忠臣藏當振舞

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六樹園判
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六樹園判
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チュウシングラアタリブルマイ
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東北大学
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2026-08-28T18:53:25.651810+00:00
一小道蔵当坂岡 府上納 一、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、〇〇 荒井泰旧師ノ寄附金ヲ 以テ購入セルヿ謂博士 一番号書記書録書 一寸申上ます此忠臣蔵役割題詠は 当春のつれ〳〵にうちより当座に よみ出ましたまた判者もつかひを またせて刻いたされてこそれは かた〳〵俄の作にて いかゝなることもこさり ませうそのさん お本めに 御らん下されませ そのため口上 サヨウ川 狂歌如レ玉大星ノ光ニ詠去ヲ詠来ル丁戯場 借問ハ探題何ノ世界ヲ。仮名手本忠臣蔵 五老 おしのおもたき はやつくりは 浄土蔵 浄るりによる 飢 かな手本の牛 あされるに天 ひかれ出たる ○為なか共へ居の悲緩は扨其ことなるかなてほんの書ぬき 孔子の詞にふたゝびおもはゞこれ可しあまり山の おくを尋ねばかへりてふもとに出るだうり過たるは 及ばざるのためし有こゝに大坂のかたゐなかに旅か せぎする役者に中村あて罷といふ者ありをりふ し近在の祭礼とて三日しばゐをうけあひなか まの役者を引つれてかの村へ行けるに庄屋どのゝ このみにてせかいは忠臣蔵にそきはまりけるあて龍 役者ともに云けるは忠臣蔵は三ヶ津にてあらゆる めいじんの役者たちくふうこんたんをくだきあた らしきしうちをせる事諸けんふつのしるところ也 狂言はしれたることなればことさゝにけいこするにも 及ぶまじめい〳〵くふうのうがちをもつはみとし あたらしきあんじを第一にいたさるへしとのい ひぶん大勢の役者いかさま仲蔵いらい定九郎は くろはふたへに蛇のめのかさと成しも役者道に とりてはほまれなりわれ〳〵も及ばずともあたら しゝあんしをつけていたすべしとこたへぬさて そのあくるひすぐに初日にてきどの入くちに忠 共蔵のかんはんを出しけれは近村の者までこれは おもしろからんと大入にはひるほどなくひやうし きなりて大序のまゝあくとおさだまりのせほり かまくらの鳥ゐさき上段にあしく直よし御 そばには高の師直したにえんやわかさの好みへよ くならひてゐるこの師直になりし役者おもひけるは 師直は歌のてんきくもすると上るりにありことに 風雅集に哥も入て好色第一の人なれば髭むし や〳〵の男にはあらさるべしとていかにもにうわを おもとしやさかたなる仕内のみして物いひもしとや かにやりければすこしもにくていなる所はなくすがはう 伝受の菅丞水といふやうにみけりえんや判 空は古書にゐなかさふらひとありしなればとて ぼつとせかづらにかみしもを着て出たればさながら ものくさ太郎をみるこゝちせりわかさの介は小身 ものといふきどりにて七ツじふんのくろはふたへに あかしみたるかみ下をきたれは為なか大工のむねあ げのごとし直よしは人のきのつかぬうがちにて落 をとらんとたくみてなかばころより俄にせなかを かいたりまたぐらをかいたりしてあげくにはしや うぞくもぬぎはだかになりてきものをはたく しうちをすこれはどういふこゝろか見物はのみこ まざりしか見功者のいひけるはひさしく芝原に 御入有しなれば蟻はさみ虫のすそからはひりた るおもいれ也とそ云ける師直はせりふを立さし ては下屋へかけてはひり夏々出たり入たりするは これはしたびてがして小便ちかいといふおもいれ也 えんやはしりをかゝへて貌をしかめてみせる これも島のいたむみへなりすべて怒やくしやのうが ちのあんじたいていみなかくのごとし五段目の定九 郎が考へたるは九大夫は一からう也その子の定九 郎なれば武げいはをさなきよりならびたるべし しゝをみてにぐるなどゝは町人ひやくしやうのこと 也にたんの四郎にもなどかおとらんものあんじにて はしかゝりよりとんでくるしゝのうへにさかさまに またがりかたなをぬきてしりのあたりよりぐす とさすしゝになりたか男はおもひかけなくおいど のあひよりさしとはされきんたまのふたつ玉に あたりうんといひてたふれけるを定九郎こわ きにはさみて此きもを取てきぐすりやへうる あて龍やく者 をあつめて しうちに くふう さよと いふ こんたんが かんしん こんだ ゑらい おちを とつて あてゝ にまそ 足利直よし これはさむいそ クツサメ おかる 二階 おつる とうていの 秋の月 ゑんこうの こすゑつゝ どつと おれが しゝを ころし たは 今かはしめの たひ衆 定の ころ ぎせい とつちやアうんとこな 五 木蔵かくひ近上申さら あゝつかもない 本蔵 おもてに六部 かねのね松むし のごへ虫 けらてさへ おもふに 力弥右衛門 のおやしき 小波 あるツて きたらくたびれたとさかみ詞 たとさかみ詞 やらかす へいかソレヲといひてにらみしはしゝとくまとをま ちがへしなるへしさてその次はやま崎の段にて ふかあみかさの侍二人郷右衛門とみえて勘平が内 へ入て今日はめでたうござるといへば弥五郎も出な じく当日の御しうぎとのぶるこれはなんの事 かときくに七段目の平右衛門が詞に与一兵へのころ されしは六月廿九日といへはこゝはそのあくるひな れば六月を小の月としでけふは七月のついたち にあたればかく祝義をのべたりといふあたらし きあんじにそ有ける七段目のおかると由良か出 あひは互にいひあはせて考へけるはいちりきが物 すきの庭に九ッはしごかあるはすなしといろ〳〵 くふうしておかるが帯をはしらへゆひつけそれ にとりついておりなつもりなりしかしかけの柱 よこにたふれおかるはふたいへきかさまにおちか んてらにて鼻をしたゝかにうちければはなぢの 出る事おびたゝし由良の介だきあけながらな むさんみのうへのだいじとこそは成にけれとせり ふをとばせしは大でき也九大夫をきしとほ す所をもこんたんしていひけるはいちりきが縁 の板はあつかるべしめいさくにてもうへからついてと ほるはずなしとふところよりのみとかなつちを いだし刀の入なだけ穴を明てさて刀をつゝこみ けりこれらは見物もこまかい〳〵とほめけり 九段めのとなせがおもひつきはかまくらからやまし なまですそを引すつてゆくべからずことにゆき のふる日のしたくにあらずとてすそをひざ までまくりあげきやはんがけにて出けれはあた かもおたすけをどりのやう也又小波がくふう しけるはながい道中をへてきたればいろはくろい はず也とて笠ひものあと計のこしてかほぢう をたいしやせきにてぬりたて出ければ諸見物 こと〴〵くきもをつぶしけるぼうしのぐんじやう いろにたいしやせきのはへあひてまことに文ごほう の山水をみるこゝちせり扨本蔵かこんたんとい へるは雪ふりに山しなのあたりへこもそうの中に 道理なしとて江戸の貌みせの二番目のおもひ つきにて六十六部に成てそ出けるこれをみてしら ぬけんぶつはまさかどか定任かとうたかひしとぞ 切りに成てわれはさいはひ本籠どのゝしのびすが たをわがすがたといひて由良の介もゝ引わら ぢにて六部となるをみてゆかにゐたる上るり大 夫心をきかせすこしもんくをかへておんを いたゞくほうしやねんぶつみらいのまよひはら さんためしうとがなさけの善光寺参り鉦 うちならして立出ればとかたるこれや尺八 といひてはこもそうになる故大夫これもきをき かせてこれやたくはつぼんなふのとかたりける はその時のきてんなるへし此狂言大あたりにて その晩のあたりふるまひに頭取またり出てふと ころより一冊をとりいだしこれこそ忠臣の のもくろくなれといふみな〳〵たちよりひ候 きみればこはいかにもくろしならぬ師直は じめ忠臣くらの役割狂歌あて然どのを頭 取となしサア〳〵狂歌評判のはじまり〳〵 作者 むくらふの 宿屋の あるし みたて忠臣蔵小道具に寄る左のことし 立役之部 上上吉足利直義八公有道 評判はかほるらんしやたいの兜 ほうび 上上吉大星由良之助真楽 ことのははひかりあるつり燈籠 上上吉天川屋義平松陰 しきしのなくり書は見事前下り半 上上吉桃の井若狭之助事也 哥の作意はきつてはおしに松ヶ枝 ほらび 上上吉千崎弥五良春風 姿はたけたかき夜討のねり塀 上上吉加古川本蔵都なる うた口のしらへは人のかんする尺八 上上吉早野勘平事足 高臭のねらひはつれのない鉄炮 上上士田矢間十太良枇杷麿 みるから貫目のゆるなかもち 上上記塩谷判官仝 くちさきはにぶからぬ九寸五分 上上詣石堂右馬之丞香遠夏 よみ哥はみかれをかけた三ほう 上上原郷右衛門仝 詠中におそれて皆舌を巻物 上上大鷲文吾山文 とこそてはたす名哥の一本やり 上上竹森喜太八有道 縁語のつゞれはうまくのりもの 上上北寺岡平右エ門北袋 趣向はよい〳〵と声をかけや 敵役之部 上上吉九太夫古道 会席のおもしとなるとび石 上上士高師直都奈留 お功者は腹ちうのふみはこ 上上土山名次郎左エ門香遠夏 哥ひせの前にいつるたはこぼん 上上土鷺坂伴内枇杷麿 秀逸をとりおほせた賂の小判 上上書谷定九良松陰 作意に骨をりのみゆる蛇のめの傘 若女形之部 ほうび 上上吉勘平女房かる仝 御工夫は段々のほる九つはしこ 上上吉義平女房楚の都奈留 一坐のかしらにおくくしかうかい 上上吉本蔵女房登慶瀬古道 水くきのあとうつくしい絵図面 上上士由良之助女房いし事足 一首の詞をすら〳〵とつかふなきなた 上上山四判官奥方かほよ御前真萩 いまをさかりの詞のはなかご 上上垂下女りん諸子 哥のあんじははやくまろまる雪こかし 上上一力屋仲居全 月花もたゞはみぬさかつき 花車形之部 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 上上吉勘平母山文 みやびたる所はかるからぬ島の財布 子役之部 ほうび 上上十一日本蔵娘小なみ枇杷麿 哥学の窓に光りある雪の碑 上上雪大星力弥古道 頓作に人のおとかひをはつす雪の竹 上上義平一子由松事也 からやまと取出してつかふ人形管 ほうび 道外之部 上上吉めつほう弥八徳子 弁舌に水をなかす戸板 上上吉狸角兵衛事足 徳はその身をおほふ蓑 上上吉種ヶ嶋六真宗 上上吉種ヶ嶋六 当座のあたりしめました苧頭巾 上上吉でつち伊吾有道 名哥の数をかゝせたい帳箱 上上一力屋亭主春風 おもひつきに人を笑すさび刀 上上一文字屋才兵衛諸子 あかりめは足のはやいよつでかる 上上士与一兵衛有道 講師読師も舌をまく毛氈 上上吉夜討の場香遠夏 秀句をころがし出す山灰俵 半道之部 巻軸 ほらび ○至上上吉太田了竹春風 金 和歌の道にはたつしやな杖 上上吉足利直義公宝有道 直よしも 雲に羽をのす つるか岡 末のさかへも 長き足利 に驚く 頭取嘉肴ありといへとも食せざれはその味ひを知らす 狂類といへともはらによくあぢはゝさればその甲乙近 いかでさだめんこのたひ足利直義の題詠羽をのす 鶴か岡にながき足利とつけられたるは趣向もたかき 一松の巣云もり一挙千里の御作意みな諸声にかん しんいたしたひはきこの役目なとは桟敷の女ばかり ぢろ〳〵見て居て手のない仕内なるをかう めてべくよまれしは実にこがねの札つき飛かへりし 作意と云べし 御悦びでござらう 大星由良之助 外面真柴 上上吉 未の世の 武士もみならへ 忠と義の にやたつ 巴の 由良を 手本に 〽頭返忠臣のかゞみかゝやく大星の玉くらげしげにやたつ 巴の由良之介手本といふ字に大名艶の仮名手本を てらされしはよき作意也みならくといふことばも 手本によせありことに一首に動戒の情ありて たのもしくおどんする〽ひいきがな手本といふも四十七人近 てらしたる外たい也それを其侭に用ひられしは計略 ふかき作者の心に五百石の貫目ありよしかね〳〵 一風狂今亭松影 長櫃の ふたりともなき 男気を あけてはみせぬ 胸の錠前 四十一日 〽頭取しよその国迄舟よする三国一の大できうた長櫃の ふたといひ明ケては見せぬといへるあたり錠まへの ひんとせし作意也「ワル」むねの錠前とは堀の うちの額では有いか〽ひはき 無ぶつせかはめたつの口へ引出して砂のついたぼた餅 をほうばらせるぞ「風九」泥中の蓮いさごの中の こがねとも言へき御趣向天川屋義平のますらを たましひてづよくやられし所よし古今集のたび 荷物ふたみのうらはあけてこそ見めをよく包み たる御由長持見かけはかちく内証にずつしり とせし重みあり舟まはしのとりし口先はやし〳〵 上上吉 豊事成 冬々をクメキロロ 愛恋の やくめに時を えたをりや はなもみもある 菌の桃のな 頭取まらう北々へえだたりの樹木を馳走にするより ときを枝をりといひ歯の桃の井とつゝけられし あたりよし文武の西道に花も実もあるとの如如 ごとうけ取にした「切者」わかさの助は仕内なき役目 にていひたつべきこともなきを大ていに取廻され しは本まれ也ひいき刀のこひ口すいたことのない みそ一もじいわかさのよけどのできたぞ〳〵 山々春風 上上吉 夜打には 手柄千崎 ものゝふの いちの道具は 弓と弥五郎 四崎 頭取夜うちの道具に弓と弥五ういてがらせんざきも よいそ〳〵せんさきものゝふとはちとつゞきから いかゝひはきそのくらいの事は知つて。今点のひとりたび 狂類にこしもれの論はないことじや今一言ぬかすと 石碑朱就せぬうちにうぬがからだをのみにくひこ 御させるぞよ羽鹿このうたのてには是が重りて わらいではないか〽頭取」そのかさなれることはなんに あらす古今に秋〽はきぬ紅葉は宿にふりしきぬ 道とわけてとふ人はなし又たねしあれは 岩にも松は生にけりその本かたぐひ多し なにもせよ大あたりの弥五郎〳〵 加古川本蔵 上上吉 橘都なる 笛竹のあな面白也 かこ川も 第一部の ふりくる雪の 心立に 不論〳〵 米弐拾弐匁 〽あなといひかさにぼろ〳〵といへるあたり切肩に あらずはいひとりかたき所かんしんいたした功者三勺 めのかゝ川もといふとこはすこしたらぬやうじや 〽頭取そのほとかめは御無用〳〵全体こも僧の仕内を のがさすつれ〳〵くさでもなんでもてに入た上手の手 二一てんさくそちばんの勘定あひたる三十 一文字松か枝のきりもの大木たり〳〵 早野勘四十 一舛事足 上上吉 一たひはぬれにし恋の山さきや はれて気味よき夕立の雨 頭取恋の山崎といひて晴てきみよきにかん午がうた がひのはれたるをもたせたる老向よくつゝけられました 「ワロ上ノ句をよんでは山ざき与二兵衛の願かとおもふた かん平にはしつかりにてしたいひやうのありさうなこと じやぞ〽夕たちの空といへるあたりてつほう雨の しだらでんに御心かつきませぬか一定勘本ときこえ てござる鷹は死すともほはつまず見ぐるしい趣向 ではござらぬはつれてつ給う玉の等たりはづさず しまの財布のずつしりとせし姿うけとり 上上吉 矢間十太郎 青山堂北把麿 炭部屋へ いり込矢間十太郎 かたきの的に あたる よろこひ 〽瓦かみしもに矢をもてつゞけられし大あたり〳〵 から頓作にてはあつたら口に風ひかすきづかひはなし みなわる口ぐみも口をとぢてたん〳〵あやまり 入ましてこざるぞ 上上世 塩谷判官 青山堂枇杷丸 十九 師直に たきつけられて 判官も ほのほやもやす けむの 太刀打 頭取|判官か無ねの思ひにたきりゆのわきかへる はかりをけふりのたちうちとつゝけられし面国し〽ワ三赤穂の しか釜のおもひつきともきこらぬがかゝる真木のたか にこのやうにくべるとはひだ」そこかあさきたくみの 塩谷どの頭取くちおしきふるまひの顕ではござらぬ 真柴のけふりたちのぶりたる詞つきけしきよし〳〵 石堂右馬之丞 一稲香遠夏 上上凸 一一一一一一一一一、一、、一、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、一、、、、一一一一、一九一、一一一一一 己か名の馬はともあれ諸家中の なけきをうしと見たる石堂 取これもさしていひとるへきことなきをうまよ 斗にてつゝけられしことできた〳〵ツゝ口」霊祭の 瓜茄子ではあるまいしひき渚士のこゝろをさつ したる仁者のこゝろをそのまゝによんだは 花やとりでまきらしたとちがふて正銘の かたい石堂じやぞ 原郷右衛門 上上 橘香遠夏 鉄砲の薬のきゝめ早野をも さらは一時に てう郷右衛門 「乙法道道法ニ付然ル 正七人 北に口口 廿重 ○晴銀台抄 ○酒橋貫 すらりとせし趣向柳の間の間の廊下つたひ罷 出たる原卿右衛門恩臣忠臣蔵には太田了竹ばかり 医者とおもふたり郷左衛門も医者をしましたかな有 郷右衛門はとりたてことくさにいふべきものもなけれは かやうにつゞけられたものてかなござらう又〳〵 あとのおさくを待て評いたしませう 大鷲文吾 春山文 上上 師直か首を中にや引 安けん けに大わしの すこき 羽風に 生花会 紀州商冠遊 〽おの 御かし座鋪 召候〽師直か首を中日にさけんとの大けしの いき給ひよしこられは忠臣くらの中にてさし たる役ならねは趣向もなきことなるをでか されました 竹森喜太八 上上 上上竹森喜太八宝有道 竹森源兵衛 番屋寿美所 忠臣の ふかきこゝろを 汲まんとて さくる釣瓶の 棹の 竹木林 頭取」練短けれはふかきをくむへからず少ては荘子のことば 忠義のこゝろをつるべのたけもり詠にくい是をいひ おほせられしはかんしん〳〵ワる口四十余人は商人 日雇に身をやつしたといふことだり喜太八が水 くみになつたことははしめて聞ました〽なかしと いひ棹の竹もりといへるあたりきよきことばの 玉川上水かけひの水の竹森どのわき出したる口元よりく 盈高北岱 四月三日朝平右衛門 上上世 寺図は もくさの 名たい 平右衛門 せんりの灸の あしからき役 頭九平右衛門の名よりもくさをとり出られしは三升の 紋のかくとだに元やはいふきのさしもくさ団十郎の大 だてもの耳によくこたへました「ワる」」」頭気は灸ぎようの しやうばんでもしたかたいぶほめるのひいき何をぬかす 端午の露のたまをみかき由さらしにさらした作だは三文 かはじけの中にやらうめひざかしらてふみつふすそひけ 豆いりのくらひつぶしにはおゝまひなされな先は一ばん しめちかはら足がるとのゝ御てがら〳〵 上上吉 斧九太夫 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ めう一 千代古道 卯十月廿一日 井清右衛門 九太夫か口三味線も さしきなり こは師直へ糸を 引しのなん 廿五 「頭丸」師直へ内通の九太夫といへるより口さみ せんへかけいとをひけるといへる迄すこしもあそびの ない所大こがら〳〵いる口」九太夫か箸を持てスフ テンテレツクスツテン〳〵と多いこうつまねをばしたが 口さみせんはきかぬ〳〵ひいき」このしゝしんちうの虫め 其あこたを飛石之ふんさいてやるぞ の場なれは口さみせんなとあるべき事也悪口の蜘 のすはえんのしたへほりこんて置れませい先は 一坪よくてめてたし〳〵 上上士 高師直 橘都奈留 丸となる もとの □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ おこりも けに恋は くせものゝふの 高師直 廿六 こぶさにあり 同上納書物 すへ ひさすがにたてがたきの場みて大とりなる所 うけ気ました四の句のくせものゝふと云せりふよ いぞ〳〵曲ものふをのけては外に思ひつきも なにも見えぬが是でも大だてものか〽ひ笠この井戸 の中の鮒やらうめ橋杭へぶつつけてはなづらをこ すぐせるぞ此辺一部の忠臣蔵この人よりおこり これは仇となる元のおとりの高の師直にくていに でかされましたよし〳〵 上上士 山名次郎左衛門 梅香を取 煙たつ たはこの 山名 二郎左衛門 悪にはきつく 実にやにこし 頭取是もよみやすからぬだいでごさるをたばこの山 名とかけ下の句に善悪のこゝろをわかちしは骨 をりの所見して受取ましたわる口結句ちとつま つてとほらぬきせるのやうではないか及取しからは このだいらし一首詠て御覧あれ実に難む事 ござるまづ押出しよく言れありて大だて ものと見えます〳〵 上上土 青山堂根把丸 廿八 ぬき足て しのへと 魚の 逃る 外へるほと 女のきろふ 路鳥坂 伴内 頭取続坂といへるより抜是といひ出されし をかし忠臣蔵の人物評に第一の忠士とよば れたる人おどけたる仕内よし〳〵 斧定九郎 風琴亭松影 上上端 二冊 己か身に しゝより早く むくふとは 露しら波の 衣はたら きして 頭取」この名道の夜ばたらきに露白波といひ かけられしよし〳〵あるわし白源といひかけたは 本文に身の置所も皮やとあるもおなしいひ かけなれは手柄とも思はれぬひいき是未どに 面白くでけたがわりさまの耳にははいらぬかよい年 をして大たんなばかをほざくな頭取一首の中に 悪をこらす戒の心のこもれるは作者のふんこつ定九郎では なくて御くろうく〳〵 上上吉おかる 風琴亭松影 ふみ見て 二階より うつせるあしもこはき のへ鏡九ツ はし こ 父母 頭取 まれましたは玉つは国のかみならぬほとけかゝりしおかるが かんざし少々つさりと落か来ましたふみみてといへる あたり大てき〳〵ワるロ」文を踏にかけしは栄花物語の ゆふしでの巻著聞集をはじめてあまたあれは めつらしうはない断取」それを九ッはしこに登り なしたるが作意と申ものすへて他人の作をみて なんをつけりくつをいふは風流のみちにうとき 人のする所也大虫かたくよらぬ中二かいの大 だてものことのはの花かんざ〳〵見事〳〵 橘都奈留 さられては わたりかねたる 乙川七 としに一度の 逢ふせたになき うきめをみくだり半となりそわたりかね たる天川屋近天の川に比して一度のあふせだに なしとなけかれたる所お功者が見えてたのもしく ぞんするこの愁歎にはいかな悪口くみも云らはある まいかなひいきかうがひわげの三国一いはふてわざと てうちのそばきりシヤン〳〵〳〵大でき〳〵 となせ 上上吉 右衛門 牧野忠吉 千代古道 かこ川の妻のとなせも水増て 小波をつれて登る山しな □□□□□□□□□ 四月廿一日 欧丸山川に水のましての恐るとの趣向ことにすら 〳〵とせしさま人の心のおくふかい所をたつねて よくつゞけられましたひいさしぞへは波の云ら 行安名作にちがひはないなんと。国家老の おくさま大でけ〳〵とみなほめたり〳〵 おいし 一件事足 上上士おいし 二 吹とてもなさけをかけて 花焼に よらずさはらぬ さはらぬ 風の挨拶 一体を桜木にてつゞけられ情をかけられ情をかけて花を 風のちらさぬかゝのいひふんできた〳〵〽ワる口」力弥に かはづてこの母がさつた〳〵といふ文句もあるによら ずさはらぬ挨拶とはきこらぬ事じや〽いぎをん 清水ちをん院大仏さま御らうじたかといふ等たり をよんだのだは琴の位の悪口はかねてかくごの な石ができ顕たはことをほざくとなげしの 〽やかひどうばらへつゝこんてやるぞ かゑよ御前 上上世 後の世にうつせ貞女の かゝみたて たてし心に くもりなけれは 参 六拾 家産真萩 二十四 極印 車量時絵 頭取かほよ御せんの貞女のみさをくもらぬ心の武士 の妻女のきつすい天下一老人これ〳〵頭元姫小松 の俊寛てはないこゝは忠臣蔵の評でござるぞ 頭取後の世にうつせなといへりあたり警戒の心 ありてをしへともなるへき哥也〽わる口一かほよか名を いたざす貞女と斗いふてはたれか事やらしれまいそ 頭取」それはもくつと申す物也古人の名を題にして読たる 顕昔よりあまたあれと名を入てよめる物なしすべて 風流のうへに野くつをつのりいふは不堪の人にあること なり「わる口ヘイヨウ〳〵〽ひいき」いろ〳〵桜花かごのめならふ人の 出ほらだつはなけいれにすてゝおかれい誠にいける人こそ 花紅葉うつくしいかほよの暑水きはたちできれい〳〵 上上む 下女りん とめ子 やう〳〵と谷の戸いつる鶯の 声をとりつく山の下風 頭取たにの鶯に小波をしらせ声を取つく山の下 風にたすきはべして飛で出た御作意奇妙〳〵 わる四りんといふ名をたちいれてよみたいものじや ひはきこの名が頭一首にはいるなら入て見ろ 風りんのりんといひて雪風を取ついではとう じやひきよみたくばわかよつてに詠や。かれ□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ おりんどのがどうれといふやうにさうつかうどにおつ しやるなさすが昔の奏者と見えてさはやかに聞えましく〳〵 上上 仲居 とらまへて 酒のまされし 中居かも 赤まへたれの 顔に てらく とめ子 } 頭取二三の句七だんめのことばこて酔たる貌のまへたれに 映してあかくてりわたりたるさまさしたる趣向は なけれどそんなくよりつゝけられました大ていく 勘平はゝ 上上吉 春山文 はやいきはありや なしやの勘平を きゆる計にしたふ はゝ木々 頭取し勘平のはゝのあはれなる類みさきなどりのしゆ んたる趣白ヨモヤ〳〵少々おもふたに是ほどにでかされ かしは誠にこちけい口のおかるかはゝ親きめう〳〵ひいき 与一兵衛が侘住居来せやにほふるはゝきゝをとり出 されしは坂上の是のりにもあやまり証文をかゝ すへき花車かたの仕内イヨ〳〵おやはありやなしや 上上十回小なみ 青山堂根把丸 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 一 八、 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 一一 ◎ しら雪のふり袖垣也 つもり〳〵し りたぼらし 恋の山科 「頭取」みやこめつらしき小なみ御察せつなる心のつも りくし恋の山科げにたにのといでし学も水に すむかへるの子がかへるになるとも是ほとの哥はえ よみますまい〽心ことばの金閣寺大仏さまの丈 たゝき所あり誠に藍はあゐより青し大せいたゞ 一落四〳〵も口のうち皆くお功者をほめて居 ますそ 干代古道 上上凸 大星か 思ひ込たる ねんかは いわをも 通す カ弥なり けり 断し岩をもと未す力やとつゝつくられしよし 〽ワる口上の句に八郎とかいひたひたひたひものじやか〽ひ かたなのこひぐら千ヤトしたる趣向よし〳〵 上上 よし枕 豊馬成 南風雨 龍酒紅和十丁みはま口同 長持を後してひまも明のかた きしのかといてよろつ よし松 頭取人形まはしより外に預向のない役めを万ツ由松とは よくつゝけられました〽ツゝロ」長持をわたしてひまの 明とは義平かみの上ならばしらひよし松には似つかぬ 〳〵正月つくしのことばも天川やにはない事じやぞ 頭取御やうに仰せられては顕のたねもなき弁慶の しのくづまこの由松にかとまることかは子役には似令ぬ ほとでかされましたよしそ〳〵 とめ子 上上吉 山の 名の あらしのつてに おくるちし めつほう弥は ちらす 梅か香 頭取これは難義なるだいをよくよみおほせられま したぜんたい功者なる口つき夜山しまふてもどり がけこの梅かれをかきこんで山風のつてに送りたる をおもへる風情優にやさしく思はれますりく略 猟師の上をいはすひたすら梅の事はかりいふても このだいにかなひますか「国共しかやうな難題には すゞりとわきへぬけていふもまた手かしてござるてつ ほうの口ぐすりよく廻りたる御趣向かんじん〳〵 狸角兵衛 上上吉 一舛事足 四十二 拍子なく門に狸の角兵衛獅子 うちはひつくり返るさうとう 小兵う店 これらもよみにくひだいなるをかく兵衛じゝに取 ちらし内はひつくりかへるなどつゝけられては おはねのたはこの拍子よき作碁口から出しだひめつ ほう車あんじとは見えず「言達初五文字の様子奉 くなどはきいたもので 物大あたりを鳥毛の首筋十二銅のひねつた趣向 英一蝶も筆を捨て感すべき風情面にじゝの乱曲どうかし たねがその六 上上吉 外面真紫 なき からを 荷ふ 権兵衛 たねか嶋 これも 烏の ほらぬ うちにと 今やうのはやうのはやうたにていひお出せられたる作意 詠にくいだいをよくかなへていはれました「ワる口」荷ふ 権兵衛と云てはこの狩人が名を権兵衛といふやうな 「ひいき」権兵衛はたねが三国の枕詞だはばかな火ぶたを きるとはたつ玉でみしらせて笑よ〳〵といはせるぞ よ〽昆丸」屍をからひのついはまんとのこゝろつかひ迄 よくお気かつゝれました誠にざれるは人のこゝろの たねがしま玉とかゝやく詞のはし〳〵当り申と てつち伊吾 上上吉 宝有道 梅よりも伊吾は 諸木の あにい のきはに のきはにも迚 花を たらしてそ 咲 「頭取」愚なたいごを花の兄とのいひふんのきばにはな をたらせるさま猫か鼠を取たやうに皆取てをり まさるぞ悪口組の山犬にはくはれぬ趣向かく申 寸頭取もいごにひとしきおろかもの何を申もあひ むこ同士このうたにかんしんいたすもこれも なみだのたねぞかし 一力屋亭主 上上 山々春風 登ての 御多道 免有 万品々し 四十五 ード……………………………………………………………………………………………………… 一カ屋こは鬧かしとちん坐敷 蜘蛛の巣ほとにかけまはりけり 頭取いそがしといへるも七段目の本文也といつさまの おるかはしらねどくどんどろつくなやう寸も見えす 下におかれぬ二かい坐敷たちあがりたる趣あり 功者こはいそがしにくもの子をもたせたと見える 頭取ことのその花にあそばとき近んあたりの 色ある風情先よく〳〵 上上一文字屋 急く 山道 真一 かこに 打 の をし 鳥の 同 片羽 一同所 とめ子 四十六 頭取勘平にわかれしおかるををくのかたはにたとへかごに のせてま一文字といへる所たりこぞ〳〵□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ めとりをいふたのかかたはゝ鳥の翼の左右にあるがかたし ばかりなたをかたはといふことうつ本ものがたりの奇に見え たり雌雄を引分てこたはとはいかに又下の句もをしの ことにてつゝけたしひと公の男はいなり前をぶら ついてきやつにばかされてゐると見える真一文字や といふあたりのはたらきをしらぬかみそゝじあゆりの 一文字やできたぞ〳〵 与一兵衛 上上士 宝有道 老木の 梅の かほり 与市兵衛 谷の そこ まて ちれる 山道 四十七 頭取子ゆゑのやみの梅か手は返魂丹に和中郡かまりは すほと与一兵衛たにのそこまてちれるといへるも本文に よくかなひましたひたひらなかを覚のできぬ るよみとは見えませぬふかくつ土」与一兵衛 廿九日の夜じや梅をとりいだしたはちとふつがうき 頭取さやうに仰られてはせんさく過ると申 ものゆづはたにのそこまて落かまゐつて皆よいち べい〳〵と評判いたせはお悦ひなされた 夜打之場 上上吉 楊香を夏 四十八 同 夜討小船て 一ツヽ アイ 一〇 まはる には 筋も 弓とつるにて はつす戸障子 頭取十一段めに箱ふか〳〵といなむらかさきのゆたん をたのみにてといへるをとりて小舟にてまはるといび さてととつるのたとへにかけられしはあまどに あびせんあひくろくはつれのなきよい御趣向 ひいき水門物置しはべや迄ぬけめのない詞の くはり天とかくれは川とこたへし上下の句のかけ 合光りある大星の胸中あふくへし〳〵 太田了竹 山々春風 至上上吉 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ コトナリ キナ 出チロヨリ 白雲閑的不渓魚 四十九 えんをきるみたて違ひのに竹は よくの根のはる ほんの藪 医者 ひて見たてちがひといふにやぶ医者をかけて始終竹の 縁語てつかけられ〳〵いかにも狂顕の骨鬱よそ のせんきも直るべき趣向匕先より口のまはりたる やうすよいおみたてお上手打功者と人もあふぐで ひいき こゝらか狂哥の心肝と云ものよく きゝましたあたりふした〳〵 右共蔵といへる浄るりを狂 哥によみてこれか判せよと 礫川連のもとよりおくり おこしけるをうるいしき判者 女きてよしあしのけちめい はんもなり〳〵なれはわさを きの品さためをまねひて よしなしとをかきつけて つかはしける時かたはらなるわらは の此よみ哥のをかしきをみて さへつりいたしける されるの心すくちは 見ものなりくちを とちむる 幕なしにして さて一寸御ことわり申上まひ江戸狂哥の 開祖根元ときこえたる唐衣橘洲大人去戌は 七月十八日西方の類舞の菩薩となられ ました戒名を御そんじない御かたもぎ あるべしとこらへしるしましたいつ れも御回向なされませい 心眼院開誉得聞居士 寺は赤坂浄土寺也 15120 小石川伝通院前 板元大坂屋伊兵衛 一同 [