講演:虚子俳話(三):深は新なり

AI要約 (β)
若い人々は新しい仕事や試みに挑戦したいという欲望を持っていますが、俳句の世界ではその制約を破ろうとする傾向があります。しかし、これは俳句の本質を損なう可能性があります。若者たちは俳句の形式を守りつつ、新しい視点を見つけようとすることが多いですが、これもまた俳句らしさを失う危険があります。著者は、俳句の伝統を深く探求し、その制限内で新しいものを見つけることが重要だと考えています。古い形式の中で新しい価値を見出すことが、長く続く新しさを生む道だと主張しています。
pid
3571318
note
商品番号 : 33294, デジタル変換後ノイズ除去 : 無, 講演
genre
講義、講演、演説
creators
高濱 虚子
duration
209
persName
高濱 虚子
publisher
コロムビア(戦前)
若い潔気に燃えた人々は、何か新しい仕事をしたいという欲望に燃えているのであります。 俳句というような窮屈な天地に入って、なお新しい試みをしたいという若い人々は、 得て十七時という肩を破り、 期待という鉄の鎖を解こうとするような傾向があるのでありますが、 それは俳句を滅ぼし、 同時に自分もいつか俳句界の他に立っているようになるのであります。 また十七時と期待ということは守っていても、 なるべく境外を広めていって、 横様に新しい方面を見出そうとする傾きが、 若い人々には多いのであります。 それもある点までは結構でありますが、 得てそういう人は、なお俳句らしからざるものを作るという弊害に陥りやすいものであります。 横に広がろうとすることもまたよろしいのでありますが、 それよりも私は、今までの俳句の道を さらに深く深くと転がす方が、より多く新しいものをうるみしたと考えます。 深く深くと転がしていくということは、 同じ新しいのでも一時の新しさではなく、 長く生命のある新しさというものを発見する道だと考えます。 私はその意味において、 真は真なり、すなわち深いということが新しいということになるということをかねがね申しておるのであります。 俳句は伝統の文芸であります。 17時、期待という極端な制限がある限り、 根底からそう新しいことができるものではありません。 いわば古い壺であります。 しかし、ただいま申したように、できるだけ深く深くと探求していって、 その制限内で新しいことを見出していくことを語らけます。 古い壺に盛る新しい酒をかもすことを語らせていきます。 私はこのことを、古い壺で、新酒、新しい酒、古古新酒と唱えています。