評議会 昭和十三年 其一 コマ34

コマ
34
評議会 昭和十三年 其一
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2518
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天皇の官吏任免權を左右せんとする樣なことは、我が國體の本義に悖り、憲法の條章に背くものである。 さればその監督の任にある文部大臣として、斯かることが行はれて居ることを認容することは誠に恐懼の 至りである。 と云ふ信念に發し、之に依つて文部省が内示した案は左の通りである。 一、法令に根據なき帝大總長の公選を改善すること 一、大學令に依る評議員の互選を除き教授會の選擧による學部長の選任、教授、助教授の決定など選擧に よる一切の人事に就て考慮を加へる (以下三項目略す) と言ふのである。 從來帝國大學は歐米風の思想の下に、その大學の自治なるものを模倣して、所謂大學の自治なる何等法令上根據な き不法なる慣例を制つて今日に至つたものである。さればこれを是正する爲め、文部大臣が右の提案を爲したと云ふ ことは、我國體國憲に照して當然過ぎる程當然のことであり、 寧ろ遲きに失したと言ふべきである。 聞説く各大學に於ては文部省の内示案に對し反對氣勢すらも起つて居ると言ふことであるが、學者としての態度と して甚だ遺憾に堪へないと思ふ。特に長與東大總長が去る八月一日東大評議員會を開催した後に發表した意見は相變 らず從來の迷妄を繰返したものであつて、若し之が大學の空氣を語るものとすれば甚だ重大なことであると認めざる を得ない。而してその言ふ所の要點は、 現在の大學の總長、學部長、教授、助教授の銓衡、推薦の方法は大正七年山川總長の時代において愼重 審議の結果政府の承認を經て決定し、今日に及んでゐるものであり、十分なる行政上の根據を有し多年慣 習として認められ支障最も尠かりしものである。 その根本精神は大學の使命達成上最も肝要であり、今日變革を加ふるの必要を認めざるものである。 と言ふに在る。 右の現行慣例は政府の承認を經て決定したから十分なる行政上の根據を有する等と云ふ主張は、全く完戰に類する 見解である。即ち政府の承認を經たものであつても官吏任免の大權に抵觸することは許さるべきでなく、且つ又、政 府の承認を經たものと言つても同樣に閣議の決定を以て容易に變更し得る性質のものであるから、それが合かも法合 的の根據があるなどと言ふことは全く見當外れであると言はざるを得ない。 次に 一、多年慣習として認められ且つ支障も尠かつた 二、大學の使命達成上最も肝要である と云ふ二點に就て一言しなければならぬ。 多年慣習として認められたと云ふことは必ずしも變革すべからずとの理由には全然ならない。 あの數年前天皇機關説排撃のあつた頃美濃部一派は盛んに「過去三十餘年公認せられた學説」であるとの理由を辱 り廻して自説固守の武器としたのであるが、此の多年の慣習なる理由は今日には最早通用しないのである。此の多年 の慣習がよくないからこそ今に於て改正しなければならないことゝなつて居るのではないか。 現在全國各地に設立されてゐる帝國大學は、歴史的に東京帝國大學の分化擴大されたものであるが、この東京帝國 大學の學風の重大缺陷に就いては、「東京帝國大學五十年史」自身が之を文献的に物語つてゐるので、同書上卷明治 十九年の頃に掲載せられてゐる元田侍講の 「聖喩記」のうちには、明治天皇の聖喩として 「抑大學ハ日本教育高等ノ學校ニシテ高等ノ人材ヲ成就スヘキ所ナリ、然ルニ今ノ學科ニシテ政治治要 ノ道ヲ講習シ得ヘキ人材ヲ求メント欲スルモ決シテ得ヘカラス、假令理化醫科等ノ卒業ニテ其人物ヲ成シ タリトモ入テ相トナル可キ者ニ非ス」 「大學今見ル所ノ如クナレハ此ノ中ヨリ眞成ノ人物ヲ育成スルハ決シテ得難キナリ、汝見ル所如何」 といふ眞に畏懼すべき大御言葉を拜するのであつて、之に對する元田侍講の奉答の一節には