[1381]
むらさきのうへいたうわつらひ給し御心ちの後いとあつしくなり給てそこはか
となくなやみわたり給ことひさしくなりぬいとおとろ〱しうはあらねとゝし
月かさなれはたのもしけなくいとゝあえかになりまさり給へるを院のおもほし
なけく事かきりなしゝはしにてもをくれきこえ給はむことをはいみしかるへく
おほし身つからの御こゝちにはこの世にあかぬことなくうしろめたきほたした
にましらぬ御身なれはあなかちにかけとゝめまほしき御いのちともおほされぬ
をとしころの御契かけはなれ思なけかせたてまつらむ事のみそ人しれぬ御心の
中にも物あはれにおほされける後の世のためにとたうとき事ともをおほくせさ
せ給つゝいかてなをほいあるさまになりてしはしもかゝつらはむ命のほとはを
こなひをまきれなくとたゆみなくおほしの給へとさらにゆるしきこえ給はすさ
るはわか御心にもしかおほしそめたるすちなれはかくねんころに思給へるつい
てにもよをされておなしみちにもいりなんとおほせとひとたひ家をいて給なは
かりにもこの世をかへりみんとはおほしをきてす後の世にはおなしはちすのさ
をもわけんと契かはしきこえ給てたのみをかけ給御中なれとこゝなからつとめ
[1382]
給はんほとはおなし山なりともみねをへたてゝあひみたてまつらぬすみかにか
けはなれなん事をのみおほしまうけたるにかくいとたのもしけなきさまになや
みあつい給へはいと心くるしき御ありさまをいまはとゆきはなれんきさみには
すてかたく中〱山水のすみかにこりぬへくおほしとゝこほるほとにたゝうち
あさえたるおもひのまゝの道心おこす人ゝにはこよなうをくれ給ぬへかめり御
ゆるしなくて心ひとつにおほしたゝむもさまあしくほいなきやうなれはこのこ
とによりてそ女君はうらめしく思きこえ給ける我御身をもつみかろかるましき
にやとうしろめたくおほされけりとしころわたくしの御くはんにてかゝせたて
まつり給ける法花経千部いそきてくやうし給わか御殿とおほす二条院にてそし
給ける七そうのほうふくなとしな〱たまはすものゝいろぬいめよりはしめて
きよらなることかきりなしおほかたなに事もいといかめしきわさともをせられ
たりこと〱しきさまにもきこえ給はさりけれはくはしき事ともゝしらせ給は
さりけるに女の御をきてにてはいたりふかくほとけのみちにさへかよひ給ける
御心の程なとを院はいとかきりなしとみたてまつり給てたゝおほかたの御しつ
[1383]
らひなにかのことはかりをなんいとなませ給ける楽人舞人なとのことは大将の
君とりわきてつかうまつり給うち春宮后の宮たちをはしめたてまつりて御かた
〱こゝかしこにみす経ほうもちなとはかりのことをうちし給たに所せきにま
してそのころこの御いそきをつかうまつらぬ所なけれはいとこちたきことゝも
ありいつのほとにいとかく色〱おほしまうけゝんけにいそのかみの世〻へた
る御くわんにやとそみえたる花ちる里ときこえし御かたあかしなともわたり給
へりみなみひんかしのとをあけておはしますしん殿のにしのぬりこめ也けり北
のひさしにかた〱の御つほねともはさうしはかりをへたてつゝしたり三月の
十日なれは花さかりにて空のけしきなともうらゝかにものおもしろく仏のおは
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つみをうしなひつへしたきゝこるさむたんのこゑもそこらつとひたるひゝきお
とろ〱しきをうちやすみてしつまりたるほとたにあはれにおほさるゝをまし
てこのころとなりてはなに事につけても心ほそくのみおほしゝるあかしの御か
たに三の宮してきこえたまへる
[1384]
  おしからぬこの身なからもかきりとてたきゝつきなんことのかなしさ御か
へり心ほそきすちは後のきこえも心をくれたるわさにやそこはかとなくそあめ

  たきゝこる思ひはけふをはしめにてこの世にねかふのりそはるけき夜もす
からたうときことにうちあはせたるつゝみのこゑたえすおもしろしほの〱と
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ほひわたりてもゝ千とりのさへつりもふえのねにをとらぬ心地してものゝあは
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たのかくはなやかににきはゝしくきこゆるにみな人のぬきかけたるものゝ色い
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給にものこりすくなしと身をおほしたる御心のうちにはよろつの事あはれにお
ほえ給きのふれいならすおきゐ給へりしなこりにやいとくるしうしてふし給へ
りとしころかゝる物のおりことにまいりつとひあそひ給人〱の御かたちあり
[1385]
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  むすひをくちきりはたえし大方のゝこりすくなきみのりなりともやかてこ
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ゝきえ入給ぬへきおり〱おほかりそのことゝおとろおとろしからぬ御心ちな
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[1386]
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[1387]
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[1388]
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[1392]
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きに御色はいとしろくひかるやうにてとかくうちまきらはすことありしうつゝ
の御もてなしよりもいふかひなきさまにてなに心なくてふしたまへる御ありさ
[1393]
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わりなきことなりやつかうまつりなれたる女はうなとのものおほゆるもなけれ
は院そなにこともおほしわかれすおほさるゝ御心ちをあなかちにしつめ給てか
きりの御ことゝもし給いにしへもかなしとおほすこともあまたみ給し御身なれ
といとかうおりたちてはまたしり給はさりけることをすへてきしかたゆくさき
たくひなき心ちし給やかてそのひとかくおさめたてまつるかきりありけること
なれはからをみつゝもえすくし給ましかりけるそ心うき世中なりけるはる〱
とひろきのゝ所もなくたちこみてかきりなくいかめしきさほうなれといとはか
なきけふりにてはかなくのほり給ぬるもれいのことなれとあえなくいみし空を
あゆむ心ちして人にかゝりてそおはしましけるをみたてまつる人もさはかりい
つかしき御身をとものゝ心しらぬけすさへなかぬなかりけり御をくりの女はう
はまして夢ちにまとふ心ちして車よりもまろひおちぬへきをそもてあつかひけ
るむかし大将の君の御はゝ君うせ給へりし時のあかつきを思いつるにもかれは
[1394]
猶ものゝおほえけるにや月のかほのあきらかにおほえしをこよひはたゝくれま
とひたまへり十四日にうせ給てこれは十五日のあか月なりけり日はいとはなや
かにさしあかりてのへのつゆもかくれたるくまなくて世中おほしつゝくるにい
とゝいとはしくいみしけれはをくるとてもいくよかはふへきかゝるかなしさの
まきれにむかしよりの御ほいもとけてまほしくおもほせと心よはきのちのそし
りをおほせはこのほとをすくさんとし給にむねのせきあくるそたへかたかりけ
る大将の君も御いみにこもり給ひてあからさまにもまかて給はすあけくれちか
くさふらひて心くるしくいみしき御けしきをことはりにかなしくみたてまつり
給てよろつになくさめきこえ給風のわきたちてふく夕暮にむかしのことおほし
いてゝほのかにみたてまつりしものをと恋しくおほえ給に又かきりのほとのゆ
めの心ちせしなと人しれす思つゝけ給にたへかたくかなしけれは人めにはさし
もみえしとつゝみてあみた仏〱とひき給すゝのかすにまきらはしてそなみた
のたまをはもちけち給ひける
  いにしへの秋の夕の恋しきにいまはとみえしあけくれの夢そなこりさへう
[1395]
かりけるやむことなきそうともさふらはせ給てさたまりたるねん仏をはさるも
のにてほ花経なとすせさせ給かた〱いとあはれなりふしてもおきても涙のひ
るよなくきりふたかりてあかしくらし給いにしへより御身のありさまおほしつ
ゝくるにかゝみにみゆるかけをはしめて人にはこと也けるみなからいはけなき
ほとよりかなしくつねなきよを思しるへく仏なとのすゝめ給ける身を心つよく
すくしてつゐにきしかた行さきもためしあらしとおほゆるかなしさをみつるか
ないまはこの世にうしろめたきことのこらすなりぬひたみちにをこなひにおも
むきなんにさはり所あるましきをいとかくおさめんかたなき心まとひにてはね
かはんみちにもいりかたくやとやゝましきをこの思すこしなのめにわすれさせ
給へとあみた仏をねんしたてまつり給所〱の御とふらひうちをはしめたてま
つりてれいのさほう許にはあらすいとしけくきこえ給おほしめしたる心のほと
にはさらになに事もめにもみゝにもとまらす心にかゝり給ことあるましけれと
人にほけほけしきさまにみえしいまさらに我よのすゑにかたくなしく心よはき
まとひにて世中をなんそむきにけるとなかれとゝまらんなをおほしつゝむにな
[1396]
ん身を心にまかせぬなけきをさへうちそへ給ひけるちしのおとゝあはれをもお
りすくし給ぬ御心にてかくよにたくひなくものし給人のはかなくうせ給ぬるこ
とをくちおしくあはれにおほしていとしは〱とひきこえ給むかし大将の御は
ゝうせ給へりしもこの比のことそかしとおほしいつるにいと物かなしくそのお
りかの御身をおしみきこえ給し人のおほくもうせ給にけるかなをくれさきたつ
ほとなき世なりけりやなとしめやかなる夕くれになかめ給ふ空のけしきもたゝ
ならねは御このくら人の少将してたてまつり給あはれなることなとこまやかに
きこえ給てはしに
  いにしへの秋さへいまの心ちしてぬれにし袖に露そをきそふ御返し
  露けさはむかしいまともおもほえす大方秋の夜こそつらけれものゝみかな
しき御心のまゝならはまちとり給ては心よはくもとめとゝめ給つへきおとゝの
御心さまなれはめやすきほとにとたひ〱のなをさりならぬ御とふらひのかさ
なりぬることゝよろこひきこえ給うすゝみとのたまひしよりはいますこしこま
やかにてたてまつれり世中にさいはいありめてたき人もあひなうおほかたのよ
[1397]
にそねまれよきにつけても心のかきりをこりて人のためくるしき人もあるをあ
やしきまてすゝろなる人にもうけられはかなくしいて給こともなに事につけて
も世にほめられ心にくゝおりふしにつけつゝらう〱しくありかたかりし人の
御心はへなりかしさしもあるましきおほよその人さへそのころは風のをとむし
のこゑにつけつゝ涙おとさぬはなしましてほのかにもみたてまつりし人の思な
くさむへき世なしとしころむつましくつかまつりなれつる人〱しはしものこ
れるいのちうらめしきことをなけきつゝあまに也このよのほかの山すみなとに
思たつもありけりれいせん院のきさいの宮よりもあはれなる御せうそこたえす
つきせぬことゝもきこえ給ひて
  かれはつるのへをうしとやなき人の秋に心をとゝめさりけんいまなんこと
はりしられ侍ぬるとありけるをものおほえぬ御心にもうちかへしをきかたくみ
給ふいふかひありおかしからむかたのなくさめにはこの宮はかりこそおはしけ
れといさゝかの物まきるゝやうにおほしつゝくるにもなみたのこほるゝを袖の
いとまなくえかきやりたまはす
[1398]
  のほりにし雲井なからもかへりみよ我秋はてぬつねならぬよにおしつゝみ
給ひてもとはかりうちなかめておはすすくよかにもおほされすわれなからこと
のほかにほれ〱しくおほししらるゝことおほかるまきらはしに女かたにそお
はします仏の御まへに人しけからすもてなしてのとやかにをこなひ給ちとせを
ももろともにとおほししかとかきりあるわかれそいとくちおしきわさなりける
いまははちすの露もこと〱にまきるましくのちのよをとひたみちにおほした
つことたゆみなしされと人きゝをはゝかり給なんあちきなかりける御わさの事
ともはか〱しくの給をきつることゝもなかりけれは大将の君なむとりもちて
つかうまつり給けるけふやとのみわか身も心つかひせられ給おりおほかるをは
かなくてつもりにけるも夢の心ちのみす中宮なともおほしわするゝときのまな
くこひきこえたまふ