東郷さんと車力の話
- 作詞・作曲・編曲・実演家
- 小笠原 長生(海軍中将)
- 製作者(レーベル)
- ビクター
- 歴史的音源ジャンル
- 教育・児童
- 出版年月日
- 1931-08
- カテゴリ(AI 付与)
- 歴史
- キーワード(AI 付与)
- 日露戦争, 東郷, 狩り, 年老いた男性, 感謝
- 注記
- 商品番号 : 51865, デジタル変換後ノイズ除去 : ノイズ除去なし, 学芸
日露戦争後、東郷さんが伊豆の天城さんに狩りに行かれたとき、
おばあさんの目倉小敷の手をひかれ、谷川を渡してやった話はかなりなだかくなっておりますが、
私もそれに似た話に出会っております。
それは、東郷さんが皇太子殿下のご教育を受けたまわっておられた大正五年二月のことであります。
私とともに歩いて、沼津の松原の中を通りかかりました。
すると、年とった一人の車輪が荷車にレンガをたくさん積んで引いてきましたところ、
どうしたはずみか、片方の車輪が道のくぼんだところへ落ち込んで動けなくなった。
おじいさん、向こうはちまきの潔肌で体操勢がよく見えますが、
年寄りの悲しさ、頭から玉のような汗をぼたぼた落として引き出そうとしていましたが、どうしても引き出せない。
東郷さんは一足行っては振り返り、二足行っては振り返りして気の毒そうに眺めていられましたが、
とうとうたまりかねて、少し押してやると出ると引き返されたのです。
びっくりしたのは私です。何か他のことでも考えていたのでしょう。
ぼんやりしていましたが、原垂、大訓尉、伯爵、東郷五学門所の総裁が、
場所もあろうに御用邸のすぐそば、御門を守っているおまわりさんの後姿が目の前で見えているところで、
荷車の後押しをしようとするのですから大変です。
ついていた私はおかしいほど慌て切って、私がやります、私がやりますと、
下げていた探検が足にからんで転びそうになるのもかまわず、やっと車に飛びついて、
混合力というのはちょっと怪しいですが、持ち合わせの力を出して、
むちゃくちゃに車の後を押したもので、どうやらこうやら動き出しました。
車力はすみません、すみませんとちょこちょこ頭を下げながらあっちへ行きました。
それをまた東郷さんは嬉しそうに見送って、いやご苦労じゃったと私にまで礼を言われた始末です。
その時の私の慌て方は東郷さんを呼び止めるやら、車の後押しをやるやらで、
そばで見ていたらよほどおかしかったと思います。
さすがに真面目な東郷さんもこの時の話が出ると、いつも声を出して笑われるのです。
このように東郷さんは戦に強いばかりではなく、人間としていかにも立派な徳の高い人であります。