演説:憲政ニ於ケル輿論ノ勢力
- 作詞・作曲・編曲・実演家
- 侯爵 大隈 重信 閣下
- 製作者(レーベル)
- コロムビア(戦前)
- 歴史的音源ジャンル
- 講義、講演、演説
- 出版年月日
- 1936-01
- カテゴリ(AI 付与)
- 政治
- キーワード(AI 付与)
- 国民, 国家, 憲法, 投票, 自由
- 注記
- 商品番号 : 28687, デジタル変換後ノイズ除去 : 無, 演説
国家の目的は常に国運の利用者に多数国民の福利をはかどわすことに努めておるである。
国家の意思は国民の意思である。国民の意思の集合したものが国家の意思であるんだ。
国民の社内として保ることが国社である。これが多数政府の原則である。
しかれば国民の国家に対し、憲法に対する責任の大なることは、
あだかも至重要なる成果の保ったところの鍵を大切にこれを保つということが必要である。
ここにおいて投票の一票も、自由の精神がここに宿らなくてはならんである。
個人の独立、個人の自由というものが集合して、ついに支持となる。
帝国憲法は国家の意思である。国民が集合している。
そうして国民的勢力が議会に集中されるのである。
国民的勢力は何によって導かれるかというと、すなわち世論である。
この世論の主力が議会に集中されて、初めて帝国議会の威厳、帝国議会の信用がここに成り立つのである。
このごとき、形勢は世論によって導かれるものである。
そうして世論そのものは知識ある階級によって引き上げられるのである。
主に世の俗人が誤っている。
政治は俗なるものである。
実は学者である。実は実業家である。実は宗教家である。
実は何が職業を持っているのであるというごとき、
国民の中等階級、知識ある階級が政治から退けば、相当劣悪なる一種の政治的商売が起こるのである。
次第の党派は往々その変異に今落ち着くあるのを理解するのである。
そのための改憲によって国民はやや威嚇を始めたことを喜ぶのである。