講談;太閤記の内「大徳寺焼香の場」(八)
- AI要約 (β)
- この文章は、戦国時代の武将たちの戦いとその後の出来事について述べています。具体的には、毛利家との戦いや京都の大変、山崎の戦いでの勝利、そして秀吉の功績とその後の動向について記述されています。秀吉が戦いで功績を立て、敵を討ち、最終的にその地位を確立していく過程が描かれています。また、戦後の儀式や他の大名たちとの関係についても触れられています。
- pid
- 1325941
- note
- 商品番号 : AK-812B, デジタル変換後ノイズ除去 : 無
- genre
- 講談
- creators
- 一龍斎 貞山
- duration
- 228
- persName
- 一龍斎 貞山
- publisher
- コロムビア(NHK)
チップより入れ大軍の御託ににゃ 余りいやしくも一銀の賞として
君の加福な神戸に頂き 厳命により年々歳歳各国に戦を出し
向こうところ必ず下す これ気がのずいし君が為に一命を
家の為に御門ず 武勇を軍中に励むゆえ
中国に陣を出し 毛利三家を制伐 戦闘するといえど
実付き計り極まり 遠兵を君家に功の刻み
去る六月二日 京都の大変を聞き 魂は天外に飛び
見はちに丸ぼけに 東西呆然たりといえど
一日も共に天雷叩かず 共に血を踏まずと
廃下軍を砕き 敵城高松城を薄木に没しし
首相清水も熱軍に腹を切らせ 偽って和田軍を進め
しかして後日をもってつぐるに 毛利の詐欺者をかえって
怒りをひるがいし 義を先にして恨みを後にし
使徒の憂いに生じ これを討たず
陣を助けて逆を討ち 誠の味方となり
天章十年六月十三日 山崎の一戦に切り勝つ
逆侵光秀が首を得て 君の怒りをいささか戦火に休め
盾まつるに足りなむ 今月今日早々の儀式を営み
霊魂を慰め盾まつる カクカクとして気欠微臣が
聖中を 能従したまわんことをこう
橋場を漕ぎえ少々 畜然の神平の秀吉
聖中聖光祭文 禁言小読み終わる
並ぶ大名 泥にえぎたる船の御徳
秀吉中心の意味 一期一復に現れ
御宅十石の神なりと勘る
柴田滝川 心の内の燃える御徳
秀吉けなぎの身として 領金立ちに先んぎて
聖光なすは無礼なりとは思えども
またこの度のこの大法事 彼一人にて接しとなって行う
諸人に先立ち先も無理ならず
この上は領金立ちより 己らならんと待てば
秀吉は問いよう 問髪を論れ
山崎の戦い功名を 手柄をもって事故を定む
即然人顔し日立夢上げる人勝ちは
一番高山 二番中川 三番池田 四番には
領金立ちを五番六番元老 柴田を優位一番遠い下げる
勝いえぎかって席を進めば続く 滝川勘で来た畑
なじみよって秀吉を責めんとす
秀吉初心 今日には欺くべぐを振るい
大徳寺にこれらのものをとっておさえ
これが静ヶ岳の戦いとなりますが
商工場 廃門までを一石とし御免いたします