精神教育資料 提督の最期(二)
- AI summary (β)
- この文章は、山口中将が指揮した航空部隊の戦闘記録を述べています。山口中将は多年にわたり航空関係の任務を歴任し、しな事変や大東亜戦争においても各地で戦功を立てました。特にハワイ海戦以降、東太平洋方面の作戦で敵の反撃を受けながらも奮戦し、最終的には駆逐艦に部下を無事に避難させた後、自らは艦上に留まり、艦と運命を共にしました。昭和17年6月の作戦では、敵艦隊を発見し激戦の末に敵航空母艦や巡洋艦を撃沈し、多数の敵飛行機を撃墜しましたが、我が方も多大な損害を受けました。
- pid
- 3573236
- date
- 0000
- note
- 商品番号 : 100742, デジタル変換後ノイズ除去 : なし, 記録
- year
- 0
- genre
- 文学作品以外の朗読、解説
- creators
- 大本營海軍報道部課長 海軍大佐 平出 英夫
- duration
- 202
- persName
- 大本營海軍報道部課長 海軍大佐 平出 英夫
- publisher
- ニッチク
また各省庁は多年航空関係の養殖を歴任され、
しな事変におきましても航空隊司令として各地に転戦、
各各たる武軍を立てられ、大東亜戦争を勃発いたしまするや、
山口中将の帰家としてハワイ海戦に参加以来各作戦に参加され、
東太平洋方面の作戦には敵の反撃を一手に引き受け、
紛戦力とついにやおれ玉尽きるや救援のため来託いたしました駆逐艦に、
部下、総員を無事異常をせしめましたのち、
山口中将とともに艦上に踏みとどまり、
商用として船と運命を共に致されたのであります。
次に当時の状況をそば近くともに戦い、
その実情を目の当たりにした少使の記録によって申し述べたいと思います。
昭和17年6月のことである、東太平洋方面に作戦が実施されますりは、
山口中将式の我が航空部隊は平成と予定の行動に移り、
領上の基地奥深く潜む敵本艦艦隊のおびき出しを図りながら、
次々と関西駅を飛ばしました。
この日、騒音は2000メートルの上空を込め、東南東の風強く、
同方面特有のうねりは大きく、関西駅の飛び立つのにも困難を感じるほどでありました。
作戦機が進発してから約2時間、
航空母艦丸石を根幹とする敵艦隊の北上を発見し、
その開砲がもたらされました。
時に日本時間の早朝、洋上の時差がありますので、
太陽はすでに終点に近いころであります。
我が軍艦〇〇は山口司令官これを直撮し、
各艦長指揮のもとにすでに戦闘配備にあり、
少子の意気、またすでに敵を飲むの甲斐があります。
戦機まさに熟成。
我が戦隊は完全停止。
有力なる基地航空兵力の援護下にある敵航空母艦軍及び飛行機集団と火蓋を切る。
確定、激戦陸闘数時間に及び、
我が方は遂に敵航空母艦、航空巡洋艦各1隻を撃沈。
他の航空母艦1隻を退却ししめました。
そればかりではなく、
この日明け方から封鎖、撃沈し続けてきた敵飛行機はすでに百数十を数えました。
戦意旺盛な海の勇士たちは、なおも残る敵航空母艦に対して猛襲を続けたのであります。
しかし我が方は、やらい敵基地の奥深くに迫って通戦十数時間に及び、
すでに方針を焼け、飛行機も傷つく、すべての力を出し尽くしたかの感がありました。