評議会 昭和十三年 其一 コマ39
- コマ
- 39
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- 評議会 昭和十三年 其一
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- 2518
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次に前記帝大講義からの引用文後段に示された河合氏の統帥權千犯思想は「フアツシズム批判」中にも明瞭である。
「若し日本の憲法にして、 徹底した自由主義的憲法であつたなら、 統帥權の一項を憲法に殘さなかつたであ
らう、だが日本の特殊事情は自由主義をこゝまで實現せしめなかつたのである。かくて憲法は政局の永續的震
源をその内部に包藏した。日本の社會改革は此の一點に逢着して常に頓挫するだらう。之こそ×××××××××××××××××××××××××××××××××
×である。若し日本の社會改革にして自由主義的に進展するならば-之れが眞正の社會改革の路であるが
-早晩此の一點に於てXXXの爭奪戰をせねばなるまい。その時が日本のフアツシストがこゝを最後と爭ふ
天下分目の血戰であらう。……かくて日本の社會運動は統帥權を中心として、シーソー臺の如くに上下を繰返
して往くだらう。」(フアツシズム批判、三六七・八頁)
こ表現されてゐる。これは實に日本國體と帝國憲法と統帥權の本質に對する斷じて許すべからざる冐濟呪咀の言葉で
あり、河合氏が前記帝大ブリント「ファツシズム論」中に「軍部ヲ政界カラ完全ニ驅逐セントスルナラバ」「封建主
義の殘滓」としての「ソノ特殊的地位ヲ官制カラ除カネバナラナイ」といふ徹底的反軍思想は、統帥權獨立と陸海軍
大臣武官制との廢止を意志するものであつて、この點は後に指摘する氏の「衆議院中心」、「多數黨内閣制」要請の凶
逆民政主義「天皇機關說」から出で來るものであるが、 氏はこの徹底反軍論から論理的必然を以つて
「凡そ日本を中心とする戰爭は絶對に避けなければならないと同時に、戰爭に藉口して出現するフアツシスト
運動も亦吾々は極力阻止せねばならない」(フアツシズム批判三六五頁)
「軍備の充實は國家の獨立を維持するか、或は國家の膨脹を企圖するか、何れかを目的とする。日露戰爭を最
後として前者の目的の爲にする軍備充實は旣に必要が消滅した。 今日世界の何國も日本領土を侵害せんとする
ものはあるまい。」(同書六一頁)
といふ徹底反戰論をなし、果ては進んで遂に
一亞細亞諸國は獨立を回復することを熱望することは確かである。然し日本の力を借りることには賛成しな
い。何故なれは英米の宣傳により日本を誤解してゐる點もあらうが、日本の過去の外交史が彼等に疑惑を抱か
しめるからである。英米を排して日本を代りに引込むならば、彼等は寧ろ英米の方を選ぶだらう。」
といふ現「抗日容共支那」と文字通り同一の英米依存主義を我が帝國大學教授として公言するに至つてゐるのである。
これは具體的に歴史的事實に就いていへば、滿洲事變、現支那事變とその聖戰意義とを根本的に抹殺する賣國奴的言
辭であるといはねばならない。
そこで河合氏の統帥權の干犯といふよりもその滅却を意志する思想的背景を吟味しよう。
「政治は國民の總意によつてのみ行ふべきだと云ふ議會主義こそは、日本の全國民の牢固不拔の信念たらし
の總意を完全に反映するが如くに、政治機構を改革することでなければならない。之が爲に衆議院議員の選擧
制度を改革し、福密院貴族院の権限を縮小し、衆議院を政治の中心たらしめ、多數黨をして内閣を組織する政
黨内閣制度を確立すべきである。」(時局と自由主義、八〇頁)
これは河合氏が「機關説」排撃運動に續いて起つた二・二六事件に關する所感を述べた論文中の一節であるが、こ
の思想内容は完全なる美濃部「機關説」思想そのものであることはいふまでもなく、これこそ全く政黨萬能「議會中
心政治」のデモクラシイ「民主政」略して「民政」主義の執拗なる忌憚なき宣言であつて、軍人の政治干興、五・一
五事件、二・二六事件の如き重大不詳事を誘導激發するに至つた政黨政治の「陸海軍大臣官制廢止」、「帷幄機關表止
を要請する統帥權滅却の思想意志、即ち「天皇機關説」の端的表現以外の何物でもない。
河合氏は該論文中に一度も天皇の統治統帥の大權に觸るゝことなく、從つてまた協翼參贊の議會の責任臣道の忠