1924年6月21日付、海軍造船少将平賀譲による「ニウポート・ニウス」造船所の視察報告。IMPERIAL JAPANESE NAVY名義で、New York, U.S.A.の表記がある。
「IMPERIAL JAPANESE NAVY」と記された資料の一部で、八〇、NEW YORK. U.S.A、暗号状の英字列などが掲載されている。
工場配置と視察記事の一部で、船渠三つの規模・形状、船台八つの設備と用途、商船二隻建造中であることを記す。
IMPERIAL JAPANESE NAVYに関する断片的資料で、財務改善、巡航用過熱蒸気形式、解体中の状況、艦種名・寸法、NEW YORK, U.S.A.などが記されている。
「アイヲワ」および「コンスタレーシヨン」の解体工事に関する記録。ガントリークレーン下での撤去状況や酸素アセチレン切断、屑鉄約六千トンなどを記す。
IMPERIAL JAPANESE NAVY NEW YORK, U.S.A.の記録。戦艦「アイヲワ」の建造状況、米国式水雷防御隔壁や水防区画、鋲など船体構造の特徴を述べる。
判読不能箇所が多い断片で、細胞検査や琉球・朝鮮、米国などに触れる。末尾に「(5A) 大日本帝国海軍 ニューヨーク、米国」とある。
「コンスタレーション」等の船体構造視察記録。ステム、シャフトブラケット、隔壁、舷側甲鉄、バルヂ、外板、ドッキングキールの特徴を記す。
危機的状況への悲観論と「助柿」の工法評価に続き、工場視察の記録として職工数・賃金・就業時間、「ストリカー」造船少将の経歴が記されている。
「IMPERIAL JAPANESE NAVY」資料の一頁。少将の接待や設計談義、両艦の廃棄処分完了と監督官引き揚げ予定が記される。
「IMPERIAL JAPANESE NAVY」とあり、NEW YORK, U.S.A.の記載を含む資料。YVAW 383MARAL JAIR39MI、A B.U. WHOV W30などの文字列が読める。
「YVAM 383MAGAL JAIR39MI」「(a) A. PORTOYWN.」と記されたOCR本文で、内容の判読は困難な資料片である。
「IMPERIAL JAPANESE NAVY」と「NEW YORK. U.S.A.」のみが記された資料で、帝国海軍のニューヨーク所在を示す表記がある。
「(12」と記されたページで、本文として判読できる文章や資料内容は確認できない。