評議会 昭和十三年 其一 コマ38
- コマ
- 38
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- 評議会 昭和十三年 其一
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に拘らず、私は斷乎として國家主義に反對せんとするものである。」(「ファツシズム批判」一五三頁)
と云つてゐる。十數年來氏がその著書論文に一貫して示し來つた、この決然たる「反國家主義」が「容共抗日」人民
戰線の反國體非國家主義思想意志であることは
「若し昭和維新なるものありせば、それは日本人の價値原理の再檢討を以て始まらなければならない、而し
てそれは國家主義の清算を重要な内容とするものでなければならない。」(同書一三三頁)
「苦し言論の自由や政治的自由を排撃せよと云ふならば、啻にそれ自體吾々が斷乎として反對せねばならな
いのみならず、排撃の根據としては恐らく全體主義國家主義を擧げるのであらう。然し之こそ日本の牢乎たる
傳統であり、一切の改革を阻止する障害である。なるほど統一は必要である。然し統一の前に先づ自覺せる個
人への分解がなければならない。」(第二學生生活、二七三頁)
といふ見地から國家主義と名のつくものは「國家社會主義」でも排撃しつゝ、前記「フアシズム批判」の「國家社會
主義擡頭の由來」と題する論文の最後には進んで
「マルクス主義がかくも思想界に勢力を揮ひたるにも拘らず、結局國家主義を清算するには何の効果もなか
つた。而して國家主義の強大なる所、そこに社會主義は永久の蹉跌の石に逢着せねばならない。この石を除去
せずして日本の社會主義は着實の前進をなし得ない。外國に於て國家主義の牙城を破れるものは、實に理想主
義的個人主義であつた。」(同書一三〇頁)
と、 「社會主義」 の前進路に橫はる 「永久の蹉跌の石」 として國家主義を呪つてゐる。 いま河合氏が外國に於いて
「國家主義の牙城を破れるものは實に理想主義的個人主義であつた」といふのは、ドイツに於ける社會民政主義革命の
殷鑑を指摘したものであるが、河合氏は日本にドイツ革命を希求することなくしては斷じてかゝる言葉を吐くことは
出來ない。かくして河合氏は
『瑞西で「共産黨宣言」「ヘーゲル法律哲學批判の序文」「神聖家族」の一部、「哲學の貧困」「經濟學批判」
「フオイエルバツハ論」(全部マルクスの著書なり、筆者註)等を讀んで、私の魂は攪き動かされた、文字通りに處
激を以て頁を繰つていつた。』(第二學生生活、二六六頁)
「狹義の社會主義に於ても單に生産手段の共有を以て永久に滿足するのではなく、やがて可能ならば消費財貨
の共有にも及ぼさう、然し差當り實行すべき綱領としては消費財貨の共有を埒外に置くと云ふのであるから、
共産主義と狹義の社會主義との改革の内容の差異は、云ふに足らないものだといふことゝなる。筆者は後童
經濟的自由主義の運命」に於て述ぶるが如く、狹義の社會主義を是認するのであるから、筆者と共産主義と
の差は實現の方法として議會主義を採るか、革命獨裁主義を採るかの一點に係つて來る。』
(フアツシズム批判、四七三・四頁)
といふところに、氏の社會主義が議會主義的、即ち濟崩革命主義としてのマルクス共産主義なることを自白して「此
の故に社會改良主義を排して、社會主義を採るものである」(同書八一頁)といひ、誰憚からぬ帝大に於ける講義中には
一中産階級は結局沒落するものであると考へる、それのテムポは別としても。故にこの階級の命脈を維持す
ることは、また從つて資本主義を維持することゝなる。 なほ軍部に就ては、
その特殊的地位を官制から除かねばならない」
(帝大ブリント聯盟發行、 昭和十二年六月新講、 「社會政策、 フアツシズム論」九頁)
と放言するに至つてゐる。この中産階級の命脈を維持することは資本主義の命脈を維持することゝなるから、中産階
級の沒落はむしろ積極的に促進すべしといふ如き冷酷無慈悲の極端徹底主義は原理的に完全なる赤化マルクス共産主
義である。氏が十年來「マルクス主義を青年界に支持する心理は尊ばるべき我が社會の財産である」と放言し來つた
ことをこゝに想起するならば、 こゝに氏の標榜する人格主義理想主義が人道感情を全く滅却したもので、 實際に於て
は唯物論以外の何物でもないので、氏の「容共抗日意志」の實内容が徹底マルクシズムであることは全く疑ふ餘地が
ない。