溪の月
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- 葛陂等畫
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- 2026-08-17T19:23:18.401Z
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- 場所: 京都府
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- 葛陂等畫
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- 日本語
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- 林伊兵衞等
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- タニノツキ
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- 東北大学
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- 2026-08-28T18:53:25.651810+00:00
狂歌溪の月上
以テ購入セル竹蘭博士
和歌有俳諧躰而狂歌又俳諧躰之
一変者也然調不典麗高簡則其狂
也堕悪道矣南都宵眠翁善臨池伎
傍嗜狂歌勿論花鳥烟霞雖夢寐咲
唾無非狂哥也然而其調興麗高簡
不堕悪道矣貞柳翁已後斯伎み一
人非耶余亦嗜斯伎與翁相交切劇
二十年一日翁没後其門人霄瑞梓
遺稿行于世可謂篤志也宵瑞乞余
序余大感其篤志故書数言返之云
寛政六甲寅春
西井堂岸之題
八重垣のその
このかみて
さむろ殿
守らず
給へ
わか
ゑひす哥
い音波守副園
わか残往月庵宵眠翁は壮年の
比より鄙曲歌のみちに心さしふかく
名たゝな信海法印り岩しみつの流
を汲世にほまれある由縁斎の梓
の糸をしたひてはしこ呂はめるは
数もしられす僕かともから打よりとも
しかふもし梓に列て世にひ呂からし
めんと乞にけれともとより隠逸を楽
しみ謙遜をもとせる心よりして
和かの浦の玉ならは社あれ井川のあ
くた藻くす何のためにか集む打捨よかし
なと便初にもされ言して堅くいなみ
けるまゝに又こそはいはめおりよきに
すゝめんよと徒にとし月を経けるに
はからすも過にし其明四のとしの夏黄
泉の旅にはおもひきけらしされは此事
空しく成行よと口おしく覚え侍れと
在し世の志に背むもきらはしたゝに
◯
て
やみにけるか早三とせの春秋も過れは
かのいましめを改め侍るともあなかち
の罪にもあらし中〳〵に追善のはしにも
ならんかしとまひなしつゝおなし心
さしなる人にかたらひ読るかうちを撰
ふとにはあらねとなし時人々にかたりて
をとかいをとかせまたはつふやき返し
てみつから楽しめるか猶耳に残
れるをことにせにかりあつめてかく
一まきとはなしぬしかはあれて我ともら
のしわさのとかくにひかことのみならんと
かたはらいたくてなを三とせも
いさよひつゝおれるにこたひ故ありてや
ことなきおゝんかたの御覧にかゝりこし
ことに感し思しめすよしにてかたし
けなくも序を下し給り標題を亥の
月と物せよと仰ありけるにそ今社は
憚るへきにあらす翁こそはなくとも
読おけることの葉はまゝとに死して
レ
しせさるものゝ命長きを桜木か
うへに見せて道をつき意とを
し給ふこと種にととをくちかく
ちなみ深かりし人々のもとへ送り
侍る事とはならぬ
門人
寛政六甲寅とし秋坤井堂
宵端書
そのかみ栗本の座さたまりて
よりこのかた狂哥をよむ人多し
しかのみならす誹諧体は代々濃撰
集にもかならすえらみいたされてよの
つねのやまと歌のなかにましらへあ
り鷲風月の春秋のたのしみ
贈答送別の悲歓のおもひを
たゝそのまに世俗に通せしむる事
もはら此狂吟にとまりぬ一休滞
庵かさとりの道にかけて詠し信浦
自神かうき世のわさにつふやましさま
いともおかし今の世にいたりては風体い
やしく雲の上のもたあひ貴人の口に
さひもやゝおとろへぬこゝに宵眠といへる
翁あり狂吟に名をえてちかきをつて
ふるきをしたひ其ていまことに風雅なる
事いにしへにもおさ〳〵おとるましかき
あつめたる集あり門人のゑらひをえ
てこたひ木にのもし世にひろむるよし
一覧してふかくかくかくかんしつたなき筆
をとりいさゝけなること紙をそのはしめに
しるすといふ
寛政子のとし九月廿日
従之位源具進撰
葛改写図
世こそ
楽しき
いたゝく
天を
嗩吶菴宵眠翁
諸ともに
うらみもなく
仇もなく
春
年内立春
としのうちに早こもりくの初霞こそとことしを二もとの杉
東から春のさきてやたちぬらんけふしら河のせきそろの声
年のうちに春かきたとて人たかり立よりみれは開帳の札
同子のとし
いとねふと年のうちまた膏薬てはるとしはすしやはらづてくる
同丑のとし
行としのうし若殿のふところへ入たる寅のまき暦なり
}
明和五子のとし
としのうちにはるたちはれのせいめい和あけて五つのねすみこて
庚辰の年大三十日立春なれは
ゆくとしの尾をうち豆に立かへる常山の地の巳のはるの勢
立春
きのふまてにらみあひせし山々もけさはふき出す花め春風
正月十一日立春
孝行のかゝみ餅かな寒のうちにものもうそうの声のたかんな
同六日立春
さ保姫のあらむのこしうらかに春の日あしかなへくさをふむ
元日
横雲のしめひく富まの初日影うち出てみれは田子のうらしろ
としひと夜かく扁鵲か術ならてこそのはらはたあらふ若水
耳に初音はなに梅か香口は餅目の正月もつきぬことふき
正月十三日立春なりし年の元日
一調子はるとはいへと物もうはまたかんこゑておつねんの礼
己丑のとし
うは玉のよるのくらまのつちのとをあくれはきちし斗わかし
午のとし
若水にゑこもひいきもなかりけりむまのかしらにくはる国々
壱
大三十日より元日かけて雪の降しに
さて降てくれゆきし年のをもしろしかしらも白しかの雪
未の年書初
する墨の硯の石に筆の鞭うてはひつしをかいそめの肴
子日
京童はらのはるへはねのひして相撲咄にひく小松山
霞場遠山
うす紙のやうにたちぬる露をは椀かく山のへたてとそみる
暁梅
にほひくる香も高まとの山かつらそろ〳〵東しらむめの花
峠梅
こたちのみたけのうちそと思ひしにゑいやつとうげあちをやり梅
廃宮梅
散かゝる岸のひたゐの梅め花なにはの宮のむかしなつかし
柳
六条の花やか軒のわかみとり青女房とみへし小やなき
糸によるものとよみにしわかれよりむすひそめし青柳の糸
残る
梓弓はるの山辺はしら雪の肩ぬきかけているとみへたり
兼錐
○
一
山伏も水もきえて日高川地かこに芦の角はかりなり
春日望山
唐を追ふ猟師もけふはきさらきの二日灸をすえて山みん
菜花
山吹の色はともあれみのゝちは照らす夜光の玉のなの花
涅槃
煩悩の垢によこれし餅はなもねはんの門にけふはいりぬる
雲雀
師のひはり弟子の糸ゆふひきつれて雲や霞の衣ぬひて
春雨
うろくすにあらぬあられやいり豆も皆はるさめのゑしきとそなる
古寺春雨
もらさしの誓ひむなしくふる寺の仏もぬるゝ袖のはるさめ
帰雁
薄墨にかく玉章はつきめしてもとのを後に帰るかりかぬ
花
ひきわたす霞に花をすきませて紋半切とみよしのゝ山
花下忘帰
はなになかめ入相のかねをもとてにて利は千金の春の火災
夜桜
名所記
○
三芳野の山は世界のはなはしら誰かめがねにもかゝるしら雲
古戦場花
年月は遥の谷のはなの宵まつ四言ひやうゑ名を残しけり
花の哥よみし中に
楊貴妃の花にうか〳〵うかもれは酒やさかなのしろをかたふく
一もとに花はちふさのうはさくらわれも〳〵と見にきてかむ
たれも皆きてはみつめのきりか谷花のさかりを穴のあくほと
入相を無間の鐘てつかせたちちりゆく花も何そにはなろ
尋花
きざつけてみふねの山も尋らんはなれかたなのみよしのゝむ
花の
ふけん我
よる
つなかれて
にも
黒木に
髪の
いたゝく
小原女か
為改画
〇
惜花
散らてあるものならむに礼せんとんなことちと人はいふとも
長安春皇
やえひとへけふこゝのへの数みせて花のにしきを織出しの春
三月三日
青き鳥と見えしは草のもちゐにてゑかほは花の西わまに
藤
枝々を自由自在にふらさかり松にやとりをかるわさの故
暮春
風前にちる山吹は千金の春のあたいをなすかとそ見る
三月尽
おしめともついたつか弓はるの夜のやみにやよいはひいてかつらす
夏
首夏雨晴
うべこみの若葉の梢雨はれて花かあらぬか蝶の三ツ四ツ
新樹
兵法のふちのしなえも棒樫も夏こたちにはまけてか〵るゝ
四月八日
手にとれはたふさにへはれもちつゝし竿の先にて花奉る
郭公
源山路は今や啼らん杜鵑茄子のはつねきくにつけても
いかにせんこぬ夜あまたの時高またむらさめの給ふも空こと
ふら〳〵とまつにかゝれはほとゝきす藤のおもはん事も恥かし
幾声もなと意橋のほとゝきすひとことぬしの本尊かけたか
うのはなのかきねを銀の曼と見て山郭るかけたか〳〵
峠郭公
たきつたる声多門山ほとゝきすひらくもの釜かけた〳〵
保とゝきすかけたか〳〵かけたかとこゑたのもしの峠にてなく
鹿子
筆にゆふかのこは産に善もなつ毛うまれをちからはしりする
寺中麦秋
麦の秋みるめいとはすかりいれてほこりかつきのあま寺の庭
橘
にほふをははなたち花のかほるとは昔の人の袖のまちかい
五月雨
玉ほこの道ゆき人のからかさもやれてほとふるさみたれのころ
端午
芦原の中に粽となりいつる神代の事もおもひいつかや
丁
蛍
高き名を照らす蛍の灯や今の世迄もかきたてゝしる
月前堂
月夜にはとてもあいてになられぬとねたか蛍のたまくらのをの
蟻
ひく聲のゑいさらゑいはきこえねと様にやありの熊野海道
夏日倦繍
夏ひきのいとなかき日にくゝひれてはりの歩みもおそき山道
夕立忌度
桐の葉をたゝきおとして過にけりもはや秋かと夕立の空
舟中麻牧
乗合舟さす蚊
はかり歟
みしか夜に
くらはんか
まて
せめて
寝さ
せぬ
漁月㊞
雷
銭金にまさりておしき命かる雷におぢて戸棚へそ入る
吉熱
汁水のかは一はいに流るれはおもひ〳〵にせをよつてこす
苦はむしいはほはこけて水は湯にたきりて落る蝉々の声
うたかたの水のあはれもなかりけり青みなつきにうをしほる池
扇
たゝみてはいつもこし路の雪の花ひらけは匂ふ風のかゞほれ
花火
両国のはしと足とのあかきまて都にまれなはな火見事や
ト
泉
井戸ほりかなかるゝ汗もいりけりむすふ泉の水すしを得て
閏六月
くねつさへせんかたなつの其上に又ちうねつの閏六月
六月晦日
盆またてけふみな月の払せは書出しのかみはうけすなりひら
秋
初秋
ちらねとも風に木の葉の先痩てとこともなしにあきみへすく
し
夏野ゆくおしかの角のつか〳〵とついつゝかけて秋はきにけり
残暑
土用より扨もあつやといふならくちこくの釜のあき風もなし
閏六月残暑
極暑残暑続後々拾遺かきつめし汗はあつさにちりはめにけり
七夕
とし毎にあふとはいへとあまの河なかれてゆくか子のさたはなし
文月の七日を的の星合は悲しめ矢数のちきりなるらん
昼夜帯星に手向ん一とせにひとよむすひはのこりおほ空
七夕洗硯
したなはたと同し硯の玉かしはあらはれにけりとしに一たひ
盆
蓮草の似たかよつたのこゝろもて魚やは糠を鯖とあさむく
月前聞踊声
手拍子をうつ声きけは月きよみまたね九人かおどりはしむる
寄牧相撲
飛入とたれもあなとる蚊のすれにさゝれてひるむ関のふともゝ
花
喰しはりこらへかれたる夏もはや口あき風かおきの葉にしむ
萩
D
巾着のいとはきかけてをく露をなく虫の巣のむかとそみる
虫
月はまた夜をこむろふしたか〳〵と馬おい虫もいさむすゝむし
月をみて由きく秋はおもしろや月のはち月に耳の八月
むくもとの月に夜すからみからみかゝれてなく轡虫日本一口
鹿
春夏はひいとなきしかいつの間に恋をかせきの声かはりして
同
枝かはす汀の松めかけ見えて月も木つたふさるさはの池
丸けれはこそ千金よあの月か飯櫃なりなら何万両ぜん
文弥よりなく鹿の
鹿の
秋は
はらわたを
たつよこ町に
町に
軒つけの声
杜陵
〇
七月
十三夜
秋の夜のつき歩のこまの十三夜今宵のこの字に頓てなり金
待宵
待宵の月の位は中将姫雲のたへまをねり出たまへは
おなしく
十といひて四もとのくれを待宵の月は遥に雲入の曲
名月
名に高きこよひの月にくらへては花ももみちも土けはなれぬ
明らけきかけは鷹取都山こや連城の玉の名の月
雲はみなつきよからすもわかかけのくろきを友とまとふけふ哉
待宵はくもりて今夜清光なれは
まつ宵は雲のかほいしくらのすけはるゝ三五や忠臣の月
雲のみおほいけれは
酒のんて芋も存分けうへのゑようにもちの皮かむきたい
宵より雨降しに
暮るゝよりそろ〳〵雨かふらすこの金魚も見えすひれのない
宵に雨ふりて初夜の比より晴けるに
丁とけふわか御ちそうによいまとひいぬいねさめを月めもてなし
景清門に十六夜の月をなかむる折ふし
きぬこの音のきこへけれは
いさよひのかけきよ門は月にうつしころの声もそえてみをめや
十四五六夜雨ふりつゝきしとし
山の端をてんじゆ事かやけふ迄の三かひとつもすまぬ名月
初雁
初雁のこゑするかたに月さへて影は障子におつる桐の葉
祐
から衣うつゝか夢か月みるかきぬたの音のとたへかちなる
秋夕捨子
なんつく秋のゆふへの風にきくすてこの声ははらいたをたつ
松茸
さし櫛ににたりは女ともみえて男なりけり松たけの笠
まつたけのかさはいつれもかゝ深江さては細工のすきなりも有
菊を見て
五斗米に見ぬかほしても千金の菊には一首よまんこしけれ
重陽
くめや酢め給ふくむ菊の酒のゝち更にことしに節句なけれは
九月十三夜
玉の名のさんこもあれとすみよしのけふが実のいちの名目
橋上後月
伝へんときくより日をはかそへきてかひの土橋に心すむ目
人はしに取揚はゝかきてのそく其さんのまのまめの名月
紅葉
一本宮の峰のもみちはあか童子松にも色をかすかまんたら
秋風にすそ吹まくる男山ふとしかいてのもみち見せたり
うはむの夜めにはしらす牛流のもみちは今かまつかいな昼
洞の紅葉といふ所にて
楊は妃の花の春より色ふかきほうらいの秋の洞のもみちは
こさふくと夕さりふかくたちかくす木々のもみちはゑそにしきなり
葉山子
つつほりとひとりたつたのかゝしをは夜半にやきものわるものとこ
九月尽
はきよする箒のさきのなか月もきれて木の葉の庭に晦日
冬
初冬
冬のきて山もあらはに木の葉ふりのこる松たけ一本もなし
時雨
花もみち散てののちは一色の松にしくれかめ露をもてくる
いたゝきを赤ふしくれの穴もあるに何とて松はそめかねてゐる
行烈のかさをさせほせ定なく奴もしくれふりみふらすみ
霜
かすか野に起臥鹿のせなるにもかく霜月の祭ちかつく
菊は皆咲尽ぬれと更に猶のこる枝葉にをく霜の花
水
龍田川けさは氷のはりつめてひどろに花をかさるよそをひ
水鳥
方円の器にしたかひて水鳥のおしろの堀の浪しつかなり
暮るゝ日を駕の羽風にまかせつゝ流れわたりにゆくとしの浪
無二宵や万能かうの
きめうより
親かう
〳〵は
何に
つけ
にも
も
漁月図
七
鷹狩
きつと手ににきりこふしのたりもちは散しもやらて身をくく
ぬゝめ鳥
霰
板やには音はかりして白倍のはやくも庭にあられたはしな
雪
真白に三輪の山もと道もなしたゝ豊年のしるしのみして
野路初雪
野は雪も初平か術をかり田にて其侭とけてひつし生出る
雪埋桑畑
つもる雪いなり山より見わたせはあをかりし葉もしろき莱田
雪中咲貧
なきなたもよろいも馬もなかりけり佐野よりうへをゆきの夕暮
古戦場雪
しら雪はこしのものとていくふりも降うつんたるくりからかたに
十二月朔日に
鬢の霜かほに師走の夕うこそあれわれもむかしは乙子の都日
としのくれ
としの尻おしつめれとも心つよふみかへりもせすゆき女かな
かけとりは十万貫を腰につけ財布を羽ねに場春へとふ
一つつゝ年賦にとしもくれゆきてついには老をならんとらも
て
斯としをおしんて誰もわかんぬる柳の枝に餅のはなむけ
戌年暮
うちたゝきせねともついにくれてゆくとしはほんのりのいぬにあらねは
節分
ゆくとくるとしと年との挨拶は互にまめをいはふせつふん
かそふれはわか身につもるとしの豆おく歯むかふは何いたむかん
神祇釈教
元日に春日御社に詣て
日をこそ見かさの山の初日影言句にも中々〳〵仲麿
同御社奉幣使甘露寺殿下向し給ひ
ける時雨降けれは
降雨も甘露寺殿としらにきて雲の上よりくたり給へは
同松木殿下向し給ひける時
此たひはぬさの使を松木殿千とせ三かての神は守らん
一同御社造営成就してあくるとし
いぬのえるに詣て
〇
せ
たさきくみの三とせみやしろ宮作り皆事たるきこまいぬめ春
加茂葵祭祭を祭を拝えにまいりて
何時とみな人ことに日にむひて葵祭のくるまをそまつ
神無月の比神詣して
詣きてみれはうすめのかみな月きねはかりふる初しくれ哉
山中柏手
うこきなき神路の山にかしはてをうては神慮にあふむ石い
菅神八百五十年にあたらせたまひける時
佐保川の天満宮に千燈をさくけ
奉るをおかみて
はるゝ夜の星かはかりのさほ川の神せんしろうかゝるともし入
水室御社にて九月九日を初日として
勧進相撲ありしに
初日そと菊のひむろの相撲にはたれもたかきにのほる桟敷
宮柱西と東にふんはるはあつくれすもふのせきとりいかな
春日祭礼諸家の奈良入
鑓持の羽織の袖にをく霜のしろきをみれは夜とおしにふる
同松ノ下
冬ほたん咲や当屋の児文珠花をかさりて獅々の座につく
毎朝神詣
あさとに生るこゝ地そ一夜松まふてきたのゝ神の広前
興福寺維摩会
誰摩会は面向不有の玉なれやとちからみても正めん〳〵
草も木も仏になるとゆいま春は皆緋の衣等ももみちも
東大寺龍松院年忌法花八講法事
ほう法事法花八講花ふりて龍松院にうくひすそとふ
大仏殿に詣て臘月なれは
極楽のさたさへかねによるとしのしはすもみらず大仏の顔
かねにしておけは残りて有かたやちとせのゝちも拝むみほと
古寺鳩多
身をかへし昔を今は俵にして鳩の糞をもちきにふる寺
釈教の歌よみし中に
後の世をしるもしらぬも町人は仏のはたゑねかはぬそなき
肩衣をかけて思へは極楽へこいといふ字の御文うれしや
恋
見初暴恋
素麺のいとくりかへし慕ふかなすきし日ひよつと三輪の
出女
〇.
二十二日
セ
初逢恋
余の事は皆わすれ草住よしのたからのいちや新枕して
義美妻恋
あれはたかつま紅と立て見ついてそやしまのうらやんでゐる
依胎顕応
恋のやみみそかことせしむさしのは段々見ゆる月のはらなり
物詣見初恋
吹上し風にそゆらくむすたれ今もいひ出す人のしかてら
後朝恋
逢みての後のあさめし物そ思ふ腹の大きになるにつけても
欲通章台
かよはしと思へとも又そゝかみのたつてくるものさとこゝろかな
空待立腹
今こんとゆふ坂も皆通りにけりひもしいはらはたてかいもなし
並床不逢恋
わかこひは京間にたらぬ古畳ならへて見てもあはぬとこかな
寄線青恋
うかれめのあそひをためす線香は仏御前にたてはしめけん
寄虫恋
こぬ人をまつむしかこの心かな蚊口のうちにてねをのみそなく
俄逢難言
玉川にひよつと逢てはいふことの山々吹も口なしにして
一去後悔恋
ひよつとしたはりをは棒に取なをしたゝき出しての跡のくやしき
娘逃日美
そのはらやぶせやにおふる娘の子みかくとくさの日々にうつくし
闇夜淫詰
しの竹のしけて恋路は闇に矢をはなしもいとゝひきめてそいふ
遇不逢恋
ときはなる緑もこひのいろ〳〵にあふのまつはらあはすの松原
恨
きぬ〳〵の恨の数はつもれとも道成寺の外は息才なかね
依孝離恋
かけこにきつまと思へと玉くしけふこ親の気にあはてさり状
惚難言恋
一浩然の気はほれなからこれ申給ふしと計ていはくいひかたし
逢夜精進
精進日は見るめ計をかり枕しほたれてのみぬるとこの海
稀逢早別
久しふりてちよとあふ坂のせきとめす頓て別てはしりの水
せ
花街忘帰
そんしくしのかな文のくるわかよひにかへりてんなし
姑勝嫁
よめなよりにかみはあれととこやらによいかをもちなふきのしうとめ
憑老婆逢恋
しらゆきのやうにつもりし恋の道老たるうはを頼てそあふ
寄花火恋
おもしろうしかけてみせて銭にする花火の竹のつゝもたせかや
寄海恋
にこやかな海のおもてのしほのめに皆うき舟かこかれてそよる
恋のみち苦は
いろかえ事
山吹の
瀬川は
拾ふ
椀久は
まく
如蘭女国四
せ
うかれめ
白我となりしはむかしかたりにてのこる江口の君かはな代
寄東恋
こひ衣たちはな姫の袖の香の昔をしたふ山崎は次兵衛
寄南恋
鶺鴒のをのつら世に伝へきてたへせぬ恋の道の道の指雨車
寄西恋
そめいろや朱雀の秋は金次第千束をまゝてかなふにしきゝ
寄北恋
一
二ノ里三十一
削らせてとりゐを恋にかすかのゝいもりのしるしきいてまた白
時々物いひし女のこし路へまかるときゝて
書てつかはす
帯の名のちうやむすひし契さへ遠くこしちのいつめくり
あはん
すさめられて後音信なき人におもひかけす
物へまかりけるみちにてゆきあひて
わすゝれて久しくなりぬ。住よしの岸にあふてふはな〳〵として
}
哀傷
上司延親神主を伴寺に送りて
もとよりも塵にましはる神つかさ其あらかねのつちをともな
十文字鍛治武木氏八月十五日に身まか
られしを憚て孝子信馬の許に贈る
はらこたをたつよこともにかなしきは秋の宮中の十文字かち
信馬をいたむ酒好なりしかは
桐の葉の散よりもろく明樽のかゝみのやうな月をともてら
岡島李経のぬしは平生風雅にあそひ
誹諧狂詠を楽しみ高昨多し且予か
口すさひしねなしことをもなにはのよし
あしにつけて人にもかたりよろこはれぬる人の
なき数に入られしときゝてかなしひのあ
まりいひ出んことの葉もなきを吉川椒亭の
ぬしにすゝめられて孝に計百丈のもとに
かくそ申いれ侍る
よし、あしのねをしる人もなき跡に手むけの歌もむたことのことめて
医人琥珀はもと刀剣を商ひ金細工なとせし
人なり平生咄上手なりしか終に黄泉の
客となられしを友とちうちよりいたみて
○
二十一
一宇咄懐旧といふことをよみて手向となし
ぬる中に
相口のはなしめぬきもいときれてはやふるつかと見るそかほしき
悼野呂栗山翁
釈迦のみあととゝめし跡を止置て石になき名を残す文月
安倉氏六月に死去を憚て
なかきとてたのみも夏め入相ははやしのかねの飲求浄立
浪花栗柯亭をいたみて
一橋数のなにはに名をは残しけりなからの橋てくりの木のとし
紺屋のみまかりしに
世わたりの紺屋の地こく酢けりめいとの道にあさつてもなく
銭屋のみまかりしに
さしつまりつなかれもせすついころりついにあめ世へしかけ銭哉
一子を先たてかなしひのあまりに
用にたつひとりのこかねさきたてゝ世にふる物とさひしならもの
無常の歌あまたよみし中に
わたり得ていきと思へかせきとうのしろ石おほくうつせ水
もことせもちとせも同しねさめにていひもてゆけは共に夢の世
誰とてもいつれはのかれかたかなの一夕こを死の文字とみせけり
ついにゆく道くさとこそなりひらめ花ももみちも恋も無常も
セ
浄土の三部経書写せる人のこゝち煩はしく
なりて残れるを予にうつしくれよとたのみ
ぬるをうけこひていまた書はてぬうちに其人
身まかりけれはいそきうつしおはりてなきあと
〽おくるとて
思ひきや弥陀の利剱をなならてなけきのもとにけふかけとは
住馬一周忌石碑のもとに参りて
呑止んて丁と一年さてはかの酒吸う石はこれて有とか
油畑斎廿五年忌
古ことの廿五すしめ糸柳くりかへし〳〵月にたんする
南渓師の先師廿三回忌に歌よめと
あれは
つけ親の月星日数廿三ねんきときひてほけきやうかよむ
油畑斎三十三年
光陰の矢数も早くたつか弓三十三間堂のむなきの
証貞新盆
おもひ出るおさなこゑさへ高砂や此うらほんにまつはつれなや
浪花五井先生の出題にて百首の哥をよみし
とて栗柯亭よりうつしこされしは長月
はしめの五日なりしによ風ことしは玉雲翁の
し
七十年に当りぬれは予も此題にて百首を
つらぬ九月十三日玉雲翁の真筆の一軸に
備て捻音するとて
なにはつの詞のはな音くみ分て二番せんしのなら茶手向る
旅籠
高安氏の子息初て江戸に赴をおくる
行すゑはひろきむさしの能ふたい五十余駅をはしかゝりにて
城州和米に哉に日くれかゝりけれとなをあつて
たへかたくて医光寺といふ所にしはらく休て
暑やとてかたいらぬきていとうしにかゝれは汗もやかていりあい
秋のすゑたつ田に泊り夙におきて
射もはやなかはたつたの鳥のこゑこか紅葉にあけのむかき
伊賀の名張に哉に道のけはしきをしのき
漸みやうこといふ所にいたりて少し平作なれは
む
三坂のけはしき道をたすかるはまことにろくちのみやうこ也けり
おくらふくすみなといふは山たかくてとをくあた
こ山も見えわたり折しもさくらのはなの
咲ちれは
山さくらこゝもおくらと聞からに花にあたこの風やふくすみ
炭竈あまたあるを見て
白たへにさくらの枝もきりくへて苦は色かゆる雪とすみかま
名張に宿りて
乳の下をかけきるやうな心地する面向不背の玉みそのけ
水玉の散るをは尤のしら浪と
てんしかえたる
せいめいか滝
大坂
一耕、南斎画、
汐干みんと思ひたちやよひ二日泉州におもむく
ひるつかたより雨ふりてやます河州矢尾の
ゆかりのもとに宿る折から普請成就し
数寄屋なともあり馳走にあらて
勝手よふたてし茶の湯のおさしきははんしやうもみへかまも
潟は干るこゝはしほ瀬のふくさなる御ちそうにあひみつるうにはら
こゝにふた夜とまりて四日の朝堺に赴く
るなをやまねは
三日四日かわちのとろにあきなから又大雨の道にいつみち
秋の比河州にいたり木村何かしの墳にて
今もなを感風りん〳〵〳〵と耳にそのこる松むしの声
江州八幡菊井氏の許にてさま〳〵の饗に
一軸は大乗院殿の御画に
妙法院宮御賛あり筒に桧あふきの花を
入れられたるに
宮様と門跡様のかけ物になふてはならぬひあふきの花
城州木津おち村翁やといへるかたに初て
ちそうにあひて
御ちそうにわかおとかいはおちむらの翁やへけふ三番叟にさて
大坂にて朝鮮人を見て
七
朝鮮も大人参は稀にやらでのかほも皆ひけはかりなり
伏見むかひ島にとまりて
一浄たりのふしみにかゝるふんこ橋いさ都路の事かたれきこ
旅落葉
もみちはのいろ赤坂もうちこへて早くちりふの秋とくれゆく
旅行紙子
たひ発る〳〵思ひたちまちにちまたのかみこ切ぬさとちる
妙国寺に名たゝる蘇鉄をはしめてみる
ふつときて見るもそてつのふり合せ誠に他生の縁の下から
5112
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
狂歌溪の月下
狩
第4門
鶏
月
せんくりに昔の人は入かはりひとつの月をのそきのからくり
同
同
物なかい日しやの夜しやのといふうちについ盆になり正月かくる
同
吹とても枝をならさすすら〳〵と上代風をならへ風の手
雲
立きりのとみつき山に風ふけは山又山にかゝるうきくも
山
貴しとするかの富士は実語教にとうありとても山の大将
海
浪風のあらき時には智恵の海に心のいかりしつむるそよき
川
定めなき淵瀬なれとも月と日はけふもなかれてゆくあすかに
隣
代
つゝしめや隣同士のよい中にかきの木うえて不和になりもの
其中にたちをくれたる恵美次紙はゝもひろ田の恵なるらん
墨
しろきかみを忽ちくろくなす事は胡麻の油のゆゑん墨なり
墨酒石
仙洞の御所より名をは玉かしは世にあらはるゝめんほ〳〵ゆ石
針
王者の師あらんと尋くる糸のこゝろすくなる弟子をつりはり
書
風かけり鶴の舞なるいきほひをかこ字にうつしとりの足跡
法
し
皆人の心のこもるしろかねはしやくせんまんきうちはらう也
双六
双六のさいとなりてもさほ鹿のめをあらそいてふりたつる角
千里鏡
ひきよせて三井の古寺鐘はあれととをめかねにて声はきこへす
風鈴
一交りの道は風鈴の短尺て銭をつかへはちん〳〵となる
道唐使
一遺唐使ゆくはこち風もとりにはあちから風の吹おくるはん
廃宮
夏もはやいつさの宮の草しけみひらき残りしひあふきの花
源更酒盛
さかもりに千とせの命の人にけりさよもふけ升のつるの吸もの
田犬
夜は守り昼は狩場をかけまはる是そ猟師の座右のめいとん
石燈台
かすか山おしかの角のまたたくひあらしこからしはらいとのかた
影燈
燈籠のかけくる〳〵とまきかりはふしのけふりの火気にそ有ける
瓢酒器
◯
セ
あさくともよしやよしのゝ花もみち下戸はこれにてことたるの酒
茶
侘てのむならのせん茶のせんの字も利休の氏のなかれをそくむ
酒
のめうたへ謡ひ過すなのみすきな一寸さきはやみの用しん
飲食
いふならくなしくはしらずのみくいは刹利も主位もかはらさりけり
鼠
一つれにかゝる鼠の往生は極楽よりはなをも戸おとし
米相場
せはしない浜の長は砂の二厘五毛つもれは人のおいとなるもの
浅舟人積
日さかりは暫人もこす川にいひきよこたふわたし舟かな
小金色紙本歌とりにしてよめる百首の中に
花の色はうつり〳〵て七小町さても此世に長居せしまに
ちはやふる神代もしらす竹田出羽からくり人形水くゝるとは
難波かたみしかきあしの契にてあはれこの世をすくす辻君
心あるにをらて其侭をく霜のしら菊の花おとりこしと
つく〳〵とみろく出世の暁はいかに久しき物そとひたき
後の世は行末とても片便宜まあ息才な命ともかな
七
中よきも心はしれす黒髪の蛇より後生一へ上人
まゝ母のさても工みはあるものをうきにたへまの中将姫さま
世の中よ道こそおこれ木のはかく山のおくにも子曰
餅百首の中に
老ぬれと又正月の餅くふて花をし見れは物おもひもなし
また咳になりひら餅のあたすきはみたらしたんこくへとも〳〵
星は皆月夜に宿を鳥は樹に下戸は餅紙の門たゝくなり
まつり客腹に借屋もなかりけり新米餅に秋の夕めし
あられいる音はきけとも年寄ははくきに老をかむ計なり
出雲にて縁をむすふのちきり餅みつちとのあるも残てはなし
かきもちのくたけて物を思ひつゝ身をあふりこのうへにこかるゝ
酒のみを禁め給ふ御仏も餅にむかへは善哉〳〵
幾かゑりおなし千とせをかさねもちほすむしろ田や敷嶋の事
源氏題の歌よみし中に若紫
むらさきのうへまて捜すすき人は五色の外のいろ好みにて
蓬生
孝行はまことに人のかなめ石常陸の宮のゆくゑ見るにも
朝顔
情ありて世つかぬ色や朝かほの花のみさほの末もけんこし
初音
◯
十一
鶯の初音やさしき姫君は春のおとゝをつけ親にして
長恨哥日本も同し恋の道金の剱何のかのとて
いろはの字毎に同し字十つゝたちいれて
各二首つゝ京の字共九十六首よめる中に
猫あけ路次をそろ〳〵きてこれは色もくろ〳〵与九郎なら風卵
日々に庭に匂ひを紫苑栄難波の梅の香にも似る秋
留博奕止る所にとゝまらて鳥にもおとる盗賊のもと
母の乳父は昼夜に千々の恩児よわすれな忠孝のみち
あれ見やれ歴々の子もつれ〳〵にはふれにたれとこそかゝれたれ
僧は僧俗は俗にてそれ〳〵にその日〳〵の風のそよ〳〵
月にうつつゝれにしきをかへしつゝはつか〳〵とまつはつれなき
ならはしの七日は猶も祝ふかな七くさなつな〳〵
土地しやそや都近くの山家しやかは瀬戸大原のにやあ〳〵を取
懸用ものきのふけふきて数多き名の木客の木きゝわけて
京の字
京の字をあわせて
〽これを沓冠におきて
一四十八ふたとをり
。木に竹や。転をはからす。しとなきを。あつめし哥は。せんこそろとて。
字を十文字。哥にいされは。ぢゝむさふ。たゝたわことゝ。思ふへら也。
きさらき初つかた洛のあたらしやそ作のぬし
寸
奈良へ下られける折ふし春雨ふりけれは調度
なと背おひなから立よらるゝとて
通りかけ尋てちよつと青によし折からうちに
もし御座るならとありしに
春雨のとをりかけとてにをひくる詞の花のあたらしやとの
洛の二南斎は先には奈良には奈良には奈良には祭言
水入らすといへる撰集ありこれに予小序を書
そへぬ年ふりて後板割ありしかある時扇面に
画て給りけるか何くれと事にさえられ礼謝おそ
なはりぬるを申けすとて
すみのゑのちかみの恵春たけて御礼をさへついわすれくさ
浪花栗柯高よりはしめて文にておとつれらるゝとて
風あをき何とそ君にあをにはしならの団扇の
えにしもとめてきく度に聞あかぬ音そ難波津に
きても三箱の山ほとゝきすとよみてこされし
かへし
難波津の詞の花をたのむ身はまた青によしならのすきもの
えにしあれはけふ君か手にふる国なにはの事ものりによりせて
同一本亭の主よりことの葉もすくやすかし
のなら国丸やの風をすゝしくそ見るといふ
△
哥ありて是にそへて青葉の楓摺たる紙に加茂の
競馬見にゆきてよみし歌あまたありそれか中に
かつ色を見するもみちは青葉にてまけかほかくす
くらへ馬かなとありけるに思ひよりて
御尋にあふきの風とくらへ馬まけかほやわかこしおれ団扇
栗柯亭のぬし茅屋に初而立より給ひしに
かゝみ山の撰者なれは
あい見るは初尾のかゝみ山鳥のなり〳〵つもる物かたりせん
同しかたよりあつき堪かたき比消息きこへ
ける中にねことにもあつい〳〵といふたけな夢路の
草もやはりゆるかてとある色し
先あんと夢路の草のゆるかぬは風けもみへすはらもいたまて
宮内卿といへる御方より美濃柿を給ふとて
花ならて手折ておくる枝柿のなかめの
なきは味をふてしれと仰こされし返し
をりそへし詞の花の味ひはけにも甘露のあまほしよさむ
東城庭のもとへ手製の醴酒をまいら
せしに寺屋からさとうといはんあま酒の
風味をあつくかんしたへたるとよみて牡蠣を
給りけるに
○
伊勢
御礼とてかきそへ給ふ歌口はあま酒よりもいし石の花
式かたより丹後韻十を苞にして
ついちよつとつといはしてそ参らするあたまに
後光さらに見へねとと書そへ給ふせし
先さすゑんふたんごの金ならいわしの頭ことに十ヲとや
宮田三位光知郷上洛のついて茅屋に立より
給ひて名に聞し鶴の丸やをきてとへは
賑ひにけり千代のもろ声とよみて給ひし
かへし
千代鶴のとひたの哥を給るはかしこまかやの家のめいほく
浪花紫笛丈より初て消息給ふて
大仏のかねてきこへし歌人はならにしありて
大きな御上手とありし返し
大坂からしてきた哥の上手には返事もならて錠おろす童
洛の市遊初て尋らるゝに此道につよいのしゝと
思へともむかふみすにそ一首かけ歌とありし
かへし
かけられて何とこたへもしらま弓むかふしゝには筆のたてとも
松井和泉掾官許を蒙て唐方干魯の
墨譜を得て悦のあまりにうくひすのほゝう
○
し
方氏か梅の花ひらくはうろの恵は也けりと
よみしよし申こされしかは
大切な墨譜を今そゑてん楽ほう〳〵雨露や古梅の図
三井店に勤ける武兵衛といふ人度〳〵音つれ
懇にもてなされけるか狂歌かきてくれよとのそ
まれけるまゝ書てつかはす
精出せははしの武興も大居のはん頭殿にやかてなり金
式ツ方より濁りにもよくおしうつる丸やとの
はなして見とう候の水とありし色し
おはなしを申へきらも世わたりに貧乏隙なく候の水
豊後園松岡栗村といふ人初て幸便に一書を
とらるゝ奥に杉岡の杉のことくにたけ高く
たちのひたりし君かはみ歌松岡の松の作り来
見るやうにねちゆかみたるわれるよみ歌とかゝれし
かへし
立のひて韻とのソ連はすき岡の身は杉たてるかとはかりなり
松岡の松の位のことの葉に恥す返歌をやりての松岡
児嶋成石といへる人より今よりは狂歌の
道を聞なれは自然と徳に入の門也とよみて
こされしかへし
わ
この後に狂歌の門を立るなら作料なしにたいて頼まん
或所にて友達うちより予かよみしせんくりに
むかしの人は入かはり一ツの月をのそきのからくりと
いふ哥を興せられしよし其席に門人宵價
これは先ちよつとのそきのからくりてまたことのはの
おくは千畳敷とよみしよし申けれは
直よりてちよつとのそけは見えすひて何のせんしやうしきもぬ
こさらぬ
吉川椒亭四つかれかよみし月の哥十五巻を
見ていつみても丸やの月はあかしかたことさら
しなのかはる十五是とよみてこされしかへし
十五首にかへし三五の玉の歌りんしやう上手柄も疵なし
又松茸の歌十首をみて数々のことの葉草
をふみわけて人の心のたけかりを見るとある返し
ふみ分し秋のこと草はしほり萩ふしおもしろきたけかりの歌
又四文の歌をみて御狂歌はこのてかしはのふた
おもてとにもかくにもならの名人とあるかへし
なら坂や此手かしはねうつゝなくとにもかくにもねしかる哥なれ
秋の日みしかき夕くれいつくよりともなくちかき
あたりの人伝に一対の文をおくらるゝ披きみれは
はし書ありて御亭主のきゝやうはるかや
丁
おみなへしはきのあたりか嘸さひしかろと書てこれか
枇刺を乞よし也此歌はいこま山といふ集に出せし
歌と思ひしまゝ取あへすかへすとてそのつゝみ紙に
書付侍る
ききやうとは同し詞の花あけめあせしや似たる哥かきつこだ
と申けける明の日の夕くれにいつくよりとゝなくて
秋の野ゝ千草か露の古狐こと葉のはなにあらはれ
にけりと申来る
式人の許にあらむと名付し楽やきの茶碗あり
年々大ふくのいわひにもちひしか何とかしけんおとして
わりけるを結はせてこれか箱にめはたく歌かきてよと
ありけれはその箱よ弊則新と弦書して
られてみそ又あふふくのわかみとりついておもしろきあら玉の春
年の初に山吹いろを恵れしかたへ
口さきて物もふといふ礼者よりいはぬいろ春はふかき山吹
郡山思李焉年始の礼ことしは十五六日に参る
へきよしことつてしてまてとも〳〵こすなりぬ
新しも雪のふりて道もあしけれはかく遅なはり
ぬるよと思ふにつきて
かするのゝ雪まを分て御出かと草のはつかにまてときまさぬ
D
セン
睦月の中ころ福井晴よしといふ人郡山八木や
亀石といふ人をともなひ初るみへしに
しら露のたまにみたる青やきやめもはるよしとひきつれて
大仏中門の前に老樹あり一とせの大風になかは
さけ枝をれいたみしを竹の輪なといれ縄にからみ
なとせしかあけのとしより枝葉しけり花も
とさらに盛りなるを人ことに養生桜ともて
はやしぬるを
風に手をおい木の桜いろつやのわかきはたかの恵なりけり
輪をいれて雨歌の恵にもれぬとは汲てこそしれ桶とちの花
ことしはことに此あたりにきはひ幕おほく打はへて
物の音ゆりしく紅裸のちら〳〵とするに。
うかれて
極楽か音楽きこし花ふりて紫広黄金のはくもちら〳〵
午の年の春大火にて数千軒やけしかは
みな〳〵普請場になりし所をとをりしに
こひかけす一声をきゝて
こゝをせに鈍かけたかと郭はよしの丸たか杉のむらたち
五月の比は家並大かたにたてつゝきしかは
古郷の軒もあらたにたちはれやむかしのまゝに匂ふ門〳〵
丁
さつきの節句にしやうふ刀を送るに
なきなたも鑓もつかふかよけれとも小太刀を世間一流りうにて
寅の年大旱又卯のとしもひてりにてみな〳〵
雨を乞殊に農業せんかたなく水をかへいろ〳〵と
すれと猿沢の池も涸ぬるほとにて未曽有の
ことなり其ころよみ侍る
雨の音はたへて久しくなきことの涙なかれてなをきこへけり
ひてりとし夕たちほしくおもひねの夢にもなかす百姓の十八
猿沢の池水迄も涸ぬるはあめのみかとの腎容ゆへかも
冬にいたりてもまた旱つゝき井は水なくて
飲水にくるしみしか早春に程よく雨開ひしに
観音のちかひかこそのひてりにてかれたる井にも花の春雨
おかけ参とて諸国より夥しく伊勢参宮より
はたこやは皆つみて施行宿に大勢とまり
しをみて
おかけとて皆ぬは申参正直のかうへには蚊か宿取てくふ
熱をわつらひてめんとかはきしに
熱病のやまひのとこのかけものに一ふくほしき瀧もとの
さつきの中比より心地わつらはしく食事も
すゝます醫新験を得すしかるにみなつき
七
すへに夢中に売人の一方を得て乍ち快し
其薬者の花にてありしを文済のぬし此事を
つたへきゝて難波の帰路に夏藤のさかりなる
に熊河の葛をとりそへて恵まれけるに
藤浪は神の恵のかけほして病けはみないへつとのはな
それより此間方にて平愈して九月に
病けかぬるとあたまははけ山てくりの節句をひらずもの也
去御方より大きなる楽の茶碗袋をもたせ
こされ此ふくろさむきころは頭巾にもしてかつく
なれは是に哥かき付よとあるに
冬こもりかみにつきんの名にしをふほうらくやきのちやわん袋
或人学窓に蛍雪の功を勤むとし人の問来る
をいとひて申の刻より酉の刻まて暇あるよし
を牌にしるされしを見て
喩ことにはつれた事はなかりけりいぬとさるとにひまのありとは
寒中に一尾をもらひて
うしをにとなるいきほひをもちなから無慙やこちへくるとたひて
油烟斎の狂歌によりて
にくまれていきたる蛇はいやましにかはひかられてしぬる玉むし
狂歌よむへき事なと尋し人に中〳〵わか
Q
七十一
武言はわひためもなき事そとこたへて
無心やらわけしら雲の山のくきをいてゝもくえぬとんくりのもと
もろこしのよしのゝ山を天笠のよこ町にしてよむゑひすころ
手習ふ子供に
精出して手をならひつゝ兄弟子にまけぬ子ともはもしめ関匠
一日に一字学へは十日には十字になるそならへ新ほち
述懐
牛馬にしほつけてくふ馬士よりも寺子をとつてくふそおそろし
此歌を嵯峨のほとりといふ狂歌の集にいれて
わか姿を坊主にかきたるをみて
ふつゝかな歌を以人の評判にのりの衣の身てはないのに
けふも又夜は明にけり人計同し事してくらすとおもへは
金持ちかよいとはしれと吾は先多分についてひんほして居る
耳はしゐ目はくらんとゝなりにけりのみくらいにはまけすらす
懐旧
とし〳〵にたくやま新の能みても南大門のむかしこひしき
竹馬を杖とも今はたのもしのからかけてゆくおいり身そうき
書もしの介の右はむかしにて段〳〵十の左へそよる
昼の歌
一福禄寿つむりへはしこをさしてから子ともか
さかやきをそる所を画きしに
誰も見よ福の神さへ自剃てはかゆい所へ御手かとゝかぬ
大黒俵一ツをたてにして乗たる絵
そろはんをわするゝなとて福神のたわらも二一天作の五斗
布袋のふくろによりかゝりし給
孝行のこゝろから子は余所にしていつもはなれぬおふくろのそは
同袋をおろして唐子三人を愛するかたかきしに
福神といふもことはり布ふくろおはすからすに子とも三人
くらへこし
ふりわけ
あたま
長いきは
君なら
すして
たれか
あるへき
十九
封甫斎画之
註
}
琴高仙人
仏家にもおいか。あるやら琴高もかけこいに乗書出しをよむ
大仏の柱に順礼の落書する所
高徳のあと爰摺か太平の時にしゆんれいなきにしもうらず
同しく柱を順礼のくゝる画に
大仏のはしらを蟻め。あなたからこなたへ出たはくまの参りしや
老人上下を着て節分の豆うつ給
上下をきたなりいらのまめ男年々鬼をおいにけらしな
無絃琴に盃菊
糸なくてことの詞子をくむ人ものまてはすまぬ酒のおもむき
井筒に鶺鴒
千子振神代はとを〳〵なりひらにはねつるへをやきてをしへ鳥
浪にからす
うのまねかうさきのまねかしら紙の浪をからすかこゆるもの磯
芦に鶴
仙人の乗物しやとてかく人も達者をみするあしのふし〳〵
右梅園自昼の蘭に賛を望れて
これそ絵の一ふしはかまよふにたか質はなすいの下手なり
ひとり按摩の絵に
風なきにうこくはひとりあんまにて病けはなし独活の大木
頭を出せし達磨のうしろむきし絵
諸も頭巾もなつのほとゝきす只一声にあちら無功治
武者絵あまた質の歌よみし中に
頼政
色事のあやめの前とより政はぬれにそ鶴か媒をして
鞍馬天狗
平なをは亡す迄は世話にしてはな高館はよそ目してして
伏木隠
手をつかし石樽山のせめ合に活して切をたつる梶原
義仲
うたかとの浪のあはすに名をとめし人の行夜や水めなかれ矢
敦盛
招く手の扇の風にちりかゝるは児さくら今もをし花
碇潜
大物のうらみに出し抑はかついてしつむ身のいかりから
求塚
万死をは出て一しやうを水塚こやよし貞の命がおやまた
木曽願書
弓筆の跡たへすしてのこる名をゑにかく明ともてはやす也
○
神風や
伊勢道て
百廿里
よりと
いふて
虎か
うそふく
国
雑略
物名
鏡国名十
さがみゆる身の鏡山ときいては日ことさとりの徳はかさなる
相撲美濃加賀大和紀伊出羽肥後土佐能登若扶
時計鳥名十
四季を先へをしかんかへてうつる日は始終からくり時をうちけり
鴫鷺鴛雁鴉官鶏四十雀鶏札鳥
桜獣名十
とらの尾はむまうさきしか雨天にくついちりすきつねにかつらまし
虎馬鬼鹿貂羚羊猪栗鼠狐猿
○
(
恋木名十
はしかきや百夜そかきてあふ契そわつはきかしとふいちねん
椹柿桃榊樗桐椿樫櫟合歌
月虫名十
月さしてうけのみかけむ酒はみそれありあふそいも蒸いたせみに
蝶螺蚤蚊姑羅螺蟻毛虫芋燭蝉
懐旧名所十
わか哥のこと比につゝきのむといなはたゝすきよみに身はとしそふる
和歌宇陀野鳥羽綴喜六田稲葉乳清見三輪布留
商人詞魚名十
売か買ふかさいなんはんとふりかれん相対の市さこ場さはし
熱腸養熱魚笋卵菜
式人の許より封し文のしちを細工にせし
楊枝さしをもたせこされてこれに珍らし
き趣向の歌かきつけよとありけれは
書て贈りし歌
大和宇陀市に而
庭戸内匠殿
支那能登殿
岡本伝三郎
是を三十一字によみくたせは
やまと歌一に手に葉とたくみとの品のとゝのをかもとては
きむらふ
)
○
折句
きくのさけ草名十
気ほうしに汲みつ花見しのめはきをさておきなうと給ふきゝの落
玉簪菜萸美篠萩萩菜独活蕗鴨脚
沓冠
むつましいはなのとも国名十
むつ田にはつゝしまて花まつ島のしなのよいさといつのときいても
陸奥丹波対馬出羽志摩信濃佐渡伊豆能登紀伊
数字
国々やむそちむ国に花とよむみやこそふたつやまとやましろ
九二九二八六十六九二二八七十四六三八九十二八万十八万四六
回文
一春八反問といふ所に野遊して
花かさのけてめつらかな八反田つはなしつめさけめさかなは
夏
水無月をせかてかこらは高帆真帆片原漕かて風沖つなみ
秋
もみはへる郡の南わたり鳥田はみな雲のりほこるゑはみ
冬
景気よき夕法ちとり氷けりほこりとち皆冬みよき也
神祇
七日
中臣のみかくら人か舞のねの今かとひらく神の御戸かな
釈教
墓参り供しりつまけとほ〳〵と仏もくりしもとり今かは
恋
したひもをいつとく〳〵とといてみていとゝくと〳〵はい思ひ出
旅
蓑きたもけては雨中と晴天ていせ道中の酒もたきのみ
述懐
うか〳〵と月花妹をとも給ふなもと思ひなはきつと孝行
懐旧
白髪問うもとの支干そきつるなる月そ昔の友うとからし
無常
元
世の中は死ぬる此理か花も実も名はかりのこるぬしはかなの世
日比よい家内は夜ことおめてたてめおとご齢いなかいよろこひ
歳旦と歳暮
もとよりよめはとしの初の歌
気はすゝみ只よふてこし朝な風やけふそけたがしもを初日かな
これをすへよりよめはせいほの歌
長櫃はおもしかたけそふけやちこさあ四五畳よたゝみすゝはき
一首別吟
堂供養法養法南都東大寺は毘慮令那仏て劣らめや京
遠く代を宝永なんとゝうたひしは昼しやなふつて踊ら
めやけふ
賀
蓮及老人九十賀
桃柳東方朔か九千歳のまた十分一いたいけなはる
此哥を書て送りしに子息の方より今
一枚かきてこせよとあるに書つかはすとて
九十とはさてもめてたいとしなりの歌の望しや書てまいらそ
おなし人の八十八の賀手つからますかけを
きりて給りしに
ますかけをきるのこきりのめのよさは八十八のやふ力なり
その内室も此とし七十ときいて
升権のお内義も伊達こきの春思ひあふたるひよくれ及
光慶寺母義八十加ス松樹増色といふ事を
八十の手ならひ筆やすみのえの松のいろはをかきそめの春
瀬戸物と硫黄を商ふものゝ母八十八を祝ひて
哥よめと申けれは
年はますはちしうはちや皿茶碗皆商売ていはふやのはゝ
高安氏母義八十の賀
君か代のちよにやそぢをかそふれはまたわか松のみとり子の春
門人雷瑞か祖父八十賀
長生の手本にそせん耳も目もはもかたかなの八十とむ春
栗朽亭母義七十を賀せよとあるに
ことしより千世つきそめんひなつるのはこいたのゑもいろこきの春
半田氏母義七十賀
五つつゝ十三ひとつまたわかやはこいたいゝアなこきのこの春
粟朽亭六十賀
なかはきのはしとこそしれ若みとりはたちの春をみつのはま松
鞘師霞鳥六十一の賀
これからか命なかさや漸とことし本卦にかへりくりて
柳原氏不惑の賀を祝して奈良の供
二の正月といへは
一とせをこしまかさきや橘をつむほたはらの又たら月
古川氏のおなしいわゐに
百箱のふて正月は明にけり鈴ふるかはの千代の三番叟
正月にもちゐとの町といふ所へ移徙せし
人を祝して
家居まて皆あらむのとし徳にむかふかゝみのもちとのゝ春
瀧山氏五月に家うつりせられしを祝せよと
あるに隣を橘やといへは
○
一やうつりはおめて瀧山ほとゝきす溝もにほふはなたちはなや
増田氏婚礼を祝す
相生の松にますたのわかみとりはかるもひさしちよめつるかけ
片岡氏薙髪加久
あすからはわかやきそせんかたおかのあたまのはらはけふそまろある
訴人冨天門人石録立机賀
おしまつきけふをまつ嶋照そふやふてんの下からそとの
浜迄
鹿の玉を得たる人に
怠らぬかせきの玉をみかき得て世々につきせぬ光をそ見る
水名契久といふ事を
雨露にぬれし瓦の世々を経て硯に水のちきりたへせぬ
寄鹿角祝
君か代はこはくの中の蜂か出てさすともつきしかのしゝの角
寄魚祝
四海波しつ山かつもかゝる世にすめる民とて湯鯛むし朝
宇松祝
雪霜にましろきもせぬ棒松はちとせ中間の男伊達かも
かはらす
へん
よろつよや
中よしのふの
此君と
流れる鶴も
文とせまて
杜陵
狂歌集跋
凡顕曲之彙其調高者難以暁肩愚
其間俚者足以誘衆俗波如陽春白
雪和者寡六里巴人和者多可以親今
者狂類其国俚者也別諸詞林則雖
有住劣妍嫌之殊耽至其精密巧妙
而能感於人別紙当呉諸詞客梅翼
相頡頏者乎我宵眠翁文稚好古浅
一猟罪堂之暇刻意斯道堂心慧舌日
路若干首板寄抜新未嘗剰棟他
矣可謂斯道趣誓晩年藻思益加
千熊万状弥出弥巧其間多存動態
教誨之意此所以今其誘泉仍而感
発善心去也嗚呼其人己敬而足遺学
存尊其徒宵瑞抄輯而一巻議余曰刻
之如何恐非窮之志邪余曰古所得先人
無美而称之是誣也其美而怖尤不明也
知而弗伝不仁や今如茲集実我翁之
遺美也子早附於制願此定可不以伝
平
寛政甲寅秋八月
半月庵宵蟾撰
南都渓月菴宵眠翁詠
寛政七年卯五月
高麗橋一町目
大坂書林浅野弥兵衛
六角堂之前
京都書林錢屋長兵衛
御幸町御池下ル町
菱屋孫兵衛
二条柳馬場東え入
後編近刻出来
林伊兵衛
十月