浮世名所圖會
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- 錦庵尚絅校
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- 錦庵尚絅校
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- 日本語
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- ウキヨメイショズエ
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- 東北大学
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- 2026-08-28T18:53:25.651810+00:00
浮世名所図会
四媚主人著
浮世名所図会
文政己丑仲冬新鐫
以テ購入セルヿ
同断
浮世名所亦会緒言
国々名所図会の時代物
桟敷の目をよろこばせ
戯場名所参会の世話事
切落の膽をおどろかせり
此四媚乞わの作は其他振を
四賄主人著
浮世名所図会
文政己丑仲冬新鐫
し、
以テ購入セル風関博士
同断書状書
浮世名所亦会総言
国々名所図会の時代物
桟敷の目をまろこばせ
戯場名所参会の世話事
切落の膽をおどろかせり
此四媚乞わの作は其他振を
学ぶ等あらず別にひとつの
新狂言一幕のぞいてごらう
しろ奇妙〳〵とあり数の
声色をつかふものは
前黄表紙作者無之二
浮世名所図会目次
上の巻
人目の関
子すてる藪
治音寺
流行山阿蘭陀料治
きぬ〳〵別の鐘
一下戸の立たる蔵屋鋪
飛車手王手の橋
てる〳〵法師雲の霊場
こけの細道
献上名所同
一大山師の玄関跡并什物羅城門河岸鬼の切たる網が手拭
その日ぐらしの夫婦石
かゝア大将の墟
のたまく山人の旧跡
でん坊上人の遺跡
こびの桟
下の巻
いんぎんびれいの池
ほらふき堤
ふんばり尼の庵
いきなり三宝荒神の祠并霊害まゝの皮財布
瓦んちやん坊生立の村
やみ雲嶺
金箱新田
しりくらひ観音堂
口八町堤
うその河原
通計二十四條
浮世名所目次終
浮世名所図会上巻
江戸四娟主人著
適堂木雁
錦菴尚綱
仝校
人目の開その所さだかならずしかし往古より
浮世第一の関にして其遺跡往く所としてあら
ざるはなしこの關岨嶮にあらず又別に開守
一番人を置す唯人目を以て関守となすいにしへは
この開尤厳重たりしが後世に至り人情
一次第に洗薄なり関を物ともせず又或は間道を
作り往来総横自在なり只恋する初心者など
少しはおそれ忍べどもさまでにおもはずゆゑにこの
一開当時はたゝ名のみ存せり
子すて類薮
子すて類藪その名所々にありといへども吉原五
一町をもつて翻楚とす土人稲閔にむかし貧しき
一夫婦あり一人の女子を持しがとかく夫婦二人の
一衆食に御へことたらねば子どもありては世すぎ叶はじ
とて郭巨の欲心にならひ此子を埋めなば天より
一憐みたまひ後世にいたり世の中ゆきつまればとて
一悪性銀の二三合くらゐは賜はるべしとすでに庭の隅を
あちこちと握りて見れども固より孝心の感ずる
一所にもあらされば銭炮玉の一つもいでずかくては詮なし
とて細きけぶりの中に年月を重ねはや拾四五菜に
なりけれともいよ〳〵貧し遣れば所詮叶はじとて
一夫婦諸ともに往きて吉原の藪に投捨てけりふし
ぎや此やぶより許多の黄金を出せり夫婦喜ぶこと
一限りなくこの金にて田畑をとゝのへ豊といふにはあら
ねども一生を安て過しとなりそれよりしてのち
女子ありてたづきしがたきものはみなこのやぶに捨る
その容色にしたがひ黄金それ〳〵に出るといへり
このやぶ五町にすぎざれども怪しむべし苦海といふ
うみありてはなはだ危ししかしその中に浮む瀬と
いふ大瀬もありこの瀬へ游ぎつけば果は歓楽の
身となるなりさるによりてこのやぶ日増に繁茂
せり
楊梅草音瘡
一相対死の木木の和音気と通ず
連理木
一比翼鳥ありて時々来り菓くふしかれども真の比
一翼はいたつて稀なりといふ
流行山阿蘭陀料治音寺大山師の前にあり開山
一蘭化上人中興元伯師なり縁記曰蘭化上人はじめて
一西洋の学を唱へしより中興元伯師鮮体新書といへる
ありがたき書を平かなにて図解飜訳し一派を
一開きしより宗風次第に広宣流布し藪医のまへす
一按摩の眼あきにいたるまで尽く改宗帰伏せざるは
一なし水銭炮をもつてキリステルにかへもちひ紅巻を
もつてサフランにまきらかす果は音声うちがひの西洋
ぶしにて引導すといへり
きぬ〳〵別の鐘忍びねの里にありこの鐘暁六つの時
うきに名所に
ばかりをうつ一におひだしのかねといふそれをもつて
をしきわかれをかこちてわかるゝゆゑに名づく
一伝へいふむかし二人の娼婦ありかねの下に来り
一人の始ふのいへるこのかねこそ殊ににくしもし
このかねなくばこひしき人にわかれもせまじなまじ
ひに鐘あればこそ時をも告くるしきわかれに又あふ
一までの胸をもこがすノウ恨の鏡やとかこつ今一人の
いへるさのたまふなおのれもおなじながれのうき身
なればこがるゝ人にあふ夜は千歳も一時なれども
それとは事かはりあだし人に泣寝せんも又うき
身のつとめなればいかにやみなん事もならずさあらん
夜は一ときも又千菜のおもひなりそのきはにこの
かねの音のさやかにきこえたらんにはうれしさ
たとへんにものなくほといきするもことわり
ならずやさればおのればおのれをまたうれしの
かねといはんなれどおことののたまふもむべなれば
とかくあだし人とぬる夜ははやくも撞きぬれて
逢ふ夜はかねのなくもがなとおもへりと下略
ゆゑに地名となるかのむかしがたりの腰に十
一萬貫の銭をつけ竃にのり揚州に至らんと
もとめられて
同町三町
たる名付一
いひしによく似たり
下戸の立たる荘屋鋪向水の傍にあり臺傳
に曰むかしこの村に壱人の空下戸すめり身
一上も相応にてありしがわるき癖にて下戸自
負にて常に矜りいへるはわれは下戸なれば身
一上飲つぶすべき気づかひなければ世に恐るゝ
事もなしとて夏の日冬の夜おほくはぶら
りとあそひくらしたりむかしより下戸は玄智
一きたなきものにて餅砂糖けはさらなり八里
半のまるやきおでんのあまみそすゞみのゆふべは
一西瓜の割売雪の朝はねぎ雑煮肴には因子のつけ
焼月には枝豆の腰だてあさから晩までちび〳〵
喰ひ片時も口に眼はあらずかくむだぐひに日をくらす
事なれば身上次第〳〵に夜おとろへ日ましに減ぞ
見えにける同村の酒徒ども舌うちならしむかし
より下戸の立たる蔵もなしといひしも理なり彼が
一様を見よなるほど飲にはへらで食つぶしたりと
一あざみけり下戸も亦はじめてこゝろづきさらばかの
一酔客どもの目を醒させんとあさから晩までかせき
つけちび〳〵ぐひはさておき飯も三度は食たり食
一郎左上名所上
なんだりせしほどに身上ふたゝび肥ふとり暫時の
うちに万福長者の金もちとなりたりそれより
一年々に蔵を立ならべ居廻り五六十町か間はみな
一蔵となりぬ惜むべしその子たら腹孫左衛門の代に
いたり身上みな〳〵食つぶしけり土人猶そのところを
下戸の立たる蔵屋敷といへり
飛車手王手の橋駒野氏の居城なり至極要
一害よろしき城なりしがこの大手より破れたりその
一本をたつぬるに桂馬何某といふ若ものあり殿の
一気に入なりしがその性質なほきをきらひとかく
横飛の行ひばかりなりその上野勤を鼻にかけ
一元龍悔ある事をもしらずあまりに高あがりを
なし一家中に忍まれ遂に敵の歩卒に生捕
られたり金銀の大将まて見ぬふりして救ふ
ものなし本より佞勢のものなれば早速降参なし
敵方の諜者となり此飛車手王手にうちかゝり
遂に落城におよびたりといふ
てる〳〵法師雪の霊場金箱新田の南にあり
一法師は軒端村の産なり父母法師を生しのち
一旱魃うちつゞき水ぎれにて遂に渇死す法師
成長の後父母の濁死を悲歎し妄執をはらさんと
この所にて雲をせられたり神明その孝心を感じ
一天像にかきくもり大雨額に降しかばよみの国まで
雨もりして父母もはなはだ喜びしとかや此年てうし
一秦の始皇帝東山に封じ途中にて松蔭に雨
やどりしたまひしもこの雨のとばしりなりといふ
此としあまり川々水氣にて河太郎の川ながれおほ
しといふそのゝちてる〳〵法師の号を賜り日でり
一乞の法師となれり後世にいたり日でりをこふもの
てま〳〵法師を執端に祭るは則機端村の縁
なりといふ一説にこの説はなはだ怪誕に渡るてる〳〵
一法師歌の事を聞ず又雨のとばしり夜までかゝるべき
やうなしたとへかゝるども泰望の時と手代あはず按ずるに
てる〳〵法師は清姫の子なり清姫安珍の跡をしたひ
一追かけしが折ふし日高川水かさまさりて渡られざるを
ふかく憤りて遂にその身蛇となりしが世界の水を
一干尽しもし水にてこまる女もあらば救はんとその子を
てる〳〵法師となしたり又唐にこの法師の叔母御
あり掃清娘といふて又日でりを司とるかれこれ
一考るにあまごひの事決してあるべからず按ずるに
後説至極尤らしく聞ゆれどもしかしいにしへの事は
そのまゝおくへし秦望へあめのとばしりかゝりし事
一なしともいひがたしむかし天竺に釈尊御誕生
一ありし夜おもひ切て光明を放ちたまひしゆゑに
一夜まで夜中巻の如くあかるくなりし事あり
たれば無下に破すべからず且清ひめに子ありし
一事もきかざればこの説も亦深て信ずべからず
こけの細道頭の池の上にあり土人いふむかしこけ
一仙人の開きし道なり意説に云此仙人性質無
煎にして又少々の奸智を出べり升作のゝちとかく
つき合あしく仙人仲間記号をつけこけ〳〵と呼
しとなり遂に天にもゐられすとう〳〵こけこべり
一落たりこけのおもふやうたとへ天に居ずとも
せめてひとつの名をあげ後世につたへんとこの
山をふみひらきてこの細みちをつけしは誠に
こけの一心ともいふべし一説にこけは苔なり
山中の小道日もあたらず清水に炎むしさびし
ゆゑこけのほそみちといふ又一説にこのみちむ
しやうにこけすべるゆゑこ世の細道といふある先
一生の曰諸説理なきにあらずしかれども礼おとろ
へて道四夷にあり孔子の都子に官をたづね
られしもこのゆゑなり土人豈伝にかへつて
正しき事ありよろしくこけ仙人の事をもつて
事実とすべしこけは人をいやしむ詞なりこけは
一下戸の反言なり戸は戸口の戸にて家といふこと
なり戸に上中下あり水呑百姓を下戸といふ
よりして人をいやしむことばとなれりしかしあ
からさまにいへばあしきゆゑ反空して戸下といふは
一すなはち隠語なりいまをもつていにしへを證
せば人火指を出しておこがやかましい又丸き形を
なしてれこがさつぱりないなぞといへるも通言に
して隠語なり按ずるにこの説長せり仙人は
一雲上を飛行する事なれば人間界を見下しては
一なほさら戸下〳〵とあさけりしなるべし
一大山師の玄関跡の川とうその河原の間にあり
玄関間口五百曲旬興行二三尺ばかり
百由旬
本堂
本堂百曲句額は伽蘭堂とあり
鼻の下空殿
一塔中てれん坊二本坊しはん坊
見え坊
一開山万八和尚名は千三その先秦の張儀にいづと
いふ大山師は謚号なりいにしへ某の大守西の閣を
一飲せられしときはなはだ帰伏したまひ糠糠百万石
寄附せられしといふ
一什物羅城門河岸鬼が切たる網が手拭
一手拭なみ弐尺五寸さらしもめんまめ絞なり縁
記に曰はじめ綱蔵少かりしときある屋敷へ仲間
一奉公にすみ込しが茶碗酒の雑談ばなしに今夜も
一羅城門へ行鬼をひやかすべしといへるをもとより
愚昧の絶蔵きゝてさる事もあるべしおのれ
いまこそいやしき奉公はすれどもむかし鬼の腕を
切し綱が末葉なりかねて思ふやう壱度は鬼に
めぐりあひて指壱本なりとも起り落しふたび
一武名を顕はさんとこゝろがけしが幸なるかな所も
一あれ羅城門ときくこそ耳よりなりいで〳〵その
一鬼を退治してくれんとこの手ぬぐひにて頭を
つゝみ竹光一刀腰にさし御馬はすなはち膝栗毛
吉原さしてはしりゆきしがはやくも大門にいたり
一肉のやうすをうかゝふにあんにそういのていたらく
きゝしにまさる極楽世界なか〳〵鬼なぞのゐつ
へきやうもなしさりながら極楽あれば地獄もあり
おもひがけなきまぐれ鬼のあるべきもはかられず
一と足にまかせて四方八面かけめくり見れども鬼の
影もなしとかうする内に酒も醒めあしもつか
れければある格子の下にしばしやすらひしかつく〳〵
一おもふやうかくまで肝膽をくだき捜せども鬼子
一半足にも出あはぬはさても武運につきはてゝ神
ほとけにもすてられしやさりながう此まゝ部屋へ
かへりなばおくびやうものとわらはるべし又亡命
せんはやすけれどてんとくじと摺袍一枚部やに
一おきたれば見す〳〵他人にせしめられんも残
念なりとてもはかなき此身のうへ生きて恥
一辱をさらすよりいさぎよく腹切て骸をこの
場にさらすべしと壱尺あまりそらもあざむく
一竹光を抜はなせしがいや〳〵まてしばしまだ宵の
酒料ののこりもあり腹は少々北山しぐれとても
死ぬならうきよのそば一ぱいもこゝろよくやらかす
べしなる事も先食つての上の分別とあたり見
まはす折もをりむかふよりくるそばやしつぽくの
こゑに気をおほしヤイそばやさん一ぱいたまはる
べしして羅城門へはどうゆきますハイ右へまがると
ついそこでこざりますはてそれでこゝろもおち
つきしと立つけ三盃までかつこみたり此いき
ほひにいま壱度ねん晴しと一寸まがるととり
つきの悪河岸さへもしん〳〵と忍みつごろのみ
し火細くやみ同前のその中にすこしあかりのみえ
ければこゝぞ鬼にもあらんかとさしのぞく内より
引こむ雛妓のよりのこされし御茶引青ざめ
爪の細腕サアあがらんせとやにはに抓む頭の
手ぬぐひヤアくせものごさんなれさつきにから
かくあるべきをなぜにおそしと怪しみしが時こそ
一来れ腹はよしうき木の亀や優曇花のはな
より稀なるこの出会千歳の一時くせの
うごくなと神腕を引抓めばこれさ折さん
手かいてへによそんないひぐさをいはずと留る
ならとまんねへ勤の半金ぐらゐはたて引ア
なと屋にむに手ぬぐひ引ばればとられじやら
じとひき合ふはづみに手ぬぐひ中より
一丁ど切れければ綱蔵どつと後へ倒れ伏す此
さわぎに若者かけいだしヤレ親かたどうなん
したそんなふざをせずとマア御あがりなされと
無理むたいに引上られしぶ〳〵遂に客となり
一おなじふすまに打ふしぬ唐も大倭も天竺も
貴賤上下の分ちなく夢はかはらぬ新まへら
綱蔵ふと目をさましはてがてんのゆかぬ宵の
間は鬼神退治と一筋におもひこみしがさては
ゆめでありしかそはまた仏のやうなるこの
さまがかへつてゆめなるかしかしむかしは蝶と
一己と取ちがひしゆめもありまして鬼と女は
似よりの代物ゆめでなくても損もなしと
独言いふをかの雛妓がねぼけごゑあれまた
いひ草をいふノウとだきしめるが弐度のか
ためそれより深ういひかはしまのほど近き
年あけまでどうやうこうやうこうやうこうやうこうやうこうやう
出たく夫婦となり男子まで設けたり
この手ぬぐひはむずふの神の縁にしぞと
ふうふ肌身はなさずもちたるがふしぎや
一世に縁どほき者このてぬぐひへちよつとさ
はると忽えんづくとなり後子息綱五郎の
代にいたりかくのごときもの在家にありては
きたなしとて開山万八和尚へ託し当寺へ
納めけり
その日ぐらしの夫婦石唐の横町より日本の通り
一町まであらざる事なしたのしみは夕魚棚の
下すゞみをとこはてゝらめはふたのしてとあれば
上古よりこの石ありと見えたり男はつゝれの
にしきを身に纏ひ天秤棒を扇にかけか
せぎあるくその名をぼていといふこの人始祖
なり妻は十二ひとへもなく手中火の車に
めされ内に引ずりまはりていらるその名を
ふりといふ世の広住居を嫌ひ裡店の九尺弐間に
一壱ツ屋対かけ茶碗まい日の飯米はすべてかけ
ながし一升づゝ買ひひひしほ経幽寺の味噌に御
託をあけたまふぼてい一日のかせぎ女房するの
ひる寝に食たらずといへども共にむつまじくその
日をくらし一生を送り遂に石となるまでいさかひ
一なきは貞操和睦はるかに宣すが女房の亭主に
一晦くれしにまさるべし
かゝア大将の墟此城の縄張奇々妙々にして
一良将英師数百万の衆をもつて攻むるといへとも
うきは名所に
落ず事能はず黒咎が九守といへどもとほくおよ
一はすといへり伝へいふ殷紂の后有蘇氏妲已に
一始まる周に至り幽王の后褒妙に伝はり着
一秋晋献公の麗姫に盛に漢の高后呂氏に中
一興す飛燕光束に至りその法いよ〳〵明なり
西晋の恵居賈氏よくその法を守る庄の則
天皇后武氏に至り尤発明せり日本にては
一平の政子よくその意を神解淫君に至ると
いへり按ずるに当時のふ人みなよくその道を
伝はり守禦祭の術古よりはるかに勝れり
一夜討朝懸けよくその背隙にあたり男子を制
御事小児の如し
のたまく山人の発跡ほう吹づゝみの東にあり山
一人何の時の人をしらす意説に曰山人の父母は
一狄儀が孫にして当時夏集の為に酒池の門番を
一勤むそのゝち酒泉郡の大守に挙られたり是を
もつて縦に酒を飲む事を得遂に食をたち
一夫婦ともに酒をもつて飢にあつ遂に酒仙となり
一升天して醍醐池の観主となりいよ〳〵酒を
もつて食とす時にその子なく長く祀を断ん
ことを悲しみ酒星とは別懸の事なれば朝夕
一相かたりしかば酒星神通を以て一子を与へ
一たるは則この山人なり山人生るゝに及んで
一本釼の酒薦を抱衣となし右の手に酒瓶を
持ち左の手に大白をもちながら生声を発ぐ
その酒くさき事いふべからす父母歓ぶ事限り
なく已に酒星の申子なればとて初湯に酒を
もつて浴ひ乳を与れは飲ず酒を与れば限り
なく飲む又母ます〳〵酒星の徳を感じ且は
家声を墜すべからざる事をよろこぶ山人
成長にしたがひ飲むことます〳〵量なく已に名
なしよく飲みたまふをもつて人のたま山人と
呼べり壱年三百六十日醒ては飲み飲んでは
酔ふ酒にあかさぬ夜はとてもなしと云々地黄
房樽次は此高弟なりとぞ
でん坊上人の遺跡こけの細みちにあり旧
伝に云上人何所の人をしらず曽てこの所に
一庵を結びしよりその宗風をしたひ門に入り
弟子となるもの日々に千百をもつて数ふその宗
一旨八宗の外に一派を立肉食妻帯また飲酒
すべて一の法戒なしその教有髪無髪士農王
一商男女の差別なく其門に入るもの只師のなす
所を見習ふのみいはゆる法簡に事便なるゆゑに
一宗風大に流布すと見えたり当時に至りては
四時遊観の場常見せ物の境劇場角能の小屋に
一至るまで上人の徒弟充満たりこの門に入るもの
よく恥を忍ぶを以て宗とすこれをよくせざれば
門に入ること能はすしかし堪忍とは似てことなるは
此宗風は弱きをみれば踏たふし強きに逢ふては
一ちゞみとなるゆゑなり一説にてんはてれんの中
略なりてれんは偽也なに事によらず偽のみいふ故に
恥辱を受る事おほし或人の曰でんはでないなり
でんのんむ宗を書を是とす坊はお坊さんの坊に
して尊学の称なり按ずるにこの説甚尽せり
故に贅せず
こひの機所々にあり上古伊弉諾伊弉冉の夫婦
一二柱の神より合おろさせたまふそのしたゝり
こりかたまりて橋杭となりしといふその
のち往来の人わたるありおつるあり枚拳
るに暇あらずいはゝ途絶し中を渡る事なれば
越候賄所上
危き事いふばかりなしいにしへはかならず
人ばしらをもちひしことなりながらの橋人
一柱といふもこれなり人ばしらあればおちても
とらへどこあり後世は万事手ばやき
事をこのむゆゑ人ばしらをもちひず直渡し
なりその工夫は古人よりまされどもあや
うき事はいふべからずこのかけはし気み
じかき人はわたることあまはず又場所に
より金銀莫大につひゆるもあり兎
かく酒徒はわたるべからすたま〳〵わたり
かゝりてもおほくは中途にして落るなり
身をしる御方は御用心あるべし
一ヶ村よ名所
浮世名所図會上巻終
11697
二冊之内
金十月
これさま
浮世名所図書下
浮世名所図会下巻
江戸四媚主人著
桐斎一鵞
平亭銭鶏
仝校
いんぎんびれいの池こけの細道の下にあり小き池
一なりむかし此むらに豪富ありよく人を礼し土に下る
一賓客いたるごとに貴賤を問す必額を以て地につけ礼を
なす手を経るに随ひその所だん〳〵済みたりその人
終に臨み遠言して曰我この所において身賎きにもあらずと
いへども驕慢の心生ずればおのづから愛を失ふものなりよりて
一かく礼家を尽すなりわか常に拝する所くぼみたりしはよき
一戒なり子孫ともにこの道を忘るゝことなかれその後子孫よく
祖法を守り数代を経て其所終に一の池となりぬ当時の
人はこれを頭が池といひしとなりびれいは非礼なり礼は上下の
差別を乱れざらしむるもの故に恭礼に近ければ恥辱に遶る
なりこの如きは乱なきも同じとてびれいとはいふなり或の
曰あたまをもて池をほりしは古説といへども餘りおごけに
近し曰しからず檐滴石を綴とてぼら〳〵落るあまだれに
一果は石の切し語もあり自然の功は生化にひとしもし心を
一用れば藕の糸でまんだらを織り膝頭で富士へ登りし
ためしもあれば管見を用て論ずべからず
ほう吹堤うその河原の北にあり土俗意伝に曰くいにしへこの
なはて高山たりしが或年の冬大雪中俄迅雷風烈天地晦冥
し一の大鯔この山より飛出たり近在近郷をあれめけり果は
天上せりそのぬけ穴より夥しく泥水を吹出し其騒動にて
山くづれ縄手巻となれり古老の口碑には鰡の長さ七八丈も
ありけり所々に毛生し魚鯉になりかゝれりとなりそれ故にしへは
一麺吹なはてといひしがいつの頃よりか取ちがへてほう吹と清て
呼りしと云々按ずるに古伝といへども此説甚隔靴の言にして
信じがたしほらは鰡にあらず梭尾螺なりほうのかひ天升吉
よりあることにて稀からずしかし此ほらがひ山に千年海に
千年里に千年都合三千年の星霜をしんぼうせざれば
神通を得風雨を起し上天すること能はずとさすれば今時
天上するほうがひは皆神代わ前のほうと見えたり茲窮理先生
の曰ほらがひは人間の百年を以て渠が千年と定む此方の三百
年は渠が三千年に当るべし馬の十二月にて生るゝが如し
人世を以て論ずべきにあらず此説よてほらのかひの算用は
正すといへどもほうがひと直談にもあるまじければ懐がたし併
一彼先生自ら今の葛盧の後といへば牛の鳴声を以てほら
がひの音までも解するもしるべからず或説に昔々そのむかし
一蒙人荘閑の孫気をさけ帰化し始てこの縄手にすめり
一蒙の荘庵と改名し医を業とせしかさすがに祖風を堕
一さず内外三十三篇を丸呑にして大言をはきちらす聞
一人その言の洗浄自恣にして餘り大そうすぎて登るて
一方角もなくほらがひの音の遠近にひゞき人の耳を
おどろかすめてなればとて荘庵をあだなしてほらふき
一先生と呼べりその後星霜移り遂に地名となれり
ふんばり尼の菴阿蘭陀料治の傍にあり旧記云この
一尼十八九娘ざうりの時王公貴人弊を厚し礼を卑すと
いへども交ることを得ず独自尊していでさりしか時しも
夏の夕ぐれに桜ばなに出て松吹風の納涼につくし
琴をしらべいたりしがふと情の外にやんごとなき笛の
聞えし程になにとなくゆかしく又その人の見まはほしく
小婢を呼びしか〴〵のことを聞えてその人をひそかに案内
してよといへば小婦はしりいで彼人にむかひかくと聞え
しがかの人しばし。か程はうけがはさりしがしひて告し
かばさらばとて忍びやかに庭づうより入来りぬとしの
ころは廿ばかりすがたいかにも都にして感ありて猛からず
一温にして鄙からすしづ〳〵としたる体げに只の人とは
おも。はれざりけりさきの笛の音といひ又今この姿をみて
しばしは雲もあらざりけり男の曰おことは定めて此家の姫
ならん先よりの野の音のうるはしさ僕も再む糸竹の事
なれば通りかゝりし折ふし聞に太ゑなるゆゑ替しその
一音を和せしが計らずもこしもとのあないにてこゝまで推参
一いたしたり願はくは一曲をしらべたまへ娘如終さしうつ
ぶきてゐたりしがやゝありて顔あそめ聲ふるはしてたいへるは
君の仰のごとくわらはもこのむ道にて世に殊勝なる笛の音
かきね隔てんももの苦しきゆゑはしたなくもこしもとを
して尊せしなりみぐるしきこの住家なれどもいとひたまはずは
先こゝへ坐し給へさりながら父母もおはすればこゝろ納て表の
玉書をきかんも心せきていと胸さはがしいかゝはせんと喜ばし
ためらひしがこしもとをしてかたへの屏風のありしをひかせ此
内にて吹事まはんにはさのみもれきこえもしまじいざらせ給へと
一手をとりて屏風の中にいりけるあとは笛の音も琴の音も聞
〽えずなりたりその後毎度笛の忍び音つこし声のつめびき
一重なり事露見に及ばんとせし内に男は俄にみまかりぬ娘
かなしみにたへずひそかに縁のかみを削り屈となり貞操を
此庵に残したり此娘世にまれなる美人ゆゑ見るも見ざるも
一恋こがれてみゑ文を贈りし程に文塚を五度立たり
しが猶のこりの有ければ尼となりし後この庵を文もつて
一張たれば世に文ばり瓦の庵といふ一説にむかし飯焼の権介
奥元のおさんと容通して露見に及び両人とも追出されぬ
権介おさんをつれて本国へ立帰り女房にもなつとくさせ
商人もどきに一妻一毒とんだむつましく暮せしがとかくくひ
たらぬが世の習にておさん懐妊の身となりしより女房の嫉妬
深きに権介たさりかねおさんを閉前の方へあづけ夜ことに
かよひたりその留守に女房農夫をこしらへ出奔しけり本
より女にのろき権介大に怒り不届至極の彼が始末捨おき
がたしと代官所へ願ひ妻敵討にいでけり草を分け木をほり
一棹せどもしれず計らずも武蔵のさめがはしに来りある上たか
小屋に入見れば則女房なり先少しあんどはしたれどもその
嫌びを内にがくしわざとぬの色を外にあらはしたけりたつて
さわぎけれどもたん〴〵女房の口車にのせられ果はぐにや〳〵祭り
一先今晩廿四銅の御客とはなれりとかく焼木杭に火のつき安く
夫より毎晩過ひし程に遂にわるき病を引受旅の住家に
どうとふしけりなげ込薬の数しれず服ともだん〳〵身ふし
痛み已に鼻へもふき出すべき勢なれはおさん大に仰天し
一諸所の医師を迎へて見すれとも兎角真珠朗にあら
ざれば療しがたきよしなればおさんもいまは夫の為なればとて
身を辻君に売代なしその料にて真珠をもとめ服用せしか
ども本より深き下疳の毒なれば終にかひなく死失たり
おさん聞て声をふり立なげきけるは権介殿と馴海し
その初より外にとのごはもたぬと心に誓ひ薬の料に此身は売れ
ども客に肌は汚さゞりしかひもなくあへなく果玉ひしは世に神や
一仏はなきかとくどき立て恨みしも理なりやがて赤態のごとき
一髪をふつゝときり捨権介の菩提を弔ひ一生尼をとげたり
おさん勤のうち権介への心中にて客を客ともせず家意の
ふるまひのみなれば人みなふんばり〳〵と呼たり按ずるに
ふんばりは跋はだけたりの約語なるべしみとむは横通にて
かよへりふみはふむなりばかへはだけたりの中略なりむかし
一漢の梁輿外戚の勢に乗じて天子を御手遊となし朝廷
を踏ちうしはだけたりしを漢帝の跋扈将軍と目られ
しなり又童諺にきち〳〵ばつたこうばつたこうかの中でふん
ばつたと云々このふんはつたも厠の中は両方へ足をひろげるをべい〳〵
詞にてばつたにかけていひなせしなりこれ女をふんばりといふの
藍筋なり
いきなり三宝慈神の祠関雲嶺の麓向水の辺にあり
一いきは行なりなりは形なり行形はいき次第にして岩ど
なきをいふ一説にいきは生也なりは侭也生侭は生だまゝにして
一教へざるをいふと此説は非なり此尊神物事甚なげやりに
一して玉極のぞんざい神なり仍て名ると見えたり只霊
宝にまゝの皮財布あるを以てそのいきなりを証とすべし
此道神女神にして御利益はさのみあらざれども若其意に
背く時は罰のあたる事即座なり祠記略に曰抑此神の
一由来をしはして尋ね奉るに紀州なりさの郡にもあらず
豊吉原に名高き火烟玉屋の雛妓なりしがその頃全体の
野父大臣精の末社江戸神等賤となれそめ給ひ互に深く
いひかはし年明て遂に夫婦となり此闇雲のふもとに
一竹の柱の小庵を結び世を侘に住み給ひし。か年月を
重ぬるに随ひ日ごろのいきなり増長しあれまし給ひし
一程に夫江戸神も次第に愛惣をつかし置ざりとなして
その身はおたふく扇天の方へ疑場になり給ひしとなん
一後人小庵をそのまゝ祠となし祀る土人は呼で山神の
祠といふ
一霊宝まゝの皮財布
一侭は獣の名つまびらかならずこれは江戸神並ざりの時
のちの戒にもと思ひおきみやけにし給ひしといふ又天竺老時
人記に曰南天竺の南数百万里外に一大国あり人至る事
あたはずその風土獣多しその形様々にして一様ならず其
名をまゝといふ食物あれば食ひなければ食ず行ば帰
らず帰れば行ず或は起ず起ればふさず只なに事も
まゝよ〳〵となくと云々此皮彼大臣の珍蔵となりしと
いふ事あり江戸神は末社のことなればその切はじを
もらひ財布につくりしゆゑに台名に成てまゝの
皮財布といふなり
やんちやん坊生立の村向水と響雲嶺の間にあり
この坊さま至極のわがまゝいたづらものゆゑ人みなやん
ちやん〳〵といひしなり父は何某とて代々此村の
里正なりしが夫婦手百歳にちかくして子なき
事を歎きいきなり三宝荒神へ祈誓したり
願みつるの日通夜し祠ぜんにしばしまどろむ
一間にいきなり三宝大なる雷槌を袂にいるゝと
見て夢はさめたりそれより懐妊しこの坊を生
一めり夫婦喜ぶ事限りなくいきなり三夜の
一申子なればとて神の御こゝろにそむかずいきなり
三ぼうこゝろのまゝにそだてたれば成長にしたがひ
やんちやん坊となりぬ果は両親ももてあまし出家君
一この村に一宇を建立し幼字のまゝやんちやん坊と
号す
一本堂はりこの達摩大師を安置す
脇檀なまりの天神を祀る
ひゑまき御手洗の池いかの甲の鷺多くむらがる
ひい〳〵風車の井
一がら〳〵橋御手洗の池にかゝる
一人形天王の陵本堂のうしろもゝくり三年
坂の下にあり
一桃栗三年坂北さき坂なりやんちやん坊手植の
もゝくりの林ありはきだめ山のふもとよりうつせし
といふ
竹馬の塚やんちやん坊の乗し青竹の名馬なり
本地堂いきなり三宝荒神を近しまつる
関雲嶺はなはだ高山なり人目の扉を眼下に
見下すこの嶺にのぼる人金銀を擲こと水火の如く
一仁義五常はいふにおよばす人倫都て地に隠ざれば
このとうげをこゆる事あたはず一点の人道こゝろに
存すれば障となり山神のこゝろに叶はず山荒
一震電すとなり闇雲は闇夜に雲のおほひかゝりし
中を行がことくなればとてやみ雲といふ上り口に
小川あり向水となづく甚危流なりよく人をおぼ
らすむかし武田勝頼楚の項羽尊みなこの水に
流れたり
金箱新田娘の股ぐら門の内毛林番所の下口に
あり傳へいふこのほとりにまづしき夫婦のもの
ありある夜戸口に小児のなき声しきりなり
ければ夫婦あやしみいでゝ見しにまだ当歳の
一女の子を捨ておきけりあはれみて貧しき中に
育ひしが成長にしたがひ容美麗なる事
一西桃小町におとらぬ姿となりしかば夫婦大に
よろこび一山あてゝこれまでの労に狼はんとそれ
より琴三絃胡弓撃琴歌俳徊香茶湯書尽
生花なに事によらずしこみし程もとより令利の
うまれつきかくならひえしことなれば色藝共に
当時及ぶものなしこのむすめ才智ことにすぐれ
一半てん烏のでん坊上人なぞをばおつにあやなし
とんと敬して遠かる風俗某和にしてとかく人の
一立りもとへからむ気質ゆゑ別して父母のために
なれりそのゝち少々の不埒ありて父母はなはだ憤り
一已につとめの苦海へ沈めんとせしが野夫大臣おほくの
末社どもを引つれ浮む瀬に汐干の貝狩をなし給ひ
しがはるかにこの娘を目送し給ひ早速に末社の神
たちをやり事の様子をきゝ糺し直様根引して
一わが家へつれかへりたまひぬ夫より寵愛日にまし
夜にましこの娘にあらざれば食もすゝまず席当
おちつかざれば夫婦のものいまぞ時え顔とそろ〳〵
しけこみねだりかけだん〳〵金銀を会りとり餘
ほどの金持中間となり安楽山中に家居を卜し
けり扨いろ〳〵後の事まで考ふるにたとへ金有
ても子孫に放蕩もの出来れば則この大臣のごとし
早速身上破滅にいたるべしとあんじ煩ひけるが
一幸に関雲嶺の下にとしひさして慈廃し田地
一おほくありたるをかの貪りとりし金をもつてあま
たの新田を聞発せしかば今は高持の分限者と成ぬ
かの呉会の豪右おほく銭を出し塩を築きしを
銭糖と名付し例をもつてそのところを金箱新
一田と呼へり世にあねさん股ぐら金箱だといふことわ
ざはこれより起りしとなり
しりくらひ観音堂うその河原とほりにあり縁
一記に曰観音大士年ひさしくこの破堂に住なひ
しがつて〴〵思召やうわれに浮度の道あれども当時
一姦佞邪声の娑婆世界中々淫度も行とかずいら
ざる手出しをするよりも寧世と推うつりその糟を
くらひその焔をすゝるがまさるべしとかくうき世は
色と金かねがなければ仏も光らずよし〳〵是より
かね彼の工夫すべしと堂守の鉢坊主にあふせ付
られ園帳と号して先欲川のほとりに仮御堂を
一立たまひ川ばたにすむよくげり婆々をめし呼
ばれなにか察計を談合せられたり扨四万六千日に
一なればいつにかはりて朝からえいとう〳〵の参詣
一なり夜にいればかの婆々の口入にて堂上堂下
こもり人の出会場となりければ賽物もそれ〳〵に
うき上名所下
一こゝろ付しほどに翌日惣勘定したまふに都合四
万六千貫あり大士にこ〳〵としたまひそれ〳〵の札
方もつけばゝには格別の骨折なりとて夥多の褒
夜をとらせられしかばばく大きによろこびそれより
四万六千日もまたずばゝの手引にて出合茶屋同前の御堂
となれりかゝりしほどに日ことに上る宝物はかり
一しられず早速御堂の経営も出来御自分の御荘
一厳もきらびやかになり追々接中の山師ども
一集まり今は大御堂となりぬ瀧を得て蜀を
のぞむ顔にかきりのなきは浄土も娑婆も同じ事
にて大士おぼしめすやう娑婆には百姓は田畑
町人は株地面ありて定物成ありいはゞ濡手て
一粟なりわれは少しはやりしとて世に感衰
あればいまにも又さびれかゝるともとのあばら
一素堂なりいかゞはせんとあんじたまふ折しも
賽の河原の地蔵尊意来の借金にて身
一上たちゆかず株式はらひものに出たりと告るもの
ありしかば早速懸合におよび株式書入にて
一金壱万両袋たまひ月揚とさだめられたり
三塗川の婆々もこのはなしをきゝつけ三塗
川の場所書いれにて九千両借うけたりかく
だん〳〵手びろとなりしかば幸駄天を地
獄場所まはりとなし同所の質店を預
けられたりその外娑婆地獄極楽浄土まで
いろ〳〵の出見世をいだしたまひしほどに
いまは大株持の観音大士となりむかしを忘れ
一奢のこゝろいでたまひてあまたの天人天女
を呼下し手かけ妾と迦陵頻伽の琴三絃
にて日夜朝暮洒れたまひしがとかくまれば
かくるの理一時地獄の質店へ赤鬼青鬼の
若ものども四五人にて浄玻璃の鏡をもち来り
いふやうこれは御支配韋駄天殿にも御拝之通此方
役場ものゝ事なれば明朝は早速うけ戻すなり
ながれにきづかひのなき代もの拾五匁につけ
たまはるべしもとよりなれたる地獄の通用
ものなんのこゝろもなくあづかりしがをりあ
しくその夜大罪人娑婆より到り閻王庁
一前にいでゝだん〳〵調べたまふに罪人以の外
強情にて娑婆の悪事を一々陳じければ
閻王送り状をひらき見はなはだ怒りたまひ
一浄玻璃のかゞみにて照し見せんとしたまひし
ところに鏡あらされば冥官ども上を下へと通
したづねたりこの騒動をきゝ付若鬼ども
たまりかねめい〳〵の乕の皮のふんどしまで
はづし馳せ来りいれ替にせんと口説ども幸の
一天品物不足なりとて聞いれさればわか鬼ども
いまはせんかたなしとて跡をくらまし逐電せり
浄玻璃の詮議いよ〳〵厳しければ中にも
一老公の赤鬼おづ〳〵庁前へはひ出し申けるは
一浄玻璃の義段々吟味仕候処若おにども恐み
出し質入にいたし候にまぎれこれなきよし不届
至極の事に御座候さりながらその本を糺し
候得者この地獄界には往古より質店金貸等
一切これなきところ近年欲川の観音仏の外
一身上取直しこのところへ質店袋金等はじめ
一又宝の河原の株三途川の場所までも皆彼が
手に入り幸駄天を支配につけおき地獄の金
銀をみな娑婆へ〆上候より事起りそれのみ
ならずかれが役まへの世人高度の事はさて
おきこの節は日夜朝暮の天人ぐるひ仏の外の
二
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
三月
不行跡に御座候右二付皆要婆罪人おほにて皆
地獄へおくり遣はし候得は近来高直の米をかれ
らに喰立られ地獄の手宛はなはだ困窮いたし候
その上地もの歌伎のいたづう罪人おほくこの地へ
一まいり候ゆゑ若鬼ども殊の外うはきに相なり
一銭づかひあらく風義よろしからずこれよりして
ぬすみかたりもはじまり候なりよろしく視目
一嗅鼻をつかはされ厳しく御たゞしありて
然るべしと述ければ閻王始終を聞以の外
立腹したまひ早速見る目かで鼻の両人を
もつて様子を聞たゞさせたまふに相違なけ
れば使者にてその旨極楽へ言上せられたり釈
尊のたまふには地獄の騒動なれば閻王手切に捌
かるべし尤観音は支配ちがひなれどもかゝり合
なれば富王よりよろしく沙汰あるべしと
御下知ありければ閻王早速欲川の観音方へ尻を
やりたまひ実のかはら三途川の儀はそれ〳〵
拝領の場所なればそのまゝ召上られ又出店質
店等は三日の内にのこらず引はらひ申さるべし
となりかくのごとき大騒動なればそのころ娑婆
にもさま〴〵のとり沙汰ありて地獄より尻を
くひたまひし観音さまなればとてしりくゝひ
一観音堂と名づけたりと云々一説にしりはあと
なりくらいは闇なりしりしりくらいは跡をくらまし
かくるゝなりこの観音地獄の風聞よろし
からざるにより諸をくらまして本の破堂へ
蟄居したまひし故かて名づくるともいふ
口八町堤ほらふき堤の向ふにあり土人の記に云
むかし手八町口八町といふ女この堤下に住む
ゆゑの名なり手八町といへば手の長さ八町も
あるやうにきこゆれどもさにあらず町は丁なり
一町を略して丁にかきしより誤りて丁の
字も又町にかきしなりよろしく丁字に
従ふべし民丁とて男といふ事なり庭
造りの男を園丁といひしろき衣を着たる
一男を白丁といふ男といへば人なり左伝に姑は
一吉人なりとあるも姑字を分れば吉女なれ
ども女も人の名なれば吉人といひしなりすれば
八丁は八人といふことなり此女手業八人まへを働く
事ゆゑ手八丁といふ口八丁も亦口をしやべること
八人まへなればとて口八丁なり一説に町は
字のごとくよむべしこの女しやべりし声八町が
ほどにきこえたるゆゑ口八丁といひしなり
手八丁は手の長さ八丁あるなり壱町六拾間
にして八町のながさ六八四百八拾間なりあまり
ながすぎたりとて手長島よりさつとをうけ
だん〳〵切縮められおほかたは人なみの手に
なれりそれゆゑに手八町堤とはいはす口八町
堤と名づく又李白が白髪三千丈綱レ愁似レ酒
一長といへるはこの女手を切りちゞめられしとき
悔をいひし詩なりといふこれを以て見れば手の
長さ八町もおしてしるべし
うその河原嶺の川の源より下流まで残らず
河原なり土人の説に上古は此河原至て狭かりしが
後代に至り世の閉けるに随ひ姦風の大嵐毎度
吹ちらし智恵の海大海溢にて真実の田畑みな
うち崩され仁義の来耜もなか〳〵力及ばず次第くに
広まりたりそれゆゑ今はこの河原にて精々の
生業をはじめ世を渡るその内には分限者も多く
一出来たり結縄のころのはなしをきけばこの咎り
うそつきや次郎といふものいでしがとんだ才覚もの
にて大分に身上を仕出したりそれよりおい〳〵
繁花の地となれりといふ
浮世名所図会下巻終
殿
谷中の俊傑。奥山先生。雷名四方にとゞろき。
一日酩酊のあまり。珍説の咳唾を褥にはき。
筆を机上になげうては。忽二巻の中興となる。
其文の奇妙なることは謂稽虚を以て実を
獲。穴を穿て穴をいはす。読もの聖性に感す。
されは韓退之も鳴物停止の鉄棒を喰ひ足
をかゝえて逃出すばかり。かゝる目出たき妙作
なれは。こたび堂肆の進めにまかせ。瑞輪寺の
上下大す
桜木に花をさかせ。感応寺の塔と共に。評
判をたかうするも。偏に趣向のあたりにして。光ま
かゞやく新玉の。春をむかふる門松の。礼者も
是をひらき見は。くつ〳〵笑ふ福寿草。奇々
妙々と賛ながら。鹿の命毛くひ。しやぶり。硯の
海を洗ひつゝ。政のこゝろで綴しものは矢張先
谷中の隠士。奇々羅金鶏がわすれがたみ。我儘
骨張の江戸ッ子。
平亭銀鶏誌
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