現在奇人譚(狂歌奇人譚)初・二・三編

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八島神歌堂定岡嶽亭
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八島神歌堂定岡嶽亭
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ゲンザイキジンタン
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東北大学
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狂哥奇人譚 八島定岡著 狂歌奇人譚 愛知書肆 愛知書肆文光堂蔵 岳てのぬし帝人譚といふふんつくりて これにはしかきせよといひおこせつおの程 きさときの末つかたより疝といふやまひにかゝりて かくらあくへうもあらねはをこたるとはなしに さなからにうちすかしつしかるにけさのほとまた人 おこせてゑりいたまへてそろひにたりいかにく とせたむるにかしらいたりて筆とるへうもあら ねはいふへさことのはもいてこすことにこのふう いまためにたにふれされ婆いかなることのあるや ○狂歌奇人初編上 序一 八島定岡著 狂歌奇人譚 愛知書肆 愛知書肆文光堂蔵 岳てのほし帝人譚といふふんつたりて これにはしかきせよといひおこせつおの程 きさときの末つかたより疵といふやまひにかゝりて かくらあくへうもあらねはすこたるとはなしに さなからにうちすかしつしかるにけさのほとまた人 おこせてゑりいたまへてそろひにたりいかにく とせたむるにかしらいたかて筆とるへうもあら ねはいふへさことのはもいてこすことにこのふう いまためにたにふれされ夢いかなることのあるや ◯狂歌奇人初編上 らんゆめちをたとるやうにおほえておほく したのひとあたならすしおはあれとつねに この人の筆つかひはおほかたにしりてあれは 人々のつたへなとのへいはんには因馬子長に もいかておとらんいちゝやうようあるふんにこ そとおもへはうちおきかたきことにおほえてあや しき御しゐのはひぬさりつゝやう〳〵にすりひき よせつとにておくにも老ほけひくのみたるも ことたゝわかる人もあらさめれはとなめく はおはにかきさしてやんつかくても御の 忍んのはしつかりとなしてんやかみなからもしれ くしゝをにかましき御ゝちにせうるゝや 文政七年五月 町村岡主人 ○正吹干也勿論も 「荒井恭信氏ノ寄附会ヲ 以テ購入セル竹澤博士 狩野亭吉氏藤蔵 序二 ○名哥吉人祈緒一戸二 上の巻目録 ○鬼外楼内成の傳商家 ○岸迺屋男浪の傳同 ○大川亭厚丸の傳同 ○祭遊亭清喜の伝工家 ○祭永亭持丸の傳商家 ○文々舎蟹子丸の傳武家 ○六樹園飯盛の傳遊民 ○青幾園真砂子の傳子武家 下の巻目禄 ○浅桐庵一村の傳商家 ○新泉園鷺丸の傳工家 ○三寸亭草美の傳商家 ○塵外樓清澄の傳同 ○五柳園一人の傳同 ○倭和多守の傳同 ○水晶庵染主の傳工家 ○形上是粘の伝商家 ○壺椿樓哥種の傳同 目様終 序三 ○正吹旁人勿扁仁 同正次守人勿論七亭三 ○和哥吾人初編上 ○此書もと狂歌作者列伝とすべかりしをこのふみ屋のあるじがいふかくてはひさくにたより よろしからず世にめづらしきへくなればこそかゝるおもしろき物がたりもあるなれといひでしい て奇人の二宇をかうならしめ狂哥現在奇人譚となづくかこと作者のこゝろよろよくはずと いへども又やむことをえざればなり ○此書にのせたる人〻はあへて哥のよしあしにかはりつるにはあらず義を守り禮をあつくし ありは聖賢の志ある人智あるへ博識の人もの一藝に秀つるへまたはをかしみあるへその 外何にまれひとつの癖あるへをえらみいでゝのせつるなりされどたとひ癖ありともころ さまあしく又はへをもしるなどのねぢけへのたぐひははぶくたゞきよらにおもしろき人のみ なり猶これにもれたるを追々元らみいでゝ後編にくはしうすべし ◯人々のおこなひ又は其癖をあらましにしるして一條のものがたりをすへつかは見給へのあくび をとゞむるはかりことぞかしはじめにいひく音人の二字によらざるを難し給ふことなかれ ○近辺も今少しににしへふりにしたゝむべくおもひたりしがこれのみみやびたりとも哥は今の 狂哥なればかはゆる鶴といふけものにひとしからんとおもひつれば大かたにしてやみぬ ◯彦口のせたゝは現花の人々なり又古人ともおまじへて古今狂哥奇人譚といふ書今草稿 なかば出来せりとほからずこれをも世にあらはすべきことなりかし 狂歌現在奇人譚初編之上 東都八島定岡著 ○鬼外楼内成の伝 一内成は東都舟町に住して氏は藤井信禰を勘次郎といふ蜀山翁 より福迺屋といふ号をおくられければ五老先生また鬼外楼と 一号はれたり幼きときより謡舞の曲をよくし経学和学相術と もに秀でまた古銭を愛し古き書画をこのみておのづから真偽を きはむることたなそこをさすがごとく常に狂詩狂哥をたしみて 一昼はひめもす窓のもとに書をひらきて春の日も長しとせず夜は よもすがらともし火をてらして秋の夜もみじかしとうたがふ此人 ○任歌奇人初扁上 ○和歌吾人新編上 天性なさけふかく病あるへと見る時はたちまちくすりをあたへて 一これをすくふかつ親の命にそむかず陰徳のこゝろふかければ虫ひ とつだにころすことをいとひけるとぞあるやんごとなき君此うち 一威をふかく愛したまひをり〳〵めして御ものがたりなどありけるが ころしもはるのなかばのどかなる鄙のさまをもながめんとて御 しもやうたにいりたまひけふも内成をまねくべしとて御つかひの人 をくだされける内なりはかしこみて屋がてはかまうちかけこもの ひとりぐしていそぎ立いでしがくれにおよびてみたちへまゐりぬ殿には 内成をちかくめされ何とてかくはおそかりしぞと思ひ玉ふ内なり ひたひをたゝみにつけておそなはり候はいともかしこく候へども止事 をえさることのはへりき此みたちの四五丁かなとにいこめづらかなる さくらの花今をさかりとうちみだれてさきたるを見すてゝすぎ んもをしくあればしばしとばかりたちもとをりさふらひしがおも はずもふた時あまり日をつひやし遅刻のおそれすくなから ずねがはくはみゆるしをかうふりたくはべりぬと額にあせしてのべけ れば殿うちゑみたまひてそはよきものを見いだしつるわれはこゝに ありながら近きわたりにさほどまでよき花あるをしらざりきあ すはとくいきてその花を見るべしとおほせけるとばかりありて日はくれ 一ぬはや燈台の火はいくつともなくともしつらね酒さかなのうつはもの はところせきまでとりならべて其夜はよすがら哥をよみ詩つくり ○狂歌奇人勿論上 内成 あるはうたひもの癖の手の一曲に興をそへまゐらせ其外くさ〳〵のもの がたらひに更ふくるともしらざりけりげに暁をおぼえざるはりの夜の いとみじかくてはやくだかけのこゑよもにきこえからすは中ぞらになき わたれば東のかたはしろうなりぬこのとき殿のおほせけるは内なりが ものがたりしきのふの花今よりいきて朝さくらながめんはいかにぞとの たまひける内成をはじめつき〴〵の人々もこはよくもおぼしつかれ たまひにきいざ御ともつかうまつらんとまだ朝いひをさへたうへざるに 主従七八人内なりも御供してそのところへぞいたりける実にいく千代 をかへたりけんいと大きやかなかさくらの幹ふたりしてかゝへたらんには 手のとゞくべうもおもはれず枝はよもにたれめぐれば爛漫とさきつら ○王吹寄人切扁上 和歌語ノ神経一 なりし花のまに〳〵朝つゆをおびたるさまよき女のうちなやめるにことな らず見るへはさながら雲の中にあそぶこゝちぞしけるとのは左右を 見かへりたまひこの花実にめづらしひとえともてかへりなばわ子たち へのつとにはまたなきものなるべくおぼゆかぞなんぢたちふりよきそひと枝 をりとらずやとおほするにぞ人々かしこみてよりつどひかの枝にすが りつき手折んとひしめけどもさばかりこえたる大枝なればたはや すくはをれず此ひまにとのは内成をめし玉ひ其方は狂哥をよ くすときけりこの朝さくらにて一首うかまずやとおほせの下より 内成はふところをかいさぐりてたんざくひとひらえらわいだし腰なる やたての筆とりて一首の狂哥をさら〳〵とかいしたゝめ君のみまへ にさしいだせば殿はたんざく云りあげよみたまふに 手をられしゆめや見つらんこずゑにもひやあせながす 花の朝つゆ○殿はこのうたをしばし打ながめおはせしがたちまちに みけしきかはりいざかへるべしといひすてゝさきにたちていそがせ玉へば つき〴〵の人々大きにおどろきこはいかなるうこをかよみいでゝ君のみこゝ ろにやさはりけんあなうたてやといひもあへず花折ことはうちやみて あへぎ〳〵御ともしてぞかへりける内成もおどろきかの行平のきやうのお きなさびの哥なんどのたぐひにやあらんずらんわれはよしとおもひ ても君には何とかおぼしけんあさましきこといたししと心のうちふかく うれふといへどもまたせんすべなく御あとをしたひていそぎけるとのは ○正吹干八分扁二 ○花哥吾人祈編上 みたちにかへらせたまひ内なりとめさるゝにぞはといらへて惣身あせ ばみおそか〳〵はひいでければおもふにはたがひて君は御きげんうらゝ かにうちゑみたまひわれかねて聞しことあり其方には仁をほどみし 一義を守りなさけの心ふかく人の病をすくひ画ひとつころさずと実に きゝしにはたがはざりけりけさしもそこのよみたる哥まことかんずるに あまりあり哥のこころにはぢいりて人のこゝちはなかりしぞやすべて草 木精ありと法花珠林にのせたりし千歳の樹は精青き羊となり 万歳の樹は精牛となるとそれさへかねてしりながらはからずもかの花 ををらんとなししあさましさよ内成かたへになかりせばまさなくも 枝折ていやしきしづのわらはにまでうしろゆびさゝれてわらはれ なん其方が一首の名哥によりてわれも名を当がさず花にも疵を つけざりし愛すべきものは賢者なりとあまたゝび賞賛したまひ それば内成もかうべとたゝみにすりつけてこはしこきおほせをかうふ りはべりぬ中華唐の崔元微は花の精にあひたりしと傳異記に もこれをしるし彭元功が奴は芭蕉の女を見たりしと湖海新聞 にものせはべり其外巫山の神女はちすの精玄宗の宮女梅妃の たぐひいづれも花の精なればつねにも花ををることはとにかくいとひ さふらふゆゑ君へのおそれもかへり見ずふとよみいでつるこしをれも かくまでみこゝろにかなひしはいみじきおのれがさいはひにてはべりぬと ことしとやかにのべければ君はます〳〵御かんありておんさかづきを ○王歌哥人湯編上 一哥歌の神経七 くたきれそのほかさま〴〵のひきでものをたまはりければ内なりはめ んぼくをほどこしひめもす世の中のものがたりしてなぐさめまゐら せそのゆふべ御いとまをたまはりてつき〴〵の人々へもよろこひそのべし そきてかへりけるとなん ○岸迺屋男浪の傳 男浪は通旅篭町に住して氏は兼子信禰を加兵衛とよび別号 を岸迺屋といふ此人身の丈高く肉こえこゝろゆたかにしてものに おどろかずことばはもとよりしづかなりいとけなき時より謡をこのみ なりはひのいとまにはひとりたかどのに坐してうたふ其声きよらにし てきくへよだれとながすとなん男浪はたちあまりのころちかき ほとりにとめるあきびとありけるがこの人もうたひをこのみて常に男 浪をまねき友となしてかたらひけりしかるに此家に娘ひとりあり とし十七になりぬかほかたちうるはしく心ざまもいとやさしかりけるが いつのほどよりか男浪不図このむすめにこゝろをかよはしけり娘も いましさそふ水ほしきころなりければへしれず深きちぎり をこめとり〳〵しのひあびにけるあるとき娘がかたよりせうそこして 今宵しのひきたまへといひおこせたりあやにくその日は雪ふりつみ てあしのはさびもはかどらぬを男浪は小笠うちかたげて後門の 扉をほと〳〵とおとづるればうちにもあひづのしはぶきしつされ ど人目をこのぶゆゑとみにはいでござりけり外にはしばしまつ間に ○正次千八百五十二 男浪 かたはうを見かへればひるのほどわらはべらかいたろしにやなしけん 雪もて大いなる達摩のかたちつくりおけりふとこゝろにうかみつれば 腰なるやたてとりいでゝ軒のたれ水そゝぎいれすみくろ〴〵と筆を そめて達摩の脊に一首の哥をかいつけたり しのびあふねやのそともの雪達磨もしさとるとも人に かたかな○とばかりありてむすめはうちよりとをあけぬれば男 なみもそでの雲うちはらひてしのびいりぬひきつゞきて家のある じかへりきたりかしかましくおとなうときつまのこゑしていらへそなしつ ほどもあらせず戸をひらけばあるじはうちにいらんとしてかの達 广のうしろを見れば何やらんかきてあり提燈さしよせてよく ○任歌奇人物扁上 一者雑商之方編上 見るにこは一首の狂哥なりこゝろある哥のさまよとおもしろくしば しかうがへゐたりしがたちまちにおもひいだしぬこれひごろした しくいりきぬる男なみがなでのすさみなりしのびあふねや のそともとよみたるはいとあやしやとつふやきつまた庭もせを 見かへればとたゞ今人のいうたりと見えて大へいなるあしむことあり いましもたれぞきたりしやとつまにとへどいへことこたはまゝも〳〵 あやしくてかくとかたれば妻もおどろきはしりいきて娘が ふしどものぞみ見るにともし火なければさらにしれず男浪は 何とせんすべなくやをら身をおこしてとにいづればありし夫婦 はうちはら立てそがまゝに引いだしさま〴〵とのゝしりておひかへ しぬ娘はあるにもあられぬさまにて髪うちみだしてやしには あるじはその次の日にいたりてつら〳〵男なみがことをおもひめぐらす にかのものさらににくむにたゝらず雪をわけさふさをしのぎて きたりつるは恋なればさもありぬべしされど心にものあるとき は哥などはうかまぬものなるに雪のだるまに一首をかきし其たま しひのおだやかなること是たゞ人にてはあらざりけり哥はもとより 一余情ふかく底にやさしき所をなくみ身のおこなひたちふるまひ はかねてよりよくしりぬかれに娘をめあはせおきなば老ての後の たよりともなりぬべしとてつまにもかくといひきかせあらためて 仲たちの人そやとひむすめを男浪がかたへおくりつかはしける実に ○王次竒人勿扁上 ○花歌歌ノ初編十 この男なみは心おだやかにしてまたやさしく身の上のことにつき てくさ〴〵ものがたりあれど略しぬ近きころは子もあまたいで きて家もなほさかへぬるとぞ ○大川亭厚丸の傳 一厚丸は東都大川ばたといふ所にすみけるゆゑに大川亭と号す 氏は水谷俗補を徳三郎といふ身のたけ高からずさまでこえたる 人にもあらねどちからはあくまでつよくまたよく義をまもりて約を たかふることなしされど女をこのむかこと人にまさりて道に女に女にかふこと あればよだれをながしてさらにあゆむことあたはずとなんある ことき雪のいたくふりける日友たち四五人かたらひ。あつめいでやすみだ 川の雪のけしきながめんとてやねふねに打のりてこぎいだしぬ舟の うちには酒肴もちくわしあまたとりいれつその外筆すみ紙など すこ爰に引ちらしてあるは哥よみまたはざれことなどいひてうち わらひ行ほどにはや大橋の下をよぎり両国をも打すぎ首尾の 松のほとりにいたりてこゝにしばし舟をとゞむしかるに首尾のまつの もとにこれも聖見とおぼしくてもやひたる家根ぶねありすだれ をなかばかゝげうちにはだみたるこはねのをのこどもいたゝゑひたる さまにてとよめきたつればまたうるはしきこゑしてうちわらふは うたひ女にぞありけるさきよりあつ丸は人々のものかたりともきかず をんなの乗たる舟のうちを打まもりてゐたりしが友たちそでを ○上皮十八分 ○狂歌奇ノ初編上 ひきて厚丸ぬし茶ひとつのみねとさしいだせばあつ丸はうけとり てひとくちのみそのゝちはうちわすれもたる茶わんとりおとし てきぬのすそといたゝぬらしけるされどもこれをさらにしら ずたゞむかひなかうたひめがくるひさわぐとよしのぞきてぞをりける ひと〴〵きのどくにおもひて手のごひもてふききよめふたゝびそでを ひかへて草まる如し酒のみたまはずやといへばのむべしとこたふ さらばとて盃にこぼるゝばかりつぎてあたへぬこれもひとくちのみ て其のちはさらにのまずをんなの乗たる舟のかたうちながめてゐ たりしがまたひざの上にさかづきをおとしてみなこぼしぬ人みよ りてほうごどもひきあつめてのごひとるされども猶しらざれば 字丸ぬしとよへどこたへずこゑ大きくなしてよびたつればわづか にいらへはとなしつたばこのみねとさしいだせばきせかうけとかてこれ もひとひきひきてそふりさへいださでのみそみぬうたひ女はます〳〵 うたひさればみけんなどうちてさわぐ厚まるなほもはほさく いだして見んとするときもたるしろかねのきせると川の中におと しけり友だちおどろきて厚まるが脊をいたくうちたりければ やをらふりかへりぬくゝ打わらひ御身女に見ほれてしろかねのきせ 昌を川の中におとしたりいかゞするぞといへば只よしとこたふさて この舟のうちによくゑがし人ありひとひらのしらかみに梅のゑをかき いでたれば人々これに哥よまんとておのがじゝ筆とりてうちかうがへ ○任歌竒人初扁上 ○商商を取替 厚丸 雪凡ぬしもよわたまへといへど只よしといひて女のかたのみ見ゐたり夜 たちもあきれてふたゝひこゑ大きくして厚まるぬし哥よみ玉へと いひて筆と紙とをもたすれば題は何ぞと云ふ梅なりとをしふれは にといらへてたちまち一首のうたをさら〳〵とかきてそるにおき又 女のかたをながめゐたりひと〴〵厚丸がよみたる哥を見れば 雪見ぶねけんうつ首尾のまつかげやしろきこぶしもいだす うたひ女○とは梅のうたにはあらで声妓のうたなりとてみなかほ 見合せて打わらひ厚まるぬしはつねのやまひのおこりつればこゝに ては哥よむことかなひがたし木母寺のほとりまでゆくべしとてまた 舟をこぎいだしぬすでにみめぐりのとなたにいたりけるとき厚丸やう ○圧吹奇人勿扁上 羽寄割合利を催す やうへこゝちつきてこしのめぐりをかいさぐりまたかしこゝ見まはし つおのれがさせるをしらずやととふにぞみな打わらひて御身がさせ 酒はさきに首尾の松のほとりにておとされたりといふ厚まるはじ めておどろきかのきせるはおもひのまゝにしろかねをあつうしてうたちろ ればあたひもいとたふとかりしにをしむべきことなりとてしきりにかし すとなでゝくやむ友たちもかたはらいたく御身がよみたりしうめの 哥を見たまへととりいだせばいな〳〵これはわがよみたるにはあらず といふます〳〵をかしくてかしここゝにこけまろびて打わらひけるさ ても其日は心のおよぶまに〳〵棹さして雪のけしきのたへなるをそこ ともしらずながめくらし申のときもはやすきなんとするにいざ〴〵 かへるべしとて舟をあとへとぎもどしぬすでに首尾の松のほとりまで かへりきたりしがさきの舟はかへりたりとおぼしくてあたりには見えす ときに厚まるたちまちきぬうちぬぎありはだかになりて川の中に とびいりける人々おどろきこはいかゞなしにけんあなこゝろえずとてひし めきわたれどせんすべなくかなたそのぞみこなたとかへり見そこよ こゝよと棹せして舟をめぐらしさまよひけるしばしありてむかひの きしよりなみとは〳〵とかきわけて厚丸はさきにおとしいれたりし きせるをかたてにもちてうかみいでたちまちふねのきはにおよぎ いたりければ友たちはじめてこゝろおちゐぬ厚丸ぬしは水にはつよ く女にはよわき人なりとて打わらひけるとなん ○王歌竒人物扁上 代歌歌歌歌 ○祭遊亭清喜の伝 一清喜は別号を祭遊亭といふ東都霊巖島にすみて氏を 一市川信補を伝兵衛といふ衣服ぬふことをなりはひとすこの人 一力つよく義をまもりよわきをたすけつよきをくじくいにしへは ありときゝつる男だてといふものにひとくある時観音にまうでん とてこまかたのほとりをとほりけるにむかひよりはたちあまりのわか をのこ髪うちみだしきぬのそでなどこゝかしこ引やぶられ手あしは血に まみれたるがいきもたえ〴〵にはしりきたりて清喜がまへには たとふしたすけたまへとてうちなきぬこは何ひとなるぞと見るう ちにあふれものども七八人はら〳〵とかけきたりそやつのがすなうて たゝけとこゑ〴〵にひしめく清喜はかたはらの水茶屋のまへにありつる しやうぎをとりてものをもいはずあふれものどもをはらり〳〵と打 たふしければそのいきほひにやおそれけんゆきがたも見えずなりぬ さてかのわかをのこを引おこしかたへのさけうる家にいりて水をこひ て手あしなどそゝぎきよめさせとものをよびて酒肴あまたとり ならべわかそのこにもすゝめそれどむねうちをどりてたうべがたしと いふさらば酒はいかにといふにこれをもゆるしたまへとこたふしからば おのれひとりのむべしとて大いなるうつはにかずいくつとなくかたふけ ながらことのやうともたづねとへばはじめをはりをかたるほどとば かりありてこものまたとりのなべやきといへるものをもてきて火桶の ○王夜寄人勿論上 ○省毒補術一 清喜 くみ かはす ……… 上におきぬこれをも打くひてわかものにたうべたまへとすゝむるにぞ わうそのこは手をつきてけふはいかばかりあしき日にてかありけんわる ものらにいであひていのちもあやふかりつるにはからずも御身われを たすけたまはりしまこといのちの親なるべくおぼえ候さはあれかの わるものごとも此あたりにさまよひゐてわがかへりをまちてまたも からきめ見せんとはするなるべしねがはくはわが家までおくりて たべといふに清喜うちうなづきて何より安きことなりとこたふ わかをのこ又いふさあらば酒もよきほどにてをさめたまはるべし 御身いたくゑひたらんにはおそらくはかのわるものらに打まけ玉ふ ごともあらんずらんかくてはわが身もこゝろもとなしいまめしたまふ ○任歌奇人初扁上 今前面有紙一 とりのごとくきゞ〳〵にきざまれなんさはおほさずやとふるひ〳〵 いふに清轡はにこと打ゑみたちまち火桶の中にありつるすみひと つとう出てかたへのしらかべにどれ哥一首かきたり くみかはす酒にもつよき男だて深ねまでひらふ鴨の なべやき○わかをのこはいふもさらなりこのいへのあるじまたはこもの すべてとりあはせつる人々は舌をふるひてかんじける清喜はやう やくに盃ををさめあるじに酒のしろをとらせてかのわかそのこを ひきつれて立いでしがおもふにたがはずあふれものどもこゝかし こに打つどひてかしかましくひしめきたるを見かへりもせで行 すぎけるはじめの手なみにやおそれけんあとそもおはでやみにけり 清喜はわかそのこそ家までおくりてわかれけるとぞかのわるものら がわかをのこをうちさいなみたることのもとをくはしくきゝつるに いとおもしろきものかたりなれどことしげゝれはこゝにもらしぬ ○祭永亭持丸の伝 持丸は大川端にすみて朱売ことをなりはひとす別号を祭 永亭といふ氏は宮本俗福を小兵衛とよぶこの人声きよらにし て辨説よく宰我子貢もおそれのべく蘓秦張儀もはづ べうぞありけるちかきわたりの人々ものあらがひなどすることあれ ば持丸いてゝこれをせいしことをときわくるにしづまらずと いふことなしもち丸がいへにとひくるへは其ものがたりの興あるに ○王次守人勿論二 丸 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ めでゝかへるをわすれ日のかたぶくもしらずとなん頃は四月十三日の よるのことなり持丸要車ありて日本ばしに行たらしがことはてゝ かへらんとする時よびとゞむるへあり月のあかりにすからみれば常に したしうする友たちなりけりさていづちへか行たまひしととふに友 だちのいふわれは此ほとりにようありてきたゝしがことはてたれば かへらんとすぬしもかへり給はゞともにいくべしとてうちつれだちぬ もち丸はみちのほどさま〴〵のものがたりして行にいとおもしろけれ ばかの友だちはこれにきゝほれておのれが家ぢとわすれ長き はしをもわたりいつか八まんのまへも通りすぎけんいとさう〳〵た 西海のところにいでぬこゝにいたりてはじめておどろきれはいかなし ところぞと打見まはせば洲嵜といふ所なり友だち大いにうれひて 一今宵わが家にはやんごとなきまれ人のおはしますによりていそ ぎかへるべうおもひしにはからずももち丸ぬしにいであひおもしろ きものがたりにこゝろをとられこゝまでさまよひきたりつるあな うたてやといひてしきりにくゆる持丸わらひて御身ばかりにあ らずわれもうかれてきつるなりいざ〳〵かへるべしとてさきにたちて いそぎゆくすでに一の時ばかりなり椅丸はまたさま〴〵のものがた りする友だちはしりへにそひてゆくにます〳〵おもしろければは じめにもとりず耳ひきたてゝきゝながらうつし心もなくてあゆみ しがあるははしをこえつじをよぎりそこともしらずめぐりあり ○狂歌云人湯扁上 持丸 くほどにはやひとゝきそへたりけんたぢまち耳のもとにかねのこゑ いたくひゞきていとひろきところにいでぬこゝはいつこぞとうち見れば うへ野の山のもとにてきこえしかねはうしみつにぞありけるかの友 だち大いにさけびてこはあさましきことしたり御身のものがたり 給ふにめでゝ爰までこんとはおもひきやかくまで更ふけつれば家に かへりて何とわびせんこのうへものないひたまひそといひすてゝいそぎゆく 持丸わらひて足下のみにあらずわれもこゝまできつるものをとつぶ やきつゝあとにそひてゆくにみちのほど四五丁はことばもなかりしが いつとなくものいひいでゝ女をけさうしけることをがたりぬつひには又 これにうかれみゝそばだてうちきくよりおのづからあしのはこびも ○狂歌寄人初扁上 十一日 しどけなく夢ぢをたどるこゝちしてやうやくおのれが家のほとり にはきつれども其ものがたります〳〵おもしろくていまだきゝは てずおもひのほかに行すぎしがはやくだかけのこゑよもにきこえ あけちかくなりければ心づきてたちとまりさてもこよひはもち丸 ぬしにたぶらかされておほくのみちそありきたれば足は木のごと くなりにたりそもこゝはいづこにてあらんずらんと目をさだめて 見かへれば稲荷横町といふところなり此とき十三夜の月のかげ 一は赤くてりて西の山のはにおちかゝりぬ持丸これにゆびさして目の 一ひかり狐いろに見ゆるは明にちかきしるしぞといへば友たちは持丸が かほうちまもりて 化されし猶いろなる月かげも こといひてしばしくちごもりけるもち丸とりあへず かぎの手にさすいなりよこ町 とろけたりふたりとも打わらひておのれはいへ〳〵にかへりそれば夜は ほの〴〵とあけにけるとぞ ○文々舎蟹子丸の伝 蟹子丸は武家なり深川八名川町に住して氏は玖保名は有弘別号 を交々舎といふ経学をよくし算術に秀で仁心ふかく人の難をす くひしもざまの人をあはれむこと親の子を見るがごとしこゝに又 津賀田何がしといふたふとき人ありこの人常に酒をたしみ心はげ ○狂歌哥人初扁上 しくわづかのことにいかりはらたちしもざまの人なとはいたく打こらし または疵つくることおほかりきさればちかきわたりの人々は此ことをよく しりてあへてちかよらずとひくるへもまれなり家につかはるゝものも ひとゝせに二たび四たびがほどいでかはりて犬猫の外としをこえてつと むるものなく又いさむ給へもなければます〳〵心のまゝにふるまひけりある とき蟹子丸さりがたき要事ありて津賀田の家に行けり津賀田は よろこび酒さかなかどとうでゝねもごろにもてなしさてのちたんざく ひとひらとりいだし蟹子丸がまへにおきこはやんごとなきかたより先生の 御哥をこひもとめたまふなれば何なりとも一首したゝめたまへといふ 一漢子丸このたんざくを見るによききぬのぢをいくへともなくうちうち して銀のはく出してそがうへに金の雲がたすり入たればいときち〳〵 しくぞ見えにける津賀田は又筆と硯とをとうでゝ若党何がしも よびて墨をおろさせ其身はいかなるようありけん次へたちてしばし いでこずいつのほどにか手がひの猫いりきてうつはのうちなる魚を とらんとすかのわか党これを見てしかれどもやまずおへども しりぞかずせんすべなくて筆たてのうちにありつるふとやかなる筆と うでゝかの猫をうつ手ぶりなしければやうやくににげさりぬしかるに此 筆に墨いたくしみてありけんたちまちさととびちりてかのたんざく にくろ〴〵とかゝりけるかのわかたうは大いにおどろきかほのいろあゐのごと くなりてふるひ〳〵いふこのたんどくはやんごとなきかたより先生の御哥 ○狂歌哥人初扁上 十九 □□□□□□□ や 名 □□□□□□□ 蟹子丸 をこはんとてつかはされつるがあすはなくてかなはざるよし主人申 きさるをこのごとくすみうちかけたればもちふることかなひがたし さればとて此わたりの紙うる家などたづねたらんにまたよくもと せうることかたかるべしそれのみならずわが主人は心はげしきへなりこれ を見給ひなばたちまちにいかりてわれをうちさいなみいけみころし みせめらるべしねがはくは先生このなんをすくひたまはれとてやれたる はかまになみだをながして申ける蟹子丸打きゝてさまでおどろく ことなかれわれいたすべきやうあればたゞ何ともいはで御主人を よびきたられよといふわかたうもおぼつかなくはあれどせんすべなく てよびにたちぬしばしありて主人いできたれば蟹子丸津賀田に ○王次竒人勿論も むかひてさて申あぐべきやうもなきことの候おほせつけられ入る御 たんざくにすりたる墨をおとし候こはいみじきおのれがあやまち にてはべりねがはくはゆるしたまひねとわびけるこのとき津賀田は かほのいろ火のもゆるごとくなりて今しもとびかゝらんすらんありさま なり蟹子丸またいへらくこの墨のかゝりたるを題としてうたよみ たらんにはいかゞあるべきといふ津賀田すこしくやはらぎてしからば 何とよみ給ふかといひけるとき蟹子丸筆とりてそのたんざくにかく ぞしたゝめたる 前文 略す 八短さくの雲のかけばし。そかうへに いしたるや筆のさかほこ蟹子丸 津賀田たちまちかほうちやはらぎおもはずたなそこをはこと うちてたへなり〳〵といひてしきりにかんじあへりけるかのわかたうは 津賀田がうしろにかくれ居て手をあはせて蟹子丸ををがみし とそそれよりさま〴〵のものがたらひになりゆきてやゝ時をぞうつし けるが亥のときばかりに蟹子丸はかへりけりその次の日にいたりて津賀 田はかのたんざくをうへの君へまゐらせてあやまちてすみうちかけ つることのやうをこま〴〵とまうしあげけるに君にもふかく御かんあり けるとかやかのわかたうはいくほどもなくいとまをこひておのれが国へし りぞきもとの農夫となりてくらしけるがちかきころ蟹子丸の弟子 となりて狂哥よむときゝしが名は何とかいひけんいまだきゝしらず ○王夜奇人勿論上 ○六樹園飯盛の伝 十一 飯盛は東都霊巌島に住して氏は石川名は雅望別号を六樹 園とよぶ五老先生といふはこれなり此人よくからやまとのふみどもを よみあきらめさえたかくこゝろきよらにしてへつらふことなしこの 翁のあらはしたる書また多し通信排悶禄醒世恒言ねざめ のすさび梅がえものがたり都の手ぶり又源註餘滴雅言集覧 その外たはれたるふみにはしみのすみかものがたりあづまなまり姫 駅のたくみものがたり近江あがたものがたり猶このほかにもあまた ありてかずふるにいとまあらずこゝには只おもひいでたるのみをあぐる になんひとゝせあるやんどとなき御やかたに都より哥人のさくだり まし〳〵ければ人々におほせて和哥の會をぞせられけるひめらす御 うた合せありことはてゝさま〴〵の御ものがたりになりける時みやさ人の たまひけるは東都にて和学に秀でたらんはたれ人にかととひたまへば やうたの殿の御こたへにわが国のことゞもよくあきらめたらんものは石川 雅望といふものにとゞまり候かのものゝあらはしつるふみどもをみるにげし がたきことをもよくときわきて候へばかれが上をこゆべき人外にはあら じとおもひ給へてはべりとぞおほせける都人かさねてからくにのせうせ ちぶみのことよくわきまへつるは何ものにかとてひ給ふ御そばにありつる人 すゝみいでゝせうせちの書は五老山人と申ものよくあきらめとふら ひぬと申す都人またおほせけるは東都に六樹園といふ狂哥の師あり ○王政哥人勿扁上 飯盛 十一 て弟子三千にあまるときゝしが実にさいふものありつるかとこひ給ふ 此ときすゑの坐にをりつかさふらひおそる〳〵はひいでゝその石川雅望 とおほせられしは六樹園がことにて五老先生と同人にてはべりと のべければみやこの御方大きにおごろかせたまひねがはくはその人のかき たらんものみやこのつとにもとめたしとのたまふ殿はたちまちおほせ こゝろえはべりぬとてやがて御つかひを六樹園へぞ下されけるその夜 亥のこくばかりにつかひの人はかへりけり殿はそがまゝにふばこおしひらき 見たまへばふたひらのたんざくに うぐひすとかはづがうたふこゑきけばひるの長うた夜のみじか哥 たけのこそほらんとせしを秋までにのばしてつゑにきるも孝行 ○圧吹寄人勿扁上 都の御かたはいふもさらなりありあふひと〴〵もかんじあへり賞賛のこゑ やまざりけり此たんざくひとひらはみやこの御かた申こひ玉ひてまたなき ものにおぼしてもてかへられける又ひとひらはこのみたちにのこりて まれ人のきますときはとり〳〵そうでゝ御ものがたりありけるとなん ○青峨園真砂子の傳 真砂子は東都青山といふ所に住して小島何がしの室なり此人女 ながらも心男にまさりて義をまもることかねのごとくまた石のごとし こゝに常にしたしうする和学の師ありとし七十ぢのうへになりぬ あるときひとりのわらはをともなひきたりて真砂子にいふこの童は もと澤となんいひける氏のたふときものゝふの子なるが不幸にして みなしことなり今はいやしきものゝやうしなひ子となりてけり物のれも少 しくえんあるものなれば今ひとたび世にいださまほしくはあれどおのれ 老てあすともしらざる身にて候へばねがはくは夫人あはれみをたれ たまひかれがひとゝなるのちにはやんごとなきかたにめしいださるゝかある はおほやけのつかうまつりびとゝもなりてとほつおやの名をもあらはす やうにそり〳〵は御教訓をもなしくだされてまことの人ともなして たまはらば老がよろこびこの上あらじとてひたそらにねがひける真砂 子打きゝてわが師のおほせいかでかそむきたてまつらんおもふまゝにも なりがたき女の身のかひなきながらその子が身の上のことにおきてはとも かうもして心をつくしとりたつべうおもひ候へば御心やすくおぼし玉ひ ○正次守勿扁上 ねとよにたのもしくこたへければ老師はうちよろこぼひてあまたゝ び真砂子をはいしてかへりけるがいくほどもなくて師はなくなりにけり 真砂子はかゝる義をしるものなりければなぬかのあひだ師のために喪を つとめしかしてのちかのわらはをよびてわが身いやしくも師にたのまれまゐ らせたれば御身がことはわが身にひきうけてものすべくおもふなり 御身もまゝしき親あればおもふにはまかせがたかるべしさりながら をり〳〵心にかけて学文をばつとめ給へ武術をまなぶことのかなはざるは いと〳〵くちをしきことなりとて其外さま〴〵のことをときとしへてかへさ れけるしかるにこの童ひとゝなるにしたがひてさえたかくからやまとの ふみどもも少しくはのぞき手かくことも人にこえつれどさすがにものゝ ふのこゝろざしうせずあき人の家にそだちながらへつらふことをきらひ 人とものあらがひなどすることおほかりきこのゆゑにちかきわたりの人々は かれをあしさるにそしかものもすくなからずとなんあるとき真砂子 が家にひとりのまれ人きたりて真砂子にむかひていふ夫人の常にした しくまじらひたまふかのわらはにてありし沢氏はちかごろなまもの しりになりてえきなきふることなどとうでゝいひちらし又人とものあら がひすることかぎりなしさるゆゑに人の評もよろしからずひとり夫人 のみかれをよくたすけ給ふこはよろしからざることにてはべりこのゝち はことわりてかれそめしいれ給ふことなかれとぞ申ける真砂子こた へてかの沢氏人とものあらがひはするともわれとはいまだひとたびも ○汪歌奇人勿扁上 品品 御代 同弐拾弐匁 〇 同断同所 真砂子 ******* そ 同二十五 廿五日 同廿四日 卍 国 あらそひつることあらずいかでいでいることをとゞむべきとしあらはまた かれをなまものしりとてあざけるものもありときくおよそへとして 一好の胎内より博識の人にてうまるゝものはあらじやうやくとしをかさ 手生ひたつにしたがひ父母のめぐみにてものよみ手ならふことなどを つとめひとたびはなまものしりとなりそがうへにまたまなび〳〵てつひには 博識の人ともなるぞかししかるにかの澤氏はとさなき時みなしごとなり 一今あき人の家にやしなはるものさやとはことかはり商人は名をすてゝ利 をもとむるものなるにかつまゝしきふた親なれば経学などはさら 一にさせずそをより〳〵に書をもとめものかげによりてよみ夜をいね ずしてならひおぼえこの日ごろなまものしりになりたるはいみじきかれが ○王敬竒也勿扁上 ○同一七ノ不存一 いさをなりあしたまゝちをきゝてゆふべにしすともかなりと乳子もそ しへおきたるへりまたちかきころ菅江といふ人の狂哥にも論語よみのろんご しらずは猶よけん論語よまずのろんごしらずはとたはれたる哥なが らおもしろくおぼゆたとひはくしきの人とならずともすこしにても おほえたらんかたはそのみのたからともなりぬべしそをみだりにそし れる人はその身のつたなきまゝにさえあるものをねたむになんいはゆる かほらき女あれば悪女のこれをねたむにひとし沢氏がことはそが まゝすておきたまひねとへつらふいろもなくいひげちければかのまれへ はかくし打あかめことばなくてしりぞきけり其のち真砂子は沢氏を よびていひけるは御身ちかきころはみだりに人とものあらかひなどした まふよしきゝはべり又わがかたへとひくるへに御身がことをそしれるものす くなからずさやうの人のあるときはわが身これをいひけちてはぢを あたへておひかへしかへりしあとにては神をたのみ仏にねがひ御身に あやまちあらせじといのりしことは日ごとなり世の人足下 を一寸そしればわれまた御身を三寸おもふこはひとたび師にたの まれまゐらせつれば其義をすてざるゆゑぞかし御身はそれにひ きかへてみだりにへとあらそひ給はゞいつかわどとはひのはしともなり て身をあやまつことありなんすべて智者は人をそしらず御身を そしるへとは足下よりも智のたらはぬ者なりたとはゞちまたをゆく時 にひとつの犬のはしりきてたちはだかりていばりをなし無礼なること ○汪歌奇人功扁上 御歌歌舞被被下 ありとも犬なればとがむべきやうもなしさればちもなくさえもな くおろかなるものどもが御身をそしりあざけるともかのいぬなりと おもひ給はゞ打はら立てえきなからんさはとてへつらふことはけがらはし 只かんにんをまもり給ひ博識多才の人につきてよろづのことをときあき らめ世に石あるへになり給はゞわが身もいかばかりかうれしからは此こと ほごになし給ひそとことをつくしていさめければ沢氏もなみだとなが しよにありがたきおほせをかうふりはべりこのゝちはよく心にかけ申 さんとていらへしつその日はさま〴〵のものがたりしてゆふべにいたりて かへりける○此ものがたりいと長くしてのこりなくいはんには二三やうの 紙には尽しがたしさればなかばにして筆をとゞむ○此真砂子は 義をまもること孝保揚氏にまさりつべく操をたつること貞姜伯 一姫に猶おとらず心雄々しく武術をよくし和哥をもよみ狂哥 などもよみいづるといへども歌のさまみなをのこのよみたらんこゝちぞ せらるこゝにひとつの狂哥をしるす高野の玉川のうたに 青柳の一樹のかげもたのまれず一河のながれくまぬ玉川 猶この外にもあまたあれどことしげゝればこゝにもらしつ例例伝 にくはしうすべし 狂歌現在奇人譚上終 一〇三十之分ニ 二十一 ○狂歌奇人初編上 狂歌現在奇人譚初編之下 東都八島定岡著 ○浅桐庵一村の傳 一村は上野の国桐生の人なり氏は吉田俗禰を源兵衛といふ又別号を 浅桐庵とよぶ人をしることに妙をえたり常にめしつかひの人をかゝ へんとおもふとき先そのものゝ相などよく打見て此人は家につかふべきに あらずとてかへしあるはこのものは忠心ありつかふべしとてきはむるに はたして一村のいひしにたがはずまめやうにつかふるものかずしらず多 かりされば一村が家にはいくとしをふといへどもものどりしてにぐる ものなく又ものあらがひなどするものもなかりけるとぞこゝに水くみ米 ○任飲奇人勿論下 ○羽歌奇ノ初編一 かしきなどしてつかへぬるをのこありみちのくのうまれなれどゆゑあり て此桐生にさすらへきたりて今一村が家にはすみつきにたりこの男 朝夕よくはたらきて心くまなくつかふるにぞ一村もまたなきものに おもひてをり〳〵はものなどとらせければかのをのこもありがたきこと におぼえます〳〵はたらきていぬるにも一村がかたを跡にせず道を ゆくに主のかげをふまずそのおこなひ神につかうるがごとししかるにやよ ひのはじめつかたみちのくよりせうそこして足下の父おもきやまひに ふして女のちいまをもはかりがたしといひおこせたりかのをのこ打なき てかくと申す一村きゝてそは大事のことなりとくゆきてやまうのちゝに つかへよとすなはちいとまつかはし衣ふくその外旅のてうどなとさな〴〵 のものをとらせてあすはまだきに打たつべしといひければをわこ 滝のごとくなみだをながしよにありがたきおほせにて候このほどい めぐみいつのよにかはむくいたてまつらんとてあまたゝび一村をはいに その夜はおのれがへ屋にしりぞきけるその次の朝一村はとくおきなで たればかのものこはになひ桶かたげて水くみゐたり一村あはて真 していふそこはいそぎの旅におもむし身なりはやかはりのをのこもき たりてをり水などはかれにくますべしいたくこゝろつかひなせそとて さま〴〵にとゞめければかしこみていらへをなす一村たちまち心に うかみいでければはな紙とうでゝ硯ひきよせ一首の狂歌をかいつけたる 出かはりのあとをにこさぬ水一荷又すむ人のかゝみにぞくむ ○玉次守人勿論下 ○米哥ノ哥ノ論一 一 とよみて人々に見せければみなかんじあへりけうしじしありてかのそのこ 旅よそひして立出一村ふうふによろこひそのべ外の人々にもわかれを つげいそぎふることへかへりゆくこのときひとりのこものひそかにいふかのみち のくのをのみ主人の居間にいりて何やらんぬすみとりて行しとおぼえ つるが人々はいかに見給はずやといふかたへにありつるものどもわれも見たり 〽おのれもとくと見きはめたりといふにぞばんとう何がし一むらがまへに きたりてかのみちのくをのこが何やらんかすめとりてもてゆきしを 見とめ候ものおほく候へばごとく御あらためしかるべうもやといろをかへて 申ける一村打ゑみてなでうさることのあるべきかれにおきてはぬすみ するものにあらずといひてさらにうけひかざりければせんすべなく ○王夜府人物扁下 ○羽鄙・ て打やみぬさてのち三とせあまりそこえて一村が家のこものひとり 要用のことありてみちのくにいきたりしがあるとまりやにつきてやすみ ぬ夜あけて見ればかたへの床の間にひとろのかけものあり中に一首の うたありよく打見ればおのれが主人一村がかきたるにて出かはりのあと とにごさぬといふ哥なりいとあやしくて下女をよびてこれをとへばこたへ ていふこの家のあるじもとかみつけのくに桐生といふ所のある家につかへし 時其主人のよみ玉ひたる御哥なりとて常にみきをまゐらせあざら けき魚とそなへ朝夕はいしゆなりとこたふこものきゝてさらばあるじを これへよべといふにぞとばかりありてあるじいできてこものを見て大 きにおどろきかたみにつゝがなきそよろこびあひさてのちあるじいふいぬる とし主人より御いとまたまはりてまかでんとせし時いみじきつみををうし候 そはいかにとなればわが水くみたるそよろこびてよみたまひつる一首のうた いとおもしろく又ありがたくたふとくおぼえて候へばおもはずも主人の居 間にいりてかの哥かきたるひとひらの紙をぬすみとりてもてきて候そは主 人に申こひたればとていなとものなふまじきものを何としておもひたがへ けんそも其ときはおのれが父おもきやまうのとこにふして命はゆふべも あやふしと母のつげしに心おちゐずたましひなかばはみちのくにおもむ き身はもぬけともなりつればはからずもかゝるまさなきことはいたして御 御身桐生にかへりたまはゞ此よし主人へつげまゐらせよろしくわびして たまへとてひたすらにくりかへしのふこのときとものたちまちにおもひいだしぬ 十一丁 ○狂歌奇人初編下 一かれ主人の居間にいりてものぬすみせしと見とめしはこの紙ひとひらに てありけり人はみだりにうたがふべからずわが主人はさらにうたがひたまは ざりし今日こゝにきたりておもひあはする神のごとく仏にひとしき人 なりとてしきりに賞賛したりしとぞ ○新泉園鷺丸の伝 一鷺丸は東都あたらし橋のほとりに住て氏を記平信禰を左之助別 号を新泉園といふ此人こゝろゆたかにしてものにおどろかずものにすゝま ず又しりぞかずとめる人にもへつらはずまづしきものともいやしめず たけきものにもおそるゝことなくうつけなるへをもよくあしらひせわら きをりもさわがずひなあれどもむなしくあそばず人にかしたるもの ありともはたりとることなくかりたるものをもかへすべき心もつかず ねふきときはひるもふしさむるときは夜半にもおきて業をつとむ 又ものゝ本などこのみてよむかことありあるむつきのはじめつかた家の まへに植木売あき人きたりて梅のよくさきたるをめせといふ見れ ばほそき幹の六尺あまりなるに花のひとめづらかにときつらなりし梅 一あり鷺丸見てこはよき花なり買べし庭に植くれよといへば植木 うりはこゝろ元はべりとてたちまち鍬とうでゝ庭のよきほどの所に 植おきぬ鷺丸は植木売にあたへをとらせさてのちこの花をながめ てひとり酒のみゐたりけりときに友だちひとりいかきて此うめをみて 大いにおどろきたへなり〳〵といひて賞賛しともに酒のみゐたりしが ○土炊商人勿扁下 神明寺ノ祈祷二 □□□□ 鷺丸 しばしありてたなそこをはたと打てこの梅まことの花にあらず つくり花なりといふ鷺丸わらひてもしつくり花なれば猶めづらしき ものなりとてます〳〵よろこびける其日はひめもす酒のみて夕べにいた りて友たちはかへりけりそれより日ごと風つよくなけどはなひとひらも ちらざりしがひと日雨そぼなりければ梅みなはなれ落てかれ木と ならぬ鷺丸見て風につよく雨によわき花なりとてわらひけりさて後 春もすぎ夏のなかばごろになりけるとき鷺丸ひとり青物売家に ゆきてよき梅の実あらば五升あまり買べしといふ青物売翁やが て大いなる梅の実をかごにいれてもていでぬ嬌る丸はおきなにあたひを とらせければ翁はひとひらの紙にあたへのうけとり書をしたゝめて ○狂使寺人白湯下 右哥哥ノ初編下 もて鷺丸につかはす驚丸は家にかへりこのうめの実を友だちのかたへおく らんとおもひしがたゞにやらんもをからからずとすゞりひきよせすみ すりしばし打かうがへてかたへにあかつるほうごのうらにかくぞかいつけたる ◯春はつくり花なりとおほせられつるかれ木の梅かくばかりみのり候へば すこしながらまゐらすとて ほめられしことばの花もこのやうになりしとおくる庭の青梅 とよみてうめの実にそへ人にもたせてつかはしければ友だちはよ ろわび梅のみの大きなるをほめそへうたのおもしろきを賞してしばし はながめゐたりしがこれもとほうごのうらにしたゝめたるなれはうらは 何やらんと打かへし見れば梓の実五升右のあたひしか〴〵とかい つけたる商人がうけとり書なり友たちひとりをうしくて驚丸はよく 人をわらはす男なりとそいひし ○三寸亭草美の伝 草義は神田佐久間町四丁目に住す氏を伊藤俗禰と善太郎と よび別号を三寸亭といふ此人いとけなき時よりよく親につかへて考 心ふかしされど父は心はげしき人にていさよのことにもいかりはらたち その妻をうちさいなむことたび〳〵なり草美十三のとしの春父は要 車ありてしもつふさのくにゝいきけり艸美のおとうとひとりあり今 年三ツになりぬあるよこの子何とかしけんよもすがらなきていねず 母も草美もさま〴〵と心をつくしくすりなどふくさせけれどます〳〵 ○狂歌奇人初編下 草美 幼年の躰 なきてやまざりしがやうやくによもあけちかくなりなんとするころ すこししづまりぬるにぞ母もつかれてともにふしぬ草義もかたへ にまろびねしてゐたりしがたちまちをさなごのなくこゑしければ 艸美はおどろき又おとうとのなくにやとかうべをもたげて打きけば こはとなりのちごのなくにてぞありけるゆびそりてかうがへ見ればけふ は二月二日なりさてはとなりにはをさなきものにやいとすうるぞとお もひやとら身をおこして外を打見ればあなあさまし日のかげ は中ぞらにのぼり巳のときすぐるころほひなり草笑はせどかどの 戸をひらき母にもかくとつげければ母もおどろきおきいでゝよるの物 などたゝみてかたよせけるときおとうともめさめてまたなきぬかゝる ○汪夜竒人勿易下 ところに父かへりきてうちにいりいまだあんどうのきえざるを見て たちまちいかりをおこしさてはいまゝであさいしてありつるにやと火 のもゆるごときおもざしにて妻をにらまへ今やうたんずありさま なり草藤ふとこゝろにうかみいでつるまゝにかたへのやれあふぎとりて 哥一首かきて父のまへにいだす父この哥を見れば けふ二日子ゆゑのやみに母親のひるもあんどうともす灸てん 母もこのうたを見てそれとさとりよべはこの子よさらなきていね ずこはむしのおこりつるとおもふなりさいはひにけふは二日なればやいと してやらんとおもひはべうよろしかるべきやといひければ父もけにもと おもひてそはよくこゝろづきたりといひてやみぬこの哥のことのちには ちかきわたりの人もよく去りて草美が孝心をかんじ又歌のおもしろ きをも賞しけるとぞ ○塵外楼清澄の伝 清澄は霊巌島に住す氏は石川俗禰を清三郎とよぶ別号を 塵外楼といふ五老先先生の子なりいとけなきときよりさえかしこく 智たくましく父のかたはらにあるをもてからやまとのふみどもゝよく よみて手かくことも人にこえたりこゝにまた四ツ谷のほとりに寺号は わすれたれど義仙和尚とて博識の僧あり清澄が親の五老先 生とは知己にてをり〳〵はとひつとふらはれつしてかたみにむつましくまじ らひけるされど此和尚こゝろきやうまんにして常に人をみることあく ○王次隼人勿論下 たのごとくをりになれては人にはぢをあたへなどしておのれがわざを 見せんとすこれをしわへとはにくみそしらぬものもなかりけり清澄 十四の秋のことなり父の書をもてかの和尚がもとへ行けるが和尚は居間 にこもりて枕にそうて昼寝してゐたりしを弟子どもゆりおこし て五老先生のつかひとして清澄がきつることをつげてもてきつる書 をさしいだせば和尚うけとりてよみをはりていふ五老が童の清澄は なまさもかしこきやつときゝしがよくこそきたりつれこれへよび いれてなふりて見んとくよべといへば弟子手をかきて清澄をさし まねく清澄おくするいろもなく打とほる和尚はいねたるまゝにて清 澄を見ゆりさてそこは大きくなりしぞけふはよくこそきたりつれそこ が父は今もなほ花よ月よとふようなることに心をいれてあたら月日 をうか〳〵とくらしてをるならんといとなめげにいひければ清澄こゝろの うちにいかるといへどもおしかくしてにかこと打ゑみおほせのごとくおのれが 父は今も猶花よ月よとふようなることに心をいれてあたら自日を うか〳〵とくらしとり候又父も常に老師のことを申てはべか和尚は今 もなほ枕をたかうして昼寝のみしてあたら月日をうか〳〵とくらして ゐ給ふならんと申候ひしとことばきよげにいひければ和尚とはじめ なみゐる弟子たちかたみにめとめそ見あはせてかほうちあかめて 居たりしがやうやくに和尚ことをいだし遠きよりきつればきはめて あしもつかれたゝはん次の間にいきて休足すべしといひければおほせ ○王夜守人勿論下 清澄 幼年の体 こゝろえはへりとて清澄は次の間へしりぞきぬ和尚女をら身をおこ し手のごひとりてあせのこひつさておそろしき小わらはにいであひ 大はぢをかきたり五老にも猶まさりつるものなりとてしきりに散る怖 したりけり清澄は次の間のえんにこし打かけ庭のけしきそながめ ゐたりしが又かたはらに弟子ばうずたちうちよりてかしかまして たちさわで何事にかと庭つたひゆきて見れば大いなる古木うしろ の谷の上によくたはりたるそがこずゑにへちまのつるからみつきてなり たるが谷の上なればとりがたくさをゝもてはらはんには谷におつべし 一梯にては猶のぼりがたくとせんかくせんとて打とよむひとりの弟子 清澄と見かへりて御身はわゝちはなれば身もかろかるべし此等をつたひ ○王歌寄人初扁下 いきてとりてたまはらずやといふ清澄安きことなりとてかの古木を よぢのぼうたちまちこずゑにいたりてかのへちまをのこりなくきり とりてもてをりしかばあまたの弟子たち其身のかろきことを ほめてやまずひとりの弟子わらひていふたかきこずゑなどにのぼ 西は猿などのわどこなり此童よく猿ににたりといふ清澄この弟子を 見かへりて御身高きにのぼうえざるはよく犬ににたりといふ外の弟子 どもは清澄がとみにさえのはたらくを見ておそれ其のちはこと ばなくてやみぬとかくするうち日はくれけり和尚おくよりいてきて 五老翁へかへしの書清澄にわたしていふきはめてはらもすきたち んにものたうべよといへばいまだほしからずとこたふさらば桃燈とも てゆくべしといふに清盛かたへてこよひは八月十五夜にて月ありしなで うともし火とかゝげ申さんといふ。和尚もげにことわりぞとてやみぬをり 一から草子どもひとろのとくりに縄むすびたるをもていでゝ清澄にいふ これは去年とりしへちまの水にてもろ〳〵のやまひにもちふるにいみじ き薬なればさきのよろこびをのべんためにすこしなれどもまゐら すなりつとにもて行給へかしといだしければ清ずみはうけとりて をかしさやへちまばかりはほねをりの水となりたる十五夜の月 とくちずさみつゝかのとくり打かたげてわかれもつげてぞかへりける ○五柳園一人の伝 一人は神田富松町にすみて氏を盛田俗禰を平左衛門とよび別号 ○王歌哥人跡錦下 一を五柳園といふ絹布うることをなりはひとして家につかふるものいと おほし此人いとけなきときより柳を愛し常にいふもろ〳〵の木みな すなほならずたゞ柳のみすなほにして雨になびき風にしたがひいたく ふりつる雪にもをれずつよくやさしきものなりとてすべて奔ある せころにはをり〳〵行てながめくらし又家は柳原のかたへなればなりはひ のいとまにはひとりたかどのにのぼりてつゝみの柳のさう〳〵たるそうち 見やりてかの陪堤もかくやらかんとみぬもろこしをもおもひやりてたのしみ ゆるひとゝせさりがたきことありてみやこにおもむくとて下そのこ七八 人ぐして行けりいそぐ要事なればあしたにはまだきに宿をうち たちゆふべにはおそくやどりかしてこゝめぐりありありくひと日あかへきよ宿に いでしにその日は朝霧いとなかしたちて目はなをおほひてものいふこと だにかなひがたし人々おそれてかくまで霧ふかきこととしをつみておぼ えずこのまゝにありきなばやまひをうくることもありなんとにかく やすらはんにはしかじとてかなたこなく見かへれど家あるところとし らずかたはらにある草木すら見えわかねばつれたる人のすがた 〽ども見ることなくたゝこゑそのみしるべにてかたみにかたらひあひつゝ ゆく一人はさきにたちてひたすらにみちをいそぐみな主におとうじ とてはしりけりさてみちのほど四里ばかりも来つらんとおもふに みなかしらいたみあるはめまひなどしてひとあしをだにすゝみえず そこにたなれふすもあればひとのかたにすがりからうじてありく ○王歌竒人初扁下 同 もありすくよかなるものはたゞふたりにすぎずされど一人はさきよたち 行たればこれらのことをつゆばかりもしらずかのつゝがなきふたりはもの はあへぎ〳〵おひかけたれどいまだ主人のかげを見ざればしばしたず みていきつぎゐたり此時はかかに馬のなくこゑしけりまたかたはらに 人のこゑありて いなゝけるこゑのみもれて馬ありと見えぬこはたの里の朝霧 といへわうたをへりかへしうたふそのこゑ主人一人なりければちかくよりて 見るに大いなる柳のもとにこしうちかけて人々をまちをり手に筆とかみ とをもちてうたどもあまた吟じゐたりふたりのもの打おどろき ていふけさしもかく霧のいとふうきによりてのこる人々みなかしらをやみ ○王欠手也勿論 ○花歌是ノ示編下 あるは目まひなどしてはるかにおくれにきたゞわれらふたりのみつゝがなく 御あとをしたひてまゐりたりさても酒はのむべきものなりおのれ日ごろ 酒をたしむゆゑにかゞる霧のふかきなどにはいさゝかやみさふらはずといへ ば又ひとりがいふおのれはけさしも梅の実のつけたるをおほくくひたれば 一労をよけ候なりといふ一人きゝてわれはつねに柳を愛すよべは柳のに しるをすゝりけさ又柳の枝を笠にはさみおきつればかゝるきりにも さらにうれひをしらずといふふたりのものきゝてひとたびはあやしみ ひとたびはそのすくよかなるをよろこびける一人かうべをかたふけるいふむ かしもろこしにもかゝるためしありき三人ならびて霧ふかきに行ものあり ひとりはつゝがなくひとりは病ひとりは死したりそのゆゑをとへばつゝがなき ものは常に酒をたしむ病つるものはあくまで飯くひたり死したる ものはすきはらなりしと博物志に見えつるは今われらが身の上に 似たることぞかしかくまで霧ふかきをまだきに立いでつるはいみじきおのれ があやまちなりなんじたちはやく行ておくれしものをたすけ来れ このわたりはきはめてこはたの里なるべくおぼゆわれはとくいきてまつべ しといふふたりのものはひきかへしてかしこゝたづねめぐり人々をたすけ ひきてうまの時ばかりに小幡の里にきにけりこの人々いづれも二日三日 ほどは病たりしとぞ○つら〳〵おもふに一人はたはふれにかくいひしや又 實に柳のもだをかさのうちにさして霧をよけしやいまだわきまへし らずされど管神の憂たまひし飛海の古事つれ〴〵草の土大根 ○狂歌等ノ祝徳丁 などをおもへばその愛するにいたりてはかゝる奇瑞もあるべきか又いにしへ より草木を愛せし人すくなからずそが中にもきこえたかきあり 成範郷はさくらを愛せしゆゑ桜町中納言とよばれ玉ひ右丞相 兼季公は菊をもてあそびしゆゑに菊亭といへる號は世にのこれ り其外高倉の院はもみちを登したまひ大江の佐国はつねに花 を愛せしときく又もろこしの上陽夫人は梅を愛して接妃とよば 一れ昔の王之獣は竹を愛し陶淵明は菊を愛周茂叔はふかく蓮を 愛せしとなり今此一人はひとり柳を愛し別荘の庭におほく柳を植 て五柳園となづけしはかの柳のもとに家をつくりし押下恵また柳 いつもとそうゑし淵明などをしたふこゝろなるべく五の字をかうふりし は五老翁の門人なるゆゑなりかし ○倭和多守の伝 一和多守は深川黒江町に住す氏は木下名は蕃章信禰を善兵衛 とよぶ綿をうち又これをひさきてなりはひとす此ゆゑに和多守 とはよぶならし此人親につかへて孝のこゝろふかく又つねに花を愛して 者にいたるごとに花あるところをたづねてひめもすながめくらし又別荘 にはさくらを多くうゑおきつれば花のころはいとめづらかにしてよしの はつせのさかりをもこゝにうつししこゝちぞせらる其外子どもの衣服 あるはふすまなどみな花のもやうをそめ壁のおしゑなども花をゑがゝし めまれ人のきたるときはさくら漬さくら湯さ九郎もち花くわしなど ○羽歌寺〆初編丁 和多守 いだしてもてなすそのうつはものみな花のまきゑをちりばめたり 又つねに不二の山をはいすこの花さくやひめのみことは花の神なりと いへるゆゑなるべしひとゝせ春のなかば友たちにいさなはれて御てん山 の花見んとて行けりその日はそらものどかに風なくさくらは今をさか りとたをやかにさきみだれて空にしられぬ雲をなせば見るへはまた 山をなしぬこゝよりはるかにながむればそでかうらのうみべはしほいた くひきて貝ひろひなどしてあそぶ人おほかり和多守はこのけしきの たへなるにうかれ花のめづらかなるに心をうつしてよねんなくてゐたう けりかうしところにいたく酒にゑひつる人いづこにてかをりとうゆんき よらにさきたる花の大枝打かづぎてよろほひきけり人々ゆびさして 十七 ○狂歌言人初編下十七 これにうたよめといふ和哥守とりあへす 海はらはひかたとなりてこのころは山にのみたつ花のし浪とよみ てこゑ大きくうたひけりかのゑひつる人は花うちかたげゆかんとしてのけ さまにこけけり人々みなわらふわた守もをかしくて をられつる橋やうしろがみひくならん花をかづきてころふ生酔 といへるうたをくりかへしうたひければゑひしれ人はこのうたをきゝて花 のえだそかたへにすてゆきかふ人の中にまぎれていづこともなくかくれ ゆきぬ和多守その日はそここゝとながめありきゆふべにいたりてかへりぬ とてのちみつきあまりもすぎける時ひとりのこものわた守が家にきた りてふところよりひとつのとぢふみとうでゝこはわが主人のよみたまへる うたなりねがはくはこれに添削してだまはれといふわた守きゝておの れうたのみちはよくもしりえざれば人々のよみ給へるによしあしの けじめづけんことかなひがたしといひてうけひかずされどこものはしき りにこひてしりぞかざれば和多守せんすべなくてかのうたどもの よしあしのしかしつけてかへしつかはしぬそのゝちもかくすることたびを かさねてかずをしらずこれによりて哥もてきつるとものに家をとへ どもこたへず名をとへどもいはずたゞをり〳〵おくりものなどおほく おこせてよろこびといふのみわた守をはじめ家につかふるものなども ふしぎのことにおもひてをりしかするうちはや二とせあまりにな りけるとき又かのこものうたかきたるとぢまきもてきたりければ 御座候様御酒被 ○名別奇人初編下十八 やむことをえずとりあげてえらみけるにまきのおくにかく書てあり 海はうのひかたとなりしころはじめて御おもてをはいてそのゝち より大人のをしへをうけてうたもあまたよみさくめいを花の 白浪とつきて候花をかづきてまろびし時の酒のゑひこのごろ やうやくさめはてゝ風流のあぢはひをおぼえしはうしの御めぐみ なれば此よろこびそのべんためけふなんかくあかしまゐらすなり とかきてありこれにてかうがへあはすればいぬるとし御てん山にて あひしゑひしれ人にてありけりされどいづこの人なるかしらずとぞ 人々のかたりし ○水晶庵染主の伝 染主は遠州山名郡中島村に住して氏を佐藤名を泰恒俗禰を 卵八とよふまた喜志楼と別号し水晶庵ともいふ絹布そむること をもてなりはひとはしけり常に梅を愛してとしのくれつがたより春に いたるごとにかしここめぐりありきて梅の花あるところにいきてはひめ もすながめたのしみける夏も猶青葉しげりたるを見てたのし文 あつきときは梅のもとに居てすゞみちどし又梅のみをこのみてくらふ 食事するに梅の実のつけたるをもて野菜にかへてこれをくひて人に もすゝめていふ梅の実のしほづけになしつるをよくほしておくをほし 梅といふとはいづれの家にもあるものにてもろ〳〵のやまひにいみじき 薬なりかし痢をやむ人あまたくひきらんにはとくいゆべしめやむもの ○任次寄人勿論下 ○本所高人祝編へ 染主 ふ はこの煎しかをもて数あらふこそよけれかせひきたらばよくやきて のまんにはしがしよる道をありきあしたに遠く行ことあらばかならず くひていづべしとてつねにこれをかたりけるとぞひと年春のはしめ つかたのどかなるまゝに梅の花さきたらんところにいきて見んとてたゞ ひとりうかれいでゝそこともしらずめぐりありきけりこのときしりへ よりふきくる風につれて梅のかほりしけり身をかへして見るにいときよ らなる竹もてゆひまはしつる垣のうちに梅のはなのめつらりききいで たるありちかくよりてうかくばかたへにあやしの衡門ありなかばあき たる扉のかげよりのぞみ見るにわらぶきの家のうちにひとりの翁あぐ らにねまりゐたり染圭久しうちかゞめておのれはこのつたりにすむもの ○在夜軒人勿編下 不都吾ノ不紹丁 なり御庭の梅をながめばやとおもひてまゐりつるをゆるし給はんやと いへばおきなきゝてくるしからずとわたふ染主よろこびといりて見るに 大きなる梅いくもとかありて花のすがたさま〴〵にさきいでたるかの羅 浮山にもませりつべく大広嶺にも猶おとらじとぞおぼゆるそめ主は みぎりにありきひだりにめぐり打ながめ申のときちかくなれどひるけさへ くはすかへらんとすれどこゝろのこりしておきなにむかひてこの梅一枝 たまはらずやといふ翁とたへてこは領主の植おきたまふにておのれはこれ をまもるをもてつとめとすなでう枝をることをなすべきといふにぞ こはことわりなりとてやみぬさて猶かへらずしてながめをりつひには ゆふへになりける時は親いできてはやとざしすべくおもふなりとにいで 給へといふ染主今はせんすべなくてふところよりたんざくとうでゝうた 一首かきてかの梅につけておきてかへりぬその次の日領王いりき給ひて たんさくのありつるをあやしくおもひてよみ給ふに 梅守がをしむばかりにひまとりてをるともなしに春旦らしつ とかきてありおきなにこれをとひ給へばこたへていふきのふしか〴〵のもの いりきてひるげをさへたうべずひと日この梅のもとにくらしてこの一枝 を申こひさふらひしをおのれいなみてつかはとずてありけるほどに この哥をよみおきてかへり候ひぬとぞのべける領至きゝて打ゑみたまひ そはをかしきをのこなりさまで梅をめでつるはよくもわれに似たるもの かなとくかれがすみかをたづねよ梅ひともとをつかはすべしとて ○年史哥久助編下 ○狂歌奇人祈繍下 その翁をしてそめ主が家をたづねかの梅をぞくだされける今猶その 一侮染主が庭にありけるとぞ ○形上是粘の伝 一是粘は三州吉浜の産にて氏は内藤名は重義俗補を休蔵と よぶ東都深川黒江町にすみて布をひさきてなりはひとすつね に旅にいづるをたのしみ又高山にのぼることを好みて富士つくばちゝぶ あさま湯どの大峯たつた山はろせ山くらまあたごなどの名高きは さらなり世にもきこえざるいさゝかの山なりとも高きところあれば たちまち行てのぼり見るされば日のもとのうちはいづれの山にか しらざるといふ所なしそののぼりつる山そかずふるに今は四百に近し とそかゝることにのみこゝろをいれつる人なれば哥などはえよまであり けるそいぬるとし春のなかばごろ友たち四五人つどひていでやあすか山 の花見んとてうちつれていづる是粘は此つらにももれてありしを人々 すゝめていふあすか山も名高き山ぞかしひとたびはのぼり見給へとてそゝ のかしたつればげにことわりとやおもひけんつれたちてかきぬさてあ すか山にいたりけるにこの日ごろ風なく空ものどかなれば花見んとてつ どひよりくる人々かなたへあゆみこなたへさまよひむれあそぶはありの ごとくにぞみえける花は今さかりにていくもとのさくら枝うちかはし さきつらなりたれば日のかげをおほひて空のくもりしこゝちぞせらる かたへにはよらずもてやねとし又壁となしてせん茶うる家あまた ○狂歌奇人勿論下 是粘 たちならびつそのうちにはそとこ女ともにまじらひてものくひ酒のみとよ みてだみこゑにうたひまひざればむもいとおかしこのさまを見るからに是 のりも興にいりてしばし打ながめをり友たちはおのがさま〳〵筆とり て哥ごともあまたよみいでゝ花の枝につくるもあり又かいやりすつらも おほかり是粘はうたよまざればかたはらにうづくまりて人々の吟する を見ゐたりかゝりし所にほそき竹に縄ゆひつけて火なはめせとてうり ありく男あり人々よびてこれを買んとするときこの男しばしまち てたるはれといひてかなたへはた〳〵とかけゆく何ごとにかと打見やれば ひとりのゑひしれへがさかりなる花一枝そりとりたるをかの火なはうふ をのこがとらへてかたくしかりのゝしりつれゆかんとすゑひしれ人はひた ◯王吹寄人勿扁下 眉哥ノ神編下 すらにわびとゆかじとあらそふこれを見んとてみなへつどひよる是 一粘が友たち四五人はかたへにありてこれを顕として哥よまんとておいが じゝ筆と紙とをとりいでぬ此とき是のりもふとこゝろにうかみしまゝに 一首の狂哥をかいつけたる あする山花ぬすへをとらへしは火縄をなひてうれるしづの男 とよみければ友たちおどろき是精ぬしはいつのほどにかよみおほえ給ひ けんこはいとおもしろき哥なりかしとてしきりにほめて外の人はみなよ ますこの日はひめもす花をながめてかへりけり是のりはこのうたをはじめ としてこれよりのちは此みちにいみ心そいれて山などにのぼることはやみ けりある人是非にあひて今としはいづれの御山にかまうでたまひしと とひければ是のりわらひておのす近きそろけはしき山にのぼることは とゞまりてたひらなる敷しまのみちにのみあそび候とこたへしとぞ ○壹椿樓哥種の傳 哥穂は下野の国鹿沼の里の人なり別号を壺椿楼とよび陰禅を 釜屋繁三郎といふ常に槌藝をこのみ糸竹のしらべたへにしてうた ふ声きよらなり又よくたはれこといひてさらぬながらそゝめきたる さまして人をわらはするにぞ人々興あることにおもひてまれ人のある をりは此哥種をもともによびて酒などすゝめて興をそふることなり とぞある夏のなかばごろあつさいともたへがたきに哥たねはきよら なるしまのひとへぎぬきて菅の小笠打かたふけ家よりいでゝ行んとする 同一一一一一一一 二十四 ○狂歌奇人初編下 ときひとりの小わらはあへぎ〳〵はしりきたりて哥種ぬしいづこにか 行給ふけふなんわが主人にうれ人をようけたれば御身をまねきて酒を すゝめうこひものゝ一曲をもきかまほしとねがひつればさてはおのれを してむかへたてまつるなりといひける寺種きゝてそはよろこばしきこと なりされどおのれさりがたき要事ありて外に行ば今しばしまちて 給のかべし時うつさずかへりきたりてまゐりなんあるじへもよくきこえ よといひてわかれぬ小わらはもせんすべなくて家にかへりて主人にかくと まうす哥種は要事ある方に行てことはてゝかへりけるにみちのほど にてたちまち雨ふりいで空はくろ雲おほひてすみをながしつるごとく かみさへいとおどろ〳〵しくなりはためきいなびかりよもにとびあぐるさま おそろしくてせんすべをしらずある山寺の二王門にかけあがりて雨 やどりしてをりしばしありてなるかみのおとはたえけれど雨は猶やま ず哥種はやかへらんことをおもひてやがてきたる衣服うちぬき帯も てゑりにしかとゆひつけあかはだかになりてあたりを見れば金剛のまへ のいがきに大いなるわらぐつのかけて。かりよきさちなりとこれをとりおろ して笠にかへて打かぶりいちあし出してはしりけりとばかりありて 鹿沼にかへりつきてさきにむかへにきつる小わらはが家にかけこみぬあるじ いできてこのさまを見て大いにわらふ家につかふるものなどみなそこに こけてわらひてやまず哥種あるじにむかひてけふはさりがたきことあ りてかしこに行しにみちのほどにてかゝる雨にあひせんすべなくて二王門 ○汪歌奇人初編下 哥種 にありつるわらぐつそ笠にかへてかぶりてきたりしといふこの時かの小わら は出きたりて哥種ぬしはときには小笠かたげて行給ひしがなどてわら ぐつそばかぶりてきたることぞといふ哥たねさうの手をはたとうちて さてもそこのいふごとくおのれその笠はかの二王門のかたへにわすれおき てきたりしといふこのとき人々こゑ高くしてます〳〵わらひければおく にをうつるまれ人もいできて打わらふとなりわたりの人またむかひの家 などよりもきたりてこれをきゝて大いにわらひけりあるじもわらひ なからそのわらぐつかぶりたるにて一首よみたまへといふ哥種とり あへず 山寺の二王のわらぢ笠にきてあしもそうなる夕立の雨 同三斗八升 琉球 狂歌奇人初編下 とよみければ人々ます〳〵興にいりけりさてのち人をやとひてかの 寺にやりて見せければ笠は猶そのまゝありしとぞ 狂歌現在奇人譚初編之下終 いみしきものゝ上手のこゝろのかきり おもひすましてしつかにかきたま へるはたとふへきかたなしとは絵 あはせの巻のことはにみえたりけに 絵もことはもふたつなからとゝのひ ておもしろくやことなきはそもたく ひなくめさむるこゝちしつへしあか したしうせる岳亭のあるしこたひ ○毛色干也勿扁下 四日 奇人譚といふふみつくりてみつから 画をかきてそへものしつうちみるに めつらかにいまめかしけれはかゝる ことをものする人々はあとをくらまし つへくにおほゆるいてやからくにの なにかしはさんせちといふ平性 ありしとてかしごの人もめていふ なるおのれひそかにおもふにかの 癡絶といふものをのにきて岳亭 に二絶ありとやいふへからむにはこの ふみをよみゝん人はおのれかことのしひ ことならぬをみつからわきまへしり ぬらんかし 文政七年五月 福廼屋内成 ○王欠打也勿扁下 ○玉美年也勿論下跋乙 狂歌現在奇人譚初編二冊出来 同後編二冊出来 狂哥作者列傳二冊出来 俳諧哥奇人譚三冊近刻 狂歌古今奇人譚二冊近刻 文政七申歳五月 江戸日本橋通壹丁目 大阪屋茂吉 書肆 先生八島氏姓菅原名定岡字鳳郷岳亭 其号也又号神歌堂一老平田氏之遺子而 産東武霞関其母為側室時間内妙毒酷 仍避身於西郊青山里知音之方後携先生 嫁邑之八島氏遂長其地先生天資好画 六歳始解後素意七歳学書及剣斯歳秋 患湿眼薬餌亡功引延臘年曁八年十有五 之春遇一良医之金箆再得視天日一角辛 双親禁一切費眼力之事頗似懲羹吹蓋 ○狂歌音ノ絵編上 其重護亦甚十有九歳養必要不遂疾在 一褥三年継其母亦臥同疾七年昼汲々生産 夜侍枕席扶病得屋暇就燈下聊関諸書 而已遭斯困厄家資治蕩尽百術為之 所妨不果其志双親千秋之後随其嗜好修 以画為業也云而近来都下所謂狂歌者行 声輿其徒唱和斯著狂歌奇人譚抑先生 其幼也衰眼疾其長也遭双親疾苦一日 无開口笑日習為性修嫌一切供遊戯楽 之事耳不喜鄭聲淫曲口不甘煙酒肥濃 唯画及著作以為任血他嗜好是亦宜為 一奇人乎其謹作伝以摸序 文政七年歳次関逢沼灘閏八月 十一日 南部 源朝臣光博撰 ○任歌奇人後編上 直方 巨方産書 十月十一日 後編上巻目録 ○橘五園香久美の傳候家 ○曲亭馬琴の傳遊民 ○花栖亭真芳の傳商家 ○浅紫庵仲住の伝同 医宦 ○千柳亭唐丸の傳醫宦 商家 ○万宝亭喜樽の傳商家 ○酒迺屋呑安の傳同 上巻目録終 同下巻目録 ○緑樹園元有の傳商家 ○春秋庵永女の傳同 ○浅類庵千本の傳同 ○頼風園千直の伝同 ○壹月堂市住の傳同 ○金母樓種義の傳同 ○第一園義澄の傳神官 下巻目録終 卯十一日 いぬる日狂歌現在奇人譚二巻をあらはしおくこたび又後編二巻をえらみ てはじめにもれたる人々のことをあぐ猶これにもれつるをばまた三編をつゞり てくはしくすべし此書すべて狂歌に名をえし人のみのせつるにはあらずおも しろきものがたりある人々をえりいでゝしるしたるなりいかばかり狂歌に名のき こえある人なりともおもしろきものがたりなければのせずまた伝ごとに賞 一賛のことばおほしそはこゝろよからぬ人ねぢけ人のたぐひそのそきてほまれ あるへうのことのみかきのせたればさては賞美のことばおほきとしり給ふべし 初へんにもしるしおきつかごとく奇人の二字によらざるへふかき意味あ ることなりされば崎の文字をもちひず奇人譚となづくよはね編の凡例 にくはしければこゝに畧しつ 狂歌現在奇人譚後編上 東武八島定岡著 ○橘五園香久美の傳 一香久美は。やんごとなき人なり。東都の産にして。今尾陽に 居住し給ふ。別号橘五園又東洋閣とよぶ。国学をこのみる事の 廣きをよろこびて。かたよることをきらひ給ふ。夏より秋にいたるごと に。あさがほの花の。きよらなるを愛して。いと広き庭も。ところせ きばかりにうゑわたして。あしたごとにとくおきいでゝ見給ふ。さき つらなりし花のいろの。さま〳〵なるうへに。おきそふ落のしら玉。かゞや くばかりおぼえて。いとめでたく。まばゆきこゝちぞせらる。舜花は 十月十一日 一享保のころより。さかりに人のもてあそびつるよし。こしかたのことゝ もよくしりて。ものかたらる。うちきくにいとおもしろく。又おなじき 苗をもて。めづらしき花を製せらる。いと介なり。もろ〳〵の名ある。 一画師どもに命じて。おほうあさがほをゑがらしめ。へうさうして 床にかけ。壁戸さうじにもあさがほをゑがき。衣服のもやうなど。 みなこの花をものせさせ給ふ。かつ仁心ふかくして。下をあはれみ 給ふことひとかたならず。ひとゝせ春のなかば。木曽路をこえた給ふ ことありき。みちのほどにてある女の。かみ打みたしたるが。あへぎ 〳〵はゝりきて。そのや〳〵とさけびつゝわめくが。香久美ののり 給へる轎に。いたくうちあたりて。かたへなかづち水けかけてはしりゆく。 つき〳〵の人々。こはらうぜきといひて。とらへんとするに。あしはや くてとらへえず。ひたすらおひければ。つひに山にいりていでこず。 御のりものは本陣にいりて。しばしいこひ給ひける。つき〳〵のひと〳〵 は。らうぜきなしゝものをとらへでは。いみじきつみやかうふりなんと。 一かの女の親をたづねいだし。これをひきつれてかへりきつ。この親は いたく老て。あしのはこびもはかどらぬを。やうやうにはひ入て。おそ ま〳〵まうすやう。おのれがむすめ。はやうよりえんにつけ候ひしが。 ことしをとこにおくれ。まごひとりぐしてかへりきたり。そのまごむす め。そのとまうすが。ふといでゝかへらず。おもふに。山に行てけものな どにやはまれけん。死骸だに見えず候。そのゝちむすめは。ものぐかひ 香久美 なりて。日ごとはしりめぐりて。かへりきたらず候ひしが。いみじ つみををかし候よし。何とかいたしてしかるべからん。御をしへにまな はんとて。ふるひ〳〵まうしける。香久美これをきゝ給ひて。くるしから す。ゆるしかへせとおほせける。かの老人は。天をはいし地にまろびいみじ くはなしがりて。人々にもよろこびをのべ。かゞみしこしをうちたゝき 〳〵。つゑつきたてゝぞかへりける。をうふしむかひの山のうちに。きゞすの す。香久美やがてゝ。一首の哥をういでゝ。一首の哥をかいつけたる にまよふ声やほろことはゝきゝすありとは見えてわかめ ふべからはまみて。つき〳〵の人に見せ給へば。人々さし了の とのぐるひを。きゞすになぞらへよみ給ひつる。いと〳〵。土 ○狂哥言ノ後編一 めでたき御うたなりかしとて。みなかんじあへりける。しかるにとい ざくは。病のあるしが。しきりにまうしこひけるほどに。とらせて一 り給ひける。さてのち。この家のあるじ。ものぐるひの女をよびて。三 たんざくをとらせて。かゝりしことのありけることをとて。ものがたる してきかせければ。女はなみだをながし。よにありかたきことよし て。よことうちなきて。このたんざくをもてかへりしば。それよりとこ 一小ふして。十日あまりも外にいでずをり。しかしていち。やうべくに ものぐるひの病いえて。もとのごとくなりにたり。そのゝち又とめる 家にとつぎて。子もいできぬ。このたんざくはへうさうして床にかけ おきて今も朝夕ごとにはいしけるとぞ。ある旅へのものかたりなり ○曲亭馬琴の伝 一馬琴は東都の人にて。武家にうまる。姓は滝沢。名は觧。字は瑣吉 馬琴はその号なり。又曲亭。著作堂。簑笠。玄同。閑斎。鷲裔。信 一天翁。狂斎。愚山人とうの別号あり。たゝ馬琴曲亭の。ふたつの号 のみ。世にいちじるし。其兄弟おほかりしが。不幸にしてみな世を はやうす。馬琴はやくよりみなしごとなり。やうやくひとゝなる におよびて。さえたかく。書をこのみ。飯岱の市にかくれて。書肆 のもとむるによりて。おほく稗史をあらはす。そが中に。要用の書又 おほし。蓑笠両談。燕石雑志。烹雑の記。玄同放言。俳諧歳時 記。獨考論。両子寺縁記。羇旅漫禄。吾佛の巻。とう。又たは ○任歌奇人後編上 れたる書には。復讐奇談雅枝鳩。石言遺響。月氷奇縁。四天 王剰盗異録。勧善常世物語。三国一夜物語。新編水滸画伝。 椿説弓張月。敵討裏見葛葉。墨田川梅柳新書。累解脱 物がたり。雲妙間両夜の月。三七全伝南柯夢。頼豪阿闍梨 一怪鼠傳。松浦佐用姫石魂録。括頭巾縮緬帋衣。旬殿實々記 俊寛嶌ものがたり。松染情史秋の七艸。常夏草帝。そのゝ雪 青砥藤綱摸稜。案。糸櫻春蝶竒縁。八丈綺談。皿皿御談。南 柯後記。里見八犬士伝。朝夷巡嶋記。夢想兵衛。質屋庫。 この外にもあまたありて。これをくはしうせんには。一二葉の紙 にはつくしがたし。すべてあらはすところの書。一百三十餘部 なり。寛政のはじめより。三十余年。ひと日も筆をおくことなし。この 一翁つ跡にいふ。魚用の書をあらはして。有用の書を贖ふと。此こと まことによし。すでに所蔵の書。五千余巻におよぶ。経籍史伝 窺ざるものなし。されど人の師となることをこのまず。畢気ある 友とまじはることをきらふ。誰をたれてこもり。みだりにまれ人に あはず。ふるき書をよみては。あらたなる書をあらはし書肆の 一竈をうるほはし。婦幼のまなこをなぐさめ。善をすゝめ。悪をこらす 一のたすけとなす。飯岱の居をきりて。神田神社のかたはらに。其嗣 一琴嶺子興継が家によりて開居す。ことし五十八。髪髴おろして。 みづから笠翁と号く。実に知命の達者。泰平の逸民といふべし ○王歌寄人後編上 馬琴 一おのれいぬるとし。此翁をとふらひし時。あるへたんざくひとひら もてきたりて。此翁のかねてよみたるうたに。ほす網も屠蘇の 袋のなりに似ていはふ銚子の濱のはつ春。といふ哥をかきてたま はれといふ。翁こゝろえて。さて墨すり筆もちて。かのたんざくと り上て。上に海邉初春と顯して。はじめ。ほす網とかくべきを。 ふとおもひたがへて。屠蘓とかきぬ。こはあやまてうとて。しばし たゆたふ。かの人いふ。さらば外のうたにてもくるしからずといひけ 酒にぞ。その筆をひかずして 屠蘓くまぬ浦の苫屋も春くれば香に酔ふ門の梅の花貝 とかきてあたへければ。かの人は。その郡少なるをかんじ。あまたたび 和歌書の後紹一 よろこびをのべ。おしいたゞきてかへりける。またこの翁伊勢に行ける とき。津のやどりにてゆあみせんとして。女にあないさせけるに。こゝ なりとをしふる。見れば。戸棚といへるものごときものあり。かたは らに大いなる桶ありければ。湯はこれなりとこゝろえて。さて衣服 うちぬぎて。かの戸棚にいれんとしけるとき。女とゞめて。そは衣服 いるゝところにあらず。すなはち。ゆあみし給ふところなかといふに ぞ。さてはとて衣服はかたへにおきて。かの戸棚のうちにいりて見れば。 湯は尺にたらず。かたへにありし桶は。水桶にてありし。馬琴を かしきのまゝに ものゝ名もところによりてかはるなり江戸の戸棚は伊勢のすゑふろ とよみけるとぞ。これもその日にかたられし。此翁のうへには。くさ 〳〵のものがたりあれど。そは曲亭行狀の記といへるものを。後年 あらはすへくおもへば。こゝには只その一二をしるすになん ○花栖亭真芳の伝 真芳は東都神田の人なり。氏は大谷。名は定保。字を徴甫とよび。 別号を花栖亭。又芳名垣。寿老軒とよぶ。いときなきころより。 書にふけり。大かたのことはあきらめたり。四方老師の弟子になりて。 たはれうたをよむ。此人平生。ものにかたよるのくせあり。ものまうで などにいづることあれば。いく日も家にかへることをしらず。きのふは 一星口にあそび。けふは深川にとゞまる。ひと日は船をうかへて釣にくらし。 ○正文于也後湯二 ○狂歌奇人。後編上 ひと日は青樓にのぼりて酒にあかす。かくすること廿日あまり。やうやく 家にかへり。又なりはひをたすくるときは。あしたにははやくおき。ゆふべ にはおそくいね。あきものをよく見わき。しろなすにことをつくし。入 一来るへをもよくもてなし。銭かねのことをもたがはぬやうにあつかひ。おぼ えがきなこときよらにしるし。そこら水うちさうぢし小わらはがすべ きことまで。みな引とりてつとむるにぞ。家につかへぬるものどもは。しき りによろこぶことになん。しかすること三十日あまり。又これをうちや みて。おのれが居間にこもりて。ひたすら書をよみて。外にいづること なし。朝夕の飯をどにいでゝはくはず。膳具飯櫃のたぐひ。みな居御 にいれおき。腹の空けるとき。わづからとうでゝ打くひ。あとはそが かたよせおき。さゝやかなか火。桶の上に。くわんすをおき。湯にも にもあれ。さめたるをもいとはず。これをのみ。桑のかたはうに。 いふうつはをおき。これにはこしいばりし。そがかたへには。一日の陶に酒 くはへおき。心のまゝにのみける。人要用ありてきたれども。いで ず。居間にいり見れば。膳具。飯櫃。酒のうつは。書いるゝ箱はわし まるも。はなかみたる帋くずも。みなこしのめぐりにとりちらしては 〳〵きたなげなり。見る人ごとにはなをおほひ。口をおさへてかへるとな 此真よし。なりはひをたすくるをりは。ものやはらかなれど。そがあな ひには。心はげしく。をりにふれてはいかりはらたつことおほかり。いぬら とし霜月廿三日といへる日に。さりがたき事ありて。みちのくにゝ行 ○正夜奇人後扁上 前頭市 真芳 とて。友だち二人いざなひつれて。いそぎ立いでしが。其日は といへるところに。どりをもとめ。あしそゝぎ。ゆあらし。もの人を をはりて。三人あぐらに何まりながら。世の中のことゞり。ごさくも。 〽かとらひけるにひとりがいふ。世に化物といふものありて。にしへより どもがさる〳〵の野かきあらはしおける。あのごときおそろしき しいでなば。おかれらはとがまゝしにいるへきといふ真よし十一か ていとしつたなきことをいつるものかな。ばけものゝいふゝのなき のとこゝろえ給は。たがにことあらじといふ。二人はことをおなじうして いひける。たれはいうれいにあひ。かれは一ツまなこにあひたり。御息 とりなしといふは。えせことなりといふ。真よします〳〵かしら六 ○土蔵寺人立場ト 木書二十一 て。すべて。世の中に。ばけものといふものありといはゞ。天の下のもの。み な化物ならざるはなし。すでに見よ石とかねとをうちあはせて哉 いへづる。これ石と鉄とが火にばけつるなり。その火また木にもえつきて 大きくなる。木一丈あれば火は二丈になる。これ小き火の大きく化つる なり。其木みな焼おちて灰となる。これ木がばけて灰となりけるなり。 おのれけさしも家をいづるとき。霜のとくるを見て。よみたるうたあり。 これ見給へとてとうでゝ見する。その哥に 朝日かげ光りにきえてなくなりぬ霜はもとより露のばけもの この理を。よくかうがへさとらば。世の中のものひとつとして。化ものなら ざるはなし。人朝夕ごとに。見るばけものをあやしとせず人の口端に いひのこして。ありともおぼえぬばけものを。あるとおもひておそるゝら。 いと〳〵おろかなるわざなりかし其つたなきから。さましのあやしき ものを見る。心十ぶんにおくするゆゑに。なきばけものが目にみゆる。これ。 わがたましひが。おくするといふものにばけたるなり。さもあはぬもの をばけものとおもひ。しかと見きはめもせではしりのきおのればけ ものにあひたりと。人々にものがたるを。きゝへる人もつたなくて。さるも のありとおもふから。さあらぬものにおどろきて。つひには世になき ばけものが。あるものとなりけるは。みなおくする人のまなこにあり て。おだやかなる人のめには見えぬぞかし。さもなきものを化ものと おもひたがふるは。わがまなこが化物になりけるにて。向ひにはいちもつなし。 ○鹿島久岐島生 ○狂歌奇人後編上 されば。ありとおもふそこたちには化物ありて。なしとおもふおのれらには。 死するまで。あやしみを見ることあらずと。ことすみやかにいひければ。 二人はことばなくてやみぬ。とばかりありて。亥のときばかりになりけり。 いざゝらば。いねてつかれをはらはんとて。二人は次の間にいりてふしめ。真 よしはひとり。ともし火のもとにかしらをよせて。哥など吟してをりける うち。よなかばかりやすぎけん。やうやうやくねふげいでゝ。そのまゝうぶしに なしけみに。窓の戸のやれ間より。さとなきいるゝ風につれて。ともし火は きえうせぬ。をりからうしみつのかねかう〳〵と。ものさびしげにきこゆる ときまくらべの障子かた〳〵とおとたてゝ。はしらもかべもゆさ〳〵となり うごく。具よしかうべをうちもたげ見るに。廿三夜の月かするも。窓の さうじにうつるのみ。ともし火なければほのぐらし。かたはらにものあり て。身のたけ七尺あまり。かしらはしゆろのはゝきのごとく。身に大そで のきかものまとひ。すくとたちてをり。こなたにも又ものあり。かしら 三尺ばかり。ましかくなるかほにて。いろ白く。目はなくちともに大きく。 これも大そでのきるものきて。さもうらがれつるこゑして。まよしどの うらめしやとぞいひける。真よしたちまちをどりおきて。まくらべにあり つるかたなひきぬきはたときる。さしも大きなるばけものゝかしら。ふた つにわれてとびちりぬ。このときさうのばけものひとしく声あげて。 ゆかし給へ〳〵とてにげいづる。真よしつゞきておひいづれば。ばけものは 一しきりににげて。病の門なみやぶりて。外のかたにはしりけるを。真よし ○狂歌等之発編止 ○王子 すかさず。おひかくる。ばけものいまはたまりえず。真よしぬし。おのれら なかぞ。ゆかし給へ。御身よひのほど。ばけものなしとの給ひつるゆゑ。た はむれにおどろかさんとて。かることはなしつるなり。もとよりたはれこと なり。ゆるし給へといふ。真よくさらにゆるすけしきなく。身ををどらして おひきたる。二人はせんすべなくて。またにげはしりて。さてみちのほど。一里 あまりもはしりて。今はよもきたらじとおもひ。しばしやすらひ居る所 に。真よし猶もおひちかづく。ふたりはあきれて。又はしりにげて。やうやく 二里あまりもきにければ。こゝまではよもきたらじとおもひていきつぎ ゐけるに。まよします〳〵おひきたることきうなり。このものども。又にぐ ることはるりにして。外みちへよぎらんとするに。みちせばく。おつくら ければおぼつかなくて行がたし。しきりに大路をにげて。また三里あま りも。はしりつらんとおもふほどに。身もつかれ。あしのことびもしど ろなり。このときすでによはあけにけり。このわたりを見れば。立つゞきたる 一市街なり。いまだおきいでたる家あらず。只一軒の酒店ありて。小戸 いちまいひらきたり。二人は真よしのきたらざるさきに。この家にかく れんとおもひて。ものだにいはずはしりいる。ひとりの小わらは。これを見 て夫におどろき。ぬすへのきたりしぞ。おきよ〳〵とさけびければ。家のう ちみな起出て。わのふたりを引とらへ。縄もてひし〳〵といましめけり。かゝり し所に。真よしあへぎ〳〵おひ来りて。このさまを見て打おどろき。いか なればかゝるいましめにはあひつるぞと云へば。ふたりこたへといふ。われら ○無夜覚後編上 御身におはれ。せんすべなくて。こゝまでにげきたり。この家にかくれん としていかつるを。家のひと〴〵。ぬすびとなりとて。かくいましめたりといふ 真よしきゝて大にいかり。さてはにくきふるまひかな。人におはれてにげいり つるものならば。たすけてかくまひえさすこそ。人のなさけともいふべけれ。 ものひとしなをもとらざるものを。ぬすへとして。あらぬ汚名をおはせ。 その職にもあらぬ身として。かくまでいましめつる。いと〳〵すてさりがた き罪なりかしこのことあがたぬしへうたへて。ことをたゞすべしといひて。外 の方へはせいづる。家の人々大いにおそれ。真よしが前にひざまづき。みな おいれらがあやまちにて下。朝まだきのことなれば。みなへねほれて。 かゝことはいたししなり。まげて見ゆるし給ひ手とて。かはる〴〵きたり てあるいぞ。真よしやうやうやうけひきて。さらばゆるしつかはか なく。のちつゝしむべしといひてやみぬ。ふたりのものはいましめをこかれ つき。大いきをつぎ。真芳が前にきて。真芳が前にきて。御身今すかし おかくき給はゞ。われらいかばかりかからき目にあひなまし。はやくき 給ふとのうれしさよと。しきりによろこびあへり。真よしまなこをい からしおのれらまべはよくもわれをおどろかしつる。そがまゝにてはおかじ とて又とびかゝる。其いきほひあたるべからず。二人はふたゝびおどろき。に げのきはしること一里あまり。こゝにしばしたゝずみしが。真よし ます〳〵おひきたかこと矢のごとし。二人も今はせんすべをしらず。又 にぐること二里あまり。よべよりたゞはしりにはしりて。飯ひとつぶ。水 三度 ひと日をどにのまざれば。いききれあしなへて。よろ〳〵として。さらに ゑひ一か人のごとし。巳のときばかりには。おのれが家にかへりけり。真芳 も身心づかれはて。おのれが家にはしりいりて。そがまゝたふれていね にけり。旅の調度。金銀。衣服。みなかすかべのやどりますておきたれば。 其次の日。人をやとひて。とりもどしけるとなり。人々此事をきゝて。 たはけたるわざなりといふものあり。又おもしろき事なりといふものも ありて。其許さま〴〵なりしが。あるやんごとなき人。此ことを聞給ひて。これ まことに東都人のたましひなり。かの酒店にて。二人のいましめられつる時は。 ふたりをたすけて。酒店の者をとらし。其ことはてゝのち。又二人を おひけるは。いと〳〵おもしろく。つよくやさしきふるまひなりとて。しき りに賞賛し給ひけるとぞ ○浅紫庵仲住の伝 一仲住は上野の国。松井田の商家なり。氏は畑中。信禰を國捕とよび。 別号浅紫庵。蝶々亭。又頗蘭子といふ。其姓柔和にして。人とあ らそふことなく。つねに和学。謡。小皷。盆画。挿花。尺八。俳諧。釣を このみ。又よくたはれうたよみて。あくことなし。かつ細字をかくこと妙 なり。殿中の扇面に古今のうた千百五戸をうつす。酒はいはじききら ひにて。酒樓のまへをよぎるときははしりのく。さなければたちまち しふといふ。つねざまのことには。さまでこゝろきゝつることもあらねど。 うたよむには。いみじくさえはたらきぬとぞ。其国の人のかたりける。ある ○正杉所久後編七 とき仲住要事ありて。こしの国に行ぬ。宿のあるじ。仲住がたはれ うたよむをしりて。さま〳〵の画どもとうでゝ。これに歌よみてたべと いふ。いなむべきことにもあらねば。かきてあたふ。此ことをきゝしり て。となりわたりの人うも。かはる〴〵いりきて。扇たんざく。くさ〴〵の画 どももてきたりて。仲住に賛をこふこどにぞ。かれらがいふにまかせ て。こゝろにうかむほどのことをよみかきてあたふ。かくすることふた月 本そうなり。かゝれば。そこらわたりのひと〳〵。仲すみをいみじき哥 の上手よとて。いひもてはやしける。こゝに又よく和哥よむ人あり。此人 身。いきほひあるへなれば。下の人々へつらいなびきて。さま〴〵にもて あげてたふとむことなり。此人心ざまねぢけたか人なれば。仲住がたみ れうたよみて。もてはやさるゝよしをきゝて。心のそこにねたくおもひ。 仲住をよびて。はぢれたへて。ものわらひにせんとぞはかりける。ひと日 仲すみ。朝いひたうべてありけるをり。ひとりのさむらひいりきて。わが土へ 御身をまねき給ふ。とくき給へといふにぞ。仲住やむことをえずともに 行な。さて行ほどに。こだちしげりたる間に大なる門あり。いりて見るに。家 のこしらへなど。いときら〳〵しくかまへたり。すでに玄関にのぼるとき番 の侍いでゝ。こしのもの。外何にまれ。もてかものみなこゝにおきていねと いふ仲住すべきやうなければ。刀きせるたんばこ。ふところのものなど。 一皆そこにおきて。かのさむらひが案内につれて。ざしきいく間をかへ だてけん。ひとつの小部やのごとき所にいたりて。かのさむらひいふ。こゝにて ○王氏哥人後編上 〇〇 五〇 五〇 仲住 しばしまち給へとていづこへかきりていでこず。仲任そこにありて。侍 ことふたときあまりなれど。さゆひとつだにもてこず。もてるでうど。ふ ところのものなど。みな玄関におきてきつれば。はな打かむべきこと かならず。しとせんとおもふに。かはやのあるべきかたもしれず。そかくら 見れども戸さうじひし〳〵とたてきりたれば。いづこに行てよろし からんと。こゝち打まどふばかりなり。日なかすぐかころなれども。書げ をきへいださず。仲住今はこうじはてゝすべきことなく。かたへのなしろ たなの戸ひきあけ見れば。うちにはえしれぬ反古ども打ちうして。 そが中に。わらはべらがもてふかしたるとおもふ。百人一首抄の。いと〳〵 やれたかがあり。これなりともととりいでゝ。そこらひきのばして。よみ ○正文十七文十三文十九文 ○犯罪言〆役□ て心をなぐさめゐたる。さてひつじのときはいつかすぎけん。申の時にな れども。人ひとりもいでかこず。こはいかなるうらみかありて。われをかくま で。からきめ見することよとて。ひとりおもひをりける。とばかりありて。 入相のうねひゞきぬ。されどいまだ夕餉をさへいださず。仲住ははらいみじ くすきて。惣身ひえあせいでゝめくるめき。今はたえがたかりければ。かの やれたる百人一首抄をまくらとして。よこさまにふしゐけり。やがて人の あしおとして。ひとりの待いりきて。仲住ぬし。さぞまちわびつらん。夕 一病はうべ給へとて。飯などたかくもりて。うまきものうつはにうづ高く もりて。もていでゝそこにおく。仲住うれしく。やをら身をおかこして。かの 夕餉の膳に。むかはんとするとき。むかひなる杉戸。さうのかたへさら〳〵 とひらきけり。と見れば。はるかに見やかばかりのひろき座しきなり。 そのなからにしとねまうけて。けふそくによりたる人は。かのうたへなる べし。又さうにゐながれたるへらは。みなこれが弟子たちなるべしとおぼ えたり。このときかのうたへ。こゑ大きくいひける。仲住とやらんよくぞ きたりつる。けふなんわがでしたちをへどへて。和歌の会をすなり。そこ もうたよむときゝつれば。とくよめよ。けふのつどひは。とくよみつる人 をかちと定むへし。たれにもあれ。いたくおくれつる人は。かほにすみぬ り。あかはだかにして。門よりおひいだすべきおきてなり。みなとくよ めといふに。人々いちやうに。こゝろえてさふらふとぞいうへける。仲住かうべ をきげて。何とかまうす題にて候と思ひければ。海上の霞なりとこ ○狂哥の神絵一 たふ。仲住さらばよまんとおもひけれど。さきに玄関にて。もてるもの みなおきて来つれば。ふところにかみひとひらもなく。又筆もなく 硯もなし。かの広きざしきを見やるに。すゞりやうのものさらに見え ず。人々はいかゞするぞと見るところに。みなふところより哥かきたる たんざくとうでゝ。かのうた人の前にもてゆきさしおくなり。これを見 て仲すみたちまちおもふこはわれにはぢあたへ。かほにすみぬり。あ かはだかになして。門よりおひいださんとははかるなるべしとさとり ければ。心もこゝにあらぬばかり打まどひて。いかゞはせんとぞおもひ か。又かたへにをりつかさむらひは。仲住ぬし。とゝゆふげめし給へと こむる。仲住はらのうちいわじてむなしくなりにたれど。しれ には目もやらずおもひあたりつることあれば。さきにまくらになしつ 百人一首抄の。やれたる書とりて。参議篁の。和田のはら八十しまた けて。といへる所を引やぶりて。そがしもに。中納言匡房のごとやまの 霞といふ。此霞の一字さきとり。咲にけりの。けりをもやぶりてつなぎ 曽祢の好忠がうたの。行来もしらぬの。ひとくだりを引さきて。又 篁が蜑のつりふねをもやぶりとりて。夕餉にいだしたる飯つぶもて。 はりてつなぎければ。一首のうたとなりける けり 和田の原八十島かけて霞けり ゆくゑもしらぬ蜑のつりふね 仲住これをもて。人々の前おそるゝいろもなく打とほりて。かの哥 一行事 人のまへにさしおきて。こしうちかゞめて。もとのへやにかへりて。さて ゆふげ。おもふまゝに打くひて。やがていとまこひてしりぞきけり。此席 にをりつる人々。此うたを見て。もとたはれうたなれど。加歌といひて手。 猶くかしからずとて。いみじくかんじあへりけるとなり ○千柳亭唐丸の傳 一唐丸は東都の産にして。奥州仙台に居住す。其はじめは近江 の国の住人。錦織なにがしよりいでゝ。今なほ錦織をもて氏とす。 姓は源。名は弘景。字は子徳。交名を郎休とぞよひける。別号は六勿 図。干柳亭。又一休が髑髏のたはふれよりいでゝ。悟容人といふ戯号 あり。又乳の下に相対して。大なる黒子あるをもて。雙皇子ともよぶ。 ぶんぢねんぢやう 文治年中より。六百四十余年医を業とす此人つねに。神をたふ とみて仏をよろこばず。和哥よみぬれど詩はつくらず。囲碁将 一楳をきらひ。琴三絃をこのまず。淫声をきくことはいみじくきら ふ。酒煙草をのまず。朝夕の食は。世の人のなかばほどをくひて。毎 かはることなし。何にまれ。ものにかゝづらはぬ人にて。心ばいと〳〵ゆたかなり。 いぬるとし。唐丸ひとつの別荘をいとなみつ。いへのつくりざま。庭のも のずき。泉水のきよらなる。殖ものゝしげりたる。すべてよしあり。ある とき。自のいとあかき夜に。唐丸ひとり。別荘に行て。夜すがら月の めでたく。きよらなかにうかれて。いたくふくるもしらず。あま戸をも さゝで。手まくらしつよこさまにふしゐたり。ときはうしみつすぐゆ * 唐丸 ころ。たちつちうゑかものゝしげみより。二三人の人装束ことざまにお そろしがなるがいできて。松どもてらしてうちいり。そこらこゝちもの たつぬるさまなり。つねは人すまぬ別荘なれば。さらにいちもつなし。 そのものども。とばかりたづねめぐれどものなければ。今はうみて。何か つふやきつ〳〵。外へいでんとする時。軒の風鈴にかしら打つけければぢん となりけり。まつさしよせて。この風りんを見ゐたりしが。やかて風鈴 につけたる。一ツの銭をひきくりてもて行て。つき山の上にこしうちかけて。 月をながめていこふさまなり。此ときひとうがいふ。御身風りんにつきたる。 せにひとつとりきつるはいかなる心ぞといふ。せにとりつる男がいふ。この銭は もろこし秦の代にて鋳ける。古文銭なり。俗にこれを大半両といふ。 一二月一 今二千七十年あまりをもこえつれば。もろこしにすらまれなり ときく。まいてやわが国に。又ありがたきものなりかしこれをうらば あたひいくばくかかぎりなからん。かゝるたふときものを。風りんにつけ おきつる。此いへのあるじはいかなる心の人にかあらん。たゞしらざるにや。又は 財をうとむ聖賢の人にやあらんずらんとて。こゑひそめつゝものが たる。唐丸ははじめより。かれらがふるまひよく見きはめゐつれども。 もとよりこゝろゆたかなるへなれば。いかにするぞと打まもりをり。 一しかして。風りんのせに引きり。もてゆきけるを見て。たちまち一首 のたはれうたうかみければ なか〳〵にかしましからで風りんの銭なきいほどすみよかりける というたびかこゑ大きく吟じければ。つき山にをりつるものども。耳ひき 一たてゝ聞ゐるさまなりしが。此うたをかんじなるにや。または其心のゆた かなるにおそれしにやありけん。銭をいへのうちになげいれて。いづこと もなくにげさうしとぞ。その国の人ものがたられし ○万宝亭喜樽の伝 一喜樽は。東都霊巖島にすみて。氏を小嶌といひ。信禰を喜兵 一衞とよび。別号を万宝亭といふ。此人姓直く。何にまれ。人のいふこと。 すべてまことゝおもふのくせありて。人のいひしそらごと。または人の たはふれにいひつることをさへ。實事とおもひなして疑ごとなしされ どそゝめきつるくせあれば。時々ものうちたがへてわらふことおほ ○王次十人後編上 ○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○ かり。妻樽そのはじめは。上野の国にありしが。としいとわかゝりしとき。 虫となりの農家に。竜田氏の人あり。ひとうのむすめをもたり。し そたちいやしからざりければ。親たちもいみじくいつくしみあへり けり。しかるにいつのほどにかかいまみけん。喜樽このむすめを。ひとかた ならずおもひつゞけてありしが。やがてふみしたゝめて。そのむすめ のめのとごにいひよりておくりけり。むすめもいは木ならねば。にくか ぬかへししておこせたり。されど竜田うぢは。とめる人なりければ。家 のつくりざま也ど。いとおごそかにして。みだりにしのびいりがたきかまへ なれば。いまだひと夜もえあはず。この竜田氏の家のこものにて。よ そらごとする童あり。此わかはいかにしてかさとりけん。此こと てしりて。ある日喜樽が家にきていふやう。おのれが主人のあすぬ。 つ身をしたはるゝことかぎりなし。こよひは父君。要率ありて他にい で給ふ。人々もぐしてゆき給へば。家のうち人おほからず。亥のときす ぎなんころに。後門のついひぢとえて。しのび給へとて。むすめごのこと づてし給ひぬと。まことしげにいひければ。喜樽もとより。人のいふこと 何にまれ。うたがはぬさがなるに。まいておもふ人のいひおこせたると さくからに。ひたすらまことゝおもひて。よろこぶことかぎりなく。この わらはには。あまたものなどとらせてかへしやりて。その身はかみつく ろひ。きぬなどあらためて。とくくれよかしとまちをり。すでに 日くれ。亥のときすぐかころになりて。後門の松によぢのぼりて。から 一狂歌音ノ後編一 十五 喜橘 うじてしのびいりぬ。もとよりそゝめきたる人なれば。ものにつまづきて。 あま戸にはたとあたりぬ。このおとにおどろきて。ひとりのをのこ。とも し火てらしいできて。ぬす人よ〳〵とてさけびければ。家のうちの 人々みなおきいで。手に〴〵棒などひきさげきたりて。とりかこみての がさず。つひにとらへられて。松の下につながれぬ。やがて竜田氏いで きて。ともし火をてらして喜たるを見て。おどろきていふ。足下は ものともしからぬ身なるに。何とかおもひて。ぬすみをばなしつる ぞととひければ。喜樽外にことばはなくて しら浪とあだにうき名のたつた山恋はひと目をぬすむ物から とよみければ。竜田うぢもこれをさとりて。喜樽をはなちてかへ ○狂歌奇人後編上 しやりける。されどこのゝち。家のまもりきびしくなりて。つひにはあは でやみにけるとなん ○酒迺屋呑安の傳 呑安は。上総の国。芥屋といへる所の人なり。氏は鈴木。名は貞静。字 は子直。別号を蓬山人。又敬斎とよぶ。酒をつくりてなりはひとす。 このゆゑに酒迺屋の号あり。又酒をのむこと人にこえたり。こゝも て呑安とはいふなかべし。此人酒にゑひたる時はものみななげうちて かづらはず。たゞたゞたはふれさわぐのみなり。すべて酒のみて平生と かはる人は。世にあまたありてめづらしからず。されどこゝにひとつの。を かしきものがたりあればかきのせつ。あるとき呑安。東都にいでゝ 十八百う町といふ所にやどりて。二月あまりをりけり。おなじやう。うへ。 などもつふさの八日市といふところの〆居り。名は何とかいひかんすれ きり。此人かほかたちうつくしかりけるを。此宿のみづし女ふかくおもひかけ をり。この人もその女を。にくからずおもふやうには見ゆれど。人のいでいり おほかりければ。かたみにいひもいださでありける。ある日。呑安いたく 酒にゑひてをりけるとき。その女そといりきて。かほうちあかめていかい わか身。八日市のまれ人を。ふかくおもひくらし候へども。ものかくことを なしえざれば。ふみおくることなりがたし。ねがはくは御身。われにかは りて。ひとつのふみかきて給はらば。よにありがたきめぐみなりと。いと はづかしげにいひけり。呑安いたくゑひつるをりなれば。おもしろきことに ○子久奇人後編上 十一 香安 おもひて。安きことなりとうけがふ。呑安もと向陵といふ人にまなび ければ。手などもつたなからず。うたもよみければ文章もよし。 されど此日は。つねにもあらぬほどにゑひたれば。さきをもあとをも わきまへず。ふでのうごくまゝにうちはしらせて君をおもひまゐ らすること。ひとかたならぬことにて候。夜はよすがら。ゆめにうつゝ におもひあかし。ひるはひめもすなすべきことすら。手にだにとら ずおもひくらし候など。あるはこのことかなはずは。この身はふちになぐ べしなど。あられぬことゞもかきちらして。すゑに 恋しなばわれ雷となりてだにつかまん君がへそのあたりを とかいつけて。くる〳〵とまきて。かの女にあたへていふ。此ふみなうじ ○王夜午後湯二 なば。その人見ることかたかるべし。たゞこのまゝ。ふうなしてわたすこそ よけれといひてつかはしければ。女はいみじくよろこびでゆきぬ。 八日市の人は。国なる母のもとに消息せんとて。ふみかきてくる〳〵とま きて。そこにおきて。封じする紙あらねば。それをもとめんとて外 にいでけり。かの女は。そが間にいりきて。おのれがなみはそこにおきて。此 人の母のもとへやらんとてかきつるふみ。女文字してしたゝめたれば もしわがかたへおこさんとてかきたるにやと。われからおもひたがへて。 このふみとりてもてゆきぬ。この人はかへりきて。かの女のおこせしな みともしらで。そがまゝふうじて。母のもとへおくりつかはしける。 さてのち。いつかあまりへて。八日市より人あまたきたりて。この人を ひきいだし。御身はものにやくるひけんなどのらしりつゝ。のりものに うちのせて。てよめきたちていでゆきけり。それが中にとく老たる 人のこりゐて。かの人の調度など。荷につくりてゐたるを。呑安立より て。いかなればこの人は。かくまでさわがしくはかへられしと思ひけれ ば。老たる人のいふ。この人はいぬる月。外よりもらひしやしなひ子なる が。きたりてひと月ならざるに。要用のこといできて江戸にはきた りしなり。しかるにこたび。女のもとへ。あやしきふみおこせたり。まゝ しき母なれば。みそかにかたらはんとてのことか。又はものにくるひた るにはあらずやなどゝいひてしぞくの人々きたりて。かくつれて ゆきけるなりといふ。呑安いと〳〵あやしくて。かの女をよびてとへば。 ○王次哥久綾湯二 ○花哥等ノ名紙□ 女こたへて。かのふみとり加へてきつることをいひけり。さらばそのふみ 見せよといへばもてきにけり。よみて見れば。女のもとへやるつね のふみなり。呑安大いにうれひて。おのれゑひたるをりならずは。かゝる ことはうけがはさるものをとて。ひたすらくやみしが。そのゝちは酒 のむことをとゞまりて。今は下戸になりたるとぞ 狂歌現在奇人譚後編上終 狂歌現在竒人譚後編下 東武八島定岡著 ○緑樹園元有の傳 一元有は正しき名をそのまゝに狂名とす。常陸の国江戸寄に住 て。氏は小林。俗稱を平七郎。字を隣郷とよぶ。又緑樹園。商山 一人。立言亭。惠斎等の別号あり。此人幼き時より。書を好て。 作文詩哥のみちにあそび。篤実柔和にして。人とあらそふこと なく。其こゝろざしもはら風流なり。花を愛する心ふかく庭に 桜の数。いくもとゝなく殖おきて。其居を桜所となづく。春にいたる ごとに。花あるところをたづねありきてよねんなし。風雨はげし ○王歌寄人後編下 胡哥市行行 き時は。花のちらんことを愁るさま。おもてにあらはる。また潔をこの むの癖ありて。ものごとすべてむさ〳〵しくおぼえて。水をもて手 をあらふこと。日にいくたびといふことをしらず。ある人かたはらにあ りて。これをかぞへしに。朝より夜のゐのときにいたるまでに。百四度 あらひしとて。わらひけり。あたかも米元章が。水瀉といへるものに 彷彿たり。平生に和漢の古書古画を愛しもてあそびてあくこと なし。人いたりて。所蔵の書画を見んことをこふ時は。みづからひらき てこれを見す。みだりに人の手にふれて。けがさんことをおそるゝゆゑ なり。又はじめは。袁中郎が瓶史のおもむきをしたひ。挿花の風流 をもてあそび。茶の湯。俳諧などをもたしみけるが。陸羽が毀茶 論のおもひをなして。其みちをすてゝ只天の下のたのしみ。書をよむ にしくことなしとて。ひたすら書をよみ。その余力あるときは。詩歌 を吟じ。今の世の狂哥の雅にちかきを愛して。おほく吟詠しつ。狂 歌西昆体といへるふみを。えらみいだすこゝろざしあり。されどあまり。 書にふけるゆゑにや。人とかたるに。みだりに古書古語のみひきて。打 まじへてものかたるにぞ。人々はものうるさくぞおもひける。此元有が庭に 一大いなか桃あり。年ごとに子をむすぶことかきりなく。あぢはひもこと によろし。ある年夏の夜。元有窓のもとに書よみてありけるが。 たちまち庭のうちものさわがしく。ぬすへよ〳〵とてうちひしめく こゑす。元有あやしみて。障子ひらきて見れば。ひとりのわかをの 狂歌部人後編丁 こが。かの桃の実をおほくぬすみとりけるを。家につかふるものども見 つけて。引とうへて打さいなむにぞありける。元有これを見。せいして。 下男らをしりぞけ。わかをのこをざしきにとほし。つら〳〵見るに。 いとたくましげなるをのこなり。元有いふなんぢいかなれば。かく桃の子 をかすめとりしぞととふに。かの男こたへていふ。おのれはこのほとりにすむ ものにて候が。ひとりの老たる母あり。いときなき子あり。妻はなくなり て家まづしく申。母と子としきりに。桃の子をたうべんことをのぞみ 候ゆゑ。心にもあらで。御庭の桃をかすめとり候ひき。みとくにゆるし たまへとてわびける。元有うちきゝて。今なんぢがいふところ。孝に似て 孝にあらず。慈に似て茲にあらず。ひとに孝とおもはせて。ぬすみ なしつるとがを。のがれんとするににたり。なんぢしらずや。親につかふる ものは。上に居て騎ず。下として乱ず。醜に在て争はず。上にゐて驕 ときは亡び。下として乱るときは刑せらると。孝経にもいへり。なんぢ下。 として。乱たる行ひをなす。まさに刑せらるべきつみなりかし。身体髪 一膚を父母にうけ。あへてそこなひやぶらさる。これを孝のはじめと すと。同書にのせたり。なんぢ今樹にのぼう。人にうたれ。身をやぶるに いたる。孝に遠し。又尚書にいふ。天地は万物の父母。人は万物の霊と あり。なんぢもわれもみな万物の霊なるぞ。姓相近く。習相遠し と。論語に見えしも理りあり。なんぢもわれも生し時は。其姓善 にして別なることなし。やう〳〵ひとゝなるにおよびて。習あしければ ◯狂歌奇人後扁下 前鄙寺ノ徳浦丁 元有 □□□□□□□□ 一惡き人となり。習よければ善人となる。すでに今桃をぬすむなんぢ あり。ぬすまるゝわれあるがごとし。まづしとて盗せば。世の人なかば はぬすみすべし。なんぢか子いかばかり。くだものをこのむとも。なき ものならば。いくたびもときをしへて。止むべし。なきものをとらせ んとおもふからに。かゝるひがことはしいだしへる。幼子には常に視に誑て となかれと。曲礼にもしるしたり孟子が母はもとめてゐの子を あたへしもこのことわりぞ。それにはかへて汝は幼子にあしき道を 見ならはすなり。ひとゝなるのち又なんぢがごとき。よろしからざる 身となるべし。遠き慮りなきときは。近き憂ひありと。孔子もを しへおき給へり。車稼するときは立。言前定なれば給ずと。中庸 ○王次号人後扁下 前頭寺ノ紺丁 にもいへり。又古語にもいふことあり。一生の謀は幼少にあり。一年の謀は 一正月にあり。一日の謀は鶏明にありと。そをなんぢはしらずして。よか らぬわざを幼子に見する。君子に三ツの畏ことあり。天命を畏る大 人におそる。聖人の言をおそる。なんぢはこの三ッをおそれず。みだりに他 の家の果をぬすむ。山田には履をいれず。李下には冠を整さずと。 それさへあるにこすゑにのぼり。果をかすめとる。あさましさいはんかた なし。隠たるより見るゝはなし。微きなるより顕なるはなしと。いかばかり 一しのびても疾あらはるゝものぞかし。いはゆる天知地しる。われしか汝 しると。かの揚震がいひしもうべなり。たゞなんぢは果ごときは。ぬすみ てもよしとおもふや。善も積ざれば名をなすに足らず。悪も積 されば身を滅すに足らずと。易にもいへるごとく。小悪つもりて大悪と なり。なんぢか身のほろぶるにいたりて。母はなげき子はまどひ。つひに略 一頭に飢じにせんか。なんぢがふるまひ。孝ならず茲ならず。いはゆる人 面獣心と。佛のいひしにことならず。さる心あるからに。家もやう〳〵お とろへなん。書にもいふ。天道は盈を虧て謙に益。地道は盈を変じて 一謙に流す。鬼神は盈を害して謙に福す。人道は盈を悪みて謙を このむ。なんぢも身を謙てつゝしみなば。つひに冨貴の身となるべし。 又易にいふ。おのづから損ずるものはかならず益ことあり。おのづから益 ものはかならず決ることありと。又書にいふ。上帝常ならず。善を作 ばこれに百祥を降し。不善を作ばこれに百殃を降すと。またいふ。 ○王久平也後扁下 ○狂哥書人後編下 一天のなせる蕈は違へし。自なせる声は這べからずと。なんぢこれらの ことをよくわきまへしれ。足ことをしらざるがゆゑに。さま〴〵にこゝろ まどふぞかし。足ことをしるものはとめりと。老子にも見ゆ。今より 心をあらためよ。過てあらたむるに。はゞかることなかれと。古人のことばを まもり。おのれに勝て礼にかへり。あしき心のうかみしときは。みづからおさ へてうごかすべからず。もし母子が果などをもとむるときは。とくき たりてわれにいへ。われなんぢにこれをあたへん。たゞ。果のみにあらず 米にもあれせにゝもあれ。時々助けえさすべし。なんぢが母子も まちわぶべければ。とく〳〵いね。なんぢが今とりたる桃は。のこりなくわ れにかへせ。ぬすみとりつるものを母にあたふかは。いみじき不孝子 るぞ。なんぢかへらば。あとよりよろしき桃の実をえりいでゝなんぢ が母子にわれよりおくらんとくいね〳〵とおひやうければ。わかをの こはなみだをながし。元有がをしへしこと。いとむづかしくておぼえがた かりつれど。そがうちひとつふたりは耳にのこり。いとうれしくおぼえ。あ またゝび元有をはいしてかへりけるさてのち元有は。桃の子のきよ からなるを。あまた篭にいれて。かのをのこが母子のもとへおくりつかはし ける。かたのごとく人とものいふごとに。ふみどものことばとうでゝいふにぞ。 一家のこものなどいつしかなれて。みな聖賢のをしへしことゞもを。ひ きいでゝものがたりのたねとす。勧学院の雀の。蒙求をさひづると いふ。ことわざもこの理なるべし。されば。元有がよみいでつる哥は。すべ ○狂歌奇人後編下 て古車のみおほく。よみいるゝにぞ。こたびも百首あまりの狂哥を見 つるに。皆古事のみみほし。そがうち爰に五七首の哥をのす。立春の歌に 一臘月の寒の入よりかぞふれば三十にして春もたちけり こは論語なれば。よく人のしれる所なり。又松上の藤といふ題に 姫まつの右とひたりにかゝりときふり袖にしもまがふ藤なみ 源氏物語。藤のうら葉の巻よ。頭の中将のうたに。たをやめの。袖に まがへる藤の花。見るへからやいろもまさらんといふ。哥によれかなるべし 楊貴妃がなく顔にしもたくへたるなしの花ひら蜂のさしゐる このうた梨の花の哥なり。枕の艸帋に。木の花はといへる所にいふ。やうき ひみかどの御つかひにあひて。なきけるかほににせて。梨花一枝春の 雨を帯たりなどいひたるは。おぼろけならじとおもふに。猶いみじうめ でたきことは。たぐひあらじとおぼえたり。又長恨歌にいへる。玉容寂 一宴として。涙欄干。梨花一枝春雨を帯たりといへることに。かの俚諺 にいふ。なくかほを蜂がさすといふことをとりまじへて。つくれるなるべし。 御祓してながせる麻の中よりや蓬のすぐに秋のたつらん こは荀子勧学の篇の蓬麻中に生ず。扶せられずして直しといへる。 これによるなるべし。又駒牽のうたに 黒駒は及第めきてめされけり月のかつらのあかき夜すがら 儒家及第。桂を折のことに。拾遺集。誰の上なる。菅原の大臣の母 公の御うたに。菅原の大臣の。かうふりしはべりける夜。はゝのよみ侍り ○巳巳申上度旨六 ○羽歌寄 ける。久かたの。月のかつらも折ばかり。家の風をもふかせてしかな。これ をとりてよみけるなかべくおぼゆ。又湖上の氷といふ題に 諏訪の海わたる狐のよめいりも氷のとけぬをりにこそあれ 毛詩國風。艶有苦葉の章にいふ。士如妻を歸かば。氷のいまだ伴ざ るに追べといへるによるならんか。又山寺の雲といへるに 法華経はそしらぬ雪の山寺になどて筧のことどもりする 法美経。譬喩品にいふ。若人。聾。盲。瘤。癒たることを得るも。斯経 一を。謗る故に。罪をうること。是の如しと。此語によれるならんか 王祥にあらねどあらき雨風にわれはさくらをいだきてぞなく これははじめにもいひし。花を愛するこゝろより。よみいでつる哥なり。 一世説新詰補。徳行の上に。王祥。後母。朱夫人につかへて。甚つゝしめり。 ひとつの李樹あり。子をむすびたるを。母つねにこれをまもらしむ。 ときに。風雨たちまちにいたる。群。李樹をいだきてなくとあり。これ によせてよみつかなるべし。此外にもかずおほくあれど。こゝにはぶく。又 此人の詩哥いとおほし。されどこの書は。狂哥によるのみなればもらしつ ○春秋庵永女の傳 一永女は。竹内氏なり。東都小網町三丁目に注して。錦鳳堂何がしが 一妻なり。つねに書をよみ。画をよくし。絲管のみちくらからず。茶道 一挿花。ともに秀で。盆画歌舞のたぐひ。またおろかなるとかころなし。 かほかたち人にすぐれ。よく和歌をよみ。手かくこと又きようにして。 ○幻覚幻○幻覚 これを見る人こと〴〵に賞賛せざるはなかりけりこの永女。は たちあまりのころもあるやうたにみやづかへしけり。その殿。たはれ哥 をこのみ給ひければ。ながめも時々たはれうたよみてなぐさめまゐ らせける。あるとし正月五日のことにて。この日節分なりとて。鬼やらひ といへることをして立まくこと。いづかたもおなじならひなり。されば 此くたちにも。かたのごとくまめまきて。いはゝれける。しかるにこの夜 ある客人のいりき給ひければ。との。いでむかへておくにいれ給ひ。酒 一肴とうでゝ。さま〴〵ともてなされける。永女もかたへにありて。琴など ひきて。なぐさめまゐらせける。其夜は三更のころまで。御酒宴あ りてかの客人いたくゑひ給ひ。いざ〳〵かへるべしとて。やがて人のかたに たすけられていで。玄関よりのりものにのりてかへられける。殿もとも にゑひ給ひ。そのまゝ閨にいり給ひけり。其次の日朝まだきに。彼客人 のかたより御使者きたりてまうす。昨夜あがとの酒にゑひ給ひて。わ すれおかれしものゝ候。そはたふとき物にてふくさにつゝみて御屏風 のかたへにおきわすれたれば。きはめて今も猶あるべし候へば。とくわ たし給はれとぞのべける。との聞給ひ。やがて屏風のほとりをたづねも とむるといへど。さらにいちもつもなし。さて人々にとひ給ふに。しりたる ものなし。ある女のいふ。さく夜御酒宴のなかばに。御屏風のかたへにて。 何かはしらず。永女がひろひとりしを見たりとまうす。その外の女も。 みなことをそろへて。われも見たり。おのれもきと見きはめしなど ○羽哥奇人名計一 永女 いひかく。此こと永女にきはまりしごとくなり。此とき永女は。今起いで つるばかりにて。衣服きかへてをり。かゝりしに。そのゝめすとつげき たるにぞ。とみに御まへにいでければ。とのはひとすぢに永女がかすめ とりしにうたがひなしとおもひ給へば。御まなこするどになり。きび。 しくたづねとはれける。永女大いにおどろき。しばしうちかうがへ。人々 のおほせのごとく。御屏風のかたへにて。節分の豆の。あまりにおほ く。ちりこぼれてさふらひしゆゑ。見ぐるしとおもひて。何心なく ひろひとり候ひし。其外のものは。さらに見候はずとまうしける。され どものはます〳〵うたがひはれ給はず。其日はひめもすせめとひた まへども永女はいくたびも。はじめのごとくいらへて。しらざるよしなり。 ○狂歌司人徒編一 かの客人のかたよりは。おひ〳〵に御つかひの人きたり。その物とくかへせ とてせため給ふにぞ。とのは火のもゆるごとくにいかり給ひさま〴〵に せめさいなみて。とひ給へどもさらにいはず。その夜はよすがらせめ とひて。其次の日のひるのほどまで。しばしもたゆむまなし。なが女は きのふの朝まだきより。飯ひとつぶたにたうべず。そが上に。よべは夜をみめ てつよくせめられければ。今はいのちもたえ〴〵にてぞありけるかの きみのかたよりは。さいそくの御つかひいくたりとなしきたりて。櫛の はをひくごとくなれば。とのゝ御いかりはます〳〵つよしかたはらに ありつる人々も永女をいさめてさることあらばとくのこまひへよろしく 御わびいたすべしなどとり〴〵にいひけるにぞ永女はたゞなきになき てくちをしがりこゝちしぬべきばかりおもひけるをりからつぎの 間の杉戸を外よりさら〳〵とおしあけて。はしるなりけかきふらひ あり。麻上下もちりにまぶれ。ひたひに玉のあせながして。数のみまへ にひざまつき。あへぎ〳〵まうすとみの御つかひなればあないだになく いともかしこくはべりぬおきわすれたりといはれしはまたくはあがとのゝ いたくゑひ給ひつかよりおこれり。其かねは御のりものゝうちにありけ 男を。今しもずさが見いだし候ひしゆゑ。とくゆきて。永士がうたが ひをとくべしとのおふせにて。いきをもつがでまゐりつるなりとのべ ければ。とのをはじめ。つき〴〵の女ばらも。永女がこゝろのきよらなる をおもひあたりて。かへりてみな。かほ打あかめてをりける。との永女に ○狂歌奇人後編下十一 むかはせ給ひ。づみなきなんぢをうたがひしもまれひとのゑひ給ひ つるよりおこれり。きのふよりなんぢをせめいためしは。いくばくかかぎり なければ。きはめてふるしかりつらん。ことみなかのひとのそころにあ り。いたくなわれをうらみそとてわび給ふ。永めやつれたるかほにゑ みをふくみ。こはいとかしこきおふせをかうふりぬ。なでうさることのさ ふらふべき。身きよらにかかりつれば。よろこびこの上にこえつる ことさふらはずとぞのべける。とのおくにいり給へば永女も御あとに つゞきていりぬ。との永めを見かへり給ひ。なんぢあやふきをのがれ しよろとびに。たはれうた一首よまずやとありければ。かたへに をりし老女。これをとゞめまゐらせて。永女は今まで死にもおよ ぶべきほどのあやふきことのありつれば。心もこゝにはあらざるべ くきふらへば。哥などはのちにとおふせられて。しかるべうもやといふ を永女せいして。さなの給ひそ。われ一首うかみいでさふらひしとて。 やがて硯とうでゝ。ひとひらの紙にかくぞしたゝめたる おちたるをひろはぬ御代にひろひしはけふのいのちと節分の豆 とのをはじめ。つき〴〵の女たちつかひにきたりしさふらひまで。かたみ にかほ見合せて。おどろくばかりかんじいりて。しばしはことばなく てありけるとぞ。きのふの朝より。いさゝかもものくはで。ひたせめにせ められて。しちにつきたるいのちをあやふくたすかり。むねのさわぎ いまだしつまらざるに。とのゝおふせの下より。とみにうたよみいでつ 狂歌歌 日は。よのつねざまの女の。よくなしうることならじとぞおもふ。この永女。 今は三十路のうへ四ツ五リばかりもこえけれど。猶うかはしくうたも又 すてずよみけるよし。人のかたりき ○浅類庵千本の傳 千本は。上野の国。宮崎に住て。国産を商ひて業とす。氏は鈴 木。名は保祐。俗禰を善太郎とよぶ。又鶴巣亭。壺貞楼。穿 草園。花雲亭松楼園とうの別号あり。此人他の芸をかへり見 物ことなく。只書をよみ。哥をよむの外他事なし。心みじかなるさ がにて人とちぎりたることあれば。たがふことなく。もし人これをたが ふる時は。いみじくいかりてやまずとなん。千本つねに。むつみかたらふ 友あり。俳諧をとくす。あるとし八月のなかば。丸木をたてゝ。縄も てむすびて。いとたかきうてなをかうにつくりて。千本とふたりこれ にのぼりて。月見んとちぎりおきつ。かくて十四日といふ日になりける とき。かのはいしのかたよりせうそこして。けふなん空もはれわた りぬ。きはめてとよひは月もよからんとおぼゆ。とくき給ひて。待 一宵の月見給へといひおこせたり。とばかりありて日はくれぬ。このはい し千本がおそきをまちわびて。むかへにきけるが。千本は家にあら ず。人々にとへば。あるじはさきにいづこへかいでられたる。月見はあす の夜こそよけれ。こよひにかぎることかはと。人々のいふをきゝて。この はいし心のうちにいかり。さては千本。家のものどもに。かくいひをしへ ○杜歌歌歌詩歌 千本 おきて。いづこへか出行けん。やくをたがへぬることこそ。うらみなれと いひつゝたちいでしが。やがて又きたりて。ひとひらの紙にかきしもの を。門の戸にはりおかきてかへりぬ。人々いでゝよみ見るに あすありとおもふはあさき月夜かな とかきてあり。かくてかのはいし家にかへりければ。おのれが家の門 にも又ひとひらの紙はりてあり。何にかあらんとよみて見れば あすありとおもふ心のをこたりはなくてさやけき秋の夜の月 この人おほいにおどろき。これ千本が筆のすさみなり。わが千本が 家にしるしおきたる句をしらずは。よもこのうたはよみいづること あらじ。されどわが句を見て。しかしてよみいでたらんには。われ 和歌哥ノ祖編 よりさきにきたりて爰にしるしおくことかたかるべし。こはまたく狐 狸などのなししわきなるべくとおもひて。いりて家のものどもに とふに。千本ぬしはさらに見え給はずとこたふ。ます〳〵あやしく なりて。しきりにそゞろさふきこゝちしつ。外にいづるもおそろしく なりて。そがまゝふしどにいりてねにけり。すでにあかつきのころ になりて。空中に人の声す。かのはいしおどろき。かしらをもたげ てこれをきくに 枝ぶりのなしてどちらもおもしろし月のかつらに野べの松魚 といふ歌をいくたびか吟じける。其声千本につゆたがはず。されど 一かく中空に声するは。きはめて狐狸のわれを。たぶらかさんとて なすわざにや。又は千本は。仙術などまなびえたるにやとます〳〵 おそろしくなりて。きぬひきかぶりてふしけり。次の日もかしらいた みねついで。こゝちよからねば。ひるすぐるころまでおきいですあ りしが。やう〳〵こゝちよくなりて。外にいでゝ何の心もつかず。かのか りにつくりたるうてなのうへにのぼりけるに。千本はこゝにふし居 たり。おどろきてひきおこしてとふに。千本のいふ。われ御身とか たくちぎりたることなれば。よべはとしよりこゝにのぼりて。月見て 一夜あかしたり。やくをたがへて。こゝにのぼり給はざるは。いと〳〵うら みにこそあれといひける。かくばかり。高きうてなの上にて。うた 吟しければ。空中に声ありと。おもひしも理なり。かつ子もとは。 和歌書:行紙」 一姓急なる人なれど。月にめでゝ。かくこゝろながゝりしも風靡なり。又 宵のほどよみける。あすありとおもふの哥は。闇に合せしとなる よし。世にをかしきことはあるものぞかし ○頼風園千直の伝 千直は。上野の国。七日市の産にして。氏は高橋。俗補を武之助 といふ。武家よりいでゝ武家をこのまず。つひに商人となりて。今 宮崎にきたり。浅頴庵にありて。こゝにこの業をつとめておかた ることなし。天妊すなほなる人にて。よくあるじの心にしたがふ こゝをもて千直とはよぶならし。此人つねに謡をこのむ。されどその こゑいみじてあしくきたなげにて。きく人うるさきばかりおぼ ゆ。又をう〳〵程ほるゝくせあり。ねほれてふしどにありて。いね ながら謡曲をうたふことあり。その声きよらかにして。きく人感 せざるはなし。さめてのちうたへば常のごとく。いときたなげなか 声なり。またあるとき。雪のいたくなりける夜。三更のころほひ。 千直うまいしてありしが。やがておきいでゝ外のかたにはしりいづ。 人々は何ごとにかあらんと。ふしぎにおもひをり。又はしらでふし ゐたるものもありけり。千直やがて豆腐うる家にいきて。軒端 こほ〳〵と打たゝき。わが主人まうしつけにて。釜をかりにまゐりたる ぞといふ。此家のあるじ起出て。ひとにかす釜はさふらはずとこ たへけり。千直そがまゝはしりかへりて。主人の前にひざまつき。 千直 十六 一 款 豆腐家のあるじ。ひとにかす釜はなしとまうし候なりとのべければ。 主人はいまだいねず。書よみてありしが。千直がねほれたるを見て。 いたくしかりて。なんぢ又ねほれけるぞ。とくいねよといひければは といらへてふしどにいりて跡にけり。次の日になりて。人々よべのことを 一いひてわらひければ。千直きらにしらずとこたふ。ます〳〵をかし くてとよみわらひけるとなり。ある人千直に。哥よみてたまはれと いひければ。哥もねほれたるときよみ候はゞおもしろからんとこ たへけり。いとをかし ○壹月堂市住の傳 市住は。東都京橋の商家にして。氏は久智。信禰を市兵衞 ○和歌識 とよぶ。別号を壺月堂といふ。此人親につかへて孝のこゝろざし ふかし。これを見てある人。しひてもとめて養子とす。今の末 一橋の住家これなり。はじめの家は日本ばしのほとりなかなり。さて 一市住。この家にきたりても。孝をつくすことはじめにまされり。 市ずみ平生に人にかたりていふ。われ親にそむけることひとつあり。 つねにこれをうれふといへとも。このむみちにてやみがたしといふ。人きし て。そはいかなることぞととふに。市住がいふ。われつねにたはれうたを よむ。父はこれていみじくきらふ。われはこれをいみじくこのむ。父の こゝろにそむくとみて。やみなんとすれど。しきりにおもしろくて やみがたし。たま〳〵父の他にいでよふことあれば。をう〳〵とうでゝ。 よみて心をなぐさめぬ。このひとつだに打やみなば。われ生涯に父道 心にたがふことあらじものをとてなきけるとぞ。あるときものにま うてけるが。そのかへりにひとりの友人きあひたり。その友のいふわがち かきほとりに茶鼻あり。家のこしらへなどものずきしたり。この茶 亭にひとつの額をかくるなり。この額に人々の哥をしるさんとおもふ。 御身も哥一首たまはりなんやといふ。市住よろこびて。われもよむ べしとうけがひぬ。家にかへりてのち。手筥のうちよりたんどくこう でゝ。しばし打かうがへ。風なぎて遠くゆかぬは月を見てくれも老 しかおとき船あし。といへるうたよみけり。此哥よくはあらねど。父の 見給はざるさきに。したゝめんとおもひければ。とく筆とりてかきける 十九年十十十日 ○本哥言ノ名紹一 市住 馬 に。風なぎて。遠くはゆかぬと。八文字のおきどころをたがへけり。こは あやまちしつと。おもひとりけるところに父いできにければ。みな手 ばこのうちにおしかくして。しらぬさましてゐけり。しばしありて。 火外にいでけり。市住又てばこよりたんざくどもあまたとうでゝ。 はじめのはよしとおもはねば。あらたもかみて。父母の雨のあげくの さくら花乳のたるやうな枝のしらつゆ。此うたをかゝんとして。又あやま ちて。父母の雨のふる日はとかきけり。ふたゝびおどろきて。こはかきたがへ ぬ。何とかせんと。しばしたゆたふをり。父かへり来にければ。またてば このうちにかくしぬ。父おくにいりければ。やがてとうでゝうち見るに。はし めのふたつのうたともによからず。又うちかうがへてよそぬ。梅が香を ○江政帝人、後号下 ○王敬帝人後歌 虎 ○刑罰ノ行訴 外へやうじと枝打戸をたつるひやうしの風にちる花。此うたこそよけれ とおもひて。よきたんざくえらみいでゝ。したゝめけるに。梅か香をと かくべきを。こたびもあやまりて。梅が香も。とかきけり。こゝにおきて 市きつら〳〵おもふ。われ心せきぬるゆゑ。かきあやまちにはあれど。 かく三たびまでたかべぬるは。いとあやしくおぼゆ。これまたく。父のき らひ給ふを。しひてよまんとするからに。神ほとけのとゞめ給ふなるべ きか。このゝちふつにやみなんと。ひとりごちしたりしが。のちたえてよま ずなりける。これより五日ばかりすぎて。かの友入きたり。この日市侘 か。要用のことありていでゝ。家にあらず。友人こわらはそよびてび そうにいふ。われ市住ぬしにあつらへおかさつる哥あり。よみおきたるや なんぢはしらずやととふに。こわらはこたへて。何にかありけんかきたる ものてばこのうちにあり。見てまゐらせんといひて。家にいへて しばしして。市住がかきたがへて。うちこみおきしたんざくのほ ご。三むらばかりひきまろめてもてきて。かの友人にあたへければ。 友人はこれをうけとり。よみもやらでふところにしてかへりけり。さて のち。三月あまりもこえけん。市住父とともに。要車ありて他に 行けるが。みちのほどにきよらなる茶亭あり。父これを見て。し ばしいこはんとていりければ。市ずみもいりぬ。さて此茶亭に。 ひとつの額あり。こしらへざま美をつくしたり。よりて見るに。たは れうた数首かきてあり。そがうちに。壺月堂市住としるしし 一同江戸杉行久後稲作 ○狂歌哥ノ後編下 哥あり。あやしくてよみて見れば 父母の雨のふる日は風なぎて遠くはゆかぬ梅が青も といふうたなり。市住大いにおどろき。こはおのれ。三首のうたを三た びかきあやまちし。三ひらのほごなり。そをひとつによせて一首の 哥となりけるは。いとふしぎなり〳〵といひて。おもはず声あげてよろ こびければ。父これを見て。なんぢ何をかよろこぶぞととひければ。市 住今はつゝみがたくて。かゝりしことゞもこまやかにかたりければ。父うち きゝて。よりてこのうたを見て。ともにおどろき。此哥ことにおもしろ し。かきあやまちし三ひらのほごの。よりて一首をなしつるは。ふかく このうちをこのむをもて。たましひこれにこもるからに。はからずも幾 となれり。また親いますときは。遠しあそばずといふ。孔子の ことばにかなひつるは。なんぢつねに孝心ふかし。其念つうじて。かゝる ふしぎのうたとなりしか。今よりのちは。つねにうたまみて心を なぐさめよといひて。ゆるしけるとぞ ○金母楼種義の伝 一種義は。常陸の国。筑波山の麓。神郡村。桜井何がしの子なり。 一今下総の国。水海道なる。木綿商人の家につかへける。此人よく ものゝあはれをしりて。なさけふかく。つねにむしひとつだにころ すことをきらひける。此種義。とし十二三のころ。常陸の国筑 波のもとにありける時。東都の人にて。剱術鎗術弓術など ○二枚二反巻 ○狂歌奇人後編下 よくする。ものゝふの浪人。この村にきたりて。唐をむすび住て。この わたりの人々に。剣術などをしへけるが。種よしも此人に。弓いること をならひけり。其としの秋のすゑつかた。月いとあかゝりし夜に。人々 打よりて。月をながめて居けり。種よしも此うちにをり。ひとりの をのこがいふ。種よしぬし。此日ごろ号いることをならはるゝよし。そは ふようなることなりかし。五年三年ならひたりとも。よく熟する ことかたかるべしといひける。種よしきゝて。さにあらず。おのれ弓いる こと。いまだ熱せずといへども。ものあらばいてとらんに。なでうか たきことかあらんといふ。人々わらひていふ。此山に鹿おほし。御身 これをいてき給へ。さらばおのれらよりて。御身にものあまたまゐ らすべし。もしよくいてとり給はずは。おのれらにものあまたおこ せ給へ。このこといかにといひければ。種よし。いと安きことなりといひ て。やがて弓と失ひさげて。山ふかくいりけり。きてのちあかつきになれ どかへりこず。人々まちわびていふ。かれ小わらはの身として。山ふかく いりぬ。かへりてけものなどにはまれつゝらんもはかりがたし。とくゆ きて見んはいかにといひければ。さはよかんなりとて。人々つれて山に のぼにぬ。すてにのぼりゆけば。草木しげり岩そびえ。谷の水音 おそろしくふきくる風も身にしみて。そゞろきふきこゝちしつ 岩根にしばし立てをり。又かしこにきはめて高きところあり そこに松一木おひたり。その松のもとに。白きものちら〳〵とみゆ ○王吹寺人後編下二十二 ○杜歌哥の往編 種義幼年像 何にかあらんとあやしくて。人々ふるひいでゝ只かへらんことのみおも ふ。ひとりのたけきをのこありて。よぢのぼりて見れば。これあやしき ものならす。松のもとに弓と矢をゆひつけて。ゆはずにしろきき ぬのじゆばんひきかけたり。それに赤つちもて歌一首かきてあり 鹿の音にねらひし弓のこしをれてしぼるは袖のなみだなりけり とかいつけたる。此人とりもておりて見せければ。人々このうたを見て。と もになみだをながしてかんじあへりける。次の日種よし。酒肴あま たもてきて。よべのちかひなればとて人々にのます。こゝにさくら 川といふ川あり。此川のむかひに柿の木あり。子をむすびたりしを。 皆とりて。只ひとつ梢にのこりたるが。赤く見ゆ。種よしやがて。弓 ○狂文奇人後扁下 ○相歌書ノ後浦 矢とうでゝ打つがへ。やといひてはなちければ。かの梢なる柿をいぬ きておとしぬ。人々手うちたゝきてほめけり。種よし此弓矢を 打をりて。捨ていふ。おのれあすよりは下総の国にいきて。商人と なる弓矢などはふようになりぬといひて。其のちはふつに手にだに とらずなりにけるとぞ ○第一園義澄の伝 義澄は。上野の国。一の宮に住して。大宮司なり。一宮。中務。物 一部安常といふ。別号菜園子。又茅一園とよぶ。常に画をこ のみ。剣術に秀て。ちかきわたりにならぶものなし。酒一滴をもの まず。神につかふるをもて。正直をもとゝする人なり。年いと若し。此 一人の上にをうしき物語あればこゝにのす。ある時。義澄。むさしの 国大塚といふ所に行けり。此所に志慶氏の人あり。此人の妻。三絃と いふものをよくひきけり。さればちかきわたりのめのわらはども。みな きたりてならひける。このめのわらはの家々より。さま〳〵のもの。又は 一金銀などおくりおこせけるほどに。志度氏はゆたかにくらしける。志度 うぢのとなりに猫間うぢの人あり。此人は姓直の人なり。志度氏は ねぢけて心みじかく。何にまれひとたびいひいでつることは。ひかざるくせ あり。此志度氏ひとつの鼠をかひおきけり。猫間氏の家の猫きた りて此鼠をとりてくらひけり。志度うぢいかりて此猫をころしつ。 猫間氏きゝて。猫の鼠をとりしはかれが業にて。常のならひなるに。 ○王吹寄人後扁下 二十四丁 右勤号後編下 義澄 なでうころしけることゝてうらみける。これより志度氏と。猫間氏 とこゝろよからぬ中となりけり。志度氏つねにいふ。おのれ猫をいみじ くきらふ。猫は妖獣にしてにくむべきものなり。何にまれ猫と名 つきたるものは。みなすつるなりといひて。猫あしの膳具。猫火桶 など。みな打くづしてすてけり。又脊の高き女をつかひけり。この女 猫脊なりとておひいだしぬ。庭に抑ひともとあり。これを見てあるへ。 猫柳なりといひければ。やがてきりて捨つ。又となりさかひに。いと〳〵 高く垣をゆひけり人これをとへば。志度氏いふ。われ猫をきらふ。さ れば猫間の家の見えざるやうに。たかく垣を結たるなりとこたへけ いる。さて猫間氏の家は。となりさかひに垣をたかく結わたされて。 ○王欠奇人後扁下 和歌事徂徠 家のうちいとくらくなりければ。うきことにおもひけれど。又せんすべ なくてをりけり。此猫間氏は義澄がゆかりの人にて。義澄はこゝに やどりをりけるが。家のうちいとくらかりければ。いかにぞととひけるに。 あるじ。かくはしことゞもありとかたりけり。あるとき志度氏の家 に。まれ人あまたありて。酒のみうたうたひ。琴さみせんなどひきな らして。をとりさわで。義澄大いなる紙に。一首のうたかきて。志度 氏の門にはりおかさけり 人心くるひにくるふさみせんは悪せし猫の皮にそありける 志度氏これを見て。さらばさみせんひらせじとて。みな打をり すてゝ。其のちはひかずなりけり。されどさみせんひかずをりては第 子なくなりぬ。弟子なくなりては。ものおくる人なし。ものおくる なしては。やう〳〵にまづしくなり行にぞ。せんすべなくて。此家 をひきはらひ。他にゆきて。またさみせんをしふることを。なりはひ とはなしにけり。義澄は。かくまでのことならんとはおもひかけざり しが。志度氏心みじかく。ひとたびいひいでつることをひかぬ人なる ゆゑ。やむことをえず。かくなししなりとぞいとをかし 狂歌現在奇人譚後編下終 二十一日 二十六 ○狂歌奇人後編下 我したしうむつひかはせる岳亭のぬしははやう より絵の道をすきてあしたゆふへに筝とり て物しけるかけにまきこそものゝ上手なれといふ ことはさのことくかきうつす絵ことに大より人 の類にあらねは世の人このぬしの絵をめてつゝ春 ことのまりものといふものなとは此人にあつらへつけて たれどの物すめり此ぬしたゝ絵をよくするのみ ならす野国のふみはさらなりやまとふみのかたも かえこくまねひとりてかりそめのされことなとかける もはさ〳〵昔の人に恥すいと〳〵うるせくそつゝり なすめるされとゑかくかたもふみかきのわさもこと さらに師をとりてまねひたるにはあらすたゝ みつからの心を師となしてよしあしをもおきて さためられけるとに京極黄門の和歌に師 せしとのたまへるなとけにとおもひあはせられて ぬけいてたる人のしわさはやんことなきものとそ思ひ しられぬる此ぬしさきに友たちの小伝をしるし あけて狂歌奇人譚といふものつくるへうかたらは れしかとには大かたのいとすみならねははか〳〵 しくなりかたからんなあはにしてやむへくなとした ○王久帝也後扁下 一○米哥モノ不知一 にはたれくもをこつきかたふけにしかとかう 二篇三篇とすか〳〵してつき〳〵木にゑりて出され たるしちにあさみおとろかれて舌しゝむはかり になんいてや世にある人といふ人なへてあはつけ くてうきたるかたにのみこゝろよするならひなるを 此岳亭ぬしの文さえはもとよりにてよろつまめやかに うるはしく信義あつくものせらるゝによそへくらふ 紅はえせはかせたつ人々もおもてふせつへくそ 出ぼえたるおのれ此ふみのなれるをよろこは ひていさゝかこゝろのゆくへをはしくわるにのへ きこゆるも例のすき〳〵しき本性のなし にやあらんかし 福迺屋内成 文政七年閏八月 二十八 ○○哥司ノ行行一 初編二編 狂歌現在奇人譚 三遍出来 俳諧和歌奇人譚近刻 古今画家奇人譚近刻 一老物語全部五冊近刻 日本橋通一丁目 東都書房大坂屋茂吉 人のつたへをあけい一ることははやうより ためしおほかりその中に五極めその伝 時吟先生の伝なとはみつから作り夫しつれは たゝそのかみのわたらへのまちをこゝろの まよ〳〵あけいへるのみにて心ちに一期をしる せる伝記にはあらすいに岳てぬしのとり あつめられしつたへともまたこれ候にならひ たるなる一しそのことのまこといへはりは しらねとよみ見るにおかしく興ふかゝる 府一 ○狂歌奇人三編 はしねんに作者のこゝろはへみえてたゝろ なるさまのなん〳〵ならぬはおほよそひとの およふへきにあらすいてや我国もひと のくにも人のうへのつたへをあらはせるふみ ともむかしよりさはなれとしもかしもなる 人のうへまてはたれかいとり出てあけいふへき 病か事ぬしのことゝすき〳〵しくあされたる かたにも心をやりてかくれたるくま〳〵をさへ かいさくりもとめ出る人ならさくましかは ひかてかゝるめつらかせも書をしも。ういてゝ かきつらね物すへからむ此ふんにはし かきせよとこはれてものめこのこゝろのやむ ことをえすてやかてかひつけてかへしつかはしつ 六拾目 ○狂歌奇人二編上戸二 ○狂歌奇人三編上 三編上巻目録 商家 ○三筆楼胤成の傳商家 ○十返舎一九の傳旋民 武家 ○六時園多利雄の傳武家 ○松風舎茶廛の傳農家 商家 ○貢琴楼根松の傳商家 農家 ○世間亭吉住の傳農家 ○要義園近住の傳商家 同 ○和調亭末永の傳 同下巻目録 ○唐樹園南陀羅の傳漁家 ○五明楼鳰照の傳遊女 ○一秋亭落霞の傳商家 ○串珠園光音の伝武家 ○文景舎汐道の傳同一 ○春迺屋不美人の傳商家 ○山外楼金成の伝同 ○夢中楼抜之の傳 ○百種園有武の傳醫家 ○狂歌奇人三編輯 人々のつたへはみな実説なりされどしかときゝさだめがたきはすこしづゝ おぎなひつゞりたるもあり初続にのせたる飯盛蟹子丸また後編の 馬琴真芳仲住喜樽元有永女千直かつこの書のうちなる胤成 一九茶廓近住末永南陀羅嶋顕光音汐道などいさゝかもおぎ なひたるところなく実説のまゝにしるすそのよはすこしづゝおぎなひた るありまたきゝつたへてしるしつるもありあるは其人よりせうそこして をしへたまひしをそがまゝにのせたるもありそはこの書よみ見へへよろ しくおしはかり給ふべし猶これにもれたる人々をえらみて叩編に くはしくあらはすべきことぞかし 狂歌現在奇人譚三編上 東武八島定岡著 ○三筆楼胤成の伝 胤成は正しき名をもて綽号とす。東都本町に住して。伊藤氏 なり。別号三筆楼といふ。此人。よろづの芸みなまなばずといふこ となし。されどながき時は三月ばかり。みじかきをりは三十日ばかり にしてやみぬ。こゝをもて藝ひとつも熟することなし。たゞたはれ うたのみ久しくすてず。又心みじかき疾ありて。よろづのことおもふ にまかせぬことあるときは。たちまちいかりて。そのうちやぶること常 のことなり。いはゆる。晋の王述がおこなひにさもにたり。ひとゝせ三絃 狂歌部ノ三編上 といふものをならひけるに。此師のもとに會ありて。みな打よりて三絃 ひきうたうたひなどす。胤成もゆきて。人々とともにたかきゆかの上 にあがりてひく。しかるに胤なりがもてる三絃いときれければ。外なるを とりてひくに。やがて又いときれぬ。又外のをとりてひくに又きれぬ。 胤成たちまちいかりて。さみせんとりて打をりて。人々のもてる をもひきとりてうちをりければ。うたうたふ人々も。みなおそれて にげけるとぞ。又ある夏の日のいとあつきに。ものかゝんとて業に よりてありけるが。あつさつよくて。あせいづること滝のごとし。ぬ のもてのごひけれど。猶つよくいづるにぞ。しきりにのごひければ。ま す〳〵いでぬ。かくまでのごひとるに又いづかは。いと〳〵にくきかこと なりとてだちまちいかりて。やがてかまどのもとにはしり行て。 灰をとりてあせのいでたる額に。ひた〳〵とぬうつければ。霜のふり たるごとくにていと〳〵をかしかりき。これらのことゞもつねにありて。い かりおこるときはものをそこなひやぶる。又をかしきことゞもかぞふべか らず。それらのこりなくいはんには一二元ふの紙にはつくしがたし。ある とし要用のことありて。みやこにのぼりけるに。みちのほど松のなみき のいとおもしろく。はるかに山のそびえたるさまこゝろゆくばかりおかし かたへにひとつの茶亭ありければ。そこにいこひてしばしながめをり。 又こゝにさゝやかなる宮居の。いとふるくなりて。くづれかたぶきたるあり。 そこに四五人のひとまとひゐたり。その中にひとりの叟あり。きたりて 十月二十一 胤成 いふ。おのれはこの宮居さいこうせんとねがふものなり。しかるへくたすけ 給へといひければ。胤なりせにすこしとらせけるに。叟のいふ。此宮居 〽三年まへよりさいこうをくはだてけるが。猶いつとせもすぎなばこと なりなんといふ。胤成きゝて。かくばかりなか宮居をたてんに。などてさ 間ほどの。あまたのとし月をふることぞといへば。叟こたへてきにあら ず。ものおほくかうつれば。なりがたしといふ。胤成わらひて。ものかゝれ ばとていかばかりのことかあらん。三日ばかりにはことなるべきを。さらは はたゞ。補佐する人のあしきなかべしといふに。叟いかりて。補佐するもの はおのれなり竹をもてあしきといふにか。なんぢがいふごとく。三日ば かりにつくりたてんもの。天狗ならではなし。なんぢあづまの人とおぼゆ ○狂歌奇人三編上 あづまの人はことのみおほくて。ものはよくなしえず。なんぢもうつけ のおきなりかしと。こゑ打だみてのゝしりければ。胤成いかりこゝろの底 よりおこりて。ことのみおほしてものなしえぬとはなんぢがことぞ。かく ばかりなる小やしろひとつ。三日か間につくらんこと。なでうかたきことや ある。なんぢおいぼけ人。いのちあらば三日をいきて。わがする所をよく 見よといひてそがまゝところのむらおさがりゆきて。此宮居つくり たてんことをかたりて。そこらわたりのたくみらをよびければ。みなき たりぬ。胤成。こがねおほくたくみらにあたへて。此宮居。三日が間に つくらんことをやくしけり。たくみらはものおほくえてよろこぶこと かぎりなし。其次の日より。五十人あまりの人つどひて。夜をこめて つくりければ。二日といふひのゆふべには。宮居またくなりにけり。かの 叟はいつち行けんふつにいでこず。嵐なりは其次の日こゝをたちて。みや このかたにおもむきけり。さて五日あまりも行けるに。此日ごろ風つ よくふきければ。わたりのふねいでずといふにぞ。すべきかたなして やどりをもとめてあしやすめをり。しかるにこゝの庭に。梅柳うゑわ たして。その風流いふばかりなし。又こずゑに鶯のこゑしければ。 胤なりやがて 来なきつる旅うくひすにおくらばや柳のみのに梅のはなかさ このうた。かねてよみおきつる哥なれど。ときにとりてよくあひたれ ば。たんざくにかきて。かの梅がえにつけおきけり。病のあるじこれ ○狂歌奇人三編上 を見て。さては歌よみ給ふ人なりとて。うちよろこび。やがてひとつの かけものとうでゝ。胤成がまへにおきていふ。これはいぬるとし。たふとき ひじりのやどり給ひしとき。このきぬもとめて。うたかきてたまはれ とねがひしを。ひしり筆とりて。今さらに。と五字をかき給ひしに 一にはかに領主のめし給ふとて御つかひの侍きにければ。ひじりはこれ をかきさしてまゐられしが。領主とともにあづまにくだられける ほどに。そがまゝきぬをへうさうして。ひじりのかへりき給ふをまちみふ らへど。いまだかへりきなはず。今はせんすべなくてありしが。けふなんま れへのうたよみ給ふことをしりぬ。ねがはくはこのあとつけて給は れとてひたすらにいひければ。胤成やむことをえず。筆とりて今 さらに。といへる五字の下に。なにとせん。と又五字をかきけり。かゝると ところに。胤なりがとものものはしりきたりて。今し船のいでのこく のり給へとてわめきける。胤なりは此うたかうがへてありければ。しばします といふに。とものものいらへて。けふのりなはずは。あすは猶風つよからん と。船おさどもいひあへり。とく〳〵いそがせ給へとて。しきりにさいそくす。 胤成は此うたかきて行んとすれど。さらに心にうかまず。たちまちに いかりを発し。大きやかなる筆とりて。かのかけものゝなからに。くる〳〵と。 紅蚓のごとく打よごして。そが上にすぢなどひきて。なげいだして いでゆきぬ。やどのあるじはあきれまどひて。あとうち見やうてをり。 胤成は船にのりて。つひに皇都にのぼりぬ。さてのち。みやとの要重し ○狂歌諳人三編壮 ○和歌書編輯 はてゝかへりに。又此ところを通りけるを。此宿のあるじみて。かけいでゝ とゞめければ。せんすべならて又わゝにやとりぬ。さてあるじいふ。さきには あたらしきかけものを。ほごになし給ひつる。いと〳〵なさけなきことなり とて。ひたすらにうらみくどく。胤なりもことばなくて。かしらなでゝ ありしが。やがて。其かけもの今もありやととふに。あるじうなづきつゝ もていでつ。胤成ひらきてうち見るに 今さらに 今さらにとせん □□□□□□□□ の きら〳〵しくへうさうして。きよらなるきぬぢの。なからばかりに。すみ くろ〴〵とぬりて。蚯蚓のごときものかきたるは。われにらあさまし。 くおぼえて。惣身あせばみ。こゝち打まどふばかりにて。ものだにい はでながめをうけり。しばしして筆とりてかくぞしたゝめたる 今さらに。なにとせん。里のはしり筆 といふ字をよめずかきしは この哥おもしろきにはあらねども。蚯蚓のごときものを。席といふ 字になしつかは。いみじきてがらなりとぞおぼゆる。やどのあるじしき りにかんじ。となりわたりにもて行てかくとつぐ。此ことをきゝて。ち かきわたりの人々つどひて。扇かけものなど。てゞにもてきて。哥かき てたまはれとせたむるにぞ。心にうかぶまゝにかきてやりける。かゝること 日ごとたえず。廿日ばかりもとゞまりをり。胤なりしきりにかへらん ○伊政卿之三編止 とするにかへさず。またなぬかばかりもをり。今はいかにとゞむるとも かへるべしとて。其心かなへしければ。はじめよりものかゝせつる人々。みな いかきて。きぬもてくるあれば。綿などもてくるあり。又金銀など 紙につゝみておくるもあり。胤なりこれをいなむといへどさらにゆる さず。すべきかたもなくて。つひにうけてかへりけるが。みちのほど 五六里があはひ。あまたの人々つどひて。おくりきつゝひつじの時ば かりになりて。やうやくに。わかれをつげてかへりぬ。胤成。東都にかへり てのち。かの金銀。きぬなどをあらたむるに。そこばくのとくつき けり。ある人いふ。胤なりはさまで此みちにたけたる人にもあらねど おほく哥よみて。あまた金銀きぬなどえつるはかの宮居つくり たる神のめぐませ給ひしならんとかたりき。いかゝならんかいぶかし ○十返舎一九の伝 一九は東都通油町に住して。氏を重田。名を貞一。別号を十返 一舎とぞよびける。手跡などきよらにして。画かくこと妙なり。世に 聞え高き膝粟毛の作者なり。此人のあらはしつか書。いにしへよ りかぞふれば。二百三十余部におよぶ。されど。こと〴〵にをかしく。 たはれたる書にて。見わへはらうちかゝへてふしまろびわらひて やまず。実に滑稽の長たる人なり。いときなきときは。いやしから ずおひたちけれど。ひとゝなるにしたがひて。樓にのぼることをこのみ て。日毎廊にのみあそびくらし。家にあることまれなり。ものゝ木 ○王歌奇人三編上 一才子 などあらはすにも。廓のうちにありてこれをえらむ。されば廓の中 はあそばざる樓もなく。得意ならざか娼もなし故ありて娼妓の ために大門を入ことをとゞめられける一九は興あることに思ひてわざと 耳もてはなかめるごときのたはれかきにいにしへ名のきこえたる。葛の から丸といふ人。そへ判して。大門よりうちに入ざるといふ。證文かきて つかはしけり。三とせばかりへて。人をやとひて。これをわびて。かの証文 はとり得たり。しかるに。この證文。世にめづらしきものなれがことて。ある たふときへ。しきりにこひ給ひて。へうさうして。今も猶とこにかけて。 まれ人のあるをうは。此ものがたりしてわらはれけるとぞ。一九はかゝか おこなひの人なりければ友人もまたおほくつどひきにけるすべて あさゆふしよく ものをしみする心なくあしたに十ひらのこがねをうればゆふべに十 ひらのものをついやす又常に酒肴おほく取入置ておのれもくらひ 人にものませ。をどりまひうたひざればみて。日毎たのしみくらしける ほどに。もてる調度なども。おほく人にやりて家のうちいとあばれた りければ。壁を白き紙にてはりて。箪笥床の間ちがひ棚。花いけ かけものゝたぐひ。みな画がきて。又かたへにはぬりごめのいり口なとかきた り。とほくよりのぞみ見るときはいときら〳〵しくぞ見えけるちかく よりて見れば。みなゑがきたるものなれば。人々あきれまどひて わらひけるとぞ。ふみ月のころなどは。魂棚かざらんも真すくな ければ。これをもゑにかきて壁にはりて。あしたには索麺そなへ ○狂歌奇人三編止 一 んとて。ゑがきてはり。夕にはもちひそなへんとて。またかきてはり ける。年の暮になれば。大いなる台に。三尺あまりのかゞみもちのせた いるかたかきて。壁にはりおきける。さて大つごもうになりけれど。さら にものなければ。かけこひなどのきたりてせたむるをうるさくおもひて。 夕よりそこ爰と。あそびさまよひありきけるが。柳はらのほとり に日ごろむつみかたらふ友のありければ。そこに行けり。此友も家 にありて。酒のみてをり。一九うれしくおもひて。ともにのみてさわ ぎしが。はて〳〵はたちてをどりけり。一九もとよりせい高ければ。 ふとかたへの棚に。かしらいたく打つけつ。この棚はきようなる板もて。 あきのかたにむかへて。すぢちがへてつりたる。年徳神の棚なりければ ○王此哥人三編止 内 ○別哥言ノ三緒一 正月ははや神田まできたりけん筋違につるとし徳のたな とよみける。あるじおもしろがりて。となりわたりもてゆきて。その かたりければ。このとなりの酒店のあるじきて。さらば。先生を まねきなはれといひける。一九は何にかあらんとて行けるに。酒店の あるじ。床のふくろ戸にゆびさしていふ。このふすまはいぬるころ名 ある画師にねがひてものせしに。月にほとゝぎすをかゝれたり。この鳥 は蜀魂。死出のたをき。めいどの専。又は血をはく鳥などゝいひて。いと かくいま〳〵しき鳥なり。そが上に。月は陰のものにして。つねに心に かゝりぬ。ねがはくは。先生これに。よろしくうたよみてたまはれと いふにぞ。やすきことなりとて。やがて筆とりて 一月は笠鳥のかたちはみのに似てこれやたからの山ほとゝぎす とかきけり。あるじはいみじくうれしがりてこのよろこびには。何をか まゐらせんといふに。一九きゝて。たゞ酒をたまはなといふ。さらばまゐら すべしとて。よき酒肴おほくとうでゝ。さま〴〵ともてなしける。一九 この夜はよすがら酒のみて。いたく打ゑひて。いざ〳〵かへりなんとて いと手をつげて立いでしが。かたへのぬりごめのまへに。すゑふろの桶 ありけるを見てゝ。この桶かし給へといひければ。あるじきゝていとやす きことなりといらふ。一九これをもていでんとするを。あるじとゞめて。 こものにになはせてまゐらすべしといふを。いな〳〵。かばかりのもの もてゆかんに。なでうくるしきことやあるとて。かの桶さかしまにして。 四月廿一日 ○狂歌奇人三編上 打かぶりて出行けり。はやあかつきにちかゝりけれど。大つごもりの 夜なれば。ゆきゝの人もたえず。一九を見て打わらひ行もあり。心 おくしたるへは桶のばけものならんとて。にげのくもおほかり。ある人これ にゆきあたりて。このしれもの。などてわれにあたりしぞとしかりけ れば。一九桶の中より。罪はなんぢにあり。われは桶かぶりてものみえ ずとつぶやきぬ。一九はいたくゑひつる上に。桶打かぶりければ。足はひた すらよろめきつゝ。からう。して家にかへりける。とばかりありて夜はあけ けり。元日の朝まだき。風いと寒くてしのじくべからず。一九かの桶に。わか 水くみいれて。みづから火をたきて。湯わかして。これにいりて身を あたゝめければ。其こゝちよきこといはんかたなし。かゝりし所に。日頃 むつましく打まじらふ。あふみやといひける質店のあるじ。かみし も衣服などきら〳〵しくいでたちて。初春の禮のべんとていりきぬ。 一九よろこび。まづ酒とうでゝこれにのませ。われものみてさていふ。けふ は風いと寒し。ゆあみしてゆき給へといふこはよかんなりとて。やがてかみし も衣服など。そこにぬぎおきて。あかはだかになりて。すゑふろに いりけり。一九はやれ屏風もてきて。風ろのめぐりをおほひて。その人の ぬぎおきつる。かみしもきぬうちきて。あふぎこしのものまでたば さみ。そとぬけいでゝ。そこらわたりの友だちのかたを。年始の禮な りとてありきけるかの人はゆあみしをはりて。見れば。おのれが衣 服かみしもともになし。一九も居ざりければ。大いにおどろき。一九が ○昼夜行之三場七 ○須賀郡一人三浦 ぬぎおきつる。うすき衣ひとえきて。外にいでゝ。爰かしこたづねければ 先生はさきに。年礼にきたられしとこたふる家あり。この人はもと より。一九と心ぐゆなくうちまじらふ人なりければ。たゞをかしがりてわ らふばかりなり。一九はそこかしこ年始の礼のべありきて。ゆふべにい たりて。かの質店にいきて。年頭の礼なればとて奥にいりぬ。あるじ 一九を見て。たゞあきれにあきれてうちわらひてをり。一九はやがて 衣服うちぬぎてかたへにおき。けふは君の御恵によりて。年礼をも つとめたり。猶この上の恵には。酒をたまはうなんといふ。ます〳〵を かしがりて。やがて酒とうでゝのませければ。いたく打ゑひて。その夜 子のときばかりにかへりけり。其とし夏のはじめ。一九又この質店 にきたりて今要用のことあれば。しか〴〵の銭かし給へ。かはりと すべきもの。時うつさずもてくべしといふにぞ。さらばとてかし あたへぬ。一九うけとりてかへりしが。やがて又いりきて。ふくさにつゝみ たるものいだして。これは二十両のこがねにも。猶あまるべきものな れど。外にものなければ。これをあづけまゐらすなりといふ。何やらん とひらき見れば。酒やまきやきぬやなどに。ものかりたれば。そを さいそくのかきだしといへるもの。かいいだくばかりにおほかるを。あつめ てもてきつるなり。あるじおどろきこは三十両にもなほあまるべき ものなれど。かしたるにあらず。かりたるにては何にかならん。たはふ れもことによるへし。かしまゐらせつる銭とくかへし給へとてせたむが ○三匁三分匁 ○肥歌奇人三編上 一九かしらをなでゝ。其銭はかつをと酒とになりて。今はのこりなしと いふ。あるじあきれて。しばしものいはでをり。一九もことばなくてあ りしが。やがて家にかへりて。かつをのつくりみとうでゝ。酒うちのみて 居ける。とばかりありて質やのあるじいりきて。さても御身がおこなひ 実におもしろし。書をよみ。書をあらはし。酒をたしみてまづしき をうれへざるは。よく他の人のなしえがたきわざなりかし。もろこしの 阮籍。阮咸。劉伯倫などの。たゞひにや。いとうらやむべきことなり とて。しきりに賞して。ともにさけうちのみて。しかしてのち。こし なる扇とりいでゝ。これにうたかくべしといふにぞ。一九とりあへず 一借金を質においてもはつかつをもとめてくはん利もくはゞくへ 月は笠鳥のかたちはみのに似てこれやたからの山ほとゝきす ことかきけりあるじはいみじくうれしがりてこのよろこびには何をか まゐらせんといふに一九きゝてたゞ酒をのむべしといふさらばまゐらす べしとてよき酒肴おほくとうでゝさま〴〵ともてなしける一九此夜は よすがら酒のみいたく打ゑひて元日朝まだき家にかへりけるとぞ ○六時園多利雄の傳 多利雄は。甲斐の國。府中の隠士。西村氏なり。姓は橘。名は温。字 は文雅。別号を六時園といふ。つねに友とまじはかに信あり。温順に してものにかゝづらはぬ人なり。心ながきこと他にこえたり。日に道を ゆくこと七里にすぎず。家にありても何ひとつものすることなく。 多利雄 }近藤市 けふはそのことをなさん。あすはかのことをせんといひて。つひにせずて 牢しく月日をすごしぬ。其居間などもいときたなくて。もてる 調度。ものゝ本。又はかきさしたるほうごどもひきちらし。あるは ぬぎかへし衣服。くひさしくわしなど。ところせきばかりにならべお き。かしこの壁には蜘巣をつくり。こゝのすまには鼠のふんなどちらぼ ひたり。帚もてはき清むかこと。としのうちに三たびにはすぎす となん。あるへ多利雄をとひしとき。居間にいりて見ければ。たく あんづけになしつる。大根ひときりくひさして。案のはしにのせおき たる。いとものくさきへよとおもひてかへりしが。十日あまりへて。又要 一事ありてゆきぬ。此日も居間にいりて見るに。いぬる日のたくあんづけ 十二月二統上 のくひさし。いまだとりすてず。のせたるまゝにて。つくゑのはしにあ りしとぞ。かゝるおこなひ。外人のよくなしえがたきことゝぞおぼゆる。 あるとし。大つごもうの夜になりければ。かけこひのきたることをう 一るさくおもひて。おのれは居間にこもりていでず。たゞいりくちさう じに。一首のうたをかいつけたる かけこひの鬼のすみかをたつぬれば縫ひすがごしし穴にそ有ける かけこひの人々いりきて。このうたを見て打わらひてかへりしとなり ○松風舎茶廛の伝 一茶廓は。上野の国。松井田の駅。新堀といへる所に住て。細矢氏 にして。俗禰を由太郎といふ。姓は平。名は方穀字は富郷別号 を松風舎とよぶ。正應年中より。五百余年。此里の荘官たり。 常に水画。盆画をたしみ。左筆をよくするをもて左文堂とな づく。又ひとつのたかどのあり。こゝにかうべをめぐらせば。白雲中嶽 一金鶏と。三ツの山をのぞむ。こゝをもて三岳楼の号あり。此人こゝろ みじかく。人とちぎることありて。たがふときは。たちまちにいかりのゝ しる。義はもとよりつよく。ちから他にこえたり。あるとし大つごも りの日。神棚にみきさゝげんとしてありしに。庭に人のくる音し ければ。出て見るに。齢いそぢをも。六ツなゝつこえぬらんとおもふばか りの叟。いたく病ておとろへたるが。顔はおとがひ頬骨ともにたかく。 手足はいとすぢのごとくやせて。きぬなどはみるのごとくなるをまと 一 ○一歌哥ノ三編一 茶店 ひて。垣をたよりにはひいりて。やをらひざまつきて。茶廛にむかひ ていふ。おのれがせがれ。今朝とくより。わが薬をこひに。醫のもとに行 けるが。みちのほどにて。いかなるつみをかをかしけん。あるやんごとなきか たの御手にとらはれとなり。いのち今もあやふくおぼえ候。かれがいのち なかりせば。われも死すかこととほからず。さはれおのれは。しすとも さらにをしからぬいのちなれど。わが子はいみじき孝子なり。ねがは くは荘官のあはれみをもて。わが子をすくひ給はらば。世にありが たき御めぐみなりといふ。其声うらがれてはのねあはず。身はうち ふるひて。庭にはたとこけておきえず。うち見るだにいとあはれな るありさまなり。茶てんこのことをきゝて。さのみ心を労し給ふな。おの ○和哥哥人 れ今よりかしこに行て。やがてつれだちかへるべし。しばしやすみて まち給へといひて。そがまゝはかまひきかけて。ともをもぐせずいで行 ける。其せふべ。五里ばかりへだゝりし所のとまりまで。あへぎ〳〵はし りいきて見るに。かのをのこはいたくいましめられて。とまりやの庭に つながれたり。こゝにおきて。茶廓しもざまの士をよくやとひて。やう 〳〵に上にもきこえあげてわびけれど。上も心みじかき人なれば。さら にゆるさるべきやうもなし。茶てんはさま〳〵いひわびて。はてはかれが つみにかはらんことをねがひけり。されどもゆるし給はず。ゆふべより 子のときまでひまなくいひいれければ。上にはます〳〵いかり給ひて。 茶廓もともにいましめられて。おなじつみにおこなはんとて。かのを のことともに。庭の松のもとにぞつながれける。かのをのこは茶廛を見 て。なみだ瀧のごとくながしていふ。おのれけさことく醫のもとにいきて。 薬をこひてかへらんとして。父のまちわびんことをおもふがゆゑ。心せ きてはからずも。いみじきつみをおかしつるを。とかくわびけれどもゆるし なく。かくはいましめられたりといふ。菜てんきゝて。御身へのちゝのいたくなげ かるゝを見るにしのびず。こゝまできたりてわびけれど。あまりに強て ねがひしゆゑ。われも又つみをえて。かゝるめにあひたりしぞといひけれ ば。かのをのこはます〳〵なきけり。ときにたちまち松風のこゑ。かしかま しくひゞきければ。茶廓この松がえを打ながめて いのちさへとよひかぎりのつごもうに長き千とせの松もうらめし ○任歌竒人三編上 一〇、〇 とよみて。声大きく吟じければ。番のものこれをきゝて。大にかんじ。 上にかくとまうしければ。上にも賞賛しなひて。今ひとりの奴もよく うたよむやととひ給ふにぞ。番のものきたりてかくとまうす。かのを のかこもよみ候とこたへけり。やがて筆と紙とをもてきたりて。いましめ をときければ。かのをのこ筆とりて とゝめてもとまらぬ父子の別れ路に先たつものは涙なりけり とかきてわたしければ。上にもひたすらかんじ給ひ。かゝる山家の賤 の男にも。やさしきものはありけりとて。ふたりともにつみをゆるしてかへ されけるとぞ。このをのこは。つねには哥などえよまぬものなりしが。いかにして かかくよみけんとて。人々もあやしみおもひをりしが。のちにしりぬ。こは茶 廊がよみてあたへけるよし。かのをのこがものかたりしとなり ○貢琴楼根松の伝 根松は。松村氏にして。俗稱を兵三とよび。別号を貢琴楼といふ。 東都神田八名川町に。江原屋といふ家あり。此あるじを蜀都圏 何がしといふ。根松は此家につかへぬる人なり。こゝろ直きのみにて。外 他事なし。此人のうへにいと風流の物語あればこゝにのす。蜀都園 のあるじ。隅田川のほとりに。ひとつの別荘をいとなみおけり。この庭に 梅の木おほし。春にいたるごとに花さきみちて。そのかうばしきこと たとふべからず。あるとしの春。根松要事ありて別荘に行ぬ。この日 ひるのほどより雨ふりいでゝやまず。根まつは夕にいたりてかへりきければ ○正次府人三編上 十八 恋 根松 家の人々ことをそろへていふ。根松ぬし。かしこに行ばかりにて。かくひ まつひえし給ふはいかにぞとなじりとふ。根まつこたへて。かしこには 梅の花おほくありて。いとおもしろくさきみだれたれば。心ならずも ながめをりて。おもはずくれにおよびしなり。ゆるし給へとわびける。蜀都 一園のあるじかたへにありて。そはさぞかしたのしかりつらん。われもあす はゆきて見ましとぞいひける。又人々のいふ。根松ぬしのきぬいたく雨に ぬれよごれて。つせたるばかりなるを。かへもせでゐ給ふは。むさ〳〵しきこと なりとそしりいふ。根松はこれをいらへもせで。筆とりてかたへのほうご に哥一首かいつけたる 春雨にたもとはひたとぬれながらふるひかねたる野路の梅がく ○庄次 ○花哥音人三編 蜀都園のあるじこれを見て。おもしろし〳〵といひて。根松がぬれたる きぬをかへざるをもとがめず。たゞ打わらひてをり。其次の日。家につか ふるへし。みな打よりてかたりける。わが主人。人々の他に行て。かへりおそき をりは。いみじくいかり。又きぬなどのよごれたるまゝにてをれば。いたく しかり給ふことつねなるに。きのふ根松。梅を見て日をくらし。ぬれたるき ぬきて哥よみしを。よろこび給ひしは。あやしむべきことなりといふ。老たる 人これをせいして。さないひそ。これみな風流といへるものにて。いにしへより。 詩哥のみちにはあることなりと。ときをしへければ。さらばおのれうり風 流のみちにいらんとて。そのゝちは詩をまなぶもあり。哥をよむもあり。 俳諧をもてあそぶもあれば。こわらはまでゑなどかきてたのしむも ありて。みなおのがじゝすきものしける。いとおもしろきことなりかし ○世間亭吉住の傳 吉住は。下野の国。栃木のかたはら。河原田といへる所の農家なり。 質店にして。酒造家なり。また体厳円となづけて。ほねくじき。打 一身などにもちふる。いと〳〵少なる薬をひさく。氏は野尻。名は保教 俗称を兵馬とよび。別号世間亭。又去来軒といふ。年いと若けれ ど。書をよみ。俳諧将棊などこのみ。酒をのまず。心ながく。声いた りてひくし。一年東都の人なりとて。ものゝふの浪人。みづから博識な りと稱して。この栃木にやどりをもとめ。史記左伝など講じて。何 にまれげしかたきことあらばもてきたるべし。よくときわきてあた ○狂歌弁之三編上 二十一 ○米哥哥の三編 へんなどいひけるにぞ。人々くさ〴〵のことゞももてゆきてとひけるに。これ ひとつしらずといふことなく。其ことは何の書にあり。このことは彼の書に ありなどうるはしくをしへけるほどに。人々たふとみうやまひける。されどいふ ところ。みなもろこしの書のみひきてこたへけるにぞ。このことをよし住 きゝて。かうべうちかたげていふ。おほよそ。ものゝ数十とひたらんに。七ツ八ツ をこたへて。二リ三ツをしらずといはゞ。世にありがたき博識なるべし。 一十のもの十ながらにこたへつるは。いと〳〵あやし。かつとふこと〴〵に。もろこ しの書にのみひきあはせつるも。またこゝろえがたし。われひとつの はかりごとをえたれば。これをおこなひて。ことの虚實さだめなんとて。 やがてはかまうちかけて。かの儒者のもとに行けり。さてくざ〴〵のもの がたりしてをうける時。ひとりのわかをのこいりきて。ひとひらの紙に五 言の詩をかきたるをとうでゝ。かの儒者がまへにおき。この詩をよみて 給はれといふ。これをとりて見るに 魚躍異難迺面方孝行能 鏡登南里天氷破流落斯 かゝかきたるを。儒者たちまちにこゑ大きくなして 魚躍異鶏迺面方孝行能 鏡登南里天氷破流落斯一 とよみをはりければ。吉住これをきゝて。はたとこけて大いにわらひ てやらず。なみ居ける人々も。こは何事かとてかほうち見あはせて ○正夜打水三扁一 一名前十三編 吉住 をり。吉住やうやくわらひをとゞめて。なみ居るさうの人々を見かへり ていふ。足下たちけふより。此先生にものとひ給ふことなかれ。先生のとか るゝ所。おそらしはみな妄説ならん。そのあかしとすべき をよみ給ひつるを見てしかぬ。これもと詩にあらず。額六十仄もと よりあはず。其意さらに解しかたし。そをみだりにかゝまたぶり によまのしは。いみじくつたなきわざなりかし。こはたゞ一首のたはれ うたを云言四句に。男文字してかきたるなり。いとおこなかわざなが ら。おのれよみてまゐらすべしと。やがてとり上て 一魚躍異鶏迺面方孝行能鏡登南里天氷破流落斯 とよみけれは。なみ居し人々おどろきて。みなかんじあへりけり。 ○王政壱人三編上 御歌書一 かのわかをのこはうれしがりて。あまたゝびよろこびをのべ。いそぎかへり けり。吉住もそがまゝかへりければ。なみ居ける人々も。やう〳〵にかへり けくる儒者はその夜のうちにこゝをたちて。いづちへかわしりけん行かた しらずなりにけり。このうこは。吉住がうたにて。かのわかをのこは。吉 住が家につかへぬるにて。かたらひあはせて。かくははからひけるとなん ○要義園近住の伝 一近住は。武蔵の國。川越。南町といへる所に住て。氏は永島。俗稱を 吉兵衛とよび。別号を要義園とぞいひける。酒魚などひさきて。 なりはひとす。此人つねに。浅草寺の観音を信じて。いのること かぎりなし。東都にいたることあるごとに。観音にまうでゝ。五百度。 又は千度まゐりなどしつ。又家にありては。普門品をせなふることを こたらず。かつくわんおんの御影を。へうさうして床にかけおき。あした にはとくおきてこれをはいし。三度の飯たうべんとするにもまづこれ をねんし。くひをはりて又はいす。外にいでんとするときもよくいの りていで。かへればすなはちはいしてのち用をとゝのふ。まれ人など のきたることあれば。この御仏ををがみてのちいでゝあふ。人かへれば 又はいす。夕にはふもんほんをよみていね。夜なかばなどにめさむるこ とあれば。又これをよむ。すべてこの人。この御佛をいのるを他の人の 見るときは。さながらものぐるひにことならず。さればちかきわたりの 人々は。そしりあざけるものおほかり。こゝに川越より。十餘里へだゝ ○在久寺之上勇上 ○石形壱人玉綿一 の 80 8 逆住 りて所に。瀧山といふところあり。此山をこゆれば。八王子へいづる所 なり。ある旅人。さりがたき要事ありて。夜ふかきに此山をこえけるに。 一山のなからにいたりければ。山の犬といふものあまたいてきて。道を ふさぎてをり。こはかなはじとて。かへらんとするに。うしろにもまた山の 犬おほくきたりて。とびかゝりてくらはんとす。旅人大いにおどろき。に げんとするにみちなく。木にのほらんとすれど。あやにく高きこず ゑもなし。山の犬はます〳〵数まして。とびかくり〳〵するにぞ。いまは 身体こゝにきはまり。いきたるこゝちもせでありしに。いづこにかあり けん。経よむ声きこえければ。こも又ふしぎとおもふ所に。うしろの 方より人のきたりけるが。普門品をとなへながらにきけり。この人ちか ○王久平之三扁上 和歌奇人三紙一 づきければ。かの山の犬はみなにげはしりて。ひとつもをらずなりけり。 旅人はふしぎのことにおもひ。はじめていきいでつるこゝちして。岩に しりかけていきつぎゐたり。ふもんぼんよむへは。これをみかへりもせ でいそぎゆきぬ。旅人こゝろにおもふ。この人は。まさに。仏などにて。われ をすくひ給ひしならんと。やがてあとにそひて行けるに。其人はます 〳〵善門ぼんとなへながらに行。しかるに其人の身より。何にかあ りけんものゝおちけるを。やう〳〵にちかづきて見れば。手なれたる扇 をおとしたり。とりてひらき見るに たのしみしわらはもあはれ吹落すあらしの庭の竃の子の柿 とかきてあり。こはおもしろきうたなりかしと。うち見つゝ行ほどに かの人を見うしなひぬ。さて旅人夜あけてふもとへくだりて。ひとつ の酒店にいわひて。よべのことゞもものがたりて。普門品よみける人 肩をおとしたりとて見せければ。この酒店のあらじおどろきて。こは かは 別紙なる。近住ぬしのうたにて。手も申たかの人にてこそあれ。此人 普門ほんよみ給ふは。つねのことなれば。要義図のぬしにうたがひ なし。今朝しもわが家にたちよられしとぞかたりける。旅人これ をきゝて。さらばその人の住ところ。をしへ給はれといひけるにぞ。ある じこまやかにをしへければ。たび人はよろこびてわかれをつげて出行 けり。さてのち此旅人近住が家にゆきて。ありしことゞも物がたり て。あまたたびよろこびをのべしとそ。これよりのち近すみが佛を ○王歌奇人三扁上 二十五 ○才哥マイ一分 いのかを。そしるものなくなりて。かへりて観音をしんずる也おほくな りしとぞ。げにたふとむへき御ほとけにこそありけれ ○和調亭末永の傳 末永は。東都。深川黒江町に住す。氏は柴田。名は富久。別号を和 調亭といふ。此人さらにものにかゝづらはぬ人なり。わかき時は女にふけ り。酒に未かし。構にのぼることをのみ好みて。日ごとあそびくらし。 家にあることまれなり。かゝかこととしをつみてとゝまらざりしかば。 家もやうやく貧しくなりて。もてるでうどなど。しろなして米 にかへ。飲こしらへんにも。薪のなかりければ。板じきなど引はなして たきけり。寒き時も。柱などけづりて焚て焚て。身を舟たゝめけるほど に。となりわたりの人々は。おそろしきことにおもひをり。ある冬の いと寒き日に酒かはんとすれど。ものなかりければ。土かきほとりの 蟹店にゆきて。今要用の事ありければ。銭すこしかし給へ。これ にかふべきもの時うつさずもてきたるべしといひける。この質店のあ ふじは。未永とつねにむつまじくかたらひけるほどに。いふまゝに借 あたへぬ。すゑ永これをえて家にかへりて。酒さかなもとめて。うち のみて寒さしのぎをり。しばしして。質店の小ものいりきてさ きにかしまゐらせし銭のかはり。きぬにもあれ何にもあれ。おこ せ給へとぞせたむる。未永やがて。ひとひらの紙に。哥一首かきて。かの こものにもたせてやりける。質屋のあるじとり上て見るに 二十六 代哥二百人二行 未永 四 質艸はみなかれはてゝおくものは袖のなみだの露ばかりなり とかきてあり。あるじいと〳〵あはれにおもひて。やがてこかね三ひら ばかりもてゆきて。末永にあたへて。これをもてなりはひをつとめ 給へとぞいひける。すゑ永よろこび。女にふけり。又は酒のむことなど 打やみて。もはらなりはひにのみ身をこらしけるほどに。ちかきころ は。いと〳〵にぎはゝしき家となりて。かの賢屋とは兄弟の義をむ すび。日毎往来して。むつましくまじらひけるとなり 狂歌現在奇ノ譚三編上終 二十七 卯十一日朝 狂歌現在竒人譚三編下 東武八島定岡著 ○唐樹園南陀羅の伝 一南陀羅は備前の国。難田の浦の漁人なり。氏は正宗といふ。先 祖當宗氏は。漢の世よりいでしとか代々河内の國。志紀郡。誉田 村に住す。霊を祭て當宗の神社今猶あり。数世のゝち。伊輔雅 経より五代。伊輔雅晴はじめて。楠正成につかへし時。當宗の氏 を改て正宗とす。楠家ほろびてのち世をのがれて。備前の国難 一田の浦に閑居す。其しぞくつひに漁人となりて数代をへて今の南 陀羅にいたる。南陀羅。名は雅敦。字は子俊。別号亀嶺。又唐樹 一紙一紙一 園といふ。此人つねに山水の勝地をこのむ。こゝをもてわが日の本のうち にきこえある名どころは。行て見ざるところなし。又よく笙をふく 一ことを好む。ひかはひめもすすなどりにいとまあらず。夜はよすが ら濱辺にいでゝ笙をふきてたのしみけるとぞ。あるとし神興月 のなかば。つねのごとくいぬのときばかりに浜辺にいでゝ。苔むしたゝ 岩のうへにむしろ一まいしきて。しりうちかけて笙ふきてぞゐたり ける。しばしありて。月は東の山のはよりいでゝ。中空にのぼりゆくに 汝ばらは一めんのしろかねをしきたるごとく。うちよかなみはきしのべの 砂をうごかし。松ふく風はさう〴〵しく。沖の小島もきよらに見えて とのけしきいふばかりなし。南陀羅これをながめやうて。笙ふきそらし て居たりけりかくりしほどに夜はふけわたり。遠寺のかねかすかに ひゞき。はやあかつきのころにやあらん。月はにし山のかたにおちかゝら んとするとき。南陀ら笙ふきやみて。岩のへにたちあがり。なゝめに月 のかげをながめて たが老となるといひしぞ入月にこしののしたるおのがかげぼし とよみて。こゑ大きく冷じけり。かくて又笙ふきて夜あくるまで とり。其次の日浜にいでゝすなどりしてありしに。人々このうたのことを ものがたりしけるにぞ。南陀羅ひそかにおもふに。此うたはよべかうふけて よみけるを。何ものかきゝしりてかく人々にはつげけるぞとて。ふしぎのこ とにおもひをり。さて其夜もまた浜辺にいでゝ。月を見つゝ笙ふきて 南陀羅 ありけるに。打よすかなみのおと。松風のこゑともに。笙のねにひらきあ むてこゝちよくぞおぼえける。うしみつのころになりて。そなれたる松は もとに。人のしはぶきの声きこえければ。南陀羅あやしみたそととへ ば。おのれなりとこたふ。ちかくよりて見るにつねにむつみまじらふ友な りけり。此度のいふ。さても御身はまこと聖賢ちかき人ぞかし。月をなが め笛をふきうたよみてこゝに夜をあかし給ふ。よく外人のなしえがた きことなり。御身のふき給ふ笙のねのおもしろきにうかれて。よべもこゝ にてあかしたりといふにぞ。南陀らはじめてさとりぬ。よべよみたる哥 を人々のしりたるはこの人のつげしなりけりとぞおもひける。其夜はあくる までともにものかたりてありしが。くだかけのつぐるころにわかれて家に ○不哥言〆三統一 かへりけるとぞ。笙をふき月をながめうたよみて夜をあかしつるも。実 にたぐひなき風流の人なり。笙のねにきゝほれて浜辺にひと夜居た りしも又おもしろし。此ふたりともにありがたき人にぞありける ○五明楼鳰照の傳 一鳰照は。東都吉原。五明樓の遊女なり。京都の産にして父は いやしからざるひとなり。母は丹波の山家ゐなかうどの娘な りしが。ひとゝせ都にいでゝ。たふときみたちにみやづかへしけるをみ そかにかよふひとのありてつひに身おもくなりて。十とかぞふか 月には。いと安く身ふたつになりぬ。ときに丹波なる父。おもきやまひに ふしければとて。人をみやとにおこせて。これがいとまをこひけるにぞ。母 はやむことをえずして丹波にかへりけり。このをさなごは。女子にて。名下 はまとなんよびつけける。しかるに北の方これをみたちにやしなふことを いとひ給ひて。二条のほとりなる。かうじへくりてなりはひとするあき。 人の家にやうて。めのとひとりそへてやしなひ子にぞいたされける。此あき 人は子ひとりもなかりければ。はまをもらひていつくしみそだてけるが。 次のとし妻みごもりて又女子をまうけけり。しかしてより妻ははまを にくむことひとかたならず。朝夕しかりのゝしりけるほどに。父これを あはれみおもひて。五条松原通りなる。とめる人のもとにふたゝびやしなひ 子にやりけるが。こゝにもめのとはそひて行けり。はまこの家にあることいつ とせばかりにして。父は要用のことありて。外の國にいきて。いかゞしけん 四 ○才歌言人三升一 かへりこず。母はやまひにおかされて世をさりければ。しぞくの人々。はまを 二条なる親のもとにぞかへしける。こゝにいづみのくにさかひのほとりにて いと〳〵とめる商人あり。此人要用ありて都にきにけるが。二条のかうに つくりの家はゆかりあるものなれば。こゝにやどりて。此はまのかほかたちうる はしきを見て。この児ひとゝなりなば。わが子の妻になすべしといひて。 かたみにゆひいれのしるしなどおくりかはしけり。この家の妻はます〳〵は まをにくみて。をりにふれては打さいなむことおほかり。父はこれをいとほし おもひければ。はまが九ツといふとしに。いづみの堺なるかの賈人の 家にめのとをそへておくりつかはしける。堺にてもはまがかほかたちよき を愛して。花のごとく蝶のごとくいつく一みそだてけるにぞ。はまはまこ との親のごとくかしこみつかへけるほどに。ます〳〵よろこびあへりける。し かるにこの家のいつき子にて。はまが夫となるべき人はとし十七になりぬ。 このをのこのもとへ何人のわざなりけんはまが身にあらぬことゞもさ ま〴〵とあしさまにいひおくりけるほどにこの子いまだとしたら されば一すぢにまことゝおもひとりてしきりにうとみにくみのゝし りつはては手あらかゝいため。あるは縄もて引しばりていたく うちなどしけるにぞはまはかなしくうきことにおもひて。次のと しのはるのなかば。月のいとおぼろなる夜。堺の家をしのひいでゝなに はのかたへはしりけるを。はまにつきそひきたりしめのとこれをさとり てあとよりおひきて。やうやうやくなにはちかくなりておひつきければ。 鳴てる はまはかゝりしことゞもかたりけるに。めのとはかねてしりたかことなれば さらばみやこへおともしまゐらせんとて。なにはのうらより船をやとひ。 つひにみやこなる二条の家にそかへりける。ちかごろ二条の家は。妻のおと かひよろしからざれば。やう〳〵にまづしくなりて。堺の家よりそこばく のものかりうけて。からうじていとなみくらしけかをりなれば。はまがかへり きつるを見て大いにおどろき。さま〴〵とすかしこしらへけれど。しか〴〵 のことゞもいひてなげきけるほどに。すべきやうなくて打すごしける に。とかくして夏もすぎ。秋のすゑになりけるとき。此父もまた病に かゝりて久しておきいでざりけるほどに。はまとめのとはよるとなくひる となくなげきくらしつかへけるが。母のます〳〵はまをにくみて。その次の ○狂歌奇人ニ編下 としの春。はまにいふ。御身さかひへゆかざれば。いかばかりのことありとも。さ かひへものこふことなりがたし。家の調度などは。おほくしろなしてさら にものなくなりたれば。今は御身をうりて薬にかへて。夫にまゐらせ んとおもふなりといひければ。はま心におもふ。わが身いときなくして。す でに九人の親をもてう。このとしごろのかんなんたとふるにものなし。かく ばかりいんえんよろしからざる身にあれば。この上はいかにともながべしと おもひければ。ともかうもはかり給ひて。父ぎみのいたつきをすくひ給は れとぞいらへける。これより母は祇園町のいやしき家にはまをつかはし て。おほくのしろをむさぼうとりつ。わが実のむすめを堺へやうてえんを 心すびけり。さてもはまがまことの父君のかたより。御つかひのくまゐりて。 はまをちかみとたりの。いやしき家におきつることをいかりとがめ給ひ ければ。いかにせんとてまどひけるが。をりから東都の旅人きたりあは せたりければ。はまをばこれにうりあたへけり。此へはまをのりものに打 のせてくだりけるとき。石山寺にまうでんとてのぼうけるが。そのけかしきの おもしろきにめでゝ。はからずくれにおよびけり。このとき空には雲なく 月さしいでゝ。湖水のうへをてらしければ。はまは月のなみにうつるを見て いつしかに嶋のうみをも照すらん雲井をもりて出し月影 とよみて。はら〳〵となみだをおとしければ。つきそひける人々もともに そでをぞしぼりける。さて東都につきてのち。かゝることゞもものがたりけ れば。人々きゝてとし十一になる女子の。かゝかうたよみいでつるは。あはれに 北 ○狂歌音ノ三編一 たふときわざなりとてかんじあへるへもあり。なみだに袖をぬらすも ありけり。このうたよりして。名を鳰照とよびつけける馮照常にいふ幼き 時なから夫をいみし報にてかゝるうき媚はするなりとてなげきけるとぞ ○一秋亭落霞の傳 落霞は。難波島の内。南竹屋町に住して。氏は田村。名は政房。別 号を一秋亭とよび。俗稱を五左衛門といふ。酢をつくりて業とす。 馬術茶道をよくし。旅をこのみ。酒はいみじくきらひて。たゞ其席 にいづる事をよろこぶ。かつ大食にしてならぶ人なし。芝居うたひもの などこのまざる所なく。わきてたはれうたをたしみて。日毎すつるこ となし。落霞がちかきほとりに。とめるあきへあり。此人つねにものをし みする癖ありていかばかりのことありとも。人にものなどやくかこと なし。をりにふれてものおくるときは。さゝやうなか紙に。いと〳〵つたな き画など。みづからかきて。落霞にうたかゝせて。これをもて人におく りて。よろづのことのむくいにあてつ。あるとき落霞。友だちともの。 かたらひてありしに。かのをのこつねのごとく。みづからかきたる画ひと ひらもてきたりて。これに賛してたまはれとこふ。これをうち見るに 一張良九里山に簫をふきて。かたきをはかりしところをぞかきたりけ る。日ころものをしみする人のもてきたりしなれば。落霞心にはそま ざれども。もとめらるゝにさりがたくて しの竹に与えのねたてゝ武者によぶ木のはをちらす峯のこがらし ○王吹府人三編下 水寄一 落霞 とよみかきてあたへければ。いみじくそれしがりてもてかへりけり。其 次の日。又ひとつの画をもてきて。これにもうたかきてたまへとてせた むる。うち見れば。九良義経が一の谷にさかおとしするかたかきたる なり。落霞やがて筆とりて 峯よりもさかおとして武者によぶ木の葉をちらすこがらしの風に とよみければ。かのをのこ心のうちよろこばぬさまにて。しりぞきけるが とばかりありていりきたり。これに哥をよめとて。又ひとひらのゑをいだす 一孔明たかどのに琴ひきて。仲達をまどはすところをかきみるなり。落 霞かうがへもせで 一松かえに琴の音たてゝ武者によぶ木の葉をちらす峯のこがらし 同狂様勢火ニ 狂歌哥人三編下 とかいつけたるときに。このをのこいろをかへていふやう。落霞ぬしはおなじ き哥をみたびよみなふ。かうさまにては。おのれ人のもとにおくらんとす るによろしからず。ねがはくはあらたによみて給はれとぞいひける。落 一霞わらひていふ。御身つねにものをしみし給ふ癖ありて。ひとひらの 紙あればはなうちかみて。日にほして又もちひ。そをほしては又はなかみ 三たび四たびもちひて。しかしてのち。かはやにもてゆき給ふよしきゝおよ びぬ。われも又それにおなじ。ひとつの哥をみたびやたびにももちふるな りとぞとたへける。かの人はかほうちあかめ。はらたゝしきさまにかへり しが。そのゝちはふつにきたらず。落霞はへつうふこゝろなして。おもしろ きへなりかし ○串珠園光音の伝 光音は逸見氏なり。姓は源。名は光映。字は天順。別号串珠園と いふ。東都深川に住して。武家なり。常にものかたき癖あり。家にあり て。書よみをるにだに。はかまうちかけて席をたゞしうす。妻子にものいふ にもことをあらため。友たちの家によるなど行にも。さうぞくおごそか にいでたちてゆく。ゆきてうちかたらふにも。そこつなることをいはず。 されば人々は。先音にあふをくるしきことにぞいひあへりける。こゝにひとつ 一のをかしきものがたりあり。先音つねにうちとけかたらふ人あり。あき人に てもと愚直なるへなり。むすめひとりあり。とし二八ばかりにて。みめこと 一がらなみ〳〵ならず。ある冬霜月のはじめ。此家の妻。朝とくおきいでゝ。 ○狂歌亭水三編下 和歌哥 一庭を見るに。霜のいとしろくふりたるうへに。たゞ今人のありきけるとおぼしき 足あとあり。他の人のいるべき所ならねばあやしくて。夫にかくとつぐる。夫 うちかうがへて。ものうせざればぬすへにはあらず。こはまたく娘がみそ かをしかたらひて。よべしのびいりしにうたがひなしとて。やがてむすめをよ びて。さま〴〵とせひけれど。たゞしらずとのみこたへける。此日のゆふべ光音 此家にゆきければ。夫婦のものはつねのごとく。うちものかたらひてをり。 とばかりありて娘もいできて。ともにもてなしつ。やがてたんざくひとひ らとりいでゝ。これはさかかたよりたのみおこせたれば。何にまれ御うたをね ひひとぞいひける。光音はかねてよみおきつる。冬の恋といふうたをかき てあたふ 別路にのこしし霜のあしあとはふつてわいたるおのがさいなん ○このうたを見て夫婦のものひそうにおもふ。よべむすめがかたへしのびいり し人は光音ぬしなるべし。此人は身たふとき人なれば。娘をまゐらせ たればとて。はづべきかたにもあらずとおもひければ。こゝろのうちに よろこびをり。光音はこれらのことゞもしらされば。くさ〴〵のものがた りして。ゐのときばかりにかへりけり。このゝちよりかのみそかを。娘が ねやにしのびくること夜ごとなれど。夫婦はひとへに光音なりとおもふ からにしらぬさましてうちすておきつ。ひかのほど光音のいりくること あれば。娘をいだしてもてなさせ。其身は要車あるさまして外にい でなどしける。光音はものがたき癖あれば。かくてはつかの間もをらずやが 一金杉野介 咒音 てかへりける。かくすることひとつきあまりにして。しはすの子かばごろ 一冊いたくふりける夜。よひのほどより娘がねやのうち。しめやうにものがた るこゑしければ。さても光音ぬしこよひははやくしのびき給ひしと て。夫婦はわらひをり。かゝりしところに門の口にあないさせて光音いり きにければ。夫婦のものうちおどろき。こは狐にやあるらんなどきたゝやき あひける。光音はこれをもしらず。さま〴〵のものかたりしてをり。夫婦は しきりにこゝろえがたくてやがてたちて娘がねやの戸ひきあけければ うちより大いなるをのこの。さかやき寸ばかりにのひたるが。袖ひろききぬ うちきてはしりいで。あわたゞしく戸さうじうちあけて。庭にいでゝ いつごともなくにげさりぬ。夫婦はかほうち見合せて。興さめたるさま 同班収断人三編下 和歌哥 してあきれをり。光音もおどろき。何事にかととひければ。夫婦のもの こたへて。光音ぬしの。わが娘にかよひ給ふとおもひをうつれば。けふまで のどめおきたりしに。こよひはからずもかゝることにおよべり。光音ぬし もちぎり給ひしならんととひければ。光音たちまちけしきかはりて。 おのれはきやうなかことに。くみすへきものにあらず。けうのことゞもいは るゝ人々かなといひて。やがて座をたちてかへりける。しばししてあるじ 一安事ありて外に出けるに。門のまへの柳にたんざくゆひつけてあり。 何ごとにかといとくぬれたるまゝ。とりいれて見るに。光音のかきたる にぞありける 木々はみなそれぞとわかぬ雪にだに柳はやはり柳なりけり かゝるときにも哥よみてかへられしは。ものかたき心にも風流はこもり けるとぞおぼゆる。此家の夫婦か霜の足跡といへるうたを見て。娘が恋 人なりとおもひしは。いと〳〵をかしきことならずや ○文景舎汐道の伝 一汐道は。本町三笠町に住して。武家なり。氏は河野。俗称を僊 三とよび。別号を文景舎とぞいひける。心長きこと他にこえ。よく 馬をのり。馬を飼ことをこのみ。馬にやまひあるときは。くすりをえら みてこれを治すまた妙なり。ひとゝせ秋のなかば。友だちの家々に消 息して。こよひ月見んとぞいひやりける。夜になりて友たちみなつどひ きにければ。たかどのに席をまうけ。酒さかなあまたもていでゝもてな ○狂哥人三編下 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ しつ。人々も興にいりて。詩つくりうたよみてたのしみける。しかるに日ごろ いと〳〵むつましくまじらふ友のいまだきたらざるあり。ふたゝび三 たび人をはせてよびむかへけれどこざりければ。はては汐道みづから行 てむかへきたるべくおもひて。外のかたに立出ければ。ひかのほどさるかたへ かしまゐらせおきける馬のさうぞくおごそかにくらおきたるが。その みたちより。たゞ今かへりきて。庭の松のもとにつなぎたり。汐道これ を見てうちよろこび。やがてこれにのりて出行けるが。さてもその夜月 はみがけるかゞみのごとく。さやけきことは地をはふ虫も見ゆるばかりに ぞありける。汐道この月をうちながめつゝ。ゆくころは亥のときばかり なりけう。ときにこの馬三ツ目といへる橋のほとうより。ひだりへうちめぐ りてゆく。其みちはかかなれど。汐道は月のさやうなるに。心すましをり いづかこともわきまへざりけるに。ゆき〳〵てひとつの川あるところにいで けり。こゝは船わたしなれば。夜は人げなく行べきかたもなければ。馬は こゝにとゞまりぬ。汐道はじめてこゝろづき。きと四方を見かへればこは 中川のわたりといへるところなりければ。大いにおどろき。こよひ身の きよらなるにめでゝ。はからずもこゝまできつるあさましさよと。くゆ れどもすべきやうなし。されど月にめでゝかゝりところまでさまよひ きしは。のちのものがたりのたねともなりなましとおもひければ。かた へに杉の木のいと大いなるがありけるを。そが皮をけづりとりて。幹のしろき ところに。やたての筆とうでゝ。かくかいつけたる ○狂歌野久三編下 一〇〇〇――――――― 汐道 てる月のかゞみにめでゝ中川やうつしこゝろもなくてきにけり と一首のうたをのこしおき。又おもふやう。こよひあまたのまれ人をま うけおきたれば。わがをらざるをいぶかしみ給ふべし。いでかへりなんと ひとりごち。馬のかしらをひきかへし。ひとあてあてゝはしりけるほどに。 またゝくひまもあらぬまに。家のほどちかくなりにけり。家にはまれ人 つどひゐて。あるじの見えざるをあやしみいづこふかおはすとて。しも べにとへば。さきのほどいづこへかいで給ひしとこたふ。さてはとて外のかた にいでゝ見るに。はかかにひづめのおとす。人々いふ良夜なれば馬にのりて遠 く見ありき給ふ人もありけるよとていひあへり。しかるにひづめのおとやう 〳〵ちかくなりて見るにあるじなりければ。こは〳〵いかにととひけるにぞ。 ○王文予也三郎下 ○好哥吉〆三編二 汐道はおりたちて。かゝりしことゞもかたりける。ときいまだ子のときに はならざりけり。月のうるはしきにめでゝ。まれんをまうけおきつるをもわ すれ。かゝるとほき所までゆきゝせられし。げに月花を愛する人の心 またべちなるものなりとて。人々かんじあへりけるとぞ。おのれいぬるとし。 鹿島名所図会ゑがゝんとて。鹿島にまうでけるころ。此わたりをと ほりしに。かの杉にかきたる哥。いまだきえずしてありしが。今も猶ありつ るやいかゞならんか ○春迺屋不美人の傳 不美人は。浪速天神橋のほとりに住す。別号春迺屋とよび。信 一稱を和歌麩屋荘兵衛といふ。心のどやうなること。はじめにいひし 一文景舎にも猶まさりつべくおかなひ。荒流なることいはんかたなし。ひとし せ冬。皇都に行たりしが。しはすのなかばばかりに雪ふりける朝。不美人。 とくおきて。けふ雲見にいづるなりといひて。わらぐつはき。みのかさうち きて。やどりをたちいでけるが。雪はいたくふりつみて尺あまりにもな りて。さふさも又たえがたくこそおぼえけれ。次の日はます〳〵ふりて よものけしきいとよししかるにこれもまたおなじ心の人と見えて。みの かさに野ぐつはきたるが。みたりばかりうちつれて。そこかしこはしりめぐ り。雪のいとおもしろくふりしきるをながめありきけるが。小野の里より 一都にいでゝ。炭をひさきてなりはひとする賎の男ら。おひ〳〵に炭うち になひ。あるは馬におはせなどして。いくたりかつれたち行も。興ありて 不美人 おもしろしと。このみたりの世見人。はるかにこれを見やりつゝうたなどよ みてゐたりしが。此時いづこにかありけん声大きく 都まで炭をになひて雪ふかみしろくよごるゝ小野のさと人 といへるうたをいくたびかうたひけり。みたりの人々おどろき。こはいづこにか 人あるらんとそこら見れども見えず。さては狐狸のたぐひにやあ らんなどいひのゝしりつく。はしりめぐりて見れどさらに人ありともおぼ えず。ます〳〵あやしくてかしここゝ見ありきて。松のもとにこだかき こところありければ。こゝにのぼりければ。こはなめげなる人々ぞ。わが笠の上 をふみ給ふは何事ぞといふこゑす。ふたゝびおどろき。やがてかたへよりの ぞみ見るに。ひとりのをのこみのかさうちきて。松の下にかゞまりゐたる ○七月一日 ○狂歌歌人三編下 そが上に雪いたくふりつみて。小山のごとくなりて。たゞ顔のところのみあ きたり。みたりの人々あきれまどひ。ことをそろへて。御身は何人ぞと云ふ に。われは雪見るものなりとこたふ。さらばいづこの人にて。名はなにとか いふぞととへば。おのれはなにはにて不承人といふものなりといらふ。みた りの人々。さては春の屋のぬしにてありけるかとてよろこびける。されど しりし人にはあらず。名をきゝしりをりければ。かくよろこびしなり みたりのもの又いふ。いつのほとよりかこゝに居給ふとせへば。きのふより加 くてありとこたふ。ものほしくはおはさずやといへば。をり〳〵かれいひを たうべ候といふ。酒のみ給ふかととへば。酒はいみじくきらひなりといふ。人々 その風流なるをかんじ。あまたゝび賞賛しけるとなり。其日夕にいた りて雨すこしふりいでければ。不美人もやをら身をおこしたてゞみ のかさうちふかひ。みたりの人々とともにそやこのやどりにかへりけり。不美 人がきのふよりこゝにありしといひしをそらごとなりといふ人おほかり があわへやどのあるじにとひしとき。不美人ぬしはきのふいでゞいまだかへ りき給はずと。こたへしにておもへばまことなるべくぞおぼゆる。げに風 流の人にぞありける ○山外楼金成の伝 一金成は東都小舟町に住して。氏を飯村。信稱を清三郎とよび 別号山外楼。又福々亭といふ。酒をこのむとひとかたならず。こゝろの まゝにのむときは。斗をもかたむくべし。されどみだるゝことなく。人とあ ○王吹行人三編下 水 小歌青〆玉絵丁 らそふことなく。又すくよかなりとぞ。このことはちかきわたりの人々。い ひもてはやしけれど。其證をさへ見ずてありしが。いぬるとく友達二十人 あまりいざなひつれて。伊勢にまうでけるとき。内外の宮居も拝し をはり。朝熊やまなどうちめぐりて。みちのほど人々酒のみて。多く酔 たり。かくて二見がうらにいづるみちにてひとりの友。おのれけさのほど ものおほくくひたれば。むねくるしくてたへがたしといふ。このうちにと しいそぢあまりを四ツ五ッもこえたる人あり。これをきゝてなべて世 の也わかきときより。ものおほしくふことをこのむ。こゝをもてやまひを 生じつひには世をはやうすることおほし。ものくふはすくなきこそよ けれとぞいひける。おなじ友に松三といふへ。これもよはひむそぢはが りなるが。このことを聞てわらひていふ。人はものおほくくらひて。よく身 をうこがすをもて。身体おだやかなり。足下のいふごとく。ものすくなく くふことをならはしとするときは。つひに虚弱の性となる。こゝをもて世 をはやうする人いくばことかぎりなし。さればものおほくくひたらんに はしかしとぞいひける。はじめの人またいふ。そはえせごとなり。おのれわかき をりよりものすくなくくらふをよしとす。かくまでとし老たれど。いま だ病といふものをしらずといふ。松三がいふ。足下のことまたひがことなり。 おのれわかきときより。ものおほくくふことを要とす。ことしむそぢな れども猶すくよかにて。気力ます〳〵つよし。ちからにもあれ何にも あれ。足下にはおとらじとぞいひける。はじめの人いろをかへて。こはけうの 卅九 ○狂水寄久三陽下 金成 人かな。われは御身のごときえせ人にはものいはず。たゞ人々にしめすなり といへば。松三又いふ。足下われにものいはずとて何かいとふべき。さんぢごと きにものいはるゝは。いとけがれたるわざなりとのゝしりければ。はじめの人 もたへかねて。さま〴〵のゝしりけるを。松三もひかじとのゝしりいどみあひ けるにぞ。人々おどろき何くれとせいすれどもしづまらず。いかにせまし とうちさわで。さきより金なりは。これらの人のものあらかひにもたち よらで。岩かどにしりうちかけてながめをり。やうてたんざくとうでゝ。一首 のうたかいつけて。そなれたる松がえにむすびさげたる友たちひとりふた りよりきて何にかあらんとよみ見るに 友雀と千代のよはひをはりあひてこぶやできけん浦の松がそ ○三十二日 ○狂歌奇人三編下 とかきたり。こはおもしろし〳〵とて。手うちたゝきてほめものしければ。もの いひあらそひつる人をもうちおきて。みなよりつどひて見るに。ふたりの人 のあらそひを。風流によみなしつるうたなれば。いと〳〵あはれにおもし ろくて。かのあらそひたる人をもよびて見せけるに。ふたりとも大にかん じいふ。おののちはとし老てかくものあらがひす。金成ぬしは若うして 猶のどやかなるは。老人のはつべき所にこそあるなれ。かつこの哥おのれら があらそひつるを。かくめでたくおもしろうよみなし給ひしは。たふとく うれしきことなりとて。此あらそひはおのづからやみにけり。こゝにおいて 金なりが酒にゑひて。猶のどやかなることをしりぬ。此人のうへにはくさ〳〵 のものがたりあれど。別書にゆづりてこゝに略す ○夢中楼拔之の伝 抜之は。和泉の国堺。玉の横野のほとりに住して。氏は衣川。名は保郷 一字は之濤。信称を慶三郎といふ。別号半闌子。また夢中楼とよぶ 一茶道をこのみて。ひめもす室にいりていづかことなし。酒はいみじくきら て。菓子をくらふことそのかぎりをしらず。こゝろながき人にして。また心 みじかき癖あり。又鼓をたしむをもてあそびかたきとすめり。こゝろ しりの友などのもとには。常にゆきてうちかたらふ。こゝにつねにしたしく ゆきかふ友人のもとに。ひとりのみづしめのありけるが。すがたかほ大かたによ し。打とけまじらふ家なれば。かたみにあだことなどいひあひけるほどに 此女もをりにふれては。あられぬことゞもいひたはふれて。なめけなら ○王歌哥人三扁下 注 抜之 ことありけれど。抜之こゝろなかき人なれば。うちわらひてのみをり。し かるに此女何とかおもひけん。ある日抜之がたもとにものおしいれければ 何にかあらんととうでゝ見れば。なまめきたることゞもかきつらねたる ふみなり。こは人たがひなめりとおもひて。そがまゝうちすておきつるを 十日あまりへてのち。かの女又ひとつのものもてきて。抜之かたもとにお しいれぬ。あやしみながらひらき見るに。いぬる日おこせたるふみのかへし せざるをいたくうらみてあらぬことゞもこま〴〵とかいつけたる。抜之 もとよりかゝることはこのまざる人なるに。たちまちつねのやまひおこり。い かり心のそこよりいでゝ。やがてかの女をよびけるに。ものとりにやいでけんそ こらには見えず。ときに抜えひとひらのたんざくとうでゝ。うた一首 ○王歌寄人三編下 一統一 かいつけて女がおこせしふみもろとも。蚊帳のつかいとに結びさげおき たる。人々見て何にかあらんとよみ見るに 何ものかわれがたもとへ打こみしうらみのふみのかな釘の文字 とかきてかたへにかの女のかきけるものをゆひそへたり。この女の手はいとつた なくかきたるを。人々よく見しりたれば。てうちたゝきてうちわらひつ さま〴〵にいひもてはやしければ。女はあるにもあられぬこゝちにて打 ふしてをり。抜之は夕にいたりてかへりけり。女はその夜亥の時ばかりに ふといでしが。いづこにか行けんかへりこず。家のものどもおどろきわぎ にもに人をはせて。かしこ爰たづねめぐれどもさらにしれず。淵川 などに身をしづめやしつらんなどいひあへりつゝ。とよめきたつる。抜之 いかりしづまりてのち。これをきゝて大におどろきくやみて。神にいのり 仏にまうでなどして。女が身の安全をぞいのりける。かくてはつ日ばかり もへてのち。この女ある山家のしるべのかたにかくれゐて。身はつゝがなく てあるよし。人のかたりけるをきゝて。人々はじめてこゝろおちゐしとぞ 此ことはいぬるとし。さかひの人きたりてものかたられしを。ことし又 抜えぬしのよまれたるうた。それとおなじければ。さらばこの人なる べくやとおしはかりてこゝにしるしつ。さながらたがひたるにやしらずかし ○百種園有武の傳 有武は浪花の産にして。氏は中邑。名は得。字は玄機。別号南嶺と いふ。醫をもて業とす。祖父中邑白翁は。相術に秀。其名天の下に ○王夜并久三島下 狂歌音〆三編丁 かくれなき人なり。それより三世をへて。今有武にいたる。此人若きとき より此業をきらひ。京師に出て斎宮静斎先生を師として医を学て つひに今の業となる。又旅にいづることをこのみて。わが日のもとのうちは。 ふまざる地なく。見ざる名所なく。すべて旅にあることはたとせあまり。 なり。こしのくにして病にかゝりて。せんすべなく。つひにみやこにかへることは なりぬ。其旅にありけるうちは。をかしきものがたりくさ〴〵あり。豊前 の山中に幽霊をとらへて大にわらひしこと。肥後の旅店には賊をあ ざむきて酒をくらひ。出雲の国にては深山に道をうしなひ。猿にあひ て谷にまろびおち。あるは幽谷のみちなきところにありて。三日ものくは ざること。又は洞穴にいりてあやしき僧にあひしこと。または熊野の浦 にて鯨つく舩にのりて。死におよびなんとせしことども。あげてかそふべく もあらず。これらのことゞもくはしくは別の書にあらはず。こゝには たゞひとつの風流のものがたりをのす。あるとし有武丹後の国府中 より旅のりものやとひて。うちのりて行けるみちにて日はくれたり。一里 ばかりもゆきてひとつの山にかゝりてひがしを見れば。月のいときよら かなるに。よさのうみはるかに見えて。そのけしきいはんかたなし。有武 こゝにてのりものより下て。轎かくをのこにはいとまつかはして。しばし月 をながめをり。しかるに此輪かくをのこども。さらにかへらずして。酒代あまた をせためとらんとす。有武返事だにせずて。此けしきをながめ居ける を。此をのこどもはしきりにせためのしるにぞ。有武一首のうたをうたふ ○王欠予也三島下 二十四 ○狂歌吾〆三編二 有武 酒代をもやみとねざりて旅かごに月見る邪魔をなせる雲助 とよみて。こゑ大きくいくたびか吟じければ。このをのこども心のうち に。その風流なるをかんじけん。酒しろとふことをうちやめて。ともに月 をながめてかへりけるとなり。有武ちかきころは。和泉の国堺の津に住 して。只光をやしなひて。つひに髪そりおろして。有山人と号す。齢 一今なもぢにちかしとぞ 狂歌現在奇人譚三編下終 ○正次竒人三扁下 米哥に三統一 ○米哥壱人三銭一 初編 二編 狂歌現在奇人譚 三編 筆者黙斎三考 彫刻野瀬保治 日本橋通壹丁目 東都書房大阪屋茂吉 歌をなりて傳ふつくること伊勢物 語のおもか計あれかの物語はあ らぬことに登りなして君かことを 冑とせり胎を禁ひ骨を換り如し 此冊子はありのまゝをしるして宗きたる ことをのせす糸紙もて珠をつらせ 倶かことし馬に堂計はゝこれは 紫女と轡を並ふへくねれは蕎 蹊とならひ馳走し六棟園の翁 一緒言平加へ市良面にかさり乎 添ふ翁は毛とより伯楽連の長 たり此とも未た白楽顧て価を 倍といふへし 文々舎聖子丸 心臺堂北城堂 15057 ナリ