂東又太郎と改
名。顔見世市村座二冠穀和黒主一せいらい清兵衛幸四郎。小野頼風菊五郎。物くさそ郎
羽左衛門。源科の少将亀蔵。北のゝ小町久米太郎。股善五郎八百蔵大江の岩戸左衛門に。
三八。女郎花菊次郎。山主御前に勘左衛門五代三郎宗十郎。藤内太郎本名紀名虎
笠屋又九郎。ねて下り六法丹前の出山主ごぜんに一大事を頼まれ。白鞘ものを貰ひ
抜ざる故水にひたし見れば。刀の血と戒血と。ひとつになるを見て。扨は我兄藤内兵衛を
討しは。山主と悟り。次に山主が血も同血なる故。親子の名乗して。我こそ一天の位に望
ある紀の名虎天子に父母なしといふ所すさましきとの評判後に上下にて岩戸左衛門と
結合。両人とも大男肥満しゆゑ見えよし。二ばん目幸四郎。三韓の王逆君のせいらいにて。
日本を亡さんと。雨を封じ。旱魃させ。小町が雨乞の哥を止させん為。女房に云付小町に
悋気を勧させ。丸山の契情女郎蔵に惚。身うけして連帰る折から。離別せし女房来
りんきし。訴人に行を見て喝とせき上おらん嵐和奇のを刺殺す故額に犬といふ字の
顕しもしらず居る所を。女郎蔵に見つけられ。是非なく本名をあかし。伴のよし雄を
討て。民部太郎の刀を奪取しは我也と名乗敵討の場まで。大当り大評判。中村盛
百万騎死軍記しの塚伊賀の守海老蔵。しばらく。勾当の内侍宝殿に掛置るゝ海老の船
郷大森彦七助五郎。村雲の王子坂田半五郎。足利尊氏に三甫右衛門。唐土の大王の形
何れも引おろさんとする所へ。篠塚の出。昔にかはらずとの評判。市川升蔵村上彦四郎
にて。大皷の中より出。立役に成初顔みせ大当り。片桐弥七に広次。ちぶりの漆の船頭
松兵衛。本名赤松則祐伝九郎。白拍子おほじ富十郎。畑六郎左衛門海老蔵。出合刀の鞘一
のせんぎの為。茶たばこの給仕してぬれ事の場。慶子。柏莚初の土合別て面白し。三ばん目
錦木に市松。両人雪打の仕合大当り也。森田厚。諸門前門。森田かん跡
二やく白びやうし嶋のせんざい。わかのまへに八重祠。海道三郎宗三。稲生孫左衛門松しま
義平治三田のつがふ喜十郎。助高屋高助。一番目将門にて。国香を擒にし今日より詩歌
管弦の道をやめ。右に好色左に殺伐を楽しむ平親王。と大音上の勢ひすさまし。次に
貞盛に向ひ。父の敵討べしと右の腕を切する所。次に三井寺の鐘を。撞て満珠の玉を耳へ
あて。人の心を悟り。和歌の前は我子の如蔵尼としり。後に車引の公家悪大でき。第二ばん
目座頭政市にて将門を。一太刀恨んと来り。小山田三郎と見顕され。切腹の所よし。又奴
政内にて海道三郎が刀の血を拭ひ召抱られ次に占正治郎敵役にて政内を隙出
させ。其身奉公に済んと。両人職原の故実を争ふ所障子の内と外と二役言負し
かた首討主約束にて。政内をさし殺し。将門へ目見へをする場一人にての早替り治敷。
次に孫左衛門が子を殺され悲しむ所へ。上下姿にて出。我誠は俵藤太なり。政内は天下
の為に忠死せしぞや。歎く事なかれ。将門を亡し。太平ならしめんといふまで。七役名人上手
大評判大当り也同四寅年春中村啓二百番御覧前」「工藤左衛門海老蔵。朝比奈に伝九郎。
十郎七三時宗竹蔵。対面二もとの鷹を兄弟居て出せり始有て。五郎祐経に飛かゝるを。
膝に引よせ。打擲して。後犬坊丸市松。五郎と仕合に満ける祐経。よく負たと誉て肘宗に
教訓する。飼子基盤を打付る。二ッに切割。その手の内ではすけ経は討れぬ。惜出して釼術
を修行せい時宗。祐成つれて帰れさらばだといふ所。延享二丑の春。羽衣そがに賀工工
宝暦二申年姿見せずに工殿。今年三度目也。かゝる人。所といひ智仁勇備りて見ゆる
士藤はあるまじとの評判也。朝三立目の幕に海老蔵。熊谷の蓮生法師にて出孫松本
幸蔵十四才初舞台。虚無僧本名義極の忘紀念経善丸江戸太夫浄瑠理にての
出也。助五郎勅使中なごん関元辰十郎。家来小法師外記といふ雇ひ侍にて。大坊丸に市松一
衆道の狂言。後にはら切京の次郎と名乗所大でき。二番目満老蔵。分身矢の根五郎の
一世一代仕納め。大当りにて座本勘三郎。矢の根蔵といふ土蔵を走る。大治助五郎きざみ
たばこやにて。女房富十郎二役しゝがしらの甲を持幽霊にて。助五郎切懸る時。引燈の中へ
消る事あり。本名三保の谷にて急楽男道成寺大当。藤村半十郎唐犬十右衛門。其外
穴蔵にいろ〳〵の居候あり。実は小篠よりの間者にて大勢。後に鱗形四てんにて捕手に来
門口の建立の釣鐘を取巻と。助五郎大わらはにて出る。海老蔵。南都西大寺の愛染明王の
霊像おし出し花やか大評判也。三番目三月三日より。富十郎石橋大当り。広次ざつま源五兵衛。
本名鬼王。助五郎は男立笹の三五兵衛にて。家根仕合大当り。曲輪そが追々何
れも評則よく。六月まで大入也。市村座春(亀島助督我備工藤左衛門祐程に幸四郎。
亡がの十郎亀蔵。五郎尉宗八百蔵。願ひなに三八。大磯の虎に嵐和か野。ひきの判官
に勘左衛門頼家公に従とて。梅の木にしばり付られ苦しむ。息も絶んとするうち。一心
十郎が方へ通じ姿をあらはし。弁の紙帳の上を渡る所作。浄溜浬播醤菴祐成。竹本
喜呉太夫。出詰大でき。二ばん目糸屋娘姉のおふさに菊次郎。妹小いと久米太郎。手代
与兵衛笠屋又九郎。佐七に菊五郎也。森田座(二鱗領輔輔。北篠九代続の狂言にて。北條
時政と。佐野の源藤太二役助高屋。高士八蔵喜十郎。常世に八重桐弓削大助沢むら
音右衛門。女房早枝かん弥也。役者無人なり。市村座三月より義経千本耀しきまでの大入に
なく五月五日より三仁源長谷介通し藤原の広文幸四郎。坂田怪童丸に二代目坂東彦三郎。
渡辺の綱市村亀蔵。卜都の季武八百蔵。うす井の定光三八。平井の保昌に菊五郎
源の頼光瀬川錦次源の頼近宗十郎。髭黒の大将勘左衛門。はかまだれ女す輔
又九郎。藤壺の内侍兼治郎。こうきでん久米太郎。紫式部あらし和奇野。この狂言
四天王皆やつしにて忠義手柄の度毎に天より兜つむりの上へ降下る趣向しゆ弥の
四天王の押出し大詰に有大でき。中村屋根阿歌美妓山本勘助海老蔵。埋忠徳兵衛治。
目貫正らしにて。三叟叟拍子のたてあり。近江のおかねに富十郎松永弾正助五郎。滄弾正
広次。ひら蜘の釜を棄合。浜の城水車の上にて仕合水船しかけ大道具大でき。市むら屋。
八月より「由長路蝦鬼濃」人賢山岡太夫。三庄太夫と二やく。松本幸四郎。佐渡の次郎沢村宗十郎
安寿姫瀬川吉次対王丸坂東彦三郎。めのと上竹瀬川菊次郎。次に野浦将須右衛門
に幸四郎。岩木の判官館へ目見の所あり。此節住吉町松本といふ。油見世にて。岩戸香
といふ新製白粉を売始幸四郎。口上披露として富に出す。二ばん目三八。又九郎二人にて
馬かたのたて。菊五郎。幸四郎。宗十郎。詰合大評判也。霜月中村座において。松本幸四郎
四代目市川団十郎と改名忰幸蔵松本幸四郎と。改む三浦幽門寿岡崎の悪四郎
市川団十郎宗盛に中嶋三甫蔵。八牧の判官笠屋又九郎。甲州明神の賽浅箱へ
牛善を入富に突んとする所へしばらくとかけ多して素袍大太刀にて出大勢をとつて
投。宗盛が首をぬかんとする一所へ。田舎者にて海老蔵出異見に従ひ命を助け。次に
加藤荒次郎助五郎に。敵を討れんと覚悟し。打擲に逢ふ所大でき。工藤金石丸に伝九郎。
祐信冨沢辰十郎。万こうに菊次郎本田の次郎に中村七三郎。下女おさり。本名月さよ
富十郎。海老蔵二役和田の義盛にて田舎者のやつし。牛客の足へ灸すえて器量を
ためし。落し申さんとする所へ。又九郎山木の判官にて切懸るを取て投。紅葉の梢に縛り
つけて。引上る時に尉雨降出すゆゑ。狂哥を一首〽下駄笠や。又九郎する時雨かな。南無
あみどぶつ〳〵ト大笑ひして我こそ和田の小太郎郎義盛と名乗所大でき。次に大助にて百
六ツの壽の所馬に打乗。円十郎。助五郎。両人轡面を取し所。大評判大当り(契情盗賊
潰成に広次竹成兼五郎。友成羽左衛門。守屋の大臣宗十郎。蛇の道十兵衛に半五郎
てつどう丸三八。けいせい高砂喜代三。松浦さよ姫に久米太郎。久米の仙人に亀蔵なり。
森田座(鬼一法眼指兵軍鈴木の三郎に。鬼一法眼二役助高屋高助。熊坂新花沢村音右衛門一
牛善丸に市松。渡辺滝口升蔵。ごわう姫嵐和歌野。けいせい陸奥あづま藤蔵長田の太郎。
下り松山三十郎。三人布さらしの所作大でき也。今年中村冨十郎兄芳沢あやめ。大坂市むら
佐の八亭を勤居たりしが。いさゝか風の心地と聞しが。七月十八日終に寂光の都へいたり。戒名
観月院宗覚日心。ト慶子方へ知らせ来る岩暦五亥年」春中村座若緑錦曽我工藤
左衛門海老蔵。京の次郎団十郎。そがの十郎七三。同五郎八百蔵。駿河の次郎伝九郎。天ぢく
徳兵衛実は唐士ばいろく王笠屋又九郎。富十郎せんだん女にて。日本へ吹流され人買の為
に大磯のけいせい虎と成十郎に惚唐音にて口説所大でき。助五郎和藤内三官の役父に
廻り逢んと。男立足駄兵衛と成喧嘩を仕かけ。誤證文を書せ。父の手跡と引合規を尋
所。大藤内辰十郎が書たる蛤の一字を見て名乗合ことあり。二役義経の家臣大津次郎
にて。京清海元蔵と十三鐘の引合荒事。団十郎賀五郎狂言入組わからずとの評判
残念。同市村座。護愛護護輔我」近江八幡之助。本名鬼王藤左衛門兼五郎十郎に
亀蔵。五郎に喜代三。対面今様二人助六は。江戸半太夫坂本梁限。浄なり。大磯のとらにて
総角のやく久米太郎。工藤が家来髷の意久に三甫。右衛門後に十郎に切れ。実は鬼王
庄司左衛門と名乗腹切あり。朝比奈に三八。宗十町実悪手代四郎兵衛。二役すけ経妻六代
御前にて。まゝ子大房をにくみ。ゆえばの太刀。天の唐鞍を盗みし書置をかゝせ。藻屑の三平
半五郎を。具足櫃に隠し。祐経を殺す事を聞し。月さよ嵐和か野を毒酒にて殺し。後に
すけ経流にて。六代が顔を写す。かゞみの中へ羽左衛門鬼女の顔を出す所怖ろし。誠は玉江
御前の亡魂也。とゞ祐経六代御箭を殺し。誰そ水をもてといふ時。五郎出て刀に水
を掛んとして。臆病ゆゑ打擲して入る。喜代三弱五郎にて。大威徳明王をねんじ。羞す
広次諸とも力を祈る。羽左衛門大威徳明王にて現れ。射宗石の手水鉢をさし上れば。
天の唐鞍の出しを両人悦ふ所大でき。二番目喜代三実盛が娘にて父の敵手塚の太郎
を討ん為契情篠原と成。濡髪の長五郎と馴染。鐘弥左衛門半五郎にて。貸だ金
の蹴ぬ故長五郎広次にてさん〴〵打擲に合しを髪揃此所両人めりやすにて大評判
月代の矢疵を見だし。互に本石を名乗合。せひなく長五郎が小指を切り。父さね籃に
手向け。次に弥左衛門にしの示殺され。とゞめを刺所へ長五郎欠付。弥左衛門をなぶり殺し
にして。しの原が首を木曽の御台。錦の前の身替りに立て。朝日の弥陀を祐経より貰て。
立別る候所。此会市村座大々当り也。森田座人其衆建明院義〉工藤左衛門すけ経助高屋
高助。そがの十郎松山三十郎。小藤太沢村音右衛門。龍鶴屋のお針小よし。実はあこや。
さの川市松。みほのや妹に和歌。頭内を引合八嶌物語あり。五郎時宗升蔵。朝比奈平
助高屋何れも大評判也。中村座六月より一総徳寺諸権土左衛門伝吉団十郎。江屋長兵衛
伝九郎。五尺源五郎八百蔵。かまや武兵衛三甫蔵。小姓吉三常世。下女お杉芳沢五郎市。
八百やお七山下金作此年金作
評判記に
上此位の役者なりしが。お七の評判よろしく。此
あき
顔見世より上下次第に立身す。同秋「信由長者柱七人の小太郎。七人の家老。世嗣の所
海老蔵浮嶋弾正にて。虚つんぼ。薩嶋兵庫に又九郎。敵役同士相談する工を聞て。
もふ聾も止ずはなるまいと。いふ尉そんなら我はといふを取て授ぎつかり白眼と幕。この所
外に仕人の有まいと大評判。同団十郎小山判官。辰十郎鹿嶋五郎にて。判官と討
死す。後に小山は忠臣なる事知れて。杵蔵といふあほう。面静の似たる故素袍をさせ
小山でござる〳〵といふ道外形大当り。富十郎小野のお。つうにて。七小町のやつしあり
二番目松葉や染み助に菊次郎。目窪伝兵衛助五郎井筒巴之丞に喜十郎家根仕一
合大評判大でき。五月五日より市村座染縮勘助也。木津勘助広治岡田紀内と友平
といふ奴景五郎二やく。もくずの三平半五郎。友平女房おはる喜代三奴梶平宗十郎なり。
都屋お京久木太郎。此狂言評判らすし。秋菅丞相相桐樹時平三甫右衛門女郎右衛門女郎助
に亀蔵。武部源蔵栄五郎。妹より風久米太郎。くりから太郎に三八。すくね太郎半五郎
常応相広次。此まやうげんも不入残念。霜月大坂立役山下又太郎下る。顔見世中村座
源三位頼氏」源三位頼政に七三平の惟茂辰十郎。奴江戸平本名はせず長兵衛のふつら
海老蔵博士の又次郎団十郎。実は為朝と悟り。頼政をさみする故。しかみ火鉢のあしを一
引かき。源平藤の三人の内。一人闕ても納らぬといふ。譬より色々力競に勝。為義の装束一
をもつてさん〴〵打擲して。為朝と見あらはす所大でき。平の清盛三甫右衛門宗盛三甫蔵一
堪忍の二字を書たる額を。引おろさんとする所へ暫と声かける。暫とは何やつだやい暫く
しばじくでござんすはいなアと。弁代三田原の又太郎妹早咲にて出る。是女暫の二度め。
嵐小六初下りの節勤しまゝ也。次に獅子王の宝剣を携へ行を清盛龍王の形にて
追かけ。海へ取落せし故海へ飛込む。波切不動明王海老蔵。こんがら童子団十郎せいだか
童子伝九郎あらられ。ばくの縄を海中へおろす。夫に取付喜代三宝銅を抱えてせり。
花やか也。富十郎は瀧口が女房竜田と。鶴の化生けいせいお花也惟茂をたぶらかす所
あり。渋谷の金王中村伝九郎。渡辺競瀧口山下又太郎。二ばんめ庭前の梅の元石焼篭の
かたへに怪き物彳ゐるを。矢にて射とめ見れば。姑のめうたらばゝ宗十郎河内国にて焼明
の油を盗みて。母をまづしく暮すといろ〳〵悪口して。其上舞を望びぜひなく施ふ内婆々
切懸りを引はべし。又忍びの者のかゝるを。腕を引ぬき婆を羅生門の物語して追いだす
虚気違と成ていろ〳〵の所作あり。後に宗十町彼暁を持て破風を蹴破る事あり。何も
大評判大なり○伝に曰元祖芳沢あやめに四人の実子あり。惣領ば二代目あやめ二男
こそ此又太郎也。あやめが実子にして山下を名乗る事。又太郎母は山下京右衛門妻の妹也。
その縁により。幼年の時は菊松成人して母方の名字を取て。山下富十郎と改め。享保
十六年宮嶋の芝居へ出しが。其後山下京右衛門と改古市の芝居にて当りを取。享保廿年
大坂へ出ひいきに預り。山下久太郎と改善せり。三男は中村富十郎。四男は芳沢崎之介。四人共
に皆元祖あやめ権七が実子也。かゝる名人上手を子に持事。果報とやいはん誉れとや
いはん。同市村座は「機長屋嶺相撲」渋谷の金丸と。川潟の三郎廣次。又野の五郎助五郎
祐信に菊五郎。行事にて相撲あり。源の頼朝亀蔵。まんこう御前菊次郎政子の前
市松。やまきの判官半五郎。文寛上人三八。長田の太郎音右衛門。真田の千市二代目
坂東彦三郎大詰。羽左衛門武内宿祢。栄次郎神切白王后の見え大でき。同森田座は
其他原主需備備主主屋屋高至高助態想文賞の文蔵とやつし。万葉集に質筆せしを
紀の蔵人松山三十郎に。見顕され。蔵人を刺殺し。夜光の玉を取。万葉集をも奪ひ立
参内の折から蔵人か亡魂におそはるゝ所次に舞子しのゝめにあづま藤蔵なり。又九郎
奴岡耳にて贋惚病を問者と悟り。記の名虎と見顕す所大角。土代三郎寮蔵蔵蔵人
女房あせぢ嵐知善野。両人にて片手三味線を弾。時蔵哥。そんなじやない〳〵の一曲太商
宝暦六四千年」正月十八日より初日の所十四日新材木町より出火して両座ともに類焼そ間も
なく普請出来二月廿日より。中村彦「壽三升仲蔵」不破破伊左衛門団十郎などや山三千山下
又兵郎。鬼王新左衛門海老籠二役非人かけ。清にて。三が草履の鼻緒をたてんとして。その
ざりりにて伴たとつば打汝か為には舅也。ひ。ひゐきのある其方ゆゑ。新参の名古屋山三
遠慮するは尤。親がふつが何とした。と草履打火でき二ばん目富十郎三勝。又太郎半七。
喜代三一ばん目かつらきの評判よし。正月三日和実ぬれ事やつしの開山と呼れたる助高屋
高助。寂光の都へ至る。高龍院一得日助信士ト浅草新寺町長園寺に印を残す。
其比の落首に〽死ぬ事をしつ高助が紋所の字を捨て
三月十一日より。市村座(梅若栄二葉すが)五人男雁金文七本名五郎時宗市松極印千右衛門
十郎祐成亀蔵。安の平右衛門。京の次郎茶五郎雷庄九郎。悪七兵衛景清助五郎。
鬼王新左衛門にて。布袋市右衛門広次。鞍鯨むけん大当り。五人男一ばん目工藤の館へ
年始の出。上下にて年玉物のせりふ。大評判。五月より菊五郎山田の三郎にて。漢の武帝
の鯉のかけ物投出たる水仕合。中役者藤村半十郎。大谷国蔵。中村七五郎。よろづや又蔵
大谷力蔵。坂田佐十郎。其外大勢紅縮往揃。当六月まで有惣座中大歯六月まで
大入。中村座四月より「長生殿常桜大江の左衛門尉門。手白の猿の精ゑび蔵。泰の馬み助
寿三十四枚
むら
伊勢
市川団十郎
二代目
中村伝九郎
中村喜代三
市川海老蔵
芝居年戊巳
中村冨十郎
伝九郎。二篠の嘉門又太郎。雲井御前富十郎。大堂寺田畑之助団十郎。女へばの太刀
紛失によつて。身をやつし尋よと。海老蔵紫の鉢養を譲る。二ばん目あげまきのすけば
団十郎。麓の意久宗十郎。傾城あげ巻喜代三。白酒売七三。かんべら門兵衛三甫蔵朝
がほせん平庄九郎。何も大でき也。二ばん目大詰。あいごの稚金作。鎌田又八百蔵。女馬士
お冨に富十郎。浄溜涯鈴曙武関札富本豊前様。ワキ知五太夫大和太夫也。山下又太郎
かぢやの太郎七評判よかりしが。さまでの大入なく。中村雄七月狂言は不入なり。八月朔日より
野原信濃守殿かんじやう〴〵中村七三。同雷神かはり海老蔵。梅上伝九郎。桜丸常世武部源蔵
かくじゆ二夜又太郎。白太夫又九郎。龍田喜代三。すく弥太郎宗十郎。時平太臣三甫右衛門
梅王女房春芳沢五郎市。桜丸女房八重金作。判官代照国中村伝蔵。此
此とき大てきにて
評判あり二代目
市川八百蔵
これなり
。松王九団十郎。女房千代冨十郎。四段目両人の愁歎大評判。法性坊阿闍梨に
辰十郎。誠に悪座中評判よく。大々あたり大入此時中村中蔵。堤畠の十作の役なり。後年
三峰の上手と呼れ。大立者と成顔見世市村座歸松倉主観し。弥平兵衛宗清宗清廣次
清盛に三甫蔵。玄慶武者盛遠助五郎。頼朝が首討んとする所へ。鎌田次郎政武升蔵
皆にて。出せり有。本舞台へ行き盛遠に都られ。両人ともに首討れんとする所へ。又
しばらくと声を掛。冶谷の金王王正俊市川海老蔵出。せり故角前髪大太刀素袍の出と
いひ。六十六才とは見えず。大当り。竹くま入道大谷力蔵が首引抜。頼朝鎌田両人を助け
産衣の鎧を取て立ゆる大語張殊に広次。呂布に助五郎孔明に羽左衛門。図羽に海老あな
大づき。瀬川吉次を一代目栄之丞と改名して。白拍子連理と成。今積道成寺の所作を勤
座本羽左衛門嶋の千左衛門にて。口上を述る大當り中村座「駒門巽東榎加藤兵衛の尉
重光団十町。朱雀天皇三甫右衛門。三種の神器を奪取官女をしめ殺さんとする所へ戦も
にての出也。次に金貸どう飲ばゝ。藤原の忠文乱見世七役の内にて炭費五郎八の役口尾
の金兵衛にも五郎。本名純友と出合。わしが芸といふは此万歳病。此廟で仰ぐ物ならば。日本
国中の人間めらは。たんだ一まねきだ。浅卒威あつて猛きその光景抑元御元御身は何人なるば。
目十いゝや今は名ならぬ我名ばなのるときんば。頭には金抽千の冠をいたゞき。身には金瓶の
衣を縫ひ。百位百官五位六位。くゝり袴のつん並んだ万座の中でなければ名乗ぬ。いらざる
汝等が軍勢催促時節を待やイ。といふ所大当く。次に田原藤太菊五郎。五郎八と古文
真宝を浅周茂叔か愛蓮の古事より。汝は牡丹の富貴。王位を望むで有ふと。僧衣と
金冠の二ッ。いづれば望むやといふ。五郎八金冠を取ゆゑ。蘭奢待の佛像を火にくへ。平の
将門と見顕す所。腹に一子里松を殺し。乳の下をかき切。磯。を押込。江州勢田の橋より連
来りし妻。矢馳冨十郎は龍女と知る所大てき山田に市松此所。上なり常盤津文字大夫
吸付たはこのつけざしを。心て拝んて呑わいなァトいふらた時蔵一時也。豊嶋の左門に又太郎。
坂東太郎に三八。忠文女房波衣下り冨之助。坂東彦三郎文珠丸。松本幸四郎。千寿丸
両人命を捨て。身替りに立んと切合の所。親々の仕内藪流。月本の思入あり大でき。この
顔見世何れも大々当り。彦三郎。菊之丞。幸四郎。三人同年十六才なり。森田経
(直鶴平家物語)頼政に勘弥。清盛に宗十郎。魏の曹操の出立にて。大海老の額を引
はづせといふ時。暫と声かけ渡辺競瀧口八百蔵。大でき弥平兵衛宗清に伝九郎。女房
白妙嵐和奇野。常盤御ぜん吾妻鹿藤蔵改名して楊巻林弥。宗十郎義朝の亡魂。
二ばん目非人いがみの八蔵。常盤御前に足を捻らせ。いろ〳〵悪き事ありて。後に川津。
の三郎と本名をあかす実事。大結雪女の怖しき事。清盛ともに五役大当り也。同年
市村座善女形極上上吉瀬川菊次郎春狂言二葉曽我に野上の班女と。ほと。ほてい
市右衛門が女房の二役七月一心中賈庚申におちよ大評判顔見世の金王楼に。山ぶなの
源五郎女房お菊。義朝の公達三人を助けんと。併こぜんといふ白拍子と成て清丞の心
を盪し。思はず夫に逢。義朝の白骨を見て愁歎の所大でき。今楼道成寺の時平家
の大勢に取巻れ。白拍子連理とともに鐘の中へ隠れ。抜穴より落行。鐘を引あぐれば。
広次競瀧口にて顕れ出。荒事の所大評判。吉次は二代目菊之丞になせし事も。みな
仙魚の丹誠也。茶児童の七百余歳も後見と。思ひも寄ず。閏霜月はかなや無常の
風に刹那も待ず。楽しみ酒のほろ酔に物干へ出られしよし頓死とは夢にや。
一功徳院浦譽水阿仙魚居士宝暦六丙子年閏十一月十三日本所押上大雲寺
「宝暦七丑年」春中村座「日本地音我物くさ太郎本名悪七兵衛京清団十郎。清水寺の
清玄半五郎。横姫富之助に無体の感慕して指を喰切破戒の僧と成し故刺殺し。姫を
助る場大でき。非人工藤栄五郎。琵琶法師そがの五郎市松盲人にて敵を討事ならず一
物ぐさの杖を与へらるゝ所あり。二役祐経娘おいぬにて。合魚づくにて石橋の舞の内勢頼
祐経より生膽の入し壷を。時宗貰ふ所早替り。眼明て対面。三八朝ひなにて。車引の荒
事あり。十郎七三弟二ばん目角力取八ツ橋に三八。戸田川に喜十郎。笑情八ッはし富十郎
佐野の次郎左衛門尾上菊五郎。三ばんめ団十郎。宇佐美の三郎にて贋工藤勘当ゆるしの
塲大でき八ッ橋が亡魂富十郎。清玄が亡魂女孫団十郎。火鉢の中より両方同し出たち一
二人浅間浄瑠理。文字太夫にて。そがの十郎七三所作事同じく。団十郎清玄の骸こつ
大当り。喜十郎井場の十蔵。やつし覗からくり。富十郎あこや藤棚のたて何れも大々あたり。
此春の評判より。独上上吉市川団十郎トなる。市村座(濃島勘勝儀」工藤左衛門祐経
宇左衛門。らゐらう売本名かげ清海老蔵。そがの十郎朝ひな二やく。鳥さしの所作亀蔵
五郎時宗升蔵。しらべの姫金作。月さよ荻野八重桶。団三郎助五郎。脇経妹とよら
音右衛門鬼王廣治。後に重の井新左衛門女馬士じねんぢよのお三菊之丞。両人にて仙鬼は。
追言の愁歎見物紬を絞る。森田座は浄瑠理布引。一ノ谷。鬼一。在原系同。助車太郎。
真鳥。右三段目。四段目づくし。伝九郎。宗十郎。和歌野。小伝次。林弥にて。毎行す。市村の
三月廿日より大坂下り中村歌右衛門罷出。第二ばん目七章四郎蟇の術評ばんよし
六月二日大谷広次終る。円心院祭然日了信士深川浄心寺中。正行院に堪を施す。
七月狂言に助五郎。広次か位牌を持てひとり相撲の愁歎に返答をいとならむ。顔見せ
中村程林墨凱院領□あかん玉いのおだん団十郎。頼朝に菊五郎二やく。佐々木の三町。同
四郎に八百蔵。梶原升蔵。うきすのお岩喜代三する墨蹴平半五郎。いけづき跳蔵
三八。花の前冨之助。盛久女房有明に和歌野蛇がへしの太刀を取かへさんと。魂魄
月の前と成り。頼朝に近づき。花の前と悋気あらそひ。鳥となつて飛びめぐり。
卒に太刀を奪かえし。からかさの柄にすがり。宙を飛び行く遊業大ひやうばんなり。
当顔見世。評判記上上市川武十郎此度瀬川錦次。三升の門弟と成て。市川
武十郎と改名。年は若しよい荒事仕に成ませう。顔見世は蒲の冠者のりよりの役
二ばん目お岩が兄うきすや助八にて。親子三人もり綱かたへ入込敵をねらふ所。丈夫に
見へます。糸へ登られし団蔵に仕うち其まゝ。此たびの仕内大でき〳〵とあり。市村神
松君阿磨廓吉備大臣羽左衛門すまの兵衛正かつ。実は淡路のはいていに。助五郎。
左京の進音時七三藤原の廣嗣と。浦人福兵衛と。歌右衛門二役也。中将姫に金作。
此兵衛宗十郎。久米の八郎喜十郎。曼陀羅丸市松。汐汲松風に富十郎。庄屋桃くり
三左衛門音八左迂人平兵衛。実は中納言行平亀蔵。三人津なり。松似候男姿。
常盤津文字太夫にて所作大当り。森田座勢和田義朝比祭の三郎と二役古郡
新左衛門に伝九郎。いづみの小次郎辰十郎。和田の左衛門三甫右衛門。城の太郎に音左衛門
三浦の荒次郎傳蔵。よし盛娘野分八重相。金売吉次山下又太郎。小次郎妻有明
かん弥何れも大でき。
又花咲屋新之助
歌舞妓年代記巻之四畢
芝居年代記同芝居年代記
○
松夫
廿五
撰作淡海楼馬馬
松高斎春亭
画工松高斎春亭
浄書
石原駒知道
文化八辛未年孟春発兌
大坂
河内屋太助
大坂同
八文字屋八左衛門
書林
江戸
浜町元矢の倉
黒田
一篇
花江都
壹
年代記
舞妓
}
十五
花江都
歌舞妓
年代記巻之五
談洲楼焉馬著
東都
○宝暦八戊寅年正月ヨリ明和八辛卯年霜月
顔見世マテ都合十四年ノ間ヲ記ス
又花咲屋新之助を
宝暦八寅年春中村座一時時時津風入舩四祐程団十郎八幡三郎実は京の次郎案五郎。文政
行列の供先を。十郎八百蔵にて割しとて。駕の者ども狼藉に及び一家の七が殿原ゆゑ
急外せし下部二人。手討にせよと祐径いひ付る。雇陸天実は鬼王にて三八二人重ねて。八幡
土檀の手の内。上なるもの斗り切。なまくら物なれば。切損じたるといひて。蝋をとり。衣服上下を
脱とき。狩場の切手を取落す。祐経それと知て追出す場大でき。後に対南は松囃子の所。
祐経笛の役。十郎大つゞみ。升蔵五郎にて小皷。朝ひな三甫蔵初ての役せりふ有。二番目
油屋お染茶之丞。久松に喜代三。実はぜんじ坊。天満屋およつ冨之助。徳兵衛菊五郎。高野
らう売虎屋藤吉幸四郎。せりふ大当り。山家や佐四郎。やりてと二やく三甫蔵。ぬれ髪の。
長五郎。実は時宗升蔵。放駒の長吉。実は御所の五郎丸八百蔵。両人前髪の男達
蝶づくしのせりふあつて。荒事大評判大当なり。同二ばん目景清二やゝ油屋九平次に
団十郎。中の町松屋のお松実はあこやに喜代三。九平次かげ清が顔に似たるゆゑ。色にして客へ
あこや命と腕にほらせ。火鉢に懸たる銚子にて。九平次が顔へあざを付る所。捕手の者来り。
かげ清が絵姿に引合じばり行。此所安敵にて。次にやつし浅黄頭巾の形にてお染に逢
立廻りの内。引ぬき糸鬘宇佐八幡の赤籏をおし立福引名づやの正つら〳〵の趣は滅
その方は娘人丸也と物語あり。後より半五郎鮫の茂兵衛。青隈取ゑんでん驚盗人の
形にて切懸る。団十郎印を結へは。五躰すくんで働かれず。夫より綿戸の太郎と本名をありし。連判に
血判してちうや心を尽し。本望遂んといふ。ウゝ頼もしし五月下旬右幕下頼朝冨士の裾野に
御狩あるとは。幸ひ成かな正せつに極らば。由井蒲原にまい伏して。日頃の大雲トいふ所。大
当り。菊み丞久松が金の難儀ゆゑ初野間の鐘。かゝさんや。おばさんの無間の鐘をつか
しやんしたも。此中村の里そふじやと。涙ながら追善の口上を交ての仕内見物袖をひたす。
四代目団十郎
二代目坂田半五郎
あぶらやお染
二代目瀬川菊之丞
此年路考十八才也。茶五郎徳兵衛にて。九。手次に打擲に合。船宿にて髪を結ちよき船夫
乗。追かけ行。九平次と。頤の庄兵衛佐十郎両人を。徳兵衛泥仕合にて殺す。団十郎輩督
にて景清也。五月まで大入大当り。跡節句より嵐和井野道成寺。両僧。三八半五町切落
日覆の上より四角なる。山を画たるもの釣であり。破風より仕懸にて布を引両僧是を見て
山より山へ雲の桟はテあやしやサアといふ。和哥野傘をさし。其上を渡り行後に読より堀磯
下そあらはるゝ軽業。見物目を驚す。市村座春九十二騎六番羽左衛門。亀蔵。七三郎。七三郎。
三人十郎あり。此狂言不入にして三月暦日(越染隅田川」粟津六町左衛門将左衛門鹿嶋やお賀
冨十郎。清于即本石富士太郎亀蔵。浅間次郎と。久木平内二やく助五郎山田の三郎三郎七三
斑女御前と普賢ぼさつに富十郎。牛嶋の五兵衛歌右衛門。かしまや下女お春市松牛の御前
金作。吉田の松善宗十郎。其外役者多ありといへども。市川海老蔵去丑年より。休居けるを
頼に付出勤也。楽人冨士太郎。父の仇浅間次郎を討せてたべと。荒人神へ祈誓をかけ。そがの
五郎時宗の神霊矢の根五郎にて現れ。例の通せりに有て。善哉。汝此矢の根をもつて。
一
二代目
市川拓莚
一世一代
時宗の神に
時宗の神霊の
元祖海老蔵
冨太郎
市村亀蔵
親の敵を討べしと。矢の根を亀蔵にゆつる。一世一代の狂言大入大当りなり。同秋狂言
女西行
中村冨十郎
浄瑠理常盤津文字太夫ワキ志妻太夫。造酒太夫。三味線
四行花姿画堂
市村亀蔵
佐々木市蔵。第一番目大詰軍郎七へん。化翁官女。切かむろ杜谷。壱駒。道成寺。
石橋なり大当。同秋中村壁小野通雲郡道風団十郎。よし実八百蔵。お町喜代三
年塔婆場大当り。巣の上冨之助。おみなへし五郎市。頼風に武十郎。駄六三八いもと
お縫等等之丞。何れも大でき也。柏莚は夫より舞台を退き隠逸の窓にくらせしが。秋の
比より病再発して。養薬の手を尽しけれと。無常限り有て今は臨終と思ひければ。三升
をまねき筆をとらせ。年ころ好ける狂哥の辞世一首。
ついにゆゝ道とはかねて芝海老のはからせ給へ極楽の升
才牛介
栢莚
頓に合掌して。門々不同八万四為滅無名果業因利剣即是弥陀号。一声称念
罪皆除と念仏十遍ばかり唱え。行年七十一才江戸紫の雲に乗て。西方十万億土へ
熱さぬ法讐栢筵随性信士。宝暦八年寅九月廿四日子の刻に終る。芝増上寺中。
常照院に撮を残す。古今役者の氏神と妓鑑にあり。栢筵鉄五郎の事。先巻に
記あれども。享保十四酉年中村座にて。未廣恵方曽我に大当り。これを始として。
三代目
升五郎
元文五年申正月中村座。宮柱太平紀に。篠塚五郎。忰団十郎。
尊氏に両眼
をくられ無念に思ひ。曽我五郎の神霊へ祈誓する時。夢中にあらはれ。涙を授け両眼
開かする所あり。又宝暦四年戌春同座。百千鳥来和曽我に。市川升蔵五郎也
分身隆五郎。今宝暦八年寅春鍬を市村亀蔵に譲る。工藤祐経は延享二年
丑春中村座。羽衣壽そがに京清にて贋工藤が始これ大当にして後宝暦二申年
春市村荘。探姿見曽我。工藤の役と景清にて贋五郎。宝暦四年戌春中村屋来和
そが。工藤祐経五郎に升蔵。碁盤を投付るを切割異見候所大歯。以上三度也此外
不動鳴神暫。助六。うゐらう売。伴左衛門等のやつし年々の所に記す。此道において三ヶ津の
稀者と称するも誠なるかな。往古より名人上手有といへども。其名は他へ譲り。又は奢
する事あり。今七代目団十郎まで。血脈連綿として。相続すること。晋子其角の
〽三ツ升や凡氷らぬ水の筋と考たるもむべなり。
同霜月菊五郎。彦三郎。市村府へ帰る。大谷春治を鬼次と改む。善衆形榊山三五郎。
善女形水木辰之助下る。歌右衛門中村座へ来る。伝九郎森田府より帰る。顔見世中村殿一
一木畠花狂鈴木甲賀三郎団十郎。赤里太郎入道に哥右衛門が魚を見出さん為。時頼七三郎
打擲に合。謀叛と見せて。次に水中より戸隠才蔵。左十郎を刺殺し出るせり出し。工を顕はし。
赤星に腹切す所大でき栢筵の辞世の哥を書し衝立を出し。幸四郎は。百蔵。追善の
口上。大臣団十郎三浦の大助栢薙の霊にて。芝居繁昌を守べしとの見えよし。ゑんじゆ
の前茶之丞。七三と新羽衣の所作二ばん目団十郎佐野の源左衛門。伊香保の湯女小原
に常世嫁入して盃も済ぬ所へ。兄浅原八郎兵右衛門。食客に来り半櫃の内に赤子の
泣戸は宗尊の御子と悟り。沼田の庄司が子供芦屋の左衛門が子供合せて四人に力を
添。敵浅原を討する所大出来。此狂言作面白くでき。哥右衛門大評判大南。顔見世ゟ
上上吉トなる同榊山三五郎。芦屋の月善丸にて。藤村半十郎さのゝ源藤太と。からかさの
たて有水水木辰之助。わかさの前にて猫の所作。次に敵討まで大でき市村望額兒横敷敷
秋田城之助に梅王と楼丸三やく菊五郎。佐野の源藤太宗十郎。赤星太郎半五郎。清ざぬ
に市松浜堀の所大でき。二ばん目北篠尉頼羽左衛門。青砥左衛門亀蔵。女鹿無僧練有て
白妙かぼりこん富十郎。浄なり。正銘野鈴木。常盤津文字太夫にて所作事あり。森田丞
入赤満浦氏山し又野の五郎助五郎。渋谷の金王三八。真田の与市升蔵祐信に辰十郎万江も
冨之助。二ばん目助五郎そがの下人太申実は。うさみの十内。河津が最都まて供せしが主人を
一注せしいわけ。一万。箱王か手にかゝり。本心をのかす所大でき此太申といふ者は三十けん堀の
枯木屋也。世上へ名を弘んと。芝居において太申楼といふ大名頭を出し。太申染とて出す。世の
人伝九郎染といふ「宝暦九卯年」中村麿「初賀和田酒屋」曽我の十郎七三曽我の太郎すけのぶ也
藤十郎冨貴なるそがの狂言。十郎放埒にて片貝御前を妻とせす。大磯通ひゆゑ。団十郎
乗清にて。剱沢弾正左衛門歌右衛門に頼まれ夜笠民都み介といふ使者となり。今朝
はんづけのつぎ
合じるじへつゞく
○元禄十四丁丑年五月五日初日。中村座狂言番附。曽我の序あれば。次へ其侭横察す
七
さかい丁
黒小袖
此兵根元曽我四番続さかい丁中村勘三郎殿
浅黄帷子
第一かぶとに似たる馬上の願ひな第三かぶとに似たる石山源太
第二かぶとに似たる竹ぬき五良第四かぶとに似たる草摺引
役人付之次第
一大いそのとら
袖岡政之介
藤本御之介
一けはい坂のせう〳〵
中嶋一統
あぶら勘六
此人の家名也
一和田のよしもり
一そがのはゝ
一御所の五郎丸
今村久右衛門
女かたにて
今村くめみ介也
中むら清五郎
花さき七十郎也
花さき七十二
桐山改之介
一あさ日のまへ
京下り
中むら千弥也
一源のよりとも
村山源次郎
今の
南北孫太郎也
一きせ川の亀ちよ袖岡半之介
一そかの十郎
村山四郎次
一そがの五郎
市川団十郎
市川九蔵
一山伏つうりき坊
生しま大吉
一江間の小四郎
大熊宇両右衛門
一ほうでう
瀧井源右衛門
一本田の次郎
一ちぶの重安
一はこねの別当
一はこねの別当西こく兵介
一いぬぼうおかた九郎左衛門
一工藤介つね山中平九郎
一おにわう太夫勘三郎
一どう三郎市川団之丞
一かぢはら平蔵中むら平八
一同源太中嶋勘左衛門
一二のみや
中村伝九郎
一朝ひなの三郎
此外侍大勢中詰小つめ罷出候
ばん付前
よりつゞき
持参金千両衛とり。弾正左衛門に百両やり。九百両ひつたくる所まさまじ。次に工省。
左衛門にて。病気。純子帳の内より。。川津が亡魂のりうつり。俗医丹波之助と成て。祐成
来りしを言葉をかはし。友切丸の一ト腰をあたへ。祐経を討て。我忘執を発させ上といふ所。
又本性に成対面。十郎七三。五郎八百蔵。ぜんじ坊榊山三五郎。何れも人形を持亦沢山
角力物語。浄理江戸半太夫にて大当り。喜十郎朝ひな。祐経。病気慰の為とで人形
つかひに仕立呼出す所大でき。鬼王に伝九郎。二役巴御前にて大磯へ来り。女郎の悲揚して。
けはい坂のせう〳〵を呼ぶと座敷へ出ず。八百蔵負朝比奈にて迎ひに来る所江戸半太夫
浄なり。鶯宿梅妻戸帯引。揚障子の内より山で。常曳の所作過て。八百蔵誠は弁長と
此外に文つぎの
見かへしにあり
素袍鬘を取それより女郎願立速口祭文大あたり。
市村野二千山蓬莱そが
工藤左衛門。吃の又平二やく茶五郎。巴御ぜん。東の次郎宗十郎。曽我の蛇足に半五郎
かげ清女房あこや富十郎。大谷鬼次朝比奈におほ
これ初
やく也
やくて
五郎時宗市松十郎亀蔵蔵大波羅
小判三千両の盗人に落。大勢に打擲され。無間の鐘のこと思ひだし石の手水鉢を打て。突
さい文の
次へつゞ
同同三代言
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
けわい坂のせう〳〵
二代目菊之丞
にせ朝ひな
八百蔵
からんことをしてなたといふといふ
ませんといふ
初員和田酒屋
中村座
第弐番目
弁長にて
元祖
負朝比奈
市川八百蔵
はや口願立
豊井様にはいはしや
帰命頂礼文箱地蔵へ女郎の代そう代参り。はや口顧だて敬白。抑わつちが国は白川
六かでわかれて。七ツなき〳〵禿に責れて。特から晩まで。こきつかはれて。酌をしながらほく居眠
小袖へつぎかけきせるでたかれ。やりてにつめられ苦しいまゝに。はやく女郎になりたい。見世へ
へも出たいと願ひしかひなく。新造の悲しさ。色とる男はけもないかゝらず。おやぢにせめられ
盲人にいびられ。両ばこの火がない湯くんでくれいと。夜の目もあはずに。漸と袖と袖とめ明き都や
かけれり。嬉しと思へは。襖の張かへ畳のかへ。時仕着もやりくり。茶屋へも行れず。行ねば客めが
小言をいひだし。約束返がへそれから夫なり隙日がつゞいて。晦日の湯豆腐咽へ大汁のみ
込やうにて。内義のおかほは八面大王。こんなの中でしけ〴〵つけ〴〵。耳をこすられ。つゞさがいや
さがしみ〴〵山〳〵。各福地蔵の誓に叶はゞ。旦将は病身女衡はわか死。つれしゆは鼻を
たばこをもらはず客衆は紋日をいはずに受込小袖を贈られ小づかひけれを付いふ形
次第になんでもおう〳〵。夜更にござつて夜中に戻つて。戻りはいつでも好た男をかつて
もあへとて金をば残され。あくる日そう〳〵色めを呼よせ。いつかも居つゞけ。下でも咎
芝居年代記
めず。やりても見まはず。心の通りに念顔叶はゞ。まざ〳〵うそなるきせうをかくまひ
涙を出すまい。酒をも。呑まひ名物買まい。夏書をかくまひ。あしだをはくまひ。たばこ
を呑まひ。提灯見知つた船宿呼ぶまい。笑止といふまひ。仮にも飯には醤油をかけまひ。
油揚くふまひ茶わんを割まひ。鼠を飼まひ。初会の客にも腎からあすまで後ろを
むけまひ。逢ての境にヲゝあついふまひ。子供を抱まひうす処読まひ。廊下を欠まひ。
其外何でも好たを止ます。さつてもしゆしやうな女郎の願立天も響けと敬て申す
祭文の前
ゑの所のつゞき
栢莚十町。路考の身振をうつしたる仕内羽左衛門大黒天にて現れ。三千両の金を
授る所大でき森田座人栄花隅田川)粟津の六郎助五郎。やつこ軍助三八。山田三郎に辰十郎。
女房やばせ揚笹林弥。花鳥の前富之助小梅村小五郎兵衛音右衛門金時半兵衛三八
四代目
湯鐘弥左衛門助五郎也。今年春評判記極上上吉市川園十郎中村座
中村亜同和田酒盛二ばんめつめ茶之丞少将にて時宗八百蔵に渡す分を禿に預置し
を。鉄壁武兵衛歌右衛門。禿を殺し。其五十両の今を取。菊之丞いひ訳なく自害の場
の愁歎の所大評判。後に団十郎荒五郎氏兵衛本名かげ清鉄壁武兵衛実は三保谷
の四郎。甲の鉾を頭巾の下にかぶり。男立出入。互に悪たひのせりぬあり。とゞ頭巾の朝引
哥右衛門を氷の中へ打込。三ばん目八百屋お七葉之丞。三五郎吉三郎大入大当り。夫より
団十郎。歌右衛門が天窓をづきんの上よりきせるにて打ト。かんと鳴はテうぬが天窓はのつま
●せりふ
のつぎへ
荒五郎茂兵衛
四代目団十郎
てつべき武兵衛
中村歌右衛門
玄屋年代記同年代記
け
○大坂男達尽のせりぬ
てつぺき
武兵衛
武兵衛
中村歌右衛門
武兵衛といふ名は凡八百八町の人別帳に八百万程もあんべいか。おれが武兵衛にはすてつ
ぺんに。鉄壁の二字銘が居つて。きわめ折紙のくつついた名作男。生国は摂州大坂道頓堀
て正月朔日寅の一天に誕生すると其侭。五人男の布袋市右衛門が子供好ゆゑ欠付て。産湯
をあびせる所へ。紺屋の雁金文七が俄に産着を染て持て来ると。雷庄九郎が来て臍の
緒を切て。直に臍がらみへ灸をすへた敵。卒に一官直を病ない達者もの。生れ落に天窓形
が悪かつたが。極印文右衛門が鉄槌てあたま形を叩き直して。てつる。左の如くになつたそれぞ
安の平右衛門がゑぼし親に成て。鉄壁武兵衛と名を付た。凡京大坂て男を立るやつに親分と
あかめられさしも黒舩の忠右衛門もおれを見ると。遠くから投頭巾をぬいでさんだをすれば
獄門の庄兵衛も天窓を。土へほつ込で軽薄をひろぐ。団七九郎兵衛。一寸徳兵衛。釣船のさま
なんごと。浄なりにまで語られる男達めらもみなおれが子分。濡髪の長五郎放駒の長吉は
おれが谷衆喧嘩や五郎右衛門はおれがけんくわの出店。まぼろしの竹右衛門はおれか店子鮫の
清兵衛は道頓堀の顔みせの提灯の溝仲間。この芝居へいつても鉄壁揺さまと尊敬
されなつして中村歌右衛門とは兄弟分。それて二三年いぜんに一所に下ツてまた里馴ぬ鶯の
なまぬるい京だんは。生れ。付の国言葉。根生骨は日本一の大湊。大坂の落て育て。人を
人々も思はねば。人も人とも思はぬ。人間はづれのあぶれ者どもを羽がいにくつ付て上見ぬわしの
綺壁武兵衛が。江戸男違の荒五郎氏兵衛と出合は。龍と虎とのいがみあひ。五町まちへ血の
雨をふらせる。へゝゑゝなぐさみだ荒五郎。ちよつと爰へ出てもらをふ。
○江戸町づくしのせりふ
四代目
あら五郎
市川団十郎
茂兵衛
こいつはまだ。江戸の方角をしらぬさうな。しらずは教てくれり。此吉原の大門と。又大門通とは
訳が違ふ。大門通りといふはな。いづみ町。長谷川町。田所町の軒続き。耳へ入たり聞えるか。聞え
ずは耳の穴を堀江町にして。男達の引導を安計町けつぢやうして聞け。うそだまつて聞て
居れば。第一らぬがおとぼねが弓砂町で別して吉が永冨町。人そばへも能加減に白銀町口主
まかせていへは飯田町だと思つて理の糀まちは非の市兵衛町と。得知れぬ咽をつくたし。此
アレあのやうに花町を錺た。あの美しい米沢町の前だに寄て。物和どかに柳原に挨拶を
してなれば。こまでもかつに乗物町紺屋町のあさつてこやらで。まだろくに下流も出来り
やらうめだが。おれと喧嘩をして見るか。荒五郎とけんぐわをしらふとおもはゝ。女房子にひまを
法や町にして。身代を畳町でかゝれ。われとおれとは鷹に雉子町我二十間飛べばおれは
三十間堀とび沢町。足元の赤坂なうちに。手廻しをしてはやく宿小屋へ池の端悪くてま
陣を入江町にしたち。町人の事だに依て太刀打弓打弓町の働きは武士方への遠慮なんの
手もなく横町のまきざつぱで。脊なかをのめすり。さなければ。うぬがあたまへ塩町をなすつて
がり〳〵と鍛冶町だぞ。鵜の鳥が小船町をくはへたやうに。ふりしやりひろぐと胴ぎりまち
家に伝はる同諸切丸。さや町を放れるとたまらぬぞ引こぬいてぶつつけると本庄の
すていへ。んから臍際まで。去い二ッに割下水だぞ。皆さま一遍の回向院をしてやらつしやり
ませり。此やうなぼうふり虫めがいくといふも。いかさま浮世小路ではあるぞ。てつべきでも
巌石でも。あがくと微塵にする河町。爰が生死の堺町。むねに手をおいてしあん橋を
してかゝれ。荒五郎にむかつて。鉄壁武兵衛で候とは。やらうやい。アゝつがもない。
本舞台茶屋の末机西の方に竹かうし
●せりふの前
入口に手習指南と表札あり。うちにて。
おつりき将仕かけが有なと夫よりたてになる
坂田
よりのつゞきに
藤十郎サ部子供謡はおしへよふとて〽あますまじとて駈向ふ。景清足を見て。もの〳〵しやと
夕日影に
下此うたいの内左十郎
一三保の谷が着たりける兜のしころを取はづし取はづし。ト哥太門が
其外大ぜいにげてゆく
頭巾を引さる。禿を殺し取たる金出る。こゝへ大勢禿の死がいを持来る。手習師匠藤十郎出て
我子ゆゑ。歌右衛門が土顕なゝ所あり大評判大当なり○伝に曰中村哥右衛門皆紋は日の
側に烏を○かくの如く付しが。団十郎より譲りて退舞鶴を此時よりつける。五月より
団十郎訳ありて休む。九月市村座(芦屋清浜内鑑富十郎葛葉二やく名残狂言保名
に丞蔵。道満茶五郎。与勘平に広座。やかん平坂東又太郎。何れも大当り。当卯年七月
十九日惜かふ市川八百蔵。行年三十歳盛りの花紅葉にと共に。世常の風に吹散されて。
全冬成果信士ト改名す。同影見世中村巫妻市頽貞基台刀士三郎に助五郎山上
源内伝九郎。行貯へ生姜といふ字のなぞ。廿の王の女身替りの所よし。お茶に菊之丞大友の
皇子宗十郎。ぐんだり太郎半五郎。藤原の謙足七三郎。持続天王嵐冨之助。作者二三三
大でき大津州市村座阿洲浦近世舞堂」荒獅子男之助と。不破伴九衛門二役団十郎細川勝元
菊五郎山名。宗全歌右衛門頼兼に亀蔵。お国に下り姉川大吉。鷲譽の精に市松。さゝら
三八に坂東三八。何れも大でき大評判。森田野浦威景家物記し能登の守に勘弥宗盛に
辰十郎。頼朝に中村伝蔵。熊野御発揚巻林弥く宝暦十辰年一春市村座春市村康源氏
弥平兵衛宗清団十郎。小松重盛栄五郎。清盛敬右衛門。和田義盛三八。宗清女房
白妙姉川大吉。金石丸彦三。あふみ八幡三升梅幸也。二ばん目かさね扇やおふさに大吉也。
去年かほ見世より金井
団十郎団七といふ。男立団十郎。徳兵衛に兼五郎。椀久亀蔵。仕組大評
三笑たて作者となる
判大入。此とき尾上松助子役にて重盛の十人の禿の内。松王ごていの役也。同中村座曽我に
将門を大べし趣向助五郎景清にて。神田の与吉といふ仕事しの形にて。勅使を殺し七面の境を
発取その身。七人に見へる所大でき。祐経宗十郎。朝ひな半五郎。平家蟹を料理の所あり。
十郎に七三。五郎尾上紋太郎評判も按る所ものふ。二月六日大火にて芝居類焼す。やうやく
市村座。三月下旬普請出来。輪我万年柱。市川屋の三光に団十郎。市松。三八賀文ばゞひの
かけ合あり。中村砕秋。倭侵君類敷。慶」蘭平助五郎大当り。行平に七三飛脚の忠次に富十郎。
駕舁又助半五郎松風と。音人女房に菊之丞。大江の音人喜十郎。なりひらに瀬川三五郎。
らん平忰しけ蔵に松本長松筏に七蔵。又改岩井半四郎。名人上手となる。同郡見世市村座
「祐紅集伊達大図」亀蔵平惟浅し。三両叟の所作たて。剱烏帽子照葉楓大でき也。団十郎実方
すゞめの亡異国妙に菊五郎。大評判森田府にて。助五郎はせる。長兵衛。哥右衛門鶴の精霊
にて。七有んげ大当り。此額見世中村座休み也「宝暦十一年」春市村座二乙亥塚午役」かつしかつしか
十内団十郎。工藤左衛門宗十郎。そがの十郎亀蔵。五朗時宗彦三郎。乱髪のおせん茶之丞。
文字奏浄留り。亀蔵片瀬村渡し寺本名京の次郎。配女船の内のやつし大でき。
藤蔵大磯のとらにて。又太郎。両人青葉の笛を集合ふ所にし。大沽亀蔵円羽
あり。二番目あげ巻に茶之丞。助六亀蔵。江戸河東深瑠理。伊久は工藤にて宗十郎。
鳩八の字の衣装也。白酒売前十郎。かのこ餅うり嵐音八両人拍子舞大ごとき。百屋
お七菊之丞。下女お杉五郎市。小性吉三彦三郎。京の君に幸四郎。五郎に感慕し。斯ひ
かなはねば。心中見すると五郎が指を喰切ところおそろし。何れも大当り。同春森田座
遊使明親秘物寝し又野の五郎かげ。久。助夫郎岩洞に住居る所。大戦を持白髪金時のやめし。
そかの五郎市川武十郎に対面し。けふは河津が命日ゆゑ。せめて渋茶なりとも手向ん
と。赤沢山の椎の木を伐し物語。次に五郎を相手に角力を取まつ此やうにとなげられ。
十町に別れし愁歎力推しと推の木を引さき。祐経が矢の根を見出し。時宗に敵を討と
いふ所大当り。工藤に置右衛門。鬼王藤十郎朝ひなと八幡の三郎二やく半五郎祐成に勘弥
あこやに常世。女近江姉川大吉。間違にて鶴の血を呑。夢中に鶴の所作大当中村野
三月三日より間山女敵討太申坊長作伝九郎。宗狐ぎつね北條時政辰十郎女ぼり
きさらぎ嵐富之助。あこぎの平次に三八。佐々木高総瀬川三五郎。牧野の六郎に
喜十郎。弥生さの川市松本朝左衛門沢村吉右衛門。小夜の中山にて孕女を散しかけゆ
の次官といふ侍に成居る。きさらぎ。弥生兄弟相の山のお杉お玉とやつし敵を尋る所
に。姉の病ひゆゑ薬を取に行し跡にて。本朝左衛門郊冨之助を授す。立帰つて弥生市松
驚き歎き。太神宮へ祈る所。むけんの鐘のかゝり仕内あつて。姉蘓生して誠は一万度の抜
のおかげと悦び。後に敵討大ごゞき大当りて。役者少にて春も漸三月作者堀越二三次の
趣向にて。元禄曽我に女兄弟祐経の心持もあり。一万度の身咎り。諸見物大評判なり。同
六月亀蔵上がた表芝居へ登主付。名ごり狂言七変化常盤津文字太夫浄なりにて。
仙産府頭大でき。同秋おはつ徳兵衛生玉心中。兼之丞。坂東彦三。両人大当り。同九月
中の芝居より出火して堺町ふきや町類焼す。探座。お梅久米之助の涙なり。道具立高野
山ゆゑ。是を高野山火事といふ。中村啓は辰年朝暁以後仮菅請にて此節取崩未だ一
出来さる内にて。此皮は焼ず。さつそく本堂請出来。霜月頼見せ中村屋日本北刻前。衆賃
団十郎七役の内。船頭大津の次郎にて。静御安五郎市。難儀の所へ出。雀おどりの段にてたすけ。
次に赤井の藤太夫頼まれ。冠装木にて筒守を引おろさんとする所へ熊井太郎にて。下り
此時升蔵
おれがこゝに居るに暫と声を懸るやつは
市川雷蔵しばらくと声を懸る時に似
改名して
ない筈じやが。こいつもをれにけちを付るやつと。当りせり政熊井太郎ときじみ合て後筒
守より宝剣を取出し。藤太の役半五郎が懐中の籏を棄取。本心をあるし。熊井太郎に突
剱を渡し顔を拭ひ。元の船頭に成る所大でき。次に源八兵衛土佐坊伝九郎。よし経雷蔵へ五ヶ
条の不審義経に代り申。囲の場。次にどんぐりのおさん婆の敵役。源八兵衛にて。赤井の藤兵衛
を長田の太郎と見顕す所大詰。友盛の幽霊実は由利の八郎大当大評判なり。市村府
一壮士故。錦□刀鍛冶才蔵と。斎藤五郎二役助五郎。猪の熊少納言宗十郎。政子の前に瀬川
茶之丞楊弓の掛的の所へ暫と声かけ。渦巻飛脚にて亀籠。大坂下りの所あり朝日の寄
吾妻藤蔵しつとの所あり。山吹に常世。此顔見世不入森田左へ神園生方燃木を市川園蔵
十八年ぶりにて下り。㐧一ばん目催の川。市松。さのゝ渡りの刀自が幽魂にて盗賊をおさへ。滝を
もつてせり出し。此鏡に頼の移りしは。何者成ぞと咎し所へ囲蔵音儀左衛門にて。長上下同鏡を
持て暫の出。両人徒のせりふあり。合邦を即実は判官代照国下り実悪大谷浜八。北條
時頼辰十郎赤星太郎音右衛門。弓削大助喜十郎。為長に勘弥御台花園市松早吹。
評判に
に姉川大吉玉づさに下り中村松江此時
上下位成しが出情して後に路考に続。里好也
木挽町近年の大入大当なり○伝に曰こゝに中村助五郎忰を幼年より築地辺の商人の
方へ養子に遣しけるが。自ら妓芸を好み。其所を出て田舎芝居を修行して。上方へ送り居
ける故親魚楽かたは。勘島の分にて。森田座中役者に下り仙石助治といふ廿一斯のごとく
の紋を付る名譽書た奉行春中村室「曽我貞貞二本横」八幡三郎本名東の次御団十郎。祐経に七三
初役也。近江の小藤太中嶋勘左衛門そがの十郎に武十郎。五郎に雷蔵。祐経行列の佐光に
兄弟待かけ対面吉田の少将に七三。松井の源吾大谷国蔵。鬼王新左衛門半五郎。初枝なり
すけ善丸を人身御供に渕へ入んと源吾がいふゆゑ。我身を替りに入んと願ひ。はら切の場にて
月さよ八重相としうたん有て。源吾を殺し。逆沢瀉の鎧を取帰る所大でき。当蔵五郎にて
大神楽のたて花やか也。次に下河部左司行平の妹しら茶。二役雷蔵十郎に惚伊豆次郎
に中村嶋五郎が懐中せし。綻枝の矢の根を取んとして双方傘を捨しが。亡魂あとを慕ひて。
甚売の姿となりて。十郎を見て恨をいふ。此狂言市川雷蔵始て勧む。是蕎売の元祖也。
大磯の尻に芳沢五郎市。くわいらい師でくろく六兵衛。実は京の次郎団十郎。此所所作浄なり
常盤津文字太夫にて大当り。金字の十郎に嵐音八。梶原源太中村権蔵鹿子餅の
看板を引おろさんとする所へ。音八暫。花色の素袍に鷺の染出し。千鳥と間違ひ上からの
片貝嵐与三八十郎違ひにて膽をつぶす。音八粋にならんと酢を大皿にて呑。鼻血を出し。
足が本のはなぢの種といふ所見物腹を抱ゆる。同三月嵐三勝下り金村屋のおさんゑ置
伊八に武十郎大磯屋若ノ者。本名庄司行平伝九郎。下り三勝と拍子舞あり。何れも大でき。
法に団十郎京の次郎。傾城在原五郎市。せん。能焼関東山六に七三郎。江戸半太夫浄溜浬
にて三人大島也同市村座。浅野縣曽我。鬼王に栄五郎。工藤に宗十郎。そがの十郎亀蔵。同
五郎彦三朝ひな鬼次。小藤太坂東又太郎。月さよ常世。塩やき藤太娘千鳥原之丞。かき
すの岩の所。佐々木三郎茶五郎也。米屋七兵衛実は京清助五郎。大日坊に三甫右衛門。
乗清を訴人せんといふ故切殺し。死骸を潜す所。大磯の虎あつれ取籠に見咎らられ助五郎
三味線ひいて紛す事あり。次に大勢に捕囲れあらて。大仏供養のやつし大でき。同三月三日ゟ
一柳雛諸真味一菊之丞駕娘と後面の不作。並蔵布袋の所作。など替るたびにまはる仕掛
此道具大坂芝居にて始り。江戸にては此年堺町操石豊竹肥前掾座にて。古戦場鐘掛沓に
第四段目に此まはし道具を仕懸大評判大入ゆゑ。此道具を構たり。夫より三厘ともに有ると一
いへども。市村座を始とす。此春宗十十郎京の次郎にて大当り評判記上上吉と成る。此年
魚県。梅幸。訥子三人位同断森田座(武蔵王垣。鬼王団蔵祐経に辰十郎。かまだ又八
はじめての
三八朝比奈に仙国助次
三八助次に願ひなを指南する所よし。市松鬼王が女房にて身売
朝比奈也
の所大でき。大龍園蔵かげ清。祇園の火炮し大でき。五月六日八代目。市村羽左衛門終る戒名
松雲院観誉宗壽居士。実は茶屋甚が男也。元禄十六未年より座元。はじめは竹之丞元文
二己年宇左衛門と改め。又羽左衛門と書改め。雑名橘中菴何江といふ。九代目市村利左衛門は享保
十六年亥冬初て出。満蔵といひ。延享二巳年亀蔵と改今年八月今羽左衛門といふ。同秋一
中村座。玉源前桂黛芦屋の道満団十郎。佐藤兵衛兵衛の具清伝九郎。後に西行大あたり大
評判。当蔵三浦の助。生膽の狂言。女房に荻野八重桐玉藻の前あらし三勝同秋市村辺
神郷法務広礼羽左衛門。助五郎。二人金時。富本豊前太夫浄なりにて大でき。同霜月大谷
回蔵を。広右衛門と改む。市川武十郎を染五郎と改め。顔見世中村屋。桃葉伊豆鏡団十郎
彼西八郎にて増。二ばん目遠藤武者。大詰浪切不動こんがら。せいたる。幸四郎。源五郎なり。
ばくの縄にすがりて。五郎市せり出し彦三工藤金石大でき市村理穀家栄小町周蔵皆
あり雑合の所大でき。良峯宗貞栄五郎小町に草之丞深草少将に羽左衛門この形
見世大谷鬼次三代目大谷廣治と改名す。中嶋。三甫蔵二代目三甫右衛門と改る。霜月
十二日佐の川市松終る。盛府院普問信士トしるしの石を残す宝暦十三未年春中村序
百千島大磯道」西国西路」。順清団十郎。馬かた二蔵宗十郎と。取替し荷の中より檀の浦
にて引ちざりし兜の鉢。青葉の笛を手に入。かげ清か絵姿の札を引抜帰らんとする所を
七三重忠にて。景清待と大佛供養のやつし大当り。対面工藤左衛門かに十郎。北條の四郎
明政に伴九郎大江広元団十郎。和田義盛半五郎。秩父の重思七三郎。梶はらに中島
勘左衛門。其外並び大名あつて。朝ひな廣右衛門にて。次に扣へし二人のもの。工藤どのが
逢べいとぎやアるによつて。おめず臆ぜずのたくり出つ。とはいふものゝちつと舞台が大きい
ぞよトいふと。かしこまつて候ト十釘染五郎。五郎に彦三。糸の次郎に雷蔵。凱頼幸四郎
誠に古今稀なる対面なり。幸四郎ごまの助といふ。放下僧にて。利根の弾正十四郎
を敵討あり。祐経うつゝ責。雷蔵京の次郎にて三味線を弾。はやり唄はや口の所大
あたり。大詰に曽我の五郎彦三。斎藤五郎雷蔵。北條五郎染五郎。広右衛門。伝九郎
半五郎。三人朝ひな並びての草摺引花やかにも珍らし。二番目。宗十郎梅の由兵衛
側の鷲と鳥の衣装紫の頭巾に錠をおろし。今を始の旅衣初て奴大評判女房小梅
芳沢五郎市也市村座封各栄曽我十郎五郎。二役羽左衛門虎ぜう〳〵。二やく菊之丞
髪杭帯引の所作。文宗太夫浄なりにて大でき。工藤祐経菊五郎。五郎本名かげきよ
円蔵。対面の場大評判。大谷隆治鬼王初役なり。団三郎。朝ひな。二やく坂東又太郎也。
森田座二月十六日より奥州安達原
善知鳥安かた三八貞任喜十郎。そで。萩小佐川常世八幡太郎仲蔵。其駒の助伝蔵
倹杖直方辰十郎。はまゆふに勘弥。大江の惟時佐十郎非人どふ六仙国助次何も大評判
大当り也。五月より中村鴈大磯通三番目。岡十郎かげ清にて筥船の内より船頭大七を切
ての出。誠にすさまじき評判。雷蔵旅人にて血をぬぐふ所あり。次に高野山蛇柳団十郎
丹波の助太郎。道行の仕内。後に三勝が死霊のり移り。大薩磨主膳太夫浄なりにて
嫉妬のあれ大当なり○伝に。同年六月荻井八重桐瀬川菊兵丞外に一両人を誘ひ
丸船に出しが。中側もおいて汐少しなる所にて。隣狂の餘りに八重桐蜆を取んと川へ
おりしが。堀立し溜にやおち入けん溺死す。やうやく骸を尋出し。先菊之丞連のもの一
同道にて。気の毒ながら八重相宅へ。趣きければ。女房は只今お帰りなされしか。夫は一
何れへ参りしと問ふ。さればの事不慮の義にてまつかくの仕合。まづおしらせ申
さん為参りたりと。次第具に語りければ。女房声もたてず。吽と倒れ気絶せしを人々
介抱し薬を用ひなどして泣出しける。思ひがけなき当惑女ごゝろのさも有べき事也
平右衛門が
請出され添ふと思ふ勘平はナ
後年菊之丞。忠臣蔵おかるの時是を思ひ出し。
腹きつて死だはやい。まゝトばかりにて気絶したる思ひ入大当り。名人上手は何事にも心
をつける。今も其餘風残りて足をまねるといふ。七月十三日中村助五郎終而戒名は。
勇猛院魚楽日涼ト深川浄心寺に塚を残す。仙国助次森田座にて中村助五郎と改
名す。同題見世。栄五郎。彦三郎。廣治。森田野へ行宗十郎。半五郎。辰十郎。市村庄へ来
中村松江尾上松助。中村摩へ来る。源五郎は市川高麗蔵と改中村伝蔵。市川八百蔵三
改名す○伝曰故人市川八百蔵。はじめ松島茂平治が男にて。松嶋吉三郎夫より松嶋
八百蔵。栢筵の弟子と成り。市川八百蔵派名を定蔵といふ。中村伝九郎に内縁あり。今
弟子の伝蔵を故人定蔵姉に咽此年伝蔵を八百蔵と改め。三升の紋を付る。され
ども伝蔵緋名を定花とせず。中車と名乗る事。由此紋を中車といへば。師の恩を
忘れざる故にや。顔見世中村座太秦高艶安紀三浦の文蔵団十町飴売の出臆病もの
にて。主人伊達の冠者市川弁蔵。いがめの七郎沢村大治両人組打。冠者が首を切し所へ。
五郎市しづはたにて来り。七郎を殺し。其生膽を夫に喰せる。それより刀つくところ大でき。
同同断同同同同
八百蔵忠信にて。角鬘柿の上下にて碁盤を指上せり出し。秀衡に伝九郎良の三郎
こま蔵。駕舁三浦の七郎二代目雷蔵。栄せん売の所作大でき。賤機に中村松江伊運
次郎に又太郎。伊沢軍太広右衛門。両人鶏の蹴合を見る所よし。丹野左衛門三甫右衛門
坊老の三松本幸四郎に。水中の玉を奪とられ。三甫右衛門。コリヤア一ばん玉されたといふ悪
地口あり。何れも大当り市村僅四海浪熱華記篠塚五郎団蔵。しばらく大森彦七坂田
半五郎。義貞に羽左衛門。吾妻藤蔵と丹箭の所作尊氏に字十郎郭の精夫茶之丞
高橋判官左十郎。国蔵栗生畑亘ともに四役。大でき森田麿権蔵水仙父船曽我の
太郎祐信兼五郎。行事にて角刀。河潟の三郎広次。又野の五郎に助五郎伊藤次郎に
喜十郎。辰姫に常世。大場の三郎下り桐山紋次。真田の千市彦三舞子爪生野雛次
三八番場の忠太にて。平敬のおかしみ。栄五郎梶原にて物狂ひの所作大でき無藤瀧口
仲蔵。長尾の新六尾上春五郎也「宝暦十四申年」春中村歴一人来鳥春豊嶋牧団十郎様〻売
の長兵衛にて本名景清七三郎重忠にて平家物語の謡釈するに聞これ思はず平家を
ひゐきし。又天の乙女の名香を牧。天人と思はず言等にをかわし。あざ丸にて正気付。あたり
を見れば。重平の生田の森にて。鷺の羽音に驚き逃帰りし事を。傍示杭に書付しを
見て。後代の恥辱と杭を引ぬけば。鷺のろし上る。遠貴の太皷杭の後に景清此所に
おいて。性名を顕すもの也と書付。大勢を切ぬけ行を。景清まてと七三。ゑぼし素袍の重忠
ヱイと手裡剣打。かつてんだと傍尓杭にて請るト幕。いつもながら大当り。範頼に幸四郎。
すりはり太郎又太郎。鬼王庫右衛門。大でき朝ひな伝九郎。十郎こま蔵。五郎に八百蔵
大磯の虎中村松江せう〳〵に尾上松助。工藤祐経市川雷蔵。琴唄にて五月下旬御狩
の幕の紋尽しにて対面中村座第一の当りと大評判。市村府正月二日よりひしがな盛敬地
船頭松右衛門宗十郎かぢ原源太羽左衛門。平次かげ高と。権四郎。二やく半五郎。延寿の前。
と重忠。辰十郎。家主八兵衛と。辻法印音八。お筆あづま藤蔵。楠が枝巣之丞無間の
鐘何れも大当り也。二月朔日より森田座。袖鞍。数曽我十郎に菊五郎。団三郎と
五郎二やく彦三。小藤太にて賢工殿。桐山紋治。対面道成寺のやつし八幡の三郎に仲蔵。
二の宮の太郎尾上春五郎。悪法印助五郎。鬼王広次。七艸四郎喜十郎。二ばんめ鴫立沢
の所。そがの老母栄五郎。鉢の木のやろし。浄瑠理にて所作。お七に嵐雛次小性吉三実は
ぜんじ坊にて彦三。朝比宗三八。お七に惚古三郎を邪魔にする所大でき。中村座初午より二ツ二ツ時
目。助六に雷蔵。あげ巻に松江。白酒うり高麗蔵。髭の青休茂右衛門。半太夫浄瑠院
にて大当り。同三月より。市川団蔵中村座へ出勤図十郎座附引合せの口上あり。後に
団十郎六十六部。本名七兵衛景清西国順礼本名熊井太郎忠基にて。両人初ての出合
古今の大入大当り。市村座江飛驒峨離形し宗十郎工藤鬼王に半五町。団三郎音八万衆
夜たかの所見物はらを抱る。曽我の十郎羽左衛門。くわいらいし垂井のおせんに茶之丞なり。
浄なり。振袖東街道常盤村文字太夫。ワキ志妻太夫。造酒太夫相勤る。同しく河波の
幽魂羽左衛門。風折の幽魂蘭之丞。畠袖浅間嶽浄なり。右太夫同断さか将や団七
半五郎。大日坊宗十郎。舅殺しのやつし泥仕合大でき。五月より中村座菅原様類鑑菅丞相
中村七三郎。時平大臣中嶋三甫右衛門。梅王丸雷蔵桜丸こま蔵。判官代せる国に八百蔵
其
浜町元矢之倉
黒田
花江都
歌舞妓
貮
年代記
狩
13358
15f
一一
すくね太郎広右衛門。白太夫伝九郎。松王丸団十郎。千代に五郎市。八重に松江。はるに
市之丞。ときよの宮弁蔵。苅や姫松本七蔵。武部源蔵に団蔵。四段目当神団十郎。
惣座中大当なり。六月十三日年号改り明賀甲申年九月より市川海老蔵の七回忌
追谷に。団蔵女護嶋の俊寛千鳥に松江。団十郎久米寺弾正の毛杉続き狂言にて
国蔵小原の万兵衛。聾の仕うち大でき也。市村野は「県今川実記」宗十郎より藤赤松
まん。祐に半五郎。同顔見世輩。次勢琶菩籠の与一平。本名尾形の三郎三郎二役兼五郎
弁慶と籏持五田平二役半五郎。糸商人実は越中の治郎兵衛仲蔵。白柏子おだ巻に
松助。両人所領あり。岡部の大弥太廣次。宝前の鰐口の中に隠したる。内侍所の鏡を要せ
するを。おだ巻にさゝへられ五条の橘の拍子平松助大当り。竟に鏡をばい取尾形に渡し。
平家へ一味をとゞめ。誠は尾形が母の蛇形と名乗。大詰大蛇の形まで大でき鷲の尾の三郎
彦三。よしつね羽左衛門二やく忠度にて鞭桜山丁佐幣。大ざつま主膳太夫。冨士田吉次哥と
かけ合。六弥太妹うら茶山下半太夫。牛黒丹兵衛。本名菊地の次郎佐十郎次郎兵衛惣次へ
仲蔵。花売おすけ崎之助。岡部の六弥太廣次。一の谷二の切の仕うち此所大評判。此時市村
亀蔵。市村吉五郎。両人にて城丹前の所非可愛らし。何れも此かほ見せ大当芳沢五郎市
改め。崎み助と成。大坂にて崎之助改め。あやめとなる。江戸にて名弘の柿物に。
大坂よりも一陽来復の
水すじをたがへず
ト難波津の梅の匂ひを吹
おくられ京都にも悦びて
顔見世や師の名を江戸の春の水
かほ見せや譲る難波のはるの水
よし沢
貌み勢やともに都の春の水
中村
慶子
梶原源太辰十郎。尉忠に吉右衛門桜作兵衛嵐音八。猪の股小平六に助九郎義つねの
若君難儀の場へ出。笠とくらやさむいと。言しは此時なり。中村屋「吾妻集内裡」茨木長兵衛
実は平親王将門団十郎。渡辺の綱と坂田の金尉と二役図蔵。平井の保昌七三美公丸に
幸四郎由良の太郎こま蔵。清明に雷蔵。白龍。黒龍の釣人のやつし。おきくに茶之丞
三人浄なり。積野筏品姿。富本大和太夫同常太夫山岡三郎坂東又太郎次番之丞
とたてあり。俤姫と。和泉式部と二役松江也森田座
御製哉民恵
御製哉民恵
十六番つゞき
十六ばん続
けいぜい千丈嵩
助高屋高助
に富十郎。雪中にて玉手箱を拾ひ。浦島四郎より預り。下り沢村国太郎女馬士の所作
の相手。引合せの口上あり揚名之助伝九郎。から嶋四郎広右衛門。法橋ゆうぜん桐山紋次次。
今の助高や
同断同所同田之助
かなわ五郎喜十郎。若狭の局に常世。乱菊丸沢村金平一
高助是也
宗十郎
四代目
四十一
両人鍵は。白狐の神にて草苅さんろの所餘大でき也此顔見世。坂東三八大坂へ登りて。
三柳大五郎麿において。竜都弓勢寿に伊賀寿太郎の役大できと評判。同尾上春五郎
中山文七座へ登り。桃太郎矩噺に尾上七三郎と改名して。花満栄花の助と。万歳喜之助
実は碓水の定光二役とも評判よく。東大坂に勤る事数年。尾上新七と改め又鯉三郎
と更後に立役の上上古ト成〽明和二酉年市村座春(亀吉三郎工藤祐経と。ひたち
小萩二やく茶五郎鬼王に半五郎。赤沢十内音右衛門。七色のなぞの所あり。一ばん目のつめに。
江戸名所都鳥追浄なり。文字太夫。しづま太夫造酒太夫。そがの五郎坂東彦三。照手の前
嵐雛治十郎孫坊左十郎。法界坂仲蔵。吉田の家臣軍助羽左衛門女房先子尾上松助
何れも大あたり。二ばん目松井源水菊五郎。廣治と助五郎。濡髪放駒の角力大当り也。
四月坂東彦三元服あり。同春中村座「天津庄屋太刀せづしかげ清団十郎。七三重忠にて紅梅の
枝を見せ。都人の目には何と見ゆると宗任のかへしよし。高麗蔵新五左の女郎員大でき。
五郎八百蔵。十郎こま蔵。幸四郎初役弱工藤兄弟に対面の所大でき。雷蔵病気にて。
佐野の次郎左衛門八百蔵勤る。八ツはしに松江首切て善治坊の身替りに立る所評判よし。次に
茶鳥惣お兎にて漬へ入。団十郎両人対の振袖にて出。松江こま蔵四人の所作。先年有しこと
ながら大でき也。五月替り假安左忠蔵」由良の助七三。師直に幸四郎。ゑんや判官に高麗蔵
若狭の助と天川屋義平雷蔵。女房おその松江勘平八百蔵。定九郎又太郎。九太夫に中嶋
三甫右衛門。おかる茶之丞。となせ吾妻藤蔵。平右衛門と。本蔵団十郎二やく也。何れも大当り。
此時団蔵中村座近引。霜月大坂へ登る。森田座分身鎌長義左衛門祐経と。十郎
祐成。五郎時宗。三杉沢村宗十郎。朝比奈伝九郎にて対面の作者面白く大評判なり。
中村野は八月より菊之丞十七回忌追逢けい孝福引吉益
此娘かた七蔵大でき是より
同母団五郎。上林伝三中村伝吉。山中鹿之助に中島
娘おみな七蔵
評ばんよく出世して半四郎也
三甫蔵。けいせい高間松江。名古屋山三郎高麗蔵。ぜげん手の裏の八兵衛実は由井が浜
の忠節団十郎。大当り也。同秋市村座。柴津磯町町黒王に茶五郎小野小野小町ひなず深草
の少将羽左衛門。長唄百夜車ふじ田吉次にて此狂言大当り。皿屋敷を持込し狂言にて。
船越三平に廣次。松助井筒姫にて。嫉妬のあまり。文徳天皇の天盃の土器を制しゆゑ。
奴の弥田平坂田佐十郎にて井筒姫をころし。恨は少将にいへといふ。夫より慶次と大勢の奴
と水仕合中役者坂田国八。沢村沢蔵。大谷広七。尾上治郎助。沢村和田蔵。何れも大にて
有て。市川松兵衛東のさじきの家根より。松の木を枝にてさし出したる上にて鉄砲にて
三平を打んこする時。井筒姫の。亡魂あらはれ。ドロ〳〵にて送さまに下の水船へおちる。見物
目を驚かす。顔見世市村壁隆積花二代源氏古者安倍の清兵衛実は三條の小かぢ崇近
に栄五郎渡辺の綱彦三郎。はかか両歯の保輔に下り松本友十郎。源の頼規仲蔵大でき。
多田満仲辰十郎。貞安御前松助。物ぐさ太郎羽左衛門。お亀だんごかり。本右将軍太郎
良門佐十郎。物ぐさを鬼同丸ときいて。牛の血にて張叛の盃をし。頼先を亡さんといふ所
大でき。次に鬼同丸渡辺に殺され。一念にて宙へ引上る幕。詰に文字太夫浄溜池にて。
蜘蛛絲樟強。羽左衛門土蜘の精霊。きり禿馬貝の所作仙台座頭酒田の金時に大谷
広次。碓水の定光沢村喜十郎。後に巫女山伏崎之助羽左衛門大詰渡辺に彦三季武
に佐十郎。四神の旗を回天王持出る。羽左衛門土蜘の正躰何れも大当也。中村座。神輿の邸也。
団十郎紀の名虎にて。山篭の姿に出来り。我万乗の役につかんと宝剣内侍所の鏡を焼失
せんとする所へ。暫と声をかけ。奏の大船武虎半五郎にて。意馬心楼のせりふあり。惟仁の
身替りを立んとせしを。谷虎に滅の惟仁を討れ。ひほん顕れ。実は熱海の内侍と密通の
忰と見られ。半五郎おれが商売の悪だはやいといふ所手別し。女房あやせ常世祝善五郎
八百蔵。荒巻耳四郎助五郎。行平千七三深草の少将高麗蔵。大伴黒に三甫右衛門
岩根村のおはぎ中村松江。贋小町と成て大内へ入込。惟高しん。土三甫右衛門に惚られ。狂女
と成関寺小町の所作。長寿楓江にて大当り。五代三郎半五郎妹お町菊之丞恪章の
所よし。兄の異見に思ひ切。小町の身替りに髪結直す所楓江めりやすあり。次に二階
にて祝言の声を聞。又思ひ出し嫉妬の段五代三郎に殺され。幽霊にて。雨乞の哥を。
する所大でき也。松本幸四郎死人小左衛門日雇の形。水舟の踊子まことは小野の小町に
松本七蔵。岩井半四郎と改め。団十郎。当分にいたし内謀あ升。兼之丞。高麗蔵。
私三人の弟分に仕りましたと。幸四郎口上にて拍子舞はや口。楓江唄にて露の玉やの
新兵衛はのきやり大評判也。森田座勝時栄源氏田原の又太郎宗十郎。二や。熊坂にて。
加賀の長太郎といふ田舎者と成。通円が茶屋に泊り。隣の嫩屋に看板の鬼女の一回
常盤御前の顔に見ゆる故怖るゝ所よし。又宗盛に頼まれ清盛の姿にて暫くの清。
皆鶴姫灘次に湯起誓を取せんとする所。雷蔵奴あかん平のしばらくにて。見顕されて
震ふ所おかしみよし。次に鬼一法眼と名のり。上使に来り牛善に沢村金平と飄打有
又芭蕉葉に花咲散近見へして怪む所大でき。五ッの鐘鳴と皆鶴姫の貌常盤に見ゆる
ゆゑ。怖れ懐剣にて突れ花檀へ逃込む時に。座頭の城重伝九郎我こそ陣の鬼一也と。
両眼ひらき。熊坂の長範見参と声かけられ飽かゝりの出立にて牛善に切られ。まことは一
□□□□□□□□
牛落丸
沢村金平
ナリ
熊坂張箱
三代目宗十郎
熊野の弁生のが弟熊井太郎と名乗。常盤御前を討たる物語皆鶴は我娘と聞。本有
君に添せといとの愁歎あり。甥の鬼善丸に又太郎。今より汝は弁慶と名を更よと。盗人の
道具を忠義の七ッ道具と渡す所まで大当り。狂言大出来侍九郎作との評判也。股野
後沢村宗十郎となる
座頭踊の所作
の五郎大谷広右衛門。金売吉次森田かん弥沢村田之助
三ヶ津の和実上手といふ
此時十六才後年瀬川雄次郎又沢村四郎五郎
明和二乙の酉年
大でき。兄沢村金平は牛若丸の役人
その後市川八百蔵と成り又助高屋高助と成
評判記に若衆形之部上上吉
〽坂取」誠に栴檀は二葉よりかんばしくと推立からばしこい所が牛崩込りたりコレ頭取故なんぼ一
いわくし
茶にいとて上上吉はぢふじややあなわし是は路考薪水などの先様もござります。年に合せては
上上士口と申様なもの。本俊は藝の修行次第て重ねて付ませふ扨慕明十三段の見えよし
次に鬼若を味方に付らなゝ所。夫より鬼一上使に来り。籏上ヶの心をためさんとする時。いざ
としなへ共に負虎の巻ときいてほしがる思入大でき次に熊坂を討る塙親にしての仕内
大のきまり。二十両目は馬士のやつし。当顔見せより一人。立て出帆のよし。精出し。祖父娘ほどに
ならるゝは慥じや〳〵。トありしも宜なるかな。今助高屋高助これなり〽明和三寅年一春中村座
街道。「往奏曲」三ケの庄を伊藤川津に押掠されて工藤金石貧なる趣向の狂言。曽我は富貴
の行列にて半五郎跡乗。鬼王庄司左衛門のしら髪親父金石丸幸四郎。近江の小藤太郎
こま蔵。八幡三郎八百蔵。川津に恨あり対面せんと駕をおし歯。戸を推明れば。一万箱王
にて。珍敷作なり。後に川津遠矢に当り。鬼王庄司左衛門切服。引さよに常世。万こうに。
松江。そがの太郎七三。丹波の与作八百蔵。関の小女郎菊之丞。小よし半四郎。馬かた江戸平
助五郎。伊達の与作団十郎。金貸座頭けい政幸四郎を殺し。親子の名乗合のところ。
見物袖を絞る。幸四郎大当り。此時より日に増大評判也。市村座二月十一日ゟ臨地花相座西越
又藤祐経羽左衛門。十郎彦三郎広次。鬼王菊五郎。月廿九日よ松助也。二月廿九日おとりや
油見世より出火して両雁両町類焼す。森田座三月八日より人義経千本橋いがみの雀太に
宗十郎。しゆめの小金吾。金卒。静ごせん坂東愛蔵。忠信源九郎狐あづま藤蔵兵藤に
又太郎。渡海や浪平雷蔵。弥左衛門に広右衛門。娘おさと雛次。京の君かめや重次郎。
すけの局藤蔵。安徳天皇沢村田之助。何れも大当大入なり。同秋針供養医雅矩の狂言
大てい也。両座雪請出来中村麿〆八百屋平越後」お七松江。吉三郎に市川弁蔵。此
後に門之助
と更名す
五尺
染五郎八百蔵。かまや武兵衛三甫右衛門。土左衛門伝吉幸四郎。
後に五代目
団十郎也
吉祥寺高麗蔵
お杉菊之丞也。浄なり文月笹の一夜。富本午之助
後豊前
太夫ト成
前髪の比出語也後日狂言
石川五左衛門に団十郎也。同秋太郎。寛代蔵常悦団十郎在兵衛と。石堂勘解由半五郎。
奴照平八百蔵藤桐のたて大でき。鞠が瀬秋夜幸四郎評判よし市村庄。児模様近沢庵に
荒木左衛門兼五郎。田畑之助広次雲井御前松助。嫉妬にて三井寺の所。喜十郎三所作
のたて大でき九月より菊五郎大坂へ登る名を。仮名平本忠臣藏田良之助と。となせ兼五郎。
大み当り。中村仲蔵定九郎の役。悉き小袖一ツ着たる也。大評判大当にて今にいたりても此目を
まなぶ。顔見世中村座。金花凱陣範費安倍の貞任下り相嶋儀左衛門。宗任に幸四郎。三浦の
国妙団十郎。ゑぞのしやむしや大王仲蔵にて。八幡太郎彦三。加茂の次郎兵蔵。両人を討ん
と。鳥の海弥三郎広右衛門に。頼れし所。当蔵荒川太郎にて門を打破り出。あらう事。しやむしや
オノミイ言
大王。衣装をはがれ外が浜の南兵衛と白状する所。仲蔵大でき。九重姫半四郎。衣笠に
崎之助。あさかの浪太郎音八鞍糠むけんのやかし。大笑ひ大当り。善駕保方にこれ程。
とよ桟松江。鴛鴦の所作別て両人大当り。市村左雲の東殿殿場。出雲のお国草之丞
淀の義あき三甫右衛門。荒獅子男之助下り坂東三八。三人権橋堂のせり出し。義昭無難の感
慕ゆゑ。男之助殺さんとする時一トり団蔵暫くと声かけ伴左衛門にて。出。五六六京都の伴左衛門か
団蔵
難波の男み助るといふ茶之丞。こと葉を懸る時。お江戸のつき出しかつらき殿と。三ヶの
津の顔見世作者蒐陽の趣向。真紫兵吉八百蔵。た鳥ち。日向半五郎。渡辺民部広次。
嶋村だん正助五郎。唐琴にあづま藤蔵也。何も大でき。森田雅能兵衛父。修行しや
時政坊宗十郎。頼朝坊に下り坂東三津五郎と倶に江の嶋へ来り。けいけいせん鳴瀬松助。障入の
場大智夫浄溜理にて所作大でき。後に鐘の中より弁才天と現れ三ッ弁と警の観音を
授らるゝ所あり。後に北篠時政宗十郎奴朝助上津五郎。ゑぼし。折大太郎実は文学に坂田
左十郎。此狂言金井三犬作評判よし。三津五郎森田座祢舞台にて。評判記に上上弐百
◑尾坂東三津五郎森井坂東京家中とい物ほさづか家○伝に曰坂東三八大坂
にて竹田己之助の芸に器用なる事を見て。弟子とし。坂東三津五郎と名号宗十郎
引合せの口上あり。評判よし。今年夏惜むべし。小佐川常世常世院巨心日撰明和三
丙戌年五月十二日。行年四十三才にて終る「明和四丁亥年春中村理論師大日発牧牧工藤極
にて下り桐嶋儀左衛門。十郎こま蔵。五郎市川弁蔵。中村冨治手越のせう〳〵にて。娘
七章の所作対面。同年新橋松坂屋見世びらき比故松若屋といふ呉服屋の幕。手代
高麗蔵にて実は三俣の谷四郎。音八鬼王にて万引ゆすりかたりの一所。大笑ひ。団十郎景清
家根仕合。三をのやに搦られ。あこや崎み助琴ぜめ。めり女す。朧月。人丸姫半四郎久米の
平内広右衛門。兵憲七三何れも大々当り。団十郎牢破りなり。二番目本町丸の綱五郎。
雷蔵病気に付高麗蔵勒る。半時九郎兵衛広右衛門。高まど松江。大でき大当り。五月ゟ
第三ばん目音八弁天坊主にて禿殺し。団十郎粟津にて梅善を殺し愁歎。昔の男女川
の恩入大当り。幸四郎清玄亡魂にて餓鬼の不作大でき。今年四月十二日市川雷蔵終る。
蓮花院詠行四十四才也同市村座(西城督我」工藤に半五郎鬼王国蔵。お七に
菊之丞。吉三八百蔵不入ゆゑ太平忠兵衛駅由良之助団蔵。次郎右衛門と。幾平二役
三八。十六郎広次。同女房おり元茶之丞勘平八日蔵。経藤之助羽左衛門なり。後に
安政三対女夫。おちよに藤蔵。半兵衛廣次。おはつ茶徳兵衛徳兵衛に八百蔵。二日替りなり。
羽左衛門嘉十郎にて青物づくしの美えあり。亀蔵面かぶりの所作何れも大でき也同音
森田雁。皆賢白谷村吉右衛門谷に宗十郎。緑丸の鷹の精霊松助別府太郎佐十郎。此狂言大一
当り。同秋狂言楠に宗十郎。大森彦七佐十郎。狂言大てい五月中村麿義経千本様忠信
源九郎狐二枚こ清蔵。しづか松江。すしや弥左衛門相嶋儀左衛門娘おさと半四郎。これ金弥助
坂東彦三。いがみの権太幸四郎。梶原広右衛門。小金吾兵蔵。すけの局崎之助川越太郎
中村仲蔵。大商也安慶に喜十郎。渡海や浪平と。横川の覚範団十郎也。同秋其名月色人
四天王寺の楽人冨士浅間の世界団十郎。前髪の下部堂平にて。未来記をひらけば。北方に
里下る所あり。仲蔵大木場の三坂評判よし。音八と破車の所作狂言はつきとせず。此海へ
三保谷の四郎国とし
初代市川こま蔵
団十郎鳴神を出す大てい也。市村野秋。義経千本権羽左衛門忠信と狐の二やく。静御ぜん
米其丞後に市川団義久米寺弾正毛杉の場を出す評判よし顔見世中村座大工。大工。大和紬
このとき
このとき
菊之丞
いなの
竹林院公重仲蔵。爪生判官広右衛門にいひ付内侍の命をとらんとする所へ。しの城伊賀守に
初やく
「助がやり
たやむろ
八百夜。暫くの出よし。新田義。興に弁喜。栗生左衛門に喜十郎。同妹いつきにと等之出。今様
町すぢへ
の森大
あたり
○役人にて業平あづれ下りのせり出し。小山田太郎彦三相孫次郎幸四郎。詩田義貞こまる。
渕部いがの守助五郎。四人仕丁の形花やり大評判。二番目せんじ茶売一ふく市兵市兵衛。本名は
畑六郎左衛門団十郎。たばこ貫柳田八兵衛伝九郎。花道にておどけ義興といなば娘半四郎。歳
の取もちの所にし。次に北禄秀時と偽り。尊氏の非道に組し持明院の倫旨。都合の命を詣
取いよ〳〵新田を亡亡せといふ時。さらは致まいそつちの工を聞ふ為の敵役実は畑六郎左衛門
時能と名乗る所。大評ばん大島也。同市村庄はは微重藤嵯峨嵯峨嵯峨政と難政と難波の六郎
のやす敵と二役清盛に三八。上総の七郎かげ。清広次佐々木源蔵藤十郎仏御前中村秀松
丁七唱三津五郎両人竹馬の所作。のやめの前吾妻藤蔵土佐次郎に宗十郎。武蔵の左衛門
に三八。三人にて吾妻丹前所作あり。長田の太郎権十郎。大沽浄なり入任弓張月羽左衛門
菰の前二役西念坊八柄が結の所作文字太夫にて大でき。後に鶴の精霊大でき千人かぶろの内
月谷市松。吉五郎花谷。亀蔵菊若。沢村四郎五郎藤若田之助掌右也。評判よし同しく
森田府。近里の文市屋の文市と同文市と同文蔵に国蔵暫の清は。大場の三町に三甫右衛門
清盛に勘左衛門岡崎の四郎冨沢辰十郎頼朝に三井屋助十郎。牛に乗其綱を伊藤が娘
辰姫に。京下り山下京之助引ながらの出端長唄にて所作事よし。次に伝五郎相手に三輪の
謡にて。太皷のたて大でき万こう御室尾上松助。鬼王半五郎けいせい乱原。実は白川の出辰狐
松江股野の五郎半五郎と。見出しの立評判大当り「明和五戊子年春中村竹中竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹
工藤団十郎。二ばんめお七葉之丞。吉三彦三郎。出松崎之助。幸四郎かぢ原の安敵大ごき吉左衛門
伝吉団十郎。金屋武兵衛仲蔵。大通仕立の形しやれをいふ所あり。大評判彦三郎病気に付
市川弁蔵吉三の役を勤る。彦三郎は親の譲りの金鉄も。老少不定寂光の芝居へいたれば
此世のひいさは袖をぬらじ。舎式には菩提所にて。薪水所持の蔓茶羅を許ませ是ゟ坂東
彦三郎墓道と札を建る程の大入。其戒名をこゝに記す。妙果院薪水日成明和五年
子五月四日俗名坂東彦三郎。行年廿八才と。深川浄心寺に印塔をのこす。同夏狂言中村理
楯歌舞妓肩浄なりの奇物に曽我祭を出す〽五人男」雁金文七こま花。極印文右衛門に
幸四郎
幸四郎白猿ひ雷在九郎に助五郎。安の平兵衛八百蔵。ほてい市右衛門青八菅原時平大臣
白猿也
三甫左衛門。桜丸こま蔵。梅王八百蔵松王幸四郎也忠臣蔵」おかる茶と丞。由良之助に七三一
平右衛門団十郎。定九郎仲蔵一音柳硯道」立風こま蔵。良実に八百蔵。お町半四町信仰配松永
大師団十郎。木下兵吉伝九郎雪姫菊之丞十帖源氏物くさ太郎こま蔵。かつらきに崎之助
狩野歌之助弁蔵。何れも役者得手物ゆゑ大評判大入也同春市村理。酒宴督教蔵返し工工
左衛門広次初やく也。八幡の三郎宗十郎近江の小藤太三八十郎に羽左衛門五郎又太郎。松蔵允
に佐十郎。天狗の術はつかふ事あり。小栗判官羽左衛門。頼とりが池の龍女。市山七蔵小栗
太郎に三津五郎。道外方大でき二ばんめの跡八代目羽左衛門。七回忌追各今九代目羽左衛門
助る字十郎俊寛。あづま藤蔵おやす。広次亀王也森田様都馬東小町小野小町山下
京之助。少将三升屋助十郎。黒主に団蔵なり。同夏出世太平記を春長に円蔵。武智に
半五郎久吉に円蔵なり。同秋中村座。若稲葉弥弥阿彌」天竺徳兵衛団十郎。二ばん目歯屋
半七に八百蔵。三勝兼兵丞。あかねや半兵衛伝九郎。盗人宵鶴の仁助幸四郎に。美見を云
所よし。下部春平仲蔵。幸四郎を土檀の場大でき。高麗蔵さばき。役評判よく大入市村庄は
伊勢耆大同一年)清近に羽左衛門。桜姫市山七蔵同。手習鑑しかんしやう〴〵明左衛門。時平大臣坂田
佐十郎。白太夫藤十郎。松王宗十郎。女房ちよ藤蔵。梅王又太郎。桜丸山市松。すくね太郎に坂東
三八。女房新田七蔵。八重に沢村四郎五郎。武部源蔵三津五郎なり。何れも大でき。同森田尻は
伊連権様。豊稲妻羽生村の界に勘弥不破の伴左衛門円蔵。山三に助十郎。けいせい葛城松江。
跡より後藤兵衛)後藤兵衛団蔵。江田の源蔵半五郎也。都見世中村座。
弥平兵衛宗清団十郎清盛に中村歌右衛門
二度目の
くだり也
重盛に七三郎文覚上人に伝九郎
難波の六郎助五郎。傘張法橋坂田藤十郎。牛養子並蔵浄酒理御勢常世多田蔵人
に八百蔵。するがの治郎こま蔵。冷泉に茶之丞。行事にて薬角力のせり出し花やりなり。
熊野ごぜん。雛次幸四郎は法橋が娘朝がほ。誠は清盛の胤宗盛と入替子と聞悪に成
所よし。恋の妨と養父法橋が首をかき切。女宗盛となり。東帯にて参内せんとするところ
まさまし。仲蔵三国の九郎にて。獅子頭の甲をかぶり。菊之丞と石橋のたて大でき喜三太
に団十郎。あほうにて女房かる藻崎之助に。去らるゝ所おかしき内に哀を催すす梟の継
を業し打こかしたる石台より。虎の巻の出しを見て目を起し雨を降らせ。家を逆さまに
する秘文。ウフボに〳〵といふ所。昔の道外形西国仙国も及はぬとの評判也。市村を男山口勢勢
鎌倉権五郎団蔵。しばらく。清は鵯の皇子に三甫右衛門。和田の左衛門三八なり。八幡太郎
羽左衛門。八重はた姫京之助。錦木に松江。宗任広次。荒川太郎に又太郎。五人石橋の見え
にてせり出し。五色丹前長哥所以大でき宗十郎貞任にて六部の出。次に勅使倉橋修法之介。
と成平兵夫国妙国蔵と。遠井の水の所。本名を顕す場。大評判大当り。市川反蔵幼ぶさい
奴都あん内。本名阿部の時成にて小狐丸の太刀を持。後返りの評判。三代目円蔵是也此時
子役之部上上吉い沢村田兵助市村屋評判記に
どられ。平太夫国姉がこと葉に随ひ。親自任をたすけん為新羅三郎と名乗り。腹切てだん〳〵の言わけ
あまり立派すぎて子供の部には置にくうござりますに。小田」違ひはない。大立者は今の間〳〵トあり。固く
二ばんめ広次そは切うり。盗賊一本左衛門音は。家主目玉の市三甫右衛門。筒もたせのゆすり。
見物腹をかゝゆるおりしみ。羽左衛門。藤蔵。吉原雀の所作大当森田座〽健貞寛安藤殿鎌倉
河岸の権五郎に半五郎八幡太郎三津五郎。おの元の前半四郎。船まんぢう。蔦屋のおまつに
尾上松助。あべの宗任佐十郎。鳥崎弥三郎広右衛門也。明和六丑年一春中村野村野蔵長秀護右松
団十郎景清武者修行大ざつま浄なり。有。鬼王こま蔵。十郎八百蔵。五郎に幸四郎
朝比奈伝九郎。工藤歌右衛門病言手ゆゑ休み。坂田藤十郎勤る。大磯の虎菊之丞少将雅次
団三郎兵蔵。田畑之助女房早苗崎之助。愛護もろとも鳥。追の出手塚の太郎に
仲蔵。猿引両人口合よし。後に二条の梅丸助五郎と。立あり。二番目前髪左平に団十郎
唐犬十右衛門仲蔵評判ばかりにて不入栄之丞。八百蔵浅間ヶ嶽浄なり。常盤津にて
勧る路考の石橋あり。同市村座。逆徒陽閣長。工藤に宗十郎。十郎に羽左衛門五郎円蔵
朝比宗三八。鬼王広次。甚三郎又太郎也。七福神の対面大評判也。この春より宗十郎
至上上吉と成。清水の冠者京之助。于寿の前四郎六郎三位にあづま藤蔵中将に市板
道成寺のわき仕にて。羽左衛門主馬の判官盛久。浄なり道氏寺の所作大でき団蔵景清
宗十郎重忠二ばん目加賀のおきく四郎五郎。幸助山下京之助玉屋新兵衛羽左衛門大門
の四郎兵衛広次。根津の四郎兵衛三甫右衛門也。索み助うしの面の所作を出す。同森田座一
関取十両職」岩川に三津五郎。鉄が嶽に半五郎。岩川女房おとわ半四郎千羽川が女房
およつに松助。三嶋弥太夫に左十郎。とち兵衛に辰十郎。沢田ばん龍に広右衛門也後に
忠臣蔵由良之助半五郎。本蔵佐十郎。おかる半四郎勘平松助大評判なり。中村座
春狂言。三十両目歌右衛門病気入王快して。三月より清水寺の清玄大当り。五月ゟ市川
雷蔵三回忌追答。忰幼年雛蔵助六。あげ巻に瀬川吉松勤る。同藤狂言森田鹿
安豊原)谷知鳥文次。黒塚姥二役半五郎生駒之介三津五郎応ぎぬ亀谷十次郎
貞任佐十郎。直方辰十郎。文治女房半四郎。袖萩に松助也。同市村座忠臣蔵大森に
宝蔵。かん平広次おかる松江。由良之助宗十郎也。同秋中村経一念力撲葉綱嶋弾正
団十郎法にて無間のやつし。薩嶋兵庫右衛門。七ツの頼写る所評判よし。小山判官に七三郎。
利根弾正仲蔵。真壁の八郎八百蔵。千原左近高麗蔵也市村座一富須賀須和代記」清明
宗十郎。辰夜刃御前羽左衛門。浦島七郎広次。渡辺の綱団蔵。相馬太郎三甫右衛門。相馬や
此狂言延享三年はじめて
一日す死第一三年十じめて
おまさに松江也
九月より宗十郎上方へ登る名残青柳硯道風の役
市村座にて興行す廿五番続
を勤る。よし実に広次駄六三八也。中古道外方名人嵐音八終る森田府今昔東山洛
宗全半五郎。荒獅子男之助三津五郎にて。皿屋敷を取組たる猶兵也後に。雅敵討を出す
御嶽悪五郎信十郎也。顔見世中村麿祐栄。柴木一北篠時頼八百蔵。けいせい玉菊原之丞
山岡の三郎中村仲蔵。赤星太郎中村助五郎。一ばん目三立目。紅葉雲錦釣夜着。浄なり
文字太夫にて所作花やか也。いたぶりの三妙。本石浅原八郎歌右衛門浅岡に松江要之助弁蔵
四郎五郎菊之丞弟子
安寿姫雄次郎
四十四秋田城之助幸四郎大でき梅津の春久に七三二葉
となり瀬川雄二郎と改
の前瀬川七蔵二ばん目佐野の源左衛門こま蔵女房白妙崎之助妹玉韋雛次宗高親王
に仲蔵。三庄太夫団十郎女房からし婆々歌右衛門。何れも大当り。市村碩学梅額見勢に
和泉三郎下り尾上菊五郎奴舎那助実は義程羽左衛門花桶を持ての出花道にて敵役
両人陰にて突去るをさゝへ。当身に気絶させ向ふより半五郎。兄泰衡にてしのび頭巾
鉄炮を打んとするを。荒桶にて身を囲ひ。本舞台へ行取て伏せ。和泉の三郎忠衡が。
三年ぶりにて帰国の折柄。飛道具を持ての振舞。当るといふは有がたけれど。命の進上
罷ならぬトいふ所。大でき奴谷平一下り大谷友右衛門源八ひやうゑ又太郎両人俵のたてあり。忠衡
いもと錦木に。下り尾上民蔵。宮城野に藤蔵。那須与市に広沼。戸樫の左衛門佐十郎なり。
武蔵坊弁慶羽左衛門。冨士田士田土口次長唄にて安宅の松の所作大当り。二ばんめ十府の里の
富右衛門本名童の葉王丸半五郎。信夫に下り中村喜代三六十六部に菊五郎本名は
佐藤忠任にて。菅右衛門が帯を解しを見れば。矢疵ある故怪み。次に女房信夫が酒にて堂
の中へ書し歌を見れば〽足貴の山路の菊を折ゆけば。かたき岩根に露結ふなりト有数
次信の敵と知る所大でき。森田座。各高雪井弦>顔見世狂言よし。まり延引ゆゑか不入なり。
一明。七寅年春中村卒。鏡池傍増状」工藤祐経仲蔵見賜役也。十郎にこま花。五郎八百蔵。
釣狐の対面所作大でき。幸四郎うゐらう売実は京の次郎高麗蔵忰市川純蔵依侶一
是後に四代目
師の所作あり
朝比奈に伝九郎。松井の源吾実は熊坂が手下三条の右衛門に
松本幸四郎と成
哥右衛門。鬼王に坂田藤十郎。合羽かごを上下を着てかづき子路が故事をいひて行ところよし。
粟津の六郎國十郎。賢能計にて源吾が臨事を顕す所大評判。二やく景清大結僧正坊
の化身花やか也。二番目さいかやといふ紺屋に高野心中を取組お。梅に雄次郎。久米之助に
兵蔵。さいかや与治右衛門藤十郎。菊之丞下女奉公人の目見へ。諸芸は勿論維よりの
手業はいふに及はず夫で。給金に望なき珍らしき奉公人でつち長吉にて実は田利の八郎
幸四郎。両人万年草の場大ごとき。後に高麗蔵梅の由兵衛にて。長吉殺し。五月ゟ十歳江
を出し始終一座大評判大当り也。同春市村野人富士富蔵豊がし工藤に半五郎。十年に羽左衛門。
五郎に市松。鬼王隆次。大友孝隆之助茶五郎三浦の片貝喜代。三。う佐美の三郎佐十郎。
朝比宗三甫右衛門近江の小藤太友右衛門。八幡二やく広次。工藤に諌言して腹切のところ大でき
大殿内に勘左衛門。月さよに藤蔵。大磯虎に松助。かさや三勝と二やく也。商や半七に広治一
今市善右衛門に友右衛門。一寸八分の観世音を呑両人泥仕合にて。生長吉右衛門が腹をさく所
大でき大商。三勝兄平左衛門佐十郎。人違ひにて半七に擲れ病中ゆゑ死ぬ狂言。物がいはすが
これを名残にをはる。当明和七年寅三月十一日北東三八終る。専誉平久量観信士と
三谷瑞泉寺に印を残す。市村座五月より盛蔵。羽左衛門。七枚起記の所作後に一の閤し熊谷
の次郎菊五郎。評判よし。同春森田座隆源原坂曽我輔金作目さよにて。朝ひなに頼れ祐経
病中故工藤の奥みたらし御前と成。兄弟に対回ゑぼし素袍の出端。勿体あつてよし。五郎に
半四郎。朝ひな三津五郎。愧微師にて出大でき。二役十郎。鳫金文七。安の平兵衛助十郎極印
千五右衛門に下り中村四郎五郎。ほてい市右衛門下り二代目笠屋又九郎雷左九郎喜十郎なり。
鬼王侯右衛門鷲吹無筆にて対面の場へ伊藤貝を持出。工藤かと見れば。我女房故悟りし
様子を言んとすれど物いはれず。朝ひなに始終の訳聞て悦ぶ所よし。二ばんめ。お千代に金姫
半兵衛三津五郎。八百屋後家。廣右衛門跡にて金作女鳴神何れも大崩。今年春狂言。三座
ともに夏まで続き。甲乙はかく大当り。古今珍敷ことといふ。同秋中村座敵討忠孝鑑兼地
兵庫幸四郎。坂額御前弁右衛門。浅利の与市団十郎羽生村かさね崎之助。与右衛門高麗龍
二番目。亀屋忠兵衛八百蔵。梅川に松江中の嶋の八右衛門仲蔵。九月より歌右衛門登も。名
残狂言五ッ雁金三ツめ。安の平兵衛の役大でき。同市村座額相馬紋日羽左衛門相馬の太夫
亀蔵。楓江唄にて淡しまの一所作あり。森田座仮名夫いつはの様〉金作女由良之助評ぐんよし。
後に半四郎清姫。日高川道成寺。金作葛の葉早習とし。去明和六年丑の類見世。京田條
尾上久木助座人登りし。三代目沢村宗十郎。今年明和七年八月晦日京都において終る。行年
五十一才宝林院得警宗空居士。同都見世中村野鶴森一陽的団十郎忰幸四郎を。
五代目団十郎と。決させ。其身は以前の幸四郎と改め実悪。七三郎中村少長と見る弁蔵
二代目市川門之助と改る。第一番目三立目。岩倉山の杣人巌窟の五郎蔵。本名長田の太郎
景宗。松本幸四郎。ほく七頭巾大広袖まさかり近持。大木の銀杏の洞ある所に立猪の早犬
忠純囲蔵にてもへぎの切附梯の上下肉色の筋隙にて。下に赤子の谷へ落しを抱て居る
見えにてせり出し。花やかなる事いふ計りなし。夫より両人かけ合の間答あつて。頼政の家来
八朗左衛門と名乗り。後高倉の宮の御首打検使に来り。三年。以前殺したる狐の子の
左近狐八百蔵。お辰砥半四郎が恨をなさんとする時。帯せし獅子王の御剱を授ば勅俟信賀へ
伝九郎頼政こま義。猪の早太。三人に見あらはされ。長田の太郎と名乗。花道にて一番目
からの工は皆をれが悪だ。久し振て業をさらしたゞした者者それぶち殺せと。逃て這入る所大ごき也。
清盛仲義。競瀬口市川団十郎。初婚大坪判。二役尾形の三郎。常盤ごぜん金作氏の席
門之助菰の前京之助。溝田権の寺に藤十郎。らはごう阿闍梨仲蔵。鼠となる所大あたり。
長田女房崎之助白妙に松江也。山下治郎三山下八尾蔵下り延引に付狂言に出す同前村広
伊藤保吉原仲吉浦
出し花やか也。尾上松助元服して立役八幡の三郎。善太夫市村吉五郎改名して坂東京彦三郎
と成り。工殿金石丸の役。伊藤入道三甫右衛門。近江の小藤太に辰十郎。二ぐんめ北條時政に
葉五郎。ゑぼし折大太郎。実は頼朝下り嵐三五郎。順満の湯言手にて下家に忍びの者有
ことを悟り。長尾の新吾に勘左衛門忍び出るを切ころし。椰の葉に藤蔵。これを見つけし紋色を
仕かけ。心中に長尾が腕を我手にして。小指を切。山木の判官友右衛門に。後腕を捻られ。そつと抜一
る所大でき。両人たてあり。二番目菊之丞路守娘の出立。三五郎頼朝。羽左衛門梶原にて富本
豊前太夫浄なり。おやま紅栗素頬。三人所作大当り。同森田屋都渋妓王波王波田等の又太郎
後に三国
まんじゆ姫雄次郎の首を討んと
冨士五郎
半五郎。角前髪赤塗立信頼に中村四郎五郎。
する所へ。渋谷の金主姉楼木下り中村冨十郎暫にて出。半五郎と三番叟の立まはり
花やか也。長田に広右衛門。近江の弥五郎勘弥。二番目清盛に半五郎。なんでの次郎長十郎
重盛に助十郎。太神楽の仁蔵。実は梶原景時三津五郎。仏御前下り中村野塩白様子坂王
に冨十郎。常盤津善太夫浄なりにて。所作大当り明かき卯年春中村野町曽我主代記に
工藤祐経仲蔵。十郎こま蔵。五郎円十郎。鬼王国蔵大でき。二番目乗清幸四郎。三月節句
より宮士路薗八浄るりにて。お染に下り山下八尾蔵。久松に門之助。おはつ半四郎。徳兵衛を
八百蔵。おちよ金作。半兵衛こま蔵。右六人の道行あり。幸四郎おちよ母熊手蝶々アになる。
下り山下治郎三。花岡松柏といふ医者にて仲町芸者おちよ小幡。。松柏じやといふおかしみ
はやる。跡にて助六に団十郎。あげ巻半四郎。意久に仲蔵。白酒うり図蔵。大当り。市村座へ
和田源兵衛組工藤原五郎。十郎三五郎五郎五郎に羽左衛門。小栗の十郎に広次池の左司に助五郎
横山時蔭に松本友十郎。願ひなに三甫右衛門。横山三郎友右衛門籠道に曽我兄弟東の
歩行に小栗と池の左司。両方一度に対面のせりふ大でき。二ばん目十郎とちよきの猪み助
三五郎。早替り大評判。菊之丞けいせい常陸。すまふ取釈迦が嶽に松助也。同跡黒路の
忠右衛門廣次。獄門の庄兵衛助五郎。両人花やかなる出入たての仕あい。許ばんよし。森田座
一四方曽根圭麿二工反三津五郎十郎に従五年。時宗嵐雛次。朝ひな喜十郎。団三郎に富十郎
竹抜五郎。願ひな。大根馬飯五郎と。草摺を一ツにしたる趣向大あたり。鬼王半五郎なり次に
夕霧に野塩。伊左衛門富十郎評判よし。山科四郎十郎下る。今年卯三月廿九日長唄めりやす
にきこへある富士田吉次終る。修善院楓江日恩ト芝金杉正伝寺に印を残す。中むらず。
夏姪吉「忠臣蔵」由長之助こま蔵。勘平半四郎。定九郎と。本蔵。仲蔵判官と磯平八百蔵
おかる松江。お石と。おその。かほよ御歩三枚金作。となせに踏み助。九太夫に次郎三。わかさ之助
団十郎。師直と。平右衛門幸山町。大評判也。森田座千本槻忠信。源九郎狐すけの局三役
富十郎静ごせん即徳。弁慶と覚範喜十郎。すしや弥左衛門に広右衛門。小金吾と。弥すけに
三浦五郎。銀平といがみの権太半五郎也。中村雄秋田利麿七重粟」友成に団十郎。浜成に
こま蔵。たけ成に八百蔵。田村丸中村小長。さくら子姫半四郎。羽生村の累崎之助与右衛門に
国蔵也。市村岸つけいせん。織帯伴左衛門に羽左衛門。山上に三五郎。羽左衛門都見物左衛門大津
絵の所作大でき茶之丞病気に付休む。鉱草七束帯し女将門富十郎評判よし。同冬都見世
中村届。磯橋亀多字小町に山下八百籠井筒之助成平に門之助。巨勢の金岡に仲蔵荒巻
耳四郎三甫右衛門。招魂の法をもつて。大伴の山主孝四郎を蘇生させ。祇園精舎の約締を打
砕んとする所へ親善五郎国蔵警にて出山主が首を討ば白骨と成所あり。有明に半四郎。
よし峯の宗貞八百蔵。さくら木に松江乙女の姿しばし留めんといふ場大でき黒主に少長。
妙あやに崎之助。五代三郎幸四郎にて。小町なんぎの場へ長上下にて出。まかなくにの歌を洗
落し。小町が方に相違なしと敵役はきめ。後に上障子の内にて。古今集を読ながら。硯の水
をもてといふ時山賊万作手水鉢を持上るゆゑ。只者ならずと夫より。梅の枝を切手の内を
見せ。それより角力を望まれ立廻がうち。梅の枝へ時ならぬ鴬の来啼ゆゑ怪み。又柳篠の
琴の更蛙の飛つくを見て。鴬蛙の古事をつらね入る所。両人の狂言。此所江戸中の評判
古今の大当り。次に山賊が黒寺こと名乗ゆへ。まかなくにの歌を。望。左りの手にて万葉某へ
入筆せし事を悟り。誠は盗賊の張太。立烏帽子と見顕し殺す時。討ては討れ。うたれては
鶴踏返しの五代三郎と。三立目山主の紋をいふ狂言。見物の請よし。二番目大江の岩戸左衛門
国蔵。牟礼一藤太山下次郎三松風に仲蔵。村雨半四郎。中納言行平こま蔵也。浄溜理
懐花郭馴閨常盤津文字太夫にて所作大当り。頃左の大領に伝九郎。同く市村座は
一梅世紀。針木。青砥左衛門藤綱栄五郎弓削大助と。時頼三五郎甲賀三郎廣次。刀根の
弾正友右衛門宗高親王三甫右衛門。桜木姫民蔵。雲の戸雛治原田六郎に又太郎。若狭
の前司泰村怨念甲掛山の悪鬼鬼羽左衛門。紅葉狩猩々丹前豊名賀志妻太夫と
せりふの次
しるしへつゞく
吉原
第壱番目
三立目
森田座
荒獅子
男之助
重光
五代目
市川団十郎
十一
初座頭
しばらくのつらね
しばらくのつらね
五代目
市川團十郎
東夷南蛮骨継北狄病癘の大妙薬。くじき打身をため愈す。親仁が譲りのとてすね茵
柿の素絶も時分柄納豆。ゑぼしのわん。く盛り。さかり出たる。色善衆は。東山歩政が。こかうの
臣。荒獅子男之助浅満生年つもつて十八町。きつゝ馴染のむかい町。両ひゐきのおしうりは。
あつかましくも荒事の血筋を受た持病の虫。その御叱のおこと筆を。かへり三舞の役所一升
一しやり又一升合せて三升仕つた。森田勘弥がやつかい若衆ねんじやは誰だ。まき売てうちん
橋せいぢう。いとなみたつる其内に。夜はほの〴〵と赤筋限。まだ里馴ぬ鶯の壺のうちの
ふとゝぎす。下声かけた六日蛇海老がゆづりの小刀細工ぎめ込割込ねずみ木戸太皷と倶に
夜の内から。仙氏様へお目見へを。したさの〳〵〳〵さし出者。しんまい新板持桟飾本公の
手見せ顔見勢。悪外働くうんざいめら。ゑり髪つかんでかたつぱし。あかん堂の家の家の棟
から。築地の海へほうり込むと。ホゝうやまつてまうす。
せりふ前
両太夫
富本豊志太夫
安政浄なり也。二番目源左衛門経世栄五郎女房白妙藤蔵山本
しるしのつだき
前後の
しるしのつだき
の里遊女しら梅に。下り中村久米助。此時尾上松助実悪と成。赤星太郎武者と。山幾町八二役
なり。同森田麿播羽川吉原雷の王子喜十郎。不川狼之助広右衛門。花の王にたとえし
牡丹の石台を取捨んとする所。荒獅子男之助にて団十郎暫。二やゝ梅津の嘉門にて長上に
下にの出きれい事軽き雲気の立を見て。岩見太郎左衛門喜十郎が。六部の笈の内に敦平
君を隠し居る事を悟る所にし。三役地獄谷のよふちん坊にて。いが栗あたはやぶれ衣着て
出我こそ道長のおとし胤なりと。印の箱を出し。女三の宮野塚を女房にせんと。悪の仕内
よし。次に又嘉門にて。柏木の衛門三津五郎に。女三の宮を呉よといひかけ。杣木に麹沓にて打擲
に合所大でき。次に赤松武者之助に助五郎。むつ花に金作。両人争ふ所へ出連判状を出し。赤松
が工を見顕し。顔見世や鏡の中に親の貌といふ句を吟じ。別れ入所大立者との評判。後に
よふちん坊にて。敦平君を〆殺さんとして。ひつ花に殺され。大活に四役くりから不動の骨深まで。
当顔見世随一の大歯と評判あり。図十郎此貌みせ三十一才にて初座がしら。五十六才まで勧音
道長卿辰十郎介負兵吉磯次郎。不破伴左衛門下り中村十蔵。名古屋小さんに富十郎。此節
の作者菜陽也。何れも大当なり。同年都見世。坂田半五郎。京四条三林徳次郎岸へ登り。
都吉野帝閣」に栗生左衛門なれど。五尺組の黒平と成。五人奴に並びての出大当といふ。同三極座
にて。沢村田之助元服して親の名に改而其時の評判記に上上。沢村宗十郎舞台
〽ままが〽扨もよい男ぶりになられたぞ。殊に当時につし形のすくないゆゑ随分慎出し給へ。ひゐきも
大分付まして珍重〳〵双鳥。当顔見世新田義助なれど。決逸やつし小畑のやしきへ入込大刀也と
偽り。いひ合せにて落持に坂東満蔵を取て投るおりしみよし。夫より伊賀の守成といひ姫を
清とらんとする時。畑六郎左衛門半五郎に。本名を問れ亘新左衛門明七が慎ともしらず。額に疵を
付られ。無念の仕内よいぞ〳〵。大切仕丁と成り呉羽に三林徳治が水に顔をうつし。白髪となりしに
驚くを見て怪み誠の水に写して大仏大学なる諸事が土と知る所何一ついやみなしいやみなし大手なる仕内
にて未頼母し。此上はせりふにおかしき事を受あるやうになされよ今少し花やかにはかされまら。いまの
間に大立ものに成はたしか〳〵。トあり。
歌舞妓年代記巻之五畢
に
浜町元矢之倉
黒田
狩
第4円
花江都
三
年代記
吹舞妓
花江都
歌舞妓
年代記巻之六
又花咲屋新之助
談洲楼焉馬著
東都
明和九壬辰年正月ヨリ。天明六丙午年モデ。十五年ノ間ヲ記ス
「明和九壬辰年」春中村座「春島持曙覧紙「工藤左衛門祐経高麗蔵。始事勤る。鬼王に仲蔵
団三郎三甫右衛門。十郎に八百蔵。梶原に一味の連判を無理に血判させられ。狂乱の所作あり。
五郎に門之助。七種の対面。大磯の虎山下八百蔵。少将に芳沢幸之助。朝比宗伝九郎。近江一
八幡之助実は景清にて幸四郎。門番の四五右衛門実は山田の三郎団蔵。月さよ半四郎
佐々木の三郎少長朝日御前崎之助也。同市村座正月二日より菅原信濃条組織羽左衛門
時平の大臣。菅丞相栄五郎。四段目舞台一面天拝山の道具を出し。此しかけ江戸にては始て
なり。楠王又太郎松王広次。桜丸に三津五郎。女房八重に尾上民蔵。千代に藤蔵。春に嵐
小式部。かく樹松助。すくね太郎。白太夫二役友右衛門。源蔵に三五郎也。瀬川兼之丞能
二代目王子
路考なり
病気全快にて出勤。二月廿日より顔見世のごとく。役者附の絵の中に菊之丞舞鶴にて振袖
菊五郎祐経にて牛に乗。左右に三五郎十郎。将左衛門五郎。惣役者の背喜を記し〽振袖着曲日按へ
と名領して。茶屋はねらず錺り物花やり成景気。松兵の評判も能大入なりしが。二月廿九日
目黒行人坂より出火して。翌晦日千住まで大火。中村経市村様共に類焼。森田座は残りて
初諸縣新曲城工藤祐於富十郎。景清と十郎二やく団十郎。五郎に十蔵。鬼王三津五郎。団三郎
助五郎。対面の場四人せり始めり。朝比奈山科四年十郎。小藤太に広右衛門。八幡三郎松本大七
梶原に坂田国八なり。祐経妻玉巻ごぜん金作。十内女房野塩。引さよに碓次郎。大詰に関羽
の霊像富十郎張飛に団十郎。孔明十蔵何れも評判よし夏狂言鶏女房源分妻
富十郎桜木にて伝授の道成寺。重の井に金作。逸平に十蔵。ひぬかの八蔵助五郎官太夫
広右衛門八平次
中村四郎五郎
改名して
第三国冨士五郎。奴団助大七。与作三津五郎。小満ん野塩。与惣兵衛と
逸平母喜十郎。けひ政と。鷲坂左内団十郎大でき大評判。同秋へけのせい。奴業醫し片桐弥十郎
十蔵。信田小太郎従五郎。千原帯刀辰十郎奴弥太平助五郎。高尾に野塩浅香の局金作
嶋田十太町三津五町。千寿のまへ富十郎。沢田縫殿直義団十町。毒酒にて鏖の所大あたり。
今年六月廿四日市川円蔵終る。円珠浄鑑築北本願寺中に印を残す。同秋中村座
普請出来。花御所根元悲台大友多多兵衛の助女手四郎。非人敵討。菊院武正仲蔵の所。病気故
此蔵替りにて不入なり。同頼自世中村は大鎧堀顕隆塚幸四郎改清元蔵。高麗蔵更名
四代目幸四郎
これなり
予守邦親王三甫右衛門。栗生左衛門海老蔵暫あり。小山田
幸四郎。純蔵改こま蔵
これなり
太郎八百蔵。はや咲に崎之助。二ばんめ塩梅よしの五郎八幸四郎。草たびや門兵衛に大谷
友右衛門。せんたくやのお時半四郎。二やく大町屋のしろ妙。実は鯉の精也。片桐弥七八百蔵一
大塔の宮門之助。大森彦七又太郎也。市村座江吉倉俊貞綱坂」渡辺綱菊五郎袴だれ
に松助。下部良助実は将軍太郎と金時二やく広次。美女ごぜん雄次郎若狭の前
ひな次。仲元菊五郎女房をくせ相藤蔵。田原の千晴彦三郎。こしもとます花に民蔵
うすゐの定光は
友蔵
改名
。市川団三郎。土蜘の精霊羽左衛門にて。馬貝。医者。大工の所作有
大詰の化現評判なり。森田座伊長倉居吉日工藤。金石団十郎行事にて。宇佐美一
の十内に二代目笠屋又九郎。又野の五郎に助五郎。角刀あり。文覚上人冨沢辰十郎。
八幡三郎三津五郎。長田の禅定に広右衛門。綾ぎく姫のしほ。伊藤九郎に嵐三五年
藻汐に金作。そがの太郎十蔵。すけ。信要おさがに富十郎。風折の所作大出来なり。
明和九年十一月廿五日安永元年と改る「安永「癸巳年」春中村座「和田通過半花鑑」に
和田義盛海老蔵。工藤に伝九郎。十郎幸四郎。五郎八百蔵。大磯のとら市松少将に
常世。さくら姫半四郎。清玄律師幸四郎。足軽団平友右衛門。朝ひなに伝九郎也
愛護の落門之助。荒木の左衛門少長。二番目てんまでお物に半四郎徳兵衛八百宛
景清海老蔵。或者修行の所。仲蔵病気全快して三月十七日より出勤二条の蔵人
弟。太宰の梅丸の役。大ざつま浄なりにて両人出合の所。去秋より舞台をみし秀鶴
といひ猶々大入大評判也。五月二日より「大豆伊勢神屋七草四郎右名和藤内三官に
ゑび蔵。細川勝元幸ゆる印。同姉紫生の方少長。源の頼兼八百蔵。平戸のあま小ゆみ
半四郎。船頭東次兵衛実は赤松彦五郎教祐仲如持。井筒女之助に門之助老一宮大谷
友右衛門。今川五位之助仲秋又太郎にて。虎と大立あり。坂東善次中村此蔵虎を遣ふ所
大評判なり。飛花落葉の定あるかな。安永二癸巳年閏三月十三日二代目瀬川
兼之丞正覺院響響十阿方順居士と改め。寺は本所押上大雲寺に。行年三十
三才と印を残す。市村雁一江戸春夏豊頼と。工藤と。重忠。そがの十郎三役兼五郎。京清と
五郎時宗二やく羽左衛門。あこやに藤蔵。御所の五郎丸広次。二夜ゆしまの三吉にて
神田の与吉と切合ふ所へ。松助白山の伝吉にて中へはゐり止めて。きおひのせり始大でき
二やく朝比奈にて鳥さしの出評判よし。お七に雄次郎。士口三に民蔵お杉に雛次釜屋
武兵衛勘左衛門。弁長と団三郎二やく市川団三郎。何れも評判よし。三月十二日より狂言
替り「堀川夜討に義軽羽左衛門。忠信菊五郎侍従太郎。土佐坊昌俊に半五郎。
むさし坊弁慶広次。いせの三郎松助。二やくいその禅司也。花の井にひなす。しのぶに瀬川
士口をおわさと。静ごぜん松江。伊勢の三郎母と。磯の藤弥太円三郎。三味線の仕合大
でき也。森田彦十島。福島親。朝比宗岡十郎。朝比宗三五郎。祐成三津五郎時宗野治
鬼玉部。若。団三郎三津五郎。小藤太広右衛門。久米の平内助五郎。飴室引さござい
の佐五兵衛笠屋又九郎。女げいしや桜女。実は景清女房のこや富十郎。重点おくがた
絹笠ごぜん金作にて。大佛供養の呼とめ大でき。二ばん目うゐらう売虎屋藤士口実々に
七兵衛景清団十郎。いなのや半兵衛に三五郎。小いなに金作かげ清味にて聟舅の
出合盃の時三五郎平家を悪口する。故。はら立。又笑ひに成所にし。後に唐士のうゐ
らう正説と名乗。がまの術をもつて妹が難儀の金をあたへ唐衣装の引脱になる所
大評判。跡にて浅間が嶽巴の丞三五郎。奥州富十郎浄なり。富本家満登太夫
にて所作あり。次に兼之丞内縁あるに依り追苦として石橋の所作相勤る。何れも
大当り也。五月五日よりへ物ぐさ太郎に伴左衛門と奴岡平団平団十郎。金魚屋金八に重蔵
物ぐさ太郎三五郎。女房しがらみ。とお国御前二役金作。哥之助に中村柏木。佐々木
義賢ふじ五郎。石塚玄蕃又九郎。いの熊門兵衛助五郎。金八母に辰十郎長谷部
雲谷広右衛門。金八娘おみつ坂田富五郎。色城野とさへだ二役野塩名古屋山三に
三津五郎。かつらきに富十郎也。今年摂州四天王寺聖徳太子。湯嶋にて開帳あるに付
三座ともに狂言に取組。中村府はけいせい荒片岡山」聖徳太子門之助。弟宮豊明親王
三代目中村七三郎。物部の守屋太臣三甫右衛門。守屋の家臣冨士左京之進雪俊友右衛門
おなじく富士左近之助雪家八百蔵。聖徳太郎の随臣浅間左衛門照正幸四郎女ぼう
御法崎之介。一子てうじ丸こま蔵。ちもりの契情梅が枝常世。あとみの一位又太郎馬に
の太臣少長。飛騨の内匠海老蔵也。跡にて半四郎七変化の所作を出し評判よし後日
菅原菅丞相小長。松王に幸四郎。桜丸門之助。梅王又太郎。白太夫友右衛門源蔵に
八百蔵。戸浪と八重二やく半四郎。春につね世。千代崎之介。時平三甫右衛門。雷神の人変に
海老蔵也。森田野宮柱巖盤基盤守屋の太臣団十郎。二役跡見のいちゐ。飛騨の内匠に
重蔵母うてなに三五郎。釈を聞て守屋は内匠と成。たくみは守屋と成狂言なり。女仕丁
月益金作。大友授手彦三五郎。泰の川勝に三津五郎。女仕丁雪の戸に野浜同女
仕丁花。益実は松浦さよ姫富十郎。赤井の助市蔵。奴雁助広右衛門也。後に三五郎
凱陣紅葉の四段め惟茂にて二挺つゞみの所。団十郎久米寺弾正毛抜の幕を出し
大評判也。市村座は四天王寺幟供養守屋大臣羽左衛門。跡見のいちゐ半五郎。本田善光
広次。聖徳太子民蔵番の川勝茶五郎。女房月益松江。下市のおしづ藤蔵葛坂一
太郎嶋主団三郎。泰の次郎丸雄次郎東綾直駒勘左衛門。達磨の化現羽左衛門也。
此時尾上菊五郎大坂登リ名残狂言忠臣蔵由良之助。勘平。こせ三役菊五郎
師直勘左衛門塩治判官団三郎。平右衛門と若狭之助二やく広次大でき。おかる松口伴内
松助思入ありておかし。本蔵半五郎。何れも評判大入也。顔貞世森田座。媚初雪世界
源左衛門女房白妙冨す郎。青砥孫三郎八百蔵。女房おさく金作秋田城之助に重蔵
北條時頼三津五郎。赤早太郎武者広右衛門。さのゝ源藤太松助野島太郎又九郎を
三浦の景村冨士五郎。秋田主税之助森田又次郎。白たへ妹玉づさ野塩女鈴木浄溜潤
竹本家太夫竹本民太夫にて勤る評判よし。同巳年都見世中村座御贔勧進帳熊井太郎
右基団十郎。後鳥羽院おとゝ宮惟明親王仲蔵にて。岩手姫市松。川越太郎少長。下河辺
行平門之助。松風に雄次郎。村国に吉次。五人の首討といひ付られ。又太郎坂東太郎にて。
今が最胡勧念といふ所へしばらくと声をかけての出。花やかはかり。此顔見世より評判記に
上上吉□市川団十郎トアリ。次に秀衡娘信夫半四郎女馬士義難に幸四郎。直井
の左衛門に広次。真赤にぬり立せり出し。団十郎はかしまの事ふれ実は御厩の喜三太にて
争なり。色手綱盛の関礼富本豊志太夫。富本伊津喜太夫。三味線名見崎徳次一番目四立
目大評判。次に富樫の左衛門団十郎。古金買長兵衛実は備前守行家友右衛門女房およし
崎之介。宝屋の若松実は鶏の精中村里好如知。両人黒仕立の形にて忍び択灯を持つて
出る所。広沢上下花やかにて出○待世々顔見世のお定り。赤い男にくろんぼう珊瑚珠とりを一
見るやうなぼつてりものゝ後かげトいふせりふ。見物の評判よく。皆覚えて是をいふ。安宅の関守
富樫団十郎。斎藤次すけ家勘左衛門て。幸四郎義程にて山伏姿。備前の平四郎に総蔵
ひたち坊嵐音八。するがの次郎門之助。伊勢の三郎又太郎。五人何れも斎藤次にとがめられし
所。跡より弁慶にて海老蔵出。勧進帳をよみ五人を通し。我は人質にしばられ大勢に蹴れ一
もう二三里も行し時分と聞。縄を引切門を打破り。みなく一度に首を切。水溜桶へ入て
芋洗の幕。市川流の狂言大でき。大港岩倉山不動明王の霊像団十郎。二番目藤原の
秀衡伝九郎。同惣領錦戸太郎冨沢半三二男伊達次郎仲蔵。三男和泉三郎幸四郎
生酔にて畳の侭かつがれて出る。鎌倉より上使梶原家来婦扁平を海老蔵也。三郎に
性根をつけんと刀のむね打を畄め。中間奴の形にて四男元吉四郎広次つめ合よし。四郎妹
しのぶ半四郎後に岩手姫の身替り。三郎義程の身替りに立海老蔵ひら敵の仕内首
を持て花道へ行。半三。仲蔵出。似せ首持て行かといふ時。負首がてん本田半沢まゐれといふと。
楊幕より純右衛門雷蔵上下股立にて左右に附。さし督の大小を出し首桶を両人清とる也。
鎌倉の三老秩父の庄司次郎重忠とは知らざるか。たわけ者めらと。誠に勇気備りて
見ゆるとの大評判。役者揃といひ十町中村座初ての勤。何れも大当大入なり。同市むら座
一帰木曽楠笹初物)和田の義盛半五郎巴ごぜん立五郎。山ぶきに民蔵よし仲羽左衛門。あふひ
御せん雛次静ごぜん常世。高明親王三甫六右樋口の次郎助五郎此顔見世より
市川円三郎改名して三代目市川団蔵と成。今井四郎兼平にて初暫。従者不足にて
不入なり安永三午年一春中村座一御誂染曽教形工藤団十郎。祐成幸四郎。時宗に門之助。
角刀づくしのせりぬ對面朝ひな仲蔵。鬼王広次。団三郎又太郎。小藤太女房こゝのえに
崎之助八幡に友右衛門。鎮西八郎為朝海老蔵。海士千鳥半四郎。一番目評判はつきと
せず。二番目幸四郎与九郎狐の女郎買。本田次郎少長。大磯の虎里好。せう〳〵に雄次郎。
半太夫にて所作幸四郎里好両人して三絃の相びき有。小藤太仲蔵番場の忠太郎に
広次。闇仕合大出来大評判。後にお夏半四郎。清十郎幸四郎。友右衛門料理人喜助
大でき。爰に訳あつて四月廿二日より。市川一統休に付「熊女房」左内に伸蔵逸平広次。
重の井里好などにて少しの内夫より「仮名平本年記鑑「此狂言横田治助新作の工夫にて。
菅原と忠臣蔵を一ツに寄たる趣向は百白く。評判ありしが。役者不足にて残念。市むら座は
信藤徳徳。源義祐権半五郎。祐成三五郎。時宗園蔵。女あふみ藤蔵。女八幡瀬川七蔵。
鬼王に助五郎。日向こうとうあざ丸羽左衛門。上総の七郎に彦三郎。蒲のくわん者範頼に
大谷徳浜。けわい坂の少将と。契情津の国。下り瀬川冨三郎。一ばん目五立日に股野の
五郎に助五郎。富三郎両人嬌柳調緒従。竹本家太夫。三弦野沢文四郎。浄酒理
にて所作立あり大でき。二番目に二代目茶と懇追各富三郎相勧る。宇都宮蓮生坊に
三五郎。熊谷蓮生坊に羽左衛門て。此名領次に記す。同五月五日より夏祭
一寸徳兵衛三五郎。釣船の三ぶ助五郎。徳兵衛女房於辰冨三郎。団七女房おかぢ七蔵
玉嶋磯之丞羽左衛門。兵太夫団蔵。お中に民蔵義平次三甫右衛門切に八代目羽左衛門
十三回忌。其俤二人椀久羽左衛門。富三郎。両人所作追各あり。森田産若。加賀留城。
工藤に重蔵。さのゝ次郎左衛門八百蔵。評判よし。後に富十年お七。のしほ。三津五郎。相手にて
江戸河東浄なり。夜の編笠所作大でき也。三月ゟらす野
此絵の頃
合印へつゞ
一鶯の卵子の内の時鳥
縁で候もの京雛形も江戸桜
一御馴染娘が侍も丸鏡なる僧ワキは
始て御覧橘に嵐のひゞく一声は
既に拍子をすゝめけり
はながたみかざをりゑほし
瀬川富三郎
嵐三五郎
座元羽左衛門
相つとめ申候
二代目瀬川菊之丞一周忌追答
三月七日より
府元羽左衛門
瀬川富三郎
後に三代目
菊之丞又仙女と成
小屋三五町
其後雪姫のしほ。妻平重蔵。五平次八百蔵。何れも宜敷五月五日ゟ忠臣。職
喜十郎
古人沢村長十郎十七回忌追善由良の介に長十郎
勘平と平右衛門八百蔵
事なり
定九郎富士五郎。師直松助。九太夫広右衛門。おかる野塩。ゑんや三津五郎。本蔵に主蔵一
若狭之助沢村淀五郎。となせ金作。お石富十郎大でき。同九月中村座双蝶々
与兵衛と故駒長吉廣次。濡髪の長五郎と橋本次郎右衛門仲蔵。けいせい都とおせき
里将。権九郎とかごの甚兵衛友右衛門。幻竹右衛門又太郎。山崎与五郎門之介。何れも評判よし
市村座千本楼忠信三五郎。しづる御前富三郎。道行の所。静の人形に萩野伊勢松
三五郎。人形に告ふ所大でき知盛に円蔵。すけの局藤藤蔵。ましや弥左衛門半五郎。弁慶に
三甫左衛門お里に民蔵。これ盛三五郎。狐場評判大でき。後に日蓮記三五郎目連上人
を勤る。森田座八月より累二世周浪
のしほ伊勢新九郎三津五郎。浪平女房おせきに金作羽生村与左衛門重蔵。累富十郎
なり九月二日より黒船頭下鎌倉屋五郎八に三津五郎黒船忠右衛門重蔵獄門庄兵衛
広右衛門。はんじ物喜兵衛松助。瀧川にのしほ八木孫三郎八百蔵。奴の小まんに富十郎。評判
よし。十月二日より尾上松助大坂登り各残入篠原合戦>近江のおかね布さらし大力之所を出す。
同主蔵名を始小松俊寛両人大でき顔見世中村座顔鏡天岩戸河津三郎広次又野
五郎に助五郎。碁だてにて角力のまなび。金石丸彦三郎。八牧の判官三甫左衛門けいせい風折に
民蔵。まんこう御前里好。鬼王左司左衛門仲蔵。河津がさいごを愁歎の内一万箱王に舞を
好まれ七ツに成子がト。諷ふ少しの手ごとあり。後に真田の与市門之介にて。仲蔵岡崎四郎にて。
女市が亡魂を見る所よし。次に真田の文蔵廣次。女房小ざゝ金作。石橋山の物がたりよろし。
政子の前雛次頼朝に下り尾上紋三郎九
此紋三郎
わけ有て
越後年坂東三津五郎と成又改名して荻野伊三郎
となか也。誰袖に多見蔵。ゑぼし折大太郎仲蔵。辰姫金作。五人の所作梶原に円蔵。浄なり
文相撲惑はれ業常盤津兼太夫なり。市村屋児楼十三鐘愛漢の若に富三郎改三代
目瀬川薫之丞八王丸。荒虎にて八百蔵督。大堂寺田畑之介三五郎。太宰の楼丸と荒木の
左衛門半五郎。つくあみ杢兵衛辰十郎。娘春のと雄次郎。同弟曽筑嵐市蔵やつと。折助
友右衛門。お袖に崎之助庚申の霊像羽左衛門。猿の所作色勝日吉幣。富本の浄溜江にて
一番目四文目大でき森田森田府はへ一ノ富突。木三郎。どんぐりのお三ば三ばゝア団十郎。尾形三郎
幸四郎。女房てり葉半四郎。午王の前野塩備前守。行家広右衛門。亀井の六郎に又九郎
奴たつた今平。実は猪俣の小平六下り中村新五郎。判官よし経三津五郎。川越太郎の
女房花の井藤蔵。富樫女房関の戸冨十郎。片岡八郎にて団十郎暫。此顔見世役者
揃大当大入也「安永四未年」春中村康。色模様青柳そが工藤と朝ひな仲蔵。十郎に彦三郎。三郎。五郎
に雷蔵。鬼王慶次。月さよ民蔵。軽若丸門之助。虎御前に雛次。両場の忠太山下次第三
吉田下部軍助三甫右衛門。松井源吾円蔵。粟津六郎左衛門伝九郎わつての茶王に
助五郎。女だて葛飾のお重里好。麻生の松谷仲蔵。女房うば玉金作。何も評判よし。
同二番目油屋太郎兵衛山科四郎十郎。娘おそめ雛次。久松に門之助。熊手のお春次郎三。
夜そば売実はいばの十蔵円蔵。景清女房あこや金作。聖天町の大日坊に仲蔵
後亡魂慈売の所作浄瑠理名題は垣衣幽写絵常磐津兼太夫補
連中に而
後に
相勤る
中村助五郎十三回忌追答「安達原外が浜の南兵衛兵衛二代目助五郎勤る。此時広次
「二代勝負附」に秋津島服切の場。鉄が嶽に三甫右衛門。秋津嶋の子市川伝蔵殿にて
座元
勘三郎
となる
同様行事庄九郎団蔵。何も評利よし。市村産春栄堂我雅楽太皷工藤と円三郎に
羽左衛門。朝ひ宗と近江の小藤太半五郎。八幡と称成三五郎。時宗と冨士太郎八百蔵
浅間次郎友右衛門。大磯の虎崎之助。少将に三代目茶之丞。けいせい寂雀に常世
八幡世房雲の戸碓次郎。二ばん目に兼之丞けいせい千代崎にて無間の鐘大出来。跡にて
信仰記松永に半五郎久吉八百蔵。雪姫菊之丞評判よし。同森田森田信田様蜂蓬業そが
工藤に団十郎。祐成に三津五郎。時宗又太郎。朝比奈笠屋又九郎。小山判官に広右衛門
千寿の前半四郎千原左近幸四郎也。団十郎同三郎にて工藤に顔が似たるとて打擲に
あひ腹切の所大でき勅使大伴の道主。誠は平親王将門の霊にて。七ツの願うつる所あり。
団十郎鋳物師助太らにて。鼎をかぶり五郎の荒事有。白拍子浮草仙台座頂むく市
冨十郎。所作浄なり富本家満登太夫連中。二番目に。幸四郎。三浦五郎。ふたり田兵衛
さつき長吉淀五郎。大磯のとら野塩。後に幸四郎。富十郎江戸河東浄溜埋反魂香
の所作大浄判五月狂言(天竺徳兵衛明和五子年中村座にての通り也八月
朔日より中村座出世。太平記」春永に円蔵。武智仲蔵。松永に勘左衛門。森蘭丸助五郎
小西弥十郎と細川与一郎二やく門之助。芝田権六尾上紋三郎。松下嘉平次三甫右衛門水田
春忠彦三郎。弥助四郎十郎。真柴久吉広次。女房くれは多見蔵。おみわと武智女房
さつき里好。台の前と小野のお通金作也。次に操狂言車街道毒酒の場横山太郎
仲蔵。女房浅香金作。寝ず兵衛勘五郎。早打の注進の所。星川雲八千円蔵。大出来なり。
五ツ雁金文七に広次「姫小拉俊寛団蔵評判よし。中村伝九郎八代目中村勘三郎
と成る。同市村野秋「瓢軍配紅葉信玄に羽左衛門長尾輝虎半五郎。二役山本勘助同
母に友右衛門。女房に崎之助屹にて琴の場。直江大和之助八百蔵。何れも大当り。二ばん目
兼兵衛。常世。望月の敵討三五郎。友右衛門大でぎ也。此時崎之助大坂へ登る名残狂言
くずの葉大評判也。同秋森田座(菅原富十郎菅丞相。次にげいせいせい。此の都し不破の
伊左衛門図十郎。名古屋山三孝四郎評判よし。同郡見世中村座梶相撲源氏張施伊藤九郎
祐清と。推の木の斧蔵三五郎。館西八郎為朝仲蔵。漁師の姿にて田代の冠者信義嵐市蔵
まな鶴姫山下金壱郎両人なんぎの場へ出ずくふ所暫のかはりみへよし。二役六条の左近狐
にてうづみ婆々勘左衛門。昼姫が出生の男子を大場に頼まれ。子狐と入替しを祐清より
もらひ。悦ひ立帰る所よし。次に茶地浪舞と名乗。伊藤方へ上使に来り祐清とくらやみの
仕合本名為朝と見形され。女房かやとせる里好。一子清若を連立別るゝ所大出来。一番目
後年
嵐市蔵
種府三番叟山下金太郎
伊藤が娘辰姫あづま冨五郎
後に二代日
藤蔵と成
三人一心作。何れも栴檀の二葉と頌すべし。伊藤入道中村蔦右衛門。喜殿金石彦三郎。近江
小藤太四郎十郎。八幡三郎尾上敬三郎。奴野間平実は長田の太郎友右衛門。かまだ又八に。
国蔵。頼朝に多見蔵。ゑぼし折お大金作。渋谷の金王丸助五郎。二番目に八ツ山新五左衛門
市山伝五郎。鬼王丸音八善衆にて。八ツ山が金をしらんと猫の化物見物はらをかゝえし也。
浄瑠理富本豊忠太夫。同餘津喜太夫にて四十八十八千懸所譯河澤に嵐三五郎。眼野に
中村仲蔵たたが袖瀬川菊之丞を
次にをし鳥
の所作あり
大〻当り。同顔見世市村座親船太平記去午
年四月より休居たる市川海老蔵出勤第一番目三立め篠塚伊賀守定綱の夜坊門の
宰相三甫右衛門。陽名之助広有半五郎。一文字の額を引おろさんとする所誓にて出。後に
後年四代目松本
の働きをかんじ又茶水に
畑六郎左衛門長上下にて出楠多門丸高麗蔵
幸四郎弥神被成
雄次郎。丹波の小雪に常世。両人とじやら付あつて盤綱手水鉢より血汐の出るを怪む
其時は廣有に
所大でき。此狂言三十八年以前。当座にて元祖栢莚勤し貢船太平記の通り也。未
市川宗三坊門
の宰相を今の海老蔵幸四郎
が二番目は新狂言にして。海老并亘利新左衛門道外方。主人勾当の
の時足利生ましにてつどむる
内侍雄次郎にて竪になかむ所あり。船頭高飛の勘五兵衛三甫右衛門。なつみ川の次郎作に八百蔵
小山田次郎女房白母と。白拍子桜木二やく半四郎。卜部権之助といふ浪人幸四郎にて。女房水左
野塩と世帯道具を荷ひ。上下を着て治郎作方へ居候に来るおかしみよし。夫より相模模涼気が一
絵姿をひろひ。次郎作に見せ。さがみ入道を悪口し鍋ぶたを
の紋になぞら人互に心て引見る所大でき。それより女房を取替。きしやうを書といはれぜひなく。
天といふ文字を。大の字に一ツ魚をうち。犬の子を書て血汐ひとつに成しゆゑ。夫婦となれば大。
誠は桜木が兄也と振袖に。天莫空勾践の文字いかき。母の紀念の天の川の短冊と引合せ。
備後の三郎。相模次郎と。両人各のり合ふ所大でき。それより鞭を打海士の謡にて王波御鏡を
後に三代目
もつて野泣蛇身とあらはれ。水わけの鶴右衛門坂東谷次船梁の徳蔵坂東熊十郎。笠原
坂田半五郎也
と立あり。何れも大島り。森田屋へ留惑量酒宴。岩屋)足柄山の山院と。樽拾ひ五郎太。実は仲光
か一子幸寿丸。相馬太郎良門大詰白狭の化現四役団十郎。美女丸に富す町はかる甚
保浦広右衛門。魔術にて酒呑童子のやはし。金時広次督のせり不有。三津五郎渡辺
が妻さよ風女形よし。二番目頼信門三助関白茶道の息女粧館下り芳沢いろは也
あべのお情に富十郎。茶筅かり浅妻船のみへ浄なり樹花恋浮船。常磐津文字太夫にて
松本幸四郎
所作大
成
顔
安永五申年」と云中村灰「縣賊歌田碩悪具
見上上吉●中村仲蔵
評判也
評判よし。祐成に三五郎。時宗仲蔵。二役ものぐさ太郎
嵐三五五
本名清水坂の松若丸也。小林の朝比奈音八。鬼王助五郎。じまんれいお鹿と。大磯のとち二信
金作。鬼王娘お梅と。せう〳〵二役兼之丞。近江小藤太友右衛門八幡国蔵。なり佐美の三郎に
紋三郎。月さよに里好。三浦の片貝今夕見籠也。同中村外後日一堀昔八丈
才三に三五郎。秋月一角仲蔵。二役六郎右衛門。白木屋女房金作。左兵衛に団蔵。夫八友右衛門
喜蔵に助五郎也。市村座冠言業紫堂我由縁二工殿に海老花。祐成に幸四郎。時宗は百蔵也
宇佐みの十内又兵衛。朝ひな三甫右衛門。七草四郎左衛門実は大門之助義弘半五郎人形より
竹馬の七兵衛。実は上総七兵衛景清海老義にて。両人せりおろし。将門弼友平安城を眼下
に見たるむほんの趣向。物語のつめ合大当り。物ぐさ太郎後に京の次郎潤左衛門。次に半五年五年
鬼玉にていざり。月さよ第四郎。人。丸娘二役也。盛三郎に八百籠。海老蔵非人参清。頼朝公四十二
のやく除のため仮の頼朝と成り昌山重忠に幸四郎。六代ごぜん市川吉五郎。大磯の尻常世
三味線を弾。重右せんぎの股何れも大なり。乞食の薬の湯の所大でき。京の次郎女房誰仙
野しほ傀儡師でたろく六兵衛市川桃太郎
一団十郎忰
幼年なり
女髪結おふね雄次郎。京の次郎と四人
所作。浄るり元服琴男柳常盤津兼太夫連中也。後に八百蔵助六。森林半五年なり。
白酒かり女手四郎。あげまき半四郎。門平三甫右衛門せん平三八。何れも大評判大当なり。森田座
其兄弟富森見土藤団十郎。祐成三津五郎。二役朝ひなにてせりぬ有大でき。時宗に門之助
けはい坂の少将いろは。鬼王広次。梶原源太広右衛門。大磯の虎富十郎也。後にせいすい記
千鳥とお筆二役いろは。源太に三津五郎。平次と重忠二やく団十郎。樋口広次。権四郎
後にかん弥。
広右衛門義経に森田又次郎
ともえに門之助。源太母ゑんじゆ長十郎也。此年
又八十助と成
四月十一日五ツ妻藤蔵此世を去りて円敬院常心日特と谷中妙因寺中一乗院に印
を残す同五月森田座へ牧坂苗曽我しかり今上又七実は時宗門之助。ほてゐ市右衛門実は
鬼王広次。こくゐ千右衛門実は主馬の小金吾三津五郎雷庄九郎実は難波次郎廣右衛門
安の平兵衛実は井場の十蔵団十郎。何れも大でき同夏中村庫二十回孝慈悲蔵に
団蔵。女房おたね金作勝頼とみの作一役三五郎。八宅垣姫菊之丞。横蔵と高坂弾正
仲蔵次に忠臣蔵」由良の助と定九郎仲蔵。勘平三五郎。おかると小浪菊之丞となせ
是よりゑの
とかほよ御前里好。おいし金作。本蔵とゑんや判官円蔵。師直勘左衛門也。
次へつゞく
一荏原傳授者四鑑
市川海老程
一世一代
中嶋三甫右衛門
市川八百蔵
……
………
市川治老蔵
勝川春章陶
麻元羽左衛門
同春亭写
ゑの前
のつゞき
伴内と平太門に友右衛門。若狭の助と九太夫助五郎刀弥彦三郎也。次に忠臣講師
二幕出し十太郎に三五郎。おりゑ金作也。同秋藁水。誉常悦伸蔵。はね川主膳三五郎。
石堂かけゆ国蔵評判よく不入なり。同秋市村座「菅原傳授寿鑑左大臣時平と王師
の兵衛三甫右衛門。すく祝太郎に又太郎。女房竜田と戸浪市松。かくじゆ辰十郎也。春藤
玄蕃冨士五郎。照国と桜丸八百蔵。女房八重半四郎。梅王丸羽左衛門。女房言春春常安
松王丸海老蔵。女房千代野塩武部源蔵白太夫と二やゝ半五郎。菅丞相に幸四郎。
人変雷神海老義。此狂言一市川海老蔵一世一代」右菅原の操狂言七月より相始惣府中
大でき大評判。中にも海老蔵松王の役。むがしに替らぬ仕内と評判有て大入なりし時に。九月
九日より狂言の中場にて松王を名残に一世一代舞納と舞台に於て上下にて口上を述
〽今よりはかはらで年のつもれかしたが三升とも老を海老腰市引五粒
といふ摺物をくばり。太夫元を始として市川の門葉はいふに及ばず。中村仲蔵。その外因
ある役者は他を勤る者まで。座付に並び花やる成こと顔見世のごとし十月まで大入にて。
首尾よく舞納しは誠に比すべき者なく。無双の上年依て世の人是を木場の親玉と称す
評書にも天極上上吉と記し。今年六十八歳にして郭納。出勤の間凡五十八年余なり。
目出度ためしと安永六年の評判記にあり。同後日板錦亀山通赤堀水右衛門半五郎。
石井右内と。関口隼人幸四郎。石井源蔵に八百蔵。同源次郎半四郎也。草履取筆助に
雄次郎。何れもよし。森田麿。桔梗瀧女迄千勘平広次。やかん平三津五郎。岩倉治部に
廣右衛門忠文寺長十郎左近太郎左衛門庄助榊の前と。つくば根二やくいろは。芦屋の道濃に
団十郎。二役金剛夜刃也。富十郎くぞのは狐の早替り。中村底へゆく名残狂言なり。同
顔見世中村座「咲此花顔師三浦之助階次。植木売曽次兵衛三五郎。備前守忠盛
三津五郎。玉藻の前芳沢いろは。上総之助円蔵。祇園女卿多見蔵。嶋の千歳に
里野。進の左兵衛の尉家貞又太郎橘の家住三甫右衛門。おさかべ。今八大谷徳次。人形や
此京下り松之丞実は江戸者にてしろふと狂言を
お松原下り尾上松之丞
女白方安部のお袖中村
すきかぶき役者となる弓町ろこうといひし者なり
富十郎同顔見世市村庫に「姿花雪黒主恭の大膳武虎恒左衛門貫之の息女此尤非
常世。亮巻耳四郎広右衛門。船善五郎にて団十郎しばらく。桧垣ばゝア。三役五代三郎
正澄にて六十六部。同紀の名虎半五郎。両人野宿の所。紙帳をやぶりたんまりの幕也次に
坤天儀を持上下の出。各虎にうは履にて打れ無念の仕内あつて後に。惟高しん王
松本小次郎の首討名虎を城の惟高と見顕す所大評判。大詰法道仙人のみえ大でき。
五代三郎女房なにはづ。下り芳沢崎之助。けいせい小野照屋の篁兼之丞。荒巻。荒甚四
助五郎。四位の少将興則八百蔵。からかさ売実は大伴の宿称黒主羽左しにて四人の
所作あり。浄なり百夜菊色の世中富本豊志太夫同豊太夫同伊津喜太夫也。何れも
大評判大当り。森田屋同顔見世の讃知天盛本地いが栗はね平実は畑六郎左衛門に仲蔵湯
起院之所大でき。女房しのづか金作にて宝船のせり出し花やり也。勾当の内侍小野塩
しのぶ擂衣お石半四郎。傘売六郎助幸四郎。奴あかん平高麗蔵。新田義貞門之助
亘新左衛門に友右衛門。渕辺伊賀守勘左衛門。妻賀孫二郎に紋三郎。二番目博多小女郎
後年市川
半四郎。禿くれは市川弁之助
一同所新左衛門実桶多門兵衛正成幸四郎煉酒
男女蔵是也
うり五郎八仲蔵。両人にて八丈島の羽織のうへにて。早々の花を以て碁を打ながら。相模
入道を悪口して。二人にてのせり合大でき。夫より鼓をそながら。勘解由左衛門が忰しけ君を
喫ぜめにして蘭奢待の名香を煩は。仲蔵大神の姿となりて。本名長崎かげゆ左衛門と
なのる。濡衣半四郎。小女郎狐の正辞を顕はし。両人所似にて大当り。豊尾花夜常浄なり
大さつま主膳太夫。長唄松永忠五郎両人かけ合也安永六酉年一春中村座雑硯青柳そが
五藤祐経と。畠山の重忠二やく三五郎。二條の蔵人と。独鈷の駄六夜次。そがの十郎と八幡
三郎三津五郎。そがの五郎と。近江の小藤太円蔵。此時両人近江八幡石檀の立大評判
にて後の鑑となる始也。大磯の虎多見蔵。少将と祐経奥方二やく里好。八幡女ぼう
とこよと。嶋照姫いろは。三浦の片貝松之丞。団三郎又太郎。朝比奈三甫右衛門也。二ばん目
尾形三郎三五郎妹おみつ富十郎に。しつとのいけんの所大評判一ツ家の母三甫右衛門下女
おため松き丞を庖丁にて暖ばさく所にくし。道成寺は家の芸にて富十郎大角り。両僧
三五郎。広次は後に京桜本町二月石塚弥三兵衛円蔵。あのや十兵衛長十郎。五平太子
津多右衛門。花咲に松之丞。半時九郎兵衛又太郎。おふさ多見蔵。小原にいろは。母妙かんに
三津五郎。綱五郎広治。佐七に三五郎。梅園に富十郎也。造成寺まへに黒木売の所作
三五郎相手にて。花球越東小原女富本豊志太夫改名豊前太夫。豊太夫改久米太夫となる。
同春市村座常磐春親鸞。祐経と外が潰の漁師うとふ団十町。あこぎが浦の平次に
八百蔵。三俣の浦の白龍実は三保の谷の四町半五郎。十郎と朝ひなに羽左衛門。白酒責
実はのこや滑之助。けいせい通路菊之丞。漁師三人生酔大でに雲浮気千鳥道路と
姥。ういらう売実は景清団十郎。大日坊と。鬼王広右衛門
いふ外領にて。富本豊前太夫備雅雄。ういらう売実は京清団十郎。大日坊と。鹿王広右衛門
つとむる
山田の三郎彦三郎。三月三日より三浦屋の長吉に半五郎。梅の由兵衛八百蔵。駒止石の一
前にて長吉を殺し。漢の武帝の鯉のかけ物をとる所向ふに首尾の松大川の仕かけ
両人大でき。兼之丞天人羽衣の所作大評判草刈寺お松瀬川徳次同十葉に荻野
いせ松両人相手を勤る。四月七日より永ま目に久米寺弾正団十郎。毛榎の場八勧兵菅
半五年。小野の春風八百蔵也。五月より。女伊連浪戦が。一夏祭のやつし也。其後。安連原
袖萩帯世。生駒之助彦三郎。新羅三郎市組お谷雄次郎。直方広右衛門。応衣巣之丞
義家とうとふ安方八百蔵。外が浜の南兵衛半五郎。糸政に羽左衛門。貞任と黒塚のばか
団十郎何れも評判よし森田府は春江戸絵小袖小袖谷に幸田町行郎行烈にての出。門之助
箱王にて対面の所よし。此春三芝居祐経の一の当りと浄判。清玄に仲蔵。桜姫に半四郎。
夜がき野しほ。団三郎友左衛門。近江の小藤太と。松井の源吾勘左衛門。あこやに金作かげ清に
仲蔵大ては。後に千本桜し幸四郎忠信源九郎狐と二役半四郎静こぜん也。次に伊賀越
のやつし狂言あり。同秋中村座。和田合戦」はんがくに冨十郎。浅利の与市三五郎。荏がら
の平太廣治。八月より千本桜」忠信狐二やく三五郎。いがみの権太院次卿の君と鮎屋
の娘お里いろは。しづかの人形に七三郎。三五郎道行の所作に遣ふ安徳天皇に中村伝破
権太女房小せん松之丞。善葉の内侍と静二役多見籠。梶原と覚範又太郎惟盛
三五郎。弥左衛門と友盛園蔵。すけの局富十郎何れも評判よし。九月より「幡女房
冨十郎重の井大でき。三五郎大坂登り名残狂言を出し。富十郎けいせい反魂香の所作
両人評判よし市村座は忠臣蔵しゑんや判官寺岡二役団十郎。由氏之助。義平おかる母
師直四役半五郎。となせ崎之助。かほよごぜんとおかる菊之丞。天川屋女房おそのにつね世
九太夫と定九郎介五郎。市川八百蔵勘平と浄判ありし所。病死により。勘平瀬川雄次郎様
勧大評判也。實応中車真解浄士安永六年酉七月三日寺は浅草観義院俗名
市川八百蔵行年四十三才。市川団十郎平右衛門にて戒名を取出し兼之丞両人追谷の
愁臆三升口上にも惜い事を致ましたお馴染の中車を憚ながら何れも様も。御乗旨
の御回向ねがひ上平ルと見物袖をぬらす。同秋森田座表越新見。明神〉十寄左衛門景明
仲蔵。新田義興に幸四郎。御台松枝こぜん野塩竹沢四郎太夫と。矢口の烏ばゝ部勘左衛門
後年
大館う税坂東又九郎。二番めいとや後家
伊三郎也
十寄妻うば竹金作細川靭負紋三郎
おその金作。娘おふさのしほ。妹小原半四郎。富頭左七に友右衛門新田義峯門兵助半時
九郎兵衛仲蔵。本町丸の綱五郎幸四郎也。何れも評則よし八月十九日冨沢辰十郎終る。
情存院富豊日妙甲甫幸龍寺に印を残す同顔見世中村座将門冠初監此時市川
一統立帰り。加藤兵衛尉重光にて円十郎轡。朱雀天皇主に三甫右衛門。初めて三升の向ふ面
なり。夜刃太郎時秀広右衛門。赤塗立にて清蔵やか也。俵藤太秀郷幸四郎。壬生忠見に
三津五郎。正平太貝盛門之助。三人勝士の姿にて。半四ツ丁碪の前振袖にてせり出し去麗
なり。浄なり石山寺紅葉錦画常磐津兼太夫連中にて所作大でき越前の太郎面長に
大谷徳次。幸多天の守にて足はやく成おりしみあり。此時市川門之助元服して。紋
と成。江戸出生にて宝暦六子年都見世。市村座へ大坂より溝中窪蔵とて始て下り
同卯年改名秀松。夫より市川の門弟と成弁蔵と云後に門之助也。二ばん目幸四郎
諸芸指南の浪人廻国の修行者順乗に団十郎。一夜の宿をかり物語の内。相馬の
内裏に。暦のはかせなき事をさみし。将門と名乗らせ。俵藤太秀郷と本名をあかす
所大当り大評判。下男宅助実は武蔵太郎興世大谷友右衛門なり。中村彦布八代目
勘三郎は。六代目勘三郎子にて。七代目勘三郎同腹の弟也。始勝十郎其後に四代目
伝九郎の名を終謝名も舞雀といふ。去々未年野本と成て勘三郎と改む。奴丹前
朝比奈は代々家の芸。又狂言著作の助と成或は茶道を好めり。近きころより
病に臥。今年十一月廿五日終に蓮華の座へ越きぬ。元祖伝九郎命日と。同日なるも
八代目勘三郎
市村座(雅児鳥居飛入狐に
又感ずる所ありといふべし。真誉清阿冠子清士
行年五十五才
日向国姥が嶽の雌狐富十郎。伊勢国山田が原の雄狐羽左衛門奴金奏吉平実は上総
の五郎兵衛忠光廣次。熊坂の長範には手五郎。尾形の三郎これよし仲蔵。二役悪源太
義平にて。浄なり御前葉之丞と。福引名ごやの正つら〳〵を牛客〳〵といふ狂向にて幾期汝
北の軍物語あり。矢作の仕女十六夜里好冷泉に多見蔵。秩父の小太郎重忠に。雄次郎
改もとの名。沢村四郎五郎となる。源の牛谷丸彦三郎。しづか御前菊之丞。大神楽獅子の
角立。実は御厨の喜三太仲蔵。富十郎。羽左衛門。四人所作浄なり。夫婦酒替ぬ中仲。第二
ばんめ富本豊前太夫同斎宮太夫。三弦名見崎徳次何れも大当り也。同顔見世森田府と
従韓貢入船也真柴久吉団蔵。惟任肥後之助娘たけち金作渡辺早友に助五郎。
二役奴団助。いてうの前いろはに悲暮しかけ。男之助女房から糸常世に鎗にて突れ
満祐が白骨へ血汐の染しより。赤松範祐と本名をあかし。常世両人軍物語大出来ば。
名古屋山三下り沢村宗十郎。九年以前親宗十郎同道にて京へ登り。其節は子やく
田之助此度大坂の名残に勝頼。みの作の二役評判よく。森田座にては浪人姿の土姫君
に惚られめいかくし。十二年以前三日契りし女房に声に声次に半櫃の中より府頭姿にて
出あり。女房たけちたつた三日の夫婦との作面白白し。下り役者無人数一不入残念也。十一月
十九日中村野道冨十郎忰中村新五郎両人同日に終る。慶子の愁腹かぎりなし
隆顔院宗融日暉
俗名中村のしほ
行年二十六才
真乗院宗本日度
俗名中村新五郎
行年三十二才
安永六年酉十一月十九日深川浄心寺にしるしを残す。同年同月同日なる故に。見るへ
軍人哀を催し惜まぬ者なし安永七戊戌年「春中村座國色和曽我〽祐経と左内坂の浪人
塩鳥坂左内北条時政。かごかき観音の七兵衛実は悪七兵衛かげ清と四役。市川円丁房。
祐成三津五郎。時宗門之助。願ひな三甫右衛門。鬼王幸四郎。お七と由兵衛の浄なり。富本
斎宮太夫語り。其三弦鬼王にて弾。門之助半四郎両人仕うち評判よし。友右衛門大藤内
にて殺されし骸へ夜刃御ぜんの亡霊乗移り団十郎大藤内にて。上使に来る所大でき
後に佐の川市松になり。
同上津五郎長作にて女房
半七に門之助。お花に此春下り中村久米次郎
又改市川荒五郎となる
半四郎を誉こと葉あり。浄なり好偕川傷柳常磐津兼太夫相勤る。何れも大当也
ほめことば
アトゾ東西〳〵せんたくのおじやまをかえり三津五郎。長作さまのかみさまを。ちくこんばかり
ほめまりさう。第一ていしゆをかはゆがり。物もよく縫ふ髪もゆふ。各もももしゝ
かしく。飯も焚たり水汲だり。三味線とつててんてつとん。天とたまらぬ女房
ぶり。ていしゆはないかごてさまはと。ホゝうやまつてまうす。
奴丹波与作広右衛門。伊達与餘幸四郎。二の宮太郎紋三郎。成田山不動明王に団十郎。
こんがら童子高麗蔵。せいたか童子勘三郎也。契情させ川中村久米次郎。けいまさに
市川紀右衛門にて鳥山大臣の所よし。黒雲武兵衛広右衛門梅沢の小五郎兵衛三津五郎両人
市川こま蔵
長唄にて所作勤る。景清
出合大評判五月そが祭に似或似菖蒲草摺仕
中村勘三郎
牢破団十郎。重恵に幸四郎。あこや半四郎。何れも大当り。同春市村座。農木右高尾でが
仲蔵祐経。富十郎竹抜五郎と藤屋伊左衛門。夕幸に菊之丞何れも評判よし跡狂言
伊賀越し和田志津肇彦三郎。政右衛門半五郎。一子己之助嵐堅次郎。沢井城五郎勘左衛門
善業孫八四郎五郎。笹尾とお袖菊之丞。丹右衛門と武助広次。誉田内記と。沢井政五郎。
母鳴見三役仲蔵。政右衛門女房おたね富十郎。和田ゆきゑ半五郎。何れも大でき政太衛
政五郎大当り。森田座春妹背山復室さだか。お三輪。鎌足の御台藤の方上やく金作。
そがのゑみじと猟師ふか七助五郎。入鹿の大臣と。大判事清澄二役団蔵。久我之助清舟と
猟人芝六字十郎。雛鳥にいろは。芝六女房おましと。入鹿みだいめどの方小佐川常世。おみわ女
津多右衛門。何れも大当り夏狂言は江戸代藤藤羅波帷子信仰地と双蠣その寄物也。中村御扶
狂言は伊連親。白蔵蔵城絹川谷蔵渡辺民都二やく幸四郎。頼兼と。足摩屋三ぶ三津五郎早
かわり評判よし。高尾久米次郎。妹かさね半四郎。井筒女之助。山中鹿兵助二やく門之助山名
宗全三甫右衛門。大江図幸鬼貫市川純右衛門。仁木弾正左衛門に広右衛門。女房うら藤に勝之助。
荒獅子男之助団十郎二やく。細川勝元渡辺林左衛門友右衛門。仁木と対決之所。白布の文字
わからずして。林左衛門その布を巻て腹切は。血汐の中に呪咀の文字あり。仁木が工顕れしと。勝元の一
捌役大当り。次に仁木広右衛門。渡辺民部幸四郎をだまし討にして相討に成所。民部峠鳴瀧にし
半四郎。何れも大当なりしが決有て団十郎八月未より座を引。市村産は本流生女夫順礼に
弥生の前茶之丞。かつらき山人仲蔵。実蔵に半五郎也。切に富士太郎羽左衛門唄びくに富す郎也。
常盤津兼太夫浄なりにて。いぜんの通り也。後に応女房し重の井菊之丞逸平仲蔵同母
おさん羽左衛門。官太夫と。けい政半五郎。鷹坂左内広次関の小万多見蔵。嘉作四郎五郎五郎也
八蔵と八平次勘左衛門。定之進女房桜木富十郎。造成寺評判よし。後に仲蔵俊寛を出し八朔
より冨十郎七へんげを出す。森田府中嶋嶋。かんまう助五郎。与五郎松助。切に宗十郎
菊慈童の所作あり。同顔見世中村座「膽雪受鋒木赤星太郎中嶋三甫右衛門浅原
治郎広右衛門。弓削大助三津五郎。佐のゝ源左衛門幸四郎。三人の出合よし。源藤太に友右衛門
白妙に半四郎。時頼に四郎五郎。青磯五郎門之助。波まぬ里好。さごろも吾妻富五郎。
継母つぎ橘廣右衛門と。敵討大でき也。同市村麿「突和租勝時に安達左衛門景盛下尾上一
栄五郎。比企の判官に。下り青羽次郎三。源の頼家。半五郎二役坂額八郎にて請也。暫は
羽左衛門荒岡源太照門冠者太郎宗十郎。梶兵衛娘おなみ菊之丞。うゐらううり虎屋
粂五郎
藤吉。下り尾上世之助
荘栖の平太広次。荒井の藤太に助五郎。武田五郎に
忰なが
後に鬼次と成又
源実朝彦三郎羽左衛門かしまの事触後龍王の化身
大谷永助改春次
二代目仲蔵と成
世に三ます
大評判也。同木林田座
菊之丞。宗十郎。忍之助四人。浄留理富本久米太夫にて世
もぐさやといふ
伊達錦勢勢羽八幡太郎義家団十郎。二役荒川太郎不負にて暫。請は朱雀院の弟宮
高弘親王仲蔵。鳥の海弥三郎松助。鎌倉権五郎円蔵。萩原に多見蔵。根谷のわん。
団十郎。尾上の前常世。うとふ安方仲蔵。常磐津兼太夫浪なりにて所作大でき大当也。
安永六年春中村座。御模雅通物座。祐経に幸四郎。十郎三津五郎。二役朝ひ祭。少将に
半四郎と所作大でき。せりふは次に記す。五郎に門之助二役団三郎。大磯無宿家根子僧にて。
祐経かたより盗とし金ともしらず鬼王友右衛門へ渡し。後に顕れしゆゑ。鬼王夫婦を悪口して
せりふの次
殺され書台を残し。五郎の身替りにたつ所。おもひ切たる仕内。時宗の早替り
へつゞく
芝居寺代記
朝比奈のつらね
坂東三津五郎
夫はいかいのほつくに
いはく。京町のねこかよひ
十一日
けりあげやまち猫さへ
感をするがなる。ふじをせなかに
はつ夢の。にたかよつたかよろ〳〵と。山谷へ
かよふちよきぶねとはかたじけなすびは
太郎がとしだまひげきん〳〵となで上て。
あげやのはしごをとん〳〵もの。二階へ
あがつて見てあればきやくは帰るか
居つゞけか。まぶは火ばちの
おきごたつごゝやかしこのめしつつぶ
しゞみつかいを相手にして。ちよつと
おさへよばからしいちよつとお手もと
あげんしやう。しやうことなしにおきあがつて。
めつたむしやうに手をたゝけど。こいも小ぶなも
出ばこそ。となりはふかまの大くぜつしてやんして
どふしたの向ふの人や竹屋の人コレはだな三本
小林の。あさづけたくあんざぜんまめ。菜づけにごまめの
ふた茶わんふた間ざしきのちがひだな。あけて見たれば
勘三がはつ見せへげふつき出しのぽんぽちやつことホゝうやまづて申す
コリやどうだ。みかんに紙くず柿のたねどふしたこんどの役まはり。
さるとはにやはぬ此つゝらも。師匠が仕にせたゆづりの猿ぐまごまわか
▼印の
つゞき
○対面の立派さ大評判也。月さよに半曲町。小屋へ太三甫右衛門八幡広右衛門大磯の虎
里好。大坊丸こま若。熱海の百姓ぜんし。兵衛紋三郎。二番目に清玄友左衛門。桜姫に久米次郎。
下部軍助幸四郎。きよ春半四郎。清たき芳沢あやる。軍介女房おいへ里好にて。兄清玄
一夜の宿を言ふを泊ざるを。母妙かん紋三郎にて呼かへしとめる。後に清玄。きよ春を打ちやくし。
妙閑を喰殺し。妹をも庖丁にてころし。軍介に殺さるゝ所大でき。二番目助六門之助契情
あげ巻半四郎。白酒うり三津五郎。伊藤九郎祐清幸四郎。まんこう四郎十郎。朝皃千平
利根蔵。くわんへら門兵衛三甫蔵。髭の意休庵忠兵門。白玉瀬川吉次也。
洋
十寸見蘭洲
十丁見東佐
江戸太夫河東
助六廓夜桜
十寸見東洲
理准
十寸見沙洲
山彦源四郎
山彦河良
山彦百治
山彦河良相勤る
相勤る
此会狂言大入大当り。中にも門之助評判よく。是より次第に立身す。同市村野は正月二日ゟ
潤色江戸紫し葉之丞お七。吉三に彦三郎。かまや武兵衛助五郎。湯嶋の三吉に磨須。
お杉金作。樋守与五蔵半太郎安森源次兵衛菊五郎也。後に羽左衛門三ッ人形の所作
広次助五郎相手也。三月より入蝶千鳥陽陽高賢氏
浅間嶽の所作。富本豊前太夫津より也。葉き丞相生獅子石橋の所作大できなり。同
森田府は江戸名所緑七郎)工藤とかけ清二役団十郎。ちゝぶの重忠と朝比宗仲蔵。鬼王
三津五郎忰後みの介
と小藤太園蔵。はん女御前と松谷丸多見蔵。朝ひな奴豆平坂東三田八
今の三津五郎今の三津五郎と
二番目大日坊仲蔵。葱かりお涯常世。久松戸見蔵。吉田の軍助に団蔵。岩永左衛門に
団十町。のこや松助にて琴責。三曲何れも大当り。後に一夏祭閏七仲蔵。待船の三百
円蔵。徳兵衛団十郎。評判よし。中村座三月菅原菅丞相幸四町二役松王梅王と
源蔵三津五郎。桜丸門之助。時平三甫右衛門也。秋狂言口は敵討仇名かしわたらへ大和之助と。
佐五郎幸四郎。女房おいそあやめ。荒木主水と。奴松平三津五郎靱負之丞門之助二役
六三郎。松平女房と。かしに半四郎。兄梶の長庵と。深井政五郎に友右衛門。弟政次郎と
下部袖助こま蔵。此狂言評判よく何れも大当り也。市村座秋らす国部の左衛門に
宗十郎。妻平に四郎五郎。こしえまがき菊之丞。うす音姫山下金太郎。五平次に広次也
女房小女郎今作。秋月大膳と。幸崎伊賀守半二郎来太郎国俊彦三郎。岡部兵衛
と正宗義五郎中の巻腹切の場。今作。半五郎。楠幸三人古今の評判大出来なり後に
大内鑑くずの葉狐の二役草言照評判よし。森田斉氏忠忠臣蔵由良の助と初平母
二後団蔵。師直定九郎平左衛門天川屋四役仲蔵。本蔵と勘平二役団十郎。此時三ヶ切
かけ附の勘平を筋濃にて団十郎家の大太刀大荒事。市川流に留めたりと見物これを
参る。顔見世中村座「堀花族雄太平地親王松助。大森左七門彦七助五郎。渕辺いがの守に
広右衛門両人。東ぬり立にて押出し。篠塚いがの守団十郎督。女楠金作。正行中村勘三郎
に一巻をわたす所大評判。松助赤松筑後み助にて錦の籏を奪ひ。中舟四人相手に
見年成立大でき義貞三津五郎。勾当の内侍半四郎。高氏妹友鶴姫山下万草。奴
瀬平門之助。三津五郎番匠柱立の所作。次に半四郎両人うないに切禿筒幹屯水上
常磐津兼太夫にて何れも大評判。多く羅兵庫之助半五郎。二ぐん目大舘左馬之助に
門之助。しづの女お竹半四郎。杉本左兵衛半五郎。幼子連て竪にこゝへ主人勇有。今作を
見て怕りし余所ながら楠の合戦の物語に落涙愁歎の所にし。団十郎薬師寺次郎左衛門
にて。可愛の物やな〳〵といふ上ク障子の出あり。上下にて庭に下部小田平三津五郎紙倉の
天徳寺の内より。種々の物出るおかしみ。納太刀小田平。親の敵と詰寄を。小山田太郎と知り
短冊の哥。ながらへばのなぞをかけて入る。後に三津五郎義貞の身替りに立所大ごき何も
評判よく団十郎此頼見世より極上上吉
三芝居一の大あたり。夜の明ぬ門からわれる程の見物いかさま八百八町が一ヶ手に成ておしてくると見へ
まする。嘸帳元にもお悦び。殊に三升丈を手に入られしはおはたらき。うけ給はれば帳元へ去にお方よくと
三ツ升を贈られし狂哥に〽ひゐき升評判も升入も升。合せて籠に金は三つます。ト評判記にて
あり。市村麿吉端森栄楠」備備後の三郎兵衛。長沢新左衛門幸四郎なり。勾当の内侍
北てふの前茶之丞。義貞と小山田太郎宗十郎。梁生左衛門広次。楊名之助彦三郎大坂
の宮多見蔵。小原神子。実は女三の文のから橋のぼうわい羽左衛門大結団羽。津部氏三甫右衛門一
七蔵改名也此乙女の名は先
孔明に茶五郎。何れも大でき。二十両目にげいこ此花一郎瀬川乙女十七日
路考百庵といふ者と相談にて
天津乙女と改名あるへきに極りしか
伊歌田善義競督母模様
程なく身まかりぬ夫ゆゑつけしといへり
仲蔵。繋刈お仲里好。大伴黒主泰の大膳武虎団蔵。小野の小町に生嶋大吉。侍女
おみなのへし常世惟裔親王と。桂民部之助紋三郎。荒巻耳四郎に又太郎四位の少将と
沢村四郎八郎
□□□□□□□
盤谷五郎
改名して
同二ばんめ関土この門番与助実はしなのゝ助よし峯
三代目八百蔵
中車
門之助誂名新車
といふ両人春狂言
孔雀三郎四役とも大でき○此節三升例の好る事にて
八百蔵はい名中車
時宗の荒事を戯れて桃青芭蕉翁の草菴に桃桜あり。門人に其角嵐雪あり。と申
されしはふるき文にも見侍る。予が門に二ツの車あり。天に飛行するを新車といひ。地に轟くを
中車と称ぶ〽二輛ながら女のひける車にて。音は百里に五郎〳〵となる。
安永九十年春中村雄。初紋。曰曲頼輔頼」祐経と景清団十郎。祐信と鬼王半五郎。まん江
ごぜん金作。十郎三津五郎。五郎門兵助。冨士山の御師富士民部三津五郎。浅間山の御師浅間
左衛門に広右衛門。富士を殺し。女房蔵ぞの金作を返討にして。妹小雪にて半四郎敵をうつ所
大出来也。次に雁文七門之助案の平右衛門三津五郎。極印千右衛門団十郎。雷庄九郎
助五郎。布袋市右衛門半五郎。宅間元龍広右衛門。何れも大でき。三月三日より三津五郎
道成寺大当り大評判也。後に「十帖源氏におぐさ太郎半五郎。伴左衛門団十郎。葛城半四郎
なごや山三に三津五郎。半にして引込五月五日より「貞祭」団七に団十郎。一寸徳蔵門之助
釣船の三好が手五郎也市村座。梅暦曙栄五郎。鬼五郎。鬼王廣治。虎せう〳〵薬之丞
二やら也。十郎宗十郎。五郎彦三郎。月さよに乙女。団三郎こま蔵。近江の小藤太友右衛門
八幡の三郎幸四郎。二ばんめに雷鶴之介。雷電源八に三甫右衛門。跡にて菊之丞女鳴神
あり。宗十郎両人大でき。後日〽出入の湊」八木孫三郎茶五郎。奴の小まん菊兵丞獄門の
庄兵衛友右衛門。黒船の忠右衛門幸四郎。何か兼五郎訳有て口上近述舞台を引く。
森田座は墓名平智三衛)宮城野常世。しのぶと。奴伊達助二やく八百蔵。文蔵作女房
常世兄七郎兵衛と。大福岡宗六団蔵。志賀台七助左衛門。楠原不伝四郎十郎足蔵
どぜうと。秋夜又太郎。金井谷五郎善太夫又九郎。宇治の常悦仲蔵。何れも大あたり
大評判也。後に〽菅原し菅丞相仲蔵。時平に勘左衛門。梅王又太郎。桜丸八百蔵也。武部
源蔵団蔵。松王丸仲蔵にて首実検の所大評判なり。後にそがの対面。釣狐の所作を
後にかん弥
四十四日四時宗に工藤祐経仲蔵。再び伯蔵主のやくば
出し。祐成に坂東又九郎
又八十助と改
初る大でき。七月十五日より市村座駿浦陥隠坂)斯波数馬之助幸曲町。同弟采女の助に
こま蔵。斯波丘藤太友右衛門敵にて両人ねろふ。数馬女房むら荻に乙女。妹まんじや玉茶
小菊兵衛。渡辺民部早友羽左衛門。三人所作浄より操返廓文月富本豊前太夫なり。同
中の巻かめや忠兵衛幸四郎。つちや梅川栄之丞。二の口村孫右衛門に友右衛門大さに評判よし
切狂言に兼る丞。山姥と今太郎。是又大でき。坂東三津五郎養こと云に出る。その節
浜村屋大明神さま〳〵と云しより。切落に其意乗今も残る。中村座。妻辺新蔵殿内高坂
弾正と中尾でる虎二役団十郎。角刀取鬼小嶋弥太郎と竹田はる信二やく半五郎。直江に
金作浅妻に半四郎。原隼人に門之助。長坂長閑に広右衛門。此狂言はつきとせざりし
が。尾上菊五郎春より引込居けるが。大坂へ登る名残団十郎取持にてまことに江戸の
何幸一世一代とて忠盛感義菊五郎となせ。由良の助也。師直薬師薬師寺。おかる母と三役
松助塩谷割官と本蔵二役団十町。定九郎平右衛門武三役半五郎。お石とおその
二役金作。おかま半四郎。勘平と石堂二役門之助。若狭之助と九太夫二役助五郎右衛門
廣右衛門。かほよ御前久米次郎。小浪万茶。力弾に吉次。伴内三甫蔵。可竹小松本大七。
伊五仙国産助也。何れも大でき古今の大入大々当り。梅幸悦びの餘りに。
小六月とりあげられし扇か将尾上梅幸此ほつ句を摺ものにして出す
団十郎口上に。梅幸名残狂言大当りの段中村殿の金銀星といふ。其頃金銀星といふ
目出したき早出ると沙汰しけるゆゑ見物の請よし。九月九日より始大当りにて。見物は両側の
桟敷。土間切落に飾りしを。舞台に六間桟敷を拵へ。道具仕その置どころなく。平ぶたい
同前にて狂言を勤る。十月十七日まで桟敷付辺漸其日千秋楽の所へ役者附を持来る
此夜吉側のごとく。顔見世入替り従者寄福兼五郎方へ集り。それより楽屋三階へ入る。
寄初まで興行の事古来先ざる事といへり。されば元文五申年市川ゑひ蔵鏃五郎
大島にて矢の根蔵といふ蔵を立。芝居にありしを又此度修復して虚目蔵と呼びし也。
□□□□□□□
浜町元矢之倉
黒田
廿一日
花咲屋新之助
扨又栄五郎は京都へ登り。四條山下八百蔵座にて顔見世。其時菊旗挙座附口上に。
去五月廿日に退座せしを堺町より頼といひ。団十郎取持の訳口上に述し故。茶屋の喧蘭
中居が前垂まで三升の紋を付しとかや。同八月森田座紀白穀四条源刀奴仲平仲蔵。
桃井隼人団蔵。佐々木主斗の助八百蔵。三上源内左衛門勘左衛門。女房やばせ常世。二ばん目
中橋のおまん里好。京橋のおまん常世也。其後団蔵実盛と酉平評判よし。顔見世中村
雄禅翻錦杜競上総五郎兵衛忠光団十郎。六十六都の修行者実は諸西八郎仲蔵にて
両人だんまりの幕大でき。団十郎伊勢平太。のひら敵にくてい。後に手塚太郎光照と成
所よし。平の宗盛宗十郎。仏御前あやめ。池田の宿の朝顔半四郎。上総助景清に八百首
衛士の鶴平仲蔵。常盤津兼太夫浄なり色映紅葉章仲蔵布袋の所作大評計
二番目弥平兵衛団十郎。為朝と見出しの所大当り。石像の不動団十郎。せいたる童子
八百蔵。こんがら童子宗十郎。一の大詰蔵やか也。同市村庄は弾高松賀輔佐藤次信様本
今の坂東
此丹前の所作相勤る
幸四郎。田代の冠者こま蔵。次信一子鶴谷に坂東三田八
三津五郎也
オノヨイ言
黒塚御前羽左衛門。暫の請飛騨の左衛門助五郎熊井太郎忠基門之助。しばらく大大
初舞台より
花うりお茶実は大和国小女郎狐菊兵丞卿の君下り中山冨三郎。よし絶参
二十五年目也
門之助。四郎兵衛忠信三津五郎。武蔵坊弁慶羽左衛門浄なり十二股君範音富太夫
太夫何れも大でき二ばん目伊勢の三郎幸四郎。尾形の三郎三津五郎。由利の八郎に友右衛門。
尾がた妹八重垣半四郎。しつとの所よし。小溝の地獄ばゝ下り市川宗三
右断断
改名也
同森田座
時江蔵初雪嵐雛助下り。渡辺丁七唱菊地惟弘二役猪の早太忠純と。出至徳院な蔵。
与助女房おせきと。巖島の天女に常世。丁七女房しらゆふ久米次郎。平清盛と越中の
次郎兵衛三甫右衛門。皷の判官紋三郎。田原又太郎に彦三郎。難波の次郎又太郎。上総の
七郎景清善善太夫坂東又九郎。何れも大でき大入なり
◯嵐氏の伝に曰。嵐三右衛門とて大坂根生古来の太夫元株。六法は家の藝。これ江戸
にては丹前と申す也。元摂州西崎新平といへる者の子にして。三右衛門或時。小夜嵐と
いふ狂言にて当りをとりしより。嵐〳〵と呼ければ。夫かり自然と苗字と成今世上
の嵐と名のる者皆此家より出ざるはなし。すでに宝井其角も難波にて
諸人や嵐芝居を冬ごもり又二代目三右衛門を称美して
〽うぐるすの子は子也けり三右衛門足五允集にあり。右三代目三右衛門殿
後年新平といふ。今雛助ことは此新平弟子小六の子也。此小六は若女形極上上
士口の立者。延享三寅年の顔見世。江戸中村座へ下り天地太平記に備後の三郎妹
九重の役にて三升の素袍を着て。暫の出しかも栢筵その請也。翌年春。書始和
曽我におはつの役。此時左り巻の手綱染の模様。今も小六染といふ。其外五ヶ年の
間の狂言は前に逃たれば記すに及ばず。夫より京大坂の勤にて。明和六丑の顔見世
より五代目嵐三右衛門と改立役と成。安永四未十月五日より一世一代として山崎の
所作事。子息雛助怪童丸の役。古今の大当にて舞納時に行年六拾七歳とし
いふ。舞台の出勤凡四十二年の間。目出たく隠居して今安永九子年度命なり扨
一雛助といへる名は。小六江戸にて古栢建より俳号を雛助と貰ひ。今眠獅ことは幼名一
忠次郎といふ。性長して宝暦三酉年三斉大五郎座にて。親小六の緋名をすぐに雛助
と名乗。小六は是より杉島と改む。雛助初舞台は。後面布さらし。黒木売の所作事
一大当り也。夫より次第に立身して。程なく若女形の大立者と成然るに明和六丑年
大坂にて。双蝶々の流髪長五郎と。おてるの女形。誠にめづらしき事との評判。原にても又
右の二役勤し所。日々に評判秀て安永四年八月元服して。九月十一日より立役と成り。
一の谷六弥太と。熊谷二やく大当り。其節の句に。
〽御贔屓はかはらぬ色や男松眼碑夫より当り狂言算がたし。くわしくは
服料撰に出たり。此度江戸へ下りても紋所町といふ文字を㊁三升に直し。又弘めの口上
郷中村座において三升の致せし事。右栢筵の名付親といひ。小六当地に居住の内。今
三井幼名幸蔵。岩次郎同道にて。いづみ町勝間新水先生の元へ手習稽古に通ひ
竹馬といひ兄弟同前の因ゆゑ。此度も弟と口上に述る事を。
〽ありがたや江戸絵の数に冬至梅眠獅といひ贈りける其返しに。
〽顔見世やとかくあらしは当るもの三升かく当りを祝しける中なりし。
同二番目○戀女房を逃卒と。重の井二役雛助大当り大入狂言の作意めしき故。春何ぞ
有べきと見物待し所。年内京都へ登りし事残念。二代目雛助江戸にて大当りの次第。次の巻
に委く述る「安永十丑年一春中村座。市村座両町類焼す。森田座陽春吉野越記へ祐経に
国蔵。十郎役三郎。五郎に彦三郎。鬼王勘左衛門。朝比某に坂東熊十郎。谷武兵衛。京の次郎
二役又太郎。小藤太に四郎十郎。八幡に三甫右衛門。二役土左衛門伝吉也。あとやと。小姓吉三郎世
お七に久米次郎。景清国蔵。何れも評判よし。誠にて忠臣蔵七役塩谷判官。となせ。
田良之助。大鷲文吉。定九郎。与一兵衛義平也。本蔵勘左衛門。勘平紋三郎。おかる久米次郎。
平右衛門に又兵衛師直と九太夫に三甫右衛門。おその常世。若狭の助又九郎にて。何れも評判よし。
牡丹分貞発し市川団蔵石橋の所作を出し大入大評判也。程なく両座とも普請出来して
中村座富里通北町ぞがし祐経に団十郎。祐成と朝比奈宗十郎。時宗に八百蔵。大房丸尾上一
丑之助。めのと八幡に里好。同あふみにあやめ。二役のとや也。鬼王新左衛門松助。同高半四郎。
団三郎と。遍照あじや梨仲蔵。だらくして後に牛の形になる所大でき。小町に山下万葉なり。
うゐらう尭。実は七兵衛京清団十郎。跡狂言在原左衛」飛脚の忠治団十郎にて。蘭平
仲蔵也。四月十三日年号改「天明元丑年四月廿五日より市村渡春狂言一戯場焼曽我に
祐経幸四郎。十郎三津九郎。五郎門之助。景清羽左衛門。人丸姫菊之丞。あこやに七軒也。
なぎの葉市松。せう〳〵富三郎。小藤太宗三八。八幡喜十郎。団三郎麗蔵。犬房丸市川
喜兵助。はうどう丸三田八。朝比奈助五郎。二番目江戸。京大坂三ヶの津に取組三日替り。
富本斎宮太夫同豊喜太夫
富本豊前太夫同飛佐太夫三弦
同豊名太夫
富本安和太夫
名見崎徳次
与惣次
市村権
同亀次
名見崎豊蝶桜田治助作
おなつ
清十郎
瀬川菊之丞
道行比翼の菊蝶
初
市川門之助
〇三日かわり替名あらまし
かまくらや手代勘十郎片岡幸左衛門
同幸右衛門嶋田平右衛門八百屋後家
おちよ
半兵衛
瀬川菊之丞
道行垣根の結綿
坂東三津五良
日
二
め
おつま五役友右衛門。おはん母妙さんと。
在郷の源十二役三津五郎。八百屋甥
嘉十郎奴笛助二やく門之助。山わき
おはん
長右衛門
お
瀬川菊之丞
道行瀬川の仇浪
松本幸四良
の日
十蔵に幾蔵。社屋才次郎にこま蔵
げいこお雪富三郎。長右衛門女房と。
おちよ姉二役七蔵。船頭次郎八と家主
太郎兵衛幸四郎也。何れも古今の大入入夫当り。秋まて続く。中村庭秋。雪月宿の趣向にて
けいせ嶋。本権四郎と岸柳仲蔵。天竺徳兵衛兵衛と月本武忠之助団十郎契情嶋原半弟原氏印
天満屋お初里好。ひらのや徳兵衛宗十郎也。八月十六日より信由長者桂一小山利臣問屋
の杵蔵団十郎。此役親団十郎大当りの狂言。お山でござい〳〵といふ贋小山のところ大でき。
かしま五郎と浮嶋弾正仲蔵。賢つんぼにて薩嶋兵庫廣右衛門が悪事一味の根崎を穿
すまし。何れもをしめる幕あり。大詰将門の神霊まで。古栢筵の祝也。七人の小太郎。七人の
家老あり。小山太郎松助。小野のお通に里好。二ばん目三ツ戸羽やの薄雲半四郎。髪張次郎吉
足十郎。五尺源五郎八百蔵。弾正女房波の戸崎之助。さかなや日の出の五郎八郎八に団十郎。
何れも大でき。同秋市村庄一室町夥震舞室白井権八三津五郎。三二五郎兵衛助五郎。本庄一
左門と奴土佐平二役門之助。絹売弥市宗三郎。本左右門こま蔵かづら権兵衛友右衛門。
女房おせつ乙女。娘おとみ富三郎。三浦屋小紫菊之丞。幡隆長兵衛幸四郎。たいともち
さゝら三八羽左衛門。浄なり内く連理の橘大当り。今に虫売といひて流行す。此浄かりおはん
長右衛門二日替りに興行也森田屋(千本楼〉知盛に勘左衛門狐忠信久米勤る。此年
八月十六日大谷友右衛門終る秋響涼風月澄信士と深川本誓寺に印を残す。同中村座
顔見世四天王宿直著卿坂田の金付団十郎。渡辺の綱仲蔵。碓井の貞光松助。卜部の本長
門之助。源頼光沢村宗十郎。五人せりをろし花やり也。此所へ兼之丞舞子妻角にて暫の出
雀菱の振袖太刀を佩例の花道に居る団十郎始めみな〳〵引立のおかしみ有て。妻等議は
かつらき山の女郎蜘の精霊。頼光にしやうげをなさんとして。勝丸の感徳により正体を顕はす
まで拍子舞長唄の所作あり。仲蔵三立目の口幕に梅の木の洞より修垂保輔にて。髭来り
左大臣
佐の川
中五郎
仲五郎
を殺して出冠装束を装束を奪とり入事あり。後大活に契勅使となりて来り。平井の
保昌団十郎を蔵道より見て。思ひ入あつて。エゝ侭よと本舞台へ来る所手づよし。夫より和泉
式部里好が色にみとれ。次に花山院兼仁の首。贋物なりと足下にかけ。末武門之助二ヶ瀬の
源六宗十郎両人に見形され装束を引されば看辺小手すね当。黒の大広袖に成り保輔と
名乗所大でき。団十郎が肩へ足をふみかけ。女房和泉式部を取りてと我侭はいひて先帝
の法遺状を出せば。団十郎それを取よりはやく仲蔵が首を討落す所。見物のどよみ大評判
二番目品川。潟の国やのおつな茶と丞。渡辺に仲蔵。夫婦げんくみの中へ。今府にて岡十郎進一
人に這入るおりしみ有。廻国の修行者廓山門之助。渡辺方へ一夜の宿を乞ふ。定たび香なり。
荷かつぎ神田の文吉松助。渡辺仲分荷つゞらの頼光といふ書附ゆゑ中を改めんといふ。この所
三人立廻り大評判。次に門之助相馬の良門と名のり。腹切を千吉うし入に立聞やうものしゝ
上印絵の次
ば。誠は相馬の家臣常陸之助将父と名乗る故。左ありけるか我こそ良門なりと時家に
渡辺の綱仲蔵
頼光宗十郎
貞光松助
⑧
すへたけ門之助
金時団十郎
つまきゝ
菊之丞
絵の
前のつゞき
本名をあかすと。貴だいこに成。門之助誠は五位之助忠家也。汝をたばける汁略也とて。
周防の内侍兼之丞。渡辺両人に始終を語り。最期の所。夫より松助引脱いしやう大勢と立有。
栗の木又次広右衛門。三田源太又太郎。源の頼信松本小次郎。夢助孫左衛門慈太夫伝九郎也。
何れも評判大に当り。市村座都見世昔男雪離彫一しなのゝ国浅間左衛門幸の身。いせの国朝熊
左衛門。京下り坂田半五郎女占筮住士口のお松半四郎。なぎの葉御前あやめ栗嶋姫冨三郎
大江の岩戸左衛門助五郎惟高親王松本山十郎
市松
改名
磐若五郎照門高麗蔵初暫也
無どう。しのぞれい坊幾蔵。桂の金喜紋三郎。霜月十日より始り延引ゆゑか不入也。同森田座
荘暦三吉野篠塚五郎と亘新平広次面打妻鹿孫三郎に三津五郎。麦臼の所よし。
それとり三回の所作生婚の所ありて。新田義貞八百蔵より兜を清取入次に気地の宮司
五位之助。実は白鷺の精にて所作。河内の兵衛娘妻木に下り嵐此松松。勾当の内侍に
下り尾上小吉。浄なり常磐石津兼太夫にて四人所作大でき六角大炊之助。実は相模模次郎
時行国蔵。二役粟生左衛門也。評判よし天明二寅年春中村座七種猛。祐猛」祐経仲蔵二役
浜江御前也。十郎に宗十郎。五郎門之助。けはい坂の少将万ぎく。朝ひな松助にて琴を弾所
六代目
四月さよ菊之丞。小藤太広右衛門八幡又太郎
あり。腰より座頭徳市出る。市川徳蔵助
団十郎也
大磯の虎に里好。没てこの三団十郎。二番目荒五郎茂兵衛と。艾売三升屋十兵衛実は
景清也。おきくに栄之丞幸助に門之助。露の五郎兵衛宗十郎。願ひな藤兵衛仲蔵也
松助向坂甚内といふ浪人にて。舞台の柴折門に編笠着て立て居る内ぬけて。二階より
大姫君にて出る早替り。直に大姫君障子を立切ると浪人あみ笠を取る。其早きこと見物
の目を驚かす。後に団十郎助六総角に里好。意久に仲蔵。白酒より富十郎くわんべら門立一
松助浄なり江戸半太夫助六曲輪名取草朝かほせん平三甫蔵。鬼王に小次郎。紙左を出し
異見の夜何れも評判よく大入大当し也。市村野は春より〽菅原」尉平三甫右衛門。白太夫と
弥龍に半五郎。菅丞相と松王羽左衛門。其後あづま藤蔵を相手にて土蜘の切禿巫巫女山伏
の所作を出す。夫より伊達競のかき直し隅田川郷伊津舘)きぬ川谷蔵実は奴軍助幸助幸四郎。
とうふや三好半五郎。山田の三郎後家やばせあやめ。三奴妹かさね半四郎。高尾富三郎。
吉田左馬之介これあき紋三郎。比企の判官三甫右衛門。久米の平内左衛門に幾蔵。二番目油屋
お染冨三郎。久松こま蔵。猿屋町の伝兵衛幸四郎。面打がごぜ赤右衛門に羽左衛門也。切
狂言亀山染赤堀水右衛門半五郎。石井右内幸四幸四郎也。四月より狂言かわり信田信濃守組の松
信田の左衛門幸四郎。小山の判官半五郎。桃園御前あやめ。常磐井に半四郎。霞の前富三。
さつ嶋兵庫幾蔵。評判うすく切に羽左衛門一世一代の助六。あげ巻半四郎伊久に半五郎
白酒うり幸四郎。浄溜津江戸太夫河東助六所縁皆桜二の宮の姉にあやめ。異見をいふ
役朝がほせん平徳次。くわん。五郎門兵衛幾蔵。と看板出したる所。半命病気に付。幾蔵壱休
幸四郎は助六と成。白酒売こま蔵勧る。右切に羽左衛門河東節にて里神楽の所作。藤蔵
冨三郎両人を相手に勤めし也。三月より森田府は春壽壽常鳴状五郎十郎二夜三津五郎也。
工藤祐経と飛騨のたくみ団蔵。古かね買八兵衛。実は東の次郎勘左衛門。月さよ久米次郎
小藤太熊十郎。八幡三郎従五郎二番目おしゆん常世。髪ゆひ伝兵衛。実は山田の三郎に
三津五郎
大津絵の所作。津後の所作。其後三津五郎清玄火
三沢五郎。梅若丸坂東巳之助は
実子也
評判の所。風与心地あしく引込て医療を尽しけれと。限あることにや。此狂言を名残として終に
蓮台の府へ至りぬ。営功院是業観道信士天明二壬寅年四月十日俗名坂東三沢五郎
ト芝増正寺中に印を残す。中村唐八朔より伊達沢伊融離雑名古屋山三とうふや左治兵衛
団十郎。不破伴左衛門仲蔵。左治兵衛女房おちか菊兵丞一子岩松市川佐蔵。かつらきに
里好。足利頼兼と細川勝元宗十郎。山名字全と立波海蔵二役松助荒獅子男之助と
石堂内記門之助。大江の図幸鬼貫小次郎。名和無理之助大七。なんと正庵三甫蔵。二ばん目
土手の道哲団十郎。高尾ゆふ魂巣之丞。浄なり新曲高尾懴悔富本豊前太夫にて所作
一座評判よし。市村庄九郎瀬直神御伽石石川五右衛門幸四郎二役とふふふや太四郎同妹およふねや太田妹およし
冨三郎。せり川村おりつあやめ。太四郎母貞照と下部袖助に紋三郎。桂川長園に幾蔵。
魚売小鯛の源五郎こま蔵。細川政元羽左衛門也森田府は五雁金雁金>雁かね文七に中村
重蔵。極印千右衛門に勘左衛門雷庄九郎笠屋又九郎。布袋市右衛門四郎十郎。安の平兵衛
に坂東又九郎也。同顔見世中村座五代源賢振。三浦の平太夫不負の国妙と廻国の
修行者鈍景。実は安部の貞任団十郎。奴いせゑびあかん平次
市川徳蔵
改名して
つらね次に
市川海老蔵暫
しるしあり
八剱の王子勘左衛門。天竺冠者実は相模太郎秀秀綱又太郎。越後の入道鬼門三甫蔵。石塚
角之丞に大七八重機姫に一刀兼頼通の息女七綾姫市川弁之助。山栗はね平実は伊具
同断同尾上政蔵団十郎弟弟子と成改名して
の十郎松助。金の八郎為時市川升五郎昭
幼年ゑび蔵に随ひ男のうばとわ大名をいふ
八幡太郎よし家に
同十四年ゑび蔵に随ひ男のうばと異名をいふ
宗十郎。鎌倉の権五郎景政門之助万歳。才善の形にてせり出し。花道より春駒の出宗任妹
年色で丸めし
富本斎宮大工夫
二人万歳
善知鳥に半四郎うとふ
瑠花のものいふ
理対の春駒
妹やすかたに菊之丞
富本豊前太夫末
陸月恋手取字
富本豊志太夫線
名見崎徳次
同連中
次に門兵助佐佐伯の蔵人にて琴を弾ことあり。国蔵宗任にて雲上の雁を射所。松助伊主の十郎
腹切の所図十郎国妙大詰南都西大寺愛滝明王の霊像何れも大評判大当り也。市村麿は
伊勢義琵野上総の七郎景清高麗尊麗喜暫也清は内大臣宗盛に幾蔵。股舟の五郎かげ久上
助五郎難波の次郎に熊十郎也。斎藤台国式紋三郎。建春門院の侍女野の戸富三郎。同
にしき木藤蔵。同常夏芳沢五郎市。渡辺左衛門源の亘幸四町。亘が妻けさ御前里好とと
幅に下の幅の間に一段階の下の間に備えて
五代源氏之貝振袖
第壱番目
中村座
いせゑびあかん平
市川海老蔵少年五才
しばらくのつらね
〽さあはじまつた〳〵。
さんばそうから
一仕切場へ銭を引こむ
五車のひんとはねたる
ゑび奴とのべかみへ
三升が。やしよくのかたまり三大将
六代二葉のかん顔見世。其名も
いせゑびあかんべいと。ほゝうやまつて申す。
右古栢莚作
五代目
市川団十郎略之
高幅を隔て頂き幅の幅の面の面の幅の幅の幅幅幅幅幅幅
印の
つゞき
つゞき
。遺変武者盛遠仲蔵。けさ伊前の首を討雲遣に逸し見る所。それより半四年四年両人
たち討の立大評判。今にいひ伝ふ。弥平兵衛宗清羽左衛門。大詰身替り不動の霊像大
でき。森田座時花野真良亮熊井太郎と。いづみの三郎坂東又九郎。源の義軽市山助十郎契情
後に改名
みちのく山下松之丞
松秀衡娘てり葉。坂田吉太郎草苅みね松坂東三田八五人
瀬川冨三郎
所作有。浄なり常盤清芳太夫也「明三卯年」春中村座江戸佐藤化二階団十郎
祐成宗十郎。時宗門之助。二従清玄。鬼王と下部袖平に団蔵。駕舁はせの次郎兵衛
実は山田の三郎八百蔵。八幡の三郎松助。近江の小藤太勘左衛門。朝ひなに又太郎下部
軍助小次郎。吉田の息女桜ひめ半四郎。二やく月さよ。雪の下の質屋伝走三甫持
鬼王貧家の所大評判大でき。後に松に桜。浄なり団十郎がいこつの所作有。二ばんめ
花川戸の段。おしゆん半四郎。伝兵衛八百蔵。白藤源太門之介。富本連中津なりにて
身替りの所大当り。其跡菊之丞道成寺の所作大でき也。市村府は三月ゟ壽高岳天
祐経幸四郎。十郎紋三郎。九郎にこま蔵。朝比宗助五郎。鬼王広次かげ清とかごかき
嶋田の八蔵。実は久米の平内仲蔵。権組金谷の金五郎。実は軍助幸四郎。両人大あたり。
八幡の三郎女房うさみにあやめ。小藤太女房くどみ幾蔵。十内女房おきと里好。せう〳〵に
冨三郎。後に重忠幸四郎。景清仲蔵。乞食の茶の湯の所大当り。二番め柳橋の惣塚
かくの小さん里好。辻八卦神崎甚内仲蔵。下部大助こま蔵を殺す所あり。風頭五郎八
広次。町がらえ金五郎幸四郎。何れも大評判。後日羽左衛門百五十年の壽に。当四月
九代目
十三日より十日の間
市村羽左衛門
家の狂言を勤る。
寿万歳
市村亀蔵
街道下
市村羽左衛門
市村亀蔵
吾妻藤蔵
市村羽左衛門此図は一の
此図は一の
巻にあり。
中村座五月九日より「忠臣蔵名堂右馬之丞と。本蔵平右衛門三役団蔵。判官と十兵衛
門之助。郷右衛門とに一兵衛小次郎。師直と薬師寺勘左衛門。定九郎と牽頭将千蝶松助勘兵衛
宗十郎。か月よ御前半四郎。おそのお石とも三役也。おかまとなせ二役菊之丞。伴内に三甫蔵
九太夫に又太郎。桃井若狭之助と。弥五郎に八百蔵。大星由良之助団十郎。大島大入なりし。
森田座。鏡山尾上に常世。岩藤に三国冨士五郎評判にし。後日梅川常世忠兵衛
孫右衛門に中村勝五郎也。市村雄六月廿三日より忠臣蔵由良之助と初平二やく幸四郎。
平右衛門と義平広次。師直九郎本蔵三役仲蔵。となせにあやめ。おかるとお石に里好。
若狭之助と弥五郎高麗蔵。九太夫に助五郎。判官紋三郎。伴内に幾蔵。何れも評判よし
中村麿勝利権隆宗上羽」南与兵衛団十郎かどの甚兵衛円蔵。濡髪の長五郎宗十郎。旅籠
の長吉門之助。与五五郎八百蔵。あづまじおはやに草之丞。おてるとおせきよ半四郎。なり此狂言
何れも評判よし。当十月瀬川乙女三日が。間道成寺の所作を勤め。是を一世一代の舞納として。
瀬川如皐と改名して。狂言作者と成。右後日壬花堀堀作討
討にする。生四郎二役娘おせいにて。敵助太郎にめぐり逢ひ。淀堤にて囲蔵討るゝことあり。
市村座は〽けのせい帷子が子」大鳥佐賀右衛門に幾義弾牡丹の香欲を盗み来り。髪結八兵衛
の才三にこま花が。宝盥の中へ隠し取れるおかしみあり。天竺徳兵衛仲蔵。団七九郎兵衛
広沢徳兵衛が旅人を殺し。一軸を垂とつたるを髪結床の内より見て。両人討寄さんと
切合ふ所へ約船の三ぶにて幸四郎。開帳の札にてとゞめる。徳兵衛女房おたつあやめ何れも
大てき次に道具屋孫右衛門徳次。娘お仲冨三郎。手代伝八熊十郎。清七に紋三郎なり
義平次助五郎伝八にたのまれかはせの金子の間違を清七が科也と打擲し。次に助五郎と
広次泥仕合小舅殺し大でき団七女房おかぢ芳沢かほよ。二番目徳兵衛忰岩松に
芳沢吉十郎。実は三韓の太子ゆゑ金閣寺の亭へ擒とし。男禁制の札を立るところへ
白杉子姿にやつし入来る東鹿子娘道成寺前浄より常盤津兼太夫長崎松永忠五郎
所作去しそみて鐘おりる。十六夜坊広次名月坊幸四郎。祈あつて鐘上ると。唐いしやう
にて天竺徳兵衛とは仮の名誠は唐士の臣下相夫官と名言にて。先帝太子を抱き現
出る。鱗の揃の捕手蛇形にならび花やり。大てき評判よし。森田座秋狂言休。顔見世堺町
葺屋町類焼に付。市村座仮普請にて興行車懸寄軍配山本勘助と長尾照虎二役
仲蔵。直江大和之助と。浮世与之助二役宗十郎。大和之助妻福花常世。村上よし清言。白狐
の神松助。仲蔵。羽左衛門は義照にて。三人初髭奴丹前。浦なり富本連中なり。勝頼に一
彦三郎。竹田春信広次長坂長周に勘左衛門。娘九重にあづき藤蔵。村上貞膳貞村にて
三代目坂田半五郎
坂東熊十郎
改名なり
同日本何れも評判よし木林田府は小野駿照長右衛門
小野風流斎。実は孔雀三郎。土器師丸太夫実は紀名虎幸四郎三役也。有道の娘井筒
にあやめ力士三郎助五郎。とび団子寺杵八と。磐善五郎高麗蔵。伴のこは宗義義。猿
まはし三作。実は五大三郎教三郎。大伴黒主森田勘弥惟仁の舎人百夜丸木の田勘次郎。
此時三田八
「同元元丙寅年」「天明寅年」春中村座春中村座苦句請出来顔見世狂言を始る肇后勧進帳」
改名なり
熊井太郎忠基団十郎にて暫。平少納言時忠中嶋寛蔵。猪股の小平六松本小次郎
両人清也。富樫の左衛門と。三篠の衛門源八兵衛。横川の覚範団十郎鷲の尾三郎海老蔵
源の義経八百蔵鈴木三郎門之助団十郎五人せり出し。浄なり吾端街道忠重橋
常磐津兼太夫。三弦鳥羽屋里長。岸沢式佐。次に八百蔵江田の源蔵女房円の戸に
里好。身替りの所上使富橋の左衛門鳥眼にて鈴木の三郎門之助源蔵順切の所にて
皺を打ての愁膽。鶴賀の郡領宗三が持し玉鶏の印を取かへし殺す所何れも大てき
二番目御頼堂扇折の幕。女形大勢居並び娘おつぎ実は伊勢の三郎妹浜萩に
半四郎。扇折おかぢ実は官女玉取里好。扇折おたつ実は鎌田の左司娘花その菊之丞一
盗賊の張本三条の右衛門。実は伊勢の三郎に団十郎。鎌田の庄司を手にかけし時肩先に
疵を受妹にかくまはれ。手下の者外科いしや。三ッ角銀菴大谷侯八を長持へ入連来たり。
妙薬を聞。次に下女おたつに打かけし手裏剣。松かげの短刀を證捜に。浜田庄司が娘親の
敵と茶之丞つめ寄。伊勢の三郎と名乗。那酒の与市に八百蔵。日の丸の扇の看板へ矢
を射かけて出。玉虫が隠し置し宝釼を見だす事あり。着屋小六門之助。令袋五兵衛に下り
嵐音八
八年ぶりにて
聟入に来り。おつぎにきらはれ。下女おたつを口解とて。金を井戸へ落し。
江戸へ下りし也
裸に成り。井戸へは入り広八。綱蔵。相手に引上らるゝおかしみあり。何れも大当りにて。正月晦日
切の所二月朔日より右狂言の跡へ景清牢破りを出す。此狂言は明和七亥の春。父五粒一
始て勤夫より安永七戌の春。三升勤る。又今年三月朔日観五粒終りて今年七年忌
の追善として団十郎勧る。重忠門云助。夢はんじの長兵衛実は三保谷の四郎と二役本田
の治郎八百蔵。岩永左衛門宗三。女非人おみね実は井場十蔵女房いわせに里好あとや
手四郎。大入大当りにて二月廿四日まで興行也追答のほつ句を扇にかいつけて。
一叱られた顔もなつかし雉子の声五代目三升
同森田座。初暦間雪我祐経幸四郎。祐成紋三郎。時宗こま花。あこやにあやめ。願ひな
幾蔵。せう〳〵富三郎。じんまの小兵衛実は宇佐美の十内助五郎。祐経出し鳥の血汐汐
呑て唖となりしゆゑ。十内腹近切戦鶴の血と合せて平愈させ。敵と名乗らせる所よし。
閏正月廿八日より。三柳徳次郎下りて。夕霧の役。伊左衛門に幸四郎。其後梅川忠兵衛。おさん。
茂兵衛二日替りに勤る。浄なり富本斎宮太夫也。何れも評判よし。市村殿へけの藤原川富士
京大坂二の替狂言の趣向の半殿附。景清。京の次郎八幡の三郎。和田道玄四役仲蔵なり。
秩父の重要。鬼王。祐成。三級宗十郎。月さよ常世。工藤左衛門に松助。和田の義盛に半五升。
団三郎徳を。朝ひな又太郎。仁田の四郎と番場の忠太廣次なり。羽左衛門百打がごぜ
亦右衛門にていろ〳〵の面の形をうつす所妙也。宗十郎紙屋次兵衛。仲蔵石橋の所作。何れも
評則よろし。三月五日より中村座。曽我娘長者祐経団十郎。祐成八百蔵。時宗と願ひな
二役門之助也。大房丸に半四郎。そがの二の宮に菊兵衛船の内の所作評判よし。満江御前に
里好。祐経と互に我子の愁胆。妹背山のやはし大でき。鬼王と宝三郎二役団十郎。月さよ
葉之丞まつ宵半四郎。大振袖のお六。実は京の小女郎里好。三人の出合大評判也。二番目
半四郎門之介。おはつ徳兵衛道行おふさに菊兵衛。田舎女也。常盤津兼太夫涼なり
六月十八日より
千本桜忠信
土用芝居始
妻がさね也。後に八百蔵助六大当り。役割は略す中村座が
女房信夫と狐二役菊之丞。権太女房とすしやめお里半四郎。義種と権太に門之助
小金吾と弥助久米次郎。しづか御前富三郎。其外中役者にて勤めし所。いかなる訳かや一
せんじんさくら
七月十五日
千本桜宗十郎飛入にて忠信狐二役勤る。義軽紋三郎。敵や
より同狂言
兼之丞門之助両人休仕
弥助と張平八百蔵。権太女房とすけの局里好川越太郎音八川連法眼小次郎安徳
天皇海元蔵。いがみの権太。弁慶横川崇範団十郎也。後日狂日狂言」天朝卿紙屋次兵衛に
宗十郎。きの国や小麦半四郎。てん海坊音八。粉屋の孫右衛門八百蔵。大でき。九月より平四郎
大坂登りの名残葛の葉の二やく大当り。安名宗十郎道満団十郎也森田座反伊藤反狂言
〽徳女房鷲坂左内と逸平幸四郎重の井三榊徳次郎。けい政こま蔵。八平次慶蔵也。
後秋へ稲妻堂の入舩し中村仲蔵飛入不破の伴左衛門。かつらきに三斉徳次郎伊達を持廻たる
狂言伽羅の下駄を枕にする事あり。名古屋山三幸四郎大でき後に幸四郎大坂へ宅名残
「孰袖二錦紅福清幸四郎。かし也徳次郎。お半富三郎。長右衛門幸四郎。何れも評判よく。大
当り也。市村座石代替に付秋狂言休。中村座願見せ〽大商蛭小嶋」股野の五郎団十郎。川潟
の三郎宗十郎。まん江に三榊徳次。股野県維袖助五郎。真田の与市八百蔵ゑぼし折お原
中村久米次郎
三柳植二風折に里好江間の小四郎義時佐の川市松
頼朝に紋三郎。伊藤入道に
改名なり
広右衛門。二番目地獄谷の清左衛門坊主団十郎。手習師近正木幸左衛門宗十郎を頼朝
と悟り。源氏をさみし義朝の白骨にて打擲するを。掌左しつ扇に懸といふ字を書て戸羽の
なぞに。鳥羽の感寝けさ御前の物語。落涙して団十郎文学と名乗。源氏再興の院宣
近わたし立訓れる所大でき大評判手習子娘実は時政息女政息女政子の前万葉下田のお詣
これより相座けいづ
里好実はかまだが娘清瀧にて政子を伴ひ頼朝の隠れ家へたづね来り。
一の次二印へつゞく
Atununununununununununuiununununununununununununununununununununund Lindinund und
謡物
馬揃
那須よいち
那須と
與市
大藪一挺
蒙御免此度
歌舞妓芝居座
興行仕候
天明四年甲辰
霜月朔日ヨリ
座
元
桐長橋
桐氏家譜
越前国幸岩小八郎弟子
幸岩與太夫
伊豆国大場村ノ住
與惣太夫
与太夫實子
与惣太夫弟
忠八
後法躰真盛ト改
重右衛門
五右衛門第
男子無レ
女子長桐
重右衛門娘
是ヨリ女子ニテ代々相続
犬桐
長桐娘
坂桐
犬桐娘
坂桐娘幼名千桐
桐大内蔵
御當地え罷出寛文年中於木挽町芝居興行
後中絶
大内蔵
大内蔵娘
桐長桐
今般於葺屋町從當甲辰霜月朔日一
歌舞妓大芝居興行
元祖與太夫至天明四年二百四十五年ニ成
けいづの前
のつぎ
祝言の盃の所。幸左衛門女房辰非に徳二郎。嫉妬の場あり。廣右衛門長田の太郎にて
に十郎外に殺さるゝ所二階せり上大道具蔵やる也。市村座名代替り相長相と成裏東小町横
出羽郡司小野良実船人灘蔵二役仲蔵。おのゝ小町兼之丞。荒巻耳四郎下り中村十蔵
盤善五郎にて門之助しばらく。文屋の秋津尾上松助。二役橘の逸成しやくまく僧都に
中村此蔵にて。塚を堰て骸骨を行蘇生させる。松助亡者の形舞台にて替る細工也。
大評判。それより暫の請。大江の岩戸左衛門又節。孫の俊成に三代目半五郎也。頼風に
彦三郎。女郎花富三郎。玉章に弁之助。蓬生に常世。下部和哥平実は泰の大胆
武虎廣次。大筆八町高麗蔵。二番目南北地蔵のぽん八牛かい追分の又助半五郎
町いしや山井善仙大谷徳次。ゑんまの長右衛門広沢。小原の黒木売おたき弁之助八瀬の一
黒木売およめ瀬川冨三郎なり。浄なり積恋雪関扉常盤津兼太夫連中也
けいせい墨染瀬川栄之丞四位の少将宗宗貞市川門之助。関兵衛実は大伴黒主中村
仲蔵也。何れも大評判大当り也。藤田左衛門曙艸肇天安政大友の皇子勘左衛門刀士三三
大伴黒主仲蔵
すみ瀬兼之丞
久米次郎
久米次郎
佐の川市松
行政小次郎金輪五郎
改名して
後に
荒五郎め
かつらき綱田照宗と。松岡三郎に八百蔵
此形見世下り役者間に合ず中村岸より。市松八百圓両人二番目を勤る。一番目に市村羽左衛門
出勤御土産狂言信田今様舘今授狂言会金時に松本小次郎。附り浄瑠璃動縣
幼稚問答切充ざとう。朝ひ祭。橘太夫元家ト四役市村羽左衛門并。歌上なり老若松
千歳藤今禄狂言貞光同五郎時宗二役森田勘弥也「天明五巳年」春中村座「初化観そづ
慶左衛門と。そるの十郎に宗十郎。五郎と鬼王下河部の行平が娘白菊三駅八百蔵。月さよに
里好。朝ひ奈に助五郎。団三郎と満江ごぜん紋三郎大磯の虎三桝徳次。小藤太に広右衛門。
八幡三郎と傀儡師でゝろく六兵衛実は東の次郎団十郎にて。八百蔵葱売宗十郎。柳徳
一ばんめ
富本豊前太夫富本豊前太夫富本豊前
六音
四人にて所作。先年雷蔵勧し通り也。浄なり忍懸柳桂男起。
斎宮太夫同安賀夫三絃名見崎植次。同喜惣次也何れも大当。二番目まぼろしの長士口
徳五郎。金神長五郎に紋三郎。両人前髪の男立にて。隼の佐四郎宗三おそめ三篠助太郎
をひつ立んとする所へ出。蝶づくしのぜりぬがりて荒事おはつに万葉。徳兵衛に八百蔵。長蔵
に宗十郎。松屋のおまつ実はあこや祐次郎。油屋九平治団十郎。やす敵にて徳兵衛に殺され。
早替りの景清此狂言木場の親玉の勤めし通り也。三月七日ゟ室町堺擁鐘堂不破伴左衛門
と山名字全国十郎。名古屋山三と狩野野哥之介光倍宗十郎。三十石の後向ある狂言也。
かつらきに徳次郎勝元と又平八百蔵三役。古手屋八郎兵衛。おつま里好。浄より坂町骨
四辻富本齋宮太夫獨吟にて大なり。同市村羽左衛門一世一代の狂言三ツ人形の所作大入
中村座ふたい
大当り也
〽同春相付「重重言葉厳敷一祐経仲蔵。二やくちり塚の権祐成と吉野屋
はかりて勤る
酒楽実は吉田の下部軍助に門兵助町げいしやおみやと。曽我の二の宮。五郎時宗栄三丞三
役也。賢時宗彦三郎と。高麗蔵両人。鶴やお秀。大磯の虎常世。大ほう丸と。宿屋中間
とつき権助に松助。朝ひな喜八猪首四郎兵衛又太郎。同さよに藤蔵。かぢ原平渡に大谷
徳次。京の次郎に中村十蔵。二役八幡の三郎也。近江の小藤太と赤沢十内又法師梅忠
忠右衛門広次也。後日茶之丞五菱化の所作。白酒売。助六。耶鄲。羽根禿。石橋此内
則白禿の評判よし。次に茶も惣お七にて。江戸太夫河東浄なりにて。夜の編笠の所作勤る。
瀬川富三郎。大谷徳次両人相手也三月廿四日ゟ江戸江戸佐団七絃団七に伸蔵。徳兵衛門之助。
おかぢとお辰葉之丞。琴浦に孝世道具屋孫次郎彦三義平次女房おでん松助伝八に
音は。奴わに平又太郎。家主の三ぶ半五郎。玉嶋主年十蔵也。中村雁菅原菅丞相一
宗十郎。同秋雑剛深累詞羽生村与右衛門。後に山本勘助八百蔵。女房かさねと二やく
高坂弾正に団十郎。竹田勝頼宗十郎。村上崎清助五郎。妹玉園姫里好。けいせい田毒
三林徳次郎後に「日本山地鑑」木の下兵古八百蔵。春永宗十郎。武知に団十郎也。跡にて
つぐれの錦丁兵藤次郎左衛門宗十郎。非人土手場評判よし。桐座不代加曽相浦卿海賊玄湯
の灘右衛門仲蔵。はかた小女郎子小之丞荒川蔵人中村十蔵雷兵伝之助と松屋惣上にい云助
みさほごぜん常世。柴葵彦惣に孝三郎。嶋村弾正に松助。鬼が黴大八にあらし音八。小倉
伝右衛門又太郎。かみゆひのおきん藤蔵。けいせい玉浪に富三郎。女順礼おまんに弁兵助一
船頭ひがきの五郎兵衛広次。同後の五郎兵衛に半五郎。転多の半九半九郎にこま蔵。南辺
の呼出し晴天八助に徳次。此狂言。仲蔵崎。けぞり九右衛門のかたにて奢の謎の所。法に
贋勅使の所。持手大勢雀踊の形にてたて有。大評判。同顔見世中村座。阿部祐陽源氏伊豆
中村仲蔵
御門御鎌倉順礼太郎は悪源太郎七実は悪源太郎七郎左衛門
改名なり
の順礼長兵衛。実は長田の太郎景宗中山小十郎
義平八百蔵。熊野順礼十段。実は小松の重盛宗十郎。三人出合之所大評判。後に小十郎
本石八丁礫の紀平次。祇園の火燈の形にて花道へ行。跡より宗十郎重盛にて烏帽子
狩衣の形。おだまきを持衣の裾入糸を付ひかへ行。舞台は広次赤ぬり立に上下の形
難波の次郎経遠にて出る。八百蔵悪源は忍びの形。何れも闇の仕うち。だんまりにて立廻
あり。太刀を抜ば雷鳴る。四人みへの拍子幕大でぎ二ごんめ浄なり風曲江戸妓富本堂本堂前太夫へ
相勤る。あんばいよし由兵衛八百蔵。神崎遊女なにはつ常世。七ツ松の娘呉竹冨三郎。小松
の重盛宗十郎。奴嶋平伝九郎。万地が妹千鳥。後に鎮西八郎為将中山小十郎。六人所作
大でき。此とき仲蔵忰万作改名して中村仲蔵と成る。
○伝に曰中村仲蔵実父は由ある武士にて浪人の身と成深川辺に住ける内。妻は長病
にて幼子を捨身まかりける。年月を送るうち朝夕の狼に尽纔なる為して江戸町々
ば。かの幼者の手を引連て其日〳〵をくらし。吹玉町川岸に居酒屋の有ける。是へいつも
此酒屋は人形つかひ
辰松六治の兄なりし
来りて心安かりしが或時酒屋の主に向ひ恥
いふ様は。母もなき忰ふびんには
存候へども。我身のかせなれば。いか成方にても養ひくれ候人あらば御世話頼みいるといふ
生賃よき男子なれば。幸ひ元祖中村伝次郎妹後家にて踊の指角し居たるゆゑ
一生ふる国と極貰ひける。それより彼親いづちへか行けん。酒屋へも来らざりしとかや扨養母
は漸四ツ五ツの幼者を育踊なと教るに器用なること人に勝れ。九ツの年。二代目の中村
伝九郎弟子と成。中村中蔵とて股はへ。此如此銀杏の葉を付顔見せら勘台にて
ふり附伝次郎弟分と成る。こゝに又中山小市といふ者。めりやす長唄にて芝居を勤る。
元は新吉原蔦屋の何某が二男とかや。右の後家方へ入夫と成り。唄に合せなどして
志賀山塀の踊を数ける。いつの比にや市村座より中村座へ入替り。給金弐拾両にて勤る
番附に小市といふ名は。中村御観類にある改さし合あれば。名を改よとて。中山小十郎と
更る。扨年月送る内養父母も過引中蔵は中役者の部に入ければ。杵屋喜三郎娘を
妻とし。数十年餘の修行の内足といふ立身もなければ。商人にも成べきやと思ひし事も
ありしとかや。又も芝居を勤る辺には。子供の躍指南して。夫婦諸とも世をおくりける。
時得て日〳〵に評判よく。出世狂言は前に連るごとく。此顔見世中村府鈴金千両にて
相鎮極る。此時こそと。養父改名の小十郎にてと仲義改中山小十郎。紋も
付る。此道において亡父へ孝養とも手向とも。此上や有べき。扨又自分借金年来の
滞金三百両。余も有けるに。貸方の人々を招寄。此度私親の名に改申に付。御願ひ
御座候。只今まで私名面の借金。親の名面に負せ申すは不孝にも当申候。残らず
の儀出来申まじく候半か。其所少々御用捨頼入といふ。皆〳〵篤実なる事を感し
且は年来の滞利分もある事なれば。何れも納得の上半金請取。皆海の書付を
出しければ。仏前へ備へて。かゝる大令を取役者となる事も。偏に御養育の御影と。
涙ながら礼拝せしことを。弟子中村此蔵語りき。此以前より実の親のしるべと尋ん
と。仲蔵深川六間堀に住居の時分。いとまある時は弟子ともを連深川中の寺院
無縁の石塔を尋ねけれども。知れずといひしが。幼年の時何ぞ心ぞ心覚有けるにや。毎月
八日にぼた餅。或は団子を拵へ修行者鉢の僧に揃待を出しける。生得正直なるもの
なれば。以前狂気したる事も有し故。此度も慢心の餘りに改名せしと沙汰有けれど。
誠は右の次第なれば一年此名を付て。元の名に帰る奇特なる志ゆゑ爰に記す。
相座は四方の狂歌連より。団十郎へ幕一張遣はす。花やりなる顔見世男山娘源氏藤原の
仲元二級箕田の源吾広綱団十郎督也。請は花山の院第一の皇子。夕労の大臣に松助
楊石之助在風半五郎。官女空蝉の内侍と。佐理卿の息女初音姫柔之丞。平井の保昌
門之助。花ぞの姫に山下万葉。仲光が弄ふせやに藤蔵。渡辺の綱中村十蔵。妹雑富三郎。
源の頼光
尾上紋三町
坂東三津五郎。忠文が一子壬生次郎忠道海老蔵。卜部の季武こま蔵
改名して
山姥に葉之丞。軽童丸金尉門三助。柴苅杢右衛門。実は足柄山の山神の化現図十郎なり。
浄けり四天王大江山入常盤津兼太夫。連中二ばんめに相勤る。何れも大でき大角也。木挽町
森田座は顔見世休なり。天明六午年辛春二町まち両芝居とも又類焼雪清中村座出来
一さ浅は高橋鹿野堂。山嶋団次兵衛宗十郎ふぢやあづき三桝徳次郎。道行色のいの字富本竹大
太夫にて所作評刹よし。跡五月十一日より忠臣蔵」天川屋。師直。定九郎。石堂。四役小十年也。
判官本藤宗十郎。由長之助勘平母八百蔵。勘平徳次郎。おかる常世。平右衛門廣次。九太夫へ
広右衛門様猛勘平当り也。相座は四月十八日より天飾壽當哉古那新左衛門と。祐経奥方岩菅
ごぜん団十郎時政おゝ方尾上のまへと。夫磯屋の忠越兼之丞。男立隠れ家の茂兵衛と。阿波
団十郎と
の太郎重吉。此度下り松本幸四郎
中直り海
入稲野や半兵衛門之助。白柄十右衛門松助。あげはの
長吉こま蔵。駒鐘弥左衛門半五郎。うゐらう灸本名景清団十郎。大日坊宗三を殺し。かゐらう
の荷を背をひ立退んとする時。死骸起上り。どろ〳〵にて後がみを引戻す。同十郎ヤア日本無双
の七兵衛京清左引とゞめんとは事おかしや。化物めおれと一所にうせやらがれと花道へは入る。宗上引
づられて行所見物大笑ひ也。一番日祐経団十郎。祐成二代目三津五郎。加
後に荻野
伊三郎と成
時宗にこま蔵
鬼王に松助団三郎門之助。朝ひな半五郎。小藤太中村十蔵。何れも大評判なり。同五月ゟ
忠臣蔵」ば出す。森田座は花御弘恵そがし祐猶助五郎祐成彦三郎。時宗勘弥。後に座本
勘弥。娘道成寺の所作大評判大当なり。中村辰六月廿三日より「夏祭助松主斗二役
一釣船の三ぶ小十郎。一寸徳兵衛宗十郎。団七九郎兵衛広次義平次又太郎。お辰に榊徳
おかぢに市松。おなかに冨三郎。評判よし。相座。室町女文章不破伴左衛門団十郎。なこや山三
幸四郎。かつらき葉之丞。男之助に門言介。赤松政則松助。此狂言八月十八日より少しのうち
にて。休中村府は十月朔日より祇園女御弥正平慶次平の忠盛宗十郎。平太郎八百蔵
おりう常世和田四郎に又太郎池殿御前市松也。此時中村座大小の舞。三番叟志賀山
に相預り一流にて此度十代目寿に付中山小十郎相勤申候○昔の花を男弁乱曲の文字
この絵は
次にしるす
をあらためて。白拍子昔男今様風流大小の舞。寿世嗣三番叟が
次にしるす
○大小の舞
といふは。中村座寛永の比いにしへの白拍子嶋のせんざい善の前。舞かなでし男舞姿にて
一トさし舞て後舞台において紅をもつて顔を濃取。剣ゑぼしをかむり。舌近出して三番叟を
舞ふ。堂上方にては是を猿馬鹿と仰けるとぞ。されば子供の翫に
しうちわと
絵のつき
見せて顔かむりと。昔は梅売ける。今もへかこ凧といふあり扨又志賀山一流とは後
へつゞく
三月三月三日
一玉町世両二十一丁
志賀山八袋
中山秀万作
中山六代目
相勤申候
三
丹
髭
初
圓
古人
旭朗井勝川春章画
汲壺勝川春亭
挙写之
若太平
中村伝九郎
中村七三郎
同
ゑのまへ
つゞき也
人には癖のある物。それをしがといふ。其振をしがといふ。其猿をして。人のしがから
さき見へてといふ言の葉もあれば。かくは名付しとかや。市作は諸人に通ふことば。士農工商何れ
も其所作あれば也。出家の数深はくるも。所作をくるといふと秀鶴語り侍る。相座顔見世
〽雪伊豆晴楊。平時忠仲蔵。泰の始皇の装束。唐冠にて暫のうけ。三浦の荒次郎にて
団十郎暫なり。つらね次に記す。此時小十郎を元の仲蔵にかへり。大坂表へ来春登る故
顔見せばかり出勤。後寛嶋物がたり有。おやすあづま藤蔵。小がうの局瀬川冨三郎也。
亀王高麗蔵。伊藤次郎に広右衛門。有王丸半五郎。深山の喜蔵に十蔵。なめらの兵
団十郎也。何れも大当りなり。此時団十郎白井婆々にて奥へ入り其首を切て上下蔵
やかなる形にて。北條時政の早替りの出有。此時の狂哥に
三階はかたく女中を禁ずべし。生死流転の早替りして。先道のつらね
此こゝろは。かくやの三階へは女中をあげる事を禁ずれども。時として上ることのり。又寂量
と違ひ裸になり。見苦しき支度も有ことを述し也。同一番目浄なり規用曲暗解解し
平少納言時忠
中村仲蔵
第壱番目
三立目
「伊豆軽幅場
しばらくのつらね
相座
団十郎
自作
三浦荒次郎義澄
市川団十郎
芝居年戊巳
東岸西岸の柳は遅速同からず。南枝北枝の梅は開落既に異なり。雨露宿雪の恵
には。周く宇宙山林の潤せり。其山林に飛行なす。神装自在の天魔の親方敵役の物挙
寺へ。賤別のため暫と。一声かけて又今年も。素袍烏帽子のきそ娘なんと皆さま。久い物じや
ござりませぬか。古左近以て新出る。出合頭も五年振御念の入たお尋に名乗て聞せるよつく
聞。事も大蛇をはり殺した。桑盞鳥尊より。八百代の後胤力瘤の入道前のわん。はく大丈夫
鍾馗大臣とは行合兄弟。げんらう地神はまた従弟。戸隠大明神の告子にて。当時英雄と
呼れたる三浦の荒次郎義澄といふ色若藤衆惚たら御ざれなびくべい高野六十郡智八千
四十九は信濃へ嫁入の談合。誠に陰陽和合楽秀鶴万亀万亀戸はへぬきのしやつ
面あはせ。天竺震且蝦夷韃靼。三千世界をおつからげて日本顔見世の始と少し敬白
つらねの
つらねの
前のつゞき
常磐波兼太夫連中にて半五郎。門之助半四郎。三人の所作大浄判大当り。同中村座有
「雲井権吉野壮士一皇利尊氏大塔の文の亡霊尾上松助。金冠白衣にて。大森彦七広次嘉賢
立にて。両人せり出し。次に淵部伊賀守又太郎。高橋九郎小松本小次郎。須田次郎左衛門
中嶋勘左衛門。氏家中勢重国市川俊義。此四人西東両方より置ぬり立対の上下右替
同へ
にて。出暫の請也。篠塚伊賀守貞綱にて市川八百姓婆なり。かげゆたま門女房白妙常世紀
篠塚伊賀守貞綱
市川八百蔵
一雲拝花芳野荘
第一ばんめ
三立目
しばらくのつらね
一
中村座
同文化十四年代記
東夷南蛮北狄西戎四異八荒。天地乾坤のその間に。武備。逞き市川の。清き流れば
受読で。我にて名苗字三代の。貯をあらはす三升の紋有べき人の如ざらんや。夫須弥の
西天王は。多門。持国増長。侯目頼光の四天王は。綱金時貞光季武当時和歌の四天王一
は。頓阿。慶運浄弁。兼好。こゝに官軍の惣大将。新田左中将義貞が四天王は。畑亘理
栗生篠塚伊賀守定綱。足利家にも今聞は。四天王のおつかぶせ。重扇の色悪にて。
尾上と位に過のぼれば。類を奪る友鳥。勘左衛門物こそ中嶋の悪みを松本山次来歴
いふに及ばぬ赤つ百。向ふ面には坂東一又類なき兄たち。弄ておいて今そこへ幾蔵抔
とおしきせの。せりふもいかだ養者の。暫ならぬじだらくに。育られたる兄弟も。おとゝは丸に
いろ奉仕。兄は三升の農事仕。つらねもきまるやおさ丸屋。広治お江戸のお取立八百八町
八百萬。一番太皷かぐら月。天の岩戸の顔見世と。ホゝうやまつてまうす
八郎。楯帯刀正行中に十郎。八万歳にて二人楠大でき。杉本作兵衛坊主実は宇都宮公綱に
つゞき
松助。弁の内侍。信田の小女郎狐。下り嵐村次郎。四人弟二ばん目所作何れも大評判大当。
ともへごぜん
浄瑠理
河内塚本
和泉信田
細振雪吉野拾遺富本母宮太夫相勤る。森田座。女武者菊森彌巴御前
と大明国ゑい王の姓実は阿波の傍従に柔兵衛。横間の中将と。手塚の太郎光盛の神
巴御前
大印へ
つゞく
武田勝
第壱番目
三立目
巴ごぜん
瀬川
菊之丞
しばらくの
つらね
自作
森田座
○しばらくのつらね
瀬川菊之丞自作
伝聞范蠡は責を収て。扁舟に棹さし。謝安は功を辞して孤雲に鞭うつ功成名遠
て三代目。鐘もいづれ御贔屓の深き御恩のいく瀬川流絶せぬ清和氏木曽左馬の頭源の一
義仲公の御内に於て。巴といへる伝馬もの。てんと此身は直の字にごりを打て木挽町。かい〳〵。
しいやら動かしの。森田へ今ぞ初舞堂。かたちを写す荒事仕四角な役の角〴〵氏。橘の
素袍もかりそめに。捕しや袖のぬしへ。思ひ行しはぬ。難儀を一寸数々書コレしよせん
仮名はぬ二ツ文字。邪見の角文字折まげて。候べく候にさら〳〵〳〵と。ツイ恙なふかへす書抱く
書も細くと。山くいふと夫こそは。くつと一筆示しあげ。其息のねを封略。命の玉章たへ〴〵
しく。此世の賊を鳥の跡。うきめを水茎標返し。縦目の放れぬ其内に。巻納るが御念もし。
こつちも折角清めもじの。何茂さまのお叱と。まはらぬ筆の長文はくどふよしなに御くみ下
されすみより墨までつらりつと。かず〳〵重ねお取立。其ね真砂の潰村屋と。幾千代
万未永ふ。くれ〴〵ねがひまゐらせゝ。めでたくかしくとホゝうやまつてまうす。
せりふ
葉のつゞき
勘弥二役なり。樋口の次郎菊光助五郎。木曽義仲に下り中村吉三郎。あふい御ぜん
下り尾上久米助権の頭兼老山科四郎十郎。新宮の蔵人行義下り嵐龍荘也。斎藤吉
国武二代目三津五郎。二十両目ゑの原村のお浜。実は弁藤吾妹山吹菊之丞。百姓福作一
実は斎藤吾三津五郎と石田の三郎為久龍蔵。雑兵の形にて早打のさみつ大評判。一
前浄瑠理。義太夫ぶし戯場の所。兜にて飯を焚ことあり。勘弥。茶之丞。龍蔵此三人にて。
後は
浄溜里
龍頭城源氏豊竹越後太夫三絃野沢庄蔵相勤る後浄酒理聖容形麻衣富本
豊前太夫三弦名見崎徳次打勤る。此顔見世森田座役者不人なりしが。大評判大崩。
ひとへに路考の手柄といふ今年霜月顔見世従者附より。富本豊妻太夫鶴の丸の紋を
如此改める。世の人さくら草と称す。
同同小屋新之助
歌舞妓年代記巻之六畢
撰作淡洲楼馬馬
松高斎春亭
石原駒知道
浄書
文化九壬申年孟春発兌
河内屋太助
書林
大坂
八文字屋八左衞門
江戸鶴屋喜右衛門梓
浜町元矢の倉
黒田
□□□
狩
花江都
歌舞妓
年代記
四篇
壹
壬申春
新板いへ
廿三
花江都
歌舞妓
年代記巻之七
東都
淡洲楼焉馬著
同同又花咲屋新之助
天明七丁未年正月ヨリ至二寛政五癸丑年霜月ニ七年ノ間ヲ記ス
「天明七丁未年」正月十一日より桐長相座「梶原源太景李と。かげ清二役団十郎
工藤左衛門祐経門之助
此春初
役なり
九月さよに半四郎。上総の五郎兵衛広右衛門。岡三郎こ満蔵。北條
時政と。山伏須楽院半五郎。大磯の気万薬。いざよひ爰蔵。太房丸ゑび義。そがの十郎浅尾
為上。時宗こま蔵。朝ひ奈能次。いせの小原太兵助也。正月廿五日ゟ林田屋花蕃田曽長氏
大磯の鹿葉之丞祐経と。願ひな助五郎。祐成中村吉吉三郎。時宗に三津五郎。太ぼう丸龍蔵内
後に茶之丞磯町松
を出す大入大評判。中村座「大銀本帳元永鬼王新左衛門と切通しの地蔵の五平次大谷の通儀也
奴妻平宗十郎。時宗と団三郎八百歳。国行娘おれんと。けはい坂の少将村次郎こしの上昇卿
常世。工藤祐経松助。その部の左衛門市松。すけ経妹うそ室中山冨三郎。鎌倉の刀鍛冶
團九郎に又太郎。三ヶの庄の大夫近江の小藤太勘左衛門。安寿明光蔵蔵封王丸大谷徳五郎
此狂言薄雪。三庄太夫を入。三郎組そがの趣向八百花村次郎帯引あり後に八百蔵助六。常世
ゆげ壱坪判にし後日一けいせいせいせい此」唐金茂右衛門広波の茂右衛門八百蔵。小田泉之助
宗十郎中居おさん常世。横雲大膳松助也。二ばん日里の子浜千鳥の千吉大谷徳五郎同
万吉松本米三をりこと姫冨三郎けいせい大淀市松。又以後おいと村次郎。いづみの助宗十郎
一文奴びくに。碩人せうわる和尚。松助。三役の所作以上七人也浄なり乱咲花色衣常盤津大和
そまへにて何れも大でき。桐屋都昌弥生涯」こまぎ清玄半四郎七なんげ大評判。中にも門出
春駒これを誉る。後に万女房重の井に半四郎。又忠臣蔵団十郎由良の助を勤る。秋
中村官。今川本領貢入船」仲秋宗十郎笹の才。蔵廣次。山中鹿之助八百蔵。小ふぢに常世。今川
太兵衛松助。磯貝実右衛門廣治。二ばんも宗十郎。出斎。おさん茂兵衛。浄なり道行評判にし
相座は天谷徳藤慈蔵龍。天竺徳兵衛円十郎。宵寐の仁助門之助。三勝万葉。半七こま蔵
此狂言先年の通り外に三勝道行に長作門之助。女房お岩半四郎。常磐津浪なり仍て
一四人の所作評判よし。森田座忠臣蔵判官と。勘平二役三津五郎。本蔵に龍蔵。由兵助兵助殿。
師直勘弥。おかさと。となせ兼之丞三役。力弥大でき也。顔見せ中村座雪白梁橋鈴木佐のゝ
源左衛門幸四郎。足軽回茂五兵衛右衛門廣治。時頼四郎十郎。浅原八郎半五郎。幸四郎梶木売
の出。次右衛門に頼まれ今様の役人と成女商人水仙のおせん村次郎と。ともに夕男伊左み門の
所作。浄なり富本斎宮太夫也。夫より武部源左衛門こと見顕され。時頼の取立にて。本領安
堵の状を貰ひ。上下衣装蔵やかなる所よし。鍬右衛門と百姓伝蔵に助五郎。両人拾ひたる金
の出入に伝蔵を悪と見あらはし宗寺親王中嶋和田右衛門が進めの酒に酔臥たる侍にみせ
松下の禅尼小次郎。赤星太郎助五郎。両人が悪事を悟り。名鏡を取返す所大でになり。
此時生酔の内なまゑひのねたに
後に桜木に春次郎。梅が枝に冨三郎。松が枝に市松。三人に戯れ
雪をれはなしといふ錦紅しやれあり
三人の願書を取て引さき。火鉢へくべ鉢の木の趣向。次に池の中に死骸あるを悟り。別左に
盤の中へ入て池へ浮め。赤星が裾の切たるを見咎め。きめ付る所大評判次に小太郎に。
後に中村
大谷徳五郎
に切腹させ。惟康親王の身替りに立る所。見物袖をぬらす。佐野の
伝九郎也
兵衛に幾蔵。白太夫の思ひ入あり。孫の腹切の愁腹。此松言桜田治助大評烈也しが従者
少き改か不入残念。趣向面白く一番目三立目。六條の左近狐。彦三郎狩人跳民の運籠。
大谷鬼次。両人所作。色見艸古巣玉垣松水忠五郎起杵屋佐吉同和吉也。いつれも
大でき同相座三部庄睦の花嫁へ佐野の源左衛門団十郎。二階堂しなのゝ助に門之介浅原八郎
広右衛門。源左衛門女房しろたへ万菊。時頼の御台みたらし御前藤蔵。信具の次郎よし成に
三津五郎。青砥五郎弁之助。秋田三郎妹たかたと岩井久木三郎。冨士左京之進小中村
十蔵。まねば。道文福大谷徳次。二番目浄なり春待谷諸声常盤浄文宗太夫相
勤山賎実は毛利左衛門政高嵐繁蔵。放鳥売五郎古。実は大内之助氏安市川こま蔵一
日本回国の獅行者。実は浅間左衛門。則正団十郎。駕舁山本のおよさ。実は冨士が娘
梅がへ草之丞。同山かげのお松。実は浅原八郎娘や元賤半四郎。五人所作大でき大入なり
岩井久米三郎此顔見せより出る。評判記に曰。此度初舞台杜客丈の娘御ざりとは右ほらしい仕一
出し。やんがて岩井の名を上ケ給へしあり。扨こそ後に江戸根生。若女形の大立者となる。森田左一
顔見せ(児房郡高松)佐藤次信宗十郎。佐藤忠位八百蔵。二役那須の与市にて角
かづらの暫。四立目に尾形の三郎三役也。瀧口三郎に中村吉三郎。契情横笛岩井喜代太郎
かるも。
大和太夫
大和太夫
あはの民部尾上雷助紀の九郎に音八也
此所浄なり所作常盤津兼太夫
改名なり氏はいはい
改名也
改名なり
改名なり
まなべの藤太大谷広八。上総七郎かげ清かん弥女の童茶王に常世也。松助玉直御前にて
悪女形暫の請よし。二役能登守のり軽。群高松のもとにて漢兜の出立花やか也。宮つこ
しのぶ山本
の女を見とがめ。菊王と名のらせ義袴の善君を渡し。次位が女房信夫を殺す岩並ひ時に
時に
〽岩の悲也
血汐の穢にて懐中せし内侍所の飛去を。宗十郎次位にて鏡を袖に請とめ。大夫黒の馬に
うち気欠出す一山のり程の射る矢。右の腕に立を引抜入所大でき。後に安芸の太郎。次郎と
名乗。兄弟味方に来り。両人碁を打せらるゝ所よし。兄弟くら闇にて鞘ながら太刀打あり。
松介
なり
次に矢疵の脳より次倍と見顕され切腹と偽。のり経験
琴をひく内兜と長刀を奪ひ
屏風を飛賊立のく所。宗十郎。八百蔵。松助大評判也○中村仲蔵大坂。京都にて狂言の
伊利記。天明七未年春。中村仲蔵大坂中村久米太郎座にて正月二日初弁藤誠として
泰時三番叟を勤。しばらく狂言の稽古に掛り。正月十一日初日。けいせず桜城砦といふ名行
にて黒幕落たる所庵に無言がの行いがぐりかづゞ白きひとへにて股に縄を巻岩に鹿猿のかばね。
をかけ。胸扇をもつて岩を打割てい。其行方のたらざるゆゑ。又巻物を口にくわへ。修行の所へ裏等が
敵に取まかれ来るを見殺しになし。其血汐を岩に穢し。又羽散をもつてうてば。岩割るを悦ぶ
仕内。そのうしろへ捕人かゝる。印を結へば。皆〳〵立さる。それより手下の者来り。大内義隆屋も
よしいふにかなづき。花有の行列を檀下に見おろし。鉄砲をはなし。思ひ入あつて幕なり。誠は一
尼子三良言久なり。次に菊地の館へ。松浦監将と名乗。上使にきたる所。上下いしやうさはやが
なり。次に足利家の稚子を奪ひ。擒となし。磯の松浦監物三椒大五郎来たるゆへ。肱あらはれ一
寄らば。権殺さんとて。ゆすり〳〵抱かへらんとするを。大友宗林に呼かへされ跡へ戻り。宗林が悪事
を悟り。今宵限りの命成りと。宗林が人相を見て取終に菊地の家をくつかへし。かの稚子を連帰
らんとする時。我家来勇介が諫言をせんとするをけちゞし。悠くと帰る所ねづよし。後に高雄山奥へ
市川
二親のゐはいを出し諫るゆへ発起し。出家せん
団蔵
にて非人の姿にて稚君を擒とし居る所へ勇助せ
と誓ひを立髻を切しゆゑ。勇助せをひたる箱の中より唐冠冠装朱を出し先祖は大明皇帝
の末と物語る。夫を以てゐる内より。冠装束をゑし先祖を知つたる上は。今改めて謀叛人と成て。
天下を覆さんといふに。勇助おどろき切腹するを。苦もなく是を討落し。その姿にてにを抱きたる也。
中〳〵江戸より上方へ定る役者。前々よりの中に漸三四人の内こと。思はなゝ十年ほど待たかひあるとの
評判なり。次の替り二月廿七日より「千本桜いがみの権太三口の街の場大津判。切は女房
の着物にてかど鳴下駄にて出よし。後手負に成りて少しめいりて。古風に見へると評判右後は
狐と成て。襖の延道具にて初めの忠信の陣羽織にて出。夫より引ぬきにて白説に玉の館也。
後の仕内評判よく物かたりの内。めりやすに乱調を遠くきかせ其仕内今まで。かゝる忠信は
なしと天入大武り也。四月十八日より忠臣蔵田良の介。定九郎二役。是又大入大保判也。前に
鹿の子勘兵衛九月十五日より「娘小松」後寛嶋物語評判よく。次にお功徳兵衛の杉三次
麻田惣次の役教興寺の場。愁ひ深く上手と評判。大切碁盤人形にて箱より出て。
わんかへ
わん久中村仲蔵
廓九日の小袖
まつ山中村のしほ
まつ山
又一日は
一代奴
一奴江戸平中むら仲蔵
梅紅葉浪花丹前
なにての中村久米太郎
一代女
お梅
右一日替りにて蔵やかなる所作事評判よし。夫より京都四条東芝居にて未十月廿六日より
額見世浪花梅魁千本楼忠信の評。併大坂にての通り故くはしくは申ませぬ。去とは和らかもて
拍子のきくことも大体地芸はちと叮嚀なる仕込み当風上方にては古風なる様なれど。所作
にかけては続く物はないぞ〳〵。道行にけいせいの道中より。万才の所作。しづか。料を引立ての仕様
むつくりと和どかに拍子をさかす所。きつと答ます。さすがはお江戸の立者と。みな〳〵感心致たて
〽この狐忠信となつて静が切かけるをぎやうさんに驚かぬ所はこせつかずしてよいぞ〳〵
川東狐の姿をあらはし衣指衣をぬぎ捨て。はしり出て座す所はきれいな事。芝原よし程ゟ
鼓を貰ふ時悦ひながら。義経静か顔をとつくりとながめ誠が誠か偽かといふ場を考る仕内。夫
より口にくはへ持出。親子のしたしみ深くして。後に親獣より。一山の衆徒押寄ることを知ら
するを聞取り。物語る思入も新ちしくよし『見切者に入王体物語の内。乱調を遠く囃させ
下手にては決而出来ぬ。きつと手厚き仕込の芸。一替り計にて跡興行なく。去とは
残心〳〵防取江戸表にては実悪をおもになされたれば。当地にても武知光秀と。ものくさの
伴左ろといふ物を見たいと祈おる事で御座る「聞此度の狐思信は。眠獅も。富子も及ぶものじや
ないぞ〽上末誰くも三五郎が面願に似たといふが。常行の出法は梅堂の様なあんばいが有ぞ。当時是
ほどな手だれものは外になし。きつと見をさへがするぞ〽中末たつた八日で芝居も休みに成て忌残念く。
頭取曰」夫は何か内證に限事のもめ合とやらにて。一座の衆中大坂へ下られしゆゑ。ぜひなく休に
成しは残兵。評判ゆゑ次第に入も。出てへる所秀鶴丈のお力落となる。どふぞ一年しつぽりと勤
させ。手厚き所が見たいと京中の残念大かたならず。先初登りの大評判。お仕合〳〵。夫ゆゑほうびに
黒太上上吉に致ましたいまひき」チヨンきリ嬉しいぞ〳〵右はその年。京大坂の評判記を写すもの也。
天明八申年」十云江戸中村座契情吾妻鑑一けいせん八重梅中山富三郎。花紫に村次郎。うづく権兵衛
助五郎。箱根の畑右衛門広次吃にて腹切の所大でき。白井権八宗十郎。ばん渥長兵へ幸衛町。
富三郎。芳沢五郎市。宗十郎三人浄なり。一節草斎宣か船。富本斎文太夫。家根舟にて
語る何れも所作大評判也。同春相府へけのせい恨せが一工藤祐経団十郎。二役ゑんつう七兵衛
実は謙七兵衛京清也。重忠の奥方衣笠ごぜんと大磯の尻茶子丞。景清女房があこや半四郎。
二役けよひ坂の少将也。祐成三津五郎。射馬にと伊豆の次郎高麗蔵。鬼王と八幡の三郎二役門之助
小藤太子龍蔵。月さよあづき藤蔵。赤沢十内徳次。老子の日せ川亀吉。同小松岩井久太房左衛門左衛門
市川弁之助。うゐらう売どらや藤吉海老蔵。樋口の庄司兼遠浜右衛門。そがの満江中村半蔵也。
浄
瑠
理
富本安和太夫
おそめ
久松
浮名の初霞
富本豊前太夫
富本志名太夫
富本豊名太夫
弦
名見崎徳次
亀次
八五郎
喜惣次
おむめ
久米之助
世噂翌雪解
常盤津造酒太夫
常盤津文字太夫
一常盤津奈美太夫
弦
鳥羽屋里長
里桂
式佐
岸沢
岸沢式佐
惣吉
同二ばん目右狂言二日替り禰日お染垂之丞久松半四郎。久米川に徳浜。久兵衛に龍蔵。二日目
お梅半四郎。久木之助茶兵丞。あら物屋佐四郎と。禿の宿玉屋与次兵衛団十郎。津田庄助と
行革門九郎こま蔵。山家屋清兵衛と。角刀取玉の井林平門之助。同故牛短吉徳次なり。後日
一廓通居続。楠不伝広右衛門。秋夜門云助。奴三門平三津五郎。熊川三郎平龍蔵。萩原民部之
こま蔵。百姓万右衛門娘お嶋半四郎。おいた菊之丞由比が浜の常悦団十郎也。森田鹿田雄伊賀越し
股五郎と。母鳴見松助土役也。誉田内記八百軒。唐木政右衛門宗十郎。一子巳之助森田勘三郎。若党
武助かん弥政右衛門女房おさねに道世也。後に雛形稚曽我稚曽我二五度祐程勘弥一万丸そがめすけ
祐成勘次郎。刀屋お花喜代太郎。半七に吉三郎。鬼王松助にて無間の忠しあり。あこやに
つね世。大日坊に勘弥後にしの不売の所作。常盤津蘭太夫浄なりにて。大でき大評判也。中村座
秋狂言高尾太郎神楓垣渡辺民都と。足府や仁平次に広比。雷鶴之助に幸四郎。足利願兼
宗十郎。高尾に村次郎。仁木弾正と。戸平に半五郎。めのと杉が元市松。うす雲に富三郎足利一
鬼貫に大谷鬼次。薮いしや味曽高満に松本小次郎。何れも評判にし。宗十郎尾の
幽魂にて。鬼治。幸四郎三人所作浄なり。女郎花恣の初穂富本斎宮太夫勤る。同桐声は
高原嘉太地開帳。荒獅子男之助重光片桐弥十郎。薪屋惣八。足利頼兼四役団十郎なり。
けいせい高尾。下女おその大場宗益娘きくの井。げいしやおしづづ四役茶之丞。政岡の房羽生の
きく。げいしや小さん勝元の奥まゆみ御ぜん四役半四郎。女之助と。彦惣。熊田源吾兵衛門と
仁木弾正広右衛門羽生の与五郎と。植木屋文蔵こま蔵。とうふや戸平と。般若院万河野龍蔵
巻之七
BINA
、電話が、
UDILUNTOLONT
NOLENTELOENOECO
(11
NONONTE
IIIMANEU
IDINININIST
おきく岩井官四
アー
こま蔵
同一一一一、一九一、一、一、一、一九二
(11.114.24.
TATELINILINILINILININENENERISTELERIENEREERISERININERIRILIRINELEETETENENENITILINININELINILININETEL
■東北北
きくの井
瀬川菊之丞
八幡の巫女ゆふしで万葉。藝着寄野藤蔵。茶の井妹小はぎ久米三郎大だち左馬五郎に
弁之助。関取雷鶴之助徳次。浮田の尼金吾三津五郎。景蔵うりお松冨三郎。足利鶴の丸
海老蔵。半四郎かさねのやつし何れも大でき。後に菅原半四半四郎菅丞相なり。又牛田町草
慈童の所作を出す。木林田座は休也。顔見世中村座唐相撲地江方駕舁吾妻の千四年に
幸四郎。実は真柴久吉也。駕かき難波の次郎作。実は石川五右衛門仲蔵。嶋原の契情文車が充
たより松本米三郎を。駕にのせ。浄なり戻駕色相肩常盤津文宗太夫同造酒太夫同
兼太夫にて三人の所作大当今に流行す。あんばいよし丸や五郎兵衛廣須。小田春長門之助めのと
やどり木道世。森栄丸こま蔵。武智光秀半五年。あいごの権万菊。鳰照始富三郎。二條
の蔵人松本小次郎。片田の小菅淀五郎。太宰の祐丸鬼次。武智十次郎大谷徳五郎。佐賀下
後中村
伝九郎也
幸四郎午の利久にて。石川五右衛門に仲蔵。盗人と茶の湯の所大当り也。丹波の小雪に万菊。小田
春忠沢村清五郎。何れも大でき也。此形見世評判記に大上上吉立板松本幸四郎中村庄
相座仮
志賀山一流
惣巻軸至極上上吉
市村座と成。相座にては其前年の
中村仲蔵中村座
白拍子
芝居替
顔見世入替り番附を。鳥居清長筆に画せ絵馬となし。浅草観世音。薬研堀不動二ヶ所へ
奉納なし今にあり。顔見世市村座。源氏。田憲橘三浦の荒次郎義澄団十郎暫也。清には
左大弁国広松助。北面の侍平左衛門の尉重国嵐竜蔵。源義経吉三郎。政子の前藤並頭末
の三郎娘小雪久米三郎。馬士わしの三蔵に海老蔵鶴が渕の児鳥善丸尾上栄三栄三郎右浅尾
尋十郎下り。山伏行満院女順礼柳が浦のお岩半四郎。同八しまのおふねに菊兵衛忠之丞廻国の
修行者快山と。鈴木三郎重家三役団十郎。三立目に四人の拍子幕あり。次に岩瀬御前新蔵
あつま
出て四ツ竹節にて立の所作大でき木曽
卿の君の喜代太郎を殺す時に。景季女房小嶋女
藤蔵
幾時に彦三郎。石田の三郎為久又太郎。衛士の又平浅尾為十郎。同福作団十郎。友之進
女房おたき半四郎。昌仁長太徳次。化物やしきの思入にて所作。浄なり今様御伽噺富本連中
にて依れも大でき。二番目大坂下り小竹太五郎兵為十郎。軽わざのおもひ付あり。松助角兵衛
獅子金五郎にて相手に成口上あり。此軽業俄狂言のごとく。古めかしくどつとせず。次に平山
将監に持蔵。難波友之進に彦三郎。女房お岩半四郎。為十郎土檀の一所大でき同此形見曲
日本
一惣役者
評判記に。大上上吉実悪浅尾為十郎大至極上上吉尚
市川團十郎と有。森田座
冠首
人呼雪士田音蔵順にて田音蔵順にて七有んげの所作あり。其外は略す天明九酉年」中村座
春江戸冨士陽曽我一五郎句五日替り。廿五番続と看板を出し祐経仲蔵。祐成に幸四郎べく
○五人男年始のつらね
雁金文七
高麗蔵
極印千右衛門
門之助
布袋市右衛門
広次
雷庄九郎
仲蔵
安の平兵衛
幸四郎
〽御台にしたがひ取あへど。手染の上に下にひつぱるは是を手見せに御用の深もの。
所持仕り。現金安義正礼附出見せはすなはち両替屋一鯛屋籠や鮫鯉と。ぽうぼうの御御
をあわせか魚問や〽魚油は勿論白絞白絞り胡麻荏の油菜種のあぶら榧くわけ。〽そのほか
乾物青物は。八百いろでも御請合。〽御目印はもがり竹。暖簾にきろかり雁金文七。〽呉服の御
用も山川屋。両天秤の分銅の印に極印千円門丸〽文差万別人こゝろ。かんらい我等は子供好き。
其名も布袋市右衛門水〽市はもちろんかと附の雷門の油売その名も雷庄九郎〽次は神田の
土もの店料理のあんじは安の平兵衛
印の
定時宗門之助。此対世駒狐の所作仲蔵再び勤る。二両目に五人男上下にて年矯礼の所蔵
やか也。後に足軽甚五左衛門に幸四郎げいこおてふ大谷祐五郎。同めてふ松本米三郎両人にて。筒
井戸同の所作大でき浄かり由縁の雛草堂津連中也。其後仲蔵病気に付。おそめに門之助
久松にこま藤。野崎の久作廣次。浄なり右同断評判よし。あたけ大日坊門之助。二やく稲荷九郎大一
あたり也。後。桂植天神利生鑑」重忠に幸四郎。富士左京之進みる廉蔵。浅万左衛門半五郎後磯貝
実右衛門幸四郎嶋川太平半五郎磯貝藤助こま蔵。敵討評判よし。市村所藤伊賀原原信濃守様
祐経団十郎傾城舞鶴菊之丞にて対面の呼出し時宗半四郎。三立目箱王にて牛篭九の形一
箱根山にて剣術修行の所。宇佐貞左衛門松本鉄五郎。大勢にて取走所へ。団十郎景清僧正
坊の見へにて押出し。荒事あつて頼王に即可の一巻を渡す所大評判。祐成に宗十郎也仁田の
四郎彦三郎。近江の小藤太藤右衛門。阿野の法橋橋禅祥に松助。八幡の三郎中村吉三郎。むかでや
六兵衛嵐龍蔵。千葉の助常胤為三郎。伊豆の次郎小竹五郎。告司坊徳次。和田が三男小林の
朝日丸海老義。伊場の十蔵に又今年。鬼王新左衛門為十郎。女房月さよ薬之丞。鬼王娘お国
勝川春好画
春亭写
□□□□□□□□□
半助郎。身替りの所何れも大当り。此狂言為十郎大評判にて。江戸狂歌連中ほめ言葉の敵一
を集め三升訥子杜若。路考奥山。此五人の錦絵を勝川春好筆にて摺物五百枚を贈る
談洲楼催主にして前書ありて
のぼりまでひひゐき〴〵の二ツ引丸にあたるとえらひ紋じやぞ烏亭焉馬
見物のいるやあたりのつよ弓は為朝ならぬ為十郎かな将蔵前の代地道頼
木高しや奥山ならぬあづまにもげに花道の上の鬼王俵小槌
見物もわれ市村にあさおきて鬼王入の人は奥山万多老登志頼
ことしから江戸紫の色にそみてすごき椿○灰のあく方朱良菅江
餘は繁多なればこれを畧す。二月十三日年号寛政元ある。同二番目男立法聖武寺法聖武兵衛
五十郎荒五郎茂兵衛団十郎。江戸町づくしのせりぬ古人四代目団十郎の通りにて両人大じん大坂川
このせりふは
大坂に葉之丞。宗十郎。浅間が嶽の浄瑠理あり。大切に茶之辺相す獅子石橋の所作有
五の巻にあり
大入大当り也。此正月元日舞初の折柄団十郎口上の節。舞台にて狂歌をよめる。
あさをきてせがわか水のいわゐそめとしのはじめにくめやくみます花道のつらね
五月五日より「三十石盤の始)信田の左衛門暗之。二役淀左近之助団十郎小山の判官と関口
平太為十郎。信田の奥真弓御前と。筑波のおたね栄兵衛。鹿嶋勘三郎と。神道源八字十郎
源八女房みふねと。御頼堂のおくみ半四郎。白原帯刀彦三郎官龍軒に廣右衛門桃山
郷左衛門松助栗坂権平龍蔵。老女を殺す早ひかり評判よし。契情九重に富三太刀姉
小磯久米三郎。左近之助妹きてふ喜代太郎。今夜の狩人高作海老蔵。牽頭持小市升五郎
冨三郎三人。狐釣の所作あり。木幡屋杢兵衛徳次何れも大出来六月替り忠臣満殺し
由良之助団十郎。九太夫松助勘卒と。十太町宗十郎。おりゑ半四郎。矢間喜内しかま
宅兵衛。次郎右衛門と三役為十郎。力弥ゑび蔵。おくみ喜代太郎。大入大当り。後松兵梅川に
曽兵丞。忠兵衛に宗十郎。孫右衛門に為十郎。何れも大出来也。森田岸は当春より休也
中村摩夏狂言平家評判記阿波の民部に幸四郎。近藤判官判官幾蔵。平清盛和田左衛門
宗盛にこま蔵。切株の蛇蔵鬼次。かけすりのお百に富三郎。両人長唄にて。八朔梅の
所作大でき大当り。松王ごてい弁之助。丸屋五郎兵衛実は亀王丸広次。女房お安に常世
次郎九郎に善次。はせべ長兵衛信連門之助。なめらの兵に座本中村勘三郎。小野の局
山下万茶。有王丸半五郎俊寛一子植寿丸中村七三俊寛嶋物がたり。仲蔵大でき
大評判跡にて仲蔵。幸四郎米三郎戻駕色相肩。常磐津文宗兵衛泊油にて
前の年の通り何れも同し役にて勤る。後日にこま蔵半七にて。お花に万茶道行の上なり
を出す同壽世嗣三番叟大小の舞。仲蔵天明六年十月勤し通り。二度目なり。此時
白拍子と勘三郎より免許を受る。其由縁よしを需に応じて述れは頓に勝川春章章筆
を探りて書画ともに記せしを一ひらの摺物となせるを。こゝに華写す。
一秀鶴なるもの壮年の頃より妓芸の所治にこゝろにし日はそす
をいたりなく。此道の修行におゐては麓の墓ひちより。志賀山の峯に
いたる。件古島の干歳和哥の前者なかれを汲て。都浪花の戯場に
名誉を顕し。にしき着て女児の顔尺世も江都の評判はいふも更也
同十二人ノ三十三月三才三月三才三人
されど病ひへいにして。暫しも出さりしが。醫師の験ありて。本
一腹の寿をなす。暁やことし。先祖の年回にあたれば。法延をいかにを舞
と。いつも鼎足の反たる。勝門春章と。不陰に。是を問ふ。誠に終を
慎しみ逮を追祖を祭るは禮なり。又あらたまる魚見せのよろこび。
繁栄相続もゆたかにすめる。御代のおゝむかけなれば。肝幾千代
も。さかへやつかめ翁とことふきになして。御贔屓の貴語に
いれむこ所。としころの本懐たし翁と。此章に
幸にすゝむるもしかり
烏亭焉馬述
元祖中村伝九郎七十七年に相当ル
元祖中村傳治郎六十年五代目杵屋喜三郎三十七年
五代目明中山小十郎三十七年笛中村弥八十三年
三代目中村傳治郎七年
二代目中村伝九郎後八代目中村勘三郎十三回ニ相当ル
三ヶの津志賀しひやうしひやうしひやうしむやうしひやうし神や
又あした芦て江戸の瀬の世白草秀鶴
城忍両記逢
今や其季節にはあらねと
恋しき時は鏡をり見ると
いふ古ことの身にしみて
七代目
白拍子七枚
第三味線
白拍子
中山小十郎
八代目
三味線
同断同杵屋喜三郎
白拍子
四代目
中村伝治郎
黒髪其
要と
つもひや
江戸志加貝山一流稽古所
三ヶ津
白拍子
中村仲蔵
元祖ゟ中村伝治郎え預置申候江戸志賀山の所作中村仲蔵江預置申候
寿荘三丁両更三ヶ津首尾尾能相勤其印持参仕候依功代々世継之下三浦
白杉等為相名乗角芥雀之定役遣申候十一代目猿若中村勘三郎
五十年
秀雀相談友
万多老としる
白拍子
九代目
志賀山勢い
七代目
三味線
杵屋はる
六代目
白拍子
中村さな
三ヶ津豊尾夫修行仕此度又々日出度舞収申候
古来法式男女所作稽古看板差出申候偏二御贔屓
被為上を以家業相続仕候義難有仕合奉存候得共
中村沖蔵
市村座盗賊隆斐美勝憲仁木弾正為十郎。神並三左衛門と二役なり。契情高尾と。しづの女おみや
菊之丞賊のおおつゆ実は山鳥の精霊と。雷妹おたに半四郎。足利よりかねと名和共利之助
忠継宗十郎。白川主水彦三郎。山名宗全金彦右衛門。桃井権磨守安国松助角力こり鳴神
峯右衛門龍蔵。うゝ水女房関の井富三郎。下部伊蓮助ゑび蔵獅子男之助植次。とふとととととととととふや
戸平と細川勝元圀十郎。何れも評判よし。後に山姥草兵丞。怪童丸為十郎勤る。森田麿秋
任会休み。中村座六月十二日より「青柳硯一経基の御台茶の上に常世。女郎花に富三町。
道風幸四郎。とつこの駄六歩五郎。よし実こま蔵。女房おまち万葉。龍木仁助幾蔵也。
切狂言〽阿波の鳴門」蛇河の図八広次。玉木左馬之介に門之助。阿波の十郎兵衛に半五郎。
女房お弓常世。娘おつる米三郎。何れも評判よし。頼見世中村屋。小町村芝居正月五代
三郎幸四郎小野小町栄兵衛。五位之助兼道門之助。深草少将監善善五郎時綱三役なり。
大友真鳥。黒主。園寺の大刀目ばゝア二役尾上松助。日本堤の九郎助狐こま蔵。紀比名虎
半五郎。発せん売おさつ実は生い崎の小女郎狐菊之丞。浄瑠理理蔵色香諭娘家中
豊前太夫三味線名見勝徳次相勤何れも大評判。此時市川弁之助改名して市川勇蔵。
孔雀三郎成ひら二人兼道の壱人なり。二番目獣や柳原の五郎又幸四郎。黒木勇右衛門殿
のお里条之丞土手下の大屋太兵衛門之助。契情小野照屋の冨主常世。関取村殿の草元丁
高麗蔵。しるこ餅正月屋正兵衛。実は紀の名虎半五郎也。市村左衛門。御子弟平親王
将門団十郎。比兵蔵の鷲蔵。実は藤原の純友為十郎。両人淫叛の所。山門のせり上。下に
牧野荒太郎時純に広次赤堅立にて上下花やか也。何れも大評判。黒木売お綿半ゆら
源の経基に彦三郎。上平太貞盛宗十郎。御厨三郎将頼新龍蔵。八雲の皇子和田右衛門。
嶋原の惣入情七後半四郎。富三郎。喜代太郎。春次郎。桃吉万代源太郎七人おなし名名
けいせいの出のり。二番目秀郷宗十郎。伊賀寿太郎秀十郎。六郎公連廣様也。一番目大結に
漢の武帝の筆精福塚壽の霊像団十郎。同しんやう童子宗十郎。りうやう童子半四郎。
浄瑠理。御前侯花の名願盤津文字太夫。三味線岸沢式佐相つとむる。何れも大でき
寛政二戌年。春中村産春錦伊楽源助。祐経門之助。祐成こま歟。時宗男女舞。豆壁屋三郎兵衛
実は鬼王新左衛門幸四郎。とざれの小万実は鬼王女房同さよ条之丞。大姫君の乳母尾上に常世
同局岩藤松助二役。総沢ばく菴猟師平川原の次郎作。箱根のとち坊丸二役かん弥。朝比奈良に
幾蔵二番目関取桂川の長右衛門幸四郎。しなのやお半原兵衛。おきぬ常世也。国取上が春
幸右衛門松助。男達日の出の五郎八男女蔵。大姫君瀬川冨三郎。大磯の虎万葉伊勢海道
のぐわん誓半五郎。伊豆の次郎に淀五郎足軽そね崎徳兵衛門之助尾上召つかひおはつに
葉之丞浮田左金吾幽魂に幸四郎。高尾に菊之丞にて。浄瑠き富本木彦太夫連中
相勤る在然浄瑠璃世界両人所作大出来也。此時松助。常世。草履打大当りなり。同去市村経
一而しく存賢我)近江八幡兵助実は上総七兵衛京清と三役和田が毒巴御ぜん図十郎。鬼王一
新左衛門と。栄地権の頭高敬為十郎。団三郎女房十六夜と。木曽の山吹始後に坂額御前
二役半四郎。工藤祐経と義仲の霊魂二役宗十郎。佐々木四郎彦三郎。久須美前祥かげみつ
広右衛門。二番目曽我の団三年広次。百姓縁日の十七兵衛と。丹波屋助太郎二役。団十郎
関取明石志賀之助。実は三保の谷宗十郎。女房おさよと。勧進比丘尼。後に三が鷹や新造
奇里二役半四郎。小びこに小伝徳次。けいせい八嶋冨三郎。野田の金兵衛龍蔵。三ツ扇屋
為十郎
女房おふぢ喜代太郎。清水の松月坊浅尾奥次郎
外魚売ぶゑんの八和田右衛門でつちへ
なり
伊太郎に為三郎。奥村治部太夫富三。団十郎本石景清にて八嶋が薩敷にてしこつ引の
かつし大出来。此狂言作者金井三笑にて。比丘尼の応路珍らしく。古今の妙作大評判大島。
後日団十郎鳴神詩列よし。後に柏木産木等。道成寺白拍子花子半四郎。団十郎
文覚なり。是は延享元年甲子年元祖徳元蔵。元祖広浜古来の通是を勤。大当り也
爰に此年。惜哉名人上手と呼れたる中村仲蔵終る。浄華院秀伯善量信士
寛政二庚戌年四月廿三日。寺は下谷常在寺にしるしき残す○中村仲蔵
非名は
秀鶴也
寛延元辰年中村唐人子役に出同二巳年初舞台を執るその比は四ツ銀杏の紋をつける。
宝暦五亥年顔見世より。角鬘の部に入同六子年より紋はを付道外方をつとめ。上の
位の役者也。同七五年ゟ立役となり中車の紋を付る。是より四年が間評判なし。
中役者
の部也
同十一巳年中村座日本花判官具員に鈴木の三年の役大谷国蔵と両人たて有
を付る事。
此時少し評判ありて上上と成。夫まで中蔵を書しをイをつけて仲蔵と書改め替紋に
その頃香のづと云しが左にあらず。仲蔵花みちのあけ幕へかゝりて掌へ人といふ文字を
三ッ書是をなめて出る。いかなるまじ給ひなるか夫をせしより評判よきゆゑ替役につける
人といふ字
同十二午年春団三郎と範頼をでかし。同十三未春森田座にて八幡太郎
なりとかや
の役大でき。此時上上十ト成り。明和元年市村理にて越中の次郎兵衛。やつし糸売の所作
同二酉年より色悪の都に入。源の頼覲大評判。同三年戌の秋栄五郎大坂登りの名銭
忠臣蔵に定九郎の大商。今に其風残る。明和四亥年実悪と成。竹林院公重の役にて
八百蔵篠塚督の清。明和七寅年春祐経の初廷。約狐の所作大当りより。年々立身
して大立者と成り。又は三井寺の頼豪の狂言。賢前に記しあるゆゑ是を略す。
○伝に曰秀鶴中役者となりて。十年あまりの内出世評判なく。日に増心ぼそく。素人
にも成んと思ひし事度々にて。世渡るたつきに妻諸とも踊の指南してくらしけるが。
或時其日の粧に尽。隣家に世利呉服商ふ者ありしゆゑ。是に無心いひては如何と
いふ。妻も面恥しき事とうけがはさりしと。先行て見よと進めけりけるに。彼主やすきこと也
と。米五升に銭三百文添用事あらば又も遠慮あるなト熱に貸ける。其後年〳〵
出世して大立者と成顔見世其外何ぞ祝ひ事あれば其仁を招き上座となし餘多の
弟子を呼集め。其席に於て。以前御忍借に預りし米渉の事。思ひ出せば夢を見し心地
その時の御高恩は夫婦忘れまりさずと。誠に礼謝する事数多度なり。後はかの仁も
気の毒におもひ。最早度毎に仰あるな。外聞と申我等も迷惑致すといへども兎角申
出しけると。弟子内中村此蔵語りし。此こと舞台にかたわらざる事なれど。妓衆言は稀
なる正直竒持者誉るに余あれば爰に述る。此志あるが故に。後年千両役者と成
同氏夏市村座有職鎌倉山
の狂言あり。同秋中村通更孝両国蔵」羽生村与右衛門と。天川屋義平。大星由良之助三枚
幸四郎也。羽生村のかさねと。寺岡平右衛門女房。又瀬川風呂のか也三やた茶之丞。早野初平と
今度金五郎二役門之助。由良兵助女房おいしと。師直の妾松岡二やく道世。高師直と金貸
羽生屋の金五郎二役松助。小野定九郎。若狭兵助。孝行酒やの弥五郎三やくこま蔵。剱術の師
平沢嘉仲太三駕舁やみくも権平半五郎。山崎の一日性与一兵衛幾蔵。大星力弥兵壁の
八郎。後に折部教馬男女蔵。塩谷判官と。加仲太郎太部要介に森田勘弥。何れも評判よし。
◯今年寛政二庚戌年夏の頃。小田原町辺に住ける松主といふ人。足は竹本大和様の
一門弟にて素人浄瑠理に名高く。
○本名は
音十郎
怪我もとに来りて。扨珍説あり。此ほど上方より。
桂の佐助といふ者申贈りし書状に。山下金作の噂。元は摂州兵庫辺の産幼少にて
おさな名を
父におくれ母も年若き事なれば。後の夫を持。一両年養育なしける。
十才斗
一金太郎とか
成ころ。近き所に召仕同前の十四五才なる者に遁れ。伊勢へぬけ参り。設ける。この
沙汰ありけるゆゑ帰りを今やと待所。月日立ども戻らず。一年二年過しかども便り
なきに依て。両親ともに伊勢と示宮して聞合せ。或は京大坂所々の知音を尋ぬること
数年なれど。連立たる者も行方知れざれば。世に神隠しといふ物にや。又海川にて怪我
ありしかと。其日を命日と弔ひける事四十余年。その内後の規も終りて母は媚にてくらし
ける。天明六年の比とかや。兵庫より一里も隔たる在所に旅芝居あつて。大坂より名の聞
ゆる役者多く来りしと見物にゆき。彼母に昔よりの友とぢ金作を見て。誰にか面ざし
似たるなどゝ囁き。夫に後家の子の金太郎に其侭目つきといひ丸頼。年は寄たれど。
間違のない見所ありなどゝ。帰りて母に語る。常に忘れぬ親心人のいふにまかせがの
はんがく女
●●
芝居見に行けるに。はや其所は芝居打仕舞ふて加古川へ行しとも。宮内宮嶋の辺とも一
しかと訳しれず本意なふ帰りしが。猶なつかしく伝はがなと心を砕くばかり也。或人のいふ。
役者は角刀取に心易きものなればとて。在所より取出来の角力に頼み。山下金作といふ
役者の産は何国なるやと聞て給はれといへば。大坂の大関陣幕といふ親方の元にて。
右の次第を語る。関取も不便に思ひ。ある時里虹に生国を問ければ。幼少にてしると覚
ねど。京の産にて両親ともに今はなしと答ければ。其通りをいひ遣ける。母も足を聞て。
せめての念晴しとや思ひけん。五ッの年疱瘡は軽く仕舞。何とかして目に入て。
のやうに成。又髪の内に一ッ腫物の跡兀てあるべし。是を問て給はれ。もし夫にきはまる
ならば。母は八十に近く。今に生残て居るぞ。今生に一度達申たきと告てたべと。又も云ふ
送りければ。流石難波の関取。六十余州に名の響たる陣幕。再び里虹を呼びて一
ひそりに右の訳を語れは。涙をうかめ。扨は左やうに候や。先達て御尋ありし時御答見
申せし事。何とか思召もあらんが其訳と申すは。幼少にて実父に馴れ。後の親の親の教訓
折肝を継しき中ゆゑ斯ありと。稚心に思ひしは誤り。伊勢へ抜参りして宿へ帰らず。人の
勧めに弁給ふ。歌舞妓子供の中に交り。さま〴〵の苦労いたせしが。仕合と金作の養子
と成出情して夫より成長するに随ひ。なさぬ親産の母の恩を知らざる不孝の罪後
悔いたし。何とぞ尋んと思へども。役者の身なれば心に任せず。親しき人に相談したるを
聞しか。実の伯父と名乗来りし者あつて。多分の金子をねだりとられ。跡にて聞ば偽
者の街にてありしと承る。殊に四十年余の事といひ。存命にはよも有まじとおことひ
居しが。夫こそ私親にてこそ候はめ。ト涙ながらに答ける。陣幕是を聞さあらば一日も
はやくとて彼角力取に云つけ母を駕に乗せ呼寄我が方において対面させんと有
ければ。知れる人〳〵爰に来る。桂の佐助も其節参られけるとかや。扨里虹は糠かざり
待請母にいふやう。只今まで御尋申さぬ事。不孝と思召もあらんが。是には段々の訳
も御座候得ば此義は跡にて申上ん。最早存命おはしまさじと朝夕仏前に香辛を
手向御恩をおくらぬことを悔申せしが。尽ぬ御縁とて。不思議に此主の御世話を
以て御目に懸る有がたきと。涙を命所につゝみし体。母もおなじ事。此方にもたづねぬ
やうに恨もしやらうが。そなたの行衛知れぬゆゑ。夫もなさぬ中と世間の聞へも有ゆゑ。
わしを連て伊勢参りから天和めぐり。又京大坂はいふに及ばず。其後は西国順礼四にも
一辺路三年五年尋てもそれといふ当もなふ。案ることも立年月十年以聞に過
行れ。今は幽な媚ぐらし。と打しほれながら風呂敷づゝみより。煤に色付たる木綿
一反取出し。参宮の跡母が手織の此もめん。下向したらば着せやうと。おもふたかひも
なふ。所詮生ては居やるまひ。それともひよつと戻りもしやうかと。けふよあすよと四十
年餘り。尽ぬ縁とて今日の対面。無事子。顔見て泪がこぼれる。今は此やうなもの
一着る身じや有まいけれど。母が志の此木綿襦袢かなどして着てたもとさしいだせば。
こらへかねて里紅もわつと泣出せば。并居る人〳〵荒猛しき角刀取に至るまで。固く
涙にむせびしとかや。其ありさま筆紙に尽しがたしと委書送りしを松主浄瑠璃
の文句のごとく噺たるなり事文績集に曰仙人のもちゆる譏を子母沙といふ。
青興といふ虫あり蝉に似て大き也。此虫草の中に子を産。子の形蚕のごとし。此子を
とれば母何所までも飛来る。此母虫の血を取て銭八十一文に褒。又子の血を取て同八十人
壱文に盗物を買ふ度に。一方を定つかふ。母浅を遣へは。子銭を慕ひてその浅飛
帰り。又子銭をつかへば。母銭をしたひ飛帰る。此百六十二文の銭廻り〳〵て皆我か元へ
帰りて減ことなしとかや。里虹親子の恩愛誠心の徳に依て。再会をなす事天道の
めぐみと是をいふべし。
同秋市村左。八月十九日より「假名生忠臣蔵由良之助と。勘平宇半町。若狭之助と。右馬三八
彦三郎。となせと。おかる中山冨三郎。寺岡平右衛門龍蔵。おいしとおその喜代太郎。師直
定九郎二役鬼次。本蔵と。義平と広治。与一兵衛と。一文字や才兵衛徳次。何れも評判よし。
後に古義経腰助三段目五斗兵衛源兵衛源兵衛衛。家の三郎忠衡富十郎。源義権彦三郎。信普請
次郎持蔵。五斗兵衛女房せき女中山冨三郎。娘とく女岩井久米三郎。いづみの三郎女房
たかのや喜代太郎。錦戸太郎鬼次亀井の六郎為三郎也。この松言浅尾高十郎名残にて
此狂言の絵
中村座顔見世秋孫中山質釣鐘に池の
三番叟の段鉄炮の段古今の大評判大当なり。
次にしるす
次にしるすわつほ
左司尉門とかとり相平次。実は後藤左衛門大谷広院。女房おみのと。斯波左衛門女房寄かた半四郎。
小栗の判官八百蔵。横山前生安綱と道玄坂の道玄坊松助。横山三郎青は。猟師五郎兵衛
女房おとまと。鹿島の事触豊年のおろ菊之衛。足軽ねづ兵衛為三郎六浦の松やに婆々に
和田右衛門。後藤左衛門一子力善丸大谷徳五郎。今参り団内下り谷村虎蔵。新町の傾城なにはつ
下り中村久米太郎。菊之丞。半四郎百度参りの出合の所許判よし。兼之丞市村庄と両方勤る
八百蔵紙すきみさどの佐五兵衛。湯滝の主評判よし。久米太郎。松助は。百花。茶之丞。鹿嶋
おどりの所代八百万薗生梅枝常盤浦大字太夫にて評判よし。此願見せ中村久米太郎下下
谷村虎蔵下り。後に二代目大谷友右衛門是なり。市村座岩盤花峯楠大塔宮守護親皇と
西国順礼坪坂の正作実は帯刀正行。又奴きの平実は妻鹿孫三郎三郎三郎十郎小嶋備後
三郎と篠塚伊賀守定綱門之助しばらく。多治見四郎次郎と二階堂出羽之助彦三郎。
坊門の宰相清忠龍蔵。くれこの前中山富三郎。勾当内侍喜代太郎。村上彦四郎義輝と
SYDI
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
五十五十郎
たかのや
喜代太郎
久米三郎
泉の三郎
□□□□
四十一丁目
〽せき女
富三郎
足利義詮二やゝ男女蔵。五代院の十郎宗重鬼次回国の修行者実は渕部伊賀守に
半五郎。老松明神の尊像沢村善之助。紅梅殿の尊像源之助大塔真の守護神北野天神
の尊像と。このゝ法印娘蓬生菊之丞。二番日楠多門丸沢村源之助。畑六郎左衛門時義に
宗十郎。豊岡村の百姓与五蔵実は相模次郎門之助。何れも評判にし。森田座休に付て
河原崎権之助仮芝居と成>太侯勧進帳帳
義蔵。猪股小平六教綱助五郎。源のよしつね三浦五郎。二役足軽笠平実は長田の太郎なり。
一当時の小佐川
三升団子かり杵蔵実は御厩の喜三太海老蔵。杵蔵妹おつた小佐川竹次郎七
七蔵これなり
白拍子静に万葉。深の義経三津五郎。黒木彦しのぶ小佐川掌世。裏白はね平矢は源八兵衛
須綱団十郎。津波津津崎崎両桜寧盤津兼太夫にて。団十郎常世両人の子竹団子喜
の所始可愛らしく何れも大出来〳〵官政三亥年春中村府大武「太肥物我土藤祐経に広次
時宗八百義。小松引小破の藝妓おとり兼之丞。同手越のがいしやしておてふ半四郎三人討面春詣の所非
大切になり。祐成も八百蔵勤る。鵜屋でつち半七と。刀屋娘お花二役半四郎。笠屋三勝と。刀屋半七
又花咲屋新之助
浜町元矢の倉
黒田
花咲屋新之助を
二やく菊之丞。二日替りにて常磐津文字太夫。同造酒太夫。同兼太夫。三絃鳥羽屋里里
浄
瑠璃
璃
笠屋三勝
瀬川菊之丞
茜屋の半七
四屋の半七
初
梅浮名朧夜調
日初
岩井半四良
おはな
岩井半四郎
十七
柳浮名春雨
瀬川菊之丞
め
二
同里桂。岸沢式佐。同惣吉。相勤むる。
同六月久米太郎ぬれ髪の長五郎
市松。はなれ駒の長吉姉おせきに松助
双蝶々の狂言あり評判よし同市村座
春色江戸絵苗栽し半五郎初工藤也。祐成に
宗十郎。肘宗門之助八幡の三郎に彦三郎。鬼王に龍蔵。団三郎に男女郎左衛朝比奈良次小藤太郎太夫
勘左衛門。月さよ冨三郎。朝日丸屋の新造下り沢村国三郎。大磯の虎喜代太郎。朝日の如来の他身に
徳次。浄かり百千鳥雌羽根書富本連中にて何れも評判よし。後に門之助しのぶかり。宗十郎
国三郎。おはん長右衛門大出来大評判その後「筆婆美雲野」秩父のたゝ十郎。奴伊連牟実は一
義経の公達冠者太郎門之助。千葉左門之助に彦三郎。海賊いなばの松山夫は由利の八郎長則に
新蔵。中居おなみ冨三郎。粧姫喜代太郎。江馬の小四郎男女蔵。次に三浦屋のあげ巻富三郎
白酒より徳次。かんへら門兵衛勘左衛門。宗十郎。門之助六。意久二ツ日替りに勤る。何れも評判にし
十寸見子明
三味線山彦源四郎也。次に伊賀越河合又五郎
助六花街二葉艸江戸太夫河東
山彦存候
半五郎。武助に就蔵。誉田内記門之助。唐木政右衛門に字十郎。一子巳之助に沢村源之助也其後。
〽千本堺宗十郎忠信と渡海や浪平評判よし。河原芳座春初緑重酉枝当春より図十年
舞臺を引て。駿州甲州へ越く。松本幸四郎。同高麗蔵。同小次郎。同米三郎右四人又今に入
祐経と十郎祐成二やく幸四郎。大磯の虎と月さよ常世。明宗と団三郎こま蔵。化粧坂のせう〳〵
と。三浦の片貝万葉。鬼王教蔵伊足の次郎尾上雷助。むかでや金兵衛坂東谷次近江爰へ
助五郎朝比子松本小次郎也。後に大日坊こまず。しのぶ売やつしの所非あり。次に高麗花富士
太郎。万葉并比丘尼富本弁宮太夫浄るりにて所作あり。大出来。此狂立最中に山下万巣終る
芦水院里卅日津寛政三年亥五月十三日也。市川幾蔵菊地にて。常世。米三郎歌付あり此
万葉の代り沢村玉柏勤る。同秋中村府九月十一日より景宴むかしの都大口の音人と孔雀三郎
二役広次。春日野のしのぶなき出。伊勢の内侍半四郎紀の名虎の亡魂と。文学ずりの小よし
松助。祀の有経八百蔵。両人昔咄の世話狂言ありて豆四郎に市松。しのぶ両人身替りのところ
大坪判。鏡のにやう八に音八。維高親王和田右衛門。維仁親王大谷徳五郎。絹売おちよぼに大谷
広は。鞠岡材太谷村虎蔵。何れも大でき此年霜月屋上松助大坂へのぼる。市村府秋狂言は
仮名書室町談小田春永。姫路屋清十郎。石川五太夫秀三役字十郎。蘭丸真柴久吉と云る呂利一
三役門立介。武智光秀半五郎北畠春雄と。福知村彦惣に彦三郎。宅間玄蕃と中村に助に
龍蔵。兵六女房おしづ冨三郎。光秀女房さつき喜代太郎。何れも評判よし九月九日より
竹。春吉原雀)足利頼兼と土手の道哲宗十郎。浮田重三郎門之介大龜左馬と助彦三郎。
領城高尾富三郎。禿てりて坂東朝蔵。左馬之介女房お賤喜代太郎。松直須の助男女蔵。花満
梶右衛門鬼次。大評判大でき。此霜月沢村宗十郎。大坂へ登る。河原崎広堀浦賀察し細川勝元
幸四郎。清水の清玄尼と。重井筒のおふき常世。一寸徳兵衛こま蔵。同く京人形。女三のみやと。
らかれ府頭。坂田の快童丸。三人の所作。尤甚五郎にて相勤る。浦かり細工業雛出来揃宮峯女六
太夫也。さくら姫に米三郎。清はるに玉柏。赤松次郎幾蔵。姫の下部鳥羽平助五郎。清言下部
壬生平屋上雷助。関取幼の竹右衛門三国富士五郎。何れも大でき母達高麗屋建舞
幸四郎。傾城みやこ常世若い者与五郎こま蔵。消髪長五郎に介五郎。こつぱ。の権九郎義蔵。
新造あづま米三郎也。跡にて俊覧こる義。おかすつね世。姫小松三段目大でき。顔見世中村座
二代源氏押強弖」白井権八と袴垂の保輔こま敷。翌情小紫米三郎。幡随院長三浦幸四郎。
絹売弥。市谷村虎蔵〽おもては藤黄の唐人羅紗。蓋は紺地の蝦夷錦といひしは此時なり。
是よりして虎蔵見物の目に留り出世して二代目大谷友右衛門と成。源の頼光市松。渡辺の綱に
八百蔵。平井の保昌幸四郎。両人立の所評判よし森田かん弥土蜘蛛の精神子山伏評ばんよし。
市村庄一金護鐘源家員舞)此類見世団十町蝦蔵と改名忰海老蔵を。六代日市川団十郎と
改名させ。自分は渋谷の金玉政利にて。老女常子に勘左衛門越中の次郎兵衛に半五郎。武蔵の
左衛門有国に龍蔵。三人相談にて院やくの記をとらん為。褒親王を拵へんとする所へ坊落し
より見物の形にて草木丞出るを。無理に親王に頼み。筒守を引おろさんとする所へ能蔵暫暫
の出なり
此せりふは
次につゞく
四立日清盛に勘左衛門。工藤金石に彦三郎追放にあひ。花道まで行所へ決し
せりふの
次へつゞく
▼
第壱番目
三立目
市村座
五代目団十郎改名
市川鰕蔵
渋谷金王丸昌俊市川鰕蔵
芝屋年代記入巻之七
金井三笑述
しばらくのつらね
東南軍荼利降三世西北威徳金剛夜刃。中央大日大聖不動成田は先祖の産神
にて。なまくさ番附役者附五代六代お取立たてば苟楽とゞすりや牡丹あるき姿は伊勢
海老各衆曲り出たる。某は源家累代の勇力士。柿の素袍も渋谷の金王昌俊といふ帽
知り。惚たちござや赤毛氈。桟舗中の間切落し。舞台にいつぱいおし合有べし合。つん並んだる
向ふづら。上庭に輝く金冠は。おや〳〵うつつぼつとりもの。珍らしうわりすんぼりの姿は菊の金あぬき
丸に一座の待請は。嬉しともなつかなり。申すばかりは長口上。御免を請も暫も顔あらたまる帰新兵衛
新板やりとりの名改め忰でちやうど六代日の。団十郎が名代わる衆。親さへ。子さへふつゝかもの。災さへ
花さへ橘の。万代不易のかん顔見世とあゝうやまつてまうす。
鰕蔵も団十郎も世に馴ん
つらねの株も人にまかせて
三升改白猿
狂名衆道のつらね
▼綾の前
のつゞき也
いゑび蔵弥平兵衛宗清にて上下蔵やかの出よし。次に幕際に半五郎旅僧の形額蔵
袖なし羽織頭巾にて山賤のやつし。鳥羽の丞塚と石碑のあるそばに。両人並んで。押出し。旅僧は
鎮西八郎為朝と見顕はし。白骨を暗くだき。後にこれこそ長田が髑髏なりと云ひ。定義朝の
白骨と院宣は爰にありと見せ行所を。半五郎引留れば。立廻りにて引ぬき。親蔵僧の形と成
扨は高尾の文覚と。半五郎頭巾をさればゑんでんかづら取都也。此所ひやうし幕熊兵共見へもなく
花道へ引込所。気がかはつて珍らしいとの評判也。五立目に弥平兵衛。孫を殺され愁を以ての程立。
二番目葉之丞俊覧が妻あづまや女俊寛のやつし。丹左門元安に団十郎。新蔵との詰ひらき
あり。何れも大出来大当り。一番目に団十年十四才にて真田の与市義貞出家の三本太刀をさし。
三井の陣羽折蔵やかなるみへ。伊藤九郎祐清に門之助。立ゑぼしに馬上の出立。谷へ落したる行忠
を門筋抱へて大薩摩主膳太夫浄なりにて。真田股野のやつし三升せりふの取廻し。口上といひ。
見物の人々誉るを忘れ只涙を流して悦ぶ誠に蛇は一寸にして其気をしるといふ。扨行器の中
には産衣の鎧のあるを悟つて祐清真田に投てやるを与へとり花道へはゐる所大評判團十郎
せりふは見返しに有。四立目競獣上の宰順門之介跡より馬士にて団十郎附て出る故
●せりふ
次へつだ
同十一月年代記
〽アインヘンヘンヘンヘント
第壱ばん目
三立目
市村座
伊東九郎祐清
市川門之助
六代目
さなだの与市市川団十郎
顔見世改名のつらね
遠からん者はおとなそばへの小荒事。見立は誰ぞ丸に一門に入なら笠を取れ脱ぬはません
子ませ垣の。巣は瀬川にゑび市川。これで二ツの川見せぜりぬ近くは寄て目にも三升の名改
今団十が三本太刀。ぜひはかく佩て緋名の。是まで。三升仕った。こしやく物さいも。ままねど
とこやら国両身体八腑は受ながち。只ふ窓用の小わつ。はでも。お江戸風じやと尽申召。御咎を
掛て給はらば。市川一統ゑび親仁もなんぼり嬉し窄江梅赤いは家柄筋隈も。べに尤とお執成
真田の与市の谷びらはの。早ひは親仁も知ながら。訳はだん〳〵図十郎。お見しりなされてくんざり
ませうとホゝうやまつてまかす。
●せりふの
絵のつゞき
一蔵弥平兵衛にて小冠者が百ざし気だかきを怪しみ。盥の水を蹴腸の水の水の無念に
思ふくなし大出来。後に実は牛呑丸と名乗る所位あつて大立者と見ゆるとの評判也○扨忍び忍び飛び
口上に祖父親は海老蔵の文字を付ましたる。私がゑびは天鰕の文字を用ゐまする。又但碁身は一
栢巻親は五粒忰は海老蔵の節柏筵。私は白い猿と書て白猿と申ます。此心は名人上手
には毛が三郎足らぬと申義で。御座りますとの口上。右の口上評判ありける故口上にて入りの
有のは恥のうちと。四日限にて止し也。改名の発句に。
一毛が三すぢ上手に足らず蓑寒し白猿
さるも小みのをほしげ也の心おもろし
此句を聞て
卑下してもしらざるものゝあるべきや
足らぬ三すぢは三升にて足る
吉川
露翰
又ざこゑびとの
又さこゑひとの
口上をきいて
一鰕の卑下ざこといへども評判は
げに大鵬の羽根もしばらく
焉馬
河原崎座顔見せし御影講法鉢木し和田の太郎大谷広治二やく二階堂道秀にて。赤婆直。三ツ余は
引おろさんとする所へ。秋田城之助と名乗梯の素袍すぢ隈にて半四郎しづらく。吉例のつるね
此次へ
しるす
宗尊親王を引おろさんとする時。思ひがけなく切落しより。小佐川常世袖頭巾前帯にて世法
衣裳の土。舞台へ上り。そなたは妹お仲ではないかと云れ。息見合せて恥しき思入のうち。顔を直し。
上着を廻れば。下は振袖のおちやつひ。い娘。夫より広次親王の持し宝物を取り。誠は
国いらねの
次へつゞく
二階堂道秀
大谷広治
河原将座
秋田城之助義景
実は芸者お仲
岩井半四郎
しばらくの津らね
岩井半四郎
東岸西岸の折遅速おなじからず。南枝北枝の梅は開落既に異なり。是みな春の跡にして。
時こそ周の天正月一陽はじめて楊春から。口にはゞつた暫と一声掛てのお目見へは何も様の御呪を。
かへり三升の本店は。葺屋町にて改名の。家重代の海老相鎮ざろくと着なす鶴菱は。江戸市川の
流を汲変士男子の顔の隈思へば。つがも奈良坂や。このて柏のふたおりて。鵜の真似をする唇国は。
朝鮮鼈甲銀ながし。しやりとは似た山おや土に似ても似つかぬ替玉は。たゞ江戸子と御贔屓にて頭に
いたゞくかけ烏帽子。柿の素袍に大太刀も。おこがましくはさふらへども。北條相模守時頼入道が。
股肱耳目と呼れたる秋田城之助義景といふ新参もの。けふ顔見世の御目見へはじめ。荒事始め
尾張屋が。隈どる顔のやつかいわか衆とホゝうやまつてまうす。
絵のまへ
死気看のお仲を頼みしといふ狂言。珍らしく評判あり。北条長時三津五郎。浅原次郎に大谷
のつゞき
鬼次。佐野の源左衛門女房白妙常世。製情船ばし半四郎。長刀をもつて大詰に。女捕手を相手に
花敷なる立。二番目浄溜池に諸芸指角のおちよと成。ほろ許機図の堅見の出。新内ぶしもと
切見世夜暮の振。田舎娘の手踊。次に尼の煙さしの名香の奇特に依て。実は小女太外狐の姿
を顕はす所大評判。「寛政四壬子参市村市村府。若狭須岐守様」恵七兵衛兵衛兵七兵七兵衛坊
団十郎。両人やつし。破魔弓羽子板の出。はや口問ましよのせり。故人柏延と。三野屋助十年の
掛合の通り聞事也。重忠に彦三。はご板の絵を須磨の内裏に准へ平家をさみして。額打込
言葉の詰合の場大評判。そがの十郎門之助。三浦の片貝富三郎。大磯の虎茶兵丞。加ふろ
千島団十郎。伊豆の次郎に半五郎。五人の所作虎が石の所浄なり小室節浜村千鳥
富本豊前太夫連中何れも大出来。次にぜんじ坊鏡餅を盛しとて大勢打擲せんとす。三ヶの
庄の米にて揚たる餅なれば。老母にまゐらせん為といふを。八幡の三郎半五郎。夫と云ぞに大来
ゑんり江戸町伏見丁
舞なら祝ふてとらせよといふ。団十郎夫より
と大尽舞の唄にて涙なから
二上りひくは二丁目の
舞ふて花道へ這入所。見物袖をぬらす。次に龍蔵横する法印にて。祐経娘お犬御前祐感を
楯蔵
見ぬ恋にこがれゐるゆへ。団三郎を贋祐成
にして連来る事あり。後に近江の小藤太郎蔵
見ぬ恋にこがれゐるゆへ。団三郎を贋祐成なりにして連来る事あり。後に近江の小教守熊蔵
兄弟せりふの
にせ工藤にて。お犬ごぜん恨を云ひ。自害する事あり。夫より小藤太八幡に向ひ。我も。
次へつらく
すけつね
鰕蔵
□□□□□□□
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
□□□□□□□□
四月
□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
すけなり
之助
一
ときむね
男女蔵
市村産
薄僧のつらね
曽我十郎祐成
同五郎時致
市川門之助
市川男女蔵
〽まこも厚僧〽尺八の僧にたはんの所望〽一枝の尺八恨たえがたし▼吹で古歌四条の
吟に入る〽いか成か祖師再来ていぜんのはくじゆじ〽本来興東西かせう南北〽急方に向て
棚をつるは是ごまのごう〽鬼門に問ひて厄越をせぬは愚痴の至り〽しめ飾も取て仕舞
ば〽店おろしもはぢいて仕舞けづり見の柳は緑一小豆粥の鍋はくれなゐ煩悩あれば
菩提あり〽衆生あれは仏あり〽編笠あれば厚僧あり〽舟まん中も分明の月を見て
大いに笑ふやく山和尚。七ツ起して唐臼を踏六祖大師〽けんす和しやうの汁の実は海老ざこと
たんが和尚のかけ火鉢は。仏の焼ぼつくい〽金持が迷ひ〽銭なしが悟り。一法の月ひろく
澄して武蔵野におきゐるぼろの草の床かな〽いとふなよ。通ふ心のむま望。人のきく有き
もの音もなし。〽餅を搗ねば配らうとも思はず〽常精進なれば塩鰹に御意えず〽したか
晩にはあたゝかにせちを喰ふであろう平には油楊をしやうか〽それはきつひ思召違の。今夜は
火の物断で。から断食さ〽夫はどうした事じや〽けさ木櫃を見ましたよ〽ひと粒もないか
〽よく〳〵てござる鼠が直通りさ。ハゝゝ別〽ホンニさうじや
ゑの前
のつゞき
化の皮を顕はせと。八幡が懐中より血汐に染し輿と。秋の野摺たる狩衣の片袖をおとし。一
下部の形に成り。赤沢十内と名のる所大でき。六立目祐成門之助。尉宗男女蔵。鹿僧にて両人の
此文句古人元祖栢苑訥子
つらね前に記あり
一鍛蔵祐経にて同塵僧の出あり。本舞台上ヶ障子の
の通り禅悟の妙作なり
内に願ひな彦三郎前に鏡台を垂後に喜代太郎けはい坂の少将にて立て立てぬるみへ花やかに
大評判唄浄なりにて所作髭梶鶴泉篭松水忠五郎。芳村伊三郎。三味線杵屋弥十郎
杵屋三郎助相勤る
此崎次郎
しるす
後に対面之場熊蔵鍼の祐難にて。炬燵の上に薦僧の天蓋を置
富士のごとくして崩黄ぶとんの裾野で逢ふと分れる所大評判少将将ひな所作あつて後度くら
大勢を相手に荒革珍らしく大べき。二月十六日より二番目油屋九平次次鍛蔵。かさね惣同のおふさへ
粂之丞。平野屋徳兵衛門之助。花岡文七楯蔵。けいせん清川常三郎。天満屋お初喜代太郎
せりふは次の絵
弥次に魚屋九郎兵衛半五郎を。門之助泥仕合にて殺す
何れも二役五人女評判よし
見かへしにしるす
夏祭の形也。後に雁金紺屋の場。麒蔵片しの雪踏を持来り侍合有て切合ふ中へ。足
一鈴の次の
せりふのつぎ
巻
あさひな
彦三郎
ければ、
……
明浄なり
明浄なり
離梳鶴巣篭
…………………………………………………………………………………………………………
せう〳〵喜代太郎
市村窪
五人女の
つらね
かりがねのお文
瀬川菊之丞
雷のお庄
こくいんのお
岩井喜代太郎
安のおやす
中山楯蔵
中山冨三郎近ゐのお市
市川門之助
〽遠からんものは男出立の女だて。近くは寄て三ツの浦。難波の立衆お江戸のきをい。江戸の
急気地を雁金のおぶんと啼て耳のそば。蚊のまじなびの九月頻かりかね懸やどこへやら。かんは
八百八町さま。拝紫の江戸容気。江戸此草の染色はあたやら蔵やらくじきやら。唯算買なら
売やんしやう。焚水入から波立ずせゝなぎから大蛇の出た例。アイないものでごさんすわいなめ。
〽ちつとはやいが襟まはりどなたもお先へ申あんその髪の字は安い身持もお叱があんし。罷帰の
神袂女立とは案の外。案に相違のふと腹もの。ほんに諢名にくにやすとは。違ひあんすわいなア。
〽さて三番目は雷のお座と聞ばやかましい。坊主客じやと思はんしよがさりじやなまけをとつて
のけ。さめ鳴渡るとどなたでも。腰にさしたる尺八て。間真向五しん沓蠣を訪ても桑原で
も荒れるがいなや稲光。梵天虚空かたす。そへ。其時脉のあかを取臍の用心なさんぜいなァ
〽鍛冶や一ヶばんむく起からゝ。三人槌に四人槌。五人女子のその中へ鈍い穢いなまくら物人を
却て仏にならば。神田かぢ町はほたけの揺柑投出すきりやうは中山でも。わしも女子の切小判
極印のお千といひやんすと。うやまつて門さん眺を頼むぞへ〽〽〽うけとつたりやその頃はこれも
同じてやき出立歩行処は川渡り。布袋のお市と市川の一字伝授やあくたい侍授おかつたるい
の器物もまだ水入の布袋しやと見くびりやさんすその顔が。あつく熱烟茶烟茶碗酒備前枕利
の布袋とちがひ。アイへこんで居るのじやないわいなア〽女とあなどり突懸りあぢに柄をすげあぢ
川や〽見に北潰のいさぢよ安す一対出立。〽五人女と大たんな。飢な浮名も鳥が啼く〽吾妻
女の雁金組跡のが先へ一笄簪さし櫛の。蘭とつて投島田一結ぶのかみも御照覧色女
だてらの〽いつゝ厂金〽友呼つれて
絵の前
のつゞき
かりがねお文にて茶之丞屏風にておさへ。数珠を切。双方を留る所大でき釣船屋の三郎
龍籠也。三月三日より跡狂言道行浄なり三重帯花潤色富本連中にて評判よし。四月
六日より第三番目佐々木岸柳瓢蔵。吉岡民右衛門彦三郎。鶴木官次郎に楯蔵両人を
だまし討にする所手強し。後に民三助団十郎。武右衛門妹お秀冨三郎。月本武秀に門之助
釼術太刀打之所大当り。女講釈師文宋に崇さゑ。下部佐五郎に構蔵。荒加賀菴之助に
男女蔵。石美軍次に半五郎也。同子の春河島崎座けいせ。今経目民都之衛妹帥の井に
手田町政岡の局と豆腐屋佐市女房おつねに常世。渡辺民部之介三津五郎。けいせん
高尾瀬川富三郎。夜番太助音八。仁木弁之助直則大谷鬼治。うき世戸平荒撰に
男三助二役広次。薬種屋でつぢ文吉大谷徳五郎。嶋田十三郎に浅尾嶋三郎山ぶし
高慢院沢村淀五郎也。二番目勝元奥方真弓御前半四郎。二役斯波采女之助
白雲坊大谷廣五郎廣次郎
黒雲坊小佐川竹次郎常世忰
義久の幽魂にて善衆方。鳴神比丘常世の行法を落す所あり。弘
此所浄なり恋衣縁初桜常盤津文宗太夫同造酒太夫同兼太夫三絃故沢
里悦。岸沢式佐相勤る。茶地次郎武国大谷広治。何れも大でき後日大詰に半四郎
七なんげ牡若七重の染衣官女。手習子。座頭。汐汲秀浦島。石橋正次郎加也
長領松永源五郎五郎松永忠五郎三弦杵屋作十郎杵屋正次郎。相勤る大評判大でき
此時高尾が兎てりはに中村なみ助。幼舞台也。後瀬川路之助。夫より四代目瀬川路府
となる。同去中村府は二月十六日より槻鯛一寸釣船」細川勝元駒舟の三ぶ二役幸四郎一寸徳兵衛
こま蔵。団七九郎兵衛助五郎。義平治に下り大和山友右衛門娘お好さに市松。道具屋弥市に
虎蔵。うてなの前中村久木太郎。助松主斗かん弥。なまの八右衛門義義也。同晦三月十五日より
一隅田川縣堀越柴津の六郎と土左衛門伝士日幸四郎吉祥寺の納所弁長長こま蔵。久米の平内
助五郎八百屋久兵衛幾蔵。娘お七米三郎。小姓吉三森田勘二郎。下女お杉市松。でつち弥作一
伝吉のせりぬ
二番目に松本米三郎。市川こま蔵。芝居の段にて浄溜理
虎蔵何れも大でき
見かへしにあり
けいせん浅間嶽都太夫一中。同春太夫。同森太夫。三絃鳥羽屋里長。同兵助。相勤る同年
中村座において六代目森田勘弥五十回忌。七代目森田かん弥十三回忌追居として道成寺
花の面影九代目森田勘弥相勤る。両僧幸四郎。助五郎。勘弥大でき也。市村座五月六日より
四十七深井。鉢植」由良之助。植木屋十兵衛。平右衛門三役顛蔵。後家お礼おらんの方おその三役
菊之丞。桃井播磨の守と。貝原伊助門之助。早の勘平と。千崎弥五郎。楯蔵。大学力弥閣十郎。
石堂右馬之丞彦三郎。おくみに喜代太郎。お石冨三郎。塩谷判官男女蔵。高師平半三歳。
同同二十二行言
一青物づくしのつらね
土左衛門伝吉
松本幸四郎
此伝士口が身のこへは。蕃苣の時分から。青物見せにかゝり独活。茄子のはしりから葱の茗荷
茸を思へば。お七さんは内の姫瓜隠元豆の挨拶に。豌豆と思ひの外。ふつと浮気な風か蕗胡蘿蔔
も色に出し。人の山椒の芽にかゝり。ものや思ふと蕃椒。むかふ水菓に心を土筆。おそひの薬を
胡麻〳〵と。下筆下治りしと。若知布時はお先がくらま牛房な遺落十六大角足といへば二年
子や三葉竹の小菜ではなし。親芋を悪くいは生姜能くいは松露も。木瓜にある事。こでも
斉蒿に丁大根と。貴人は蒲公。芹かけた草繭を御寺胡椒の出し昆布に。刀豆と木茸なら。
聟は零餘子にむつとして。焼麩に胸を藁豆娘の里芋丁に候べく蚕豆と。すぐに芋煎のずい
帰り。房風になるは八百屋が橋菜サ。ア南無茗荷葭藉艸。そんな噂はおろぬき大根が越瓜
とも黒慈姑とも。分恵の薯蕷までは思ひ切干大根が古野葛ざ。長芋の中に縁の夢
も荒布なら。枯木に花杣山葵に紫蘇。膚菜をあはせて根芋を松茸とんだかぼちやが晁
見を湯葉。能聞辛子と山葵にとうなす。一番草菜じゆんわりと。いつちを蒙てくんなんし。
近藤源四郎新蔵。何れも大でき也。河原崎原崎座忠信能頼親勘平と。十太郎女房おりゑに
半四郎。田良三助と。喜内広次九兵夫女房お礼常世。おくみに瀬川冨三郎。十太郎に三津五郎。師直
鬼次で。市村麿は夏狂言上股目づくし源分手綱しけい政団十郎。八平次勘左衛門八。八蔵に彦三郎。
いろは緑烈し山中左衛門権蔵。こがう喜代太郎。三助坂田来り松秀松青柳硯し道風と。お町二役原之丞
良実権蔵給六男女蔵。新木仁助徳次叟の。毀し最明寺時頼権蔵。佐野の源左衛門孝三
白妙茶之丞。何れも評則よし。同八月五日よりむかし〳〵。掌白猿)荒木左衛門と。穴生の里の毛虫ばゞ
ゑび義。傾城鴻眼と。古曽部左京女房遠里兼之丞。大道寺田畑之助と穴生の里の桃太郎に
門之助。織部之介と南京忠兵衛権蔵。奴虎平と。あのふの里の福兵衛龍蔵。望月源蔵と小納
の源五郎彦三郎。御嶽慈五郎と角刀取鬼が嶋半五郎。二條の愛護の稚に徳次。荒寺が妾を
わぐら家に。近江のおかね富三郎。荒木八郎門と二条の梅丸男女蔵。百姓。勝村欲兵衛と。後篁。
雲井御前勘左衛門。高宮三郎升五郎。早曽之助勝重団十郎也。何れも大評判。此節門参約者
の見世を出し看板に夫を画きやくら下の絵に出す。此狂言の作名題書四枚ともに面白く出来
大評判。妙畢。三貫の妙作と沙汰あり。後に兼て欲能の番組によそへて所作事長唄三味線
番組
一翁三番叟
来ル八月十六日より
手白の旅に
瀬川最中桂女
第三ばんめ一
囃子形とも一やうの上下にて
出ばやし花やか大評判大入也
呉羽田うへ
役人替名
雲林院
愛宕参
一板垣三郎諸かた
一鳥羽庄太郎
檜垣
一玉まつ伊織
一もろかた女房朝きぬ
龍田
一高階大せん
祝言
加茂
一多賀をりべ
一古曽部左京之進女房遠里
九月一
神明又小女団七
河原崎座
河原崎府五日ゟ五日ゟ
彦三郎
かさね井筒のおふさに半四郎
徳次
勘左衛門
京紺屋徳兵衛三津五郎かさね
喜代太郎
龍蔵
いづゝや義平次淀五郎さかな売
桶蔵
団七鬼次。芝浦釣船の三坂
菊之丞
広次道具屋孫兵衛に雷助
後に)大内鑑葛の葉と狐二役半四郎。安部の保名と。やかん平三津五郎信田庄司四郎十郎
安部の童子中村千之助
後ニ皿代目
菊之丞
浦路考也。石川悪右衛門市川団作。奴与勘平大谷鬼次何れも
大でき市村庄。姉林山女廷訓)久我之助団十郎雛鳥に冨三郎入鹿の大臣と。大判司に門之助
後室さだかと。お三輪茶之丞。柴六とたんかい公楯花。藤原の鎌足男女蔵。弟我のゑび。
龍蔵。めどの方喜代太郎。酒屋後家お嶋勘左衛門。漁師弁七実は金輪五郎今国に市川
鍛蔵。大丈夫の仕打大出来大評判也。同霜月中村座は顔見世休なり。市村座は顔見世
菊伊達大門武蔵坊弁慶と伊達の次郎印門之助。静ごぜん菊之丞藤京の秀衡と錦戸
太郎龍蔵。和泉三郎彦三郎。元士口四郎権蔵いづみの三郎女房松嶋冨三郎。金剛太郎
秀賢と。鷲尾の三郎高麗蔵。川田七郎谷村虎蔵。膏薬費岩沼徳平に徳次。元吉
此時下り役者にて初舞台なり
壱番目に。菊之丞こしもと糸萩にて
四郎下部初平荻野東蔵は
今の沢村四郎五郎これなり
櫛蔵と冥途の道行地獄の主閻魔大王勘左衛門。二天の俱生神尾上雷助。二種の俱生神
市川和奇蔵。肉色の魁芳蔵。黒色の鬼あらし升蔵。青色の鬼大谷門蔵赤色の鬼に
中嶋百右衛門。唄浄るり想中二世の朧夜芳村伊三郎湖出市五郎。三弦杵屋弥太郎崎屋一
寛政四子年
惣頂相勤る。同年芳沢あやめ大坂にて終る順信院圓理如石日丁信士。
九月廿八日也
河原崎座都見世大舩盛蝦賊蝦顔見出し公宗郷の息女玉ゆら姫岩井久米三郎。花ぐるまの所あり。
四ツ限
の用心
三日月およし
半四郎
ちいさおかね
大吉
ゑびざこの十
ゑひ蔵
用心
へやかしら磯右衛門
わだねえ
外
六十一
ちよ〳〵らの
一おまつし
あてつ
あてつきの頃ら
善次
日だまの吉
だん
あかんぼうの八
もゝ太郎
三十四
今もつて花車とて流行長唄兄也。村上彦四郎義熈男女蔵にて暫。雲地親王にて鬼次
うけ也。渕辺伊賀の守中嶋和田右衛門。㐧一番目四立め浄なり色衛寝覚床常盤津文子
太夫。同造酒太夫。同兼太夫。三弦岸沢連中也。楊名之介男女蔵。朝凪の六蔵鬼次。契情三吉野
喜代太郎。とろ凪の九助従五郎小島の満女めなみ半四郎。同あま小まつ常世。右六人の所作大一
でき。半四郎浄なりの内。馬士唄。白酒売。手踊評判わけてよし。新田義貞三津五郎国長の娘
竹次郎
一糸萩姫小佐川七蔵
の道をあつての道具替り。洞が嶽の所大ざつまの外記節になり。樵夫
改名也
ね。この谷蔵に市川鍛蔵。大まさかりを突影向楼の大木のもとに只一人立てせり出し。桜の木
に書付ある哥を見て無向に思ひ。打割んとする所へ天子の御旗下るを怪しみ。のさ〳〵と花道べ一
行所に桜の虚穴より幸四郎児嶋備後の三郎覆面頭巾那袴にて出。香包を拾ひ足こそ
まさに柴舩の名香〽十二ヨヲとふり通り。互にきつと見へ拍子幕近年になき目ざましき
事と見物のじや。じや皆止ず大当り大評判。五立目稲荷堂切みせの幕。ふせぎあてつきの
次郎に坂東善次。地廻りあかん坊の八桃太郎目玉の吉図作。切みせ女。ちよ〳〵らのおまつに
岩五郎ちいさおかね大土口。三日月おせんに半曲郎。部屋がしら磯右衛門に和田右衛門にていろ〳〵と
おかしき事あつて。鍛蔵ゑびざこの十といふきほひにて。おせんと浮事有て。次におにを駕に
乗せて連てゆかれ義貞の館へ追かけ来り親の由緒あればとて侍に取立られて亘新左衛門と
名乗り夫婦悦び帰る仕打外に真似也。人はないと評判也。次に畑六郎左衛門にて御正印紛失
のいひ訳に切腹せんとするを。淀五郎大佛太郎にて。介錯にかゝるを切殺し六郎左衛門が守護
なす御正印紛失なして。ゝつまる物かと。夫より直義を引出家させ。貞子富士五郎を遠流
させ。敵役を追拂ひ。雲気たなびくを見て先帝隠岐の小嶋より臨幸ありしかと御正印
を三室に乗せ花道の中程にて例のにらみにて幕を切る所余人の及ぶ所にあらずと
評判記にあらはしたり。二番日横谷東民実は備後の三郎に幸四郎。腕のほり物師にて大
勢善の者ほり物のはなし。例のしやれあつて後に渕辺伊賀の守和田右衛門来り。宮の御首一
討奉れと有を請合ふ所きつこしてよし。夫より熊蔵六部の出一夜の宿の無心をいふ時。東民一
女房おりつに半四郎。見れば我兄なるゆゑ。子細あつて泊がたしといふ。是非なく立かへる所を
かげや左衛門
ゑび蔵
河原県澄
女ぼうおりつ
ほり物師東民
ほり梅師東京
修行者お宿申さんと。二階の簾を上。両人類を見合す所。見物の誉る声しばらく止ず。夫より
いろ〳〵世話狂言あつて。トゞ夫婦げんくはのおかしき事。幸四郎。半四郎両人にてあり。六部は相模
入道の家臣長崎勘解田左衛門と悟り。幸四郎草足袋をもつて顚蔵が頭を打は無念の思入
あつて。額に犬といふ文字あらはれ。トロ〳〵にて賈の中より白き蛇出る。三人きつと見へになり
○ハテ心得ぬ。寒気しきりに今宵中の此時。いづくよりかは此蛇。その色白きは白花蛇といふ
物なるか。アレ〳〵修行者にむかつて鱗を逆立かしらを持止しありさまは。軽き小蛇の振舞よなア〽又
うせたかエし。いか程我に付そふとも。主点の家名を起さん大雪やはか劔を返さふか。立さらぬ物
ならば。今目前に掴み殺すぞ〽ハテ勇しいしゆ行者の〽ひたいに見へし今の文字〽なにが
なんと〽犬は門戸を守もの〽小蛇は仇を援するもの〽かれといひ是といひ〽六部が此場
の〽このあやしみ〽せうげをはらふは大乗妙典利益は目前〽これは〽御亭主後に逢一
ませう。卜此三人の立合一日の見物事と。大評判大入大当り也。
是より見返しに写すは。寛政四子年顔見世評判記の位付出情の分ばかり爰に記す。
同玄米十三才
十目視所惣座上客
極上上大吉無類市川鰕蔵河原平左衛門
若女形之部
十月四町上上七百廿大谷徳治市村左
惣巻首
梅巻首
立役巻頭
立役巻軸
火上上吉市川門之助市村座
極上上吉瀬川菊之丞市村屋
璽上上吉小佐川常世原崎理
上上吉市川団十郎市村座
十月禎院上上北古織中嶋和田右衛門河原崎
極上上吉岩井半四郎栗崎村
桜巻首ほかび十二視所
惣巻軸亭主の座
十百視所上上同坂東善次右同座
極上上吉松本幸四郎男徳座
寛政五安丑年」春中村座「鼎曽我中村」大谷徳五郎改名して四代目中村伝九郎と成。時宗の役
祐成に宗十郎。朝ひな広次。工藤祐経八百蔵にて。狂乱の出。対面所作事長唄にて有。山下
万薬下り夕方を虎にて勤る。祐成にて伊左衛門宗十郎。浄なり文紙衣姿不二屋一常盤津
兼太夫勤る。山下民之助下る。後に清玄に宗十郎。桜姫に民之介。評判よし同四月十九日より
伊藤書あづ主堀」由良み介と。天川屋儀平宗十郎。大星力弥と塩谷判官二役八百蔵常盤
駿河の守範之伝九郎。おその万菓。九太夫助五郎。おかる瀬川冨三郎でつち住吾音八。師直迄
勘平に勘弥太田に竹又太郎。早崎弥五郎森田勘次郎。鷺坂伴内。と寺岡平右衛門広次
此狂言赤穂の塩竈の模様にて。宗十郎蜂の巣み場。刀弥八百蔵矢柄を折所大できなり。
同秋双蝶蝶」放れ駒の長吉と。駕の甚兵衛隆院。橋本治部右衛門又太郎下駄の市に中島
三甫蔵長吉あねおせき市松。け。いせいあづま山下民兵助。幻竹右衛門助五郎。娘おとら瀬川
冨三郎。おてる万葉。流髪長五郎と。山崎与五郎二役宗十郎。役日市引の滝木曽の
義賢廣次難波の次郎市川雷蔵。高橋判官中村此蔵。慶ごぜん市松。待戸姫民之介
小。まん山下万葉。太郎土口大谷広五郎。瀬尾の十郎助五郎。多田の籠人行総中村伝次郎。
斎藤別当実盛沢村宗十郎。物語大でき也。同春二月五日より市村尼。貴唱我蓮文鑑」に
すること。祐経に門之助。国三郎に団十郎。宗に彦三。伊豆の治郎こま蔵。同下部早助実は
京の次郎権蔵。鬼王庄司左衛門龍蔵。同新左衛門半五郎。月さ迄冨三郎大坊丸に衆蔵。
のり頼に雷助。朝ひな市川冨右衛門。奴四ツたる平市川栗蔵。大嶋軍蔵も中島かん義一
和田義盛勘左衛門。近江八幡之助徳次。手越のせう〳〵米三郎。泊なり新曲神楽樹子二番目
お菊に菊之丞
幸介に門之助
。信。守。名酒盛。富本豊前太夫。同斎宮太夫。同安和太夫。三弦名見崎徳次
鳥羽屋里長相勤る。何れも大評判。千本ふ村の馬士はづなの源五郎に幸四郎。稲荷津間に
半五郎米屋の長古こゐ蔵。濡髪長五郎門之助柳嶋妙見の堂寺春月に岡十郎
山崎与五郎楯花。田町のかど舁み止兵衛勘左衛門。二番目町がゝへ朝皃の千太郎幸四郎。万屋
助六。実は井場の十蔵に而麗蔵。意久太夫実は秩父の重悪門之助。契情あけ覚厳三郎。
くわん。へら門兵衛。実は三保谷の四郎半五郎。白酒うり新兵衛実はかづさの太夫忠常に
勘左衛門。三浦屋白玉米三郎。千太郎子分焼餅の馬十袖次。足軽石浜甚平に彦三郎
此狂言桜田治助出て助六の作り直し何れも大評判也。河原崎座に
正月
十三日ゟ
御前懸相撲曽切
工藤左衛門鍛蔵。小林の朝比奈鬼治。八わたの三郎淀五郎。近江の小藤太に和田右衛門狩野三郎
に升五郎。梶原源太景季善次。同平次かげ高団作。御所の黒弥五あづま文蔵。宇佐美の一
三郎に坂田左十郎。しんがいの荒四郎に市川森ば。何れも並び大名にて曽我兄弟対面也
対面相撲
名寄のつらね
そつの十郎も
坂東三津五郎
大いそのとら
小佐川常世
そかの五郎尉むね
市川男女蔵
けろいさかのせう〳〵
岩井半四郎
〽そも〳〵相撲の濫觴は。天竺にては浄叛王の風時探婆辺多阿難尊者と相撲して。力量を
争ひし戯あり〽まつた大唐もては秦の二世皇帝。甘良宮において武をかうじ。力者を集め其
力を戦しむ〽わが日の本の神代の昔。伊弉諾さんと伊弉冊さん。天の浮気な浮橋に。肌を合せて
しつぽりと。妹背の床入土俵入り〽扨人皇十一代。垂仁天皇の御宇。大和の国と出雲の国より
力者を召れ。仁寿殿の大庭にて。二人が力童競しめて叡覧ある〽これ本朝相撲の始
なり〽はじめて召れし我々も。相模の数へ入り足に。花待得たる花ずまふ〽名意をあげて出羽
の海。見れは向ふは秀の山〽きら星の井の其中へ。〽持てさんじた軍妃の〽うちはの一家で有ながら。
何くはぬ顔せぬふりて。魔の中に木瓜の〽もん日物日の伊達が関一座にならぬる名より川一
〽傍に梶原鍛冶が浅。御所の黒雲新がいの荒熊荒馬前頭〽コレとかく初会はおふよふに
物数岩が根岩が関〽ふりまに鳴瀧色仕立。生田の数も杉の尾に。浮名立浪立川の。水も
洩さぬ中〳〵も。貧乏ものゝ蓑嶋は。智手に花も紅の〽その色としも名にしおふ。赤沢山の井
八ッが峰。奥野の狩くら香取山〽せん陣幕や中入の〽お寄を送るは女郎の常山まづ一宮の
挑灯は忍びらの源氏川二ばんは立石平馬兵衛〽後陣に父が出立は。秋の千種や名草山
もへざの竹笠谷風に不破の図〽むらさき蒲団の罵駕。しづかに打す鶴波〽まちます
たる諏訪の森山阿曽の森〽権の木更科小楯にとつて。一チ二のまぶし越の戸の〽鞍の
山分射けづつて。大地へどうと緋甘野を思へば〳〵〽コレ。まだ其頃は兄弟が。年も五ツや三百が強
小弓に子役の暁がから。射節を松島友衛須磨の関やの居績を。門から寂の戸せかれては
袖がうら栄屋しのび逢〽ふたつ枕の二ヶ子山口舌に寝もせで沖津風〽あげくは例の
無理酒に。いふ琴の浦きかばこそ〽そのわざくれも神楽岡。仇くらべなる仲の町〽その仇人に
意恨くそ。宇佐美楠加茂川を。合せて三ヶの勝負づけ〽けふ立合を江戸が嶋。今ぞかたはの
しめつ面をはるかに宮城野勢見山。夫と三ッ浜とび懸めて〽コレ〽テモ〽ハテせいては事を茂り山へ
その荒滝も沖見山。余所は浜風吹ふとまゝ。こつちは心大石も。気を広瀬山に持しやんせ〽テモ
優慶蔵の花見歴むかしを思ひ出水川宮の恨の十八年。執貧ざしのだん。ひらも。爰が鳴ぎは
土俵際縦令相手が九紋龍雷電鬼勝熊山でも。まちに松山甲斐又が嶽。此時津風ごさんなれ。
〽サア気が早瀬川瀧の音。大戸さんすもことに寄尺何事も羨う〽玉垣玉の井さぎよふ故郷へ
帰るが足綿木〽兄貴はいつも春相撲長間は八雲山鳥の。しだり小の川長〳〵と。まち大関の
取組も〽時節を松の尾こらへて稲川〽それがかんじん勧進元〽その差添はわたしら二人〽兄が
名乗は村衛〽弟が名をも楊羽の蝶〽てやといふのも廓の名〽其きね〴〵の裏屋くそく
〽又の御げんをへどうも〳〵〽工藤左衛門〽祐経さんへけふお目見への初瀬山一身の盤井川岩手山
〽九十三騎は和田が原〽その大番も恥らはず〽御前がゝりの御免のうけ〽御ひゐき願ひ揚
幕より〽まかり出たる土俵入〽〽これ相撲そがの〽たいめんとホゝうやまつてまうす。
同二番目二月朔日より。幡随院長兵衛鰥老。白井権八に半四郎。女太夫。あけぼのゝお国道世。
こしえ関屋喜代太郎。本庄助市三津五郎。奴袖助に男女蔵。同谷平鬼次。絹勇弥市澤五郎
本庄監物富士五郎。馬士うはばみの弥蔵に和田右衛門。鈴が森の六大吉。鮫洲の権に梶太郎
此外大勢。給か森の段半四郎大評判大当り。後日銀蔵岩藤尾上に常世。おはつに半四郎。
大でき。三月跡植木売十兵衛実は七兵衛京清熊蔵。地獄谷の大日坊鬼次を殺し。例の引ぬき
糸鬘にて重忠の奥方衣笠ごぜん常世。大仏供養の呼とも大でき。本田の次郎と。五郎時宗
男女蔵。せう〳〵に喜代太郎。二役奥女中小いな。稲野谷半兵衛三津五郎。盲女の手曳小助
源五郎。大根売大井村のお岩。実は京清女房あこや半四郎也。三幕目切に英名鏃五郎
市川銀蔵。川波の三郎亡魂男女蔵也。後瑞理薩摩平太夫。同鉄五郎。三弦き跡や忠次相
勤る。大でき大評判也四月より涌邑八百屋お七し土左衛門伝吉熊蔵。お杉常世。小姓吉三喜代太郎。
おせに半四郎。近来の大当もて鈴が森の段まで相勤。大評判大入入。此とき駒込円乗寺に
お七が墓を再建す。則半四郎施主といふ。中村麿は秋狂言休市村府府
実右衛門と桑名屋佐五郎二役幸助郎。嶋川太兵衛半五郎。小野木三郎。奴友平手高麗蔵一
佐五郎女房小磯菊之丞雲助どぶ六坂東辰蔵。佐五郎母に四郎十郎也。近江源氏佐々木
の四郎門之助。女房かゞり火茶之丞。谷村小藤次と塩売長蔵に楯籠。四の宮六郎団十郎
片岡遠酒之進に彦三郎。四木兵衛に罷蔵。北條時政勘左衛門。でつちぼん太徳次。何れも大でき
なり。河原浅座。姫小聲日遊丹左衛門元安三津五郎。俊寛蝦蔵。二役小松の重盛也。鶴の前と
おやす以手四郎。あづまやと。小督の句常世松のまへ喜代太郎。亀王男女蔵。有王恵次。徳寿丸
七蔵。お安親次郎九郎善次。何れも大でき大評判。後日江戸紫娘道成寺岩井半曲御所作相
勧る。こんがら坊坂東三津五郎。せいたか坊大谷店次也。大でき。当年半四郎出情にて。春狂言より
五月まてつゞき。そが医を出し。秋より狂言怠りなく冬迄つゞきしは大手柄と評判なり。中村府休
仮芝居の看板出る櫓幕の紋口上とも左にあらはすなり。
私芝居之儀寛永年中於御当地始而興行仕候所
年久敷相休罷有候然ル処今般蒙御免於堺町歩教妓秋谷
御ひゐき厚相続仕候様偏奉願上候以上
吉例之通霜月朔日ゟ顔見世狂言仕候
同同組大芝居
興行を為仰付誠に身に餘り冥加至極難有仕合奉存候何卒
一瀧亀松
證元都傳内
都理頼見世〽優美麗美華麗職」木曽殿のおもひもの巴御歩にて兼之丞督也。清は為仁親王に一
半五郎壱岐の判宮前鹿鹿広次。赤塗立にて花やか也越中の次郎兵衛盛次持蔵樋口
女房掛碇市松梶原源太景季団十郎白拍子梅が枝久米三郎。今井の四郎は兼平三津太郎
佐米の四郎高綱伝九郎梅が元と所作ありて。次に団十郎と角力のたて。三人共に目写
花の美しい橋大評判。船人よふそろの弥須新蔵。唐女に茶之丞。これをかくまい置て。堵し
女郎宮人とて。入来る客を味方に付る仕打あり。後に切腹して次郎兵衛盛次と名乗。真人一
実は阿波の内侍也。二番目手塚の太郎に半五郎。鎧着て兜の鉢にて。兵粮を焚弱君
君を介抱し。殊巴ごぜんに名残を惜み。心に討死と覚期きはめし愁ひの仕打。栄之丞両両
豊竹越後太夫浄なり。新花陣笠雑兵の形はや村の所。実は石田の三郎にて巴をたばかる。
巴御ぜん討死手をひの所。茶之丞大でき大評判此狂言は天明六午年森田座の
顔見世の通り也。葺屋町市村座休に付仮芝居名代替り。桐長桐と成り。宿司十五日
より顔見世桃太夫。太野伊達源一渡辺民部と豆腐屋三郎兵衛幸四郎。頼兼にこまみ高尾
に冨三郎。荒獅子男之助にてかん弥しばらく也。安部野の皇子和田太門。名和無理亮
助五郎にて両人請なりけいせい興州と。政岡のつぼね二やく久米太郎井筒女之助に
森田勘次郎
〽元服して初舞台。小蛇のあやしみ。小雀のむらかるを見て思入あり
坂東簑助
隆石なり
それより念仏村の小雪に米三郎と。何れ事あつて。当林の鬼貫中島勘蔵と花やり既
たてありて道具かはる此所見物未頼母しと評判あり。浮世又平にかん弥。土佐の又平に
高麗花。中ばしのお万実は五百ざきの小女郎狐冨三郎にて。夜光の玉を垂取んために。
廻国の修行者実は赤松彦次郎に付そひ。蘭奢待のかほりにて姿をあらばし。次に二人の
又平と。浄溜理信田妻容影中富常盤津文字太夫連中にて相勧る。二留め大切大ごき
同顔見世河原崎座。花麗源兵衛門碓井虎太郎定先にて。門之助しばらく。紅来の皇子
勘左衛門。物のべの平太縦蔵請なり。次に痘の浪人ものにて袖乞して居る所へ道長卿の息女
鶴姫瀬川七之助。これも癰にて。男子のをしの生血を用ゆれば即功ありとて。粟田氏都に
男女蔵。姫をかごに乗せ。連来り浪人に命を呉れと欲をかき付見せる。熊蔵逃まつるを
切つける。その刀を引たへり男女蔵を一ト太刀にきつて。すぐに姫を殺し。その血治を呑む
同同同同同同同同同同同
おも入ありこゝへ半四郎世詰女房の形にて飛みちより出て来る。門之助渡辺の綱にて
出る。ゑび花つね裏剣をうち拍子幕なり。次に酒のとうじ茨木長兵衛と成り。仲光方へ
来り浪辺に見あらはされ。嶋台の白馬の上へ蜘蛛の下りしを見て相馬太郎よし門と
名乗例の引ねき糸かづらの見え大評判大入なり
又花咲屋新之助
各丈伊
歌舞妓年代記巻之七畢
浜町元矢の倉
黒田
化江都
歌舞妓
年代記
篇
花江都
歌舞妓
年代記巻之八
花咲屋新之助
談洲楼焉馬者
東都
寛政六甲寅年正月ヨリ。同十戊午年霜月マデ五年ノ間ヲ記ス。
寛政六甲寅年春都代内座「初曙観画載し祐成に宗十年時宗八百蔵。大磯の虎に茶くなし
願ひな廣次。浄けり濱千鳥色景蝶富本連中にて相勤る。祐経と。鬼王半五郎近江小藤太
献蔵。伊豆の次郎に団十郎。なぎの葉御愛古松。けはひ坂の少将久米三郎八幡三郎三津五郎。
主馬の七郎盛国伝九郎。稲毛の三郎萩野東蔵。政子御ぜん山下民之助也。二番目二日替り。
玻
瑙
浄
いな野屋半兵衛
小いな
宗十郎
侠容形近江八景
日{
初
菊之丞
若松屋半兵衛
けい者小ぎく
八百蔵
達権様吾妻八景日
菊之丞
両日とも富本豊前太夫連中相勤る
初日料理人次郎兵衛三津五郎。座頭の坊
瀬戸市植次。奴今平伝九郎。水章屋お仲
七三郎。石場の太四郎半五郎。早川弥藤次
龍蔵。栗島の三作八百蔵なり。二日目
同同年代記同同
岡取八十嶋鬼市広次。竹本重太夫徳次げ。いしやお頼久木三郎。大のや女房おきの市松。大のや熊次
龍蔵。はん魂丹長井兵吉に団十郎。松浦軍兵衛半五郎。猿廻し与吉と。大槌屋惣六に宗や郎也
何れも大でき大評判。二日め別してよろしく。三十郎惣六大当り也。三月三日より三番目幸さき甚内に
宗十郎。二役子原尾上之助也。岩藤玄蕃にて半五郎。草履打の趣向。おのえみや下部はつ平に
八百蔵。忌内妹お原に乗さ悲也。同廿三日より五人男雇金文七八百蔵。安の平兵衛宗十郎
雷庄九郎半五郎。極下千右衛門龍蔵。布袋市右衛門徳次。文七女房おつたに菊之丞。宅間元龍
廣須。何れも大評判大入也。同都座百六十三年の寿都の錦大谷祐次。沢村宗十郎瀬川菊之丞
相勧る。同後日五月五日より施医浦近獄が。大岸蔵人宗十郎。田辺文蔵八百蔵。文蔵妻おしづに
二代目半五郎
御金かし石部金吉龍蔵。石井源之丞団十郎。弟半之丞
菊之丞藤川水右衛門半五郎
十三年忌追吉に
久米三郎。石井源蔵三津五郎。浅田屋十右衛門広次。そば切売伝兵衛に伝九郎。文新娘おみつと
鯛蔵は。百蔵いざりの一ツ大でき大坪判。切に曽我祭あり。同春河原勝座御国槐安敬曲戦し秋経迄
彦三郎。祐成門之助。時宗男女蔵。和田のよし盛離義。駒鐘弥左衛門と景清共三役也。鬼王と
鬼次。月さよとめこや半四郎。大磯の虎常世。けはい坂のせう〳〵喜代太郎二ばんめ刀屋半七
門之助。お蔵に半四郎。半七兄梅沢の彦六に彦三郎。中買但馬屋九助虎蔵。流るり色雄守
浮石夜楼常盤津連中相勤る。何れも大でき。後日しの不売門之助。大日坊野分の亡魂二役
なり。お染喜代太郎。久松に男女蔵。そば切かり風鈴次郎吉鬼次。女髪結水櫛のお露常世
浄陽理以前之通。常盤津連中にて。何れも大でき大沢判なり。同春桐座正月十九日ゟ
此両人のつゝね
釈迦精菩嵯義祐経と純子太言二役松助。祐成にこま蔵。時宗坂東善助
見かへしにあり
紀文
大尽と吉田の下部軍助や手四郎。女房おとみとみとけいせい三浦の几帳冨三郎。願ひ奈の三郎に
助五郎。近江の小藤太和田右衛門八幡の三郎に勝五郎。鬼王にかん弥。月さよ冨三郎。大磯無笛
やね小僧こま蔵大評判。三月三日より清玄こま蔵。是又評判よし。桜姫米三朱。清春に
万葉。奴壬生平勘弥。鳥羽平松助。こしもと妻木久木太郎。中田屋太郎兵衛幸助郎。何れも
大でき大評判。同二番目切。道成寺の所作昌田花鐘入中山富三郎両僧森田かん御
時に行年せりぬ
五十七戊四へつゞ
五十七才
松本幸四郎相勤る。当正月十三日中嶋勘左衛門終る玉松院是春日少
同文辰年代記者之ノ
同一二七七七七七七七七七七七七七七七七七七四四四七七
べし
十郎祐成
市川こま
市川こま蔵
五郎時宗
坂東みの助
妊護裁裁判署
桐座
(00000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000
對面織物画のつらね
桜田治助述
和漢の絹布織物の品類多き其中に錦は蜀江蝦夷高麗呉郡の後織金夫
警戒。六総緞は襦子より糸少く。加留左以須太女牟羅翠板は。これみな羅紗の等類
なり。〽曽我と工藤は一家のはし。同毛折でありながら。人の三ヶの猩々皮をのん傍葛刺
に褐子とは。さりとは黄絹吹噛咽織一〽緋木綿をつてけつかふは。一郎職の大上布。仁藍
さびに結城島。また縮緬を兼備へ。世にもめでたきくわつけいは。いふも華布の暹羅涙
〽莫鬱鍜むくつて昆天壇天禮黄。たれも白紹と頭紋紗先その衣地たづぬれば。安元二年の
冬仕入。まゝぶし定めて勘定も近江晒に八幡種〽綿弓とつて鷹の羽をり。矢ごろふたりん。
地合よきは。かの赤沢の山まへ絹。椎の木もめん三助立縞柄木桶に取呉服〽売人はあれば。
ども川津の三郎。其日野詣の出立を。思ひぞ伊豆の八丈織胡麻がら嶋の竹立に。秋のふ
野せりし装束切。金覆綸子の小倉島。馬は名にあふ紅梅絹〽芭蕉布勇みして蔵
やかに。梅の加賀詣風に福島紅の夕日影柏が峠の奥柳篠を。今織出しぞ瑚珀編
〽矢とつてつがへ生龍門引絞りたる手拭地。きつて放せばあやまたず。行騰生絹をかゝり
縞。ぐすと立嶋みぢん鍋〽すぐにねごやの秩父絹。その織色はまだ子裁なんと七子
と和絹端。しらねば母の綾あんじ。夜説もあはず只泣て。明石縮の苦を生絹〽むねんは
胸に陸奥の。その細布のけふまでも。青梅と願ひしかいき絹帳の葛布はら桟留
討て手向ん。仇敵〽敵とは〽サアかたきとは肩衣の涙子らうぜきを精好平かびたんき
から郡内に。木蘭おこつて利をもつて肥後橋に落南部鏑憂めに藍縞太郎氏編言
じつとこらへて糸入嶋〽兄貴は羽二重方は先生平から鬼縮握挙て横林からそつ方
八講半晒今が常布だ身の菱織勧念鍼と飛かゝつて〽コレ〽デモ〽ハテ花紗後
であらふとも。心を練して異国張。緞子なわしを見做ふて。当世ふうつう織になり。物毎
茶苧に銚絹〽しからば時節を松坂縞。かさねて。岸鶏生上田の。堅めかんじん広東島
〽そりや唐鍋弥までもなく。その五月雨の丹後絹。埒陽の紋派笠井くづし〽はんくわい
織の手織にかけ。雲斎つよく忍入り〽呉服綾羽と立ならび。思ひのまゝにきり
はたり〽てうどあゆみの厚板まで。通す刃の博多識〽その時由断を縛撰絲。組留
をりと五郎丸〽相手に錫蘭山讃服識〽まづ夫までは相良織〽御めしを繰をり古
金襴織を絵詣に立帰り〽鶴は雲井に羽を熨斗目〽名は万代の亀や縞〽善栄
曽我の〽対面を〽妙童〽菩薩も「上覧あれとにゝうやまつて白○
絵の前
のつゞき
太十所法恩寺中吉禅院に印塔を残す。市川白猿これを聴て〽闇の夜になかぬ
烏を感ずべし。勘左衛門を見るにつけても。禅悟の心面白し○爰に作者如皐は始め
若女形にて下り市山七蔵。二代目瀬川路考弟子と成。瀬川乙女。天明三卯年十月一世一世一代
道威寺の所作をつとめて作者となり。今十二ヶ年の間に。当り狂言の作数多ありしが
寅正月廿三日西方の芝居へ執きぬ。春鼻院静心居士三代目路考後名仙女兄なり。
四月八日より同第三番目。関取絹川与右衛門幸四郎。重井筒屋の後家お類松介。徳兵衛に
こま蔵。額風呂の小さん冨三郎。町医師堂聖幸祐に助五郎。雲助かなや金五郎勘弥
与右衛門女房おしづ久米太郎。娘おきく千之助。かさね井筒のおふさに万葉也。同青吉
敵討乗合噺]信田の左衛門勘弥。佐々木岸柳松助。信田次郎に襄助。月本武者之助。氏。
音屋五郎兵衛二やく幸四郎。比企の判官和田右衛門。金貸火の車の五兵衛助五郎。女かみゆひ。
臓櫛のお六と。宮城野富三郎。同妹しのぶ米三郎。岸柳娘浪の戸久米太郎。駕舁党
の次郎作勘弥。同時鳥の五郎八亥は志賀大七こま蔵。戻り駕の所大でき今月さかい町一
ふきや町両座共に曽我祭千蔵やかにて大評判。是よりそが祭なし。都座同秋けいせいせい三本多し
名護屋山三宗十郎。不破伴左衛門八百蔵。下部土佐の又平廣次。浮世又平龍蔵。物ぐさ兵衛
徳次。東山義尚公伝九郎。不破の伴暇団十郎。遣り手おみや市松。子育の観音頃半五郎。
けいせんかつらき菊兵衛。何れも評判よし。河原崎座し熊女房竹村宅之進館蔵。重の井
半四郎。千作と慶次門之助。鷲坂左内彦三郎。奴一平男女蔵。江戸平鬼次八平次虎蔵
与三兵衛従五郎。左内女房喜代太郎也。大切に千本桜
覚範顕蔵何れも大でき也。桐府八月廿日より。神霊天皇天皇天皇天皇政。正国に先享文
千之助。駕舁野中の松磯十郎。ねごとの長蔵勘蔵。竹沢監物和田右衛門。篠塚八郎藤助
由良兵庫之助勘弥。女房みなと中村名木太郎。筑波御前冨三郎。南瀬六郎字死こま衛
義興の公達し此役市川新之助四才にて初ぶたいにて相勤る後に改名して海老蔵
新田徳寿丸又七代目市川団十郎是なり。後にこま蔵俊覧にて。久木太郎両人
大でき。前の矢口渡も何れも大評判也同「四方郡御安藤路」新口村忠三郎勝五郎。亀屋忠兵へこま蔵
契情梅川富三郎。忠兵衛母妙閑と。大和のやぼ大臣実は新口村孫右衛門二役幸四郎。何れも大評判
同秋河原崎丸三本林隆盛慶長し仁木弾正左衛門直則と。足広屋三郎兵衛。らん赤くの吉。細川勝元
四役熊蔵。渡辺民部と汐田丹三郎小彦三郎。汐田女房小笹半四郎。荒獅子男之助と。狩野
四郎次郎元信門之助。まさ岡の局とけいせい遠山に常世。契情高尾喜代太郎。富田介太夫
虎蔵。川島次郎五郎と。深世戸平鬼次。関取雷鶴之助と。富田兵太郎に男女蔵。鹿蔵と称
河の場大でき。大場道益坂東善次。白川高斗市川弁蔵。大江の鬼貫大谷門蔵。何も源州
よし。次に片岡幸之進従五郎。片岡幸左衛門虎蔵。帯屋長右衛門彦三郎。女房おきぬに常世
おはん小半四郎。浄なり桂川月思出常盤津文宗太夫連中相勤大でき。後日久米寺弾正
襁蔵。けぬきの場。秦の民部に淀五郎。小野の美道弁蔵。桜町の中将に左十郎。小はらの
万兵衛答次。八剱げん場鬼次。小野の春風に男女蔵。こし元巻絹岩井喜代太郎也。二まくめに。
熊蔵鳴神上人白雲坊従五郎。黒雲坊鬼次。雲の絶間半四郎也。男女蔵久米の八郎
照光にて。鳴神あれの向ふより。お家の筋隈ひし皮の鬘。蓑笠大竹を杖に突押戻しの出何も
大でき大坪判也。九月廿一日より忠臣職塩谷判官太主蔵二役彦三郎。定九郎と平右衛門小鬼次
おかると刀弥喜代太郎。となせに常世。お石と。勘平。おその半曲郎。師匠と。義平田良之助矩義
何れも大でき○こゝに市川門之助夏の頃より。病の床に臥今快を待ところに。限ある事にや。
十月十九日閑にちる四ツ紅葉。江戸中のひゐき女中は。もとより泪の滝の屋を流す。大上上上士口
千松院龍車日勇信士寛政六寅年十月十九日。俗名市川門之助行年五十二才なり。
顔見世都座「関朝二郎敬教」大伴黒主宗十郎。白拍子久かた茶之丞。山野の小町に下。中村のしほ。
大谷鬼次
改名なり
二役貫之息女此花姫にて。五位之介宗貞彦三郎荒巻巻耳四郎二代目中村仲蔵社
三人
せり出し。浄なり鶯宿梅恋初音富本連中にて大でき。桂金吾に三津五郎。大江の岩戸左衛門に
龍蔵。金岡が一子松岡沢村源之介。舎人わし王鉄之介。紀の名虎下り片岡仁左衛門般善五郎
照門に広次也。当年霜月に困あるゆゑ。後の霜月朔日より五概作にて花都廓龍靼百姓
四郎作実は相高太郎と。栗嶋かひ三介宗十郎。仲居おはま茶兵衛。傾堀多をやぎ下し中村一
野従岩倉主膳彦三郎鷲塚十右衛門三津五郎。みくりや四郎為頼広次千葉九郎左衛門に
龍蔵。けいせい荒浅妻市松げいと小島に久米三郎。赤星典脇徳次也。並木土瓶作の狂言は
江戸風に合ざる故かふ入なり。一体の趣向嶋原軍記。片岡仁左衛門稲波六郎太夫実は駒木根
八郎にて鉄砲大筒にて館崩しの所あり。宗十郎前髪にて。七草四郎之所大できなり。桐座
顔見世男山椒盗石」鎌倉の権五郎景政縦蔵。しばじく。龍雲の王子勘弥鳥満弥三郎
半五郎。両人請にしき木に万葉。しのぶの前民之助。長岡五郎雷助。荒川太郎男女蔵なり。
壱番め四立日。矢谷の矢田平半五郎。みまな行教に団十郎。道長の息女おだへ始下と榊山
三五郎。牛飼お筆冨三郎。中将軍方の霊八百蔵。冨三郎と切禿の所作有後に仙台屋
萩市大当り大評判也。浄瑠理忍応慈雀色時常盤津兼太夫。三弦古沢里慶同万蔵
相勤。同六立目八幡太郎八百蔵。安部の宗任半五郎。奥女中つま木下り山下金作。安速
の藤太に下り萩井半左衛門。鎌倉の権太夫京成鍛蔵。上使に来り立役の仕うちあつて後一
切腹するふりにて八幡太郎を先殺し。誠は安部の貞任と名乗る。遠寄に成八幡太郎げん
ざんと二役八百蔵出て。汝が手に掛しは漁師さゞなみの辰。実は深吾成重身替りに立しと聞。
勘弥玄海坊とは偽り。河内の冠者とはね返りの実事。大勢語寄重ての見参と立訓るゝ
所何れも大でき。二ばんめ郡山のきなひ。金作次郎鍛蔵。馬士證指の岩蔵半五郎。こも僧舎育
団十郎。佐伯の蔵人八百蔵。大国屋手枕万葉。二本松の馬士がけの九蔵勘弥。けいこ兼富中山
富三郎。仲居ゑび并おかね。実は貞任妻岩手金作。むほん形はれ大勢相手に雪のたてあり。
大評判何れも役者崎大入大当り也。同河原崎座。松自婦女楠楠正成妹桜井に半四郎。楠
正成に幸助郎。二やく備後三郎也。同女房児嶋に常世。足利尊氏に松助篠塚五郎貞綱
にてこま義暫也。八才の宮市川新之介。高橋九郎に虎蔵。八雲皇子幾蔵。恩池左五郎
政虎簑助げいこお村米三郎。白当の内侍喜代太郎。何れも大でき。二番めに。松助人口法
太郎天神。半四郎猫の所作あり。浄はり常盤津連中にて大でき也寛政七卯年卯年一年
武仙子磨磨督義祐経彦三郎。祐成宗十郎。時宗三津五郎。鬼王に片岡仁左衛門。月さよ市松
赤沢十内と八幡三郎広次。朝ひなの三郎中村伝九郎。近江の小藤太仲蔵。舞鶴屋
伝三龍蔵北條の島女時姫久米三郎。くずみの三郎萩野東蔵也。今様狂言よし田や
喜左衛門に仁左衛門。同女房に市松。ふじや伊左衛門。実は団三郎兼之丞夕霧に中村のしほ
何れも所作。浄なり冬盤廓水仙富本豊前太夫同延寿寿斎同安和太夫。三弦名見崎
喜惣次佐々木市四郎相勤る。二ばん目五大力出石宅右衛門広次。さゝの三五兵衛仁左衛門さつま
源五兵衛宗十郎。小万栄之丞。藝者廻し弥助持蔵。名党八左衛門三津五郎。お此にのしほ
此狂言五人切宗十郎大評判。近来の大入大当り。二番目堀木屋孫四郎に彦三郎。おものといふれ
野し酒。丈八に仲蔵。第三年三津五郎。奴折助徳次神田の与吉廣須。多賀屋庄作に宗太郎
けいせい高崎久米三郎也。のしほ所作浄なり桃桜娘娘雛形。富本連中にて勤る。何れも大しき
切に栄之丞所作あり。二代目瀬川菊之丞廿三回忌追善三瀬川吾妻人形長順にて所作
大でき同言相座。西魁鞨師我一祐権離籠。近江の小藤太半五郎。祐成八百義。時奈団十年。
大磯の虎に冨三郎。伊豆の次郎かん弥。鬼王八百蔵。月さよに金作。梶原景季ゑび籠。浄なり。
一浪花島別野土常盤津連中。二ばんめおつま富上郎八郎兵衛八百蔵。後に八百屋お七に富三郎
古口三郎に榊山三五郎。お杉金作。土左衛門伝吉饌蔵。何れも大でき三月十一日より。時今廓前近松下
嘉平次。二役石川五右衛門ゑび蔵羽柴久古に八百蔵。小田春永かん弥武智光智光秀半五郎小西弥十郎に一
団十郎。五右衛門女房おたき冨三郎。光秀妻さつきに金作。けいせい高尾榊山三五郎。森の薗丸に
男女蔵。大仏餅や藤作萩井半左衛門。茶椀師清兵衛に雷助。二ばん目白拍子蔵ぞのに八百蔵
江戸桜娘道威寺両僧文珠坊図十郎。ふがん坊男女蔵。所作事大でき也。同音河原崎雁二月十三日
より法島師吉例。祐経幸曲郎。時宗笠助。祐成こま蔵。義盛に松助局近江と二役なり。
同中老八幡に常世。けいせい小柴喜代太郎。ばん。すい長兵衛五手四郎。女房おちゑと。平井権八
半四郎二役也。座頭きぬ市とま蔵。本庄助市簑助。本庄助太夫幾蔵。小袋坂無宿三みち
小僧虎蔵。万寿君頼家公市川新之介。何れも大評判。都府四月より忠臣蔵し由良之助
南無州石津野郡
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
…
…………………………………………………………………………………………
一〇〇
ばんずい長みへ
平井ごん八
彦三郎。本蔵に宗十郎。師直と九太夫仁左衛門。平太門に龍蔵。若狭之助と定九郎に仲蔵。
勘平三津五郎。おかるとさなせよのしほ。お石とおその茶之丞。塩谷に富十郎。何れも評判よく
大当り也。桐座忠臣。。本蔵と。義平。師直。鍛蔵。田良之助と勘平八百蔵。与市兵衛女ぼうと。
となせ。おその。三従金作。平右衛門と。塩谷判宮かん跡。おかるとお名富三郎。若狭之助と。石堂右馬にはん
弥五郎三祝男女蔵。力弥万薬。大鷲文吾団十郎。二役定九郎大当り。九太夫に半左衛門。山名
次郎左衛門に廣右衛門。郷右衛門に雷分。何れも大でき切に案女房道中双六の場一幕出て。重の井
金作。三吉七金太郎勤日改万薬追善也後且「蓬芭目斬王水八百円半兵へ八百蔵後家に
ゑび蔵。おちよに富三郎。評判よし。三代日坂田半五年終る。夏月院誓言三暁信士寛政
七卯年六月六日深川霊厳寺中万福院に印を残す。坂田半五郎行年四十才とあり。河原崎座
後日」女非人獣討し春藤次郎右衛門女房はる常世。治平左衛門に高麗蔵。弟新七に襄助。彦坂志六
松助。妹おろく米三郎。高市武右衛門淀五郎。一子庄之助尾上栄三郎。加村宇田右衛門に鹿蔵
須藤六郎右衛門小次郎。土手場常世大でき大評判。五月五日より忠臣蔵此年尾上菊五郎
十三回忌追答。由良之介と。となせ三役松助。朝平に簑助。本蔵に幸四郎。おかる半四郎。おその
常介。お石に喜代太郎。伴内小次郎。定九郎と与一兵衛二役鹿蔵。九太夫和田左衛門。師直に幾蔵
小姓月の尾上栄三郎。同竪の尾上直次郎。浜谷判官と。寺岡。千崎。天川屋四役こま蔵。義平一子
よし松市川新之助。何れも大でき。相座六月三日より。紅梅乾入梶原に八百蔵。股野五郎かり弥
六郎太夫娘こず人三五郎女護嶋俊寛八百蔵。千鳥冨三郎「雁金五政一文七千八百蔵
当庄九郎と。母の平兵衛かん弥。清川に冨三郎。山川権六団十郎何れも大でき。同秋都摩
一盗賊権左衛にけいせい高尾原之丞。頼兼宗十郎。鳴神峯右衛門廣次郎。うす雲と政図のしほ
松枝寛三介彦三郎。朝倉弥十郎に三津五郎。才原勘弁田と庄司甚右衛門二役仁左衛門。うき豊
戸平龍蔵。薄谷大鉄之助浅倉主税に源之助。足利兵庫仲蔵。柳川源吉伝九郎。わたら井
金兵衛東蔵。浅倉妹しのぶ久米三郎。嶋津重三郎に宗十郎。何れも大でき後に一の谷跡の
熊谷宗十郎。女房さがみと。菊の前菊之丞。忠慶と義経彦三郎。六弥太宗十郎。太五平
中じま也
を殺し。庄屋円に当り石をつみし
弥陀六広次。庄屋孫作徳次也。百姓共須の股運平
百右衛衛
車の上へ運平が死がいを立せ。徳次祭のおもひ付。百姓ども木やりにて引て行所。見物はらを
抱ゆる。敦盛と小次郎直家久米三郎。人足廻しの茂治兵衛に谷次。何れも大でき出入の浜
黒船忠右衛門片岡仁左衛門。はんじ物の喜兵衛徳次。高市政右衛門東蔵。かまくらや仁右衛門四郎十郎
瀬川に久米三郎。喜兵衛女房おはまに市松。獄門の庄兵衛龍蔵。鎌倉屋五郎八三津五郎。
奴の小万のしほ八木孫三郎宗十郎。大評判也。相座(妹脊山一鎌足。鰐七。大判司清澄三樽
八百蔵。柴六女房おきしと。後室さだか金作。雛鳥に団十郎久我之助清船榊山三五郎柴六
と入鹿大臣かん弥。めどの方とおみわ富三郎。藤平の淡海男女蔵。四だん目にさる廻し。鹿島
の平触八百軒。哥比丘尼冨三郎。五郎四人の所領何れも大でき也。河原崎座雁入毛尉東伽羅
渡辺民部幸四郎。産千代君市川新之助。めのと松がえ半四郎。二役高尾也。とうふやの後家
おきた。常世。浮世渡平と後蔵。けいせい薄長喜代太郎。足利頼兼長助氏部妹政をかに
米三郎。当麻の鬼貫泥五郎。立波梶右衛門に和田右衛門。斯波外紀左衛門虎蔵。円取鳴神
谷右衛門と。仁木弾正に松助何れも大でき。二番目夏祭の趣向ありて後日。姉脊山大判司と
鎌足に幸四郎。さだるとお三輪半四郎。淡海にこま蔵。久我之介に喜代太郎雛鳥に米三郎。
漁師鶏七に松助。何れも評判よし。都府九月九日より大内鑑近満に彦三郎。安都の保名に
富十郎。左近太郎三津五郎。女房谷町に市松。道満女房つくば根栄兵丞榊の前と二人葛の
葉のしほ。忠右衛門と岩倉治部に龍蔵。六の名久米三郎。奴与勘平次芦屋将監と二やく
やかん平片岡仁左衛門。あべの童子鉄み介。何れも評判よく別して四段目大でき大人なり。同顔見世
都座「福徳豊義経」伊勢の三年八百蔵。由利の八町仁左衛門に。盗賊の弟子入に来り。今参の雲丸
と呼れ。夫より御製のたんざくを火中して。景肥が幻術をくじき。散しま姫久米三年を取もどす
所よし。熊井太郎忠基に六代目団十郎。午年十八才始ての暫大でき也。守貞親王にて仲郎請
かす谷の藤太右季に助五郎にて大評判由利の八郎女房小きんに金作梶原源太郎太郎兵庫にて
所作折箙竹梅幸つゞみ哥湖出市十町三絃杵屋和吉也。同洞理一條平林藤口八町堀
喜平次宗十郎。忠義の為に女房おさく兼言悲を。常盤ごぜんと名乗せ六条へ遣すべし。三尺
清盛入道にて常盤が色に迷ひ愛せらるゝ所あつて。誠は喜平次が女房と見顕はし。次に
亡霊出て苦められ。火の病の所外の者の及ぶ仕打にあらず入日を招き返す勢ひする
まじしと大評判大当り。兵衛佐頼朝源之助。牛谷丸鉄之助慈源太義平に三津三津太郎
清盛の乳母八条と長田の太郎の蔵。弥平兵衛宗清女房やどり木富三郎。常盤御前へ
栄兵衛義平の妾芙蓉に米三郎。中宮の太夫。胡長氏之助。七助。七が松国長に潰む。
二ばん目浄なり色上戸瀧車富本堂前太夫同延寿斎同安和堂三倍名見崎名見崎喜三次
富本兵助也。上総七郎景清男女蔵。鷹が峯のにしん坊龍蔵。白拍子熊野御前富三郎。
平の宗殿三津五郎。池田の宿の朝貌茶之丞。五人所作立ありて大でき大入也。河原次郎座
新野郡森儀太儀忠右衛門督忠文熊蔵。田原藤太藤四郎法華山のけのけさ太郎と。上平太
貞盛二十三浅蔵。忠文妹八重給常世。経基の息女有明姫半四郎。二役怪童丸金時足高
山の霊鬼百魔の山姥松助。山桟根がこのよき蔵。実は箕田のつがふ蝦蔵四人の所作天津利
浄なり。稚遊山路錦輪常盤津連中にて。第一番目六立日大語に相勤る。秀郷の長男田原
の千暗坂東簑助。多田満仲嫡男文染丸市川新之助。渡辺深須綱栄三郎。浄蔵兵衛に
従五郎。権の頭すみ元広右衛門水上の夜刃太刀太郎に和田右衛門。二番目薬の湯師通円に幸四郎。
ゐなる女お竹に半四郎。実は将門妹まさ娘。やつし木綿の振袖と見せし衣装にて炬燵と
背負。それに幸四郎手をあぶりながら雲見の出也。通糸めかけお露。実は龍の都の都の乙姫
恋の口切の指南のじやら付より。終に龍女と見顕す所大でき。次に鞨蔵献売清左衛門と
幸田町こたろの上に絵の羽織を掛。梅の花を碁名になぞらへ。下総の国猿嶋郡も手段
によつて打つぶすと当言。両人詰合あつて。将門鍛蔵。秀卿幸四郎。まさ娘生四郎。頼女常れ。
何れも大評判。此顔見世木挽町三座一ばんの大あたりと評判なり。「寛政丙辰年」春都府
旅州渥吉郡課長」五反左衛門二代目中村仲蔵。釣狐の対百十郎彦三郎五郎に八百蔵。願ひなき
萩野東蔵。月さよに野塩。大磯のとら喜代太郎。和田の義盛片岡仁左衛門。京の次郎祐俊
徳次そかの団三郎に団十郎。近江の小藤太助五郎。八幡の三郎山本京四郎なり。二番目
二日替り。片岡幸左衛門に片岡仁左衛門。昆布屋与九郎兵衛に徳次。萩原主膳山科四郎十郎。
下部逸八東蔵。しなのやお半久米三郎。ふじや出此喜代太郎。非人ひや酒の権仲蔵神田の
きことい勇の十に団十郎。片岡幸之進彦三郎。おきぬにのしほ。帯屋長右衛門に八百蔵なり。
初日
初日
道行
帯文桂川水
浄なり二日とも常盤津文字太夫。同政太夫。同左名太夫
三弦岸沢小式部。鳥羽屋里慶相勤る。釼術指南野田
後日
浮偕吾妻森
道行
幡龍仁左衛門。船宿あげ汐の又に。大谷門蔵船頭いたごの
三治に東蔵。けいこお花久米三郎。金かし地獄清左衛門仲蔵
有かり江戸子伝兵衛八百蔵。女房おりつ喜代太郎。さる江町の与次郎彦三郎。おしゆんのしほ
右の跡にて尾形の三郎に八百蔵の横笛中村のしほ。道成寺の所作こんがら坊彦三郎。せいる
坊仲蔵何れも大でき大評判三月三日より薩討雛礒貝嶋川太兵衛に仁左衛門蔵人と磯貝
実右衛門と二役八百蔵。下部友平坂東彦三郎也。同四月より信仰記」此下藤吉八百蔵。山田
会永彦三郎。松永大膳と薬屋足斎仁左衛門。新作に図十町。霊姫のしほ何れも大あたり
次に八百蔵仲蔵両人一尺駕篭」禿小久木三郎評判よく吉原より。女藝暑の誉ことば
あり五月より菅原菅丞相彦三郎梅王と源蔵二やく八百蔵。時平と白太夫に仁左衛門
桜丸のしほ。松王仲蔵。すくね太郎東蔵。新田の前と戸没喜代太郎。八重に久木三郎。
何れも評判よし同音相座監我大福帳」。祐経に大谷広次十郎に宗十郎。五郎男女蔵。
大いその鹿に冨三郎。鬼王三津五郎。国三郎龍蔵。少将に米三郎。近江の小藤太友右衛門
二宮の太郎伝九郎。鴫立沢のお鶴菊之丞。朝ひな坂東善次。舞鶴屋の伝三に広次
浄るり文枕閨初戀宮本豊前太夫。同延寿斎。同安和太夫。三絃名見崎長喜惣次連中
相勤る二十ま目(隅東磐宿性性由兵衛女房小梅と。でつち長吉菊之丞二やく也。千葉石攻
之介常友中村与之助。金屋金五郎男女蔵。花川戸の髪結。伝九郎伝七に伝九郎。なば。
後に改名
一綾瀬主水之助沢村源之助米屋左次兵衛
の小姓庵崎右京之介沢村鉄之助
田之介也
尾上雷助。下女おたけ山下民之助。田舎関取赤手拭の長五郎友右衛門芸者額の小さん
松本米三郎。源兵衛堀の源兵衛に龍蔵。しからき勘十郎に三津五郎。米屋娘おきみに。
中山冨三郎。金屋金兵衛広。須。楠の由兵衛沢村宗十郎。大評判大あたり也。同跡狂言
江戸赤穂隠籠。かほよ御前菊之丞。芝居見物の所あり。京四篠台舞蚊役者中村千三助に
梅の由兵衛
宗十郎
でつち
兼之丞
春
二番目狂言
隅田春妓者容性
相座
此千之介改名して瀬川菊之助
善太夫千之助也
同四条の役者中村伝九郎に伝九郎也。同役者
又ゆゑありて路之介と成今路考也
上村源之助に。沢村源之助。役者頭取蔵井才三に広次。不破勘右衛門に宗十郎ざり里打
の所あり。二役由良之助也。力弥と田代安兵衛男女蔵。堀部弥次兵衛と師直龍蔵。おかると
弥次兵衛娘おきそ二役冨三郎。えんや判官と。勘平。たたばこや治年作に三津五郎
初右衛門妹おのぶと本蔵娘小なみに米三郎。与市兵衛と定九郎左右衛門。何れも大評ばんと
大ごき也。五月五日より。幽藤皇巨婦」かさね茶之丞。与右衛門宗十郎。舅与右衛門広次。小山
判官龍蔵。同悪五郎友右衛門。いせい荒茶町富三郎。深しま隼人に三津五郎。千原
左近に男女蔵て。跡へ附一幕(兜電記(あとやに菊之丞。半沢六郎に伝九郎岩永左衛門
龍蔵。ちゝぶの重忠宗十郎。琴ぜめ三曲の所。何れも花やか大でき大評判。浄溜溜理太夫へ
竹本河内太夫。三絃鶴澤勘五郎相勤る同国性八郎
茶み恋せんだん女民之助小むつ米三郎。老一くわん龍蔵。和藤内母三津五郎。五郎軍
かんき宗十郎也。浄なり竹本此母太夫。三弦野沢藤吉也同春河原崎座柳槻曽我国
祐経に艱蔵。祐成淀九郎。時宗市松。月さよ常世。鬼王に松助。鶏の画の精霊道成寺
のやつしの所作。浄なり仇然名画の通路常盤津兼太夫連中相勤る。縦蔵休みて後日
忠臣訓譚由良之助幸四郎。十太郎こま蔵。おりゑ市松也。同つゞき。飛脚梅川市松
忠兵衛にこま蔵。孫右衛門幸四郎也五月よりけいせ以水滸伝し岸柳にこま蔵。月本武者
之助五手四郎。木村主計兵助蓑助。浄るり丹前出口楊柳嶋常磐津兼太夫にて。市松
蒙世。簑助。高麗荘。不破なごやの恩入あつて。所作大でき。都座「彦山権現毛屋村六助
八百蔵。おその野しほ。帯刀彦三郎。絹川弥三郎に団十郎奴友平仲蔵。内匠妹おたか
久米三郎。春風藤蔵に荻野東蔵。佐五平に徳次。京極内匠片岡仁左衛門。大評判
大当り。跡狂言富士太郎に彦三郎。二役山王の猿の猿の化現なり。歌比丘尼実は普賢
ほさつの化身のしほ也。浄なり雅似冨士の写画常磐津文字太夫連中也。何れも大評ばん
大でき。後日梅川にのしほ。忠兵衛八百蔵。孫右衛門彦三郎也。同秋相座時夜明比。比長三好入に
東金茂右衛門と山家屋佐四郎。二役宗十郎あぶらやお染菊之丞。久松に米三郎。油屋
太郎兵衛広次。けいせい浅妻に冨三郎。岡本良助に三津五郎。筑波茂右衛門に馳蔵一
虫売玉吉沢村源之助。町がく腕の久五郎男女蔵。油屋多三郎に伝九郎也。何れも
大でき浄るり菊花娘仇夢富本豊前太夫連中相勤る。同秋河原崎座貞物歯朱の歌
此狂言さし合有て彦山権現也と替り。京極内匠こま花。毛谷村六助に簑助大評判也。同
桐座後日(彦山権現(京極内匠龍蔵。おその菊之丞。友平男女蔵。お茶米三郎。佐五平
三津五郎。一味斎広次。六助に宗十郎にて。大当り切狂言二タ幕十帖源氏へ伴左衛門宗十郎
お国ごぜん冨三郎。名古屋山三に三津五郎也。同額見世桐座(銀積松行平惟喬親王
宗十郎にて。御即位の所へあばれ込るゝ場知道より憤怒の相をあらはしての出。其眼中誠に
威あつて猛くおそろし。青公家原をけちらし。義式の旗を引さき捨て高階へ片足をて。弓
司百官をにらみたる。勢ひ冷しく。此色悪外に仕人はなし。夫より深殿の皇后喜代太郎を撰
ふせ。無躰のれんぼに王位を奪んとして。聞へ入〳入らるゝまで。怒気天をつくの仕内めざましく。
折らしき狂言。三立目一の出来大評判大当り。二ばんめ紀の名虎の毒村路と。中納言行平なり
松風に菊之丞。上の巻浄なり。恋すそふ鄭手枕同下の巻。徒髪謡曲者富本豊前太夫へ
同延寿斎。同安和太夫。三絃名見崎喜惣次。富本兵助相勤る。磯馴の松兵衛に坂東彦三郎
須广の此兵衛嵐龍蔵。松風と所作事何れも大でき也。第一番目惟仁親王中村なみ助同
愛臣梅の井中将沢村源之助。忍士の又作に廣次。破軍太郎忠澄男女蔵。大江千里三助
伝九郎。けいせい田毎米三郎。県主かげ広に友右衛門。帯刀次郎三津五郎。両人たて有て
かげ広を殺し片腕を切落され腹切。片袖へ。こゝを切れといはぬばかりや梅の花ト血汐にて書
土手より落て死ぬ所大でき。此袖高松左衛門彦三郎の庭の流れへ来る事あり。妾舟枝も
栄之丞。二ばんめ西国順礼大慈大助実は孔雀三郎男女蔵にて。地獄の谷蔵東蔵と
両人角力評判よく大でき也。河原崎座」厳嶋雪瀬親小松の重盛幸四郎。岡崎の心房狛
つね世。けさごぜん富三郎。渡辺のわたる蓑助。遠藤武右盛老こま蔵。両人たて大評判浄なり
錦鳥緑橋供養。常盤津兼太夫連中相勤る。崇徳院に松助。天狗と成。所大できなり
壱番目三立目に源三位頼政の二男源太丸広綱にゑび蔵孫少年六才にて暫あり
嚴賜雪頑見勢
第壱番目
三立目
源三位頼政の二男
源太丸廣綱
鰕蔵孫少年六才
市川新之助
七代目団十郎也
しばらくのつらね
東夷南蛮北狄西戎
天地乾坤江戸市川
かたき役の鬼門を守る。
成田の不動の孫彦
やしや子。ちいさな口から
大きなねごと。ふきだす小僧と
おしかりを。かへり三ッ子のたましひは
百物語の化物めら。違はぬたくみの
まん中を。握てつん出た室の内。梅の
早咲初しばらくアゝ恙もない。こともおろかや某は。
源三位頼政が。もてあましたるおと息子。源太丸ひろ綱といふ。
わんぱく若衆とホゝうやまつてまうす。
河原崎麿
同二ぱんめ殺生石の五郎太実は鎌田の次郎正晴幸四郎。女房お名実はさぬきの六郎妹
浪の戸富云郎。貞国松助。三井寺の頼豪阿闍梨こま蔵。断食につかれたる所。後に毒
酒を呑て腰元を喰ころす所。親秀鶴を見るごとし。大ごき。当顔見世都座番附に二代目
中村仲蔵出し所初日前より病気の所終に蓮台の座へ至る一洞齋釈可仲信士
二代目
寛政八辰年十一月七日俗名に
寛政八辰年十一月七日。俗名二代目中村仲蔵行年三十六才。浅草報恩等中広徳寺に印
を残す。同顔見せ都座。清和二代太斎源。市川鰕蔵一世二代の狂言。碓井荒太郎定光にて暫。
舞台の請は村雲の皇子に仲蔵の所。病気に付大谷門蔵代りを勤る。物部の平太にかん弥
赤塗立にて中請丹波の太郎鬼行沢村喜十郎。猪の熊入道雷雲中村芳蔵。懐仁しん王に
都亀松。はや歌に山下万菊。多田の満仲に山科四郎十郎。伊豫の太郎秀純片岡仁左衛門
一世一代
しばらくのつらね
碓井荒太郎定光
同同市川鰕藏述
遠からんものは音にもきけ。近くは目黒の眠花まで。御ぞんじの江戸子。水道の水の砦は引こみ
思案の我まゝもの。当年つもつて五十六億七千万歳。先のお江戸にはへぬきわか衆惚たら
ござれなびくべい。へい〳〵言葉にがやむべべいなら。借てもさんじき切落中の間おひ込荒木戸。一
おつ。ひらひたるお目見へば。こともおろかや源氏の長主。源の頼光が肱股腹心とよばれたる。碓井の
荒太郎貞光楊幕切て見渡せば。舞台に居ならぶおぢいたち。山辺の赤猫大伴の黒犬一
凡河内の狐とつつかまへてかたつぱし。一番しめぢに赤手拭あかいは規父がゆづりの面一年ねかし
た納豆ゑぼし。柿の素袍に大太刀を。今年は忰にかり装束疏食をくらひ水を呑み。臂を
枕の楽しみは。ゑびざこの終り初もの。七十五日は申すもおろか。一世一度の太平楽と等ゝ敵白。
次に仁左衛門番太郎にて。辻番屋の内より。密書を持し飛脚をさし殺して。あくびをしながらの出
よし。太神の白骨に陰火もへ上り。夫より幼術にて忍びの軍勢催促の運削状をうけとる所へ。
此かほみせに半四郎
なにはの女商人はや咲のお糸にて岩井半四郎出。立廻りだんまりの幕評判よし。
大坂よりくだりし也
五立目大宅の太郎光国に団十郎。けい情はつ蔵久米三郎。茨木ばゝア広右衛門。卜部の季武に
かん弥。渡辺綱八百蔵。廻国の修行者快了実は相馬太郎良門ゑび蔵。妹なしほ。上使
白川の広文仁左衛門。四人碁盤を都になぞらへ。平安城を眼下に見下しといふ時に。興蔵じレ
吉戸三行言
さうま太郎
ゑび蔵
□□
六郎きんから
よし門妹ならせ
のしほし
□□□□□□□□
〽わたなべの詞
八百両
と神錫を突て見へ大評判。後に仁左衛門六郎公連と突名をあかし腹切。のしほ自害する
老責の寄大皷になる。団十郎かん弥詰合になり。遁れぬ所だ本名を名乗た〳〵。
くちをしや残念や。頼光が首ひつきげんと思ひしに。二才許良めらに見顕されたる名のつて
聞せるよつ〳〵聞け。桓武天皇五代の後胤平親王将門が嫡男。相馬太郎良門とはおれが事
だ。一世一度の御面みやう。間近く寄ておがみ奉れと。白眼し有様。ぞつとするとの評判。揚まく
より矢を射かける。其矢を抓む将門は米かみよりぞいられける。俵藤太が謀にて。渡辺
源次綱良門に見参〳〵と。八百蔵出て何れも落合。軍兵さほに並び花やかなる
大場なり。二番目箕田次郎友綱に八百籠。なにはのお糸実は岡崎の小女郎ざつねに
半四郎。伊豫の太郎秀純仁左衛門大神の所よし。浄なり色盞紅葉類常盤津文草
太夫。同政太夫。同左名太夫。三絃鳥羽屋里長。岸沢小式部相勤る。藤原千晴に八百宛
奴小団平団十郎。散しま姫と。足柄山の山姥のしほ。花うりむつ花と怪童丸金時半御却
分身山姥の化現に市川翻蔵何れも古今の評判大入大当り也。此時五十六才葛飾の
牛嶋須崎村に閑居して成田屋七左衛門と改名緋名は白猿といふ
一世一代をしまるゝ時ちりてこそ世の中の花も花なれ鼻も鼻なれ白猿
寿歌
身のほどをかへりみますのゑびなれば腰をかゞめて鼻のぶる也全
うえつがたならば紅裹めす頃に我は脱けり紅裏いしやう仝
一世一代の狂言大商によつて。江都に名たゝる人〴〵より。其寿を述し狂文。今日歌俳諧に
のほつ句。五百余吟あり。繁多なれば。爰に贅せず。委くは美満壽組入といふ小冊にあり。
赤つらばかりよき物は
なしと元禄の
ころもおもひ
ころもおもひ
出られて
幾むかし赤ふぬりたる顔をまた
しろふとにして見るもめづらし
浅屋金埒
如何なるか是西来の市川
柳は緑の角かづら花は紅の
天命を知る年にして身退く
一隈ゑどり世界の一大戯場を
一睨み破り顔見世の一世一代
一功成田屋の七左衛門どの
猶見まほしと
一京清と春は名乗て出よかし
いふ人に
かはりて
一よし下総の七左衛門でも
二代目
風来山人
狂歌堂
四方真顔
三升の紋は三ヶ津にかゞやき。惣祝者の冠者たり。此三ツの升をもつて日月辰の三光の
めぐみをうけ。宜く天地人の三才をはかる。時代狂言に智仁勇の三徳を兼備し
世話に忍臣父子夫婦の三綱をあらはす。神に三社仏に三尊。和哥に三神哥に三両叟
一三立日の幕には。しばらく〳〵〳〵と三声呼ぶ遠からんものは音にもきけ
目にも見よちかくはよつてかぐら月
談洲楼
焉馬
これぞ月雪花のかほ見勢
寛政九丁巳年春都座「江戸春真例普我」鬼王新左衛門と。十郎祐成八百喜。月さよと。五郎時宗
二役半四郎。観音の七兵衛実は京清一子あざ丸に団十郎。女六部清水坂の大日婆部に
中村助五郎を殺す所。白猿の面影あつて大評判。四立日浄なり初霞廓巣篭常盤津
兼太夫にて。朝ひな勘弥万歳徳又。大谷徳侯。けはい坂の少将野塩。時宗に半四年大いき
鬼王城まつ。宵久米三郎。六立目工藤祐経仁左衛門。朝ひな勘弥。八百籠と。半四郎かしの踊
の所作対面二番目於仲半四郎。清七八百蔵。道行所作浄なり梅見内脳南照君。此後二月
十五日より初模浅間嶽のしほ石橋大評判大てき。三月七月七日より御国名物抱菅屋多賀大領
に八百箱。二役船頭又助にて大領を筑摩川の水中にと討。後に竹鑓にて切腹の所よし。茶道
長玄出世して望月源蔵に仁左衛門。二役局政尾也。中元尾上のしほ。お初に半四郎谷沢求馬に
団十郎。こしえおつゆ久米三郎。善堂堂喜兵衛勘弥。谷沢主膳四郎十郎。鷲江一角助五郎兵衛
権平徳次。又助女房お大万葉。奴弁平門蔵何れも大ては。同言相任大津豊将監修」この狂言
幕なし。大沽まで返し道具にて深らし。曽我の十郎と。河津の三郎霊魂宗十郎。爰に彦三郎。五郎
男女蔵和田の息女虎御前御前茶こ丞。けは坂の少将在代太郎。朝ひな三津五郎浄部浄より雛膽月二引
富本豊前太夫。同連寿寿州勧る。月さよ米三郎。団三郎伝九年。鬼王友右衛門。しゆ橋竪の場より
の場。富十郎。茶之丞。男雛女雛の餝つけ。鉄之助。とら蔵。喜久蔵。鶴之助。冨之助。囃子形の人形也。
男女蔵喜代太郎。春駒の所作。二ばんめ青楼詞合鏡紀又宗十郎。佐野の次郎左衛門彦三郎方。方宗正
入橋菊之丞。大きばの三ぶ友右衛門。唐物屋小兵衛に持籠。大語に宗十郎と立大評判三月より
谷大伊
菊水蔵」宇治の常悦宗十郎。石堂勘師。田彦三郎。楠正行三津五郎。奥方秋篠と。寄せ浪
二やく茶之丞。奴照平男女蔵。夢はんじ在兵衛持蔵。勇介女房おせん喜代太郎。千束
米三郎也。奴かち蔵武右衛門山名一角東蔵。足利侍従之助伝九郎なり。此時勢れも評判也
浜町元矢の倉
黒田
十一丁
将
花江都
歌舞妓
年二代記
四篇
四
同春河原勝座富士吉田翻載し工藤に。鼻王。粟津。参屋武兵衛と四役幸四郎。あこやと班女御前の
常世。重忠奥方衣笠ごせん八百屋お七冨三郎。時宗と。弁長こま蔵。祐成と八百屋弥作長助
湯島の三吉淀五郎。朝ひなと土左衛門伝吉松助。ゑやくまくの善右衛門に和田左衛門。伊豆の次郎小次郎
浄なり忠春娘嬌巳年常磐津兼太夫勤る。評判よし。同三月三日よりこま蔵助六。四月九日
より鳴神侍れもよし。都座四月十日より〽いろは。縁死山中左衛門八百蔵。女房小勢半四郎一子三郎
古口五郎。鷲の段跡にて花扇耶鄲の枕。いこ持喜作八百蔵。盧生大盧生大尽半四郎評判よし。五月
五日より〽盛衰記」源太と。樋口の次町八百蔵。延寿とお筆半四郎松右衛門女房およしと。桜かえ二位
のしほ無間鱧大評判。重忠に勘弥和田の義盛団十町。巴御前久木三郎。平次景吉に仁左衛門
権四郎と二役也。辻法印徳次梶原平蔵助五郎。何れも大出来也。同六月廿九日ゟ大坂宿七十三年
右馬頭八百蔵。女房花園のしほ。斎藤太郎左衛門に仁左衛門。土岐蔵人団十郎。女房早咲刀薬刀薬馬
杠殺色朝ひな藤兵衛仁左衛門。女房おつる万茶。忰与市栗蔵。大松屋手代清十郎と。おほる兄。
眼兵衛団十郎喜蔵に門蔵。手習師兵助兵助と。喧嘩屋五郎右衛門八百蔵兵助女房お渡す
野塩也〽千本操昌ける」よし経団十郎。学軌仁左衛門。静御ぜんのしほ。忠信と源九郎執二役八百程。
右操狂言何れも大評判。浄溜理豊竹越後太夫三味線野沢藤吉相勤る。四月六日ゟ相介
けいせん時間桃(赤松彦次郎宗十郎。奴有平三津五郎。若党門作男女蔵細川勝元廣沢
養の金吾源之助。唐人杜世忠に友右衛門。大位之助彦三郎。みゆき御玄薬之丞。さつら井
新平宗十郎。禿きくの紋三郎を殺す所。彦三郎皺をうち。茶之丞三人大でき二ばんぢに
白杉子桜木菊之丞。たぶつ坊宗十郎。阿佛坊彦三にて。江戸紫娘道成寺所作大評判也
同五月十七日より一藤持権雄敏政文七宗十郎。安の平兵衛彦三郎。幡庄九郎持籠樋下千右衛門
友左衛門。布袋市右衛門男女蔵。おつたに菊之丞清川に喜代太郎。野田角左衛門東蔵幼臣
岩崎米三郎。山川屋権六伝九郎也。何れも評判よし。六月廿四日より忠臣講釈田良之助
十太郎二役男女蔵。塩谷と勘平伝九郎。おりゑ喜代太郎。森内と宅兵衛友右衛門。師直に
東蔵也。切に積成雪関扉少将に伝九郎。桜の精喜代太郎。関兵衛実は黒主男女蔵
大入大島也。河原崎座五月五日ゟ関取菖蒲与右清長五郎松助南与兵衛に幸与兵衛に幸四
おせき常世ぬれ。髪の小静富三郎。放駒長吉こま蔵。幻竹右衛門に和田右衛門山崎与五郎
簑助。行軍赤沢甚三郎尾上栄三郎。むさしや女房およき市松。何れも評判能政頼兵
曽我祭を出し。六月八日より後日こま蔵水仕合冨三郎松助鯉をつかふ大でき大評判同七月
より都野出雲城威軍配艦」夫柴久古口八百蔵。柴田勝重仁左衛門加藤正清団十郎曽曽利
新左衛門徳沢。五右衛門女房おりつのしほ。狂言少しの間也不入。八月朔日より近江源氏。伝兵衛
高綱八百蔵。同盛綱かん弥。珊火に野塩四の宮六郎門蔵。谷村小藤治団十郎。切に半西町
七なんげの所作大でき後日八百蔵俊寛嶋惣語九月九日より十帖源氏三段目物艸太郎八百前
かつらき野塩伴左衛門二代目広右衛門。名古屋山三かん弥礒馴様」四段目行平とおなへも八日程
小藤にのしほ此兵衛に仁左衛門父爺打栗四だんめ坂田の金平八百蔵いほはた半助印めて入道
幡雲門義坂田の金時片岡仁左衛門此狂言大坂登り各銭大評判なり。相座閏七月七月十五日ゟ
周蔵卿獄狂言いなの谷三左衛門と。半兵衛宗十郎。小いな茶之丞。下部瀬平男女郎。藤嶋高年
広須。久利かげゆ新蔵。一ばん目古品俄の所三十三間堂通し矢の場評判よし。若殿先次第
伝九郎也。岩城弥源次友右衛門。長尾内蔵之助彦三郎。若党友次三津五郎也。九月九日
菅原へ菅承相と。八重二役茶之丞。梅王男女蔵。梶丸伝九郎。松王丸宗十郎。時平に持籠。
すく弥太郎友右衛門。お春栄三郎。千代に喜代太郎。照国三津五郎覚寿と源蔵に彦三郎
何れも大でき。河原崎座。閏七月廿日ゟ時今蓮突起し石川五右衛門松助。蘭丸襄助武知光秀
こま蔵。女房さつき富三郎。小野のお通常世。春永淀五郎。真栄久吉右衛郎。切りに而藤蔵
望月太郎にて。冨三郎と石橋の立大でき。九月九日よりとくは丑寅初天神福しま屋清兵衛に
幸四郎。お初に富三郎。徳兵衛高麗蔵。平の屋六三町裏助。油屋九平次淀五郎。かしおばろふ
松助。大評判げいこおその山下民之助。げいこ竹次尾上伊三郎。同松次栄三郎。同橋次ゑび懸
此代明吉原の儀の所蔵やるにて。踊大てき。同宿月顔見世。都座替り。中村理再興也。名題
団十郎也
會毬。橘錦木第一番目三五目立役女形。惣座中不残罷出中村牌再興の口上并顔見世
御目見座附狂言に取組。子役大勢鎗おどり有て。桂散寺之助尾上栄三郎。同妹ぬるぞ。
尾上伊三郎。両人丹前の所作。左に安積の皇子市川滋蔵清にて。伊勢海老あかん平に
ゑび蔵督の出にし。四立目浄なり。五人一座蔵の盗荒川が郎こま蔵。五位之介に蓑助。裏塚
娘に久木三郎。和田の左衛門彦三郎くわいら介師おさと富三郎。実は丹須の鶴の精何れも所作大
でき。道具習つて。鶴野守の鐘をくはえ落す深江の蔵人染人孫五郎。須藤九郎に小次郎。両人にて
鬼功丸の太刀をばい合打打打に成。半四年し黒き振袖にて忍び提灯頭巾の出。幸四郎は鏡半四郎
太刀を取。だんまりの幕。次に龍蔵此時嵐七五郎と改名して伊具の十郎にて。六部の出松助実方
中将の亡霊物語あつて壺の碑と替る。実方雀飛ぶ。団十郎直井の三郎山磯にて。大鉄をうち。
洞の中より出る所評判よし。五立目外が浜の漁師五平次に和田右衛門。蚕善知鳥。越塩仙茎踊
大でき。夫文治安方彦三郎。義家と二役にて身替の所。宗任にてこま蔵数を打松島楼様
実は安都の貞任松助。琴をひき。後に見出しの場。佐伯の四郎花井才三郎。権五郎京政団十郎
周防の内侍のしほ何れも大でき。二番目一ツ家の居候一本左衛門徳次。青簀勘三坂弥兵衛半御取
宣ふりに葛籠を背負出側の世話狂言。半四郎。冨三郎。兵次とおかしみあり。後曲立目に渡し
野守の鏡に一ツ家の娘が顔をうつせば。鬼女のおもてと見ゆる故黒塚に鬼こもれりと詠たる
哥の心を引て。扨は鬼切丸の剱は所持なせしよなと顕はし。半四郎貞任が娘尾上の前と名乗
所大源判大当り。同桐座。西動鎮針木(二ツ目の幕発端。北条時頼三津五郎。佐野源左衛門に
宗十郎にて。三ヶの庄の御教書を鎌倉へ召れ諸軍の中にて絶はる所あり。三立目北條尉前も
市川幾蔵也。文の宗組の奴千種の染平に東蔵。千嶋の浪平友右衛門。千賀の浦平門蔵。東辺
の友平男女蔵。千とせの鶴平三津五郎は。大俎板に乗りてどだん場あり。四たて目浄酒酒酒
宮参結神垣富本豊前太夫。同延寿介。馬かた鞭籠に宗十郎。船頭かち喜実は青砥左衛門に
一八百蔵お礼の人その菊瀬川善兵衛。山篠左馬之助に伝九郎城之助妹みゆき朱三郎。両人酒うり
餅売のやつし。所作大評判。下り嵐三八浅原八郎と二役万鉄坊。実は佐世の源藤太肥景なり。
秋田城之介と米太郎狐八百蔵。お百狐菊之丞所作浄さり菊閨妹脊狐太夫前同断。二度め
るやき感白妙が亡魂にて聖女の所。佐野の源左衛門宗十郎。三人の子供物太郎に寿之助。桜し介
に源之助。松千代に鉄之助何れを身替りに斬んとする所をとゞめ二役後の女房玉房玉章にて
婦白妙を討しは泥藤太と悟り。恨みをはゝらさんとする所。源左衛門にさゝへられ無念のこなし。後に
敵討の場まで大でき。此顔見せ河原崎座は森田勘弥再興に付休也「寛政十午年春中村座
三月三日ゟ若駒。囃助。工藤猪股にこま蔵。八幡三郎幸四郎。小藤太松助。十郎に簑助五郎
時宗団十郎。対面耶鄲の後向見へよし。鬼王に彦三郎。願ひな徳次。山家屋の僧四郎
七五郎
龍蔵
改名也
小藤太女房矢ばせ半四郎。八幡女房真弓のしほ。大磯の虎富三郎なり
けはい坂の少将久米三郎。二番目今市善右衛門松助。大坂芝居の場座本笠屋上かつに
富三郎。和藤内の役にて鹿狩の荒事の所へ。半七にこま蔵。切落より乳のみ子を抱て出
舞台へ上り三勝と口舌の場めつらしき作意也。後に両人三勝半七の道行お染野院
久松半四郎。四人の所作浄るり滞乙鳥塒傘常磐津兼太夫。同伊勢太夫何れも
大てき。同座四月九日より妹背山」大判司に彦三郎。隠足半四郎。入鹿大臣松助館七こま蔵
でつち鹿太郎とお清所のおむら祐次。雛鳥に久米三郎。久我之介と淡海公義助後宣言。
さだかとむ。二幡二役のしほ今年故人中村冨十郎十三回忌に相当に付。師匠いたし置たる
二役を追答として相勤るゆゑ。三段目四段目。駿曽我の切へ出し大でき大評判なり。同年春
玉や新兵へ
玉や新兵へ
うかい九十郎
うかい九十郎
出村新兵
宗十郎
芝居年代記巻之は
正月十五日より桐座(著衣始小袖曽我人工藤祐経沢村宗十郎。奥方棚の葉菊之丞。八幡
の三郎弁蔵。小藤太幾蔵。近江八幡之助氏家八百蔵。鬼王三津五郎団三郎と願ひな夜。
男女蔵。福王丸喜代太郎にて。力を念じる所石像の不動高宗十郎にて大刀と成五郎
時宗と名乗対面。十郎に伝九郎。瀬川兼三郎下りて新造きせ川の亀葉の役けよひ坂
の少将松本栄三郎。五人所作浄なり髭豆男廓斐車富士太郎が太夫。同延寿斎おなしく
大和太夫。三弦三保崎兵助。名見崎錦次相勤。何れも大でき二番目(富岡磐山開出むら
新兵衛宗十郎。玉屋新兵衛八百蔵精飼九十郎に嵐三八町がらへ産毛の金太郎に三津五郎
氏原勇蔵に男女蔵。梅本女房おがね喜代太郎。玉屋手代三四郎友右衛門にて。吹矢を耳へ
吹こまれ龍耳に成ての仕打大評判茨の藤兵衛東蔵。新橋八百屋伊三郎に伝九郎。玉や
娘おゑんと。三国屋小女郎に蘭之丞。箱寄の船宿桐のや三婦に門蔵。水茶やお梅に下り
瀬川菊三郎也。同跡狂言三月三日より澪標浪花眺一扇屋夕衛刀薬之丞。けいこ若艸
千兵助。同こず元葉三郎。三嶋弥十郎に伝九郎。もくさんの茂兵衛義幾蔵。小びく尼北ぎゝ
鉄之助。藤屋甥岩太郎源之助。佐久間左源太門蔵。士田屋喜左衛門男女蔵。俳訪師諸師鬼国々
三津五郎。藤屋伊左衛門宗十郎。手代文六三八伊藤丈助に八百蔵也。此跡替りの世話行兵四幕
伏見関所の場。同京橋水仕合の場まで四月十二日より出す。高松宗左衛門宗十郎。里見伊介
八百蔵也。大館源五右衛門に三八伊助女房おりつ栄之丞。山崎新平に男女蔵。伊助妹お滝
米三郎。四三の五六兵衛友右衛門爪の多九郎東蔵也。何れも大でき。五月五日より跡狂言出し。一
浮嶋村の五郎兵衛宗十郎。女房お露茶之丞。そがの十郎伝九郎。五郎に喜代太郎なり。
団三郎に男女蔵。御所の五郎丸東蔵。西木主年八百蔵。五郎兵衛地に三八。鬼王に三沢九郎。
おなつに米三郎。清十郎に伝九郎。五郎兵衛弟厨六に友右衛門世治と時代を一ツに入れ。十番切に。
まで持込たる狂言也。正月より五月まで曽我狂言の邸へ附評判にし。五月廿一日ゟ蘭春代
新田義貞八百蔵。幸内に宗十郎。助市に三津五郎。女房おそね茶之丞。此松松兵不入にて。
少しの内いたし休み同春森田座は二月六日よ日より(市田隆地行廰)小野九太夫に広沢岩藤と
平右衛門に勘弥。ゑんやの奥方尾上御前常世。勘平女房お初に瀬川冨三郎也。忠臣蔵に
草履打を入れたる狂言也。三月より休み。七月十五日大坂下り杉右揃ひ韃男力。大太夫木
左衛門近国下り市川団蔵。御嶽鹿五郎下り市川友蔵。奴袖助下り中山猪八。白川太郎虎文下
坂田熊十郎。こし元父香下り市川徳之助。出売ねもよし落蔵下り市川団三郎。児猪丸俊の川
市松。はね沢玄蕃中村助五郎。矢是の七郎坂田左十郎。二條の奥方能葉御前常世。源の
光政に広次。白川の弘文かん弥也。二番目綴の錦し言藤次郎右衛門と。善栄佐兵衛円蔵。
同伊兵衛と高市武右衛門二役勘弥。次郎右衛門女房おはると。佐兵衛女房お縫常世。身責
一後に市川
の場大でき大伊判彦坂甚六に友蔵。春藤治兵衛中山猪八郎
加村宇田右衛門に坂田
内三郎ト成「
熊十郎。伊兵衛女房おみよ市松何れも大当り也。中村麿五月五日ゟ難計除安経丹波の
舟作に暴助八平次こま共。鷲塚官太夫松助。伊達の与惣兵衛兵衛幸四郎也。やつこ近年
団十郎。重の井富三郎。関の小万のし。重の井が新造しげ里中村金蔵。同重山尾上
今二代目
栄三郎
馬士八蔵幸四郎。座頭。けい政彦三郎。八平次に殺され早替左内にて
松助なり
同七十七代目団十郎
八平次が首を打おとす所大評判。此時じねん生のおさんに市川ゑび蔵也。
未だ幼年の時也
桐座は夏狂言。双蝶令人。湯髪長五郎男女蔵。飲ごま長古友右衛門。姉おせきと記門。姉おせきと云
みやと米三郎。あづま小佐川七蔵。山崎与五郎に伝九郎。難波からの所水仕合大せき
大内鑑(芦屋の道満と野干平男女蔵。安部の保各伝九郎。石川悪右衛門等中村角右衛門
こしえいろ香七蔵。奴与勘平友右衛門ぐずの葉姫と。葛の葉狐米三郎也。七月七日ゟ
応飛脚入忠兵衛男女蔵。梅川米三郎。孫右衛門に友右衛門。何れも大でき。中村御夏狂言平本権
渡海屋浪平。いがこの権太。横川の覚範三やく市川団十郎。すしや弥助と。忠信。源九郎武
三役坂東襄助。静ごせんと。お里岩井久米三郎。小金吾と。義経二役花井才三郎。川つら
法眼国五郎。弁慶に平九郎。すけの局山下万景。安徳天皇と六代ごぜん市川ゑび蔵び蔵也。
二ばんめ増補本町首三小屋後家おきんに万茶。海老名の源八中村七蔵。京屋手代佐七に
平九郎。稲毛軍藤次国五郎。糸屋娘小糸岩井久木三郎。本朝丸の綱五郎に簑助也
半時九郎兵衛市川団十郎。此夏狂言古今の大評判大入大当り也。同秋七月より中村府
入舩信由。永兵浮嶋弾正と。綱嶋の米舂八兵衛。実は小山田多門幸田郎。百姓四郎蔵本名は。
文暦年代訓
半時九郎兵衛
団十郎
内
本町丸つな五郎
簑助
七艸四郎利定。圓十郎。姉七はたと浮嶋が女房つくばねに半四郎。歌所定家卿と百姓万作
彦三郎。小山の判官松助嶋原のけいせい萩原中山冨三郎。平親王の霊と。浪人岩倉左膳
龍蔵
持蔵
実は千原左近にこま蔵女房関屋にのしほ。赤星内記嵐七五郎
三浦之助よし村に
改名也
簑助綱嶋の家主佐左衛門大谷徳次。与右衛門娘お茶尾上栄三郎。かし戌五郎に団十郎。笠間
外記中島和田右衛門。何れも評判よし。七草を持込し柱きワ也。同跡大内鑑」くぞの葉子わかれのしほ
保名簑助与勘平団十郎。やかん平に高麗蔵。道満に幸四郎也同唐菖蒲講謹」勘平さま蔵
切に。女鈴木一白妙にのしほ。最明寺幸四郎。評判よし。同秋桐座智仁勇三面熊横井左七宗十郎。
片岡助作八百蔵。柴田勝重に三八真柴久吉三津五郎。小田春孝男女蔵。小谷御前松本
米三郎。園生の前喜代太郎。三輪五郎永秀友右衛門。宅間玄蕃東蔵。春孝の小性秋月権之介
沢村源之助。こし元更科若太夫中村千之助。介作女房於袖瀬川東之丞。一番目五立目浄間
十二段月粧富本連中にて相勤る。友右衛門。三津五郎。男女蔵。菊之丞は妙国寺の蘇鉄の精
にて所作事あり。同二ばめ大内山山張白銀高倉の金十郎。実は石川五右衛門宗十郎。浦辻惣兵衛
八百蔵。ゐなり大太平の平に男女蔵。宗兵衛女房おしな喜代太郎。兵郎。小情滝川米三郎。小鮒。
の源五郎友右衛門。一人角力荒五郎沢村東蔵。塩瀬手代千次郎に伝九郎。何れも評判よし。
同八月十六日よりなす。聖物語一園を部の兵衛宗十郎。幸崎伊賀守八百蔵秋月大膳三八なり。
奴妻平に男女蔵。こし元まがき朱三郎。うす雪姫薬三郎。団九郎に友右衛門。定部の左衛門に
伝九郎。幸崎の奥方萩の方に喜代太郎。その部の奥方常磐井に菊兵丞。渋川東馬
に東蔵。かつらき民部三津五郎也。中の巻宗十郎。八百蔵両人切腹の場大でき大評判なり。
右浄なり竹本絹太夫。三絃持沢勇二相勤る。同二ばん目のべの書類紀の国屋小言。次兵衛
女房おいわ二役茶之丞。五貫屋善五郎に門蔵。鉄屋五左衛門東蔵。同女房おいち
富助。江戸屋太助に友右衛門。でんかい坊三八。粉や孫右衛門八百蔵。紙屋治兵衛に宗十郎
浄なり戀の橋づくし富本武孝太夫。富本延寿斉。三弦名見崎喜惣次。青将屋
里長相勤る。跡狂言駕舁七兵衛実は巴之丞に宗十郎。同佐兵衛に男女蔵老
もじの沢村鉄之介
今の
田之介也
けいせい奥州ゆうこん菊之丞にて。浄なり其柿浅間嶽
太夫三弦とも右同断。切に菊兵丞石橋大評判。九月廿九日より十月十一日まで。宗十郎
友右衛門両人大坂登り名残狂言一五大力一三幕二ばん目へ出す。薩摩源五兵衛に
宗十郎。笹の三五兵衛友右衛門。小方菊之丞。何れも評判よし。森田九月九日ゟ妹脊山
大判司清澄国蔵。太宰の後室さだる常世。入鹿の大臣友蔵。大職冠鎌足猪八。
清船に民之助。雛鳥に徳之助。猟師芝六府元かん弥。同女房おきじ市松。同一子
三作団三郎也。二番目振袖隅田川─聖天町の法界坊と。ぼう魂葱売団蔵。隅田川一
の渡守都鳥のおしづ常世。永楽屋権左衛門に四郎十郎。娘おくみ山下民之助。手代庄八
友蔵でつち幸吉実は吉田の松若丸に市松。浄瑠璃両顔月姿絵常磐津文字
太夫連中。三味線岸沢九蔵相勤る。市川団蔵所作大でき大当りなり。
○私云今年九月下旬岩井杜善。淡洲楼へ訪ひ来りていふ様は。中村座顔見世
役者の抱遅く。無人にて。当時団十郎。中村助五郎。岩井久米三郎。大谷徳次沢村
東蔵。沢村源五郎。花井才三郎等也。無拠世話を頼れ今更迷惑致も。我等
出世成立の芝居ゆゑ也。御攻之通わたくし事四代目団十郎の門弟となり。幼少
より高恩に預り。其上に養子と成。母方の岩井の名面を継事。二ツにはお江戸の
御ひゐきの有がたき故なり。さりながら当顔見世の座組にては興行も相成がたし。
一兄白猿は去ル年一世一代を勤。牛嶋に隠居いたす。爰に一ツの御相談と申すは。
今六代目団十郎を。此顔見世より座頭にいたし。興行いたす物ならば。お江戸根生
の市川団十郎御見物様方の御憐愍もあつて。相応にも参るべき物か。しかし
是に就ても今一度。白猿罷出。右の訳口上に速。相成候はゞ一幕も助られ候やうに。
頼申度は候得ども。一ツ且相止居候ものを。申出すも如何なり。庇元方よりも内證
にて承り候へども。一向取合不申との事。何と申て外になし。水魚の交りある方
ゆゑに御頼申す。委細の訳此発言を出し給はれと一向の頼にいなみがたく。庇本
勘三郎。半四郎に誘引れ。牛島の隠宅へ行右の次第を語りければ。白猿曰一
一世一代舞納め。此芽屋に閉居いたし。麁食をくらひ性を養ひ。はゐかい狂歌を
芝居年代記入巻之八
楽みといたす也。足を見たまへと。半切にかいつけたるを見れば。
杖は昼の朋
筆は夜の友
気は夜の友
世をすてゝ友達多くなりにけり
世をすてゝ友達多くなりにけり白猿
一月雪花に山ほとゝぎす
白猿
此通りなれば御返事に能はず。又忰団十郎座頭になる事。有がたくは候得共。
未熟の義なれば。来年外の座へ出勤して。其冠に至らざれば。かえつて笑草也。
唐頭になる器量あらば。いつか成べしと成れば。是もいらぬ物となる也。私再勤の
事は。幾重にも御免下されかしと。座もしらけたる言葉に其夜は皆〳〵帰りぬ
さればとて外に思案ものふ。其後も行てさま〴〵頼み。或はいさめ。又は怒事も
ありける。彼南陽縣の臥龍のもとへ通ひしも。かくやと。数度にして。漸口上斗もの
出勤と極りければ。先寄初本湊にかゝりし所。市川こま蔵。中山富三郎
坂東襄助と。三人立者役者極り。夫より紋看板を出し。霜月朔日より始る。
中村座顔見世花二群鼻鱗漲唾後伏見院の皇子勝仁親王こま蔵。楊石の介廣有に
助五郎。普門太郎徳次。大佛太郎東蔵。三人赤堅立同上下衣装にて清なり。
太刀下は三位の局の侍女園生の前久米三郎。敷妙姫に七三郎助五郎は金燈篭
を引おろさんとする所へ。篠塚伊賀守定綱にて。市川団十郎暫の出大当。伊
せりふの次へ
つゞけてよむ
しばらくのつらね
六代目
市川団十郎自作
夫一草食一瓢飲肘を枕の楽を。しんぞ昼寝の夢にさへ。見ぬ周の代の正月と
雑煮の腹で花道へ罷出たるやつがれば。新田左中将義貞が肘肱腹心と呼れたる。
篠塚伊賀守貞綱当年積て十八才。誠は廿市川の。流にあらぬ正真正命六へり
馴染のぶこつ者。楊幕切て流れば青い坊主に白い公家。三疋並んだ赤蛙。具木の虫
で生立て。舌も巡らぬ座頭は。あんまり早いと何れも狼呵。こなしでがいざります。色も
素袍の杜若所縁の人のお先国に。星非も中村勘三の櫓。一番太皷に起されて。烏賊
鵜の真似鷺のまね。親父が口真似口拍子。あふむの烏か面影の。些は似たる三なすび。
へたがこつちの取得にて。自慢の鼻の江戸前谷衆と。ホゝうやまつてまうす。
せりふの
前のつゞき
里見の五郎に花井才三郎。とのゝ兵衛勝五郎。須田の次郎に桃太郎。此所龍宮
の道具立。こづ龍王の装束。奴とら軈てう平助次。海月のかさ平中島勘六。あなごの
蒲平衛門安兵衛。桜煮入道生蛸中嶋百右衛門。じやくまく法印坂東辰蔵八才の宮に市川
三太郎侍女楓中山常次郎也。三立目何れも花やか。大でき大評判。団十郎此時廿一才なり。
同四立目浄溜院錦著総山守常盤津文字太夫連中にて。千種之助忠顕喜代太兵
牛に乗り。其手綱を玉琴姫に久米三郎。黒木売のやつし。一杯の形にて五人黒木売お住
今の瀬川へ
おきゞ中村七三郎。お雪岩井吉太郎。所作何れも
山下万余同おやま中村千之助ゟ
路考なり
蔵やか也。夫より巫女榊葉に富三郎山伏五人合院にこま蔵。両人所作あつて。山伏実は
畑悪八郎尉景と本名をなのり。犬神の術をあらはせば。神女はお辰狐の正辞を顕はし。
錦の御旗をばひ合ふ。其はたを風に吹取らるゝ事あつて。両人みへにて浄なり切る。ト
下より桜の大木をせり出す。此枝に錦の御はたかゝりある。其さくらの木の本に楠の
妻茶水にて巻物を手に持生四郎ゑぼし大紋同じ形にて海老蔵楠正行にてせり出し
まく方半四郎
第壱番目
四立目
中村座
楠正つらゑび蔵
楠おく方
半四郎〽ハテ心得ぬ所は洛外元黒谷。帰り咲なる桜が本。夫正成桜井の宿にて。
茶水
一子正行に教訓せよと伝へられし銘々。申聞する折に望んで。一順の風に連雲に閃め〳〵
下所は。乙并〽見る山〳〵の紅葉ばの。染る錦に引かへて。正しくあれは錦の御旗本〽帝ゟ
先達て。千種の中将忠顕卿へ御預ありしを待失なせしと聞つるが〽今此所へ吹来るは〽棄
し者の輩をいとひ
徳を正に。〽見る事じやサア○。〽定に是こそ錦の御籏。今かへり来らせ給ふは。御せい
運の全きしるしか。アラ〳〵有がたやなア。是につけても父上の。御教訓の条々正行慥に承れ
正行〳〵〽はウア〽それ獅子は子を産て三日過数千丈の谷庭へ真退さまに踏落す。其子
獅子のきざしあれば。教ずしてちうより帰り死する事を得ずといふ。ましてや其方幼年為
といへども慥に聞わ。今北篠一。家亡び失四海納るといへども。若君に弓弾朝敵発ば。見事
金剛山に楯篭り。しんきんの好めちゆる術ありや〽仰にや及ぶべき敵寄来らは命を養田
が矢先にかけ〽義を紀信が忠に比すや〽名を惜む事武士の常一一みテ謀は〽惟幕の内に
牛じまの
隠宅を
ふたゝび出たる
ことを
牛島を
モウ
出まじと
こもりしが
引出され
たる
はなの
顔見勢
反古菴
白猿
めくらし〽勝事は〽千里の外にあらはす〽大敵と見て〽恐るべからず〽小敵と見をくへ
〽侮るべからず〽サア大敵と見て恐るべからず。小敵と見て侮るべからずとは申ますれど。当
顔見世の座組は外芝居から見ますれば。余り小勢あなた様方への申訳は。口不調法なる
私ゆゑ。兄市川白猿をもつて申上升ル憚ながら御側から御傍へ仰合され。御神妙に御聞
下されませう。東西〳〵。
顔見勢中毎日。白猿口上
高ふはこざり升レど御免の蒙り。夕々にて口上申上升ル誠に此度は優曇華の御目
見仕り有がたふ度奉り升ル只今宵半四郎あらかじめ申上升ル通りのわけ合に
ござり去れども。又々お馴染にあまへて一ト通り申升レは。御退屈をも御用捨遊され
お聞下されませう。誠に私事は何れも様の御蔭をもちまして。去々年顔見勢に
一世一代の口上を申上世をいとひまして。只今にては五百寄の里に閑居いたし。性を養ひ
罷在来る所に。先々月九月廿四日の夜当座元勘三郎。深更に及び私方へたゞ一人
参りまして申来ルは。サテ白猿困ツたことが人え。来年極め置た役者衆中が。沢合有有
大方帳を取た。尤女形は。半四郎を始め余多あれども。立役といふては御子息の団十郎
壱人是では芝居興行がならぬ。どふぞ貴さま太義ながら来年一ッぱい又役者に
成て。助ては呉まいかとの類で。下ルが。私も気の毒には存升たが一旦何とも茂様へ
仕舞升ルと申上た詞が鉄石より重ふりリ升レば。断を申帰しましたれば。勘三郎も不
興気に立帰り升たが。又〳〵十月の初旬に。弟平四郎忰団十郎同道にて。勘三郎
私方へ見へまして。そんなら一年とは。公まひ程に。どふぞ此顔見勢を三十日助て呉いとの
義であるが。夫も何し茂様へ義理が重ひゆゑ目を眠ッて。又断を申升たれば。半四郎申升。
には夫なら足非がない。顔見世を三十日休むが能らふ。春に成て下りを呼寄御機嫌直の
興行を致すが宜からふと申升たれば。勘三郎が。イヤ〳〵此顔見勢を三十日休まれては。
春に成て櫓をおろさねばならぬ。折角去々年再興した櫓を。春直に退転させては。
第一何レ茂様。第二には先祖へどふも言訳がたゝぬ。どふぞ仕様は有まひかとの事て
夫故半四郎中ずみの了簡にて。夫なら兄貴どふぞ卅日口上ばかり云ふて下されい
其子細は甥の団十郎を。わしが乳母に成母親に成て守育。何レ義様の思召をも顧ず。
曲形にも世話をやいても見ませふが。不座の芝居を餘りあつかましい世話のやきやうを仕
をると。何と茂様のお積も恐入るほどに。どふぞ此方年説に其御託の口上を申上て呉
との頼でル夫故私も六代恩義に預り升シた櫓の来春眼前に退転致すを見捨
ても居られませず。口上斗ならば承知いだしたと請合まして入り未レば。夫より半四郎も悦ひ
まして出精いたし。咄初も躍初も世界定も致し。顔見勢狂言の稽古に懸りましたる
所に。仕合と高麗蔵初め傍輩どもが一両人又加りまして。大概座組も揉まして
夫故私が申去ルには。モウ是程に座組も揃ふ上からは。わしが口上には及まひ。口上は。免して
呉いと申手たれば。半四郎が以の外腹を立升て。夫は兄貴弟を思はぬおつしやり様じや
こなた口上を云て遣ふと云れた斗りで。わしがあくせくして稽古にかゝるやうに。なつた物を
今に成て出やうの出まひのと云れては。百白ふらぬ。いつそ上方へでも登りませうと
きやつが私にからみ升。何レ茂様御床の通り。半四郎と申母方の名面の相続致し。内身
の弟より孝行にいたし呉井。其者と。出やうの出まひのと争ひ升ても。能年をいたして
人そばへの様に聞へまして気の毒にルゆゑ。然らばと申して此間中口上に罷出まするが。
何レ茂様へ一旦仕舞斗ルと申上た詞に偽ならぬ証拠は役者には成ませぬ今日出まし
ても従者で入らぬ證據は。白粉を附ませず蔓を見ず衣裳を忘ませず。只兀天窓に
上に下候を引懸平して。成田屋七左衛門と申す親仁が。お開帳の取持に出ましたと思し召て
下されませう。只かやうに出ましたるも。勘三郎幾万々年も打続去ルやうにと願升ん
より外の義はりませぬ。并に忰が座頭役を申つかりました。是は誠に六代御判済御立
立ゆゑと何れも様の御高恩は恐ながら父子ともに寝た間も忘れ置ませぬ扨扨忽
芝居に置ましては。忰団十郎座頭隣町に置ましては門弟の八百蔵が座頭木挽町に
おきましては身分の囲蔵が座頭で-弔。有がたくも花のお江戸の上芝居が皆三拝の
紋の座頭に打納り。拙者が大慶恐ながら御推察に被下り。此お断を申上ぬそのうちは。ア〳〵
親仁めは一旦眼乞をした上で又出おつた。気のしれぬやつじやとお笑なされうか。御しかり
なされうかと。子役の時分に初舞台を勤升やうに心がおど〳〵致ましたが。只今右の御ゆへ
断を申上。お聞済あつてお呵もなふ御機嫌の能お声を承り暗天に白日を拝み升る
如く眼も定り。人心地が付打て。何レ幾様のお顔を能々見上升れば。いつも〳〵皆お給ふ
二升。私も当年五十八才に成去るが。扨〳〵役者は苦労な家業殊に座頭は気の痛
もの。畢竟何れも様のお影。先祖の影で。赤下手な私が三十年の余も座額をいたし。身
退たる上からは。モウふつ〳〵郭蔵へは出給ひぞと。あさらめて在ましたが只今余り御機嫌
の能体を見まして気がうき〳〵致て。又役者に成たふなつて参りました。御免下されませ。
お笑ひ種に一ッ睨みませうト
手を組て
手を組て
一相替らず久しひ物で
にらむ
隠居いたし。下手な将棋をさしましたり。好な狂歌をよんで暮て居り升ル。今日もお笑
此狂哥は
扨何心なふ狂哥を詠どり将棋をさしたり致所へ勘三郎と
種に一首申ました
おくに有
半四郎に飛車手追手を喰ひまして。據なふ桂馬の高上りに口上を申上升ル。あはれ
御贔屓の御影を以て。芝居に金銀もふんだんに集り升シやうに願上升ル。扨長ことは
御対屈是より狂言に掛りますれば。勘三郎幾万々年も御取立の程を願奉り升る。
并に善輩の忰が未熟の座頭の申訳三ツには拙者が再勤のお託の口上。すみからすみ
までずいと左やうに思し召れませり。卜此口上すむと。市川団兵衛雑兵の形にて後より。
勧念と切てかゝる。身を替して刀もぎ取手ばやく。ほんと首を切り。ひつくりしたる体にて。コレは
したりつい役者の真似を致しました。真平御めん下さりませ。チヨン〳〵幕に
同五立目切見世の場。ゑび雑魚の十に団十郎。三日月おせんに半四郎。おかねに坂東辰蔵。
おやす中島かん六。ふな打場のいさみ裸次郎吉に沢村淀五郎。部屋頭辰右衛門に徳次也。
此所は先年白猿酒原崎瓜狂言の通りなり。同六立目新田義貞に襄助。悪八町にて
こま蔵上使に来る。足利直義に東蔵。多治見の次郎雷蔵畑六郎左衛門妹夕しで
冨三郎弁財天の霊狩喜代太郎。大館左馬之助に団十郎。何れも大でき。同二ばん目に
大塔宮のかしづき呉羽の前岩井半四郎。日月の旗を持たる故稲村の陰より突殺し
芝月年代詞巻之ノ
団十郎六部にて旗を棄取る所あり。次の幕に小山田太郎蓑助にて。此所六部の宿
ゆゑ団十郎泊る。同女六部梅山に半四郎。団十郎両人衝立に扇を三本かけ。三ツ鱗に
たとへしを見る内。俄に風吹て倒れしを。北條高時の亡びたる物語につけて長崎次郎と
本名をなののる。女六部は楠が後家菊水とあかす。三人此所大でき。半四郎くれ羽の前の
幽魂にて産女の所。浄なり夜鶴。野毛衣常磐津兼太夫連中にて相勤る。測部
いがの守に東蔵。雀見浄あん寺の怪頭和尚徳次。小山田女房みつ機喜代太郎なり。
大詰に襲助。団十郎両人室の中にて卒塔婆引の荒事のたて大評判。この顔見世
何れも出情にて。三芝居一の大あたりと評判なり。
◯毎日の狂歌は元祖市川栢莚風とて。俗談平和をもとゝして即興の
おかしきやうによみ落首体のふり也。当世のよみ。人浅猿と笑ひたまはんが
唯狂言に見ゆるし給へと白猿いふ
年よりの鳴呼つがもなくねられねば夜の目もあはず目ぱち〳〵〳〵〳〵
一今よりは悪を遠ざけ実語教鼻たがきが故にたつとからねば
舞台をのがれしこゝろを
京清のはでないしやうをぬぎすてゝ今は日向のこうたうななり
喜撰法師にはあらで徒然芳志と思ふことを
我いほは芝居の辰巳しかもすむ世を牛島と人はいえとも白猿
一御贔屓の餘りて鼻がたかんまんせうが拙者は不動信こう全
一月花を見はてゝ今ぞ降積る雪は垣根のそとの楽しみ仝
隅田川漁父にもあはず風ひひて白猿ひとりはなたれにけり
一金山寺みそか知らずの楽みは本来くふて寝たりおきたり
忰団十郎に教訓
一有がたくおもへ鱗のかしら役大入り豆にはなのかほみ世
いてつよき寒上はひゐき厚氷われぬ桟敷て入りはめり〳〵
此外今日哥その数多ければ余はこゝにもらす。委しくは今日驚白猿一首に。狂歌
ほつ句。人〳〵のおくりたるをも記す。凡三百吟に満り。
長さき次郎
団十郎
同一二
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
小山田本町
表助
くれはの前
半四郎
かい
一龍宮で云ひまはしたる猿よりも膽のつぶれた口上の入り
白猿の口上聞に出ぬ人の耳をもとつていざと引かまじ
一舞台では見まひ聞まひと思ひけり云まひと思ふ君が口上
式亭
三馬
浅草菴
市人
銭屋
金埒
口上は枯木に花をさかゐ町むかし〳〵のぢゝいなれども
四方
真顔
おもへども山から川のむかふ島とりになりたや七左衛門どの
前の
四方
今年霜月桐長相仮芝居替りて。市村羽左衛門座再懸。顔見勢花橋橘系圖新田
義春中村伝九郎。嶋専のお袖原三郎。牛の綱を曳ての出よし。戸野太兵衛に嵐三八和田の
新兵衛三津五郎。両人たて有て道具替り。高氏に松助。金冠白衣にて請瀬部伊賀守
坂東又兵郎。義春の首を討んとする所へ。村上彦四郎義照市川勇女蔵暫くの出評判仕し。
四立目に。楠正行と。座頭多賀市二役八百尋。新兵衛女房しがらみ松本米三郎。両人もて
所作あり。五立目はんごん丹売長井兵助に雷介。奴さよ分に候兵衛。鳶の者千本の盛
尾上松助にて。市川喜久蔵を七ツの祝ひ肩車に乗せ。茶兵丞は母桜井にて宮参りの所
あり。妻原孫三郎に男女蔵。六立目備後の三郎に三津五郎。上使氏家中務に松助八才
の宮の首請取に来る。此ところ身替りをんど。後に見顕はされ。本名相模次郎時行
と名乗る。三郎妻はつ霜米三郎。下部卿内実は志貴の源八に。嵐三八。老松明神の神霊
尾上栄三郎。同伊三郎也。同二ばん目浄酒理癧相撲。閩の取組富本豊前太夫同延寿
同大和太夫三絃三保崎兵助。鳥羽屋里長。股善面の水茶屋のお賤兼兵衛。大森
彦で盛長に男女蔵。戸野の大弥太三八。両人角刀の所作。脇屋義助八百蔵。何れも大
始の名
安詳院圓智日妙信士
でき也。当午年霜月五日。三代目嵐七五郎終る。
新蔵也
深川浄心寺中に印を残す。同顔見世森田府〈太記員の船頭)人王九十八代後宇多の
院㐧三の皇子国仁親王森田かん弥八雲のつぼねに坂東頼蔵様六入道に十四郎
五大院の勝門に中島和田右衛門。奴いか蔵実は戸野の大弥太友蔵にて。哥あや姫に市川
おのえ。鳴寺の袖に民之助。両人に鉄火を握らせんとする所へ。篠塚伊賀守にて囚蔵
佐野川市松元服して立役と
しばらく。脇屋次郎義助市川荒五郎は
なり団蔵弟子に成改名す
同四立日浄瑠璃
大豆記首の舩調
第壱番目
四立目
森田座
畑六郎左衛門三郎
しゆ行者団蔵
達歩色引方常磐津兼太夫。同綱太夫。同喜代太夫。三味線岸沢小式部相勤而。
新田義貞に彦三郎。勾当の内侍のしほにて。義貞牛にのりて居る手綱を十二一重
の形にて。野しほ持。与五郎奴の形りにて囲三町。三人せり出し。大内の灸づかひ。梅が枝に
民之助。同柳葉に尾のえ。浮ふねに中村金蔵。通ひ路に中村槌之助。四人おなじ奴の
形にて所作あり。団三郎実は与五郎狐伊栗権藤太に楯蔵。浄なり切になると名越
の太郎に次郎三。江田の三郎に筆五郎。両人太刀を争ひ谷へ落すト廻国の修行者
幡龍市川団蔵。せり出し。彦三郎畑六郎左衛門にて。忍びの姿両人思ひ入有てだんまり
の幕大評判なり。同五立目団蔵八尾の大膳政氏にて。上使に来り。畑六郎左衛門
彦三郎に贋者と見あらはされ。誠は高時が家臣長崎かげゆ左衛門為基と名のる
所よし。女房やどり木に常世。六郎左衛門女房真弓に野塩。奴さる平荒五郎。見世物師
中山猪八団蔵弟子と成
因果ものの太右衛門に和田右衛門。大舘三郎に市川門三郎
このかほ見世に改名なり
同二番目
伏見の町の具足師弥平次に友蔵。食客人新作実は小山田太郎に彦三郎弥平次
娘小よし常世。兄金五郎後に大森彦七森田かん弥。さど嶋屋清兵衛に坂東吉次
女肝煎あくたいのおかねに和田右衛門。五代院の十郎坂田熊十郎片桐弥七に円蔵
女房雪の戸にのしほ。上下を着るおかしみあり。何れも大でき大評判也。
一前板一の巻凡例に云。寛永元甲子年芝居始より。文化七庚午年迄
百八十七年が間全部八巻に記す事を。述るといへども。彼は是はと筆の
はしり数多く成て。寛政十午年まで八巻に満り。今写本筆耕彫刻
一校合に延引あるが故。まづ八の巻まてを出して。残る寛政十一巳。未年春
より文化八辛未年霜月顔見勢まで十三年が間を。九の巻十の巻こ
して。来ル壬申年の新板に出す。此巻に著す事は。六代目団十郎助六
岩井久米三郎総角。両人初役中村のしほ名残狂言。尾上松助早替り夏
狂言。嵐雛助下り六歌仙。石川五右衛門。三沢五郎荻野伊三郎と改名の事。
簑助坂東三津五郎と更名。中村千之助瀬川菊之助より路考と改名す
久米三郎半四郎と改名。ゑび蔵七代目団十郎と改名。白猿再勤市川閥喜
名残順礼六部両人の出合大当りの事。宗十郎下り。源之助。栄三郎。田之助等
次第に評判の事。中村哥右衛門。市川市蔵。関三十郎下りの評判。市川八百蔵
助高屋高助と改名。坂東彦三郎一世一世一代舞納之事。源之助四代目沢村
宗十郎と改名。其外役者立身出世始終の事まで委くしるし。古来より
名人上手の伝。役者の談話をその所々に詳に述亦往古芝居の絵図
百年以前の役者附の正子或は表絵看板招軒の始りに至まで悉く
一記す。余は繁多なれば贅せず。披閲て知るべしと云爾。
名文信
歌舞伎年代記卷之八畢
淡洲楼馬馬
天
トモ
画工
松高斎春亭
石原駒知道
文化九壬申年孟春発兌
河内屋太助
書林
大坂
八文字屋八左衞門
江戸鶴屋喜右衞門梓
代
浜町元矢の倉
黒田
五篇
花江都
一年代記五篇上
歌舞妓
冷留
談洲楼焉馬作
松高齋春亭画
乙亥の椿
新版
九之巻
花江都
三冊
年代記五帙
三冊
歌舞妓
花江都
歌舞妓
年代記巻之九上
東都談洲楼焉馬老人著
工花咲屋新之助
寛政十一己未年正月ヨリ文化元年
甲子霜月顔見勢マデ七年ノ間ヲ記
寛政十一未年春中村座大三浦伊達根引
二月十三日
より初子
荒獅子男之助に市川團十郎
防喜代丸にゑび蔵。めのと政岡半四郎。仁木弁之助直則こま蔵。三からや女房
後に四代目
喜代太郎。浪人斎藤五郎次桐嶋儀右衛門
このとき
下り也
三浦の高尾中村千之助
路考是也
奥女中きさらぎ山下万葉。こし元青柳七三郎。黒塚大之進助五郎。福島三郎
雷蔵。茂庭数馬に才三。大江の図幸おにつら染五郎。どろ之介女房八しほ沢村
藤蔵。さかえごぜん沢村淀五郎。宗益女房小まきと。とうふや深世戸平。二役大谷
徳次なり。とうじ佐市に簑助。うへ木やかさねと。渡辺民部女房沖の井に富三郎。
二番目に鹿崎村のおなみ共三役也。たじまや手代清十郎襄助。太郎右衛門に徳次。娘
おなつ久木三郎。辻冨右衛門鎌倉長九郎にて。おなつに首くゝりの指南して。自分の量を
乱咲緑花笠常盤津兼太夫連中
四百位
尾崎助三郎こ清蔵。おなつ姉おさき喜代太郎。但馬や勘十郎に相嶋義右衛門。短刀
を盗み壁へぬり込置。団十郎出来星次郎吉といふわる者にて。半四郎と争ひ。
壁につき当り。短刀を思はず我はらへ突込。実心をあかす所大でき大評判也。此真
狂言曽我を休みて伊達の趣向。名領かんばんに団十郎男之助の所を絵にかき。
只一人鉄扇にてねずみを打見え也。古来より大名題さし絵に一人上るは稀
なり。中村座顔見世大丈夫高舘定記此時四代目本場団十郎竹絵を持居る一人の
大三浦伊達相州
荒獅子男之助
一本村准六代目市川潤十郎
同同同同同同同同同同同同同同同同同同同同同同同同同同同同同同同同同同同同同同同同同同同同同同同同同同同同同同同同同同同同同同同同同同同同同同同同同同同同同同同同同同同同同同同同同同同同同同同同同同同同
絵あり。忠臣蔵の由良之助はたび〳〵見る事あり。五代目図十郎阿国戯場のとき
出したるまゝ也。六代目団十朗廿二才にて座がしらとなり。且壱人名題に乗る事
古今ためしなし。因て右に図す。同中村座三番目三月節句より。四代目団十郎
木場親玉と
月廿三回忌追善きやうげん六代目団十郎相勤る。
いふ是なり
浄
江戸半五郎
摺
江戸半十郎三
江戸喜三郎
同村助右衛門半次尉江戸半太夫
弦
理
江戸半九郎
江戸享治郎
江戸秋二
江戸半九郎江戸千二
伊藤九郎祐清松本幸四郎。白酒売新兵衛坂東簑助。くわん。通ら門兵衛に大谷
徳次。船宿長吉沢村淀五郎。わかい者七助市川源五郎。福山のかつぎ花井才三郎。
朝がほせん平坂東七蔵。若い者太吉市川雷蔵。地廻り中ばらの八市川団兵衛
いさみの伊上坂東辰蔵。やりておくらに鎌倉平九郎。禿たより市川栗蔵。よすが
中村七次。このも岩井梅蔵。かのも瀬川藤吉。しんぞう綾衣富沢辰之助。はなづま
岩井瀧次郎。けいせい賤はた中村七三郎。花ごと岩井吉太郎。まつや娘おやゑに
中村千之介。しら玉岩井喜代太郎。あげ是岩井久米三郎。髭の意久市川こま蔵
右の狂言何れも大評判にて。団十郎初ての助六大でき大入大々あたりなり。此節
新士口原より女げい者お梅。介六の幕にて誉ことぞあり。市村座は正月十三日ゟ
千六日紀行田村四十郎祐成市川八百蔵。五郎時宗市川男女蔵。鬼王新左衛門
と二役也。女房月さよ小佐川常世。工藤祐経尾上松助。はま弓うり高砂のまつ次
市川喜久蔵。はご板うりつくばねのお峯市川男寅。京の次郎三津五郎。大磯の一
虎蘭之丞。小いその亀ぎくに菊三郎。けよひ坂のせう〳〵米三郎。かぢはら平次に
又太三郎。駕かき殿さま蛇之介。実は伊豆の次郎に三八。五殿大坊丸尾上栄三郎なり。
朝比宗と団三郎二役伝九郎。圖六玉川衡柵富本豊前太夫。富本延寿課
同二十両目狂言は「蔵盗賊士塗)木津勘助八百蔵。まつばやの喜瀬川に栄兵衛
千葉当太郎三八。かん助女房おりつ常世。源見十右衛門に松助。関取をめ川浪五郎
男女蔵。三田や娘おなる米三郎也。三月節句より草履打。お初菊之丞。尾上
つね世。岩藤松助。評ばんよし。四月八日より「路小坂染辺おつま菊之丞八郎兵へに
八百蔵。香具や弥兵衛松助。はまや次郎三に三津五郎。女房おせんつね世。古手や
仁兵衛三八。野田新十郎にをめ籠。八郎兵衛娘おみき市川男寅。藤井貢伝九郎。
何れも大でき。森田麿は正月十五日より(彦羅田誓助剱>毛屋村六助と。木津川隼人
二役団蔵。木村帯刀彦三郎。一味斎に山科四郎十郎。同妻おかう市川門三郎。娘その
中村のしほ。お茶に民之助。三之丞に団三郎。京極内匠友蔵。糸ゆふに中村金蔵。
春風藤蔵熊十郎。奴友平荒五郎也。いづれも評判よく。三月九日より狂言代りて
伊豆三石の端輪あしがる亘理三平に円蔵同四立目汐沢丹三郎にて。蜘の巣の所
よし。五立目に浪人島田十左衛門。本名岩見太郎左衛門重行と成。捕人を相手にたて
有り。大詰浄溜理八重一重操櫻戸政岡のつぼねと。三浦屋のねずの番茂助道樓三
三役団蔵。けいせん高尾のゆふこん野塩。かむろ紅葉団三郎。とし元のどか金兵衛。白く
やよひ市川をのえ松枝関之介市川荒五郎。常盤津与太夫にて何れも所作大ごだき
足利よりかねと。菅の小助に彦三郎。大江の鬼登友蔵。六角主斗門三郎。大坂宗筋
坂東谷侯。うきよ渡平に和田右衛門。仁木弾正森田かん弥也。和田
白杣子よこ笛中村のしほ。同兄まなごや九郎。実は尾形の三郎と。こんがら坊に
市川団蔵。せいたか場森田かん弥。大評判大でき。中村府は切川原遠辺一そんしやの
左兵へと。石堂。天川や三やく幸四郎。おかる母と。お石。おその半四郎かほよとなせ二役。
富三郎。由良之介と高の師直高麗蔵。ゑんや判官と。弥五郎みの助。かん平に
喜代太郎。おかるに久米三郎。若狭み介と。平右衛門団十郎なりしが。十日ほどつとめ
風の心持と引込て。此狂言をなごりとし。五月十三日をしむべし。終に哥舞の菩薩と成
時に
皆誉自到本刹信士。と芝増上寺中。常照院に墓をのとす。
市村雁は
五月
五日ゟ
廿二才
永四宝寺山本かん助八百蔵へ。同母とこし元濃侯に菊之照直江山城三津五郎。同女房
おたね常世。斎藤道三松助。びんご之介妹小ゆりに尾上栄三郎。百姓みの作中村
伝九郎。板垣兵部三八しづの方菊三郎。八重垣姫米三郎狐の所作大できなり。
同七月廿六日ゟ「女文字築華隆」吉岡幸内と。大橋流手跡指南。白井伝蔵に八百籠
女房みやぎの常世。娘しのぶ菊之丞。伊達兵庫と。日雇とり佐吉と二やく松助
篠木帯刀三津五郎。士口岡下部つた平男女蔵。帯刀妹おそで米三郎。下部与介に
伝九郎。志賀大七に三八。幸内娘にしき本と。舞子三輪野に栄三郎。伊達市正宗介
藤岡平馬又太郎。此狂言大橋流之義ありける事ゆゑ。大当り也。同
八月
八月
□□□□□□□□
十五日ゟ
千両幟
鶴屋の礼三に八百蔵。岩川治郎吉男女蔵。けいせい姫鶴米三郎。岩川女房おとわ
茶之丞。歓ヶ嶽三八何れも評ばんよし。此時中村伝九郎終る雲。輿鶴愛林信士
五月
三代目大谷広次養子にて中村勘三聟
森田座は
菅原松王丸と。かくじゆ二やく団蔵
七日ゟ
となり伝九郎と改大評判なりしかをしきかな
菅丞相と。武部源蔵彦三千代にのしほ。八重に民之助。梅王丸門三郎。桜丸荒五郎。
すくね太郎友蔵。時平に和田右衛門也。此跡へのしほ道成守を付て相勤る。同夏土用
狂言は。千両職し岩川に虎五郎。女房おと和民之介。鉄ヶ嶽に友蔵也。姻袖鎖宗玄に
松本小次郎
市川八百蔵
坂田時蔵
開き
松本国五郎
瀬川兼之丞
中村勘左衛門
市川男女蔵
桐の谷門蔵
荒五郎。をり琴姫金蔵。同介門三郎也。市村座は
九月
九日ゟ
千本桜
序切二の口二の切
しづか道行回の切
なり
佐藤忠のふ。源九郎狐草之丞川越太郎と相模五郎三八。むさし坊弁慶男女蔵。
渡海やぎん平八百蔵。すけの局つね世。横川の覚範松助。しづか御前に米三郎也。
何れも評判よし。二十両目。江柴田名魂ばんず以長兵衛八百蔵。同女房おりきにつね世
きぬ賞法華長兵衛松助。白井ごん八三津五郎。高木正蔵男女蔵。ひやうごや娘
おくめに朱三郎。大もんじや八重梅菊三郎。本庄助太夫又太郎。二やく本庄助市なり。
九月
玉屋小むらさき茶之丞。大もんじや番頭佐兵衛門蔵也。森田座は
廿三日ゟ
忠臣蔵
由良之助と。勘平彦三郎。おかるトとなせのしほ。大星力弥坂東鯛蔵。ゑんや判官
門三郎。本蔵と。平右衛門かん弥也。次に三磨笠丞葉掛かめや忠兵衛。二の口村孫右衛門
二役坂東彦三郎。梅川と妙閑二やくのし月。両人とも早替り。道行浄溜理。富本延壽
にて。此とき中村のしほ。大坂登りなごり狂言大でき。同顔見世中村座「為朝躬親睦
弥平兵衛むね清市川円蔵。二やゝ死国の修行者。実は鎮西八郎為朝也。きおんの
梶と。常盤ごぜん半ゆら。牛飼乙松実は第二の宮団三郎。衛士の又六に荒五郎。
崇徳院に松介。五部の大乗経のみやこより帰りしを見て。其まゝに天狗と成る
早替り。左衛門高任に助五郎。松助大ぜいを相手におそろしきたてあり。大評判
当顧見せゟ美助改。実父の名坂東三津五郎と成多田蔵人行綱にて。牛に
乗り。浜田兵衛娘くれ竹に富三郎。手綱を引せり出し。待宵の侍従に久米三郎。
杣のよき蔵こま蔵。我栖里仮頭琴吾妻国太夫連中。三沢五郎。久米三郎と
小女郎ぎつね。嘉五郎狐とあらはれ。高麗蔵由利の八郎長則と。本名をなの者
所作のたて。富三郎四人とも大評判。次に円蔵為期にて。やつしの形にて地と蛙の
あらそひを見て。過し保元の合戦思ひ出したる独言あり。此所へ狩野之助重光
にて幸四郎。真袖姫にて半四郎。三人だんまりの拍子幕評判よし。同市村座は
三津五郎の名をあづかりたるを
媚雀卅六郎兼連荻野伊六郎兼連荻野伊三郎。
みの介へ返し此かほみせ改名也
玉豊姫に
菊三郎。玉とよ姫の册ことぶきに瀬川菊之助。此かほ見世より中村千之助事。
兼之丞養子と成改名。後年路考と改四代目瀬川の跡を継し也。源左衛門女房
白妙と。若狭の局に茶之丞。青砥左衛門女房しがらみ常世。芥生の局に小佐川
七蔵。泰のみつたけ尾上栄三郎。小ゆるぎ主税鶴十郎。原田七郎に尾上紋三郎。
宗高しん王沢村淀五郎。亀山院の女官加茂の局市川染五郎。のぼり岩のつぼね
松本国五郎。氷上の阿じやり満海坂東又太郎。奴ゆげ大介。実は赤ぼし太郎武者
あらし三八坪に公家の形にてしばらくの清青砥。青砥五郎照綱坂東彦三郎にて
第壱ばん目
暫。うづまきを三升にしたる素袍にて出家橘の古風ありとの評判
四巻て目
鵝
富本延寿時
三味線
二保寄兵助
上でうし
富本斎宮太夫上アリ
歌枕雪鉢木
理
同大和太夫
三名見崎喜物語
富本豊前太夫
一弦名見崎安治
同常太夫
菊之丞。菊三郎。伊三郎。彦三郎はかしまのことふれ豊年の出来候にて四人所作大でき
此浄なりの後。秋田城之助義景下り嵐雛助。上下花やかに鳥あらざにて傘をさしせり出し。
浅原八郎に嵐三八。両人だんまりの幕。次に雛助長唄にて。似狂乱の所作大評判大島。
此顔見せ雛助延着に付不入なりしが。霜月十三日より出勤して大入と成る翌十四日の夜一
雛助。市川白猿の草菴へたづね来り。先祖よりの因をいひ。親雛助の弟分と申せしが。
我等においては子と思しめし被下候得。卜即時に成田屋の家名をもらひ。白猿直に
筆をとつて眠柳が提灯に記す。以前々通り紋も叶升を打出此付る。同顔見世蔵田在
八百八町観笄小田春永と。真柴久吉市川八百蔵。荒利大王にかん弥。うけにて賀虎之介
正清に男女蔵。しばらくの出。幼術の虎と荒事あり。四王天又兵へに藤蔵。松永だん正友蔵。一
左馬之助光俊喜代太郎。森蘭丸と。武智光秀二役をめ蔵。井畠同うない子に米三郎と
八百蔵。両人馬貝の所作。浄瑠院祇園守蔵領巾常盤津芳太夫いづれも評判よし
寛政十二申年「春中村府富士三荘楽野義工藤。工藤。松助。十郎五郎二やくともに三津五郎。
団三郎に徳次。月さに富三郎。おさきばら善次を殺す所ありて。道具まはるじ辻堂の
前に非人大勢。たき火にあたりたる所へ。二の宮にて久米三郎通りかゝるを。非人のかゝらさゞゐ
がらの六蔵にこま蔵。むたいのれんぼして両人顔近月の光りに見合拍子幕也。次に
伊豆の次郎と名のり。鬼王かたへ来り切腹して本名団三郎と物語大評判也。かごかき
文珠の次郎兵衛。実は秩父の重忠幸四郎。観音の七兵衛。まことは悪七兵衛景清国蔵也
ほうどう丸海老蔵。大日坊に和田右衛門。かげ清重忠両人。むかしの沢村市川の俤ありと
大評判。同二はんめ橘隆院長兵衛」長兵衛に円蔵。座頭とよ市に団三郎。近藤助太夫一
同弟助市二やく松助。長兵衛女房お時半四郎。品川伊平太幸幸幸七郎。白井権八こま蔵
けいせい小むらさき冨三郎。奴みつ平三津五郎也。
三月
廿三日ゟ
意計高尾達源頼兼三津五郎
廿三日ゟ
とうふや三奴に幸四郎。女房おちせ冨三郎。荒獅子男之助と。けいせい馬尾がぼうこん。
二やくこま蔵。高尾に久米三郎。揚屋徳右衛門大谷徳次。仁木弾正と。関とり浮世渡平
二役松助。山名宗全に助五郎也。次夫俊寛双面乾鬼かいが嶋の段千鳥富三郎瀬尾
の太郎と。有王丸友蔵。治郎九郎に徳次。丹波の北将に才三郎。出す頼に雷介。みやまの
木蔵助五郎。丹左衛門に松助。亀王丸こま蔵おやす岩井久米三郎俊寛に宝蔵也
此跡にて非人がたきうち「幾合雷鷺錦春藤次郎右衛門に団蔵。第新七に団三郎。高市
武右衛門幸四郎。女房はる冨三郎。客党伊兵衛三津五郎。同佐兵へこまじま。やつこ
道行あり。高市庄み堀にゑび蔵。彦坂甚六友蔵。宇多右衛門に中島和田右衛門也。
何れも評判よし。当三月廿九日岩井半四郎終る。天慈院智泉日耀信士ト
池上本門寺と。深川浄心寺両所にしるしを残す。
○伝曰元祖岩井半四郎は。大坂にて座本を四代相続すといへり。四代目半四郎
俳名を
梅我と云
享保のはじめより出て。元文三年より座本を勤め。延享三寅年顔見世
江戸市村座へ立役にて下り。寛延二の霜月大坂へ登り。亥年の冬より出勤なく。
江戸へ下りて住す。是は半四郎むすめを。滝川菊次郎妻につかはしたる縁に因て
東都に隠居し。宝暦九年卯十月廿六日に終り。善種院了縁日因といふ。
扨菊次郎事は。宝暦六子年十一月三日におはりて。例誉本阿仙魚居士ト夜
ければ。四代目市川団十郎
初め松本
幸四郎
栢莚の養子聟なりしが。これも妻におくれ
一幸ひの縁とて妻とす。かくて岩井の名絶ん事を思ひて。団十郎弟子幼名を
人形西川重三郎
松本長松
宝暦四年戊寅宝暦四年戌顔見世より子役にて出同十二年の
三男なり
霜月七蔵と改。むすめ形をつとめ。明和二酉年顔見世。立役の名なれど。岩井
半四郎と改名す。同六丑年森田座にて忠臣蔵のおかは評判よく。それより
七へんげ同七寅年の春。曽我の五郎大でき。其外は前板に委ければ記に及ず
舞台に愛敬ありて殊に上手と。見物の請よく。三都に至て今代女形の大立
ものと称れしが終に戯場の三界を出て。鶴の林におもむ〳〵とは惜むべし〳〵。
同春市村座は梅薫悉言曽機」三浦の片貝と。鬼王いもと十六夜兼之丞。祐経
の奥方なぎの葉御前藤常世。大いその虎菊三郎。せう〳〵に菊み介。由井がはまの
長者近江小藤太忰小弥太。実は団三郎に彦三郎。工藤祐経と非人とぢ横
治郎。実は京の次郎祐とし嵐雛助。鬼王と。五郎時宗伊三郎。雛助負
工藤にて。羽ごろもの能の所。すけつねに面てい似たるゆゑ。非人にて頼まれ
切腹して。兄弟のものに京の次郎と名乗後にまことの祐経にて狩切の
切手をわたす所大でき。宇佐美の三郎に尾上栄三郎。何れも評判よし。
二ばんめ(仇競恋次盗見し仲町の女げいしや小いなに草之丞。をばなやのお市に常世
田島や武右衛門三八男げいしや半兵衛雛助。むぎ飯うり勘吉伊三郎。半兵へ
強いろ
母妙じゆんと。高城半十郎に彦三郎也。兼之丞雛助道行
笛いろ
ふかき
花錦画
四ふかき
富本連中にて相勤る。同二月十二日より」槐岡五山桐真柴久吉と。此村大炊之介
二やく彦三郎。石川五右衛門と。真柴久次に雛助羽根川たる景と。瀬川水高伊三郎。
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
同十一年
四割四割
議題区
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
楼同五山桐
市村座
石川五右衛門
嵐雛助
真柴久吉
坂東彦三郎
□□□□□□□□□
けいせい花橘に菊三郎。同こゝのえに茶之助。非人蛇こつばから染五郎。吉川
蔵人に七蔵。奴やだ平実は佐藤正清に三八。五右衛門女房おりつと。久吉の御台へ
園生の方小佐川常世。けいせい萩の戸同七蔵。むろ住主税に栄三郎也。二番め
おはん茶之丞。長右衛門雛助。女房お絹つね世。片岡幸左衛門三八。幸之進彦三郎
三月
三日ゟ
瀬川の仇浪富本豊前太夫。同大和太夫也。
五山の相
第壱番め六立目棚山御所の場を出す。五右衛門実は。惟任左高五郎光則に雛助
星を見て運気を考る所大評判也
四月
二日ゟ
雛助仕丁当作にて。本名は五代三郎
右大弁国常坂田熊十郎に頼まれ。小町をくどかんと。業平。遍昭。康秀。喜祥。
黒主。五人の姿にやつす所作。小町に茶之丞にて大評判大当り。此節江戸狂歌連
より六哥仙の絵に。眠獅をほめたるすり物を贈る。此狂哥繁多ゆゑ畧す
杵屋弥十郎
雷海
B番俸
化粧六歌仙
二
弦
杵屋六左衛門
一杵屋政太郎
理
理
同二ばん目桂川浄なり
のあとへ大切に十代目
市村羽左衛門一周忌に付。九代目羽左衛門つとめし。蜘の糸の浄瑠理に。猿の所作事を
取組坂東彦三郎相勤る。
御ひゐきまさる
蜘糸曳渦巻富本連中浄なり也。
年のわざをぎ
桃蔵女に菊之丞。座頭。切かむろ。山伏。誠はかつらき山の土蜘の変化日吉山王の
閏四月
男結盟立願仁木多門正と大音主殿
未社の神。五やく彦三郎大でき也同一
二日ゟ
二やゝ彦三郎。印南十門と。白坂文治に伊三郎。かごかき次作。本名宮城伝介に雛助
女房おさへ常世。文治女ぼうおきのに菊三郎。浦知宿の所。後家おつやに淀五郎。
三人せんたく物。米かし。水汲の場。おさゑ妹おみつ茶之介。庄三郎に尾上栄三若衆
にてぬれ事あり。横山外紀三八二やく忰大蔵にておみつにほれ。庄三郎をころし。
土へうめる所にくし。印南十内妻おたみ。後にけいせい大ぎし菊之丞。二役印南志泰
わか衆方にて。太高主殿と兄弟分の契やくの所よし。此狂言大切敵討まで趣向
五月
めづらしく。大でき大評判也。中村座は。
千本桜市川八百蔵飛入にて。右位
五日ゟ
源九郎きつねすしや弥介。三役を勤る。弁慶と弥左衛門女房松助。さがみ五郎友蔵
藤原の朝方に和田右衛門。亀井六郎才三郎。駿河の次郎雷蔵若ばの内侍
と。権太女房小せん民之介。卿の君と。すしや娘おさと久米三郎。主馬の小今吾
よしつね二役三津五郎。いがみの権太こま蔵。しづか御前と。すけの局に富三郎。
梶原平蔵幸四郎。川越太郎。渡かいや浪平。すしや弥左衛門。横川の覚範登
四やく団蔵也。いづれも従者抄にて大評判大入也。三だんめの口木の実の場にて。
六代目市川団十郎一周忌追答狂言として。うゐらう売のせりふを。七代目
市川ゑび蔵十才にて相勤大でき。大評判後に千本桜のあとへ八百蔵五郎人形の
五月
所作を出す。市村座は
ひらがな梶原源太彦三郎梅が枝菊之丞平次景高
十日ゟ十日ゟ
と船頭松右衛門に雛助。重忠と。奥方ゑんじゆ。義盛四やく伊三郎。お筆常世。権四郎
に三八。よしつね荒五郎。山ぶきごぜん茶み介。巴御ぜん茶三郎也。何れも大できなり。
六月
中村座は
十八日ゟ
出世太平記松下嘉平治八百蔵。たけちにこま蔵。さつきに久米三郎。
十次郎にゑび蔵。松永だん正久秀冨士川国蔵也。同二ばんめ庚申若橋蔵八百国
半兵衛と。非人ゆしまの三吉高麗蔵嘉十郎と。本郷のいさみ小性の吉に三津五郎。
おちよと。八百屋お七久米三郎。土左衛門伝吉山僧ゑび蔵。かまや武兵へ平九郎。花がた
隼人に才三郎。何れも大でき是は土用芝居也。市村座は「ひらが暫しの跡へ。嵐ひな助親
眠獅のいたしたまきやうげん也。白拍子さくら千葉三郎。江間の小四郎に市川荒五郎。
景事
ふへ住田又七
冨久田源吾杵屋六左衛門
小つみ田中伝左衛門
和歌山惣蔵
杵屋政太郎
大つみ太田市左衛門
弦
艸閨鳥の庵咲
所作
杵屋新士口たいこ坂田重兵衛
宇都の山もりの女。実は蔦の精霊解助。所作事ありて後に中返りを相手にたて。大語り
山院のごとく鬼女のすがたと成る。大評判大できなり。
○此鬼女のかほのくまどり。雛助向ふじま隠居へ相談に及ひければ。白猿手紙に
顔を恵て。隈取を散たり。其手紙は弟嵐新平今に所持すといへり。此ころ能助
白猿のもとへ来り。むさしやにて馳走せん事をいへばもとより珍味をこのむこと
なければ。行ず。船中にありし重心相を取よせ。煮染を出す。白猿悦ひて。
狂哥に
〽二の替りまたしめましたにしめとて見ればよつぽと嵐ひな介
六月
同土用芝居
十八日ゟ
希引滝斎藤市郎さねもり雛助。葵ごぜん茶三郎。小万に
茶之介。瀬の尾十郎兼氏三八。二ばんめ五大力悲鍼きつま源五兵衛にひな介。けい者
魚のに栄三郎。神や娘おこの茶み介。若党八右衛門に七蔵。湯はしの弥助に国五郎。庄や
七月
六右衛門豊蔵。笹の三五兵へ三八。何れも大でき同
忠臣蔵由良之助と。かん平二役
十五日ゟ
彦三郎。本蔵と。おかは母でつち伊五口。寺岡平右衛門。四役雛助。天川屋と。ゑんや判宮に。
伊三郎。お石と。おかる菊三郎。かほよごぜんと。小波茶之介。師直と。九太夫三八定九郎と。
わかさ之助荒五郎。千崎弥五郎に染五郎。となせとおそのに常世。大ぼし万弥尾上
栄三郎。何れも評判よし。後に蝋泥山路菊月富本連中にて。伊豆の国足栖
山の山姥瀬川菊之丞。是まで病気なりしが八月廿三日より出勤して相勤る。快童丸
金時に雛助。右両人にて勤る。印都熊武淀五郎。おもだか娘兼み介。渡辺の網染五郎。源の
頼光七蔵。からへの季武荒五郎。碓井の荒童に三八也。浄酒理豊竹越後太夫三次
鶴沢三郎兵衛也。中村鹿は七月廿四日ゟ「今以倉国源団蔵休み。柳川左嶋と。ふねなど
さぬきや伝兵衛に幸四郎。民谷内記と。同源八。大村屋伝兵衛三やく八百軒。でつち小士口
ゑび蔵。六角だん正定頼と。扇九の仲居梶のおてう二役松助。げいこかじと。源八女房お光
富三郎。猿まはし文次郎と。はたけ山生駒之助。四の宮主税三女郎三津五郎。同いもと白草
けいせの琴野。げい者おしゆん久米三郎。畠山左馬五郎藤蔵。民谷下部百良平に徳次郎
足がるしも蔵才三郎。四の宮女房しがらみ万作。民谷房太郎に市川三太郎。金毘羅
の利生にて敵堀口源太左衛門こま蔵。源八が亡魂八百蔵にて。新身にそひ。おみつもろ共
敵討の所大評判大でき。二はんめる蛍双色夕月。吾妻国太夫。女ね舟にて詰り八百戦
久米三郎。三津五郎。こま蔵四人の所作あり。市村庫は八月十六日より十帖源氏ものぐさ
太郎と名ごや山三に彦三郎。不破の伴左衛門に雛助。金魚や金八伊三郎。狩野歌之介に
荒太郎。同妹なでしこ茶之介。奴岡平三石塚げんばに三八真柴久秋尾上栄三郎。
はせべの雲谷淀五郎。金八女房おみやと。利久妻しがらみ常世。同娘さえだ茶三郎
山三妻かつらきと。お国ごぜん茶之丞。何れも評判よし。同九月九日ゟ「菅原かん丞相
桜丸二やく彦三郎。松王丸雛助。梅王丸に伊三郎。立田のまへ兼三郎。土師の兵衛清五郎。
おはる茶之介。かりや姫に嵐松之丞。くりから太郎染五郎。春藤げんば熊十郎。いざよひ
小佐川七蔵。ときよしん王尾上栄三郎。判官代照国に荒五郎。すくねならと左中弁
まれよ三八。松王女房千代につね世。桜丸女房八重と。源蔵女房となみ菊之丞。藤原の
時平と。後宝かく壽。百姓白太夫武部源蔵四やく市川団蔵は
此時中村座
より飛入也
役者揃にて
大評判大入なり。中村摩は九月十一日ゟ上総地地地震「今川左衛門貞世に幸四郎。百姓
五郎太夫に松介。今川仲秋三沢五郎。奴しづ平実は荒川蔵人こま蔵。同女房おりて止
富三郎。奴三保平実は赤松次郎則実八百蔵。一子ふじ松市川ゑび蔵なり。此大結
のみぢの橋のたて。蘭平のやつし。二番目船宿新五兵衛に八百蔵。藤岡多膳松介。
はなし坊主文好に徳次。まんじや客い者藤八に国蔵。つたやなら兵衛幸四郎。茶屋
廻り日天清兵衛に三津五郎。佐野屋次郎左衛門こま蔵。女房お谷久米三郎。けいせい
八ッはし冨三郎。何れも大でき也。同顔見世中村座二源三郎源兵衛殿
瀧王荒夜刃に市川男女蔵。三ますの上下ゐしやう蔵やかに。大前髪すぢ張大満
をもちて。袴垂が手下又蔵に大谷候兵衛を踏つけ。此所大ざつま浄留りにて
せり出し。つなぎ馬の旗を取かへす。常世相馬太郎よし門女房七綾にて黒仕にて
忍びの形。たがひに引合拍子幕大できなり。
○男女蔵当春より。松本米三郎同道にて伊勢参宮して。古市の芝居を
勤め大あたり。夫より京四篠北がわ東芝居にて。小町桜の関兵衛。忠臣溝釈
の勘平など。何れも評判よく大あたりにて。此かほ見世に下る。
四立目二やく源の頼平の役。大江の左衛門に市川団蔵。わたし守お津ゆ小佐川つね世
浄
溪升花色源常盤津
みちのく姫瀬川菊三郎。ゐなる娘お袖に市川円三郎/媛升花色源常盤津
綱太夫にて五人所作あつて。団蔵はかま垂保捕にて樋の口より出る。八百蔵三田の源吾
友綱両人だんまりの幕評判よし。同顔見世市村府は生茂浪淫酒。此かほみせに
沢村宗十郎下りけるが。病気ゆゑ一ばんめ出勤なし。三立目に巣之丞五代三郎の妻
此ときゑび蔵
十才にて改名
赤ぬり立三升
鵜の羽にて傘をさし。般谷五郎に七代目市川団十郎は
の衣装上下にて両人せりおろし。廻国の修行者覚善。実は大友の山主市川白猿
狐をさし殺しながらせり出し。茶之丞はすこし狂言あつて。団十郎を連だち分れる。
五代三郎妻鵜の羽
一瀬川兼之丞
般若五郎
七代日市川園十郎
大友の山主
大友の山白猿
市川白猿
芝居年代記巻之九号
誠にて白猿。石どうろうを切るとのろしあがる。大ぜい取巻と一度にくびを
切ると幕なり。いつもながら評判よし。
◯此顔見世白猿忰団十郎。去年未の五月十三日死去の後。愁腸かぎりなく殊に
訳あつて市川の家名退転にも及ばん事を歎く時に。市村座内縁あるに付
瀬川菊之丞すゝめに仍て先祖の百年忌をさちに孫ゑび若事幼年
なれども七代目団十郎と改名させ。顔見世三十日の間再勤也。
あがたの荒藤太国景下リ嵐冠十郎。足軽当地初平下リ藤川武左衛門也。浄瑠次
狂篠艶菊花舎咲富本連中にて。五代三郎女房橋の羽茶之丞。奴孔雀成平荻野
○田之助
伊三郎。里の草かり子供丑松に沢村鉄之助
田之助
是なり
おみち尾上紋三郎也。喜代太郎
茶之助両人はるごまの所作。菊之丞狂女にて万歳何れも評。はんよし。弐番目
宗十郎神道者にて出。下部袖介沢村源之助なんぎの場へ来り。又旅人の金子を
奪ひ取坐頭となりて揚屋へ入こむ八重垣主計伊三郎にて。賢者と見咎めれば。
碁石を握りて一人せりふの評判よし。後に武左衛門非人駄六坊。実は文屋の宮田丸を
味方に付。蛭のむらがまを見て。不正の気ざしあるを考へる内も。座頭のかたちにて
感あつてすさまじく。夫より遠寄の太皷強をきして装束を怠かへ。大友の黒主と
なりて。銚子の酒にて二階より文字を書。小町姫をかくれ家へおとしやり。大結までの所
大評判なりしが病気ゆゑにやはつきとせず残念。同顔見世森田座休みにて。仮
芝居。河原崎権之助座。広橋綱頬鏡」渡辺の綱坂東彦三郎。美女御前に尾上松助
酒呑童子となり。綱を引上る幕ぎは花やか也。四立目浄溜理初紅柴一理土産
富本齎宮太夫へ云云鳥羽屋里長。源の頼光に嵐雛助。よそほひ姫岩井久米三郎。卜都
李武蔵ぬり立奴にて嵐三八。末に大どて有て道具かはると。山がつよき蔵実は碓井
の貞光ひな助。柴の落まさかりとも置て運気を見る所をせり出す。松助山姥にて
怪童丸金時久米三郎。何れも大当り。雛助あふぎの手大評判なりしが病気にて
一日勤め引込。尾上栄三郎頼光の役なりしが替り貞光をつとむる。栄三郎替り頼め
と良門の二役を大谷門蔵勤る下り役者勝山亀之丞に徳次にて。聞附口上之所を
見物はらを抱ゆる。二やく綱が伯父しがらき藤次。実は丹波太郎となる場もよしはるま歯
保輔と。綱が伯母いばら木ばゝアに三八。田原の千暗に栄三郎正盛の奴山猿獅〻平
坂東鶴十郎。同鹿の角平立川円兵衛。仲光に尾上雷助二番め伊賀入道鳥雲
坂東善次。猪の熊入道雷雲大谷徳次。白びやうし小蝶のまへ坂東彦三郎。初めて
女形の所作。矢ぐるまを縫し振袖にて道成寺の手おどり。慶子を其まゝとの評判。
次に山伏の出実はかつらき山の土蜘の精霊なり。哥占むすぶの神のお歌。まことは
柳蔵女の神霊に久米三郎。両人巫女山伏の所作大でき晒珎敷堂振袖富本延寿
四
同斎宮太夫。同みの太夫相勤る「寛政十二辛酉年」春市村殿は酒尾橋助務出我すけ鈴と
後年に至り
ぜんじ坊沢村
祐成二やく八百蔵。箱王丸菊之丞。小林の朝日丸沢村鉄之助は
田之介と改
後年改名して
後に改名して
源之介
同近江小藤太藤川武左衛門
ゑがらの平太に冨士川国蔵
四代目宗十郎也
市川宗三郎也
八はたの三郎に源五郎。大磯の虎と岡三郎二やく喜代太郎せう〳〵に茶之介。犬坊丸に
尾上紋三郎。息王新左衛門伊三郎也。宗十郎病気に付二ばんめ狂言へ。いつ切細君切
腰もと小糸雄次郎。同小きん菊之助。妻木彦太郎に喜代太郎。ますや武左衛門に藤川
武左衛門。高岡郡助に嵐冠十郎。げい者いろは葉之丞。鮫鞘の新助と奴雪平
二女く八百蔵。伊藤源十郎伊三郎也。切に案之丞八百蔵浄なり介様雌雄雄殿様御門
富本連中相勤る。壱ばん目の浄るくゝは妾百人一首也。
二月十四日
年号改り
享和中むら座は
二月七日ゟ仮名平本忠宗職。足利直義公中村七三郎。力弥に団三郎。ゑんやに甚五年
若狭之助門三郎。九太夫友蔵伴門と了竹に音は。かほよごぜんと。おかる。となせと
三やく菊三郎。石堂右馬之允と勘平男女蔵。お石とおその常世。高師直。千一兵衛
定九郎。おかま母。天川屋義平。かこ川本蔵。大ほし由良之助七役市川団蔵にて
大評判大当なり。市村座は跡狂言比良嶽深雪姫蘭之丞。柴田権六に源之助。
お通喜代太郎。久吉伊三郎。足利政左衛門と春孝二やく八百蔵。佐藤正清団十郎
なり。二番目桃桃雛雄世帯お染に兼之介。久松とおそめ姉いわきに茶之丞佐四郎
に八百蔵。手代久七と百姓久作に武左衛門也。当三月廿九日。沢村宗十郎終日
遊心院傾譽西天居士浅草誓願寺中受用院に墓を残す。河原崎座は正月
十五日ゟ当年初雷ごづ祐経と重忠。七がの十郎三役坂東彦三郎。月さよと大磯のとらに
初役
一断百三十三ヶ石川叶助
久米三郎。朝比奈と川津の霊魂松助。五郎時宗栄三郎は
後年改名
嵐龍蔵に成
ぜんじ坊鶴十郎。けはい坂の少将し町がいしや小梅下リ中村大吉。国三郎に大谷徳次。
近江の小藤太門蔵。八はたの三郎と。鬼王新左衛門二やく嵐三八也。第壱ばん目浄瑠理
奇花向渦巻
坂東彦三郎尾上栄三郎
富本延寿同斎宮太夫。同美濃太夫相つとめる
中むら大吉岩井久米三郎
当二月四日嵐雛助終る。去年より大評判にて春狂言出勤を待たるに。廿八才を一期
として。心覚院眠獅日詠信士と深川浄心寺に印塔を残す。同河原崎座跡狂言。八百屋
おそ久米三郎。安森源次兵衛と。吉三に彦三郎。茶の湯の所評判よし。お杉に中村大吉
土左衛門伝士口に松助。八百屋久兵衛次。吉三道心照子山嵐三八也。後に三月ゟ二番め三幕
出す。比企の判官頼貞姉大町のつぼね岩藤尾上松介。大姫君の中老尾上に中村大吉
尾上召つかひお初え米三郎。何れも評利よし。此狂言の次へ五幕紀将泰綱田隆正髪結
金はんさしの甚五郎に彦三郎。女房楼のおよし久米三郎。町がいしや小よし大士足も二番め房幕
住倉井茶や場にて笠榊門弟運中津溜理芝柳芝威相勤る。小山丈左衛門松介福田や
でつち長吉栄三郎。とぎや佐助に叶助。古かね宝源八門蔵。町げいしや柳しげ大谷徳次
梅沢屋五郎兵衛に三八。何れ丁めづらしき趣向にて大評判也。市村座は四月十四日初日にて
全盗賊権勢殿三浦で高尾采末之丞。荒獅子男之介団十郎。とうふや三妙に伊三郎
浮世戸平と。仁木弾正こま蔵。足利より兼公三津五郎。いしや飛田強敵冠十郎横山
弥藤次国蔵ごうじやら院に他蔵。けいせい薄玄茶之介。角力取さゞ波勝之介に岩井
喜代太郎。山名宗全に武左衛門。細川勝元伊三郎。うき田左金五口。後に土手の道誓に
八百蔵。二やく石学兵庫逸友にて対決の場こま蔵両人大でき大評判也第一番め
大清浄瑠理。茂懴悔睦語富士十巻少太夫連中。四季の庄兵衛にこまれず。道哲八百蔵。
あふぎ売おしづ後に高尾ぼうこん菊之丞。三人とも大でき。同二番め沢村宗十郎追善
堀補梅の由兵衛三嶋勇蔵にこま蔵。下部筆介沢村鉄之助。朱屋てつち長吉に沢村
深み介。町がゝへ。ほん八冠十郎。勝田幸助下り嵐新平。げいしやお茶に菊み介。古手や
源兵衛に武左衛門。むさしやおき代に喜代太郎。勝田幸右衛門伊三郎。由兵衛に市川
八百蔵。同女房小梅に茶之丞。何れも大評判也同五月廿一日ゟ信州記」四ぞん目は
大道具にて狩野雲姫菊さ丞。狩野み介直信嵐新平。鬼藤太に松本国五郎松永
大膳こま蔵。木下藤吉八百蔵何れも大でき。河原崎麿五月五日ゟ鬼善吉浦堀富士
の常悦実は冠者経歴に彦三郎。東辺軒背拍実は常陸坊海尊に松助三やく
玉川けんぎやり。熊谷屋の三ぶ也。大友ひたちの介頼国栄三郎。白石の賤の女おいほ
尾上伊三郎。居候お祭坊主快善に坂東善次。わにだけかち蔵に門蔵。鞠が瀬秋夜
実は泉の山次郎親平と志賀台七に三八白坂与太夫尾上雷助。同娘宮城野に大吉
いもとしのぶと。亀井民五郎に久米三郎。庄屋七郎兵衛に徳次。三浦蔵人としつな百姓
三左衛門彦三郎三役也○曽我まつり惣座中花やかに出たち。囃子方踊俄などありて
一同斎宮太夫
理
瑞
富本延壽
同花屋甚三都見物左衛門
聖瑞
同喜見太夫
三鳥羽屋里多
弘同栄吉
坂東彦三郎。岩井久米三郎
両人にて相勤る何れも大評判
中村丸は五月十三日ゟ「総脊山天智天皇に中村七三郎。猟師芝六荒五郎。鎌足に門三郎。
藤原淡海公はま蔵。宮城玄蕃松本小次郎。荒巻弥藤次儀右衛門。芝六一子三作
市川喜久蔵。めどの方小佐川七蔵。芝六女房おきじ。山下万菊蘇我のゑみじ沢村
藤蔵。入鹿と久我之介二やく男女蔵。ひな鳥に中山富三郎。後室さだか小佐川常世。
大判司清澄市川円蔵。二番目計。源設。待屋金五郎に男女蔵。古原げいこ額
だはらや小さんに冨三郎。刀屋半七荒五郎爪の太九郎に市川鷲蔵。腕の五郎吉
大谷鬼次。金五郎娘おとら市川男寅。泥の土手平沢村藤蔵。大黒千兵衛に音八
お蔵に兼三郎。大師河原真言の太郎兵衛に団蔵。何れも評判よし。同河原崎原崎府も
七月十五日上一つせ山入鹿の大臣松助。久我之介清舟清舟栄三郎。桜の雁叶介梅のつほねに
鶴十郎。飛脚早助嵐雛蔵。山がつがけ蔵市川団兵衛。かしまの事なれ茂作。桐の谷
門蔵。もみぢの烏谷比。でつちね太郎と。おさよ所のおむちに徳次橘姫と後室さだかに
中村大吉。雛鳥と酒屋おみわ岩井久木三郎。蘓我の蝦夷子と漢師ふか七に嵐三八
藤原の鎌足。同淡海。大判司三俣彦三郎。大でき後に忠臣権「由良之介と師直
おかる母三やく松介。弥五郎に栄三郎与一兵衛叶助。定九郎に門蔵。伴内と一もづや徳次
お石とおその大吉。おかると移せ二やく久米三郎。此節市川男女蔵とび入にて若狭み介。
勘平石堂右馬之允。天川屋とも四紋勒弥。寺岡平右衛門に三八。堀部弥次兵衛と本蔵
二やく彦三郎。何れも評判よし。市村座は八月十九日ゟ
女良いな木実は大八女ぼうお茶に菊之丞。薩島伝蔵と東潟喜三次二役これば
浮嶋甚七と下部大助に三津五郎。位田のお部屋お民の方と中間八助冠十郎。信田
氏太郎に新平。足利義豊立源之助。三好岩次郎団十郎。富岡玄蕃に武左衛門
浮しぬ大八に伊三郎。いよや治兵衛と千原重左衛門に市川八百蔵也。九月廿七日ゟ謝狂言一
此時より遠慮の事ありて
菊之丞路考と改茶之介
堂嶋田広盤黒船忠右衛門八百蔵。女房おまさ瀬川路考公
事路之介菊三郎事路三郎
獄門。庄兵衛と浜地源左衛門市川こま蔵。鎌倉屋五郎八嵐
市川喜久蔵事瀧之助と改
新平。くつわや太右衛門に坂東桃太郎。奴関内に団七八木勝三郎むすめおぢうに踏み介
はんじ物の喜兵へ伊三郎。忠右衛門母貞林山科四郎十郎也。何れも大でき大入也。
○今年初夏市川白猿庵崎の別荘より霖雨をいとふ文に添て。
三囲草庵題
弘福寺の七ッの太皷に寸陰の惜めば
一閑居苔深ふして酉の年おだやかなり
一永日やけふぞむなしく申の刻
行年六十一齢朱にて
行年六十一齢
享和元辛酉年卯月五日記
市川白猿鼻
とありければ同じく返事のすへに
一こなたより訪ふかの雨のをとづれを
馬馬
五日の風の便りにぞきく
源平市川瀧
斎藤一郎さね盛
二やくしのぶうり
市川円蔵
□□つ□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
振袖隅田川
聖天町の法界坊
市川団蔵
山田三郎女房萩の戸
小佐川つね世
中村府は九月十八日ゟ源平伏州滝市川団蔵大坂へ登る名銭木曽の先生義賢斎藤
一郎実盛也。待宵娘に七三郎。多田蔵人荒五郎。平のしげ盛門三郎なんでの六郎に
小次郎。矢橋の仁惣太鷲蔵。長田の太郎団作。せの尾の尾の太郎沢村藤蔵。百姓九郎助
音八。小万に瀬川路三郎
菊三郎。
改名也
か。同二ばんめに振袖隅田川山田三郎園蔵。同女ぼう
萩の戸常世。永らくや権左衛門助五郎。娘おくみ路三郎。山崎屋勘十郎に藤蔵手代
庄八に友蔵。でつち幸吉実は松若丸荒五郎。隅田川のわたしもり与五郎に国三郎
聖天町の法界坊後ゆうこんしのぶ売市川団蔵大あたり也。跡にてけいひ。藤都吉
吹の又平に団蔵。女房おとく常世。土佐の将監に友蔵。修理之介小佐川七蔵狩野歌兵兵
荒五郎何れも大でき也。顔見世中村座伊津龍対餓伊勢満老あかん平に八百蔵奴の
しばらく請は阿野の法橋全成役の行者の形にて松助。梶原源太に藤蔵金剛兵衛
音八。両人赤ぬり立花やかなる上下にて後鬼前鬼の見え堀の弥太郎に栄三郎
なにはの前に尾上伊三郎。卿の君に七三郎。忠信女房きつかた喜代太郎。鷲尾の三郎
鬼次お厩の喜三太
鶴十郎なり。四立目
かま
同和泉太夫
鳥羽屋里夕
理
孔雀染艦師
同栄吉
富本齋富太夫
同美濃太夫弟鳥羽屋里長
理瑠
理
えよし四郎に
喜代太郎
梶原源太藤蔵。しづか御前に中山冨三郎義経と大工彦惣に彦三郎にて。後に
加盟の幽魂に成。しづか弁慶のやつしの所作あり。北篠よし時彦三郎。尾形の三郎
八百蔵。菊地はんぐわんとぢや〴〵馬の仁三松助。笠島の具足師筋がね五平次むすと
坂東ぜん次
同入聟うつかり新作に坂東
此節改名也
おもと大吉。入聟釣よしや善好に坂東彦左衛門様
彦三郎。伊達の太郎に八百蔵。何れも大でき。市村座顔見世男裁女将門将門の妻
岩浪と秀郷のおくがた松島御前路考。瀧口の皇君後に平親王将門。俵藤左
の六郎公連と盗賊海道三郎に伊三郎将門
此かほみせより
こま蔵改名也
秀郷三役松本幸四郎
のめのと越路と。小田木曲膳に武左衛門芦原四郎に冠十郎。岩倉九郎に富士川
国蔵。奴宇田平坂東善次
桃太郎
改名也
の権の頭興世に熊十郎。次郎左金吾嵐新平
春色之助重頼沢村源之助。松崎の千代野路之助。国香の息女津雪姫に瀬川
紅葉傘時雨振袖富本
祐三郎。三上の夜刃丸団十郎。伊賀寿太郎に三八位紅葉傘時間振袖富本
豊前堂へ同大和太夫同志後太夫相つとめる。路之介。路三郎。源兵助。路考。幸四郎
は牛飼八瀬の杢兵衛実は藤原の忠文の亡霊にて五人の所作大てき。去年より
松本幸四郎。上方へのぼり此度下り。名前を高麗蔵に譲り男女川京十郎と
改名して。智名番附に六孫王経基二やく。三度飛脚かまくらや七兵衛と出しあり。
河原崎座顔見世念歎須三化三僧正恒此郡見世役者無人の所。又男女蔵病気付爰に
興行もいかゞと。座元河原崎権之助。岩井久米三郎。同道にて市川白猿の閑居かる
五百崎の別荘へ来り再勤の事をたのみけれども。中〳〵承引せず。唐元河原嵜は
先祖栢莚の伯母の血筋をいひ立。又久米三郎は白猿を伯父とうやまひ向ふ嶋へ通ふ
事あまたたびにして。漸再動の事とゝなふ。是に仍て市川団蔵にも相談に及ひ。大坂
表へ登る事をとゞめ。顔見世三十日出勤なり。されば木挽町の景気いはんかたなし。惟高
しん王に岩井久米三郎。荒巻耳四郎国景中島和田右衛門。いかが太郎秀則に大谷
此時一世一代のなまず
坊主もうせんといふ
門蔵かげゆ次官師方坂東龍蔵。多古の入道浄界に宮崎十四郎
こゝろとで花もうせんの
奴四五平団作。同やる平に直蔵。のむ平に十蔵。しめ平に三木蔵也
羽をりいしやうを忌る
交野権藤鬼門に市川団兵衛。泰の大膳いもと千里に山下民之介。初音の前に市川
おのえ。小野のよしざねに門三郎。三人の首かたんとする所へ般善五郎照秀にて市川
白猿しばらくの出なり。
市川白猿自作
○しばらくのつらね
東夷南蛮北狄世間のおつもりも。かへり三升の定紋は孫に標葉ほんだはら
模お江戸の厄介千古衆。とんだ時分にお目見へば。皆さま爰にもしら絞河原崎と云ふ
あぶらやの。油壺から引出した。うつついあねいが向ふ面。敵役の胴取とは今の浮世は
逢さまじや。坂に車の横筋違。見附た不背にしばらくと。一ト声かけた音は出羽の
郡司良実どのゝ股肱腹心と呼れたる殺若五郎照秀。当年積つて十六才。最一ツ
さかさに六十市川五代相伝の我まゝもの。江戸子のまじりなし。正真正温やすうり
現金かけねなじみのいづれも構へ。申わけやらお目見へやら言葉を飾る花の顔みせ。
さまとげひろくべらぼうめら。片端からとつつらまへて浅草寺の家のむねから。
嵯峨の釈迦の内陣へぼふり込むとあゝうやまつてまうす。
是より何れもひつたてもおかしみありて。白猿本舞台へゆき。惟高親王を引おろさん
こことす久米三町金冠白衣をぬぎ。誠は木挽町茶屋の女。おさんといふもの。頼むにぜひなく
惟高さまとやらに成しと。預りし宝物を白猿にわたし。菴びん重箱を持て花道へは入る。
跡は敵役をしめて大勢の首を切。三人の供をして花道へゆく所。いつもながら三ケの津に
仕手はなしと大評判。誠に此しばら〳〵一世の仕納め也。四立目六道弥皇寺の場。この
駄六に市川友蔵。孔雀三郎成平に市川荒五郎。両人花やかなるたてとりて。まわし
道具になると係るり梅水仙色杭吾妻国太夫連中にて。仕丁五郎又実はいとく
三郎に坂東八十助
森田かん弥
大仕丁太郎又実は大江の太郎秀勝大谷徳次。仕丁次郎又
改名なり
実は四位の少将宗貞三津五郎。三人騎士の形。林間に酒をあたらめる体にてせり出す
舞台一めんもみぢの錺つけ。こゝへ土器師九太夫むすにお力にて久米三郎。天秤棒
の前に珍皇寺と書し挑灯をかけ。後に大きなる鐘をかけ。大振袖むかふ鉢まきもて
珍らしき出也。三人といろ〳〵所非あつて後。小川十太郎。桐嶋義右衛門。他蔵。七蔵此四人を
相手に久米三郎所作のたて。大だいこ入の鳴物になり。花ぐしき見事なるけていろ〳〵
あつて。とゞ久米三郎大縄にて四人をしばる。爰へ奥より徳次大江太郎にて出八十助は
惟高親王の味方威徳三郎敵役也。両人切合て出て来り。一寸見えあつて
徳次。かまはずと少将さまのじいふ〽おもとをしたふて何国までも。みな一所に来やん
せいなアト大縄の端を引かつぎ。みね〳〵を引むかふへ這入る。舞台は徳次八。十助きつと見え。
片しやぎりの鳴ものにて何れも浄なり道具ぶんまはすト
○本舞台三間のあひだ山組双方の柱釣枝一面の紅葉
と大ざつま浄めり
一衣笠山といふ石碑。此道具納る鳴もの打あげる。
〽時にふしぎや忽然と。一陰の精気立のぼり。峨々たる峯の経してあたり
輝く雪間より。美玉の光り赫々と。真如の月の二タおもて。
ト此文句切れると。大どろ〳〵にて赤色の雲気たちのぼる。せり出しの鳴物になり
上の方に白猿。吉例の六部のこしらへ。笈を背負しやく杖を突立身。下の方
には団蔵順礼の拵へ。息杖をつき立身魔にかゝり雲気を見てゐる此みえ
にてせり上る。
大ざつま浄なり
一実や重代時来り。麒麟生じて鳳凰のいでしためしも泰平宮かゝやとばかり
おもしろき。ト浄なりをさまるこたまの合方になる
一黛の色山の端にきはまり
▢一諸国へんさんの修行者が。大悟一貫の眼をさへぎり。夕陽に一ツの赤気焼
靆なすは心得ず一時は今冬の半一陽来復の時にのぞみ。かゝるあやしき
其ためし。各剱名器の秘あるうへには。常に白じん紫雲を貫くと聞およぶ一
。一今期をだやかならず。赤気雲をつらぬき。巻の代のみだれしためしもある
一それはもろこし。目前の剃気すなはち心のまよひ。卜白猿こなし。一まことや室
相を観じて誠の無漏を発し一六茎の楽欲も一心心心外無別法の理
一邪正を糺すも世にある時一此身になつてはいらざはたは事一かれも
無着別一足も無差別一さはいへ怪有なる此場の動揺一奇異なる
トどろ〳〵打あげる。両人思入是より六部の合方になり
ぢり〳〵ト入かはる
一ふだらくや岸うつ浪は三くま野の那智のお山にひゞく瀧つせ
一じゆんれい唄をうたひながら杖を引ずつて花道の中ほどまてゆくと。
図
一順礼どの待つせへまし卜固蔵ふり返りて一ハゝアそふいふこな様は廻国の
修行者どの。わしを呼つしやり升たは何ぞ用どもごんすかの一イざなにも別に
用といふではごんせぬが。かう見たへ所がこなさまも世を見かぎつた其姿。ふつと
こゝで出会。物をもいはずにすご〳〵と行心しやるは余り風情がなくつて何もの
思し召もいかゞと。それで呼とめ升た。何と一ッぷく呑で四方山の咄を致さふでは
ごんせぬか一いかさまヨリヤアよふ御座らふ。誠に袖振のにも他生の縁とやらいへば
諸国をへめぐる旅のうさをもはらし。又二ツには今こなさまのいわつしやる通り。下ツ
てまだ一度も出合ぬ六部どのに。ふしぎに廻り逢ながら。たんまりて別るゝも
成程何茂様のおぼしめしに入るまいかの一そふ思はつしやるなら。マア〳〵これへ
同高尾年代記
▢一諸国へんざんの修行者が。大悟一貫の眼をさへぎり。夕陽に一ツの赤気靉
譴なすは心得ず一時は今冬の半。一陽来復の時にのぞみ。かゝるあやしき
其ためし。名剣名器の秘あるうへには。常に白じん紫雲を貫くと聞およぶ
一今都をだやかならず。赤気雲をつらぬき。泰の代のみだれしためしもある
一それはもろこし。目前の剃気すなはち心のまよひ。卜白猿こなし。一まことや実
相を観じて誠の無漏を発し一六右土の楽欲も一心心外無別法の理
一邪正を糺すも世にある時一此身になつてはいらざるたは事一かれも
無着別一是も無差別一さはいへ怪有なる此場の動揺一奇異なる
雲の一ふるまひじやなアトどろ〳〵打あげる。両人思入是より六部の合方になり
ぢり〳〵ト入かはる
一一ふだらくや岸うつ浪は三人ま野の那智のお山にひゞく瀧つせ
同じゆんれい唄をうたひながら杖を引ずつて花道の中ほどまてゆくと。
同
一順礼どの待つせへまし卜国蔵ふり返りて一ハゝアそふいふこな様は廻国の
修行者どの。わしを呼つしやり升たは何ぞ用どもごんすかの一イマなにも別に
用といふではごんせぬが。かう見た所がこなさまも世を見かぎつた其姿。ふつと
こゝで出会。物をもいはずにすご〳〵と行心しやるは余り風情がなくつて何茂の
思し召もいかゞと。それで呼とめ升た。何と一ッぷく呑で四方山の咄を鼓さふでは
ごんせぬか一いかさまヨリヤアよふ御座らふ。誠に袖振のにも他生の縁とやらいへば
諸国をへめぐる旅のうさをもはらし。又二ッには今こなさまのいわつしやる通り。下ツ
てまだ一度も出合ぬ六部どのに。ふしぎに廻り逢ながら。たんまりて別るゝも
成程何茂様のおぼしめしに入るまいかの一そふ思はつしやるなら。マア〳〵これへ
河原整澄
市川白猿
小女郎狐
岩井粂三郎
五位の介
市川団蔵
芝居年七巳
巻之乙也
きぬかさ山
夜かさゆ
同十二月年代書
四
し団蔵本ぶたいへ
来さつしやり升せな一どれ〳〵
きたり
〽そんならこゝで。絶てひさしき
一座のしるし一出逢ふ咄しも一六部どん一順礼どん一さらばたばこと
一出かけよふか
し白ゑん笈をおろし両人下に居て
火をうちたばこすいつけながら
団
一時に聞升ふは六部殿にはどこ
からどこへ廻つて此都近所へは出かけさつしやり升た一わしやア九しうから山陽道
山陰道の方を経めぐり。是から美濃路へかゝり。北陸道湯殿山のほうへこゝろざす
つもりでごんすが。扨はや遠国へんどゝいへばけして替つた事もねへもんです。して又
順礼どのにやアどれからどれへ行つしやり升す一いつたいわしは関東べい。江戸もので
ごんすが。ちと訳あつて西国順礼と志し。荒方札所も打し給ひ。はりまの法華山から
諸迄まはり。足から美濃路へかゝり。谷汲がてうと打納めでごんすて一そりやア
はやどふいふ訳の順礼かはしらぬが。わしも佛門に入た身の上能志でごんす。
江戸ものとあれば是から美濃路へゆくとは幸ひのよい道連でごんす。なんと二三
にち咄しながらあるく気はごんせぬか一夫はこつちから願つておるところでごんす。
一一そんなら道連にならツしやり升か一ヲゝなり升とも〳〵。どれもふ一ふくやらかそふか。
ト又火を打て
一一シテ順礼殿にはなんぞ又珍らしい咄は聞しやり升ぬか一イヤモウ
たばこをのみ
わしもなん。ぞ咄の種にでも成ことは有まひかと。心がけてあるき升たが。さしてはや珍
しい事も無ひといふ内。爰に一ツ珍説が入るて一そりやア何でごんすな一是で
るて
卜ふところより六部と順礼の
雷
一ハテそりやァ何の絵でごんすの一こりや
一まいゑをいだして見せる
こなさまはしらもしやるまいが江戸の名物役者の似顔の絵。しるべの方へ土産と思ひ
かふて来た一まい絵これにつけて咄といふは。今度木挽町のしばゐから様なふ類
まれて向じまの隠居白猿が出升すわいの一ハヽアあの親父めがまた出ますか。
一イヤまうきつい評判でくるて一其咄を聞ふはしか。きのふどこやらの噂に
囲蔵も出るといひ市たがほんの事でごんすか将一左様とも〳〵。是も大坂へ
のぼる約束て。此秋さかい町の芝居で名残きやうげんをして仕舞升たがむかふ
島の隠居が出るに付て。今度下ツて。一座をせぬが残念じやとひゐきの衆が
むりに引とめ。向ふ嶋のゐんきよと一所に出升といの一そりやアほんに市川の
寄合でごんすの一絶て久しき寄合も此綿絵の六部順礼一わしもこなたも
六部順礼一かわつた出合も一あればあるものだナア一六部といへば修行者
どの。噂にもきかしやつたかは知り升ぬが。仁明帝の皇子恒仁親王を御位に
つけんと叛逆を企露顕して伊豆の国へ流され。ほろび失たる橘の逸勢に組なし
たる紀の名虎。大伴の黒主といふやつ。性こりもなく又ぞろ惟高しん王を守り
立んとして。すでも惟仁しん王と御位あらそひの角力の折から孔雀三郎成平が
為に名鹿は一命終るといへども。黒主壱人生のこり清原の深養父を手に懸
千疋の火の血しほで焼刃をわたした翁丸の刀をうばひ。卜此内白猿おも入あり
今じやァ都の内にもゐられず。六部となつて諸国を経めぐるうろたへもの。其黒主
が面ざしが此白猿が六部にその侭一ムウすりや黒主が面ざしが白猿の此
絶に似てゐ升か一イヤモウ似たとも〳〵寸分違はぬ生写し一ハニテナア
一うろ〳〵して居る其内に縄目におよび都へ引れ七条河原でさるばつつけ
一何がなんと一命がをしくは早く立されうろたへ者めが一イヽヤ一寸も
立さらぬ一そりや又なぜ一黒主は叛逆人。うろたへものでねへ。第二の色
惟仁を御位につけんといふ寒嗣こそほん逆人。第一の宮惟高を御位につけんと
いふを叛逆とはなんのたわ言一デモ惟高は端午の降涎御位ならざる
不徳のしるし一われがそふいふ惟仁とても。白癩の病のなやみ。それでも不徳
ならざるや一イヤどこまでも御位は惟仁君一イヤ御位は惟高ぎみ
四
一惟仁を立て見せふ一惟高を立て見せふ一おのれが一われが一何を
一卜両人立かゝらんとして
かほ見合せ
一ツウヽヽ一ハゝミ一つウミ一八~一つゝはゝはゝはゝは
卜両人恐入ありて
トおも入
一あんまり咄に実が入り過て一いけへたわけの
あつて
また下に居り
時に六部殿。こなさまにけふ爰で達て又いつどこで逢ことやら一生あはぬやら
しれぬ所。うゐてんべんの世のならひ。それゆゑ流れの此清水を七百余歳の
宝寿を得し。慈童が菊の酒になぞらへ此盃で。
十三立日より出てゐるふくさに
つゝみしどゝろをくわい中より出して
なんと上つねどの。こなさま呑でわしにさしては下さるまいか一そりやアこつち
から望む所。そんなら免さつしやりまし。お言葉に随ひ此さかづきてわしが呑で
こなりにどれ
しどゝろを
とりあげ
卜きつとみて思入
何かおもしろそふな此盃に
あつらへの合方になる
コリヤウ盃と思ひの外うそぎたないしやれ首。しかも天庭に喜怒骨ある此髑髏
此うつはへ入た物をおれに呑めといふ事か一いかにも天庭にきど骨ある叛逆人の
調体。其器の毒気をふくして叛逆をうけつげ一何修行者にむほんを清次とり
一ト思ひ入あつて
ウくはゝと此順礼殿はてへげへ人を馬鹿にするもほうずる有たものだ。
淳世を捨た修行者をとらへて。思ひも付ねへ咄の角ひし。わしはこんな物はきつい
トどゝろを
ふさ
すてる
国
一ユリヤア六部殿のことばとも覚へぬ。かりそめにも叛逆を企んと
思ふものが。多年の大雲消てむなしき此どくろ。むほんをうけ継所存なくとも仏門に
入た修行者なぜ一遍のゑかりを営み。未来を助け吊はぬぞ一いやだきれへだ
真石匂匂詞表表
思ひ立たるほんぎやくも。成就なさゞる不吉の髑髏いつそのことに修行じやが
じ立かゝらんとする。うすどろ〳〵にてどゝろ
の上へせうちう火もゆる。両人これを見て
土足にかけて踏くだき死恥をかゝせてくれべいし
さつと思入一天庭にあり〳〵と喜怒骨あるこそむほん人のしるし。扨は正しく仁明
帝の承和のむかし。亡びうせたる橘の逸勢がどくろ一いまだ妄執たち去ず
無食のおもひ首にとゞまり。かゝる振舞なすものか一おもへば一おもへば
卜両人思入。此とき縫くるみの狐出て
一浅ましい一透労が身の一なる果じやナト
一は二ノ心憎き一野狐のふるまひ一それ
どくろをとり下の切あなへはいる
白猿立がゝる。囲蔵さゝへる。此とき白ゑん
くわい中よりふくさにつゝみしゐはいをおとす
卜白ゑんゐはいを取にかゝる。国蔵わたさじと
団蔵これを
一ゐはいにあやしき此戒名一ムツ
立まはりあつてしやんととまる
七
とりあげ
此時どろ〳〵にて今の切あなより。久米三郎とめ袖ぬぎかけ姿笠を着て
銀のつえを持。しのだ妻のなりにてせりあげる。両人これを見てぎよつと
思入。久木三郎所体を作り。此うち白猿笈をせほふ。久米三郎団蔵と
入かはり舞台のまん中へ来る。白猿仕込のしやく杖をぬきかける。これを
きつかけにらい序の頭をてんと一ツ打。久米三郎ちやつと飛のき杖をかつぎ
一狐のふりに成る。白猿上の方に横向の見へ。下の方に歯蔵手を組でぎつ
此狂言古人
桜田治助作
くりと思入。此立まはり三人とたんの見へよろしく有て。拍子暮
○此節白猿。因蔵せり出しの内久しぶりにて両人の出合ゆゑ。諸見物ヨイパ〳〵
と誉る声かまびすしく鳴もやまざりしを。白猿皆蔵に大分さはぎます。些
にらみませうかといふ。園蔵お白眼なされませといへば。左やうならお先へと
白眼む。其時見物どつと誉る。円蔵もにらむ。又どつとほめる。ひやうし木
ちかんとをさまりて少ししづまりしころ白猿〽黛の色山の端にかゝりトせりぬ
〽なかめは春にいやまさりト此せりふの比やう〳〵しづまりける。予も舞台に
居てこれを聞く。又役者の立者も多く立居て後より見聞していはく。
一かゝる所は誰しも我一とおもひ当りを取んといふ心ばかりなるに平気にして
一些にらみ升ふおにらみなされませ。左様ならお先へと。咄をして出らるゝは。誠
に各人の役者は違つた者なりと感心しける。昔はしらず今代にかゝる出合は
あるまじと。後世芝居ずきの話の種とこゝにしるす。
同五立目かわらけ師丸太夫娘おりき久米三郎。後に小野の小町となる。少将に
三津五郎。玉だればら八十助。五代三郎園蔵にて草紙洗ひの所よし。同二ばんめに
ゆき人の助に三津五郎。山主に龍蔵を殺す所ありて。夫より吉原俄の所。女形
大勢げい子の出立。茶やまはり伝ぼう吉荒五郎げいしや琴野団三郎にて
みこの所作浄瑠理巫の鈴俄振袖。後に八十島大尽実は五位み助義顕国蔵。
千代鶴やのけいせい在原。まことは藤の森の小女郎ぎつねに久米三年。廻こくの
修行者蟠竜実は大友の黒主に白猿。三人四たて目の出合の物がたりあつて。
団蔵鏡をさし出す。狐の面あらはるゝ所大でき大評判也。此顔見世三芝居の
内一の評判大入大々当り。
○当秋ふきや町結城府にて。子供芝居。市川園三郎。沢村源之助。尾上
一紋三郎。大谷言次。その外大勢にて浄なり狂言興行す。その中にも
忠臣蔵大入大評判なり。
又花咲屋新之助
歌舞妓年代記巻之九上畢
一〆
浜町元矢之倉
黒田
狩鳥
五篇
花江都
年代記五篇中
年代記
歌舞妓
人
花江都
歌舞妓
年代記卷之九中
又花咲屋新之助を
東都談洲楼焉馬老人著
享和二戌年春中村庇は。間口を広げ普請新に建て。正月廿七日より初禄元年の
十郎祐成に彦三郎。時宗八百蔵。すけ経に松助。団三郎に喜代太郎。赤沢十内に三日八
朝ひなに鬼次。八わたに沢村藤蔵。ぜんぢ坊に栄三郎。近江の小藤太夫彦三郎。月さよ
中村大吉。大いその虎富三郎。せう〳〵に喜代太郎。道成寺両僧のやつし。ワキ僧すけ経
にておつ。八百蔵時宗にて。けいせいになり四人所作而霞袖春山寺富本斉宮太夫
三絃鳥羽屋里夕。此ところ後に対面也。二ばんめ狂言「講競競艶仲面金神長五郎に
喜代太郎。なにはや彦助に藤蔵。駒かたの長吉に栄三郎。おとぢに万作。手代権九郎
音八あづまやの都とおしづ二やく冨三郎。与五郎に八百蔵。八わた村のおはやに大吉なり。
浄なり友呼声塒燕富本斎宮太夫。三味せん濡髪のおせきにて松助。二階にてひく。
冨三郎。八百蔵。栄三郎。長吉にて狂乱の所作大でき大評判。跡きやうげんは天まん宮
九百年紀に付「菅原」を出す。菅丞相。白太夫。源蔵三役彦三郎。松王とかくじゆ
八百蔵。となみと八重に冨三郎。御台と千代に大古。すくね太郎と玄蕃に藤蔵。
てる国と時平松助。立田のまへと梅王丸喜代なら也。三月廿七日より助六廓江戸櫻
半五郎喜三郎三
浄るり江戸半太夫
半十郎半九郎弦
江戸享治郎
同千治
同秋治
あげ巻の助六八百蔵
白酒売彦三郎。三から屋あげ巻冨三郎。髭の意久松助。くわんべら門兵衛音八
あさがほせん平小次郎。けいせんしら玉喜代太郎也。何れも大でき評判よし。四月十一日より
〽相毒鈴小袖」半草菴薪水に彦三郎。天満屋徳兵衛八百蔵。おふきに富三郎。馬浦
数右衛門に音八げいしやお民万作。おこし売評判の六助に坂東彦左衛門。わかい者佐兵へに
叶助。同久七小次郎。ゐづゝや十兵衛に松助。女ぼうおかぢ喜代太郎也。後に流介王綱
けい政に栄三郎。八平次に立日八官太夫に助五郎。逸平と左内彦三郎。重の井に大吉
大でき也。切に姫小松俊寛彦三郎。おやすに大吉也。彦山権頭「毛谷村六助と。衣川
弥三左衛門に八百蔵。おその喜代太郎。京極内匠に音八。おきんに万作。木村帯刀衣川
弥三郎二やく栄三郎也。同二ばん目」夏蒙」さかなや団七八百蔵。女房おかぢと詩舟の
三吉に喜代太郎。一方徳兵衛に音八。道具や清七栄三郎也。同春市村庇は正工
正月
十三日ゟ
三国一。一。一一一かけ清女房あこや瀬川路考。富士むすめおせいと。文治兵衛娘おたると三役也。
祐つねと。首月左衛門。富士下部丹介実は浅間左衛門三役幸四郎。秩父のしげ安と八わたの
三郎実は清見要人に伊三郎。近江の小藤太に武左衛門。月さよと。大磯のとらに路之助。
此時祐成
五郎時宗尾上紋三郎。小林の朝ひなと。かげ清一子
そがの十郎祐成源之助
初やくなり
芝居年戊記去之九申
あざ九団十郎。鬼王新左衛門と兜や太郎治嵐三八。ゑがらの平太冠十郎。三うらの
片貝濱次郎。善堂林平に嵐新平。梶原平蔵に富士川国蔵也。日花応月夜田三
富本運中にて相勤る。まつばやの突出し。けいせい市川に滝川路三郎。松葉屋瀬川ん舟
路考。かぶとやと手代半次郎源之助にて。三人所作河東節松の内の浄なりあり。後に
宗十郎三回忌の追善に。ふじや伊左衛門を源之助勤る大でき。同三月廿五日より
天満覚宗頼御供菅原相道実。白太夫娘おしほ。覚寿三役路考。荒藤太と時平に
幸四郎。漁師浪蔵と宿称太郎伊三郎。小桜に路之助。四人浄溜浬松梅色結綿
富本連中にて相勤る。判官代照国源之助。白太夫雷助。奴池平に新平。泰慈氏
七蔵。清原広ずみ周蔵。平のまれよ国五郎太郎女房松が元路三郎。立藤
げんば冠十郎。土師兵衛三八清つらに武左衛門舎人峯丸団十郎。何れも評判
よし。二番目江戸八郎惣講座し里見の家中正木甚三郎に幸四郎。同家来佐五助に
伊三郎。げいしやおしゆん路三郎。井筒屋伝兵衛に浮之助。道具屋万八に坂東善次
旅廻し与次郎に三八。娘おきぬ路考也。同五月十九日より「忠臣清弾路考病気に付
暫相休みて。夏芝居始る。師直と。矢間十太郎。かん平と三役幸四郎勤る。由良兵衛と。
近江屋次郎右衛門に伊三郎。九太夫に武左衛門。同女房お礼と。お部元に路三郎。おくみと。
平右衛門女房おきたに路之助。ゑんや判官と縫之助。万歳徳太夫。三枚源之助。佐藤
文茂七団十郎。刀統に紋三郎。定九郎に国蔵。堀部弥次兵衛に冠十郎。天川屋義平兵
矢間喜門。平右衛門三枚三八也。二番目狂言新順本朝丸半時九郎兵衛幸四郎。右衛門
綱五郎に伊三郎。糸屋の娘小原と。けいせい花咲に路之助。番頭佐七に武左衛門。
手代る十八に瀬五郎。桐生の次左衛門に国蔵。船頭六助に新平。八三に七蔵。同五郎兵衛
候兵衛。太九郎に万蔵。長吉に告次。切に幸四郎。伊三郎。大勢橋の上より水仕合
此狂言先年六代目三升夏狂言之通。何れも大でき評判よし。同春河原河原崎座
二月朔日より勧紋。勘助助助助助太門祐野市川白猿。二やく悪七兵衛兵七兵衛兵衛兵七兵衛殿
国蔵は大坂へ登り。男女蔵出勤して。鬼王と梶原平次。五郎時宗三役なり。三うらの
片貝と。けはい坂の少将久米三郎。十郎祐成三津五郎。朝比奈に徳次。孤三浦片貝様車
吾妻国太夫にて。四人所作大でき。井場の十蔵に門三郎。そがの団三郎に門蔵。すけつね
奥州郡の義に御ぜんと。景清女房あこやに。小佐川常世。そがの二の宮同七蔵。大藤内
成景儀右衛門。梶原三郎に団作。比企の判官に龍蔵。伊豆の次郎に荒五郎八わたの
三郎に八十助。近江の小藤太に友若也。五立目対面祐経白猿にて。烏帽子素袍のしめ。
真中に柱をたて。心といふ字に説をおろしたる飾物左右に網を引張り。祐成三津五郎。
初替物師四穀
市川白猿
河原豊後守
十郎祐成
坂東三津五郎
市川男女蔵
花やかなるゐしやう。袖なし羽織顔かむりにて。猿の面を持上の方に居る。男女蔵は
時宗にて同じ形。春婦をもちて白猿の右の方に居る。例の鳴物にてせり出し。ちらんさへ
きまると徳次朝ひなにて。其外近江八幡をはしめ中通り并大名。御簾を巻上る
今代すけ経対面のゐしやう花やか
と源の頼家公坂田冨吉にて。何れも花やかに住ふ
に出たち羽おりにてつとめゑぼし
すほう似合ものなきゆゑか此せつゝ曰ゑんの人品まことに一らう別当とも
いひつべしと大ひやうばん大あたりなり
◯此時白猿立烏帽子へ。大サ壱寸程に丸き穴を五ツ六ツばかり明て冠しを。何故と
問けるに私事老年に及びのぼせ申す故に斯の如くと云けるが。舞台にては
見物の目にもかゝらず。又天鵞絨製の台銅にも穴を明。上に黒桟畄をもつて
張る。是はいかゞといへば。近年花麗なる事をつゝしみ候やう。御触も御座候間。
黒木綿にて張しと云ける。又祐経の衣装は。桃色の錬衣の袖と腰に。白練を
はぎ継て。子持筋を摺込熨斗目とす。下は白無垢の襟と袖に重ね着したる
やうに縫つけ。人形仕立なりしが。近代に無類の祐経と見物の評判ありしなり。上を
恐れ質素を守る事。白猿の常に慎しむ事挙てかぞへがたし。今は夫では
いかぬと申者も有んが。一体祐経にかぎらす。其役に寄り。官位高緑の役が。
勇士大将に成とも。狂言に其心を用ゆれば。見物にもそれと見ゆるに。今は
非人の役には甚きたなき形に仕立。手負は糊紅とて真の血のごとくし見物
も胸をわるくする事あり。根が狂言なれば其役の心得あるべし。さればこの
四代目。
一狂言の大詰に白猿。景清の牢破りを勤る。親団十郎
初商内大廓曽我
木場也
の時の形也○白猿曰私親木場の別荘にて。秀鶴。中車と毎月修行鎌と名
づけ何の役の時は斯いたすべしなどゝ咄ありしが。我は下手の名を取し未熟者故
其席へは出ざりしが。景清ばかり親に習しなり。平家世を取りて廿四年の内
には。重恵も。熊谷も。梶原。北條はいふに及ばず。皆〳〵平家に随ひし者なりしが。
頼朝平家を西海に亡ぼし。今鎌倉に源家の右幕下と仰がれ。平家に名有
もの是に随ふ。其中にかげ清一人。平家の仇を報はんと。さま〴〵に姿をやつし。頼朝
を覘ふ狂言なれば。一座の役者は皆源氏がた。何程の事あらんとおもふ気持
ならねばならず。此心得かんじんと教られしが。下手の名を取りし私。仕合にも
廿八歳の顔見勢より。五十六才まで座頭を勤し内。やつしの景清はたび〳〵
致し候が。牢破の景清は親父追善の節一度いたしたるまゝ也。此度は誠に
舞台の仕納となるゆゑ勤ると語りしが宜なるかな夫より折〳〵かげ清
ありといへども。さしたる評判もなきは其人にこそ寄るべし。
同六立目。正面に九尺の牢がゝり。上に大石大木をのせてあり。笹りんどうの紋つき
たる幕を張。まわりは一面の山幕。日寝破風口まで山にて。梶原を初中通り
弄び。時の太皷にて暮明。景清輩にて五十日か間食を喰ざるといふ廻りせりぬ
あつて。南の桟敷下より。和田右衛門岩永左衛門。花道より男女蔵重忠にて出る。
景清を責道具の品とて呼出せば。常世あこやにて目を泣はらし見へざる停也。
腰縄を付。久米三郎は人丸姫也。坂東龍蔵軍藤太。左十郎は本田の次郎。両人
付て出る。此所はじめより外記浄なりにてあはれ也。常世。久米三郎うれひ有て。重右
景清にあはせ得させんといふ。軍兵ども格子の五番穴をひらくと。大ざつま
浄なりにて。白旅百日の車のかつら。小手臑当花やかなる陣羽織の袖なしを下に
着て。上は黒に将棊の駒龍王と縫たる切つけ。大縄にてしばゝれ顔を出すへ
白猿一
珍くらしや阿部や
久米三郎と思ひ入。常世見られぬか〳〵と。思入さま〴〵あり
見て
人丸右幕下にげん忝なすまでは。逢見る事も叶ふまじきと思ひしに。優雲花の
たいめん。是ぞ寔に観音さつたの功刀。ありがたや衣や。さはさりながら人丸あこや。
替り果たる世の中じやウア一そのお顔さへおがまれぬ。あこやか心の苦しさを御推
りやうなざれて下されませいナ一おさなひ時にお別れ申て。見おぼえぬ父のおかほ。
卜両人なく
母さまのお顔まで。見るにかひなき此お姿。さぞ御無念で厶り升うのふト
見物袖をひたす
夫より景清を大縄のまゝ軍兵引出す。岩永三方にのせたる鮑の貝にて食を進め
よこ人丸に渡す。トうれひあり。景清見て。一沓あたらしけれど冠にならず。蛇貝て
喰ふものは犬か猫より外になしトいふ。重忠又結講なる胎にて食をすゝめる
一伝へ聞伯夷叔斎は。首陽山にわらびを食つて。周の粟を食ずとかや。深家の
球に望なし。五十日があひだ。普門品の功力によつて命をつなぐ。うぬらがやうな
源氏へづいたり。平家へ付たりひろぐ内股侍は。烏の巣にすを喰ふ雀も同前大鵬の
心がしれるものか。悪七兵衛かげ清は平泉の仇を報ふこゝろざし。うぬらは源氏へ諂ひ
鼻の下をやしなひ。居並んだ侍めらは何平季の恩たくならずや。わいらが心に引
くらべて。二君につかへぬ景清を。味方につけんなんどゝは穢はしい。此ごく影うざい餓鬼
膳をけとばす皆〳〵
めら喰つてよくは是を喰へと
ヤァとおとろく
龍蔵
一なんと重忠殿。それでも参らぬ
そや一岩永が了簡をお目にかけうか。長谷八郎保童丸をひつ立ろ。
団兵
一心得て厶ル
○保童丸を引出る常世
久米三郎両人おどろく
一ヤア保童さまか。おいたわしや〳〵。
和田
団兵へ
久
一そのわつばしめ牢の内へたゝき込みめされい一さアがきめうせう一もし
それを一どつこいうごくなト
久米三郎をおさへる。此内団兵牢の中へ入る。白猿ゆかん
とする。大ぜいどつこいと縄を引はる。どうとひきすえられる
同十七年記一巻之九寸
つね世ゆかんとする
龍蔵とつておさへる
一なんとかげ清見たか。あこやめが曽我中村へあづけて置て置ておもれ
和
壱人名乗て出たこと。種々さま〴〵にほねを折て。ひつくゝして来た。物をくらはぬ上
からは味方にもつくまい。青山のびわの有所。青葉の笛の行がた。僉議しだす
にやァならぬ。其者所はどふだ一しらないは。頼朝殿が善根をするなんどゝ。
人聞の能つらで。平家の追幅大法卒に。管弦をそうし。音律を揃へんため。青葉の
笛と青山のびわを加へるなとゝ云て。平家の調器を源氏の宝になさんといふ下。
ごゝろか。誠追善といふは千僧万僧の供養百律千呂の管弦より。御大将の
ゑぼし首給はるが大法事。よしあり所をしつたればとていふものか。元よりしらない。
知らぬから白状する筋がない。保童丸を牢獄へおしこめて。おとなげないけちな
和田
根性の侍だな一岩永どのとうか是でもまゐらぬそうでル〽なるほど
これから又其元のおぼし召はな一重忠が了簡お目にかけふか。どりや。じ等
相方に
なり
かげ清が縄をとひてつちの上にかく思入あつて。舞台へ
北つかにて大きく丸を書く。その中へかけきよを入れる
一こりやア重忠どのかげきよが
舶
縄をなぜ解めされた一地の上へまるひ物を書て其中へ景清をいれた心は。
一これも又周の文王の政道にて。いかなる五刑の罪人なりとも。地の面へきずを
画いて。其中へ入れてはなち置。これ聖人の牢獄。仁義の牢や。それに習て京清へ
重忠が。寸志の仁心。頼朝公へ御げん参に入申さん。なんと嬉ふくルか一とは有がたき
重忠のくわん仁。さほどに厚き志ある此牢獄画たとても破られぬ只一ト目頼朝
公の御顔を拝し奉らんものならば。生前の大慶重忠どの願ひぞんじ奉る
一いかにも仁田どの申付た品を是へ一心得てくると
じゑぼしひたゝれ持て出る
男女蔵取て松へかけて
一これ見られよ景清。松が枝にかけたるは頼朝公のゑぼしひたゝれ一十二頼朝
公のゑぼしひたゝれとや一いかにも時にとつての頼朝公一珍らしや右幕下
の御尊顔拝するこゝち仕るぞや。去ながらあの頼朝公にては此軍は破られぬ
一しからば時の面目はすゝがれつらん。ひわの有かを。仰られておくりやれまいか。
一情ある重忠の一言。さりながら存ぜぬと申すに偽なし。いつまでもなぜぬて
一ハテなア一それでもまゐらぬそふでくる一いかさま是でもまゐらぬ貴殿
の了簡はまだムルかな一ムルとも〳〵。どふてあま口な事では申すまい。人丸こい
じ久米三郎を
ひつたてて
〽我がしつたで有ふ。こいつを責るが早まはりだ。サア笛のありかをぬかす
まいか一どふしてわたしがしりやんせう。けはい坂に六月つた私ししらうやうはくん
和
せぬはいナ一しらぬとぬかしやアかうしていはせる。ぬかすまいか。
十年にてぶつ
久米三郎くるしみ
一アレとゝさん申〳〵
トいふ時白猿打を出んと
するおもび入れあり
一牢をやぶるか〳〵
卜白猿心づき
出られぬ思入れ
常
常世これをきゝ耳たてゐる。ぬかせ〳〵とたゝみかけて
一これまつたまたしやんせ。どうして
ぶつ。和田右衛門が手へやう〳〵さぐりより取すがつて
常
あの子がしろふぞいの一そんなら我がしつてゐるか一さあそれはな
一我がいわにやがやつぱりこいつを一アヽ申笛のありかをまうし升ふ
一こりや〳〵たわけめ。娘のひとりや二人[リおつ殺したとて。いふまいと誓た事を
いふ物か。景清が女房ほどにもない。タヽヽヽたわけ者めが一アイ〳〵と啼く。
一ぬかすな。うぬが其根生では心元ない。大切な観世音を預しがなんとした。
一やつぱり爰にこれ〳〵。卜情より出す一信心せぬ心からほへずとも眼まで泣
卜さぐりよつて
つぶした其様なや心に預ては置れぬ某へ渡せ一アイ〳〵トさぐりとつて
一南無清水の観世音ぼさつ。卜懐中してめつさな事をぬかすまいぞ。
一なる程〳〵。云ふといふたはあの子のくげんを助たき。しらぬことがどふして
云るゝ物じやぞいなア一そんなら是でも云ないかトがつ一くどひわいなア
し泣をとす
一扨〳〵しぶといやつらだなア一どふかそれでもまゐらぬ
そふで厶る一とんとこまりはてたやつらだ一然らば代りてつかまつらう。
男
こたへ琴三みせんを
申付た品これへ一八ツト
もち出てぶたいに直す
一なんとかけ清。其琴は御存
でくらふな一いかにもそれがしが先妻たろ田の前がひさうの和琴。むすめ
人丸へゆづるべき品なるとて朝霧の和琴と名号紀念の所。何として貴殿
の御手に入申た。一イヤ故あつて扇屋戸平次が手より請取。こん日の責
道具一成ほどわたしへ預さんした。龍田の前のひさうの琴。邪霧ときくも
なつかしい。人丸どの産の母御のかたみじやわいのう。一すりや産のかゝさんの
お紀合でくんすといな。おなつかしや〳〵一もろこしの伯牙と云し賢人が弾する
琴を。鐘子期といふ者よく聞てしやりたんす。是その音律をしる故なり。今此
琴三弦をあこや人丸にひかせ。笛のありか琵琶のありかを白状させん某が
存つき。よし又あこや文句を替て白状せずとも。其声をきいて其主の有所を
悟る一なるほどお情うけて三味せんの。いと恥かしき撥あたりおもひも寄らぬ
かしやくの棹一いふこと爪も父上さま食事をあがつて下さんせ一そばで
両人
案じかわたしらが一心をさつして下さんせいなア一時刻がのびる両人ひかぬか
一二所のありかをぬかせ一さあ〳〵なんとだ。
しこれより常世三味せん。久米三郎
琴にて一ト口唄ふ下座にてつける
長唄
朧月
〽翌年帳紅閨に枕ならべし床の内刻しふまの時暮は
うすとろ〳〵にて日おほひより雲気たつ。みなくあれはと思入あるべし
このうたの合
かたになると
白ゑん男女蔵これをきつと見て
一ハテあやしや今両人が弾ずる糸竹の音につれ。じやう〳〵ぜんたる一ツ気顕はれ
同同三十一月十九才
中島和田忠右衛門
人丸ひめ
岩井久米三郎
市川男女蔵
あこや
小佐川常世
かちはら平二
連蔵
かげ清
市川白猿
了
□□□
らんのゝ太郎
十蔵
芝居年戊記
巻之几中
なか谷八郎
団兵衛
かすやの藤太
三木蔵
空中にたなびき渡る。其色青く黄色にして。かたち青海波のごとく。いつたゐ
水の容をあらはす一まつた一ツは竹葉に似て。しかも又地中へ散て埋もれし
形あり。音につれ気にかんじて。同気を需むるそのありさま一糸竹の其行速
正しく琵琶は水底に沈んたりと覚たり。一笛は正しく地中に埋れ隠れたり三
おぼえたり一然らばくちず失もせず一誠にあこや景清はしらざるに違
なし一琴の音に連寄瑞をあらはす一笛とびわとの同気の感通
一おもへば一思へば一ハテ一おもしろき一糸竹の一奇端じやよなァ
〽どふでもしげさんすいじやもの。誰か養ひ。請ざらめやは。
一卜長哥きれる琴
三みせん取のける
北
一ヤア重忠の物ゑり顔なせんぎだて。なまぬるし〳〵いやでもおふでも云せにやア
置ない。是からは岩永が僉議の奥の手を見せべい。人丸うせろし
ト又引立とふと
ひきすへる
一こりや何とさんす一これを見ろ景清が家の重宝瘡丸のつるぎ
一ト刀の身ばかり
とりいだし
棒に仕込し一振。みほの谷が取おきしを此方に奪ひおく。又
これも汝が家に伝はる人丸の像を目貫に入たる人丸の柄。此つかへあざ丸の
剱をまつこのごとく。シ
柄へあさ丸をはめ
日くぎをさし
見たか是で人丸めを芋ざしだは一それは
一部下かゝるを龍蔵とめる本田次郎
これをおさへるたちかゝり
左十郎
一それは又あまりきびしき御せんぎ。
トいふ梶原
両人ほか
みなく何れも
何れも
みなく
是をみて
一じやまをすると免さねぞ一イヤこしやくな一何を
トつめ
あふ
和にた
常
一仁田殿とびのいておゐやれ。サア人丸をおつ殺する何とだ一さあそれは
一二品のありかをいひ。範頼公へお味方まうする。景清返答はなんとだ
所
一これまア待て
一これまア待て一イヤサ味方につくか一でもそれわな一サア〳〵
久米
一なんとだやい
一なんとだやい一ハア引じなく一めんどうなまつこの如く。
ふり上ケる
かたなを
和
白猿ひつとらへもぎとり和田太門を
なげつけて久米三郎をひきよせる
一まて景清人丸をとらへて一何とするのだ
一妻子の盤にほだされ。心にそまぬ源氏のやつらに手をさげるものか。
足手まどひの此がきめ。親が手にかけ殺すをみろ。娘かくごしろじ
つかん
とする
常世さぐりより
一やれまアまつて下さんせい景清殿。あんまりてくんすはいな〳〵
その手にすがり
じなく一兄弟のやつらの名も。人丸あざ丸とつけしも。此二ツの名をかた取
しに。親の手にかけ殺すとは。宿世いかなる因果ぞや。自業自得果の罪消
せう滅。用ゆら阿弥陀仏一これまア持て下さんせいのふ。
久米三郎を
常世かこつて
とゞめ
糸ヱヽ情ない義づよいもよいかげんがくんすわいな。何と此子が殺されう
一ヤアミれんな女め。さしつけて殺せとこそいふべきに。源氏の武士の嘲りをも
常
しらぬたわけもの。そこのけはなせ〳〵〳〵〳〵。
じなみだ声
にていふ
一これいのふ
しん実の娘ならば。何しに留遣ふぞいのふ。突つけて殺しもせうが。義理のあるまゝしい
此子。いかにわたしが目が見へぬといふて。まざ〳〵娘の殺されるをなんと止ずにゐられ
ませうぞいなア。ト啼く。ましてや此子の産の母。龍田の前殿へ未来て云訳が
有ふかいな。ほんに又龍田のまへ殿。琴にも魂あるならば。此子がなんぎを
救はんせぬか。何をいふにも目が見へいで口惜い。人丸が顔が見たい。顔見せてたべ
目をあかして下さりませ。観音さまもきこへませぬ。人丸のつかとはなに年ぞ
久米
これ申
ほの〴〵と誠こかしの浦ならば
久米三郎
おもひ入
常
一われにもみせよ
常
人丸のつか一なんと一人丸づかはまアわしへ
じかたなをだましてもぎとる
和田右衛門そのかたなを取
〽めんどうな
常世にきりつける。立まはりなて琴にてしやんとうけとめる。どろ〳〵になり
まアうぬを
白ゑんが懐中よりひかりさす。みな〳〵思入。つね世これにてうんとそりかへる。和田右衛門
おなじくウントたほれる。みな〳〵是はと立かゝりよびいける。常
両人いちどに正気つきたるていにて。つね世久米三郎を見て
一ヤア景清どのそなたは
芝居年代記巻之乙甲
むすめ人丸か一おまへはお目が見へるかへ一誠にのふ一さてはいま
ほの〴〵と誠あかしの浦ならば一我にも見せよ人丸のつか。となげきし心の誠。
一家の重宝人丸柄の妙をあらはし一琴のれいげん合体して一これ
常
かけ清が守本尊のくわんぜ音力を合せ給ひしゆゑ一人丸づかも人丸も
三人
申ふし
見へるわいな京後どの一あこや人丸信心なせ一ありがたやなアトおよみ
よろこぶ
和
一ヤアめんどうなめらうめら。長谷八郎ぶつたぎつてしまへ。
卜団兵衛
一がつてんだ
じつね世久米三郎と立まはりあつて。常世をとつておさへる。白ゑん団兵へをとつてなば。
又かゝるをひつとらへうでをぐつと引ぬき。これを喰ふみな〳〵ヤアとおどろく
団兵衛
一ヲヽいたい〳〵。たいじの手をひんぬかれて。是がしやうじんの手もなく死ぬとは
ト白猿つかむと
此事だなア
目玉とびでる
一まて景清源氏の禄をくらはぬとぬかしたが。
龍蔵
源氏の武士のしゝむらをなぜ喰つたやい一源氏の武士の肉をくへば源氏へ
味かたか一イヽヤこいつは源氏の領の武士ではない某が永代の所領の内。上総
の長谷て生れ。ろくを与へ人間にこしらへたやつ。今源氏へくつつきけいはくをひろぐ
やつ。こいつが肉は景清が領地のしゝむら。是をくらへば源氏の禄はうけなひぞ。
五十日が間の断食。腹内に力がとぼしく。じつと無念もこたへたが。是でよつ。ほど力が
トおどろく
一まづ目前の敵右幕下頼朝公へ見参せんそれよ
ついたぞ一イヤア
卜立て松に懸たるゑぼし
かりぎぬを引ちぎり
一晋の予護がためしにならつて。此御ゑぼしひたゝれを
今日の頼朝公おぼしめししり給へ〳〵。
いトずん〳〵に切さく
和
ヤァかけ清なぜ其宰を
破たやい一もふ破つても大事ないは。重忠が仁心に仍て御着用をさへ切裂
かげ清。此牢はおろかな事。足からはこちらの牢もついでにやぶるうざい餓鬼めら
卜軍兵大ぜい
見物ひろげ一めんどうな討てとれ
とりまき
みな〳〵
やらぬは
トかゝるとつてなげ
白猿見へ
一ヤアぎやう〳〵しき鼠の輩。星満くたりといへども。月の光りに勝ことなし。七兵兵
かけ清が腕に力はおぼえたり。いで物見せんといふまゝに
ト是より大だいこ入の鳴ものになり荒事大木大石を投つけ。とゞ牢の格子へ
手をかけ。ありや〳〵〳〵とおし。打やぶつて保童丸をとり出し。つね世へわたす
皆〳〵かゝるをとつてなげ角柱をさしあげ花道へ追てゆき見へになり。また
一本舞台へおし返し。大勢つみ重ねてどつといと見へになる。重忠出て。
一いかに景清。汝頂羽が山をつんざく勢ひありとも。万卒を以て討とらんな網
裏の扁をとるより安けれども。忠臣を感じ三度までは命を助くべしと。わが君の
寛仁たいど。又保童丸を汝に得さする間。それを功に立わかれ。大軍をもつて
向ふべし一いふにや及ふ。重ねての見参には。御大将のゑぼし首。汝が首も
申うくるぞ一おろか〳〵。戦場にて再会せば。京清が是は此しげ忠が。
男
一赤白二ツの街にわかれて一七兵衛かげ清一庄司しげ忠一かた〴〵
舶
さらば。しいづれも見へよく
さらば
ならび
白袋これ
一足より二ばん目始り二ばん目始り
同三月ゟ郭公相宿宿路鴻川大兵衛と。唐木政右衛門に男女蔵。佐〻木の奥がた真弓御門
常世。実右衛門むすめおそでと。お針おいちに久米三郎。実右衛門下部友平と。ごふくや
十兵衛に三津太郎。馬かた小地獄の九郎に友蔵。和田叡負門三郎。政右衛門妻おたねに
民之助。磯貝兵介に小佐川七蔵。荒巻伴右に門蔵。沢井城五郎龍蔵。梶川伝左衛門。
石冨武助二やく徳次。桜井林左衛門に和田右衛門。医者今坂養肝儀右衛門。奴峯平平
周兵衛。和田忠妻と松木主年に荒五郎。巫お詮坂東大吉。磯貝実右衛門と。沢井
政五郎に坂東八十助也。此きやうげん伊賀越と。御堂前の敵討を一ツに作りたる
趣向。大評判何れも大でき。二はんめ故人岩井半四郎三回忌追谷。岩井久木三郎
相つとめる。結傚鹿子道成寺附道行面影車竹本錦太夫三弦野沢藤吉
深沢の淡師灘六。実は尾形三郎男女蔵。二役金剛坊。大友舎人之助と感徳坊
上津から。灘六妹おしづ久米三郎。海老名の源八照勝に市川白猿。何れも大出来
○此時白猿楼なく。男女蔵に衣装を借りてつとめしが。五六日出てあと言
八十助勤むる。足白猿まことの仕納め也。徳譽道本廣壽信士大谷廣次次語る
同夏狂言口」「夏お仲と。徳兵衛女房出た出たつ久米三郎。詩船の三好と。
手代伝八に徳次。佐賀右衛門と。儀平次に義右衛門。団七女房おかぢ小佐川七蔵。
磯兵衛と。一寸徳兵衛に荒五郎。団七九郎兵衛に男女蔵。何れも大でき同秋中村雁
伊賀越」沢井股五郎と。母鳴見松助。けいせい花紫喜代太郎。池添孫八郎八郎次
奴猶平鶴十郎。荒井金兵衛に鷲蔵。けいせい大はし尾上伊三郎。和田忠忠忠妻女
栄三郎靱負に四郎十郎桜井林左衛門に音八笹尾とお谷二役冨三郎城五郎
と。政左衛門八百蔵。丹右衛門と石冨武助誉田内記三役彦三郎。何れも評判
よし。同秋市村座樟歌慈白浪浜名左団次に三八。奴外平に団十郎。見寿院に
冠十郎。黒崎伴内に国蔵。かごかき六蔵善次。奴蔦平に新平。百性太郎に
源之助。小雛姫路之介。蘭の方路三郎。順礼次郎作に武左衛門。近藤内蔵之介
伊三郎。阿波の十郎兵衛四代目幸四郎也。当六月廿七日男女川京十郎終る。
旋譽錦紅郷山信士。是三代目幸四郎が事也。同二番目瀬川路考。此時
上方へ登る名残狂言信田壽徳慧越顛平に三八。信田の庄司冠十郎。こしもと
菊町雄次郎。同浜ゆふに浜次郎。あぎの童子こま蔵。安名深み介。やかん平に
武左衛門芦屋の道満幸四郎。くずの葉姫と狐路考。早替り障子へ口筆にて。
恋しくはの歌を書所妙なり。評判近代の名人と大入大当り也。同秋河原崎座
普請新規に出来源平布引瀧小まんに久米三郎。九郎助に徳次しほみ藤太藤み藤太に
団兵衛なんばの太郎医蔵。待宵姫七花。葵御前におのえ多田蔵人に門三郎。
瀬尾の十郎に友蔵。義賢に荒五郎。実盛に男女兵状也。二番目九月九記胤形
おしゆんと。酒売おくめに久米三郎。家主与次郎に徳次刀屋石見に門三郎半代半七
荒五郎。おしやり伝兵衛と。餅うり次郎作に男女蔵。何れも大できなり。浄溜理
道行栄花月。常磐津。綱太夫。同喜代太夫。同和哥太夫。三絃岸沢吉式部。
同式佐相つとめる。顔見世中村座は。越籠御籏。武田信虎に三八。高坂弾正に
八十助今井弥三郎に栄三郎。晴信三津五郎。与右衛門実は山本勘助に幸四郎。
女房かきね富三郎七後姫路三郎。躑鵜飼石洒落妙宗。常磐津伊勢兵衛は
留三郎。七綾姫路三郎。蝋鵜飼石洒落妙宗。常磐津田
連中にて三弦岸沢古式部。同式佐相勤る。長坂左衛門に伊三郎板垣勘解由に
武左衛門。鬼児島弥太郎に団十郎。大詰に幸四郎。三津五郎。川中島の見へあり。
二ばんめ岩渕の与右衛門幸四郎。きぬ川金五郎三八。かさね亡魂に富三郎。浄なり
褄かさねぞ。富本斎宮太夫。三絃鳥羽屋里夕。何れも大でき大評判。同市村座は
富興。富仁村尊仁親王に松介。八幡太郎義家源之介。伊具の十郎長衡に冠十郎。
鳥海の弥三郎に藤蔵。名月姫に路之助。秩父の十郎門三郎。和田の太郎に鬼次。
鎌倉権五郎京政にて。男女義暫なり四立める色世夕吉島富本連中相
勤る。周防の内侍久米三郎。荒川太郎に喜代太郎。錦木より色の市兵衛。実は
勝田の次郎に八百蔵。よし家深之介。ひたち帯売恋のお琴。実は雛の精久米三郎。一
五人所作此跡。二百九十七才の翁。化成王松助。仙人の形。日本回国のしゆ行者
龍渕。実は安部の宗任男女蔵。不貞の国妙に八百蔵。たんまりの幕あり。大治に
野川の決臣家任に藤蔵。貞任女房袖萩常世。かつらの中納言松介。実は安都の一
貞任も。八百蔵見あらはす所よし。何れも大評判大でき。同河原崎座。霜月廿一日ゟ
一義経千本僧源の義程と。いがみの権太に荒五郎。穀屋弥左衛門に友蔵。相権五郎に
時助。入江の丹蔵に鶴十郎。弁慶に彦左衛門。典侍局とすしやの娘お里。静ほ前一
三役中村大吉。河越太郎。渡海や浪平。これ盛。横川の覚範佐藤忠信と。大和の国
源九郎狐梶原平蔵景時。七岐彦三郎大でき大評判也。「享和三亥年」春中村府
松春壽四峨鬼王に三八。粟津七郎に紋三郎。梶原平蔵景時助五郎。源太景本
善次。愛甲の三郎団右衛門。箱根の別当大吉。土藤大坊九団十郎。近江小藤太
せりふの
龍蔵。八幡に雷助。梶原が奴げぢ平に栗蔵。曽我の十郎祐成に三津五郎。兄弟
次へつゞく
松春国協議
中村座
第壱番目
扇づくしの
せりぬ
十郎祐成
坂東三津五郎
五郎時宗
尾上
栄三郎
曽我十郎祐成
対面
〇あふぎづくしのせりふ
同五郎時宗
坂東三津五郎
尾上栄三郎
〽扇の品類くはしくは。未熟な我々存せねども。舜五明翁を作り給ふと。雀豹が
古今経にも見あたれば。是ぞ扇の始とかや〽まつた涼風を採のあふきは周の
武王の製作と。事物紀爾に明らかなり〽日本めでたき礼あふぎ。梅の加賀ぼね
鶯も。はれな初音の京扇〽殿中扇を見わたせば。わけて中にも寄麗扇
花の主か惟光が。あふぎにあらでこがれたる。アクゆふ貌き御影堂〽いつか扇と
日を操足。付扇の五本入。五ツや三ツにてありし時。柏扇の子心にも。赤沢山の
天地金。極彩色の紅葉時〽しかも椎の木三本入木立にとつて射留られ。その
親骨はばら〳〵と。のへなき最期を渋あふぎ折よく敵にあふぎの的。矢よりも早く
飛かゝつて〽コ」〽デモヘハテサテ恨は定紋の。かさね扇であらふとも。金平骨に
丁子引。かんじん要を打時の。桧扇のこと想ひやり。此場は墨絵のかけながし。まゝの
隔隔捨ておきやいの。〽しからば重て扇の富士。定めて狩場に住吉の御田扇
の皐月待〽その藍沢の陣扇。閨のあふぎに忍び入〽あゆみの板から地紙まで。
三つまんざいあふぎ
切て切箔微塵箔〽まづそれまでは士口側の〽春を祝して舞あふぎ〽万歳扇
〽万々歳〽寿そがの〽対面と〽ホゝうやまつてまうす。
せりふの
前つゞき
五郎時宗栄三郎栄三郎。工藤左衛門祐経伊三郎。川津の三郎祐安幽魂と。二やく
なり。団三郎と。筑頼幸四郎。大磯のとら路三郎。けはい坂の少将富三郎。朝比奈に
三鳥羽屋里夕
強名見崎喜蝶
三津五郎。栄三郎と三人所作。弥三重霞焼散顔鳥富本斎宮太夫
二番目義仲の息女錦の前に七三郎。佐野の百姓与五右衛門に三八。今かし切替五市
小次郎。日天清兵衛。実は京の次郎八十助。豊竹叶太夫に新平。ときにや徳三郎に
栄三郎。竹の下孫八左衛門に武左衛門。船橋次郎左衛門。実は石田三郎為久幸四郎。女房
おまつ路三郎。けいせい八橋に冨三郎。佐野次郎左衛門。実は桶口次郎伊三郎也。狂言
替りて伊達隆隆盛。此狂言は廿二年以前。桜田治助作にて。仲蔵団十郎。不破名古屋
大当り也。是におちよ半兵衛を取組。山名宗全と。町いしや南都正菴に半兵衛母
三役嵐三八正庵家来園平。実は渡辺民部逸友に八十助。山中鹿之介に紋三郎。
さゝら三八秀能に団十郎。しば佐門之助小才三郎。土子泥之介に新平。荒波灘蔵
武左衛門。荒獅子男之助に栄三郎。三浦やけいせい高尾と。おちよ姉おかよ路三郎。
足利頼兼と。八百屋半兵衛に三津五郎。名古屋山三と三役也。細川勝元と。とうふや
佐次兵衛に伊三郎。又平妹おちかと。半兵衛女房おちよ富三郎男達浮世又平不破
伴左衛門八百や甥嘉十郎三やく幸四郎。此時青物づくしのいけんのせりふあり。何れも
大でき大評判。同中村座続き狂言。四月二日より仲権謀悪賊将多の遊女浮舟七三郎。
志摩のせんどう五平次と。すゞめ踊の奴とぶろくやる年に三八。同呑平と。高浜五郎二やく
栄三郎。木津川蔵人と雀おどりの奴幾平に八十介。同しめ平紋三郎。同奴いれ平み
船頭ひがきの小平次二役伊三郎。海賊の張本玄海の灘右衛門実は三韓の折軍
呂高王李松錦幸四郎にて。雀おどりのたて花やか大評判。けのせい磯なみに路三郎。
博多小女郎に富三郎。小松屋惣七に三津五郎。此きやうげん何れも大でき。同春
歳男徳尊氏
市村座。閏正月八日より巖男極慢我京の次郎すけとしと。八わたの三郎三郎三役八百蔵
祐つねと。愛染明王の霊像に男女蔵にて。箱王丸。時宗久米三郎にちからを授る所
花やか也鬼王に藤蔵。団三郎と。十郎祐成に源之助。鬼王娘おとらに市川男寅
松本武十郎
嵐三八
荻野伊三郎
玄海の灘右衛門
松本幸四郎
ず。
尾上栄三郎
□□□□□□□□
□□□□□□□
尾上紋三郎
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
芝居年代記
坂東八十助
土藤太坊丸に喜久蔵。月さよに路み介。赤沢十内後家おさわに常世。近江小藤太
六浦道菴も松助二やく也。三人関のたて評判よし。五立目対面朝ひ奈に喜代太らにて。
源之介。久米三郎。せりぬあり何れも大評判也。二ばんめ〽江戸柴田縁植」椀屋久兵衛に
八百蔵。女房おまつに帯世。田川寿袖と門三郎娘ゐなか娘おとめ。げいしや湯しきの
おかん三役久米三郎。会津屋作兵衛に困蔵。手代伊八に市山七蔵。手代清九郎に
藤蔵。小原大尉に冠十郎。植木屋文蔵に喜代太郎。妙法印に滝五郎。鳶の者
音次に鬼次。けいせい浪の戸浜次郎。けいせい松山に路之助。椀や久五郎に深之介
八谷五郎四郎に松助。中買ぼたんや儀兵衛に義右衛門。安嶽甚兵衛に二やく八百蔵
同大和太夫
注
乱候柳黒髪富本豊前太夫
藻くぎの三平に男女蔵大でき大評判
同河内太夫
潤
三弦
三保崎兵助
相勤る。久米三郎。路之助。源之介。男女蔵。八百蔵五人所作大でき大当
鳥羽屋里長
同三ばんめ四月十四日より野辺の書類親宗十郎三回忌追善。紙や治兵衛を源兵助
相勤る。女房お岩と紀の国や小春。二やく久米三郎。むすめおすゑに男寅。下女おたま
次次郎。丸屋新兵衛に鬼次。五貫や善六に儀右衛門。たいこ持豊八に団兵衛兵へ。鉄屋
五左衛門に国蔵。江戸や太左衛門に冠十郎。五右衛門女房お幸門三郎。ちよんがれ伝海坊
藤蔵でつち三太郎に男女蔵。新屋孫右衛門八百蔵也磯道行誓網嶋富本大和太夫
三弦
名見崎徳次
源之介。久米三郎。相勤る何れも大でき大評判。同跡(かゞみ山岩藤に
鳥羽屋里長
松助。をのえに常世。お初に久米三郎。相替らず評判よし同夏芝居〽池田徳沢一師直と
由良之助。十太郎三役男女蔵。勘平経之介。そうか買刀弥と。ゑんや判官五役深之介
喜内とおれいに門三郎。乳貰と入間五兵衛冠十郎。石堂右馬之允に七蔵。片山
深吾と。若狭み介に鬼次。斧九太夫に国蔵。同むすめおくみと十太郎つまおり寺。
万歳およき三役路之介。お石と。けいせい深橋に雄次郎。二ばんめ〽五大力笹の三五兵へ
男女蔵。さつま源五兵衛源之介。小万に路之介。げいこ浜士口にはま次郎。下部土手平
国蔵。家主徳右衛門に瀧五郎。千嶋千太郎に七蔵足軽八右衛門に門三郎。此夏
狂言大でき大入也。同河原徳座閏正月十一日より此城倉箱横」清水多門之介清言と。下部
伊達助に荒五郎。稲毛の三郎に叶介。奴陸蔵に鶴十郎。奴土手手平に友蔵非人血煙の
仁三に門蔵。どんぐりのおさんばゝア彦左衛門。人丸娘に小佐川七蔵二やく桜姫羽ぐるまの
松兵衛に音八。さくら姫のかしづき宮木に中村大吉。清水の清玄律師彦三郎。
京がのこの
紫ぼうしを
おすゝめにまかせ
閏年の初もの
振杉の媚導等
三弦
富士田千蔵
杵屋和吉
其外はやしかた
其外はやしかた
岡安喜三良
大勢なれば略之
しゝひやうしさくらぎ
白拍子桜木
坂東彦三郎
金剛坊に荒五郎。威徳坊に友蔵。何れも大でき大評判。後に中村大吉あこやにて
琴ぜめの三曲あり。岩永左衛門に友蔵。秩父の重忠に彦三郎。何れも評判よし。同次狂言
城外惣三段目加二幕。後寛に彦三郎。おやすに大吉。同二ばんめ伊勢守親卿卿
福岡貞に彦三郎。同伯母おみねと。古市あぶらやの女郎おくみに大吉也。此狂言十人切
評判よし。同夏中村座。六月五日より忠清衛」大学田良之助。天川屋義平。寺岡平右衛門。勘平
加古川本蔵。定九郎。塩谷判官七役三津五郎。大あたり也同秋七月廿七日より菅原
時平大臣。坂東八十助。桜丸と宿称太郎に栄三郎。くりから太郎国十郎。春藤
玄蕃に新平。御台梅園ごぜんと。松王女房千代に路三郎。菅相丞と。梅王丸
武部源蔵。三従三津五郎。戸浪と。八重。たつ田三役富三郎。判官代照国と松王
幸四郎也。二ばんめに故人錦紅一周忌追答。薩摩守。撰長ばんどい長兵へやま四郎
けいせ故北紫冨三郎。白井官左衛門に伊三郎。白井権八三津五郎。本庄助太夫三八
本庄助八に八十助。奴又平に栄三郎。女房おは渡路三郎也。何れも大でき大評判也。
浄天にあらば二上りの新八重梅
錦鶴鶴鶴鶴鶴鶴鶴鶴鶴鶴鶴鶴鶴鶴鶴鶴鶴鶴鶴鶴鶴薄亀浦蝶
り地にあらば手枕のひよく塚
同秋市村底。七月十五日ゟ夏狂言の跡へ小町ばくらし一幕出ず。良峯の宗貞に沢村
深之助。小野小町と。小町桜の精二役瀬川路之助。関守関兵衛実は大友黒主に
男女蔵。浄なり積恋堂関扉常磐津喜代太夫。同長門太夫。同和歌堂へ相勤る
何れも大でき。同八月七日より」義珍千本榎市川八百蔵一世一世一代舞台のいとま乞にて。
渡海屋浪平。弥九郎狐。佐藤忠信三役相勤る。河越太郎と。横川覚範に男女蔵
弁慶に松介。義軽に源之介。相権五郎に藤蔵。入江丹蔵に冠十郎。安徳天皇に
男寅。土佐坊に儀右衛門静御前路之介。郷の君に久米三郎。すけの局に常世也
二ばん目(桂川織内見し帯屋長右衛門八百蔵筆売段助に男女蔵片岡幸左衛門と
幸之進松介。清淵求馬に喜代太郎。計の宗兵衛に冠十郎。おはん母おかや万作。
娘おはん久米三郎長右衛門女房おきぬに常女〃恋漿萩玉鉾宮本大和太夫
連中にて相勤る。何れも大でき。大評判同九月節句ゟ姉寿山大判司清澄とふかせ
八百蔵。入鹿の大臣男女蔵。ふぢ原の淡海に源之介。ひな鳥に路み介。杉酒やおみわ
と。久我之介清ふねに久米三郎。後室さだかに常世也。同九月十六日ゟ。坂東彦三郎。
中村大吉。大坂表へ登る名栽狂言口〽同様焼塩嶋屋一日田本斎宮太夫。同赤喜太夫。
同里喜太夫。起鳥羽屋里夕。同里長相勤る。二條の息女みちとせ姫とゐなか順礼
おしゆん。石山観世音の霊像三役中村大吉。御嶽泰五郎に儀右衛門。奴なみ平に
市山七蔵。白川太郎虎文嵐冠十郎。飛鳥井中将惟世郷と。田舎順礼彦太
木賊苅の翁。山王のつかはしめ。手しろの猿の化身坂東彦三郎勤る。何れも
大評判。同九月廿四日より忠清蔵」由良之介彦三郎。お石つね世。となせに久木三郎。
おかる路之介。かほよごぜん万作。力弾に尾上伊三郎。伴内に儀右衛門。師直に藤蔵
九太夫に冠十郎。かん平に泥之介。若狭之介。右馬之丞。平右衛門。定九郎四役男女蔵
ゑんや判官。本蔵。おかる母。天川屋義兵衛四やく八百蔵。何れも大でき也。中村座上に
幡随院長兵衛の跡へ。姫小松」俊寛に幸四郎。亀王に三津五郎。おやすに富三郎。
有王丸八十助也。河原崎府は秋狂言。枕橋助勢。相撲へといふ名領の辻看板を出せしが
訳ありてか延引に相成り。顔見世まで休みなり。
同同小屋新之助
歌舞妓年代記巻之九中畢
同
浜町元矢之倉
黒田
狩
五篇
花江都
年代記
歌舞妓
花江都
歌舞妓
年代記巻之九下
又花咲屋新之助
東都談洲楼焉馬老人著
同亥年霜月中村座顔見世檀地振起袈裟娑洲の五郎八。実は城の九郎資家二枚
乞食かれん坊に嵐三八。けいせい松がえに七三郎。鹿の子山馬右衛門に音八。宗尊親王に
才三郎。すわの七郎に助五郎。弓削大助荒五郎。佐野源藤太友蔵。敷妙姫と。源左衛門
妾しろたえに冨三郎。青砥孫三郎と。下部波平。漁師から島太郎作。佐井源左衛門
猶世。四役三津九郎。三浦弾正義継と。青砥五郎藤宗に八十助也。浄る理。よしや男袍着綿
富本斎宮太夫連中にて。第一ばんめに。三津めら。富三郎。荒五郎。三八相つとめる。第二ばん目
る命県邑の弐番国。常盤津伊勢太夫連中にて。岩井久米三郎女伊達いかづちのお鶴と
龍宮の乙姫二やく也。浦島三津五郎。何れも大でき。同市村堂初野物見橋」熊坂の長肥と
壬生の小猿ばゝ。実は信西の後家大刀自松本幸四郎。鎌田の次郎と。馬かた正作実も
麻生の七郎行範男女蔵。長田の太太郎。下り浅尾工左衛門。横笛と。渋谷左司娘萩の戸。
ゑぼし責お大。実は近江のおかね狐に。下リ松本米三郎。かるもと。正作女房お槙龍龍
美玉女。白拍子千代鶴四やく路之介。くわんまんの夕陀八と。左馬五郎行盛藤蔵渋谷の
庄司に門三郎。瀬尾太郎国蔵。そのをの宮男寅。おむまやの喜三太に。七代目団十郎
当年十三才にて丸額の鬘鶴びしの衣装上下。御幣をかつぎて暫の出大てき
○しばらくのつらね
七代目
市川団十郎
東夷南蛮北狄世間のおつもりも。かへり三升の山椒の芽。小粒な脊中へ大役
の。重荷をしよつたらたかんまん成田の不動に七代目。のふまくさまんだばさら者
先祖の光り御ひゐきの。おかげをいたゞく二番ば人江戸。子の觸がしら。水道の水を
産湯にあびて。天上天下泰平に納る国の四海浪。しづかなる代を横に行鰐鮫
一鱶鮫河童。太刀ふり上た赤つら竜王。こつつかまへると忽ちに。足手を汲だり
首抜たり。脊骨を踏だり踏なんだり。イデ物見せんと祗園会の。御輿を居た此
答衆は。御曹子義づね公の服股耳目と称れたる。御厩の喜三太正俊といふわん。はく
一者。当年積て十三夜。まだ影うすき武蔵野の。自は艸より単に入る。尾花の花の
顔みせに。不礼はたらく鋸未めら。所は名にあふあふきや町。はな橘の家の棟から
一太郎いなりの小社のうちへほうり込と。ホゝうやまつて曰。
廻国の女六部妙音。実は忠慶のおく方八重桟と。盛久の妻さゞ波に常世。斎藤滝口と。一
主馬の小金吾武里平の宗もり三役源之介も錦鳥閨文車富本豊前太夫連中
相勤。惣府中大でき大評判也。同顔見世河原崎座。大和錦真田経大塔宮と。渕辺伊賀守に
松助。村上彦四郎に喜代太郎。五代院の十郎に冠十郎。三日月長屋の半四郎おせんに岩井
久米三郎。青資江戸前の青松に松助にて。切見世の幕。実は亘理新左衛門となる所まで。
ゑびじやこの十の通り也。北帝の姫宮にしきの前と。時行女房あや夜に富三郎部や頭
伴右衛門中嶋和田右衛門。ろじ番さぼてん次郎に彦左衛門。新田義貞に紋三郎畑六郎左衛門。
衛士又五郎。実は赤松則貞二やく伊三郎也。当南枝梅春日常磐津綱太夫連中
相勤る評判よし享和四甲子年春市村府正月十五日ゟ梅桜松崎松昌越曽越前時宗。箱根
の同宿とぢ坊二やく幸四郎。工藤すけ経と。朝比奈。赤沢十内三役男女蔵。鬼王工左衛門
朝比奈妹舞づるに米三。大いその虎と。三うらの片貝に路三郎。けはい坂の少将落之介
近江の小藤太女房片田と。京の次郎に藤蔵。鬼王女房月さよと。すけつね奥方
棚の葉に常世。八わた妹くれ竹に尾上伊三郎。梶原の奥がたゑびらに坂東辰蔵蔵也。
幸四郎
第弐番目
市村堀
けいせいかつ山
米三郎
みこさかき
路三郎
三月年□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
とらと少将は春弱。舞鶴は万歳にて。五立目につね世女工藤の対面大できなり。
伊豆の次郎団十郎。祐成と団三郎二役源之助。大づめ時宗幸四郎。斯ひな男女蔵
にて草摺引。久しく絶たる江戸風の花やりなる所。大評ばん大でき。
姿もはでな
元禄の時花唄に
道のちまたのふたもとやなぎ
しろきお馬にめしたるとのご
次女もはでな曰柄重右衛門
同摂郡比輩吉原初田丹羽
此おもはくは山本の勝山
浄
涯渥
松本よね立
道
行
瀬川路三良
其如き瀧
松本幸四良
第二番に
相勤申候
同大和太夫
三三保崎兵助
富本豊前太夫
弦鳥羽屋里長
同登志太夫
男達白柄重右衛門幸四郎。鳶の者提婆の仁三男女蔵。男だて唐犬権兵衛。織藤や
手代助右衛門。二やく浅尾工左衛門。山本のけいせいつ山によね三同花ざきとあづさ巫女榊に
路三郎。唐崎甚之進むすめおみち活み介。堤伴之進沢村藤蔵。津田金太夫市川
門三。吉原げいしや都泰遊に新平。唐犬組のきほひ万年善助小次郎。同ふうりん
五郎七国蔵。小仏小介に市山七蔵。おりどのやでつち十太市川団十郎。香取の夕水中
本庄総五郎に沢村源之介。織どのや女房おきぬ小佐川つね世。何れも大評判大当也
竹寄拍子唄に
一東上総の夷隅のこほり
村の小名をばかねおきむらよ
角力とりにて白藤源太
香
四冊勅
三保出可兵助
浄浄
狸漏浄
伊沓陣
道
行
主婦生臣千而得
瀬川路之助
市川男女蔵
松本よね三
其あいかたは土橋のおしゆん
第二はんめ
大切相勤
同大和太夫
利太夫
一同登志太夫
三名見崎喜惣次
名見崎安次
鳥羽屋里長
角力とり白藤源太男女蔵。行司此村長之介。幸四郎。女房おりき道世けんぴしや
伝兵衛に工左衛門。加賀屋のおしゆんよね三。同小雛と。鹿島の事ふれおいしも路三助
岩橋や弥三郎に源之介。女房おきのに路三郎。手代文六に藤蔵。しがゝき勇蔵に
男女蔵
ことふれおほ
路三介
第弐番目
市村堀
〽けいしやおしゆん
門三郎。箱崎の船頭次郎吉に図十三郎。後家おたよ国蔵。夷隅角太郎に新平。
たいこ持玉ゑん儀右衛門。笹田友軒二や郎左衛門也。何れも大評判大入別して男女蔵
坪制よし。同春中村座は顔見世狂言を持こし無人ゆゑそがの役割出来かねて。口上
看板を出し。去秋市村府にて一世一代を致したる八百蔵。当芝居に内縁あるに因て
達て相頼二月十日より。玉屋新兵衛の狂言と辻々へ出す「胡文化」改元二月中村岸も
山村新兵衛と。絵馬商人橘や太郎兵衛八百蔵。氏原勇蔵に八十助。三国小女良と。
玉屋娘おゑん久米三郎。玉屋新兵衛に三津五郎。くめ本の女房おかねに民之介娘分
おと和瀬川冨三郎。鵜飼九十郎と。玉屋新右衛門に三八。玉屋手代三九郎音八。町がゝへ
うぶ毛の金太郎に荒五郎也向三人花真の道行常磐津伊勢太夫連中勤候。
同春河原崎雁三月七日ゟ鉄勢藤広鬼王と。曽我十郎に伊三郎。月さよに中山
一白ふぢ源太
男女蔵
ことふれおほ
路之介
第弐番目
大切
市村渡
〽けいしやおしゆん
門三郎。箱崎の船頭次郎士口に図十郎。後家おたよ国蔵。夷隅角太郎に新平
たいこ持玉ゑん儀右衛門。笹田友軒二やく老しつ也。何れも大評判大入別して男女蔵
坪制よし。同春中村座は顔見世狂言を持こし無人ゆゑそがの役割出来かねて。口上
看板を出し。去秋市村府にて一世一代を致したる八百蔵。当芝居に内縁あるに因て
連て相頼二月十日より。玉屋新兵衛の狂言と辻々へ出す」胡文化改元二月中村府も
出村新兵衛と。絵馬商人橘や太郎兵衛八百蔵。民原勇蔵に八十助。三国小女良と。
玉屋娘おゑん久米三郎。玉屋新兵衛に三津五郎。くめ本の女房おかねに民之介。娘分
おと和瀬川富三郎。鵜飼九十郎と。玉屋新右衛門に三八。玉屋手代三九郎音八。町がゝへ
うぶ毛の金太郎に荒五郎也。三人花真の道行常磐津伊勢太夫連中勤る。
同春河原崎雁三月七日ゟ鉄勢藤権鎌台鬼王と。曽我十郎に伊三郎。月さよに中山
冨三郎。妹いざ宵と。大磯のげいこ小ふじ二役久米三郎。五郎時宗喜代太郎八幡の
三郎武左衛門。団三郎に紋三郎。三浦の片貝おの元近江の小藤太和署君門朝ひな
鬼次。阿野の法橋全盛市川門蔵。梶原平蔵に彦左衛門。大坊丸。実は禅師坊
冠十郎。けはい坂の少将に七蔵。工藤祐経と。そがの満江御前二やく松助也。浄溜理
蝶衡松太夫常磐津細太夫連中にて勤る二ばん目三介殿清兵衛門
げいしやお山七蔵。番頭源兵衛に杜十郎。梅の由兵へ伊三郎。女房小桶と。でつち長吉
岩井久米三郎。三月ゟ河原崎へ出勤也。同座五月十五日より〽お山郷郡部屋綾瀬の
新平に伊三郎かつぎの小万富三郎。奴の小万久米三郎。隅田勇介に喜代太郎。後室
その崎。実は音羽おばア松助。久米三郎をざうり打の所大でき。同中村座は左日ゟ
の谷熊谷の次郎と。忠度三津五郎弥陀六に八十助。六弥太に荒五郎。ひら山の
武者所に荻野半左衛門。小次郎直家と敦盛にかん弥。義つね花井才三郎なり。
同弐番目長倉猪種種。道玄坂の道玄と。白拍子櫛木三津五郎にて故人三津五郎
二十三回忌追答。花医鹿子道成寺此所作相勤る。同宿喜幸坊と。平尾の次郎蔵
二やく八十助。市丸坊と玉川主水荒五郎。柏木ゑもん之介音八。旗ヶ谷新平才三郎。
浪玉丸に民之助。長者娘なでしと中村七三郎。何れも大てき。三津五郎大当り也
同四月中村座元祖さるわう勘三郎。歌舞妓芝居初メ。寛永元年甲子年ゟ。文化
元年甲子迄百八十一年の壽として相伝の系図の品。舞台において披露す
此口上前々より市川団十郎勧めし事也。然るに白猿は隠居の身故今七代目
団十郎。少年十四才市村座の勤なれど。勘三郎頼に仍て口上を述る。その弁吉
瀧の如し。其家の名誉あらはれたりと諸人是を称る。猿若相伝の所は初篇
壱の巻九丁の所に図をもつて委く記す。同五月五日〳〵歒罰組帯次郎左衛門弟
新七にかん跡。高市武右衛門荒五郎。沢井股五郎と。武助。春藤次郎右衛門三枚三津五郎。
春藤助太夫と。加村宇田右衛門旗木政右衛門三役八十助にて。伊賀越と非人敵討を取合
たる狂言也。市村府は五月五日ゟ其務也。宇治兵部之介常悦と。楠正成ぼうれん
大福屋惣六。三役松本幸四郎。金江谷五郎男女蔵。伊賀大七と。庄屋七郎兵衛
二やゝ工左衛門。けいせい宮城野によね三。後室よせ波ごぜん路三郎。信夫に路之介桶原
香伝と鞠ヶ瀬秋夜に藤蔵。百性子茂作に門三郎。どでう太夫国五郎。吉見孫右衛門
新平。吉野や伊平次に七蔵。大野屋の熊に小次郎。ぜげん勘九郎に儀右衛門。たいこ持
五町に太刀蔵。切石丹平国蔵石堂小太郎に団十郎。奴伊達助に源み介。与を作
女房おさよに常世。何れも大でき大評判也。夏芝居盛衰記し船頭権四郎左衛門
重忠と。和田のよし盛。梶原源太三枚源之助。平次景高と。樋口の次郎に藤蔵
母ゑんじゆと。佐々木の四郎に門三郎。巴ごぜんと。千鳥。お筆三やく路み介也二番目
義経腰試越状三段め二幕。五平兵衛に工左衛門。女房関女路之介。泉の三郎沢村藤蔵
亀井六郎門三郎也。五斗兵衛生婦之場大評判なり。同七月十五日より青檀調合館
万字屋八橋と。文蔵女房おしづ路み介。紀の国や文蔵と。佐野次郎左衛門に源之助。伯父
源右衛門と。道具や兵衛に藤蔵蔵。越ヶ谷の伊平次門三郎。大木場の三好義右衛門
下人千茂太郎七蔵。まんじや高崎雄次郎也。切に其崎浅間嶽けいせい奥州幽魂
路之介。巴之丞に染之助。かごかき作兵衛。実は和田次郎沢村藤蔵。源之介と戻り
駕あり。浄なり富本豊平豊前太夫。同常太夫。同和泉太夫。紅名見崎喜惣次同市十郎
何れも大でき。右夏狂言すゞみの場。豊前太夫舟の内にて浄なりを語る所ありて
毎日かわり珍らしき趣向と評判也。同中村座は八月十三日ゟ千本桜川越太郎と
渡海や銀平。梶原平蔵景時。すしや弥助。佐藤忠のぶ。源九郎狐六やく三津上郎。
いがみの権太と。覚範に八十助。此とき瀬川路三郎スケにて。静御前と。すけの局を
勤る。同河原崎座七月三日ゟ昼後橋輪監輔関に高砂の船頭徳兵衛。実は犀形十郎重清
と。此村大炊之助俊春岩井喜代太郎。折枝姫のめのと袖垣と。徳兵衛女房お綱に
中山常次郎。月花丸のめのと五百機と。田舎座頭徳都。天竺徳兵衛実は宗観一に
大日丸三やく松助。天ぢくへ吹流されし船頭にて。異国のアツシの上に上下を着て出る。
庄や沖右衛門に斧蔵。松助万国の咄を申上る事あり。吉岡宗観叶助にて。後に切腹
して。実は朝鮮の臣下木曽官也。久吉に責亡され。徳兵へは我子大日丸と物がたりして
女房夕浪左十郎にて是も自害す夫より宗観が首を松助打おどす。捕手大
ぜい取巻と松介。ゐんをむすへば。上より雲下りて隠す。道具替りて樋の口の
左右に大勢鎗を持まつてゐる。巨樋の口より大きなるひき蟇首をくはへて
出る。鑓をつきかけると何れももんぜつして倒れる。花道にてひきがいるやぶれて。
松介四てんの形にて穴に観が首を捉高笑ひにて幕。次に月若丸のめのといほ
桟にて手負。白船より徳兵へつき殺す。二やくの早替りありて。次に高砂徳兵へ
喜代太郎と。両人出合の場。いほ機が幽霊あり。次に座頭徳市にて出。木琴を
打て唄をうたふ。紛れ者と詮義にかゝればその侭前なる水の中へ飛込何レも
これはじいふ間に。楊幕にて上使と呼び。松助上下切つけ花やか。百日かづら
にて出る。見物奇異のおもひをなす○此旱がわり三ヶ津にまね者あるまし
と大評判にて。無人の憂きやうげん大入大繁昌まことに一流の名人といふべし
しをり姫
小佐川七蔵
此村大炊の介
岩井喜代太郎
来、
市川門蔵
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
市川医蔵
天竺徳兵衛
尾上松助
同八月十三日ゟ後日狂言二幕名取名国遠老産宅間のお谷はゝア松介甥の丹蔵
品川狼之助二やく叶助。犬上団八和田右衛門。名和無理之介に鶴十郎。土子泥之介谷浅
尤同理之介候兵衛。名古屋小山三に鬼次。いせい遠山小佐川七蔵。狩野之介に
喜代太郎。宅間娘おみやに中山富三郎。スケにて勤大切七種秋綿絵七変化の所作
大でき大評判也。同市村座は九月九日より漢金夫康康嘉大通辞掌才典蔵と浜田
幸十郎。二役幸四郎。沼津千嶋守と。清徳寺の住僧教善に工左衛門。長崎丸山の
けいせ以高尾に路之助。伴僧快典に藤蔵。十木伝七源之介。同姉おき。ち常世。
二ばん目吉原俄の術肉よし原の男藝者折江折江弥市に幸四郎。折江多の如図十郎
青柳ずしや嘉七に工左衛門。げいしやおたかによね三水茶屋の娘おたか路之介
どうげんお吉藤蔵。浜名や半七師之介。船宿竹屋のおはる吟世。何れも大でき也
同河原崎座は。九月十二日ゟ。永野相狭門幼竹右衛門と。引窓兵衛に松助ふぢや
あづま七蔵。金神長五郎に喜代太郎。ぬれ髪の小静富三郎。行事庄九郎雷蔵也。
冨三郎七変化の所作は大詰に相つとむる。同後に忠清藏五段目より。九だんめ迄出す。
おかる。力跡。とな瀬。富三郎。小なみに七蔵。おいし常次郎。勘平と。平右衛門に喜代太郎。
田良三助。本蔵。与一兵衛。定九郎早替り松介相勤る。何れも評判よし。霜月頼見世。
中村唐粟相撲爵定廻国の修行者無重尼と。げいこおはま。田舎娘おべく実は
伊勢の内侍下リ瀬川路考。出羽の郡司良実と。ぎおん町の油屋由男香の由兵へ
下り中山文七。高安郡領岩金に八十助。女順礼熊野お岸と。行平姫。傍国か妾小路
久米三郎
久米三郎
実は花園の小蝶の精霊岩井半四郎
路考と順礼六部の出合あり。小野の
此時改名也
頼風と。高安左衛門。禁庭の花守大和の佐国。実は花園の小蝶の精霊三津五郎にて。
修行者むりやう風
瀬川路考
一種類
終
中村温
高安左衛門
坂東三津五郎
熊野のお岸
一名紫芋付御前
同断断断同芝居幸代同
千代古道
ちよのふるみち
半四郎と所作あり。五代三郎女房橋のは路三郎。盤若五郎仲則と。下部八百平。実は
岩井喜代太郎
須磨の塩焼村西の松兵衛才三郎。おなじく
孔雀三郎に。四代目市川八百蔵地
此時改名なり
浦蔵に鶴十郎。同はま六に善次。大平四郎持員に団兵衛。親善五郎跡なにはぼ辺
下り瀬川亀三郎也。而初音員御目見譜富本豊前太夫連中にて。路考と。八百蔵
路三郎。三津五郎。所作大でき。同顔見世市村座。頼観台盤堂拝般各五郎に団十郎。
仕丁の形にて出暫のやうなる事あり。七蔵足がる里平。鬼やしやに次み介。御かどみを
奪ひ合追かけて這入る。三立目切に相討の所回国の修行者惜籠。実は泰の大膳
三代目八百蔵
武虎に幸四郎。同善龍実は孔雀三郎成平助高屋高助殿
改名して出る
紙帳を破り
だんまりの幕。物ぐさ姫よね三。深草の少将と。奴名古屋山平。小野の宿祢よし澄三やく
深み介。飛騨の内匠冠十郎。二役よしざねの息女萍姫。おかしみり。よし実と盗賊
立ゑぼしに反蔵。大筆八郎に新平。奴不破の伴作に門三郎。石塚主畠国蔵。五代三郎
いもと桜木に万作。小野与はや姫市川瀧之介。二番目泰の大膳武虎幸四郎。孔雀三郎
高助。九條のけいせい玉なえによね三。行事にて。両人兼角力のせりだし。所作のたて。
後に深草の人形より丸太郎に陣之介茶せん売お八重路之介。実は少将と。小町仙台
ざとう徳市高助を牛にのせ黒木費おともによね三。実は両人鳶の精霊なり
同妻太夫
瑠璃
花場信頼
同妻太夫
三鳥羽屋里夕
富本齋宮太夫
同宮路大工夫
弦鳥羽屋勇長
右連中にて相つとめ。いづれも
大でき大評判なり。同顔見世
河原崎座四天王城経越図白馬明の姉辰夜又御前に松助。西の色の左大臣高明卿に中嶋
和田右衛門。土師法印国五郎を頼み。招魂の法にて。姉辰夜叉蘇生の所。松助例の通り
奇妙也。田原の千晴に小次郎。二の瀬の源吾左十郎。渡辺深須綱市川男女蔵にて。
松助と橋姫の鬼女の見へ大でき源の頼光尾上栄三郎。此時上方より下り下り也。契情
にしき木。実は池田の中納言の息女花園姫中山冨三郎。充てり葉に市川男寅へ
坂田金時男女蔵にて。傘をさしかけてのせり出し。四人の所作也。浄なり聖振袖山姥
常盤津綱太夫。同喜代太夫。同組太夫。三弦岸沢小式部。同式信。同祝吉。同市三郎
相勤る。前浄るり頼光上総の任に下り。伊豆国三島の社にて花その姫に尋ね
逢し所。父池田の中納言より迎来りしといつはり。丹波太郎門蔵にて。辰夜双御前
方へ擒とす。栄三郎門蔵立有て道具廻る。金時は足栖山へ母をたづねんぞ。
暇を乞し跡也○後の浄なりになり。
一本舞台三間の間岩組の張物。真中に九兵への藁葺。伊予すだれを
掛たる家台。竹簀何れももみぢに蔦を沢山につけたる物すごき道具
門口に大木の松の木。足柄山のけしき。花やかなる鳴物に成花道より男女蔵。
公時にて羽織いしやう大小にて紅葉の枝に酒樽大盃を結つけ引かつぎ出てくる。
浄なりありて生酔の所門口に立てたのみ升ツ〳〵トいふ。
富三郎
せりふ
〽おちこちのたつきも知らぬ此山中に松吹風のおとづれより。問人まれ
なる我が住家へ案内こふはたそ誰じやト浄なりになりて簾を上る。この内に
富三郎白むく振袖に蔦のもやす謹たるさらげ附の衣装。さら毛のかつら。
年善き山姥のこしらへ。糸車をとつて居る見へ。アそなたは快童丸じやないか。ト
親子の各乗あり。男女蔵赤ぬり立の顔にて。子供のおかしみ。乳のまふと持遊の
たはむれ。浄瑠理にて所作あつて。後に富三郎山姥の仕舞あり。上より練の雲下る。
じどろ〳〵にて下座より四人獣の面縫くるみを着て出来り。男女蔵にかとに。
男女蔵見事になげる。皆〳〵起上り。縫くるみの面を取て見事にならび
狼の尾九郎に
一うごくな一こりやアうぬらは何やつだ
松本鶴蔵
一ヤア何やつとは
しれたこと。山賊夜盗を渡世にして此足柄の山ごもり狼の尾九郎とはおれが事だ。
形はやせても口は又耳まで酒も呑仲間へ。うぬをしめこの兎にしろと。猪熊
市川重蔵
ぼたんといへば看板に偽のねへ
殿から頼まれこ。しかも四人のかしらぶん一ぽたんといへば看板に偽のねへ
吸物の。一ツぱい喰せた此けだ物。誠をうそに鉄砲の。当るほど猶荒出して。岩をも
坂東倉蔵
突ぬく猪牙平丸楽。にがひは熊の膽黒丸子。ゆびて丸めて金時ども。只
市川栗蔵
一ト呑にうけ合た。ほうびの金の山割を。とらふと思ひ月の輪熊平
仲間に手の長ひ。猿とはゑんこう遠方から木挽町まではる〴〵と。谷の清水
か瀧のやの跡にちよつくり栗蔵が柿のへたでも密柑でも仲間にはいつた
小猿の六平一おいらが目前へかゝつちやァ。もう百年めと観念して尋常に腕
一まはせやい一八たアこいつらは大きな声で遠帆をしやァがる。ちく生の草を破し
四足に近ひ山賊めら。一疋ヅゝはめんどうだ。どいつも一度に。こい〳〵〳〵〳〵。
トあつらへの鳴ものになり。よろしく大立あつて。とゞ四人どつこいトとまる。富三郎
山姥のはち巻木の葉ごろもの形り。蔦のからみしつえを持ふり出し
にて松の枝にあらはれいづる。
一猶〳〵行未まもるべし一はゝアありがたやなァ。
尽せぬ色も藤盤津の棟の梢に有がたや千代右衛門の代も河原睦し浄る理の
ちらしのうち。男女蔵松の大木を引ぬき。四人を打たほす。何れもさかさに杉たち。男女蔵
見へ。片しやぎりにて幕也。四立目花山の院都を出給へば。公郷殿上人此所かしこに
さまよひ。烏丸有すけ郷坂東三木蔵。左少平やきつら郷尾上小の蔵。男夜たる
の所にて。袴垂の安に尾上栄三郎。辻君のぎうさぼてんおばア彦左衛門なり。客
西念坊にの助。乳母おとりに国五郎。子もりおしげにげに候兵衛。何れもおうしく見物
はらを抱ゆる。門蔵夜そば売実は保昌が家来四五平にて。頼先の顔に似たる故
はかま垂の安を駕にのせつれ行。跡に鶴蔵岩角軍藤太にて。繋ぎ馬の籏を
持来るを。藪の中より突ころし。男女蔵すへ武兼装束にて出る。常世相馬の良門
いもと七あや。黒き衣装にて出。旗を引合。富三郎小女郎狐にて。三人だんまりの幕。
五立日平井の保昌の舘。妾いづみ式部に常世。妹橋立に七蔵。安輔に柴三郎。
母幾野に四郎十郎。頼光の身替りにやす助を立んとて。言なづけの橋立と祝言の
盃させ愁膽の所あり。何れも大でき大評判。同六立目
一本舞台三間之所結構なる翠廉家体。柱まきもみぢの立木。らん間の
真中に額を懸是に城といふ文字書てあり。こゝに松本鶴蔵。市川勇蔵。
一重ねを着て。すべらかし緋のはかま。官女の形にて。ふきの台三方かはらけ長柄の
銚子を持。立かゝつて居る。下の方に辰之介。中山倉次郎。白張の上を肩にかけて
一男禁制と書たる高札を持て扣へ居る。此見え鈴の入たる楽にて幕明
並びぜりふいろ〳〵有て。楊幕にて。辰夜刃御前さま御帰舘と呼び。三味せん
入の天王王になり。松助十二ひとへ。富三郎花やかなる振袖橋にて。跡に十蔵。倉蔵
緋の袴官女の形にて付流本舞たいに来り。松助頼光が首うてと勅使を遣は
せし事を。富三郎といろ〳〵有て。御簾の中へ入る。富三郎一人恐入あり。平井の保昌
出仕と呼ぶ。三味線入りの楽になり。うすどろ〳〵をかぶせたるあつらへの鳴ものにて。
帯世うちかけの下に大小をさし。首桶をもち出。花道のよい程にとまる。上ゟ五寸
ばかりの蜘さがりて。乱間に遠し難の文字の額のそばへ寄んとしては。又立さる貝情
あるべし。是を両人きつと見へ有て一さゝがにの糸にかゝれる白つゆは荒たる宿の
玉すだれかな誠に荒にし花山の御所一今うはなりの額のもこへ寄ればしぜんき
いく度も。風かあらぬか飛のく有さま一西陽雑俎にしるしたる。車輪の如き蜘は
深山に住てよく人を食すといふ。我ひの本にもいにしへより。其ためしありと聞く。
扨は此ほど洛中にて。葛城山に年経る土城。天怪なすとの噂あり。王位に敵する
魔王のわざか一二世とちざりし我妻の縁のきれめを蜘の網に及はぬ事としら
するのか一今めのまへにあり〳〵と一かゝるふしぎを一見るものじやなアト
富三郎
常世を見て
二マアそなたは和泉式部今平井の保昌といふたは一なるほと
御飯しんは御もつとも。今日参り升た訳と申すは。夜刃ごぜん道よりのげん命に
より。夫保昌まゐりまする筈の所。折わるふ在国の留主といひ。殊に男禁制
の此御所。それゆゑ女子だてらの刀脇ざし。をつとをまなぶ二人りまへ一ヲゝ其
常
やうすがはやう聞たい。サアまあこちへ一さやうなら御めん下され升ふ
トあつらへの鳴ものにて本ぶたいへ来り。二夕こしをとり首かけを
うちかけのわきにかくすやうにして居る
花園皇には此御所にお出のやうす。承り升たゆゑ。さぞやおきもじにあらんと
おあんじ申升てくり升る一さいのふそもじも無事で嬉しい。何からいはふやら。
マァ頼光屋の御身の上。はやう聞たいいふて聞しやれのふ一その頼光屋の
御身の上。夜刃ごぜんべよりの仰によつて。ぜひなく御生害をすゝめまゐらせ。
御首うつて持参いたしました一ヤア〳〵何とそりやほんかいのふ○コレたれ聞
人もゑんりよもなひ。サありやうにいふてたもひのふ一これは又おまへさまに何
偽りを申上升ふ。憚ながらあなたみには。花山の院への御じゆだいある勅定
それを頼光まと言号といへん有ゆゑに。頼光が首うてと夜刃ごぜんさまの
おらせ。花山の院へ御遁世ある上は。高明公の姉君なれば勅定もおなじこと。
御かくごの上御切腹一あの寔に御せつふ〳〵遊ばしたか一何のうそを申上升う。
さぞおなげきと察したゆゑ。お隠し申せし事ながら。誠御首はこれこゝに。ト
首桶を
出しみせる
一ヤア〳〵はや御生害あそばしたる。少アヽトなきぞとす○コレまアそなたは兎か蛇かい
のふ。たとへげん命なればとて。よふも〳〵心づよふ我君殿のおしるしを。うちやつたのふ。
御最期の折からは。さぞ御世念であつとて有ふ。せめてはかなきお首になりと。
一ト目あはせて
首桶のふたを取んとする
つね世ちやつとおさへて
一イヤまだ実検のすまぬ内うかつに
お目には懸られ升ぬ○お恨は御尤なれど。討とあるは勅命討はお主いづれを
何れと引ぞわづらふ杜善花あやめ。切ねばおもき厳命そむく。是非におよばず
お首をかきつばた。サ花あやめ○御がてんが参り升たか一何といやはやまひきぞ
わづらふかきつばた花あやめくゝ○扨はアノお身一イヤサアお身に障りのない
やうに。サあなたのお身には○何はともあれ先夜刃ごぜんへへ早うそうじや。じ立り
富三郎
一コレまあまいて一イヽやおとめなされな
とめて
松助
ト両人思入あり
みすの内にて
一頼光がくび
とめて
持参なせしとや。辰夜刃これにて実検せんト
管弦になり
みすあがる
松介
一厳命そむかず
頼光が首打しとは。男まさりの和泉しきぶ。保昌が名代たいぎ〳〵一仰にまかせ
不残の類光生害すゝめかくの通り○又かやうに申升るはいかゞなれど。勿体なくも
花山の院さま御逢世遊はしてより。高明公の御姉君夜刃ごせんさまのおふせは
勅命もおなじ事。さほど邪正をおたがし遊ばす御身にて。もつたいなくも懐仁親王
さまを。此御所に押込土手り。御即位の沙汰もないは。恐れながら何とやらせられ
升一すりや目を邪といふのじやな一イエヱ左やうではくり升ねど一イヤ
そふであらふ。懐仁しん王を帝位につけざる其訳は。花山の院とん世ありし後
御遺状といふ物もなく。又十握の法釼ふんじつこれ懐仁が不徳ならずや。三しゆの
神器は天子の御正体。あまつひきつの神宝。人間にて云ばしんしは魂宝剣内侍
所の鏡は左右の手のごとし一ッかけても帝位は叶はぬ。云れざる女の緩怠。其方の
しつた事ではないだまつてゐや○夫はともあれ頼光が面体。いまだ見知らぬ事
なれば真偽をたゞす證授もなし○さいはひ花園ひめ。みづからが目通りにおいて。
頼光がくび。肺破離の。かゞみは女の魂を。とつくと居て実検しや一さやうならば
姫君さまに突けんせよとおつしやるのか一いふにや及ぶ一はい
じばた〳〵にて。七蔵着ながしのふり袖にて花道よりかけ出て。本舞台へ来たり
一首桶のそばへ寄を常世おしとめる。松助。富三郎こゝろ得ぬ体あり
一コレそなたはマア何として爰へ来やつた。くゝ狂気しやつたのじやな一いゑ〳〵
わたしや正しさの余り参つたわいな。よふ思ふてもごらうじ升せ。殿御にわかれ是が
ニア。何と生てゐられ升う。いつそ死のふと覚悟は究めたれど。せめてま一度お顔が
見たさ。此世の別れにたつた一ト目。どふぞ逢せて下さんせいのふ。トなく一歎くは
道理さりながら。めつたな事云まいぞ。コレあなたは誰あらう辰夜刃御ぜんさま。
其御目通りも憚らず。歩やはだしてあられもない慮外が有ては為にならぬ。
早ふ此場を立ちやいのふ
ト松介ふしぎ
一見ればあやしい地下の女。そちや何者じや。
そうに見て
常世恐入
あつて
一ハイ此女ハアク何。ヲゝそれ〳〵頼光殿のお情をかけられ升た三保ト申
ハイ舞子でくり升一その舞子が爰へ何しに来たのじや一アリ是へ参り
升たのは。御生害のやうすを聞て。歎きのあまり来やつたのでも有ふが。ために
ならぬ。サ此お首の為にもならぬ。未錬らしい。アン花園姫へさへあのやうに。
歎きをこたへてお出遊ばす。それに何ぞや舞子のぶんとして。殿御よ夫よとは。
場所弁へぬ無礼もの。はやふ立てゆきや一すりや其女が舞子じやまで
アリ頼光の寵愛しやつたハテのふ○幸ひ花園姫。その三保とやらも。頼光
の情を尽し所縁のものこあれば。両人ともに首実験申つけたぞ七一あの
我〳〵に一いかにも一位にまかす首実検。お姫殿御未練な事おつしやら
ずと。心をしづめてとつくりと。コレそなたも歎きの余り。取乱し何もかも。さ云ては
かへらぬ○辰夜刃さまの御前じや程に。頼光殿のお首に此世のわかれ。姫君殿
イサ御らんあられ升ふト
首桶のふたをとる
冨三郎おも入
一ヤア此お首は
卜七蔵しほれ寄んとする
つね世思入あつて
一サ是申。何と頼光宣に違ひはくり升まひがな。お歎きは尤なれど。かへらぬ
富
操こと。又そなたも心を取直し。誠のお首とナ。それと常世となしあり一ほんに
そうじやそなたのいやる通り此胡に及んで何のみれん。最前そいたに恨みいふ
とも今では一ヤ一サ今ては猶さら恨めしい○とは云ふ物のあいじやくの
別れは同し悲しみの一やるかたもなき蜑小船。こがれて爰へ来たかひも。
亡その人にたつた一目一逢も泪の一手向の回向
下七蔵そばへ寄る
常世こなしあつて
常世ほつと
一コレ頼光屋のお首に七一相違はくり升ぬト
いきをつく
松
一頼光が
首に相違ないとサ○イヤまだ心得ぬは舞子の三保とやら。まこと舞子に
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
辰やしや御前
尾上松助
つる蔵
□□□□□□□
十蔵
花その
中山富三郎
勇蔵
尾上栄三郎
碓井定光
市川男女蔵
いづみ式部
いづみ式部
小佐川常世
八〇
辰之助
男
禁
告
十一月
十一日
はし立
一小佐川七蔵
倉次郎
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
ちがひなくは。自らが目通りにおいて。一トさし舞をまふて見しや
じつね世七蔵
びつくりして
両人
一サアそれは一舞事はならぬのか一何違背を申升ふ。コレお疑ひを
七蔵
○ヤさりながら此湯においてその用意も
はらす為じや。サト七/酸かぐする○やさりながら此湯においてその用意も
一イヤ只そのまゝの扇の手。幸ひ親王を慰めの為。侍女共が乱舞の所
同断同同蔵くら蔵勇蔵四人
誰ぞ有かこれへもて一いさゐ畏り升たし
つゞみたいこをもち出るくら次郎
松
辰之介天冠とひたくれを持出
よろしくならへひかへ居る
一三保といふ名もおもしろい。羽衣などがよからう。
ともに拍子をとり〴〵に諷ふも舞も此唐の興。つゞみは花園。太皷の役は和泉
式部。地流はみづからが。声おかしくも当坐の間に合一どふあつてもわたくしに
しひたゝれを七蔵に
一ハテ舞ねばあなたの仰を背く。仮にあづまの駿河舞し
わたす倉二郎ぎせり
一玉の冠のたま〳〵に。逢見し人も天人の。今はさながら下界の苦しみ。
卜天冠を取て七蔵へわたす
辰之助ひもをしめてやる
常
一うつは太鼓の撥も報も。たゞ両の手に忠と義理
一皷によせて我点は。三ツ地なが地と二世かけて。しんき生い紅のしらべの糸
一むすぶ間もなき憂わかれ
十首桶のそばへ寄らんする
つね世こなしあつて
常
一コレかへらぬなげき
今よりは。菩提の為の尼法師一身はすみ染のあまの羽衣一うゐ
てんべんの一わが夫に一我つまとは一サアわがつまとは吾妻
一・あづま謡〽あづま遊びのかず〳〵に
一つゞみ。常世は太皷なり。七蔵舞のうちに首おけを見て。うれひのこなし。
何れもよろしく。松助うたひを謡ふうち心をつける思入ありて。
松
一舞に及ばぬまぎれものめ一まぎれ者とおつしやるは一さいぜんより
心をつけて見る所。立舞うちも其首桶へ愁のありさま。扨こそ縁ある者にて
官女四人
頼光が首も贋ものに違はない
一南無あみだぶつ
懐剣にて自害せんと
するを常世とめて
一姫君様なにゆゑの御自害
富
一何ゆゑとは。所詮いきてはそはれぬ此身。わが君さまのお首のしやうこに
自らか死る。放して殺してたもひのふ一イエ死るは私。とふから覚悟極て
をり升す
卜自害をせんとする。
常世左右をおしとゞめ
一いや〳〵そなたは殺さぬ何ごとも満仲公
のお館にて。夫保昌の帰り次第。時節があらふ爰で死では犬死同前
一すりや死るにも死れ升ぬは。思へば因果な身の上じやのふ
卜泣おとす
松介常世が
さして来たる
かたなをとりて
米一イヤ其女はともあれ花園が自害とはおもしろい所詮その方は
違勅の罪人。幸ひ式部が佩しきたる此刀で。自がかいしやくしてやろふがどふも
死なれまいがな一なんの〳〵生がひもなき此憂身片時も急ぐ冥途の旅
一くらきより。暗きみちにぞ入ぬべし。はるかに照らせ山の端の月。月日の恵も
ないことかいのふ。トなきおとす
一時刻がうつる最期の用意一いさゐ
かしこまり升たし三保かぐらになり。四人の官女立かゝり。松助刀をぬき鶴蔵水さし
にて水を懸る。勇蔵白布にて賜ふ。十蔵倉蔵白布を敷。倉次郎辰之介両人
富三郎が所体を繕ふ。七蔵常世を何れもさゝへる体よろしくあつて。富三郎居る。
一違勅の罪ある花園ひめ。此場において首討はなす。今が最期くわん念。
トあげ幕にて
松介
男女蔵
しばら〳〵一ヤア一ハテ心得ぬいま首うたんとする所へ暫と
声かけしは一何ものじや一しばらく一しばらくとは一しばらく
大ざつま
しばらく〳〵
しばらく〳〵臣なり〽恋程に碓井の世の世民定光は
の蔓市川流の筋ぐまにて三升を縫たる上みしも
きつつけ。三本太刀をさし三方にりんしをのせ出る
大小入りの人寄に
なり男女蔵かち鳥
〽世に鳳凰の羽づくろひ実も麒麟の
芝居年代記
角前髪いさましかりける次第也
吉例の花道の松
所にすはま
一あまてらすおん神より連めん
やしいた所にすはま一
たる。六十五代花山のゐんは遁世なし。国家を補住する左大臣高明が姉辰夜刃が
目通りをもおそれず。殊に男禁制たる此御所慮外をはたらくあかつ承め。
そも先おのれは一なにものじや一いやさ一何ものじやヤイト
男女蔵
こなしあつて
しばらくのつらね
碓井の荒太郎定光
市川男女蔵
〽東夷南蛮北狄西戎四夷八荒天地人の三ツを用ひ。合せて三升の三本太刀は。
市川一陽来復の。向島なる源后から。譲りうけたる筋限に。ことしは素袍も
あらためて。上下賑ふかん顔見せ。敵役にはしやつ面みせ。こともおろかや某は。王位を
出て遠からず。清和天王の後胤。多田の満仲の長男源の頼光が股肱腹心と
呼れたる。碓井の荒太郎定光邪正をたゞす花山の御所。さも美しいべんなごたち。
男はならぬとまけ出すが。男とも又女とも。今男女蔵が名にめでゝ。いなおふせどて
呼子鳥。これ三朝の百千鳥。手に葉も知らぬ長せりに。たゞ御ひゐきを何れも様
ねがひ揚幕花道に。花のお江戸のやつかい若衆と。ホゝうやまつて曰。
一よい所へ宅光どの。姫君さまの御難義。サアまあはやう〳〵。一きづかいめさるなな
定光が参るからは。鉄の楯。いつものやうにひつ立を待てはゐない。今そこへ往つて
敵役の化の皮をあらはしてくれば以。御見物さま方御めんなされ升せ。一番しめて
おめに懸升ふ
下もゝ立をとりはだをぬぎ見へあつて
○やつとことつちやアらんとこな
とひよ〳〵にて本ぶたいへ行松介と見へ
一定光まゐつたか一ハアいさゐの訳はあれにて承る。何はともあれ辰夜叉
どの。姫君には何咎あつて。こな殿は剣の舞をおつぱじめた一花ぞの姫は不義
のとが。首うつてもだいじない一そりやァそつちの得手勝手といふ物だ。懐仁
しん王様と花園姫を擒として。主人頼光を味方につけんといふもくさん。それが
松
くつ違たゆゑ。首を討ふといふのであんべい一いはれぬおのれが一言此辰夜刃
あげまくにて
栄
をむほんといふ其證拠ありや
栄三郎
一そのしやうこは源の頼光だつやしや
御前にげんざん〳〵。卜つつかけになり。栄三郎花やかなる鎧小手すね当海打の
一はち巻を〆手に靡ともち。かさねわらじにて出て来る。跡より小次郎白晴
一是に大縄を懸松江扣へ。つゞいて猪熊入道の彦左衛門を。弁蔵和へ鬼住の門蔵を
常次郎扣へ。石堀法印の国五郎を。左十郎扣へ。何れも縄取りゝしく出きたる。
一なんと肝がつふれるか一めづらじや頼光とな。虫もの共を引たてしは一さん候
松
此頼光。父満仲の命によつて。むほんの逆徒等うち亡さん為不意におし寄せ
暫時のあひだに生捕たり。もはや遁れぬ辰夜刃ごぜんお心を御改降参〳〵。
トそれより何れもせりふ有て。松介印を結へばどろ〳〵にていづれもの縄とける。
一いらざるおのれがせんぎだて。此上は擒にしたる懐仁しん王。めんどうなおつ殺
四人
してしまへ一こゝろへました卜小次郎。門蔵。彦左衛門。国五郎。官女四人共下野へ
は入る。松江。弁蔵。常次郎。左十郎たがひに顔見あはせ。いづくまでもといふおも入し
あつて追ふて這入る。侍女二人つゞいては入る。
一一かたつぱらの痛ひわるだくみそんな事が有ふとこつちも手術の網を張て。
我君の御計略一渡辺に申つけ。はや先達てしん王を奪ひかへし。花山
寺へお供申た。此上逆徒を討ほろぼし。帝位につけ奉るは頼光が方寸のうちに
あり一いゝや。ひの御座の宝剣ふん失なせば。帝位につく事思ひもよらず。
一その宝釼のふんじつも。慥にそれとはしれねども。最前ちらりとみすの間。
一額に巣を食ふ山蜘の。まそふの草の一筋に一男をねたむしんいの妙火ば
心の鬼一サア鬼の住しは羅生門頼光只より給はりし金札を立しは渡辺の
綱。又宝けんは天子の御手も同前と。夜刃御歩さまの位。ふたゝび御手を継目の
宝せんぎの工夫は○男禁制のあの禁札アレこゝろをつけて定光どの。サよい
卜男女蔵
手がゝりで有ふぞいのふ
思入あつて
一誠に羅生門で渡辺が鬼のかいなを
切た時。伯母に化て来て取かへされた。今又御剣をとりかへすは。鬼にまさつた
角箭髪。この禁制のきん札を。もつて。国家を乱す黴の額。まつこのやうに。
一卜禁制の札を引ぬき額をうち落す。仕懸にて宝けん出る。
一さてこそ尋ぬるひの御座の御剣一こんな事があらふと思つて。仕込に
しこんだ此狂言。なんと肝がつぶれるか。だれだと思ふ。アヽつがもない是でも云分が
あるか。卜さしつける。どろ〳〵にて松助くるしむ思入あつて。頭髑髏五体白骨と歟
又男女蔵うつと。みぢんになり消る。ゑんせう火たちて土蜘いづる。男女蔵汲にて
一蜘の足を切る。仕かけにて上へあがる。国五郎下座より出来り。
一頼光くわん念と切かける。卜栄三郎国五郎を手早く切る。軍兵大ぜいやらぬはト遣る。
一男女蔵二がどにばら〳〵と首を切る。日覆ゟ五尺計の土蜘下る。みな〳〵きつとみへ
一さては土蜘のしはざであつさか一イヤこざかしいじ拍子幕
トどん〳〵とつなぎ引かへし向ふ一面の大御簾にて。倉次臣。辰之介両人長刀を
掻こみ。軍兵を相手にたて。弁蔵。門蔵両人大たて。後花道より小次郎馬に
のり。轡づらを鯰坊主の彦左衛門。はだか身に鎧を着。まさかりをもつて
すぐに本舞台へ来たる。此時下座より栄三郎いぜんの形是に左十郎。
倉次郎。辰之助つき添いで来たる。
一ヤア〳〵藤原の千晴。夜刃御劣なき上は。もはや叶はぬ汝が叛逆陣参するか
縄かゝるか一たとへ辰夜刃なきとても。頼光風情がことばにて。おもひとゝまる
叛逆ならず。運を天に満るする一戦一此入道もとつて置のちからを一時に
出して。千晴殿の腰をしをする。頼光くわん念しろエゝ一イヤこしやくなト
おも入
大みすの
松助
内一ヤア〳〵かた〴〵変化の正体。坂田の金時見とゞけたり一くらひ
殺すぞかくごなせ。じ太鞁ながしにて大みす上ル。上の方に松介土蜘のこしらへにて
一立身。下の方に男女蔵かけゑぼし。かちんの素袍大はだ脱赤ぬりたてにて。
ぼんぼりの手燭を持たる見へ。是をよきほどにをしいだす。直にうすどろ〳〵。
一どこいト見へあり一心得がたき此ありさま一とらへし変化の正躰へ
一何やつだヤイ一花山の御所にて定光が為に。夜刃ごぜん破却のみぎり。
切落したる土蜘の血しほを慕ひ。追かけとらへし変化こそ一此日のもとを
くつがへし。我住魔国となさん物と思ふ折から。石蜘法印わが魂を夜刃御前
の屍をかりて。招魂の法人間界に交りたる。我こそ葛城山に年を経土城
なるはヤイ一さてこそなア一今金時が為に一心体を顕すうへは。どいつも
喰ひ殺す覚悟一われが喰殺すとぬかしやア。おれも子供の時分から猪
狼を相手にして山姥が子の金時だうぬをかぢり殺すは一こざかしい
栄三
卜たがひに栄
一その幻術も叛逆も。いはゞめでたき顔見せなれば。一先此ばは
彦左衛門
兵蔵
たかひに預る互の
立わかれ一銭念ながら再会の戦場まで集戦一たかひに預る互の
命一まづそれまでは一田原の千晴一源の頼光一かた〴〵
下和歌になりみな〳〵立まはりあつて
一さらば一是より二番目始りさやうに。
并よくならびきつとみへあつて幕
同二番目白銀のもみぢ茶屋。茨木五郎実は卜部の季武に男女蔵。女ぼう
おまき実は良門妹七あやに常世。三ツ星のお総富三郎。古鉄かい七面の伝七
実は相馬太郎良門松助。もみぢの茶や物はづけの所。おつなは藤のもりの
小女郎狐。五立目の三人。出合の訳ありて。とゞ松助良門と名乗所までいづれも
大でき○此顔見世役者ぶもんにて大評判大入。三座。一の当りといふ狂言作者は。
一勝俵蔵。本屋宗七。予もスケに頼まれ。浄溜理山姥の所。また六たて目
しばらく大詰まで作る。正本ありし侭芝居好人の為に。おこがましくもこゝに
記す。
歌舞妓年代記巻之九畢
撰作淡海楼焉馬
松高斎春亭
石原駒知道
浄書
文化十二乙亥正月
書林
大坂塩屋長兵衛
江戸鶴屋喜右衞門梓
浜町元矢之倉
黒田