評議会 昭和十三年 其一 コマ41
- コマ
- 41
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- 評議会 昭和十三年 其一
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- 2518
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「ソレカラ又大學令第一條「兼テ人格ノ陶冶及國家思想ノ涵養ニ留意スベキモノトス」ト云フ法文ニ付キ
マシテノ御説デアリマスガ、是ハ當時此ノ法文ノ挿入セラレマシタ沿革ヨリ見マシテモ、先程午前ニ於テ御述
ベニナリマシタ通リ、日本人ヲ造ルト云フコトデアリマシテ、決シテ御引用ニナリマシタ河合教授ノ説ク如キ
意味ニ解スベキモノデナイコトハ明カナノデアリマス」
といふ當然至極の斷定が下されたのであつて、河合氏は無學でないとすれば其詭辯詐術は眞に驚くべきものである。
文章の全體としての語法語勢の脈絡を追つて讀む限り、大學令第一條を河合氏の如く解釋するものは、日本語を解ず
るものにして倫理の一般的法則に從ふ限り、他に一人もあるものではない。こゝでも河合氏の個人個體主義思想は、
全體の文意を無視して、そのうちの或る短い一句のみを勝手放題に擴大歪曲して不當の解釋を下すといふ暴虐を敢て
も法王も君主も否定し國家も社會も個人に解體して思想の徹底に陶醉しつゝ、自己自身を神化し法王化し君主化せる
自己催眠の無政府主義的悖逆妄論であつて、思想素質的に於いて幼愚の頑童心理に定着して、毫も進歩せぬものが帝
大勅任教授であるとは眞に笑はれぬ喜劇である。
河合氏は日本臣民、殊に官吏たる學者帝大教授として日本精神に對する殆ど全く無體驗無學無常識であるといふこ
とは、「國體明徴」「日本精神の昂揚」が事變下朝野全國民の標語となつてゐる現在に於いてすらも、それは「教育
原理たるべき性質のものではない」と放言して憚らぬところに立證される。これは帝國大學でも最近その奉讀を復活
した「教育勅語」の根本的否認を意味する。河合氏のこの思想的性格は必然的に美濃部氏の恐懼すべき「詔勅訓議正
當論」を含蓄するものであるといふことはここには一言注意するに留めるが、要するに現に自己がその教授たる地位
にある大學の指導原理に就いて
「東京帝大、もつと廣く云ふならば、日本の大學は、諸君を迎へながら、その教育原理を國家主義に置くの
か、人格主義に置くのか、今以て迷うて居る。……教育原理の基礎が曖昧になつて居る、諸君を教育する教授
も實は教育原理を缺いてゐるのであります」
とその學生に對して放言する如き教授と大學とが、「國家目的に反したかどうかの解釋決定は大學にある」といふ如
き、これ以上の迷論、これ以上の暴論が他に又とあるであらうか?
これは學者教授としての致命的破綻であるが、氏が「日本評論」本年四月號の「時局・大學・教授」中に
一若し君の思想が誤てるが故に訂正せよと求められるならば、私は思想に殉ずべき學徒の一人として一歩た
リとも譲歩することは出來ないであらう」。
とその絶對無改悛を宣言した。河合氏の露骨極まる國體國憲變革思想意志は事變下の現在單に教育行政的見地からの
處置を加ふるに止むべきではなく、當然司法的處置をも加ふべきものなることが、以上の文献的指摘批判によつて今
更の如く痛感確認せしめられるのである。荒木文相としては今次改革案の根本精神たる「輔弼」の責任よりして、最
早猶豫なく河合教授の罷免を斷行し、その「大學自治論」を支持し決議したる東大經濟學部に對しても連帶責任を負
はしめて處置し、次にその思想的内部光景を剖析する法學部と併せて淸算改廢を實行すべきであらう。
二、横田喜三郎氏の主權否認國際主義
附、田中法學部長の世界法思想と宮澤俊義氏の民主主義
東大法學部の國際法講座教授横田喜三郎氏が昭和六年十月滿洲事變に於ける我が自衞權の行使を指して「國際法違
反」なりといふ內敵賣國奴的言辭を吐き擧世の非難を蒙つて一時上海に遁竄行方不明さへ傳へられたことは今猶記憶
に新なることである。