帝都復興の業績(一)

作詞・作曲・編曲・実演家
中川 望
製作者(レーベル)
ビクター
歴史的音源ジャンル
講義、講演、演説
出版年月日
1930-03
カテゴリ(AI 付与)
復興
キーワード(AI 付与)
関東大震災, 帝都復興, 区画整理, 道路整備, インフラ整備
注記
商品番号 : 51165, デジタル変換後ノイズ除去 : ノイズ除去なし, 注記 : アーチスト1中川 望は、前復興局長官, 講演
高局長官中川臨主をご紹介いたします。 大正十二年九月一日午前十一時五十八分に突如として起こった関東の大震災は、 たちまちにして帝都をやけの腹と化し、十万の尊い生命をさえ失わしめたのであります。 当時人心恐々として極度の恐怖不安に陥っていた際に、 かしこくも帝都復興に関する誘惑のある御承受を感発あらせられ、 大変災に出すべき法とをおさとしになったのであります。 ここにおいて国民は非その沈着に復し、さらに一層の勇気を奮い起こして、 復興の大方針がここに確立されたのであります。 復興需要のうちその懇願をなし、かつまた最も困難であったのは土地の区画整理であります。 東京・横浜を通じて一千二十万坪の地域にこれを行い、 開地の設計に基づいて胸数で二十二万の建築物が移転したのであります。 はじめには市民の反対もありましたが、まもなく理解せられたので、 反対が一転して援助と協力とに変わったのであります。 すなわち区画整理は全く市民の間に分け出た自治の精神によって円満に進行した次第であります。 復興事業のうちで第一の花形とも申すべきものは道路であります。 東京だけで見ましても、その新設せられ拡張せられたのは幹線が五十二本と補助線が百二十二本で、 これに生えてられた無数の区画整理道路というのを加えますると、延長百八十里に及んでおります。 次は橋梁であります。 いずれも耐震耐火でもっぱら堅牢を埋めとし、墨田の六大橋をはじめ、新設又は復興の分も合わせて五百六十余橋を算します。 次は河川と雲雅であります。新作改修等を合わせて十三線。 そのまた次が公園であります。 墨田、浜町、金氏の三大公園のほか、五十余の小公園を新設いたしたのであります。 さらに復興しました小学校が百十七校で、いずれも市内至るところにその遺憾を誇っております。 復興事業はまた上下水道、病院、塵埃処分設備のごとき衛生施設、職業紹介所、宅児並びに児童健康相談所、 受産場、公衆食堂、関栄宿泊所、浴場、土屋のごとき社会事業施設、中央卸売市場、電気事業等にも及んでおるのであります。 しかのみならず、耐震耐火の構造でもって一般の建築物を復興せしむるためにも大いに力を入れておるのであります。