評議会 昭和十三年 其一 コマ40
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- 40
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- 評議会 昭和十三年 其一
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節を述ぶることもなく、只々一途無條件に「日本の全國民の牢固不拔の信念たらしめねばならない」ものとして、「感
治は國民の總意によつてのみ行ふべきものだといふ議會主義=政黨內閣制度の確立」を要請してゐるのであるから、
河合氏にあつては天皇の統治統帥の大權は全く無視否認せられ国民が統治權の王座に着いてゐるのである。
こゝに「樞密院貴族院の權限縮少」は天皇のみが發案の權を保有せさせ給ふ憲法の改正を臣民として要請したる
大權私議であることに鑑みる時、河合氏の前記引用文の示す思想素質は政治的改革意見の埒内にあるものではなく、
明かに日本國體の「天子は文武の大權を掌握するの義」に對する社會民主主義革命を企圖するもの、帝大教授として
の河合榮治郎氏は國體變革の思想意志の把持者であると斷ぜざるを得ないのである
河合氏がその「大學自治」の要請に於いて、大學總長殊に文相の權限をも全く無視して教授會の多數決制の自由權
を終局的に主張するのは、國家の全體的政治原理に就き貴族院樞密院の權限を有名無實化して衆議院中心の多數黨内
閣制の確立を要求する違憲反國體思想の一適用に外ならぬものなることを確認すべきである。
河合氏は實に餘人ならぬ氏自身が以上指摘批判した如き畢竟マルクス主義に歸着する赤化容共の社會民主主義的國
能變革思想の抱懐者として「學徒」を自負自矜し、「大學教授が國家目的の遂行に反したかどうかの解釋決定は大學
にある」といひ、「大學の問題は大學自體の機關によつてのみ處理されることを意味する」大學自治を要求するので
あるから、その態度の情濫増上、その思想素質の不逞凶逆なる、正に美濃部達吉氏と並稱すべきものがある。それは
その哲學的思想價値の幼稚低級性に於いても共通のものである。(「國家と大學」及び「河合教授への公開状」原理日本、本年
四月號及び三井甲之氏「河合教授の不忠思想」同上六月號參照
最後に指摘したのは河合氏が大學令第一條
"大學ハ國家ニ須要ナル學術ノ理論及應用ヲ教授シ竝ニ其ノ蘊奥ヲ攻究スルヲ以テ目的トシ兼テ人格ノ陶冶及
國家思想ノ涵養ニ留意スヘキモノトス」
に就いて大學の指導精神を學生に語つた際、該條文のうちに「人格ノ陶冶」の一句あるのを抽出して、自己の無學か
ら一つ覺えのカントの徹底個人主義的人格論に引き附け、文章全體を一貫する國家的指導精神に對立反撥せしめて
「人格とはそれ自體が目的であるべきもので、決して國家といふ他の目的に役立つべき手段たるべきもので
はありません。之こそ凡そ人格と云ふ概念と背馳するものであります。ですから大學令の中には國家主義と人
格主義とが整理されずして混在してゐるので、諸君を包容してゐる東京帝大、もつと廣く云ふならば、日本の
大學は、諸君を迎へて教育しながら、その教育原理を國家主義に置くのか、人格主義に置くのか、今以て迷う
て居る状態であります。」(第二學生生活、六三頁)
といふ如き、美濃部氏と全く同樣の心理動機を思はしむる詭辯詐術的解釋を敢てし、更に續けて
「……諸君に對して明かにするだけの教育的原理を大學は缺いて居る、之は教育界に於ける甚だ不可解なこと
でなければならない。小學校に於ては大體教育原理と云ふものがある。それがやがて中學校高等學校大學と行
けば、教育原理の基礎が曖昧になつて居る、諸君を教育する教授も、實は教育原理を缺いてゐるのでありま
す。」(同上、六三頁)
「然し大學に於て教育原理とすべきものは、國體明徴とか、日本精神の發揚と云ふことではないと思ふ。國體
明徴とか、日本精神の發揚と云ふことは、それ自體は重要なものではあるが、教育原理たるべき性質のもので
はない。」(同上、六七頁)
といふに至つてゐるのである。これらの點に就いても井田男爵が本年三月の貴族院本會議の質問演説中に細論されて
「是ハ獨リ河合教授ガ迷ツテ居ル譯デアリマシテ、自分ガ彷徨ツテ居ル。卽チ登リ〳〵登ツテシマツテ、羽
化登仙シテシマツテ、……百尺竿頭ノ上ニ迷ツテ居ル、山ノ降リ道ガ分ラヌノデアルカラ、斯樣ナコトヲ言フ
ノデアリマシテ、之ガ爲ニ迷ハサレル學生ト云フモノヽ數ハ決シテ少クナイ」
と批判された通りで、之に對する木戸文相の答辯中にも「大學の自治」否認の言明と同時に