講演:支那事変一周年に際して(一)

AI summary (β)
昨年7月7日に北京の高雷、横浜町で発生した武装射撃事件からちょうど1年が経ちました。当時、日本は和平解決を目指し、不拡大方針を取っていましたが、相手側の挑発行動により、やむを得ず軍事行動を開始しました。この事件は国民を敵とするものではなく、誤った認識を持つ政権に対するものでした。1年間、陸海空で日本軍は活躍し、天皇陛下の指導のもとで大きな進展を遂げました。この事件は日露戦争に匹敵する規模であり、激しい戦闘が繰り広げられました。日本軍は信頼と戦略に基づき、敵に多大な損害を与え、勝利を収めました。戦争は武力戦だけでなく、自動戦や経済戦も含まれます。
pid
3572349
date
1938-08
note
商品番号 : A1007, デジタル変換後ノイズ除去 : 無, 講演
year
1938
genre
講義、講演、演説
creators
板垣 征四郎[陸軍大臣中佐]
duration
213
persName
板垣 征四郎
publisher
コロムビア(戦前)
昨年、7月7日、夜半、北京、高雷、横浜町において、 品群の武装射撃事件が突発して以来、本日をもってまさに満一周年となりました。 当時、帝国は日治、共存共栄の大義にもどき、 あくまで和平解決を初期、不拡大方針を掘ったことは、今さら申し上げるまでもありません。 しかるに、大局をわきまえざる小政権は、あくまで朝鮮的行動を繰り返すため、 帝国は不拡大方針を一滴、総会的な反省を促すために、やむを得ず、万個として養長の地を動かすに至ったのであります。 さらに、今時事件は、すな国民を敵とするものにあらずして、謝れる認識のもとに、 今日の傍協を相手する政権、並びにその分隊を養長県とするところの提携になることが既に皆様のお掃除とともにあります。 事件発生以来、一年間、陸に、海に、また空に、 我が黒軍の活躍は、誠に珍しいものがあり、 今日のごとき、偉大な進化を励みましたことは、 それひとりに、天皇陛下の水の一発ところでございまして、 我が国民の誠に歓喜に耐えられるところであります。 今回の品事変は、名前は事変ではありませんけれども、 当日は日露戦争に数倍する大規模の戦争でありまして、 戦場の各所に行われたるところの国の対戦においても、 その激烈にして勢を極めたる情勢は、 あの日露戦争において有名なる魚巡あるいは砲艇戦に、 まさもとも決して劣らざる程度のものが少なくないのであります。 しかも、これらの戦場におきまして、 平軍は常に健康なる信頼的人質により、 我が軍は過剰をもってこれを応援、責任多大の戦略を与え、 常に対象を獲得しておるのであります。 国の各陣地を占領せる主要敵に対し、 責任をもって困る気すると言うことさえ既に一つの異例でありますが、 これに加えるに既に確かくたる勝利を得、 しかも、敵に多大の損害を後押しがごときは、 戦時上告出すべき事例であります。 これを必ずしめたものは出入国軍の精鋭なのとなかんずく、 昭和の一致団結と国争の攻撃精神にあるのであります。 しかのに、戦争は核のごとき武力戦のみからなっておるものではありません。 自動戦あり、経済戦あり。